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ジョジョ×東方ロワイアル 第六部

1 : ◆YF//rpC0lk :2015/05/30(土) 21:26:47 XSX9Xalg0

【このロワについて】
このロワは『ジョジョの奇妙な冒険』及び『東方project』のキャラクターによるバトロワリレー小説企画です。
皆様の参加をお待ちしております。
なお、小説の性質上、あなたの好きなキャラクターが惨たらしい目に遭う可能性が存在します。
また、本企画は荒木飛呂彦先生並びに上海アリス幻楽団様とは一切関係ありません。

過去スレ
第一部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1368853397/
第二部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1379761536/
第三部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1389592550/
第四部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1399696166/
第五部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1409757339/

まとめサイト
ttp://www55.atwiki.jp/jojotoho_row/

したらば
ttp://jbbs.shitaraba.net/otaku/16334/


【参加者】
『side東方project』

【東方紅魔郷】 2/5
●チルノ/●紅美鈴/○パチュリー・ノーレッジ/●十六夜咲夜/○レミリア・スカーレット

【東方妖々夢】 4/6
○橙/●アリス・マーガトロイド/●魂魄妖夢/○西行寺幽々子/○八雲藍/○八雲紫

【東方永夜抄】 6/6
○上白沢慧音/○因幡てゐ/○鈴仙・優曇華院・イナバ/○八意永琳/○蓬莱山輝夜/○藤原妹紅

【東方風神録】 6/6
○秋静葉/●河城にとり/○射命丸文/○東風谷早苗/○八坂神奈子/○洩矢諏訪子

【東方地霊殿】 4/5
●星熊勇儀/○古明地さとり/○火炎猫燐/●霊烏路空/○古明地こいし

【東方聖蓮船】 4/5
●ナズーリン/○多々良小傘/○寅丸星/○聖白蓮/○封獣ぬえ

【東方神霊廟】 2/5
●幽谷響子/●宮古芳香/○霍青娥/○豊聡耳神子/●二ッ岩マミゾウ

【その他】 10/11
○博麗霊夢/○霧雨魔理沙/●伊吹萃香/○比那名居天子/○姫海棠はたて/○秦こころ/○岡崎夢美/
○森近霖之助/○稗田阿求/○宇佐見蓮子/○マエリベリー・ハーン

『sideジョジョの奇妙な冒険』

【第1部 ファントムブラッド】 1/5
○ジョナサン・ジョースター/●ロバート・E・O・スピードワゴン/●ウィル・A・ツェペリ/●ブラフォード/●タルカス

【第2部 戦闘潮流】 7/8
○ジョセフ・ジョースター/●シーザー・アントニオ・ツェペリ/○リサリサ/○ルドル・フォン・シュトロハイム/
○サンタナ/○ワムウ/○エシディシ/○カーズ

【第3部 スターダストクルセイダース】 6/7
○空条承太郎/○花京院典明/○ジャン・ピエール・ポルナレフ/
○ホル・ホース/●ズィー・ズィー/○ヴァニラ・アイス/○DIO(ディオ・ブランドー)

【第4部 ダイヤモンドは砕けない】 4/5
○東方仗助/●虹村億泰/●広瀬康一/○岸部露伴/○吉良吉影

【第5部 黄金の風】 4/6
○ジョルノ・ジョバァーナ/○ブローノ・ブチャラティ/●グイード・ミスタ/○トリッシュ・ウナ/●プロシュート/○ディアボロ

【第6部 ストーンオーシャン】 4/5
○空条徐倫/●エルメェス・コステロ/○フー・ファイターズ/○ウェザー・リポート(ウェス・ブルーマリン)/○エンリコ・プッチ

【第7部 スティールボールラン】 4/5
○ジャイロ・ツェペリ/●ジョニィ・ジョースター/○リンゴォ・ロードアゲイン/○ディエゴ・ブランドー/○ファニー・ヴァレンタイン

残り66/90


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2 : 名無しさん :2015/05/30(土) 21:57:54 utGuD1KA0
もはや崇拝しかない…ここに1乙を建てよう


3 : 名無しさん :2015/05/30(土) 23:47:49 UIqThbqo0
確実!そうスレが建ったら1乙をするっていうくらい確実じゃッ!


4 : 名無しさん :2015/05/31(日) 00:19:53 acapXKCw0
耳神子は死んでね?


5 : ◆YF//rpC0lk :2015/05/31(日) 00:27:18 ZqQMEwIo0
>>1に記載された名簿についてですが、間違いが多いので修正版をこちらに載せます
申し訳ありません

『side東方project』

【東方紅魔郷】 2/5
●チルノ/●紅美鈴/○パチュリー・ノーレッジ/●十六夜咲夜/○レミリア・スカーレット

【東方妖々夢】 4/6
○橙/●アリス・マーガトロイド/●魂魄妖夢/○西行寺幽々子/○八雲藍/○八雲紫

【東方永夜抄】 6/6
○上白沢慧音/○因幡てゐ/○鈴仙・優曇華院・イナバ/○八意永琳/○蓬莱山輝夜/○藤原妹紅

【東方風神録】 5/6
○秋静葉/●河城にとり/○射命丸文/○東風谷早苗/○八坂神奈子/○洩矢諏訪子

【東方地霊殿】 3/5
●星熊勇儀/○古明地さとり/○火焔猫燐/●霊烏路空/○古明地こいし

【東方聖蓮船】 4/5
●ナズーリン/○多々良小傘/○寅丸星/○聖白蓮/○封獣ぬえ

【東方神霊廟】 1/5
●幽谷響子/●宮古芳香/○霍青娥/●豊聡耳神子/●二ッ岩マミゾウ

【その他】 10/11
○博麗霊夢/○霧雨魔理沙/●伊吹萃香/○比那名居天子/○姫海棠はたて/○秦こころ/○岡崎夢美/
○森近霖之助/○稗田阿求/○宇佐見蓮子/○マエリベリー・ハーン

『sideジョジョの奇妙な冒険』

【第1部 ファントムブラッド】 1/5
○ジョナサン・ジョースター/●ロバート・E・O・スピードワゴン/●ウィル・A・ツェペリ/●ブラフォード/●タルカス

【第2部 戦闘潮流】 7/8
○ジョセフ・ジョースター/●シーザー・アントニオ・ツェペリ/○リサリサ/○ルドル・フォン・シュトロハイム/
○サンタナ/○ワムウ/○エシディシ/○カーズ

【第3部 スターダストクルセイダース】 6/7
○空条承太郎/○花京院典明/○ジャン・ピエール・ポルナレフ/
○ホル・ホース/●ズィー・ズィー/○ヴァニラ・アイス/○DIO(ディオ・ブランドー)

【第4部 ダイヤモンドは砕けない】 3/5
○東方仗助/●虹村億泰/●広瀬康一/○岸部露伴/○吉良吉影

【第5部 黄金の風】 4/6
○ジョルノ・ジョバァーナ/○ブローノ・ブチャラティ/●グイード・ミスタ/○トリッシュ・ウナ/
●プロシュート/○ディアボロ

【第6部 ストーンオーシャン】 4/5
○空条徐倫/●エルメェス・コステロ/○フー・ファイターズ/
○ウェザー・リポート(ウェス・ブルーマリン)/○エンリコ・プッチ

【第7部 スティールボールラン】 4/5
○ジャイロ・ツェペリ/●ジョニィ・ジョースター/○リンゴォ・ロードアゲイン/
○ディエゴ・ブランドー/○ファニー・ヴァレンタイン
残り 64/90


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6 : 名無しさん :2015/05/31(日) 01:32:22 Dhwnw5D20
美しく残酷にこのスレへと>>1乙!


7 : ◆qSXL3X4ics :2015/05/31(日) 04:40:31 X1cmI57Y0
>>1乙』しなきゃ勝てない。ただしあんなDioなんかよりずっとずっともっと気高く『>>1乙』しなくては!

そして皆様感想ありがとうございます。
前スレ>>982>>984での指摘ですが、まず霊夢は恐竜化は既に解除されているものとします。
ディエゴの右目についての傷は失念しておりました。修正後の状態表を貼っておきます。失礼しました。


【ディエゴ・ブランドー@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:体力消費(中)、右目に切り傷、霊撃による外傷、首筋に裂傷(微小)、右肩に銃創(止血済み)
[装備]:なし
[道具]:幻想郷縁起@東方求聞史紀、通信機能付き陰陽玉@東方地霊殿、ミツバチの巣箱@現実(ミツバチ残り50%)、
   基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:生き残る。過程や方法などどうでもいい。
1:青娥と共に承太郎、霊夢、F・Fを優先的に始末。諏訪子の身柄確保。
2:ディオ・ブランドー及びその一派を利用。手を組み、最終的に天国への力を奪いたい。
3:同盟者である大統領を利用する。利用価値が無くなれば隙を突いて殺害。
4:主催者達の価値を見定める。場合によっては大統領を出し抜いて優勝するのもアリかもしれない。
5:紅魔館で篭城しながら恐竜を使い、会場中の情報を入手する。大統領にも随時伝えていく。
6:恐竜化した八雲紫は護衛役として傍に置く。
7:レミリア・スカーレットは警戒。
8:ジャイロ・ツェペリは必ず始末する。
[備考]
※参戦時期はヴァレンタインと共に車両から落下し、線路と車輪の間に挟まれた瞬間です。
※主催者は幻想郷と何らかの関わりがあるのではないかと推測しています。
※幻想郷縁起を読み、幻想郷及び妖怪の情報を知りました。参加者であろう妖怪らについてどこまで詳細に認識しているかは未定です。
※恐竜の情報網により、参加者の『8時まで』の行動をおおよそ把握しました。

○『ディエゴの恐竜』について
ディエゴは数十匹のミツバチを小型の翼竜に変化させ、紅魔館から会場全体に飛ばしています。
会場に居る人物の動向等を覗き、ディエゴ本体の所まで戻って主人に伝えます。
また、小さくて重量が軽い支給品が落ちていた場合、その回収の命令も受けています。
この小型恐竜に射程距離の制限はありませんが、攻撃能力も殆ど無く、相手を感染させる能力もありません。
ディエゴ自身が傷を付けて感染化させる事は出来ますが、ディエゴが近くに居ないと恐竜化が始まりません。
ディエゴ本体が死亡または意識不明になれば全ての恐竜化は解除されます。
また、『死体』は恐竜化出来ません。
参加者を恐竜化した場合、傷が小さい程ディエゴの消耗次第で解除される可能性が増します。
それ以外に恐竜化に関する制限が課せられているかは不明です。
博麗霊夢は『空を飛ぶ程度の能力』を持っているので、今のところ半分ほどしか能力が効きません。


8 : ◆v6DDszBCKk :2015/06/02(火) 22:08:29 /kv6META0
投下します


9 : ◆BYQTTBZ5rg :2015/06/02(火) 22:09:21 /kv6META0
うへー
投下します


10 : スウィートビター ◆BYQTTBZ5rg :2015/06/02(火) 22:10:16 /kv6META0
ドンッ、と東方仗助が拳で地面を叩いた。
あまりの威力により、彼の拳からは血が滴り落ちる。
しかし、それでも感情は収まりつかないのか、仗助は更にもう一度地面を殴りつけた。


許せないのだ。東方仗助は自分のことが何より許せなかったのだ。
広瀬康一と河城にとりの悲劇的な結末を回避させる手段は幾らでもあった。
河城にとりを詰問しなければ、吉良吉影と行動を共にしていれば、
もっとそれ以前に吉良吉影を叩きのめしていれば、と
過去において取るべきだった選択肢が無数に湧き出ては、仗助を責め苛む。


苦しかった。辛かった。嫌だった。
結局は、自らの至らなさが招いた結果なのだ。自分のせいで二人は死んだのだ。
その否応なしの事実が仗助の心に重く圧し掛かる。後悔なんて軽い言葉では言い表せない。
心臓そのものを実際に締め付け、潰してしまうような、そんな確かな質量が彼に降りかかる。


そして仗助は思ってしまった。あまりの重さに耐えかねた仗助は思ってしまったのだ。
荒木達に頼めば、康一達が無事に蘇るのではないか、と。
優勝して、最後の一人になれば、何でも願いを叶える。
そんな荒木達の言に縋ってしまうのは、つまり殺し合いに乗るということ。
そしてそれはあの憎むべき殺人鬼である吉良と同じ行動を取るということになる。
それを果たして、許せるだろうか。答えは決まっている。許せるはずがない。


だけど、仗助はそんな下衆な考えを僅か一瞬にしろ、思い浮かべてしまった。
他の皆の命よりも、自分が持つべき責任の重さから解放されて楽になりたい。
自分勝手な思いが、何よりも重要だと思ってしまった。
吉良のような吐き気を催す邪悪さだ。だからこそ、仗助は何よりも自分を許せなかった。


「天子さん!! おれを殴ってください!!」


仗助は姿勢を正すと、一切の説明を投げ捨て、前を行く天子に向かって大声で頼んだ。
あまりに素っ頓狂な物言いのせいか、天子に怪訝な表情が浮かぶ。
しかし、仗助はそれを無視し「お願いします!!」と深々と頭を下げた。
それが仗助なりのケジメの付け方、と天子が解釈できたかは知らないが、
彼女は疑問にまみれた顔を直すと、遠慮なく仗助の元へ歩みを寄せていった。


11 : スウィートビター ◆BYQTTBZ5rg :2015/06/02(火) 22:10:52 /kv6META0
「貴方の身長だと、殴りにくいわね。ちょっとしゃがみなさい、仗助」

「……はい」

「うん。それじゃあ、目をつむって、歯を食いしばりなさい」

「はい」


次の瞬間にやってくる衝撃に備えて、仗助は天子の言うとおり目を閉じて、強く歯を噛んだ。
だが、いつまでも経っても予想されたパンチはやって来ず、
その代わりに、と仗助を迎えたのは鼻腔を刺激する桃のような甘い香りであった。
不思議に思った仗助が目を開けてみると、何と天子の胸元で抱きしめられているではないか。
それに気がついた仗助は恥ずかしさからか、慌ててそこから抜け出そうとする。
だけど、そうしようとした仗助の身体は、より一層強い力で天子に抱き寄せられることとなるのであった。


「あの、どうしたんすか、天子さん?」


天子の馬鹿力に抗えないことを悟った仗助は肩から力を抜き、諦め顔で訊ねてみた。
この状況は、どう考えても仗助の意にそぐわぬことである。
ひょっとして、また天子の訳の分からない我儘が、ここで発動してしまったのだろうか。
空気をぶち壊してやまない天子の突飛な行動に、仗助は心中溜息を漏らす。
しかし、そんな仗助にかかってきたのは、身勝手とは無縁のような優しい響きを持った天子の穏やかな言葉であった。


「別に、いいのよ」

「はぁ? 何がっすか?」

「……貴方の心の中がどうなっているか、正確な所は分からない。だけど、何となく察することはできる。
きっと後悔や怒り、憎しみ、悲しみが沸々と湧き出ているでしょう。そしてそれらがない交ぜとなった苦しみで、
自分を許せなくなり、罰を求めてしまう。でも、仗助、それは罪ではないわ。人間として、当然持つべき感情なの。
だから、痛みなど求めなくていい。罰を受けて、貴方の中にある気持ちを否定しなくていい。
我慢しなくたっていいのよ」

「……あの、さっきから何を?」

「泣いていいの。貴方は泣いていいのよ、仗助」


心に染み入るような温かな天子の声であった。思わず彼女に身を寄せたくなるほどに。
だけど、仗助の内に上がったのは、そんな甘えとは程遠い抗議の弁だった。
ここで弱味をさらけ出してなどいられない。そんなことをしたら、きっと自分は立てなくなってしまう。
そう思った仗助は今度こそ天子から離れようと、腕に力を込める。
しかし、仗助を抱きしめていた天子の腕はそれに呼応するかのようにきつく、
そして仗助の我儘をあやすように何よりも優しいものに変わっていくのであった。



      ――
 
   ――――

     ――――――――


12 : スウィートビター ◆BYQTTBZ5rg :2015/06/02(火) 22:11:24 /kv6META0
どれほどの時間が経っただろうか。
天子の愛情に包まれた仗助は何となく……何となく昔を思い出していた。まだ自分が幼く、無邪気に母親に抱かれていた頃を。
不思議と落ち着いた気分になれた。葛藤やわだかまりも全て遠くにやっていいような静謐。
この人になら、甘えてもいいのかもしれない。この人になら、本当の自分を見せてもいいのかもしれない。
そう思った仗助は心に浮かんだことを、天子の懐に顔をうずめながら、素直に吐き出してみることにした。


「天子さんの胸……」

「ん?」

「……何か硬いっすね、ごりごりして」


ぶっちゃけ過ぎである。
そしてその瞬間、万力のように握り締められた天子の拳が、轟音と共に仗助の顔面を貫いた。
天人の驚異的な身体能力。それを示すかのように仗助の180センチを超える巨体は軽々と空を飛び、
それでも収まらない運動エネルギーは仗助の身体が地面について尚、何メートルも転がしていく。
幸か不幸か、意識を繋ぎ止めることに成功した仗助は、あまりの激痛に涙と共に堪らず吼えた。


「イッッ…………ッッテエエエェェェェーーー!!! いきなり何すんだ、クソババア!! 
ああッ!! クソッッ!! ちょっと、マジで痛いんすけど、コレ!!?」

「うるさいわね。貴方が失礼なことを言うからでしょ。大体、殴ってくれって言ったのは貴方じゃない、仗助」

「いや、そーっすけど、こういうのって、やっぱり手加減とか手心を加えるのが普通でしょ!!
何で全力で、思いっきり、死ぬほど力を込めて殴ってるんすか!! あんた、ここでおれを再起不能にでもするつもりですか!!?」

「はあ? 貴方、まさか私が悪いって言っているの? 鼻血を吹き出してる奴が何様のつもり? いやらしい!
大方、私の胸を触って欲情でもしたんでしょ!!? 下心が丸見えなのよ!! この変態!! ド変態!!!」


その情け容赦ない言い草に仗助の傷心や自責の念といったものは、いよいよ怒りへと塗り替えられていく。


「こ、このクサレアマァ……ッ!! 何が下心だ〜〜!!? これはあんたが殴ったから出た鼻血でしょうが〜〜!!
大体、あんたのどこに欲情しろっていうんすか!!? あんたがそう言うなら、言わせて貰いますけどね、天子さん!!
あんた、女としての魅力ゼロでしょうが〜〜〜〜!!!!」

「はあ〜〜!!!? 何がゼロよ!!! 百点満点でしょうがーーー!!! ほらッッ!!」


そう言って天子は胸を反らし、手を頭にやり、腰にやり、さながらグラビアアイドルのようなポーズを取ってみせる。
しかし、アイドルにあるような丸みが全くない天子の直線的な身体に、仗助の口から思わず「プッ」と笑い声を出てしまう。
それを耳にした天子はすかさず額に青筋を浮かべ、それこそ鬼のように猛然と仗助に迫ってきた。


13 : スウィートビター ◆BYQTTBZ5rg :2015/06/02(火) 22:12:34 /kv6META0
「アンタッッ!! 私に喧嘩売っているの!!!?」

「はあ!!? どっちがっすか!!?」

「何よッッ!!!」

「何すかッッ!!?」


そのまま二人は突っかかり、引っ掴みあい、罵詈雑言を腹から出した大声でぶつけ合っていく。
いつまで続くのだろうか。その永遠とも思える争いを終わりにしたのは、突然と二人の口から漏れ出た笑い声であった。
二人は気づいてしまったのだ。さっきまで確かにあった湿っぽい雰囲気が、いつの間にか綺麗さっぱり無くなっていることに。
「殴ってください」だの「泣いていいのよ」とか、二人して殊勝な顔してのたまっていたのに、
今はもうそれとは正反対の顔で、相手のことなど知らんと罵りまくっている。
その急な落差と変化が、あまりにおかしくて、おかしくて、二人は盛大に笑い声を上げながら、地面に倒れこんだ。


肺に貯まった空気を笑いとして、ようやく出し尽くすと、仗助と天子はゴロリと寝返りを打ち、空を見上げた。
澄み切った綺麗な青空だった。遠くには厚く、どんよりとした雲が見えていたけれど、
そんなものは関係ない、と二人には温かな日差しが暢気に届けられていた。


「…………ありがとうございます、天子さん」


風の囁き声だけが、二人の耳に木霊する静寂の中で、仗助をおもむろにそんなことを呟いた。
対する天子は、そしらぬ顔で返答する。


「……何がよ?」

「いや、何でもないっす。ただの独り言です」


気がつけば、仗助の心は軽くなっていた。
吉良にまつわる感情は、天子によって彼女への怒りに変えられ、
その怒りも大声で散々と怒鳴っていたら、嫌でもボルテージは下がってしまう。
さすがにそれで全ての重石を取り払うことができたわけではないが、少なくとも仗助の足を止めてしまうような重さは、もうない。


一体どこからどこまでが、天子が計算してやったことなのかは分からない。
いや、彼女のことだから、ひょっとしたら何も考えずに行動していただけなのかもしれない。
だけど、こうして吹っ切れた気持ちになれたのは、間違いなく彼女のおかげだ。


「ありがとうございます」


だから仗助は、もう一度だけ呟いた。
それを耳にした天子は小さくクスッと笑うと、勢いよく身を起こして叫んだ。


「よし! それじゃあ、行くわよ、仗助! 天網恢恢疎にして漏らさず!
吉良のことを、まだ知らない人達に伝える! そして今度こそアイツをぶっ飛ばすわよ!!」

「……あの、吉良はそーゆーのはするなって……」


易々と悲劇や凶行を許してしまった仗助としては、自分の取るべき行動に自信が持てず、どうしても逡巡を覚えてしまう。
だけど、天子は「そんな心配は必要ない」と、子供ような無邪気な笑顔で、実にあっけらかんと言い放った。


「バレなきゃいいのよ、バレなきゃ♪」


そう言って、天子は仗助の腕を掴み、無理矢理立ち上がらせた。
その強引な姿勢に、堪らず仗助の顔から苦笑が漏れる。
しかし、目の前の天子の笑顔を見たら、仗助の心からは不安や動揺は自然と消えて無くなっていた。
天真爛漫、天衣無縫、そして自由奔放。ともすれば、馬鹿とも取れる性格だ。
だけど、そんな彼女を見て、救われた人間が、確かにそこにはいたのである。


14 : スウィートビター ◆BYQTTBZ5rg :2015/06/02(火) 22:13:56 /kv6META0
【E-1 サンモリッツ廃ホテル付近/朝】

【東方仗助@ジョジョの奇妙な冒険 第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:頭に切り傷、鼻血ダラダラ
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×2、不明支給品×2(ジョジョ・東方の物品・確認済み。康一の物含む)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いの打破
1:天子さんの舎弟っす!
2:霊夢と紫を探す・第一ルートでジョースター邸へ行く。
3:吉良のヤローのことを会場の皆に伝えて、警戒を促す。
4:承太郎や杜王町の仲間たちとも出来れば早く合流したい。
[備考]
※幻想郷についての知識を得ました。
※時間のズレ、平行世界、記憶の消失の可能性について気付きました。
※比那名居天子に対して信頼の気持ちが芽生えました。


【比那名居天子@東方緋想天】
[状態]:健康
[装備]:木刀@現実、LUCK&PLUCKの剣@ジョジョ第1部、龍魚の羽衣@東方緋想天、百点満点の女としての魅力
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに反抗し、主催者を完膚なきまでに叩きのめす。
1:霊夢と紫を探す・周辺の魔力をチェックしながら、第一ルートでジョースター邸へ行く。
2:これから出会う人全員に吉良の悪行や正体を言いふらす。
3:主催者だけではなく、殺し合いに乗ってる参加者も容赦なく叩きのめす。
4:自分の邪魔をするのなら乗っていようが乗っていなかろうが関係なくこてんぱんにする。
5:吉良のことは認めてない。調子こいたら、即ぶちのめす。
6:紫の奴が人殺し? 信じられないわね。
[備考]
※この殺し合いのゲームを『異変』と認識しています。


※第一ルートはE-1からD-1へ進み、そのまま結界沿いを行くコースです


15 : ◆BYQTTBZ5rg :2015/06/02(火) 22:14:47 /kv6META0
以上です。投下終了。


16 : 名無しさん :2015/06/02(火) 23:04:22 wf6mo7co0
何だよお前ら随分仲良しじゃないか、このこのー
いいね、お互いがお互いに罰せられよう、救ってやろうと皮を着る姿より、本性むき出し裸一貫の方が似合ってる
一見あっさりと立ち上がった仗助に見えるけど、本編で億泰とバカしているのを知っていると
結局彼には、一緒にバカして一緒に笑うのが一番の薬じゃないかと思える不思議
良い意味で前々話の霊夢と違いが見えてくる、投下乙


17 : 名無しさん :2015/06/02(火) 23:24:49 kAnGNuj.0
投下乙です。
いいなぁ……今までの天子と変わらず天真爛漫自由奔放だけど、
角度と焦点が違うから全く別に見える。
ただ我儘でぶっ飛んでるだけじゃなくて、どこか理知的で感情豊か。好きです。
仗助にはこれから知るであろう億泰の死など苦難がまだ待ち受けていますが、
この先も二人で乗り越えて頑張って欲しい、そう思えるしみじみとするお話でした。
面白かったです。


18 : 名無しさん :2015/06/02(火) 23:28:51 KmxKNcBI0
乙です
天子ちゃんのまな板からここまで仗助が立ち直るなんて
なんか緑コンビとは違う意味でバカの似合ういいコンビです


19 : 名無しさん :2015/06/02(火) 23:33:34 /ZR3ls3c0
投下乙です。
自分を責める仗助をなだめる天子がまるで天使のようだ。
氏の文章はシンプルかつ的確にそんな二人の情景を伝えてくれます。
……だけど、アカンよ。それは。仗助、アカン。
大体の少女にとってそりゃ禁句だ。そりゃグーで殴られる。

思えば天子と仗助が最初に出会った時も、同じようなやりとりが全く逆の立場であった、ような。
異性なのに同性のケンカ友達のような、不良コンビ。好きです。

>>百点満点の女としての魅力
私は女の魅力に胸のサイズは関係無いと考える派です。彼女は百点満点です。


20 : 名無しさん :2015/06/03(水) 07:40:03 dKnB0jBM0
投下乙です
仗助と天子のコンビ良いな
互いにバカなこと言い合いながらも、真っ直ぐに前向いてる感じが好きな雰囲気ですね


21 : 名無しさん :2015/06/03(水) 15:10:50 7zNqF7Wk0
バトロワのお馬鹿キャラは力強い
希望がどんどん湧いてくる


22 : 名無しさん :2015/06/04(木) 00:05:09 Juu/cN6g0
投下乙です。
仗助と天子……いいですね。
天子って基本物事を無駄に大きくして波紋拡げそうなイメージだけど、いざという時にはやっぱり頼りになる。
馬鹿っぽく見えて実は教養があり、子供っぽく見えてたまに大人っぽい。
仗助も原作でじいちゃんや億泰が死んだ時は、決して涙を見せずに今やるべき使命をしっかり見据えてましたね(復活後に嬉し涙を流してたけど)
承太郎霊夢・魔理沙徐倫・花京院早苗といったコンビが多いジョジョ東方ロワでも楽しいコンビになりそうです。
凸凹不良コンビ、この先も応援してるよ!


23 : ◆RzdEBf96bU :2015/06/04(木) 18:16:37 .scy0ss.0
予約延長します


24 : ◆RzdEBf96bU :2015/06/11(木) 01:02:03 WWyljwoU0
投下します


25 : Awake ◆RzdEBf96bU :2015/06/11(木) 01:02:43 WWyljwoU0
C-3南東魔法の森。
光も届かぬような木々の陰に、何か蠢くものがいた。
それは翼竜であった。保護色を用いて巧みに隠れ潜んでいる。
ディエゴ・ブランドーがスタンド能力で生み出し、情報収集のために放った僕たちである。
よほど目がいいか、勘がよくなければ、その存在に気づくことは難しいだろう。
恐竜集団のうちの一団が魔法の森を探索していた。
他の参加者を見つけ、その情報を本体に知らせるためである。
そしてそのうちの一匹が、匂いを嗅ぎつけ、ほかの恐竜に知らせた。
匂いを辿っていくと、遠くに一人の男が見えた。
バンダナをつけた金髪の青年である。
全身血まみれで、ふらつきながら歩いている。
もっと詳しく様子を知ろうと恐竜たちが歩み寄ろうとし…止まった。

恐竜たちは恐怖した。
やばい。こいつはやばすぎるッ!
あと一歩、ほんの一歩でも奴に近づいた瞬間、自分たちの首は仲良くお陀仏だ!

思考するより先に本能で、奴の恐ろしさを理解した!
奴の爆発するかのような殺気を、全身の皮膚で感じ取っていた!
太古の昔、地球を支配した種である自分たちなど、奴からすれば雑魚同然だ!

その恐怖が恐竜たちを奴へ近づけさせなかった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


26 : Awake ◆RzdEBf96bU :2015/06/11(木) 01:03:14 WWyljwoU0
「ふん、鬱陶しい羽虫どもが。」
金髪の男がつぶやいた。
その男の名は波紋戦士、シーザー・A・ツェペリ…だった。
忌むべき敵を打ち倒せず、誇りと共に魂が砕けちっていた。
その死体に入り込み操るものこそ、シーザー最大の仇であるカーズであった。
影から覗きこむ存在に気づき、殺気を放ちけん制した。
どうやら、さきほど戦ったスタンド使いの男が操る恐竜が監視していたようだ。
恐竜を遠目にし、紅魔館での戦いを思い出しぐつぐつと煮えたぎったシチューよりも凄まじい怒りがカーズの胸のなかで燃えていた。


あの時、カーズはディエゴに勝っていたはずだった。
輝彩滑刀でディエゴの首をかっ切り、生意気なその面をゆっくりおがめられたはずだった。


「『世界“ザ・ワールド”』」


あの男の介入さえなければ。
存在に気づいた時には遅く、吹き飛ばされて紅魔館の外へ投げ出された。
拠点も奪われ、さらにシーザーとの戦いも強いられることになり余計な手傷をも負ってしまった。
JOJOからさえも味わったことのない屈辱的逃走体験を思い出すと、カーズの怒りにさらに油を注いだ。

「全くもって忌々しいッ!忌々しいが…」

カーズは考える。
先ほど自分を殴り飛ばした男、そいつはきっとスタンド使いだ。
スタンドについて自分はパチュリーと夢美の会話、恐竜のスタンド使いとの戦い。
まだスタンドという存在に数歩踏み入れただけに過ぎない。
加えて奴の能力の一端もつかめていない。
怒りを抑え、体制を整える方が先決だ。

「それにもうすぐ放送が始まる…奴を始末する算段はそれからだな」


27 : Awake ◆RzdEBf96bU :2015/06/11(木) 01:03:46 WWyljwoU0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
―――話しが長くなったようだが、これで第一回放送を終了する。
次の放送は昼の12時だ。それまで諸君の健闘を祈る。」

カーズは放送を聞き終えて思案する。

(ふぅむ、エシディシ、ワムウは無事か。まあ、奴らの実力を考慮すれば当然のことだがな。
それに、奴―サンタナとか人間どもに呼ばれていたか―も生きていたか。
スピードワゴンの名も呼ばれていたが奴は老人。寧ろ呼ばれていないほうがおかしいくらいだ。)

同族の無事を知り、当然という気持ちで笑みを浮べる。
同時に早期のエシディシやワムウ(サンタナもいるが)との合流を計画する。

(それに荒木の言うことでは一つ興味深いことがあったからな。)

地下の存在。その言葉がカーズの関心を引いた。
究極生物と言えども、カーズたちは太陽の光を弱点とする。
太陽の出ている日中はどこか拠点に立てこもるしかないと思っていたが、本当に地下があるのならとれる道も増えるものだ。
加えてエシディシやワムウも、この放送を聞き地下に潜っている可能性が高い。
地下を見つければ合流できる確率も上がるものだ。

(荒木はヒントを見た者なら分かるかもしれないがと言っていたな。
地下を見つけるためのヒントが会場のどこかに隠されているということか。
もしくは支給品などで渡されているという可能性もあるか?
なんにせよ、地下の入り口の発見は必須だがな)

地下と仲間との合流を考えながら、カーズはもう一つ重要なことを思い浮かべていた。
つまり金色の像のスタンド使いについてである。

あの男は実に不本意だが自分を一時撤退させる程度の力を持っている。
荒木と太田を打倒する道中、奴の存在は大きな障害になりうる。
奴の能力の正体は暴かなくてはならない。

(あの男…おれが恐竜のスタンド使いとの戦いに集中していたとはいえ、近距離まで近づくことが出来るか?
いや、このカーズはそんな間抜けな思考などしていない!あそこまで近づくまでに奴の存在には気づいているはず…
つまり!つまりだ!おれに気づかれずに近づけたことに奴のスタンドのからくりが存在している!)

カーズはスタンドの一端に気づき、さらに思考を進める。
スタンドの知識を得て先ほど初めて闘ったというスタンド戦の入門したてであるが、カーズは柔軟に考える。
知らないものからすれば、スタンドなんて代物は常識はずれに感じ対応するだけで精いっぱいだが、カーズは普通とは違う。
彼の一族のものたちは光に弱いという弱点を【当たり前】のものとして受け取っていたが、
カーズはその【当たり前】を破壊しようとした。石仮面を使って!
カーズにとって常識を超えるなど、太陽が東から昇って西に沈むということぐらい当然なのだ!

(奴は突如として身を現した。気づかれずに近づいたということは、奴はワムウのようなステルス能力の持ち主ということか?
いや、奴が現れる前には物音も体温も感じなかった。もっとそれ以上の能力…このカーズが想像だにしていなかった力を持っているということか?)

自分に気づかれず近づける能力をカーズは考えた。
スタンドは生物にはできもしない力を持ち得る。
カーズはそのことを念頭に入れ、発想のスケールをさらに広げた。

例えば瞬間移動。
例えば異次元からの移動。
例えば思考へのジャグミング。
例えば…時間停止。


28 : Awake ◆RzdEBf96bU :2015/06/11(木) 01:04:26 WWyljwoU0
いくつか可能性を考えて一旦思考を切り上げた。

(まだ奴の力はさわりしか見ていない。
情報が足りん段階でどれか一つの仮説に固持すれば逆に追い詰められるだけだ。
何かしら正体を暴くための情報収集手段を講じる必要があるな。
それに…スタンドへの対抗策を考える必要もあるか。)

カーズはサンモリッツホテルでのパチュリーと夢美の会話を思い出す。
奴らの会話から得た情報によると、スタンドはこちらから触れず、しかしスタンドから触る分には問題ない。
そのことを考え、カーズは自身の不利を悟った。

あらゆるものを切断する輝彩滑刀も、人間を容易くミンチにできるほどの蹴りも、1分間に600発の弾丸を放てる機関銃も、
スタンドを盾にすれば決して通ることはないのだ。
そのディスアドバンテージはカーズを歯噛みさせた。
金色のスタンド使いは荒木たちのもとにたどり着くまでに必ず排除せねばならない存在だ。
しかし、スタンド相手には自身の力は通じない。
(恐竜のスタンド使いは例外の様だが)
再戦するにせよ、その溝を埋めねば大きな痛手を負うことになるだろう。

(恐らくスタンドを攻撃できるのはスタンドのみ…
ならばスタンドを得る必要があるな。
スタンドDISCを入れればスタンドを手にすることは確認済みだ。
そしてスタンドDISCの持ち主で知っているものと言えば…)

パチュリー・ノーレッジと岡崎夢美。
二人の名が思いついた。

盗み聞きした情報によると、能力は鉱物への変身。
手にすれば、宇宙服のようなスーツを作り紫外線を遮断することも可能かもしれぬ。

「しかし、奴らの考察にはまだ利用価値がある。いま彼奴らを襲撃すればその旨みも失われるか…」

パチュリーと夢美にはカーズのない知識による考察が期待できる。
スタンドDISCを得る代わりに敵対関係になれば差し引きゼロ…いやむしろマイナスか。

「スタンドを得るだけならば、他にもスタンドDISCを持つ者もいるだろうな。今あの二人から奪うことに固執することもあるまい。」

カーズはそう結論付け、歩みを進めた。
潜んでいるシーザーの肉体の摩耗も激しい。
早く近くの施設に身を寄せ太陽光から逃れる必要がある。
頭の中で地図を広げ、近くの施設がどこで会ったかを考える。

「ここから近いのはD-3の廃洋館だったな」

目的地を定め、カーズの思考にゆとりができたせいか、一つのアイディアが新たに生まれた。
あの金色のスタンド使いの情報を得る方法だ。

「そうだ、あの男にだれかほかの参加者をぶつけて観察するのだ。科学者が試薬を効果を試すときに用いる使い捨てのリトマス紙のようにな」

あの時は自分が対峙したためどうなっているのか理解できなかった。
ならば話は単純だ。誰かと戦わせてその結果を影から見ればいい。
その誰かがいくら傷つこうがどうでもいい。
くたばれば余分な参加者が減って結構だ。
相打ちになればもうけものだ。
何もできずに殺されようがデータぐらいは得られるか。

傍から見れば卑怯な手だと揶揄されるかもしれぬ。
しかしカーズにとってそんな評価なぞ、道端でくたばっている浮浪者の死因を考えるよりもどうでもいい。
最終的に勝てばいいだけなのだから。


29 : Awake ◆RzdEBf96bU :2015/06/11(木) 01:04:44 WWyljwoU0
【C-3 南東魔法の森/朝】
【カーズ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:怒り、疲労(中)、体力消耗(大)、右腕欠損、胴体・両足に波紋傷複数(中)、全身打撲(大)、シーザーの死体に侵入
[装備]:シーザーの死体(心臓欠損、胴体に大きな裂傷二つ、出血中)、狙撃銃の予備弾薬(5発)
[道具]:基本支給品×3
[思考・状況]
基本行動方針:生き残る。最終的に荒木と太田を始末。
1:廃洋館に移動。体勢を立て直す。
2:どんな手を使ってでも勝ち残る。
3:地下への入り口を探す
4:金色のスタンド使い(DIO)は自分が手を下すにせよ他人を差し向けるにせよ、必ず始末する。
5:上記のためにも情報を得る。他の参加者と戦わせてデータを得ようか。
6:スタンドDISCを手に入れる。パチュリーと夢美から奪うのは『今は』止した方がいいか。
7:この空間及び主催者に関しての情報を集める。そのために、夢美とパチュリーはしばらく泳がせておく。
  時期が来たら、パチュリーの持っているであろうメモを『回収』する。
[備考]
※参戦時期はワムウが風になった直後です。
※ナズーリンとタルカスのデイパックはカーズに回収されました。
※死んだ筈のシーザーを目の当たりにした為、ワムウとエシディシの生存を確信しています。
※シーザーの死体の体内に侵入し肉体を乗っ取っています。
 日中でも行動出来ますが損傷と失血が激しく、長時間の使用は不可能でしょう。
※ディエゴの恐竜の監視に気づきました


30 : book4kj :2015/06/11(木) 01:05:19 WWyljwoU0
以上で投下終了します
矛盾点等ございましたら、ご指摘お願いいたします


31 : 名無しさん :2015/06/11(木) 01:14:54 4zuCi5ps0
投下乙です
これはワムウとの再会が近いか?こいしちゃんがやばい……


32 : 名無しさん :2015/06/11(木) 11:52:45 Kt4k1C8k0
投下乙です。
カーズinシーザーと化したカーズ様ながら、
敗走から少し翳っていたその脅威や恐ろしさを再確認出来ました。
『カーズにとって常識を超えるなど、太陽が東から昇って西に沈むということぐらい当然なのだ!』
とか凄く好きです。
そして後々へのフラグもビンビン……スタンド考察と廃洋館……
不穏な気配を感じてガクブルですが、面白かったです。


33 : 名無しさん :2015/06/11(木) 21:35:34 vHsNIiC20
投下乙です
パチュリーと夢美がヤバイ…
ワムウたちと出会ったらカーズならこいしちゃんを迷わず殺すかもしれんなー


34 : 名無しさん :2015/06/14(日) 15:52:26 GoGtjEXQ0
ワムウ次第でもある
続きが楽しみだ


35 : ◆.OuhWp0KOo :2015/06/16(火) 00:14:54 VEIN5cOs0
レミリア・スカーレット、サンタナ、ブローノ・ブチャラティ、ディアボロ

の4名を予約します。


36 : 名無しさん :2015/06/16(火) 00:25:35 YpgxXPMU0
ギャングと淑女からすればサンタナは二度取り逃がした因縁の相手か
そしてブチャラティとディアボロという原作からの深い因縁持ちも


37 : 名無しさん :2015/06/16(火) 06:27:51 PeF1DzMI0
ヨンタナ〜


38 : 名無しさん :2015/06/16(火) 21:56:11 n4jx/YT20
ディアボロさんバトロワでは敵でも味方でも大活躍だよね。結局2部では一番殺傷人数多かったし・・・。
えっ?3部?知りまんせんなぁ・・・


39 : 名無しさん :2015/06/16(火) 23:26:17 xpYvst3w0
サンタナ ヨンタナ ゴタナ←つよい


40 : ◆qSXL3X4ics :2015/06/17(水) 01:01:02 auMHMpkM0
リンゴォ・ロードアゲイン、蓬莱山輝夜

以上の2名を予約します


41 : ◆.OuhWp0KOo :2015/06/23(火) 22:31:03 g0uTtOrM0
>>35
の予約を延長します。


42 : <削除> :<削除>
<削除>


43 : ◆qSXL3X4ics :2015/06/24(水) 02:40:30 UvsKbveA0
すみません、予約を延長します


44 : ◆.OuhWp0KOo :2015/06/30(火) 20:08:41 lHJFrWaY0
すみません。執筆が間に合いそうにないので
>>35の予約を一旦破棄します。


45 : ◆qSXL3X4ics :2015/07/01(水) 20:54:42 eYf.BXT.0
どうにも話が纏まらないので予約を破棄します。
長期のキャラ縛り、本当に申し訳ございません。


46 : ◆n4C8df9rq6 :2015/07/01(水) 22:20:03 8PlZS3qM0
古明地こいし、ワムウ、カーズ
予約します


47 : 名無しさん :2015/07/01(水) 22:50:04 WUGdY31c0
全員、礼だァァーッ!!

ジョ東のパイオニアn4C(略)さんの予約だッ!!!


48 : 名無しさん :2015/07/02(木) 10:03:53 Sx7HlGuk0
(`・ω・)ゞ


49 : 名無しさん :2015/07/02(木) 23:21:22 axZkPgI60
orz


50 : ◆.OuhWp0KOo :2015/07/03(金) 00:05:47 qy3u5UOQ0
>>46
OTZ (ズザッ

レミリア・スカーレット、サンタナ、ブローノ・ブチャラティ、ディアボロ

の4名を予約します。
今度こそ、な


51 : 名無しさん :2015/07/04(土) 09:25:39 nQ1E81gM0
有志の読者から素敵な支援絵を頂きました。
これが…せい…いっぱい…です…みなさん…
受け取って……ください……伝わって……ください……。

ttp://iup.2ch-library.com/i/i1461084-1435968365.jpg
ttp://iup.2ch-library.com/i/i1461085-1435968365.jpg
ttp://iup.2ch-library.com/i/i1461086-1435968365.jpg


52 : ◆YF//rpC0lk :2015/07/04(土) 09:53:56 Awy4nD6w0
>>51
「ありがとう」・・・それしか言う言葉がみつからない・・・

支援絵、ありがとうございます!


53 : 名無しさん :2015/07/04(土) 10:14:55 fq.2LkK60
>>51
ブラボー!おお…ブラボー!


54 : 名無しさん :2015/07/04(土) 10:26:06 K1LZ4Jxg0
わあい支援絵 あたい支援絵だいすき


55 : 名無しさん :2015/07/05(日) 00:07:02 pm6MfcWA0
ディ・モールト ディ・モールトにいいぞッ!


56 : 名無しさん :2015/07/05(日) 05:25:40 rUGRTW2E0
もはや崇拝しかない……この場所に『神殿』を建てよう


57 : 読み手 :2015/07/05(日) 19:15:45 pLI3G4HY0
初めまして支援絵描かせていただいたものです。
嬉しい感想沢山ありがとうございます・・・!
ロワ応援しています書き手の皆さん頑張ってください!


58 : 名無しさん :2015/07/06(月) 14:07:15 pEdhQA9Q0
誰か>>51の支援絵をWikiに載せられないだろうか


59 : 名無しさん :2015/07/07(火) 07:19:53 oQVSCcSo0
支援絵がwikiにうpされたぜ! 乙!


60 : 名無しさん :2015/07/07(火) 09:56:25 36nztKQw0
ありがてえ話ですよこれは


61 : ◆n4C8df9rq6 :2015/07/08(水) 19:44:18 E15ixzeo0
予約延長します。


62 : ◆.OuhWp0KOo :2015/07/11(土) 00:05:07 t/venFIk0
>>50
の予約を延長します。


63 : ◆n4C8df9rq6 :2015/07/15(水) 14:23:54 JVJXJNSY0
お昼ですが、投下させていただきます。


64 : meet again ◆n4C8df9rq6 :2015/07/15(水) 14:24:46 JVJXJNSY0


D-3、古びた廃洋館内。
屋内は閑散としており異様な静寂に包まれていた。
窓から僅かなは光が差しているものの、どこか薄暗い雰囲気を感じさせる。
整頓された内装とは裏腹に不気味なまで生活感を感じさせない。
埃の匂いが充満し、朽ちた様子を伺わせる館だ。
まさに『廃洋館』という呼称通りの廃墟だろう。
本来ならば亡霊達の巣食う館に人がいる筈がない。
少なくとも『生者』が訪れるような場所ではないのだ。

だが、今は殺し合いのただ中だ。
亡霊の姉妹が住まう館も今やゲームの会場に存在する施設でしかない。
誰が足を踏み入れても不思議ではないのだ。
だからこそ当然の如く『彼』はこの館に訪れた。
リビングと思わしき部屋で、男は座禅を組むように暖炉の前で座り込んでいた。

両目を抉った傷。筋肉隆々の肉体。古代の部族にも似た衣装。負傷を感じさせぬ程の気迫。
それらは仏像の如く動かぬ男の異様さを物語っていた。
この男が異端の怪物であることを端的に物語っていた。


(傷は決して浅くないが…それなりに癒えてきたか)


柱の男『ワムウ』はこの廃洋館内で日光から身を隠し、自らの傷を癒していた。
第一回放送前、彼は魔法の森でジョリーンとマリサの前に敗北した。
端的に言って、彼女達は『強かった』。
奇妙な人形を操る魔術。優れた実力と連携。決して屈せず立ち向かう強靭な意思。
それらはワムウの心に確かな炎を灯していた。
『強敵との戦い』という、久しく感じていなかった『喜び』を思い起こさせたのだ。
あの太陽の如し炎を操る少女もそうだ。
まだ未熟でありながら、彼女達は確かな強さを秘めていた。

この地には数々の『強者』が存在する。
己の魂を満たしてくれる強い戦士たちがいる。
自らの傷を癒しつつ、ワムウはそう直感していた。

だが、今はまだ傷を癒さねばならない。
二度の死闘によって受けた傷はワムウに相応の消耗を与えていた。
如何に柱の男と言えど、強敵との連戦はその身に堪える。
それに、今は闇の一族の弱点である太陽が昇っている時刻だ。
暫くはこの廃洋館で休む他ないだろう。
ある程度傷が癒えた頃に館内の捜索を行うことも視野に入れるべきか。


65 : meet again ◆n4C8df9rq6 :2015/07/15(水) 14:26:02 JVJXJNSY0

(…それにしても)


やや呆れ気味に、ワムウは己の片足にしがみ付く存在へと意識を向ける。
仏像めいて動かぬ彼の片足には一人の少女が抱きつきながら眠っていた。
彼女の名は古明地こいし。
地霊殿の主の妹であり、無意識を操る能力を持つ覚の妖怪だ。


(余程疲労していたのか)


こいしは寝息を立てており、未だに目覚める様子はない。
ワムウの力ならば彼女を振り払うことも容易いだろう。
だがこいしは一向に目覚める様子を見せないし、身を休めている状況で彼女を無理に引き離す必要もない。
故にワムウは彼女の存在を容認し、その場に像の如く留まっていたのだ。
古明地こいしは『弱い』。
真の強さを見出せず、周りに流されながら彷徨っている。
ただ状況に翻弄されながら此処までかろうじて生き延びてきたのだろう。
とはいえ、そんな彼女を鏡としワムウは己の弱さを自戒した。
この会場には数々の『強者』が存在する。彼らとの戦いは実に心が湧き踊る。
だが、闘争に溺れ真の目的を失ってしまえば形無しだ。
この命はあくまで主の為のもの。自らを戦士として育て上げた二人の君主に尽くすことこそが己の使命だ。
弱さを抱えるこいしと語らったことでワムウは改めて自覚することができた。
故にワムウはこいしに助言をしたのだ。
彼の生涯の大半は主の為の闘争によって彩られていた。
数々の勇猛な戦士と出会い、己の力を以て彼らを蹂躙していった。
特に2000年前、ローマでの波紋戦士の一族との戦いは実に熾烈なものだった。
ワムウの魂を満たすほどの強者は居らずとも、彼らは皆勇敢に立ち向かってきた。
そう、ワムウは常に『戦士』と相対してきたのである。
こいしのように何も出来ず、自らの力で何も選べぬ者には見向きもしなかった。
普段のワムウならば彼女のような存在を軽蔑し、見下していただろう。
だが、今のワムウは不思議とそのような想いを抱かなかった。
それは先程の語らいによって自らの弱さを振り返ることができ、彼女に敬意を表した結果なのか。
あるいは、初めて面と向かって弱者と語らったことで微かな慈悲でも芽生えたのか。
今のワムウはまだ答えを見出せなかった。


(……この音、気配……参加者か)


そんな思考を繰り返す中、ワムウはあることに気づく。
何かが軋むような音が耳に入ったのだ。
これは玄関の扉が開いた音か。
同時に『気流』にも反応があった。
玄関の扉から洋館内に誰かが侵入してきたのだ。

風の流法を操るワムウは気流を感知する術にも長ける。
ごく僅かな人間の気配を感じ取ることなど彼に取っては雑作も無いのだ。
そして、主が得手とする『熱』による生体の探知も組み合わせればより高度な察知が可能となる。
今のワムウは柱の男としての能力を最大限に活かし、生きる生命探知機として機能していたのだ。


(歩行音も聞こえてくる。この歩幅は若い男。身長は185…否、186か。不安定な足取りだ。
 そして、相手はこちらへと確実に接近してきている)


他人の認識そのものを欺く古明地こいしが接近してきた時には気配を殆ど感じ取れなかったが、今回は通常通り感知出来る。
対象の足音、歩幅、動きが気流と熱によって感じ取れる。
そして、それらの気配はこのリビングの扉の前で止まった。


(…来るか)


66 : meet again ◆n4C8df9rq6 :2015/07/15(水) 14:26:43 JVJXJNSY0

ゆっくりと開かれるリビングの扉の音と共に、ワムウは察知する。
来訪者はこの部屋に入ってくるつもりらしい。
そして再び耳に入った足音は、ゆっくりと此方へ接近してくる。


「去れ、来訪者よ。さすれば命は取らん」


故にワムウは警告を飛ばした。
どのような参加者かは解らぬが、今は争うつもりはない。
もし殺し合いに乗っている参加者であるとしてもこのワムウが負けるつもりは無い。
未だ傷を負っている状態とは言え、十分に身体を動かせるレベルには回復した。
風の流法も十分に機能する。故に彼は強気の姿勢を取ったのだ。


「ほう、こんな所にいたとはな。確かにここは『日光』を避けるには打ってつけの場所だ。
 我々の隠れ家としては特に適しているだろう。何はともあれ、お前と合流できて良かった」


だが、相手の態度は予想と反していた。
まるで知り合いと再会したかのような様子で話しかけてきたのだ。
そして、その『声』を耳にしてワムウは一層警戒を強めた。
間違いない。ローマの地下遺跡で出会ったシーザーとかいう波紋戦士の声だ。
だがヤツは死んだはず。第一回放送にその名を連ねていたのだから。

「その声、波紋戦士の」
「いいや違うぞ。私は一万二千年前にお前を拾った『主』だ。
 荒事に巻き込まれ、今は『波紋戦士』の肉体を使っているがな」

どこか落ち着き払った態度で相手はそう語り掛けてくる。
疑心を抱いていたワムウは、来訪者の正体に気づいた。
その口調と態度は彼にとっても確かな覚えがあるものだったのだから。
このワムウを戦士として育て上げた、我が主の一人だ。
光の流法の使い手にして一族の長――その名はカーズ。



「ご無事でしたか、カーズ様」
「ああ。ワムウ、おまえも無事で何よりだ。…で、それは子守の真似事か?」



そういってカーズはワムウの足に纏わりつく古明地こいしを指差す。
何処か茶化すような主の言葉に対し、ワムウは何とも言えぬ沈黙で返した。


◆◆◆◆◆◆◆◆


67 : meet again ◆n4C8df9rq6 :2015/07/15(水) 14:28:02 JVJXJNSY0
◆◆◆◆◆◆◆◆



ブジュル、ブジュルと気味の悪い咀嚼音がリビングに響き渡る。
『戦士だったもの』の血肉が、彼の肉体に取り込まれていく。
そう、シーザー・アントニオ・ツェペリの屍体だ。
激しい出血と消耗によって使い物にならないと判断されたシーザーの肉体は、カーズの『食料』として処分されることとなったのだ。
右腕だけは遺している。カーズの失った右腕の部位に移植する為だ。
それ以外の肉体は埋葬されることも弔われることもなく、全身で捕食する柱の男の餌として消費された。
カーズはワムウにもシーザーの屍体を食料として与えるつもりだったが、彼はそれを拒否した。
主であるカーズの回復を優先させるためだ。
主君への忠義を優先するワムウへの『信頼』を改めて噛み締め、カーズは彼の意思を尊重した。
その後カーズはワムウの辿った道筋を聞き出していた。
ワムウに情報を聞き出す中で、カーズが一つ気づいたことがある。
ワムウとカーズの間に僅かな認識の違いが存在していたのだ。
カーズはエシディシ、シーザーを死者として認識していた。
だが、ワムウは彼らを生者として認識していたのだ。
話を続けるうちに、二人は自分たちの「時間軸」が異なっていることに気付いたのだ。

(まさかとは思うが…あの荒木に太田とやら、時間さえも超越する力を?
 有り得ぬ話ではない。現に我々の間で時間の認識が異なっていたのだから。
 それに、スタンドという未知の力が存在する以上どのような現象が起こっても不思議ではない)

カーズは己の中で推測を纏める。
時空間を超越する力。荒唐無稽だが、今や有り得ぬ話とは断言できない。
この会場は未知の力が数多く存在している。
それに、相手は「90人もの参加者を一堂に呼び寄せ、隔離された空間内で殺し合いを強いる」ことが出来る力を持った主催者だ。
ワムウとの認識の違いを把握した以上、最早時空間の干渉という現象でさえ可能性としては有り得ると推測した。

――カーズはワムウの死についても言及した。

「お前もまた、このカーズの前で死んだ」と。
カーズはそうワムウに告げたのだ。
詳しいことは語らなかった。だが、ワムウはただ無言でそのことを受け入れていた。
彼が何を思っているのか、何を感じていたのか。
カーズはそれを読み取ることはできなかったが、少なくとも彼の意思を揺るがすことはなかったらしい。

そのままカーズは更なる情報を聞き出す。
どうやらワムウは此処に至るまで、幾つかの死線を乗り越えてきたらしい。
一つ目は黒翼の少女との戦闘。
太陽の如し熱を操る力はワムウでさえも苦戦させたという。
ワムウの傷の治りが遅いことから、その熱は実際に『太陽』や『波紋』に由来するものである可能性が高い。
彼女の名はワムウも把握しておらず、知らぬうちに脱落している可能性もあるが警戒は必要だろう。
最悪の場合、我々の天敵となる危険性があるのだから。
二つ目は人形を操る二人の女との戦闘。
カーズはこの話に関心を抱いた。
彼女らは特異な能力を持つ人形――力(パワー)ある像(ビジョン)を操っていたというのだ。
ワムウの話を聞く限り、その人形は自らの知る『スタンド』の情報と特徴が一致している。
恐らくは彼女らもスタンド使い。やはりDISCによってそれを獲得したのだろうか。
何にせよ、この会場には自分の予想していた以上にスタンド使いが存在する。
どれほどの限界を持つか解らぬ未知の能力だ。最大限警戒せねばならないだろう。

「『スタンド』…我々も知らぬ力が存在するとは…」
「私も驚いているさ。どうやらこの会場には数多の『未知なるもの』が存在するらしい」
そう言ってカーズもまた、ワムウに対し口を開いた。
「紅魔館という施設は把握しているな?この会場の中央の『霧の湖』の小島に存在する館だ」
「霧の湖…この廃洋館に足を踏み入れる前、僅かながら目視での確認をしました。
 周辺には翼竜にも似た奇妙な生物が幾匹も見受けられました。まるで紅魔館の近辺を監視するように」
「ふむ、やはりお前も見ていたか。あれも恐らく『スタンド』だろう。
 あの館にはそれを使役する本体が存在する。それに、そいつを上回るやもしれぬ『厄介なスタンド使い』も…」


68 : meet again ◆n4C8df9rq6 :2015/07/15(水) 14:28:39 JVJXJNSY0
自らの記憶を掘り起こし、カーズは険しい表情を浮かべる。
無数の恐竜を自在に使役するスタンド使い。
あのシーザー・アントニオ・ツェペリが恐竜に変貌していたことから、人間を恐竜化させることも可能らしい。
どんな条件によって恐竜化するのか。柱の男に対してもそれは有効なのか。まだ確定した判断を下せる材料は少ない。
そして、あの時突然現れた金髪のスタンド使い。
ヤツは音も気配もなくその場に現れ、カーズを吹き飛ばした。
一体如何なる術を使っているのか。少し前に考察した通り、奴の能力の謎を暴く必要がある。
そして、面倒なのは『その二人』が結託している可能性があるということだ。
恐竜のスタンド使いが未だに健在であることは、紅魔館の周囲を飛び回る翼竜が証明している。
奴が金髪のスタンド使いを撃退した可能性も考慮したが、可能性は低いだろう。
あの男はカーズとの戦闘で消耗している。対する金髪のスタンド使いは、一瞬見た限りではほぼ無傷の状態だった。
恐るべきパワーとスピード、そして瞬間移動にも似た圧倒的な能力を持つ金髪のスタンド使いが手傷を負った恐竜のスタンド使いに敗北するだろうか?
少なくともカーズはそうは考えられなかった。
もしかすれば、あの二人は結託し紅魔館で籠城をしているのではないか――そんな疑念を抱いたのだ。

「この仮定が正しいとすれば、相当厄介なことになるな」
「翼竜軍団による監視と警備、それに未知の能力を持つ強者…確かに、強力な牙城と言えるでしょう」
「だからこそ、ヤツらは仕留める必要がある。特に金髪のスタンド使い…ヤツは特に危険だろう。
 ヤツに対しては早い内に手を打っておきたいものだ」

未知の力を持つ金髪のスタンド使いはどんな手を使ってでも始末する必要がある。
他者をぶつけて能力を探る。漁夫の利を狙う。手段を問うつもりはない。
ただ勝てばいいのだ。それがカーズの流儀であり、卑劣な信念なのだから。

まだ見ぬ未知の強者たちはやはり幾人も存在する。
この会場の底知れなさを改めて理解したワムウの胸には、僅かな期待が込み上げる。
やはりこの場には己の渇きを満たす強者が数多く存在しているのだろう。
しかし今重要なことは主に忠誠を尽くすことだ。
このような私欲に溺れてはならない。そう己を戒めたばかりなのだ。
故にワムウは己の意思を封じ込める。
そして僅かな沈黙の後、ワムウが再び口を開いた。


「して、カーズ様。ヤツ……人間共から『サンタナ』と呼ばれていた同胞と再会しました」


ほう、とカーズは抑揚の無い無感情な感嘆の声を上げる。
まるで『道端で子犬を見かけた』などと言うどうでもいい話を聞いたかのような反応だ。


69 : meet again ◆n4C8df9rq6 :2015/07/15(水) 14:29:11 JVJXJNSY0
ワムウはサンタナと再会した際の経緯を話した。
ヤツが他の参加者を喰らっている所を発見し、接触を試みた。
一族の一人である彼を一応の仲間と見做し、主の捜索を命じた。
ヤツとの出会いはそれきりだ。
少なくとも第一回放送を超えているのは確かだが、今生きているのかさえ解らない。
とはいえ、ヤツとて闇の一族の一人。主にとっては番犬に過ぎぬとはいえ、そう簡単にやられるはずもない。
ワムウはそう考えていた。

「ヤツにはカーズ様、エシディシ様の会場の南方における捜索を命じました」
「お前がヤツを使うとはな」
「落ちこぼれと言えどヤツもまた我らが同胞、利用する手はあるかと」
「それもそうか。で、エシディシは見つけたのか」

淡々と問いかけるカーズに対し、ワムウは答える。

「いえ、未だにエシディシ様との接触は果たせておりませぬ。
 もしかすれば、ヤツが合流している可能性もありますが…」
「そうか。エシディシとは早急に合流を果たしておきたいものだな」

カーズはきっぱりとそう言った。
それを聞き、ワムウは静かに頷く。
ワムウもとうに理解していたことだが、カーズはサンタナのことを一切気に留めていなかった。
所詮は落ちこぼれの青二才。メキシコの地に捨て置いた犬。
恐らく、カーズにとってサンタナなどその程度の認識だろう。
カーズの意思に対して、ワムウが異を唱えるつもりはない。
だが、ワムウは僅かに口惜しさを感じていた。
久々に同胞と再会したことで微かな干渉が芽生えてしまったのかもしれない。
らしくない感情だと、ワムウは心中で自嘲する。
主がサンタナをどう扱おうと、自らには関係ない。
所詮自身もサンタナも、主達のしもべに過ぎないのだから。



「で、その小娘――――――」



サンタナの話を切り捨てるように、カーズは次の話を切り出す。
小娘。つまり、ワムウの足にしがみつく古明地こいしのことだろう。
彼女は一向に目を覚ます様子を見せなかった。
ここに至るまでに相当の心労や疲労を抱えていたのか。
あるいは、ワムウの傍にいることで余程安心しきっているのか。
理由は解らない。
そもそも、カーズは理由など興味を持たない。


「起こせ。お前とて、いつまでもしがみつかれては堪ったものではないだろう」


カーズはワムウに対しそう言い放った。
その声色からして、単なるしもべに対する慈悲ではないということはワムウもすぐに理解できた。
故にワムウは問いかける。


「カーズ様、如何なされるおつもりですか」
「決まっておろう。その小娘から情報を引き摺りだすのみ。
 利用できるかできないかは、その後に判断する」


そう呟くカーズの口元には、冷酷な笑みが浮かんでいた。


◆◆◆◆◆◆◆◆


70 : meet again ◆n4C8df9rq6 :2015/07/15(水) 14:29:53 JVJXJNSY0
◆◆◆◆◆◆◆◆


ワムウは主の指示に逆らうつもりはなかった。
元よりこの命は主の為に存在するものだ。
彼らの命令は絶対であるし、自らがそれに逆らう必要など無い。
主もまたワムウの意思を尊重することこそあれど、主導権を委ねることは無い。
2000年以上も前に波紋戦士の子供と相対した時もそうだった。
ワムウは幼子に手を掛けることを嫌い、ついにはそれを仕留めることが出来なかった。
カーズはそれを咎めはしなかった。代わりに己が手で子供を殺した。
お前の信念は理解しているが、お前の意思は関係ない。
物事を決めるのは、相手の生死を選別するのはいつだって主である自分達だ。
カーズはワムウに身を以てそう教えたのだ。

以来、ワムウは主の選択を従順に受け止めることを改めて決意した。
自らの理念に反する時は口を挟むこともあるだろう。
だが、最終的にすべての決めるのは主だ。しもべの意思など関係ない。
そう理解してから、ワムウはカーズの所業を見過ごすようになった。
例え主がどんなに卑劣で残虐な所業を行おうと、仕方が無いと割り切ることに決めた。

ワムウが清廉なる強者との死闘を貪欲なまでに望むようになったのは必然だったのかもしれない。
自らの理念と相容れぬ生き方を貫く主へのジレンマを、闘争によって晴らしていた。
武人として魂を燃やすことこそが、彼にとっての安らぎとなっていた。
彼は『無意識』のうちに己の心中の孤独を癒すことを求めるようになっていたのだ。
このバトル・ロワイアルはそんな彼の意思を刺激し、久方ぶりの強い闘争本能を呼び起こしたのだ。

だが、今は主の指揮下にある。
忠義と渇望を天秤に掛けた場合、己の渇望を押し殺して忠義を優先する。
それがワムウのサガだった。

主の言葉が正しいとすれば、未来で己は死ぬらしい。

その最期がどのようなものであったのか、敢えて聞き出すことはしなかった。
未来を知ったところで、ワムウは逃げも隠れもするつもりはないのだから。
ただ己の掟を貫き通し、戦い続ける――それだけだ。
今のワムウはただ主の意思に従うのみ。
主が古明地こいしをどう扱うのか。
それについても、口を挟むつもりは無かった。


71 : meet again ◆n4C8df9rq6 :2015/07/15(水) 14:30:29 JVJXJNSY0


【D-3 廃洋館内/午前】

【カーズ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:怒り、疲労(中)、体力消耗(中)、胴体・両足に波紋傷複数(小)、全身打撲(中)、シーザーの右腕を移植(いずれ馴染む)
[装備]:狙撃銃の予備弾薬(5発)
[道具]:基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:どんな手を使ってでも生き残る。最終的に荒木と太田を始末。
1:休息を取り、傷を癒す。
2:地下への入り口を探す。
3:エシディシと合流する。
4:古明地こいしから情報を聞き出す。
5:金色のスタンド使い(DIO)は自分が手を下すにせよ他人を差し向けるにせよ、必ず始末する。
6:上記のためにも情報を得る。他の参加者と戦わせてデータを得ようか。
7スタンドDISCを手に入れる。パチュリーと夢美から奪うのは『今は』止した方がいいか。
8:この空間及び主催者に関しての情報を集める。そのために、夢美とパチュリーはしばらく泳がせておく。
  時期が来たら、パチュリーの持っているであろうメモを『回収』する。
[備考]
※参戦時期はワムウが風になった直後です。
※ナズーリンとタルカスのデイパックはカーズに回収されました。
※ディエゴの恐竜の監視に気づきました
※ワムウとの時間軸のズレに気付き、荒木飛呂彦、太田順也のいずれかが『時空間に干渉する能力』を備えていると推測しました。
※シーザーの死体を補食しました。
※ワムウにタルカスの基本支給品を渡しました。

【ワムウ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:全身に小程度の火傷(再生中)、
右手の指をタルカスの指に交換(ほぼ馴染んだ)、頭部に裂傷(ほぼ完治)
    失明(いつでも治せるがあえて残している)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:掟を貫き、他の柱の男達と合流し『ゲーム』を破壊する
1:傷の回復が終わり次第、廃洋館内の地下を調べる。
2:エシディシと合流する。サンタナに関しては主の判断に従う。
3:霊烏路空(名前は聞いていない)と空条徐倫(ジョリーンと認識)と霧雨魔理沙(マリサと認識)と再戦を果たす。
4:ジョセフに会って再戦を果たす。
5:主達と合流するまでは『ゲーム』に付き合ってやってもいい。
6:こいしの処遇は主に一任する。
[備考]
※参戦時期はジョセフの心臓にリングを入れた後〜エシディシ死亡前です。
※失明は自身の感情を克服出来たと確信出来た時か、必要に迫られた時治します。
※カーズよりタルカスの基本支給品を受け取りました。
※スタンドに関する知識をカーズの知る範囲で把握しました。
※未来で自らが死ぬことを知りました。詳しい経緯は聞いていません。

【古明地こいし@東方地霊殿】
[状態]:肉体疲労(中)、精神疲労(大)、睡眠中、ワムウの足に抱きついている
[装備]:三八式騎兵銃(1/5)@現実、ナランチャのナイフ@ジョジョ第5部(懐に隠し持っている)
[道具]:基本支給品、予備弾薬×7
[思考・状況]
基本行動方針:…………
1:少女睡眠中。
2:自分自身の『強さ』を見つける。
3:ワムウおじさんと一緒にいたい。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降、命蓮寺の在家信者となった後です。
※ヴァニラからジョニィの能力、支給品のことを聞きました
※無意識を操る程度の能力は制限され弱体化しています。
気配を消すことは出来ますが、相手との距離が近付けば近付くほど勘付かれやすくなります。
また、あくまで「気配を消す」のみです。こいしの姿


72 : 名無しさん :2015/07/15(水) 14:30:46 JVJXJNSY0
投下終了です


73 : 名無しさん :2015/07/15(水) 17:34:53 rxT.zQrE0

ワムウ渋い・・・


74 : 名無しさん :2015/07/15(水) 20:19:52 lPdGV9R.0
投下乙です
ワムウの清廉さと対比するかのようなカーズの外道な精神…
こいしちゃんは果たして生き残れるのか?


75 : 名無しさん :2015/07/15(水) 22:06:17 WT22O5v.0
投下乙です。

サンタナを落ちこぼれだと言ってるけど、今四人の中で一番のキルスコアなんだけどね。


76 : 名無しさん :2015/07/15(水) 22:52:19 hfd6dW/M0
>>75
スコアはカーズ様>サンタナ>エシディシ>ワムウだよ

それはそうと投下乙
死闘とかを経て芽生えたワムウのささやかな感傷が印象的
カーズの非道に釈然としない気持ちがあっても立場的に結局仕方無いって割り切るしかないんだよな
闘争に無意識の癒しを見出しているワムウは今後本当の意味で満たされるかどうか


77 : 名無しさん :2015/07/16(木) 03:07:22 DEMnzLbI0
投下乙です。
1年ぶり?の投下、嬉しいです。
相変わらず柱の男への理解が深いというか、キャラクターの思考をしっかり丁寧に作ってる感じが出ていて良いですね。
カーズもこいしちゃんを利用する気満々だし、この先彼女が笑える日は来るのか…

柱の男のキルスコアも0、1、2、3と綺麗に並んでてちょっと面白い


78 : ◆.OuhWp0KOo :2015/07/17(金) 23:28:32 CLroWZhc0
>>50の予約を破棄します
ごめんなさい・・・


79 : ◆DBBxdWOZt6 :2015/07/19(日) 02:21:38 mNmuBAAs0
聖白蓮、秦こころ、エンリコ・プッチ、秋静葉、寅丸星、古明地さとり、ジョナサン・ジョースター
以上7名を予約します


80 : 名無しさん :2015/07/22(水) 14:35:32 s6Lux2kM0
投下乙です
カーズ様はワムウの目については触れないのかな?


81 : 名無しさん :2015/07/23(木) 10:30:29 oTLSscbE0
カーズがワムウにここまでの経緯について聞き出してるし、その過程で触れてるかもね>目


82 : ◆DBBxdWOZt6 :2015/07/26(日) 01:21:30 0u77vTFE0
予約を延長します


83 : ◆DBBxdWOZt6 :2015/08/02(日) 21:23:04 mBD8g9dE0
申し訳ありません……完成の目処が立たず、予約を破棄させていただきます。
他に予約される方がいなければ、目処が立ち次第再予約いたします。


84 : 名無しさん :2015/08/02(日) 22:09:22 RDXY7Lmw0
あァァァァんまりだァァアァァァァ…


85 : ◆BYQTTBZ5rg :2015/08/03(月) 00:55:26 70TQeCXA0
カグヤとリンゴを予約してみますか


86 : ◆qSXL3X4ics :2015/08/08(土) 17:20:20 OLU3SGeQ0
ゲリラ投下します


87 : ◆qSXL3X4ics :2015/08/08(土) 17:26:51 OLU3SGeQ0

    ◆


岸辺露伴という人間がその人生において、最も大切にしている物は言うまでもなく『マンガ』である。
あるインタビューではそんな質問に対し『家族と友人』と答えはしたが、そんなものは社会的体裁を立てるためのウソだ。
彼は現代社会というルールの境界は、より大切な物のために超えていくかもしれない。
しかし伝統や歴史には敬意を払うのを忘れない。

岸辺露伴という人間がマンガを描くプロセスにおいて、最も大切にしている信条は『リアリティ』である。
そのリアリティを第一としているからこそ、彼はマンガを描く準備段階である取材や構想だけは手抜きを怠らない。
ある種“狂気”とも言えるその思考回路を持ち得ているが故に、彼の描くマンガは必然的に『面白い』。

岸辺露伴は、面白くないマンガは嫌いである。
岸辺露伴は、自分の描くマンガが面白くないことだけは許せないと思っている。
岸辺露伴は、面白くないマンガを描くぐらいなら死んだ方がマシだと本気で思っている。

だからこそ、妥協はしない。
いつだって、本気でマンガに人生を捧げている。
それは当然、このゲームにおいても例外ではない。


たかだかバトルロワイヤルなどという下らない遊戯ごときが、露伴の“生きがい”を邪魔することなどは出来ないのだ。


    ◆


88 : 名無しさん :2015/08/08(土) 17:27:30 MSk8iYos0
わあいゲリラあたいゲリラ大好き


89 : 岸辺露伴は動かない 〜エピソード『東方幻想賛歌』 :2015/08/08(土) 17:31:42 OLU3SGeQ0
『岸辺露伴』
【午前】D-2 猫の隠れ里


「もう一度だけ言いますよ。先生の『記憶』を僕にく……見せてもらえませんか」

傲慢なるマンガ家、岸辺露伴はその目を鷹のように鋭くギョロリと丸くさせ、目の前の女性に静かに“お願い”をした。

「…………断る! わざわざ私をその、本?などにせずとも露伴先生のインタビューにはちゃんと答えてやると言っているだろう…!」

謎のスゴ味で自分を凝視する男の“お願い”に、歴史の編纂者、上白沢慧音は身の危険を感じながらも凛として断り続ける。

「いーんじゃないですか慧音さん。慧音さんがその、本?になるだけで貴重な情報を貰えるっていうのなら歓迎するべきですよ」

露伴と慧音が先ほどから何度も往復させる同じやりとりを我関せずとばかりに見ていた岡崎夢美も、そろそろ決着をつけようと口を挟んだ。

「夢美も他人事のように言うな! 自分の記憶が他人に見られるだなんて……なんか、イヤだろう! 本にされるというのもよく分からないし!」

「おっと、それを言うなら慧音先生。貴方の『能力』こそ他人の記憶に干渉し、食べてしまったり出来るらしいじゃないですか。
 僕と似たような能力だが、食べたりしないぶん僕の方が幾分かは無害なのでは?」

「なっ……!? 何故私の能力を知って……!?」

気もなく反論する露伴の“あー言えばこー言う”物言いに、教師を職とする慧音も流石に口では勝てない。
慧音及び幻想郷の住民の能力は事前に射命丸から簡単に聞いている。そのことを露伴は勿論言い漏らすことしないが、そのせいで慧音の露伴に対する不信は余計に募っていくばかりであった。

何故このような茶番劇が行われているのか。
事の発端は十数分前に遡る。



猫の隠れ里にて、来るはたてとのスポイラー対決に向けてのマンガ構想を練っていた露伴は、二人の参加者の接近を察知した。
彼女らの名前は上白沢慧音と岡崎夢美。
相手が二人で行動しており、その片方は射命丸から聞いていた上白沢なる温厚な人物だとの情報と一致している。
そのことから暫定『乗っていない』参加者だと判断した露伴は、早速情報交換を行おうと話を進める。
慧音は幻想郷で寺子屋の教職に就く先生であり、夢美は外界にて18という若さで教授をやっているという、これまた先生である。
奇しくも露伴の身は教職という方向の違いはあれど、その身ひとりでマンガ家を担う『先生』。
今ここにあらゆる分野での『先生』が三人、集結したのだ。

そのことに軽い同族意識でも生まれたのか、露伴も彼女らに興味を示し始めた。
特に―――頭に二本の大きな『角』を伸ばした慧音に対しては、露伴の無限大なる好奇心が刺激されないわけがなく。
異世界のあらゆる歴史が埋まったその脳内には一体どんな『ネタ』が隠されているのか。それを紐解くために露伴は慧音に対し『本』にするための許可を求めてきたのだった。


90 : 岸辺露伴は動かない 〜エピソード『東方幻想賛歌』 :2015/08/08(土) 17:33:15 OLU3SGeQ0

「〜〜〜だ、だからッ! 本にするまでもなく露伴先生の質問には答えてやると言っている!
 幻想郷の歴史が知りたいのなら私が知る範囲で良ければ嫌というほどに授業をしてやるから!!」

慧音の不安も尤もである。
露伴はさっきから『本にさせてくれ』などと意味の分からない戯言を一歩も退かずに主張するばかり。
彼という人物については既に仗助や康一から聞き及んでおり、(少なくとも)悪い人間ではないことは承知している。
しているのだが、同時に『厄介でめんどくさい人物』だとも聞いていた。その真偽は今、慧音が身を以って体験している通りだ。

「慧音先生の口から色々と聞くのも良いんですけどね、僕のマンガには『リアリティ』が必要なんですよ。
 そして僕のスタンドならインタビューとかでは得られない、この露伴自身が体験したのと同じ100%の『リアル』さで慧音先生の持つ『歴史』を伝えてくれる。
 僕が欲しいのはまさしくそのリアリティなんです。なあに心配は要りませんよ。特に身体に害悪とかはありませんからね」

これが露伴の言い分である。
慧音の持つ幻想郷の歴史は、露伴からしたら『宝(ネタ)の山』。飛び付かないはずがない。


「いやいや! この非常事態にどうして『マンガ』なのだ!? 今はそんなくだらないもので争ってる場合ではないだろう!」


そしてとうとうこの茶番劇に終止符を打つであろう『地雷』に、慧音はうっかり足を踏み入れてしまった。


「……『くだらないもの』? 僕のマンガが、くだらないだって……?」



「い い 気 に な る ん じ ゃ あ な い ぞ ッ ! た か だ か ド 田 舎 の い ち 妖 怪 如 き が ッ ! !」



怒髪天を衝く勢いで露伴の猛々しい怒声が振動した。


「殺し合いゲームの只中だからマンガなど描いている場合じゃないか? マンガなんかのために争うなんてくだらないとでも?
 この岸辺露伴をナメるなよッ! ペンがある! 紙もある! そして何より目の前には最高の『ネタ』があるッ!
 他に必要なものは……!? 『読者』だッ!! 僕の描いたマンガを読者に届ける術も得たッ!
 後は描くだけだ! 僕は『見てもらう』ためにマンガを描いている! 読者に見てもらうため、ただそれだけのためだッ!!」

メキメキと握る拳に力を込め、露伴が凄まじい眼力と共に目の前の慧音に詰め寄った。
これには流石の慧音女史といえどもタジタジ。表情を引き攣らせながら後ずさるも、それに合わせて露伴もどんどんと顔を寄せてくる。

「あ……い、いや……露伴先生? 私はただ、その……」

「傑作が描けるという最高の『ネタ』を掴んだ時の気分は君らにはわからんだろうッ!
 今がそれだ! 僕にとって今が最高に心地良い瞬間なんだ! その瞬間を奪う奴らがいるのなら『妖怪』だろうが『神サマ』だろうが知るもんかッ!
 全員ただじゃあおかないッ! あの荒木も太田もブッ潰してやるさ! マンガを描くついでになッ!」

露伴にとって殺し合いなどという勝手な遊戯に巻き込まれたことは確かに腹の立つことだ。
彼にだって良心はあるし、あの主催者たちについては許せないと憤慨してもいる。
しかしそれはそれとして、『マンガを描ける環境』を手に入れた露伴がやることは最早ただひとつ。
他の何をおいてもマンガを描く。ただそれだけだ。

故にこの時の露伴は少々周りが見えておらず、つい早まった行動をしてしまった。


「ヘブンズ・ドアー!! 慧音先生の持つ『幻想郷の歴史』、少しばかり閲覧させて頂きますよ!」


91 : 岸辺露伴は動かない 〜エピソード『東方幻想賛歌』 :2015/08/08(土) 17:34:10 OLU3SGeQ0
火がついたこの男を止めることは誰にも出来ない。
疾風の如く動かされた腕の動きによって現れたスタンドヴィジョンが、一瞬にして慧音を『本』にしていく。

「う……ッ!? ぉおおおおーーーーーッ!? な、んだ…これは……!? 私の身体が……!」

「わー!? 慧音さんが本になっちゃったーー!? すご! スタンドすご!!」

「感心してる場合かーーーーッ!!! 助けろっ!!!」

ペリペリと紙のように捲られていく人体の神秘に、夢美は傍で目を爛々に輝かせて観察を続ける。
通常、ヘブンズ・ドアーで本にされた者はそれだけで大きな行動を封じられる。
そしてページに『意識を失う』とでも書けば、後はゆっくりその者の人生を追体験できるのが露伴の強みである。
今回は慧音たちに対しては別に敵対しているわけではないので、露伴は意識を失うなどの書き込みは行っていない(本にするだけで既に色々と間違っているのだが)。

だが、こと『現在の』慧音に対しては少しばかり、露伴の認識は甘かった。


「…………!! なん、だお前……!? この『情報量』の多さは……!? くっ……! お、『重い』ッ!」


いつもの数倍の疲労が露伴の身体に圧し掛かってきた。
本にした慧音の『ページ数』が通常とはケタ違いの多さなのだ。必然、それに比例して露伴のスタンドパワーも持っていかれる。

「あ……たりまえだ……! 今の私は『白沢(ハクタク)』状態……!
 幻想郷中の知識や歴史が私の中に詰まっている状態なんだぞ……! そう簡単に文字に起こせるわけがないだろう……!」

膝をつき、腕で上体を支えようと踏ん張る慧音が身体を震わせながら露伴に説明してきた。
慧音のワーハクタクとしての能力は、幻想郷全ての歴史を自身の記憶に収めること。その情報量は莫大な量なのである。
六法全書と歴史書と英和辞典の全ページを脳髄に刻み込まれたような感覚が露伴を襲い、こちらもたまらず膝をつく。

「貴方の能力とやらは、どうやら私とは相性が悪いようだな……!
 さあ……! わかったなら……今すぐ元に、戻してもらおうか……! 露伴先生!」

「ぐ、ぅ……! 幻想郷中の、歴史……だって……!?」

汗が塊となり、ポタポタと地面を濡らしていく。見る見るうちに疲弊が溜まり、露伴の力を奪っていった。
確かに慧音の言う通り、露伴の能力は彼女に有効ではない。お互いに敵同士というわけでもない。
このまま互いが潰れ合っても誰一人得しないのだ。このいがみ合いは両者にとってあまりに不毛な時間。


「そりゃ最高だね!! じゃあ当然その歴史の全てはこの露伴が見させてもらうってことだがなッ!」


マンガの鬼は、それでなお笑う。
不敵に口角を吊るし上げ、強引に身体を持ち上げ、口端に涎を垂らしてでも。
そこに面白そうな『ネタ』がある限り、それこそが露伴を動かす永久エネルギーとなる。


92 : 岸辺露伴は動かない 〜エピソード『東方幻想賛歌』 :2015/08/08(土) 17:34:45 OLU3SGeQ0

「ほお……っ! 『幻想郷の成り立ち』…『博麗大結界』…『スペルカードルール制定』……そ、れだけじゃあない…ぞ……!
 『紅霧異変』『春雪異変』『永夜異変』……なんてこったッ! マンガの題材だらけじゃないかッ!
 妖怪どもの図説や資料もイラスト付きで載っているぞ! 最高だッ! 夢美先生、早く次のページを捲ってくれッ!」

「アイアイサー露伴先生! おお!? こっちは魔術書についてのページね!
 幻想郷の歴史は魔法の歴史! この本(慧音)持って帰ったら間違いなく学会はひっくり返るわ!!」

「なんでお前まで一緒になって見ているんだァーーーーーーーッ!!!!」

興奮し、目を丸くさせているのは夢美も同じ。
彼女こそ好奇心を絵に描いた奇天烈人間。その指は震えながらも慧音のページを次々と捲っていく。
今ここに二人の探求者という道が交わった。その道は堂々巡りながら突き進み、目的を同じくしてひたすらに自身の欲求を埋めることに専念する。
これには慧音もたまらない。額に青筋を浮かべ、両者共々得意の頭突きをかますため立ち上がろうとするも、身体の力は依然入らぬまま。
男のマンガへの執着という物はかくも恐ろしいものか。自分も今度からはコミック文化への考えを改めねばなるまいと思考し始めた時。
とうとう露伴の腕はデイパック内の『マジックポーション』に伸び始めた。

(凄いッ! 文の記憶を見た時とは比にならないくらいの情報が載っているぞッ!
 幻想郷の古今全ての歴史が! あらゆる神々や妖怪の成り立ちが! これほどまでに詳しく!
 紅魔館の吸血鬼! 六壁坂の妖怪伝説! これはポーションの使い惜しみをしている場合じゃあないぞ!)

残り二つしかない回復薬を惜しげもなく取り出し、消耗しつつある体力を全快して「さあ続きを読もう!」と意気込んだ時。
薬を口に含む寸前で露伴の手は止まった。
正確には、ページの『ある項』に露伴の目が留まった。


「……………………おい。なんだ、この『記事』は」


昂ぶった熱が、一瞬にして冷えた。
低くなった声が、冴えた視線が、とある記事の一点を指している。
そこは慧音の体験記からは比較的最新の出来事。つい先ほど起こった『事件』が詳細に綴られていた。


『康一君が突如爆発した』 『仗助君が慌てて治療している』 『何が起こった?』
『彼は即死らしい』 『吉良さんの仕業なのか…?』 『何故こんなことに!』
『犯人は吉良さんではなく、にとり?』 『にとりが物凄い剣幕で無実を訴えている』 『私は…彼女を信じるべきなのか?』
『にとりが死んだ! 吉良さんに爆破されたのか…』 『吉良さんが再び仲間に加えて欲しいと提案してきた』
『パチュリーはそれを了承』 『仗助君は悔しがっている』 『まさか出立からいきなりこんな事になるなんて…』


ズガンと頭を殴られたような衝撃に襲われ、露伴の思考は一瞬ストップした。
ついさっき。ほんの少し前に起こった出来事だった。
東方仗助。広瀬康一。吉良吉影。
見慣れた三人の名前がそこに並べて書かれており、起こった事件の詳細がまるで朝刊のように簡素に、粛然と伝えられた。

「……お前ら、康一君や仗助たちと一緒だったのか」

露伴の心情を察し、慧音も夢美も流石に押し黙った。
康一がにとりに殺された。この歴とした事実を本を通してではなく、慧音らの口から直接伝え申すべきだったのに。
康一や仗助と露伴が仲間同士だということは既に聞いていた。特に康一は露伴の親友(と本人は思っている)だという。
いかなヘブンズ・ドアーが相手の体験を100%のリアルさで伝えるとはいえ、こういったことはやはり自分の口で直接話すべきだったろう。

「康一君が……死んだ…………」

しかしそのヘブンズ・ドアーの特性が逆に、康一の死を100%間違いなく確かな事実として起こったことだと露伴に伝わってしまった。
嘘でも謀りでもない。
広瀬康一は、死んだ。それが露伴には分かってしまった。

慧音たちの目の前で。

仗助の目の前で。


「…………本にするのは、少し疲れた。話してくれ。……君たちに何が起こったのか。嘘偽りなく、全部だ」


どろりとした空気が、露伴の肩にのしかかった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


93 : 岸辺露伴は動かない 〜エピソード『東方幻想賛歌』 :2015/08/08(土) 17:35:42 OLU3SGeQ0


―――カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ。


「話は、分かりましたよ。慧音先生も夢美先生も、大変でしたね」


僕は彼女らに起こった全てを、聞き漏らすことなく入念詳細に聞いた。
サンモリッツ廃ホテルで起こった一連の事件。被害者は広瀬康一と河城にとりの二名。
そこに居合わせた九人の役者がそれぞれ演じた役割と、その悲劇的な結末を。

「康一君は……露伴先生の友人だとか。……私の目の届く範囲でこんな事故が起こってしまった。本当に、申し訳ない」

慧音も夢美も心底すまなそうに顔を俯けて僕に頭を下げてきた。
彼女たちの話を聞いて僕の心に湧いた感情はといえば、当然『怒り』だ。
杉本鈴美から杜王町の殺人鬼の話を初めて聞いた時の感覚によく似ている。とても……ドス黒い気分だ。

「『事故』だって……? 今そう言ったのかい? ホテルで起こった二人の死は事故だったと言いたいのか?
 康一君がにとりに殺されたのも、にとりが吉良の奴に爆破されたのも全部事故か。
 どう考えたって意図的な悪意から引き起こされた『殺人』だろう。自然な現象ではない」

そのにとりとかいうクソ河童は一体何を思って康一君を殺害したんだ?
もし生きていたら僕のヘブンズ・ドアーで記憶を探ってやったというのに……クソッ! 吉良の奴め、余計なことしやがって……。

「で、アンタ達はそんな殺人犯を野放しにしておいて一体何を見ていたんだ?
 にとりだけじゃない。聞けばアンタらの殆どが吉良の異常性について事前に知っていたらしいじゃないか。
 吉良を説得? ふざけるなよ。そんな甘ったれた妄言吐いてるから人死にが出たんだろ。
 康一君が殺された原因の一端はそこにいた全員にある。違うか?」

もはや口をついて出る怨み言は止まらない。
僕は表面こそ落ち着いているようではあるが、その腹の底では胃液が暴れまわるくらいに煮えくり返っているかもしれない。
吉良吉影が生粋の殺人鬼だということを承知していながら、どうして警戒するのみに留めたのか。
アイツは説得して軍門にくだるような生温い男じゃあないんだ。逆にお前らの方が説得されてどうする。

「……にとりの突然の不埒については返す言葉も無い。私がもう少し目を光らせるべきだった」

どれだけコイツらが頭を下げようとも、失われた友の命は戻っては来ないだろう。
ここに来て僕はこの殺し合いゲームの真髄というものを真に味わった気がした。
身近な者の死。その事実が気色の悪い感触と共に心を蝕み、重圧を掛けるようだった。
なんで……康一君なんだ。どうして彼が選ばれてしまったんだ……!


なあオイ。お前、彼が殺された時、何してたんだ?
お前に言っているんだよ、東方仗助。
吉良をよく知るお前がどうしてそいつを傍に置いておいた? 強引にでも再起不能にしておくべき状況じゃなかったのか?
その“世界一優しいスタンド”とやらはお飾りか。お前がついていながら、なんてブザマだよ……!


94 : 岸辺露伴は動かない 〜エピソード『東方幻想賛歌』 :2015/08/08(土) 17:36:23 OLU3SGeQ0

「……決めたよ。正午にジョースター邸でまた集合予定なんだろ?
 僕も連れて行け。一度、ブン殴ってやりたい奴がいるんでね。いや、一度じゃ全然足りないか」

どうせ青娥の足取りは掴められていないんだ。手がかりゼロならコイツらについて行くのもアリだろう。
心残りといえばジョニィと文だ。いくらなんでも遅すぎる。
何か……あったんだろうな。最悪の事態も予想していなければならない。
いつ来るかわからない仲間の到達をグズグズと待つだけでは、それだけ蓮子の生命が危険に近づいていくことになる。

(悪いなジョニィ、文。流石にもう待てないぜ。僕は一足先にここを発つ。互いに無事ならまた会おう)

文の奴が死んでいてはもう取材の約束は叶いそうにない。せめて彼らの無事を祈り、僕は腹を決めた。


―――カリカリカリカリ。ドシュッ! ドシュドシュドシュッ!


「仗助のクソッタレにはムカついているし当然君たちにも僕は憤慨しているんだが、そこは僕も大人だ。
 あの馬鹿を殴ってやることで君らの失態には目を瞑ってやる。勿論吉良は殴る程度では済まさないがね」

大体コイツらは推理小説とか読んだりしないのか?
不特定多数の人間がひとつの閉塞空間で閉じ篭っていれば、そりゃあ起こるだろう。事件の一つや二つ。
お前らの敗因は『一つの場所に多数の人間を留まらせすぎた』。これ以外にないね。

「露伴さんも来るんですか? 確かにあなたのスタンドなら吉良さんの行動を抑制するには充分すぎますけど……。
 でも、私たちには目的があります。露伴さんがマンガを描く時間なんて無いと思いますよ?」

夢美がそんなことを言ってくる。
生意気にも、他の誰でもないこの岸辺露伴にだ。

「夢美先生はどうやら僕を『その程度』だと思っているみたいですが……。
 歩きながらマンガを描くぐらい、ジャンプ漫画家なら誰でも備えて当然な最低限の能力ですよ。
 それにもうキャラクターもネームも書き終えました。貴方たちの情けない武勇伝を聞きながらね」


―――カリカリカリ。シャシャシャーーーー! ……ピタン。


ペンを走らせる小気味良い音は鳴り終え、僕はここでやっとまともに頭を上げた。
慧音たちの話を聞いている間は正直、僕の頭の中はグチャグチャで思うように定まらなかった。
やはりマンガを描いている時の僕がもっとも無心になって嫌な気分を発散させられる。
だから今までずっと彼女らの話だけは耳に通し、右手だけはスラスラとペンを動かす腕は止めなかった。

なんせ最高のネタを垣間見たばかりだったんだ。この気持ちを忘れないうちに紙に留めておきたいと思うのはマンガ家の性だろう?
仗助を殴ることもジョニィ達を待つのも青娥を追うのも大事だが、今の最優先事項はやはりマンガを描くことだ。
気分とは裏腹に、マンガの調子は最高潮。これなら絶対面白い物が出来上がるはずだ。

「さっきから描いていたのはマンガだったのか? この非常時にあなたという人……」

僕がひと睨みすると慧音は口をつぐんだ。
その先の台詞を言ってみろよ。今度こそはお前を僕の専用歴史辞典にしてやるからな。

「コ……コホン。まあ、幻想郷にもマンガはある。どれ、私も少し拝見させてもらおうかな」

「あ! 私も私もー! 露伴さんのマンガ見たいー!」

僕のご機嫌取りのようにマンガに興味を移した慧音とは違って、夢美の反応は純粋なる好奇のようだった。
僕のマンガがセンスの無さそうな幻想郷の妖怪にも理解出来るかは知らんが、ともあれマンガを見てくれるのならそいつは『読者』だ。
拒否する理由なんかない。もっとも、まだペン入れすら終わっていないんだけどね。


95 : 岸辺露伴は動かない 〜エピソード『東方幻想賛歌』 :2015/08/08(土) 17:37:03 OLU3SGeQ0

「………ほお。これは、幻想郷の住民か? 私らしきキャラクターがいるようだが」

「ええそうです。僕が今回のマンガで何を描くかは既に決めてあります。
 出てくるキャラクターは全てモデルがいますし、幻想郷の妖怪が大半を占めていますよ」

慧音も夢美も僕が描いたキャラクター原案の紙をじっと食い入るように見つめている。
妖怪たちの容姿はさっき慧音を本にした時、全部頭に入れた。当然、特徴や性格もだ。そいつを踏まえてマンガにする。
まるで古来の日本から存在していたようなキャラクターの数々。リアリティというのはつまりこういうことだ。
妖怪伝説の取材なら僕にも経験はあるが、ここまで数を揃えているとなると圧巻だな。

まだネーム段階だが、僕は早くもひと仕事終えた気分になった。誰だって仕事を終えるとイイ気分になるものだ。
というのもマンガってのは、前準備を完成させるまで。つまり考えたシナリオをマンガにするまでの行程がもっとも大変だからだ。
勿論、ネームから取り掛かって最後まで完成させるというのは物凄く体力と精神力の要る仕事だ(僕はアシなしでもそこまで辛くはないがね)。
しかしマンガを描くからには面白い話を考える必要がある。
面白くなければ編集からダメ出し。OKもらって完成させても読者からの評判が悪ければあっという間に連載打ち止め。
毎週毎週面白い話を考え続け、おかげで僕はこうして少しは有名な作家になれたつもりだ。
そんな僕からすればマンガを連載することにおいて大変なのは『描く』ことではなく『考える』こと。
それも何年も何十年も『考え続けること』だ。更にそれらの作品はきちんと『結果』を出さなければならない。
僕なんかは連載開始してから精々が四年。全く、世のベテラン作家たちには本当に尊敬するよ。並大抵のことじゃあないんだからな。

ま! 話は少しずれたが、僕は今その『傑作を考えること』までには到達できたわけだ。これで気分も少しは晴々する。
編集部がいたら見せてやりたいね。二つ返事で『オーケー!』のサインが出るだろうさ。


「私たちをマンガに出すということか?」

「幻想郷の住民だけでなく、舞台もこの幻想郷です。こんな美味しい設定、マンガに使わずして何に使うんですか」


外の世界から忘れ去られた世界をマンガに使われる複雑さと、自分がマンガのキャラになるという設定を満更でもなく喜んでいるのか、慧音は微妙なジレンマに挟まれたような表情をしている。
一方夢美は、原案を覗き込んで「あ! これ私だー!」などと随分喜んでいる。こちらの心配は要らないようだ。

「ま、まあ……面白いマンガが生まれそうなキャラクターたちではある。
 が、露伴先生。流石にこちらのネームの方は……私もどうかと思うんだが」

ほら来た。そう言って慧音は僕のネームを指差して見据えてきた。
ま、予想していた反応ではある。


なんせ僕がこれから描くのはこの『バトルロワイヤル』を模したような殺し合い。その群像劇だからな。反感を買う事もあるだろう。


96 : 岸辺露伴は動かない 〜エピソード『東方幻想賛歌』 :2015/08/08(土) 17:37:48 OLU3SGeQ0

「私たちソックリのキャラたちが互いに殺しあうマンガを、こともあろうに今この状況下で描こうというのも……
 露伴先生、それは倫理的にもあまりに不謹慎なのでは……」

「なるほど、一理ある。確かにあの姫海棠はたてがやっているような低俗な新聞のように、僕のマンガは軽蔑されるかもしれない」

はたての悪行は慧音たちの知るところでもあるようであった。
奴はこの殺し合いを取材し、嬉々として新聞に並べ立てようと下劣な行いをしている。
一見すれば僕が描こうとするマンガも、はたてと同属に思われるかもしれない。

「だがはたての新聞と僕のマンガは似ているようでいて決定的に、そして致命的に『違う』。
 まず奴は結局の所『自分のために』新聞を作っている。ライバルに勝ちたいというアツい想いは結構だが、それも行き過ぎるとただの自己満足。
 新聞という極めて客観的であるはずの情報コンテンツに自身の主観を入れ込み過ぎだ。まずそこが駄目なんだよアイツは」

対して僕のマンガは違う。僕は『読者のために』マンガを描いている。自分のために描いたことなんて一度も無い。
それにマンガというものは新聞とは違って、とことん主観で描くべきなんだ。作者が何を描きたいか、伝えたいかを描くのがマンガなのだから。
『読者のために』『徹底的に僕の主観で』マンガを描く。この時点で僕とアイツの差は歴然だ。

「だが不謹慎であることには変わりはないだろう? その点では先生とはたては同じ思考ではないのか?」

「失礼な奴だな。僕をあんな脳軽トリ女と一緒にするな。
 僕とはたての最大の違いは『マンガ』と『新聞』という、創作フィールドの相違に尽きる。というかそもそも新聞は創作ではない。
 組織なりコミュニティなりが世間に報じる一般的なメディアであって、そこに個人の意志の介入などあってないようなもの。
 対照的にマンガはご存知の通り、完全なる創作作品だ。僕がこれから描く漫画もあくまで『フィクション』で、今回の事件を面白おかしく伝えるわけではない。
 僕は真剣にひとつの『作品』を、自信を持って発信するんだ。面白いものを皆に読んで欲しくてね。
 それでも心配なら作品の最初に一文を添えておこうか? 『当漫画作品は実在の人物・団体とは一切関係ありません』ってね」

人間同士が殺し合う漫画など星の数ほどあるが、それらに対して『こんなマンガは不謹慎だ!』といちいち文句を立てる馬鹿がいるか?
もし居たらそいつの頭の中こそ本にしてやりたいね。見るだけで吐き気がするような偏見で満ちていることだろう。
それに僕の描くマンガは生理的なキモチ悪さを訴えてくるようなサスペンス・ホラーが持ち味だ。今回のマンガのテーマとは相性も良い。
最初は受け入れられないかもしれない。でも絶対すぐにも惹き込んでやるさ。僕には面白いマンガを描く自信がある!

「あ、でも確かにこれ結構面白そうかも。このネーム、最初に参加者があの会場に連れられてゲーム説明を受けているシーンですね。
 でも、よくよく見ると結構細かい所が違ってる。このネームの参加者には『首輪』が付けられてるみたいだし、最初に見せしめで死んだのはあの秋の神サマとかじゃなくて別の人物だ」

夢美が見ているのはOPの話。つまり記念すべき第一話のネームだ。
全く同じ状況をマンガにおこすわけにもいかないので僕なりに解釈を加え再構築して描いている。
例えばこのマンガでは『首輪』という概念を用いている。現在のこのゲームには本来存在してない異物だ。

「露伴先生、この首輪ってのは?」

「見てりゃあ分かるだろう。このゲームでいう脳内爆弾の代わりに僕のマンガでは参加者に架せられた『首輪』が爆発するようになっている。
 では何故その部分を新たに付け足したか? 答えは簡単。僕が主催者ならそうするからだ」

脳内爆弾と違い首輪という可視的な物質を参加者に付けることによって、目に見える形で参加者を屈服させているわけだ。
首輪ってのは元来服従させるためにある。ゲームに反抗しようとする人間は『首輪』という脅威に怯え、屈するだろう。
それにコイツがありゃあ『盗聴器』なんかも付けられるし、参加者全員の動向も簡単に把握できる。
僕からすれば何であの主催者はそんな首輪を用意しなかったのかが不思議なくらいだね。資金が足りなかったのか?


97 : 岸辺露伴は動かない 〜エピソード『東方幻想賛歌』 :2015/08/08(土) 17:38:40 OLU3SGeQ0

「ま、そんな諸々の理由ですよ。どうです、面白いでしょう?」

「へぇ〜〜。ちょっと怖いけど、なんか設定に惹き込まれちゃいそうです。
 でもこれ、主人公は誰なんです? まさか露伴さんですか?」

「それこそまさかです。自分なんか主人公にしても面白くないだろう。
 このマンガは群像劇です。出てくるキャラクターみんなが主人公ですよ」

あんまりこの手の手法は描いたことないんだが、まあ経験だ。

「慧音先生はどうです? どんなにお堅い言葉で否定しようとも、このマンガはあくまで『お話』。架空の設定です。
 事実を発信するはたての新聞と違い、何描いたって面白けりゃイイんですよ、マンガは」

「むぅ……た、確かにまだネームではあるが、このマンガからは何というか、こう……
 決して遊びではない、鬼気迫るスリルと迫力が感じられるな。惹き込まれるというのは私も同感だ」

「お! 慧音さんも案外好きですね〜♪ で、露伴先生はこのマンガではたてを完膚なきまで叩き潰すんですね?」

「いや、完膚なきまでとは言わない。アイツには必ず敗北心を植えつけてやるが、僕の目的はその先さ」

主催者荒木は言った。
僕のヘブンズ・ドアーの洗脳ではたての新聞をいいように操作するのは許さないと。
彼らがはたてに期待しているのは、清々しいほどに下衆で煽情的な捏造とゴシップの塊のような報道なのだと。
しかしそんなのは絶対におかしいんだ。同じ創作者としてはたての自覚の無い非道は許せない。
僕のマンガと違って人の命を軽視し、ただ自分の作品のためだけにそれらを侮辱している。

ならばどうするか?
洗脳ではたての新聞を変えるのが駄目なら、アイツの新聞はアイツ自身が変えるしかないだろう。
そこに奴が気付くには一度『大敗』させるしかない。その敗北を通して自分の新聞が間違っていることに気付かせてやる。
だから二度と立ち直れないほどの壊滅的なダメージを与えちゃあやり過ぎなんだ。奴は一度敗北させ、その後必ず立ち上がらせる。

どうだ? このまっとうなやり方なら主催者だろうと文句は言わせない。交わした契約にはなーんの違反も無いぜ。


「成るほど……それが露伴先生の目的なのだな。作品の勝負で、はたてを『教育』してやる、と」

「いや、僕はあくまで自分が描きたいから描くだけで、はたてに関してはついでのようなもの……」

「―――素晴らしい! いやおみそれした! 同じ教育者として、貴方の意見には同意したい!」

僕の考えのどこに感動する要素があったのか、慧音が突然目をキラキラさせて顔を近づけてきやがった。危ないツノが当たるってそれ!

「そういう考えならばはたてについては露伴先生に任せよう。同じ幻想郷の仲間として、どうか彼女を正しい道に更生させてくれ」

別にそこまで真剣に考えてるわけじゃあないんだが……まあいっか。
それに……僕の目的は実のところ、それだけではないんだ。
このマンガを描いていくにあたって、少し考えたことがある。


98 : 岸辺露伴は動かない 〜エピソード『東方幻想賛歌』 :2015/08/08(土) 17:39:20 OLU3SGeQ0

「夢美先生。アナタが今見ているネームの最初のコマ。居るでしょう? 荒木飛呂彦と太田順也が」

思った以上に熱心に見ている夢美のネームを指差して僕は自信げに言い放った。
ネームとは言っても僕のネームは人物の顔も結構分かりやすく詳細に描いているつもりだ。誰だか分からない、なんて言うなよな。

「あー……居ますねぇ確かに。憎き主催者の両名、その御尊顔が」

「僕はなるべくその主催者の人となりも現実に近づけて描いているつもりだ。
 奴らの底は知れないが片割れの荒木とは電話で会話もしたし、段々とその人物像も掴めてきた。
 ゲロが出るくらい悪趣味な最低最悪のラスボスを描き切っていると思うぜ」

「荒木と……会話した!? 露伴先生、それは初耳だぞ!?」

今初めて言ったからな。荒木ははたての捏造行為や僕と主催同士で交わした契約の事実を発信するなと釘を刺してはきた。
でもま、こうして僕の口から直接話す分には問題ないだろう。多分な。

「荒木との会話については後で話すとして、マンガの方の主催者を見て夢美先生はどう思いました?」

「え、えっと……相変わらず本当に同じ人間なのかを疑うほどの残虐非道な性格してますね」

「そうですね。何故そんなキャラなのかというと、僕が彼ら『主催者』になりきって描いたからです。
 ここでこの荒木と太田はいったい何を思うか? どんな行動するかってね」

僕のマンガの更なる目的。それは荒木と太田の視点になりきってマンガを覗いていくことだ。
実際にこの殺し合いを体験するだけでは彼ら主催者の考えは中々理解できない。
ならばマンガという盤上に僕の思い描く主催者という駒を投影させ、実際に動かしてみれば見えないものも見えてくるのではないかという事だ。
奴らの目的。考え。行動理論。性格。弱点。
そのキャラクターを仮想、マンガ媒体を使って上から俯瞰し、未知なる部分を突き詰めていく。

具体例を言うなら、例えばさっき話題にも出た『首輪』だ。
言ったように僕が主催者なら参加者に首輪を付けるし、盗聴器も付ける。
じゃあ何故奴らは実際にそうしなかったのか? 考えが至らなかった?
首輪や盗聴器の代替品が実は存在している? 逆に首輪が無いからこそ、参加者は余計に対策に困っているのかもしれない。

と、まあこんな具合にマンガを描く過程で、思いもしなかったことに気付けたりするもんだ。

「僕はこれからこのマンガを描いていくわけだが、ラスボスである主催者を参加者たちはどう打破するかもこれから描かなければならない。
 そんなネタを考えていくうちに、思わぬゲームの抜け道や主催者達の『弱点』を偶然思いつくかもしれないだろう?
 現に君たちのさっきの話、主催者の正体の考察話を聞いていて少し考えたことがあるんだ」

「考えたこと……? 続けてくれ、露伴先生」

慧音たちがホテルにて考察したという主催者の『正体』。
東方心綺楼。ZUN。信仰。全知全能の神。どれもあまりに突飛過ぎている。
しかし……さすが専門家といった所か。一概に否定出来ない説得力を備えていることは確かだ。

「先生方は東方心綺楼の作者ZUN……その正体は荒木か太田のどちらかだと考えているんだろう?
 どちらがそのZUN氏なのだと思っているんだい?」

自身の作った作品が多く信仰され、やがては神に転化する。
そんなことがあり得るなら漫画の神と称される手塚治虫はどこかの世界でまさしく神サマなんてやっているのかもしれないな。

「私の考えは…………太田順也がZUNだと推測する」

「私もそう思うわ。最初の会場での発言、幻想郷により詳しそうなのは太田の方だと感じたもの」

二人の聡明な先生方は、共に同じ意見を呈した。
逆にあの会場で荒木の方はそこまで幻想郷に詳しくなさそうな様子ではあった。
僕は頭の中でもう一度考えを整理し、きっぱり息を溜め込んでから二人に語りかける。


99 : 岸辺露伴は動かない 〜エピソード『東方幻想賛歌』 :2015/08/08(土) 17:40:01 OLU3SGeQ0

「この殺し合いの突破点。それは荒木と太田の『関係』を知ることにあると僕は思う。
 奴らは『上司と部下』といった上下関係ではなく、同じ目的を目指すために組んだ『同盟関係』のようなものだ。
 二人はなぜ手を組んでいる? 互いが手の届かない『力』、弱点である『穴』をカバーするために組んでいるはずだ。
 例えば荒木が参加者を寄せ集め、太田がこの幻想郷に酷似した会場を作った……という具合にね」

このマンガの中に二人の主催者を描いた後付けを付けるなら、僕ならそんな理由を付けるね。
馬鹿げたことだと思うかもしれないが、マンガという基準で物事を見ていけばこんな風に色々な考えに至ることもある。

「互いの弱点をカバーするためかぁ。一人でも厄介なのにそんな全能者が二人揃ってたんじゃあ益々お手上げって感じね」

「そうでしょうかね夢美先生? 事はもっと単純だと僕は思ってるんですが」

巨大なる困難にいよいよ成す手無しと首を振る夢美に、あっけらかんと言ってやった。
確かにお手上げ。普通に考えたらゲーム優勝が生還に最も近いルートだと考えざるを得ない状況。
だが僕の描くマンガが果たしてそんな無難で面白くも無いようなEDを用意するか? そんなわけがないだろう。
逆境が深ければ深いほど、マンガってのは燃え上がり、盛り上がるもんだぜ。

「ホテルで件の魔法使いとやらは仗助に言ったそうじゃないか。
 『幻想郷とは関係ない貴方達なら、ZUNの掌の上から外れる』ってね。
 これつまり、僕らスタンド使いなら幻想の神ZUNもとい太田順也を倒せる可能性があるってことだろう?」

「あ、あぁ……確かにパチュリーはそう結論付けたが、しかし露伴先生は先ほど言ったばかりだぞ。
 『荒木と太田は互いの弱点をカバーし合っている関係』だと。太田を倒そうとすればそこには必ず荒木が障害となってくる」

はぁ〜〜〜〜〜〜〜…………。
教師が聞いて呆れるな。コイツこそ僕の話を聞いていたのか?
そうなったらそれはもう、マンガの王道展開を突き進むしかないだろう。
『そんな状況でマンガのキャラクターたちは一体どう行動するか?』だ。ひとつしかない。

「あっ。もしかして、その荒木を倒すうってつけの役者が幻想郷の……?」

「夢美先生は思考が柔らかいようですね。正解です。
 向こうが互いに助け合っているのなら、こちらも互いに助け合うしかないでしょう。
 ズバリ……『太田順也を僕たちスタンド使いが倒し』―――」

「―――『荒木飛呂彦を私たち幻想郷の者が倒す』……というのか?」

ようやっと慧音もそんな簡単な答えに辿り着いた。
この構図がマンガだと最も王道でアツいものだろう。今から描くマンガもそんな展開を描いていくつもりだ。

―――『外の世界のスタンド使いと幻想郷の妖怪たちが手を組み、巨悪なる主催者を倒す』

これが理想の形ではあるが、しかしそう簡単ではないとも思う。

「でも露伴先生、それは簡単なことじゃあないですよ。だって―――」

「ああ分かってますよ。ゲームが始まってもうすぐ半日。既にそこかしこで人間と妖怪たちが殺し合っているらしい。
 こんな状況で『主催者を倒すために手を組もう』と、そう簡単に事が進むとも思えない」

なんせ今判明している中だけで脱落者は20人。20人だ。
しかもおあつらえ向きに幻想郷側の脱落者はちょうど半分の10人。ならばもう半分の10人はスタンド使い側ってことだ(そうじゃない奴も居るかもしれんが)。
偶然かは知らんがなんともバランス良く落ちている。今のところは主催者共の思うつぼってワケか……。
……このままじゃあ、マズイな。

クソ……腹の立つことだが、このバトルロワイヤルというゲーム、よく出来ている。
本来なら一刻も早く我々参加者は手を組み、団結して主催者を打ち倒さなくてはならないのに、円滑に殺し合いが進んでいくシステム。
しかも終盤になって人数が減れば減るほど、参加者はゲーム優勝を視野に入れ始める者も多くなってくるだろう。
僕たちは檻に入れられた実験モルモットの集団だ。やるべきことは分かっていても、互いに喰い合い、自滅していく。
そんな参加者達を主催者はニヤつきながら観察しているだけ。
今のままでは八方塞がり、か。


100 : 岸辺露伴は動かない 〜エピソード『東方幻想賛歌』 :2015/08/08(土) 17:40:48 OLU3SGeQ0

「……なあ、何で『僕たち』が選ばれてるんだと思う?」

「……それは、私たち『幻想郷の住民』と『スタンド使い達』という異なる二つの集団、という意味か?」

「そうです。だって一見この二つの集団には全く共通点が無いように思える。
 ならば主催者の正体に何か関係があるのではと思うんだが、太田の方は幻想郷に深く関わっていると仮定しても、荒木の方の正体は全然分からん。
 仮に奴がジョースター家に関わりがある奴だとしても『だから何?』って感じだしな」

「そうですねー。荒木と太田の関係が掴めれば何か分かるかもしれないですけど、科学者の私から意見を言うのなら……
 奴らは何らかの『実験』をしているんじゃないかしら。まさか伊達や酔狂でこんな馬鹿げた催しなんかやらないと思いたいわ」

夢美が赤く長い髪の毛を指でクルクル巻きながら、伏し目がちに意見を言う。
その冷静な様はやはり教授という職に就いているだけあって、中々に聡明さを醸し出しているようだ。

「そうだな。僕もそう思う。奴らは何か『実験』をして、その結果を見たがっている気がする。
 曖昧で要領を得てない話ではあるが、奴らは僕らが『どう行動するか』を試しているようにも見える」

「“僕ら”というのは『幻想郷の住民』と『スタンド使い達』のことだな?
 我々二つの集団が果たして『殺し合うか』、『信頼し合うのか』……、悲しいことに、今の所は前者だが」

「AとBを混ぜ合わせた化学反応を見るのが目的……確かにそうでなければわざわざ二つの集団を掻き集めた意味も分かりませんからねー。
 要は『結果』でなく『過程』に意味がある、と。殺し合いそれ自体には大した意味が無いのかもしれないわけね」

だとしたら、とんだふざけた実験だ。
人の命をカスとも思っていないこの世の邪悪。それこそが奴らの正体か。

「……私は半分人間の妖怪だが、人間のことは大好きだ。寺子屋で教師をやっているが、人間の子供たちはなんとも愛らしくて守ってやりたいと思う。
 だが幻想郷において、人間と妖怪の『溝』は深い。互いに信頼するといってもそこは根幹的な部分で共感できない領域だ。
 妖怪は人間の敵。それが幻想郷のルールであり疑ってはいけない真実。これを守らなければこの世界は一気に崩壊するほどの危ういバランスで出来ているのだから」

仄かに重くなりつつある空気の中、意を決したように慧音は凜と言う。
幻想郷のルールについては文からも多少なり聞いていたし、慧音を本にした時にも目にした。

人間と妖怪。決して相容れたりは出来ない、絶対的な種族の壁。
僕はここまでの道のりを共にしていた射命丸文を思い出す。
仲間という体でしばらく一緒ではあったが、そもそも彼女は僕を殺そうとすらしていたし、僕の方も文を利用していただけに過ぎない。
僕たちの間に『信頼』なんて感情は一切入っていなかった……と思う。
それにはたてのこともある。ここまでの一連の流れで少なくとも僕は鴉天狗という種族には全然良い感情は無かった。

人間と妖怪にはまだまだ乗り越えるべき壁が存在するのかもしれない。
しかし、幻想郷というシステムがその信頼を許さないだろう。人と妖の関係はどこまで行っても平行線なのか。


101 : 岸辺露伴は動かない 〜エピソード『東方幻想賛歌』 :2015/08/08(土) 17:41:31 OLU3SGeQ0
僕がジョニィと文の安否について考えている間にも慧音は演説を続ける。

「しかし、それでも私は人間を信じていたい。私は人間を愛している。
 露伴先生。どうか、私たちに付いて来てくれないか。仲間として共に主催者を打ち倒してはくれないだろうか」

手を差し伸べた慧音の瞳はとても真剣で、輝くような意志に満ち満ちているようだった。
その手をジッと見つめながら僕は少しだけ考える。元より彼女らには付いて行くつもりではあったが、心から信頼し合う関係となれるか。

ひとしきり自分の思考に埋もれた後、僕は彼女のどうしようもなく美しい手をキッパリ無視して歩き出した。


「……僕は元々人間関係が嫌でマンガ家になったんだ。仲間だの信頼だのなんてのは、ハッキリ言って迷惑なんだよ」


さっそく画板と用紙を取り出して、僕は僕のやることを目指す。つまり、結局はマンガを描くことだ。
下描きなんて要らない。ネームの評価も好評だ。とっととペン入れを開始しよう。

「……露伴先生」

背中から彼女の落胆するような声が降りかかる。
ちょっぴりイヤミが過ぎたのかもしれない。だが事実として僕は『そーいうの』はニガテなんだ。仕方ないだろう?

だから僕は自分の考えを、背中越しに言ってやった。
憎いあの男の顔を思い出しながら。


「……人間と妖怪で信頼を築きたいって言うのなら、僕よりも適任者が居るでしょう。
 東方仗助、そして比那名居天子だっけ? その二人はゲーム最初からずっと一緒に居るんだろう?
 だったら僕たちの中で『今一番可能性がある奴ら』は、そいつらだろうね。聞けば結構仲良さそうにしていたらしいじゃないか」


誰かと仲良しこよしなんてのは僕の性じゃあない。ましてや吉良を頼りにするなんて以ての外。
慧音ら集団の中では現状、コイツらが最も主催に対抗出来得る『人間』と『妖怪』だ(天人とやらを妖怪のカテゴリに入れるべきかは知らんが)。
仗助の奴はとりあえず一発殴ってやらないと気が済まないし、僕自身ぜーんぜん気は進まないが。
そのためにも、まずは奴らの無事を願うとするか。

……仗助。お前、康一君を守れなかったんだ。
ならば今度こそ、傍にいる者くらい守ってやれ。
でないと、僕はお前を本当に許さないからな。


102 : 岸辺露伴は動かない 〜エピソード『東方幻想賛歌』 :2015/08/08(土) 17:42:23 OLU3SGeQ0

「おい、何してるんだ? 仲良しごっこは断るが、手を貸すくらいはしてやる。
 博麗霊夢と八雲紫の捜索。そしてこの土地に漲る魔力の確認だかが目的なんだろう? さっさと行こうぜ」

「あ、あぁ……! ありがとう、露伴先生。宜しく頼むぞ!」

「露伴先生! 私とパチェだってすっごく『可能性ある二人』だと思いまーす!! そこんとこ、覚えておいてくださいねーっ!」


二人も僕の後を付いて来るように駆けだす。
どうやら少し、『道』は見えてきたのかもしれない。


人間と妖怪、か。
妖怪なんて僕に取っちゃ、ただの興味対象程度なのかもしれない。
本来は相容れないような関係が手を組み、同じ志の元に集う。
もしかしたらあの主催者達はそれが見たかったのかもしれないし、その逆かもしれない。

この会場には他にもそんな『信頼関係』を持つ人間と妖怪が、何組か居るのだろうか。
だとしたら彼ら彼女らは、どこまでその絆を育み、維持できるのだろうか。
今は別行動のジョニィと文がもしかしたらそんな関係になったりしているのだろうか。
だとしたら彼らもまた、希望の『星』と成り得る人材。仗助や天子と同じように。
それは少なくとも僕じゃあない。ならば、僕みたいな人間は舞台の下から支援していくに徹するべきかもしれない。

勿論、この岸辺露伴がただ黙って見ているわけがないだろう。僕は僕のやりたいようにやらせてもらうぜ。
このマンガが最後まで完成した時、全ては終わっていることを願って。
まずはもっと色々な参加者を見ていきたい。マンガの完成には、それが必要だ。

おっと、もうひとつ必要な物があったな。
『タイトル』だ。マンガにはそれが必要だろう?
僕が描くマンガは殺し合いゲームという内容だが、僕はBADエンディングというものが大嫌いだ。
わざわざお金を払って何でそんな面白くもない結末を見なければならない? 僕のマンガはそんなんじゃあない。
ありふれているが、最後には『希望』に向かって走っていきたい。
人間と妖怪がひとつの窮地で出会い、どんな顛末を迎えることになるか。

このマンガのテーマは、一言で言えば『生きること』。とてもありふれていることだ。

……うん。そうだな。決めたよ。


こいつのタイトルは『東方幻想賛歌』。
遥か東方の国の、ひとつの人間とひとつの幻想。
そんな彼らの、物語“ストーリー”。

マンガ家、岸辺露伴……この物語は絶対に完結させてやろう。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


103 : 岸辺露伴は動かない 〜エピソード『東方幻想賛歌』 :2015/08/08(土) 17:43:13 OLU3SGeQ0
【D-2 猫の隠れ里前/午前】

【岸辺露伴@第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:疲労(小)、体力消耗(小)、背中に唾液での溶解痕あり
[装備]:マジックポーション×2、高性能タブレットPC、マンガ道具一式、モバイルスキャナー
[道具]:基本支給品、東方幻想賛歌@現地調達(第1話ネーム)
[思考・状況]
基本行動方針:色々な参加者を見てマンガを完成させ、ついでに主催者を打倒する。
1:まずは『東方幻想賛歌』第1話の原稿を完成させる。
2:慧音、夢美らと共に目的を果たしながらジョースター邸へ。仗助は一発殴ってやる。
3:主催者(特に荒木)に警戒。
4:霍青娥を探しだして倒し、蓮子を救出する。
5:射命丸に奇妙な共感。
6:ウェス・ブルーマリンを警戒。
[備考]
※参戦時期は吉良吉影を一度取り逃がした後です。
※ヘブンズ・ドアーは相手を本にしている時の持続力が低下し、命令の書き込みにより多くのスタンドパワーを使用するようになっています。
※文、ジョニィから呼び出された場所と時代、および参加者の情報を得ています。
※支給品(現実)の有無は後にお任せします。
※射命丸文の洗脳が解けている事にはまだ気付いていません。しかしいつ違和感を覚えてもおかしくない状況ではあります。
※参加者は幻想郷の者とジョースター家に縁のある者で構成されていると考えています。
※ヘブンズ・ドアーでゲーム開始後のはたての記憶や、幻想郷にまつわる歴史、幻想郷の住民の容姿と特徴を読みました。
※主催者によってマンガをメールで発信出来る支給品を与えられました。操作は簡単に聞いています。


【上白沢慧音@東方永夜抄】
[状態]:健康、ワーハクタク
[装備]:なし
[道具]:ハンドメガホン、不明支給品(ジョジョor東方)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:悲しき歴史を紡がせぬ為、殺し合いを止める。
1:霊夢と紫を探す・周辺の魔力をチェックしながら、第二ルートでジョースター邸へ行く。
2:殺し合いに乗っている人物は止める。
3:出来れば早く妹紅と合流したい。
4:姫海棠はたての『教育』は露伴に任せる。
[備考]
※参戦時期は未定ですが、少なくとも命蓮寺のことは知っているようです。
※ワーハクタク化しています。
※能力の制限に関しては不明です。


【岡崎夢美@東方夢時空】
[状態]:健康、パチェが不安
[装備]:スタンドDISC『女教皇(ハイプリエステス)』、火炎放射器@現実
[道具]:基本支給品、河童の工具@現地調達、不明支給品0〜1(現実出典・確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:『素敵』ではないバトルロワイヤルを打破し、自分の世界に帰ったらミミちゃんによる鉄槌を下す。
パチュリーを自分の世界へお持ち帰りする。
1:パチェが不安! 超不安!! 大丈夫かしら…
2:霊夢と紫を探す・周辺の魔力をチェックしながら、第二ルートでジョースター邸へ行く。
3:能力制限と爆弾の解除方法、会場からの脱出の方法、外部と連絡を取る方法を探す。
4:パチュリーが困った時は私がフォローしたげる♪ はたてや紫にも一応警戒しとこう。
5:パチュリーから魔法を教わり、魔法を習得したい。
6:霧雨魔理沙に会ってみたいわね。
[備考]
※PCで見た霧雨魔理沙の姿に少し興味はありますが、違和感を持っています。
※宇佐見蓮子、マエリベリー・ハーンとの面識はあるかもしれません。
※「東方心綺楼」の魔理沙ルートをクリアしました。
※「東方心綺楼」における魔理沙の箒攻撃を覚えました(実際に出来るかは不明)。


104 : ◆qSXL3X4ics :2015/08/08(土) 17:45:55 OLU3SGeQ0
これで「岸辺露伴は動かない 〜エピソード『東方幻想賛歌』」の投下を終了します。
ここまで見てくださり、ありがとうございます。指摘や感想などありましたらお願いします。

続いて東方仗助、比那名居天子、八坂神奈子を予約します


105 : 名無しさん :2015/08/08(土) 21:26:09 pprqwc720
投下乙です。
「何故荒木と太田が結託したのか?」「何故幻想郷の住人とスタンド使いが集められているのか?」
ある意味でジョジョ×東方というクロスオーバーの核心を成す部分についてキャラが考察するのはやっぱり興味深い
露伴先生は奇人変人だけど漫画への情熱は本物だし、頭脳も柔軟なおかげで考察でも頼もしい


106 : 名無しさん :2015/08/09(日) 11:29:27 Z5aOFTvI0
投下乙です!
パラパラと紙のように捲られていく慧音先生を閲覧する露伴先生と夢美先生……なんだこの高度なエロスは
何があってもブレない露伴先生の姿勢は本当に格好いい。 「マンガを描くついでになッ!」 このセリフには心底痺れた


107 : 名無しさん :2015/08/09(日) 23:27:54 NgiUFQWk0
投下乙、いやー面白かった
正直、前回の露伴たての話は面白さと引き換えにリレー上での不安があった
ジョジョ東方だからこそのクロスオーバー、キャラの持ち味を生かした話の切り込み方は○なんだが
漫画を描くというスタンスで何を描かせたらいいのか扱いに困る、ぶっちゃけはたて勝機なさすぎワロタ、と思うところがあった
(べ、別に難癖つけてるんじゃないんだからね!勘違いしないでよね!)
で、今回の話でそんな問題は雲散霧消のサヨーナラ。

何を描かせたらいいのか分からないなら、『書く』バトロワを『描く』バトロワにするという発想は
シンプルなはずなのに個人的には完全に盲点、グットとしか言いようがない(ヴォースゲー
しかも、このネタの最も面白いところは露伴の漫画の内容を読者に読まれた時、一見するとはたてと同系列の胸糞バッドな作品にしか見えないところだ
これは露伴にとって大きなハンディーだが、彼がはたてに歩み寄ったが故の選択でなく、バトロワに巻き込まれ幻想郷を知ったというリアリティ故の選択となると
『話の流れに一点の曇りなし、全てが正義だ』って感じでキャラの『らしさ』が実に生きている
今回の話は前話の承る部分が実に淀みなく遂行されてて、こう来るか?こう来る…そう来たのかよ!コンチクショウ!って思いながらもごく自然に繋がれていて
前話を綺麗に昇華したなー、という感想だった、改めて乙


108 : 名無しさん :2015/08/09(日) 23:40:54 XJZmgMro0
ふうむ…漫画家としての露伴の考察がとても面白い、おもしろいぞ!!


109 : ◆BYQTTBZ5rg :2015/08/10(月) 06:16:23 HF57nARk0
ロワを漫画にして、そこから神の視点で考察をするか。
これってジョジョ東方ロワの書き手・読者視点から、モノを考えてもいいってことだよね。
うん、面白い。いや、面白いというより、これは感心だな。
漫画を書く云々という話が出た時、「うーん、漫画かー」みたいな印象だったけれど
これなら考察やら何やらで、色々と遊べる余地が増えた気がする。
そこに到達できた発想はマジですんげーっす。ハンパないっす。


では、私もこのビッグウェーブに乗って投下します。










来週に。
というわけで、予約延長します。


110 : ◆qSXL3X4ics :2015/08/10(月) 20:15:03 gdqQ/qaI0
みなさん感想ありがとうございます。
ちょっぴりだけ、このロワのテーマが見え隠れしたお話でした。
今更ですが支給品説明を書き忘れていたのでそれだけ付け加えます。

○支給品説明

<東方幻想賛歌@現地調達>
岸辺露伴が荒木飛呂彦と交渉して入手した漫画道具で描いた作品。
その内容は姫海棠はたてと同じく、バトルロワイヤルを模した群像作品である。
露伴はこの作品ではたてと勝負するだけでなく、主催者の思惑やゲームの打破に繋がる可能性を考えた。
このマンガが完成する時は、『ジョジョ×東方ロワイヤル』も終盤へと向けて走っている時なのだろうか。
作品のテーマは『生きること』。とある漫画の作者が、巻頭コメントで言った事と同じように。


111 : 名無しさん :2015/08/10(月) 22:38:03 jxJmc/jo0
投下乙です、慧音先生の資料に何気に六壁坂の妖怪出ててワロタw


112 : 名無しさん :2015/08/11(火) 02:18:50 e4COL6W20
慧音先生の資料というか、資料の慧音先生


113 : ◆qSXL3X4ics :2015/08/15(土) 03:45:51 3WTYRN5w0
予約を延長します


114 : ◆BYQTTBZ5rg :2015/08/17(月) 23:20:10 5yaq0.Y60
投下します


115 : 行くぞ! 俺たちの旅立ち ◆BYQTTBZ5rg :2015/08/17(月) 23:23:58 5yaq0.Y60
リンゴォ・ロードアゲインは、くるりと踵を返した。
火傷だらけの人間から、蓬莱山輝夜の名前を聞き出すと、早速彼は八意永琳から預かってきた言伝を渡す。
そして彼女から秋静葉と姫海棠はたての情報が得られないと分かると、もう彼女には用はないとリンゴォは判断したのだ。
あまりに無体である。しかし、そんな愛想の欠片も見せないリンゴォの背中に向かって、輝夜の声が勢いよくぶつけられた。


「こら、ちょっと待ちなさい! 私だって、貴方に用があるのよ!」

「……何だ?」


重く溜息を吐いたリンゴォは歩みを止め、気だるげに輝夜の方へ振り返った。
リンゴォにとって、輝夜など興味の対象外。彼女を傷つけないという永琳との約束があるからとも言えるが、
それ以上に彼女には『魅力』がないのだ。確かに重傷とも言える身体を難なく動かしているその身体能力には目を見張るものがあるが、
そこからは『道』を切り開き、敢然と歩もうとする『気高き意志』が感じ取れない。それではリンゴォの食指を動かすには至らない。
だが、そんなものは知ったことか、とリンゴォの耳に輝夜の言葉が、ぶしつけに入れられる。


「貴方、私の仲間になりなさい。私は人間と協力して異変を解決するって決めたの!
苦節十数時間……いや、別に苦しんでなんかいなかったけれど…………。と、とにかく!!
ようやく……ようやく出会えた人間を、ここで手放す気は私には毛頭ないわ」


光を放つような晴れ晴れとした輝夜の顔が、リンゴォの目に入った。勿論、彼女の顔は依然と醜悪そのものである。
火傷によって瞼が剥がれ落ち、光をも失った右目はギョロッと気持ち悪く動き、唇も同様に火傷で無くなったそこは歯茎が剥き出し状態。
かつては白磁のようであった肌は表皮を失い、露になった筋組織が赤黒く糜爛(びらん)となって、体液がウジュルウジュルと汚らしく滲み出ている。
そんな中で努めては明るく振舞う彼女の姿は、もしかしたら人々に感動を呼び起こすものなのかもしれない。


しかし、当のリンゴォは輝夜の宣言を耳にすると、毛一筋分も眉を動かさず、氷のように冷たい表情で再び彼女に背中を向けるのであった。
異変を解決する。それは結局の所、殺し合いが起きたからという受け身の対応でしかない。
現に彼女の言葉からは、その行動を支える『信念』が何も感じ取れなかった。それでは自らの前に立つ資格はない、とリンゴォは判断する。
それに何より、彼には輝夜のご機嫌を取るとか、この殺し合いをどうこうするとかよりも、大事な目的があったのだ。


それは秋静葉、姫海棠はたて、ジャイロ・ツェペリ、そして自らに恐怖を与えた八意永琳との決闘。
彼らとの決着を経ずして、『光り輝く道』を進めない。故にリンゴォは何の遠慮もなしに輝夜の提案に唾を吐きかける。
だが、そんなリンゴォの耳に、今度は聞き捨てならない輝夜の台詞が入ってくるのだった。


116 : 行くぞ! 俺たちの旅立ち ◆BYQTTBZ5rg :2015/08/17(月) 23:25:21 5yaq0.Y60
「って、無視をしない。それなら、私と勝負よ。私の出す五つの難題をクリアしたら、行ってもいいわ」

「……勝負……だと?」


リンゴォは、その言葉に反応して反射的に振り返る。
そしてそれを勝負を受け入れた、と輝夜に勝手に判断されてしまったのか、たちまち煌びやかな弾幕がリンゴォの視界を覆った。



――難題「龍の頸の玉 -五色の弾丸-」



赤、青、黄、緑、紫の色取り取りの弾が、所狭しと列を成してやってくる。
それは弾幕初心者のリンゴォには間違ってもかわせない濃密な弾幕――難題だ。
しかし、リンゴォは突きつけられた「敗北」に焦ることも、嘆くこともなく、至って冷静にスタンド「マンダム」を発動させた。


時は六秒巻き戻り、弾幕を発することのなかった無防備な輝夜が現れる。
そしてそんな彼女の足元に向かって、すかさずリンゴォの銃から弾丸が放たれた。
それに驚いた輝夜が足を後退させるのを確認すると、リンゴォは銃をホルスターに収め、淡々と彼女に告げた。


「今のは警告だ。そしてそれで八意永琳への義理は果たしたつもりでいる。
もし次に同じようなことをしたら、オレは躊躇いなくお前に攻撃を当てるだろう。
オレの言っていることが分かるか? お前では、オレに勝てない。だから、オレにはもう構うな」


傲岸不遜とも言える言葉の内容だが、リンゴォの言葉の調子は至って真摯なものであった。
そこには見栄や自惚れもない。相手を気遣う優しさすら、垣間見えるものだ。
しかし、そんなリンゴォの表情が、突然と曇り始める。
目の前の女性が開く口によって、彼女が自分の言葉には何ら耳を傾けていなかったのを、リンゴォは理解したのだ。


「ふ〜ん…………難題を解くには、難題を出させなければいい。
頓知が利いているようで、利いてないわよね。だって、結局の所、問題を解いていないんだから。
でも、まあ、今回は特別に合格ってことにしてあげる。それじゃあ、次、行くわよ」



――難題「仏の御石の鉢 -砕けぬ意思-」



輝夜の手から放たれた幾つもの光の玉から、突然と放射されたレーザーを、リンゴォがかわせたのは単なる幸運だったのだろうか。
いや、それは幾多もの決闘を制してきた確かな実力だ、と冷や汗一つかかないリンゴォの毅然とした顔が告げていた。
とはいえ、咄嗟に横に飛び込む無茶な回避だったせいか、彼の態勢は崩れ、容易に反撃が許される状況にはない。
そしてその隙を狙っていたかのように、無数の緑色の弾が間髪入れずにリンゴォに殺到する。


117 : 行くぞ! 俺たちの旅立ち ◆BYQTTBZ5rg :2015/08/17(月) 23:26:15 5yaq0.Y60
「……つまらない」


絶体絶命のような状況で、リンゴォは僅かに動じることもなく、静かに呟いた。
輝夜の攻撃からは、何の危機感も得られなかったのだ。
確かに木々を簡単に薙ぎ払う攻撃の威力や、相手の回避を封じるような攻撃の巧みさには、舌を巻くものがある。
その点では、実力があると言えるだろう。だけど、そこには『気高き意志』も『漆黒の殺意』も無いのだ。


それがあれば、こんな己の能力にかまけた場当たり的な攻撃などしないだろう。
要するに、彼女は時間を巻き戻す「マンダム」に対応していないのだ。
勿論、そこにはリンゴォが自らのスタンド能力を話していなかったことも要因として挙げられるだろう。
しかし、勝負を不公平なものとしたは、間違いなく輝夜だ。
彼女はリンゴォの話を聞くこともなく、無思慮に、自分勝手に、いきなり勝負をけしかけてきたのだから。


彼女に、もし自らの『道』を踏破しようとする確かな『信念』があったのならば、そのような軽挙は起こさなかった。
彼女が掲げた目標――人と協力しての殺し合いの解決には、とても困難なものであり、自らの命をベットしている以上、失敗は許されない。
であるのならば、早まった対立や闘争は避け、それが避けられないようなら、敗北を免れる為にも、攻撃に慎重さや工夫を加えるべきなのだ。
一度はリンゴォもスタンドを発動させたのだから、それこそそれへの対処や対策があって然るべき。
それなのに彼女は、薄ら笑いを浮かべ、ただ漫然と攻撃を放つのみで、行動を終わらせている。


愚か者の極致だ。彼女は自分の目標にも、他者にも真面目に向き合っていない。
ただ何も考えず、ただどうにかなるだろうと思い、このような局面でも、いまだに精神を弛緩させたままでいる。
一体、どれだけの日々を怠慢と怠惰で過ごせば、このような醜悪なモノが出来上がるのだろうか。
時間にも、生命にも尊敬を払うことをせずにいた者の末路が、まさにコレだ。
そんなクズ、ゴミ、カス相手に、負けの目など、間違っても出ない。


リンゴォはその確信と共に、再び「マンダム」を発動させる。
今より六秒前は、ちょうど蓬莱山輝夜相手に警告射撃を行おうとした時間。
つまり、拳銃はもう既に構えているということだ。そこから繰り出されるのは、ゼロ・コンマ・ゼロ秒以下の射撃。
人間が回避出来る余地など、どこにもない。それで彼女は終わりを迎える。
リンゴォは輝夜に侮蔑の眼差しを向け、ついに腕時計のつまみを捻った。



   カチリ



時は六秒巻き戻り、そしてリンゴォは目を剥(む)いた。
時間を巻き戻した直後、何故かリンゴォの目の前に蓬莱山輝夜がいたのだ。


118 : 行くぞ! 俺たちの旅立ち ◆BYQTTBZ5rg :2015/08/17(月) 23:26:53 5yaq0.Y60
「あら、知らなかったの? 聖闘士(セイント)に同じ技は二度も通用しないのよ」


輝夜は不敵に微笑むと、新たなスペルカードを展開。



――新難題「廬山昇龍覇」



金閣寺の一枚天井を持ち上げる勢いでの輝夜のアッパーカット。
あまりに威力により、リンゴォの身体は空高くにロケットのように吹っ飛び、
そのまま輝夜の頭上を背面飛びの様に超えて、地面へ勢いよく落下する。


(……聖闘士って、何……だよ……)


あっさりと敗北を刻まれたリンゴォは、最後にそんな胸中を残し、その意識を闇へと沈ませていった。



      ――
 
   ――――

     ――――――――



顎に走る鈍い痛みに気がついたリンゴォは、慌てて目を開けて、身体を起こした。
周りを見てみると、何かの乗り物のシートに座っている。どうやら、ここで寝かせられていたようだ。
ひょっとして看病でもされていたのだろうか。そのことにリンゴォが名状し難い感情を抱いていると、
彼の耳に何者かが走り寄ってくる音が聞こえてきた。


「良かった。起きたみたいね」


蓬莱山輝夜であった。彼女の顔は、さっきまでなかった皮膚に覆われて、今は大分直視できるようになっていた。
まだ所々、火傷は残っているみたいだが、そのどれもが軽症と言えるものだろう。
その驚異的な回復力に勿論リンゴォは驚きはしたが、彼女の姿を見て、何よりも先に彼の中に思い出されたのは、己の不覚であった。
次いで、それを決定づけた要因。あの勝負の最後の瞬間の出来事への疑問が、リンゴォの口から我知らずと零れ出る。


「……あの時……お前は、一体……何をした?」

「あの時? あー、あれは貴方と同じよ。貴方と同じく時間を、ちょっとね」


蓬莱山輝夜には「永遠と須臾を操る程度の能力」がある。
永遠とは無限の時間、そして須臾とは人が認識すら出来ない僅かな時間のこと。
それらを操る輝夜は、あらゆる変化を拒絶し、『永遠』を存在させることができ、
また一瞬以下の時間である『須臾』の中を、自由自在に動くことができるのだ。


もっと分かりやすく言えば、永遠を操るとは無敵状態になること、須臾を操るとは擬似的な時間停止のこと。
そして蓬莱山輝夜は須臾を操り、リンゴォが認識できない時間の中を移動して――つまり超スピードで動いて、彼をぶん殴ったのである。


実際には彼女はそこまで丁寧に説明したわけではないが、
同じ時間に干渉する者同士、リンゴォには輝夜の言わんとしたことが、何となく理解できた。
そして今度はリンゴォに代わって、輝夜が質問をすることになるのだが、
その内容は彼にとって、到底聞き捨てならないものであった。


119 : 行くぞ! 俺たちの旅立ち ◆BYQTTBZ5rg :2015/08/17(月) 23:28:12 5yaq0.Y60
「それで怪我はどう? 一応、手加減したから、大丈夫だとは思うんだけど?」

「て、手加減だと!? ……君は、あの勝負……手加減したと言うのか!?」

「当たり前でしょう。本気を出したら、貴方が可哀想じゃない」

「か……可哀想?」

「ま、とにかく、これで貴方は無事に私の仲間となったわけね。人間と一緒なら、さすがに妹紅も話は聞いてくれるだろうし。
フフ、私が地上人と一緒に仲良く行動をしているって知ったら、彼女はどんな顔をするのかしらね。今から、妹紅の反応が楽しみだわ」


輝夜の言葉など、もうリンゴォの耳には入っていなかった。
何の覚悟もなく適当に生きているような女に侮られ、哀れまれ、憐憫さえ抱かれて、負けてしまったことをリンゴォは知ってしまったのだ。
それはどんなに情けなくて、どんなに恥ずかしくて、どんなに悔しくて、どんなに惨めなことだろうか。
あまりの屈辱と恥辱で、リンゴォの顔はクシャクシャに歪み、目の端には涙さえ浮かんできた。


八意永琳の時は、まだ言い訳することできた。まだ『納得』できる余地があった。
だが、今回はどうだろうか。リンゴォを降した女は半死半生の怪我人。つまり、リンゴォより遥かに不利な立場にあった相手だ。
そんな彼女との勝負の結果に、言葉を差し込んで、異議を申し立てたら、余計に惨めになるのではないだろうか。
リンゴォの精神は、最早輝夜に陵辱されたに等しく、頭を上げることすらできずにいた。


(こ、これが『光り輝く道』の果てだというのか? こんな結末を迎えるために、オレは今まで『果たし合い』をしてきたというのか?
だったら、オレが感じていた生長とは、一体何だったというのだ! こんな最期を迎えるくらいだったなら、オレは…………ッッ!!)


肺を満たす空気は鉛のように重く、呼吸さえ困難になってきた。
日は差しているというのに、目の前は暗く、周りの風景はおろか、自分の足元にある道さえも、良く見えない。
もうリンゴォの中には絶望しかなかった。それだけが彼の中にうずくまり、彼の生きる意味を失わせていた。


否、とリンゴォは慌てて首を振った。
先ほどの勝負は、到底公平なものではなかった。蓬莱山輝夜は半死半生の大怪我で、お互いの能力も知らなかった。
そこには『神聖さ』も『公正さ』も、欠片もなかった。つまり、『公正なる果たし合い』ではない。なら、その結果など無効だ。
そうに違いない。でなければ、今までの人生全てが無意味なものとなってしまう。だから、気にしなくていい。


リンゴォは自分をそう励まし、残った気力で何とか身体を起こし、デイパックを開ける。
いつの間にか、じっとり身体を濡らした脂汗で、随分と喉が渇いた。それを潤そうと、リンゴォは水の入ったペットボトルを取り出す。
しかし、いざそれを口に運ぼうとしたら、ペットボトルを地面に落としてしまったではないか。


リンゴォはそんな自らに苦笑を零しつつ、地面に転がったペットボトルを拾い上げようとする。
だが、それは何度やっても決して自らの手の中には収まらず、ペットボトルは無様に地面に転がるのみ。
何故と思うまでもなく、リンゴォは気がついてしまった。自分の手足が震えているのだ。


それを見て、リンゴォは愕然とした。震える自分の手が、子供の時のように透き通った白色を見せ始めていたのだ。
そして追い討ちをかけるように、今度はポタリポタリと鼻血が落ち、リンゴォの手の甲を赤色に彩り始める。
その現実に、とうとうリンゴォは頭を抱え込み、咽び泣いてしまった。


リンゴォが自らの生長に疑念を抱いてしまった瞬間、
彼の身体は初めて生長を感じたあの運命の日の夜以前に戻ってしまっていたのだ。


120 : 行くぞ! 俺たちの旅立ち ◆BYQTTBZ5rg :2015/08/17(月) 23:29:55 5yaq0.Y60
【C-5南部 迷いの竹林/午前】

【リンゴォ・ロードアゲイン@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:微かな恐怖、精神疲労(極大)、左腕に銃創(処置済み)、胴体に打撲
    顎ズキズキ、鼻血ポタポタ、涙シクシク、皮膚病、手足の震え、自信喪失
[装備]:一八七四年製コルト(6/6)@ジョジョ第7部、A.FのM.M号@ジョジョ第3部
[道具]:コルトの予備弾薬(13発)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:生長したい
1:生長って、一体何だ?
2:妹紅……?
3:他の参加者……? 今はどうでもいい。
4:てゐと出会ったら、永琳の伝言を伝える。
[備考]
※幻想郷について大まかに知りました。
※永琳から『第二回放送前後にレストラン・トラサルディーで待つ』という輝夜、鈴仙、てゐに向けた伝言を託されました。
※公正なる果たし合いによる生長に疑念を抱き始めました。
※皮膚病はちょっとした傷で、すぐに出血するといったものです。


【蓬莱山輝夜@東方永夜抄】
[状態]:身体の所々に軽度の火傷
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:皆と協力して異変を解決する
1:人間の仲間ゲットだぜ!
2:というか、第一回放送内容を知りたい
3:リンゴォと一緒に妹紅を探す or レストラン・トラサルディーに行く
[備考] 
第一回放送を聞き逃しました
A.FのM.M号にあった食料の1/3は輝夜が消費しました
A.FのM.M号の鏡の部分にヒビが入っています
支給された少年ジャンプは全て読破しました
黄金期の少年ジャンプ一年分はC-5 竹林に山積みとなっています
干渉できる時間は、現実時間に換算して5秒前後です
制限には、まだ気づいていません


121 : ◆BYQTTBZ5rg :2015/08/17(月) 23:31:14 5yaq0.Y60
以上です


122 : 名無しさん :2015/08/18(火) 06:33:41 yjwVsyzA0
乙です
リンゴォご愁傷様、相手が悪すぎたね
立ち直れるのも役に立てるのも解らないね、こりゃ
輝夜の根本の精神は別にして、えーりん以上の人外ぷりがよく表現されていたと思います
癒し要員になれるかな?


123 : 名無しさん :2015/08/18(火) 21:11:12 Q4WohzZA0
相性悪ッ


124 : 名無しさん :2015/08/19(水) 03:05:48 yM7zu6.s0
妹紅の精神をへし折ったリンゴォが輝夜に精神をへし折られたか
しかし、この輝夜まるで生長していない…前々回のシリアスさはどこ吹く風、妹紅との邂逅は暖簾に腕押しだったのか
特に戦闘中リンゴォが淡々と輝夜を評しているシーンが容赦なさすぎて、逆にこっちが苦笑いできる始末
さらにさらに酷いのはそのイメージが毛筋一本分も変わることなく輝夜があっさり勝ちを掴み、
トドメとばかりに話のケツに頓珍漢な台詞をツララのごとく指し込む。日本語を話せここは幻想郷だ
実に身勝手で考えが及んでいない風にしか、こちらからは見えない。

その一方でこの理解不能!×2な彼女の思考は東方の強みのような気がしないでもない、個人的にそれも東方の魅力だし
ジョジョはdiscによるバトルでのクロス成分、キャラ毎の生き方の魅せ方での強みがあるのに比べて、
クロスする前提だと東方の魅力を土台を生かすのには結構苦心する、基本ちゃらんぽらんなのが多いし、弄り過ぎると誰テメ不可避
そんな中バトロワの環境下で、余裕たっぷりに蓬莱人しているのを見ると、そーいうキャラの魅せ方もアリか、アリだーと思えるような
でもリンゴォの眼が節穴とも思えないし、ちょっと考え過ぎかもしらん、うん。輝夜も何か考えてるようには見えんし
ていうか新難題、てっきりアマノジャク出典かと思ったら、まるっきりパクリじゃねーかこれ
まあ赤石パロスペカあるし、姫様も宇宙人ってことでここは一つ眼を瞑ろうそうしよう


125 : ◆BYQTTBZ5rg :2015/08/19(水) 06:05:37 XLcCEdfg0
感想・ご指摘ありがとうございます。

輝夜に関してですが、こちらの不手際です。前々話の読み込みが足りませんでした。
また自分が一番最初に書いたアホな輝夜、原作の暢気な輝夜にイメージが引きずられていたようです。
それらを踏まえると、この話の輝夜はリレー小説として完全に破綻しているのは明らかなので
拙作「行くぞ! 俺たちの旅立ち」は破棄することにします。
お騒がせして申し訳ありませんでした。


あと聖闘士聖矢の技やセリフについてですが、
その元となる漫画「聖闘士聖矢」は黄金期の少年ジャンプで実際に連載されていたものです。
ですから、それを読んだ姫様が、単に真似たというだけの話です。
こちらの方も、お騒がせして申し訳ありませんでした。


126 : 名無しさん :2015/08/19(水) 09:25:25 yM7zu6.s0
すまん!棘のある感想申し訳ない!!

別に難癖付けようと思っていたわけじゃねーです、口の悪い感想ホンットすまんかった…

もしも話の整合性の都合で◆BYQTTBZ5rg氏がこの話を破棄するというんだったら無理にする必要はありません
今回の話はリンゴォの視点中心で書かれたものもので、輝夜のそれは一切含まれておらず次の話でいくらでも補填できます
それにまあ、リンゴォも相手の推し量りをミスったのも相手が輝夜なら、あり得る、と私は思っています。
だってアホほど生きている宇宙人だし、訳分からんこと考えている幻想郷の住人だし
個人的にむしろ、そういう点で相手を圧倒する東方キャラはほぼいない上に、そこも貴重な東方要素ではないか、と悶々と考えていた私にとって
破棄すんなよ、破棄すんなよ…この話のことが好きだったんだよ!って感じです、はい
先の感想でも書きましたが、妹紅を壊すきっかけを与えたリンゴォが今度は輝夜にタガを外される展開はおもしれーんです!
メタ的で申し訳ないけど、だってこれ生長フラグにも発狂フラグにもなるんだもの、それをすてるなんてとんでもない!

話として美味しい部分が十分にあって、かつ次の話でフォローがいくらでも可能である時点で破棄しなくてええんです
そのためのリレー小説?後そのための書き手?
一旦書いた話を修正するのもメンドーでしょうし、私としてはこの話色々考えさせられる(悪い意味じゃないッス)ものだったので
取り止めのない長ったるい感想で◆BYQTTBZ5rg氏を追い込んだのは余りにもこちらの不徳です、圧倒的不徳!

改めて申し訳なかったと思います、この通り orz


……というか破棄しないで下さい!なんでもしますから!
愛を伝えるのって難しいね


127 : 名無しさん :2015/08/19(水) 15:13:36 gt.W/PVY0
一番東方キャラをらしく書いてるのはもしかしたら◆BYQTTBZ5rg氏かもしれない


128 : 名無しさん :2015/08/19(水) 19:14:08 0QF3SgAQ0
ホモが必死になってる


129 : ◆BYQTTBZ5rg :2015/08/20(木) 00:31:59 5Wp3qbPc0
>>126
別に追い込まれていません。
一人や二人にどうこう言われたところで、崖っぷちに立たされるような柔な精神じゃありませんよ。
ただ普通に「幻葬事変/竹取幻葬」を読み直してみて、自分でも輝夜に違和感があるなと思った次第です。
そこに他意はありません。寧ろ、シリアス輝夜の存在を思い起こさせてくれた点で、貴方に感謝しています。
思いっきり忘れていましたから。

というか、隠さずに言わせてもらいますと、輝夜を書くに当たって、私は前々話を確認していませんでした。
リンゴォの方は全部読み返すという作業を何回か繰り返したのですが、
輝夜の方は大して動いていないし、「ま、いっか」と流してしまったんです。
ですから、この話における非は私にあって、貴方にはありませんし、貴方が妙な罪悪感を抱え込む必要もありません。



拙作「行くぞ! 俺たちの旅立ち」に関してですが、前述した通り、前提知識が欠けたものとなっております。
リレー小説は他人に尻を拭かせてなんぼのものですし、フォローしてくれるのなら、これ以上なく有り難い話です。
しかし、現状、自分でこの輝夜をフォローできる話は全く思いつきません。
そしてそんな自分で尻を拭くのを躊躇われるくらい汚いものを、他人に押し付けるというのは、やはり失礼なことだと思います。

とはいえ、破棄を惜しんでくれる声は純粋に嬉しいものですし、それを無下にするのも憚られます。
なので、他の書き手さん方に質問なのですが、この輝夜をフォローできる話は思いつくでしょうか?
それが可能であれば問題ないということで、無理だというのであれば、やはり破棄にしたいと思います。
誠、身勝手な話、申し訳ありません。


130 : ◆at2S1Rtf4A :2015/08/20(木) 23:39:25 CTN6ZhnM0
私としてはこの話を通していいかなぁ(チラチラッ)と思っております

生憎と、一日二日ですぐにこのSSを繋げるネタは閃いてはおらず恐縮ですが
さらに通したい理由は私自身が展開やフラグを面白いと感じたからに過ぎません。
でもまあ、それでもいいんじゃね?とは思っております。
きっと◆BYQTTBZ5rgさんもこれ面白いんじゃね?と思って書いたんでしょうし(違うかもしれんけどね)
そういった書きたい展開とかばっか考えていると、前の話とか軽視する節はちょろーっと私にも心当たりが…ゴニョゴニョ
私としては上手にリレーできるかどうかは別として、このSSを繋ぐのも面白そうだ、とも考えています。
ぶっちゃけて言えば、このSSのケツを拭くのはオッケーおけつだよ!ってことです。ドヤァ・・・
悲しいことに時間が割けないせいで、最近ろくすっぽ書いておりませんけどね……
他にもアイツとかコイツとかまーだ残ってますし、そいつらほっぽって絶対すぐには書けません!
それでも良ければ、です

ただしリレー小説である以上、書き手自身が前回のSSを大して読まずおざなりにした、という発言は無視できません
特に、輝夜のSSを手掛けた◆n4C8df9rq6さん、以前輝夜とリンゴォの予約をしていた◆qSXL3X4icsさんの意見を
簡単にでもお聞きできたらと思います。彼らの意見こそ反映されて然るべきではと考えておりますので

勝手にしゃしゃり出た挙句、名指しして本当に申し訳ないですが他の書き手さん方もできれば一言だけでも、
どの面が仕切ってんだ、と思われる方は幾言でもお願い出来たらと思います。


131 : ◆qSXL3X4ics :2015/08/21(金) 02:01:57 tkoZMRCI0
執筆に必死で意見を書き込むのが遅れましたが、私の意見としましてはこの話は破棄するほどの問題を感じないように思えます。
輝夜のキャラクター自体には何の違和感はありませんし、彼女らしく、東方キャラらしく存在していると思ってます。
というか私個人の中では、結構理想の形に近い輝夜とすら思ってます。
前々回がかなりシリアス展開というのもあって今回の輝夜は確かに一転、軽く感じ見えてしまっています。
そこを言及するのなら彼女の妹紅に対する感情は「思ったより軽いな」、という感想は多少抱きました。
しかし「難題を解くには、難題を出させなければいい〜〜」などの台詞はかなり好きですし、
>>127でもあるように一番東方キャラをらしく書ききっているのは◆BYQTTBZ5rg氏なのだと私は尊敬しております。

前にリンゴォ輝夜の予約を破棄した私が言うのも信用としては微妙ですが、この話が繋げるかと言われたらネタはあります。
上手く話が展開できず一度は断念しましたが、今回の話が投下されたことでむしろ脳内に完成イメージが湧きました。
そういう意味でも破棄はして欲しくない、というのが改めての意見になります。

とまで言ってしまえば私が書くしかない流れみたいですが、他に「ぼく書けるよ!」と諸手を挙げての書き手さんが居れば勿論喜んで待ちます。
ネタはありますが絶対に書き上げる自信が100%あるとは言えませんし(実際一度破棄してますので…)、ここで私が堂々と名乗りを上げるのも憚られる気持ちはあります。
それでも良ければ、次に繋ぐのはそう難しいことではありません。
いえ、今回の話をフォローするどころか、この話ありきで次は更に面白い物を書いてやる!
今はまだここを予約することは出来そうにないですが、結論としてはつまり「破棄しないで!」です!

あと全然全く関係ないですが、久方ぶりに◆at2S1Rtf4Aさんが見れて嬉しいです。


132 : ◆n4C8df9rq6 :2015/08/21(金) 11:00:20 nJxRP5Pg0
自分も氏の作品は通しで宜しいかと。
破棄になってしまうのも寂しいですしね。
今回の話はリンゴォ寄りの三人称視点が中心なので、輝夜の心境はリレーで補完できる範囲かなと思います。


133 : 名無しさん :2015/08/21(金) 12:30:01 U3LLgxnw0
色んなロワを見てきたが、作品の破棄はでっかいネタ潰しのようなもので、他の書き手さんに「同じネタは使えない」「破棄されたもの以上のクオリティで書かなければならない」等の暗黙の了解のようなプレッシャーを与えるものだと思ってます
それに、良く思ってる読者、書き手さんも多くいるので、評価された後に破棄され、他の書き手が別の展開を書くのも無意識な遠慮というものも出てくるでしょう
それらが原因で、破棄された後の引き継ぎをする者がなかなかおらずロワの進行が停滞、終了という流れを何度も見てきました
素晴らしい作品を書くことは書き手さんのポリシーではありますが、ロワを簡潔させるという根底を考えるとある程度の違和感は気にせず通す必要があります

氏を責めるつもりは微塵もないですが、ここまで書かれた作品を破棄することは今後の進行上タチの悪い未来を招きかねないと考えています
作品に問題があると主張する人は現状いませんし、僕も読んでて楽しい気分になれました
どうか、良く思ってくれてる人達をむげにしないよう、今後の進行への影響ついても、破棄は考え直して欲しいです
氏の作品をもっと読みたいです


134 : ◆BYQTTBZ5rg :2015/08/22(土) 10:12:25 7gTLRef60
貴重な意見ありがとうございます。
どうやら私のお尻を拭くことができるようなので
拙作「行くぞ! 俺たちの旅立ち」の破棄は取り止めることにします。

そして今回の騒動で、皆さんに大変ご迷惑をおかけしました。
以後は、このようなことが起こらぬように、確認作業を徹底していく所存です。
重ね重ね申し訳ありませんでした。


135 : ◆qSXL3X4ics :2015/08/22(土) 17:39:34 pbCpfVb20
本日期限の予約ですが、完成はしましたが個人的な都合で本日中の投下は難しいと判断させていただきました。
日付変わって恐らく1時過ぎる頃には投下を始める予定です。
誠申し訳ないですが、今しばらくお待ち下さい。


136 : 名無しさん :2015/08/22(土) 18:05:50 A0ZnrEFA0
わあい投下あたい遅刻投下大好き


137 : ◆qSXL3X4ics :2015/08/23(日) 01:58:04 wFu8/b.I0
お待たせしました。投下を始めます


138 : BBLLAASSTT!! ◆qSXL3X4ics :2015/08/23(日) 02:05:22 wFu8/b.I0
『比那名居天子』
【午前】D-1 エア・サプレーナ島 リサリサの館


「じいちゃんがね……死んだんスよ。町の殺人鬼に殺されました」


赤を基調に彩られた上質な寝室の静かなる気配の中、東方仗助は箪笥を物色しながらそう零した。
感情の篭っていない、というよりかは敢えて感情を押し殺すような無感情さを纏う声色。
天蓋ベッドの上から足をブラブラさせながら天子は、そんな男の背中をまじまじと眺めている。

彼の表情は見えない。
男心という物は天子にとっていまだ未知なる領域だが、こういった話の時はきっと女には見られたくないような顔をしているのだろう。
そんな感情を天子にも悟らせるほどに、彼の話しだした内容は重い事実から始まったのだった。


最初は軽い気持ちで始めた会話だった。
友を失い、傷付き悲しむ仗助を慰めるため、己に出来得る限りの愛情を含ませた抱擁。
その後どういうわけか互いに殴り殴られ、二人して草のベッドで大の字に転がる青春を満喫したは良い。
良いのだが、後から思い返せば自分は年頃の男子に何をしてしまったのだろうという、甘酸っぱくも気恥ずかしい思いが頭をもたげてきた。

仗助など所詮、自分よりも遥か子供…いや幼いといっても過言ではないほどの『お子様』。
大人の女を自負する自分がこんなお子様を抱きしめたところで、どうということはない……ハズだったのに。
道中を共に歩けば歩くほど、段々と恥ずかしくなってきたのだ。

どうして自分はあんな大胆な行動を披露してしまったのだろうか。
仗助は何とも思っていないのだろうか。それはそれで腹が立つ。
そんな幼稚な感情が心を埋め尽くしていくと共に、会話も減って顔すら合わせ辛くなってきた。
ある意味微笑ましいその光景は、この広大な湖の中心に聳えるエア・サプレーナ島の地に踏み入れるまで続いた。

島内や館内を捜索し、めぼしい成果も獲得できず、そろそろ引き上げようかという佳境に入ったところで、天子は半ば余興のように会話の種を要求した。
いい加減、この空気にも限界が来たのだ。いつまでもこのままではこちらの身が持たない。
ここは一息入れる意味も兼ね、リサリサの館内にて天子は出来る限りの平常を装い、何気なく仗助に尋ねてみたのだ。

「仗助はどうして吉良吉影と戦っていたの?」と。

一介の学生である仗助が、町に潜む殺人鬼と戦っている。
天子が仗助の過去について知っている情報は、思い返せばただのそれだけだ。
スタンド使いの少年たちと、スタンド使いの殺人鬼。そこには如何なる激闘があったのか。
退屈嫌いの天子は純粋なる疑問も持ち合わせながら、少し仗助について知りたくなった。
色々と吐き出させてやることも大事だと、一際の優しさも込めて。

そして仗助は暫しのあいだ無言を通し、やがて口を開いた。
祖父が殺された、と。

「おじい様が? 吉良に?」

内心、しまったと天子は焦る。
友を喪ったばかりの彼の傷口に塩を塗るような真似をしてしまったかもしれない。
まさか身内の死から始まるような出来事とは思わなかったとはいえ、少々迂闊だったか。


139 : BBLLAASSTT!! ◆qSXL3X4ics :2015/08/23(日) 02:07:45 wFu8/b.I0

「……いえ、吉良じゃありません。別の殺人鬼です」

しかし天子の予想に反して、仗助はこれをあっさり否定した。
吉良に祖父が殺されたというのなら、その恨み辛みやら何やらから奴を追うことになった経緯は簡単に想像できる。
だが実際には仗助の祖父と吉良にはなんら因果関係は無かったらしい。
ならば益々分からない。スタンド使いである以外は、仗助はただの子供。
彼が殺人鬼・吉良吉影と戦うようになった経緯とは一体なんだったのだろうか。

「……おれのじいちゃん、東方良平は町の警官でした。
 35年間、毎日毎日休むことなく杜王町を『悪』から守り続けてきた。
 あんまり口には出さなかったスけど……おれの誇りだった」

少し、声に感情がこもった気がした。
尊敬する祖父だったのかもしれない。天子も自分の家族、家系に対しては誇りがある。
共感の念と共に天子は、しかしそんな仗助の尊敬する祖父を奪った杜王の殺人鬼に怒りを覚えた。
町を守る警官であり、家族を愛するただの男がどうして殺されなければならない。
その祖父はきっと、心に眩い正義を灯す尊い人物だったのだろう。この自分と同じに。

「そんな男がある日、町に潜むスタンド使いに殺されました。
 おれを狙っていた敵が、おれのうっかりで……じいちゃんは無残に殺されたんス。
 ……おれの、おれのせいでっ!」

背中越しでも彼の表情が分かるほどに、声を通して昂ぶりの感情を撒き散らす。
天子は何も言えなかった。
自分だって家族が殺されたりすれば怒り心頭。必ずや報復し、その罪は死で以て償わせるだろう。

チクリと、心臓に針が刺されたみたいで気分が悪い。

「その時からおれは決めました。じいちゃんが愛したその町を、おれが代わりに守ろうと。
 この世のどんな悪が襲いかかろうと、おれがぜってーブッ飛ばしてやるんだと。
 おれ達みたいなスタンド使いにしか出来ねーことがある。だったらせめておれは、自分の腕の中で守れる範囲だけでも全員守ると決めたんす。
 それがじいちゃんから受け継いだ……おれなりの『正義の心』だと思ってます。」


―――そう、決めたはずなのに……おれは……康一を……っ!


そこで仗助は語りをやめた。
否。堪らなくなって言葉が出なくなった。


(……なるほどね)


天子は心の中でそう呟き、納得した。
つまりは、この仗助は優しすぎるのだ。
他人を威嚇するような攻撃的な容姿とは裏腹に、彼は自分で必要以上に物事を背負いすぎている。
康一が死んだ時も思ったが、この男は何事も自分のせいにする悪いクセがある。
罪を求め、罰を求め、己の弱い心だけは決して他人に見せようとしない。

男というものは皆こうなのか。意地張ってないで泣きたいなら泣けばいいのに。
仗助に悟られぬようそっと溜息を吐きながら立ち上がり、


「仗助」


一言、そう呟いて彼の頭を振り向かせる。


「なんすか」
それだけの短い返答で仗助はほんの少しだけ首を回すも、表情を見られたくないのか、完全には振り向かなかった。

だが、“それがいい”。その角度が最高に丁度いい。

ニタリと天子は不気味に笑い、見蕩れるほどのそれはそれは鮮やかなトルネード・キック――
いわゆる『旋風脚』が仗助の右頬へと華麗に放たれた。



メ キ ャ !



☆★ 永江衣玖さんの特別課外解説 ★☆
[トルネード・キック]
 別名、旋風脚。身体を素早く回転させながら跳躍して蹴り上げる、飛び蹴りのひとつですね。
 逆波動拳コマンド+Kボタンで竜巻を纏うあの蹴り技のようなものだと思ってください。
 間違ってもいたいけな少年の背後から不意打ちでかますような技ではありません。総領娘様には後でキツく言っておきます。


140 : BBLLAASSTT!! ◆qSXL3X4ics :2015/08/23(日) 02:10:12 wFu8/b.I0
閑話休題。
あまりにも不意な一撃は過去最大級のハリケーンとなり、大部屋を一薙ぎする仗助の自慢の頭は記憶が飛びかねないほどの衝撃に襲われる。
一瞬遅れて轟く爆音。壁を破壊して貫通した仗助はそのまま隣の客間にまで吹き飛ばされた。
ガラガラと崩れる壁穴から覗く天子の表情は至って通常……いや、群れるスライムを全体魔法で蹴散らせた勇者のような、どこか満足感すら感じる。


「あら、退屈なあまり普段意味なく練習していた必殺技、思いの外効いたみたいね」

「――――――――ま、た……やりやがったなテメエエェェェーーーーーーーーーッッッ!?!?」

「アンタがいきなり暗い話をするからいけないんじゃない」

「あんたが話せっつったんでしょォオーーーーーッ!!? さっきからおれの顔に何の恨みがあるんすか!!
 今の流れの何処におれを蹴り飛ばす理由があったっつーの!? おれは都合の良いサンドバッグじゃねーんスよ!?」

「男は砕かれることで強くなるって聞くわ。その手伝いをしてやっただけよ。
 知ってる? ダイヤって一番硬い物質だけど、結構簡単に砕けるのよ」

「物理的に砕いてどーすんスか!! そんなんで強くなるか! おれはサイヤ人じゃねーんすよ!?」

「サイヤ人だかダイヤ人だか知らないけど、アンタちょっと不器用すぎなのよ。
 人前で泣けないのなら、せめて私の前くらいでなら泣いたっていいじゃない。
 っていうか貴方忘れてない? 私は貴方の主人なんだから、これからはもう少し頼りにしなさいよ」

「た、頼りにだとぉ〜〜〜?」


その通り。仗助は天子にとって子分同然で、そんな子分の情けない姿など天子は見たくなかったのだ。
自分で話を振った結果が全力の旋風脚とはまさしく天子の自分勝手ぶりがよく表されているが、そんなことよりも天子は少し怒っていた。
仗助と行動を共にしてしばらく経つが、彼は一向に自分を頼りにするだとか信頼するだとか、そんな素振りを見せてくれない。
口を開けば「おれのせいだ」とか「守ることが出来なかった」とか、ネガティブな感情ばかり。

だから天子は蹴った。とりあえず蹴ってみた。
案の定、喧嘩している今だけは仗助の本来の子供っぽい性格、その『根っこ』の姿を垣間見ることはできる。
しかしこの先こればかりでは、仗助の身体はあっという間にスクラップ街道一直線。
そろそろ何か別のアプローチが欲しいところだ。だから天子は気は進まないが、自分から一歩彼の心に近づいてみる措置を取った。


「そう、もう少し私に体なり心なり預けてみなさいな。
 アンタの見た目ばかりのデカイ双肩で、誰も彼もを救えるなんて自惚れもいいところ。
 自分の腕の中で守れる範囲だけでも全員守る、とか言ってたわね? 馬鹿なの? 腕二本じゃちっとも足りないでしょ。
 なんなら私も巻き込んで良いって言ってるの。二人一緒ならそれだけ沢山の人間を守れる。
 それともこんな簡単な事も分からないの?」


141 : BBLLAASSTT!! ◆qSXL3X4ics :2015/08/23(日) 02:11:15 wFu8/b.I0
威風堂々。
今の天子を表すとしたならこんな言葉が相応しいのかもしれない。
横になった仗助を顎で見下しながら、しかしそんな彼と横に並んで立ち向かって行きたいと天子は思う。

ありとあらゆる全ての観点において自分は仗助より上等だとは信じている。
品性、知性、強さ、容姿、髪型。何をとっても天人である自分が仗助に劣るモノなどあるわけがない。
そんな十全十美の自分があえてこの男と肩を並べて歩いていきたいと思った理由は何なのだろう。
その感情の正体を天子はまだ知らない。しかしそれでも仗助はどこか放っておけない奴だった。

拳と拳での友情の確認も良いが、更にもう一歩先に進まなければ仗助の心はいずれ本当に砕け散るのかもしれない。
ダイヤモンドに傷は付かないけれども、砕け散るのは本当に一瞬なのだから。


「…………あーー、えっとぉ…ですねぇ、天子さん」

蹴られた頬を擦りながら、どこかばつが悪そうに仗助は喋り出す。
その視線は床に刺さったまま、天子には向けない。

「天子さんがそう言ってくれるのは正直嬉しいですし、おれはあんたを頼りにだってしていますよ。
 でもその、なんつーか……女を頼ってばかりじゃいけねーっつーか、そういう育て方させられてたせいかもしれねースけど、
 やっぱ男は女を守るモンっつーか……いや天子さんが強いのは知ってるつもりスけど……」

今度こそ天子は腹の底から思い切り溜め息が漏れ出た。
ここまで来るとこれはもう仗助の言う通り、親の教育の成果なのだろう。
彼の言うことは間違っていないし立派なのだが、その日本男児たる精神は今の天子にとっては少々煩わしく感じた。

そして“今回は”わざと、彼を刺激してやることにした。まだまだ殴り足りなかったせいかもしれない。


「言いたいことあるならハキハキ言いなさいよっ! このバッファロー頭!!!」


この自分も相当に不器用かもしれない。人のことは言えないと内心反省する天子だった。


「おれは天子さんを頼りにはしてますけどねぇ〜〜〜……ッ!
 それはそれッ!! 一発は一発ってことが言いたかったんスよおれはよォォオオオーーーーーーーーーーッッッ!!!!」



やられた借りは返すとでも言いたげな咆哮が、第二ラウンドのゴングとして鳴った。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


142 : BBLLAASSTT!! ◆qSXL3X4ics :2015/08/23(日) 02:12:41 wFu8/b.I0


   ブロロロロロ……!


エア・サプレーナの湖上、島から西へ向けて一艇の船が波紋と共に激しいエンジン音を轟かせている。
天子と仗助が湖東の船着場で発見した、真新しいモーターボートであった。
これも主催の気遣いだろうか。それは中々に良い性能とお値段の物らしく、天子たちはこれに乗って島内に上陸し、今また陸を目指して一直線に走っている最中だ。

そのコックピット内部、顔中に腫れた痕や引っ掻きキズが痛々しく残り仏頂面で操縦桿を握っているのは東方仗助。
船の操作経験など皆無の彼だったが、船内には都合よくも簡単な操作説明マニュアルが張られており、上司である天子から半ば命じられる形で船の操作を任されていた。

そして船首にて仁王立ちのように構え、水上の風を全身に受けて美しい長髪を靡かせているのは比那名居天子。
彼女も仗助と同じに顔中にケンカの痕が見られ、これまた仏頂面でボートの行く先を見据えている。そしてその視線は決して仗助には見向けようとしない。


そも、彼女らが孤島とも言えるべきこの島に足を踏み入れた理由としては、当初の目的を果たすため。
即ち霊夢・紫の捜索と、この会場に眠る強大な魔力の集合地を発見するためである。
結果から言うとこの島は完全に『ハズレ』であり、したことと言えば無駄に体力を消費した子供げんかのみだ。
霊夢・紫どころか人っ子一人見付からず、気になることがあるなら既に何者かが物色した後だったことくらいであり、故に収穫もゼロ。
こうして両者不機嫌な顔を取りながら、島を背にのうのうと湖上を走っている現実が今だ。


“つまんない”。

天子は瞼にかかる前髪を意にもせずに心の中だけで呟く。
このゲームが始まった当初こそ意気揚々と『悪』を挫き、『正義』を掲げることを誓って動き始めた彼女である。
殺しに乗っている者も乗っていない者も、ともかく相手が自分の邪魔をするようであれば、誰であれ殴り飛ばして異変を解決しようと試みていた天子にとってこの現状は甚だ退屈な催しであった。
ホテルでは魔女パチュリーが集団の中核としてほとんど勝手に指示を出し、この自分に命令を下し。
明らかに『悪側』の吉良吉影に手を出すことも禁じられ。
こうしてようやく本格的に始動し始めた現在も、今のところただの名所観光にしかなっていない。

何より退屈を嫌う天子にとって、今この時ですら不満が募りゆく時間にしかならない。
加えて先の仗助との喧嘩。ストレス発散にはなったが、それが天子の不満なる心持ちを解消するまでには至らなかった。
『もしやゲームに乗っている奴は案外少ないんじゃないか』
『こうしている間にもあの博麗の巫女が全てを解決しているのではないか』
このような不安な思考が段々と心を占有していく。
だが天子とて先の放送内容を忘れるほど愚かではない。
18人。康一やにとりを含めれば既に20人の参加者が死亡している。

自分は何をしている?
いち早くこの異変を解決するのではなかったのか。

そんな焦燥に蝕まれ始めた時。


天子の望むような“相手”が、いつの間にかそこに『居た』。


143 : BBLLAASSTT!! ◆qSXL3X4ics :2015/08/23(日) 02:13:16 wFu8/b.I0


「ねーーえーーっ! そこのアンターーっ! 確か妖怪山の神よねーーっ!」


声高らかに叫んだ方向に、一艇の小船。
その船の上で片膝を組み、さも退屈そうに釣り糸を垂らしていたのはなんとも変わった風体の女。
巨大な浮き輪の代わりにでもなりそうな背の注連縄は、彼女の印象をより強力に脳に植えつける特徴のひとつ。
天子も何度か地上に暇潰しに来た際、彼女を見たことがある気がするし聞いたこともある。

名前は何だったか……そう、確か―――


「守矢神社の八坂神奈子、だっけーーー?」


船首での天子の大声に、仗助は異常を感じ取り船を止めた。
慌てて操舵席から外に出た彼の目に映ったのは、小船の上でぼんやりと“釣り”を楽しんでいる女性。
ホテルを出て初めて目にした参加者の姿。当然最初に考えるのは彼女が『どちら側』の参加者なのか、ということ。
しかし横の天子は、判断に悩んでいる仗助を無視して調子よく声をかけ続けている。

「ねえ、ここ釣れるの? 魚なんて見た感じ居なさそうだけど」

目を細めて周囲の湖を見渡す天子を無視して、神奈子と呼ばれた女は湖面に垂らす釣り糸の先を眺めるだけで反応しない。
仗助がまず奇妙に思ったのは、これまで虫一匹見なかったこの会場に魚なんて存在するのかということ。
釣りなんかしたところで釣果に期待は出来ないだろう。あの女はそんなことにすら気付いていなかったのか。

そして仗助が次に奇妙に――というほどでもないが――気がついたことは、座る神奈子の隣。
床に置かれた青いシートは、何か筒状のようなものを乱雑に包んだようである。

兎にも角にも会話が無いと何も始まらない。
仗助が天子の前に身を乗り出し、まずは相手が何者なのかを確認しようとしたところで。


「―――ん。あぁ、どうやら釣れたみたいだよ。それも一度に『二匹』だ」


女の口の端がほんの少しだけ曲がり、そこから甘たるく親しみさえこもったような声が二人の耳に届いた。
その声に敵意は感じられなかったように思えたが、女が釣竿を左手に持ち替え、右手で傍のシートの包みを解き始めたとき。

仗助だけは一瞬で理解した。


「―――天子さんッ!! ここはひとまずアイツから離れるっスよッ!!!」


我が僕の、あまり聞き慣れない焦燥した声。
天子はしかし、仗助の様子に疑問や驚きを持つ前に、何より『不満』を露わにした。

「ちょっと仗助。アイツは『敵』だって言いたいわけ? だったら尚更ここで逃げるわけには……!」

「一旦退くんだよォ!!! 『アレ』はこの場所じゃあちとヤベェぜーーーッ!!」


144 : BBLLAASSTT!! ◆qSXL3X4ics :2015/08/23(日) 02:14:35 wFu8/b.I0


ガ シ ャ ン


女――八坂神奈子が大振りの武器を無機質な音と共に構えたと同時に、仗助は操舵席に乗り込みエンジンを素早く回す。
逃亡の意を示す仗助に遺憾を覚えながらも、天子は目の前の神奈子を迎撃するため気を練り始める。
だが銀色に光を反射するその“筒状の機械”を彼女は見たことが無かった。

天子が事の深刻さに思考が回らないのは当然の流れ。
幻想郷に『重火器』の概念は薄い。故に天子は自分にその牙を向けられていても、一向には焦らず警戒するだけ。

神奈子がその肩に構える『無痛ガン』なるガトリング砲を天子に向けて引き金を引くより先に、仗助たちのボートが再び水飛沫を上げるのが一瞬早かった。


ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッ!!!!


普段聞くような弾幕音とは一線を画する轟音。
鼓膜を劈く破壊音に耳を塞ごうとするも、突然動き出したボートに天子がバランスを取られて足を崩したのは幸運だった。

今、天子が尻餅をつかなければ弾丸は間違いなく彼女の身体を貫通し、その生命活動を奪っていただろうから。

「……っ!? な、何あの武器!!」

「天子さん急いで中へ入ってくださいッ! 水上じゃあガトリング相手には分が悪すぎるッ!」

地の利は完全に向こうにあった。
こんな何も無く自在に身動きも取れない湖上では、狙い撃ちされて蜂の巣になるのが目に見えている。
三十六計逃げるに如かず。どうやら敵は自分ら二人を殺す気満々のようだ。

ミリタリー知識には詳しくない仗助だが、アレの恐ろしさは今まで観てきたアクション映画の世界で散々わからされている。
弾丸の一発や二発なら物ともしないのが近距離スタンドではあるが、あれほどの機銃ともなれば話は全く違う。
受けきれるわけがない。しかもクレイジー・ダイヤモンドには遠隔攻撃できる手段がかなり限られているのだ。
飛び道具が出せないわけではないが、どのみち性能の差で負ける。つまりここは逃げるが定石のはずだった。

障害物も何も無い、水平のフィールドであの散弾の嵐をどこまで掻い潜れるか。
神奈子の反対方向へ爆進するボートの背後を、飛沫を弾かせながら弾丸が追ってくる。
キュインキュインと、鉄と鉛同士がぶつかり合って船尾の鉄板を引き剥がされるという一方的な展開。
ボート船尾部分は機銃によって、既に激しい損壊が始まっていた。
敵の狙いは大雑把ではあるが、当たればそれだけで致命傷に成りかねない。
幸いなのは、敵が乗り込んでいるのはただの木製の小船でモーター機能が搭載されていないこと。
つまりある程度距離を離せば、こっちのモーターボートに追いつかれることはない。

戦うという選択など、愚の骨頂。
ここはなんとしてでも逃げの一手を取り、態勢を立て直すことが肝心なのだ。


「仗助! 今すぐ船を戻してよ! 私があの女を吹き飛ばす!!」


だが天子はその行動を善しとしない。
操縦する仗助に食って掛かるような勢いで、戦う選択肢を取ろうとする。

「何言ってんスかッ! あのガトリングの破壊力見たでしょう! あんた今、危なかったんスよ!?」

「さっきのは不意打ち喰らっただけよ! 私が本気になればあんな奴、10秒あれば再起不能にできる!!」

「パチュリーさんからも言われたでしょう!! 戦闘は極力回避するようにって!!
 ここでおれ達がいきり立ったところで、返り討ちにあうのが関の山でしょうがッ!」

「だったらアンタだけ泳いで逃げればいいわ! 私は戦う!
 ゲームに乗った奴は全員叩き潰すッ! それがこの比那名居天子に課せられた正義で、使命なの!」

高い位置にある仗助の襟首を掴みながら、天子は憤る。
彼女は相手の力量を測れない無能ではない。
物事を軽く考えているように見えて、その実は逆。非常にしたたかな実力者なのだ。

神奈子を一目見た時から、高い潜在能力……その『格』を感じることが出来た。
それでも自分なら、あの山の神を鎮圧できる自信はある。絶対に勝てる。
その生まれ持ったとも言える自信を仗助から否定されたように感じ、この火急の場で天子の不満はとうとう爆発したのだ。

この異変を解決するはずの自分が、どうしていきなり逃走しなければならないのか。
パチュリーから言われたことがそんなに大事か。
自分とあの魔女の言うこと、優先すべきは自分のはずだろう。
数々の歯痒い思いが、心の壁に張り付いて膨らみあがっていく。
仮にも自分と仗助は主従という関係であるはずなのに、思い通りにならないことに怒るその気持ちはまるで、わめく子供。


145 : BBLLAASSTT!! ◆qSXL3X4ics :2015/08/23(日) 02:15:52 wFu8/b.I0

「もう一度言うわ! 船を戻しなさい仗助!」

「お断りさせていただきます……! 天子さんをむざむざ見捨てるわけにはいきません。あんたは間違っています!」

今度こそ天子はその手に力を込め、服を破りかかる勢いで仗助の胸倉を掴んだ。
その表情は烈火の如き剣幕。非常時だという状況も忘れ、鉄壁すら突き通すような鋭い視線を目前の男に突き刺す。

「舐めんじゃないわよッ!! アンタから湖に叩き落とされたいっての!?」

「……天子さんの言う『正義』ってのは、高揚した自分の満足感を満たすことですか。
 あんたは『弱い者を守るため』などと体のいい主張をしきりに叫んでるみたいですが、本当はそんな立派なモンじゃねえ」 

熱くなる天子に対し、仗助は宥めるようにクールに言う。
その視線は天子の射抜く視線と交わい、段々と熱が灯るように語尾は荒くなっていく。


「ハッキリ言いますよ。天子さんはただ、気に入らねえ奴は全員ブッ飛ばしてえって意気込んでるだけだ。
 主催どもに反旗を翻すのも、ゲームに乗った参加者をブッ飛ばすのも、全部全部自分が『気に入らねえ』からだ。
 “異変を解決する自分カッケー”って、調子に乗りてえから意気揚々と軽率に戦おうとしていやがる。
 そんな勘違いしたお子様が掲げる使命とやらの………何が正義だコラァッ!!!!」


熱く、威圧を含んだ声が響き、二人の視線は逆転した。
普段は温厚な仗助が突然大きな声を出したことで天子はビクリと肩を震わせたが、それも一瞬。
すぐに天子も対立するかのように、より強く仗助の胸倉を掴み直す。

「そ……それのどこが悪いことなの!? 理由はどうあれ、危険な奴らを排除することがそんなに咎められること!?
 私の行動は結果的には良い方向に繋がる! 仗助だってそう思ってたんじゃないの!?」

仗助が言い放ったことは、まさしく天子の的を射ていた。
本音では、確かに天子は自分本位な思いでゲームを動いていたのだ。
その事実に自分でも自覚があったからこそ、否定はしない。嘘はつかない。
しかし否定はせずとも、その行動が間違っているとは針の先ほども思わない。
重要なのは『結果』であり、天子の意思がどうであれ最終的に危険を減らすことが出来ればそれが最善なのではないのか?
責められるべきは自分ではなく、どう考えたって今自分らを襲っているようなゲームに乗った参加者達ではないのか?


少なくとも、仗助だけはそれを理解してくれていると思っていた。


「天子さんのは正義でも何でもねえ、自分勝手で我儘なエゴだ!
 あんたが危険な敵と戦うってんならおれも手伝ってあげます。出来る限りのことだってしますよ。
 でも天子さんが一人で突っ走って全部カタを付けようって腹なら――それはおれが許さねえッ!!!
 無謀と勇気は違うでしょうが!! あんたが死んで悲しむ奴だってここにいるんスよ!!」

「…………えっ」


違う。
相手を理解していなかったのは、天子の方だった。

再び天子は思い出した。
この男は優しすぎる性格ゆえ、必要以上に自分を責めるような男だということを。
かつて彼の祖父が殺された時も、友人が殺された時も、仗助は嘆いた。
自分の力が至らなかった。全て自分のせいだと。

康一が死んだ時、天子は仗助を慰め、そしてどういうわけか互いに殴り合っていた。
ケンカの理由なんかはとっくに忘れてしまったけれども、天子が居なければ仗助の心は今頃どうなっていただろう。
そしてそんな天子を“もしも”失ってしまったら……仗助は今度こそ悲しみ、泣き、壊れてしまうかもしれない。

そうなってしまえば後に待つものは、最悪の末路。
クレイジー・ダイヤモンドでも、砕けた人の心は二度と直せない。ましてやそれが、自分のものなら。

天子が今に至ってようやく……ようやく気付くことができたのは、仗助の自分へ向けたとても単純な想い。


「―――え…っと、仗助…………アンタまさか、私のこと……心配してくれてる?」

「たりめーだッ!!! どんだけ鈍いんすかアンタッ!?
 もう二度と自分だけで戦うなんて言わんでください! おれたち『仲間』でしょーが!」


146 : BBLLAASSTT!! ◆qSXL3X4ics :2015/08/23(日) 02:16:35 wFu8/b.I0
仗助も天子と同じ気持ちだ。
戦闘は避けるよう言われてはいたが、なるべくのことなら危険人物は無力化しておきたいのが仗助の祖父から受け継いだ、正義なる意思だった。
だがこの状況を冷静に考えると、敵に勝てる公算はあまりにも低い。
少なくとも今は逃げるしかない。そして一人でも戦おうとする天子を彼が放っておけるわけがなかった。
天子も仗助のその優しさに気が付くことが出来た。彼は天子の身を想って、本気で叱ってくれたのだと。
二人はゲームを共に生きる『仲間』であり、決して勝手な真似はせず互いに助け合わなければならないのだと。

島の館で天子が仗助に向けて言ってくれた言葉がある。
もっと私を頼れと。体なり心なり預けてみろと。
しかし今ここで仗助が天子ひとりを残して逃げることは、果たして信頼か。
いくら天子の力量を信じていたとしても、そんな行為は信頼とは程遠い『犠牲』の心に過ぎない。
一方的な頼りではなく、互いが信頼しあい、正しい道を歩むことこそ仗助の考える『仲間』という絆。

そんな仗助の心に天子はようやく気付き、触れることができた。
天子の育ってきた環境には無かったもの。回り道しながらも、その心がほんの少し理解できた。


とたんに天子の頬に熱が集まってきた。
なんだこの気持ちは。たかだか十数年生きた地上人のお子様に心配されてると分かり、またも憤りが高まっているのか。
なれば今度こそ目の前のこの男を一発K.Oしてやろうか。
しかし何故か、今は仗助の顔をまともに見れる気がしない。その面妖な髪型が邪魔で前を向けないからだろうか。

――ヤバイ。心臓までが何故か鼓動が激しい。これはきっと闘争心の高まりだろう違いない。
そう決め付け、今再び必殺・トルネードキック改をお見舞いしようかと構えを取った瞬間……


「オヲヲーーーーーーイ!!! なに人様を、いや神様を無視して盛り上がってるんだいッ!!?
 逃げるのか戦うのかハッキリしな!!!」


割り込むタイミングを計っていたかのような機銃の掃射が、天子の決意を中断させた。
いよいよ高速の弾幕が雨あられとなり、二人の乗るボートに襲い掛かる。
大嵐が直撃したかのごとく、真新しかったボートは一瞬にして悲惨な姿に変えられていく。
バキバキにめくられていく外装。弾け散り飛ぶガラス群。もはや逃げるどころではない破壊的な衝撃。
全支給品の中でも群を抜いて強大な火力を持った神奈子のガトリング銃は、瞬く間にボートを廃棄船に変えた。

そして、ダメ押しとばかりに弾丸がボートのエンジンタンクに穴を開けたのを合図にして――


―――大爆発が起こり、爆炎と黒煙が仗助と天子を包んだ。


147 : BBLLAASSTT!! ◆qSXL3X4ics :2015/08/23(日) 02:17:02 wFu8/b.I0








「――――――ん? …………あれ?」


確かな手応えを感じ、機銃を下ろした神奈子が次に目撃したものは。


たった今、粉々にしてやったはずのボートが何事も無かったかのように湖上を走って逃げゆく、理解不能な光景。


目を擦り再びボートを見ても、そこに映るのは溜息すら漏れるほどにピカピカなモーターボート。
炎や煙など噴いておらず、削りすぎた鉛筆のように貧相な形にしてやった外装も元のまま。耳には未だに爆発音の余韻が響いている。
自分が勝利の幻を見たのでなければ、あの二人が『何か』施した。
そして狸に化かされたように呆ける自分を見向きもせぬまま、ボートは遠方へどんどん遠ざかっていく。

「………ッ! なるほどね、奴らも只者ではないってわけか!」

先の一瞬、何が起こったのか。今の神奈子には皆目見当も付かない。
だがこのままでは弾丸の無駄遣いのみという目も当てられない結果に終わってしまう。


「逃がすかッ!!」


戦神は追う。血塗れた境地に至る覚悟を、絶やさないためにも。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


148 : BBLLAASSTT!! ◆qSXL3X4ics :2015/08/23(日) 02:18:46 wFu8/b.I0
ほんの一瞬、襲撃者を化かすことには成功した。
仗助がやったことといえばごく簡単なこと。ボートが爆発した瞬間、クレイジー・ダイヤモンドで復元しただけ。
呆気にとられている敵の隙を突いた逃走術。通じるのは初手のみだろう。

「いい仗助!? 逃げるのは陸に着くまで! そこからは二人で反撃するのよ!」

「わーってますってば! わかりましたから耳元でデカイ声出さないでくださいよ!」

この隙に乗じてエンジン全開で逃げる仗助を、天子は少し不満が残りながらも認めた。
……幼稚だったのは自分の方だったのかもしれない。
あの見えない弾幕を操る未知の武器の脅威を、理解した。
あんなものをバカスカ撃たれては、どんな愚か者だって不利だと悟る。

無知を恥じ、醜態を恥じ、反省する天子。
仗助に指摘されたとおり、自分は浮かれていたのかもしれない。
やっと現れた敵ともいえる相手に、あろうことか天子の心はワクワクしていた。
なにより退屈だった現状を壊してくれる場面に出会ったのだ。彼女の性格からして、よい運動程度の転機。
必要以上に滾る心を、しかし制してくれたのは仲間である仗助。
今になって冷静に考えれば、死ぬことはないにしても大きな負傷は免れなかった状況だ。
負傷程度なら仗助が治してくれるだろうが、天子は彼のサポートを期待しての考えというわけではなかった。

ほとんど考え無しに、戦場へ踏み込もうとしていた。
あまりに危機感が足りなかった、かもしれない。

「………仗助。さっきは、ゴメンなさい。アナタの気持ち、ちっとも考えてなかった」

「………あ、は、っえぇ!? いや、わかってくれりゃあイイっつーか……!」

自然すぎて聞き逃すところだったが、あの我儘お嬢様の口から謝罪の言葉が出るとは思わず、仗助はつい彼女を二度見した。

―――『これからあんたは一生私の下僕として、私の命令には必ず従い、命をかけて私に尽くしなさい! もしそれが出来るんなら、謝ってやってもいいわ!』

仗助の記憶が確かなら、天子は最初にこんな約束を交わしてきたはずである。
一度目は高慢すぎて全く謝られた感じはなかったが、今回の謝罪は殊勝さすら感じた。
これも窮地が彼女に促した成長たる所以なのか。男・仗助、軽く感動を覚えるほど。


149 : BBLLAASSTT!! ◆qSXL3X4ics :2015/08/23(日) 02:19:33 wFu8/b.I0

「な、なによ……! 私が謝るのがそんなに可笑しい?」

「可笑しいというかおっかないというか……あっいや冗談っスその剣ひっこめてくださいホントすみません」

冗談も程々に、武器を仕舞った天子は一際声を小さくして、操縦する仗助に言う。

「……あー、そういえば仗助?」

「……何すか? あの女が追ってきてないか、外出て確認してて欲しいんスけど」

「アンタ、私の下僕になれっていう約束してたじゃない?」

「あー、天子さんの命令には必ず従えっていう約束ですか。
 もちろん忘れてませんよ。……さっきは拒否しちまいましたけど」

「あれ、撤回するわ」

「そっスかー………………ええぇッ!? な、なんで……!?」

これまた仗助は驚愕。あの究極我儘自己中お姫様が、謝罪だけに終わらず今度は自身の交わした約束を自分から撤回するとは。
さては先ほど館での喧嘩の時、頭の打ち所が悪くて……

「んなワケないでしょーが! ……ちょっぴりね、嬉しかったから。
 アンタさっき言ってくれたでしょ。私たち『仲間』だからって」


比那名居天子という天人は『不良天人』と蔑称のように呼ばれてはいたが、曲がりなりにも名家の一族。
その裕福な家庭の一人娘である彼女の周囲の者はみな召使いばかり。
他の天人も見るのは彼女の『家系』ばかりで、天子自身の本質を見てくれる者などほとんど居なかった。
友達なんて居ない。お目付け人でもある永江衣玖は暇潰し役として嫌いではなかったが、そこに判然とした上下関係は存在する。

だから、だろうか。
仗助と最初に会ったとき、彼を迷うことなく使える手足とした。下僕のように扱おうとした。
自分こそが『上』だと理解させたうえで、そこでも天子は上下関係を発生させた。
しかしさっき仗助の口から放たれた『仲間』という言葉。これは天子を取り巻いてきた環境からするととても『新鮮』であった。

上下ではなく、自分を同列に扱ってくれる仲間。
立場を考えれば非常に失礼極まりないことを仗助は言ったはずなのだ。なのに、自分に生まれた感情は不快とは違う、清涼感のようなもの。
慧音やパチュリーたちとも便宜上、仲間として行動しているのかもしれないが、彼女らについては天子からしたら目的達成のために使える奴ら程度の感情。
そこに仲間意識は薄かった。何故なら天子は常に自分がナンバーワンだと信じているから。

だがこの仗助はそんな自分を本気で心配してくれ、本気で怒ってくれた。
そして当然であるかのように天子を『仲間』だと認めてくれたのだ。
唯我独尊を貫いてきた天子の心に、仄かな温かみが染み出した。この気持ちはきっと、悪くないものだ。
ちょっぴり嬉しかった、とは言ったが、本当はすごく嬉しかったのかもしれない。


だから天子も認めてみようと思ったのだ。
この東方仗助を、ひとりの『仲間』として。


「ってなわけで仗助。これからはアンタ、私の命令を聞くこともないわ。互いに、その……一緒に仲間として頑張っていきましょう」

「お、おうっス!(……あんまり命令を聞いた覚えもねーんだけど)
 まずはあのガトリング女から逃げ切って、そこから一緒に反撃していきましょーや!」


自然と二人は笑い合っていたのかもしれない。
少しだけぎこちなく、けれどもお互いを純粋に認め合った関係。
天子にとっては光り輝く、新しい世界のような。
仗助にとっては失いかけた温かみに、少し触れたような。


150 : BBLLAASSTT!! ◆qSXL3X4ics :2015/08/23(日) 02:20:07 wFu8/b.I0





「痛っ―――!?」


微笑みを浮かべていた天子の表情が、苦痛に歪む。
仗助がどうしたと声をかける間もなく、天子は重力に引っ張られるように背後に引き摺られて行った。
背後――すなわち船の外。
事態を把握する前に、まずは天子を救出しなければ。
仗助の伸ばした腕が天子を掴むことは……出来なかった。

「きゃああああ!!?」

天子が『何か』に引っ張られるように船外へ飛び出し、その華奢な身体ごと空中を舞った。
一瞬の最中、よく見れば天子の腰の辺りから『糸』が伸びていた。
その糸の先端はボートの背後、波紋拡げるその湖上の上に佇む小船の上に繋がっている。

「まずは一匹目ェ!! 活きの良い獲物の一本釣りだッ!!」

「て、てめえいつの間に追いついてやがった!?」

襲撃者の乗る小船が既にボート背後まで差し迫って来ていた。
あんな小船が全速で走るモーターボートに追いついた? どうやって?
だが疑問はすぐに解消した。敵が天子を振り回しているその『釣竿』、あれはただの釣竿ではない。
人間ひとり空中をブン回せる釣竿があるものか。恐らく『スタンド』の一種だと仗助は判断する。

(あの釣竿みてーなスタンドの糸が……このボート後部に引っ掛けてそのまま小船ごと引っ張ってきやがったのか!)

何という力技。あの女はその腕一本支えて強引にボートに引っ付いてきたというのか。
そして今度はターゲットを天子に変えた。一人ずつ引っ張り出して攻撃しようという算段なのか。
だとしたらあのスタンドは仗助の所見によれば、中・遠距離型の『遠隔スタンド』。
懐に潜り込めれば勝算はあるが、奴はまだガトリング銃まで備えている。簡単に近づけさせてはくれないだろう。


「な、なによこの糸……って、きゃあっ!?」


ド ボ ォ ォ ン !!


そうこうしてるうちに空を舞っていた天子が湖に叩き落された。
瞬間、仗助の脳裏に嫌なイメージが浮かぶ。敵は天子を溺死させるつもりか!

「天子さーーーーーんッ!!!!」


151 : BBLLAASSTT!! ◆qSXL3X4ics :2015/08/23(日) 02:20:38 wFu8/b.I0
迷っている暇はない。
仗助は走るボートを止めもせずに勢いよく駆けた!
陸までもう100mもないというというのに、状況は最悪だった。
天子の沈んだ水面に向かってダイビングのように飛び込む。だが神奈子もそれを易々と眺める馬鹿ではない。
待ってましたと言わんばかりに肩のガトリングを仗助に向けて構え、右腕一本のみを支えに撃ち込もうとする。

「へぇ……! 馬鹿なのかはたまた勇者か、身動きの取りづらい水中にわざわざ自分から飛び込むとはね!」

「馬鹿はてめーだ! 飛び込まねーと天子さん助けらんねーだろうが!!」

熱したフライパンに自ら飛び込んだオタマジャクシ。
今の仗助を表すならまさにそれだと神奈子は相手を評価した。
こちらには脅威の無痛ガンがある。ビーチ・ボーイとガトリング、その両方を同時に支えるなど神奈子にとって造作もない。

「行かせないよッ! 喰らいなッ!!」

仗助が着水すると同時、神奈子は機銃のトリガーを引こうとして――前方から鋭利な『何か』が飛んでくることを察知。
攻撃はすぐさま中断、回避行動に専念した。首筋を狙ってきたその飛び道具は目を凝らせば『ただの水』。
しかしクレイジーDの強力なパワーから弾き飛ばされたなら、ただの水飛沫でも切れ筋抜群な『水圧カッター』へと変化する。
ほんの数センチ首を動かしただけでそれを避けた神奈子だったが、仗助にとってはその一瞬が稼げれば充分。
視線を戻した神奈子の視界に既に仗助の姿はなく、ブクブクと浮かぶ気泡だけが水面に残っていた。

「アイツもスタンド使いだったか! そうはいくか!」

姿は見えずとも水面に機銃を斜めに向け、躊躇なく引き金を引いた。
湖面を激しく叩く散弾音が飛び込んだ仗助に向けられるも、数秒撃ち込んだところで神奈子は掃射を中断。
命中を確認出来もしない相手にこれ以上ブッ放すのは弾丸の無駄だと判断し、相手が二人とも水中にいるのなら丁度良い。
釣りとは水泳ぐ魚を捕獲するための行為だ。ならばビーチ・ボーイ以上に敵を捕らえるスタンドなど存在しない。

神奈子は一旦ガトリングを肩から下ろし、両の腕でしっかりとビーチ・ボーイを掴む。
髑髏型のリールにそっと耳をあて、水面下の状況を感じ取ることに集中した。
水中とは空気中以上に音の振動を捉える空間。直接視界に入らずとも、水中下の状況は手に取るように把握できる。

腕で水を掻き分ける音。
バタバタともがく音。

天子が浮かんでこないよう、ビーチ・ボーイの糸はしっかりと彼女を水底に沈めさせている。
糸は現在、天子の背部から体内に侵入。心臓破壊に向けて進んでいる。
しかしこの女、妙に身体が硬い。針の進行がいつもより遅い。
だがこのままなら、女の方は窒息よりも心臓を突き破った方が早そうだ。

そしてもがく女に近づいてくるハンバーグ頭の少年。
その距離約5メートル! やはり仕留めきれていなかったようだ。
一度ビーチ・ボーイに捕らわれた者は脱出は出来ない。身体をバラバラに分解でもしない限り。

ならば先に仕留めるのはまず女の方! このまま心臓を食い破ってやる!


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


152 : BBLLAASSTT!! ◆qSXL3X4ics :2015/08/23(日) 02:21:23 wFu8/b.I0


「モガボガ、グボボ……っ(な、なによこの糸、外れない!)」


水底で天子は苦しんでいた。
不意に体を引っ張られたと思ったら次の瞬間、空に投げ出され、そして瞬く間に湖の底まで沈められている。
背中に感じる気持ちの悪い違和感。痛覚と共に感じ取ったのは、あの女が操る釣り糸がこの天人たる自分の身体に入り込んでいるという窮地。

このままでは溺れ死ぬ。いや、それよりも悲惨な結末が待っているのかもしれない。
思うが早く、天子は背から伸びる糸を掴もうと腕を伸ばすが……

(つ、掴めないッ!? この釣り糸……『スタンド』! や、やば……っ!)

糸に触れない。あの女が持っていた釣竿はスタンドらしく、これは天子の対応外。
山の神がスタンド使いだという話は聞いたことがない。岡崎夢美のような『DISC』による能力者なのかもしれない。
とにかく、何とかしてこの糸を外さないことには泳ぐのもままならない。
だがどうする? 弾幕ごっこで負ける気はしないが、こんな状況に対応できるほど天人の能力は万能ではない。

死ぬ? 天人であるこの比那名居天子が?
こんな……こんな暗い水の底で、溺れ死ぬ?

(や、やだ! いやよ! 死にたくない! たす……っ 助けてっ! じょうす――)

声にしたくとも代わりに出るのは肺に残った僅かな酸素のみ。
息が出来ない。苦しい。
体内が痛い。苦しい。

天を仰ぎながら、視界がぼんやりと薄ぼけていく天子の瞳の中に、救世主は現れた。


「天子さんッ!! まだ生きてるっスよね!? 大丈夫ですかッ!」


自慢の髪を濡らすことも厭わず、湖底まで助けに来てくれた男は仲間・仗助の姿。
涙すら誘うその男気に天子は、まず罵倒で返した。

「ブッボボバカゴゴ! ブググぶくぶくッ!!(遅いわよばか仗助! 早くこの糸チョン切って!)」

「あーー? 何言ってんスか? 思ったより元気そうで安心しましたけど」

スタンドを持たない天子は水中での会話は出来ないが、もしあればこの状況下でもケンカが勃発していたかもしれない。
それほどに二人の会話は普段どおりから始まった。
しかしいくら天子に余裕はあっても、絶体絶命の状況は変わらない。

仗助は暴れる天子の傍まで潜ると、まずはスタンドの糸をクレイジーDで掴んだ。
こんな細長いだけの釣り糸、スタンドさえあれば一秒とかからずに切断できる。

「ドラァ!!!」

得意の掛け声が水中に轟き、クレイジーDの手刀は確かにその釣り糸を切断した。

切断――したはずだった。


「ぶ……カハ………ッ!?」


貫いた手刀は糸を透過し、ピンと張られたまま――依然、天子の身体に繋がったままだった。
代わりに天子が胸を押さえながら顔を苦痛に歪め、突然吐血した。
眼前が赤い色に染まっていく視界の中、仗助は何事が起こったのかを……すぐに理解することが出来た。

(……! この『糸』、ただの糸じゃねえ! せ、切断できねえ……!)


153 : BBLLAASSTT!! ◆qSXL3X4ics :2015/08/23(日) 02:21:48 wFu8/b.I0
スタンドにはあらゆる能力がある。
仗助が今まで戦ってきたスタンドも、特定の状況下で恐ろしい能力を発揮する類の物は幾つも見てきた。
この糸も恐らく、一度捕まれば引き剥がすのは困難。物理攻撃は完全に無効化するようだ。
おまけにうっかり攻撃を加えたりすれば、その衝撃は糸を伝わり、ねっとり絡みついた体内の神経に跳ね返ってゆく。

そう。糸に釣られた者……天子へと攻撃は跳ね返る!

「天子さんッ!!! し、しまった……ッ!」

クレイジーDが放った衝撃を身体内部から一身に受けてしまい、頑丈さが取りえの天子もとうとう動かなくなってしまう。

そしてリミットは来た。天子の胴体に潜る針が、その急所――心臓に辿り着く。
糸の切断は不可能。引っ張ったってピクリとも動かない。
思った以上に厄介な代物を、この上なく厄介な場所で振り回す恐ろしい敵。


焦る。時間がない。
焦る。天子が死ぬ。
焦る。また仲間を守れない。
焦る。針が心臓に到達した。


「うおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」


暗い水の底で、男が吼える。
瞳を閉じた女の体を抱き寄せて。




ドグシャア!




そして。
少女の体が無情にも突き破られた。

小さな体の胸の中心から、赤黒い飛沫を破裂させながら。
冷たい輝きを反射する針が、背を突き破って現れた。


―――鮮血が、爆ぜて、混ざる。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


154 : BBLLAASSTT!! ◆qSXL3X4ics :2015/08/23(日) 02:23:50 wFu8/b.I0


「一人、やったか」


湖上に浮かぶ小船の上で、神奈子は静かに呟いた。
ふぅ、と小さく息を吐く。
今度こそ、水を伝わって感じた糸の振動がその場で起こった全てを理解させてくれた。
確かに感じた、肉を抉り取る手応え。
天人の体内に侵入した針と糸は、その心臓を貫いて突き破ったのだ。


これで、二人目。まだ、二人目。
あの天人の少女よりも、神奈子が真に警戒するのは少年の方。
未知なる存在『スタンド使い』。あの少年の能力が未だに分からないからだ。
花京院典明やプロシュートのような、神をも驚愕させるほどの精神力の持ち主がこの会場にはわんさかと存在する。

これで状況は1対1。そしてこちらには地の利や武器の性能差も味方している。
それでも神奈子は慢心しない。油断すればこちらがやられる。

ブクブクと気泡が上がってくると同時に、水面が赤に染まり始める。
相手が上がってくる前にビーチ・ボーイの糸を巻き寄せておく。次はこのガトリング銃でお前を迎えてやる。
さあかかってこいスタンド使いの少年よ。
仲間を殺された怒りを携え、この我を殺すつもりで攻撃してみせよ。
お前はどんな顔で歯向かってくる?
やはり怒りか。それとも悲しみか。
最期の間際まで闘争心を燃やし尽くす人間は、死してなお美しい。
獣にはない、人が進化を果てて至る境地だ。
我はせめて、お前のその生き様を見届けながらこの戦いに決着をつけるとしよう。
かつてプロシュートと鬩ぎ合った時のような、灰と化すほどの炎を漲らせてくれ。


「お前たちの亡骸は、我が陸の土に埋めてやる。流されたままではあまりに遣る瀬無いだろうからな」


水面から上半身を出した仗助に対し、神奈子はあくまで冷静に語りかけた。
殺す相手を土葬するというのも慈悲行為とは言えないが、第三者に死体を見られては殺害方法がばれるというのもある。
だがそれが神奈子なりの優しさだった。人の命には敬意を払う。それだけは神が忘れてはいけない尊厳だ。

肩に掛けたガトリングを仗助に向ける。引き金を引けば、後はそれで全てケリがつく。


155 : BBLLAASSTT!! ◆qSXL3X4ics :2015/08/23(日) 02:25:18 wFu8/b.I0


「―――どうして殺した。アンタは、なんでヒトを殺すんだ」


男の両腕には、ぐったりと動かなくなった少女が横抱きに抱かれていた。
閉じた瞼は、二度と開くことはないだろう。少女の胸に塗れた血痕がその事実を物語っている。
その血痕が付着したのか、仗助の胸部もべったりと血で汚れていた。

「何か理由でもあるのか。それとも、理由すらない『殺人鬼』か」

男の声は思ったより冷静ではあったが、そこには確かに“怒り”の感情を含んでいる。
それを見据えた神奈子はひと呼吸置き、その艶かしい唇を滑らせるように動かし始めた。

「……神とは人を救うものだが、逆に人を脅かし祟ることもある。
 どんな神にも両面性はあるものだ。そう、あの主催者……幻想の神も例外ではない」

殺人鬼呼ばわりされては神奈子といえど否定はする。彼女とて好きで殺し回っているわけではない。
どこまでいっても人と神は千年前から変わらない。
身勝手で未成熟な人間。そんな人間たちに神は時折バチを与え、続くのはそれの繰り返し。
外の世界では当の昔に神は信仰されなくなってきているが、この幻想郷では違う。
この世界の最高神が設定した取り決めならば、神である神奈子に拒否権はない。

ただ浸かり、踊り、果たす。
そこに意味はあるはずで、けれど神奈子は深く詮索しない。

「そういうことだ。現代のただの人間が理解するにはあまりに非常識な世界だが……悪く思うな」

それで会話は終わりだという合図を、引き金に指を掛けることで伝える。
神奈子の話を聞いた仗助は当然、納得できない。できるわけがない。

「あんたら神が決めた勝手なルールで……天子さんは死んだって言うのかよ……!」

仗助に神奈子の言った内容は半分も理解できない。
文字通り、住む世界が違うのだ。神だとか信仰だとか、そんなわけのわからない言い分でゲームに乗る。
そんな彼女を理解できないし、したくもない。

確かなのは神奈子が天子を傷付けたことであり、仗助はそのことに対して許せないと思っていることだった。

ならばどうする。
ここで奮起し、この敵を再起不能にするのが最上か。
だが勝てるような状況にないことは仗助にも分かっている。悪魔の銃身はこちらに向けられているのだ。
こちらの手札に銃は無い。飛び道具は無い。先ほど使用した水圧カッターなど通用するはずもない。

こんな時、仗助は思うのだ。
幻想少女たちの遊戯が羨ましい、と。


「―――っていうか、ずりーっスよね〜〜〜。あんたら幻想郷の住民が扱う『弾幕』とかいうの。
 一体どういう原理で何もない空中からビームなんか飛び出すんだ?
 おれにもその弾幕とかいうのが撃てたらよォーーー、こんな状況だとメチャ便利なんだがなーーー」


一転、雰囲気が変わったのは仗助の声のトーンだ。
どこかおちゃらけた様子にも見えるそれは、神奈子を内心困惑させるには充分の仕草。
この男に飛び道具というカードは無い。さっきみたいな水圧カッターは回避するまでもなく、弾丸掃射で撃ち落せる。
ならば恐怖で気でも違ったか……いや、もういい。会話は既に終えた。後はトリガーを引くだけ。


「あと、あの『スペルカード』っつの? あれゲームみたいでちょっとカッコイイよなァ〜〜〜。
 もしかしてこの幻想郷ならおれなんかにも使えたり し・て 」


156 : BBLLAASSTT!! ◆qSXL3X4ics :2015/08/23(日) 02:25:51 wFu8/b.I0
神奈子が指を引くその刹那。
絶望的状況にある仗助の顔は―――確かに笑った。これ以上ないほど憎々しく。
そして彼の唇は動き、物静かに宣告した。


「―――要石『天地開闢プレス』」


神奈子が聞いた声は、女のもの。
キラキラに透き通った、それでいて凜を感じる気持ちの良い声だった。
宣告と共に仗助の唇は動いていたが、今のは明らかに男の声ではない。仗助のはリップシンク、ただの口パクだ。
誰が放った言葉だ。誰の発した呪文だ。


いや、まさかそんなはずはない。
奴の心臓は皮膚ごと食い破った。即死のはずだ。
既に死んで―――


「「生きてるわよ(ぜ)ッ!! このバーーーカ!!!!」」


ガバリという擬音が聞こえてくる勢いで、仗助の腕に抱かれた天子はいきなり起き上がった。
二人とも「してやったり!」とほくそ笑む笑顔で神奈子を睨みつけている。

「なに……ッ!? お前、死んだフリを……!」

「騙しの手品だぜッ!」

女の方がなぜ生きてるかという疑問を解消する前に。
神奈子は先の言葉の意味をもう一度思い出し、口の中で復唱させた。

(女が叫んだ台詞……スペカか!?)

神奈子はスペルカードルールに慣れていない。
故に死体のフリで言い放った天子の言葉が『必殺のスペル』だと気付くのに数瞬を必要とした。
機銃を撃とうと指に力を入れるも、時すでに遅し。

神奈子の足元から影が広がり、それは小船全体を一瞬で覆った。


「上か―――「ドボオオォォォン!!!!!」―――!


天子の召喚した巨大な要石が、神奈子ごと小船に墜落する!
上空から巨大要石を突き落とすスペルカード。死角から放った攻撃は完璧にキマッた!

「グレートッ! 天子さん、惚れ惚れするくらいナイスな死体役っスよ!!」

「棺桶を開けてみれば生者なり。思いもよらないことというのは物事の最後まで付き纏うもの。
 ましてやそれが殺したはずの死者だと思い込んでいれば、より始末に悪い。結局はアンタ、油断していたってワケよ」

勝ち誇るかのように二人は水面でハイタッチを交わした。
イタズラに成功した幼子のような表情で、策は成功。神奈子の不意をうてた。


157 : BBLLAASSTT!! ◆qSXL3X4ics :2015/08/23(日) 02:26:52 wFu8/b.I0
二人が弄した策とは、とても簡単なこと。
針が天子の心臓を食い破る直前、仗助のクレイジーDは天子の腹を拳で突き破った。
糸が切断できないならば、体の内部から引っこ抜けば良い。仗助は天子の腹部を貫きながら体内の針を掴んだのだ。
そしてクレイジーDの治癒力は、天子に痛みを感じさせる暇もなく“貫きながら治療した”。仗助の能力なら容易いことだ。
かつて祖父の仇、アンジェロのスタンド『アクア・ネックレス』が母の体内に侵入した時のように、体内からそのまま糸を引っ張り出した。
針が心臓を食い破るのと同時に腹を貫けば、湖上の神奈子にも『天子の心臓を破った』と錯覚させられる。
あとはさも仲間を殺されたように演技しながら水上へ顔を出せば、敵の不意をうてる寸法である。
流石に説明無しで仗助に腹をブチ抜かれたのは、天子といえど大抗議ものだったのだが。


「で、仗助。この後が問題よ。今のであの山の神を倒せたとも思えない。
 ボートは私たち置いてとっくに陸まで行っちゃったし、どうするっていうの? 泳いで逃げる?」

「ちゃんと考えてありますよ天子さん。それに銃器ってのはとてもデリケートな代物です。
 水に叩き落せばあの厄介なガトリングも、威力や命中精度はガタ落ちするはずで―――」


「―――誰を何処に叩き落したって?」


要石が墜落した衝撃で舞い散った水飛沫の中から、威厳ある女の声が響いた。
奴の乗っていた小船はバラバラ。ならば当然あの女も湖に落ちたものと仗助は予想していたが……

「……天子さん。何であの女、水の上に立ってるんですか」

「まあ神様みたいだし、出来るでしょ。そのくらい」

水中をあっぷあっぷしている神奈子の姿を仗助はイメージしていたが、期待はハズレ。
どういう原理かで、神奈子は湖に立っていた。足の裏でしっかりと。
ジジイにもその昔、水の上を歩けたと自慢されたことを仗助は思い出す。年寄りのボケた戯言だと聞き流していたが。

「なに化かされたような顔してるんだい? 御神渡りくらい神なら出来て当然じゃないか。
 こういうのはどっちかって言えば諏訪子の得意分野だけど、外界の聖人にも湖の上を歩いたって逸話があるじゃない」

神奈子が再びしっかりとガトリングを向けながら言った。気のせいか、その顔はどこか得意げだ。
どうやら幻想郷の住民は思った以上に規格外の存在らしく、仗助は彼女たちの認識を改めた。

「神様に一杯食わせるとは、あんたらも中々やるね。でも、手品のタネはもう尽きただろう?」

天子のスペカもほとんど効いていない。まさしく規格外と呼ぶべき実力だ。
今度こそ何も出来ない。攻撃なんてさせてくれるわけがない。

「タネが尽きた……? いやいやそれはどうっスかねぇ〜〜〜? まだ残った策はあると思うんですがねーー」

周りには何もない湖のど真ん中。向けられたガトリング銃。反撃の隙も見出せない。
その状況で仗助はまだ笑うことが出来た。それは決して諦めの境地ではない。
歴とした最後の一本道が残されているからだ。


158 : BBLLAASSTT!! ◆qSXL3X4ics :2015/08/23(日) 02:29:38 wFu8/b.I0

「ど、どうするのよ仗助……! 今度こそアイツは油断しないわよ……! まだ残った策があるって言うの?」

「ああ……たったひとつだけ残った策がありまっせー! とっておきのヤツがな!
 この手に握った操縦桿を見ろ! おれがさっきボートから飛び込む前にへし折っといた奴っす!」

「ボートの……? 何のために? たったひとつの策って何よ仗助!」

「フフフフフフ」

仗助のニヤついた笑みが天子をゾッとさせる。
それと同時に、仗助の体が水面から浮き上がるようにふわりと浮き始めたではないか。
この男に幻想少女のような飛行能力は無い。あるのは『治す』能力だけ。ならばこの現象は――!


「天子さん! おれに掴まってください!」

「な、なになに!? 何するのよ!」



「逃げるんスよォォォーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

「きゃあああああああーーーーーーーーーーーーーーッ!?」



二人の体は空に浮き上がり……次の瞬間、物凄いスピードでバック方向に飛んでいく!
高らかな二重奏の叫び声が湖中に拡がった。

「なに!?」

「おれのクレイジー・ダイヤモンドにはこーんな使用方法もあるんスよ!
 あらかじめボートを止めずに陸まで走らせていたのはこうするためだぜッ!」

仗助の手の中にある操縦桿は、陸まで進んだボートの所へと『直り』に戻る。
それに引っ張られ、仗助と天子の体はまるで水上スキーのように後方へ滑りながら飛んだ。
今まで何度もお世話になったクレイジーDの復元による移動術だ。

そうはいくかと神奈子も銃で撃ち落とそうとするが、二人の姿があっという間に小さくなるほどのスピード。今更撃ったところでもう遅い。


完全に逃げられた。またしても一杯食わされたのだ。


「アッチャ〜〜。なんて逃げ足、いや飛行速度?の速いヤツらだい……。これじゃマヌケは私じゃないか」


湖の上で消沈する神奈子だったが、嘆いていても仕方ない。
少年のスタンド……『クレイジー・ダイヤモンド』とか言っていたか。
一体全体、何の能力だ? あの天人は確かに仕留めた手応えはあったんだが……
治癒能力? じゃあ今のびっくりマジックはどういうわけだ?

「あーーーダメだわからん。スタンドってのはどうにも理解不能なところあるわねぇ」

頭をムシャクシャ掻き毟ってもわからないものはわからない。
だが、敵の飛んでいった方向はわかる。追いつけないこともないだろう。
自分の情報がばら撒かれても面倒くさい。どうせ参加者は全員倒さなくてはならないのだ。


奴らは追跡して仕留める。このまま湖を渡って。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


159 : BBLLAASSTT!! ◆qSXL3X4ics :2015/08/23(日) 02:30:14 wFu8/b.I0
【D-1 エア・サプレーナの湖上/午前】

【八坂神奈子@東方風神録】
[状態]:体力消費(小)、右腕損傷、早苗に対する深い愛情
[装備]:ガトリング銃@現実(残弾70%)、スタンドDISC「ビーチ・ボーイ」@ジョジョ第5部
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:主催者への捧げ物として恥じない戦いをする。
1:『愛する家族』として、早苗はいずれ殺す。…私がやらなければ。
2:洩矢諏訪子を探し、『あの時』の決着をつける。
3:あの二人を追跡する。
[備考]
※参戦時期は東方風神録、オープニング後です。
※参戦時期の関係で、幻想郷の面々の殆どと面識がありません。
 東風谷早苗、洩矢諏訪子の他、彼女が知っている可能性があるのは、妖怪の山の住人、結界の管理者です。
 (該当者は、秋静葉、秋穣子、河城にとり、射命丸文、姫海棠はたて、博麗霊夢、八雲紫、八雲藍、橙)
※仗助の能力についてはイマイチ確信を持っていません。


160 : BBLLAASSTT!! ◆qSXL3X4ics :2015/08/23(日) 02:31:53 wFu8/b.I0


「―――仗助……? アンタどうしたの!?」


二人が無事、陸まで逃げ切れたのも束の間。
上陸した途端に仗助が突如膝をついたのだ。その額にはびっしょりと汗が流れていた。

「……や、ちょっとした掠り傷っス、よ……こんなモン……!」

言葉とは裏腹に仗助の腹からは多量の血が流れ出ている。
天子は大きく動揺した。いったい“いつ”血を流したのか。攻撃を喰らっていたのか。

おかしいとは思っていたのだ。
天子の腹を破った傷が完璧に治されたなら、どうして自分の服にはいまだ血痕が付着しているのか?
この血痕があったからこそ死体のフリに説得力を出せたし、神奈子を騙すことも出来た。

そして気付く。自分に付着したこの血は、自分のものではない。
仗助が流していた血だったのだと。

「私……!? 私を助けるために水中に潜った時に、アイツの弾が当たっていたのね!?」

だとすれば自分はなんて情けないのだろうか。
仲間の負傷には気付かず、策が成功して子供みたいに笑っていたのだから。
こんな傷を受けて水に潜るなんて、本当に無茶する男だ。

―――仗助はずっと、我慢していたのだ。

「天子さんの、せいじゃ……ねぇ……! ちょっとした掠り傷って、言っただろう……っ!」

敵に負傷を気付かれたくなかったためか、自分を心配させないためか。
何故自分はそこに気付いてやれなかったのか。

己の無力さに、拳が震える。

「この……馬鹿仗助!! どうしてアナタはいつもそう――!」

思えばこの男はいつもそうだった。
自分よりも先に他人を気遣う男。優しすぎる人間。
今回もその性格が災いしたとでもいうのか。

(違うッ! こんなの私が不甲斐ないせいじゃない!!)

自分の失態で仲間が傷付くなんて、天子にとっては屈辱以外の何者でもない。
自分が何とかしなければ。今、仗助を救えるのは自分だけだ。


161 : BBLLAASSTT!! ◆qSXL3X4ics :2015/08/23(日) 02:33:01 wFu8/b.I0

「とにかくここをすぐに離れるわよ! アイツが追ってこない場所まで逃げて、アンタの傷治療しないと……!」

焦りながらそう言い、天子は仗助に背を向けて屈んだ。

「………なにやってんすか……天子、さん」

「私がおぶってやるって言ってんのよ! その傷じゃあ歩けっこないでしょ! さっさと背中に乗って!」

微妙に嫌がる仗助を半ば強引に背負い、天子は全速で駆けた。
汚れるのは大嫌いだが、血が付着するのも構わずに走った。
すぐに手当てしたいところだが、近くにはまだあのガトリング女がいる。仗助が負傷した今、追いつかれたら今度こそ全滅だ。
本来なら陸に上がったところであの敵を迎え撃つつもりでいた。あのまま戦闘を放棄するのはやはり気に喰わないし、この場所なら存分に暴れ回れる。

しかし状況が変わった。仲間の命だけは……仗助の命だけは助ける!


「天子さん……すま、ねえ。ちぃっと……眠くなっちまった…………」

「少し寝てなさい!! ていうか死ぬんじゃないわよ!! 絶対、絶対死なないでよッ!!」


耳元で仗助のか細い囁きが小さく響き、それきり動かなくなった。
とりあえず気絶しただけらしく、天子は少しだけ安心した。

全く、どこまでも世話が掛かる。
どこか休める場所に行って手当て出来たら、まずは殴ってやろうか。
大体どうしてコイツの能力は自分自身には使えないんだろう。
ふと過ぎったその疑問は、すぐに自分で解消した。

『自分よりも他人』。
仗助を表すその優しい性格が、きっとそんな能力を発現させたのだろう。


仗助の“仗”という文字には『護る』や『頼りにする』という意味があることを、天子の持つ知識にある。
そんな優しく頼り甲斐のある男に成長するよう願いを込めて、親から付けられた名前なのだろう。

ならば彼の誇りを、天子は守ってあげたいと思う。
思えば誰かのために何かをしてあげたいと思ったことは初めてかもしれない。


(今は、今だけは――仗助を護るのはこの非想非非想天の娘……比那名居天子よ!)


天子の心には、そんな小さな『光』が灯り始めた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


162 : BBLLAASSTT!! ◆qSXL3X4ics :2015/08/23(日) 02:33:39 wFu8/b.I0
【D-1 エア・サプレーナの湖 西の湖畔/午前】

【東方仗助@ジョジョの奇妙な冒険 第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:気絶中、腹部に銃弾貫通、出血、びしょ濡れ
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×2、ゲーム用ノートパソコン@現実 、不明支給品×2(ジョジョ・東方の物品・確認済み。康一の物含む)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いの打破
1:気絶中。
2:霊夢と紫を探す・第一ルートでジョースター邸へ行く。
3:吉良のヤローのことを会場の皆に伝えて、警戒を促す。
4:承太郎や杜王町の仲間たちとも出来れば早く合流したい。
[備考]
※幻想郷についての知識を得ました。
※時間のズレ、平行世界、記憶の消失の可能性について気付きました。
※比那名居天子との信頼の気持ちが深まりました。
※デイパックの中身もびしょびしょです。


【比那名居天子@東方緋想天】
[状態]:心に芽生えた小さな『光』、霊力消費(小)、びしょ濡れ
[装備]:木刀@現実、LUCK&PLUCKの剣@ジョジョ第1部、龍魚の羽衣@東方緋想天、百点満点の女としての魅力
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに反抗し、主催者を完膚なきまでに叩きのめす。
1:ガトリング女から逃げて、仗助の手当て。
2:霊夢と紫を探す・周辺の魔力をチェックしながら、第一ルートでジョースター邸へ行く。
3:これから出会う人全員に吉良の悪行や正体を言いふらす。
4:仗助を信頼し合う『仲間』として認める。
5:殺し合いに乗っている参加者は容赦なく叩きのめす。
6:吉良のことは認めてない。調子こいたら、即ぶちのめす。
7:紫の奴が人殺し? 信じられないわね。
[備考]
※この殺し合いのゲームを『異変』と認識しています。
※東方仗助との信頼の気持ちが深まりました。
※デイパックの中身もびしょびしょです。

※D-1 エア・サプレーナの湖 西の湖畔の陸上にはボートが一艇転覆しています。


163 : ◆qSXL3X4ics :2015/08/23(日) 02:34:58 wFu8/b.I0
これで「BBLLAASSTT!!」の投下を終了します。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
感想やご指摘あれば、お願いします。


164 : 名無しさん :2015/08/24(月) 00:38:36 Bjxl9SWY0
バトル回と思わせつつ、不良二人の掘り下げ回だったでござる
対主催ながらも身勝手が過ぎる天子が変わろうとする兆しが見え隠れ
と言うよりは見え見えな話でした
仗助の説教シーンが良かったかな。警察の祖父の死を継いだ確固たる正義を持つ彼からしたら
結構目に余る天子。その本質を殴り付けつつも、心配だから着いてきてやる戦ってやるってのが好き
認めるべくは認めるってところがいい、そこに天子も仲間を感じたような気がして
そんなこんなで天子ちゃんもきっと良い方向へと変わっていくことでしょう


注連縄ババアから逃げ切れたらね!


165 : 名無しさん :2015/08/24(月) 01:18:38 8a0UqElk0
投下乙です。
己の欲求、満足のために殺し合いに反抗してた天子ちゃん、優しすぎるが故に何かを背負い込みがちな仗助にとってある意味再起の回
仗助の言葉で初めて彼を仲間と認めて、本当の意味で誰かのために戦うことを決意した天子ちゃんはかっこよかった
釣り針への対処や逃走において抜け目無い仗助もまたジョセフの血筋を感じさせる強かさ
そしてスタンド装備のガトリングオンバシラ神奈子はやはり強くて恐ろしい…
面白かったです。


166 : 名無しさん :2015/08/27(木) 04:18:04 cLgxq.Y.0
ヲイヲイヲーイ!桃ハンバーグ見せつけてくれるねぇー!


167 : ◆qSXL3X4ics :2015/08/29(土) 15:48:56 bZVgUbmY0
ゲリラ投下します


168 : この世で一番安い命  ◆qSXL3X4ics :2015/08/29(土) 15:52:20 bZVgUbmY0



男は戦争を憎んでいた。



戦に出向いた父は、二度と息子の前に帰ってくることはなかった。
父が握ってくれた大きな手の温もりを、息子は二度と感じることはできない。
優しかった母と三人で出かけたピクニックも、夢のあと。

父を奪った戦争が憎い。
この世から争いが消えてくれたらどれほど良いだろう。
当時まだ少年だった彼は、その誰しもが抱く純粋な想いを心に秘めていた。
だが少年から青年へ、青年から大人へと成長していくにつれて学ぶこともある。


―――そんな世界は、夢物語だと。


遥か昔に抱いた夢は絵空事、理想郷だと。
馬鹿馬鹿しくすらも思えるようになったその男は、父と同じにいつしか軍人となった。
戦場で人を殺すようになった。何人も何人も何人も、人の命を奪ってきた。

そんな彼にも友人はいた。
よく気が回る、優しくて頭の良いヤツだった。
たまに酒を飲み交わし、死んでいった戦友との思い出話を語ったりもした。
互いに口にはしなかったが、親友といっても良かったのかもしれない。


ある日、自分と友人の所属する中隊が砂漠を横切った。
サンディエゴの奥地にある砂漠。なんということはない、ただの行軍訓練のはずだった。

しかしその日は雲行きがおかしかった。
命綱ともいえる方位磁石も効かず、周りにあるはずの山が消えたり、無いはずの谷が現れたりして、瞬く間に軍は遭難した。
とうとう水も失い、馬が死に、仲間はひとりまたひとりと焼け死んでいった。
男と友人はそんな地獄のような光景を眺めながらも、互いに励ましあった。

「水場はきっと見付かる!」
「明日にでも救助は来るだろう! それまで絶対に死ぬんじゃない!」

気休めだと分かっていた。
隊に残ったのは男と友人だけ。生還はあまりに絶望的だ。
そして砂漠の死神が、最後の選別を始めた。
流砂であった。その砂の墓場に二人の体はじわじわと飲み込まれつつあった。

いよいよ終わりが来た。
死ぬのなら、せめて戦場で。そんな乾いた願いすらも神は聞き入れてはくれなかったらしい。
走馬灯というやつだろうか。
薄れゆく男の脳裏に、生涯の記憶が刹那の如く駆け巡っては消える。
最期に浮かんだ光景は、家族との思い出。

いつか夢見た、そして風化していったはずの、儚い記憶。

厳格だった父の顔を最期に思い出すことができて、男は満足したように瞳を閉ざした。
傍では友人らしき声が、必死に語りかけてきている気がした。
だがもう、何も聴こえない。何も見えない。
聴こえるのは、父の幻聴だけ。
幼き頃に聴き慣れた、父の口癖。


『ファニー。一点の曇りもない人生を生きろ。お前が信じる道を、悔いなく生きるんだ』


169 : この世で一番安い命  ◆qSXL3X4ics :2015/08/29(土) 15:53:05 bZVgUbmY0
男は思う。
自分は自分の信じる道を生きれただろうか。
その人生に悔いがなかったと言えるだろうか。

―――言えるわけがない。

男の人生の最期は、あまりに無念な末路を辿った。
自分はまだ何ひとつ成していない。このままでは終われない。


死にたくない。死ぬのが恐ろしい。


気が付けば男は、ポケットのハンカチを握り締めていた。
それは、父の形見。
父の『愛』と『愛国心』が遺された、大切なハンカチ。



―――『       。       』



その時、死にゆく男の耳に誰かの声が響いた。



―――『 を  なさ 。   ンタ  』



友人の声ではない。ならばこれも幻聴か。
しかし、何を言っているのか分からない。
朦朧とした意識の中、男は耳に感覚を集中させる。



―――『目をあけなさい。ヴァレンタイン』



聞いたことのないほどに穏やかで、輝きに包まれているかのような声。
男は目を見開いた。どうしてか、瞳に力が戻っているかのよう。

今の声は……!? 確かにそこに今、誰かがいた!

しかし周りには誰もいない。自分が起き上がったことにより喜ぶ友人以外は。
男は、自分の干からびた皮膚が元のように漲っていることに気付く。
飢えてひりつく様な喉も胃も隅々まで、瑞々しく満たされている。
不思議に感じる男が右手を見ると。


いつの間にか、砂に塗れた『心臓』らしき物体が握られていた。


170 : この世で一番安い命  ◆qSXL3X4ics :2015/08/29(土) 15:55:41 bZVgUbmY0
男は生き返った。
それどころか、力が満たされていく。
この『奇跡』の現象の原因は、手に握る心臓のおかげだということにすぐに気付いた。
死にかけていた自分に、何か『とんでもないこと』が起きたのだと理解する。
さっきの声は誰だったのだろうか。きっとあの方のおかげで自分は蘇れたのだ。
そんな奇妙な確信が男にはあった。

心臓は、男の胸に入り込んでいった。自身の心臓と同化したことがわかる。
そして男はこうも思った。

『心臓があるのなら残りの部位もある筈だ』

もし全ての部位を集めることが出来たのなら、あの聖なる光を纏った方に再び会えるだろう。
会いたい。どうしても、なんとしてでも会いたい。
これほど誰かに『感謝』の心を持ったのは初めてだ。涙まで溢れるようだった。
この心臓……『遺体』には凄まじいパワーを感じる。これは絶対に誰にも渡したくない。

この遺体を揃えたい……いや、私にはこれを揃える『宿命』がある。
ならば見つけよう。どんな手段を使ってでも。

男は何の不自然も違和感もなく、胸に湧き出たその想いを在るがままに受け入れた。
自分でも驚くほどに、冷静に。

立ち上がり、その場を去ろうとする男に友人は声をかけた。
その友人の声も息絶え絶え。助けを求めるように男の方へ手を伸ばした。


『君の胸に入り込んだ心臓のようなものが、君を救ったのかい。
 助けてくれ、ヴァレンタイン。そいつを僕にも分けてくれ』


そう懇願する友人を、男は冷徹に見下ろした。
彼という友人がいなければ、男はこの世に生きてもいなかったろう。
大事な存在。大切な親友。

男は、秤を掛けた。
友の命と、この遺体。
ここで友を救えば、遺体の存在はすぐに公になるだろう。

男に迷いはなかった。
熱砂を踏み分け、倒れる友人に近づき―――


―――男の傍に現れた巨角の人型ヴィジョンが、躊躇なく友に砂を被せて『消し去った』。


男は感覚で理解する。
その瞬間、我が友はいなくなったのだと。
この世のどこにもいなくなり、消えてしまったのだと。

後にただひとり砂漠から生還した男は、その国の大統領にまで登り詰めると『埋もれた謎と伝説』を追った。

そして『隣の世界へ送り出す』その能力を、男はこう名付けた。



『Dirty Deeds Done Dirt Cheap』―――いともたやすく行われるえげつない行為、と。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


171 : この世で一番安い命  ◆qSXL3X4ics :2015/08/29(土) 15:56:31 bZVgUbmY0


未来の事など、わかる者がいるだろうか?


私はいつもそれを考えてきた。
大統領としてあの国に就任した時から…いや、もっと早い時期からだったか。
あの灼熱の砂漠で死にかけ、『遺体』の存在を知った時から?
それとも…幼い頃、尊敬する父の死を『彼』から伝えられた瞬間からだろうか。
いずれにせよ…私は断言できる。


―――未来の事がわかる者などいない、と。


この世で『最も強い力』とはなんだろうか。
スタンド能力で考えてみよう。
それは例えば『次元を移動できる能力』なのか。
それは例えば『時を止める能力』なのか。
星の数ほどの仮定を並べ立てたとして、私が考える『最も強い力』とは次のたった一つだ。


―――間違った選択を取ることのない、『絶対的判断』。


つまりは、判断ミスなど有り得ず、常に正解のルートを取ることの出来る能力。
長い人生の中、失敗をしない人間など普通はいない。
どんな者にだって一度は苦渋の二択を迫られ、そして取った選択が『誤り』だったことに気付き、嘆くこともあるだろう。
人は必ず『失敗する』。そしてその失敗が後に人生という歯車を大きく狂わせることもある。
私にも致命的とはいえないまでも、幾度かの失敗をしてきた苦い経験ぐらいはある。

だが、『もしも』常に失敗の無い道だけを歩くことが出来るのなら…。
『未来』という目の前にポッカリ空いた落とし穴を避けて歩くことが出来るのなら…。
その人間の人生は常に『豊かさ』に溢れていることだろう。

そして、もしその者が国を動かせるほどの『大権力者』だったなら。
その国は他を寄せ付けぬほどに圧倒的な『力』を持ち、確実な『平穏』が訪れることは明々白々だろう。

私の『最終目的』はその力を手中にすることだ。
『聖人の遺体』を完成させ、我が国へ永劫に納める。ただのそれだけだ。


―――今、私はそのための試練に身を落としている。


遺体を再び完成させ、祖国へと無事持ち帰ること。
そのためなら例え他の全てを犠牲にしてでも成し遂げよう。

此度の試練、すなわちこのバトルロワイヤルは一筋縄でも二筋縄でもいかないようだ。
戦局でいう所の『一手』は既に打った。
次の手も…その次の手も、十手先も五十手先も、未来に映る局の『全体』を見渡さなければ、私に勝利は無い。


172 : この世で一番安い命  ◆qSXL3X4ics :2015/08/29(土) 15:57:08 bZVgUbmY0


―――少し昔のとある日、私は信頼する部下にこんな質問をした。


『ブラックモア、マイク・O。君たちは戦争が憎いか?』


少し、酷な質問だったのかもしれない。
私は彼ら二人の境遇は既に知っているのだから。

『私の両親は戦による飢えで死にました。父が盗んできた食物を、母は全て幼い私に与えて餓死しました』

私の頼りになる右腕で参謀役としても有能なブラックモアが、感情を灯さない表情で答えてくれた。

『私の兄弟はみな皮膚の色による差別の迫害で殺されました。人間同士の争いとは、とても愚かな世界です』

専属SP護衛部隊所属でこれまた有能なマイク・Oが、背を張った綺麗な姿勢で答えてくれた。

『戦争で最も被害が拡大するケースを知っているかね?』

私は次に二つ目の質問を言い放った。
この質問にも二人の側近はすぐに答えた。

『はい。それは国同士の戦力が『拮抗』している場合かと存じ上げておりますゥ』

『戦力が同等という状況は戦争を長引かせ、ジリジリと被害が拡大していく一方の世界ですから。
 逆に戦力差がハッキリしている世界の場合は、戦争も長引きません』

優秀な二人に答えに私は軽い拍手で返した。
その通り。争いとは互いの力が同等レベルだから発生するもの。
だから私は『ナプキン』を取ろうとした。絶対的な『パワー』と『尊敬』を欲した。
この人間世界の『平和』と『幸福』は、うぬぼれたバカ者同士の手と手を取り合った平等なんかで治まったりしない。
強い国が『ナプキン』を取ることで始まる。

人間の命は決して等しく扱われたりしない。
境の右では民が奴隷のように扱われ、今日生きる食べ物を手に入れることすらできずに死んでいき。
境の左では何も動かないクズどもが、全てを手に入れ笑っている。

私が遺体を揃えていくにあたって、これから多くの命が失われるだろう。
それでも構わない。それが最小限たる犠牲なのだから。
戦争などよりも遥かに少ない犠牲。私の心にもはや迷いはない。

私は幼き頃に夢見た『理想郷』を手に入れる。
馬鹿馬鹿しく思えたその夢物語が、遺体により『可能』となったのだ。最初に動くのはこのアメリカ合衆国でなくてはならない。


『ブラックモア、マイク・O。君たちには“ある捜索隊”に参加してもらおう』


こうして私は二人に『悪魔の手のひら』の捜索を命じた。
ほんの少しだけ昔の話だ。




私に、未来の事などわからない。
故に、これまでの自分の行動には常に命を懸けてきた。
無数ともいえるほどの『私自身』を犠牲にし、『失敗』した世界は全て隣の次元に置いてきた。
『D4C』とは己の望む世界を掴む為に死する覚悟を滾らせる、まさしくこの私をよく表したスタンドだと思う。

私は死ぬのは怖くない。
軍人時代は恐ろしかった死も、この遺体を手に入れてからはいつしか恐怖しなくなっていた。
だがそれでも、私は死ねない。今は、まだ。

『ミス』だけは許されない。判断の誤りは心の隙だ。
そして心の隙は『死』に直結する。
常に最善の行動を取りながら目的を達成しなければならない。


それが大統領であるこのファニー・ヴァレンタインとしての『正義』だ!



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


173 : この世で一番安い命  ◆qSXL3X4ics :2015/08/29(土) 15:57:52 bZVgUbmY0


フォン フォン フォン フォン ………


「あいよ、オレだ」

『私だ、ヴァレンタインだ。Dioか?』

「声でわかるだろう。何かあったか?」

『何かあったかじゃない。何故ずっと呼びかけに出なかった』

「あー……色々あったんだよ、オレの方は。そうだ、アンタに情報がある。グッドニュースってやつだ」

『……まあ、いい。それで情報とは?』

「たったいま入った報告だ。ジョニィ・ジョースターが死んだ。場所はD-4魔法の森だ」

『ジョニィが……!? これは驚いたな…………誰がやった?』

「幻想郷縁起にも載っていたチルノ、それと古明地こいしとかいう妖怪らしい。そいつらには感謝しないとな」

『古明地こいし……』

「ん? 何か心当たりでもあるのか?」

『……いや、何でもない。……その二人はまさかゲームに乗っているのか?』

「さあねえ。少なくともチルノの方は殺る気満々だったらしいが、こっちは鴉天狗の射命丸文とかいう妖怪に返り討ちにされたがね」

『……そのチルノも殺されたのか。……ジョニィと射命丸は仲間だったのか?』

「ああ。他にタマゴの殻みてーなヘアバンドした妙な男も仲間だったらしいが、今は別行動中だ。
 そいつと射命丸の二人は早めに始末した方がいいかもな。ジョニィから確実にオレ達の能力をバラされてるだろうよ」

『……いや、まずは古明地こいしと接触する。そいつから詳しい情報を聞き出す』

「こいしの方からか? オレは別にいいが、そいつは『乗ってる』可能性も高いんだぜ」

『その時はその時だ。彼女の現在地を教えろ』

「……恐竜どもの報告の時点では、D-3の廃洋館に向かっているらしい。だが気をつけろよ大統領。
 現在そこにはヤバイ奴が居るはずだ。ギリシャ彫刻がそのまま動き出したかのような半裸の大男。
 名前は知らんがおよそ人間業じゃない妙技をこなし、『風』を操っていたという情報もある。超強敵というワケだ」

『風を操る……? スタンド使いか?』

「そこまでは分からんが、違うと思うぜ。ありゃあ根本的に人間とは異次元の力を持っている。
 というのもな、実はそいつの仲間らしきヤツと戦った。この紅魔館でな。
 名は『カーズ』。これまた半裸の変態男で、風は使わないが『光る刀』のような武器を体内に持っていた。
 何とか追い返したが、こっちはたまったモンじゃなかったぜ。
 ……おっと、付け加えておくとだ。そのカーズも現在“廃洋館”に向かっているとの報告が来た。
 しかも現在、金髪でバンダナを巻いた人間の『体内』に潜って身を隠しているらしい。もう無茶苦茶だな」

『……そんなヤツと戦ってよく生き残れたな? お前……もしや今“誰か”と一緒に居るのか?』

「いーや、オレはずっとひとりだが? そんなことはどうでもいいだろう。
 お前が今から古明地こいしと接触するっていうのなら大統領……かなり厳しい状況に自ら身を落とすってことだからな。
 こいしの方も既に殺されているかもしれんが……まあ、頑張れるだけは頑張りな。クックック……」

『……ターゲットに接触したら、また連絡する。今度は―――』



     ガ オ ン ッ !



『―――…………ッ!?』

「…………大統領? おいどうした? もしもーし。…………取り込み中みたいだな? 生きてたらまた連絡頼むぜ、じゃあな」



――――――
―――
――


さて、と。
向こうの方でも『何か』起こったみたいだが、触らぬ神に祟りなし。勝手にやってくれ。
大統領の奴も色々と動きを起こしているな。何を考えているかは知らんが、オレを出し抜こうたってそうはいかないぜ。

まずは……面倒だが地下図書館にいるディオの奴にも報告に行くとするか。
承太郎と霊夢がこの紅魔館に近づいている。恐らく戦いになるだろう。

最終的に全てを支配するのはオレだ。
そしてお前は最後に必ず殺してやるぞ。ヴァレンタイン大統領。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


174 : この世で一番安い命  ◆qSXL3X4ics :2015/08/29(土) 15:59:13 bZVgUbmY0
『ファニー・ヴァレンタイン』
【午前】C-3 ジョースター邸 ホール

博麗霊夢たち三人と別れ、ヴァレンタインはジョースター邸にて次なる目的地を決めかねていた。
霊夢らの『信用』を得たのは大きく成功だった。リスクもあったが、それに見合ったリターンは果てしなく大きい。

何にせよ協力者は後々必要となってくる。私の『判断』……その選択にミスは無い。
ここまでは良いルートを選べた。次なる『正しい判断』は如何に選ぶべきか。

そういえば、結局ディエゴとはあれから連絡がつかない。
どうも、キナ臭い。怪訝な顔を浮かべながらヴァレンタインは陰陽玉を手に取り、ディエゴと再び連絡を試みた。

―――『あいよ、オレだ』

出た。何事もないような声で、平然と。
多少に苛立ちながらも会話を進めると、驚きのニュースが入り込んだ。

―――『たったいま入った報告だ。ジョニィ・ジョースターが死んだ。場所はD-4魔法の森だ』

宿敵ともいえるジョニィが死んだという。
相手は氷妖精のチルノ。そして……火焔猫燐の主人であるという『古明地こいし』だった。
これにはヴァレンタインといえど、僅かながらも動揺した。
お燐から保護を頼まれた相手が、ゲームに乗っている可能性が出てきたのだから。
彼女からはこいしの保護を頼まれているが、向こうが『やる気』だった場合はどうしたものか。
兎にも角にも、こいしに会わなければ始まらない。

「……その二人はまさかゲームに乗っているのか?」

―――『さあねえ。少なくともチルノの方は殺る気満々だったらしいが、こっちは鴉天狗の射命丸文とかいう妖怪に返り討ちにされたがね』

こいしの仲間だったというチルノが殺された。相手はジョニィと共にいた射命丸文。
ヴァレンタインは早々に思考する。この会場で『もし』遺体を集める者が自分やお燐以外にいるとしたら、それはジョニィかジャイロだ。
特に危険なのはジョニィの方。奴はまこと自分本位な考えをしていながら、遺体に対する執念は恐ろしいものだ。
既に会場内で遺体を幾つか入手していた可能性はゼロではない。

たとえジョニィ本人が死んでいようと、奴がもし遺体を持っていたのなら、今遺体を持つのはジョニィに接触した者。
すなわち古明地こいし、射命丸文、そしてジョニィと一緒だったという男。怪しきはこの三人。
勿論、ただの可能性に過ぎないが、どんな小さな手がかりでも軽く考えるべきではない。

よし、決断しよう。
三人の誰かが遺体を所持しているか確かめる。まず会うべきは―――

「古明地こいしと接触する。そいつから詳しい情報を聞き出す」

『こいしの方からか? オレは別にいいが、そいつは『乗ってる』可能性も高いんだぜ』

「その時はその時だ。彼女の現在地を教えろ」

お燐からの『頼みごと』もある。ひとまずはこいしだ。
彼女に会い、遺体を持っていれば上々。同時に身の保護も出来よう。
たとえ持っていなくとも、少なからずジョニィや射命丸の情報はあるはずだ。足踏みにはならない。

ひとまずの目的地は決まった。廃洋館、そこへ向かう。

「……ターゲットに接触したら、また連絡する。今度は―――」



     ガ オ ン ッ !



「―――…………ッ!?」


あまりに唐突な、“異常事態”。
ヴァレンタインとて、会話中にも周囲の警戒は怠っていない。
今この瞬間、何者かが近づいたなどということは確実に、ない。

ならばこの『パワー』の攻撃は。

自身に起こっている『異常』の原因は。

いや、そんなことを思考する暇すら無い。
事態は……緊急であった。


―――数瞬前まで確かにあった自身の『右半身』が、丸ごと消し飛んでいたのだから。


(………ッ!!? こ……この、攻撃、は……! しっ……まった―――!)


『…………大統領? おいどうした? もしもーし。…………取り込み中みたいだな? 生きてたらまた連絡頼むぜ、じゃあな』



ディエゴの嫌味たらしい声を最期に、ヴァレンタインの意識は薄れ始めた。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


175 : この世で一番安い命  ◆qSXL3X4ics :2015/08/29(土) 16:00:22 bZVgUbmY0
男は生き返った。
それどころか、力が満たされていく。
この『奇跡』の現象の原因は、手に握る心臓のおかげだということにすぐに気付いた。
死にかけていた自分に、何か『とんでもないこと』が起きたのだと理解する。
さっきの声は誰だったのだろうか。きっとあの方のおかげで自分は蘇れたのだ。
そんな奇妙な確信が男にはあった。

心臓は、男の胸に入り込んでいった。自身の心臓と同化したことがわかる。
そして男はこうも思った。

『心臓があるのなら残りの部位もある筈だ』

もし全ての部位を集めることが出来たのなら、あの聖なる光を纏った方に再び会えるだろう。
会いたい。どうしても、なんとしてでも会いたい。
これほど誰かに『感謝』の心を持ったのは初めてだ。涙まで溢れるようだった。
この心臓……『遺体』には凄まじいパワーを感じる。これは絶対に誰にも渡したくない。

この遺体を揃えたい……いや、私にはこれを揃える『宿命』がある。
ならば見つけよう。どんな手段を使ってでも。

男は何の不自然も違和感もなく、胸に湧き出たその想いを在るがままに受け入れた。
自分でも驚くほどに、冷静に。

立ち上がり、その場を去ろうとする男に友人は声をかけた。
その友人の声も息絶え絶え。助けを求めるように男の方へ手を伸ばした。


『君の胸に入り込んだ心臓のようなものが、君を救ったのかい。
 助けてくれ、ヴァレンタイン。そいつを僕にも分けてくれ』


そう懇願する友人を、男は冷徹に見下ろした。
彼という友人がいなければ、男はこの世に生きてもいなかったろう。
大事な存在。大切な親友。

男は、秤を掛けた。
友の命と、この遺体。
ここで友を救えば、遺体の存在はすぐに公になるだろう。

男に迷いはなかった。
熱砂を踏み分け、倒れる友人に近づき―――


―――男の傍に現れた巨角の人型ヴィジョンが、躊躇なく友に砂を被せて『消し去った』。


男は感覚で理解する。
その瞬間、我が友はいなくなったのだと。
この世のどこにもいなくなり、消えてしまったのだと。

後にただひとり砂漠から生還した男は、その国の大統領にまで登り詰めると『埋もれた謎と伝説』を追った。

そして『隣の世界へ送り出す』その能力を、男はこう名付けた。



『Dirty Deeds Done Dirt Cheap』―――いともたやすく行われるえげつない行為、と。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


176 : この世で一番安い命  ◆qSXL3X4ics :2015/08/29(土) 16:01:17 bZVgUbmY0



男はこの世を憎んでいた。



幼少の頃よりいつの間にか発現していたスタンド能力は、これ以上なく『凶悪』であった。
彼がまだ8歳の頃、日常のほんの些細なことで母に叱られた。
どんな家庭にでもありふれているかのような、ちょっとした出来事だった。
ただひとつ違ったのは、少年はスタンドを持っていたこと。そのスタンドを全く制御できなかったこと。
母親にスタンドは見えない。少年は叱られた腹いせに母を驚かせようとスタンドを出した。

本当に、ただの悪戯のような気持ちでスタンドを繰り出しただけだった。

少年が気付いたら、母の半身から上が無くなっていた。
直後に降りかかる、大量の血液。少年の頭は母の血で真っ赤に染まった。
何が何だか分からなかった。何をしてしまったのか理解できなかった。
すぐに父が駆け寄り、返り血を浴びていた息子に問い詰めた。
少年は恐ろしかった。母に起こった悲劇もそうだが、何より自分を問い詰める父の形相が恐ろしかったのだ。

あまりに怖かったので、少年はまたもスタンドを発現した。
父が怖い。すぐにも逃げ出したい。


気付けば、上半身の無い死骸が二つに増えていた。


瞬く間に警察が現れ、その家で起こった全てを少年から取り調べようとした。
だが大人の警察たちはまだ8歳の少年を恐れた。状況を見れば、犯人は息子しかいなかったからだ。
だんだん少年の心には怒りが芽生えてきた。


―――『どうしてこの大人たちは、こんなにもぼくを怖がっているのだろう』


その時、大柄で強面の警察官が少年に向けて脅すように言った。

『てめえみてーなクソガキが何を使って殺した。言え。ガキとはいえ容赦はねーぜ』

信じられないことにその警官の手には、拳銃が握られていた。
だが、その銃を見ても少年は驚かない。それどころか何の恐怖心も湧き上がらなかった。
両親を殺してしまったことでタガが外れたのか、それは誰にも分からない。

少年はその場にいた警官を全員、スタンドで殺害した。
瞳には、どこまでも冷たく裂けるようなドス黒い炎が宿っていた。

少年は孤児院に移送された。彼が両親や警察官を殺した証拠など、何処にも無い。
スタンドのおかげで、恐怖心を持ち得なくなった幼少時代。いつしか性格は歪み、気に入らない者なら全て破壊する暴君へと成長した。
人間を何人も何人も何人も殺した。犯罪も殺人も平気だった。

男はいつしか死ぬことすら怖くなくなった。
その空虚ともいえる人生にもはや何の意味も見出せない。
生が馬鹿馬鹿しくなり、自らの手で人生の幕を下ろそうと自身の頭に銃口を向ける。
ここは貧民街。死体など、珍しくもない。


―――まったく、つまらない人生だった。


思わず漏れた呟きが空気に流れ、消える。


177 : ◆qSXL3X4ics :2015/08/29(土) 16:03:12 bZVgUbmY0
すいません、>>175はミスです


178 : この世で一番安い命  ◆qSXL3X4ics :2015/08/29(土) 16:04:29 bZVgUbmY0
狭間、『その男』は現れたのだ。気付けばそこに静かに立っていた。
心の中心に忍び込んでくるかのような凍り付く眼差し。黄金色の頭髪。透き通るような白いハダ。

自分の頭に向けていた銃口を、すぐにその男に構え直した。
只者でないことがすぐに分かったからだ。


『ヒェヒェヒェ! この男の瞳、相当にドス黒い……。まるで暗黒の空間にでも吸い込まれるようじゃ。
 DIO様……こやつ、かなりの素養がありそうじゃが……如何に?』


不気味な笑い声と共に男の背後から現れたのは、魔女かと見紛うかの妖艶なる老婆。
気のせいか、その老婆には右手が『ふたつ』あるように見えた。


『おれを見下すかのようなその視線……気に入らねえ。お前らから殺そうか』


興が削がれた。不機嫌な声で男は手に持つ銃の引き金を躊躇いなく引いた。
しかしその時、信じられない物を見た。DIOと呼ばれたその男の傍に、黄金色のヴィジョンが現れて弾丸を軽く摘んだのだ。
容姿は違えど、その人型の像は自分が幼少の頃より持つそれと同じ力。
彼は目を見開き、驚愕した。自分以外でその力を持つ者と初めて出会ったからだ。
それと同時に苛立ちの気持ちも沸き起こった。己の殺意を軽く捻られたような、一蹴。

すぐに銃を捨て、スタンドを出す。
自分の人生を底辺にまで落とした一因といってもいい能力。
相手を飲み込み、粉微塵に消滅させる凶悪な力を目の前の男に向けて突撃させる。


     ガ オ ン ッ !


空気に大穴を開けたような、形容し難い音。
金髪の男の腕を飲み込んでやった感触を得た。
最後に相手の苦痛に塗れた顔でも拝んでやろうかと、スタンドの口の中から顔を現した彼は――再び驚いた。


『見事だ。音も匂いもなく空間から姿を消し、この私の右腕を気付かせることなく消し去るとは。
 弓と矢でお前の素養を確かめようと思ったが……使うまでもなく、既に素晴らしいスタンド使いであったか』


何とその男は自分の右腕が丸々消し飛ばされていたというのに、まるで痛みに悶えることなくこちらを臨んでいた。
それどころか冷静に、骨董の鑑定でもするかの如く能力を見定めていたのだ。


時間が止まったように感じた。


179 : この世で一番安い命  ◆qSXL3X4ics :2015/08/29(土) 16:05:21 bZVgUbmY0
その男の笑みを見た瞬間、体が動かなくなってしまった。
今まで流したこともないほどの量の汗が、一気に吹き出た。
スタンドの口の中に隠れる事も忘れ、顔だけを出したままガタガタと歯を鳴らす。
彼は生まれて初めて『本当の恐怖』を覚えたのかもしれない。
死ぬことは恐ろしくないと思っていた彼が、真に恐怖を感じた存在。

――ああ、おれは今からこの男に殺されるのか。

覚悟したその時、額に違和感を覚える。
いつの間にか、ほんの小さな裂傷が加えられていた。一体いつの間に攻撃されたのか。
だがこんな小さな傷ごとき、何の障害にすらならぬ。
意を決して男が逃亡を試みようかとした時、またも不思議な現象が巻き起こった。

額の傷が何かに引っ張られるように、男が頭部を引きずられたのだ。
傷口から繋がった『霧』のようなものが自分を引っ張り上げているのだと理解したが、今の彼に分かるのはそこまで。
後に分かったことだが、この霧は傍にいた老婆――『エンヤ婆』のスタンドによるものだと分かった。

何がなにやらわからぬ状況。男の体はとうとうスタンドの口の中から全身引っ張り出されてしまう。
これでは暗黒空間に隠れられない。万事休すか。
皮肉な話だ。ついぞ今まで死のうとしたというのに、今ではこの男にだけは殺されたくないと願っているのだから。
今度こそ『死』を覚悟した彼の耳に、しかし届いたのは意外な言葉。


『私は何も君を見下していたのではないよ。品定め、のようなものだと思ってくれ。
 どんな人間にも選ばれるべき素養の芽というものはある。それを花咲かせることが出来るかは、その者の“努力”と“運”の他に無い。
 君は今散るのにはあまりに惜しい芽だ。どうか、名前を聞かせてくれないか?』


残った左腕を差し延べたその男は、なんとも甘えたくなるかのような囁きで彼を誘った。
蕩けそうな声に男は反射的に答えていた。答えずにはいられなかった。


『……アイス。ヴァニラ・アイス。あ、あんたは……?』

『DIO。ディオ・ブランドーだ。アイスとやら。お前は今、一度死ぬはずだった人間。
 そんな人間だから出来る事もある。どうせ捨てた命……この私にくれないか』


人に名を名乗ったのは随分と久しい。
ヴァニラはDIOに『光』を見た。邪悪の権化であるその男が、神々しく光を放っていた。

何も無かった人生。
好かれず、必要とされず、救わず、愛さず、だから愛されず。
このまま何も為さないでただ消耗するはずだった、命の灯火。
そんな無価値の男の人生を、DIOは必要としてくれた。

ヴァニラの目にはいつの間にか涙が溢れ、DIOの手を取った。
内に眠る暴力を、ただ欲望のままに解放するしか脳のなかった人生。
そんな彼が、己の価値をこの世で初めて認めてくれた男・DIO。

この人に出会うために自分はずっと待っていたのだと心で理解することができた。
彼のためならこの命、いつでも捨てる覚悟でいる。


ヴァニラはその日、悪の救世主DIOに一生の忠義を尽くし、心酔するようになる。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


180 : この世で一番安い命  ◆qSXL3X4ics :2015/08/29(土) 16:05:54 bZVgUbmY0


未来の事など、わかる者がいるだろうか?


DIO様は館に居られる際、いつも何か遠くを望んでおられたように見えた。
あのお方が何を考え、何を見ようとしていられるのか。私程度には計り知れぬこと。
しかし時々、DIO様の表情には『不安』らしき感情が浮かぶように私には思えてならなかったのだ。

絶対的頂点であり帝王であるDIO様に不安があるのだとしたら、それはやはりジョースターのことなのだろうか。
嘆かわしさと同時に怒りすら覚えてきた。心に醜い感情がフツフツと沸きあがってくる思いだ。

ジョースターどもめ、早くくたばって死ね。
これ以上DIO様のお心に憂いを与えることは私が許さん。
タロットのスタンド使い共は一体何をやっているんだ。
これ以上しくじるようなら私が出て行き、奴らを皆殺しにしてやろうか。

そんな憤慨が口に出ていたのか、DIO様が私に掛けてくださったお言葉がある。


『アイスよ。お前は私にとっての“切り札”。在り得ないことだが、もし私が窮地に陥った時、お前ほど頼りになるスタンド使いはこの世に居ないだろう。
 使える部下ならまだいる。お前がこの館を離れることは許さんぞ』


この時の私は情けなくも、息が止まった。心臓が大きく高鳴った。
DIO様からのあまりに勿体ないお言葉。心が歓喜に打ち震えた。
と同時に自分を恥じた。私はDIO様からの信頼を何ひとつ理解していなかったのだから。
この私が館を離れ、ジョースター共を自ら討ちに出る? その間の館の警護を放棄してか。

馬鹿げた自分の軽率な考えに嫌気が刺し、その夜は延々と自分を責め立て、咎めた。自傷行為もあったほどだ。

とにかく、DIO様にはこの自分が及びもつかないほどに高尚なお考えがあり、悩んでいたようだった。
そしてその『目的』に向け、いつも遠くを見ているようだった。
私は何となくだが、あのお方が『未来』を見据えているように思えた。

世界を支配する能力を持つ、無類の帝王。
ならばきっと、DIO様は誰も見たことのない世界を見るために着々と力を取り戻しているのかもしれない。
その目的に一抹の不安があるのなら、不肖このヴァニラめが全てを取り除いてご覧になりまする。

貴方様のお役に立てるなら一度は死ぬはずだったこの命、いつでも捨てる覚悟でいましょう。



私が普段より抱いてきたこの決意は―――突如降ってきたこのバトルロワイヤルにおいて、少し変化した。



死の覚悟の上なのは変わらず。
しかし『生』と『死』はいつでも隣り合わせ。紙一重の概念である。
己の命すら、私は軽々しく扱うべきではない。


生きてこそ。それでも、ただ生きてこそ。


今までのように自らを犠牲にすることばかりを考えていては、このゲームとやらでは賢い行為ではないのかもしれない。
手段は選ばない。覚悟もある。あとはその方法の確立。
何より優先なのはジョースターの抹殺。それは変わらない。
しかし何も私が身を粉にしてその全てを滅すこともない……というより、それは無理なのだろう。
あのジョニィ・ジョースターとの戦いでそれを痛感した。ジョースターは手ごわい相手だ。
私に情報を求めたあの妖精と妖怪、ジョニィは奴らに任せるとして、やはりまずはDIO様へのお伺い。

刑務所を出て辿り着いたは、忌まわしきこの『ジョースター邸』。DIO様はここに居られるのか。
ジョースターならば問答無用。関係ないただの参加者なら利用価値を見極める。

それでも今後の行動に支障をきたしかねない相手なら――抹殺してやる。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


181 : この世で一番安い命  ◆qSXL3X4ics :2015/08/29(土) 16:06:45 bZVgUbmY0
そしてヴァニラはひとりの男を発見した。
小型の通信機器のような物に話しかける、金髪の男を。
どうやら仲間の誰かと会話をしているようだが、中々に隙がない。
ヴァニラは迂闊に近づくことはしない。スタンドの口から顔だけを覗かせ、陰からゆっくり相手の会話を聞く。
上手く聞き取ることは出来ないが、これ以上近づくと感知されかねない。

まずは相手が何者か、DIOや自分にとって『害』と成り得る存在かを見極めたい。
敵ならば即殺。関係ない者なら利用するのも良し、殺すも良し。
聞き耳を立てるうちに、ヴァニラの耳には聞き逃せない会話が入ってきた。

「……ぃ……まず…古明地こいし…接触する。……から……情報を聞き出す」

(古明地……こいしだと? あのチビ妖精と一緒だった妖怪のことか……!)

あの男はどうやら、今からそのこいしと接触して情報を得るつもりらしい。
だとすれば……少々まずいことになる。
自分は先ほど、こいしやチルノと接触した。
当然、自分の能力は教えていないが、それでもこの自分や主人であるDIOについての会話は少なからず行ったのだ。
あの金髪の男がどういう理由でこいしと接触するのかは知らないが、情報の漏れは生命線に直接響くことになる。

(始末……するべきだッ! 奴はまだこちらに気付いていない!)

この館には残念ながらDIOは居ないらしい。
自分らの他には誰もいない。やるなら……今ッ!

ヴァニラは覗かせていた顔まで全てスタンドの口に隠し、『この世から消えた』。
必殺の攻撃で、全ては終わる。一瞬だ。
クリームを纏ったヴァニラは、ヴァレンタインの立っていた位置目掛けて疾走し、そして―――!


「……ターゲットに接触したら、また連絡する。今度は―――」


     ガ オ ン ッ !


あまりに“えげつない”攻撃は、ヴァレンタインの命をも暗黒の空間に葬り去る。
この世のどんなスタンドにも防御不能。四方八方から忍び寄る不可視の必殺。
一体誰が太刀打ちできるというのか。こんな残虐なる悪意に。


「かっ…………は…ぁ………――――――ッ」

「むっ」


攻撃の成功を感じたヴァニラがクリームから顔を出し、後方を確認した。
いちいち顔を覗かせねば周囲の状況が分からないという弱点が存在するのは仕方ない。物事には一長一短というものがあるのだから。

「全身粉微塵にするつもりだったが……、やや狙いは外れたか。少しだけ、生きてるな」

ターゲットの男は、肩から下の右半身が消し飛んでいた。
確実に相手を即死にしたい時、ヴァニラは普段なら『目印』を作る。
壁でも床でも、相手が奇妙に思い足を止めるような……例えば『ラクガキ』を作ったりするのだ。
こちらからの攻撃の瞬間は基本的に能力の性質上、相手の姿は見えない。だから目印を作り、相手の動きを止めてから暗黒空間にバラ撒く。
今回はそんな物を作る暇は無かったので、攻撃の焦点が少しずれてしまった。

だが、何も問題はない。
敵は見るからに虫の息。何もせずとも、すぐに死ぬ。

「だがジョニィの時のような例外もある。確実に今、キサマを殺してやろう」

もう二度と『あの時』のようなヘマはしない。
クリームの右腕を振り上げ、残った頭部を狙う。潰れたトマトのようにぐちゃぐちゃにしてやる。


182 : この世で一番安い命  ◆qSXL3X4ics :2015/08/29(土) 16:07:48 bZVgUbmY0


「――――――っ」


もはや言葉を発する体力も無いのか、敵は片側のみになった足のバランスを崩し―――

重心を失い、ゆっくりと、倒れ―――

壁に掛かった大きめのカーテンの中に、吸い込まれるように消えていき―――



「――――――なに」



音も無く……『消えた』。
まるで、この世の空間から消え去ったかのように……どこにもいなくなった。


「―――ッ!? 奴は何処だ……今の男は何処に消えたッ!?」


不可解。
ヴァニラの心境はこの単語が駆け巡っていた。
焦りつつも、スタンドの体内からは決して出ない。
まずは見極めるのだ。今何が起こったのかを。

(カーテンの中だとか、窓の外に逃げたとかではない! 完全に『消えている』!
 あの負傷のまま逃げたというのか!? どうやって!? 奴がスタンド使いだとすれば、もしや奴の能力は―――)


―――私やジョニィと同じ、『異空間移動』……!?


あくまで仮説のひとつだが、そうであれば最悪だ。
自分と似た能力を持つが故に、ジョニィ・ジョースターとの戦いに敗北したも同然なのだから。


183 : この世で一番安い命  ◆qSXL3X4ics :2015/08/29(土) 16:08:29 bZVgUbmY0




「―――今の攻撃」


部屋中を見渡すヴァニラの耳に響いた、その声。
方向は後ろ。誰もいないはずの、その場所に。


「偶然だと思うかね? キミの攻撃は、私の『左腕』と『両耳』を避けて通っていった。
 遺体が埋め込まれた箇所に触れず、『右半身』だけを貫いたのだ。これを偶然だと思うか?」


風に揺らめくカーテンの中から、消し飛ばしたはずの男が現れた。
完全な、五体満足の状態で。
無傷の身体を、見せびらかすように。

「キサマ―――ッ!?」

「触れるだけで消滅するキミのスタンドは、私の体内に持つ『遺体』を避けて通ったのだよ。
 偶然か? ――いや、これは『遺体の恩恵』だ。遺体そのものが、そんな『偶然』を引き寄せたのだ!」

高らかな宣言と共にヴァレンタインは己を形容するスタンド『D4C』を発現した。
今の一瞬、この場から消えていた現象だけでも充分に不可解。そのうえ敵の傷は完全に復活しているときた。
何から何まで理解が及ばないが、ここで退くなどできるわけがない。
ヴァニラはヴァレンタインを倒すべき『敵』と見定め、左腕の無いスタンドを構える。

「そして『遺体』は今ッ! もうひとつの『偶然』を引き寄せたッ!
 この私の持つ遺体の共鳴……まさか“お前も”持っているのか!」

奴が言う『遺体』とは何のことだ……?
ヴァニラはその疑問を口にする前に、またも驚愕の光景を見ることになる。


「スタンド使い『ヴァニラ・アイス』……! お前の持つ遺体……返して貰おうかッ!」


カーテンから現れたヴァレンタインはひとりではない。
二人……三人ッ!

三人のヴァレンタインがヴァニラの前に確固とした『敵意』を持って立ちはだかった!


「キサマ……何故わたしの名を知っている……ッ!? 何者だァーッ!!」


ヴァニラ・アイス vs ファニー・ヴァレンタイン。
クリーム vs D4C。


この世で最もえげつなき戦いの幕が開けた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


184 : この世で一番安い命  ◆qSXL3X4ics :2015/08/29(土) 16:09:10 bZVgUbmY0
【C-3 ジョースター邸 ホール/午前】

【ファニー・ヴァレンタイン@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:健康、現在三人いる
[装備]:楼観剣@東方妖々夢、聖人の遺体・左腕、両耳@ジョジョ第7部(大統領と同化しています)
    紅魔館のワイン@東方紅魔郷、暗視スコープ@現実、スローダンサー@ジョジョ第7部
[道具]:通信機能付き陰陽玉@東方地霊殿、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:遺体を集めつつ生き残る。ナプキンを掴み取るのは私だけでいい。
1:遺体を全て集め、アメリカへ持ち帰る。邪魔する者は容赦しないが、
 霊夢、承太郎、FFの3者の知り合いには正当防衛以外で手出しはしない。
2:形見のハンカチを探し出す。
3:火焔猫燐の家族は見つけたら保護して燐の元へ送る。まずは古明地こいしを保護し、情報を得る。
4:ヴァニラ・アイスを倒し、遺体を奪う。
5:荒木飛呂彦、太田順也の謎を解き明かし、消滅させる!
6:ジャイロ・ツェペリは必ず始末する。
※参戦時期はディエゴと共に車両から落下し、線路と車輪の間に挟まれた瞬間です。
※幻想郷の情報をディエゴから聞きました。
※最優先事項は遺体ですので、さとり達を探すのはついで程度。しかし、彼は約束を守る男ではあります。
※霊夢、承太郎、F・Fと情報を交換しました。彼らの敵の情報は詳しく得られましたが、
 彼らの味方については姿形とスタンド使いである、というだけで、詳細は知りません。


【ヴァニラ・アイス@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:体力消耗(小)、左腕切断
[装備]:聖人の遺体・右腕@ジョジョ第7部(ヴァニラの右腕と同化しております)
[道具]:不明支給品(本人確認済み)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:DIO様のために行動する。
1:この男を倒す。
2:DIO様にあってお伺いをたてる
3:地下にあるものとプッチを探す。
4:ジョースターを始め、DIO様の害になるものは全て抹殺する。それ以外の参加者は会ってから考える。
[備考]
※参戦時期はジョジョ26巻、DIOに報告する直前です。なので肉体はまだ人間です。
※ランダム支給品は本人確認済みです。
※聖人の遺体の右腕がヴァニラ・アイスの右腕と同化中です。残りの脊髄、胴体はジョニィに渡りました。
※チルノ達からDIOの方針とプッチのことを聞きました。
※ほとんどチルノが話していたため、こいしについては間違った認識をしているかもしれません。


185 : ◆qSXL3X4ics :2015/08/29(土) 16:10:30 bZVgUbmY0
これで「この世で一番安い命」の投下を終了します。
ここまで見てくださってありがとうございました。
感想や指摘などありましたらお願いします。


186 : 名無しさん :2015/08/29(土) 23:32:28 aVXXN68I0
ちょっと過去を捏造しすぎな気が・・・


187 : 名無しさん :2015/08/30(日) 00:15:46 YOQ4sqkc0
これはちょっとやり過ぎかと
二次創作である以上、原作にまったく出てこない物語をそのキャラクターの過去の一部として追加するのはよくないと思います
これでは既存キャラの過去話を捏造し放題になって「ジョジョ×東方ロワイアル」ではなく「ジョジョと東方のキャラを元ネタにしたオリジナルキャラロワイアル」になってしまうんじゃないでしょうか


188 : 名無しさん :2015/08/30(日) 01:37:48 JLgy8ZoA0
>>186>>187
そんなに問題かこれ?
東方のキャラだって原作にない過去回想シーンをそれぞれ補足してあるSSも既にこのロワではあるし
それが今回はジョジョのキャラで作られただけの話じゃないか?
だいたいキャラ崩壊してないし、作中で語られていない過去をqSX(略)さんのイメージでアレンジしただけ、それにパロロワは二次創作だから十二分に許容範囲内だ
むしろ俺は大統領の掘り下げ話は面白いと感じたな
作中でちょろっと語られたシーンを取り込んでいるし、あの独特なキャラクター性の原点は既に遺体が絡んでいたってのは大いにあり得そうで
それにこういうキャラクターの始まりを垣間見れるのも一つの醍醐味、ちょいとワクワク感じがね
あと、タイトルがヴァニラ、大統領の「この世で一番安い命」って繋がるのもニヤリとさせる
とにかく投下乙でした、面白かったです


189 : 名無しさん :2015/08/30(日) 02:36:29 5ajsdiww0
「原作にこんな描写あったっけ?」と思ってたらガッツリ捏造だったのか
これは…判断がちょっと難しいから議論スレ行きか?
ともかく投下乙です


190 : 名無しさん :2015/08/30(日) 12:33:44 nzttPJOw0
読み手か横であれこれ言うべきじゃないな。他の書き手の反応を待とう


191 : ◆n4C8df9rq6 :2015/08/30(日) 23:35:19 Fwra4eIA0
投下乙です。
自分としては今回の話も面白かったですし、通しでいいんじゃないかなと思います。
遺体を手に入れたことが大統領の精神性を作り上げたという描写は成る程と納得させられました。
上でも触れられてるように、タイトルと二人の過去がリンクしてるのもニヤリとさせられて好きですね。
熾烈な遺体争奪戦は果たしてどちらが制するのか。

ただ形式上のものに近いとはいえ、一応ルールでは二次設定の禁止が明記されてるので
今回の話で言う『ヴァレンタインの親友』『ヴァニラの家族や過去』のようなキャラクターの根底に踏み込んだ捏造描写は今後はある程度ぼかすか、あまり乱発しない方がよさそうかなとは思います。


192 : 名無しさん :2015/08/31(月) 19:32:49 fUpP9nbg0
投下お疲れ様です
どういう決着になるか気になるカードだなー

ただの読み手ですけど、大統領の方はキャラがブレないというか大本の大統領のキャラが持ってた根底と大きな差や違和感なかったですが、
原作のヴァニラの方はエピソードとか置いてきぼりでただただDIOに心酔してるキャラっていうのが返って狂信的でイメージも強かったから、
少し乱暴な言い方になると、ありきたりな同情される境遇のエピソードみたいのがヴァニラのキャラに対してかなり違和感ありました

話としてはかなり面白かったし次の対決展開も気になるので破棄になっちゃったら悲しいけど、
この手のキャラ掘り下げを他のキャラもやりだしちゃうとまずい気がするからあまりこの手の過去回想を頻発させない方が良い気はします

偉そうな意見失礼いたしました


193 : ◆qSXL3X4ics :2015/09/01(火) 03:45:22 ndbW9fQQ0
皆さん様々なご意見ありがとうございます。
今回の指摘を受けて考えた結果、拙作「この世で一番安い命」の話は破棄ということにします。
評価の声を頂いた方々には申し訳ありませんが、この話のキャラクターに違和感を抱いた読者の尾を引く気持ちは残すべきではありませんし、
いっそスッパリ破棄して次に書く話への勉強とした方が、私としても気持ちが良いと思っております。

ご意見、ありがとうございました。次はもっと面白いの書きます!


194 : 名無しさん :2015/09/02(水) 07:27:36 UDhozg/o0
残念だけど、氏が決断したことだからこれ以上のことは言えないかな。
指摘されたところ以外の問題はなく、本当に面白い内容の作品でした。月並みなことしかいえないけど今後も頑張ってください!


195 : 名無しさん :2015/09/07(月) 19:11:43 Uw7gxSrU0
まあOVAでは能力ゆえに迫害されていたところをDIOが拾ったなんてことを一応言われてたな


196 : 名無しさん :2015/09/07(月) 19:18:04 cFk8bsDo0
原作ではそのへんの言及無いからなぁ


197 : 名無しさん :2015/09/07(月) 20:57:20 /w1AvjKQ0
イギーへの暴行の様子から被虐待経験がある可能性は高いかな
あと生来のスタンド使いなのは本当っぽい


198 : ◆BYQTTBZ5rg :2015/09/08(火) 00:56:50 eH3HtQqg0
パチュリー、吉良、ぬえで予約します


199 : 名無しさん :2015/09/08(火) 01:11:55 PfcOZ3xU0
藁の砦で一番怖いとこやで……


200 : ◆qSXL3X4ics :2015/09/10(木) 00:45:15 qUBZ/quQ0
ジョセフ・ジョースター、橙、ルドル・フォン・シュトロハイム、因幡てゐ、森近霖之助、八雲藍
以上6人予約します


201 : 名無しさん :2015/09/10(木) 00:55:25 /HAxvkGE0
予約の風が…来る……!


202 : ◆BYQTTBZ5rg :2015/09/10(木) 21:31:25 pYJ5I4nE0
投下します


203 : 賢者の意志 ◆BYQTTBZ5rg :2015/09/10(木) 21:33:44 pYJ5I4nE0
「アンタッッ!! 私に喧嘩売っているの!!!?」

「はあ!!? どっちがっすか!!?」

「何よッッ!!!」

「何すかッッ!!?」


と、比那名居天子と東方仗助が言い争っているのを、私はサンモリッツ廃ホテルの物陰から隠れて見つめていた。
これはあまりよろしくない状況なのだろうか、やっぱり私が間に立った方がいいのだろうか。
そんなことを悶々と考えていたら、当の二人はいつの間にか笑い合い、手を取り合い、勝手に前に進んでいった。
うん、良く分からない。
とはいえ、一つの心配事が無くなったことは間違いない。私がそのことにホッと一安心していると、
吉良吉影がいかにもつまらなそうな調子で、私の後ろから声を掛けてきた。


「パチュリー・ノーレッジ……といったか。
まさか、あんな下らない茶番劇を見るために、ここに戻ってきたとは言わないだろうな?」

「それこそ、まさかよ。確かにあの二人のことは懸念してはいたけれど、それを一番に考えるほど暇ではないわ。
私達には、もっと優先的に考えることがある。そしてその為に、私達はここにやって来たのよ」

「……つまり?」

「つまり、それよ」


と、私は広瀬康一の墓を指差しながら、答えた。
吉影とぬえが二人揃って疑問符を浮かべるが、私はそれを無視して、自らの内にある魔力を呼び起こす。
そして康一の墓標を差し示した私の指を起点として、大地の精霊へ干渉し、魔法を発動。
私の指をクイッと上に上げると同時に、大地の中で眠っていた康一の死体が、土によって押し上げられ、地表へと現れ出た。


「私達が何故殺し合いをしなければならないか、分かる?」


私は二人の疑問に答えるかのように、問いを投げかける。
どうやらその答えは簡単だったようで、すぐに二人の顔には理解の色が浮かんだ。
だけど、吉影はそれで黙るわけでもなく、そこから更に笑みを加え、
私の身体にまとわりつくような、実に気持ち悪い口調で、私に話しかけてきた。


「頭の中にある爆弾を調べる為に、そのクソガキを解剖するというわけか。
フフ、さっきの今で、随分なことをするじゃないか。あのクサレ頭の仗助が、この事を知ったら、一体どうなるか。
……ああ、成る程、だから、隠れていたというわけか。中々、いい性格をしているな、パチュリー・ノーレッジ」

「あまり……そういったお喋りは好きではないんだけど」

「おっと、気分を害してしまったかな。だとしたら、それは誤解というものだ。
私はパチュリーさんを、褒めたのだよ。下らない感傷などに囚われず、目的の為に合理的な行動を取る。
実に素晴らしいことじゃないか。そういった冷静さは、あのガキ共にも見習わせたいくらいだ。
ああ……何だろうな………先程、仗助達から私を庇ってくれた時から思っていたのだが、
私はパチュリーさんとは仲良くやっていけるような気がするんだ」


204 : 賢者の意志 ◆BYQTTBZ5rg :2015/09/10(木) 21:35:29 pYJ5I4nE0
「あら、随分と熱烈な告白ね」と、レミィなら面白がってくれただろう。
私も興が乗っていれば、あるいはそれくらいの言葉遊びもしたかもしれない。
しかし残念ながら、今の私はそんな心境ではなかったし、それに何より吉影の妙な馴れ馴れしさに嫌悪感が先立ち、私を閉口させた。
そうして私が黙ったままでいると、吉影はバツの悪さを感じたのか「まぁ、いい」などと言い、
そこから新たな言葉を付け足してきた。


「それで解剖するといっても、どうやってやるんだ? ちゃんとした道具がなければ、手間だろう。
それとも、それも魔法でどうにかるなるものなのか?」

「それについては問題はないわ。もう少ししたら、教授が来てくれる。
彼女なら、そういった道具を代替できる手段を持っているから」


そう言って、私は腰を下ろし、教授達がやって来るのを静かに待った。



      ――
 
   ――――

     ――――――――



「来ないな」

「来ないわね」

「……そうね」


と、吉影とぬえの言葉に頷いてから、私は地面が憎いかのように何度も踏みつけた。
あんのクソバカ教授! 貴方が死体を解剖するって言ったんでしょうがー! それなのに、何で来ないのよー!
岡崎夢美に対して文句と苛立ちが、際限無しに募る。それこそ彼女の顔面に思いっきりグーパンチを叩きこんでやりたい気分だ。


勿論、彼女がのっぴきならない状況に追いこまれているという可能性はある。
死者が容易に出るここでは、まさにそれこそを危惧すべきだ。
だけど、私達との距離は、まだそれほど離れていない。
それならば、空に弾幕を撃つなどをして、私達に何かしらの知らせを送ることは十分に可能だ。
それが無いということは、やはり何か他の理由があるということなのだろう。


考えられるのは、広瀬康一の解剖を同行している慧音に咎められたか、あるいは本来の目的を忘れるほどの楽しいオモチャを見つけたか。
おそらくは後者なのだろう、と半ば確信に近い形で、教授の人間性が私に答えを悟らせくれた。
そしてだからこそ、身勝手な教授への怒りが、私の中に立ち込める。次に会ったら、絶対にグーで殴ってやるわ。


「それで、どうするんだ、パチュリーさん? ここで、私達だけで解剖をするのか?」


私があらん限りの力で握り拳を作っていると、吉影がそんなことを訊ねてきた。
私は深呼吸し、息を落ち着けてから、ゆっくりと答える。


「……いえ、時間も限られているわけだし、コレはジョースター邸に持っていくことにしましょう」


私はそう言って、魔法の刃を作り出し、康一の首を切断した。
そうしてその生首をバッグにしまいこもうとするが、そこで私は気がついてしまった。


205 : 賢者の意志 ◆BYQTTBZ5rg :2015/09/10(木) 21:36:47 pYJ5I4nE0
(これって『爆弾』よね)


こんなものを持っていると知られたら、仗助が「爆発」するのは間違いない。
墓を作ってまで丁寧に弔ったというのに、わざわざそれを掘り起こして、首を切り取る。
そしてそこから更に解剖をしようというのだ。彼に心穏やかな気持ちでいてくれというのは、控えめに言っても、無理なことだろう。


他の参加者に露見してしまっても、やはり問題だ。
幻想郷の住人は「いい趣味をしているわね」とか「他の妖怪にでも転職したの?」と、からかってくるぐらいだろうけれど
外の世界の住人は、そんなお気楽な言葉で済ましてくれるとは、到底思えない。
勿論、解剖の目的を知れば、また違った答えが得られるかもしれないが、人の死体をいじくりまわすことに、変わりはないのだ。
殺し合いに異を唱える人間達からすれば、やはり何かしらの悪感情を持ってしまうことは否めないだろう。


しかも最悪なのは、その「爆弾」の導火線が、吉影にまで伸びているということだ。
彼の機嫌一つで、「爆弾」を爆発させることができるという状況を与えてしまっては、
それを盾に私は吉影に対して多大な譲歩を強いられることになる。
そういった不平等な関係は、当然、私の好むところではない。


それならば、いっそここで解剖しようかという話だが、それも躊躇われることだ。
道具がなく手間だというのも一つの理由だが、私一人では「正解」に辿りつける自信がないからだ。
当初、私自身が当たりをつけたように頭の中の爆弾が「呪い」や「封印」の類であれば私一人でも問題ないが、
今は私の知らない「スタンド」やら「科学」の可能性も示唆されてきている。
であるのならば、岡崎夢美を始めとした多くの識者を交えての解剖が望ましくなる。


それに吉影に導火線を持たせることが、何も不利益だけをもたらすとは限らない。
私にとって不利になる情報を彼が握っていれば、その分、彼が私に対して強硬手段に出る可能性が減ってくれるからだ。
つまり、私の命の保障ができるというわけだ。それはこの状況にあっては、何にも代えがたい。


「……『紙』になら、その頭も入るんじゃないか、パチュリーさん」


私が康一の生首を持ってウンウン唸っているのを、何かと勘違いしたのか、
吉影が溜息を吐きながら、そんな提案をしてきた。
私は「そうね」と軽く受け答えし、言われた通りに康一の頭を「紙」にしまった。
そしてそれを一つの区切りとして、吉影はまた新たに口を開く。


206 : 賢者の意志 ◆BYQTTBZ5rg :2015/09/10(木) 21:38:47 pYJ5I4nE0
「それでさっきの質問のついでと言っては何だが、あの時、パチュリーさんはどうして私を庇ったのだ?
そこのところが、ちょっと気になってね。あれだけの人数が集まっていたんだ。単に私を戦力として数えてということではあるまい。
もっと他に重大な理由があると、私は考えているのだが……。私達は仲間になったんだ。
その証明の為にも、是非教えてくれないか、パチュリーさん」


仲間という言葉に多少の引っかかりは覚えるけれど、
その質問の答えになることは、吉影にも知っておいて貰いたいのは事実だ。
それに私達の関係を示す言葉がどうであれ、私と彼が同行することには変わりない。
その点を無視して、無意味な敵対関係を築くのは、下策に他ならないだろう。
私はいまだうずくまる彼への嫌悪感を和らげるように大きく深呼吸してから、丁寧な口調で答えた。


「私が貴方を必要とするのは、二つの理由があるわ。一つは貴方の能力で結界を爆破できるかを確認するためよ」

「……結界……確かこの会場を覆う障壁のことだったかな。
だが、言っては何だが、私の能力でそれがどうにかなるのなら、荒木や太田は私を参加者としては呼ばないだろう」

「ええ、そうね。そっちは私もあんまり期待していないわ。ただ一応確認しておいても損はないだろうってくらいだし。
本命は二つ目ね。魔力を貴方の能力で爆弾にできるかを確認したいのよ」

「魔力……か。馴染みがないせいか、いまいち要領を得ないな。それが何になるんだ?」

「質問に質問で返して悪いけれど、貴方が作った爆弾は、周りに何の影響がでないように爆破できるの?
聞いた話では、そこらへんはかなり自由にできるとのことだけど」


そこで吉影は大きく溜息を吐いて、私を睨みつけた。
彼の質問にすぐに答えなかったことに苛立ったのか、はたまた自らの能力が露見していることへの不快感か。
私が静かに彼の心情を推し量っていると、やがて何かに納得したのか、吉影は表情を元に戻し、私への答えを述べた。


「……例えば周囲に焦げ痕が残っていたとなれば、何かの事件性が疑われ、警察やマスコミがうるさく騒ぎ出すだろう。
それは私が求める『心の平穏』とは遠くかけ離れている。……可能だと言っているのだよ。私は爆破の仕方も操れる」

「そう、予想通りで嬉しいわね。それでさっきの話の続きになるけれど、頭の中の爆弾は今の所、二つの種類が考えられるわ」

「ほう、それは?」

「それは私が知っているものと、知らないものよ」

「ふむ、それは道理だな」

「知らないものとなると、私はお手上げね、当たり前だけど。でも、知っているものであるのならば、手の出しようがなくもない。
つまり『呪い』や『封印』といったものね。通常、それらを解呪するとなると、時間がかかるものなの。
『呪い』や『封印』をかけた者は、当然それが解けては困るものだから、そうさせない為にも構成を複雑にしたり、力そのものを強固にしたり、
またはトラップをしかけたりして、解呪を不可能に近いものにしていく。だけど、どれだけ難しい『呪い』や『封印』だとしても、
そこには一つの共通点があるの。それが……」

「……魔力というわけか」


吉影は得心したといった顔で、神妙に何度も頷く。


207 : 賢者の意志 ◆BYQTTBZ5rg :2015/09/10(木) 21:41:20 pYJ5I4nE0
「ええ。それによって組み上げられているというわけ。厳密には霊力でも可能だけど、そこに大きな差はないわね。
そして貴方の能力なら、解呪を困難なものとしているものを含めて、爆弾を丸ごと爆破して吹っ飛ばせるんじゃないか、と私は考えたの」

「成る程、爆弾を爆弾にして爆破して爆破能力を無くすというわけか。私には思いつかなかった考えだな……下らなさ過ぎて」

「貴方の言いたいことは分かるわ。何と言っても、爆弾は頭の中にあるんだものね。
でも、私は魔法使いよ。魔力の理は私の内にあるわ。
『呪い』や『封印』の構成が分かれば、解呪には時間がかかるとしても、その場所を移すことぐらいなら短時間でできる。
勿論、それだって限界はあるし、身体から切り離すなんてことは無理でしょうけれど、体表面に露出させることぐらいなら、訳はないわ」

「ほう……それはすまなかった、パチュリーさん。だが、魔力といったものは、私はついぞ見たことがない。
幾らなんでも、目に見えないもの、手で触れることができないものを爆弾にすることは、私でも不可能だぞ」

「大丈夫。ちゃんと見えるようにするわよ。私にはできなくても、月の兔や月の頭脳……
まあ要するに他の能力者の力や賢者の智慧を借りれば、先の問題も含めて、十分に解決できる見込みあると思うわ」

「……となると、責任重大だな。私がこの殺し合いを打破する『鍵』と成り得るかもしれないのだから」


私の説明が終わると、吉影は両腕を広げ、尊大な態度で、そんなことを言ってきた。
確かにそれは事実だが、それを笠に着て、自由奔放に振舞われては堪ったものではない。
さて、どうやって吉影に釘を刺しておこうか。そんなことを考えていたら、顔を蒼くしたぬえが横から突然と現れた。


「ね、ねえ? その殺人鬼がいないと、頭の中の爆弾を解除できないってことなの? それって本当の話?」

「そんな訳ないでしょう」と、私はすぐさま否定の句を告げる。「まだ爆弾そのものが魔力で構成されたものと判明したわけじゃないのよ。
今の段階で、それは言い過ぎというもの。それに紫や霊夢といったように、吉影の代わりとなる能力者は、たくさんいるわ」


私の答えにホッと安堵の息を漏らしているぬえに向かって、「ま、そっちの線は薄いけどね」と心の中で私は付け足した。
仮説の通り、ZUNが幻想郷を知悉している者なら、当然彼女達の能力への対策は為されているだろう。
もしここからの抜け道が存在するとしたら、やはり幻想とスタンドが協力してということになると思う。
どちらか一方のみでは、ZUNの予想を超えるのは至難であろうから。
勿論、そのことは口にしない。それを言ってしまっては、吉影が調子に乗るのが目に見えて分かるから。
それに先程のぬへの台詞で、吉影への牽制は十分になったであろうから、わざわざそれを無意味にする道理もない。


「さてと、それじゃあ、話も終わったことだし、先を急ぎましょう。どっかのバカ教授のせいで、えらく時間を喰ってしまったわ。
到着が遅れたとなっては、これまたどっかの不良天人がうるさく騒ぎ立てるでしょうし、さっさと行きましょう。
吉影の能力の実験は、会場の端についてから、二つまとめてやることにするわ。そこのところも、よろしく頼むわね」


コホン、と咳払いした私は魔理沙の箒に跨りながら、そんな風に二人を急きたてた。
だけど、吉影は別段急ぐわけでもなく、ゆっくりと荷物を持ち上げ、普通の足取りで前を進んでいく。
私はそんな彼を見つめながら、重く溜息を吐いた。別に彼の動きが気に障ったということではない。
単にこれからを憂ってのことだ。


吉影がもし『鍵』としての役割を担うこととなれば、私は何としても彼を守らなければならなくなる。
それは例え東方仗助や比那名居天子達との敵対関係が鮮明になったしても、変わらないことだ。
だけど、彼らを前にしても決して揺るがない自信がある私の意志だが、そこに一つだけ疑問を投げかけることができる。
彼らと相対した時、果たして教授はどちらに味方することになるだろうか、どちらを『素敵』と判断してくれるのだろうか。
そのことが…………






(って、一体何を考えているんだ、私はッッ!!!!!!)






私はそこで思いっきり頭を振った。それこそ頭が首から取れてしまうのでは思うくらいに激しくだ。
教授の去就を気にしてどうする。そんなものは判断基準にはならない。そこに意味なんかない。あのバカは放っておけ。
私は脳裏にこびり付いたあいつのマヌケな顔を振り払うかのように、急いで前に飛んでいった。


208 : 賢者の意志 ◆BYQTTBZ5rg :2015/09/10(木) 21:42:30 pYJ5I4nE0
【E-1 サンモリッツ廃ホテル前/午前】

【パチュリー・ノーレッジ@東方紅魔郷】
[状態]:健康
[装備]:霧雨魔理沙の箒
[道具]:ティーセット、基本支給品×2(にとりの物)、考察メモ、F・Fの記憶DISC(最終版)、広瀬康一の生首
[思考・状況]
基本行動方針:紅魔館のみんなとバトルロワイヤルからの脱出、打破を目指す。
1:吉良の能力を使って実験
2:霊夢と紫を探す・周辺の魔力をチェックしながら、第三ルートでジョースター邸へ行く。
3:夢美や慧音と合流したら、仗助達にバレずに康一の頭を解剖する。
4:魔力が高い場所の中心地に行き、会場にある魔力の濃度を下げてみる。
5:ぬえに対しちょっとした不信感。
6:紅魔館のみんなとの再会を目指す。
[備考]
※喘息の状態はいつもどおりです。
※他人の嘘を見抜けるようです。
※「東方心綺楼」は八雲紫が作ったと考えています。
※以下の仮説を立てました。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかは「東方心綺楼」を販売するに当たって八雲紫が用意したダミーである。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかは「東方心綺楼」の信者達の信仰によって生まれた神である。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかは幻想郷の全知全能の神として信仰を受けている。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかの能力は「幻想郷の住人を争わせる程度の能力」である。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかは「幻想郷の住人全ての能力」を使うことができる。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかの本当の名前はZUNである。
 「東方心綺楼」の他にスタンド使いの闘いを描いた作品がある。
 ラスボスは可能性世界の岡崎夢美である。


【吉良吉影@ジョジョの奇妙な冒険 第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:健康
[装備]:スタンガン@現実
[道具]:基本支給品、ココジャンボ@ジョジョ第5部
[思考・状況]
基本行動方針:平穏に生き延びてみせる。
1:しばらくはパチュリーに付き合う
2:東方仗助とはとりあえず休戦?
3:空条承太郎らとの接触は避ける。どこかで勝手に死んでくれれば嬉しいんだが…
4:慧音さんの手が美しい。いつか必ず手に入れたい。抑え切れなくなるかもしれない。
5:亀のことは自分の支給品について聞かれるまでは黙っておこうかな。
[備考]
※参戦時期は「猫は吉良吉影が好き」終了後、川尻浩作の姿です。
※慧音が掲げる対主催の方針に建前では同調していますが、主催者に歯向かえるかどうかも解らないので内心全く期待していません。
 ですが、主催を倒せる見込みがあれば本格的に対主催に回ってもいいかもしれないとは一応思っています。
※能力の制限に関しては今のところ不明です。
※パチュリーにはストレスを感じていません


【封獣ぬえ@東方星蓮船】
[状態]:精神疲労(中)、吉良を殺すという断固たる決意
[装備]:スタンドDISC「メタリカ」@ジョジョ第5部
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:聖を守りたいけど、自分も死にたくない。
1:隙を見て吉良を暗殺する。邪魔なようならパチュリーも始末する。え、別にいいんだよね?
2:皆を裏切って自分だけ生き残る?
3:この機会に神霊廟の奴らを直接始末する…?
[備考]
※スタンド「メタリカ」のことは、誰かに言うつもりはありません。
※「メタリカ」の砂鉄による迷彩を使えるようになりましたが、やたら疲れます。
※能力の制限に関しては今のところ不明です。
※メスから変化させたリモコンスイッチ(偽)はにとりの爆発と共に消滅しました。
 本物のリモコンスイッチは廃ホテルの近くの茂みに捨てられています。




・広瀬康一の生首@現地調達
広瀬康一の死体から切り取った彼の頭部。
本人の人柄もあってか、彼の知り合いが見たら激昂すること間違いなしの逸品である。


209 : ◆BYQTTBZ5rg :2015/09/10(木) 21:43:57 pYJ5I4nE0
以上です。投下終了。


210 : 名無しさん :2015/09/11(金) 00:09:44 f1p3dhik0
投下乙です
頭部の爆弾を爆弾化させることで無効化する発想はなかったな
しかし康一君の頭を切り落としたことが後々響かなければいいけどね…
そして教授の反応をいちいち気にするパチェ可愛いよ
あと、
>>それに先程のぬへの台詞で、吉影への牽制は十分になったであろうから、わざわざそれを無意味にする道理もない。
ここのぬえの箇所がぬとなっていました


211 : 名無しさん :2015/09/11(金) 00:43:53 6qdjNLss0
投下乙です。
吉良とパチュリーのピリピリした打算の駆け引きが面白いなぁ
殺人鬼としての正体がバレた上で利害で共闘してるのは何か新鮮
そして爆弾使いの吉良が爆弾除去の要になる可能性が出てくるとは
このまま本当に首輪解除要員ならぬ爆弾解除要員になったら殺人鬼が対主催の要になるという奇妙な事態になるのか


212 : ◆at2S1Rtf4A :2015/09/11(金) 01:33:52 YDmsXF7Q0
投下乙です
能力を同じ能力で上書きする話って凄く大好物な流れだ
ただパッチェさんが吉良の手綱を握りながら獅子身中の虫のぬえから逃れられるか見物です
しかし康一君、誰かさんのとばっちりで死んだ挙げ句ゆっくりになるなんて憐れ過ぎる、合掌

それと竿姉妹の癖に書き手の一人も釣れない空条徐倫と霧雨魔理沙の2名を予約します


213 : 名無しさん :2015/09/11(金) 02:16:58 kDWCMI3o0
投下乙です。
パチェの夢美への徹底的な辛辣台詞、もはや名物ですな。
吉良の手綱を握るのは相当難易度高そうだけど、このリアル主義同士牽制しつつの共闘、面白い!
作中でも「幻想」と「スタンド」の協力という、一種のテーマ性が見え隠れしてきて今後のジョジョ東方の行く末もどんどん楽しみになってきた。
ただこのチームの場合は敵が外でなく中に潜んでいるのが一番恐いなあ…
仗助・天子は絶賛ガトリングオンバシラから襲撃中。
慧音・夢美は偏屈漫画家と出会って考察に精を出して、
パチュ・吉良・ぬえは内に潜む見えざる敵に攻撃されかねないという危うい状況。
三者三様ならぬ三団三様なバラけた展開。藁の砦は見てて本当ドキドキする。

そしてとうとう徐倫魔理沙の予約も入ったね。これは期待だ。


214 : 名無しさん :2015/09/11(金) 20:41:28 OPfl7X.A0
投下乙です。
康一くんの首持ってくのか....現在ピンチで集合できるかどうかわからない仗助はともかく、
露伴先生は確実に来るだろうし見られたら相当ヤバいことになりそうだな.....。


215 : ◆qSXL3X4ics :2015/09/17(木) 03:05:03 whOLRTOs0
予約を延長します


216 : 名無しさん :2015/09/18(金) 21:57:25 eFYChVpo0
予約を延長します


217 : 名無しさん :2015/09/18(金) 21:59:35 eFYChVpo0
トリが外れていました。申し訳ありません
改めて予約を延長します


218 : ◆at2S1Rtf4A :2015/09/18(金) 22:04:51 eFYChVpo0
予約の延長します


219 : ◆qSXL3X4ics :2015/09/24(木) 20:02:09 rKqlezi60
すみません。期限内に書き切れなかったため、ひとまず予約を破棄させていただきます


220 : ◆at2S1Rtf4A :2015/09/25(金) 19:08:38 cZ5jcwaw0
すみません、予約を破棄します


221 : ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:48:37 YULsY9mM0
ゲリラ投下を開始します。


222 : ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:48:59 YULsY9mM0
『BOTTOMs 〜最低野郎たち、地の底で〜』


223 : 『BOTTOMs 〜最低野郎たち、地の底で〜』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:49:32 YULsY9mM0
     ◆     ◆


「――――――――――――――――……!」

部屋の隅、壁に背を預けてうずくまっていた少年・ドッピオは、
疲労から来る眠気に危うく意識を手放しかけ、慌てて首を起こした。

そのまま部屋を見回すが――幸い、奴の、あの『化物』の姿は無し。
彼が『ボス』より借り受けているスタンド、『キング・クリムゾン』の額にはめ込まれた
もう一つの顔『エピタフ』で未来を予知するが――そちらも変化は無し。

「やっと、『撒いた』か……?」

と、ドッピオは溜息を付いた。

(まったく、しつこいヤローだったぜ)

ドッピオは右手で鈍く光る『壁抜けののみ』を見つめながら毒づいた。
あの化物、多少の厚さの壁越しならばこちらの位置を知ることができるようだ。
何しろこののみで壁を抜け、奴に見えない所で極力物音を立てないように動いても、
正確にこちらの位置を探り当て、追いかけてくるのだ。

その移動の方法も尋常でない。
地下道を逃げに逃げ、どんどん深くに下っていってようやく辿り着いた
この奇妙な地下宮殿(地霊殿、という名らしい)。
ドッピオはその狭い廊下の一本、その奥の行き止まりの地点で、近くの部屋から調達した家具をデタラメに積み上げ、
即席のバリケードを築き上げた。
無論、目的は奴の足止め。奴の能力から判断するに、バリケードは数分と持たず破壊されるだろう。
だが、それで十分。こちらには壁抜けののみがある。
これを使えば、行き止まりの壁の更に奥に逃れ、奴を引き離し、完全に撒くことができる。

――そう思っていた。
だが、奴はバリケードをすり抜けてきたのだ。蛇のように。
全身の骨格をバラバラに解体し、手足をタコの触手の様にグニャグニャにしならせ、
胴体をピッツァ生地のようにペタンコに延ばし、顔面をパンストをかぶった銀行強盗よりさらに醜くひしゃげさせて、
積み上げられた家具のスキマを、蛇やミミズのようにくねらせて通り抜けてきたのだ。

――まぁ、でも、お陰でちょっと胸がすく思いができた。
あの化物がバリケードをすり抜けて着地する地点を『エピタフ』で予測し、
そこの床に『壁抜けののみ』で穴を開けてやったら、
手足を折りたたんだ奴は穴のフチに捕まることもできず、真っ逆さまに床下に落ちていったのだ。
そのマヌケな光景は中々にお笑いだったぜ。


224 : 『BOTTOMs 〜最低野郎たち、地の底で〜』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:49:54 YULsY9mM0

そういえば、この地霊殿とかいう建物、地下の建物に特有というべき奇妙な構造をしている。
基本は石造りの西洋風のだだっ広い建物なのだが、窓はほとんど無く、
床のステンドグラスから明かりを取っている。
太陽の光が差さず、風も吹かない地底だから、窓が無いのは納得できる。
では床から明かりを取っている光源は何か?
どうやら地底の溶岩らしいのだ。
あの化物ヤローを床下に落としてやった後にこっそりステンドグラスを覗くと、
地霊殿の下には広大な空間が広がっていた。
赤いもやのようなものが立ち込め、あの化物ヤローの姿を確認することはできなかったが、
火成岩や砂に覆われた、荒涼とした土地であることは判った。
どこかドッピオの生まれ故郷・サルディニアの夕暮れを思わせる風景だった。
そして遠方のそこかしこでは、溶岩と思しき赤い光が輝き、床下の空間と、この建物を照らしていたのだった。
この建物は遺跡ではない。元々地底で生活するために造られており、今もヒトが住んでいるのだ。

いまドッピオがいるこの部屋もそうだ。
若い女の住む部屋らしく、フリルがふんだんにあしらわれた妙にファンシーな飾り付けがされている。
壁のハンガーに掛かった緑色の上着は見覚えがある。
最初に仕留めようとした目玉と触手のスタンドを操る女、古明地さとりの服にそっくりだ。
どうやらここは、あの女の住み家らしい。ヘンなところに住んでいるな。

まあ、ここが誰の家かはどうでもいい。
あの高さから落ちたのだ、あの化物も無事では済むまい。
これでようやく、休憩を取ることができる。
兎女にやられたボスもそろそろ復帰できるか?
見回すと――ちょうどいい所に『電話』が転がっていた。

ドッピオは受話器を拾い上げ、顔の傍に当てた。
そして虚空を見つめて

『つー、つー、つー………』

と口から待ち受け音を発した。

「くっそ! いつまで寝てんだよ、ボス……!」

苛立ちと心細さからドッピオは思わず声を荒らげ、
『ちぎれたコードのぶら下がる受話器』を乱暴にポケットに押し込んだ。
そして、傍にあったタンスの中からタオルを引っ張りだし、それを乱暴に引き裂くと、
えぐられた右肩の傷口に巻きつけ、止血した。
こうして傷の手当てができるのも、今のうちだ。
『一つしかない』身体だ、大事にしなければ。

ボスのためなら、この命惜しくはない。
この僕の身体が、どれだけ傷つこうとも構わない。
あの化物だって、すぐに刺し違えてでもトドメを刺しに行ってやりたい。

だが、この身体は――


225 : 『BOTTOMs 〜最低野郎たち、地の底で〜』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:50:18 YULsY9mM0

『……ボス……そこに……いた……のですか?』
『確かに そこにいるのなら …………ボス 完全に ぼくたちの 勝ちだ』

ドッピオがこの幻想郷に呼び出される直前の、最期の、最期だったはずの光景がフラッシュバックする。
『矢』を手にした暴走状態の『シルバーチャリオッツ・レクイエム』を追う、
ジョルノ、トリッシュ、ミスタ、そして、この世で最も尊敬するボス――の声で話す、
忌々しい男、ブチャラティ。

『シルバーチャリオッツ・レクイエム』の能力は、人々の精神を無差別に入れ替えるスタンド。

ドッピオが見たトリッシュはまるでミスタがそうするような、堂に入った仕草で拳銃を構え、辺りを警戒していた。
ドッピオが見たミスタは、その筋肉質な体型に似合わぬ女性的な仕草で、ドッピオの方を振り返っていた。
生まれて初めて聞くボスの肉声で話す男は、ブチャラティのスタンド『スティッキー・フィンガーズ』を宿していた。
そして――死にゆくブチャラティの肉体にドッピオを残し、ボスは『そこ』へ、トリッシュの魂へと取り憑いていった。
『矢』の秘密を暴き、勝利をつかむために。

ドッピオとディアボロの周囲でデタラメに入れ替えられた『5つの魂』と『4つの肉体』。
ブチャラティの魂が入ったのが敬愛するボスの肉体だとして、ドッピオ自身の肉体はどこへいってしまったのか?
ドッピオはふと、そんな疑問を抱いた。

「………………ぐおっ! 痛ッて!!」

と同時に、ドッピオの頭を激痛が走った。
バリバリと紙が少しづつ引き裂かれるような音が、頭がい骨の中、左側から聞こえる。
まるで脳が少しづつ破壊されていくような響きに、ドッピオは恐怖した。

「くそっ……あの兎女め……」

思えばこの酷い頭痛も、スタンド能力の不調も、ボスが帰ってこないのも、すべてあの兎女が原因だ。
このゲームとやらの優勝うんぬんは抜きにしても、あの女だけは生かしておけない。
いずれ絶対に始末してやる。

――だが、今は無理をしてこの身体を失う訳にはいかない。

ドッピオは再起を誓いつつ、再び部屋の隅に座り込み、傷ついた心身を休めるよう務めた。
野生に生きる獣のように、すぐにでも臨戦態勢に入る気構えを残しながら。

ボスを『王の中の王』として、再び『永遠の絶頂』に押し上げる。
ボクはそのための『兵士』だ。ボスの為なら、どんなことだってする。
どんな屈辱だって受け入れる。
例えボクとボスがどんな存在だったとしても、その意志だけは偽りのない真実だ。


226 : 『BOTTOMs 〜最低野郎たち、地の底で〜』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:50:39 YULsY9mM0

     ―     ―

この地を知る者には『旧地獄跡地』と呼ばれる処の入り口で、その男は突っ伏していた。

「GUUOOH……」

サンタナが唸り声と共に目を醒ます。
胸板をこするのは岩と砂利の感触。
鼻孔に入り込んでくるのは、火山性ガスの臭気。
周囲を取り囲むのは、やはり岩だらけの荒涼とした風景であり、遠くでは溶岩と思しき輝きが見える。
体を起こし辺りを見回しても、つい先程まで追い回していた赤い守護霊を操る人間の姿は無い。

そうだ、とサンタナはこれまでのいきさつを思い返す。
オレはあの人間を追っていて、貧相なバリケードを通り抜けてきたと思ったら――。
あの男の持つ妙な道具で床に穴を開けられ、ここに落とされたのだ。
天を仰ぎ、落ちてきたはずの場所を見上げるが――遠すぎる。
辺りにガスが立ち込めているせいもあって、サンタナの上方にあるはずの、あの建物は影も形もない。
サンタナはハッとして、体の中に押し込んでいたデイパックを脇腹からひねりだした。
そしてデイパックの中の『紙』の一枚を開き、中に収められていた時計を読んだ。

――相当の時間が経ってしまっている。
あの男に一杯喰わされてここに落とされた後、オレはそのまま結構な間、気を失っていたらしい。
相当に疲労していたのだ。無理もない。
だが、その疲労もこうして休んだお陰で、ある程度は回復した。
あのひときわ知能の低そうな人間から奪った手足も、馴染んできている。
急がねばならない。日中に地上に逃げられてしまっては、追跡は夜までお預けとなってしまう。
そうだ、あの赤い守護霊使いの人間は、オレが殺す。

奴が手に持っていた、穴を開ける道具は中々に使いでがある。他の誰かに奪われるのは惜しい。
――が、それ以上に、人間などという劣等種が、
波紋や、あのような守護霊などという異能を操るのが、実に――実に気に食わない。
物体をバラバラにする力を持つ、黒髪の男の守護霊。
オレの手足の換えにしてやったあのド低能ヅラでさえ、その右手で何もかもを削りとって消滅させる守護霊持ち。
オレが今追い回しているあの少年も、こちらの動きを的確に読んでいるとしか思えない立ち回りで、
追跡をこれまでかわし続けてきている。

人間だけではない。
オレも初めて見る、未知の種族たち。
背中からコウモリの翼を生やした小娘は、その体から紅い光を放ち、オレに直接触れても喰われることなく、
逆に俺を弾き飛ばした。
最初に遭ったツノの生えた小娘も、火の玉を飛ばす、身体を霧に変える、
鎖で縛り付けて体力を奪うなどの多芸ぶりを見せていた。まあ、奴は返り討ちにして喰ってやったのだが。

そうだ、脆弱な種がどれほどの異能を身につけようと、結局は種族の差を覆すには至らない。
オレはどんな異能さえも跳ね返す偉大な種だ。そうでなければならない。
――それが、流法【モード】という異能をモノにすることができず、
同族からも見放されたオレに残された、最後の拠り所なのだから。
今度こそ、オレが偉大な種であることを、かの劣等種族どもに示さねばならない。

こうして赤い守護霊使いの人間を再び追うべく立ち上がったサンタナは、
足元に一対の車輪の跡が通っていることに気づく。
たどって行くと、すぐに岩壁に沿って登ってゆくつづら折りの長い坂道が見つかった。
岩壁に造られた曲がりくねった坂道は、はるか上に向かって続いている。
坂道にはやはり、車輪の通った跡が刻まれている。
硬い岩の上にさえ刻まれた轍(わだち)。何回も、何百回も通った跡のようだ。
車輪の付いた荷車か何かで、繰り返し何かを運んでいたのだろう。
ここを通れば、先ほどまで少年を追いかけていたあの建物に戻れるに違いない。

人間から奪った足の感覚を確かめるように、サンタナは坂道を登ってゆく。
――長い。そして、高い。遠目で見た時、坂道の頂上が見えないことから判っていたことなのだが。
サンタナも、仮にも『柱』の末席。この程度の坂道で消耗する体力など、問題ではない。
だが、この高さで足を滑らせ、万が一でも頭から落ちたら、いかに偉大な種とはいえただでは済まない。
奴らに、『脳を破壊されたら死ぬ』と名言されているのだ。
だから落ちたらただでは済まないハズなのだが――
オレはついさっき、この坂道のてっぺんと同じ高さから頭から落ちて、
こうして無傷でピンピンしているぞ? これは一体どういうことだ?

――サンタナはまだ知らない。
偉大な種族でありながら、偉大な種族としての誇りを失いつつある彼だからこそ、
辿り着きうる境地が存在するということを。


227 : 『BOTTOMs 〜最低野郎たち、地の底で〜』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:50:56 YULsY9mM0

     ◆     ◆

じっとうずくまっていたドッピオが、ハッとして首を起こした。
奴の足音が聞こえる……!
ピタリ、ピタリと、裸足で石造りの床を歩く足音が微かに聞こえてくる。
あの原始人、生きていやがった。

ドッピオは耳を床につけ、足音に聞き耳を立てた。
――この俺を探し回っている。
奴の能力をもってすれば、いま隠れているこの部屋がバレるのは時間の問題だろう。
こちらから打って出て、始末してやる。
奴があの高さから落ちて生きていたのは驚いたが、まあ想定の範囲内だ。
それでもある程度休む時間を稼いだおかげで、1回か2回かは『時間を吹き飛ばす』能力を使うことができる。
『時間を吹き飛ばす』ことさえできれば、あんな奴すぐに始末できる。
わざわざここで休憩を取ったのは、万一生きて床下から登ってきた奴を確実に始末するためでもあるのだ。

ドッピオは奴が近づいてくるのをじっと待ち伏せた。
奴の足音に近い方の壁に耳を当て、『エピタフ』の予知に目を凝らす。
『壁抜けののみ』を握る右手に、自然と力がこもる。
奴ならこの位置はすぐ気づくに違いない。
奴がドッピオの待つ壁の真裏に現れた瞬間、『キング・クリムゾン』を発動して時間を吹き飛ばし、
『壁抜けののみ』で壁をくりぬいて、奴の背後に回る。そして脳天を叩き割る。
大丈夫だ、オレとボスの『キング・クリムゾン』ならできる。やってみせる……!

ドッピオはその瞬間をじっと待った。
ゴキリゴキリと何かが折れるような音が聞こえてくる。
奴は先ほどと同様に、全身の骨をバラバラに解体してバリケードをすり抜けようとしているのだ。
オレの部屋に近づいてくる……! 限界まで引きつけてから、やってやる……!

だが、奴の骨の外れる音は突然、ピタリと止まる。
そして、走り去ってゆく足音に変わる。
オレの待ち伏せがバレたのか!? どこから来る!?
『エピタフ』の予知は――!

(なんだ、コレは!?)


228 : 『BOTTOMs 〜最低野郎たち、地の底で〜』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:51:24 YULsY9mM0

エピタフの予知は、部屋の出入口の扉のすき間から、『紅い煙』が流れこんで来ているビジョンを写した。
10秒後、そのビジョン通りに出入口の扉のすき間からは紅い煙が。
敵襲だ。奴とは違う、新たな敵がこの地霊殿にやってきたのだ。
奴は新たな敵の襲撃を察知して、オレの追跡を切り上げたのだ。
それにしても、この『紅い煙』は何だ? スタンド能力では無い様だ。
床下の空間に広がっていたガスとは異質に見えるが、毒ガスの類か?
気休め程度にはなるか、とドッピオは先ほど部屋で調達したタオルにペットボトルの水を浸し、
防毒マスクの代用としようとしたが、すぐに取りやめた。
エピタフの予知は、すっかり『紅い煙』、いや『紅い霧』で満たされたこの部屋の中でも問題なく呼吸するドッピオを写している。

(毒ガスではないか。だが……!)

部屋の中を満たし始めた『紅い霧』は、だんだんと濃度を高めてゆく。
このままでは、視界が利かなくなる――。 目眩ましなのか?
既に個室としてはかなり豪華な広さのこの部屋は、反対側の壁を見通すことができなくなっていた。

(『視えない』んじゃあ、予知が役に立たねえ……!)

『エピタフ』はドッピオの周囲の未来のビジョンを見せる能力。
この『紅い霧』で真っ赤に染まりつつある空間では、その効果は激減してしまう。
この地霊殿を『紅い霧』に染めた奴はいずれ殺さなければならないが、ここは一旦退く。
部屋の中の、地霊殿の外壁につながると思われる壁に向けて"のみ"を向けようとしたドッピオだったが――!
足元からジッパーの音が忍び寄ってきているのに気づいた。

(この音は……『スティッキー・フィンガーズ』! ブチャラティの奴、生きてやがった……!)

ドッピオは直感する。
恐らくこの紅い霧は、ブチャラティの仲間の誰かによるもの。
『キング・クリムゾン』の能力の一つ、『エピタフ』を封じるための策。
つまり奴らは、他でもないこのオレを仕留めるためにこの地霊殿にやってきたのだ。

(ジッパーの音が、こっちにまっすぐ向かってくる……くそっ、なぜオレの位置が判る!)

『キング・クリムゾン』による『時間を吹き飛ばす能力』の連発ができる状況なら、
一人ずつ相手をして全滅させてやってもいい。
だが、今はできない。精神力の回復が追い付いていない。
繰り返すが、『時間を吹き飛ばす能力』の発動は2回がせいぜいだ。
半裸と、ブチャラティと、紅い霧を出すブチャラティの仲間。
3人を確実に仕留めるには足りない。
残り1人も『時間を吹き飛ばす』ことなく戦って勝てない相手ではないだろうが、
それでも負傷は避けられないだろう。
この身体をこれ以上傷つけるのは(何故かよく分からないが)マズイ。
――だから、ここは退く。戦略的撤退だ。
あの半裸が、ブチャラティかその仲間のどちらかを片付けてくれれば助かるのだが――。

ドッピオは『壁抜けののみ』で外壁に円をなぞろうとする。
だが、外壁に向かう壁はドッピオがくりぬくまでもなく、ひとりでに開いたのだ。
真鍮色の、人一人が通り抜けられるほどの巨大なジッパーによって。
壁向こうの暗闇から、静かな殺気をたたえた視線がドッピオを射る。
現れたのは、ドッピオも知る、白いスーツに黒髪のボブカットの――裏切り者だ。


「見つけたぞ、ディアボロ……旧地獄……貴様にはお似合いの場所だな」

「ブチャラティか……ボスは今忙しいんだよ……」


そういうとドッピオは後ずさり、ブチャラティと距離をとるように走り出した。
ブチャラティが後を追うように動き出す。

目指す先は地霊殿のどこかで勃発していると予想されるもう一つの戦いの場。レミリアと原始人の戦闘。
ブチャラティにとっては戦いを1体1×2から2対1対1として数的優位を得るための。
ドッピオにとっては混戦状態でキング・クリムゾンを最大の効果で発動するタイミングを得るための。
奇しくも、二人の狙いが奇妙な一致を見せた。
地霊の館を、二つの魂が走りだす。


229 : 『BOTTOMs 〜最低野郎たち、地の底で〜』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:51:48 YULsY9mM0

     ◯     ◯

時間は、数分前に遡る。

地霊殿に足を踏み入れたブチャラティとレミリアが、緊張した様子で言葉を交わしていた。

「奥から上がってくる魂が一つ。……隅の方の個室らしき場所で隠れている魂が一つ。
 隠れている方がディアボロだ……間違いない」

「本来は怨霊の封じ込められた所だというのに、あいつらはいないようね」
 
「ああ。感知できる魂はお前を含めて三つだけだ。……怨霊がいたら何かマズいのか?」

「ええ、怨霊は人や妖怪に取り憑いてそいつを操ろうとするのよ。
 人なら怨霊を祓えばそれで済むけど、私たち妖怪が取り憑かれたら命に関わるわ」

「人でも、命に関わるんじゃないのか?」

「……妖怪は精神の在り方に依存した生き物なの。
 あまりに長い間怨霊に取り憑かれ続けて、その妖怪の在り方を規定する行動を取らなくなってしまったら、
 ……そして、本来のその妖怪としての在り方を誰からも忘れられてしまったら、
 そいつは怨霊が抜けた時、どうなってしまうのでしょうね?
 少なくとも、取り憑かれる前と同じ、とはいかない。
 そうなれば、元の妖怪は死んでしまったのと同じよ」

「やはり、人にも効くんじゃないか?
 俺たち人間だって、怨霊か、何かに操られて犯した罪は、怨霊が抜けた後も残り続ける。
 『怨霊が憑いていた』と周りに信用してもらえなければな。
 そうなれば、社会的には死んだも同然だ」

「それも、そうね。
 ……この床の血は、地下に下りてからここまで、ずっと同じ血液型のものが続いているわ。
 紅いスタンド使いの、あいつの血よ」

レミリアは指先に取った血を舐め取りながら言った。
吸血鬼である彼女は、血の味で血液型を判別できるのだ。

「同じ血液型の誰かとすり替わったのでなければな。
 ……もっとも、こうして追跡の手がかりとなる血さえ止める余裕のないあいつに可能ならば、の話だが」

「恐らく、あの原始人に追い回されているのね。……ディアボロと原始人。ここにいる魂の数と一致するわね」

「ああ。そして、ディアボロを仕留めるチャンスは今しかない」

「『キング・クリムゾン』。……『ごく近い未来を予測し、時間を吹き飛ばす』スタンド。
 スタンド自体の破壊力も超強力。確かに話に聞く限り、戦いにおいてはほとんど無敵に思える能力だわ」

まさか咲夜を殺したのもディアボロなのでは、という憶測がレミリアの脳裏をよぎった。
相当に制限されているらしいとはいえ、『時を操る程度の能力』を持つ咲夜を
本気の殺し合いで殺害しうる手段は、やはり時間に関わる能力なのではないか、その程度の根拠だったのだが。


230 : 『BOTTOMs 〜最低野郎たち、地の底で〜』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:52:06 YULsY9mM0


「……だが、今は無敵ではない。あの原始人を始末できずに逃げ回っているくらいだからな。
 恐らくだが、『時間を吹き飛ばす』ことができるほどの精神力が回復できていないんだ。
 ……俺たちがここに到着するまでの時間で多少は回復できたのかも知れないが、
 むやみに連発できる状態ではない、と考えて良い」

「そういえばあのディアボロって奴、さっき見た時もなんだか足取りがおぼつかなかった様に見えるわ」

「『矢』がこの手にない現状、『キング・クリムゾン』を破るのは、使い手が消耗している今しかない」

「ねえ、ブチャラティ? ……このままディアボロと原始人が潰し合うのを待ってから、
 残った方を片付ける……って手もあるんじゃないかしら」

「いや、奴らのケジメは可能な限り俺たち自身の手でつけたい」

「……フフ。愚問だったわね。私も同じ意見よ」

「……それに」

「……時間が、無いのね」

「ああ」

「……もう奴らが潰し合うのを待っていられないという訳ね」

一度死したブチャラティがジョルノから与えられた生命の残り火は、今にも燃え尽きつつあった。
もしここでブチャラティが倒れたなら、最悪レミリア一人で二人の相手をするハメになる。
奴らが一時的に手を組む可能性も、決してゼロではないのだから。
――だが、死に近づき、肉体を脱しつつあるブチャラティの魂は、ある能力をもたらしていたのだ。

「ところでブチャラティ、魂の位置が探知できるっていうのは、本当なのね?」

「ああ。代わりに、視覚はもうじきダメになりつつあるが。
 視界が暗くなってくるのがわかる……じきに魂の宿らない物体は見えなくなるだろう。
 だがそのお陰で、地霊殿の壁を透かして、奴らの位置を探知できる……」

「……どんな見え方なの、魂って?」

「基本的には生きている時の姿と変わらない。
 但し、スタンドの様に半透明で、全体的に単色の色が付いている。……魂の色、とでもいうべきか。
 ヒトのシルエットが灯火のように輝いていて、遠くからでも結構よく見えるんだ」

淡々とした調子で、ブチャラティは話す。
自分が刻々と死に近づいていくのを、全く怖れていないかのように。
レミリアはこらえきれなくなり、ブチャラティに尋ねた。

「……貴方は、死ぬのが怖くないの」

「死を全く怖れない人間なんて、存在しない。
 俺だって、怖かった……ジョルノと、俺の意志を継いでくれる同志と出会うまではな」

「また、ジョルノなのね」


231 : 『BOTTOMs 〜最低野郎たち、地の底で〜』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:52:31 YULsY9mM0

ブチャラティの父は麻薬に殺された。
麻薬の取引現場を偶然目撃してしまった彼は、口封じにチンピラから襲撃を受け、その傷が元で死んだのだ。
一方、父を守るため口封じの刺客たちと戦い、殺人という罪を負ったブチャラティは、
ギャング組織の構成員となるしか生きる道がなかった。
だが、そのギャングこそがまさに麻薬の元締めだった。

父を殺し、多くの子たちに不幸をもたらす麻薬をばらまく行為に加担せざるを得なくなったブチャラティ。
しかし麻薬の流通を止めるため、ギャングの上層部に反抗することなど、到底不可能。
ブチャラティのような下っ端から上層部への接触方法は、ギャングの組織では厳重に秘匿されていたからだ。
その上、組織への裏切りは惨たらしい死によって償わされる。
ブチャラティにはどうすることもできなかった。ただ、組織に従って、『死なないでいる』ことしかできなかった。
そんな彼が麻薬で潤う組織の一員であることに慣れてゆくのを実感することは、
まさにゆっくりと死んでゆくことに等しかった。

そんな、『死なないでいるために、ゆっくりと死んでゆく』だけだった彼の前に、
ジョルノという『灯台の光』が現れた。
ブチャラティと同じく、『今のギャング組織を変えたい』と意志を同じくする仲間。
ジョルノの登場以降、ブチャラティを取り巻く状況は坂を転げる石の様に急展開を迎える。
ブチャラティは幹部に昇進し、正体不明だった組織のボスとの接触に成功するまでに至ったのだ。
それだけで、ブチャラティにとっては十分過ぎる成果だった。
もし自分が死んでも、ジョルノがその後を継いでくれる。
彼はそれを成すだけのものを、全て備えていた。

もうブチャラティが為すべきことは、その命燃え尽きるまで自分の意志に殉じること、ただそれだけだった。

「ブチャラティ……貴方は『意志』を継ぐ者さえいるなら、自分の命はどうでもいいっていうの?
 人間のそういうところ……理解に苦しむわ。それじゃまるで、意志の奴隷じゃない。
 もし貴方がジョルノと、意志を継ぐ仲間と出会っていなかったら、貴方はどうなっていたっていうの?」

ブチャラティは、しばし目を閉じた。
そして数秒となく、こう答えた。

「どうだろうな……恐らく、いつかどこかのタイミングで……
 たった一人でも、自分の意志を貫くために、行動を起こしていたと思う。
 どんなに無残な結末が待っているとしても、自分の心が死んでいくのには耐えられない……だろうな。
 結局……自分の心を裏切ることはできない。
 お前のいう、意志の奴隷っていうのは、案外的を得ているのかも知れない。
 でも、それで良いと思う。俺のこころから生まれ出る『意志』というものは、人間の心の中に存在する、
 最も清らかなもの、聖なるものに違いないだろうから」

「聖なるもの……吸血鬼で悪魔の私には、やっぱり縁遠い話だわね」

「そうか? ……お前なら、すぐにわかると思うが。
 ……さあ、レミリア、『アレ』をやってくれ」


232 : 『BOTTOMs 〜最低野郎たち、地の底で〜』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:52:52 YULsY9mM0


レミリアが小さく頷くと、二人は地霊殿の奥へと向き直った。
そしてレミリアは左手を胸の前にかざし、手を広げ、指を下に向けて差し出した。
すると、紅い霧が彼女の手から流れ出し、周囲の空間を紅で塗りつぶし始めた。

「……力が制限されているとはいえ、この建物を『紅霧』で満たすくらい、訳ないわ。
 本調子なら幻想郷中の日光さえ遮るくらいだもの。
 ……じきにこの中は3メートル先さえ見えなくなるほどの濃度になる」

レミリアはかつての『紅霧異変』を、ここ地霊殿で再現しようとしているのだ。

「これなら、『キング・クリムゾン』の予知で見える範囲もだいぶ抑えられるはずだ。
 確か地霊殿の床下には広い空間が広がっていて、障害物が無いんだったな? 
 俺は床下から行く。壁や柱がいつ見えなくなるか分からないからな。お前は大丈夫か?」

「夜の王たる吸血鬼に、闇の中で動けるかを心配する奴がいる?」

レミリアは背中のコウモリの翼をはためかせ、既に下半身を床下に潜らせたブチャラティに答えた。

「フッ……すまない。俺はディアボロをこの広い廊下へおびき出す」

「……ねえ、ブチャラティ。やっぱり、わからないわ。
 そんな体になるまで戦って、傷ついて、短い命を終えてしまう貴方にはなにが残るというの?
 何のために戦っているの?」

「……結局の所、性分、なのだろう。
 きれい好きの人間が散らかったゴミを放っておけないように、
 几帳面な人間が裸のCDを放っておけないように。
 俺は……人が悲しむのを見るのが嫌なんだ。
 だから、悲しみをいたずらに増やす麻薬をどうにかして止めたい。
 この体朽ち果てても、何かせずにはいられないんだ」

「悲しきサガ、か」

「否定は、しない。
 ……そろそろ霧が地霊殿を満たした頃じゃないか?」


233 : 『BOTTOMs ―最低野郎たち、地の底で―』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:53:32 YULsY9mM0

「もうじきよ。ねえ……ブチャラティ……貴方はもっと、自分を大切にした方が、よかった。
 もう……手遅れ、だろうけど」

「俺はいつだって自分の心は極力大切にしている。……ジョルノが生き返してくれた心だ」

「違う。……心じゃない。体とか、お金とか、もっと表層的なものを。人間は心だけじゃ生きられないのよ」

「それこそまさに手遅れだったな。せめて15年前の俺に言ってやるべきだった。
 ……もっとも、結果は変わらないだろうが」

「……でしょうね。スタンドなんてモノを出すほど強い心の持ち主だもの。
 自分の心に振り回されるのは……それこそ貴方の運命なのでしょうね」

「……レミリア。もう良いか?」

「頃合いよ。……じゃあ」

「「行くぞ!」」


ブチャラティは床下に全身を下ろし、床裏にジッパーを走らせた。
ジッパーのスライダーにぶら下がり、向かう先はディアボロの魂の灯火。
奴のスタンドビジョンと同じ色の、紫がかった赤――クリムゾンレッドの灯火である。
奥の下り階段から登ってくるのは、無色の魂。
白とも、黒とも、透明とも違う、色味のない色。敢えて表現するならば、からっぽの色である。
あの原始人らしい色だと、漠然と納得する。
そして、背中を預けるのが、ディアボロとはまた違う、紅い魂。
やや黄みがかった鮮やかな赤、スカーレットの輝きを放つ魂を背に、
ブチャラティは地底の宮殿のさらに底を進んだ。


234 : 『紅い闇の中で』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:54:06 YULsY9mM0
『紅い闇の中で』

     ―     ―

いつの間にか、辺りを紅い霧が満たし始めている。
異変を察知したサンタナはドッピオの追撃を取りやめ、
霧の発生源と思しき地霊殿を貫く広い通路へと足を向けた。

「そこにいるのは分かっているぞ、半裸の原始人!!
 我が名はレミリア・スカーレット!! 我が友、虹村億泰の仇よ!!
 貴様の命!! 貰い受けに来た!!
 紅魔(スカーレット・デビル)の誇りを傷つけた罪、その血で贖ってもらう!!」

広い通路の向こう、地霊殿の正面入口側から怒鳴り声が聞こえた。
間違いない、コウモリの翼を生やしたあの小娘の声だ。
わざわざ名乗りを上げ、こちらの位置を知らせている。
罠なのだろうが、構わない。

サンタナを通路を駆け、声の源へと進む。
紅い霧のせいで視界は極端に悪いが、闇の一族の持つ鋭敏な皮膚の感覚で、
周囲の様子は目で視るのと同様に判る。
数十メートルの距離まで近づきさえすれば、あの小娘も同じだ。
この霧で視界を奪ったと思い込み安心しきっている所を、喰ってやる。


「……ふん。やっぱり来たわね。声に誘われて」


小娘がこちらの接近を察知したようだ。
当然といえば当然だが、向こうもこの紅い霧の中で周囲の状況を『視る』ことができるようだ。
全く動じることなくコウモリ女との距離を詰めようとするサンタナの足は、しかし一瞬止まることとなる。

正面、小娘の方向から多数の熱源が接近。大きさは拳大。生物の体温ではない。火の玉だ。
このコウモリ女も、あのツノの小娘と同じように、火を操る術を持っている。
回避は――不可能。数が多すぎる。
サンタナは小さく舌打ちをして『緋想の剣』を取り出した。
そして、柄から吹き出る緋色の炎のような刀身を振るい、
飛来する火炎弾を切り払いに掛かるが――間に合わない。やはり数が多い。
右すねと左肩から焼ける痛みを感じた。まずい、とサンタナは直感する。

肉体をバラバラにされても再生可能な闇の一族にとって、
刃物などによる『切断』や『刺突』は、脳などの中枢に届かない限り、殆どダメージにならない。
『打撃』は『切断』や『刺突』に比べると、細胞そのものを潰される数が多い分だけダメージがある。
だが『打撃』も、来るのが分かっているならば、身体を柔らかくしてダメージを軽減できる。
しかし『熱』は、細胞そのものを熱で破壊する分、単なる物理的な攻撃よりダメージが大きい。

要は『闇の一族』にとって『火』は天敵である、ということだ。他のほとんどの生物と同様に。
かのエシディシはそれをある程度まで克服し、
木や紙が燃え出す程度の温度までなら自力で生み出すことさえ可能とした。
エシディシなら、この程度の火炎弾はダメージにならないのかも知れない。
――が、サンタナは『炎の流法』を使える訳ではない。
一発一発のダメージは小さいが、このままあの火の玉を受け続ける訳にはいかない。
何とか直接触れずに、あの火炎弾を撃ち落とす必要がある。
サンタナは幾つか被弾しつつも右腕で緋想の剣を振り回しながら、左肩の関節を外して背中に腕を回した。


235 : 『紅い闇の中で』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:54:33 YULsY9mM0
そして背中に現れた小さな裂け目から左手で体内に仕込んだ紙を取り出し、
紙の中のプラスチック箱を一つ取り出した。
プラスチック箱は銀色に輝く小さな玉で満たされている。俗にパチンコ玉と呼ばれる鋼球である。
サンタナはケースをひっくり返し、頭から掛け湯をするようにザラザラとパチンコ玉を浴びた。
サンタナの体表に触れたパチンコ玉はそのまま皮膚の中にめりこんでいき、彼の体内に取り込まれてゆく。

サンタナは空になったケースを投げ捨てると、左肩の関節を直し、左手の5本の指を正面に向けた。
そして緋想の剣で落とし切れない分の火炎弾に向かい、指先から筋肉の圧力でパチンコ玉を射出。
ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッと拳銃のような破裂音が響く。
発射されたパチンコ玉が火炎弾にぶつかり、衝撃で火炎弾を相殺していった。
思えばこのような戦法を取るのは、つい先程、ナチスとかいう人間の兵隊の基地で目覚めて以来か。
およそ2000年の眠りに付くまでは、このように均一に整形された金属は希少だった。
そもそもこんな飛び道具で狩りなど行わずとも、人間どもの方から勝手に捧げ物をくれていた。

右手の『緋想の剣』と左手からの弾丸で飛来する火炎弾をいなしつつ、
サンタナはジリジリと前進を再開する。


「なるほど。私の弾幕に対応し始めている……原始人も少しは進歩する、ということね」


霧の向こうにから、また小娘の声がする。さっきより近い。
サンタナが前進した分に加えて、小娘の方からもゆっくり近づいてきているようだ。
原始人というフレーズがサンタナの癪に触ったが、こらえた。


「なら、これはどうかしら? 冥符……『紅色の冥界』」


小娘が何かの技らしき名を宣言すると、エネルギーの高まりを感じる低い音が少し続いた後、
風船の弾けるような音が響いた。
最初に遭った角娘といい、ここで遭う未知の種族どもは何故か技に名を付けたがる。
まるでワムウやエシディシが流法による技を繰り出す時のように。
自分の会得した『異能』を、自慢気にひけらかすのだ。
これから自分がどんな行動を取るか宣言するなど、全くもって非合理な行為だ。
理解に苦しむサンタナに、さっそく小娘の放つ『紅色の冥界』とやらが迫ってきた。
先ほどの火炎弾とは比べ物にならない数の、光の弾丸をサンタナが感じ取る。
その名の通りの、弾幕【カーテン・ファイア】。

迫るのは、速いものと遅いもの。二層構造の弾幕。いずれも発射源は小娘。
まっすぐ放射状に放たれる直線的な弾丸が第一層。これは――落とすまでもない。
軌道からずれるだけで簡単にかわせる。
第二層――交差だ。さながら洋バサミの隊列がその刃を鳴らしながら迫ってくるように、
交差する軌道を描いている。
何度もこちらを挟み込むように交差を繰り返しながら、ゆっくりと迫ってくる。
未知の軌道の攻撃の前に面くらい、サンタナの思考は一瞬フリーズする。

すぐ我に帰り、ジリジリと後ずさりながらサンタナは左手からパチンコ玉を連射。
だが、この数は――とても落としきれない。
などと戸惑っている間に、小娘は第二波を放つ。
交差弾に気を取られていたサンタナを、第二波の第一層、直線弾の一つが捉えた。
右腕上腕に走る、焼けるような痛み。やはり何発ももらう訳にはいかない。


236 : 『紅い闇の中で』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:55:02 YULsY9mM0

右腕の剣と、左腕の弾丸では足りない。もっと手数が要る。
サンタナはそう悟ると、右手の剣を収めた。
そして前かがみの姿勢を取ると、両手で握り拳を作り、へその高さでぶつけるポーズを取った。


「ヌウッ……! NUUUUGUOOOOOHHHHHHHH!!」


そして、力の限りに力んだ。
首の付根の僧帽筋、腕と肩の筋肉、大胸筋、腹筋。
その全てを正面に向けて強調するサンタナの取ったポーズは、
ボディビルのポージングの一つ、モスト・マスキュラー。
金剛力士像もかくやというサンタナの隆々とした筋肉がはちきれんばかりにパンプアップし、
さながらひとり人間山脈の様相を呈する。
幾らかの負傷にもかかわらず、その肉体美は今にも光を放たんとしているようだった。

――否、本当に、光り輝いている。
サンタナの筋肉が、クロムメッキの金属光沢を放ち始めている。
サンタナの筋肉から汗のようににじみ出るクロムの輝きは、
やがて上半身正面の皮膚にくまなく満ち溢れ――次の瞬間、爆ぜた。
前方に向かい、サンタナの筋肉から生まれた輝きが爆裂し、無数の銀色の線、いや、散弾となって射出される。
コウモリ娘の放った紅い光弾をまとめて吹き飛ばすほどの速度と物量。
地霊殿の床、壁、天井にも、その輝きは突き刺さる。
無数の硬質な衝突音が通路内を反響し、ほんの数秒だけ夕立がこの場を襲ったかと感じられるほどだった。

雨音のコーラスはすぐに収まり、一瞬の静寂が訪れる。
パチンコ玉を筋肉の収縮力で全身から射出し、小娘の攻撃を凌いだサンタナ。
相変わらず紅く染まった視界の中で、サンタナの頭上を通過しようとする熱源を感じ取った。
上空にかわされたか。
首を上げると、小娘が感心気な調子で話しかけてきた。


「面白い弾幕、いや、『男幕』を使うのね。
 ……だけど、今は『弾幕ごっこ』に興じている暇はないのよね」


緋想の剣を取り出し、接近戦に対応したサンタナだったが、すぐ新たな熱源に気づく。


237 : 『紅い闇の中で』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:55:25 YULsY9mM0


「チッ……騒がしいと思ったら、やっぱり仲間が居やがったか」


その熱源は壁の中から現れた――その手には壁を抜ける道具。
そして、先程も聞いた声。紅い守護霊を操る人間だ。
そして――


「『地面』を走れ! ジッパーーーーーーーッ!!」


紅い守護霊使いを追って壁の中から現れたのは、地上でも戦った青い守護霊使いの声。
奴からは何故か『体温』を感じない。
だが、その声は確かに聞こえる。
奴の守護霊が出現させるジッパーの床を走る音が、振動がサンタナに迫ってくる。


「NUUU!」


奴のジッパーを受ければ、足を『切断』されることは免れない。
サンタナにとってそれは致命的なダメージとはなり得ないが、
短時間でも片足を失うことによる隙をみすみす作る訳にはいかない。
とっさに跳躍し、ジッパーを回避。
紅い守護霊使いの少年も同様にジャンプして回避したようだ。

――そして、それこそがサンタナ達にとっての悪手だった。


「今だ、レミリア!!」

「行きなさい、『チェーンギャング』!」


コウモリの小娘がサンタナ達の傍を横切るように飛行しながら左手をかざすと、突如淡く輝く鎖が出現した。
鎖はまっすぐにサンタナに伸び、尖った錘がサンタナに突き刺さる。
サンタナがそれを引き抜こうとすると、背後に回りこんでいた小娘が別の鎖を投げつけてきた。
回避――不可能。翼も無いのに、どうやって空中で方向転換を行うのか。
あるいは、ワムウのように『風』を操ることができれば、それも可能なのかも知れないが。
骨格を変形させて回避するも、すぐに次の鎖が飛んできて、胴体に鎖が巻き付いた。
次々に鎖が飛来する。
小娘はサンタナと少年の周囲を旋回しながら、鎖をいくつも飛ばしてきている。
鎖の一本一本は決して破壊できない強度ではない。
だが奴の鎖の生成ペースはその上をゆく。
カーズの、『光』の刃なら、この程度まとめて切り裂くことができるのだろうが。
サンタナは身体は為す術なく空中で拘束され、そのまま引っ張られた。
引っ張られた先には――


238 : 『紅い闇の中で』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:56:06 YULsY9mM0


「チッ……テメエ! 俺に触ってんじゃねえ!!」


あの守護霊使いの少年が。背中合わせに空中で縛り付けられる二人に、


「俺達の動き、『予想』してみるか……?
 おっと、ディアボロ、あんたは殆ど視界が利かないんだったな……」

「さあ、地獄の針山よろしく穴だらけになってもらいましょうか」


眼下から幾つもの銃声が、そして、上空からは光の弾丸が雨あられと降り注いだ。
動けない状態でこれだけの攻撃を受けたら――いかにサンタナといえど、危険だ。
打開策は――無し。だが――


「キサマはその守護霊で、何を見ている?」

「ぐおおおお!? この化物が!?」


サンタナは首を180度回転させ、背中で拘束されている少年の頭にサンタナの頭を頬ずりするようにぶつけた。
サンタナの頭が半分少年の頭と同化し、めり込む。
少年の視界がサンタナに共有される。
視えているのは――紅い霧を抜けて、天地から二人を貫かんと迫る弾丸。
サンタナが感知した状況と同じ。未来を見ているとしか思えないこの少年の守護霊でも、ダメなのか?
だが――


「『キング・クリムゾン』!」


瞬間――そう、次の瞬間としか、サンタナには認識できなかった。
少年が叫んだ次の瞬間に、サンタナは胸板を少年の紅い守護霊に強かに蹴りつけられ、少年から引き剥がされていた。
サンタナと少年を縛る鎖はいつの間にか切断されていた。
蹴りの衝撃でサンタナは吹き飛ばされ、空中で何かに衝突。あのコウモリの小娘だ。
そのままサンタナと小娘はもつれ合うようにして空中を飛び、床を転げていった。


239 : 『紅い闇の中で』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:56:26 YULsY9mM0
     ◆     ◆

キング・クリムゾンを発動した瞬間、ドッピオはコウモリ女の出した鎖をスタンドの腕力で切断。
エピタフが見せる紅い視界の中で、僅かに映ったコウモリ女の飛行する軌道に向かって、
背後にくっついていた化物を蹴り飛ばす構えを取る。
本命はブチャラティ。頭から地面に落ちる体勢を取ったまま、脳天目掛けてチョップを叩き込む。
エピタフの予測は――。
白、一面の、白い光。目が潰れそうな程に強い、白い閃光。
――閃光手榴弾(フラッシュバン)。ブチャラティは、このタイミングを読んでいたのだ。
このタイミングを予測して、閃光手榴弾を破裂させたのだ。
まぶたを透過する程の強い光。
目を閉じるくらいでは、この光は防げない。

そこでキングクリムゾン、時間切れ――化物をキングクリムゾンの脚力で蹴り飛ばし、
ブチャラティの放った銃弾をすり抜けて、スタンドのチョップを放つ、と共に、
ブチャラティの取り出した閃光手榴弾が強烈な光を放つ。
とっさに自分の腕で目をかばい、直撃だけは防いだドッピオだったが、それでも視界はしばし死ぬ。
そして必殺を期して放ったチョップはブチャラティの脳天を捉えていない。
寸でのところでブチャラティは首を曲げ、チョップが頭に直撃するのを防いだのだ。
手刀をブチャラティの右肩に深々とめり込む。スタンドを通じて伝わる体温が、妙に冷たい。
そして――。

「今……だッ!!」

逆さまになって落下するドッピオを、スティッキィ・フィンガーズの左拳が襲う――が遅い。
いつものスピードがない。
キング・クリムゾンの右腕で拳を逸らす。
ドッピオは目潰しを喰らう瞬間のブチャラティのスタンドの体勢から、拳の軌道を予測していた。
脇腹にジッパーが走るが――浅い。

「ぐっ!」

そこでドッピオは頭から床に着地。顔面を腕でかばっていた、ダメージは殆ど無い。
しかし依然閃光弾の影響で視界は真っ白だ、そしてブチャラティは目の前。
オマケにブチャラティは――まだ生きているとはいえ、相当なダメージを負っている。
――ならばドッピオの取る行動は一つ。

「うおおおおお、らあああああああああ!!!」

ドッピオは起き上がりつつ、キング・クリムゾンの両腕で全力のラッシュを放つ。
文字通りの盲(めくら)打ち。
実体なきスタンドのはずが、風切り音さえ聞こえてきそうな勢いのラッシュ。
距離を取られては見失う。その前に、トドメを刺す。
――しかし、当たらない。最初の何発かだけは、手応えはあった。スタンドで防がれた手応えを感じた。
それは、つまり――

「くそがあああああ! ブチャラティの野郎、逃げやがっ――!!」


240 : 『紅い闇の中で』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:56:46 YULsY9mM0


叫ぼうとした瞬間、ドッピオの右足を支える力が消失した。
痛みは無い。そして右足の感覚はそのまま残っている。
右足を切り落とされたのだ。ブチャラティのスティッキィ・フィンガーズで。
キングクリムゾンの射程外に離れ、腕だけをジッパーでほどいて伸ばしてきたのだ――!
ラッシュの手が止まり、ドッピオは倒れこむ。

次はどこだ!? 心臓か? 脳味噌か?
でたらめにラッシュを放っていたからこそ、足で済んだのだ。
拳のバリアが無くなった今、急所をダイレクトに狙われてもおかしくはない!
止まったら死ぬ! ブチャラティの攻撃が届かない位置へ――!
くそッ、あの野郎、どうしてフラッシュバンを目の前で喰らっておきながら、こっちの位置が判るんだ!?

ドッピオは這いずる様にして後ずさり、壁に頭をぶつけた。
ついさっき通りぬけてきた壁だ。
ドッピオは『壁抜けののみ』で壁をくり抜き、壁向かいに逃げ込んだ。
どこからか飛んできた腕に背中の皮をジッパーで切られながら。

荒くなる呼吸を必死で抑えこみながら、ドッピオは周囲の様子を耳で感じとる。
心音を止められないのがもどかしい。
どこだ、奴はどこから来る――!

ドンッ ビィィィィィッ!

ドッピオの背後から、拳が石壁を打つ音と、ジッパーの開く音が聞こえてきた。


「そこかあああああ! テメエはああああああ!!」


ドッピオはキング・クリムゾンで渾身の一撃を放った。
ブチャラティの声のした方向、の――壁に向かって。
たった一撃で、キング・クリムゾンの拳は石壁をクッキーのように突き破る。


「うおおおおお! らあああああああ! くらえやあああああ!」


さらにドッピオは石壁に向かい、キング・クリムゾンの両腕でデタラメに拳を打ち込んだ。
キング・クリムゾンの渾身のラッシュが、瞬く間に地霊殿の石壁を粉砕してゆく。
その拳の威力は壁を粉砕するに飽きたらず、壁の破片を散弾の様に次々と撃ち出してゆく。


「かわせるかああああ! かわせるわけがあああああ、ねええよなああああ!!」


241 : 『紅い闇の中で』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:57:05 YULsY9mM0

ドゴバゴスドバゴドゴバゴバゴズドバゴドゴバゴボゴ!

ようやくだが、ドッピオは気づいたのだ。
――ブチャラティは『あの時』、ドッピオを連れて『矢』を持つ者の待つコロッセオを目指していた時と同様に、
既に死んでいるのだ。
奴は魂の力だけで動いている。魂を感じ取ることで周囲の様子を察知しているのだ。
だから奴には、魂の宿らないものは視えない。だからこそ、壁を透かしてドッピオの位置を察知できたのだ。
つまり、奴には魂の宿らない石壁の破片など、視えるはずがない、ということでもある。
普段の奴のスタンドなら容易く防げるはずの破片も、今の奴にとっては不可視の散弾を乱射されるに等しいのだ。

「くたばれやあああ! このヤロオオオオオオオオ!!」

バゴオオオオオオオン!!

キング・クリムゾンの手の届く位置の壁をまるごと吹き飛ばしたところで、ドッピオは切れる息を必死に抑えつつ、
ブチャラティの方角の様子を聞き取ろうとする。
閃光にやられた視力は――少しづつ回復しつつある、が、そもそも視界が紅い霧に覆われて最悪なのだ。
目はまだ使い物にならない。せめてあと1分、待つ必要がある。

と、そこで、大きな石版が倒れるような音が聞こえてきた。
奴はとっさに床板をジッパーで外し、盾にしていたのだ。
ブチャラティは、まだ生きている。

ドッピオは大きな壁穴の傍を離れ、壁に手を触れて位置を探りつつ、部屋の隅に移動した。
――もしブチャラティが壁越しから襲ってくる様なら、ジッパーの音で判るはず。
奴がジッパーを開閉する一手の間に、もう一度、石の散弾を見舞ってやる。
壁穴を抜けて正面から来るなら、奴には視えない石壁の破片を踏むはず。
その音を頼りにして距離を計り、石を殴り砕いて、ぶつけてやる。
ドッピオは人の頭ほどもある大きさの石片を足で引き寄せながら、算段を立てる。

――だが、そのブチャラティの動きが、聞こえてこない。
撤退? ありえない。奴は半死人、もとい、全死人。命などとうに捨てている。
そんな奴が、ここまできてボスの事を諦める?
何か策を練っているに違いない、その前に打って出て仕留めるべきだが――まだ視力が回復していない。
こちらから動くのはまだ危険すぎる。せめてあと45秒は必要。
ドッピオは周囲に耳を澄まし、警戒に専念することにする。

――そんなドッピオに聞こえてくるのは遠くから聞こえてくる人外どもの叫び声と、石の壁や床が砕ける音だけだ。
ああ、五月蝿い。さっさと相討ちにでもなって、静かになって欲しい。

視力が戻るまでの永遠にも感じられる僅かな時間を、ドッピオは息を殺して待つ。


242 : 『紅い闇の中で』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:57:28 YULsY9mM0

     |     |

倒れた床板の盾から這い出るようにして、ブチャラティが動き出した。
赤黒い血液の跡を幾筋も残しながら。

まだ、動ける。
だが床板を剥がしていくらか防いだとはいえ、石の散弾を喰らいすぎた。
既に肉体が死んで、ダメージに対して鈍くなっているのがかえって幸いしていた。
生身の身体でこれほどのダメージを受けていたら、既に絶命していることだろう。
既にゾンビのような状態だというのに、おかしな話だが。

再びあの石の散弾を喰らったら、今度こそ、この身体は粉々になる。
流石にそうなればお終いだ。
目の視えない奴は、おそらく音を頼りに動いていることだろう。
こちらの動く音を狙って仕掛けてくる。
近寄られたら、勝てない。
奴は盲目とはいえ、この状態でキング・クリムゾンと殴り合っては勝てない。
先ほどの様にデタラメにパンチを振り回されるだけで、こちらは粉々にされるだろう。
つまり、奴に物音を察知されず、近寄られずに奴を仕留める必要がある。

ブチャラティは、今まさにそのための策を実行中であった。
ディアボロの潜む部屋を囲む石壁の感触を確かめながら、ナメクジのように這いずっている。
恐らく、これが最後の攻撃となる。

奇妙な話だ。
今こうして吐き気の催すような殺し合いに参加させられたせいで、
俺はこうしてディアボロを殺すチャンスに直面している。
ここに来る前、俺達はディアボロのスタンド能力の前に、
実在するかどうかも判らない『矢の新たな力』という希望に、藁にもすがる想いでいたというのに。

殺し合いを開催したこの土地は、『幻想郷』と呼ばれているらしい。
『幻想郷』には、外の世界で存在しないとされてしまったモノが流れ着くという。
吸血鬼であるというあの少女、レミリア・スカーレットがまさにその代表格だ。

今俺の抱いている、『ディアボロを始末する』という希望も、まさに夢物語――『幻想』だった。
それが今、実現するかも知れない。
ディアボロを始末すれば、『パッショーネによる麻薬の取引を止める』という、
俺の『幻想』も実現する希望が生まれる。
あるいは、ジョルノの『幻想』――彼のヒーローである『ギャング・スター』になるという――。
仁の心と侠気を持った裏社会の正義の味方という、アイツらしくない、
だがしかし、アイツぐらいの年頃の少年の抱きがちな『幻想』さえ実現するのかもしれない。

ならば、俺はこの『幻想』を実現するための礎となろう。
ディアボロ、お前はここで俺と一緒にこの地獄に沈んでもらう。
覚悟はとっくにできている――!


243 : 『紅い闇の中で』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:57:46 YULsY9mM0

     ◆     ◆

ドッピオの目に光が戻り始めたその時、彼はジッパーの走る音を聴いた。
ドッピオの周囲をジッパーが走る音を。
そしてすぐさま、全身に違和感を感じた。
身体が軽い。宙に浮くようだ。足元に引き寄せた石くれも、ふわりと浮き上がる。

――違う! 俺は落ちているのだ。
先ほどブチ抜いた壁の穴が、ぐんぐん上に昇ってゆく。
部屋の家具まで、ふわふわと浮き上がりだす。

ブチャラティは――この部屋の床にまるごとジッパーを取り付け、一気に切り離したのだ。
この建物の下は巨大な地下空洞。
このままでは、この部屋ごと底まで真っ逆さまだ。
相当な高さがある。落ちたら助からない。脱出を――!

ドッピオはキング・クリムゾンを出現させると、
両手で床を突き、左足で地面を支えて四つん這い、いや、三つん這いの体勢をとった。
そして全身をバネのようにして、カエルの様に跳躍。
キング・クリムゾンのパワーでジャンプし、目指すは唯一の脱出口である壁の穴。
さらにエピタフを発動し、未来を読む。

ブチャラティは、やはりいた――!
脱出を試みるドッピオの行く手を阻むように、壁の穴を立ち塞いでいる。
だが、あの姿は何だ?
自力で立ち上がることもできず、壁穴のふちによりかかり、やっと身体を支えている。
石つぶてを防ぎきれなかったのだろう、全身、服も皮膚も肉もボロボロに抉られている。
それほどの傷の割に流れ出る血は不自然なほど少ない。既に奴の体は血が巡っていないのだ。
顔の左半分も削り取られ、白い骨があらわになっている。
だというのに、その両目だけは爛々とこちらを睨みつけている。
奴は死んでいないのだ。死んでなきゃいけないのに。


「このッ……ゾンビ野郎がああああああ!!」

「ディア……ボロ……!」


ドッピオは恐怖した。
恐怖から、キング・クリムゾンで時間を吹き飛ばしたのだ。
すでにスタンドの発動さえできるか怪しい相手に、である。
そして吹き飛んだ一瞬の時間で壁の穴まで上昇したドッピオは、
壁の穴に立つブチャラティの顔面に渾身の拳を叩き込んだ。
露出した頬骨を砕け散らせて弾き飛ばされるブチャラティに入れ替わるように、
壁穴の中に滑りこむようにして、ドッピオは地霊殿の床に復帰した。


244 : 『紅い闇の中で』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:58:08 YULsY9mM0


「ハア、ハア……この野郎、死人のくせに、今ここに生きてる人間サマのジャマをしてんじゃねえ……!」


今度こそ、やったハズだ。ドッピオは顔の骨を砕いた手応えから確信した。
穴の傍に転がっていた自分の右足を抱えたドッピオは、這いずるようにしてブチャラティのもとを目指した。
コイツが完全に絶命する前に、奴のスタンドを無理矢理引っ張り出して掴んで動かし、
せめて右足だけでもくっつけさせなければならない。
すると、微かに、ブチャラティの声が聴こえる。消え入りそうな声で。


「……ベネ。『聴覚』は……まだ生きていた……お陰で、『時間の吹き飛ぶ』瞬間を感知できた。
 サビの入りを聴けなかったのが……少しだけ、残念だったが」


と、同時、ドッピオは急に気が遠くなる感覚を覚えた。
精神力の消耗――ではない。これはまるで貧血だ。脳に酸素が届いていない。
耐え切れずに床にへたり込んだドッピオは、
自分の左胸が前から後ろに掛けて一直線にジッパーで切られているのに気づいた。
――ブチャラティの、死力を尽くした最期の反撃であった。
ドッピオがブチャラティに向けて顔を起こすと、砕けた顔の骨の中から、
小さな電子機器とのものと思しき光が見えた。


245 : 『必敗を運命(サダメ)られた存在』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:58:46 YULsY9mM0
『必敗を運命(サダメ)られた存在』


     ◯     ◯


キング・クリムゾン。
ディアボロがそのスタンドの名を叫んだ瞬間、レミリアとブチャラティを取り巻く状況は一変する。
鎖の罠に掛け、集中砲火で二人を一網打尽にしようとしたはずが、
スタンド能力の発動と同時に原始人は吹き飛び、レミリアと空中で激突。
レミリアを巻き添えに、地霊殿入り口近くまで転がされることとなる。

レミリアはそのまま原始人にうつ伏せにのしかかられる形で下敷きになっていた。


「GRRRRRRR!!」

「くっ……喰われる……!」


うつ伏せに倒れたこんだレミリアの背中が、原始人の胸板と腹筋にめり込んでゆく。
波紋を持たないレミリアがこの原始人に触れれば、体外からの同化吸収は免れない。
レミリアはとっさに背中の翼を広げ、体が直接喰われることだけは何とか防いだが、それも時間の問題だ。
翼が痛みもなく、泥沼に溶けゆくように同化されてゆく。もう10秒も持たないだろう。
何とかして、原始人に覆いかぶさられたこの状況を脱出しなければならない。
まっすぐ這いずって原始人から逃れようとしたところに、原始人の肉が溶け落ちてきた。
逆さまになった原始人の無表情が、レミリアの行く手を阻む。
溶けかけた背中の翼越しに原始人の身体を殴り飛ばそうとするも、体勢が悪く力が入らない。


(ジョジョ……)


窮地でレミリアの脳裏をよぎったのは、ジョナサン・ジョースターの姿だった。
紅魔館の面々でも、霊夢でもなく、なぜか、彼だった。


「ジョジョ……!」


助けを求めるように、彼の名を小さくつぶやく。
どうやらこの原始人は太陽の光を弱点としているらしい。
太陽のエネルギー・波紋を操るジョジョなら、この窮地も容易に脱することができるのだろう。
だが、彼はここにはいない。
彼は彼の意志で別行動をとっているのだ。
一度は敵対した霊烏路空を説得しに行くという、青臭くも誇り高い動機のもとに敢えて別れたのだ。


246 : 『必敗を運命(サダメ)られた存在』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:59:11 YULsY9mM0


「……ジョジョ」


レミリアはもう一度、そんな誇り高き友の名を呟いた。
今度は、確かめるように。
離れていても在るその絆を、確かめるように。
つい先ほどジョナサンに接吻を受けた左手の甲に口付けると、魔力を急速にチャージする。


「ジョジョ!」


そして――


「フィットフル! ナイトメアアアアァァァァァ!!」


次の瞬間、レミリアの全身が白い閃光を放った。
目を射るような鋭い光は、月がそのまま地上に降りてきてその光を何百倍にも増幅したかのように激しい。
その光の激しさたるや、レミリアに覆いかぶさった原始人の肉体さえも透過する。


「GUUAAAAAH!!」


レミリアに覆いかぶさり、いままさに彼女を圧殺しようとしていた原始人をゼロ距離から射抜いた閃光の正体は、
発作的に振りかかる、弾幕の悪夢。
『フィットフルナイトメア』。
レミリアは全方位に向けてナイフ状の光弾を無数に乱射。
吸血鬼の魔力を全開にした、圧倒的な密度と速度の力押し。
回避不可能の攻撃を放ってはいけない、というスペルカードバトルのルールにそぐわない、
掟破りの暴力的弾幕が放たれた。

一つ一つの弾が産むのはカミソリで切ったような小さな傷だ。原始人にとってはダメージにならない。
だが、これだけの数を一度に受けては、話は別。全身がコナゴナに細断される。
最悪、再生不可能なサイズまで細切れにされるかもしれない。

故に、原始人がレミリアの上から飛び退き、距離を取ったのは妥当な判断だった。
――だが、すんでの処でレミリアを原始人が捕食しきろうとしていたのもまた事実であった。
ここはレミリアの気迫が勝った。


247 : 『必敗を運命(サダメ)られた存在』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:59:31 YULsY9mM0

レミリアは飛び起きて体勢を整えた。
喰われたのは、翼だけ。左手と両脚は無事。


「ジョジョ……また貴方に助けられてしまった、みたいね」


窮地のレミリアの脳裏をよぎったのは、つい先程のジョジョの勇姿。
黒い地獄の人工太陽の引力に二人揃って捕らわれた、絶体絶命の状況でジョジョの取った行動。
こんな時、ジョジョなら逃げずに、逆に考える。
敵に喰われる絶体絶命のピンチは、ゼロ距離からこちらの攻撃を叩き込む最大のチャンス。

何よりこんな、誇りという言葉も知らない、捕って食うだけが能の獣も同然の奴に負ける訳にはいかない。
彼と対等な立場の友となる以上、この程度のピンチで倒れるわけにはいかない。
――誇り高きジョジョに、誇られる友でいたい。

レミリアを忌々しげににらみつける原始人。
原始人の向こうから聞こえるのは、石壁が砕ける響き。ブチャラティは――ディアボロと交戦中だ。
レミリアが原始人に向かって改めて宣言する。


「私の名はレミリア・スカーレット。
 亡き友、虹村億泰の仇である貴様の命をもらい受けにきた」

「オクヤス、仇……かたき討ちだと?
 どうして人間でもない貴様が、人間などの仇を?」


原始人が首を傾げる。
彼には仇を討つ意味が理解できない。ましてや、被食者である人間の仇など。


「なるほど、まあ理解できないのも無理はない、か。
 たしかに億泰は私と違い、100年そこらで寿命を迎える儚い人間よ。
 おまけにこの場に呼び出されて出逢ったばかりの人間。
 だけど、あいつは傷を負った少女を、さとりを守るため走り回っていた。
 この殺し合いを止めるため、私たちと志を同じくしていた。
 だから、彼は私の友なのよ」


と、そこで原始人は指をレミリアに向け、鉄球を射出した。
予測済みとばかりにレミリアはそれを躱し、左手に赤い槍を生成。


248 : 『必敗を運命(サダメ)られた存在』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 02:59:53 YULsY9mM0

「まあ、貴様に理解しろというのも、酷な話だったわね。
 良いだろう。体で理解させてやるわ。スカーレットデビルに楯突いた者が、どうなるかを」


レミリアは槍を手に、一瞬にして原始人へと切り込んだ。
瞬く間に迫るレミリアの槍の切っ先を、原始人は左手に生成していた刃で受け止める。
右腕の中に納めていた緋想の剣を、居合いのように抜き放ったのだ。

緋想の剣は対象の気質を読みとり、弱点となる気質を放出して切り裂く剣。
レミリアの魔力槍もその例外ではないのは、先ほどの交戦でも明らかだ。
緋想の剣の炎のような刀身が、徐々に槍の穂先にめり込んでゆく。
レミリアと原始人の体格差、種族としての筋力の差もあり、徐々に押されてゆくレミリア。


「オレは、オレは偉大な種族だ……貴様など!」


ニヤリと、原始人が薄く笑った。
先ほど地中に逃げてゆく直前もそのように口にしていたか。
この未知の種族である全裸の原始人は、自分が偉大な種族であることを誇るために戦っているのだろう。


「……その誇りを、私は否定しない」


ジリジリと後ずさりながら、レミリアが原始人に話しかける。


「私だって、吸血鬼の、夜を統べる種族であることの誇りは人一倍に持っている」


鬼も、天狗も、吸血鬼も、みな自分が偉大な種族である誇りを抱いて生きている。
短命で力の弱い人間だってそうだ。
知性ある生物なら、自分の種族に誇りを持つのは、極めて自然で当然のことなのだ。


249 : 『必敗を運命(サダメ)られた存在』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:00:19 YULsY9mM0

「だけど、私が抱く誇りはそれだけじゃない!
 志なかばで貴様に喰われた、億泰の誇りを守るため!
 こんなくだらない殺し合いで死んでいった、咲夜と美鈴の誇りを守るため!
 そしてッ! ジョナサンの友である、私の誇りを守るため!」


原始人の表情に焦りが浮かぶ。
押されていたはずのレミリアを、これ以上押しこむことができなくなっていたのだ。
緋想の剣がめり込んだ槍は、切っ先から進める事ができない。

この時レミリアは『ドラキュラクレイドル』の要領で背中から魔力を噴射。
緋想の剣で破壊されてゆく槍も、絶えず魔力を供給し続けることでカバーし、
この圧倒的に不利な力比べを無理矢理五分に持ち込んでいたのだ。


「こんなトコで貴様に負けられる訳がない!!
 貴様とは、背負っている誇りの重さが、絶対的に違うのよッッッ!!」


ついにレミリアがジリジリと原始人を押し戻し始めた。
その速度は次第に早まってゆき、一歩一歩と地霊殿の床のタイルを踏み割りながらレミリアは進む。
最後には原始人の両足で床に二本の平行線を残しながら、石壁まで押し込んでいった。


「誇り、誇り、オレは……! UGUOHHHHHHHH!!」


250 : 『必敗を運命(サダメ)られた存在』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:00:36 YULsY9mM0

ズシン、と低い音が周囲に響き、原始人は壁にたたきつけられた。
衝撃を受けた壁が3メートルほどバラバラと崩れ、ぐったりする原始人を覆った。
もうもうと埃が舞い、紅い霧で悪化していた視界はさらに劣悪なものとなる。
レミリアは原始人から一旦飛び退き、その様子を伺った。
レミリアは、あの原始人がこの程度でくたばるとは思っていない。

――だが、私が奴に負ける気は全く、無い。
否、負ける気がしない。
奴は手強い。先ほどの力比べは、普段の私なら完全に押し負けていただろう。
早々にあんな力比べは切り上げ、別の手段で対抗していただろう。
だが、今の私は普段とは違う。
幻想郷を巻き込んだ一大異変を解決するために戦っている。
既に失った紅魔館の友のために、そして残った友を守るために戦っている。
億泰に、ブチャラティ。全くの見ず知らずだったが、この殺し合いを打ち破るための同志がいる。
そして、ジョナサン。
私が彼と肩を並べる友であるという、その事実、ただそれだけで、とても誇らしい気持ちになる。
魔力が、精神のエネルギーが漲ってくる――ような、気がする。
吸血鬼とは、妖怪とは、肉体より精神の有り様に左右される生き物。
自分一人だけでない、大切に思う誰かの為に戦う時、普段以上の力を発揮することができるのだ。

かの永夜異変の時と同じだ。
異変の張本人は、レミリアの、いや、多くの妖怪の力の根源たる、月から来たる者。
強大な相手だった。
スペルカードルールに則った試合であっても、かのスキマ妖怪や白玉楼の主さえ手を焼く程に。
かくいうレミリアも一人での解決は不可能だったかも知れない。
だが、あの時レミリアの傍らには咲夜がいた。
彼女のお陰で、永夜異変を解決する事ができた。
それは単に戦力の数が1から2になったというだけでなく、
傍で戦う咲夜のために、レミリアが普段以上の力を発揮できたからでもあるのだ。
実際その異変では、レミリアの魔力が尽きかけた状態でも、咲夜が危機に陥った際は
思わず最大の威力のスペルカードで割って入っていた。

――だから、今の私があんな原始人に負けることはありえない。

「……さあ、立て。原始人。動かなくなるまで叩き潰してやるわ」


251 : 『必敗を運命(サダメ)られた存在』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:00:57 YULsY9mM0

     ―     ―

土煙の向こうから、小娘の挑発する声が聞こえてくる。


「……さあ、立て。原始人。動かなくなるまで叩き潰してやるわ」


あの小娘は、強い。
否、『強くなって』いる。
あの小娘は、オレとは戦う覚悟の格が違うと言っていた。
自分一人だけでない、背負っている誇りの重さが違うと言っていた。

あの小娘は、精神の力をエネルギーに変えている。
その精神の力の源は――しきりに小娘が口に出していた――人間との、他者との繋がりだ。
そんなこと、あり得るはずがない。
下等な生物同士がお互いに感情移入することで力を増すなどと。
だからあの小娘だけは無残に殺し、否定してみせなければならない。
他者との繋がりなど、種族の力の差の前には取るに足らないものだと、

――それなのに、オレはあの小娘を倒せないでいる。
負けるハズの無かった正面からの力比べでさえ、オレは奴に負けたのだ。
かくなる上は、認めざるを得ない。
他者との繋がりが力になりうる事を、理解できなくとも、オレは認める必要がある。
目に見えない、正体不明の恐るべきモノ。
だが、確かにそれは、現在このオレの目の前に厳然と立ちはだかっているのだ。

――だが、それでも。
それでもオレは、この恐るべき力に挑み、勝利せねばならない。
オレにとって他者との繋がりは、もう望むべくもないモノ。
残りわずかとなった同族に見放され、その他の下等な命は全て単なる食料でしかない。
このオレが他者との繋がりを築くことはもはや不可能なのだ。
もし他者との繋がりが種族の壁を超える程の力を生むというのなら、
それを持つことの叶わないオレは、最終的にどこかで敗北するしかない。

なまじこのオレが偉大な種族であるがために、なおタチが悪い。
いかに敵が強大で、いかに我々がか弱くとも、他者との繋がりの力があれば最終的には勝利する、と。
短命で脆弱で、数だけは多い下等種族好みの美談だ。
オレはその美談のための舞台装置としての化け物に成り下がってしまうのだ。

オレがこの小娘に負けられない理由が一つ増えた。
オレが偉大な種族である、という誇りを守るためだけではない。
孤独に生まれついた、オレという存在の尊厳を守るためにも、あの小娘に勝利せねばならないのだ。


252 : 『必敗を運命(サダメ)られた存在』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:01:17 YULsY9mM0

仰向けに倒れていたサンタナは、瓦礫をはねのけるように立ち上がった。
そして小娘に背を向けると、腰に手を当て握り拳を作った。
背中を広く覆う筋肉の広がりを強調する、バック・ラットスプレッドのポーズ。


「NUUUUUUHHH!」


サンタナが力を込めると後背筋がモリモリと盛り上がった後に、鈍く光り輝いた。
『柱』の筋力で、小娘めがけて鋼の散弾が再度発射される。

「来たわね、もう一度私に倒されるために」

小娘は小さく鋭い跳躍でその散弾を回避。
翼を喰われても、そのスピードは死んでいない。
そのまま着地すると血を這うような低い姿勢で駆け、サンタナに向かって突進してくる。

小娘の攻撃を迎え撃つ形となったサンタナは、
背を向けた体勢のまま身体を大きくひねり、左腕を大きく振りかぶった。
そして両脚はそっぽをむいたまま、上体だけを180度ひねって小娘の方に向き直りつつ、
渾身の左ストレートを放った。


「フンッ!!」


――が小娘にはまだ遠い。
届かない――かに思われたが、しかしサンタナの腕が突如伸びる。そして小娘の眼前に迫る。
否、伸びたのではない。サンタナは左腕の肘から先を切り離し、小娘に向かって飛ばしていたのだ。


「……見え見えなのよ、その手は。手だけに」


小娘は首を左に曲げ、サンタナの拳を難なくかわす。
サンタナが肉体の一部を切り離すことができるのは、先ほどの戦闘で確認ずみ。
遠すぎる間合いから、大げさなモーションで放ったパンチ――予測していれば、
直線的な軌道をかわすのはたやすい。
そのはずだった。
小娘の右頬を通りすぎようとしたサンタナの左腕が、突如軌道を変更。ストンと下に落ち、小娘の右肩を掴む。


253 : 『必敗を運命(サダメ)られた存在』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:01:36 YULsY9mM0


「なっ……!」


不意に右肩を強烈な握力で掴まれ、小娘は驚愕を隠せない。
単純なからくりだ。
サンタナは左腕を切り離す際、切断面を支給品の『鎖』でつないでいた。
ちょうど、船の錨の様に。
鎖で繋ぐことで、飛ばした腕の軌道をある程度コントロール可能。
もし攻撃を外しても簡単に腕を回収可能。

サンタナは、先ほど交戦した『青い守護霊の人間』から学習していたのだ。
腕をジッパーでほどき、リーチを伸ばす技をサンタナなりに模倣していたのだ。
(名付ける者がいるならば、)名付けて――錨の鉄拳【アンカー・パンチ】。


「フンッ!!」

「チッ……!」


サンタナは右腕で『緋想の剣』の切っ先を小娘に突き出しつつ、小娘を左腕の鎖で引きこもうとする。
サンタナにぶつかっていこうとしていた小娘は急ブレーキを掛けて、サンタナから間合いを取ろうとする。
自然と、綱引きの形となる二人。
サンタナと小娘、二人の足元の床板がひび割れる。
先ほどと同様の純粋な力比べが再開されるかに思われた。


「NUUUUUUUUH!!」


だが、そこでサンタナは――二人の間でギリギリと張り詰めた鎖を、思い切り蹴り上げた。
左足を垂直に振り上げ、股関節の骨格を外しながら。
小娘の身体が軽々と宙に浮く。
いかに小娘が闇の一族に迫るパワーを持っていようとも、体重の軽さだけは如何ともできない。
奴がどれだけ頑張って地面に踏ん張ろうとしても、
上に向かう力で釣り上げられたら簡単に宙に浮いてしまうのだ。
そして、宙に浮いてしまえば――!


254 : 『必敗を運命(サダメ)られた存在』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:02:31 YULsY9mM0


「GRRRRRAAAAAAAAHHHHH!!」

「がっ………!」


サンタナは鎖で繋がれ、宙を舞う小娘を、石壁に思い切り叩きつけた。
衝撃が低く響き、天井から塵がこぼれる。
先ほどの様に紅いオーラを放出させる暇は与えない。
ヒビの入った石壁にこすりつけるようにして小娘を床に頭からたたき落とす。
床に落ちた反動を利用して小娘の身体をふたたび高々と振り上げ、真後ろに振り回し、ぶつける。
その反動で再び前に。そして後ろに。前。後ろ。
鎖が床を討つ音と、石の床板が叩き割られるくぐもった音が繰り返される。
トドメとばかりにサンタナは体を反らし、全身の力を込めて鎖を大上段から正面に振り下ろしに掛かる。


「DAAAAAAAAHHHHHHHH!!!」


――が、失敗。ただの鎖が床を叩くに留まる。鎖の先には何も繋がっていない。
小娘を縛っていたはずの鎖が切れている。否、切られたのだ。
小娘がスッポ抜けている、飛んでいってライナー軌道で床にぶつかった。
小娘はそのまま5メートルほど床を滑るも、すぐに左腕と膝を付きながら立ち上がろうとする。
紅い霧の向こうからでも判る輝き。その紅い目から光は失せていない。
仮にも我らが一族と渡り合う力を持つ種族、この程度のダメージで倒れないのはサンタナの予想の内。

――予想の内だからこそ、次の手を既に打っていた。


「うっ……コイツ、手が……私の右腕から……!」


錨の鉄拳【アンカー・パンチ】で小娘を捕まえた瞬間に、決着は付いていたのだ。
サンタナは、闇の種族は他の生物の体内に侵入できる。
そして、身体を切断されても遠隔操作できる。
サンタナが切り離した左腕が、すでに小娘の右腕の傷口から体内に侵入を開始していた。
このまま体内からゆっくり消化吸収――などという生易しい手段は用いない。
小娘の体内を同化しつつ、一直線に頭部に到達し、即座に内側から脳ミソを握りつぶして――。


255 : 『必敗を運命(サダメ)られた存在』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:03:13 YULsY9mM0


「OOOHHHHGOHHHAAAHH!!」

「ああ、あああぐああああAAAHHH!!」


と、サンタナが小娘の右腕に侵入しきった瞬間、二人の悲鳴のデュエットがハーモニーを奏でた。
火だ。サンタナは左腕から火で焼かれる熱を感じていた。
ものの数秒でその熱は骨まで達し――左腕のコントロールは完全に失われる。
焼けるような感覚の残滓だけが、すでに死んだはずの左腕に残った。


「ぐっ……小娘、貴様!」

「……人間の億泰だってやったのよ。私だって……これくらい」


小娘はもう立ち上がっている。自らの身を焼く苦痛に耐えながら。
奴の仲間である人間の名が聞こえた。あの低能ヅラのスタンド使いと同じ手段だ。
俺に体内を喰い破られる前に自分の身体ごと炎で破壊し、即死を免れたのだ。

――奴も、コイツも、――そしてあのシュトロハイムとかいう男も、
どうしてこんな判断を一瞬のうちに下すことができる?
闇の一族の侵食は対象に痛みを与えない。
身体が痛みも無く奪われてゆくことに、恐怖を感じないのか?
そして短命な原始人が、偉大な種族の贄となる喜びを、なぜこいつらは敢えて拒む?

だが、今が好機なのに変わりはない。
自分の体ごと侵入した腕を焼く判断力には正直驚いたが、
その分大きなダメージを負っていることに変わりはない。
左腕を焼かれる痛みをこらえ、一旦は膝を付きかけたサンタナも立ち上がった。
そして紅い霧の先、炎の熱源に向かって突進する。


「NUUUUH……」


が、その足は小娘の手前3メートル、小娘をその目で視認できる位置で止まる。


256 : 『必敗を運命(サダメ)られた存在』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:03:31 YULsY9mM0


「き、貴様は……! その喰っているモノは何だ!?」


小娘が何かを口に運び、咀嚼している。


「何よ、驚いた顔して……もしかして自分が喰われる立場になったのは初めてかしら、原始人?」


小娘は、こんがり焼けたサンタナの左腕にかぶりついていた。
思わず立ちすくんだサンタナに、小娘が問いかけてくる。


「バラバラにしても生きている体も、ちゃんと火を通せば食べられるみたいね……
 ねえ原始人、お前は今までに何人の人間と吸血鬼を喰ってきた?」

「お、おお……」


サンタナの親指だったものを食いちぎりながら、レミリアが続ける。


「まあ、覚えて無いでしょうね。……私だって覚えてない。
 それよりお前のこの腕の味を教えてあげましょうか。
 お前に同族がいるかは知らないけど、同族食いをしたことは無いでしょうから教えてあげるわ。
 ……究極にして至高、といったところよ。噛めば噛む程、濃厚な肉汁が染み出てくる。
 お前が喰ってきたであろう、無数の生命が濃縮されているのね。
 それでいて、肉の食感はクラゲや、ナタデココのようにコリコリと弾力性があるのよ。
 そんな筋肉質な身体しているから、もっと筋っぽいと思ったけど。意外だったわ」

「ぐ、うおおおOOOO、AHHHHH!!」


気がつけば、サンタナは飛び出していた。
サンタナの左腕を口に運びながら無邪気に話す小娘に向かって。
サンタナを、今までに感じたことのない衝動が突き動かしていた。
闇の一族が本来感じるはずのない感情が、サンタナを突き動かしていた。


「SHIIIYAAAAHHHH!」


サンタナは右腕から『緋想の剣』を取り出し、
その柄から噴き出る紅い刀身で小娘に横薙ぎに斬りかかる。
小娘はその動きを読んでいた、とでもいう風にサンタナに向かって踏み込み、
左腕でサンタナの右腕を押さえ、斬撃を防ぐ。


257 : 『必敗を運命(サダメ)られた存在』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:03:50 YULsY9mM0

そして。
サンタナは見た。失われた小娘の右腕が一瞬にして復元した瞬間を。
右腕の切断面に覗く肉がボコボコとピンクの泡を立てて瞬時に小娘の右腕を形作り、
白い皮膚に覆われてゆく、一瞬の過程を。


「次は背中の翼も『返して』もらおうかしら」


小娘の右腕に瞬時に出現した紅い槍の切っ先が、唖然とするサンタナの胴を横一文字に両断した。


「流石、幾人もの人を喰らってきただけあって、お前の肉は栄養満点のようね……。
 私の背中の翼だけではお釣りがきそうだわ。あの大怪我してたさとり妖怪にも分けてあげようかしら。
 ジョジョ……は流石に嫌がるかしらね。……一応、姿形は人間モドキだし」

「GUUUOOHHHHH!!」


恐怖!
恐怖がサンタナを突き動かす。
もしこの小娘に敗けて命を落とせば、オレはただの肉に成り下がる。
かの下等な生物と、完全に立場が逆転してしまうのだ。
『孤独』であるサンタナが、下等な生物に敗北するだけでない。奴らの糧となってしまうのだ。

絶望と恐怖に心を折りかけたサンタナは残った意地を振り絞る。
失われた両脚の代わりに肋骨を展開し、上半身だけで地面に立つ。
そして蜘蛛の走行を想起させる動きで肋骨を駆動させ、レミリアの背面に回り込もうとする。
同時に切り離された両脚だけで地面を走り、レミリアの正面から仕掛ける。
人の姿を捨てたサンタナは、もはや形振りを構わない。


「OGIIEAAAAAA!!」

「……紅符『不夜城レッド』」


背後から覆い被さるように襲いかかるサンタナを、小娘は振り向きもせず迎え撃つ。
両手を広げ、全身に紅い光を纏いつつ勢い良く跳躍。
頭突きでサンタナの上半身を持ち上げながら飛び上がり、そのまま天井に挟みこんで、
全身から放つ十字架を象った紅いオーラで串刺しにした。


258 : 『必敗を運命(サダメ)られた存在』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:04:12 YULsY9mM0


「お、オレは……オレはッ……」


みぞおちから背中へ通る穴。さらにその穴からまっすぐ横一文字に通った火傷。
不夜城レッドのエネルギーで身を焼かれ、サンタナの負ったダメージは、人間であれば即死は免れない。
だが、『偉大な生物』である彼にはこの程度のダメージ、致命傷になり得ない。
『偉大な生物』は、手足や胴体をバラバラにされても死なない。脳を破壊しない限り、不死身なのだ。

オレは『偉大な生物』だ。だから、この程度では死なない。

――その、オレは、の次の言葉を口に出すことができない。
オレはこの小娘には勝てない。
他者との繋がりという、オレの手に入れようのない正体不明の力を、あの小娘は持っている。
そして、オレはそれに勝つことができない。
他者との繋がりという力は、種族の力の壁を突破するほどに強い。
『偉大な生物』に生まれたはずのオレの敗北で、それは見事証明された。
――だから、オレは『偉大』でもなんでもないのだ。

「オレは――」

敗北を定められた、狩られて肉となるだけの、ただの『餌』だ。

サンタナはどこまでも落ちてゆく。
見下ろす小娘の表情に、サンタナは奇妙な既視感を覚えた。


259 : 『必敗を運命(サダメ)られた存在』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:04:30 YULsY9mM0
     ◯     ◯


「お、オレは……オレはッ……」


原始人の上半身が、床のステンドグラスを突き破って落ちてゆく。
落ちた先は、レミリアの記憶が正しければ、地霊殿のさらに地下に広がる旧地獄跡地だったはず。
旧地獄は相当に広く、それゆえに頭から落ちれば、あの原始人もただではすまないだろう。
――だがもし、生き残ったとしても、奴はもう私たちの敵ではない。
奴の心は、もう折れた。


「オレは――」


落下する原始人と目が合った。
奴の種族は判らないが、恐らくは現代になっても外界で生き残ってきた妖怪の一種なのだろう。
圧倒的な力で人間を喰らう恐怖の伝承として伝えられ、
そして最後には恐怖を乗り越えた人間の意志によって退治されることが運命づけられた、ただそれだけの存在。
妖怪として最もプリミティブ(原始的)な在り方。
幻想郷で暮らすレミリア達と比較すると、妖怪と獣の境界に立つ奴の在り方はよほど妖怪らしい。

――いや、レミリアをはじめとして、幻想郷の妖怪たちが人間に近づきすぎている、と言って良い。
レミリアがそうであるように、まるで人間のように、仲間の死を悲しみ、仇討ちの戦いに出向いて、
そして友との絆を力に変える――まるで、数ある英雄譚に語られる人間たちのように。

しかし、それでも構わないと、レミリアは思う。
妖怪とその在り方を規定する伝承は、時代によって移ろいゆくもの。
まして吸血鬼などというトップクラスにメジャーな妖怪は、幻想郷でも、外界でも、
古今東西無数の伝承で語られている。
人の生き血をすする、暴君と病魔の象徴とされていた吸血鬼は、
日光をものともしないデイウォーカー、果ては吸血の必要さえない者、
さらには人間と共に悪と戦うヒーロー、人間に恋し結ばれるヒロイン――と、
際限なくそのイメージが広がり続けているのだ。
だからきっとレミリアが今後どんな行動を取っても、それが『吸血鬼』としての、
妖怪としての在り方から外れることにはならない。

だからレミリアは、これからも自分自身の心に従って動くのだろう。結局はそれだけの事。
自分自身の感情の前には、妖怪だ、人間だという種族の差はほんの些細な事でしかないのだ。
これは、幻想郷という妖怪にとっての理想郷でレミリアが生きていく中で気づいた事だ。
幻想の失われてゆく外界で、食料と恐怖を得て、
存在を維持するために躍起になっていた頃には知り得なかった境地だ。

――故に、妖怪としての在り方に従うことしか知らずに億泰を手に掛け、
そして妖怪としての在り方に従って友の仇として倒されてゆくことしかできなかったあの原始人は、
幻想郷に辿り着くことが出来なかった自分の『もし』を見ているようで、
少しだけ、哀れに思えた。


260 : 『その名よ、轟け』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:05:29 YULsY9mM0
『その名よ、轟け』

     ◯     ◯

レミリア・スカーレットがブチャラティの元に現れた。
あの原始人を文字通り地獄の底へと突き落とした、その直後のことである。
翼を失っているレミリアは、サンタナを地霊殿の下まで追撃するのを後回しにして、
ブチャラティの救援に向かったのだ。

しかし、救援の必要はもうなかったようだ。
レミリアと原始人の戦いが終わるのと殆ど同時に、こちらの戦いも決着したらしい。
相討ち、という形で。

ブチャラティと『ディアボロ』が、20m程の距離を置いて二人して倒れている。
人間なら、一目で死んだと判断できるほどの重傷を負っている。
ブチャラティの全身は手加減なしの弾幕の連射を喰らったかのようにボロボロ。
『ディアボロ』は胸から背中に掛けてバックリとジッパーで開かれ、右足をジッパーで切り落とされている。

レミリアはブチャラティ、と小さくその名を呼んだ。
ショックは小さかった。共闘する仲間とはいえ、同行した時間はほんのわずかだった。
何より、レミリアが先ほど垣間見た彼の運命は、既に切れていたのだ。
ブチャラティの死を目の当たりにしても、来るべき時が来た、と感じたにすぎなかった。

レミリアは、ブチャラティの割れた頬骨からこぼれだしていたウォークマンを拾い上げた。
束ねられたイヤホンから、妙な懐かしさを感じる楽曲が今も小さく流れ続けている。
『亡き王女の為のセプテット』。
ブチャラティはレミリアから借り受けたウォークマンをジッパーで顔の中に仕込み、
地霊殿に突入していたのだった。
決まった音楽をエンドレスで流し続けることで、キング・クリムゾンで時間が飛んだ瞬間を耳で認識するために。


「……『私の曲』は、役に立ったのかしら」


レミリアはブチャラティの遺した支給品を集めながら、ぽつりとつぶやいた。

すると、物音が地霊殿の奥の方から聞こえた。
レミリアは身構えて音の方向、ディアボロの方を向いて身構えるが――ディアボロに動く気配なし。
音は奥、穴の空いた壁の方から聞こえてくる。

裸足の足音――駆け足だ。
あの原始人が地獄の淵より舞い戻ってきたのだ。
その堂々たる足音が雄弁に語る。奴は再び私に戦いを挑む気だ。
だが――今更、なぜ?

ディアボロとの共闘の可能性に賭けた?
いや、紅霧の中とはいえ、この距離なら奴も倒れているディアボロのことは判るはず。
単なる意地や誇りのため?
それなら、さっき打ち砕いてやったはず。
生きていたのなら、地底で隠れていた方がまだ私から逃げ切る可能性だってあったはずなのに。

レミリアがあれこれ思考する間にも、あの原始人はぐんぐんと距離を詰め、
そしてディアボロの頭上を飛び越して立ち止まり――


261 : 『その名よ、轟け』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:05:50 YULsY9mM0
     ―     ―


どこまでも、どこまでも、落ちてゆく。
サンタナは自由落下がもたらす浮遊感に身を委ね、まどろむように死を受け入れていた。
『他者との繋がり』に『偉大な生物』である誇りを打ち砕かれたサンタナにとって、
もはや生は苦しみでしかなかった。
生きている限り、自分が敗北を定められた存在であるという劣等感に苛まれ続けるのだ。
ならば、このまま消え去ってしまいたい。
サンタナはちぎれた上半身の頭を下にして、落下の衝撃が脳を直撃する体勢をとる。

地下空間を覆っていたもやの中から、赤茶けた岩肌がついに姿を現す。
あれこそ、サンタナに死という安息をもたらすもの。
少しの痛みを乗り越えれば、あとは永遠の眠りという安息が待っている。
一面の岩石が致命的な速度をもってサンタナに迫ってきた。
眠るようにゆっくりと、目をつむり、サンタナは落下の加速に任せる。
ゆっくりと、ゆっくりと――


「…………………!」


ゆっくり――できない。
それはほとんど無意識、反射に近い動作だった。
サンタナは肋骨をめいっぱい体の左右に広げ、その間に皮膚を延ばしてピンと張った。
するとまるでサンタナの腕の下に、まるでムササビのような皮膜ができた。
皮膜は落下によって生じる空気の流れを受け止め、垂直落下していたサンタナの落下軌道を前方へと舵取らせた。
結果、脳天を地面にぶつけ絶命するはずだったサンタナは滑りこむように胴体着陸し、
一命を取り留めたのだった。

こんなに惨めな気分を抱えていながら、それでもサンタナは死ぬのが恐ろしかった。
死という安息へ踏み出すことができなかった。
死に損なってしまった。

胸に抱いていた誇りさえも失ってしまったのに
あの角女のいったとおり、オレは空っぽなのだ。
――オレは、一体何のために生きているのだろう。

するとサンタナは自分の体が、泥のように溶けて形を失ってゆくことに気づいた。
偉大な生物として人間どもにあがめられていた誇りを失った、惨めな自分自身を象徴するかのようだった。
サンタナは自己のイメージする姿を保てなくなってしまったのだ。
サンタナはもう、『偉大な生物』としての姿を取ることができなくなってしまった。


262 : 『その名よ、轟け』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:06:06 YULsY9mM0

サンタナは長らく人間どもに神として崇められるうちに、ある説を思いついていた。
我ら『闇の一族』はどうして人間に似た姿をとっているのだろうか。
我らの肉体は、骨格をバラバラにし、肉を組みかえて、どんな姿にもなれるはずなのに。
我らはどうして人間に似ていながら、人間より大きく強くたくましい、優れた人間の姿をとっているのだろうか。

それはきっと、生存のための適応に他ならないのだ。
人間の作る神や精霊の偶像の多くは、人間を元にした姿をとっている。
『闇の一族』たちはそれをまね、神や悪魔と畏れられるために、人間に似た姿をとったのだ。

畏れられることで、数の多い人間どもから、供え物として食料を調達できる。
そして崇められることで、人間や、他の獲物を奪う害獣として人間と争うことを免れていたのだ。
2000年前の眠りにつく直前のサンタナがまさにそうして生きてきたように。
2000年前、眠りについているときも、起きている時も、サンタナは神だった。
確か、マヤ、だったか。
人間どもがそう名付けた文明で、サンタナは神として頂点に君臨していた。

『血は生命なり!』

人間は石仮面で強大な吸血鬼へと変わり、それさえも喰らう最上位捕食者であるサンタナ。
マヤの文明が栄えていた当時、サンタナは現地の人間たちに神と崇め、畏れられていたのだった。

ああ、そうだった。
石仮面。カーズにしか作れない石仮面。
あれは、オレの何度目かの眠りの時。あの三人に足手まといと見捨てられ、
『ローマ』なる地を目指して去っていった奴らに置いてけぼりにされる際に残されたものだったのだ。
おそらく、ワムウあたりの口添えなのだろう。
オレが独りでも楽に生きてゆけるように、試作品の不要な石仮面を残していったのだ。

――あの眠りの直前のワムウの表情は、今でも目に焼き付いている。
オレを哀れんでいたのだ。
さっきの小娘がそうであったように。

そして、目を覚ました時、オレは独りになっていた。
『神』の復活に湧く下等生物どもを見下ろしながら、オレはその時、本当にひとりぼっちになったのだ。
オレが後生大事に守ってきた唯一の誇りさえ、奴らから哀れみとともに施されたものに過ぎないのだ。


263 : 『その名よ、轟け』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:06:22 YULsY9mM0

自分が、『哀れみ』という感情を受ける存在だと気づいた時、サンタナはさらに惨めな気分になった。
『哀れみ』を受けるのは、いつだって『下』の存在だから。
そしてこれほど惨めな思いをしながらなお、サンタナは死ぬのが怖かった。
それがサンタナをより惨めな気分にした。

オレは、これほど惨めな思いをかかえながら自ら命を絶つこともできず、『繋がりの力』に対するかませ犬として、
肉となる時を待つだけの『餌』に過ぎないなのだ。

サンタナはもはや行くも戻るもできない、どん詰まりにはまった感覚に陥っていた。
自我の認識(イメージ)をもてなくなり、ほとんど泥のように形を失って、地面に突っ伏したままの状態で。

オレが、偉大な生物でないとしたら、オレは一体何のために存在している。
惨めな思いに苦しんで、苦しみ抜いた末に肉となって跡形もなく消え去るためなのか――。

せめて――。

せめて、誇りが欲しい。
オレが苦しんで生き続けるだけの存在だとしても、せめて自分が生きるに値する誇りが欲しい。
自分が『偉大な生物』であるという誇りに変わる、新たな誇りが。
オレが肉として消え去る運命なら、せめて自分が誇らしい存在であったと思える何かを残したい。
自分がただの肉でない、唯一無二であり誇らしい存在だと信じることができるための、何かが。

そう思い立った時、泥のようなサンタナの肉体は再びうごめきだしていた。
近くに落ちていた下半身と上半身が粘菌のようにうごめいて繋がり、
サンタナは再び『四体満足』の姿を取り戻して立ち上がった。

オレはもう一度あのコウモリ女の元へ行かねばならない。

と、その時、石や家具などが上空の地霊殿から降り注いでくる所を、サンタナは目撃した。
奴らは、まだ戦っているのだ。恐らく、あのガラクタが降ってくるところで。
とすれば、あの小娘も味方の加勢に行くはずだ。
オレもあの上へと急行せねばならない。
小娘が戦いで倒される前に。
あるいは、小娘のもう一人の敵と思しきあの紅い守護霊使いが倒れ、小娘があの場を立ち去る前に。


264 : 『その名よ、轟け』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:06:42 YULsY9mM0

するとサンタナは小山となったガラクタに向かって全速力で走り出した。
そして右腕を鳥の翼に見立てて広げ、走る勢いそのままに大きくジャンプ。
跳躍の頂点で、サンタナは肋骨の皮膜を目いっぱいに広げた。
皮膜は走ることによって生まれた大気の抵抗を揚力に変え、サンタナの身体をさらに持ち上げ始める。

サンタナが『飛ぶ』。

闇の一族は、骨格をバラバラに組み替える事ができる。肉を組みかえ、自在に変形することができる。
空を飛ぶ鳥の姿をとることも、水を泳ぐ魚の姿をとることも、
闇の一族ならば、それは本来できて当然のことなのだ。
だが、流法【モード】と呼ばれる肉体操作の極みに達したあの三人さえ、
人間の姿からかけ離れた姿をとることはできずにいる。
自分が『人間の上位』に位置する者である意識を心のどこかに抱いているために、
人間の姿を捨てられないでいるのだ。

オレは『偉大な生物』である誇りを打ち砕かれたからこそ、
奴らさえ到達しえない領域に到達しつつあるのかもしれない。
奴らがオレのこの姿を見たら、少しはオレのことを見直して再び仲間に誘われるかも知れない。

だが、それも今となっては些細なこと。
奴らの仲間である事にしがみついて守る誇りなど、もう必要ない。

サンタナは皮膜を広げたまま螺旋を描くような軌道で上昇し、地霊殿を目指す。

あの小娘に、敢えて再戦を挑むのは――
孤独に落ちた存在が、必敗の運命を背負うことを覆すため?
打ち砕かれた誇りの中に最後に残った、『偉大な生物』としてのちっぽけな意地を示すため?
死の淵から蘇った自分の可能性を試すため?
――否定は、しない。

だが、それは最大の理由ではないのだ。
自分が誇れる存在であるために、どうしてもあの小娘に為さければならないことが、サンタナにはあったのだ。

螺旋の軌道を描いて滑空しつつ、地霊殿を目指していたサンタナだったが、
徐々にその速度は低下しつつあった。
このままでは、上まで届かない。
羽ばたいて揚力を稼ごうにも、練習不足。
本当に鳥の様に飛ぶには、まだまだ習熟が必要だ。

「DAAAAAAHHHH!!」

サンタナは左腕に仕込んでいた鎖を使って再度、錨の鉄拳【アンカー・パンチ】を放つ。
どうにか地霊殿の床板を掴むことに成功した。
そしてそのままぶら下がる鎖を体内に巻き取って、サンタナ地霊殿に復帰した。

地霊殿の長い廊下に出ると、紅い霧は晴れつつあった。
一室の床に大穴が空いたせいだろう。


265 : 『その名よ、轟け』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:07:46 YULsY9mM0
そしてサンタナが見回すと、その小娘は、いた。
サンタナは小娘を見るやまっすぐに駆け寄り、既に力尽き倒れていた紅い守護霊使いの少年を跳び越えて、
こう言ったのである。


「サンタナだ」


内心の動揺を隠し臨戦態勢を取る小娘に、サンタナはただ、そう告げた。


「俺の名は……サンタナだ!」


この時が初めてだった。
サンタナが自分の名前を名乗ったのは。

既に誰からも忘れ去られた『闇の一族』としての名前。
マヤが栄えていた時代、自分を崇めたてまつる人間どもが勝手に名づけた名前。
そして、一番新しい名前であるサンタナ。
いくつもの名を持ったサンタナだったが、自分の意志で名を名乗ったのは初めてだった。

そして目の前の小娘に自分の名を告げることこそが、サンタナの最大の目的だったのである。
自分が唯一無二の存在であることを誇ることができた時のために。
そして、例え消え去ることになっても、自分が何者であったかを心に刻ませるために。
ただ生命活動を行っているだけだった空っぽの存在が、初めて自分の名を、サンタナを名乗ったのだ。
空虚そのものだった存在は『サンタナ』という名前を器に、
空っぽの器としてゼロからのスタートを切ったのである。一万二千年の長い旅を経て、今、ここで初めて。

小娘がサンタナの意図を心得、改めて名乗った。
その幼い姿におよそ似つかわしくない、厳めしい態度と声色で。


「我が名は、レミリア・スカーレット。
 億泰の仇、サンタナよ。紅魔に楯突く悪鬼のその名、憶えたぞ。
 今一度、その命と名、貰い受ける」

「来い、レミリア……レミリア・スカーレット!!
 サンタナが、行くぞ!! 来いッ!! レミリア・スカーレット!!」


サンタナは、既に感極まる思いだった。
自分の意志で名乗った名を、相手に呼んでもらえた。
こんな事は、永らく生きてきた中で初めての経験だったのだから。
ここで初めてサンタナという存在は、この世に生まれることができたのだ。


266 : 『その名よ、轟け』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:08:14 YULsY9mM0

「神槍『スピア・ザ・グングニル』」


レミリアは紅く輝く槍をその手に生み出す。


「NUUUUUUUAAAAHHHHH!!」


サンタナは右脇腹をレミリアに向け、
腰元で右拳を握ってその分厚い胸板、脇腹、右肩の筋肉を強調するポーズを取った。
サイドチェストのポージング。
サンタナの分厚い筋肉のバルクがはちきれそうなほど膨張し、
次の瞬間銀色の弾丸を無数に放つ。
その弾道を予測していたレミリアは素早く跳躍してこれを回避。

するとレミリアの回避を見越していたサンタナは突如、
片足立ちの姿勢を取って右腕と左脚を身体に巻き付け始めた。
手足が胴体に巻き付いてゆくだけではない。
サンタナの肉体そのものが、雑巾を絞るようにねじれてゆく。
サンタナの肉体がねじれてゆくとともに、バチン、バチンと金属が弾けるような音が聞こえてくる。
サンタナの体内の鋼球が、筋肉の圧力で押し固められているのだ。
こうして限界までねじれた肉体は前方に向かって倒れこみ、肋骨と右足を支えに地面に立った。

その姿は、サンタナが1938年にメキシコで目覚めた際に、初めて目にした人間の武器を模したもの。
その一本の筒状に捻れた身体は、全長2000mmの銃身に。
その円く開いた口は、口径50mmの銃口に。
その肋(アバラ)の骨は、12対24本の足を持った銃架に。
その体内で圧縮され、固められてできた鉄塊が、1kgの銃弾に。
そして、その全身に張り詰めた筋繊維が、一発の炸薬に。
それはおぞましくも洗練された姿。
全身全霊の一撃を放つという、ただそれだけの目的のため、サンタナは『偉大な生物』の姿をしばし捨て去った。
サンタナは、一丁の銃、いや、一門の砲となったのだ。

一方レミリアは、サンタナのそんな変容にしばし驚愕するも、
そのまま天井を蹴り、壁を蹴り、床を蹴り、吸血鬼の跳躍力で縦横無尽に跳びまわる。
さながらスーパーボールが跳ねまわるような動きでサンタナを撹乱する。
そして、サンタナが隙を見せたその瞬間、槍投か刺突で奴の脳天を貫く。

サンタナは肋骨を昆虫の肢のように動かし、ジリジリと砲口の先をレミリアに向け、狙いを定める。
弾は一発。外せば、二発目を撃つ隙を与えてくれないだろう。
レミリアは、翼を失っている。絶えず跳躍から跳躍を繰り返しているのだ。
空中でその軌道の変更はできない。
一回の跳躍が始まった瞬間、その着地点は決定しているのだ。
奴がどこかで跳ぶ瞬間、その着地点に照準を合わせれば、当たる。

跳ねまわるレミリア、狙いを定めて地面を這いまわるサンタナ。
二人の動的な膠着状態は30秒程度続いた後に、破れる。


267 : 『その名よ、轟け』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:08:33 YULsY9mM0


「!!!!!」


サンタナが声にならない雄叫びを上げる。
大型ダンプカーのタイヤが無理矢理力任せに引き伸ばされるような音が、あるいは、
何百本ものゴムチューブの束がまとめて引き絞られるような大音響がレミリアの耳を突く。
サンタナの全身の筋繊維が軋む響きである。

サンタナはレミリアが天井を着地する瞬間、その一瞬の停止を見切り、狙いを定めた
回避はもはや不可能かに思われたが、レミリア、そこで天井に届くこと無く急降下する。

見ると、レミリアは右手の紅い槍の他に、左手に蒼いヒモをにぎっていた。
蒼い守護霊使い。信じがたいことに、まだ生きていたのだ。
蒼い守護霊のほどけた右腕が地面から伸び、レミリアを引っ張っている。
レミリアはそれをつかみ、空中でムリヤリ軌道を変更したのだ。

サンタナの照準の先に、レミリアは入らない。
照準の変更――不可能。ムリヤリ射角変更を行えば、
その有り余るエネルギーの砲弾はサンタナ自身を破壊してしまう。
射撃の中断――不可能。限界まで張りつめた筋繊維の解放を途中で止めることなど不可能。
回避運動――それも間に合わない。射撃に神経を集中していた分、反応が遅れる。

レミリアにとっては、攻撃を仕掛ける絶好のチャンス。
レミリアはサンタナに向かって落下する円弧軌道を描きながら、右手の槍を投げ放つ。
放たれた魔力の槍は、激しい紅い光の軌跡を残しながらサンタナを襲う。

一度『引き金』を引いてしまったサンタナは止まらない。
サンタナの全身の筋力が、爆発的なエネルギーで体内の鉄塊を撃ち出した。
撃ち出された砲弾は音の壁をたやすく突き破り、雷鳴のような響きで地底の空気を轟かせる。

二人の人外の全力の一撃が交錯する。地霊殿一帯を揺るがす衝撃を伴って。


268 : 『その名よ、轟け』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:09:01 YULsY9mM0
     ☆     ☆


――生きている。

嵐が過ぎ去ったがごとく静まり返る地霊殿でサンタナはゆっくりと目を開いた。
確か俺は、全霊を賭けた一撃を放ったものの、すんでのところでレミリアに狙いをかわされ、
逆に奴の攻撃を受けたのではなかったか?
と、そこでサンタナは側頭部に焼けるような痛みを感じた。
どうやら直撃は免れたらしい。――どう考えても直撃だと思ったのだが。
眼前にそのレミリアの姿はない。

サンタナはすぐ傍に人の動きを感じた。


「……ブチャラティ……テメーの思い通りにいかせてたまるかよ……。
 あんな奴の道連れになんぞ、なってやれるかよ……」


未来を予知する守護霊を操る少年。こいつか。
サンタナはあの一撃を放つ瞬間、何かに担ぎ上げられるかのような、妙な浮遊感を感じていた。
コイツが未来を予知して、砲と化したサンタナの身体を担ぎあげてあの赤い槍を躱し、照準を補正したのだ。


「あのコウモリのメスガキ……奴の意志なんて継がせねえ……ここで殺してやる」


片足の膝先を失い、胴体を深々とジッパーで抉られた身体で、この少年はガクガクと震えながら膝立ちとなった。
そして、消えつつある守護霊の最後に残った力で、レミリアが投げた紅い光の槍を床から引き抜き、
遠くで倒れている彼女目掛けて投げ返したのだった。


269 : 『その名よ、轟け』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:09:25 YULsY9mM0

しかし少年の最後の反撃は不運な偶然によって失敗に終わった。
サンタナの一撃がレミリアを貫き、岩盤さえ揺るがしたのか。
突然の落盤によって地霊殿の天井が崩落し、少年の守護霊の投げ放った槍は落下してきた岩に遮られたのだった。

幸運だった。そう、レミリアがこの場で命を落とさずに済んだことに、サンタナは安堵を感じていた。
レミリアはサンタナが自分自身の意志で名乗りを上げた最初の女だった。
だから、死んで欲しくなかった。

ともかく崩落によって、最終的にこちらとレミリアたちはほぼ完全に分断された。
通路を埋め尽くすほどにうず高くつもった岩を乗り越え、
天井近くのわずかなすき間を通り抜けなければ出入り口にはたどり着けない。
全身の骨格をバラバラにして、蛇のようになれるサンタナならそれは不可能なことではないが。

守護霊使いの少年はというと、完全に力つきた様に突っ伏して、
チクショウチクショウと消え入りそうな声で悪態をつき続けていた。
あの青い守護霊につけられたであろう、体のジッパーの歯は朽ち果てる様にボロボロになっていく。
瓦礫の向こうにいるであろうあの男も、ようやく力尽きたところなのだろう。
――人間にしては、しぶとい奴らだった。

だが、奴と同様に、この少年も、このままではもう助かるまい。
ジッパーで刻まれた傷からジッパーの力が失われれば、それはただの傷口になる。
こんな傷口ができれば、致命的な出血は避けられない。
そうでなくても、死に掛けだったのだ、この少年は。

ヒトの姿に戻ったサンタナが少年に歩み寄った。


「………………グッ……テメエ……、俺は……ボスを…………!」


少年が半死人の体でサンタナをねめあげる。
いったいどこからその精神力は生まれてくるというのか。
サンタナはそんな少年の様子に[表面上は]感慨を表さない。

そして少年の身体に手をめりこませ――


270 : 『その名よ、轟け』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:09:42 YULsY9mM0

「……てめえ、なぜ俺を助けた」


突っ伏したままで、顔だけを向けてドッピオが訊いた。
ジッパーによって各所を切り取られていたはずの彼の身体は、
サンタナの手によっていまや元通りに修復されている。
サンタナたち『闇の一族』にとって他の生物の傷口を塞ぎ、切り落とされた身体を繋ぎ直すことなど造作も無い。
エシディシやワムウがそうしたように、その気になれば生きたまま大動脈に指輪を絡める芸当さえ可能なのだ。


「てめえ、ではない。『サンタナ』だ……覚えておけ」


サンタナはこの少年をこの場で殺す気になれなかった。
経緯はどうあれ、この少年はサンタナが『サンタナ』として生きてゆくことを宣言した場に
立ち会った男だからだ。
少年に戦う気があるなら致し方無いが、どう見ても戦える状態ではない。
こうして傷を癒やしてやりはしたが、体力の消耗が激しいのか、守護霊を出すことができないでいる。
殺すなら、せめて戦いの中で。『サンタナ』の力と恐怖を存分に心に刻んで殺す。
だから、この場では殺さない。


「確かお前は……ディアボロ、だったか」


床で寝転んだままの少年に、サンタナは訊ねた。


「……ディアボロ、じゃねえ……俺は、ドッピオだ」


ドッピオなどという名が参加者名簿に無いことをサンタナは思い出す。


「そうか」


だが深く事情を訊くことはせず、サンタナは地霊殿の奥へと向かっていった。


271 : 『その名よ、轟け』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:10:08 YULsY9mM0

     ◯     ◯

げに恐ろしきは人の執念ということか。
魔力の槍を投げ放つ瞬間レミリアが見たのは、
砲と化したサンタナを担ぎ上げる真紅のスタンドビジョンの姿だった。

未来を視るスタンドを照準に得たサンタナの一発は、必中の運命を以ってレミリアの右腕を直撃。
瞬間、レミリアは後方に向けすさまじい衝撃、加速、そして熱の流れを感じ、
その抗いようのない巨大な運動エネルギーで天井に叩きつけられる。
レミリアはそのまま後方に吹き飛びつつも天井から地面に跳ね返り、
落下の反動でもう一度天井ギリギリまで高々とバウンドしてから10メートル程地面を滑り、
ようやくその動きを停止した。

急所を撃たれていれば、間違いなく即死だった。
レミリアは朦朧とする意識の中で立ち上がろうと地面に手を突こうとするも、右腕がない。
サンタナの一発がレミリアの右腕を肩からごっそり消し飛ばしたのだ。
レミリアは握りっぱなしだった左手を離し、痛みで吹き飛びそうになる意識を押して再度立ち上がろうとする。
そんな彼女の前に、もう一人の『紅い悪魔』はなおもその執念で襲いかかる。


「……ブチャラティ……テメーの思い通りにいかせてたまるかよ……。
 あんな奴の道連れになんぞ、なってやれるかよ……」


紅い光がレミリア目掛けて飛来する。
奴はレミリアの投げ放った槍を拾い上げ、こちらに投げ返してきたのだ。


「え……嘘」


避けられない。
こちらはやっと立ち上がろうとしているところだというのに。
呆然とするレミリアの眉間に迫る槍は、しかし彼女の鼻先に突如出現した岩塊に遮られる。
直径1メートルはあろうかという大岩が地霊殿の床に突き刺さったのだ。
その衝撃は傍にいたレミリアの小さな身体を跳ね上がらせるほどだった。

ハッとして目を醒ましたレミリアが天井を見上げると、
地霊殿の天井が岩と一緒くたになって雪崩のように崩れだしてきていた。
落盤だ。
さっきのサンタナの一発が引き起こしたものなのか?
これまでの戦闘の衝撃?
原因は判らないが――助かった。
レミリアは傍に倒れていたブチャラティ(吹き飛ばされたレミリアに引きずられたのだろう)を
担ぎ上げると、這いずるようにして地霊殿を脱出した。


272 : 『さあ、おやすみなさい ―星と死のバラード―』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:11:18 YULsY9mM0
『さあ、おやすみなさい ―星と死のバラード―』


     ◯     ◯


レミリアがどうにか地霊殿の正面口から抜け出た頃には、落盤に伴う地響きはすっかり収まっていた。
レミリアはゆっくりと地面にブチャラティを下ろした。
すると、彼の脚の辺りに何か光るものがくっついているのが目についた。
光は兎の足跡の形をしていて、温かい、魔力らしきエネルギーを感じた。
そっと光に触れようとしたレミリアだったが、光は急速に弱まり、すぐに消えてしまった。


「そういえば、ブチャラティは永遠亭のイタズラ兎と会ったらしいわね。彼女のものなのかしら」


この光と今の落盤が彼女の『人を幸運にする程度の能力』によるものだとすれば、
彼女にも礼を言わなければならないか。
だが、まずは目の前の彼だ。


「それにしても、ブチャラティ。貴方……
 ……貴方、どうして生きているのよ!?」


レミリアのその言葉は、安堵からのもの……ではない。
驚愕、あるいは――恐怖からのもの。
ブチャラティの身体はそこら中の肉が千切れ飛び、骨や筋肉や内臓が飛び出てしている。
顔も半分頭蓋骨が露出して、頬骨が砕け飛んでいる。
生きているのがおかしい程の重傷とよくいうが、
それは比喩でなく『人間なら』本当に生きているのはおかしい状態なのだ。
これでは、まるで――

と、ブチャラティの眼球がギョロリとレミリアの方を向く。
そしてうめくような声を漏らした。


「……あ、うう……苦しい……そこにいるのは……ダレ、だ……?」

「レミリアよ! レミリア・スカーレット! ブチャラティ、喋っちゃダメ!
 いえ、どうしてあなた、喋れるのよ!?」

「レミリア……? ディアボロ、ディアボロは、どこに行った……?
 寒い……苦しい……暗い……けど、奴だけは……始末……ジョルノのために……」


273 : 『さあ、おやすみなさい ―星と死のバラード―』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:11:35 YULsY9mM0

ブチャラティの頭蓋骨に嵌った目玉から赤い血が流れ出る。
レミリアは悟った。
ああ、この男は――自分の死を受け入れられなくなってしまったのだ。
その肉体が朽ち果てても、ディアボロを殺すまで、天へ還ることができないのだ。
彼は――いわゆる地縛霊、いや、念縛霊へと転じつつあるのだ。

失ったはずの仲間が、こうして現世に留まってくれている。
――だけど。


「ブチャラティ……もういいのよ。あなたは立派にやったのよ」


レミリアはブチャラティを胸に抱き、優しく、呼びかけた。
この男を見ていると、胸が痛むのだ。
レミリアには、耐えられないのだ。
朽ち果てた肉体を引きずりながら、それでも戦いをやめることのできないブチャラティの姿を見ているのは、
苦しそうで見ていられなかったのだ。
このまま一つの念にずっと苦しみ続ける念縛霊と化す前に、何とか彼の魂を解放してやりたかった。


「だ、誰だ? 悪魔が、囁いているのか? 『もう頑張らなくていい』だなんて……。
 ……俺は、まだやることがある……立派なんかじゃ……」

「こんなになるまで戦った貴方を、誰が立派じゃないなんて言うのよ!?」

「俺は、ジョルノに……何も残してやれていないんだ……この身体、動くうちは……」


ジョルノ。ブチャラティにとって、その少年は本当に希望であり、太陽そのものなのだろう。


「……もう残したわ。貴方の生き様は、私が責任を以ってジョルノに伝える。
 ……だから」

「……ああ……ダメな奴だ、俺は……」

「ダメなんかじゃない! ……貴方は、頑張ったじゃない」

「頑張った? ……でも、俺は……」

「そう、貴方はもう十分に頑張ったのよ。
 後の事は、ジョルノと、私に任せて。 だから……もう、休んでいいのよ」

「ああ……俺は、俺は……もう、休んでいいのか」

「そうよ、ゆっくり休みなさい、ブチャラティ……頑張ったわね」

「……うん……『ボク』は先に休むって、ジョルノに言っておいて、レミリア。おやすみ」

「お休みなさい、ブチャラティ」


レミリアの膝の上で抱かれていたブチャラティはようやくその目を閉ざし、ゆっくりと眠りについたのだった。
それは、往時の彼の様子からは考えられないほどに、安らかな表情だった。
成人済みのはずのブチャラティが、5歳ほどの少年に見える程に、無防備な姿だった。


274 : 『さあ、おやすみなさい ―星と死のバラード―』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:11:52 YULsY9mM0
     |     |


レミリアに『頑張った』と言われた時、ブチャラティの肩にのしかかっていた重荷がふっと軽くなるのを感じた。
ブチャラティの魂が天に登ることさえ阻むほどの大きな重圧が、その時消えてなくなったのだ。

『頑張ったね』と、ただその言葉の為だけに、ブチャラティは今まで生きてきたのかもしれない。
街の裏の社会を統治するギャングの一員として、仕事の『結果』を感謝されることは何度もあった。
だが、結果を出せずとも頑張ったと『過程』を褒められることは、今まで無かったことだった。

『正しく』生きること。
ブチャラティはそれしかできない不器用な人間だった。
自分の組織が麻薬を売っていることを知って、『心が死んでいく』と感じるほど善良すぎる男だ。
ギャングとして出世し、一つのシマを任される立場になっても、私腹を肥やそうとは考えもしない男だった。
そんな生き方は幼少の頃からの習慣だった。
ブチャラティは人の悲しみに人一倍敏感だったから、
自分の行いが『正しく』ないせいで誰かが悲しむのには耐えられなかった。

両親が離婚し、父か母、どちらかに付いていくことを選ばなければならない時も、そうだった。
父と別れてもすぐに立ち直りそうな母ではなく、多くを語らずともより深い悲しみを抱えていた父を選んだ。
それが正しい行いだと感じた。それだけの理由だった。
いつだって、自分の事は後回しだった。
誰かが悲しまなければならない目に遭うのを防ぐためなら、自分の犠牲は厭わない。
ブチャラティ自身は何一つ手に入れようとしなかった。

あの地下礼拝堂でディアボロと戦うと決意した時から、どれだけ身体が傷ついても、どれだけ苦しくとも、
それこそ骨の一本になるまで戦う覚悟をブチャラティは背負っていた。
ブチャラティは、ディアボロがもたらした多くの悲しみをどうしても払わずにはいられない性分だったからだ。
その強い覚悟が、ジョルノに与えられたかりそめの生命で動き続ける原動力となっていた。
かりそめの命の器である肉体が朽ちてなお、
念縛霊としてこの世に留まろうとするほどに歪なほど強い覚悟だった。

それほどの覚悟を背負っていたブチャラティは、どうしてこの世の未練をから解放されたのだろう。

与えられてしまったのだ。
何も求めないブチャラティの生き方に対する対価が。
「頑張った」と結果ではない、過程、生き方に対して。
与えられてしまったから、ブチャラティは生死の理を歪めるほどの未練から解放され、
天に帰ることができたのだった。

こうして未練から解放され、すっかり軽くなったブチャラティの魂が天に昇ってゆく。
スカーレットに輝くレミリアの魂を後にして。
ブチャラティはディアボロを討つという望みを果たすことはできなかったが、もはや彼が思い残すことはない。
クリムゾンレッドのあの魂と、無色のあの魂を滅ぼすことは叶わなかったが、
それはきっと仲間たちが叶えてくれることだろう。
もう俺は十分に頑張ったと、認めてくれた仲間が、きっと。


275 : 『さあ、おやすみなさい ―星と死のバラード―』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:12:15 YULsY9mM0

ブチャラティは自分の行く先、天を仰いだ。
すると暗黒の夜空にはいくつもの星々が輝いていた。
ここは地の底。あの星々は、地上でいまも戦いを繰り広げている魂なのだ。

赤、青、金色、紫、銀色、緑色、様々な色の魂が、輝きを放っている。
真っ先に目に付いたのが、朝焼けのような黄金の輝き。
間違いない、ジョルノ・ジョバァーナの魂だ。
傍にはディアボロと同じクリムゾンレッドの輝きが。トリッシュ・ウナは、ジョルノと合流を果たしたらしい。
そして、彼らの周囲にはさらに三つの魂が輝いている。
鮮やかな紅(くれない)色の魂と、大洋を思わせるマリンブルーの魂、燃えるようなローズ・レッドの魂。
速度から考えて、自動車か何かで移動しているらしい。

そんなジョルノたちを追いかけるように、いくつもの魂が移動している。
目の覚めるような紫色の魂と、サファイアブルーの魂。
そして、黄金色――否、黄金と似て非なる、真鍮色の輝き。
三つの魂がジョルノたちを追っている。

さらにジョルノたちを追う者たちとは逆方向に去ってゆくのは、二つの魂。
追手の一つと全く同じ色の紫の魂と、それに比較してやや淡い色の、すみれ色の魂。
二つの魂が向かっていると思しき所に――『奴』がいた。
『奴』の操るスタンドビジョンの色と同じ、純金の重厚な輝き。
ブチャラティがここに来て最初に遭遇した、ディアボロをも上回る巨悪・DIO。
恐らくだが、ジョルノ達はDIOの一味と交戦するも、敗北して――逃走中なのだ。

だが、心配はいらなさそうだ。
DIOがけしかけたと思しき三つの追手の行く手を塞ぐように、三つの魂が待ち構えている。
雨上がりの空のような、スカイブルー。澄んだ遠浅の海を思わせる、シーグリーン。
そして、他と一線を画すひときわ大きな存在感を放つのは、
生物の血肉を思わせる、おどろおどろしいダークレッド。
彼らはきっと、ジョルノや、その仲間を守るために追手を食い止めようとしているのだ。

しかしそれにしても、ジョルノたちに大変な状況に巻き込まれているようだ。
こんな状況で彼らに全てを託すのをブチャラティは心苦しく感じたが、それでも逝かなければならない。
それが生きる理(ことわり)だから。
意志の強さ一つで、ずっとこの世にしがみつくことができるなら、意志を『受け継ぐ』ことに意味がなくなってしまうから。
レミリアが賞賛した人間の強さを、ダメにしてしまうから。

ブチャラティは、天へと昇ってゆく。
ジョルノたちの魂は、今や見下ろす形になってしまった。
地上で輝く魂からは、焚き火から舞い上がる火の粉のような、小さな光が昇っている。
それらは、ブチャラティの逝く先と同じ所に向かっているようだ。
そしてその小さな光は、それぞれに幽かな声を放っている。

ある光は、『取り戻したい』、
ある光は、『殺したい』、
ある光は、『護りたい』、
ある光は、『かきたい』、
ある光は、『欲しい』、
ある光は、『なりたい』、
ある光は、『生きたい』、
そして、ある光は――『天国へ行きたい』――と。

高度を上げてゆくにつれ、ブチャラティと声を乗せた小さな光は一箇所に集まってゆく。
そして光が集まってゆくと共に、その輝きは強さを増し、
最後には恒星のようなまばゆい輝きと化し、そして――。


276 : 『さあ、おやすみなさい ―星と死のバラード―』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:12:32 YULsY9mM0

     ◆     ◆


怪物、いや、『サンタナ』が地霊殿の奥へと去ってゆき、後にはドッピオだけが残された。
傷を治された瞬間にサンタナを始末してやりたかったが、既にドッピオの体力・精神力は限界にきており、
スタンドを出現させることさえままならない有様だった。
故にサンタナとやらの気まぐれを甘んじて受け取り、
おとなしく見逃されておくことがドッピオにできた唯一のことだった。


「……どうやら、命拾いしたらしい……情けねえことだが……ボス、あなたさえ守れれば……」


重い体を引きずるようにして、ドッピオは戦闘の余波を受けていない地霊殿の一角へ向かう。
どこかの部屋にこもり、休息を取る必要がある。
サンタナがいつ心変わりして襲ってこないとも限らないが、それでも、
外に出てあの兎女やコウモリ女に追い回されるよりマシとドッピオは判断した。

地霊殿で休むとすれば、大きな正面の出入り口が落盤で塞がったのは幸運といえる。
落盤で外からの侵入は難しくなり、逆にこちらは壁抜けののみを使えば出入りは自由自在だ。
もっとも、これだけ広い宮殿が正面からしか出入りできないのは考えにくい。
正面からは目立たないところに裏口のようなものがあるのだろうが。


「……チッ……この家には、少女趣味の連中しかいねえのか……」


ドッピオが倒れこむようにして入った一室は、
サンタナを最初に床下に放り出してやってから休息を取った時の部屋と同じ様な、
フリルやリボンの飾られたファンシーな装飾の部屋だった。
壁のハンガーには先程も見たフリルがふんだんにあしらわれた、ピンク色の上着が掛けられている。
先ほど休んだ部屋で見た服は緑色。つまり、


「チッ……こっちが『古明地さとり』の部屋ってことか……。
 じゃあ、さっき居たあの部屋は……『古明地』って姓の参加者がもう一人いたな。
 クソッ……今はそんなことどうでもいい」


とにかく、今は休息をとらなければならない。
例え、そこがボスの消せないトラウマを呼び起こした敵のねぐらだとしても。

ドッピオは天蓋に覆われた、一人用にしてはいささか大きすぎるベッドに頭からダイブした。
このバトル・ロワイアルでマトモな睡眠を取れそうな機会は、
もう来ないかも知れないとドッピオは判断したのだ。
そしてドッピオは、これまた一人用には大きすぎる羽毛入りの枕に顔をうずめた。
眠りにつくためドッピオが深く息をつくと、鼻腔に入り込んでくるのは甘ったるい香り。
ローズ系の、香水かシャンプーの香りである。嗅いでいると、不思議と落ち着いた気持ちになってくる。
だがドッピオが顔を上げて枕をよく見ると、カバーには30cmほどの長さの紫色のくせっ毛が張り付いていた。


277 : 『さあ、おやすみなさい ―星と死のバラード―』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:12:58 YULsY9mM0


「……クソがッ!!」


当然である、ここが古明地さとりの部屋であるなら、この枕に染み付いた香りは古明地さとりのもの。
ドッピオは軽い自己嫌悪に陥り、悪態をつきながら枕を勢い良く床にはたき落とした。
そして、今度こそ泥のような眠りについた。
それこそ、身体か溶けてシーツに染みこむと錯覚する程の、深い眠りに。


【D-2 猫の隠れ里の地下 地霊殿・古明地さとりの部屋/午前】
【ドッピオ@ジョジョの奇妙な冒険 第5部 黄金の風】
[状態]:熟睡中(放っておいたら6時間は起きない)、体力消費(極大)、精神力消費(極大)、
  ドッピオの人格で行動中、ディアボロの人格が気絶中、酷い頭痛と平衡感覚の不調
[装備]:壁抜けののみ(原作でローマに到着した際のドッピオの服装)
[道具]:メリーさんの電話@東方深秘録
[思考・状況]
基本行動方針:参加者を皆殺しにして優勝し、帝王の座に返り咲く。
1:(熟睡中)
2:『ボス』が帰ってくるまで、何としても生き残る。それまで無理はしない。
3:二度と愚かな失敗をしない。そのためにも慎重に行動する。
4:『兎耳の女』は、必ず始末する。
5:サンタナを何とかしたい。
6:新手と共に逃げた古明地さとりを探し出し、この手で殺す。でも無理はしない。

[備考]
※第5部終了時点からの参加。ただし、ゴールド・エクスペリエンス・レクイエムの能力の影響は取り除かれています。
※能力制限:『キング・クリムゾン』で時間を吹き飛ばす時、原作より多く体力を消耗します。
※ルナティックレッドアイズのダメージにより、ディアボロの人格が気絶しました。
ドッピオの人格で行動中も、酷い頭痛と平衡感覚の不調があります。時間により徐々に回復します。
回復の速度は後の書き手さんにお任せします。


278 : 『さあ、おやすみなさい ―星と死のバラード―』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:13:15 YULsY9mM0

     ☆     ☆


地霊殿の奥へと向かったサンタナが辿り着いた先は、死体置き場。
地霊殿からさらに地底深くへ下る階段の降り口の、すぐそばにある部屋である。
最初にドッピオに落とされてから地霊殿まで上がってくるときに、サンタナはこの部屋を発見していたのだった。
この部屋にはその名の通り、人間の死体が山のように積み上げられている。
この地獄で本来働いている火車猫が灼熱地獄にくべるための、『燃料』が貯蔵されている部屋なのである。

死臭が充満する死体置き場に入ったサンタナは、山と積まれた赤黒い死肉の中に潜り込んだ。
そして全身の皮膚で周囲の肉の消化を開始した。
サンタナは、念願叶ってようやく久々の食事にありついたのである。

ところで、闇の一族にとって死肉を吸収するという行為は、
生きている肉体をそのまま同化・吸収するのに比べると、時間的にも量的にも段違いに非効率である。
一旦タンパク質を分解して、その成分を吸収し、自分の肉体に再構築し直す、という、
他の下等な生物と同様の手順を踏む必要があるためである。
何時間も掛けて『食事』を行わなければ、失われた腕が再生することはないだろう。
量だけは豊富なのが幸いである。効率が悪くとも、これだけあればいくら消化してもなくなりはしないだろう。

サンタナはしばらくの間、この死肉の山の中でゆっくりと傷を癒やすことにした。
ドッピオが襲ってくるかも知れないが、あの消耗ぶりではしばらくは動けないことだろう。
間違いなくこちらの回復の方が早い。

サンタナは傷を癒やしてからのことについて思いを巡らせた。

オレは、これからも戦い続けるのだろう。
オレが、『サンタナ』という唯一無二の存在であることを誇ることができるようになるために。
あのレミリアのような、強い相手と。
――そうだ。レミリアは、強かった。
奴の心に、オレの存在は刻むことができただろうか。
奴のような存在にオレの存在を刻むことができていたとすれば――それはとても誇らしいことだ。
例えオレが奴に負けて死んだとしても、悔いはなかっただろう。
奴を、レミリアを殺さずに済んで、本当に良かった。

――これでは、まるで戦闘マニアのワムウだな。
だが、戦いでしか自分を表現できないのは、捕食者である『闇の一族』の共通のサガ、なのかも知れん。
それにしてもおかしな話だ。
戦いでしか自分自身を表現できないのに、戦った相手を殺さずに済んでホッとしているなどと。
命のやり取りをしなくて済む戦いなど、あるはずもなかろうに。

骸の山の中で、サンタナは次の戦いに備えしばしの休息をとる。
戦って、戦い抜いて、戦いの果てに、
サンタナが、唯一無二のサンタナである証を誇ることができる時が来ることを信じて。


【D-2 猫の隠れ里の地下 地霊殿・奥(旧地獄跡地に降りる所) 死体置き場/午前】
【サンタナ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(大)、全身ダメージ(大)、足と右腕を億泰のものと交換(もう馴染んだ)、
 左腕欠損、死体の山の中で再生中
[装備]:緋想の剣@東方緋想天、鎖@現実
[道具]:基本支給品×2、パチンコ玉(19/20箱)@現実
[思考・状況]
基本行動方針:自分が唯一無二の『サンタナ』である誇りを勝ち取るため、戦う。
1:戦って、自分の名と力と恐怖を相手の心に刻みつける。
2:自分と名の力を知る参加者(ドッピオとレミリア)は積極的には襲わない。向こうから襲ってくるなら応戦する。
3:カーズ、エシディシと合流し、指示を仰ぐ。
4:ジョセフ、シーザーに加え、守護霊(スタンド)使いに警戒。

[備考]
※参戦時期はジョセフと井戸に落下し、日光に晒されて石化した直後です。
※波紋の存在について明確に知りました。
※キング・クリムゾンのスタンド能力のうち、未来予知について知りました。
※緋想の剣は「気質を操る能力」によって弱点となる気質を突くことでスタンドに干渉することが可能です。
※身体の皮膚を広げて、空中を滑空できるようになりました。練習次第で、羽ばたいて飛行できるようになるかも知れません。
※自分の意志で、肉体を人間とはかけ離れた形に組み替えることができるようになりました。


279 : 『さあ、おやすみなさい ―星と死のバラード―』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:13:36 YULsY9mM0

     ◯     ◯


ブチャラティは、迷わずに逝くことができただろうか。
レミリアは、洞窟の天井を漠然と見つめながら思った。
見つめる先にはきっと、死した魂のゆくべき場所がある。
――何故だかはわからないが、ブチャラティはそこへ逝った、とレミリアは確信していた。
幽かだが、何かが、いや、他ならぬブチャラティの魂がそこを昇ってゆく気配を感じたのだ。

幻視の中でブチャラティの魂が上ってゆくのを見送ったレミリアは、ゆっくりと立ち上がり、
ブチャラティの亡骸を隻腕で慎重に抱え挙げ、洞穴の端の岩陰に隠した。
本当は彼の信頼するジョルノの元に連れていってやりたかったが、それはできない、とレミリアは判断した。
レミリアの体力の問題ではない。
彼女とて痩せても枯れても吸血鬼、片腕で人一人運んで動き回ってもどうということはない。
だが、ブチャラティの遺体の損傷が激しすぎる。
抱え上げて動き回るうちにどんどんと彼の肉体は生前の姿から遠ざかっていってしまうことだろう。

故に、彼の亡骸はここに置いてゆく。すべてが終わった後、迎えに行くために。
このときレミリアは、彼の死体をエニグマの紙に入れて持ち歩くという発想を至ることができなかった。
紙に入っていたのは支給品――モノだ。
亡骸とはいえ、ブチャラティをモノ扱いする考えを、彼女は持てなかったのだ。

ブチャラティの死体を運ぶ際、レミリアは手に着いた彼の血を舐めてみた。
古くなりすぎていて、ほとんど栄養の足しにはならなさそうだった。
栄養になりそうなら、無礼を覚悟の上で彼の血を失敬して回復の足しにしようと思ったのだが――。

さて、とレミリアは今後の方針を思案する。
サンタナ、と名乗ったあの筋肉妖怪はまだ生きていることだろう。
ディアボロの方は、あの傷で生きているとは思えないが、あの執念だ、万一ということがある。
では今すぐとどめを刺しにゆくべきか。
これだけ広い建物なら、
たった今ふさがってしまった正面以外にも出入口の一つや二つ備わっているだろうが――。

しかし、隻腕の今一人で奴らを倒しに向かったとして、勝利できる可能性は低い。
かのサンタナの方はまだ余力がありそうだ。
そこに先ほどのように(戦えるかどうかは不明だが)ディアボロと組まれたら、さすがに相手が悪い。
おとなしく退くのが、最善の道なのだろう。


「ここは、私たちの……いえ、私の負けというわけね」


ブチャラティとディアボロは殆ど相討ちに近い形だった。
あの無敵のスタンド相手に、ブチャラティは互角の戦いを演じたのだろう。
とすれば、レミリアがサンタナに負けたのが直接の敗因だといっていい。


280 : 『さあ、おやすみなさい ―星と死のバラード―』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:13:53 YULsY9mM0


「……サンタナ」


空っぽの存在だと思っていた。
実際、一度私に敗れた時の奴は信念も背負うものもない、空白の存在だった。

だが、奴は再び立ち上がり、名乗りを挙げて私に挑んできた。
力をもって『サンタナ』という存在を刻むために。
妖怪が、生きるために、忘れられない為にそうするように。

まさしく奴は、名を残し、語り継がれるために戦う、一個の妖怪としての生き方に目覚めたのだろう。
――このような殺し合いの場でなければ、きっとそれは喜ばしいことなのだろう。
ただ命を食らうだけだった、獣と妖怪の境界に立つ存在が、同じ闇に生きる妖怪として誕生したのだから。

だけど、どういう理由であれ、サンタナが億泰を喰らった事実は覆らない。
――だとすればやはり、奴は、殺さなければならない。
億泰はいつもの幻想郷で妖怪の食料として配給される人間ではないのだから。

レミリアは立ち上がり、地霊殿を後にする。
振り返って地霊殿を一瞥し、隣人になり得たかもしれない仇敵に雪辱を誓ってから。


【D-2 猫の隠れ里の地下 地霊殿・正面出入口/午前】
【レミリア・スカーレット@東方紅魔郷】
[状態]:疲労(大)、妖力消費(大)、右腕欠損、再生中
[装備]:なし
[道具]:「ピンクダークの少年」1部〜3部全巻@ジョジョ第4部、ウォークマン@現実、
    鉄筋(残量90%)、マカロフ(4/8)@現実、予備弾倉×3、妖怪『からかさ小僧』風の傘@現地調達、
    聖人の遺体(両目、心臓)@スティールボールラン、鉄パイプ@現実、
    香霖堂や命蓮寺で回収した食糧品や物資(ブチャラティのものも回収)、基本支給品×4
[思考・状況]
基本行動方針:誇り高き吸血鬼としてこの殺し合いを打破する。
1:咲夜と美鈴の敵を絶対にとる。
2:ジョナサンと再会の約束。
3:サンタナを倒す。
4:ジョルノに会い、ブチャラティの死を伝える。
5:自分の部下や霊夢たち、及びジョナサンの仲間を捜す。
6:殺し合いに乗った参加者は倒す。危険と判断すれば完全に再起不能にする。
7:億泰との誓いを果たす。
8:ジョナサン、ディオ、ジョルノに興味。
9:ウォークマンの曲に興味、暇があれば聞いてみるかも。

[備考]
※参戦時期は少なくとも弾幕アマノジャク以降です。
※波紋及び日光によるダメージで受けた傷は通常の傷よりも治癒が遅いようです。
※「ピンクダークの少年」の第1部を半分以上読みました。
※ジョナサンとレミリアは互いに参加者内の知り合いや危険人物の情報を交換しました。
 どこまで詳しく情報を教えているかは未定です。
※ウォークマンに入っている自身のテーマ曲を聞きました。何故か聞いたことのある懐かしさを感じたようです。
※右腕が欠損していますが、十分な妖力が回復すれば再生出来るかもしれません。
※キング・クリムゾンのスタンド能力を知りました。
※闇の一族の肉は、焼いて食べると(妖怪にとっては)美味しくて栄養満点なことに気づきました。


281 : 『さあ、おやすみなさい ―星と死のバラード―』 ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:14:52 YULsY9mM0

※地霊殿の正面出入口は、落盤で塞がりました。普通の体格の人が歩いて出入りすることは不可能です。
 但し、広い地霊殿には正面以外にも出入口があると予想されます。


◯支給品紹介
・メリーさんの電話@東方深秘録
ドッピオ(ディアボロ)が、地霊殿・古明地こいしの部屋で調達した。
何の変哲もない受話器だが、本来電話機本体に繋がるはずのコードは途中で千切れてしまっている。
当然、電話機としての機能を果たすことはできない。

・パチンコ玉@現実(19/20箱)
サンタナに支給された。
正式名称、遊技球。直径11mmの、クロムメッキが施された鋼球である。
ドル箱と呼ばれる、パチンコ屋で用いられる専用のプラスチックケースに入れて支給されている。
1箱当たり約1800発の玉が入っている。


282 : ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 03:15:48 YULsY9mM0
以上で投下を終了します。

スレの住民達よ、見ているか!?


283 : ◆.OuhWp0KOo :2015/09/27(日) 07:53:33 YULsY9mM0
>>280
レミリアの状態表を以下のものに修正してください。

【レミリア・スカーレット@東方紅魔郷】
[状態]:疲労(大)、妖力消費(大)、右腕欠損、両翼欠損、再生中
[装備]:なし
[道具]:「ピンクダークの少年」1部〜3部全巻@ジョジョ第4部、ウォークマン@現実、
    鉄筋(残量90%)、マカロフ(4/8)@現実、予備弾倉×3、妖怪『からかさ小僧』風の傘@現地調達、
    聖人の遺体(両目、心臓)@スティールボールラン、鉄パイプ@現実、
    香霖堂や命蓮寺で回収した食糧品や物資(ブチャラティのものも回収)、基本支給品×4
[思考・状況]
基本行動方針:誇り高き吸血鬼としてこの殺し合いを打破する。
1:咲夜と美鈴の敵を絶対にとる。
2:ジョナサンと再会の約束。
3:サンタナを倒す。
4:ジョルノに会い、ブチャラティの死を伝える。
5:自分の部下や霊夢たち、及びジョナサンの仲間を捜す。
6:殺し合いに乗った参加者は倒す。危険と判断すれば完全に再起不能にする。
7:億泰との誓いを果たす。
8:ジョナサン、ディオ、ジョルノに興味。
9:ウォークマンの曲に興味、暇があれば聞いてみるかも。


284 : 名無しさん :2015/09/27(日) 10:53:51 9kGvq/Ak0
投下乙です!
ディ・モールト ディ・モールト(非常に 非常に)良いぞッ!
絆と誇りを胸に戦うレミリア、己の中の正しさを貫き通すブチャラティ、屈辱を乗り越えて生き様を見出だしたサンタナ、ボスへの忠誠に突き動かされるドッピオ
因縁深い四者が入り乱れる戦いは面白かったです…!
安らかに逝ったブチャラティの意志を受け継いだレミリアには頑張って欲しいし、
空虚な落ちこぼれだからこそ新たな能力と生き方を見つけられたサンタナの今後も気になるところ


285 : 名無しさん :2015/09/27(日) 20:21:06 9eyzofJA0
面白かった!投下乙です!
今回の話は各々見せ場があって全員カッコ良いけど、特筆すべきはやっぱりサンタナですね。
朧気にも明らかにされるサンタナの2000年前の過去や、他の柱の男たちには無い戦闘スタイルを確立していく成長過程。
ここまでの色々な葛藤を乗り越え、一度は最上種としての誇りが崩されたからこそ描かれた新しい彼の生き様はとても新鮮で美しいものでした。
「俺の名は……サンタナだ!」この台詞がグッときますね。

そして、あぁブチャラティ……まさか彼の誕生日に投下された話で彼が逝ってしまうとは…
天へと昇りゆく彼が見た魂の星々のシーンが幻想的で、原作を彷彿させる綺麗な画でした。
結果的には敗退したレミリアも、どこか清清しさの残る気持ちで雪辱を誓うその先もとても気になってきます。

非情にワクワクする熱い展開、そして切ない最後。ある意味綺麗な話でした。
ブチャラティの死亡ナレーションが無かったと思うので、そこだけ付け加えればよいかと思います。


286 : 名無しさん :2015/09/27(日) 20:45:16 VKa31JOY0
ブラボー!おお・・・ブラボー!!


287 : 名無しさん :2015/09/28(月) 01:00:58 /yselYko0
>>282
サンタナだ!サンタナが、見ているぞ!!
名乗り上げるとこで、おお!ってなって、その次の「サンタナが、行くぞ!」でうおおおお!!ってなった
こう、必死に名前を刻み付けようとするあまり、ちょっぴり変な言葉遣いになっているのが眩しい

レミリアがジョナサンらから得た『他者との繋がり』が『偉大なる生物』サンタナを打ち砕き、
そこから妖怪『サンタナ』が生まれてくることにリレー小説のみょんを感じずにはいられない
そこのどこに琴線が触れたのかと言われれば、妖怪『サンタナ』がその『名前』に固執したのがグッド
シュトロが即興で付けたヤツなのに何を今更、とも思ったけど名前があるから意味が生まれるのか、と一人合点
『偉大な生物』という血統書を失った化物が新しい自分を示す何かを求めるのはヒューストンと府に落ちる
そしてその『名前』こそが、ちょうど幻想少女が弾幕に『命名』する意味を持たせる行為なのだと考えると
ジョ東クロスオーバー率100%!ってなる、最高

肉体的ダメージ担当おぜうやら、ボクっ子ブチャラティやら、状態表から追い出されたディアボロやら他にも本当にあったが
サンタナの躍進がただただ目覚ましかった
しがらみやら境遇やら断ち切って、立ち上がって、飛び立っていく。これがいいよね


288 : 名無しさん :2015/09/29(火) 01:15:42 o4OJcyOo0
「投下乙」...それしか言う言葉が見つからない
うん、サンタナもブチャラティもレミリアもドッピオも、
皆が皆、めっちゃかっこ良かった
まさかあのサンタナがここまで熱いキャラクターになるとは...
敬意!払わずにはいられないッ!


289 : 名無しさん :2015/09/29(火) 15:09:04 TeCkzb120
なんだこれはぁぁーーーッ スゴイなあああッ!!
サンタナが自分の名前を言うシーン、ブチャラティが昇天する場面が特に気に入りました
みんながみんな全力で魂を燃やして昇華する、非常にベネ!な作品でした


290 : ◆753g193UYk :2015/10/05(月) 19:02:49 RcmwCYZo0
射命丸文、火焔猫燐、ホル・ホースで予約します


291 : 名無しさん :2015/10/05(月) 19:16:36 tLiquV2U0
ムム! ニューIDの方だ…!


292 : 名無しさん :2015/10/05(月) 20:35:15 aPb1ofsU0
新手のジョ東書き手だ!逃がすな!


293 : 名無しさん :2015/10/06(火) 18:07:51 FZjDJz260
投下乙
なんてすげえ作品なんだ
ブチャラティを心配するレミリア、安心させて魂を成仏させようとするレミリアは「良い女」そのものだった…
そして戦いでは圧倒的カリスマを見せつけてくれた
(サンタナミートを食べた時の一流グルメリポーター並の感想を読んでお腹がすいたのは内緒)
ブチャラティに頑張ったねって言って、「ボク」に変わるシーンはほんと、涙を必死に堪えながら読んだ
読ませてくれてありがとうと言わせておくれ

サンタナは、この一線で大きく成長したと思う
命のやりとりなしで戦いを楽しみたいと思う精神は、ワムウのそれに近いかもしれない
ドッピオはサンタナの不可思議な感情で救われたな
悪運の強い男はしぶといぜ…
結果的には倒せなかったけど、ブチャラティは頑張った!胸を張れるほど頑張ったよ!お疲れ様でした…!


294 : 名無しさん :2015/10/08(木) 13:56:34 mpDMJoc20
投下乙です

「俺の名は……サンタナだ!」
「サンタナが、行くぞ!!来いッ!! レミリア・スカーレット!! 」
めっちゃカッコよかったです、まさかサンタナがワムウ並に熱いキャラになると誰が初期登場回から予想したであろうか、
あの中身からっぽだったサンタナが矜持を持って名乗りそして相手の名前を口にするなんて

ドッピオのブチャラティの好きにさせまいとする意地とボスへの忠誠心、
原作で最後は朽ちてゆくブチャラティの体の中で終えた精神であるドッピオとの絡みだったと考えるとじわじわ来るものがありますね

そしてブチャラティの最後にほろり、全体的に熱くカッコよくほろりとさせてくれるお話でした


295 : ◆753g193UYk :2015/10/12(月) 02:09:35 ukBrpOQY0
予約を延長します


296 : ◆753g193UYk :2015/10/15(木) 00:37:39 shlPQwg60
投下を開始します


297 : ◆753g193UYk :2015/10/15(木) 00:38:52 shlPQwg60
 命蓮寺の本堂に、柔らかく暖かい朝の日差しが差し込む。静謐に包まれた寺の本堂からは、一キロも離れた場所で燃え盛る魔法の森の様子など伺えはしない。今も何処で誰が殺し合っているかも知れないというのに、この命蓮寺だけは、それを感じさせない程に穏やかな時が流れていた。
 そう、穏やかすぎるのだ。射命丸文も火焔猫燐も、ふたりとも揃いも揃ってまるで緊張感のない微笑み顔で話し合っている。つい数分前には額に銃を突き付けていた者と、突き付けられていた者――命のやりとりをしていた者同士が、だ。それがホル・ホースにはどうにも不気味に感じられた。
 簡素な情報交換の結果分かったのは、両者ともに殺し合いには乗っていないということと、二人は同じ幻想郷の住人ということ。この場所へ来て再会を果たした二人は、共に行動する事になるも、些細な方針の違いから口論になってしまった、というのだ。

「――ま、なんとなく事情はわかったぜ」

 釈然としないながらも、と心中で付け足しながら。ホル・ホースは、今も穏やかな面持ちで隣り合って座る二人を眇めた。

「けどよ、その口論の理由ってのは一体なんなんだ? せっかく再会出来た仲間同士なのに拳銃沙汰になるってのはよォ……おれには、よほど退っ引きならない事情があったとしか思えねーぜ」
「あややや……それがですね、少々ややこしい話になるんですが」
「…………」

 文が話し出した途端、お燐の表情に、にわかに陰りが差したのをホル・ホースは見逃さなかった。

「話は少し前に遡るんですけどね。お燐さんと出会う直前、私はジョニィ・ジョースターという『スタンド使い』と行動を共にしていたんです。勿論、殺し合いには乗っていません」
「ジョニィ・ジョースター……ジョースター、ねえ」
「……あや? それがどうかしましたか?」
「いや、大したことじゃあねーんだが、おれの知り合いにジョセフ・ジョースターってのが居るもんでね、少し気になっちまったのよ」
「ああ……あなたもですか。なるほど」
「あん?」

 呟くようなその一言に耳ざとく反応を示すが、文はどうでもいいことのように「お気になさらず」と一言、軽く首を振るだけだった。

「一応補足しておきますと、そのジョセフさんとジョニィさんとは無関係かと思いますよ。ジョニィさん本人に確認したところ、この場の他のジョースター姓の人間に知人は居ないとのことですから」
「そうかい……いや、話の腰を折って悪かったな。続けてくれ」

 百年も前にDIOに身体を奪われて死んだ筈のジョナサン・ジョースターの名前が名簿に記されている事もホル・ホースは気になっていたものの、今はそれを考えても詮無いことだ。ジョニィ本人がジョナサンもジョセフも知らないというのだから、話はそれまでだろう。
 素朴な好奇心を振り払って、ホル・ホースは文の観察に意識を戻す。彼女の言葉の裏に嘘が潜んで居ないかどうかをしっかりと見極めなければならない。


298 : ◆753g193UYk :2015/10/15(木) 00:40:18 shlPQwg60
 
「チルノさんと合流した私とジョニィさんは、危険人物に襲われているという古明地こいしさんを救出するために、チルノさんの誘導で魔法の森へ向かいました。……けれど、それは、チルノさんとこいしさんの罠だったんです」
「罠?」
「ええ……殺し合いに乗ったチルノさんとこいしさんは、最初から私達を嵌めるつもりだったんです。ジョニィさんはこいしさんを救いたいという思いを利用され……最期はチルノさんと相打ちという形で……」
「……そうか」

 ホル・ホースの口をついて出るのは、その一言だけだった。
 文の沈鬱な表情からも、ジョニィの最期は凡そ想像がつく。いかにも『ジョースターらしい』愚かな最期と言ってしまえばそれまでだが、文の表情を見ていると、それを口にする気にもなれない。何よりも、妖怪とはいえ『女』のために困難な道を進もうとしている自分がそれを口にするのは余りにも滑稽だった。
 一方で、冷静に推察して、少なくとも文がジョニィの死を悼んでいるのはまず間違いないだろう。数々の女の涙を見てきたホル・ホースには、それくらいの嘘は見抜ける。彼女の瞳は、ジョニィを喪って哀しんでいる『フリ』をした女のそれではない。
 ……だがそうなると、余計に疑問が残る。誰かの死に対してこうして心を動かす事の出来る彼女が、一体何故どうしてあんな冷徹な顔で拳銃など突き付ける事が出来るのだろうか。
 わからない事柄に眉根を寄せて黙考するホル・ホースの意識を釘付けにしたのは、静寂を引き裂くように声を荒げたお燐だった。

「――違うよッ! それは誤解なんだ……! こいし様は、そんな事出来る人じゃないんだ……今はただ、DIOって人にいいように操られてるだけで……みんなが思ってる以上に、あの人は『普通の女の子』なんだよぉ……」
「だからって何ですか。私はあの二人の『卑劣な罠』に嵌められた上に、仲間を……ジョニィさんを殺されたんですよ。その私が、何だってチルノさんを見捨てて逃げ出したこいしさんを助けに行かなくっちゃあならないんですか」

 そのやりとりが、ホル・ホースと合流する前の口論の続きであろう事を察した時点で、ホル・ホースは会話から身を引いた。まずは様子見だ。

「それでも、そこを曲げてお願いしてるんだってば。だってお姉さん、幻想郷でも『最強クラス』の妖怪でしょ? その気になれば、こいし様を助けるくらい、やってやれない訳じゃない筈だよッ。あたい一人じゃ力不足なんだ、お願いだよぉ……!」
「……ッ」

 お燐が文に縋りつこうとしたところで、文は大きく身を引いてそれを躱した。
 ここでもしも身を引かずに組み付かれていたら、それはまさしくホル・ホースが物陰から見ていた揉め事の再現であったのだが。文は十数分前のそれと比べれば幾分冷静さを取り戻している様子だった。

「その気にならないから断ってるんです。お燐さんと行動を共にすることは歓迎しますが、こいしさんを助けに行きたいというのなら、私は『考え直せ』としか言えません。下手を打てばお燐さんだってこいしさんに殺されかねないってこと、わかってるんですか? というか、わかってくださいよ」
「うっ……こいし様はそんなことッ――」
「しないって言い切れないでしょう。貴女の言うところの『人を殺したりなんて出来る訳もない心優しいご主人様』に私は嵌められて、その為にジョニィさんは命を落とす事になったんですから」
「それもわかってる! でも、それでもだよッ……この通り!」

 お燐が頭を下げる。
 文は何も言わない。呆れた様子で嘆息してはいるが、しかしその瞳には、僅かな逡巡の色が見えはじめていた。

「こいし様は、本当は優しい人なんだ……あたいの説得なら、きっと正気を取り戻してくれるから……っ」
「はぁ。家族の絆、ってやつですか……? なら聞きますけど、そこまで言うからには、失敗した時の覚悟は出来てるんでしょうね?」
「そ、その時は……何でも、受け入れるよ。ただ、やれる事をやらずに諦めるのは、嫌なんだ」
「……いいでしょう、お燐さんの覚悟は分かりました」


299 : ◆753g193UYk :2015/10/15(木) 00:41:39 shlPQwg60
 
 小さく首肯した文は、ホル・ホースに向き直った。

「ホル・ホースさんはどう思いますか?」
「えっ?」

 突然話題を振られたホル・ホースの額を一滴の汗が流れ落ちる。
 ここまでの二人のやりとりを見て、状況は理解出来た。要するに、古明地こいしを助けるかどうか、それが口論の発端。仲間を殺された文が口論の末にヒートアップして拳銃を取り出してしまったというなら、それはそれで無理もない話のように思える。
 往々にして、『男』を殺された『女』の激情というのは計り知れないものだ。自分のために『命』すら投げ出してくれる女が世界中に居るホル・ホースには、それが理解出来る。もしもこのホル・ホースが殺されたなら、きっと彼女らの中にはホル・ホースのかたきを討とうとする者だって居る筈だ。それと同じで、文にとってジョニィは『特別な人間』だったのだろう。そう考えるならば、あの拳銃沙汰の背景がようやく見えてくる。

「――あー……そりゃあ、おれとしちゃあよォ……」

 言いよどむ。
 ホル・ホースとしては、ただでさえ『響子の願い』を受けて行動している最中なのだ。これ以上、厄介事を重ねて抱え込むことは御免被りたい。それが本音だ。
 だけれども、古明地こいしは『女』で、それを救いたいと願う火焔猫燐もまた『女』だ。ホル・ホースは女に嘘は吐くが、同時に『世界一女にやさしい男』を自称している。それは『女』という生き物を『尊敬』しているからだ。お燐の願いを無視して、彼女らを見捨てるというのが最も簡単な結論だが、それはどうにもホル・ホースの心に『よくないもの』を残す気がしてならない。
 そう、思うものの。

(け、けどよォォ〜〜〜……猫耳ちゃんにはカワイソーな話だが、こればっかりは相手が悪いぜ〜〜〜!)

 何しろ、こいしを救うとなると、それは即ち『あのDIOを敵に回す』という事に繋がるのだ。一度はDIOの暗殺を決めたホル・ホースだが、それはDIOが隙を見せてくれたからだ。自分の性質が暗殺に向いている事を理解しているホル・ホースにとって、DIOに真っ向から歯向かう事が愚かだということくらいは容易に判断出来る。
 大体にして、DIOに魅入られた女を救うことなど出来るのだろうか。それがそもそもの疑問だ。
 これまでホル・ホースは、狂信的なまでの熱で以てDIOに尽くし、そして捨てられて終わる女を腐るほど見てきた。ああいった女どもの考えはホル・ホースには理解できないが、もしも古明地こいしもそういう精神状態にあるとするならば――『こいしの目を覚まさせる』という事は、何らかの理由があって殺し合いに乗った寅丸星を正気に戻すことよりも困難なことであるように思われた。


300 : ◆753g193UYk :2015/10/15(木) 00:42:41 shlPQwg60
 
(つーかよォ……言い分自体は天狗のねーちゃんの方が正しいんだよなァ〜……)

 一方で、感情論を振り翳すお燐に対して、文の理論はあくまで合理的だ。これまでの人生をあくまで合理的な考え方で生き伸びてきたホル・ホースにとっては、文の言い分の方が共感出来る点が多い。
 それに何より、人には誰だって、もう二度と出会いたくない人間というのは居るものだ。自分の場合で言うなら、あのターミネーターみたいなフザけた軍人がそうだ。奴とはもう二度と会いたくない。
 あまつさえ文は『男』を殺された身だ。文の視点で考えれば、ジョニィの死のきっかけになった下手人の片割れを助けたいだなんて、願い下げだろう。気持ちは分かる。
 つい数分前までは射命丸文とは行動を共にしたくないと思っていたものの、今ではその評価も覆っている。どちらと組むかと問われれば、ホル・ホースが選ぶのは、合理的な判断が出来て、尚且つお燐をして『最強クラス』と言わしめるだけの実力を持った文の方だ。
 だが、そういう判断だけでお燐の願いを切り捨ててこいしを見捨てるのはあまりにも寝目覚めが悪い。何よりも、この二人と関わろうと決めた時、もう後悔はしないと心に誓った筈ではないか。

「……なあ、答えを出す前に、ちと確認させて貰ってもいいかい、文?」
「はて? なんでしょうか」
「さっきお燐も言ってたがよ……お前さん、幻想郷じゃ『最強クラス』の妖怪なんだって?」
「……え、ええ。まあ……上には上が居ますし、最強と言ってしまうのは、多少大袈裟ではありますが」

 何処か居心地悪そうに文は頷いた。
 自分が力を持った参加者だということをあまり知られたくなかった、といったところだろう。

「実際、その気になればこいしの嬢ちゃんを助ける事は出来んのか?」
「天狗のお姉さんなら、相手が『鬼』でも無い限りはそうそう負けはしないと思うよ。こいし様がどんなに強くなってたって、動けなくするくらいは出来る筈なんだ。そしたら、あとはあたいが何とかして説得するから、だから……!」
「ちょっとちょっと、私が天狗だからって過剰な期待をかけるのはやめてくださいよ。私だって今は『葉扇子』もないし……ここじゃどういう訳か飛行速度や力だって大きく制限されてるんです。天狗だから何でも出来ると思ってるなら、それは『買い被り過ぎ』ってものですよ」

 なるほどと首肯する。
 それほどの力を持っていながらチルノとこいしの罠にハメられたのは、能力に制限がかけられていたから、というのも多分にあるのだろう。
 暫しの黙考を経て、ホル・ホースが口を開いた。

「おれとしちゃあ、ただでさえ面倒事を抱えてるってのに、わざわざ自分から危険人物に関わりに行くってのは御免だ……それが本音だぜ」
「そ、そんなっ――」
「まあまあ、落ち着けって。話は最後まで聞いてくれや」
 片手を軽く振って、あくまでホル・ホースは飄々と続けた。
「そうよ、確かに本音は今行った通り……けどよ、おれはもうあんたらと関わっちまった。関わっちまったなら、同じ『後悔』を繰り返すことだけはしたくねぇ」
「……というと?」
「おれは既に、ここで女を一人見捨てちまってる。この命蓮寺に住んでた、幽谷響子ってヤマビコの妖怪だ……知ってるか?」
「え、ええ……親しくはありませんが、一応」「あたいも、命蓮寺の前で見掛けたことならあるよ」と、両者揃ってこくりと頷いた。
「だったら話は早い。あのお人好しの馬鹿女はな……最後の瞬間、おれを逃がすために一人で犠牲になりやがったんだ」

 響子の最期を思い出す。自分自身の無力を、思い出す。
 そうすれば、自然とホル・ホースの握り込んだ拳に力が入った。
 女を尊敬している筈の自分が、命欲しさに女を見捨てて逃げる羽目になるなど、こんなに悔しい思いはない。


301 : ◆753g193UYk :2015/10/15(木) 00:43:30 shlPQwg60
 ジョースター一行に追い詰められた時、一度女を置いて離脱した事はあるが、女が殺される事はないと分かりきっていたあの時とは状況が違う。今回のそれは、確かな『死』が目前に迫っていた中で、殺されると分かりきっていた女を見殺しにして逃げたのだ。

(いいや違うな……言い訳はやめろよ、みっともねぇ! おれが何よりも許せねえのは、そうじゃねぇだろッ――)

 あの時、もしも響子が自ら囮になると言い出さなかったら。
 死ぬよりはマシだと、そう考えて、響子を見捨てて一人逃げ出していたに違いない。あの時確かに、ホル・ホースはそういう情けない事を考えていた。
 響子がそれで『何も言わずに死んでくれたなら』まだ良かった。心の中に蟠る感情も、今の比ではないくらいに楽だったに違いない。
 だが、みじめなことに、あの女はホル・ホースが見捨てるまでもなく、自らその命を差し出した。自分が一方的に使い捨てたのではない。尊敬している筈の女に、自分を愛してすらいない女に、この上なく情けない考え方をしていた自分は、命を救われてしまったのだ。
 それが、どうにも、悔しかった。

(しかもあの女ッ……最期におれになんて言いやがった?)

 ――おじさんはやっぱり優しいね……でもお願い……もう私にできることはこれしかないの……ごめんね。

(……『優しいね』、だとォ……? 女を尊敬してるだなんて言っておきながら……あの瞬間! 確かにテメェ自身のことしか考えてなかったこのおれを、あの女は『優しい』と言いやがったッ!)

 それが、自分のみじめさ、みっともなさを、余計に協調しているように思えてならなかった。
 ああそうだ。考えれば考えるほどに、ホル・ホースの決意は固くなる。やはりどうあっても、ここでお燐とこいしを見捨てる訳にはいかない。
 あの瞬間傷付けられたプライドを、ホル・ホースは取り戻さなければならない。それが見失ってはならないホル・ホースの心の『指針』だ。

「おれはよ……正直なところ……殺し合いなんざどうだっていいんだ。故あれば人を殺すことだって躊躇いはねぇ……所詮おれは、自分が生き残る事が第一のケチな暗殺者よ」
「ホル・ホースさん……」
「けどよ……どうあっても、これだけは、譲れねぇ。女を見捨てるような真似だけは、もう二度と出来ねぇのよ。あの時失ったものを取り戻さなくっちゃあ、おれは前にも進めねぇ……ッ!」

 ――だから。

「おれは『理屈』よりも、おれ自身の心の『地図』に従うぜ。こいしの嬢ちゃんを助けに行くっていうのなら、このホル・ホースも助太刀しようじゃねぇか」

 例えそれが愚かな行為だとしても。
 男には、やらねばならない時がある。今この場でやるべきことが、これだ。
 ホル・ホースの決然とした言葉を受けて、暗澹としていたお燐の表情もぱあっと明るく輝いた。

「ありがとう、お兄さん……ありがとう!」
「あややや……もう、この空気では私が何を言っても無駄そうですねぇ。私だけ反対し続けるのも無粋に思えます」
「ってことは、お姉さんも……!?」

 呆れた様子で深く息を吐きながらも、文もまた頷いた。

「はいはい、分かりましたよ。やれるだけのことはやってみます。それでいいんでしょう?」
「うん、うん……! ありがとうね、お姉さん……! あたい、きっとこいし様を助けてみせるね……!」

 目尻に涙さえ浮かべながら、お燐は深々と頭を下げた。


302 : ◆753g193UYk :2015/10/15(木) 00:44:26 shlPQwg60
 


 相手に嘘を信じ込ませるための秘訣は、八割の真実に二割の嘘を混ぜる事だ――とは、一体誰が言った言葉だったか。これでホル・ホースはお燐にも文にも何の疑念をいだくこともなく、自然と受け入れてくれた。以後、誰かが問題を起こさない限りはホル・ホースとも良い仲間としてやっていけることだろう。
 ふう、と小さく息を吐きながら。深々と下げていた頭をゆっくりと上げた火焔猫燐は、ホル・ホースの目を盗んで、額にじわりと浮かんだ脂汗を袖で軽く拭った。

(状況はパッと見いい感じにまとまってるように見えるけど……)

 そう。表向きには、良好な関係を結んだチームであるように見える。
 みんなでこいしを助けに行く事になって、表向きにはお燐の望む方向へ話が進んでいるのだ。ホル・ホースの答えも、お燐にとっては嬉しいものだったし、この男を騙す事には、僅かな罪悪感すら覚える。
 だが……実際のところ、お燐にとってはむしろ緊張感が増す思いだった。

(何がこいし様を助ける、だ……! お姉さんは、こいし様を殺すつもりじゃないか!)

 ホル・ホースとの合流前、確かにこの女は言った。
 お燐を殺して遺体を奪ったら、すぐにこいしも殺しに行く、と。
 そんなことは絶対にあってはならない。何が何でも、こいし様の命は自分が守らねばならない。
 その為にも、ホル・ホースには騙すようで申し訳ないが、もう暫くはこのまま隠れ蓑として働いてもらって、文の暴挙を掣肘して貰う必要がある。

(――にしても、このお姉さん……何処まで話すのかとヒヤヒヤしたけど、やっぱり自分から遺体の事は話さないんだね……)

 お燐と出会った時にも遺体の事は隠していたが、一体この女は何を企んでいるのだろう。
 チラと横目に文を見遣れば、そこで相手の赤い瞳と目が合った。文はくすりと柔らかく微笑むが、その笑みの意図が見えず、かえって不気味だ。
 軽い会釈と愛想笑いで返しつつ、お燐は絶対にこの身体の中に眠る遺体を渡すわけには行かないと再認識する。こんな、何の罪悪感も抱かずに嘘を吐くような『悪人』に、遺体を奪われてはたまったものじゃない。
 尤も、それは自分自身にも当てはまる事なのだが。

「でも、こいしさんを救うと言っても、何か勝算はおありですか? 考えなしに挑んでも、また罠に嵌められるのがオチですよ」

 文の言葉には、何処か刺があるように感じられた。
 居心地の悪い視線に耐えられず、お燐は目を伏せる。

「それなんだがよ、おれの知り合いに空条承太郎ってのがいてな……ヤツなら、DIOの呪縛からこいしの嬢ちゃんを救い出す事が出来るかもしれねェ」
「承太郎って……あの大きいお兄さん、だよね? その人にならさっき合ったけど……」
「なにィッ!? 承太郎に合ったのか!?」と、血相を変えて半身を乗り出すホル・ホース。
 若干身を引きながらも、お燐は簡素に状況を説明する。
 ジョースター邸の近くで、承太郎・霊夢の二人組と出会って、軽く会話をしたこと。
 肉の芽を操るDIOは、それを相手の額に打ち込んで思いのままに操る力を持つ、と聞かされた事。
 それらを話し終えたところで、肉の芽についてやけに詳しかったDIOと、DIOに操られているというこいし、両者がお燐の中で結びついた。

「も、もしかして、承太郎お兄さんならこいし様を……?」
「それは分からねぇ。だが、DIOがポツリと言ってたのを聞いたことがあるぜ……承太郎を始末するために差し向けた筈の花京院とポルナレフが、承太郎と戦って裏切った……とよ。おれも詳しい事は知らされてねぇが、もしかしたらって話よ」

「――ッ!!」
 その刹那、お燐はハッとして背筋を伸ばした。
 承太郎ならば、操られたこいしを救えるかもしれない。


303 : ◆753g193UYk :2015/10/15(木) 00:45:01 shlPQwg60
 
「そ、それならッ! 早速ジョースター邸に向かおう……! まだ承太郎お兄さんが近くにいるかもしれないでしょお!?」

 お燐が承太郎と出会ったのは、ジョースター邸の近くで。
 ジョースター邸の方向には――ヴァレンタイン大統領が居る。
 
「お願いだよ、少しでも可能性があるなら、それに懸けたいんだ。あたい、もう居ても立っても居られなくってさぁ……」

 文に気取られてはならない。この女は、きっとそこに大統領が居ると知れば、同行を拒否するに違いない。
 何も自分自身が遺体を奪って集める事だけが戦いではないのだ。遺体を持った文を大統領の元まで誘導し、必要であれば大統領を援護する。それだって立派な戦いのはずだ。
 戦闘力の乏しい自分が無理をするよりも、戦闘自体は大統領に任せてしまった方が合理的であろう。

(幸い、天狗のお姉さんの嘘のおかげでホル・ホースのお兄さんは完全にあたいを信じてくれてる……今のあたいは、きっと情に厚い家族思いな女の子と思われてる筈だよ)

 にわかに滲む冷や汗を軽く拭い取りながら、お燐はじっとホル・ホースを見詰める。
 一緒にジョースター邸に向かって欲しい。そういう願いを込めた、切実な視線だ。何も怪しまれる点などない。
 そもそもの話、最初に嘘を吐いたのは自分なのだ。だったら、それをとことん貫き通してやる。
 ホル・ホースへの罪悪感はあるが、邪魔をしない限りは大統領がホル・ホースを襲う事もあるまい。これは遺体を大統領の元へと届ける為には仕方のない嘘なのだ。自分のためだけの文の嘘とは違う。

「――ま、本音言や、承太郎のヤローとはあまり会いたくないんだが……確かに、ヤツなら信用できるぜ。事情を話せば、協力もしてくれるだろうな」
「だったら……!」
「ああ、そういうことなら善は急げってヤツよ。とっととジョースター邸の方角へ向かって、承太郎を探すぜ」
「ちょっと待って下さい。もしも承太郎さんが見つからなかったら、その時は……? こいしさんは後回しにしていいんですか?」

 何処までも冷淡な目をした文が、あくまで冷静に割り込みをかける。
 白々しい言葉だ。口からつい本音が漏れ出しそうになるのを堪えながら、お燐は笑顔を作る。
 
「だって、折角こいし様と出会えても、助けられないんじゃ意味ないでしょ? あたいね、こいし様を救えるかもしれないっていうなら……少しでもその可能性を高めたいんだ!」

 というのは建前である。
 本音は――。

(っていうかッ! 今この状況でこいし様と出会ったら、あんた何かと隙を突いて、こいし様のこと殺そうとするでしょッ!? そんな相手会わせられるワケないじゃないのさッ!)

 そうだ、この女は、こいしに対して明確な殺意を抱いている。
 ジョニィを殺された、という事もあるのだろうとは思うが、それにしたって殺意に満ち満ちた相手を家族に引き合わせるのは考えものだ。最悪そうするしかないにしても、せめてホル・ホース以外の見張りをもっと増やすか、いっそのこと大統領の手で文を始末させてからにしたい。

「そうですか。お燐さんがそれでいいのなら、私からは何も言うことはありません。それじゃ、残りの情報交換は移動しながらといきましょうか」

 意外なほどあっさりと、文はお燐の考えに同調した。
 何か、もう一悶着あるのではないかとすら思っていたのに。
 やはり、この天狗は何を考えているのかが中々読めない。
 一体いつまでこんな思いをし続けなければならないのか、いいや、それも大統領と合流するまでだ。気を引き締め直して、お燐は立ち上がった。


304 : ◆753g193UYk :2015/10/15(木) 00:45:49 shlPQwg60
 


 射命丸文は、命蓮寺からやや北上した地点の川沿いの道をジョースター邸へと向かって進みながら、ふと不意に空を見上げた。厚い雲の占める面積が、徐々に肥大している。
 この分ならば、あと一時間も待たずに雨が降り出す事だろう。
 近いうちに雨が降り出すであろうことは予測していたが、移動を開始した頃に振り出されるとなると、どうにも間が悪い。ただでさえ考えるべき事が多くて辟易しているのだ、文は堪らず嘆息した。

(はぁ……このホル・ホースという男……銃の実力は確かなんでしょうけど)

 それだけだ。
 聞けば、寅丸星一人なんとか出来ず、響子を見殺しにするしか出来なかったというのだから。仮にあのヴァニラのような敵が現れたとして、この男の銃で何処まで対抗できるのかは甚だ疑問である。
 最悪の場合、葉扇子もなく、能力に制限をかけられた今の文でも、風の力でゴリ押しすれば問題なく倒せる可能性すらあるのではないか。であるならば、この茶番もまったく無意味という事になる。

(……まあ、それはもう少し様子見ね)

 というよりも、『ホル・ホースを始末する』という考え自体は幾度か鎌首をもたげはしたものの、文は思い浮かんだプランのことごとくを自分で却下してきたのだ。
 文はあの瞬間、自分の心の地図に従って進むと宣言したホル・ホースのギラついた双眸の中に、確かにジョニィの瞳の中に見た煌めきに近いものを感じたのだ。
 そんなものを心の指針にしたところで、それが何の力になるのか、と問われれば――その答えの行き着く先にあるのが、ジョニィの死であるのだが。現にホル・ホース自身も、あの時のジョニィと同じように、自ら困難な道に進もうとしている。

(ま、でも……それなら丁度いいわ。見極めてやろうじゃないの)

 冷たい視線を、前方を歩くカウボーイハットへと向ける。
 もしもホル・ホースがしくじったなら、今度こそ文も見限りが付けられる。
 末期の言葉すら残さず哀れに散ったジョニィと同じように、この男も無残に散ったなら――その時はあらゆる懊悩をかなぐり捨てて、問答無用でお燐を殺して、遺体を奪い取ろう。ジョニィの死の切っ掛けになったこいしもその後で必ず殺す。
 そうすれば、文がジョニィに見た奇妙な情もすべて消滅することだろう。

(女を見捨てない、だなんて……この場でその信念を貫く事がどれだけ難しい事か。それが人間の尊さだというのなら、精々救ってみせなさいよ……ホル・ホース。私を『納得』させてみなさい)

 もういい加減、文だって気付いている。
 殺し合いに乗ると言いながら、自分が情を捨てきれていない事を。今の自分の中に、二つの感情が渦巻いているということを。
 それは、ジョニィのように気高くありたいという白のチップと。
 何処までも狡猾に、周囲を利用し尽くして生き残ろうとする黒のチップと。
 それぞれが半々、五分と五分で、文の心の中を満たし、どちらか一方を塗りつぶそうとせめぎ合っている。
 黒の方が勝ってくれたなら、いっそ気が楽だ。そう考えてしまうあたり、現状の趨勢としては、黒の方がやや有利に傾いているのかもしれない。だけれども、心のどこかに、全てを覆い尽くそうとする黒に抗おうとする白が居るのも確かだ。

(その白はきっと、私の中に蟠るジョニィさんの残りカス。そんなもの、消えてなくなってくれた方がいっそありがたいのに……)

 ――いや、今は考えるのはよそう。懊悩を吹き払うように、文はかぶりを振った。
 それよりも今は、もっと重要な事がある筈だ。


305 : ◆753g193UYk :2015/10/15(木) 00:46:29 shlPQwg60
 
(ああそうそう、この泥棒猫。私がこいしさんを殺そうとしている事は知っている筈なのに……一体どういうつもりなのかしら。承太郎と霊夢のチームに合流して、私に下手な行動させないようにしようって腹積もり?)

 だとしたら可愛いものだ。チームの中に溶け込めるなら、文としたってその方が生き残っていく上では都合がいい。
 大体にして、周囲に人が増えれば増えるほど、お燐の方こそ遺体を奪う為の隙を伺いにくくなるのだ。遺体を奪う事が目的だというのなら、これ程までに不合理な事はない。
 仲間の少ない今のうちにホル・ホースを味方につけて、文を『遺体を狙うテロリストだ』とでも言って、糾弾されるのではないか、くらいに思っていたものだから、文にしてみればひどく拍子抜けだった。

(でも……この子だって、自分の家族の生死が掛かっている。あまり浅はかな行動をするとも思えないわ)

 相手が情に流されやすい愚か者だからといって、油断をするのは自分らしくない。
 お燐のその行動の裏には、常に何らかの打算が隠されている筈だ。それを見抜いて、先手を打つ必要がある。
 この女は一体何を考えている。目的はなんだ。

(目的は、私の持つ遺体を奪う事。そして、大統領に渡す事……とすると。もしかして、進行方向に大統領が居る……とか?)

 だとしたら、このままお燐の思惑通りにジョースター邸に向かうのは宜しくない。
 あくまで予想に過ぎないが、少し時間を稼いで様子を見るというのも手かもしれない。
 不幸中の幸いか、もうじきに雨が降り出す事だろう。時間帯で言うならば――恐らく、昼に差し掛かる頃には、程度はどうあれ自分たちは雨に打たれる。
 この移動速度から考えるに、雨が降り出す頃には自分たちは廃洋館の近くを歩いていることだろう。
 傘も持っていないのに、そのまま突き進むのが体力的にも厳しいものがある、とか何とか理由をつけて、しばらく廃洋館に立て籠もって時間を潰すのも良いかもしれない。
 お燐がそこで堪え切れず本性を表すような事があったり、何か怪しい行動を取るようなら、此方も動き出すための『理由』が出来るというもの。
 徐々にじとりと湿り気を帯び始めた空気を肌で感じながら、曇天の空の下、三人は別段会話を弾ませる事もなく、黙々と歩き続けるのだった。
 
 
【E-4 川沿いの道 午前】


306 : ◆753g193UYk :2015/10/15(木) 00:46:58 shlPQwg60
 
【射命丸文@東方風神録】
[状態]:胸に銃痕(浅い)、服と前進に浅い切り傷
[装備]:拳銃(6/6)、聖人の遺体・脊髄、胴体@ジョジョ第7部(体内に入り込んでいます)
[道具]:不明支給品(0〜1)、基本支給品×3、予備弾6発、壊れゆく鉄球(レッキングボール)@ジョジョ第7部
[思考・状況]
基本行動方針:どんな手を使っても殺し合いに勝ち、生き残る
1:ホル・ホースらと共に移動するが、雨が降り出したら廃洋館へ向かうように進言してみる。
2:火焔猫燐は隙を見て殺害したい。古明地こいしもいずれ始末したい。
3:ホル・ホースを観察して『人間』を見極める。
4:この遺体は守り通す。
5:DIOは要警戒。
6:露伴にはもう会いたくない。
7:ここに希望はない。
[備考]
※参戦時期は東方神霊廟以降です。
※文、ジョニィから呼び出された場所と時代、および参加者の情報を得ています。
※参加者は幻想郷の者とジョースター家に縁のある者で構成されていると考えています。
※火焔猫燐と情報を交換しました。
※古明地こいしが肉の芽の洗脳を受けていると考えています。


【火焔猫燐@東方地霊殿】
[状態]:人間形態、妖力消耗(小)
[装備]:毒塗りハンターナイフ@現実、聖人の遺体・両脚@ジョジョ第7部
[道具]:基本支給品、リヤカー@現実
[思考・状況]
基本行動方針:遺体を探しだし、古明地さとり他、地霊殿のメンバーと合流する。
1:家族を守る為に、遺体を探しだし大統領に渡す。
2:射命丸文を大統領の居る方向へと誘導し、必要であれば大統領を援護する。
3:古明地こいしを救うため、空条承太郎ともう一度合流したい。
4:ホル・ホースと行動を共にしたい。ホル・ホースには若干の罪悪感。
5:地霊殿のメンバーと合流する。
6:ディエゴとの接触は避ける。
7:DIOとの接触は控える…?

※参戦時期は東方心綺楼以降です。
※大統領を信頼しており、彼のために遺体を集めたい。とはいえ積極的な戦闘は望んでいません。
※古明地こいしが肉の芽の洗脳を受けていると考えています。また、空条承太郎なら救えるかもしれないという希望を持ちました。

【ホル・ホース@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:鼻骨折、顔面骨折、疲労(中)
[装備]:なし
[道具]:不明支給品(確認済み)、基本支給品×2(一つは響子のもの)、スレッジハンマー(エニグマの紙に戻してある)
[思考・状況]
基本行動方針:とにかく生き残る。
1:響子を死なせたことを後悔。 最期の望みを叶えることでケリをつける。
2:響子の望み通り白蓮を探して謝る。協力して寅丸星を正気に戻す。
3:火焔猫燐、射命丸文と共にジョースター邸方面へ進み空条承太郎と合流する
4:あのイカレたターミネーターみてーな軍人(シュトロハイム)とは二度と会いたくねー。
5:誰かを殺すとしても直接戦闘は極力避ける。漁父の利か暗殺を狙う。
6:使えるものは何でも利用するが、女を傷つけるのは主義に反する。とはいえ、場合によってはやむを得ない…か?
7:DIOとの接触は出来れば避けたいが、確実な勝機があれば隙を突いて殺したい。
8:あのガキ(ドッピオ)は使えそうだったが……ま、縁がなかったな。
[備考]
※参戦時期はDIOの暗殺を目論み背後から引き金を引いた直後です。
※響子から支給品を預かっていました。
※白蓮の容姿に関して、響子から聞いた程度の知識しかありません。
※空条承太郎とは正直あまり会いたくないが、何とかして取り入ろうと考えています。


307 : ◆753g193UYk :2015/10/15(木) 00:51:53 shlPQwg60
以上で終了です。


308 : ◆753g193UYk :2015/10/15(木) 01:16:57 shlPQwg60
あっ……ごめんなさい、タイトル忘れてました。
タイトルは「デュプリシティ」でお願いします。


309 : 名無しさん :2015/10/15(木) 02:32:35 favzqtrg0
投下乙です!
自分のために命を投げ出した響子のためにケジメを付けようとするホルホースかっこいいなぁ…
しかしジョニィを殺されこいしに不信感バリバリな文、こいしと大統領寄りで文に不信感バリバリなお燐の水面下の対立で全く穏やかではないトリオだ
未だに良心と利己的な思考の狭間で揺れ動いてて、ホルホースを通じて自分の意思を見極めようとする文の心情が印象的
ある意味ホルホースが要となってしまったピリピリトリオの明日はどっちだ


310 : 名無しさん :2015/10/16(金) 04:56:48 qkYbbYAA0
投下乙!
どこか藁の砦を思わせるドロドロ不穏感渦巻くガンマン・鴉・猫組。
ホルホースは利己的でありながらも女には優しいという彼の芯は、このロワでは遺憾なく発揮されていて楽しいね。
面白いのはあややの心象で、ジョニィの死が彼女の今後を決定づける分岐点となった今、彼女がどちらに進むのかはとても気になるところだ。
「私を納得させてみなさい」と言うあややの台詞からも大統領戦でのジョニィを思わせてて、ジョニィという一人の主人公がただ死んだだけでなくあややに大きく影響を与えたというのは運命めいたものを感じる。
おりんもおりんで、何かちょっとしたきっかけで転落しそうな危うさがあり、この3人を不安定たらしめる要素にもなっているのが…。
目的地ルートを考えればいよいよ不穏の雲が渦巻くこのチーム、さあどうなる!?


311 : 名無しさん :2015/10/28(水) 18:40:41 /Yr.f9Do0
おお..私のかわいいドッピオよ...今このスレをみているか?


312 : 名無しさん :2015/10/30(金) 22:08:48 6nrZtESw0
>>311
ドッピオなら地霊殿でさとりんの匂いに包まれて寝てるよ


313 : 名無しさん :2015/10/31(土) 18:31:02 oFSDSuQE0
ボス早く帰ってきて


314 : 名無しさん :2015/11/01(日) 16:43:23 M7/zqoP20
ボスなら俺の隣で寝てるよ


315 : ◆qSXL3X4ics :2015/11/08(日) 17:41:25 fAdcaR8A0
ゲリラ投下させて頂きます


316 : ◆qSXL3X4ics :2015/11/08(日) 17:43:11 fAdcaR8A0
『レミリア・スカーレット』
【午前】D-2 地下道


―――深い。


レミリア・スカーレットに刻まれた、柱の男サンタナが撃ち込んだ渾身の一撃による『楔』は、深い。

ただでさえヤツとの戦闘は3度目。この小さな身体にもいよいよガタがきているというのに。
げに恐ろしきはやはりヤツの種族としての人並み外れた身体能力。そして何と言っても『執念』だ。
サンタナの最後の攻撃は『偉大な生物』としての姿をも捨てた、いわば文字通り捨て身による必殺の砲口。
かろうじて直撃は回避したものの、右腕の損失という犠牲は避けられなかった。
スペルカードの連続使用からくる妖力の消耗も、許容できる範疇を超えている。

そして、頼りになる仲間も今は―――いない。
背中を任せられる相棒なき今、この闇が巣食う混沌の路をたった独りであてなく歩くのは危険。


―――深い。


レミリア・スカーレットに刻まれた、スタンド使いドッピオがもたらした決死の『楔』は、深い。

この場にブチャラティが共に肩を並べ歩いてくれていれば、それはどれほど心強かっただろう。
ブチャラティとドッピオとの決戦は、およそ痛み分けのような形で終焉を迎えた。
元を言えばブチャラティの肉体は戦う前から既に死していた。彼の悪戯な運命がほんの少し、延命を許していただけの状態だったのだ。
そんなブチャラティの首にトドメの鎌を振り下ろしたのはドッピオ、と言うと少し語弊がある。
洒落た表現を使うなら、彼は『運命』に殺されたようなものだ。元々長生きできるような性格の男ではなかったようにレミリアは思う。
運命が彼に追いついてきた。ドッピオは、そのきっかけを作ったに過ぎない。

とはいえ、どんな過程が生じようとも今ある『結果』が全てだ。
レミリアはサンタナに敗北を喫し。
仲間のブチャラティは己が宿命を全うし、残されたレミリアに意志を託して逝った。

その形だけを見れば、最終的な結果は―――レミリア・スカーレットの『敗北』と結論付けて相違ない。


―――深い。


レミリア・スカーレットの誇り“プライド”に刻まれた、今回の追撃戦による彼女への『楔』は、深い。

得た物は……無いわけではない。
しかしそれ以上に、失った物が大きすぎた。
サンタナとの激闘を経て、心のどこかでヤツに対するある種の清々しさが生まれたという自覚は僅かある。
だが吸血鬼という種は、そもそもが争いによって他種を卑下する自尊心高き生き物。
敗北の二文字がレミリアに与えた負の影響は、その精神に無視できぬレベルの無念や屈辱を埋めた。
負けてスッキリ、などという清涼感はレミリアにとって、精々が餓鬼のスポーツでしか味わえない下らない感傷。

負けは負けだ。
しかも今回は、死者まで出ている。
そのうえ彼女らの当初の目標、『億泰の無念を晴らす』という目標すら達成されていない。


自分はどんな顔をして、別れた友であるジョナサンにそれを報告すればいいのだ。


それを思う度にレミリアの心は一層鬱憤が募る。
その敗北心という負の感情が、余計に彼女の精神をノイズのように乱す。
とはいえ見た目には、彼女の歩く姿は堂々と威厳に入ったものに見えるだろう。
内心では感情が渦を巻いていても、装いだけでも立派に着飾らなければならない。

それが紅魔館の主の正しき姿。
それがスカーレットデビルの本来の振る舞い。


317 : ◆qSXL3X4ics :2015/11/08(日) 17:44:08 fAdcaR8A0



「…………参ったわねえ」



あるべき姿を崩し、小さく溜息を吐きながらレミリアはそんな一言を漏らした。
顔に浮かぶは、憂いと―――吸血鬼としての顔、『鬼気』。
すなわち、殺気。


―――深い。


深い地の底を根のように張った闇の路。
深く、深くレミリアは思惟する。
そして、示威する。

紅い眼光の先から近づく、不吉な足音の主に。


―――深い。


サンタナとドッピオの両名から打ち込まれた楔の切っ先は、未だ深い。
身体への重大な損傷と、仲間の損失。
その事実は、レミリアにとって痛手というにはあまりに致命的な傷。

そもそも彼女が負傷したサンタナやドッピオへの追撃を中断し、敗走など行う理由はこの身の不甲斐なさ故。
すなわち、この状態でサンタナたちへのトドメを刺しに向かうという行為は、自殺行為にしかなりえないという判断からの結果。
今の自分では負傷したサンタナにさえ敵うか怪しい。だから今こうして、身を翻してまで地霊殿を背に歩いているというのに。

レミリアが下した判断は正しかったはずだった。
彼女の『運命を操る程度の能力』は、自身の辿る終焉までも読み取ることは可能なのか。

答えは―――『分からない』。
理由は単純で、何故なら彼女は今までの人生、死ぬほどの窮地に陥ったことが無いからだ。
経験が無い以上、いざ自分が死ぬ間際になった時、或いは死に近しい危機まで瀕してしまった時。
自身の『死の運命』を、果たして目撃できるのか?
それは『その時』が来なければ知る由もない。元々曖昧で勝手な能力でもある。

だがレミリアには関係ない。
彼女が今までの人生でそれを考えたことは一度たりとて無いし、これからの人生で迫り来る死に恐怖することも無いだろう。
たとえ死の運命を目撃してしまったとして、彼女はその運命を捻じ曲げる行いはしない。
みっともない。あられもない。情けない。
生物の上位種である吸血鬼の姫ならば、生を全うしろ。謳歌しろ。堪能しろ。
それが結局のところ、妖怪としての本分であり、意味を見出せる生き方なのだ。

足掻くことを惨めと思うな。
無様な身に堕ちることのみを恥としろ。
どうせ足掻くなら、せめて堂々と。
吸血鬼らしく、支配者たる暴力を以て反抗するべきだ。

自分の運命にもし『綻び』が現われるとしたら、レミリアは自身の身分に恥じない生を見せ付けて足掻くつもりだ。

最後の、最期まで。


318 : ◆qSXL3X4ics :2015/11/08(日) 17:45:01 fAdcaR8A0


(私の『運命』は……どこまで抗えるのかしらね)


心中で皮肉のように呟く。
少なくとも今ではないのだ。
レミリアの辿る運命の糸が地の獄へと千切れ落ちるのは、決して今ではない。

親友ジョナサンと彼の地で誓った再会。
これが果たせなければ彼女の胸に宿る誇りの一切は、虚空へと塵ゆく幻想になってしまう。
この運命を、この誇りを幻想へと還らせない為にも。
彼の勇気を、彼の誇りを空虚へと散らせない為にも。


今、ここで退くわけにはいかない。


一歩。
一歩。
一歩。
小さな身体から歩まれる、果てしなく大きな一歩は。
他のどんな存在にも肩すら並ばせない威厳を携えて、また一歩前へと進む。

じわり。
その一歩を進むごとに、レミリアの額から嫌な汗粒が伝う。
だが、気取られるな。
ほんの少しの畏れでも、『相手』に悟られれば即ち『死』を意味する。

だが、しかし。


―――深い。


やはり、先の戦闘による負傷は今後の行動に支障をきたす程度に、その身に現れていた。
特に右腕の損失は隠しようがないものだ。
逆に考えろ。隠せないならば、堂々見せ付ければいい。
とにかく、少しだって気遅れするな。
『相手』は恐らく、考えたくもない事実だが……あの『サンタナ』以上の、化け物。
ここは地下道。逃げ場は後ろにしかない。
狭い地下トンネル前方からは身が締め付けられるようなプレッシャー。エンカウントとしては最悪の部類。
背後100メートルほどの後方には、まだ地霊殿の正門が見えている。
背を見せ、尻尾を巻くか?
否。敗走だけならまだしも、向かってくる相手に怯えて道を譲る、踵を返すなどという弱者の思考は選択にすら無い。


ここは、往く。


この決断は正しい。
そう思わねば、これまで歩んできた全ての事象が嘘になる。
前を歩まねば、ジョナサンと交わした誓いは泡となり消える。

前を向け。
前を歩け。
前を。前を。前を。


319 : ◆qSXL3X4ics :2015/11/08(日) 17:45:50 fAdcaR8A0





「―――お前は、何者だ?」

「―――お前こそ、私の前を遮るな」



重厚なる威圧と共に発してきた『相手』の台詞を、レミリアは正面から受け止めた。
ついぞさっき終えてきた死闘の負傷など意にも介さぬ様子で。
こうして相見えた今、相手との身長差は傍から見れば失笑すら漏れるほどに圧倒的不利。

それもそのはず。
この目の前の男は、あのサンタナにも勝るとも劣らぬほどの巨躯を持つ大男なのだから。
その目立つ体躯は、この薄暗い地下道の100m以上離れた距離においてすら、レミリアの視界に入っていた。
しかしその体躯以上にレミリアを震撼させたのは、男の放つ強大な存在感。
遠く離れた距離からでも肌に感じたそのオーラはすぐさま彼女に警報を鳴らし、次の二択を迫らせた。

この相手と『闘う』か?
それとも『凌ぐ』か?

先述したように、『逃げ』は選択にすら入っていない。
ならば己の進む道など、もとより一つ。
『前』だ。後ろではなく前にこそ、己が運命の紅いカーペットが広がっている。

進むレミリアが対峙した相手は、大男。
相手との距離は今はもう3メートル。目と鼻の先だ。
半端な相手なら、レミリアもこうまで神経を尖らせることは無かっただろう。
だが……この男の本質は。

レミリアの背筋に、冷たいモノが走る。
かろうじてその機微だけは、相手に気取られることは避けた。


「また、小娘か。だがお前……、お前はどうやら『違う』らしい。
 俺の『闘争本能』を嬉々とさせてくれたあらゆる生物の中でも、特に血湧き心踊る生態のようだ。
 匂いでわかっちまう。俺とお前はどこか『似ている』ってなァ。……お前もそう思わないか? 小娘」


何よりレミリアへと凶報の鐘を打ち鳴らしている事実の根は、目の前の男が―――


「似ている……なるほどねェ。
 獲物を捕えた爪に食い込む肉の感触。口の中に広がる血のテイスト。私と貴様は『捕食者』として同じ味を知っているというわけだ。
 ならば生物の『頂点』としてどちらがより優れているか……試してみるか? 今ここで」


―――かの柱の男サンタナの姿形と類似しているという理由からであった。
恐らく……同種。しかも個としての格は、コイツの方が多分……!


「く……っ! がは……! ク……ハッハッハッハッハッ!」

「ク……ウフフ……! フフ……ッ!」


二つの超生物は緊迫の空気に堪えきれず、思わず歯を見せて笑った。

片や悪魔の吸血鬼。その表情は、まさしく悪魔の如く、白く光る牙を覗かせて。

片や柱の男の一柱。その表情は、鰐のように大口開け、会心の笑みを轟かせて。

レミリアとエシディシ。二人が重ね合わせたハーモニーが、広大なる地下の闇に響き渡った。


320 : ◆qSXL3X4ics :2015/11/08(日) 17:46:53 fAdcaR8A0

「ハァ〜〜〜……ッ! 娘、中々粋が良いじゃあないか、そのナリで。ん〜〜〜?」

「幻想の住民を見た目で判断するほど、命知らずな大馬鹿者もいないわ。
 知らないならその図体に叩き込んでやろうか? 勉強代は……お前の血で担ってもらうが」

互いに傲慢さを隠そうともしない、ある種彼ららしい会話。
だが二人は見ている。窺っている。覗いている。
互いに相手の力量・格を窺い支配してやろうと、頑強な扉に潜み僅かな隙間から相手を覗き合っている。
ほんの少しの動揺すら見せようものなら瞬間扉を開き、命を刈り取るその腕で敵を掴み、引き寄せてやろうと。

会話の節々から牙を覗かせている。獲物の『喰い時』を見極めるために。


「おォっと勘違いするなよ娘? 俺はお前の容姿が幼子に近いことを馬鹿にしているんじゃあない。
 俺が『ナリ』と言ったのはお前が“隠しているつもり”の負傷のことだ」


相手にはわからないほど小さく、レミリアはギリリと唇を噛んだ。

“看破されている”……既に……!

吹き飛ばされた右腕については最初から諦めている。もとより隠しきれる怪我ではない。
だがレミリアが逃げずにこの男と対峙すると決めた時点で、自分が『大きく弱っている』ことだけは感付かれたくなかった。
目の前の筋骨隆々な男は、明らかに人外のモノが放つ存在感。レミリアの所見では、あのサンタナよりも上だ。
今この状況でまともにぶつかり合って勝てるはずが無い。それほどに彼女の身体に打たれた『楔』は深い。
ならばせめて、負傷を敵に気取られぬよう大きく覇気を纏い、威圧で殺してやろう。
レミリアが選んだ手段はそれだった。

『運』の要素も大概に絡んでくる。相手の性格次第で、簡単にくびり殺されかねない。
ビビらせて道を譲ってもらえるほど容易な相手ではないことも分かっている。
全く、運が悪かった。よりによってサンタナと戦った直後にこんな化け物が現われるなんて。

しかし、同時に『運が良かった』。
サンタナと戦った直後だからこそ、レミリアは男の興味を持たせそうな『情報』をひとつだけ握っていたのだから。

だが、このカードはまだ切っては駄目だ。
もう少し『脅し』が足りない。切り札を切るなら、タイミングが重要だ。
タイミングを見誤れば、瞬間殺される。容易に、残酷に圧殺されてしまう。

この男の威圧感“プレッシャー”に。


「その『右腕』以外にも、お前はかなりのダメージを負っている。
 さっきこの地下道内に響き渡るほどの大爆音が聞こえてきた。恐らくお前が今しがた行った戦闘の音だろう。
 お前はその負傷を誤魔化すかのように大言吐き、勢いで俺を煙に巻いてこの場をやり過ごそうとしたわけだ。
 それは今のお前が俺に勝てないと感じている何よりの証拠。無頼気取って格好つけるのはいいが、相手が悪かったなァ?」

腕を組み、余裕の笑みで挑発を仕掛けるこの男は想像以上にしたたかだった。
サンタナと違って、ただ無思慮に暴を振り撒く荒くれではなく、会話の中にも敵の本性を見出す権謀を巡らせる冷静な一面。
現に今、男が言い当てた内容はおおよそ当たっている。レミリアが隠そうとした機微を、この僅かな間に探られてしまったのだから。

しかしレミリアもこの500年間、ただ怠惰に紅魔館の玉座にて座していたわけではない。
その真紅の瞳は的確に、男の巨躯から滲み出る情報を吟味し続けていた。


321 : ◆qSXL3X4ics :2015/11/08(日) 17:47:50 fAdcaR8A0

「―――お前」

「……ん?」

「臭うわね……焼け焦げた『火傷』特有のひりつくニオイが……
 本人は癒したつもりの傷でも、周囲の者……特に鼻の利く存在にとっては否応でも気が付くもの。
 お前自身は隠しているつもりだろうが、その『左腕』からは特に火傷のニオイが強烈だ。
 満身創痍なのは……果たしてどちらかしら?」

その時、レミリアは目撃した。
男の眉が僅かに吊り上がるのを。

「ほォ〜〜。目敏いな小娘。いや、鼻敏いと言うべきか」

「……私は暇じゃないの。一度だけ言うわ。
 そこを退け。血の髄までしゃぶり尽くされたくなければ、な」

互いに手負いの獣。
そして互いに、素直に道を譲るような神妙な性格はしていなかった。
必然、ぶつかり合う。

「なるほど、吸血鬼だったかお前。俺の知っている奴らより血の気が少ないんで気付かなかったが」

「……血の気が少ない、ねえ。だったら今ここで、お前の血で空腹を満たしてやろうか」

「俺の血を、吸う? 吸えるものなら……遠慮なく吸うがいい。もっとも、それこそ火傷では済まなくなっちまうがなァ〜?」

一歩。
互いに更に一歩近づき、今や両者の距離は1メートル未満に収まった。

その瞬間、二人は感じ取った。
今この時、互いが互いの命を刈り取る力量と、負傷を擁していることに。
腕を伸ばせばこの距離で、楽に命を摘める『死の間合い』。その領域に侵入していることに。
息を吐けば次の刹那、片方あるいは両方が死体となりえる真空の距離に立っていることに。


二人は、本能で感じ取った。
この状況、先に動いた方が―――!



「―――俺は『炎』のエシディシ。お前ら吸血鬼よりも上の遥か『頂点』に君臨する種よ。
 粋の良い吸血鬼は吐いて捨てるほど喰ってきたが……お前もその内のひとつになるか?」


この死の間合いにおいてすら、舌を舐め擦り、見下す男の瞳は余裕と残忍。
火傷による負傷を看破されてなお、レミリアを獲物とするその精神力は脅威。


「―――私は『紅い悪魔』レミリア・スカーレット。紅魔の館に属する吸血鬼の姫よ。
 この私を喰われるだけの魑魅魍魎と同列に並べるなんて、かなり不快だけど……。
 その様子じゃあ結構『渇いてる』みたいねアナタ。血に。飢えに。闘いに。……違うかしら?」


獲物を威圧する強大さを物語るならしかし、紅い悪魔も決して負けていない。
互いに名乗りを挙げたところで、再び沈黙がこの場を支配した。

まだ、二人は動かない。
この至近距離で肺が凍り付くような視線を、絶えず交わし続けている。
自身の僅かな挙動ひとつが、己の鼓動を止めることに繋がりかねないこの間合いの中で。

ニタリと両者はまた笑み。



―――空気が、動いた。


322 : ◆qSXL3X4ics :2015/11/08(日) 17:48:36 fAdcaR8A0

この歪に曲げられた幻想郷という会場は、その過程や方法は知られていないが、とにかく『創造された箱庭』である。
二人の対峙するこの広大な地下道も当然、例外ではない。全て何者かに作られた構造になっている。

闇の地下道に灯りを点すために設置されている数多の電灯。
何の変哲も無く、作為的な仕掛けも無い。ただ主催者の気遣いによって設置されただけのこの周囲の電灯が。


―――レミリアとエシディシが動き出した瞬間、パリンと音をたてて突然破裂した。


物理的な作用ではなく、二人の殺気、あるいは妖気がもたらした変容とでもいうのか。
瞬間、辺りを疎らな闇が覆う。
闇を生きる生物の、独壇場と化したこの刹那。

ほとんど同時に見えた二人の動き。
しかしほんの僅か、機を制そうと『先』に動いたのはエシディシだった。
目の前の憎らしい笑みを零す少女の頭部を、果実のように握り潰してやる。
エシディシはあえてレミリアに指摘された左腕で、火傷の痕残るその左腕で、敵との間合いを零にした。
少女の身体は疲労困憊。そう判断したエシディシは一瞬にてこの戦いを終わらせるため、豪速の掌を突き出し……


―――ザシュ  バ グンッ!


闇色の坑道の壁に、赤の血飛沫が吹き飛ぶ。
肉が千切れるようなその擬音と共に、エシディシは感じた。


「…………NUUUH?」


初めに熱。
一瞬の後に、痛覚を。


「―――ねえ、アナタ」


闇の生物である二人には、光を失ったこの場で起こった状況もよく見えてしまう。
先に攻撃を開始したのは確かにエシディシ。
敵の小さな頭部に廻る血の全てを絞りつくさんと、突き出したエシディシの左腕が。


「今までさぞや吸血鬼の類を喰らい尽してきたのでしょうけど―――同族を喰らった経験はあって?」


正確にはエシディシの左指が、レミリアによって食い千切られ、喰われている。


323 : ◆qSXL3X4ics :2015/11/08(日) 17:49:25 fAdcaR8A0


「……ッ! ……小娘、いやレミリアと言ったか。今の攻撃、よく反応できたな」

「マグレよ。攻撃の手段が拳骨だったなら指は喰われずに済んだのにね」


突如発生した闇の中、レミリアは間一髪エシディシの攻撃を読みきり、敵の攻撃の手段を削いだ。
レミリアの口の中で咀嚼されるその指は、男の図太い親指と人指し指。
同じ状況を体験したサンタナの方は深く動揺したが、エシディシが呆気に取られたのは一瞬のみ。
普段なら指を喰われたショックでいつものように泣き喚き、頭を冷やす行動に出ていたのだろうが、それは先の秦こころ達との対戦中に既に一度終えた儀式だ。

それより、今のエシディシには優先するべき『興味対象』があった。

「俺を『喰った』女はレミリア……お前が最初よ。今のは素晴らしい見切りだった」

互いに接近し、左腕を伸ばしたままの形でエシディシは、『食事』を続けるレミリアに言葉を投げ掛ける。

「褒めに預かって光栄ね。もっとも私は『アナタたち』を喰らった経験は初めてじゃない。
 テイスティングは二回目だけど、さっきのヤツよりも随分と刺激的な味よ。
 アンタたちみたいな得体の知れない奴らを生で喰いたくはないけど、丁度中まで火が通ってたみたいだから普通にイケるわよコレ。
 同族とはいえ結構味の違いって出るものなのね。弾力性のある質感なのは変わりないけど……
 何といってもこの『血液』が本能を撃ち抜くように濃厚で原始的な味なの。熱い。とにかく熱い……舌が焼けるようよ……!
 でも上品なソースのように濁りは無く、肉と一緒に喉を過ぎればこれ以上のスパイスは無い。度数の高いアルコールを飲んでいるみたい」

言い終えてレミリアは満足したように歯を見せ、不敵に笑った。
次にエシディシが目撃した現象、それは笑うレミリアの失われた右腕から沸き立つピンク色の気泡。
ゴポゴポと鳴らされたその気泡は、次第に彼女の元の右腕を形成し、復元していく。
柱の男の『栄養』は吸血鬼にとって破格のエネルギー。レミリアは再び五体満足となり、隻腕という不利を覆し……

(……たなら良かったんだけどね。“まだ”……全然まだ足りない)

度重なるサンタナとの連戦で生じた疲労はそう軽いものではなかった。
仮に今、このエシディシと真剣勝負などしようものなら、たとえ相手の方も大きく消耗していようが、恐らく歯が立たない。
ならば彼女が回避し得た戦闘を避けず、挑発にも取れる行動を行使した自信の根源とは。


「―――ヤマネコだ」

「……なんですって?」


自信気に笑む裏で厳重な警戒態勢を拡げるレミリアに放たれた、男の一言。
不気味な唇から吐かれた呟きの真意を探る彼女は、続く男の言葉を待つ。零距離の態勢を維持したまま。

「お前の行為は、俺という熊に追い詰められたヤマネコが精一杯の威嚇を晒し、敵を退けようとしているだけに過ぎん。
 所詮はヤマネコなんだよ、今のお前はなァ。喰うも喰わぬも俺の気分ひとつで決められる。前菜のサラダみてーなモンだ」

明らかな見下しの目がその言葉には含まれていた。
挑発に乗るのは簡単だ。事実、レミリアはエシディシの煽動に牙を剥きかけた。
ここが境界線だったのだろう。死合いのゴングが鳴るか否かの、最後の一線。
吸血鬼としてのプライドが、この調子に乗った熊を嬲り殺せと囁いている。
境界線の上に立ったレミリアがその一歩を乗り越えていくか。僅かに残った理性が、瞬時に判断する時間を与えてくれた。

普段の彼女ならば、目前に立ち塞がるならず者を蹂躙するのに躊躇はしない。
だが、これまで散々死闘を繰り広げてきたサンタナという柱の男が脳裏に浮かぶ。
この男はヤツよりも明らかに格上の人外。今戦えば…………敗色濃厚。
震える拳を抑え込んでレミリアが選んだ手段は『暴力』よりも『言葉』。算段はある。


324 : ◆qSXL3X4ics :2015/11/08(日) 17:50:16 fAdcaR8A0


「―――地上最強の動物って」

「……ん?」

「獅子? 象? カバかしら? 私はどれも本物を見たことが無いのだけれど。
 あなたが言った通り、私と『あなた達』ってどこか似てるわ。種族に誇りを掲げ、最強であることを自負し、他者に屈強な暴の匂いを誇示する」

「……その通りよ。それが俺たち闇の一族の生まれもった宿命。たかだか吸血鬼のお前はもとよりお呼びじゃあないぜ」

「私をその辺の木偶妖怪と一緒にしないで欲しいのだけど……でもね、『最強』は必ずしも『最良』ではないわ。
 このゲームにはお前みたいな熊より強い獅子や象がわんさか居る。あまり調子に乗ってると……必ず喰われることになる。
 あるいはお前の喉笛を破るのは……追い詰められたヤマネコの最後の一撃かもね。出る杭は打たれるっていうでしょう?」

「フフフ……! なるほど、“最強は最良とは限らない”、か。
 だがレミリアよ、それはお前も同じだろう。俺が今ここでお前という杭を打っておこうか?」

「吸血鬼に杭はご法度よ。ただでさえついさっき、調子に乗った化け物に悪魔の鉄槌を下したばかりなのに」

「……さっきからお前、俺たちを喰うのは『初めてじゃない』だとか、既に俺の同族と会ったかのように話しているな?」


来た!
レミリアが会話の中に何気なくチラホラ混ぜ込んだ『餌』に、コイツはようやく喰い付いた。
エシディシがサンタナと同族というのは既に予想がついていたことだ。ならばこの男は仲間を捜しているはず。
何人の仲間が居るのかは分からないが、自分がサンタナの居場所を知っているという情報はレミリアにとって唯一の情報アドバンテージ。

懐に隠した『切り札』を切るタイミングはここしかない。
自身の力を相手に誇示した今でこそ、このカードは意味を帯びてくる。
逃げるという選択肢を捨ててまで、この負け戦確定の戦闘を回避するには、このたったひとつの情報をくれてやることで可能性が生まれる。

「そりゃあそうよ。貴方たちの同族はついさっき、私が引導を渡してやったんだから」

あっけらかんと言い放ったレミリアとは対照的に、エシディシの表情は急速に冷めていく。
今にもレミリアを射殺さんとする鋭い視線が、彼女を捉えた。

「殺したのか。我が同胞を」

「だったら良かったんだけどね。生憎、痛み分けよ。行って確かめてみる?」

予想というよりもこれは願望だったが、この男はどうやら同族に対し義を置く志を備えた暴君らしい。
レミリアがその旨を伝えた瞬間に浮かんだ彼の顔に、ほんの一瞬だけ焦りが浮かんだのをレミリアは見逃さなかった。

「この先の地霊殿って館にそいつはまだ居ると思うわ。あなたが奴に会いに行くというのなら、私はそれを別に止めはしない。
 でもあなたが私を殺してこの先に向かうっていうのなら……お互い疲弊した状態での泥仕合が始まるわね」

「……俺に『見逃せ』と言うのか? お前という存在を」

「私が『見逃す』のよ。お前という邪魔者を」

よくこんな肝を据えたハッタリがかませたものだと、レミリアは自分でも思う。
明らかに疲弊が大きいのは自分の方。殺り合えば9割方、負けるのは自分だというのに。
それでも吸血鬼としてのプライドが、この敵に屈することを許さなかった。
このプライドを守り通したうえで、自分は生きて友人と再会しなければならない。なんとしても。


325 : ◆qSXL3X4ics :2015/11/08(日) 17:52:00 fAdcaR8A0


「…………くっふ」


張り巡らせた糸が切れたように、この場の緊張は解けた。

「クフフフ……! HAーーーーーーーーーッHAッHAッHAHAーーーッ!!」

うって変わり、至近距離からの豪快な笑いが闇の路に轟く。
唾を飛ばし、手まで叩きながら笑う男の姿にレミリアは顔をしかめる。
少なくとも男の怒りを買うことはなかったようだ。だが、ここからどう出る。



――――――ドッ!



心臓を直接響かせるほどの振動。
油断をしたつもりはなかった。
だが、気付けばレミリアはエシディシの放った強烈な回し蹴りを腹部にモロに受け、そのまま壁まで叩きつけられた。

「カッ……ハ…………ッ!」

「今のは喰われた指のお返しだ」

膝をつきながらレミリアは希望的観測を捨てた。
やはりこの男、甘い相手ではなかった。先の拳より遥か速い豪速の蹴り。まるで反応できなかった。
分の悪い勝負。それでも殺らなければ殺られる。

戦闘態勢を完全にONにし、荒来る化け物を迎えようと立ち上がったレミリアに……エシディシは背を向け、静かに言い放った。


「レミリアよ。お前はここで出会った奴らの誰よりも誇りあり、強く、そして面白いヤツだ。
 やめだやめやめ。ボロボロに傷付いたお前を今ここで殺しても何の面白みも無ェ。
 俺の方も正直クタクタなんだ。とっとと仲間と合流しておきたいしな」


一瞥し、そのまま地霊殿へと足を向けるエシディシに、レミリアは「待て」とは言えなかった。
腹蹴りの出費は付いたが、おおよそ狙い通りの結果だ。敵はやはり仲間との合流を優先させたいらしい。

だが、その上から目線が気に食わない。
スカーレットデビルに仇した傲慢が気に食わない。

だから最後にレミリアは警告を施した。今の自分に選べる手段はやはり『暴力』ではなく『言葉』なのだから。


326 : ◆qSXL3X4ics :2015/11/08(日) 17:53:12 fAdcaR8A0


「お前にひとつだけ……言えることがある。
 熊だろうが獅子だろうが象だろうが、真に強い生物はそれらじゃあない。お前も……薄々わかっているはずだ」


頭に浮かぶは出会った3人の友人。
ジョナサン、ブチャラティ、億泰の後ろ姿を、立ち去ろうとするエシディシの後ろ姿に重ね合わせる。
あまりにも違う、人と人外の差が今のレミリアにはよく分かる。


「人間は……強いぞ。私たち人外が想像しているよりも、遥かに」


以前までの自分なら絶対に吐けなかった台詞だ。
生物としては格下なはずの人間を賛美し、己と同格にまで並べ立てるのは。

ここは精々の虚勢を張らせてもらった。
見栄すら張れなくなった時、レミリア・スカーレットという妖怪は真の意味で消えてしまうのだから。

エシディシはほんの一瞬足を止め、火傷を負った左腕をしばし見つめる。
その瞳の奥には何が映り込んでいるのか、後ろ姿からではレミリアには分からなかったが、何でもないようにまたすぐに歩き出した。
そうしてドスドスと響く重い足音もいずれ消え、光を失ったトンネルにレミリアはひとり残る。

ズキリ……
蹴られた腹を擦りながら、レミリアは大きく息を吐いた。
全く、運が良いのか悪いのか。
何もサンタナと戦った直後にあんなヤツが現れなくてもいいのに。
半ば自重めいた呟きと同時、途端に胃の中がムカムカしてきた。

恐らく自分が下した判断は限りなく正解だったのだろう。
あの場で逃げ出したり、少しでも怯えるような素振りを見せていたらあの男に殺されていた。
それほどに擦れ擦れな殺意を両者は散りばめていたのだから。
仲間の居場所を教えてしまったのは少し痛いが、どうせ進行上サンタナとエシディシは鉢合わせることになっただろう。
相手の性格や負傷の状態を考えると、レミリアが助かったのは冷静な判断に加えて、『運が良かったから』としか言えない。


「……あーもう! ムカつくわねぇッ!!」


そのことに対し、レミリアは安堵よりも怒りが湧いてくる。
このゲームの参加者というのはどいつもこいつもふざけた強者ばかり。そろそろ吸血鬼のプライドもはち切れそうだ。
支配者としての仮面も剥ぎ取れ、素の自分を剥きだしたレミリアは悔しそうに雑言を吐きながら、地下の道を再び乱暴に歩む。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


327 : ◆qSXL3X4ics :2015/11/08(日) 17:54:02 fAdcaR8A0
【D-2 地下道/午前】

【レミリア・スカーレット@東方紅魔郷】
[状態]:ムカツキ、疲労(大)、妖力消費(大)、腹部に打撃、両翼欠損、再生中
[装備]:なし
[道具]:「ピンクダークの少年」1部〜3部全巻@ジョジョ第4部、ウォークマン@現実、
    鉄筋(残量90%)、マカロフ(4/8)@現実、予備弾倉×3、妖怪『からかさ小僧』風の傘@現地調達、
    聖人の遺体(両目、心臓)@スティールボールラン、鉄パイプ@現実、
    香霖堂や命蓮寺で回収した食糧品や物資(ブチャラティのものも回収)、基本支給品×4
[思考・状況]
基本行動方針:誇り高き吸血鬼としてこの殺し合いを打破する。
1:咲夜と美鈴の敵を絶対にとる。
2:ジョナサンと再会の約束。
3:サンタナを倒す。エシディシにも借りは返す。
4:ジョルノに会い、ブチャラティの死を伝える。
5:自分の部下や霊夢たち、及びジョナサンの仲間を捜す。
6:殺し合いに乗った参加者は倒す。危険と判断すれば完全に再起不能にする。
7:億泰との誓いを果たす。
8:ジョナサン、ディオ、ジョルノに興味。
9:ウォークマンの曲に興味、暇があれば聞いてみるかも。


328 : ◆qSXL3X4ics :2015/11/08(日) 17:54:53 fAdcaR8A0
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『エシディシ』
【午前】D-2 地霊殿


甚く、気に入った。
このエシディシを前にしてもまるで気後れしない精神力。実に大した小娘だった。

それだけに、惜しい。
あの吸血鬼の皮を焼き炙ることが出来なかったのが。
あの吸血鬼の顔を剥ぎ取ることが出来なかったのが。
あの吸血鬼の臓を毟り取ることが出来なかったのが。

いや、正確にはそれらの行為は可能だった。
ただ、ボロボロのヤマネコ如きをいたぶっても何の愉悦も見出せない。
普段ならばとっとと餌にしていたかもしれない。だがこと現在の自分からすれば、それも虚しい行為だ。
何せ多数相手とはいえ、たかだか人間なんぞに敗北を喫し、こうして地下の道まで逃げてきたのだから。
この地の獄にてようやく会えた、血の滾るような根っからの強者。それがレミリアという吸血鬼だった。

本来ならば喰われるだけの存在でしかない吸血鬼だが、奴は一味違う性質を感じた。
石仮面で作り上げただけの雑兵どもとは根底から違う、生意気なる吸血姫。
あるいは伝説にも登場するような『真祖』の悪魔かもしれない。そんな存在は今までにも見たことは無かったが。

とにかく、レミリアという極上の獲物を前にして、エシディシは敢えて拳を打ち合わなかった。
ヤツの方から逃げ出したり、または襲ってくるようなことがあれば迷いなく喰ってやったというのに。
あろうことかあの女は一歩も退かずに立ち向かってきたのだ。エシディシの進行ルートを退こうともしなかった。
ただの見栄や虚勢ではない、生まれ持って磨き上げた誇りを守るために立ち塞がってきたのだろう。
天晴れなその精神、このグダついた肉体であっさり壊してしまうのは勿体無い。だから闘うのに躊躇してしまった。

そのタイミングを見計らったかのように提示された、無視できぬ情報。
即ち、同族がこの地霊殿なる居城にいるというもの。おまけに、奴はその同族と闘ったらしい。
カーズか、ワムウか。どちらにせよ、あの二人と闘って痛み分けの結果を得るとは大したチビだ。
俄然レミリアに興味が湧いた。指をもがれた代償はあったが、それでヤツの傷が癒えたのならむしろ好都合。
次に会ったときは情けも手心もない。互いに100%の力で闘いたいものだ。

自分を殺すように仕向けてきた秋静葉のことなどもはや忘れたことのように、エシディシは来る強者を記憶に留めて地霊殿の門をくぐる。
玄関は落盤により塞がっていたため、裏口から勝手に入らせてもらった。

「ヤツが言うにはこの無駄にデカイ屋敷にカーズかワムウが居るらしいが……派手に闘り合ったようだな」

内部の部屋は見るも無残に崩壊した様相を呈していた。
床も天井も、どこかしこも瓦礫の山。相当激しい戦闘だったのだと推測できる。
この崩落具合を見ると、カーズというよりはワムウの『神砂嵐』に近い大規模な攻撃が何度か為されているだろうか。
エシディシは瓦礫や血痕を頼りに屋敷の奥に足を進め、やがて辿り着いたのはひとつの部屋。
死臭溢れるこの異常な部屋は『死体置き場』か。なるほどここなら充分な『栄養』を補充することも出来そうだ。

そして、エシディシは発見した。
自分の探していた同族を。

しかし、それは決して自分が探していた人物ではなく―――


「―――んん? …………あぁ、何だ貴様だったのか」


予想の範疇にすら居なかった、“もうひとりの”同族。

エシディシは心底、期待の外れた落胆声を出しながら……『食事中』だった柱の男・サンタナを見下ろした。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


329 : ◆qSXL3X4ics :2015/11/08(日) 17:55:58 fAdcaR8A0
『サンタナ』
【午前】D-3 地下道


―――深い。


サンタナが2000年ぶりに再会した同族との『溝』は、果てなく深い。
一縷の希望、のようなものをサンタナはまだ同族に抱いていたのかもしれない。
あの時は自分を見捨てて行った3人も、この2000年の間で何かが変貌したのかもしれない。
しかしこの会場で再会したワムウやエシディシも、昔となんら変わらない目で自分を見下すままだった。

『…貴様、いたのか』

ワムウが自分を見て最初に発した言葉。

『―――んん? …………あぁ、何だ貴様だったのか』

エシディシが自分を見て最初に発した言葉。

相も変わらず、心の底からどうでも良さそうな『無感情』。
それを今更どうこう言うつもりはない。己の無力さが故に彼らは失望したのだから。
サンタナ自身、彼らにしがみついて回る理由はとうに失せた。我々に絆など、一糸たりとも纏われていない。

―――『絆』。

胸の内で浮かんだその単語が、もう一度心の中で復唱された。
思えばこの絆などという、闇の一族にはおよそ理解不能な概念がサンタナを敗北に導いたのだ。

レミリア・スカーレット。
ヤツにも仲間は居た。同じ吸血鬼ではなく、下等種族であるはずの人間という仲間が。
サンタナ自身には持ち得ぬ他者との繋がりを、あのレミリアは持っていた。
敗北した自分自身の存在が、絆という未知のエネルギーを奇しくも証明してしまった。
生まれついたその時からきっと、サンタナにはその繋がりを持てないと言うことを知っていたのかもしれない。

身に染み付いたその性を彼はどう思っているのか。
ただ、自分を変えてくれるその未知に期待はしていたのかもしれない。
しかし、現実にはそんな『未知』すらサンタナには与えられなかった。


(オレには……そんなモノ、無い)


何故、無いのか?
力が認められなかったからだ。
力さえあれば、同族たちに認められただろう。
目の前を歩くエシディシにも、絆はある。
仲間のカーズ。ワムウ。
奴らという仲間を、絆を、オレには無いモノを、他の3人は持ち得ている。
オレが。オレだけが、『無』。
オレには力が無いから、絆が生まれなかったのか。
それとも絆が無いから、力を持ち得なかったのか。
そんな卵と鶏のような謎解きを考えることに、もはや意味は無い。

絆は、必要ない。
オレがオレとして、唯一無二の『サンタナ』として生まれた意図はある。
そう。オレは今日、ひとりの敵に名乗りを挙げたことで初めて『生まれる』ことが出来たのだ。


今までとは、違う。
ならばこれからオレがやるべきこととは。


330 : ◆qSXL3X4ics :2015/11/08(日) 17:56:35 fAdcaR8A0


「―――じゃあ、お前は既にワムウの奴とは会ったんだな」


前を行くエシディシが振り返りもせずに聞いてきた。
地霊殿死体置き場にて休息中だったサンタナと合流したあと、エシディシは回復を待つことなく早急に行動を急かした。
エシディシが遭遇したらしいレミリアに居場所を知られている以上、呑気に地霊殿で回復を待つのは危険だという判断だった。
会話の中でそれとなくレミリアの命の安否を聞いてみたが、彼女はどうやらエシディシとの戦闘をやり過ごしたらしい。

心のどこかで少しだけ、安堵する。

「……お前、ではありませぬ。……『サンタナ』。オレの名は、サンタナです」

そしてサンタナの意地にも似た気持ちが、エシディシの言葉に訂正を求めた。
彼が同族から元々呼ばれていた『名前』は別にある。『サンタナ』はあくまで人間から付けられた俗称のようなもの。
名簿には『サンタナ』と書かれてはいるが、大事なのはそこではない。
今は『サンタナ』という無二の個性を表す名が、彼にとって何よりも守るべき意思の塊のように思えた。
だから、『お前』ではなく、『サンタナ』なのだ。

「サンタナァ? 確か人間どもからそう呼ばれていたな。まあそんなことはどうでもいい」

やはり、主たちにとって番犬に過ぎない自分の個性などどうでもいいのだ。
そんなことは初めから分かりきっているが―――悔しい。
主へと感じた『負』の感情に、今初めて自分から意識してしまった。
認めてもらおうとは思わない。同じ仲間として扱って欲しいとも思わない。
だが、ただただ『悔しい』。
ほんの僅かに生まれた塵みたいに極小な感情だが、ここに来てサンタナはとうとうそれを意識してしまったのだ。

こんなことは初めてだった。
しかし初めてが故に、また『別の』事実が胸の内に生まれ始めてきている。


―――自分は、このバトルロワイヤルで大きく変わってきている。最初の頃とは別人のように。


『……あんた、からは…何も感じなかった。信念も…魂も』

『見えたのは、ただ生きることへの執念だけ』

『本当に、それだけだ』

『…きっと…あんたは……空っぽの、存在。…生き残った先に…何を、見出すんだ?』


今になって水のように流れる、あの『小鬼』の言葉。
気にも留めていなかった彼女の言霊が、灰色の疑問となって自分に囁いてくる。

『空っぽの妖怪サンタナよ』
【お前は今、何を見ている?】
(何のために戦う?)
《自分の為か》
「それとも他人の――主の為か」

ノイズが乱れたように様々なトーンを変えて、女の囁きが頭の中を反芻する。
あの小鬼が囁く声には、怨みも辛みも含まれていない。
自分への憐れみだけが、ひたすら脳に響く。

そういえば、と。
サンタナは思う。あの小鬼の『名前』は、何だったのだろうか。
最期に笑って逝った、あの豪快に戦う女の名は。
それは今となっては本当にどうでもいいことだ。
死した者に想いを馳せるなど、まるで人間。人間ではないか。

だが……覚えておこう。
この『サンタナ』と命を賭して戦った、小さな鬼がいたことを。
その鬼は今、この自分の血となり肉となり、そして確かな糧にもなっていることを。


331 : ◆qSXL3X4ics :2015/11/08(日) 17:57:20 fAdcaR8A0





「――――――おい。聞いているのかサンタナ」


脳の壁を反射し続ける声を遮るように、エシディシが苛立たしげに振り向いた。
いつの間にか地霊殿を飲み込んだ巨空間は見えなくなり、大きな距離を歩いてきたようである。
ここは来るとき通った地下トンネル。このまま歩けばいずれレミリアとも鉢合うかもしれない。

「俺が通ってきた地下道にはカーズたちは見当たらなかった。少し、上に出てみるぞ」

そう言ってエシディシが親指で指した先にあるのは、壁に掛けられた鉄梯子。
上に延びた先にひっそりと佇む扉のフタが、ここから地上に出られることを示している。
フタには最近開閉した跡はない。少なくともレミリアはこの扉を選んだわけではなさそうだ。

「サンタナ、お前が先に進んでみろ」

短く命令され、サンタナはそれに逆らうことなく素直に従った。
もし地上に出た先がどこかの施設内ではなく、何の傘も無い屋外ならばすぐさま日光を浴びてしまう可能性がある。
それを危惧しての命令なのだろうが、自分は一応は主の僕だ。至極当たり前の命令。
特に不満を思うことなくサンタナは梯子に手を掛けた。身体の回復は終えていないが、欠損した左腕の修復は完了している。

ひとつ、ひとつ。
梯子を昇っていく度に、『目的』が見えてくる気がする。
生まれながらに持ち得なかったモノ。
生まれてすぐに捨てて無くしたモノ。
己の心に欠けたピースの絵が、薄ぼんやりと見えてくる。
それは例えば、あのレミリアと戦って得た『爽快感』のような未知を。
この手に掴み入れようと、腕を伸ばして少しずつ近づいていく。

この上には一体何が待つのか。サンタナには予感があった。
『正』か『負』か。
『聖』か『邪』か。
この予感は自分にとって『吉』か『凶』か。
それは彼の知る由ではないが、この上には『ナニカ』が居る。

そんな予感を感じた。
下を行くエシディシには見えない角度で、サンタナは少し……自分でも気付かないくらい、ほんの少しだけ。


「――――――はは」


浅く、笑う。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


332 : ◆qSXL3X4ics :2015/11/08(日) 17:58:08 fAdcaR8A0
【D-3 地下道/午前】

【サンタナ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(中)、全身ダメージ(中)、足と右腕を億泰のものと交換(もう馴染んだ)、再生中
[装備]:緋想の剣@東方緋想天、鎖@現実
[道具]:基本支給品×2、パチンコ玉(19/20箱)@現実
[思考・状況]
基本行動方針:自分が唯一無二の『サンタナ』である誇りを勝ち取るため、戦う。
1:戦って、自分の名と力と恐怖を相手の心に刻みつける。
2:自分と名の力を知る参加者(ドッピオとレミリア)は積極的には襲わない。向こうから襲ってくるなら応戦する。
3:エシディシと共に行動し、仲間を探す。
4:ジョセフに加え、守護霊(スタンド)使いに警戒。
5:主たちの自分への侮蔑が、ほんの少し……悔しい。
[備考]
※参戦時期はジョセフと井戸に落下し、日光に晒されて石化した直後です。
※波紋の存在について明確に知りました。
※キング・クリムゾンのスタンド能力のうち、未来予知について知りました。
※緋想の剣は「気質を操る能力」によって弱点となる気質を突くことでスタンドに干渉することが可能です。
※身体の皮膚を広げて、空中を滑空できるようになりました。練習次第で、羽ばたいて飛行できるようになるかも知れません。
※自分の意志で、肉体を人間とはかけ離れた形に組み替えることができるようになりました。
※エシディシとは簡素な情報交換しか行っていません。


【エシディシ@ジョジョの奇妙な冒険 第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(中)、体力消耗(中)、上半身の大部分に火傷(小)、左腕に火傷(小)、再生中
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:カーズらと共に生き残る。
1:神々や蓬莱人、妖怪などの未知の存在に興味。
2:仲間達以外の参加者を始末し、荒木飛呂彦と太田順也の下まで辿り着く。
3:サンタナと共に行動し、他の柱の男たちと合流。だがアイツらがそう簡単にくたばるワケもないので焦る必要はない。
4:静葉との再戦がちょっとだけ楽しみだが、レミリアへの再戦欲の方が強い。
5:地下室の台座のことが少しばかり気になる。
[備考]
※参戦時期はロギンス殺害後、ジョセフと相対する直前です。
※左腕はある程度動かせるようになりましたが、やはりダメージは大きいです。
※ガソリンの引火に巻き込まれ、基本支給品一式が焼失しました。
 地図や名簿に関しては『柱の男の高い知能』によって詳細に記憶しています。
※レミリアに左親指と人指し指が喰われましたが、地霊殿死体置き場の死体で補充しました。


333 : 四柱、死中にて  ◆qSXL3X4ics :2015/11/08(日) 18:01:57 fAdcaR8A0

    ●  ○  ●  ○  ●  ○  ●


   そして物語<ナイトメア>は始まり、加速する。


      ―――深い

             ―――深い夢の中で。


    〜〜{古明地こいし、無意識の深層}〜〜

    ○
○             ○
 ふわ                      ○
    (気持ち、いいな)
                    ふわ
  ○   (ワムウおじさんの傍は……)
                          ○
ふわ
   ○ (ずっと……)
             (このまま、眠っていたい……)
  ○                    ふわ
  ふわ             ○

   『―――きろ』            ○

              『―――い、起きぬか』
ふわ
     『――やくしろ』
  ●                      ふわ
           『は! ……む?』
  ○                    ○
   『どうした?』
           『カーズ様。館内から、侵入者らしき気配が』
ふわ
 ふわ                       ●

    (…………?)
            (なんだろ……お外から、声がする)
      ○
    ○                    ○
 ●     『侵入者……? 館内から、だと?』
  ○
   『そのようです。カーズ様はお控え下さい。このワムウめが……』
ふわ                               ●
●  『……いや、その必要はなさそうだぞワムウよ』       ○

 『この気配は、よく見知ったモノだ。……全く、手間取らせたものだ』 ○
  ○
     『―――ここに居たか、カーズ。探したぜ』
●                                  ●
        ●         『無事か、エシディシ』

       『エシディシ様、ご無事で何より。……それと』   ●

  『……うん? あぁ、キサマも居たのか』
●                                   ●


   ●    (……だんだん意識がハッキリしてきたみたい)  ●

    (声が聞こえる……)                 ●

 ●        (何人かの、男の人の声だ)
                                 ●
                             ●

     『おっ なんだワムウも一緒か』
  ●                             ●
●        『ふむ。ともあれこれで揃ったな』         ●
    ●                            ●
      ●
●                            ●     ●
         『―――我ら一族が、4人』             ●
     ●                      ●
●                               ●
               ●

      (……なんだろ)

        (このまま目を覚ましたら……)

   (―――二度と、この夢の中には戻れない気がする)

        (目、開けたく……ない)


             ・
             ・
             ・
             ・


    〜〜{古明地こいしのナイトメア}〜〜


    ●  ○  ●  ○  ●  ○  ●


334 : 四柱、死中にて  ◆qSXL3X4ics :2015/11/08(日) 18:03:55 fAdcaR8A0
【D-3 廃洋館内/午前】

【古明地こいし@東方地霊殿】
[状態]:精神疲労(小)、起床直前、ワムウの足に抱きついている
[装備]:三八式騎兵銃(1/5)@現実、ナランチャのナイフ@ジョジョ第5部(懐に隠し持っている)
[道具]:基本支給品、予備弾薬×7
[思考・状況]
基本行動方針:…………
1:見ているのは悪夢か。それとも目醒めた世界が悪夢か。
2:自分自身の『強さ』を見つける。
3:ワムウおじさんと一緒にいたい。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降、命蓮寺の在家信者となった後です。
※ヴァニラからジョニィの能力、支給品のことを聞きました。
※無意識を操る程度の能力は制限され弱体化しています。
 気配を消すことは出来ますが、相手との距離が近付けば近付くほど勘付かれやすくなります。
 また、あくまで「気配を消す」のみです。こいしの姿を視認することは可能です。


【カーズ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(中)、体力消耗(中)、胴体・両足に波紋傷複数(小)、全身打撲(中)、シーザーの右腕を移植(いずれ馴染む)
[装備]:狙撃銃の予備弾薬(5発)
[道具]:基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:どんな手を使ってでも生き残る。最終的に荒木と太田を始末。
1:休息を取り、傷を癒す。
2:仲間と共に今後の動向を決める。
3:古明地こいしから情報を聞き出す。
4:金色のスタンド使い(DIO)は自分が手を下すにせよ他人を差し向けるにせよ、必ず始末する。
5:上記のためにも情報を得る。他の参加者と戦わせてデータを得ようか。
6:スタンドDISCを手に入れる。パチュリーと夢美から奪うのは『今は』止した方がいいか。
7:この空間及び主催者に関しての情報を集める。そのために、夢美とパチュリーはしばらく泳がせておく。
 時期が来たら、パチュリーの持っているであろうメモを『回収』する。
[備考]
※参戦時期はワムウが風になった直後です。
※ナズーリンとタルカスのデイパックはカーズに回収されました。
※ディエゴの恐竜の監視に気づきました。
※ワムウとの時間軸のズレに気付き、荒木飛呂彦、太田順也のいずれかが『時空間に干渉する能力』を備えていると推測しました。
※シーザーの死体を補食しました。
※ワムウにタルカスの基本支給品を渡しました。


【ワムウ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:全身に小程度の火傷(再生中)、右手の指をタルカスの指に交換(ほぼ馴染んだ)、頭部に裂傷(ほぼ完治)、
   失明(いつでも治せるがあえて残している)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:掟を貫き、他の柱の男達と合流し『ゲーム』を破壊する。
1:傷の回復が終わり次第、廃洋館内の地下を調べる。
2:仲間と共に今後の動向を決める。
3:霊烏路空(名前は聞いていない)と空条徐倫(ジョリーンと認識)と霧雨魔理沙(マリサと認識)と再戦を果たす。
4:ジョセフに会って再戦を果たす。
5:主達と合流するまでは『ゲーム』に付き合ってやってもいい。
6:こいしの処遇は主に一任する。
[備考]
※参戦時期はジョセフの心臓にリングを入れた後〜エシディシ死亡前です。
※失明は自身の感情を克服出来たと確信出来た時か、必要に迫られた時治します。
※カーズよりタルカスの基本支給品を受け取りました。
※スタンドに関する知識をカーズの知る範囲で把握しました。
※未来で自らが死ぬことを知りました。詳しい経緯は聞いていません。


335 : ◆qSXL3X4ics :2015/11/08(日) 18:05:13 fAdcaR8A0
これで「四柱、死中にて」の投下終了です。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
指摘や感想などあればお願いします。


336 : 名無しさん :2015/11/08(日) 19:27:04 mQXkzZEw0
夢の中かも知れんけど柱の男大集合とかヤバすぎワロタ


337 : 名無しさん :2015/11/08(日) 23:19:46 xdL29cQI0
投下乙です。
傷ついてなお衰えを見せないエシディシのプレッシャー。
そして、そんなエシディシより深く傷つきつつも虚勢を張り、駆け引きを仕掛けるレミリアの貴族として、吸血鬼としての生き方。
死を畏れぬレミリアのその行動は結果として『死中に活』を見出しましたね。
あとは、相変わらずのグルメレポートぶりw 吸血鬼ってヤツはこんなのばかりww

サンタナとエシディシの邂逅。
『オレの名は、サンタナです。』控えめながらも、確かな意志を込めた彼の名乗りは、エシディシにとっては至極どうでも良いことだった。
愛情の裏返しは無関心、とは、よく言ったもの。
それを悔しいと感じるサンタナの心にも、確かに変化が生まれているのでしょう。
期待がなければ、悔しい、なんて思わないでしょうから。
そしてその期待は、自分の名を残したい、という、サンタナの欲望からきたもの。
原作時点のサンタナはわざわざ名乗らないし、エシディシの無関心にも無関心で返すでしょうねぇ……。
ジョジョ2部の時間軸では出会わなかった他の柱メンズとの邂逅も楽しみです。

そして、こいしちゃん。白黒の泡が浮かぶ夢の中はまるで紺珠伝のドレミーさんの空間。
ワムウと居た時は白だったのに、カーズ、エシディシ、サンタナの接近で真っ黒に。
ドレミーさんもコレ食べたらお腹壊すでしょうねぇ……。

……という訳で、地図上の位置関係で前々から危惧されていた、『こいしちゃんの周囲に柱の男総立ち』が実現してしまいそうな回。面白かったです。

柱の男のマッチョボディ4人前に囲まれたら、これはこいしちゃん呼吸するだけで妊娠してしまいかねませんねぇ……w


338 : 名無しさん :2015/11/09(月) 19:49:03 5toNtnMQ0
柱メンズ勢ぞろいこれはひどい

しかしワムウ辺りはサンタナの変化に気が付きそうですね


339 : 名無しさん :2015/11/10(火) 00:11:20 e2ZuGG/20
わあい、こいしちゃんの逆ハーレムだ(絶望)


340 : 名無しさん :2015/11/12(木) 01:24:26 dkwPYTzY0
姉は懐胎の上に衰弱
妹は四面楚歌
酷い姉妹だ…


341 : 名無しさん :2015/11/12(木) 19:08:22 suT1Kiec0
投下乙
>>337さんが俺の感想のほとんどを代弁してくれてるので省略
ここのロワの書き手さん全員にも言えますが、qSXL3X4ics氏は本当に、書く作品一つ一つに愛とロマンを感じるなあ
人物が文章の中でイキイキと動いてて、読んでて心に沁みてきます
よくもまあこんなに素晴らしい書き手さん達が集まったものだな、と度々思いますw


342 : 名無しさん :2015/11/13(金) 12:11:48 y6GaR0Gw0
懐胎!おめでたいことじゃあないですか。(目を背けつつ…)


343 : 名無しさん :2015/11/30(月) 23:44:47 mI0rwlR.0
ちょっとすたれてきた?


344 : 名無しさん :2015/12/12(土) 01:13:11 Em/6nQ/g0
本日ジョ東語りらしいので貼り
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/8882/1403710206/l50


345 : ◆BYQTTBZ5rg :2015/12/16(水) 23:53:23 ij52qObY0
久しぶりに予約してみますかなー
レミリア、けーね、ゆめみ、ろはんを書いてみます


346 : 名無しさん :2015/12/17(木) 01:47:55 xp0ZCORE0
おぜう様最近人気だな


347 : ◆DBBxdWOZt6 :2015/12/17(木) 23:43:37 iPTGwV8o0
聖白蓮、秦こころ、プッチ、秋静葉、寅丸星、古明地さとり、ジョナサン
の7名を予約します


348 : 名無しさん :2015/12/18(金) 01:39:02 vve.dPBQ0
予約の風が……吹いてきている……!


349 : ◆at2S1Rtf4A :2015/12/19(土) 00:56:03 82nwIrqw0
空条徐倫、霧雨魔理沙の二人を予約します


350 : ◆BYQTTBZ5rg :2015/12/23(水) 21:41:25 rSxj/Luk0
予約延長します


351 : ◆DBBxdWOZt6 :2015/12/25(金) 01:04:42 yJRNw/xk0
すみません延長を忘れていました。予約を延長します。


352 : ◆at2S1Rtf4A :2015/12/27(日) 00:30:56 y1B1X3gg0
すみません、予約を延長します


353 : 名無しさん :2015/12/29(火) 12:00:24 oe29o.d.0
有志の方からまた素敵な支援絵を頂きました。
この場にてお礼を述べさせて頂きます。

ttp://iup.2ch-library.com/i/i1571270-1451357765.jpg


354 : 名無しさん :2015/12/29(火) 20:16:16 JZav.AE20
かわいい


355 : 名無しさん :2015/12/29(火) 22:00:21 r7oDGoZE0
ちぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええのぇん!!


356 : ◆.OuhWp0KOo :2015/12/30(水) 02:45:07 Kw6RclbE0
>>353
wikiにもありましたが、投下乙です。
霖之助ジョセフの男前ぶりと、ジョセフに抱えられた幼獣2りの反応の対比がいい味出してます。

姫海棠はたてを予約します。


357 : ◆BYQTTBZ5rg :2015/12/30(水) 23:43:11 fsMPSN060
うおお!!もっと早くに絵が来ていれば頑張れたかもしれないのにィィィ!!
っていうか、すみません。予約破棄します。


358 : ◆DBBxdWOZt6 :2015/12/31(木) 22:51:00 0Vvl0Urs0
投下します


359 : 人界の悲 ◆DBBxdWOZt6 :2015/12/31(木) 22:51:39 0Vvl0Urs0

一人の人間に対していくつもの『足』が迫る。
これがラグビーの試合であれば、勝負も何もあったものではない。
いかな名プレイヤーでも、圧倒的な数的不利の中トライを決めることは困難だ。
そして今行われているこの戦いは、無論ラグビーのようにルールに則った『スポーツ』ですらない。
情のために情を捨て去った恐るべき二人の殺人者と、誇りの道を行く気高き男の生死をかけた『殺し合い』である。
それも男は攻勢に移ること無い一方的な追撃戦だ。
だが、彼は止まらない。止まれない理由と覚悟がある。
ジョナサン・ジョースターは、古明地さとりの保護のためその足を止めない。
億泰と空、その受け継がれる遺志は力となりジョナサンを動かし続ける。

状況は決して悪くはない。
人間の実質的な最高速度は45km程度、理論上は64km程度と言われている。
流石に悪路ゆえ40kmや50kmなどという速度は出ていないが、
ジョナサンの速度は少なくとも30km以上は出ており、波紋の恩恵でそれを維持して走行している。
敵の攻撃は一定以上のスピードは出せないらしく、
背を向けて走りだしてから攻撃されるまでに稼いだ距離も含めて、
数分間の逃走で『足跡』の能力との距離は離れつつあった。
なのでひとまず窮地は脱したと見てよさそうだ。
だが安心はできない。追手には何らかの探知手段があるらしく、未だに追撃の手は緩められないし、
今は亡き師の教えに従い『敵の立場』で考えるなら、この状況を打破するため何か仕掛けてくることは間違いない。

そして逃げることが目的なわけでもない。あくまで古明地さとりの捜索、保護が目的である以上、
ただ走るだけでは無意味だ。
自分を迫っている二人の遭遇した際の進行方向から考えて、恐らく古明地さとりは南の方角に逃げているはず。
故にジョナサンは南に向かって走りつつ、周囲に意識を張り巡らせている。
波紋探知機が使えれば最良なのだが、全力疾走のこの状態で使うのは難しい。

同時にジョナサンが走りながらも思うのは、出来るなら、自分を追う二人の少女の凶行を止めたいということだ。
そうすればこの不毛な逃走も終わり、古明地さとりの捜索もすぐに済むだろう。
だがジョナサンには分からない。秋静葉と寅丸星。その身を修羅に堕とす悲しき殺人鬼にして、
大切な誰かの為に戦い続ける一途な少女達、あの二人を止める方法が。
戦いの最中にそんなことを考えるべきではないが、それでもジョナサンは苦悩していた。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆


360 : 人界の悲 ◆DBBxdWOZt6 :2015/12/31(木) 22:52:08 0Vvl0Urs0

一方、そんなジョナサンの思いなど知る由もない静葉と星は、さとりを確実に殺すため、
ひたすらにジョナサンの足を止める手段を模索していた。

「くっ……!速い、速すぎるッ!!何故あの速度で走り続けられるのか……
 もしや人間ではない?いや、しかし妖怪のようには見えなかった……」

「寅丸さん、今はそんなこと考えている暇はないわ。とにかくあの男の足を止める手段を考えなければならないッ!!」

静葉そう言いつつ猫草による空気弾の攻撃を遠方にわずかに見えるジョナサンに向けて放つ。
しかし当然ながら空気弾はジョナサンに当たること無く、遥か手前にある木に当たり弾ける。
曲りなりにも人外である二人はなんとかジョナサンを見失わない程度の距離は保てていたが、
それでも遠い。完全に有効射程外だ。

「くそ……ッ!やっぱり届かないわね……。侮ってしまった、ただの甘いだけの男と……
 私達に油断をする権利などないのにッ!」

静葉は歯をギリリと食いしばる。
この会場にいる他のどの参加者よりも油断や容赦を許されていないのは弱者たる静葉だ。
悔恨の念に身が焼かれる思いを感じる。

「どうにかして足を止める……いや、速度を遅くすることだけでも出来れば、
 防ぐ手段のない『ハイウェイ・スター』の攻撃で一瞬でカタがつくのですが……
 あの速度をただの人間があそこまで維持できるはずはない、
 何か秘密があるはずです。その秘密が暴けなければあの男にもさとりにも逃げられてしまいます……!」

寅丸は『ハイウェイ・スター』の操作に集中しつつも静葉に話しかける。

「とにかくそのためには敵の足を止める他ない……
 足を止めるならまず私達自身があの男に追いつかなければならない……
 少しの間でも追いつければ止められる可能性はあるけれど、
 しかし私の脚力では全力でも……あっ!」

静葉は唐突に何かを思いつき声をあげる。
そしてゆっくりと寅丸の方を向き、言い放った。

「寅丸さん――」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


361 : 人界の悲 ◆DBBxdWOZt6 :2015/12/31(木) 22:53:18 0Vvl0Urs0

おかしい。ジョナサンはふとそう思った。
急に背後の気配が消え、静かになったのだ。
振り返ると無数の『足跡』は影も形もなかった。
追撃を諦めたのだろうか?
いや、あの二人の凄絶な殺意と覚悟を見た限り、これで追撃を諦めて逃がすはずはない。
とすればなにか作戦でも仕掛けてくるのかもしれない。
そこまで考えた所で、ジョナサンは嫌な予感がした。
ナマズが地震を予知するような漠然とした予感に過ぎなかったが、
ジョナサンはその場で決断的に前転回避を行った。


寅符「ハングリータイガー」


その瞬間、ほんの今までジョナサンがいた位置を、真横から暴力的な突進が襲った。
突進の射線にあった大地は抉れ雑木も跡形もなく消し飛んでいる
一瞬でも判断が遅れていればダメージは免れなかっただろう。
だが奇襲に驚く暇もなく、ジョナサンは再び走りだす。
今この状況はとてつもなくヘヴィだ。止まることはすなわち死を意味する。
一瞬の判断ミスが死に直結することをジョナサンは理解していた。
そして当然のごとく次なる攻撃が襲ってくる。
ジョナサンの周囲にある木が、地面が、岩が、弾けるように吹き飛ぶ。
これは先ほどの、秋静葉と名乗った少女が持っていた植物の攻撃だろう。
身を捩り躱しながら後ろを見れば、二人の少女が近距離まで距離を詰めてきている。
よく見れば寅丸星と名乗った少女の背に秋静葉が乗っていた。

これが静葉の思いついたこと――寅丸の妖獣としての全力を用い、一瞬だけでも追いつきその一瞬で仕留める――だ。

つい今しがた静葉が寅丸に言い放ったことはこうだ。

「寅丸さん、あなたが私を背に乗せて全力で走ればどの程度の速度で走れるかしら?」

その言葉に寅丸は一瞬疑問符を浮かべたが、すぐにその意図を理解し、答えた。

「結論から言えば、私は妖獣の中でも力のある方ではないのであまりは速くはありません。しかし」

「しかし?」

「静葉さん、あなたが考えていることを実現できる程度の速度なら可能です」と。

これが二人の会話の一部始終。
スタンドの強力さからそれに頼り互いに失念している部分があったが、寅丸も一応は妖獣だ。
体術に自信がない方だとはいえ、それでも基礎的な身体能力は当然人間を上回る。
それにオフロードの走行に関して、獣が人に遅れを取るはずもない。
制限下と未だに完調ではないゆえ持続力は期待できないが、例え一瞬だけでも追いつくことが出来ればそれでいい。
作戦というのもはばかられる単純な策だが、確かに効果はあった。
側面に回りこみ奇襲するという寅丸の提案もうまく威力を発揮した。
直撃こそ相手の幸運に阻まれ与えられなかったが、体制を崩すことに成功し、
今も攻撃を回避するために走るフォームは乱れ、その速度は30kmを下回りつつある。
例え呼吸が乱れることがなかったとしても、走る際のフォームは速度に重大な影響を与える。
走る速度、たったこの一点こそが彼我の有利不利を分けていた点であり、
その一点が崩れたことで戦局は一気に少女達の側の有利に傾いた。

そして有利に傾いたからこそ妥協しない、油断しない。
全てを投げ打つ覚悟をした二人は、決して同じ過ちを起こさない。
先ほどの失敗に学び、一切攻撃の手を緩めることはなかった。

「陽の光を浴びて本調子になったらしいこの子の攻撃、いつまで避けていられるかしら……
 ま、よしんば避けきれたとしても、ね」

静葉は感情のない冷めた無表情を浮かべながら猫草に次々と空気弾を放たせ、
同時に寅丸を見やる。


「はい、行けッ!ハイウェイ・スターッ!!」

再び、出現。


非スタンド使いに対してスタンドが強力無比であるということは最早当たり前だが、
並みいるスタンドの中でも特に恐ろしいスタンドがこの『ハイウェイ・スター』だ。
防御不能、高速、追尾。こと追撃戦ともなれば、そのハンティング能力は脅威の一言に尽き、
例えスタンド使いであっても、相性によっては為す術無く完封される。
そんな恐るべきスタンドが、再び現れた。
走行に集中するため解除していた『ハイウェイ・スター』は、
再び発動し、檻から解き放たれた猛獣よろしく獰猛な勢いでジョナサンへと迫るッ!!


362 : 人界の悲 ◆DBBxdWOZt6 :2015/12/31(木) 22:54:00 0Vvl0Urs0

「くっ……!やはり戦うしか無いのかッ!?しかし……ッ!」


ジョナサンが背後を見やれば、多量の空気弾と先ほどの『足跡』。
リバーシのように一瞬で黒にも白にも染まる微妙な趨勢は、一瞬の出来事で一気にひっくり返った。
無抵抗を貫き続ければ、やがて空のようにカラカラに干からびて死ぬだけだ。
それでもジョナサンは、限界まで二人と戦わずに済む方法を考えたかった。
彼女達を野放しにすれば、いずれ再び空のような被害者を出してしまうだろう。
しかし彼女達はどこまでいっても『少女』だった。
言ってしまえば、空となんら変わらない。
自身の大切なもののために戦っているに過ぎない。
きっと、どこかで狂ってしまった。きっと、どこかで狂わされてしまった。
掛け違えたボタンを外せないままその手を失い、二度と外せなくなってしまっただけなのだ。
故に彼女達もまたこの殺し合いの被害者なのだ。
人の身も心も失った屍生人にすら悼みを覚えるジョナサンに、
そんな彼女達を殺してでも止めるという苛烈さなどあるはずもない。
ジョナサンが戦わずに二人から離れるには、さとりを発見し、彼女達とは別のエリアに逃れるほか無いが、
そうした理想を貫けるほど、状況に余裕はない。

「私達に何かを『選ぶ』権利がないように、あなたにも既に選択権はない……
 奪われるか奪うか、潔く選んで、死んでください」

「うおおおおおおぉぉぉッッ!!」

何とか体勢を立て直し振り切ろうと試みるが、既に状況は詰んでいる。
間断なく発射される空気弾の援護射撃により、最早まともな走行を維持することすら困難になっていた。
そんな中、霊烏路空を凄惨な有り様に変えた『足跡』の攻撃が間近まで接近している。


「勝ったッ!そして更にダメ押しよッ!!」


葉符「狂いの落葉」


空気弾によって破壊された木々から飛び散る大量の葉が、
静葉の宣言により赤く紅く紅葉し、まるで意思があるかのようにジョナサンに襲いかかるッ!
最早ジョナサンにそれを避けきるだけの余力は残っていない。
この攻撃によって更に速度が落ちれば、一瞬にして『足跡』の餌食となってしまうだろう。
だが、追い詰められたこの状況は、ジョナサンに意外な発想と爆発力をもたらした!


「うおぉぉぉーッこれだッ!生命磁気への波紋疾走ッ!!」


ジョナサンはそう叫び、なんと負傷覚悟で両手を弾幕に対して突き出した!
すると弾幕はほんの少しジョナサンの腕を切り裂いたが、
突如触れた葉を中心としてドバザザアッっと音を立て命を持ったかのように動き出し、収束。
遂には一つの大きな壁へと変化し、ジョナサンと静葉・星の二人を分断した。
ジョナサンは人間の体に微量ながらあるとされる生命磁気を波紋で増幅し葉に流しこむことで、
紅葉を互い互いにくっつき合わせ葉の弾幕を壁へと変化させたのだ!
生命を持つ葉が弾であったことと弾の幕の字の通り大量の葉を弾として放ったことが裏目に出た。
しかしこれはジョナサンの比類なき波紋パワーと勇気がなければ出来なかったことだろう。
そして葉の壁は強い結束力をもって『ハイウェイ・スター』の進撃を止めた。
もとより障害物に対して突破能力がほぼない『ハイウェイ・スター』は、波紋で強化された葉を突き破ることは出来なかった。
これにより一時的に追跡者達の視界は塞がれ、攻撃も手が緩んでしまう。

「くっ……クソッ!」

これは静葉の失策であった。しかし敵の能力がわからない以上、どうしようもない部分はある。
敵は今の自分達の全力を上回る力を持っている。静葉と星はそう痛感するとともに、
これもまた超えなければならない試練だと見定め、その闘志をさらに奮い立たせた。
精神的な動揺を一瞬で抑えこみ、直ぐ様邪魔な葉の壁を取り除くため静葉は猫草の空気弾で壁を消し飛ばした。
しかし敵にとってはその一瞬が値千金、すでにある程度距離を離されていた。
最早考える暇もない。静葉と星は言葉を交わすこともなく追跡を再開した。
二人の共通認識として、この敵に対して二度同じ策が通用することはないだろうという確信があった。
故に今はただ愚直に迫撃する他ない。


再び始まる追撃と逃走。しかし、森の終わりはもう近い。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆


363 : 人界の悲 ◆DBBxdWOZt6 :2015/12/31(木) 22:54:45 0Vvl0Urs0

古明地さとりは、空を仰ぎながら歩く。
その足取りは遅く、か細い。強風が吹けばそのまま飛ばされてしまいそうなほど、
さとりは一部を除き心身ともにやせ細っていた。
例外である、原因不明の膨らんだ腹部のことも、今は考える気力もなかった。
二人の襲撃者に襲われ、さとりは多くを失いすぎた。
強い生命力を感じる明るい朝日をその身に浴びながら、
失ってしまったものについて、空腹でまとまらない思考を繰り返す。

おそらく、その命を失ってしまったであろうさとりのペットにして『家族』、霊烏路空。
妹のこいしや同じくペットのお燐、そしてそれらと同じく家族同然の他のペットたちも含めて、
その全てがさとりにとっての世界の全てだった。
忌み嫌われる能力を生まれ持ち、流れ流され迫害され、その先にやっと辿り着いた安住の地が地霊殿だった。
是非曲直庁に役割と郊外の住処を与えられ、嫌いな人間や妖怪に関わることなく、
慕ってくれる可愛いペット達とともに仕事をこなしたり、本を読んだり、食事をしたり……
主としての威厳や素直になれない性格により、あまり表に出さず面と向かって家族達には伝えたことがほとんど無かったが、
さとりは心の底からその日常が、家族が、愛おしくて堪らなかった。
だが、空が失われたことで永久に、その完全な日常が戻ってくることはなくなってしまった。
例えもし元通り地霊殿に戻ることができたとしても、きっと、どこにもいない空のことを思ってしまうだろう、探してしまうだろう。
そんな事を思うと、ただひたすらに虚しく、悲しい。
肉体的な消耗も相まり、さとりの精神はギリギリの状態まで追い込まれていた。

だがそれでもさとりは歩くことを、生きることを止めない。
彼女の心と足取りを鈍らせるのが家族であれば、その足を動かし続けるのもまた家族であった。
こいしも、お燐も、まだ生きている。
空を失なったことで、家族の死が決してありえないどころか今すぐにでも起こってしまう現実であると分からされた。
その現実を分かっていながら安穏と何処かに隠れ忍ぶ道を選べるほど、さとりは冷静ではなかった。
その先どうなるか分からなくともとにかく合流したい。
安否を確認したい。一緒にいたい。空の死を確信してから時が経つにつれ、その想いはどんどん強くなっていった。

しかし深刻な飢餓状態により、足は思うように動かない。
断腸の思いで補給を優先すべきだと判断したが、未だにどこにもめぼしい食料は見つけられていない。
そもそも空腹は深刻な思考力の低下を招いており、覚束ない思考で無闇に歩きまわったところで、
成果が得られるはずもなかった。

いよいよもって体力が限界に近づき、視界すらぼやけ始めたその時だった。
前方に一瞬、人影が見えた。
さとりは消耗による幻覚かとも思ったが、例え幻覚でも危険人物かもしれなくても、最早頼る他無かった。
ここで何もせず野垂れ死ぬぐらいなら、少しでも生存の確率を上げるべく、友好的な存在であることに賭けるしか無い。
決断したさとりは最後の力を振り絞り、人影が見えた先へと進んでいくのであった。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆


364 : 人界の悲 ◆DBBxdWOZt6 :2015/12/31(木) 22:55:52 0Vvl0Urs0

聖白蓮、秦こころ、エンリコ・プッチの3人は、命蓮寺を目指して歩いていた。
洩矢諏訪子とリサリサが去ってから、リサリサの波紋での治療の甲斐あってかすぐにこころは目を覚まし、
それからまた少ししてプッチも目を覚ました。
白蓮は二人に何があったのかを説明し、そして当初の目的地である命蓮寺を目指して歩き出した。
歩く3人に会話という会話はあまりない。それも当然というべきか、これまでに色々なことが起きすぎた。
故にそれぞれ独り思索にふける時間というものも必要だったのだろう。

白蓮は、諏訪子の忠告について考えていた。
曰くエンリコ・プッチは危険な男であるかもしれないから気をつけろと。
そう言われはしたものの、白蓮はプッチが目を覚ますまで特に何もできなかった。
諏訪子が組紐を譲ってくれたのも、言外にそれでプッチを拘束した方がいいという示唆だったのかもしれない。
しかしそれでも、白蓮はプッチに対してそうすることは出来なかった。
悪人正機の教えもある仏教の徒として、一方的な断罪行為は例え殺し合いの場だったとしても出来なかった。
出来るならば、問いただし対話をもって解決できればと願い、ただ介抱に徹したのであった。
だが話を切り出すタイミングを掴めずに、今はそれもまたいくつかの悩みの一つとして、悶々と考えながら歩く。

こころは、先ほどの戦闘とそれによって起きた様々なことについて考えていた。
柱の男、エシディシによりもたらされ、身を持って知った本当の恐怖の感情のこと。
自分が気を失っている間に一つの命が失われたこと。
その結果自分は命を救われ、今こうして思索にふけっていること。
それ以外にも雑多な考えが浮かんでは消え、感情を司る周囲のお面もどれか一つに定まることはなく、
くるくると変わり続けていた。
もとより自我が生まれ間もなく、ようやく安定した状態になってきていたこころにとって、
この短時間で起きた出来事はあまりに衝撃的すぎた。
そしてその衝撃により、精神に重きを置く妖怪の中で、感情を操るという特に精神的な気質を持つこころは、
多大な影響を受け、再び不安定な状態になってしまっていた。

プッチは、以外にも冷静だった。一度気を失ったことで落ち着きを取り戻し、
状況とこれから取るべき行動について沈思黙考していた。
ジョセフの話をしていた最中突如殴りかかってきたリサリサという女波紋戦士やジョセフへの怒りも無くなったわけではないが、
崇高なるDIOと自分の目指すべき目的の前に、個人的な感情を持ち込むことは唾棄すべき愚行であると反省し、
状況の整理に集中する。
まず自分を気絶させた女波紋戦士、あれは十中八九ジョセフと関係のある人物だろう。
それも自分が調べた記録には一切記されていない何者か。
吸血鬼の天敵である波紋戦士ということも鑑み、優先して始末すべき人間であると認識した。
次に今の状況。気を失っている間にあの波紋戦士と洩矢諏訪子の二人は、
白蓮と諏訪子の判断により別行動のため別れたらしい。
自身が気絶した直後、暴走を止めるため女も気絶させられたらしく、
暴れた理由を問い正せず理由不明な以上、引き離すのは当然の判断だ。
現状、利用が容易と思われる二人と行動出来ていることは幸いだ。
目的地である命蓮寺も、人里を経由しその近辺にジョセフが留まっている可能性を考えれば悪くない。
もとより自分は敬愛する友人DIOの為、ジョースターの血統の抹殺を任されている。
故にその目的さえ果たせるのであれば行き先は重要な問題ではない。
しかし気になる事もあった。
自身の首筋にあるアザにわずかに反応がある事だ。
そしてその反応は少しづつはっきりとしたものになりつつある。
この首筋にある星型のアザは、ジョースターの血統を持つものに反応し共鳴する。
つまり、おそらくジョセフ以外のジョースターの血統を持つ者が近づきつつあるということだ。
願ってもないことだが、先ほどの失敗もあり、プッチは慎重になっていた。
状況を見極め、確実に始末する。そのためにプッチはより思考を研ぎ澄まし、
いかなる行動にでも移れるよう準備を整え静かに歩く。


365 : 人界の悲 ◆DBBxdWOZt6 :2015/12/31(木) 22:57:46 0Vvl0Urs0

こうして、3人はそれぞれの思考を抱え歩き続け、B5エリアのほぼ中心まで歩き進んだ。
そして歩いていると突如、先頭を行く白蓮が手を水平に出し、後ろの二人に静止の合図を見せた。
白蓮は行く手に人影があることを察知したのだ。
周囲は草原だが、視界はそれなりに開けている。
故に誰かが接近してくれば、眼が良い者であればある程度察知は出来る。
そしてまともな思考能力を持つものなら、察知される危険に気づき、慎重になり周囲を警戒しつつ進むだろう。
だが前方に見える人影は全くの無警戒だ。総身を晒しゆっくりと歩いて来ている。
つまり接近者はまともな思考能力を持っていないか、
隠れ忍ぶ必要がないほど自身の実力に自信を持っている人物だと推察出来る。
前者であれば、保護すべき力の無い無辜の参加者の可能性があり、危険性はない。
しかし後者であれば、あのエシディシのように、戦闘を避けられない参加者である可能性もある。
その事実は3人の中である程度の共通認識であり、緊張が場を包んだ。
幸い相手は一人でこちらに気づいている様子もないので、白蓮は二人に目配せをし、
身をかがめ姿を隠し相手の様子を慎重に探った。
少しづつ、近づいてくる人影ははっきりとした姿を見せ始める。
そして完全にはっきりとした姿が見えようかというその時、突然何も言わずに白蓮が飛び出した。
驚愕する二人だったが、白蓮はこちらに振り返り大きな声で二人に言葉をかけた。

「二人とも、大丈夫です!危険はありません!この方は、こいしさんのお姉さん、
 古明地さとりさんです!とても憔悴しているようです……早くどうにかしなければ……!」

近づいてきていた人影は、何者かに襲われたと思われる憔悴しきった古明地さとりであった。
基本的に地底に籠もりきりのさとりと白蓮に面識は無かったが、
白蓮は幻想郷縁起に描かれたさとりの挿絵を見てその姿を知っていた。
そして一目見てさとりが危険な状態であることに気づき、居ても立ってもいられず飛び出してしまったのだ。
一瞬あっけにとられたプッチとこころであったが、結果的に危険性は無かったので周囲を確認して白蓮の元に駆けつけた。

「一体何をされたのか分かりませんが、極端な体力の低下と、飢餓寸前のような状態です……
 思考もあまり覚束ないようなので、とにかく早く栄養を取らせなければ……」

白蓮はさとりの状態を診断し、そう告げる。
実際さとりの体は何をどうすればそうなるのか分からないが、皮膚が薄く透けたような、
一目見て異常だと分かる様子だった。
こころもしげしげとさとりを観察するが、自身の宿敵であるこいしの姉だと、言われなければ分からないような姿だった。

「しかし、どうするか……この状態では消化器官も機能が低下しているだろう。
 となれば消化の良い食事か点滴のようなものが必要だが、
 この状況、この場所では準備するのは厳しいな……」

プッチの立場からすれば、こいしとの会話によりさとりが読心能力を持っていることを知っており、
心を読まれれば不都合が起きかねないのでこのまま野垂れ死んで欲しいところだが、
一応場に合わせて冷静な意見を言う。
しかしその裏ではさとりをどう『処理』するか考えを巡らせていた。

「そうですね……ここでは看護もままなりません。
 ひとまずこの先にある『果樹園の小屋』までさとりさんを運ぼうと思うのですが、どうでしょう?」

白蓮もプッチの意見は分かっていたので、近隣の建築物である果樹園の小屋への移動を提案した。
果樹園の小屋は現在地のエリア内であり、目と鼻の先にある。

「確かにそこならば治療が出来るかもしれないが、安全確保が課題だな……
 危険人物が潜伏している可能性もある。軽々しく賛成だとは言えないな」

「私は、助けられるなら助けたい……死によって感情も何もかも無くなってしまうのは嫌……」

現実的な意見のプッチと、泣き媼の面で悲しみを表現し肯定の意を見せるこころ。
意見は分かれたが、白蓮は少し考えこう言った。


366 : 人界の悲 ◆DBBxdWOZt6 :2015/12/31(木) 22:58:28 0Vvl0Urs0

「分かりました。では、この先に進むことの責任の一切は私が負います。
 プッチさんもこころさんも後ろから付いてきてください。
 危険だと思ったらすぐに逃げていただいても構いません。
 それでは、駄目でしょうか……?」

白蓮ははっきりとした声音で二人にそう提案した。
つまり安全確保という課題を白蓮一人が行うということだ。
危険極まりないうえ、あまりに利他的過ぎる提案だが、言う白蓮の眼に恐れはない。
もとより利他行の精神自体命蓮寺の掲げる理想でもある。
そして白蓮は今は亡きスピードワゴンから託されたのだ。
そして墓前で確かに誓ったのだ。
困難に屈すること無く信念を貫き、希望を、未来を守ることを。
こころの言う通り、命の喪失は即ち感情の喪失。
人の命こそが希望なのだ。
目前の命一つ救えなければ、誓いに価値はない。
故に白蓮は確かな覚悟を持って二人にそう提案した。
そしてその言葉に、まずこころが反応を見せた。

「聖白蓮、我々はその提案に賛成出来ない。何故なら私もお前と共にさとりを救うからだ!
 ……さっき言った通り私も誰かが死ぬのを見たくないの……人が死ぬと、
 感情がよく分からなくなって、でも悲しいということだけは分かって……
 だから私も感情の亡失を、死を防ぎたい。そして感情と希望を守りたい……
 それは白蓮、あなたの命も同じこと。だから、私も一緒に行く!」

こころは、決然としたまなざしで白蓮に言い放った。
面霊気として覚醒し間もなく、自我の薄弱さと面の喪失から不安定だったこころが、
確かに自身の『心』に従ってその意志を示したのだ。
白蓮は驚きとともに、確かな感動を覚える。
この殺し合いの渦巻く悲喜こもごもがこころを成長させたのか、
もしくは石仮面に内包された原初の感情『進化』がそれを促進したのかは分からない。
それでも確かにこころは、自身の感情で発言した。

「こころさん……ありがとうございます。共に、行きましょう。
 一緒に、この理不尽な争いを止めましょう。
 まずは己の命、そして目の前の命を守るところから」

白蓮は、こころに向かってゆっくりとそう言い、花の咲いたような笑顔を見せた。
共に行けるものがいる幸せと心強さを、白蓮は深く知っていた。
それ故に、喜びもひとしおだった。
そして今度はプッチの方へと向き直る。

「……プッチさんはどうでしょうか……もし付いて来ることすら嫌であっても、
 私達にそれを咎める権利はありません。お心の向くままに……」

白蓮は、黙して語らぬ白か黒か全く分からないプッチをどうすべきか未だ決めかねていたが、
とりあえずは本人の意志を尊重する形で更なる提案を試み、その反応を窺おうとした。

が、白蓮がその言葉を言い切る前に、プッチは突如魔法の森の方向を向き、
言葉を遮る仕草を見せた。


367 : 人界の悲 ◆DBBxdWOZt6 :2015/12/31(木) 22:59:01 0Vvl0Urs0

「シッ、静かに……また誰かが来る……近いぞッ!」

新手の乱入者だ。
真っ先に新手の乱入者の気配を察知したプッチが二人にそのことを告げる。
そう、何者か、または何者達かが今まさにこの場へと近づこうとしていた。
一瞬で場の空気は変わるが、身構える間もなく草をかき分ける音が間近に迫り、
そして、一人の巨漢が雪崩れ込むようにして転がり込んできたッ!
同時にその背後の道にあった木がはじけ飛ぶ!
すぐに白蓮はさとりを守るべく機敏に動いた。
だが混乱は未だ終わらない。
再び草をかき分ける音が聞こえ、新たな影が二つ踊り込んでくる。
そしてその一つの姿は――



「……星?」



――命蓮寺の本尊であり、聖白蓮が最も信頼を置く妖怪……寅丸星、だった。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆


368 : 人界の悲 ◆DBBxdWOZt6 :2015/12/31(木) 22:59:43 0Vvl0Urs0

乱入者は3人。ジョナサン・ジョースター、秋静葉、寅丸星。
古明地さとりをめぐり、逃走と追撃を演じていた3人だったが、
その終着点は、さとりも含む、白蓮達との遭遇であった。
今ここに、七人もの参加者の運命が交わった。

しかし、全員が一同に会してから、誰一人動けない。
空気が重い。
誰も口を開くことが出来ない時間がしばらく続いた。
実時間にしてみれば数十秒に過ぎないが、
身を持って体感したこの場の全員にとっては、数十分数時間流れたかのように錯覚する程時が重かった。
そんな発言しがたい空気の中真っ先に口を開いたのは、乱入者の一人、秋静葉だった。

「寅丸さん……殺りましょう。せめてさとりだけでも殺して退く。それがベスト。
 だから、構えて」

隣で目に見えて混乱している寅丸に対してのみ聞こえるような声量で、低く呟く。
しかし寅丸はまるで聞こえていないように、呆然と立ち尽くしている。
彼女は、想定していなかった。いや、むしろ考えることを避けていた。
自身が生きて欲しいと、自分を含めた89人の命を犠牲にしてでも生きて欲しいと思ったその当人と邂逅した時、
果たして自分はどうするのかを。
そしていざ対面してみれば、その顔を、眼を、まともに見ることさえできない。
吹っ切ったはずの罪悪感や部下に対する後悔が再び湧き上がり、
確かに抱いた覚悟や意志さえ幻だったかのように感じてしまう。
自分の所業と全くの対局の白の側を理想とし貫いているであろう白蓮を前に、
寅丸星は殺人者でも毘沙門天の代理でもないただの寅丸星となり、狼狽えることしか出来なかった。

そんな寅丸に静葉は歯噛みしつつも、この混迷極まる状況をいかにして打破するか考えるが、
妙案など浮かぶはずもなく動くことが出来ない。

そんな中、今度は白蓮が場の中心へと歩き進む。
何かすべきことを決めた決意に満ちた表情だ。
当然警戒する静葉は猫草の狙いを聖へとつける。
寅丸はそんな静葉と白蓮を交互に見て、より混乱を深め声にならない音を喉から出す。
後ろにいるこころやプッチ、すぐ近くにいたジョナサンも、息を呑み聖の行動に注目した。

そして、白蓮は皆に聞こえるような声で、こう言った。



「皆さん、ごはんにしましょう」

と。


369 : 人界の悲 ◆DBBxdWOZt6 :2015/12/31(木) 23:00:54 0Vvl0Urs0

瞬間、重い空気が今度は凍りつき、誰もが唖然とした。
明らかに殺伐とした雰囲気が漂う中で、聖は臆面もなくその暢気ともとれる言葉を発したのだ。
神経を疑われても文句を言えない場違いな発言に、周囲は再び言葉を失ったが、
またしても秋静葉が真っ先に言葉を返した。

「あなた……この状況で頭がイカれているの?少し考えれば、
 そんな言葉を言うような雰囲気じゃないくらい普通察せるでしょう?
 それとも、ふざけたことを言って場の空気を自分のものにでもするつもりかしら。
 どちらにせよ、私の意志は何も変わらないけれど」

静葉はそう言い、猫草のターゲットを白蓮の頭に合わせる。
この動きに対する反応で白蓮の真意を探れるだろうと思っての行動だ。
うろたえる寅丸が目に付き苛立ちを感じるが、構うこと無く臨戦体勢を取る。
対する白蓮は、全く動じること無く更に言葉を返す。

「いえ?ふざけているつもりなど微塵もありません。
 私は至って大まじめにごはんにしましょうと提案しているのです。
 この非道極まる争いが始まってすでに日の四分の一以上経っています。
 今この場で話すにしても争うにしても、きちんと補給をしなくてはそれどころではありません。
 それに今私の後ろで伏しているさとりさんは、早く栄養を取らなければ危険な状態にあります。
 さて、この説明で分かっていただけたでしょうか?」

微笑みを崩さず、白蓮は淡々と説明した。
あの殺伐とした状況で飛び出た言葉故に困惑が大きかったが、
冷静に聞いてみれば、主張自体は停戦協定のようなものだった。
瀕死のさとりのことを思い、これ以上場の膠着を続かせたくなかったというのも理由の一つだろう。
静葉も少し前に『養分』を補給したとはいえ、その直後激しい追撃戦を演じ消耗があることも確かだ。
提案の内容自体も、静葉にとっても決して悪いものではない上、
妖怪の山に住む静葉にすら、その善人ぶりの評判が聞こえてくる聖白蓮の提案である以上、
そこに謀略や嘘が混じっていることは考えづらい。
つまり悪い話ではない、ということだ。
だが、

「生憎だけど、そのお誘いはお断りさせていただくわ……
 私としてはむしろさとりに回復されてしまっては困るもの……
 だから今ここでッ!」

静葉の返答はNO。
さとりのこともそうだが、ありえない話、自分がほだされてしまうかもしれない危険な予感を感じた。
故に静葉は言葉を言い切る前に猫草の空気弾を発射。
同時に駆け出し、さとりを狙い一撃離脱の戦法を取ろうとする。
しかし、その行動は一瞬にして未然に防がれた。
ドンッ、という鈍い音がし閃光が見えたかと思うと、
空気弾は消滅し、静葉は衝撃を受け立ちすくんでしまった。

『ヴィルパークシャの目』

白蓮の使う、放出した気合で敵の弾幕をかき消し、
衝撃を与える技だ。
白蓮は静葉と相対する前に詠唱を済ませ、備えていた。
静葉は決して白蓮を侮ったわけではなかったが、
暢気な会話は多少なりとも静葉の緊張感を奪い、
白蓮の実力を見誤らせてしまった。


370 : 人界の悲 ◆DBBxdWOZt6 :2015/12/31(木) 23:01:22 0Vvl0Urs0

「……お願いです。状況を整えて、少しだけでもいいからお話をしてはいただけませんか……?。
 今この状況で何もせず止まり続けていても事態は悪化するだけです。
 私の言葉の潔白を証明する術も無いですし、あなたが対話を望んでいないということも分かります。
 ですがお互いせめてこの停滞した状況をどうにかしなければ、どこへ進むこともままなりません。
 だから、乱れた麻のような現状を断ち切るため、今このほんの少しの時間だけでいいのです。
 話を聞いて協力してください」

言い終わり、頭を下げる。白蓮はあくまで自衛と戦意を削ぐため技を使った。
これが平素の幻想郷ならば、白蓮は弾幕ごっこでの実力行使という形で話を解決することも出来るだろう。
しかし今、この場では形だけの争いなど成立しない。
故に出来れば用いたくないが、手段としての威嚇、そして対話を試みる以外の平和的手段はない。
静葉が八方塞がりであるのと同様、白蓮も己が意志を貫こうとする限り、採れる択は少なかった。
そして静葉は、白蓮のその言葉を受け逡巡する。
言われたままになってしまうのは好ましくないが、
現実問題、この話を一時的にでも承諾しなければチャンスを得ることすら出来ないだろう。
今のやりとりで、白蓮の力と自身の圧倒的不利な状況を身を持って理解してしまった。
故に、仕方なく猫草を下げることで、話を受けたという返答の代わりにした。
あくまで一時的に従うだけ。
今自分が攻撃することを予見し対処策を準備していたように、白蓮に油断や隙は少ないだろうが、
いつでも好機あらば掴めるよう、静葉は神経を尖らせる。

そしてその反応を見た白蓮は手を合わせて喜び、再び一礼すると、早速軽い情報交換と、
全員に事情とこれからの行動について説明し、
それをもって、果樹園の小屋への移動となった。
未だ尾を引く混乱と、それぞれの複雑な心中も相まり空気は歪だが、それでも状況は動き出した。

なんとか事を自分の望む方向へと動かすことが出来た白蓮だが、
決して動揺や混乱がないわけではない。
特に当初から行動を不安視していた星が、明らかにボロボロの姿となり、
普段なら絶対しないような闇を宿した瞳をしていたことは、ナズーリンの死のことも含めて気がかりで仕方ない。
だがそれでも、今ここで不安や絶望に呑まれる訳にはいかない。
己の信念と、託された願い。その真価、強さが試される時は今だ。
これからが正念場。白蓮は拳を握りしめ、気合を入れ直した。


371 : 人界の悲 ◆DBBxdWOZt6 :2015/12/31(木) 23:02:23 0Vvl0Urs0

【B-5 草原 中心/午前】

【聖白蓮@東方星蓮船】
[状態]:疲労(小)、体力消耗(小)、両手及び胴体複数箇所に火傷(波紋により回復中)、右足に火傷(波紋により回復中)
[装備]:独鈷(11/12)@東方 その他(東方心綺楼)
[道具]:基本支給品、不明支給品0〜1個@現実、フェムトファイバーの組紐(2/2)@東方儚月抄、
     『宝塔(スピードワゴンの近くに落ちていたものを回収)』
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める。
1:果樹園の小屋に行き、さとりの治療を兼ねて全員で食事をする。
2:静葉、星の変わり様に衝撃。とにかく食事後話をしたい。
2:プッチを警戒。一時保留。
3:殺し合いには乗らない。乗っているものがいたら力づくでも止め、乗っていない弱者なら種族を問わず保護する。
4:弟子たちを探す。ナズーリン……響子……マミゾウ……!!
[備考]
※参戦時期は東方心綺楼秦こころストーリー「ファタモルガーナの悲劇」で、霊夢と神子と協力して秦こころを退治しようとした辺りです。
※魔神経巻がないので技の詠唱に時間がかかります。
簡単な魔法(一時的な加速、独鈷から光の剣を出す等)程度ならすぐに出来ます。その他能力制限は、後の書き手さんにお任せします。
※DIO、エシディシを危険人物と認識しました。
※リサリサ、洩矢諏訪子、プッチと情報交換をしました。プッチが話した情報は、事実以外の可能性もあります。

【秦こころ@東方 その他(東方心綺楼)】
[状態]疲労(小)、体力消耗(小)、霊力消費(小)、内臓損傷(波紋により回復中)
[装備]様々な仮面、石仮面@ジョジョ第一部
[道具]基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いには乗らない
1:感情の喪失『死』をもたらす者を倒す。
2:聖白蓮と共に行く。
3:感情の進化。石仮面の影響かもしれない。
4:エシディシへの恐怖。
[備考]
※少なくとも東方心綺楼本編終了後から
※周りに浮かんでいる仮面は支給品ではありません
※石仮面を研究したことでその力をある程度引き出すことが出来るようになりました。
力を引き出すことで身体能力及び霊力が普段より上昇しますが、同時に凶暴性が増し体力の消耗も早まります。


372 : 人界の悲 ◆DBBxdWOZt6 :2015/12/31(木) 23:03:00 0Vvl0Urs0

【エンリコ・プッチ@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:肉体疲労(中)、全身打撲、ジョセフへの怒り、リサリサへの怒り
[装備]:射命丸文の葉団扇@東方風神録
[道具]:不明支給品(0〜1確認済)、基本支給品、要石@東方緋想天(2/3)
[思考・状況]
基本行動方針:DIOと共に『天国』へ到達する。
1:ジョナサン・ジョースター……
2:ひとまず聖白蓮と同行し、ジョナサン殺害の機会を伺う。
3:ジョースターの血統とその仲間を必ず始末する。特にジョセフと女(リサリサ)は許さない。
4:保身を優先するが、DIOの為ならば危険な橋を渡ることも厭わない。
5:古明地こいしを利用。今はDIOの意思を尊重し、可能な限り生かしておく。
6:主催者の正体や幻想郷について気になる。
[備考]
※参戦時期はGDS刑務所を去り、運命に導かれDIOの息子達と遭遇する直前です。
※緑色の赤ん坊と融合している『ザ・ニュー神父』です。首筋に星型のアザがあります。
星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※古明地こいしの経歴及び地霊殿や命蓮寺の住民について大まかに知りました。
※主催者が時間に干渉する能力を持っている可能性があると推測しています。

【ジョナサン・ジョースター@第1部 ファントムブラッド】
[状態]:腹部に打撲(小)、肋骨損傷(小)、疲労(小)、波紋の呼吸により回復中
[装備]:シーザーの手袋@ジョジョ第2部(右手部分は焼け落ちて使用不能)、ワイングラス@現地調達
[道具]:河童の秘薬(9割消費)@東方茨歌仙、不明支給品0〜1(古明地さとりに支給されたもの。ジョジョ・東方に登場する物品の可能性あり。確認済)、
命蓮寺や香霖堂で回収した食糧品や物資、基本支給品×2(水少量消費)
[思考・状況]
基本行動方針:荒木と太田を撃破し、殺し合いを止める。ディオは必ず倒す。
1:ひとまず聖白蓮と同行する。
2:レミリア、ブチャラティと再会の約束。
3:レミリアの知り合いを捜す。
4:打倒主催の為、信頼出来る人物と協力したい。無力な者、弱者は護る。
5:名簿に疑問。死んだはずのツェペリさん、ブラフォードとタルカスの名が何故記載されている?
 『ジョースター』や『ツェペリ』の姓を持つ人物は何者なのか?
6:スピードワゴン、ウィル・A・ツェペリ、虹村億泰、三人の仇をとる。
[備考]
※参戦時期はタルカス撃破後、ウィンドナイツ・ロットへ向かっている途中です。
※今のところシャボン玉を使って出来ることは「波紋を流し込んで飛ばすこと」のみです。
 コツを覚えればシーザーのように多彩に活用することが出来るかもしれません。
※幻想郷、異変や妖怪についてより詳しく知りました。
※ジョセフ・ジョースター、空条承太郎、東方仗助について大まかに知りました。
 4部の時間軸での人物情報です。それ以外に億泰が情報を話したかは不明です。


373 : 人界の悲 ◆DBBxdWOZt6 :2015/12/31(木) 23:03:33 0Vvl0Urs0

【秋静葉@東方風神録】
[状態]:顔の左半分に酷い火傷の痕(視覚などは健在。行動には支障ありません)、精神疲労(小)、霊力消耗(小)、肉体疲労(小)、
覚悟、主催者への恐怖(現在は抑え込んでいる)、エシディシへの恐怖、エシディシの『死の結婚指輪』を心臓付近に埋め込まれる(2日目の正午に毒で死ぬ)
[装備]:猫草(ストレイ・キャット)@ジョジョ第4部、上着の一部が破かれた、服のところが焼け焦げた
[道具]:基本支給品、不明支給品@現実(エシディシのもの、確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:穣子を生き返らせる為に戦う。
1:感情を克服してこの闘いに勝ち残る。手段は選ばない。
2:だけど、恐怖を乗り越えただけでは生き残れない。寅丸と共に強くなる。
3:一時的に聖白蓮と同行するが、状況を見計らい殺せる者を殺す。優先するのはさとり。
4:寅丸の対処を考える。
5:エシディシを二日目の正午までに倒し、鼻ピアスの中の解毒剤を奪う。
6:二人の主催者、特に太田順也に恐怖。だけど、あの二人には必ず復讐する。
7:寅丸と二人生き残った場合はその時どうするか考える。おそらく寅丸を殺さなければならない。
[備考]
※参戦時期は少なくともダブルスポイラー以降です。
※猫草で真空を作り、ある程度の『炎系』の攻撃は防げますが、空の操る『核融合』の大きすぎるパワーは防げない可能性があります。


【寅丸星@東方星蓮船】
[状態]:左腕欠損(二の腕まで復元)、精神疲労(小)、肉体疲労(小)
[装備]:スーパースコープ3D(5/6)@東方心綺楼、スタンドDISC『ハイウェイ・スター』
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:聖を護る。
1:混乱。聖……
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※能力の制限の度合いは不明です。
※ハイウェイ・スターは、嗅覚に優れていない者でも出現させることはできます。
 ただし、遠隔操作するためには本体に人並み外れた嗅覚が必要です。

※C-4魔法の森にある霊烏路空の死体の傍に制御棒が置かれています。

【古明地さとり@東方地霊殿】
[状態]:脊椎損傷による下半身不随?内臓破裂(波紋による治療で回復中)、極度の空腹、意識混濁
体力消費(大)、霊力消費(中)
[装備]:草刈り鎌、聖人の遺体(頭部)@ジョジョ第7部
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:地霊殿の皆を探し、会場から脱出。
1:意識混濁。
2:食料を確保する。
3:迅速に家族と合流する。
4:億康達と会って、謝る。
5:襲撃者(寅丸星と秋静葉)との遭遇を避ける。(秋静葉の名前は知らない)
6:お腹に宿った遺体については保留。
[備考]
※会場の大広間で、火炎猫燐、霊烏路空、古明地こいしと、その他何人かのside東方projectの参加者の姿を確認しています。
※参戦時期は少なくとも地霊殿本編終了以降です。
※読心能力に制限を受けています。東方地霊殿原作などでは画面目測で10m以上離れた相手の心を読むことができる描写がありますが、
 このバトル・ロワイアルでは完全に心を読むことのできる距離が1m以内に制限されています。
 それより離れた相手の心は近眼に罹ったようにピントがボケ、断片的にしか読むことができません。
 精神を統一するなどの方法で読心の射程を伸ばすことはできるかも知れません。
※主催者から、イエローカード一枚の宣告を受けました。
 もう一枚もらったら『頭バーン』とのことですが、主催者が彼らな訳ですし、意外と何ともないかもしれません。
 そもそもイエローカードの発言自体、ノリで口に出しただけかも知れません。
※両腕のから伸びるコードで、木の上などを移動する術を身につけました。
※『ハイウェイ・スター』について、情報を得ました。
 ○ハイウェイ・スターは寅丸星の能力。寅丸星と同じエリアが射程距離。
 ○ハイウェイ・スターは一定以上のスピードを出せない。
 ○ハイウェイ・スターは一度に一つの標的しか追えない。
 ○ハイウェイ・スターにこちらから触れることはできない。
 ○ハイウェイ・スターに触れられると、エネルギーを奪われる。
 ○ハイウェイ・スターは炎で撹乱できる。(詳細な原理はまだ知らない。)


374 : ◆DBBxdWOZt6 :2015/12/31(木) 23:08:28 0Vvl0Urs0
以上で投下終了です。
ご感想、ご指摘などあれば是非。
来年もこの企画で書いていきたいと思いますので、よろしくお願い致します。

また今回書ききれていない点が多くあり、近いうちに自己リレーをしたい感があります。
もし問題や駄目だというご意見があれば自重します。


375 : 名無しさん :2015/12/31(木) 23:36:26 LcP.2y3A0
>>374
これは実質的な前後編とみてよろしいですな?

漆黒の殺意を抱く2人に対してもあくまで話し合いを試みる寺生まれのBさんは格が違った。
次も期待してお待ちしています。


376 : 名無しさん :2016/01/01(金) 01:01:27 oZcxaYjw0
ん?今近いうちに後編を投下するって言ったよね?
しかしこの状況まるで好転する気がしない……
しょーちゃんは現行犯だし、静葉は殺す気まんまんだしで破局しか見えない
ナムさんもプッチをお縄にするか話を聞き出すかするべきだったし、やはり甘ちゃんか…
後編も楽しみにしてまーす


377 : 名無しさん :2016/01/01(金) 05:12:14 b/P/hBFk0
新年早々の投下、お疲れ様です

星ちゃん、覚悟は決めていたとはいえこの段階で聖と遭遇すればやっぱり動揺しまくりですね……
マーダーコンビは静葉の方が頭ひとつ意志が固く、星をリードしてる気がします
ジョナサンを始末しようと目論むプッチ、スピードワゴンを通してジョナサンという人物を伝えられた聖、その聖を救おうと奮闘する星、星と手を組む静葉、静葉たちと死闘を演じあったさとり……
何気に各々の思惑や因縁も多く枝分かれするこの集団、特に聖と星がどう収集つけるか気になるところです
このどう考えても平和にまとまりそうにない面々で食卓を囲もうという聖も聖ですが、そこに彼女らしいおっとりさを感じますね
単純な即戦闘ではなくある意味恐ろしい朝食会になりそうで、この先が気になるとても引きでした
心を読んでしまうさとり様が結構ネックになりそうだとか、色々想像してしまいますね


378 : 名無しさん :2016/01/01(金) 14:14:02 Qv0xp.aEO
投下乙です

静葉は死んでほしくない相手がいないからブレない

ここで投下をやめたって事は、自分より先に誰かに予約される覚悟をしてるって事ですね?


379 : 名無しさん :2016/01/02(土) 03:23:49 CIrRQ3HU0
投下乙です!
星ちゃん、二度も覚悟を決めたところでまたしても試練が…
マーダーコンビの二人は常に壁が立ちふさがるというのが普通のマーダーと違って応援したくなりますね。
ジョナサンと聖は相性が良い気もしますが、危険人物を3人交えて朝ごはんというのもまた恐ろしい。
特にさとりは3人全員に命狙われているというのがもう不憫で……ジョナサン頑張って。

面白かったです。もしも続きの構想があるのなら楽しみにしております。
そしてなんとまた有志の方の素敵な支援絵を頂きました。
代理投下になりますが、この場をお借りしてお礼を述べさせて頂きます。
後にwikiの方にも掲載させて頂きます。ありがとうございました。

ttp://iup.2ch-library.com/i/i1573804-1451670739.jpg

ttp://iup.2ch-library.com/i/i1573805-1451670739.jpg


380 : 名無しさん :2016/01/02(土) 10:08:40 KWM1.n3o0
大晦日に投下、新年に支援絵とはいい滑り出しだぁ
新年早々めでてえですね


381 : 名無しさん★ :2016/01/03(日) 23:56:10 ???0
投下します


382 : 名無しさん★ :2016/01/03(日) 23:57:52 ???0
トリが入らない?


383 : ◆at2S1Rtf4A :2016/01/04(月) 00:03:48 NxTtMwjo0
すみません、スマホから失礼します。
規制食らってるみたいでトリ付けて投下できないみたいです
したらばの方に投下しても平気でしょうか?


384 : ◆at2S1Rtf4A :2016/01/04(月) 00:08:19 NxTtMwjo0
すみません、やっぱりいいです。
代わりに投下の最初と最後にトリ付けて投下しますね


385 : ◆at2S1Rtf4A :2016/01/04(月) 00:09:07 NxTtMwjo0
投下します


386 : 名無しさん★ :2016/01/04(月) 00:10:00 ???0
太陽が昇る。
きっと今頃はこの世界の有象無象は白日の下に晒されていることだろう。
白日の下に晒される、という言葉は隠された物事がこの世に明るみになる意味が込められている。
滅多なことに降りてこないであろう日差しがこの森の天蓋を破ってくるのを見て一人合点する。
この世界、日ノ本に生きるヒトにとって全てを照らす太陽の陽から逃れられない、白日に晒されるのみなのだ、と。
か細いレンブラントビームを顔に受けてしかめた少女は、なんとなしにそう感じた、些細な徒然事である。
幻視するまでもない。沈んだ雲霧を払いたければ空を仰げということだ。先ほど二人でそうしていたように。

光芒の直撃を避け薄目で天を睨む。
例外が見つかった。星空が天日に塗りつぶされていく様が見える。もうほとんど明け空へとすり替わっている。
無数にして無秩序に佇む星斗はなすがまま日差しにかき消されていくのだ。
余りにも強すぎる陽光に呑み込まれ、微弱な光しか放たない星はそこにあるにも関わらず、ヒトの眼には映らなくなる。
そう、正に白日の下に晒された星々は、言葉の意味とは裏腹に、この世に曝け出されてはいないのだ。
少しだけ滑稽だと思った。原初の光である太陽に照らされた結果、姿を隠した星々。これのどこが白日の下に晒されたと言えるのか。

少女は考える。
白日の下に晒されたのは我々の世界のみなのだ、と。
そもそもヒトがいつ作ったのか分からぬ言の葉に宙の果てのことまで考えてはいないのだ、と。
極めて現実的に、ぶしつけに解釈する。
ヒトの指す『世界』に『星』は含まれることはない。世界にとって星は埒外なのか。


見えなくなっていく星々を、隠れてしまった星々を、全て映し出してほしいと思うのはワガママなのだろうか、と少女の些末な所感であった。
だがその思考も、太陽に全てを塗りつぶされた空の頃には終わりを迎えていた。


387 : 名無しさん★ :2016/01/04(月) 00:11:08 ???0

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「思ったほど、悲しくないもんだな。」

その言葉に嘘偽りはない、つもりだ。だからこそ、そう言えたことが悲しく思えた。

「……無理しなくていいんだぞ、あたしは…そこら辺見回ってくるからさ。」

しかし、私を嘘つきにしたいのか、コイツは余計な気遣いをしてきてくれた。

「……無理しなくていいんだぜ、私は…そこら辺見回ってくるからな。」

できるだけ声色を目の前の誰かさんと合わせて言葉を返す。

「……何の真似よ?」

思ってたよりも私のことを慮ってくれていたようで、結構怒っている様子だ。


「オウムの鳴く真似」
「あたしの真似だろうが!」


突っ込み気味のローキックを小さな小さな百騎兵で受け止める。

「これがオウムじゃないならウソだな」
「やっぱりウソなんだろ!ったくもう…!だから、その無理しなくていいって言ってるでしょ!」
「無理しなくていいって言ってるんだぜ!」
「はぁ!?」
「いやいやオウム」
「………」
「………」


思いやりの気遣いが気違いを見る視線へと変わった気がする。まあ、すぐに誤解は解けるさ。

「私はウソに啄まれる。ウソかホントか保証できない。」

「だからアンタはウソをついたんでしょ!それとも、そうかアレか!
そっとしてほしいタイプじゃなくて……こう、そのギュッとしてほしいタイプなワケ?」

「それはいい」

「どーしてそこだけはっきり断る」
「私は親離れしているからな」
「おい、ちょっと待て!誰がアンタのお母さんだって!?」
「ズレてるズレてる」
「? …ってその台詞、今のアンタには言われたくないんだけど」

いやはや、話がちっとも進まないなそもそも何の話をしていたのやら、これでは時間の無駄だ。まあ、私は無駄がすきだけども。

「残念だけど、私はウソをついちゃあいないぜ」

ここじゃあ、それもままならないな。

「ウソだのなんだの言ってただろ!」
「アレは焼き鳥美味しいって話だ」
「お前は嘘を食べるのか?」
「ウソを食べるのがウソだ。私はそいつらの美味しい親子丼をいただくだけさ」
「こらこら。腹が減る話をするな」
「アンタは大好きなチョコレートケーキでもいただけばいいじゃないか。」
「……世の中甘くないわよ」

「とにかく、アンタがウソをついていないってことでいいのよね?」
「そもそもいつ私がウソをついたんだ」
「アンタが泥棒だからでしょ?さっき盗んでたし」
「嘘つきは泥棒の始まりとな?論理の逆は証明にならないぜ?」
「何言ってるの。逆でない方がいいんだから、論理なんて必要ないのよ。そもそもね」
「論理なんて必要ないよな。そもそも」
「あ?」
「いやいやオウム」
「あ?」
「あ?」
「あ?」
「いやいや―『うるさい』― 」


388 : 名無しさん★ :2016/01/04(月) 00:12:11 ???0

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ここは魔法の森。
ジメジメとした空気と原生林が鬱蒼とした空間は人妖問わず人気のない場所である。
だが日差しをロクに通さないことも相まってキノコ自然栽培の聖地でもある。
とは言っても、近寄るだけで幻覚を引き起こすほどの代物が群生することもあって、やはり人気のない場所であった。
そんな場所に二人の少女が隣り合って座している。二人して黙っている。
湿気と瘴気のよすが、とも言うべきこの地が二人を愚図つかせ、白けさせてしまっているかのように静かな様であった。


 やれやれだわ。まったく……あたしはどうしてやればいいのかしらね?


二人の内の非行少女の方、空条徐倫。
胡坐をかいた脚に肘をついて何度目かの逡巡を迎えた。
目下の悩みは正に目の前の相方、霧雨魔理沙にあった。
いつもより難しい顔をしている彼女を盗み見る。
先ほどのやり取りの後、彼女は閉口を保ち続けている。
何を考えているのだろうか、やはり知り合いの死にショックを受けているのだろうか。

 ウソをついちゃいない、か。アンタは本当に悲しくないのか?

左で座っている少女が知り合いの死に対して無関心であるとは徐倫は考えなかった。
先の共闘で彼女の人となりを信頼していたし、むしろ徐倫に気遣われないよう無関心を装うのではないかと踏んでいた。

 無理しているって考える方が自然なのよね。

自分の弱いところを見せたがらない、人間なら持っているであろう自尊心から成る防御行動。
それが起因して徐倫にウソをついたと考えるのが、まだ容易であった。

 でも……もし、本当に悲しくないのだとしたら―――

徐倫が魔理沙を信頼したように彼女もまた、ありのままの胸中を語ってくれたのだとしたら。



―――あたしと同じ気持ちなのかもな。



空条徐倫。魔理沙の言葉が真実なら、彼女の悲しみもまた、なりを潜めていた。
エルメェス・コステロの死。ストーンオーシャンを共に生きてきた仲間の訃報を受けたというのに。


389 : 名無しさん★ :2016/01/04(月) 00:12:35 ???0

 どうしたんだろう、不思議と悲しくない。

悲しみから涙が流れることはおろか、怒りで手が震えることもない、静かな心持ちであった。
そうでなければ、今こうして考えてなどいない。きっと取り乱していただろう。

 あるいはスデに慣れたのか?

徐倫がここに至るまでに体験した仲間の死、その二つの体験が彼女を一つ上のステージへと押し上げたのか。

 あの時と、何かが違うんだろうな……

そこまで考えると眼をゆったりと瞑り、決して遠くない二つの死を掘り起こす。


FF。ああ、覚えている。私たちと生きた、同じ時間を過ごした『フー・ファイターズ』。さよならを言うアイツのその姿を忘れるわけがない。


ウェザー・リポート。覚えている。あたしが……殺したかもしれない人。風が止んだあの瞬間を、彼の声は空を揺らすことなく凪に呑み込まれていった。


エルメェス・コステロ。覚えている、覚えているとも、覚えているさ。だけどそれはアイツの生きている姿……終わった瞬間を、あたしは知らない。


溜息が漏れる。そういうことか、と。いや、最初から分かっていたことだった。こんな回りくどく思い出さなくても、当に答えは出ていた。



 エルメェスはFFみたいにさよならなんて言ってないの、ウェザーと違ってまた会って話すことができるのよ―――



でも、それはきっと…



 ―――あたしの中の話、だけどな。



とどのつまり、エルメェス・コステロが死んだという実感、リアリティが不足していた。
先の二人と違い、彼女の死は耳から聞こえてきた放送、それはあまりにも安っぽい訃報、信じるに足らない、唾棄すべき情報なのだ。

 だけど、エルメェスは………もう、いない。

だが、その情報の主に踊らされている以上、受け止めなければならない事実もある。主催者の放送など正にそうだ。

 さよならよ、エルメェス。一先ずはここでお別れ。ちゃんと悲しんでやれなくてゴメンね。

だから徐倫は友人の死を頭で理解してあげた。当然すぐに心は納得しない。
だが待てないのだ、自分の心の整理に時間を費やしてなどいられない。
それは彼女が今誰を失ったのかを見れば分かる、全ての機会は有限なのだ。

 さて魔理沙。アンタはどうなんだ?

徐倫は早々に頭を切り替えていた、それは今より前を向き始めていた。
視線は自分ではなく、相棒に向いていた、それは今より遠くを見据え始めていた。
どこまでも遠くを映す瞳は殺し合いの檻の中、ヨレ出した軌道の流星をしかと捉えているのだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


390 : 名無しさん★ :2016/01/04(月) 00:13:15 ???0




 って、アレ……魔理沙はどこだ??




すぐ隣にいたはずの相棒の姿が見えない。いや、それどころではなかった!





 視界が暗い!?いや黒い!!目の前で暗幕を張られているかのように黒いぞ!!





徐倫の直感が告げる!危険信号!

敵襲!奇襲!スタンド攻撃!それも先手を取られた!最悪手

視力を奪われるディスアドバンテージ!空条徐倫!チンタラ考え事をしていたらこの様とは!


「魔理沙!!どこだ!!」


スタンドを駆り、手から放つは糸の結界。下手人と相棒を探るべく、いの一番に最善手を選び取る!


 何だ!?近いぞ、近すぎる!ゼロ距離!?完全な密着!?ヤらなきゃ!ヤられる!!


間隙。自身とスタンドを挟み込む2mのインコーナー。敵はそこにいる!



「喰らえ!!」

「おい!?バカ!徐倫!」



目の前から声―――魔理沙か!?殴った先に……ってヤッバッッ!!



「うおおおおおッッ!!??止まれェッ!!」



緊急停止。ストーンフリーの右ストレートが徐倫の全身全霊の命令に受け応える、が。

 マズ、い。止まらねえわよぉおお!!

スローな感覚。一つ分かるのは魔理沙の位置からは逃れられないことのみ。


 ゴメン魔理沙。あたしは善処したわ。痛いで済むといいわね。


ばふん。異音の瞬間、柔らかい触感が徐倫の顔を包み、視界が完全にダークゾーンに突入。
そのまま何かにもたれ掛かられる形で、顔から不可抗力的に膝立ちの体勢が崩される。


 エッ?あたしが、倒れて……!?


徐倫は何かと縺れるように上体から派手に地面へと激突した。


「いってぇッ!!」
「あぶねぇッ!!」


391 : 名無しさん★ :2016/01/04(月) 00:14:00 ???0


直後、腕が空を切る音がしたのだが二人の耳には届いていないだろう。


「あー徐倫、中々面白い状況だな。」


徐倫の上からややくぐもった誰かの声が聞こえた。この状況を理解した上で発せられる、謀ったような声だ。
徐倫はようやく合点いったようだ。それは盛大な一人相撲。完全に自分の、そしてしょうもない失態。
思考の波に呑まれていただけであった。スタンド攻撃などといった危険なモノではなく、魔理沙は徐倫に声をかけていただけだった。
魔理沙があんな近づいていたのも、一向に反応がなかったからなのだろう。
自分に覆いかぶさっている奴はそれを分かっているようだ。心配してあげていた身として、これはあまりにも面白くない。


「ほうでしょ。」


 ぶふー、と少々苦しいけど思いっきり息を吐きかけてやったわ。


「まったく、私が咄嗟に飛び込んだから良かったものの。それとも私を三途の川に飛び込ませるつもりだったのか?」


 べろん、と一つ。思ったより鈍いわね、それそれ。


「あん?」


シャブチュバペロンペロ―――


「ぎゃああああああああああああああああ!!」



 おっ、流石に堪えたか。


軽く圧し掛かっていた重さがなくなる。悪かった視界も元に戻る。徐倫は久しぶりに立ち上がると、うーんと背伸びをした。
そして、衣服を手で払う音がする方へ視線を寄越す。悲鳴を上げながら忙しなく叩いている誰かの背中が映った。


「ジョリーン!!なんってことしてくれたんだ!!」


当然、霧雨魔理沙である。


「アンタがいつまで経っても退かなかったからでしょー」
「うっかり殴り掛かっといてどういう了見だよ、そいつは〜!」


392 : 名無しさん★ :2016/01/04(月) 00:14:24 ???0


魔理沙は赤ら顔を引きつらせて徐倫にズカズカ近づいていく。彼女はその様をニヤけながら見ていたが、目の前まで近づいた魔理沙に頭を下げた。

「まあ、そのことに関してはごめんなさいってことで、魔理沙。ゴメンね、あたしちょっとボーっとしてたわ。」

魔理沙は少々訝し気にその様子を見て口を開く。


「やめろよ。頭下げている姿、アンタ誰って感じで全然似合ってないぜ」
「育ちが悪くてごめんなさいね。じゃあこうしましょ」


魔理沙の顔と同じ高さまで屈み、両手を合わせてニコリと笑った。


「ゴメンね、魔理沙。でも大事なくて良かった、良い反応だったわよ」
「へん、気にするなよ。あれぐらい、まさに日常茶飯事だぜ」


徐倫の手を指差し、別段気にする様子もなく答える魔理沙。徐倫は合わせた手を見比べて、ああ、と合点した。

「茶飯事ね。そーゆー意味なら、これはご馳走様の手合わせだわ。」
「何を頂いたんだって言うんだ?」
「美味しく頂きました。」
「あん?」
「美味しく頂きました。」
「おい」
「美味しく頂きました。」
「だから、なんだって言―――」

魔理沙の台詞は途切れる。徐倫が指差した方を見たから。先ほどの魔理沙のそれとは違い、手に向けられていなかった。


ややあって、わりと純粋な乙女の悲鳴が森に響き渡る。乙女と呼び難い女性はやっぱり良い反応ね、と呑気に思うのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


393 : 名無しさん★ :2016/01/04(月) 00:15:26 ???0

「さて、と。それじゃあどこ目指して行こうかしらね?」
「………」


徐倫の尤もな言葉に対し魔理沙は沈黙で返す。地べたに体育座りの姿勢で嫌そうに上目の視線を送りながら。

「ちょっとちょっと、そんなに根に持たなくていいんじゃない?」
「アンタ。サイテー…だぜ……」
「まったく直の上からでもないのにねぇ、直でしてやってたらどう―――」
「……………………」

いよいよ視線が徐倫を呪い殺さんとより鋭くなり、彼女は不格好に言葉を切ってあげた。魔理沙はというと目いっぱい睨んだかと思ったら顔を伏せてしまう。


「ほらほら。時間もないんだし、いい加減切り替えな」
「ほとんどアンタのせいだろ、まったく……」

渋々といった風に顔を上げ、ゆらりと立ち上がる。

「それじゃ行くぞ」
「なあ、魔理沙」
「何だよ」
「その、怒ってる?」

魔理沙は意味を呑み込めず一瞬眉根を狭めたが、徐倫のバツの悪そうな表情を見て、大きな溜息を吐き出す。

「アレで怒らない方がどうかしてるぜ。半分ぐらいは怒ってるさ」
「意味有り気な残りの半分は?」
「感謝してるよ、コンチクショー。だから、そのなんだ……私に気を配りすぎるなよな?」
「ふーん。」
「……」
「……」
「………そんなに良かったのかしら?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


394 : 名無しさん★ :2016/01/04(月) 00:15:51 ???0


徐倫……良いヤツなんだが、もっとこう何だ。デリカシーある発言というか、オブラートに包んだ表現とかなかったのか?
いや、そもそも先の発言はテンで的外れで、デリカシーもオブラートも必要ないぞ、絶対にないから。

……まあ、ワザとああしたことを言っているのかもしれないけど。元気付ける為とか、在り得そうだ、大いに。
ああ、気ぃ遣われているなぁ。私。気を遣われるほど私は参っちゃあいないぜ、ホントに。

最初に言った通り、私は今そんなに悲しくないんだ。

理屈で良く分かっているから。
ワムウの様な化物じみた存在、徐倫の様な変……スタンド使い。私たち幻想郷に住んでいる連中からしても、未知数の相手。
未知と幻想はこちらの専売特許なのだが、それがこうも打ち砕かれ、その凶刃に十人は斃れた。
そして私ら含め総勢九十名をしょっぴいてみせた主催者の二人。奴らの力の程はこの状況を鑑みれば嫌でも分かる。
事実を、六時間流れた結果を、口伝されただけだ。絶対的な現実を告げただけなんだ。そこに虚を盛り込む間隙は一つもない。

夜明けと引き換えに十の命は流星となって燃え尽き果てた。それは決然とした事実なのだ。なのに何故悲しくないのだろう?

答えは知っている。とうに分かっている。星は燃え尽きてなどいない、燃え尽きたのなら、私の脳裏にしかと刻まれているはずなんだ。
息を呑み、呼吸を忘れるほど綺麗な流星を私は誰よりも知っている。だというのに、それを私は一つも拝んでいない。
これはあまりにも可笑しい。可笑しいんだ。


大仰だな。


実感がない、そう言い表すのには余りにも大げさで不格好だ。ああ、なんてちっぽけなんだろう。
別に死に対して疎い環境で育ったつもりじゃなかったのに。死ぬときは死ぬ、そういう側面がある場所だ。
私だって死にかけた経験なんか、両手両脚の指じゃ数えきれない。
そりゃ今でこそ、本気で事を構える真似をしなければ平気なほど強くなった自覚はある。それこそこんな殺し合いでもしなければ。
だけど、昔は…特に、家を出てからすぐの毎日は地獄のような日々だった。
肉体的にも精神的にも擦り減らして、擦り切れるギリギリでよく助けてもらった気がする。二人に。

そう。私にはあるのだ。命を失いかけるような経験が。ならば、なにが足りない、なぜ仲間の死が真に迫ってこない?
私には一体何が足りないんだ?


死んだのは誰だ?私?バカを言え。死んだのは私ではなく、十六夜咲夜であり、魂魄妖夢であり……とにかく私ではない。


死にかけた経験は十六夜咲夜でも、魂魄妖夢でもない。当たり前だ。そんなもの見たこともないし、そんな話聞いたことない。当然、私のことじゃないか。


見たことも聞いたこともない?十六夜咲夜や魂魄妖夢の死を?当たり前だ。そんな経験があるなら……今こうして、もがいちゃいない、苦しんでなんか、いないんだ。


395 : 名無しさん★ :2016/01/04(月) 00:16:41 ???0
そんな経験があるなら、か。



そういうことか。何だよ、随分あっさりしているな。


足りないのか?いや、それどころではなく。ないんだ。全くと言っていいほどに、誰かが死んだ経験が私には…………ない…。

当然のことだった。
私の周りには妖怪、魔法使い、神といった人外ばかり。妖怪は肉体的にヒトを遥かに凌ぎ、
魔法使いは捨虫の魔法により不老となる。神は幻想郷の中においては信仰が絶えることはないと言っていい。
それぞれ死という概念から、ヒトより大きく踏み外しているのだ。私はそんな連中と知り合ってそこそこだ。オサラバする経験など、あるはずがない。
それでも人里で誰それが死んだ、という話ならしばしば聞いた。それは貴重な死の体験記だ。だが、こんなもの何の腹の足しにもならない。

所詮、それは私にとって『誰それ』でしかないからだ。本当に誰なんだそれは?

誰それに名前と顔が浮かび上がらないのは、私が普通の人間との関係が希薄だからだ。
森に居を構えたあの時から、私の人間関係は概ね失ったと言っていい。あんな住めば都に遷都したんだ、羨み僻まれも止む無しだ。
だけど、その結果人里の誰かが死んだという報を受けても、私にとっては誰それでしかなくなった。
それをおかしいなど欠片も思わなかった、現にこうして考えに耽るまでは。
人外の内にありながら、外と共にする私。それはどこまでも死の見聞から逃避している行為に他ならない。そこにそんな意図はなくとも、だ。


―――私は幻想郷のヒトの中で最も『死』を知らない人間なのかもしれない―――


……慣れなくちゃな。いつまでもこのままじゃいられない。でも、どうすればいい?どう慣れていけばいい?
たとえ答えが分かっていたとしても、そう思わずにはいられない。だって、そんなの、あんまりじゃないか?
私は嫌だ。見知った奴らの死に目なんか、どんな形だって見たくなんてない。
本末転倒だ。殺し合いを止めようとしているのに、誰かの死を看過しなきゃいけないなんて。
きっと間違っている。だけど身体に走るむず痒いこの感覚、あるはずでない片手落ち感、払わなければいけない。そんな気がしてならない。


ああくそ、考え過ぎたかな。いい加減止めだ止めだ。頭を使っているとロクな方に転がらない。頭脳労働は匙加減を間違えると身体に毒だ。いい加減戻って……


396 : 名無しさん★ :2016/01/04(月) 00:17:32 ???0


………ん?何かおかしくないか?何で私はこんなに『考えて』いるんだ?徐倫と一緒に『歩いて』いたはずじゃなかったか?


歩く感覚なんて、どこにもない、ぞ?


……………………戻れない?いつまで、こうしているんだ私は?身体の感覚が鈍い?目を瞑っているのだけが分かるけど、開けることができない?


連続しない途切れたシーン。自分を追いつめる思考。鈍った身体の感覚。

おかしい。おかしすぎる。いつまでこうしてなくちゃいけない。

何かの異変か、いや、こんな直截に届く異変なんてない。あるとしたら、それはもう一つしかない……!





「スタンド攻撃か!!ぁああああぁあああああ―――





浮遊感。背中が嫌な意味でゾクゾクする。





―――っでえええええええええ!?」





衝撃。予感は的中し背中が強かに打ち付けられた。痛い。



「おっ?起きたか?」



仰向けで倒れている私の視界に徐倫の顔が映った。

「徐倫。私はどうなっている?」
「痛そうに顔を歪めているわ」
「そうじゃなくて」
「なら大方アンタの予想通り」
「さいか」

悩み過ぎて頭の中がショートしたか、眠気に襲われたかしてフェードアウトしたのか。
まったく……私は何をしているんだ…

「ほら、立ちな?いつまでそうしているんだ?」

徐倫に差し伸べられた手を右手で掴んだ―――その瞬間だった。



私の全身から汗が噴き出した。


397 : 名無しさん★ :2016/01/04(月) 00:18:12 ???0



立ち上がろうとする反射で空いた手は『床』を触っていた。滑らかなフローリングを。ここは外では、なかったのだ。


その時私は一つの予感が脳裏に出来上る。その瞬間感覚は小刻みに情報を伝達し始めた。


身体が起きるごとに徐倫だけが映っていた視界が変わっていく。その時見えたアイツの顔越しに、天井があった。


予感が完成へと迫る。何故か私はそれを恐れていた。


自分の両脚で立ち上がる。目を瞑って何回か軽く床を踏む。分からない。足の触感で分かるほど気にするわけがない。そういう相手だったから。


それは私にとって、予感が外れている可能性も示唆されていた。私の希望的観測。
逆を言えば、眼を開けて確認しろ、と『この家』に言われている気もしてしまった。



腹を括った。



木を主とし引き戸は硝子で作られた食器棚。その奥に見える色形豊富な食器が行儀よく収まっている。
どんな客を迎え入れられるよう、種類の違う4つのイス、ソファに四面楚歌される背の低いテーブル。
そこにいた誰かに似て透かした模様が映えるテーブルクロス。
その近くには暖炉といつでも使えるように薪も十分に用意されている。
壁には時計に写真、風景画に装飾皿をと無数の調度品が立て掛けられており、見栄えが良い。


本棚には無数の本とそれ以上に不自然に空いていた空間が目立った。


もう、間違い様がない。ここはあそこだった。


「アリスの、うち。」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


398 : 名無しさん★ :2016/01/04(月) 00:19:54 ???0


目の前に二つの選択肢があったとして、そのどちらかを選び取ったとする。
当然、未来に起きることはその選択した方に沿うわけで、選び取らなかった方の結末は知ることなどできない。
たらればで考えることはあっても、選び取らなかった選択の未来を視ることはできない。
そんなもの視る必要がないし、視たところで今の状況を根本から変えることは難しい。
だから必要はない。

そこまで深く考えてはなかっただろうけど、多分、本能的にそうやって行動してきたんだと思う。

だけど今は、少しだけ思うところがある。

自分の行動にほんの少し迷いを覚えるのだ、その瞬間を感じてしまいハッとしてしまうのだ。
ある相手の言葉が、自分の失態が、枷を付けさせられるきっかけになった。認める気は毛筋一本分もないけど、屈服させられたのかもしれない。

自分の行動は果たして自分の目的へと通じているのか、という枷。
ひょっとして全ては奴の思惑の上なのではないか。
ここまで這い上がってきた道程は奴にとっての予定調和なのではないか。
切り開いてきた運命もまた運命の中に組み込まれているのではないか。
もう一回言うけど、そんなもの信じるつもりはない。
そんな頑なな自分の考えさえも、ひょっとしたら……こうなると永遠の疑心暗鬼だ。

これ以上はもう考えない。癪だ。あまりにも癪に触る。
自分の在り方を否定されるみたいで、あそこでの日々を否定されるみたいで。
今のあたしはあたしだけじゃあ成りたっていないんだ。
だと言うのに、あたしの行動が奴の掌の上だって?
構うものか、お前の掌に乗っているのはあたし一人じゃあないんだ。
奴の掌をあたしらの重みで潰してやる。
たとえ、そこから一人失ってでも、だ。
いや、それはもう三人なのかもしれないけど、それでも。
その重みはあたしがそこにいる限り、絶対に変わらない。
だからあたしはそいつらと過ごしたあたしが迷うわけにはいかないのよ。

私が是とした選択を簡単に否定しない。アイツにとってそれがどう転ぶのか、正直分からない。
でもやっぱり放っておけない。同じ様に苦しんでいる相手をただ見て放っておけない。

だって私だって、あの日、きっと私は、そうしてほしかったから。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


399 : 名無しさん★ :2016/01/04(月) 00:21:02 ???0


「なぁ徐倫。これはどういうことだ?」


魔理沙は努めて平静に声を絞らせる。


「それとも、これも件の質の悪いスタンド攻撃の続きか?」
「そうね。プッチ神父ならこういうこともしてくるかもね。」


顔を嫌そうに歪めお道化た少女に徐倫は便乗する。



「それを、アンタがやるのか?」



打倒すべき相手と同じようなマネをお前はするのか、魔理沙はそう言った。

「ええ、そうよ。」

その意図に何が隠れていようとそんなマネを選んだのだと、徐倫は返した。



沈黙。

魔理沙は言葉を返すことが出来なかった。言葉を返したら、どれほど醜く罵倒したかわからなかったから。
徐倫を信頼していたから、なけなしの理性が彼女の罵詈雑言を押し込めたのだ。


「家主のいない家って、どんなモノなんでしょうね?」


徐倫は相対していた魔理沙に背を向け言葉を連なり出す。

「あたしは訪れたことはないんだけど、別の経験ならあってね。いなくなった仲間の部屋を見たことはある。何があったと思う?」

首だけを俯いた少女へと向けて、軽い感じでクイズのように尋ねる。


「…………………何も無かったか?」
「当てられると、こっちが困っちゃうわね」


ややあって答えた少女のそれに、徐倫は本当に困ったように笑った。

「そう。もう、そこには何も無かった、というよりは別の女囚がいたの。
 当然と言えば当然のことで、そいつがいなくなって、あたしが自由に動けるようになる間に数日経っていたわ。」

「囚人のおかわりか、世知辛い話だ」
「まったくもって、その通りよ。こっちもいい迷惑ね」
「それで話は終わりなのか?」
「ほぼほぼ終わりよ」


400 : 名無しさん★ :2016/01/04(月) 00:21:55 ???0


徐倫の意外な言葉に、あっけない話の終わり方に、魔理沙は一瞬面食らってしまう。だが即座に噛み付いた。


「もっとあるだろ!アンタはそこでそいつの部屋を見たんだろ!?結局何もないんなら ―『さっきも言ったけど』― 本当に何考えてここ……


「そこにいるのは別の誰かだったのよ。そいつのいた証なんかあるわけでもなく、客観的にいなくなった事実だけが突き付けられただけだった。」


淡々と話すその様はその時の徐倫の心情そのままであった。

「それこそ、さっきの放送みたく、ね。」

まあ、あれよりかマシだけど、と小さく付け足した。

「でも、ここはそうじゃあないでしょう?」

徐倫の指先から糸が伸びる。彼女の背負っていたデイパックにまで届いたかと思うと、そのまま手中へと引き寄せていた。

「人形使いの魔法使いだったわよね?アリスって子の証になるはずと思って失礼承知で見繕ったわ。」

人形であった。ただし愛用の上海人形とは比較にならないほど簡素な綿人形。
金色の髪に黒の帽子を被り、洋装に身を包んでいる、ことが分かる程度のものだった。


「何で、私にこれを…?」


魔理沙はその本心とはどこまでも心無い言葉を並べた。

「アンタは悲しくないって言っていた。それはきっとアンタの中で『死』にリアリティを抱いていないからよ。これで少しは決着がつくと思ってね。」

徐倫の表情はどこか厳しい、だが魔理沙は俯いたままでそれに気づく様子はなかった。


「だけど今すぐ全てを受け止めろなんて言わないし言えないわ。あたしだってまだ心の整理が付いちゃあいないもの。」

そこまで言うと、逆に声色を明るくして魔理沙に告げた。

「でも、受け入れちゃった時にさ。何か傍にあった方がいいでしょ?だからお節介したの。」

徐倫は尚も俯き加減の魔理沙に近づき、人形を寄越す。
魔理沙は受け取ろうと手を差し出す。

そして―――


401 : 名無しさん★ :2016/01/04(月) 00:22:34 ???0



「いらない、ぜ」



人形の腕が爆ぜた。パァンと乾いた音と共に中の綿が飛び散る。
魔理沙の人差し指は真っ直ぐに伸び、人形の腕があった場所を指していた。




「魔理沙。アンタは……」




徐倫は驚かない。自分の意志に相反する行動を見せた魔理沙に対して。


「アンタはその仲間の証なんて、持っていないんだろ?」


魔理沙は挑発的に白い歯を見せる。


「アンタに出来て、私に出来ないなんて、そんなの在り得ないんだぜ。」


それはまるで相手を威嚇するかのように、必要以上に獰猛さを誇示した笑みだった。
徐倫は分かっていた。分かっていたが、これ以上の言及を避けた。避けなければと判断した。


「そっか……悪かったわね、魔理沙。余計なお世話だったかしら?」
「放送を聞いた時から腹積もりは出来ていたさ。今更取り乱したりしてられないからな。」


尤もらしい事を言っている少女の姿が徐倫には背伸びしているようにしか見えなかった。
徐倫に追いつこうと無理をして限界ギリギリの足先立ちでプルプル震えている。
それを少女と呼ばずして何と呼ぶか。

それらを無下にして、少女を地に叩き付ける真似を徐倫は選べなかった。

勿論。それで良いわけがない。徐倫の本心はそう思っていた。
魔理沙は死んだ仲間のことを、どこまでも目を逸らしているのではないか、そう思えてならなかった。
だからこそ、ここで少しでも慣らそうと思ったのが徐倫の考えであった。
もう一歩踏み込んで言ってやるべきだと思う。だが、それで魔理沙を傷つけた時、立ち直るのにどれほどの時間を要するだろう。

いや、その時は徐倫自身が守ってやればいいだけのことだ。本当に、本当に困っているのは―――


 あたしは魔理沙に何て言ってやればいいんだ?言葉が見付からない、分からないんだ……


―――何を伝えたらいいのか、分からないということだった。それこそぶっきらぼうな誰かに似て、あれ以上の言葉が出てこなかった。


402 : 名無しさん★ :2016/01/04(月) 00:23:26 ???0



「……分かった。無駄な時間を過ごしてしまったし、さっさとここを出るぞ。」


徐倫は魔理沙から目を逸らすように、逃げるように入口へ向かっているが、背中越しから待ったの声がかかる。

「おい、徐倫。忘れ物だ。」

声と同時に徐倫は背後から何か迫るのを感じた。物だ。何かが空を切っているのだ。
咄嗟に振り返り、それを掴む。


「あぁ!?」


驚愕一色。それを手に取った瞬間、アリス邸に訪れて一番の衝撃が徐倫を襲った。


「早く行くんだろ?そいつを使うぞ。」
「えっ、魔理沙、ちょっ!アンタ本気か!?」


竹箒であった。柄になくたじろぐ徐倫に魔理沙は近づき、強引に箒をふんだくる。

「まあ、そもそも徐倫に渡しても使えないか。私が手本を見してやるよ。」

魔理沙は自分のすぐ隣に箒をひょいと放り込んだかと思うと、股をくぐらせるため箒の柄を足の側面で蹴りつける。
すかさず逆の脚で柄の先端を思いっきり踏みつけて箒の筆を起立させ、それを掬うように手を滑らせ、掴み取る。

すると少女はちょっとだけキメ顔で鮮やかに箒に跨ぐ形となった。


「よし!それじゃあ一丁試してみるか!」


そして、いよいよ少女が箒へと乗りかかった。
徐倫が必要以上にハラハラしていたが、それは置いておく。
ふわり、と魔理沙の両脚が床から離れる。
そのままゆっくりと、箒は小柄な身体を持ち上げ少女を宙へと導いた。


「そ、そう使うモノだったのか!?」

「へへっ先に外で待っているからな!さっさと来いよ!」


魔理沙はそのまま徐倫を見下ろし舌を突き出して、扉を蹴り開けて出て行ってしまった。


403 : 名無しさん★ :2016/01/04(月) 00:24:23 ???0
見下ろされた方はというと、珍しく事態に付いて行けず再び茫然としていた。
誰もいないのに何だかバツが悪くなり、後頭部を軽く掻いた。

 魔理沙はどこまで受け止めきれているのだろう?

床に腰を下ろし、少女らしい調度品の数々をぼんやりと眺める。

 正直、今すぐ受け入れられるなんて思っちゃあいない。あたしだって同じだから。

エルメェスの死を奥底に仕舞った徐倫は思う。やはり自分自身で解決するしかないのではないか、と。

 でも、黙って見ておきたくなかったのよねー。やっぱりさ。だってあたしと同じように苦しんでいるワケじゃん?
 少しは分かち合えるんじゃないかってさ、それにアイツ、今よりガキの頃に親から勘当されてるって言うじゃない。
 小さいくせに大したタマだと思ってさ、発破をかけたら立ち直れると思ったんだけどなぁ……

自分への言い訳にように頭から浮かんでは消え、やがてたどり着いた。


 あーそっか。親いないんだアイツ、だったらそれもそうか。今ある関係が本当に大事に決まってる。そりゃあ認めたくないわよね。


そして彼女の仲間は往々にして『命名決闘法(スペルカードルール)』という『遊び』が元で知り合ったという。
『遊び』とは『殺し』の対極のようなものだ。
理由は余りにも明快で、遊びにはそれこそルールがあり、殺しにはない。
殺せばそれは殺しだから、それこそがルールでそこに辿り着くまでの過程など一切問わない。
強いて言ってルール無用こそが殺しのルールであった。

特にただの人間である魔理沙は命名決闘法の恩恵が最も大きく、それに依存するのも仕方がない話なのだった。


「やれやれだわ。お節介が過ぎたかしらねーこれは。」


うん、と背伸びをし立ち上がる徐倫。そのままの体勢でゆっくりとドアに向かって歩き出す。


 あたしの独り善がりだった、か。ちょっとナイーブになってたせいで、勝手にダブらせちゃって、あーもう!しゃらくさい!!


「いいさ。魔理沙、ゆっくり悩みな。大切な仲間のことを割り切ろうと、割り切るまいと
 アンタがアンタならあたしは付いて行ってやる。その代わり―――



伸びをしたままの右腕の先端、人差し指から糸が走る。
しなる糸は落ちていたそれを拾い上げ、再びデイパックへと運び込む。



―――大事な友達のことまで、楽しかった日々まで、否定するんじゃあないぞ。」


アリス邸のドアが開いた時、そこの床には何一つ落ちているモノは消え去っていた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


404 : 名無しさん★ :2016/01/04(月) 00:24:54 ???0


 私はどうして、あの人形を撃ってしまったのだろう。


アリス邸の入り口の少し先に、魔理沙は考えていた。

 深い意味はない。ただ、単純に嫌だっただけだ。

宙に浮いてぼうっとしている様はマーダーに見つかれば格好の餌食だが、それでも考えた。


 アリスの死んだ証に、それを持っていけば死んだのを認めたことと同じ。だから拒否したんだ。
 それに私はあの時、感じた。家の中を見た時にどこまでも自分が動揺したのを、恐れたのを。
 だれもいないアリス・マーガトロイド邸を、私は見たくなかったんだ……


魔理沙はアリスの家で起きた全てから逃げ出してきた、と言えるかもしれない。
あの時、徐倫に言った言葉はほとんど出まかせだった。
箒を実際に使って見せたのも、家から出たかったという理由も含まれていた。

 情けないな、私は……ひょっとしたら誰かが目の前で死ぬまで、私はこんな風なのかもしれない。

いつになく、覇気の薄い魔理沙、この時の彼女はどこまでも少女で、どこまでも弱々しかった。

 でも、私はやっぱり目の前で誰かに死んでほしくなんかないんだ。

あの場から立ち去った人間が思うには余りにも滑稽なのだろうが、それでも魔理沙は思うのだ。


確かに私は誰かが死んだ事実を受け止めきれていない。でも、その迷いが枷で他の誰かが死ぬのは嫌だ。
そのためになら、私は色んなモノを捨ててでも足掻いて守ってやる。


魔理沙はそのことをアリスにそれを教えてもらったのだ。周りから見ればそれはちっぽけな喪失感かもしれないが
少女はそのためになら、誰よりも戦う決意を固めていた。


405 : 名無しさん★ :2016/01/04(月) 00:25:23 ???0

そんな少女の背後から扉が開く音が聞こえた。
女性と言葉をいくつか確認するように交わすと早速、箒に跨り宙へと漕ぎ出した。


少女の決意は固いが、余りにも脆い。


今どれだけの知り合いが死の崖っぷちに立たされているのだろう。突き落とされてしまっているのだろう。
彼女はどこまでも顔が広く知り合いが多すぎるのだ。それらを守ろうなど、身体が幾つあっても足りはしない。
絶望的な現実をやはり、魔理沙は知らないでいるのだ。
それはやはり知り合いの死を認め切れていない時点で、どうしようもない話であった。
そんな彼女には現実味の無い虚無感に包まれていた方が遥かに幸せであった。
虚無の向こう側に見える景色は一体何なのかを知るのは、きっとそう遠くはない。
せめて、彼女の行く先々だけは、彼女の掌に収まる者たちだけは、救われることを信じる他ない。

剣呑のようでそうでない、呑気なようでそうでもない、取り留めのない時間が過ぎていった。
だが、この時間はきっとどこよりも生暖かく、緩やかな一時と言える数少ない憩いの時でもあった。


406 : 名無しさん★ :2016/01/04(月) 00:48:12 ???0
【C-4 アリスの家/午前】


【空条徐倫@ジョジョ第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:体力消耗(中)、左頬・後頭部、両腕を打撲(痛みは治まってきている)、全身に裂傷(縫合済み)、脇腹を少し欠損(縫合済み)、竹ボウキ騎乗中
[装備]:ダブルデリンジャー(2/2)@現実
[道具]:基本支給品(水を少量消費)、綿人形@現地調達
[思考・状況]
基本行動方針:プッチ神父とDIOを倒し、主催者も打倒する。
1:魔理沙と同行、信頼が生まれた。彼女を放っておけない。
2:エルメェス、空条承太郎と合流する。
3:行先は魔理沙に任せる。
4:襲ってくる相手は迎え討つ。それ以外の相手への対応はその時次第。
5:ウェザー、FFと会いたい。だが、敵であった時や記憶を取り戻した後だったら……。
6:姫海棠はたて、ワムウを警戒。
7:しかし、どうしてスタンドDISCが支給品になっているんだ…?
[備考]
※参戦時期はプッチ神父を追ってケープ・カナベラルに向かう車中で居眠りしている時です。
※残りのランダムアイテムは「スタンドDISC「ムーディー・ブルース」@ジョジョ第5部」でしたが、姫海棠はたてに盗まれています。
※「ダブルデリンジャー@現実」を姫海棠はたてから奪い取りました。
※霧雨魔理沙と情報を交換し、彼女の知り合いや幻想郷について知りました。
 どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。


【霧雨魔理沙@東方 その他】
[状態]:体力消耗(中)、精神消耗(小)、顎・後頭部を打撲、軽い頭痛、全身に裂傷と軽度の火傷 、竹ボウキ騎乗中
[装備]:スタンドDISC「ハーヴェスト」@ジョジョ第4部、ダイナマイト(6/12)@現実、一夜のクシナダ(120cc/180cc)@東方鈴奈庵 、竹ボウキ@現実
[道具]:基本支給品×2(水を少量消費、一つはワムウのもの)
[思考・状況]
基本行動方針:異変解決。会場から脱出し主催者をぶっ倒す。
1:徐倫と同行。信頼が生まれた。『ホウキ』のことは許しているわけではないが、それ以上に思い詰めている。
2:このスタンド、まだまだ色々な使い道が有りそうだ。
3:行先は未定。助けに行けそうなら積極的に動く。霊夢との合流も一旦は保留。
4:出会った参加者には臨機応変に対処する。
5:出来ればミニ八卦炉が欲しい。
6:何故か解らないけど、太田順也に奇妙な懐かしさを感じる。
7:姫海棠はたて、エンリコ・プッチ、DIO、ワムウを警戒。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※徐倫と情報交換をし、彼女の知り合いやスタンドの概念について知りました。
どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※C-4 アリスの家の「竹ボウキ@現実」を回収しました。愛用の箒ほどではありませんがタンデム程度なら可能。
やっぱり魔理沙の箒ではないことに気付いていません。
※二人は参加者と主催者の能力に関して、仮説を立てました。
内容は
•荒木と太田は世界を自在に行き来し、時間を自由に操作できる何らかの力を持っているのではないか
•参加者たちは全く別の世界、時間軸から拉致されているのではないか
•自分の知っている人物が自分の知る人物ではないかもしれない
•自分を知っているはずの人物が自分を知らないかもしれない
•過去に敵対していて後に和解した人物が居たとして、その人物が和解した後じゃないかもしれない

です。


【綿人形@現地調達】
アリスの家にあった唯一の人形。彼女の愛用する通称、上海人形とは違い綿を詰め込まれた人形である。
造形も上海人形とは遥かに劣り、黒の帽子に金色の髪に洋装を着たことが分かる程度。
武器としての用途はアリス本人でなければ難しい代物で、同様の運用は絶望的。


407 : ◆at2S1Rtf4A :2016/01/04(月) 00:50:10 NxTtMwjo0
投下終了です


408 : 名無しさん :2016/01/04(月) 02:22:51 Nw3f2aj.0
投下乙です!
うーん徐倫魔理沙の会話がちょくちょく東方っぽくてベネだ。
この話に限らず、氏の作品はキャラ同士の掛け合いが深みがあったり雰囲気出てたりでとても好きです。
未だ死を実感できない二人だけど、そういえばこの二人はゲーム始まって互いを除けばはたてとワムウくらいしか出逢ってないんだっけ…
参加者の中ではたぶん他者との遭遇が最も少ないのかな?

タイトルが無かったのでそれだけ加えれば良いと思います。


409 : ◆.OuhWp0KOo :2016/01/04(月) 12:09:11 Atw3OMDA0
徐倫そこ代われ……魔理沙でもいいぞ。

というのは置いておいて、氏の作品はそのキャラなりの言葉や悩みが自然に出てきていて素晴らしいと思います。
今作でも、家族に勘当された故に友達の死を受け入れることができない魔理沙の葛藤、
そんな葛藤を受け入れ、支えようとする徐倫の交流がよく描かれていたと思います。

>>356の予約を投下します。


410 : 花果子念報第4誌 -博麗霊夢・空条承太郎再起不能か!?- ◆.OuhWp0KOo :2016/01/04(月) 12:10:04 Atw3OMDA0
sub: ――花果子念報第4誌――

to:xxxxxx,xxxxxxx,xxxxxxx,etc...

添付ファイル:追撃者から逃走する自動車_遠景.jpg
自動車内拡大写真_内部で横たわる博麗霊夢と空条承太郎.jpg
追跡者の進路を阻もうとする洩矢諏訪子他2名.jpg

本文:
 ――花果子念報第4誌――

●●●【速報】博麗霊夢・空条承太郎再起不能か!?●●●

第一XX季 ◯◯の◆ 午前11時35分 配信

 現在、博麗霊夢・空条承太郎の両名が、重傷を負い意識不明の状態で、
自動車と見られる乗り物の荷台に乗せられてB-3エリア東南端、霧の泉の湖岸沿いを北西に向けて逃走中である。
博麗霊夢および空条承太郎両名は、紅魔館での戦闘で敗北して重傷を負い、
絶命寸前であった所を自動車に乗った仲間に救出されたと見られる。

 現在も両名を乗せた自動車は紅魔館内より出現した追手と見られる複数名から逃走を続けている。
自動車に乗った一行のうち、洩矢諏訪子・多々良小傘・十六夜咲夜と思しき3名が自動車を下り、
殿(しんがり)として追手の進路を妨げようとしている模様。まもなく追跡者たちと接触すると思われる。
なお、第一回放送で死亡が通知された十六夜咲夜と、本記事で述べた十六夜咲夜と思しき人物の関連は不明である。
 博麗霊夢および空条承太郎は、自動車の荷台に同乗する外来人と思しき2名から手当てを受けている様であるが、
現在も意識不明。回復の見通しは立っていない。

 特に博麗霊夢は幻想郷の住民にとって重要な『博麗の巫女』という肩書を持つ人物であり、
もし死亡することがあれば最悪の場合、幻想郷そのものが存亡の危機に立たされるため、
この場に数多く呼び出されている幻想郷の住民の間に絶望が広がることが予想される。
 博麗霊夢、ひいては幻想郷の住民全ての今後が、この追跡劇に左右されるといって過言ではないのだ。

 だが、追撃者一行は幻想郷屈指の実力者でもある博麗霊夢を倒した人物を含む可能性が高く、
洩矢諏訪子ら3名で彼らを食い止めることができるかどうかは不透明である。
 追撃の阻止に失敗すれば、博麗霊夢たち一行が追いつかれることになる可能性が高い。
そうなれば今度は博麗霊夢および空条承太郎と自動車で同乗している外来人3名が追跡者に応戦する必要があり、
博麗霊夢及び空条承太郎の治療の手が止まることは避けられず、彼女らの生存はますます絶望的となる。
 博麗霊夢、空条承太郎は、今まさに風前の灯の状態にある。
幻想郷そのものの命運が、一つの大きな試練に晒されているのだ。
 本日正午に続報を配信予定。(姫海棠はたて)

【博麗霊夢】   ―――再起不能
【空条承太郎】  ―――再起不能

   『両二名:生死不明』


411 : 花果子念報第4誌 -博麗霊夢・空条承太郎再起不能か!?- ◆.OuhWp0KOo :2016/01/04(月) 12:10:30 Atw3OMDA0
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

「……はーっ、はーっ」

姫海棠はたての携帯電話の液晶には、紅潮した少女の表情と、血走った視線が写り込んでいる。
興奮で息が荒くなり、液晶の円い曇りは繰り返し伸び縮みしている。
両手が震えて自然と力がこもり、一歩間違えば携帯電話を握り潰してしまうほどだ。

「そ、『送信』……」

姫海棠はたてはメール機能において『送信』として扱われる、斜めに傾いた受話器のボタンを右手の親指で押し込んだ。
そして数秒の間、携帯電話にかじりつくように見つめる件のポーズで固まったかと思うと――

「『メールが相手に届きました』……はーーーーっ。 はああーーーーっ……! やっちゃった、やっちゃったわ……!」

木の幹に背中を預け、脱力して天を仰いだのだった。

「ヤバいヤバいヤバいヤバいわよこれ絶対ヤバいわよコレどうなるのよコレ絶対あの巫女ヤバいわよ。
 コレあの巫女どうなるのよコレヤバいわよヤバいコレマジヤバい、端的に言ってヤバいわよ」

姫海棠はたては今自分がしでかした行為について、興奮と緊張で一時的に著しく減少したボキャブラリーで独白する。
このメールをウェス・ブルーマリン含む何人かの参加者が持つ通信端末に送信する意味を、
彼女自身理解していない訳ではなかった。

「こんなことやったら、あのウェスって男みたいに殺し合いに乗った連中がわんさと霊夢たちを
 殺しに集まって来るに違いないわ……。
 瀕死の重傷者を抱えて逃げてるグループなんて、あいつらにとっちゃ格好のエサだもの、絶対あの巫女死ぬわよね!
 その瞬間は、必ずこの私がファインダーに収めてみせる……!」

むしろ、今のメールマガジンは博麗霊夢の死を後押しする目的があった。
メール本文中にも、そんな彼女の意図が込められている。
霊夢に味方しているであろうグループの名前は、はたての知る限り明示した一方で、
霊夢に敵対していると思われる追跡者のグループについての情報は、その人数を含めて可能な限り伏せている。
追跡者一味のうち、邪仙の霍青娥は、はたても知る人物ではあったがその存在は文中で明かしていない。
また、追跡者の中にトカゲのような、人外の生物が存在することもはたては見ていたが、本文からは読み取れなくしている。

添付した写真も同様で、逃走組は霊夢達を治療する2名と、自動車を操る外来人の女性、
さらに殿に立った3名も含めて全て顔がはっきり判別できるものを添付しているが、
追跡者の姿の映った写真は添付していない。


412 : 花果子念報第4誌 -博麗霊夢・空条承太郎再起不能か!?- ◆.OuhWp0KOo :2016/01/04(月) 12:10:47 Atw3OMDA0
(きっと、その方が追いかける方には有利に働くわよね)

はたてはウェスとの一戦で悟っていた。『スタンド』という能力は、初見殺しもいいところだ、と。
もしウェスの能力が、天候を操るものだと最初から知っていれば、彼に負けなかった。
雨で翼を濡らされても、風で吹き飛ばされる前に地面を駆けて直接殴り掛れば、
腐ってもこちらは烏天狗、ただの人間には負けない。
が、現実にはウェスに敗北して協力を強いられている訳で、
――今更言い訳してもどうしようもないが、とにかくそういうことなのだ。
初見殺しの能力である『スタンド』使いたちが跋扈するこの戦い、情報を制する者が制す。
『スタンド』使いであるウェス自身が情報を欲していたのが何よりの証拠、と言っていい。

兎に角、こうして霊夢たち重傷を抱えた逃走者の情報を拡散すれば、霊夢の死亡する決定的瞬間という、
さらなる特ダネにありつけることは間違いない、とはたては踏んだのだった。

(……まるで記事を書くためにヒトの命を差し出してるみたいだけど、ね)

彼女とて、このような行為に罪悪感を全く抱かないという訳ではない。

「……けど、私が文に勝つには、これくらいの手は使わないと。それに、あの露伴って奴にも負けるのも癪だし」

だがそんな僅かに芽生えた罪悪感にも増して、
自分の記事で文と露伴がぎゃふんとする様子が見たいという欲望の方が強まっていたのだった。
露伴についてはまだよく知らないが、文の記者としての腕は、はたては良く知っていた。
速さに優れる烏天狗の中でも最速と称されるほどのフットワークの軽さ。
自ら人間に紛れて人里に下りたり、時には妖精たちさえ取材対象にする彼女は
気位ばかり高い天狗社会の中では例外的存在だった。
そして、高位の神や妖怪から、人間や妖精に至るまでうまく話を合わせてネタを引き出す文の取材能力こそ、
引きこもり気質のはたてには眩しく映っていた。

(文と同じやり方じゃ、私は千年掛けてもあいつに追いつけない)

いちいち手段を選んでいてはいつまで経っても文の背中には追いつけない。
はたてはそう考えたのだった。先ほど、猫の隠れ里での戦闘を紫のせいにしたように。

「それに今回は嘘は一切書いてないし、大丈夫、大丈夫!
 だいたいあの巫女、あれでまだ生きてるのが不思議ってくらいの大怪我だったし、放っといても死ぬわよ、アレ」


413 : 花果子念報第4誌 -博麗霊夢・空条承太郎再起不能か!?- ◆.OuhWp0KOo :2016/01/04(月) 12:11:03 Atw3OMDA0
今回送ったメールマガジンの添付ファイルの写真にもバッチリ写っている霊夢の様子は、それは酷いものだった。
刀か何かで身体をバッサリと一太刀やられている上、出血が酷いのだろう、皮膚の色は蒼白だった。
もう一人の空条承太郎という男の方も、全身丸コゲにされた上、手足は何本かおかしな方向にバキ折られていた。
人間なら、いや、妖怪だって既に死んでいてもおかしくない。手当てはもう無駄なのではないか。そんなケガだった。
――だから、今更はたてが彼女に更なる襲撃者をけしかけるような情報をバラまいても、大勢には影響しない。
どちらにせよ、彼女たちはまもなく死ぬのだ。

記事には、博麗霊夢が幻想郷の住民たちにとって重要な人物であること、
彼女が死ねばこの場に数多い幻想郷の住民の間に絶望が広がることも付け加えておいた。
ウェスのような、殺し合いに乗った外来人にはプラスとなる情報であろう。
ここにも嘘は書かれていない。――だが。

(まぁ、幻想郷そのものの危機って言ったってねぇー。博麗の巫女は死んでも代わりを立てれば良い訳だし)

在野の妖怪や人間たちにどこまで知れ渡っているかは知らないが、少なくとも、天狗社会の間では常識である。
博麗の巫女は襲名制で、霊夢が死んでも代わりを立てれば良いだけの話なのだ。
霊夢の代わりがいつまでたっても見つからないとなれば本当に幻想郷は存亡の危機に瀕するが、
そうならない限り霊夢一人死んだところで幻想郷が滅びる訳ではない。
そう考えると、記事の文面は少し大袈裟だったかも知れない。

(でも、文あたりは、本当に絶望するかも知れないけどね。……あいつ、当代の巫女の事、随分気に入ってたみたいだし)

だとすると、この記事を見た瞬間に、文はその最速を誇る翼で霊夢を助けるために駆けつけてくるのかも知れない。
文だけでなく、人妖問わず人気と聞く霊夢の為に続々と救援が殺到し、
結局、霊夢たちは一命を取り留めてしまうのかもしれない。

(まぁ、それはそれで面白いネタになるから良いか)

それでも構わないと思う、はたて。
こうして記事をバラ撒く行為が、危機に瀕した霊夢たちにとって吉と出るか凶と出るかは、
終わってみないと分からないのだろう。
射命丸文のような、霊夢の、あるいは承太郎の本当の仲間が数多くいるなら、
この記事を配信したことが逆に霊夢たちを助ける結果を生むことになる可能性が高い。

「大袈裟なこと書いちゃったけど、試練に晒されているのは幻想郷じゃなくて、
 結局のところ、霊夢たち自身でしかないのかもねー」

すっかり興奮の醒めた頭で、はたては独りつぶやいた。
樹上から湖畔を見下ろすと、ちょうど諏訪子たち一行と青娥たち一行が接敵直前の状態にあった。

(自動車の方に目立った動きはないみたいだし、まずは殿と追撃組の戦いかしらね)

踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら――。
命を掛けた戦いという熱狂を余すこと無くファインダーに収めるべく、はたては静かに樹上を飛び立った。


414 : 花果子念報第4誌 -博麗霊夢・空条承太郎再起不能か!?- ◆.OuhWp0KOo :2016/01/04(月) 12:11:24 Atw3OMDA0
【午前】C-4 霧の湖のほとりの森林部・樹上

【姫海棠はたて@東方 その他(ダブルスポイラー)】
[状態]:霊力消費(小)、腹部打撲(中)
[装備]:姫海棠はたてのカメラ@ダブルスポイラー、スタンドDISC「ムーディー・ブルース」@ジョジョ第5部
[道具]:花果子念報@ダブルスポイラー、ダブルデリンジャーの予備弾薬(7発)、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:『ゲーム』を徹底取材し、文々。新聞を出し抜く程の新聞記事を執筆する。
1:眼下の大スクープを引き続き取材。まずは諏訪子一行VS青娥一行を取材する。記事の作成ももちろん続ける。
  12:00(第二回放送)頃に続報を配信予定。
2:岸辺露伴のスポイラー(対抗コンテンツ)として勝負し、目にもの見せてやる。
3:ウェスを利用し、事件をどんどん取材する。
4:死なないように上手く立ち回る。生き残れなきゃ記事は書けない。
5:ウェス、まだ来ないかな?
[備考]
※参戦時期はダブルスポイラー以降です。
※制限により、念写の射程は1エリア分(はたての現在位置から1km前後)となっています。
 念写を行うことで霊力を消費し、被写体との距離が遠ければ遠い程消費量が大きくなります。
 また、自身の念写に課せられた制限に気付きました。
※ムーディー・ブルースの制限は今のところ不明です。
※リストには第一回放送までの死亡者、近くにいた参加者、場所と時間が一通り書かれています。
 次回のリスト受信は第二回放送直前です。
※花果子念報マガジン第4誌『【速報】博麗霊夢・空条承太郎再起不能か!?』を発刊しました。


415 : ◆.OuhWp0KOo :2016/01/04(月) 12:11:43 Atw3OMDA0
以上で投下を終了します。


416 : 名無しさん :2016/01/04(月) 18:09:34 DDhqUe5w0
投下乙です
嘘はついてはないとはいえ、恣意的に情報を隠した記事…
露伴先生に酷評されるねこりゃ


417 : 名無しさん :2016/01/04(月) 18:39:45 8cpjpS0U0
投下乙です
このはたては後々むごい死にざまをさらしますね……


418 : 名無しさん :2016/01/04(月) 20:37:56 g0AiFq4.0
投下乙です。

>>タイトル不明
うぉぉ……二人の掛け合いの軽妙さの巧緻はもちろんのこと、
放送後の心理描写としての重みが凄い。
普段明るく痛快な二人が苦悩する姿は殊更痛ましいし切ない。
魔理沙もまだ幼気を残す少女だし、死から遠いという解釈も目からうろこ。
そして魔理沙に気を配り悩む徐倫もまた成熟しきった大人ではなく、
少女と大人のその狭間という所も見ていて辛い。
心に刺さる秀逸なお話でした。面白かったです。

>>花果子念報第4誌 -博麗霊夢・空条承太郎再起不能か!?-
決して懲りない悪びれないはたてちゃん。
情報が生死を分ける環境で多方に情報を発信できるアドバンテージを、
全力で場をかき乱すことに注ぐ姿はいっそ清々しい。
何よりこれまでの描写からも分かる通り、
多少の罪悪感を覚えながらも煽動行為をエスカレートさせる行為に躊躇いがない無自覚の邪悪。
ただ同様の性質を持つプッチに比べれば覚悟や強かさが劣る印象なのと、
いろんな方面からヘイトを買っているので今後が色々楽しみ。
ただでさえ大混乱な状況がより混迷を極めることを予想させる巧妙なお話でした。
面白かったです。


419 : ◆at2S1Rtf4A :2016/01/04(月) 22:48:06 4TXDN9mk0
こいつはくせえッー!ゲロ以下の臭いがプンプンするぜッーーー!
とまではいかんけど、おおゲスいゲスい。多少の罪悪感はあるけど、結局はそれを苦もなく蹴散らしていくはたて
無邪気な娘々とどちらがマシなのか。
いやどっちもいい感じにヤナ奴ですけどね。
しかし未だあややは新聞なんぞ露も知らないのはちょっと皮肉な話

>>408,409,418

感想ありがとうごさいます!励みになります。ありがてぇ…ありがてぇ…

タイトルは「映らぬ星空に見たシルエット 〜overlap」にしました


420 : 名無しさん :2016/01/05(火) 00:17:22 c3Qw3Uxs0
>>419
状態表の
>2:エルメェス、空条承太郎と合流する。
の部分ですが、既に放送でエルメェスの死を知ったので修正した方がいいかと


421 : ◆at2S1Rtf4A :2016/01/05(火) 02:02:41 Ufmj6g0U0
ご報告ありがとうごさいます
wiki掲載の時に修正致します


422 : 名無しさん :2016/01/10(日) 01:31:57 B9dMzhAo0
蓬莱山輝夜、リンゴォ・ロードアゲインの二人を予約します


423 : ◆at2S1Rtf4A :2016/01/10(日) 01:33:41 B9dMzhAo0
トリ入れ損ねました
改めて蓬莱山輝夜、リンゴォ・ロードアゲインの二人を予約します


424 : 名無しさん :2016/01/12(火) 20:14:25 q3yZvHLY0
そろそろ次の放送行けるかな


425 : ◆qSXL3X4ics :2016/01/12(火) 23:45:27 K.2ET.Rw0
ゲリラ投下をします。


426 : ギャン鬼  ◆qSXL3X4ics :2016/01/12(火) 23:49:57 K.2ET.Rw0
『森近霖之助』
【朝】D-4 香霖堂


丁か、半か。
僕のみに留まらず、ジョセフたちの運命すらもこの賽子に掛かっていると言っても過言ではない。
この一投手が要。僕らの全てをこの三つの立方体に賭けたんだ。
賽子の数字の和が『丁』……偶数ならば橙を信じて藍の説得に乗り出る。
和が『半』……奇数ならば藍を信じて我々の生命線にもなる情報の提供。

これは何も僕の思考の放棄、諦めからの行動というわけではない。
因幡てゐ。彼女との邂逅がこの僕にも少なからず影響はあったはずなんだ。
たとえすれ違いのような僅かな触れ合いだとしても、てゐの持つ幸運は僕の運命に何らかのきっかけを与えた。

それを僕は信じている。
橙よりも藍よりも、あろうことかあの人を食ったような悪どいインチキうさぎを僕は信じているというわけだ。

カランカランと、椀の中の賽が弾きあって小さな音をたてた。
回転が止まる。目が出る。
深呼吸し、目を閉じてあの小憎たらしい白兎の顔を思い浮かべる。
ここが、運命の分かれ道……!


さあ、いかに……!?












「…………………藍、その手をどけてくれないかい? 賽子が見えない」


目を開けて、賽子の目を確認しようとした僕の光景にはしかし、予想とまったく違う様子が描かれていた。
賽を投げ入れた椀に蓋をするかの如く、藍の綺麗な手が椀を覆っていたのだ。
彼女の意図が読めずに困惑する僕へと、藍は穏やかな説明を繰り出してきた。

「……なるほど。店主よ。お前の考え、何となく掴めてきたぞ」

ギクリ。そんな時代遅れな擬音が喉から発せられた錯覚を感じた。

「大方、私の言葉を信じるか、それとも偽りだと勘ぐり警戒しているかの境界を行き来しているのだろう。
 結果、お前はこの賽子に自らの判断を委ねようとした。違うかな?」

ズバリ、としか言いようがない。
流石は頭脳明晰の九尾。完璧なる読みだ。
ああ、どうやら運命の女神は僕に運否天賦のチャンスすらも分け与えてくれるつもりはないらしい。
僕の無言をイエスと受け取ったのか、藍はしたり顔で椀の中の賽子を摘み取って掌中で転がし始めた。

「ふふ。まあ面白い選択ではあるな。だがそれは到底賢い行為とは言えないぞ。
 賢明なる未来への舵取りを諦め、思考することを捨てた、ただの臆病な小心者の覚悟なき捨て鉢だ」

これはまた。随分と言いたい放題だね。
でもそれは違うぞ八雲藍。これは僕なりに考えた、光ある未来を手繰り寄せるための手段なんだ。
てゐがもたらしてくれた(はずの)幸運は、必ず意味がある。それを僕は信じているんだからね。
……などと格好をつけた言い訳したい気持ちをグッと堪えて、僕は苦笑の表情を作った。おいそれとてゐの情報は話せない。


427 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/12(火) 23:50:43 K.2ET.Rw0

「これは私の推論だが、お前はきっと既に橙と会ったんじゃないか? あいつから私のことを聞いたろう?
 私をゲームに乗った者だと『思い込んだ』お前は、私から情報を聞き出すか、または説得するかの勇猛を発揮したんだ。無謀とも言えるがな」

……どうしてこの妖獣はこうも察しが良いんだ? さっきからピタリ賞の連発だ。
だがここで動揺するなよ霖之助。彼女は僕を揺さぶっている。反応を窺っているんだ。

「橙が私のことを『もしも』誤解しているのなら、お前もまた私を誤解している。これでは私も堪らないな。誤った伝言ゲームひとつで、人の関係は簡単に崩落するぞ?
 ……とはいえ、お前の気持ちも分からんでもない。そこで店主よ。私と『ひと勝負』しないか?
 お前が勝てばお前の話にもゆっくり耳を傾けてやる。私が勝てばお前の持つ『情報』……全て吐き出してもらおう」

なんだって……? 何だかおかしな方向に進んで行っているぞ。
しょうぶ……勝負だって? 僕がこの最強の妖獣と? 今から?

「ああ、そう構えるな。ただの『ゲーム』だ、安心してくれ。
 せっかくお前が勇気を出して振った賽子だ、ここで引っ込めるのも男子としては格好がつかないだろう。
 丁度三つあることだし……うん。『チンチロリン』でもやるか。ルールは知っているな?」

チンチロリン……ああ、魔理沙と霊夢が宴会でもたまにやっているらしいね。……賭博で。
しかし、これは正直予想外の展開だ。この九尾は一体全体何を考えてこんな提案を設けたんだ?
同じ運否天賦の賭けなら、僕がやろうとしていた丁半でも似たような条件だったろうに。

「長々やっても仕方ないし、ここはシンプルに一発勝負といこうじゃないか。
 互いに賽子を三回振り、最初に出た役を『目』とする。高い役を出した方の勝ちだ。どうだろう?」

そう言って彼女は朗らかな微笑で卓に肘を付き、僕の判断を待った。
僕と八雲藍の運試し。勝てば彼女を説得できる機会を手に入れ、負ければ情報の提供。
最初の丁半と大して変わりはない……と思うかもしれないが、僅かな違いはある。
形態が『勝負』になったということは、少なからず多少の時間はかかるだろう。
時間が引き延ばせれば、『彼ら』の到着も視野に入る。ほんの少しの時間稼ぎに成り得るんだ。
それにこの展開すらも、てゐから授かった(はずの)幸運の影響だとも思う。
この一発勝負で未来の『何か』が変わるはずなんだ。それが良い方向へか悪い方向へかは、分からないんだけども。


よし。決断は変わらない。てゐの幸運を、僕は信じる。


「……いいよ。乗ろう。勝負、してみようじゃないか」

「決まりだな」


これ以上なく綺麗に微笑んだ藍が、手に持った賽子を渡してきた。
第一投は僕からどうぞ、ということらしい。

僕は再び深呼吸をして、てゐの小憎たらしい顔をもう一度思い浮かべながら、賽子を投げる。


さあ、幸運の女神は僕にどう微笑んでくれる?


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


428 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/12(火) 23:52:20 K.2ET.Rw0
『ジョセフ・ジョースター』
【朝】D-4 香霖堂


「たのもーー! この店に霖之助とかいうメガネ君と八雲藍様は来てるゥー?」


意気揚々と溌剌に、その男は香霖堂の店のドアを下品に叩いた。
店主の許可を待つことなく、勝手にドアを開けて侵入を果たした彼ら三人。
二代目ジョジョこと波紋戦士、ジョセフ・ジョースターを筆頭に。
異様な威圧感を醸す機械兵士、ルドル・フォン・シュトロハイム。
その巨体の男たちの陰に隠れるようにビクビクと店内を窺う凶兆の黒猫、橙。

時刻は既に朝の8時を過ぎた頃。
橙の情報が正しければこの香霖堂に敵は居る。
“最強の妖獣”八雲藍。橙に参加者の殺害を強制し、その首を持って来いと命じた智徳備える人非人。

ドス黒い“悪”のスタンド使い、プッチ神父。
邪悪の化身に魅入られた氷精チルノ。
そして心を閉ざした妖怪、古明地こいし。
各々に交錯した想いはあったが、とにかくその全ての障壁を持ち前の知恵と度胸と騙しで突破してきたジョセフ。
彼が次に定めた敵は八雲藍。正真正銘、知と力の両者を蓄えた実力者。てゐ曰く“超強敵”。

ジョセフは憤慨していた。
こんな幼い橙に平然と殺戮を命じた、その外道に。
こんな幼い橙を泣かせ傷付けた、その邪悪に。
八雲藍とやらはあのチルノやこいしを洗脳し駒としていたDIOと同じ事をやっているのだ。
許せない。許せるわけがない。

しかしだからといってジョセフが藍を殺そうだとか再起不能にしてやろうだとか、そういう過剰な暴力を行使しようとまでは思わない。
八雲藍はあくまで橙のご主人様。言うなら家族のようなものなのだ。
そんな橙の数少ない支えを奪うつもりなど毛頭ない。ほんの少し、仕置きを与えてやるだけ。
出来ることなら説得で藍の正気を取り戻してあげたいが、それは難しいだろう。
聞くによれば八雲藍とは相当に聡明叡知らしく、その利口者が導き出した結果が『ゲームに乗る』という道だ。

ジョセフは先導者でもなければ演説家でもない。
相手を口車に乗せるのは十八番だが、一度修羅に堕ちた者を再び正しい道に引き戻す術を備えている訳ではない。
普通に説得するのでは、もとより土台不可能なのだ。
ならば相手にとって『益』となる手札をチラつかせ、自分が出来得るギリギリの交渉をする。
橙の望むような『元の優しい藍様に戻って欲しい』という願いに、可能な限り近づかせるために。

どうも藍の行動基準の全ては彼女の主人、『八雲紫』にあるようだ。
八雲紫を護る為なら『何でもする』。藍との交渉、そのキーポイントは彼女の絶対的な芯にある。
その間隙を上手く突ければ……藍をこちら側に引き込む事も不可能ではない。
つまりは、彼女と『手を組む』ことも想定したうえでの接触。勿論、彼女の暴走にも似た行為を抑止したうえでの協力だ。

だが失敗した場合は、戦闘にもつれ込む事態にもなる。というより、その可能性の方が遥かに高い。
相手が『問答無用』ならば、そもそも交渉のテーブルに着くこと事態が難関だ。
店内に踏み入れた瞬間、襲われかねない。そうなったらもう、こちらとしては敵の無力化を図るしかない。
とりあえずは気絶させておき、後は主人の八雲紫を捜索して藍と橙の身を任せる。
その紫までもがゲームに乗っていたり死んでいたりしてれば最悪だが、藍の心を正常に戻すにはもうそれしか考えられないのだ。

とにかく、まずは最初が肝心。
どう接触するか? ここを凌がねばジョセフの策はいきなり半分破綻となる。

相手の出方のパターンを色々想定していたジョセフが、敵の巣に突っ込んで最初に目撃した光景は。


429 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/12(火) 23:53:45 K.2ET.Rw0



「おや、お客さんのようだ。良かったじゃあないか店主よ。普段は客入りの少ないこの店も、今日は千客万来のようだ」



居た。
絶世の美女が、休日午後の会話でも楽しんでいるかのように、平然と佇んでいた。
店の真ん中で丸テーブルを囲み、平和にお茶を啜りながら男と向き合っている。
藍と向き合っていたその男、森近霖之助は上半身だけをこちらに動かし、珍客三人の来店に視線を向けた。
その表情はどこかホッとしているような、困惑しているような、複雑なる顔で。
少なくとも出会い頭に攻撃だとか、既に霖之助の首が床を転がっていただとか、そんな『最悪』は回避したらしい。
思った以上にこの場は平穏だ。どこからか香ばしい味噌汁の匂いすらしてくる。
まさか先に到着していたこの霖之助なる男が既に八雲藍の交渉に成功し、後は和気藹々と談笑など楽しんでいたとでもいうのか。
そのわりに霖之助の表情はあまり芳しくない。何か、あったのだろうか。

「あー、アンタさっき俺を助けてくれたメガネ君? 霖之助だっけ。ともかく、ありがとうよ」

ジョセフは早々と霖之助に傷の手当の礼を言う。
だいぶ雑な処置ではあったが、命の恩人であることに変わりはない。

「やはりキミは僕の思った通りの人物だ。必ずここへ来てくれると思っていたよ。……ところで」

霖之助は言うなり、ジョセフの背後をキョロキョロと覗き見る。
誰かお目当ての人物でも居るのだろうか、と疑問に思う前にすぐにピンと来た。

「あぁ、あのチビうさぎちゃん? 危険なことには首を突っ込みたくないっつって家で待ってるぜ。……“今のところは”な」

「ふーん、そうか。まあ彼女らしいといえば彼女らしいのかな。
 何にせよ今の状況、僕にとっては少々手に余っててね。来てくれて助かった……と言うべきか、はたまたその逆か」

苦笑する霖之助の様子に疑問を覚え、彼らの座る丸テーブル上に目を向ける。
賽子が三つに椀一つ。……テーブルゲームにでも洒落込んでいたのか?
状況の把握に努めようとするジョセフの耳に、麗しき女性の叫びが轟いた。
迷子の愛娘を発見した母親のような、安心を織り交ぜた驚愕の声で。

「橙! 良かった、無事だったか……! 予定より二時間以上も姿を見せなかったので心配したぞ!」

「藍、さま……! あ、あの……私は……橙は………っ!」

橙の姿を見た途端、それまで冷静だった藍が即座に立ち上がって駆け寄って来た。
その顔からは橙の身を案じ、本心から無事を祈っていた心境が読み取れるようで。
小さな身体を精一杯抱きしめられた橙は困惑する。そして、ひとえに希望の灯が点り始める。

『もしかして藍様は、考え直してくれたのかもしれない』
『いつもの優しかった藍様に戻ってくれたのかもしれない』

橙のその淡い希望は。


(……よくぞ約束どおり『三人もの首』を連れて来てくれたな。遅刻の件は不問としよう。“後は”私に任せてくれ)


見る者をひりつかせる様な冷たい微笑で、そっと耳打ちされた言葉に打ち崩された。
あまりにも残酷に。あまりにも簡単に。


430 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/12(火) 23:56:10 K.2ET.Rw0
橙の心から、大切な何かが剥がれ落ちた音がした。
目の前が真っ暗になって。
身体が金縛りみたいに動かなくなって。
寒気で逆立ったその小さな頭に。


「オイ、べっぴんの狐耳オネエちゃんよォー。うちの預かり猫ちゃんに気安く触るんじゃねえぜ。
 怯えてんじゃねーか。……離れな」


木洩れ日のような温かさが、撫でられた。
抱擁する藍から引き剥がすように、ジョセフの大きな手が二人の間を遮る。

どんなに平穏な様子を見せても、どんなに橙を心配するように見えても。
この女は狐。衆を眩まし、人に化ける狡猾なる女狐。
その性質を見抜けなければ――負ける。全滅必至。


「……“うちの預かり猫”とは、おかしな物言いをする。
 橙は私の……この八雲藍の可愛い式だ。今すぐに返して貰いたいのだが?」


ゆらり。
妖しげなオーラすら錯覚し得るほどの振る舞いで、大妖はゆっくりと立ち上がる。

その瞳に燻るは、僅かな『殺意』。

「……俺はジョースター。ジョセフ・ジョースター。お前に会いたくて会いたくて堪らなかったぜ、藍様よォー」

この瞳に気圧されるな。既に戦いは始まっている。
ジョセフは端から藍の言葉を信用するつもりは毛頭ない。
根拠は実に単純。涙を流しながらあれほどに懇願した橙が、嘘を吐くわけがないからだ。
元より激情の性格であったジョセフ。あんな子供に殺しを強要した八雲藍を許せるはずもない。

この女にまずやらせるべきは―――

「橙に謝りな。その後にお前を主人の八雲紫の居場所へ連れて行く。ノーとは言わせねえぜ」

当然、橙への謝罪だ。
そして速やかなる『同行』。彼女の暴走を止めるには、主人の一喝が不可欠と判断しての提案。
交渉と言うにはあまりに強気で、強引な態度。だが下手に出ては逆にこちらが言い伏せられる。
藍からすれば不合理な申し出。そんな提案にも眉ひとつ動かさない彼女は冷静に返答する。

「何故、私が自ら生んだ式に頭を下げる必要がある? それにお前らは紫様の居場所を把握しているとでも言うのか?」

「あーあー、すっ呆けんな。テメーが橙を都合の良い殺人の駒にしようとしてんのはとっくに知ってんだよ。
 テメーがゲームに乗ってる事も含めて、全て謝ってもらうぜ。主人の八雲紫の目の前でな。
 紫の居場所は今から捜す。テメーにもついて来てもらうぜ」

「成る程。だがジョセフとやら、それは大いなる誤解だ。私はゲームに乗っているわけではないぞ。
 いや、恥ずかしい話だがゲームが始まった当初、私は怒りによって少々モノの正常な判断が出来なくなっていてな。
 ついつい自分の式に激しく当たってしまった。そのことからの些細な感情の行き違いさ。全く情けないことだ。
 だが決して此度のゲームに肯定的というわけではない。橙にも悪いことをした。頭ならいくらでも下げよう」

そう言うと藍はいかにもすまないといった表情を作り、ジョセフの弁を軽く否定した。
彼女の言葉が真実ならば事は丸く収まるが、ジョセフはそれに「分かればいいんだ」とあっさり納得する馬鹿ではない。
まず『疑ってかかる』。八雲藍がゲームに乗った殺人者だと決め付けて、それが誤解なら「スミマセンでした」と謝ればいいだけの話。
ジョセフらしいトンデモ論法だ。だがここは慎重すぎるくらいが良い。
仮にこの女が尻尾を隠してゲームに乗っており、そしてジョセフらと一時の行動を共にした場合。

―――必ず寝首を掻かれる。自分たちはいとも簡単に全滅するだろう。


431 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/12(火) 23:56:52 K.2ET.Rw0
そんなジョセフの内なる細心を知ってか知らずか、藍は語りを続ける。

「それに紫様を捜す必要はないぞ。何故なら私は既にあの方と偶然の邂逅を済ませている。
 そしてあるひとつの任命を下されていてな。曰く『異変解決のために参加者の人数が必要だ。出来得る限り集めて来い』だそうだ。
 正直、お前たち三人と出会えたのは僥倖だ。これで紫様のお役に立てるだろう」

などと笑顔すら交えて彼女は言う。まるで用意された台本を読み上げるように、つらつらと。
藍の真意を確かめる術は今のところジョセフにはない。
流石に策士の九尾と称されるだけある。会話のペースはいつの間にか藍が掌握しかけていた。恐らく何を言ってもゆるりと受け流され、論破される。
気付けば封殺。あらぬ方向へと話が進み、相手にとって都合の良い展開ばかりを強いられかねない。

正攻法では駄目。ならばジョセフが本来得意とするのはハッタリだ。
突くべき点は『白』か『黒』か、この九尾の女が『完全無罪』か『完全有罪』かの二択しかない。
ジョセフは既に藍を『黒』だと決定した体で動いている。


―――かけてみるか、『カマ』を。


「オーケーオーケー。じゃあひとつ交換条件といこうぜ。
 要するにお前は俺たちを八雲紫の居場所へと連れて行こうって言うんだな? それには俺も合意するさ。
 だが一時的にも行動を共にしようって言うんだ。当然、確認することがあるよなあ?」

「……」

藍は口を閉じる。ジョセフの言葉をじっくりと、思案しながら聞き入れて。
その様子を茶化すようにジョセフも焦らす。相手の表情ひとつひとつ、その弛緩さえも見逃すまいと。

「いやぁ〜〜何しろお前の主張する言葉が正しいなら、俺達は一応『仲間』になるわけだよなァ〜〜?
 だったらあるよねェ〜、まず確かめるべき事柄がさァ〜? へっへっへ……!」

「……煙に巻くような態度はやめろ。……何をご所望だ?」

白々しい女だ、とジョセフは心中で唾を吐く。
そんなことは決まっている。というのも、ジョセフは少しだけ『アテ』があった。
それは橙が説明してくれた言葉にある。藍が橙に及ぼした所業、その言葉の中に。


―――『三つ以上の首を持ってきたら、褒美をあげようじゃないか、橙』


藍は橙に対し、そんな理不尽的強制をしてきたと言う。
もしも藍が殺戮に興じていたとして、既に誰か他の参加者を手に掛けていたとして。
例えばかつての合戦では、敵大将を討ち倒しておきながらその首を持って帰らない馬鹿はいない。
そんな古風な考え、胸の内に灯った一抹の予期に、ジョセフは賭けてみた。

すなわち、この八雲藍は『もしかすれば』―――



「……『支給品』の開示。アンタが今持ってる物……全部見せてみろよ」



室内の空気が、一瞬だけ氷点下にまで下がった錯覚を受けた。


432 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/12(火) 23:57:36 K.2ET.Rw0
可能性は――ある。
もしも藍が既に参加者を『誰か』殺害していたのならば。
橙にあんな強要をさせた手前、『持ち帰っている』可能性がある。


手に掛けた相手の、『首』を。


「…………なるほどな、正論を言う。良いだろう……私の支給品を見せて―――」


―――あげよう。


台詞が言い終わるや否や、影が動いた。
藍の体……ではなく。
ジョセフの『背後』。今までずっと黙して語らなかった『この男』の影が。


「妙な動きをするなよ、東洋の物の怪。無手と言えど甘く見ないほうがいい。
 このシュトロハイム、キサマの首を瞬間ウイスキーコルクのように捻じ抜く程度の握力は備えておるわ」


この場の誰よりも戦場の殺気をその身に受けてきたシュトロハイムが、いち早く動いた。
もしも藍が『黒』で、我々に仕掛けてくるとしたら、ジョセフの要求を受けるこのタイミングで動くだろう。
向こうにとって『都合の悪いモノ』の開示を行う直前。シュトロハイムは一層に、藍の漏らす僅かな殺気も逃すまいと感覚を研いでいた。

そして、嗅いだ。
敵がほんの一瞬漏らした、殺意を。


「藍さまっ!!」

「橙ッ! コイツに近づくなッ! テメー、尻尾を出しやがったなッ! おまけに九本もよォー!!」


ザワッと、事態は一変する。ジョセフの勘……そしてハッタリはピタリと撃ち抜いたのだ。
この女狐の正体が、『黒』だと!


「……フフフ。いやぁ、失態だったかな。やはり殺人の証拠なんて持ち歩くべきではないな。反省しよう」


シュトロハイムに鋼鉄の手刀を首にあてがわれ。
ジョセフの波紋の呼吸を前にしながら。
それでも八雲の大妖は揺るがない。
笑みすら浮かべ、余裕といった態度を崩そうとしない。

不気味だ。
敵が完全に黒だと分かった今。
そして敵が明らかにこちらに対して攻撃の意思を見せようとした今。
あのデイパックから飛び出てくるモノは生首どころか、どんな殺戮の武器かわかったものではない。


433 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/12(火) 23:58:43 K.2ET.Rw0
気絶させての『無力化』。
ジョセフとシュトロハイムは同時にその考えに至る。
軍人であるシュトロハイムは即座に行動に起こした。一瞬の判断が生死を分けるこの状況は、戦争だ。
もとより得体の知れない相手。その細首を左手で掴み、意識を奪おうともう片方の腕を振り上げる。

その刹那に、聞いた。
吊り縄を首に掛けられた状態であるはずの、身動きも取れない女の淡々とした言葉を。


「やめておけ。……お前たちの可愛い『預かり猫』が死ぬことになるぞ」


美女などではなく、死神か何かのように底冷えた声で。
呟かれた台詞の意味をジョセフが咀嚼するには、一手遅かった。


「橙!? オメー、何だその『首輪』は!? いつ付けられたッ!」

「え……、あっ……え? な…なに、コレ……!?」


周囲の視線が橙の首……そこに黒光りする『首輪』に集まった。
一体いつ装着されていたのか。慌てふためる橙は混乱しながらも、その首輪を外そうとガチャガチャ弄くる。

「やめておけ、橙。あまり乱暴に扱うと『暴発』するぞ?
 あぁいや、勘違いするな。爆発物とかではない。もう少しマイルドな装置らしい。
 所謂『毒針』だ。遠隔操作で発動し、リモコンのスイッチを入れると輪の内側から針が飛び出て装着者を毒に侵す」

当たり前のように藍は説明した。その手の中には見せびらかさんばかりと、小型のリモコンが握られている。
シュトロハイムが藍を攻撃するならば、その意識を奪う前にスイッチは押されるだろう。
例え藍を再起不能にしたとして、橙の命は保障されない。

つまりこれは―――


「―――テメェェェーーーーーーーッッ!!!! 自分の式を『人質』にする気かァァァーーーーーッッ!!!!」


ジョセフは咆哮する。
どこまでも、どこまでも他人を駒としか扱わないような非道に怒り。
いや、他人ではない。藍にとって橙は他人などではないはずだった。
式神とはいえ、単なる道具として以上の想い入れは当然あって。
そして、それ以上でもそれ以下でもない。

今の藍はまさに『何だってやる』。
主、八雲紫を生還させるためなら、例え己の式すらも……道具のように利用する。
恐らくさっき橙に駆け寄ってきた時に首輪を取り付けたのだろう。こうなることを予想して。
ジョセフは怒れる眼を通して、藍の瞳を睨みつけた。
どこまでも深く冷静で、暗く静かで、機械のように確固とした眼差し。


―――本気だ。この女は、本気で橙の命を利用する腹だ……!


そのふざけた考えに、本気で嫌悪感を示した。
もはやこの女には道理も通らない。心で最も大切な部分を壊してしまった、哀れなる殺戮の悪魔。
理性を保っているように見えて、光を失ったその瞳の中にかつての八雲藍は存在しない。
そういう意味では、ジョセフがこれまでに対峙してきた誰よりも恐ろしい敵だった。


434 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/12(火) 23:59:43 K.2ET.Rw0

「そう猛るな。私とて自分の式は可愛いものだ。そう易々と手には掛けたくない。
 ……ふむ。そうだな、白状しようか。確かに私は紫様を除く全ての参加者を皆殺しにする腹積もりだ。
 ご察しの通り、デイパックの中にも『殺した証拠』が入っている。見てみるといい」

「ら……藍、さま……っ! もう、こんなこと……やめて……っ!」


あくまでも淡白な物言いの藍と、橙の切望する嘆き。
対照的なそれは、二人の元ある関係とはおよそ程遠い距離。

ジョセフの心の中で、最後の一線が切れた音がした。

「―――テメエは絶対に、許せねえ……!」

「だったらどうしたと言うんだ? ここで私と闘うか? 私の方は構わんが」

「……俺たちが、何の準備も対策も無しでノコノコ敵地に現われるヌケサク集団にでも見えるか?
 “もしもの場合”の用心策くれえ、あるに決まってんだろ」

「意味を図りかねるな。その用心策とやらを聞こうじゃないか、ジョセフ」

「俺たちが二時間経っても戻って来なかったら、八雲藍は『ゲームに乗った者』として会場中に情報をバラ撒く。
 拠点に残った『仲間』にそう伝えて来てんのよコッチは。ゲームが進むほど、不利になるぜお前は」

「……拠点の仲間、だと?」

藍の眉がピクリと吊り上がった。
これは勿論ジョセフの完全なるハッタリ。八雲藍が先々、確実に動きにくくなる不利な情報をバラ撒く。
この大ボラに、果たして効果はあるのか。

「ハッタリはよせ。ゲームが始まってそう時間も経ったわけでもない。そうそう仲間など作れはしない」

「ハッタリじゃあねーさ。そいつの名前は言えねえが……そうだな。性格の悪そうな月のウサギちゃんとだけ言っておくぜ」

幻想郷の住民にも精通している八雲藍にこんなヒントはほとんど答えを言ったも同然だ。
だがここまで言わなければハッタリを見抜かれる。虚実の境界線に近ければ近いほど、信憑性を与えやすい。わざわざウサギと言ったのは、たまたまてゐの顔が最初に頭に浮かんだだけだ。
ジョセフは心の中でてゐに謝り、表面はなおも堂々とする。ハッタリで引っ掛けるには、いかに堂々と自信満々に豪語できるかだ。

「月の……ウサギ……やはり『奴』か……、面倒な……!」

その時、意外なことに藍は一瞬、僅かに顔を歪ませブツブツ呟いた。

(『やはり』……? 何だ……? 心当たりがあるのか?)

藍とて、元々てゐとは全く知らぬ仲でも無いのだろうが、“やはり”というのはどういう意味なのか。
ジョセフが既に因幡てゐと結託していたのをまさかこの九尾は知っていたのか?
露知らぬ藍の心中にジョセフが逆に焦っていると、藍はどこか観念したようにすくりと肩を下ろした。

何故かその間際、彼女は背後のシュトロハイムを睨みつけたようにジョセフには見えた。

「――成る程、分かった。どうやら私たちは互いに手を出しにくい状況にあるらしいな」

おや、とジョセフは訝しげる。予想より随分と簡単にハッタリに掛かってくれた。
いやにあっさりとしている点が逆に不気味であったが、ともかくこれはチャンスだ。

「そういうことだぜ。じゃあどうする藍サマよォー。お前はたった独り。戦力としては俺たちが上だ」

「例え頭数を何人揃えて来ようが、私は負けるつもりもないのだが……そうだな。お前たちは橙という人質の解放を望み、かつ私を完全に無力化したい。
 私はお前ら全員を抹殺したいが、何処にあるかも分からぬ拠地に残った仲間とやらが目障りだ。
 決して相容れようもない望み……平和的交渉も不可能ときた。厄介だな。

 ―――だったら……いっそ『コイツ』で決めるというのはどうだろう?」


不敵に口の端を釣り上げた藍が、卓上の椀の中に腕を突っ込んで取り上げた小物。
三つの賽子だ。何の変哲もない、ただの遊戯道具。


435 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:00:17 AbWuOk2g0

「……まさかとは思うがよォ、運試しで決めようってんじゃあねーだろうな?」

「そのまさかという奴だ。『運否天賦』に天命を委ねるというのも悪くはないだろう?
 あまり血生臭い事柄で全てを片付けるというのも身が持たないし、気持ち良くない。お前らもそうは思わないか?」

コロコロと、掌に握るその道具を転がしながら藍は言い切った。冗談のようにも聞こえかねないその提案を、どう受け取るべきか。
いつものように鼻で笑ってやりたかったが、この大妖怪の目は冗談も洒落も言っている色はしてない。
ジョセフらが閉口する中、彼女だけがこの場で平静に物事を進めていた。

首元に手刀を当てるシュトロハイムに「少しだけ宜しいか」と沈着に許可を取り、脇のデイパックの中を改める。
ゆっくり中をまさぐり、やがて彼女が静かに取り出したのはエニグマの紙。
すわ、武器か。シュトロハイムもそれを警戒するが、藍の様子に殺気は感じない。極めて穏やかだ。

「正当なる勝負<ギャンブル>を行って、互いにケリをつけようと言っているのだ。
 暴力を行使してこの場の沈静化を図るには、互いに不利益の根が残る。
 このバトルロワイヤル……いや、この世は結局の所、正しい判断が出来る者だけが充実なる“生”を味わえる。
 判断力の無い者は……搾られるだけだ。“敗者”として、な」

頭を人指し指でトントンと、軽く叩きながら藍は説いた。
テーブル上に並べられた物は四つの異物。橙に巻きつけられている物と同じ鉄製の『首輪』だ。

「さて、ここにある首輪は私の支給品になる。パーティ用なのか、おあつらえ向きに複数支給されていたようだ。
 先にも説明したとおり、首輪には『毒針』が仕込まれており、連動するリモコンの作用で発動するらしい。
 この毒は非常に強力な『神経毒』だ。即死とはいかずとも、ひとたび毒が体内に回ればすぐさま身体の自由を奪い、ものの数時間で絶命させる。
 コイツをこの場の『全員』で装着し、『全員』が賭けに挑む。私の言いたいこと……理解できるだろう?」

「………俺たちが勝てば、ひとまずお前を毒で行動不能に出来る。負けりゃあ揚がった魚みてーにパクパク口開けて俺たち全員床に転がる、ってことかい」

もう一度、藍はニヤリと笑む。頬肉が唇に引きつけられ不気味に歪む様で。
この会場で出会った人物の中では、飛び切りに邪悪で悪魔のような笑顔。

無言は肯定の証。
本気だ。
この女はそんな非人道的遊戯を、本気で提案している。
『暴力』ではなく『知力』による対局を為そうと言うのだ。
てゐ曰く、この八雲藍なる女は『文武両道』などという域を遥かに凌駕する『大妖怪』。
人間であるジョセフが、改造兵士シュトロハイムと力を合わせたとして。
『暴』による闘争も、『知』による試合も、この大妖怪には敵わないかもしれない。


―――まともに闘り合ったとするなら。


(ギャンブル……『運勝負』だとォ〜〜? それなら確かに勝ちの見込みが出てくる。つーか分のある勝負かもしれねえ……!)


相手は一人。こっちの戦力は単純な力で言うならジョセフとシュトロハイムの二人。
ここで戦闘にもつれ込めば数の上では利がある……が、それでは人質にされた橙の命が危ない。
しかし純粋な『ゲーム』なら。暴力という要素を持ち込む余地のない『運勝負』なら。
それはジョセフの得意分野でもあるし、戦う能力を持たないらしい霖之助も勝負のテーブルに着くことが出来る。
つまり実質『三対一』。魅力ある申し出ではある。
しかし腑に落ちない点も存在する。

「だが言った通り、俺は別にお前を毒殺してえわけじゃあねーぜ。気絶なり何なりさせた後、八雲紫の場所に連れて行きてえだけだ。
 俺たちが勝ったとして、お前が毒で死んじまったら意味ねえだろ」

「その点については安心すると良い。毒を中和させる解毒剤も私が人数分持っている。
 神経毒と言ってもすぐには死なん。私が敗北し毒で倒れた隙にでも紫様の元へ運び、解毒することは可能なはずだ」

ここで明らかにされた解毒剤の存在。
確かにそれならばジョセフの、もとい橙の『元の優しい藍様に戻って欲しい』という願いは現実味を帯びてくる。
要は道中、藍を無力化した状態で紫の元に辿り着き、そしてご主人様からの一喝を藍へとお見舞いする。それこそが八雲藍説得にもっとも近い行程なのだ。
現在の藍を止めるにはもう、橙でも無理だ。鍵は紫にしか在り得ない。


436 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:01:29 AbWuOk2g0
なるほど。この勝負、有益ではある。受ける価値はあるかもしれない。
だがジョセフは慎重な男。
まだある。この勝負の『不備』な点は。

「……保障だ。悪いが保障がねえ。俺たちが勝ってもお前が自分の首に掛かった首輪のスイッチを押してくれるっつー保障がな。
 負けた後に『やっぱ殺し合いでケリをつけよう』なんて言われちゃあたまらねーぜ。振り出しだ」

これこそが賭けという勝負でもっとも揉めやすい場面。
負けた『代償』の支払いをうやむやにしてやろうという、惜しみの感情の発生だ。
これが金のやり取りならばまだしも、今回は命に関わる勝負だ。
まさか自身の首輪のリモコンを対戦相手に渡しておく大マヌケな奴はいない。

つまりこの問題は、『勝負の取り決め通りにキチンと罰を執行してくれる中立者』の存在。
負けた者に必ず刑を執行してくれる立会人のような人間が必要だということだ。それが無ければ、そもそも勝負として成立しない。
「やっぱり今のナシ」「もう一回初めからやり直そう」
そんなわけのわからぬ不平で、正当な勝負を無かったことにされるのは両者にとっても御免被りたい事態のはず。

「居るじゃあないか。ただひとり、我々にとって『中立』となるような存在が」

そんなジョセフの危惧などお見通しという風に藍は言いのけた。あまりにも簡単に、指し示した。
その存在……ただひとりの中立者を。


「お前がやるのだ、橙。負けた者に『罰』を与える役目を、お前に与えてやる」


菊の花のように綺麗な藍の指が、自身の式……橙を指した。

「…………え……わ、私、ですか?」

「他に誰がいる。お前は今でこそコイツらに懐いているようだが、私の式神でもある。
 この中でもっとも『中心』に立っているのがお前だ。これ以上の適任者はない。
 少々感情的なのは目を瞑るが…………『出来るな』? 橙」

有無を言わせぬ迫力。もとより、拒否の選択を潰すかのような威圧感。
主人のあまりに屈強な圧力に橙は、首を横に振ることができなかった。

「ちょっと待てッ!! 橙だと!? ザケんなタコ!!
 テメェこいつにそんな真似させようってのか! 出来るわけねえだろうがッ!!」

ジョセフからすれば橙など子供。幼子にも等しい無垢な女の子だ。
そして藍は、仮にも橙の主人ではないのか。その関係に潜む如何なる感情など浮かばないとでも言うのか。
そんな純粋で、娘のような式を、徹底して手駒に扱う藍という女は―――


「何様だテメェェッ!!」

「『御主人様』、だ。可愛い可愛い橙の……な」


ジョセフがどれだけ吼えようと、藍は決定を覆すことはしない。
彼女の腹の底に浮かぶのは、自身の命すら捧げるただひとりの主人……敬愛する八雲紫の影のみなのだから。
それに比べれば橙など所詮は式。力による支配も厭わず、その効果も一目瞭然。

故に橙は、主の命に背けない。
求められた役柄に、頷くことしか出来ない。


「は……い………、わかり、ました……出来ます……やれ、ます…………っ」


こうして黒猫は、その残酷すぎる役割を受け入れた。
悲痛な表情を、前髪で隠すようにうつむきながら。


437 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:02:29 AbWuOk2g0

「よし、決まりだな! 未熟といっても流石は我が式神。融通の利かない子ではなかったようだ。
 安心しろ橙。中立の立場であるお前は勝負に参加する必要はない。やることはリモコンスイッチを押すだけだ。
 私が勝てばジョセフたちのスイッチを。私が負ければ私のスイッチを躊躇なく押してくれればいい。
 なに、殺すわけではない。ほんの少し身体の自由を奪うだけの行使だ。『ただのそれだけ』……簡単だろう?」

軽く手を叩き、事を進める藍をよそにシュトロハイムはジョセフに耳打ちする。

(……ジョジョ。言うまでもないが、このゲームで俺たちが全滅することはイコール――)

(わーってるぜ。首輪の毒で動けなくなった俺たちをヤツは簡単に皆殺しに出来るからな)

遊戯での敗北は『死』と同義。それをこの場の全員が暗黙の上に理解していた。
いや、藍だけはたとえ敗北しても自分が殺されるまではされないと分かっている。そういう点では幾分かは気も楽になるだろう。
ジョセフらよりも遥かにリラックスできた精神で勝負に臨めるというわけだ。この時点で既に今回の勝負、フェアではない。
だが橙に首輪が巻きついている以上、ジョセフもこの申し出を拒否するわけにはいかない。

「霖之助さんよ。アンタもひとりでこの女と対峙しようとしてたんだ。命を賭けるっつー覚悟はあったんだろ? ……闘えるか?」

「…………僕でも力になれることがあるなら、喜んで勇もう。ジョセフ・ジョースター」

ジョセフと霖之助は互いに視線を交わし、頷き合った。
シュトロハイムにも横目で無言の了承を取る。それを確認したシュトロハイムは、僅かに首を頷けた。


『闘う意思』。全員が胸の内に秘めたそれを、ジョセフは心で受け取った。
賽は投げられたのだ。やるしかない。


「条件がある。テメーの勝負、受けてやる代わりに橙の首輪を外せ。人質は俺たち自身がなってやる」

「全員が首輪を付けたなら橙の物は取り外そう。ただしリモコンは橙が持ったままだ。
 もしお前らが強引にも橙のリモコンを奪おうとしたなら容赦なくスイッチを押す。
 当然、私がリモコンを奪おうとした場合もだ。わかったな、橙?」

「…………はい……やります…押せます……」

恐怖しながらもそれを了承する橙。
よほど藍が恐ろしいのか、そのやり取りにジョセフは少し違和感を持つ。
藍の首輪のスイッチまで橙に持たせるということは、この場の全員の命を橙が握るのと同義だ。
藍が自分の生殺与奪をいくら自分の式神とはいえ、他人に握らせることをそう簡単に許すだろうか。
それに橙の性格上、彼女が中立に立てる側だとはジョセフにはどうしても思えない。橙自身、自分の感情をコントロールできるような子ではないのだ。
しかし主人と式神の関係など、馴染みのないジョセフが完全に理解することなど出来ないのかもしれない。


理解できるのは、ただひとつ。


「なるほど。他人を陥れる『化け狐』だなお前は。それもとびっきりに性格の悪いっつー但し書き付きのよォー」

「吼える暇があったらさっさと首輪を付けて欲しいものだな。それがゲーム了承の合図とする。御覧の通り、私なら既に付けたぞ」


首に装着した黒い異物をトントンと見せつけ、挑発するように催促する。
そんな藍の振る舞いに苛立ち、ジョセフも荒々しく首輪を手に取った。
ズッシリとした重量感が腕に伝わり、不気味に反射する光が映る。


―――絶対に負けられない。


確固とした意思で首輪を付け、全員がゲームに了承した。
それを確認した藍は満足げに頷くと、懐から鍵を取り出し、橙の首輪を外す。
この瞬間から、この賭けの“チップ”は自らの命となる。

勝てば藍の無力化。
負ければ全員『死』。


そんな虎口を脱するための<ギャンブル>とは。


438 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:03:14 AbWuOk2g0

「……で、俺達は今から一体なんの勝負をするんだ? そこに賽子はあるみてーだが」

「『チンチロリン』はどうだ? おあつらえ向きに賽子が三つあることだし、人数は何人からでも出来る手軽な卓上遊戯だ。
 ルールもそう複雑ではなくわかりやすい。小細工を弄する余地も少ない運勝負。実はさっきまでそこの店主と興じていたんだがね」

「『チンチロリン』〜〜? なんだそりゃ? シュトロハイム、お前知ってる?」

「聞いたこともないな。少なくとも我が祖国では」

「……チンチロリン、所謂チンチロは元来中国発祥の大衆遊戯が、第二次世界大戦後に日本に広く普及したものだとされている。
 この幻想郷にも馴染みのある博戯で、主に賭博として愛される。……店主よ」

「……僕にゲーム説明をしろって言うのかい?」

「そう言うな。うんちくを語るのはお前の好きそうな役柄だろう?」

抵抗も諦め、霖之助はやれやれと言わんばかりに首を振る。
ジョセフもシュトロハイムもこの国の人間ではない。藍の言う通り、確かに説明は必要だ。

「……チンチロは賽子三つを丼などの椀に投げ込み、出た『目』で勝ち負けを決めるゲームだ。
 まず最初に『親』と『子』を決める。子が親に対して張った『チップ』を賭け、親から順に賽を振って役を競う。
 勝敗に応じて配当が親と子の間でやり取りされる。チンチロは基本、親と子の戦いだ。子と子同士で戦うなんてことはない。
 ここまではいいかい?」

嫌々説明するわりには中々の説明っぷりだと霖之助は自分でも思う。
ジョセフたちの頷きを確認し、紙とペンを取り出してつらつらと書き並べていくのは目の『役』。

「チンチロの役は、同時に振った賽子三個のうち二個の出した数が一致した際に残りの一個が出した目となるんだ。
 例えば1、1、2と出たなら出目は『2』。4、4、6と出たなら『6』になる。
 もし4、5、6と続いた目(シゴロ)が出たら二倍の配当。
 逆に1、2、3(ヒフミ)を出せば掛け金の二倍取られる。これは負の役だ。
 3、3、3や4、4、4などのゾロ目はかなり強い役で、三倍配当。
 また滅多に出ることはない1、1、1(ピンゾロ)と6、6、6(オーメン)は最強の役で、掛け金の五倍もらえる。
 親が『6の目』『シゴロ』『ゾロ目』の役を出せばその場で親の勝ち。子は賽子を振れず、掛け金を支払わなければならない。
 ちなみに振った賽子が椀の中から零れてしまった場合(ションベン)はその時点で負け。
 地方によって微妙なローカルルールはあるみたいだが、役の強さは紙に書いておこう」

手馴れた手つきでチンチロにおける役を書き記していく霖之助を余所目に、藍は訂正を加えた。

「元より掛け金などあってないようなもの。ピンゾロとオーメンの五倍配当は少し緩くし、通常のゾロ目と同じ三倍配当としよう。
 ただし役の強さは変わらず『最強』のままだ」

「なるほどよォー。なんだ結構簡単そうなゲームじゃねえか。ボクちん、こーいうの得意だもんねー」

「茶化すなジョジョ。……なるほど、役の強さは分かった。
 しかしゲームの『勝敗』はどう決めるつもりだ? 通常の賭け事と違い、俺達は別に金欲しさに遊ぶわけではない」

シュトロハイムの指摘に藍は、質問を予想していたように手早く卓上に積まれた小銭を手に取る。

「チップはこれを使わせてもらおう。この店にあったなけなしの銭のようだが、代替にはなるだろう」

「……君は一言多いぞ、八雲藍」

「この銭を全員に20枚ずつ配ろう。こいつがゼロになればその者の負け。瞬間、首輪が作動し敗者を襲う。
 私のチップが無くなればお前たちの勝利。お前たち三人のチップが無くなれば私の勝利。それがシンプルで良いだろう」

「……俺は承知した。ジョジョ、それと店主よ……お前ら、覚悟は出来ているな?」

戦場で常に命を落とす覚悟をしてきたシュトロハイムは、一番に覚悟の宣誓を取る。
彼とて様々なテーブルゲームの経験はある。そこらの博奕打ち程度には負けなしだ。
加えてこちらの味方は相手を騙すことにおいて底無しの厄介さを誇るジョセフ・ジョースターがいる。
霖之助という一見軟弱そうな男の勝負強さについては計れないが、数の利もある。布陣としては強力と言わざるを得ないだろう。


439 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:03:43 AbWuOk2g0

「覚悟ォ? そんなものこのクソッタレな首輪付けた時から出来てるっつーの! お前こそ俺の足引っ張んなよシュトちゃんよ〜。
 ……ところで霖之助、このチンチロってのはどんな順番で廻るんだ?」

「親が先に振り、左回りに子が振っていく形式だね」

「オーケーオーケー左回りね。じゃ、俺はこの席にするぜ」

いつものお気楽な調子でジョセフは藍が座る椅子の右隣にドスリと腰を下ろした。
それをみたシュトロハイムも迷うことなくジョセフの右に座る。丸テーブル上だと、藍と対面になる場所だ。

「覚悟ならさっきも言った通り、既に完了しているつもりだよ。もっとも僕は勝負事にはめっぽう弱いがね。
 じゃあ僕はこの席……ジョセフの対面になるのかな」

消去法的に霖之助もそれに倣い、シュトロハイムの右に静かに腰掛ける。その右隣には藍がその様子を見据えている。
そんな修羅の場で唯一、中立の立場で見守る橙。
彼女は当然ジョセフ達の勝利を祈っているが、あくまで自分は藍の式神。表面では公平さを望まれている。
もはやどうすればいいのか、橙にはわからない。

「ジョセフお兄さん……ごめん、ごめんなさい……!
 私、藍様の式だから……逆らえないから、こうすることしか……っ」

「お前は自分に出来ることをやればいい。荒事は俺達に任せろ」

「そこまでだ橙。あまりコイツらに肩入れするような素振りを見せるんじゃあない。
 ……だが安心しろ。お前に付いた悪い虫は、私が駆除してやるからな」

全員が、着席する。
奪い合いの遊戯がこれから始まるのだ。
敵は一筋縄ではいかない、幻想に生きる賢哲の妖狐。
このバトルロワイヤルが始まって、恐らく初めて純粋なる『知と運』で闘う殺し合いとなるだろう。
暴力は要らない。必要なのは己の持つ『知略』で相手を捻じ伏せる手練手管。

そして誰しもが生まれた頃よりその身に内包してきた―――運(ツキ)。


先の見えぬ勝負が、開幕した。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


440 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:05:12 AbWuOk2g0

 ゴ           ゴ
          ゴ
ゴ                      ゴ

 ◆  『乾坤一徹・チンチロ大番勝負』  ◆

    シュトロハイム
ジョセフ・ジョースター  対  八雲藍
      森近霖之助

ゴ                 ゴ
              ゴ
      ゴ              ゴ


 【ルール】
○最初に親を決め、左回りに順番に親を回す。
○子がチップを張り、親から賽を振り、次に子が振っていく
○目が高い方が勝ちとなり、子が張った額に応じてやり取りを行う。
○賽は三回まで振ることが出来るが、目が出た段階で次の人が振る。
○三回振っても「目」が出なかった場合は「目なし」(役なし)となる。
○賽が椀から出てしまった場合は即負け。目なしとなる。
○初期手持ちチップ数は全員20枚。チップが無くなれば敗北し、首輪が発動する。


 【役の強さ】

1のゾロ目(ピンゾロ)
6のゾロ目(オーメン)……三倍配当
―――――――――――――――――
2〜5のゾロ目……三倍配当
―――――――――――――――――
4、5、6(シゴロ)……二倍配当
―――――――――――――――――
1〜6の通常目……一倍配当
―――――――――――――――――
目なし……一倍払い
―――――――――――――――――
1、2、3(ヒフミ)……二倍払い


441 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:05:47 AbWuOk2g0
さて、随分と手間をかけさせてくれるものだ。
本来ならこのような児戯、時間も掛かるだけでかなり非効率な行い。
私から提案した勝負方法なのだから愚痴をこぼす筋合いもないが、とにかく面倒だ。

当初の私の策としては、ジョセフ達に自分を信用させ共に行動してくれと説得した上で、寝首を掻くつもりだった。
ところが計画はジョセフたちの登場でいきなり破綻しかけた。正確にはヤツの仲間、シュトロハイムを見た途端だ。
忘れようもない。あの月の玉兎、鈴仙・優曇華院・イナバを襲撃したときに共に居たあの軍人の男だった。
となればジョセフらにも私がゲームに乗っていることも既に伝わっていると見て間違いないだろう。
そして話を進めるうちにジョセフは私の荷の中にあのキョンシーの体の部位が入っていると当たりをつけ、私の心中を看破してきた。
言い逃れも出来なくなったところで、直接的排除を行使しようと身を乗り出す私にジョセフは言ったのだ。

『俺たちが二時間経っても戻って来なかったら、八雲藍は『ゲームに乗った者』として会場中に情報をバラ撒く。
 拠点に残った『仲間』にそう伝えて来てんのよコッチは。ゲームが進むほど、不利になるぜお前は』

ジョセフらの拠点に待機しているという仲間。見当はすぐに付いた。シュトロハイムと同行していた鈴仙。あるいは他にも居るのかもしれない、と。
ハッタリだろうとカマをかけてみたが、それに返したジョセフはこうも反論してきた。

『ハッタリじゃあねーさ。そいつの名前は言えねえが……そうだな。性格の悪そうな月のウサギちゃんとだけ言っておくぜ』

月のウサギ……やはり、鈴仙か……!
コイツらは月の民を味方に付けていると確信した私は、正直言って不利だと悟った。
あの鈴仙だけならまだしも、その師である『八意永琳』を敵にするにはかなり骨が折れる。ただでさえ『月人』などマトモに相手にはしたくない。
そのうえ現在の私は負傷している状況。未知数の力を持つジョセフやシュトロハイムにすらまともに相手できるか怪しい。
だからこの場は出来るだけダメージを負わず、最悪あの月人を相手取る場合になっても万全の状態で挑まなければならない。

そこで万が一の場合のため橙に仕掛けておいた首輪で人質を取り、話の運びを私のペースにするよう掌握した。
あらかじめ確認していた支給品と、霖之助の持っていた賽子を使っての『ゲーム』。これが私の策だ。
なるべく汗をかかず敵を全滅させるための、くだらない遊戯だった。
万が一にもこの私が人間如きに劣るわけがない。敵の拠点とやらは全て終わった後、橙に強引に聞き出せば済む話だ。


勝つための方策は既に完了している。後はこのままゲームにゆるりと勝ち、首輪を発動させて皆殺し。簡単だ。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


442 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:06:34 AbWuOk2g0
いよいよ始まってしまったのか……と、森近霖之助は自らの首に取り憑いた首輪を擦りながら深く思案する。
直接的な戦闘ではなく、まさかこのようなお遊びで決着をつけるとは流石に予想も出来なかった。
だが理に適ってはいる。こちらの目的はあくまで八雲藍の説得。殺害ではない。
橙を人質に取られ、互いが互いに攻めあぐねていた状況をゲームによって解決する。
冗談みたいな話だが、この首輪の存在が現状を如実に肯定している。

(今、僕は命を懸けてあの大妖と戦っているというわけだ。戦う力など塵ほども無い、この僕が)

僅かに抑えていた体の震えは、武者震いなどではないだろう。
負ければ死。血肉飛び散る暴力の盤上でこそないものの、そこに過程など関係なく、敗北すれば結果は『死』だ。
恐ろしいに決まっていた。なにしろこのような死と隣り合わせの場面は初めて経験する。相手が八雲の眷属ならば尚更だ。
そんな禍根の渦へと身を投げたのは霖之助自身。彼の決心ゆえの行動だ。乗りかかっていた舟だからなどという受け身な理由ではない。

霖之助は知っていた。
力の無い自分がどう足掻いたところで、殺し合いからの生還は不可能だと。
霖之助は半分諦めていた。
あの主催者に何とか傷を負わせるような足掻きなど無理だと。
そして霖之助は半分抗っていた。
自分の行動が奴らを将来脅かす遠因を何とか作れやしないかと。

ここでの対八雲藍説得のためへの布石が、主催にダメージを与える結果に辿り着けるかはわからない。
だが『やってみる価値はある』。そんな根拠もない決心が、彼自ら舟を漕がせる動力となった。
自分がまともに勝負したって、この力をも兼ね揃えた智嚢を崩せるわけもない。

だが『三人』なら。
『三対一』ならどうだ? しかもこれはチンチロリン。圧倒的有利なのはこちら側なのだ。
四人が賽を回しての勝負だと謳ってはいるこのゲームだが実質、勝利のポイントは八雲藍ひとりのチップを如何に集中的に減らせるかだ。
単純に考えて二対一で戦うよりも倍有利。そういう意味で霖之助の勝負加入は大きな意味になるはずだ。

だが―――

(不気味……不気味だ、八雲藍……)

この勝負を提案したのは言わずもがな、八雲藍自身。
そんな数の不利も当然考慮した上での勝負形式だろう。しかもほとんど運任せの賽子勝負だなんて。
何を考えている? 三人相手にどう勝つつもりだ?


霖之助の困惑など何処吹く風といった涼しい表情で、藍の右手が卓上の賽を取った。


「手始めに私から親番を務めさせてもらうか。お前たち子はチップを張ってくれ。その張りに私が勝負する形となる」

「あっそ。んじゃ、最初だし俺は軽〜くこんだけ賭けようかな」


軽口でジョセフは積まれたチップを目の前に差し出した。
その数…………、


「に……『20枚』だとォォォーーーーーーーーーーッッ!?!?
 何を考えておるジョジョ! もし負けたらキサマ、いきなり脱落だぞッ!!!」

「でも勝ったらいきなり勝利よ〜ん? だったらケチくせえ張りしてねえで、とっとと大勝負に持っていった方が早いっしょ」


ゲーム開始直後、すぐさま場は騒然とした。
……妖しく佇む藍を除いて。


443 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:07:26 AbWuOk2g0

「……ジョセフ。通常、掛け金の上限など特に決まりはないが、このゲームにおいては制限を課そうか。
 そうだな……最大『5枚』までとしよう。いきなりゲームが終わっても、それはそれで興醒めだ。
 それと普通チンチロは、勝った親はツイている限りどこまでも親を続けられるが、これも『一回限り』としようか。
 あまりタラタラ進めても日が暮れる。親番は勝っても負けても一回で交代だ」

「あーん? 5枚〜〜??」

「そうだ。……ああ、ついでにもう一つ二つばかり。
 チンチロは親が『6の目』以上の役を出せば子は賽を振ることも出来ず即負けなんだが、それもナシ。
 所謂、親の『総取り』というのはあまりにあっけなく終わってしまうからな。これではつまらない」

「あ、そーなの? チッ……俺がチップ張った途端、次から次へとルール追加してきやがってよォー。
 もう他にねーだろうな? 今のうちに全部言っといてくれねーとお兄ちゃんフキゲンになっちまうぜ〜」

舌打ちをした割にはジョセフの顔は全く悔しげではない。
むしろどこか楽しんでいるかにも見える。

(ムッ……まさかジョジョのヤツ、さっきの『20枚賭け』は藍の反応を見るためのハッタリか?
 藍が賭け上限を引き下げようがどうしようが、結局ヤツは「やっぱや〜めた」とか言ってそこそこの賭け枚数に落とすつもりだったのか)

シュトロハイムとてジョセフの性格を少しは理解している。
この男の十八番は何といっても『ハッタリ』。適当なホラを吹かせて相手の動揺を誘ったり出方を見るのはお茶の子さいさいなのだ。
藍が後になって賭けチップ枚数の上限を制限したのは、『万が一』にでもジョセフに瞬殺されかねない事態を防ぐためといった所か。
そしてその『万が一』を自由に操り得るのがジョセフ・ジョースターというペテン師の恐ろしいところだ。


―――つまりジョセフが初手から何か『仕掛けて』くるかもと八雲藍は危惧し、急遽ルールに枷を嵌めた。


(と、とんでもない奴らだな……! ジョジョも、そしてこの八雲藍という物の怪も!)


ゲームが始まる前から既に、常時二手三手先を読み続ける駆け引きの攻防。
シュトロハイムが密かに両者を評価していると、藍は続けざまに口を開いた。

「最後にもうひとつ加えるか。特にジョセフ、お前に向けてのルールだが……
 『イカサマが発覚した場合は罰として相手にチップ10枚の譲渡』。そして『二度目のイカサマは即敗北』。
 こうでも付け加えておかないと、お前のような道化はやりたい放題だろう? ジョセフ・ジョースター」

そのルール追加を聞いた瞬間、シュトロハイムは首を傾げる。
一回目のイカサマペナルティーがチップ10枚の譲渡? それはまた、思ったよりは軽い刑罰だ。
二回目は即首輪発動とはいえ、これでは『一回くらいのイカサマは認めますよ』と言っているようなものだ。
そこまで考えてシュトロハイムと霖之助は同時に理解した。
つまり藍のこの言葉に隠された真意とは……

(お……『誘き寄せている』! 奴は敢えてイカサマを誘うようなルールを作り、そして―――!)

(ジョセフの『手の内』を見極め、把握しようと考えているのか……! なるほど、八雲藍め……狡猾だ……!)

もしジョセフが勝負を決するような重要場面でイカサマを“初”披露したなら、初見の藍では見破れない可能性がある。
『イカサマをした瞬間、即敗北』のルールならジョセフは中々手を出してこないだろう。
だから『一度はイカサマを認める』といったルールの抜け道を作り、そこに獲物が通る姿をこの妖狐は出口で待ち構えようとしているのだ。

「俺が? イカサマを〜?? 馬鹿言え、俺ほど純粋にゲームを楽しむ心の綺麗な人間もいないぜ。
 逆にテメーが“サマ”やんねーようにこっちはしっかり見張ってるからな。
 そしてほらよ、賭けチップは最大の『5枚』にしとくぜ。俺はこの5枚でお前と勝負する」

ここまでくると清清しいなとシュトロハイムはその男を笑う。
この初戦にジョセフが通常の目で勝つと藍の残りチップは15枚。もう少し削ってやりたいところだ。

「じゃあ俺は『3枚』賭けようッ!」

「……流れも分からない最初だからね。『2枚』にしとくよ」

シュトロハイム、霖之助も賭けを積み、ようやく勝負は開始する。

親である、八雲藍の投擲をもって。


444 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:08:13 AbWuOk2g0
『一巡目・一番手(親) 八雲藍』 現所持チップ20枚


一投目:1、4、5  目なし
二投目:2、3、4  目なし

賽と椀のぶつかり合う金属音が部屋に響く。
その光景は静かで、見る者は固唾を呑んで見守るのみ。

「へっへっへ〜〜! 二回連続で目なしだなァ〜藍ねえちゃんよォー。
 もしやもしやの初回いきなり出目なしってこともあるんじゃないのォ〜?」

そんな中でジョセフだけはいつもの調子でヘラヘラ挑発する。
それを受けても藍は変わらず冷静に返した。

「……チンチロで賽子を三つ振った場合の目の組み合わせは全部で『216通り』だ。
 一回振って目の出ない確率は『50%』。三回振って目の出ない確率は『12.5%』となる。
 つまり三回も振れば『87.5%』というかなりの確率で目は出るものさ」

粛々と賽子における確率論を口ずさみながら、藍は焦りも動揺も無しに三投目を投じた。
カランコロンと賽は回り、そして結果はただ等しく落ちてくる。


「―――こんな風に、な」


三投目、『3、3、5』。
出目は『5』。役の中でも強い位の目だ。

(ぐ……ッ! 『5』、か……! いきなり良い目を出してきたな、藍め……。
 俺や霖之助はともかく、ジョジョの賭けチップは5枚。負けたら痛手だぞ……!)

敵の初撃は痛恨とまでは言えずとも、ジャブにしては手痛い一撃だ。
シュトロハイムはジョセフの表情を横目で覗きながら念ずる。
次の番はジョセフだ。ここで6の目以上の役を出さなければチップの四分の一を持っていかれてしまう。

(だが……焦るなよジョジョ〜〜! お前が稀代のイカサマ野郎なのは嫌というほど知っておるわ!
 藍の挑発に乗ってここでうっかり『仕掛ける』のは悪手だぞ……! 機を見るのだ! 頼んだぞ、ジョジョ!)

そんなシュトロハイムの念押しなど知ったことかと、ジョセフは賽を受け取って手の中で転がした。
負けたくない初戦とはいえ、相手は永きを生きる大妖怪。迂闊に手の内など知られるわけにはいかないのだ。
あたかも平静に、通常通り賽を転がして勝てば上々。負けても取り返せばよい。

「ジョセフお兄さん……」

少し離れて橙もその様子を見守る。
ジョセフとて運を自在に操る能力など有していない。こんな運任せのゲームの行方など、誰にだって分かるものではないのだ。


「じゃ、まず一投目だな。最初だから軽〜〜〜くね……肩慣らしのつもりで行くゼ……軽くね」


445 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:08:48 AbWuOk2g0
『一巡目・二番手 ジョセフ・ジョースター』 現所持チップ20枚:賭け数5枚


「ほい」

短く、軽い調子の掛け声で投げたジョセフの第一投目。互いに何度かぶつかり合った賽が……一斉に止まる。

目は―――


「え?」

「なにッ!?」

「…………」


霖之助とシュトロハイムと藍は三者三様の反応を見せた。
場の空気が一気に変貌する。それも仕方ない話だろう。

ジョセフの初手は……


「6、6、6の……『オーメン』だとォォーーーーーーーッ!? イキナリ……ッ!!」


シュトロハイムの驚愕がその光景を物語っている。

最強の役ッ! 配当三倍付けッ! 確率216分の1ッ!
通常の場面ではほぼ、ありえにくい。が、決して不可能ではない。
そんな役を初手から。

(な……なんて奴だ、ジョセフ……! 藍の『イカサマ誘引』ルールはあからさまだろうに……!
 それをわかっていてこの男は、あえてイキナリ仕掛けていった……! イカサマだとバレない自信があったのか?)

セオリーガン無視。定石など吐き捨てるようなジョセフの行動に霖之助も思わず閉口する。
こんな役をいきなり叩き出しておきながら「なんて運の良い男なんだ!」と褒めるマヌケはいないだろう。
誰がどう考えたってジョセフはイカサマを行った。そう考えるのが普通だ。

だが……だがしかし。霖之助は知っている。
この男が恐らく、元より『強運』の持ち主だったことを除いても、余りある『幸運』がその身に宿っている可能性を。
人間に幸運を分け与える白兎『因幡てゐ』と関わりを持ってしまったジョセフは、もしかすれば本当に『ラッキー』でオーメンを叩きだしたのかも知れないという可能性を。
チラと見たジョセフの表情は表面では白々しい驚きを作っているが、その内面では嬉々としてニヤついているように霖之助には見えた。

「ウッソォーーッ! こいつはいきなりバカづきだァ〜〜〜ッ! まるで! まるで! 俺がイカサマしたみてぇーだなこりゃ〜!」

ど……どっちだ? イカサマ、『した』のか『してない』のか。
仮にも仲間であるハズの霖之助すら困惑させるジョセフの奇行に、その場の全員訝しげる。

「よ……よォ〜〜し、次は俺だな……」

「待てシュトロハイム。……その賽子、少し調べさせてもらうぞ」

やや焦りながら賽子を掴もうとしたシュトロハイムに、藍はすかさず制止の声を掛けた。
当然だ。明らかに今のは怪しすぎる。霖之助ですらそんな感想を抱いたのに、この八雲藍を果たして騙し通せるのか。

「…………『シゴロ賽』を使っているとか、賽子そのものに細工を施しているわけではないようだ。
 何処から見ても普通の六面賽子。……なるほど、“運の良い男”だな、お前は」

満足したのか、僅かに苦笑した藍は問題ナシと判断を下した。
そして惜しげもなく、賭け数5枚の三倍配当……計『15枚』のチップが藍からジョセフへと渡る。

あまりにあっけない裁定。
そもそも本当にジョセフはイカサマを使ったのか? 霖之助の仮定したような、てゐから与えられた幸運がいきなり発動しただけではないのか。
これが幸運による結果ならば、イカサマでも何でもない。だとするならば、思った以上にこのゲーム……容易く勝利できるかもしれない。


446 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:10:08 AbWuOk2g0
『一巡目・三番手 ルドル・フォン・シュトロハイム』 現所持チップ20枚:賭け数3枚


「さて、俺が賽子を振る前に確認するが……わかっているのか八雲藍。
 キサマは既に所持チップ『5枚』。俺が3枚賭けているのでもし二倍配当の『シゴロ』でも出せばキサマはこの巡で終了だぞ」

シュトロハイムの宣言したとおり、藍はジョセフの出したオーメンにより既に残りライフは5枚。
そうでなくとも次に霖之助の番が控えている。間違いなく、今追い詰められているのは藍なのだ。
やはりこのゲーム、霖之助の考えていたとおり多数相手をしている藍がそもそもの不利。数の利は絶対不変であった。

「わかっているよ。だが6の目以上の高い役などここ一番で早々出まい。シゴロなど尚更だ。
 賽子一回振ってシゴロ以上の役が出る確率は216分の12。実に約5.55%となるが……さて、お前に出せるのか? この数字を」

「……フン。キサマが算数大好きギツネだということは分かったわい。安心しろ、すぐに終わらせてやる」

シュトロハイムには、ジョセフが先ほど行ったイカサマらしき事象の見当は大方付いていた。
何といってもジョセフは波紋使い。波紋の悪用など彼にとっては朝メシを通り越してお夜食前なのだ。
となればイカサマにも当然利用されていると容易に想像できる。
聞くによれば波紋には『くっつく波紋』や『弾く波紋』などがあるらしい。

(恐らくジョジョの奴は全ての賽子の『1の面』にのみ、くっつく波紋とやらを微量に流していたのだろうよ。
 1面の裏は『6の面』。面をピタリと椀にくっ付かせ、役の目を操作したといったところか……?)

まさか今ここで正解を聞くわけにもいかないが、あのジョセフの得意げなニヤケ面を見れば大体分かる。
そしてその波紋入りの賽子は今、シュトロハイムが握っている。
これを振ればオーメンの再現だ。三倍付けでチップ9枚が藍から得られる。
二回連続でオーメンなど子供だって騙せない子供騙しだが、証拠は無い。現に藍だって初見では見破れなかったのだ。

「喰らえィィィ八雲の妖怪ィィィイイイッ!!! 俺がキサマにトドメを刺してやるぜぇーーーーーッ!!!」

派手な咆哮から振り上げられたシュトロハイムの腕は、そのまま目前の椀へと一直線に落ちていく。
ここで賽を零せばギャグにもならないが、そんなことは起こらず賽はキッチリ三つとも椀の中へ吸い込まれていった。

そして、現れた目は―――


「…………1、2、3。『ヒフミ』の……二倍払いだな。シュトロハイム殿?」

「……………………は?」


1。2。3。
目を擦ってもう一度見ても、1。2。3。
何度見たって1と、2と、3の目だ。間違いなく。

「さあ、チップを6枚渡してくれないか。悪いが勝負は非情の世界だ。泣きの一回など無い」

掌を差し出す藍の笑顔が、死神に見えた。
どういうことだ。ここで現われる目は6、6、6のオーメンのはずではないのか。
それともシュトロハイムの推測が初めから間違っていたのか。ジョセフは最初から波紋のイカサマなど使用していなかったのか。

馬鹿な。そんな歯痒い表情をしていたのはシュトロハイムだけでなく。
ジョセフの顔からも、余裕の笑みは霧消していた。


447 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:13:15 AbWuOk2g0
『一巡目・四番手 森近霖之助』 現所持チップ20枚:賭け数2枚


「博奕とは恐ろしいなぁ、店主よ。まあ……『こういうこと』もあるさ」


四番手として振った霖之助の目の前にあるのは、既に転がり役目を終えた三つの賽子。

その役―――1、2、3の『ヒフミ』。負の二倍払い。


(ば……馬鹿な……! 二回連続で、一投目から『ヒフミ』だって!? ありえない……!)


霖之助だけでない。藍以外の全員がその場で起こった『奇跡』に黙りこくった。
起こってはならない奇跡に。

本来、ヒフミが出る確率は216分の6。約2.78%だ。
それを二回連続? 確率的に不可能だ。少なくとも一発目でオーメンを出す確率よりも、ずっと低い。

何をしたんだ八雲藍。

「店主が賭けていたチップは2枚だったかな? 助かったな、たかだか2枚で。ともあれ、この勝負は私の4枚取りだ」

いとも簡単にシュトロハイムから6枚、霖之助から4枚の『計10枚』を奪い返した藍。
ジョセフはこの普通では在り得ない事態に考えを巡らせた。
奴が何をしたのかはわからない。わからないが間違いなく……


八雲藍は――― イ カ サ マ を し た 。


「……おい藍、次は俺の親番だったろ。振るのは俺からだ」

ジョセフは間髪いれずに霖之助の眼前にある賽子と椀を取った。
仕掛けがあるとするなら賽子だ。だが振ったのは藍でなく、シュトロハイムたち。

やはりこの女……一筋縄では倒せない。


―――そしてゲームは一巡する。


 【現在の各チップ所持数】
ジョセフ     35枚(+15)
シュトロハイム 14枚(-6)
森近霖之助   16枚(-4)
八雲藍      15枚(-5)


448 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:14:33 AbWuOk2g0
『二巡目・一番手(親) ジョセフ・ジョースター』 現所持チップ35枚


シュトロハイムの推測どおり、ジョセフは一巡目の振り手の時に『イカサマ』を使った。
波紋の接着性を利用し、1の面のみにそれを張ることによって6、6、6のオーメンを意図的に作るイカサマ。
普通に使用すれば視覚的にも目立ち音も響くので、ジョセフは波紋の呼吸を最小限に抑え誰の目にも分からぬよう工夫した。
ジョセフが振った後に藍が賽子を調べても気付かれぬほどに、微弱な波紋。
とはいえ少なくとも霖之助の手順が終わるまでにそれが続く位には、波紋量を練ったはずだ。
厳しかった修行の甲斐あって、絶妙のバランスで練られたと自負できる波紋。

八雲藍はどんな妖術を使った?
二度連続で相手にヒフミを出させるような、そんな妙手を。


「…………あ」


賽子を念密に調べ、ジョセフは簡単にその答えに辿り着く。

―――僅かだが、賽の一部分に粘性がある。それぞれの賽の『6』『5』『4』の面にのみ。

(コイツは………油かッ!)

微弱なものだった故、既に波紋は消失しかけているが、この油が塗られた面に僅かな波紋が流れた形跡がある。
藍が波紋使いでないのなら、この油に流れた波紋の主は他の誰でもない、自分自身の波紋。
『波紋は油を流れやすい』という性質を利用して、ジョセフが流しておいた1の面からこの『6』『5』『4』の面まで意図的に波紋を伝導させた。
6、5、4の面の裏は『1』『2』『3』だ。この女は油を塗ることによって、意図的に『ヒフミ』の役を相手に出させた。
そのイカサマの根幹部分はジョセフがやったものと同じ。くっつく波紋を利用してお望みの目を出すというものだ。

だが、もしそうであるならば納得できない部分も出てくる。


「て、めえ……! 俺が『波紋』を使えることを知ってやがったのか……!?」


油を塗り、ジョセフの波紋をそのまま別の面に伝えるというこのイカサマはある前提知識がなければ使えない。
勿論それは『ジョセフが波紋使いだということを知っていなければ成立しない』イカサマなのだ。
波紋自体は目視できるほど出していなかったはず。音も同じだ。
ならばこの妖狐は如何にしてジョセフの能力の正体を見破ったというのか。


「気付くのが遅かったなジョセフ。この私をそこらの青臭い雑魚妖怪と一緒にしないで欲しいものだ。
 私は中国伝承の古来より伝わる、正真正銘の大妖『九尾』だぞ? 生きた年月は百やそこらではきかない。
 八雲の眷属として、外界の知識もそれなりに蓄えている。お前の操る波紋は東洋でいうところの『仙道』なる技術だろう?
 道教や漢方医学では『気』を使っての人体治療も確立しているし、また中国武術にも『気』の概念を取り入れた流派だってある。
 仙道はその『気』の源流だという説も聞いたことがある。この幻想郷には『気』を使う中国系の妖怪だっているしな」


もっとも……その彼女は既にこのゲームから退場したようだが、と付け加えて藍はジョセフの疑問を説明した。
ようするに、この八雲藍は『波紋』の存在自体は元々知識として持っていたのだという。
成る程、汲めども尽きぬ知恵の泉とはまさしくこの妖獣を指した言葉だ。その知識量、ジョセフなど比較にならない。

だがそれで終わりではないだろう。
何故この女がジョセフを波紋使いと見抜けたか? 問題はそこなのだ。
その時、腑に落ちないジョセフの心情を察したのか、対面の席に座る霖之助が両者の間に割って入った。

「……ジョセフ。八雲藍に口止めされていたので今まで黙っていたことがあるんだが……その……」

「……まさか、とは思うけどよォ〜霖之助ちゃん」

「……すまない。君たちがここへ到着する前、僕は彼女と『賭け』をして負けたんだ。
 その代償として僕が知る限りの君についての情報を喋ってしまった。……本当にすまない」


449 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:15:58 AbWuOk2g0
ジョセフ一行到着前、この香霖堂で起こったもうひとつの『勝負』。
それにあっさり敗北した霖之助は、藍から徹底的にジョセフについての情報を喋らされてしまった。もっとも、情報を喋らなければ霖之助の命は間違いなく刈り取られていた。
霖之助もその時点では八雲藍を『悪』だと見抜くことは出来なかった。彼を責めることなど誰にも出来ないだろう。
霖之助は賭けに『負けたからこそ』今の命がある。それは幸運の結果であるはずだ。

そして同時に今、霖之助は八雲藍という妖怪の本性を肌で理解した。

九尾という妖狐の強さや八雲の肩書きなどではない、この女の本当の恐ろしさを心から味わった。
もはや常人のそれを超えた……化け物。


(八雲……藍……っ! こいつ……この女は、なんて奴だ……!)


霖之助は確かにジョセフの情報を、自分の知る限り八雲藍に与えた。
だが、霖之助の持つジョセフ・ジョースターという人間の情報などたかが知れた量。
屋敷の中からプッチ神父やチルノたちとの戦闘を覗いていただけで、彼はジョセフとほとんど会話らしい会話も行っていなかった。
霖之助の目撃した事象のほんの断片を摘み摘みで藍に伝えたのみだ。当然、波紋のことは霖之助ですら知らなかった。
傍から観戦していたジョセフの戦闘スタイルを言葉で伝えただけで、藍はジョセフの能力についてほぼ正解の予測を立てた。
観察さえも必要とせず、推理と仮説だけでジョセフという人間を頭の中に想定し、波紋という武器にまで辿り着いたのだ。

さながら、闇の中で数枚のジグソーパズルを手に取り完成の絵を想像するかのような。
そんな伝言ゲームのような行程だけでジョセフの能力を推理し、そのイカサマを見抜き、瞬時に対応策まで組み立てた。
まさしく規格外だ。薄ら寒く微笑する彼女の仮面の裏には、どれほど鋭利な牙が光っているのか。
こんな化け物相手に、よりによって知恵の土俵で勝負することが端から間違いだったのか。

この『チンチロリン』はもはや運試しの勝負では収まらない。
常識の範疇を超えた“喰らい合い”……! 相手を底無し沼に誘き、千の手を伸ばして引きずり込む喰奴同士の騙し合いッ!
一手見誤れば……その瞬間、喉元に牙が喰い込むッ!

(こんな奴を相手に……ジョセフは、僕たちは勝てるのか!?)

そして霖之助自身も、そんな沼の渦中に半身を潜らせているのだ。
檻の外から応援する傍観者ではなく、闘士の一人としてフィールドに立ち、脳冴えた猛牛を相手に陣取っている当事者。
数合わせにしかならない無力な自分のまま、喰われて死ぬか。それとも―――!


「……この油はどう都合つけたっての?」


かつてない窮地に身を振るわせる霖之助を置き、ジョセフは更なる種明かしを藍に追求した。

「なに、ついさっきまでここで呑気にも朝餉などをとっていてな。その料理にも油を使用したばかりだ。
 こんな状況だ、入手した物品は持ち歩いて損はないだろう。
 生憎ぶかぶかとした服装でね。『紙』くらい袖の中にでも隠せるし、出す時も手早く済む」

藍はジョセフが振った後、賽子を調べると言ってイカサマを疑う『フリ』をしつつ、袖に隠した紙から既に油を微量に抜き取っていた。
そして周囲に気付かれぬように、賽の『6』『5』『4』の面にだけ油を塗り、既にジョセフが1の面に流していた微量の波紋を『伝導させた』。
『シゴロ賽』ならぬ『ヒフミ賽』を人工的に構築し、それを何食わぬ顔でシュトロハイムに渡したというのが藍の施した細工の全容だ。
油を隠していたのも恐らく偶然ではない。ジョセフが波紋使いだと推測し、その波紋を何らかの形で利用するために持っていた。

つまり、藍はジョセフの波紋によるイカサマを最初から見破っていたのだ。
それに気付かないフリをした上で利用した。


450 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:17:13 AbWuOk2g0

「理解したか? 外界の波紋使いよ。
 こうして私は全てを曝け出したが、お前はこれを『イカサマ』だと断定し、私に『ペナルティー』を与える権利を持っているのだぞ?」

ギリリ、とジョセフは歯軋りする。
藍は今、自分で自分の行った不正を説明したようなものだ。
これをイカサマだと判定し、彼女にチップ10枚のペナルティールールを課すことは可能。
だが、ジョセフにはそれをしたくとも出来ない。正確には、『意味がない』。

藍の不当を指摘した所で返ってくるのは、ジョセフが先に行ったイカサマへの指摘だろう。
藍のイカサマを暴くことは、自分のイカサマを暴くことと同義だ。となれば結果、ジョセフ自身にもペナルティーは返ってくることは明白。
相手もそれを分かっているからこそ、敢えて説明をしただけに過ぎない。
イカサマにイカサマで返しただけ。相手が行ったのは、そんな簡単な意趣返し。

つまりこれは藍からの『警告』。
―――『お前の企みなど全てこちらの掌の上だ』。
―――『次はない』。

八雲藍はジョセフの術を看破し、抑圧した。
言葉でなく、イカサマという同じ枠内で。
無言の――しかしこれ以上ない、遥か上から見下された『警告』。

この女の仕掛けた術は、つまりはそういう搦め手の意味を含んでいた。

敗北感という感情が、ジョセフの心にわだかまる。
格上。敵は、己の得意とする『読み合い』という盤上においても遥か天上の存在。


「……………次は、俺の親だ。チップを賭けな」


ジョセフは、藍のイカサマを『違反』だと指摘しない。
ここは堪えよう。今、下手をしてそれを指摘すれば、自分にも害は及ぶ。
前向きに考えれば、自分に『もう一度』イカサマできるチャンスが維持されたということ。
『次』……ここぞという場面にイカサマを仕掛ける隙が今後訪れるかもしれない。
機を待て。さっきの失態は、手痛い勉強代だと思え。
自分の心にそう言い聞かせながら、無理矢理に敗北感を抑え付ける。

確かに自分は、スタートダッシュの化かし合いには負けたかもしれない。
それでも。
それでもジョセフには、この戦法しかない。
騙し。ハッタリ。心理戦。読み合い。
これらの分野で敗北すれば、失うチップは自分の命だけでは済まない。
シュトロハイム。霖之助。橙の命だって無事でいられる保証はない。

「ゲームを続けるぜ。……俺の命を懸けて、テメーは叩きのめす」

「グッド。そうでなくてはつまらないな」

再び廻り始めた歯車は、否応なくゲーム二巡目再開の音を鳴らした。
敗色の空気を身に感じてきたシュトロハイム、霖之助もそれぞれ賭けるチップを卓に積む。

両者ともに、1枚ずつ。
当然だ。この巡の親はジョセフ。チンチロとは親と子で戦う博奕。ジョセフの親番で、仲間が勝負に出る必要性は無い。
藍が親でない限り、子は無駄にチップを積んでも仕方が無いのだ。
勝とうが負けようが、仲間同士で潰し合うという本末転倒な目に遭ってしまう。重要なのは、藍が張るチップだ。

(この巡での僕やシュトロハイムの勝負は実質、消化試合のようなものだ。問題なのは藍の勝負。親であるジョセフと再びぶつかるぞ……!)

霖之助は来る猛攻に備えるよう、呼吸を整えた。
吹き荒れるのは、初夏に流れる薫風の快い風か。
それとも、木々をも薙ぎ倒すほどの嵐が如き台風か。

周りからの重圧を受け流すように藍は、しなやかにチップを積む。
その数―――


451 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:17:41 AbWuOk2g0

「……『1枚』だとォ〜〜? もしもーし藍ねえちゃーん? 俺と勝負するんじゃなかったのォ?」

「ふふふ、そう言うな。なにしろ私はこの身ひとつで三人相手に戦っているんだ。慎重にもなるさ」


藍の賭け数は『1』。勝負には出なかった。
ジョセフと勝負する機会はここを逃せば、次は『五巡目』。
藍の親ターンでジョセフの勝負を受けるか、『六巡目』で再び巡ってきたジョセフの親ターンに仕掛けるかしか無い。
そのチャンスを捨て、慎重策を取った。

この二巡目、全ての参加者の賭けチップは1枚。
大きく勝負は動かず、自らの生命とも言えるチップの維持が重視された。

「ちぇ〜っ、つまんねーの」

半ば拍子抜けしたジョセフも、とにかく賽を振らなければ勝負は進まない。
親のジョセフ、その手から振られた一投目は―――

1、4、5。

一投目、目なし。
続いて投げるも、3、4、6の再び目なし。
最後の三投目。ジョセフとしてはこのまま目なしでもそれはそれで悪くはない。
負けても取られるのは合計たかだか3枚。それぞれが賭けたチップの少なさを考えると、ここはむしろ負けた方がまだ良いぐらいだ。
現時点で自分はチップの所持数では圧倒してはいる。多少の負けは響かない。

そんなジョセフの思惑を嘲笑うように現れた三投目の役は―――

(ろ……6、6、4…! 目は『4』か……! 役でいえば無難な目……だが、“だからこそ”一番嫌なパターンだぜ……!)

チンチロで4の目は良くも悪くも『普通』。そこそこではあるが、今の状況ではその普通こそが、少し良くない。
これはチーム戦。ジョセフは二人の仲間と共に藍を打ち倒さねばならないが、勝負そのものの形式は一対一なのだ。
ジョセフが全員の子と戦う義務がある以上、この微妙な目では最悪の場合、仲間には勝ち、敵には負けるという場合も充分あり得る。
得をするのは藍だけ。賭けたチップが全員1枚なのが幸いだ。

とにかくジョセフの出した目は4。それに皆が勝負する。


452 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:18:21 AbWuOk2g0
『二巡目・二番手 ルドル・フォン・シュトロハイム』 現所持チップ14枚:賭け数1枚


「今のところは俺が最下位か。ジョジョに勝っても仕方ないが、負けるのもなんか癪だな」

冗談か本心かわからない台詞を零しながら、シュトロハイムは賽を振る。
ジョセフが多くチップを持っている以上、ここは勝って1枚でも多く『命』を増やしたい。

だが一投目は1、3、4。目なし。
危うくヒフミを出すところだったが、続いて投げた賽の目は―――

「……1、1、2で目は『2』。俺の負けか」

ジョセフの4に敗北し、シュトロハイムは仕方ないといった表情でチップを1枚掴み、ジョセフへと放る。
形式上での試合ではあるが、こちらが多人数のチームでゲームを行う以上、あり得ることだ。
そして次なる振り手は―――


453 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:18:50 AbWuOk2g0
『二巡目・三番手 森近霖之助』 現所持チップ16枚:賭け数1枚


「……やってしまった、か。傷は深くないにしても、良い流れじゃあないね、これは」


軽く頭を抱えた霖之助は、己の勝負弱さに辟易した。

一投目:3、5、6  目なし
二投目:1、3、5  目なし
三投目:3、4、6  目なし

結果は『目なし』。霖之助の負け。
シュトロハイムに続き、またしてもジョセフらは互いに喰い合った。
チップを渡す霖之助も、受け取るジョセフも、その目には沈痛さが垣間見える。
チンチロでの目なしは、そう珍しい結果ではない。そして今は勝負を決めるべき場面でもない。
だが『勝負』というものには『流れ』はあり、その『ツキ』を霖之助は今取り逃してしまった。
勝負は勝負。そう言い聞かせ、賽の入った椀を藍に渡して黙る。

二巡目、最後の勝負。
このチンチロは結局の所、ジョセフら三人が勝つか、藍が一人勝ちするかだ。
本番と言える勝負はこの八雲藍が振る時のみ。逆に言えば藍が関わらない勝負に大して意味は無いのだ。
攻める場合も受ける場合も、藍の一振りに全てが懸かっていると言っても過言ではない。

喰うか喰われるか。
刺すか刺されるか。
もしかしたらこの勝負に数の利など、あってないようなものかもしれない。
判断を見誤れば、ひとりひとり順番に消化されてしまうだろう。

歪なる歪みを孕んだ、この巨大なる九尾の胃袋に。


454 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:20:35 AbWuOk2g0
『二巡目・四番手 八雲藍』 現所持チップ15枚:賭け数1枚


「くくく……。面白いなぁジョセフ。私は数字を信頼するタイプの性格だが、店主の言った通り勝負に『流れ』というものはあるかもしれんな」


藍の妖しげな笑みの口元に、ジョセフは白い牙を錯覚した。
二巡目最後の番で彼女が放った賽の目は、一投目は2、4、6の目なし。

そして二投目に現れてしまった。ジョセフの危惧した最悪のパターンが。

「4、5、6のシゴロ。私が二倍付けで勝ちのようだ。たかだか2枚の配当だが、お前らにとってはこれ以上なく泥濘だろう」

ジョセフの4に対して、藍だけが勝利。
この二巡目……仲間同士、足を踏みつけあって転んだのはジョセフたちだ。
元々こうなることを見越しての『1枚賭け』。想定してはいた事態。
だが実際、この悪循環に襲われた気だるさのような重力が身に圧し掛かると想像以上に重い。
この重力という枷を嵌めたまま、彼らは次なる勝負の流れに身を投げねばならないのだ。


―――二巡目を終え、ゲームは第三巡目に突入する。


 【現在の各チップ所持数】
ジョセフ      35枚(±0)
シュトロハイム  13枚(-1)
森近霖之助   15枚(-1)
八雲藍      17枚(+2)


455 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:21:18 AbWuOk2g0
『三巡目・一番手(親) ルドル・フォン・シュトロハイム』 現所持チップ13枚


「次は俺が親か。つまり実質的に俺とキサマの勝負になるというわけだ。……八雲藍よ」

「………」


静かな威圧感を滾らせ、シュトロハイムは藍を睨みつける。
彼のその様は言うなら、天高く衝く鬼峰の如し存在感。
頂から地上を見下ろし、登り来る者の障害として聳える巨大なる壁。
動と静の性格を併せ持ちながら、様々な戦場を駆けて生き抜いてきた屈強な男が、目の前の妖艶な雌狐と命を賭け合う。

女の表情は読めない。
無表情なのか、笑っているのか。
瞳の奥に映る色は、他の全てを飲み込まんとする黒き津波の飛沫。

シュトロハイムは確信していた。
この女は『狂っている』。
全てを見通すような鋭い眼の中にあるのは、深淵のみ。
千手先を読み通すほどの常人を越えた頭脳を持ちながら、その実なにも見通せていないのだ。
狂っている、というよりも壊れていると言った方が正しいのかもしれない。
本来、芯として守るべき目的を彼女は半ば見失い、暴走状態にあると言っても良い。
非情に強かに、冷静に行動・思考しているように見えて、致命的なバグのような異物が脳内に混ざってしまっている。
殺し合いに巻き込まれたという理由で陥った状態にしては、冷静すぎる。
『何か』をきっかけとして、彼女の侵されてはならない領域にヒビが入った。
それを彼女自身は修復したつもりであっても、一度侵入したバグを完璧に排除することなど出来ない。


もし出来るとしたら……彼女の偉大なる主であり、スキマを操るという賢者・八雲紫しかいないだろう。
『あの時』、二ッ岩マミゾウから被せられた言葉という名の僅かなバグを、心にスキマを開けて取り出せる八雲紫なら。


―――きっとこの暴走する九尾を宥め、治められるかもしれない。


「じゃあ僕の張るチップは……勿論1枚にしとくよ」


霖之助は定石通り、掛けチップを最低額の1枚に留める。
問題なのは藍の賭け数だが……。


「私がお前と勝負するチップは……これだ」


シュトロハイムの威圧ある視線を受けて藍が積んだチップの数は―――5枚。
一度に賭けられる最大の数で、勝負に出た。
殺気かと間違えるほどの冷たい視線を受けたシュトロハイムは、藍の積んだチップを見て視線を研ぐ。

「―――なるほどな。キサマ、俺から殺す腹か」

シュトロハイムの放った言葉は、藍の本心を確かに射た。
藍はまず、このシュトロハイムから仕留める算段をつけていた。
それは藍にとってジョセフなどよりも、この謎の軍人の方が遥かにアンノウン的存在であり、未知なる男だったからだ。
彼と最初に遭遇したのはここより近く、レストラン・トラサルディーで鈴仙を襲った時。
この男は鈴仙の持つ紙から現れたように見え、男の身体も普通の人間ではなかった感触を捉えた。
結局その時は逃がしてしまったが、今回再会した時は何食わぬ顔でジョセフと同行していた。
彼はジョセフとどこか親しい関係性が見えたし、その直接的な肉体能力はかなり高いと思わせる動きも見せた。
だが先ほど霖之助から仲間の情報を聞き出した時は、シュトロハイムのシの字も出てこなかった。
霖之助が敢えて情報を隠匿するという機転を利かせたのでなければ、このシュトロハイムは彼すらも知らなかった男ということになる。

(私の持つコイツへの情報がまるで無い。シュトロハイムは早めに叩いておくが吉、だな)

様々な思案の結論として、藍はドイツの軍人シュトロハイムを第一のターゲットとして見定めた。
こうしてシュトロハイムを親番として、最後にジョセフがチップを眼前に差し出した。


456 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:22:26 AbWuOk2g0

「―――って、ジョジョォ!? なんでキサマまで『5枚』も張るのだッ!!」


敵を殺す毒をチップに盛ったのは藍だけでなく。
味方のジョセフまでもが最高額の5枚張りなのは流石のシュトロハイムも愕然となった。

「いやだって、今お前最下位よ? お前が俺に勝って5枚増やさないと後々苦労するぜ」

「もし俺が負けたらどうするつもり…………あっ、なるほど“そういうこと”かジョジョ」

ジョセフの考えを察し、出しかけていた抗議を仕舞い直す。
ここで弱い目でも出し、全員に負けたりすればシュトロハイムは計11枚取られることになる。
下手をすればこの巡で死ぬ可能性すらあるが、ジョセフには何か考えがあるのだろう。
兎にも角にも、ジョセフは実質自分のチップを5枚、シュトロハイムに譲るような行為をしたも同然。
心の中で恩に着りつつ、シュトロハイムは勝負に出る。

大胆に口を吊り上げ、椀に振り込んだ最初の目。


一投目は―――1、2、4。目はなし。


「危なかったな。3が出ていればヒフミになるところだったぞ。また自爆するつもりか?」

「たわけ! どこが危ないものか、4は3の真裏だ。このシュトロハイム、二度も自滅を繰り返すヌケサクではないわァ!!」

強気の言葉とは裏腹にシュトロハイムの額には一滴の汗が光を反射している。
因みに今二倍払いのヒフミが出ていれば、霖之助から2枚、ジョセフと藍から10枚ずつ取られシュトロハイムの負けがほぼ確定していた。

「次ィ! 二投目、投げてやるぞッ!」

段々と地の性格を現してきたシュトロハイムは、その腕に力込め賽を振るった。


    カラァン!

 カラ…
        カラ…


「―――2、2、3……出目は『3』、だな。あまり強い目とは言えないな」


くつくつと馬鹿にするような笑いを漏らし、藍はあしらう。
数多の戦場を生き抜いたシュトロハイム、ここで化け狐に喰われるか。
はたまた―――


457 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:23:03 AbWuOk2g0
『三巡目・二番手 森近霖之助』 現所持チップ15枚:賭け数1枚


さて、僕の番が巡ってきた。
今までに出した僕の目は、一巡目が藍の仕業によりヒフミ。二巡目が目なし。
あまり芳しくない結果だが、だからと言って「ここらで一発!」とわざわざ気概を見せることもない。
僕とシュトロハイムのチップ数はほぼ同数。そして互いに味方であるわけだから、正直勝っても負けてもいいんだ。
僅かに彼の方がチップは少ないので、どちらかと言えば僕が負けておくべきなのだろうが……

「6、6、4……出た目は『4』か」

勝ってしまった。
シュトロハイムから僕へチップが1枚。
渡す時の彼の目が若干、睨むような感じに見えたのは彼の元々の目つきの悪さ故だと思っておこう。

しかしここではない。
重要なのはこの場面では無いんだ。
次……勝負は次の藍のターンで始まる。
どうか勝ってくれよシュトロハイム。もし負けたらキミは一気に不利になるんだ。


458 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:23:35 AbWuOk2g0
『三巡目・三番手 八雲藍』 現所持チップ17枚:賭け数5枚


「初手は……1、3、6の目なし。……次だ」


カランカランと、弾き合う賽子の音が店内の静寂を掻き回す。
この勝負にシュトロハイムが勝てば、藍を最下位に叩き落すことが出来る。
それだけに、重要な転機。


「……2、4、5か。またも目なし。ふふ、陳腐な遊戯とは言え結構白熱するものだな、シュトロハイム?」

「……黙って最後の一投を振れ。これで目が出なかったら俺の勝ちだということを忘れるな」


互いに腹を探りあい、心の内を見破る。
ギャンブルとはそんな精神の戦い。
そして『運』。これが無ければどうしようもない。
今日、この時、この瞬間。
運命の女神がいるとしたなら、女神の息が降りかかったのは―――


「―――私の勝ちだ。目は4、5、6の『シゴロ』。二倍付けでチップ10枚の大勝だ」

「………ッ!」


勝ちの波動……その流れは策士の九尾に向いた。


シュトロハイム―――現在総チップ数2枚。


459 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:25:10 AbWuOk2g0
『三巡目・四番手 ジョセフ・ジョースター』 現所持チップ35枚:賭け数5枚


まさかこのタイミングで藍が倍付けで勝つとはジョセフも想像していなかった。
シュトロハイムの残りチップは2枚。瀕死の状態と言ってもいい。
通常この枚数なら絶体絶命。何故ならシュトロハイムの出した目は『3』。お世辞にも強い目とは言えない。
となればここでジョセフが普通に振っても、シュトロハイムの3を超える目が出る可能性は高い。
たとえジョセフの賭けたチップ数が『1枚』だったとしても、この巡でシュトロハイムがジョセフに負け、残り1枚になれば最悪だ。
次の霖之助の親番で、シュトロハイムは最後の1枚を賭ける羽目になってしまう。
もしその勝負にも負ければ、ここでシュトロハイムは脱落。無情なる首輪の餌食になる。

それはジョセフの『イヤな予感』だったのか、または『虫の知らせ』だったのか。
とにかくジョセフは、嫌な方向だけはよく当たる己の『カンの良さ』を心の底から褒めた。
念のため『5枚』賭けておいて本当に良かった。自分のチップが減るのは少し癪だが、これでシュトロハイムの延命には成功した。

「テメー、これで『貸し』だかんな! 後でちゃんと返せよコノヤロー!」

「分かっておるわ! さっさと投げろ!」

ヤケクソのように賽を振り撒いたジョセフは、賽の目を見ぬまま肘を突いて態度悪く溜息を吐く。
ジョセフには賽の目など見なくても、結果は『分かっている』のだから。

「……ああ、その手があったのか。成る程ね……」

霖之助は素直に賞賛した。
チンチロのルールを利用した、抜け道。それがジョセフの策。

「出目は……なし。シュトロハイムの勝ちか……なるほど、お前も随分セコい手を使う」

藍は褒めるというよりも半ば呆れたように賽を眺めた。
そこには“椀から零れ落ちた賽子”の様子が見える。

―――賽が椀から出てしまった場合は即負け。目なしとなる。

チンチロにある絶対不変なこのルールを利用し、ジョセフは『わざと』賽を椀から零した。
敢えて負けることにより、ジョセフはシュトロハイムに自身のチップを流したのだ。
その数5枚。僅かにだが、この策によりシュトロハイムの所持チップをゼロから遠ざけた。
当然ジョセフ自身のチップもそれだけ失うのだ。あまり頻繁に使える作戦ではない。
ほんの少し命を繋ぐ延命処置。結果はあまり釣り合わないものだ。


全員の手番を終え、九尾は笑む。
見た者を凍り付かせるほどに冷たく歪んだその口を、橙だけが目撃していた。
藍はこの結果を予想していたのか。
それは彼女以外には、知る由も無く。


―――三巡目を、終えた。



 【現在の各チップ所持数】
ジョセフ      30枚(-5)
シュトロハイム   7枚(-6)
森近霖之助   16枚(+1)
八雲藍      27枚(+10)


460 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:26:04 AbWuOk2g0
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『因幡てゐ』
【数十分前:午前】D-4 香霖堂前


「うぅ……とうとうここまで来ちゃったぞコノヤロー……!」


誰に語るでもなく、私はそんな独り言を呟いた。
あの八雲藍が待ち構えているらしい香霖堂を目前数十メートルまで見据えて、木の陰から様子を窺う。
ジョセフたちも既に到着してるはずだけど、外から見た感じではお店は特に異常は無い。
橙はあの化け狐を説得したがっていたけど、談合は穏便に終わったのかな。
もしかしたらどっちかが屍になってるのかも。最悪、ジョセフたちが。

どうしよう……私も店の中に入るべきなのかな……?
それともいっそトンズラこくか。命あっての物種ってね。

……いやっ! いやいやそれじゃ私は何のために勇気を出したんだ!
あのスットコ店主ですらドヤ顔で第一陣を切ったんだぞ。それに中にはジョセフや軍人のオッサンもいる。
案外、もう全て終わってるのかもしれないし……。

「…………わかった行くってば行けばいーんでしょー!」

えーいヤケクソだ! 火中の栗を拾うなんて私には全ッ然似合わないけど、もうどうにでもなれだ!
およそ半分腰が引けたまま、私は意を決して足を進めた。目指すは香霖堂の玄関。
突入の号令は「ごめんくださーい」とかでいいかな。いや、それじゃ普通に買い物に来たみたいだろ。
「たのもー!」みたいに勢いつけて入るか。いやいや、いつの時代のヤツだよ。

そうこうしてる内にドアの前まで来てしまった。
中の様子は窺えない。ていうか本当に居るんだろうなアイツら?
自分の壮大なひとり相撲になっていないか心配しながらも、私はドアにピタリと耳をくっつけた。
これでも長年妖怪兎として生きてきたんだ、聴力には大いに自信がある。
ま……まずは様子見さっ! 何事も心の準備が大切ってね!


「ウッソォーーッ! こいつはいきなりバカづきだァ〜〜〜ッ! まるで! まるで! 俺がイカサマしたみてぇーだなこりゃ〜!」


そして耳に飛び込んできた第一声は私が予想だにしなかった内容の、お調子者の叫び。
……何やってんだ、コイツら?


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


461 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:28:09 AbWuOk2g0
命を賭した『チンチロリン』のゲーム開始から、実に一時間以上の時間が経った。
四巡目を終え、五巡目を終え、ゲームは終盤―――九巡目に突入。
序盤はまだ余裕の笑みを見せていたジョセフも、額を伝う汗は止まらなくなっている。
シュトロハイムも、霖之助も、橙も、誰一人言葉を発する気力さえ見せない。

唯一……この場で藍だけは薄ら笑う余裕を見せ付ける。


「さて……そろそろこの茶番も終盤だな。私が親での『第九巡目』……そろそろお開きといきたいものだ」


賽子を握り、宣告する。
シュトロハイムは思わず舌打ちを鳴らし。
霖之助は深く項垂れ。
ジョセフは現状の打破を思考する。
思考する。
思考する。
思考する。





(………駄目、だ! この女……付け入る隙がまるでねえッ! つ、『強い』……ッ!)


ギャンブルには自信があった。
慣れないゲームだろうが、勝てると思った。
だがそれでも、現状の打開策が思いつかない。

遊戯開始第九巡目。親番・八雲藍。
敵の懐を突くならここしかない。
だが……返しの刃は、あまりにも致命的に成りかねない。

現在の状況は。
九巡目における、戦場の状況は―――



 【現在の各チップ所持数】
ジョセフ      16枚
シュトロハイム   5枚
森近霖之助    7枚
八雲藍       52枚


462 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:29:21 AbWuOk2g0


―――大敗。


八雲藍ひとりに、手も足も出ないという惨状。
途切れなく焼かれ続ける業火に、抗うことも叶わず。刻一刻とその時は迫る。
一人でも生き残り、藍のチップを奪えば勝利。
三人全員チップを失えば、首輪の毒が蝕み、全滅必至に繋がる。
ジョセフもシュトロハイムも霖之助も、命を賭けて勝負の台に着いたはずだった。
それでも気付けば、絞首台の階段を一歩一歩昇っている。
もはや首に架ける縄に身を委ねる寸前という崖際。

特にシュトロハイムの持つチップは『5枚』。賭けるチップ数次第では瞬殺される射程内に身を置いている。身が千切れる思いなのは間違いない。
それでも彼は戦意を失わない。地雷原を渡り切るようなその勇猛が、いつだって彼の軍に勝利をもたらせてきた。

このゲーム、所持チップが5枚以下となれば格段に危うい立場となる。
そのプレイヤーを確実に殺す牙を、目の前の妖獣は剥けて来るからだ。
八雲藍は不利な立場にいる相手をすかさず仕留めるように、躊躇無く『5枚賭け』で殺そうとしてくる。
少なくとも6枚以上はチップを維持していないと、そこは安全圏ではなくなるのだ。
万が一、相手が二倍付けのシゴロや三倍付けのゾロ目を出したとなれば、10枚以上チップを所持していても全て奪われる可能性だってある。
そしてそんな射程距離に置かれた仲間を救うため、序盤はチップ数で優位に立てていたジョセフも見る見るうちにライフを失ってきた。
三巡目で危機に陥ったシュトロハイムを、ジョセフが『敢えて椀から賽を零す』という作戦で自身のチップを合理的に渡したように。
危険と判断した仲間に、ジョセフは絶えず“敢えて負けて”そのチップを減らしてきた。

恐ろしいのは藍の先見と、場の状況を操る優れた手腕。彼女は場から動くチップの動きを完全に掌握していた。
ジョセフが仲間を救うためわざと負けることすらも知略に加え、ゲームを翻弄し、蹂躙。
今や彼ら三人の動きをいいように支配している。


(あ、甘かった……! 僕の見通しが完全に甘かった……!
 八雲藍……この女、ギャンブルゲームの類でも相当な切れ者だ! 数の利なんて、奴に取っちゃあってないようなハンデだ!)


霖之助は、己の当初の考えが誤っていたことに悔いた。
こちらが三人だからといって、必ずしもゲームが有利に傾くとは限らない。
ひとりが落ちそうになれば、誰かが命綱を差し出してくれる。握ってくれる。
しかしそれは、互いが互いの足を引っ張るような戦況とも言い換えられる。この女はそこを狙ってくるのだ。
全くもって狡猾。狐を飛び越えて、狼のような女だった。

「さあ、皆チップを張ってくれ。私の親なんだ、殺すならまたと無いチャンスだぞ?」

白々しい、と霖之助は思う。
チンチロは期待値で考えるなら、親が僅かに有利というゲーム。
その特性を除いても、ジョセフ以外の霖之助とシュトロハイムは大きく張りにいけないチップの数。
迂闊に仕掛ければ、化け狐の腹を余計に肥やすだけとなる。


「み……みんな……っ!」


心配の声を出す橙の心境も、いよいよまともではいられなくなってきた。
本来は彼女の主人である八雲藍の優しい笑みが、民衆の善を喰らう悪鬼のそれにも見えてくるほどに。

「橙……お前は心配なんてしなくていい。心配するのは……お前の大好きなご主人様が首輪の毒でポックリ逝っちまわないか、それだけだぜ」

そう言いながらジョセフは賭ける。
己の命と、その代替ともいえるチップ―――その数『5枚』。

「やはり、お前は勝負に賭けてきたかジョセフ。どう見ても劣勢はお前たち。……この窮した惨状を抜け出したいと思うのは当然だからな」

さも「そう来るのは予想してましたよ」とでも言いたげな藍の言い草。
半ばジョセフを煽るような挑発だが、ジョセフからしてみればここはちまちまチップを増やしても仕方ない場面。
今を逃せば藍の親番はまた四巡後。恐らく、ゲームはそこに行くまでに終わるだろう。
とても守りに入っていられる状況ではない。畳み掛けるなら、今なのだ。


463 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:30:01 AbWuOk2g0


「……俺は『2枚』賭ける」


それだけを言って、シュトロハイムの張りは終えた。
シュトロハイムは現在5枚。こちらは強くいけないチップの残数だ。
『4枚賭け』も危ない。1枚残したところで、次のジョセフの親でその最後の1枚を賭けなければならなくなる。
結果、3枚残しの2枚賭け。万が一を考えると、これがシュトロハイムの出せる最も安牌かつ強い手だった。

「安全策に出たか? 全チップ賭けるくらいの意気込みは見せてくれるのかと思っていたが」

「俺を揺さぶって心理的優位に立とうという腹積もりか? 生憎だが、俺はジョジョと違って自分の言葉は曲げん」

「てめっ、どういう意味だコノヤロ」

この期に及んで皮肉を掛け合うことの出来る二人の精神力は、それまでの経験から培われた故の結果か。
そんな彼らを見ながら、霖之助は思う。半妖としてそれなりに永きを生きたが、その人生において修羅にまみれた時間などこの二人の足元にも及ばないだろうと。
つくづく自分の生きた時間は平穏に守られた薄っぺらなモノだったのだと、自虐めいた感情まで生まれる。

このゲーム――チンチロ遊戯ではなく、このバトルロワイヤル――を生還できるなど、己には不可能だと理解している。
……いや、殺し合いどころか、やはりこのチンチロ遊戯にすら生き残れないのかもしれない。


(本当に、僕はなんて弱いんだろう。今まで育んできた知識など、暴力の前では等しく無駄だったのかもしれないな)


それでもこんなちっぽけな自分に出来ることはある。
賭けるんだ。賭けて、懸けることが、僕に残された宿命。
僕が懸けるべき相手は、僕が生きた人生全てを賭けるに値する“光”は。


誰なのか。


「…………僕は……『1枚』だけ、賭けるとしよう」


卓に差し出された命のチップ……その数、1枚。

「……ほう? たった1枚でいいのか? シュトロハイムと違ってお前は現在7枚ある。
 私からしこたまチップを奪う格好のチャンスであるこのターンを、チップ1枚賭けなどという『逃げ』に出るのか?」

「あまり揺さぶらないで欲しいな八雲藍。君と心理を読み合うなんて馬鹿な真似はなるべくお断りしたいからね。
 でも、僕もジョセフを見習ってみようかと思ってさ。セオリーガン無視の、奇策珍策ってやつをね」

「せっかく回ってきた集中攻撃のターンを、安全策に費やすというのがお前の言う奇策か?
 だと考えているのなら実に見上げた口巧者だ。結局は保身にかまけ、口八丁で煙に巻いてやり過ごす行為をさも巧手の如く喋くるとは」

「……八雲藍。既に宣言した。賭けるのは『1枚』。僕はこの手に賭ける」

レンズの奥に光るその眼差しを、藍は睨む。
所詮、平和ボケした古道具屋の悪あがき。
爪にも牙にも成り得ない、半端な浅慮。

ともあれ、これで勝負の準備は整った。後は、賽を振り落とすだけ―――


464 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:30:41 AbWuOk2g0


「―――待てよ。やっぱりよォ〜、なーんか全然納得できねえのよね〜、ボクちん。
 だっておかしいでしょ、三人がかりで勝てないって。ここまできたら普通、何か“仕込み”を考えちゃうでしょ」


ピクリと、藍の眉が僅かに吊る。
握られた拳の賽は振られることなく、藍はジョセフの『言いがかり』へと反論した。

「……心外だが、お前は私が何か『イカサマ』の類を行っていると、そう言いたいわけだ」

「いや、だって実際やったじゃんアンタ。最初の一巡目で。
 ま、確かにあれは俺が先にやったわけだし、そのイカサマを追求しなかったのも俺だし、今更どうこう言うつもりもねーけど。
 でもそれはそれとして、お前がさっきから『何か』やってるかもしれねー……人としてそう考えてしまうのは果たしておかしいことでしょーか?」

明らかに人を食ったようなジョセフの言いがかり。
一巡目のあのやり取りを未だ根に持っているのか、あろうことか藍の『イカサマ』をジョセフは疑っている。
あからさまな物言い。その態度が藍の癪に障ったのか。

「……細工でも疑っているというのなら好きに調べろ。徒労に終わるだろうがな」

「勿論好きに調べさせてもらうぜ。……流石に四五六賽なんていう古典的なモンは使ってないよね?」

冷静に見えているようで、彼女はジョセフの軽薄な態度に苛立ちが溜まってきている。
藍とて本来の性格は真面目で誠実。ジョセフのようなふざけた男はもっとも嫌いとしているタイプだ。
その苛立ちが勝負の円滑な進行を妨げるお調子者の的外れな疑いにより、輪をかけて募っていく。

「調べるならさっさと調べてくれ」……その言質を手に入れたジョセフは心の中で笑った。
藍のような計算高いタイプは、怒らせて隙を作るに限る。
とにかく何でもいい。藍をイラつかせることで、何か隙を突く機を生むことがジョセフの目的……その『半分』だった。
これが通用しない相手は、自ら泣き叫ぶことで心を落ち着かせるあの酔狂人・エシディシのようなタイプくらいのものだ。

椀に入った賽を受け取り、凝視するジョセフ。流石に一目見て分かるようなイカサマなど、藍はやっていない。
そもそも藍は本当にイカサマなどやっているのか。そこが全く判別できない。

各チップの数だけ見れば藍の圧勝ではある。だがそれは決して彼女ひとりの『バカヅキ』を意味しない。
藍とて小さな勝負にはそこそこ負けたりもしていたし、引き分けの場面も何度かあった。
ジョセフがわざと負けてチップを仲間に流す、そんな展開が彼女に味方したりもしている。
彼女のスタイルの強み――それは『大きく勝ち、小さく負ける』の繰り返し。勝負の推移で見れば、博奕の理想的な勝ち方と言える。

すなわち、八雲藍は『勝負を分かつタイミング』を完全に把握できているのだ。それを見極め、大きく勝ってチップを稼ぐ。
イカサマがどうとかいう問題ではなく、彼女は単純に『恐ろしくゲームへの順応が早く、強い』ということだった。
だが、だからと言って藍が『不正』を行っていないということにはならない。


「そんなに穴の開くほど見つめても、賽子には元々21個も穴が空いてるんだ。これ以上空ける気か?」

「……風穴が開くのは、果たしてどっちの腹だろうな。賽子にも特に怪しい所はねえみてえだ。―――いいぜ……勝負、しようじゃねえか」


突き返すように椀ごと返されたその賽を、藍は静かに手に取った。
ジョセフの顔を、ひと睨みして。


465 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:31:14 AbWuOk2g0
『九巡目・一番手(親) 八雲藍』 現所持チップ51枚


このターン。親、八雲藍。
形としては、“藍vsジョセフ・シュトロハイム・霖之助”の三対一。
まず藍が親として目を作り、その目にジョセフ達がチップを張って勝負する。

肝心要の、その第一投。
これで彼女が強い目を出してしまえば、勝率は限りなく薄くなる。

そんな運否天賦の、天命に祈る一投。息を呑んで見守り、祈るしか出来ない。
こればかりは、誰にも知ることの出来ない“運命”の領域。

そんな女神の足音が―――


    カラァン!

 カラ…
        カラ…


―――止まる。



    カチャーン!



『止まった』賽子の目は。

1と。

1と。



―――そして、1。



役は、ピンゾロ。
三倍付けの、最強の役。



「―――勝負を、焦ったな。……妖怪のおキツネ様?」

「――――――ッ」



ただし、賽子が三つとも椀の中に『収まっていたら』……だ。


「こ……っ」

「零したッ! 賽をひとつ、椀から零したぞッ! 目は『無し』! 藍の負けだッ!」


霖之助とシュトロハイムが、目の前の光景に同時に叫ぶ。

椀の中には、『1』の目を出した賽が二つ。

椀の外には、『1』の目を出した賽が一つ。


466 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:31:56 AbWuOk2g0

「俺のナメた態度に苛々が溜まりに溜まって、思わず腕に力が込もっちゃったかなァ〜〜藍ねえちゃぁ〜ん?
 コレ……何だっけ? 確か『ションベン』っつーんだよね? 椀から零すと即負け。
 俺がさっきからやってるの見て、自分も真似したくなっちゃった……ってところかなァ? ギヒヒヒヒ……!」


椀から賽をひとつでも零した時点で、負け。目は当然無し。
この瞬間、藍は少なくともジョセフに5枚。シュトロハイムに3枚。霖之助に1枚の配当を配ることがほぼ確定した。
合計9枚のチップが藍から失われる。あまりにも、手痛いミス。

「ニッヒッヒ〜〜! まっ! 勝負にハプニングは付きものってこったぜ!
 気の毒だがションベンは無条件で負け。さっ、俺にチップ5枚今すぐよこしやがりな」

邪悪な笑みを隠そうともせず、ジョセフはおどけながら椀に手を伸ばす。

―――その伸ばした腕を、藍がガッと掴んだ。女とは思えぬほどの力で。


「……なに、藍ねえちゃん? ひょっとして本当のこと言われてプッツン寸前ってヤツ?
 ちょっと〜アンタが賽子こぼしたのは俺のせいじゃねーでしょうが〜」

「……“これ”を狙っていたのか? お前が今まで散々人を食ったような態度を振舞っていたのは、このためか?
 私を苛立たせ、肝心な場面でこんな初歩的ミスを誘うように、敢えて道化を演じていたというわけか」

「だとしたら何だってのよ。ひょっとしてコレが反則だとでも言うんじゃあねーだろうな? ミスっちまったのはあくまでお前さんだぜ」

「いや、反則なのは“このこと”ではない。……ただ、別の所にお前の隠された『意図』が見え隠れしてならない、そう思ってな」

「……何が言いたい? まさか俺がその賽子に何か細工したとでも言うつもりか?」

「いや、細工はおそらくしてないだろう。……『この賽子には』、な」

賽子の部分を強調して言う藍の視線には、椀が置いてあった。
中の二つの賽を放り出し、その椀をゆっくりと手に取って言う。

「お前は面白い男だな。一巡目の時、お前の開幕イカサマという荒技に対し私が『警告』してやったというのに、『再び』やってくるとは。
 大した心臓だ。普通ならそれに懲り、ペナルティーを恐れて二度とイカサマなどやってこないだろうに」

「イカサマァ〜? 俺たちが強い目を出したとかならともかく、お前が勝手に賽を零したのが俺のイカサマのせいにされちゃうワケ?」

「『勝手に賽を零した』……? それは違うな。お前が私に『零させた』んだ。サギ師同然の悪質な手口でな。
 お前は最初に『くっつく波紋』という技術で、自分が振った賽を意図的に6、6、6の『オーメン』にした。
 今、お前がやったのはそれと真逆だ。お前はさっき、私のイカサマを疑って賽子と椀を調べただろう?
 その時に流したんだ。くっつく波紋とは逆……『弾く波紋』を、この『椀』の内面にな」


ジョセフの心臓が、ほんの僅かに揺れた。
この女は、何者だ。
その漆黒の瞳は、一体どこまで見通しているんだ。


「一巡目のイカサマと同様、目に見えぬほどに微弱な波紋。こうして私が触っていても、既に何も感じないくらいに。
 だが私が振った時、確かに流れていただろう波紋は、椀に吸い込まれた三つの賽のひとつを微かに弾き飛ばした。
 ちょっぴりだけ賽の回転が不自然だった。まるで何かに弾かれたみたいに、賽が椀の外まで転がり落ちていったんだ。
 そのとき初めて気付いたよ。『手癖の悪い目の前の男がまた何かやった』、とね。
 なるほど、まさか賽の方ではなく『椀』のほうに仕掛けるとは、どこまでも抜け目ないヤツだなお前は」

「……俺は知らねえぜ。弾く波紋だって? そんなモンを使ったなんて証拠がどこにあるっつーの?」


467 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:33:08 AbWuOk2g0

藍の指摘したジョセフのイカサマ。
それは―――ズバリ当たっている。

気味の悪いくらいにピタリと正解していた。しかし、この場は知らぬ存ぜぬを貫き通さなければならない。
波紋使いでもない藍が、波紋について何から何まで知っているわけがない。
彼女はあたかも波紋を理解しているかのように説明しているが、それらは人伝による推測を話しているに過ぎない。
くっつく波紋だの弾く波紋だの、そんなものは全て彼女の仮定……あくまで『予想』だ。
実際には見事的中した完璧な推理ではあるが、正解だからこそジョセフはそれを感付かれてはならない。

証拠など無い。藍にはジョセフのイカサマを証明する手立てなど持ち合わせていないのだ。


「……知っているかジョセフ。サイコロというのは人間の歴史と共にある道具だ。
 最初は動物や人間の骨、少し呪術的なところで言えば妖怪の骨なんかで作った物もあるそうだ。
 外界のある地域では、もし『チンチロ』でイカサマした者を見つければそいつの『目玉の中』にサイコロ二個を埋め込んで川に流したという……。
 チンチロはサイコロ三個を使うゲームだが、じゃあ残りの『一個』はどうしたと思う?」

「な、なんだよ突然妙なウンチク語り始めちゃって……。怖い話と痛い話はニガテだから勘弁して欲しいな〜なんて……」

「そいつを死体にする前に全身に『21』の風穴を空けたのさ。
 サイコロは1から6まで足すと合計21だからな。残りの一個というわけだ」

「…………そりゃ夏とかは涼しそうね」

「……風穴が空くのが腹だけだといいがな。もちろん私の腹でなくお前の、だが」


藍の目つきが一層鋭く豹変する。
気圧されるな、敵は精神を揺さぶっているだけだ。証拠は無い。こっちのイカサマは絶対バレない。
この女は確かに恐ろしい観察眼と推理力、そして知識を兼ね揃えている。
だがジョセフとて今まであらゆる困難を乗り越えてきた精神力を持っている。
この一線を譲っては負ける。イカサマのペナルティーはチップ10枚。今これを喰らったら決定的な傷になりかねない。

この勝負の場面でイカサマを仕掛けたのも、ジョセフからしたら苦渋の選択だった。
藍からは既に最初、波紋のイカサマを初見で見破られ、無言の警告を喰らっている。
八雲藍は簡単に騙し通せるほどヤワな女ではない。それが分かっているからこそ、なるべくイカサマなど使わずに勝ちたかった。
だがそうも言ってられない窮地。認めたくないが藍は自分よりも頭が回り、ゲームも上手い。
そう思ったからこそ、ジョセフは波紋のイカサマを使用せざるを得なかったのだ。


―――いや、まさか藍はジョセフが再びイカサマを使わざるを得ない状況を意図して作りあげたのか。


だから彼女は、一巡目の最初にジョセフのイカサマを見破ったのにも関わらず、ペナルティーを与えなかったのか。
だから彼女は、イカサマは実質一回まで許されるような軽いルールを提案してきたのか。

だとしたら……ここまでのゲーム、全てが八雲藍の計算どおりに進んでいる。
ここでイカサマを認める真似は出来ない。この状況でチップ10枚の損失は、あまりに痛い。
ジョセフは唾を飲んだ。喉元には狐の皮を被った毒蛇の牙が突きつけられている。


468 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:33:35 AbWuOk2g0

「ふむ、これではゲームが終わらないな。私としてはジョセフにペナルティーを課したいところだが、証拠が無いのも事実。
 橙、お前はどうしたらいいと思う? 中立の立場で意見が欲しいんだ」

突然自分の判断を仰がれ、橙は肩を震わせた。
橙からすればジョセフがイカサマを行ったかなど知る由もない。
わからない。どう答えるのが正解なのかがわからない。だから、ここは橙なりに正直な意見を答えた。

「え、と……藍様がもう一回振りなおす、とかじゃ駄目ですか……?」

「それではジョセフのイカサマを見逃すようなものだろう……。だが埒が明かないのも事実。そこでジョセフ、こういうのはどうだ?
 お前は否定するだろうが、私はお前がイカサマを行ったことを確信している。それを再び見逃してやろう。
 その代わり、今の振りは『無効』とさせてもらう。橙の言う通り、もう一度私に振らせろ。それもキッチリ『三回』だ。
 どんな目が出ようとも、とりあえず三回まで振る。その三回の内、出た目が最も高いものを私の『役』として確定する。どうだ?」

藍の提案する考えは、ジョセフにとって必ずしも有利に傾くとは限らない案だった。
ペナルティーのチップ10枚は何とか避けたい事態だが、この難敵相手に三度ものチャンスを渡すというのはかなりの博打。
しかし事実としてジョセフはイカサマをやっており、看破されかけている。そのことに目を瞑ってもらう利はおいしい。

(クッソ〜やらなきゃ良かったぜイカサマなんてよォ……! 結構自信あった仕掛けなんだがこんな簡単に見破られるなんて参ったぜ……)

後悔虚しく、結局ジョセフはまたも藍にしてやられた。
自分のイカサマで自らの首を絞める結果になったのも、ひとえに彼らがギリギリまで追い詰められているからに他ならない。

「だ…駄目だ……! ただ無効にするならともかく、良い目が出るまで三回も振らせられるか!」

「……『二回』だ。二回ならばどうだ? これが呑めないというのなら、お話にならないな」

二回。藍は提案した回数を三回から二回に下げてきた。
たった二回。これならどうだ……?

「…………ああクソ! わーったよ二回だ! 二回振って高い方の目を役にする! 好きにしやがれ! ケッ!」

結果、折れたのはジョセフ。
彼の得意とするネゴシエーション、つまりは上手いことを言ってその場を誤魔化す交渉ごとも、この藍相手には通じる気がしない。
何もかもが一枚上手。ますます滾る敗北感がジョセフの精神を追い詰めていく。


そっぽを向くジョセフの視界の端で、藍は白い歯を見せ、笑った。


469 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:34:49 AbWuOk2g0
『九巡目・一番手(親) 八雲藍』 仕切りなおし


全く他愛もない。
あっさりと提案を呑んだジョセフに対し、藍が感じた手応えはそんな素っ気ないものだった。

二回。それだけ振れれば可能性はある。
藍は最初から二回だけ振れれば充分だと見越していた。
だが初めに『三回』という少し高めのハードルを提起し、それでジョセフがごねれば『二回』に取り下げる。
このような『落としどころ』を作っておけば、相手もそれで納得しやすくなるという心理的交渉を藍は行ったのだ。
サギ師のようなこの男相手には、同じサギ師の常套手段で臨む状況に持っていく。
全てが藍の掌の上だった。


(さて、後はこの振りで良い目が出せるかだが……恐らく『そろそろ』出る頃のはずだ)


藍は賽を手に取り、目を閉じて深い思考を開始する。


賽子を一回投げた時、目が出る確率―――
ゾロ目が出る確率:各種0.46%、1〜6合わせて計2.78%
シゴロが出る確率:2.78%
1〜6の目が出る確率:各種6.94%、合わせて計41.64%
ヒフミが出る確率:2.78%
目なしの確率:50%


この確率の収束を踏まえ、次に出る目のパターンの予測。
第一巡目からこの第九巡目までに振られた全回数、59投。転がった賽子の数は三倍の177個。
その賽の数、役を藍はここまで全て記憶している。四人全員が出した目の組み合わせも、全部。
出た目のパターンをひとつひとつ暗記し、次手の役を予想。
各々の確率を頭に入れ、出た目のパターンと傾向を把握し、それをひとつの指針とする。

常人であればとても記憶することなど不可能な、膨大な組み合わせの数。
八雲藍の持つ桁外れな頭脳なら、その全てを見落としなく記憶に刻むことが出来た。
藍だからこそ出来るギャンブルスタイル。彼女がチンチロで積み重ねてきた勝利の秘密がそこにあった。
確率という概念には規則性がある。その規則という荒波が生む波紋を、藍は完璧に掌握することが出来ていたのだ。

そしてそのパターンは、次なる賽が出し得る目をある程度絞り込めていた。
残り二投。あと二回のチャンスで強い目――すなわちヒフミ以上の役が出る確率はかなり高いと藍は踏んだ。だからこその、先の交渉。
ジョセフのイカサマなどでふいにするわけにはいかないまたと無いチャンスを、藍は残り二回の順番の中に感じ取った。


―――八雲藍は思考する。



        (第四巡25投目――私の出した目は1、5、6の『目なし』)

(第四巡30投目、シュトロハイム――3、2、3の出目『3』)

                             (第五巡37投目、霖之助――1、2、3の『ヒフミ』)

           (第六巡39投目、ジョセフ――4、6、6の出目『4』)

   (第六巡46投目、私――1、1、4の出目『4』)

                          (第七巡48投目、シュトロハイム――5、6、2の『目なし』)

            (第七巡51投目、霖之助――1、5、1の出目『5』)


470 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:35:21 AbWuOk2g0


―――八雲藍は思考する。


前回、53投目から始まっての第八巡目、親・霖之助。
53投目:1、3、5。目なし。
54投目:2、5、6。目なし。
55投目:4、1、1。出目4。
56投目:5、3、3。出目5。
57投目:ジョセフ、賽零しの策。出目なし。
58投目:3、6、2。目なし。
59投目:3、2、3。出目2。

前回八巡目で振られた7投21個の賽の組み合わせ。
これまでの全ての目の組み合わせから検証し、導き出した次手への予測。
それは確かに藍の勝利が約束される、負けの考えにくい一手。
運命の女神の気まぐれでも起こらない限り、次かその次あたりには強い目が来る。そんな傾向。
所詮は確率。本来なら当てにするべきではない。100%の時も失敗するし0%の時だって成功することもある。

だが勝負の場には必ず『空気』が存在し、空気には『流れ』がある。
博奕の場に必ず流れる特有の『呼吸』。藍は幾多もの勝負の流れでその呼吸を掴み、未来を見た。


―――勝てる。この勝負、勝てる。


藍の心にそんな強い確信が生まれ、ゆっくりと瞳を開き――そして、賽は投げられた。



    カラァン!

 カラ…
        カラ…



目は―――2と、4と、5。

役は、なし。


「へ……へっへっへ……! 目なし、だぜ……藍サマよォ。あと一回、せめて何か出さなきゃマズイんじゃねーの?」


ジョセフの茶化しも、今の藍には揺さぶりにもならない。
目が現れなかったことにも微動だにせず、藍は冷静に賽を拾って、また振った。


    カラァン!


賽が、回る。


 カラ…


この時ばかりは誰もが固唾を呑んで見守ることしかできない、神の時間。


        カラ…


何十秒にも感じられたその聖にして静なる時間は、賽の回転が終わると同時に動き始める。


最初に声を発したのは、藍だった。




「4、5、6……シゴロ、だ。私の目は、シゴロ。……さて、次はお前の番だなジョセフ」




当然のように語る藍はそう言って、優しい手つきで賽の入った椀をジョセフに渡す。
ほぼ負けを知らない役『シゴロ』。これに負ければジョセフのチップは―――


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


471 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:42:40 AbWuOk2g0
結論から言うなら。
藍の親番で彼女が叩きだした『シゴロ』の役に、ジョセフ達は成す術が無かった。
この土壇場の状況で奇跡の役を出し、形勢逆転。そんなご都合主義の脚本が通るほど、博奕の世界は甘くない。
ジョセフも、シュトロハイムも、霖之助も、全員が藍の出した役以上の目を出すことは出来なかった。
当然敗北。そのうえ、シゴロは倍付けの高配当。


―――結果、九巡目を終えたそれぞれのチップ数の状況は……!


 【現在の各チップ所持数】
ジョセフ       6枚(-10)
シュトロハイム   1枚(-4)
森近霖之助    5枚(-2)
八雲藍      68枚(+16)


絶望的。


藍の親番という、三人がかりで畳み掛けられる絶好の攻撃チャンスも空回りどころか返り討ち。
もはや絶壁の突端に立たされたこの致命的状況を覆す機会も失われた。
首元に巻きつけられた黒き輪が、冷たい輝きと共に光る。

負ければ、死ぬ。
藍は問答無用で、自分たち三人の命を握りつぶしてくるに違いない。
特に、今一番敗北に近いシュトロハイムの心は平然ではなかった。
負けたからといってその場ですぐ死ぬというわけではない。
藍曰く、神経毒が身体を蝕み、動けなくなって少しずつ死んでゆくという。
ならば誰か一人でも生き残り、藍相手に勝利を収めることが出来れば解毒薬が手に入る。生還の道はあるということだ。
だが逆に全滅すれば、藍は毒が身体に回りこむのを待つまでもなく、すぐさまトドメを刺してくるだろう。この女はそれをしてくる奴だ。

シュトロハイムは本能で悟った。
このゲームで最初に堕ちる者は、恐らくこの俺だろう、と。
なにしろ彼の持つチップは即死必至の『1枚』。どう足掻いても、絶望。
後を託すべくはジョセフしかいない。ならばシュトロハイムに今出来ることは何か?

(化け猫の物の怪……橙、とか言ったな。コイツ、本気で『押せる』のか……?)

首輪のリモコンを持つ橙は、この場全員の命を握っているとも言える存在。
シュトロハイムは彼女の事を詳しくは知らない。見た感じジョセフに懐いているようだ、くらいの認識でしかない。
『いざとなったら』橙はリモコンを押せるのか。そこがシュトロハイムには疑問でしかなかった。
半ば強制的に中立の立場を押し付けられたような彼女だが、どう見てもそんな役目を全う出来るようには見えない。

ならば、隙を見て彼女からリモコンを奪取することは可能ではないのか。
このゲームを進める中、シュトロハイムはずっとそう考えていた。
そもそも自分たちがこのようなゲームに興じているのは、この首輪のせいだ。
これさえ無力化できれば、実力行使で藍を鎮圧することの方が今となってはまだ現実的である。
しかし藍もそんな事態を考えない馬鹿ではない。そうさせないように何か手は打っていると見ていいだろう。
万が一の場合も考え、実際に行動を起こすことは躊躇ってきたが……。


(もし俺のチップが『ゼロ』になった時……やってみるしかないか。橙の持つリモコンの『奪取』を……!)


内に秘めた決心を悟られまいと心を落ち着かせ、深く息を吐いて隣のジョセフを見やった。
次なる親は彼だ。何はともあれ、次の一振りで全てが決まる。


472 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:43:30 AbWuOk2g0
『十巡目・一番手(親) ジョセフ・ジョースター』 現所持チップ6枚


マズイ。
この状況、本当にマズイ。
まさか藍は計算してこの絵図を狙っていたとでもいうのか。
ジョセフを親番として、現在ジョセフ6枚、シュトロハイム1枚、霖之助5枚、藍68枚。
この全体図、もはやほぼ敗北しか残されていない。

なにせシュトロハイムが残り1枚。
このターンで彼がジョセフの出した目に勝たなければ、敗北確定。皮肉にもシュトロハイムは仲間の出した目に喰われて堕ちることになる。
仮にシュトロハイムがジョセフに勝てて生き残っても、結果ジョセフは残り5枚。そこを狙って藍は確実に5枚、ジョセフの息の根を止めるために動いてくる。
更に間には霖之助との勝負も挟まっているのだ。そうなれば本当の運任せの勝負が始まる。

ならばジョセフがやってきたように、敢えて負けることでシュトロハイムを確実に生かす作戦はどうか?
いや、今は状況が違う。それをやれば藍からも確実に5枚取られることが確定するのだから。そうなれば死ぬ順番がジョセフとシュトロハイムで入れ替わるだけだ。

この巡で全員が生き残るには、まずジョセフがシュトロハイムの目に負け、尚且つ藍の目には勝たなければならないという極めて難しい状況を生まなければならない。


「さあ、どうするジョセフ? 先のようにわざと負けてシュトロハイムを生かすか? そうすれば少なくとも仲間の延命は可能だ。
 だが言うまでもなく、私は『5枚』賭けてお前を確実に殺る。お前が死ぬかシュトロハイムが死ぬか、『王手飛車角』だ。好きに選べ」


邪悪な微笑みで藍はチップ5枚を迷わず卓に積んできた。
この抜き差しならない状況を、藍は計算して運んだ。突けば一気に崩壊する戦況を、彼女は緻密な権謀術数を張り巡らせ作りあげたのだ。
最強の妖獣。最強の頭脳。こんな化け物相手に頭脳戦を受けたのが、そもそも間違いだったのか。
いかなジョセフといえども、現況の打開策は全く見付からない。

どうする……! こいつ相手にここから勝つにはどうすればいい……!
藍は王手飛車角と言ったが、ジョセフは決して『王』などではない。
チームの柱であることは自覚もしているが、たとえ自分が堕ちてもゲームは終わらない。
誰かひとり。たったひとりの『兵』が生き残れば逆転の目は出てくるのだ。
敵の数もひとり。討ち取る兵は誰だっていい。

ジョセフか、シュトロハイムか、霖之助か、はたまた―――


「俺が出すべきモノはこれしかない。残りのチップ『1枚』……これに全て賭けよう」


シュトロハイム、最後の命を卓にそっと置く。
彼にトドメを刺すのは、せめて自分ではないことをジョセフは祈った。


「じゃあ……僕は、これだ。チップ『5枚』……これに賭けることにするよ」


霖之助が物静かに残りの『5枚』全て、最大の賭け金で宣言した。


473 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:44:40 AbWuOk2g0


「………って、5枚だとォォーーッ!? り、霖之助テメエ何考えてやがる! これでもしお前が勝ったら俺がやべえじゃねーかッ!!」


思考の外にいた霖之助が、誰しもが予想しなかった行動に出た。
普通ならこの状況、霖之助が賭けるべきチップは1枚であるべきなのだ。
どちらが勝ってもメリットは無し。どころか敗北の決め手になりかねない悪手中の悪手。
定石を無視しての5枚賭け。トチ狂ったとしか思えない行為だった。


「キミが勝てばいいだけの話だろう? 勘違いしないで貰いたいのだが僕は決して敵に寝返ったとか、頭がおかしくなったとかではないよ。
 僕は信じることにした。キミの幸運と、僕の幸運。これから僕が出す目に、キミは必ず勝てるという未来をね」

「お、俺に負けることでチップを託す……そう言いてえのかよ……!
 アンタ分かってんだろうな? 例えそれが成功しても堕ちるのはお前だ。……いいのかよ!?」

「僕たちは『ギャンブル』をしてるんだよ? 覚悟を決めた男が賭けるチップは、いつだって命よりも重い。
 ならば僕は敢えてジョセフに全てを賭けてみたいと思う。主人公は僕じゃない。勝手言ってるのは自分でも分かってるつもりだけどね」

覚悟のうえ。霖之助はそんな弁を困ったような笑顔で言いのけた。
理屈にも合ってない、出鱈目で滅茶苦茶な発想と作戦。だからこそ霖之助は常識外れの行動で一杯吹かせる行動に賭けたのだ。

この八雲藍を倒すには、もはや通常の策では駄目だ。
セオリーの外。彼女でも思いのつかない奇天烈な発想で攻めなければ勝ち得ないと悟った。


「…………わかった。いいぜ。アンタの決意ってヤツを受けてやらあ」


霖之助の目は真剣で、そして優しく、強かった。
託されることには……もう慣れている。
負けなければいいだけの話。



ジョセフの掌から、賽は振られた。



出た目は―――6。

5、5、6の『6』の目。
正真正銘、イカサマ無しで出した渾身の目。


474 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:45:22 AbWuOk2g0
『十巡目・二番手 ルドル・フォン・シュトロハイム』 現所持チップ1枚:賭け数1枚


何もかもが中途半端だった。
人類の敵、柱の男たちの殲滅。
謎の主催者への打倒。
そして祖国への帰還。
永琳から解析を受けた蓬莱薬は今もなお、その役目を待つかのように彼の荷の中で息を潜めている。


(……この天命、俺では力不足だったということか)


シュトロハイムは柄にもなく、ただ淡々と目の前の結果を受け入れた。
何の皮肉なのか、シュトロハイムの最後のチップを奪ってしまったのは戦友とも言うべきジョセフだった。


(戦友……“戦友”、か。……そうだな。俺にとってジョジョは、確かに戦友かもしれん)


最初に彼と共に戦ったのはナチスの実験施設でのこと。
目覚めたサンタナをもう一度殺すため、図らずもその場に居合わせたジョセフと経緯はどうあれ、共闘する形で敵と対峙した。
あの時も打倒・柱の男という宿命を彼に伝え、自爆した。この男に託すのはこれで二度目だ。

シュトロハイムにも戦場での戦友とも言えるべき相手は何人も居た。
今ではその殆どがこの世には居ない。皆、戦場で散っていった。


「ジョジョ。お前は……生き残れよ。いや―――勝て。勝つんだジョジョ。
 仕掛けて。賭けて。駆けて。懸けて。何ひとつ欠くことなく、確実に敵の核を、掻いて。俺を糧にしてでも、勝て」


まるで辞世の句。
馬鹿馬鹿しいと笑いつつも、どこか心はスッキリとしていた。
後は、自分にやれるだけをやる。


「―――ああ。勝つとも」


ジョセフは短い言葉で、戦友の想いを受け取った。
託されたその言葉は、勝利への細い糸を掴むためへの糧となる。



シュトロハイムが最後に振った賽の目は『5』。
ジョセフの『6』に一歩届かない目。
この瞬間、シュトロハイムの最後のチップがジョセフへと渡ることを意味する。



「シュトロハイムおじさんのチップ……0枚、です。首輪を……発動、します……っ」



小さく呟かれた橙の宣言は、首輪発動へのスイッチ。
震える彼女の手には、リモコンが握られている。


「―――『人間の偉大さは恐怖に耐える誇り高き姿にある』……ギリシアの史家、プルタルコスの言葉だ。
 東洋の妖怪、八雲藍よ。キサマには今の俺の姿がどう映っている? 妖怪に敗北した人間の、恐怖に屈した姿か?」


不敵に笑むシュトロハイムは大胆に立ち上がる。
視線の先には八雲藍の金色の瞳。

二人の視線が、絡んだ。


475 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:45:46 AbWuOk2g0


「――――――橙。“押せ”」


シュトロハイムの宣誓を意にも介さず、藍はそれだけを発した。


その言葉を皮切りに、場の空気が爆動する。


「させるかァァアアアアアアッ!! そのリモコンを捨てろぉォォオオオオオオオオーーーーーーーーッ!!!」


橙の持つリモコンを奪取しようと、シュトロハイムが飛び出した。
破れかぶれの、悪あがき。藍はそう評し、目の前の光景にひとつの溜息を零すのみ。

シュトロハイムの伸ばした腕がリモコンに触れる刹那、聞いたのは橙の一言。



「――――――ごめん、なさい」



首元に電撃が走ったような感覚を覚えたのは、彼女の謝罪の言葉と同時だった。
首輪の針から流された神経毒は一瞬にしてシュトロハイムの体の自由を奪い、次の瞬間、彼の大柄な体躯を床に転がした。


「シュトロハイムッ!!!」


ジョセフの叫びを遮るように、立ち上がりかけた彼を制止する藍の言葉が“ゲームの続き”を促す。


「脱落者・シュトロハイム。この男はもう二度と立つことは出来ない。意識はあるが、身体を蝕む麻痺毒は指一本動かすことすら難儀だろう。
 ……さて、次は『どちら』だ? どっちが『こうなりたい』? ……賽子を振れ、店主。お前の番だ」


卓に肘をついたまま、藍は冷酷に突きつけた。
ゲームの敗者は、容赦なく首輪が襲うと。

スイッチを押した橙の頬に雫が一滴、伝った。


476 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:46:16 AbWuOk2g0
『十巡目・三番手 森近霖之助』 現所持チップ5枚:賭け数5枚


例えば。
そう、例えば霊夢なら。
こんなサイコロ遊戯、ものともせずに圧勝して見せるんだろうね。
彼女とこの手のゲームで勝負して勝てる相手など存在しない。
霊夢が次の出目を『6』と予想すれば、彼女が振る賽はおのずと6になるからだ。
霊夢はそれを何でもない事のように「勘よ」などと宣うが、それは彼女の勘に世界の事象がついてきた結果に過ぎない。
この辺りのメカニズムは長くなるので省くが、生憎と僕には霊夢のような特別な能力は無かった。

そう、僕は霊夢と違って極めて『普通』。そんなモブ同然の僕が、端からこの大妖に敵うはずもなく。
どころか結局は仲間の足を引っ張っていただけに終始していた。


全く、なんてちっぽけなんだろう、僕は。


目の前の賽子の目を見て、僕はそんな感想を述べた。


僕の出した目は――――――『1』。
役つきの目の中では最弱。もとよりジョセフに勝とうなどとは思っていなかったけれど。

ただ、これが僕の出した結果だ。
こうして僕のチップの5枚全ては、ジョセフの糧になっていく。
結果、僕はそこのシュトロハイムと仲良く床に寝転がることになるだろう。

でもこれでいいんだと思う。
最後に勝つのが『僕たち』であれば、それでいい。


「負け、か。たかだかゲームだが、ここでひとまず僕は舞台から降りるとしよう」


すんなり喉を通って出た言葉は、思いのほか清清しいもので。
僕は素直にこの結果を受け入れた。運命の女神は僕ではなく、ジョセフ・ジョースターに息吹いたということだ。

「じゃあこの5枚のチップは、僕からジョセフへ。そして―――」

そして僕はチップを握った手で、ジョセフの手を握った。お役御免の僕にはこれくらいしか出来ないだろう。

「僕の持つ幸運も全部、君へと譲るよ。
 悪戯兎印の確かな幸運だ。君の持つ幸運には敵うべくもないけどね」

「霖之助……おめえ……」

幸運という物は気まぐれで気移り。人から人を伝って渡り歩いていくらしい。
ならばせめてもの願掛けとして、僕の持つ幸運が彼の手助けとなるように。

「……すまねえ」

「いや、構わないさ。それに君にとっては一対一の方がやりやすいだろう?
 だったら僕がいない方がまだ君の利にもなりそうだ。なに、ほんの少し寝てるだけさ」

思えば、勝手に人に託して、自分は勝手に堕ちるなんてジョセフからすればいい迷惑かもしれない。
ただ、僕は思う。
彼は光だ。この殺し合いを止める為に、絶やしてはならない光。
僕がこのゲームで出会った者はそう多くないけども、彼の瞳に希望を見た。
チルノを救おうとし、こいしを救おうとし、橙を救おうとし。
そのうえ僕やシュトロハイムの望みも託されて、彼がその双肩に背負うものは少しばかり多すぎて、重すぎる。
だというのにジョセフは、弱音ひとつ吐かず戦おうとする。
その気高い精神に、僕は惹かれたのかもしれない。

気がかりなのは魔理沙や霊夢のこと。
彼女たちは今頃どこに居るんだろう。無事だろうか。
その安否を確認するためにもジョセフには勝ってほしい。絶対に。
勝ってこの仕えるべき主を見失い暴走する、哀しい妖狐も救いだして欲しい。


477 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:46:52 AbWuOk2g0


そうだ、気がかりといえば。


「てゐ……彼女は何処でどうしているかな」

「……さあ? 案外その辺で聞き耳たててるかもな」


ジョセフは惚けるようにドアの方向を見て言った。
何故かな。僕も彼女がどこか近くにいるような気がする。
何だかんだでてゐは良い子だ。歳は向こうの方が圧倒的に上だし、そんなことを言えば彼女は怒るだろうけど。

そういえば、彼女とジョセフはどこか似ているかもしれない。
悪戯が成功した子供のように意地悪く笑うその笑顔。抜け目ないそのイヤらしい性格。
土壇場で僕は、こんな至極どうでもいいことを考えていた。


「君は―――てゐとは良い『相棒』になれるんじゃないかな。うん、そんな気がするよ」

「…………は?」


思わず口をついて出た言葉がジョセフに変な反応をさせてしまった。
突拍子もないし、これは僕の何の根拠もない予想だが―――

「幸運の『詐欺コンビ』……うん、相性はバッチリじゃないか」

「まてまて。何がどーしてそうなるんだ」

「いや、僕は本当に君たちが良いコンビになってくれるんじゃないかと思っているんだよ。
 もしかしたら『希望の星』はジョセフだけでなく君とてゐの二人、なんじゃないかってね」

最初に僕と彼女がジョセフを治療し、その命を救った。
全ての因果はここから始まったのかもしれない。
勿論こんなのは僕の勘だ。霊夢と違って当たらない勘だけど。

もしもてゐが僕たちの決意にあてられ、彼女の内にあるかどうかも分からない、眠れる『正義』に火を点けて。
彼女をほんの少しでも『やる気』にさせて。
そして彼女がこの近くにまで来て、まさか僕が今喋っているこの台詞なんかを盗み聞きしたりなんかしていて。
彼女が僕らと共に闘おうなんて決意を燃やしてくれたのなら。

それはもはや『奇跡』なのだろう。
彼女の性格上考えにくいことだが、だからこそその価値は計り知れない結果を生むかもしれない。

そんな1%以下かもしれないようなちっぽけな可能性に、僕は―――



「―――賭けてみよう。ジョセフと、てゐの二人に。僕の命“チップ”全てを」



てゐが僕たちの後を追わず、あのまま家で待っているようならこの賭けは僕の負け。
てゐが少しでも臆し、迫る災厄から逃げ回るというのなら僕の負け。
てゐが他人を信じられず、困難や暴力に屈するようなら僕の負け。

そして、てゐがほんの少しでも『立ち向かう』ことにやる気を出してくれるのなら……


このギャンブルは僕の勝ちだ。


「あんなチビうさぎに何でそこまで期待してるのかね」

「てゐと君の『二人』にさ。人と妖怪が手を組むってのも中々新鮮で面白いと思うよ。
 もっとも半妖の僕が言っても説得力があるのかないのか、って感じだけどね」


僕から見たてゐは、どこか悩んでいるようだった。
自身の在り方に。進むべき運命の道標に。
そろそろ……彼女なりの答えを出した頃だろう。物事は必然だ。成るように成るさ。
他人がどうこう言おうと結局は彼女の意思や信念こそが重要であり、その生き方に初めて意味が生まれる。
その運命こそを信じれば自ずと道も見えてくるだろう。そこから見えた世界が彼女にとって、正しいモノとして色が生まれる。
モノクロの動かない世界から、色彩と音とが動き始める真に澄んだ世界へと。

そうして出来た世界がどうか彼女にとって……そして正義の心を持つ全ての人と妖にとって『幻想』で終わらない、正しい世界でありますように。
ケ・セラ・セラ。


478 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:47:17 AbWuOk2g0


「お喋りはその辺でいいかな、男子諸君」


世界の破滅を予感させるほどに冷たい声が心臓を震わせた。
わかっているさ。何を言おうと僕は今、とても恐れているってことが。
口先ではどんなに大層な勇気を語ってようと、その喉元に突きつけられた牙が否応にも現実を見せつける。

僕は立ち上がったままゆっくりと藍を振り向いた。相変わらず鉄仮面のような表情だ。
冥府へと通じているかのように歪みきった彼女の瞳に、もはや正気など皆無。
狂気という濃霧に紛れすっかり消失してしまった光は、彼女の再生を絶望的とまでに感じる。
何があった八雲藍。何が君を、そうまで壊してしまったんだ。
もはや手遅れかもしれない藍の心に怯え、恐怖した僕は敗者なのだろう。
藍が橙を一瞥し、催促させた。『罰』の執行を。

橙……今の君だって、正気ではない。
主人に命令されてるとはいえ、あそこまでジョセフに懐いていた橙がこうも僕たちを追い詰めるなんて。
恐怖とは『感染』する。ジワジワと性質の悪いウイルスのように、藍から橙へと。
橙はそのウイルスに屈してしまったのだろうか。涙を呑みながらも、震える手でリモコンに手を掛け僕の首輪を発動させ、よう…と……


…………いや、待…てよ。確か……藍は、


「――――――あ」


そんな間抜けな一言が、崩れ落ちる前の僕の最後の台詞になった。橙が、とうとう僕の首輪のスイッチを押したのだ。
首の後ろから小さな電気がピリッと走って。続いてすぐに身体の重心が支えきれなくなった。
くたりと膝を曲げ、途端に瞼が重くなる。なるほどこれが神経毒ってやつ、か……!


くそ……! し、まった……なんて、ことだ……!

最後の最後、今更になって……僕は『気付いて』しまった。八雲藍の『ある行い』に。

この事実を、早くジョセフに……伝えなくて、は…………



――――――声を捻り出すことも叶わず、僕の身体はそのまま床に崩れ落ちてしまった。

―――






▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


479 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:48:57 AbWuOk2g0
『十巡目・四番手 八雲藍』 現所持チップ68枚:賭け数5枚


今、この瞬間。
ジョセフの表情にいつもの余裕は完全に失せている。
状況は一騎打ち。だが、テーブル上のチップの偏りは今や藍に大きく傾いていた。
この場を支配しているのは誰がどう見ても『八雲藍』。ツキの流れはジョセフには吹かない。

(ど……どうすりゃいい? まともにやれば負けるぞコレ……!)

考えろ、考えろ、考えろ……!
己の命とも言えるチップは既に12枚。一方、藍は68枚。圧倒的大差。
この女、まるで隙を見せない。たかだかテーブルゲームだが、自分の命は目の前の妖獣に握られていた。完璧に。
ジョセフは考える。今まで行ってきたように。柱の男との戦いで苦難を乗り越えてきた時のように。
だが、今回に限ってはそれらの戦いと決定的に違う部分があるのだ。
『ルール』がある。チンチロリンという、人々が娯楽のために作り上げてきた歴としたルールが。
元々ジョセフはそういった人の認識外から攻める戦法を十八番としている。
今回のような、事前にルールという枠がキッチリ設定された戦いはむしろ不得手だ。
無論ギャンブルゲームの経験は大いにあるし、得意のイカサマでムカついた対戦相手の身ぐるみを剥いできた回数は覚えきれない。
だがそれらは所詮『遊び』の域を脱していなかった。命のやり取りに『ゲーム』という盤上を選択したのは今回が初めてなのだ。

今までの戦いとは全く別次元でモノを考えなくては、敗北する。

(クソッ! この女……この、クソ女〜〜〜ッ! 俺をその辺の野ウサギでも見るように見下しやがって……!)

藍は卓に肘をつき、侮蔑を交えた瞳でジッとジョセフを睨みつけている。
いや、違う。『観察』されているのだ。ジョセフの一挙一動を、抜かりなく。
ジョセフは焦りながらも思考を止めない。いつだって彼は常に考えながら戦いに勝利してきた。
チンチロに思考は必要ない。『運』があるかないか、勝負の全てはそこに収縮される。

だがそれでも思考を遮ってはならない。もはやこの勝負、運だけでは乗り越えられない事態になってきている。
『イカサマ』しかない。根は単純なジョセフが考えた結果は、結局のところ『ルール外からの攻撃』。イカサマに頼るしかないのだ。
しかしそれを敵も熟知している。ジョセフに残された道はイカサマのみという事実に、藍は気付いているのだ。
だからこその『観察』。さっきから言葉を何も発さず、視ることのみに努めた藍は備えることを怠らない。
実際、ここまで行ったジョセフの全ての策は藍に攻略されている。
それどころか逆に策を利用され、手痛い返し刃を受けてきた。この抜け目ない女の目をどう掻い潜ればいいのか。


藍に勝利するための選択肢は、まずひとつ。先述の通りイカサマの行使。
ハッキリ言って自信は無いが、運のみで勝利を収めるのはもはや厳しい崖際にまで追い込まれた。


そしてもうひとつの選択肢。このチンチロ勝負そのものの『脱退』だ。
いつもの『逃げるんだよォォ〜〜〜!』ではない。流石のジョセフも仲間を残したまま逃げるほど薄情ではない。
ジョセフらがこのチンチロ勝負を行う理由はひとえに『首輪を外すため』だ。
橙の命を握られ、半ばなし崩し的にゲームに乗ってしまった。自分を縛る首輪を外すためにはこのゲームに勝利する必要がある……わけでは決してない。
リモコンを持つのは橙。ひとまず波紋で橙を気絶させればこの首輪の効力は実質、無効化も同然だ。

つまりは、ゲームの勝敗に関係なく今ここで橙または藍を瞬時に無力化させれば話は終結する。
しかし言うまでもなくそれはリスクの高いギャンブルだ。現にシュトロハイムが先程それをやろうとして失敗した。

(クッソォ……! 『イカサマ』か『強行手段』か、どっちにしろこの女を出し抜かなきゃ勝てねえ……!)

故にジョセフは考える。どちらの手段を取ろうとも『穴』は塞がなければならない。見落としがあれば藍は必ず容赦なく切り込んでくるのだから。


480 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:49:27 AbWuOk2g0


「ジョセフ」


深い思考に大穴でも空ける様な、そんな鋭い威力を孕んだ声。

「そろそろその手に握った賽子を渡してくれないか? 次は私が振る番だ」

藍に手のひらを差し向けられ、ジョセフは自分が賽子を握ったままなのに気付いた。霖之助が振った後、思わず手に取ってしまったのだ。
そして、今が選択の最後のチャンスだという事を悟った。
もしイカサマをして窮地を脱するのなら、賽子が手の内にある今が好機。
だが頭をもたげるのは、一巡目の失態。軽率に波紋のイカサマを行ったが故にあっさりと藍に見破られた記憶が頭から離れない。

決めるのは今だ……! 今度は“バレない”ようにイカサマで押し勝つか、ゲーム破綻必至の特攻を仕掛けるか。


「ジョセフ……今すぐ賽子を渡せ。それともまた“よからぬコト”でも考えているか?」

「ジョセフお兄さん……」


二人の視線が賽子を握る拳に集中する。

どうする。イカサマ。波紋。特攻。首輪。逃亡。交渉。諦め。正々堂々。考えろ。どうする。


―――パリ……


誰の耳にも届かないほどの小さな……小さな波紋の流れる音が伝う。
どちらにしても『波紋』……この技術を応用しなければ、打開は不可能。
生温い雫が額を伝い、震える腕で賽子を藍に渡した―――その時。




「―――待って。……ちょっと、待ってよ。その勝負」




いつの間にか開かれた玄関の扉に立っていたのは、永遠亭の悪戯兎―――


『因幡てゐ』……人里に置いてきたはずの、彼女だった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


481 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:50:39 AbWuOk2g0
【D-4 香霖堂/午前】

【ジョセフ・ジョースター@第2部 戦闘潮流】
[状態]:胸部と背中の銃創箇所に火傷(完全止血&手当済み)、DIOとプッチと八雲藍に激しい怒り、てゐの幸運
[装備]:アリスの魔法人形@東方妖々夢、金属バット@現実、神経毒の首輪@現実
[道具]:基本支給品、毛糸玉@現地調達、綿@現地調達、植物油@現地調達果物ナイフ@現地調達(人形に装備)、小麦粉@現地調達、三つ葉のクローバー@現地調達
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
1:何とかしねえと負けるぞコレ……!
2:こいし、チルノの心を救い出したい。そのためにDIOとプッチもブッ飛ばすッ!
3:シーザーの仇も取りたい。そいつもブッ飛ばすッ!
4:てゐ……?
[備考]
※東方家から毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフなど、様々な日用品を調達しました。この他にもまだ色々くすねているかもしれません。
※因幡てゐから最大限の祝福を受けました。
※ポケットに入っている三つ葉のクローバーには気付いていません。


【因幡てゐ@東方永夜抄】
[状態]:健康
[装備]:閃光手榴弾×1@現実、スタンドDISC「ドラゴンズ・ドリーム」@ジョジョ第6部
[道具]:ジャンクスタンドDISCセット1、基本支給品、他(コンビニで手に入る物品少量)
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくないので、異変を解決しよう。
1:私は…………。
2:こーりんがムカつくから、ギャフンと言わせる。
3:お師匠様には後で電話しよう。
4:暇が出来たら、コロッセオの真実の口の仕掛けを調べに行く。
[備考]
※参戦時期は少なくとも永夜抄終了後、制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。


【橙@東方妖々夢】
[状態]:精神疲労(大)、藍への恐怖と少しの反抗心、ジョセフへの依存心と罪悪感、指先にあかぎれ
[装備]:焼夷手榴弾×3@現実、マジックペン@現地調達
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:ジョセフを信頼してついていく。
1:藍様を元の優しい主に戻したい。
[備考]
※参戦時期は後続の書き手の方に任せます。
※八雲藍に絶対的な恐怖を覚えていますが、何とかして優しかった頃の八雲藍に戻したいとも考えています。
※ジョセフの波紋を魔法か妖術か何かと思っています。
※ジョセフに対して信頼の心が芽生え始めています。
※マジックペンを怪我を治す為の道具だと思っています。


482 : ギャン鬼 ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:51:54 AbWuOk2g0
【ルドル・フォン・シュトロハイム@第2部 戦闘潮流】
[状態]:永琳への畏怖(小)、麻痺毒
[装備]:ゲルマン民族の最高知能の結晶であり誇りである肉体、神経毒の首輪@現実
[道具]:蓬莱の薬、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:ドイツ軍人の誇りにかけて主催者を打倒する。
1:勝てよジョジョ!
2:リサリサの捜索と合流。次に蓬莱山輝夜、藤原妹紅の捜索。その他主催に立ち向かう意思を持つ勇敢な参加者を集める。
3:殺し合いに乗っている者に一切の容赦はしない。特に柱の男及び吸血鬼は最優先で始末する。
4:蓬莱の薬は祖国へ持って帰る。出来ればサンプルだけでも。
5:ディアボロ及びスタンド使いは警戒する。
6:ガンマン風の男(ホル・ホース)、姫海棠はたてという女を捜す。とはいえ優先順位は低い。
[備考]
※参戦時期はスイスでの赤石奪取後、山小屋でカーズに襲撃される直前です。
※ジョースターやツェペリの名を持つ者が複数名いることに気付いていますが、あまり気にしていないようです。
※輝夜、鈴仙、てゐ、妹紅、ディアボロについての情報と、弾幕についての知識をある程度得ました。
※蓬莱の薬の器には永琳が引いた目盛りあり。

※また4人全員が参加者間の『時間のズレ』の可能性に気付きました。


【森近霖之助@東方香霖堂】
[状態]:麻痺毒、主催者へのほんの少しの反抗心、お腹いっぱい 、幸運??
[装備]:賽子×3@現実、神経毒の首輪@現実
[道具]:スタンドDISC「サバイバー」@ジョジョ第6部、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:対主催者を増やす。
1:あとはキミ“たち”に任せるよ。
2:魔理沙、霊夢を捜す。
[備考]
※参戦時期は後の書き手さんにお任せします。
※ジョセフの戦いを見て、彼に少しの『希望』を感じました。
※てゐとの協力関係は、彼女の能力を利用した博打と考えています。



【八雲藍@東方妖々夢】
[状態]:左足に裂傷、右腕に銃創(処置済み)、頬を打撲、霊力消費(小)、疲労(小)
[装備]:割烹着@現地調達、神経毒の首輪@現実
[道具]:ランダム支給品(0~1)、基本支給品、芳香の首 、秦こころの薙刀@東方心綺楼
[思考・状況]
基本行動方針:紫様を生き残らせる
1:このままジョセフを叩き潰す。
2:やるべきことは変わらない。皆殺し。
[備考]
※参戦時期は少なくとも神霊廟以降です。
※放送内容は全て頭に入っています。
※ケガや血は割烹着で上手く隠れています。


○支給品説明

<神経毒の首輪@現実>
八雲藍に支給。
主催者が『気を利かせて』数人分用意した、鉄製の首輪。
同セット内のリモコンスイッチが発動すれば、首輪の内側から神経毒が仕込まれた針が突き出る。
毒を受けた者は意識を僅かに保たれたまま身体の自由がほとんど効かなくなり、数時間で死に至るだろう。
首輪の鍵と解毒薬も同じ数支給されている。

<植物油@現地調達>
八雲藍が香霖堂から調達してきた日用品シリーズ。
カロリーを気にする女性にも優しく波紋使いにも優しいが、逆に利用されかねない。


483 : ◆qSXL3X4ics :2016/01/13(水) 00:59:38 AbWuOk2g0
これで「ギャン鬼」の投下を終了します。
前回予約から多大なる期限超過、申し訳ありませんでした。
そして今回の作品は続きがありますが、あまりに長くなってしまったため、一旦区切っての実質的な前編のような構想になります。
自己リレーを前提としての作品になりますので、問題があれば自重したいと思います。
感想や指摘などあればお願いします。


484 : 名無しさん :2016/01/13(水) 06:40:50 /NgmlHa.0
>>投下乙です

目まぐるしく変わる展開、めちゃくちゃ面白かったです
しかしリレーしようとしたらまた難しそうな切り方になってますね……w

後編があるならぜひ続きから見てみたいです


485 : 名無しさん★ :2016/01/13(水) 11:18:44 ???0
ジョ東ロワスレを抜けるとそこは福本作品ロワだった。
な、何を言っているかわかんねーと思うが(ry
前話のダイスロールがまさかギャンブル回となってリレー。全く以て裏切られた
俺はこういう話を書きたいんだよ!って熱意をすんげー感じます。
それでいてネタが先行し過ぎていないところもいいね。展開の持って行きかたに違和感が少ないし
前半は舌先三寸で上手く藍しゃまを動かしたジョセフ、その動きを制するシュトロ、
ハリボテシュトロの情報を誤認した藍しゃま等々、縺れに縺れ流れ着いた先のギャンブル回だ、やったぜ。
逆にそこからはロクの流れにならなさそうな薄暗い雰囲気がキャラの言動と描写で引き立っていた。
八雲藍、デキる女はやはり違った。
イカサマの看破、確立の収束、場の掴み、3種の神器でフルボッコ。3対1でも勝てる訳ないだろ!
シュトロやこーりん、まだ死んでないけど、死ぬ気満々な台詞吐いてて私は腹を括りました。
しかし100数回程度で確立の収束なんか起きるか?とも思ったけど、どうやら裏がありそうで楽しみ楽しみ(プレッシャー)
いよいよもって主人公の御首頂戴という時に、ようやく真打ちの登場だ!期待して待つぜ!


486 : 名無しさん :2016/01/13(水) 12:38:33 Lc1R0IjUO
>>483
後編を書き終える目処がたってから予約すればよかったのではないでしょうか


487 : 名無しさん :2016/01/13(水) 13:40:08 TaXkJUBM0
>>486
分割投下は今に始まったことじゃないし書き手の自由でいいんじゃない?
俺はこの量読むのに疲れたし、少しスパンがあった方が楽
それにまだギャンブルパートも終わっていないし、もう一、二展開しそうで楽しみだ
でもよかったら続きがいつ読めるのか聞きたいなー


488 : ◆qSXL3X4ics :2016/01/15(金) 03:12:51 hCKlK0ds0
皆さん、ご感想ありがとうございます。
今回はなにぶん量が量なのであまり一気読みさせたくないなという意図があって、敢えて話を区切りました。

後半もすぐに、というわけにはいきそうにないので
ジョセフ・ジョースター、因幡てゐ、橙、ルドル・フォン・シュトロハイム、森近霖之助、八雲藍を予約したいと思います。
やりきらなければ…!


489 : 名無しさん :2016/01/15(金) 21:47:58 d6/DWJy60
うぉおおお!キタキタキタ!


490 : 名無しさん :2016/01/15(金) 22:19:02 Qkji7AMs0
投下の無事そしてあわよくばジョセフらの無事を祈って待ってるぜ!


491 : 名無しさん :2016/01/15(金) 23:15:10 hVuZC6M20
NEXT GAMEだ


492 : 名無しさん :2016/01/17(日) 09:06:48 0A4auggg0
いやーいい話を読ませてもらった
チンチロリンの説明のくだりはあれーどこかで見たことあるぞ?と笑わせてもらったしこちらまで伝わってくる絶望感が迫真だった
次の話も楽しみ


493 : ◆at2S1Rtf4A :2016/01/17(日) 18:22:53 M1KIRR1w0
予約を延長します


494 : ◆qSXL3X4ics :2016/01/22(金) 02:53:47 dJvZLaSU0
すみません、予約延長します


495 : ◆at2S1Rtf4A :2016/01/24(日) 22:39:49 4KRh50QE0
すみません、予約を破棄します


496 : ◆at2S1Rtf4A :2016/01/28(木) 00:33:08 IqAMhaBw0
蓬莱山輝夜、リンゴォ・ロードアゲインを再予約します。


497 : ◆qSXL3X4ics :2016/01/29(金) 19:50:25 YHlT6byg0
本日中に書き終わることは不可能と判断し、>>488の予約をひとまず破棄します
申し訳ございませんでした


498 : 名無しさん :2016/01/30(土) 22:54:15 wdMaV3RU0
ゆっくりでいいんですのよ


499 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/02(火) 01:26:10 Z.H/udPc0
レミリア、けーね、露伴、教授で予約します
んでもって、前半投下します
ゆっくりでいいとはいえ、日毎にスレが下がっていくのは寂しいので


500 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/02(火) 01:27:12 Z.H/udPc0
ドーン! と大きく音が鳴り響いた。
レミリアが地上へ続く道を塞いでいた蓋とも言える扉を叩き壊したのだ。
そしてその威力の余波でか、ガラガラと何かが崩れる音が立て続けに聞こえてきた。
目を向けてみると、幾つもの樽が倒れ、そこから何かの液体がドボドボと勢いよく飛び出してきている。
途端にレミリアの鼻腔に酒の香りが充満してきた。


「……ここは酒蔵?」


と、辿り着いた場所の答えを思い浮かべて、彼女は嘆息を吐いた。
広い地下空間でサンタナ達を再び探すのは面倒だと思い、回復を兼ねて、
出入り口で待ち伏せをしてやろうと考えて、彼女は上へ向かったのだ。
しかし、酒を想起させるような所は、レミリアが地下へと侵入を果たした場所の近くにはなかった。
またそれと地下空間の広大さとを鑑みるに、地下と地上を繋ぐ道は複数あると思った方が良いのかもしれない。


だとしたら、待ち伏せは詮無きこと。
元々、皆が皆、正規の出入り口などを利用せずに地下へやってきたことを思い返せば、
その考えには否応なしに拍車がかかるというものだ。
レミリアは当て所の無くなった未来に、再び重く溜息を吐いた。


「そこに誰かいるのか? 私達は殺し合いに乗っていない。隠れていないで出てきてくれないか?」


さて、これからどうしようかしら、と顎に手を当て、レミリアが頭を悩ましていると、
突然と酒蔵の戸の向こうから声が聞こえてきた。どうやら、先程の物音が誰かの要らぬ注意を引き付けてしまったらしい。
レミリアは一旦考えるのは止めて、声の主の方へ向き直った。


「隠れる? 私が? 面白い冗談ねぇ。日の下に隠れているのは、貴方達の方でしょう? そっちこそ、姿を見せてみなさい」


胸を張り、毅然と声を放つレミリア。それは怪我や疲労による気後れなど、微塵も感じさせない威厳に満ちた姿だ。
だけど、そこに返ってきた声は、敵意や殺意は勿論のこと、媚や恭順とも縁遠い、感激の混じったものであった。


501 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/02(火) 01:28:13 Z.H/udPc0
「おお! その声に、その言い回し。ひょっとしてレミリアか? 実はな、先程、パチュリーに会ったぞ」

「えっ!? パチェと!?」


久方ぶりに聞いた親友の名前に、レミリアの顔は途端に険の取れた柔らかなものへ変貌する。
そしてそれは思わず発してしまった声にもトーンとして表れ出ていたのか、
次の瞬間、ガラガラと遠慮なしに戸が開けられ、声の主が何とも無防備な姿で現れた。


「やはりレミリアだったか。って、酒くさぁッ!」

「なーんだ、貴方だったのね。ワーハクタクの上何とかけーね」

「上白沢慧音だ。それはともかく、こんな時まで、お前は酒を飲んでいるのか? 全く、お前というやつは」

「ふん、相変わらず偉そうね。私が時間を無駄にしていると思ったか? 安心しろ、ちゃんと酒は楽しんでいるよ」

「お前の方も相変わらずようだな」


そう言って苦笑する慧音を、レミリアは上から下まで満遍なく見つめた。
慧音の身体には怪我や汚れもない。どうやら彼女は戦闘とは無縁で、バトルロワイヤルを過ごしてきたと見える。
となると、慧音と一緒にいたというパチュリーの身も、そう切羽詰ったものではないのだろう。
レミリアは、そんな風に当たりをつけ、人知れず安堵する。


そしてそれを理解したのなら、取り乱したかのように慌てて親友の消息を問いただすという醜態をさらけ出す必要もない。
レミリアは自らのカリスマが損なわれないように、優雅に、艶麗に、そして鷹揚に、
その小さく、無垢な唇を動かし、パチュリーのことを静かに、凛と訊ねた。
しかしその矢先、慧音の横から真っ赤な髪に、これまた真っ赤な服を着飾った女が、
矢のようにいきなり飛び出してきて、質問の答えを得られる機会は、残念ながら奪われてしまうことになった。


「へぇ〜、貴方がレミリアちゃんね〜。パチェから、話は聞いているわ」

「……何だ、お前は?」


親友の愛称を気軽に口にする不躾な赤女に、レミリアは不愉快さを隠すことなく誰何した。
パチェという名は、自らの口にのみに許された呼称だ。そう自負するレミリアの目は一際鋭くなる。
だが、赤をこれでもかと身に纏った女性は、レミリアの怒りに萎縮するどころか、
逆に浮かべていた笑みに、更なる笑みを加えて、勝ち誇ったように答えた。


502 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/02(火) 01:31:20 Z.H/udPc0
「自己紹介が、まだだったわね。私はパチェの一番の親友の岡崎夢美よ。よろしくね、レミリアちゃん♪」

「は?」


夢美の言葉の内容に、レミリアの頭の中は一瞬にして疑問が埋め尽くされた。
あの引きこもりに友達なんかいたのか、あの本の虫に人付き合いの甲斐性なんかあったのか、と
レミリアの胸中には、次々に夢美とやらの台詞を否定する考えが浮かんでくる。
実際問題、パチュリー・ノーレッジが、自分以外の友達と遊んでいるのを、レミリアは見たことがない。


そこで「ああ」とレミリアは気がついた。
パチュリーに友達がいるか、いないかは、少し考えれば判ることだ。
それに誰がパチュリーの一番の親友かは、レミリアが自らの記憶を思い返すだけで、簡単に答えに至るが出来る。
無駄に頭を悩ます必要はない。つまり岡崎夢美の発言は、こういうことなのだろう。


「ふーん、人間も冗談を言うものなのねぇ。でも、それ、つまらないわよ。
何を隠そう、この私がパチェの一番の大親友のレミリア・スカーレットだから、フフン」

「あらあら」と、夢美は残念そうに首を振りながら言葉を続ける。「吸血鬼といっても、所詮はお子様ね。
理解力が低くて嘆かわしいわ。私がパチェの一番の大大だ〜〜〜い親友なのよ!!」


ビキビキッとレミリアの額に青筋が浮き立った。
要はコイツは喧嘩を売っているのだ。自分の方がパチュリー・ノーレッジに相応しいと岡崎夢美は言っているのだ。
そのことに気がついたレミリアは、喧嘩を買ってやることにした。
何故なら、自分こそがパチュリーの一番に相応しい、とレミリアもまた強く思っていたのだから。


「言葉の意味が理解できない愚かさを、ここまで誇られると、滑稽を通り越して、最早呆れてくるわね。
いい!!? 私がパチェの一ばーーーーーーーーーーーーーんの超ウルトラスーパー大親友なのよ!!!」


レミリアはかつてないほどの威風を纏い、傲然と言い放つ。
その言葉はまるで王が奴隷に命令するかのように、厳然とあり、それでいて重々しくもあった。
だが夢美は、それで僅かに膝を屈することもなく、かつて反乱を起こした勇猛な剣闘士のように、負けじと高らかに叫びだした。


「いーや!! 私がパチェの一番の超ウルトラスーパーハイパーギガンティック大大大大だ〜〜〜〜い親友なのよ!!!!」

「はぁ!? 何よ、それッ!!! 私が一番って言っているでしょ!!!」

「そっちこそ何ッ!! 私が一番ってのは、もー決まっているの!! はい、残念ッッ!!!」


503 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/02(火) 01:32:14 Z.H/udPc0
「イーッ」と歯を剥き出しにし、角を突き合わせたように、二人はお互いにいがみ合う。
その光景を目の当たりにした慧音は、頭を抱え込んでしまった。そんな下らないケンカなどに興じている暇も余裕もないだろうに。
「二人ともパチュリーにとって大切な友達なんじゃないか」という当たり障りない言葉が当然慧音には思いつくが、
それで二人が矛を収めてくれるとは到底思えない。さて、これからどうしたものか。


思案を重ねる慧音の脳裏に、ふと一人の男の姿が映った。
ここはもう一人の連れそいに助け舟でも求めてみるのも、アリなのかもしれない。
そう思った慧音は、早速岸辺露伴に目を向けてみたが、そこで何故か彼女は再び頭を抱え込むこととなってしまった。


「露伴先生! こんな時も、マンガを描いているのか!?」


と、思わず慧音のツッコミが入る。
岸辺露伴がレミリアを凝視しながら、熱心にペンを走らせている姿が、慧音の視界に飛び込んできたのだ。
しかも、彼は慧音の声が耳に届いても、いまだにその作業を止めない。
それでも、そこで彼が口を開いてくれたのは、せめてもの礼儀か、はたまた情けか。


「これはマンガじゃありませんよ。単なるスケッチです。いえ、ね。吸血鬼なんていうのは、初めて見ますからね。
それに吸血鬼はモチーフとしても、良く使われる題材だ。ここで、しっかりと観察しとかなきゃ、それこそ漫画家の名折れってやつですよ」


目線を全くこちらに向けず、悪びれずにいまだペンを動かしている露伴。
他者を省みることなく、我が道を突き進むばかりの同行者達の姿に、流石の慧音も目眩を覚えてきた。
これでは荒木や太田を打倒するというのは、一体いつになることやら。
そしてそんな彼女の心配は、そこで終わるはずもなく、言をまたずにレミリアが露伴の前に現れた。


「へーぇ、貴方、マンガを描くの?」


夢美とのやり取りに飽きたのか、マンガという言葉を聞きつけたレミリアが、露伴に話しかけてきた。
スケッチが終わったのだろう、露伴も手を止め、レミリアの方に向き直る。


「そっちこそ、マンガも読むのかい? 意外だね。幻想郷というのは、聞く限りでは、大分いな……閉鎖的な空間だ。
しかも、かなりの昔からときている。そんなとこでマンガが親しまれているというのは、興味深い話だね。
やはりこれはマンガの偉大さを証明しているというわけかな。
おっと、質問の答えがまだだったね。 答えは、当たり前ってやつさ。僕は漫画家だ。岸辺露伴だ。マンガを描いて当然さ」

「岸部露伴? ふーん、どこかで聞いた名前ねぇ」

「へー、僕の名前は幻想郷にまで届いているのかい。そいつは光栄だね」


マンガを読む者なら、自分の名前を知っていて当然のこと。寧ろ、知らなければ、おかしい。
岸辺露伴は、そういった態度で、すぐに「答え」に辿り着かないレミリアを鼻で笑いながら、対応する。
だけど、その傲慢さのおかげか……は知らないが、
次の瞬間、レミリアは浮かべていた訝しげな顔を消すことに成功していた。


504 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/02(火) 01:33:02 Z.H/udPc0
「あっ、思い出した!」と、唐突にレミリアはパンッと手を叩く。「貴方、このマンガの作者じゃないかしら?」


レミリアはイソイソとデイパックから「ピンクダークの少年」を取り出した。
それと同時に、実に見慣れた表紙とタイトルが、露伴の目に入る。
力強い描線と、それよって緻密に描かれたキャラのカッコいいポーズ。
そして露伴自らが名づけたマンガの名前。見間違えるはずもない。


「ああ。それは僕が描いたマンガさ」


自信満々とはこういうのではないか。露伴は自らを誇示するようにふんぞり返って肯定した。
既に人間以上の長寿を迎えている吸血鬼を前にして、随分とおこがましい態度である。
しかし意外なことに、彼のセリフを聞いたレミリアは怒るどころか、
逆に喜色満面といった風に口元を綻ばせた。


「やっぱり! 私、貴方のファンよ。良かったら、サインを貰えないかしら?」

「断る、と言いたいところだが、まぁいいだろう。特別サービスだ。
僕としても、幻想郷の住人や吸血鬼のお姫様が、僕のマンガが読んでいるというのは嬉しい限りだからね」


カリカリ! ドシュッ! と、差し出されたマンガに一瞬で露伴はサインを書き上げる。
だが、それを合図かのように、いきなり彼の手元からペンとコミックがドサッと地面に落ちた。
見てみれば、露伴の顔は生気が消失したかのように蒼くなり、その至る所には汗がびっしょりと張り付いている。
手足も、まるで老人のように頼りなく震え、そしてとうとう自らの身体を支えることができなくなったのか、
露伴は両手両膝を地面に情けなく付けることとなってしまった。


すわ、何者かの襲撃か。露伴の急変に、そこにいた者達は慌てて周囲を見渡す。
しかし、辺りに人の気配はないし、何かしらの攻撃の予兆もない。
はてな、ひょっとして、何かの病気の発作なのだろうか。露伴の容態を確認しようと、皆が慌てて彼の顔を覗きこむ。


「ぼ、僕のマンガが幻想郷にあるだとォォォッッ!!?」露伴は皆の心配をよそに、いきなり叫びだした。
「そ、そんなわけがぁぁない!! 僕のマンガが!! 幻想郷にあるはずがないんだ!!
ふざけるなよ!!! 僕のマンガだぞ!! この岸辺露伴のッッ!!!
それなのに、何でそんな掃き溜めみたいなクソ田舎に、僕のマンガがあるというんだ!!!!!
ウソだ!! そんなのはウソに決まっている!!!! 断じて!! そんなことが、あるわけがない!! 
これは何かの間違いだ!! ……いや!! そう!! これは夢だ!! 夢に決まっている!!!
大体、人間や妖怪を集めて、殺し合いをするというのが、ハナからおかしいんだ!!
現実的に考えて、そんなことがあるわけがないだろう!! そう、これは夢!! ハハハ、何ておかしい夢なんだ!!
全く笑いが止まらないじゃないか!! アハハハハハハハハハハーーーーーーーーーッッ!!!!!! 
………………クソッッ!!!! 頼む!! 誰か、これは夢だと言ってくれ!!!!」


505 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/02(火) 01:35:04 Z.H/udPc0
幻想郷とは、人々に忘れ去られたものが辿り着く場所。
そんなところに、自分のマンガあるとなっては、最早岸辺露伴という全存在の否定でしかない。
週刊誌にマンガを連載しておきながら、人々の記憶にすら残らずに幻想郷へ送られるというのだ。
漫画家にとって、それはどれだけ耐え難い苦痛であろうか。いや、それはもう死そのものといっても過言ではない。
事実、狂騒のように高らかに響く声とは裏腹に、露伴の顔は死体のように土気色となり、その命脈は今にも尽き果てんとしていた。


「……勘違いしているみたいだから言うけど、貴方のマンガは別に幻想郷から持ってきたわけじゃないわよ。
これは支給品。荒木達に渡された紙に入っていたやつよ」


露伴の狂乱振りを興味深く見つめていたレミリアだが、いつまでも騒がれては耳障りと判断したのだろう、
彼女は「ピンクダークの少年」を手に入れた経緯を、淡々とだが話してあげた。すると、どうだろう。
それを耳にした露伴はバサッと勢いよく立ち上がり、膝と手についた汚れを余裕を持って優雅に叩き落し始めた。


「ま、それくらい知っていたさ。今のは、ちょっとしたジョークだよ。フフ、驚いたかい?」


小気味よく言葉を放る露伴の姿からは、もう先程の憔悴は感じられない。
それどころか、「冗談」だと気づかなかった皆を馬鹿にするように、露伴は鼻を鳴らし、盛大に胸を反らし始めた。
そういった我が身を省みず、恥じ入ることのない露伴の俺様野郎な姿は、慧音や夢美にはもう見慣れたものだが、
それを知らないレミリアは目を見開き、開いた口を塞ぐことさえ出来ずに唖然としている。
彼女の長く歩んだ人生の中でも、やはり岸辺露伴という人間は、余ほど奇異なものとして映ったのであろう。


そしてレミリアの丸くなった目は、彼の人柄の説明を求めてか、慧音の方へ自然と向く。
慧音としては、愚痴の一つでも零しながら、岸部露伴のこと話してやりたいのは山々だ。
お酒も、ちょうどあることだし、色々と吐き出すには、もってこいと言っていい。


しかし、彼がどういった人間かを、他人が理解出来るようなちゃんとした言葉で説明すれば、どうなるか。
慧音には、機嫌を損ねた露伴が、みみっちく皮肉やら文句を延々と並べ立てるのを、ありありと想像することが出来た。
そうなっては、いよいよこの出会いが頭痛を振りまくだけの無意味なものとなってしまう。
それを危惧した慧音はレミリアを無視することに決め、そしてそれに代わるかのようにパンッ! と
勢いよく手を叩き、皆の注目を集めた。


「よし! もう無駄話は、そこらへんでいいだろう。こうしている間にも、状況は悪い方へ転がっていっているかもしれないのだ。
私達には、時間を浪費している暇はない。そうだろう? レミリア、お前もその調子だと、どうせ殺し合いには乗っていないんだろう?
なら早速、情報交換に移ろうじゃないか」


心機一転。閑話休題。慧音は目的地に向かおうと、勇んで舵を取る。
だが、そこに待ってましたとばかりに露伴が突然と現れて、慧音の舵をさも当然のように奪い取っていった。


506 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/02(火) 01:36:14 Z.H/udPc0
「ええ、そうですね。情報交換しましょう」


露伴は溌剌たる声が響かせ、レミリアの前へ力強く一歩を踏み出す。
そして彼は新しいオモチャを手にする子供のように、生き生きと自らの右手をかざしてみせた。
露伴がレミリアに何をしようとしているか、ここまでくれば火を見るより明らかである。
それに気がついた慧音は顔を蒼くし、慌てて二人の間に飛び込んだ。


「って、何をするつもりだァァァァ、露伴先生!!? いや、待て!! 答えは判る。判るから、やめてくれ!!
私の時は、なあなあで済んだが、レミリアはそうはいかない。彼女はプライドが高い妖怪だ。
もし私と同じようなことをすれば、露伴先生はタダでは済まないぞ!! だから、やめてくれ!! お願いだから!!」


鬼気迫る表情で、必死に懇願する慧音。その様子からは、如何に相手が剣呑であるかを露伴に教えてくれている。
そういった気遣いは、露伴としても嬉しく思う。ここが殺し合いを旨とする場所であることを考えれば、それは尚更だ。
だけど、実際の露伴はというと、心外とばかりに傷ついた表情を作り、慧音の非を責めるように自らの潔白を主張した。


「何って、情報交換ですよ。慧音先生、貴方が言ったことじゃないですか。
慧音先生は、僕を一体何だと思っているんですか? 全く、失礼な人だ。
まぁ、慧音先生が何を危惧しているかは、大体判るつもりですよ。
ですが、そんなことはしませんって。常識でものを考えて下さいよ、慧音先生、常識で。
それに言いませんでしたっけ? 荒木たちを倒すには、僕達人間と幻想郷の妖怪との信頼関係が大切だ、と。
その信頼を損なうようなことを、僕からはするつもりありませんよ」


それを受けた慧音は多少申し分けなさそうな顔を見せるが、
やはり露伴への不信感を拭えなかったのだろう、彼女は己のを曲げずに何度も念を押す。


「誤解があったのなら、謝る。しかし、本当か? その話は本当なんだな!?」

「ええ、本当です」

「信じて……信じていいんだな、露伴先生?」

「しつこいなぁ。信じてくれてかまいませんよ」


可哀相なくらい情けない顔で、何度も確認を取る慧音の手を、露伴はうっとうしそうに払いのけながら、しれっと答える。
露伴の態度からはあまり誠意の感じられないが、一応の言質は取った。
そのことに、ようやく慧音はホッと胸を撫で下ろし、レミリアへの道をあける。
そしてそんな彼女を横目に、露伴はニヤリと笑みを浮かべて、意気揚々とレミリアの前に進み出た。


507 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/02(火) 01:37:21 Z.H/udPc0
「それじゃあ、ヘブンズ・ドアー!」


露伴は何の躊躇いもなく自らのスタンドを発動させた。
その効果を受けたレミリアは瞬く間に「本」へと変わっていく。
それに伴ってレミリアの目が驚きと敵意に染まるが、次の瞬間にはもう「意識を失う」という文字がレミリアに書き込まれていた。
慧音が、わざわざ危険だと言う相手だ。万が一にも、後手に回ることがあってはならない。
露伴は余裕綽々の笑みを浮かべて、倒れたレミリアに近づいていった。


「なっ! 何をするだァーッ、岸辺露伴ンンン!!! 何でスタンドを使っているんだ!!? 
お前の常識はどうした!!? お前の常識は一体にどこに行ったというんだーー!!!!?
さっき人間と妖怪との信頼関係が大切だと言っていたじゃないか!! あれは嘘だったというかァァァ!!」


慧音はもう涙目になりながら、露伴の襟首を掴んできた。
ここでレミリアとの敵対関係を築いては、ほんの僅かに見えてきた打倒荒木・太田の光が消えて無くなってしまう。
それもキレイさっぱりに。吸血鬼レミリア・スカーレットとは、それくらい強く、恐ろしい妖怪なのだ。


だけど、露伴も露伴とて、自分のスタンドには絶対の自信を持っている。
如何な相手でも、優位に立ち回ってみせる、と。ましてや、ヘブンズ・ドアーが完璧にきまったこの状況。
場をひっくり返す材料は、どこにもない。露伴は慌てふためく慧音を落ち着かせようと、ゆっくりと口を開いた。





不意に、凍てつくような冷たい風が、刃となって露伴の身体を突き抜けていった。
途端に彼の顔からは余裕は消え、能面のように硬直する。
何かを喋ろうにも、舌が上顎にくっついてしまったかのように離れない。
その場を動こうにも、膝が震えだし、全く言うことを聞かない。
まるで全身の血が凍りついてしまったかのような寒々とした心地だ。
そしてこの感覚は、かつて露伴はマンガの中で描写したことがある。


そう――絶対的な恐怖だ。


死神が、その鎌の切っ先でゆっくりと背中を撫でるような悪寒。
勿論、鎌はおろか、ナイフも拳銃もない。だけど、自らの死が明確に想像できてしまう。
それほどまでに現実感のある絶望――戦慄。死は、間違いなく露伴の目の前にあった。


「おい、人間。今……私に何をした?」


「本」になり、意識を失ったはずのレミリア・スカーレットが平然と佇み、
温かさの無い氷のような瞳で、ただ冷たく、露伴に語りかけた。


508 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/02(火) 01:43:33 Z.H/udPc0
とりあえずは以上です。
適当に情報交換して、ちょっと考察を書くだけのお話つもりだったけれど
露伴と教授のせいで、どんどん長くなっていく。
後半、書き始めているけれど、未だ情報交換もしておらず。

感想、お願いします。書くエネルギーください。


509 : 名無しさん :2016/02/02(火) 01:55:54 ptK8U1wc0
露伴ちゃん、キリッとしてもその狼狽っぷり見せた後じゃもう遅いよ


510 : 名無しさん :2016/02/02(火) 02:49:24 Tno7KQL.0
投下乙です
戦いやいざこざ、ピリピリした話はどうしても多くなってしまうのがロワの常だけど、
こういったジョジョと東方のキャラがお互いドタバタするだけの話も見ていて楽しくなりますね
……って思ってたら露伴あんたって人でなしはァ〜〜〜ッ!!
あと、レミリアが可愛い。案の定、夢美とのパチェ取り合戦が始まってしまったけども……
後半も楽しみにしております


511 : 名無しさん :2016/02/02(火) 10:07:37 SkgX1Blc0
>>508
>書くエネルギーください
切実すぎるwwがんばれめっちゃがんばれ

露伴の発狂したとこ一瞬何が起きたか理解できなかったけど
そりゃあ幻想郷に自分の本が行き着いたら露伴の居場所はないよな…面白くも深いシーンだ…
全員が平常運転するドタバタ感も嫌いじゃないし好きだよ
ただ露伴の平常運転は車の200キロオーバーで、おぜうをはね飛ばしたのはやばいね
このまま玉突き事故が起きないことを祈って続きを待つとしよう
読んでてこっちもエネルギー頂きました、乙です!


512 : ◆at2S1Rtf4A :2016/02/04(木) 21:37:49 7VNHI3iU0
すみません予約延長します


513 : 名無しさん :2016/02/04(木) 21:57:35 /PNuwCHY0
投下乙
レミリアの威厳が目まぐるしい転調でガバガバになってるぞォー!


514 : 名無しさん :2016/02/05(金) 00:53:16 zsDOIwzM0
>>513
それがレミリアというキャラクターだからしょうがない


515 : 名無しさん :2016/02/07(日) 18:32:19 RyO7EGQc0
慧音のなにをするだァーが何気に嵌ってて笑ったw

なるほどそれで露伴先生唐突に発狂したんだな


516 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/09(火) 00:35:58 Wa4QqUjk0
感想ありがとうございます。
励みになります。

あと予約延長します。


517 : 名無しさん :2016/02/09(火) 01:31:35 QMUrzcTc0
投下乙です。
レミリアのキャラの多様性がギュッと詰まっててとても素晴らしい。
また教授との化学反応も我が強い物同士苛烈でテンション高くて好きです。
そこにフリーダムで唯我独尊の露伴先生のクソムーブも相まって、
混沌極まって慧音先生の胃が危ぶまれるけど読んでる方はただ楽しい(にっこり)
しかし露伴先生の力一杯逆鱗に触れていこうとするスタイルのせいで急展開に。
ここからどうなるのか楽しみにして待たせて頂きます。
本当に面白かったです


518 : ◆at2S1Rtf4A :2016/02/11(木) 23:58:46 LMgQ7xvc0
投下します。


519 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:00:23 ???0


―――人間は考えに没する時、きっとどこまでも過去を見ている。



私は、見ていないけど。だけどそれだと、私は何も考えていないのと同じことになる。それは少々不本意だ。まるで私がマヌケみたいじゃない?


でも、否定はしないでおこう。マヌケではないけど。
事実として私はさほど思い悩むことはないし、考えることはしない。これは怠惰ではない。

考える、という行為そのものに、過去が付き纏うからだろう。
思考には自分自身の集積、蓄えがどうしても必要になる。
それらが一切ない者は考えることなどできはしない。
できるとしたらそれはただのヒトとしての本能、あるいは反射でしかない。
ならば、その逆ならどうだろうか。
ありすぎるとしたら、膨張し続ける宇宙のように、果てを知らない過去。どこまでも折り重なり積み重なっていくとしたらどうなのか。
億も兆も超えた頁数を誇るたった一人の歴史書は、白紙の知識とどう違うのか。


520 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:00:53 ???0

一緒だ。
そんなバカ重い本など誰が好き好んで見るのだろう、真っ新な方がまだ使い道があるというもの。
そう、多すぎるのだ。考えるには、過去を見るには、私のそれは余りにも夥しい。
それらを俯瞰しようものなら、全ての頁をこの地上に畳のように敷き詰めなければならない。
そして私自身、空の果ての果てまで昇って見下ろさなければならない。あるいは宙の彼方、いや月まで戻らないといけないかも。
だけど当然そんな遠くまで行ったら、紙きれなんて見えやしない。
要は不可能なのだ。
私の過去を紐解き、考えをしたためるのに、どれほどの労力が必要なのか。それこそ考えたくないと言うもの。

永く生きる者も、生まれたばかりの者と何も変わらない。考える事を放棄した者、考える術を知らない者、ただそれだけだ。
そうなっていかざるを得なかったのかもしれないけど、私は日々を反射だけで過ごしてきた。食べたり、遊んだり、そして考えたりすることさえも全て。
繰り返す毎日、圧倒的な時間ゆえ自然とそうなっていったのか。
人は考える葦である、と地上の誰かは言うらしいが私には少々、いやかなり怪しい。

まあ、そもそもの話、私は人間とは言い難いか。ヒトではあるけど。
私は永遠の民。月の民であるがそうでもなく、かと言って地上の民でもないのだ。
蓬莱の薬を飲んだその時から。

今更そのことを後悔してはいない。
なんせ過去は無限にやってくるのだ、しかも彼奴らは完全無欠モードを搭載している。殺すことなどできはしない。
ならば昔のことを悔んでしまう必要などどこにある。
永琳だって言っていた。
過去を省みることはあっても悔むことは何一つない、と。


私はそんな彼女の教え通りに過去に関して掘り起こした試しがない。一体いつ頃からだろう。
うーん、省みるぐらいすべきだったかも。

まあそれに、左脳の酷使はストレスの原因になるらしくて、決着の付かない過去の葛藤や頭脳労働は身体に悪いとも言っていた。
そしてストレスは万病の元。左脳は理屈を司るとかそうでないとかで。彼女にしては随分と分かりやすく教えてくれた。


ああ、閑話休題。


そんなワケで私は今まで、今この瞬間を、その連続を楽しんできた。一秒でも前のこと過去にして、過去を見ることなく前に進んできた。
当然これからもそれは変わることなどない。私は永遠に住まう者。永遠に滅びないこの魂がある限りは。


521 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:01:28 ???0









「貴方が妹紅を殺したって言うの!?」


否定しなければいけない。

永遠の魔法を解いたあの瞬間、私の歴史は既に動き出している。
それは私が存在してきた中でかなりセンセーショナルな出来事だ。
だけど、永い時に浸りすぎたせいか、意識しないと時折忘れてしまうことがある。

私が『地上』の永遠の民になったということを。
それは穢れた地に足を付けるようになったということだ。
爛々と降り注ぐ陽光の下、草草が風に靡かれ一陣一波となる様を眺めるのは何故か嬉しくなる。
私ともう一人はそれらを見下ろすだけだった、それこそ太陽のように遥か彼方から。
だが今は違う。
そんな彼らと同じ目線に立つことにしたのだ、孤高を気取らず孤独を蹴散らし我々は地上に収まった。
生暖かい変化の風を感じ、命の始まりと終わりを知る大地に根差した。
新たな景色が視界に映る。ざわざわと周りが揺れれば私も同じく揺らされる。
そう、私は考える葦となった。地上の一部となったのだ。

やるべきことは見付かった。私の手でなんとかしなければいけない。今、絶賛考え中だ。
地上人を憂慮している私は今、身も心も穢れが行き渡っていくのだろう。
別に不安ではない。むしろ楽しみだ。全てを果たして帰る時、我が家の優曇華は煌びやかな花を咲かせているのだから。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


522 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:01:59 ???0


リンゴォ・ロードアゲインは恐怖している。無様なデッドパロットと成り果てた彼は、車内の隅で膝を抱えただただ震えていた。

「呆けていないでさっさと答えなさい。」

人生の浪費者、蓬莱山輝夜は両腕を組み彼を見下ろす。それが勝者の特権だと言わんばかりに相手を見下していた。

「話を聞いているの?アンタが手に掛けたっていう妹紅の話を私は聞きたいの!」

その顔には珍しく怒りの表情が浮き出ている。本来彼女は怒ることがさほどないと言っていいか。
それは生来の穏やかな性格もあるのだが、今までそんな機会に出くわさなかったといった方が正しい。

「早くなさいよ!私とそいつは知り合いなの!私には知る権利があるのよ!」

彼女の身の周りはイナバ達が、永琳が常に引き受けている。故に彼女自身に起こることがなく、怒ることも起きない。
そのせいか、怒り方もどこか稚拙で直接的、ある意味で本当に怒っている状態と言えた。

「……フーッ……ハァッ………ハァ……」

だが、当のリンゴォは依然震え続け、荒く呼吸を繰り返している。時折、口元から血が筋となって滴らせながら。
輝夜の要求に彼は一向に答えようとする気配がない、いや答えることができる状況ではないのか。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


523 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:02:17 ???0

一旦は落ち着いていたのだ。
リンゴォの精神がいくらあの日に戻ったと言っても、涙を流すのには体力も精神も消耗する。
結局あれから半時間もすると涙が枯れたか泣き止んでいた。むしろそれだけの間延々と泣いていた、とも言えるだろうが。


その間、輝夜は意外にも待つことを選択した。強引に引き込んだ仲間が心配だった、というのもあるが、その他の理由に在るところが大きい。
第一回放送を聞き逃し、かつジャンプ一年分を読破した彼女にとって、どんな些細な情報も欲しいのは当然のことだ。



更に言えば、彼女は今とても凄くダルかった。だから待った。


ただただ怠惰であった。




彼女の名誉のために言及しておくと、休まなければならない理由がある。
3〜4時間という時間。これは彼女の行動した時間でもあり、全身に過剰な大火傷を負ってから今に至るまでも時間だ。
常人ならとっくに死んでいたはずの重傷中の重傷が、今では健常者のそれにまで戻っている。おあつらえ向きに服まで元通りの鉄壁ぶりだ。
知っての通り、その間彼女は安静になどしていない。竹林の行軍、一方的な決闘を果たしている。
単純な話、再生の代償としてのリバウンドに体力のメーターが奈落の底まで落っこちてしまったのだ。
これだけで済んだのだから、蓬莱人とは恐ろしいものである。


そうして一人は泣き、一人はダラけ、半時間が経過した時のことだった。
ちなみに輝夜は外でゴロゴロしていた。狭い空間でメソメソしている中年と一緒に居てもうっとうしいし、
自分が占拠してしまうと逃げ出すかもしれないし、気を利かせて譲ってやったのかもしれない。
そんな彼女も柄になく考え事を終え、暢気にも食糧を漁ろうと戻ったついでリンゴォに情報の提供の催促をした。
もう十回は超えているそれは棒に振るかと思われたが、犬も歩けば棒に当たる。負け犬に振った棒はようやく当たったのだった。

リンゴォはこれまでのことをゆっくりとだが語り始めた。
そこに深い意図はなく、聞かれたから答えたという、あまりにも短慮な思考と、諦観から成る情けないものであった。

そう、あまりにも短慮だった。それが故に本来の彼なら見えていた地雷をあっさりと踏み抜くことになる。だがそれも仕方ない話だ。
彼の精神が幼心に戻ってしまった今、それを責めるのは酷というものだった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


524 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:02:42 ???0

風が吹いている。
おそらく本人は気付かないだろうが、か細い隙間風がリンゴォの頬を撫でた。

「ハァ―…………フー…ッ………ハァッ……」

ちょうどリンゴォの頬のすぐ隣、人差し指ほどの太さの貫通した穴がある。
不自然な場所に車の欠陥の正体はあった。
だがそれは損傷したわけでもなく、もっと分かりやすい、意図的な瑕疵であった。


「…………」


輝夜は依然腕を組んで待っていた。それ以外の選択肢を取るつもりはなく、他の選択肢は既に実行してしまったからだ。

何も特別なことが起きたわけじゃない。リンゴォが妹紅を殺したことを口走り、輝夜はそれに反応し思わず手を挙げた、ただそれだけのことだ。
輝夜の指先から放ったレーザーはそのままアラビア・ファッツ号のカーテンに命中、迷彩能力がわずかに落ちてしまった。
当然、そんなことは些細な問題で両者の頭の中にはカスりもしないだろう。
だがリンゴォに弾幕がカスッたのは輝夜にとって大きな問題だ。

「ハァ、ハァ………フッハァッ……ハァ―」

呼吸を荒げ見ての通り、黙りこくってしまっている。
このままでは欲しい情報が手に入らない。またも時間が解決するかもしれないが、もはやこれ以上待てないのが彼女の本音だ。
ならば取る手段は自ずと見えてくるというもので。


「リンゴォ、話をしてもらえないかしら。最後から二番目。同じ催促は後二回しかしないわ」
「フー…ハァッ…ハァ……ゴホッ………フッ、ハァ…」


リンゴォやはり動かず。



「仕方ない、わね!」


525 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:03:02 ???0


輝夜は組んでいた腕を解き、腕を掴む。


その腕は自分ではない。


リンゴォの腕。


「延滞料ぐらい払ってもらうわよ!」


鈍い風切り音と共に舞うのはリンゴォの腕、と諸々。


輝夜は無理やり見た目以上の膂力を以て引っ張り上げた。
その瞬間リンゴォの身体は彼女を中心に宙を踊る。
そう、彼の身体は一瞬だけ地面に頭を、足を天に向け、垂直となるよう投げられた。


「うごぇッ!?」


リンゴォは勢いのまま強かに地面に放られ何度も転がる。
巻き込まれたアラビア・ファッツ号のカーテンと多量の竹の葉のおかげで、呻く程度で済んだのは幸いである。



フゥオン


ぐぐもった風の音。
不穏な何かが足を忍ばせやって来た。


だがリンゴォは単純なことにそれに反応し、思わず顔を上げる。


「気を付けてね。すぐ撃つから。」


後光の指した輝夜の姿が映った。
それを目撃した瞬間、リンゴォの視界はどこまでも光に満ち満ちる。
彼が歩んだ道もまた、こんなにも絢爛だったのだろうか。

輝夜の後方で瞬く何かは出来損ないの蝉の如く狂い鳴き出す。
それらは弓の弦を引絞る音にしては余りにもけたたましい。
だが、これらは弓の弦だ。
凛とした射出音こそが、射殺すであろう負け犬に送る凶兆を報せるサイン。
だがしかし、それにしては少々多すぎる上、騒々しいこと間違いない。

やがて、幾重にも煌めく流星は軌跡を描くべく走った。
燃え尽きる運命に蒼褪めた光の矢はどこまでも鋭く、速く、細く棚引く。


  ジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイギュイーン


「ああぁああ!!うぁ、うわぁっ、ぁあああぁああああああああああ!!」



リンゴォはカーテンに包まり頭を抱えむと、亀のように縮こまった。それは余りにも情けなく無様な姿だ。
先刻披露したスタンドのことなど、完全に頭の中から無くなったかのようにしか見えない。
自ら視界を遮ったリンゴォに出来ることなど、自分に当たらないことを祈ること、ただそれだけだ。


526 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:03:47 ???0


だが、当たらない。リンゴォは自分の周囲を高速で過ぎ去っていく熱だけを感じ取っていた。
やがてそれさえも収まるのを感じそれでも待つ。そうしてようやく彼は恐る恐る顔を上げた。


「動かにゃ当たらん奇数弾〜♪避け方色々偶数弾〜♪っと」


両袖を口元で隠しながら、即興で歌い踊る輝夜の姿があった。リンゴォはグルリと見渡す。
自分の背後にあった竹の数々が折り重なって倒れていた。


「あぁっ……あぁぁあぁあ」
「さて、リンゴォ。今のが奇数弾よ。そ・れ・で!次は偶数弾を撃つわ。動かないと当たるけど、動いたって当たるわね、今の貴方じゃ。
さ〜てどう避けるのか、楽しみだわ〜」


輝夜のふざけた台詞に合わせて、背後に隠れていた何かが飛び出る。
弾幕を吐き出す使い魔だ。優に30は超える使い魔は規則的なフォーメーションを組み、再び輝き出す。


脅しだ。


暴力による強制的な要請、いや屈服。輝夜は選んだ手段はどこまでも単純で、だからこそ効果も期待できるそれをチョイスした。
輝夜は涼しい顔で警告する。



「リンゴォ、私に話をしてもらえないかしら。同じ催促は後1回しかしないし、『もう』できないでしょうからね」



弱者に成り果てたリンゴォはこれに抗う術などありはしない。
その誘いに大人しく、いや、みっともなく縋る他なかった。
顔には汗と涙を垂らし、懇願の弁を述べる口からは勢いよく口角を飛ばすついでに血反吐もブチ撒ける。
醜悪と呼ぶよりどこまでも深い憐憫を誘うその様に、輝夜はただほくそ笑んだ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


527 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:04:19 ???0





俺は一体何をしている?
何故こんな女の言いなりになっている?
負けたからか?


そうかもしれない。
敗者は死に勝者は生を掴む、公正な果し合い。俺はそれに負けた。
そうだ。そのルールに乗っ取って、俺は死んだ。今、死んでいるのだ。

ならば何故俺は先ほど、生き延びようとしたのか。
あんなにもみすぼらしく、どこまでも惨めな様を晒してまで。
分からない。俺は、死を受け入れるべきだった。


向こう側では随分と話し込んでいるようだ。
あそこにいるのは俺じゃあない。俺の抜け殻だ。俺はもう死んでいる。


死にたがりの不老不死、詰まらない相手だった。どこまでも後ろめたい思いをひた隠そうとしながら俺と対峙していた。
高々と積み重ねた馬齢だけを振りかざし、俺に戦いを挑んだひとでなし。
死を憧憬する望み通り、その現実を叩き込み、そしてあっさりと壊れた。
本当に本当に下らないと思った。時間の浪費でしかない、そう思うしかなかった。

今、目の前にいる奴だって同じ、いやそれ以上にタチの悪いひとでなしだ。
死にたがりでない、その点だけはマシなのかもしれない。だが、それ以上にその眼には何も映っていなかった。
光が入っていない、どこにも焦点が合っていない人形の様な瞳だ
目の前の光景を映してきた、機能的に役割を果たさない瞳。
何も考えていない奴の眼だと一発でそう断定できた。どこまでも取るに足らない相手だとも。





俺は一体何をしている?
何故こんな女の言いなりになっている?
負けたからか?


そうかもしれない。
敗者は死に勝者は生を掴む、公正な果し合い。俺はそれに負けた。
そうだ。そのルールに乗っ取って、俺は死んだ。今、死んでいるのだ。

ならば何故俺は先ほど、生き延びようとしたのか。
あんなにもみすぼらしく、どこまでも惨めな様を晒してまで。
分からない。俺は、死を受け入れるべきだった。


向こう側では随分と話し込んでいるようだ。
あそこにいるのは俺じゃあない。俺の抜け殻だ。俺はもう死んでいる。


死にたがりの不老不死、詰まらない相手だった。どこまでも後ろめたい思いをひた隠そうとしながら俺と対峙していた。
高々と積み重ねた馬齢だけを振りかざし、俺に戦いを挑んだひとでなし。
死を憧憬する望み通り、その現実を叩き込み、そしてあっさりと壊れた。
本当に本当に下らないと思った。時間の浪費でしかない、そう思うしかなかった。

今、目の前にいる奴だって同じ、いやそれ以上にタチの悪いひとでなしだ。
死にたがりでない、その点だけはマシなのかもしれない。だが、それ以上にその眼には何も映っていなかった。
光が入っていない、どこにも焦点が合っていない人形の様な瞳だ
目の前の光景を映してきた、機能的に役割を果たさない瞳。
何も考えていない奴の眼だと一発でそう断定できた。どこまでも取るに足らない相手だとも。


528 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:06:44 ???0

だが下されたのは俺の方だった。不条理だ。こんなもの、俺は認められない。
認めたら、今までの俺はどうなる?数十年、自らの命を賭け続けてきた俺の生き方は、価値観は一体何だったと言うのだ?
ただの幻想だと、思い込みだということになるのか?そうなれば俺は塵になる。認めるわけにはいかない、断じて…!
今からでも俺は、この女と戦わなければいけない。今度こそ公平さを持った果し合いを通して。

だと言うのに、身体は動かない。口だけは勝手に饒舌に客観的に事実の軒を連ねている。
女の顔が見える。相も変わらずその表情は緩み切って、俺の話を面白そうに聞いては尋ねてを繰り返している。
知り合いの妹紅とやらを壊した俺が憎いのではないのか?あの時の反応は俺を弄ぶ嘘だったのか?
あるいは本気で俺を仲間に引き込む気か?助かったと思わせた後に殺すつもりなのか?


こいつはこの状況を何だと思っているのか、俺にはまるで分からない。


思いつく答えはどれも正解でいて、どれも不正解のような気がしてならない。
何とも言えない。身体が宙に浮き上がらせられた感覚だけが何故か胸中に確かに残る。
得てして言えば、自信がないのだろう。


当たり前のことだ。俺はこの女を何も考えていない愚か者と軽んじたせいで、全てを失いつつある。
奴を測るだけの物差しが、俺の価値観が、壊された。
だから奴の考えが分からない。



だが、それでいいのか…?



いや、まだだ。まだ残っている。バラバラになっても、俺の足元に転がっているはずだ。拾い集めろ。
でなければ、今ここにいる俺は誰だ?掻き集めねば、俺は消えてなくなってしまう。それだけは避けろ、俺はまだ道半ばなのだ。





もし再び、砕かれてしまっても?


529 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:07:56 ???0



考えるな、そんなことを…!今度こそ…!今度こそだ!
能力も闘う手段もお互いが理解できた!
これで公正さを以て闘うことができる!
先の闘いは確かに俺の負け、それでいい…!それでも構わない!
後腐れの一切ない完璧な果し合い、それさえできれば!俺はもうどうなろうと知ったことではない!


「…と言うわけで、リンゴォ。一緒に来てもらうわ。ほっといたままだと死んじゃうでしょうし、それは嫌でしょ?」


向こう側も、ようやく話が終わったようだ。
覚悟してもらうぞ、蓬莱山輝夜…


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


――――――――――――――――――――


――――――――――

「よーしよしよし、素直でよろしい。それに貴方には用がある。一仕事してもらうわよ。」

「不安そうな顔しなくたって平気よ。荒事を任せようなんて期待してなんかいないから。」

「あー?何よその顔は?……ああ、何をするか教えてほしいの?
まあ、いいわ教えてあげる。この言葉が貴方と私を公正にしてくれるでしょうし。」

「●●●●●●●●●。単純でしょ?」



「『ふざけるな』」



「誰もふざけてなんか―――ってアレ、しゃべった?」
「撤回しろ…!奴ですらそれを口にすることはなかった……!俺はお前の心象を毛筋一本分も理解できるとは思っていない。
 だが…!少なくとも…お前の目的にそれは必要ないはずだ!」
「それは必要なのよ、リンゴォ。分かち合うのにそれは必要、欠けてはならない。」


悠然と厳かに輝夜は言い切る。それは彼女の確信であり、そうでなければならない真実。


「ふざけるなと俺は言っているだろうが!そんなものを認めるな!!


     そん―――「『今』の貴方でも、それを認めたら困るっていうのかしら?」―――」


本当に意外そうに、驚いた風な表情をしている。だがその割に、どこかワザとらしい声色が耳に障る。


「どういう、意味だ……?」
「いいえ。分からないのなら、構わないの。それよりも、リンゴォ……始めましょうか?お望み通り先ほどの言葉は撤回しましょう。
折角貴方から話しかけてくれたものね。」

「何が折角だ…?俺はさっきから話していただろう」
「丁度良かったのよー。地上人を引率するのは慣れてなくてねぇ。これで少しは楽できるわ」
「話を聞け」
「もう外耳道八分目。私は従順な僕さんからお話を沢山伺いましたの。だから大変満足していますわ」
「……」
「俺さんは一体何を話してくれるのかしら?大変興味があるのだけれど」

リンゴォは何かを言いかけたが溜息をつき、それを揉み消す。

「公正な果し合いを申し出る。俺ともう一度闘ってほしい」
「そうそう、そーやってシンプルに頼めばいいの」

「…思っていたよりは意欲的だな。話が早くて済む」
「早く済ませたいのは私よ。遅くに済ませた方がいいのは間違いなく貴方だけど」

輝夜はその言葉を背にリンゴォの顔を見ずに外へ出る。リンゴォは訝しがるも、彼女に倣って外へ出た。
結局今の彼に選べる道などあるはずもない。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


530 : ◆at2S1Rtf4A :2016/02/12(金) 00:08:52 UNDH6yAc0
タイトル『刹那にて永遠の果てを知れ』


531 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:10:02 ???0

森と竹林の境が二人を隔てる。
北側の森にリンゴォが、南側の竹林に輝夜がそれぞれ立っている。
近くもなく遠くもなく、声を張らなくても十分聞こえる程度の距離で向かい合っていた。
大小形が様々な木々、対照的に一律して細長い竹藪が、それぞれの視界と進路をこれまたほどほどに邪魔している状況だ。

二人は特に言葉を交わすこともなく、それぞれ適当な位置について睨み合っていた。
睨み合うと言っても、ガンを飛ばすような因縁あるものではない。かと言って、既に戦いの火蓋が切られた膠着状態、でもなかった。
むしろ、お互いがお互いを待っている様子で、早くしろと暗に口にしていた。
痺れを切らした輝夜が、これは警告なんだけど、と枕詞を置く。

「本当にこのまま始めてしまっていいのね?」
「俺はいつでも始められる。それと先刻から含んでいる言葉、覚えがあるなら口にしておけ」
「嫌。私だって意地悪したくなる時があるの」
「なら勝手にしていろ。その代わり、気が済んだのならお前が合図を出せ」
「いいのかしら?貴方がそれをしなくても」
「必要ない。譲ってやる」
「リンゴォ、それは本当に譲ってくれたのかしら?」
「何が言いたい」
「…いいのいいの。ならお言葉に甘えるわ。」


輝夜は息を一つ大きく吐き出すと、一切の気負いも見せず宣言する。


「ささ、やりましょ」
「始めるとしよう」

一人は静かに揺れるまま、一人は呪われるままに、動いた。
その決闘に交わされるべきモノ、それは、そんなモノはここになかった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


532 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:10:30 ???0

射程距離内だ。

お互い初期位置から既にお互いの十八番を差し込める間合い。
俺は銃弾を、奴は弾幕をそれぞれ撃っていい。
だがそれは残念ながら、必殺足り得ない。それでは意味がない。
双方の陣取る地形がそれを許さない。

奴の居座る竹藪の竹は細く、銃弾から身を完全に守る盾にはできないが、数が多い。急所を狙い撃つ邪魔になる危険が高い。
一撃必殺か、最低でも初撃で再起不能に追い込み、二撃目でのトドメが必要。極めて高い生命力と急加速の能力を持つ以上、俺は一発撃つごとに大きいリスクを背負う。
勝ち筋がこれしかない俺に、迂闊な攻めはできない。

逆に俺は巨木に隠れさえすれば、安直で木端な弾幕は防げる。だが曲射や貫通を伴うそれには対応できない。
撃ち込まれたら振り切るか、時を戻すかの二択。基本的にマンダムで対処。その際、決して奴の射線に出るわけにはいかない。
カウンターで時間を加速されたら、無抵抗のまま超加速した弾幕か拳が刺さる。必然的に負けだ。
攻めるも守るも、奴に身体を晒すのは最低限にしなければならない。

向こうは俺を安全圏から燻し出すことも出来る上、マンダムの使用後の一瞬さえも加速で巻き返せる規格外。
能力を含めた差し合いでは勝利は不可能。

だが、それ抜きならば俺の土俵に立てる。

かつて藤原妹紅に見せたような早撃ち、そして八意永琳では仕損じた必殺を成功させれば。
それには俺の腕、そして奴の隙の二つが必要。
結局やることはいつもと変わらない。
奴の大きな隙と言えば、スペルカードの宣言と弾幕を展開する瞬間。
その間隙を撃ち抜く、それしかない…!


533 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:11:03 ???0

リンゴォは警戒を緩めことなく、即興の作戦をシミュレーションしていた。
彼は先の先を制するという、どこまでも己の技量に比重が求められる手段を選んだ。
それは作戦上唯一、彼が輝夜を上回れる可能性があるから、という理由だけではない。
状況に応じて使い分ける事こそするが、本当のところは、彼の闘い方はそれ一筋だった、というのが最も大きなウェイトを占めている。


何故リンゴォは、先の先ないしは後の先を制する闘い方を主眼に置いているのか。
彼の闘いの目的は、ただ一重に己の生長だけを求めていた。
故に、その過程であえて苦しいところに身を置く、という考えを持つのは当然と言えば当然のことだ。
人間、一つのミスに対し苦しみを伴えば伴うほど、必死に己を矯正しようという力が働く。
その過程で、肉体的にも精神的にも凄まじいストレスを受けるが、正のベクトルを向く力があれば辿り着ける地点がある。

リンゴォは己の命が奪われる危険を『どんな』戦闘でも味わってきた。
生きるか死ぬかの闘いで常に先の先、後の先で闘うというのは、そういうことになる。
自分が死ぬ可能性、それも決して低くない確率の中に一旦は放り込む。
彼の技術も精神も極致にまで行き付いてしまっているのは、数十年間その身一つを『殺気』に晒し続け生きてきたからと言えるだろう。

 奴はまだ動かないのか…

巨木を背にリンゴォは音を立てず、それでいて肺の隅々に空気が行き渡るように流し込む。

 ならばこちらも待てばいい。10分でも1時間でも、たとえ1日、10日経とうが俺は待ち、そして狙うだけ。

そう考えていた、その時であった。


534 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:11:34 ???0



                     ザッ ザッ



無造作に竹の葉を踏み鳴らし歩く音がリンゴォの耳に届けられた。



                    ザッ ザッ



それは真っ直ぐ彼の元へと近づいて行く。その正体など言わずもがなだろう。

 直接来るつもりか!奴も俺の考えはお見通しというワケだ…!

リンゴォの作戦の大きな弱点、それは彼自身既に理解していた。
彼は輝夜が先に手を出すまで何も出来ないことにある。
彼の気嫌う言葉を借りれば、この作戦は『受け身』の『対応』とも取れなくもない。
尤も彼にとっては、それら全てを先んじて制する闘い方、少なくともそう考えている。
さて、初太刀を譲ってしまっている以上、輝夜がその間、何をしても彼は仕掛けられない。
端的に言えば、加速したら叩ける射程内に入り込まれようとも、ゼロ距離にまで近づかれようとも、だ。

 マズいのは加速した時の中で俺が無抵抗のままやられること、それだけは、避ける…!

                   ザッザッ

 だが加速した後、先の闘いではこちらが反応する余地があった。奴も意味不明な言葉をほざいていたのを覚えている。差し込む隙は存在していた…!

                 サ ゙ッザッ 

 ここで焦っては奴の思う壺。俺は依然、待ちを選ぶ…!


             サ ゙ッ ザッ


 まだ、来るか…!


            ザッ サ ゙ ッ


 躊躇がない。こいつ、まさか……


           サ ゙ッザッ


 何もせずに俺の元へ来る…!牽制も…言葉もなしの一発勝負…!


          ザッ ザッ


足音は彼と巨木を挟んだすぐそこ、正反対側から聞こえる。
命のボーダーラインを越えているというのに、尚も変わらず不遜さを漂わせ、緩やかに迫る。
リンゴォは右手で愛銃を掴み取る。

         ザッサ ゙ッ

ここに来て……ここに来て…!完全な早撃ち勝負、か!面白い…!面白いぞ…!!


流れるようにトリガーに人差し指をかける。既に引き金は引いた。


        ザッザッ


そして目にする……!
撃ち抜く敵の姿、その横顔…!
それは超えるべき殺意の標的!


       ザッザッ


受けて立つ他ない…!いいや受けて立とう、蓬莱山輝夜!


男は挑んだ。そして―――


535 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:12:06 ???0


















いない…?


―――銃声は響かない。輝夜は突如として消えた。


536 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:12:33 ???0


 バカな!消えた…!?俺の視界から?いや、これは加速か!!


リンゴォは荒い呼吸を繰り返しつつも脳を回転させる。

 確かに俺は姿を見ていた。奴の狙いは知らんが、一旦俺から姿を隠したのは事実…!

逃げた、とリンゴォは一旦決めつける。今、深い思考に身を任せては一瞬のタイミングを見落とす恐れがあった。


 ならば恐れる必要などない。俺はどこまでも待つぞ…!お前が仕掛けてくる瞬間まで……


落ち着きを取り戻した男は元の精悍な顔つきで、見えない敵に探りを入れる。










      ザッザッ


537 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:12:59 ???0


 やはり、いた!奴は潜んでいる。それも俺のち―――



     ザッザッ



 ―――か…?


    ザッザッ

 ち、か…近すぎる……
   ザッザッ

 バカな!在り得ない!!しかもこの音の方角は―――
  ザッザッ
―――俺の、しょう、面……じゃあ、ないか……!
 ザッザッ
 い、いないぞ……!!何故……………見えない…
ザッザッ



「ちょっとリンゴォ〜〜!貴方の顔、入り口全開よ?」



そして声が、輝夜の声までもが聞こえた。何とも危機感のない声だ。


バカな!バカな!!何がどうなっている!?


愛銃を構え、腕を突き出せば触れられる位置から。


 これは加速の能力ではない!!俺の知らない能力か…!!


リンゴォは思わず眼を瞑る。眼が痛む、口もカラカラに乾き切っている。
いつの間にか閉じることを忘れていたのだろう、相当な焦りだ。


 大丈夫だ…!まだ…!!奴は仕掛けちゃあいない!!殺気はない!!まだ『待てる』!!


そう、嘗められているのかリンゴォは依然無傷。状況は悪化した訳ではないのだ。

 しかもバカ丁寧にも声で…!自分の位置を!間抜けにも知らせてきた…!

リンゴォはそこまで頭を働かせると一つ大きく息を吐く。

たとえ見えなくとも、お前を撃ち殺すことなど!容易いことに変わりないのだ…!

焦りを振り払い、彼は一人の男として戻って来る。


迷わず眼を開けた。


538 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:13:41 ???0



輝夜が映った。


さっきまでの逡巡は何だったのか、余りにもバカらしくなる。
だが、リンゴォにとって何故見えるようになったのかより先に、相手の様子に怒りが湧いた。


『構え』がなかった。足先から毛先の一本まで、何一つそんな素振りを見せていないのだ。
それは武道における構えがどうとかと言うより、目の前の自分を意に介していない、そんな意味で彼女は身構えていなかった。


嘗め切っている!!俺を…!この闘いを…!こいつは…!!


リンゴォは半ば激昂に駆られ、銃を構えた。


539 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:14:16 ???0





だが、撃たない。いや撃てない。
ただ先に撃ってしまっては、先手を取るだけでは『勝利』を掴めない。
先の先を、相手の『殺意』を受け止め制さなければ、敢えて一手譲り乗り越えなければ『男の世界』に届かない。

それはリンゴォの意地であり『今』の彼でも変わらない、変われない精神。
まして決定的に負かされた相手への再戦だ。完全な勝利をモノにしなければならない。


「ハァ、ハァ……フー、ハッ…」


いつの間にか肩で息をしていた。極度の緊張がリンゴォを襲っているのだろう。
銃を輝夜に向けた今、砲口は彼女の心臓を破壊できる位置で止まっている。
彼はいつでも相手の命を奪える状態にあるのだ。

だが、それは輝夜に言えることだ。いつ時を加速させ、この状況をひっくり返してくるのか。
彼女とて死にたがりではない。命を奪われる側に立たされた今、このまま死を享受するわけがない。黙っているわけがないのだ。



「ハァハァ…ッ…ハァフー、ハッ…」



 黙っているわけがない……



「フー、ハァッ…ハァフー、ハッ…ハァハッ…ぐっ…フー…!」



黙っているわけがないのだ…!




「どうしたの、リン―――「何故だッ!!何故、何にもしない…!


         いや、違う……!貴様は何故…!!俺を殺そうとしない、その気がないのだ!!!」―――」




永遠に撃てない。それがリンゴォの直感が下した無慈悲な答えだ。


「理由はもう教えているわ。それが答えよ」


540 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:15:03 ???0



「ふざけるな、と…!何度言わせる!!俺はそんなこと


      認め―――「やっぱり『今』の貴方でも、それを認めたら困るっていうのかしら?」―――」


「―――ッ!!当たり前だ!!死にたがりを殺して何になる!!意味がない…!そこに意味が無くなる!
 闘え、輝夜!!俺に殺意を向けて見せろ!!」


男は即座に妄言を撃ち返す。
そう、輝夜に殺意などなかった。あるとすればむしろその逆。


「一仕事、最低でもしてもらわないと困る。それに貴方は既に負けているのよ?それも、もう……3回、ね。それを反故にするつもり?」

「…………ッ!」

リンゴォは返す言葉も忘れ、表情を歪ませる。負けながらにして生き永らえた彼の唯一の道。
勝者の意向に沿うことで、落ち延びた己の卑劣さを清算するという行為。
それは当然、目の前の輝夜という勝者にも該当する。
その瞬間、僅かに照準がズレた。確固とした生き方がまたも彼を縛り付ける。

「ふふふ、まあでもここで私を殺してしまえば、そんな必要もないわよねぇ。難題を無かったことにしたあの時みたいに。」

輝夜の命令を聞く、という難題を解かずして、ゼロ距離の弾丸を避けろ、という難題を押し返す。
どこまでも簡単だ。しかも今、その状況を満たしてしまっているなら猶更。
だがそれは、どこまでも―――



「―――卑劣だ!公正でなければならない!!己を高めるために正しさが必要だ!!


              『できるわけがな――― 「じゃあ!!私の勝ちね!!」 ―――!?」













―――卑劣だった。


541 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:15:38 ???0


 しまった…!!これが狙い!


完全に虚を突かれた。言葉巧みにリンゴォの芯を動かし隙を晒させる、という狙い。

身体が動くよりも先に、頭が回転し出すよりも先に、リンゴォの脳裏にそんな文字が浮かび上がってしまう。

相手の言に揺らされた何よりの証である。



―――――――――――――――





――――――――――――





――――――――――




 
―――――





「お前は既に死んでいる―――


542 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:16:11 ???0


 俺は終わったのか……。路半ばで終わってしまう、の………か?


「………ハッ!?」


ドヤァとした顔が映っていた。


―――だったわよね?こう、血がドバシャァアア!って吹き出る奴!!」


嬉々とした表情で、またも良く分からないことを抜かしていた。
俺を殺すでもなく、再起不能にするでもなく、銃を取り上げるでもなく、銃口から逃れることさえもせずに…!こいつは…!!


「どういう、つもりだ…!!!」
「ちょっと弄んだだけ」
「ッ…!き、さまぁ…!!」
「でも死んでいるのは本当」


リンゴォは一瞬まさか、と考えてしまうがすぐに振り払う。


「殺してしまえば道は無く、生かしてしまっても道は無い。踏み場を無くした貴方だけの世界。
宙に投げ出され行き付く先はすぐ、底。」


「何が……言いたい…!」

「何も言いたくないわ。誰かに生き方を教唆できるほど、私は出来てないもの。
私はただからかっただけ。あまりにも面白いからねぇ。貴方だってもう気付いているはずよ。」

「そんなもの……俺は、知らない…!俺はこのままでは終われない!!譲るわけにはいかないのだ!」

「そう、ならば選択の時よ、リンゴォ。」


輝夜は一人だけ全てを知った風に、ゆったりと仕草で、


「妄執の凶弾、その行方、しかと見せてもらう!」


声を木霊させる。その色は晴雲秋月。空気が張り詰め冴えていく。ここが決闘の地であるという記憶をもう一度呼び覚ました。


「ハァッ……ハァ―ッハァ、フー……」


戦場は隠せぬ呼吸音一つだけが響く環境音。ただただ静かに鳴いていた。


543 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:16:44 ???0

―――『勝利』し続けてきた。


男は勝ち続けることで価値を見出せる生き物だ。
肉体的にも精神的にも相手の生を越えることで、男は生長できる。
勝利には殺意を持った相手が必要。それがどれほど下賤なモノでも構わない。
闘いとは修行であり、崇高さが必要。公正さを以てそれは儀式へと昇華される。
この二つを備えし決闘、それが『男の世界』、俺の生きた世界。


ならば今の、この状況は何だ?


最初から殺す気のない者に決闘を申し込み、殺意がないせいで撃てないでいるこの状況。
あの時、俺の眼に映らなかったのもアイツの殺意の無さゆえだ。
認識できなかった。初めて闘う、殺気のない相手。それは決闘に対する余りにもイレギュラーな存在。
挫かれた俺の精神が、身体が、脳がこいつを映すことを許容できなかった。

そして勝者に従うことすらせず、殺して覆そうとする公正さの無さ。
指摘されるまで気付かなかった、という事実が恐ろしい。何を思い過ごしたのか、眼が眩んだのか。
その先にある勝利にどれほどの意味がある、何もない。そこにあるのは空っぽで何もありはしない。


俺はもう穢れてしまったのか……?


俺は本当に『俺』なのか?
相手の殺意すら読めないほど、この眼は濁っているのか。
卑劣さを身に纏ったあの時から、心まで腐り果てたというのか。


今の俺は誰だというのだ…?


男の世界に殉じることの出来ない俺に何がある?……そんなもの何もない。あるはずがない。
己の中にある世界、それを信じることでしか生きることが出来ない定め。
ならば今、男を全うできない俺に意味など、ない……

勝てば公正さを失い、負ければ更なる卑劣さに潰される。
しかもアイツには俺への殺意すらなく、勝利の選択肢は選べない。
俺にこのまま朽ちてゆけと、負けて死ねということなのか……

いや、俺はあの時死ぬべきだったのだろう。
勝って生を拾い、負けて生を捨てる。
そんな在り方だったというのに、俺は未だに落ち延び続けている。
そう、俺はスデにおかしくなっていたのだ。狂ってしまっていたのだ。
とっくの昔に終わるべきだった、なのに俺は逃げた。


矛盾してしまった俺に、男の世界に、幕を引く時だ。


544 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:17:41 ???0
――――――――――――――――――――――――――――――





―――――――――――――――――――――――――





――――――――――――――――――――





―――――――――――――――





――――――――――






何故、銃を下ろさない?


545 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:18:22 ???0
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



何故なのか。



一つの事実を、惨めな自分を、掘り起こせば起こすほど、身体から熱が湧き上がってくるのは。



突き付けられて、刻まれて、心身に染みるは深き闇。



逃げ出したくて、抗って、行き付く果ては袋小路。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


546 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:19:11 ???0

















―――初めての『敗北』だった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


547 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:19:41 ???0


勝って生きるか、負けて死ぬか、俺は常に究極の二択を挑み、ここまで来た。
そして、『勝利』し続けてきた。男の世界において、どんな形でも。
今までの道程において、負けの二文字はなかった。あるはずもない。負けた瞬間死ぬ、いや死んだ時こそが負けなのだから。
だからこそ俺は永遠に知ることはなかっただろう。死んだ瞬間、俺は一抹の決闘の余韻に包まれて逝くはずだった。
だと言うのに、初めての『敗北』を喫してしまった。
だが、ここに来て究極の二択に、あってはならない選択を寄越された。


そう、負けて生きる、という選択。あまりに陳腐で、俺の全てを否定する、唾棄すべき道。

寄越された、というのは違うか。なぜなら俺は、その選択を選んでしまったからだ。
俺の人生で在り得ることのない敗北をその身に背負ってまで。
初敗北で生き方を嘲笑われても、
更なる敗北で己の存在を失いかけても、
更なる敗北に敗北を重ねようとする今この時さえも、

俺は何かを夢想し落ち延びようとする。

ここで俺が自ら死を選び、男の世界に殉じてしまわなかったのは何故なのか?
敗北者として、歪な男の世界を全うしようとしたのは何故なのか?


簡単だ。俺は死にたくなかった。


命を賭けた決闘、男の世界、どこまでも刹那主義に生きた俺は、その実、死にたくなどなかったのだ。
死んだらそこまで、そう考え自分の命に無頓着なはずだったのに、これでは笑い種だ。
だが、それも当然であり妥当な答え。
俺は何の為に闘ってきた?死ぬためか?いやむしろその逆、真逆も良いところだ。
己を失った、あの瞬間ですら俺の心にあった、俺の中の確かな指針。


『生長』。それだけは、あったのだ。


だからこそ、死にたくはなかった。まさしく、死んだらそこまで、なのだから。
あんな惨めな思いのまま、姿のまま、終わりたくなかった。
たとえ、侮蔑の元に敗者として生き永らえたとしても―――
たとえ、どうしようもない餓鬼だった自分を曝け出されても―――
たとえ、歩む道が光り輝く道でなくても―――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


548 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:21:50 ???0



 ―――撃つしかない…!!死ぬわけには…!俺はまだ生長せねばならない…!


たとえ『男の世界』を違えることになっても、その道に光が当たらずとも。


死ねるものか…!こんな、こんなにも…!惨めな姿でなど!終われものか、絶対だ!!


見開いていた瞳が狭まり、焦点が定まる。震えはない。脈打つ自分を得物を、引き締め握り締め。





「うおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉおぉぉおおぉおおぉおおおおおおおおおおお!!!」





鬨の声だけ威勢を纏い、虚勢の意匠に包まれて、



男は挑む。


549 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:22:30 ???0
いや、違う。



それは男であることさえ捨てた、一糸纏わぬ全裸体。



その身を纏うは人間の、生を謳う覚悟の装束。



ヒトが挑むのだ。







         ガ ァア ア ァ ァア ァ ァ  ァ ァア アァ ン ! !







同調そして共鳴。



遡ることもなく、瞬くこともなく、二つの咆哮はこの世界、この時に深く刻み付けた。



どこまでも浅薄なこの決闘に、微かな彩を添えて。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


550 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:23:01 ???0



                        ――――――――――――



  ―――――――――――――――――



               ―――――――――――


               
                  ――――――――――――――――――



  ――――――――――――



ふふ、地上人はやっぱり面白いわね。
自分の生き方一つにここまで拘泥するなんて。

私なんて何年経っても変わることなんかなかったのに。
それは当然のことかもだけど。
私の改めるきっかけはあの日殴り込みに来た人妖たちだ。私自身ではない。
彼女らが尋ねることがなければ、どれほどの時が流れようと私は何も変わることなどなかったはず。考えることすらなく。
ならば、目の前の地上人の方が限られた時間の分、余程『生きること』を考えているだろう。
それを私が壊したのだ。そこに在るだけで、大して考えもしない私が。
まあ、流石にちょっとだけ可哀想じゃない?
とはいっても、殺し合いに乗るような輩だし、馬齢を喰っただけの私が教えることなんてないしねぇ。



でも、貴方は勝手に自分で解決して這い上がって来た。


スゴいって思うわ、うん。それでこそ地上人よね。
リンゴォ・ロードアゲイン。
貴方の起源は人殺しへの御為ごかしなのかもしれないけど。
生長する、砕けぬ意志はちゃんと胸に内にあったんだから。
時を逆巻くスタンドも、何度でも繰り返し生長しようとする精神の具現なのかもしれない。
たとえ道を見失ったとしても、ね。

そうやって思い悩み変わっていく姿を見ていると、私もそうならなくちゃって思うのよ。
そして何より、変わってしまったアイツも地上人だから、猶更そう思う。
良い勉強になるわ、だってアイツも私も違う。どんなにも。まあ言い出せば全てが違うのだけど。

私の手で、私だから出来る方法で。

私がちゃんとアイツに近づいてやれば、きっと分かるはずだって考えている。
そのためにも貴方が必要なのよ。嫌とは言わせないわ。


551 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:23:57 ???0

「お疲れさま」
「……ああ」

にべもない様子で、リンゴォは応じる。極めて短く、それでいて二つ返事当然の言葉に、表面的な愛想は見受けられない。

「私の勝ちってことでいいかしら?」
「そうなるな」

輝夜の手にはリンゴォの愛銃が収まっている。
彼が放った渾身の一撃はされど彼女を制するには至らなかった。
叫びながら撃ったせいか無駄な力が働き、輝夜の胸の位置にあった銃口は上がり過ぎていた。
弾丸は彼女の首元を通り過ぎ、か細い一本の竹の枝に命中し、そこで終わってしまう。
輝夜は一歩踏み込だ後、矢の如く両手を伸ばす。リンゴォの手に自分の手を添え指を固定させ、もう片手で銃身を回転させるように、ふんだくる。
リンゴォが弾丸を放ってほんの一瞬の交錯。一秒に満たすこともないまま決着は付いたのだった。
輝夜は満足そうに微笑むと、さもありなんと拳銃を彼へ返した。


「ねぇねぇ、リンゴォ」
「何だ」
「外した」
「…知るか」
「ふふ、そういうことにしとくわ」
「次は当たる」


 決闘の果てを教えられた俺には、次が許されるのだからな。


決して悟られぬよう心中で、そう一人ごちた。

「そうそう、リンゴォ」
「今度は何だ」
「ありがとうね」
「俺はお前の心象を毛筋一本分も理解できているとは思わん。だから訊いておく、何がだ?」
「少し気が楽になったので」
「だから何でだ?」
「一人は狂ってしまったわ」
「……」
「もう一人もそうなるかと思って」
「……」
「でも違ったのよ」
「……」
「…勝手に這い上がってくれてありがとう」
「俺の勝手であり、お前らのせいだ」


もう一人は割りと素直に口にした。


552 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:24:42 ???0
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





青天の空に月は無く、日影差して暗がり失せる。されどヒト暗中模索の獣道。



道なき路にも光在り、寄りて見るに、月に付き纏われし者、そこに在り。



月明りにて未知の途、仄かに照る。道程の果ては未ださやかに見えねども、慄くこと、佇むことも無し。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


553 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:25:49 ???0

























「まだまだ、リンゴォ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」


554 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:26:10 ???0
「ちゃんと私を殺してよね」
「…分かっている」

近づくためにも、私の出来る事。
それは―――私がアイツと同じ死を体験する、ということ。


555 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:34:55 ???0


【C-5南部 迷いの竹林/昼】


【リンゴォ・ロードアゲイン@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:微かな恐怖、精神疲労(大)、左腕に銃創(処置済み)、胴体に打撲
[装備]:一八七四年製コルト(5/6)@ジョジョ第7部
[道具]:コルトの予備弾薬(13発)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:『生長』するために生きる。
1:自身の生長の範囲内で輝夜に協力する。
2:てゐと出会ったら、永琳の伝言を伝える。
[備考]
※幻想郷について大まかに知りました。
※永琳から『第二回放送前後にレストラン・トラサルディーで待つ』という輝夜、鈴仙、てゐに向けた伝言を託されました。
※男の世界の呪いから脱しました。



【蓬莱山輝夜@東方永夜抄】
[状態]:肉体疲労(大)身体の所々に軽度の火傷
[装備]:なし
[道具]:A.FのM.M号@ジョジョ第3部、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:皆と協力して異変を解決する。妹紅を救う。
1:妹紅と同じ『死』を体験する。
2:リンゴォと一緒に妹紅を探す or レストラン・トラサルディーに行く
3:勝者の権限一回分余ったけど、どうしよう?
[備考] 
※第一回放送及びリンゴォからの情報を入手しました。
※A.FのM.M号にあった食料の1/3は輝夜が消費しました
※A.FのM.M号の鏡の部分にヒビが入っています
※支給された少年ジャンプは全て読破しました
※黄金期の少年ジャンプ一年分はC-5 竹林に山積みとなっています
※干渉できる時間は、現実時間に換算して5秒前後です


556 : 名無しさん★ :2016/02/12(金) 00:40:16 ???0
すいません、状態表修正します


【C-5南部 迷いの竹林/昼】


【リンゴォ・ロードアゲイン@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:微かな恐怖、精神疲労(大)、左腕に銃創(処置済み)、胴体に打撲 、スタンドの一時的な使用不能
[装備]:一八七四年製コルト(5/6)@ジョジョ第7部
[道具]:コルトの予備弾薬(13発)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:『生長』するために生きる。
1:自身の生長の範囲内で輝夜に協力する。
2:てゐと出会ったら、永琳の伝言を伝える。
[備考]
※幻想郷について大まかに知りました。
※永琳から『第二回放送前後にレストラン・トラサルディーで待つ』という輝夜、鈴仙、てゐに向けた伝言を託されました。
※男の世界の呪いから脱しました。それに応じてスタンドや銃の扱いにマイナスを受けるかもしれません。



【蓬莱山輝夜@東方永夜抄】
[状態]:肉体疲労(大)身体の所々に軽度の火傷
[装備]:なし
[道具]:A.FのM.M号@ジョジョ第3部、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:皆と協力して異変を解決する。妹紅を救う。
1:妹紅と同じ『死』を体験する。
2:リンゴォと一緒に妹紅を探す or レストラン・トラサルディーに行く
3:勝者の権限一回分余ったけど、どうしよう?
[備考] 
※第一回放送及びリンゴォからの情報を入手しました。
※A.FのM.M号にあった食料の1/3は輝夜が消費しました
※A.FのM.M号の鏡の部分にヒビが入っています
※支給された少年ジャンプは全て読破しました
※黄金期の少年ジャンプ一年分はC-5 竹林に山積みとなっています
※干渉できる時間は、現実時間に換算して5秒前後です


557 : ◆at2S1Rtf4A :2016/02/12(金) 00:45:31 UNDH6yAc0
タイトル『刹那にて永遠の果てを知れ』の投下を終了します。
ご指摘ご感想のほど宜しくお願い致します。


558 : 名無しさん :2016/02/12(金) 06:15:32 fx9.fIfs0
投下乙です!
これは魅入ってしまった…。とても面白かったです。
前話から続いて極大の精神的ダメージから回復出来ないリンゴォ、そんな彼へと苛立つ輝夜。
もはや二進も三進もいかない閉塞した状況で、次第に男の世界の崩落を感じるリンゴォの不条理な悲観が真に迫る。
『男の世界』というある種ジョジョを体現するかの言葉と、それを一蹴するような輝夜の飄々さ。
まさしくジョジョ×東方の真逆な世界観の対立を表現したような深い描写作品だと思います。
自ら死を体験することで、壊れてしまった友人妹紅の辿った真理へと近づかんとする輝夜の目的には思わず息が漏れました。
意外かつ興味深い二人がひとまず路を共にし、これからの彼ら彼女らが楽しみですね。
聖闘士星矢、北斗の拳と来たら輝夜の次なるジャンプネタは何だ!?


559 : 名無しさん :2016/02/12(金) 10:39:28 RuvaV7bA0
投下乙
男の世界を脱したリンゴォ、これもまた一つの生長となるか…?


560 : 名無しさん :2016/02/12(金) 12:11:41 EyDcQFXAO
投下乙です

果たしてリンゴォはスタンドを取り戻せるのか
輝夜は死を体験できるのか
そして、輝夜は死に耐えられるのか


561 : 名無しさん :2016/02/12(金) 20:16:00 WiU6Kx.w0
投下乙です!
終始緊張感に満ち溢れた描写で、そしてリンゴォがどうなるかと冷や冷やしましたが……大きく生長しましたね!
これからの彼はどうなるでしょうか……


562 : 名無しさん :2016/02/13(土) 10:49:02 k4SJ.lRs0
投下乙です。
今回でようやく服着れたな輝夜。ふと思ったんだけど服ってどんな風に再生したんだろう?ジョジョに肉体が再生する様は想像出来るがジョジョに服が再生するは想像できんな、無機物だし。


563 : 名無しさん :2016/02/13(土) 17:47:17 rywjsEng0
>>562
蓬莱人になると魂を起点とした復活や肉体の再生を勝手にしてくれる
魂の情報に倣って、服も直したんじゃない?パッと一瞬で。
それにマッパの姫様なんて嫌じゃん?


564 : 名無しさん :2016/02/13(土) 18:29:48 vPOVS7zE0
>>563
なんでや、マッパの姫様最高やろ!
それはそうと、マッパ姫と同行してたリンゴォは終始どうでも良さ気な感じだったな……w


565 : 名無しさん :2016/02/13(土) 19:01:12 3FuDpTZsO
>>564
人生観の危機だったからね仕方ないね


566 : 名無しさん :2016/02/13(土) 22:45:20 okodFqKI0
妹紅も服燃えてマッパになったけど、状態表見る限り徐々に修復してたっぽい?
アレは途中で服着ちゃったからその辺曖昧だったんだよね


567 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/16(火) 23:46:34 BoURW6aU0
投下します


568 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/16(火) 23:47:54 BoURW6aU0
「ま、待ってくれ、レミリア! こ、これは誤解なんだ! 露伴先生も決して悪気があったわけではないんだ!」


露伴がレミリアの殺気に呑まれて動けないのを見て取ると、
慧音はすぐさま壁となって露伴の前に立ち塞がり、彼の代わりに弁明を始めた。
岸辺露伴にはレミリアを傷つける気がなかったこと、また同時に彼の性格やスタンド能力の仔細を説明し、
その真意はこの殺し合いにおける単なる情報共有にあったことを、重ねて説く。
しかし、それらの内容はレミリアの怒りを削ぐどころか、かえって火に油を注ぎこむような行為であった。


「邪魔よッ! ワーハクタク!」


レミリアが慧音をその身体ごと払いのける。勿論、それは腕を横に振るだけのものだ。
だが、レミリアが抱いた激情を示すかのように、慧音は木っ端のように吹っ飛び、横で突っ立ってた夢美に勢いよくぶつかった。
そしてそのまま二人は一緒になって床をゴロゴロ転がり、盛大な音を立てて壁へと激突する。
レミリアは、それらを見届けると、改めて露伴に向き直った。


「それで人間、お前は私に何をした? 私はお前に訊いているんだ」


レミリアの目に見えるような殺意は相変わらずだ。
露伴がこれからの行動を間違えれば、レミリアの手によって即座に死がもたらされるだろう。
しかし、そんな破滅的な未来を見せられた露伴だが
今度の彼はニヤリと挑戦的な笑みを浮かべることが出来た。


「……ミス……スカーレットだったかな? まさか僕のサインがタダで受け取れるとでも思っていたのかな?」


慧音が時間を稼いでくれたおかげか、はたまた慧音と夢美のマヌケな姿を目にしたからか、
露伴の身体から震えは消え失せ、自分の意志で自分の身体を動かせるようになっていた。
それを見たレミリアは「へぇー」などと感心してみせるが、
勿論それで寛恕(かんじょ)するわけもなく、殺意を刃のようにギラつかせながら、再び問う。


「サイン? お前はそれをサービスだと言っていなかったか?」

「『する』というのはサービスさ。だが、『した』というのはタダじゃない」

「下らない詭弁ねぇ。心と行動が、それぞれ別個のものだと? ふん、それがお前の命乞いというわけか。
どんな作品にも言えることだけど、やはり作者の言動は見るべきではないわね。失望しか生まない。もういいわ。お前は、ここで死ね」


レミリアは、凶器のような爪が伸びた手を、露伴を殺すために、いよいよ振りかぶってみせる。


569 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/16(火) 23:48:34 BoURW6aU0
「だがッッ!! 僕はもう『した』!! ミス・スカーレットはタダで人からモノを受け取るほど厚かましく、プライドがないのか!!?」


レミリアの手を振り下ろさせまいと、露伴は一息に吼えた。
果たして、それが功を奏し、無事に彼女は手を止める。だが、それで彼女の平静さを買うことは出来なかったようだ。
レミリアは殺気に怒気を混ぜ込み、露伴の襟首を掴んで、より苛烈に迫った。


「お前のような人間が、私の誇りを問うか!!? 面白いッ!! 全く笑えないがな!!
それにお前のサインなど、ドブにでも捨てれば、私の矜持は保たれる!! 違うか!!?」

「いいや、違うね!!」間髪入れずに露伴は言い切ってみせる。「君が望んだのは、僕がサインを書くことだ。
そして僕がそれを『した』以上、君は僕に相応の対価を払うべき義務がある! どこかのマンガのセリフになるが、等価交換というやつさ!
それを成し遂げてこそ、君の『卑しい物乞い』という汚名は返上できる!! ここまで言えば、分かるかい!? ええ、ミス・スカーレット!!?」


レミリアは、露伴の首を掴んでいた手を離す。
そして突然と大口を開けて、笑い出した。それは露伴の勇気と機知を褒めてのものか。
いや、それは単なる露伴の滑稽さを嘲笑うものだということを、彼女の次の言葉が教えてくれた。


「無様ねぇ、岸辺露伴。ピエロよりも、笑えるわ。まぁ、ワーハクタクがいなかったら、あるいはお前の屁理屈も通ったかもしれない。
だけどさぁ、アイツはお前の能力を、私に教えてくれたのよ。ヘブンズ・ドアーのことを。お前も、聞いていただろう?
さて、それを確認をした上で、改めて問うわよ、岸辺露伴」


スーッと気温が下がっていくような感じがした。
いや、実際そうなのであろう。死を明確に予感させるレミリアの殺気が、辺りに立ち込めてきたのだから。
そしてその氷点下の寒さの中で、彼女は薄く笑い、艶かしく唇を動かした。


「お前のサインと私の全て、天秤で釣り合っていると思うか?」


シーン、と静寂が広がる。それと同時に高くなっていた露伴の肩が一気に下がった。
それは諦念の表れだったのだろうか。少なくとも、それを目にしたレミリアには、そう思えた。
嬉しいような、どこかガッカリしたような、そんな名状し難い気持ちで、彼女は露伴の命を刈り取らんと、手を振り上げる。
だが、そこで彼女の手はまた止まる。死を目前にして、なぜか露伴が勝ち誇ったように笑みを浮かべたのだ。
まるで、先のレミリアの台詞を待ち望んでいたといわんばかりに。


570 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/16(火) 23:49:02 BoURW6aU0
「……何がおかしい? 気でも触れたか?」


たまらずレミリアは疑問を口にした。
それに対して、露伴は不敵な笑みを絶やさず、心底おかしそうに答える。


「いや、ね。どうにもレミリア女史と僕との間には、ひどい誤解があると思ってね」

「誤解だと?」

「君は僕がヘブンズ・ドアーで君の情報を勝手に盗み見ようとしていたと思っているんだろう?
それが誤解というやつさ。僕は、そんなことをしようなんて、これっぽっちも思っちゃいなかった」

「へー、それじゃあ、どうして私にスタンドを使ったというの?」

「それさ」と、露伴はレミリアを指差しながら答えた。

「……私?」と、レミリアの顔に不可解という表情が生まれる。

「君の、その怪我さ」


露伴がそう指摘しても、レミリアの顔は変わらず、理解の色が浮かばない。
露伴は「やれやれ、仕方がない」と、これ見よがしに溜息を吐くと、
これから相手のために説明をしてやる「優しい」自分をとくと見せ付けるかのように胸を反らし、
偉そうに言葉を放っていった。


「その怪我は、徐々にだが回復していっているだろう? まるで吸血鬼のお手本みたいに。
そこで僕は気になった。果たして、再生能力を持つ吸血鬼に、僕のスタンドが通用するのかってね。
ここには、まだ僕の知らない妖怪がたくさんいる。それこそ吸血鬼の他にも、再生能力を持つ輩がいたって、何ら不思議はない。
それならば、彼らに対して僕のスタンドの効果の程を早い内に知っておくべきだろう? ここぞって時に、僕のスタンドが効かないなんてことを
初めて知ったとなっちゃ、お話にならないからね。まぁ、そのことを勝手に確認させてもらったことは、謝るがね」

「それで、それを教えるのが、私が払うべきサインの対価ってわけね」

「ズバリさ。そしてここにきて君は、やっと対価を払ったことを理解した。天秤が、釣り合っているということもだ。
履行が確認されていない債務など、不渡りもいい所だが、今ここで無事に決済されたはず。僕達には、殺し合う理由がない。
それともレミリア女史は、まだ下らない言いがかりをつけて、自らの狭量を示すのかい?」


出来るだけ説得力を持つように、露伴は一音一音はっきりと発音し、力強く話を展開する。
人間同士なら、それも傾聴に値するのだろう。だが、果たして、それは人間以上の長命な吸血鬼にも通用するものなのか。
露伴は固唾を呑んで、レミリアも見つめた。


571 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/16(火) 23:49:30 BoURW6aU0
「ふーん…………まぁ、ギリギリ合格点ってとこね」


彼女はそう言うと、クスクスと小さく笑った。
気がつけば、さっきまで溢れていた殺気や怒気は嘘のように鳴りを潜めている。
相手にやり込められたという不機嫌さも、彼女のどこにもない。
まるで全てのことは夢だったようにすら思える変貌だ。それほど今の彼女は無邪気に笑みを零している。
そこで露伴の脳裏にフッとある考えが浮かんだ。


「ミス・スカーレット……ひょっとして君は僕を殺すつもりなんか、最初から無かったのか?」

「あら岸部露伴、その答えを知るには、対価が必要なんじゃないかしら?」


レミリアは首を傾け、チェシャ猫のように笑う。
そしてそれに呼応するかのように、思わず露伴の身体はゾクッと震えた。
今回は恐怖が、それをもたらしたのではない。彼に訪れたのは、その真逆の歓喜だ。


殺気だけで相手を死の淵に立たせてしまう圧倒的な恐ろしさと、それを用いた「可愛い」イタズラ。
そういったレミリア・スカーレットの魅力を、露伴が自らの身を以って『体験』できたからだ。
『体験』があればこそ、作品に『リアリティー』が生まれる。そしてその『リアリティ』こそが、作品に生命を吹き込む。
これで『東方幻想賛歌』における吸血鬼レミリア・スカーレットのパートは、最高のものとなるだろう。
ペンを握る露伴の手には、俄然と力が入ってきた。


「……何だ、話は無事に終わったのか?」


床に転がっていた慧音が今更ながらに現れて、そんなことを訊ねてきた。
間がいいのか、悪いのか、実に狙ってきたようなタイミングである。
そのあまりの御都合ぶりに反感を抱いた露伴は「ええ、おかげさまでね」と皮肉っぽく感謝を述べる有様だ。


それを耳にした慧音は、幾分か罰の悪そうな顔を見せた。
自分でも事の成り行きを、全て他人任せにしてしまったことに、罪悪感があったのだろう。
と言っても、この事態が全部岸部露伴の自業自得なのだから、そう思い悩むものでもない。
彼女は内心で露伴に文句を言い終えると、今度こそレミリアとの出会いを実りあるものにしようと動き出す。


572 : 奇禍居くべし ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/16(火) 23:50:30 BoURW6aU0
「よし、では情報交換に……」

「……ちょっと待ってください、慧音先生」

「何だ、露伴先生? まだ何かあるのか?」


慧音の声に苛立ちが含まれ始めた。
何度目になるか分からない横槍に、温厚な彼女も辟易してきたのだ。
だが、当然の如く、そんな慧音を露伴は無視して、レミリアに顔を向ける。


「ミス・スカーレット、少しいいかな?」

「何? 別にいいわよ。あと、私の呼び名だけど、そっちも普通にレミリアでいいわよ」

「そうかい? 僕より年上みたいだから、一応は敬意を払っていたつもりだが、
君がそう言うなら、レミリアと呼ばせてもらうことにしよう」

「え? 敬意?」


そんなものをいつ払っていたのよ、とレミリアは思わず疑問をぶつけててしまうが、
露伴はそれが聞こえなかったように、平然と言葉を続けていく。


「それで、レミリア、君の怪我だが、人間の血を吸えば治りは早まるのかい?
吸血鬼のマンガなんかじゃ、そんな風な描写がよく見られるが?」

「血とは生命の源。それが失われる人間にもたらされるのは、死と恐怖。
闇の住人である私にとって、それが何よりの甘美。そしてそれこそが吸血鬼の心と身体を満たすものと思いねぇ」


レミリアは居住まいを正すと、なるべく威厳たっぷりに言い放った。
露伴は真顔で「ふ〜ん」と、興味なさそうに頷いてから、自らの解釈を告げる。


「つまり怪我は治るってことか。なら、ソイツは丁度いい。レミリア、僕の血を吸ってくれ!」

「はあ? 何で、そんなことをしなくっちゃなのよ?」

「別にいいだろう、理由なんかは。それよりも早く僕の血を……ッッ!!?」


573 : 奇禍居くべし ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/16(火) 23:51:41 BoURW6aU0
その瞬間、レミリアの殺気が再び吹き荒れた。重く、暗く、激しく、実際に酒蔵を揺らすほどの凄まじさ。
先のそれとは全く比較にならない獰猛なレミリアの殺意が、何の遠慮もなく露伴にぶつけられる。


「おい、岸部露伴。それは同情のつもりか? ふざけるなよッ!!!
この夜の王たる私が、人間の憐れみによって餌を貪る……そんな畜生だと思っているのかァーッ!!!」 


轟然とレミリアの怒りが襲い掛かった。
露伴のヘブンズ・ドアーはレミリアにとって子猫がじゃれついてきた程度のものだったが、今回は違う。
彼の発言はレミリアの顔に唾を吐きかけ、それをそのまま足の裏で踏みにじるかのような侮辱行為だ。
それはまさしくレミリアの逆鱗に触れるものと言っていい。
だが奇しくも、そのレミリアもまた、今ので露伴の逆鱗に触れることとなる。


「この岸辺露伴が、そんな安っぽい感情で動いていると思っていたのかァーーーーッ!!!!」
露伴はレミリア以上の怒りを身に纏い、天を衝くような勢いで吼えた。
「そっちこそ、ふざけるなよ!! この僕が動くのはマンガのためだ!! 吸血鬼に血を吸われる!! 
そんな『体験』がなくて、どうして『リアリティー』のある吸血鬼をマンガで描けるというんだ!!?
悪いが、僕にとって、君の命なんて価値はないね!! 君が死のうが、くたばろうが、ブタになろうが、知ったこっちゃないッッ!!
僕にとって価値があるのは、マンガだ!! それを描き、多くの読者に届けることこそが意義のあることだ!!
それを同情なんていう、ちっぽけな言葉で貶すことは、『妖怪』だろうが『神サマ』だろうが許しゃしない!!!
この僕が全員を叩き潰してやるッ!!!」

「え……ご、ごめんなさい」


露伴の鬼気に圧倒されたレミリアは、思わず謝ってしまった。
あっれ〜、とレミリアは、この事態に首を傾げる。
自分が怒っていたはずなのに、何故か今は自分が怒られているのだ。
その急転直下な場面の移り変わりに、レミリアの理解が追いつかない。


「早くしてくれないか、レミリア。僕達には、あんまり時間がないんだ」


挙げ句、レミリアから謝罪の言葉を引き出した露伴はフンッと鼻を鳴らし、さっさと血を吸えなどと命令してくる始末。
どうにも腑に落ちない状況であった。とはいえ、ここでのんびりしていたら、また露伴にこっぴどく怒られてしまう。
レミリアは渋々と露伴の方に歩みを進めていった。


574 : 奇禍居くべし ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/16(火) 23:52:39 BoURW6aU0
露伴の前に辿り着くと、彼女は「はぁーーーー」と盛大に溜息を吐いた。
彼女には自分を恐れる人間の血しか吸わないというポリシーがある。
それとは別に、血を吸う時に相手が抱く恐怖は、彼女にとって「料理」の味を良くしてくれるスパイスだ。
心情的にも肉体的にも、こんな不遜な輩の血は吸いたくない。


しかし、彼がもうテコでも動かないというのは、レミリアも遅まきながら理解できていた。
岸部露伴に構うべきではなかったという後悔の念が止むことなく湧いて出てくるが、それも今更だろう。
尤も、こういった結果は、彼女にとって僥倖であったと言うことも出来る。
何故なら、血を吸って回復を早めたいというのは、レミリアとしても偽らざる本音だったのだから。


レミリアには既に背負っているものがある。
咲夜、美鈴、億泰、ブチャラティ。ここでレミリアが果てれば、彼らの命や誇りは無意味なものになってしまう。
そしてサンタナを始め、荒木、太田といった多くの敵を倒す為にも、身体は万全な状態にしておくのが必須。
ここは泥を啜る覚悟が必要なのだろう。この先、自らの背中にあるものを放り投げてしまうことになっては、
それこそレミリア・スカーレットの誇りは地に堕ちるのだから。


「それじゃあ、いただきます」


彼女は意を決すると、露伴の肩を掴み、大きく口を開いた。


「いや、ちょっと、待ってくれ」


レミリアの小さな牙が首に突き刺さる寸前、露伴は彼女の顎を掴み、勢いよく引き離した。


「しひょっ、にゃにすふんのよぅ?」


先程抱いた覚悟を台無しにするようなレミリアのマヌケ面である。
声を発した後に、それにようやく気づいた彼女は、急いで露伴の手を振り払い、改めて何事かと問う。
露伴も真剣だったのだろう、彼女を笑うことなく神妙に答えた。


575 : 奇禍居くべし ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/16(火) 23:53:02 BoURW6aU0
「吸血鬼に噛まれたら、やっぱりゾンビとか吸血鬼になるのかい? さすがに、それは僕も遠慮しておきたいんだが」

「リアリティーは、どうしたのよ? 吸血鬼になる体験は必要ないの?」

「吸血鬼の『リアリティー』は、君から頂戴するさ。血を吸われるというのは、あくまでその補完作業だ。
聞くところによれば、君は幻想郷の人間や妖怪からは、血を吸っていないんだろう?
なら、取材は無意味。僕が直接、ここで『体験』して吸血鬼の恐さを知っておく必要がある。それで、どうなんだ?」

「逆に訊くけどさぁ、貴方は、私が自らの眷属に加えたいと思うほど、自分の好感度が高いと思っているの?」

「おいおい、それは僕を吸血鬼にするってことかい? モてる男は辛いなぁ」

「……あー、ごめん。貴方の場合、冗談か本気で言っているか分からないから、
どこまで付き合ってあげればいいか、判断に困る」

「勿論、冗談だ。日中に動けない身体となってしまったら、
それこそろくに取材もできなくなる。そいつはごめんだね」

「じゃあ、私も真面目に答えるけど、吸血鬼やゾンビにはならないわよ。というか、したくない。どう、安心した?」

「オーケー。なら、さっさとやってくれ」


そう言うと、露伴は上着を脱ぎ、その場に座りだした。
さっきはレミリアが一生懸命背伸びをし、露伴は露伴で上体を曲げながら必死に屈み込んでいたので、
見ている人達の方が不安になる態勢であったが、これなら一安心といったところだろう。
レミリアも心なしか、笑顔で口を開く。


「それじゃあ、いただきます」



かぷっ!!


        ちゅ〜!!



「ごちそうさまでした」



元々、レミリアは血を吸うのが上手くなく、その時に飛び散った血で自らの服を真っ赤に染め上げることから
「スカーレット・デビル」の異名を持つに至った。
しかし、今回は露伴が全く抵抗せず、それどころか逆にレミリアが血を吸いやすいように
色々と身体を動かし、配慮してくれたおかげか、血を無駄に、無残に飛ばすことなく、
彼女は綺麗にその「食事」を終えることができていた。


576 : 奇禍居くべし ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/16(火) 23:54:42 BoURW6aU0
「思ってたより、恐怖や喪失感は覚えなかったなぁ。
マンガなんかじゃ、一種のハイライトみたいな扱いだが、実際にはこんなものなのか」


露伴は拍子抜けといった感じで感想を述べた。
首筋にチクリと針が刺さったかと思えば、もう吸血は終わっていたのである。
レミリアが少食とはいえ、あまりに呆気ない。これならば、まだ街中でやっている献血の方が恐しく感じるというものだ。
だが、これも一つの『体験』。露伴にとっては、実りある収穫と言っていい。


「それで、レミリア、僕の血の味はどうだった?」


露伴は服を着なおしながら、何気なく訊ねた。
レミリアは舌を口の中で回し、そこに残った微かな血から、その味を思い出し、ゆっくりと答える。


「そうね。何かサラダみたい。瑞々しく、スッキリしているんだけど、後味に少しの苦味を残す。
これだけで、貴方が健康に気を遣っているというのが分かるわ。余ほど、摂生に努めているんでしょうね。
でも私としては、もうちょっとコクが欲しいところ。もっと油を取りなさいな、露伴」

「また血を吸われることがあれば考えとこう。尤も、そんな機会が来ないことを切に願うがね」

「あら、残念。味については酷評したけれど、香りの方はいいわよ。淀みがなく、素直に鼻を突き抜けてくれる。
紅茶に入れて、飲んでみたいわね。味がしつこく主張してこないから、フレーバーティーとして合いそう」

「ふーん」と、露伴は頷いてから、首に付いた血を指で拭き取り、それを鼻で嗅いでから舌で舐めてみる。
「僕には何の臭いもしないし、味に至っては単なる鉄という感じだな」

「子供にはワインの味は分からないものよ」


ふふっ、とレミリアは優雅に笑みを零した。
まるで深窓の令嬢が小鳥の囀りを楽しんでいるような無邪気な可愛さだ。
今といい、前といい、彼女は実に色々な表情を見せてくれる。
その多彩な魅力を作品に生かすためには、やはり彼女の様々な顔をちゃんとスケッチしておくべきだろう。
そう思った露伴が再びスケッチブックを手にするが、その彼の目がクワッと、いきなり見開かれた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、レミリア! 本物の吸血鬼というのは、羽があるものなのか!?
クソッ! これじゃあ、全体像からスケッチを、しなおさないとじゃないか!!」


思わず、露伴の口から文句が漏れる。
露伴の血を吸って全快したレミリアの背中には、さっきまでなかった翼が生えていたのだ。
翼のない吸血鬼を元に『東方幻想賛歌』を描いてしまっは、それこそ『リアリティー』に欠けてしまう。
露伴は最高の作品を描くため、急いでペンを走らせ始めた。


577 : 奇禍居くべし ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/16(火) 23:55:47 BoURW6aU0
その様子を端で見ていた慧音はホッと一安心した。
露伴とレミリアの長々とした会話が、ようやく終わりを迎えたからだ。
勿論、それで彼らが静かになったというわけではない。
レミリアは自らの羽をひけらかすように、その場をクルリと回ったり、
また露伴の要望に応えて、色々なポーズを取ったり、と未だ場をうるさくしている。
だが、先程の会話以上の喧騒はなく、平穏を感じ取れる状況だ。
これなら、情報交換に移って問題ないだろう。慧音は、ようやく笑顔で口を開くことが出来た。


「よし! それじゃあ皆、そろそろ情報交換に……」

「……あ、ちょっと待って!!」


慧音は、もう言葉で注意するのに疲れたのだろう。
彼女は無言で、台詞を差し込んできた夢美をギロッと睨みつけた。
慧音の目は据わり、里の子供達が見たら裸足で逃げ出しそうな、もの凄まじい視線だ。
だが生憎と、慧音は夢美の興味の対象外。夢美は慧音の変化に気づくことなく、揚々とレミリアに話しかけた。


「ねえ、レミリアちゃん、ちょっといい?」


夢美の声が聞こえると、途端にレミリアの顔から表情が消え失せた。
そしてレミリアは全員に聞こえるように深く溜息を吐き、面倒くさそうに応え始める。


「何だ、まだいたのか、お前は。もう家に帰っていいぞ」

「いや、いたわよ! っていうか、帰れるなら、もうパチェを連れて、家に帰っているわよ!」

「パチェ……ねぇ」親友の愛称を耳にしたレミリアは訝しげな顔を作り、夢美へ向き直る。「お前は本当にパチェの友達なの?」

「友達じゃないわよ! 親友よ!」

「そうは言うけどさぁ、私、パチェからお前の話を聞いたことなんか、一度もないんだけど」

「まぁ、そうでしょうね。私がパチェと知り合ったのは、この殺し合いが始まってからのことだから」


578 : 奇禍居くべし ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/16(火) 23:57:50 BoURW6aU0
不機嫌さを隠せずにいたレミリアだが、それを聞いた途端、彼女の顔はパァーッと明るくなった。


「なーんだ、じゃあ、単に友達ごっこに興じていただけってことね。そうならそうと早く言いなさいよ!」


まるで花が咲いたかのような満面の笑顔である。レミリアに訪れたのは安堵だ。
あの社交性の低いパチュリー・ノーレッジと、易々と親友になれるわけがない。
パチュリーとの積み重ねた時間があるからこそ、レミリアは夢美の親友発言を遠慮なく嘘と判じることができた。


勿論、パチュリーに友人ができることは喜ばしいことだ。それはレミリアだって、受け入れることはできる。
寧ろ、幻想郷の皆を紅魔館に呼び寄せて、パーティーを開くぐらいのことをして、祝ってやりたい。
だけど、大魔法使いが選んだ唯一の『親友』に代わりが効くようになっては許せることではない。
それも、ぽっと出の馬の骨ともなれば尚更だ。そんな簡単に自らの居場所が取って代われるようでは、
二人で一緒に過ごしてきた全ての時間が、まるで意味のないものだった、と
パチュリーに言外に言われているような気が、レミリアにはしてくるのだ。


そういった不安は、知らず知らずの内に、レミリアの中で怒りに変わっていった。
そしてそれは棘となり、言葉や態度で夢美を突き刺していく。
今回、レミリアが殊更見せた安堵と笑顔も、それである。自分以外にパチュリーの親友はいない。
その思いを確固とするための、その思いが事実であると夢美に分からせるための、レミリアの幼い攻撃――小さな癇癪。


だが、それだって、人を傷つけるには十分な「凶器」である。夢美の額にビキビキッと青筋が浮かんだ。
確かにパチュリーと出会って間もないが、それでも「ごっこ」と揶揄されるような、つまらない絆を築いたつもりはない。
それを確信している夢美は、だからこそ、怒る。自分がパチュリーを想う気持ちは、偽物ではないのだから、と。


「ふざけないで! 私はパチェと遊びで付き合っているわけじゃないわ! この気持ちは本物よ!」

「そっちこそ、ふざけるな! たった数時間の出会いで、何が生まれる!? 私とパチェは、その何万倍もの時間を一緒に過ごしてきたんだぞ!」

「ハッ、付き合いの長さでしか友情を量れないっていうのは哀れね。どれだけ貴方とパチェが薄っぺらな時間を過ごしてきたかが分かるわ」

「時間の積み重ねが何を意味しているかも知らずに、今だけを見て作り上げた妄想に縋りつくのは賢いのか?
お前は、パチェの何を知っている? お前はパチェのことを、何にも分かっていない!」

「へー、じゃあ、貴方はパチェの全部を知っているっていうの? 知っているから、親友だっていうの?
馬鹿馬鹿しい! 友情は、そんな知識の量を競って作るものじゃないでしょッ! もっと相手を想う気持ちが大切なはずよ!」


579 : 奇禍居くべし ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/16(火) 23:58:35 BoURW6aU0
「それを形作るのが、同じ時間を過ごすことによって得た知識と体験だと言っているんだ! 莫迦!」

「それを形作るのに、膨大な時間は要らないって言っているのよ! 莫迦!
その証拠に教えてあげましょうか、私とパチェの濃密な時間のことを、レミリアちゃんの知らないパチェのことを?」

「ななななな、な、何よ? そ、そそんなものあるわけが……」

「フフフ、パチェって、あんな華奢な身体をしているのに、かなりアクティヴなのよ」

「ハハ、何だ、それくらい知っているさ。パチェが一人で外に出かけるのを見たことがあるし、
分身の術を使って、一人で弾幕ごっこをしているのも見たことあるもの!」

「……あら、じゃあパチェがいきなり人の顔面に右ストレートをかましてくるぐらい活発なのも知っている?
彼女、おしとやかに見えて、かなりのじゃじゃ馬なのよ!」

「それくらい常識でしょ! 私なんかパチェの魔法で身体を燃やされたこともあるんだぞ!」


そのまま二人は、「私はパチェとこんなことをしたんだぞ」、「私はパチェにこんなことをされたんだぞ」と、激しく主張し合っていく。
その内容はどれも凄まじく、傍から聞いているだけだと、パチュリー・ノーレッジは、とんだクズの危険人物である。
しかし、延々と続くかと思われるほど怒鳴り合っていた二人だが、ようやく終わりを迎えることになった。
夢美が息切れを起こすほどの酸欠状態の中で、どうにか本来の目的を思い出すことに成功したのだ。


「ぜぇぜぇ、ぜぇぜぇ……ち、違うのよ」

「はぁはぁ、はぁはぁ……な、何がよ?」

「わ、私は、貴方とこんなことをしたかったわけじゃないのよ」

「何、やっと負けを認める気になった?」

「違うって。勝負は一旦、お預けってこと。私はレミリアちゃんに訊きたいことあるのよ」

「お前になんか絶対に教えない!」

「この殺し合いに関わることよ」


何となく意地を張ってみたレミリアだが、そう言われたら、答えざるを得ない。
レミリアだって、何も自分の我儘を突き通して、
荒木と太田が立てる木に花を咲かせてやろうなどとは思っていないのだから。


「それで私に訊きたいことって、何?」


ぶっきらぼうにレミリアは言葉を放った。
夢美はそれとは正反対にウキウキと喜びで顔を綻ばせていく。


580 : 奇禍居くべし ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/16(火) 23:59:11 BoURW6aU0
「ありがと。それでレミリアちゃんの身体の怪我って、何で血を吸うと治るの?」

「『栄養』を補給したから」

「その『栄養』って、何?」

「……魔力」

「魔力って、魔法を使うのに必要なエネルギーよね?」

「そうだけど?」

「人間にも、魔力があるってこと?」

「ある人もいる」

「露伴先生は?」

「ない」

「じゃあ、何でレミリアちゃんは、それが補給できたの?」

「さあ、知らないわよ。タンパク質がアミバさんに変わるみたいに、なんかの消化酵素が働いたんじゃないの?」

「ふーん、じゃあ、その魔力は今どこにあるの?」

「私の血にあるのさ。肉になっていたら、お前より身長は高くなっていたかもな」

「ところで、レミリアちゃんて、魔法を使えるの?」

「当然」

「あら、やっぱり吸血鬼も素敵♪」夢美はにこやかに呟くと、次の瞬間、大声で吼えた。「レミリアちゃん!! お手ッ!!」


元来のノリの良さのせいだろうか、レミリアは首を傾げつつも、素直に手を差し出された夢美の掌の上に乗せる。
そしてそれが致命的なミスだと気づかさせてくれたのは、目の前に浮かんだ夢美の笑顔であった。


「ハイプリエステスッ!!!」


夢美は、そのままレミリアの手をガッチリと掴んで、高らかにスタンドの名前を呼び上げた。
すると、彼女の背後から変な顔をした物体が飛び出し、それは瞬く間に注射器に変化。
そしてそれを空いた方の手で夢美が掴むと、再びレミリアに向かってニッコリと微笑んだ。


581 : 奇禍居くべし ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/17(水) 00:01:05 3KlrG0Z20
「は〜い。痛くありませんよ〜。イチゴ味ですよ〜」



ぶすっ!!


        ちゅ〜!!



「いっった〜〜〜〜い!!!」


涙目になってレミリアは悲鳴を上げた。
いきなりの注射に、痛みと疑問が、彼女の自制心を押し退け、頭の中で吹き荒れる。
だが、それも一瞬のことで、次いでレミリアの中に込み上げてきたのは、純然たる怒りであった。


「お前ェッ!! 勝手に何をしてるッ!!!」


耳をつんざくような怒号である。憤怒によって涙を吹き飛ばした彼女の姿は、まさしく鬼と言っていい。
しかし、夢美はというと、そんなレミリアには目もくれず、テキパキと己の仕事を進めていく。


「えーと、血はどこに保存しようかな。スタンドに入れたままだと、何かと不便だし……
……まぁ、ペットボトルでいいか。少し不衛生だけど、吸血鬼の再生力を考えれば、劣化は少ないわよね」


そう言うと、デイパックからボトルを取り出し、水をバシャバシャッと捨てる。
そしてそれが空になると、採取した血を悪びれることなく注入。
それが終わると、ようやく夢美はレミリアに向き直った。


「どーどー、レミリアちゃん」

「どーどー、じゃない!! 一体、どういうつもりだ!!」

「実験に使うのよ」

「何の!!!!???」

「え? えーと、その、ほら、あれよ、あれ! 
聞いた話だとレミリアちゃんって、血の一滴でもあれば、そこから復活できるんでしょ?
だから、この血に対して、私達に施されている能力制限の解除を、色々と試みてみようと思ってね。
ほら、いきなり人体に対して、そんなことをしたら危険でしょ? 単なる血に対してなら、別に遠慮する必要はないしさ。
それに上手くいけば、新しいレミリアちゃんが、生まれてくる。これなら戦力も拡充できて、ウィンウィンよ」

「私はアメーバか!! 血が流れたところで、私がゾロゾロと増えるわけないでしょ!! 気持ち悪い!!
私の魂は一つしかないんだ!! 例え制限が無くなったところで、私は分裂なんかしないわよ!!
っていうか、それが理由だと、さっきの問答がまるで意味を成さないじゃない!!!!」

「へー、そうなのー、知らなかったわー」


582 : 奇禍居くべし ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/17(水) 00:02:03 3KlrG0Z20
棒もビックリするくらいの棒読みである。
その適当さに激怒したレミリアは、牙と爪を剥き出しにし、いよいよ夢美に襲い掛かる。


「さっさと私の血を返せ!!」


空気を切り裂くような素早さと鋭さを兼ね備えたレミリアの攻撃が、立て続けに繰り出される。
しかし、腐っても岡崎夢美。彼女は博麗靈夢と霧雨魔梨沙を相手取ったことのある兵(つわもの)である。
ヒラリヒラリ、とレミリアの襲撃をかわしつつ、高らかに吼える。


「嫌よ!! これはもう私のものよ!!」

「私がお前のものになるわけがないだろう!!」

「えー……あっ、じゃあ、こうしましょう。私の血を代わりにあげるわ。これで、おあいこ。等価交換ってやつよ」

「どこが等価だ!! ダイヤモンドと生ゴミの価値が、釣り合っているわけがないだろうッ!!」

「む、誰が生ゴミよ! 玉石を見分けられないレミリアちゃんの穴だらけの目の方が、よっぽどゴミでしょ!」

「ちゃんを、つけるな、ちゃんを! 私の威厳が無くなるだろう!!」

「え、今更そこに反応するの? まぁ、いいわ。ところで、私達ってかなり濃密な時間を過ごしていない?」

「してない!! 大体、時間が濃密なんじゃない!! お前が濃いだけだ!!」

「これはもう私達は友達ってことで、いいわよね?」

「死ね!!」

「私のことは教授って呼んでね、レミリアちゃん」

「嫌!! 死んでも嫌!! 大体、何でそうなるのよ!!?」

「私の愛称だからよ。パチェも、私のことは教授って呼んでくれるわ」

「絶ッ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜対に呼ばない!!!」


イーッと歯を剥き出しして、ノーを突きつけるレミリア。
その姿がおかしかったのか、スケッチが終わり、側で見ていた露伴は、笑ってしまった。
その声を聞きつけたレミリアは、今度は露伴に食って掛かる。


583 : 奇禍居くべし ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/17(水) 00:03:03 3KlrG0Z20
「何がおかしいの!!?」

「ん〜〜〜、いや……別にレミリアを笑ったわけじゃないさ。
ただ殺し合いの場で、そんなことを言い争っているのが、何とも不思議でね。
だが、それでいながら、そこに不自然さがない。その光景が実に奇妙で、面白いのさ」

「当たり前じゃない。荒木と太田のせいで、私の普通を変えるのは変だもの」


レミリアは息を整えて、したり顔で露伴に答える。
そして夢美もレミリアを倣って、ニンマリと得意顔で呟いた。


「つまり、レミリアちゃんは、私に本当の自分を見せてくれたってわけね。
自分をさらけ出せるなんて、やっぱり私達は友達なんじゃない」


勝手な友達発言にカチンときたレミリアは「誰がお前の友達だ!!?」と、すかさす夢美に噛み付く。
さあ、夢美は、それに対して、どう反応する。レミリアは夢美の「攻撃」に備えて、万全の構えを取る。
しかし意外にも、そこで夢美がではなく、露伴が言葉を返してきた。


「おいおい、レミリアが普通をみせてくれたのは、僕を友達と思っているからじゃなかったのか?
レミリアとは話が合いそうだから、僕も是非にと思っていたんだが……そうか、友達じゃないのか。残念だなーーー」


途端に、レミリアの顔に渋面が広がり、彼女は頭を抱え込むことになった。
岸辺露伴は、レミリアにとっても興味深い人物なのだ。
大好きなマンガの作家ということもあるし、なるべく近くに置いておきたい。
しかし、ここで岸部露伴の発言を肯定してしまっては、夢美も友達として認めることになってしまう。
そんな絶望的なことは何としても避けたい。


「うー」


と、レミリアがしゃがみ込み、苦悩しだした。
レミリア本人としては、それは真剣に悩んでいるポーズなのかもしれないが、
傍から見た感想は一つしかない。夢美は笑みと共に、それを告げる。


584 : 奇禍居くべし ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/17(水) 00:04:19 3KlrG0Z20
「あら、可愛い」


それを耳にしたレミリアはハッと気がつき、急いで顔を上げた。


「二人とも、私をからかっていたのね!!?」


その答えを示すかのように露伴は頬杖をつきながら、ニヤニヤとし、
夢美も幼子をあやす母親のような柔らかな笑みを浮かべた。
たまらず、レミリアはプイッと顔を横に向ける。
恥ずかしかったのか、惨めだったのか、とにかく自分の顔に浮かんだ表情を彼女は見せたくなかったのだろう。


それはそれで、愛玩する対象に成り得るが、
レミリアをこのまま不貞腐れたままにしておくのは、やはり問題だ。
それこそ、人間と妖怪の関係にヒビを入れる遠因とも成りかねない。
露伴は、肩をすくめながらも、すぐさま謝罪を入れることにした。


「いや、悪かったよ、レミリア。僕としたことが、冗談が過ぎたようだ」

「私も悪かったわ、レミリアちゃん。あ、でも、私は冗談じゃないわ。ちゃんと友達だと思っているから」


夢美も続けて謝るが、それに対するレミリアの反応はにべもない。


「それこそ冗談でしょ? 気味悪い」

「ちょっと何で私だけ、そんなに冷たいのよ?」

「いや、今のは夢美先生が悪いですよ」

「え、露伴先生まで? え、冗談よね?」

「冗談ですよ?」

「冗談なわけないでしょ?」

「え、どっち?」

「冗談が冗談」

「つまり冗談」

「あー、冗談ってことね。って、意味分からないわよ!」







ワイワイ ガヤガヤ


  ワイワイ ガヤガヤ








    ブチリッ!!!!!!!



いつまでも続く三人の意味のない会話に、とうとう慧音の堪忍袋の緒が切れた。


「い い か げ ん に し な い か ー ー ー ー !!!!!!!!!!」


585 : 奇禍居くべし ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/17(水) 00:05:42 3KlrG0Z20
      ――
 
   ――――

     ――――――――





一体、慧音の説教は、いつまで続くのだろうか。
三人とも、行儀よく正座して聞いていたが、いい加減足の痺れが我慢できなくなったのだろう、
夢美が申し訳なさそうに、慧音に言葉をかける。


「あ、あのう、慧音先生? 貴方の言いたいことは分かったから。ね?
もうそろそろ、お説教はいいんじゃない? これ以上は本当に時間の無駄になっちゃうしね?」

「時間の無駄だとォーーーッ!!?」その台詞に慧音の怒りは再び頂点に達した。
「それを私は一体何回言ったと思っているんだァーッ? えー、言ってみろ!! 私は何回言った!!?
それを悉く無視して、下らないお喋りをペラペラペラペラペラペラペラペラペラァッ!!!!!!
それを今更になって時間が勿体無いだとォ!!? ええッ!? 一体どの口が、言っているというんだァー!!?」


慧音は夢美の両頬を片手で掴み「さあ、言ってみろ!!」と、そのまま上下に激しく揺さぶっていく。
その異様な迫力と怒りに、身を縮こまらせた夢美は、堪らず詫びを入れる。


「ご、ごめぇんなしゃぁ〜い」

「ん〜、聞こえんな〜!!」

「ごめぇんなしゃぁ〜い!!!」


「ハァー」と、その馬鹿げたやり取りに露伴は嘆息した。
慧音を無視してきたことに多少の申し訳なさがあったから、少しは真面目に説教を聞いていたが、
さすがにこれ以上は付き合いきれないと思ったのだ。レミリアも同じくそう判断したのだろうか、
露伴が足を崩すと同時に、彼女も正座を解き、露伴へ顔を向けた。
そしてそのまま二人は慧音を無視して、今までの情報交換に移っていく。


586 : 奇禍居くべし ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/17(水) 00:07:52 3KlrG0Z20
それを間近で目撃してしまった慧音は、夢美から手を離すと同時に、両膝を地面につけ、項垂れてしまった。
自分という存在が全く必要とされていない。それを慧音は心で理解してしまったのだ。
彼女の身体からは力どころか、魂まで抜けて、空っぽになろうとしている。
そしてその代わりに、慧音の目からは涙が止め処なく溢れて、その身体を哀しみで満たし始めた。


「げ、元気出して、慧音先生! 今度、何か奢るから!」


あまりに悲壮な慧音の様子に、我が道を勇往邁進するばかりの夢美も罪悪感を覚え、優しく声をかけた。
それと同時に夢美はばちこん、ばちこん、何回もウインクをして、露伴に必死にメッセージを送る。
それに気がついた露伴は大きく肩を竦めてから、しょうがない、と慧音に話しかける。


「そうですよ。僕もお酒を奢りますよ。一緒に呑み明かしましょう」

「あら、それなら紅魔館でパーティーなんて、どうかしら? 盛大にご馳走するわよ」と、レミリアも、露伴に言葉を続ける。

「…………私なんかが、行っていいのか?」


度重なる仕打ちに自信を喪失したのか、慧音の声はひどく頼りなく、か細い。
その内容も、いかにも卑屈に満ちている。ハッキリいって、こんな奴の相手は面倒くさい。
だけど、レミリアは微笑を携えて、満月が暗闇を照らすように明るく言ってあげた。


「主役が来なきゃ、パーティーは始められないでしょ?」


ホロリ、と慧音の頬に涙が落ちた。だが、それは先ほどと同じような冷たいものではない。
空っぽになった心を満たしてくれる温かいものだ。


587 : 奇禍居くべし ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/17(水) 00:08:53 3KlrG0Z20
「あっ、勿論、私も行くわ! 紅魔館って、パチェが住んでるとこでもあるんでしょ?」

「お前は来なくていいから」

「僕はいいんだろう、レミリア?」

「当たり前でしょ」

「ズルイ! っていうか、何で私にはそんな冷たいの!?」


また三人は取り留めの無い会話を続けていく。
だが、今回は慧音にも疎外感はなく、邪険な扱いにも思えない。
無意味とも思える話の内容だが、その輪の中に入ってみれば、それらは信頼関係を築くための
一つの大切な方法だと気づかされる。慧音はようやく皆と同じような笑顔で、言葉を発することができた。


「良かった。これで、私は皆と友達になれたというわけだな」

「え?」

「え?」

「え?」

「え?」





…………………………。







「うわ〜ん!!」

「うそ、うそ、冗談!!」

「そうよ、真に受けないで!!」

「あー、もー、単なる悪ふざけですって!!」






こうして皆で仲良く情報交換に移れましたとさ。


ちゃんちゃん。


588 : 奇禍居くべし ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/17(水) 00:12:16 3KlrG0Z20
【D-2 猫の隠れ里 酒蔵/午前】

【レミリア・スカーレット@東方紅魔郷】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:「ピンクダークの少年」1部〜3部全巻(サイン入り)@ジョジョ第4部、ウォークマン@現実、
    鉄筋(残量90%)、マカロフ(4/8)@現実、予備弾倉×3、妖怪『からかさ小僧』風の傘@現地調達、
    聖人の遺体(両目、心臓)@スティールボールラン、鉄パイプ@現実、
    香霖堂や命蓮寺で回収した食糧品や物資(ブチャラティのものも回収)、基本支給品×4
[思考・状況]
基本行動方針:誇り高き吸血鬼としてこの殺し合いを打破する。
1:咲夜と美鈴の敵を絶対にとる。
2:ジョナサンと再会の約束。
3:サンタナを倒す。エシディシにも借りは返す。
4:ジョルノに会い、ブチャラティの死を伝える。
5:自分の部下や霊夢たち、及びジョナサンの仲間を捜す。
6:殺し合いに乗った参加者は倒す。危険と判断すれば完全に再起不能にする。
7:億泰との誓いを果たす。
8:ジョナサン、ディオ、ジョルノに興味。
9:ウォークマンの曲に興味、暇があれば聞いてみるかも。


【岸辺露伴@第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:背中に唾液での溶解痕あり
[装備]:マジックポーション×2、高性能タブレットPC、マンガ道具一式、モバイルスキャナー
[道具]:基本支給品、東方幻想賛歌@現地調達(第1話ネーム)
[思考・状況]
基本行動方針:色々な参加者を見てマンガを完成させ、ついでに主催者を打倒する。
1:まずは『東方幻想賛歌』第1話の原稿を完成させる。
2:慧音、夢美らと共に目的を果たしながらジョースター邸へ。仗助は一発殴ってやる。
3:主催者(特に荒木)に警戒。
4:霍青娥を探しだして倒し、蓮子を救出する。
5:射命丸に奇妙な共感。
6:ウェス・ブルーマリンを警戒。
[備考]
※参戦時期は吉良吉影を一度取り逃がした後です。
※ヘブンズ・ドアーは相手を本にしている時の持続力が低下し、命令の書き込みにより多くのスタンドパワーを使用するようになっています。
※文、ジョニィから呼び出された場所と時代、および参加者の情報を得ています。
※支給品(現実)の有無は後にお任せします。
※射命丸文の洗脳が解けている事にはまだ気付いていません。しかしいつ違和感を覚えてもおかしくない状況ではあります。
※参加者は幻想郷の者とジョースター家に縁のある者で構成されていると考えています。
※ヘブンズ・ドアーでゲーム開始後のはたての記憶や、幻想郷にまつわる歴史、幻想郷の住民の容姿と特徴を読みました。
※主催者によってマンガをメールで発信出来る支給品を与えられました。操作は簡単に聞いています。
※ヘブンズ・ドアーは再生能力者相手には、数秒しか効果が持続しません。


589 : 奇禍居くべし ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/17(水) 00:12:39 3KlrG0Z20
【上白沢慧音@東方永夜抄】
[状態]:健康、ワーハクタク
[装備]:なし
[道具]:ハンドメガホン、不明支給品(ジョジョor東方)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:悲しき歴史を紡がせぬ為、殺し合いを止める。
1:霊夢と紫を探す・周辺の魔力をチェックしながら、第二ルートでジョースター邸へ行く。
2:殺し合いに乗っている人物は止める。
3:出来れば早く妹紅と合流したい。
4:姫海棠はたての『教育』は露伴に任せる。
[備考]
※参戦時期は未定ですが、少なくとも命蓮寺のことは知っているようです。
※ワーハクタク化しています。
※能力の制限に関しては不明です。


【岡崎夢美@東方夢時空】
[状態]:健康、パチェが不安
[装備]:スタンドDISC『女教皇(ハイプリエステス)』、火炎放射器@現実
[道具]:基本支給品、河童の工具@現地調達、レミリアの血が入ったペットボトル、不明支給品0〜1(現実出典・確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:『素敵』ではないバトルロワイヤルを打破し、自分の世界に帰ったらミミちゃんによる鉄槌を下す。
パチュリーを自分の世界へお持ち帰りする。
1:パチェが不安! 超不安!! 大丈夫かしら…
2:霊夢と紫を探す・周辺の魔力をチェックしながら、第二ルートでジョースター邸へ行く。
3:能力制限と爆弾の解除方法、会場からの脱出の方法、外部と連絡を取る方法を探す。
4:パチュリーが困った時は私がフォローしたげる♪ はたてや紫にも一応警戒しとこう。
5:パチュリーから魔法を教わり、魔法を習得したい。
6:霧雨魔理沙に会ってみたいわね。
[備考]
※PCで見た霧雨魔理沙の姿に少し興味はありますが、違和感を持っています。
※宇佐見蓮子、マエリベリー・ハーンとの面識はあるかもしれません。
※「東方心綺楼」の魔理沙ルートをクリアしました。
※「東方心綺楼」における魔理沙の箒攻撃を覚えました(実際に出来るかは不明)。


590 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/17(水) 00:17:54 3KlrG0Z20
以上です。
考察メインの予定だったけど、ここまでが限界でした。


591 : 名無しさん :2016/02/17(水) 03:10:58 hvc/GGrw0
投下乙です。
日常回といいますか、彼ら彼女らの「普通」が垣間見られるある意味ロワでは珍しい話。
殺伐とした話の合間にこういった、らしい日常が挟まれるとホッとしますね。
個人的には本編とはそれほど関係ない所でこんな風にじゃれ合ってるだけの話はもっと見てみたいと思っているくらいです。
そしてもはやお約束とも言えるお嬢様吸血リポート……これからも増えていきそうですw


592 : 名無しさん :2016/02/17(水) 14:04:11 phtey0aMO
投下乙です

レミリア→プライドの塊
夢美→好奇心の塊
露伴→プライドと好奇心の塊
引率の先生(チョロい)の胃が心配


593 : 名無しさん :2016/02/17(水) 20:21:45 mbrRYyTM0
投下乙です!
おお、これは素晴らしい平穏な時間ですね!
できるならこの時間が続いてほしいですけど、まだまだ火種は尽きないロワなのですよね……


594 : 名無しさん :2016/02/18(木) 01:07:04 3uJIuPHA0
投下乙です。久々感溢れる情報交換回、、、つまりは癒し回。たまらんですね
話の流れもかなーり緩急を付けつつ法廷速度はきっちり守るぜ!って感じでメリハリあります。ありすぎるぐらいにww
露伴とおぜうなんか正にこれで、ヘブンズの試し撃ちを直筆サインでチャラにするやり取りに始まり、どいつもこいつも自分のペースだけを守り過ぎて、てんやわんや
挙げ句好き勝手やっといて、先生のブチギレにはそっちのけで情報交換。先生いらなくね?なんて思ってはいけません。
余りにもあんまりな流れに哀愁と笑いを誘うぜ先生…

今回もキャラの描写を綺麗に整える氏の作風が如実に発揮され、台詞抜きの描写だけでも飯が旨い。
おぜうと教授、口論直前の描写とかいいタイミングで挟んであったり、悲しみに暮れる先生とかもいい…ww
でもでも台詞も面白かった、ヤバかった。というか面白れえ、ジョ東で一番笑ったかも
特に「子どもにはワインの味がわからないものよ」「お前が濃いだけだ!!」が好き
前者は雰囲気GoodカリスマMaxで、後者はホントそのまんま過ぎて笑いました。このシーンめっちゃツボです。
挙げるときりがないのでここまで改めて乙でした。


595 : 名無しさん :2016/02/18(木) 03:36:45 h5nIz0eE0
アミノ酸がアミバさんになってる?


596 : 名無しさん :2016/02/18(木) 23:42:22 xMIDHF6o0
投下乙!
いいなあ…みんな可愛いなあ…
この話だけ切り取ってずっと眺めていたいくらい和まさせていただきました
しかし悲しいかな、現実はどうあがいても血と闘争のバトルロワイアルなのである
いつまで続くかこの平穏
願わくば誰一人欠けることのないように…


597 : 名無しさん :2016/02/19(金) 01:30:50 TcIN21HI0
>>595
ミケランジェロやレオナルド・ダ・ビンチを言い間違えてるおぜうだから誤字じゃないぜ、おいたわしや…

誤字と言えば、わざとかもしらんけど魔理沙の「理」が「梨」になってる
ちなみに旧作仕様の魔理沙の漢字は魔理沙で正しいはず


598 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/02/20(土) 00:37:34 IfK285fI0
感想ありがとうございます。
書きたいところが書けず、かなりのストレスを感じていた話ですが、
感想を読んで何だか救われた思いがしました。

>>597
教授が登場話で魔梨沙って言ってたんだよー
って思ってたけど、改めて見直したら、その誤字はちゆりの勘違いと教授も結論づけてましたね。
すみません。あとで、直しておきます。


599 : 名無しさん :2016/02/28(日) 21:48:02 o1rCoLXY0
>>『刹那にて永遠の果てを知れ』

投下乙です。
リンゴォと輝夜、この2人の関係はなんとも表現が難しい。
一度不死を殺せども、その同類に完膚なきまで完全敗北を喫し己を失い、それでも立ち上がるものと、
同類に死を与え大きな変化をもたらしたものに、死を求めるもの。
その2人の掘り下げや表現が深い。
リンゴォの情けなさから立ち上がり己を取り戻していく様の熱さ、

『いや、違う。



それは男であることさえ捨てた、一糸纏わぬ全裸体。



その身を纏うは人間の、生を謳う覚悟の装束。



ヒトが挑むのだ。』

特にここが好きです。
そして聡明でありながらどこか悪戯で少し意地悪で、天真爛漫溢れる輝夜。
繰り返し言うほどなんとも表現が難しい2人で、それ故に深く面白い2人。
コンビとも仲間とも宿敵とも言えないこの2人の先行きは全く読めず楽しみです。
本当に面白かったです。


600 : 名無しさん :2016/02/28(日) 21:48:51 o1rCoLXY0
>>『奇禍居くべし』

後編投下乙です。
(慧音先生を除いて)こいつら全員ワガママ!って感じの滅茶苦茶に賑やかなお話。
おまけにワガママに加えて激情家が2人もいるから緩急が凄まじいことになっていい意味で読み疲れました。
誰よりも慧音先生に感情移入して憐憫の気持ちが湧き出る……。
何度も決裂の危機を迎えつつもなんとかまとまって良かった。
割といじられやすい親しみやすい暴君レミリアの可愛さも全体的光っていて良い。

>>「血とは生命の源。それが失われる人間にもたらされるのは、死と恐怖。
闇の住人である私にとって、それが何よりの甘美。そしてそれこそが吸血鬼の心と身体を満たすものと思いねぇ」

ここ原作っぽさを感じてめっちゃ好きです。
その上にまた吸血食レポ。もはや完全に定番。
露伴先生との個性のぶつかり合いも教授との噛みあわなさも面白い。
急ブレーキ搭載型ジェットコースター的な振り落とされそうなお話、
本当に面白かったです。


601 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/03/01(火) 21:43:07 gw1C8N5I0
えーりんとゆゆこさまで予約します


602 : 名無しさん :2016/03/02(水) 00:02:56 Lf7CPdcQ0
>>601
としまえn……お姉さまコンビの予約が。
ただ、一方は首輪解除のサンプルも得て割と好調だけど、
もう一方は茫然自失でふらふらとさまよってる状態。さて……。


603 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/03/05(土) 21:05:20 VHKObnKA0
投下します


604 : 亡我郷 -自尽- ◆BYQTTBZ5rg :2016/03/05(土) 21:07:01 VHKObnKA0
八意永琳が玄関の戸を開けると、そこには一人の女性が立っていた。
淡い水色を基調とした着物に、白のフリルを襟や袖に付けた何とも可愛らしい服。
肩までに伸びた豊かな桃色の髪の上には、死者が額に付ける天冠をかたどったような帽子が、ふんわりと乗せられている。
その下にある顔は服に似つかわしく、柔らかく、綺麗に整っており、きっと幾人もの男性を虜にしているであろうことは、想像に難くない。
だが、その美貌と可憐さを損なうかのように、彼女の瞳には一際黒い影がどんよりと暗く差していた。


いっそ、陰鬱といっても差支えがない。それ程の絶望的で、破滅的で、生気のない眼差し。
その有様を見て取ると、彼女の洒落た服装も、今では死装束のようにすら見えてくる。
そしてその歩く「死者」の手には、やはり死装束の一つの守り刀なのだろうか、一振りの立派な刀が収まっていた。


「……貴方は?」


永琳は、「死者」に質問を投げかけてみた。だが、そこに反応はなく、ただ虚ろに、幽鬼のように佇むのみ。
少なくとも、襲撃者の類ではなさそうだ。寧ろ、彼女は本当に墓場から起き上がってきた死者なのではないだろうか。
そんな考えすら、永琳の頭の中に浮かぶ。


「それで貴方は何者!? 何しにここに来たの!?」


永琳は苛立ちをぶつけるように、先程より強く言葉を発した。そして今度のは「死者」の耳にも届いたのであろう。
彼女は俯いていた頭を上げ、それから左に、右に、と緩慢に顔を向け、周囲を見渡し始めた。


「ここ……は、どこ?」


「死者」の台詞に永琳は溜息を吐いた。彼女が生きていたという安堵と、彼女の様子への失望だ。
自失状態にあったとなれば、バロルロワイヤルが始まってからの記憶を、どこまで持っているか、疑わずにはいられない。
もしかしたら、これから彼女と過ごす時間は、単なる徒労や空費で終わるという可能性も、俄かに生まれてきた。
しかし、それでも他の参加者の情報は欲しいものである。永琳は病人を診察するような忍耐で以って、優しく「死者」に向き直った


「ここは永遠亭よ。どうやって、ここに来たかは覚えてないの?」


そこで初めて永琳に気が付いたかのように、「死者」は驚いて目を開ける。


「……八意、永琳? 何……で、ここに?」


605 : 亡我郷 -自尽- ◆BYQTTBZ5rg :2016/03/05(土) 21:07:24 VHKObnKA0
永琳は愛想の良い笑顔を浮かべる一方で、心の中で舌打ちをした。「死者」が質問に答えなかったという苛立ちもあるが、
それ以上に自分を知る「未来からの来訪者」の登場が、永琳をより一層不機嫌にさせたのだ。
こちらは向こうを知らず、向こうはこっちを知っている。共有しているはずの知識や体験の欠如は、不信感しか生まない。
最悪、こちらが偽物と見做されるということも十分に有り得るだろう。そうなっては情報交換どころか、会話すらままならない。


さて、目の前の「死者」は、自分をどれ程知っているのだろうか、また自分とはどういった関係だったのだろうか。
そんなことを推察しながら、永琳は口から出す言葉を慎重に吟味する。


「ここが私の家なのは、知っているでしょう? 何か不思議がある?」

「そう、ね。別に、変じゃ……ない」


「死者」はそれだけ言うと、口を閉じて、目を伏せてしまった。
話をする気がないというよりは、生きる気がないようにすら思える。
いよいよ重症だ。だけど、その無気力さは、かえって好都合なのかもしれない。
何故なら、「時間のズレ」による違和感に気づき、関心を向ける力さえも、そこには残っていないのであろうから。
そう判断した永琳は、言葉を選ぶような探り合いはやめて、一気に踏み込むことにする。


「なら、私が薬師……医者ってことも知っているわよね? 話を聞いてあげる。こっちに来なさい」


永琳はそう言って、玄関の戸を開けた。
すると、「死者」は吸い込まれるように、その中へ歩を進めていった。
ただ言われたとおりに、ただ淡々と動く「死者」の姿。その空虚さは、まるで魂のない機械のようだ。
だけど、永遠亭の一室へ案内した永琳の目が突然と見張ることとなる。
「死者」をそこに座らせた途端、彼女の頬に大粒の涙が次々に流れ落ちていったのだ。


「……あ、あら? な、何で? ご……ごめんなさい。私ったら……」


自分でも驚いたのであろう、「死者」の口から、そんな言葉が飛び出る。
永琳もその変化に一驚したが、すぐさまそれを慈しむような、優しい顔に変化させた。
そして彼女は「死者」の手を、そっと温かく握り締め、病人を慰めるかのように、ゆっくりと語りかけていった。


「別にいいのよ。気にしないで。辛いことが、たくさんあったんでしょう? 誰だって、そうなってしまうわ」

「で、でも……」

「いいの。それに私は貴方の助けとなりたい。貴方に何があったのか、聞かせて。
貴方を救うなんて考えは、おこがましい話なんでしょうけれど、それでも今の貴方の放っておくことなんかできはしないわ」


永琳は「死者」と目線の高さを合わせ、親身になって労る。
それが功を奏したのか、やがて「死者」の口からはポツリポツリと言葉が零れ落ちていった。


606 : 亡我郷 -自尽- ◆BYQTTBZ5rg :2016/03/05(土) 21:08:11 VHKObnKA0
      ――
 
   ――――

     ――――――――



「死者」の話は取り留めがなく、整然さも欠いていた。だが、大筋で理解は出来た。
大切な人を失い、その犯人となる人も、また大切な友人なのかもしれないとのこと。
それを何とか聞き出した永琳は、再び柔らかな顔を作り、「死者」へ穏やかに話しかけた。


「貴方、食事は摂った? 食欲はある?」


「死者」は首を僅かに振ることで答える。
それ見ると、永琳は「じゃあ、少しそこで待ってなさい」と言って、その場を後にしてしまった。
そしてしばらくして戻ってきた彼女の手には、さっきまで無かったものが収まっていた。


「……それは?」

「ホットミルクよ」と、永琳は微笑を浮かべて答える。「蜂蜜をたっぷりと入れたから、きっと美味しく飲めると思うわ。
ふふ、こういった処方は意外だったかしら? だけど、貴方のような精神的な疲れや悩みには、案外こういうのが効くのよ。
これを飲んで、少し眠りなさい。そうして頭の中をリフレッシュさせるの。安心して。寝ている間は、私が見ててあげる。
そして起きたら、また貴方の話をゆっくりと聞かせて頂戴」 


永琳は目を細めて、ホットミルクが入ったコップを「死者」へ手渡した。
だが、それを受け取った「死者」は自らの手の中でコップを弄ぶばかりで、一向に口にしない。
ひょっとして、毒でも警戒しているのだろうか。だとしたら、医者として心外に他ならない、と
永琳は僅かばかり眉を顰める。そしてそれに符号するかのように、「死者」が唐突に言葉を発した。


「貴方、優しいのね」

「どうしたの、いきなり?」

「…………気づいていたかしら? 私、貴方のこと、結構苦手だったのよ。私の能力が効かないってこともあるけれど、
それ以上に、死とは無縁の貴方の考えが、誰よりも死を身近に置いてきた私には、到底理解できないだろうなって、そんな風に思ってた。
だけど、違った。貴方は人間と同じように生に向き合い、それを尊んでくれているのね」

「私は医者よ。それは当然でしょう?」

「当然?」


そこで「死者」はハッとしたように永琳を見上げた。
その予想だにしなかった反応に、永琳は首を傾げる。


「私、何か変なことを言った?」

「い、いえ、そうじゃないの。ただ、気づかされたの。医者が人を助けるのが当たり前のように、
友達が友達のことを信じるのも、また当たり前のことなんだって」

「貴方の悩みは、解決したということかしら?」

「ううん、そうじゃないの」と、「死者」は首を振る。「これから、解決するかもしれないってこと。
多分、私は莫迦なんだと思う。いえ、きっとそうなのね。でも、自分でもどうしていいか判らないくらい、心がグチャグチャで、
これから何をするのが正しいのかも全然判らなくて…………ただ、私は指標が欲しいの。『心の地図』が欲しいの。私がどこに向かうべきかっていう……。
だから、私はその『当然』というのを信じてみようと思う。それが果たして正しいものなのかって」


まるで熱病にでも罹ったかのようなうわごとだった。
その内容は支離滅裂で、何を言わんとしているか、全く伝わってこない。
だけど、それでも構わなかったのだろう、「死者」は永琳の反応も待たずに、言葉を続ける。


「私ね、何だか疲れちゃったの。紫を信じたいのに、信じられなくて……それでも信じたいけど、やっぱり信じられなくて……。
本当のことを言うとね、私は恐いの。紫に会って、妖夢のことを訊いて、それでどうするのかって、その答えに対して、どう振舞えばいいのかって。
もし紫が妖夢を殺したとしたら、私はどうすればいいの? 私が紫を殺して、妖夢の仇を取るの? それとも友達だからって、許すの?
何かしょうがない理由があったのよねって、紫を抱きしめればいいの? 紫が妖夢を殺してなかったら?
妖夢を守れなかった紫を、やっぱり責めればいいの? それとも紫を疑ってしまった自分を恥じればいいの? 私はどうすればいいの、ねぇ?
私は恐い。紫に対面して、真実を知るのが恐い。
その時、私は妖夢の主人として、紫の親友として、どういう選択をすればいいか、何をするのが正解か…………
こんな風にずっと悩んでばっかりで……そう……疲れたの。でもね、それでもね、一つだけは判るの。これで裏切られたら、きっと私はもう…………」


「死者」はそう言って、力なく、儚げに笑うと、ホットミルクを一息に飲み干した。


607 : 亡我郷 -自尽- ◆BYQTTBZ5rg :2016/03/05(土) 21:09:20 VHKObnKA0
      ――
 
   ――――

     ――――――――



永琳は死者の身体を紙の中に入れた。永琳は医者である前に、輝夜の従者なのだ。
そうして、すべきことを考えていたら、妹紅と同じように『薬』で死んでもらうのが適当というのが、永琳の出した答えであった。


勿論、死者となる前の彼女を、そのまま仲間に引き入れるということも、永琳は考えた。
精神的が衰弱した状態なら、そこに付け込んで、操り人形にするのは、そう難しくないし、
彼女が八雲紫と友人関係にあるというのならば、それも何かしら利用する手立てとなる。
その点に関しては、有用と言っていいだろう。しかし、永琳はその案を却下した。


精神に異常をきたした存在は、利点よりデメリットの方が多いと判断したのだ。
戦闘状態になれば、それこそ十全なケアなど行えない。加えて、これからする爆弾解除の実験で、陰惨なショーが開かれる。
そしてそれを演じる者達が、彼女の知り合いかもしれないとなれば、その危うさは計り知れない。
そういった中で、もし錯乱などして、妙な行動でもされたら、即ゲームオーバーということにも十分に成り得る。
それに真偽も定かではない下らない情報に踊らされて、簡単に友人である筈の八雲紫への信頼が揺らいでしまう関係など、高が知れている。
それでは仲間にする意味がない。というより、危険性の方が高い。


だからこそ、彼女には爆弾解除の実験におけるサンプルの予備となって貰うことにした。
たった一対の死体では、実験も慎重にならざるを得ないが、予備があるとなれば、少しばかりの無茶が出来るというもの。
それに妹紅以外の死体は損壊が激しく、その不安の解消に繋がったのも有り難い。
もし死体に不備があれば、代わりなど、すぐに殺して調達できるのだから。


永琳は死者が大事に持っていた刀を手に取り、振りかざしてみた。
障子の隙間から僅かに射し込んだ陽光を、その白刃は眩しく照り返す。
良く切れそうだ。これなら、簡単に人を絶命させることも可能だろう。
それに死者が大切に思っていたという従者の愛刀で果てるのならば、それも一つの手向けとなるかもしれない。


「……これって、感傷なのかしら?」


つい思い浮かべてしまった考えを、永琳は自嘲した。
共感を抱く要素など、どこにもなかっただろうに。
だが、これから何をするにしても、まずは禁止エリアに行くことだ。
そこへ行かない限り、実験を始めることすら出来やしないのだから。
永琳は意識を切り替えると、今までの遅れを取り戻すべく、急いでその場から駆け出した。


608 : 亡我郷 -自尽- ◆BYQTTBZ5rg :2016/03/05(土) 21:12:04 VHKObnKA0
【D-6 迷いの竹林 永遠亭/午前】

【八意永琳@東方永夜抄】
[状態]:精神的疲労(小)
[装備]:白楼剣@東方妖々夢、ミスタの拳銃(6/6)@ジョジョ第5部、携帯電話
[道具]:ミスタの拳銃予備弾薬(15発)、DIOのノート@ジョジョ第6部、永琳の実験メモ@現地調達、幽谷響子とアリス・マーガトロイドの死体、
    仮死状態の藤原妹紅と西行寺幽々子、永遠亭で回収した医療道具、基本支給品×3(永琳、芳香、幽々子)、妹紅と芳香の写真、カメラの予備フィルム5パック
[思考・状況]
基本行動方針:輝夜、ウドンゲ、てゐと一応自分自身の生還と、主催の能力の奪取。
       他参加者の生命やゲームの早期破壊は優先しない。
       表面上は穏健な対主催を装う。
1:爆弾解除実験。まずはB-4かF-5の禁止エリアへ。
2:輝夜、てゐと一応ジョセフ、リサリサ捜索。
3:しばらく経ったら、ウドンゲに謝る。
4:基本方針に支障が無い範囲でシュトロハイムに協力する。
5:柱の男や未知の能力、特にスタンドを警戒。八雲紫、八雲藍、橙に警戒。
6:情報収集、およびアイテム収集をする。
7:第二回放送直前になったらレストラン・トラサルディーに移動。ただしあまり期待はしない。
8:リンゴォへの嫌悪感。
[備考]
※参戦時期は永夜異変中、自機組対面前です。
※ジョセフ・ジョースター、シーザー・A・ツェペリ、リサリサ、スピードワゴン、柱の男達の情報を得ました。
※『現在の』幻想郷の仕組みについて、鈴仙から大まかな説明を受けました。鈴仙との時間軸のズレを把握しました。
※制限は掛けられていますが、その度合いは不明です。
※『広瀬康一の家』の電話番号を知りました。
※DIOのノートにより、DIOの人柄、目的、能力などを大まかに知りました。現在読み進めている途中です。

○永琳の実験メモ
 禁止エリアに赴き、実験動物(モルモット)を放置。
 →その後、モルモットは回収。レストラン・トラサルディーへ向かう。
 →放送を迎えた後、その内容に応じてその後の対応を考える。
 →仲間と今後の行動を話し合い、問題が出たらその都度、適応に処理していく。
 →はたてへの連絡。主催者と通じているかどうかを何とか聞き出す。
 →主催が参加者の動向を見張る方法を見極めても見極めなくても、それに応じてこちらも細心の注意を払いながら行動。
 →『魂を取り出す方法』の調査(DIOへと接触?)
 →爆弾の無効化


【藤原妹紅@東方永夜抄】
[状態]:発狂、体力消費(中)、霊力消費(大)、両手の甲に刺し傷、黒髪黒焔、仮死(inエニグマの紙)、再生中
[装備]:火鼠の皮衣、インスタントカメラ(フィルム残り8枚)
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:生きる。
1:みんな殺す。
2:優勝して全部なかったことにする。
3:―――仮死状態―――
[備考]
※参戦時期は永夜抄以降(神霊廟終了時点)です。
※風神録以降のキャラと面識があるかは不明ですが、少なくとも名前程度なら知っているかもしれません。
※死に関わる物(エシディシ、リンゴォ、死体、殺意等など)を認識すると、死への恐怖がフラッシュバックするかもしれません。
※放送内容が殆ど頭に入っておりません。
※発狂したことによって恐怖が和らぎ、妖術が使用可能です。
※芳香の死を確信しています。
※輝夜を殺したと思っています。
※現在黒髪で、炎の色が黒くなっている状態です。彼女の能力に影響があるかは不明です。
※現在仮死状態です。少なくとも正午を過ぎるまで目覚めませんが、外的要因があれば唐突に復活するかもしれません。


【西行寺幽々子@東方妖々夢】
[状態]:仮死(inエニグマの紙)、左腕を縦に両断(完治)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:…
1:…
※参戦時期は神霊廟以降です。
※『死を操る程度の能力』について彼女なりに調べていました。
※波紋の力が継承されたかどうかは後の書き手の方に任せます。
※左腕に負った傷は治りましたが、何らかの後遺症が残るかもしれません。
※現在仮死状態です。少なくとも正午を過ぎるまで目覚めませんが、外的要因があれば唐突に復活するかもしれません。


609 : - ◆BYQTTBZ5rg :2016/03/05(土) 21:12:56 VHKObnKA0
以上です


610 : 名無しさん :2016/03/05(土) 21:40:55 YTN6fpH.0
投下乙です!
えーりん、まさに危険対主催
もっとも死体となった二人が自由になると厄介なのは確かなので
判断は間違っているとは言い切れないのが何ともw


611 : ◆at2S1Rtf4A :2016/03/06(日) 01:38:21 00bLFBBc0
自尽って他殺じゃないですかやだー!しまっちゃおうねー役立たずの参加者はしまっちゃおうねー
お燐垂涎ものの4つの死体がえーりんの手に。ジョ東随一のネクロフィリアにしてしまっちゃうおばさんは恐ろしいですね


612 : ◆at2S1Rtf4A :2016/03/06(日) 01:44:51 00bLFBBc0
すみません途切れてしまいました。
私もヴァニラ・アイス、東方仗助、比那名居天子、八坂神奈子で予約します


613 : 名無しさん :2016/03/06(日) 07:22:16 xekMThCw0
投下乙です
迷いに迷った幽々子の独白を問答無用でぶった切るかのようにモノ扱いするえーりんは恐ろしい…
この状態の幽々子にこれ以上刺激を与えようものなら、二度と戻れないとこまでいっちゃいそうなのが不穏ですね。
永琳とてあくまで理性的に動き、状況の打破を目指しているのもわかるので失敗も出来ない。
可能な限り己の情報は発信せず、相手の心を探り探りで引き出していく永琳の巧妙さは流石の一言。


614 : 名無しさん :2016/03/07(月) 07:44:19 u.tJLfvg0
投下乙です!
うむむ……永琳の思考がとにかく冷徹で、それでいてその正しさが凄いです!
確かにこの状況では、足手まといに構っていたらそれこそ危険ですからね


615 : 名無しさん :2016/03/10(木) 19:53:51 a1Rye6K.0
拙いですが、ワンシーンをMMDで再現してみました
いつも楽しく読ませていただいてます。書き手の皆様応援しています!

ttp://iup.2ch-library.com/i/i1612917-1457606630.jpg


616 : 名無しさん :2016/03/10(木) 20:02:43 MKSAuRys0
おぉ……おぉ……! これは『あのシーン』の再現ですね! 凄ッ!
なおこの後当身される模様


617 : 名無しさん :2016/03/10(木) 21:21:48 2kR7VRZ60
>>615
ミドリ良いよね


618 : ◆at2S1Rtf4A :2016/03/10(木) 22:24:25 PT6lrL8o0
かなりフライング気味ですが予約の延長をします

>>615そ・し・て!眼に優しい緑コンビだあああぁぁぁあああ!!
ありがとうごさいます!
嬉しい!ホカホカのパンティー投下しちゃうッ!ってできないのが残念でならないッ!
早苗さんに足マッサージして花京院がブチ壊してくれて良かったと改めて思います!


619 : ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:09:54 PsYjk5fY0
ゲリラという形ですが、投下します


620 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:12:27 PsYjk5fY0
『因幡てゐ』
【昼】D-4 香霖堂前


私の永い人生、こうして今思えばひたすらに『逃げ』を極めた臆病な道程だった。
そもそも妖怪兎なんて妖獣の中でも指折りに弱者の部類に入る。弱いものは弱いのだ、しょうがないじゃんか。
それでも私は生を謳歌したいと願った。弱いなりに知恵を蓄えてきた。
妖怪には、幻想郷には、いや『此の世』には不変のルールという奴が空を覆っている。
『強者は弱者を支配しなければならない』という、至極シンプルな不文律が。
例えばこの幻想郷なら真っ先に名が挙がるのは『博麗霊夢』とか『八雲紫』なんかがそうだ。
賛美されるべき強者こそがこの世のバランスを支配できる権限を持ち得、私みたいなヒエラルキーの下の下は目立てば叩かれる矮小な歯車でしかない。

まだ命名決闘法が定められていない不安定だった頃の幻想郷。そこでも私は常に『狩られる側』の妖獣でしかなかった。
調子に乗った妖怪共から逃げて逃げて逃げて逃げて、夜明けの到来を待つことに一生懸命なウサギ。それが私。
永く生きて得た知識は全て自分の保身の為だけに使ってきた。妖怪兎のリーダーを務めていたのもひとえに自分が生き残るため。
そう……『自分のことしか考えない』。この思想は妖怪ならば至極当たり前の考え。妖怪なんて言ってしまえば誰もが身勝手なんだから。

世のバランスというのは実によく出来たもので、私たち弱者はどんなに虐げられようともその存在は決して淘汰されることはない。
弱者が在るから強者は在る。強者が在るから弱者は在る。まさしく歯車だ。上手く噛み合ってるじゃないか。
だけどそんな世界の住人が“助け合って生きている”なんて誰が思う? 少なくとも奴らは私たちをただの踏み台程度にしか考えてない。


そんな底辺での生き方に育まれた故という訳じゃないけど、私は自ずと理解もしていた。……いや、生まれながらに知っていた。
『法』とは比類なき力。人も妖怪も屈するしかない力、つまりは暴力だ。
暴力によって私たちはまさしく赤子のように無力な存在へと変わっていった。
この世の強者と弱者の関係の本質とは『隷属』であることに、人はいつしか気付くもんだ。
私みたいな錆びた考えの底辺者は、所詮は量産可能のただの歯車。絶対不変のシステムを動かすだけの動力に過ぎない。


そんな私が。
痛みや困難から逃げ続けてきた私が。
臆病で、自分が第一だってズルく考えてる卑怯者の私が。


「―――賭けてみよう。ジョセフと、てゐの二人に。僕の命“チップ”全てを」


どうして、同じ弱者である霖之助から、こんな謂われぬ期待を背負わされているんだ?


621 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:13:50 PsYjk5fY0
香霖堂の玄関前。情けなくドアに聞き耳を立てていた私の鼓膜に入り込んできたあの男の台詞が、いやに反響する。
ここまでの成り行きは大体理解出来た。馬鹿げたことに、アイツらはなんとギャンブルによってあの八雲藍に立ち向かっているらしい。
相手見て喧嘩ふっかけてんの? ジョセフやシュトロハイムならともかく、霖之助は九尾のヤバさを知らないわけじゃないでしょ。
言わんこっちゃないじゃない。案の定、ボロクソに負けてる。私、散々警告したよね?

大体、霖之助のアホ野郎はズルいんだよ。
私よりも弱いクセにさ、その“せめて自分にも出来ることだけはやり遂げよう”って『信念』だけは立派。
弾幕ひとつ撃てないクセにさ、命をも捨てる『覚悟』だけは華々しい。

信念? 覚悟?? はぁ〜??? なにそれ美味しいの。
随分と似合わない姿勢じゃない。乾坤一徹の勝負なんて時代遅れだよ。この幻想郷には不似合いの概念だ、信念や覚悟なんて言葉は。
もちろん私も例外じゃない。そんな気概はクソ喰らえだ。寿命が縮む。
今日までのらりくらりと生きてきただろうアンタが、一体どうしてそうも能動的になって動いている?
知り合いが死ぬのが嫌か? 私だって嫌だ。
ジョセフの精神に感化されたか? 私だって……アイツには突き動かされている、部分もある。正直。


「あんなチビうさぎに何でそこまで期待してるのかね」

「てゐと君の『二人』にさ。人と妖怪が手を組むってのも中々新鮮で面白いと思うよ。
 もっとも半妖の僕が言っても説得力があるのかないのか、って感じだけどね」


勝手なことを言ってくれる。私の気も知らないで……!
その『人と妖怪が手を組む』って部分もぶっちゃけ途方もない大穴だらけの『ギャンブル』なんだよ! 人と妖の英雄譚だなんて夢物語さ!
幻想郷の歴史を見てみなよ! 人間は妖怪を畏れ! 妖怪は人間を襲う! 歴史の基盤は結局のところ『争いの歴史』だ!
私が人間と手を組んで異変を解決する? ふざけないでよ。現にアンタら、三人がかりで負けてんじゃん、その妖怪に。
そのうえ相手は幻想郷のシステムを根本から支えるあの八雲の眷属。私と違ってまごう事なき『強者』だ、八雲藍は。
現在の藍に何があってゲームに乗ってるのかは知ったこっちゃないけど、それは曲がりなりにもヤツが選んだ道!
言い換えるなら、八雲の眷属に歯向かうってことは現行の幻想郷システムそのものに喧嘩売るってことだぞ! それをあの霖之助は―――


「―――なんで、私なんかに、託しちゃうんだよ…………っ」


ドアの向こうで誰かが倒れた音が響いた。たぶん、霖之助がやられた音。


瞬間、私の頬に何か冷たいものが伝う。
涙……なんかじゃない。これは『雨』だ。雨が、降ってきた。
思わず空を仰いだ私の視界に、どんよりとした雲が一面に広がっていた。いつの間に天気が悪くなったんだろう。
こんなハリボテ世界にも雨は降るんだな。まるで今の私の心模様だ、この天気は。ははっ。

惨めだ。私は、なんて惨め。
これが神サマの定めた運命だなんて言うなら、私は神サマをひゃっぺん呪ってやる。
運命だ因縁だなんて言葉は、私には無縁。弱者だろうが強者だろうが、妖怪ってもっと自由であるべきだろ……!


私は自由に生きたい……!
私は誰にも縛られたくない……!
私は救われたい……!


私は…………死にたくない……っ!


622 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:14:37 PsYjk5fY0


「ジョセフ……今すぐ賽子を渡せ。それともまた“よからぬコト”でも考えているか?」

「ジョセフお兄さん……」



―――でも!

弱者には、弱者の意地がある!

それはきっと、同じ弱者である霖之助にも理解させるためのもので……

つまりは、霖之助の奴を見返してやりたかったんだ、私は……っ!

つくづく馬鹿な行為だって思う。私らしくない、自棄っぱちな行動……

でも、ほんの少しの勇気なら既に受け取った。幸運を呼ぶ福籠……フクロウから。


『オレは中立ダカラヨォ〜〜、オマエに頑張レとか言ワネェーケドヨォ〜〜……
 モー少しぐらい、自分に素直にナッテモイインジャネーノカナー』


龍の言葉が脳裏で再生される。

このDISCにはどこか、固い決意を感じた。


『よく聞け!邪知暴虐の糞主催者共! 儂は佐渡の、いや、幻想郷の二ッ岩、二ッ岩マミゾウじゃ!
 儂はお主たちの負けにこの生命を賭ける!いざ勝負じゃ!』


同時に響く、力強い声。どこかの誰かの、魂の叫び。

この妖怪もきっと、誰かに敗北して、心半ばに散ったひとり。

そして霖之助と同じで、その生命を偶然とはいえ私に賭けてしまったひとり。

本当に、お前ら皆、勝手だよ。

自分勝手に命賭けて、そのくせ後は人任せときた。

ギャンブルで賭けていいのは自分の命までだろ。言っとくが私は、力は本当に弱いぞ。


『お主には悪いことしたかのう。そういえば鈴仙殿も同じ兎の妖獣じゃったか。どうにも儂は妖怪兎と縁があるようじゃ。
 でもま、これも一蓮托生じゃろ。力添えなら惜しまんぞい!』


死んだヤツがペラペラ頭の中に語りかけてくんなよマミゾウとやら。てか鈴仙と会ったのかよ。

くそ……益々コレ、負けるわけにはいかなくなったろ。畜生。

分かったよ……この場所に来た時から、本当は最初から覚悟してたんだ。

少し、ビビッてただけだ。臆病で悪かったな、私はこーいう奴なのよ。

そこで見てろ霖之助。今からお前をギャフンと言わせてやる。今どき『ギャフン』だぞ。


―――だから死ぬな。私も死なない。やるだけはやってみるからさ。







「―――待って。……ちょっと、待ってよ。その勝負」







そして私は自ら足を踏み入れた。

生への渇望……真の意味で『生きること』への執着、その扉の向こう側へ。

人生とは、生とは、欲望だ。

生きるということは、手に入れるということ。



―――『ギャンブル』なんだ。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


623 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:15:25 PsYjk5fY0
ジョセフ・ジョースターは『この』場面を予想していなかったわけでは、決してない。
彼は因幡てゐの本質を、初めて会った時から何となくではあるが見抜いていた。彼女がひとつの『分岐点』に立ち、迷っていたことを。
臆病だが口だけは達者。意地悪いが気だけは強く。嘘吐きで腹黒だがどこか健気で根っからの悪人ではない。
なるほどと、ジョセフは霖之助が語った言葉に今更ながらも合点がいった。確かに少し、ほんのちょっぴり自分とてゐは似てるかもしれない。
だからこの小さな仲間が俺たちのピンチに駆けつけてくれるかも、などといった都合の良い妄想を今まで考えなかったわけではないのだ。


『まさか本当に現れてくれるとは』


ジョセフの脳裏に過ぎったこの言葉が口にされるよりも早く、彼の思考はここに来て急ピッチで回転を始めた。
もはや後がない藍とのチンチロ一騎打ち勝負最終戦。勝利への道を必死に模索していたこの瞬間に起こった僥倖。

僥倖とはてゐの存在だ。幸福を運んで来たのはてゐであり……いや違う。
てゐそのものの存在がジョセフにとっては『幸福』に他ならない。いま、この時この瞬間にとっては。


「―――待って。……ちょっと、待ってよ。その勝負」


香霖堂の扉をゆっくり開けて突入したてゐの第一声。弱々しくも決意のような灯火を篭らせる彼女の言葉は、すぐに途切れることになる。
まず場を躍動させたのは、いち早く思考を完結させたジョセフの大声。



「てえええええええぇぇぇゐッッッ!!!!! 橙の『リモコン』を奪えぇぇぇぇーーーーーーーッッッ!!!!」



突如自分に向けられた叫びに戸惑う兎と猫の影ふたつ。てゐと橙。
その僅かな隙、同時に動いた人と狐の影ふたつ。ジョセフと藍。

「――――――ッ!!」

藍の顔が歪を示す。ゲーム最終局面にして、初めて予想外の事態が起こってしまったのだから。
まさかジョセフの仲間がここに来て登場するとは露にも思わなかった。だからこそジョセフの思考から一手遅れてしまった。

『ゲームに関係ない第三者の介入』

この事実が何を意味するか。
現時点でそれを理解できているのはジョセフと藍の二名のみ。

「え…………? ぁ、ちょ……っ」

一方のてゐは廻り巡る展開に思考が追いつかない。
当然だ、彼女は今の今まで音と声のみによってゲームを外から傍観してきた身。しかもゲームを傍受していたのは途中からだ。
この場の詳細な流れ、空気をその身に実体験してはいない。

焦るてゐに襲い掛かる暴力は、その殺気を隠そうともしない藍の凶手。
飛び跳ねるようにして椅子から激しく立ち上がり、テーブルに足をかけてそのままジョセフの頭上を飛び越える。


『殺される』―――てゐは本能で感じた。標的は間違いなく自分だ。


624 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:16:12 PsYjk5fY0

(何故なにどうして? なんでワタシ? ちょっと待て。本物の九尾だ。大妖怪で。あの八雲紫の式神。完全に狩人の目。ヤバイ奴だ。
 いや何でワタシに来んの。まだ何もしてないじゃん。チンチロはどうした。クソッ やっぱ来なけりゃ良かったこんな場所)

一瞬のうちに様々な思考が目くるめく脳裏に去来する。走馬灯ってこんな感覚なんだろうなぁと馬鹿げた感情が一瞬湧いた。
その呆けの刹那、無防備なてゐの心臓を貫かんとする藍の貫手を、ジョセフが横からド突いた。いかな大妖の突撃といえど、真横からの衝撃には崩れるものだ。
たまらず藍は椅子ごと吹き飛ばされるも、負傷してない左腕の方を地への支えとし、身体を捻って受身を取った。

そしてここまでの流れを身動きも取れずに傍観していた当事者てゐは、今やっと理解することができたのだ。


(橙のリモコン……首輪…………あっ…そ、そっか! 私なら!)


見ればジョセフの首にも藍の首にも、黒い鉄製の輪っかが装着されている。あれこそが件の首輪なのだろう。
そして彼らは現在、その首輪を外すためにゲームに興じているようなものであり、そのリモコンを橙に握られているからこそ迂闊に強行手段を行使できずにいる。
だが第三者であるてゐならば。首輪など嵌められていないてゐならば。
首輪の執行を恐れることなくリモコンを奪うことが出来る。そして即座に藍の首輪のスイッチを押してしまえばいい。

「……橙、悪いねッ! 今だけは大人しくしててくれ!」

考えてみれば実に単純で簡単なことだった。
何故もっと早くに気付かなかったのか。ひとえに自分の精神状態が酷いものだったからに違いない。
てゐは駆けた。この時ばかりは鴉天狗の飛行速に並ぶんじゃないかと自負できるほどの全速。
たいして長くもない足で橙めがけて駆け、大して長くもない腕をその手に持つリモコンまで伸ばす。
DISCで得たドラゴンズ・ドリームを使用すれば藍相手に驚かせるくらいは出来るかもしれないが……
いや、あの能力はどうにも速効性に欠ける。発動から攻撃までへのタイムラグがあるらしいのが難点だ。
やはり強引にもリモコンを奪うしか……!


「橙ッ!! ジョセフのリモコンを押せぇぇぇッッ!!!!」

「―――っ! ぁ、で、でも……藍さま、わたしは……」

「め――――――くッ! 小兎ごときがァァ!!」


床に腰を落としたままの姿勢で藍は叫ぶ。いつもの冷静沈着な一面が嘘のように崩れていた。
そしてそのまま左腕を伸ばし、てゐへと弾幕をすかさず発射。
威力もない、一発だけの弾幕はてゐの命を刈り取ることは出来なかったが、彼女の体を壁まで叩きつけることには成功した。


「あう……ッ!」

「てゐ!!」


―――失敗。


てゐの腕はリモコンに触れることすら出来ず、激痛を伴う結果のみに終結した。
またとないチャンスを逃してしまった。せっかく燦々たる遊戯からの脱退の機会だったというのに。
いや、てゐのせいではない。彼女からは、何となくジョセフらについてきただけという偶発的様子は感じられなかった。
「その勝負待った」というてゐの言葉からは、どこか決意めいた意志が滲み出てきていた。
ならば彼女には何か意図があってこの勝負に介入してきたのだろう。その決意を邪魔した無粋者は、むしろジョセフ。
わけもわからずいきなり暴力沙汰に巻き込んでしまい、その小柄な体にあわや怪我をさせるところだった。

「オイ大丈夫か!? すまねえ、俺が余計なこと叫んじまったせいで……!」

「………………いや、もうムリ。わたし死んだ」

「元気そうだな。無理はすんな、そこに居ろ」

数時間ぶりに再会した悪戯兎との会話は、状況とは反して惚けたモノから始まった。
二人の地が如実に反映された空気ではあったが、ここからは帯を締め直さなければならない。


625 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:16:51 PsYjk5fY0

「よお藍ねえちゃん。お互いちょっとしたハプニングだったな。
 だがこのウサちゃんとは同じ里で暮らす妖怪同士だろ? ここは見逃しちゃくれねーかな」

会話する間にもジョセフは思考を止めることをしなかった。
この時このタイミングで因幡てゐが乱入して来た事実をどう受け止めるか。どうチャンスに変えるか、と。
少なくとも『不幸』ではない。状況は既に最悪だ、そこからの更なる転落など考えたくない。
ならばやはりてゐとはジョセフにとって『幸運』そのもの。そう思いたい一心で藍へと視線を交わした。

「…………巫山戯るな、その兎はお前の仲間だろう。里でも有名な腹黒妖怪を前にむざむざ見逃せるものか」

冷たい顔で青ざめる橙を自身の後ろに隠し、藍は懐から鋭い薙刀を向けながら牙を剥きだす。
哀しきかな、てゐの幻想郷での評判は負のイメージに傾いていた。いまや彼女は完全に敵視されている。
ならばどうする。勇気を出して救援に駆けつけた彼女を追い出すか。それで藍が納得するならばいい。
だが追い出したところでジョセフを待つのは敗色濃厚の賽子勝負再開。事態の好転には繋がりそうもない。

「何の悪戯をしたものか分からん厄介者を放置など論外。気の毒だが今すぐ死んでもらうか、何ならこの『首輪』でも付けるか? ひとつ余っているが」

ディパックから黒光りする鉄輪を脅すようにチラと見せ付けられる。初めに橙に付けられていた首輪だ。
藍からすればほんの冗談。皮肉のような言い回しで挑発しただけに過ぎない台詞。



「そう……その言葉を待ってたよ。その『首輪』……私にもよこしなさいよ」



――――――だから、惜しげなくてゐがそう返してきた言葉に彼女は思わず目を丸くしてしまった。



「「………………は?」」


マヌケな台詞で返したのはジョセフも同じ。
今、このチビ兎は何と言った?


「ジョセフたちを縛ってるその悪質な首輪……私も着けてやるって言ってんの!」

「…………??」


ジョセフは学校の成績はあまり芳しくなかったが、それでもタチの悪い切れ者と称されるだけは頭の回転が無駄に速い。
そしてそれ以上に八雲藍は怜悧な大妖。聡明さでは幻想郷でも五指に入る部類なのだ。

その手練手管ともいえる二人をして、今てゐが発言した言葉の意味を図りかねていた。
命綱を差し出しに現れた救世主が、何故か綱と共に沼底に飛び込んできた。それ以外に言い様のない言葉だった。

「てゐ……? もしもォ〜〜し??? お前さん、来てくれたのは嬉しいんだが―――」

ジョセフは。
そう……ジョセフには、てゐが重い足を動かすに至った『勇気』というものを少しばかり履き違えていた。
彼女がこの場所に現れた理由……玉砕覚悟でもなければ、根拠のない特攻を仕掛けたワケでもない。


てゐには確固とした意志があって、
自分なりに考えたやり方があって、
嫌々ながらではあったが、
本当に選びたくもない道ではあったが、




「わ……わた、私と…………っ! いや、私たちと今すぐ『勝負』しろ! や…八雲藍ッ!!」




―――確かにこの瞬間、因幡てゐという弱者の意地が、生への渇望を示した。

―――『生きる』ために。『手に入れる』ために。『立ち向かう』ために。ジョセフの『傍に立つ』ために。

―――暗闇に微かに灯る『光』を目的に、自ら足を踏み入れたのだ。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


626 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:21:13 PsYjk5fY0
勝負。
今、確かに勝負と言った。
弱小妖怪の代表格、妖怪兎の因幡てゐが。
大妖怪に区別される最強格、九尾の八雲藍に対して。
『勝負しろ』と。確かに叫んだ。名指しで、人指し指まで突きつけて。
それがかつての幻想郷……伝統ある『命名決闘法』での遊戯ならば手を叩き、盃を交わしながら「おうやれやれ」と観戦する者も居ただろう。
スペルカードルールとは弱者でも強者に打ち勝てるというルールの下、制定された法だ。
だが言うまでもなく、現在の幻想郷はルールに守られた法治国家ではない。
誰が勝つか誰が負けるか、何が正義で何が悪かも分からない、倒錯した歪みの具現化。
荒され。脅かされ。集団感染する狂気に、ひとりまたひとり侵されていく。

この八雲藍も同じ。
狂気のウイルスに侵された悲劇の殺戮者だ。
因幡てゐを取り巻く『命名決闘法』などという蓑は既に存在しない。彼女を守ってくれるルールなど、今となっては白昼夢。
そんなてゐと藍が何でもアリの死合いの盤上に立ったところで、結果は火を見るより明らかだ。


「勝負、だと? 気でも違ったのか。お前はもう少し利口な考えの出来る妖怪だと思っていたが」


だから藍が『妖怪兎如きに舐められている』と機嫌を損なったのはごく当然だろう。互いの『格』を理解していない身分でもないはずだ。

「かか、勘違いすんな! お前なんかと殺し合うなんて死んでも嫌だよ! 『コイツ』で勝負しようって言ってんのさ!」

腰が引けながらも懐から取り出したてゐの右手には『トランプセット』が握られていた。
てゐとて考え無しにこの場へ乱入したのではない。自身の支給品『ジャンクスタンドDISC』の他にひとつだけ小道具が配布されていることを思い出したのだ。
普通のトランプ。ともすればジャンクDISC以上に使えないハズレ品だと決めつけ、今まで取り出すことすらしなかった支給品。


「私たちとこのカードで撃ち合え。ただし、スペルカードなんかじゃあない。普通の札だ」


てゐは自分の虚弱さを誰より知っている。だからやはり、ルールこそに守ってもらわなければ格上には勝てない。
『遊戯』というものには『ルール』があり、ジョセフたちも今の今までそのルール上にて賽を振り合っていた。
『遊戯』とは『殺し』の対極。まともな殺し合いでは不覚を取るであろうことがわかっているてゐは、遊戯盤で敵の上を行くしかない。
ルール無用のバトルロワイヤルにてルールを作り、身を投じることで隙を突く。

てゐは『ギャンブル』で命を賭けることに勝機を見た。

「……話にならん。何故私がジョセフとの勝負を中断してまでお前との札勝負に臨まねばならない?」

うん。予想通りだ。
てゐは藍のにべもない反論に心中で頷く。
そりゃあそう来る。てゐの持ちかけた提案は全く論理性が無い。
一突きで死に絶えるような雑魚妖怪相手に一体どこの大妖がわざわざ命を賭けたギャンブルなど行う?
そんなことはてゐも分かっている。彼女も生きた年月だけは藍など比べ物にならない程だ。長寿の知恵、ここで発揮せねばいつ発揮する。

「私に勝ったら『いーもん』あげるよ。まだまだ長い戦いが待っているアンタにとって、喉から手が出るほど欲しい代物のはずさ」

どこぞの男にも似た意地悪い笑みをニタリと浮かべながら、懐から小物を取り出す。
薬のような液体が入ったガラスの小瓶だった。


627 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:22:48 PsYjk5fY0

「あれ……お前、そりゃ確かシュトロハイムの野郎が持ってた……」

「そ。『ほ・う・ら・い・のクスリ』。当然本物だよ」

蓬莱の薬。
かつて天才薬剤師の八意永琳が世に生み落としてしまった、大罪の象徴。
飲めばひとたび『蓬莱人』……いわゆる不老不死へと変化する薬。
此度の殺し合いにおいては多少なりとも効能がセーブされているにしても、その効果は絶大。
禁忌ゆえに進んで飲む者など、まともな感性をしている者ならほとんど存在しない。それほどに呪われた薬。


「―――蓬莱の薬、だと? キサマがそんなものを……!」


そう。『まともな感性』をしている者なら決して飲もうなどとは思わない薬。
しかしこの九尾は現状まともではなかった。主の為ならばどんな『大罪』ですら犯すこともやむなしと決めた、狂信者。
だからきっと、藍は迷うことなくこの薬を飲む。飲もうと欲するはず。
そこにてゐは目を付けた。交渉ごとで何より大事なのは会話の『主導権』を握ること。
相手の思考・陰謀・策略……そんな見え隠れする意思を紐解く資質が必要だ。
因幡てゐという妖怪は元来、そういった交渉には慣れている。弱者である妖怪兎たちのリーダーを務めている彼女だから率先して談合を行い、時には欺くこともしてきた。
シュトロハイムに蓬莱の薬が支給されていたのは先ほどの情報交換の際に聞いている。交渉の材料としてはこの上ない逸品。
だから藍に吹き飛ばされた後、隙を見て彼のディパックから頂戴させてもらった。

生粋の『詐欺師』だと罵声を浴びてきたのは何もジョセフのみに非ず。因幡てゐもまた、生まれついての『詐欺師』であった。

「この蓬莱の薬を賭けて今すぐ私と『ゲーム』で勝負しろ。じゃなけりゃあコイツは今すぐ私が飲み干してやる」

瓶の蓋に手を掛けながら、堂々と宣言して見せた。
本当のところを言えばこんな厄物、飲みたくないに決まっている。
コレを飲んだ者がどんな末路を辿るのか。いや、きっとどのような末路をも辿ることは出来なくなるのだろう。
てゐの周りには三人の蓬莱人が居る。彼女らの抱える罪や苦しみはとても想像できる世界には無い。
しかし幸運というべきか、今回の殺し合いに限っては蓬莱人といえど『死ねる』らしい。永遠の苦しみなど味わうことはないのだ。

だから『飲める』。いざとなったら自分も飲んでみせる。
それほどの気概を、てゐは死ぬ気で醸し出して見せた。言うまでもなく、藍へとその覚悟を見せ付けるためだ。

「ウサギ風情が随分と上から物を言ってくれる。今すぐに勝負だと? ジョセフとのチンチロはどうなる」

今はジョセフと藍のチンチロ、その最終局面の途中。
てゐが外から傍聴していた限りでは、限りなくジョセフ劣勢の場面だった。
そのゲームを放り出してまで……つまりジョセフへの『トドメ』の機会を逃してまで藍がこの提案を受けるかといえば、希望は薄い。
てゐにとってそこが最も難関。ギャンブルのテーブルに着くまでがまず、この作戦のひとつの鬼門であった。
劣勢のジョセフを救い出す意味も兼ねての、あのタイミングでの乱入。この申し出は何とかして受け入れさせなければ。


628 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:24:49 PsYjk5fY0

「え、と……それはモチロン――――――」

「ナシでしょ! チンチロ勝負はあそこで終了! 終わり! お前はシュトロハイムと霖之助を見事倒せた。そこは認めてやるぜ!
 残念ながら俺は『時間切れ』で倒せなかったみてェーだが、チンチロはお前の勝ち。そう言わざるを得ないっつーコトよ!」


言いにくい申し出に淀むてゐの横で、さも自信満々でジョセフは言った。言い切った。断言した。
あのチンチロに時間制限など設けてはいなかったし、藍のチップかジョセフら三人のチップが全て無くなるまでの勝負だと事前に決めたはずだ。
吹けば飛ぶハチャメチャな理屈。よくぞまあこんな戯言をぬけぬけと言い切れたもんだと、てゐは一周回ってジョセフを賞賛した。コイツは大物だ。

「…………橙。この阿呆のリモコンを押―――」

「わーーわーー待て!! お願い待って!!」

ジョセフも冗談で言ったつもりはない。あのままチンチロを続けていたら間違いなく負けていた。
ならばここは死ぬ気で口八丁をこなし、何とかして藍を納得させるしかない。チンチロを再開させれば、打つ手ナシ。全て終わりなのだ。
何もノーカンにしろとは言ってない。既に仲間が二人やられたのは事実であり、その仇討ちは必ず行わなければならない。

(クッソ〜〜〜! なんか俺ってば、こーいう状況ばかり遭遇しない!?)

ワムウたちに毒指輪を埋め込まれた時といい、どうしてこう毎度毎度崖っぷちに追い込まれるのか。
しかも今回はてゐの勝負に持っていくまでが厳しいうえに、真の本番はそこから始まる。そのトランプ勝負とやらで負ければ皆仲良く全滅だ。


「……てゐ。いくつか聞こうか」

「……か、カモ〜ン」

「先ほどからお前はしきりに“私たち”と勝負しろと言い張ってるな。となれば勝負というのは、私とお前たち“二人”の勝負ということか?」

「え〜〜〜っと…………うん!」

「え゛ッ! そ、そーなの!?」

やや口ごもりつつもてゐはハッキリ笑顔で肯定した。ジョセフはその答えを予想していなかったのか、間抜けな顔で大口を開けてしまう。

「当たり前だろ! アンタ、私一人であの九尾を相手取れって言うの!?」

「そ、そりゃまあ、そうだがよ……」

「だったらウダウダ文句言わずに男らしく腹括れ! ハイ決定! 反論は受け付けないよ!」

実に強引にジョセフの勝負参加が決定してしまった。この男を尻に敷く態度、彼の地に残してきたスージーQを思わせる。
しかしそれはそれで悪い展開ではない。人間を下に見てくるあの妖狐、是非ともこの手で制裁を加えたいとも思っていたところだ。

―――問題なのは、この女に『多勢』が通用しないことだ。

ジョセフとてゐがコンビになり、藍と新たに勝負するのはいい。
だが先のチンチロでの不覚、忘れるにしては記憶に新しすぎる。
自信満々で三対一を仕掛けたところで返り討ち。もはや数の利など考えない方がいい。


629 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:25:36 PsYjk5fY0

「その蓬莱の薬が本物だという証拠は?」

「さっきお師匠様が直々に調べた……んだけど、残念ながら物的証拠は無い。まさか飲んで確かめるわけにもいかないし。
 でも信じてよ。これ本物。私、正直者だから嘘つかないウサ♪」

「凄いな。その言葉を信じるマヌケが幻想郷に居たら見てみたいものだ」

ぶっちゃけ言うと、てゐ自身も本物なのかの区別は付かない。
永遠亭の住民でありながら、蓬莱の薬なんてまずお目にかかれる代物ではない。
だがシュトロハイム曰く、永琳は確かに本物だと鑑定したという。ならば本物なのだろう、たぶん。

そしてもうひとつ。てゐはこの会話の中にもさり気なく『種』を蒔いた。
自分と永琳がこの会場にて、既に『繋がっている』というようなニュアンスの種を。
実際の所、てゐ自身は永琳とはまだ会ってない。シュトロハイムのみが彼女と邂逅を果たしただけだ。
しかしこの種の効果は上手くいけば絶大な牽制になる。あの月の天才『八意永琳』が既に自分たちの仲間として動いていることを相手に錯覚させれば、藍とて易々とは動けないだろう。

更にこれは誰の意図したものでない完全なる偶然だが、藍は先ほど『レストラン・トラサルディー』にて鈴仙と、シュトロハイムに化けたスタンドの二名を襲っている。
参加者にしては妙な違和感があったとはいえ、まさかかのシュトロハイムが偽物だとは思わない藍の脳内では、ある図式が出来上がりつつあった。
すなわち『シュトロハイムと鈴仙が繋がっている以上、そのシュトロハイムの仲間であるジョセフや因幡てゐも鈴仙とは仲間である』という構図だ。
この構図の中にも既に『永遠亭』の住人の名前が二つある。となれば先ほどてゐが蒔いた種にも説得力が加わってくる。


『ジョセフたちの仲間には“八意永琳”“因幡てゐ”“鈴仙・優曇華院・イナバ”らが居る可能性が極めて高い―――!』


永遠亭の奴らは厄介だ。
過去の出来事からも藍はそう判断せざるを得ない。ここに“蓬莱山輝夜”の名前まで加わったらもはや手が付けられない。
他の二名はまだどうとでもなるが“八意永琳”と“蓬莱山輝夜”。この両名を一度に相手にするのは愚策だ。
ただの可能性に過ぎない予測だが、厄介の芽は摘んでおきたい。


(少しずつ……腹の中から喰らうように、慎重に崩していくか)


藍は構築した。
この先、必ず激突するであろう強敵との戦いに備えて。


―――『月崩し』の策を。


630 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:26:48 PsYjk5fY0

「…………まぁいいだろう。私の腹は決まった。蓬莱の薬が本物なのかという裏は取っておきたいが……
 不本意だがここはお前を信用しよう、妖怪兎」

「え、ホント? さっすが話の分かるおキツネ―――」

「―――ただし『条件』がある。まずひとつ、『勝負内容』は私が決めさせてもらう」


うぐ、とてゐは小さく唸る。
胸中に生まれるは、小さな焦り。勝負内容を相手に決められるというのは言うまでも無く、大きすぎる譲歩。致命傷にすら成りかねない。

「俺は構わないぜ。お前が勝負の内容を決めろ藍」

迷うてゐの小さな肩をポンと叩き、ジョセフが前に出た。
そもそも此度の勝負の提案は、圧倒不利だったジョセフのチンチロ勝負を中断させてまで割り込ませた掛け合い。
ある程度の譲歩は当然。こればかりは利は藍にある。


「勝負ルールは幻想郷に多少なりとも馴染みがあり、かつシンプルで長くならないものが良いな。
 となれば―――『ババ抜き』などどうだろうか?」

「……バっ」

「ババ抜きィ〜〜〜??」


意外といえば意外。
あの誰もが経験の一つ二つあるだろうトランプ種目『ババ抜き』。
チンチロにしてもそうだったが、このような大衆遊戯で命を賭けること自体、馬鹿馬鹿しい。
だが藍の目はまたしても真剣そのもの。今度こそジョセフを喰い殺そうと企む狩人の瞳。

「いいじゃん、ババ抜き。私だって札勝負の種目にそこまで精通してるわけじゃなし。シンプルなのは良いね」

率先して合意したのはてゐの方。
彼女もトランプ勝負を持ち出した手前、事前に色々と内容の予想はしていたが……『ババ抜き』は悪くない。
少なくとも技術や経験が重要なファクターを担う他の種目よりも俄然やりやすい。てゐにとっては、“特に”。

(理屈で考えればほぼ100%私が勝てる勝負だ……! なんたって私は『幸運の白兎』だぞ!)

てゐが藍に勝っている要素は『運』しかない。
その運の要素によって大きく左右されるババ抜きなら、小細工ナシで勝てる。
勝てる……のだが。

(……でも、コイツ。わざわざ私に対して運勝負なんて、不気味だぞ……! なに企んでのよ……?)

今や手放しで喜べるような状況じゃない。
先のチンチロ勝負でこの妖狐の何を見てきた? 何を見てしまった?
断然有利かと思われたジョセフらに対し、類稀な手腕と先見で圧倒してみせたのは八雲藍の方ではなかったのか。
今度の勝負だって、必ず何かの『意図』があって仕掛けてきたに違いない。
150%の警戒と備えをしなければ、敗北する。喰い殺される。


「……ジョセフ。一緒に勝つわよ、今度は」


一緒に勝つ。
てゐの口から自然に出たその言葉を、てゐ自身、深く咀嚼する。
似合わないな。そうは思いつつも、不思議とコレが悪い気分ではない。
弱者の自分が人間と共に強者である九尾を討ち倒そうだなんて、ちょっと前までなら死んでも言わなかった。
あれもこれも全部霖之助のせいだ、と。
彼女は心の中で彼に舌を出す。


631 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:29:00 PsYjk5fY0

「勝つのは勿論だが……何でわざわざカードで勝負なんて提案したんだ?
 お前があのままチンチロに参入すればこの狐女ともう少しスマートに勝負できる流れになれたと思うぜ?」

「受けやしないよ、この九尾は。運の要素が強いチンチロでよりによって私と勝負なんて、能無しのやることさ」


もっとも、このババ抜きだってどう転ぶか全く予想がつかない。
チンチロよりも遥かにシンプルで、それこそ完全に運次第で雌雄は決する内容なのだから。


「納得してもらえたか? それならば次の条件だ。
 この勝負に私が勝てば蓬莱の薬は当然として、因幡てゐ……お前には私に『協力』してもらおう」

「ひぇ!? 協力!?」


今度はてゐも変な声が出た。
提示された第二の条件。それはてゐの、藍に対する協力要請。
裏を返せば勝負に負けてもてゐだけは殺されることはない、ということにはなる。
しかしこちらも手放しで喜べない。協力する内容については大方想像がつく。

「そうだ。私の手足となり、仲間の月人たちと接触しろ。
 奴らの情報を聞きだして来たり、場合によっては『暗殺』の命も視野に入れる」

途端に鳥肌が立ってきた。
ようするにてゐに『スパイ』のような役目を全うしろと言うらしい。
なるほど、藍からしてみればてゐなどの虫ケラを殺すよりは存分に利用した方が遥かに有用。
対永遠亭組を打ち崩すにはまず内壁から壊していけということだ。利口だが、なんと狡猾な手口か。
諜報仕事だけならまだマシだが、あの永琳を暗殺しろなどという命令を下された日には、二度と朝日は拝めそうにない。

「……おい、てゐ。大丈夫か? 体震えてっぞ」

「あ……う……! ダ、ダイジョーブ……ダイジョーブ……」

もっともらしい条件を叩きつけてきた。ジョセフらが負ければ彼ら三人は殺され、てゐはこの女の軍門に下るというわけだ。
蓬莱の薬による身体改造も加わり、この勝負の勝敗によっては藍の得るアドバンテージは果てしなく大きいリターンとなる。

「以上の二つの条件に了承するなら私はお前の勝負、受けてやろう。どうする?」

藍の浮かべる気味の悪い微笑には、大妖特有の自信がありありと見て取れる。
彼女の中ではこんな勝負、既にして勝ったようなものなのだ。てゐ達が勝つにはその驕心に付け入るしかない。
もとより頷くしかない条件。この提案を受け入れなければ先のチンチロ勝負の再開、すなわちジョセフの『敗北』が現実になりかねない。
てゐが勝つにはもう、ジョセフの協力ナシではあり得ない。


「わかった……やろう。やろうよ。私たちの運命を賭けたババ抜き勝負って奴を」

「こちとら願ったり叶ったりのチャンスなんだ。次は叩きのめしてやるぜ、八雲藍」


グッド。
藍はそう一言呟き、首輪を取り出しててゐに放った。
これを装着することで、もう後には引けなくなる。
首に巻いた首輪は『決意』の証明。その重さに、てゐも腹を括る。

自らの命をチップに、今度は自分自身がこの異変を解決する。その最初の第一歩。
幻想郷を救うだとか、そんな大それた正義感ではない。
ただ何も出来ない自分が惨めに思えて悔しかった。
霖之助にギャフンと言わせたかった。
ジョセフのようになりたかった。
自分のことばかりだ。私は何て自分勝手。
でも、それでもいい。妖怪なんてみんな自分勝手なのだから。


私は今日、初めて自分の運命の為に前へと歩き出す。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


632 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:29:35 PsYjk5fY0

「てゐはシュトロハイムと霖之助を少し頼む」


ジョセフに任され、私は首輪にやられた霖之助と軍人のオッサンを壁際に運んだ。
霖之助はともかくこの軍人の図体といったら巨大なもので、しかも見た目以上に重い。カラクリ仕掛けという奴らしい。
おかげで相当に苦戦しながら床を擦り回し、やっとの思いで端まで寄せることができた。因みにジョセフは手伝おうともしなかった。

「霖之助……? おーい、こぉりーん」

念のため呼びかけてみたが、その瞳はうっすらこちらを睨みつけている。何か癪だったから頬をぺちぺち叩いてやった。
どうやら神経毒の効果はその身体を麻痺状態にするらしく、死んでるとか気絶してるわけではないらしい。矢毒にも使われるアレだ。
でも、あくまでも『今のところは』だ。もうあと幾許もすれば、生命に影響が出る。


(……それまでに決着つけてやるからな。だからそこで見てろ、アホ面商人)


コイツに勝手に託された命のチップ、今から倍に増やして返してやるさ。
こう見えて私はギャンブル強いよ。貴方も知ってるでしょ、私の幸運。

一回だけ。一回だけ舞台の立役者になってやる。
この私が、よりによって人間と協力して半妖の貴方を助けてやるって言ってんの。
首輪をしっかりと締め付ける。これでもう、逃げようもなくなっちゃった。
あはは。笑いすら出てくるよ。でも、一蓮托生って言うじゃん? 私たちが負けたら皆死んじゃうんだろうね。

実を言うとさ、少し……震えてる。
勿論、怖いからってのもあるけど……、それ以上に『燃えてきた』。少し、だけどね。
誰かの為に……いや、本当のところは自分の為かも。
どっちでもいいよ。兎に角、自分の安全しか考えてこなかった私が、こうして貴方たちに託されてることに。
今、本当にやる気になっちゃってるの。燃えてんのよ。姫様あたりに見られたら多分からかわれるでしょうね。
貴方の馬鹿が移ったんだと思うよ。だからさ、


―――責任とって、最後まで見届けてよ。





「…………ぁ、……て…ぃ…………」


驚くことにその時、霖之助が僅かに声らしきものを漏らした。
確かに意識はあるようだ。よかったよかった。


「……………………?」


なんだ? 霖之助、何かを『見てる』……?
彼の視線からは、どこか意志めいたものを感じた。
何事かと思い霖之助の視線をそっと追ってみると……

「……橙、か? アイツがどうかしたの?」

確かにコイツの視線の先には『橙』がいた。
その意図なるものがよく分からん。口もパクパクさせてるだけで言葉も出てこないようだ。
何かを伝えようとしているのか……?

だがゴメン霖之助。何のことやらさっぱりだぞ。
さっぱりだけどしかし……コイツの意識があるというのは『運が良い』。ナイスだ。


「貴方の言いたいこと、今はわからないけど……でもこっそり聞いて。
 『トン一回で左。トン二回で右』……だ。“その時”になったら死ぬ気で指動かせ。貴方の指示通り動くから。
 私の言いたいこと、わかるよね?」


私の伝えるべきことはこれで終わり。後はもう、真剣勝負だ。あまりコソコソやってると藍に怪しまれる。


んじゃ、行ってくるよ霖之助。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


633 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:31:58 PsYjk5fY0
ジョセフはチラと時計を見る。現在10時7分。
迫る第二回放送時刻。それまでにはこの勝負も終結させたい。
行儀悪くドスンと椅子に腰を落とし、卓上の椀と賽子を親の仇のように睨み付ける。


――――――負けた。完膚なきまでに、敗北した。


心に積もりゆくは、崩されたプライドの瓦礫。
仲間を伴って挑んだチンチロ勝負は結果こそ途中終了の形ではあったものの、実質的にはジョセフの大敗だ。
てゐの機転が無ければあのまま全滅していた。皆の命を預かった身にして、敗けたのだ。
残ったチップをギリリと握る。託された意志だ。このまま敗けたんじゃあ、あまりにも無念ではないか。


「―――理解し難いな」


てゐから渡されたトランプを一枚一枚改めながら、藍は言った。
かの聡慧にも知り得ない事があるのか。女の言葉の意味を計りかねるジョセフに藍は紡ぐ。

「何故、お前はしがみつく? 奇跡でも見出そうとしてるのか? 巡らないチャンスを願っているのか?
 その朧気で鈍った意志をかろうじて保ち、何故また私を睨みつけられる?
 先のチンチロ勝負は中断でも引き分けでもない。お前の『負け』だった。それを理解出来ないお前ではないだろう?」

その通りだ。
自分ひとりではコイツに『勝てやしない』。それを骨の髄まで理解させられた。
遊戯種目が変わったところで、その事実は忘れようのない真実。
奇跡など幻想。チャンスなど待っても来ない。
如何にしてこの最強の妖怪に勝てばいい? ジョセフはその答えに到達出来ずにいる。
わかるのはただひとつの真実。

「……俺が諦めりゃあ橙はこの先、一生笑うことも出来ねえ。皆の意志だって嘘になっちまう。それだけだぜ」

「詐欺師のような男がいっぱしの粋を語る。そのギラついた瞳…………目障りだよ」

藍の金色の瞳に燻るは、深淵。
輝きを失った色の中にかつての八雲藍は無く、今や心の迷宮を彷徨う怪物。
怪物だ、この女は。


634 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:32:26 PsYjk5fY0

「……トランプに妙な細工も無いな。いいだろう、このままコイツを使わせてもらおう。
 橙。この中からジョーカーを抜き取り、シャッフルしろ。中立のお前がやるのだ」

「ジョーカーを……? おい、ババ抜きやるのに何でジョーカーを抜くんだ?」

「少しルールに興でも持たせた方が盛り上がりはあるだろう。変則ババ抜きだ。
 ババ抜きとはご存知、互いに札を取っていき最後にジョーカーが残ってしまった者が負ける遊戯。
 今回の場合ジョーカーは最初から抜いておき、ババの代わりとなるカードは“ランダム”で決定される。
 そのカードはゲーム終了まで確認不可とする。つまり、どのカードがババなのか分からないババ抜きだ」

「は? それってつまり…………」

ババ抜きではなく、正確には一般で言うところの『ジジ抜き』。
“何が抜かれたかわからない”状態でするババ抜きであり、こうなると終盤近くに成らないと警戒が出来ない。

「シャッフルは出来たか橙?」

「で、出来ました藍さま」

「ならば私とジョセフで一回ずつカットする。好きな場所をどうぞ」

言われるままにジョセフはデッキをカットし、続いて藍もカット。

「よし。橙、一番上のカードを一枚抜き、それを誰にも見せずにしまっておけ」

「…………は、はい」

幼い手が一枚のカードを抜き取り、この瞬間『ジジ』が決定した。
本来四枚ずつあるはずの数字札が三枚に減り、ジジに限っては最後に必ず一枚残ってゲームが終了する。
決して手札に残してはならない、負のカード。これこそがジジ抜きである。


「ババ抜きは結構やるけどジジ抜きは殆どやったことねーんだよな〜。あ、橙。抜き取ったジョーカーと外箱は俺が預かっとくぜ」

「……ルールを確認しよう。左回りに手札を取り合い『ペア』のカードが揃えば場に捨て、最後に残った『ジジ』を持っていた者の負けとする。
 負けた者は即首輪発動。お前らが勝てば首輪の鍵と解毒剤をくれてやる。この二つは橙に預けておく。ごくシンプルなルールだ」

「慣れねえサイコロ勝負より、やっぱカードの方が断然やりやすいぜ俺はよォ〜。てゐちんはどう?」

「私もいいよそれで。もう、行くとこまで行っちゃおう」


霖之助たちを壁際に寝かせ、傍でルールを聞いていたてゐも着席する。
その首には、命を縛る首輪がしっかりとその存在を主張していた。


「てゐ……ジョセフお兄さん……! わたし―――!」

「何度も言わせるな橙。今のお前は中立の立場だぞ。
 お前は黙って『やるべきことをやればいい』。いいな?」

「…………は、い」


説き伏せるような重圧を受け、橙は頷いた。
その様子をてゐは深く―――深く、観察する。



「それでは始めようか。橙、カードを一枚ずつ全員に配れ。

   ―――正真正銘、これが最終遊戯“ラストゲーム”だ」



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


635 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:34:02 PsYjk5fY0

人生はサイコロゲームのようだ。
伸るか反るか、一擲乾坤を賭す分岐点というものは必ず存在する。
振られた賽に身を委ね、天命を全うするのもまた人の世の常。

人生はトランプゲームのようだ。
配られた手は決定論を意味し、どう切るかは自らの判断による。
正しく判断した者が、より長く充実した人生を味わうことが出来るだろう。

ここに二つの人と妖が在る。
彼らは『自由』であった。何物にも縛られることを嫌う人種であった。
異なる世界の、決して交わりあう筈のなかった二人の『運命』という一本道が、因果により今、交叉する。
巨なる困難を乗り越えるため。己の向かうべき道を歩んでいくため。


遥か昔より廃れ、酒の席で語り古されたような『人妖譚』の新たな幕が開かれたのだ。




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  ◆ 香霖堂戦闘潮流最終遊戯 ◆
     遊戯名『ジジ抜き』

ジョセフ・ジョースター
       因幡てゐ  対  八雲藍

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 【ルール】
○トランプ52枚の中から任意の1枚をランダムに取り出し、そのカードは最後まで確認しないでゲームを行う。
○相手の手札から1枚ずつ取っていき、数字のペアが揃えば場に捨てる。
○手札が全て無くなればアガリ。最後に『ジジ』を持っていた者の敗北となり、首輪が発動する。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


636 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:37:13 PsYjk5fY0

「藍さま、ジョセフお兄さん、てゐ、藍さま、ジョセフお兄さん、てゐ、藍さま…………」


一枚一枚を拙い所作で均等にディールしていく橙。
震えているのが見て取れる。緊張しているのだ。ゲームに直接関わらないとはいえ、ディーラーという形でカードに触れることに。
そも、トランプという名の西洋かるたは幻想郷においてそこまで普及しておらず、住民達の専らの賭博遊戯は先に行った賽子遊戯が多い。
見慣れぬ札を緊張気味に配っていく橙とは裏腹に、ジョセフは当然として藍やてゐも特に新鮮気な様子なく手の中にカードを収めていく。
そこは流石に長寿の妖怪。ゴーイングアウトゲームだろうが何だろうがかかって来いとばかりに腰を据えた様子だ。


(さて……と。何とか勝負のテーブルにまでは駆け込めたけど……不気味だなぁ、八雲藍)


てゐが藍に抱く感情は、奇しくも霖之助がチンチロ勝負において藍に抱いたそれと同じもの。
藍という壊れてしまった式神の行動全てが、一律して『不気味』。掴めないのだ。
長く歩んできた人生のおかげで培われた交渉力、それが功を成して藍討伐のチャンスを得た。ここまでは良い。
問題はそのゲーム内容……ババ抜きならぬ『ジジ抜き』だ。

所謂「運ゲー」、テクニックの介在する要素のないゲームの代表がこの種目である。
チンチロリンなどよりも更に運の要素が強いこのゲームを、藍は自ら提案したのだ。

こともあろうに、因幡てゐという幻想郷随一のラッキーガールを前にして。


(ありえないでしょ……この手のゲームで普通に戦って私に勝てるヤツがこの世界に何人居る?)


10万分の1の確率すら、道端の花でも摘むかのように容易く懐に誘き寄せることを得意とする彼女である。
まず負けようがない。張り合えそうな奴など精々があの博麗の巫女くらいではなかろうか。
このゲームに論理的な勝ち方の議論は皆無だ。ババ抜きジジ抜きの勝敗を決するのは運のみであり、むしろそれこそがこのゲームの存在意義なのだから。

――というのが、世間一般的なババ抜きの理解だが。

まず考えられる仮説は、てゐの『幸運』というステータスそのものが主催によって弄られているという可能性。
いわゆる制限というものだが、今のところ幸運の調子は普段どおり……と言いたいが、実はよくわからない。
ゲームに乗った八雲藍と正面からぶつかっているという時点でまず、お世辞にも幸運の結果であるとは言えない。
確かに回避は出来た。この事態は回避することが容易かった状況である。
わざわざ店内に乱入して藍のターゲットに加わらずとも、ジョセフたちを見捨てさえすればごく簡単に逃げることが出来たはずだった。
それを何の気の迷いなのか、こうして命懸けの運試しに興じる羽目になっている。馬鹿みたいだ。

……少し話が逸れてしまった。つまりはこの現状、決して不幸の連鎖から始まったてゐの転落する運命ではない。
自ら選んだ道だ。戦うという扉に、手をかけたのは自分自身。
そこに不運だの不幸だのなんていう言い訳は口にしたくない。今の彼女はいつも通り、普段のラッキーガールとして振舞えている――

(……そう思うことにしよう。藍が私の幸運に制限が掛けられているかなんてわかりっこないんだ)

今は考えても答えが出せない問題。ならば藍の行動の理由、その二つ目の仮説は。


(お得意の……心理戦か?)


藍がこのゲームでてゐに勝てる要素があるとするなら、小手先で追い詰めようという心理戦。
「ジョーカーだけ少し上にずらして取りやすくする」「敢えてジョーカーじゃない方のカードにばかり視線を送る」等の小技。
ババ抜きとはそういった、ちょっとした戦法も効果がないわけでもない。
相手の心理を読み、場の展開を掌握して勝ちあがる藍のスタイルは先ほどのチンチロで嫌というほど見せ付けられた。
運試しでしかないババ抜きというゲームを、心理戦に持っていき相手を扱き下ろす。そんなやり方もあるにはある。
だが言うまでもなくこれはババ抜きとは少し違う『ジジ抜き』。そもそもジョーカーとなるカードが不明瞭の状態で進めるゲームなのだ。
誰の、何のカードがジョーカーなのかが最初から分からない。心理戦もクソもないルールである。

このジジ抜き、勝利のポイントはまずどのカードが『ジョーカー』なのかを早めに見抜くことが鍵か?
仮にそれがわかったとして、そこから先はババ抜きの体を出ない、それこそ運否天賦。
藍の頭脳が活かされる競技とはとても言えないのがこのジジ抜きだ。


637 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:38:16 PsYjk5fY0


(……クソ! 考えたってわからない。とにかく、私は藍に思考を読まれないようにしないと……)


結局は八雲藍への対抗策など思いつく筈もなく、今は手元のカードに全てを委ねるしかない。
別段ポーカーフェイスに自信があるというわけでもないが、なるべく顔に出さずに勝負に挑まなければならないというのがこの手のゲームの常であり、てゐも横に座る相棒の表情をチラと覗く。


「お〜〜!? 結構ペアが揃ってるジャンこれ〜〜! 幸先いいぜー!」


ポーカーフェイスの真逆を地で行くジョセフの歓喜した顔が、余計にてゐの不安を加速させる。
この男、チルノや神父を退けた時は凄かったが……どうにも信用できない。
今後アテにして大丈夫なのか? てゐは溜息を漏らすのをグッと我慢して、配られたカードを整理する。

「く、配り終わりました藍さま……えっと、ここから数字が揃った札を捨てていくんでしたっけ……?」

「そうだ。ペアの札は橙、お前に全て渡していく。つまり『場に捨てたカードの確認』を後から行うのは不可能とする」

几帳面にカードを整えていきながら、藍はルールを追加説明する。
ババ抜きならともかく、ジジ抜きで場のカードを後で確認できないというのは少々厳しい。ジジのカードが何であるか、見極めるのが難しくなるからだ。

「では……始めようか。今この場にある札の数は、トランプ53枚からジョーカーとジジを抜いた『51枚』。それを均等に分けたはずだ」

つまりはひとり頭『17枚』の初期手札が配られているということになる。
ここから各自、まずはペアのカードを場に全て捨てていく作業に入る。


「私は…………『A』『8』『9』『10』『Q』の五組がペア……まあ、こんなもんなのかな」

計10枚の札がてゐの手から卓の真ん中へ捨てられる。残りは7枚。

「俺も五組ペアが揃ったぜ。『A』『3』『6』『10』『K』だ」

ニヤケ面の相棒もてゐと同じく5組のペアを宣言。これで互いに7枚の手札となる。
そして最後、藍。その要となる初期手札は。

「……私も五組。『2』『3』『4』『5』『7』のペアだ。つまりは全員が『7枚』の手札でスタートすることになるな」

何事もなく10枚の札が場に捨てられる。
捨てられた札は全員合わせて30枚。これはこの先ゲームで使われない札になる。

「橙、捨てられた札はお前が仕舞っておけ。次からはペアになった札はそのまま橙に渡す。いいね」

集められたカードをトントンと束にし、藍はそれを手際よく橙に手渡した。
ここからはてゐも頭を働かせる。既にゲームは始まっているのだ。


(今……場に『A』と『3』と『10』のペアがそれぞれ二組ずつ捨てられた。つまりこの数字たちは『ジジ』じゃない……)


トランプに4枚ずつある数字……そのうちA、3、10が4枚とも今取り除かれた。
トランプの数字はジョーカー除き十三組。残るジジ候補はそれらから今捨てられた三組を引き、『十組』。この中のどれかにジジが混じっている。
てゐの手元に残ったカードは2、4、5、7、8、9、Jの7枚。流石にこの時点ではどれがジジなのか、まるで見当がつかない。


638 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:39:24 PsYjk5fY0

「このゲームを三人でやれば、最初は大体四〜五組ペアが出来るものだ。ま、ここまでは普通さ。
 さてこのジジ抜き、お前ら二人は仲間同士だという体だが、一応は多人数対戦形式の形はとってもらいたい。
 したがって『仲間同士の手札を教え合うのは禁止』だ。流石に私が不利すぎるのでな。言うまでもない事だが」

九本の尾をフワリと揺らして藍は言う。彼女の言う内容も予期できたことだが、さてそれではどうするか。
てゐにはテレパス能力の持ち合わせは当然無く、またジョセフと阿吽の呼吸で通じ合えるほど交流期間は深くない。
サインやアイコンタクトを取るのは不可能ではないが、ジジがどれか分からない以上無意味。それにどんな小さなサインだって藍には見抜かれそうで恐ろしい。
したがって全員全く同じ条件でゲームに臨むことになる。仲間同士、助け合いはできないということだ。

参った。このゲームもまた、二対一というこちら側のメリットを殺されている。
完全に運否天賦に委ねた決戦。誰が堕ちるのか、予想できない。


―――いや、本当にそうなのか?


(あの八雲藍が完全運ゲーの勝負なんて挑むワケない……それはありえないんだって!)


ここでまた最初の疑問に逆戻りの堂々巡り。それをいくら考えたところで現時点では未知の領域でしかない。
未知こそ恐怖。てゐは藍の未知なる思考、そこに恐怖を抱いている。誰しも何を考えているかわからない奴というのは恐ろしいものだ。
それは藍だけでなく、ジョセフ相手にも当てはまってしまうのがてゐにとっては不運というべきか。


「ゲームを始めよう。まず最初に誰から札を引くかだが……」

「あ、じゃあこーいうのはどーお? これこそ俺が考えたイカサマの余地なしの公平な決め方なんだけど、まず全員一斉に手を場に出す。
 その手の形によって優劣を決めるんだが、まず指を全部開いた形が……」

「ジャンケンだな。説明は結構。それが妥当だし、いいだろう」


何故か楽しそうに提案するジョセフの口を閉ざすように遮り、そのままなし崩し的にジャンケンの運びとなってしまった。
この三人でジャンケンポンの掛け声を出し合う光景はなんともシュールな気もしたが、特にもつれることなく結果は決まった。

てゐ→藍→ジョセフ→てゐ……引く順番はてゐからとなる。


「てゐ、お前からだ。遠慮なく……フフ。引けばいい」


藍からの、何気ない言葉。
そう、何気ない……どうということもない一言。


(私が、藍の……カード、を…………)


ゲーム開始。
その最初の駆け出しを担ったてゐに、圧し掛かる巨大なプレッシャー。
引くだけ。そう、ただカードを『引くだけ』の行為に、てゐは躊躇した。

否。
躊躇させられた。せざるを得なかった。


(八雲藍……コイツ、コイツは……!)


圧倒的な妖気。襲い掛かる身の竦むような物理的プレッシャー。
目の前に居る藍が。
カードを見せ付けるように並べて待ち構える九尾の女が。
鋭利な牙を剥かせ、大口を開けている。
ひ弱な兎を丸呑みにでもしようかというような、狩りの構えで。

―――そんな錯覚。

先ほどとは一線を画する様子が、藍の全身から漏れ出した。
鬼気が。殺気が。妖気が。凶気が。狂気が。
圧迫感が。威圧感が。閉塞感が。緊張感が。抑圧感が。
凄味が。風格が。悪寒が。気迫が。恐怖が。

てゐの八方……全身の毛穴という毛穴から、纏わり憑いて侵入してくるのだ。

かつての命名決闘法においては微塵にも見て取れなかった、本物の『殺意』。
強者が弱者を喰らう妖怪たちの不文律、その弱肉強食世界にすらこのような禍々しい意思など存在しない。
『生きる』ために『殺す』のでなく、『殺す』ために『殺す』。受身の生存本能にはない、そんな暴力的な理不尽。
単に妖怪としてのキャリアならてゐの方が上……そんな年功など喰い散らすかのように藍は、絶対的ともいえる圧威を湛えていた。


639 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:40:05 PsYjk5fY0


(―――ぁ、)


ほんの一瞬。
ゲームが開始し、数秒にも満たぬ時の中で。


(―――わたし、)


因幡てゐは即座に理解させられる。


(―――喰われる)


勇気も、意地も、幸運も、絶対的な『暴力』の前では皆平等に、無価値。


(―――この狐に、喰われて、死ぬ)


圧倒的なオーラがてゐに完璧な絶望を植え、その心をへし折ろうかという瀬戸際。


「てゐ」


九尾の胃袋に飲み込まれる寸前に、その男の腕は差し出された。


「オメー、ここに何しに来たんだ? この女の栄養になる為に来たのか? ちげーだろ」


男の差し向けた腕はどんな勇者などよりも頼りに映って。
男の語ってくれた言葉はどんな導師などよりも気高く聴こえて。


「勝ちに来たんだろ。この調子乗ったクソ女を、ブッ飛ばしに来たんだろ」


いつの間にか、全身を伝っていた汗が止まっていた。
体の震えは、もはや恐怖からではない。
心の。
魂の。
精神の奥に灯った、小さな小さな光。
永く生きている内にいつしか忘れてしまった、或いはもとより持っていなかったのかもしれない。
今は曖昧で、ぼやけているけども。
心に灯り始めた『ナニカ』が、震えているのだ。


「“一緒に”よォー、この雌狐の化けの皮剥いでやろーぜ。俺とお前の即興『詐欺コンビ』でな!」


ジョセフのニヤケ面を見ていると、凍えそうな寒さも和らいでくる。
藍などよりも数段厚そうな化けの皮を纏った男が何を言うと、冗談すら浮かんでくる。
少しだけ、橙がジョセフに懐く理由がわかった気がする。
コイツなら例えどんな困難や無理難題をも、何とかしてくれるのかもしれない。

―――コイツと一緒なら、たとえ藍にも……主催者にすら立ち向かえる。

そう思わせる何かがコイツにはある。頼ってしまいたくなる男なのだ、ジョセフという奴は。


「……ふん! な〜にが『詐欺コンビ』だ。あたしゃ『うさぎ』だ、ウ・“サギ”〜〜〜っ」


パシン、と。
気恥ずかしさからか、私はジョセフの差し出した手を強めに叩いて返答した。
思えば、ここまで全部霖之助の言葉通りになっていってる気がする。
アイツの言葉をキッカケとして私はジョセフたちを追っかけてきたんだし、
アイツの姿をキッカケとして私は藍に勝負を仕掛けたんだし、
今またこうして、アイツの言うような即興で作ったに過ぎないコンビで戦おうとしている。

全く、勝ちだよ勝ち。
私にやる気を出させようっていう、勝手極まりない賭け。
このギャンブルは、アンタの勝ちさ。霖之助。


でもここからは……私が賭けるギャンブルだ。


「引いたぞ、藍。……『ハートの4』、まず一組ペアだ!」


勢いよく、目の前でお高くとまった九尾からカードをひったくってやった。
私の『ダイヤの4』と揃え、まず最初に一組。

藍は面白くもなさそうに一言だけ、私を睨みながら吐いた。


「その表情、気に喰わないな。……気に喰わない」


この勝負、絶対勝つ!


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


640 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:40:36 PsYjk5fY0
ババ抜きとは、只管に『選択』の遊戯である。
複数のカードの中から、たったの1枚を抜き取るだけ。そこに計策や戦略が絡む要素はほぼ皆無。
しかし心理戦に持ち込めば多少は勝率も上がる可能性は出てくる。
相手の表情・機微を読み取る能力。こちらの表情を擬態させ、相手にジョーカーを取らせる能力。
敵も己も常に確率の領域で札を取り合う盤上で僅かなり勝率を上げるとするなら、そういった小手先の技術が必要にも成り得る。
とはいえこれは最終的には、ジョーカーを押し付けあう競技には間違いない。

だがジョーカーは、ゲームによりその役割を変化させる。
そのジョーカーが己にとっての女神となるか、自らを追い詰める死神となるか。
決めるのは自分自身だ。女神を振り向かせ、死神を押し付ける力持つ者だけがこの競技を支配できる権限を持つ。

少し変わって、ならば今回の『ジジ抜き』はどうか。
既知の通り、ジョーカーとなる『死神』は鎌隠し、有象に紛れてしまうという布陣。
姿形は見えど触れ得ぬ蜃気楼。そんな彼らの尻尾だけは、しかし掴むことはそう難解ではない。
最初から解答は出ていた。後は彼らがどう『利用』するか?
擬態したのは死神か、それとも女神か。
気まぐれな神サマが誰に振り向くか。

この時点では、決定されていないのだ。



―――これはいつの世も語られる勝者の弁。

機会(チャンス)……

それを掴む者と掴めぬ者との違いは、“備えていたか、否か”
機会を生かす手段を備えた者が勝つ。
機会とはそれを生かせる者の頭上にのみ乱舞する。
勝者が掴み、敗者は掴めぬ。
これはただひとつの、そんな運命の物語。


敢えてここで、ひとつの事実を顕示するのなら。

八雲藍という絶大な妖怪は確かに『備えて』おり、

一方で因幡てゐもまた、いずれ来るであろう好機に『備えて』いた。

勝利への手段を、『最初』から。


ならばこの物語の主人公ジョセフ・ジョースターは――――――









▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


641 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:42:50 PsYjk5fY0


「藍ねえちゃ〜〜ん? 『こっちこっち』……アンタのお望みのジョーカーはコレ。このカードよ〜ン」


実に。
実に人をおちょくる態度で、この男は笑うのだ。
7枚の手札の内、ひとつを分かりやすくズラしてトントンと指で差しながら。

ジョセフVS藍。
そんな体面で表示できるほど、この取り合いは飾れる見世物ではない。
行為は実にシンプルな所作ひとつ。単純明快極まり、故に数秒にも満たない戦いであるはずなのだ。
藍がジョセフのカードを抜き取るだけ。それだけだ。
本来なら単なる確率論に収まるだけの僅かな対峙。どれを取っても確率の上では同じだ。『揃う』か『揃わないか』だけ。
両者互いに相手の手札が見えない以上、思惑抜きのツキ勝負に持っていくのがこの勝負の醍醐味。
その本来の運否天賦を放棄し、ジョセフはなおもハッタリと心理戦に持っていった。八雲藍を相手にして。


「ジョセフ。これがババ抜きならば少しはお前の努力も実ろう。しかしこれはジジ抜き。
 言うまでもなく“どれがジョーカーなのかはこの時点では分からない”のだ。無論、貴様にとっても」


藍の放った言葉は至極当然の理屈で、このジョセフの戯言に何の威力があるというのか。
普通に考えて、ジョーカーがその片鱗を剥き出し始めるのは『ゲーム終盤』であるはず。
この最初の一巡目でハッタリをかます。それは明らかにタイミングを見誤っている。
思えばチンチロ勝負でもこの男は最初手にして、いきなりイカサマを発動するようなトリックスター。
意味が無いことに、意味を持たせようとしているのか。


例えば。
ジョセフは“既に”どれがジョーカーなのかを見抜いている。
その方法手段は計れないが、そうであるなら彼が心理戦を仕掛けたことにも意味が浮き出てくる。
要はジョセフの言葉を信じて推定ジョーカーを引き抜いてしまうか。それとも耳に蓋し、単純な確率に身を投じるか。

藍は“余計な情報を相手に与えず”、
ジョセフは“余計な情報を相手に与える”。
二人の知略スタイルは実に対称的であった。

鵺のような男が喋る世迷言。信じる道理は勿論無い。
故に藍はジョセフの言葉を思考から早々にシャットダウンした。

「……お前の寝言など所詮は捕らぬ狸の皮算用。何を目論んでいようと、そんな奇手は全て無意味だ。もっとも私は狸でなく狐だが、な」

一直線。
ジョセフのハッタリは正しく暖簾に腕押しとなり、藍は迷うことなく目掛けたカードを1枚、風のような俊敏さを纏いながら奪った。
ジョセフから見て右より二番目、『ハートのJ』を。


この時、確かにジョセフの表情は曇り、藍は笑む――ように、見えた。
だがそれは互いの僅かな思惟すら感じさせぬ、感情の微動。
ジョセフの動揺に藍が笑みを零したのか。
それとも藍の笑みにジョセフは動揺したのか。
事実は分からない。同じ様でいて、全く異なるその意味。

『藍がここでハートのJを引いた』というその事実は後に、大きな意味を伴わせてジョセフを思考の渦に巻き込むのだ。
だからこそして、今この時二人の表情に差異が出た。


「……っ」

「ふふ。『ハートのJ』と『ダイヤのJ』……ペアだ。まあ、確率としてはごく当たり前の結果だが」


642 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:43:21 PsYjk5fY0
そう、当たり前の確率。
藍の6枚手札からジョセフの7枚手札の内1枚を抜き取った場合に起こり得る、簡単な計算結果。
今回のジジ抜きに関しては建前上『三人戦』。全員が同数の手札でスタートした時のカードの移り変わりは大方決定されている。
トランプとはジョーカーを除き、同数のカードが必ず『4枚ずつ』、計52枚組まれた群集である。
これを踏まえ、最初に三人全員にカードが配られた時点で、その割り振りは“必ず”ペアが作られる組み合わせになってしまうのだ。
例えば『4枚』あるAを三人に配れば、どう配ったって誰かが必ずペアを作り、場に2枚または4枚とも捨てられる。

この事からわかる重要事項とは、『最初のカード分配の時点で全ての数字に一組以上のペアが発生する』という一点だ。

三人以下のプレイヤーでゲームを行う場合に限り――『ひとつの例外』を除いて――この法則は必ず現れる。
つまりこのゲームは、始めたなら同数字のカードは場の手札全て合わせて『2枚』存在するか、『0枚』かのどちらかになるのだ。
自分がAを1枚所持しているのならば、残り1枚のAは相手二人の『どちらかが』所持している。
藍から見れば、それはジョセフかてゐの二択。その両者の手札が同数に近しい数なら、引くカードがペアとなる確率は常に2分の1に近い。

これは藍だけに当て嵌まる法則では勿論なく、三人全員に当て嵌まる。
全員が、約2分の1の確率をせめぎ奪う。
要するに今回のゲームとは、そういった単純な五分五分を制すか制されるかの競技。
藍が発言した通り、『ごく当たり前の確率』の結果。
Jのペアを藍が揃えたといって、何も驚く要素など無いのだ。



―――しかし、

―――本当に、

―――そうなのか?



(八雲藍……コイツ、『偶然』か? ……今、Jを揃えたのは)



ジョセフは何の不思議も有りはしないその確率に、違和感を感じた。

何故なら、今……彼女が揃えた『J』は、






――――――『ジジ』だからだ。






卓の中心に捨てられたひと組を、橙は物言わず回収して藍の手巡はこうして何事もなく終了した。

当たり前の、何の不思議も無いはずの、結果。

眉を動かすのはジョセフ、ただひとり。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


643 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:44:04 PsYjk5fY0

「ほいよ、次は俺が引く番だぜてゐちゃん」


努めてジョセフは軽い調子で喋る。

―――内面の『疑惑』を、決して顔には出さぬように。

―――その反応を、決して藍には悟られぬように。


「あいよー。まあ、気楽に引いてよ。何分以内に引けなんてルールは無いんだからさ」


ジョセフの掛けてくれた言葉により、少なくとも見た目上はすっかりいつものてゐの調子だ。意地悪い笑みすら見せながら、手札をヒラヒラとジョセフに向ける。
彼女の言うように此度の勝負、カードを引く制限時間などは設定されていない。少しはじっくり思考が出来るのだ。

そう、ジョセフはここでも思考する。
先程起こった、何ということの無い藍の手巡。その舞台裏について。
物珍しいてゐの兎耳を凝視しながらジョセフは思考の海にダイブし、いずれその瞼もゆっくり閉じられる。


藍がさっき引いた『J』は……………………『ジジ』だ。


これはジョセフも既に確信している。
まず間違いなく、このゲームで言うところのジジとはJ――ジャックなのだ。
ジョセフにはそれが『初めから』わかっていた。わかっていたからこそ、藍にいきなりジジを引かれ、ペアで揃ったことに僅かながら動揺したのだ。

いや、正確には藍の引いたJはジジ“ではなかった”。
藍が場に3枚ある内の2枚のJを揃えて捨てたことにより、残る1枚のJが初めてジジと化す。


―――他ならぬ相棒てゐの所持しているであろう『最後のJ』が今、死神へと成ってしまった。


今この場で起こったことは、そういうことだ。
閉じた瞼の裏。暗黒の闇でジョセフは整理し、ひとつひとつを慎重に考えていく。

まず『何故Jがジジなのか?』……これを最初からもう一度。


先述した今回のルールにおける重要事項、『最初のカード分配の時点で全ての数字にペアが発生する』……これは正確ではなかった。
三人以下のプレイヤーでゲームを行う場合に限り――『ひとつの例外』を除いて――この法則は必ず現れる。
その『例外』……法則という名の神の手から唯一外れる、たったひとつの状況が実は存在するのだ。
それが『ジジ』。ゲーム開始前、1枚だけ抜かれた負のカードのみが、この法則から零れ落ちてしまう。

本来ならばジジ抜きというゲームは、終盤まで展開してやっとジジの片鱗が見えてくるというもの。
だが最初のカード分配の時点でジジが何かを見抜ける方法というものがある。
ジジ以外の全ての数字は、最初必ず一組ないし二組のペアが完成し、場に早々捨てられる。これは必然ブレることのない事実。確定事項だ。
それは三人という集の中で4枚の札を分け配るからに他ならず、しかしジジだけは違う。例外とはこれなのだ。
ジジは勝負前1枚抜かれている故にジジであり、そしてそれ故に他のカードと違ってジジだけは『3枚』しか存在しない。
最初に三人それぞれ手札を配られた際、偶然にもジジの3枚がジョセフ、てゐ、藍の三人に1枚ずつ渡っていってしまった場合。


――――――このパターンのみ、ペアが作られない数字の存在を許してしまう。


644 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:44:49 PsYjk5fY0
ジョセフは今一度、必死に脳内の海馬組織をほじくり起こす。
決して記憶力が抜きん出ているわけでもなく、むしろ余計な記憶はさっさと忘れて日々を楽しむ彼だったが、それでもと懸命に記憶を思い返してみた。
それは勝負前、まだ順番決めのジャンケンも行っていなかった時のある行程。


―――『私は…………『A』『8』『9』『10』『Q』の五組がペア……まあ、こんなもんなのかな』
―――『俺も五組ペアが揃ったぜ。『A』『3』『6』『10』『K』だ』
―――『……私も五組。『2』『3』『4』『5』『7』のペアだ。つまりは全員が『7枚』の手札でスタートすることになるな』


これだ。このやり取り。
ババ抜きジジ抜きをやるならばどんな者だって最初に行う手順。
初めにペアのカードを捨てるという絶対ルールに、答えはあったのだ。
捨てられたカードを後から確認は出来ないという取り決め故に、頼りに出来るのは己の記憶のみであったが。

確か―――てゐが最初に捨てた数字のペアは『A』『8』『9』『10』『Q』。
自分は『A』『3』『6』『10』『K』。
そして藍は『2』『3』『4』『5』『7』。

重複を無視してわかりやすく並び替えると、『A』『2』『3』『4』『5』『6』『7』『8』『9』『10』『Q』『K』となる。


(何ベン思い出してみても、やっぱそうだ……! 全数字の中で『J』だけがここでペアとして捨てられてねえ!)


三人に同じ4枚のカードを配った場合、どう配役しても全ての数字にペアが発生する法則。
だが『例外』……3枚しかないジジのみに発生し得るパターン。
この3枚が三人全員に1枚ずつ行き渡ってしまった場合、この組み合わせのみが最初にペアは発生『しない』のだ。
誰かひとりに2枚以上のJが行ってしまった場合だと当然Jのペアは発生し、どれが『ジジ』なのかを判別することは途端に困難となる。

導き出される解答を簡潔に纏めるなら、最初にペアが“出来なかった数字”こそが『ジジ』で確定するということだ。
偶然だ。恐らく偶然、ジジであるJがバラバラに配られてしまった。
これは僥倖なのか。果たしてジョセフはそのおかげで、すぐにもジジのカードを判別できた。


そして、ここまではただの『事実』。偶然が味方し、早々に辿ることが出来た『論理』だ。
そして、ここからはひとつの『仮定』。可能性などという、綱として握るにはか細い『直感』だ。


論理……というのなら、ジョセフなどを遥か凌駕する存在が目の前に居るではないか。
八雲藍。この女が、ジョセフでも気付けたこのロジックを果たして見落とすだろうか?
答えは否。見落とすわけがない。
つまり藍はとうに気付いているはずだ。ジジのカードが『J』だと。
その彼女がつい今しがた、ジョセフの持つジジのJを一発で引き当て、自身の持っていたJと揃え合わせて捨てた。
このことにより、残りのジジ……今はてゐが所持しているはずの最後のJが真の意味でジョーカーと成り、死神と化したのだ。
場に3枚存在するJの内、2枚をペアにして捨てれば残りの1枚は必然、引いてはならないジョーカーと成ってしまう。
もしも藍がJをジジだと知っていたなら、自分が持つそれをすぐにも処理しておきたい所だろう。
何故ならそれはいつ己の喉を切り裂く死神に成り得ぬかも分からない、爆弾のようなものだからだ。いつまでも持ってはおきたくない。

女神を振り向かせ、死神を押し付ける力持つ者だけがこの競技を支配できる権限を持つ。
であるならば、考えようによっては、藍はてゐに死神を『意図的に』押し付けたのではないか?
藍はジョセフの持つJを引くことで相殺、消滅させ、自動的にてゐのJを化けさせた。
このゲーム、負けない方法があるのなら究極的には、ジジを引かなければいずれは勝てる。悪くても二番手だ。


あくまでも『仮定』……根拠ナシの想像に過ぎないが、しかし…………



――――――藍は何らかの方法でジョセフの手札を知り、そして初手からJを狙って引いたとしたら。



(また…………負けちまうぞ、この勝負……!)


645 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:46:08 PsYjk5fY0
藍が先ほどハートのJを引いた時、ほんの微かにジョセフを嘲笑ったかのように見えた表情の意味とは。
杞憂だと見過ごすには、あまりにも致命傷に成りかねない。早急に対策を練らねば、先のチンチロ勝負の焼き直しだ。

ジョセフはゆっくりと瞼を開き、目の前でカードを構える相棒を見つめる。
いいから早く引いてよ、と。彼女の焦れったそうな表情が言外にそう伝えてくる。
その手札に死神が混ざっているとも、気付かずに。

彼女は気付いているのか……? この事実に。もしも気付いていなければ、いち早く気付かせなければならない。
てゐの持つ6枚の手札にJが混ざっていることは明白。ならばこの勝負で藍を負かす方法はひとつしかありえない。


―――ジョセフがてゐのJを引き、それをもう一度藍に引かせることだ。


このゲームは誰かがアガらない限り、てゐが藍の、藍がジョセフの、ジョセフがてゐのカードを引く順番のままで変わることはない。
カードを引く順番廻りを考えると、てゐのJを藍に届かせるには一度ジョセフを介すルートしかないのだ。

(いや……出来るか? そんなこと…………コイツ相手に!)

藍が“もしも”ジョセフの手札を知っていたとして、そのせいで先ほどJを引かれたとしたなら。
ならばどうする? 仮にてゐのJを引けたとして、それをどうやって再び藍に引かせればいい?
さっき藍がJを引いたのは偶然か? それならばいい。
だがそうでないのなら、これは『先手』だ。ジョセフは藍に先手を許してしまったのだ。
もしもジョセフが藍より先にてゐの持つJを引いていれば、それで2枚のJは消化。藍が持つ残りのJが自動的にジョーカーと化していた。

その工程を藍の先手で潰された。早くも一巡目のこの段階で。


「……ジョセフ? どうしちゃったのさ、小難しい顔して」


キョトンと首を傾げたてゐが言う。
いつの間にかジョセフの顔はポーカーフェイスとは程遠い表情に移り変わっており、てゐも違和感を感じてきたらしい。

「どうしたジョセフ。確かに札を引くまでの制限時間は設けていなかったが、あまり長引くようだと向こうの二人が死んでしまうぞ?」

壁際に寝かせたシュトロハイムと霖之助を指差し、事も無さそうに藍が催促を促す。
彼らを襲った神経毒がその命を奪うまで後どれほどか。あまりうかうかしていれば二人が死んでしまう。

てゐは恐らく、ジョセフが内に秘める苦悩に気付いていない。
ジョセフが何を欲しているか。伝えようとしているか。
魔王を討ち倒さんと奮闘する最後の希望、生き残った二人の勇者は今やジョセフ・ジョースターと因幡てゐのみだ。
だが悲しいかな、両者の間に絆などそうは育っていない。
ほんの数時間前に出会った人間と妖怪。行きがかりで共闘を開始した、なあなあの関係という域は出ていない。
例えこの勝負の結果によって二人の間に信頼が芽生えてきたとしても、今はその『過程』に過ぎない。
この段階でてゐがジョセフの心中を察するというには、些か経験値が足りていなかった。


(ジョ……ジョセフ? 何か様子がおかしいな……、欲しいカードでもあるっていうの?)


中々カードを引いてこないジョセフに、てゐにも何となくその意図は掴めてきた。
が、それまで。彼が何のカードを狙っているのか。てゐには一体全体さっぱりわからない。
ジョセフもジョセフで、まさか『Jのカードはどれだ』と聞くわけにもいかない。そんな行為を藍が見過ごすわけがないのだ。

「ええい儘よ! やるしかねえ!」

いずれ限界は来たのか。
ジョセフは己の勘を頼りにカードを引いた。狙いは一番右のカード。確率でいえば6分の1。


「…………………『5』のペア、だ。チクショウ」


ペアは取れたが、本命のJに命中せず。
ジョセフ・ジョースター……6択、撃沈。


(何とか……せめて何とかてゐに伝えねえと! ジョーカーはオメーの『J』だってことを……!)


運命のジジ抜き、これにて一巡目の終了。


 【各手札数】
 ジョセフ:5枚
因幡てゐ:5枚(ジジ持ち)
  八雲藍:5枚
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


646 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:48:28 PsYjk5fY0
八雲藍という妖怪は、あの八雲紫直々の式神であり、九尾としての名に恥じないとてつもない力を備えている。
頭脳も超人的なそれであり、彼女の計算能力は三途の川の川幅を求める方程式の開発・証明を成し遂げるほどだ。
そういった経歴からか、彼女に付いてまわるイメージは常に『パーフェクト』。完璧の二文字らしい。

が、実のところはそうというわけでもなく。
予定調和だと思っているうちは強いが、予期しない出来事といったハプニングには対策が遅れる。
その思考は受動的であり、主である紫の命令には絶対遵守だが、自発的な行動は本来あまりやらず、創造性には乏しい。
決して弱点の無い女というわけではないのだ。
ジョセフ・ジョースターと相見えて戦ってきたチンチロ勝負、そしてこのジジ抜き勝負。
ここまでの展開は全て彼女の予定調和。掌の上で転がしてきたに過ぎない。

―――しかし、これまでに一箇所だけ。彼女にとっては完全に埒外のハプニングが起こったはずである。

因幡てゐはさっきから、『あの事』が頭の片隅に澱んでいた。喉奥に突っかかって取れない小骨のような気持ち悪さが離れなかった。


「さ、次は私が引く番だよ。札を出して、藍」


平静に、いつもの調子で声を出す。
藍は何も発さず5枚の手札をずらりとおっ広げて、私の選択をジッと待っている。
私の視線は札……ではなく、その向こうの藍の顔。何を考えてるかわからない女の、内奥に潜む心を見ていた。
もっとも私はサトリ妖怪なんかじゃあない。こいつの考えてることがわかるならこんなゲームに苦戦なんかしないでしょ。
私がさっきから気にかかってるのは、『あの時』叫んだこいつの台詞だ。
あの時―――私がこの香霖堂に入った直後のひと騒動。


『橙ッ!! ジョセフのリモコンを押せぇぇぇッッ!!!!』

『―――っ! ぁ、で、でも……藍様、わたしは……』

『め――――――くッ! 小兎ごときがァァ!!』



……め――――――?

『め』って何だ? 藍は一体何を言いかけたんだ?
め………………め? ……メロン? メガネ?? なんだ???

いや、わかっているのはあの時、コイツにとって予想もしなかったことが起こったということだ。
私という乱入者が現れたことで、藍はほんの一瞬だけ化けの皮が剥がれた。だからミス、らしきものを犯しちゃったんだ。
その油断が思いもしない形で口をついて出た。『喋ってはいけない何かを喋りかけてしまった』……たぶん、そうだ。

藍は恐らく、意外と脆い。決して無敵なんかじゃない。
今の彼女を見てればそれくらいわかる。コイツの現状は、冷静なようでいて完全に暴走状態だ。
もとよりこんな真似をする賢将ではない。何か『キッカケ』があって、壊れてしまったんだろう。
そのキッカケについてはこの際どうでもいい。問題はコイツが何をしているか。何を目論んでいるか。

そのヒントは、既に受け取っていた。
実は私の頭をさっきから悩ませていたのはもうひとつある。ある男が私に向けた行為だ。


―――森近霖之助。やる気なさそうな、陳家な商い人。


さっき霖之助を隅に運んだ時、アイツは確かに『橙』を見ていた。
麻痺して言葉も喋れないアイツなりの、私に対する何らかの必死な『サイン』だったんだろう。
アイツは私に『何を』伝えたかったのか。それから私は今までずっと見ていた。橙と―――藍の視線を。
藍の方はさり気なく……本当にさり気ない視線だったけど―――しばしば橙と視線を交わしていたように思える。
一方の橙はわかりやすかった。何度も何度も藍を見ては頭を俯かせる。ずっとこの繰り返しだ。
藍と橙は、主と式神の関係だ。互いに気にするのは当然なのかもしれない。

主と式神の、関係。

主と、式神の、関係。


(………………いや、待ってよ……確か、八雲藍の能力、って………………)



――――――『式神を操る能力』



(――――――うッ!!)


647 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:49:39 PsYjk5fY0
身体中に電流でも走ったみたいに、私は硬直した。
幻想郷の住人にもそれぞれ個性とも言うべき『能力』、みたいなものはある。
私は『人間に幸運を与える程度の能力』であり、八雲藍は確か『式神を操る程度の能力』とかだったはず……!
その能力内容は読んで字の如く、なのだろう。藍にとっての式神とは言うまでもなく橙だ。

(いや……でも、ありえるじゃんか……! それって……)

例えば……もしも藍が橙という式神に命令を施し、自在に操っているとしたなら。
言葉という弾圧で捻じ伏せ命令するのではなく、橙も抵抗できないような強い妖力で無理やり使役出来るとしたなら。
思い返せば、今までの出来事全てに筋が通る。通ってしまう。

味方であるはずの橙がシュトロハイムや霖之助の首輪をあっさり発動させたのも。
藍が己の生殺与奪を握る首輪のリモコンを橙に持たせているのも。
全て、橙を傀儡人形にして操っているからで辻褄が合うじゃないか!

(そういえば、あの時だって……!)

それはジジ抜き勝負を始める時。カードを配る前の何気ないやり取りだ。


『てゐ……ジョセフお兄さん……! わたし―――!』

『何度も言わせるな橙。今のお前は中立の立場だぞ。
 お前は黙って『やるべきことをやればいい』。いいな?』


あの時の橙の台詞……何か私たちに『伝えたい真実』があって、口を開いたんじゃないのか!?
すぐ後に藍が台詞を遮ったのも橙への牽制の為。『やるべきことをやればいい』という言葉は、『黙って命令に従え』とも取れる……!

(―――命令…………めいれい!?)

脳から溢れ出す察知は止め処ない。
てゐは直感的に閃いた。藍が放った件の台詞だ。


『橙ッ!! ジョセフのリモコンを押せぇぇぇッッ!!!!』

『―――っ! ぁ、で、でも……藍様、わたしは……』

『め――――――くッ! 小兎ごときがァァ!!』


め―――…………あの時に藍が言いかけた台詞の片鱗の正体は。


(“め”いれい……『命令』ッ! 藍はもしかしてあの時、橙に『命令だッ!』みたいなことを言おうとしたんじゃないのか!?)


藍と橙の主従関係を考えれば『命令だ』とは能力抜きにしてもそれほど不自然な台詞でもない……。
だが藍はそれでも途中であわてて言い止めた。私たちに不正を『察知』される可能性を恐れたから!
特に私だ。私や霖之助は藍の能力を大体把握しているし、外の世界にはあまり馴染みのない『式神』という概念も理解してる。
逆にジョセフやシュトロハイムが藍と橙の関係を完全に理解しつくすのは難しい。外の人間に妖怪だの式神だの、ピンとは来ないと思う。


だからだ。だから『藍の行い』の可能性に真っ先に気付いたのはジョセフやシュトロハイムではなく、まず霖之助だった。


アイツは一番最初に気付いてしまったんだ。藍が橙を傀儡にしている可能性に!
気付いてしまえば何の事はなく、これは随分単純な仕掛けだ。灯台下暗しというヤツか、今までその可能性に気付かなかったのが不思議なくらい。
思い返せば香霖堂に到着した後から橙の行動は一転、一貫して不自然だった。
その違和感に霖之助が不審を覚え、そして私にサインで伝えた。これはアイツの功績だ。

(でも……何故藍は橙にさっさと命令しないんだ? ……『私たちのリモコンをすぐに押せ』って!)

それが出来ればわざわざこんな遊戯などする必要はないじゃないか。
じゃあ逆に考えれば……『それが出来なかった理由』でもあるっての?


648 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:50:48 PsYjk5fY0

(いや……待て待て! 何か聞いたことあるぞ……! 藍って確か……!)

八雲藍という妖怪は決してパーフェクトではない。
式神である橙を自在に操るのも実は結構苦戦しているらしい、との噂すら耳にする。
橙が言うことを聞かない場合はマタタビを使って無理矢理命令しているという間の抜けた話もあるほどだ。

(つまり……藍の『式神を操る能力』は完璧じゃないんだ……!)

もし完璧だったならば今頃私たちは皆仲良く床にひっくり返ってるはず。
そうなっていないということは、藍の強制的な命令に橙も抵抗している……そうは考えられないだろうか。
非道なる命令に橙は必死に抵抗し、リモコンなど押すまいと言葉無き反乱を続けている。
実際、最初に藍は橙に命令したじゃないか。『ジョセフのリモコンを押せ!』って。それでも橙は押せずにいた。
だから藍も今のように、ゲームという結果を通じて橙にリモコンを押させようとしているんじゃないか?
ゲームの『勝敗』という公平な結果さえ得れば、恐らく藍の命令も絶対的な令呪という形で橙に襲い掛かる。現にシュトロハイムも霖之助も勝負に負け、橙にリモコンを押されている。

藍は『恐怖』という感情を橙に与え、本来完璧じゃない能力を凡そ完璧にまで強引に吊り上げ、橙を屈服させている。
でも思った以上に橙の抵抗が強かった。ジョセフたちを守りたい一心で、橙は主人に抵抗していたんだ。


―――コイツだってずっと独りで、戦っていたんだ……!


(なによ……結局、最後まで臆病者だったのは私だけってことじゃん)


ジョセフも、霖之助も、シュトロハイムも、そして橙も。
皆みーんな、戦っていた。誰かのために、何かのために、ずっと。
私が、私だけが、見ているだけだった。檻の中に閉じ篭るだけの傍観者に徹しようと。

でも。
それは今まで、だ。
今からは……これからは―――


「違うッ! 私だって戦う! 戦って! 勝って! お前に謝らせてやるぞ八雲藍ッ! 今までの行い全部ッ!!」


心に蟠る思いも感情も、その全てを目の前の女に叩きつける勢いで私は立ち上がった。札を奪い取ってやった。

―――勝つしかない。藍に勝つには、もうこの遊戯を制するしかないんだ。
―――勝てば橙はコイツのリモコンを必ず押すはず。勝利の結果さえあれば、藍の首輪はきっと発動する。それで全部終わりだ。


649 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:51:13 PsYjk5fY0

「見ろ藍。……『スペードの7』を引いてやったぞ。これで7のペアだ」


ホントは恐ろしくて仕方ないこの大妖怪相手にこれほど啖呵を切れたことを自分で褒めてやりたい。
なんにせよペアを揃えたことで私の手札は残り4枚。『2』『8』『9』『J』となった。
この中のどれかに『ジジ』が混ざっているんだろうか? そっちの考察も始めないとそろそろヤバイかもしれない。

「随分と威勢の良いドローだな。どれだけ吼えようとも私の手札はお前には見えない。結局この戦いは『運』ひとつで決まる」

そんなわけがないでしょう八雲藍。
運のみで勝負が決まる種目を、私相手に選ぶはずが無いんだ。そもそも最初からそこが奇妙だったんだよ。


お前は橙を使って必ず何かを――― イ カ サ マ を 行 う は ず だ 。


藍が橙に対して能力を行使しているという証拠は無い。そのことを突っついても藍は知らぬ存ぜぬを貫くに決まってる。
橙を問い詰めても……たぶん無駄だ。橙は藍を相当恐れている。きっと口は割らない。

この説はあくまでも『仮定』……根拠ナシの想像に過ぎないけど、しかし…………



――――――藍は橙を利用してイカサマを行うはず。そいつを何とかして防がないと……!



(また…………負けちゃうよ、この勝負……!)


もしくは既に藍は何かしてるかもしれない。
例えば橙の立ってる位置だ。橙はあそこの位置からならジョセフの手札が『見えている』。
ジョセフがジジを持っていたとして、そのジョセフの札を引くのは順番上、藍だけになる。

―――橙がジョセフの持つジジがどれかを、何らかの『サイン』で藍に送っていたとしたら?

それさえわかれば、藍は一生ジジを引くことはない。少なくとも負けは無くなる。
それに藍の式神への命令は言葉を必要としない。視線を交わすとか、頭に触れるとかだけで命令を下す事も出来る。
立ち位置上、橙からは私の手札は見えない。私の札を見られる心配はとりあえず無いけど……
とにかくこの勝負の肝は『ジジ』がどれなのかを早く見抜くことだ。
でも、今の段階じゃあまだわかんない。藍なら見抜いてるかもしれないけど、私にはまだ……!


(何とか……せめて何とかジョセフに伝えないと! 藍が橙を利用してイカサマしてる可能性があるってことを……!)


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


650 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:52:28 PsYjk5fY0


―――雨が強くなってきた。


屋根に当たる雨音が段々と増し、時折風音が窓を叩く。
雨は人の気分を憂鬱へと変えてしまう。バトルロワイヤルが始まってもうすぐ十二時間。その環境も天候と共に次第に大きく変貌していく。
歪なる魔境へと変わってしまった幻想郷。今、何処で誰が、誰と運命を共にしているのだろう。
自分の知っている誰かが戦っているのだろうか。自分と親しい誰かが危機に陥っているのだろうか。

ジョセフもてゐも、今それを考えている余裕など無かった。
あるのは目の前の九尾をどう攻略すべきか。そのことばかりが頭をもたげ、一歩一歩追い詰められていく。


現在。
現在の各プレイヤー三人の手札の推移は―――


 ジョセフ:3枚
因幡てゐ:3枚
  八雲藍:1枚


ババ抜きに基づくこのゲームは本来、思った以上に展開の早い競技だ。
思考は要らない。己の直感を信じて、相手の手札からただ1枚引き抜くだけのゲーム。
しかし事実、時計の針は留まることなく刻一刻と歩を進めていた。少しずつ『第二回放送』の時間が迫る。
ジョセフもてゐも、このゲームに『思考』という要素を持ち込んだが故だ。相手の手札を、たっぷりと時間を使って引き抜いてきている。

その『思考』に割いている二人のウェイトは主にこうだ。

―――ジョセフは『藍のイカサマ、その方法。及びジジが“J”だとてゐへ伝える方法』
―――てゐは『ジジが何なのか。及び藍のイカサマをジョセフに伝える方法』

奇しくも二人は二人して、己の抱える難題の答えを相方が持っていることに気付いていない。

現在、藍がジョセフの手札を引くターンとなっている。藍の手持ちは『クラブの2』のみで、残りはそれ1枚。
ここでジョセフの3枚の手持ちから『当たり』を引けば、藍がアガり。それだけは何としても阻止しなければならない。
それもあるが、ジョセフはこのゲームでいうところの『ジジ』……Jを既にてゐから引いていた。
後はこれを藍に引かせればとりあえずは彼女がジジ持ちとなり、有利にゲームを進めることができる。出来るのだが……。


「藍ねえちゃーん? フッフッフ……! 今回、このジョジョが出血大サービスしてやるぜ。
 ジジはねェ〜……なんと、俺から見て真ん中か右のどちらかにあるぜ! さあ、少なくとも左にはねぇ。取るなら左を取―――」

「左だな」


ニヤけたジョセフの挑発が言い終わるのを待たずして、藍は引っ手繰るようにして左のカードを取った。迷い無しの一撃だ。

「……『9』か。残念、ペアは揃わなかったようだ」

残念というわりには彼女の顔は至極、勝ち誇ったように頬を吊り上げている。
ジョセフは痛感する。やはりこの女にハッタリはまるで通用しない。それは今回に限っての事では無いのだ。

(ク……ッ! こいつ……『やっぱり』ッ! さっきから全くジジを引かねえ! もう俺の手札を見ているとしか思えねえぞ!?)

藍は既に何度も何度もジョセフの手札を引いている。その度に毎回、神業の如くジジを避けているのだ。
ジョセフもただ引かれるだけではない。相手の視線を読み、巧妙にハッタリや駆け引きを仕掛けてきた。
それでも。それでも藍は、決してジジを引かない。

確信した。
八雲藍はやはりイカサマをやっている。
しかしどうやって? 見たところ、ガンカード(目印をつけたカード)とかではない。
このトランプは因幡てゐに支給されたカードだ。藍に細工する余地は無かったし、ジョセフもてゐもそれを一番警戒している。


651 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:53:11 PsYjk5fY0

「チ……! ほら、次は俺が引く番だぜてゐ。カードを出しな」

次第にイラつき始めるジョセフ。藍はあと1枚揃えることでアガリ確定だ。いよいよ後はなくなってきた。

「……あんまりイラつかないでよ。ツキが逃げてっちゃうでしょ」

焦燥が伝導するように、てゐの顔にも焦りが見えてきた。
てゐの3枚の内からペアを引き抜ければ、ジョセフもここでアガリが確定する。しかし―――

「ああクソッ! なんで来ねえんだよッ!?」

ジョセフ、またも揃わず。
そもそもジョセフは自身の蓄える2枚の内、片方のJがジジであることをわかっている。
もう片方は『K』。つまりはキングを引き抜いてペアに揃えることで、残った最後のジジを藍が引き抜き自動的にアガリとなるのだが……
この時点でキングがてゐと藍の持つ手札の合計5枚の中にひとつしかない事が判明される。
従ってジョセフがアガれる確率はジジを所持している限り、5分の1。ジジを持っているというだけでこのゲーム、不利は倍になる。
そのジジさえ処理したいものの、要である藍が一向にジジを引かないのだ。元々短気なジョセフがイラつくには充分な要素があまり余っていた。

「ジョセフ……」

てゐも他人事ではない。明らかに自分達は藍にペースで押されている。
運否天賦が全ての勝負にペースも何もない。それはわかっているのだが、藍がジジを引くという結果が最早まるで想像できないのだ。

(でも……でもなんか、少しわかってきたぞ……!)

悪態をつくジョセフを横目に、てゐには段々と確信が持ててきた。


―――八雲藍が行っている『イカサマ』の方法について。


藍は橙の主であり、やろうと思えば橙に対してある程度の命令は施せる。それも直接の言葉を必要とせずに。
そこに橙自身の意思など関係は無く、しかしそれでも橙は懸命に抵抗している。藍の命令は完全ではない。
……というのがてゐの仮説だ。ならばそれほど複雑な命令など、未熟な橙を介しては不可能だろう。

極々シンプル。藍が行っているイカサマは、そうとわかって見れば実に古典的なものだった。


(たぶん、間違いない……! 橙がジョセフの手札を覗き、藍へとサインで送っている……!)


藍がジョセフの手札を引く時だけ、橙の二又の尾がほんの僅かピクリと動いていた。
注意深くてゐが覗いてみれば、橙の『右の尻尾』が動いた時は藍が右の手札を取り、橙の『左の尻尾』が動いた時は藍が左の手札を取っている。
恐らく、ジョセフの持っているであろうジジを避けるような指示を、藍は橙のサインから受け取っているのだ。
頭脳はそれほどでもない橙だが、彼女はジジのカードが何なのか知っている。ゲーム開始前に彼女自身が抜き取ったのだから、ジジのサインを送る事も可能だろう。
ジョセフはその様子に気付いていない。橙を信頼している。橙の裏切りなど、まったく想定していないからだ。
正確には裏切りなどではなく、橙は強制されている。反抗できない命令に強引に捻じ伏せられ、協力させられている。

(許せないよ……八雲藍め!)

以前までの藍にはまず有り得ない所業。可愛がっていた式神を駒のように、奴隷のように扱うその行為。
本当に『何だってやる』のだ、今の彼女は。他の全てを冷徹に蹴落とし、最後には己の身をも振り落として目的を完遂させる。

ならばどうする、因幡てゐ。
全てを捨てた鬼神に勝つには、こちらも全てを捨てるしかないのか。
心も、誇りも、環境も、何もかもをも捨てて、それで最後に何が残る。それで勝利の美酒に酔えるのか。
勝って、その次は? その次も、次も、次も、戦うたびに何かひとつずつ捨てていくというのか。
丸裸の自分が果たして何を得られる?
今の自分には―――果たして何がある?

カードは。技は。策は。手札に残っているものは何だ?
考えろ考えろ考えろ考えろ考えて考えてコイツを出し抜け。
どうすればいい。今、手を打っておかないと全てが終わる気がする。
何だっていい思い出せ。八雲藍に無くて、自分にある物はなんだ。


652 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:54:27 PsYjk5fY0


手札―――
        ジョセフ―――
  ジョーカー―――
             シュトロハイム―――
 ハートの2―――
        橙―――
           八雲紫―――
   首輪―――
         霖之助―――
ドラゴンズ・ドリーム―――
               チンチロリン―――
 人間に幸運を与える程度の能力―――
     ジジ抜き―――
                クラブのK―――
 式神を操る程度の能力―――
             波紋の技術―――
     三つ葉のクローバー―――




……………………

…………

……



「―――てゐ。何を呆けている、お前が引く番だ。引け」



ぐ……!? こいつ、八雲藍……っ 思考の邪魔を……!

グイと突き出された2枚のカード。さっさと引けと言わんばかりに私の目前に晒される、運命の札。
いくら考えたって活路なんて閃かなかった。所詮カードなんてのは、最後には引くか引けずか。それだけだ。
橙の方を視野の隅に入れながら、私はそっと右のカードを引いた。少なくとも橙の目線からは私のカードは見えないはず。


「引いたのはクラブの2、ね。ペアだ………………え?」


観念して引き当てたのは2だ。私の持つ2枚の内、片方が見事に揃った。
ってあれ? つまりこれって…………え?

残った1枚が次のジョセフに引かれるから…………アガり確定じゃん。このまま行けば一番乗りで。


「ほう……流石は幸運の白兎といったところか。難なくアガりとはな」


藍が皮肉のように囀るその言葉も、私の左耳から右耳へと突き抜けていく。
勝っちゃった……てこと? 私が? この猛者二人相手に?
イマイチ実感が湧かない。それもそうでしょ。私は……私たちはまだ『何もしていない』。
この雌狐に「参った」の言葉を引き出せていない。それどころか、コイツは、藍は―――


「さあ! ここが土壇場だぞジョセフ。私とて後が無くなってきたからな、札を出せ」


―――さも『予定調和』だと言わんばかりにほくそ笑んでいる。


そうだ……私は何を呆けていたんだ。
私も残り1枚だけど、今私が引いたことで藍だって残り『1枚』。下手すりゃこのターンで……!


ジョセフが負ける……!



 【各手札数】
 ジョセフ:3枚(ジジ持ち)
因幡てゐ:1枚
  八雲藍:1枚
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


653 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:55:04 PsYjk5fY0
ババ抜き……もといジジ抜きとは。
過程がどうであろうが、最終的には『引いて』アガるか『引かれて』アガるかの二通りである。
今回のような『藍:1枚』と『ジョセフ:3枚』という図式に限って言えば、有利なのは実は『ジョセフ』の方だ。
一見手札の多いジョセフが不利にも見えるが、ジジを持っていることを度外視すれば、手札が多い=アガれる選択肢のパターンが増えることと同義。


(私の最後の手札は『ダイヤの9』。これを今この場で揃えればてゐよりも先にアガりとなる)


事態を決する重要場面でも藍は淡々と思考を深めていく。
ジョセフ3枚。てゐ1枚。この中のどれかにもう片方の『9』が存在する。藍がアガれる確率は単純に言えば4分の1ということになる。
一方ジョセフはこのターン藍が外せば残り2枚となる。その場合てゐの持つカードを引き、残った2枚の内どちらかの数字が揃ったならアガれる。
1枚の手札から揃えるより、2枚の手札から揃えた方が選択肢は倍なのだ。『1枚と2枚』での勝負では、2枚持った方が強い。

決して……決してこの駆け引き、藍が有利とは言えない。



―――彼女が、なんの『イカサマ』も行っていなければ、の話だが。





「――――――ジョセフ。『もしも』のことを考えてさ、カードはテーブルに伏せておきなよ」



二人の対決に入った横槍の正体。
因幡てゐが手札を弄りながらさり気なく刺してきた、相棒への助言だった。


「てゐ? ………………ま、用心の為ってとこかね。オーケーオーケー」


それは果たしてジョセフへの会心のフォローへと化けたのか。
ジョセフは特に異もなく、言われたように手札の三枚をテーブルに裏向きで伏せた。
これならば例えば、誰かが死角から手札を『覗き見る』ような行いは出来ない。
こうなったら藍は運任せで―――



「『運任せで引くしかなくなる』……とでも思っているのか? なあ、因幡の兎よ」



バクン、と。
心を読まれたてゐの心臓が一際鳴り響いた。


「そう思っているのならあまりに浅はかだな。例えば私がジョセフの手札を何らかの方法で見ている、とでも?」


節々から妖の息吹を吐き出しながら。
この状況でも藍は笑った。てゐの機転など読んでいたかのような佇まいで。

そして、彼女はゆったりと手を動かし始めるのだ。
決められた演劇の役に沿うかのように、優雅に、しかし機械的に。


腕の中に秘められた生命線。
その最後の札の、数字を。


「私の札は『ダイヤの9』。お前も持っているんだろう? この片割れの数字を」


公開した。敵は、己の懐に隠すべきである武器を、敢えて。


654 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:56:29 PsYjk5fY0


「――――――ッ」


予想だにしなかった藍の行動に、ジョセフは絶句。
そんなことをして藍に何のメリットが―――


「―――『何のメリットがあるんだ』……そう思っているな」


ギリリと歯を噛み締める。
これだ。八雲藍の、この全てを見透かしたような瞳が恐ろしいのだ。

「……いーや。俺が今思っているのは、とうとう頭おかしくなっちまったのかテメー、ってことだけだぜ」

「おかしくなどない、私は初めから正常さ」

「自分の手札見せてケタケタ笑ってる女が正常? こっちが笑いたくなるくれー……」


「お前の持つ札は『9』『J』『K』の3枚。そしててゐが持つ札は『K』だ」


高らかと、何でもない事のように宣言された藍の言葉。
今、この場の全ての人物が持つ全てのカード、その数字。


ピタリと的中させられた。


(なん……だよ、このオンナはァ……!)


ジョセフは背筋が凍る思いに身を轢かれ。


(え…………う、そでしょ? まさか、当たってんの……?)


てゐは並々ならぬ予感に戦慄を覚え。


「もう一度言うぞ。私の札は『ダイヤの9』。お前が持っている3枚の中にあるはずだ……『ハートの9』が」


そして藍だけがこのテーブルの全カードを、網羅している。掌握し尽くしている。


655 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:56:57 PsYjk5fY0
これは何も、森羅万象を超えた大妖怪の神力というわけではなく、ましてやイカサマなどでもない。
極めて単純な論理で構築された初歩的なロジック。ただのそれだけだ。

藍が残り1枚。てゐも1枚。ジョセフ3枚。
計5枚あるこの場で、残りのカードは誰が何を持っているのか。『計算可能』なのだ。
ここまでペアで揃って捨てられてきた全カードの数字、藍はそれを余すことなく記憶してきた。
その結果、まだ場に残っているカードは『9』が2枚。『K』が2枚。そしてジジであることがわかっている『J』が1枚。
これさえ熟知していれば後の組み合わせは自ずと浮き出てくる。

『9』『9』『J』『K』『K』……これが場に残ったカードだ。
まず藍は自身のカードが『9』であることは当然知っている。となればジョセフとてゐの持つ残りカードは『9』『J』『K』『K』。
ひとりでKを2枚所持することは有り得ない。従ってジョセフとてゐがそれぞれKを1枚ずつ持っていることになるのだ。
となればてゐの持つ最後の1枚がKだと確定。そうなればジョセフの持つ3枚が残りの『9』『J』『K』だとすぐに分かる。

藍:『9』
ジョセフ:『9』『J』『K』
てゐ:『K』

各々が持つカードの数字はこれだ。
僅か一瞬の計算で容易く導き出した藍の解答。もはや4分の1ではなく、3分の1という確率でジョセフは敗北を喫する。
だがあくまで『3分の1』。これこそ運否天賦の勝負だ。
仮に藍がここでジジの『J』など引こうものなら、ジョセフは残り『9』『K』。次にてゐが持つ最後の『9』を引いて揃え、残った『K』を藍に引かせて終了。ジョセフとてゐの同時勝利となる。
どちらが勝ってどちらが負けるか。結局のところは神頼み。


だからこそ藍は己の手札を公開した。


「動揺したなジョセフ。私の持つ『9』の札の片割れを自分が所持していることに気付き、ほんの僅かな焦りが漏れたぞ?」


―――『単純な確率勝負』から『複雑な心理戦』へと持っていくために。


「ジャンケンと同じだよ。『自分はグーを出す』と予め宣言することで、それはただの三すくみなどではなく駆け引きの心理勝負と化す」


のらりくらりと宣う藍の視線がジョセフと交叉し、心中を読み合った。
運の勝負ではない。これは敵の懐を探り刺す、人と妖の心理戦。
これまで藍との全ての心理戦に敗北してきたジョセフ。今ここで勝たねば今度こそ―――次は無い。


656 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:57:33 PsYjk5fY0

「さて……『右』か『左』かそれとも『真ん中』か。……私の求める9の数字はどれなんだ? 例えば……『右』か?」

八雲藍、捲くし立てる言葉によってジョセフの表情、機微、脈を余すことなく見つめる。

「さあ〜ね〜〜。試しに選んでみ・れ・ば・ァ〜?」

ジョセフ、動じない。
若干引き攣ってはいるが、浮かべた表情は恐怖ではなく笑顔。それも底抜けにふてぶてしい嫌味な笑み。

「じゃあ……こっちの『左』か?」

ガン、ガン、ガン、と。
藍は金槌で何度も何度も打つ。ジョセフという男の心理、真理を打ち崩す為に、相手の心を何度でも。

「そっちは……勘弁してくれねぇかなァ〜〜。9だったような気もすんだよね〜」

打たれても打たれても、ジョセフは耐えるしかない。
執拗に続く女の探りに、決して動揺してはならない。

「真ん中はどうだ? これこそが9なのではないか? ん? ジョセフ・ジョースター」

ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン。

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

叩いて、打って、突いて、崩して、透かして、見つめて、探って、読んで、笑って、脅して、揺さぶって、考えて、感じる。

ジョセフ・ジョースターの内奥に踏み込み、心を覗いて、喰う為に、藍は金色の瞳を冷たく輝かせる。

「…………」

ジョセフが口を閉ざし、僅か動揺した。
それでも藍は不用意に攻め込まない。じっくり舐め啜るように敵の思惟を見つめて咀嚼する。
今のジョセフの動揺は『真』か『嘘』か。敢えて見せた隙だとしたら、ここで噛み付くと返しの刃に喉元を刺される。
この男、決して駆け引きは弱くない。どころか、そういった口三味線を巧みに利用する戦法においては、藍からすれば大いに危険な人物だ。
ここで外せば今度は相手に反撃の機会を渡すことになる。この危険な男にチャンスは渡せない。


「―――お前は」


雨音以外、不気味に静まり返った室内。
言葉を発したのは藍。


「案外と言うべきか、几帳面な男だな。ジョセフよ」


ふぅと小さく息を吐き、首を傾けながら藍は目の前の男を覗き、言う。

「私はゲームの初めから、お前から取っていった札の数字の位置も記憶していたのだが……お前にはひとつ、『クセ』みたいなものがあるな」

ペロリと舌なめずりを行う藍の姿は、獲物を発見した大蛇のそれ。
狩りだ。いよいよ藍は、ジョセフを丸呑みせんと体勢を前屈みに傾けた。
ジョセフは逃げられない。
否。逃げては敗北する。
狐の皮を被った大蛇相手に立ち向かってこそ、相手の牙を折るチャンスでもある。

「クセ、だって? ハハッ クセが無い人間なんていねえよ。…………続けな、八雲藍」

「この手の遊戯を行う者にはよくあるんだ。例えば、手札の数字を小さいものから順に『並べたがる』クセを持つ者が、な。そういう連中は得てして己の持つクセに気付いてもいない。
 私はな、ジョセフ。ずっとお前の持つクセを探ってきたんだ。お前が私に対してやってきたことと同じように」

滑らかに。それは美しいとすら言えるように。
藍が卓に伏せたジョセフのカードにスゥ…と腕を伸ばしてきた。

「先に相手のクセを読んだのは私だったようだな。
 ジョセフ・ジョースター……お前はカードの数字が小さい順に左から無意識に並べるクセを持っている。
 つまりこの9、J、Kの3枚の中で私が欲する9の札は…………『左』だ。私から見れば右の位置、これこそが『9』だろう?」

「――――――ッ」

何度も見てやっとほんの僅か、薄らと感じたジョセフの動き。違和感。
その微動なる心の動揺を藍はここに来て――――――察知した。
何度も何度も叩き続けた藍だったからこそ垣間見て取れた、ジョセフの心臓。その鼓動を。


657 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:58:05 PsYjk5fY0

「……俺のクセを読んだっていうんならよォー、藍。…………“取ってみろよ”、そのカードを」


ジョセフは最後まで敵から目を逸らさない。
タフな台詞と共に吐き出した刺すような視線は、果たしてハッタリか、それとも―――!


(ジョセフ……勝て……勝ってよ……! アンタが負けちゃあ、もう……!)


その様子を見守るてゐも、はち切れんばかりの心臓の躍動に身が締め付けられる思いだった。
胸の前で手を組み、彼女はただただ祈るしか出来ない。


(ジョセフお兄さん……お願い……勝って、藍さまを……!)


それは中立の立場で見届ける橙も同じ。
今この瞬間に限っては、ジョセフ・ジョースター対八雲藍。この真剣勝負に水を差せる者は神ですら許されない。


そして今。

藍の手から運命のカードが開かれた。

誰もがその札に注目せざるを得ない時間。

果て無き泥を突き進むこの心理戦。

勝ったのは――――――




「………………ッ!」




人は記憶と感情が詰まった肉人形。
どんな人間だって、生まれ持った記憶や感情を完全にひた隠しにすることなど不可能である。
ジョセフの身を叩き、打ち、探り、焦がしてきた八雲藍。
彼女は没頭したのだ。ジョセフという肉の人形を血眼になって覗き込むことに。

人は記憶と感情が詰まった肉人形。
ならば妖怪はどうなのだろう。
八雲藍という一個人は、どうなのか。
今の藍は。存在意義を失ってしまった藍は。バグを生み、暴走する藍は。殺戮の海にひたすら沈むことしか出来ない藍は。

―――見えない。まるで見えなかった。
ジョセフは、藍という肉の人形を血眼になって覗き込んでも、彼女の纏い隠す感情の底はまるで見えなかったのだ。
一方的に心を読まれるような不毛な心理戦。今の藍はもはや大妖怪という威厳など捨て置いている。
てゐが評した通り……まさしく化け物と呼ぶに些かの差異も無く。


化け物を討ち倒すのはいつの世も『人間』。
世にありふれた数ある物語……謳われ古されども、決して廃れることの無い定番の英雄譚。
この物語は、そんなひとりの人間が化け物に立ち向かう物語であり。
しかしいつの世も物語という物は人の手で綺麗に書き直された、都合の良い『偽り』の英雄譚でしかない。

この物語の主人公は、ジョセフ・ジョースター。
世に言う、正義が悪を滅ぼす物語。残念ながら彼の物語は、そういった清らかなものではなく。
彼が打ち砕く化け物とは。
八雲藍とは―――


658 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 12:59:12 PsYjk5fY0












「――――――見事だ。ジョセフ・ジョースター」





止まっていた時間が、藍の言葉をトリガーとして再び刻み出す。


「まんまと……やられ“かけた”よ。実に危なかった。いや、見事としか言えない」


藍が右手で添えたカードは…………伏せられたまま。
代わりに左手で公開されたカード―――


――――――『9』の数字が刻まれたカードが、表向きにされていた。


「テ、メ…………ッ!」


今度こそジョセフは驚愕を露わにした。
藍は……宣言した左のカードを選ばなかった。土壇場で『右』のカードを選び直し、開いたのだ。
彼女から見れば左手にあるカード……『9』の数字を。


(ク……クソッ! こいつ……コイツ! 引っ掛からなかった! 俺が匂わせた『偽』のクセに引っ掛からなかったッ!!)


全ては最初から仕組んでいたことだった。
ジョセフは藍に『偽のクセ』を掴ませる為に、敢えて数字の小さい順に手札を並べて持ち続けていた。
今回の為に。この大勝負の為に。藍がジョセフのクセを掴むと読み、しくじらせる為に。
ゲームの初めからずっと偽のクセを演じ、最後の勝負で藍をハメる為に仕組んできたことが。


―――積み上げた騙しの砦は砂上の楼閣となり、積み木が如く崩された。


「つくづく大した詐欺師だお前は。実際、私も途中まで完全に騙されていたよ。お前の演じた偽のテクニックに。
 札を取る時のお前の表情や僅かな所作、震え……あれも完璧なウソ、ハッタリだった。危うく死神を掴まされる所だったな」

ジョセフの演技は完璧だった。
偽のクセを本物だと思い込ませる事も、藍の探りに偽の感情を刷り込ませた事も、完璧だったはずなのに。
この敵は、それでも。
それでも、ジョセフの上を行った。

敢えて。敢えてジョセフが犯したミスを挙げるのならば。
彼は藍と心理戦など行うべきではなかったのかもしれない。
素直に己のカードをシャッフルして伏せていれば、この強敵と同じ土壌で戦う必要も無かったのかもしれない。
心理戦でなく単純な運勝負で待ち構えていれば、結果はまた違ったかもしれない。

していれば。かもしれない。そんなたらればで語ったところで何の意味があるというのか。
無残で尖り尽くした結果は変動しない。


このテーブルに在るのは、ジョセフ・ジョースターが八雲藍を討ち損じたという敗北の結果だけだ。



 【各手札数】
 ジョセフ:2枚(敗北決定)
因幡てゐ:1枚(2位アガり決定)
  八雲藍:1位アガり
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


659 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:00:55 PsYjk5fY0
最終局面は意外とあっけないものだった。
藍がイチ抜けしたことで、ジョセフはてゐの最後の一枚を取る以外の選択肢は無い。
相棒の持つKを抜き、自身のKが揃うと同時にジジ――『J』が残り、必然的にてゐは2番でアガり。


このジジ抜き決戦―――敗者(Dead Parrot)はジョセフ・ジョースターで終結を迎えた。


雨の音が妙に耳に障る。
因幡てゐはそんな外界から目も耳も塞ぐように、そして口すらも塞がれて銅像となっていた。
何を語ればいいのか。何を目指せばいいのか。何に耳を傾ければいいのか。
もはや汗すらも伝って来ない。身体の震えもピタリと止まっている。
てゐは自分でも奇妙とまで思えるほどに、この現実を受け入れていた。

負けた。己の唯一と言っていい戦力のジョセフが今ここに、敗北を喫したのだ。
勝ったのは藍と……てゐ。敗北者はジョセフただひとり。
『最後にジジが残った者の負け』というルールに則るのなら、このゲームの敗者はジョセフの他ない。
曲げることも出来ぬ、あまりにも正当快活な結果。故にてゐもジョセフも結果を受け入れるしかなかった。




「――――――すまねえ」




どれほどの時間が凍り付いていただろうか。案外に、数十秒程度だったかもしれない。
ジョセフは心の底から悔しそうに、言葉を吐き出した。てゐに対する、謝罪の言葉を。

それは、どういう意味で?
てゐは吐きかけたその言葉を飲み込み、スっと心の奥に仕舞い込んだ。
これから起こる事柄を思うと、今更彼に対し何か返してやろうとはとても思えなかった。
せめてもの情としててゐは、ゆっくりと顔を上げ相棒の面構えを仰ぐ。

ひどい顔だ。素直にそんな感想が浮かんだ。
悔しさとか、歯痒さとか、怒りとか、情けなさとか、悲しさとか、そんな多々なる感情が濃縮されたような、ひどい顔。
男が一騎打ちにて負けたのだ。どんな勇猛果敢な蛮勇であっても拳震わし、項垂れるだろう。
敗者は咽び、勝者は綻ぶ。
闘った者が辿れる権利。殺しの盤に関係なく、いつの世も争いの終わりにはその両面が覗く。
女神の前髪を掴んだ者と、掴み損なった者。
貪欲に掴んだのは藍で、ジョセフが掴んでしまったのは死神の襟首というだけの話。

後は……『終わり』を迎えるだけ。死神の鎌が、振られるのを待つだけ。


「橙。そこの負け犬に、報いだ。―――お前がリモコンを押せ」

「…………っ」


下された薄氷の命令に、橙は是も非もなく従うしか出来ない。
シュトロハイム。霖之助。そして次は、此の地で最も彼女に慈愛を注いだ人間、ジョセフ。
その男が今まさに、橙自らの手で以て、刑が執行されようとした。
頬には涙の乾いた痕。心が憔悴しきった彼女にはもう、哀しみの雫すら伝うこともなかった。


660 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:01:46 PsYjk5fY0



「―――そうだ、てゐ。……お前だろ? 俺のポケットに『あれ』を入れといてくれたのは」



いつの間にかジョセフのひどい顔は僅かに晴れ、てゐを直視しながらほんの少しはにかみながら言ってきた。
『あれ』とは一体何のことだろう。てゐが重たく沈む思考を手探ると、その記憶はすぐに掘り返すことが出来た。

「…………あぁ、私が道端で見つけた『あれ』? ……気付いてくれたんだ」

「さっきケツポケットまさぐった時に、偶然な」

数時間前の人里での出来事。
てゐが橙を連れて外に赴き偶然発見した『三つ葉のクローバー』を、ジョセフのポケットにこっそり入れておいたのだ、そういえば。
三つ葉のクローバーは四つ葉ほど有名ではないにせよ、『幸運の象徴』として立派に運気を秘めている代物。
てゐからすれば四つ葉よりも断然珍しいとのことで、何となしにこっそりとジョセフの体に仕込んでおいた。勿論、彼の運勢を少しでも高めるためという気休め程度の行為だ。

「俺の為にやってくれたんだろ? まあ負けはしたけどよ、ちょっぴり勇気も出たぜ。サンキュな」

「……そ」

今となっては何の意味も無い。てゐが施した『人間を幸運にする程度の能力』も『幸運のクローバー』も、全ては気泡に帰した。
だから彼女はジョセフのこの感謝の言葉に、およそ素通りで返事した。てゐのやった行為など、何の役にも立たなかった。

「でも私は、結局何も出来なかったよ。ジョセフを助けようとここまで来たってのにさ―――」

「『ジョセフ』じゃあねえ。『ジョジョ』だぜ」

「……は?」

「俺のことは『ジョジョ』って呼べよ。“ジョ”セフ・“ジョ”ースターだから『ジョジョ』。J、O、J、Oでジョジョだ。くだらねーだろ?」

少年のようなあどけなさで笑うような彼に、いつしか消沈の色は殆ど消えていた。
本当に、くだらない。
こんな時に、今から皆殺されるかもしれないって時に、どうしてそんな顔で笑えるのか。

それが発端。
てゐの彼に対する、違和感の種が植えられた。

「てゐ。お前、スゲーよ。カードゲームとはいえ曲がりなりにも俺に勝った女だぜ。
 チビのわりには勇気があるぜオメー。本当に俺の『相棒』にしてやってもいいかなーと思えるくれーだ」

それは果たして褒めているのか?
自分はちっとも凄くなんかないし、ジョセフに勝ったなんてとても言えない。チビという一言も余計だ。
ましてや相棒だなどと。あまりにも不釣合いで、おこがましい。
それもこれも全て霖之助のヤツがその気にさせるようなことを言ったからだ。忌々しい。

「……悪ィな。最後までお前と一緒に戦ってやりたかったが、どうやらそれもムリらしい。
 だがお前の行為、気持ちは絶対ムダにはさせねえ。心細くなったら俺のことを思い出しな。手を貸してやるぜ」

…………コイツはさっきから何を語っているんだ?
ジョセフの本心が見えない。今は人のことより自分の心配をするべきなのに。

「いいかてゐ。J、O、J、Oでジョジョだ。『次』からそう呼べよ!」

次……?
次などあるのか。これから起こる惨劇に、『次』など。
それだとまるで…………まるで私が藍に―――


「―――勝てるさ。お前なら必ず藍に勝てる。……だから俺を信じろ。お前を信じる俺を、信じるんだ」


そこから私の目に焼きついた映像は、きっと生涯忘れないと思う。
不敵に、大胆に笑いおおせたジョセフは、次の瞬間あまりにも簡単に地に崩れていった。
フィルムのひとコマひとコマのようなスローモーションさで。


私たちの『希望の光』は、九尾の胃に呑み込まれて消え失せてしまった。






ジョセフ・ジョースター
        因幡てゐ  対  八雲藍


   ――――――敗北者、ジョセフ・ジョースター。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


661 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:03:19 PsYjk5fY0
人間はまじめに生きている限り、必ず不幸や苦しみが降りかかってくるものである。
しかし、それを自分の運命として受け止め、辛抱強く我慢し、さらに積極的に力強くその運命と戦えば、
いつかは必ず勝利するものである。

ならば私は?
因幡てゐという、ただのしがない妖獣一匹が運命などという不明瞭な柵をどこまで受け止められる?
少なくともこのバトルロワイヤルに、そんな綺麗事は通用しない。
ジョセフを信じたところで、ジョセフが信じた私を信じたところで、ここでモノを言うのは結局のところ『暴力』だ。
目の前の大妖を屠ることなんて、私一匹には不可能。そんなことはとうにわかりきっていた。

香霖堂で起こったこの悪夢の遊戯……脳裏に刻まれたこの一分一秒が、私に何をもたらしてくれるというのか。
あぁ……私は一体どうしてこんな場所にいるんだ。ここは何処なんだ。
シュトロハイムも、霖之助も、とうとうジョセフまでもやられた。
私は一体どこへ向かって歩けばいい? 妖怪として永く生きた身で、こんな局面に立ち会ったことなんて無い。
脆くも釣り合っていた足場がガラガラと崩れ始め、底の見えない奈落へと落ちていくようだった。
深い迷宮へと堕ちゆき、そして最後に待ち受けるものは『死』。生物が最も忌避する地点だ。

助けてよ……誰か、私を助けて………………


「―――助けて欲しいか?」


私の意識をハッと現実に引き戻したのは、よりにもよってコイツの一声。
迷宮を彷徨う化け物、八雲藍ののどやかな声だった。

「最初に言っただろう。お前が負けても殺すことはしないと。
 ほんの少し私に『協力』してほしいだけだ。何を怯える必要がある?」

既にして感情を失ったような顔の橙が、カードを再び一枚一枚配る。
『第二回戦』の準備だ。正真正銘、私と藍の一騎打ち。最後の勝負。
初戦で負けたのがジョセフである以上、藍が私たちを『全滅』させるにはあと一戦行う必要がある。そのための最終段階。
私は俯いた顔でチラリと隣を覗いた。首輪が発動してしまったジョセフがピクリとも動くことなく床に倒れている。
ここで私が藍に勝たないと皆殺しにされる。藍は私を殺しはしないと言ったが、ありえない。きっとボロ雑巾のように使い果たされた末に惨たらしく殺されるだろう。

それでも私は藍の言葉に縋り付かずにはいられなかった。

「……た、助けてくれるの? 本当に? 私だけは殺さないっての……?」

「あぁ助ける、約束しよう。お前が協力してくれるのならばこんなゲームなど行う必要はないし……どうだ? そろそろ互いに疲れたろう」

まるで悪魔の囁きだ。嘘吐きの私にはすぐ分かる。コイツは約束を守る気などさらさら無いってことが。
でも橙と同じに、私の心だってとっくに擦り減っていた。こんな世迷言に耳を貸したくなるくらいには、ボロボロに。
そんな上も下も分からない奈落に堕ちゆく私にも、微かな理性くらいは残っている。
まだ私は負けたわけじゃない。ここで藍に言い伏せられ、自ら白旗を上げる馬鹿な真似をする前に。


思考しなきゃいけない。考えるべきことはまだ残っているんだ。


662 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:05:13 PsYjk5fY0
あれだけジョセフに懐いていた橙が、とうとうジョセフのリモコンを押したという事実。疑問の余地は完全に無くなった。
橙はやはり藍によって半ば強制的に操られている。その能力によって、橙は藍に抵抗できないでいる。
しかし推測したとおり、藍の能力も完璧じゃなかった。現にこうして藍は、私と第二回戦など行う準備を進めているじゃないか。
能力が完璧ならゲームなど行うまでもなく、暴力によって強引に私を屈服させればいい話。
それなのに自らの身を勝負結果に委ね、あくまでルールの中で私を打ち負かそうとしてくる。何故か?
言うまでもなく藍自身の首にも『首輪』は巻き付いているからだ。取り決めたルールを違えば、橙は主人のリモコンすらも押すはずだ。
つまり、もしも私が勝負の中で藍に勝てたなら……

(皆を救える……もう、そう思うしかない)

確証なんか無かった。でも、もう残された道はそれしかない。
誰も好き好んで困難や無謀に飛び込んでるわけじゃない。だがそこから逃げ続けたら人はどうなってしまう?
人生でいずれ来るかもしれない本当の困難に立ち向かえず、負けてしまうんじゃないの?
ほんのりと、ジョセフのいけ好かないニヤケ面を想起する。勇気はほんのちょっぴり、確かに貰った。
私はこの瞬間から逃げずに立ち向かってみせる。

人間は何万年も、明日生きるために今日を生きてきた。
妖怪として生き続けた私は、それをずっと見守ってきたんだ。
そろそろ私も逃げるのをやめなければいけない。脅威に立ち向かう時が来てしまった。
『明日』を得るために。
『今日』を生きるために。

化け物を討ち倒すのはいつの世も『人間』。
世にありふれた数ある物語……謳われ古されども、決して廃れることの無い定番の英雄譚。
この物語は、そんなひとりの人間が化け物に立ち向かう物語であり。
しかしいつの世も物語という物は人の手で綺麗に書き直された、都合の良い『偽り』の英雄譚でしかない。

ここまでの物語の主人公は、ジョセフ・ジョースター。
そして、ここからの主人公はきっと―――


「―――私よ」

「……ん?」

「私を助けてくれるのは……貴方なんかじゃない。私なんだ。
 私は……私自身の力でみんなを助けてみせる。貴方のような“独りぼっち”なんかには、絶対負けない」


逃げるのも、命乞いも、もうやめよう。
この女に―――勝とう。

私なら勝てるって言ってくれた、貴方を信じるよ――――――ね? ……ジョジョ。


「……底辺妖怪風情が。その言葉、今に後悔させてやるぞ」


独りぼっちなんて言われて逆上したのか。九尾の纏う殺気が格段に鋭さを増した。
いいよ、上等。
負けりゃあ皆殺し。勝てば……人を舐め尽したその態度、土下座させて許しを請わせてやる。
私とジョジョに。霖之助とシュトロハイムに。そして当然、橙にもだ……!




  ◆ 香霖堂戦闘潮流最終遊戯最終戦 ◆

       因幡てゐ  対  八雲藍


        ――最終遊戯開始――


        ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


663 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:06:44 PsYjk5fY0


  バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ
(ジジ来るな、ジジ来るな、ジジ来るな、ジジ来るな、ジジ来るな、ジジ来るな、ジジ来るな、ジジ来るな、ジジ来るな……!)
     バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ


念仏のように祈りを捧げ、太鼓のように心臓が響き、滝のような汗を流し、私は神にも縋る気持ちで配られたカードを取った。
一対一の真剣勝負。全身全霊で臨む、最後の大勝負。
思えば今までの私はどこか中途半端な気持ちもあったかもしれない。
この勝負を最初に提案したのは私自身。にもかかわらず私は、心の底ではジョジョを頼っていた。頼り切っていた。
地に足の着いてないフワフワした心持ちで挑んだ第一戦は、ジョジョの敗北という形でケリがついてしまった。
覚悟してきたつもりでも、その実私はこの藍相手にまともに向き合っていなかったんだ。
きっと、だから負けた。礎となったのはジョジョ。私ではなく、彼だった。
でも今度こそは違う。頼っていたジョジョに、頼られてしまった。霖之助だけじゃなく、ジョジョにまで背負わされた。


勝ちたい。絶対に、負けたくない。


破裂しかねない心臓の鼓動を抑え、一旦頭の中を強引に片付け整理し直す。
今回のジジ抜き、まずさっきと決定的に違うのは一対一。すなわち『人数』だ。
全52枚の札からジジという1枚の災厄のみが除かれ、26枚と25枚に分けられたセットが両者に配られる。
私には26枚のセットが配られた。ここからペアとなった数字をまず、捨てていく。
たった二人でやるジジ抜きだ。この段階でほとんどの手札が捨てられる。

(…………残った手札は『2』『4』『5』『9』『10』『Q』の6枚……、そして……!)

私は憎き藍の手札を目視し、数える。
その数『7枚』。私が6枚、藍が7枚での戦いだ。
この中のどれかにたった1枚だけジジがあるはず。それ以外は、引けば100%でペアになる。
ようはジジさえ引かなければストレートで勝てるというのが一対一ジジ抜きの理論だ。当たり前だけど。


そして私は、このゲームが始まる遥か前から『備え』は既に完了させている。


(やれることは既にやった……! 後は『アイツ』次第……でも、その前にまず……!)


まず乗り越える関門。それは単純明快の『運』。ツキがあるかどうかだ。
私の『仕込んだ策』は、大前提として自分にジジが配られていないことが第一条件。
勝負が始まる前のこの段階で自分にジジが配られていれば、策はいきなり破綻。藍相手に何も出来ずストレート負けの可能性すらある。
だからここ! 勝負はいきなり大詰めなんだ! 頼むぞ私の幸運! ジジなんて死神は私には合わないでしょう……!


664 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:07:31 PsYjk5fY0

「では……私から引かせてもらうか。てゐ、手札を出せ」


偉そうに命令する藍に渋面を浮かべながら、言われた通りに手札を出す。

「……『9』のペアだ。さあ、次はお前が引く番だぞ」

最初の藍のターンは劇的な何かなど起こらず、普通に取られて普通に揃われ終了した。
これで私は残り『5枚』、藍は『6枚』。問題はどっちの手札にジジがあるかなんだ……!

「どうした? どんなに考えても現時点でジジがどれかなど分かりはしない。どれを引いても確率は同じさ」

藍が手札をずらりと威嚇するかのように見せ付ける。
そう、確かにコイツの言う通りだ。今どれだけ考えてもジジがどれかなんて分かりっこない。
ジジ以外を引けば必ず揃うというのが二人ジジ抜きの必然。なら逆に言えば『引いて揃わなければその札がジジ』で確定するということ。
私の手持ちにジジが無いのなら、藍が持ってる。6分の1で私はジジを引くかもってことだ。


……無駄な思考はやめよう。今はただ、祈るしか出来ない。
瞼を閉じて、暗闇の世界に身を投じて、私は待つ。藍の言葉なんかに惑わされるな。
己のツキを信じて、『アイツ』のことを信じて、私はひたすら待つ。じっと、動かずに。


「……おい。いつまでそうしている? さっさと引けと…………」

「―――うるさい。引くタイミングなんて、私の勝手でしょ。……こっちは後が無いんだから、少し黙ってて」


九尾の舌打ちを耳に入れ、私はもう一度押し黙った。
信じろ……! どっちにしろ、この敵は私“ひとり”じゃ絶対に勝てっこない。
だから、今は信じて待とう……!


バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ

バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ

バクンッ   バクンッ


雨の音と、心臓の音だけが脳の中を反芻する。
治まれ、私の心臓……! 頼むから、今だけはちょっと静かにしてなさいよ……!


バクンッ……

バク…









(    トン…    トン…    )




――――――ッ!


き、『来た』ッ!
確かに今! 二回鳴った! や、やった!

その音を聞くや否や、渾身の勢いで私は藍の手札、その一番右を奪い取ってやった。迷いなく、噛み付くように。


「―――クラブの10。藍、私が引いたのは、『10』だ!」

「…………」


665 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:08:06 PsYjk5fY0
藍の顔から余裕が消失した。訝しむように私の顔を凝視する。
ヤツの疑問なんか無視しながら私は揃えた10のペアを捨てた。これで残りは4枚。

願った甲斐があった。備えた甲斐があった。初めに植えた『種』はここに来てとうとう芽吹いたんだ。
『合図』があったということは私の手札にジジは『無い』。ジジ持ちは藍の方だ!
最初に自分にジジが配られるという、最も恐れていたパターンは回避できた。己の幸運ながら惚れ惚れするね。
これなら……もう負けない!


「さ。引きなよ藍。そう気構えないで、楽にいこうじゃない」

「…………キサマ」


何をした?とでも言いたげな顔だねぇ。
でもね藍。アンタだって橙を利用してイカサマしてたんだ。だったら私だって使える物は老婆だって使ってやるさ。
イカサマってのは私やジョセフみたいな詐欺師の専売特許。イカサマだってバレなきゃイカサマにはならないんだよ。

兎だって七日なぶれば噛み付くんだ……!



―――噛み付いてやるッ!



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


666 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:10:05 PsYjk5fY0
不穏。
この状況に藍は、そんな不確かな疑念を体感しつつも表面では取り繕っていた。
胸中ではてゐに対する疑いを高速で分解、解明するように思考を続けながら。
先の修羅場とは一線を画すかのような現在は、不自然なほどに平静。その安穏さこそが不穏だと藍は察知したのだ。

(さて……恐らく今の私の手札にはジジがある。それはどれだ?)

確信とまではいかずとも、彼女の勘がそれを告げる。てゐの憎らしげなしたり顔に、藍は不利を感じ取った。
先の三人ジジ抜きではそれぞれに1枚ずつ『J』が配られるという偶然により、いち早くジジの数字を解き明かせた。
今回の二人対戦は違う。どうあっても最初に配られる段階でジジを含める全ての数字にペアが発生する。例外は無い。
即ち、現時点でジジがどれかは藍ですら知り得ない。しかし目の前の兎に、迷いは見られなかった。
その機敏な動作が、藍に警戒を与える。てゐが『何か』をやっているのだと。

もし己の手札にジジがあるのなら、藍がてゐの手札のどれを引いてもペアは出来る。そういう意味では確かに気構える必要はない。
よって藍は素直にゲームを進めた。所詮はこの遊戯、引くことのみを終始続けるルール。実に単純である。
引いて、揃えて。引かれて、揃われて。
そんな行為を何巡かやり終え、いつしか両者の手札は瞬く間に捨てられていった。


―――そして現在、藍の手札は『2枚』まで減り、てゐの手札は『1枚』となっていた。


てゐの引くターン。ここでてゐが藍の2枚の中からジジを引くことなく終われば、てゐの勝利だ。
不可解なのはここまでてゐが引いたカードが全てペアで捨てられたこと。つまりジジを一度たりとも引かなかったのだ。
確率的にはなんらおかしいことではない。ましてや相手は幸運の白兎なのだ。
だが藍はこの事実を『運』のみで切り捨てられるほど馬鹿ではない。
結論は、こうだ。


『てゐはどういう方法かでジジを見抜き、手札を見透かすかのようにそれを回避している』


奇しくも藍がジョセフ相手に行っていたようなイカサマの内容だ。
だが藍とて死角からの『覗き見』など真っ先に警戒しているし、八方に対し警戒網を張っている。
それでもてゐはジジを引かなかった。土壇場で悪徳兎の本領が発揮されたというわけだ。


「これで最後だ、藍。手札を出しなよ。……この勝負、私のストレート勝ちだ」


明らかな挑発。下克上を為し得ようと、調子に乗った弱者の戯言。
九本もの尾がざわりと総立つも、あくまで冷静に努める。
事態は単純だ。手札の『4』と『J』……2枚の内1枚がジジ。
このゲームは道中がどうであれ、最終的には必ず2枚と1枚の勝負になる。
単なる2分の1の戦い。50%を引くか引かないか。または引かせるか引かせられないかが境界線の遊戯だ。
しかしこのゲーム、ただの確率勝負には収まらない。
てゐが一体『何を』やっているか、藍にとって最も重要なのはその一点。


667 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:10:39 PsYjk5fY0






「―――少し空気が悪くなってきたな。窓でも開けるか」


取り留めのない藍の言葉。すっと椅子を立ち、窓に向けて足を動かそうとする。
どうということもないその内容に、動揺を示したのはてゐだった。


「え……!? ま、窓開けちゃうの!?」

「そうだが……不満でも?」

「い、いいよいいよ空気なんかどうでも! それより早く手札出しなさいよっ!」

「お前は良くても私が居心地悪いんでね」

「だ……ダメダメ! 席を立つフリしてなんか仕掛けようたってそうはいかないよ!」

「……だったら橙。お前が窓を開けてくれないか?」

窓を開ける。
たったそれだけの行為にてゐは大げさに拒否反応を示した。


その反応を見て藍は―――ほんの一瞬、笑む。


「え……で、でも藍さま……」

「橙。……“窓を開ける”だけだ。早くしろ」


主人の威圧に抗えるはずもない橙は、そのまま命令を実行した。
小さな足でパタパタと、香霖堂の窓まで近づいて行き。
小さな腕でよいしょと、取っ手に手を掛け鍵を外して。
ガタンと、開かれる。外の世界から、冷たい空気が店内へ流れ始める。


「雨が……強くなってきたな。さて、お前の番だったか。引くがいい、ペアを引ければお前の勝ちだ」


ずいと差し出された藍の手札を、てゐは直視出来ずに俯いていた。カタカタと身体の震えが、臆病兎の全身を襲いだした。
てゐは……藍の手札を引けずにただ、怯える。


―――ザアザアと降り頻る雨の音が、耳に障って鬱陶しい。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


668 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:11:14 PsYjk5fY0
『森近霖之助』
【数十分前】D-4 香霖堂


『貴方の言いたいこと、今はわからないけど……でもこっそり聞いて。
 『トン一回で左。トン二回で右』……だ。“その時”になったら死ぬ気で指動かせ。貴方の指示通り動くから。
 私の言いたいこと、わかるよね?』


“あの時”……この僕、森近霖之助が朦朧する意識の中、因幡てゐから受けた指示。
『何のことだ』とは聞けなかった。もはや今の僕には口を開く力すら残されていないのだから。
この首輪の神経毒とやら、身体の自由こそ奪われるが意識までは奪わないらしい。矢毒の一種だろうか。
だがそれが僥倖でもある。おかげで“彼ら”のプレイングを何とか観戦することは可能だった。

遊戯種目は『ジジ抜き』。カードゲームの一種だ。
橙の配り終えた札がジョセフ・てゐ・藍のそれぞれに行き渡ったのを見て、僕は初めててゐの話した意図を理解出来た。


(なる、ほど……『そういうこと』かい、てゐ……!)


突然だけどここで僕が持つ能力を説明しよう。
『道具の名前と用途が判る程度の能力』。詳細は、名前の通りだと思ってくれ。
物を見ただけで名前と用途が頭の中に情報として入り込んでくる。もっとも使用方法までは分からないので何とも使い勝手は良くないのだが。
ここまで言えばわかるかな。僕は『見ただけでカードの名称が分かる』んだ。当然、裏表関係なく目視することのみで能力は発動する。
カードの裏からでもその数字や絵柄が分かってしまうんだ。ことカード勝負に関しては、ハッキリ言って僕は抜群に強い。
テーブルに座る三人それぞれの手札を見比べれば、どれが『ジジ』なのかもすぐに分かる。ジジは3枚しか場に無いからね。

『トン一回で左。トン二回で右』というてゐの言葉はつまり、『ジジがどれかを音で知らせろ』という意味だった。

当然、この場の全員に聴かれるような大きな音を出すわけにはいかない。八雲藍は恐ろしく狡猾だ。
従って僕は、兎であり聴力に秀でたてゐだけに聴こえる程度の『小さな音』を出し、彼女が引くカードを誘導しようと考えた。
床を指でトンと『一回』叩けば左。『二回』叩けば右のカードを取れ、という指示になる。

困ったのは第一戦。この勝負の殆どの時間、ジョセフがジジを持ち続けていたのだ。
ジジ回避の信号はジョセフには聴こえないし、聴かせたところで意味も無い。
もはや僕が出来ることなど永遠に来ないのかと悔しがったが、ゲームは第二回戦……てゐVS藍の運びとなった。
一対一なら僕とてゐの共同策が通じる。最悪なのは最初の段階でてゐにジジが配られ、藍がそれを永遠に引かないパターンであったが杞憂だった。

(てゐの手札は……『2』『4』『5』『9』『10』『Q』! 対して藍は『2』『4』『5』『9』『10』『J』『Q』!
 ジジは……藍が持つ『クラブのJ』だ! や、やった……!)

今日ほど自分の微妙な能力に感謝した日はない。
僕はてゐの引く順になると死ぬ気で指を動かした。痺れる身体に強引に鞭打った、その成果が達成された。


(    トン…    トン…    )


指は何とか動いた。この音は果たしててゐに届いたろうか。
藍の6枚となった手札、僕とてゐから見てその左から三番目にジジであるJが潜んでいる。
トン二回で『右』だ。一番右を取れ、てゐ!


「―――クラブの10。藍、私が引いたのは、『10』だ!」


と……届いた! いいぞ、てゐ! これを続けていけば勝てる! てゐはもうジジを引くことは一生ない!
これなら……もう負けない!
そして次。藍が引く番。彼女はどれを引いたって同じだ。100%ペアが揃う。
藍は『スペードのQ』を揃え、残り4枚。てゐは3枚。


(    トン…    )


次はてゐの番。『トン一回』、今度は一番左だ。『ダイヤの5』!
指示通り5を揃えたてゐは残り2枚! 藍は3枚!

そして再び藍の番。彼女はてゐの『ハートの2』を引き、残りは2枚!
てゐは残り『1枚』! これで次の手巡、藍の『4』『J』の2枚から4を引かせれば……

僕たちの勝利だ!



「―――少し空気が悪くなってきたな。窓でも開けるか」



…………なに? なんだって?
突如藍が放った言葉に、僕の背筋は冷たくなった。
窓を開ける……? 窓……なぜ?

外…………は、


(ぐっ―――――!?)


し、まった……! まさか、藍は!
く、そ……! もう少し……あとちょっとなのに! くそ……っ


てゐ………!


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


669 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:12:02 PsYjk5fY0

ザァー        ザァー
         ザァー
  ザァー            ザァー
     ザァー            ザァー
ザァー          ザァー
      ザァー         ザァー
 ザァー          ザァー
      ザァー          ザァー



 や ら れ た っ …… !


幻想の都に流れる雨の音をこれほど憎らしく思ったこともない。
藍の一計により、てゐの耳を通り抜ける音は外で降り続ける雨音と、氷のような悪魔の嘲笑の二つに絞られた。

(クッソ!? 藍め、私たちの『策』に気付いたな……ッ!)

思った以上に激しさを増してきた外の雨が、てゐの聴覚を狂わせる。
昆虫の羽音のようなノイズにより、霖之助の起こす合図を完全に見失ったのだ。どれだけ集中して耳を働かせても、もう聴こえない。
ダメだ。ここまで来て八雲藍の持つ暴力的なまでの賢に策を潰された。殴ったら倍にして殴り返してくる、執念ともいえる頭脳だった。
考えてみれば自分にすら考案できた策。霖之助の能力を知っている藍相手に看破されない道理は無かったのだ。
狐の聴力というのは人間など比にならない位ズバ抜けている。二万サイクル以上の高い音も聴き分けられる、とかなんとか。
最初から最後まで筒抜けだった。霖之助の送った合図は、藍にも届いてしまった。


(くそっ! くそっくそっくそぉ! 何で……なんだよ、コイツはぁ! 何の為に今まで……霖之助と協力してまで……!)


嘘は、吐き慣れたものだった。
他人を騙すことなど、日常の性だった。
騙し通せる自信があったという妄想は、全て驕りだった。
八雲藍に騙しは通用しない。思い知らされた事実は、冷たい雨となって心に澱んだ。

「さ。引くがいいさてゐ。確率は単なる2分の1だ。お前ほどの幸運者なら朝飯前の数字だろう?
 そう気構えないで、楽にいこうじゃない」

2分の1……? ふざけるな、これはもはや確率の戦いなんかじゃない。
精神同士の相撲。先に敵を叩きつけ、土俵外に押し出した者が勝つ“論理”の戦いだ。
何とかして勝利への『糸』を掴まないと、堕ちる先は地獄の釜底。
たかが50%。だがこのターン、どこかで利を得なければ当てられる自信なんか全く無い!

(頼む霖之助! 頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼むから! 何とかして私にまで『音』を届かせて!)

形振り構わず全神経を己の耳に集中。霖之助が放つ合図を聴き逃すまいと目を閉じて、パターン化した雨音の波長を脳から除外。
今や彼無しで藍の持つジジを回避する手段が思い浮かばない。てゐにはこの策しかなかった。
後方を見て彼の合図を直接視認するなど論外。そんなあからさまな行為を藍は許したりしない。
逆に言えば、今は隙があるということだ。藍にはてゐのイカサマの見当は付いているが、証拠が無い。このイカサマの立証方法など、てゐか霖之助の自己申告以外に無いのだ。
だから藍は窓を開けるという、不充分な策潰しに打って出た。それこそが唯一の隙だった。

(治まれ私の心臓! 今だけは……『音』に集中させてよ!)


ザァー        ザァー
         ザァー
  ザァー            ザァー
     ザァー            ザァー
ザァー     ト―…  ン   ザァー
      ザァー    ト―… ン   ザァー
 ザァー          ザァー
      ザァー          ザァー



(――――――ッ!!)



今、確かに……!
トン、トンと……『二回』! 雨に混じって……聴こえた!



「右だ藍ンンーーーーーーーーッ!!! 私は『右』を選ぶッ!!」



光明。
雨空から覗いた、一瞬の僅かな隙間からもたらされた光。

てゐの粘りが、希望の光に届いた。


670 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:14:05 PsYjk5fY0












「――――――『J』だ藍!! やった!! この勝負、私の」






………………………………は?



待て。……『J』。ジャック。くらぶの、じゃっく。ジジ。
私が持つ最後の1枚は『4』だ。だったら引いたこのカードの数字は4じゃなけりゃおかしくない?

ペア、じゃない。揃って、ない、んだけど。

え……? 霖之助の、指示は、『トン二回』……


確かに私…………聴いて……………………



なんで。





(    トン…    トン…    )





聴こえる筈のない、再びの合図。その音の出所が、判明した。

目の前で、笑いを堪えるかのように、口を結んだ、
八雲藍が、面白そうに、
テーブルを、
指で――――――


671 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:15:24 PsYjk5fY0



「ぷ……くくっ……くすくす……! あは、あはははははっ!! あーーっはっはっはっはっはっ!!!」



あぁ、こんな悪魔にも心から湧き立つ笑顔ってのはあるんだな。
心底愉悦を浮かべる彼女とは対照的に、私の顔は多分、今日一番の絶望に歪んでいる。


「あはははははは! はぁー、はぁー……! いや、失敬失敬! 『コレ』は私が考え事する時のクセなの。
 つい今、そのクセが思わず出てしまったんだ。お前の選択を邪魔するつもりは無かったのよ? くっくっく……!」


コレ、などと言いながら人指し指を卓上に“トントン”と叩く彼女の姿は、本当に朗らかに破顔している。
こうして見てみればその姿、極上に咲き乱れる菊の花。美女の笑みというものはこうも破壊力を伴う魅惑を写した絵になるのか。
何気に素の口調までチラリと覗いている。油断、というよりも、舐められているのだろう、私は。
そんなどうでもいいことが過ぎるくらいには、私の脳内は一転、静まり返ってしまった。

「しかしまあ、河童の川流れというか、天狗の飛び損ないというか、お前のような幸運兎もしくじるという事か。
 まさかたった2分の1ぽっちの確率も掴み損なうとは。もっとも、私にとっては絶好のチャンスと相成ったわけだが」

雨空から覗いた光明は、九本の尾によって遮られた。
霖之助の合図の内容を察した藍はただ、『偽の合図』を送り出しただけだった。
『トン一回で左、トン二回で右を取れ』という裏の信号をすぐさま理解したのち、ジジが『J』なのだということも把握したのだ。
この合図を理解してみれば、私は明らかに『J』を避けていたのだから。それを利用してわざとジジを引かせたということか。
目を閉じて、必死に耳を立てている滑稽な私は、そんな単純な妨害にも気付かず、まんまと偽の誘導に引っ掛かってしまったワケだ。
普段通りの状態ならまだしも、荒れに荒れた私の心模様には、あまりにも簡単に通じてしまった子供騙し。
藍はそこまでを計算して挑発してきたのだ。言い訳しようも無い、体たらく。


―――これで、私がジジ持ち。そのうえで、この女に攻撃権を持たせてしまった。


(あ、はは……っ 致命傷かな、こりゃ…………)


自嘲の笑みすら漏れる。
藍の攻撃とて単純な2分の1を攻めるに過ぎないが、このターン、もはや運のみに縋るのでは負けの道しか見えない。
相手がその崇高な頭脳で行ったように、『勝ち』への方程式を解きださないとすぐに負ける。
方程式? 私が、この脅威の知恵者と、方程式で戦う? 無理だ。
きっとコイツはただの運だけで勝負はしない。何かしら『策』を仕掛けて、私のカードを取ってくるに決まっている。
引き摺り出される。心理戦などというドロ試合に。奴の独壇場に。
『J』か『4』か。4を取られたら敗北確定。絶対に、何としたって、コイツにJを取らせないと駄目。
皮肉な話だ。不幸の数字の代名詞である『4』を死守しなければだなんて。私には最も似合わない数字だってのに。


672 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:16:51 PsYjk5fY0

「さあて」

考えろ考えろ考えろ考えろ。

「今度は」

どうする。コイツにJを取らせる方法。どうする考えろ。

「私のターンだ」

今この瞬間に考えないと負ける! 殺される! 考えろ! 考えるんだ!!

「手札を出せ」

防御策! コイツの極悪な攻撃から身を守る防御方法を!!

「因幡てゐ」

どうする!? イカサマ!? 降参!? 逃亡!? 交渉!? 諦める!? 正々堂々!? 考えろ! どうする!!


「ま……待ってよっ! ちょ、ちょっと、待って……!」

「“引くタイミングくらい自分で決めさせろ”……お前がさっき私に言った言葉だぞ?」

「わかっ……わかってるよ! でも、少し…………そ、そうだ! シャッフル! カードの位置を……シャッフルくらいさせてよ!」

「たかが2枚の手札だ。時間を掛けるものでもないだろう」

「いいだろ別に! こっちゃ命懸けてンのよッ! 念入りに……念入りにシャッフルさせ、させて……っ」


半ばヤケクソ。渋る藍を強引に説き、私は手札を持つ手を慌ててテーブルの下に隠し入れた。
絶対に、何があっても、万が一でも、藍相手に手札を探られる可能性は残したくない。
たった2枚だけども、とにかく滅茶苦茶にJと4を織り交ぜる。目を瞑って、完全にランダムに!
前方の藍が呆れたように、かつ見下すように息を吐いた音が聞こえたけど、知ったこっちゃない。

(どうしよ……もう、泣きたくなってきちゃった……! どうすればいい……教えてよ、ジョジョ……)

やっぱり自分なんかには。
反射されるのはこんな後悔の言葉のみ。
こんな情けない様相を呈していて、ツキの女神が振り向いてくれるわけがない。
痛い。痛いよ……! 心臓が張り裂けそうで……!


『―――勝てるさ。お前なら必ず藍に勝てる。……だから俺を信じろ。お前を信じる俺を、信じるんだ』


アイツは一体、何の根拠であんな希望を持たせるようなこと言ったんだろう。
ねえジョジョ。教えてよ。嘘吐き兎の私なんかの、どこを信じようとしたの?


『……悪ィな。最後までお前と一緒に戦ってやりたかったが、どうやらそれもムリらしい。
 だがお前の行為、気持ちは絶対ムダにはさせねえ。心細くなったら俺のことを思い出しな。手を貸してやるぜ』


思い出してるよ。思い出してるって。
でもアンタ、負けたじゃん。私を残して、藍に敗北しちゃったじゃん。
手を貸すって……? 貸せるモンなら貸してみなよ、バーカ。


『俺のことは『ジョジョ』って呼べよ。“ジョ”セフ・“ジョ”ースターだから『ジョジョ』。J、O、J、Oでジョジョだ。くだらねーだろ?』


発端はそこだった。
今思うに、違和感の種はその時点で既に植えられていた。


673 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:17:28 PsYjk5fY0


『いいかてゐ。J、O、J、Oでジョジョだ。『次』からそう呼べよ!』


……………………ジョ、ジョ。

J、O、J、Oで、ジョジョ…………?


彼が最後に残した言葉が、凄絶に渦巻く私の思考を止めた。
同時に、札をシャッフルする手も、ピタリと。


『―――そうだ、てゐ。……お前だろ? 俺のポケットに『あれ』を入れといてくれたのは』


『あれ』って。
私が見つけた……『三つ葉のクローバー』……

そもそも。
何でアイツはあの時、そんなことを口走った?
私に勇気でも与えるため……? それもあるかもしれない。
でも、その言葉の裏に隠された『真実』を私に伝えるため、だとしたら。


『―――そうだ、てゐ。……お前だろ? 俺のポケットに『あれ』を入れといてくれたのは』
『いいかてゐ。J、O、J、Oでジョジョだ。『次』からそう呼べよ!』


藍には決して知られないよう、それでいてわざわざ私に確認してまで伝えたかった『何か』。



――――――メッセージ?



「……おい、まだか? あまりコソコソするようじゃ、強引に―――」


催促する藍のイラついた言葉にも耳を傾けず、私は恐ろしいくらいに冷静を保っていた。
覚束なかったさっきまでとは裏腹の、理性的ともいえる感情が私の全てを支配していた。
目の焦点だけは手元の札に合わせながら、4とJの札をぼうっと眺めながら。


スペードの『4』と、クラブの『J』を、ジッと見つめながら―――



(―――J、O、J、O……)

(―――三つ葉の、クローバー……)













…………………………………………あれ?








――――――疑問の種は芽吹き、その瞬間、完全に開花した。


674 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:18:31 PsYjk5fY0








「…………藍。この『ジジ抜き』って勝負はさ」


手元に視線を落としたまま、てゐの口から静かな声が藍へと語られた。
打って変わった雰囲気に、藍は少しだけ、警戒心を高める。


「結局のところ最後に、相手へ“死神”って名のジジを……『ジョーカー』を渡す勝負なんだよね」


藍の目線からはてゐの表情は隠れており、その意図は読み取れない。


「……今更、だな。だがそういうことだ。そしてその『ジョーカー』は今、お前が持っているというワケだ」

「…………藍。貴方が一戦目の時、ジョジョの手札を橙に覗かせ、彼女のサインを受け取り、ジョーカーを避けていたのは分かっている」

「知らんな。何を根拠に宣う? 私はそんなことを認めないし、何なら橙に問いただしてみるか? 無駄骨だろうがな」

「いや、橙に問いただすのは……『私』じゃない」

「…………なんだって?」



「『貴方』が『橙』に訊いてみなよ。……私が持つ『ジョーカー』の位置を」



ここで藍は初めて口を閉ざし、それ以上に橙は目を見開いた。
てゐは今、何を言ったのか?
言いたいことの意図が掴めず、聞き返そうとした藍の言葉はまたもてゐによって遮られる。


「こっちに来なよ橙。私の後ろでも横でもいい。貴方だけに見せてあげる。私の手札を」

「なに!?」

「えっ……!」


同時に重なった驚愕の声は、藍と橙の二重奏。
ここに来ててゐは、藍が予想だにしなかった行動に出た。


「ほら、私の手札だよ。橙だけに見せたげる。これって別にルール違反じゃないわよね?」


ヒラヒラと、2枚のカードを迷いなく顔の前で振るてゐの不可解な行動に。
いよいよ藍は真顔になって、相手のふてぶてしげな表情を射さした。
言う通り、橙はこの勝負における中立。そんな彼女に手札を公開する行為は、なんら違反ではない。
だからこそ藍は分からない。橙をイカサマに利用していると言ったのはてゐ自身なのだ。
そんな橙に、どうして手札を教えるような真似をする? しかもてゐの手札が4とJなのは既に分かりきっていることなのだ。

「ほらほらどうしたの? 私がいいって言ってるんだから素直に見りゃいいんだよ。こっち来てさ」

「え……あ、うん」

なし崩し的に橙も言われた通り、てゐの横についてその手札を凝視し始めた。
全く行動の意味が分からないが、これはチャンスでもある。
藍はてゐが見抜いた通り、橙をイカサマに利用していた。式神を操る能力によって、相手のジジを覗く行為を強要させていたのだ。
この第二回戦、てゐは橙を警戒していた節があったので、いざという時どうやって橙に手札を覗かせるか、実を言うと悩んでいたというのが本音だ。
心理戦というドロ試合まで引き摺り出すのも良かったが、どうせなら可能性の高い方を選びたい。

だからこのてゐの申し出は藍からすればラッキー、の筈だというのに。

(何を考えているんだ、この妖怪兎めは……)

このワケの分からない行為、まるでジョセフのハッタリを見ているようで気に喰わない。


「見た? 手札、見たよね? ……じゃあ橙。私が特別に『ひとつだけ』認めてあげるよ」


右手に1枚。左手にも1枚。
それぞれを体の前に掲げ、しかし藍だけには見えない角度で。
次の瞬間、てゐは宣言した。



「私の右手と左手……どっちの手に『ジョーカー』を持っているか。貴方のご主人サマに教えてあげなよ」


675 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:19:37 PsYjk5fY0

ガタン!
藍が思わず椅子を立ち上がった音だった。

「ふ……ふざけるなッ! 何だそれは!?」

「言葉のまんまだよ。貴方の可愛い式から『答え』を訊くことを許すって言ってんの」

「そんなことは分かっているよ! 私が言っているのは、その行為にお前へ何のメリットがあるという事だ!」

「座りなよ、藍。私がカードを見せるのは橙だけだ。お前にじゃない」

「…………っ!」

なんだこれは? なんなんだこれは?
追い詰められて頭でもおかしくなったとしか思えない。てゐの宣言はそんなトチ狂った内容である。

そこで藍、ハッとした。

(い、いけないいけない。思わずコイツのペースに乗せられる所だった……! 考えてみればコイツの狙いなんて単純だ)

ズバリ、現在の藍のような混乱状態に陥れることがてゐの狙いだ。
的外れなことを言ってのけ、さもこちらの策を逸らすことこそがてゐの出来る唯一の反抗。
ひとたび疑心暗鬼に陥った式神は、途端に衰退する。藍の、というより式神という概念の弱点はそこなのだ。
かつてマミゾウの言葉によって、心に小さなバグを生み出してしまった時と同じ。てゐはそれと同じ事をやろうとしているに過ぎない。

もう二度と同じ轍は踏まない。藍は己の心を矯正する。己の立つべき地点は見誤らない。
かくして藍は脅威の思考スピードで、冷静さを取り戻すことに成功した。


「橙、せっかくてゐがこう言っているんだ。その言葉に甘えておけ」

「ら、ん……さま……」

「ただし……当然だが『嘘』は吐くなよ? 『真実』のみを吐くんだ。わかったな?」


後押しするかのような藍の絶対命令。
気圧させるほどの雰囲気が、橙という式神へ『令呪』となって降りかかった。
主の命令に式神は本来背けないが、藍の式神を扱う能力は完璧ではない。
その欠点を藍は『恐怖』という感情で、橙の心に無理矢理埋め込んでいるだけだ。
『完璧』ではないが『万全』といえる程度の命令遂行能力が今の橙にはある。勿論、未熟な彼女にも行える範囲の命令に限るが。


(能力にほんの1%ほどの不安要素はあるが、こと『嘘を吐かない』という範疇であれば橙は完全に信頼できる)


橙の天真爛漫な性格は、他人を騙すことに向いていない。ましてやその相手が、愛する主人ならば尚更。
それならばと。藍は乱れた服を整わせ、厳粛に、高々と己の小さな式へ、もう一度『命令』を施した。


「私に教えてくれないか、橙? てゐの持つ『ジョーカー』は、右手と左手…………どちらにある?」

「てゐの……持つ、ジョーカーは……………………」







「――――――『左手』です。……藍さま」







勝った。
指示通りの命令をこなした橙の顔を見て、藍はそう確信した。


676 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:20:24 PsYjk5fY0
伊達に式として共に在るわけではない。橙が嘘を吐いているかいないかくらい、顔を見ればすぐに分かる。
てゐは失敗した。よりによって藍の動揺を誘うなどという不確かな可能性に賭け、軽率な行為に出た。
とはいえ藍も一瞬は焦ってしまった身。その焦りが、藍に踏み止まるべき世界をもう一度再認識させてくれたのだ。

ありがとう、弱き妖怪兎よ。
ありがとう、此の世の歯車よ。
お前のおかげで私はまた一歩、紫様を生かせる境地へと踏み込むことが出来た。



橙の指示通り、てゐの左のカードがジョーカーならば、己の選択するべきカードは右手。
ゆったりと右手のカードを取った八雲藍は、最後に感謝した。
戦った相手の血肉が己の糧になってくれることを。愛する主人の糧になるであろうことを。


(御馳走様、だ。……因幡てゐ!)


最後に感謝して、藍はそのカードを裏返し―――『視た』。




―――これはいつの世も語られる勝者の弁。

機会(チャンス)……

それを掴む者と掴めぬ者との違いは、“備えていたか、否か”
機会を生かす手段を備えた者が勝つ。
機会とはそれを生かせる者の頭上にのみ乱舞する。
勝者が掴み、敗者は掴めぬ。
これはただひとつの、そんな運命の物語。


荒れ狂う戦闘潮流。この大渦に『備えて』いたのは―――


















「おめでとう藍。アンタは見事『死神』を己の手中に取り戻したってワケだ」






たった今カードを奪われたその右手を敵に差し向け、悪戯兎は吐いた。

橙の言った言葉が嘘でないならば、藍が右手から引き抜いたカードは『4』であるはず。

藍が選択したカードが『4』ならば、てゐの左手に残ったカードはジジである『J』であるはず。

一連の流れに不自然が無いのならば、この最終遊戯の勝利者は『八雲藍』であるはず。




ならばどういうことだろうか。

勝利のカードを手にしたはずの藍の表情が、魂でも抜けたかのように蒼白である理由とは。


677 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:21:07 PsYjk5fY0



「――――――あ、れ?」



間抜けな声が出たもんだと、藍は自分でも思う。
だが今はそんなことどうだっていい。
4を取ったはずの自分の手の中に、どうして、一体どういう理屈で、



――――――ジジである『J』が再び戻ってきているのか。



(…………え? なん、で、Jが……? …………あれ? 私が引いたのは『4』、のはずなのに)


何故。どうして。ありえない。
濁流のように落ち注ぐ疑問符が、八雲藍というコンピューターをストップさせた。
この手に握ったのは勝利の証のはずなのに。
勝ったのは私であるはずなのに。
Jでなく4を引き抜いたはずなのに。
4じゃない。4じゃ。4が。4。 4 。 4 。 よん 。  し 。







「―――ッ!! う、うそ!!!」

「嘘じゃない。見りゃわかんでしょ。……アンタが引いたのは『ジョーカー』。空振り三振大ハズレだ。いやむしろ大当たりかな?」


蒼白な顔から一転、気迫を取り戻して詰め寄ったのは藍の珍しい焦燥。思い描いた予想とは真逆の絵が、この場を支配した。
確かに聞いたはずだ。絶対の主従である橙の口から「ジョーカーはてゐの左手にある」と。
ならば右手にあるカードこそが藍の求める唯一無二の4であるはず。なのに、実際は右手にジョーカーが隠れていた。
どういうことだこれは。なんなんだこれは。
まさか謀られた? 誰に。てゐか。
いや、

「ちぇ、橙お前まさか……ッ!!」

「違う。橙は嘘なんか吐いてない」

疑いかけた藍の一声を、てゐはすぐさま拒否。だったら、

「お前かてゐィッ!!」

「それも違う。私は嘘吐きだけど、今回に限っては嘘は言ってない」

激昂する藍とは裏腹に、てゐは淡々と、つらつらと並べ立てる。
バン!とカードを握った両手で、机を叩いた。その姿に、かつての落ち着きを携えた彼女の面影なんか失せていた。

「うそ! うそだッ!! じゃあ……じゃあ誰なのよッ!? 誰がこんな、こんなふざけた―――!」

「藍。貴方、マジに気付かないの? さっきまでの冷静な貴方なら、そろそろ自分のミスに気付くと思ったんだけど」

「な、ん……だとォ…………!?」

興奮のあまり物事の裏を見抜く力が完全に消失した。
そんな滑稽ともいえる藍の慌てふためく姿を見ててゐは、「やっぱりね」と小さく零すのみ。
自分の予定調和が続く内なら八雲藍とはまさしく手の付けられない化け物。
だが一度皮を剥がせば、ちょっぴり物知りで小奇麗なだけの脆い妖狐でしかない。
最凶だけども無敵ではない。てゐの予想したとおり、やっぱり藍の弱点は崩した殻の内身にある。

しかし、まだ勝利ではない。攻撃権を奪取しただけだ。
だから。

ガン、ガン、ガン、と。
てゐは金槌で何度も何度も打つ。八雲藍という女の心理、真理を打ち崩す為に、相手の心を何度でも。


678 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:21:45 PsYjk5fY0

「分かんないならもっかい言ってあげよっかァ〜ん? さっき私が橙に言った台詞。
 『私の右手と左手……どっちの手に『ジョーカー』を持っているか。貴方のご主人サマに教えてあげなよ』……だったっけ」

あっけらかんと、種明かし。歪む藍の顔色を伺いながら。

「あぁそれと、『ジジ抜きってのは相手へ“死神”って名のジジを……『ジョーカー』を渡す勝負なんだ』とも言ったっけな〜。
 まだ分からない? 私がこの時、頑なに『ジョーカー』って言葉を使ってた理由」

てゐが何を言わんとしているのか。崩れ始める藍には未だ、理解が及ばない。

「……ホンッとに分かんない? 貴方自身が犯した決定的なミス。貴方、橙に最後『何て』命令した?」

藍が放った、橙への命令。

(なんだっけ。確か……いや、落ち着け私。こんな兎風情にペースを握られるな。いや、覚えている。覚えてるわ)

ひとつひとつ、バラけた記憶のピースを嵌め直していく。そうだ、確か―――


『私に教えてくれないか、橙? てゐの持つ『ジョーカー』は、右手と左手…………どちらにある?』


こうだ。橙に放った言葉は、こんな文句であったはずだ。
そこで藍……ふと、ある『違和感』が過ぎる。

「…………まさか、お前」

「はい遅い。そうだよ、私がジョーカージョーカー連呼してたのは、貴方から言質を引き出したかったから。
 『ジョーカーは、右手と左手どちらにある?』……貴方自身の口から、まさしくこの言葉を聞きたかった。
 言葉遊びにも、とんちにもならない、くだらない誘導テクニックよ」

違和感とは『ジョーカー』という単語。ここでいうジョーカーとは、当然“死神”の意。引いてはならぬ負のカードのこと


―――ではない。


藍は思い込まされていた。てゐの言う『ジョーカー』とは普通に考えて『ジジ』……『J』のことであると。

だから橙が言ったように『てゐの持つジョーカーは――――――“左手”です。……藍さま』という言葉は言い換えるなら、

『てゐは左手に“J”を持っています』という意味だと……思い込まされていたのだとしたら。

この言葉の、本当の『意味』とは―――


「お、お前ェ!! その『左手』を見せなさいッ!! 残ったカードのことよッ!!」


まさか。まさかまさか。まさかまさかまさか。
信じたくもない『予感』が藍の頭を埋め尽くしていく。
テーブルに激しく手をつき、てゐの了承も得ずにその左手――藍が“選択しなかった方”のカードを叩き落とした。
予想が当たっていればこのカード、4の数字、ではなく、







「――――――じょ……『JOKER』、だと…………」







てゐの持つ最後の1枚は、本来『4』でなければおかしい。
なのに、それなのに、その手から零れ落ちたカードの数字は……いや絵柄は。


「あは、バレちった? ようやくやらせていただきましたァン!……てね」


ジョーカー。
引いてはいけないジジ、という意味でなく、トランプというゲームにおいての“本来の死神”を冠するカード。


JOKER


ジジ抜きという遊戯には使われることがない、正真正銘の悪魔のカードが、せせら笑って藍を見上げていた。


679 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:22:27 PsYjk5fY0

「な……によ、これ……! 何よこのカードッ! 4は!? お前が元々持っていたはずの4のカードは何処行ったッ!!」
 手札を勝手に処理して、入れ替えたのねッ!? ル……ルール違―――!」

「違反じゃない!!」


突然の大声に、藍はビクリと身体を震わす。
一瞬の沈黙が空気を支配し、てゐは落ちた『JOKER』を拾い上げながらゆっくりと、言葉を紡ぎだした。

「……藍、貴方優秀だよ。ほんと、流石あの八雲紫の式神だけある。
 でも……だからこそ驕った。たかが人間と妖怪兎相手に、この九尾が負けるわけがない、てね。
 そう思った瞬間、貴方の瞳の中に私たちの姿なんてもはや見えちゃいなかった。見ていたのは私たちの遥か後ろ、地平の彼方。
 このバトルロワイヤル全体ばかりを貴方は捉えていたんだ。この殺し合い全体をどう勝ち抜くか……それしか考えていなかったんでしょ」

JOKERを弄くりながらてゐは語る。藍へと真っ直ぐに向けた瞳で、叩く。

ガン、ガン、ガン、ガン、ガン。

兎に角、叩き続ける。藍の心を言葉の金槌で叩き、剥がれたメッキを引き摺り出す。

「なにを……言う……! お前は、お前のやった行為は、イカサマだ……! そんな言葉で言い逃れようたって―――」

「イカサマ? アンタがそれを言うなんてお笑いだ。これはイカサマなんかじゃあない。
 アンタは結局、何も見えていなかったんだよ。本当の所ではアンタが戦っていたのは私たちでなく幻影。
 届きもしない主人への幻想の忠義に手を伸ばし、私たちを見ようともしなかった。驕りが招いた強者の悪癖だ」

「私、『たち』、だって……?」

「そうだよ。アンタは負けたのよ…………『ジョジョ』に! ジョセフ・ジョースターにね!」

ジョセフ。ジョセフ・ジョースター。
その男は、先ほど藍に破れ去った男の名。そんな負け犬の名が何故ここに。

「イカサマ……? 手札を処理……? こっそり入れ替えた……?
 違うよ。アンタが勝手にジジを選び、アンタが勝手に自爆しただけじゃないか。私は手札を入れ替えてなんかいない」

これがその、証拠。
てゐは短く言って『お披露目』する。相棒の詐欺師が仕込んだ、全ての種が今明かされる。


パリ……


小さく……注意深く意識しなければ聴こえないほどに小さく、『その音』は鳴った。
どこかで聴いた音。電気の流れるような、生命の磁気に溢れた奔流音。
ジョセフの『波紋』。
それが解き放たれた音が―――てゐの持っていたJOKER……そのカードから流れ、散った。


「き、キサマ……JOKERの札の、表面紙を、4の上から貼り付けて……!」


藍がようやっと答えにありつけると同時、てゐは為て遣ったりとほくそ笑んだ。
てゐの弄っていたJOKERカードの表面がテープのようにピリピリと引き剥がされ、その下から現れたのは『4』のカード。


「じゃん! ……どう? 私は『4』のカードに『JOKER』の表面紙だけくっ付けていたってわけ。ジョジョのくっつく波紋でね。
 私が持っていたのは4だし、カードの入れ替えも処理も行ってない。イカサマなんかじゃあない」

「と、トリックカード……! そんなもの、いつの間に……!」


680 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:24:08 PsYjk5fY0

藍はとうとう理解に到達した。てゐの……そしてジョセフの仕掛けた策の全貌はこうだ。

俗に言う『ジジ抜き』というゲームにおいて、『JOKER』のカードは本来使われない。この1枚は始めに抜いておくのが常識である。
しかしゲーム前にJOKERを抜いた後、ジョセフはわざわざ橙からそのカードを預かっている。
本人はその時点でここまでを想定してはいなかったのだろう。単に『何かに使えるかも』という万が一の備えだったに過ぎない。
その『備え』が最後の最後で活きた。ジョセフは藍に敗北を悟った時、全ての策をてゐに託して散ったのだ。

あの時……藍がジョセフの9、J、Kの3枚から9を抜いたことで彼の敗北は決定した。
残ったJとK。この2枚の他にジョセフは懐に隠していたJOKERを誰にも気付かれないよう、こっそり取り出した。
JOKERをただJの裏面に貼り付けたのでは、厚みによって藍にばれる可能性がある。だからこそジョセフは『ひと工夫』を施した。
トランプカードとは基本的に、透けないよう表面・芯・裏面の三層構造で製造されている。
そのJOKERの表面と裏面をジョセフはゲーム中、バレないようにゆっくり慎重に、時間を掛けながら綺麗に剥がしていたのだ。
そしてカードの最も厚い部分である芯を取り除き、再び表面と裏面をくっつく波紋で丁寧に吸着させた物が『薄いJOKER』カード。
更にそれを手元にあったジジ……『J』カードの裏面に、これまた波紋で吸着させ完成させたのが『裏面にJOKERを仕込ませたJ』カードだった。
マジシャンが『ダブルバック』『ダブルフェイス』といった、カードの紙面を剥がして作成するトリックカードをジョセフは真似たのだ。

ここまでが仕込みの段階。ジョセフは準備段階を完了させたに過ぎない。

ジョセフが作った『仕込みJ』カードは、傍から見れば完全に普通のJカードにしか見えない。
藍の目すら欺いたこのカードを、しかしジョセフが使うことはなかった。彼は『相棒』に全てを託して散ったのだ。
根拠も確信も無い。このカードがてゐの手に渡るのかも、てゐがこのトリックカードの存在に気付いてくれるのかも全部『賭け』だった。
何もかも穴だらけの道。ただ一筋の光明を得るため、勝つためへの、渾身のトリック。

てゐは第二回戦最後の一騎打ち、最終防御ターンの崖際に追い込まれ、相棒の『意志』を読み取ることが出来た。
彼女の手に残った最後の2枚の内に、そのトリックカードが残っていたのは他ならぬ『奇跡』なのだろう。
一回戦と二回戦。二つの戦い、その両方とも同じ『クラブのJ』がジジに選ばれていたのも奇跡。

ジョセフとてゐ。最強の幸運コンビが起こした奇跡。
チャンスは、繋がった。

最終ターン、てゐに残った2枚のカード。『4』と『J』。
このJがジョセフの作った仕込みカードであることに気付いたてゐは、藍に気付かれないよう、すぐさま二層のカードを引き剥がした。
Jの裏面から現れたのは『薄いJOKER』。ここからのてゐの『仕込み』は早かった。
このJOKERからジョセフの意志である波紋の手応えを感じたてゐは、それをもう一方の『4』の表面に貼り付ける。
ほんの少し生きていた波紋が再びその威力を発揮し、4の表面にピタリと吸着して出来上がった『新たなトリックカード』。
藍が欲していた4のカードはこの瞬間、仮初めの死を呼ぶ『JOKER』へと変化したのだ。


『さあて、今度は私のターンだ。手札を出せ、因幡てゐ』


てゐVS藍。
藍がてゐのカードを引く悪夢のターン。藍はこんな台詞をてゐに投げかけ、その凶手を伸ばす。
直後にてゐが机下で作成し直したトリックカード……

それは―――『4』と『J』だったものが、見た目上では『JOKER』と『J』へ。

そしててゐは何食わぬ顔で、こんな『魔法の言葉』を掛けたのだ。


―――『こっちに来なよ橙。私の後ろでも横でもいい。貴方だけに見せてあげる。私の手札を』
―――『見た? 手札、見たよね? ……じゃあ橙。私が特別に“ひとつだけ”認めてあげるよ』
―――『私の右手と左手……どっちの手に“ジョーカー”を持っているか。貴方のご主人サマに教えてあげなよ』


その言葉の対象は八雲藍―――ではなく、橙。


681 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:25:09 PsYjk5fY0
成功の保証なんか無いギリギリの綱渡り。でも、自分に出来る限りの全ては行った。
後はそれこそ『運』。ツキこそが、勝負の命運を分ける。
てゐが長寿で培ってきた巧みな話術は、ついに藍から『その言葉』を引き出せることが出来た。


―――『私に教えてくれないか、橙? てゐの持つ“ジョーカー”は、右手と左手…………どちらにある?』


かくして橙は、主人の命令に『嘘偽り無く』答えた。
己の見たままを。
てゐの持つカード―――左手に……4の上から被せた『JOKER』を。
右手に……“本物の死神”であるジジの『J』を、見た。


―――『てゐの……持つ、ジョーカーは……………………』
―――『――――――“左手”です。……藍さま』


かくして藍は、式の『嘘偽り無い』答えを、素直に信じて取った。
式が答えた『左手』を避けて、『右手』のカードを取った。
橙が答えた“ジョーカー”とは、ジジの意味ではなく“JOKER”の意。橙は嘘など何も言ってなんかいない。
藍が勝手にジョーカーの意味を履き違えただけ。
否。ジョセフとてゐのダブルプレーにより、履き違えさせられただけ。


つまり。

つまり、つまり―――!



「お前が! 今、取ったのは! 正真正銘、本物の『死神』だってことだよ!! 八雲藍ッ!」



ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン。

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

八雲藍の内奥に踏み込み、鉄で覆ったメッキを剥がし、喰う為に、てゐは敵の精神を攻撃し続けた。


「―――う、そよ……私が、この九尾である八雲藍、が……お前のような小娘に…………」


パキ……ッ


そんな音が響いて、決定的なダメージが藍のメッキを崩して貫いた。


「小娘ェ〜〜〜? 笑止千万! アンタの方が私よりずぅ〜〜っと小娘でしょーがよッ!! 年長者は敬いなさい!」

「う……うるさいうるさいッ! 大体おかしいじゃないか! 私ですら気付かなかったトリックカードに、アンタ何でジョセフの言葉も無しに気付いたのよッ!?」


682 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:25:45 PsYjk5fY0
これこそがジョセフの懸念した事項であった。
折角行った工作も、てゐに知られないままで終わっては水の泡。元も子もないのだ。
しかし目の前で睨む藍の監視もある。怪しい行為や伝達などすぐに指摘されるに決まっていた。
だからジョセフは己の相棒へ、暗号として『メッセージ』を伝えたのだ。


『―――そうだ、てゐ。……お前だろ? 俺のポケットに『あれ』を入れといてくれたのは』
『いいかてゐ。J、O、J、Oでジョジョだ。『次』からそう呼べよ!』


最後の場面、ジョセフがてゐに伝えた言葉の真の意味。
花咲いた違和感の種は、てゐにある『二つの単語』を注視させることを可能とした。

―――『JOJO』と『三つ葉のクローバー』。

不自然はそれらの言葉にあった。
ジョセフが伝えようとしたこれらの単語は、てゐの持っていた『とあるカード』と一致する。

J、O、J、O……ジョジョのイニシャルでもある『J』。
三つ葉のクローバー……これはトランプの絵柄のひとつ『クラブ』の別名。その由来もクローバーから取ったものだ。

全く、なんて馬鹿げた偶然の一致だと、ジョセフは己の信じられない幸運に笑ったことだろう。
てゐが何気なくくれた“クローバー”が、“J”OJOにここ一番の閃きを与えたというのだ。


『クラブのJ』……ジョセフとてゐがそれぞれ、その最終局面で握っていた“ジジ”のカードであった。


「じゃ、じゃあお前はジョセフのメッセージに隠れた『クローバー』と『J』の単語から……ヤツが『クラブのJ』に何か仕掛けたと……そう推測できたというのか……!」

「そうだ。ギリギリだったけど、ね。ジョジョが会話中『クローバー』と言わず『あれ』としか言わなかったのも、貴方に察知されるのを避けたから。
『あれ』と言って通じるのは私と橙だけ。貴方にはどう足掻いたって知りようがない情報だった」

これが、ジョセフとてゐの仕掛けた策、その全容。
渦巻く戦闘潮流を、本質的にはたったひとりで戦ってきた藍には、とても想像できない作戦だった。

「ちぇ、橙!! お前何故、私にJOKERの存在を教えなかった!?
 お前にはてゐの手札にあるハズがないJOKERが見えていた! それを何故、主人の私に言わなかったんだッ!!」

「みっともないよ、藍。言ったじゃんか、橙は『見たまま』を答えただけって。橙は私と違って嘘なんか吐かない」

「詭弁でしょうそんなの!! それじゃまるで、私の不利になることを知ってながら敢えて―――!」

ここまでを言って藍は言葉を失った。もしかして橙は……


「……橙、お前、もしかし、て」

「………………藍さま。私は、橙は…………ただ、藍さまが元の優しい藍さまに戻って欲しかった、だけです……」


橙のただひとつの想いは、式としてどこまでも純粋な願い。
皮肉にもその想いは、歪に曲がった形で藍の心へと届いてしまう。
言葉や想いはどうあれ、藍は自らの式神である橙に裏切られたようなものなのだから。

いや、違う。


「―――いい加減に、気付いてあげなよ、藍。橙が貴方を裏切ったんじゃない。……貴方が橙を、裏切ったのさ」


歴然とした事実を、述べて。
藍から橙への、聞くに堪えない、見るにも堪えない暴行や指図の数々。
如何な尊敬、畏怖する八雲紫の為だとしても、藍のそれはもはや式神と使役者の関係という領域を完全に逸脱していた。

恐怖。その感情を利用し、橙を無理矢理にも抑え込み、意の向くままの人形とし、ゲームにも利用した。
恐怖。しかしその感情こそが最終的に悪手と化し、橙は主人に対して反抗の心が芽生えてしまった。


八雲藍は己の生み出した恐怖に自ら敗北したのだ。


「ぁ……ぁあ……! い、や……違う……わたしは、紫、さまを……ただ、ただ……っ」

「藍さま……」

「ちぇ、ん……!」

「―――もう、やめよう? こんなことして、紫さまは喜んだり、しないよ……!」



パリン。



橙のその一言をトドメとして、藍の、決して崩れてはならない最後の矜持が、砕けて落ちた。


683 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:28:07 PsYjk5fY0


―――『お主、本当に式としての命令で動いておるのか?儂にはそうは見えん』

―――『お主は式としてではなく、八雲藍という個として動いておる』


同時に脳裏で蘇ってしまった、蘇ってはいけない、あの『狸』の言葉が頭をもたげる。
森で出会ったキョンシーのおかげで一度は修復出来たヒビから、再びバグが漏れ出してきた。
一度壊れてしまえば、人の器など脆いもの。その溝は決して埋めることなど出来ない。


「……………………まだ、負けてなんか、ナイ」

「……なに?」

それでも藍は。

「ワタシは、まだ……負けてない。カードを……引きなさい。イナバ、テイ……!」

「……藍、負けを認めなよ。悪いようにはしない。……お前の負けだ、この勝負」

それでも藍は、忠義に殉ずる。
『護りたい奴がいるから』……そう言い遺して、あのキョンシーは死に逝った。

―――我、主を想ってこその我故に。

藍は心に残ったこの言葉を、信じるしかなかった。妄信するしかなかった。


「は、早くカードを、引けッ! 引きなさい、因幡てゐッ!! 負けてない!! 私はまだ、負けてないッ!!!」


そこに居たのはもう、見るべきモノを見失い、己の役割までも失った、哀しき妄信者の滑稽な姿だけだった。
早く楽にしてあげたいと、てゐはその時、心から同情した。
彼女の冷たく傷んだ心を癒せるのはもう、八雲紫でも不可能なのかもしれない。
そんな、諦めの感情すら浮かべながら。


684 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:29:10 PsYjk5fY0


「―――藍」


何度目になるだろうか。この女の名前を呼ぶのは。
憐れみのような感傷がてゐに芽生え始めた。戦いには不要の異物である、それこそ『バグ』とも言い換えられる気持ちだ。
正直、今の藍に負ける気は全くしない。彼女は完全に地べたをグズグズ這う爬虫類と退化している。
少なくとも、最後の一瞬までは藍の戦法に悪手緩手は無かったというのに。強大な狩人だった藍も、今や幼子の悪あがき。

「引け! 引け!! 引け!!! まだ勝負は終わってないッ!!」

策を弄する考えにすら及んでいない。
藍はこの瞬間、自ら土俵を降りたのだ。己のフィールドである心理戦という庭を放棄し、純粋な運勝負という泥濘に身を投じてしまったのだ。
よりにもよってあの幸運の白兎、因幡てゐ相手に。
とうとう置いてしまった。血生臭きテーブルの上に、己が心の臓を、軽率に賭けてしまった。

「……受けてたつよ、この勝負。でも貴方、気付いてる?」

「な、何が―――!」

運の領域において、てゐは勝利を約束された存在。
たかだか50%の確率だが、てゐは『敢えて』この時……


『運』などではなく、『心理戦』という相手のフィールドで戦おうと思った。



「―――さっき貴方がカードを握ったまま思わず机を叩いてしまった時……付いちゃったんだよね。ジジである『J』のカードに、目立つくらいの“傷とシワ”がさ」



これで終わらせよう。楽にさせてあげよう。
自らを心理戦という土俵に上げて、そこから転げ落ちた対戦相手をそっと見下ろすと。


本当に、本当に憐れな大妖怪が、土を這っていた。
もうコイツの思考なんて、手に取るように分かる。


「藍。貴方の次の台詞は―――『馬鹿な、そんなわけがない』……だ」

「ば、馬鹿な! そんなわけが、な―――ハッ!?」

「引っ掛かったね。“嘘”だよ……!」


てゐのハッタリにつられ、藍は自分の持つジジのカードを思わず“視た”。
それが全てを終わらせる合図となり、決着の鐘は鳴った。


藍が視線を投げたモノとは逆のカードをひらりと取って、終わり。


「あっ! キ、キサマ……嘘をッ!」

「悪いね。私、嘘吐きだからさ。……でも、今度こそ私の勝ちだ。
 引いたカードは……見るまでもないけどダイヤの4。私が持つスペードの4とペア。揃っておしまい。ジジが残った貴方の負けだ」


凍りついた藍の手から、『J』のカードがはらりと滑って落ちた。
終わったのだ。これで、全てが。

弾幕ごっこ以外では恐らく初めて体験するてゐの最初の下克上は……想像していた以上に何の感慨も爽快も得られない光景で終了した。




  ◆ 香霖堂戦闘潮流最終遊戯最終戦 ◆

       因幡てゐ  対  八雲藍


         ――――――勝者、因幡てゐ。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


685 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:30:15 PsYjk5fY0


「………………橙。やめろ……これは、命令だ」


時間の止まった数十秒が明け、八雲藍は呟くように口を開いた。
言葉の先には、主人のリモコンを握った式神の姿。

「無駄だよ、藍。お前の能力は、完璧じゃない。その命令は……橙にはもう、届きはしないよ」

如何に主人の命運を左右する行動だとしても、乾いた命令が橙の心に染み入ることは無い。
藍は負けたのだ。敗北を喫したのだ。
シュトロハイムに。霖之助に。ジョセフに。てゐに。橙にすらも。
たかだかゲームの勝敗だが、確かに橙は見届けた。主人の戦いを。

だから、『押す』のだ。橙は、主の首輪のスイッチすらも押すことが出来る。


「やめろ……橙……! 私はまだ、やるべきことが……!」


やるべきこと。それは主人の八雲紫を生かせる立ち回りを続けること。
即ち虐殺だ。そんなことはここにいる誰もが望まない。藍以外の全ての人物が、彼女とは相反する目的を持っていた。


「…………………………ごめんなさい。藍、さま」


小さな黒猫の声が藍の鼓膜へ通ると同時、首に電気が走った感覚を認識できた。
神経毒。これで藍は、少なくとも自分の目的を果たすことは不可能となった。



初めから分かっていたことがある。
己の行いに、正当さなど微塵も無いことが。
愛する幻想郷の民を傷付けるたび、自身の心も剥がれていくことが。

しかし気付いたこともあった。
己の行いは、この上なく純粋な儀式だということを。
尊敬してやまない主人とは、本当は逢いたくないことを。

知人を裏切り、式を裏切り。
九つの尾を血肉にて染まらせた自分に、紫様はなんと言葉を掛けてくれるのだろう。
きっと、あの麗しい唇で否定されることは間違いない。もとより承知での、覚悟だ。
だがいざ、主人からもその言葉を聴かされてしまったら―――今度こそ、心は砕け散る。


(なんだ)


薄れゆく意識に耐え、両脚に力を込め直して。


(結局わたしは)


服に仕込んでいた薙刀を取り出し。


(我が身可愛さに、現実から逃げ続けていた、だけじゃない)


見据えるべき『目標』を、もう一度捉え。


(でも、それでもわたしは)


渾身の力を振り絞って。


(―――我、主を想ってこその我故に)


今一度、駆けた。





―――耳を劈く絶叫が、重なり轟く。





▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


686 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:31:05 PsYjk5fY0






















木材の焼け焦げた、ひりつく臭いによって因幡てゐは覚醒した。
ズキズキと痛む頭と意識を揺らしながら、床に倒れていた身体をゆっくりと起こす。
自分は一体どれくらいの時間、気絶していたのか。時計に目を向けると、何と一時間の時が経過していた。
急速に冷えていく思考。同時に頭にかかっていたもやが薄れだしてきた。

(……そう、だ。私、確かあの時…………)

フラッシュバックされる苦々しい記憶。これは、此処を生き延びた彼女にとってあまりにも過酷な現実になった。
聴こえる世界は雨の音のみとなった、この部屋で。
ゆらゆらと立ち呆ける彼女以外に動く者が消えた、この部屋で。
失われた命の灯が蛍火のように天へ昇り往く、この部屋で。


てゐは大きな……とても大きな失態を犯していたことを薄ら認識し、悔やんだ。




「――――――みんな、死んじゃった、んだ…………」




彼女達の物語。その第一幕を閉じる前に。

その舞台上で起こった『最後』の事実を、もう一度だけ、想起せねばならない。

いま少し、だけ。



――――――

―――




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


687 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:31:52 PsYjk5fY0
人の持つ『愛』という名の執念はかくも恐ろしい。
てゐは八雲藍のその瞳を覗いた時、己の失態を後悔することとなる。


彼女は過大評価していた。
  ―――八雲藍の、九尾としての強さを。

彼女は過小評価していた。
  ―――八雲藍の、主へ抱く愛の強さを。


『法』とは比類なき力。人も妖怪も屈するしかない力、つまりは暴力だと。そう思っていた。
しかしその法こそに守られ、法を以て強さを顕示する『命名決闘法』に浸る因幡てゐらがそれを発言するなど、そもそもがおこがましかったのだ。

『暴力』とはルール外の力。
女子同士で弾を撃ち合うお子様遊戯に、命をも賭けて賽子や札を撃ち合う死遊戯にも、法は存在する。
法に守られ、ルールの上で今まで戦ってきたてゐや藍には、本当の意味での『暴力』は無かった。


法に守られた遊戯を終えた『今』こそが、八雲藍の持つ『真の暴力』が発揮される瞬間。
てゐがその事実に気付くのは、藍の瞳が狂気に呑まれ、藍の足が狂地へと駆けた今、この時この瞬間であった。



「ウガアアアァァァァAAAAAHHHHHーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!」



敗北し、身体に神経毒を喰らってなお、大妖怪・九尾は膝をつかない。
もはや正気の沙汰ではなかった。てゐは、大き過ぎる失態を犯してしまったのだ。
犯してはならない領域にまで、藍を追い込んでしまった。精神的に追い詰めすぎてしまった。
なんと弱い生物なんだろう、彼女という妖怪は。


「藍さまやめてぇえええーーーーーーーーーーーーッッ!!!」

「止まれらぁーーーーーーんッッ!!!」


薙刀を掴んで襲い掛かってくる藍は、今ここに殺戮マシンへと変貌した。

「ソレを寄越せェェーーーーーッ!!!」

藍は叫喚する橙に腕を伸ばし、彼女を突き飛ばす。その目的は、橙に預けられていた『解毒剤』だった。
しまったと、てゐは小さく声を上げる。少なくとも解毒剤は三つ必要なのだ。これを奪われてしまうとジョセフたちの命が危うい。
ジョセフは動けない。橙も戦力としては期待できない。

(戦えるのは私だけ……! 皆を守れるのは、私だけ!!)

らしくない感情がてゐの心を咄嗟に動かした。
暴走状態とはいえ、藍の身体は満足に動けない状態のはずだ。勝機はある。
奪われた解毒剤を取り返し、何とか撃退しなければこのままでは皆殺し。

「力を貸して! 『ドラゴンズ・ドリーム』!!」

てゐはすぐさま倒れ伏せるジョセフの傍に移動し、DISCから得たスタンド能力を発動。
手に入れたばかりの能力でどこまで戦えるか分からない。それでも、やるしかない。


『ヨオ、おひさ〜〜。サッキとはズイブン様子ガ違ウジャネーノ、キツネのネエチャン』


頭上に発現した気ままなドラゴンが、目の前を駆けてくる藍に気楽に話しかけた。
まるで既知同士と言わんばかりの会話にてゐは疑問符が浮かんだが、今はそれどころではない。


「キ、サマ…………“また”ワタシのジャマを……! 死に体の『狸』如きめ……!」

『やかましいわ。そういうお主こそ死人みたいな表情しおってからに』


誰かの声が、てゐの耳に通った。
ドラゴンの声ではなく、知らないはずの誰かの、知っている気がする声だった。
それはDISCに込められたマミゾウとかいう妖怪狸の、魂の声なのか。はたまた幻想か。

「黙れ……! もう一度、殺してヤル…………ッ!」

『……お主も被害者、といったとこかの。哀しい、オンナじゃよ……お前さんは。
 だが儂もあの主催者共の負けに賭けとる身。『希望の光』は途絶えさせんよ。これが儂のギャンブルじゃからの』

「黙れェッ!!!」

そこで、妖怪狸の声は途絶えた。
藍が薙いだ刀によって、マミゾウの幻想は煙のように振り払われたのだ。
見えるはずのない幻想。聴こえるはずのない幻聴に向かって、藍は無用な矛を向けたのだった。


688 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:32:45 PsYjk5fY0

「す、隙あり!!」

何も無い空間を掃った藍が生んだ大きな隙に、てゐは勝機を見た。
ドラゴンに直接触れることで『吉』の方角という利を得る。この『守り』の方角にさえ触れれば、完璧な攻守が手に入る。
脇目も触れず駆け、そのスタンドに腕を伸ばした瞬間、殺意を伴った弾幕がてゐの背中を殴った。

「が……っ!?」

たまらず吹っ飛ばされるてゐ。致命傷には程遠いが、壁に叩きつけられた衝撃で頭を大きく強打してしまう。

(マズイ……! 意識が、薄れる……! く、そ……何で、私の動く方向が……!)

藍の撃った弾幕は決しててゐを狙って撃ったものではなかった。最初からその方向に撃ち出していたとしか思えない正確さだった。
その答えは、『経験』。藍はこのドラゴンズ・ドリームと戦うのは初めてではない。
かつて既に攻略した能力。故にてゐが次に動く方向は、ドラゴンの居る方向だと読んでいたのだ。

「ジョセェェエエエエエエエエフッ!!!!」

敵の殺害対象はまずジョセフ。てゐは迎撃しようにも、腕に力が入らない。立ち上がれない。
止まらない。この暴獣を止められない。
あまりにも規格外の執念。こんな暴力から、どうやって身を守れるというのか。
自分たちは今まで、何の為に知恵比べなどやってきたのか。


法に守られた治外法権は失われた。
ここはバトルロワイヤル。どんな者にも抑えることなど出来ない暴が、暴徒と化して襲い掛かる無法の世界。


「―――よく、堪えたぞ。小さき勇者よ」


だからこそ、人間は備えるのだ。
暴を捻じ伏せるには、更なる暴が必要。人が人を守るということは、覚悟を据えた腹に一本の暴力を纏うという事。


「後は、俺に任せろ」


この世には必要なのだ。暴力という大儀の上に成り立つ、堅牢な精神を固めた『鉄の兵士』が。



「キ、サマ……! なぜ……首輪の毒で、動けるわけが―――」


「“毒”ごときでこのシュトロハイムが“退く”ものかアアアアアアァァァァーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」



制御不能の鉄人兵は、毒如きでは屈しない。
倒れたジョセフを守るように立ち塞がったシュトロハイムが、最後に藍の行く手を遮った。
機械の身体とはいえ、既に全身に回り尽くした麻痺毒に耐えて動くことなど普通では考えられない。
計り違えた。八雲藍ほどのコンピューターでさえ、シュトロハイムの心意気に宿る執念を計り違えた。
てゐの生んだほんの数秒の足止めが、この男の復活に間に合わせることが出来たのだ。


「どいつもこいつも…………この……死に損ないがァァァアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」

「こんなチンケな毒で俺を縛ろうなど一万年早いワァァァアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」


689 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:34:22 PsYjk5fY0
刹那の刺し合い。
交叉する二つの殺意。
藍の投擲した薙刀は、シュトロハイムの心臓を貫き。
シュトロハイムの射出した己の鉄製右腕は、藍の腹部に突き刺さった。

その圧倒的な衝撃は藍の身体を後方に大きく吹き飛ばし、彼女の膝をつかせることに成功した。
強力な神経毒ですら崩せなかった大妖の膝が、シュトロハイムの一撃でようやく崩せたのだ。

引き換えに失ったのは、シュトロハイムの生命。
彼の体格ほどもある長さの薙刀が、男の胸の中心に突き刺さったまま、止まった。


「―――見えるか。東洋の物の怪、八雲藍」


それでもシュトロハイムは、倒れない。膝をつかない。
吐血しながらも語る口の端は吊りあがり、不敵に笑っていた。





「……人間の偉大さは……恐怖に耐える、誇り高き姿に、ある。
 今一度、訊く。キサマには……今の俺の姿が、どう、映っている……?」





それが、彼の放った最期の言葉。
堂々とした仁王立ちで、両腕を組んだまま、表情を豪快な笑みに変えて、



―――体内の全ての機能が、停止した。



元々、気力だけで立ち上がったようなものだ。既に体力は限界だった。
しかし、彼が守った命は確かに存在した。その男はいつだって何かを守るために戦場を駆けてきた。
いずれ来たであろう『戦死』という運命が、今日ここで到来しただけ。


兵士シュトロハイムの任務は、終わった。


「―――ふざけるな」


だが、彼女はまだ死ぬわけにはいかなかった。
腹に鉄腕が刺さってなお、身体中に毒が回ってなお、彼女は戦うことを止めない。
殲滅を再開させるため、木片の山から立ち上がろうとすると、『人間』の笑い顔がこちらを見下ろしていた。

「ふざ、けないでよ……!」

何故倒れない? 何故朽ちない? 何故笑う?
たかが人間の分際で。なにが“誇り高き姿”、だ……!
死んだまま笑うその顔は、無様な私への当て付けか。
誇り? プライド? 大妖怪としての意地?
そんなモノは、全てが不純物だ。今の私には不必要。

この腹に纏う感情は……“あの方”へと殉ずる想い、ただひとつで充分ッ!

「みな……ゴロシ、だ…………っ!」

邪魔な木偶の坊は排除した。
後は……そこの波紋戦士! そしてこの私をコケにした妖怪兎だけ! 奴らさえ始末すれば―――!


690 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:35:23 PsYjk5fY0





トン。





ヨロヨロと立ち上がった藍に、小さな衝撃が伝わった。


「――――――藍、さま」


橙が声を震わせながら、藍の身体に抱きついてきたのだった。

「ジャマ、だ……! どきなさい、ちぇ―――」

橙、と続けようとした藍の言葉は、そこで途絶えた。
見下ろした橙の手の中に。
震える身体で小さく抱きついてきた橙の手の中に。

鉄製の、丸い『輪っか』が握られていた。


「これ以上みんなを、傷付けないで……! 藍さま……っ」


それは何だ。そう問いただそうとした藍は次の瞬間、突如発火した。
抱きつく橙の体も巻き添えに、一瞬にして火ダルマと化した。

「ぅア゛――――――ッ!?」

炎は彼女達の全身を瞬く間に覆いつくし、轟々と燃え盛る。
橙に支給された現代武器『焼夷手榴弾』の威力は、弱り尽くした藍の生命力を喰らうには充分すぎる威力が内包されていた。
ピンを抜くだけで女子供にも楽に扱えるそれは、使用した橙の予想をも大きく超える代物。
『暴走する藍さまを止めたかっただけ』……それだけだ。橙はそのひたむきな想いの為だけに、藍へ小さな反抗心を抱いただけだった。


ただ、主を想ってこそ故の、想い。
藍が紫を想うそれと、大差無い想いが……二人の運命へと残酷に噛み付いてしまった。



「ッち゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ん゛ッッッ!!!!!!!!」



心の芯からゾッとさせるような、九尾が放つおぞましい大絶叫。
藍は怒りに満ちた形相で、しがみつく橙を突き飛ばした。
幼い体が転げ、悲鳴を上げながら床をのたうち回る。この炎に抗う術など、橙は持ち合わせてなかった。
愛すべきであるかつての式神の苦しむ姿を一瞥し、焼け焦げ続ける脳回路を再び酷使する藍。

(がァ……! だ、ダメ、だ……ここは一旦、外に……ッ!!)

外には雨が今なお降り注いでいる。
まずはこの炎を消さなければ虐殺どころではない。
苦渋の思いで逃亡を選択した藍は、やはり完全にまともではなかった。
普段の彼女なら、てゐが持つ『蓬莱の薬』を奪って飲み、この重傷を癒すことぐらいは考えに至ったはずだ。


最後に一度だけ……炎に炙られる己の式神を目に入れた。
スッと目を細め、小さく何かの言葉を投げ掛けた後……八雲藍は決死の思いで香霖堂の外へ出た。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


691 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:36:55 PsYjk5fY0


(藍が、逃げた……! でも、シュトロハイムと橙が…………くそぉ!!)


床に寝たままの姿勢で、私はこの地獄絵図を眺めていた。
体が動かない。意識もほとんど暗闇の中だ。
いや、ほとんどじゃない。私の全ての意識は間もなく、ひととき海に沈む。


これはそのリミットが来るまでの、ほんの数分……いや、数秒程度の会話だったのかもしれない。



―――『やあ、てゐ。何とか無事みたいだね』


バカ言え。貴方、これが無事に見えるってのか。

『ごめんごめん。……力になれなくて、すまなかった』

そんなことあるもんか。貴方は充分、私の助けになった。
貴方の能力が無かったら多分、負けてた。その点には礼を言うよ。

『そうかい? 僕の能力を褒められたのは生まれて初めてかもね。魔理沙にすらそんなこと言われた試しなど、とんと無い』

……今度から貴方とは絶対カードなんてやらないことに決めたよ。

『はは。そいつはどうも。いや、実際凄かったよてゐは。あの八雲藍に知恵勝負で勝つなんて』

私ひとりの力じゃないよ。貴方に『ギャフン』と言わせたくて、私はここまで来たようなものだし。
で、どう? 見直した? ギャフンって言った?

『ギャフン』

今言ってどうする。

『あはは、ジョークだよ。見直したさ、見直した。こっちが舌を巻くほどの君ら二人のハッタリ、まさしく“詐欺コンビ”と呼ぶに相応しい』

呼ぶな、人をそんなふざけた悪名で。

『二人に賭けて良かった。今なら心からそう思えるよ』

自分の命を担保に勝手なギャンブルだよ、ホント。貴方の命(チップ)、返すからさ。寝てないで助けてよ。

『……それは無理だよ』

…………なんで。

『僕の命は既に君たち二人に賭けたんだ。返されても困るだけさ。ウチの店は返品お断りなのを知ってたかい?』

なんだ、それ。アンタの賭けなら、勝ったじゃない。

『まだ、なんだ。僕のギャンブルはまだ終わりを告げてなど、いないんだよ』

……貴方の、ギャンブル?


692 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:37:31 PsYjk5fY0

『“希望の光”である君たち二人が、主催者に勝利する。
 君がやる気を出して奴らに立ち向かうまでが、僕のギャンブルなのさ』

……なに、その自分勝手な賭け。そんなのは……自分でやりなよ!

『本当ならそうしたかった。でも、そろそろ“タイムリミット”らしいんだ。
 気付いてるかい? さっきから僕は、君と実際に会話してるわけじゃない』

夢だとでも? だとしたら今すぐに覚めたい悪夢だ。

『そんなところだね。だから最期に、僕から君にお願いがある』

ふざけないでよ! 何が最期だ!

『どうやら僕にはあの主催者たちに噛み立てる“牙”は無かったらしい。
 それが、心残りで仕方ない。―――だから』

おい! 勝手に話を進めるな! どこまで勝手なのよ、貴方は!


『―――僕の代わりに、キミが主催者に噛み付く“牙”になって欲しい』


自分で……やってよ、そのくらい……!
私が主催者に勝てだって? 無理だ。ウサギ、舐めんな……っ

『それから、最期と言ったけどもうひとつ!』

…………むり、だってばぁ。



『魔理沙と霊夢によろしく言っといてほしい。あの子たちもまだ、子供だ。君と違って、ね』




それだけを言って、霖之助の幻想は空へと昇っていった、気がした。
私が横を向くと、彼の体が壁に寝かせたままの形で向き合っていた。
“タイムリミット”……首輪の毒が、とうとうその命を蝕んでしまったんだろう。

少なくとも私がちんたらゲームを進めていなければ、霖之助の命だけは助かったのかもしれない。
いやそれ以前に、私が藍の精神を追い詰めすぎなければ。


そこまでを考えて、私の意識は完全に闇に落ちた。
少し、休みたかった。この短い時間に、私には随分色々な事が起こった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


693 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:38:20 PsYjk5fY0




―――

――――――



ザアー ザアー ザアー

そんな絶え間ない雨の音が、今の私にとっては心地良くも思える。
私からすれば赤子も同然だった、純粋な黒猫。
今は火も消失を終え、かつての面影も残さない丸焦げの焼死体となっていた。

外の世界からやってきた、声も図体もデカかったカラクリ兵士。
心臓が刀に貫かれたまま、死してなお倒れなかった威風堂々の屍。

冴えない店の、ちょっぴり口うるさい店主。
その死に顔は悔しさを残す一方、どこか満足げな笑みにも見えた。


みんな、みんな死んだ。
逃げおおせた八雲藍だってあの重傷だ。たぶん、あのまま死んでしまったんだと思う。
だとしたら私たちのやってきたことは……ジョジョの戦いは、一体なんだったんだろうな。


……ねえ、そう思わない?




「…………この、解毒剤は?」


倒れたまま口を開くジョジョの問いに、私は重く返した。

「橙の握った手の中にひとつだけ。燃え盛る直前、藍から必死で奪い返したんだと思う。
 黒焦げの手にしっかり握ってあった、唯一無事の解毒剤だ。……橙に感謝しなよ」

私とジョジョの首輪は既に外した。藍は橙が持つ鍵までも奪うことはなかったらしい。
本当にどいつもこいつも無茶ばっかりする馬鹿だよ。
少なくとも橙、アンタは死ぬ必要のない命だったろうに。

「……そう、かい。…………お前も、サンキュな」

「うん…………ここで起こったこと、話すよ」

「いや……一部始終なら見ていた。……見てることしか、できなかった」

それなら私だって大差無いさ。
二人して皆に助けられたってワケだ。

「……なあ。俺たちは一体何の為に戦ってきたんだろうな」

「……私に聞かないでよ」

全部、橙を救う為だったはずだ。
それが最悪の結果を生んだ。こんなにやるせない気持ちになるのは初めてのことだ。

「何の為に俺は…………クソォ!」

ドン!と拳を床に叩きつけながら、ジョジョは震えていた。
何の為。本当に、何の為に戦ってきたんだろう、ね。

人は何かを得る為に何かを賭け、戦う。それが人の歴史。
だとしたら私たちがこの戦いで得た物とは、一体なんだ?
みんな死に、救う対象のひとりでもあったはずの藍も死に。
後に残ったモノって、一体なんだ?


そんなモノがあるとすれば……それはたぶん、ひとつしかないのだろう。


694 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:39:17 PsYjk5fY0


「ねえ、ジョジョ」

「…………なんだよ、てゐ」


霖之助の言った言葉が、未だに頭の中を駆け巡る。
そんなことが私に可能だとはとても思えないし。
性分ですらないことも分かってる。
でも、勝って何も得られないギャンブルなんてあんまりじゃないか。

……いや。勝ちだなんて、とても言えないか。
賭けの勝敗なんてのは、何を得たか。何を失ったかで決定する。
だから私は、この想いひとつを胸に掲げていこうと思う。


「貴方……私の『相棒』になってよ」


霖之助のアホが『私をやる気にさせよう』って賭けに乗ったのだとしたら。
やる気になってあげようじゃんか。アイツの思う壺になってやろうじゃんか。


「一緒に、戦おうよ。この異変を頑張って解決しようよ」


あぁ、本当に性分じゃない。
隅っこで震えてればいいのに、自ら渦中に突っ込もうだなんて。
でも、この気持ちは何となく輝かしいものだ。霖之助もこんな気持ちだったんだろうか。

「……俺のおばあちゃん、エリナばあちゃんが言ってたんだ。……昔の話だ。
 『黄金の精神』……正義の輝きの中にある、勇気を胸に掲げて立ち向かう精神のことだって。
 おじいちゃんにもその精神はあったって、聞いた。……俺や、お前にはどうなんだろうな」

「なによそれ」

そんなものが妖怪である私の中にあるなんて、ちゃんちゃらおかしい。
妖怪はもっと自由気ままだ。我儘だ。勝手だ。だから私には合わない精神なんだよ、そんなの。
でも……悪い気はしない。こいつと一緒なら。

「シーザーもシュトロハイムも、死んじまった……俺の、友だった奴らは、みんな。
 そんな疫病神の俺に相棒になれって? 物好きな兎もいたもんだ」

「私は幸運の兎さ。厄なんて裸足で逃げてっちゃうくらいに」

「おっかねえ。…………だが、いいぜ。悪徳詐欺師同士、なってやろうじゃねえか。お前の言う『相棒』に」

「……よろしく、ジョジョ」

言っとくけど、私は弱いんだ。しっかり守ってほしいね。
傲慢だって? いいだろ、妖怪は自分勝手なんだから。

あーあ……アイツの言う通り、これで『詐欺コンビ』なんてふざけたユニットが結成されたかあ。
私なんかにどこまでやれるかな。不安だけど、こっからはジョジョと一蓮托生。歩く時も転ぶ時も一緒の関係ってヤツだ。

とりあえずこれから……どうしようか。
もうすぐ正午だ。第二回放送とやらが始まる時刻。
お師匠様に連絡、するべきかな。ここからなら一番近いのはレストラン・トラサルディーだっけ。
そこに電話とかの連絡手段があると良いけど。
でも今は……少しだけでも。休息が必要かな。


「昼まで少し休みなよ、ジョジョ。私は少し、外見てくるからさ。……辛いでしょ、貴方には、まだ」

「……………あぁ、悪い、な」


こいつもこれで子供だ。私より遥かに。
こういう時は年長者の私がしっかりするべき、なんだろうね。


「……おい霖之助。そこから見てろ。私たちが異変解決する様をさ」


店の壷に適当に突っ込まれていた傘を開いて私は外へと赴いた。天上から覗く雨雲を仰ぎながら、私はそんなことを言ってやった。
「やれやれ」と、不意に聴こえた苦笑はきっと―――私の幻聴なんだろう。
店主の居なくなった店は、いつもより随分とがらんどうに感じる。



霖が哭くような冷たい雨を、私はしばらく眺めていた。





【ルドル・フォン・シュトロハイム@ジョジョの奇妙な冒険 第2部】 死亡
【橙@東方妖々夢】 死亡
【森近霖之助@東方香霖堂】 死亡
【残り 60/90】
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


695 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:40:38 PsYjk5fY0
【D-4 香霖堂/昼】


【ジョセフ・ジョースター@第2部 戦闘潮流】
[状態]:精神消耗(大)、麻痺毒(完治しつつあります)、胸部と背中の銃創箇所に火傷(完全止血&手当済み)、てゐの幸運
[装備]:アリスの魔法人形、金属バット
[道具]:基本支給品、毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフ(人形に装備)、小麦粉、三つ葉のクローバー
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
1:少しだけ、休もう……
2:こいし、チルノの心を救い出したい。そのためにDIOとプッチもブッ飛ばすッ!
3:シーザーの仇も取りたい。そいつもブッ飛ばすッ!
[備考]
※東方家から毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフなど、様々な日用品を調達しました。この他にもまだ色々くすねているかもしれません。
※因幡てゐから最大限の祝福を受けました。


【因幡てゐ@東方永夜抄】
[状態]:黄金の精神、精神消耗(大)、頭強打
[装備]:閃光手榴弾×1、スタンドDISC「ドラゴンズ・ドリーム」
[道具]:ジャンクスタンドDISCセット1、蓬莱の薬、基本支給品、他(コンビニで手に入る物品少量)
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:放送の後、レストラン・トラサルディーに行き、お師匠様に連絡する。
2:暇が出来たら、コロッセオの真実の口の仕掛けを調べに行く。
[備考]
※参戦時期は少なくとも永夜抄終了後、制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。

※香霖堂の店内には橙のディパック(焼夷手榴弾×2、マジックペン、基本支給品)、シュトロハイムのディパック、霖之助のディパック(スタンドDISC「サバイバー」、基本支給品)、藍のディパック(芳香の首、基本支給品)、トランプセット(JOKERのみトリックカード)が落ちています。
※また香霖堂の店内に霖之助、シュトロハイム、橙の死体があります。シュトロハイムの死体には秦こころの薙刀が突き刺さっています。


○支給品説明

<トランプセット@現実>
因幡てゐに支給。
ごく普通の53枚組トランプセット……なのだが、JOKERの絵柄は『死神13』のデザインとなっている。


696 : 白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』―― ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:41:20 PsYjk5fY0
『八雲藍』
【昼】D-4 香霖堂 近隣


外界から降り頻る雨によって体を包んでいた炎はようやく消火された。
しかし炎により剥き出しになった皮下の痛覚神経が激痛にさらされ、更にその皮下に冷たい雨が染み込んでゆく。
受けた神経毒により、もはや体の自由は奪われた。地をもがき回ることすら許されない。
火事などの場合、人は吸い込んだ煙によって意識を失われ、その痛みから逃れる。
だが意識を保ったまま焼かれるという拷問が、そんな安楽をもたらすことは決してない。
その痛みは喰いしばる歯を歯茎にめり込ませ、何度も何度も舌を噛み千切るほどの苦痛を彼女に与えた。



(ハァ……ハァ……だ、だめだ……! これ以上、体が動かない……!)


限界が来た。せめて毒など喰らっていなかったらまだ助かっていただろう。
目の前には流れる川。火を消すために這ってでも飛び込みたかったが、時既に遅かった。


(なんで、わたしが……あんな奴らなんかに……負ける、なんて…………)


精神は既にズタボロ。体に宿る生命は風前の灯。
“負けた”なんて事実はさして問題にはならない。この命、あれば次のチャンスは来る。
誉れ高き主人を護り通す己の存在意義は、貫かれるのだ。

生きてこそ。それでも、生きてこそ。

だから、今この場で私が死ぬようなことがあってはならない。
一日はまだ始まったばかりなのに。まだ私は何も為せていないのに。

(何も。何も……! 何も! 為せてないッ!)

意識が消えゆく。
体の力が抜けてゆく。
屈辱。屈辱だ。
己の不甲斐なさが、何より屈辱だった。

(クソ……クソ……っ くそぉ……ッ!)

届かない。藍が伸ばした腕は、何処へ届くこともなく、そのまま宙ぶらりんになって、地に伏せた。

突き刺さる雨が、痛い。
これはバチだ。きっと、バチが当たったのだ。
主の望むこととは正反対の行為ばかりを続け、そのことに目を背けながら逃げていた私への、途方も無いバチ。
死んで当然。当然の報い。
水火の苦しみなど生温い。無間地獄にも堕ちてみせよう。
それも主人の為になるならば善しと、覚悟だけは固めてきたはずだった。
いつでも死する覚悟など、あった。


なのに。
なのにどうして私は。
こんなにも、生を掴もうともがいているのか。
結局のところ私は……



―――死にたく、なかった。
―――生きたかった。





「…………ゆ、かり……さ……………………ちぇ………」


























【八雲藍@東方妖々夢】 死亡
【残り 59/90】


697 : ◆qSXL3X4ics :2016/03/13(日) 13:47:15 PsYjk5fY0
少し長くなりましたが、これで「白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』――」の投下を終わります。
前回予約から大変な期限超過、申し訳ありませんでした。
感想やご指摘などありましたらお願いします。


698 : 名無しさん :2016/03/13(日) 15:01:50 8UYNWDxI0
何という力作…
お気に入りの場面はジョセフが自分のあだ名を利用してジジをてゐに伝えるシーンですね
次々と藍に倒されていく中で、最期の最期で逆転勝利を決めるシーンには痺れました
それだけに藍が暴走してのこの結末は悲しいですね…
もっと早く橙の思いに気づいていれば…
ジョセフとてゐにはシュトロハイム、橙、霖之助の分まで抗ってほしいです
投下、お疲れさまでした


699 : 名無しさん :2016/03/13(日) 16:23:56 OwoPQCvc0
乙でございます
藍……お前には色々言いたいことあるけど案外幸福な死にざまかもよ
なんて言ったって「紫の現状」知らずに済んだしさ


700 : 名無しさん :2016/03/13(日) 20:25:02 OnUWUYTY0

そういえば香霖堂は東方ロワで惨劇の舞台になってたっけなぁ…


701 : 名無しさん :2016/03/13(日) 20:58:57 Jbu97NbU0
投下乙です!
おお……膨大なる論理が交錯する知恵比べが繰り広げられ、その果てに勝利したけど誰も救われず……
されど希望は決して消えず、ジョセフとてゐは『黄金の精神』を胸に抱きながら、また新たなる決意を固める!
大作見事でした!


702 : 名無しさん :2016/03/13(日) 21:19:41 c4JrUZIU0
レス数が急に増えててビビったw
投下乙です
藍VSてゐの最初ですが、捨て終わった時の手札が1枚多いことから藍がジジを持っていることは分かるのでは?
勘違いでしたらすみません


703 : 名無しさん :2016/03/13(日) 23:44:37 bBHaWN0oO
投下乙です

集中攻撃できるが、全滅するかもしれないチンチロリン
確率でいえば人数多い方が負けやすいが、一人ずつしかやられないババ抜き

ジョセフまた気絶!


>>702
藍が、25枚から9ペアできて、残り7枚
てゐが、26枚から10ペアできて、残り6枚
最初に配られた枚数が違うので、どっちがジジを持ってるのかは判りません


704 : 名無しさん :2016/03/14(月) 01:34:47 27H9Mgj.0
投下乙です。

いやーカイジもびっくりな壮絶な賭博でしたね。しかし、そんな『過程』はどうでもいいッ‼︎ 重要なのはッ‼︎ 火達磨になった際にッ‼︎ 服が燃え尽きて真っ裸になっているという『結果』だけだァァ〜〜‼︎


705 : 名無しさん :2016/03/14(月) 12:14:12 dhkgDHq6O
>>703です
間違えました
お互いの手札は「同じ数字が同じ枚数」そこにジジを加えるかどうかですね
だから、一枚多い方がジジ持ちですね


706 : 名無しさん :2016/03/14(月) 12:51:23 0.Vv7REM0
投下乙です。
仲間が次々とヒートエンドする絶望的な状況で強マーダーを下したのは詐欺師二人のコンビプレーだった…!
どうすんだよこれって状況を最後の最後にひっくり返したてゐとジョセフがかっこいい
でも藍様の最後の足掻きによる犠牲も少なくなかった…
藍様も死に際に個としての生への渇望を抱いたのが切ない


707 : 名無しさん :2016/03/14(月) 22:53:10 eUPRfGRs0
乙です。

ある意味負けが前提にあるとはいえ
藍様ぶっちぎれた性能でしたね。
前話とあわせて、策や希望を恐ろしく的確に潰して行くので
よもやこのまま押し切るのかと思うことが何度も。

しかし、結果だけ見ると博打に負けたヤツは文字通りの全滅か。
ギャンブル漫画よりシビアとみるか
試合に勝って勝負に負けたみたいのがなくて順当と見るか。


708 : 名無しさん :2016/03/15(火) 00:48:19 24T2jkVY0
いやーすごい。本当によーく話を作り込んであって何度も何度もため息をつかされる。
読了後の余韻が半端ない。実はどこかのssを参考にされたとかは……いやスイマセン。嘘です。マジ面白かったです。
タイトルイケメン過ぎて濡れる。
個人的に、描写的主人公交代があったとこでこのタイトルになっていたら、ガン、ガン、ガン、ガン、ガンetcになってた、危ねぇ
話のメインであるてゐ&ジョセフに据え置きつつも、読み終えると、それぞれの絆が見える。特に黒猫

ギャンブルもの特有の難しさなんか露程も感じなかったっていうのが凄い。
シンプルがいい!って感じのルール、おいてけぼりになんかさせない要点ピックアップ!
ただ一番の良さはギャンブルという土台にキャラが埋め立てられていなかったこと。
この作品風に言えば、どうしても一定の範囲では『法』に従わなければならないギャンブル、ギリッギリになるまで『暴』の展開は書けないわけで、
『法』という機械的になりがちなシーンで多くのキャラが魅力を出し切れている。なまっちょろいシーンは大胆カット!
偽の癖による誘導、それを見抜く狐、札ゲー出禁の能力、それを見抜く狐、トリックカードによる誘導、それを見抜けない狐!
なぜならそれは!三人だけが知る暗号!ジョセフが仕込んだ布石をてゐは『心』で理解した!一人堪え忍ぶ橙はそれを『承る』!
ジョセフとてゐ、そして橙のトライアングルアターック!で決着ゥー!!

これ橙の協力があってこそってのが、再読してようやく分かった。
てゐがそれに気付くまで描写をガッツリ省いた分を取り戻して余りある展開がアツ過ぎる。分厚く熱い。

最後『暴』のシーン。シュトロはその身を賭け、橙は主人の元へ駆け寄り、霖之助はてゐとジョセフにベットを乗せて、
次々と本当に次々と死んでいく。
それでも死亡表記を見て、それぞれが実に生きていた、ギャンブルしていたことが妙なカタルシスとなって実感させてもらった。
藍は『法』の時点でだけど、化けの皮が剥がされてから全てが激変していって読むのを躊躇うほど辛い。
紫の為に生きねばという思いも、最期は生への執着へと描写され何も残らず。残ったのは二人。
何者も残せぬ屍と屍が残した者達。残された二人は一体何を残していくのか。

兎にも角にも投下乙!面白すぎたぜコンチクショー!ゆっくり英気を養っていってね!!


709 : 名無しさん :2016/03/15(火) 05:43:14 IcWSBzNo0
投下乙です
僕が言いたいことは大体他の人が言ってしまったけれど一連の大作に舌を巻くばかりでした
やはりギャンブルの中でもどのキャラも実にらしかったのが素晴らしかったです


710 : ◆qSXL3X4ics :2016/03/15(火) 06:37:06 qMFezQMA0
皆様、多大な感想、本当にありがとうございます。
無い頭ヒイヒイ酷使して書き上げた甲斐がありました。とても嬉しく思ってます。

>>702、705
ご指摘の通り、確かに最初の互いの手札数でどちらがジジ持ちは判別つきました。
これはわたしの見落としです。失礼しました。
とはいえ内容や論理自体に矛盾が生じるわけでもないので、少し訂正を加えた修正版を投下します。
同時に状態表もちょっと変更。


711 : >>663 :2016/03/15(火) 06:41:11 qMFezQMA0
八雲紫の眷属、八雲藍。かつて都を恐怖に陥れたらしい、九尾の大妖怪。
そんな大物相手と、私みたいな弱小妖怪の、一対一の真剣勝負。全身全霊で臨む、最後の大勝負。
思えば今までの私はどこか中途半端な気持ちもあったかもしれない。
この勝負を最初に提案したのは私自身。にもかかわらず私は、心の底ではジョジョを頼っていた。頼り切っていた。
地に足の着いてないフワフワした心持ちで挑んだ第一戦は、ジョジョの敗北という形でケリがついてしまった。
覚悟してきたつもりでも、その実私はこの藍相手にまともに向き合っていなかったんだ。
きっと、だから負けた。礎となったのはジョジョ。私ではなく、彼だった。
でも今度こそは違う。頼っていたジョジョに、頼られてしまった。霖之助だけじゃなく、ジョジョにまで背負わされた。


勝ちたい。絶対に、負けたくない。


破裂しかねない心臓の鼓動を抑え、一旦頭の中を強引に片付け整理し直す。
今回のジジ抜き、まずさっきと決定的に違うのは一対一。すなわち『人数』だ。
全52枚の札からジジという1枚の災厄のみが除かれ、26枚と25枚に分けられたセットが両者に配られる。
結論から述べるなら、初期の時点でどっちにジジが混ざっているか……それは簡単に『判別可能』だ。
ズバリ、『ペアを捨て終え、最初の手札が多い方がジジ持ち』だ。この論理は絶対のはず。
単純なことだが、二人でババ抜きジジ抜きをやれば、自分の揃えるべきペアの片割れは全て相手が同じ枚数持っていることになる。
そして必ず1枚だけ余るジジ。これを持った奴が手札に+1されるわけだから、相手が自分より1枚多ければ相手が、自分が1枚多ければ自分がジジ持ち。

今……自分に配られた全手札をざっと数えてみたら『26枚』あった。つまり向こうが『25枚』のセット。
この時点ではまだ分からない。これからペアを全て捨て、どちらの手札が1枚多いかでジジ持ちが決まる。



  バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ
(ジジ来るな、ジジ来るな、ジジ来るな、ジジ来るな、ジジ来るな、ジジ来るな、ジジ来るな、ジジ来るな、ジジ来るな……!)
     バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ



念仏のように祈りを捧げ、太鼓のように心臓が響き、滝のような汗を流し、私は神にも縋る気持ちでペアを捨てていく。
たった二人でやるジジ抜きだ。この段階でほとんどの手札が捨てられる。

(…………残った手札は『2』『4』『5』『9』『10』『Q』の6枚……、そして……!)

藍の手札枚数を確認する……んだけど、怖い。心臓が口から飛び出てきそうだ。
相手が『5枚』ならジジ持ちは私。『7枚』なら藍がジジ持ち。
その中のどれかに1枚だけあるジジ。それ以外は、引けば100%でペアになる。
ようはジジさえ引かなければストレートで勝てるというのが一対一ジジ抜きの理論だ。当たり前だけど。


そして私は、このゲームが始まる遥か前から『備え』は既に完了させている。


(やれることは既にやった……! 後は『アイツ』次第……! だからお願い! 私にここ一番のツキが欲しい!)


まず乗り越える関門。それは単純明快の『運』。ツキがあるかどうかだ。
私の『仕込んだ策』は、大前提として自分にジジが配られていないことが第一条件。
勝負が始まる前のこの段階で自分にジジが配られていれば、策はいきなり破綻。藍相手に何も出来ずストレート負けの可能性すらある。
だからここ! 勝負はいきなり大詰めなんだ! 頼むぞ私の幸運! ジジなんて死神は私には合わないでしょう……!


712 : >>664 :2016/03/15(火) 06:42:04 qMFezQMA0


「では……私から引かせてもらうか。てゐ、手札を出せ」


偉そうに命令する藍の声で吹っ切れた。憎き敵の手札を確認すると……!

(……ごー、……ろく、……なな! 『7枚』! ジジ持ちは藍の方だ!)

最初に自分にジジが配られるという、最も恐れていたパターンは回避できた。己の幸運ながら惚れ惚れするね。
後は……『アイツ』だ。アイツがきちんとやってくれるかどうか。ここからが勝負……!

「……『9』のペアだ。さあ、次はお前が引く番だぞ」

最初の藍のターンは劇的な何かなど起こらず、普通に取られて普通に揃われ終了した。
これで私は残り『5枚』、藍は『6枚』。私がジジ持ちの藍に攻撃するターンだ。

「どうした? どんなに考えても現時点でジジがどれかなど分かりはしない。どれを引いても確率は同じさ」

藍が手札をずらりと威嚇するかのように見せ付ける。
そう、確かにコイツの言う通りだ。どちらがジジ持ちかは分かっても、どのカードがジジかまでは分かりっこない。
ジジ以外を引けば必ず揃うというのが二人ジジ抜きの必然。なら逆に言えば『引いて揃わなければその札がジジ』で確定するということ。
私の手持ちにジジは無いはずだから、藍が持ってる。6分の1で私はジジを引くかもってことだ。

―――普通に引けば、だけど。

そんな博奕、私はごめんだ。通常ならともかく、コイツ相手だと心理戦に引き込まれる。
だから『策』を仕込んだ。今はただ、祈るしか出来ない。
瞼を閉じて、暗闇の世界に身を投じて、私は待つ。藍の言葉なんかに惑わされるな。
己のツキを信じて、『アイツ』のことを信じて、私はひたすら待つ。じっと、動かずに。


「……おい。いつまでそうしている? さっさと引けと…………」

「―――うるさい。引くタイミングなんて、私の勝手でしょ。……こっちは後が無いんだから、少し黙ってて」


九尾の舌打ちを耳に入れ、私はもう一度押し黙った。
信じろ……! どっちにしろ、この敵は私“ひとり”じゃ絶対に勝てっこない。
だから、今は信じて待とう……!


バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ

バクンッ   バクンッ   バクンッ   バクンッ

バクンッ   バクンッ


雨の音と、心臓の音だけが脳の中を反芻する。
治まれ、私の心臓……! 頼むから、今だけはちょっと静かにしてなさいよ……!


バクンッ……

バク…











(    トン…    トン…    )




――――――ッ!


き、『来た』ッ!
確かに今! 二回鳴った! や、やった!

その音を聞くや否や、渾身の勢いで私は藍の手札、その一番右を奪い取ってやった。迷いなく、噛み付くように。


「―――クラブの10。藍、私が引いたのは、『10』だ!」

「…………」


713 : >>665 :2016/03/15(火) 06:42:57 qMFezQMA0
藍の顔から余裕が消失した。訝しむように私の顔を凝視する。
ヤツの疑問なんか無視しながら私は揃えた10のペアを捨てた。これで残りは4枚。

願った甲斐があった。備えた甲斐があった。初めに植えた『種』はここに来てとうとう芽吹いたんだ。
これなら……もう負けない!


「さ。引きなよ藍。そう気構えないで、楽にいこうじゃない」

「…………キサマ」


何をした?とでも言いたげな顔だねぇ。
でもね藍。アンタだって橙を利用してイカサマしてたんだ。だったら私だって使える物は老婆だって使ってやるさ。
イカサマってのは私やジョセフみたいな詐欺師の専売特許。イカサマだってバレなきゃイカサマにはならないんだよ。

兎だって七日なぶれば噛み付くんだ……!



―――噛み付いてやるッ!



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


714 : >>666 :2016/03/15(火) 06:43:45 qMFezQMA0
不穏。
この状況に藍は、そんな不確かな疑念を体感しつつも表面では取り繕っていた。
胸中ではてゐに対する疑いを高速で分解、解明するように思考を続けながら。
先の修羅場とは一線を画すかのような現在は、不自然なほどに平静。その安穏さこそが不穏だと藍は察知したのだ。

(さて……理論上、今の私の手札にはジジがあるはず。それはどれだ?)

先の三人ジジ抜きではそれぞれに1枚ずつ『J』が配られるという偶然により、いち早くジジの数字を解き明かせた。
今回の二人対戦は違う。どうあっても最初に配られる段階でジジを含める全ての数字にペアが発生する。例外は無い。
即ち、現時点でジジがどれかは藍ですら知り得ない。しかし目の前の兎に、迷いは見られなかった。
その機敏な動作が、藍に警戒を与える。てゐが『何か』をやっているのだと。

己の手札にジジがあるのなら、藍がてゐの手札のどれを引いてもペアは出来る。そういう意味では確かに気構える必要はない。
よって藍は素直にゲームを進めた。所詮はこの遊戯、引くことのみを終始続けるルール。実に単純である。
引いて、揃えて。引かれて、揃われて。
そんな行為を何巡かやり終え、いつしか両者の手札は瞬く間に捨てられていった。


―――そして現在、藍の手札は『2枚』まで減り、てゐの手札は『1枚』となっていた。


てゐの引くターン。ここでてゐが藍の2枚の中からジジを引くことなく終われば、てゐの勝利だ。
不可解なのはここまでてゐが引いたカードが全てペアで捨てられたこと。つまりジジを一度たりとも引かなかったのだ。
確率的にはなんらおかしいことではない。ましてや相手は幸運の白兎なのだ。
だが藍はこの事実を『運』のみで切り捨てられるほど馬鹿ではない。
結論は、こうだ。


『てゐはどういう方法かでジジを見抜き、手札を見透かすかのようにそれを回避している』


奇しくも藍がジョセフ相手に行っていたようなイカサマの内容だ。
だが藍とて死角からの『覗き見』など真っ先に警戒しているし、八方に対し警戒網を張っている。
それでもてゐはジジを引かなかった。土壇場で悪徳兎の本領が発揮されたというわけだ。


「これで最後だ、藍。手札を出しなよ。……この勝負、私のストレート勝ちだ」


明らかな挑発。下克上を為し得ようと、調子に乗った弱者の戯言。
九本もの尾がざわりと総立つも、あくまで冷静に努める。
事態は単純だ。手札の『4』と『J』……2枚の内1枚がジジ。
このゲームは道中がどうであれ、最終的には必ず2枚と1枚の勝負になる。
単なる2分の1の戦い。50%を引くか引かないか。または引かせるか引かせられないかが境界線の遊戯だ。
しかしこのゲーム、ただの確率勝負には収まらない。
てゐが一体『何を』やっているか、藍にとって最も重要なのはその一点。


715 : >>695 :2016/03/15(火) 06:46:24 qMFezQMA0
【D-4 香霖堂/昼】


【ジョセフ・ジョースター@第2部 戦闘潮流】
[状態]:精神消耗(大)、麻痺毒(完治しつつあります)、胸部と背中の銃創箇所に火傷(完全止血&手当済み)、てゐの幸運
[装備]:アリスの魔法人形×3、金属バット
[道具]:基本支給品、毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフ(人形に装備)、小麦粉、三つ葉のクローバー、香霖堂の銭×12
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:少しだけ、休もう……
2:こいし、チルノの心を救い出したい。そのためにDIOとプッチもブッ飛ばすッ!
3:シーザーの仇も取りたい。そいつもブッ飛ばすッ!
[備考]
※東方家から毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフなど、様々な日用品を調達しました。この他にもまだ色々くすねているかもしれません。
※因幡てゐから最大限の祝福を受けました。


【因幡てゐ@東方永夜抄】
[状態]:黄金の精神、精神消耗(大)、頭強打
[装備]:閃光手榴弾×1、スタンドDISC「ドラゴンズ・ドリーム」
[道具]:ジャンクスタンドDISCセット1、蓬莱の薬、基本支給品、他(コンビニで手に入る物品少量)
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:放送の後、レストラン・トラサルディーに行き、お師匠様に連絡する。
2:暇が出来たら、コロッセオの真実の口の仕掛けを調べに行く。
[備考]
※参戦時期は少なくとも永夜抄終了後、制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。

※香霖堂の店内には橙のディパック(焼夷手榴弾×2、マジックペン、基本支給品)、シュトロハイムのディパック、霖之助のディパック(スタンドDISC「サバイバー」、基本支給品)、藍のディパック(芳香の首、基本支給品)、賽子×3、トランプセット(JOKERのみトリックカード)が落ちています。
※また香霖堂の店内に霖之助、シュトロハイム、橙の死体があります。シュトロハイムの死体には秦こころの薙刀が突き刺さっています。


○支給品説明

<トランプセット@現実>
因幡てゐに支給。
ごく普通の53枚組トランプセット……なのだが、JOKERの絵柄は『死神13』のデザインとなっている。

<香霖堂の銭@現地調達>
ジョセフらがチンチロリン勝負にチップとして使用していた香霖堂のあぶく銭。
最後にジョセフが所持していたチップは12枚。シュトロハイムと霖之助が自らの命を賭けたチップであり、彼らが生きた証拠ともいえる。
かつての戦友シーザーが託したバンダナのように、ジョセフはこれをお守りとして所持している。


716 : ◆qSXL3X4ics :2016/03/15(火) 06:48:11 qMFezQMA0
修正版投下終了です。
こ、これで多分変な所は無い、はず…!


717 : 名無しさん :2016/03/15(火) 22:28:26 .TwvDZ2wO
修正乙です

ただ、藍が自分から先攻になるのはおかしいです
配られた時、てゐが0枚、藍が1枚なら「てゐの勝ち」
てゐが2枚、藍が1枚なら「てゐが先攻」の時「藍の勝ち」です
ですから、てゐが先攻を渋るならともかく、藍の方から先攻を選ぶのはおかしいです


718 : 名無しさん :2016/03/16(水) 01:26:45 yaXL5JaI0
おかしいしか言えないのかお前は
折角面白いSSがきたのに台無しだわ


719 : ◆qSXL3X4ics :2016/03/16(水) 04:07:39 LKvwIhdA0
ご指摘、ありがとうございます。
こういった複雑なルールを題材に描く以上、どこかで違和感、不自然な部分が浮き出てくることもあると思っております。
ですのでそういう部分の指摘が来るのはこちらとしてはむしろありがたいことですので、全く構いません。

>>717さんの指摘にお答えします。
まず前者の「手札に揃っているペアを捨て終えた時点で、てゐが0枚、藍が1枚ならてゐの勝ち」について。
可能性としてはありえることですが、これが起こってしまったら先攻後攻関係なくてゐがいきなり勝利となるので、藍にはどうしようもありません。
次に巧者の「てゐが2枚、藍が1枚」となった形について。
この場合ですと、てゐがジジを持っていることになってしまうので、「藍がジジ持ち」という前提から崩れてしまいます。

少し難しくなりますが、二人で行うババ抜きはペアを捨て終えた最初の手札が多い方の先攻(つまりジジ持ちから)で始めなければ、偏りが起こります。
手札の多い方が先攻だと、最終的には「1枚対2枚」で戦い、勝率は50%……2分の1です。
反対に手札の少ない方が先攻になってしまいますと、最終的には必ず「2枚対3枚」の戦いとなります。
2枚持ちが3枚持ちから1枚引いて揃えれば、次のターンで相手が残りの1枚を引いてそのまま勝利になりますが、
この場合だと相手の3枚の中からジョーカー以外を引ければ勝ち確定なので、勝率は3分の2。相当差が出てしまいます。
ということなので、二人で行うババ抜きは(ジジ抜きも)基本、「手札が多いプレイヤーの先攻」が一般的なルールですね。
仮に二回戦で藍が後攻を選んでいたとしたら、てゐが圧倒的に有利となります。(当然。イカサマの内容を度外視した場合での話ですが)

…とまで言ったところで私自身、手元のカードで何度も検証・考察した結果に過ぎないので、間違いはあるかもしれないです……


720 : ◆qSXL3X4ics :2016/03/16(水) 08:52:53 LKvwIhdA0
あ、すいません。ちょっと嘘言ってました。
「手札が多いプレイヤーが先攻」ではなく「手札が奇数のプレイヤーが先攻」でした。
偶数が先攻取っちゃうとかなり有利になっちゃいます。


721 : 名無しさん :2016/03/18(金) 07:39:16 Cr3o2erY0
投下乙です

いやぁ、面白かった
結局、ギャンブルの中で『勝負』に負けた面々が軒並み死んでしまったのが文字通りデスゲームになってて苦笑してしまったw


722 : 名無しさん :2016/03/19(土) 19:38:41 OEDy9Xok0
投下乙乙

臆病で弱者であることを自覚しつつ強者である藍にてゐがギャンブルという舞台で対等に戦う、熱い……!
つくづくジョジョキャラは東方キャラ覚醒の常習犯ですね。

しかし前作からの騙し合い・イカサマ合戦・腹の探り合い喰らい合いから一転してバレバレにびびってるてゐに「こいつ本当に大丈夫か?」と見てるこっちが不安になってくる……

そしてなんやかんやで新たに始まるゲーム「ジジ抜き」、しかしやはりただの運勝負になるはずがなかった。
頭脳勝負、心理戦が飛び交う中でただでさえ崖っぷちだったジョセフがついに落ちてしまった……!しかし勝負師として、男としてのプライドがボロボロになろうともただでは負けぬ男、勝負を決める弱々しいながらも一筋の光をてゐに託し散る。(死んでない)
そしてその希望がてゐの手で芽吹いた時、勝負の明暗を分けたのは運勝負でもなく心理戦でもなく騙し合いでもなく、戦いから一歩外にあった「元に戻って欲しい」という橙の純粋な想いというのが素晴らしくも悲しいですね……。
そこから今まで余裕で不気味だった藍が最後の最後でてゐに騙し討ちされ、負けた。完璧ながら予定調和外のことで一気に脆くなる藍の弱点がここにきて致命傷に。
激戦だったはずのギャンブルゲーム、幕引きは呆気なく下ろされ、仲間たちは助かるはずだった……だがゲームが終わり、ルールによって押さえられていた藍の暴走が牙を剥き出して襲いかかる。
結果盾になったシュトロハイムと止めようとした橙、時間切れになった霖之助が死亡。藍も重傷を負いながら逃走。それまで彼らを助けるため長らく戦ってきたというのに一瞬の嵐で奪われた彼らの命
一時的なルールなど仮初、やはりここはルール無用の理不尽「バトルロワイヤル」なのだと実感させられます。

失ったものばかりで、しかし僅かでありつつも得られたもの、それは「絆」。詐欺コンビというやや不名誉なコンビ名ながらも手を組む二人にこれからの希望が見えるようです。

そしてそれとは裏腹に一連の元凶にして主犯の藍は誰にも看取られることなく死亡。読んでる側としてはこれまでの暴走の原因が原因なだけにすっきりできず煮え切らない思いだけが後味悪く口のなかに残るような感覚になります。


前作から策略と緊迫と絶望が満遍なく敷き詰められながら繰り広げられた「ギャンブルゲーム」、しかし「彼ら」の大博打はまだまだ続いている…………。

本当に本当に、大作投下乙でした。


723 : ◆at2S1Rtf4A :2016/03/20(日) 00:54:25 SMjCed9w0
すみません、予約を破棄します。


724 : 名無しさん :2016/03/24(木) 11:29:03 Pq8aVL4EO
橙が命と引き換えに解毒剤を手にしたのは、ジョセフの負けを肩代わりしたって事


725 : 名無しさん :2016/03/24(木) 13:01:04 QXn5hg5U0
なんて哀しい説なんだ


726 : ◆at2S1Rtf4A :2016/04/01(金) 02:12:15 SCRyy7JU0
比那名居天子、東方仗助、八坂神奈子、ヴァニラ・アイスの4名を予約します


727 : 名無しさん :2016/04/01(金) 20:41:30 QZn0p8tA0
この予約は信じていいのだろうか


728 : 名無しさん :2016/04/03(日) 14:04:16 RPO0pFW60
ローゼス…いいですか
ロワのためにできること…
それは信じることです


729 : 名無しさん :2016/04/04(月) 07:21:03 b0MnInhE0
俺は信じてる


730 : ◆at2S1Rtf4A :2016/04/08(金) 21:32:24 6ylCRMQ.0
予約を延長します


731 : ◆at2S1Rtf4A :2016/04/15(金) 11:45:06 qEcQsUvk0
申し訳ありません、予約を破棄します


732 : 名無しさん :2016/04/15(金) 19:00:48 KYUXdJFA0
ガンバレ


733 : 名無しさん :2016/04/15(金) 19:02:41 O4CJlJZk0
何度でも這い上がってくる漆黒の意思を持つんだ


734 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/04/16(土) 00:34:07 zVpjbioQ0
東風谷早苗、稗田阿求、花京院典明
ジャン・ピエール・ポルナレフ、ジャイロ・ツェペリ
予約します


735 : ◆qSXL3X4ics :2016/04/20(水) 01:28:55 M14DuRXU0
八意永琳、藤原妹紅、西行寺幽々子
以上3名を予約します


736 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/04/23(土) 22:01:52 JOmDlNRc0
予約延長します


737 : ◆qSXL3X4ics :2016/04/24(日) 18:09:36 AaWoHwzY0
予約分投下します


738 : ◆qSXL3X4ics :2016/04/24(日) 18:11:45 AaWoHwzY0
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽






生きているうちは 死を味わうことが出来ない。
     死は常に生の幻想である。






▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


739 : さよなら紅焔の夢。こんにちは深淵の現 ◆qSXL3X4ics :2016/04/24(日) 18:13:06 AaWoHwzY0
知識とは即ち、失敗の蓄積である。
誉れの偉人であろうとも、法を司る裁定者であろうとも、その背後には数え切れない程の過ちを積み重ねてきたハズである。
人類は犠牲を糧に成長して来たと言ってもいい。歴史の蓋を紐解けばそういった真実は喝采を受け、教科書にも記されてきた。
失敗は成功の母―――この諺は、当然人間のみに当て嵌まる言葉ではない。
穢れを厭い、地上を飛び出した月の民にも過去、様々な失敗と挫折を繰り返した事実を想像するには難くない。

ましてやここに居る彼女――『八意永琳』は齢数千万を優に超えた頭脳の結晶。この世の誰よりも失敗を繰り返してきた母と言っても過言ではないのだ。
彼女の持つ知識・歴史は、そのまま失敗の歴史となる。永琳が過去、たった一度犯してしまった『大罪』は、彼女自身の歴史に大きな楔となり深く根付いていた。

永琳は敬愛する姫にこう説いたことがある。
『過去を省みることはあっても悔むことは何一つない』

果ての無い贖罪から彼女が学んだことは、“後悔に頭を悩ませるくらいなら堂々と前を向いて歩け”というある種吹っ切れた言だ。
失敗は誰にでもある。大事なのはそれを如何に己の糧とするかだ。
彼女が犯した大罪の深さを思えば、それは軽々と吐き出せるような言葉ではなかったが、八意永琳という女はそれでも足を止めることは決してなかった。
時間を止め、世界を止め、全てが凍りついた永久の居に身を置いても、彼女自身の心までは止められなかった。
月の民は本来、変化の薄い人種だ。それとは対を成す様に、地上の民は変化が早く気楽である。
嫌なことは次から次に“忘れ”、寿命を全うする。『進化』を『変化』と言い換えるなら、地上の人間はまさしく変化の種だ。
ならば永琳のような知識人は、本来なら地上の民の本質に近しいものかもしれない。元より彼女は地上の出身なのだから。


しかし永琳は“忘れる”ことを由とはしない。決して。


過去があるから現在がある。その繋がりを自ら断つなど愚の骨頂。
ここまで気が遠くなるほどの過去を積み重ねてきた。
その中で、計り知れない功績を幾つも上げてきた。
それ以上に、数え切れない数の失敗も犯してきた。
ただひとつの『大罪』は、彼女を文字通り月から地の底に突き落とした。
それでも彼女は贖罪を続けてきた。罪に向き合ってきたのである。


しかし。
しかし今回ばかりは失敗は許されない。



―――己の『死』だけは、決して糧にすることなど出来ないのだから。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


740 : さよなら紅焔の夢。こんにちは深淵の現 ◆qSXL3X4ics :2016/04/24(日) 18:14:06 AaWoHwzY0
『八意永琳』
【昼】F-5 禁止エリア 北西の平原


「ふう……ひとまずは、準備完了かしらね」


誰に向けるでもなく、永琳はこの会場の端……禁止エリアの一角にてそう零した。
ここはF-5、その最西端。現在禁止エリアに設定されているこの場所まで彼女がわざわざ足を運んだのは自殺願望によるものではない。
実験動物であるモルモットを放ち、考察の経過を見るためだ。その制限時間は頭部が爆破されるまでの10分間。
永琳が禁止エリアに侵入して死体を放り、すぐにこの場所を離れまた10分後に戻ってくる。10分では寧ろ長過ぎるくらいの簡単な実験だ。

脳内爆弾の解除実験。
彼女がこの殺し合いにてまず乗り越えるべき壁はこれだ。

『脳の爆発以外の要因で死亡した場合、以降爆発することはない。誘爆もなし』
参加者ルールに記されているこの事項だけが、永琳の思考に引っかかった。
これはつまり『死体』となっている参加者が爆発することは無い。そう考えていい内容だろう。
だから永琳は手頃な参加者を“一旦殺した”。秘匿の薬により、身体機能を完全にストップさせたのだ。
このモルモットが果たして本当に死んでいる扱いとなっているか? それが懸念ではあるが実際、薬で殺した参加者は紙に収納されている。
少なくとも“生きている”と判断されてはいないハズだ。ならば―――

「……彼女たちを禁止エリアに放置しても、爆破されない可能性はある」

草のベッドに2メートル間隔で寝かせた幽谷響子の亡骸と藤原妹紅の仮死体を見下ろしながら、永琳は深く考える。
あくまで可能性だが、失敗してもモルモットを失うだけ。こちら側の致命的なダメージにはならない。
少なくとも響子については完全な死体なので、こっちの方はまず爆破されないだろうが……。

「…………と、いけないいけない。やることやったら早くここから出ないと、死体がもうひとつ増えちゃうわ」

軽い冗談を吐きながら永琳は来た道を戻り始めた。
実際にはどこからどこまでが禁止エリアに線引きされているか正確には分からないので、エリア内奥まで少し入り込んだ場所に死体を置いている。
禁止エリア内ゆえ、彼女らの死体が他の参加者に見つかることはないだろう。寧ろエリア外で待つ間の10分間で、こちらが参加者に見つかる可能性こそ危惧すべきだ。
リスクはなるべく排除したい。永琳は極力、隠密行動に徹することとした。


「……あら?」


ポツ ポツ、と。
そのとき冷たい雫が彼女の麗しい銀髪を伝いだした。
雨だ。少し前から雲行きが怪しくなってきてはいたが、ここにきて天候は雨天へと変遷し始めていた。
自分ら参加者たちが蔓延るこの巨大な箱庭も、天候の移り変わりたる概念は存在するらしい。主催者の格がますます計り知れないことに、永琳は憂慮の息を吐く。
そして慌てず騒がず、念のため永遠亭から持ち出してきた雨傘を開き、冷たい雨水から服と荷を守った。


ふと、後方を振り返る。
そこにあるモノは先と寸分変わらない景色。響子と妹紅の抜け殻だけだ。

せめて木の下にでも寝かせてあげようかしら。
ほんの一瞬、脳裏を過ぎった慈悲のような感情を、永琳はくだらないとすぐに吐き捨てた。
アレはモノだ。殻だ。実験動物だ。感傷など必要ナシ。
機械的な判断に身を任せ、月の賢者は何事も無かったかのようにその場を後にする。

野晒しとなった二つの抜け殻に、雨が沈んでいった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


741 : さよなら紅焔の夢。こんにちは深淵の現 ◆qSXL3X4ics :2016/04/24(日) 18:15:24 AaWoHwzY0
『藤原妹紅』
【?】?-? ?????


『今日は、いい夜になりそうだわ』

真に照らされた丑三つ時の月明かりというものは、人工の灯火などよりもずっと明るい。
まん丸お月様の下で呟いた姫君は、まさしくその名を体で表す具合で月光を反射していた。

「…そうかもね」

私は輝夜との他愛のない世間話に終止符を打つべく、相槌でも返しながら霊力を高める。

『こんなにいい月だもの』

本当に、綺麗な月夜だ。
これから殺し合いで穢してしまうのが勿体無いと思えるくらいに。

「こんなにいい月なのに」

いつも通りの、いつもの殺し合い。
私と輝夜。永遠に続くような儀式が、今宵も始まる。

ただ、証明する為に。
『生』の実感。『生』の証明。
ただ其れだけの為に。



『本気で殺し合いましょう―――――妹紅』
「言われずとも―――――輝夜」




ああ、生きてるってなんて素晴らしいんだろう。





――――――

―――







……冷たい。


―――『■■■』


どうやら少し、意識を失っていたらしい。
頬の傷口に、雨が染み込んでいく。


―――『■■……っ』


いつの間にか雨が降っている。
このままこんな所で寝たままだと風邪ひいちゃうかも。


―――『■■〜?』


……それもいいか。
あんまり気分、よくないし。起き上がる気にはならない。


―――『起■■よ■紅〜』


あーあ。今夜は私の負けか。
敗因は……いや、それもどうでもいっか。負けは負け。また次勝てばいいしね。


―――『ちょっと妹紅! 起きなさいってば!』


うるさいな。聞こえてるって。


『あ、やっと目を覚ましたわね』


742 : さよなら紅焔の夢。こんにちは深淵の現 ◆qSXL3X4ics :2016/04/24(日) 18:16:57 AaWoHwzY0

憎々しい宿敵の声が頭上から落ちてくる。
大の字で倒れたままの私を上から見下すように、輝夜は腰を折って私の瞳を覗き込んだ。

瞳と瞳が交叉する。
ああ、やっぱりコイツの目は何というか、能天気とでも言うのか、何も考えてなさそうだ。人形みたいに。
私と似てるかもしれない。でも私とは違ってコイツのは、なんか綺麗だ。

『調子はどうかしら? 生きてる? まとも?』

蓬莱人である私には愚問でしょ、その質問は。
それともアレ? 敗者である私への皮肉ってワケ? ぶっ殺すわよ。

『あはは。殺してみなさい。殺し返してあげるわ』

あはは…………と、まあこんな具合に私と輝夜は常日頃から殺し合っている。

コイツはさっき私の「私達って本当に“生きてる”のかな?」という質問にこう返してくれた。
『私は妹紅を見ている。貴女は私を見ている。生の証明なんてそれで十分よ』
なるほど的を射ている。今、こうやって二人して見つめ合ってるのも間違いなく、生の証明となるワケだ。

『……ねえ妹紅。傷、痛む?』

痛いに決まってんでしょーが。アンタがやったんだろ。

『痛いわよねえ。そりゃそうか。うんうん、妹紅はやっぱり生きてるし、まともだわ』

はいはい、ありがとさん。
ところでいつまで私を見下ろしてるつもり? 髪がほっぺにかかってくすぐったいんだけど。




『じゃあ難題その一。“まとも”って、何かしら?』




覗き込む輝夜の右半分の顔が、ドロリと溶けて私の顔に落ちた。



『まともよまとも。貴方にとっての“まとも”って、どういう状態を指すのかしらね?
 いや、難題というほどでもないわねえコレは。……易題? まあどっちでもいいか』

「か、輝夜……? どうしたんだ、その顔……っ」

私の動揺を意にも介さず、輝夜の奴はいつものペースで淡々と会話を続けている。
でもその顔は、溶岩でも押し付けられたかのように沸騰し、ドロドロに溶けていた。

『……うん? この顔? どうした、って……貴方が焼いてくれたんじゃない。殺し合いで』

焼け崩れた頬を何でもないことのようにペタペタ弄くる輝夜の姿は、どこかまともには見えなかった。

『私がまともに見えないと言うのなら、貴方はまともね妹紅。
 傷を痛いと感じたり、まともじゃない人に恐怖したり、そういった“正常”は何より生きている証。
 要するに“まとも”っていうのは、主観から見た“異常”な他者に恐怖できる“正常”な自分を認識できること。難題その一おしまい』


743 : さよなら紅焔の夢。こんにちは深淵の現 ◆qSXL3X4ics :2016/04/24(日) 18:17:46 AaWoHwzY0

言い終えて輝夜は不気味に微笑んだ。
グシャグシャになったその右眼球が眼孔から溶け落ち、ぷらんと糸を伸ばして垂れ下がる。

『心配しなくても私は全然痛くないし平気よ。つまりは私の主観からすれば、私はこの上なく“正常”ね。
 そして私から見れば、逆に貴方の方が“異常”に見える。私をまともじゃないと思っている貴方自身こそが、その実まともではなかったってオチよ』

なんだ何が言いたい。さっきから、この謎かけには何の意味がある?

『矛盾してるって思うでしょ? でもね妹紅……この世界ではそんな“正常”と“異常”が、簡単に反転してしまうものなの。
 日常の中で安穏としている正常者は誰から見たってまともだけど、この殺し合いみたいな非日常の中では、正常こそが異常と見られることもある。
 逆に非日常の中での異常者は、時たま正常者のように讃えられる。まるで兵隊ね、ふふ』



『さて、そこで難題その二よ』



『改めて妹紅。貴方は果たして“まとも”かしら?』



カチャリ。

私のトラウマとも言える音。鉄の響き。

一体いつの間に握っていたのか。輝夜は私を覗き込んだままの姿勢で『ソレ』を取り出し、私の鼻先に突きつけた。


『一八七四年製コルト回転式拳銃……忘れようがないわね? だって貴方を六回も“殺した”武器ですもの。彼のリンゴォ・ロードアゲインの手によって、ね』

リンゴォ。その名は聞き覚えがある……!
そして次の瞬間、脳裏に蘇ってしまった『あの時』の恐ろしい記憶。
あのゴミに埋もれた世界で、私を、六回も、撃ち殺した―――!


「い、いやだッ! やめ、やめろ輝夜……っ!」


全身に寒気が走った。
それを私に見せるな。
それを私に向けるな。


『うーん成る程ね。確かに貴方はまともだわ妹紅。迫り来る“死”の恐怖に怯えられるなんてまともな人間の証。私から見ればやっぱりまともじゃないけど』

半分だけになった顔でケラケラ笑う輝夜は、面白そうに銃口の先で私の額を小突いている。
私はといえば怖くて動くどころじゃない。もとよりコイツとの殺し合いを終えたばかりの身体だ、力が全然入らない。


744 : さよなら紅焔の夢。こんにちは深淵の現 ◆qSXL3X4ics :2016/04/24(日) 18:19:00 AaWoHwzY0



『じゃ、ガンガン行くわね。銃だけに。難題その三』



『銃で頭を撃たれたら、普通の人間は果たしてどうなるかしら?』



コツン。

額に伝わる、冷えた鉄の感触。

輝夜はその引き金に、しっかりと指を掛けた。

ゴクリと喉を鳴らすだけで、私は二の句が告げられずにいる。


『蓬莱人だから死にはしない? どうしてそんなことが言えるの? 六回も死を視た人間が。いえ、今は七回目の死だっけ?』

そうだ、私は不死人。だから何をどうしようが死ぬことはない。
でも。

『でも、今の貴方は“人間”よ。盛者必衰の故事が示すとおり、いつかは滅ぶ存在に成り下がった。それが現在の藤原妹紅』

それはつまり、

『それはつまり……』



銃で撃たれたら、私は――――――死ぬ。



『はい。よく出来ました』


ポンと手を叩き、またも輝夜は朗らかに笑った。
そして何を思ったか、持っていた銃を私の右手に添え、コイツは次に言い放った。


『殺しなさい、妹紅。貴方には、生きる権利がある』


生きる権利。
生きる為に、敵を殺していい権利。その称号。

『このバトルロワイヤルの中では貴方は“まともな人間”よ。
 痛いのが嫌。死ぬのは怖い。正常な人間なら当然持ち得る考え。結末』

……あぁ。そう、だったね。
あの『虚無』には、もう戻りたくない。

『貴方から見て周りは全員“異常者”よ。そんな怪物たちを殺せるのは、人間に与えられた権利であり、試練でもあるの』

渡された拳銃を持ち上げてみる。雨穿つ月夜に反射された、歪に黒光りする殺しの道具だ。

『他者を屠って己の正当性を証明しなさい妹紅。でも気をつけて? 今はまともな貴方でも、ひとたび“日常”へ帰れば“異常者”は貴方になる』

正常と異常は簡単に反転してしまう、か。
でも構わないさ。

『そう。構わないの。だって貴方が優勝してしまえば、望み通りの報酬を貰えるもの』

全てを無かったことに出来る。
平穏な日常に戻れる。


745 : さよなら紅焔の夢。こんにちは深淵の現 ◆qSXL3X4ics :2016/04/24(日) 18:19:49 AaWoHwzY0


『戻りなさい妹紅。殺しなさい妹紅。怯えなさい妹紅。抗いなさい妹紅。生きなさい妹紅。妹紅。妹紅。もこう。モコウ』


「黙れ“異常者”」



ダ ン ッ !!



けたたましく囁く女の顔面を吹き飛ばしてやった。
銃で撃つという行為。殺すという行為。
動かなかった身体に力が漲り、私はゆっくりと立ち上がって目の前の女を見下ろす。


『―――忘れなさい妹紅』


額に空けてやった弾痕からドロドロと流れる血の色は、私と同じドス黒い赤。
それでもこの女は生きて囁き続ける。仰向けに転がって、空から滴る雨に身を穿たれながらも喋りを止めようとしなかった。


「―――アンタは、誰なんだ?」


私は訊いてやった。コイツは輝夜の殻を被ったナニカ。

『“私”は“わたし”だ。アンタもとっくに気づいてるんでしょ? だったら躊躇するなよ』

焼け燻った右半分の顔が完全に溶け崩れ、その中から現れた『別の顔』。
コイツの顔を私は知っている。少しだけ違うのは、現れたコイツの髪は『黒髪』だった。私が知ってる銀ではなく、輝夜みたいな黒だった。

『わたしはお前だ。この世界にお前以外の人間がいるもんか』

目の前の“わたし”がそう言った瞬間、空にヒビが入った。

『さ、終わり終わり! 夢を見るのはもうおしまい! そろそろ起きようよ!』

あぁ……お前の言うとおりだね。
でも、不安はまだあるんだ。

『そうね。それはよくわかってるよ。お前はこの期に及んで未だに恐怖しているんだから』

空から落ちてくる瓦礫が私たちを取り囲む。
それに呼応するかのように“わたし”の身体は、雨に溶け込むようにドロドロに溶けていく。

「そう……だな。私はまだ、怖い。死にたくないのよ」

『その恐怖が、迷いが、お前を躊躇させてしまう』

「だったら」



『全てを忘れなさい……“私”』

「あるいはそれもいいかもね。サヨナラ……“わたし”」



記憶なんてものは、時には自分を苦しめる呪いにしかならない。

いらない記憶なんてものは消せばいい。

これからを生き残るのに必要な記憶さえあればいい。

人間は忘れることが出来るから、生きていけるんだ。


「……七度目の『死』ともこれでサヨナラかあ。七転び八起き……って言うからね」



―――でも、悪夢はもう見ない。
―――死の幻想<ネクロファンタジア>を捨てた時、私にとって初めての『生』が始まる。



そして私は、握っていた銃で自らのこめかみを撃ち抜いた。

崩れゆく紅焔色の世界が、意識と共に深淵に包まれた。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


746 : さよなら紅焔の夢。こんにちは深淵の現 ◆qSXL3X4ics :2016/04/24(日) 18:21:01 AaWoHwzY0
『八意永琳』
【昼】F-5 禁止エリア 北西の平原


予定通り10分経ってこの場に戻ってきた永琳が『彼女』を見て、最初に感じたことは『実験の失敗』であった。
とかく人体とは摩訶不思議。天才たる八意永琳という医者をして、目の前の光景には理解が及ばずにいるのだから。


(……確かに彼女の肉体は『仮死状態』に陥っていた。だのに何の外的刺激も介せず、自らを覚醒させるなんて……)


私もまだまだ青かったということかしらね。永琳は自嘲するように吐き棄て、結論に手を伸ばした。
普通では考えられないハプニングが起こってしまった。それへの対応は一体どう行動すればいいのか。

少なくとも正午を過ぎるまでは復活しないはずだった藤原妹紅の肉体が、戻ってきたら何故か立ち上がっている。

まずひとつ。
もう一度、薬で仮死させるべきか。
いや、それはもはや現実的な案ではない。薬は残り少ないし、彼女が再び復活しない保証はどこにも無くなったのだから。

となると、残された選択肢はひとつしかない。


「―――残念だけど妹紅。貴方を排除するしかなくなった。悪いわね」


彼女は今や、行動が予測不能の危険人物と化した。
所詮はモルモット。廃棄すればいい。“代わり”はあの亡霊で補えば済む話だ。
しかし妹紅は輝夜のお気に入りだ。さて、どう申し開いたものか―――


「――――――ゅう」

「……ん?」


雨の中、背を向けて棒立ちになっていた妹紅が何か言葉のようなものを発した。
同時に、ゆらりとこちらを振り向いた彼女を見て―――永琳は言葉を失った。



「じゅうをおお 銃 銃 じゅうでうたう撃たれたるるァ ら ら ヒトは はアア どうな なる うら なるゥのかな?」



涎を撒き散らし、骨など元から無いように体をブラブラと揺らし、黒に染まった髪が雨を弾き飛ばしていた。
漆黒を映したその瞳に永琳の姿は見えているのか。言葉にならない言葉を、かつて妹紅だった女は喚きまわすだけ。


747 : さよなら紅焔の夢。こんにちは深淵の現 ◆qSXL3X4ics :2016/04/24(日) 18:21:48 AaWoHwzY0


「生まれ生まれ生まれ生まれて て て 生の始めに暗く 死に 死に死に 死んで死んで 殺して 殺す 殺さないと」


―――人間としての機能は完全に破壊された。狂い悶える妹紅への、永琳の下した評価はそれだ。

それも仕方のない話かもしれない、と言うのはあまりに他人事だろうか。少なくともその理由の一端は自分にもある。
永琳は確かに妹紅を殺した。それはヒトとして最後の一線上に立つ彼女への背中押しになってしまったのかもしれない。
妹紅はボーダーラインの上から堕ち転げてしまったのだ。それは底が見えない奈落の深淵とも言える。
とにかくこの殺し合いで起こった度重なる『不幸』は、妹紅の人間だった部分を滅茶苦茶に引き千切った。

妹紅は蓬莱人。あらゆるダメージを再生させる不死人ではある。
それでも精神は。心だけは、『癒える傷』と『癒えない傷』があるのだ。医者を担う永琳もそれはよく理解している。
彼女が負った傷は……恐らく二度と癒えることは無い。


「あーあーあー あんたは確か永遠亭のぉ……どちら様? わたしはどちら様? でもでもわたしはまともよね??」

「……いいえ。貴方はもう“まとも”じゃないわね。誰から見ても“異常者”の類よ」

「えー? 違うよわたしは正常よぉ。人をいジョー者呼ばわりするあんたこそがいジョー者だろう う? 輝夜が言ってたし、わたしも言ってた」


ここまで来れば会話すら成立しない。
妹紅から見れば正常なのは妹紅自身で、永琳こそが異常なのだと。

『怪物と戦う者は自らも怪物とならないように気を付けねばならない。汝が深淵を覗き込むとき、深淵もまた汝を覗き込んでいるのだ』

こんな言葉が地上の外界にあるのだという。
殺し合いが始まった当初こそゲーム打破と息巻いていただろう妹紅は今―――怪物に成った。
彼女は狂気に呑まれてしまったのだ。

“まとも”とは何か?
主観から見た“異常”な他者に恐怖できる“正常”な自分を認識できること。
永琳が恐怖しているかはともかく、彼女にとって妹紅は充分すぎる程に異常だ。ここでいう“まともでない者”とは、間違いなく妹紅なのだ。
即ち異常者。妹紅は他者から見れば堕ちた怪物でしかない。

彼女は深淵――死を覗き込みすぎた。

「今の貴方の醜態はとても輝夜に見せられる代物じゃないわね。“銃で撃たれたら人はどうなるか”ですって? 教えてあげるわ」

妹紅に幾度もの死を与えたリンゴォ。その男から頂戴した、妹紅にとってはトラウマの鉄塊である拳銃を突き出す。
対して相手の攻撃方法は妖術……弾幕のみのハズ。であるなら有利なのは永琳だ。
互いの力量の差を除外しても、弾丸と弾幕では圧倒的に威力・速度共に弾丸が上。
単純な正面からの撃ち合いならば、銃に勝てるわけがない。かつてリンゴォが妹紅を瞬殺せしめたのも、それが最も大きな要因だろう。

「……銃? 待って待てったらぁ。アンタってば確か永遠亭のお医者さんでしょ? 輝夜がよく話してたから ね」

「…………?」

意味も成さない言葉の羅列にふと耳を傾けていると、何かおかしい。
おかしいと言えば今の妹紅は全てがおかしくなっているワケだが、そうではない。
そういえばさっきも……と、永琳は『ある疑惑』が頭に浮かび上がった。


748 : さよなら紅焔の夢。こんにちは深淵の現 ◆qSXL3X4ics :2016/04/24(日) 18:22:32 AaWoHwzY0


「妹紅……まさか貴方、『記憶』が……?」


狂ってしまっただけではない。妹紅はとうとう『記憶』すら失ったとでもいうのか。
ありえない話ではない。劣悪な環境が脳の許容量をパンクさせ、自己保身の為に記憶を捨て去ってしまう事例は多く存在する。
彼女にとって銃とは死の象徴ともいえる鉄塊。それを見ても逃げるどころか怯えることすらしないとは。

「記憶……? うーーん、きおく……きおく……。そういえばなァんにも思い出せない。
 でもそうだ、ひとつ思い出した。わたし、輝夜を探そうとしてたんだった。さっきまで殺し合いしてたのに急に居なくなっちゃって」

輝夜を探している?
ふざけるなと、永琳は銃のトリガーに掛けた指に思わず力が入った。

まだ彼女がここまで壊れてしまう前、この会場で妹紅と会った時。コイツはその口で確かに高々と叫んだ。
「輝夜を殺した」と。さも己にはなんの非も無かったとでも言わんばかりに。
輝夜を殺害したと思い込んでいた妹紅が、記憶を失っても再び彼女を探している理由とは。
答え如何によっては、この女はこの場で必ず殺さなければいけない。

「うー でもまあアンタでもいっか。輝夜が言ってた……えーりん? 永琳ってのはアンタのこと? アナタにお願いがあるの」

「私に?」

かろうじてではあるが、何とか会話を続けることは出来ている。
それ故にわからない。壊れた人の形をした彼女が、医者である自分に今更何のお願いがあるというのか。
「記憶を戻してほしい」という類のモノならば、その返事は言葉ではなく弾丸で返してやる。


しかし次に妹紅が放った『お願い』は、永琳を硬直させるに充分な内容だった。






「―――わたしにも『蓬莱の薬』をちょうだい」






時間が止まった。
響き続ける雨音だけが、この世界の流れを象徴していた。



「――――――ぃ」



その凍りついた時間を最初に破ったのは、永琳。



「―――もう一度、言ってみなさい」



聞き間違いであってほしい。
今、この女は何を要求した? 何を言い放った?

よりにもよって、この私に。


749 : さよなら紅焔の夢。こんにちは深淵の現 ◆qSXL3X4ics :2016/04/24(日) 18:23:34 AaWoHwzY0


「蓬莱のお薬よ。飲むと蓬莱人ってのになれる魔法のクスリ。アレさえあればぁ あ ぁ 死ななくなるらしいじゃない?」


ヘラヘラと笑いながら、その女は吐き出した。


「輝夜と一緒の、ほうらいにーん。アナタがその薬を作れるって、聞いたんだ。だから だからネ?」


口遊むかのように、吐き出した。“一番言ってはならない言葉”を、“一番言ってはならない人物”に。


「―――ねえ永琳、お願い。わたしを『死なない身体』にして。お願い。おねがい」


呪言にも聞こえる妹紅の呻きは、正しく呪言であった。
犯した大罪に苛まれ、永遠とも思える月日を苦しんできた永琳にとっては、今妹紅が降り掛けた言葉は呪い以外の何物でもない。


「―――今の言葉……取り消せ」


自分でも驚くほどに冷静は保てていた。
しかしその内面では、かつてない怒りが永琳を逆立てている。暴力的な口調も彼女にはそぐわない。

「えーりん……? どうしたの? なぜ怒ってるんだ? わたしはただ」

「取り消せと……言っているのよ」

本音では今すぐに目の前の女を殺したい衝動に駆られている。
それでも永琳が一線を越えずにいられるのは、『否定』して欲しかったからに他ならない。

現在の藤原妹紅は完全に壊れてしまった。それは見れば分かるし、理解できている。
そしてどうやらあらゆる記憶が混濁し、欠如もしているらしい。そこまでも、理解に至れる。
それでも八意永琳は、否定の言葉を欲した。先ほどの妹紅の言葉は、到底聞き流せる内容ではない。

『死なない身体』にして欲しい? それは違う。絶望的な間違いだ。
『死ねない身体』となってしまうのだ。あの呪われた薬は。
それを理解できない妹紅ではなかったろう……! 決して解けない呪いに苦しんできたのは私や輝夜だけではなかったハズだ……!


「なのに! 貴方は“再び”間違いを犯そうとしているッ! それは私と輝夜への侮辱よッ!!」


750 : さよなら紅焔の夢。こんにちは深淵の現 ◆qSXL3X4ics :2016/04/24(日) 18:24:13 AaWoHwzY0


ダンッ!

煮え滾る怒りと共に撃った弾丸が、妹紅の頬を掠めた。
ともすれば一瞬で命を奪う鉄の塊。妹紅はしかし、向けられた殺意にも恐怖することすらしない。
其処にあるのは疑問の気持ちだけだ。自分が今どうして怒られているかが分からない。幼子と何ら変わらない呆けた姿だった。
それが余計に永琳の怒りを逆撫でした。妹紅は本当に自分が『何を』言ってしまったのか分かってないのだ。
壊れているからとか、記憶を失ったからなどというふざけた理由で納得できるほど、永琳の歩んだ歴史は綺麗じゃない。

お互い千を超える年月を苦しんだハズだ。『罪』のベクトルは双方違えど、流した後悔の涙の源流は同じ。
苦しんで苦しんで、果て無き永久の痛みを経験し、いつしか苦しみは反転した。
『だったら精一杯生きてやろう』と。永琳も妹紅も最終的には前を向けたハズだった。


そんな妹紅の出した答えがコレか。


「死を恐れるあまり、とうとう『過去』を無かったことにした。……不死の痛みを忘れ、もう一度『不死』を得る為に」


単なる死のショックで記憶が破壊されたわけではない。
妹紅は死という闇の中で自発的に手段を欲した。結果を得ようと近道をしたがった。
どれだけ死を恐れようが、身体に刻まれた不死の痛みはそれ以上の恐怖を与える。それは『迷い』となり、生の足枷にしかならない。
だから『忘れた』。己が不死であった過去を忘れ、迷いを払拭し、再び『蓬莱人』への手段に手を伸ばそうと。


「……お前は救いようのない馬鹿ね」


永琳は“忘れる”ことを由とはしない。決して。
それは大罪を犯しながらも葛藤の末、壮絶な覚悟で月の民を裏切った彼女だけでなく、敬愛する輝夜への侮辱にもなるからだ。
生への糧になれるのはその者が歩んできた『過去』のみだ。失敗しようが後悔しようが、結局は前へ歩もうとする精神こそがヒトを成長させる。
この妹紅はしかし、過去を拒み、あろうことか断ち切った。だから永琳の逆鱗に触れてしまったのだ。


「馬鹿、だって? それは違うよえーりん。わたぁしは『人間』。人間なんだよ、アンタや輝夜とは違ってさ」

「己が狂った人の形であると認識できない人間を、人は『怪物』と呼ぶのよ」


死は誰にでも平等に訪れるだなんて誰が言ったのだろう? 少なくとも人間は生き方次第で別の生き物になる気がする。

妹紅は成った。人間ではなく、別の生き物……既知の言葉に当て嵌めるのなら『怪物』に。
コレはもはやこの世に居ていい生物ではない。直ぐに始末すべきだ。
先の侮辱の言葉への謝罪や否定も、この様子では貰えそうにない。

死なない生き物は存在し得ない。生きていなければ死ねないし、死なない生き物は生きてもいない。
生命の実態とは、この厚さ0の生死の境。
少なくとも妹紅は、永琳にとって数少ない『同種』だった。
自分や輝夜と同じに『罪』を背負いし不届き者。そこに月の民だとか人間だとかの境は関係ない。
だからこそ、こうなってしまったことは残念で仕方ないとも思う。

ただただ、歯痒さのみが募るだけだった。


751 : さよなら紅焔の夢。こんにちは深淵の現 ◆qSXL3X4ics :2016/04/24(日) 18:25:08 AaWoHwzY0


「怪物は必ず退治されるものよ」


ダンッ!


今度こそ永琳は排除にかかる。先のような牽制ではなく、命を刈る為の一撃。何もかも忘れ呆けた妹紅に期待できるモノは、もう無い。
風と雨とを切り裂きながら突き進む弾丸は、狙い済ました急所を少しずれ、妹紅の左肩を貫通するのみに終わった。

「―――ぁア!?」

突発的に発生した痛みと熱に耐えかね、悲鳴をあげてよろける妹紅。
壊れてはいてもやはりその身体には、痛覚の伝達回路までは焼き切れていない。
しかし腐っても蓬莱人であるハズの彼女だ。こんなダメージなどすぐに治癒せしめてしまう。
ならば追撃。トドメの一撃を以って妹紅には『最後の死』を与える。
今までに散々悪夢は見てきただろう。それもオシマイにしてやる。
死は悪夢には成り得ない。死とは単なる『終点』だ。
正直を言って、永琳はもう二度と妹紅の姿など見たくはない。終わりにしたかったし、終わらせてあげたかった。

結局のところ永琳は、最後の最後に優しさ――感傷のような心を覗かせた。
こんな妹紅はあまりにも……不憫だ。
そしてかつて己が作り上げた蓬莱の薬という呪いは、我々をどこまでも蝕み纏わり尽くす『断ち切れない罪』という事実を再認識する。
どこまでもどこまでも追いかけて来て、気付かぬ内に取り囲んでもたげてくる。罪とはそういうモノだ。


―――本当の『怪物』とは妹紅などではなく、他の誰でもない……この私かもしれない。


殺しにかかる刹那、心の深淵から湧いたその『答え』が、僅か一瞬だけ永琳の足を躊躇させてしまった。


「……っ! ぁ、あぁ、あああぁ……ああああぁぁああアアぁぁァァアアアアアああぁあああッッ!!!!」

「ッ!!」


長い黒髪を体ごと翻し、絶叫を上げながら妹紅は逃走を選んだ。まさに一目散という言葉通りに、背を向けてあっさりと走り出した。
何を戸惑っている永琳。そんな自己嫌悪も振り払い、逃げ出す妹紅の背に照準を向ける。
だが……。


「……少し遠い。それにそろそろタイムリミット、ね」


拳銃の扱いに慣れているわけでもない永琳には、この距離から獲物を一発で仕留める自信は無い。
そして現在この場所は『禁止エリア内』。妹紅はエリア外から来た永琳とは逆方向に走っていったのだ。つまり彼女を追いかけるということは禁止エリア内奥に入り込んでいくということ。
流石にリスクが高い。永琳の目的はあくまで『実験』を進めることなのだから。

……本当にそうか?
今、妹紅を追いかけて仕留めなかったのは、本当にそれだけが理由か?
呆れ、失望、軽蔑……それらの感情が重い倦怠感となって、殺す気すら失せたのではないのか?

「……運が良ければ勝手に自滅してくれるでしょ。いえ、悪ければかしら」


752 : さよなら紅焔の夢。こんにちは深淵の現 ◆qSXL3X4ics :2016/04/24(日) 18:26:17 AaWoHwzY0
残された永琳は独りごちるように唱えて得物を仕舞い、落とした傘を拾う。どちらにせよ今更追うことなど出来ない。
馬鹿なことに時間を浪費した上に体まで濡らしてしまった。実験体までひとつ失う始末だ。
大きく溜息を吐きながら、雨風に晒された響子の亡骸をチラと見る。
見るに耐えない遺体だが、その頭部は無事首の下まで繋がっていた。
予想通りではあるが、10分経っても頭部の爆破は免れている。やはり肉体の死は、イコール爆弾解除と考えても良さそうだ。
だが肝心の仮死体における実験は、情けないことに実験体に逃げられる結果を以って失敗に終わった。これではあまり意味が無い。

「予備の実験体はまだあるし……もう一度、ね。たかだか10分のロス……めげちゃ駄目よ永琳」

失敗には慣れている。転んでも前を向くことが大切なのだ。
あの愚かな怪物はそこから逃げ出した。だから怒りを買ったのだ。

響子の亡骸を手際よく再び紙に戻し、今度は西行寺幽々子の体を取り出して足元に寝かせる。実験のやり直しだ。
その寝顔たるや、まさしく亡霊の姫君と称するにふさわしく、美しい。もっとも彼女は寝ているのではなく、仮死状態。
妹紅のように幽々子まで復活したりはしないだろうか? その懸念もあったが、他に手段も時間も無い。
そもそも妹紅の場合だってごく稀な事例だろう。そうそう起き上がられては、製薬者である自分の誇りもそれこそ過去に消える。

いち早く決断し、永琳は幽々子に背を向け駆け出した。これは実験の第一段階。その成功を胸に祈りながら。

そして今この場で起こったことをもう一度、想起する。
妹紅は蓬莱の薬を欲していた。この会場においては支給品となり、『ある人物』に配られていることを永琳は知っている。
もしも妹紅が生きてこの先、あの呪われた薬を狙い続けるというのなら……


(……輝夜、あるいはシュトロハイムが危ない)


妹紅を逃がしてしまったことは、永琳にとって致命的な『失敗』になりかねないのかもしれない。
こんな結果に陥ったのは、ひとえに永琳自身の心の隙……同種であった妹紅に少しでも向けてしまった『感傷』のせいでもあった。

走りながら永琳は、懐に手を入れ『ある物』を眺める。


―――妹紅と、見知らぬ少女が写った一組の写真。


暗く、情けなさすら窺える妹紅の姿とは裏腹に、隣に写る少女のなんと笑顔なことだろう。
恐らく会場内で撮ったにもかかわらず、まるでこの場が殺し合いの盤上であることを理解してもいなさそうな、そんな満面の笑顔。
本当に、本当に対称的な二人であった。
妹紅と一緒に行動していただろうこの彼女は、今どこに居るのだろう?
その答えを予想するのは、永琳でなくとも容易かった。


「…………残念。とても残念だったわね……妹紅」


このゲームでは遅かれ早かれ誰しもに降りかかる苦難の可能性。
彼女たちにとっては手に余る逆境が、降り注いだだけ。
写真を見た永琳の感想は、ただのそれだけだ。

そんな矮小な感傷すら切り裂くように。
自分の中に眠る甘さに唾でも吐き棄てるように。


永琳はなんの躊躇もなく、写真を破り捨てた。


風に吹かれ、どこへ飛び去るとも分からない一対の写真には興味など失ったかのように。
彼女は足を速めた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


753 : さよなら紅焔の夢。こんにちは深淵の現 ◆qSXL3X4ics :2016/04/24(日) 18:27:14 AaWoHwzY0
【F-5 北西の平原/昼】

【八意永琳@東方永夜抄】
[状態]:精神的疲労(小)、少し濡れている
[装備]:白楼剣@東方妖々夢、ミスタの拳銃(4/6)@ジョジョ第5部、携帯電話、雨傘
[道具]:ミスタの拳銃予備弾薬(15発)、DIOのノート@ジョジョ第6部、永琳の実験メモ、幽谷響子とアリス・マーガトロイドの死体、永遠亭で回収した医療道具、基本支給品×3(永琳、芳香、幽々子)、カメラの予備フィルム5パック
[思考・状況]
基本行動方針:輝夜、ウドンゲ、てゐと一応自分自身の生還と、主催の能力の奪取。
       他参加者の生命やゲームの早期破壊は優先しない。
       表面上は穏健な対主催を装う。
1:爆弾解除実験。10分後に再び幽々子の肉体を回収。
2:輝夜、てゐと一応ジョセフ、リサリサ捜索。
3:しばらく経ったら、ウドンゲに謝る。
4:基本方針に支障が無い範囲でシュトロハイムに協力する。
5:柱の男や未知の能力、特にスタンドを警戒。八雲紫、八雲藍、橙、藤原妹紅に警戒。
6:情報収集、およびアイテム収集をする。
7:第二回放送直前になったらレストラン・トラサルディーに移動。ただしあまり期待はしない。
8:リンゴォへの嫌悪感。
[備考]
※参戦時期は永夜異変中、自機組対面前です。
※ジョセフ・ジョースター、シーザー・A・ツェペリ、リサリサ、スピードワゴン、柱の男達の情報を得ました。
※『現在の』幻想郷の仕組みについて、鈴仙から大まかな説明を受けました。鈴仙との時間軸のズレを把握しました。
※制限は掛けられていますが、その度合いは不明です。
※『広瀬康一の家』の電話番号を知りました。
※DIOのノートにより、DIOの人柄、目的、能力などを大まかに知りました。現在読み進めている途中です。

※『妹紅と芳香の写真』が、『妹紅の写真』、『芳香の写真』の二組に破かれ会場のどこかに飛んでいきました。


○永琳の実験メモ
 禁止エリアに赴き、実験動物(モルモット)を放置。
 →その後、モルモットは回収。レストラン・トラサルディーへ向かう。
 →放送を迎えた後、その内容に応じてその後の対応を考える。
 →仲間と今後の行動を話し合い、問題が出たらその都度、適応に処理していく。
 →はたてへの連絡。主催者と通じているかどうかを何とか聞き出す。
 →主催が参加者の動向を見張る方法を見極めても見極めなくても、それに応じてこちらも細心の注意を払いながら行動。
 →『魂を取り出す方法』の調査(DIOへと接触?)
 →爆弾の無効化。


【西行寺幽々子@東方妖々夢】
[状態]:仮死
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:…
1:…
※参戦時期は神霊廟以降です。
※『死を操る程度の能力』について彼女なりに調べていました。
※波紋の力が継承されたかどうかは後の書き手の方に任せます。
※左腕に負った傷は治りましたが、何らかの後遺症が残るかもしれません。
※現在仮死状態です。少なくとも正午を過ぎるまで目覚めませんが、外的要因があれば唐突に復活するかもしれません。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


754 : さよなら紅焔の夢。こんにちは深淵の現 ◆qSXL3X4ics :2016/04/24(日) 18:28:10 AaWoHwzY0
『藤原妹紅』
【昼】F-4 南西の草原


星々の光を失った大宇宙の漆黒を想像できる者は居るだろうか。
太陽の光も届かない深海の漆黒を想像できる者は居るだろうか。
人の想像など所詮、空想の域を出ない不完全な虚像。
本物の『闇』とは、光を失った盲目の死者にしか想像出来得ない深淵の底に存在する。


「痛い 痛い 痛いよ くそォ、アイツ許さない……! わたしは何もしてないのに。くそ 痛い……っ」


銃で撃たれたのは『初めて』だ。こんなに痛いだなんて。
銃弾の貫通した左肩を抑えながら、堕ちた怪物・藤原妹紅は徘徊る。
よろよろ、ゆらゆらと危なげに、見えるはずのない光へ向かって、雨に濡れながら。

彼女は記憶を破壊することで痛みから逃げようとした。
呪いから、死から、運命から、必死に逃げようとした。
遂には全てを拒絶した。襲い来る恐怖も、敵も、何もかもを。
自身が現在、醜悪なゲームに巻き込まれていることすら認識していない。
更には自身が蓬莱人であることも忘却し、ただの人間なのだと思い込んでいる。

残った僅かな記憶には、まず輝夜の存在があった。
宿敵・蓬莱山輝夜。つい数時間前、出会い頭に焼き尽くした友の顔。
そんな邂逅も記憶から抹消された。あるのは、ただ彼女が生涯唯一の稀有なる理解者であるという曖昧な記憶だけ。

そして、妹紅が知った顔といえば輝夜と先ほど襲われた永琳のみだった。後はよく憶えていない。
だが身体に刻まれた記憶の楔はそう簡単に消せるモノではない。
妹紅は何となく、この世界に居る者、その殆ど全てが自分の敵であると理解した。
ここには恐ろしい“異常者”が多く跋扈している。
身を守る“術”が必要だ。
死なない“方法”を探さなくては。


「……蓬莱。ほーらいのクスリを、探しにいこう。邪魔する敵は 燃やして 殺して 生きなきゃ」


そこは既に禁止エリアから北上の場。生への本能なのか、妹紅はタイムリミット直前にエリアからの脱出に成功していた。
髪に滴る雨が鬱陶しいとも感じていたが、雨具など持っていない。
ただひとつ、あるのは―――


「………ナンダロ これ? えっと、『カメラ』……写真? ふーん」


唯一永琳の手から取り上げられずにいた支給品『インスタントカメラ』の説明を見て、興味薄く納得する妹紅。
こんな物では到底、自分の身を守ることなど出来そうにない。
必要なのは、やはり蓬莱の薬。
『人間』でしかない自分が『不死人』になる為の、最も近い方法。
探そう。誰かがきっと持っている。輝夜に会えれば快く渡してくれるかもしれない。
あの医者は渡してくれなかった。輝夜から聞いた話とは違って、とても意地悪な女だ。次に遭ったら骨まで燃やしてやろう。

目的が出来た。早速探しに行こう。
役に立たないカメラなど仕舞って、まずは適当にでも歩いていこう。
そう思い、覚束ない足取りを多少まっすぐに動かして。



「――――――ヨシカ?」



ふと頭に浮かんだ『彼女の名前』が、思わず声に出た。
ヨシカ。
はて、誰の名前だっただろう。

脳の片隅に残った記憶の一欠片が、どうしてか忘れられなかった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


755 : さよなら紅焔の夢。こんにちは深淵の現 ◆qSXL3X4ics :2016/04/24(日) 18:29:17 AaWoHwzY0
【F-4 南西の草原/昼】

【藤原妹紅@東方永夜抄】
[状態]:発狂、記憶喪失、体力消費(中)、霊力消費(小)、両手の甲に刺し傷(ほぼ完治)、左肩に銃創、黒髪黒焔、再生中、濡れている
[装備]:火鼠の皮衣、インスタントカメラ(フィルム残り8枚)
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:生きる。殺す。化け物はみんな殺す。殺す。死にたくない。生きたい。私はあ あ あ あァ?
1:蓬莱の薬を探そう。殺してでも奪い取ろう。
2:―――ヨシカ? うーん……。
[備考]
※全てを忘れました。












▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


756 : ◆qSXL3X4ics :2016/04/24(日) 18:30:21 AaWoHwzY0
これで「さよなら紅焔の夢。こんにちは深淵の現」の投下を終了します。
感想・指摘などあれば是非お願いします。


757 : 名無しさん :2016/04/24(日) 20:32:55 cC.b.id.O
投下乙です

妹紅は死という怪物を見過ぎて怪物になってしまった
そして永琳もまた、自分の罪の被害者という怪物を観た


758 : 名無しさん :2016/04/24(日) 21:30:22 Fc9EqvEc0
投下乙です
永琳も知識の数だけ失敗してきたって件から、月の頭脳ゆえ忘れないって流れ、なるほどってなる。
蓬莱の薬という、スタンドも月までブッ飛ぶビッグギルティ忘れようがない。
忘れていたようで覚えていたような誰かさんとは大違いである。
それだけに全てを忘れた妹紅への激情とやるせなさ、巡り巡る因果の重たさは実に苦々しい。
忘れぬ者と忘れた者の対比が一つの作品に整合されている感じ、嫌いじゃないわ!
整った作品はそのまま後味の悪さも良く映えるぜ


759 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/04/30(土) 23:27:28 a/D4cv7Y0
すいません。予約を破棄します。


760 : ◆qSXL3X4ics :2016/05/04(水) 01:28:40 A437zRCc0
ディオ・ブランドー、宇佐見蓮子、マエリベリー・ハーン
以上3名予約します


761 : ◆at2S1Rtf4A :2016/05/08(日) 00:35:03 EhqfoX2E0
比那名居天子、東方仗助、ヴァニラ・アイス、八坂神奈子の4名を予約します


762 : ◆qSXL3X4ics :2016/05/08(日) 14:38:38 YsX2X9KE0
投下します。


763 : ◆qSXL3X4ics :2016/05/08(日) 14:40:34 YsX2X9KE0
秘封倶楽部とは、宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーンの計二名から構成される霊能力者サークル。
その辺の大学を探せば普通にあるような、暇を持て余した少女の遊びだ。
もっとも除霊や降霊はやらない。まともな霊能活動らしい活動は皆無の、いわゆる不良サークルに分類されるのかもしれない。
だが、班員の蓮子とマエリベリー…通称メリーの飽くなき探究心、そして彼女らの持つ『秘密の能力』はこのサークルが普通ではないことを示していた。

秘封倶楽部の裏の顔。それは張り巡らされた世界の結界を(勝手気ままに)暴き出すサークル。
均衡を崩す恐れがある故、一般には禁止されているその行為は、蓮子とメリーの好奇心までも縛ることは出来ない。
星と月を見るだけで時間と場所がわかる蓮子の眼。
結界の境目が見えるメリーの眼。
二人の能力が合わさればこの世の不可思議など嬉々として暴きに暴いてしまう。
彼女らにとって、青天の霹靂こそが日常。二人にとって、多少の危険は付き物。


そう。蓮子とメリーはこの現代社会において常識とは少しかけ離れた、ちょっぴり普通ではない少女たちだった。


たくさん。
たくさんの場所を、メリーは蓮子と共に見て歩いた。
山。河。街。果。
花。草。砂。夢。
船。墓。闇。空。
星。月。人。妖。


それらは確かに、日常と非日常の境目。
夢と現の狭間で少女は、色々な冒険をしてきた。
時間はあっという間に過ぎていくもので、この楽しい時間が永遠に続けばいいのにとメリーはよく思うのだ。
青春を謳歌する少年少女が心に描く夢を、メリーもまた思い出に深く繋ぎ止めていた。

本当に大事な宝物は、夢ではない。
不思議でもなく、光景でもない。
もちろん能力なんかでもなく、思い出でもなかった。

今だ。
今、このとき、この瞬間こそが。
この手に繋ぐひとときの温もりこそが。
メリーにとって、代えることの出来ない何よりの―――大事な大事な、たからもの。



「ねえメリー! 来週の日曜なんだけどさぁ、次はあの噂を確かめに行ってみない?」



始まりはいつも親友のこんな言葉。
大学のカフェでお気に入りの珈琲を飲みながらメリーは、興奮する親友に微笑みながらこう返すのだ。


「面白そうね。でも蓮子? 旅行の費用だって馬鹿にならないわ。またバイトしてお金貯めなくっちゃあ―――」



この時ばかりは、どこにでも居る他愛の無い、けれどもちょっと変わった少女たち。
秘封倶楽部の実態は、ごく普通の少女たちが夢を追う、ごく普通の居場所に過ぎなかった。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


764 : ◆qSXL3X4ics :2016/05/08(日) 14:41:41 YsX2X9KE0




どこか、幸せな夢を見ていた。
大晦日の深夜。二人で過ごした年明けの星々。彼方鳴る除夜の鐘。
ひび割れたねずみ色の空の下、私は蓮子と再会できた。


「あ…あぁ…! 蓮子…っ! 蓮子ぉ…! 私…っ、わたしも…嬉しいの!
 蓮子に、ずっと会いたかった…! 生きて……また貴方と話したかったの……っ!」


怖くて怖くて仕方なかった。
今までたくさんの危険を渡ってきたけど、殺し合いなんて物騒すぎるイベントに巻き込まれたのは勿論初めてだ。
幸か不幸か、親友蓮子もこの会場のどこかに居るらしい。

会いたかった。
彼女もきっと自分と同じに、怖くて震えていると思った。


「もう離さないわ。メリー。貴方だけは……二度と誰にも 渡 さ な い 」


だから夢の中で蓮子と再会できた時は、嬉しくて、ホッとして、思わず泣いてしまった。
蓮子の姿。蓮子の声。蓮子の笑顔。蓮子の匂い。
紛れもなく、我が親友・宇佐見蓮子と生きて会うことが叶った。


あぁ……神様がいるのなら、本当にありがとう。













「この世界に神なんていないのよ、メリー。……いい加減、目を覚ましなよ」













聞き慣れた声の、聞き慣れない冷たさ。
一足早く夢から覚めた子供の冷笑が、そこには浮かんでいた。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


765 : 侵略者DIO ◆qSXL3X4ics :2016/05/08(日) 14:43:29 YsX2X9KE0
『マエリベリー・ハーン』
【昼】C-3 紅魔館 エントランスホール


幸せ“だった”夢から覚醒すれば――――――『紅』。
見渡す限りの紅が私の視覚を埋め尽くし、現へと引き戻した。
夢は現に変わったのだ。更なる『悪夢』という、この上なく残酷な現実へと。


「…………ぁ、れ……? わた、し……確か、ポルナレフさんと一緒で……」

「おはようメリー。ずいぶん気持ち良さそうに寝てたじゃん。きっと幸せな夢でも見てたんでしょうね?」


目覚めのベルは私にとって、慣れ親しんだ親友の鳴らす号鐘。
でも、何かがおかしい。彼女の響かせる鐘の音は、こんな淀んだ音ではなかったハズだ。
それに何より……

「れん……こ……! そうだ、私……あのひまわり畑で……!」

「メリーに纏わり付いてたあのホウキ頭なら私が追っ払ってあげたわ。他にも変なカウボーイハットの男とか変な髪型マントの女も居たけど、今頃全員喰われてるんじゃない?」

身体を半身だけ起こした私の目に映った蓮子の眼が。
今まで見たこともないような漆黒の闇を交え、私を冷たく見下ろしていた。
いつもの秘めた能力を持つ透き通った瞳とは全然違う、沼に浸かりきったような濁りの瞳。

思い出した。
蓮子はDIOの『肉の芽』に操られ、あの青い天女みたいな女の人と共に私たちを襲ってきたんだ。
そして私は、今は帽子に隠れている蓮子の額に巣食う肉の芽を直視して、夢の世界に迷い込んだんだった。

「れ、蓮子っ! お願い、正気に戻って! 貴方は操られてるのよ!
 ここは何処!? ポルナレフさんたちをどうしちゃったの!? 喰われたって、どういうこと!?」

「あーあーゴメンねメリー。色々訊きたい気持ちはわかるけど、残念ながら今の貴方に質問する権利は無いわ」

少し黙ってろ。蓮子が私の口元に差し向けた刀は、そんな有無を言わぬ迫力を物語る。
私はまたしても泣きそうになった。今度は嬉し涙ではなく、絶望を孕んだ哀しみの涙だ。


そして、蓮子の醸し出す迫力など上から叩き伏せるかのように。

次の瞬間、圧倒的な『負』の迫力が金縛りとなって、私の全身を硬直させた。





「――――――人間は何故……空を飛べたのだと思うね? 麗しきマエリベリー・ハーン」





低く、地の底から湧き出てきた絶望を体現したかのような、声。



「……あぁ、質問の仕方が悪かったかな? 人は何故、飛行機を作り、それに乗り込んだのだと思う? 人類が空を飛ぼうと思った理由を訊いているのだよ」



深い地下から這い現れたような声は、しかし遥か高みから見下すような傲慢と威厳を携えて降りかかる。

途端に全身から汗が噴き出た。

後を追って、歯がカチカチと不規則な音を立て始めた。

皮膚を突き刺す禍々しい寒気が、体中の血液を凍結させる錯覚に戦慄した。

背筋を這う予感に、喉の奥でゴクリという音が鳴った。


766 : 侵略者DIO ◆qSXL3X4ics :2016/05/08(日) 14:44:43 YsX2X9KE0



「少なくとも私が生まれた時代では、機械が空を飛ぶなど不可能だということが世間での常識。完結した一般論だった。
 目まぐるしい産業と貿易の発展が、人間の思想と生活を著しく変えた科学の時代だったにもかかわらず、だ」



その男は、かつてモノクロの竹林で見た男。
ヴァーチャルの感覚は、リアルより人間の感覚を刺激するという。
夢と現は区別出来ない様に、人間と胡蝶とを区別出来ない様に、
ヴァーチャルとリアルは決して区別出来ない、というのが私たちの時代の常識。


―――そんな鉄の常識を粉々に砕くほどの、絶対なる『悪』の存在。

―――今、私の目の前に居る男は、かつて夢で出会ったヴァーチャルなどよりも……遥か熾烈な存在感を放ち続けている。

―――あの時のような夢なんかじゃない。この現は紛れも無くヴァーチャルを凌駕し、私の心臓を鷲掴みにしてきた。



言葉が、出なかった。



「ふむ……もう少し肩の力を抜きたまえ。……『あの時』のように。
 言葉が出ないのなら代わりに蓮子君に訊こうか? 人間はどうして空を飛ぼうと考えたのだろう。
 古代からの夢だったから? 利便を得たかったから? 地上を見下ろし、優越に浸りたかったから? 何故だ蓮子?」


紅い洋館のホール。いつか見た夢の中で出た、真っ赤なお屋敷。あの時は確かお茶をご馳走になって、お土産にクッキーまで頂いた場所。
今は違う。ここは悪魔の住む根城。階段上に佇むその男は、私から隣に居る蓮子へと質問の標的を変えた。
私には男の質問の意図が理解出来なかったし、とても返答できるような思考状態ではなかったのだ。


「それはとても簡単な答えですよ。人間は『飛ぶ為に』空を翔んだのです」


だから間隙入れず男の質問に冷静に答えた親友の姿を見て、蓮子が私の知っている蓮子ではないことをまた痛感した。
そのあまりにも静かで折目高な様は、逆に私の思考を段々と冷静にすらさせた。

「流石は未来に生きる優秀な学生だ。いや、君たちにしてみれば未来ではなく現代なのかな。
 とにかく正解だよ蓮子君。まさにその通り、物事の問題はもっと根本にあった。人は飛行機を動かす為に空を翔けたのさ」

男は薄く笑いながら拍手を軽く三回、蓮子に惜しみなく披露する。
“飛ぶ為に空を翔ぶ”……一見答えにならないその回答は、果たして私の頭を余計に困惑させてしまった。
そんな情けない姿で戸惑う私を見て蓮子は、やれやれと補足を差し込んでくる。


「世界初の有人動力飛行を成功させたライト兄弟が脚光を浴びるまで、世の教授や科学者は『飛行機を人間に操縦させる』なんて発想が全く無かったのよメリー。
 信じられる? かの兄弟が『自らをパイロットとし動力となる画期的戦略』を実践するそれまでは、余所の実験プロジェクトなんて動力機体の開発しか眼中に無かったんだから」

「その通り。今でこそ数多の飛行機を滑空させている操縦者だが、当初は機体に乗り込んで操縦させようなど露にも思い付かなかったのだ。
 何せ空の遊泳には常に死の危険が付いて回る。わざわざリスクを背負って自ら動力になろうとは誰も考えなかった」


男と蓮子は、まるで大学の教授と学生のような他愛の無さで偉人の歴史を語る。
徒然と誇らしげに話す親友の顔は、どこか楽しそうで。
どうして彼女の隣に居るのが私ではなく、あの男なんだろうと。
ちょっぴりだけ、心の奥から嫌な気持ちが漏れた。


767 : 侵略者DIO ◆qSXL3X4ics :2016/05/08(日) 14:46:02 YsX2X9KE0


「ライト兄弟とは、初めに勇気を持った者たちのことだ。翼を眺めるのではなく、己の手で、足で、翼を動かそうと考えた者たちだ」


男性にしては嫣然とした面持ち。
ヴァーチャルにはとても実演できない、神秘的な説得力を持つ言葉の一つ一つ。


「こうして人間は『空を飛ぶ為に空を翔んだ』のだ。古来よりの人が持つ夢を叶える為に、勇気ある者だけが操縦桿を掴むことが出来た」


男がせせら笑う。
恐怖し、迷い歩く私の頭を天上から俯瞰して、ただ笑う。


「……さてメリー君。君はどうだ? 操縦桿を掴める者か? はたまた地上から、翔ける者たちを見上げるだけの臆病者か?」


男の言いたいことは、何となく理解出来てきた。私の『意志』を試している。
でも、私は――――――。


「怖いのねメリー?」


親友の声が、誰よりも私の心を乱す。


「誰だって最初は恐怖するものよ。私だってそうだったんだから。
 でもね、ライト兄弟が夢を叶えたのは彼らが独りじゃなかったからよ。隣に同じ志を持つ者が居たから。
 ……メリー。貴方は決して独りじゃない。私と一緒に行こう? 一緒に手を繋いで、空を翔ぼう?」


蓮子が私の耳元で、囁く。
それが私にとっては何よりも怖い。心が究極に揺さぶられるから。
付いて行ってはいけないと、理性に制止される。
親友を連れ戻さなければと、感情に扇動される。



「―――ねえメリー。ふたりで『天国』まで、翔ぼう?」



くらり。



足元が揺らぐ。視界がぼやける。

ふらついた私の肩を、蓮子が優しく支えた。

この手を払わなければならないのに、私は彼女を、

どうしても―――拒絶できなかった。

蓮子は空を翔んでいるんじゃあない。

墜ち続けてるのだ。重力に見放され、ねずみ色の空に向かって落下しているだけだ。

飛行機だって鳥だって、片翼で飛ぶことなど出来はしない。翼は両翼揃ってこそ、初めてその目的を叶えることが出来る。

だったら私は、独りで墜ち続ける蓮子の手を掴むべきなんだろうか。

掴んで、引き戻してあげるべきなのか。



それとも、一緒に――――――


768 : 侵略者DIO ◆qSXL3X4ics :2016/05/08(日) 14:47:13 YsX2X9KE0


「―――そういえば、まだメリー君とは自己紹介もしていなかったね」


ふと思い出したかのように、男は口を開いた。

「久しぶりだね。いや、初めましてかな? 『夢の中』では楽しい時間をありがとう。
 だが君と実際会うのは“コレ”が最初だ。従って、もう一度名乗らせてもらわなければな」

気さくにも見える空気の裏で、男は心底異質な笑みを浮かべて。



「私の名はDIO。ディオ・ブランドーという。今後ともよろしく、メリー君」



私たちは今再び邂逅を果たしてしまった。


出来ることなら二度と会いたくないと願っていた。
あの夢の中で私はDIOと話して……心が安らいだのだから。
次会えば、今度こそは逃げられない。身も心もこの男に懐柔されてしまう……
そんな底なしの不安が、澱んでいた。


「さてメリー君。私の記憶が確かなら、まだ『あの時』の答えを貰っていないね。もう一度だけ、訊こうか。

 ―――私と友達になってもらえないだろうか?」


手を差し伸べてDIOは語りかける。
この男の狙いが分からない。私なんかと友達になって、何がしたいのだろう?

嫌だ。怖い。助けて。
祈る想いは等しく恐怖に塗り潰され、私に逃げ道がないことを悟らせる。
ここで私がよしんば逃げられたとして、残った蓮子はどうなるのか? 一体誰が彼女を救えるというのか?


この世界に神など居ない。
少なくとも、私も蓮子もどこにでも居る普通の女の子だったハズなのに。
秘封倶楽部とは、ごく普通の私たちふたりが夢を追う、ごく普通の居場所だったハズなのに。
殺し合いなんて出来ないのに。
人を傷付けるなんて出来ないのに。


ただの女の子である私が、どうやってこの天性なる“悪”の魔手から親友を救うというのだろう。


「ねえメリー? 貴方も“こっち”へおいでよ。DIO様と一緒に来れば恐怖なんて無くなっちゃうんだから。
 ねえメリー? 友達の私が誘ってるのよ? きっと楽しいよ! 辛いことなんて全部取り除いてくれるよ!
 ねえメリー? 私たち、友達じゃない。これからはずっと一緒に居られるよ?
 ねえメリー? 私はメリーのこと、好きよ。だから、ね?
 ねえメリー? 早く来なってば。
 ねえメリー? どうしたの?
 ねえメリー? 一緒になろう?
 ねえメリー?
 ねえメリー??
 ねえメリー???」


狂った人形のように唱え続ける蓮子は、どこだかひどく蠱惑的に映って。
それは私からするとDIO以上に妖しく、情欲で、愛染としていて…………蕩けるほどの甘美な、誘惑の蜜。


(そう、よね……。蓮子と一緒なら私も…………)


限界が来たのかもしれない。
DIOは狡猾だった。この男はきっと、私を手中に入れるためにまず蓮子を傀儡にしたんだ。
酷く衰弱し果てた私の心に透き通って侵入してきたのはDIOではなく、他ならぬ親友の言葉だった。


769 : 侵略者DIO ◆qSXL3X4ics :2016/05/08(日) 14:48:18 YsX2X9KE0


「―――蓮子、わたし…………」

「何も言わなくて良いよメリー。私には貴方の考えてること、全部分かるんだから」


ドロドロと溶け出す心に穿たれる穴を、早く塞ぎたかっただけ。
必死を通り越して、私は半ば諦めた。この穴を塞ぐ方法など、目の前に転がっているから。
放っておけば私は、きっと立っていられなくなっちゃう。二度と光を見ることも出来なくなっちゃう。


『こんな恐怖からは、一刻も早く逃げ出したい』


最後の最後、溺れる私が必死に腕を伸ばして辿り着いた結論は。

蓮子を救い出したいという親愛の気持ちよりも―――この恐怖から抜け出したいという身勝手なエゴが勝った。


「貴方の選択はきっと許されるわメリー。だって人間なんて、所詮エゴイズムの塊なんだもの。
 いいえ、例えこの世の全ての人間がメリーを許さなくとも、私とDIO様だけは貴方の味方になれる。なってあげられる」


蓮子は本当に私の心でも読んだかのように、今私が最も欲しい言葉を投げかけてくれた。

あの時……戦慄の竹林で肉の芽に支配されたポルナレフさんと相対した時。
そこには仲間があった。ツェペリさん。幽々子さん。ジャイロさん。神子さん。そして、阿求。
そこには手段があった。魔を浄化する波紋。無限の可能性を持つ鉄球。そして、迷いを断ち切る白楼剣。
数々の仲間が手段を併せ持っていたからこそ起きた奇跡。その煌きは、一人の男をDIOの支配から解き放った。


じゃあ今は?
仲間なんていない。手段もない。
奇跡は二度も、降ってこない。



―――だったら私は、決して起こらない奇跡に祈るより……蓮子と一緒に空を墜ち続けた方がきっと、楽。



「行こうよ、メリー」



親友の一言が、揺らぐ私への最後の一押しに。
人間は空を飛ぶ為に、空を翔んだ。
そうだというのなら、私が操縦桿を握るのは……本当に空を翔ぶ為?
違うのかもしれない。ただ私は、空を墜ちる為の楽な口実を欲していただけ。
恐怖から逃れる為に、目を瞑って永遠に墜ちていける場所が欲しかった。
その隣で蓮子が微笑んでくれるのなら、もはや私が迷う意味も意義もありはしない。



―――どこまでも墜ちよう。そして、堕ちよう。蓮子と共に、永遠に手を繋いだまま。



かくして私は、空を翔んだ/墜ちた。
右も左もわからない無重力の中、落下の先には深淵のみが大口を開けていた。
ここは夢か現か。そんなことはどうでもいい。
立つことすら出来ない真空の雲界を、今はただ蓮子と。


―――私はもう、どこへ向かうことも出来ない。空の上では、立ち上がりようがないもの。

―――こんなふわふわした空間で、恐怖に立ち向かおうだなんて芸当……普通の女の子である私たちには土台不可能だったのよ。

―――そう、私なんかが恐怖に『立ち向かおう』だなんて…………


770 : 侵略者DIO ◆qSXL3X4ics :2016/05/08(日) 14:49:19 YsX2X9KE0




『“勇気”を持つために必要なのは蛮勇ではない。“恐怖”を恐れている自分を知ること、これが一番の初歩じゃ。
 安心せい、君は“勇気”を持とうと“立ち向かう”最中におる』




それは突発的だった。
脳内に語り響くあの人の優しげな声が、蓮子と共に歩き出そうとする私の足を止めた。


「どうしたメリー君? 私は君とお話がしたいだけなんだ。さあ、こっちへ……」

「メリー……? 大丈夫だからさ、早く行こう? 何も怖がることなんて無いんだよ」


これまで黙して見ていたDIOも、私の腕を取って歩き出す蓮子も、俯く私をじっと覗き見る。
私は階段に足を掛けた所でピタリと留まっている。すぐ上にはDIOが腕を差し伸べて待ち構えているというのに。




『“勇気”を持ち、自分の“可能性”を信じてほしい。わしから言えるのはそこまでじゃよ』




ずっと遠くだった。
墜ちゆく私たちの、何処か彼方の果てから、ずっと遠く。
泣きじゃくる私に『勇気』と『可能性』を教えて死んでいった、ツェペリさんの声がそこから届いた。


頬を撫でる風が止んだ。
代わりに空に浮かぶ潮騒の演奏が始まった。
地には雲。天には海。
そんな幻想的な風景から一転。いえ、半転かしら。
Zero Gravityから解き放たれた人間は新しい文化を築き上げる、とは現代のアフォリズム。

足を掛けた階段の感触を、今一度確かめる。
私は深呼吸して、目を開けた。
そこには確かに紅に拡がる地面があった。重力があった。
深淵を墜ち続ける私の姿は既に見当たらず、あるのはただひとつの事実。



「―――わ、私は……っ! 絶対に墜ちたりなんかしないわ……! もう逃げない! 『恐怖』と向き合ってみせる!」



見上げた瞳の中心には、面白くなさそうに私を見下ろす化け物の敵意。
DIOの視線から放射されるそれは、私の立ち向かう全身を刺し……だがすぐに鳴りを潜めた。
観察、されているのだと思う。奇妙な行動を繰り返す動物を興味の目で観るかのような、実験種の観察。
望むところよ―――と言いたいけど、私の足はとっくに震えている。涙ぐましい虚勢だ。
でも、墜ちゆく私の手を取ってくれたのはツェペリさんだった。だったら私がこのまま誰も彼をも巻き込んで墜ちるなんて、それだけは絶対に許されない。


「私たちの操縦桿を握るのはDIO……貴方じゃない! 私は自分自身の意志で翔んでみせるわ! 地上から翼を眺める臆病者は……あ、ぁ貴方の方よっ!」


言った。言ってしまった。
破滅を飼い馴らしたようなこの邪悪相手に、たった一人で啖呵を切ってしまった。
味方なんて誰も居ないこの悪魔の城で、男の怒りを買う威勢で食って掛かってしまった。


771 : 侵略者DIO ◆qSXL3X4ics :2016/05/08(日) 14:50:03 YsX2X9KE0

瞬間、私の首に冷たい殺意が宛がわれる。
どろりと黒ずんだ、気持ちの悪い殺意だった。

死んだと、覚悟した。
当然だ。DIOにとってみれば私なんて、周りを飛び交う鬱陶しい小蠅と変わらない。
アイツがちょちょいと手を捻るだけで私は、あっという間に十を越える肉片へと変貌するに違いない。


「……メリー。アンタ、よりによってDIO様に何を言ったか分かってんの……!? 撤回しなさいよ!!」


ところが私の首筋を狙った殺意の正体はDIOでなく、蓮子の手から妖しく放たれる刀の光沢だった。
ある意味では親友の手によって死ぬのもまた、幸せなのかもしれない。そんな馬鹿げた考えすら頭をもたげるほど、私は死の一歩直前で命綱を握られている。
同時に現在の蓮子は、私の命なんかよりあの男の機嫌の方がよっぽど大事なんだなと痛感し、悔しくなる。妬ましくなる。悲しくなる。
それらは針を一周振り切って、幼稚な感情として私の認識へと新たに植えつけた。
即ち怒りだ。他の誰でもなく、宇佐見蓮子というただ一人の親友に対して私はあろうことか、段々とムカついてきたのだ。
友達だからこそ怒りを覚えるのだし、これまで幾度となく喧嘩くらい経験してきた。今更彼女の頬を思い切りひっぱたいたって誰も文句は言わないハズだ。叩かれた本人以外。

さて、私が最初に振り絞った勇気を親友の滑らかな頬にどうやってぶつけてやろうかと悩み始めた時、実に予想外な音がホールに鳴り響いた。



―――パチ  パチパチ…… パチパチパチパチ



DIOの拍手だ。稀代のオペラコンサートの終焉でも飾るような仰々しい拍手を、あの男は私に振り撒いていた。
唖然と見上げる私と蓮子を差し置き、DIOは椅子からすくっと立ち上がり(何であんな場所に椅子が?)口を開いた。

「成る程、メリー君……君は私が思っていたよりも、いや想像以上に強い女だ。
 正直な所、私や蓮子が手招きした所で君を“堕とせる”とも思っていなかったけどね。このDIOが二度も誘った人間は君を除けばあのポルナレフくらいだよ」

それは光栄ね、と余裕のある言葉遊びでもやりたかったけども、残念ながら今の私にそこまでの度胸は残されていない。
本心では笑いの止まらない膝を如何にして周りから隠すか、そればかりに集中している。

「……私は強くなんか、ないわ。ツェペリさんたちが居たからこそ、ようやく立ってる体を成せているだけだもの」

「強いとも。君は自分で想像している以上に強く……そして弱い存在だ。
 このオレを睨みつけるその瞳……懐かしい女を思い出す。オレの大嫌いな……聖女の瞳だ」

紡ぐDIOが一瞬だけ見せた心の内。
忘却の向こうに映った堪え難き記憶を歯噛みしながら望んでいるような瞳が、私のモノと衝突する。
しかしそれも一寸の光景。DIOはすぐに元の風格を纏い直し、再び私に薄ら笑みを傾けてきた。

「夢の中で君と会話した時にも感じたよ。君の纏う匂いはどこか神聖で、どこか気高く、どこか奔放で、どこか懐かしいと。
 そしてすぐに思った。メリーはまるで『聖女』だ。聖なる女は私にとって少々苦い思い出もある、ハッキリ言うと苦手な部類でね」

「そのわりには……勧誘熱心みたいだけど」

「“だからこそ”だよ。私は君が苦手だが、同時に好きでもある」

男の人と向き合って「好きだ」と言われるシチュエーションが、これほどまでに夢のないモノだとは思わなかった。
果たしてDIOは私の何をそんなに気に入ってくれているのか、逆に興味が出てきたくらい。

「物事は複合的だ。繋がっていて動機や目的が一つだけとは限らない。
 端的に言えば君の『能力』、そして『存在』そのものが私を惹きつけてくれる」

「能力……と、存在そのもの……?」


772 : 侵略者DIO ◆qSXL3X4ics :2016/05/08(日) 14:50:47 YsX2X9KE0




その『時』…………と認識する瞬間ですら遥か手遅れだと、体が発した危険信号。




私からすればその時、としか言えなかった。
その時、私の眼前からDIOが消えた。そして次に瞬いたその時、圧を放つプレッシャーは私の背後から感じたのだ。
何を言ってるのかわからないですって? 私自身が一番わからないんだもの、しょうがないわ。


「私にも自慢の『能力』はあるんだよ。……実際は自慢しようにも出来るわけがないので、そこが唯一の弱点なのだがね」


耳元で囁かれた悪魔の声に、私は振り向くことを含めた全ての動作を金縛りにされた。
瞬間移動、かと思ったし、それ以外の現象をこの数秒で説明できるほど私の頭は冷静ではなかった。
こういう物理学的な現象はどちらかと言えば蓮子の専攻学科なのだけど……当の蓮子すら、間近で目撃する圧力に声が出ないみたい。
突然襲った不可解現象(スタンド能力?)に固まっていると、次の瞬間DIOはもう元の階段上の定位置に収まり終わっていた。

「メリー君も私と同じのはずだ。君は自身の持つ能力をただの一度として、誇らしげに自慢したことがあるか? 羨ましがられたことがあるか?
 面接の時、『私はひとつ、面白い能力を持っているのですが』と面接官に披露したことがあるか?」

あるわけがない。動物は基本的に他者の『異能』を排除したがる習性を持つ。ヒトなんかはその最たる種族だ。
親友の蓮子にすら、私の瞳を『気持ちが悪い』と言われたことがあるし、私も蓮子の瞳を気持ち悪いと思っている。

「人は己の持つ『能力』が評価されないことに絶対的な嫌悪あるいは恐怖や苛立ちといった負の感情を覚える。
 逆を言えば、自らの固い器に閉じ込めてきた能力を抉じ開け評価してくれる他人こそが、その者にとって『信頼』出来る相手なのだと私は思う」

「……あ、貴方がその、私の『能力』を評価してくれるとでも……言うの!?」

「君は『空を翔べる』人間だ。言い換えるなら『天国まで翔べる』人間とも。
 『空を翔ぶ』とは、『勇気』と『可能性』を信じるという事だ。君はその能力と素質が備わっている」

DIOが語ってくれた言葉は、表面だけをなぞれば確かに魅力的にも聴こえた。一見すれば正論であり、人心掌握に長けた人物だということがよく分かる。
私の能力は先天性のものであり、何故自分にこんな能力が備わっているのかまるで知らない。
自分自身が持つ『謎』。最終的にはそれを解き明かしたくて、秘封倶楽部にも興味を持ったような節もある。

秘封倶楽部を引っ張っているのは蓮子だけど、彼女は私の能力を利用しようだなんて露ほども思ってない。
DIOと蓮子の決定的に違うのはそこだ。DIOは調子の良いことを語っておきながら、所詮私を利用することしか考えてない。
彼の誘いに乗るということは、私は自らの翼をもぎ取ることと同じだ。空を翔ぶのではなく、DIOによって空に墜とされるということ。
だから私は、彼の誘いを蹴ったんだもの。

「ふーむ利用、利用ねえ。確かに私は君を利用しようとも考えている。だが勘違いしてはいけない。
 人間社会とは他人を利用することで繁栄を繰り返してきた。部下や上司、友人や敵、時には家族すらも利用することで、人は上のステージに至れる。
 とやかく言うがメリー、私は君の『境目が見える能力』を本当に高く評価しているのだよ。君が私の元に来るなら、相応の見返りを与えてもいい。
 本来ならポルナレフや蓮子にやったように、君の額にも『肉の芽』を植えつけて強制的に従わせてもいいのだが、それを『しない』と言っているのだ」

肉の芽。
その言葉を聞くと今でも背筋が凍りつく。
邪悪が植えつけた芽によって、私の大切な人間が次々に不幸な目に遭わされてきているのだから。


773 : 侵略者DIO ◆qSXL3X4ics :2016/05/08(日) 14:51:38 YsX2X9KE0


「残念だけど、貴方にどれだけこの能力を評価されたって、私は貴方なんかの為に能力は使わない!」

「……それならば一つ。実を言えば私は、君の能力の『謎』について少しばかり『心当たり』があるのだよ。
 そして恐らく、そこにいる蓮子も気付き始めている。知らないのは本人の君だけさ」


え……と、私は息を呑んだ。
私ですら自分の謎については解答にまるで辿り着けないというのに、友達の蓮子だけでなく今日初めて会ったような男にまで真相に手を伸ばされている。
それが身の毛もよだつ得体の知れなさと同時に、これまでのDIOの言葉の中で一番私の興味を惹いた。

「蓮子……? ほ、本当なの? 私の能力について心当たりがあるって……」

「…………」

打って変わって、蓮子は私の質問にまるで答える素振りを見せなかった。
でもその沈黙は、イエスと変わらない。蓮子はきっと、何か知ってるんだ……!

「君の『能力』は、君の『存在』そのものと深く関わっていると私は推察している。
 どちらかと言えば私の一番の興味は能力よりもそこなのだ。君の『正体』……一体何者なんだ、君は?」

何者なんだと言われたって、私は私としか答えようがない。
でもこの世に蔓延る謎の答えというのは、案外近くに転がっていることも多い。
私は阿求から見せてもらった、スマホの写真記事の内容を思い出していた。


―――八雲、紫。私の姿にとてもよく似た、女性だった。


あの人と私に何らかの『繋がり』があるのだとしたら、それが私の正体と関係があるのかも。

彼女は誰? 私は、どうしてもそれが知りたい。


「―――教えてやるぞ。君のことを。そして彼女……『八雲紫』のことも」


やっぱり……!
DIOは八雲さんのことを既に知っているんだ……! 多分、私よりも『核心』に近い……!


「だが私が更なる核心に近づくには、時間と……君の助けが必要なのだ。
 再三言うが、私は君のことをとても面白い人材だと思っている。悪いようにはしない……」


それは本当に、決して悪いばかりの話ではなかったのかもしれない。
何せ長年求め続けた謎の『答え』を、片鱗とはいえ教えてくれると言うのだから。


「―――このDIOの物にならないか……? 君の内に眠る謎を、君と共に解いていこうじゃあないか」


でも、違う。そうじゃないのよ……!
だってこんなの、私たちが追い求めてきたミステリーとは程遠いじゃない!
すぐそこに近道が延びていたって。解答への方程式が目の前に落ちていたって。


私たち秘封倶楽部の本質とは結果じゃなく、謎を追い求めていく過程にこそ光り輝く答えがあるんだから!



「私は誰の物でもない! 私はマエリベリー! オカルトサークル秘封倶楽部所属の……世界の謎を解き明かす、たった二人の片割れよ!」



これが私の最後に叫ぶ、魂からの本心。
何回誘われようと、私の決意は変わらない! 私と蓮子だけの秘封倶楽部が、こんな邪悪なんかに侵略されてたまるもんか!


774 : 侵略者DIO ◆qSXL3X4ics :2016/05/08(日) 14:52:17 YsX2X9KE0
かつて人間は、空を飛ぶ為に飛行機を作り出した。
それならば、幻想の少女たちは? 彼女たちには科学で創った翼など必要としないらしい。
あのひまわり畑で阿求が教えてくれたことがある。幻想少女の心には皆、翼が生えているのだと。だから彼女らは自由に宙を飛行できるのだと。
現代っ子の私には皆目原理不明な論。そんなの全く理屈になっていないじゃないと、溢れ出る疑問を止める事は出来なかった。
だから、だ。目前の現象に理由を付属させなければ気が済まない私や蓮子、ついでに阿求のようなタイプは、だからこそ飛ぶことなど出来ない。
多くの人間はそういった根拠不明の『謎』を畏れてしまう。それは幻想郷も例外ではなく、そこにある人里の民も皆、空など飛べないらしい。
私はロマンを追う人間ではあるけど、それはあくまで人間という型に嵌まった種族の枠を乗り越えたりしない。

要するに、ただの人間が空など飛べるわけがない。ファンタジーやメルヘンじゃあないんだから。
どれだけ夢を見ていようが、心の奥底でこんな固定概念が渦巻いている限り、この世の全ては押し寄せる重力に負けてしまう。


―――私も空を翔びたい。

―――立ち呆けるばかりじゃあ、ダメ。邪悪の醸す『圧』という重力に負けてたら、蓮子に手を差し伸べることなんて……!



「私は翔ぶわ。空を飛ぶ為に、空を翔んでみせる」



これは宣戦布告。
DIOの掌には絶対に墜ちてなんかやらないという、私が選んだテイクオフ。
この操縦桿だけは、絶対に離さない。


「…………そう簡単に堕ちてはくれないか」


宣言を受けたDIOはボソリと小さく呟くと、蓮子へと首を動かして指を鳴らした。

「地下におあつらえ向きな『部屋』がある。ディエゴや青娥たちが帰るまで、とりあえず閉じ込めておけ」

「はい、DIO様」

指令を受けて頭を垂れる蓮子の姿は、さながら犬のようで。
それは私の知る彼女の姿からは最も遠く、見たくない光景そのもの。いわば悪夢。
夢と現は同じもの。私にとっては今こそが覚めたい現だ。

私の腕を強すぎるくらいに掴んで蓮子は、ホールを去ろうと何も言わずに歩き始めた。
抵抗は無駄だと分かっている。
最後に私は、憎むべき敵の不遜な顎を仰ぎながら親友に連れられた。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


775 : 侵略者DIO ◆qSXL3X4ics :2016/05/08(日) 14:52:49 YsX2X9KE0
『ディオ・ブランドー』
【昼】C-3 紅魔館 レミリア・スカーレットの寝室


見た目以上に、想像以上に芯の強い女だった。
ああいう手合いを見ると嫌でも思い出す。宿敵ジョナサン・ジョースターの妻となったエリナ・ペンドルトンを。
メリーの私を睨む瞳が、かつての『聖女』と被って見えた。だからあの女をも掌中に収めれば、私は過去の『マイナス』を帳消しに出来る……との打算あっての勧誘でもあった。

「過去の恐怖をモノにする……簡単ではない、か」

ふと口を突いて出た言葉は、私からすればひどく弱々しい気概だ。たかが女一人に惑わされるなど、私はあの頃から何も変わっていないな。
だがこれは『試練』に過ぎない。私に……このDIOに与えられた戦いだ。
承太郎は既に墜としたも同然。ジョースターの血筋はこれで計二人始末できたのだ。計画は順調。
私の好みとは到底言えない装飾のベッドに体を預け、これまでとこれからをゆっくり思案していく。


『生きる』ということは『欲する物を手に入れるということ』……そして『恐怖を克服すること』。


メリーは必ず私の物にする。大事をとって殺すべきかとも考えたが、それでは我が『仮説』の証明が不可能となってしまう。
私の仮説……それはメリーと八雲紫の密接な関係。ただのソックリさんにしてはあまりにも似通い過ぎている。
特に彼女らの『能力』……『境目を見る能力』と『境界を操る能力』は非常に酷似した中身なのだ。

例えば、メリーが時間を経て成長・進化した姿が八雲紫。
例えば、メリーが平行世界で冠している名や姿が八雲紫。
例えば、メリーが何らかの技術で複製された姿が八雲紫。


―――例えば、このDIOとディエゴのような存在。前述のどれとも違う可能性。同一人物であり、全く別人でもある存在。


仮設を並べ出すとキリがない。が、いずれにしろ残る鍵は『八雲紫』にあるだろう。
二人を逢わせてみるとしよう。きっと『何か』が起こるハズだ。

メリーはこの紅魔館から逃げ出そうとは考えない。少なくとも親友の蓮子を救い出すまでは。
だから蓮子に肉の芽を植え、間接的にメリーを茨で絡めた。今のメリーに私の呪縛をどうこう出来る力など無い。
メリーにも肉の芽を、とは私も考えたが……彼女に対してあの芽は使えない。
リスクが大きすぎるのだ。私がポルナレフに仕掛けた芽をひと目覗いただけで、彼女は私の意識に介入してきたのだから。
となればメリーを私の駒にするには、徐々に『壊したあと』でもイイだろう。
手を下すのは私でなく、友人・宇佐見蓮子。メリーは他の誰でもなく、唯一の親友から殻を剥がされていく。
これも筋書きとしては充分面白い。実に悪趣味なシナリオだがね。


さあ、翔べるものなら翔んでみろ。マエリベリー・ハーンよ。
駕籠に閉じ込められた片翼の小鳥が、如何にして自由を手にする? それを観察するのも、また一興。


―――私が……オレが目指す『天国』とは、翼が無い者には決して届くことのない理想郷なのだからな。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


776 : 侵略者DIO ◆qSXL3X4ics :2016/05/08(日) 14:53:19 YsX2X9KE0
【昼】C-3 紅魔館 レミリア・スカーレットの寝室

【DIO(ディオ・ブランドー)@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:精神疲労(小)、吸血(紫、霊夢)
[装備]:なし
[道具]:大統領のハンカチ@第7部、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに勝ち残り、頂点に立つ。
1:部下を使い、天国への道を目指す。
2:永きに渡るジョースターとの因縁に決着を付ける。承太郎はもう再起不能ッ!
3:神や大妖の強大な魂を3つ集める。
4:ディエゴたちの帰還を待ち、紫とメリーを邂逅させる。
5:ジョルノとはまたいずれ会うことになるだろう。ブチャラティ(名前は知らない)にも興味。
[備考]
※参戦時期はエジプト・カイロの街中で承太郎と対峙した直後です。
※停止時間は5→8秒前後に成長しました。霊夢の血を吸ったことで更に増えている可能性があります。
※星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※名簿上では「DIO(ディオ・ブランドー)」と表記されています。
※古明地こいし、チルノの経歴及び地霊殿や命蓮寺の住民、幻想郷についてより深く知りました。
 また幻想郷縁起により、多くの幻想郷の住民について知りました。
※自分の未来、プッチの未来について知りました。ジョジョ第6部参加者に関する詳細な情報も知りました。
※主催者が時間や異世界に干渉する能力を持っている可能性があると推測しています。
※恐竜の情報網により、参加者の『6時まで』の行動をおおよそ把握しました。
※八雲紫、博麗霊夢の血を吸ったことによりジョースターの肉体が少しなじみました。他にも身体への影響が出るかもしれません。


777 : 侵略者DIO ◆qSXL3X4ics :2016/05/08(日) 14:54:23 YsX2X9KE0
『マエリベリー・ハーン』
【昼】C-3 紅魔館 吸血鬼フランドール・スカーレットの部屋


一寸の光も通さないほどの、地下。
我らが種の怨敵こそあの天に輝く傲慢なる太陽なのだ、と訴えかけるような深い闇の通路を降りてきた。
浮遊感が私の器官を支配する。右も左も分からない、ただ分かるのは私と蓮子は遥か地下を墜ちているのだという感覚。
もしも私が翼を手に入れたのだとして、視界が真の闇に紛れてしまえば、それは無用の長物だ。
人は暗黒の中を翔ぶことは出来やしない。翼がその存在意義を主張するには、『光』が必要だ。
私の目の前全てを神々しく照らせるほどの、強力な耀きが。


『着いたみたいですご主人様〜。足元にお気を付けくださいませェ』

「ありがとヨーヨーマッ。さ、メリー入って」


蓮子に連れられ、館の地下の地下……世界の最低まで墜ちてきた私たち二人と、妙な緑色の生物。
ヨーヨーマッと呼ばれているそいつは、まるで蓮子の召使いが如く先導してきた。
この変なのは何者なんだろうとか、スタンドにしては妙に低姿勢で献身的だなとか、そんなことはどうでも良かった。

長い螺旋階段の先で大口を開けていた扉の更なる先には、もっと不思議な光景が照らし出されていたんだもの。

「なに、この部屋……? なんだか……」

「子供部屋みたいね。どこか欠落していて、狂気すら感じるわ」

着いた先には、おもちゃ箱でもひっくり返したような陽気の部屋。
小さな女の子が憧れるお嬢様部屋を、そのまま体現したみたいに飾り気のある彩の綺麗な世界だった。
そのわりに部屋は散らかっていて、成長を喪失した女の子が隔離されていたと言われれば信じてしまえる抽象感。
故に、あまり現実的には見えない。空想を描いたラクガキ帳、とでも言うべきかしら。
窮屈な部屋が醸し出す独特の密室さ加減は好きだけど、この部屋は何か得体の知れなさが沈殿している様で。
何となく……怖い。


「メリーはしばらくここで大人しくしてなさい。DIO様の勧誘に首を縦に振るっていうなら、喜んで出してあげるけど」

「蓮子……さっきDIOが言ってた、私の能力の謎に貴方にも心当たりがある、って話。……本当なの?」

「さあ?」

「もしかして八雲紫さんに会ったの……!? あの女の人は今どこにいるの!?」

「うるさいなあ……っ」


さっきまではそれどころじゃなかったけど、こうして改めて現実を叩き付けられると絶望が私を支配してくる。
宇佐見蓮子という人間は。
秘封倶楽部のもう一人の片割れである彼女は。


もう、ここには居ないのだという現実。


「蓮子ぉ……! 私たち、親友同士だったよね……? それが何でこんな……こんなのって、あんまりじゃない……っ!」


もう少しで嗚咽へと変わり果てそうな私の喉奥から吐き出された言葉は、蓮子の心には届かない。
ただただこちらを睨むだけの親友の肩に、無駄だと分かってながらもしがみ付く。
そうでもしないと、蓮子の心は本当にどこか遠い場所に堕ちて行っちゃうような気がして。
藁をも掴む気持ちで、ひたすら彼女を掴んで揺らした。声を掛け続けた。


778 : 侵略者DIO ◆qSXL3X4ics :2016/05/08(日) 14:55:55 YsX2X9KE0


「……前から思ってたんだけどメリーってさぁ、」


蓮子に似た声が、決して蓮子だと認めたくない声が、私の耳元のすぐ上から降りかかる。
聞きたくない。今の彼女の声なんて、聞きたくない。


「困ったことがあるとすぐ私に縋っちゃうところがあるよねぇ。打算も込みで、って言っちゃうと悪いけど」


でもこれは間違いなく、親友・宇佐見蓮子の声だった。


「私は貴方のそういう所も好きだったし、実際楽しかったわ。頼られてるみたいで」


ずっと一緒に活動してきた、大切な友達の…………冷えた声、だった。


「でも心の何処かで私は、満足してなかったんだと思う。今自分が居る場所は、本当に自分だけの場所なのか。もっと私に相応しい場所があるんじゃないのか、って」


蓮子。
その言葉は、偽り……?


「DIO様は、そんな風に独りで悩んでた私に新しい居場所を与えてくれた。あの方の為なら命だって惜しくはないと思えるわ」


それとも――――――本心?




「―――秘封倶楽部、もう解散しちゃおうよ。貴方も私と一緒に、DIO様の下で……」

「やめてよッ!!」




パシン。

乾いた音が木霊する。
衝動的に、蓮子の頬を叩いてしまった。
絶対に聞きたくなかった言葉に蓋するように、私はとうとう親友を拒絶した。
コレを受け入れてしまったら、私も蓮子と共に堕ち続ける。それだけはと、固く決断したはずなのに。


―――こんなにも心が痛むくらいなら、もういっそのこと…………


779 : 侵略者DIO ◆qSXL3X4ics :2016/05/08(日) 14:56:27 YsX2X9KE0

心がまた、揺れる。
でも、駄目。ここで私が恐怖に負けたら、ツェペリさんは何の為に死んだの?
孤独に堕ち続ける蓮子の手を、誰が掴むの?

折れてしまいそう。
負けてしまいそう。
傷付けてしまった蓮子に「ごめんね」と、謝ってしまいそう。

でも私が蓮子に謝るのは、今じゃない。
雨に打たれる砂のように、ポロポロと崩れ始めた秘封倶楽部が。
いつかまた、二人で一緒に立ち上げられるその時まで。


―――私は蓮子の手を、絶対に離さない。


『ご主人様、大丈夫ですか?』

「…………大丈夫、よ。メリーも、きっとすぐに分かってくれると思う。
 でも覚えておいて。もし貴方がこのままDIO様に楯突こうって考えを捨てないのなら……」


そして蓮子は、艶やかな指を私の顎に添えて囁いた。




「私が貴方を殺してあげる」




何よりも非情な言葉が鼓膜を破って、脳に反射する。
そう言って蓮子は部屋の入り口の壁に背中を預け、そのままストンと腰を落とした。
傍らには鈍く光る刀。あくまで私を監視するという役目を全うするだけの、人形。

人形だ、今の蓮子は。
こんな蓮子は蓮子じゃない。

私はまだ、『宇佐見蓮子』と再会を果たしてなんかいない。
蓮子が言ったとおりだ。私はこの期に及んで、どこまでも彼女に縋っていた。



(逢いたい。蓮子に、もう一度逢いたいよぉ…………っ!)



夢から覚めた子供の顔と、
夢を捨てきれない子供の顔とが、
宝石箱みたいな部屋の中で 静寂に埋もれた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


780 : 侵略者DIO ◆qSXL3X4ics :2016/05/08(日) 14:56:59 YsX2X9KE0
【昼】C-3 紅魔館 フランドール・スカーレットの部屋

【宇佐見蓮子@秘封倶楽部】
[状態]:疲労(小)、肉の芽の支配、メリーへの苛立ち
[装備]:アヌビス神@ジョジョ第3部、スタンドDISC「ヨーヨーマッ」@ジョジョ第6部
[道具]:針と糸@現地調達、基本支給品、食糧複数
[思考・状況]
基本行動方針:DIOの命令に従う。
1:メリーをこのまま閉じ込め、監視する。
[備考]
※参戦時期は少なくとも『卯酉東海道』の後です。
※ジョニィとは、ジャイロの名前(本名にあらず)の情報を共有しました。
※「星を見ただけで今の時間が分かり、月を見ただけで今居る場所が分かる程度の能力」は会場内でも効果を発揮します。
※アヌビス神の支配の上から、DIOの肉の芽の支配が上書きされています。
 現在アヌビス神は『咲夜のナイフ格闘』『止まった時の中で動く』『星の白金のパワーとスピード』『銀の戦車の剣術』を『憶えて』います。


【マエリベリー・ハーン@秘封倶楽部】
[状態]:精神消耗
[装備]:なし
[道具]:八雲紫の傘@東方妖々夢、星熊杯@東方地霊殿、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:蓮子と一緒に此処から脱出する。ツェペリさんの『勇気』と『可能性』を信じる生き方を受け継ぐ。
1:蓮子を見捨てない。
2:八雲紫に会いたい。
[備考]
※参戦時期は少なくとも『伊弉諾物質』の後です。
※『境目』が存在するものに対して不安定ながら入り込むことができます。
 その際、夢の世界で体験したことは全て現実の自分に返ってくるようです。
※ツェペリとジョナサン・ジョースター、ロバート・E・O・スピードワゴンの情報を共有しました。
※ツェペリとの時間軸の違いに気づきました。


781 : ◆qSXL3X4ics :2016/05/08(日) 14:58:12 YsX2X9KE0
これで「侵略者DIO」の投下を終了します。
ご指摘や感想などありましたらよろしくお願いします。


782 : ◆at2S1Rtf4A :2016/05/08(日) 18:23:03 EhqfoX2E0
投下乙です
やっぱりDIOには勝てなかったよ……とならずにホッとしております。ツェペリのおっさんありがとう。
だけど寝取ら蓮子に虐められるメリーは、その……新鮮で……下品なんですが……フフ……b悲しいですね、はい、悲しい。
そして真相に近づこうとするDIO様、取り乱さなきゃ威厳たっぷり。色々集めて何を始めるやらわからんけど楽しみだ。

>>775にある『仮設を並べるとキリがない。』は仮説の誤字でしょうか?


783 : 名無しさん :2016/05/08(日) 18:46:50 ZdNiytHYO
投下乙です

DIOに屈するくらいなら、泥水で溺れ死んだ方がマシ!
でも人形に堕ちた親友に責められるのは辛い、辛いよ


784 : 名無しさん :2016/05/10(火) 07:21:45 66bO6sro0
投下乙です
蓮子の本心?が妙にリアリティがあって悲しい
メリーがこれをどう乗り越えるのか楽しみ


785 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/05/11(水) 23:29:19 q6dRWfA20
DIO相手に人間賛歌を謳いおったわ、メリーさんは完全に主人公ポジションやね。
と思った矢先に、蓮子相手にシクシクと、今度はヒロインポジシャンを取りにきおったよ。
彼女はロワの中核になれそうというか、何かいい位置取りだね。


というか、文章上手いですね。
ライト兄弟からの私も空を飛びたいのくだりは思わず唸ってしまいました。
メリーの恐怖や勇気も読んでて、ちゃんとこっち伝わってきましたし、
うーん、何か悔しいです。


というわけで、東風谷早苗、稗田阿求、花京院典明
ジャン・ピエール・ポルナレフ、ジャイロ・ツェペリ
予約します。


786 : ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 19:41:48 3T27hZLg0
古明地こいし、カーズ、エシディシ、ワムウ、サンタナ
予約します


787 : ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 21:50:09 3T27hZLg0
投下します


788 : ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 21:52:32 3T27hZLg0



私は―――――古明地こいしは、夢を見ていた。



夢と言っても、ちっぽけなものだ。
小さなぬくもりを抱きしめ、身を任せている。
胸の内にある暖かな光に、その身を癒される。
ただそれだけの、ささやかな夢。
孤独な世界に佇む私が視る、一欠片の夢。


そんな夢でも、私は心地よかった。
何故なら、今の私の心はひび割れていたのだから。
繭から孵った蝶の羽根は、脆く壊されていたのだから。
だからこそ、この温もりが愛おしかった。
この痛みを癒してくれる光が、好きだった。


やさしい神父さまと出会って、穏やかな時間を過ごして。
それから、私は神父さまの友達と出会って。
その人は、死の凶器と共に私の背中を押して。
怖くてたまらなかったのに、流されてしまって。
私は、言われるがままに殺しに向かわされて。
様子がおかしかったチルノちゃんと一緒に、死を撒き散らしに向かって。
その時にはもう、私の心は疲れ切っていて。


そして私は。
チルノちゃんを見捨てて、『無意識』のうちに一人で逃げた。


私の心は、私でも気が付かないうちにひび割れていた。
これからどうすればいいのかも解らないくらいに、消耗していた。
そんな私は、ワムウおじさんと出会った。
『強さ』について教えてくれたワムウおじさんは、どこか優しいように見えた。
口数も少なくて、なんだか仏頂面だけど。
それでもおじさんは、出会ったばかりの私に語ってくれた。
そして、こんな私の傍に少しの間だけでも居てくれた。
だから私は、ワムウおじさんの傍らで眠りに着いたのだ。
独りぼっちは寂しかった。
彼の傍に居ると、少しだけ安心出来た


ワムウおじさんは言ってくれた。
『強さとは、その源になる信念がある』。
『強さ、信念は他人から与えられるものではない』って。
私には、私自身の信念が無いから流されるのだという。
強さを支えるモノが存在しないから、弱いままなのだという。


789 : ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 21:53:16 3T27hZLg0


その通りだと思った。
私の意思は空虚で、幼くて。
『強さ』なんて、少しも考えた事が無くて。
だからこそ、私は弱いんだ。
何も出来ずに翻弄されるだけなんだ。
此処に来て、私は自分の意思で何も成し得ていなかった。
空虚な私の『心』は、ただただ周囲に流される。


――――私は、本当に心を閉ざしているのか。


聖とDIOは、私の心の在処について問い掛けてきた。
心を閉ざしたはずなのに、私の心は幾度と無く振り回されていく。
無意識の存在になったはずなのに、私は苦しみ続けている。
そう思うと、二人の言う通りだったのかもしれない気がしてくる。
否、二人が正しかったんだろうと今は確信出来る。


私の心は、開かれている。
私の心は、空っぽなだけだ。
空虚だから誰にも読まれない。
空虚だから誰にも知られない。
それだけのことだった。


閉ざされた心なんて、思い込みに過ぎなかった。
本当に心を閉ざしているのなら、私はお姉ちゃんのような引き蘢りになっている筈なのだ。
他者を求めることも、仏の教えに救いを求めることもない筈だ。
なのに私は外へと向かい続けた。外界を求めた。
秦こころの異変においても、私は人々から注目される事に喜びを感じていた。
私の『無意識』は外を求めている、ということを初めて『意識』した。

そして私は、本当は心を閉ざせていなかったからこそ苦しんだ。
地霊殿の家族や、命蓮寺の皆への想い。
DIOへの恐怖。
チルノちゃんを見捨てた事への後悔。
自らの弱さへの嘆きと苦悩。
そして、強さへの仰望。
どれも確かな心があったからこそ抱くことが出来た感情なんだ。



今なら、はっきりと言える。
私の空虚な心は、確かに此処にあると。


.


790 : ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 21:53:49 3T27hZLg0

眠りに落ちてから、どれほどの時間が経ったのかも解らない。
数分か。数十分か。或いは、数時間か。
とにかく、誰かの声が聴こえてきた。
知らない男の人達の声が、何度も私の耳に入ってくる。



誰なんだろう。
どんな人達なのだろう。
眼を開けたら、全てが解る。
硝子の水晶玉の様な私の瞳が、その姿を映し出すのだから。


でも、目覚めたくなかった。
このまま眼を開けたら、二度と夢の世界から戻れなくなる様な気がしたから。
悪夢の世界に引き込まれる様な、そんな気がした。


だけど、私の意識は覚醒しつつある。
眠りの世界から解放されつつある。
じきに眼を覚ます事になってしまうのだろう。
私は、否応無しにそれを理解してしまった。



幻想に沈むような、安らかな一時。
血で血を拭う、残酷な殺し合い。
さあ、私の心が見ている『夢』はどっち?




◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆


791 : ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 21:54:54 3T27hZLg0
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆



遥か昔、生物の頂点に立つ種族が存在していた。
その一族は命を喰らい、取り込むことによって力を得ていた。
彼らは鳥と同じように空を駆け抜けることが出来た。
彼らは木と同じように呼吸をすることが出来た。
彼らは魚と同じように水の流れと一つになることが出来た。
この世のあらゆる生物を上回る特性を備えた、万物の霊長。
古代人から神や悪魔として崇められた、究極の生物。



それが『闇の一族』。



太陽を苦手とする彼らは地底での生活を余儀なくされた。
そして強大な力を持つが故に、無闇に世界へと干渉することを嫌った。
長命と力を備える彼らは、生命の歴史の裏側で静かに暮らす道を選んだのだ。
繁栄の道筋はなかった。
それでも彼らは、穏やかな生を送り続けていた。

しかし、そんな彼らの文明は滅びへと向かうことになる。
一人の『天才』とその『同志』が現れたからだ。

『天才』は一族を嘆いた。
進化と繁栄を投げ出し、不変を貫き、平穏という微温湯に浸かった彼らを嘆いたのだ。
太陽さえ克服すれば世界を支配できる力を備えているというのに。
それを「しようともしなかった」彼らに、『天才』は憤っていた。

故に『天才』は石仮面を作った。
石仮面は被った生物の脳を刺激し、更なる力を引き出す。
その代償により多くの命をエネルギーとして求めるようになる。
進化の代償に他者を犠牲とする–––『天才』は悪魔の道具を製作したのだ。
全ては太陽という弱点を克服する為に。
進化を拒絶した一族を次の段階へと移行させる為に。


だが、そんな『天才』を闇の一族は見過ごさなかった。
不変の掟を貫く一族は、『天才』の急進的な思想を危険視した。
一族は『天才』を恐れた!


一族の賢者達は議論の末に『天才』の抹殺を決定した。
秩序を重んじる彼らは、地球の生態系のバランスを崩壊させるであろう石仮面を否定したのだ。
『天才』は、闇の一族の敵として認識された。


792 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 21:56:02 3T27hZLg0



―――何故だ。
―――何故ヤツらはのうのうと生きていられる!
―――何故ヤツらはこうも腑抜けていられる!?
―――何故だ!何故克服したいと思わない!?
―――何故『進化』を求めないのだ!?



『天才』は怒りを抑えられなかった!
変化のない歴史を平気な顔で享受する彼らを容認することなど出来なかった!
何が不変だ!何が秩序だ!?
目指すべき果てがあるにも関わらず、進化を拒絶する!
これほどまでに愚かしいことがあるか!
『天才』の憤怒は激しく燃え滾っていた!

故に『天才』もまた、一族を拒絶した。
己を殺すべく差し向けられた一族の刺客達を、冷淡に見下した!
信じられるのは、ただ一人の『同志』のみ。
進化というステップに興味を示し、『天才』の思想に賛同した唯一の男。
『同志』は、『天才』と共に在った。


―――さて、逃げ出すなら今のうちだぞ?
―――逃げ出す?おいおい、冗談はよせ。俺はお前に着いていくのだからな。
―――貴様は何故そう言い切れる?
―――お前が面白いからだ。お前の理想に未来を感じたからだ。
―――その為なら一族を裏切ってでも構わないと言うのか?
―――当然だ。変わらぬ世界よりも、お前と共に進化の果てへと向かう方が余程楽しめそうだからな。
―――フッ、そうか。相変わらず不思議な男だな、貴様は。



二人の男は決意した。
たった二人で一族に立ち向かうことを。
迫り来る同族たちを根絶やしにすることを。

『天才』とその『同志』は、無数の同族達の姿をその目に焼き付けた。
背中合わせに立つ二人は、殺意を以って迫り来る同族達を見据えた。
彼らは『天才』を完全に滅ぼすべく差し向けられた戦士達。
世界の秩序を崩壊へと導く悪魔達を抹殺すべく、突き進む。

『天才』と『同志』の胸の内に恐怖はなかった。
あるのは不変を良しとし、進化を否定した闇の一族への憤怒。
そして、そんな在り方をのうのうと受け入れてきた彼らへの呆れ。
そんな彼らに対する恐れなど、一欠片も抱いていなかった。
先へ進むことを拒絶した彼らに負けるつもりなど、毛頭無かった。
故に二人は、戦う道を選んだ。




―――来るぞ。
―――ああ。
―――地獄の果てまで付き合ってもらうぞ、『エシディシ』。
―――当然だ、『カーズ』。



.


793 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 21:56:30 3T27hZLg0


『天才』とその『同志』―――カーズとエシディシは、一族を滅ぼした。
たった二人の『赤子』を除いて。
一族の生き残りだった『赤子』は戦士として育てられた。
カーズらの部下として、手足として戦うべく、彼らは鍛え上げられた。

片方の子供は豊かな才を発揮した。
数々の戦闘技術を飲み込み、それを瞬く間に己のものとした。
主人への忠義も備え、二人はその子供を『天才』として重宝した。

もう一方の子供は愚鈍の烙印を押された。
彼はカーズらを満足させる程の能力を身につけられなかった。
片方が才能豊かだったことも相まって、その子供はますます主人達に見放されていった。

故に彼らは、愚鈍な子供を捨て置いた。
石仮面をより強力にする『エイジャの赤石』を奪取する戦いに着いていけないと判断されたのだ。
闇の一族の一行は、更なる進化を求めてローマへと遠征したカーズ、エシディシ、ワムウ。
そして大陸に残され、原住民から神として祀られた『出来損ないの若造』に別れた。

しかし彼らは、
等しく波紋戦士によって討ち滅ぼされる運命にあった。
未来において、彼らはジョセフ・ジョースターという若き戦士との死闘によって倒されるのだ。
彼らは理想を追い求め、進化を渇望し、その果てに斃れていった。


だが、その運命は覆った。
バトル・ロワイアルという超級の異常によって、本来辿るべき歴史が崩壊したのだから。


そして、今。
このバトル・ロワイアルの舞台で。
柱の男達が、集結を果たす。
これは『悪夢』の始まりか。
それとも―――




◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆


794 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 21:57:02 3T27hZLg0
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆




「起きろ」



D-3、廃洋館内の薄暗いリビング。
眠りに落ちていた少女―――古明地こいしを目覚めさせたのは、苦痛だった。
ビクリと身体を震えさせたこいしは両目を見開く。
ゆっくりと覚醒しつつあった意識は強引に起こされる。
直後にこいしは、自らに襲いかかる痛みの正体に気づいた。
髪を掴まれ、無理矢理引っ張られているのだ。
呻くような苦痛の声をあげ、こいしはしがみついていたワムウの片足から引き剥がされる。
そのままこいしの身体は、乱暴に持ち上げられた。



「いた、痛い、やめ……ッ!」
「お目覚めの気分はどうだ?私のしもべが世話になったそうじゃあないか」



必死にもがくこいしの身体が宙に浮く。
しかし、彼女の髪を掴む男の手は離れない。
男―――カーズはこいしの髪を掴み、宙にぶら下げるように持ち上げている形だ。

離して、やめて、痛いよ。
喚くようなこいしの訴えはカーズに届かない。
まるでブンブンと煩いハエの羽音を耳にするかのように眉間に皺を寄せるのみだ。



―――この人は、誰なの?
―――何で酷いことをするの?



こいしは混乱する意識の中で、思考を行っていた。
どうしてこんなことになっているのか。
ワムウおじさんはどこへ行ったのか。
こいしが視線を動かすと、カーズの後ろに三人の影が見えることに気づく。
彼らはれっきとしたヒトの形をしている。
だというのに―――――その存在感は異常だった。
人間というより『柱』がそこに聳え立っているかのようだった。


まるで『神々』と相対しているかの如く。
幻想郷の神とは異なる、本物の絶対神と遭遇しているかの如く。
男達の気迫は、異様なまでにこいしの身に刺さっていた。


795 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 21:57:48 3T27hZLg0

一人は、浅黒い肌とフェイスペイントが特徴的な男。
カーズの所業を見物し、飄々とした態度でニヤついている。
一人は、半裸に近い衣装をした二本角の男。
何の表情も見せず、ただ黙々とカーズの所業を見守っている。
そして。


(おじさん……!)


最後の一人は、ワムウ。
彼もまた、他の男達と共にカーズの所業を見ていた。
こいしは怯えた様子でワムウに目配せする。
先程まで自分に優しくしてくれた彼に助けを求める。
しかし、ワムウからの反応はない。
こいしの仕打ちに、何の言葉も挟もうとしない。



「ワ、ワムウおじさ……あっ!」



ワムウに言葉で呼びかけようとした瞬間。
唐突に、こいしの身体が落下する。
カーズが髪を掴んでいた手を離したのだ。
尻餅をついたこいしの身体に痛みが走る。
こいしは目に涙を浮かべつつも何とか立ち上がろうとした。

だが、そんな彼女を見下ろすように。
カーズはゆっくりと立ちはだかる。



「今からお前の知っていることを洗いざらい話せ。
 この殺し合いの参加者のこと、お前の住む世界のこと、あの荒木に大田とかいう連中のこと。
 とにかく何でもいい。全て話してもらうぞ」



こいしを見下ろすカーズ。
彼の口から、威圧的に言葉が吐き出される。
その瞳は氷のように冷たく。
そして、悪魔のように無慈悲で。
それはこいしの内の恐怖を蘇らせるには十分なものだった。


796 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 21:58:23 3T27hZLg0



―――現実から目を逸らすな。『覚悟』することが幸福だぞ。
―――なぁ、古明地こいし。



数時間前、自分にそう囁きかけた男の顔が脳裏を過る。
甘い言葉で誘い、自分を戦いの舞台へと後押しした妖艶な吸血鬼―――DIO。
目の前のカーズに対する恐怖は、あの男と会話した時の様な感情に近かった。
否、それよりももっと直接的な恐怖か。
他人の心を懐柔し、掌握する様なDIOとは違う。
他者を徹底的に利用道具として看做し、容赦なく振る舞う――言うなれば『魔王』に対する恐怖のよう。


「話さなければ貴様を処分する事も考える。
 なぁ〜に、話せば良いだけのことよ。そうすれば貴様を協力者としてみなしてやろう」


不敵な笑みを浮かべるカーズの顔がこいしに近付く。
彼の顔には『余裕』が張り付いている。
目の前の少女を取るに足らない小娘として看做している。
それ故に彼は高圧的に振る舞う。
利用出来るか、出来ないか――――それだけの価値で古明地こいしを見極める。



「で、貴様の『答え』は?」



傲慢な態度で、カーズがこいしに問い掛ける。
こいしは僅かに身を震わせながらカーズを見上げていた。
自分に逃げ場が無いことを半ば理解していた。
周囲の男の人達は、誰も自分を助けようとしてくれない。
先程まで自分が傍に居ることを許してくれた、ワムウでさえも。

何故、こんなことになっているんだろう。
こいしは目の前の理不尽に対し、ただ戦くことしか出来なかった。
優しかったワムウは何も言ってくれない。
こいしの様子を知りながら、決して干渉しようとしない。
混乱と恐怖が頭の中で回り続ける。
彼女の心中に浮かぶのは、ワムウへの希望。
この男達がワムウの知り合いであることは間違い無い。
ならば、希望は彼だけなのだ。
彼が助けてくれることを祈るだけ。
故に彼女は、必死にワムウへと視線を向ける。


だが、やはり何も答えない。
相変わらず、何も言わない。
ワムウはそこに座するのみ。
こいしが苦痛に喘ごうと、助けを求めようと。
彼は何一つ反応を見せない。


こいしの胸の内に絶望が浮かび上がる。
どうしようもない状況への恐怖が更に膨れ上がる。
このまま彼の『頼み』を拒絶すれば、自分は殺されてしまうのだろう。
そのことはすぐに理解出来た。
男の傲慢な態度から、すぐに察することが出来た。

初めから自分に拒否権等無い。
拒否した時点で終わりなのだ。
故に、彼女は諦めた。
恐怖に屈し、妥協する道を選んだ。



「……解りました」



成す術の無い少女は、ぽつりと呟く。
古明地こいしは、目の前の魔王に語った。
この殺し合いで経験した始まりから顛末を。
この殺し合いで得た情報、知識を。
この殺し合いに巻き込まれた『知り合い』のことを。
この殺し合いの舞台の原型となった『幻想郷』のことを。


◆◆◆◆


797 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 21:59:00 3T27hZLg0
◆◆◆◆



こいしから情報を聞き出したカーズ。
その後彼はエシディシやワムウと共に情報を咀嚼する。
輪を作るように座り込み、三人は言葉を交わしていた。


「そのディオ・ブランドーという男が『紅魔館』とやらに?」
「ああ、一瞬だが私は見た。金色の衣服に身を包んだ金髪の男を!
 あのこいしとやらが語った外見の情報と一致している」


エシディシの問い掛けに対し、カーズは忌々しげに呟く。
あの悪魔の館での戦いに割り込み、一瞬で自分を叩き出した男。
取るに足らない吸血鬼でありながら自分を一蹴した忌々しい若造。
恐らくあの男がディオ・ブランドーだ。
古明地こいしの語った情報の中に、彼に関する事柄があった。
外見的特徴に加え、吸血鬼であるということも一致している。
石仮面を生み出した男であり、数々の吸血鬼を目にしてきたカーズは一瞬の交錯でDIOが吸血鬼であることも見抜いていた。


「そのディオ・ブランドーとやらもスタンドという能力を用いていた、と」
「その通りだ、ワムウ。それにお前が戦ったジョリーンやマリサ、そしてヤツが戦ったというブチャラティにオクヤスとやら、そしてドッピオ…。
 いずれも奇妙なビジョンを用いて戦っていたらしい。この殺し合い、どうやら想像以上に『スタンド使い』とやらが存在するらしいな」
「カーズよ、古明地こいしの話によれば『幻想郷』とやらの住人も大勢参加しているのだろう?
 スタンド使いと幻想郷の住人の殺し合いならまだ話は解るが、そうでない者もいるのが奇妙だ」
「ああ、そのどちらにも該当しない我々のような『はぐれもの』もいるからな。そういった者達への救済措置がDISCなのかもしれん」


カーズらは互いの情報を整理し、考察を行う。
彼らはこの殺し合いで生き残ることを目指しているものの、未だその手段は見つかっていない。
柱の一族はいわば三位一体。あの主催者共の掌の上で踊らされ、潰し合うなどもってのほかだ。
故に彼らは考察を行い、少しでもこの殺し合いに関するヒントを得ようとした。
殺し合いでどう立ち回るべきか。頭部爆破の原理は何か。参加者にどんな法則があるのか。それを踏まえた主催者の目的は何か。
自分達にとって有利になる情報があるのなら何でも良かった。

そうして情報整理と考察を行った結果、彼らはあることに気付く。
この殺し合いには『スタンド使い』と思われる者が複数人存在するということだ。
カーズが遭遇したディオ・ブランドーに恐竜の男、そしてDISCを得た岡崎夢美とパチュリー・ノーレッジ。
ワムウが遭遇したジョリーンとマリサ。
サンタナが遭遇したブチャラティにオクヤス、ドッピオ。
そして古明地こいしが遭遇したとされるエンリコ・プッチとヴァニラ・アイス、それにジョニィ・ジョースター。
エシディシのみが未だスタンド使いとの接触を果たしていないが、こうして並べただけでも多数存在することが解る。


798 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 21:59:52 3T27hZLg0

「カーズ様、古明地こいしの情報によればDISCとやらはエンリコ・プッチという神父も用いていたと。
 エンリコ・プッチは主催者と何らかの関係を持っているのかもしれませぬ」
「可能性はあるが、どうも妙に思う。そいつが主催者の手先であるというのならば、殺し合いの促進の為に動くのが道理だ。
 もしそいつが本当に主催者が用意した駒であるのならば、目的はゲームの完遂であるはずなのだからな。
 だが、そのプッチとやらはどうだ?古明地こいしに何ら危害を加えず、一参加者であるディオ・ブランドーの為に戦ってたらしいじゃあないか」


ワムウの推測に、カーズは否定的な見解を述べる。
こいしの言によればプッチは彼女やDIOと温厚に会話を交わし、剰えDIOの為にジョースターと戦ったというのだ。
もしプッチが主催者の一味だとして、一部の参加者に個人的な肩入れをすることが有り得るのか。
答えは否だ。それでは『全員で殺し合い、ただ一人のみが生き残れる』というバトル・ロワイアルの意義そのものが覆されるからだ。
そんな出来レースをするくらいなら、初めから殺し合わせる意味など無いのだ。
恐らくプッチはただの参加者に過ぎない。


「ワムウよ、我々の『時間軸の違い』に関しては覚えているな」
「無論にございます。カーズ様とこのワムウ、それにエシディシ様はそれぞれ時間の認識が異なっておられると…」
「あの小娘が目覚める前に言っていた話か?ワムウは赤石の行方を探している一ヶ月の最中、
 俺はエア・サプレーナ島に到着した直後、そしてカーズはワムウが死んだ直後…」
「その通り。それにワムウは確かに『シーザー・アントニオ・ツェペリ』の死を目の当たりにしている。
 にも拘らずヤツはこの殺し合いに参加者として招かれ、そして私と戦った……。
 死者蘇生の可能性も有り得るが、それぞれの時間軸のズレを省みるに主催者どもは『時空に干渉する力を持っている』と考えた方が自然だ」


カーズはワムウとエシディシとの情報交換でそれを改めて確信した。
やはりそれぞれが認識している時間軸がズレているのだ。
主催者が時空を超える能力を持っている可能性は限りなく大きいと認識したのだ。
しかし、だとすれば元の世界はどうなっているのか?
本来の時間軸から外れた者達はどうなっているのか?
無論だが、この中で最も未来に生きているカーズは『過去にワムウやエシディシが忽然と失踪した』等という経験をしたことは無い。
エシディシはエア・サプレーナ島でJOJOに敗北し、命がけで赤石を配送した後に死亡した。
ワムウもまたJOJOと決闘し、ヤツの奇策の前に倒れた。
彼らが突然消えたことなど、一度たりとも無かった。

ならば、此処に居る『赤石を探す一ヶ月の間に殺し合いに招かれたワムウ』と『エア・サプレーナ島で波紋戦士を殺害した直後に殺し合いに招かれたエシディシ』とは何なのか?
恐らくは平行世界(パラレルワールド)の概念によるものだろう。
人間の書物で見たことがあるが、この世界の時空は決して一つではないらしい。
可能性の数だけ世界は分岐し、無数に存在するそうだ。
主催者が時空に干渉する能力を持っているのならば、数多の平行世界に接触することも出来るのではないか。
そうなれば時間軸のズレと元の世界での状況に関する説明はつく。

DISCに関してもそうだ。
参加者に支給されているDISCは、別次元から呼び寄せられたプッチのスタンドによるものではないか。
平行世界の理論が通れば、『参加者のエンリコ・プッチ』と『主催陣営のエンリコ・プッチ』という二人の人間が存在することも有り得ぬ話ではない。
あるいはプッチのスタンドによって生み出されたDISCを『時空を超える能力』によって直接回収したという可能性もある。
いずれにせよ『参加者』のプッチと会場に支給されているDISCは無関係である、ということの証明には成り得る。


799 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 22:00:38 3T27hZLg0

「主催者共が時空を超える力を持っている可能性は高い。しかし、何故幻想郷の者達まで巻き込んだのか。
 そしてスタンド使いのみならず何故我々まで巻き込まれているのか、その点に関しては謎が多いな」
「そのことだが、カーズよ。名簿は確認しているな」
「無論だ。90名の参加者の名が羅列されていた」
「それを見て奇妙だとは思わなかったか?」
「……ああ。名簿の並び方に規則性が無いと思っていた」
「俺も最初はそう思っていた。だが、名簿にはあるルールがあったのだ」


エシディシの思わぬ言葉にカーズが耳を傾ける。
直後にエシディシはカーズから譲渡されたナズーリンのデイパックを手に取り、参加者名簿を取り出す。
そして彼は名簿を指差し、言葉を続けた。


「ジョナサン・ジョースター、ジョセフ・ジョースター、空条承太郎、東方仗助、ジョルノ・ジョバァーナ、空条徐倫、ジョニィ・ジョースター…」
「名簿に記載されている名前か。思えば『JO』の発音が付く参加者が多かったが…」
「そうだ、あのジョセフ・ジョースターと同じように『ジョジョ』と呼べる参加者が複数人存在する!
 そして名簿をよく確認してみろ。『ジョナサン・ジョースター』以降の参加者は数人程度の間隔で『ジョジョ』と呼べる名が載せられている。
 まるで『ジョジョ』でグループが区切られているかのようにな」


そのことを指摘され、ほうと感心するようにカーズが呟く。
言われてみればその通りだとカーズは考えた。
『ジョナサン・ジョースター』という名前から、数人の名を挟んで『ジョセフ・ジョースター』の名が来ている。
そしてそこからシーザーやリサリサ、柱の一族と言った面々を挟んでから『空条承太郎』の名が記載されている。
空『条承』太郎。東方『仗助』。『ジョ』ルノ・『ジョ』バァーナ。空『条徐』倫。
ジョースターという姓以外にもジョジョと読める名は複数存在しているのだ。
漢字といった東洋の知識に対する関心が薄いカーズは『空条』等と言った名に気付きはしていたものの、興味は抱いてはいなかった。
孫子の兵法を知っていたように、東洋の文化にも精通するエシディシだからこそ気付けたことだ。

カーズは高い知能を持つものの、駆け引きや閃きにおいても万能という訳ではない。
彼は石仮面による進化の理論、そして赤石による石仮面の強化を提唱した、どちらかといえば研究者に近いタイプだ。
その点を補うのは機転や戦術を得意とし、かつ好奇心も旺盛な参謀・エシディシである。
カーズが関心を抱かない、あるいは気付かぬ部分に目をつけ、それを指摘する。
それ故にカーズはエシディシに信頼を置き、そして感心する。
自らの欠点となる部分を補い、的確に補佐をこなす彼を同志としても参謀としても重宝しているのだ。


「我々はジョセフ・ジョースターと関わっている。古明地こいしと同行していたエンリコ・プッチもジョースターを知っていた…。
 成る程、つまりこの殺し合いは『ジョジョとそれに関連する者達』と『幻想郷の住人』を中心に集められている可能性が高いというワケか」


そう考えると合点が付くとカーズは思考する。
ジョセフ・ジョースターにシーザーやリサリサといった波紋一族、あのシュトロハイムという軍人、そして柱の男達の名。
その名に続いて空条承太郎の名が記載され、複数人の名を載せてから再びジョジョと思わしき者の名が記載される。
つまり少なくとも、この名簿においてジョナサン以降の名は『グループ』によって分けられているのだろう。
ジョジョという名を持つ者とそれに関わった者達がそれぞれ分けられ、名簿に記載されているのだ。
そして残る名簿の半分は『幻想郷の住人』が殆どである、ということも古明地こいしへの尋問で発覚している。
このことからバトル・ロワイアルの参加者は『ジョジョ』と『幻想郷』で大まかに分けられていると推測出来るのだ。


800 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 22:01:16 3T27hZLg0

荒木飛呂彦と太田順也。
この事態の黒幕である二人の男が『ジョジョ』と『幻想郷』を意図的に集めたのは確実だろう。
ただの道楽でこのような大掛かりなゲームを催すとは思えない。
このゲームには何か意味があるはずなのだ。
相反する二つの要素を引き合わせ、そして殺し合わせるに至った大きな要因が。

バトル・ロワイアルの真相。
カーズはそこにゲーム脱出の為の糸口があると推測した。
90名の参加者を意のままに呼び寄せる強大な力。
何の仕掛けも施さずに参加者の生殺与奪を支配する能力。
認めたくはないが、単純な『力』においては奴らが上回っている。
そう認識したが故に、カーズらは真っ向からの反抗よりも謎を解き明かすことを選んだのだ。


「現状厄介なのは、ディオ・ブランドーとその一味でしょうな」
「ああ。古明地こいしの言葉によれば、奴は他人を掌握することに長けている。
 こいしにチルノとやらは奴の言われるがままに戦いへと駆り出されたと言うのだからな。
 そして、あの館を取り巻く恐竜共……DIOはあの後に恐竜の男と共闘、ないしは懐柔した可能性が高い」


殺し合いからの脱出において、厄介なのは『集団』だ。
勝ち残る為に徒党を組んで他の参加者を叩き潰し、最後に長だけが都合良く生き残る。
普通ならば長が最終的に袋叩きに遭う危険性もあるが、DIOという男は一筋縄では行かないだろう。
曰く、こいしが語ったチルノという少女は『人格が変わったかのようにDIOへ忠誠を誓い始めた』というのだから。
他人を支配する術を持ち、かつ他の参加者に危害を加えんとするDIOの一味は徹底的に潰す必要がある。

それにカーズはもう一つ懸念があった。
ワムウが交戦したとされる『霊烏路 空』という少女である。
太陽の熱を自在に操る能力を持つ地獄鴉とのことだ。
ワムウはその名や出自を知らなかったが、古明地こいしから得た情報との擦り合わせで彼女が空であることが確定した。
こいしは地霊殿の住民であり、空は姉のさとりのペットなのだ。知らぬはずが無かった。
太陽の力を行使する――――それはまさしく、柱の一族にとっての天敵足り得る存在。
サンタナが語っていたジョナサンといった波紋戦士共々、特に警戒すべき参加者と言えるだろう。
カーズはワムウらにそう語る。

とはいえ、最も警戒すべきはDIOという認識こそが一番大きい。
更に勢力を伸ばし、他の参加者を潰しに掛かってくれば間違い無く脅威となるだろう。
奴らは潰さなければならない。
その勢いを削がねばならない。


「さて、古明地こいし。そこで貴様の仕事というワケだ」


唐突にカーズが振り返り、そう呼びかける。
こいしの傍に立っていたサンタナはカーズへと視線を向ける。
彼はカーズに命じられ、他の三人が考察を交わす中で古明地こいしを見張っていたのだ。
そして――――部屋の隅で縮こまっていたこいしはビクリと震え、カーズを見た。


◆◆◆◆


801 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 22:01:49 3T27hZLg0
◆◆◆◆


どうしてこんなことになったんだろう。
部屋の片隅で震えながら、私はそんなことを思い続けていた。
今の私は、古明地こいしは翻弄されるだけの弱者だった。

『サンタナ』と呼ばれた人は、私の傍で黙って立っている。
きっと見張りという訳だろう。
私が下手な行動をすれば食らい付いてくる、番犬の役割。
無言で佇む彼の姿でさえ、今の私には恐ろしく映る。

思えば、DIOに後押しされたのが全ての始まりだった。
人を殺す為の武器を持たされて、私は神父様と共にジョセフ・ジョースターを殺しに向かった。
その途中で明らかに様子がおかしかったチルノちゃんとも出会った。
チルノちゃんは普段とは全然違ってて、私にも高圧的で、誰かを殺すことに何の躊躇も無くて。
そして、DIOの部下らしいヴァニラ・アイスという人からも殺しを命じられた。
ジョニィ・ジョースターという人を騙し討ちで殺す為に、私達は否応無しに向かわされた。
その結果、チルノちゃんは命を落とした。
最後までDIOの為に戦って、死んだ。
私は怯えて、無意識のうちに逃げ出して。
そしてようやく、ここで腰を落ち着かせていた。
ワムウおじさんという優しい人と会って、やっと静かな時間を過ごせると思っていた。

だというのに、今はどうか。
カーズという人に乱暴に起こされてから、私は怯えるばかりだ。
あの人は冷たい目で私を見下していた。
利用価値があるかどうか、きっとそんな意識で私を見極めていた。
怖かった。恐ろしくて仕方無かった。
幻想郷では全く味わったことのない感情だった。
冷徹で、残酷で、そして無慈悲な瞳の前に、私は戦くしか無かった。

だから私は、全てを話してしまった。
この殺し合いで経験した出来事について。
ここまでで出会ってきた、あるいは知っている参加者について。
幻想郷という世界について。
お姉ちゃんを始めとする、私の家族について。
聖たち、命蓮寺の人達について。
カーズに徹底的に絞り出されて、私は全部話すしか無かった。
我が身恋しさに、家族や寺の仲間のことまで語ってしまった。
この胸の痛みよりも、自分に迫る恐怖に屈してしまったから。


どこで間違えてしまったんだろう。
なんでこうなってしまったんだろう。
私が何か悪いことをしたのだろうか。
頭の中で延々と自問自答を繰り返して、震え続ける。


802 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 22:02:21 3T27hZLg0

薄暗い部屋の奥で、ワムウおじさん達は三人で何か話し合っている。
幻想郷やジョースターと言った言葉が僅かに聴こえてくる。
だが、内容はよく解らない。
何かについて、話し合っている――その程度の認識しか出来なかった。

でも、その途中で『霊烏路 空』の名前が挙がったことは解った。
おくうについて、何を話し合っているんだろう。
カーズに尋問された時、ワムウおじさんがおくうと戦ったことが発覚した。
何でもおくうの力はおじさん達にとって危険らしくて。
ワムウおじさん以外のみんなが警戒の表情を浮かべていて。
とにかく、あの人達にとっておくうが邪魔な存在だっていうことは何となく理解出来た。
だからこそ、あの人達がおくうの話題を出しているのが怖い。


おくうに危害が加えられるのが怖い?
それとも―――――『私のせいで』おくうが傷付くのが怖い?
わからない。
自分が何故恐怖しているのか、それさえもわからない。



「さて、古明地こいし。そこで貴様の仕事というワケだ」



そして、カーズは突然私に声を掛けてきた。
ゆっくりと立ち上がったカーズは、私の方へと歩み寄ってくる。


一歩一歩、微かな足音が。
私に迫ってきて。
身体の震えが、大きくなる。



「な、なんですか……?」
「貴様はディオ・ブランドーから仲間として看做されていたのだろう?
 そこでお前には紅魔館に向かってもらいたいのだ」



腕を組み、私を見下ろしながらカーズはそう言ってくる。
――――ああ、そう言うことか。
何が言いたいのか、私は察してしまった。



「ヤツに従うフリをし、隙を突いて殺せ。無理なら情報を探るだけでもいい。
 貴様が奴の『仲間』であるというのならば、難しい話ではないだろう?」


803 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 22:02:59 3T27hZLg0


そう、つまり密偵。
味方のふりをしてDIOを暗殺し、始末する。
あるいは彼の情報を探り、カーズらに伝える。
私に命じられたのは、そんな役割だった。
やっぱり、そうか。
カーズ達は、私に利用価値を見出した。
そして、『使う』ことを選んだ。


「私に、そんなこと、できな……」
「従わなければどうなると思う?貴様の悪評を流すことも構わんぞ。
 古明地こいしはDIOに魂を売った者であると」


私の言葉を遮るように、カーズはそう伝えてきた。
初めから拒否権などなかった。
私に逆らう権利など、与えられるはずが無かった。
カーズを裏切れば、私は終わりだ。
でも、DIOを裏切って――――未来があるのか。
私にDIOが殺せるのか。
殺せたとして、その後私はどうなるのか。
ヴァニラ・アイスのようなDIOの一味に追われる身となるのではないか。


「あるいはこういう手もある。
 従わなければ―――――貴様の『家族』を探し出し、血祭りに上げる」



ゾクリと、身の毛がよだった。
私の脳裏に過ったのは、お姉ちゃんや聖がカーズらに粛正される様。
あの最初の場所で始末された秋の神様みたいに。
ゴミのように殺され、捨てられる家族の姿。
それが私の脳内に浮かび上がったのだ。



――――――君はまさか…一欠片の勇気も振り絞らず、一滴の血も流さずに、この殺し合いを生き残れるとでも…思っているのかい?



幻聴の様な言葉が、頭の中で響いてくる。
私に囁く様なDIOの言葉が、頭の中で反響する。
勇気を振り絞らなければ。
一滴の血を流す覚悟が無ければ。
この殺し合いで生き残れることなんて、不可能だ。
DIOの言う通りだと思った。
そんな勇気すらもないから、私は何も出来ないんだと思った。


あの言葉は、正しかった。
でも、DIOは。
あの人は、本当に正しかったの?


804 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 22:03:52 3T27hZLg0

DIOの言葉に従えば皆が『天国』へと行ける。
彼はそう言っていたし、神父様もそう語っていた。
でも、本当にそうだったの?
チルノちゃんはDIOと出会っておかしくなっていた。
いつもとは全く違ってて、文字通り氷のように冷たくなっていた。
DIOに従って、自分を失ったあの姿が『幸せ』なのか。
本当にあれが、チルノちゃんなのか。


目的の為に平然と他人を蹴落とそうとするチルノちゃん、神父様。
彼らの姿を思い返して、それでも本当に『DIOの天国は素敵』と言い切れるのか。


今のカーズは、着飾らないDIOなのだと思う。
この人と出会って、私はようやくDIOの本質が解ったんだと思う。
狡猾で、冷酷で、他人を利用することを何とも思っていない。
カーズも、DIOも、結局根っこの在り方は同じ。


DIOは、『天国』のために他人を踏み台にしている。
カーズは、生き残るために他人を踏み台にしている。
それだけの違いでしかなかった。


私は、弱いから。
弱かったから、彼らに流されるのだろう。
強くないから、怯えることしか出来ないのだろう。



―――――強さ、信念は他人から与えられるものではない。
―――――精々考えるのだな、答えを見つけるまで。




ワムウおじさんの言葉が、脳裏を過った。
これまでの私の経緯を聞いて、私を激励してくれた言葉。
全ては私が弱かったから。
強さを持たないから、こうなった。
強さとは信念によって得られるもの。
強さとは自分自身で見つけ出すもの。
それを考えて、貫き通せば、私も強くなれる。
ワムウおじさんの理念は、私の胸を打っていた。

カーズという人がワムウおじさんよりも偉い人だと言うのは薄々理解している。
ワムウおじさんは、私の様子を知った上で何も口を挟もうとしない。
それはきっと、ワムウおじさんが意地悪だからじゃない。
あの人に従うことが、ワムウおじさんにとっての信念だから。
そんな気がした。

それを解っていても、私はこの人が―――カーズが許せなかった。
自分の為の他の誰かを平気で踏みつけるこの人を、許容出来なかった。
私の家族を傷付けようとするこの人を、受け入れられなかった。


805 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 22:04:41 3T27hZLg0
DIOも、この人―――カーズと同じなんだと思う。
甘い言葉を囁いて、他人をいいように使っていたに過ぎなかった。
神父様も、チルノちゃんも、ヴァニラ・アイスも、みんなおかしかった。
DIOに関わった人達は、みんな彼の闇に呑まれていた。
だからこそ、思う。



あんな人達とは、解り合えないんだ。
悪い人達とは、解り合っちゃいけないんだ。




聖の教えを思い浮かべて、私は目を瞑る。
人も妖怪も、皆平等であり。
彼らは等しく解り合えるのだと。
私は、そんな聖の言葉が好きだった。
誰も差別をせず、誰も疎まず、皆が同じように解り合える。
聖の優しい教えが、私は好きだった。

私は、聖の説法が好きだ。
だけど。
優しい言葉だけじゃ、壁は乗り越えられない。
優しさでは、悪魔は倒せない。
殺し合いにおいては、尚更だ。



―――――もう一度考えてみろ、お前にとっての強さを。他人のものではない自分自身の信念を。



再び思い浮かぶ、ワムウおじさんの言葉。
私の強さは、何?
私の信念は、何?
最初に思い浮かんだのは、家族や仲間のこと。

お姉ちゃん。
おくう。
お燐。
聖。
星。
ナズーリン。
響子。
ぬえ。

脳裏に過る、この殺し合いに巻き込まれた者の名。
それは地霊殿で共に過ごしてきた家族の名。
そして、命蓮寺で出会った仲間の名だ。


806 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 22:05:12 3T27hZLg0

私に願いがあるとすれば。
それは、みんなと楽しく過ごせること。
みんなと一緒に居られること。
そして――――――みんなが傷付けられないこと。
それが私の、想い。
ちっぽけで、ありふれていて。
でも、私が真っ先に抱いた、確かな想いだ。



――――ワムウおじさん、ごめんなさい。



心の中で謝辞を述べた私は、『覚悟』を決める。
覚悟しなければ、前へは進めない。
DIOの言う通りだ。
だから私は、あの人に『歯向かう』。
信念の無いから、弱い。
ワムウおじさんの言う通りだ。
だから私は、『強くなる』。
例えワムウおじさんの敵になるとしても。
それが私が一番、やりたいことだから。
私がやらなきゃいけないことだから。
だから、震えて戦くだけじゃ何も始まらない。




―――――ねえ、みんな。
―――――勇気を、ちょうだい。




祈るように、私は心中で呟いた。
そして、立ち上がって。
駆け出して。
懐から、『ソレ』を取り出した。



◆◆◆◆


807 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 22:05:51 3T27hZLg0
◆◆◆◆




一瞬の出来事だった。



エシディシとワムウが即座に立ち上がり。
サンタナが攻撃を放とうとし。
そして、カーズはただ無言で見下ろしていた。

カーズの足下に、こいしが立つ。
肩を揺らし、呼吸を整えながら、その場に立ち尽くす。
彼女の手には、一振りのナイフが握られていた。
ナランチャのナイフ――――こいしの最初の支給品だ。
その刃は、カーズの右足に突き刺さっていた。
不意を突かれ、肉体の軟化が遅れた足から紅い雫が滴り落ちる。

これがこいしの答えだった。
カーズに従わず、DIOにも従わず。
これから家族を傷付けるかもしれないカーズに、叛逆の一太刀を喰らわせる。
そしてその刃は、確かにカーズを傷付けた。



「……何の真似だ?」



カーズはそう一言、そう呟いた。
足を貫く痛みに構うことも無く。
血の滴る傷を厭わず。
冷酷な瞳で、こいしを見下ろしていた。

ブジュル、ブジュルと、肉が蠢く様な音が響く。
傷口から『血肉』が溢れ出している。
柱の男の再生能力を発揮し、傷口を塞がんとしているのだ。
ナイフの刃に阻害されて治癒出来ていないものの、一度刃が抜かれればすぐにでも傷口は塞がるだろう。

彼は十数万年の時を生きる上位種。
吸血鬼をも超える、絶対の霊長。
数多の戦いを乗り越え、傷を負ってきた戦士。
波紋戦士との闘争を行い、死線を潜ってきた怪物。
そんな彼が、この程度の刺傷で苦しめられるはずが無かった。

故にこいしは、容易くあしらわれることとなる。
ほんの一瞬の一振りによって。
カーズは追い払うように右足を振るい、こいしを軽く吹き飛ばしたのだ。


808 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 22:06:31 3T27hZLg0


「うぁっ……!」


ナイフを手放し、吹き飛ばされたこいし。
その身体が部屋の壁に容易く叩き付けられる。
床に落下し、ずるずると壁に寄り掛かるように倒れ込む。

すぐに立ち上がろうとした。
だが、それは叶わなかった。
何故ならば。



「―――――あああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!!!?」



こいしの右目を、ナイフが貫いていたからだ。



「この小娘が……調子に乗りやがってッ!!」


それはカーズが投擲したナイフだった。
カーズはこいしによって右足に突き立てられたナイフを引き抜き、こいし目掛けて投げつけたのだ。
凄まじい勢いで投げられたナイフはこいしの右目に突き刺さり、彼女の絶叫を轟かせる。

のたうち回るこいしにカーズが迫る。
彼の蹴りが、こいしの腹部に叩き付けられる。
ゲホッ、ガハッ、と苦しむように咳き込む。
再び、こいしの腹部に蹴りが叩き付けられる。
こいしの口から、赤黒い血反吐が吐き出される。
リビングの床とカーズの足を、赤色が汚した。

カーズの足についた血は、みるみると取り込まれていく。
細胞全体から消化液を放ち、生命を喰らう。
それこそが柱の男の特徴であり、能力なのだ。
故にこの程度の汚れは容易く『吸収出来る』。


「貴様程度の小娘がこのオレを殺そうとしたのか!ナメるなよガキがッ!!
 貴様ごときのガキに慈悲を与えてやったのが間違いだったわ!!」


何度も何度も。
何度も何度も何度も何度も。
カーズの蹴りが、こいしの腹に突き刺さる。
殺すのは容易い。だが、そうはしない。
カーズはこいしを嬲っていたのだから。
自らの機嫌を損ねた小娘を徹底的にいたぶった。
故にすぐには殺さず、加減をしながら蹴っていたのだ。


809 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 22:07:36 3T27hZLg0

こいしの口から、幾度と無く苦悶の声が漏れ出る。
苦痛と共に吐き出された赤黒い液体が何度も床を汚す。
妖怪としての生命力とカーズの手加減が、彼女を容易く死に至らしめない。
痛みと絶望による苦しみを味合わされ続け、じわじわと命を落としていくことになるだろう。
そう、このままいたぶり続けられれば。




―――――どうして、こんなことになったんだろう。




こいしの脳裏に幾度と無く浮かんだ言葉が、再び過る。
苦痛と絶望の中で、こいしは追憶する。
姉と共にサトリとしての能力を疎まれたことを。
地霊殿で暮らし、ペット達と心を通わせたことを。
異変を機に外へ飛び出し、聖達と知り合ったことを。
そして、この殺し合いに巻き込まれたことを。
走馬灯のように、彼女は過去を思い返していく。


結局、このまま自分は苦しんで死ぬんだろうな。
そんな確信だけは、胸の内にあった。


しかし、唐突に苦痛は止んだ。
カーズの動きが止まったからだ。
ひゅう、ひゅう、と息を吐きながら、こいしは視線を動かす。
カーズは振り返り、別の方を向いている。
彼の視線の先に会ったものは、何か。



「カーズ様。その小娘の処分は、私にお任せ下さい」



それは、跪くワムウだった。
彼の言葉を聞き、カーズは動きを止めていたのだ。


「それは何故だ?」


カーズは眉間に皺を寄せながら、ワムウに問い掛けた。
彼は苛立っていた。
矮小な子羊としか思っていなかった相手に傷付けられたことに、憤りを感じていた。
それ故に落ち着かぬ様子でカーズはワムウを見下ろす。
対してワムウは、跪いた姿勢を崩さぬままはっきりと答えた。


「その小娘に、問いたいことがありますが故」


810 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 22:08:22 3T27hZLg0

ワムウは顔を上げつつ、カーズに伝える。
眼が傷付いても尚、はっきりと解る。
それは紛れもなく彼の強い意思であると言うことが。
カーズは無言でワムウを見つめつつ、黙り込む。


――――カーズは、ワムウの在り方を知っている。


彼は己の信念に何処までも愚直だ。
武人として育った彼は、卑劣な手段を嫌う。
信念や理想を貫くべく、強さを磨いているのだ。

カーズは勝つためならば手段を選ばない。
しかし、ワムウの在り方は容認していた。
それが戦闘の天才・ワムウの生き様なのだから。
それこそが同志である彼の理念なのだから。
故にそのことに口を挟むつもりは無かった。
彼の才能を認め、重宝しているからこそ、カーズはワムウの理想を認めていた。



「……エシディシ、館内の探索を行う。話し合いの続きはそれからだ」



そう呟き、カーズは身を翻す。
こいしとワムウ、サンタナを放置して彼はエシディシを連れ出す。
口では伝えなかったものの、ワムウにこいしの処遇を任せることにしたのだ。
それを察したエシディシもまた立ち上がり、彼に追従する。
そのままカーズとエシディシは部屋から退出し、扉を閉めた。
この場に残されたのは、ワムウとこいしとサンタナの三人のみとなった。


811 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 22:08:59 3T27hZLg0

暫しの沈黙が、場を包む。
この場に残された若き柱の男、ワムウとサンタナはこいしへと視線を向ける。
口から血を垂れ流し、息も絶え絶えな様子で倒れ込んでいる。
残された左目は焦点が合わず、虚空を何度も見つめている。
最早命を落とすのも時間の問題だろう。
ワムウはゆっくりとこいしへと歩み寄り、彼女へと顔を向ける。


「何故カーズ様を傷付けようとした?」
「だって、おじさん、言ってたもん」


ワムウが静かにそう問い掛けた。
掠れた声で、こいしは言葉を紡ぐ。



「わたし、弱いから、流されるんだって。
 弱いから、失うんだって……」



そう答えるこいしの瞳から、流れ落ちる雫。
彼女が流したのは、一滴の涙。
苦しみ故か。
絶望故か。
あるいは、再び本心を語ったためか。
その涙の意味は解らない。
少なくとも、ワムウにはそれを捉えることすら叶わない。



「……ああ、お前は弱い。だから苦しんだ」



ワムウは、以前と同じようにそう答える。
古明地こいしは、弱い少女だった。
何のために戦っているのかも解らず。
何のために暴力を振るうのかも理解出来ず。
自分が何をしたいのかも解らず。
周囲に翻弄され、苦悩するだけの小娘だった。
では―――――今のこいしはどうだ。



「そうよ……だから、怖かったの……これ以上、流され続けるのが。
 悪い人たちに、みんなが……わたしが……傷付けられちゃうのが、怖かったの。
 だから、がんばった、の」



か細く掠れた声が、ワムウに自らの意思を伝えた。
彼女は、畏れていたのだ。
自分が傷付くことを。
大切な者達が傷付けられることを。
このまま何も出来ず、悪人に自分の在り方を翻弄され続けることを。


812 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 22:09:49 3T27hZLg0

きっとワムウと出会えなければ、彼女は変わらなかっただろう。
ワムウから『強さ』について教えられなければ、彼女は怯えるだけだっただろう。
その結果、皮肉にもワムウの主であるカーズを傷付けることになった。
だが、ワムウはこいしを一言たりとも責めようとはしない。
ただ彼女の言葉を、意思を、聞き届けるのみだった。



「……そうか」



ワムウは、静かにそう答える。
その言葉は、何処か穏やかであり。
そして、彼女を案ずるようでもあった。



「ねえ、おじさん……これは……悪い、夢……?」



うわ言のように、こいしが呟いた。
最早その瞳からは少しずつ光が失われてきている。
その声は徐々に弱々しくなっていく。
現実と幻想でさえ曖昧になりつつある意識の中で、彼女は問い掛けた。


幻想に沈むような、安らかな一時。
自分自身の正体に気付かぬまま穏やかに暮らしていた、幻想の世界。
血で血を拭う、残酷な殺し合い。
自分自身の心の在処に気付かされ、そして理不尽と戦った、不条理の世界。
自分にとっての夢とは―――――――どちらだったのだろう。



「……これが悪夢なら、暖かな世界で目が醒めるだけだ」



ワムウは一言、そう答えた。
『死に往く者』への僅かな希望を持たせるように、彼は言った。
無骨な武人に似合わぬ、慈悲の言葉だった。
彼自身にとっても、予想外の一言であった。


813 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 22:10:38 3T27hZLg0
自分はこの小娘に何を思ったのだろう。
何故安らかに眠れる一言を与えたのだろう。


―――――それはきっと、彼女が『強さ』について考え、一つの答えを見出したからだ。


己の弱さと向き合った彼女が答えを出し、カーズに立ち向かうことを選んだのだ。
カーズに歯向かう以上、こいしはワムウにとっての敵となる。
だが、彼女は己の信念を見つけだしたことは確かだった。
自分の弱さに悩み、苦しみ、成すべきことを見つけた。
そんな彼女を、ワムウは賞讃したのだ。

こいしの口元に、僅かな笑みが浮かぶ。
救われたように、暖かに微笑む。

もしもこれが、夢ならば。
理不尽に塗れた悪い夢ならば。
ああ、きっと。
私が目を閉じた後にあるのは。
暖かな世界なのだろう。
優しい日常が、待っているのだろう。





「そうよ……悪い夢、なら……早く、醒めない、と……」




第三の目を閉ざし。
右目を失い。
そして、最後に残った瞳さえも。
ゆっくりと、ゆっくりと、閉ざされる。
古明地こいしの夢/命は、静かに終わりを告げた。



【古明地こいし 死亡】



◆◆◆◆


814 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 22:11:12 3T27hZLg0
◆◆◆◆




―――――怖かったの……これ以上、流され続けるのが。
―――――悪い人たちに、みんなが……わたしが……傷付けられちゃうのが、怖かったの。
―――――だから、がんばった、の




目の前で命を落とした少女を、サンタナは無言で見つめていた。
彼女が死の間際に残した言葉が、脳内で響き続ける。

ただのか弱い小娘に過ぎないと思っていた。
だが、彼女はカーズへの叛逆を行った。
幼く弱い少女は、恐怖を乗り越えて怪物に立ち向かったのだ。
そんな彼女の姿が、サンタナの胸に焼き付けられる。



これが勇気か。
これが誇りか。



サンタナは思う。
彼女は勇気を以て立ち向かった。
彼女は誇りを胸に戦った。
それは、かつての自分が得られなかったもの。
否、得ようともしなかったものだ。

結局古明地こいしは暴力に負け、苦痛を味合わされ。
そして、ワムウに見守られる中で命を落とした。
彼女の生とは、何だったのだろうか。
自らの誇りを見出し、満足な死に目に会うことが出来た、幸福な最期だったのか。
誇りが実を結ぶことも無く、苦しみの中で命を落とした、不幸な最期だったのか。
答えは解らない。死人は何も語らない。
ましてや古明地こいしとまともに会話を交わすこともなかったサンタナには、尚更解らぬことだ。

だが、サンタナの目には、彼女の姿が勇ましく見えた。
流され続けることを否定し、恐怖に立ち向かうことを選んだこいしに一目を置いていた。
ほんの数時間前までは信念さえ見出せなかったサンタナにとって、古明地こいしの生き様は称賛に値するものだった。


815 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 22:11:38 3T27hZLg0

自分はワムウのようにはなれない。
かといって、主に叛逆する意志もない。
主達から一度見捨てられた自分は、彼らとの絆を得ることも出来ないだろう。

だが、古明地こいしのように己の意志を貫くことは出来る。
己の誇りを、生き様を、突き通すことは出来る。
『サンタナ』として戦い、その名を轟かせる。
そうすることで自分は、自分の『魂』を見出せるのだ。

主に忠義を尽くすことに誇りは見出せない。
ワムウのように、忠臣であることを使命とすることは出来ない。
だが、主に従うことで誇りを掴み取る機会を得ることは出来る。



(……ディオ・ブランドー)



サンタナは心中で、静かにその名を呟く。
ディオ・ブランドー。それはカーズが最も警戒するとされる参加者の名。
吸血鬼にしてスタンド使いである、闇の帝王。
古明地こいしを始めとする数々の者達を掌握したとされる征服者。

強大な力を持つその男と戦えば。
未知の力を持つ吸血鬼の『脅威』として立ちはだかれば。
自分の名は、『サンタナ』はより知らしめられるのではないか。
空っぽの存在であるサンタナの生き様が、より深く刻まれるのではないか。

ある意味で、古明地こいしの『仇討ち』に近いものを感じる。
ディオ・ブランドーはこいしを懐柔し、利用した張本人なのだから。
だが、あくまでサンタナの目的は己のためにあるものだ。
他人を賞讃することは覚えた。
だが、他人への感傷や慈悲を持つつもりは無い。


自分は『サンタナ』だ。
力と恐怖を振りまく、空虚な怪物だ。
故に自分は『敵』と相対し、暴威を振りまくのみだ。


サンタナは決意する。
ディオ・ブランドーらと戦う許可を得る決意を、その胸に抱く。
古明地こいしが死亡したことで、ディオ・ブランドーに対する手段は失われた。
ならば―――――自分がそれを利用しよう。
自分がその埋め合わせとなることで、ディオ・ブランドーらにとっての『脅威』となる。



「……行くぞ、『サンタナ』」



ワムウが身を翻し、サンタナにそう告げる。
彼がサンタナの感情に気付いていたかは定かではない。
否――――そもそも、サンタナは彼の共感を得るつもりも無い。

己は、己だ。
サンタナとしての生き様を、誇りを、貫くだけだ。
暫しの沈黙の後、サンタナはワムウに追従するように歩き出した。


◆◆◆◆


816 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 22:12:22 3T27hZLg0
◆◆◆◆



薄暗い通路を、二つの影が歩いていた。
幽霊屋敷とも言えるこの洋館の内部を、二人の『男』が歩いていた。
柱の男の首領であるカーズ。
そしてその参謀、エシディシ。
二人の男は『館内の探索』という名目の下、リビングを離れていた。


「フフ……あんな小娘に歯向かわれるとは心外だったか、カーズ?」
「ちょっとばかし頭に血が上ってしまっただけだ。見苦しい所を見せたな」
「なぁに、構わんさ。二千年前と変わらぬ憤りっぷりで安心したくらいだ」


カーズとエシディシは会話を交わす。
あのような小娘に無駄な労力を使ってしまった、とカーズは僅かな後悔を抱いていた。
エシディシのように少しは感情を落ち着かせる術を身につけるべきか。
そんなことを思うカーズに対し、エシディシは口元に笑みを浮かべながら軽口を叩く。


「しかし、あの小娘の語っていた情報は興味深いものだったな」
「ああ」
「幻想郷、だったか?東洋にそのような世界が存在しているとは」
「ああ」
「最も、お前にとっては心底気に食わんものだろうがな」
「……ああ」


エシディシの言葉に対し、カーズが眉間に皺を寄せつつ答える。
その声色からは機嫌の悪さが伺い知れる。
古明地こいしが語った情報は、カーズの機嫌を損ねるには十分なものだったのだ。

こいしがカーズらに何らかの嘘を吐いた訳ではない。
こいしがカーズらを嘲笑うような情報を吐いた訳でもない。
こいしがカーズらに不都合な情報を吐いた訳でもない。
では、何故カーズが機嫌を損ねているのか。



彼女の語った『幻想郷』の在り方。
それがカーズには到底許容出来ぬものだったからだ。



幻想郷は、人間に忘れ去られた妖怪達にとっての最後の楽園。
人間と妖怪が共存し、お互いの存在によって文明が保たれる世界。
人間は妖怪を畏れ、そして退治するもの。
妖怪は人間を畏れさせ、信仰を受けるもの。
今では形式的なものに過ぎないが、そのルールによって幻想郷は維持される。


817 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 22:13:02 3T27hZLg0

妖怪が異変を起こし、それを博麗の巫女が退治し。
そうして事件は穏やかに幕を下ろす。
そういった児戯の繰り返しの世界。
そこに変化や進化が訪れることは無い。
幻想郷は秩序を重んじ、常に変わらぬ姿を保ち続ける。
異変さえも日常として取り込み、安穏とした時を過ごし続ける。

それはまさに、カーズがかつて憎んだ『闇の一族』と変わらぬ在り方だった。
秩序の名の下に変化を拒絶し、不変を享受する腑抜け共の生き様。

何と愚かな世界だろう。
何と無様な有様だろう。
何故連中はそんな世界での生活を甘んじて受け入れられるのか。
何故奴らは、この殺し合いに巻き込まれた幻想郷の住人達は『幼い小娘』の姿をしているのか。
それは進化を拒絶したからだろう。
成長を否定し、幼子のままで在り続ける道を選んだからだ!
カーズはそう結論づけた!



そう、カーズは嫌悪したのだ。
変わらぬ世界を。
不変の世界を。
進化を拒絶する世界――――幻想郷を!



「何が楽園だ。何が幻想郷だ。安穏とした『夢』を見続ける腑抜け共が。
 そんな連中、殺し合いに巻き込まれずとも滅びて当然よ」
「ククッ、お前ならそう言うと思っていたさ。だが、連中にも見所のある奴らが居るぜ?
 そうだ、レミリア・スカーレットという吸血鬼は中々面白そうだった」


嫌悪感を露にするカーズに対し、エシディシはそう言う。
幻想郷の在り方は確かに許容出来るものではない。
だが、それと同時にエシディシは幻想郷の住人への興味を抱いていた。
例えば、あのレミリア・スカーレットという吸血鬼の少女。
ヤツは最下位とは言え、一族の一人であるサンタナとやり合って生還したというのだ。
その実力は期待出来たし、何より『悪くない眼』をしていた。
夜を統べる支配者の如し誇り高き眼差しを、エシディシは気に入っていたのだ。
故に彼は幻想郷の住人に対する可能性を感じていた。


「……案外、これこそが奴らの狙いなのやも知れんな」


カーズはエシディシの言葉を耳に傾け、そしてぽつりと呟いた。


818 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 22:14:15 3T27hZLg0

「狙い?」
「幻想郷の連中は不変を享受する連中だ。変化を拒絶し、受け入れた者共だ。
 そんな奴らを殺し合いに巻き込み、変化を齎すことこそが一つの狙いではないか…と」


カーズが思いついたのはそんな考察だった。
幻想郷は変化を拒絶し、不変に居座ることを決意した者達の楽園だった。
成長や進化を否定し、変わらぬままで居ることを受け入れた者達の墓場だった。
そんな者達が、この殺し合いに巻き込まれている。
そしてレミリアのような誇り高き戦士、こいしのように勇気を振り絞った者が現れ始めている。
更にこいしへの尋問から、殺し合いの会場は幻想郷を模した舞台であることが判明している。

カーズはこのことから、一つの推測を立てる。
主催者等の目的の一つは、『幻想郷の進化』ではないのかと。
幻想郷を模した舞台で幻想郷の住人達を争わせ、絶望の中で成長させることを目論んだのではないか。
そして柱の男やスタンド使い、ジョジョといった異物達は彼女等に対する当て馬なのではないか。


「ほう……面白い推測だな。確かにこんな世界では『成長』しなければ生きていられないのだからな」
「尤も、強い根拠の無い推測に過ぎんがな。記憶の片隅に留めておく程度で構わん」


フッと自嘲気味な笑みを浮かべ、カーズはそう呟く。
可能性は考慮しているものの、あくまで推測に過ぎない。
幻想郷を模したのは偶然かもしれないし、ジョジョに関わる者達も何か意味が会って呼び寄せられた可能性があるのだから。
故に確定はしていない。未だ主催者等に関する考察の余地はあるだろう。



(――――どちらにせよ、最後に勝つのは我々一族だ。
 見ていろ、荒木飛呂彦、太田順也。そして腑抜けた幼子共よ)




【D-3 廃洋館内/昼】
【カーズ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(小)、体力消耗(小)、胴体・両足に波紋傷複数(小)、右足に刺傷(微)、全身打撲(小)、シーザーの右腕を移植(いずれ馴染む)、再生中
[装備]:狙撃銃の予備弾薬(5発)
[道具]:基本支給品×2、三八式騎兵銃(1/5)@現実、三八式騎兵銃の予備弾薬×7
[思考・状況]
基本行動方針:仲間達と共に生き残る。最終的に荒木と太田を始末したい。
1:館内を捜索した後、仲間と共に今後の動向を決める。
2:幻想郷への嫌悪感。
3:DIOは自分が手を下すにせよ他人を差し向けるにせよ、必ず始末する。
4:上記のためにも情報を得る。他の参加者と戦わせてデータを得ようか。
5:スタンドDISCを手に入れる。パチュリーと夢美から奪うのは『今は』止した方がいいか。
6:この空間及び主催者に関しての情報を集める。そのために、夢美とパチュリーはしばらく泳がせておく。時期が来たら、パチュリーの持っているであろうメモを『回収』する。
[備考]
※参戦時期はワムウが風になった直後です。
※ナズーリンとタルカスのデイパックはカーズに回収されました。
※ディエゴの恐竜の監視に気づきました。
※ワムウとの時間軸のズレに気付き、荒木飛呂彦、太田順也のいずれかが『時空間に干渉する能力』を備えていると推測しました。
またその能力によって平行世界への干渉も可能とすることも推測しました。
※シーザーの死体を補食しました。
※ワムウにタルカスの基本支給品を渡しました。
※古明地こいしが知る限りの情報を聞き出しました。
 また、彼女の支給品を回収しました。
※ワムウ、エシディシ、サンタナと情報を共有しました。
※「主催者は何らかの意図をもって『ジョジョ』と『幻想郷』を引き合わせており、そこにバトル・ロワイアルの真相がある」と推測しました。
※「幻想郷の住人が参加者として呼び寄せられているのは進化を齎すためであり、ジョジョに関わる者達はその当て馬である」という可能性を推測しました。


819 : 幻想に、想いを馳せて ◆n4C8df9rq6 :2016/05/12(木) 22:16:03 3T27hZLg0

【ワムウ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:全身に小程度の火傷(ほぼ完治)、右手の指をタルカスの指に交換(ほぼ馴染んだ)、失明(いつでも治せるがあえて残している)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:掟を貫き、他の柱の男達と『ゲーム』を破壊する。
1:……。
2:仲間と共に今後の動向を決める。
3:霊烏路空(名前は聞いていない)と空条徐倫(ジョリーンと認識)と霧雨魔理沙(マリサと認識)と再戦を果たす。
4:ジョセフに会って再戦を果たす。
[備考]
※参戦時期はジョセフの心臓にリングを入れた後〜エシディシ死亡前です。
※失明は自身の感情を克服出来たと確信出来た時か、必要に迫られた時治します。
※カーズよりタルカスの基本支給品を受け取りました。
※スタンドに関する知識をカーズの知る範囲で把握しました。
※未来で自らが死ぬことを知りました。詳しい経緯は聞いていません。
※カーズ、エシディシ、サンタナと情報を共有しました。


【サンタナ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(小)、全身ダメージ(小)、足と右腕を億泰のものと交換(もう馴染んだ)、再生中
[装備]:緋想の剣@東方緋想天、鎖@現実
[道具]:基本支給品×2、パチンコ玉(19/20箱)@現実
[思考・状況]
基本行動方針:自分が唯一無二の『サンタナ』である誇りを勝ち取るため、戦う。
1:戦って、自分の名と力と恐怖を相手の心に刻みつける。
2:カーズに進言し、DIO達と戦う許可を得る。
3:自分と名の力を知る参加者(ドッピオとレミリア)は積極的には襲わない。向こうから襲ってくるなら応戦する。
4:エシディシと共に行動し、仲間を探す。
5:ジョセフに加え、守護霊(スタンド)使いに警戒。
6:主たちの自分への侮蔑が、ほんの少し……悔しい。
[備考]
※参戦時期はジョセフと井戸に落下し、日光に晒されて石化した直後です。
※波紋の存在について明確に知りました。
※キング・クリムゾンのスタンド能力のうち、未来予知について知りました。
※緋想の剣は「気質を操る能力」によって弱点となる気質を突くことでスタンドに干渉することが可能です。
※身体の皮膚を広げて、空中を滑空できるようになりました。練習次第で、羽ばたいて飛行できるようになるかも知れません。
※自分の意志で、肉体を人間とはかけ離れた形に組み替えることができるようになりました。
※カーズ、エシディシ、ワムウと情報を共有しました。


【エシディシ@ジョジョの奇妙な冒険 第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(小)、体力消耗(小)、上半身の大部分に火傷(小)、左腕に火傷(小)、再生中
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:カーズらと共に生き残る。
1:柱の一族四人で生還する手段を探す。そのために後々に今後の方針を話し合う。
2:神々や蓬莱人、妖怪などの幻想郷の存在に興味。
3:静葉との再戦がちょっとだけ楽しみだが、レミリアへの再戦欲の方が強い。
4:地下室の台座のことが少しばかり気になる。
[備考]
※参戦時期はロギンス殺害後、ジョセフと相対する直前です。
※左腕はある程度動かせるようになりましたが、やはりダメージは大きいです。
※ガソリンの引火に巻き込まれ、基本支給品一式が焼失しました。
 地図や名簿に関しては『柱の男の高い知能』によって詳細に記憶しています。
※レミリアに左親指と人指し指が喰われましたが、地霊殿死体置き場の死体で補充しました。
※カーズからナズーリンの基本支給品を譲渡されました。
※カーズ、ワムウ、サンタナと情報を共有しました。
※ジョナサン・ジョースター以降の名簿が『ジョジョ』という名を持つ者によって区切られていることに気付きました。



※ナランチャのナイフ@ジョジョ第5部は古明地こいしの遺体の右目に突き刺さったまま放置されています。


820 : 名無しさん :2016/05/12(木) 22:16:36 3T27hZLg0
投下終了です


821 : 名無しさん :2016/05/13(金) 00:25:27 5S5Jf4gY0
投下乙です
こいしちゃん今まで流されてばっかだけど、最期は意地を張れたね
そしてカーズが幻想郷を嫌悪した理由についてはなるほどと思いました


822 : 名無しさん :2016/05/13(金) 00:28:52 L1SUNPlY0
お疲れさま、こいし……貴女の悪夢は終わったよ……


823 : 名無しさん :2016/05/13(金) 12:24:19 dFCYHErQ0
投下乙です
こいしちゃん今までホントお疲れ様…
最期の姿に感じるモノがあったワムウと「サンタナ」がまたカッコいい!
一方のカーズ・エシディシも過去の経験と情報から考察を導きだす姿が恐ろしくもあり爽快でもあります
知性派二人の向き不向きに関しては、言われてみるとなるほど納得!
激しいバトルシーンこそありませんでしたが、氏の熱意と高い力量が読んでいて迸るような名作だったと思います
ううむこの組の今後が気になって仕方ないぞ…w


824 : 名無しさん :2016/05/13(金) 17:40:51 Xiz9hntU0
投下乙です!
「闇の一族」という土台を多少の修飾も加え、最終的にその背景をカーズが幻想郷へ抱く嫌悪感に落とし込んだのは上手いですね。
各々個性が出る柱の男四人衆ですが、一話の中に全員の良さがしっかり描写されていて凄く満足感があるお話でした。
カーズとエシディシが互いに持つ信頼、朽ち逝くこいしへ手向けたワムウの感傷と安穏、傍らで光景を望むサンタナの中から徐々に湧く意志……、読んでいて様々な気持ちが溢れてきます。
こいしはこれまでたくさん苦しんできましたが、最期に自分の強さや信念、意地を発揮できたと思います。どうか安らかに……


825 : 名無しさん :2016/05/13(金) 17:51:16 n.k1rNHsO
投下乙です

柱の男達めっちゃ仲良し
そして全員揃うと、ホント隙が無い


826 : 名無しさん :2016/05/14(土) 16:49:19 LWWm6M4c0
お疲れこいしちゃん

柱の男たち良いなぁ


827 : ◆at2S1Rtf4A :2016/05/15(日) 22:35:19 N764DkBc0
予約延長します


828 : 名無しさん :2016/05/18(水) 21:41:32 3eHsafMs0
投下します


829 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/05/18(水) 21:42:13 3eHsafMs0
投下します


830 : マヨヒガ ◆BYQTTBZ5rg :2016/05/18(水) 21:43:27 3eHsafMs0
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『稗田阿求』



「だから、言っただろう、阿求?  俺は勝ちに行くんだってよ」


私のところに戻ってくるなり、ジャイロさんは奇妙な前歯を見せながら、ニョホホと笑ってきました。
全く……人がどれだけ心配をしていたかも知らずに、暢気なものです。
まぁ、遠く離れた私の目にも、空と大地を焼き尽くさんばかりの光の球が見て取れたので、
ジャイロさんの勝利は疑っていませんでした。とはいえ、その余りの眩さに、
ひょっとしてジャイロさんは命を代償に、それを成し遂げたのでは、と
妙な不安や考えが頭をチラついていたことも確かです。


「おいおい、何だよ、阿求、そのツラはよ〜。もっと笑顔で英雄の凱旋を祝ってくれても、いいんじゃねーか?」


どうやら私の気苦労が、知らず知らずの内に顔に出ていたようです。
ジャイロさんは、それが大層気に入らなかったらしく、私の額を指先でツンツンと突いてきました。
そして途端に私の顔は蒼ざめます。ジャイロさんの人差し指と中指が消えて無くなっていたのです。
反対の手はどうかと見てみれば、指どころか、手自体が無くなっています。


「ジャイロさん、その怪我……」

「ああ? 安心しろ。掠り傷みたいなもんだ。寧ろ、この程度で済んでラッキーってやつだ。あのノトーリアス・B・I・G相手によ」

「ですが、その手じゃ、もう回転なんか……」

「うるせぇ。オレは『納得』してんだ。だから、これでいいんだよ」


勝利への余韻もどこへやら、ジャイロさんの顔には不機嫌さが表れてきました。
余程、私の言葉が煩わしかったと見えます。随分と判り易い方ですね。
ですが、それでも私は口を開くことにしました。私にあるのは、やっぱり言葉だけなのですから。


831 : マヨヒガ ◆BYQTTBZ5rg :2016/05/18(水) 21:44:05 3eHsafMs0
「あの、こんなことを言ったら、ジャイロさんは怒るかもしれません」

「ああん? 何だよ、言ってみろよ」

「早苗さんの足は、スタンドによって、神子さんのと交換することができました。
だとしたら、ジャイロさんの手も、同じように交換することができるんじゃないでしょうか?」

「てめぇ……何を言っているか、判ってんのか?」

「神子さんのに抵抗かあるようでしたら、私のでも構いません。
ジャイロさんは言いました。『男』は『勝利』に飢えていなければならない、と。
だったら、飢えて下さい。渇望して下さい。その『勝利』を得る為の手段を……!!
それが煮え湯だろうが、辛酸だろうが、私は言葉にします。そしてジャイロさんが、それに耐えられるように絶対に支えてみせます!!」


ジャイロさんの目は据わり、私を睨みつけてきました。その視線だけで、ジャイロさんの怒りが伝わってきます。
早苗さんの時は、命を救う為に致し方ない部分もありましたし、ジャイロさんも『納得』できたのでしょう。
ですが、今回は命とは無関係に、私達の勝手な都合で、神子さんの身体を道具のように扱おうという話なのです。
彼女と親しくあったジャイロさんには、受け入れ難いものがあって当然です。
だけど、敢えて私は提案しました。だって、それこそが戦うことのできない私が、ここにいる意義なのですから。


不意に、ジャイロさんの手が、私の目の前にやって来ました。
殴られる! そう思った私は思わず目を瞑ってしまいました。
そして次の瞬間、バチンッと私の額に小さなものが当たります。
予想していたのと随分と違う衝撃です。不思議に思った私は目を開けて確認してみました。
すると、未だ目の前にあったジャイロさんの手が、私にバチンッと再びデコピンをしてくるではないですか。


「あ、あの、痛いです、ジャイロさん」

「当たり前だ。痛くしてんだから」

「ジャイロさんが怒るのも無理からぬ……」

「……怒ってねーよ」

「えっ? え、あの? じゃあ、何で?」

「呆れてんだよ、お前の馬鹿さ加減によぉ」

「ムッ、馬鹿とは何ですか! 私は私なりに精一杯考えて、勇気を出して……!」

「その見当違いも含めて馬鹿なんだよ。大体なぁ、サイズを考えてみろよ。
早苗と神子は問題なかったかもしれないが、オレとじゃ全然違うだろうが。
そんな簡単なことにも気がつかねーから、馬鹿だって言ってんだよ」

「ううっ、でも、でも……」

「だから、問題ねーっつってんだよ。この手でも鉄球は投げられるんだよ」


832 : マヨヒガ ◆BYQTTBZ5rg :2016/05/18(水) 21:44:46 3eHsafMs0
ズーンと私の肩に重さが降りかかりました。全く意味のない解決策を思い浮かべては悩んでいた自分が本当に嫌になります。
私がジャイロさんに怒られるかも、嫌われるかも、と思いながらも、必死に振り絞って出した勇気と言葉は一体何だったのでしょう。
本当に馬鹿みたいです。ああ、穴があったら入りたい。


「――――って、おい! 聞いてんのか、阿求!」

「え? えっと、何でしょう、ジャイロさん?」

「お前よぉ、ホントその人の話を聞かない姿勢、どーにかした方がいいぜ」


ジャイロさんが、可哀相なものを見るような目で私を見つめてきました。
どうやら内省に励む余り、またしても外界との連絡を閉ざしていたようです。
私は「すいません」と謝り、言葉を続けます。


「それで何の話でしたっけ、ジャイロさん?」

「幽々子のばーさんを探しに行くって話だよ」

「私も行きます!!」


私は声を荒げて、宣言しました。
幽々子さんを見失ってしまった過失は、私にあります。
確かにあの邪仙と宇佐見蓮子さんの襲撃を受けて、場は混沌としていました。
幽々子さんばかりに注意を向けるわけにもいかなかった状況です。
だけど、だからこそ、私がしっかりと幽々子さんの介護を……じゃなかった。
介護という言い方は少し語弊がありますね。これもジャイロさんが「ばーさん」だなんて言うせいです。
とにかく、皆が戦闘している間は、それが出来ない私が幽々子さんを見張っていなくてはならなかったのです。
故に幽々子さんが徘徊してしまった責任は私にあり、彼女を連れ戻す責務が私にあるのです。


バチンッ、とまたもやジャイロさんにデコピンをされました。
その出鼻の挫かれ方に、痛みと情けなさが相まって、私の目から涙が出てきます。


833 : マヨヒガ ◆BYQTTBZ5rg :2016/05/18(水) 21:45:18 3eHsafMs0
「も〜、何をするんですか〜、ジャイロさん〜〜!」

「阿求、色々と気負うのはいいがよ、それで周りが見えなくなって、どうする?
『覚悟』っつーのは、道を切り拓く精神のことだ。そこを履き違えてちゃ、進むべき『道』が無くなっちまうぜ」

「……何を言っているんですか、ジャイロさん?」

「早苗と花京院を、どうするって言っているんだよ」


そこで、はたと私は気がつきました。
幽々子さんへの対処を苦心するばかりで、彼らの今後を度外視していたのです。
早苗さんと花京院さんは共に気絶しており、誰かが傍にいて、介抱してあげることは必須。
二人が寝ているところに、誰かが襲撃してきたとあっては、笑い話で済む筈もありません。
しかし、この場に残る候補は、何も私だけではないということを、ジャイロさんも忘れているのではないのしょうか。


「なら、お前がポルナレフを説得してみな」


私の質問に、ジャイロさんは残った親指でポルナレフさんを指差して答えました。
ジャイロさんの指の先を見ると、ポルナレフさんが決意に満ちた表情と言葉を送ってきます。


「阿求ちゃんには悪いが、オレは譲るつもりはねーぜ。幽々子さんは、オレが連れ戻す!」


台詞の端々に頑なな意志が感じ取れます。
ポルナレフさんも私と同じく、幽々子さんを助けたい一心なのでしょう。
ポルナレフさんに居場所を与え、彼の剣に『生命』をも与えた幽々子さんの言葉は私も覚えています。
人を護る。幽々子さんによって、そう定められた剣が、ここで動かない道理もありません。
そして、その助ける相手が幽々子さん当人ともなれば、そこにある想いは一入(ひとしお)の筈。
とはいえ、私も他人に譲れるほど、自らの責を軽く感じている訳でもありません。
馬を操るジャイロさんが外せない以上、残る選択肢は私がポルナレフさんかの二つ。
私は幽々子さんの前哨戦に、ポルナレフさんの説得にかかります。


834 : マヨヒガ ◆BYQTTBZ5rg :2016/05/18(水) 21:46:04 3eHsafMs0
「では、聞きますが、ポルナレフさん、幽々子さんに一体どんな言葉を投げかけるつもりなのですか?」
ポルナレフさんは、もう既に掛けるべき言葉を掛けた後なのではないのですか?」

「……幽々子さんを連れ戻してから、君が話をするということも出来る」

「それは力づくで女性を言いなりにすると解釈していいんですね?」

「おいおい、阿求ちゃん、その言い方は誤解が過ぎるぜ。あくまで紳士的にだ。
幽々子さんを傷つけるつもりは、露ほどもオレにはない」

「言葉も力も使わない。それではポルナレフさんは、一体何をしに行くのですか?
まさか幽々子さんが勝手に貴方の意を汲んでくれると考えているわけはありませんよね?」

「それは阿求ちゃんも同じだぜ。幽々子さんは自失状態にあった。
そんな中で、生半可は言葉など、届くわけがない!!」
                                                            「……えっと、あの〜」
「私の言葉、それに覚悟は、生半可ものではありません!!」
                                         「もしもーし」
「覚悟を問うなら、オレだって負けるつもりはない!!」


舌鋒鋭く突き合わせていた私達ですが、
そこに突然と早苗さんが、口を挟んできました。


「あの! ケンカはやめてください! 私、起きてます!!」


私は驚いて、早苗さんに向き直ります。


「いたんですか、早苗さん」

「いや、いましたよ! 今、私と花京院君をどうするか話し合っていたんじゃないですか?」

「そうだったんですか」

「いや、そうですよ!」


と、早苗さんは頬を膨らませながら、私を睨んできました。
病み上がりなのに、随分と元気な様です。というか、意外にかわいい反応をしますね、早苗さんは。
相手が小鈴であったのならば、それを幾らかからかったりして楽しむことも出来ますが、
流石に今の早苗さん相手には、ましてやこういった状況で、それをするのは不謹慎と言えるでしょう。
私は謝罪と感謝の意を込め、早苗さんに軽く頭を下げてから、再びジャイロさんに顔を向けました。


835 : マヨヒガ ◆BYQTTBZ5rg :2016/05/18(水) 21:49:05 3eHsafMs0
「というわけです、ジャイロさん」

「……どいうわけだよ」

「私とポルナレフさんが、貴方と一緒に幽々子さんを探しに行くということです」

「早苗と花京院は怪我人だぜ? それをそのまま放っておくのか?」

「質問に質問で返して悪いですが、私が残って何をするのですか?
私に出来ることなど、精々が誰かが来たら二人に隠れるように指示するくらいですよ。
それだって、早苗さんが気がついた今、私の唯一の役どころは失われたも同然です。
もしかして、ジャイロさんは私が盾となって、二人を守り抜けと言っているんですか?
こんなこと言っては情けないですが、私の身体じゃ、敵の攻撃だって碌に防げませんよ。
そこに何か意味があるんですか? そしてそれは疲労しているポルナレフさんにも、同様に言うことが出来るのではないですか?」


私がそう言うと、ジャイロさんは手首の失った手で器用に帽子を取り、残った手で頭を掻き毟り始めました。
私の意見を受けざるを得ない。そういった不愉快さが、ありありと見受けられます。
しかし、私と一緒行くのは、そこまで嫌がられることなのでしょうか。
結構ショックなのですが……。


「メリーさんでしたか? 彼女のことは、私と花京院君に任せて下さい」


ジャイロさんの態度を何かの逡巡と取ったのか、早苗さんが変なことを申し入れてきました。
別にジャイロさんはメリーを憂って、こんな態度を取った訳じゃないと思いますが、
早苗さんはそれに気づかないくらい気が逸っているということなのでしょうか。
私は彼女を落ち着かせようと、口を開きますが、それよりも早くジャイロさんが言葉を発しました。


「阿求とポルナレフには、もう話したが……いや、阿求は聞いてなかったかもしれないが、作戦は変更だ。
さっきまでとは違って、今の俺たちは怪我をして、疲労も重なっている。はっきり言って、ひどい有様だ。
そんな中で下手にバラけて、二兎を一気に追う真似はマズイ。それこそ足元をすくわれかねねー」

「それではどうするんですか?」と、早苗さんが首を傾げて質問します。

「まず最初に幽々子を探す。そしてその後、全員でメリーのところへ行く。
どういうわけか、青娥のババアはメリーをさらっていった。
殺すなら、その場でも出来たはずだ。それなのにしなかったということは、何かしら利用価値があるってことだ。
つまり、死ぬ危険はない。勿論、あのクソババアのことだから、楽観は出来ないっつーのは判っている。
だが、そう切羽詰ったものでもないってのも確かだ。それとは逆に、幽々子は先が見えねえ。
これから何をしでかすか、何をされるか、さっぱり見当もつかない。そういうのは、俺の経験上、かなりヤバイ。
だから、幽々子を探してから、メリーを探しに行く。遠回りにように思えるが、これが二人を助ける一番の近道だ。
早苗と花京院は、ここで俺らが幽々子を連れて戻ってくるのを待っていろ! すぐにあのばーさんを捕まえてくる!」


836 : マヨヒガ ◆BYQTTBZ5rg :2016/05/18(水) 21:49:51 3eHsafMs0
ジャイロさんの台詞に一々棘を感じるのは、私の気のせいでしょうか。
まぁ、確かにそのいずれもが初耳のことなんですけれど……。
とはいえ、私だってジャイロさんと同じように考えていたんですから、何も問題はありません。


「あの、言いたいことは判りました。ですが、幽々子さんを探しに行くといっても、場所は判るのですか?」


おずおずと早苗さんが疑問を口にしました。
自信たっぷりに発言するジャイロさんを否定するような物言いに、幾らかの気後れを感じたのやもしれません。
ですが、ジャイロさんは別に気を損ねることなく、ニョホホと笑ってみせます。


「そこで、こいつの出番ってわけだ」


と、ジャイロさんはペンデュラムを取り出しました。
しかし、やはりそれにだって疑問は付いて回ります。


「それも探せる距離に限界があるのでは?」


早苗さんに続いて、私が訊ねますが、
どうやらそれはジャイロさんの予想の範囲内だったらしく、すぐさま答えが返ってきました。


「確かに説明書には半径二百メートルっつうチンケな数字が書いてあった。
だが、説明書には、こうも書いてあったぜ。その精度も伝えるイメージ次第ってな。
早苗も起きたっつーなら、丁度いい。手を貸せ。いや、この場合は頭か?
とにかく四人も揃って幽々子のイメージをペンデュラムに伝えれば、二百メートル以上の距離は余裕の筈だ」


私を始め、誰もその文句を否定する言葉など思い浮かびません。
皆が視線を合わせ、頷き合い、そしてペンデュラムに手を重ね、必死に幽々子さんのイメージを送ります。
果たして、ペンデュラムは動いてくれるのか。程なくして、ツツッと微かな音を立て、藍色の水晶体が、方向を示しました。
私達の試みは無事に成功です。そしてジャイロさんが手早く地図を取り出し、ペンデュラムの先に何があるのかを確認します。


「永遠亭だ!!」


ジャイロさんの言葉と同時に、私とポルナレフさんは出かける準備に取り掛かります。
しかし、そこに「待ってください!!」と早苗さんの大きな声が届けられました。


837 : マヨヒガ ◆BYQTTBZ5rg :2016/05/18(水) 21:50:29 3eHsafMs0
「あの、私の足のこと……皆さんのおかげなんですよね? 今もこうして立って、歩けるのは。
ありがとうございます。私にはまだやらなければいけないことがあるんです。
それを続けられるようになって、感謝の言葉も絶えません。本当にありがとうございました」

「別に俺たちは大したことはしてねー。早苗を助けたのは、花京院だ。ソイツが起きたら、今の感謝の礼を伝えてやりな」


ジャイロさんは馬に飛び乗りながら、キザっぽく言い放ちました。
その言葉は謙遜からなのか、はたまた照れ隠しなのか。どちらにしても、ジャイロさんの姿は中々に様になっています。
しかし、早苗さんはそれに見惚れるわけでもなく、逆に苦渋に満ちた表情を作り出し、そこから疑問を吐き出しました。


「花京院君が、ですか?」


その異様とも思える早苗さんの反応に、私は訊ねます。


「どうかしましたか、早苗さん?」

「あ、いえ……私の最後の記憶に残っているのは、花京院君が瀕死の私を思いっきり叩いてくるものなんですよね」


その答えに、私を始め、皆が押し黙ってしまいました。
いえ、勿論、その時の花京院さんの行動を色々言い繕うことが出来るのですが、
それに対して、「他にやり方があったのでは」と反論が思い浮かんできてしまうのも、また事実なんですよね。
さて、この場合は、どんな言葉を投げかけるのが適切なのでしょうか。
私が思案が巡らしていると、ジャイロさんがこれまたキザっぽく言い放ちます。


「ま、その事も含めて花京院と話してみな」


丸投げです。ジャイロさんは一組の男女の時間を作ってあげるキューピッドのような装いで話しますが、
有り体に言って、今の発言は問題の丸投げに他なりません。とはいえ、ここで一から十まで説明するのは如何にも面倒ですし、
これ以上瑣末なことで、幽々子さん探索の時間を取られる訳にもいきません。そしてポルナレフさんも、私と同じ判断をしたようです。
早苗さんとの会話を急いで切り上げると、私の身体をいきなり抱っこして、ジャイロさんの馬に乗せました。
続けざまに、ポルナレフさんも颯爽と馬に乗り、勢い良く掛け声をかけます。


838 : マヨヒガ ◆BYQTTBZ5rg :2016/05/18(水) 21:51:34 3eHsafMs0
「よし、オーケーだ!! 行くぞ!! ジャイロ!!」

「あー、やっぱこういう流れになるようなあ」


ジャイロさんは馬を進めるわけでもなく、突然と愚痴り始めました。
その覇気のない様子に、ポルナレフさんは眉尻を上げて文句を放ちます。


「おい、ジャイロ!! 確かに三人乗りはキツイが、そいういうのは後にしてくれ!! 今は幽々子さんを探すのが先決だ!!」

「チッ、わーってるよ。まあ、阿求みてーなガキなら、嫉妬もしないだろ」


その言い回しで、何故あれ程ジャイロさんが私を連れて行くのを渋っていたのか、ようやく理解しました。
私が今、座っている席は、恋人専用だったというわけなのですね。
確かに恋人の居場所を、他の女性に占領させてしまうようでは、私の目から見ても格好いい男とは言えません。
しかし、場合が場合ですし、何よりも既に神子さんや私が乗った後のことです。その文句は、今更のことでしょう。
というか、一々私に喧嘩を売ってくるジャイロさんの姿勢は何なのでしょうか。私は子供ではありません!


そんな私の心の声が無事に届いたのかは知りませんが、ジャイロさんは表情を引き締めると、馬を前へ進めていきました。
三人乗り、竹林の中という悪条件にも関わらず、ジャイロさんの馬は私に強い風を感じさせて走ります。
この分なら、そう遠くない内に幽々子さんに追いつくのでは。私がそう思った矢先、突然と馬の足は止まりました。


「おい、どうした、ジャイロ!? また迷ったのか!? それとも馬がへばったか!?」


ポルナレフさんの声に微動だにせず、ジャイロさんはペンデュラムを見つめています。
何の道標もない竹林を迷わずに進めたのは、ひとえにそのペンデュラムのおかげです。
道を見失うと馬を止め、私達三人で再びペンデュラムに手をかざし、その行き先を示してもらう。
そうして幽々子さんとの距離を詰めていき、つい先程ジャイロさん一人でもペンデュラムが反応するまでになりました。
いよいよ合流は間近。その段になって、ジャイロさんは何故か先へを進むのを止めたのです。


839 : マヨヒガ ◆BYQTTBZ5rg :2016/05/18(水) 21:52:29 3eHsafMs0
「おい!! ジャイロ!!!!」


ポルナレフさんの怒鳴り声が私の耳をつんざくような勢いで入ってきました。
彼の焦りが形となって見えるかのようです。そしてそれに呼応するかのようにジャイロさんも大きな声で叫び返します。


「動かねえんだよ!!」

「ああ!!?」

「ペンデュラムの動きが止まっちまったって言ったんだよ!!」

「てめえ、ちゃんと幽々子さんの可憐なイメージを伝えたんだろうなあ!!?」


ポルナレフさんは馬を飛び降りると、ジャイロさんのペンデュラムをひったくりました。
ですが、ポルナレフさんがそれを手にしても、僅かに動く気配も見せません。


「きょ、距離が離れすぎちまったんだ……そ、そうだろう? おい、ジャイロ、阿求ちゃん、手を貸してくれ!」


ポルナレフさんはそう言うと、私とジャイロさんの手が届く距離にペンデュラムを持ってきました。
勿論、私とジャイロさんは必死になって幽々子さんの姿形を頭の中に作り出し、それをペンデュラムへ伝えます。
一分、二分と時間が経ち、私達の手や顔には汗が滲んできました。しかし、幾ら努力と時間を重ねようと、その結果は変わらずじまい。
ついにはポルナレフさんの失意に染まった顔を、変化させることはできませんでした。


「あの、ポルナレフさん、幽々子さんはもう……」


私が口を開くやいなや、ポルナレフさんは私の胸倉を掴んできました。


「言うなッッ!! その先は言うんじゃねえ!!」


その勢いと力強さに、私の首は絞められ、思わず咳き込んでしまいます。
ポルナレフさんは慌てて私から手を離し、謝ってきてくれましたが、
それでその場に立ち込めた悲愴な空気が綺麗に払拭されたわけでもありません。
寧ろ、ポルナレフさんの感情の乱れこそが、幽々子さんに訪れた暗い未来を、より強く皆に彷彿させるものでした。
ポルナレフさんも、それに気がついたのでしょうか、私の耳に聞こえるほど強く歯軋りすると、
次の瞬間、彼は口を大きく開けて吼えました。


840 : マヨヒガ ◆BYQTTBZ5rg :2016/05/18(水) 21:53:55 3eHsafMs0
「違う!! そんな訳ねええッッ!! 幽々子さんは生きているッッ!!!」


そう言うなり、ポルナレフさんは先程までペンデュラムが指し示していた方向へ駆け出していきました。
ここで身勝手な奴と罵れたら、どれだけ楽になるでしょうか。
ですが、哀しいことに、私はそこまで彼と自分を切り離して、考えることはできませんでした。
ポルナレフさんの中で吹き荒れる悲痛な思いは、私の中にだって当然あるのです。
しかしだからといって、そんな感情の奔流に呑まれ、目的を見失ってしまうのは、私の役どころではありません。





言葉で支える。





それが戦うことのできない私の決めた覚悟なのですから。





「ジャイロさん」と、私は俯いていた顔を上げて、声をかけました。

「判っている」と、ジャイロさんは力強く応えます。「だが、話をするにしても、まずはあの馬鹿を取っ捕まえてからだ」


841 : マヨヒガ ◆BYQTTBZ5rg :2016/05/18(水) 21:54:30 3eHsafMs0
ジャイロさんは、ポルナレフさんが投げ捨てたペンデュラムを拾い上げると、再び馬に跨り、手綱を引きました。
ポルナレフさんの走った道は、彼の当て所のない激情を示すかのように竹が斬りきざまれ、実に判りやすく私達に教えてくれています。
そうして馬を進めて、しばらく経つと、周りを見渡せるような開けた場所へと辿り着きました。
ジャイロさんの脇から前を覗けば、私の家にも引けを取らない何とも立派な屋敷が佇んでいます。


「しっかし、相変わらず野暮ったい家だな、これ」


そんな台詞を放つジャイロさんの背中を、私は思わず殴りつけました。
この人は本当に私を煽るのが好きですね。もっとデリカシーというものを持てないのでしょうか。
とはいえ、私が先に述べた感想は、実際に口に出したわけではないので、
ジャイロさんにとっては、今の私の行動は疑問だらけでしょう。
当然、彼は私に文句を放ちます。


「いってーな。いきなり何すんだよ、阿求?」

「そんな小言や感想は後です。それよりもポルナレフさんと幽々子さんです。ここが永遠亭ですよ、ジャイロさん」


ジャイロさんの非難をさらりと受け流し、私は馬を下ります。
当初の目的地に着いたことを知ったジャイロさんも、不満だらけの顔を治すと、その視線を永遠亭に向けました。
すると、それを待っていたかのように、幽々子さんの名前を連呼するポルナレフさんの叫び声が、聞こえてくるではないですか。
探し人の一人を見つけたジャイロさんは馬を下りて、急いで永遠亭の門をくぐりぬけ、私も遅れずに後に続きます。


永遠亭はひどい有様でした。戸や障子は跡形もなく吹っ飛び、壁は穴だらけ。
そして幾つもの柱が折れ、それが支えていた屋根が今にも落ちてきそうな気配を見せています。
まるで嵐が通り過ぎていったかのような破壊の痕。その惨状は、ここであった激しい戦闘を如実に描写しています。
そして肝心のポルナレフさんは、夥しい血痕がある縁側で跪き、今にも泣きそうな声で、言葉を搾り出していました。


「クソ、クソッッ! 俺は……俺はまた守れなかったというのかぁッッ!!」


842 : マヨヒガ ◆BYQTTBZ5rg :2016/05/18(水) 21:55:23 3eHsafMs0
そこにある血は既に乾いており、まだ別れて間もない幽々子さんの死を明確に告げるものではありません。
しかし、幻想郷にある能力やスタンドの能力を使えば、死亡時刻をずらすことぐらいは、容易なはずです。
ましてや、単に血を早く乾かす程度なら、何の力もない私でも幾通りもの方法が思い浮かびます。
戦闘の痕、大量出血の痕、そして先程まで幽々子さんの所在を示していたペンデュラムを鑑みるに
幽々子さんの生存を楽観できる要因は多くないと言っていいでしょう。
ですが、縁側の板をブチ破る勢いで殴りつけたポルナレフさんは、
決然と目を開いて、口も張り裂けそうなほど大きく開きました。


「いや!! 幽々子さんは生きているッ!! そうに決まっているッ!!」

「おい、ポルナレフ、何を根拠に言っている?」


鬼も逃げ出してしまいそうなポルナレフさんの気迫を前に、ジャイロさんは努めて冷静に訊ねました。


「決まっている!! 幽々子さんの死体がねえからだッッ!!」

「生きているっつーなら、何故ペンデュラムが反応しねえ?」

「ヘッ、どうせ壊れちまったんだろ! ジャイロ、てめーの扱い方がワリィんだよ!」

「壊れているだぁ? じゃあ、これを見ろ。今、ペンデュラムはお前の方を向いているよな? 動いているよな?
すぐに否定できるような、つまんねー答えなんか、すんじゃねーよ。…………ポルナレフ、冷静になれ」

「冷静だぁ!? 俺は十分に冷静だね!! そいつが壊れてなきゃ、単に幽々子さんが探索範囲から離れたってことだろうが!!」

「俺は冷静になれっつったよな? 馬より速く動ける人間がどこにいる?」

「ケッ、てめーの駄馬より速い人間なんざ、幾らでもいるぜ!!」

「…………喧嘩売ってんのか、ポルナレフ?」


静かですが、重く、威圧的な声が、ジャイロさんから放たれました。
聞けば、ジャイロさんと、その馬であるヴァルキリーは、過酷なレースを共にしてきたといいます。
そんな大切な相棒を馬鹿にされては、ジャイロさんも我慢できるはずがないでしょう。
ですが、そのジャイロさんの怒りを目の当たりしても、ポルナレフさんは僅かに気後れする様子も見せません。
それどころか、更なる怒りでもって、ポルナレフさんはジャイロさんに応えました。


「ほー、プッツンくるのかい? だがなぁ!! 喧嘩を売ってきてんのは、てめーだろ、ジャイロォッ!! 
何故、幽々子さんが生きていることを諦める!!? 何故、幽々子さんを死んだ者として扱う!!?
まだ俺達は幽々子さんの死を何ンンにも確認してねええだろうがあ!!!」


843 : マヨヒガ ◆BYQTTBZ5rg :2016/05/18(水) 21:56:06 3eHsafMs0
その言葉にジャイロさんは口を閉じました。幽々子さんの死は、単なる状況証拠から推察したものに過ぎません。
つまり、幽々子さんの死を確実視できる材料は、どこにもないのです。ですが、彼女が死んだという公算は高く、
そして何より私達にはメリーという助けるべき人がいます。ここで下手に時間を費やしてしまっては、
私達は幽々子さんどころか、メリーさえも失うという最悪の結果に辿り着きかねません。


タンッ、とポルナレフさんは音を立てて縁側を飛び降りました。
どうやら彼はジャイロさんに見切りをつけたらしく、何も言わずにそのまま背中を見せて、門のほうへ歩いていきました。
ポルナレフさんの意図を察したジャイロさんは、慌てて食って掛かります。


「おい、ポルナレフ!! どこへ行く気だ!!?」

「幽々子さんを探しに行く!! 今もこうしている間にも、幽々子さんは俺の助けを待っているかもしれねーんだ!!」

「それじゃあ、メリーはどうする!? アイツは敵に捕まっているんだぞ!! 放っておくっつーのか!!?」

「…………彼女の事は、お前らに任せる。ここからは別行動だ。ま、花京院と早苗ちゃんには、よろしく言っといてくれや」

「こいつはミイラ取りがミイラになるな」

「ああ!? どういう意味だ、それはよ!?」

「お前一人じゃ、何もできねーっつってんだ!! おめーだけで幽々子を探せるのか!? 一人で勝手な真似してんじゃねーぞ!!」

「ジャイロ、てめー、どの口がほざきやがる!!」


「全くです」と私は心の中でポルナレフさんの台詞に頷きました。
ジャイロさんは、一人でノトーリアス・B・I・Gに向かった時のことを、もう忘れてしまったのでしょうか。
とはいえ、あの時のジャイロさんは敵を倒す算段がついていたみたいですから、ここで不平を言うのは間違いでしょう。
そしてそれとは反対に、今のポルナレフさんは何の計画もなく、自分の気持ちだけで幽々子さんを探そうというのですから、
理がジャイロさんにあるというのは、当たり前のことです。尤も、それでポルナレフさんが『納得』するということもないのでしょうが。


844 : マヨヒガ ◆BYQTTBZ5rg :2016/05/18(水) 21:58:19 3eHsafMs0
結局の所、私がすべきなのは『妥協』という『指針』をポルナレフさんに押し付けることです。
あの時、ジャイロさんに話したように。勿論、それで『納得』足りえないであろうことは、百も承知です。
しかし、いつだって『納得』できる結果が得られるほど、この殺し合いは優しいものではありません。
私達は、その厳しさをどこかで受け入れなければならないのです。そうでなければ、きっと『納得』は破滅へと身体を押しやってしまうことでしょう。
違う。そうであってはならない。『指針』は終わりではなく、前に進む『道』を示すべきなのです。




だから、ここで私が、言葉にします。



私達が置かれた『現実』を、私達が取る『選択』を、私達が進む『妥協』という道』を。



幽々子さんのことは諦めて、メリーを皆で探しに行きましょう、と。





だけど、私の口から、そんな言葉が出ることはありませんでした。
私がポルナレフさんに話しかけようとした正にその瞬間、私の脳裏に過ぎってしまったのです。
まだポルナレフさんと戦っている時、私が幽々子さんとメリーを背にして、その場を去ってしまったことが。
ここで幽々子さんを諦めるのは、あの時と同じことではないのだろうか。
そう思った瞬間、私の中で『感情』が吹き荒れ、『理性』を侵食し始めました。




幽々子さんは、きっと生きているから、彼女を皆で探しに行きましょう、と。





だって






だって、当たり前じゃないですか!!!






私だって、幽々子さんには生きていて欲しいですから!!!!





元々、私のせいで幽々子さんを見失ったんです!!!





その責任を軽々と放棄できるはずもありません!!!





でも





それでも、私がしなければいけないことは、幽々子さん見捨てることなんです!!!





どこにいるかも判らず、最早生きているかさえも判らない幽々子さんより、今も確実に生きているメリーを優先する。
どこにも非のない考え方です。きっと、この考えには幽々子さん本人も同意してくださることでしょう。
そうして、私達は荒木・太田打倒への道程を進むべきなのです。
それが正解だとも、私の『理性』が告げています。


845 : マヨヒガ ◆BYQTTBZ5rg :2016/05/18(水) 21:59:12 3eHsafMs0
ですが、私の『感情』は、幽々子さんの捜索をこのまま続けることこそが、正解だと叫びます。
彼女を無事に探し出して、メリーも助け出せば、ハッピーエンド。何の文句もない綺麗な終わり方です。
そこには、幽々子さんを見捨てることへの罪悪感もありません。皆が笑顔なのです。
そしてその光景を見れる可能性は、決してゼロではないのです。それを手にできる可能性があるんです。




だから、私は決して幽々子さんを諦めてはいけないんです!!!





私の前に新たに現れた二つの選択肢――『理性』と『感情』
神子さんは、どちらを選ぶのが正解と言ったでしょうか。それとも、どちらもが正解と言ったのでしょうか。




判らない。



判りません。



この場合は、どちらが正解なのでしょうか。




私は言葉で皆を支えるのが、私の役目だと思っていました。そしてそれが私の立ち向かうことだとも。
だけど、私の足は前に進みもせず、それどころか、立ち上がって前を向くことすらできずにいる。
本当に滑稽です。本当にお笑い種です。





今の私には自分を支える言葉すら思いつかない。


846 : マヨヒガ ◆BYQTTBZ5rg :2016/05/18(水) 22:00:15 3eHsafMs0
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『東風谷早苗』


ザッ、ザッ、と私と花京院君は力強く大地を踏みつけ、竹林の中を進んでいます。
勿論、戦いの疲労で身体を重く感じていますが、それで気持ちが折れるはずもありません。
私達が向かう永遠亭には、きっと仲間の皆さんが待っているのですから。
そんな風に気を強めていた中、突如として花京院君が私に声をかけてきました。


「あの、東風谷さん、少しいいですか?」

「どうしましたか? ひょっとして疲れてしまいましたか?」


私は後ろを振り向き、花京院君に訊ねました。
つい先程まで彼は気絶していたのです。身体の調子も、まだ良くないことでしょう。
そんな中で整地されていない道を強行軍で行くとあっては、花京院君にかかる負担は相当のはずです。
しかし、彼は別にそんな素振りは見せず、寧ろこちらを心配する様子で、一つの質問を投げかけてきました。


「……僕達…………迷っていませんか?」

「アハハ、まぁ確かに竹ばっかりの同じ光景を見ていたら、そう思いますよね。
でも、大丈夫です。それより先に進みましょう。時間が勿体無いですよ」


私は花京院君の実につまらない悩みを吹き飛ばしてやろうと笑顔で答えます。
ですが、彼の疑問は解決に至らなかったらしく、続けてこんな言葉を放ってきました。


「東風谷さん、あれを見てください。あそこの竹に傷が付いてますよね?」


はぁ、と私は頷きました。花京院君が指差す先には、確かに傷が付いた竹があります。
とはいえ、そんな傷が一つ、二つあったところで、私達の足を止める理由にはなりません。
私は徒に時間を浪費するばかりの花京院君を窘めるように、少し怒った口調で言います。


「それが何だっていうんです!? 余計なお喋りは、ここでおしまいです! さ、行きましょう!」


そう言って、私は颯爽と先へと歩き出しますが、花京院君の口から放たれた言葉が再度私の足を止めることになりました。


「その傷は、さっきこの道を通った時に僕が付けた傷です」

「そッ……それが何か?」

「東風谷さんは何か言うことがあるんじゃないでしょうか」


847 : マヨヒガ ◆BYQTTBZ5rg :2016/05/18(水) 22:03:47 3eHsafMs0
何の迷いもなく毅然と向けられる花京院君の瞳。
その真っ直ぐな視線に耐えかねた私は、吐露せずにはいられませんでした。


「だだだだだだって、仕方ないじゃないですかーー!! いつもは空を飛んでってるんですもんッ!!
こんな道なき道、判るわけないじゃないですかーーー!!」

「そうならそうと、何故早く言わないんですか!? こんなのは、時間のロスでしかないじゃないですか!」

「だって、だって、花京院君が期待に満ちた目で私を見るんですもん!! 何か言いづらいじゃないですか、そういうの!!」

「それは東風谷さんが、幻想郷は私にとって庭みたいなものですから任せて下さい、と言って先導したからじゃないですか!!
頼りにするのは、当たり前です!!」

「ああーーッ、そうやって人のせいにするんですか、花京院君!? そもそも皆を探しに行くって言ったのは花京院君じゃないですか!!
私は行き違いにならないように、あの場所で待っているのが良いって言ったのにーー!!」

「確かにそう言いましたが、僕はその判断を東風谷さんに強要した覚えはありません!」

「私の制止も聞かず、あんなフラフラの身体で動き出したら、一緒に行くに決まっているじゃないですか!! 
あれは強要と同じですよ、強要と!!」

「そうやって自分の責任を簡単に放り出すから、こんな事態になっているんじゃないですか! 迷子ですよ、迷子!
クソ、冗談じゃないぞ!  オンバシラの時といい、今といい、東風谷さん、君と一緒にいて、良いことに会った試しがない!
東風谷さんは疫病神か何かですか!!?」

「し、失礼な! 私は現人神です!!」

「それが何の神様か知りませんが、何のご利益もないじゃないですか!!」

「それは花京院君の信仰心が足りないからですよ!!」

「悪いことがあれば、信心が足りない。そして良いことがあれば、信心のおかげ。
一体どこのカルト宗教ですか!! 今時、霊感商法でも、もっとまともな売り文句を言いますよ!!」

「そんな犯罪者達と一緒にしないでください!!!」


怒りのあまり、私は大声を上げて、花京院君に踊りかかります。
しかしその瞬間、目の前が真っ白になって、私の身体は地面へと倒れていきました。
おそらくは失血による貧血、立ち眩みなのでしょう。そうして私の意識もが、どこかへ引っ張られそうになる中、
それを繋ぎ止めてくれる手が私の前に現れました。――――花京院君です。


848 : マヨヒガ ◆BYQTTBZ5rg :2016/05/18(水) 22:04:54 3eHsafMs0
彼は私が倒れそうになるのを見ると、すぐさま腕を伸ばして、身体を支えてくれたのです。
その驚きと衝撃で、私の視界は無事に色を取り戻しましたが、花京院君とて万全の体調ではありません。
案の定、私を最後まで支えることができずに、二人仲良く地面に倒れこむことになりました。
そして――――



むにゅ♪

     もみもみ♪



「キャー! エッチー!」などという台詞が漫画やアニメのシーンと共に思い浮かびましたが、
残念ながら私は最初の「キャ」だけを発するのが精一杯でした。その一音のみで、口を動かすのが億劫になる程、疲れてしまったのです。
その上、花京院君は「東風谷さん、重いので早くどいてください」と言ってくる始末。
女の子の胸を触っといて、出てくる感想がそれでは、乙女の恥じらいなど消えて無くなってしまいます。
私は花京院君のデリカシーの無さに重〜く溜息を吐いてから、何とか身体に力を入れて起き上がりました。


私の信仰を犯罪とごちゃ混ぜにしたこと、私にセクハラしたこと、更には私のことを『重い』発言。
それらは怒るのに十分な理由ですが、どうにも怒れない私が、そこにはいました。
花京院君に支えられた時、私は思い出してしまったのです。あの化け物との戦いで、痛みと諦めに支配され、
投げやりにすらなった私を見捨てることなく、最後まで励まして、傍にいてくれた男性のことを。


「あの、花京院君、『続き』を教えて下さい」


私は唐突ですが、しっかりと言葉を発しました。私が意識を失う間際、私は彼に訊ねたことを今でも覚えています。
何故そんなにも私を気遣ってくれるのか、と。花京院君は、あとでそれを教えてくれると約束してくれました。
そしてその答えで、私は花京院君のことを許せそうな、もっと仲良くなれそうな、そんな気がするのです。


「早く教えて下さい!」


沈黙を続ける花京院君に焦らされた私は幾分か語気を荒げました。
もしかしたら、それはほんの少しあった私の面映さを隠すための誤魔化しだったのかもしれません。
しかし、花京院君はというと、そんな慌てふためく私とは正反対のように、冷静に、無感動に答えます。


849 : マヨヒガ ◆BYQTTBZ5rg :2016/05/18(水) 22:08:37 3eHsafMs0
「……さっきから、東風谷さんは何を言っているんです?」

「だ〜か〜ら、『続き』ですよ!!」私は更に語気を強めます。「花京院君は、どうして私を気遣ってくれるか!!
あの時は答えが曖昧なままで終わりましたけれど、『続き』を教えてくれるって約束じゃないですか!!」

「そうは言いますが、僕にはそんな記憶ないのですが?」

「また幻覚だって言うんですか!? 花京院君が私を叩いたのが、そうであったように!?」

「あの時の東風谷さんは朦朧状態にありました。幻覚の一つや二つは見るでしょう」

「花京院君に都合の悪い事は全部幻覚ですか!? それで私が納得すると思っているんですか!?
花京院君は私をアホの子だと思っていませんかァッ!?」


しばらっくれる花京院君に業を煮やした私は、地団駄を踏んで、彼に詰め寄ります。
ですが、その瞬間、私は目眩を起こし、再び花京院君を巻き込んで地面に倒れてしまいました。
そしてそこに追い討ちをかけるように、ザーーッと大粒の雨が降り注いできます。


背中と頭に訪れる冷たい水の感触に、耳に木霊する雨の音。


何だか、途端にどうでもよくなってきました。
実際、花京院君の気持ちを知っても、別にそこまで意味があることでもないですし……。
それに、ここで無駄に押し問答を繰り広げていたら、余計に雨に濡れてしまいます。
幾ら生い茂る竹の葉が傘の役割を果たしてくれるとはいえ、それも完全にとは言えません。
疲弊した身体を雨で濡らしたとなっては、それこそ身体に障るのは確実。
早急に、この雨を凌ぐ場所が必要となってくるでしょう。
私は自らに活を入れ、どうにかその場から起き上がります。


「行きましょう、花京院君」


私は襟を正すと、遅れを取り戻すべく、また雨を避けるため、歩を進め始めました。
すると、それを見た花京院君も急いで身体を起こし、私の背中を追ってきます。


「行くって、どこにですか、東風谷さん?」

「永遠亭に、です」

「……どうやってです?」


沈黙。


「…………………行きましょう」


問題ない、とは、言えませんでした。
これから私達が、どこに向かって行こうとしているのか、さっぱり判りませんでしたから。


850 : マヨヒガ ◆BYQTTBZ5rg :2016/05/18(水) 22:09:41 3eHsafMs0

【不明 迷い竹林のどこか/昼】

【花京院典明@ジョジョの奇妙な冒険 第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:迷子、体力消費(大)、精神疲労(大)、右脇腹に大きな負傷(止血済み)
[装備]:なし
[道具]:空条承太郎の記憶DISC@ジョジョ第6部、不明支給品0〜1(現実のもの、本人確認済み)、基本支給品×2(本人の物とプロシュートの物)
[思考・状況]
基本行動方針:承太郎らと合流し、荒木・太田に反抗する
1:永遠亭に向かい、仲間と合流する。
2:東風谷さんに協力し、八坂神奈子を止める。
3:承太郎、ジョセフたちと合流したい。
4:このDISCの記憶は真実?嘘だとは思えないが……
5:3に確信を持ちたいため、できればDISCの記憶にある人物たちとも会ってみたい(ただし危険人物には要注意)
6:青娥、蓮子らを警戒。
[備考]
※参戦時期はDIOの館に乗り込む直前です。
※空条承太郎の記憶DISC@ジョジョ第6部を使用しました。
これにより第6部でホワイトスネイクに記憶を奪われるまでの承太郎の記憶を読み取りました。が、DISCの内容すべてが真実かどうかについて確信は持っていません。
※荒木、もしくは太田に「時間に干渉する能力」があるかもしれないと推測していますが、あくまで推測止まりです。
※「ハイエロファントグリーン」の射程距離は半径100メートル程です。
※ポルナレフらと軽く情報交換をしました。


【東風谷早苗@東方風神録】
[状態]:迷子、体力消費(大)、霊力消費(大)、精神疲労(極大)、出血過剰による貧血、重度の心的外傷
[装備]:スタンドDISC「ナット・キング・コール」@ジョジョ第8部
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:異変解決。この殺し合いを、そして花京院君と一緒に神奈子様を止める。
1:永遠亭に向かい、仲間と合流する。
2:『愛する家族』として、神奈子様を絶対に止める。…私がやらなければ、殺してでも。
3:殺し合いを打破する為の手段を捜す。仲間を集める。
4:諏訪子様に会って神奈子様の事を伝えたい。
5:2の為に異変解決を生業とする霊夢さんや魔理沙さんに共闘を持ちかける?
6:自分の弱さを乗り越える…こんな私に、出来るだろうか。
7:青娥、蓮子らを警戒。
[備考]
※参戦時期は少なくとも星蓮船の後です。
※ポルナレフらと軽く情報交換をしました。
※痛覚に対してのトラウマを植え付けられました。フラッシュバックを起こす可能性があります。


851 : マヨヒガ ◆BYQTTBZ5rg :2016/05/18(水) 22:10:23 3eHsafMs0
【D-6 迷いの竹林 永遠亭/昼】

【稗田阿求@東方求聞史紀】
[状態]:疲労(中)、自身の在り方への不安
[装備]:なし
[道具]:スマートフォン@現実、生命探知機@現実、エイジャの残りカス@ジョジョ第2部、稗田阿求の手記@現地調達、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いはしたくない。自身の在り方を模索する。
1:幽々子を諦める or 諦めない
2:私なりの生き方を見つける。
3:メリーを追わなきゃ…!
4:主催に抗えるかは解らないが、それでも自分が出来る限りやれることを頑張りたい。
5:荒木飛呂彦、太田順也は一体何者?
6:手記に名前を付けたい。
[備考]
※参戦時期は『東方求聞口授』の三者会談以降です。
※はたての新聞を読みました。


【ジャン・ピエール・ポルナレフ@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:疲労(大)、身体数箇所に切り傷、胸部へのダメージ(止血済み)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品 、???(※)
[思考・状況]
基本行動方針:メリーや幽々子らを護り通し、協力していく。
1:幽々子を諦めない 。
2:メリー及び幽々子の救出。
3:仲間を護る。
4:DIOやその一派は必ずブッ潰す!
5:八坂神奈子は警戒。
[備考]
※参戦時期は香港でジョースター一行と遭遇し、アヴドゥルと決闘する直前です。
※空条承太郎の記憶DISC@ジョジョ第6部を使用しました。3部ラストの承太郎の記憶まで読み取りました。
※はたての新聞を読みました。
※ノトーリアス・B・I・Gが取り込んでいた支給品のいずれかを拾ったかもしれません。次の書き手の方にお任せします。


【ジャイロ・ツェペリ@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:疲労(大)、身体の数箇所に酸による火傷、右手人差し指と中指の欠損、左手欠損
[装備]:ナズーリンのペンデュラム@東方星蓮船、ヴァルキリー@ジョジョ第7部
[道具]:太陽の花@現地調達、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:ジョニィと合流し、主催者を倒す
1:幽々子を諦める。
2:メリーの救出。
3:青娥をブッ飛ばし神子の仇はとる。バックにDioか大統領?
4:ジョニィや博麗の巫女らを探し出す。
5:リンゴォ、ディエゴ、ヴァレンタイン、八坂神奈子は警戒。
6:あれが……の回転?
7:遺体を使うことになる、か………
[備考]
※参戦時期はSBR19巻、ジョニィと秘密を共有した直後です。
※豊聡耳神子と博麗霊夢、八坂神奈子、聖白蓮、霍青娥の情報を共有しました。
※はたての新聞を読みました。
※未完成ながら『騎兵の回転』に成功しました。


852 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/05/18(水) 22:11:28 3eHsafMs0
以上です。投下終了。


853 : 名無しさん :2016/05/18(水) 22:51:51 x11JJe66O
投下乙です

花京院はクールにラッキースケベ
このままだと、5人ともバラバラに迷子になりかねない


854 : 名無しさん :2016/05/18(水) 22:54:38 XOEUwfq20
投下乙です
なんでマヨイガだ?と思ったけどなるほどマヨイガだった。三者三様ならぬ五者五様どいつもこいつも迷いに迷ったわけか。
阿求はどうあがいても、抜け出せない迷い道にいるのがツラいですね。賢しい弱者故にどうしようもない問題に悩むのがねぇ
逆にラッキースケベしてる二人は普通に迷子になるのに安心感を覚えるというねw


855 : 名無しさん :2016/05/20(金) 04:11:31 uLJm2xE20
投下乙です。
阿求が悩み続けるキャラで良い、というか美味しいなあ。一般人枠が故の葛藤だ。
ポルナレフも原作を髣髴させるムーブで少し危なっかしい。阿求が何とか上手く舵を取ってほしいね。
そして相変わらずというか、見ていて微笑ましさすらある緑コンビ。
何でこいつらは天然で漫才やってるんだ。「むにゅ♪ もみもみ♪」じゃあないんだよ。
こんな有様で果たして神奈子の居場所まで辿り着けるのか!方角的にはド反対だぞ!


856 : 名無しさん :2016/05/20(金) 16:51:13 sItCOeI.0
投下乙っす
さらに追い打ちを掛けるようにはたてのメールマガジンも来るからなぁ、
果たしてチームの行く末は如何に


857 : ◆at2S1Rtf4A :2016/05/22(日) 02:00:44 7xFI4J5M0
予約破棄します、何度もすみません…


858 : 名無しさん :2016/05/22(日) 02:02:03 RoknzjjA0
何度でも立ち上がるんだ


859 : 名無しさん :2016/05/29(日) 09:56:48 fgpWZ.6Q0
花京院は内心穏やかじゃなさそう


860 : ◆qSXL3X4ics :2016/06/01(水) 02:03:25 EJiyYkgg0
パチュリー・ノーレッジ、吉良吉影、封獣ぬえ
以上を予約します


861 : 名無しさん :2016/06/01(水) 06:20:57 HUi.7ah.0
むきゅっ!?


862 : 名無しさん :2016/06/01(水) 11:49:46 vZZazmz60
また怖いところが


863 : ◆qSXL3X4ics :2016/06/08(水) 23:53:24 RftJKJ2k0
本日が期限の予約ですが、先ほど完成しました。
が、推敲にあと少しばかりお時間を頂けると助かります。
申し訳ございませんが、もう1時間ほどで投下できると思いますので、お待ち頂ければ幸いです。


864 : 名無しさん :2016/06/08(水) 23:59:19 WUa5PGNI0
ヒャア!我慢できn…で……出来る!許せる!赦された!
ヒャア!後一時間だァ!


865 : ◆qSXL3X4ics :2016/06/09(木) 01:20:12 424kK2ao0
少し遅れましたが投下します


866 : 偽装×錯綜×アンノウンX ◆qSXL3X4ics :2016/06/09(木) 01:21:58 424kK2ao0
『パチュリー・ノーレッジ』
【昼】E-3 大蝦蟇の池


「なんだか、神秘的な場所だな」

「当たり前よ。ここは『大蝦蟇の池』。
 守り神である大蝦蟇様が棲み付くと言われてる、れっきとした聖域だもの」


物珍しそうに周りを見渡す吉良の感想に、パチュリーは自宅の蔵書で見た知識を披露する。
知識とは、溜め込んでばかりだと単なる自己満足。自身の足で赴き、見て、体験し、実生活での応用を為せて初めて意義が生まれる。
耳学問など以ての外。こうしてパチュリーは、たとえ相手が外界の殺人鬼であろうとも、幻想郷の観光地をガイドすることに躊躇いはない。
無論、あの寺子屋教師ほどにはうるさくない程度に、だが。

「……綺麗な水だね。大蝦蟇サマとやらはどうにも胡散臭いが、守り神が棲むと言われても納得してしまいそうだ」

「その池の水は『神水』。神事の際には欠かせない物らしいわ。私の目から見ても確かな魔力が宿っているお墨付きよ」

いかにも西洋かぶれ然とした見た目のパチュリーだが、その本領はどちらかと言えば東洋の魔術師に当たる。
こういった日本特有のまつりごと、神性こそが彼女の操る五大元素の真髄そのものだ。


「ふむ……どれ、ここはひとつ」


無表情で腰を下ろしたまま吉良は呟き、決して大きく音を出し過ぎないよう極めて丁寧にパン、パン、と拍手を打つ。
そして両手を下げ、分度器で測ったかのようにピタリ90度頭を下げ、静かに立ち上がりもう一度軽く45度頭を下げる。
過程を幾らか排除しての見事な二拍手一拝であった。これに多少なり驚いたのは傍で見ていたパチュリー、ぬえの両方。
この男が信心深そうには見えないところから、その行為は単なる願掛けであろうとは思うがしかし。


これではまるで彼が『普通の男』に見えるではないか。


「……何というか、意外ね」

「『こんな風習に沿う様な男には見えなかった』……そう言いたげな顔だな?」

「そう言いたげですもの。少なくとも私が持つ殺人鬼のイメージじゃあないわね」


歯に衣など着せる気のないパチュリーの言葉選びは吉良を幾分か不満気な表情にさせたが、それにも慣れたのか。
やれやれといった顔で吉良は頭を振り、若干ダルそうに反論を述べることで魔女への仕返しとした。

「……君たちが仗助共からどこまで私の下劣な情報を聞いたかは知らないが、少なくとも今まで私は立派に人間をやってきた。
 有名な美術家の作品を見て心動かされることもあるし、美しい景色に癒される常識的な価値観くらいある」

彼のしかめ面は言外に「少しは普通の人間らしく扱え」と言った様なものであり。
今まで当たり前のように『吉良は恐るべき異能者』と認識していたパチュリーは、自らが抱く語弊に気付く。
この男にも人生はあり、過去はある。
普通の人間とは明らかに異なる性を持ちながらも、普通に生きようとしていた男。
平穏を望み、安寧を願い、常に己の理想の平和に手を伸ばしてきた。

因果者にして、果報者にも類されるのだろう。
彼は快楽の為に殺人を犯したことなど一度として無いのだから。
殺人とは、彼が生きる為の性質そのものに根を張った、抗うことの出来ない『呪い』でしかないのだから。
正直、人生の殆どを文字空間で胡坐掻いてきたパチュリーや、暴を誇示して我を通す吸血鬼のレミリアなんかよりよっぽど人間らしいというか、『普通』だった。
『殺人鬼』というどうしようもない部分を除外さえすれば、吉良は意外と人間味溢れる存在かもしれない。
基本的に他人に関心が無いパチュリーは、ここに来てようやく『人間』の多様さを知覚した。
吉良の闇である部分はあくまで彼の一側面でしかなく、その裏側に光を当てれば今まで見えなかった実体も浮き出てくる。

だが、だからといってパチュリーが吉良に対する評価を上方修正するのかといえば……


867 : 偽装×錯綜×アンノウンX ◆qSXL3X4ics :2016/06/09(木) 01:23:39 424kK2ao0


「―――アンタねえ……涼しい顔で言ってるけど、自分が何やったか忘れたわけじゃないでしょうね……!?」


我慢し切れないといった風に口を挟んだのはぬえだ。
正論でしかない。ぬえの言ったことは何もおかしくはなく、現に吉良はつい先程ひとりを殺したばかりなのだ。
そんな男がまるで被害者面のように「普通扱いしろ」とは、ちゃんちゃらおかしい。

「……どうやらぬえ君はあくまで私を快楽殺人者に仕立て上げたいみたいだが」

「いや、実際河童を殺してるでしょアンタ! そんなキレた奴が横に居れば誰だって糾弾したくもなるわよ!」

「言ったように、アレは仕方なしに始末しただけだ。にとり君が康一君を殺したことも事実だし、下手すれば私が彼女にやられていたかもしれなかったのだからね」

確か正当防衛、だと吐いたか、この男はあの時。
吉良の建て付ける反論も分からないでもない。にとりに危険思考の疑いがあったのはパチュリーこそが最もよく知っていたのだから。
事実はどうあれパチュリーは、にとりが死んだことで最悪吉良に命を救われた可能性すらある。
にとり手製の『爆弾』なんてとんでもない物が後から出てきた時、確かに身震いがした。ゾッとしたのだ。
事はもっと重く見るべきであった。藁の砦から組まれ続けた要塞は、どこまで過程を経ても所詮は薄っぺらい藁でしかなかった事実を。

故にパチュリーはこれから先、もっと周りを見ることに専念しなければならなくなった。
異変打破を志す巨大な集団も一皮剥けば、脆く細長い柱によってのみ支えられていることを自覚しなければ。
誠に不本意だし性でもないが、事実上この集団のリーダー核を担っているのは自分なのだ。
誰が言い出したことでもないし、他にも夢美や慧音といった知者は確かに居る。(夢美にリーダーはまず不適応だが)
言わば代わりの利く役職とも言えるが、それでも己にしか出来ない領域というものはある。


周りを見る、ということは人間関係を纏める、ということだ。
傍若無人な友人(科学バカではなく吸血鬼の方)とは違い、カリスマなど一寸すら無いもやしの自分にどこまでやれるか。
パチュリーは己の内に澱む不安を臆面に出さないよう、いがむぬえの前面を遮った。


「はいはい喧嘩はやめなさいな御二人さん」

「パチュリーさん。一言言わせて貰うと『喧嘩』とは同レベルの、それも極めて程度の低い者同士が行う内容の無いいがみ合いであって、少なくとも私の方は……」

「それに吉影。貴方だって事実、私たちを爆弾と称し人質にした行為を忘れてないでしょうね?」

「……そのことは『水に流す』取り決めだったハズだが?」

「水には流せても、過去までは流せないということよ。私はただ厳然たる事実に釘を刺しただけ。貴方と敵対してもメリットは無いしね」


平気な顔のようでいて、実の所パチュリーの内心は冷や汗ものだ。
吉良の能力は異変解決の『鍵』にも成り得る。その彼をここで失うわけにはいかない。
となると体面上でもパチュリーは、吉良を守るように動いていかなければならないということだ。
その吉良に喧嘩を吹っ掛けるような真似を続けるぬえの方が余程危なっかしい。
とはいえ彼女の言い分も理解できるし、パチュリーとて通常ならこんな汚れ役は御免だった。
一時的にでも『人の上に立つ』ことの困難さが身に沁みて分かる。これではレミリアを馬鹿に出来ない。


868 : 偽装×錯綜×アンノウンX ◆qSXL3X4ics :2016/06/09(木) 01:24:21 424kK2ao0


「……まあいい。ところで『水に流す』といえば、さっきからパチュリーさんは身体を濡らしていないようだが?」


背後でぬえの険しい視線を受け止めながらパチュリーは、吉良のちょっとした疑問に答えることで内なる焦燥を霧散することに決めた。
指摘通り、パチュリーの身体は少しも濡れてなどいない。この雨の中なのに、だ。
少し前からポツポツと音を立てて降り注がれてきた雨水は、少しずつ勢いを増してこの大地に吸い込まれていく。
この大蝦蟇の池の周りには雨を凌ぐには困らない分の木々が茂っており、多少は傘の役目を担ってくれる。
しかしそれでも吉良やぬえの頭髪や肩には、冷たい染みが絶えず点を作る程には雨水が注がれており、一方でパチュリーの身体にはまるで染みの痕がない。

「魔法よ、まほー。これくらい余裕よ、よゆー」

心なしか鼻高々に言ってのけるパチュリー。
その周囲数センチをよく見れば、確かに雨が弾かれているように見える。言うならば透明ドームが如く。

「五行説で言うところの相剋を応用した簡単な魔法よ。反性質の相手を打ち滅ぼして行く陰の関係……それが相剋。
 これはその『土剋水』ね。土は水を濁すことが大自然の摂理。私が行ってるのは『土』属性の魔法。
 雨という『水』属性に相反する『土』属性の魔法を纏うことで、雨粒を弾いてるのよ」

「……『土』は『水』に強い、というワケか。便利だが、わざわざ魔法など使うまでもないな」

相手だけ傘要らずなことを妬むことなく、吉良は少し首を見回して辺りを観察し始めた。
池の畔を探し、あっさりと目当ての物を発見する。その手に握られている物は二本の大きな植物の葉である。

「古来より人間はそこにある物で満足し、工夫を重ねてきたのだよ。
 ハスの葉の表面は非常に細かい球状の細胞が覆っており、この凹凸が水を弾く超撥水性の役目を持っているらしい。
 ジブリ映画のトトロも持っていたサトイモの葉もコレと同じ物さ。わざわざ土の魔法とやらを習得するまでもないということだ」

「トトロ……? 外界の妖怪だったかしら、確か」

小さめの頭を乗せた首をちょこんと傾げるパチュリーを無視し、吉良は二本の内の一本のハスをぬえに手渡した。
その手つきと仕草は至極体面的なものではあったが、幼稚な感情でこれ以上身体を冷やすのも馬鹿馬鹿しいと思い、ぬえは渋々と葉を受け取る。
同時に毒気が抜かれたように彼女は口を閉ざし、一方的な吹っ掛けが再び発動することはなかった。

自然が生んだ傘によってようやく雨水から身を守る手段を手に入れた吉良は、そのままついでとばかりにパチュリーへと会話を促した。
先までのお喋りとは違って、今度は重要な話題である。


「―――時にパチュリーさん。魔法といえばだが……」

「ええ分かっているわ。休憩がてら、ここらで『検証その2』を始めようかしら」


目尻を下げて本題へと話題を振る吉良の横をスッと通り過ぎ、パチュリーは池の前までトコトコと歩く。

「さて、いいかしら吉影? 私たちはついさっき、この会場の『端』まで行って結界を見てきたわね」

「透明の見えない障壁で四方を囲む憎たらしい結界だったな。そして私の『キラークイーン』の能力も通じる気配はなかった、と」

十数分前、パチュリーら一行は既に会場端の結界まで足を運んでいた。無論、吉良の能力による実験検証の為だ。
まず『キラークイーンで結界は破壊できるか?』という検証だが、結果はパチュリーも予測を立てたとおり、『不可能』だった。
以前にも夢美との協力で結界へ弾幕攻撃を仕掛けてみたものの、その時も彼奴めは無傷。結界はその大仰な名前を地に堕とすことなく役柄を完璧に全うした。
弾幕で駄目ならスタンドは?という僅かな可能性も、惨敗。哀れキラークイーンは障壁に触れただけで大きく弾かれ、爆弾化叶うことなく検証は失敗を以って徒労に終わった。
当然と言えば当然の話である。この策が成功しようものなら今まで自分たちがウンウン頭を捻って導き出してきた考察とは何だったんだという話になる。
故にこれはパチュリーの中では予定調和。本番なのは今から行う検証その2の方だ。


869 : 偽装×錯綜×アンノウンX ◆qSXL3X4ics :2016/06/09(木) 01:24:54 424kK2ao0


「確か……『魔力』もといそれに準ずるエネルギーを私の能力で爆弾化できるか、といった実験だったな」

「ええ。これが不可能なら脳内爆弾の解除実験方策を根本から考え直す必要があるわ。踏ん張り時よ」


吉良へ無駄にプレッシャーを掛けながらパチュリーは池の前に腰を下ろすと、その白く細い手で水を掬ってみせた。
その行為に如何なる意味があるのか。吉良はいちいち焦れったく勿体ぶるパチュリーに説明を要求する。

「魔力の実験にその池の水が必要なのか?」

「というわけでもないけど、ここの水は特別魔力に満ち溢れてるからね。その神秘を少しだけ借りさせて頂くわ。
 吉影、そもそも魔力って何なのかわかる?」

普通の人生を目指してきた吉良にとって、本家本元の魔法使いから直に魔法講座を教授するなどとは思ってもいなかった。
今まで散々魔法魔力だのの言葉が飛び交ってきたが、こうして改めて訊かれても本職ではない吉良が答えるには少々厳しい質問である。

「よね。いいわ、パチュリーレッスンよ。まず、この世界の魔力は大きく分けて二種類あるの。
 生物が生まれながらに秘める小さな魔力……有る人無い人いるんだけど、これを『小源(オド)』と言って、魔法使いはコイツを魔術回路で魔力に変換して魔法を使うの」

わざとらしくコホンと咳払いをして説明する彼女の姿はどこか誇らしげだ。
対照的に吉良はイマイチ実感に来ないのか、「そんな薀蓄はどうだっていいからさっさと実験とやらを開始しろ」とでも言いたげな視線を投げ続けている。

「でも個人の小源には限界がある。だからこの大気中に満ちているもう一つの魔力『大源(マナ)』を取り込んで大きな魔法を使ったりするのよ。こっちは無尽蔵だし実質タダよ」

「なるほどな。しかしパチュリーさん。そんな薀蓄は正直どうだっていいからさっさと実験とやらを開始して欲しいのだが」

気を良くしている所に吉良の遠慮の無い一撃で殴られ、一気にむくれたパチュリーは頬を膨らませ、また吐く。
どうにも人間というものは過程を省きたがるクセがある。
楽を求め、近道をし、ズルをしたがるのが人間たちの特性であり、それは時に長所ともなるのだが。

(そもそも魔法が生み出された経緯自体、人間たちが楽をしたいが為、ズル目的な事実だってあるわけだけども、ねぇ)

何の効能も生み出さない思案を早々に投げ捨て、パチュリーは説明の続行を決意する。
こんな先生役は寺子屋の牛女に任せるとして、今はただ必要な事柄だけを説明すればいいのだ。


「……そうね。ところで吉影。さっき言ってた『実験には絶好の隔離空間』だけど……」

「……あぁ、まあ確かに私はその場所を提供できる、が……。今からそこで実験を行うのか?」

「正直何が起こるか分からないしね。あまり目立ちたくもないし、念の為ってやつよ」


少し前のことである。
パチュリーはこれから行う実験(主に康一の頭部の解剖)を行う場所について頭を悩ませていた。
なにせ埋葬したばかりの康一の身体を掘り出し、あまつさえ頭部を切断して実験台にしようというのだ。
この壮絶な解体現場を仗助に目撃された日には彼がどれだけ爆発するかわからない。少なくとも事は穏便に運ばないだろう。
メンバー全員の集合地として設定したジョースター邸にて取っ掛かりの実験を始めるには間違いないが、あまり仗助には見られたくない。
となれば念には念を入れて万全な環境を用意したい……といったぼやきをパチュリーが呟いた時であった。


「―――あ〜〜、その……パチュリーさん。その悩みならば私が解決できる手段を持っているかもしれない、が……」


意外や意外。助け舟は思わぬ方向から流れてきた。
吉良がそんな都合の良い場を提供してくれるということである。
尤も、彼の表情はいかにも気乗りしないといった風で、恐らく己の隠し持つ情報を公開することに若干の躊躇いがある、といったとこだろうが。


870 : 偽装×錯綜×アンノウンX ◆qSXL3X4ics :2016/06/09(木) 01:25:37 424kK2ao0




「―――で、その『亀』が実験場になってくれる……と」

「広さも悪くなく、実験場としてはおあつらえ向けな物件だと思うがね」


こうして彼の手には支給品から飛び出た亀が握られることになる。
ハッキリ言って眉唾物の情報だが、これもスタンドとやらのブッ飛んだ恩恵なのだろう。
となれば次に「どうして今までそんな有益な情報を黙っていたのか」と問い質したくもなるが、そもそもこの男は他人に正体を隠して生きてきた人間だ。
極力、手の内は晒さない性分なのだろう。それが今回こうした形で協力を得ることも出来た。彼なりの譲歩が窺える。

「あまり時間も無いわ。早速亀の中に入らせて頂戴」

「背中の『鍵』に触れれば一瞬で中に入れる。やってみてくれ」

言われるがままに亀の『鍵』に腕を伸ばすパチュリー。
瞬間、視界が変貌した。気付けばそこはホテルの一室を思わせる、ちょっとした休憩場だ。
常時にはこの部屋で本に埋もれていたい衝動すら駆られ、思わず頬が綻んだ。
良い気分も束の間、パチュリーの後に続いて吉良も部屋に入ってくる。
これからここで実験をするのだから当然なのだが、部屋の中でコイツと一緒というのは如何にも息が詰まりそうで早くもここから出たくなってきた。


「……ってあれ? ぬえ〜〜〜〜? 貴方は入ってこないの〜〜〜〜?」


天井に向かって声を張り上げ、そこに居るはずのぬえに救援を求める。吉良と二人っきりはちょっと勘弁して欲しい。
上部に設置されたままの『鍵』の外。半透明で映る外の風景にぬえの下顎が大きく現れた。
どうやら自分らは本当に亀の中に入っているらしく、外のぬえが巨人に見える。気分は打ち出の小槌の魔法を浴びた一寸法師だ。

「私は……いいや。亀が変なとこ移動しないよう見張ってるから、実験なら二人でやりなよ」

素っ気無く返事する彼女の表情は暗い、というより無表情に近い。
さっきからずっとこの調子だし、喋る時は喋るのだがどうも何を考えているのか掴めない。
とはいえ見張り役も無いよりはいい。心に引っ掛かるものを感じながらパチュリーはぬえの気持ちを汲み、このまま実験を行うことにした。


「さっ。じゃあとっとと始めるわよ吉影」

「魔力を爆弾化できるか?だったな。……未だにピンと来ないのだが」


吉良の疑心は尤もで、パチュリー自身もかなり不安であった。
まずスタンドなる概念がどこまで万物の物理現象に干渉できるか見当もつかないし、ここにも主催者の制限が施されていたら実験はいきなり終了である。

魔法使いの歴史とは、探求と挑戦の歴史だ。
不可能を可能にする、と口に出せば胡散臭い文句にしかならないが、魔法というものは本来そういった難問を解く為に工夫を重ねてきた手段。
出来ないならば別の方法を探せばいい。それがどんな遠回りだとしても、積み上げた歴史と知識は嘘をつかない。絶対に。

パチュリーは己の種族に誇りを持っている。
先祖代々受け継いできた血と智を嘘にしない為に。
この歴史を絶やさない為に。

『動かない大図書館』と比喩された魔法使いは、遠い光明へ向けて今、動くのだ。
果ての果て。真理の闇に覆われた僅かな灯火に、歩を進めるのだ。
有象無象の仲間達と共に、落とし穴だらけの道程を経て。


871 : 偽装×錯綜×アンノウンX ◆qSXL3X4ics :2016/06/09(木) 01:26:14 424kK2ao0


「やってみなければわからないわよ。吉影、スタンドを出して」

「…………」


途端に吉良の表情が曇る。命令されるような口調に不満があるのか、秘中のスタンドを自ら見せ開かすことに抵抗があるのか。
だがここで子供のように駄々をこねるほど彼も馬鹿ではない。この工程が必要な儀式だということは重々承知している。


「―――『キラークイーン』」


低く、狂気の腹底から這い出たような呟きが吉良の喉から発せられる。
現れたそのビジュアルや、シリアルキラーの切り札に相応しき禍々しさを宿した瞳の人型ヴィジョン。
パチュリーがそのスタンドを目撃するのは康一死亡時に続き二度目となるが、痛切に思う。


―――コイツとは、絶対に敵対したくない……と。


現在の幻想郷ではまず見られない、殺すことのみを手段に添えた圧倒的な暴の匂い。
仮に吉良が敵に回ったとして、勝てる自信が無いわけでもない。腐っても自分は大魔法を操る超級の魔法使いなのだ。
それでも、この男の、このスタンドに潜む殺意を向けられるのは絶対に御免被る。
それくらい厄介な男なのだ。吉良吉影という人間は。


「……出したぞパチュリーさん。それで今から………………パチュリーさん?」

「…………あ、いえ。何でも、ないわ」


不覚。紅魔の動かない大図書館と(主に雑用メイドたちに)呼ばれたこの私が、たかが人間に恐怖を抱き、硬直するなんて。
額に浮き出た汗を軽く拭い、気持ちを整える。敵ならともかく、協力関係である男に何を警戒する必要がある。
吉良は話の分かる人間だ。彼に利する環境を与えている今、よほどの事でもない限り自分らに牙を向けたりはしないハズだ。

「失礼。それじゃあ今から魔力を見せるわね」

そう言ってパチュリーは人差し指を空に向けた。
透明なスケッチブックに筆を走らせるように彼女がツツーと指を軽快に滑らせると、どこから現れたのか水の球がその周囲を飛び回った。

「この水球は大蝦蟇の池で借りてきたさっきの神水。これには多くの『大源(マナ)』が含まれていると最初に説明したわね」

「マナ……つまり魔力か。その水っ玉を風船爆弾にすることが出来れば実験成功ということか?」

「んーちょっと違うわね。水は水。マナとは所詮、この水液体に付属した不可視の要素に過ぎないもの。
 これを爆弾にしたところで、それは魔力の爆弾化とは言えないわ。言うとおり、ただの風船爆弾でしかないわね」

無重力にプカプカ浮かぶコーラの如く、パチュリーの指先には直径10センチほどの小さな水球が舞う。
ならばどうする?という抗議を言外に含んだ吉良の表情は、次のパチュリーの質問によって塗り替えられた。

「時に吉影? 貴方の能力って不定形物質にも作用するの?」

言われて吉良は少し考え込み、過去を振り返りながら逡巡する。
川尻家の庭に発生した『猫草』は空気を操るスタンド使いだった。その能力を応用し、空気爆弾として使用することを練っていたのも遠い出来事ではない。
兼ねてより自主的に実験は行っていた。
例えば、キラークイーンは『空気』すら爆弾にすることも可能だ。
ある程度密度を固めたものではないと流石に不可能だが、空気が可能なら目の前に浮かぶ『水』だって爆弾には出来るだろう。

「…………物にもよるだろうが、不可能ではない。そこの水球程度なら恐らく容易なハズだ」

「それは良かった。さっきも言ったけど、この水には魔力が込められている。
 水だけじゃない。その辺に漂う空気や私達の踏みしめるこの土地、木々なんかにも本来魔力が存在するの。
 それがマナね。魔法使いはこれらを吸収して魔術回路に組み込み、魔法を発動する者達なんだけど……」

「その肝心な魔力は目に見えない。……少なくとも私の目には」

「そういうこと。ちなみに私の目からも見えないわよ魔力なんて。肌で感じ取るものだしね」

するとなると当初の『見えない物、触れない物は爆弾には出来ない』という問題が壁となる。
猫草の空気弾の場合、相当質量を膨らませてゴム鞠のような弾力性ある気体に昇華できていたから触れることが可能になった。
しかし魔力というヤツはそうもいかないのではないだろうか。これを膨らませる、というのなら話は変わってくるが……

とまで考え付いたところでようやく吉良は、パチュリーのやろうとする事が理解できた。


872 : 偽装×錯綜×アンノウンX ◆qSXL3X4ics :2016/06/09(木) 01:27:04 424kK2ao0


「……水の中に宿る魔力のみを膨らませ、キラークイーンで直接触れられる水準まで質量を上げる?」

「ピンポン。流石に頭の回転が速いわね」

「茶化さないでくれパチュリーさん。そういうことが可能なら、百聞は一見に何とやらだ。取りあえずやってみせてくれないか?」


言われるが否やパチュリーは颯爽と水球に指を伸ばし、そのままブツブツと何事かを口ずさみ始める。
恐らく呪文の類だろうと吉良はその光景を興味深そうに眺めていると、彼女の柔らかそうな唇が宣言を唱え終えたと同時に事象が発生した。
空中で静止したままの水球内から「ポヨン」というコミカルな擬音と共に小さな膿のような物が分離したのだ。

「そのちっこい青色の微生物みたいな物が魔力なのか?」

「そ。水の中に眠るマナの質量を可視領域にまで高めて分離させたの。
 魔力にも色はあるんだけど、この程度のマナ量なら薄い青色に見えるハズよ」

パチュリーはひと仕事終えたように前髪を軽く整え、こっちは用ナシとばかりに残った水球を地面に突き落として破裂させた。
フワフワ浮かぶ魔力をツンツンと突つきながら弄ぶその様は、まさに幻想の魔女と言うに相応しい。
さて、ここからの仕事はスタンド使いである吉良の領域。傍に並び立つキラークイーンを眼前に動かし、その腕をゆっくりと振り上げる。

「これを……爆弾化させればひとまず実験は成功、という認識で良いんだな?」

「ひとまずはね。私にさえ触れられるんだし、多分大丈夫だとは思うけど」

この肉体に掛けられた忌々しい呪いの根源が魔力の類だとして、その容量が常識を逸脱した大きさだとはどうにも思えない。
そこまで巨大な圧力を持つ魔力ならパチュリーや他の賢者達にも一発で見抜かれてしまう。それは主催者の本意ではない筈だ。
しかし以前夢美とスタンドを使って体内をくまなく検査した時にはそのような魔力の基になる呪印や方陣など一片も見付からなかった。
我々に施された爆弾や制限の呪い、そのスイッチとなる起源はあくまで小さな魔力を源にして体内に仕掛けられている。パチュリーはそう当たりをつけていた。
ならばその程度の魔力、発生源さえ見つけられればこちらから対策を仕掛けることも可能だ。

これはその第一歩。
吉良の能力が魔力でさえ爆破出来るのだとすれば、体内を伝う呪いの魔術回路そのものを完全に無効化できる可能性はある。
魔法とスタンドに如何なる関係性があるかは知ったことではないが、主催者太田がスタンドの管轄外だとしたらそこに隙が存在する。
無論、もう一方の主催者荒木がここに手を加えていたら対策はより困難と化すだろうが。


「……キラークイーン。ソイツを『爆弾』にしろ」


白き殺人鬼の腕が、青い魔力の塊を透過する。
……一見、何も変わっていない様に見える。パチュリーは吉良を横目でひと睨みすると、吉良は右手で丁度スイッチを押す構えを作った。
躊躇無く、スイッチに向けて親指を振り落とす。

カチリ、という擬音が二人の耳を突き抜けた。



ボンッ



魔法薬の調合に失敗した時とよく似た小さな炸裂音が、部屋の中に木霊する。
パチュリーが予想したよりも遥かに小ぢんまりした爆発が彼女の瞳に刻まれた。


873 : 偽装×錯綜×アンノウンX ◆qSXL3X4ics :2016/06/09(木) 01:27:58 424kK2ao0


「成功ね」

「……随分とあっさりした実験だったな」


吉良の呟く通り、参加者の運命を握る一大実験の先駆けにしては、思ったよりも小さな祝砲音で幕は閉じられた。
これではやりがいも無ければ実感も無い。果たしてこれは本当に喜ばしい結果なのだろうか。

「当たり前でしょ。これはあくまでこの先進める実験の前提を確かめる為のもの。実験の実験なんだから。
 とにかくこれで分かったわね。貴方のキラークイーンは『魔力すらも爆弾に出来る』ってことが」

涼しい表情でパチュリーは内心、胸を撫で下ろす。
実験の成功は勿論ありがたい結果なのだが、それ以上に彼女は腹に抱えていたもうひとつの懸念の解消に安堵したのだ。

吉良のキラークイーン『第1の爆弾』とやらは、同時に複数の対象を爆弾に変えることは出来ないらしい。
となれば今ここで彼が魔力の爆弾化、加えて爆破を行ったということは、彼は『誰も爆弾に変えてはいなかった』ということになる。
にとりを人質にし、実際に爆殺した男のことだ。彼があれ以来、誰かを再びこっそり『人質』にしてはいない、という確証なんか無かった。
パチュリー自身、吉良の素振りには最大限警戒していたが、自分が気付かぬ内に爆弾にされている可能性もゼロではなかった。
もし爆弾にされていようものならこの先、この男に対して都合の悪い意見は問答無用で全て封殺されることであっただろう。
その懸念も木っ端のように消滅した。吉良も自身が置かれた立場の重要性は理解出来ているということだ。


(これでひとまずは準備完了ね。……まだまだ乗り越える関門は残っているけど)


今回は実験対象がただの『マナ』だったからこうも上手く行っただけに過ぎない。
次なる実験は死体であるとはいえ『人間』だ。まず、本当に体内に仕掛けが施されているかが分からない。
よしんばその源流に辿り着き、更なる実験の成功を収めたとしても、最期の難関は『生きた人間』を対象とする行いだ。
これは実験などでは収まらない。失敗がそのまま『死』に繋がる危ない橋渡りだ。
だからこそこうやって何度も実験を重ねていく。石橋は叩き過ぎて困ることは無いというもの。


「―――となれば次はどうする? さっさとジョースター邸とやらに足を運ぶのか?」


吉良の催促に少し考え込むパチュリー。下唇に人差し指を添えた可愛げのある思考姿は、多くの男性を虜にしてやまない光景だろう。
その彼女の考える脳内では、爆弾は解除すればいいものではない、という視野の広い考察が繰り広げられていた。
最終的な目標は主催打倒。最悪でもこの会場から脱出出来なければ意味が無いというものだ。
ならばこの段階で爆弾解除のみに行動を割いているだけでは根本的な解決には繋がらない。リーダーとは希望の道を常に見据えてなければ務まらない役職なのだから。


874 : 偽装×錯綜×アンノウンX ◆qSXL3X4ics :2016/06/09(木) 01:29:04 424kK2ao0

(魔力……う〜ん魔力、なのよねぇ、問題は…………)

吉良の能力を利用した実験に関する工程は現段階で全て終了した。
凡そが上々の結果。これまではパチュリーの予想通りと言っても良かった。
そして今まではあまり深く考えてこなかった疑問が、来なくてもいいのにのそのそと湧き上がり、我が物顔で脳内を占領し始める。

つまりは『魔力』そのものだ。
これだけの参加者の数に一度に呪いを施し、制限を掛け、幻想郷にもよく似た不可解な会場を創り上げ、参加者たちを散らした。
余程膨大な魔術の行使が予想されるが、ハッキリ言ってここまで来ると次元が二層三層も違ってくる。
ならばこれもスタンドによる桁違いの恩恵か、とも思うが、それは更にあり得ない。
魔術の一切を使わずにここまで巨大な御膳立てを用意できるものか?
無理だ。パチュリーはスタンドには詳しくないが、どの世界の常識においてもそんな神業を一朝一夕で行えるわけが無い。そう決め付けた。

(じゃあ、やっぱり魔力……かしら。いやでも、それにしたって…………)

空いている椅子に腰掛け、肘を突いて思考に耽け込む。その様子を吉良は焦れったい目で睨んでいるが構いやしない。
そもそもおかしいのが魔力なのだ。
先ほど吉良に説明したように、より強大な魔法を使用する場合、通常なら人は大地に眠る『大源(マナ)』を借りる。
あの主催者が教科書通りマナを利用してこのゲームを創っているのならば、そのマナはどこから引き出している?


―――考えるまでもなく、今自分達が立っているこの場所。血が染み付いた母なる大地からだ。


ワーハクタクの妖怪・上白沢慧音が満月でもないのに妖怪化していることからも明らかに見える。
今までは脳内爆弾について頭を悩ませていた故に大して重く見ていなかったが、こうして頭に余裕が出来てしまうとその異常は顕著に浮き出る。
現在の会場は満月の夜……ともすればそれ以上に魔力濃度が圧倒的に高い。
だからこそパチュリー達はこうして会場を隈なく歩き回り、魔力の密集地を発見する作業にも精を出しているのだが……。

(……どうも会場のどこかに魔力が密集している、って感じじゃないのよね。寧ろ……)

会場全域。土地全体に魔力が漲っている感じだ。
ここまで広範囲に魔力が漂うとなると、当初予定していた“魔力の密集地に赴き、その力を際限なく薄める作戦”に影が曇ってくる。
パチュリーもこれで立派な魔法使い。こうまで土地に密着した魔力が発生していれば、それを判別することは容易い。

この擬似的な会場は間違いなく、土台となった土地の持つマナを基にして創られている。

例えば仙人たちが手軽に創るようなインスタント異界『仙界』には、基になる土台は皆無に等しい。
創りあげる本人達の霊力や技術に依存する部分が多いので、恐らく仙界ではここまで大規模な空間は創れないのではないだろうか。
それも含めて豊郷耳神子に会ったら意見を聞いておきたいが、パチュリーの予想だとこの会場には歴とした土台がある筈だ。
幻想郷の中にも無い、圧倒的な魔力が秘められた基礎。


(一体……『どこ』なの、ここは……?)


875 : 偽装×錯綜×アンノウンX ◆qSXL3X4ics :2016/06/09(木) 01:29:33 424kK2ao0
いくら難しい顔して考えていても、ヒントの少ない現状では詮無いことだ。
無駄なことを考えるほど無駄な時間も無い。パチュリーは脳内で進めていた考察に栞を挟み終え、予ねて書き綴っていたメモにペンを走らせる。
パチュリーメモへの記録はこまめに行うべきだ。自分の身にいつ何が起こるか分からない。
突発的な敵襲によって殺されるかもしれないし、度重なる疲労により精神的に参ってしまうことも想定しておくべきだろう。
知恵の鏡も曇りかねない……危惧するべきはそういう事態だ。
霊夢や紫、知恵を貸してくれる賢者達は他にもいる。ならば今は自分にしかやれない事柄を進めておくべきだ。

パチュリーはもう一度己の立つべきポイントを客観的に俯瞰する。
まずはジョースター邸。状況が穏便に進んでいれば、そこでもう一段階足を進めることが出来る。



「―――出発しましょうか、吉影。目的地まで後は一直線…………」



現在までの考察・疑問点を記録し終え、威勢よく立ち上がったパチュリーは。
まず、最初に。



「――――――グ、は…………!?」



衝突してしまう。
ゲーム開始からおよそ『二度目』となる、身を焦がすような『得体の知れない何か』に。
一度目は広瀬康一爆死の瞬間だった。



「吉、影……? どうしたの、その血――――――」



今回も、あの時と同じ。
目の前の『理解に及ばない光景』は、幻想の魔女の困惑を誘うには充分すぎた。
所詮、本の世界で生きてきた彼女だ。此の世で不意に起きる事故……『謎』に対する咄嗟の措置、それへの経験値が不足していた。


仲間であること以上に、吉良はこの先、実験の鍵に成り得る『護衛対象』とも言って差し支えない人物。
その男の口から大量の『カミソリ』が、血と共に吐き出されている光景を見て。
こともあろうに呆然と立ちすくみ、次への緊急行動を遅らせている。


醜態以外の何物でもない。
パチュリー・ノーレッジという確かな才女は、眼前の予期せぬ事態にただただ醜態を晒すのみだった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


876 : 偽装×錯綜×アンノウンX ◆qSXL3X4ics :2016/06/09(木) 01:31:14 424kK2ao0
『封獣ぬえ』
【昼】E-3 大蝦蟇の池


端的に言って私は、焦ってたんだと思う。
何をかって? 決まってるでしょ。


吉良吉影を。あの腐った殺人鬼を始末することを、よ。


殺しへの倫理なんてそもそも気にしちゃいない。
だって私は妖怪だから。
強いて言えば、妖怪が人間に手をかける理由なんて、原初を辿ればそれこそが私達の本能だからだ。
身に染み付いた本能に反するなんて、そうそう簡単なことじゃない。
妖怪が気に入らない人間を殺して、何の不都合がある?
あの康一とかいう人間もそうだった。私からすれば本当に取るに足らない人間共。
だからソイツの死を利用し、吉良の生命という導火線まで誘爆しようと色々画策したってのに。


全部。


「全部…………メチャクチャじゃない……!」


レールが外れだしたのはどこからだっけ?
そう……あの闘牛頭の仗助が、にとりの爆弾を復元させた辺りからだった。
いつの間にか逸れてしまった軌道は、私の運命を背負ってあらぬ方向に進んで行ってしまっている。
時間が経ち、魔女の考察が進めば進むほど、吉良が持つ能力の重要性が如実に浮き出てくる気がしてならない。
つまりこれは『風船』のようなものだ。
私がこうやって『機』を待つ間にも、吉良という風船はどんどんと膨れ上がっていく。
気付けば取り返しがつかない所まで空気は送られ続け、最大限度まで膨れた風船を針で刺したなら―――待つのは大爆発。
風船というよりも『爆弾』ね。火薬が少ない内に爆発させておくべきなのよ、こういう時って。


「今ならまだ、被害は少ない……かもね」


これ以上魔女が吉良の有用性を上げない内に、動いてしまおうか。
何だってパチュリーの奴はあんな人間の同行を許可したのか。正直彼女の気が知れない。意味が分からない。神経を疑う。


だから私が。

今ここで。

喰ってしまえ。


暗殺にはうってつけのスタンド『メタリカ』で。
蛇のように這いずって、静かに息の根を止めよう。
理想はパチュリーにも気付かれないように、陰からそっと。
吉良の能力の代わりなんて他にも居る。魔女自身が言っていたことじゃない。
もしバレても、何とか誤魔化せる。



(この正体不明の大妖怪、封獣ぬえ様が殺してやるよ…………下等な人間め)







端的に言って、この時の私は…………やっぱり焦ってたんだと思う。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


877 : 偽装×錯綜×アンノウンX ◆qSXL3X4ics :2016/06/09(木) 01:33:51 424kK2ao0


血。カミソリ。ダメージ。


―――攻撃。


様々な視覚情報を経てようやく導き出した結論は、全てにおいて一手先を許す結末に至る。
目の前の吉良が喉元を押さえて苦しむ姿を見てパチュリーは、これがスタンドによる現象なのではと予測したが。


「―――吉影っ! それは…………!?」


言葉や行動が、思考に追いついていない。
もしこれがスタンド攻撃の類だとしたら、それを『行っている者』が近くにいる筈だ。
緊急するべき行動は、その相手をいち早く発見する。或いは吉良と共に安全な場まで逃走することである筈だ。
分かっていても、パチュリーはそんなマニュアル通りの行動にすら移せずにいる。
イチ、ニの、サンで決闘開始の合図を放つスペルカードルールとは異彩を放つ、真の殺し合い。
きっかけも攻撃の正体も対処法も、何もかもが命名決闘法とはまるで違うのだ。
極論、避けて弾を撃つのみに終始するだけと言っていい幻想郷の決闘を教科書にした所で、今回のようなスタンド戦では大して役に立たない。

悪魔の館が誇る大魔法使いをしても。
幾千の魔術を究めた知の賢者をしても。
正体不明の殺意に対しては、対策を練る糸口すらも見付けられない。


「―――こんなふざけた災厄、原因は……決まっている、だろう…………ガハァッ!」


ボトボト。ドバドバと。
口内から溢れんばかりのカミソリの刃。僅か三センチばかりの鉄の諸刃が、何枚も何枚も。
まるで馬鹿げた手品のように、吉良の喉を切り裂きながら突如として現れたのだ。


「……スタンド攻撃、だ……! それ以外に考えられない……ハァー…ハァー……!」


自身を襲った理屈抜きの災厄。吉良はスタンド戦の百戦錬磨と言うほどではないが、今までの経験上、この現象の原因がスタンドによるものだとすぐに直感した。
見当をつけた上で、これから取るべき行動は自ずと選択が絞られてくる。

「これがスタンド攻撃なら『敵』は亀の外に居る……! クソがッ! あの小娘は何をやっている!?」

「敵……そうだ、ぬえはどうしたの!?」

吉良の言葉から数瞬遅れ、パチュリーも天井を見上げる。
見張り役を自分から引き受けた彼女だ。事が起こるまでどうして何一つ声を発さなかった? 敵襲を知らせなかった?
まず考え付いた推測が、ぬえも同時に攻撃を受けている可能性。最悪、殺されているかもしれない。
その推測を確かめる為にも、パチュリーと吉良が起こした行動は殆ど同時だった。
天井に腕を伸ばし、二人とも一瞬で亀の外に飛び出す。

「ぬえ……!? どこなの! 返事をしなさい!!」

「…………っ」

たかが数分ぶりに感じた外の空気が、いやに熱く肌を刺激してくる。
夢美やにとり、康一、慧音たち集団に遭遇した時のようなぬるい空気などではない。
今回のはパチュリーにもハッキリと感じ取れるほどに殺気に満ちた敵襲。完全に自分達が的に掛けられたエンカウントだ。

屋外に出たパチュリーはまず、ぬえを探す。
辺りは以前と全く変わらない光景。通常の大蝦蟇の池だ。
一見すれば襲われているとは分からない状況。しかし吉良の口元に染まる赤い染みが、なにより事態の深刻さを物語っている。

「吉影! そのカミソリはどうしたの!? いつ入れられた!?」

「知るわけがない……! 私は敵スタンドの影など一瞬たりとも見てはいない……!」

それなのに離れた場所から閉じた人間の口へと大量のカミソリを入れ込む技術。
この『謎』を解明しなければ対抗策など編み出せない。
ならばいっそ逃走を選ぶべきかもしれないが、ぬえの姿が見当たらないことが気になる。

(ぬえを……置いて逃げる……!?)

彼女が死亡している可能性があるのなら、あらゆる倫理を脱ぎ去っていち早く逃げる手段もアリだろう。
周囲360度どこを見渡しても、ぬえも敵の影すらも見えない。雨風だけが、木々の葉を揺らすのみだ。
パチュリーはすぐに魔法の箒に跨り、逃走の態勢をとる。


878 : 偽装×錯綜×アンノウンX ◆qSXL3X4ics :2016/06/09(木) 01:35:39 424kK2ao0


血。カミソリ。ダメージ。


―――攻撃。


様々な視覚情報を経てようやく導き出した結論は、全てにおいて一手先を許す結末に至る。
目の前の吉良が喉元を押さえて苦しむ姿を見てパチュリーは、これがスタンドによる現象なのではと予測したが。


「―――吉影っ! それは…………!?」


言葉や行動が、思考に追いついていない。
もしこれがスタンド攻撃の類だとしたら、それを『行っている者』が近くにいる筈だ。
緊急するべき行動は、その相手をいち早く発見する。或いは吉良と共に安全な場まで逃走することである筈だ。
分かっていても、パチュリーはそんなマニュアル通りの行動にすら移せずにいる。
イチ、ニの、サンで決闘開始の合図を放つスペルカードルールとは異彩を放つ、真の殺し合い。
きっかけも攻撃の正体も対処法も、何もかもが命名決闘法とはまるで違うのだ。
極論、避けて弾を撃つのみに終始するだけと言っていい幻想郷の決闘を教科書にした所で、今回のようなスタンド戦では大して役に立たない。

悪魔の館が誇る大魔法使いをしても。
幾千の魔術を究めた知の賢者をしても。
正体不明の殺意に対しては、対策を練る糸口すらも見付けられない。


「―――こんなふざけた災厄、原因は……決まっている、だろう…………ガハァッ!」


ボトボト。ドバドバと。
口内から溢れんばかりのカミソリの刃。僅か三センチばかりの鉄の諸刃が、何枚も何枚も。
まるで馬鹿げた手品のように、吉良の喉を切り裂きながら突如として現れたのだ。


「……スタンド攻撃、だ……! それ以外に考えられない……ハァー…ハァー……!」


自身を襲った理屈抜きの災厄。吉良はスタンド戦の百戦錬磨と言うほどではないが、今までの経験上、この現象の原因がスタンドによるものだとすぐに直感した。
見当をつけた上で、これから取るべき行動は自ずと選択が絞られてくる。

「これがスタンド攻撃なら『敵』は亀の外に居る……! クソがッ! あの小娘は何をやっている!?」

「敵……そうだ、ぬえはどうしたの!?」

吉良の言葉から数瞬遅れ、パチュリーも天井を見上げる。
見張り役を自分から引き受けた彼女だ。事が起こるまでどうして何一つ声を発さなかった? 敵襲を知らせなかった?
まず考え付いた推測が、ぬえも同時に攻撃を受けている可能性。最悪、殺されているかもしれない。
その推測を確かめる為にも、パチュリーと吉良が起こした行動は殆ど同時だった。
天井に腕を伸ばし、二人とも一瞬で亀の外に飛び出す。

「ぬえ……!? どこなの! 返事をしなさい!!」

「…………っ」

たかが数分ぶりに感じた外の空気が、いやに熱く肌を刺激してくる。
夢美やにとり、康一、慧音たち集団に遭遇した時のようなぬるい空気などではない。
今回のはパチュリーにもハッキリと感じ取れるほどに殺気に満ちた敵襲。完全に自分達が的に掛けられたエンカウントだ。

屋外に出たパチュリーはまず、ぬえを探す。
辺りは以前と全く変わらない光景。通常の大蝦蟇の池だ。
一見すれば襲われているとは分からない状況。しかし吉良の口元に染まる赤い染みが、なにより事態の深刻さを物語っている。

「吉影! そのカミソリはどうしたの!? いつ入れられた!?」

「知るわけがない……! 私は敵スタンドの影など一瞬たりとも見てはいない……!」

それなのに離れた場所から閉じた人間の口へと大量のカミソリを入れ込む技術。
この『謎』を解明しなければ対抗策など編み出せない。
ならばいっそ逃走を選ぶべきかもしれないが、ぬえの姿が見当たらないことが気になる。

(ぬえを……置いて逃げる……!?)

彼女が死亡している可能性があるのなら、あらゆる倫理を脱ぎ去っていち早く逃げる手段もアリだろう。
周囲360度どこを見渡しても、ぬえも敵の影すらも見えない。雨風だけが、木々の葉を揺らすのみだ。
パチュリーはすぐに魔法の箒に跨り、逃走の態勢をとる。


879 : 偽装×錯綜×アンノウンX ◆qSXL3X4ics :2016/06/09(木) 01:36:59 424kK2ao0


「―――逃げるわよ、吉……」


極力、戦闘の回避を皆に促してきたのは自分だ。
何よりも生きて情報を持ち帰ることこそが重要。故にパチュリーは決心をつけた。
ぬえの生存を確認しないまま、吉良を連れてこの場から撤退。それが最も合理的な選択に思えた。
しかしダメージを受けた吉良を箒に同乗させようと彼を振り返った瞬間、パチュリーは目撃することになる。


「―――吉影ッ! ハサミ!!」


吉良の喉内部にくっきりと大きく浮き出た刃物が、血管ごと両断する勢いでその両刃を開いている光景を。

「うぉぉおおおおおおッ!!!」

さっきのカミソリとはわけが違う、全長七インチはあろうかとも見えるハサミが吉良の喉に埋め込まれている。
パチュリーは数秒、吉良から視線を外していたが、一体どういう理屈でカミソリやハサミを人の喉に気付かれずに入れ込むというのか。
そしてこの敵が吉良ばかりを狙う理由は? 複数の相手には同時攻撃できない?
思考するばかりで、対策が講じられない。少なくとも今ここで吉良を失うわけにはいかないのだ。


(ど、どうする!? 吉影がマズイ! 今すぐに敵を見つけないと……いや、いっそ私だけでも―――)


目の前の理不尽に何の抵抗も出来ずにいる。
なにしろ敵は身内の内部から攻撃しているのだ。こんな攻撃にどう対処すればいいのか、パチュリーの知識には備わっていなかった。

グギギと鈍い音を軋ませながら。
今にも喉をかっ切りそうな構えのハサミが、誰が触るでもなくひとりでに開き……そして次の瞬間―――


「この、吉良吉影を……舐める、なよ…………! 『キラークイーン』ッ!」


再び現れたキラークイーンが、躊躇無く吉良の喉に指先を突っ込み―――閉じられる寸前のハサミを、一瞬で爆破した。


勿論、爆発の影響で自分までもが吹き飛んでは意味が無い。
爆破は最小限。消滅レベルの粉砕にて、喉を襲うハサミは煙の如く霧散した。吉良にとっては容易い曲芸だ。

「がはッ!! ハァ……ハァ……! く、そが……!」

「大丈夫!? 吉影!」

窮地を脱した吉良のその芸当にパチュリーはひとまず息を吐く。
体内であろうとも内部を損傷させずに最小限の爆破を行ったその技術は皮肉にも、これからの脳内爆弾解除への安全性を高める裏付けともなったが、これで危機が去ったわけではない。
体力が大きく奪われたのか、ここで吉良が完全に膝を突いてしまう。

「あ、足に力が……入らん……!」

身体中の関節を支える糸が一斉にプツリと切れたように。
吉良の体が崩れたのだ。それほどのダメージを刻まれたわけでもないのに。


「箒に乗って吉影! 貴方を連れてここから離脱する!」


傍で見ていればこの攻撃、体内から刃物を突き刺してくるまでに若干のラグを必要としているらしい。
ならば今ここを除いて逃走の好機は無い。パチュリーは動くこともままならない吉良に駆け寄り手を引こうとする。


「逃げて……そして、どうするんだパチュリーさん……?」


今は自分の命の方を優先して、と。
喉まで出かかったその言葉を、パチュリーは飲み込む。
つまらない問答などで好機をふいにしている場合ではないから……という理由“ではなく”。



「この私が、誰かも分からない正体不明の殺意に怯え、背後を気にしながら、あまつさえ何も抵抗せずに一目散に逃げろ……というのか。
 この、吉良吉影が……! この吉良吉影がッ!!」



怨讐の炎をドス黒く燃やす殺人鬼の顔が、魔女である自分すらも強張らせるほどに醜く歪んでいたからだ。



「離れていろ…………パチュリーさん」



頼りにも思えるその男のたった一言が。
パチュリーに未来の不安を、予期させずにはいられなかった。



―――この殺人鬼を懐に招き入れた自分の判断は、本当に正しいものだったのか、と。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


880 : 偽装×錯綜×アンノウンX ◆qSXL3X4ics :2016/06/09(木) 01:38:15 424kK2ao0

思うに、スタンドなる概念とは『やろうと思わずしては不可能』だと、ぬえは気付く。
逆に言うなら、やろうと思えば結構理不尽な現象だって起こせる。
この能力を手に入れ、行える範囲で様々な検証を行ってきたが、やはりメタリカの力は光明だ。
メタリカは鉄分を磁力のように操る能力であり、地中に眠る鉄分を再構成し、刃物に変えることが出来たりする。
だがこの力、どうやら地中の鉄分のみを操作するに非ず。
考えてみれば人体にだって鉄分は存在する。だったら離れた相手の体内の鉄分すらも刃物に変化させることも可能なはず。

心中では“流石に無茶苦茶ではないか”と不安もあったが、仗助や吉良の能力だって充分無茶な部類に入る。
だったらやってみるべきだ……と、半ば実験台のように亀の中の吉良向けてイメージを行使した。


(……見た目にはグロテスクなものがあるけど、やっぱりやってみるものね)


亀から飛び出てきた吉良は、確かな損傷を被っているようだった。
二人とも当然のようにぬえの姿を探しているが、現在の彼女は勿論透明化を施しての攻撃だ。抜かりなどあろう筈もない。
正体不明の妖怪が、その小柄な体躯までをも見えないヴェールで覆い隠す。
一体誰が彼女の正体を見破れるというのだろう。ぬえは大妖怪らしく驕りの笑みを浮かべたくなる。

だが、駄目だ。
友人であり、大妖怪でもあるマミゾウすらも呆気なく死んでいる。
これを教訓として慎重に事を運ばねば、彼女の魂はいよいよ無念な残滓として露に消えてしまう。


(油断なんてしないわよ……人間め。そのまま何が起こったのかも理解出来ないまま……苦しんで逝きなさい)


相手より10メートルは離れた木陰の下で、覗き見るようにぬえは慎重にスタンド操作に集中する。
この能力は透明のまま攻撃するにはかなりの器用さを必要としており、本体であるぬえの精神も次第に疲弊していくというのは軽く見られない短所だ。
長期戦だと不利になる。このまま一気にケリをつけようと吉良の喉にハサミを生み出してやったが……


(キラークイーン……! あれが厄介ね……)


問答無用で対象を木っ端に散らすあの能力は、噂にも聞く紅魔館に幽閉されているという、かの吸血鬼にも似た危険なものだ。
或いは、とも思ったが、やはり体内で作ったハサミだろうが何だろうが、吉良は片っ端から消滅することも可能だろう。

しかしそれすらも織り込み済みだ。
鉄分を刃物に変えて攻撃する、というのはどういうことか?
その体内に存在する鉄分を一気に対外へ放出するということだ。
『鉄』というのは、血液の中で呼吸により取り入れた酸素をつかまえ、体の隅々まで運ぶ役目を持った重要な成分だ。
鉄分を体内から大量に奪われた者は息こそ荒くとも、酸素が体内に全く取り入れられてないことを意味する。
簡単に言えば、血がおぞましい黄色になって死ぬ。死ぬ前にその体は『死人』へと変貌するのだ。


(つまり吉良……どう転んでもアンタはもう既に、私の能力に堕ちているのよ!)


ろくに動けなくなった吉良に、攻撃の手段はもう無い。
触れた物を爆弾にする能力……恐ろしい能力だが、こうして一定の距離を保てば恐るるに足らず。噛み付かれると分かっている虎にわざわざ近づくアホは居ない。
相手の鉄分を奪い、その鉄分すらも武器として扱えるメタリカには隙が無かった。本来、鉄分を奪うという結果は副次的なものに過ぎない。

千の手を武器に変えるスタンドというものは、まだまだ未知数だ。
既にぬえは手に入れたばかりの能力を早くも使いこなせる域にまで昇華させ始めている。
弾幕ごっことは趣からして異である能力。この殺し合いの舞台においてはその名前通り、まさに隣に立たせるべき力であると理解した。


881 : 偽装×錯綜×アンノウンX ◆qSXL3X4ics :2016/06/09(木) 01:39:52 424kK2ao0
そしてぬえは思い出す。
今自分が相手取る人間もまた、千の手を武器に変えるスタンド使いであることを。
あらゆる不当不平の状況の中にこそ勝機を見出す、貪欲な獣たちであることを。




「シアーハートアタック」




それは、とても追い込まれている人間が放つ言葉の重みではなかった。
吉良が間際に放った単語の意味は、為す術がなくジリ貧からの悪足掻きか。


(―――違う)


あの人間の表情は、絶望の淵に立たされた仔兎の怯えるソレとは全く違う。
妖怪と人間では、本来なら人間の方が“喰われる側”である筈だ。
今や過去となったその図式を捨て去り、ぬえに慢心は無かった。本気で敵を殺りに行ったのだ。


(―――“アレ”は、そんな表情じゃあない……!)


故に彼女は慎重だった。
近づけばスタンドパワーは上昇し、もっと楽に吉良を始末できたのかもしれない。
目の前に落ちたチャンスに飛び掛らず、冷静に勝機を見出していた。
ぬえは間違っていない。スタンド戦における“ほぼ正解”の道を選択出来ていた。
だったら吉良が浮かべるべき表情は、苦悶や絶望の類でなければおかしい筈なのに。


あの顔ではまるで―――まるで何か“切り札”でも隠し持っている人間の歪んだ笑みではないか。



『ソコに居ヤガルナァ〜〜 テメー』



“シアーハートアタック”と呟かれたその名が『コイツ』を指すというのなら。
間違いなく『コイツ』は、吉良の切り札であるのだろう。


(なん、で…………)


何故、というのなら、どう考えたってありえないからだ。
キラークイーンの左手から発射されたように見えたこの『小型の骸骨戦車』が。
ギャルギャルギャルと尖ったキャタピラ音を響かせながら走るこの小さな殺意の塊が。
誰にも正体を破られていない筈のぬえ目掛けて―――



(―――どうして私ン所に一直線に突っ込んでくるのよこの骸骨はァ〜〜〜ッ!?!?)


『コッチヲ見ロォ〜〜〜!』



ぬえにとっての誤算は二つ。
あのホテルで仗助たちの口から語られたキラークイーンの能力を説明する場に、ぬえが居合わせなかったこと。
殆どのメンバーにはシアーハートアタックの事も含め、吉良の能力は知られている。
ただぬえと、ついでに言えば夢美だけが吉良の切り札を知らずに現状まで至る。これは致命的な不運だ。

そしてもう一つの誤算は、至極単純であるものだった。
『正体不明』なのは何もぬえだけではない。吉良吉影という男も、これまでの人生でその正体を覆い隠してきた。
自分の正体が見破られる事こそを恐れてきたぬえにとっては。
他人の正体を見破る経験については、圧倒的に不足していた。


要はスタンド戦というものは、先に『相手の正体を見破る』ことが戦いの鍵にもなる、とまで言っていい。
情報や機転、運など。様々な要素を構成して、初めて勝機を見出す事が出来る頭脳戦。
姿を隠し、多少のダメージを与えたところで、この殺人鬼を制圧する事など甘い考えに過ぎなかった。
一つの町を混沌に陥れた最凶の殺人鬼……それなりの『カード』は揃えているということだ。


882 : 偽装×錯綜×アンノウンX ◆qSXL3X4ics :2016/06/09(木) 01:40:41 424kK2ao0


(やば……! あの凶悪爆弾魔から発射されたんだ……絶対ロクなもんじゃないッ!!)


警鐘を鳴らし続ける頭を強引に振り、ぬえは次なる行動を考える。
スピードはそう速くないが、何か嫌な予感がする。とにかくアレに触れるのは悪手だ。
こちらの武器は無限大に生めることが利点だ。地面の鉄分を再構成し、幾多ものナイフを作り出して小型戦車に向けて放つ。


(……! か、『硬い』……ッ!)


が、駄目!
防御に関しては随一の鉄壁を誇るシアーハートアタックに、ナイフ如きの刃が通じるわけもなく。


『死ネ!』


目と鼻の先に迫る死神に対抗する策は浮かばない。
本体である吉良を先に抹消すれば、とも考えたが、最早そんな時間は残されていなかった。



「――――――あ」



思わず声が漏れてしまったが、そんなことはどうでもいい。
確かにぬえはこの瞬間、確実なる『死』の到来を視てしまった。
目の前を走ってくる骸骨は、きっと死神。
自分にとっての死神は、あの歪なる人間だったのだ、と。


そう思い、数秒後に訪れる死を畏れ、瞼を固く閉じた。


故に、シアーハートアタックが身を凍らせた自分の真横を素通りしていく事には気付けなかった。







「あー? 其処ぉ 底にぃ 誰か いるのかい???」







直後、代わりに鼓膜を叩いた気色の悪い『声』と『爆発音』だけが、ぬえの脳裏に恐怖の象徴として確かに刻まれた。



―――背後で拡散した死の爆風が、強張るぬえの全身を包んで吹き飛ばす。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


883 : 偽装×錯綜×アンノウンX ◆qSXL3X4ics :2016/06/09(木) 01:41:49 424kK2ao0


「…………手応えは?」

「わからん。シアーハートアタックは熱源を追う自動操縦だ。爆破があったとなれば『敵』はそこに居た、ということになるが」


木々をも吹き飛ばした爆発の余韻に耳を押さえながらパチュリーは、隣で蹲る吉良に訊いた。
生ある者を纏めて死の爆発に巻き込むシアーハートアタックは確かに『何者か』に反応し、爆音を轟かせたのだ。
相手が透明であろうと正体不明であろうと、シアーハートアタックは狙った標的を必ず仕留める。
まともに受ければ致命傷。せめて爆ぜた相手の正体くらいは確認しておきたいが……

「……煙幕が晴れるぞ」

「私が確認してくる。貴方はそこに居て」

依然、体力を失ったままの吉良を庇うように前へ出るパチュリー。
まことに不本意だが、彼が狙われる事はなるべく阻止したいのが本音であり、現状その盾役は自身のみだ。
箒に乗ったまま音も無く滑空し、晴れゆく煙幕の向こうにいる敵の影を探す。



ガサリ



僅かに揺れた草葉の音が、『敵』の生存を伝える。
ならば追撃。
パチュリーは己の得意とする魔法詠唱の準備を整えながら。


見た。




「――― び   っ   くり したァ〜〜〜。なに 今の爆発は? 貴方がやったのね??」




『敵』の姿を。
大した損傷も無く、ゆったり揺らめくようにこちらへと歩を進めてくる女の姿を。

『彼女』のことは、知っている。


「―――貴方、永遠亭の……姫君―――」


―――違う。


髪の色がパチュリーの知る月姫と同じ物だったので思わず間違えたが。
よくよく見れば、違う。
あの永遠亭の蓬莱山輝夜が放つ、煌くような瞳とは。
全然……違う。

目の前の『彼女』は。
パチュリーが知る以前までの『彼女』とは、雰囲気からして。

異彩。



「貴方…………竹林の蓬莱人、『藤原妹紅』―――」



『目は口ほどに物を言う』……情のこもった目つきは言葉と同等に、相手の気持ちが伝わることの意だが。
パチュリーは目の前を歩いてくる妹紅“らしき”人物の瞳を覗いて、一瞬にて悟った。


―――怪物。


『アレ』はもはや人間でも蓬莱人でもない。
何も……何の未来も映していない虚無の瞳。アレではまだ地獄の死神の方が愛嬌を灯している。
狂気に満ちた不尽の焔が、まるで己の身ごと焦がしているかのように、
黒く、どこまでも黒く燃え盛る炎を右手に宿し、
歪んだ微笑を携え、
こっちへと、
ゆっくり、
足を、




「―――水符『プリンセスウンディネ』ッ!!!」



機を制したのはパチュリーだった。
火水木金土の五大元素に加えて日月の属性魔法を操るパチュリーは、相手の弱点を突くことに長けている。
詠唱が終わるや否や、大量に現れた水泡が密度の高い弾幕となって妹紅を襲った。


884 : 偽装×錯綜×アンノウンX ◆qSXL3X4ics :2016/06/09(木) 01:43:09 424kK2ao0


「わっ」


迫り来る水害に対して空気が抜けるような声を漏らし、流石に妹紅は抵抗の術を唱えた。
右手に燻る黒焔を撃ち出し相殺を試みるも、水と炎では圧倒的に分が悪い。
妹紅が炎の妖術を扱う事を知っていたパチュリーは、水の魔法で圧倒することを一瞬早く行っていた。

彼女の言葉を聞くよりも。
彼女の動きを眺めるよりも。
何よりも妹紅の瞳が、雄弁に悟らせたのだ。
「この女は危険だ」という絶対的な危険信号を、パチュリーの脳髄へと、一瞬で。




「逃げるわよォーーーーーーッ!!!!」




下手人の正体は知れた。
謎のカミソリやハサミのスタンド攻撃は妹紅の得た能力か何か。恐らく夢美と同じに、DISCによる能力付加だろう。
比較的人情味があると聞く彼女に何があってあのような姿になったのか。
何故吉良を狙ったのか。
そんな疑問を全て放り投げて、逃走を選択した。
幾重にも密度を高める水泡により炎が掻き消され、蒸発と共に再び煙幕が周囲を覆う。
この環境を味方につけ、一目散に離脱を図った。
こんな大声を出したのは何時振りだろう。もしかしたら初めてかもしれない。
喘息の悪化を予期しながらパチュリーは、爆走する魔法の箒に吉良を乗せる。

「すぐにシアー何とかを回収して吉影! 早く逃げるわよ!」

「敵の正体は判明した……! ならば今ここで始末した方が後腐れにはならないだろう……!」

「判明したからこそ逃げるのよ! 次からは対策を立てることが出来るし、貴方も負傷している。今ここで無理に戦う事もない!
 それにアイツは炎を自在に扱うにんげ……蓬莱人。熱を自動で追うとかいうシアーハートアタックでは相性が悪いわ……!」

シアーハートアタックによる最初の爆発は、妹紅に一切のダメージが無かった。
おそらく彼女の撃ちだした炎の弾幕をシアーハートアタックは追尾してしまい、あらぬタイミングで誘爆させられたのだろう。
更に妹紅が纏っていた『火鼠の皮衣』は炎を通さない作りの衣。一瞬だけ見たその衣装の効能もパチュリーの知識には存在する。
パチュリーだけならともかく、吉良が妹紅と対峙するには確かに食い合わせは良くない。

苦虫を噛むように苛立つ表情を作った吉良は、パチュリーの後方に相乗りしながらシアーハートアタックを手元まで回収させた。
納得はしていないものの、パチュリーの意見に渋々ながら賛同したことの表れだろう。
殺人鬼を同乗させることの嫌悪感も感じながら、すぐにパチュリーは箒を浮かせて滑走を開始した。



再び煙幕が晴れた時……妹紅の視界に揺れ動く者は、大地に降り続く大粒の雨以外に無かった。



「…………あーーーあ、逃げられちゃった。……アイツらに『蓬莱の薬』の在り処、訊こうと思ったのに」



言葉とは裏腹に、何の感慨も秘めてなさそうな顔を作り、妹紅は呟いた。
永琳から逃げてきて辿り着いたこの場所で、初めて出会った男女二人。
アイツらがここで何をしていた、とかそんな事はどうだっていい。
重要なのはアイツらが妹紅に対して攻撃してきたという事実。
こっちは何もしていないのに。

“まだ”……何もしていないというのに。

やっぱり、この世界に居る奴らは全員『敵』だ。
消し飛ばすべき、敵なんだ。



「…………籠目 籠目 籠の中の鳥は いつ いつ 出やる〜〜」



記憶の沼底に眠る古き童謡を何となしに口遊み、女は往く。
後ろの正面も、何もかもを燃え上がる景色に変えて。
黒き焔の翼を広げて徘徊するその様は、幾度も蘇る不死鳥の翼というよりは。
死と禍を運んで廻る、鴉の黒翼にも見えて。
あるいは「月夜烏は火に祟る」との俗信の如く、夜の鴉の鳴き声が火災の前兆をも象徴するように。

見えもしない、見てもいない『何か』に向かって。
漆黒に塗れた女は、鳴きながら足を進め出した。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


885 : 偽装×錯綜×アンノウンX ◆qSXL3X4ics :2016/06/09(木) 01:43:55 424kK2ao0
【E-3 大蝦蟇の池/昼】

【藤原妹紅@東方永夜抄】
[状態]:発狂、記憶喪失、体力消費(小)、霊力消費(小)、左肩に銃創、黒髪黒焔、再生中、濡れている
[装備]:火鼠の皮衣、インスタントカメラ(フィルム残り8枚)
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:生きる。殺す。化け物はみんな殺す。殺す。死にたくない。生きたい。私はあ あ あ あァ?
1:蓬莱の薬を探そう。殺してでも奪い取ろう。
2:―――ヨシカ? うーん……。
[備考]
※彼女がこれからどこに向かうかは後の書き手にお任せします。


886 : 偽装×錯綜×アンノウンX ◆qSXL3X4ics :2016/06/09(木) 01:44:54 424kK2ao0


「ぜぇ……けほっげほっ! ……はぁ、けほ! …………げほっ」


林を縫うように滑空し、木々の空間をようやく脱出したところでパチュリーと吉良は箒から下り、ひと息をついた。
とはいえ傍目には二人の状態は健康とは言い難い。
パチュリーは早速いつもの喘息症状が喉を苦しめ、吉良に至っては鉄分が奪われたおかげで立つこともままならない。


「ハァ…ハァ……! クソ! 何だあの女は……あれも幻想郷でのお友達か、パチュリーさん?」

「けほっ……! ……ハァ、そんなところ、かしら。竹林に住んでるとかいう、蓬莱人……『人間』よ」

「人間……? あれが……? ハァ……ハァ……! 私の目には……『怪物』か何かに、見えた、がね……」


吉良は先ほどの少女の身形を思い出す。
容姿などの造形自体は端正な人間のそれだったかもしれないが、表情に全く光が無かった。
歪んだ笑みを貼り付けているだけの人形。あれが人間だというなら幻想郷の『人間』というカテゴリ自体を疑わなければならない。

実際パチュリーも大いに驚いた。
妹紅の変わりようもそうだが、彼女をあそこまでの狂気に陥れたこの『バトルロワイヤル』を軽く見ていたのだ。
パチュリーにとって目下の敵となるのは主催の二人、という今までの認識を塗り直さなければならない。
初めて遭遇した『危険人物』。主催者がどうのこうの以前に、まず警戒すべき敵はゲームに乗った人物だった。
頭では分かっていたつもりだが、いざ現実に起こってみれば、己の認識のなんと甘いことか。
いや、今回は甘いで済まされる事態ではない。


「…………ぬえ」


ポツリと、一言だけ。
状況からいってぬえは妹紅にやられたのだろうと察する。
彼女がまだ生きている可能性は無いわけではないが、その可能性を捨て去ってでもパチュリーは逃走を選んだ。
何の躊躇もなく、気にする素振りさえ見せずに。

パチュリーの詰めの甘さが、一人の少女を見殺しにさせた。
そう結論してもいい不手際とも言えた。




「―――ちょっと……! ゼェ……ゼェ……、アンタたち、なに人を置き去りにして……トンズラ、こいてんのよ……っ!」




完全に不意打ちの方向から、既に故人だと断定しかけていた人物の声が届いた。


「むきゅっ!?」

「むきゅじゃないでしょ、この人でなし!! バカ!! アホ!! 紫もやし!!!」


肩で息するぬえが、怒りながらパチュリーらに追いついてきたのだった。


「……なんだ、まだ生きていたのか」

「黙れ人間! けほっ、けほっ! こ、このぬえ様があんな人間如きに殺されるわけ、ないでしょ……ッ!」

「ぬ、ぬえ……貴方、無事だったの?」

「無事なわけあるかーーー!!! 見なさいよこの『傷』っ!! アイツにやられたんだから!」


その怒りを静めることなく、ぬえは怒号と共に自分の『喉の傷』と『カミソリ』を二人に押し付けるようにして見せた。
ぬえの受けた傷と手に持つカミソリは、吉良の物と全く一致している。

「亀の見張りやってたら何処からともなくあの女が来て、いきなりこのカミソリを口に入れられたのよ。
 声も上げられないし、ほんのちょっとアイツから隠れてたらアンタたちが亀から出てきて、私に気付きもせずにあっという間にスタコラサッサよ。
 全く、厄日もいいところね……!」

ぬえの身に起こった瑣末は、客観的に見れば気の毒でしかないものだった。
何の為の見張りだ、という吉良の反論にはぬえも「仕方ないでしょ!こっちが殺されるところだったんだから!」と怒るだけ怒って地面に腰を下ろしただけだ。
彼女の容態は吉良ほど重くはなかったが、恐らく彼と全く同様の攻撃を受けたのだろう。
パチュリーは冷静になって初めて、敵の未知なる正体を分析し始めた。


887 : 偽装×錯綜×アンノウンX ◆qSXL3X4ics :2016/06/09(木) 01:46:07 424kK2ao0


「……ねえ吉影、気付いた? 貴方がシアーハートアタックを繰り出した時、それに向けて地面から一斉にナイフが『組み上がって』きたのを」

「……あぁ、見ていたとも。あのスタンドは物を相手の体内だとかに一瞬で移動させる類の能力ではない」

「…………!」


考察を聞いたぬえが僅かに肩を震わせたのに二人は気付いていない。


「吉影。貴方の血が赤色でなく、黄色に変色している。ただカミソリやハサミを入れられただけの傷ではそうはならない」


言われて吉良は己の掌にベットリくっ付いていた黄色の血を眺め、再び口元を歪めて苛立ちの顔を作った。
そんな光景をジッと眺めながらパチュリーは、突然合点がいったように手を叩く。


「カミソリ、ナイフ、ハサミ……貴金属、そして黄色の血液……。
 成る程、これは五行思想における『金』の属性攻撃……錬金術のような能力ね」

「……金? どういうことだ?」

「地面には多くの『鉄分』が含まれている。あのナイフたちは多分、その鉄分を再構成して創った物よ。
 そして言うまでもなく人の体内にも鉄分はあるわ。体内にいきなり出現したカミソリはその鉄分を組み替えたのでしょう。
 私も金の属性魔法くらい使えるけど、こんなエグイ応用は考えた事もなかったわね」

「じゃ、じゃあさじゃあさ、コイツの血が黄色なのもそのせいってこと?」

「血液が黄色って事は酸素が体内に行き届いてないって事。
 鉄分が奪われた吉影は、傷以上に失った栄養素のせいで体力が奪われているってわけね。
 ぬえはそこまでのダメージが無かったみたいだけど、念の為二人ともすぐに食事でも摂って栄養を補充しときなさい」


流石に五大元素を操るパチュリーは、能力のタネに案外早く辿り着いた。
所詮は推測でしかない理だったが、彼女の中では正解に限りなく近い推測のつもりだった。
原理さえ分かれば対処も取れる。妹紅が追ってくる様子は無さそうだが、もしまた出会っても最初のようにはいかない筈だ。

しかしそれでも、新たな不安は芽吹いてしまった。
このまま皆がジョースター邸に無事に集合出来たとして、妹紅の件を報告しないわけには流石にいかない。
そこで危惧すべきは、妹紅との交友が深かったという上白沢慧音……我らが仲間内を束ねる知恵者のひとりだ。
彼女のお堅い頭に友人に降り懸かった悲劇を知らせれば、起こる激動はいくつか目に浮かぶ。
間違いなく、これからの懸念事項に新たな欄が加わってしまった。

しかも記入される欄はそれだけでは終わらない。
パチュリーにはまだ疑問のタネ……頭の片隅に残るモヤモヤが払拭できていないのだ。


888 : 偽装×錯綜×アンノウンX ◆qSXL3X4ics :2016/06/09(木) 01:46:30 424kK2ao0



「―――ねえ、ぬえ。……貴方、本当にちゃんと見張ってた? 本当に妹紅にいきなり襲われたの?」



大きく顔を近づけ、探るようにパチュリーはぬえに問う。


「は、はぁ!? なに言ってるのよ! 最初からそう言ってるでしょ!!」


直後にぬえが明らかに狼狽したのは、急に近寄られたことへの動揺か、それとも―――

その返答にパチュリーは「……そう」と言ったきり、話題を止めにした。
当初、パチュリーは覚悟していたのだ。
自分達がぬえを置いてあっさり逃げを選んだことに対し、彼女からの猛抗議を受けることに。
それなのに、当の彼女はその事自体にはそこまで不服そうではないように見えた。
実際ぬえはかなり不機嫌ではいるのだが、正直この程度で済んでいることにパチュリーは軽い違和感を感じている。

そしてもうひとつだ。
パチュリーには相手が嘘を吐く場合に見て取れる『負』の感情を察するという、魔法使い特有の特技がある。
この特技を以て彼女はぬえに対し、先ほど敢えて意地の悪い質問をしたのだが……


(やっぱり『分からない』……ぬえの感情の正体が掴めない)


会場で初めて会った時から今に至るまで、ずっと。
パチュリーはぬえに対し、ずっと不安があった。
パチュリーとて常に相手の嘘を測っているわけでもないが、ぬえの種族が持つ『正体不明』という特性は中々に気味が悪いモノだ。
どれほど目を細めて感情を読もうとしても、ぬえに対してだけはその真意が全く読み取れない。
それだけならまだいいのだが、ここ一連のぬえの動きには多少『引っ掛かる』ものがあるのだ。
とはいえ精々スッキリしない、といった程度に収まる感情であり、パチュリーもこれ以上不和のタネを拡げたくもない。
よってこの場は追求することもせず、まずは息を落ち着かせようと身近の木下で雨宿りをするだけだった。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


889 : 偽装×錯綜×アンノウンX ◆qSXL3X4ics :2016/06/09(木) 01:47:12 424kK2ao0

皮肉にも突然現れた襲撃者のおかげで、ぬえは首の皮一枚繋がった。
あの時、自分を抹殺せしめんと迫るシアーハートアタックは、背後から迫っていたより体温の高そうな人間に釣られて行ったのだ。
直後に起こった爆風はぬえの身体を数メートル転がしただけの結果に終わり、どさくさに紛れてその場を離脱する事が出来た。

咄嗟の機転だった。
自分を置いてさっさと逃げていったパチュリーと吉良の二人には大いに腹が立ったが、おかげで『仕込み』をする時間が稼げた。
このまま何食わぬ顔で二人に合流するワケにはいかず、ぬえが案じた策はやはり『メタリカ』しかなかった。
多少の覚悟は必要だったが、自身の喉内にカミソリを発生。これで自分も妹紅に襲われたのだと説明がつく。
そして全ての罪を妹紅に被せ、逃走した二人に全力で追い付いたのだが……


(マズイ……これって結構マズイわよね……)


ぬえからすれば、今回の事態は何の実りもなく終わった災厄でしかない。
それどころか、これまで隠し持ってきたメタリカの存在が露になってきただけでなく、その能力までもが見破られてきている。

極めつけにさっきのパチュリーである。
あのあからさまな質問は、どう考えてもこっちの動向を疑ってきている証拠だ。
いっそ、これから自分からは何も動かない方がマシなんじゃないかとさえ思えてくる。
だがそれももう遅いかもしれない。事は動かしたばかりだ。

もしパチュリーがこれ以上、自分への疑惑を深めるようなら……



(ああ〜〜〜もう! どうすりゃいいってのよ!!)



正体不明のアンノウンXは、己の貫くべき理念を未だ持てずにいる。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


890 : 偽装×錯綜×アンノウンX ◆qSXL3X4ics :2016/06/09(木) 01:48:15 424kK2ao0
【E-3 川の畔/昼】

【パチュリー・ノーレッジ@東方紅魔郷】
[状態]:喘息、体力消費(小)、霊力消費(小)
[装備]:霧雨魔理沙の箒
[道具]:ティーセット、基本支給品×2(にとりの物)、考察メモ、F・Fの記憶DISC(最終版)、広瀬康一の生首
[思考・状況]
基本行動方針:紅魔館のみんなとバトルロワイヤルからの脱出、打破を目指す。
1:霊夢と紫を探す・周辺の魔力をチェックしながら、第三ルートでジョースター邸へ行く。
2:夢美や慧音と合流したら、仗助達にバレずに康一の頭を解剖する。
3:魔力が高い場所の中心地に行き、会場にある魔力の濃度を下げてみる。
4:ぬえに対しちょっとした不信感。
5:紅魔館のみんなとの再会を目指す。
6:妹紅への警戒。彼女については報告する。
[備考]
※喘息の状態はいつもどおりです。
※他人の嘘を見抜けますが、ぬえに対しては効きません。
※「東方心綺楼」は八雲紫が作ったと考えています。
※以下の仮説を立てました。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかは「東方心綺楼」を販売するに当たって八雲紫が用意したダミーである。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかは「東方心綺楼」の信者達の信仰によって生まれた神である。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかは幻想郷の全知全能の神として信仰を受けている。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかの能力は「幻想郷の住人を争わせる程度の能力」である。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかは「幻想郷の住人全ての能力」を使うことができる。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかの本当の名前はZUNである。
 「東方心綺楼」の他にスタンド使いの闘いを描いた作品がある。
 ラスボスは可能性世界の岡崎夢美である。


【吉良吉影@ジョジョの奇妙な冒険 第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:体力消費(中)、喉に裂傷、鉄分不足、濡れている、ちょっとストレス
[装備]:スタンガン
[道具]:ココジャンボ@ジョジョ第5部、ハスの葉、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:平穏に生き延びてみせる。
1:しばらくはパチュリーに付き合う。
2:東方仗助とはとりあえず休戦?
3:空条承太郎らとの接触は避ける。どこかで勝手に死んでくれれば嬉しいんだが…
4:慧音さんの手が美しい。いつか必ず手に入れたい。抑え切れなくなるかもしれない。
[備考]
※参戦時期は「猫は吉良吉影が好き」終了後、川尻浩作の姿です。
※慧音が掲げる対主催の方針に建前では同調していますが、主催者に歯向かえるかどうかも解らないので内心全く期待していません。
 ですが、主催を倒せる見込みがあれば本格的に対主催に回ってもいいかもしれないとは一応思っています。
※能力の制限に関しては今のところ不明です。
※パチュリーにはストレスを感じていません。



【封獣ぬえ@東方星蓮船】
[状態]:体力消費(小)、精神疲労(中)、喉に裂傷、濡れている、吉良を殺すという断固たる決意
[装備]:スタンドDISC「メタリカ」@ジョジョ第5部
[道具]:ハスの葉、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:聖を守りたいけど、自分も死にたくない。
1:隙を見て吉良を暗殺したいが、パチュリーがいよいよ邪魔になってきた。
2:皆を裏切って自分だけ生き残る?
3:この機会に神霊廟の奴らを直接始末する…?
[備考]
※「メタリカ」の砂鉄による迷彩を使えるようになりましたが、やたら疲れます。
※能力の制限に関しては今のところ不明です。
※メスから変化させたリモコンスイッチ(偽)はにとりの爆発と共に消滅しました。
 本物のリモコンスイッチは廃ホテルの近くの茂みに捨てられています。


891 : ◆qSXL3X4ics :2016/06/09(木) 01:49:38 424kK2ao0
これで「偽装×錯綜×アンノウンX」の投下を終了します。
ここまで見てくださり、ありがとうございます。
感想、指摘などあればお願いします。


892 : 名無しさん :2016/06/09(木) 19:33:51 zVn4kTeQO
投下乙です

今回は妹紅に罪を着せることができたけど、妹紅がいない場所で同じ手口を使うなら、もう皆殺ししかないな
あるいは、攻撃されなかったパチュリーを犯人に仕立てるか


893 : 名無しさん :2016/06/10(金) 21:37:58 GJJG1ALo0
投下乙です
吉良の人間味の掘り下げは興味深い
以前の話でカーズがいらだちを覚えた幻想郷のあり方も吉良なら受け入れそうだ


894 : 名無しさん :2016/06/13(月) 07:51:44 3XiS2RdY0
投下乙です。
知識がないことへの対処が鈍いパッチェさんが実にそれっぽくていいですね。
それとシアーハートアタック発動前後の文章が格好良くてとても好みでした。


895 : 名無しさん :2016/06/16(木) 03:40:51 X.2WCUs20
投下乙です


が、駄目!のところで笑ってしまったw
しかし吉良が悪役ながらのカッコ良さがあっていいですねぇ〜


896 : ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:20:26 FM1Ayn1k0
ゲリラ投下を開始します。


897 : 神を喰らう顎[アギト] ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:20:55 FM1Ayn1k0
薄く立ちこめる霧の向こうから、黒い塊が近づいてくる。
それは遠目には小鳥か、羽虫の大群のように見えた。
黒い塊の中心に、低い排気音を吐き出しながら迫る鉄馬の影があった。
鉄馬に跨りハンドルを握るのは蒼い髪をまとめ、淡い色の服に身を包んだ若い女性。霍青娥。
悪のカリスマに魅了された彼女は、弟子にして主君である豊聡耳神子を裏切り、更には『幻想郷』をも裏切った。
正真正銘の毒婦。
彼女の後ろにヘルメットを被った男が直立している。
その顔はは虫類のような鱗で覆われ、背中から長い尻尾が伸びている。
恐竜人間。走行するバイクの上で直立するという芸当が可能なのは、彼の宿すスタンドが与える
捕食者[プレデター]としての身体能力による。
ディエゴ・ブランドー。人の世のすべてを憎み、社会への復讐のために頂点に立つ。
その目的のため、彼はこれまでに幾人も蹴落とし、食い物にしてきた。
彼のその姿は、まさしく捕食者[プレデター]としての生き方の現れだった。
そして、バイクと並走する恐竜がもう一体。
八雲紫。ディエゴのスタンドによって肉体と精神を奪われた、楽園の統治者の、変わり果てた姿。

彼らの行く手を阻むように、3人の少女が並び立つ。


「貴方は、十六夜咲夜……ではないんだよね?」


3人のうちでひときわ幼い容姿で、だがもっとも落ち着き払った様子の少女は洩矢諏訪子。
正真正銘の神の一柱。服には鳥獣戯画に描かれたカエルの絵があしらわれていた。
さらに大きな緑の帽子にも二つの目玉の意匠が施されており、
それを頭にかぶり、両手を地面につけしゃがんだその姿は、擬人化したカエル、
――あるいはカエルのマネをする少女のようであった。


「ええ。この身体は十六夜咲夜からの大事な借り物。
 ……二人とも、気をつけてください。彼らはスタンド能力を持っています。
 多くを説明する時間はありませんが……男の方、ディエゴ・ブランドーが持つのは『傷つけた相手を恐竜にして操る能力』。
 バイクの横を走るあの恐竜も、元は八雲紫だったのです」


青いメイド服に身を包んだ、3人のうちで最も長身の少女が、十六夜咲夜――ではない。
既に魂を天に還した彼女の亡骸を借りた、人ならざる者の依代たる人の形。
無数のプランクトンの群れに『スタンド』という一個の知性を与えられた存在。


898 : 神を喰らう顎[アギト] ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:21:11 FM1Ayn1k0
「そうだ……念のためです。お二人とも、口を開けてください」


そう言うと咲夜の姿を持った何者かは、諏訪子と小傘の口元に手のひらを当てた。
諏訪子が顔をしかめる。

「……何を飲ませたの」

「あなた達が恐竜化させられた際の対策です。霍青娥もスタンド能力を手に入れたようです。
 彼女が持つのが、先ほどの様子から判断するに、恐らく……『地中に潜る能力』。
 今更言うべきことでもないのでしょうが……用心して下さい」


十六夜咲夜の抜け殻に宿るは、プランクトンの群れに知性を与えられて新生物、『フー・ファイターズ』。
彼女の肉体に残る記憶を読み取り、両手でナイフを構える――その姿は、生前の咲夜と見分けがつかない。


「……まあ、やるだけやってみるさ。早苗の貴重な人間の友達だし、狙うやつは祟ってやらん訳にもいかんでしょ」

「勝ち目が薄いなら、私たちも逃げることを考えましょう。
 最低でも、霊夢たちが逃げ切る時間さえ稼ぐことができれば良い。
 ……ただ、あのディエゴの操る小さな恐竜は、この会場のかなり広い範囲を偵察することが出来るようです。
 ……一旦彼らを振り切ることができても、すぐにまた霊夢たちの場所を探り当てられてしまうでしょう」

「じゃあ、やっぱりここでやっつけるしかないってことじゃん」

「……ありがとう」

「礼はいらないよ。早苗の為だけじゃないしさ。
 私みたいなのが気安く話せる霊夢みたいなコは、長年神様やってると本当に貴重だからね。
 そこの化け傘の、確か、小傘ちゃんも、いいかな?」

「…………」

「小傘?」

「……ふぇっ!? う、うん!」


899 : 神を喰らう顎[アギト] ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:23:02 FM1Ayn1k0
そして、透明のビニール傘を抱えるように差し、立ったまま体を強ばらせている少女がひとり。
空色の髪、同じく空色の服、そして空色の右目。
雨上がりの青空がそのまま少女の姿を成したような姿の中で、唯一、赤い左目がひときわ目立つ。
彼女の名は、多々良小傘。
傘の付喪神である彼女だが、現在手にしているビニール傘は彼女の本来の持ち物ではない。
彼女の本体たる青い傘は既に失われている。
天に還るはずの彼女の魂が、かろうじて地上にしがみついている。
それを可能としているのは、彼女の頭に差し込まれた魂[スタンド]である――といわれている。


「小傘。今は、目の前の二人を止めることを考えて。
 ……だけど、生命の危険を感じたら、逃げても良い」

「いいよ、逃げても誰も責めないよ。私も、この子も」

「だっ、大丈夫です! ……だいじょうぶ……!」


上ずった声で、やっと答える小傘。明らかに大丈夫では、ない。
多々良小傘は、迫り来る悪意に恐怖していた。
それでも恐怖に耐え、逃げ出さずに何とか踏ん張っていた。
フー・ファイターズに助けを求められ、急行するジョルノ達の車に乗せられ、
……気がついたらここに立っていた。

はっきりしているのは、彼らにここを通せば、ジョルノとトリッシュ達が危険な目に遭う、ということ。
化け傘である私に、私の『道』を照らして欲しいと、信じてくれた者達。
彼らを守るためなら、多々良小傘、傷つく覚悟はできている。
だが、彼らを、迫り来る悪意を『傷つける』覚悟がどうしても、できない。

彼女は所詮、道具から生まれた存在だから。
道具であったが故に、その魂に刻まれているのだ。
人間が『上』で、道具は『下』だと。

ボロボロになるまで使い潰されることに、
「いらない」と言われて灰にされることに、
人の鬱憤のはけ口として叩き壊されることに、抵抗できない。

故に、迫り来るまっすぐな悪意に対し、抗うことができない。

だが、同時に彼女は少女でもある。
少女の脆い心は、死を目前にして恐怖せざるを得ない。
道具としての生まれと少女としての心の狭間で、多々良小傘は動けない。
逃げることさえ、できなかった。


900 : 神を喰らう顎[アギト] ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:23:16 FM1Ayn1k0
ディエゴの操る小さなプテラノドンの群が蠢き出し、
行く手を阻む三者へ向かって黒煙の様に流れ出した。

迫るプテラノドンの群は諏訪子達の視界を黒く塗りつぶし、
今にも彼女らを包み込んでその皮膚を、肉を食いちぎろうと迫る。
その時である。

ぱぁん、と。

おおきな柏手[かしわで]を打つ音が響いた。
騒がしい羽音に負けない、乾いた、よく通る音だった。

音の源は洩矢諏訪子。

次いで彼女は宣言した。


「土着神……『ケロちゃん風雨に負けず』」


すると一陣の突風が走り、煙のようなプテラノドンの群を押し流した。
次いで風に乗って大粒の雨が降り注ぎ、プテラノドンをまとめて地面にたたき落とした。


「これが、咲夜の記憶にもあった、守谷の、神の力……」


初めて目の当たりにする守谷の神の力に驚くFFを、諏訪子が制する。


「安心するのは早すぎるよ」


901 : 神を喰らう顎[アギト] ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:23:31 FM1Ayn1k0
黒煙が晴れ、再び晴れた視界に残るのは、翼竜の群れを盾に雨風をしのいだ一体の恐竜だけ。
恐竜・八雲紫が、大口を開けて小傘に迫る。
悪意持つ者は弱者の匂いを敏感に察知する。ディエゴ達の最初の標的は、多々良小傘。


「小傘、下がって!!」


小傘をかばうように、FFが進み出る。
そして、構えていた左手のナイフを、懐に収め――無手の左腕を差し出し、八雲紫が噛みつくに任せた。


「GOAHHHHHHHH!」


FFの腕を飲み込み、その二の腕に鋭い歯が突き立てられる。


「寝てなさい!」


すぐさま、FFは傷口からフー・ファイターズの分身を注入する。
八雲紫の体内でプランクトンが爆発的に増殖する。
増殖したプランクトンがディエゴに支配された肉体を乗っ取らんと、数秒に渡って主導権を奪い合う。
八雲紫は矛盾した2つの命令を受けて波打つように痙攣し、たまらず倒れこんだ。

これで一つ。だがディエゴと青娥、そして彼らの乗るバイクの姿が無い。


「またか。……芸がないねぇ」


隠れた敵の所在をいち早く悟ったのは、坤、すなわち地を創造する土着神・洩矢諏訪子。
諏訪子は手品師よろしくその大きな帽子を返し、目の前に捧げた。
すると水の蛙――水蛙神が帽子の中から飛び出し、地面に着弾。
吹き上がる水が、小傘の足元まで迫っていた青娥を地上に跳ね上げた。


「あらあら、惜しい。今度こそDISC一本釣りを狙ったんだけど、同じ手は何度も通じないかぁ」

「最初に腰が引けてる一番弱そうなコを狙うのは、アンタみたいな悪[ワル]のやりそうなことだからね」


902 : 神を喰らう顎[アギト] ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:23:44 FM1Ayn1k0
宙を舞う青娥は、地上に座す諏訪子と視線を交錯させ、
飛び込み競技のような流麗なフォームで地中に飛び込んだ。
このまま霊夢たちの元へと向かわせる訳にはいかない。


「こいつは私が引き受けよう。だけど……」


言い残し、諏訪子が青娥を追う。


「ええ。ですが……」


地中から出現したのは青娥だけ。つまり、


「「ディエゴは……!」」


その時、黒い影が倒れた紫とFFの頭上をすり抜け、
――彼女らのほんの数メートルの後ろ、小傘の頭上に止まった。


「上!」


バイクの上からジャンプ一番。
ディエゴ・ブランドーの恐るべき鉤爪[ディノニクス]が、上空から小傘を狙う。


903 : 神を喰らう顎[アギト] ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:23:58 FM1Ayn1k0
「GYAAAAAAAAA!」

「ひっ……」


後ずさろうとした小傘が足を滑らせ、尻もちを付いた。
高々と掲げられた、右脚の鉤爪が、小傘の額を――切り裂かない。
突如火花が散り、鉤爪が逸れたのだ。


「……一番戦意の薄い、弱者を狙うのは合理的な方法です。
 どのような生物においても、戦いに臨むのであれば」


熱を持ったナイフの刃が、雨滴を弾いて湯気を上げている。
『十六夜咲夜』の肉体を纏ったフー・ファイターズが、間一髪、割り込んでいた。


「……フン。確実に『やった』タイミングだと思ったが」


一旦変身を解除したディエゴがつぶやいた。


「……ですが、なぜでしょう。今はそれを『ムカつく』と感じています。
 咲夜の記憶でしょうか。いえ、このフー・ファイターズ自身がそう感じている」

「人間の皮を被っているだけのバケモノが、くだらないヒューマニズムに目覚めたか?
 犬にでも食わせておけよ、そんなもの」

「……そうですか。これも一種の人間性[ヒューマニズム]というもの、なのですね」


軽く挑発したつもりだったのだが、感慨深げな様子でつぶやくFF。
ペースを乱されたディエゴは小さく舌打ちする。


904 : 神を喰らう顎[アギト] ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:24:12 FM1Ayn1k0
「だが、最初の狙いは達成した……立てよ」


そう言ってディエゴが人差し指を空に向けて立てる。すると――。


「……あ、ああ……わたし、アタシ、が……」

「小傘!」


FFが振り返ると、小傘が立ち上がっていた。
だがその口は大きく裂け始めて鋭い牙が並び、全身に爬虫類のウロコが広がりだしている。
恐竜化――! その感染源、ウロコの広がる中心は右脚、膝頭に真新しい切り傷――。


「あたしが……消えテイク……」

「防ぎきれなかった……!」

「そういうことだ。こいつはもうオレの支配下だ。……くれたって良いだろう?
 正気のままじゃどうせビクビク怯えて使い物にならないんだからさあ」

「……だめです。あげません。」


FFがそう言うと、突如小傘の身体がビクビク痙攣し、再び地面に突っ伏すように倒れこんだ。


「既に『対策』は打っておいたのです」

「FF……ごめんね……」

「良いのよ。今は休んでいて」


905 : 神を喰らう顎[アギト] ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:24:26 FM1Ayn1k0
    ◆     ◆

「ホホホホホホ! オーホホホホ!」

高笑いを上げる霍青娥が泥しぶきを上げ、大地を泳ぐ。
そのプロポーションを惜しげもなく晒す黄土色のボディスーツは、『オアシス』の名を冠するスタンド。
名は体を表すという言葉の通り、そのスタンドは水なき地に水を生む。
そのスタンド能力で自分の周りの地面を溶かし、水中の様に泳いでいるのだ。

クロールから背泳ぎ、果てはバタフライと華麗な個人メドレーを披露しつつ、
猛スピードで諏訪子の周囲を旋回し、弾幕の狙いを絞らせない。

霍青娥の尸解仙としての身体能力に、
スーツ型スタンド『オアシス』のパワーとスピードが加算され、その泳ぎはまさに人魚の如く。
それも魚類の中でも有数の遊泳速度を持つマグロ。マグロの人魚。マグロ女、霍青娥。


「あーうー。何だっけかなー。昔読んだマンガでそういうの見た気がするなー」


水の弾丸を放って牽制しつつ、諏訪子は周囲を旋回する青娥を観察する。
戦闘中においても飄々とした様子なのは、彼女の気質ゆえか


「あ! 知ってる! それってもしかしてグルグル回ってバターみたいに溶けちゃう奴?」


諏訪子の言葉に反応する青娥。相変わらず諏訪子の周りを囲うように高速で遊泳している。


「いや、違うなー。でもそれも懐かしいねー。あんたそれ読んだことあるの?」


マイペースに返答するスワコ。


「この前、メガネの半妖のお兄さんの店で失敬してきたのよ」

「なるほどねー。発禁になって長いから、こっちに流れ着いてもおかしくはないかー」


青娥は、息一つ切れる様子なく、旋回のペースを落とさない。


906 : 神を喰らう顎[アギト] ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:24:42 FM1Ayn1k0
「懐かしいねー。今度貸して?」

「無・理♪ なぜなら」


そして、諏訪子の背後に回り込んだ次の瞬間――


「貴女はここでバターになるからよ!!」


青娥が勢いよく地中から飛び出し、諏訪子の背に向かって跳び掛かる。
海獣を駆るシャチのように、大きな弧を描く。
諏訪子は両足に力を入れ、ジャンプして回避を試みるが、跳べない。
足下の土がいつの間にかひどくぬかるみ、足首まで浸かっている。
青娥が旋回する間に、オアシスの能力が諏訪子の足下まで及んでいたのだ。

避けられない。が諏訪子は動じない。
背後から矢のような速さで跳びかかる青娥を振り返りもせず、
ぱん! と、先ほど同様に大きく柏手を打つ。

体そのものを一本の銛に、諏訪子の体を貫かんとまっすぐ伸びた青娥の貫手が、届かない。

大地から勢いよく飛び出る、何本もの土色の大木。
一人の両腕では余る程に太く、天を突くように勢いよく延びる。
先端が細く割れ、指のように枝分かれしたそれらは、諏訪子の配下たる土着の神々を象ったもの。


「土着神……『手長足長さま』」


巨大な土の足に蹴り上げられ、青娥の身体が宙を舞う。
そして次の瞬間、青娥をつかむのは巨大な手。
気がつけば青娥はいくつもの巨大な土の手足に挟み、捉えられていた。


「がっっーー!
 ちょっ……スタンドを纏ってても、衝撃は伝わりますのよ!?」


土の手足の中から首から上を出して呻く青娥の唇の端からは、僅かに赤黒い液体がこぼれている。


907 : 神を喰らう顎[アギト] ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:24:57 FM1Ayn1k0
「それは良い事を聞いたわ。……そのまま潰すか」


諏訪子が掲げた手を握り締めると、手長足長の圧力が一層強まる。


「いっ……ちょっと、タンマタンマ!」

「まだ喋れるか」

「ひーっ、ひーっ、このままじゃ……本当に潰れてしまいますわ!
 わたくし諏訪子様にとってお得な耳寄り情報知ってますのに!」

「潰れる、じゃない、潰すんだよ」


聞く耳持たず。諏訪子はむしろ一層手長足長に力を込める。


「良いんですの!? 本当に聞かなくても良いんですの!?
 貴方の神社の巫女さん……東風屋早苗ちゃんの行方!」

「……早苗の?」


青娥ほとんど懇願するように話したとき、ようやく諏訪子が反応する。
手長足長の圧力の上昇が止まる。あくまで止めただけ、力は緩めない。


「そう、私早苗ちゃんとここに来てからお会いしましたの!」

「…………」

「そう、あれはここから南東のエリア、太陽の畑での事。
 早苗ちゃんとその同行者一行は、弾幕もスタンドも通じない不死身のスタンドに襲われて、今頃は……」

「…………!」


908 : 神を喰らう顎[アギト] ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:25:10 FM1Ayn1k0
諏訪子は言葉を発しない。だが、血の気が引き、目を見開いたその表情には動揺がありありと見て取れる。
緩みそうになる口角を必死で抑え、青娥は続ける。


「……かくいう私も、そいつには手出しができず、巻き添えに遭わないようにただ逃げるのが精一杯で……」

「そうかい。……もう十分だ」


そこで、青娥をがっちりと捕らえていた土の手足に一層の力が篭もり、青娥の顔が埋もれていった。
そのまま、みっしりと組み合わされた手足を摺り合わせ、
ブンブンと振り回し、最後は勢いに任せて地面に叩きつける。
一つ、二つ、三つ。
三回目で手足を広げる。

――だが。

手長足長の中に、肉片がない。血の一滴さえも。


「……『手長』の中か」


諏訪子が短くつぶやくと、土の足が土の腕を真ん中から蹴り折った。
さらに土の足のもう片方が、折れた腕を根本から蹴り砕いた。
爆ぜた土の中、切り株のように残った足長様の残骸の中に――いた。
青娥のつま先が一瞬だけのぞき、すぐに地中へと消える。


「アンタ、泳ぎは得意かい? って、聞くまでもないか。さっきは泳いできたもんね」


諏訪子はおもむろにつぶやいた。


「ふふ、この華麗な泳ぎを見てわかりませんの?」

「……アンタには聞いてない」


クロールでまっすぐに向かってくる青娥の姿を認めると、諏訪子は再び勢いよく柏手を打った。

既にあと半歩、あと半かきの位置まで間合いを詰めていた青娥が、諏訪子に向かい貫手をのばす――。


909 : 神を喰らう顎[アギト] ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:25:26 FM1Ayn1k0
(あ……届かない?)


青娥はそこで異変に気づく。
諏訪子に手が届かない。
間合いを計り違えたか?
いや、自分が移動している。流されているのだ。
流れの発生しない土の中で?
何に? ――誰が?

何故か満面の笑みを浮かべている諏訪子が、酷く――そう、かの霍青娥にさえ、酷く不気味に感じられた。

身体を起こし、諏訪子から間合いを取ろうしたその時、青娥の周囲で大きな地鳴りが響く。
足を踏ん張ろうにも、地面が沸騰するように泡立ち――立てない。
地面が柔らかくなり過ぎている。
『オアシス』の力をもってすれば自由に泳ぐことができるはずが、脚力が地面に伝わらない。
土を蹴る感覚がおかしい。これではまるで本当に水の中に――。

さらに青娥の身体が地中に沈んでゆく。

地中に顔まで浸かった所で、青娥は息を吸おうとして――肺に流れ込んできたのは泥臭い水。
思わずむせかえって空気の泡を吐き出し、空気を求めるも口に流れこんでくるのは、やはり泥水。
オアシスの能力で、地中に潜っても呼吸できるはずが――。
ここでようやく青娥は悟る。
自分は水中に落とされたのだと。

周囲の固体を液体にするスタンド・『オアシス』は、液体に対しては効力を発揮しない。
固体を溶かし、潜った中での呼吸を可能とするオアシスだが、
液体である水を溶かすことはできず、したがって水中での呼吸も不可能なのだ。

青娥は口を手で押さえ、ようやく息を止めた。
このままでは窒息する。
水をかいて浮上しようとするが、浮かない。
沈んでいる――違う。押し流されているのだ。
霧の湖の、底へと向かって。

土煙の向こう、水面の仄かな輝きを背に、洩矢諏訪子の影が映る。
青娥を見下ろし、赤い口、赤い目でニヤリと笑い、さらに柏手を打つ。
その響きは水中でもはっきり響いた。

――源符『厭い川の翡翠』――

諏訪子は、最初からコレを狙っていたのだ。
オアシスの能力で柔らかくなった地面を、彼女の『坤を創造する程度の能力』で一気に崩す。
崩れた地面ごと、自分と青娥を、オアシスの能力が発揮できない水中、霧の湖へ。
蛙の姿を取っている諏訪子自身が水中で溺れる心配はない。
あとは水流を操って青娥を水中に沈め、溺死させるつもりだったのだ。


910 : 神を喰らう顎[アギト] ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:25:42 FM1Ayn1k0
    ◆     ◆


「GOAHHHHH!」


ディエゴが振り下ろす右前足の恐るべき鉤爪を、FFがナイフで受け流した。
もう何度目のことだろうか。鋼の刃同士がぶつかったかのような、甲高い音が響く。

まともに受け止めれば、ナイフはその手から弾き飛ばされるか、
さもなくばナイフの方が折れてしまっているであろう。
そしてFFが中に入り込んでいるとはいえ、あくまで人のモノでしかないこの体にその鉤爪が届けば、
先ほどの霊夢、そして自分自身と同じ無惨をたどる事だろう。
もっとも、この十六夜咲夜の肉体が入れ物でしか無い以上、この体が傷ついてもFFが危機に陥る訳ではない、のだが。
それでも、咲夜の体が斬られれば目の前の敵に一瞬では済まない隙を晒すことになってしまう。
FFの後ろで逃走を続ける霊夢たちへ、こいつを向かわせる訳にはいかない。

などと考える暇もなく、鋸の様な歯がずらりと並ぶ巨大な口が鼻先に迫ってきた。
FFは上体をわずかに反らし、眼前でそれが勢いよく閉じるのを見届ける。生臭い。口臭まで恐竜化するのか。
臭い口が右にスライドしたかと思うと、足下から黒くて細長い影が迫る。
FFがのけぞった体勢のまま小さくジャンプすると、太いしっぽが鞭のようにしなって地面を叩きつけるのが見えた。
ぬかるんだ土が爆ぜる。

体を反らしたままジャンプしたFFは、そのまま空中で逆さになり地面に手を突くと、
後退する勢いを保ちながら体の天地を戻した。早い話が後方転回、俗に言うバク転である。


地球上にかつて実在していた恐竜がどの程度の身体能力を持っていたか、
現在の我々には現存する生物から類推し、想像によって推し量る他ない。
ディエゴが今化けているディノニクスなら、骨格そして体格はダチョウが近いか。
俊足で知られるダチョウの脚力はすさまじく、ひと蹴りでヒトの骨を簡単に砕く。
加えて、スタンド能力『スケアリー・モンスターズ』で再現された恐竜の能力には、
いくらかの脚色、あるいは誇張が含まれている。

骨格の化石だけで学者たちに「恐るべき竜」と命名させる、この生物にたいする畏れが。
現存する補食者であるネコ科のような、動体視力に、瞬発力、バランス感覚。
イヌ科の嗅覚、集団行動能力、スタミナ。
そして何より、ヒトの知能[あくい]。
スケアリー・モンスターズによって現代に現れた恐るべき竜の幻想はそれら全てを合わせ持つ。

守りに徹しているとはいえ、ヒトの体で恐竜であるディエゴと一対一で戦えているのは、
十六夜咲夜に刻まれた戦いの記憶であった。
鬼、天狗、八百万の神々、そして主である吸血鬼と、ルールがあったにせよ、命のやりとりをするつもりがないにせよ、
ヒトの身で彼女はヒトを超越した存在と、今まで戦ってきたのだ。
その咲夜の技術が、隻眼というハンデではあるが、恐竜との戦いを成立させている。


911 : 神を喰らう顎[アギト] ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:25:57 FM1Ayn1k0
(お前には、世話になりっぱなしだな……十六夜咲夜)


FFは生前の姿を見たこともない相手に、話しかける。


(そうか、これを「感謝」というのだな)


暴風の様に迫る爪と牙をさばきながら、FFは読み取った記憶でしか知らなかったそれを確かに実感した。


(……とはいえ、あまり長くは持たない、か)


先ほどから、足が急に重くなってきたのを感じる。
プランクトンの群体という身でありながら、この体は疲労と無縁ではない。
急激な分裂を行うなどすれば、精神のエネルギーを消耗する分、疲労を感じる。
だが、ただ動き続けるだけでこれほどの疲労は――とここでFFが足下を見る。
小さなヴェロキラプトルが、咲夜の脚に大量にまとわりついていた。
脚を覆う黒いタイツが全く見えず、グレーの鱗で覆われているようだった。

ディエゴが攻め手を変えてきていたのだ。
風雨で攻撃用の小型恐竜を飛ばせないと判断するや、地面を走るタイプの小型恐竜をけしかけてきたのだ。

小型恐竜に群がられたところでダメージはない、だがそれでもこちらの動きを鈍らせるには十分なのは見ての通り。
足を取られたFFを見るや、好機とばかりに、ディエゴが間合いを詰める、蹴爪を振り降ろす。
間合いが近すぎる。――受け流せない。
十字に構えた咲夜のナイフに打ち付け、そのまま押しこんでくる。


912 : 神を喰らう顎[アギト] ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:26:12 FM1Ayn1k0
と、ここで、声が聞こえた。洩矢諏訪子の声が。
彼女に取り付かせたFFの小さな分身から、


「アンタ、泳ぎは得意かい? って、聞くまでもないか。さっきは泳いで来てたもんね」


FFの脚を奪い、そのまま膂力の差で押し切ろうとしたディエゴだったが、
足下の異変に気づき、飛び退こうとする。否、飛び退こうとした。

だが、そこで脚を何かに捕まれたのだ。ぬかるんだ地面から生える、泥の腕に。


「足を……貴様!」

「何を驚くことがある? お前と同じ手を使わせてもらっただけだ……」


ディエゴの足下から、ヒトならざるモノの低い声が響く。
泥の中から出現したのは、FFの……本体。
十六夜咲夜の抜け殻は糸の切れた人形のように泥の中へと沈んでゆく。

ディエゴは鉤爪を振るい、FFの腕を切り落とそうとするが、もう遅い。

地面が急速に泡立ち、泥水へと変わってゆく。そのままディエゴとFFは、もつれ合うようにして湖へと沈んでいった。


913 : 神を喰らう顎[アギト] ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:26:28 FM1Ayn1k0
    ◇     ◇

そこは、ほの暗い、水の牢獄。
ごおおおお、と、冷たい水の流れる音だけが青娥の耳を満たしている。
青娥の真上、淡く輝く水面で、揺らめく諏訪子の影が、今も殺気を放ち続けている。
未だ青娥は、諏訪子の起こした水流によって水底に釘付けにされていた。
オアシスで強化された身体能力でも、その流れに逆らって泳ぐことは不可能。
ならば、と青娥は水底をドロ化させ、湖底の地中に隠れようと試みるが、
スタンド能力で水底をドロ化させるたびに、激しい水流で泥が流れ去り、地中に潜ることもできない。


(さて、どうしたものかしら。ディエゴくんが助けに来てくれたら良いけど)


ここにきて青娥がようやく僅かに焦り始める。
いかな尸解仙とはいえ、ずっと水中に潜って息が続くはずもなく。
あの祟り神は自分たちを本気で殺す気で、それを成す力があるのだと、ようやく実感する。
もっとも、そうでなければ、DIO様のおメガネに掛かるハズがないのだが。


(それにしても諏訪子様ったら、何も本気で私を殺しに来ることないじゃない。
 そりゃあ、ちょっぴり揺さぶりをかけるつもりで、怒らせてみようとはしたんだけど)


青娥はぷんぷんと頬をふくらませながら水面の諏訪子を見上げる。


(そりゃあ確かに、あの早苗って子は家族も同然なのかも知れないわ。
 不死身のスタンドをけしかけたのは確かに私で、12時になったらあの子の名前は確実に呼ばれるわ。
 ……でも、仕方ないじゃない。不死身で制御不能のスタンドなんて面白いモノ、使ってみないわけにはいかないじゃない。
 それにあの子たち、DIO様の敵と同行してたんだし。あんな面白い人[悪のカリスマ]、後にも先にも絶対に逢えないわ。
 それに比べたら、早苗ちゃんたちのありふれた命なんて、些細なものよ。……仕方ないじゃない。
 私はただ、面白い事をしようとしただけ。それなのに私が殺されるなんて、間違ってるわ)


心中で身勝手な恨み言をつぶやいていると、仄明るく輝く水面に一つの影が映り込んだ。
恐竜化したディエゴ・ブランドー。
水中に落ち、諏訪子の起こした水流に乗せられて青娥の元へと流されてきている。
何か黒い泥のようなモノにまとわりつかれている様に見える。
あの、十六夜咲夜らしき何者かのスタンド攻撃を受けているのか。


(まったく、アテにしてたのにディエゴくんたら使えないわねー。
 ……ってあれ? これホントにマズくないかしら。詰んでない?)


呑気していた青娥も流石にこれには生命の危機を感じた。
が、もう遅すぎる――そう悟り始めた時に、隣のディエゴに異変が起こりつつあることに、青娥は気付いたのだ。


914 : 神を喰らう顎[アギト] ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:26:47 FM1Ayn1k0
◯                     ◯
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「あああ!! ディエゴッ!!」


――遠くから、若い女の叫びが聞こえる。
忘れようとして、忘れられないでいる女の叫びが。


「ディエゴッ!! ディオッーー! ディオォォーーーッ」


女の声は、大雨と濁流でところどころかき消されながらも、段々と近づいてきている。
その女は――大雨で増水した川を泳いできているのだ。半分溺れかけながら。


「ああ〜〜〜〜っ い…生きてるわ…………!」


そいつは遂にオレを抱え上げ、歓喜の叫びを上げた。
そう、オレは濁流の中で女に軽々と抱え上げられる程に小さかったのだ、その頃は。
これほど昔の事、普通は覚えているハズがないが――。
――間違いなく、オレの生まれて間もない頃に実際にあったこと。
俺は、あの女と一緒に大雨で川に流され、流された先の農場に拾われたのだ。


「なんて命の力の強い子! ごめんなさい! ごめんなさい!
 もう二度と! …………決してしない! ありがとう神さま!!」


◯                     ◯
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915 : 神を喰らう顎[アギト] ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:27:08 FM1Ayn1k0
(……黙れ!!)


濁流の記憶の中で聞こえてきたその言葉に、ディエゴは言い知れぬ嫌悪感を憶えた。
水を肺に吹い込み、気を失いかけていたディエゴは、その虫唾が走るような感覚で、目を覚ました。
見開いた視界の先には、こちらを溺死させようと無慈悲に水流をぶつけ続ける、
『神さま』――洩矢諏訪子の影。


(神がなんだ!?)


あの女がその時感謝を捧げた『神サマ』とやらが、あの女に何をした?
あの女に何を与えた?

農園に拾われた俺たちは家畜同然の扱いで働かされ、
あの女は俺たちを拾った男に不倫相手として迫られ、
最後にはつまらねぇプライドを守って死んでいきやがった。

『神サマ』はオレたちに、何一つ救いをもたらさなかったのだ。

天涯孤独になったオレはのし上がる為に何でもやった。
神サマとやらが実在するなら、地獄に落とされるに違いないことも。
オレの世界に神などいない。
いたとしても、オレの方を見てはいない。だから、出し抜いてやっただけだ。

それが今になって――今になって!

その神サマとやらがオレを殺しに来た、だと!?
救いの手を差し延べなかったオレに、犯した罪の裁きだけはきっちり与えに来たか?
神サマとやらは、居て欲しい時に居ない癖に、邪魔な時には現れやがるか!

オレの運命を弄び、高みから嘲笑うのが、神が!

呑気に人間の上位者を気取りやがって、人間の信仰なしには存在できない寄生虫どもが!!
そしてその存在を支え続ける、気取った人間どもと、この世界[ゲンソウキョウ]!!

有罪だ――!
どいつも、こいつも――有罪だ!!

オレは、お前たちの存在を、否定する!!
たとえお前たちが確かに存在していようと、目の前から否定する!!
お前たちが目の前にいようと、神などくだらない存在であると、
牛のクソにも劣る取るに足らない存在であると、証明してみせる!!


(『スケアリー・モンスターズ』……!)


ディエゴはそのスタンドの名を、叫ぶ。声には出なくとも、確かにその名を、心で叫んだ。
全身をプランクトンにまとわりつかれ、碌にもがくこともできない体で天を――神を睨みつけながら。


916 : 神を喰らう顎[アギト] ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:27:24 FM1Ayn1k0
霍青娥はしめた、と思う。
ディエゴの姿が――今までにないモノに変貌しつつあった。
この男は、この万事休すかに思われた状況でも、まだ切り札を残している。
それなりの器ではあるが、まだまだ人間の範囲内、そう思っていた。
青娥はディエゴに対してせいぜいDIOの縮小コピーのような印象しか持っていなかった。
だが、これは嬉しい誤算だった。
ならば、今の青娥にできることは――。


『にゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃん!!
 にゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃん!!』


青娥はオアシスの能力でがむしゃらに水底を殴りだした。
それは諏訪子には、死に際の最期の悪あがきにしか見えないことだろう。
いくら水底の石をドロ化させても、諏訪子の生み出す水流で周辺に巻き上げられ、流れ去ってしまうからだ。

だがそれこそが今回の目的。
水流に乗ったドロが、周囲を煙幕のように黒く覆った。もちろんディエゴも。
そしてディエゴたちの姿が隠れた事を確認すると、ディエゴを真横に蹴り飛ばした。
より正確には、二人を沈める水流の中心から、脚力で押し出したのだ。

今までこの手を使わかったのは、無駄だったから。
流れの中心から一時的にでも離れれば、いくらか流れは弱くなるが、
それでも二人に振り切ることのできない水流だったのが明らかだったからだ。
しかし、今度のディエゴは――。


917 : 神を喰らう顎[アギト] ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:27:40 FM1Ayn1k0
    ◆     ◆

ディエゴは想像した。
敬意も、神への祈りも知らぬ『恐るべき魔物[スケアリーモンスター]』たちが、世界の全てを統べていた頃の姿を。
陸を走る二本足の姿、空を渡る皮膜の姿――そして、水の中――海を行く姿。

鋭い鉤爪の生えていた前足と後足は、舟のオールの様に平たく薄く、水をかく為の形状に。
水の抵抗を減らす為、頭は小さく胴はコンパクトに。
流線型のシルエットに、二対のヒレ。
それは、ジュラ紀と白亜紀の海を支配した爬虫類、首長竜の一種。
その名は、プレシオサウルス[爬虫類に似たもの]。
魚類と爬虫類の合いの子と呼ばれたその姿は――爬虫類が泳ぐために進化し、魚の姿へと収斂した結果。

水中への適応でエネルギーを取り戻したスタンドが――その支配力を回復させる。
青黒いFFの体が、ディエゴの皮膚に触れた箇所から赤茶に変色しだす。
変色したプランクトン一匹一匹が、恐竜化し、反撃を開始した。
突如ミクロスケールの大戦を挑まれ、動きの鈍ったFFの、頭部がちぎれ飛ぶ。
自由になったディエゴの、長い首が振り抜かれていた。

隣で水底に貼り付けにされていた青娥の視線が、ディエゴの視界に入る。
青娥は黙って微笑み頷くと、ディエゴを真横に蹴り飛ばした。
二人を沈める水流から、脚力で押し出したのだ。


918 : 神を喰らう顎[アギト] ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:27:56 FM1Ayn1k0
    ◇     ◇


「GUOHHHHH!」


洩矢諏訪子が、もうもうと土煙の上がる水底から獰猛な叫びを聞く。
信じ難い、あの水流をかわし、浮上してくるというのか?
土煙の中から姿を現したのは、一匹の首長竜。
あのディエゴのスタンドの能力、なのか。
外界の本によれば正確には恐竜ではなかったハズだが、それは先ほどの翼竜も同じこと。
広義で恐竜と呼ばれる生物なら、融通が利くらしい。

未だ水底に沈め続けている青娥だけでも仕留めたかったが、そうもいかない。
首長竜と化したディエゴが、すぐそこまで迫っている。
諏訪子は青娥を水底に押さえつける水流を一旦止め、どこからともなく鉄の輪を創りだした。
そしてムチのようにしなる長い首に生えた牙を、鉄輪で防ぐ。
首長竜はもともと魚食性。水中での遊泳能力を得た代わりに、攻撃力が格段に落ちている。

諏訪子はディエゴの牙を躱しながら、水面を目指した。
あの姿なら、水中は得意でも、逆に水の上は不得手なはず。
神であるこちらは水中で息が続くだけでなく、水面の上に立って、陸上と同様に動くことができる。
空気を求めて浮上してくるであろう、青娥を叩くにも都合がいい。

と、そこで、件の霍青娥の、キャラメルのように甘い声が聞こえてきた。


「……そうそう、言い忘れていたことがあったんだけど」


水面から。
諏訪子が視線だけを向けるが、姿が見えない。声だけが聞こえる。
いや、それよりも、どうやって――?
水中を得意とする諏訪子よりも、この首長竜よりも、どうやって早く浮上したのか。
諏訪子の脳裏を過る疑問は、青娥の放った次の一言で霧散する。


「諏訪子サマ! ごめんなさい! 諏訪子サマ!
 早苗ちゃんを殺したのは、この私なの! 本当にごめんなさい!」


霍青娥が、心底申し訳無さそうな声で謝罪を始めたのだ。
諏訪子の真上に姿を表し、河童のモノと思しき光学迷彩のコートを脱ぎ捨てた霍青娥が。


919 : 神を喰らう顎[アギト] ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:28:16 FM1Ayn1k0
「人格を持たない、ただ動くモノを喰い殺すだけの不死身のスタンドは、私がけしかけたのよ!
 だから、早苗ちゃんを殺したのは私のようなもの!
 本当に、ほんっとーに! ごめんなさい!!」


あの霍青娥が。本当に申し訳ないという表情を作り、手を合わせて頭まで下げてきた。
あの霍青娥が。目一杯に白々しい演技で、こちらに謝ってきている。

諏訪子は全身の血が熱くなる感覚を憶えた。
怒り心頭に発するとは、まさにこの時の事を言うのだろう。
妙に醒めた精神がそんな事を考えていた。
ただ肉体だけが怒りにたぎる血に突き動かされ、青娥目掛けて急速に浮上していた。
――それが悪手であるのは、明らかだったというのに。

首長竜でも追いつくことができない加速で浮上する諏訪子だったが、そのつま先を、
僅かにディエゴの牙が掠めたのだ。

左足の自由が段々と奪われていく。
あと何秒、諏訪子は諏訪子でいられるのか。
その間に、この女だけは、霍青娥だけは――。
諏訪子が必死に水を掻く。
そして諏訪子の振るう鉄輪が青娥に届こうとした瞬間、


「GOAAAAAHH!」


今度は右脚にディエゴが食らいついた。
左足の分だけ速度が鈍り、ディエゴに追いつかれたのだ。
そして両脚から急速に恐竜化してゆく諏訪子の前に、土色のボディスーツを纏った青娥が悠々と近づいてくる。
諏訪子が二の腕まで鱗に覆われた腕で鉄輪を振るうが、青娥は左手でそっとそれを受け止めた。
そして目にも止まらぬ速さで手刀を振るい、諏訪子の右腕、右脚を付け根から斬り落としたのだった。


「早苗を、よくも……祟ってやる……絶対ニ……」


全身を恐竜化されてゆく諏訪子の最後の言葉。
それを聞いた青娥は、失望したようにため息の泡を吐いた。

二人が湖中から顔を出すと、雨粒が水面を叩く音が聞こえた。
諏訪子のスペルカードが呼び水となったのか、本当に雨が振り出している。


920 : 神を喰らう顎[アギト] ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:28:32 FM1Ayn1k0
「ああ……つまらないわ。
 神様といっても、貴女も結局、家族を想うという、ありふれた凡庸な欲の持ち主でしかないのですわ。
 もっと人間には及びもつかないような、高尚で遠大な欲を期待していましたのに」

「フン。こんな奴が、神サマであるものかよ。
 ……もし本当にそうだとしても、徹底的に貶めて、神サマでいられなくしてやるさ」

「……厳密には、貴方の国の神様とは違う存在だと思うのだけど、ディエゴくん?」

「気取った人間どもの生み出したモノに……違いなんて、認めないぜ」

「でも、今回は流石にちょっとヤバいって思っちゃったわ。
 土壇場であんな切り札を出すなんて……命の力の強い子だわ、ディエゴくん」

「………………」


それは青娥の素直な賛辞であったが、何か思うことがあったのか、ディエゴは急に黙りこくってしまったのだった。


921 : 神を喰らう顎[アギト] ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:28:52 FM1Ayn1k0
    ◆     ◆

岸には森の中を迂回してきた恐竜・八雲紫が、忠犬よろしく行儀よく座って待機していた。
青娥は左の前後の脚がもがれた恐竜、洩矢諏訪子の成れの果てを陸へと押し上げた。
彼女の手足の傷口は、恐竜化させた際に塞いである。
洩矢諏訪子はこの場では死なすわけにはいかない。DIOへの捧げ物として、生け捕りにする必要がある。
青娥たちが陸に上がっても、雨は止むことなく降り続いていた。


「あー、それにしても酷い目に遭いましたわー。
 服が完全にびしょびしょ」


陸に上がった青娥が首を傾け、耳に入った水を出しながら言う。


「ねーえ、ディエゴくん、服とか透けちゃってなーい?」


青娥はこれみよがしに体をかがめ、ちょうど岸に乗り上げようとするディエゴにたずねる。


「いいから早くバイクを出せよ」


ディエゴ全く意に介さないどころか、声色には明らかに苛立ちが混ざっている。
ディエゴのつれない反応に少ししょんぼりしながら、青娥は懐に納めていた紙を広げた。
そして、中から飛び出したバイクのスロットルレバーをひねり、エンジンが掛かったことに安堵したところで、


922 : 神を喰らう顎[アギト] ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:29:06 FM1Ayn1k0
「あら……? 何か忘れてないかしら?」


と、青娥は小首を傾げた。確か敵は3人いた。
洩矢諏訪子は恐竜化して、既に手の中。
確かFF、と呼ばれていた不定形の生物は、水中でディエゴに噛みちぎられ、まだ浮かんでこない。
あと一人いた。が、ディエゴに瞬殺されたし、正直どうでもいい存在だと、青娥は記憶している。
だが、どうでもいい存在ながら、アレは貴重なモノを持っていたはずだ。


「そうだ、DISC……DISCは、どこにいったのかしら?」


青娥が周囲を見回す。まず目に付くのは、直径50mに渡って、半球状にえぐれてできた入江。
つい数分前に、青娥と諏訪子の共同作業によって出来た地形だ。
あのDISCが落ちているとすれば、そこより東、紅魔館側。青娥達の現在地の対岸だ。
青娥が目を凝らすが、DISCを持ったあの傘は転がっていない。下駄を履いた脚だけが残っている。


「あーあ……湖に沈んでしまったのかしら」


まあ、沈んでしまったモノは後から取りに行けば良い。
水中であれば誰かに拾われる心配もまずないだろう。
――と気を取り直し、バイクに跨がろうとした所である。


「なんだ、『ある』じゃない……DISC」


青娥たちの上空に、空色の影が、溶けた絵の具の様に流れてきた。
水に流れる絵具のようにおぼろげだったそれが、雨滴と融け合うようにしてヒトらしきモノの形を成し、
ついには一人の少女の実体を結んだのだった。


923 : そして少女は、虹色の夢を掴んだ ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:29:36 FM1Ayn1k0
    ●     ●


諏訪子さんに、FFさん。そして、悪い仙人に、恐いトカゲ人間。
4人とも湖に沈み、そこで一旦小傘の右脚から拡がってきていたウロコが消え、
同時に消えてなくなりかけていた小傘の意思も帰ってきた。

だがすぐに、再び右膝のウロコが復活を始めた。
小傘が頭を動かすと、いったい何があったのか、小傘の頭のちょうど後ろから
数十メートルにかけての地面がごっそりと崩れ落ちて、湖へと変わっていた。

つまりそういう事で、小傘がトカゲ人間になりかけて気絶した後に、
地形が変わるほどの凄い戦いがあって――諏訪子さんとFFさんは敗けてしまったのだ、恐らく。

ウロコが既に膝を覆い尽くしている。
このままトカゲになってしまうのが良いのかもしれない、と小傘は思う。
元の道具だった頃に戻るだけからだ。
心を捨てれば、もう戦って怖い思いをせずに済む。
完全に壊れるまで、使い潰されるだけのこと。
ああ、『ダサい傘』と呼ばれ、誰にも見向きされなかった頃には
到底叶えることのできなかった、宿願だ。

代わりにジョルノとトリッシュ達を裏切る事になってしまう。
だが、道具である以上、良いも悪いも使い手次第だから。それは仕方の無いこと。
そう、仕方がないと諦めるのが、道具なのだ。
仕方ないが、ジョルノたちを、裏切ってしまう。


924 : そして少女は、虹色の夢を掴んだ ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:29:52 FM1Ayn1k0
――本当は、裏切りたくない。
『誰が』、ジョルノたちを裏切りたくないのか。
他でもない、『多々良小傘』がそう願っている。
あの男の『道具』になる前の数秒か数十秒の間、
『多々良小傘』が、裏切りたくないと願っている。

――願っているだけ、なのだ。
願っているだけでは、残り僅かな時間の間にその願いは雲散霧消し、
『道具』となった後には、ジョルノたちを裏切ったという『結果』だけが残る。

――自分の力など、ジョルノ達にくらべればちっぽけなもの。
ここで自分が裏切りたくないと願い続け、だが何もできずに『道具』となり、
結果として彼らを裏切ってしまった所で、
ジョルノはトカゲ男をやっつけて、自分を見事助けてくれるに違いない。

――自分があのトカゲ男たちに刃向かい、傷つけられることは恐ろしい。
だが、それ以上に自分という小さな存在が何かを傷つけることは、もっと恐ろしい。
誰かを傷つけるために、自分の心に敵意を抱くことが、最も恐ろしい。
多々良小傘は、自分の心の中の敵意を無条件の悪として、固く封じ込めて生きてきたからだ。

――ほんの半日前までは、それで良かった。
多々良小傘は幸運にも、今まで概ね善人に囲まれて生きてきた。
自分を無視したり、妖怪として退治はしてきても、
本気で自分の事を殺そうとしたり、辱めようとする者はいなかった。

――だがここでは違う。
頭では分かってはいたが、この世にはどうしようもない悪意を持った人がたくさんいて、
今まで出会わずに済んできたそんな連中が、ここでは露骨に牙を剥いて襲い掛かってくる。
だとすれば、戦わなければならない。

――ここで恐れて立ち上がることができなければ、自分には、ジョルノ達を裏切ったという結果だけが残る。
なぜなら、今このわずかな時間だけ、私には『選択』する時間が残されてしまっているからだ。
ジョルノ達を裏切らないための手を打つための時間が。

――『選択』が自分にまだ残されている以上、『選択』はしなければならない、いや、否応なく迫られるのだ。
『選択』せず、時間切れを待つことは裏切りと同じだ。
たった数秒の迷いで選ぶことができなかったとしても、
たった数秒の迷いだからきっと優しいジョルノ達は自分を責めはしない。

――だから究極的にそれは、選択できることに気づいてしまった自分の問題でしかない。
今この瞬間に『選択』をするのは、自分のためでしかない。
自分のための――そう、『ジョルノたちが信じる多々良小傘』のための。
『前向きで眩しい想い』を持つと言ってくれた、『トリッシュ達の信じる多々良小傘』のための選択を。

――『誰かの信じる自分』の為に生きる。
それは、道具から生まれたまつろわぬ存在である妖怪が、新たな段階へと進化するために必要なこと。
そして多々良小傘が多々良小傘となってから抱いてきた、夢。
そう、この多々良小傘には、『夢』がある――!

――結論は既に出ている。為すべきことは最初からはっきりしていたのだ。


925 : そして少女は、虹色の夢を掴んだ ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:30:08 FM1Ayn1k0
――――――さ――――

数秒に渡る逡巡の後、ようやく決心を固めた多々良小傘を呼ぶ声が聞こえてきた。

――――こがさ――――

左隣、ごく近く。女のヒトの声。

――多々良、小傘――!

(だれ!? もう私は止まらない……呼び止めないで!)


小傘の拒絶を、その女のヒトは微笑むように返した。


(ふふふ、背中を押してあげる必要はなかったようね)

(待って、すぐ近くから聞こえてくるってことは……)

(そう。私はDIOに穢され、ディエゴのスタンドに心を縛られた、哀れな少女。
 ディエゴの生命力が一時的に弱まったのか、ほんの僅かな時間だけ、貴女に語りかけることができている)

(……今のうちにどうにかできないの?)

(この短い時間じゃ、残念ながら不可能。
 私はどこを傷つけられたのかも判らずに『恐竜化』させられたから、
 貴女が今からやろうとしているような『荒療治』も意味がないわ)

(じゃあ、もうすぐにあなたは……)

(残念ながら私はもうすぐに、再びディエゴの忠実なしもべとなる。
 ディエゴの忠実なしもべが、この場で取れる選択は二つ。
 『敵の生き残りである貴女を噛み殺す』
 『離れてしまった主人[ディエゴ]と合流する』
 ……ここでは、幸運にも、まだ後者を選択することができる。
 この場で最後に残された希望である貴女を殺す訳にはいかない)

(私はただ、自分を信じてくれる人のために戦うだけ。
 私みたいな木っ端妖怪が……貴女の希望なの?)

(そう無闇に自分を卑下するものではないわ、多々良小傘。
 私は、貴女のような存在を待っていた……答えを見つけた者を)


926 : そして少女は、虹色の夢を掴んだ ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:30:21 FM1Ayn1k0
(……答え?)

(……そう。まつろわぬ存在である妖怪が、この浮世を生き残ってゆく方法。
 貴女はそのいくつかある答えのうちの、一つを手にした。
 幻想郷は、時代と共に消え去ってゆくはずの妖怪たちに
 その答えを探すための猶予を与えるための場所……でも、あるのよ)

(…………)

(幻想郷の子、多々良小傘よ。
 どうか、幻想郷を守るため、ディエゴと青娥を止めて欲しい。
 ……結界の管理者である、博麗霊夢を、どうか救って欲しい)

(……一つ、条件をつけていいですか)

(今の私にできることなら、何なりと)

(……霊夢が、鍛冶の営業に来た私の顔を見るなり襲いかかるのを、止めさせてくれませんか?
 この戦いが終わった後で良いので)

(……善処しますわ)


927 : そして少女は、虹色の夢を掴んだ ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:30:44 FM1Ayn1k0
    ◯     ◯


「善処しかできないのぉ……って痛ぁ!?」

そこで、仰向けに倒れていた多々良小傘は目を醒ます。
というより、右太腿の付け根に食い込んだ凄まじい痛みで、叩き起こされた。
見れば、透き通った三角の刃が、右腿に深々と食い込んでいる。右足から登ってくるウロコを遮るように。

水のように冷たい刃が突き刺さってくるのが、止まらない。いや、止められない。
だけど、構わない。これであのウロコの侵食が止められるのなら、敢えて止めない。
そうだ、この刃は、自分の意思。多々良小傘の意思が生み出した刃だと、気付いた。


   ゴキゴキゴキゴキ

    ゴキゴキゴキゴキッ


「フーッ、フーッ……」


鋭い刃が、骨にも容赦なくめり込む。痛い、というより、寒い。
余りの痛みに、全身を悪寒が走る。構うこと無く、ノコギリの様に骨をえぐってゆく刃の運びを加速させる。
だが、ウロコの侵食を止められるなら、
多々良小傘から『多々良小傘』を奪わせないためなら、足の一本など、安いもの。


     バキッ ザクッ

    ブチッ!!


「あっ、ぐ……」


遂に右脚が胴体を離れる。憎きウロコは傷口を超えては登って来られず、諦めたように右脚から消え失せる。
足の付け根の切り口からは、不思議と血が出てこない。
痛みも引いている。ひんやりとしたものが傷口に残っているのを感じる。
透明な刃が、そのまま水のかさぶたへと姿を変え、傷口を守ってくれているのだ。

これでもう多々良小傘を縛るモノは存在しない。
これで、あの二人を、いや三人を止めにいく事ができる。
そう、止めなければならない、ジョルノを、トリッシュを、ついでに霊夢を守らなければならない。
多々良小傘の望みを叶えるには、彼らが必要だから。
そう、私には、この多々良小傘には――『夢』があるのだから。


928 : そして少女は、虹色の夢を掴んだ ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:30:58 FM1Ayn1k0
    ◯     ◯

邪仙が小傘の存在を認め、喜色と安堵の込められた言葉を発した。
曰く、

「なんだ、『ある』じゃない……DISC」

と。
青娥が再び黄土色のボディスーツを身にまとい、ディエゴは再びディノニクスへと姿を変え、
声の主だった者の変わり果てた姿と共に小傘へと迫る。

小傘は彼女らに『止まれ』と、呼びかけようとした。
先ほどまでの雨音が嘘のように静まり返った中で。
だが、すぐにそれが無駄であることを察した。

彼女らの目は、小傘を視ていない。
小傘の頭に挿さっている円盤か、あるいは小傘の先で逃げる霊夢達しか視ていない。
長年、誰からも顧みられない忘れ傘だった小傘がずっと向けられてきた視線だった。
嫌でも、わかってしまう。

小傘のことなど、道端の石ころ程度にしか認識されていないのだ。
命を掛けて三人を止めようとする小傘に対して。
その現実が、とても悔しくて、悲しい。
道端の邪魔な石ころに向けるのと同じような視線で、三人が小傘に接近する。

意を決し、小傘はもう一度、声を発しようと息を吸い込む。
雨音は無い。静かだし、今度こそ聞いてもらえるかも。
その言葉を耳に入れてもらえる可能性が万に一つとしても、しないではいられない。
それは、身も心も恐竜に変えられたあのヒトを傷つけないため。
そして、小傘なりの、『最後通告』。
聞き入れられなければ、今度こそ、青娥たちは敵だ。


「危なーーーいっっ!!!」


多々良小傘は目一杯に叫んだ。
しかし恐竜たちと邪仙の勢いはいささかも緩まず、小傘の『最後通告』はにべもなく無視された。


「GUOHHHHHH!?」


ディエゴたちが何かにぶつかったかのように急停止したのは、その次の瞬間のこと。
彼らの全身各所から、幾つもの小さな血しぶきが上がった。


929 : そして少女は、虹色の夢を掴んだ ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:31:13 FM1Ayn1k0

「あら……!?」


青娥が立ち止まり、ディエゴの方を見やる。
身体の前面、至る所に小さな穴が空き、一歩も動けないでいるディエゴと八雲紫。
さながら視えない鉄条網に激突し、そのまま立ち往生しているかのようである。
青娥は辺りを見回し、小傘の周囲に浮かぶ、無数のキラキラ光る物体に気付いた。


「ははーん……コレはそのDISCのスタンド能力のせいね?」

「『キャッチ・ザ・レインボー』。この力……スタンド能力は、
 『雨粒を空中に固める』ことができるの」


青娥の問いに、小傘は律儀に答える。


「青娥、さん。この能力は危険だから……これ以上進まないで。
 あのディエゴってヒトたちみたいにケガをしたくなかったら」


すると青娥は、薄い笑みを浮かべ――何事も無かったという風に、再び突撃を敢行しだした。
青娥の身体に突き刺さるはずの雨滴は――
彼女のボディスーツ、『オアシス』のスタンド像に触れた瞬間に溶解し、ただの水に戻ってしまっている。
『周囲の物体を溶かす能力』だ。
青娥に『キャッチ・ザ・レインボー』は全く通用しないのだ。
さらに動けずにいるディエゴは、あろうことか八雲紫の身体を盾に無理矢理前進を始めた。
その上ディエゴの足元からは何匹もの小さな翼竜が飛び出した。


930 : そして少女は、虹色の夢を掴んだ ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:31:32 FM1Ayn1k0
やはり彼女たちは――敵なのだ。
私が私であろうとする限り、彼女らはこちらに牙を剥く。
どうしようもないほどに、対話の余地が存在しないのだ。
身の証を立てるために、相手を傷つけ、打ち倒さなければならないことがある。
今になって、ようやく小傘が認めることができた、これが現実。

小傘が、側頭部に出現していたマスクを正面にかぶり直した。
白を基調にしたマスクは、口元に何本かの縦のスリットが開いている。
顔を大きく横切る鮮やかな虹のペイントと合わせて、
それは虹の架かった空から降り注ぐ雨を想起させる意匠にも見えた。

小傘は左脚だけで跳躍し、空中で静止する雨滴に飛び乗った。
もともと唐傘お化けは一本の足しかなかったのだ。動くのに問題はない。
ぴょんぴょんと何段も飛び移り、青娥たちを見下ろせる高さまで登ると、傘を担ぐ手に力を込める。
そして開いたままの傘をぐるりと頭上で振り回し、宣言する。


「驚雨……ゲリラッッ!! 台風[タイフーーーーーーーーーン]!!」


小傘の叫びに応じ、台風のような激しい風雨がゲリラのように急襲する。
吹き荒ぶ風、叩きつける雨、墜落する翼竜。
まるで開戦時、洩矢諏訪子のスペルカードの焼き直し。
青娥は一瞬目を丸くするも、地中に潜り難なくやりすごす。
一方ディエゴと紫は動けない中で、風雨の直撃をマトモに受ける。
身体にぶつかった雨滴がそのまま静止し、全身を透明の膜に覆われ、指一本も動かせなくなった。
それは鋼より硬く、巌より重い、雨粒の拘束衣。
これでディエゴは無力化した。八雲紫も、これ以上傷つく心配はない。
あとは、青娥だけ。


931 : そして少女は、虹色の夢を掴んだ ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:31:45 FM1Ayn1k0
地中から上半身だけをのぞかせた青娥が、手を広げ弾幕を放つ。
が、全弾を無数に浮遊する雨滴に阻まれ、上空の小傘まで届かない。
それは小傘も同じこと。
小傘自身は雨滴の中を自由に動けても、小傘の放った弾幕は雨滴に阻まれてほとんど飛ばないだろう。
お互いに、攻め手を失ったかに思われる状況。


「………………」

「………………」


小傘は上空から仮面越しに青娥の様子を伺う。
地上から、青娥が笑みを浮かべて小傘を見上げる。
にらみ合ったまま過ぎた時間はたった数秒のことだろう。
その数秒の間に、小傘は必死で思考する。
青娥の次の行動を。

霊夢たちの追跡を敢行するのか。それとも後退するのか。
後退に見せかけ、別のルートから回り込むのか。

いずれかの行動をとるにして、ディエゴたちはどうするのか。
固められたまま放置するのか。
ディエゴたちをあのスタンドの力で救助し、三人で行動するのか。
あるいは、別行動をとるのか。

青娥の微笑みが、ひどく不気味に感じられる。
ヒトの笑顔が大好きな小傘だが、アレは見たくない。
あんな余裕を見せつけられては、どう頑張ったってギャフンと言わせられそうにない。


932 : そして少女は、虹色の夢を掴んだ ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:31:58 FM1Ayn1k0

「あなたのような雑物に、DIO様のお手を煩わせる訳にはいかないわね。
 ……私自身の手だって煩わせたくないのだけど」


すると青娥はおもむろに地上に立ち上がると、ゆっくりと身を屈めた。
片手と片膝を付くその構えは、短距離走のスタート、あるいは相撲の立会いか。
さらに青娥の地面の周囲が不自然に円く凹み、ゴム膜の様に張り詰めている。
確かアレは話に聞く外界の遊具――トランポリンだったか。
モノを溶かすスタンドは、扱い次第で弾力を与えることもできるらしい。
小傘には知るべくもないが、先ほど青娥が諏訪子に先んじて浮上できたのも、この方法を使ったからだ。

小傘は直感する。――来る。青娥は上空まで跳んで来る気だ。
青娥の届かない高度まで上昇する――そのまま青娥に逃げられたら?
そもそも上空まで逃げる時間がない。
回避か、あるいは、迎撃か。
いや、ここは、当って――砕く。

小傘は傘を閉じ、正面でゆっくりと大きな円を描きだした。
円月の軌跡を一回転すると、傘は透き通った刀身を持つ一振りの日本刀へと姿を変えていた。
傘の周りに雨滴を付着させて造り出した、即席の武器。
切れ味は本物にも劣らないだろうが、『物体を溶かすスタンド』を全身にまとった青娥との相性は最悪。
恐らく、ダメージは望めない。が、それは小傘の期待するところではない。

その目的は、重量の増加によるスイングの強化と、全力で振り回される傘の補強。
青娥の頭に、DISCを叩き出す衝撃さえ与えられればいい。
スタンドさえ奪えば、あとはディエゴたちと同じように、雨滴で完全に封殺できる。

小傘は生成した日本刀を両手で握り締め、青娥に左肩を向けて構えた。
どんなに速いアタマだろうと、打ち返してみせる。
一本足の青いフラミンゴが、右のバッターボックスに立つ。


933 : そして少女は、虹色の夢を掴んだ ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:32:15 FM1Ayn1k0
青娥の手が地面から離れる。
凹んだ地面が青娥を押し上げる。
解放される、全身と大地の撥条[バネ]。
次の瞬間には――眼前に、青娥。

速い――。
が、打てない速さではない――。
渾身を以た小傘のスイング。
青娥の脳天を目掛ける。
タイミング――ジャストミート。
『刀』が青娥の額に触れる――。
叩け、青娥の脳天――。
叩きだせ、DISC。


  ヒュンッ

   ヒュンッ


耳をかすめる、風切り音、二つ。
振り抜いた小傘、手応えなし。
DISCの影がない、確かに叩き出したはず。
刀がいやに軽い――無残に折られた傘。
飛び去ってゆく右手首と耳たぶ、右手に走る激痛。
小傘の想像を超えていた、尸解仙+スタンドの身体能力。

無謀な賭けと後悔、必死に振り払う。
跳躍の軌道はほぼ真上、降下時にまた交錯する。
悔やむ時間などない。

青娥は――小傘、天を仰ぎ見る。
灰色の空に映る邪仙の影、たっぷり20メートルも上空に。
青娥の落下軌道を予測――その時。
突如裂ける雨雲、目を刺す日光。
ほんの一瞬――青娥を見失う。
ほんの一瞬だった――落下軌道は――。
――落下予測位置は、小傘の1メートル背後。
お互い、手足は届かない距離。
だが――弾幕は有効射程内、雨粒の障壁があろうと、この距離なら。
スペルカード発動の準備、折れた傘を握り直す。


934 : そして少女は、虹色の夢を掴んだ ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:32:30 FM1Ayn1k0
  虹符――

青娥と最接近するタイミングで、
振り向きざまにスペルカードを――

――小傘の鼻先を、光の球が落ちてくるのが見えた――
――雨滴を通り抜けて、人魂のように白く輝く光の球が――


   『アンブレラ』


青娥が目前を通過する、何かを両手で捧げ持っている。
それは銀色に鈍く光る――鉄砲。
真っ黒い銃口が小傘をピタリと見つめる。


バ ッ ッ ゴ ォ ォー ー ン ! !
              ギャァーーーン!!


銃声、ではない、爆発音。
音だけで雷に撃たれた様。
だが弾は届かない。小傘の生み出した雨滴が逸らした。
その時――


       バスッ!!


不意を討って、小傘の下腹部が破られる。
喉から飛び出しそうになる悲鳴を、噛み砕く。


         『サイク』


バ ッ ッ ゴ ォ ォー ー ン ! !
              ド ス ン!!

             『――ロンッ!!』


二発目。
今度こそ、雷が小傘を撃つ。
小傘の左脇腹が赤黒い飛沫へと変わった。


935 : そして少女は、虹色の夢を掴んだ ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:32:46 FM1Ayn1k0
青娥は――木立に向かって飛ばされている。
小傘が不完全ながらも発動した『アンブレラサイクロン』の突風と、銃の反動で飛ばされたのだ。
――森の茂みの中に落ちた。だが恐らく、大した傷は与えられていない。

一方の小傘。雨粒を集め、傷の手当をしようと、首をうつむける。


「……何とか、致命傷で済んだわ……」


上出来だ、即死だけは免れた。喉から鉄臭いモノが湧き上がってきた。
右脚を切り落とし、右の手首と耳たぶを斬り飛ばされ、下腹部に妖術か何かの光弾を受け、左脇腹を鉄砲で撃たれた。
即死だけは免れたが、もう助からない。小傘は直感する。

今はこうして雨粒で傷口を塞いで凌いでいるが、スタンド能力が切れるか、
雨が止むかすれば、傷口から一斉に血が吹き出し、たちまち失血死してしまう。
傷を治す能力――自動車で必死に逃げ続けているジョルノに追いつける可能性は、限りなく低い。

ツキがなかった、といえば、それまでなのだろう。
アレを、小傘の上空、日光で目がくらんだ瞬間に青娥が放ったのだ。
小傘の腹部を襲った光弾には、憶えがある。
あれは話に聞くスペルカード、『養子鬼[ヤンシャオグイ]』。
巫女たちの有り難い封印でも、魔法使いの自慢の魔砲でも、
幽霊十匹分の殺傷力を持つ刀でもかき消せなかったという呪いの篭った光弾。
あの術なら、雨滴のバリアを突破できる。
――放った瞬間さえ見えていれば、別の対処ができたはず。

――ツキがなかった。これで、おしまい。
私の命も、夢も、何もかも――。
それでも、私は、最期の瞬間まで――。


936 : そして少女は、虹色の夢を掴んだ ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:33:00 FM1Ayn1k0
    ●     ●

多々良小傘は、いつか語ったことがある。


『傘として使ってもらえないなら、自分から役に立つ道具になりたいの。
 私は人を驚かすことぐらいしかできないけど……。
 人間が何を欲しているか予想して、道具の方から人間に合わしていきたいの。
 それが新しい付喪神の姿だと思っているわ』

彼女の生まれは傘という道具である。
流行りの色でないという理由から、傘としての役割を全うする機会さえ与えられず、
朽ちていくだけの存在であるはずだった。
しかし、彼女は忘却の果てに消えてしまいたくないという、人間臭い願いから、付喪神となった。
あるいは、付喪神となったからこそ、願いを持ち得たのか。

ともかく、人間のような肉体を持った彼女は、生き残るために様々な事に挑んだ。
傘として役立つ機会を自分から作るため、風雨や光を操る妖術を覚えた。
一つ目の鍛冶の神様が存在すると聞いて、それにあやかり鍛冶の技を磨いた。
傘で空を飛ぶベビーシッターの話を知って、ベビーシッターの仕事に手を出した。
彼女の涙ぐましい努力は、傘の機能を完全に逸脱していた。

その甲斐あってか、少しは『多々良小傘』の存在が少しづつ認識されてきていた。
里の大人たちには子供を驚かせて回る変質者として、
子供たちには、少々不本意ながら、変な傘を持ったけど優しいお姉さんとして。

もう、彼女はただの『唐傘の付喪神』に留まる存在ではなくなっていた。
ただの付喪神ではない、『多々良小傘』。
『多々良小傘』として人々に認識されているなら、彼女は、既に――。


937 : そして少女は、虹色の夢を掴んだ ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:33:15 FM1Ayn1k0
    ◯     ◯

およそ30秒。青娥が飛ばされていった森の中を小傘は見張っていた。
その間に雨滴での応急処置は終えたが、動きは見られず。
既に地中を移動し、死角を突く瞬間を狙っているのかも知れない。
あるいはもうディエゴを見捨て、霊夢たちの追跡を再開したか、それとも撤退したのか。

スタンドの発動を維持できる時間が、小傘の事実上のタイムリミット。
スタンドを維持できる時間は、おそらくあと数分。
焦りを憶えはじめた小傘を前に、動き出した。
――森が。

森が、森の木々が迫ってきている。
違う。倒れてきている、小傘を空から押し包むように。
小傘が立つ位置よりまだ高い、30m以上はあろうかという高木が。
木々の根本がドロと化している――青娥の策だ。
何十本もの木々がひとまとまりになって、小傘に向かって倒れ込んでくる。

潰される。潰されなくとも、青娥がどこから止めを刺しにくるか分からない。
この倒れてくる木々の中か、あるいは地中か。とにかく、この木の下は危険すぎる。
雨粒の上を跳ね、小傘が迫る木々から離れる。

木々が空中に固定された雨滴にめり込み、乾いた音を上げて引き裂かれながら雪崩れ込んできた。
雷鳴が如く木々の裂ける音に混じるように、ぬかるみを走る音が聞こえる。
湿った足音。モノの表面が泥に変わる音。
倒れてくる樹木を助走台に、青娥の迫る足音。
青娥が助走を付けて小傘に飛びかかろうとしているのだ。
かわせるか――望みは、薄い。あの大ジャンプを見せた脚力の前に。

速さが足りない。もっと速く――。このスタンドを使えば――。
小傘は思い出す、このスタンドを発現した直後の記憶を。
雨滴を固め、右脚を切り落とし――。
そのすぐ後、青娥たちの目の前まで、50m以上の距離をひと飛びに移動したことを。
その時は、無我夢中だったが――雨粒と同化して――空を飛んでいた事を。


938 : そして少女は、虹色の夢を掴んだ ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:33:31 FM1Ayn1k0
青娥が助走台を踏み切ろうとしたその直前、彼女の目前で小傘の姿が溶けた。
溶けた小傘は煙の様に流れ、瞬時に実体を形づくりはじめた。
助走台の先端で急ブレーキを掛けた青娥の頭上、背後にて。
そして小傘は眼下の青娥に向け、槍を突き下ろしに掛かっている。
折れた傘の上に形成した、雨粒の騎兵槍[ランス]を。


「恨めしや……! 私を信じるヒトを狙うなら! 槍に降られて、死んでしまえ!!」

「残念ねぇ〜。その戦法は、最初見たときから一番警戒していたのだけど……既に対策済みなのよ」


頭上ではっきりとした姿を現しつつある小傘を認めた青娥が突如、勢い良く拳を振り上げる。
拳の先で、子供の胴体ほどの木片が爆ぜた。

木片はオアシスの能力で細かく砕けながらドロ化して巻き上げられ、
青娥の頭上で実体を形づくり始めていた小傘と混ざり合う。
青娥の手を離れて再び硬度を取り戻した木片は、
そのまま実体化した小傘の体内に至る所に突き刺さり、めり込んだ。


「雨粒と同化して移動する能力……便利よね、それ。
 でも、壁抜けや仙界への出入りでもよくあることだけど、
 ワープで出現位置が予測できてるなら、そこに異物をバラ撒けば……ほら、ね」

「……グッ、ギッ……ガフッ……!」

「君子役物、小人役於物。
 ……貴女の様なありふれた付喪神に、人間様の行く末をどうこうできるなどと思わないことね。
 ましてや、人間を超えた私たちのことなんて」


その瞬間、小傘の思考はコナゴナに打ち砕かれ、左手の騎兵槍が霧散する。
脊椎に2本、頭蓋骨を貫通して頭に1本、右目に1本、
槍を構えた左肘、左手、左肩を貫くようにそれぞれ1本、
その他、致命的でない部位にも多数。合計数十本の木片に同時に刺し貫かれる形となった小傘。
精神力でどうこうできるダメージではない。
頭上で立ち往生する小傘の姿を認めた青娥は、軽やかに飛び上がり、


「はい、おしまい、と」

「あ……」


手刀で小傘のマスクを砕きながら、その頭からDISCを掠め取ったのだった。


939 : そして少女は、虹色の夢を掴んだ ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:33:48 FM1Ayn1k0
辺りから雨音がゆっくりとフェードインし、小傘のスタンド能力が失われた事を告げる。
小傘は、抜き取られた魂を取り返そうと左手を伸ばすも、空を掻くのみ。
すぐに糸の切れた人形のように全身を脱力させ、重力に従い落下を始めた。
雨粒の支えを失った倒木が、小傘に続く。
樹上から跳び上がっていた青娥はまだ落下に転じず、その姿は上空にあった。

今や満身創痍となった多々良小傘が、残った左目を空に向けながら落ちてゆく。
焦点の定まらない赤い瞳が映したのは、光。
再び雲間から差した、太陽。
そして、太陽の光と雨粒が生み出した、虹。
小傘の赤い瞳に、七色のアーチが一瞬だけ、映り込んだ。
この土地[ゲンソウキョウ]の最高神・龍の顕現した姿、ともいわれる輝き。

綺麗だと、思った。
数多くあるにある空模様の中でも、小傘が一番好きな表情だった。


――いつの事だっただろうか。虹を掴もうと、虹に向かって飛んでいったのは。


傷だらけの左腕を、虹に向かって伸ばす。


――いつの事だっただろうか。虹に向かっても、虹には決して触れることができないと知ったのは。


ボロボロの左手を握りしめ――何も無い感触を確かめる。


――そこで、小傘は自分の肉体にまだ意識が、魂が残っていることに気がついた。
唐傘の付喪神である小傘が、本体である唐傘を失ったのに。
魂を繋ぎ止めていたDISCさえ、奪われてしまったのに。


940 : そして少女は、虹色の夢を掴んだ ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:34:04 FM1Ayn1k0
『唐傘の付喪神・多々良小傘』が、『唐傘』を失ったならば、
それでも彼女が生きているならば――もう彼女は『唐傘の付喪神』ではない。
多々良小傘は、一人一種族の妖怪『多々良小傘』か、
あるいは――『八百万の神の一柱・多々良小傘』なのだ。


「なれた……私は、なれたんだ、『神様』に……!」


小傘はその時、自分が『神』となることができたと――信じた。
それこそが、多々良小傘の夢であったからだ。
人の役に立つために、自らの意志によって、傘として生まれた以上の事を行う。
そうして人々の感謝を、喜びを――信仰を集め、それを拠り所にして存在するなら、
それは『神』と称するほか、ない――。

小傘が再び、空に輝く虹に向けて左手を開き、掲げる。
今度は、明確な意志をもって。


「……ねえ、トリッシュ! ジョルノ! 見てよ!
 あたしね、夢が……夢が叶ったの!!
 あたし、『神様』になれたのよ!!」


小傘は、左手で天の虹をなぞり、
『触れることのできる虹』を具現化する。
その名を

虹符『オーバー・ザ・レインボー』――。

小傘の上空で、青娥は飛び去ろうとしていたトンボを捕まえ、懐にねじ込もうとしていた。
無防備であったはずの彼女に対して放たれた最期の反撃は、だがしかし不発に終わる。


941 : そして少女は、虹色の夢を掴んだ ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:34:20 FM1Ayn1k0
「MUDAHHHHHHHH!」


神を喰らう顎[アギト]が、雨粒の拘束衣から解き放たれたディエゴ・ブランドーの牙が、
ちょうど落下してきた小傘の首筋を噛み砕いたからである。


「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄だ!!」


空中で小傘の首根っこに食らいついたディエゴは、
高々と小傘の身体を振り上げ、着地の勢いでそのまま小傘を地面に振り下ろした。


「無駄無駄無駄ぁ! 無駄な! 無駄だよ! この無駄が!
 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄に! 無駄なことを!!」


ぐったりとしたまま跳ね上がる小傘の身体に、なおもディエゴは執拗に鉤爪を振るう。
多々良小傘の肉が裂け、血が飛び、ハラワタが舞い、骨が砕け、それでもなお、ディエゴは止まらない。


「無駄無駄無駄無駄! 無駄なんだよ! 無駄なんだからな! 
 無駄になれ! 無駄になっちまえ! 無駄にしてやる!
 このDioが!! 無駄無駄無駄に! 無駄にしてみせる!!
 無駄ァァァーーーーーッ!!」


最後の方はほとんど、地面に転がった部位を細かく刻み、土の中に鋤き込んでゆく作業となっていた。
巨大な尻尾で小傘の頭部を叩き潰し、ようやくディエゴは荒い息を付いた。


【多々良小傘@東方星蓮船 かみは バラバラになった】


942 : そして少女は、虹色の夢を掴んだ ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:34:33 FM1Ayn1k0
    ◆     ◆


「ディエゴくん……気は済んだかしら?」


遠巻きで様子を伺っていた青娥が、倒れた木々のすき間で立ち尽くすディエゴにおずおずと話しかけた。
その身体は、返り血と肉片でマダラに汚れていた。


「FSHHHHHH……」

「もう、こんな酷いケガしてるのに、ハッスルしちゃって」


振り返ったディエゴの顔を見た青娥が、心配そうな声を上げた。
静止した無数の雨滴にまともに突っ込んだせいで、全身各所に刺し傷ができている。


「折角の男前が台無しですわ。さあさ、手当をしてあげるからこちらにきて下さいまし」

「……何のつもりだ……?」


既に人間の姿に戻ったディエゴが訝しげに問う。


「同行者の手助けをするのは、当然のことではありません?
 確かに、私たちはお互い友情や忠誠といったモノで結ばれているわけではない、
 ただ利用しあっているだけの関係かもしれませんが」

「そうではない……何だその体勢は」


青娥は手近な倒木の枝葉の陰に腰掛け、ポンポンと膝を叩いて手招きしていた。


「あら、膝枕はお嫌いかしら」

「嫌いだ」


943 : そして少女は、虹色の夢を掴んだ ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:34:48 FM1Ayn1k0
そんなにはっきり言わなくても、と密かにしょげ返る青娥とはやや離れて、ディエゴが倒木に腰掛けた。
無言で急かすディエゴに青娥は歩み寄り、スタンド『オアシス』を発現する。
そしてオアシスを纏った指で、ディエゴの傷穴にそっと触れた。


「……少なくとも、これで血止めにはなるでしょう」


オアシスの能力で傷口の周りの肉を一旦ドロ化し、傷口を塞いでからドロ化を解く。
ディエゴにも覚えがある。このバトルロワイアルに呼び出される直前、
ニュージャージーを走る列車で共闘した、あるスタンド使いと同じ原理の治療法である。


「動かないでくださいまし。手元が狂ってしまいますわ」


ディエゴの手当を続ける青娥が、静かに耳打ちした。
ディエゴは心中で舌打ちする。
青娥に見えぬよう密かに鉤爪を立て、ディエゴのスタンドを感染させる隙を伺っていたのだが……
流石に見透かされていたらしい。


「……このオアシスというスタンドは本来こうした細かい作業が苦手なもので。
 殿方の大事な所に、ズブリ。……と指がめり込んでしまうかもしれませんわ」


物騒な物言いとは裏腹に、青娥は甲斐甲斐しく治療を続けている。
ディエゴはそんな青娥の姿を見て、幼少の頃を思い出しかけ――
彼女を視界から消すため、そっと目を閉じた。
あとは青娥の為すがままに任せた。

…………


944 : そして少女は、虹色の夢を掴んだ ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:35:04 FM1Ayn1k0
「お客さーん。終わりましたよー。起きてくださぁ〜い」

「起きている」

「いたいのいたいの、飛んでったかしら?」


ゆっくりとディエゴが、傷の具合を検めるように立ち上がった。
かさぶたが突っ張るような、いくらかの痛みは残っているが、見た目には綺麗にふさがっている。
とりあえず出血は止まっているようで、動いてみても傷口が開く様子はない。


「じゃ、次はゆかりちゃんを治したげましょっか。
 ディエゴくん、この子をここに座らせたげて頂戴な」


ディエゴが顎をしゃくり、八雲紫を青娥のひざ元にやる。
紫の足取りがぎこちない。
このままでは戦闘はおろか、ディエゴたちに付いていくのもおぼつかないだろう。
恐竜化を解けば敵となる紫を治療するのはためらわれたが、
傷を負ったからといって置いていくことはできない以上、致し方ない。


「さぁ、すぐに終わるからいい子にしててね〜。
 痛くしないからねー。たぶん、痛くないわよー」


青娥の指が、恐竜の皮膚を粘土細工の様に整えていく。
穴だらけだった皮膚が、何事もなかったかのようにきれいに復元されていく。
生物の身体を粘土細工の様に操る青娥のその仕草はたおやかで――
そう、母が娘に初めての化粧を施すように見えた。

ふと、ディエゴは思った。
もし自分の母親が、あの女のような高潔さなど持ちあわせていない、
目の前にいるこの女のようなゲスであれば、自分はもっと違う人生を歩んでいたのではないか、と。
シチューを靴に注がせるのだって止めなかっただろうし、
それ以前に、自分と母を拾った農場主の誘いも断らなかったに違いない。
この女だったら、その後農場主の一家に一服盛った後、後妻として農場を乗っ取るくらいはやるだろう。
オレの母親がそんな女だとすれば――その頃のオレは、そんな母親を、軽蔑しただろうか?

と、そこでディエゴはかぶりを振った。
この女は、そもそも濁流に流される赤子のオレを助けなどしないだろう。
――まったく、無駄なことを。


945 : そして少女は、虹色の夢を掴んだ ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:35:20 FM1Ayn1k0
「……そうだ、あいつはどうする? あの、カエルみてぇなガキは。
 右手足を完全にもがれてるから、歩けもしないぜ」

「……それについては、一つ考えがありまして。
 ちょっと、ここまで連れて来てくださいません?」


ディエゴが恐竜化した諏訪子の左足を掴み、ぶっきらぼうにぶら下げて持って来た。
青娥はそれを腹から抱え上げると、八雲紫の背中に背負うように乗せた。
べちゃり、と、湿った音がした。
音がしただけでなく、二頭の恐竜の触れ合う面、諏訪子の腹と紫の背から液体が垂れている。
二頭の皮膚の色をした液体が。


「おいおい、溶けてやがるぜ?」

「ええ、こうして溶かしてくっつければ、紫ちゃんの短い腕でも
 諏訪子ちゃんをおんぶしてあげられるでしょう?
 ちょうど諏訪子ちゃんは紫ちゃんに比べてだいぶ小柄ですし」

「……魔女め」

「魔女じゃなくて、邪仙[ユアンシェン]ですわ、ディエゴくん♪」


苦い顔のディエゴの暴言を、脳天気に訂正した青娥。
この状態で恐竜化を解いたらどうなるのか。
衣服が融合するのみに留まるのか。
それとも、皮膚ごと癒着してしまっているのか。
だとすれば、恐竜化を解いた時のこいつらの状態は、ディエゴといえどちょっとお目にかかりたくない。
この青娥という女はそこまで想像しているのかいないのか、
荷造りをするような気軽さでそれをやってしまったのだった。


946 : そして少女は、虹色の夢を掴んだ ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:35:36 FM1Ayn1k0
「……で、どうしましょうか、ディエゴくん?」

「あ?」

「あの子たちを、まだ追うつもりなのかしら」

「…………」

「ほら、諏訪子ちゃんも確保したし、DISCも無事に手に入った訳だし」


青娥に、霊夢たちを血眼になってまで追う理由はない。
DIOが求めるという、高位の神である諏訪子の身柄は確保した上、
化け傘の持っていたスタンドDISCも確保できたのだから。


「このまま追うに決まっている。あの女、霊夢だけは、殺す。
 あの傷でどう手当すれば助かるのか見物だが、わずかな可能性に賭ける暇も与えてやれない。
 手当なんてする暇も与えずに襲撃するんだよ。……必ず死なす。
 ここで俺たちが引いたら、こいつらの戦いは無駄じゃなかったことになる。
 あんな女ひとりの命を守るための戦いなんてな……絶対に『無駄』にしなきゃならないんだよ」


ディエゴの意志は固い。
幻想郷の社会が、そこに住まう人々が、神々が命を賭けて守ろうとする少女、博麗霊夢。
社会に踏みにじられ、神に命を狙われる、自分。
同じ天涯孤独の人間でありながら――そう、同じ人間でありながら――。
世間ではよくあることだ。だが、それでも腹の虫が収まらない。
だから、『無駄』にする。霊夢を護るように取り巻く、その社会の全てを。
その感情は、怨恨か、あるいは嫉妬に似ていた。


「まぁ、そこまで言うなら反対はしないけど」


暗い感情の炎を隠そうともしないディエゴを、青娥は醒めた瞳で見ていた。


「……引き際は、わきまえなきゃだめよ?」


その言葉は、ディエゴに向けられたものではなかった。


947 : そして少女は、虹色の夢を掴んだ ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:35:54 FM1Ayn1k0
ディエゴが再び恐竜の姿を取り、隻眼で霊夢達の逃げた方角を睨んだ。
車輪の跡、あの車の吐く排気の臭い、この程度の雨なら、翼竜もまだ飛ばせる。
追跡の方法はいくらでも、ある。
と、そこで足の鉤爪に赤い目玉が引っかかっているのに気付く。
ディエゴはそれを靴底の泥を拭うように倒木にこすりつけ、跡形もなく擦り潰したのだった。


【午前】C-4 霧の湖のほとり

【ディエゴ・ブランドー@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:体力消費(大)、右目に切り傷、霊撃による外傷、首筋に裂傷(微小)、右肩に銃創
   全身の正面に小さな刺し傷(外傷は『オアシス』の能力で止血済み)
[装備]:なし
[道具]:幻想郷縁起@東方求聞史紀、通信機能付き陰陽玉@東方地霊殿、ミツバチの巣箱@現実(ミツバチ残り40%)、
   基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:生き残る。過程や方法などどうでもいい。
1:霊夢を殺す。
2:青娥と共に承太郎を優先的に始末。
3:ディオ・ブランドー及びその一派を利用。手を組み、最終的に天国への力を奪いたい。
4:恐竜化した八雲紫&諏訪子は傍に置く。諏訪子はDIOへの捧げ物とするため、死ぬような無理はさせない。
5:同盟者である大統領を利用する。利用価値が無くなれば隙を突いて殺害。
6:主催者達の価値を見定める。場合によっては大統領を出し抜いて優勝するのもアリかもしれない。
7:紅魔館で篭城しながら恐竜を使い、会場中の情報を入手する。大統領にも随時伝えていく。
8:レミリア・スカーレットは警戒。
9:ジャイロ・ツェペリは始末する。

[備考]
※参戦時期はヴァレンタインと共に車両から落下し、線路と車輪の間に挟まれた瞬間です。
※主催者は幻想郷と何らかの関わりがあるのではないかと推測しています。
※幻想郷縁起を読み、幻想郷及び妖怪の情報を知りました。参加者であろう妖怪らについてどこまで詳細に認識しているかは未定です。
※恐竜の情報網により、参加者の『8時まで』の行動をおおよそ把握しました。
※FFは『多分』死んだと思っています。
※首長竜・プレシオサウルスへの変身能力を得ました。

【霍青娥@東方神霊廟】
[状態]:疲労(中)、霊力消費(小)、全身に唾液での溶解痕あり(傷は深くは無い)、衣装ボロボロ、オートバイに乗車中
    胴体に打撲、右腕を宮古芳香のものに交換
[装備]:S&W M500(残弾5/5)、スタンドDISC『オアシス』@ジョジョ第5部、
[道具]:双眼鏡@現実、500S&Wマグナム弾(9発)、オートバイ、催涙スプレー@現実、音響爆弾(残1/3)@現実、
    河童の光学迷彩スーツ(バッテリー55%)@東方風神録、
    スタンドDISC『キャッチ・ザ・レインボー』@ジョジョ第7部、洩矢諏訪子の右脚、洩矢諏訪子の右脚
    基本支給品×6、不明支給品@現代×1(洩矢諏訪子に支給されたもの)
[思考・状況]
基本行動方針:気の赴くままに行動する。
1:DIOの王者の風格に魅了。彼の計画を手伝う。
2:ディエゴと共に承太郎、霊夢、F・Fを優先的に始末。
3:小傘のDISC、ゲットだぜ♪  会場内のスタンドDISCの収集。ある程度集まったらDIO様にプレゼント♪
4:八雲紫とメリーの関係に興味。
5:あの『相手を本にするスタンド使い』に会うのはもうコリゴリだわ。
6:芳香殺した奴はブッ殺してさしあげます。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※光学迷彩スーツのバッテリーは30分前後で切れてしまいます。充電切れになった際は1時間後に再び使用可能になるようです。
※DIOに魅入ってしまいましたが、ジョルノのことは(一応)興味を持っています。


948 : そして少女は、虹色の夢を掴んだ ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:36:10 FM1Ayn1k0
【八雲紫@東方妖々夢】
[状態]:恐竜化、背中で洩矢諏訪子と接着、全身火傷(やや中度)、全身に打ち身、右肩脱臼、左手溶解液により負傷
   背中部・内臓へのダメージ、全身の正面に小さな刺し傷(外傷は『オアシス』の能力で止血済み)
[装備]:なし(左手手袋がボロボロ)
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:幻想郷を奪った主催者を倒す。
1:恐竜化。(ディエゴに従う)
2:幻想郷の賢者として、あの主催者に『制裁』を下す。
3:DIOの天国計画を阻止したい。
4:大妖怪としての威厳も誇りも、地に堕ちた…。
5:多々良小傘は、無事だろうか……。
6:霊夢…咲夜…
[備考]
※参戦時期は後続の書き手の方に任せます。
※放送のメモは取れていませんが、内容は全て記憶しています。
※太田順也の『正体』に気付いている可能性があります。
※八雲紫と洩矢諏訪子は恐竜化した状態で『オアシス』のスタンド能力によって皮膚を溶かされ、
 紫が諏訪子をおぶる形で接着させられています。

【洩矢諏訪子@東方風神録】
[状態]:恐竜化、霊力消費(中)、右腕・右脚欠損、腹部で八雲紫と接着
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:荒木と太田に祟りを。
1:恐竜化。(ディエゴに従う)
2:早苗、本当に死んじゃったの……?
3:守矢神社へ向かいたいが、今は保留とする。
4:神奈子、早苗をはじめとした知り合いとの合流。この状況ならいくらあの二人でも危ないかもしれない……。
5:信仰と戦力集めのついでに、リサリサのことは気にかけてやる。
6:プッチを警戒。
[備考]
※参戦時期は少なくとも非想天則以降。
※制限についてはお任せしますが、少なくとも長時間の間地中に隠れ潜むようなことはできないようです。
※聖白蓮、プッチと情報交換をしました。プッチが話した情報は、事実以外の可能性もあります。
※八雲紫と洩矢諏訪子は恐竜化した状態で『オアシス』のスタンド能力によって皮膚を溶かされ、
 紫が諏訪子をおぶる形で接着させられています。


949 : そして少女は、虹色の夢を掴んだ ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:36:25 FM1Ayn1k0
◯                     ◯
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         ◯          ◯
                           ◯
          ◯
                        ◯
     ◯
                     ◯


フー・ファイターズの長い頭が湖底で揺られていた。
彼女、いや、今は彼らというべきか。
彼らは死んだ訳ではない。
ただ、疲労で気を失っているのだ。
ディエゴによって恐竜化させられた同胞たちと激しい闘いを繰り広げ、
ようやく勝利したものの、激しく精神力を消費し、気を失ってしまったのだ。
彼らが目を醒ます頃には、霊夢達と彼女らの闘いの行く末は決しているに違いない。


【午前】C-4 霧の湖 湖底

【フー・ファイターズ@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:寄生先なし、首の部分だけ、気絶中、精神力消費(大)、体力消費(中)
[装備]:なし
[道具]:なし(支給品は十六夜咲夜の死体の側にある)
[思考・状況]
基本行動方針:スタンドDISCを全部集めるが、第2回放送までは霊夢たちと行動する。
1:気絶中。
2:霊夢たちを助けたい。一先ずDISCは後回し。
3:レミリアに会う?
4:墓場への移動は一先ず保留。
5:空条徐倫とエルメェスと遭遇したら決着を付ける?
6:『聖なる遺体』を回収し、大統領に届ける。
7:大統領のハンカチを回収し、大統領に届ける。
[備考]
※参戦時期は徐倫に水を掛けられる直前です。
※能力制限は現状、分身は本体から5〜10メートル以上離れられないのと、
 プランクトンの大量増殖は水とは別にスタンドパワーを消費します。
※ファニー・ヴァレンタインから、ジョニィ、ジャイロ、リンゴォ、ディエゴの情報を得ました。
※咲夜の能力である『時間停止』を認識しています。現在0.5秒だけ動けます。
※十六夜咲夜の遺体は、C-4エリア・霧の湖の底に沈んでいます。
 支給品(DIOのナイフ×11、本体のスタンドDISCと記憶DISC、ジャンクスタンドDISCセット2)も一緒です。
※洩矢諏訪子が創りだした鉄輪が霧の湖に沈みましたが、正規の支給品ではありません。
 彼女の意志がなくなった現在もそれが消滅せずに残っているかは不明です。


950 : ◆.OuhWp0KOo :2016/06/19(日) 13:36:43 FM1Ayn1k0
以上で投下を終了します。


951 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/06/19(日) 19:50:09 B2E1Tz8Y0
投下します


952 : Lucky Strike ◆BYQTTBZ5rg :2016/06/19(日) 19:52:08 B2E1Tz8Y0
かぽーん


湯気が立ち昇る露天風呂で、二人の男が肩を並べて湯に浸かっていた。
その一方の男である荒木は岩肌へと背中を預け、大きく息を吐き、のんびりと一心地ついている。
バトルロワイヤル運営という激務に勤しむ中で、ようやく休みを取れたといった形だ。


もう一方の男である太田は、湯に浮かんだ盆から冷酒を小さなグラスへ注ぎ、それをグイッっと一気に呷る。
これが太田にとっての休養なのだろうか、彼はアルコールが臓腑に染み渡っていくのを感じながら、
ゆっくりと肩から力を抜いていった。


「しかし太田君、お風呂の時も帽子を被っているのかい?」


かぽーん、とどこからともなく聞こえてきた音を機に、荒木が太田に声を掛けた。
太田を見てみれば、確かに緑色のハンチング帽を頭の上に乗せている。
ここが露天風呂であることを考えれば、それはいかにも不釣合いであり、風情があるとは言えない。
果たして、それが太田順也のお酒を楽しむ姿なのだろうか。


「ンフフ、まぁ、ここは彼に倣ったということで」


太田は再びグラスにお酒を注ぎながら鷹揚に答えた。
それを聞いた荒木は「ああ」と思わず頷く。


「成る程、空条承太郎か。他人の行動を真似してみて、その人が抱いたであろう感情に思いを馳せる。
僕達のような監視体制では、うん、それも中々に趣深いものになるね」


一種、杜撰とも言えるバトルロワイヤルの監視を思い出し、荒木は納得した。
そういった中で、どのように参加者の気持ちを推し量るかは、殺し合いを運営する側の妙味と言って良い。
そして自分の意識を向こうへ飛ばすというなら、お酒がもたらす酩酊状態は、助け舟となってくれる。
だとしたら、そうやって呑むお酒は、さぞかし美味しく感じることであろう。


953 : Lucky Strike ◆BYQTTBZ5rg :2016/06/19(日) 19:52:56 B2E1Tz8Y0
「どうです、荒木先生も一杯?」


荒木の心情を察したのか、太田はもう一つのグラスにお酒を注ぐ。


「うーん、そうだな……まぁ、ここはお言葉に甘えさせて、ご相伴に与かろうか」

「では、どうぞ、どうぞ」


太田は表情筋を失ったかのように、ごっそりと削げ落ちた頬を器用にも緩ませ、
嬉しそうに冷酒の入ったグラスを荒木へ手渡した。


「へぇ、これは」


と、お酒を口に含んだ荒木は思わず感嘆の声を漏らした。
お酒の舌触りはなめらかで、素直に喉を降りていく。
そして口に含んだ瞬間、鼻に昇ってくる果実のような甘い香り。
風呂で体温が上がっているのにも関わらず、次の一杯が欲しくなる逸品だ。
酒に詳しくない荒木にも、この味の良さはすぐに理解できた。


「こちらもどうぞ、荒木先生」


荒木の反応に気を良くした太田は、どこからか盆を手繰り寄せ、その上に乗った肴も薦める。
ガラスの小皿にはきゅうりの浅漬けがあった。ツヤのある緑色が見事に光を照り返す。
しかし、不精な男の手料理と言った具合に、そのきゅうりは形も不揃いなブツ切りだ。
料理の背景に野暮ったい男が見えてしまうようでは、人に出すのは少々ご遠慮願いたいところ。
とはいえ、ここまでされて、全く品に手を出さないのは失礼だ。


「それじゃあ、頂くよ」


荒木は箸を手に取ると、意を決してきゅうりを口の中に放り込んだ。
その瞬間、ヒンヤリとした冷たさが荒木の口から身体中の隅々にまで広がっていった。
キンッと冷え、まるで氷塊でも口にしたような心地。熱い湯の中では、何とも嬉しい計らいだ。
きゅうりの瑞々しさと塩気も、また丁度いい。一噛みするごとに、汗で水分を失い、
粘っこくなった口の中を洗うように、爽やかさを届けてくれる。


ここまで来ると、きゅうりの不細工なブツ切りの意味が分かってくる。
形が大きいから、その分、長く口の中に残り、冷たさを味わわせてくれるのだ。
お店などで良く見る普通の薄切りでは、こうはいかない。それでは一、二回の咀嚼で終わりだろう。
だが、この不恰好な品は違う。


パリッ、ポリッ、バリッ、ボリッ、ムシャ、ムシャ。
何とも面白い音だ。一つ、また一つと荒木はきゅうりの浅漬けを口にし、リズム良く咀嚼音を奏でる。
そして音楽でも演じようというのか、きゅうりは歯で潰されるたびに勢い良く水と塩を飛び出させ、
荒木のリズムを更に加速させていく。


954 : Lucky Strike ◆BYQTTBZ5rg :2016/06/19(日) 19:53:26 B2E1Tz8Y0
「次はこちらです、荒木先生」


太田もその流れに遅れまいと二品目を手際よく出す。
新たな盆の上に乗ったガラスの小鉢には、丸まった白い何かがあり、赤いソースがどろりと掛かっている。


「これはなんだい、太田君?」

「鱧の湯引きを冷水で締めて、そこに梅肉のソースを和えたものです」

「へー」


と、荒木は頷き、興味深げに料理を眺めてから、一気にそれを口に運んでいった。
舌に訴えてきたのは、白身魚の淡白な味わいと、梅の酸っぱさ。別に不味くはないが、美味くもない。
失望を交えた表情で荒木は淡々と顎を動かし始めるが、すぐに荒木の顔は一変した。
氷のように冷えた鱧は、噛んでいくごとに、その中から旨味を解放していくのだ。
そうして染み出た鱧の旨味は梅の酸味と手を取り合い、舌の上で見事に踊っていく。
まるで味のカーニバル。まるで鱧と梅のパレード。祭りのようなそれは、胃に飲み込んでも尚、口で残響し、深く味の余韻を残す。
そして口内に根強く居座るそれを、冷酒で一気に喉の奥に押し込んでやると……。


「か〜〜〜〜〜〜〜〜っ、美味い!!」


荒木は堪らず吼えた。その反応に太田の顔は綻ぶ。


「いや〜、いい呑みっぷりですねぇ、荒木先生。ささ、もう一杯どうぞ」

「うん、じゃあ、もう一杯貰おうか。だけど、その前にお礼というか、僕も太田君に注がせてもらえないかな?」

「ンフフ、これは恐れ多い。とはいえ、荒木先生に注いでもらうお酒は何とも美味そうです。僭越ですが、お願いしても?」

「勿論だよ、太田君」


トクトクトクと二人は酒を注ぎ合うと、グラスを互いにぶつけ、口に運んでいった。
そうして始まる二人の歓談は、酒の勢いもあってか、実に愉快でリラックスできたものであった。
しかし、いい加減酔いが回ったのだろうか、荒木が湯から上がり、岩べりに腰を掛けるのと同時に、
太田は唐突にこんなことを呟いた。


955 : Lucky Strike ◆BYQTTBZ5rg :2016/06/19(日) 19:53:55 B2E1Tz8Y0
「実は僕、ジョセフ・ジョースターが大好きなんですよ」


太田は飽きることなくグラスに手酌で冷酒を注ぎ、それをぐいっと一気に呷った。
荒木はその様子を笑いながら、皮肉っぽく訊ねる。


「おや、太田君は承太郎が好きなんじゃないの?」

「いえ、彼も好きですが、それ以上にジョセフが、というわけです。
というか、この帽子は、ほんの冗談のつもりだったんですが……」


苦笑を漏らしながら、太田はひょいっとハンチング帽を取ってみせる。
すると、その下からは、丁寧に折られた手拭いが現れてきた。やはり風呂には頭に乗せた手拭いこそが似合っている。
太田もそんな昔ながらスタイルに情緒を感じたのか、再びグラスに冷酒を勢いよく注いで、自ら興に乗じていく。
そしてその酒を躊躇うことなく口に流し込むと、太田は実に気持ちよさそうに声を発した。


「ジョセフはね、面白いんですよ。努力を嫌い、楽を好む。一見、不快を生む人物像ですが、不思議と愛着が湧く。
それに何より闘い方が、魅せてくれる。どうしようもない力と対峙した時、彼は力以外を武器として闘ってくれる。
それはまぁ人として当然のことなんですが、彼の血統を考えれば、ちょっと違います。
ジョセフは十分に強くなれる余地を残しているし、力をつけることこそが正解だと言えるもんです。
ですが、ンッフフ、彼はその選択をしない。少なくとも積極的には、そうしない。
あくまで楽をする。戦闘でも楽を求める。相手とまともに向き合わない。その態度は正直クズです。しかし、そこには人として嫌らしさがない。
そこにある両面的価値が、いやはや、僕の琴線に触れてきます」


そのまま太田は身振り手振りを交えて、ジョセフというキャラの魅力を熱っぽく語っていく。
荒木も最初は楽しく聞いていたが、太田の長々と続く、終わりの見えない演説に嫌気が差したのか、
咳払いを何度かして太田の口を閉ざすのに成功すると、ズバリ訊いてきた。


「結局、太田君は何を言いたいんだい?」

「あー、その、何というかですねぇ」途端に言いよどむ太田だが、ここでいつまでも躊躇していてもしょうがないと判断したのか、
やがて臍を固めて口を開いた。「ジョセフをこの殺し合いに参加させるのは止めにしませんか? 可哀想というか、勿体無いというか」

「…………君は何を言っているんだい?」


その言葉と共に荒木の殺気が、太田の身体を烈風のように切り裂いていった。
瞬く間に、太田の顔から血の気が引いていく。先ほどまであった酒の酔いも風呂の熱も、どこかへ行ってしまったような寒さだ。
自分がどうしようもない失態を演じてしまったことに遅まきながら気がついた太田は、慌てて謝罪の言葉を並べる。


956 : Lucky Strike ◆BYQTTBZ5rg :2016/06/19(日) 19:54:25 B2E1Tz8Y0
「す、すいません、荒木先生。大分、酔っていたようです」


それを聞いた荒木はすぐに表情に柔らかさを取り戻し、太田に応えた。


「幾ら何でも酒の呑み過ぎだよ、太田君。大体、あのジョセフの参加を是非に、と言ってきたのは、君じゃないか」

「そうでした」ペチッと太田は自らの頭を軽く叩く。「一体どうしたんでしょう、僕は?」

「それは僕の台詞だよ、太田君。しかし、君にそこまで関心を持たれるジョセフは運が良いのか、悪いのか」


荒木はジョセフの運命の奇妙さを思ってか、幼さを感じさせる、その至って無邪気な顔から微笑を零した。
不気味である。顔は幼いのに、眼光は鋭く、老獪ささえ感じさせるほどの妖しい輝きをしている
そして身体はというと、青年のように瑞々しく張りがあり、筋肉もまるで衰えることなど知らんとばかり隆起している。


改めて、太田は思う。このような人物と同じ時間、同じ場所、そして同じ試みをしているということに胸の高鳴りが抑えられない、と。
堪らず太田はゴクリと唾を飲み込んだ。すると、その音が大きかったのか、荒木は身体を隠すように湯に飛び込み、困ったように苦笑を浮かべた。


「太田君、人の裸を見て、生唾を飲むというは勘弁してくれないかな」

「すみません、つい興奮してしまいまして」

「興奮……冗談には聞こえないんだけど?」

「冗談を言っているつもりはありませんから」


何の迷いもなく太田の口から放たれる言葉。
バシャン、と大きな音を立て、荒木は慌てて湯から飛び出した。


957 : Lucky Strike ◆BYQTTBZ5rg :2016/06/19(日) 19:55:21 B2E1Tz8Y0
「おや、荒木先生、もう出るんですか?」


太田の手が、荒木の肩をガッチリと掴んだ。先ほどまで確かに湯に浸かっていた太田は、いつの間にか立ち上がり、
音も無く一瞬で荒木の背後に忍び寄って、出入口の前まで来ていた荒木を捕らえたのだ。電光石火の早業である。


「こ、これ以上いたら、のぼせてしまうからね」


太田の不必要な接近に、荒木は背筋が粟立つのを感じながらも、何とか答えることに成功した。
だが、それでは納得できなかったのか、素っ裸の太田は自分の顎を荒木の肩の上に乗せ、
これまた裸の荒木をなだめるかのように耳にそっと優しく息を吹き込んでいく。


「まあまあ、折角の機会ですし、もっといいじゃないですか」


そう言って、太田は荒木の方にもう一歩踏み込んだ。
既に会話には問題ない距離のはず。いよいよ太田の行動が理解しかねる。
その前進の意味は一体何なのだ。ひょっとして太田はここで事に及ぼうとしているのだろうか。
そんな危惧を抱いた荒木は、太田を刺激すまいと、努めて冷静に、いつものように平然と言葉を発した。


「太田君、お酒の席の強要は無粋だよ。風流とは言えない。それでお酒が美味くなるのかな?
それに実際、僕は湯中りしている、少しだけどね。こう日が照っている中で、湯に浸かり、お酒を呑んでしまっては、当然さ。
まあ、雪が降るような寒さとなれば、また違ってくるんだろうけど……。取り敢えず、今回はここで失礼させてもらうよ」

「はぁ……そうですか、残念です」


ポタリ、と太田の腕が荒木の肩から落ちた。完全に腑に落ちたのかは知らないが、太田から解放された荒木は急いで、
かといって太田の感情を逆撫でしないように急ぎ過ぎず、そんな微妙な速度で風呂を出て行った。
その背中を見送った太田は元の場所に戻り、湯に浸かると、再び冷酒をグラスに注ぎ込んだ。


「僕としたことが、はしゃぎ過ぎたかな。確かにお酒の無理強いは無粋だ」


反省を表す太田だが、その言葉とは裏腹に酒の入ったグラスを自分の口に遠慮なく傾けた。
消沈したままでは、酒が不味くなるということなのだろうか、彼は鼻歌まで交えて、楽しそうに酒を呑んでいく。
確かに荒木と別れは残念なことだし、自らの態度も改める必要があった。それは厳然たる事実だろう。
だけどそれとは別に、太田の脳裏に、ある面白い考えが浮かんだのだ。


「僕もジョセフと話でもしてみようかな」


荒木はバトルロワヤルの参加者と接触し、随分と楽しそうにしていた。
そんな風に荒木のはしゃいだ姿を思い出したら、太田も是非自分もという気持ちが込み上げてきたのだ。
それに折角だということもある。この機会を逃したら、大好きなジョセフと語り合う機会など、二度と持てやしないのだろうから。


「まあ、それはともかく」太田は新たな冷酒を口に含むと、何かに感じ入るように言った。「荒木先生との雪見酒は、さぞかし美味そうだ」


誰もいなくなった湯船で手足を思いっきり伸ばした太田は、晴れ渡る青空を見上げながら、そんなことを思った。


958 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/06/19(日) 19:56:31 B2E1Tz8Y0
以上です。投下終了。
時間帯は「朝」です。


959 : 名無しさん :2016/06/19(日) 22:50:10 ZPH4qXZA0
おおう…!2話も来てる、投下乙です!
小傘ちゃんがここまで化けたの、一周回ってなんか嬉しさを覚えるね。
もちろん悲しさのが大きいけど、今はただただお疲れさまと言いたい
そして、熱い話来たのにおっさん二人はナニやってんだww台無しじゃないの!
風呂場だから熱いって、やかましわ!おもっきし冷水ぶっかけられた気分だw緩く読めたぜありがとう!
無駄に味が想像できる描写とか、妙に納得いくジョセフ短評がグッド!


960 : 名無しさん :2016/06/20(月) 21:45:39 Yw.g3BNo0
お二方、投下乙です。

>「神を喰らう顎[アギト]」
FFも諏訪子も小傘も皆頑張ったけど、事実上の全滅か…
特に小傘ちゃんは凶悪コンビ二人相手に健闘した…お疲れ様です。
主人公コンビもやられ、二人を逃がす為に戦った諏訪子もFFもボロボロ。やはりDIO一派は強しか。
作中、ディエゴの過去体験により幻想郷への憎悪を蒸し、窮地を脱するシーンは悪役ながら魅入ってしまいました。

ひとつだけ、青娥が諏訪子に挑発してましたけど青娥自身は早苗とは会ってなかった気がします。
なので事前にディエゴから情報を受け、更に誇張を加えて諏訪子を挑発した…とすれば辻褄は合わせられるかな?

>Lucky Strike
空気を全く読まないオッサン二人の入浴話…!
何気に食レポも美味しそうで、地味に癒されました(?)
太田がジョセフに興味津々だったのは今後にも関わってきそうですね。


961 : 名無しさん :2016/06/21(火) 02:33:59 a5X8AYOI0
何だろう 急に温泉に行きたくなってきた
ボールペンと缶ビールを持って行って 
フランだとか布都あたりがいないのは骨がもったいないと思ったからという可能性が微レ存…?


962 : 名無しさん :2016/06/21(火) 02:43:20 HSOv2P5g0
居たら絵面的にかなりヤバイと思う


963 : 名無しさん :2016/06/21(火) 19:56:11 24UlYSAQ0
投下乙っす
何だろう、とりあえず二作の温度差がヤバイw
ディエゴの下りが個人的に好きすぎた


964 : ◆.OuhWp0KOo :2016/06/21(火) 21:43:37 xsZdycxY0
>>960
>>青娥が諏訪子に挑発してましたけど青娥自身は早苗とは会ってなかった気がします。
アッー!?

ご指摘ありがとうございます。
確かに、早苗と花京院の太陽の畑への到着は、青娥一行の撤退後でしたね。
wikiではその点を修正しておきました。


965 : ◆qSXL3X4ics :2016/07/06(水) 02:00:39 YvV2/lXk0
空条徐倫、霧雨魔理沙、ウェザー・リポート、鈴仙・優曇華院・イナバ

以上4名予約します


966 : 名無しさん :2016/07/06(水) 12:46:55 YTVwkoQw0
ついに鈴仙動くか


967 : 名無しさん :2016/07/07(木) 17:42:44 JcqKLO160
ウェザー吹っ切れてるしジョリマリやばい


968 : 名無しさん :2016/07/07(木) 19:37:09 0O7hFeIA0
鈴仙復讐果たす前に死んでしまいそうで怖い…
そして徐倫とウェスの遭遇か…


969 : ◆qSXL3X4ics :2016/07/13(水) 02:39:16 26AnPvy20
予約延長します


970 : ◆qSXL3X4ics :2016/07/20(水) 21:49:14 6jmFvLAA0
すみません、一旦予約を破棄します


971 : 名無しさん :2016/08/10(水) 10:53:53 o/yyIOB.0
気長に待ってる


972 : ◆qSXL3X4ics :2016/09/02(金) 20:06:56 FXcqdowU0
ゲリラ投下します。
先に、予約していた期限から大変な超過をしてしまったことをお詫びします。


973 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/02(金) 20:09:37 FXcqdowU0
『霧雨魔理沙』
【昼】E-4 人間の里




乙女たちの突き進むこの世界に、音は流れない。




殺し合い。
凄惨で、喧騒たる、狂気を宿した舞台上である筈だった。
だというのに霧雨魔理沙と空条徐倫の両名間に流れる空気は、至極無風。

無風なのだ。

参加者たちの戦闘音はおろか、虫たちの奏でる演奏や自分らの足音すら皆無。
後者の理由については瞭然としている。
現在、魔理沙と徐倫が足としているのは肉親から受けた脚ではなく、魔力の込められた魔法使いたちの翼――空飛ぶ箒だ。
焼べる燃料は操縦者の魔力のみ。エコであるが故に、耳を透き通る穏やかな風切り音だけが乙女たちの間を取り巻いている。


会話らしきものは、しばらく途絶えていた。
魔法の森からこの人間の里までの道程で目撃した燃え盛る木々の光景に唾を飲んだ時以来、ずっと。
炎に包まれた森の異常は、この殺し合いが恙無く進行している何よりの証拠だ。

あの鴉天狗が徐倫に嬉々として見せ付けてきたらしい低俗な新聞記事内容。
途中、二人を襲った謎の半裸の大男の件もある。
間違いなく、現在進行形でゲームは加速しつつあるというのが火を見るより明らかだというのに。
朝の放送で告げられた多くの訃報が、かつて類を見ないほどの超異変を示しているというのに。

何故かな。


(…………緊張感が、イマイチ湧かないってのは)


魔理沙はもう幾度目かの溜息を吐き出した。背後で肩を掴む徐倫に気取られないように、小さく。
現実感の無い絶望を未だ漠然と見つめ続けているのみの魔理沙に、恐怖心はあまり無い。
そしてその危機感の薄さこそが逆に、自分でも意識できるほどに危険とも感じている。

例えばあのワムウとかいう大男に突発的に襲われた時なんかは、それはもう怖かった。
およそ生まれて初めて自分に向けられた、この上ない本気の『殺意』だ。恐怖しない筈がない。
だが勝った。確かに二人は勝利したのだ。
その余韻は安心感へと形を変えゆき、魔理沙の心に自信と希望をもたらせた。
間に挟まれた第一回放送や、徐倫と交わした触れ合いなども経たが。
ズバリ言って魔理沙の体験したイベントはそれくらいしか挙がらない。

ちょいとアレな所もある不屈の精神を掲げる相方を除けば、魔理沙が邂逅した参加者はワムウただひとり。
徐倫だけは姫海棠はたてと会話まで交わしたと言うが、肝心の魔理沙は肝心な時に気絶していたのだからはたての姿は見てすらいない。


要は今の魔理沙には、あまりに変容が不足している。
己にもたらせるべき『変化』……経験こそが人の器を激しく変容させるのだ。良くも、悪くも。


974 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/02(金) 20:10:50 FXcqdowU0
それだけに魔理沙は少し焦り始めていた。
このまま誰にも会えず、自分の知らない所で友達が徐々に居なくなってゆく。
そんなどうしようもない環境に、恐怖を覚えた時点ではもう遅いのだ。
他人から。第三者から知己の死を知らされるのではあまりに手遅れ。
後悔を覚えるより早く、今の魔理沙はとにかく誰か知り合いに会いたかった。顔を見て安心を覚えたかった。
まだまだ会場のどこかに多くうろつく既知の顔をひと目見て「ああ良かった、無事だったのか」と、互いに肩を抱き合わせたかった。
危険そうな連中、胡散臭そうな連中以外なら誰だっていい。

魔理沙はまだこの世界にて、一人として友人に出逢えてすらいない。
それこそが彼女を焦らせる大きな要因となり、次第に口の数も減っていったのだ。
魔女アリスの家にて徐倫と交わした些細な触れ合いもあって、どうにも気まずさはある。
魔理沙の目下の課題は、とりあえずこの無風状態の空気を何とか換気したい、といった所だ。
となれば枠外からの刺激が欲しい。だからこそ彼女たちはこうして人間の里にまで足ならぬ箒を運んだ。
地図を眺める限り、この会場内では唯一人間の里が様々な施設を内包する開けた土地だろう。
必然、参加者の足は多い筈。そう当たりをつけた二人は燃える森をスルーしてまでここまで飛んできたのだった。


「……徐倫」


里内の広い街道を進んでいた時だ。
箒を空中で止めた魔理沙が短く、背後の相方の名を呼ぶ。

「なに? 誰か居た?」

「参加者だ。前方に、ひとり」

魔理沙が半径100メートルに展開していたハーヴェストによる『索敵陣形』が、進行方向に参加者の影を捉えた。
ようやっと3人目だ。徐倫、ワムウときて次なる参加者は果たして何者か。
あわよくば知った顔であるようにと、魔理沙は心中で願う。


「魔理沙!」

「おわあ!? ……ってお前、鈴仙か!」


警戒しながら周囲を探す魔理沙の隣から突然知った声が降ってきた。
驚き、箒から落ちそうになる体を支えながら相手の名前を呼ぶ。
鈴仙・優曇華院・イナバ。
魔理沙からしても交流のある顔馴染みだ。

「お前、ここに居たのか……! いやとにかく無事でよかったぜ。ひとりか?」

「……ええまあ。そっちの人間は?」

「コイツは徐倫。ここで出会った参加者だ。安心しろ、信用できる相手だぜ」

兎耳の少女、鈴仙はどこか固い表情で魔理沙たちに歩んでくる。
対照的に魔理沙の表情に浮かぶは安堵。思えば彼女がこの会場にて逢えた最初の顔見知りであり、破顔するのは無理もないこと。
そして鈴仙という少女は多少頼りない性格ではあるものの、殺し合いに乗るような気性はしていない。
従って魔理沙が鈴仙を信用するのに何の疑いなど無い。警戒もせず箒から降りようとした姿勢を、しかし留めたのは相方の冷静な一声。

「待った魔理沙。……簡単に近づくな」

「徐倫……? いや、大丈夫だってコイツは。お調子モノだが悪いヤツじゃ……」

「今。あたしの目には彼女が“突然”目の前に現れたように見えたわ。あれも魔法か何か?」

「魔法使いは私の方だっての。どーせ『波長』でも弄ったんだろ?」

あくまで初対面の相手には警戒を緩めない徐倫に、魔理沙はしかめ面で返答する。

「ごめん。さっき妙なチビッこい生物に見つかったんで慌てて姿を消させてもらったわ」

鈴仙の能力は『波長を操る程度の能力』。他人の認識を弄って自分の姿を消すのは朝メシ前だ。
逆を言えば、透明状態で魔理沙たちを襲わなかったということは自分がゲームに乗っていないことの証明だと鈴仙が説くと、徐倫は素直に理解を示した。
いま自分らに早急必要なのは情報だ。会場をろくに探索出来ていない現状、一人でも多くの参加者と接触を図らなければならない。

「お前が見たっていう生物は『ハーヴェスト』だ。まあ、説明はめんどくさいから省くけど気にすんな。
 ところで鈴仙。お前、このゲーム始まってから誰かに会ったか? 私が会えた幻想郷の奴らはお前が初めてなんだ」

実際には姫海棠はたてが魔理沙と接触したが、当の本人は気絶していたので魔理沙からすれば鈴仙は久方ぶりに見る仲間の顔だ。
それほど仲睦まじい間柄でないにしても、心が浮かれる。それは魔理沙の表情にも嬉々として表れていた。


975 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/02(金) 20:12:59 FXcqdowU0


「……私のことよりも、まず訊きたいことがある。貴方たち、『ディアボロ』って男を見なかった?
 まだら模様のあるピンク髪の人間なんだけど」


一方の鈴仙はというと、その表情は変わらず固い。浮かれた魔理沙に皮肉を浴びせるように、口調は厳しく冷えている。
普段はあまり見せないその姿に魔理沙は違和感を感じ、怪訝を向けた。

「……鈴仙? どうかしたのか? なんかお前、妙に落ち着きがないぞ」

「どうだっていいじゃん。それより見たの? 見てないの?」

「……ディアボロ、だっけ? 見てない。私らがここで見たのは鴉天狗の姫海棠はたてと、えーっと……ウムウ、じゃなくて、ワーム、でもなくって……アイツなんてったっけ、徐倫?」

「ワムウ」

「そ。そのワムーだけだぜ」

「……話にならない」

ボソリと吐き棄てるように毒を吐く鈴仙の様子に魔理沙は顔を歪めた。
さっきから聞いていればこちらの質問を後回しにされ、魔理沙の心配も受け流され、挙句話にならないと一言。
徐々に魔理沙は不機嫌になり、気付けば声も荒げて鈴仙に突っかかるように顔を近づけていた。

「おい、なんだよその態度は? お前ちょっと様子が変だぞ……!」

「そこの人間と、ワムーだっけ? 後は鴉天狗が個人的に気になるけど……たった三人なの? もうすぐ半日経とうって時になって」

「お前で『四人目』だアホ! 喧嘩売ってん……」


「―――ディアボロ。アリス。古明地さとり。シュトロハイム。リンゴォ。八雲藍」


今にも食って掛かろうとした勢いの魔理沙に浴びせられた、陳列者の名。
淡々と名を読み上げる鈴仙の瞳は、真っ直ぐに魔理沙を捉えている。

魔理沙の腕が、思わず止まった。


「あと電話で話しただけだけど、永り……八意様ね。それとさっき……あぁいや、何でもないわ」


いま挙げられた者の名は、鈴仙がこれまで出会った人物だ。
たったひとりで行動しているにもかかわらず、魔理沙の倍である『六人』。実際にはここに二ッ岩マミゾウの名も加わるが、相当に怯えていた当初の鈴仙の記憶には殆ど印象に残っていない。

「え……アリス? それに藍やさとりとも……」

幾つか顔見知りの名もいる。
鈴仙は自分と違ってこれだけの人数と交じり、話したとでもいうのか。
魔理沙はよく知る名前が相手の口から飛び出してきたことに、一瞬安堵し。


だが、とてつもなく嫌な予感が頭を過ぎってしまった。


「なあ……アリスはどこに居るんだ? 会ったんだろう? それに藍とかは……」


予感がしたその時にはもう、口をついていた。思わず訊いてしまっていた。
私は一体、何をバカなことを訊いているんだ?

アリスは……とっくに……


「……アリスがどこに居るか、ですって? 魔理沙、あんた……放送聴いてないの?」


次第に鈴仙の表情は険しくなる。
何か、彼女の触れてはいけない線に触れてしまったように。



「アリスは…………私の目の前で死んだわよ」



告げられた、蜻蛉の様な真実。
それは嘗ての放送などより、よほど真実味のある感情を伴って魔理沙の鼓膜に響いた。


976 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/02(金) 20:13:42 FXcqdowU0
アリスが……死んだ?
放送は勿論、聴いた。……聴いていたさ。
アリスの名も呼ばれたのを覚えている。アイツだけじゃなく、他の色んな知り合いの名前まで。
それでも私はきっと、心のどこかで事実から目を背け続けていたんだ。
他人の『死』から逃避して生きてきた私は、情けないことに友達の死を受け入れることが出来なかった。

出来なかった。
出来なかったんだ。
どこまでも『普通』の少女である私に、そんな悲劇は荷が重かった。

だのに。
おい、鈴仙。
何で、お前なんだ。
そんな聞きたくもなかった悲報を担いで持ってきたのが、何で。
何で……お前が…………何で、お前は……!


「アリスは、死んだわ」


そんな平然と、言えるんだ。
そんな顔で、突きつけられるんだ。



「……………………そ、っか」



いや。
違う。
私はなんにもわかっちゃいなかった。

平然なワケが、なかった。
鈴仙は、きっと泣いている。
鉄の仮面で隠した素性の奥底で、哀しんでいる。
そんなことにも気付かないほど、私の心は動揺していた。

いや、これもちょっと違うか。
いつの間にか私の胸倉を掴んでいた鈴仙の顔が歪んで見えないほどに。

私も、気付けば泣いていた。
鈴仙みたいな仮面は私には不釣合い。涙で前が見えなくなるくらい、ぐしゃぐしゃに顔を歪めて……涙を流した。


「…………そっか……そ、っか」


友から突きつけられた実感。
初めて与えられた『試練』は、すぐに私の中の幻想を粉々に破壊した。

ようやく。
ここに来て、ようやく。
私の心に存在する永い永い迷宮の出口に、辿り着いてしまった。
虚無という名の扉を開けた向こう側、その光景を覗き込んで。
封じ込めていた『その言葉』を、私はとうとう―――



「―――アリスのやつ、死んじまったのか」



否。これは入り口に過ぎないのだろう
幻想郷のヒトの中で最も『死』を知らない子供だった私の、最初の現実。
『幻想』とは対極にある、『現実』という苦難の第一歩を。

私――霧雨魔理沙は初めて認識して。

そのまま、掴みかかられていた鈴仙に寄り添い、嗚咽をあげて。

降り始めた雨の音に、私の子供のような慟哭は掻き消されて。



―――無風だった私の世界に、硝子の割れる音が生まれた。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


977 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/02(金) 20:15:07 FXcqdowU0


「……徐倫。今更になって悪い、けどさ……さっきアリスん家で私が撃った人形、もしまだあるなら……」

「……ああ、ちゃんと拾って来てるよ。必要になるだろうと思って、ね」


徐倫から魔理沙へ。
金色の髪に黒の帽子。お世辞にも達者に作られたとは言えない簡素な人形が、魔理沙の胸に優しく収められる。
今となっては持つ意味も変わってくるこの人形。全てを受け入れるにはまだまだ心の余裕が足りないが、魔理沙は現実を否定せずに一歩踏み出すことが出来た。

大好きな幻想郷。
大好きな友達。
そのひとつひとつが、飛沫となって破裂していくこの空で。
真の意味で向き合わねばならない。戦わねばならない。
まだ十代半ばの少女が胸に抱くには重すぎる決意を、少しずつでいいから。
ゆっくり……ゆっくりと。

ナズーリン。
萃香。
美鈴。
勇儀。
マミゾウ。
響子。
妖夢に咲夜……アリス。

瞼の裏に映る彼女達の笑顔。もう二度と拝むことは出来ないのだろう。
九人。九人だ。一度に九人もの友達を喪ってしまった。悲しいのは当たり前だ。
ムカつく奴らも多かったが、それでも宴会であいつらと共に呑む酒の味は格別だった。
誰一人、替えなんて居ない。死んでいった奴らのひとりひとりに思い出があるのだから。
霊夢は……どうしてるんだろうな。
アイツが泣いてるとこなんて想像できない。淡白なやつではあるが、感情を溜め込まずに他人へと即発散させるようなやつだ。
今頃はプンプン怒りながら異変解決に乗り出してる頃だろう。私とは違って。

そう……私とは違って、だ。


「魔理沙。……濡れるわよ。とりあえずそこの民家の中で彼女に話を聞きましょう」


徐倫が気遣うと魔理沙はゆっくり立ち上がり、雨と涙で濡れた顔をゴシゴシと腕で拭う。
やっと出逢えた情報源ともいえる顔見知り。訊くべきことは大いにある。
屋根のある所で腰を落ち着かせる前に、魔理沙がこれだけはと鈴仙に質問する。

「なあ鈴仙。アリスを殺した奴がお前の言ってた『ディアボロ』って人間なのか?」

その名が魔理沙の口から飛び出した瞬間、鈴仙の兎耳がピクリと揺れた。
鈴仙は黙ったまま顔を俯ける。悲しんでいるのか怒っているのか、その心情はよく掴めない。
無言をイエスと受け取った魔理沙も拳を硬く握り締めた。
アリスを殺した下手人が今もどこかで友達の命を奪っている。そう思うとやりきれない感情が胃の中から沸いてきそうだ。
そしてそうであれば鈴仙の今の気持ちも理解できてくる。彼女はそのディアボロを殺すことで、アリスの仇を討とうというのだろう。

だがそれだけだろうか。
どうも今の鈴仙にはアリスの仇を討つという感情だけではない気がする。
上手くは言えないが、何となく鈴仙にとって大切な『別のナニカ』を追い求めているような……そんな風にも見えた。

「……お前の気持ちは分かったぜ。とりあえず積もる話もあるだろうし、どっかの民家で色々と……」

「―――いえ。悪いけど今はそんな悠長に腰を下ろしてる暇は無いのよ。最低限の情報だけ話し合ったら、私はもう行くわ」

しかし魔理沙の声を振り切るように、鈴仙は睨みつけるようにハッキリと言った。
予想外の返答に魔理沙は言葉が出ず、代わりに徐倫が一歩前へ出て物申す。

「待ちなさいよ。自分が欲しい情報が無いと分かった途端、ハイさよならってのは随分身勝手じゃない?」

「あの男は今弱っている。叩くなら今しかないの。それにこっちも大した情報なんて持ってないわよ」

「待て待てそんなわけあるか。少なくともお前はさとりとか藍に会ってんだろ? 特に藍には私も会っておきたいし、場所くらい……」

妙に焦っている鈴仙の姿に困惑しながらも魔理沙は彼女を留めようとする。
八雲藍はあの八雲紫がそこそこ頼りにしている腰巾着。魔理沙としても出来るだけ早目に会って協力を仰ぎたい人物である。


「八雲藍はゲームに乗っているわ。私もレストラン・トラサルディーであの女に襲われた」

「――――――は」


期待と反し、冷たく発せられた言葉。
単なる事実を淡と述べる鈴仙に対し、それを聞いた魔理沙の表情は呆気に取られたというものだ。
徐倫は藍という女を知らないが、二人の会話を聞いて事情は何となく察することが出来た。故にその表情は更に固く引き締まっていく。
一方で魔理沙は藍をよく知っている。だからこそあの堅物が殺し合いに乗っている現実が信じられない。


978 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/02(金) 20:15:50 FXcqdowU0

「……魔理沙。アンタ本当にこのゲームの“怖さ”、未だに分かってないのね」

鋭い目つきで語る鈴仙の姿が、今の魔理沙にはとても遠くの存在に見える。
ゲームの“怖さ”を分かってないだって? そんなワケがあるか。
あの森で戦った風を操る戦士。今まで味わったことのない恐怖と絶望だった。
ついさっきも心で受け入れたばかりだ。身近に居た者の『死』を。喪う『恐怖』を。

「……馬鹿、言えよ。私は……」

「魔理沙。アンタが思ってる以上に、この殺し合いは加速し続けているわ。……最悪の方向に」

クイ、と。
鈴仙の親指が一方向を指した。
そこにあるほんの十数メートル先に立っていた物は……


「な、なんじゃコリャーーーーッ!?」


どこにでも見かけるような『街角掲示板』。人間の里にもいくつか点在している普通の看板であった。
鈴仙に促されるままにその看板を覘いた魔理沙の第一声は、雨天にもかかわらず街道に大きく拡がるほどの驚愕。


「ど、どうしたってのよ魔理沙。急に素っ頓狂な声出して…………って、なんじゃコリャーーーーッ!?」


釣られて掲示板を覘いた徐倫の第一声も魔理沙と同じもの。
両者は二人して、道の脇に立つ掲示板に両手を着けて大口を開けている。
その内容はといえば、通常の人間の里に貼られる様な俗世の掲示物とは趣から異なっており……


―――花果子念報第一誌『ガンマン二人の決闘風景!』

森の中、拳銃を構えて相対する二人の男。
徐倫も魔理沙もその二人を知らなかったが、徐倫だけはこの『記事』をよく覚えている。
間違いない。あの鴉天狗が嬉々として徐倫に見せ付けてきたカメラ内の記事だ。
心臓を撃たれた男の死体。死者への尊厳も何も感じられない、ただただ不快を募るばかりの新聞である。


そして、次。

―――花果子念報第二誌『女の対決!? 空条徐倫への直接インタビュー!』

記事内写真には、横に居る相方同士が互いにクロスカウンターパンチを放つ瞬間。そしてその後二人がノビている間抜けな痴態。
もはや言うまでもなく、忘れようもない自分ら二人の“最低のファースト・コンタクト”がまざまざと描かれていた。
間違いなく『あの時』の事件だ。徐倫への馬鹿げたインタビューも載せられているが、もちろん掲載許可など出した覚えはない。
徐倫も魔理沙も、ハッキリ言って「ふざけんな」と憤慨するしかなかった。最悪だあの鴉天狗。


そして、次。

―――花果子念報第三誌『八雲紫、隠れ里で皆殺しッ!?』

魔理沙のよく知るスキマ妖怪が猫の隠れ里で起こした大立ち回り。
腕だけマッチョ男の方は会ったこともないが、殺された星熊勇儀と魂魄妖夢は魔理沙もよく知るところだ。
それだけに、被害者の名にも加害者の名にも驚きしかなかった。
この記事を見れば八雲藍がゲームに興じているという鈴仙の証言も真実味を帯びてくる。


そして……最後。

―――花果子念報第四誌『博麗霊夢・空条承太郎再起不能か!?』


「霊夢ッ!?」
「父さんッ!?」


徐倫と魔理沙にとって大事な人間の名前が、大きく見出しに取り沙汰されている。
写真に写るその姿は、あられもない状態であることを除けば間違いなく空条承太郎と博麗霊夢その人だ。


979 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/02(金) 20:17:05 FXcqdowU0

「……は、『博麗霊夢および空条承太郎両名は、紅魔館での戦闘で敗北して重傷を負い、絶命寸前であった所を自動車に乗った仲間に救出されたと見られる』……!?」

空条承太郎。
徐倫の知る限りでも、その凄まじい強さに肩並べる者ナシと呼ばれた最強のスタンド使い。
そして、命を賭して自分を救ってくれた……最愛の父親が。

「……『博麗霊夢、空条承太郎は、今まさに風前の灯の状態にある……幻想郷そのものの命運が、一つの大きな試練に晒されている』……な、なんつーこっちゃ」

博麗霊夢。
魔理沙が最も信頼を置き、その圧倒的な能力とムダに鋭い勘で全ての異変を解決してきた最強の巫女。
そして、生来のライバルを勝手に誓った……誇りある友達が。


【博麗霊夢】   ―――再起不能
【空条承太郎】  ―――再起不能

   『両二名:生死不明』


「「――――――っ」」


声が詰まった。
吐き出すべき言葉が見つからない。

空条徐倫にとって、空条承太郎という父の存在は複雑だ。
娘である自分をロクに気にも掛けてくれないクソ親父。つい最近までの彼女の認識は、そんな愛に飢えた灰色の間柄だった。
だがそうではなかった。彼はどんな時も、いつだって自分を気にしてくれていたこの世でたった一人の“父親”であった。
そしてその瞬間から承太郎の背中は、徐倫にとって常に追い求めていくべき温かな愛であり、また最強の正義そのものであったのだ。
父は自分のせいで心を奪われた。有名ゆえに敵も多かったであろう父は、あろうことか自分を利用されて罠にかけられてしまう。
だから徐倫は刑務所の中で強くなることを決意する。彼女が見つめる先には、いつも父の背中が立っていたのだから。

―――その父親が、敗北した。


霧雨魔理沙にとって、博麗霊夢という友の存在は複雑だ。
いつから一緒につるんでいただろうか。それすらも思い起こせないが、少なくとも知り合って最初の頃の霊夢を魔理沙は好きではなかった。
あらゆる意味で“普通の少女”である自分だからこそ努力は怠れない。人知れず魔法の研究を行い、どれほどの失敗を積み重ねても魔理沙は努力し続けてきた。
影での尽力を魔理沙は決して誰に言うこともなかったが、同年代である霊夢は魔理沙のそんな努力の壁を容易に飛び越えていくのだ。
“天才”と“凡夫”の境界線はいつしか魔理沙を焦らせ、かつては嫉妬していた時期もあった。
だが霊夢は誰に対しても平等であり、他人を見下すことは絶対になかった。その淡白ともいえる性格が、かえって魔理沙の心を次第に惹きつけた。
これは絶対に霊夢には内緒だが、魔理沙にとって博麗霊夢は『目標』だ。自分が越えて行くまで、霊夢が誰に負けることもありえないし、見たくもなかった。

―――その友達が、倒された。


980 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/02(金) 20:17:43 FXcqdowU0


「配信時間は『午前9時55分』……ついさっきよ」


言葉を失う二人に鈴仙は眉をひそめて言う。雨が地に降る打鍵音のみがしばらく世界に響いた。
魔理沙より早く呆然から立ち直った徐倫は、冷静になってこの記事の重要性を見直していく。
筆記者は姫海棠はたて。とても信用ならない人格と記事ではあったが、これに載っている真偽は完全なデマとは言い難い。
写真に写る承太郎は間違いなく我が父親であり(気のせいか少し若い気もするが)、現在進行形で絶命寸前。緊急を要する案件だろう。
その上どうやら追手の存在もあるらしく、ウカウカしていたら二人共々殺されてしまうという状況だ。

徐倫にとっての承太郎。
魔理沙にとっての霊夢。
それぞれ『最強』の二文字を背負う彼らに憧憬のような念を抱いていただけに。
彼女達の『目標』は粉々に崩れ去ったという事実にショックを隠しきれない。

我々が思ってる以上に、この殺し合いは最悪の方向に加速し続けている。鈴仙の言葉は実にして的を射ていた。



「魔理沙」



ギリリと拳を握った徐倫の眼に、既に迷いは浮かばない。
大海のような力強くて吸い込まれそうな瞳が、相方の少女を波立てる。



「ああ」



一歩遅れて、名を呼ばれた少女も。
未だ困惑の気持ちは隠しようもないが、その瞳に宿るは流星のように真っ直ぐで穢れのない光条。

互いの気持ちなど、口には出さずとも自ずと理解する。
二人の意識はここに同調した。

己の認識が甘かった。確かに認めるしかない。
最強のスタンド使いと最強の巫女。
かの有名な二人が同時に敗北したのだ。事態は深刻であり、時間が迫ってきている。
―――取り返しのつかなくなる、考えられる限り最悪のリミットが。

徐倫も魔理沙も、本格的にこのゲームと向き合う時が来たのだ。
二人が目指すべき地点は。見据えるべき目標は。

言うまでもない。



「行くぞ」
「行くぜ」



先程までとはまるで違う、乙女達の煌びやかな瞳を覗いて。


(―――綺麗、だな。……私とは違って)


傍で見ていた鈴仙は、心中でほんの少しだけ羨み。


「魔理沙。少しだけ時間、頂戴。……話があるの」


何かを決するように、その背中を止めた。



――――――そよ風が、吹き始める。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


981 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/02(金) 20:18:35 FXcqdowU0
『空条徐倫』
【昼】E-4 人間の里


魔理沙を連れて行かれた徐倫は、手持ち無沙汰で掲示板を確認する。
通常の立て看板ではなく、電子媒体が利用された所謂『電子掲示板』。ネットワークにアクセスし、会場の何処かにいるはたての新聞がリアルタイムで配信されるらしい物だ。
ブン殴って破壊してやろうかとも考えたが、一応これでも情報収集の源にはなる。現にこうして徐倫は父の窮地を知ることが出来た。
もっともこの記事、無駄に読者への不安を募るだけで肝心の追跡者グループに関しての情報がほぼ省かれている。
まるで承太郎や霊夢の死を背中押しするかのような誘導内容。今度あの鴉天狗に遭ったら絶対にタダじゃおかない。

徐倫らの目的など言うに及ばず。当然、承太郎・霊夢の早急なる救出だ。
この記事もついさっき配信されたばかりのもの。彼らは紅魔館周辺を逃走しているとの事で、急げばまだ間に合う筈なのだ。
言われてみれば首の後ろの『星型のアザ』。会場内に幾つもの反応があるので意識しなければ気付きにくいが、その反応のひとつが極端に弱まっているのを感じる。
そして徐倫には痛切に分かるのだ。今や虫のように弱々しいこの反応がまさしく父の発する救援信号だと。
親子の絆。肉親にしか分からない繋がりが故に、余計に徐倫を焦らせる。

「……遅いわね魔理沙たち。時間が無いってのに」

鈴仙に話があると席を外された魔理沙。
折角会えた同郷の友人だ。急いでいるとはいえ徐倫もそれを止めるほど野暮ではない。

どことなく嫌な予感がするのは、先程から更に感じる『もうひとつの星のアザ』の反応のせいだろうか。


「……近い。すぐそこまで来ているぞ」


ひとたび意識すれば、その感覚は頭から離れない。
来る。アザの反応を持つ者が、里の入り口……北からやってくる。
気にはなるが、正直いまの徐倫にはあまり会いたくないタイミングであった。
同じ血族の人間かもしれないし、最悪あのプッチ神父もありえる。
どちらにせよ、会ってそれでサヨナラとはいくまい。時間の無駄とは言わないが、確実に父救出への出発は遅れるだろう。

魔理沙はまだなのか。アザの反応者とは方向が違うので彼女らがカチ合うことにはならないだろうが。






――――――ふわり。






くすぐったい風が、優しく髪を撫でた。

思わず空を仰ぐ。
今まで鼓膜を打っていた雨音はいつの間にか止み、雲の隙間から陽光が射す。

あぁ、晴れやかな心だ。
凄惨であるはずの舞台の上だというのに、徐倫は不思議とそんな清々しい気持ちになる。
何故だろう。
それはきっと、このどこか懐かしさを覚えるそよ風が、まるで遠き子供の頃に触れた父親の手のように愛情塗れていたからだろう。

空条徐倫は知っている。
この木漏れ日のような風を。
この春風のような気持ちを。

空条徐倫は求めていた。
この新緑のような青空を。
この赤虹のような情熱を。



(――――――あ、)



求めていた。求めようとしていたのだ。
だが彼女には使命があった。
因縁に根付く己の宿敵を倒すという、血族の運命<さだめ>が。
個人的な感情に振り回され、目的を見失う愚行は許されない。
だから前へ進んだ。託された意志を胸に秘め、仲間達と共に。

しかし、今。
かつて失ったあの『風』が。
飢えた愛情によってポッカリ空いてしまった心の穴を、埋めてくれたあの『風』が。
再び目の前に。
腕を伸ばせば届く場所へと吹き荒れてきたのなら。



果て無き風の軌跡さえ、掴むことが出来たのなら。


「――――――ウェ、ザー…………」


それを人は、『奇跡』と呼ぶのだろう。


982 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/02(金) 20:20:50 FXcqdowU0



――――――ふわり。



再び、一陣のそよ風が吹き抜ける。

気付けばそこには、男がいた。


「ウェザー…………あたし、あたし……っ」


逢いたかった男がいた。
“あの時”、ひょっとしたら自らの過失のせいで死んでしまったかもしれない男が。
徐倫にDISCを託し、その魂を天に還らされていった男が。


今、再び自分の目の前に。


――――――現れた。


「ウェザー……! あたし、もう一度……こんなそよ風の中で、貴方と話がしたかった……! そして――」


―――訊ねたかったことがあった。

貴方の心は最期に、本当に救われたの?と。
貴方が刑務所を脱獄してからあの瞬間まで、その時間は幸福だった?と。

心の中では後悔していた気持ち。彼にもう一度会って、確かめたかった。
体面では気丈なフリをしていた。しかしその実、徐倫の心は罪悪感でどうにかなりそうであったのは間違いない。
彼女の心は、その精神性を纏めて形容するなら『糸』。幾重にも編み込まれて頑丈な殻を形成した石の編糸だ。
だがひとたび一糸解れれば、露わになるのは歳相応の少女性。内面を突けば容易に傷付く脆き綿だ。

平気である筈もない。
単なる仲間として以上の感情を抱いていたかもしれない男の、その悲劇的な末路へと自ら押し込んでしまったとあれば。
まだ少女である徐倫の、綿のように脆く未完成な心が、易々と耐え切れず筈もなく。
だからこそして徐倫はもう一度彼に会って、訊き質したかった。訊いて、苦しみ続ける自らの心も救われたかった。

永遠に閉じられた選択肢。
本来は絶対にありえなかった奇跡が、IFが、そよ風の起こした軌跡にふわりと乗って。
今、目の前に。
夢ではない。まやかしでもない。
ジンジンと疼く首のアザがそれを如実に囁き続けていた。
目の前に現れたこの男は。
徐倫の目の前で死んでいった、ウェザー・リポートそのものの姿だ。
もう二度と逢えないと絶望した、届かぬ蜃気楼の中に消えていった、孤高の男の姿だ。


―――ああ、もしこの世に神サマがいたのなら。






「――――――ねえ、ウェザー。……どうして、どうして何も言ってくれないの?」






雨が、止み。
風が、吹き。
光が、射し。

まるで春の草原のように心地よい空間の中、徐倫だけが言葉を生んでいた。
ウェザーは徐倫と10メートル離れた場所で、言葉なくこちらを見据えるのみ。
お互い感動の再会であるはずだ。色々と話さなければならないこともある。
すぐにでも駆け寄って、身体を抱き合わせたい。
徐倫の、少女のような衝動は、そこで阻まれた。


思い起こされた、あるひとつの『仮説』に。


983 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/02(金) 20:21:22 FXcqdowU0
魔法の森で……そう、確かあのワムウの襲撃直前での魔理沙との会話だったか。
―――死んだ人間までが参加者に居る『謎』。
―――時間軸の『ズレ』。
『自分の知っている奴が自分の知るそいつではないかもしれない』
『自分を知っているはずのやつが自分を知らないかもしれない』
魔理沙はそんな突拍子のない仮説を吐き出した。過去に敵対していた人間が居るのなら、会場に居るそいつは敵である時代から送られてきたのかもしれない、とも。


徐倫はふと、思い出した。思い出すことができたのだ。
普通なら一笑に付せるか、イカレちまったのかと頭の心配をしてもおかしくはない法螺話だ。
しかしあくまで可能性の一つとして頭の片隅には収めていた。徐倫とて今や屈強なる戦士。起こり得る事態は予想していなければならない。
魔理沙の功績と言ってもいいだろう。過ぎった『最悪の可能性』が、徐倫の心に一抹の警戒心を生み出した。
徐倫は過去にウェザーと直接的な敵対は無かったとしても、彼が『不安定』な状態に陥っていた時期があることはその体験を通して知っている。
知っているだけだ。実際にその状態のウェザーと会ったわけではないし、話したことすら無かった。


だからこれは徐倫の持つ、育まれた歴戦の『勘』だったのだろう。
その仮説が頭に過ぎった瞬間。
ひとひらの風が髪をなびかせた瞬間。
思わず、と言って良いのかもしれない。反射的に徐倫は顕現させた。

己自身ともいえるヴィジョン――『ストーン・フリー』を。

そしてそのタイミングは、完全に合致してしまう。
神が示し合わせたとしか思えぬ機が、通り過ぎる風のように取り巻く形で。



目の前のウェザー・リポートも、徐倫と全く同じタイミングで『もう一人の己』を顕現させた。




あぁ、と。
徐倫はその瞬間、全てを理解したように瞼を下ろし。
そして何かを諦めたように、震えながら息を吐いた。

いつの間にか頬に感じていた生温さ。
その源となって伝う雫をひとつ、腕で荒く拭って。
露わになっていた綿の心を、もう一度強固な糸で縫い直し。
瞼を開けると同時に、スイッチを入れる。





降っていた雨は、何故だか止んでいた。
代わりに、辺りに舞っていたそよ風が一際に荒れ始めた。





▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


984 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/02(金) 20:22:07 FXcqdowU0

シトシトと降り頻る雨から身を隠す様に、魔理沙と鈴仙は里の大きな柳の下に寄り添う。
少し、徐倫から離れ過ぎではないか。魔理沙の抱くそんな憂心は、目の前の友人の沈痛な面持ちによって掻き消された。
話があるといって連れ出されたものの、鈴仙の瞳はどこか重い。先程までの鋭さとはまた違った感情が渦巻いているようだった。

こちらとしても気になることは多くある。
ディアボロなる男についての詳細。
八雲藍がゲームに乗っていることへの真偽。
あの新聞記事の最後に載っていた写真には、どういうわけか放送で呼ばれた『十六夜咲夜』の姿もあった。
戦場を轟々と駆け巡る情報という名の陣風が、現在の魔理沙には実感不足。足りなさ過ぎる。
あのブン屋の陳家な新聞掲示板も、情報の拠り処として頼るにはあまりに信用が無い。
だから魔理沙はこの危急の事態であるにもかかわらず、鈴仙の『話』とやらに付き合うことにした。


「で、話って何だ鈴仙。私としちゃあ、こっちが訊きたいことだら―――」

「―――あの人間の女、どういう人なの?」


これだ。こちらの話を聞こうともせず遮り、自分本位の話題を引き出す。
切羽詰っているのは鈴仙も同じらしいが、この身侭な態度に魔理沙は良い顔で返事するなどとても出来ない。
自然にその表情は苛立ちに塗れる。

「……あいつは空条徐倫。出会いの顛末は言いたくないから絶対言わないが、何だかんだで色々仲良くやってる。性格以外は悪い奴じゃねえぜ」

極力、不機嫌を抑えて出せた声色だったと思う。
えらく抽象的な質問だったのでこちらも無難な内容で答えたが、鈴仙の言う『話』とは彼女の事だったのだろうか。

「そう…………」

それきり鈴仙は口を閉じ、雨の音のみがこの気まずい空間をしばらくの間支配した。
鈴仙の意図が読めない。何かを思案する風ではあるが、魔理沙には波長を操る能力など持ち合わせていないので彼女の感情がイマイチ掴めない。
数秒、十数秒経ち、そろそろこっちの質問タイムに移っていいかを提案しようと魔理沙が口を開きかけたその時、


「……ねえ魔理沙。あの女の人は……いえ、貴方達はどうして戦いに行くの?」


おずおずと鈴仙が、口に出す。未だ踏ん切りの付かない、迷いと憂いを含んだ疑問であった。
何を訊かれるかと思えば、その答え置かれる処などあまりに明快。故に余計に混乱する。

「それは霊夢や徐倫の親父が死にかけてることについてか? いやそりゃ訊くまでもないだろ」

「あなたにとって霊夢が大事な友達だから? だから助けに行くの?」

何を言っているんだろうコイツは。それはわざわざ言わなきゃならない事柄なのか。
魔理沙がそんな疑問を浮かべる。鈴仙にだって大事な存在の一人や二人居るだろうに。

「当たり前だろ? お前にとっても霊夢は知らない仲じゃないだろ。私からすればアイツとは腐れ縁、尚更だ」

「……新聞に載ってた黒焦げの男。あれは……徐倫さんのお父さん、なんだっけ?」

「らしいな。身内の危険が迫っている……当然、娘の徐倫は焦るだろうぜ。
 私は親に勘当されてるし正直ピンとは来ないが、普通は家族が死にそうだってんなら穏やかじゃいられないだろ」

「家族……お父さん、か」

ボソリと呟き、鈴仙は俯いた。
家族に思うところがあるのだろうか。魔理沙は別段、鈴仙の家庭関係について興味は無かったので、彼女の持つ家族愛などは未把握だ。


「―――お父さんとか、お母さんとかって……どういう存在なのかな」


985 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/02(金) 20:22:57 FXcqdowU0

感情の底に溜まった澱みを吐き出すように、鈴仙が漏らす。
言ったように、親に勘当を受けた魔理沙からすれば耳の痛い言葉ではある。
本人からさらりと聞いただけだが、徐倫も父親の愛情をほとんど受けずに育ったも同然だったという。

親が自分にとって如何なる存在か?
答えなど千差万別なのだろう。育まれた環境によって親に対する子の気持ちとは年月と共に変化していくことだってある。
眩い感情か、暗なる感情か。すぐに答えを出すには難しい問いだ。
ましてや自分に向ける質問などでは決してない。鈴仙が明らかに相談相手を間違えているのは明白だ。


「あー……お前ンとこは親、居ないんだっけ?」

「居ない……んだと思う。少なくとも私の記憶にはそういう相手が居たなんてモノは無いわ」


何とも曖昧な答え。
人間である魔理沙には勿論父があり、母がある。
しかし妖怪や神にとっては必ずしもその限りではない。人間の恐怖や信仰から世に具現化する存在こそが妖怪であり、初めから家族が居ない妖怪なんてザラだ。
もっとも妖怪の誕生する起点などそれこそ千差であり、一概にそういった枠に当て嵌める事も出来ない。

鈴仙は親に対しての記憶が無いのだという。
本人にその記憶が無い以上、また鈴仙が月出身の妖獣である以上、魔理沙には彼女の親への明確な指摘は不可能。
となればこれは本人の問題であることがその悩みの大部分を占める。
鈴仙がこの殺し合いの中、どうしてそのような悩みにブチ当たったのかは興味があるが、残念ながら魔理沙では悩める彼女を導けそうにない。
徐倫へ訊いた方がまだマトモなアンサーが返ってきそうであった。

「私……ちょっと羨ましいな、って思っちゃったのよ。……あの人間のこと」

「徐倫が?」

「うん。父親の為にあれだけ必死になれる。あれだけ覚悟を固めながら瞳を燃やしている。
 あの記事を見て歩みを止めない彼女の目を見て私、綺麗だなって感じた。だから……」



「―――私には無いその感情を燃やせる貴方達を見て、凄く羨ましかった」



隠し持ってきた感情を吐露した後に、鈴仙は再び口を閉じる。
サアサアと雫打つ雨音が、今だけはどこか救われるようだった。

鈴仙の赤い瞳の奥に宿るは『孤独』。静かに寝静まった、途方もない薄寂しさが魔理沙の胸を抉った。
身に覚えがないわけでもない。魔理沙とて、家を飛び出した直後には似たような侘しさがあった。
それでも心のどこかには、かつて与えられた家族愛という温もりが籠っていた。
愛はやがて魔法使いになるという夢に燃べられ、己の成長の促進にもなった。

だが鈴仙は。
初めからそんな愛を受け持たなかった鈴仙は、何を依り処にして生きることが出来たのか。
少し考え、簡単に答えは出た。
永遠亭。今の彼女には温かな居場所が存在するではないか。
あの薬師や月の姫たちに与えられた温かな居場所は、ひとえに『家族愛』に成り代われるただ一つの依り処ではないのか。
魔理沙は普段の鈴仙たちを見ていて、純粋にそう思った。


「……お前、永琳とか輝夜とかてゐには会わなかったのか? あいつらだってきっとお前のこと探し回って―――」

「―――今の私に『家族』は居ないわ。……居ないのよ」


何か迂闊なことを言ってしまったのかもしれない。
魔理沙がそう後悔してしまうほどに、今の鈴仙の言葉は苦痛に塗れた吐露に聴こえた。

地雷を、踏んでしまった。

魔理沙もそこまで気が回らない人物ではない。
永遠亭の人物が放送で誰も呼ばれなかったのをしっかり心に留めていたし、先程聞いた鈴仙がこれまで会った人物の話の中にも居なかった。
だから魔理沙は、当然の如く鈴仙は永遠亭の人間も探しているのだと思い込んでいた。

だから、思わない。
今の鈴仙にとって、永遠亭の人間の名が――特に永琳の名が、地雷になるとは誰も思わない。


突如、魔理沙の視界が反転した。


986 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/02(金) 20:23:33 FXcqdowU0


「―――!? ぐわ……な、何だよッ!?」


気づけば自分の体は冷たく濡れた土の上に転がっている。
魔理沙が対応する間もなく、鈴仙からあっという間に組み伏せられていた。
マウントポジションを許してしまった魔理沙は激しくもがいて解こうとするが、両肩をガッチリ掴まれて抜け出せない。

「お、おい!? なんかの冗談かこれは! どけよ鈴せ……」

魔理沙が抗議を上げかけた丁度その時、更なる異変を察知。
周囲円形100メートルに展開させていた『ハーヴェスト』による索敵陣形、その北方から一匹の哨戒が大慌てで戻ってきた。
敵襲か、はたまた味方か。とにかく敵影は『一人』。方向からして、まずぶつかるのは待機させていた徐倫だ。

「誰か来る……!? おい鈴仙! 気に障ったのなら謝るから、とっととそこ退いてくれ!」

「……ごめん」

鈴仙の口を突いて出たのは謝意。
その表情に浮かぶは、心底すまなそうに淀む物悲しさ。瞳の奥には今なお孤独の灯が小さく揺らめいている。

―――嫌な予感がする。

魔理沙が直感と同時、マウントポジションを奪い返そうと新たなハーヴェストを顕現させた瞬間。
鈴仙の赤い瞳が、更に紅く、晴嵐の如く霞む。


「―――波符『赤眼催眠(マインドシェイカー)』」


しまった……!
『二手』遅れたと気付いた時には、魔理沙の瞳には既に鈴仙の瞳が映っていた。
『視た』。視てしまった。
鈴仙は狂気の瞳により相手の脳を狂わせることができ、マインドシェイカーは瞳を覘いた相手の精神を狂わせるというもの。
永遠亭での死闘を経て、鈴仙は自分の能力がことスタンド使い相手には特攻の効果を貫くことを知った。
魔理沙がハーヴェストなるスタンドを操っていた光景を見て鈴仙は、彼女も自分と同じ『DISC』による能力を得たと即座に確信。
すぐさまそのスタンドを封じる手を執行する。

「ガ、ァア……!? お、まえェ……れい、せん…………っ!!」

「ちょっとだけ静かにしてて。……大丈夫、大丈夫だから」

波長を狂わせられたことにより、魔理沙の精神エネルギーであるハーヴェストは残らず全て掻き消された。
とはいえディアボロの時とは違い、鈴仙が施した攻撃は極力脳に損傷を与えない程度に軽減させた手加減。あくまでスタンドの無効化のみを狙った一手であった。

「れ……せ、ん…………っ! なに、を……ッ」

「アリスは、逝く前に私に言ったのよ。『幻想郷の皆が一人でも多く生き残れるように、貴女の力で守ってあげて』、って。
 それが彼女の最期の意志。私はこの言葉を出来る限り叶えたいと思ってる」

ベッドの上で冷たくなったアリス。彼女の言葉を聞き入れる最後の手段となった『木人形』の胸に泣きつく鈴仙。
そんなアリスだったモノの口から届けられたのは、果てなき愛郷心とでもいう願い。
鈴仙の最優先はディアボロに間違いないが、アリスの想いを成就させることで彼女の魂はきっと浮かばれる。
だから鈴仙は、迷い道迷いつつも幻想の民を可能な限り、その力で守っていくことを決心したのだ。

どんな手を使っても。
その為には、たとえそれ以外の人間がどうなろうとも。
空条徐倫が魔理沙にとって如何なる関係の人物であろうとも。


魔理沙を守るためならば、鈴仙は徐倫を贄に差し出すことだって厭わない。


「よく聞いて魔理沙。……気の毒だけど、あの人間の女は諦めて欲しいの」

「……!?」



告げられたその言葉と同時。

どこからか、音もなくそよ風が吹いた。

嵐の前のような、不吉なる静けさを伴った風だった。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


987 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/02(金) 20:24:12 FXcqdowU0
『鈴仙』
【十数分前:昼】E-4 人間の里


今では『家族』と呼べるかもしれないあの人から『縁』と『名前』を剥奪され、流浪に彷徨うこととなった鈴仙。
目的であるディアボロの足跡は完全に見失った。今の彼女の姿は、当てなく漂う流離い兎。


「……北から誰か来る。精神の波長は……揺れが激しく荒々しい。『乗ってる』前提で接触してみるわ」

「危険人物なら回避するという手もあるが?」


里の出入り口で今後の方針を思惑する彼女の長き耳に反応が出た。
周囲の波長を察知する探索能力を持つ鈴仙。こうして常に気を張ってさえいれば、開けた土地で一方的に相手を補足するのはわけない。
『シュトロハイム』の意見も尤もであるが、参加者との接触は一向に掴めないディアボロの手掛かりを得る些細なチャンスでもある。
その旨をシュトロハイムに伝えると、彼は無言で頷き素直に鈴仙の『紙』に入っていく。
八雲藍の時にも試したが、紙から不意打ちのようにシュトロハイムを飛び出させる戦法は中々功を奏していた。
だからまずは一人での接触。状況を見てから手段を選んでいく。
時間の無駄ゆえ、なるべくなら戦闘は回避したい。危険人物と遭遇した場合、彼女の基本的なスタイルは『逃走』に決めていた。

周囲の波長を弄り、第三者からは自分の姿が見えないよう調整する。
実質的な透明化。短時間での使用なら制限下でも問題なく使用可能らしい。
民家の陰に身を隠し、じわじわ迫ってくる人影を、息を潜めて待つ。

相手は人間の男だ。ウールの様な帽子を被った壮年の男で、日本人ではない。
曇天の様な雨雲の下、ゆらゆら揺れ動く蜃気楼みたいな男だというのが、鈴仙の感じた第一印象。
心ここに非ずではないが、その瞳は何処か果てなく遠い場所を見つめているようで、一見してただの人間では無いことがわかる。


「そこの男。止まりなさい」


リンゴォの時と同じく、物陰から半身のみ覘かせて指先を相手に向ける。
背後から声をかけられた男は、振り向くことなく足を止めて鈴仙の言葉に耳を傾けた。


「あなたに訊きたいことがある。おかしな真似さえしなければ私はあなたに何も―――」


交渉の綱を握ろうと鈴仙が内容を喋り掛けた―――その、次の瞬間に二人は既に動いていた。
刹那とも言うべき瞬間であった。紡ぐ言葉を途中で切り、機を制することが出来たのは月の兵士・鈴仙。
彼女は語り掛けていた目の前の男を視界から即座に外し、腕を構えながら自分の後方を翻った。
一見すると何も無いその空間に鈴仙は、迷うことなく指先からの弾丸を乱れ撃つ。

「…………ッ!」

空気を吐き出し、焦るような呻き。その出所は、鈴仙の視線の先。何も見えない宙空からだ。


「―――おかしな真似さえしなければ何もしない……って続けようとしたのに。人の話は最後まで聞きなさいよ」

「……よくわかったな。俺の『本当の居場所』が」


低い声色と共に宙空からぼんやりと姿を現したのは、今しがた鈴仙が後ろ取った筈の男。
肩に手を当てながら息を乱しているのは、先の攻撃が一発貫通したからだろう。見ればその手には『拳銃』も握られている。
鈴仙が矢鱈に撃ちだした指先の弾幕は、男の操る『ヴィジョン』に全て叩き落とされていた。
それを見越した上で鈴仙が放っていたのは、右眼からのレーザー光線・イリュージョナリィブラスト。
牽制である弾幕と混ぜ込んで撃った本命のレーザーが、男の操るヴィジョンの拳を潜り抜けて敵に命中したのだ。
負傷の衝撃で、男の纏っていた『術』が消失し、その全容が再び露わになる。


988 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/02(金) 20:24:50 FXcqdowU0

「蜃気楼みたいな男だとは思っていたけど……まさか本当に『蜃気楼』を纏っていたなんてね。それもスタンドの力なのかしら?」

「……」

膝をつく男を見下ろしながら、鈴仙はなんてことないように余裕を持つ。
敵の能力の正体こそ謎だが、自分と似たようなまやかしを目撃した故におおよその見当は付けられた。

蜃気楼。
密度の異なる大気の中で光が屈折し、本来の位相からズレて物が見えてしまうという現象だ。
この近距離で蜃気楼現象が起こるなど普通はありえないが、事実さっきまで鈴仙が行っていた透明化も似た理屈。
加えて鈴仙は周囲の波長を読み取る気配察知能力も併せ持つ。通常の人間とは違う波長を持つシュトロハイムにこそ通じなかったが、彼女は謂わば歩く索敵レーダー。
対するこの男は『スタンド使い』。光を曲げるなどの能力によりあらかじめ姿を隠していたらしいが、いくら位置を誤魔化そうとも、同じ土俵で鈴仙が遅れをとることは無い。


「『本当の居場所』……って言うのならこっちもその台詞、ソックリ返したいわ。
 私の方もあらかじめ姿を消してあなたに近づいていた筈なんだけど、どうやって接近に気が付いたの?」

「さあな……お互い似たような能力同士、ここは手品のタネ探しに勤しもうぜ」


同じ土俵。そう、両者はこの人間の里内にて、全く同じ状況で互いに接近を許していた。
二人が二人とも我が身を透明のヴェールで隠し、隙を狙って近づいた筈なのだ。
鈴仙が男の『本当の居場所』を察知できたのは索敵レーダーのおかげだが、じゃあ透明化して近づいた鈴仙に男が最初から気付いていた風なのは何故だ?
単に男が常時蜃気楼を纏って身を隠していたと言えばそれまでだが、蜃気楼や光の屈折のみではこっちが探知された説明をつけるのは難しい。
この相手のスタンド、未だ謎は多い。


「動かないで。……その拳銃も渡して」

「……どうやら素直に従うしかなさそうだ」


握っていた拳銃を、男は案外素直に手放した。
地面に捨てられたそれを、鈴仙は相手から目を離さずに拾う。弾は装填されたままだ。

さて、男の処遇はどうするか。簡単に質問に答えてくれるような奴には見えない。
問答無用で襲ってくるような危険人物……生かす価値は、ゼロ。
幻想郷の民ならともかく、おそらく男は『外の世界』の人物。鈴仙からすれば殺しても問題ないような存在だ。
イニシアチブはこちらにあるが……いや、やはり始末するべきだ。
危険人物とはなるべく関わりたくないのも本音だが、殺せる内に殺しておいた方が後の危険の芽は減る。


「いや……悪いけどやっぱりあなたには死んでもらう。来世では人の話を聞ける人間に生まれ変われるよう祈っておくわ」


こうして鈴仙はあっさりと、冷たい死刑宣告を告げた。
たかが地上の人間。それも穢れに穢れた、どうしようもない相手だ。

殺そう。今ここで。

持ち上げた拳銃の引き金に指を掛け、躊躇もなくそれを引いた。



「―――ああそうそう。さっき俺自身が言った言葉なんで実に申し訳ないんだが……」



額に照準を当てられた男の瞳はなんら動揺せず、恐怖も見せず。
燃え盛るようなドス黒い瞳が真っ直ぐに鈴仙を射抜きながら、何事かを呟いてみせた。


989 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/02(金) 20:25:32 FXcqdowU0



―――カチッ―――



続く音は、撃鉄が打たれた音。
確かに鈴仙は引き金を引いた。だが放たれたのは弾丸でなく、何とも虚しく響く鉄のノック音。


(不発弾……!? こんなタイミングで……いや、これは!?)


予想だにしなかった不遇に一瞬だけ指が固まり、しかし手にするその拳銃『ワルサーP38』は、不発であろうとも再度雷管を叩いて試行できるダブル・アクション機構を採用した物だと見て分かる。
すぐさま雷管を叩こうと試みる鈴仙だが、ここで不発弾の正体に気付く。

「み、水!?」

銃口や弾装などありとあらゆるスキマから突如漏れ出した液体が、この不発を導いた原因だと察する。
この男は今までこんな不良品を携帯していたのか。いや、これは最初からこの状態だったというよりは、何らかのトリックを使用してたった今、鈴仙が奪った銃を内部から水まみれにしたという感じだ。

マズイ。コイツの手品のタネが分からない。


「―――お互い似たような能力同士、と言ったが訂正させてくれ。……まさかその程度の能力で俺に“死んでもらう”などと戯言を吼えたのか?」


コンマ数秒、男を視界から外したのが致命的だった。
肩の負傷を意にも介さず、立ち上がった男の傍から再び現れた人型のヴィジョンが、驚愕する鈴仙の頭部を両端から鷲掴みにする。
強靭な膂力を以てミシミシと圧迫される頭蓋と共に、そのまま宙に持ち上げられる鈴仙の細い身体。
それだけならまだ対処しようがあった。理解しがたいのは、直後に喉と肺を襲った不快感、異物感。


「うぶ……!? ァ、ガボォォァアッ!?」


鈴仙の喉をせり上がって来るのは吐き気にも似た感触。だが吐瀉ではない。
気管から。鼻腔から。耳管から。眼窩から。
頭部に集まる穴という穴から一斉に水が漏れ出してきたのだ。

「悪いがよ、銃じゃあ俺は殺せない。次は大砲でも買い揃えるんだな」

次があればな、と男は続けるも、今や鈴仙の耳に溢れるのは男の冷淡な台詞ではなく、激流となって鼓膜を襲う洪水の音のみ。

「がぽ……っ! ぉ、あ……ガ…………っ!!」

「お前は『何』がイイ? 色々出来るぜ。今からでも変更させてやろうか?
 たとえば『焼死』とかはどうだ? 時間は掛かるが『凍死』なんかもある。苦しいのが嫌なら『震死』だと一発オダブツだが」

過剰に膨らみ始める鈴仙の腹部は、かつて無い緊急信号の証。
何をどうやっているのかは知り得ないが、体内から『水』を発生させられている。
非常に危険だ。もし両の肺から全ての空気が吐き出された状態であれば、人はたった数滴の水で……


「―――『溺死』だ。熱くなったお前の頭には水責めが丁度イイ」


視界が、自分を殺す男の顔が、目の前の全てが悪魔の起こす洪水によって歪む。
成す術がなかった。鈴仙に敗因があるのなら、相手の拳銃など拾ってしまった時点で既に敵の術中だったこと。
実銃の方が威力もあるし、妖力を僅かでも温存しておきたいというケチな節制心が働いてしまったのが全ての過失だ。


意識が―――トぶ。


990 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/02(金) 20:26:26 FXcqdowU0




「そこまでだ蛮族め。こんなナリでも我が上官なのでな、放してもらうぞ」




今にも『溺死』しかけていた鈴仙の視界の奥。
殺意に塗れた男の、更に背後から現れたのは機械兵士シュトロハイムの巨躯。
死の間際にどうにか放てたエニグマの紙から、頼りのボディーガードが出現して男の背後を取った。
この敵がどのような索敵能力を持つのかは不明だが、念の為にシュトロハイムを紙に隠していた保険が功を奏したか。
不意を打たれた相手の男は即座に鈴仙を放し、背後より迫る機械兵の拳から身を守った。
スタンドにより防御された為、効果的な一撃にはならなかったが、ガードの上から大きく弾き飛ばされた敵の射程距離から鈴仙は逃れることに成功する。

「鈴仙! 無事ならばすぐにこの男へ攻撃を叩き込むのだァァアア!!」

「がっは……! ぷはァ……ハッ……ハッ……! わ、分かってるわよ!」

「……ッ! テメェ、どこから現れやがった……!?」

狼狽する男が防御した腕に感じる熱は、攻撃されたという確かな手応え。
不可解だ。目の前にいきなり出現した軍服の男は、スタンドへの肉体攻撃を可能としていた。
しかしこのシュトロハイム、人間に見えてその実態は能力によって物理具現したスタンドだ。勿論、敵スタンドへの攻撃も可能である。


「よくもアンタ……ッ! 喰らって狂え―――『幻朧月睨(ルナティックレッドアイズ)』!!」

「……『ウェザー・リポート』!」


ルナティックレッドアイズ。
あのディアボロを一瞬にして戦闘不能にせしめた、鈴仙の対スタンド使いへの切り札である。
この距離なら技が届くのが早いのは鈴仙の方だ。何しろこの眼から眩く赤き光線は、視てしまうだけで全てが終わる。
妖力の温存? ふざけろ。スタンド使い相手なら、もう容赦しない!


「死ね! 視ねェ!! ―――――――――って、え?」


相手のスタンドがこちらを貫くよりも、圧倒的に早く。
鈴仙の光線は確かに目の前の敵を覆い尽くした。

視た。
視てしまったのだ。


こちらを鬼の形相で睨みつける、殺気そのものといった―――己の姿を。


「あ―――ぎゃああアアアァァアアアああああああアアぁああァぁぁアアッ!?!?!?」


絶叫が人里に轟く。
叫びの主は男ではない。技を放った本人――鈴仙の方であった。
脳を掻き回されたと同時、その精神とリンクするシュトロハイムの形を取った『サーフィス』も消失。元の等身大デッサン人形へと戻る。


「……兎如きがするな。獣の目を」


苦しみ悶える鈴仙を映す『鏡』の後ろから、何事もなく男が現れる。
鈴仙とサーフィス、その両方を一度に戦闘不能とした男は合点がいったと頷いた。
そうは見えなかったが、今の軍人もこの兎女が操るスタンドの一種だったのだ、と。
そして再び戦いの主導権を握り返した。実に短い逆転劇だったと、男は落ちた拳銃を拾いつつ、蹲る鈴仙の背を足蹴にする。


男の名はウェス・ブルーマリンと言った。
気象を司るスタンド『ウェザー・リポート』によって、『気流』を操りながらこの里内へ足を運んだ。
里道に流す気流内に乱れた箇所を察知すれば、例え姿を隠そうがすぐに誰か隠れていることくらい分かる。
となればこちらも『蜃気楼』を纏って姿を誤魔化しながら近づけるし、超局地的な『雨』を発生させることで拳銃内の弾丸の火薬を水浸しにも出来る。
人間を溺死させる事も難しくなければ、雨を作る応用で即席の『鏡』だって容易に作れる。

ようは相手が操るらしいレーザーを反射すれば良かったのだ。
最初の攻防で兎女の眼からレーザーが放てることは身に沁みて理解できたし、だったらそれへの対策を作ることも容易だ。
突如飛び出してきた軍人には驚いたが、次に兎女が眼から何か放とうとしていたのは見て取れたこと。
てっきりまたレーザーでも撃たれるのかと思い鏡で反射しようと策を講じたが、今度はそれよりもっと強力な光線だったらしい。
鏡に映る自分の姿を『視た』兎女は、こちらがビビるくらいに苦しみだした。思わぬ収穫というヤツだ。


こうしてそれぞれ自分の『名』を捨て去った復讐鬼……『ウェザー・リポート』と『鈴仙・優曇華院・イナバ』、もとい『ウェス・ブルーマリン』と『鈴仙』の衝突は、天候奏者の勝利で終結した。


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991 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/02(金) 20:28:14 FXcqdowU0
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狂う……狂う狂う狂ってしまう……!
アタマが痛い! 脳が……沸騰しそう! 痛……いっ あ、ああぁぁああ……!?
前が見えない脳がはち切れそう口の中が熱い痛い痛い熱い狂うクルう死ぬ■ぬシヌ眼が気分■悪い頭痛が吐き気■■狂いソ■■脳が脳■■不味■イ■死狂■■


(しま……あぁ、あ……! は、早く狂わされた位相を戻さないと……逆の波長を打ち込んで、回復させない……と……ぉ!)


己自身を蝕む『狂気の瞳』の呪いに対抗すべく、鈴仙は暴走する脳内の波長を決死の思いで修復に臨んだ。
ほんの一瞬にて全てを体感する効果ゆえ精神的ダメージは免れようもないが、その波長を正すことで後遺症だけは阻止する。
しかし、この狂気によって生まれた隙はあまりにも大きい。

「……兎如きがするな。獣の目を」

月のエースを下した男ウェスは、地面でのた打ち回る鈴仙の背を、奴隷に鞭打つかのように勢いよく踏みつける。
次いで鳴らされた音は、引き金に指を掛ける音。弾装内の濡れた銃弾を全て装填し直し、その銃口は再び鈴仙の頭を狙う。
徐々に冷静さを取り戻していく鈴仙は、己の敗北――死を悟った。
スタンド『サーフィス』は強制解除され、再び使用するにはもう一度誰かに触れなければ変身できない。
つまりは『シュトロハイム』を出すことは未来永劫不可能となってしまった。

「くそ……くそぉ……! 私はディアボロを殺(け)さなきゃダメなのに……っ! アリスを殺したあの男だけは、絶対に許されちゃダメなのに……っ!」

自然と口から漏れ出たのは、怨み節。
大切な何かを奪っていったあの悪魔に、到達することもなく殺される。
こんなどこの馬の骨とも分からないヤツに邪魔される。なす術なく蹂躙される。


―――『いずれにしろ…お前はディアボロにすら辿り着くことなく、志半ばにして無残に殺されるだろうな』


あの軍人の言葉を思い出す。『うわっ面』ではなく、真に鈴仙の境遇を憂い放った言葉。
鈴仙のように目先しか見えてないモノでなく、真実未来を見通して予言したであろう台詞。
その通りだった。自分は最期まで独りで、何一つ掴むことなく残酷に殺されるのだ。
数秒先に訪れる死の未来を想像し、途端に身が震えてきた。
復讐という負の感情で心がすっかり麻痺していたが、そもそも言って鈴仙という少女の本性は『臆病』一貫。
こうなってしまえばもう恐怖で身が竦む。腕に力が入らない。

ディアボロを追う一連の数時間は、心地よい麻薬でもキメていたかのようなひとときであった。
ほんの一時のヒーロー。悪魔を退治する自分の姿は孤高ではあったが、この上なく正しくて、輝いていて、ある意味理想の像であったのかもしれない。
殻を脱ぎ捨てた月のエースに、もはや恐怖は無い。
そう、思っていた。思えていた。
だが狂気の瞳をこの身に受け、死の大鎌が喉元に突きつけられたと知ると、鈴仙本来の小心な性格が露わとなる。
彼女は大きく変わったが、その根本に渦巻く重い過去は永劫払拭されることはない。
名を捨てようが復讐に動こうが、所詮は月から堕ちぶれた一羽の兎でしかないのだ。


「ディアボロとか言ったか……お前はそいつに『復讐』でもするつもりか?」


しかし怒りを伴って震える少女に穿たれたのは、死の弾丸ではなく雨のように沈む冷たい声色。


992 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/02(金) 20:30:05 FXcqdowU0


「…………え?」

「え?じゃねーよ。お前、誰かに復讐でもしようとしていたのか、と訊いたんだ」


あくまで銃を突きつけた状態ではあるが、鈴仙の怯える様子から戦意消失を感じたウェスは対話の機を見た。
ここでこの兎女を始末するのは容易い。山中で野生の兎を追うことよりも、よっぽど。
だが利用価値はありそうだ。

「……そ、そうよ。私はあの男……ディアボロを追っている。私が殺さなきゃ、ダメなのよ」

「そのディアボロという奴はどんな男だ?」

「…………ピンクの髪をしたドス黒い瞳の男で、アンタと一緒のスタンド使い」

「能力は」

「……おそらく『時間を十数秒吹き飛ばす』能力。私の大事な人もそいつに殺されたわ……!」

沈痛な面持ちで返されたその返答を、ウェスは深く咀嚼する。
さて、兎女が話した内容が真実なら、ディアボロという男は随分と桁外れな能力を行使するらしい。
正直、カチ合いたいと進んで思える相手ではない。今この場でその能力を知れたのはまごうことなき幸運ではあるが。
なるほど、この女を無理に殺さず放っておくだけで、その厄介極まる相手を勝手に追撃してくれるというのだ。
見方を変えれば、コイツを殺して発生するデメリットはメリットよりも高いかもしれない。

それに、先程から感じ始めた感覚。首の『アザ』の反応。
近い。もうこの人間の里のすぐ近くまで迫ってきていることを、ウェスはひしひしと感じていた。


あぁ、どこか懐かしい気もする。
呪われた運命に自らケリをつけることの出来る、この瞬間。
恐らく、いや間違いない。
この『風』は。
強き決意を秘めた中に宿る、この眩い優しさ。
そんな、風。


―――空条徐倫。彼女が、ここへやって来る。


彼女は強い。万全の状態で迎えなければ、俺は敗北するだろう。
気流が徐倫の隣にもう一人、その存在を捉えた。徐倫には仲間がいる。
彼女らしい。どんな場でも、あいつは常に誰かを惹きつける魅力を放っている。
だが、今は邪魔でしかない。多数相手では分が悪いし、何とか引き剥がしたい。彼女との戦いに横槍を入れられるのも無粋だ。


993 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/02(金) 20:30:38 FXcqdowU0


「……ここまでやっておいてなんだが、お前少し俺に手を貸さないか?」

「……本当にここまでやっておきながら、よね。私はたった今あなたに殺されかけたんだけど」

「選択のチャンスをやると言っているんだ。今ここで死ぬのと、俺に協力するとではどちらがイイ?」


死を覚悟していた鈴仙からすれば、突然降って湧いた幸運。
男は選択のチャンスだとぬかしていたが、鈴仙が選べる返答などイエスのみ。
好き放題しておいて腹の立つ持ち掛けであったが、是非もない。

「そーいうの、脅迫って言うのよ。……手を貸すって、私は何をやればいいの?」

「話の分かるオンナは嫌いじゃあない。今からここに『二人』の参加者がやって来るだろう。お前、片方を引き離して殺せ」

殺せ、ときた。
命が掛かっているとはいえ、いくらなんでもこれには鈴仙も難色を示す。

「ちょ、ちょっと待ってよ! 殺せって……そんな要望聞けるわけないでしょ!」

「ん? お前はゲームに乗った参加者じゃないのか?」

「乗ってない!!」

「……そりゃ悪かったな。野獣みてーな目つきだったもんで、てっきり乗った奴かと思ってたぜ」

何たる誤解だと、鈴仙はショックを隠しきれない。
そんなこと何時誰が言ったのだ。自分はそれほどまでに怖い顔していたとでもいうのだろうか。

「俺は今からここに来る『空条徐倫』をターゲットにする。お前はもう一人の奴を……そうだな、殺せとまで言わない。
 何とか剥がしてそのまま引き留めておけ。出来ればそのままどっかへ消えて欲しいがな」

「引き離す……って、どうやれば……」

「知るか。ンなもんてめえで考えな。それとも考える脳ミソまでさっきので沸騰しちまったか?」

まこと勝手で横暴である。だが命を握られている現状、首を横には振れそうにない。
瞬間、呼吸が落ち着いてきた鈴仙の波長レーダーに波が現れた。
確かに北から二人。片方は知らないが、もう片方の波長は自分もよく知る―――


(魔理沙……!)


自称異変解決のプロフェッサー、霧雨魔理沙。
彼女が生きていて、この場所へとやって来る。
それは逆を言えば、鈴仙の働きによれば魔理沙の命だけは助けることが可能という解釈も出来る。

アリスは最期に言った。
幻想郷の皆を守ってやって欲しいと。
ならばその為には、鬼にも悪魔にもなってやろう。


「……分かったわ。あんたの言うとおり動くわよ。だから早くそこ退いて頂戴」

「決まりだな。言うまでもないがもし裏切ったら……」

「分かってる。……あんたの名前は?」

「訊いてどうする? ……俺は少しここから離れている。お前が行動に出たら俺も動こう」


この男の体のいいように動かされるだけ。
頭では分かっていても、鈴仙には受け入れるしかない。
魔理沙を守るためでもあるし、何より自分は死にたくなかったのだ。


こうして鈴仙とウェスは、二人を嵌める為に待ち伏せを開始した。


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994 : ◆qSXL3X4ics :2016/09/02(金) 20:32:57 FXcqdowU0
思いっきり残りレス数を計算してなかったので、ひとまずここで区切っておきます。
後編は次のスレが立ってからすぐに投下したいと思います。
中途半端になって申し訳ない…


995 : ◆YF//rpC0lk :2016/09/02(金) 21:01:35 0V4S4CYU0
投下乙です。
次スレを建てたのですが、どうやらURLを含む書き込みが規制されているらしく
リンク類は書き込めていない状態です。
規制が消え次第ログなどのURLを書き込む予定です。

次スレです。
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1472817505/


996 : 名無しさん :2016/09/02(金) 23:12:49 bpcvlOxw0
おお…管理人さんも素早い対応、スレを埋めねば。続きも楽しみだ


997 : 名無しさん :2016/09/03(土) 17:57:19 c4qhH1dE0
投稿乙です。・・・と、言いたいところだが、まずはスレ埋めさせてもらおう。


998 : 名無しさん :2016/09/03(土) 18:24:07 KHhySg.QO
埋めた


999 : 名無しさん :2016/09/03(土) 19:27:53 .3d69/Gk0
レモンとみかんが混ざりあう


1000 : 名無しさん :2016/09/03(土) 19:43:39 OEIkBCQU0
凄いSSだぜ。どうすればこんな凄い物語を書けるようになるのだろう。


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