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日記帳の物語
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パズルのピースは、あとひとつ。
子どもたちは最後の物語へ挑戦する。
気高い希望を胸に抱き、約束された別れの時に歩いて行く。
27/27
【暗殺教室】6/6
○潮田渚/○赤羽業/○磯貝悠馬/○竹林孝太郎/○イトナ/○浅野学秀
【ミスミソウ】5/5
○野咲春花/○相場晄/○狭山流美/○久賀秀利/○真宮裕明
【バトル・ロワイアル】5/5
○七原秋也/○中川典子/○川田章吾/○桐山和雄/○三村信史
【BITTER SWEET FOOLS】2/2
○レーニエ/○フランチェスカ
【UTOPIA】2/2
○二ノ宮あかね/○鳴海ゆい
【ゆるゆり】1/1
○赤座あかり
【哥欲祟】1/1
○山野ウタノ
【書き手枠】5/5
○/○/○/○/○
wiki
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教育者として、必要なことは何だと思いますか?
柔和な微笑みで端正な顔面を彩って、その男は問うた。
片手はハーブティーを口元へ運びながら、正しく同僚に問いかけるような気軽さで。
「え? うーむ……ハハ、どうも分かりかねますなァ。“そっち”は本業でないもので」
この男は苦手だ。
接待用に取り繕った笑顔で話を濁すが、どの道眼前の彼が満足できる回答など己は持たないと知っている。
彼ほど出来過ぎた人間はいない。文武両道、その価値観や倫理観も引っ括めて真に怪物と呼ばれるべき人間だと思う。
異質なまでの矜持を有しつつ、その上で手段を選ぶということが決してない。
斯く言う自分も相当に悪どい真似を重ねてきた自覚は一応ある。
――いや、違う。比べること自体意味がない。
これと肩を並べられる人間があるとすれば、それはもう立派な“化け物”に違いないのだから。
「いえ、それである意味正解ですよ。教育という物に正解はない。生徒達を萎縮させ、本来の才覚を発揮するのを妨げてしまう“恐怖”とて一流の教育者が使いこなせば立派な教鞭になる。
優れた教師が教えれば生徒は必ず結果という形で応えるものです――本人の意志や価値観までは別として、ですが。しかし中には、生徒の自主性を重んじるというやり方もある……敢えて教師が介入せず、柵を設けてではあるが好きにさせるやり方だ」
紅茶を啜る音が響く。
完成された作法と動作は英国の紳士や貴族と比較しても遜色なく、只管に洗練されている。
「でも、私だって暇なわけじゃない。仮に半年ほど前の私に此度のお話を持ち掛けたなら、きっと笑い飛ばしているでしょう」
「…………」
「事情が、変わりましてね」
苦笑して漏らす意味深な発言の意味合いを、しかしもう片方の男は薄々察していた。
彼の言う通り、本来ならこんなことをする必要は微塵もなかったのだ。
そして今もそれは同じ。必ずしも要るファクターではなく、無視するならそうしたところで何ら不利益の出ない、取っ替え引っ替えの幾らでも効く選択肢の一つというだけ。
なのに何故、このプランが選ばれたかと云えば――その意図は、神と彼だけが知っているのだろう。
「詳しくは割愛しますが、私はとある出来事に触発された。
教育者としてお世辞にも褒められた理由ではない……むしろ、切っ掛けだけを見たら不謹慎と呼んでもいいでしょうね。
だが、やってみる価値はあると感じた」
もう一人の男も、ここでハーブティーを一口啜る。
鼻孔を擽るハーブの香りは甘美だったが、美味しいとは思えなかった。
「どうかよろしくお願いしますよ、坂持先生。その為に貴方を“引き戻した”んですから」
「……ハハ、分かってますとも」
紡がれる言葉の一言一句を聞く度思う。
この男は完成されている。隙無く整えられ、誰にも乗り越えることの出来ない才人だ。
だがそれ以上に異常者だ。職業柄壊れた人間を見るのには大分慣れたが……こういう手合いだけは関わりたくない――この男と初めて邂逅したその日、坂持金発はそう思うようになった。
「戦闘実験第六十八番プログラム……通称“プログラム”。
私のような若輩者が出しゃばるよりかは、先生のようなベテランに教鞭を執って頂いた方が良いはずですから」
悪夢は、繰り返される。
何度も何度も――夜が訪れる限り、決して途絶えることはない。
「了解」
そうしてパンドラの匣から溢れ出した悪意の化物は、うら若き子どもたちを腹の中に飲み込んでしまった。
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(……なんだろう、これ)
ぎしぎしとパイプ椅子が軋む音を立てる。
精一杯の力で頑張ってみても、身体を背凭れへ縛り付けているロープの結び目は微塵すらも緩んでくれなかった。
どうやらここは学校の教室らしいが、見慣れたE組の木造校舎でないことは明らかだ。
机は一台もなく、二十数脚のパイプ椅子が等間隔に並べられ、そこへ人間がロープで縛り付けられている。
一言で言って異質な空間だ。教室にテロリストが乱入してくる幼稚な妄想の中のような光景が、実際に今目の前にある。
「参ったな……」
小声で口にしながら隣をちらりと見やる。
隣が気心の知れた相手であったのは幸運か不運か。
みんなのイケメンリーダーこと磯貝悠馬。
潮田渚と同じく、彼もこの異常事態に巻き込まれてしまったようだ。
いや、彼ら二人だけではない。
列を隔ててはいるものの、見知ったクラスメイトの姿がちらほらと見受けられる。
しかし流石に暗殺教室の生徒達、これしきの異変で一々取り乱して騒ぎ立てるほどヤワな作りはしていない。
知り合いといえば、幾度か矛を交えてきた理事長の息子も混ざっていたが……彼も些か特別なので割愛する。
その他の人達について知っていることは何もない。
庶民的観点で想像すると、真っ先に誘拐という単語が浮かんでこよう。
しかし、触りほどとはいえ社会の裏側を見た身からすると、それで済めば、などと思ってしまう。
彼の危惧は事の本質を的確に射抜いていた。
だが、それを知らせる悪魔の手によって教室の扉が開かれたその時、既に子どもたちに出来る事は何一つとしてなかった。
「はーい、静粛にー。HRを始めるぞー」
入ってきたのは血色の良い顔をした男だった。
妙齢の女性がそうするように髪を肩口まで伸ばし、両足が胴体の付属品のように短い。
くたびれたカーキのスラックスとグレーのジャケット、臙脂色のネクタイは全てくたびれた印象を受ける。
襟元に桃色のバッジを付けていることから、どこか施設の職員だろうか……なんて考えを渚が懐いた矢先。
てめえは、と誰かが吼える。
その怒号には信じられない程の憎しみが籠もっており、暗殺という形で“闇”の片鱗を見た渚すらも一瞬怯む。
男は飄々とした笑顔でそれを受け流すと、本物の教師がするように教卓へ両手を置いた。
「どうだ、よく眠れたかー? ん? 先生、お前らが良い夢を見られたことを心から祈るぞぉ。ひょっとすると人生最後の睡眠時間だったかもしれないんだからなあ、はは」
――――ぞわり……。渚の背筋を、冷たい何かが這い回る。
感覚としては、質こそ違うが鷹岡明……最悪の教師に近いものだ。
この男は駄目だと本能が告げる。
直感的にそう感じ取った者は他にもいるようで、皆一様に警戒や恐怖の感情を彼へ示していた。
かつかつ、チョークが黒板へ文字を綴る聞き慣れた音が無気味に響く。
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やがて、『坂持金発』という如何にも偽名めいた名前が顕れた。
「はい、というわけで。私が皆さんの新しい担任になりました、坂持金発といいまーす。よろしくなー」
冗談めかして言う彼に、教室中から批判の声が殺到する。
尤も渚は口を開こうとしなかった。
ここで感情を発露させてはいけないと、本能が警鐘を鳴らしていたからだ。
「静粛にー。これから皆さんを集めた理由を説明するんだぞー。聞き逃しても知らないぞ」
ぱんぱん。坂持が手を叩いてそう呼びかけると、教室内は少しずつ静かになっていった。
確かに苛つく男ではあるが、こんなところへ連れて来られた理由は気になる。
しかし――誰もが、次の瞬間後悔した。
彼の言葉に耳を貸さず、喧騒で掻き消してしまえたなら……と。ありもしないイフを夢想した。
「えっとな。今日はお前らに、ちょっと殺し合いをしてもらいたいんだ」
意外にも、騒ぎ立てる者はいなかった。
覆い被さってくる突飛すぎる絶望に、一人余さず呑み込まれていた。
笑い飛ばすことさえ出来なかった。何故なら、教壇の坂持にちっとも冗談を言っている様子が見えなかったからだ。
にやにやと笑うその顔面。あれには哀れみが混じっている。
可哀想になあ、でも仕方ないよなあ。だから精々頑張ってお互い潰し合ってくれよぉ――
「逃げようと思っても無駄だぞ。前の“プログラム”よりちょっとルールは緩くなってるけど、会場から出ようとしたり、禁止エリア……まあ詳しくは後で配るルールブックを読んでくれ。兎に角そこに侵入したら、蜂の巣だからなー」
蜂の巣、というのは比喩ではあるまい。
逃亡を図った瞬間、灼熱の鉛弾が自分の身体を穴だらけにする光景を渚は想像してしまった。
あまりにも間近へやって来た死の気配。
“殺す”ということに慣れた自分達ですらこうなのだ、他の者達は更に強烈な衝撃に曝されていることだろう。
……それこそ、たったひとつの椅子に何としても座ろうと思うに違いない。
事実教室には鬱屈とした空気が漂い始めていた。
恐怖、疑心暗鬼、怒り、嫌悪、絶望――色とりどりのこころが混ざり合って、カオスの色彩を生み出している。
坂持はそんな子どもたちを慮ることもなく、さっさと話を進めてしまう。
「まあ、真面目に殺し合ってる分にはそんなこともないだろうから、安心していいと思うぞー」
次いで坂持は、後ろの人に回してくれ、と言いながらデイパックを最前列へ渡し始めた。
重さはそれぞれ違うが、中にはずっしり重いものもあるようだ。
これから何をするのか想像すれば、中に何が入っているかは自ずと分かるだろう。
「それはお前たちが殺し合う為の道具だ。少し当たり外れもあるけどな、その分当たりを引いたらとんでもなく有利になる」
じゃあ、外れを引いたなら?
……答えは聞くまでもない。
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「見事“プログラム”を勝ち上がり優勝した優秀なやつには、ここから生還する以外にも沢山の褒美をやるぞー。……おいおいそう不思議そうな顔をするなよ。ちょっと事情が違うんだよ」
ふざけやがって。誰かが言った。
声には出さないが同意見な者は決して少なくなかったはずだ。
富と名誉は確かに大きな報酬だろうが、自分や他人の生命を危険に曝してそれとは安すぎる。
「ああ、最後に一つ。
会場の中には、ほんの幾つかだけど、とーーっても危ないところがあるっていうから気を付けてなあ。世の中には知らなくていいこともあるんだぞ。深入りはしないようになー」
ここに来て、突然坂持は要領を得ないことを言い始めた。
危ないところ……妥当に考えれば転落の危険があるような高所なんかが浮かぶが、どうも的を外している気もする。
その違和感の回答を得る前に、渚たちは強烈な眠気に襲われた。
見れば坂持はガスマスクらしきものを装着している。
睡眠ガスか何かが教室に投入されたようだ――抵抗できないまま、無力に一人また一人倒れていく。
「それじゃあ、頑張れよー」
意識が消える前に、そんな声が聞こえて。
最後に脳裏へ浮かんできたのは、どこか頼りない、けれど大好きな怪物(せんせい)の姿だった。
【残り27人】
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ルール
・27人の参加者たちで、「戦闘実験第六十八番プログラム」を執り行う。
・優勝者は1人。ルール無用で、島からの脱出を図らない限り主催側から何か措置が行われることはない。
・六時間おきに行う定時放送毎に禁止エリアが設定される。首輪は存在しないが各エリアには電波信号を送ることで爆発機能を得る対人地雷が無数に埋め込まれている為、踏み込むのはどちらにせよ自殺行為。
支給品について
・ディパックがひとつ支給され、その中に二日分の水や食糧、ランダム支給品が3つ入っている。
・その他入っているものは懐中電灯、コンパス、地図、参加者名簿、筆記用具などなど。
時間表記
深夜:0〜2
黎明:2〜4
早朝:4〜6
朝:6〜8
午前:8〜10
昼:10〜12
日中:12〜14
午後:14〜16
夕方:16〜18
夜:18〜20
夜中:20〜22
真夜中:22〜24
書き手枠について
参戦作品からの場合
・暗殺教室勢はE組の面子のみ。
・その他については特に制限なし。
参戦外作品からの場合
・基本的にはNGですが、相談でOKにする場合あり。
・異能力者は問答無用で禁止します。
・フリーのホラーゲームなんかだと許可が出やすいかもしれません。
・枠を増設する可能性も一応あるので、お気軽にご相談ください。
重要事項
・成人しているキャラクターの追加はちょっと勘弁して下さい。
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書いてくださる方へ
・予約期限は一週間+延長一週間です。ですが、ある程度ロワが進んだらその都度伸ばしていこうと思います。
・ゲリラ投下の場合予約はいりません。予約をする時はトリップをつけてください。
【地図】
||01|02|03|04|05|06|07|
|A|街|教|街|山|街|平|街|
|B|街|街|森|分|沼|ホ|街|
|C|平|森|E|森|森|処|平|
|D|平|森|森|村|森|森|平|
|E|塔|平|森|森|学|役|街|
|F|崖|平|平|街|街|街|病|
|G|崖|豪|海|灯|港|埋|海|
街……市街地
山……山野家@哥欲祟 中には原作同様異様な空気と怪奇現象が渦巻いている危険地帯
教……教会
平……平野
森……森林地帯。山道や山小屋、岩室がある場所も
分……分校
沼……深い沼
ホ……ホテル@哥欲祟 山野家に同じく異様な空気と怪奇現象が渦巻いている危険地帯。
処……処刑場
E……椚ヶ丘中学校E組校舎@暗殺教室
村……哥欲村@哥欲祟 山野家、ホテルに同じく異様な空気と怪奇現象が渦巻いている危険地帯。
塔……鉄塔
学……中学校
役……役所
崖……崖
病……病院@UTOPIA 中には海の生物達が追跡者として存在しており、非常に危険なエリアの一つ
豪……豪邸
灯……灯台
港……港
警……警察署
海……海
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OP、ルール等の投下を終了します。
和気藹々とやっていきたいと思っていますので、皆さん気軽に参加してくれるとありがたいです。
レーニエ、赤座あかり 予約します。
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投下します。
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……こわい。だから、誰かを探そうと思って赤座あかりは歩き出した。
ごらく部のみんなと会うために、放課後いつものように部室へ行って扉を開けて――あかりが覚えているのはそこまでだ。
昼下がりにうっかりうたた寝してしまった後みたいな気怠さを覚えつつ瞼を上げた時にはもう、あの教室にいた。
理解が追い付かなかったけれど、坂持と名乗る男が現れたことで否応なしに分からされてしまった。
虫の一匹も殺せない優しい少女が、本能的に“そうしなければ生き残れないこと”が始まるのだと直感するほどに、坂持金発という人物の語った内容は悍ましかったのだ。そして、同時に恐怖と同じくらいの強さで思ったこともあった。
それは――こんな時だからこそ、誰かを傷付けようだなんて悪いことは考えちゃいけないんだ、ということ。
「こ……こわいのは、みんな一緒……だもんね」
支給された懐中電灯を手に、鬱蒼と茂った森の中を自分に言い聞かせながら進むあかり。
ふるふると手が震えるのを必死に堪えて、なるだけ足音を潜め森の出口へ向かっていく。気候的にはそう寒くもない筈なのにいやに空寒く思える。背中に保冷剤でも押し当てられているような激しい冷たさが、常に身体の中にあった。
死ぬことは誰だって怖い。だから、あかりには人の怖いという感情を突いて自分の都合を押し通すことは出来ない。
それに、同じ怖さを抱えている人達で集まることが出来たなら、きっと皆で手を取り合って打ち勝てる……そうも思った訳だ。
一抹の望みを胸に、あかりは震え蹲っていることをやめて仲間を作ることにした。それから五分ほど経過して、結果今彼女は深い森の中にいる。――正直、頭を抱えたくなった。いくらなんでもわざわざ進んでこんな暗くて視界の悪い場所に行こうとしたのはうかつすぎた。しかし時既に遅し。振り返っても元来た出口は見えない。このまま突っ切る方が距離としては近い。
どこか小動物にも似た怯え方で進むあかりは、突然あれ、と声を漏らした。
「なんだか……静かすぎない?」
森といえば、小動物や虫が活発に活動する場所だ。
あかりだって、光に虫が寄ってくることは知っている。
街灯に大きな蛾が群がっている光景くらい、十年ちょっとも生きていたら一度は誰だって見たことがあるはずだ。
にも関わらず……うまく言えないが、ここには生き物のいる感じがしないのだ。
これに関して言うなら、“怖い”よりも“ふしぎ”が先行した。
風に吹かれて葉っぱが擦れる音が、あかりを薄ら寂しい気分にさせる。
――いま、ここには赤座あかりしかいない。
いつも騒がしく盛り上げてくれるごらく部のみんなも、生徒会の人達も、とにかく誰もいない。
それに加えてこの静けさ。色んな要素が噛み合って、木々の合奏はあかりにとある錯覚を懐かせるに至った。
自分は、この世界にひとりぼっちだ。
この狭い会場に、悪い夢のような場所に、助けは絶対に来ない。
「っ…………」
思わず足が止まる。
こぶしを強く握りしめるそれは、戦意を表すものではなかった。
こうでもしていないと、今にも泣き出してしまいそうだったからだ。
仲間を集めて立ち向かう。そこまでは、いい。
しかし、それからは? あの男の人をやっつけてこの島を出ようにも、確か対策が敷かれているはず。
配られた地図を見た時、会場の四方は海で囲まれていたような記憶がある。
なら――どうやって、ここから逃げ出せばいいんだろう?
希望が塗り潰されていくようだった。
たった一度の錯覚が、猛毒となって赤座あかりを蝕んでいく。
どだい中学一年生の少女にとっては酷すぎる話だ。
精神的にも身体的にもまだまだ未発達な女子を殺し合いの渦中へ放り込んだところで、生き延びられる確率は限りなく低い。
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ましてや、あかりのように優しい子なら尚更のこと。
深淵を覗くとき、深淵もまた此方を覗いている。
現実を直視したあかりの胸にじわじわと滲み出してくる、紛れもない絶望。
座り込みたくなる衝動を抑えるだけで精一杯だった。
取り落としそうな懐中電灯をぎゅっと寄る辺のように握り締め、ぎこちなくまた一歩。
何も喋らず、さっきよりも数段増しの不安と恐怖に苛まれ、更に数分。
「……あ」
あかりは、安堵にも似た声音を発した。
ほぼ同時、きゃっ――と。女の子らしい短い悲鳴が起こる。
「だ、だいじょうぶ! あかり、いじめたりしないよっ!!」
懐中電灯の光が照らし出したのは、白い少女だった。
白い髪、白い肌。上流階級のそれを思わせる黒基調の衣服と、ぱっと見お人形のような雰囲気を醸す背丈の小さな女の子。
日本人離れした風貌は見惚れてしまいそうなほど整っていて、でも綺麗というよりはまだ可愛らしい幼さだ。
「あ、えっとね。私は赤座あかり、っていうの。君は?」
いきなり現れた他の参加者に、少女はやや怯えた様子を見せている。
大きな瞳を涙で潤ませながらも、あかりがにっこり笑っていたからか、震える声で彼女も名乗った。
「…………レーニエ、です」
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レーニエには、はじめ自分の置かれている現状を理解することが出来なかった。
己の〝世界〟を捨てて、やって来たのはイタリアの街フィレンツェ。
最初は慣れないことも多かったが、徐々に顔見知りも増えていき、穏やか且つ賑やかな日常を過ごすのが日課になっていった。
ずっと続けばいいのにと、願わずにはいられないほどに――レーニエは、あの日常をこよなく愛していた。
最初は記憶喪失と偽って彼らと触れ合い、それが見抜かれ狼狽したことがもう大分前のことに感じられる。
それほどまでに温かかった。二度と手放したくない、そう心から思えた。
彼女の記憶では、夕食を済ませていつものように床についたところまではっきりと覚えている。
明日はどんな出来事があるのだろうと思いを馳せ、瞼を閉じてゆっくり睡魔に身を委ねていく感覚。
眠気へ呑まれる特有の浮遊感を心地よく思いながら、意識を深奥へ落としていった。
溢れんばかりの希望と、ほんのちょっぴりの不安を胸に抱きしめて。
けれど――彼女の前へ立ちはだかったのは、その両方を真っ向から裏切る一人の男だった。
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男は言った。
殺し合いをしろ――最後の独りになるまで、ルール無用のデスゲーム・プログラムに興じろと笑いながらそう言った。
この時点で、レーニエは既に涙目になっていた。
無理もないだろう。如何に彼女が特殊な存在であるとはいえ、精神面は未だ成熟しきっていない。
悪夢と疑いたくなるような非日常を突きつけられて、平然としていられるわけがなかった。
彼……坂持金発は全ての生命に平等に、生きるか死ぬかを選べと告げていた。
確かに、死ぬことは恐ろしい。
しかしレーニエの理性は、その為に人を殺すことを拒んだ。
重ねて言えば、そうすることの出来ない理由もあった。
二十数人の人の中、彼女は確かに見たのだ。
自分を追っているかつての親友、フランチェスカ――今でこそ逃げまわってはいるものの、旧知の姿がそこにあるのを。
「………うう……」
怖い。
恐ろしい。
自分が死ぬこともそうだが、誰かの命が失われることも恐ろしくて堪らない。
不気味なほどに美しい星空の下、レーニエは独り胸元の布地を握りしめた。
何でもいい。何でもいいから、縋るものが欲しかった。
そうでもしないと、泣き出してしまいそうだったから。
身体がふるふると、小さく振動する。
歯がかちかちと、ぶつかり合って高い音を奏でる。
レーニエにだって願いはある。
でもそれは、誰かを傷つけることで叶えたい願いではない。
自分にはそんな力は無いし、あったとしても誰かを殺したりするなんてことは、堪らなく嫌だった。
「…………」
どれくらいの時間が経過しただろうか。
ふと我に返った時には、握りしめた服が皺になってしまっていた。
数十秒か、数分か――或いは其れ以上か。
何にせよ、あまり時間を無為に費やすのが好ましくないことはレーニエとて理解できる。
分からないことだらけだが、一先ずフランチェスカを探すのが先決だ。
覚束ない足取りながらも、懸命な判断のもと白髪の少女は歩き出した。
――――その矢先のことだった。
懐中電灯の眩い灯りが、レーニエの視界を塞ぐ。
きゃっ、と短い悲鳴を思わずあげてしまう。
すると慌てた様子で、快活そうなお団子ヘアの少女が名乗ってくれた。
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「あ、えっとね。私は赤座あかり、っていうの。君は?」
あかざ・あかり。
聞き慣れない響きの名前だった。
顔立ちからしてフィレンツェの人間ではないようだし……なら何故言葉が通じているんだろうと思ったが、それは気にしないで置く。怖い怖いと感じる自分を押し殺し、精一杯の勇気を振り絞って、レーニエも名乗り返した。
「…………レーニエ、です」
▼
「そっか、レーニエちゃん! こんな状況だけど、仲良くしてくれたら嬉しいな!」
「は、はい」
困惑した様子で何度かうなずくレーニエに、あかりはにっこり笑顔で微笑みかける。
あかりの心に涌き出た不安と恐怖、絶望的な感情は軒並みプラス方向へとシフトしていた。
勿論今だって怖いものは怖い。自分が死んでしまうなんて考えただけで涙が零れそうになるし、坂持をやっつけた後にどうするかの解答なんてちっとも思い浮かばない。……でも、それで足を止めてしまったらそこでおしまいだと思ったのだ。
第一、自分よりも小さいレーニエだって怖いのを我慢して生きようと頑張っている。なのに歳上の――“おねえちゃん”の自分がいつまでもメソメソしているわけにはいかないだろう。かっこいいとこを見せてあげなくちゃ、そんな使命感があかりの中の不安を物凄い勢いで隅に追いやっていった。きっと、なんとかなる。いつものポジティブも取り戻せた。
赤座あかりは明るい少女である。
泣き虫で影が薄い、おまけにおっちょこちょい。けれども元気印の少女である。
だから、殺し合いという辛い現実にも真っ向から対抗できた。
もちろんちゃんと見つめた上で、それでも自分に出来る事をしようと奮起した。
「そういえばレーニエちゃんって、なんだかとっても綺麗な髪の毛してるけど……外人さんであってる?」
「えと……イタリアの、フィレンツェ……ってところにいました」
「イタリアかぁ〜! いいなー、あかりも本場のおいしいパスタとか食べてみたいよぉ」
のんきと思うかもしれないが、これがあかりなりの“自分に出来る事”だった。
レーニエは気丈に振る舞おうとしているけれど、すごく怖がっているのが丸わかりだ。動きが鈍るとかそういう打算的な一切を抜きに、あかりはそんなのはかわいそうだと思った。
どうにかして元気にしてあげたい。笑ってほしい。そう思ったから、まずは気持ちをほぐしてあげようと思ったわけだ。
「あかりはね、日本の高岡市、ってところに住んでるんだー。七森中に通ってるの」
「にほん……聞いたことだけはあります」
「ほんと!? いいところだからレーニエちゃんもぜひおいでよ、あかりのお友達も紹介しちゃうよ〜!!」
「機会があったら、ですけど……楽しそうですね、あかりさん」
レーニエは言って、力なく微笑む。
望んでいた笑顔ではあったが、それはあまりにも弱々しい。
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「わたし、どうしても……思い描いてしまうんです。フランチェスカ――友達が、死んでしまうところを」
「レーニエちゃん……」
フランチェスカ、その名前は確か名簿にもあったはずだ。
名簿の人名がどういう基準で並んでいるのかは分からなかったが、片仮名の名前はレーニエを含めて二つしかなかったのでよく覚えている。フランチェスカ……レーニエの隣にあった名前。
「訳あって今はあの子から逃げてる身ですが……それでも、死んでほしくなんかない」
「友達、なんだね。そのフランチェスカちゃんも、きっとそんなに大事に思われて幸せだと思うよ」
あかりは、彼女をかわいそうと思う以前に――
「レーニエちゃんは、すっごくいい子なんだね」
いい子だと思った。
だってレーニエは、自分が死ぬのが怖いと言うより先に友達のことを話していたから。
自分の命を大切にするのはもちろん大事なことだ。
でも、こんな状況で他の誰かを想えるような優しい子が、悪い子なわけがない。
「え……?」
「行こっ、レーニエちゃん。フランチェスカちゃんのこと、心配なんでしょ?」
「でも……」
「心配いらないよ! この正義の味方アッカリンにどーんとまかせてっ!!」
レーニエの手を引いて、意気揚々とあかりは進む。
みんなのところへ帰るために。レーニエを安心させてあげるために。
この殺し合いを止めるために。赤座あかりは、ちっぽけな勇気を糧としてバトル・ロワイアルを生き抜くことを決意した。
―――その数十秒後、盛大にずっこけて涙目になり、レーニエに慰めてもらったのは内緒だ。
【一日目/深夜/D−5】
【赤座あかり@ゆるゆり】
【所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×3】
【状態:膝に擦り傷(処置済、行動に支障なし)】
【スタンス:対主催】
【レーニエ@BITTER SWEET FOOLS】
【所持品:救急箱@現実、基本支給品一式、ランダム支給品×2】
【状態:健康】
【スタンス:対主催】
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投下終了です。
浅野学秀、川田章吾 予約します。
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投下乙。
キャラ知らなかったから、予想よりもほのぼのしてて面白かった
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おつ
BITTER SWEET FOOLS懐かしすぎる
新海氏の手掛けたOPが幻想的で素敵だったなぁ
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投下します
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ワイルドセブンの煙草を口端に咥え、眼下に会場を見下ろして佇む聊か老けた少年の姿があった。
ボクサーか何かを連想させる強靭で大柄な体つきもさることながら、無精髭まで生やしているその姿はお世辞にも中学生のものとは思えない。さっぱりとした刈り上げ頭で夜風を感じながら、躊躇うことなく川田は煙草へ付属のライターで着火した。
普段の彼ならば、間違えてもこんな行動には出なかったに違いない。隠れる場所の凡そ殆どないといっていい学校の屋上ではあるが電子ライターの着火音を無警戒に鳴らし、更には煙草の煙を出して態々居場所を誇示するような真似なんて、川田章吾の経歴と人柄を思えば絶対に有り得ない“迂闊”である。
もちろん彼も自分が愚かしい行動に出ていることは百も承知だった。だが、今はどうしても煙草が吸いたい気分だったのだ。体に悪い紫煙を胸いっぱい吸い込んで、この混線した頭の中を整理したかった。
恋煩いでもしたかのように胡乱な目つきで景色を見据え、時折ふうと煙を吐き出す。支給品の貴重な一枠ではあるが、気分をある程度落ち着かせてくれる嗜好品があったのは素直にツイていたなと川田は思う。
いよいよ紙巻が短くなってきて、名残惜しさを少しばかり感じつつ已む無く吸い殻を靴底で揉み消した。余韻だなんて風情を語れるほどヘビースモーカーではない。彼の胸中を占めるのは、虚無感と呼んでもいい感情だった。
「二度あることは三度ある……か。先人の諺ってのも案外馬鹿に出来ねえかもな」
皮肉るように川田は笑う。
徐ろに口にした諺こそ、今の彼の境遇を的確に表していた。
―――そう。
川田章吾にとって今回の“プログラム”は、三度目なのだ。一度目は優勝した。二度目は信じた二人へ望みを託し、本懐こそ果たしたもののそこで息絶えた。故に当然三度目は有り得ない。しかし、今川田は確かに此処に存在している。
死人が生き返るなんて話を聞かされたとして、川田ならまず間違いなく笑い飛ばす。夢見るお年頃も大概にしろよ、そんな夢物語が許されるのは夢の中だけだぜと皮肉の一つも漏らすかもしれない。
が、今後彼はそれを否定出来ないだろう。何故なら、自らの身体で“死者蘇生は現実にある”ことを証明してしまったからだ。
「俺は確かに死んだ筈だ」
確かめるように、敢えて口に出して言う。
桐山和雄との交戦で受けた銃創が、川田章吾の命を奪い去った。
実は気絶しただけで、本当は一命を取り留めていた? ――馬鹿を言え。
死んだことなど無いものだから偉そうには語れないが、あれは確かに死んでいく感覚だった。
全身の力が徐々に抜けていき視界が霞み声が震え、奇妙なほどの寒さが襲ってくる。
なら、どうして俺はここにいる? 解答はない。知っているとすれば、同じく死んだ筈なのに生き返っている連中か、いけすかない坂持の糞野郎くらいのものか。ここで川田はもう一度、支給された参加者名簿に視線を落とす。
桐山和雄、三村信史。そして自分。更には“プログラム”の監督役を務める坂持金発。占めて四人といったところか。少なくともこの四人に関しては、間違いなく死んでいる。三村については何か小細工で誤魔化していた可能性があるとしても、桐山と坂持は川田も死体を確認しているのだ。あれで生きているとしたら、二人共人間をやめている。
人間を、やめている。
何気なく思い浮かんだワードに、川田は苦笑を禁じ得なかった。
「案外、そうなのかもしれないな」
苦楽を共にしたクラスメイトと殺し合う、比喩抜きでこの世の地獄としか思えない絵図の中に散った存在。それはもう、生死に関わらずある種人間とは呼べないのではないだろうか。特に自分などは、既にこの手で何人も命を摘んでいる。
次に川田は自分の左隣に並んでいる、二人の戦友の名前を見やる。七原秋也、中川典子――二度目の“プログラム”から生きて生還した彼らまでも、再び参加者として殺し合いを命ぜられている……自然と名簿を握る力が強くなる。
坂持はやはり許せない。聞きたいこともあるが、それ以前にあいつを生かしておきたくないと心から思える。喉を鉛筆で貫いても生き返ってくるんなら、今度はあのムカつく薄ら笑いを割れた生卵みたいに粉々にしてやるまでだ。
殺し合いには、乗らない。
前回と同じスタンスで動くことを川田は迷わず決断する。
-
言っても、全員と仲良しこよしで生還を目指そうだなんてことは当然考えていない。
桐山のような乗った奴や危険な奴については、容赦なくあたっていくつもりだ。まして、今回はこれまでの“プログラム”と毛色が違うイレギュラーケースなのだ――注意を払うに越したことはないだろう。
“プログラム”……正式名称「戦闘実験第六十八番プログラム」とはそもそも、全国に数多存在する中学校の内1クラスを用いて行う殺し合い。だがもうお分かりの通り、この“プログラム”には学校学級どころか国籍すら異なる人物が混じっている。
どだいからして破綻している。それに加えて死人が生き返っているという奇妙な現象、この二つを加味すれば幼い子どもだって不審さに気付く。川田も当然すぐに気付いた。ひょっとすると今回のは、そもそも目的からして違うのではないかと感じた。
坂持も元死人。自分、桐山、三村の三人も同じく元死人。とくれば、他の顔も人柄も知らない奴らの中にも一度死んで、それから蘇った“元死人”が混ざっているとしても何らおかしいところはない。
いや、この際死人云々については度外視するとしよう。そんなオカルトめいた話をいくら真剣に考えたところで時間の無駄だ。とにかく此度の殺し合いに限っては、運営する側が政府ではない可能性も踏まえておくべきだろう。
となると、動き方も少し変わってくる。かなり先を展望した皮算用だが、坂持の目を欺いてあちらさんの本拠地へ突入してからそれを制圧し、島を脱出するまで――変わると言っても、恐らく自分達にとって都合のいい形で。
長い目で見れば、状況は決して最悪ってわけじゃない。
言いながら川田はデイパックから無骨なシルエットを慣れた手つきで取り出した。
スミスアンドウェッソンのチーフ・スペシャル。なかなか優秀なリボルバーだ……鉄火場を共にする得物としちゃ申し分ない。弾薬を詰め、西部劇のガンマンがするようなおちゃらけた様子で構えた後――身体を勢いよく反転させ、屋上の入り口へリボルバーの銃口を向けた。扉は閉まっているが、川田はその向こう側に誰か居ることを既に察していた。
「隠れてないで出てきな。ほんの少しだが、さっき物音がした。俺が言えた義理じゃないが、迂闊だったな」
返事は返らない。
不気味なほどの静寂の中、川田はしかし続ける。
「俺は殺し合いには乗っちゃいない。お前もそうだっていうなら俺達は仲間だ。ただ、そうでないならとっとと消えな。向かってくるってんなら相手してもいいが、命は大事にするもんだぜ」
「……いや、その必要はない」
がちゃり――ノブが回り、端正な顔立ちの少年が扉の向こうから現れた。
川田はふっと笑いつつ銃を構えたままだ。
もしその気なら言った通り交戦するつもりだった。
が、少年は小さく両手を挙げてから言う。
「僕も君と同じだ。“プログラム”だか何だか知らないが、とにかくこの殺し合いから脱出しようと考えている」
「……信じていいな?」
「ああ。僕は嘘は付かないんだ」
「どうだかな」
憎まれ口を叩きながら、川田は素直に銃を下ろす。
いくら何でも腹の中で何を思っているかまでは流石の川田だって分からないが、目の前の人物からはどこかカリスマにも似たものを感じた。桐山のそれに比べたら劣るかもしれない。只、一先ず話をするくらいならいいだろうと思えた。
絆される川田ではないし、怪しいと思ったら見放すか最悪切る覚悟はできている。
「お互い災難だね。僕も最悪の気分だ。何しろ嫌な出来事があった矢先にこれなんだから」
「そこについては同感だな。ようやく休めるかと思ったんだが、どうも神様ってくそったれは俺に仕事をさせたいらしい」
少年の様子を見るに、本当にあまり機嫌は良くないらしい。
事態が事態だけに切り替えてはいたが、余程腹に据えかねることでもあったのだろう。
これが束の間になるか、ゲームを通してのになるかは分からない。
しかし同行者なことには変わりないのだ、まずは名乗るところから始めよう。
「俺は川田章吾。死人あがりの碌でなしだ」
偽名を使うまでもない。川田は余計な一言を付け加えて名乗る。
少年は川田の名前を聞くなり、逡巡することなく名乗り返した。
「僕は浅野学秀。宜しく、川田君」
なんだかガリ勉みたいな名前だな、と川田は思った。
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川田と浅野の情報交換は実に簡潔な、言い方を変えれば手際のいいものだった。まずお互いの支給品を確認し、それから知り合いの情報から危険人物か否かについてまで情報を共有する。
これについては幸いな事に、桐山和雄以外に取り立てて騒ぐ存在は居なかった。浅野にとっては忌まわしいE組の劣等生たちのことは一概に言えない部分もあったものの、概ね乗らない方向に動くと見ていいだろう。
次いで支給品。浅野は傑物と呼ばれる神童少年だが、そんな彼でも本物の銃を扱った経験などない。やれば出来るだろうが、少なくともデイパックに収められていたベレッタAl391……所謂散弾銃なんてものを扱うのは走りすぎている。
そこで、銃の扱いに長けた川田と交換することにした。リボルバー拳銃なら経験の少ない素人でも及第点程度に扱うことは出来る筈だ。使う機会なんて訪れない、そんな日和った考えを浅野は当に捨てていた。
殺し合いに乗らない人間が、27人の中に一人もいないなんて絶対に有り得ない。そこについては川田も同意見だった。彼が参加した二度の“プログラム”に比べて人数は多少減っているものの、殺人者は確実に現れる。
川田は、自身の体験した“プログラム”の話を所々ぼかし、短く纏めてではあるが浅野へ聞かせた。桐山和雄という男の脅威性を語るのに手間を惜しんではいられないと思ったし、七原と中川のことを信用させておきたかったのもある。
暫く黙って聞いていた浅野は、川田の話を聞き終えるなり、感想を述べるでもなくこう言った。
「川田君。君は……何を言っている?」
「……何だと?」
「“プログラム”なんて話、僕は今初めて聞いた。それに……大東亜共和国とは何だ?」
がつん――頭を金槌か何かでぶん殴られたみたいな錯覚が川田を襲う。
何を言っている、と問いたいのは川田の方だった。浅野は、こいつは何を言っているんだ? こんな状況下でふざけてるのか? だとすれば風刺の効いた突っ込みでも返してやれば満足なのか?
さしもの川田も混乱を禁じ得なかったが、浅野の様子に此方をからかおうという意図は見られない。
第一出会って十数分の間柄だがこの少年はそういうキャラクターではないと分かっていた。コミュニケーション能力は持ち、冗談に軽い冗談を返すくらいの社交性も持ち合わせている。しかし分別を弁えている――とすると、彼は本当に知らないのか?
「……オーケイ、オーケイ。ちょっと待ちな、俺も頭を整理する」
疑ってかかるのはとりあえず止めだ。
だが、自分の生まれた国名を知らないままこの歳まで生きて来られたわけがない。大東亜の外側に、まったく別の発展体系を確立した国か集落でも存在すると置けば辻褄も合いそうなものだが――
「もう一度聞くぜ、浅野。お前は“大東亜共和国”を知らない、合ってるな?」
「ああ。僕は生まれも育ちも日本人だし、そんな国は地球上に……歴史上を漁ったって存在しないはずだ」
「俺は大東亜の人間だ。でも参ったな、俺も日本なんて国は知らねえ」
――、何ともいえない空気が流れる。
互いに互いが真実しか話していないのは感覚で分かった。
ならば何故、噛み合わないのか。
浅野の感覚からすれば、“プログラム”などという陰惨な実験が現代日本で罷り通るはずがないと断言できる。政府が独断で遂行しようものなら国民も大反対するだろうし、最悪様々な国家連携の解消に到るかもしれない愚かしい試みだ。
それどころか自国に何のメリットも存在しないときた。それこそ人権蹂躙のよく出来たファシズム国家か鎖国国家でもない限り、現実的ではない。しかし川田章吾という男は、その信じ難い催しを過去二度も経験しているというのだ。
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「堂々巡りだな、このままじゃ」
肩を竦めて川田は言う。
結論は出ないだろう。川田も浅野も、己の常識観で考えたなら相手の言い分は到底信じられない。
片や隣国も真っ青の全体主義国家、片や夢の国か何かにしか思えない自由の存在する民主主義国家。
大東亜と日本――同じなのに、悲しいほどに異なった国に生きている二人。
そこでオカルトの理論を持ち出すほど彼らは夢見がちではなく、同時に柔軟性に欠けていた。
「とりあえずこの話は後にしよう、川田君。心配するな、君が嘘を言っているとは思っていない」
「同感だ。ニワカには信じられないが、そっちもきっと本当のことを喋ってるんだと思う」
不毛な議論と分かれば、すっぱりと切ってしまうのが得策だ。
こういうところを潔く割り切れるのは、やはり彼らの強みと言えるだろう。
「……それに。収穫はあったさ、今の会話からもな。薄々妙だとは感じてたが、どうも今回はきな臭い」
「十中八九裏があるだろうね。君の話を聞いた後では尚更そう思える。厄介なことになりそうだ」
地面へ広げた支給品をデイパックへ仕舞い、武器だけを携帯する。
現時点で可能な話は全てした、後は実戦で集めていくしかない。殺し合いに反対する者、信用の置ける知り合いを勢力に加えていきつつ乗った連中、危険な奴を見抜いて排除していく。そうすれば、自ずと打開の活路は見えてくる。
当面はこのE−5……学校を拠点とする算段だ。籠城ではないが、禁止エリアに指定されるまで建物の中で万全の準備を期しておくのも悪い選択肢ではなかろう。危険人物の迎撃にも役立ちそうだ。
「それじゃ短い間だがよろしく頼むよ、浅野。このくそゲームをとっとと打ち砕いて帰るとしよう」
「こちらこそだ。この僕にこんな狼藉を働いた落とし前は、必ずつけて貰う」
ここに、中学生離れした中学生たちの同盟が締結された。
【一日目/深夜/E−5 中学校】
【川田章吾@バトル・ロワイアル】
【所持品:基本支給品一式、ベレッタAl391@現実、ワイルドセブン1カートン@バトル・ロワイアル、ランダム支給品1】
【状態:健康】
【スタンス:対主催】
【浅野学秀@暗殺教室】
【所持品:基本支給品一式、S&Wチーフ・スペシャル@現実、ランダム支給品×2】
【状態:健康】
【スタンス:対主催】
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投下終了です。
桐山和雄 予約します
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投下します
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――、白く無機質な廊下。白熱灯の輝きに照らされて、その男はどこか幻想的な存在感を放っていた。オールバックに纏めた黒髪が特徴的で、体格は然程大柄なわけでもない。なのに、下手な大男よりよっぽど激しい威圧感を感じさせる。
只管に温かみというものを感じさせない空間に、桐山和雄は一人だった。そこに寂しいなんて感傷を覚えたりはしないが、異常なほどの虚無を総身から滲ませ、たった一人で異質化した病院の景色へと溶け込んでいる。
この病院は異界だ。それを証明するには言葉を重ねるよりも、桐山の傍らを行き交う白い生き物たちを見るのが手っ取り早い。イトマキエイや小魚、海月などといった海の生き物が我が物顔で虚空を泳ぎ、ゆらゆらと漂い彷徨う。
空を飛ぶ魚なんて存在しない。桐山だって知っている。だから少しだけ奇妙に思った。あっちは桐山を気に入ったのかはたまた完全に風景の一部として捉えているのか、穏やかに彼の周りをぐるぐる回っている。
彼はそんな不思議な光景を、眉一つ動かさずにじっと眺めていた。驚くでもなく恐れるでもなく、ただ観察している。定義を見失った海洋生物たちのロンドを二つの眼で見つめて、何を思うでもなくじっと屹立して動かない。
さながら剥製のようでさえあった。この異常な空間に桐山も取り込まれてしまったのではないかと錯覚させた。もしも桐山が殺し合いの参加者たる証明であるデイパックを身に付けていなかったなら……一枚の名画のような世界観がそれだけで完成していたことだろう。桐山和雄はそれほどまでに、人間味を欠いた存在なのだ。
坂持金発。
あの男に会うのは二度目だった。
一度目は城岩中学校三年B組の面々を対象に行なった“プログラム”で。クラスメイトを二人殺害し、傍若無人な様子を見せつけた程度しか印象には残っていなかったが……今回もゲームを取り仕切るのはあの男であるらしい。
桐山が微動だにせず景色の傍観に甘んじているのは、ひとえにある種の迷いからだった。迷いというほど具体的なものではなく、もっと抽象的なもの。強いて言うなら、今度はどちらに転ぶべきか、程度の思考。
前回の“プログラム”で、桐山はコインの導くままにゲームに乗った。そこから先は簡単だ。支給された武器やちょっとした策を駆使して見知った顔の連中を淡々と殺していく。優勝こそ叶いはしなかったものの、結果彼はトップスコアを記録した。
では、今回は?
ふよふよ行き来する魚の群れの中心で、桐山和雄は掌を見つめる。
そこには奇しくも、コインがあった。あの時投げたものと同じでは流石にないようだったが、極論裏表さえあればコインなんてどれでも同じであろう。ゲームセンターのメダルか何かと思しきそれを、桐山は徐ろに宙へ擲つ。
ここまで、全て前回と同じだ。桐山にとって、ゲームに乗るか乗らないかなんてことは所詮“どちらでもいい”。
乗るなら黙々と参加者を減らしにかかるだけだし、乗らないのなら坂持を倒すために動くまで。どちらに転ぼうと桐山は感情を一切動かさないまま、己のすべきことを遂行する。
明かりの反射で煌くコインは、綺麗な軌道を描いて桐山の手の甲へ戻ってきた。それを左手でぐっと押さえつけ、自らの運命を分かつコイントスの結果を何ら躊躇うことなく視界へ入れる。そして、コインを床へと置く。
一瞬の間が空いて、独り言一つ漏らすことなかった少年はポツリと呟いた。
「分かった」
それはつまり、コインの結果に従うという意志であり。
結果を確認し方針を解した彼は、魚達の群れからすっと抜け出て靴音を鳴らし歩き出す。もうこの不思議な空間にも興味を失ってしまったようだった。ディパックを開き、自らへ与えられた武器を片手に宛がう。
やることは決まった。ならば、やるのみだ。
――――桐山の過ぎ去った後には、裏面を向いたコインが一枚残されていた。
その意味は、このゲームに乗るということ。
運否天賦を司る神とやらが居るのなら、相当に悪辣な性質を有しているに違いない。
【一日目/深夜/F−7 病院】
【桐山和雄@バトル・ロワイアル】
【所持品:基本支給品一式、グロック拳銃@現実、ランダム支給品2】
【状態:健康】
【スタンス:優勝狙い】
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短いですが投下終了です。
なるべく適度な長さで、さくさく進めていきたいと思ってます。
竹林孝太郎、三村信史、フランチェスカ 予約します
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投下します
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なによ、これ。
黒髪がべたついた夜風で靡くのを鬱陶しげに払って、フランチェスカは不機嫌そうに呟いた。不機嫌「そう」ではない、事実彼女は未だかつてないほどに不機嫌だった。予想だにしない事態の一つや二つ起こるならいいが、これは幾ら何でも飛躍が過ぎる。
第一、ここは何処だ? 自分はフィレンツェの町にいたのではなかったか? ……あの顔ぶれはどう見たって東洋人が殆どだった。あの坂持という気味の悪い男だってそうだ。ちょっと高台になっている場所から遠くの町並みへ目を凝らしても、見えてくるのはイタリア様式とてんで異なった家々ばかり。全くもって、理解が出来ない。
誘拐されたというのも考え難い話だった。自分はいつも同行者をつけていた。セスというその男はそんじょそこらのチンピラや小悪党なんかよりずっと腕っ節が強い筈だし、あの男がヘマをやらかすとはどうも思えないのが正直なところだ。
磯の香りが鼻につく。普段なら風情の一つも味わう場面だったかもしれないが、こんな状況とあっては気取ることも出来やしない。それどころではないからだ。怒り以上に、状況は急を要する。
「まずい、ね。早くしないと、本当に大変なことになりそう」
爪を噛み、自分に言い聞かせるように言った。
坂持の語ったことが狂言だとも思えない。殺し合いは今自分がこうしている内にも刻々と進行しており、もしかすると既にいくつかの命が喪われたかもしれない。そう考えるのが妥当だろう。
フランチェスカの身体は未成熟だ。“外の世界”でなかったならまだしも、この状態で暴漢にでも襲われたなら抵抗できない。首に腕でも回されればそれでお終い、どう足掻いたって生き抜ける未来はない。
他にも脅威は山程ある。銃にナイフ、毒物だって危険だ。高所から突き落とす等など、人間が人間を殺す手段なんて腐るほどありふれている。自分でさえ、これだけ多くの危機に曝されているのだ。彼女の脳裏に、大切な親友の顔が過る。
ああ、無理だ。あの優しい子ではこのゲームを生き抜くことは出来ないだろう。怯えて震えている姿が目に浮かぶようだった。ともすれば自分以上に非力な彼女が、宜無く殺され荼毘に伏す……それだけは、何としても回避しなければならない。
どんな手段を使ってでも。何を犠牲にしても。フランチェスカは、実にスムーズに黒い感情を自覚し、受け入れた。
「レーニエ……」
白い髪の毛、白い肌。
目を瞑れば姿形は容易に思い描ける。
私の大切な親友。彼女を追って外の世界へ出たことがこんな混沌に巻き込まれた原因だとしても、レーニエを見捨てることなんて絶対に出来ない。何ならあの子一人だけでも生き残らせてやる覚悟はある。――死なせてなるものか、強くそう思う。
だが幸いか、フランチェスカは一時の激情に突き動かされて不帰の道を疾走する愚か者ではなかった。いざという時の指針としてレーニエを他人を殺し尽くしてでも守ることを念頭に置く。しかし彼女だって好き好んで殺人を犯す趣味はない。
坂持金発の言いなりになるのが癪だというのも一つ。当たり前の倫理観が存在するのも一つ。
そしてフランチェスカ自身が自覚しているか否かは定かではないが、そんな手段に訴えたところでレーニエは悲しむだけだと、誰よりも知っているのが一つ。レーニエは優しい娘だ。誰かを踏み台にして自分だけいい思いをするなんてこと、絶対にあの子は望まないだろう。涙を流して、犠牲になった全てのものに謝り続ける姿さえ目に浮かぶ。
それもまた、胸糞悪い。だから、やれる内は精一杯やってやろうと思った。
セスはいない。つまり旧知の人物はそれこそレーニエのみで、後は全て東洋人の名前ばかりだ。
とりあえず、このまま一人で行動するのは危険過ぎる。
なんだか腰巾着のようで嫌だったが、自分の力量を弁えれば誰かの力を借りるという結論に辿り着くのは自明だ。セスに同行してもらっていたように、坂持を倒そうと思う人間と一緒に動くことが出来ればそれに越したことはない。
一度頷くと、フランチェスカは地図を広げた。今自分が居るのは会場の斜め端、G−7の海エリア。より正しくは砂浜にいる。高台から見える町並みはF−6エリアのものか。兎も角、建物のある方へ移動してみるのは悪い判断ではないように思えた。
支給された果物ナイフを念のため携帯しつつ、靴に砂が入らないよう注意して砂浜を歩く。
やがてそこを抜けると今度は草原だ。臆せず進む。虫の声はしなかった。
草原も抜け、いよいよG−7エリアを抜けるか否かというところまで来て、フランチェスカは不意に足を止める。
「…………」
人の姿があった。
-
別方向からではあるが、恐らく彼も街エリアへ向かうつもりなのだろう。学生服に眼鏡のどこか冴えない様相の少年だった。しかし他人と会えるのは願ったり叶ったり。もし何かあれば走って逃げるなりすればいい――ここは一先ず、こちらから接触してみるべきだと踏んだ。敢えて大きく物音を鳴らすと、簡単にその人物はフランチェスカへ気付いたようだ。
彼女の幼い容姿を見て一瞬怪訝そうな面持ちを見せたものの、彼はすぐ彼女の方へと歩き始める。いや、小走りだ。なんだか場違いに思えてくるスピードで、フランチェスカへ向かってくる。
――、そのとき。フランチェスカは、なぜだか嫌なものを感じた。
こちらへ近付いてくる少年の目が、淀んでいる風に見えたからだ。勿論実際にそうというわけではない。あくまで雰囲気だ。正直なところ、フランチェスカは人選を間違えたかと思った。……そして次の瞬間、それは確信へと変わる。
同時、彼女は走り出していた。踵を返し、舌打ちを一つ打って。本当に何て日なの、と悪態もつきながら。
少年の手に、光る何かが握られているのを見た。月明かりに一瞬照らされたそれは、自分の果物ナイフなんかよりもずっと立派なダガーナイフだった。間違いない、彼はゲームに乗っている! 幸い距離はまだあった。少女の脚力でも地形や曲がり角を活かして上手く逃げ果せることが出来ればまだ望みはあるはずと、一抹の希望を追って足を弾ませた。
――が。
「ぐ、ううっ……!」
気が付けば、フランチェスカは組み伏せられていた。後頭部を押さえつけられ、口の中に土の味が広がる。そのまま身体を仰向けに起こされると、白く細い首を少年の右手がぎゅっと締め上げ圧迫した。
「が……、あ…………」
気道が確保できない。少年はダガーを突き立てやすくするためにこういう手段を取ったのだろうが、彼女の矮躯にとってはこれだけでも十分決め手となり得た。口端から透明な涎が溢れ出し、それと同時に意識が薄れる感覚を覚える。
ここで、終わるのか。フランチェスカは茫然とそう思った。嫌だ。こんなところで終わるのは、嫌だ。レーニエを助けなくちゃならないのに、こんなところで、こんな輩に殺されるなんて納得できるわけがない。
死にたくないと思うよりも強く。まだやっていないことがある、と思った。
喉の奥から泡が溢れてくる感触を覚えた時には、もう駄目なのかと感じた。ダガーの切っ先は漸く狙いを定め終えたのか、高く掲げられている。綺麗な月が、この時ばかりはとても恨めしく思えて堪らなかった――――
「ううッ!?」
しかし、フランチェスカは不運であったがそれ以上の幸運を有していたらしかった。
ダガーが振り下ろされる瞬間。まさにギリギリの一瞬、明後日の方角から金属の矢が飛来し、少年の腕へ見事に突き刺さったのだ。拘束が緩み、すかさず息を整えようとするも上手くいかない。
が、もう心配する必要はなかった。少年は腕を射抜かれた痛みに悶え、その様子を見ながら不敵に微笑む三人目の男がゆっくり距離を詰めてきていた。その手にあるのはクロスボウ。これから射出された矢が、少年を見事射止めた訳だ。
「子供相手に、ちっと大人気ないんじゃないか」
「誰だ……誰だ、君は……!」
未だ血の溢れ出す傷口を押さえ、額に脂汗を浮かせて少年は口角泡を飛ばす。
明らかに冷静ではない様子を見て「格好悪いな」と誰にも聞こえないよう漏らしてから、助太刀に入った人物も名を名乗る。
本人としても危機一髪だった。あと数秒遅れていたなら、間違いなく少女は殺されていただろう。
だから――少しくらい、格好つけてみたくなったわけだ。
-
「三村信史。“第三の男(ザ・サードマン)”とはこの俺のことよ……なんつってな」
信史は名乗り終えると、少年には目もくれずフランチェスカへ駆け寄り上体を起こさせ背中を擦る。
ゆっくり息を吸って吐けと言うと彼女は小さく頷いて、げほげほと咳き込み泡混じりの唾液を吐き出した。そうしている内徐々に呼吸は落ち着き始めたが、暫く休ませてやるのが安牌の筈だ。
どこか人目につかない場所へ運んでやるか。信史は一人で立てるとか細い声で言うフランチェスカを無理におぶると、それから未だ呻く少年へ顔を向け、ボウガンも突きつけて警告する。
「とっとと消えろ。そうすりゃ、命までは取らねえぜ」
「………………、っ!」
一瞬逡巡する様子を見せた後に、少年は忙しなく何処かへ走っていった。
俺が背中を撃つとは考えないのかねえ、なんて冗談を零して信史はそれと反対の方角へ行き先を定める。
情報交換をしたいのも山々だが、様子が落ち着いてからにしたって遅くはあるまい。
背に軽い少女の体重を感じながら、第三の男は殺し合いゲームとの奇妙な縁を否定するように唾を吐き捨ててやった。
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「はあ……はっ…………くそッ……!」
腕から止めどなく溢れてくる血潮を片手で抑えながら、竹林孝太郎は夜の海岸線を進んでいた。
止血するにも、さっきの男が後ろから追ってきている可能性を考慮すればそう簡単に立ち止まることは出来ない。もう少し歩いて、出来れば周囲から死角になっているような場所で応急処置を施したいところだ。
取り繕った冷静さでもって行動指針を決定付けようとする竹林だったが、その心中は正直なものだった。苛立ち、不安、恐怖といったありとあらゆる負の感情がぐずぐずに渦を巻いて止まることを知らない。
無理もないだろう。凡そ竹林が“プログラム”の参加者として選別された時頃は、彼にとってこの上ない程に最悪のそれだった。長く時間を共にしたE組を抜け、慣れないことばかりのA組へ返り咲き……しかし隠し切れない仲間への罪悪感と、家庭の鎖に雁字搦めに拘束された文字通り試練と言う他ない苛酷に苛まれていたのだ。
彼が逆境を乗り越え成長し、仲間と絆を取り戻す未来は憐れにも奪われた。
此処にいる竹林は“救われなかった”竹林。限界まで増幅されたストレスは疑心暗鬼と強い恐慌状態を生み出し、彼を殺人という禁断の道へ駆り立てた。そして――皮肉にも。聊か他に劣るとはいえ、殺すための手段ならば彼は山程保有していた。
あと少しだった。
誇張なしに、あと三秒もあれば首尾よく一人目を殺せていたのに。
邪魔さえ入らなければ、傷は負ったかもしれないが得られる成果はあったというのに!
激情が沸々と音を立てて煮え上がり、自分の行いを見つめ直す余裕すら与えない。幼気な少女を殺そうとしておきながら、竹林の脳内に自責の念が芽生えることは遂になかった。あるのは仕留め損ねた怒りのみ。
「あいつの、せいでッ……」
ボウガンの男。
ヒーロー気取りのいけすかない野郎。
三村信史……その名前までは知らないが、竹林の脳裏に彼の面影は強く強く刻み込まれた。
次に会ったなら必ず殺す。ボウガンを使ってくるというなら、こっちだってそれなりの得物を手に入れてから臨めばいい話だ。射撃訓練の成績だって良くはなかった。それでもそんじょそこらの素人連中なんかよりは、ずっと上だと信じている。
少年は歩んでいく。
戻ることの出来ない狂気の道を、振り返ることさえ忘れて歩んでいく。
暗殺教室(ひだまり)の思い出を忘却して。ただ、己の為だけに殺すと決めた。
【一日目/深夜/D−8 海】
【竹林孝太郎@暗殺教室】
【所持品:基本支給品一式、ダガーナイフ@現実、ランダム支給品2】
【状態:腕に刺傷(未処置)、強い苛立ち、狂気】
【スタンス:優勝狙い】
-
▼
「……この辺でいいか」
信史は浜辺の端に放置されていた、元は海の家だったと思しき廃墟に周囲を見渡しながらさっと入り込むと、埃のあまり積もっていない畳に背負った少女を横たえた。呼吸は安定していて、歳の割には殺されかけたというのに動揺が少なく見える。
黒髪だが、日本人離れした雰囲気を醸す娘だ。
少女は暫くぼうっと天井を見上げていた。何かを想うような瞳。何を考えているのかは窺い知れないものの、きっと殺し合いに同じく巻き込まれた知り合いのことを考えているんだな、と何となく察しはつく。
改めて指摘するほど野暮ではない。色々落ち着くまでどれひとつ作業でもしようか――背伸びをしつつそう思った矢先、少女の綺麗な声が信史の鼓膜に聞こえた。彼女は問う。
「どうして、助けたの?」
「どうしても何もな。俺に言わせりゃ、クサい物言いだが男として当然のことをしたってとこか」
外の世界とは、綺麗なものではない。
だからこそ少女――フランチェスカは、親友を連れ戻すべく走ったのだ。セスのような例外はあくまでも数少なく、さっき自分を殺そうとした、ああいう輩が大半であるとばかり思っていた。
そも、倫理云々を抜きにし自己を再優先すれば必然的に、殺し合いに乗る方がメリットは断然高くなる。どんなに鍛えた人間だって、急所を撃ち抜かれればそれで死ぬ。一撃必殺に望みを託した方が余程有意義なことは日を見るよりも明らかだ。
「いや、もっと単純な話になるか。俺は、あの坂持って野郎が気に喰わないんだ」
ニヤリと笑って信史は堂々と言った。そこについては、フランチェスカも同意である。アレほどに悍ましい人間はこれまで見たことがないし、奴の言葉に従って動かねばならないという時点で屈辱的が過ぎた。
……ああ、なるほど。ここまで言われれば、さしものフランチェスカだって三村信史の意図は図り知れる。
要するに、彼はそれだけだ。効率論で考えた場合どんな行動が有効かも知っている。知った上で、否を唱えている。坂持金発が気に食わない、あんな奴の為に汗水垂らして殺し合いをしてやるなんて絶対に御免だ――という、ただそれだけの意地。
「“前”は色々失敗したけど、今回は上手くやる。なんてったって邪魔っ気な首輪がないんだ。上手くやれば案外簡単に奴らの根城へ突入する算段がつくかもしれない……」
「……前?」
「こっちの話さ」
三村信史は、敢えて自分の辿った顛末を語らない。
語ったところで実りのある話とは思えないし、精々がとある男への注意を促すくらいの効き目にしかならない。だから誰にも語ることはなく、胸の中にカンフル剤として留めておく。
前回のプログラムで命を落としたこと。友人を守れなかったやるせなさ。何もかも覚えているし、今思い出したってむかっ腹が立つ。――今度こそは、必ず勝ってやる。最高のダンクシュートで、坂持金発を地獄の底へ叩き落としてやろうじゃねえか。
「俺は三村信史。信史でいい」
「……フランチェスカよ」
こうして、“第三の男(ザ・サードマン)”三村信史は、今度こそ勝利するためにもう一度反逆の道を征くと決めた。
【一日目/深夜/D−8 海の家】
【三村信史@バトル・ロワイアル】
【所持品:基本支給品一式、間宮のボウガン@ミスミソウ、矢(残り10本)、ランダム支給品2】
【状態:健康】
【スタンス:対主催】
【フランチェスカ@BITTER SWEET FOOLS】
【所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×3】
【状態:疲労(中)】
【スタンス:レーニエの保護を最優先】
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投下終了です。
バトロワ勢、暗殺勢、BITTER勢は書くの楽しい。
狭山流美、山野ウタノ 予約します
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投下乙です。
竹林君の参戦時期とかあ〜丁度一番キテるなーってとこだったり
浅野川田の超絶優秀コンビだったり後先が楽しみですね。
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ちょっと余所様で遊んでいました。
遅れて申し訳ありませんが、出来たので投下します。
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トリップ間違えました。
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目を覚ました時には、いつか見た悪夢だった。
幽玄と響く隙間風の音色、間欠的に生ずる家鳴りは宛ら何者かの笑い声のようですらあって、よりいっそう不気味さを掻き立てる。そんな静謐の中、一人少女は項垂れていた。ぐずぐずになった壁へ体重を預け、虚ろな瞳でぼうと虚空を見据えている。
その有り様たるや離魂病患者か何かを連想させるほどで、殺し合いという如何に屈強な戦士といえども緊張を孕ませるに足る文句を突きつけられてもなお、彼女は何ら変わらない。否、その程度のことは彼女にとって最早些事だった。
少女の名前は、山野ウタノ。
つい数日前までは、何の変哲もない女子高生として青春を謳歌していた。別段飛び抜けて強い幸福があったわけではない。だが、世間一般的に見れば紛れもなく概ね幸せと呼んでいいだろう毎日を過ごすことが出来ていたのだ。
月の寂光を浴びて、その表情が僅かに揺れ動く。
双眼に感情の蝋燭が灯り、徐々に徐々にと理性を溶かし撹拌する。
「…………お母さん、お父さん、リノ、おばあちゃん……」
幽けく呟いたのは、彼女が一度に失った家族たちのこと。
あまりにも理不尽な別れだった。祖母は行方知れずとなって、母は首をもぎ取られた惨殺死体。父は自室で首を括り、妹に至ってはその変わり果てた姿を幾度となく目にしているにも関わらず未だ生死がはっきりしない。
ふざけるな――そう思ってしまったとして、誰にも責められる道理はないだろう。むしろそれこそヒトとして当然の精神活動だ。彼女は願った。私達家族を滅茶苦茶に引き裂いたのが“何”であるのか、真実を知りたいと乞い願った。
立ち上がり、自ら手掛かりを転々と辿り。到底信じられないような怪異や現象からも命からがら逃げ遂せ、どうにかこうにか生き残ってきた。だから、もうウタノは驚かない。また妙なことが起きたんだと、ひどくドライに殺し合いへ納得を示す。
かと言って、この悪趣味極まる宴に参ずるかと問われれば否だ。
鬼畜になりさらばえるつもりはない。飽くまでも真っ当にこの窮地を脱するべく動くまで。ウタノはディパックを開け、自らに支給されたらしいナイフ状の武器を取り出す。――が……すぐに表情は怪訝なそれへと変わった。
「これ、玩具……?」
触感で分かる。
ゴムのような手触りで、思い切って手首に叩きつけても薄皮一枚剥けやしない。これは、どうしたことだろう。所謂ハズレを引いてしまった、ということなのか。
これは参った。いくら積極的に殺し回るつもりがないとはいえ、自衛の為にある程度の装備は必要である。それをこんな殺傷能力皆無の小道具で補えだなんて、無理難題にも程があった。兎角、早急に工面せねばならない。
他に入っているのも、確かに道具として見ればそれなりに使えないこともなさそうなものであったが、やはり乗った参加者と事を構える上では不足と称して余りあるラインナップだ。
溜息を一つ吐き出すと、取り敢えず一番マシな例のナイフを護身用の武器代わりに携帯し、残りのものをディパックの中にしまってしまった。あまり悠長にしている時間はない。殺し合いもそうだし――何より、ここは自分にとって特殊な意味を持つホテルだ。
とある村の開発計画で打ち出され、建造されて数年で不慮の事故が相次ぎ営業に幕を下ろさざるを得なかったという曰くつきのホテル。一度はここを探索しに入ったから道順等は粗方記憶しているが、油断は絶対にできない。
他の参加者よりも、ここを彷徨いている奇っ怪な化物たちが問題なのだ。運良くこれまでは逃げてこられたからいいものの、それに慢心してあっさり御陀仏となっては笑い話にもならない。
目覚めた個室を抜け、廊下へ出る。
足音はなるだけ殺す。
流石に高層建築物というだけあって、そこらの廃墟よりかは丈夫な作りになっているようだが、それでも人の手が入っていないことに変わりはない。中には床が抜けている場所もあった筈だと記憶してもいる。
粘つく闇が纏わりついてくる感覚を振り払い、冥闇の奥へ懐中電灯片手に進んでいく。視界はお世辞にも良いとはいえない。自分の勘と慣れを最大限に活かし、ウタノは粛々と探索を進めていった。
以前のように。―――心に黒い染みを広げながら、それに気付かぬまま、或いは目を逸らすことで現実から逃れている。真実を求めることに執着しすぎた彼女はもう、ただ永劫に続く螺旋階段を底まで堕ちていくだけだ。
-
「?」
ふと、ウタノは足を止めた。
闇の中は静けさに包まれている。
彼女自身物音には最大限気を配っているのだ、故に周囲の物音はよく聞こえる。何かががさりと動く音。鼠か、それとも例の怪異どもか、若しくは他の参加者か。最初ならば問題はないが残る二つの可能性は聊か危険だ。
より注意深く進む必要がある。
そう思い、改めて気を引き締め一歩を踏み込んだ――
「――づッ、おおァア!!」
「……!!」
彼女の逡巡は正しかった。
目のすぐ先を包丁の切っ先が通り過ぎて行った。
如何に命の危機に幾度となく曝された彼女であっても、正直血の気が引いたと言う他ない。
暗澹とした暗闇の中、少女のカタチをした悪魔(マーダー)が、自分を殺そうとして刃を振るったのだ――!
「はあ……はあ……はああッ!!」
大きく後ろに下がることで、追撃の届く範囲からは容易に外れることが出来た。しかし心拍音はちっとも安らぐ気配を見せない。当然であろう。真実あとほんの一ミリでも前へ出ていたなら、今頃ウタノの眼球は一閃されていた筈なのだから。
まずい。これは非常にまずい――相手は間違いなく乗っていて、それに扱い方はどうあれ包丁を持っている。手元のナイフは玩具だし、対抗する手段など無いと言っていい! 斯くなる上は……必死に脳味噌を回転させ、記憶を掘り起こす。
そして、答えは得た。この階は比較的道の安定した、障害物のない階だったはず。なら全速力で逃げさせて貰うに限る。何しろあちらは見てくれからして中学生。武器のアドバンテージがどれだけあろうと、肉体スペックの差までは覆せない。
「な……待てよっ、この腐れ女ぁぁぁっ」
挑発にしては安すぎる。
心中で呟いて、ウタノは階段を駆け下りた。ちらりと見た様子だとエレベーターは稼働しているようだったが、アレに頼るよりかは自らの足で走ったほうが危険は少ないと判断する。
先回りされる心配もない。怖いのは件の怪異たちだが、そこについてはこの際神頼みしか術はなかった。
階層を一つ下って、切れた息を整えながら――山野ウタノはゆっくり、踏み出した。
-
▼
「チッ、逃げ足の速い奴……でも、逃がしはしない」
包丁を片手に舌打ちを鳴らし、逃した獲物の後を追い掛けるのは狭山流美という少女だった。殺し合いに乗っているのは一目瞭然。ウタノとはまた違った理由で彼女も狂わされ、やり直しのきかない罪を一つ犯したところであの教室に拉致されたのだ。
当然、そんな状況で殺し合いに背くなんて選択肢を選び取れるわけがない。彼女はあっさりと殺し合いに乗った。全員殺せば帰れるというんだから従うしかないと思ったし、何より手間が省けるという思いもあった。
参加者名簿に記された、忌まわしい『野咲春花』の名前。こいつさえいなければ、こうはならなかった。こんなに何もかも台無しにされることはなかったんだ。――死んだクラスメイトの名前が何故か刻まれていることなど、狭山の目には入らない。妄執に近い勢いで憎悪する存在を絶望の中で殺すこと。それが、狂った少女の選び取った道であった。
狭山はまだ幼さを残しているが、愚鈍ではない。
さっきの失敗は既に学習した。待ち構えるのに緊張するあまり、迂闊に大きな物音を立ててしまったことだ。それさえなければあそこで殺せていた。残念ながら目当ての人物ではなかったが、首尾よくまずは一人といくことが出来た筈だ。
なら今度は挽回する。野兎を追い詰めるみたいに逃げ場を塞いでから、この包丁で突き刺してやる。
胡乱な瞳に淀んだ憎悪を滲ませて、狂ったように口許を歪め、狭山もまたウタノの逃げ込んだ階層へと足を踏み入れる。相変わらず不気味なくらいに静かだ。お化けなどを怖がる歳ではないが、いい気分ではない。
獲物を待ち伏せしやすいという意味で当分留まっていようと考えてまだ数分。けれども、このまま長居し続ければ流石に気が滅入りそうだ。一人殺したらホテルを出て、適当な施設にでも転がり込んで同じように殺していこう。
奇妙なくらい、自信があった。
狭山流美という少女は、きっともうとっくのとうに死んでいたのだろう。
いつからかは分からない。春花が転校してきた時か、はたまたあの悪夢のような日々が始まった時か。どちらにせよ、そんな死に体同然の少女へ最後の一押しを与えたのは、この“プログラム”で間違いない。
「―――あ……」
「ハッ、見逃したとでも思った?」
獲物を見つけるのに時間はかからなかった。
彼女は廊下の隅でしゃがみこんでいて、自分を見た瞬間絶望したような顔をした。
それが何だか滑稽で、流美の足を早まらせた。
こないで、という声に貸す耳などない。
「これで終わりだよ。天国に逝けるといいね」
包丁を振り翳し、震える獲物へ向かい駆け出した。
――――暗転。
足元が、「すかっ」という感覚と共に消失する。
えっ、と声が漏れた。
獲物の顔が遠ざかっていく中、怯えの表情がゾッとするような無表情に変貌する。
その時、狭山流美は初めて自分が誘い込まれたのだと悟った。
-
堕ちていく。
真っ逆さまに堕ちていく。
もう何も見えるものはなかった。
包丁が手元から溢れて先に墜ちてからんと音を立てる。
――お母さんはいつでも、流美の味方だからね――
最期に聞こえたのは、そんな声だった。
「おかあ……――」
ぐしゃり。
鈍い、何かがへし折れる音が響いて、それっきり物音はなくなった。
ウタノは、自分が罠として活用した床の穴を上から照らす。すると、下には先の少女が“あった”。打ち所が悪かったのか首をあらぬ方向へ折り曲げて、眼球を見開いたまま息絶えている。この様子だと、即死だったのかもしれない。
不思議と慙愧の念は感じなかった。こうしなければ殺されていたかもしれないとはいえ、人一人の命を奪ってこれほど平然としていられるとは自分でも空寒い感覚に囚われる。
そもそもからして、異常だった。家族を殺された少女が真実を知るべく歩き回り、其処らの烏骨鶏ならばとうに取り殺されていなければ可笑しい鉄火場を潜り抜けてここに存在している。肉体が無事でも、心まで無事なわけがない。
ああ。そういうことかと、渇いた笑いをこぼした。
もう、あの日々は戻らない。
殺人に関係なく、自分は踏み込み過ぎた。
なら、とことんまで墜ちてやろう。
それでも――私は、真実が知りたい。
【狭山流美@ミスミソウ 死亡】
【一日目/深夜/B−6】
【山野ウタノ@哥欲祟】
【所持品:基本支給品一式、対先生用ナイフ@暗殺教室、ランダム支給品×2(確認済)】
【状態:健康、精神異常(中)】
【スタンス:危険対主催】
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投下終了です。
ウタノちゃんかわいいよウタノちゃん。
磯貝悠馬、真宮裕明、二ノ宮あかね予約します。
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投下乙です
哥欲祟は最初の山野家脱出で心が挫けてそれっきりだったけど
またやってみようかなぁ
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予約延長します。
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ぐぐ……予想以上に時間が取れず執筆絶賛難航中です。
一度破棄して、遅くても水曜までには投下しようと思います
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頑張ったら意外といけたので投下します。
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目を覚ました時、二ノ宮あかねの胸中に込み上げてきた感情は殺し合いへの恐怖ではなかった。
正確に言えば人並みの恐れ、不安はあったものの、それを凌駕する寂寥感が彼女の中で渦巻いていた。
―――あたし、帰ってきたんだ。実感が湧かず、口に出して漸くここが“現実”の世界なんだと理解する。あの娘にとっての世界だった白い壁や床はどこにもない。森の中、深い深い森の中で、今自分は寝転び夜空を仰いでいる。
時に微笑ましい営みを見せ、時には牙を剥いてもきた海の生物達も勿論ここにはいない。それどころか虫の声もしない。聞こえるのは木々のざわめき、夜風の囀り……そんな静寂の中だから。都会では見られない綺麗な星空が、尚更引き立って見えた。
歌謡曲の番組なんかでこぞって流れるようなJ−POPの歌詞みたいな絵になる光景が今、瞳の遙か彼方にある。もしもここが殺し合いの舞台なんかじゃなく、普通の公園やちょっと山奥に入ったくらいの展望台だったなら、どれだけ良かったろう。
そんな“もしも”を夢想して、自分でも意味の分からない微笑を口許に浮かべる。――その後に、ぽつり、呟くのだ。
「あの子と、来たかったな……」
口数が少なくて大人しい、小さな身体のか弱い少女。現実の時間がどうなのかは分からないが、感覚ではつい十数分前まで一緒にいた人物を思い浮かべて、まるで自滅するように寂寥感が強くなり胸を締め付ける。
一緒にいた時間は決して長くない。彼女の夢の中に偶然迷い込んで、訳の分からないことだらけな病院を一緒に冒険して、それから彼女が住んでいた家に行って、真実を知って……最後には、彼女は自分の夢(セカイ)に残ることを決めてしまった。
その決断を糾弾することは、二ノ宮あかねには出来ない。だってそれは、母を失って一人ぼっちになった少女が自分から決めたこと。誰に強制されたわけでもない。あの子自身が安らげる居場所に、ずっといたいと言ったのだ。
なら、それはあたしに踏み込めることじゃなくて。
あたしは、ずっとあの夢にいるわけにはいかなかったから、帰るしかなくて。
いつも通りの朝が訪れる代わりに、人生最悪の目覚めへ辿り着くことになった。
……悔しい。
拳をぐっと握り締めて、あかねは思う。
本当に、あれしかなかったのか。あの子を連れ出してあげる選択肢はなかったのか。
―――閉ざされた彼女の心を解き放ってやれるのは、自分だけだったのに。
彼女には誰もいなかった。それを自分は夢の中で知った。縁もゆかりもない少女だったけれど、どうして「鳴海ゆい」という人間が昏睡状態に陥るに至ったのかの過程は、しっかりとこの目で見て、覚えている。
もしやり直せるなら。ゲームみたいに何もかもかなぐり捨てて“はじめから”昨夜の不思議な体験を踏破しにかかれたなら。今度は、ゆいを変えてやることが出来るだろうか。泣き虫で幼い、寂しがりの女の子を連れ出してあげられるだろうか。
「考えても、仕方ないか」
いよいよもって不毛な領域に突入し始めた思考を断ち切って、ゆっくり上体を起こす。
今更悔やんだから何が変わるわけでもない。「鳴海ゆい」の物語はもう終わってしまったのだ。
これからはまた今まで通り、「二ノ宮あかね」としての物語を歩んでいかなければ、いけない。
ほんとはやっぱり、少し寂しいけれど――お別れはちゃんとした。なら、せめて泣かないで歩いて行こう。
いつか、もしもあの子にまた会えた時、胸を張って「久しぶり」を言えるように。
目元にまた滲んできた塩辛い雫をぐっと拭って、あかねはとりあえず立ち上がった。
-
坂持の説明によると、このディパックに入っている品が殺し合いを生き抜く上での武器になるらしい。……もちろん殺し合いなんてするつもりはないが、何事も先立つものがなくては始まらない。
最低限身を守るくらいの武装をしておく必要はある。あかねはディパックの中から、ゴルフクラブを一本取り出した。
「うえ、びっみょー……」
これには苦笑いしか出てこない。
確かに鈍器としては十分使えるのだろうし、サスペンスや推理小説なんかでは御用達の升武器であるのも確かだけれども、どうせなら金属バットやスタンガンとか、あの辺のオーソドックスなものが出てくれる方がありがたかったのが正直なところだ。
ぶんぶん素振りをしてみてもやはりしっくりこなかった。仮にも武器として使うのだから、当然“凶器”として扱うことが求められる。つまり、競技でやるみたいなお行儀のいい扱いをしていては話にならないわけで。
一頻り不格好な素振りを繰り返して汗を浮かべたあかねは、何はともあれ早急に武器を工面しようと強く決意した。
銃や爆弾なんて御大層な、手加減の出来ないものじゃなくていい。せめてもうちょっとマシなものを探さないと本当に命に関わる。支給品と一緒に取り出した地図を広げ、付属の筆記用具で適当に道具を回収できそうな場所を塗り潰していく。
数は多いが虱潰しにしていくしかなさそうだ。多難な前途に嘆息し、ふと、何の気なしに自分の傍らに落ちた紙を見やる。
―――― ◯二ノ宮あかね/◯鳴海ゆい ――――
「――え……!?」
心臓が、凍りついた。
他の名前なんて目に入らなかったし興味もなかった。
思考が支配される。蹂躙される。だって、そんなことは有り得ないのだから。
目を強く擦った。何度もそうやって、目がひりひりと痛みを訴えてきても、信じられない現実が目の前から消えることはなかった。鳴海ゆい、その名前はしかと刻まれている。
「嘘でしょっ――」
嘘だ。
だってあの子は、殺し合いなんて出来る状態じゃない。
今も昏睡状態でずっと眠り続けている筈だ。より正しく表現するならば、彼女自身が望んだ世界で大切な友達と暮らしている。断じて、断じて武器を持たせて殺し合わせるゲームなんかに参加させていい健康体ではないのだ。
でも万が一、本当にゆいがこの会場にいるのだとしたら?
――――その意味するところは、最悪の結末だ。
身体を動かせないどころか意識すらない貧弱な少女を、殺し合いに乗った人間が見つけたならどうなるかは自明である。間違いなく生き残れない。よしんば見つからないまま時間が経過しても、禁止エリアなるルールで殺されてしまう。
最初から詰んでいるようなものだ。どうやったって生き残る未来が見えてこない。
「…………助けなきゃ」
やっと出た言葉はそれだった。
モタモタしている暇なんてない。
確かに自分はゆいを連れ出すことは出来なかった――でも、それで彼女が生き続けることまで諦めた訳じゃない!
夢の中という居場所に留まり続けるならそれでもいい。
こんなところで無碍に殺されてしまうなんてこと、絶対に認めてなんかやるものか……!
-
「おーい!」
「……?」
「良かった、やっと他の参加者に会えた……ああ、安心してくれよな。俺は――磯貝悠馬ってんだ。殺し合いには乗ってない」
■
磯貝悠馬。そう名乗った少年は、聊か強引な手合いだった。
殺し合いに乗っていないだろうことはその物腰とどこかイケメンな雰囲気から容易に察することは出来たが、手を引かれてそそくさと前進されては流石のあかねも戸惑いを覚える。
あの病院ではさんざゆいの手を引いて先導していたが、やはり年の近い異性となると話は別だ。
森を抜けてどれくらい進んだ頃だろうか。見えてきたのはボロい木造の校舎だった。掘っ立て小屋か何かかと思い目を凝らすと、どうも学校らしい。こんな小さな島だから、元は予算のない小規模な分校だったりしたのかもしれない。
「あ、違うぞ。これ俺の通ってた学校」
「通ってた……? あんた、元からこの島に住んでたの?」
「まさか。……そこんとこは、正直俺もよく分かんないんだよな。多分俺らの校舎をそっくりそのままコピーして建てたんだと思うんだけど、なんか辻褄が合わないものを感じないでもないんだ」
首を傾げながら言って、磯貝は徐ろに背後を振り返る。
しばらくその姿勢のまま静止して――何かに満足したのか、うんっ、と一度頷くとあかねを校舎の中へ引き込んだ。
扉を閉め終えると、彼はばつが悪そうに笑ってあかねの手を離す。いくら何でも気恥ずかしいものがあったのか、磯貝の頬も少しばかり紅潮していた。それは言わずもがなあかねもであったが。
「別に謝らなくてもいいけど、ちょっと強引すぎよあんた……」
「いや、強引にもなるって! もたついてたら本当に危なかったんだぞ」
「え?」
顔を顰めるあかねに、指をぴんと一本立てて磯貝は先程までの行動の理由を話して聞かせた。
――見る見る少女の顔が青くなっていく。ここでやっとあかねは、自分が無意識に死線を渡っていたことを自覚した。
「さっき……えっと、二ノ宮が森から出てくる時あるだろ? あの時、茂みの影からちらっとこっちを伺ってる奴が見えたんだ。ひょっとしたらただ様子を見てた安全な奴だったのかもしれないけど……俺には、そうは見えなかったな」
磯貝悠馬は中学三年生だ。
たかだか十年とちょっとしか生きていない彼だが、彼はそこいらの大人顔負けに修羅場というものを経験している。例えばプロの殺し屋を相手に立ち回ったこともあるし、マッハ20で移動する怪生物の暗殺を使命と課されてもいる。
そんな彼だから、一瞬見えた其奴の表情、雰囲気を見て直感的に“危ない”と察知することが可能だった。陳腐な言葉に頼れば殺気を隠し切れていなかったのだ。恐らく素人だろうが、武器のモノによっては経験の差はたやすく覆される。
「そ、それじゃあ、あたし達ってもしかして……!」
「ああ、ぶっちゃけ超危なかった。撒けるかどうかも割と賭けだったしな」
――――ゾッとした。
夢の中でなら獰猛な海洋生物に襲われたこともあるあかねだが、生身の人間に明確な殺意を向けられた経験は未だかつてない。
満足に扱えもしない鈍器で出来る抵抗なんてたかが知れている、磯貝が気付いていなかったらひょっとすると、今頃は既に荼毘に臥していた可能性すらあるということになる。
背筋に寒いものが駆け抜けていくのを感じると同時、改めて強く実感することがあった。
この殺し合いは着実と進行している。人の善性を盲信するばかりでは、まず間違いなく生き残れはしない。
殺し合いに乗る人間は確実に存在し、自分のような危機一髪が起きないでそのまま殺された者もいることだろう。
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「ね、ねえ磯貝! あんたに、一つ頼みたいことがあるの……!!」
急がなくては。
我が身を案ずるよりも早く、他者を慮る心が勝った。
それはきっと、鳴海ゆいの見た地獄を追体験してきたからなのだろう。
あの子を死なせたくない。たとえ永遠に目覚めることがなくても、終わらせたくない。
その思いの逸るまま、あかねは磯貝に自分の経験してきたことと、鳴海ゆいという少女のことを事細かに告白した。
信じてもらえるとは思っていないし、話半分に聞いて欲しいと前置きもした。
大事なのは、この会場に自分の意志で動けすらしない弱者がいて、その子をどうにかして守りたいということ。それさえ伝われば後のことなんてどうでもいい――あかねの話を全て聞き終えた磯貝は腕組みをして、ふむと考え込むように頷いた。
「昏睡状態の女の子……か。でも、どうも腑に落ちないな。“殺し合いをさせる”っていうこの……なんだっけ? “プログラム”とかいうゲームの趣向そのものから外れてないか? こう言うのも何だけど、自分で身動きすら出来ない子を放り込んで、それで勝ち目なんて普通に考えたらあるわけない。――おかしいな……あ、勿論信じてるぞ!」
磯貝の疑問も尤もだ。
そもそもこの“プログラム”が何の意図で行われているのかからしてあかねにはさっぱり分からないが、わざわざ一人も殺せる望みがないような存在を限られた参加者の枠に交える理由は意味不明、ちっとも合理的ではない。
漫画や小説のお決まりパターンだと、こういった悪どいゲームの裏側では富豪や地位の高い政治家なんかが賭け事に興じているものだが――実際そうだと考えるのが一番それっぽいが。そうだとしても同じく鳴海ゆいの存在に意味は見出だせない。
「……まあ、それは兎も角だ。二ノ宮はあれか。その鳴海って子を助けたいんだな」
こくこくと頷く。
すると磯貝はにっと笑って、言った。
「分かった。俺もこんな胸糞悪いゲームで無駄に命が潰されるなんて納得出来ないし、協力する」
「……!」
「それに夢の中で会った友達を助けるってのも、なんだか夢のある話だしな。一枚噛ませて貰うよ」
偽りない磯貝の本心だった。
彼が常日頃学んでいるのは、暗殺――即ち、誰かを殺すための能力。
実際に凄腕の殺し屋に教鞭を執って貰ってもいるし、訓練の記録も日に日に伸びている。
だが、暗殺教室で学んできたことは誰かを殺す為の力であって、それだけではない。
暗殺を生業とする者だからこそ、その力を無闇矢鱈に使ってはならないことは当たり前の常識として知っていなくてはならないのだ。自分達はプロじゃない、使命を完遂したなら普通の高校生として巣立っていく子どもだ。
故に殺し合いに乗るか否か問われたなら、否だった。
「……磯貝」
「ん?」
「どうして、信じてくれたの? その……夢のこと」
「どうしてって、そりゃあんな真剣な調子で冗談言うやつ居ないだろ。それに」
爽やかな(老若男女問わず嫉妬と羨望と憧れを抱かせる)笑顔で、彼は言ってのけた。
「女の子の頼みもロクに聞けないようじゃ、男として顔が立たないよ」
――、一瞬の間を置いて。
(イ、イケメンだ!)
二ノ宮あかねもまた、例に漏れず磯貝悠馬のイケメンさに驚愕するのだった。
【一日目/深夜/C−3】
【二ノ宮あかね@UTOPIA】
【所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×2(確認済、武器はなし)、ゴルフクラブ@現実】
【状態:健康】
【スタンス:対主催】
【磯貝悠馬@暗殺教室】
【所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×3】
【状態:健康】
【スタンス:対主催】
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▼
「ちっ、逃げられちまった」
時は遡り、磯貝があかねを連れて逃走を始めた数十秒後。
茂みの中から忌々しげに舌打ちをしながら、中学生くらいの少年が姿を現した。彼がどういったスタンスで行動しているかなど、その発言を見れば最早明白だろう。マーダー。殺し合いに乗り、優勝を志す道を選んだ者だ。
別段彼の場合、その決断に到るのに深刻な理由や深い葛藤は存在していない。殺し合いを行うと告げられた瞬間から、真宮裕明の腹は決まっていた。普通に生きてきた子どもとは思えないほどあっさりと、皆殺しにして帰ることを許容したのだ。
「やっぱり人間は難しいな。武器が悪いってのもそうだけどよ、動物みたいにはいかねえ」
真宮は己の手に握られた包丁を憎々しげに見下ろす。
普段から小動物を殺して鬱憤を晴らしていた彼だが、その際に用いていたのは狩猟用のボウガンだ。こんな使いにくい得物で殺しをやったことはないし、実際正攻法で挑めば返り討ちにされる可能性だって十分にあるといえる。
そこで一先ず森の草陰に陣取って、闇討ちに専念しようと思い立った。するとどうだ、ものの見事に息を切らした女がやって来たではないか。これぞ好機。すぐにでも飛び出し、一突きにしてやろうと思った真宮は――しかし、予想外の事態に見舞われた。
突然端正な顔の少年が現れたかと思えば、さっさと女の手を引いて何処かへいってしまった……もし射撃武器が支給されていたなら鹿撃ちかマタギの気分になって狩りと洒落こんだ所だが、包丁一本ではどう考えてもこちらが不利。
断念せざるを得なかった。――百歩譲ってそこまではいい。問題は、あの少年が本当にただ強引な性格の持ち主で、女の方の同意も得ずにそそくさ進んでいったのか……という点だ。
「……あの野郎、俺の顔を見たんじゃねえだろうな」
だとするとそれは不味い。
夜陰で得られる視覚情報などたかが知れているにしても、身体的特徴のどれか一つでも押さえられたら話が伝播していく可能性は十二分に存在する。奇襲に重きを置いている真宮にとってそれは死活問題だった。
こちらもあの二人の顔は覚えた。機会があれば確実に殺しておく必要がある――そしてそのためにも、先んじては使い慣れた射撃武器を入手することから始めたいところだ。
真宮裕明……歪んだ少年は、微塵の罪悪感も覚えることなく、次こそ仕留めると意気を巻く。
【一日目/深夜/D−3】
【真宮裕明@ミスミソウ】
【所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×2、春花の包丁@ミスミソウ】
【状態:健康、苛立ち】
【スタンス:優勝狙い】
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投下終了です。
UTOPIAのノーマルエンドはとっても切なくて大好きです。
久賀秀利、鳴海ゆい、書き手枠で船見結衣@ゆるゆり 予約します。
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すみません、遅れましたが延長します
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破棄します。といってももうじき夏休みなので近々落としたい……!
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随分間を空けてしまいましたが、久賀秀利、鳴海ゆい、書き手枠で船見結衣@ゆるゆり 再予約します。
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本スレッドは作品投下が長期間途絶えているため、一時削除対象とさせていただきます。
尚、この措置は企画再開に伴う新スレッドの設立を妨げるものではありません。
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