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モバマス・ロワイアルpart3
1 ◆yX/9K6uV4E:2013/05/27(月) 02:04:21 ID:LV16d/UY0
このスレは、アイドルマスター・シンデレラガールズ(通称モバマス)を題材にバトルロワイアルの物語をリレー形式で進めてくという企画のスレです。

【参加キャラ】

18/18【キュート】
○島村卯月/○三村かな子/○小日向美穂/○緒方智絵里/○五十嵐響子/○前川みく/○双葉杏/○安部菜々/○輿水幸子
○水本ゆかり/○櫻井桃華/○今井加奈/○小早川紗枝/○道明寺歌鈴/○榊原里美/○栗原ネネ/○古賀小春/○佐久間まゆ


18/18【クール】
○渋谷凛/○多田李衣菜/○川島瑞樹/○藤原肇/○新田美波/○高垣楓/○神崎蘭子/○北条加蓮/○白坂小梅
○相川千夏/○神谷奈緒/○佐々木千枝/○三船美優/○松永涼/○和久井留美/○脇山珠美/○塩見周子/○岡崎泰葉

18/18【パッション】
○高森藍子/○姫川友紀/○大槻唯/○及川雫/○相葉夕美/○向井拓海/○十時愛梨/○日野茜/○城ヶ崎美嘉/○城ヶ崎莉嘉/○諸星きらり/○市原仁奈
○木村夏樹/○赤城みりあ/○小関麗奈/○若林智香/○ナターリア/○南条光

6/6【書き手枠】
○佐城雪美/○本田未央/○喜多日菜子/○大石泉/○星輝子/○矢口美羽


【基本ルール】

1.とある島にアイドル65人放り込み、一人になるまで殺し合いを続ける。
2.開始時間は午前0時から。制限時間は無制限。二十四時間以内に誰も死なないならば、強制的に全滅。
3.参加者の首には首輪がつけられて、爆弾がつけられている。無理に引っ張ったり、主催が命令などあると、爆破される。
4.ゲーム開始後、六時間毎に、放送が流され、そこで直前で死亡した人物の名前が読み上げられる。
  また、次の6時間以内に進入禁止になるエリアを読み上げる。禁止エリアに入った参加者の首輪は警告の後爆破される。
5.参加者には、武器になったりならなかったりする不明支給品が1〜2支給される他に、以下の基本支給品が支給される。
  荷物を入れるデイバック、情報端末(時計磁石入り)、参加者名簿、地図、筆記用具(鉛筆やメモなど)、懐中電灯、食料(水と軽食)
6.各アイドルのプロデューサーは主催によって人質にされている。アイドルと同じ首輪をしており、主催の判断で爆破される事がある。


 ※バトルロワイアルのルールは本編中の描写により追加、変更されたりする場合もある。
   また上に記されてない細かい事柄やルールの解釈は書く方の裁量に委ねられる。

【アイドルについて】
アイドルはソロで活動しているか、参加者非参加者問わず他のモバマスアイドルとグループで活動しているかはお任せします。先に書かれたSSに準拠してください

【プロデューサーについて】
アイドル一人ひとりにつき、それぞれのPがいます。ただし、全員が別人ではなく、複数のアイドルを掛け持ちしているPもいます。仔細は先に書かれたSSに準拠か、書き手にお任せします。

【予約について】
スレにトリップつきで、予約キャラを明記してください。
期間は5日間。延長は5作投下した人から、2日出来ます。

また、期限が間に合わず予約破棄した時に限り、予約が入っていない場合、該当キャラのゲリラ投下を許可します。

死亡キャラの補完話は、5作投下した人から予約できます。
また、投下した補完話から、同じ作者が次の補完話予約する時は、2話投下するまで予約できません。


※地図
ttp://www20.atpages.jp/r0109/uploader/src/up0157.png

※まとめウィキ
ttp://www58.atwiki.jp/mbmr/

2 ◆yX/9K6uV4E:2013/05/27(月) 02:05:15 ID:LV16d/UY0
続きまして、遅れましたが、投下開始します。

3Memories Off ◆yX/9K6uV4E:2013/05/27(月) 02:10:14 ID:LV16d/UY0




――――かけがえのない想い、抱いて。











     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

4Memories Off ◆yX/9K6uV4E:2013/05/27(月) 02:10:58 ID:LV16d/UY0







「ひゃあ!?」

ずるぺたーんという効果音が、聞こえてきそうなぐらい派手に、少女が転んでしまっていた。
少し木の根が露出していた所に、物の見事に引っ掛かったのは道明寺歌鈴であった。
ドジなのは何度も見ていたが、ここまでとは。
苦笑いと共に高垣楓は、思わずため息をついてしまう。

「ああっ!? また!」
「す、すいません〜!」

慌て歌鈴を助け起こすのは、矢口美羽で。
楓はこの二人と一緒に、島を南下していた。
半日程居た飛行場を離れるのは、若干恐怖を感じたがそれでも出る必要があった。
留まっているばかりでは、出会いたい人には、絶対に出会えないから。

「あぅぅ〜」

涙目になっている歌鈴を可愛いなと楓は思って。
くすっと笑いながら、手を差し伸べる。

「あ、ありがとうございます」
「いえいえ……いきましょうか」
「はい!」

そういって、歌鈴は朗らかに笑う。
どんな、失敗しても前向きに、精一杯な姿だ。
その姿は、楓が探している人物にかぶって見えて。

「……どうしました?」
「いえ……そろそろ、街が見えてくるかしら」
「ですね、遊園地に行ってみます?」
「うーん……どうしましょうね」

楓達は、歩きながら地図を確認する。
このまま、南下を続けると、まず最初に見えるのは遊園地であろう。
其処に誰かいるのだろうかと、楓は考えて。
遊園地にはあるのは、ジェットコースター、観覧車などのアトラクション。
他には、ショップやレストランなどであろうか。
後は……

「……シンデレラ、か」

ふと、思い浮かんだのは、メリーゴーランド。
もっと具体的にいうならば、その中にあるかぼちゃの馬車。
シンデレラである彼女は、魔法が解けて欲しくないと、怯えているのだろうか。
馬車の中に、しがみついているのであろうか。
楓は、少し前にあったことを思い出しながら、一人の少女の事を、思う。

あの、シンデレラであり、本当は恋する脆いただの少女である探し人は。


――十時愛梨は、今も、怯えているのだろうか。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

5Memories Off ◆yX/9K6uV4E:2013/05/27(月) 02:13:07 ID:LV16d/UY0






「はいっ、オッケーです!」

パシャとという音と共に、撮影終了の合図がかけられた。
雑誌に載るグラビアの写真の撮影で、何故か学生服を着ている。
いや、そういうテーマなのだけれど。

「お疲れ様でしたー!」
「はい、お疲れ様です!」
「お疲れ様でした」

結構長時間の撮影だったけれど、愛梨ちゃんは元気良く挨拶している。
二人での仕事だったけれど、セーラー服が良く似合っていた。
流石ちょっと前まで現役だったけあるのかな。
ちょっとだけ、眩しい。

「はぁ」
「どうしました?」
「別になんでもないわ、似合ってるわ」
「ありがとうございますっ、楓さんも似合ってますよ」

そう言われて思わず自分の姿を見る。
ブレザーの制服をきた……女性?
それは正直……

「……どうなのかしらね」
「あ、あはは」

お互いに苦笑いを浮かべて、そしてバツの悪そうな表情を浮かべる愛梨ちゃんをみて、私はクスッと改めて笑った。
そしてそのまま、撮影スタジオを後にして、私達は楽屋に向かう。

「あ、そういえばエクレア作って持ってきたんですよ」
「わ、嬉しいわね」
「えへへ」

彼女が作るお菓子は本当美味しい。
流石趣味にするだけのものだけある。
ケーキ、アップルパイなどなど、どれも美味しくて、思い出して微笑んでしまう。

「……貴方が作るお菓子は、可笑しいくらい美味しいわ」
「……ふぇ?」
「いえ、なんでもないわ」
「そうですかー……今日は、エクレアを作ってきました!」
「わぁ」

そうして、楽屋に入って、愛梨ちゃんは冷蔵庫からエクレアを出す。
飲み物を用意して、私はエクレアにかぶりつく。
その瞬間、ふわっと香りが広がった。

「あ、珈琲味ね……でも市販の味と違うわ……美味しい」
「はいっ、ちょっと隠し味入れたんですが解ります?」
「……うーん、何かしら?」
「コーヒーリキュールです、大人の味ですよ」

確かに、普通の珈琲味とはちょっと違う。
お酒が入っている分癖があるけど、何処か深い感じがする。
癖になりそうな大人の味で。

「ふふっ……いけない味ね」
「えへへ……」

そう、愛梨ちゃんは、はにかむ。
朗らかな笑顔が、本当素敵だ。
この子は、自分のお菓子を食べてもらうと、本当に幸せそうな笑顔を浮かべる。
ここら辺、年頃の少女ね。

「けど、楓さん。長時間の撮影だったのに、こなれてますね」
「ええ……まあ、モデルだったからね」
「えっ!? 初耳です!」
「言ってなかったっけ……? だからグラビアは慣れてるのよ」

ふぇーと驚いたように、愛梨ちゃんは私を見つめる。
私はそんな珍しいかしらと思う。
まあ、珍しいのかな? この年だと。

「なんで、モデルからアイドルに?」
「……うーん、なんででしょうね」
「解らないんですか?」
「熱心にスカウトされたのが大きいからね」

そう、本当に熱心なスカウトだった。
こんなモデルをアイドルにしようとするなんて、驚きである。
ビジュアルだけじゃない、歌やダンスでも貴方は人を魅了できるって。
はぁと軽く流し続けていたのに、プロデューサーのしつこいの域に入りかけた熱心なスカウトに見事に負けてしまった。

「でもまぁ……これでよかったわ」
「よかった?」
「ええ、よかった、うん」

多分よかったのだ。
踊って、歌って。
そして、いろんな人に出会って。
楽しい、今、とても楽しい。
だから、これがいいのだ。

6Memories Off ◆yX/9K6uV4E:2013/05/27(月) 02:13:37 ID:LV16d/UY0

「……じゃあ、貴方はどうして、アイドルに?」
「私?」
「うん、シンデレラである貴方はどうして?」

逆に私は、問いかけると、彼女は首をかしげて。
ううーんと悩み始めている。
あれ、シンデレラになる位だから、すぐ出てくると思ったけれど。
確固たるやりたい理由とか、アイドルでいる理由が。


「………………そうですねぇ、私は――――」
「二人とも、撮影お疲れ様っ!」

やがて、彼女が覚悟を決めたように口を開いた時、丁度楽屋の扉が開いた。
タイミングがいいのか、悪いのか。
いや、このタイミングだと悪いかな。
私達のプロデューサーがやってきたんです。

「……あ、お疲れ様です、プロデューサー」
「おう、お疲れ。どうだった?」
「よかったですよ……プロデューサーもエクレアどうぞ!」
「お、サンキューな」

そのまま、愛梨ちゃんは何事も無かったように、エクレアを彼に渡しました。
ちょっと残念そうなほっとしたように。
私はそれを不思議そうに眺めているだけで。

「うん、美味しい」
「本当ですか!」
「ああ、流石だな」
「……えへへ」

愛梨ちゃんは本当嬉しそうで。
見てるこっちまで恥ずかしくなりそうだった。
……本当、こういう所は普通の少女と変わらないのに。
それでも彼女はシンデレラなのよね。

「さて、一段落したら、引き上げるぞ」
「はーい」
「はい、この後は一杯行く約束でしたよね」
「解ってますよ」

プロデューサーの一言で私達は楽屋から引き上げる準備をする。
その後、私とプロデューサーは今日のお疲れ様会という事で、呑みにいくのだ。
といっても、チェーンの居酒屋でしかないけれども。

「あ、いいなー私もいきたいー」
「駄目だ、未成年なんだし」
「うー……」

愛梨ちゃんは不服そうに、プロデューサーに抗議する。
愛梨ちゃんは忙しくて、最近はそういう打ち上げの時間すらとれてない。
ちょっとかわいそうだけれど、こればかりはね。
私は手で、ごめんねっと作って、彼女に謝る。
愛梨ちゃんはわかりましたぁーと不服そうに言って食い下がった。


けど、


「でも…………寂しいですよう」



そう、まるで小さな子犬のように、震えるように呟いていたのを



私は、忘れる事ができなかった。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

7Memories Off ◆yX/9K6uV4E:2013/05/27(月) 02:14:12 ID:LV16d/UY0






「……なんで、彼女はアイドルに……か」
「どうしました?」
「ううん、なんでもないわ」

楓が、何かを思い出したように呟いたのを、美羽は気になったが、追求はしなかった。
優しく微笑まれただけで、もう突っ込む気が無くなってしまう。
そういう雰囲気をもつ楓を、美羽は羨ましいな、と思う。

「ふぇぇ!?」
「……またぁ!?」

そう思った矢先、また歌鈴がこけそうになっている。
何も無い所でこけそうになるのは、もはや一種の才能なんだろうか。
美羽は助けに行こうとするが、ぎりぎり歌鈴は踏みとどまって

「セーフ! セーフですっ!」

満面の笑みで、こけなかった事をアピールしていた。
いや、こけそうになった時点で駄目な気がするんだけれど。
そう突っ込みそうになったけど、歌鈴が自慢げなので、いうのもやめた。

「いつも、美穂ちゃんや藍子ちゃんに助けてもらってましたけど……もう大丈夫です!」
「そういってまたこけないでくださいね……というか、知り合いだったんですね」
「はい、いつもお世話になってるんですよ、大切な友達です!」
「へぇー……そうだったんだ」
「藍子ちゃんと一緒にいるときは、なんだか楽しくて温かくなって、素敵な時間をすごせるんです……本当に大切な友人です」


歌鈴と自分のグループのリーダーである藍子が知り合いである事は、美羽は知らなかった。
でも、なんだか藍子が歌鈴の世話をしているのは容易に想像できた。
優しく、ほんわかと笑って。
そっと助けてくれるんだろうなと。
陽だまりのような笑顔で。

それは、もはや藍子の才能のようなもので。

「いいな……わたしは……」

そんな才能は……と自分で思って。

フラワーズが正式にデビューする前。


仮デビュー、研修期間という事で、何ヶ月もレッスンを重ねた、あの時の事を



美羽はゆっくりと思い出していた。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

8Memories Off ◆yX/9K6uV4E:2013/05/27(月) 02:14:53 ID:LV16d/UY0









「高森! ワンテンポ遅れてる!」
「は、はいっ!」
「また、其処で遅れてるな……まあ、いい休憩をとろう」
「……はい」

はーっはーっと思いっきり私は肩を揺らして大きな息を吐いていました。
藍子ちゃんが一歩遅れて、そこでダンスのレッスンは一旦休憩となる。
激しいダンスが売りの曲だった。その曲が踊れるよう、ひたすら私達は練習していた。
もう、何日もこの曲だった。

「はぁー……ふぅ……」

けど、どうしても、遅れてしまう。
藍子ちゃんが、どうしても遅れてしまうのだ。
元々激しくステップを踏むのが、藍子ちゃんは少し苦手だった。

「大丈夫? はい、水」
「あ、ありがとうございます」

そうやって水を渡したのは、友紀さん。
彼女は汗をかいてるものの、大して疲れてなさそうだった。
私達のなかで最も踊れる友紀さんは流石だ。
というより、踊りにかけては、凄い。
あんなに激しいステップ、そして立ち位置を変えるタイミングすら完璧だ。
彼女のソロのダンスパートはこちらでさえ息を飲んでしまう程の凄さだ。

「どうしても、あそこ難しいよねぇ」

そういったのは夕美ちゃんで。
ころころ笑いながら、水を飲んでる。
彼女はダンスもそつなくこなする方だ。
最も歌が得意なはずなのに、流石アマチュアアイドルだけあるのかな。

「は、はい……でも、頑張らなくちゃ」

私は……まあ、普通だった。
厳しいけど、練習すればできるのもあって。
ちょっと突っかかる所あるけど、それなりに。

「えへへ……っと!?」
「だ、大丈夫、藍子ちゃん!?」
「うん、大丈夫だよ」

立ち上がろうとした藍子ちゃんが、よろめいて。
それを夕美ちゃんがあわてて支えていた。
この二人は、やっぱり仲がいいな。

「……練習して、覚えないと……足引っ張ってるし」
「無理しなくてもいいんだよ?……疲れてるならやすも?」
「ううん……大丈夫。友紀さんアドバイスお願いします!」
「……本当無理しないでね。でも、おっけ、解った」

そういって、藍子ちゃんはまたステップを踏み出す。
もう既に、3時間ぐらい踊ってるのに、まだ頑張ろうとしている。
まだ、藍子ちゃんは笑ってる。凄いなと思う。
あんな厳しいのに、辛いのに。
彼女は、笑っている。

9Memories Off ◆yX/9K6uV4E:2013/05/27(月) 02:15:39 ID:LV16d/UY0

「…………凄いな」
「どーしたの? 美羽ちゃん」

藍子ちゃんと友紀さんがステップの練習しているのを、私と夕美ちゃんは二人で見ていた。
やっぱり友紀さんと比べると、藍子ちゃんは遅れる。
それでも、笑って、本当に笑って、楽しそうにやっていた。

「……厳しい練習なのに、笑って」
「そーだねえ……流石かな」
「よく、笑えるなって思うんです」

そういって、私は水を飲み干す。
本当、藍子ちゃんはよく笑える。
陽だまりのような笑みを浮かべていた。

「……楽しいからじゃないかな」
「えっ?」
「きっと心の底から、『アイドル』でいられるのが、楽しんだと思うよ」

夕美ちゃんは、笑って、藍子ちゃんを見てる。
尊敬するように、ずっと。

「アイドル……」
「そ、笑って……アイドルでいられる事が、楽しいんだと思う」

夕美ちゃんと、藍子ちゃんはとても仲良しだ。
だから、二人で、言葉を交わすことが多いんだろう。
きっと、わたしが知らない所まで、彼女は藍子ちゃんのことを知っている。

「皆が微笑んでくれるような、アイドル……優しい気持ちになってくれるように……って」
「なんですか?」
「藍子ちゃんの目標…………きっとなれると思うんだ」
「そうなんですか?」
「……だって、あんなに、優しく楽しく笑えてるんだもん……凄いよ……だから、藍子ちゃんは『アイドル』なんだ」

そういって、わたし達は藍子ちゃんを見る。
陽だまりのような笑顔が其処にあった。
見てるだけで、温かくなるような、笑みが。

「こうですか!?」
「そう! 其処で一回、回ったら、手を大きく振って!」
「はいっ!」
「うん、上出来っ! じゃああたしの速さについてきて!」

友紀さんが、ステップを踏んで、そして、かなり速いスピードでスピンする。
ほぼ完璧な動きで、惚れ惚れする。
その後、藍子ちゃんも負けじとついてきて。

「出来た!」
「そうっ!」

そうして、見事、出来た。
彼女は、やっぱり笑っていた。

「よーっし! 次は私も入るよ!」
「夕美ちゃん! 一緒に頑張ろう!」
「うん、藍子ちゃんには負けないからね!」

いいな、凄いなって私は思う。
あんなふうに、笑いたいなって。
笑えてるのかなってわたしは思う。
自然に笑える才能が、わたしにあるのかな。

人を、惹きつける天性のような笑みが。


わたしもあんな風に笑いたくて。
わたしは笑ってみた。
鏡を見る勇気は無くて。


前を向くと、其処には、優しい笑みがあった。


胸がきゅっと、つかまれるような……そんな感覚に襲われたんです。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

10Memories Off ◆yX/9K6uV4E:2013/05/27(月) 02:16:00 ID:LV16d/UY0







「……もしかして、あの時から始まっていたのかな?」
「ほえ?」
「なんでもないよっ」

美羽が何かを呟いて、歌鈴は首を傾げるが、やはり大きく気にする事は無かった。
ずっと心に気にかけてることがあるから。
だから、いつも以上に、何度もこけそうになった。
大丈夫かな、彼女は、笑っていられるかなと。
心に思う人だけをひたすら、考えていた。

(美穂ちゃん……)

歌鈴の親友である小日向美穂。
朗らかな笑みを浮かべて、ほんわりした彼女。
裏切って、しまった、親友。
大切な、大切な、親友。

「……ふぇ?!」
「……ふぅ……仕方ないですね」
「あ、ありがとうございます」

またこけてしまったが、美羽が苦笑いを浮かべながら優しく手を差し伸べる。
歌鈴も苦笑いを浮かべながら、差し伸べた手に

「……あっ?」
「うん?」
「い、いえ」

その瞬間、重なった顔。
まったく同じ表情で彼女も手をさし伸ばしていてくれた。

優しく、笑いながら。
一緒に歩いていた親友。
けれど、大好きな人が一緒になってしまった故に。


裏切ってしまった親友。


――小日向美穂のことを、道明寺歌鈴は思い出していた。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

11Memories Off ◆yX/9K6uV4E:2013/05/27(月) 02:16:26 ID:LV16d/UY0









「ふぇ!?」
「……大丈夫!?」
「うん、躓きそうになっただけから」
「ならいいけど……」
「ありがとっ、美穂ちゃん」

わたしたちは、二人で買い物に出かけていました。
オフで、日向ぼっこをしながら、のんびりと。
そんな、親友との大切な時間です。

「今日は何処に行く? 歌鈴ちゃん」
「美味しい、あんみつ食べれるところ、藍子ちゃんから聞いたの! いいかな?」
「わっ、いいなーあんみつ……美味しいもんね」
「うん……えへへ」
「あんみつ……うふふ」

今日は藍子ちゃんから教えてもらった甘味処にいくのが一つ。
絶品のあんみつが食べれるらしいんです。
……あんこの甘さは好きだから……楽しみだなぁ。

「後、髪飾り買いたいのと……後、そろそろ近いからね、プレゼントも」
「……えっ、何が?」
「もう、美穂ちゃん、忘れたの?」
「ほぇ……?」
「……好きな人なんだから、忘れちゃ駄目だよ?」
「ふぇ!?」

美穂ちゃんは本気で忘れてそう……
美穂ちゃんが大好きな人なのに。
駄目だよ? 美穂ちゃん。
もうすぐ……

「プロデューサーの誕生日だよ?」
「あっ!?」
「大好きな人なんだから……もう、駄目だなぁ」
「うぅぅ……歌鈴ちゃんに心配されるなんて」
「それって、どういう意味ー?」
「な、なんでもないよ! でもありがとう!」
「どういたしまして……なに買うの?」
「何が喜ぶのかなぁ……」

美穂ちゃんは顔を赤く染めながら、ずっと思案している。
本当、恋する乙女だなぁ、美穂ちゃん。
プロデューサーを好きなって、すっごい解りやすいんだもん。
わたしでさえ、苦笑い浮かべちゃうくらい。

「えへへ……決めた!」
「何にするの?」
「内緒っ!」
「えー!」
「えへへ!」

でも、恋する、美穂ちゃんは女の子のわたしからみても、可愛い。
顔を真っ赤にしながら、そうやって、大好きな人を想う彼女は素敵だと想う。
だから、精一杯応援してあげたいと……おも…………


――――本当に?


そうやって、心の中で、悪魔のわたしの声が聞こえる。
どきっとした。
とても、とても。

12Memories Off ◆yX/9K6uV4E:2013/05/27(月) 02:16:45 ID:LV16d/UY0


――――好きなくせに、好きなくせに。


ちがう、違うんです。
わたしは好きになっちゃいけない。
親友の背を押してあげたいんです。
大切な、親友の背を。
大好きな美穂ちゃんを。
応援した……


――――じゃあ、プレゼントを買わなきゃいいのに。


っ?!
そ、そんなつもりで。
わたしはただ日ごろのお礼を。
したいだけだから。
そうなんです


――――振り向いてほしいんじゃ



うるさいっ!
うるさいっ! うるさいっ!


わたしは……わたしは!


「ひゃあ!?」
「わ! 歌鈴ちゃん、だ、大丈夫?」
「……ふぇ」
「大丈夫、血は出てないよ……ほら」


わたしは、こけて。
美穂ちゃんは優しく微笑んで。
親友を心配するように手を差し伸べる。


わたしは、それをとろうとして。
とらずに、

「だ、大丈夫だよ」
「そう? ならいいんだけど」

立ち上がりました。
美穂ちゃんは何も知らずに笑っていました。


「じゃあ、いこう! あんみつあんみつ」
「ふふっ……歌鈴ちゃんったら食い意地はって」
「ちーがーうー!」
「どう、違うのかな?」
「美穂ちゃんだって楽しみなくせに!」
「あ、ばれてる?」
「ばれてます!」
「えへへっ」


そうやって、歩き出す。
心の声を無視することが出来ずに。
親友の顔が何故か直視できなくて。




そうして、わたしは、親友を、裏切る




――――その一歩を踏み出してしまったんです。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

13Memories Off ◆yX/9K6uV4E:2013/05/27(月) 02:18:17 ID:LV16d/UY0










「……ごめんね」
「……どうしたのかしら?」
「いえ、なんでもないんです!」

歌鈴は楓の声に、ハッと振り返って、前を見る。
楓は不思議そうに笑いながら、指をさす。


「道が見えてきたわよ、未知なる、道がね」
「あっ、本当だ」
「多分これを南下すれば、南の町、遊園地につくわ」
「じゃあ、向かいましょう」
「そうね……そうしましょう」


そうして、三者は、道に沿って歩き出す。

三者は、心に残る絆に思いを馳せながら。



絆を、想いを信じて、重みに感じながら、



それでも、歩き出して行く。




――――かけがえのない想いを、抱いて。




【D-4 /一日目 午後】


【高垣楓】
【装備:仕込みステッキ、サーモスコープ】
【所持品:基本支給品一式×1、ワルサーP38(8/8)】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:アイドルとして、生きる。生き抜く
1:アイドルとして生きる。
2:まゆの思いを伝えるために生き残る。
3:……プロデューサーさんの為にちょっと探し物を、ね。



【矢口美羽】
【装備:歌鈴の巫女装束、鉄パイプ】
【所持品:基本支給品一式、ペットボトル入りしびれ薬、タウルス レイジングブル(1/6)】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:フラワーズのメンバー誰か一人(とP)を生還させる。
1:とりあえずフラワーズの誰か一人は絶対に生還させる。
2:これからのことを相談する。



【道明寺歌鈴】
【装備:男子学生服】
【所持品:基本支給品一式、黒煙手榴弾x2、バナナ4房】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:プロデューサーの為にアイドルとして生き残る。
1:プロデューサーに会うために死ねない。
2:美穂を自分から探し出す、そして話し合う。

14Memories Off ◆yX/9K6uV4E:2013/05/27(月) 02:18:35 ID:LV16d/UY0
投下終了しました。
このたびは少し遅れてすいません。

15 ◆yX/9K6uV4E:2013/05/29(水) 19:13:49 ID:4xn.LNTs0
岡崎泰葉、喜多日菜子、双葉杏、渋谷凛、相川千夏で予約します

16 ◆RVPB6Jwg7w:2013/05/29(水) 21:07:47 ID:VIq1yx.g0
新スレ&投下乙です!

>Memories Off
3人3様の思い出話、それぞれに背負うものが重いなぁ。
(楓さんそれキツっ!)とか(未知なる道、2人ともスルーなんだ……)とかは置いておくとしてもw
それぞれがそれぞれに、本当に大事な仲間だったんだなと、改めて感じますね。





さて、ではこちらも、向井拓海、小早川紗枝、白坂小梅、松永涼 以上4名予約します。

17 ◆John.ZZqWo:2013/05/31(金) 22:41:29 ID:ghUZqnRA0
スレ立て&投下乙です!

>Memories Off
3人とも、それぞれ対となる子への想いが描かれましたねぇ。その相手が共に向かうほうにいるので、これがどう作用するのか楽しみです。
特に道明寺ちゃんと美穂ちゃんは……元々が仲がよかっただけに、うーん。
FLOWERSのためなら〜という美羽ちゃんの思いを藍子ちゃんがもし知ったら、というのも気になるし……。
南は色んなグループが動き出しているので、どうなるかわからないだけにやきもきしますね。
後、道明寺ちゃんは転びすぎ!w


予約延長します。

18 ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/02(日) 00:04:50 ID:GSWQAh6U0
予約分、投下します。

19みんなのうた ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/02(日) 00:05:42 ID:GSWQAh6U0


    *    *    *



   ひとりじゃ、ないから。



    *    *    *



【Aパート】 向井拓海の場合



ザッ。
足音も高くダイナーの外に踏み出した向井拓海は、まず最初の一歩として、外からの観察を始めた。
ゆっくり大股に軽トラックに近づき、まずは窓から運転席を覗き込む。

「鍵は……やっぱかかってやがるか。中に閉じ込めてる訳でもなし。
 昔の仲間にゃ、こういうの得意なヤツも居たけどなァ……。
 まあ、家探しから始めるっきゃねぇか」

錠前破りなどのスキルにも、鍵なしでエンジンをかけるような裏ワザにも縁がない。
ひょっとしたらできたかもしれない知り合いも、この場には居ない。
やはり、ダイナーの中のどこかにあると見て、鍵を探すしかないか。
とにかくまずはエンジンがかかるかどうか、確認しなくては話が始まらない。

「それと……少し、傾いてやがるな」

そして少し身を離すと、地面に膝をついてタイヤを検分する。
……なるほど、左前輪だけが、ぺちゃり、と潰れている。
パンクだ。
釘でも踏んだのだろうか、見事に空気が抜けきっている。

「ま、放置されてた理由がコレだけだったなら、むしろ何とかなる方か……。
 スペアタイヤも積まれてるはずだし、ジャッキで上げて、交換すれば……
 いや、道具も車に積んであるのか……?」

拓海は立ち上がる。
まずは車の鍵。できれば工具も。コレらを見つけるのが先決だ。
身を翻して、店舗の前を大回りして、ダイナーの中に駆け込む。
派手に入口のベルが鳴る。


    *    *    *


「おう、紗枝はどこいった? ……って、ナニやってんだよ」

扉を開くと同時に声を挙げた向井拓海は、そして店内の光景に眉を寄せる。

ボックス席のテーブルの上に横たわる痛々しい松永涼と――
その服をはだけ、胸のあたり、なかなかデリケートなあたりに手を突っ込んでいる、白坂小梅の姿。

いや、分かる。
ナニやってんだ、とは言ったものの、すぐに分かる。
汗を拭いているのだ。
綺麗なタオルを使って、傍目にも汗だらけだった涼の身体を、拭いているのだ。

しかしこの構図は……その、なんというか……誤解するなというのが無理ってものだろう。
思わず赤面しかけた拓海に対し、小梅はうっすらと上気した顔を上げ、奥の方を指さす。

「さ、紗枝さんなら、そっちに……」
「おや、拓海はん、お早いお帰りどすなぁ。ダメやったん?」

ちょうどタイミングよく顔を覗かせたのは、小早川紗枝。
彼女が出てきたのは、キッチンの奥、客席側からもチラリと見える、地味な印象の扉。

「車の鍵がなくってな。コッチにねぇかって探しにきたんだが。
 ついでに、車弄りの工具もあると有難てぇ。どうもパンクしてるっぽいんでよ」
「それやったら、この奥と違います? 2階はお部屋になってましたえ。
 もしあるんやとしたら、そこくらいやろね」

それだ。
拓海は軽く礼を言うと、道を開ける紗枝を掠めるようにして奥に飛び込み、そこにあった急な階段を駆け上がる。
2階に上がると、そこは独身向けのワンルームのような印象の居住スペース。
これなら期待できる。
拓海は軽くジャージの袖を腕まくりすると、家探しを開始した。


    *    *    *

20みんなのうた ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/02(日) 00:06:47 ID:GSWQAh6U0


車の鍵は早々に見つかった。
目につきやすい所に置かれた小さな陶器の皿に、腕時計や小銭、印鑑などと一緒に放り込まれていた。
どうやらこの部屋の住人は、防犯性よりも日々の利便性を重視していたらしい。

工具箱の方は、少し手間取った。
収納スペースを片っ端から開けて、それらしいものを探していく。

「あ、あのぅ……」
「おう、どうした?」

途中、階段を登ってきた小梅がおずおずと声をかけてきた。
振り返りもせずに、声だけで応える。

「あの、その、ボール、こっちにありませんでしたか……?」
「ボール?」
「や、野球のボールでも、ゴムボールでも、なんでもいいんで……弾力があって、小さいのがあれば……」
「それなら、確かテニスのがこの辺に……」

何に使うのだろう?
拓海には見当もつかなかったが、そういえばテニスラケットなら視界の片隅に見た覚えがある。
部屋の持ち主の趣味だったのか、果たしてすぐにテニス用品一式が見つかる。ボールもちゃんとあった。

「ほれっ。これでいいかい?」
「あ、ありがとうございます!」

軽く1個放ってやると、受け取った小梅はパァッと顔を輝かせて、そのまま階下へと駆け下りていく。
どうやら役に立てたらしい。
思わず笑顔になった拓海は、そして次の瞬間、苦笑じみた溜息を吐いた。

「なんでぇ。ここにあるじゃねぇか。
 こりゃ小梅のお陰だな。感謝しねぇと」

テニス用シューズの箱をどけて、どっしりと重たい金属の箱を引っ張り出す。
中身を確認して、軽く握りこぶし。
レンチから何から、一通り揃っている。
そう、拓海が探していた工具一式は、テニス用品一式の下に隠れていたのだ。
ちょっとした心理的な死角。
今のような偶然でもなければ、見つけるまでにもっと時間がかかっていただろう。
小梅のもたらした偶然に感謝しつつ、がっしと抱えて、階下に駆け下りる。

「あ、駐車場に出はるんやったら、そっちの扉使いィ。その方が近いんちゃう?」
「おっ、すまねぇな。よいしょっと!」

玄関口に行きかけたところで、キッチンで何やら調理しているらしい紗枝に声をかけられる。
指す方を見れば、鉄の扉。
肩で押し開けるようにして出てみれば、そこは店の裏手の駐車場。裏口であったらしい。
なるほど、確かにコッチの方が近い。店の前をグルリと回る必要がない。

「みんな、やることやってんだ……頼むぜ、エンジンかかってくれよ……!」

拓海はらしくもない祈りの言葉をつぶやきながら、工具箱を置いて鍵を取り出した。


    *    *    *

21みんなのうた ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/02(日) 00:07:21 ID:GSWQAh6U0


結果から言うと、エンジンは見事にかかった。
この段階で故障しているようだと、彼女の手持ちの技術ではどうにもならない。

「ガソリンの残量が少ねぇのが心配だが……まあ、病院までは持つだろ」

残念ながら、ガソリンメーターの表示はレッドゾーンぎりぎり。
とはいえ、こういうメーター類は、多少の余裕をもって表示するのが常というもの。
この辺はバイクと変わりないはずだ。
無駄遣いさえしなければ、たぶん病院までは、持つ。

ちゃんとかかることだけを確認すると、すぐにエンジンを停止させる。浪費はできない。
それよりも、一刻も早いタイヤ交換だ。
まずは車のあちこちから、必要な道具を集めて来る。

車載のジャッキは、助手席のシートの中にあった。工具の所になかったから、実は少し不安だったのだ。
スペアタイヤは、荷台の下。やや取り出すのに手間取る。
必要な道具を並べて、さっそくジャッキアップを始める。

「昔のアタシなら――デビュー前のアタシなら、できなかったな」

手際よくボルトを外していきながら、口の中でつぶやく。
脳裏に浮かぶのは、この場に呼ばれていない1人のアイドル。
原田美世。
バイク乗りである拓海が、その趣味の繋がりもあって得た親友の1人だ。
可愛い顔して機械弄りが大好きな変わり者で、車やバイクを扱う腕前はプロの整備士並み。
いや、あれはちゃんと資格も取っていたのだろうか?
ともあれ、拓海も自分の愛車の面倒を見て貰ったことがある。
遊びにいったついでに、ちょっと気まぐれに作業を手伝ったことも何度かあって……
だから。

「美世んお陰だな、こりゃ……!」

だから、拓海自身は自動車の免許を持っていないにも関わらず、タイヤ交換をした経験なら、ある。
スペアタイヤやジャッキの積まれている位置も、雑談の中ででサラッと聞いていた話だ。
あの頃には、こんな風に役に立つことがあるとは思っていなかったけれど。

「そう、アタシらは1人じゃねェんだ!
 絆ってもんがあるんだ!
 だから――絶対、負けねぇぞっ!
 こんな、『最後の1人』を目指せなんていう、クソッタレなイベントにはよっ!」

パンクしていたタイヤが外れる。素早くスペアタイヤをはめこみ、ボルトを締め始める。
ここまでスピーディに作業ができるのも、過去にアイドルとして結んだ絆の力。
ならば。
仲間を1人だって見捨ててなるものか。
絆を捨てろ、絆を断ち切れ、最後の1人になれ、などとささやく悪魔など――
渾身の力でもって、殴り飛ばしてやる。

心の中で改めて誓いつつ、彼女は今は、ただひたすらにタイヤと格闘する。


    *    *    *


「……よしっ!」

素早く、しかし確実に。
スペアタイヤとの交換を終えた拓海は、逸る心を押さえて、運転席に飛び乗る。
エンジンをかけて、ハンドルに手をかけ……

「……ここを、こう、か? うおっ!?」

まずはゆっくりと1人で、軽トラックを発進させる。
タイヤ交換を終えただけでは安心できない。不具合のチェックと練習を兼ねた、テスト走行だ。
これで問題が生じるようなら、また最初からやり直しになる。

原田美世からの耳学問と、むしろゲームセンターで培った運転技術。
乗り慣れたバイクとの感覚の違いに、少し混乱する。
おっかなびっくり、低速で駐車場を軽く一周して……何事もなく、元の位置に帰り着く。
ギアをパーキングにいれ、エンジンを止めて、ほっと一息。
バイクに初めて乗った時の緊張も、こんなものだっただろうか。

「とりあえず何とかなりそうだな……! さぁてっ!」

自分が受け持ったミッションは、見事にクリアした。
あとは慌てず騒がず丁寧に、怪我人を病院まで運ぶだけ。
他の2人はちゃんと自分の仕事をしているだろうか。
涼の体調は大丈夫だろうか。
一段落ついて、ようやく拓海も彼女たちのことが気になってくる。

軽トラックから飛び降りて、さっき出てきた裏口へ。
キッチンを通って、涼たちが待つはずの客席の方に踏み込んで、

「……って、おい、今度こそ本当に……ナニ、やってんだよ」

そこにあった光景に、今度こそ向井拓海は、絶句した。
拓海の言葉にヒョイと顔を出してきた小早川紗枝も、その光景を前に、思わず黙り込んだ。



    *    *    *

22みんなのうた ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/02(日) 00:08:25 ID:GSWQAh6U0



【Bパート】 小早川紗枝の場合



まず最初に彼女が行ったのは、家探しだった。

「こっちは……2階どすか」

昼食の準備を担当することになった小早川紗枝は、キッチン奥の扉の1つを開いて首を傾げる。
食材ならば店のキッチンにもあるが、一通り備蓄分なども調べておきたい、というのが1つ。
さらに、まさかとは思うが、この店のどこかに誰かが潜んでいないとも限らない。
早めに一通り調べておくに限る。
キッチンの片隅で綺麗なタオルを物色している白坂小梅に一声かけると、紗枝は軽やかに階段を登った。

そうして登った、2階の空間は――
どうやら、この店の主がささやかな生活を営む、居住空間となっているようだった。
ガランとした印象さえ受けるワンルーム風の部屋に、簡単なキッチンとユニットバス。
本来ならあったはずの窓は、ダイナーの大きな看板に塞がれて、ちょっとばかし埃臭い。

「誰もおらへん……よ、ね?」

クローゼットと呼ぶべきか押入れと呼ぶべきか迷う収納スペースを開けながら、小首を傾げる。
自己犠牲精神を発揮したつもりはなかったが、もし仮に殺し合いに積極的な人物が隠れていたなら……
真っ先に襲われるのは、紗枝になってしまう。
包丁の一本でも階下から持ってきておくんだったかな、と物騒なことを考えながら、一通りの確認を終える。

「で、こっちのキッチンは、と……見るからに、あかんどすなぁ」

全体を見回し安全を確信した後、紗枝が視線を向けたのは片隅のキッチン。
いや、これをキッチンと呼んでいいものかどうか。流し台に毛が生えた程度の代物。
いちおう冷蔵庫もあって、いちおう小さな包丁とまな板も置いてあるが……

「……中身、ビールだけとか……ほんまに……」

冷蔵庫を開けてみて、がっくりと肩を落とす。
普段の和装の印象に違わず、どちらかと言えば洋食よりは和食派である小早川紗枝。
だから、階下の「見るからにアメリカン」な店舗に無いものがあれば、と思ったのだが。
片隅に置かれた炊飯ジャーも、見るからに汚い。
ま、独身男性の自宅ともなれば、こんなものではあろうが……。

「こら、ご飯を炊いておにぎりでも、っちゅう気分にもならへんわぁ……」

純粋な衛生面での話であれば、あるいは大丈夫かもしれない。
しかし紗枝自身の素直な感情としてイヤだ。
なんといっても、15歳の乙女なのである。
まだ下の店舗のキッチンの方が、法的な基準や保健所の目などがあるせいか、綺麗に思える。

食材のストックからツナ缶を2つほど見つけると、彼女はこれを戦果として下に戻ることにした。
表示されていたダイナーのメニューの中には、これを使っていそうな料理はなかったはず。
つまり、こうして二階に上がらなければ入手できなかった材料。
この缶詰と下にある食材で、適当にサンドイッチでも作ろう。そう心に決める。

階段を半ばまで降りかけたところで、盛大に店舗入り口のベルが鳴る。

「おう、紗枝はどこいった? …………、…………」

拓海の声だ。
やけに早い帰りである。何かトラブルでもあったのだろうか?
紗枝は階段を小刻みに駆け下りると、キッチンの方に顔を出した。


    *    *    *

23みんなのうた ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/02(日) 00:08:59 ID:GSWQAh6U0


騒々しくも勢いよく拓海が2階に上がるのを見送りながら、今度は1階を調べて回る。
キッチンの奥にもう一枚あった鉄の扉は、鍵を開ければ外に繋がっていた。勝手口だろう。
他には順当に食材たっぷりの業務用の冷蔵庫と冷凍庫に、客用のトイレ。
一周して戻ってきて、キッチンで腕まくりをする。

目の前には、いかにも業務用、といった風体の調理器具が並ぶ。
ポテトを揚げるためのフライヤーやら、鉄板全体が熱せられて食材を焼き上げるグリルやら。
しかし、少しばかり紗枝の手に余るようなものが多い。

「使いこなせるんやったら、美味しゅうなるんやろけどねェ」

淑女の嗜みの一環として、ある程度の料理も叩き込まれた紗枝ではあるが、やはりその本領は家庭内。
こういうプロが使う道具とは、縁がない。
ましてや彼女の経験値はいささか和食方面に偏っているから、なおさらだ。
むしろここにあるのは、ファーストフード店でのバイトの経験あたりを要求する代物である。

まあ、無いものをねだってみても仕方がない。
やれる範囲で、やれることをやるしかない。
基本的に火を通さずに済むタイプのサンドイッチ類を念頭に置いて、材料を並べていく。
いくら和食派といっても、それくらいなら問題なく作れるはず。

「……あ、あのっ!」
「ん? どないしはった?」
「その……ボールとか、どこかにありませんでしたかっ?!」
「ボール? 野球とかサッカーとか、そういうのん?」

必死な様子で声をかけてきたのは、白坂小梅。
涼の手当てを担当していたはずだが……はて。そんなもの、何にどう使うのだろう?
分からないままに、紗枝は素直に返答する。

「ウチは見とりまへんなぁ。
 ただ……2階は男の人が住んでたお部屋のようやったし、ひょっとしたら……」
「わ、わかりましたっ! ありがとうございますっ!」

トタトタトタ。
紗枝の答えを聞くやすぐに、小走りで奥の扉へと消えていく。
裾の長すぎる特攻服をなびかせて、必死なその横顔がなんとも微笑ましい。

「みんな頑張ってはるね。うちもしっかりせんと……!」

軽く腕まくりして、手近にあったエプロンをつけて。
紗枝は調理に取り掛かる。


    *    *    *

24みんなのうた ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/02(日) 00:09:43 ID:GSWQAh6U0


金属のボウルにツナ缶を開け、セロリ、キュウリを順次刻んで放り込んでいく。
単調な作業は、自然と彼女を思索へと誘う。

まず病院に向かう。それはいい。
しかし病院でどれだけのことができるのか。
病院についた後、そこからどうすればいいのか。

「ああ、ボール、あったん?」
「は、はいっ! こ、これで、何とかなりそう……っ!」

黄緑色のテニスボールを手に、飛び出してきた白坂小梅が、そのままボックス席へと突進していく。
本当にあれで何をするのだろう。何か重要なモノではあるようだが。
そう思いつつも手は野菜を刻み続ける。

涼を病院まで運ぶ。
その目的に、代わりはない。
しかし、その病院で素人でも使えるモノといったら、何がある?

松葉杖。涼が元気を取り戻せば、移動が格段にラクになるだろう。
車椅子。こちらは行動範囲が制限される代わりに、涼の回復を待つ必要がない。
包帯。これはあればあるだけ望ましい。清潔な包帯で傷口を覆っておくだけでも全然違うはずだ。
消毒液。これも重要だろう。傷口の消毒、念入りにしておくに越したことはない。

なるほど、いずれも足を運ぶだけの価値のある、便利なものばかりだ。

けれど――
輸血? 無理だろう。血液型くらいは分かるかもしれないが、とてもとても。
輸液? これさえも難しいだろう。
投薬? 誰にそんな知識があると?
手術? そんなの論外に決まってる。

そう、やっぱり素人だけでは、限界がある。

「あ、駐車場に出はるんやったら、そっちの扉使いィ。その方が近いんちゃう?」
「おっ、すまねぇな。よいしょっと!」

小梅より少し遅れて、工具を抱えて駆け降りてきた拓海に、勝手口の存在を教えてやる。
彼女が姿を消してまもなく、車のエンジンの音がする。
よし。
車の方は、どうやらなんとか、なるらしい。
あとは拓海が言っていた、パンクへの対策があるくらいか。
紗枝はボウルにマヨネーズとコショウを投入し、中身を混ぜてツナサラダに仕立てていく。

素人だけでは病院まで行っても限界がある。これは厳然たる事実だ。
行かないよりは行った方がいいけれど、根本的な解決にまでは至らない。
ならばどうする?
どうすれば紗枝たちは、松永涼の命を救えるのだろう?

「やっぱり……なんとか『外』のお医者さんのとこまで、連れていくしかあらへんね……!」

少し気になって客席の方を覗けば、涼の足の付け根あたりで何やら作業をしている、小梅の姿。
事情を知らない人が見たら誤解しそうな光景やね、と紗枝は少しだけ思いながらキッチンに引っ込む。

ツナサラダをいったん脇に置くと、レタスの葉を水洗いし、手で適当なサイズに千切り始める。

そう、小梅が奮闘したとしても、どこかで専門家の手にゆだねる必要があるだろう。
剥き出しの傷口を縫い合わせたり、感染症に対する対策をしたり。
リハビリをしたり、義足を作ったり、幻肢痛をなんとかしたり。
そういったことは、どうやっても素人には無理だ。
設備も人員も揃った病院に、担ぎ込む必要がある。

そうなると……やはり、目指さねばならないのは。

一刻も早い、島からの脱出。

これまでだってのんびりしていたつもりはない。
けれど、今までにも増して、スピーディーな脱出が必要になってくる。
もちろん問題は島から出ることだけではない。
首輪への対処、捕らわれのプロデューサーたちの救出。
これらすべてを、まるで勝ち目のない数々の問題を、とにかく最速でクリアしなければならない。

「ハードどすなぁ……!
 まあ、遊んでられへん状況には、変わりあらへんけど」

課題が多すぎて、さてどこから手をつけたものやら。
紗枝はレタスの水をザルで切りながら、天井を仰ぐ。

首輪は……現時点ではちょっとばかり手がかりに乏しい。
拓海の言っていた通り、「機械に詳しいアイドル」が運よく居る可能性を祈るくらいしかない。

人質は……これもノーヒント。
何か情報さえあれば一気に動くかもしれないが、そもそも現時点ではどこに居るのか想像もできない。

そして、脱出手段……。

「そういえば、涼はんがあの様子じゃ、『みんなで泳ぐ』とか、もう無理やね……」

拓海との最初の出会い、そして紗枝の迷いを吹き飛ばしてくれた『あの一言』を思い出す。
あの時の言葉は、今でも紗枝にとっては重要な指針。
しかし、あの傷ではとても海には入れない。
片足が使えないことを無視したとしても、あの傷口を海水に浸けるとか拷問以外の何物でもない。

ではどうするか。
ならば何ができるか。

どこに行けば、いいのか。

25みんなのうた ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/02(日) 00:10:39 ID:GSWQAh6U0

    *    *    *


そこまで考えて――紗枝はハッとする。

手の内から、レタスの入ったザルが滑り落ちる。流し場に大きな音が響く。
驚いた小梅が遠くで小さな悲鳴を上げるが、それどころではない。
急いで足元に置いていた荷物一式に飛びつくと、情報端末を取り出し、地図を表示する。

そう。
小早川紗枝は、気づいてしまったのだ。

「まずいどすえ……! 既に、潰されとるわぁっ……!」

紗枝が凝視するのは、禁止エリアに指定された『C−7』地点。
大雑把に目立つ施設だけが記された広範囲の表示でも、確かに書かれているたった一文字の漢字。

―― C−7、その中央部、『港』。

その気づきに、ぞわっ、と全身の毛が逆立つような思いがする。

ついつい、思い込んでしまっていた。
みんなでそう話してもいた。
これまでに指定された4つの禁止エリア、その中でも目立つ街中のC−7が指定された意味。
最初の説明から考えて、たぶん、そこに「籠城していた者」でもいたのではないか、と。
それを追い出すために、あえてそこを指定したのではないかと。

しかし。
気づいてしまった以上、もう一つの隠された可能性を、否定できない。

「う、うちらの、脱出の手段を、奪ったん……!?」

大怪我を負った涼は、もう泳げない。
ならば船を使おうというのは、誰もが考える方法のはず。
しかし、その船を得られる一番の候補地点は、今や禁止エリアに覆われ、手が届かない――!

考えてみれば、『泳ぐ』なんていうのは、紗枝も最初は大笑いした、現実的とは思えぬ手段だ。
飛行場も、まあ使えないと見るのが自然。
仮に飛行機があったとしても、素人がぶつけ本番で飛ばしてみるなんて自殺行為でしかない。
ならば船こそが、脱出のための最有力手段のはず。

その船が最も豊富に、確実にあるはずの場所が、開始後10時間という早い段階で、封鎖されている。

「あかん……! 完全に、後手に回っとるっ……!」

紗枝の目が、情報端末に表示された地図の上をせわしなく動き回る。
港は使えない。
ならば他に、船のありそうな所は無いか。
船がつけられそうな地形はないか。
彼女の視線が、島の外周に沿って動いてゆき……

そして、気づく。
必死に探していた第二の港ではなく、これまた全く違う、違和感の塊。

「……え? なんやの、この、不自然なんは……!」

それは島の南東部。
D−2、E−1、F−1と並んだ、禁止エリア、及びその予定地域に、釘付けになる。

おかしい。
紗枝のカンが、そう告げる。

そういえば、なんでこんな所に、4つのうちの3つもが揃って固まっているのだ。

人のいないところ、移動の邪魔にならないところを指定した――それは分かる。
というより、今まではただ、それだけが理由だと思っていた。

ちひろたちだって、このイベントの停滞は望まないはず。
迂闊に重要な道路でも塞いで、人の行き来が遮られたりしたら、一気に動きが止まりかねない。
だから、こういう辺縁部が優先的に指定されること自体は、別に驚くことではないのだが。

問題は、その密集の度合い。

「これ、どれも、海岸沿いやん……! しかも、ぜんぶ繋がって……!」

正確にはD−2とE−1の間に僅かに隙間があるが、大した問題でもないだろう。
そう、この禁止エリアの配置。
気づいてみれば、天文台の北西側の沿岸を、潰しにかかっている。そのように見える。
それこそ、地図だけ見れば何の変哲もない、島の端っこではあったけれど。

C−7の禁止エリアに、新たな意味を見出した以上。
ここに並ぶ3つの禁止エリアにも、別の意味があっても、おかしくはない。
つまり――

「こ、この辺に……『何か』、あるん……?」

ごくり、と紗枝は唾をのみ込む。
近づくことすら拒絶するように、禁止エリアが配置された島の隅。
地形から見ても、地図上の施設名を見ても、「何もない」不毛の場所。
人目を避けたいとかでもない限り、誰も近づこうともしないであろう辺境。
けれど、紗枝のカンは告げる。

このあたりに、『何か』がある。
ちひろたちが近づかれることも見られることも望まないような、『何か』、が。

26みんなのうた ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/02(日) 00:11:09 ID:GSWQAh6U0

それは、陸上に建っているのかもしれない。
それは、洋上に浮かんでいるのかもしれない。
それは、ひょっとしたら、与えられた地図の「さらに外側」に位置しているのかもしれない。

現時点では想像を絞り込むこともできないし、今からでは直接踏み込んで確認することも不可能。
けれど。

「もし、ほんまにそうやとしたら……『ココ』に行けば、たぶん……!」

紗枝の指が震えながら示した、地図上の一点。
そこにはただ3文字、『天文台』とだけ、書かれていた。

そこから見える光景に、ひょっとしたら。
最速最短でちひろたちの首筋に牙を立てるための、『何か』が、あるのかもしれない――!


    *    *    *


――やがて、簡単なランチボックスが完成した。

店でのテイクアウト用にでも使われていたらしい、手頃なサイズの紙の箱。それを4人分。
そこに、手際よく数種類のサンドイッチを詰めていく。
ツナサラダだけでなく、レタスとハムとチーズに、ポテトサラダ。
ポテトサラダは少しズルをして、冷蔵庫でそのまんま袋に詰められていた業務用の代物を利用した。

飲み物も用意した。
冷蔵庫の中にはアイスコーヒーがたっぷり、大きな容器で冷やされていた。
これに、同じく冷蔵庫から見つけたミルクを合わせて、業務用サイズのシロップも投入。
やや甘ったるいくらいの、アイスカフェオレ……というか、コーヒー牛乳のような飲み物にする。
これなら小梅も飲めるだろうし、カフェインも糖分も取れる。
疲れが出てきた身体には、ちょうどいい飲み物のはずだ。
これもテイクアウト用らしい蓋つきのカップに、人数分に分けて注ぐ。

サンドイッチにしたのは、それこそ歩きながらでも、軽トラックで移動しながらでも食べられるように。
蓋つきのカップも同じ意味で有難い。忘れずにストローも用意しておく。
とりあえずこれで、紗枝の担当していた仕事は完了。
あとは機会を見て禁止エリアに関する自分の考えを伝え、今後のことを話し合わないと。

「みんなのお陰やね……。
 ひとりやったら、きっとまだ気づかへんかったわ〜」

拓海の言った『みんなで泳げばいい』という発言。
なんとしても涼を救うんだ、という、みんなの意志。
そして料理だけに専念できた、この時間。
いずれが欠けても、手の届かない発見だった。

既に失われてしまった絆もある。
例えば、同郷の親友、塩見周子。
詳しい事情は分からないけれど、放送の真偽を疑っていられるほど、呑気な状況ではない。
本当なら、彼女との思い出に浸って、泣きじゃくっていたいくらいだ。

けれど、でも、だからこそ。
手の届く限り、もう誰1人として、失いたくはない。
それもまた、紗枝の素直な感情なのだ。

裏手の駐車場から聞こえていたエンジン音が止まり、しばらくして勝手口が開く。
姿を現したのはもちろん、向井拓海。
キッチンを通り抜けて、涼たちがいるはずの客席の方に向かって、

「……って、おい、今度こそ本当に……ナニ、やってんだよ」

なんだか、固まっている。
そういえば小梅はあの後も、パタパタと二階に上がったり下りたり、キッチンに顔出したり。
なにやら積極的に動き回っていたんだっけ。
最後は確か、水を下さい、といってコップになみなみとついで持って行ってたような……。
はて、何をやってるというんだろう。
紗枝は軽く首を捻りながら、拓海の後ろから顔を出して――そこにあった光景に、赤面した。


    *    *    *

27みんなのうた ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/02(日) 00:11:46 ID:GSWQAh6U0



【Cパート】 白坂小梅の場合



まずは、汗を拭いてあげないと。
小梅は裾も裾も余っている特攻服をなびかせながら、洗い場へと走り込む。
身体を拭けるモノを探してキョロキョロ見回していると、小早川紗枝に声をかけられた。

「ここ、2階があるようなんよ。ちょっと見て来るわぁ」
「あ、は、はいっ!」

そのまま紗枝は、扉の向こう、急な階段の上へと消えていく。
それを横目に、小梅はキッチン内の物色を続ける。

やがて布巾類をまとめて置いてある場所から、綺麗なタオルを数枚選びだし、水で濡らして堅く絞る。
トタトタと走って戻り、涼の身を拭いていく。

額。
腕。
あとは、服の中にも手を突っ込んで。
身体の隅々、すべてきっちりと。
小梅は丁寧に素早く、汗をぬぐっていく。

「おう、紗枝はどこいった? ……って、ナニやってんだよ」

大きくベルを鳴らして入ってきた向井拓海が、不審そうな声を漏らす。
顔を上げれば、ああなるほど、とばかりに納得したような表情。
まったく、何を誤解したのだろう。
しかしそんな不満はおくびにも出さず、小梅は蚊の鳴くような声で質問に応える。

「さ、紗枝さんなら、そっちに……」
「おや、拓海はん、お早いお帰りどすなぁ。ダメやったん? …………。…………」

2人の会話を意識の外に押しやり、小梅はそのまま作業を進めて一息。
とりあえず、一通りは身体をぬぐい終える。

さて――では、これからどうする?
というより、医療の知識もない自分に、いったい何ができる?


    *    *    *

28みんなのうた ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/02(日) 00:12:24 ID:GSWQAh6U0

――そう。
医療の知識はない。
正当な医学の勉強も、応急手当てなどの実技も、どちらも彼女には縁がない。

では、白坂小梅が「持っているもの」といえば、何だ?
誰にも負けない、白坂小梅だけの強みとは?

「……ほ、ホラー映画の、知識……?
 でも、そんなの…………………………あっ」

そうだ。
思い出せ。
涼と共に語り合った雑多な知識を、思い出せ。
自分は、普通の人なら知らないことを、たくさん知っているはずだ。
小梅は必死になって、微かな記憶を手繰り寄せる。

ホラー映画の中の1ジャンル、スプラッタ。
そのダメージ表現は、荒唐無稽と評されることも多い。
悪趣味の極みと、馬鹿にされることも多い。
小梅自身、過去にそれで何度も悔しい思いをしてきた。

でも、だからこそ。
演出は演出と割り切った上で、その手の心無い言葉に耐えるために。
性格的に反論とかできなかったけれど、いつかしっかりと反論するために。
あるいは単純に、ただ映画をより純粋に楽しむために。

いろいろなことを、学んだはずだ。

別に肩ひじ張った学問ではない。
雑学レベルの、やや内容の偏った知識。
良識ぶった人たちからは眉を寄せられるような、「悪趣味な」知識。

しかしそうであっても、それらをフルに活かせば。

「人間が出血で死ぬのは、血液の1/3から1/2ほどが失われた時……!
 人間の血液量は、体重のだいたい8%……!」

松永涼の体重は確か、アイドルとして公表されているプロフィール上で50kg弱。
乱暴な計算で、血液はだいたい4kg弱、つまり4リットル弱。
1リットルあたりから要警戒、2リットルも血を流せば確実に命取り、ということになろう。

もちろん、足1本失った分をどう計算すればいいのか、小梅の知識では分からないが……
それでも。

「と、とにかく、少しでも、出血を止めなきゃ……!」

現在、松永涼の足の断端は、向井拓海の胸を押さえていたサラシによって縛られている。
思いっきり力を込めて縛り上げた甲斐あって、ほとんど出血は止まっていたけれど。

こうして、テーブルの上に横たえてみれば分かる。
まだ、じわじわと、血はにじんでいる。
足の断端が置かれた先に、ごく小さく、しかし確実に、にじみ出た血が溜まり始めている。

量だけで言うなら、まだ焦る程ではあるまい。
けれど、このまま放置すれば、時間の経過と共に、やがていつか限界を突破する。
ここまで悪くなってきた顔色も、そのことを反映していたのだろう。
なんとかして、より確実な止血をしなければ。

では、どうする。
なにができる。
小梅は絞り出すようにつぶやく。

「て、手足が千切れた時は、より身体の中心に近いところを縛るのが基本……!」

そう。
スプラッタ映画でも、それは基本だ。
……より正確に言うなら、「それができない」姿を晒して大慌てするのが基本だ。

腕をモンスターに噛み千切られて、派手に血が噴き出して、登場人物がパニックに陥って。
それを「叫んでるヒマあるならさっさと縛れよー!」とか笑いながらツッコんだりする。
ホラー映画マニアの当たり前の光景だ。
そういうツッコミを楽しむためにも、「ではどうすればいいのか?」は弁えていなければならない。

基本は、より身体の中心、心臓に近いところの動脈を圧迫してやればいい。
もちろん押さえっぱなしでは、そこから先が虚血に陥り、やがて腐ってしまうけれど。
それでも、筋肉や骨は比較的虚血にも強い。
ときおり圧迫を緩めて血流を再開させてやるだけで、十分だったりもする。
たいていの場合、壊死の危険よりも、出血多量の危険の方が遥かに大きな意味を持つ。

では、今回の場合。
どこをどうやって押さえればいいのか?

「ひ、ひとが刃物で斬られて失血死する急所は、だいたい脈の触れる動脈と一致……!
 手首、肘、脇の下。頸動脈。膝の裏。
 そして、『足の付け根』……!」

人体というのはよくできたもので、大事な動脈はたいてい、太い筋肉や骨に守られている。
不意の外傷でも、なかなか死なないようにできている。
それでも、数か所だけ。
体表近くを、太い動脈が走っているポイントがある。
それは人体の急所であり、同時に、脈拍を取れる場所でもあり。
強く圧迫すればそこから先の血流を大幅にカットできる、そんな要所でもある。

その中でも一番分かりづらく知名度も低いのが、大腿動脈。
太ももの内側の付け根近く、もうほとんどデリケートな部分に近いあたり。
日常生活の中でそんなところに触れたら、間違いなく痴漢か変態扱いされるような、そんな位置だ。
足というより、もう、股間と呼んでもいいくらいの場所かもしれない。

29みんなのうた ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/02(日) 00:12:57 ID:GSWQAh6U0

小梅は涼の股間近くに手を伸ばす。両手を使って、左右同時に探っていく。
途中で切断された左側は、ちょっと脈も分かりづらい。
しかし、無事な方の足、右足の方では、やがてすぐに指先に微かな鼓動を感じとる。
ここだ。
だいたい、このあたりだ。
左右対称同じ位置で、左足の付け根・大腿動脈が体表近くを走っている場所を、押さえてやればいい。

「たしか、脇の下を圧迫して腕の出血を止める時は、ボールを挟んだりしたはず……!」

これも、そういった話と一緒にどこかで読んだ気がする、雑学知識。
ボールのサイズと弾力が丁度いいとか、そういう話だったはず。
ならば、この左大腿動脈の圧迫も、ボールを上から押し付けるようにして縛り上げてやれば、きっと。

小梅は、駆けだした。


    *    *    *


ボールは、すぐに見つかった。黄緑色で蛍光色の、標準的なテニスボール。
二階で何やら探し回っていた拓海が、すぐに投げ渡してくれた。
見た目にも綺麗で、これなら申し分ない。
さきほど位置を確認した、太腿の付け根の動脈に押し付けて、その上から足ごと強く縛り上げる。
使うのはもちろん、足の断端を縛ってもなお余裕のある、向井拓海のサラシの一部だ。

どうしても結びにくい位置、押さえにくいボールの形。
多少手間取って、途中、ちょっと小早川紗枝に不審そうな視線も向けられたけれど。
それでもひとまず、圧迫による止血を完了する。

不意に、大きな金属音が響き渡った。

「……ッ!?」

ビクッ、と小梅はキッチンの方を振り返る。
そーっと覗きに行くと、小早川紗枝が何やら、呆然とした様子で情報端末を弄っていた。
……よく分からないけれど、とりあえず怪我とかはしていないらしい。
それだけ確認すると、小梅はそのままそっと引っ込んだ。
紗枝の方は小梅が覗いたことにも気づかない。

何があったのだろう。
いや――何に気づいたのだろう。
小梅は首を傾げる。
紗枝の担当はみんなのご飯作り。
そうそう自分の仕事を投げ出したりしない人だと、思っていたのだけど。

「でも……きっと、なにか大事なこと……なんだよ、ね……?」

そうだ。そうなのだ。
紗枝にも拓海にも、それぞれ大事なことはあるはずなのだ。
それぞれに大事な友人がいて、大事に思うプロデューサーがいて。
みんなで笑顔で終わるハッピーエンドのためには、やらなければならないことは山ほどある。
今は大怪我をした涼のことで手一杯だけども、本来なら、涼だけに構っていられる状況でもない。

ならば。
病院に着いたら、その時点で――お互い別行動を、するべきではないのか。

涼は1人きりにはできない状態だし、小梅も涼から離れるつもりはない。
けれど、拓海と紗枝が、いつまでも涼に縛られている必要はないはずだ。

きらりが水族館から呼んで来るはずの人たちについても、のんびり待ってはいられない。
人手が増えるのはありがたいが、それを待って動きが鈍り、手遅れになってしまっては意味がない。
伝言を預かる留守番役、つまり涼と小梅が病院に留まるだけで、十分なんじゃないだろうか。

首尾よく車椅子でも見つかれば、あとは涼と小梅だけでも、最低限の行動はできるようになる。
病院についたら、ちょっとチームの分割を提案してみようか――そう、心に決める。

「そ、それより、いまは……!」

それより、今は涼のことだ。

さて、では次はどうすればいい?
テーブル上に零れた僅かな血だまりを、これもテーブル上にあった紙ナプキンで拭きながら考える。
涼の面倒を見るのは小梅の役目。
だから、病院に着くまでの間も、少しでも涼の消耗を抑えられる手を考えないと……

「あっ……そ、そういえば……!」

テーブルを拭きながら、その硬さにハッと気づく。
もっと早く気づくべきだった。
けれど、いまからでも遅いということはない。
小梅は階段を駆け上がり、二階の部屋へと飛び込んだ。

周囲を見回す。
あった。
パイプのベッドの上、少し皺のよった毛布。
お世辞にも綺麗とはいえない部屋だけども、布団回りは意外と汚れていない。
そのままひっぺ返して、大雑把に畳んで、小脇に抱えて再び階段を駆け下りる。

毛布の半分ほどを、苦労しながら涼の身体の下にねじ込むようにして敷いてやる。
薄い毛布だけども、それでもこれ一枚あるだけでも全然寝心地は違うはず。
続いて、残りをふわりと身体の上へ。
ちょうど2つ折りにした毛布の間に、涼の身体が挟まれたような恰好になる。

「ふうっ…………」

思わず溜息が、漏れる。


    *    *    *

30みんなのうた ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/02(日) 00:13:35 ID:GSWQAh6U0

これは、恩返しだ。
白坂小梅は、そう思う。

1人ではとても生きていけなかった。
小梅にとって、世間の人間はお化けよりも怖い。
いつもついつい、過剰にビクビクしてしまう。
自分の恐怖の基準がズレてるのか、それとも世の中の方が間違っているのか。

とかくこの世は、白坂小梅には、生きづらい世界だった。

そんな小梅に手を伸ばしてくれたのが、2人の大切な人。
彼女のプロデューサー。
そして、松永涼。
どちらも怯える小梅の手を取って、広い世界へと連れ出してくれた。
常人とは少しズレた小梅の感性をそのままに尊重し、その上で、新たな世界に導いてくれた。

この激動の半日の中で、いろんな人と出会った。
生きている人、死んでいる人。
怖い人、優しい人。
時に恐怖を感じ、時に哀しみを感じ、時に元気を貰ってきた。
世界が繋がる。
世界が広がる。

白坂小梅は、1人では、ないから。
だから、今度は。


「お、お水、もらっていきますね……!」
「んっ? ああ、どうぞ」

キッチンで作業しながら生返事を返す小早川紗枝を横目に、小梅はコップに水を注ぐ。
両手で抱えて、パタパタと涼のそばに駆け戻る。血染めの特攻服の裾がひるがえる。

とりあえず出血を抑える手は打った。
寝心地の悪さ、身体の冷えに対しても、毛布を持ってきた。
あとは――

これだけ血を流し、イヤな汗をかいているのだ。
脱水症状に陥っていても、おかしくはない。

本当は病院で点滴でもできれば一番なのだろう。
いや、輸血を考えてもいいくらいなのかもしれない。
けれどそんな技術も知識も持ってないし、素人が適当にやっていいことだとも思わない。

だからせめて、水くらいはたっぷりと飲んで貰わないと。

「りょ、涼さん、の、飲めますかー……?
 ……む、無理だよね、やっぱり……」

涼の身体を半ば抱え起こし、その口元にコップを持ってきてみるものの。
やはり、意識を失ったままの人間に、飲めるはずがない。
だからといって、水差しのような便利な道具は、どこにもなかったし……

小梅は、途方に暮れる。

覗き込んだ涼の額に、汗はない。
やはり水分が足りないのだ。
いったん拭いた後から、もう出てこないというのは、きっとそういうこと。
それに水分不足は、血液量にも直結するはず。

これも何かで読んだ知識だが、血液は案外、薄まっても大した影響はない。
もともと健康な血液自体が、かなりの余裕を持っているのだ。
でも逆に、人体は、脱水には弱い。
血液が煮詰められたようになって、実質上、血液の総量が足りなくなるのと同然になってしまう。

早く、なんとかして飲ませないと――
でも、無理やり注ぎ込んで溺れさせたりしたら、それこそ本末転倒だし――

「お、落ち着いて、考える……!
 足の止血だって、なんとか、なったんだから……!」

傷の手当てに役立った知識は、何だ?
ホラー映画関係の雑学だ。
なら、今度もその線で考えてみよう。

今度はホラー限定では、どうにも良いアイデアに繋がらない。
だいたい基本的に、ホラーというのは人が死にまくるジャンルなのだ。助けるシーンは少ない。
でも、ならば、ホラー以外であれば。
映画に限らず、フィクション全般なら。
お話での定番なら。
考えろ、考えろ、考えろ。

……そして、彼女は辿り着く。

「うわっ……!
 で、でもっ……!
 それでもっ……!」

ゴクリ、と小梅の喉が鳴る。
脳裏に浮かんだ、とあるアイデア。
本当にそんなことをしていいのか、さすがに躊躇する。

でも。
他に方法が、ないのなら。

ためらう理由も、ためらっている時間も、ない。

31みんなのうた ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/02(日) 00:14:02 ID:GSWQAh6U0


「涼さん……
 い、いきます、よ……!」

小梅は小声で、気合いを入れると。

涼のために用意したコップに、自ら口をつけ。

水を少量、口に含んで。

そのまま涼の顔の上に覆いかぶさって――


唇と唇を、重ねた。


松永涼の喉が、こくり、と反射的に動いて、流し込まれた水を嚥下する。


手ごたえを感じて、二度、三度と繰り返す。
涼の身体が何よりも欲しているはずの水を、口移しで与え続ける。
小梅は必死で、だから、最初に感じた気恥ずかしさなど、意識している余裕はなかった。


    *    *    *


向井拓海と小早川紗枝に一部始終を見られていたことに気づくのは、しばらく経ってからのことである。


    *    *    *

32みんなのうた ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/02(日) 00:14:41 ID:GSWQAh6U0



【Dパート】 松永涼の場合



――夢を、見ていた。



どことも知れないステージの上で、1人きり。

顔のない聴衆の前で、スポットライトに照らされている。

演奏はなく、舞台装置はなく、演題もない。

あの頃みたいだな、と少しだけ思う。

バンドを組んでいた頃は、ただ歌うことしか知らなかった。

派手なメイクで素顔と本音を隠し、叩きつけるように感情だけを炸裂させていた。

あの当時の歌は、誰よりもまず、自分のために歌う歌だった。

聴衆のことなど、二の次だった。

バンド仲間は何人もいて、当時だって友人に囲まれ笑っていたはずなのに、どこか空虚で、孤独だった。

虚しくて、物足りなくて、でも、それでも楽しいのだと思い込もうとしていた。

自分には歌しかないのだ、と粋がっていた。

客もまばらなライブハウスで、自分の喉を傷めつけるように、叫んでいた。



けれど。

ある日、とある男に声をかけられてから――彼女を取り巻く環境は、一変した。

想像もしていなかった、アイドル業界への誘い。

バンドのボーカルとしてのスカウトではなく、彼女自身に魅力を見出した上での、真摯な誘いの言葉。

自分がバンドをやってる、と言った時のアイツの表情っていったら、もう。

それでも彼女は、彼の差し出してきた手に応えて――

そこから広がる、新しい世界。新しい出会い。

そして、新しい気づき。



「誰か」のために歌う歌は、今までの何倍も何十倍も、気持ちよかった。



こんなにも楽しく美しい世界を知ってしまった、今の彼女にとって。

いかにスポットライトが当たろうと、いかに聴衆に囲まれようと。

こんな寂しい、砂漠のような舞台は、とても耐えられるものではない。



マイクを引き寄せ、そのことを叫ぼうとして――しかし、声が出ない。

喉が、渇く。

喉が、焼ける。

顔のない観客たちは、砂漠のステージで苦しむ彼女を、ただ無言で見守っている。



声が出ないまま、さらにがくん、と彼女の身体が崩れる。

咄嗟にマイクスタンドにすがりつき、それでも支えきれず、もろともに倒れ伏す。

見れば、左足が無くなっている。途中からぷっつりと途切れてしまっている。

こんな身体で、ステージに立つ資格なんてあるのか。

ひとりきりの自分に、何ができるというのか。

ああ、喉が渇く。喉が焼ける。足の痛みに、思考が混濁する。

自分は――弱い。

彼女は座り込んで、天を仰ぐ。

33みんなのうた ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/02(日) 00:15:11 ID:GSWQAh6U0



不意に、唇に何かが触れる。口の中に暖かい水が満ちる。反射的に呑み込む。



それは命の水。渇きが癒され、身体に力が満ちる。

それは魂の絆。彼女が孤独ではないという証。



闇の中に浮かぶステージで、彼女はマイクスタンドを杖のようにして、再び不器用に立ち上がる。

そうだ。

もう、彼女は、ひとりではない。

もう、彼女ひとりのことでは、ない。

さらに続けて注がれる水を飲み下しながら、彼女の目に意志の光が宿る。



戻ろう。

そして伝えよう。

高らかに歌い上げよう。

自分のためではなく、みんなのための歌を。

絆を結んだ、みんなと、いっしょに。



彼女は声もなく震える手を虚空に伸ばし、そして――



    *    *    *


――どこへともなく伸ばした手を、がっし、と誰かに握られる。
小さな手だ。暖かい手だ。

ほっとする、手だ。

瞼を開く。
ただそれだけのことに、相当な労力を費やしながら、彼女は見た。
横たえられた自分の身体と、心配そうにこちらを覗き込む、3人の顔。

向井拓海。
小早川紗枝。
そして――
涼の手と指を絡める、白坂、小梅。

何か夢を見ていたような気がする。必死に逃げてきたような気がする。凄まじい疲労感だけが残っている。
夢の内容はほとんど覚えていない。
けれど、伝えたいと思ったメッセージだけは、残っていた。

掠れる声で、素直にそれを、口にする。


「みんな……ありがと、な」


ひとりではないから。
みんなだから。
だから、松永涼は、これから先も歌うことができる。

万感の思いを込めた一言。
周囲の皆も、表情を緩ませた。
戻ってきてよかった。心の底から、そう思う。


「あと……水、もっとくれないか。
 喉、乾いちゃってさ」

ついでに何気なくつぶやいたら、3人とも、なぜかひどく、動揺した。

水が半ばまで入ったコップを片手に、あうあう、と挙動不審な小梅。

「ちげぇよ! そういう意味じゃねぇよ!」と、小梅の頭に軽く拳を落とす拓海。

頬を染めつつ溜息ひとつついて、小梅の手から奪ったコップを差し出す、紗枝。

よく分からないままに、涼はふふっ、と微笑んだ。
なんとなく、そういう気分だった。

久しぶりに飲んだコップの水は、冷たくて、渇いた身体に心地よく。
それでも、夢の中で喉を鳴らした命の水には、遠く及ばないような気もした。



    *    *    *

34みんなのうた ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/02(日) 00:15:49 ID:GSWQAh6U0



【合唱パート】 向井拓海、小早川紗枝、白坂小梅、松永涼



「……よし、出発するぜ。みんな、忘れ物ねぇな?」
「は、はい、大丈夫です……!
 りょ、涼さんの荷物も、わ、私が……!」
「せっかくのお弁当、食べるヒマあらへんかったねぇ……」
「……みんな……済まないね……」

慌ただしくも準備を終えて、軽トラックにエンジンがかかる。

運転席でハンドルを握るのは、向井拓海。
助手席には、意識を取り戻した松永涼が、毛布にくるまれた姿で担ぎ込まれ、シートベルトで固定される。
意識こそ戻ったものの、消耗が激しく、無理をさせられない状況には変わりない。
軽トラックに乗り心地を要求するのも酷だが、それでも荷台よりはだいぶマシだろう、という判断だった。

その荷台の上には、小早川紗枝と、白坂小梅の姿。
紗枝は4人分のサンドイッチとコーヒーを。小梅は涼の分の荷物一式を。それぞれ抱えている。
荷台に人を載せるのは褒められた行為ではないが、緊急事態でもあることだし、容赦してもらおう。
それぞれ腰をしっかり落として、荷物の一部を足元に置いて、荷台の柵にしっかりと掴まる。

さあ、出発だ。
ゆっくりと軽トラックが動き出す。
大きく揺らさないように、荷台の2人を振り落さないように。
安全重視の徐行運転、しかしそれでも、歩くよりは格段に早い動きで。
軽トラックは駐車場を出て、道路に滑り込む。


「よし、それじゃあいくぞ――!」


拓海の宣言と共に、彼女たちは西に向かって動き出した。
どんどんダイナーが遠ざかっていく。
周囲の景色が移り変わっていく。
不安はどこまでも尽きないけれど、それでも、アイドルたちは前を目指す。



ひとりでは歌えない歌を。

みんなだからこそ歌える歌を、歌い上げるために。

アイドルたちは、みな、前を向いて進む。



.

35みんなのうた ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/02(日) 00:16:11 ID:GSWQAh6U0


【B-5 南西部 分岐路付近/一日目 午後】

【向井拓海】
【装備:鉄芯入りの木刀、ジャージ(青)】
【所持品:基本支給品一式×1、US M61破片手榴弾x2】
【状態:全身各所にすり傷。軽トラック運転中】
【思考・行動】
基本方針:生きる。殺さない。助ける。
1:まずは軽トラックで涼を救急病院まで搬送する。
2:引き続き仲間を集める
3:涼を襲った少女(緒方智絵里)の事も気になる

※軽トラックは、パンクした左前輪を車載のスペアタイヤに交換してあります。
 軽トラックの燃料は残り少ない状態です。
 拓海の見立てでは、少なくとも病院までは持つだろうということです。


【小早川紗枝】
【装備:ジャージ(紺)】
【所持品:基本支給品一式×1、手作りランチボックス×4人分、手作りコーヒー牛乳×4人分】
【状態:健康。軽トラックの荷台に乗っている】
【思考・行動】
基本方針:プロデューサーを救い出して、生きて戻る。
1:涼を救急病院まで搬送し、車椅子や包帯等を確保する。
2:その後、涼と別行動してでも「少しでも早く脱出する方法」を探す
3:『天文台』に向かいたい。天文台の北西側に『何か』があると直感
4:引き続き仲間を集める
5:少しでも拓海の支えになりたい
6:(周子はん……)


【白坂小梅】
【装備:拓海の特攻服(血塗れ、ぶかぶか)、イングラムM10(32/32)】
【所持品:基本支給品一式×2、USM84スタングレネード2個、不明支給品x0〜2】
【状態:背中に裂傷(軽)。軽トラックの荷台に乗っている】
【思考・行動】
基本方針:涼を死なせない
1:涼のそばにいる。
2:病院についたら、拓海・紗枝組と小梅・涼組に分かれる提案をする。
3:胸を張って涼の相棒のアイドルだと言えるようになりたい。

※松永涼の持ち物一式を預かっています。
 不明支給品の内訳は小梅分に0〜1、涼の分にも0〜1です。


【松永涼】
【装備:毛布】
【所持品:なし】
【状態:全身に打撲、左足損失(サラシで縛って止血)、衰弱。軽トラックの助手席に搭乗】
【思考・行動】
基本方針:小梅を護り、生きて帰る。
1:申し訳ないけれども、今は世話になる。
2:みんなのためにも、生き延びる。

※意識を取り戻しました。大いに衰弱しています。
 くるまれている毛布はダイナー2階の居住スペースで現地調達したものです。

36 ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/02(日) 00:16:31 ID:GSWQAh6U0
以上、投下完了です。

37 ◆John.ZZqWo:2013/06/02(日) 16:55:29 ID:951Q61mg0
投下乙です!

>みんなのうた
四者四様。想いが重なるその様はまさにアンサンブルですね。タイトルの優しさが染み入ります。
内容もそうですけど、場面場面が違う視点で重なって描かれるのも、4人がクロスしているって感じがしてグッドです。
なにかあっても特に顔をつっこんだりしないところが、それぞれ信頼があるって感じですよねぇ。
うーん、姉御組がますますもって正統派主人公組に育っていくのが嬉しく感慨深い。
現状は変わらず、見通しが暗いのは相変わらずですが、彼女たちならば!っていう絆が育ってるのはひしひしと感じます!


では、少し遅れましたが私も投下します!

38彼女たちが巡り会ったよくある奇遇(トゥエンティスリー):2013/06/02(日) 16:56:11 ID:951Q61mg0
このアイドルという希望が求められる時代、都内にあるオフィス街のとある一角にそのプロダクションは存在する。
少し前の時代を思わせるオフィスビルの1フロアを占めているそのプロダクションの特徴は、所属するアイドルの人数とバリエーションだ。

その数はゆうに150人を越え、事務所の色――などというものを考えるのが馬鹿らしくなるほど色とりどりのアイドルらがそこで咲き誇っている。
子役は勿論、大人の女性も、清純派もいればセクシー路線も、それだけでなくニートであるだとか、元婦警であるだとか、ウサミン星人であるだとか……。
逆に正統派のアイドルも取り揃えている。
現在のアイドルシーンのトップをひた走る十時愛梨やFLOWERSなどはどちらもこのプロダクションに所属するアイドルだ。
他にも神崎蘭子やアナスタシア、高垣楓、市原仁奈などなど、日常的にアイドル番組を見ている人ならばこれらの名前もおなじみだろう。
そして今もこのプロダクションはアイドルを発掘し続け、アイドルの数をとどまることなく増やし、連日イベントやプロモーションを仕掛けてアイドル界に花火を上げ続けている。
シンデレラガールズ総選挙や、全日本チャリティーツアーなどはアイドルファンの記憶にも新しいだろう。

であるからして、社長以下、アイドルをプロデュースするプロデューサー、専属のトレーナー陣、事務員や裏方さんの数も相応に所属している。
なので、仕事上、外に出ている人間が多いとはいえ、事務所には常時100人前後の人間がいて、よく言えば賑やかな、悪く言えば窮屈な事務所であった。
立ちあげたばかりの頃はがらんとしてて広すぎると思えたフロアも今ではぎゅうぎゅうと机がひしめき合っている。
お金がないわけではないので、そろそろ新しい事務所を探したほうがいいのかと、社長も何度か周りに相談していた。

けれども、それはまだ実現していないし、この先も実現するかというと少し怪しい。
なぜならば、このプロダクションは今や業界の中じゃ五指に入るほどの勢いと規模ではあるが、プロダクションとしてはまだできて数年しか経っていないのだ。
故に、今いるアイドルらはほとんどが、いやアイドルだけではなくスタッフのほとんどがこの事務所が自分たちの最初であり、一緒に育ってきたという思い入れがとても強い。

がらんとしたフロアに事務机を並べて、パーティーションで区切り、衣裳部屋を作ったり、映像チェックのための部屋を作ったり。
必要なものがあれば購入し、時には持ち寄ったりし、少しずつ居心地のいい場所にしてきたのだ。
柱の傷は……などというものはないけれど、だれにとっても思い入れのある“場所”だった。

そんな思い入れのある場所で、今日もアイドルたちやスタッフたちは仕事をしたり、仕事の合間の休息やコミュニケーションを楽しんでいる。
事務所の扉を開いてすぐのところには来客用のカウンターがあり、今売り出し中のアイドルやイベントのポスターが張り出されている。
そのカウンターの向こう側にずらりと並んでいるのは、経理やスケジュール確認とつなぎの連絡、メディアなどからの受付を担当する事務員の机だ。
更にその奥にはパーティーションを一枚挟んで、アイドルを担当する各プロデューサーの机が並んでいる。ここは普段は空席なことが多い。

そしてその合間合間に事務所でくつろぐアイドルの姿が垣間見れる。
大きなテレビの前にソファが置かれた談話スペースではそれぞれが持ち寄ったお菓子を食べている姿が見ることができるし、
献本のグラビア誌や業界誌、ファッション誌などが収められ、いつの間にやら漫画も持ち込まれている資料室ではそれらを熱心に読む姿が見られもする。
ふたつある会議室の片方はもはや学生アイドルらに占拠され、もっぱら学習部屋として利用されているし、
本来は客に応対するための応接スペースもとあるニートアイドル専用の寝床だ。

狭い給湯室は、それぞれのアイドルがマイカップを持ち込むので食器棚はそれだけでほぼ満杯であり、追加した棚でさらに狭くなっている。
奥にある部屋は、以前はその時流行っていたアロマテラピーを行うリラクゼーションルームだったが、今はブームも去ってただの仮眠室として使われている。
更に奥にある自販機が並んだ喫茶スペースは以前は主にプロデューサー達のためのスペースだったのだが、
アイドルが増えてきたこともあって今は彼女らに占拠され、壁には『禁煙!』のポスターが貼られて、以前はあった灰皿も今はもうない。

そして、その更に奥。
事務所の一番奥まったところにある廊下の更に一番奥に、あまり誰もその先を知らない……というよりも、倉庫や掃除用具入れだと思われている扉があった。

39彼女たちが巡り会ったよくある奇遇(トゥエンティスリー):2013/06/02(日) 16:56:50 ID:951Q61mg0
 @


「それではごゆっくりおくつろぎください、お嬢様」

ぺこりとおじぎをし、兎の耳をぴょこんと垂らしたメイドがテーブルから離れその部屋を後にする。
残されたのは純白のクロスがかかった小さなテーブルと、テーブルの上で湯気を立てる白磁のカップ。そして、そのテーブルを囲うふたりの少女だけだ。

ふたりの少女は同一のようでありながら対の雰囲気を漂わせる、言うなれば太陽と月、また光と影と形容してもいいような容姿をしていた。
ひとりは、真紅を基調とし黒のレースがあしらわれたドレスを着て、蜂蜜色の髪の毛を軽く揺らしてまだあどけなさの残る顔に微笑みを浮かべている。
ひとりは、漆黒を基調とし赤のフリルがあしらわれたドレスを着て、ふたつにくくった銀灰色の髪の毛を緊張した表情の左右に揺らしている。

ひとりは櫻井桃華。そしてもうひとりは神崎蘭子であった。
この事務所の中で数少ないこの『隠しVIPルーム(と、某ウサミン星人が呼んでいる)』を利用しているアイドルのうちのふたりである。



「やはり、紅茶であるのでしたらこのローズヒップティーだとわたくしは思うのですけれど、神崎さんはいかがかしら?」

小さなスプーンで赤い水面を揺らしながら櫻井桃華は同席する神崎蘭子に問いかける。
ふたりはこう面と向かって話をするのは初めてだったし、櫻井桃華は相手よりもふたつも年下だったが、しかし彼女はそんなことは物怖じしたりはしない。

「盃を満たす真紅こそが、カーミラの美を永遠に保つ…… (あ、赤くて……とても、きれいですね)」

逆に、神崎蘭子のほうはというと堂々とした――しかも、お嬢様然とした櫻井桃華が目の前にいることでとても緊張していた。
この『隠しVIPルーム』は利用者が極めて少ないが故に彼女にとっては気軽にひとりでいられる場所だったのだ。
誰かと同席するなどということは今回がはじめてだった。

「そうですの。よくご存知でしてね。ローズヒップティーはお肌にいいんですのよ」

しかし、『隠しVIPルーム』などと呼ばれるものの、この部屋は別にそういった用途のために用意されたスペースではない。
むしろ、大多数が誤解しているように倉庫や不要物入れなどという方がしっくりくるスペースだし、社長以下、このスペースの実態を知らないスタッフも多い。
正確なところを明かすと、フロアをその時その時の必要に合わせて区切っていった際にできたデッドスペースというのがこの部屋の正体である。
故に、正式な用途はないし、場所も辺鄙なので誰も興味を持っていない。

「禁断の盃は今傾けられよう。それこそが運命を我に流し込む (そうなんですか? はじめて知りました。お、覚えておかなくちゃ)」

初めに誰がこのスペースを発見し、ここにテーブルや椅子を持ち込み、更には秘密のお茶会をはじめたのか、それは誰も知らない。
ただ、この部屋でのお茶会に参加した者は皆、自分以外の誰か――『秘密のお茶会同盟』のうちのひとりが始めたんだろうと想像はしている。

40彼女たちが巡り会ったよくある奇遇(トゥエンティスリー):2013/06/02(日) 16:57:10 ID:951Q61mg0
「運命……、神崎さんはその言葉をよく使いますわよね?」
「ひぇ? あ、はい………… (逃れることのできぬ呪縛!)」

強く見つめる瞳に神崎蘭子のカップの中でスプーンが高い音を立てる。

「……運命、というものは確かにあるのでしょうか?」
「ひ、人は地に生まれ出ずるその瞬間より業(カルマ)を背負う宿命…… (私は、そうあってほしいと思います)」

神崎蘭子の答えを受けて、櫻井桃子の瞳が揺れる。
常に自信を滲ませていた表情も今はどこか悲しげで、その姿は年齢相応の小さな、不安を抱える少女といった風に今は見えた。

「あの、ここだけの秘密ですけれども、……わたくし、想いを焦がす人がいますの」
「禁断の果実! (それは恋愛相談ですかっ!?)」

櫻井桃子はテーブルの上で小さな手を組み、頬に薔薇色を浮かび上がらせる。

「わたくしは、それは……そう、運命だというほどに確かだと、そう言えますの。例え成就するのが何年も先だとしても、わたくしのこの想いは変わらないと」
「楽園を追われる覚悟がありや? (そんなに想えるなんて羨ましい。私はどうなんだろう……?)」
「けれども、あの方もそうであるのか自信はなくて……、魅力的な方ですし、でしたらわたくしなんかよりもなどと考えては不安になることも一度や二度ではありませんの」
「ドン・ジョヴァンニの戯れ……! (ああ、私もなんだか不安になってきました!)」
「あのお方がそれほど不誠実ではないとは信じていますけれど、……時には運命という名の赤い糸が存在するならば、あのお方を括りつけてしまいたいと……」
「呪いにて想い人を虜とするか (もしそんなことができるのだったら、私も……)」

櫻井桃子は小さく溜息をつくと少しだけ紅茶を飲み、そしてゆるりと微笑んだ。

「まぁ、運命の赤い糸や魔術をなんていうのは冗談ですけれども、あの方をわたくしの虜にしたいというのは本心ですの。
 それで、明日はわたくしの誕生日であの方もパーティに参加してくれると言ってくれたのですけど、どうアプローチするべきか……というのが本題ですわ」
「明日が誕生日なんですか? 私と同じですっ! (我と時の運命が交わりし者!?)」

相談した相手が偶然にも同じ誕生日だと知って櫻井桃子の顔がぱぁっと明るくなる。

「それはとても奇遇ですわ。もしよろしければご教授いただけないかしら? 貴女も想い人はいらして? でしたら明日はどのようなアプローチを?」
「あ、あの……、私は、そんな、恥ずかしぃ…… (断罪の場にて落とされる刃を待つのみ!)」

櫻井桃華の翠色の瞳がキラキラと輝く。そして、それを向けられる神崎蘭子はというとただ狼狽するばかりだった。

「これこそ運命の引き合わせというものではありませんの? でしたら、この機会、互いに不意にするのは勿体無いと思いますわ!」
「流星の眩さが我が瞳を貫く……! (そ、それはそうですけど……心の準備が……!)」
「正直に言いますと相談する相手がいなくて困っていましたの。ですからこの奇縁はまさにわたくしにとって僥倖といえるのです!」
「百詩篇集にはそのようなことなど…… (私にとっても予定外です><)」

身を乗り出さんばかりの櫻井桃華に、神崎蘭子はたじろぎ手に持ったカップを揺らす。
このままでは零れ落ちた紅茶が真っ白なクロスに消えない染みを作ってしまうかもしれない――というところで彼女に助けの手が差し伸べられた。

「ふたりとも、なんだか楽しそうですね♪」

現れたのは、この部屋の秘密を知る数少ないスタッフのうちの一人。千川ちひろだった。

41彼女たちが巡り会ったよくある奇遇(トゥエンティスリー):2013/06/02(日) 16:57:48 ID:951Q61mg0
 @


結局のところ、櫻井桃華の恋愛相談は彼女の乱入によって終わることとなってしまった。
もっとも、そうでなかったとして彼女が望む回答を得られたかは甚だ疑問だが、神崎蘭子は次の仕事の時間だったのでなんにせよ致し方ない。

「残念ですわ。せっかくの偶然でしたといいますのに」
「果たして、それは櫻井さんが思っているほどの希少な偶然だったでしょうか?」

冷めた紅茶に口をつけようとした櫻井桃華は千川ちひろの言葉にぴくりと眉毛を上げ、彼女の顔を見上げた。

「どういう意味でして……?」
「櫻井さんと蘭子ちゃんは誕生日が同じ……という話ですよね?」
「ええ、そうですわ。とても奇遇だと思うのですけれども」
「私、その誕生日についておもしろい話を知っているんでお話しますね」

言いながら千川ちひろはテーブルをぐるりと回り櫻井桃華の目の前に立つ。そして、椅子には座らずにそのまま話を始めた。

「誕生日が同じという話ですけれども、では櫻井さんから見て蘭子ちゃんと誕生日が同じという確率は何%ですか?」
「……? それは、1/365だと思いますけれども。パーセントにすると……」
「あ、パーセントはいいです。じゃあ、蘭子ちゃんから見た場合、櫻井さんと誕生日が同じという確率は何分の一になりますか?」
「同じく、1/365だと思いますの」
「そうですね。どちらも正解です。では、私から見た場合、櫻井さんと蘭子ちゃんの誕生日が同じであるという確率はどれくらいになると思います?」
「はい……?」

櫻井桃華は首を傾げる。問いの意味するところがよく理解できなかったからだ。
例え、誰が誰をという話であっても誕生日が同じである確率は変わらない気がするし、それ以外の場合があるとは普通には思えない。

「千川さんはわたくしたちのプロフィールをご存知ですから、その場合は100%ということでしょうか?」
「それそれで事実ではありますけど、この問題の答えではありませんね。けれど、確率は当たってます。ほとんど100%なんですよ」
「なんですってっ!?」

思わず声が大きくなってしまい、櫻井桃華は恥じらいの表情を浮かべ口に手を当てる。

「失礼。……では、そのなぞなぞの種明かしを教えてもらってもいいかしら?」
「んー、なぞなぞじゃなくて確率の問題なんですけどね」

こほんと咳をする真似をしてから、千川ちひろは回答を――『誕生日のパラドクス』を櫻井桃華に披露した。



「櫻井さん、蘭子ちゃん、それに他の誰であっても、それぞれがそれぞれの相手に対して同じ誕生日である確率は1/365で変わりません。
 では私、千川ちひろの場合、つまりこの事務所を俯瞰する立場から見た場合としてはどうなるか。
 櫻井さんは今この事務所にアイドルが何人所属しているか知っていますか?」
「ええと……、先日、150人を越えたというのは聞きましたが正確には……」
「だいたいそれくらいの認識でいいですよ。それだけいればもう十分以上ですから。
 それでもう一度質問です。この事務所に所属するアイドルが150人と仮定して、その中に誕生日が同じ人が混じっている可能性はどれくらいでしょう?」
「1年は365日ですから……だいたい、半分くらい。一組いればいいほうではないでしょうか?」

そう思うところが錯覚なのです――と、千川ちひろはにんまりと笑った。

「可能性で言えば、ほぼ100%です。そして複数組の誕生日が同じ組み合わせができる公算が大なんですよ。
 実際の話、この事務所の中で誕生日が同じ人って多いんですよ? 例えば、わかりやすいのだと元旦生まれの富士鷹さんと道明寺さんとか」

続けて、千川ちひろは誕生日が同じアイドルの名前を挙げていく。
渋谷凛と五十嵐響子、小早川紗枝と水本ゆかり、大石泉と相川千夏、輿水幸子と川島瑞樹――他にも何組もの誕生日が同じアイドルがいた。

42彼女たちが巡り会ったよくある奇遇(トゥエンティスリー):2013/06/02(日) 16:58:12 ID:951Q61mg0
「ず、随分、多いのですわね……」
「でしょう。じゃあ、どうしてそんなことになるかを説明しますね。わかってしまえば簡単なんですよ。
 櫻井さんと蘭子ちゃんの間で誕生日が同じ確率は1/365ですけど、じゃあ二人の誕生日が違うとして、そこにもうひとり加わったらその人の確率は何分の一ですか?」
「ええっと……?」
「わかりやすく、櫻井さんの誕生日が1/1で、蘭子ちゃんの誕生日が1/2としましょうか。
 そしてそこに第三者が現れた場合、彼女が二人と同じ誕生日である確率は2/365であり、逆にそうでない確率は363/365になりますよね」
「あ、わかった気がしますわ。
 席取りで考えると、人が加わるたびにすでに“誰かの誕生日である日が増える”……なので、人が増えるほど誕生日が被りやすくなるのですわね」
「そのとおりです♪ さすが櫻井さんは頭がいいですね。
 そして、誕生日がいっしょの人が同じ場所にいる可能性が50%を越える際の人数が23人で、これを誕生日のパラドクスと言うんです!
 でもって、だいたい70人を越えれば誕生日が同じ人はその集団の中にいると考えて間違いないんですよ」

はぁ、と櫻井桃華は感心の溜息をつく。確かに理屈で考えればわかる気がする。けれどもそこから出てくる答えはやはりとても不思議だ。
たった23人いれば誕生日が同じ人が半分の確率でいて、70人を越えればそれはほとんど確実になるだなんて。


 @


「しかし、わたくしがよいタイミングで見つけた相談相手を失ってしまったということには変わりはないんじゃありませんの……?」

事情あってのこととは承知だが、櫻井桃華はあえていじわるな風に千川ちひろを問いただす。けれど彼女の笑みは崩れなかった。

「だったら探せばいいじゃないですか。365人にひとりの相手は23人目までに半分の可能性で見つかるんですから」

それはどうなんだろう。と、櫻井桃華は思う。けれど、千川ちひろが言いたいことはそういうことではないというのもすぐに気がついた。

「なるほど。助言を感謝いたしますわ。さすがはちひろさんですわね」

言って、櫻井桃華は席を立ち、部屋の出口へと向かう。

その先には何人ものアイドルがいるだろう。
事務所のあらゆるところで、あらゆる個性を持ったアイドルが、今までは遠ざけたいと思っていたような子も幾人かはいるに違いない。

けれども、こんな隅っこの部屋に隠れているだけでは、それこそ今日のような奇遇を待つしかない。
それよりも、この部屋を出ればその可能性をいくらでも掴むことができるのだ。
23人で50%? 70人を越えれば100%? では、150人を越えていれば……?


「ああ、わたくし……なんだか、ゾクゾクしていますわ」


櫻井桃華は扉を開き、マッドティーパーティから日常へと――帰還した。






 @


後日、櫻井桃華は暗黒と絶望の世界の中で、彼女を護ると誓う騎士(ナイト)と出会うことになる。

それが、偶然だったのか、あるいは必然だったのか。それは運命の神様にしかわからない。

43 ◆John.ZZqWo:2013/06/02(日) 16:58:25 ID:951Q61mg0
以上で投下終了です。

44 ◆yX/9K6uV4E:2013/06/03(月) 23:54:14 ID:gxjFnBTE0
すいません、ひとまず延長申請します

45 ◆yX/9K6uV4E:2013/06/05(水) 16:37:29 ID:42yr8KUg0
申し訳ありません、出先で時間に帰れなそうなので、一旦破棄します。

46 ◆John.ZZqWo:2013/06/06(木) 19:30:26 ID:aFipQ.S20
小関麗奈、古賀小春 の二人を予約します。

47 ◆j1Wv59wPk2:2013/06/06(木) 20:12:38 ID:O8sGuaj20
新スレ&投下乙です。

>Memories Off
三者三様、それぞれの想い人に果たして届くのか……。
回想もまた色とりどりで、面白いがしかしまとまるのだろうか。
三人ともかなり譲れない思いがあるけど、ある意味バラバラでもある……。
人を想う気持ちっていうのは素晴らしいし、三人それぞれの違いもまたいいですねぇ。
……あと楓さん節が立ち直ってからガンガン炸裂してらっしゃるんですが…w

>みんなのうた
涼が目覚めた!!とりあえず良かったと一安心。応援したくなるチームだなぁ
ここの四人はそれぞれの心中は色々あるけどそれでも一致団結しててすごい良い。
信頼して、行動が実を結んだ時の四人は本当に微笑ましくて、そして心がぽかぽかしますね
まだまだお先真っ暗すぎるところではあるけど、凄く期待できそうで楽しみ!

>彼女たちが巡り会ったよくある奇遇(トゥエンティスリー)
む、難しい話は良く分かりませんの……(Pa攻ダウン)
しかしちひろ、まさかそうなる事を見越してこんな事を言ったのだろうか……謎が深まるばかり
ていうかその後の彼女達の展開を思うとおお、もう……ってなりますね……
最期に救済されたのがせめてもの救いではありますが、やはり桃珠はもっと見ていたかったなぁ

では、私は諸星きらりと藤原肇を予約します

48 ◆n7eWlyBA4w:2013/06/07(金) 00:40:10 ID:A5Owv0OM0
新スレ&投下乙です。

>Memories Off
それぞれの回想、積み重ねてきたものが少しずつ見えてきた感じ。
楓さんが立ち直ったのもあって表面上は安定して見える三人だけど、内に抱えたものは一筋縄ではいかないですねえ。
この平穏がいつまで続くのかも含めて、人間模様に今後も注目ですね。

>みんなのうた
前の話を書いた贔屓目もあるかもしれないけど、やっぱりこの四人はいいなぁ!
それに各アイドル自体の魅力だけでなく、それを引き出す設定や考察の見事さはさすが。
お互いの信頼感が育っていっている感じが、なんというか感慨深い限りです。


>彼女たちが巡り会ったよくある奇遇(トゥエンティスリー)
桃花ちゃまの補完回来た! 何気に蘭子の出番もあって嬉しかったり。
本編中では短命だった彼女と珠ちゃんだけど、こうして元気な姿が見れるとは補完回って素晴らしい。
あ、パラドクスの話は分かったような分からないような(目逸らし)


そして初の補完話、木村夏樹 予約しますね。

49 ◆p8ZbvrLvv2:2013/06/07(金) 21:13:05 ID:4V3NMgmI0
高森藍子、栗原ネネ、日野茜、小日向美穂を予約します。

50 ◆yX/9K6uV4E:2013/06/09(日) 00:21:32 ID:vD2gwkd20
予約が入ってなかったので、破棄したパートのゲリラ投下します

51i/doll ◆yX/9K6uV4E:2013/06/09(日) 00:22:49 ID:vD2gwkd20






――――××××でいたい。 ××なんて、嫌だ。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

52i/doll ◆yX/9K6uV4E:2013/06/09(日) 00:23:20 ID:vD2gwkd20








――――お前達は所詮、商売道具でしかないんだよ。



私にとって何よりも忘れる事ができない言葉が、それでした。
キラキラと輝いていたものに憧れていた幼い私に、私を育てるプロデューサーが先ずいった言葉が、それで。
憧れてるか何かはしらないが、精々頑張って稼いでくれ。
それがお前の役目なんだからなと。
何も知らなかった私はただ戸惑い、恐怖しました。


そんな――岡崎泰葉のデビューは、こんな、暗い事を知って始まったのです。


光があるところには、闇がある。
そんな当然のことも、私は知らなかったんですよ。
だから、私はそんな同じ仲間同士の蹴落としあいが信じられませんでした。
零落れたら、心の底から嘲笑う人がいて、もうびくびくして。
そして、私を育ててくれる人はそういう零落れた人を見て、

ああなったら終わりだぞと強く、私に言ったんです。
その言葉がプレッシャーになったと同時に、私は悟りました。
ああ、この人は、私に価値が無くなったら容赦なく切り捨てるんだって。

それからは、死に物狂いで、私はしがみつきました。
憧れていたから、憧れていたんだから。
キラキラ輝いていた筈のものに。
どんなに暗く辛いものでも、私は頑張ってそこに居ました。
おかげで、デビューしてから少しの間は、人気を博す事が出来たんです。
でも、それと同時に、私の中で消えていくものがあって。
それは、光とか温かいものというか、一言では言えないものだけれど。

ただ、何だろう。凄い憧れていたのに。

全然、楽しくありませんでした。


そうやって、私は磨耗していったんです。
何時か私も蹴落とされるかもしれない。
何時か私もあの世界には入れなくなるかもしれない。

そんな恐怖に襲われながら、それでも、何故か、私はしがみ付いていました。


何故だか……何故だか。


蹴落とされる誰かになりたくないから。
私は泣きたくないから。

商売道具として、生きればいい。
そう思って、私は色んな人を蹴落としてきました。
そう思って、私はいろんな人泣かしていきました。

そんな、私の瞳はとても、とても冷たかったと思う。
そんな、私の心に感情なんて、無かったんですよ。


だから、私の前のプロデューサーは、私に言ったんです。


―――ははっ……お前は本当、俺の素晴らしくいい人形だな。

53i/doll ◆yX/9K6uV4E:2013/06/09(日) 00:23:45 ID:vD2gwkd20


と。
ああ、そういうものかと。
何故か、すとんと落ち着きました。
そうして、私の憧れた世界は。
そんなものだと思ったんです。

ああ、全部、そういう勝ち負けで動いて、其処には光なんてありはしないんだと思いました。


そうして、私は彼の言うとおりの商売道具……いえ、いう事を聞くだけの人形に成り下がりました。
だって、彼の言う通りの世界だと思ったから。
だから、何もかも捨て去ろうと思いました。

ただ、世界に縋って、輝く夢をみていたい。
それだけを願って。

私はただ、人形で居ました。
蹴落とし、蹴落とし続けました。
時には卑怯な事で、苛烈な手で。
残酷に、無残に、ライバルを蹴落としていきました。
楽しくなんて、有りませんでした。


でも、それでも、限界はあって。
私自身より、私が所属していたプロダクションの経営が苦しくなってきたのです。
強引な手を使っていた天罰があったのかもしれないですね。
その頃でした。

私の前のプロデューサーやそのプロダクションのプロデューサー達に変化がでました。
なりふり構わなくなったといえばいいでしょう。

私達を、完全に生き残るための道具として、扱い始めました。
ある人は見込みがあるのに切り捨てられ。
ある人は、お得意先に……媚を売れと。


私も、そう、言われました。


ですが、私は、それだけは嫌だった。
何故か知らないけど。
人形だったはずだったのに。

それだけは、断りました。


夢を見て居たかったからかも知れません。

輝いていた夢を。


そうしたら、元プロデューサーは。

54i/doll ◆yX/9K6uV4E:2013/06/09(日) 00:24:17 ID:vD2gwkd20



――ふん……お前の代わりに、俺のほかの配属がなるだけだが……それでもいいんだな?



それは、私の友人で。
暗い世界でも励ましあった友人でした。
大切だったかもしれません。

でも、それでも、私は、それに。



こくんと頷いたんです。



そしたら、彼は笑って。



――はははははっ! やっぱりお前は俺の一番の人形だ! いいぞ! 何れお前も俺みたいに、なるぞ! あはははははははっ!



まるで、同属を見るように、笑いました。
私の目は、輝いて無かったと思います。

そう頷いて、友達が実際そうなったかはわかりません。
なってないかもしれません。


でも、友達を切り捨てたのは、事実として、残ったんです。



そうして、私は夢を見る代わりに、友達を捨てて。




やがて、プロダクションは潰れて、元プロデューサーは行方は知れず。





私は、アイドルとして別のプロダクションに拾われました。





けれど、未だに、私はあの人の言葉を。




一度たりとも忘れた事がありません。









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

55i/doll ◆yX/9K6uV4E:2013/06/09(日) 00:25:37 ID:vD2gwkd20













「…………ふう、疲れた」
「何もしてませんよねぇ?」
「動くのも疲れるんだよ、本当」

そういって、双葉杏はソファに深く身を沈めた。
今は、水族館の事務室にて、やっとの安寧の時を手に入れることができたのだ。
本当、無駄に疲れている。
藤原肇についていって、一悶着あって。
そして、今やっと横になれたのだ。

「やれやれ……」

肇の事も気になるといえば、気になるけど。
今はただ、休みたかった。
未だに、杏を誹る声は止まらなくて。
だから耳をふさぎたいくらいに、眠りたい。
杏はそれだけをただ、願っていたのに。

「ねぇ、杏ちゃん」
「何?」
「いくつか、いいですかねぇ?」

先程から、元々水族館に居た、肇の仲間――喜多日菜子が煩い。
もう一人の仲間、岡崎泰葉は肇の嘘を聞いて、意気消沈してるというのに。
逆に日菜子は何か活力をもらったかのように、杏に絡んでくる。

「えーめんどくさい」
「そんな事言わずに……むふ」
「うわっ……わかったよ」

日菜子は、杏の目を見て、ずっと離さない。
のんびりとした喋り方の癖に、何処か鋭くて。
このまま逃げ続けても、逃げれないだろう。
はぁ、やだなあと杏は思いながらも、気だるげな声で返事をした。
身から出た錆の癖に、という誹りは無視をする。

「杏ちゃんは、こう、街を彷徨ってたんですよねぇ」
「うん、そうだよ」
「それで肇ちゃんに会ったんですよねぇ」
「うん」

うん、間違っていない。
杏は心のなかでその言葉を繰り返す。
実際、その通りなのだから。

56i/doll ◆yX/9K6uV4E:2013/06/09(日) 00:25:57 ID:vD2gwkd20

「そうなんですかぁ……」
「うん、もういい?」

なのに、日菜子は納得してるようなしていなのような感じで。
うろんげな目を、杏に向けるのだ。
それが、とても苛立たしい。
恨まれる様な事は、していなのに。
大嘘つきという言葉が、聞こえたけど。

「肇ちゃんが本当の事いった時……怖かったですよねぇ……」
「……はっ?」
「だって、肇ちゃん、人を殺してたんですよぅ? 杏ちゃんのこと騙してたんですよねぇ」
「そ、そうだ! こ、怖かったぞ!」

日菜子のぼそっとした、つぶやきに杏自身がハッとする。
肇が本当に人を殺したという事を見せるというなら、怖がらないとダメなんだ。
肇に義理が無くても、杏自身を疑わせない為に。
けど、自然とその事を杏は忘れていた。

人を殺した人間の傍に居る事は、怖い。

その事に、杏自身が人殺しであるが故に、気づかなかった。
だって、自分自身が殺してるのに、なんで怖がる必要があると思っていた。
この事が、もう杏が既に、あちら側の人間だという事を如実に示してるようで。
杏は胸が締め付けられるような感覚に襲われてしまう。
それはどうしようもなく哀しい程に。
自業自得だよという誹りの合唱が、痛い。


「…………ねぇ、杏ちゃん」


日菜子の視線が不意に、定まる。
それはまっすぐ杏の目を見ていて。
何か言葉を発しようとして。
杏は息を飲んで。




「本当は――――」
「――――えっと……岡崎泰葉さんと喜多日菜子さんで……いいのかな……って杏?」



その瞬間、ガチャリと事務室のドアが開いて。
杏にとっては見慣れた人物が、入ってきた。
後ろには、眼鏡をかけた知的そうな人もいて。


「……凛?」
「杏……久しぶり」



闘志をたたえた目をした少女、渋谷凛が微笑んでいた。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

57i/doll ◆yX/9K6uV4E:2013/06/09(日) 00:26:39 ID:vD2gwkd20








「……成程、こんな水族館があったら、あの街は無理やり観光に力入れないといけない訳ね」


時間は少し戻って。
水族館の案内図を見ながら、相川千夏は感心半分、呆れ半分でいた。
案内図を見て、千夏は思わずため息を吐いてしまう。

「アクア・シャングリラ……水の理想郷ねぇ。立派な水族館ではあるけど」

とりあえずネーミングセンスはいまいちねと千夏は、独り愚痴りながら、改めて地図をよく眺める。
建物の構造を言うと、真四角のビルに、平べったいビルがくっついている形といえばいいか。
其処に、、真四角のビルから繋がって、其処からいける、イルカメインとした、小さな屋外展示がある感じだ。
平べったい建物は、いわばエントランス棟だ。
其処に入って、入場する棟でエレベーターに乗り、真四角のビル――展示棟に入る形になっている。

展示棟は八階もの建物で、八階、回廊式になってゆっくりと下っていく展示形式だようだ。
太平洋と熱帯の魚をコンセプトにして、ジンベイサメ、マンボウすらいるらしい。
魚を一望できるトンネルもあるらしい。そして、下の階には、ミュージアムショップなどみたいだ。
なるほど、力が入っている水族館だ。水の理想郷にふさわしいだろう。

(アクアはフランス語……シャングリラは英語だったかしら……なんで統一されてないのかしら?)

ネーミングだけは、ちょっと疑問であったが。
それは些細な事だ。

「さて、これだけの水族館なら……何処がで有名なっても可笑しくないんだけど……」

そう、有名になっても可笑しくはないのだが。
千夏が知る限り、この名前の水族館は記憶には無い。
ならば、この水族館は一体……?
そうやって頭を悩ましている時に

「…………貴方も、水族館に用事?」
「っ!?」
「わっ……大丈夫、殺し合いに乗ってないよ」
「……そ、そう。私もよ」

キッと、何かが止まった音がして。
千夏はあわてて振り返ると、自転車に乗っている少女が居た。
完全に虚をつかれて、あわてるが、どうやら、殺し合いに乗っていないらしい。
千夏は冷や汗をかけながら、その少女を見る。
その凛とした顔は、見覚えがあった。

「……渋谷凛?」
「あ、うん。そうだよ……貴方は?」
「相川千夏よ……貴方は用事があってきたのかしら?」
「うん……まあ、そうかな……多分この中にいるだろうし」

凛のその言葉を聴いて、僥倖だと千夏は思う。
人を探して、此処に着たが予想が的中したらしい。
ならば、

「私は用が有ったわけじゃないわ……どうすればいいか解らなくて、彷徨ってるうちに此処に着たわ……」
「そう……じゃあ、とりあえずこの中に一緒に入る?」
「ええ……そうするわ」

後は、上手く取り入るだけだ。
凛はそのまま水族館に入るらしい。
だったら、一人で行くより無駄な心配されないだろう。
上手く事が進んでいる。
そう感じて、千夏は笑って、凛についていく。


(さて……どうなるかしら)


どうなろうと、自分が望む最良の結果を得るしかないのだけれど。











     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

58i/doll ◆yX/9K6uV4E:2013/06/09(日) 00:28:13 ID:vD2gwkd20








「そう……肇ちゃんはきらりちゃんと一緒にいるんですねぇ……よかった」
「うん……後はさっき言った通りなんだけど、小梅って子は拓海って子ら三人と合流して病院に……で、出来ればこっちに着て欲しいと……それが伝えて欲しいといわれたことだね」
「涼って人の足の治療って事ですねぇ……大切な人と会えて、本当よかったですねぇ」
「…………っ」
「千夏さん?」
「なんでもないわ」

そして、時は戻って今に至る。
渋谷凛がもたらした情報は、日菜子達にとって、とても有益だった。
仲間達が無事という事は喜ばしいし、小梅が涼と再開できたのは、とてもいいことだ。
朗報が舞い込んで、泰葉が喜ぶかなと日菜子は泰葉を見るが

「………………」

相変わらず、何処かふさぎこんでいるようだった。
小梅達の安否を聞いて、頷いてはいるが、言葉にする事は無かった。
また、その話を杏も聞いていて、

「きらりが………………近くに?」

そう呟いているのが、少し気になっていた。
けど、深く突っ込む事が出来ずに、そのまま凛についてきた千夏の話も聞いた。
もっとも彼女も、杏とおなじようなものだったけれど。
ただ街を彷徨っていて、特に何も無いままといっていた。
街でひっそりこもっていて、禁止エリアが指定されて、あわてて出てきたと言う事らしい。
その話を杏が聞いていて、首を捻っていたが、日菜子にはよく解らなかった。


「……じゃあ、私も何があったか話そうかな」

そういって、続けて、凛が話し始める。
渋谷凛という少女を日菜子が知っている事といえば、ニュージェネレーションというグループに居るという事だけだ。
で、そのグループの一人が死んでいた事は教えてもらった死者の放送で知っている。

「……私はグループ組んでた三人と一緒でさ、山のてっぺんで三人仲良くスタートだったんだ」
「それは幸運なんですかねぇ……?」
「どうだろ……そうして、拡声器で呼びかけて、集まったのが三人」

拡声器で呼びかける。
それを聴いた瞬間、日菜子は危険なんじゃないかと思って。
また、その予想は当たって。

59i/doll ◆yX/9K6uV4E:2013/06/09(日) 00:28:38 ID:vD2gwkd20

「新田美波、榊原里美……水本ゆかりの三人」
「っ!?」
「そして、水本ゆかりは、殺し合いに乗ってたんだ」

前者の二人の名前に、泰葉が激しく身体を震わせた。
はたから見ても驚くくらいに。

「里美さんは、美波さんと一緒で……凄いおびえていたんだ……なんか、凄い何かを怖がるように……はたから見ても酷かったよ」
「……っ……ぁ……」
「で、そこでゆかりさんが……襲撃して、私の仲間の友達の……未央がそこで殺された」
「…………」

その話を聞いて、日菜子他、杏や千夏すら押し黙っていた。
紛れも無く、目の前で殺されたんだろう。
凛は淡々と話すが、感情を必死に抑えていた。

けれど、それと同時に、泰葉がありえないくらいに青ざめていて。
日菜子はそっちの方も気になっていて。


「そして、卯月がその場から逃げて……里美さんも追いかけたみたいなんだけど……はぐれたのかな……」
「でも、彼女呼ばれてたわよね……ゆかりって人も」
「うん……ゆかりさんは解らないけど……里美さんははぐれて……ころされ……御免よくわからないや」
「…………ぅぅ」
「……続けるね。それで、新田さんもその時、殺された……彼女は、最初……里美さんと私達を利用するといっていて……実際――――」



凛が、言葉を続けようとした時。



ガタンッと、強い音が響いた。




日菜子は振り向くと、




「あはっ……あははっ……あはははははははははっっっ」




壊れたように、笑う、岡崎泰葉が、いた。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

60i/doll ◆yX/9K6uV4E:2013/06/09(日) 00:30:04 ID:vD2gwkd20










ああ。
私は、きっと何も変わっていなかった。
アイドルを願い、アイドルで居たいと思った私は。



「――――結局、私は、人形でした」



あの頃から、何も、変わらない、人形でしかなかったの。
私は変われたと思ったのに、変われると思ったのに。
何も変われなかったんですね。


ああ、あの何も無い人形の頃から。


私は何も変われてなかった……っ!


「あはは……ははっ……」


声が、聞こえる。
私の前のプロデューサーの声が。





――はははははっ! やっぱりお前は俺の一番の人形だ! いいぞ! 何れお前も俺みたいに、なるぞ! あはははははははっ!





そう、私は、あの人のようになってしまってたんですね。
なっちゃったんだぁ……

私は、榊原里美を、追い詰めた。
蹴落とした、アイドルじゃないと。
あの人のように、アイドルを人形だと思って。
商売道具のようなものだと思って。



私は苛烈に、残酷に、切り捨てた。
アイドルじゃないものに、呵責無く。


だって、彼女はアイドルじゃないって思ったから……
ただの普通の人だと思って。




けど、そうじゃなくて、

私が、人形だったから。


人形のまま、彼女を切り捨てて、


結果、彼女は、誰も信じれず、誰からも手をさし伸ばされず。



死んでしまった。



あの時と同じように

61i/doll ◆yX/9K6uV4E:2013/06/09(日) 00:31:16 ID:vD2gwkd20
――――夢を、輝きを信じて、私は人形のように、アイドルを切り捨てたんですね。





あはは……ははっ。
そうだあの時、私は言っていたじゃないか。
私は理解していたじゃないか。


アイドルじゃないって。
楽しくないって。



――無意識の内に、私は、あの人のようになっていた。

使えないものは切り捨てて。
そして、利用していて。


そして、小梅ちゃんすらも切り捨てようとした。
あの苛烈な本性こそが私で。
私は冷たい、人形のままなんだ。



喜多さんを救えたって。
きっと、私はアイドルである事に縋って。

歩く屍になっていたに、過ぎない。
背伸びしていた子供無く、私は、人形で。


だから、こんなにも、私の所為で人が死ぬ。
私が――人形が、誰かを切り捨てて、死んでいく。




「あはは……うぇ……ぇ……うわぁぁあぁぁぁ」



泣いた。
涙が溢れた。
感情が止まらなかった。


自分の本性を曝け出された気がした。




だって、あの日見た夏は、幻想、妄想でしかなかったら。
この世界は、誰かを蹴落とし、誰かを笑顔にする傍らでライバルを泣かすしかない世界のままでした。
一人ぼっちの頂点に、たった一人に、なりにいくしかない世界ないでした。
アイドルなんて、アイドルなんて、その程度の存在で。



だから、私は、人形でしかないのでした。

62i/doll ◆yX/9K6uV4E:2013/06/09(日) 00:32:10 ID:vD2gwkd20



「あの時、輝いていた新田さんも……所詮、そう。彼女の輝きも、道具が、人形が、見せる、偽りでしかない」


新田美波。
あの夏、素晴らしく輝いていた。
アイドルだと信じていた。
アイドルとして、尊敬していた。
自然な笑顔で、自然な輝きだと信じていた。



「此処は、この島は……そんなものすら、明らかにしてしまう。私が夢見たものは、結局『夢』でしかない」


けど、違った。
彼女は、そんな笑顔の下で。
誰かを利用しようしていた。

結局、私が人形の時していた事と、何も変わらなかった。

夢は、夢でした。


違うと叫びたい。
諸星さんや、市原さんが見せた輝きは違うんだって叫びたい。



……でも、できないっ!


何故か……何故か!
私が、人形だと自覚したから。



アイドルなんて、存在しないかもしれない。


そう、思ってしまうぐらいに。



「泰葉ちゃん……」




喜多さんが、私を見る。
心配する目を。

私を。



――友達を裏切って、いろんな人を、冷たく切り捨てた私を。




「い、いやっ……見ないで……こんな私を……こんな……『人形』をっ!……見ないでよぉぉ!」



私は、顔を覆って。
そうやって、逃げ出した。



「うぁ……あぁあぁ……うわぁぁぁん」



泣いていた。
意味も無く。




私は――――でいたかった。










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

63i/doll ◆yX/9K6uV4E:2013/06/09(日) 00:34:10 ID:vD2gwkd20










岡崎泰葉と喜多日菜子の出会いを思い出してみます。

泰葉ちゃんは、移籍というか拾われてきた子で。
来た当初は、とても冷たい目をする人でした。
感情も無いように、同じアイドルの皆を見下すように見て。
自分で出来る事は自分でやろうとして。
そうやって、笑うことが少なかった子だったんです。

日菜子の事もまるで、興味なさげにみていました。

そういう子なんだと思いました。


けれど、違うんだと、段々感じてきました。


岡崎泰葉は普通の少女なんだって。



甘いものが好きで。
それでも、珈琲はブラックにしたがって。
そんな背伸びをする子で。

趣味のドールハウスは完璧を目指して。
でも褒められると凄く嬉しそうにはにかんで。


そんな、普通の子で。


だから、日菜子は逃げずに、向き合ってました。
日菜子が妄想しても、彼女は興味なさげにしてました。
でも、逃げずに、私を見ていてくれて。
笑っていくれました。
侮蔑ではなく、友達に向けるような笑みを。


そうして、彼女と過ごすうちに。


泰葉ちゃんは、笑い始めました。
素直な純粋な笑みを浮かべ始めました。

私と出かけたりもしました。


そして、一緒に仕事したときも。
彼女は、本当に、楽しそうに笑うようになったんです。

夢を見ているようだと、嬉しそうに。
だから、日菜子は言ってあげたんです。


――夢は、叶えましょう! 叶う為にあるんですよ!  夢見てるだけじゃ、止まらない! むふふ♪


そしたら、彼女は驚いて。


でも、嬉しそうに、泰葉ちゃんは言ったんです。



――そうですね、輝いて……夢が叶って、何時までも輝く……それがアイドルなのかな。




日菜子は頷いて。


だから。

64i/doll ◆yX/9K6uV4E:2013/06/09(日) 00:35:54 ID:vD2gwkd20



――――叶えましょう! いっしょに!





そして、泰葉ちゃんは、はにかんで。




――――はいっ。




と。







……だから、だから!




「……違いますよぅ……違うの……泰葉ちゃんは……人形じゃない」


私は、泰葉ちゃんが逃げ出した場所を見つめる。
水族館の中だ。いかなきゃ、行こう。
だって、だって。


「泰葉ちゃんは『アイドル』なんだから。」



だから。
泰葉ちゃん。
今度は、日菜子が。


「泰葉ちゃんを覆ってる、闇を……妄想を、とりはらってあげますっ」



日菜子が、泰葉ちゃんを救わなきゃ、ダメなんです。
私が救われたように。
今度は私が救わなきゃ、ダメだ。


「…………なんか、余計な事を話しちゃったかな?」
「ううん、何時か泰葉ちゃんが解決しないといけない問題だったんですよぅ」
「そうなのかな……」
「はいっ」
「なら、教えなきゃ……新田さんの本当の姿を」

凛ちゃんは。
尊敬するように、真実を告げました。


「彼女は、最後に……女神のように、アイドルとして輝いていた。私を逃がしてくれた」
「……そうなんですかぁ」
「だから、彼女は、アイドルだ。絶対に証明する」
「……わかりました」


ほら、きっと思い込みですよう。泰葉ちゃん。
貴方が信じた、憧れたものは。

何も変わってないんです。


「ありがと……凛ちゃん、その卯月さん……探してるんですよねぇ?」
「……そうだけど?」
「トモダチなんだから……行ってもいいですよぉ……行きたそうだもの」
「……えっ」

65i/doll ◆yX/9K6uV4E:2013/06/09(日) 00:36:18 ID:vD2gwkd20


トモダチを思う姿は誰も変わらないですねぇ。
日菜子も、凛ちゃんも。


そして、泰葉ちゃんも。



「日菜子は行きます」
「彼女の所へ?」
「はいっ」



それが。



「岡崎泰葉を誰よりも知ってる、喜多日菜子の役目なんですから♪」










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

66i/doll ◆yX/9K6uV4E:2013/06/09(日) 00:36:52 ID:vD2gwkd20











「友達か……」

私は、水族館に入っていた日菜子を見つめながら、考える。
行ってもいいといわれた。
確かに、今も探したい。
大切な友達を。

けど


「見届けたい……そんな気もする」



喜多日菜子と岡崎泰葉の結末を。


友達同士の結末を見届けたい。


そうすれば、私達も、解りあえるかもしれない。


そんな、気がしたから。



選択肢のなかで、私は迷い。



そして、決断する。

【D-7・水族館/一日目 午後】

【渋谷凛】
【装備:折り畳み自転車】
【所持品:基本支給品一式、RPG-7、RPG-7の予備弾頭×1】
【状態:軽度の打ち身】
【思考・行動】  
基本方針:私達は、まだ終わりじゃない
1:どうしようかな。
2:卯月を探して、もう一度話をする
3:奈緒や加蓮と再会したい
4:自分達のこれまでを無駄にする生き方はしない





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

67i/doll ◆yX/9K6uV4E:2013/06/09(日) 00:37:45 ID:vD2gwkd20








(あーぁ……面倒だなぁ)

二人が去っていた先を見て、杏はそう思う。
本当面倒なことになった。
泰葉達は言うまでもないし。
何より、

(相川千夏……ねぇ……思いっきり嘘ついてるじゃん)

ついてきたこの女。
どーかんがえても嘘ついてるね。
だって、私が眠気眼でも聞いたあの音。
爆発するような音。
なんで、気づいてないのさ。
禁止エリアに指定される前に逃げるはずじゃん。
怖がってるなら、さ。

だから、嘘ついてる。


キナくさいなぁ。


うーん。
きらりも近くにいるんだよねぇ。
会いたくないなぁ。
会ったら……怖いよ。


弱虫?
逃げるな?


外野がうっさいよ。



本当……面倒だなぁ。



【D-7・水族館/一日目 午後】

【双葉杏】
【装備:ネイルハンマー】
【所持品:基本支給品一式×2、不明支給品(杏)x0-1、不明支給品(莉嘉)x1-2】
【状態:健康、幻覚症状?】
【思考・行動】
基本方針:印税生活のためにも死なない
1:一応信用できそうなので、泰葉達と共に行動する?
2:自分の罪とは向き合いたくない。
3:肇の選択は理解できない、けれどその在り方に……?
4:千夏は怪しい

※二度の放送内容については端末で確認しています。
 また、それにともなって幻覚に城ヶ崎美嘉が現れるようになっています。










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

68i/doll ◆yX/9K6uV4E:2013/06/09(日) 00:38:19 ID:vD2gwkd20











(焦るな……焦るな)

私は心のなかで、そう繰り返す。
まさか一人も殺してないと思わなかった。
三人いた内、二人残ってたのは、わかっていたが。
流石に一人も仕留めていないとは。

私の姿は詳しくは見られてない筈だ。
だから焦る必要性はないのだ。
けど……殺せてないのは事実だ。
その事に……ちひろが動くのだろうか。

そう考えると……不安に襲われる。


大丈夫だ。
まだ、焦る必要性はない。

けど
この岡崎泰葉達の騒動を利用すれば、一気に殲滅出来るかもしれない。



そう思うと、鼓動が早くなるのが止まらない。



……本当、感情って、面倒臭いわ……本当に。


【D-7・水族館/一日目 午後】

【相川千夏】
【装備:チャイナドレス(桜色)、ステアーGB(18/19)】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×8】
【状態:左手に負傷(手当ての上、長手袋で擬装)】
【思考・行動】
基本方針:生き残り、プロデューサーに想いを伝える。生還後、再びステージに立つ。
0:焦るな
1:泰葉達のグループに紛れ込み、次の放送までは様子を見つつ休息?
2:1が上手くいったら、さらに次の放送後、裏切って効率よくグループを全滅させる策を考える?
3:以後、6時間おきに行動(対象の捜索と殺害)と休憩とを繰り返す。











     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

69i/doll ◆yX/9K6uV4E:2013/06/09(日) 00:38:47 ID:vD2gwkd20











水槽のなかで、雄大に泳いでいた。
飼われてる、モノが。

私は、それを、同情するように、眺めていた。



これらも、私と一緒だ。


商売道具で、人形と変わりない。



その為に、飼われてる。


そういうものなんでしょう?



なのに……どうして、こんなに、哀しくなるんでしょう?



私は人形なのに。





そして、私を探す喜多さんが見えて。




私は、また、哀しくなった。





お願いだから。



曝け出された、私を。



人形の、私を探さないで。






【D-7・水族館 ???の水槽前/一日目 午後】



【岡崎泰葉】
【装備:スタームルガーMk.2麻酔銃カスタム(10/11)、軽量コブラナイフ】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:?????】
【思考・行動】
基本方針:??????
0:人形の私を見ないで。

※サマーライブにて複数人のアイドルとLIVEし、自分に楽しむことを教えてくれた彼女達のことを強く覚えています。



【喜多日菜子】
【装備:無し】
【所持品:無し】
【状態:疲労(中)】
【思考・行動】
基本方針:『アイドル』として絶対に、プロデューサーを助ける。
1:泰葉を救う。
2:それまで、他の事は保留

70i/doll ◆yX/9K6uV4E:2013/06/09(日) 00:39:26 ID:vD2gwkd20
投下終了しました。このたびは待たせてしまって申し訳ありません。

71 ◆yX/9K6uV4E:2013/06/10(月) 23:30:54 ID:63MPCf6o0
皆さん投下乙ですー!

>みんなのうた
涼が復活や!
小梅が献身的だったお陰だなぁ。
拓海、紗枝ちゃんも自分が出来る事精一杯やって。
こうなったのは本当、素晴らしいなあ。


>彼女たちが巡り会ったよくある奇遇(トゥエンティスリー)
桃華ちゃん、こんな話を聞いていたのか。
蘭子と話していて、誕生日が一緒と結びつけるとはw
そして、騎士に会ったというのは意味深だなぁw
いい補完話でした。


そして、自己リレー、一部含みますが

和久井留美、ナターリア、南条光、五十嵐響子、緒方智絵里、前川みく予約します

72 ◆j1Wv59wPk2:2013/06/11(火) 21:19:13 ID:6JSrDpos0
投下乙です!

>i/doll
うわわわ……遂に先輩の爆弾が爆発してしまったか……!
凛ちゃんからの情報で皆が一気に動き出して、物語が加速してwktkが止まらない。
杏も何気にキーになりそうな立ち位置だし、ちなったんも成果を上げそうでこわい……
そして何より日菜子がかっこいい!救えるパーツは揃ってるはずだけど、周りの状況も怖い……果たしてどうなるのか

そしてすいませんが、延長二日分で完成する見込みがなさそうなので予約分を破棄します。
申し訳ないです

73 ◆John.ZZqWo:2013/06/12(水) 00:37:22 ID:1N1OUN6Y0
投下乙です!

>i/doll
岡崎先輩の過去が重い……。故の本当のアイドルへの信仰と見かけアイドルへの憎悪だったというわけか。
そして、先輩自信が所詮私も見かけアイドルだった><と逃げ出しちゃったけど……、ここは喜多ちゃんに期待ですねぇ。
しかし、さりげに交じってスコア上げられてないことに動揺してるちなったんとか、ちなったんの嘘を見抜いている杏とか……、
危うい……w


で、延長しますー。

74 ◆n7eWlyBA4w:2013/06/12(水) 01:07:29 ID:cOb6Ui3k0
>i/doll
岡崎先輩はもうボロボロ。過去抜きにしても今まで割と踏んだり蹴ったりだったし、危ういなぁ。
というか喜多ちゃん以外はみんな危険な感じに……w 凛が出立を選ぶと本格的に修羅場りそう。
このグループが第二回放送後の一つのやまになるんですかねー。

そして予約延長します。

75 ◆p8ZbvrLvv2:2013/06/12(水) 21:19:24 ID:IafC3t5Q0
皆さん投下お疲れ様です、感想はこの後に。

それでは予約分、投下します。

76Ideal and Reality ◆p8ZbvrLvv2:2013/06/12(水) 21:20:24 ID:IafC3t5Q0



すぐ傍の机にある電話が鳴ったのは、どれくらい前のことだっただろうか。
数分、数十分、あるいは数時間経っているのかもしれない。
そこで、時間の感覚が曖昧になってしまっていることに気付いた。
待ちかねていた筈の連絡は、確かに高森藍子を安心させる物で。

同時に、大いに悩ませることになったのだった。




「美穂ちゃんが……死のうとしてた?」
「うん……なんとか寸前で止めたけどね、今は落ち着いてくれてるみたい」

日野茜は、ここから南東の方角にある牧場から電話を掛けていると言っていた。
数時間前に相次いで飛び出していった彼女と小日向美穂の居場所が分かり、ほっとしたのもつかの間。
状況は思ってもみないほどに悪化していて、藍子は酷く焦ることになった。
とはいえ茜が同行していたお陰で、なんとか最悪の事態は回避出来たようでもあり。
茜は、これから美穂を連れて警察署へと戻ってくるとのことだった。

「それでさ……後のことは藍子ちゃんに任せようと思って」
「とは言っても……私はカウンセラーの経験があるわけじゃ」
「そうじゃなくてさ、恋愛のことなら私じゃ力になれないだろうし」

目の前で自殺未遂を目撃したのもあってか、茜の声にはいつもの張りがないようにも思えた。
芸能界という特殊な業界に居ても、彼女たちの純粋な人生経験はそれほど豊富とは言えない。
ましてや、経験豊かな大人でも簡単に解決できるような問題じゃなければ対応に困るのは当然だ。
それだけに、茜の取り柄であるパワー全開というわけにはいかないようだった。

「よし、決めたっ!やっぱり私じゃ無理だから後は任せるよ!」
「え、えーっと、それって自信満々に言うことじゃ……」
「どっちにしろ合流しないといけないしねっ、それに美穂ちゃんがいつシャワー上がってきてもおかしくないし!」
「あ……だったら仕方ないですね」

美穂が居る場だと突っ込んだ話が出来ないので、今は居住スペースで見つけたバスルームに押し込んでいる。
電話の最初にそう言っていたのを思い出して、少しほっとした。
もちろん美穂に気を使ったのもあるのだろうが、茜にそれだけの余裕があるのなら安心だろう。
最後に軽くお互いの状況を報告し合って、受話器を置いた。

77Ideal and Reality ◆p8ZbvrLvv2:2013/06/12(水) 21:20:57 ID:IafC3t5Q0




「ふぅ……」




そんなやりとりを追想しながら、藍子はソファにもたれかかる。
電話が掛かってくる前に少しだけ休息が取れたので、それほど眠気はない。
最初はそんな気分じゃなかったはずだが、やっぱり身体は正直だったようだ。
同行している栗原ネネは、今も外の様子を見てくれているのだろう。
考え事に集中したかったのもあって、電話の後に様子を見に来た彼女にもう少しだけ休ませてほしいと頼んだ。
あっさり承諾されたのが少し申し訳なくもあったが、今はその優しさに甘えさせてもらおうと思う。

(これから美穂ちゃんに対して、どう接していけばいいんだろう)

(焦っちゃいけないのは分かってるけど……もどかしいな……)

"理想"を追い求めれば求めるほどに、"現実"はそこから遠ざかっていく。
まだまだ精神的に発展途上な年頃なのもあって、藍子も葛藤が深まり始めていた。
焦るのも良くないが、落ち着いてこれからのことを考える余裕もそれほど残されてはいない。
まずは状況を整理し直さなくては、といっそう重くなり始めた頭を働かせる。

何よりも今、最優先すべきは美穂の精神状態を安定させることだろう。
問題はそこからで、どうやって生きる方向へと意識を向けさせればいいのかが重要だ。
アイドルとして生きること、失った人の意志を受け継ぐように働きかけるのは既に手酷く失敗した。
今の彼女にとって、最も影響力が強いのは当然ながらプロデューサーのことなのだろう。
だったら、彼を助ける方法を考えようと励ますのが一番なのだろうか。

(きっと……最初からそうするべきだった、そうしないといけなかった)

(感情だけじゃ人は動いてくれない、繋ぎ止めるだけの説得力がないと……)

"理想"を掲げることは間違っていない、それだけは今でもハッキリしている。
しかし、それだけでは誰も着いてきてはくれないのが"現実"なのだ。
そのことに気付いて、藍子は今までの自分の浅はかさを思い知った。
己の在り方を説くことだけじゃなく、そのためにどうするのかを具体的に示さなくてはいけない。
そこを怠ってしまえば、ただ綺麗事を振りかざす人間としか映らないだろう。

今のままでは、いたずらに相手を不審に陥らせてしまうだけで。
そこで決裂して、相手が届かない場所に行ってしまえば悔やんでも悔やみきれない傷になる。
だからこそ同じ失敗を繰り返して、美穂と離れる結果になるのだけは避けたい。
前回の放送で及川雫の死を知ったことが、藍子の心理へと確実に影響を与えていた。

「せめて……『生きて』いてほしい、今はそうあってほしいです」

仕方のないことだとはいえ、少し迷いはある。
本当は皆がアイドルでなくては何の意味も無い、それだけは曲げたくなかった。
けれど今の藍子では、美穂と和解してアイドルで居させるにはあまりにも無力すぎる。
結局、どちらかを選ぶのならば妥協してでも前者を選ぶしかないだろう。
けれどプロデューサーを助ける手がかりが見つかっていけば、きっと美穂にも希望が訪れる。
たくさんの一つを積み重ねていけば、それは大きな物へと繋がっていくはずだ。




――――だからこそ、まだまだこれからだと小さく微笑みながら決断する。




――――それは紛れもなく、アイドルとして生きる少女の姿だった。

78Ideal and Reality ◆p8ZbvrLvv2:2013/06/12(水) 21:21:54 ID:IafC3t5Q0






「はふぅ……危うく心配かけっぱなしになるとこだったね」


ガチャン、と受話器を置いて日野茜は一息つく。
ここは、牧場の所有者が普段暮らしているであろう居住スペース。
まっすぐ警察署へ向かうはずだった茜がここに居るのには理由がある。
小日向美穂を追いかける時に連絡をすると言い残していたのを思い出したのだ。
警察署では、高森藍子と栗原ネネがさぞ心配していたことだろう。

とはいえ問題が一つあった、それは美穂の状態を本人の居ない場所で伝えなくてはいけないというもの。
流石に本人の前で自殺しようとしていたなどと言うわけにはいかないし、茜はそこまで能天気な人間ではない。
どうしたものかと考えていた時、汗をかいているのに気付いたのは幸いだった。
折角だからどこかでシャワーを浴びていこうと美穂を促しつつ、こっそり電話がありそうなところを探して。
牧場の持ち主が住んでいる場所なら両方あるだろうと考えていたら、正に狙い通り。
本来茜は隠し事や企みが非常に苦手なのだが、今回は偶然ながら上手くいってくれたようだ。

「そういえば美穂ちゃんは……よしよし、まだ浴びてるね」

念のために浴室の方向に耳をすませると、水音が僅かに聞こえて一安心。
先程は肝を冷やしたが、なんとか美穂は自分の意志で思い留まってくれた。
ここからは先程の電話で宣言した通り、藍子に任せるつもりだ。

(とは言ったものの……それだけじゃなぁ)

しかし、これでは藍子だけに責任を負わせてしまったような気がする。
恋愛関係の話は、確かに茜では解決できないかもしれない。
けれど力を貸すと言った手前、何か自分でも協力をしたいのが本音だった。
傍にあった椅子を引き寄せて腰を落とし、テーブルに顎を乗せて考える。

今回は茜にできないから藍子に助けてもらう、だったらその逆はなんだろうか。
本来、特別親しかったわけでもないから簡単には思いつかない。
しかし、茜には一つだけ他のアイドルよりも知っていることがある。
それはかつて、プロデューサーが彼女の担当だったという繋がりのお蔭だ。

彼は何と言っていただろうか、とおぼろげな記憶を手繰り寄せる。
熱血一本で通していたから、タイプの合わない子の励まし方が分からなかったと言っていた。
それは藍子の見た目だけでも分かることだろう、お世辞にも体育会系には見えない。
むしろ大人しくて、優しそうな雰囲気が魅力なんだろう。

(あ、そっか……藍子ちゃんは優しい、優しすぎるってことなのかな)

なんとなく、どうしてさっき上手くいかなかったのか分かった気がした。
藍子は相手に対して強く叱咤したり、強引に引っ張ったりが出来ないのだ。
だから、どうしても真正面から自分の想いをぶつけるしかない。
そうなれば当然衝突することも多くなってしまうし、相手の精神状態によっては失敗するだろう。
決してそれが間違っているわけじゃないけど、時には強引な方が上手くいくこともある。
だって、自分と多田李衣菜こそがその良い例だったはずだ。

79Ideal and Reality ◆p8ZbvrLvv2:2013/06/12(水) 21:22:27 ID:IafC3t5Q0



(さっきは全部任せて一歩引いてたけれど、それじゃ駄目だった)



(つまり……みんなに協力してほしいって熱く語りかけて、引っ張っていく)



(それこそが藍子ちゃんにできない、私が助けられることなんだ!)



そう考えると、一気に目の前が明るくなった気がする。
すぐにでも警察署まで全力疾走で戻って、藍子を助けたいくらいの気持ちだった。
もちろん美穂を待たなければいけないのだが、どうやらまだシャワーを浴びているようで。
じっとしていられない気分だったのもあり、元気よく立ち上がる。
あんまり気合いを入れ過ぎると美穂がびっくりするだろうから、お茶でも飲んで落ち着こう。

「淹れてる時間は無いし、ペットボトルの奴でもいいんだけどなぁ」

「うーん……人の家のものだけど……ごめんなさいっ!」

どうやらこの島にはアイドル以外誰も居ないみたいだし、支給品の水じゃ物足りない。
茜はよく分からないどこかへ手を合わせると、キッチンの方へと向かう。
背後からは、まだ水音が鳴り響いていた。

「どれどれ……おおっ、アレがある!」

この家の住人はあまり茶に関してこだわりがなかったのか、市販の大きめなボトルが置いてあった。
間延びしたような響きの、馴染み深いあの銘柄である。
美穂は随分長めに浴びているから、冷たいお茶が用意されていれば喜んでくれるだろう。
折角だから、次に自分がシャワーを浴びた後にもう一杯飲むのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら食器棚からグラスを取り出して、注ぐ。
キャップを閉めて、テーブルまで持っていこうとした瞬間だった。




カツッ、と後ろで足音が聞こえた。




両手が塞がっていた茜が、何気なく振り向きかけた瞬間。




ドスッ、と背中に衝撃が走って小さく息が漏れた。




何よりも、いつの間にここまで来てたんだろうという驚きで頭がいっぱいで。




――――まるで扉が開いているかのように、浴室から聞こえる水音が少し大きくなっていた。

80Ideal and Reality ◆p8ZbvrLvv2:2013/06/12(水) 21:22:50 ID:IafC3t5Q0






小日向美穂は、惰性のままに歩き続ける。
もう誰かに振り回されることに疲れ切ってしまっていて。
そして、死を選ぼうとした瞬間にそれすらも止められてしまった。
結局自分の意志で生きることを選んだものの、これからどうすればいいのか分からない。
出口の見えない迷宮をひたすらに彷徨う感覚。
それが、今の精神的な状態。

(私は……どうしてこの道を歩いてるんだろう)

最も、肉体的にもそれは大して違いはない。
警察署への道を辿っているのも、ただ日野茜がそう言っていたからに過ぎない。
一体この先に何があると言うのだろうか、ただ一つだけ言えるのはこの先に高森藍子たちが待っていること。
彼女達はこれからどう動くか考えているのだろうか、そして自分はいったいそれをどうするつもりなのだろう。
辿りついたその先が、自分でも全く見えない。

(ただ一つだけ言えるのは、何かが起こるということだけ)

シャワーを浴びてから、微妙に頭がぼんやりしている気がする。
まるで夢を見ているかのように、意識がふわふわと落ち着かない。
なんとなく、毒薬の瓶や草刈鎌をデイバックに戻したことだけは覚えている。
いずれにせよ、気分がハッキリとしないのは当然のことだ。

(まるで追い立てられてるような……早く行けって急かされてるみたい)

そんなに焦らなくても、いつかは目的地に辿りつくというのに。
まるで後戻りを許さないかのように、追い立ててくる。
そのせいで微妙に焦燥感が煽られ、平常心を崩されてしまう。



――――けれど、それ以上に美穂の頭はとある疑問で埋め尽くされていて。

81Ideal and Reality ◆p8ZbvrLvv2:2013/06/12(水) 21:23:27 ID:IafC3t5Q0






「ねぇ……茜さん、どうしてこの子が着いてきてるんですか?」






たまりかねて口に出すと、隣を歩いていた茜が首を傾げる。
美穂が少しためらいがちに視線で示したその先に居るのは、一匹のトナカイ。
この会場に居ないイヴ・サンタクロースと、どんな関係なのかよく分からない存在。
彼の名前は、ブリッツェンと言う。

「いやぁ〜、なんだかさっき忘れられてたのが気に入らなかったみたいでさっ!」
「そうですか……けど、せめて前を歩かせましょうよ」

牧場で背後を衝かれたトラウマもあり、なんだか視線を向けられてるような気がして落ち着かない。
それこそ、まるで追い立てられてるような感覚だった。
とりあえず並んで歩くか、できれば先導してもらいたいくらいに。

「それもそっか、ブリッツェンおいで〜」
「……無視されてますね」
「うーん、かなり根に持ってるみたいだね!」

先程シャワーを浴びているうちに、つい色々なことを考えてしまっていて。
気付いた時にはすっかりのぼせてしまっていた。
ふらつきながら浴室を出た後の光景は、あえて語る必要もないだろう。
茜と交代して一人と一匹になったときは正直、かなり怖かった。
結局着いてくることが決まったようだが、藍子とネネはいったいどんな顔をするだろうか。

「おっと美穂ちゃん、警察署が見えて来たよっ!」
「……意外と遠かったんだ」
「うーん燃えてきたっ!仕切りなおしていっくぞー!」

敷地内に入り、茜がドアを開いて署内へと入っていく。
心もち視線を下に向けながら、美穂もそれに続いた。
受付のカウンターの先には二人の少女が待っていて、ほっとした様子が伝わってくる。
立ち止まったのが合図になり、美穂を除いた三人が言葉を交わし始める。

「二人とも……本当に無事で良かった」
「なんだか久しぶりって感じだねっ!ネネちゃんも元気だった!?」
「はい……少し眠ったから元気いっぱいですよ」

ネネも二人が無事だったのに安心したようで、表情は落ち着いていた。
なんとなく疎外感を覚えていると、ふと視線を感じる。
そこに誰が居るのかなんて、説明しなくても分かるだろう。

「……おかえりなさい、美穂ちゃん」
「…………」

何も言わずに押し黙っていると、藍子が寂しそうに笑う。
流石に上手く割って入る自信がないのか、茜とネネは何も言わない。
美穂は今でも彼女の言葉に同調するつもりはない、けれど邪魔をするつもりもなかった。
しかしこのままでは結果的には和を乱して、迷惑をかけてしまうのは間違いないであろう事実。
改めてそのことを確認して、結局取る方法は一つだと辿りついた。

「あの、私たちこれから……」
「ごめんなさい茜さん、やっぱり私は別のところに行きます」

82Ideal and Reality ◆p8ZbvrLvv2:2013/06/12(水) 21:23:58 ID:IafC3t5Q0

何かを言いかけた藍子を遮って、背を向ける。
また同じように説得されるのはまっぴらだったのもある。
行くあてはなかったが、ここを出てから考えればいいだろう。

「いやいやいや、いきなり出ていっちゃ駄目だよ美穂ちゃん!」
「えっ、一体どうしたんですか?」

慌てたように声を掛けてくる茜に、まだ事情をそこまで把握してないのか戸惑うネネ。
二人の言葉に少しだけ後ろ髪を引っ張られながら、元来た出入り口へと歩き出した。
しかしその瞬間、どういうわけか物理的にも後ろに引っ張られる感覚を覚える。

「ッ……!?な、なに……?」
「あの、その子ってもしかして……」
「えっと……さっき牧場で見つけたんだ、ブリッツェン」

美穂の服の袖を、ブリッツェンが咥えていた。
まるでこの場に引き止めようとしているみたいに、くいくいと引っ張ってくる。
その純粋な瞳に一瞬揺らいだが、結局少し強引に振り切る。
しまったと気付いたのは、その直後だった。

「わっ……きゃっ……!」

止まらないとみるや、案の定彼は美穂へと突進をかけてくる。
一度同じパターンを経験していたお陰かなんとか正面で受け止められたが、勢いで尻もちをついてしまった。
そして驚いたことに彼は動きを拘束しようとしているのか、押し倒そうと顔から突っ込んできて。
結局ほとんど先程と変わらないまま、パニック状態に陥った。

「だ……誰かっ、助けてぇ!」
「こらブリッツェン!さっき私にも同じことしてきて……ってどわあ!」
「あ、茜さん大丈夫ですか!?」
「ごめんネネちゃん、ちょっと手伝ってっ!」
「ええっ!?むむむ無理です!」

ブリッツェンを取り押さえようとした茜だったが、じたばたと暴れて振り切られてしまう。
鍛えているとは言え、体格的には小柄な彼女では彼を抑えきれない。
助力を乞われたネネも人選としては明らかに不適格な上、すっかり怯えている。
結局自力でなんとかするしかないと、美穂が腹をくくった瞬間。




「……女の子にいたずらしちゃ駄目だって教えたでしょ、ブリッツェン」




いつの間にかすぐ傍まで近寄ってきていた藍子が、優しい声音でそっと囁いた。
その瞬間、嘘のように美穂へと掛かっていた圧力が消える。
気付くとブリッツェンは藍子にすり寄って、ぺろぺろとその頬を舐めている。
それは夢を見ているかのような光景で、三人はそれをぼうっと眺めていた。

「……藍子ちゃんってブリッツェンと仲が良かったの?」
「えっと、実はまだまだ下積みだった頃に、留守番してたこの子の面倒をよく見てたんです」
「すごいですね……さっきまで暴れてたのにこんなに大人しくなるなんて」

いつの間にか、雰囲気が和やかになっている。
美穂自身も、それまで感じていた反発心や煩わしさが薄れてしまっているような気がした。
まさにこれこそが、高森藍子という少女が持つ才能なのだと少し分かった気がする。
彼女のアイドルとしての輝きはこんな状況でも色褪せる事なく、人を引き付けてやまない。
自分の気持ちを覆い隠しているはずなのに、こんなにも眩しい。
少しだけ、それに魅せられてしまったのを認めざるをえなかった。




――――この気持ちが羨望なのか嫉妬なのか、憧れなのか僻みなのか。




――――今の美穂には、よく分からないままで。




――――それを知りたいと思わされたことも、認めざるをえなかった。

83Ideal and Reality ◆p8ZbvrLvv2:2013/06/12(水) 21:24:29 ID:IafC3t5Q0






「美穂ちゃん、私はあなたがアイドルでいることを強要することはできません」
「……………………」
「だから、これからはプロデューサーさんたちを助けるために、協力してくれませんか?」
「……どういうこと?」

高森藍子は、すっかりおとなしくなったブリッツェンを撫でながら小日向美穂に語りかける。
その姿が最初の時とは異なっていることに、栗原ネネは気付いていた。
あれだけアイドルであることにこだわっているように見えたのに、それを翻してしまっている。
今までの藍子とは違う、明らかな譲歩と言ってもいいだろう。

「さっきはバタバタしてて話せなかったんですけど、実はここに爆弾に関する本があるんです。
 だから、もしその分野に詳しい人が居ればこの首輪を外すヒントになるかもしれない」
「……そんな都合のいい人なんて、簡単に見つかるとは思えない」
「ごめんなさい……今の私が示せる方法は、これしかないんです」

やっぱり、美穂をここに引き止めようとしているのは間違いない。
日野茜の連絡が来た後に考えたいことがあると言っていたが、それはこの事についてだろう。
つまり藍子自身も悩んだ末に、こうすることを選んだのかもしれない。
目的は……やはり死んでほしくない、単純に考えればそういうことなのだろうか。

「第一、プロデューサーさんたちが何処に居るのかだって……」
「それは……」
「けど、そこで諦めてたら何もできないよっ!」
「えっ……?」

言いよどみかけた藍子を救ったのは、これまで難しい話に割って入ることのなかった日野茜だった。
彼女は美穂の肩をがっしり掴むと、その真っ直ぐな情熱のままに語りかける。

「美穂ちゃんだって本当は助けたいんでしょ!だったら一緒に頑張ろうよ!」
「……私だって、助けられるものなら助けたいに決まって……」
「よしっ、それなら私たちに着いてきてくれるよね!」
「そんな……それとこれとは話が違……」
「違わないよ!同じ目的なら一人より二人、二人よりたくさんの方が良いに決まってる!
 目的が難しいのなら協力しないと、手を繋がないと乗り越えられないんだよっ!」

サッパリとした裏表のない性格をしている茜の言葉には、何の打算も企みも感じさせない。
だからこそ、それは人の心へと直接ぶつかってくるのだろう。
そう思っていると、矛先が突然こちらへ向けられてきて、ネネは驚く。

「ネネちゃんだってそう思ってくれてるから、ここに残ってくれたんだよねっ!」
「え?……私は……まだどうすればいいのか迷ってて」
「それなら行動していればきっと見えてくるよ!ネネちゃんの道っ!」
「私の……道……?」

どうしようもないほどに根拠のない、強引な理屈。
けれど、何故だか引き付けられるような何かを感じてしまう。
茜の熱さにあてられてしまったのかもしれないけど、決して嫌な気分ではなかった。
自分の進むべき道、それこそが今のネネの見つけたいものだから。

「そう、なんでしょうか……見つけられる、でしょうか」
「ここでウジウジ悩んでるよりはきっと可能性は高いよっ!」
「…………ふふっ、確かにそうかもしれませんね」」

まだまだ水彩の位置から動くことはできないし、動くだけの理由は見つからない。
それでも、プロデューサーを助けるために行動することはできる。
勝手に自分が可能性を狭めてしまっていただけで、助けられる可能性はゼロじゃない。
そう思った瞬間、少しだけ心に明かりが灯った気がする。



――――その小さな意志こそが希望となって、やがて世界を変えるのかもしれない。

84Ideal and Reality ◆p8ZbvrLvv2:2013/06/12(水) 21:25:39 ID:IafC3t5Q0



「……私もやりたい、できることがあるならやりたいです」
「よしっ!ほら、美穂ちゃんも!」

茜が元気よく呼びかけるも、やっぱりまだまだ美穂は踏ん切りが付かないようだ。
あまり強引すぎるのもかえってややこしくしてしまうのではないかと、少し心配になる。
しかし、強引に引っ張る人間も居れば、優しく導く人間だって世の中には確かに居るのだ。
幸いだったのは、ここにそんな人たちが両方揃っていたことだろうか。

「今は……無理しなくてもいい、生きてるだけでいいんです」
「……生きてる……だけ?」
「はい、死んでしまったらもう取り返しが付かないから……それだけは止めたい」
「……………………」
「頑張らなくてもいいから……せめて、ここに居てください」

そう言って、藍子はもう一度美穂に手を差し伸べる。
その手を重ねたら、きっと彼女は絶対に離したりすることはないだろう。
一瞬だけ、美穂と目が合った。
問いかけるようなその視線に、少し困った風に笑い返す。
そして時間にすれば数十秒くらいだろうか、たっぷり悩んだ様子の後に。




「迷惑をかけるかもしれないけど……それでも、いいなら」




決して視線が合うことはなかったけれど、二人の手は重ねられたのだった。

85Ideal and Reality ◆p8ZbvrLvv2:2013/06/12(水) 21:26:10 ID:IafC3t5Q0




ひとまずは合流できた四人は、捜査課のソファで改めて情報を共有した。
ブリッツェンが何故牧場に居たのかが主な話題だったが、誰もそれらしい理由は思いつかず。
念のためと前置きしてから藍子が取り出した爆弾関係の本も、当然誰一人理解までは辿りつかなかった。
もっとも、人質が居る以上は道具と理論が揃っていても解体なんて段階へは進めないだろう。
現段階で何もリスクを負わずに済むアイドルは……少なくとも一人だけしかネネは知らない。

「差し当たっては……夜になってからのことですね」
「とりあえず昨日みたいに外に出て、誰かを探してみるってのが一番かなぁ」
「それも良いですけど……ここは大きい建物ですから、待ってれば他の子が来るかも」
「そっかー、夜じゃあんまり遠くまで見えないしね」

藍子と茜は夜になってからのことを話し合っている、ここに残るべきか相談しているようだ。
動くとすれば、もう陽が傾き始めているから慎重にならざるをえないだろう。
仲間を募るなら藍子の言う通り、ここへ残るのも一つの手だ。
そちらを選択するならば、ネネ個人として考えなければいけないことがある。

(携帯……協力するのなら、輝子さんのことを話すべきかな)

プロデューサーを助けようと試みながら、歩むべき道を探っていく。
そう決めた今なら、状況に流されずに自分の意志で選択ができるかもしれない。
それならば、最初の一歩を踏み出すべきはこの瞬間なのだろうか。
小さなワンコールでこれからの未来が大きく変わる、何故だかそんな予感がしていた。

「うーん思いつかないっ!そういえばここ給湯室あったよね、お茶淹れてくる!」
「さっき何杯も飲んでたのに……」
「分かりました、とりあえず一息入れましょうか」

行き詰った雰囲気は苦手なのか、茜が部屋を飛び出していく。
その後ろ姿を目で追いながら美穂が何やら呟いていたが、内容までは聞き取れなかった。
藍子も答えを出しかねていたのか、ソファから立ち上がって窓際まで移動して。
それまでソファの横で退屈そうにしていたブリッツェンが、それをのんびりと追っていく。
本人は謙遜していたが、懐かれているのは確かなんだろう。
夕暮れの窓際に立つ少女とトナカイというのも字面だけならシュールだが、こうして見れば不思議と絵になっていた。

その横顔はほっとしてはいたものの、少しだけ物憂げにも見える。
もしかすると、今でも美穂にはアイドルで居て欲しいと願っているのかもしれない。
けれど、やっぱりそれは持つ者だからこその傲慢でしかないのだろう。
誰もが皆、決して折れない信念を持っているわけではないし、茜ですら藍子に並び立てるかは分からない。
そして、彼女がどうしてそこまでアイドルで在ることに拘るのかも知ることのできないままだ。
一体、何がそこまで藍子を支え、頑なにさせているのだろう。
生まれながらのアイドルと言えばそれまでだ、けれどそんな完璧な人間がこの世に居るだろうか?
そもそも彼女の下積みが長かったのは、決して最初から「持って」いたわけじゃないという証左に他ならない。
何がそこまで藍子を変え、今のような輝きを持たせるまでに至らせたのだろう。
その瞳の奥にあるであろう何かを、彼女が誰かに明かす時は来るんだろうか。




ようやく目標らしい物が見えてきたのに、気になることは増えていくばかりだ。


ぼんやりと藍子の横顔を眺めながら、ネネはそんなことを考えていた。

86Ideal and Reality ◆p8ZbvrLvv2:2013/06/12(水) 21:26:34 ID:IafC3t5Q0












――――むかしむかしあるところに、とてもやさしい女の子がいました。


――――たくさんの人をしあわせにしたいとねがっていた女の子は、ある日まほうつかいさんとであいます。


――――かれにまほうをかけられた女の子のほほえみは、かぞえきれない人たちをこうふくにしました。


――――しかしある日、いつのまにかすきになってしまっていたまほうつかいさんが、わるものにつれさられてしまいます。


――――ほんとうはかえしてとさけびたくて、たすけるためならどんなひどいことでもするつもりでした。


――――けれど女の子は、だいすきな人がかけてくれたまほうをやぶることはなかったのです。


――――なぜならまほうつかいのかれは、女の子のほほえみをだれよりもほめてくれたのだから。

87Ideal and Reality ◆p8ZbvrLvv2:2013/06/12(水) 21:27:11 ID:IafC3t5Q0




【G-5・警察署/一日目 夕方】




【高森藍子】
【装備:ブリッツェン?】
【所持品:基本支給品一式×2、爆弾関連?の本x5冊、CDプレイヤー(大量の電池付き)、未確認支給品0〜1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:殺し合いを止めて、皆が『アイドル』でいられるようにする。
0:これからの具体的な方針を考える。
1:絶対に、諦めない。
2:美穂ちゃんにはとにかく『生きて』いてほしい、今はそれ以上を求めない。
3:他の希望を持ったアイドルを探す。
4:自分自身の為にも、愛梨ちゃんを止める。
5:爆弾関連の本を、内容が解る人に読んでもらう。



※FLOWERSというグループを、姫川友紀、相葉夕美、矢口美羽と共に組んでいて、リーダーです。四人同じPプロデュースです。
 また、ブリッツェンとある程度の信頼関係を持っているようです。



【栗原ネネ】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×1、携帯電話、未確認支給品0〜1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:自分がすべきこと、出来ることの模索。
0:どうして、そこまでアイドルに拘るんだろう。
1:星輝子へ電話をかける……?
2:高森藍子と日野茜の進む道を通して、自分自身の道を探っていく。



【日野茜】
【装備:竹箒】
【所持品:基本支給品一式x2、バタフライナイフ、44オートマグ(7/7)、44マグナム弾x14発、キャンディー袋】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:藍子を助けながら、自分らしく行動する!
1:他の希望を持ったアイドルを探す。
2:迷ってる子は、強引にでも引っ張り込む!
3:熱血=ロック!



【小日向美穂】
【装備:防護メット、防刃ベスト】
【所持品:基本支給品一式×1、毒薬の小瓶、草刈鎌】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:とりあえず、生きてみる。
1:今の所は、藍子たちと一緒に行動する。
2:自分の気持ちを隠してなお、アイドルとして輝く藍子に対して……?
3:囁きは……

88 ◆p8ZbvrLvv2:2013/06/12(水) 21:28:28 ID:IafC3t5Q0
ひとまず、投下終了しました。

89 ◆p8ZbvrLvv2:2013/06/12(水) 22:04:32 ID:IafC3t5Q0

それでは改めまして感想を。

>Memories Off
思い出を通して見えてくる、三者三様の心の中。
果たして思いを馳せる彼女たちに逢うことが出来るんでしょうか。
ドジな歌鈴、すっかりダジャレを連発するようになった楓さん、相変わらず苦労人の美羽。
微妙にバランスが取れてるのか取れてないのか分からない三人は読んでて楽しいです。

>みんなのうた
物語の抄をそれぞれの視点で眺めるような構成。
それぞれのピースが組み合わさって、綺麗な物語だなと思いました。
紗枝の疑問は果たして的を射ているのか、涼を助けることは出来るのか。
それらが随所に散りばめられてるのが素晴らしいです。

>彼女たちが巡り会ったよくある奇遇(トゥエンティスリー)
実は初めて明かされた気がする事務所の間取り。
その隠しVIPルームで繰り広げられる二人のやり取りが微笑ましい。
そして某事務員がやってきての誕生日を通したためになるお話。
全てが偶然か必然か、運命だったのかが明かされる時は来るのでしょうか。

>i/doll
知らず知らずのうちに追い込まれていた岡崎先輩。
日菜子は救えるのか、凛はその中でどんな役割を果たすのか。
そして千夏の怪しさに気付いた杏はどうするのか。
ここから空気が激変していきそうで楽しみです。

90 ◆John.ZZqWo:2013/06/14(金) 01:06:18 ID:5XclMqTM0
投下します!

91彼女たちが生き残るのに必要なルール24(トゥエンティフォー):2013/06/14(金) 01:07:11 ID:5XclMqTM0
空には光をさえぎる雲はいっさいなく、頂上を過ぎた太陽は奇麗な青空の中でいやらしいほどに輝き大地を乾かしていた。
その足元、ひび割れたアスファルトが赤茶けた荒野に一本の線を引いている。
車線も掠れたその道路の上には何者も……いや、道路の脇にある草むらから今、一匹のイグアナがペタペタと小さな足を交互に動かしながら出てきた。

「ヒョウくんそっちじゃないですぅ〜」

と思いきや、今度は草むらをかきわけて一人の少女が飛び出してきて、イグアナを抱きかかえる。そして――

「ちょっと、小春! なんで道に出て行くのよ!」

更にはもうひとりの少女が飛び出してきて、イグアナを抱えた少女を更に抱えて草むらの中へと引きずって戻っていった。


 @


「アンタ、自分のペットくらいちゃんと管理しておきなさいよっ!」

古賀小春に怒りつつ、小関麗奈は道の脇に生える草むらの中を這うように進んでいた。
先刻、燃え盛るスーパーマーケットを見て、次の目的をダイナーへと定めた彼女らはそのまま道を西に進んでいたのだが、
とても頭の回るレイナサマ曰く、

「こんな見通しのいいところをノコノコ歩いてたらいい的よ!」

ということで、街を出てからは今のように道の脇の草むらや雑木林に身を隠しながら進んでいたのだ。

「ここには誰かを殺してもかまわないってヤツがうろうろしてるんだからね。アンタも死にたくなかったらもっと慎重に行動しなさいよ!」

後ろを振り替えり小関麗奈は言う。
古賀小春は元々機敏ではないが、イグアナを抱いているとなおのことゆっくりするようだ。とはいえ、代わって抱きたいとも小関麗奈は思わないが。

「ありがとう麗奈ちゃん」
「はぁ?」
「だって、小春のこと守ってくれてるんだよね」
「ばっ……、なに言って……アンタが誰かに見つかるとアタシまで危険な目にあうのよ!
 それにあんたはアタシの下僕でしょ。アタシのものなんだからそれなりに大事にするのは別に、ふ、普通のことよ!」
「えへへ、大事にしてくれるんだ」
「…………っ! と、とにかく進むわよ! 草がチクチクするし、いつまでもこんなところいられないんだからっ!」

前に向き直ると小関麗奈はガサガサと音を立てて草むらの中を突っ切っていく。
そんなことをすれば隠れている意味も半減だが、ともかく、その後をイグアナのヒョウくんが追い出し、それを追って古賀小春も草むらの中を進み始めた。


それからしばらくして、二人は目的地であったダイナーの前に到着していた。
がらんとして見通しのいい駐車場も、店の中も外から見た感じでは人の気配は感じられない。
それでも、小関麗奈は用心して片手に拳銃を握りながら店の扉を開く。すると、頭の上で鈴が大げさに揺れてガランガランという音が店内に響いた。
小関麗奈はその音に少しビビりながらも店内に視線と銃口を走らせる。
音が鳴り止めば店の中はしんとして、誰かが飛び出してくるという様子もなさそうだった。

「誰もいないんですかぁ〜?」

少し間延びした声で小関麗奈の後ろから古賀小春が呼びかける。しかし、その声に応える者は現れない。

「みんなどこにいるんだろう……?」

古賀小春はヒョウくんを抱きながら店内の装飾などを眺めているが、小関麗奈――レイナサマはそんなに暢気でもなければ油断もしないデキる女だ。
呼びかけに反応がないのはこちらの不意を突こうと危ないヤツが隠れているという可能性もある。

「アンタはここで待ってなさい。アタシはちょっと奥を見てくるわ」

一息つくにしてもきっちり安全を確認した後だと、小関麗奈は奥を調べようとする。が、意外にも古賀小春が彼女の腕を引いた。

「えー、小春も麗奈ちゃんのお手伝いするよ? それに灯台の時だって――」
「あ、あの時はあの時よ! 今はもっと慎重にならないといけないの。
 アンタはどんくさいし、武器も持ってないし……そ、そう。イグアナなんかキッチンに持ち込んじゃいけないのよ」

古賀小春は腕に抱いたヒョウくんを見て…………、うんと頷く。

「うーん、それはそうかも」
「わかったならここで大人しくジュースでも飲んで待ってなさい」

小関麗奈は古賀小春をボックス席に押し込むと、改めて拳銃を構え、カウンターを潜った。

92彼女たちが生き残るのに必要なルール24(トゥエンティフォー):2013/06/14(金) 01:07:34 ID:5XclMqTM0
 @


カウンターの中からキッチンを覗きこみ、それからゆっくりと小関麗奈はその中に入っていく。

「……………………」

キッチンの中もしんと静まりかえっているのは変わりない。だが店内と比べると風景が無愛想な分、不気味さは何倍もあった。
小関麗奈はごくりと喉を鳴らし拳銃をぎゅっと握って足を進める。
まずはしゃがみこんで調理台の下を覗きこむ。古びたダンボールや調理器具が乱雑に放り込まれているが、人が隠れているということはなかった。
ほっと息をついて立ち上がると、小関麗奈はそのままキッチンの中を一周。一応と、冷蔵庫の中も確認してここに誰もいないことがわかると、今度こそ大きく息を吐いた。

「二階もあるみたいね……」

キッチンの奥には二つの扉があり、片方は外の駐車場につながる扉で、もう片方の先には二階へとつながる階段があった。
再びつばを飲み込むと、小関麗奈は慎重に一段ずつ階段を上っていく。ミシ、ミシ、という音に緊張を高め、できるだけ音を鳴らさないよう慎重に。

「だ……誰かいないの?」

後二段で階段を上りきるというところで小関麗奈は足を止め、上にある部屋に向かって声をかけた。

「隠れてても無駄よ。このレイナサマには全部お見通しなんだから。そ、それにこっちには銃があるわよ! しかも二丁よ!
 勝ち目なんてないんだから、……わかったら大人しく降参して出てきなさい!」

…………だが、返答はない。ここもまたしんとしているばかりだ。

「そう……、ど、どうなってもアンタの責任なんだからね」

小関麗奈は腰からもう一丁の拳銃を抜き出すと、両手に構えて階段を上りきり、そのまま部屋の中へと勢いよく踏み込んだ。
彼女なりに知恵と勇気を絞った行動ではあったが、……しかし、結局そこにも誰の姿もなかった。



「無駄に疲れただけだったわね…………、でも」

一通りの捜索を終え、小関麗奈は部屋の真ん中で溜息をつく。そして、散らかされてて薄汚い部屋を見回して顔をしかめた。

「男の一人暮らしってみんなこうなのかしら? まさか“アイツ”の家もこんなだったりするのかしら? 事務所のデスクの上はきれいだったけど……」


 @


「あ、麗奈ちゃんおかえりなさーい」

階段を下りて店のほうへ戻ると、座っていた古賀小春が立ち上がり小走りにかけよってくる。
彼女の座っていたボックス席のテーブルの上にはなにもない。なにもせずに待つならなにか飲んでいればよかったのにと小関麗奈は思った。
と、小関麗奈はかけよってきた古賀小春を見てぎょっとした顔をした。

「ちょっと、アンタ! それどうしたのよ!?」
「え?」

きょとんとする古賀小春の横にまわって小関麗奈は彼女のスカートを見る。薄い色のふんわりとしたスカートにはべったりと赤いもの――血がついていた。

「いつこんな怪我したのよ? さっき草むらの中を通ってた時? ああもう、だからなにかあったらすぐに言えって言ったじゃない!」
「えぇ、ちょっと待って〜。小春は怪我なんてしてないよ?」
「だったらこれはなんなのよ。……まさかイグアナ? ていうか、イグアナの血って赤いの?」
「ヒョウくんも怪我なんてしてないよ」

んー……と、うなりながら小関麗奈は血のついた部分を見つめ、触れてみる。
そしてどうやら怪我をしているわけではないと確認すると、今度は彼女が座っていたボックス席のほうも見てみる。
そして、ひっと上ずった声をあげた。

「どうしたの麗奈ちゃん?」
「テーブルと椅子……と、それに床にも血が垂れているわ」

よく見てみると、テーブルの端に血を垂らしてそれをこすったような跡があった。そしてその跡の下の椅子や床の上にも血痕が残っている。

「これを踏んじゃったんだ」
「そうね。でも、問題はそんなことじゃないわよ、ね。アンタわかってる?」
「怪我をした人がここにいたんだよね、麗奈ちゃん?」
「うん……、でも正解じゃないわよ。怪我したヤツがいたってことは怪我をさせたヤツもいたってこと。つまり……ここで誰かと誰かが殺しあったってことよ」

言って、血の気が引いていくのを小関麗奈は感じていた。
この企画(?)が始まってから、まだ誰かの死体なんかは見ていない。これまでは放送からでしか殺しあいのことを知ることはなかった。
そんな彼女にとって、これはまさしくはじめて見る、この場で殺しあいが行われているという決定的な証拠だった。
隣の古賀小春も言葉を発しない。おそらくは自分と同じなのだろうと小関麗奈は思う。つまり、怖いのだ。どれだけ強がってみようとしても怖くて怖くてしかたなかった。

93彼女たちが生き残るのに必要なルール24(トゥエンティフォー):2013/06/14(金) 01:08:24 ID:5XclMqTM0
 @


それから、二人は血痕のあったボックス席の隣で遅くなった昼食をとり、今後の方針を話しあうことにした。
その昼食に関しては――

「お店のものを勝手に食べたらいけないんだよ、麗奈ちゃん」
「なに言ってんの! 誰もいないしこんな緊急事態なんだから、そんなきれいなことばっか言ってられる場合じゃないでしょうが。
 それに灯台のベッドだって勝手に借りたじゃない。それとどう違うのよ」
「ベッドは借りてもなくならないけど、食べ物は食べたらなくなっちゃうから泥棒になったうよぉ」
「だからそんな場合じゃないって言ってるの! アタシたちは今、生きるか死ぬかなのよ? そんないい子ぶるのは“アイツ”ひとりで十分よ!」

――というやりとりがあり、結局はワルである小関麗奈が食べ物を泥棒して、それを下僕である古賀小春に分け与えるという形で落ち着くことになった。
テーブルの上には、ハンバーガーを作ろうとしてパンズが見つからなかったので結局パティだけを焼いたただのハンバーグと出来合いのマッシュポテト、
ケースの中にあったアップルパイ、それと、コップについだオレンジジュースが並んでいる。



食事も進み、テーブルの上に並んだものが半分くらいになったところで小関麗奈が話を切り出した。

「今後のことについてなんだけどね……」
「次はどこにいくの?」

テーブルの向かいに座った古賀小春は邪気なく問いかけてくる。そう、彼女の言うことは大事だ。目的地を決めなくては動くことはできない。
けれども、小関麗奈にはその前にきっちりと彼女と話しておかなくてはいけないことがあった。

「それは……それは、まだいいのよ。それよりも言っておきたいことがあるの。というか、ずっと言いたかったというか、言っておかないといけなかったというか……」
「麗奈ちゃん?」
「つまり、アタシはアタシで小春は小春ってこと! でもって、アタシはアタシの……悪の道を貫くのよ!」

小関麗奈の言葉に古賀小春の眉が八の字になる。上目遣いの瞳はかすかに揺れていて、どうしてそんなことを言うの?と問いかけているようだ。

「か、勘違いしないで! 別に誰もかれも殺してアタシが優勝してやる、なんてもう思ってない。この島を出る時は小春、アンタもいっしょよ」
「よかったぁ……、麗奈ちゃんは本当は優しいもんね」
「だーかーらー! それだけじゃ駄目なのよ! いい子ちゃんぶってるだけじゃここでは生き残れない。
 アンタも見たでしょ? ここじゃあ実際に殺しあいが起きてるの。血迷った連中がそこらへんをうろうろしてるのよ」

古賀小春の表情はさっきよりかは柔らかくなった。けれどまだ不安の様子が伺える。きっと自分のことを心配してるのだろうと小関麗奈は思った。

「だから、いざとなったら……、いざとなったらだけど、その時は反撃しないと二人とも殺されるわ。だから、アタシもその時は反撃する。
 常識ってルールを破るのよ。犯罪よ。こんな風に食べ物だって勝手に食べたりするわ」

小関麗奈はテーブルの上のアップルパイを取ってかじりつく。いかにも安物の、べったりとした甘さのパイだった。

「麗奈ちゃん……」
「んぐんぐ……ひかた、……んぐ。しかたないことなのよ。そう決めたんだから。アタシは悪の道を貫くってね。でないと、アタシたちは生き残れない」

また古賀小春の瞳が震え出す。その視線は心をチクチクと突き刺し、小関麗奈も泣きたくなるくらいだった。
けれど、小関麗奈はアップルジュースを一口飲み、心を落ち着かせて話を続ける。ここからが、話の本番だった。

「今のは絶対だからね。それで、アンタにお願いがあるの」
「小春に?」
「そ、そうよ……アンタは、アンタは悪いことなんてしなくていいの! そのままで……そのままでいいからずっとアタシといっしょにいなさい!」
「え……えぇ?」

古賀小春は目が見開き、まぶたをパチパチとする。かなり驚いているようだったたが、逆に小関麗奈のほうはというと恥ずかしくて顔から火を吹きそうだった。

「いい? バランスの問題なの。アンタみたいな、なにもできないいい子ちゃんじゃここでは生き残れない。
 だからアタシがアンタに変わって悪いことを……しなくちゃいけない時だけするの。
 そして、アタシが……アタシが……、どうしてもやっちゃいけないことをしそうな時は、小春。……アンタがアタシを止めなさい」
「麗奈ちゃん……?」
「駄目だって言ったでしょ? ファンもプロデューサーもアタシのこと嫌いになっちゃうって、だから、そういう時は……また、アンタがそう言えばいいのよ!
 そ、そうすればアタシがアンタを守れて、アンタはアタシを守れて万々歳よね!? 完璧な計画でしょう!?」

94彼女たちが生き残るのに必要なルール24(トゥエンティフォー):2013/06/14(金) 01:08:43 ID:5XclMqTM0
言い切って、ぽかんとした小春の顔を見て、小関麗奈は彼女の返事を待つ。怖くて、恥ずかしくて、もう大声をあげて外に飛び出していきたい気分だった。
きっとこんなに自分をさらけだしたことは今までになかった。プロデューサーを相手にしても、彼は理解者だったからこんなにもはっきりとして言葉は必要じゃなかった。
だからこれはやっぱりはじめてのことで、はじめてなのは怖くて、恥ずかしくて、答えを待つ間は不安ばかりが募ってしまう。けれど――

「うん、さすが麗奈ちゃんだねぇ」

にっこりとした表情で彼女がそう言った時に、心の中にたまっていたその不安は喜びに変わったのだった。

「そ、そーでしょう! このレイナサマの計画はいつだって完璧なんだからね! ほら、もっと褒めていいのよ!」
「うん、小春も麗奈ちゃんといっしょにがんばる」
「アハ、アハ、アハハ……! じゃ、じゃあ、さっさとご飯を食べて今後の具体的な計画を練るわよ!」

けれど、恥ずかしさだけは変わらずそのままで、それどころか心がふわふわしてしまうこれはなんなのか。心の中で沸き上がる感情に小関麗奈は混乱するばかりだった。
真っ赤な顔を隠すようにうつむき、一口だけ齧ったアップルパイを口の中につっこむ。もぐもぐもぐと……。

「うぇ! ゲ、ゲホッ! ゲホッ! ゲホッ!」
「きゃああああああ! 麗奈ちゃん大丈夫!?」

噛み砕かれたパイ生地がテーブルの上に散らばってにわかに大惨事が起きた。古賀小春は驚いて、そして席を立って小関麗奈の背をさすってくれる。
普段なら振り払うのだけど、今は顔が赤いのもごまかせるし、それに嫌な気分ではなかったので小関麗奈はその手に甘えるように背中を丸めた。


 @


彼女たちはついに(?)、危険で危険で危険な殺しあいの場へと踏み込んでいく。
そんな彼女たちのために、こんな荒唐無稽で危ない場所で生き残るためのアドバイスを――そう、つい先ほどまでここにいたあの少女の知識からひとつ。



 【ルール24:生き残るためには犯罪も】






【B-5 ダイナー/一日目 午後】

【小関麗奈】
【装備:コルトパイソン(6/6)、コルトパイソン(6/6)、ガンベルト】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:生き残る。プロデューサーにも死んでほしくない。
 0:ゲホッ!ゲホッ!ゲホッ!
 1:(誰かに会ったり、島から逃げるための)具体的な計画を練るわよ!
 2:小春はアタシが守る。

【古賀小春】
【装備:ヒョウくん、ヘッドライト付き作業用ヘルメット】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:アイドルとして、間違った道を進むアイドルを止めたい。
 0:麗奈ちゃん大丈夫〜?
 1:ご飯を食べ終わったら、麗奈ちゃんとこの後のことを話しあう。
 2:麗奈ちゃんが悪いことをしないように守る。

 ※着ている服(スカート)に血痕がついています。

95 ◆John.ZZqWo:2013/06/14(金) 01:08:55 ID:5XclMqTM0
以上で投下終了です!

96 ◆n7eWlyBA4w:2013/06/14(金) 02:23:58 ID:e2livYCo0
投下乙です!

ついにレイナサマ達も殺し合いの只中へ……! すれ違いではあったものの、これからは何があってもおかしくない。
それにしても、修羅場は一度も潜っていないのに、この二人はキャラクターの積み重ねが凄いなぁ。
こういう直接的な山場以外でもキャラを深めていけるというのがモバマスロワのいいところのひとつですね。
客観的に見たらまだまだ甘い覚悟なのかもしれないけど、この二人の精一杯の選択に幸あれ。

で、自分の予約分ですが……すみません、今夜中は厳しいので念のため一旦破棄します。
補完パートとはいえキャラを拘束するわけにはいかないですし。ただ出来るだけ早く仕上げますので、どうか……

97 ◆rFmVlZGwyw:2013/06/14(金) 05:12:04 ID:B0rhsz3A0
初めまして、最近ここを発見し楽しく読ませていただいています。
読み進めるうちにふつふつと創作意欲が湧きあがってきてしまい、駄文ながら参加させて頂くことにしました。よろしくお願いします。
島村卯月、十時愛梨、輿水幸子、星輝子を予約させて頂きます。

98 ◆John.ZZqWo:2013/06/15(土) 23:18:56 ID:yI7lmKc20
感想を!

>Ideal and Reality
かなり危ういところで現状維持ですね。茜ちゃんががんばってみんなをつなげようとしててグッド!
その茜ちゃんの背にどんっときた時はびっくりしたw
しかしまだまだもやもやしてる4人です。茜ちゃん以外はローテンションだし、ここはなにか外から刺激がいるのかな?



では、 諸星きらり、藤原肇 の2名を予約します。

99 ◆j1Wv59wPk2:2013/06/16(日) 00:13:29 ID:lc9YDEfc0
皆様投下乙です!

>Ideal and Reality
とりあえずは……って感じですねぇ。まだ何も解決してないけど、惨事にはならずにとりあえず一安心。
何気に藍子ちゃんもだんだん成長してきてるね。引く事を覚えて、それがうまくいくかはわからないけども。
藍子茜が必死に頑張っている一方で、悩む美穂ちゃんネネさんも気になる所。ここも未だ曖昧なままだけど、そろそろ決めないとねぇ。
藍子ちゃんの主人公的オーラが見え隠れしたけど、はてさてこのチームはどうなるかなぁ

>彼女たちが生き残るのに必要なルール24(トゥエンティフォー)
うーん、二人とも可愛い。二人とも可愛い!!(大事なことなのでry)
互いが互いを思いやってるのがとても素敵だし、素直な小春と素直じゃない麗奈どっちも可愛くて魅力的。
そしてだんだんと殺し合いに向き合い始めたけども、さてどこまで彼女達は無事でいられるのだろうか……楽しみでもあり不安。

では、私は喜多日菜子、岡崎泰葉、渋谷凛、双葉杏、相川千夏を予約します。

100 ◆n7eWlyBA4w:2013/06/16(日) 20:41:32 ID:T66s7ohI0
大変遅くなりました。木村夏樹の補完回、投下しますね

101JEWELS ◆n7eWlyBA4w:2013/06/16(日) 20:44:20 ID:T66s7ohI0


【Now playing:"JEWELS" by Queen】


 初めて本物のロックに触れた時のことを思い出す。

 あの頃のアタシはまだ歌詞の半分も分からなくて、演奏の良し悪しなんかも理解できずに、

 ただ丸裸の状態でビートの奔流に触れたってだけだったけど。

 いや、何も知らなかったからこそ、だったのかもしれない。

《An amazing feeling coming through(かつてないほどの感情が駆け抜けていく)》

 これは世の中をひっくり返す音楽なんだって、暗闇の中にいる自分にも、そう気付けたんだ。

 一生を懸けて追いかける価値があるものだって、そう直感したんだ。

 だから、アタシは撿撿



   ▽  ▽  ▽




「だりーが、サマーライブのメインゲストぉ!?」

 事務所のソファーからずり落ちそうになりながら、アタシは素っ頓狂な声を上げた。
 目の前には、だりーこと多田李衣菜がパニック寸前であたふたしている。
 プロデューサーの呼び出しから戻った時は放心状態だったが、今になって実感が湧いてきたらしい。

「ど、どどどどうしようなつきち! 私がサマーで、ライブがメインで、あれ?」
「おい何テンパッてんだ落ち着け、エイトビートで深呼吸だ」
「はっ! よ、よーし!」

 律儀にビートを刻むだりーを眺めながら、思わず唸ってしまった。
 そうそう巡ってくるはずのない大役だ。だりーにとっては、この上ない足がかりだろう。
 ロックなアイドルとして頂点に立つ。それがだりーの、もちろんアタシにとっての目標でもある。

《Gonna take on the world some day(そしていずれは世界だって手に入れてやるんだ)》

 そのためにこれまで頑張ってきたわけなんだが……それにしても一足飛ばしで大トリとはね。
 間違いなくチャンスには違いない。だけど、プロデューサーも随分でかい仕事を取ってきたもんだ。

「チャンスはチャンスでも大博打だな……だりーの肝っ玉じゃビビっちまうのも無理ないか」
「え!? そ、ソンナコトハナイデスヨー」
「目が泳いでんぞ目が」

 こんなんで大丈夫なんだろうか。見てるほうが不安になりそうだが、気持ちは分からなくもない。
 それでも、だりーがこの土壇場で踏ん張れないやつなら、残念ながらロックなアイドルとはおさらばだ。
 どんな世界だって同じだ。尻込みしてるやつに好機は巡っては来ない。

《No time for losers(負け犬に出番なんてないんだ)》

 肝心なのは、目の前の試練に立ち向かえるか。不敵に笑って進めるか、だ。

「いいかだりー、こいつはチャンスだ。モノにすりゃあ一躍スターアイドルだって夢じゃねえ」
「う、うん……分かってる、分かってるんだけど……」
「だったら簡単だろ。お前のロックを見せるんだよ。観客みんな、お前のロックでアッと言わせりゃいいんだ」
「……! そうか、そうだよね……私のロック……うん!」

 だりーがはっとしたように顔を上げた。何度も口に出した言葉に頷くうちに、顔にエネルギーが戻ってくる。
 ここで俯くやつじゃないと信じちゃいたが、前向きなこいつを見てるとこっちも力が沸いてくるようだ。
 ただ、なにか決心したような顔をしただりーがアタシの目を真っ直ぐ見つめて、そして次に
口にしたことにはちょっと驚いた。

「……お願いなつきち、レッスン付き合って! なつきちだって自分の仕事あるのは分かってるけど、
 でも、今度のLIVEでは私に出来る最高のステージをみんなに見せてやりたいから!」

 どうやら思った以上にやる気十分だったらしい。だけど、そうこなくっちゃな。
 それにもちろん、こんなにもストレートな熱意を見せられれば、一肌脱いでやらない理由はない。

「嬉しいこと言うじゃねーか。そういうことならとことん付き合うぜ。弱音吐いても知らないからな?」
「大丈夫! どんな特訓にだって耐えてみせるから!」

 そこまで言われたらこっちも本気で行くしかないな。
 それに、日頃にわかだなんだと笑っちゃいるが、本気のだりーがどこまでロックなのか見てみたい気もするし。

「そうと決まればとことんやるぜ! 覚悟しろよ!」 
「よーっし! 燃えてきた! やるぞーっ! おー!」

《I'm out of control(制御なんか利かないぜ)》

アタシとだりーのサマーライブは、こうして一足早く幕を上げた。

102JEWELS ◆n7eWlyBA4w:2013/06/16(日) 20:48:03 ID:T66s7ohI0


   ▽  ▽  ▽


「な、なつきち! そろそろ休憩とかどうかな!」
「どんな特訓にでも耐えるって言ったの誰だよ……」

 案の定というかなんというか、いよいよ音を上げ始めただりーにアタシは呆れ声で応えた。
 こうしてお互いのスケジュールの合間を縫ってトレーニングするようになって、もう一週間になる。
 とはいえ、時間相応の成果が上がってるかっていったら、それはどうも微妙な線で。
 だりーにやる気がないわけじゃないというか、むしろ有り余っているんだが、なんか空回ってるんだよな。
 エネルギーのペース配分が下手っていうのかね。張り切りすぎるタイプなんだよなぁ。

「しゃーねーな、確かにしばらく根詰めっぱなしだったし。ここらで一息つくか」
「やったーっ! なつきち優しい!」

 やれやれ、現金なヤツ。
 だけどそうやって喜ぶ顔を見てるとたまには悪くないかって思っちまうから、アタシも甘いな。
 ただ、あいつがサボりたがってるってわけじゃないのははっきりしてる。
 自分でもどうすればいいのか分からないんだろう。スランプと言えば聞こえがいいけどさ。

《About growing up and what a struggle it would be(成長するってこんなにも大変なことなんだ)》

 どうすれば今の自分を越えていけるのか、その答えが見つからなくて、知らず知らずに焦ってんだ。
 そして、その答えをアタシは与えてやれない。それはきっとだりー自身が見つけなきゃいけないことだから。

(とはいえ、放っとくのもなんだかな……どーしたもんかね)

 と、そんなことを考えていたらだりーの姿が見えない。
 何処に行ったのかと思ったら、自分の荷物の前で何やら携帯CDプレイヤーをガチャガチャやっていた。
 隠すことでもないだろうに、アタシに見つかったのに気付いただりーは決まり悪そうに、
 「そ、そろそろロック成分を補給しなきゃって……」などとごにょごにょ言っている。

(なんだ、腐ってるかと思ったら前向きじゃねーか) 

 思わず笑みがこぼれる。

「せっかくだから、こっち聴こうぜ」

 アタシは自分のバッグから、白地に拳を突き上げるシルエットが配されたジャケットのCDを取り出した。
 前に「UKロックって何?」とか言われて頭抱えて以来、いつか聞かせてやらなきゃいけないと思ってたアルバムだ。
 ジャケットの真ん中に大きく『JEWELS』とプリントされたそいつをちらつかせると、案の定だりーは興味津々で食いついてきた。

「なになに、なつきち! なんのアルバム!?」
「だりーの大好きなUKロックだぜ。ビートルズじゃ芸がないし、U2みたいのはお行儀が良すぎるからな」

 以前の失態を掘り返されて渋い顔のだりーにジャケットごと押し付ける。

「日本で企画されたアルバムでさ。貸してやるよ、たぶんグレイテスト・ヒッツよりも入りやすいんじゃねーかな」
「べ、別に入門用なんかじゃなくったって大丈夫なのに」

 口ではそう言いながらも、だりーはシンプルな真っ白のディスクを取り出してプレイヤーにセットした。 
 いつものヘッドホンをアタシが持ってきたカナル式のイヤホンに差し替えて、二人で片耳ずつ嵌める。
 そうしてアタシ達ふたりは、背中合わせに寄りかかり合って、やがて流れ出すビートに身を任せる用意をした。
 汗ばんだシャツを挟んだ背中越しに、互いの温度とこれから始まる音楽体験への期待を感じる。
 そして、だりーの指がプレイヤーの再生ボタンを押した。

《A brand new start(新たな始まりだ)》

 ありとあらゆる"ロック"が、この一枚のアルバムには凝縮されていた。

 溢れかえるほどの愛を歌った歌がある。何もかも突っぱねる反骨精神に満ちた歌がある。
 計り知れない孤独に耐える歌がある。在りし日に思いを馳せる哀愁の歌がある。
 明日さえ知れない刹那の足掻きの歌がある。そして死を目の前にして、それでも笑ってみせる命の歌がある。

 ロックとは、すべてだ。このアルバムを聞いてると、アタシは改めてそう思う。

103JEWELS ◆n7eWlyBA4w:2013/06/16(日) 20:49:55 ID:T66s7ohI0
「……ねえ、なつきち」

 どれくらい黙って聞いていただろう。だりーが、ふと口を開いた。

「なんだ?」
「やっぱり、ロックってカッコいいね」
「ああ、そうだな」
「あっ、カッコいいだけじゃなくて、もっと巧いこと言ったほうがいいのかな」

 そうやって見てくれを気にする癖は、なかなか治らないもんだな。

「……いいんじゃないか? 今は『カッコいい』だけでさ」
「えっ?」
「お前もきっと見つけるよ。自分なりのロックってやつを。そういうのってさ、運命なんだぜ」
「……あははは、なつきち、ロマンチストだ」
「なーに笑ってんだよ、ったく。人がせっかく応援してやってんのに」
「はは、ごめん……でも、ありがとう」

 だりーが後ろ向きに伸ばした手が、アタシの指に微かに触れる。

「私がアイドルになる前よりずっと、ロックな自分になりたいって思うようになったの、なつきちのおかげだよ」

 ……柄にもなく顔が火照った。今ほど背中合わせに感謝したことはない。
 こいつ時々、びっくりするほど真っ直ぐなとこ見せるんだよなぁ……心臓に悪いぜ。
 だけどさ、感謝してんのはお前だけじゃないんだぜ、だりー。

《You know I'll never be lonely(いつだって一人じゃない)》

 自分なりの道を探そうと頑張るお前を見てるから、アタシだって走れるんだ。
 お前と違って、そんなこと口に出したりしないけどな。ざまぁ見やがれ、ははっ。

「ねえ、なつきち。私、もっと頑張るよ。きっといつか、自分のロックを見つけたい」
「その意気だ、だりー。今度のLiveなんてそのための通過点さ。そう思えば気楽なもんだろ」
「簡単に言うなぁ……でも、そうかもね」

《Pray tomorrow - gets me higher(明日へ祈ろう、更なる高みへ連れてってくれと)》

 片耳だけのイヤホンから聞こえる伸びのあるハイトーンが鼓膜を震わす。
 ああ、畜生、やっぱりカッコいいな。
 そして意外といいもんだ、同じようにカッコいいと思ってくれるヤツが隣にいるってのは。



   ▽  ▽  ▽



 それからの日々は目も眩む速さで過ぎ去った。
 この日のために出来ることはなんだってやったし、トレーニングの密度も日を追って上がっていった。
 それが最高の結果を出すための最短ルートだったのかは、アタシにもだりーにも分かりはしない。
 それでも無駄なことなんかしてこなかったと言い切れるくらい、アタシ達の熱意は本物だ
った。
 もちろん、ステージに上がるのはアタシじゃない。それでも、相棒のことは自分の体のようにわかる。
 アタシは疑ってなかった。だりーが確実に成長していること。そしてこの大一番を越えれば、更に変われることを。

104JEWELS ◆n7eWlyBA4w:2013/06/16(日) 20:52:43 ID:T66s7ohI0
 今、アタシ達はサマーライブ会場の舞台袖で、まさに始まろうとするラストLiveに備えていた。
 本来なら部外者のアタシはここにいちゃいけないんだが、プロデューサーに無理言っていれてもらったのだ。
 そのプロデューサーは最後の調整で大わらわで、舞台裏を駆け回りながらスタッフに声を掛けている。
 おかげでアタシにだりーを舞台に送り出す役が回ってきたわけだ。これまでといい、まるで専属セコンドだな。
 もっとも、だりーを一番近い場所で送り出してやりたかったから、この状況は願ったり叶ったりだった。

 そのだりーは赤を基調としたロック調の衣装に身を包み、いつでもステージに躍り出る準備は出来ていた。
 ロックに決めるって言ってたくせに可愛い系の衣装に目移りしてた件は、今のがサマになってるから流してやろう。
 
 野外ステージの方からは、まだインターバルだっていうのに期待に満ちたざわめきが聞こえてくる。
 観客席を埋め尽くすファン達の、果たしてどれほどがだりーのファンなんだろうか。
 元からのファンもいるし、そうでない人も多いだろう。だりーのことをよく知らない人達だっているはずだ。
 それでも、みんな待っている。これまで数多くの興奮と感動を与えてくれたサマーライブ、その最後の山場を。
 この一大イベントを通して高まり切ったボルテージを爆発させてくれる瞬間を待っている。そう、だからこそ。

《So don't become some background noise(聞き流されるノイズになっちゃ駄目なんだ)》

 渾身のLiveで、今まで自分のことを知らなかった観客すらも熱狂の渦に叩き込んでやるしかない。
 ロッキングガール多田李衣菜の存在を、このステージに居合わせた誰もに焼き付けてやらなきゃな。

「……だりー、平気か?」
「うん……正直言うと、ちょっと震えてる、かも」
「武者震いだって思っとけ。お前のロック魂が嬉しくて震えてるってな」

 そうだ。ここまで来たら、立ち向かうしかない。それにアタシだって見たいんだ、今のだりーの全力全開を。

「アタシは一緒にステージには上がってやれない。だけどさ、信じてるぜ。必ずやってくれるって」
「うん、分かってる。私のロックなハートで、ファンのみんな一人残らず完全燃焼させちゃうから」

 僅かに不安の色をちらつかせながら、それでも目を逸らさずにそう言い切るだりーを見て、アタシは確信した。
 こいつは何かを成し遂げるヤツの顔だ、ってさ。
 
《Ain't gonna face no defeat(もう絶対に挫折したりはしないだろう)》

 だから今のアタシに出来るのは、全力でエールを送ってやることだけだ。

 どちらからともなく、アタシ達は握った手を突き出していた。
 拳と拳を打ち合わせる。それだけで、伝わるものがあった。だから語る言葉は、あとは一言で十分だ。

「撿撿行ってきます!」
「ああ、行ってこい!」


 こうして、アイドル多田李衣菜の運命のLiveは始まった。


   ▽  ▽  ▽



「みんなーっ! 盛り上がってるーっ? へへっ、今日は最後までロックに行くよーっ!」

 躍動するリズム。驀進するビート。炸裂するメロディー。

 だりーの粗削りな、洗練という言葉からはまだまだ遠い、だけど疑いようもないくらい懸命なLiveが続く。
 確かにだりーは、ロックなアイドルとしてはまだまだ未熟かもしれない。自分自身のロックを見つけられてないから尚更だ。
 だけど、今はそんなことは関係なかった。
 だりーが少しずつ新たな観客を虜にしつつあるのは、確実に激しさを増す歓声を耳にすれば明らかだ。
 にわかロッカーだと笑わば笑え。それでもだりーのロックは、確実に会場中のハートに響きつつある。
 技術だけがロックじゃない。信条だけがロックじゃない。今という壁を打ち崩す、そのパワーあってこそのロックなんだ。
 今までだりーのことを気にも止めてなかったやつだってこのLiveを体験すれば考えも変わる、それだけのエネルギーがここにあった。

《Guaranteed to blow your mind anytime(いつでも君の心を吹っ飛ばせるよ)》

 人の心を奪うのがアイドルなら、今のだりーは、誰が見たってアイドルだ。

105JEWELS ◆n7eWlyBA4w:2013/06/16(日) 20:53:52 ID:T66s7ohI0

「すごい……」

 夢中で応援していたアタシは、すぐ隣から聞こえた突然の呟きで我に返った。
 いつからいたのか、アタシの隣に小柄な子が立っていて、感嘆の声を漏らしていた。
 舞台袖からステージを見れるのだから関係者なんだろうが、見たことがあるような無いような。
 パツンと一直線に切り揃えた前髪に目立たない眼鏡。お揃いのイベントTシャツを着ているから、スタッフか出番の終わった出演者か。
 仮に出演者だとしたら、眼鏡のアイドルは少ないから見たら分かりそうなもんだが。
 とはいえ今のその子は、アタシと同じにただの観客に過ぎなかったから、詮索はしなかった。

「すげぇだろ? あれが多田李衣菜だ」

 やれやれ。見ず知らずの子に何を自分のことみたいに自慢してんだろうね、アタシは。
 それでもそういうことを言ってしまいたくなるくらいに、今のだりーは眩しかった。
 この子にもその輝きが伝わっているのは間違いないはずだ。食い入るような視線を逸らそうとはしないから。
 
「なんでこんなにも輝けるの……? なんでこんなに、人の心を動かせるの……?」
「なんでって? そりゃあ、あれがアイツのやりたいことだからだよ」

 そう、それがアタシにはくすぐったいくらいに誇らしかった。
 あれが、だりーが選んで勝ち取った輝きだ。アタシと二人で、この瞬間のために磨き続けた輝きだ。
 それがこの子を、アタシを、満場のギャラリー達を揺り動かしていく。
 会場の全てに、多田李衣菜のハートビートが伝播していく。声を上げるたび、体をターンさせるたびに加速する。
 見てるか、みんな? あれがだりーだ。どうだ、凄いだろ?

「人形じゃないんですね、あの人は……ううん、本物のアイドルはみんな……」
「ははっ、もしアイツが人形でも、今なら糸を引きちぎってでも駆け回るんじゃねえかな」

 隣の子は、何か鬼気迫るくらいの必死さで、だりーのステージに見入っている。 
 この子の言う通り、操られるだけの人形なんかじゃない。だりーも、そしてアタシもだ。
 自分の意志で、自分の夢を追いかけてるんだ。自分の力で、この地面を踏みしめて。

《I'm standing on my own two feet(アタシは、こうして自分の足で立ってるんだ)》

 アタシだって負けてられるか。だりーにいいとこ持ってかれるばかりじゃカッコつかねーし。
 次はステージで決着つけようじゃねーか。いや、逆にセッションってのもありかもしれないな。
 ははっ、火が付いてきやがった。責任取れよ、だりー。

 そのだりーのステージは、いよいよ最後のサビに突入していた。
 ステージ上でだりーがジャンプを決めると、会場全体が鳴動するような錯覚すら感じた。
 ボルテージは最高潮。いや、その先へ、更に上へ。
 上限なんかないんだ。持てる力を出し切れば、それだけ高くへ行けるはずだ。

「よし、行け、だりー……!」

 拳を握り締める。無意識に体がビートを刻む。
 これがフィニッシュだ、ビシっと決めてみせろ。お前のロックを見せてやれ!

 熱気で霞みそうになる視界の先で、だりーがあのCDジャケットのフレディ・マーキュリーのように拳を突き上げた。


   ▽  ▽  ▽


 打ち上げに参加してほしいとねだるだりーをあしらって、アタシはひとり帰路に就いていた。
 スタッフ側のブースに入れてもらえてたとはいえ、流石に参加者でも無いのに行ったらマズいだろ。
 それに終電ギリギリだし、今夜ばかりはプロデューサーに送ってもらうわけにはいかないからな。
 いくらステージが大成功だったからって、だりーのやつ浮かれすぎだっての。

 そう、だりーのステージは夜空も割れんばかりの拍手喝采で幕を閉じた。
 あとでプロデューサーの様子を見に行ったら、魂抜けたみたいにぼんやりしていたぐらいだ。
 プロデューサーに限らず、きっと誰にとっても予想外のステージだったに違いない。
 きっとアタシ以外の誰にとっても、だけどな。

 きっとあいつは無我夢中で、今は何を成し遂げたのか分かっちゃいないだろう。
 だけどきっといつか必ず、自分なりの何かに気付けるんじゃないか。そう思えるLiveだった。

106JEWELS ◆n7eWlyBA4w:2013/06/16(日) 20:55:39 ID:T66s7ohI0

「ほんとに凄いステージだったわね。見ているこっちが熱気で溶けちゃいそうだったくらい」
「おわっ!? ちひろさん、いったいいつの間に……」
「さっきからいましたよー。夏樹ちゃん、ずっと上の空だったんだもの」

 突然の声に振り向くと、一歩遅れてアタシの隣を歩く事務員のちひろさんの姿があった。
 あの前髪パッツンの子といい、今日は人の気配に気付かない日だな。
 それだけアタシがLiveに没頭してたってことかもしれないけどさ。

「ねえ、夏樹ちゃん。李衣菜ちゃんのステージ、夏樹ちゃんから見てどうだった?」

 そんなアタシの考えをよそに、ちひろさんはアタシにそんな質問を向けてくる。
 どうだったも何も、あのLiveを見て燃えなかったやつがいたらお目にかかりたいもんだけど。
 そう言うと、ちひろさんは「そういうことじゃないの」と首を振った。

「今だから言っちゃうけど、李衣菜ちゃんってもっとポップで可愛いほうが合うんじゃないかって思ってたから。
 今回のステージはロック路線だったでしょ? 李衣菜ちゃんにとって、ロックは彼女に合った生き方なのかしら。
夏樹ちゃんから見て、李衣菜ちゃんはロックなのか気になったの。ロッキングアイドルの先輩としてどうなのかなって」

 なるほどね、そういうことか。
 なんで生き方なんて表現なのかは知らないが、確かに今回のLiveはだりーにとって分岐点になるのかもしれない。
 本格的にロックな方向に舵を切ることは、もしかしたらだりーにとってはしんどい選択なのかもな。
 やりたいことやなりたい自分に蓋をして、無難に可愛らしいアイドルをやっていけば、もっと確実に上手く行くだろう。
 それだけの地力があいつにあることは、皮肉にも今日のステージが証明しちゃったし。
 でもさ。それでもアタシは、こう思う。

《She knows how to Rock'n'roll(あいつはロックが何か知ってるよ)》

 あいつは確かにロックのことなんてまだ全然分かってないと思う。だけど、あいつにはロックが分かってるとも思うんだ。
 ロックってのは、がむしゃらに、ひたすらに、真っ直ぐにぶつかっていくものだから。
 あいつ自身は自覚してないかも知れないけど、そういう本質が、本当のロックの魂が、
 だりーの中にはあるんじゃないかって、アタシのロック魂がそう言うんだよ。根拠なんてないけどな。

 そんなことを言ったら、ちひろさんはきょとんとした顔をして、それから何故かおかしそうに笑った。
 何か変なことを言ったのかと思ったけど、どうやらそういうわけじゃないらしい。

「いいえっ。またひとつ、楽しみが増えたなって思っただけです」
「楽しみ?」
「ふふっ、こっちの話ですっ」

 いたずらっぽく人差し指を自分の唇に当てるもんだから、深く聞く気は削がれてしまった。
 それにしても、この人も大概謎だよなぁ。いったい何考えてるのやら。
 そんなアタシの考えが見透かされていたのか、ちひろさんはアタシの顔を覗き込むようにして口を開いた。

「でもね夏樹ちゃん。自分の生き方を貫くことは、真っ直ぐに見えて遠回りなのかもしれないわ。
 夏樹ちゃんは、そして夏樹ちゃんが言う通りなら李衣菜ちゃんも、知らず知らずのうちに生きる選択を狭めるかもしれない。
 信念を守ろうとさえしなければ、もっと賢い選択が出来たかもしれないのに、別の未来があったかもしれないのに、ってね」


 突然に真面目な口調になったから、面食らった。……ロックの話をしてるんだよな?

「偉そうなこと言っても、こんなこと誰よりもロックを知ってる夏樹ちゃんには釈迦に説法でしょうけど、ね。
 変な言い方になっちゃってごめんなさい。私は、夏樹ちゃんがこれからも夏樹ちゃんらしくあることを『期待』するわ」

 言うだけ言っておいて、そのままおやすみなさいと告げるとちひろさんはそのまま小走りで駅の方角へ走っていった。
 置き去りにされたアタシは反射的に手を振りながら、今の言葉の真意を読みきれずにいた。
 いったい何を言いたかったんだろう。少なくともアタシの生き方に苦言を呈したわけじゃなさそうだ。
 忠告だとしたら、いったい何のための? やっぱりあの人の考えはよく分からない。

107JEWELS ◆n7eWlyBA4w:2013/06/16(日) 20:56:33 ID:T66s7ohI0

「しかし、真っ直ぐに見えて遠回り、か。ああ、よーく分かってるよ」

 ただ言われたことにだけは心当たりがありすぎて、思わず苦笑が漏れた。
 ロックは反抗の音楽だ。ロックであることは、何かとぶつかり続けることとイコールだ。
 きっとアタシは、アタシが目指す数多のロックスターと同じように、きっと永遠にスマートには生きられないに違いない。
 アタシの生き方は、傍から見たらひどく不器用で危なっかしく見えるのかもしれない。

 それでもアタシは信じる。どんなにカッコ悪く見えようと、アタシの中にあるこの憧れだけは本物だから。
 ぶつかり続けて、転がり続けて、それでも、自分だけの道を自分なりに真っ直ぐに突き進んだやつだけが、
 
《No one but the pure in heart(純粋な心の持ち主だけが、)》

 本当のロックを、本当の輝きを手に入れられると、そう信じる。
 
 最後の瞬間まで自分の命を叩きつけるように生きてやろうと、最高に熱い夜の余韻の中で、アタシはそう思ったんだ。



   ▼  ▼  ▼





 撿撿そして、その瞬間は、想像していたよりも早くにやってきた。





   ▼  ▼  ▼



 撿撿なにもない舞台の上に、どうして私たちは生きているのか

 撿撿この見捨てられた場所でなにが起こっているのか、それを誰が知るだろう

 撿撿私たちがここでなにを探しているのか、それを誰が知るだろう


            (殺らなきゃ、殺られる。アタシも、プロデューサーも。そういうことかよ)

    (それは……それは! プロデューサーに買ってもらった大事なヘッドフォンなんだ!)
 
        (“We Will Rock You”……必ずアッと言わせてやるぜ、だ)


 撿撿またひとり、私たちの中の誰かが心無い悲劇に襲われる

 撿撿舞台を隠す暗幕の裏で声をあげることすら叶わずに


            (勝てよ。今アンタが考えていることは全部間違ってる。アイドルはLive(生き様)だ)

     (……そっか、大事なこと忘れてた)
 
       (まだ最後の瞬間まで、出来ることがあるよね)
                            (負けるなよ、『希望』のアイドル)
 

 撿撿いったい、誰がどうしてこんなことを望むのか


          (…………いいな。これだったら……二人で、ロックの神様の元に行けるぜ)

     (どうか、無事で……あります……よう…………に)

               (…………は、……ははは、はははは…………、やっぱ、だりーは見所あるよ)



 撿撿しかし、それでも撿撿……



              (ろ、ロックに行くぜ撿撿撿撿ッ)
 




《The show - the show must go on(ショーは続けられなくてはいけない。ショーを止めてはいけない)》



   ………………

   …………

   ……

108JEWELS ◆n7eWlyBA4w:2013/06/16(日) 20:57:38 ID:T66s7ohI0


   ▼  ▼  ▼




 いつの間にか、日は高く上がっていた。
 窓に掛かったレースのカーテンの隙間から、光の束が屋内に投げかけられる。

 
 その眩しさに顔をしかめることもなく、二人の少女は、壁際にもたれて互いに寄り添うように座っていた。


 全身に広がる痛ましいほどの緋色の染みと、涙ぐましいばかりの治療の跡さえなければ、
 あるいは友達同士が午後の日差しの中で仲良く眠りに落ちているように見えたかもしれない。


 だけど、苛酷なまでの現実が、逃れようのない事実が、そこには確かにあった。


 彼女たちは、同じ夢を抱いて生きた彼女たちは、もう二度と動くことも歌うこともない。


 それでも、誰かがここにいたならば、二人の横顔はどこか満ち足りてすらいるように感じるだろう。
 二人は何も語らない。代わりに、ヘッドフォンから流れ出す歌声だけが微かに響いていた。
 あの日、二人で一緒に聞いたあのアルバムが、リピートを経てまた何度目かの終わりを迎えようとしていた。


 彼女たちが何を信じて生き、最後に何を勝ち取ったのかは、結局のところ、彼女達だけが知っているのだろう。
 そう誰でもない誰かに告げるかのように、最後のフレーズが流れる。 




《Anyway the wind blows...(……いずれにせよ、ただ風は吹くのさ)》




                                        ..."JEWELS" fin

109 ◆n7eWlyBA4w:2013/06/16(日) 20:58:40 ID:T66s7ohI0
投下完了しました。

110 ◆rFmVlZGwyw:2013/06/17(月) 04:52:44 ID:uV91aFxk0
投下乙です!まずは感想をば。

>JEWELS
おぉ……真面目にりーながロックしてる……!
ポップなアイドル多田李衣菜なんておらんかったんや!(
この二人はほんとに愛されてるなあと感じます。
なつきちはロックとしては先輩だけど、二人は対等なんだなあと。

では予約分投下しますー

111ボクの罪、私の罪 ◆rFmVlZGwyw:2013/06/17(月) 04:55:47 ID:uV91aFxk0
俺は自分の罪を数えたぜ……。
          ―――さぁ、お前の罪を、数えろ。
                         ―ある私立探偵の言葉

「はぁ、はぁ、はぁ……」
山を下る、二人の少女。
二人の足取りはおぼつかなく、身体、あるいは心の深い疲弊を窺わせる。
「……大丈夫?少し休もうか?」
先を歩く少女―――島村卯月に、十時愛梨が声をかける。
(ありがとう、私は大丈夫だから)
島村卯月は微笑み、静かに首を振る。
(でも愛梨ちゃんがきつくなったら言ってね)
やや大げさなジェスチャーでそう伝える。既に彼女達の間では、文字を使わなくともある程度の疎通ができるようになっていた。
それは声を失った少女にとっては必然の適応だっただろう。だがそれをごく短時間のうちに可能にしたのは、二人が同様のものを背負っていたからかもしれない。
                          ―――それは、悲しい共通点であったけれど。
「うん、私はまだ大丈夫。ありがとう」
十時愛梨が答えると島村卯月は頷き、また前を向いて歩きだす。
既に二人はボロボロで、いつもの少女たちであったらすぐにでも座り込んで、あるいは地べたであろうと構わず倒れ込んでいただろう。
だが今は歩くことを止めない。前を向くことを止めない。
(愛梨ちゃんと一緒に、凛ちゃんとまた会うんだ。そこから、もう一度始めるんだ)
少女の瞳は、まだ死んではいなかった。


「はぁ、はぁ、はぁ……」
山を登る、二人の少女。
二人の足取りは危なっかしく、心身どちらか、あるいは両方の消耗を感じさせる。
「さ、幸子……大丈夫?休んでいく?」
鉢植えを抱えた少女―――星輝子は、前を歩く輿水幸子に声をかける。
「ボクはまだ行けますよ。輝子さんの方はどうです?疲れてるなら休憩にしますけど」
少しペースを落とすものの、歩みは止めずに輿水幸子が答える。
「フヒ……私は、大丈夫」
「なら行きましょう。輝子さんが疲れたらいつでも言ってくださいね」
「うん……あ、ありがとう」
「……そういえば、ネネさんはどうしてるんでしょうね? まだ反応はないんですよね」
「うん……何度かかけてはいるんだけど……出ない、ね」
遊園地を出発してから、彼女たちは時折こうした会話を続けていた。
それはお互いが一緒にいるという確認もそうだが、言葉を交わし、心を通じ合わせることの大切さを学んだからだろう。
                             ―――それを学ぶための代償は、大きかったけれど。
「放送で名前が呼ばれてない以上、彼女もまだ大丈夫のはずです。今は焦らず待ちましょう」
「フヒ……便りのないのは、ってやつ?」
「この状況でそのことわざはどうなんでしょう……」
話をつづけながら、彼女たちは歩き続ける。
既に二人はフラフラで、いつもの少女たちであったら余計な会話もなく、黙って休息を取っていただろう。
だが今は立ち止まりはしない。前だけを見て進んでいく。
「やることは山積みですが、一つ一つ片付けていきます。そして、終わらせるんです」
少女は、まだ絶望に染まってはいなかった。

112ボクの罪、私の罪 ◆rFmVlZGwyw:2013/06/17(月) 04:58:13 ID:uV91aFxk0
「山を下りて遊園地に行こう。今から行けばちょうどいい時間に着くし、フードコートで食べ物も手に入ると思う」
パウンドケーキを食べ終えた後、私、十時愛梨はそう提案しました。
「遊園地で放送を聞いて、凛ちゃんを捜索。いなかったら、今日はそこで休もう」
『だめだったら、町のほうに出て、もう少し探しても』
「ううん、ダメだよ」
焦りの色を目に浮かべる卯月ちゃんを、私は首を振って制止します。
「卯月ちゃん、凄い隈ができてる。全然寝てないんでしょ?」
冷静に卯月ちゃんを押しとどめる私を、もう一人の私が戸惑いながら見つめています。
「凛ちゃんを早く見つけたい気持ちは分かるけど、それで自分が倒れたら元も子もないよ」
何で自分は卯月ちゃんを心配しているんだろう。休ませてあげようとしているんだろう。
「そんなの、凛ちゃんだって望まないと思う」
自分にそんなことを言う資格なんてないのに。もう二人もアイドルの命を奪ってしまったというのに。
「私も、多分凛ちゃんも、卯月ちゃんに生きててほしいって、そう思ってるんだから」
―――プロデューサーの言葉を、果たせなくなってしまうかもしれないのに。

最終的に、卯月ちゃんは納得してくれ、二人で遊園地を目指すことにしました。
『あいりちゃん、ありがとう。私、一人のままだったらやっぱりだめだったかもしれない』
そうメモを見せる卯月ちゃんの微笑みは、まぎれもない『アイドル』のもので。
『うん、今日がだめでも、明日がんばる。きっと凛ちゃんを見つけようね』
なんで私なんかが隣にいられるんだろう、と考えてしまうのでした。

113ボクの罪、私の罪 ◆rFmVlZGwyw:2013/06/17(月) 04:59:04 ID:uV91aFxk0

「何度目かの確認になりますが―――山頂の様子を確認して、そこで放送を聞いて、一旦これからの方針を決めます」
(おそらく、そこには死体が転がっているでしょうが……)
続く言葉を飲み込み、ボク、輿水幸子は、半日前に聞いた声を思い出します。


―――み、みなさん!私の声が聞こえまひゅはっ!


あの時。ボク達さんは"殺人鬼"に見つかる寸前でした。
そこをあの声を聴いてからそちらに向かい、結果的にボク達は命を拾ったんです。
(―――今ならわかる。あの後ろ姿は、ゆかりさんだった)
その事実に気付いた瞬間、ボクの中で再び罪悪感が頭をもたげました。

あの時、既に"殺人鬼"と化していたゆかりさんを倒しておけば。
もしくは、別ルートから走って先回りし、彼女の脅威を伝えていれば。

(未央さんは、助かっていたかもしれない)

島村卯月さんの呼びかけの中で、一緒にいると言っていた少女。
そして、最初の放送で名前を呼ばれた少女。
これらの事実を結び付ければ、本田未央さんがどのような形で命を落としたかは容易に想像がつきました。
勿論、これは憶測に過ぎません。誰か呼びかけに答えたほかの"参加者"の手にかかったのかもしれません。
それに、当時のボク達は"殺し合い"の現状を完全に信じていなかったのだから無理もありません。

それでも、一度浮かんだ「もしも」は、ゆかりさんが未央さんを手にかける鮮明な光景とともに、ボクの中で無慈悲に展開されます。

その時のボクに道を示してくれたのは、またも、傍らの彼女でした。
「幸子、山頂に……行こう」
星輝子さんは、そう言いました。
「蘭子と同じように、報告……しよう。それに、まだ、二人が生きてることも」
そうだ。そういえば、未央さん、卯月さん、それに渋谷凛さんは3人でニュージェネレーションというユニットを組んでいました。
それに、放送では2回とも残る二人の名前は呼ばれていません。
彼女たちが心変わりして、"参加者"となっている可能性は否定できませんが、少なくとも、まだ生きてはいます。
「……そう、ですね。今のところ、それを伝えられるのはボク達だけです」


そして、ボク達は今こうして山を登っています。
前回山頂から呼びかけられた時は、疲れているからと自分に言い訳をし、その声を無視しました。
今のボク達は、おそらくその時以上に疲れ、汚れているのでしょう。
それでも、今のボク達は行かなければなりません。
巡礼―――というには、道のりは短すぎる。
墓参り―――というのも、何か違う気もします。
報告―――最初に輝子さんが口に出したこの言葉が、そっけない感じもしますが、しっくりくると思います。
もう、ゆかりさんがあなたのような悲劇を生み出すことはないんですよと。
そして、あなたの仲間たちは生きている、希望はまだ残っていますよと。
勿論、それで脅威が全て去ったわけではありません。ちっぽけな自己満足かもしれません。
それでもボク達は、信じ続けます。この声が蘭子さんに、未央さんに届いていることを。
それが、これからの希望へ繋がっていくことを。




山頂から遊園地を目指す、一組の少女達。
遊園地から山頂を目指す、一組の少女達。

その二組は、あまりにも似通いすぎていて。
そして、あまりにも近すぎていて。

―――だから、出会うのは必然だったのだろう。

114ボクの罪、私の罪 ◆rFmVlZGwyw:2013/06/17(月) 05:00:02 ID:uV91aFxk0
「…………ぁ」

ゆるやかなカーブを曲がり、ハイキングコースの休憩所となっているであろう東屋の向こうに、彼女たちはいた。
大丈夫?と声をかけようとするがやはり声は出ない。
(愛梨ちゃんの時と一緒だ)心の中で苦笑するが、すぐに思い直す。
(そうだ、今はその愛梨ちゃんが一緒なんだ)
十時愛梨とも一緒になれた。今なら、さっきより簡単に分かり合うことができると島村卯月は信じる。
十時愛梨が代わって声をかけようとしたが、その必要はなさそうだ。前方の二人がこちらに気付き、びくりと体を硬直させるのがわかった。
(ああ…これ、ほんとにさっきとおんなじだ)
島村卯月は直感する。そして数時間前に傍らの少女にしたのと同じように、両手を広げ、"笑み"を浮かべる。
「な、なんでアナタがそこから出て来て……っ!しかも笑ってるんですか……!」
先頭の少女―――輿水幸子の口から出てくる言葉も、先ほどとほとんど変わらないもので。
「こ、来ないでくださいッ……!撃ちますよ!!」
向けられた銃こそおもちゃみたいに小さかったが、多分本物なのだろう。
(あ、ここは順番が逆だな)
そんなことを考えながら、「卯月ちゃん!」と呼びかけられた声に振り向く。
(大丈夫。大丈夫だから)
笑みを崩さず頷く。すると十時愛梨は何かを察し、武器を構えかけた手を降ろす。
「えっ……」
その声に再び前を向くと、もう一度、怯える輿水幸子へと足を踏み出す。
東屋の端を視界に収める。輿水幸子は東屋を横切ってすぐ。もう少し。
「あ、あぁぁ……」
こちらを向いたままの銃口。でも今度は怖くない。
なぜなら、島村卯月は信じているから。

「うわあああああ!」

目の前の少女を。

「駄目ぇぇぇ!」

後ろで見守っていてくれる少女を。そして―――

「幸子ッ!」

もう一人、目の前の少女を支えているのであろう、同じ目をした少女を。

115ボクの罪、私の罪 ◆rFmVlZGwyw:2013/06/17(月) 05:00:40 ID:uV91aFxk0
「…………ぁ」

坂を上り、半日前に自分たちがいた東屋の向こう側から、その二人は出てきた。
一瞬体が強張るがすぐに身構え、星輝子を守るように一歩踏み出す。

その顔には覚えがあった。
島村卯月―――山頂で呼びかけを行い、結果、仲間を一人失ってしまった少女。
十時愛梨―――自分たちの頂点たるシンデレラガールで、プロデューサーを失ってしまった少女。

島村卯月がここにいる理由は察することができる。恐らく十時愛梨とは戻って来る途中で会ったのだろう。
だが、理解できないことが一つだけ。その一点が、輿水幸子を恐怖させた。
「な、なんでアナタがそこから出てきて……っ!しかも笑ってるんですか……!」
思わず口を突いて出る。そう、彼女は「笑っている」のだ。

本田未央が殺されたのは知っているはずなのに。

そこから出てきたということは、おそらくその亡骸も見てきているはずなのに。


蘭子を失ってしまった自分たちは、そんな穏やかな笑みを浮かべることができないというのに!


自分の理解できない存在を前に、反射的に銃を向けてしまう。
ああ、自分は何をやっているのだろう。こんなもの使いたくなんてないのに。ちゃんと相手を見極めようと言ったばかりなのに。

昔どこかで聞いたことがある。持たざる者は持つ者を排除しようとすると。自分を超越した存在が許せないのだと。
全てを許したとしか思えない彼女に嫉妬している?自分たちが持てない心の広さを持っているから?

―――いや、理由はもっと単純だ。
自分は、島村卯月が、島村卯月の笑みが、信じられないだけだ。
水元ゆかりと組み、本田未央を殺し、そして今なお自分達を惨たらしく殺す算段をその笑みの裏でしているのではないのかと思っているのだ。

「卯月ちゃん!」
後ろに控えていた十時愛梨が反射的に武器を構えようとする。
ほら、やっぱり。彼女も一枚噛んでいるのだろう。今回は正当防衛を装った趣向だろうか?
頭の中で勝手にシナリオが組み立てられていく。疑念が恐怖へと、そして怒りへと変わり指先に伝わる。

だが次の瞬間、島村卯月が振り向き十時愛梨を見て頷く。何かを感じたのか、十時愛梨が手を降ろす。

「えっ……」
思わず戸惑いの声が漏れる。なぜ?なぜ十時愛梨は撃つのをやめた?この理解できない現象はなんだ?
島村卯月は向き直ると、再びこちらに歩んでくる。

"何で彼女は笑ってられる?""未央さんと何があった?""殺し合いに乗ったんじゃないのか?""愛梨さんはなんで銃を下げた?""ボクは撃つべきなのか?""今こそ見極めないといけないのではないか?"
頭の中で疑問符が渦巻く。思考が追いつかない。
「あ、あぁぁ……」
情けない声が漏れる。手が震える。
だが島村卯月はもう目の前だ。どんなに震えていても、この距離なら外さない。外しようがない。
「うわあああああ!」
頭の中が恐怖と疑問で埋め尽くされ、理解を放棄しようとした、その時。
「幸子ッ!」
仲間の声が聞こえた。今、唯一信じられる仲間の声が。

116ボクの罪、私の罪 ◆rFmVlZGwyw:2013/06/17(月) 05:02:03 ID:uV91aFxk0
「…………ぁ」

カーブを曲がったところで島村卯月が何かに気付いたような音を漏らした。すぐに追いつき、おそらくは休憩所であろう東屋の向こうに立つ二人を見つける。
二人には見覚えがある。手前にいるのは輿水幸子。度肝を抜くパフォーマンスで売り出しており、最近はスカイダイビングでLIVE会場に降下という荒業をこなしたと聞いている。
そして後方で何かを抱えているのは星輝子。こちらもLIVEではパフォーマンスを重視していて、(なぜか今も着ている)ヘビメタファッションと激しい口調が特徴的だった。
声を出せない島村卯月に代わって声をかけようとする。と、二人がこちらに気付き、びくっと身を震わせた。
こうなっては下手に声をかけると逆効果だ。どうしよう……と卯月を見ると、既にやることは決まっていたようで、両手を広げて前進していた。
(ああ、あたしと同じようにしてるんだ)と理解すると、輿水幸子に視線を向ける。
「な、なんでアナタがそこから出てきて……っ!しかも笑ってるんですか……!」
そこには、驚愕に目を見開き、瞳に恐怖の色を浮かべた輿水幸子がいた。
(あっ……)
十時愛梨はその姿に先ほどの自分を重ねる。あれは理解できないものを見せられ、恐怖していた自分そのものだと。
そして次の行動を直感的に理解した。まるで自分がそう念じたから動いたかのように、輿水幸子は自分の想像通りの動きを取った。
「こ、来ないでくださいッ……!撃ちますよ!!」
そこに握られるのは冗談のように小さな拳銃。だがアレは多分本物で、引き金を引けば島村卯月は倒れるのだろう。
「卯月ちゃん!」十時愛梨は咄嗟に自分の獲物を構えようとした。だが―――
(大丈夫。大丈夫だから)
こちらを振り向いた島村卯月と目が合った。それを見た瞬間、十時愛梨は自然と銃を降ろしていた。
なぜか、そうしなければならない気がした。
「えっ……」
輿水幸子が戸惑った声を上げる。そう、さっきも島村卯月に同行者がいたら同じように止めさせ、同じように自分も戸惑っていただろう。
再び島村卯月が歩き出す。輿水幸子は困惑の色を浮かべながらも、銃は構えたままだ。
(ああ、本当に、さっきとまるで同じ―――)
そこで十時愛梨ははたと思い至る。さっき同じように島村卯月が近付いてきたとき、最終的に自分はどうした?
島村卯月に、その微笑みに耐えきれず――――――引き金を引いたのではなかったか。
(―――!!)
その時は弾切れだったため、結果的に彼女は助かった。だが今はどうだ?まさか弾切れまでさっきの再現なのか?
……いや、まずないだろう。そこまでの奇跡は信じられない。となると、輿水幸子は引き金を引き、島村卯月は―――
(ダメだ……!)
十時愛梨は再び武器を構えようとする。だが腕が上がらない。
頭では構えなければと思っているのに、腕を動かすことができない。
お前は出番を終えたのだと、もうそのシーンに勝手に戻ることは許されないと言われているようだった。
(そんな……)
これは罰なのだろうか。プロデューサーを失い、最後の言葉に従って人を討ち続けながら、そのくせ殺すことができなかった島村卯月に何かを見出そうとした、自分の勝手への。
(でも、でも……!)
自分なんかを助けてくれた、あの子と同じ希望を持った少女を、死なせてほしくない―――!

「うわあああああ!」

絶望に染まった輿水幸子の叫びが耳朶を打つ。それと同時に、十時愛梨は叫んでいた。

「駄目ぇぇぇ!」


そして、十時愛梨はもう一つのイレギュラーに気付く。
あの時は、お互い一人だった。だが今は違う。島村卯月には自分がいるし、輿水幸子も―――

「幸子ッ!」

一人では、なかった。

117ボクの罪、私の罪 ◆rFmVlZGwyw:2013/06/17(月) 05:02:41 ID:uV91aFxk0
「…………ぁ」

坂を登り、半日前に自分たちが使った東屋を視界に入れると、同時にその向こう側にいる人影も目に入った。
身体が強張る。幸子が自分を守るように一歩踏み出す。幸子の体越しに、改めて二人を確認する。

前にいるのは島村卯月―――彼女も放送で水元ゆかりの死を聞いたはずである。自分たちと同じように報告しに行って、その帰りだろうか?
後方の少女は見間違えようもない、シンデレラガール、十時愛梨。同じように島村卯月の呼びかけに集まって、一緒に逃げていたのか?
彼女たちはもう乗ってしまったのだろうか、どう話せばいいのか、と考えていると。
島村卯月が両手を広げ、こちらに笑って近づいてきた。

それを見た瞬間、星輝子は、何となく理解した。
彼女は、許して、受け入れたのだと。
本田未央の死を。そして彼女を殺した水元ゆかりを。
それだけの悲しみを乗り越えたから、こんな穏やかな笑みができるのだと。
同じ悲しみを味わったから分かる。なら、自分たちは争わずに済むだろう。
安心し、声をかけようとした瞬間。

「な、なんでアナタがそこから出て来て……っ!しかも笑ってるんですか……!」

―――え?
星輝子には、それが自分の前に立つ少女から出た言葉だと一瞬わからなかった。いや、理解できなかった。
なんでそんなことを聞くんだろう?自分たちは同じだというのに。
だって、自分たちも蘭子の前で沢山泣いて、悲しみを乗り越えて前に進んでいるんじゃないか。

でも、と星輝子は思い至る。
そういえば自分たちは笑えただろうか。

二人で罪を背負っていく覚悟はした。
蘭子を想って泣いて、そこから立ち上がった。


でも、あんな風に全てを受け入れる笑みをすることは、まだ多分できない。


「こ、来ないでくださいッ……!撃ちますよ!!」

その声に現実に引き戻される。輿水幸子が銃を構え、こちらに歩いてくる島村卯月へと向けている。
その手は震えていて、恐怖に怯えているのが伝わってくる。

(ああ―――そうなんだ)

星輝子は人とのコミュニケーションが得意ではない、むしろ逆だ。
だが、だからこそ他人の顔色を窺い、判断することに長けていた。
だからこそ島村卯月の笑みの理由に気付くことができたし、この時の輿水幸子を理解することも出来た。

(幸子は、押し潰されそうなんだ)

自分のせいで蘭子が死に、自分に人殺しをさせてしまった、と彼女は言った。
二人で罪を分け合おうとは言ったが、彼女は、その重荷を軽くはできなかったのだ。

「卯月ちゃん!」

後ろで十時愛梨が銃を構えかけるが、島村卯月が振り向いて頷くと、そのまま降ろす。
そのやりとりから、彼女たちの繋がりを感じる。
そうだ、自分たちもこうすれば、と星輝子は幸子に呼びかけようとして。

「―――」

声が、出ない。
(えっ……!?)
おかしい。さっきまで自分は普通に話していたはず。
声が出ないと、幸子に誤解を説明することもできない。
幸子に分かってもらって、4人で―――そこまで考えたところで、はたと気付く。
(そうか、私……幸子に理解してもらえないのが、怖いんだ)
今、幸子は恐慌状態に陥っている。自分の話さえ聞いて貰えないかもしれない。
一緒に頑張って背負って乗り越えて―――それなのに、まだ自分と幸子は通じ合えていないのではないか。それを確認するのが、怖い。
やるべきことは分かっているのに。
失敗するかもしれなくても、自分はそれをやらないといけないのに。

「えっ……」
幸子が困惑の声を漏らす。武器を向けている相手を前に、武器を降ろさせたことが理解できないのだろう。
ここだ。ここで声をかけて銃をしまってもらえば、分かり合うことができる。

でも、(何でそんな馬鹿なことを言うんだ?)と思われてしまうのが怖くて。
彼女たちと自分たちの絆の差を、味わってしまうのが恐ろしくて。
星輝子の喉は、完全に声を出すことを拒否していた。

彼女の苦悩を嘲笑うかのように、時は確実に進んでいって。
いつの間にか、島村卯月はすぐそばまで歩み寄ってきていて。

(こ、このままじゃ……このままじゃ……)
幸子は震えたままだが、徐々に引き金に力を込めているのが分かった。
取り返しのつかないことになってしまう。でも自分には踏み出すことができない。
(お願い、誰か、誰か―――!)
星輝子は願った。ただ、何かを信じて願った。

「うわあああああ!」
「駄目ぇぇぇ!」


そして、声が、聞こえた。


――――――なまえをよんで。



「幸子ッ!」

118ボクの罪、私の罪 ◆rFmVlZGwyw:2013/06/17(月) 05:04:01 ID:uV91aFxk0
「ひぐっ、ぐすっ……」

少女が、地面に座り込んでいる。

「もう、いい……もういいんだよ……」

その後ろには、別の少女が抱きついている。

「――――――」

そこへ歩み寄った少女は、

しっかりと、二人を抱きしめた。

「……」

そして、最後の少女はその光景を、静かに見守っていた。




「本当にすみません……取り乱してしまって」
『ううん、大丈夫』『幸子ちゃんたちも、つらい目にあったんだね』

数分後、4人はとりあえず東屋に座って休憩していた。
輿水幸子も完全に落ち着きを取り戻したが、腰が抜けてしまっていて、3人がかりでベンチへ座らせた。
日はもう完全に傾いており、恐らく放送はここで聞くことになるだろう。

「まぁ、それなりに……でも、卯月さん達こそ何があったんです?なんで筆談……?」
『うん、ちょっと長くなっちゃうんだけど……』

そして一人目の少女は、再び自分の罪を数える。

何も考えずに声を上げ、仲間を死なせてしまった。
その死を目の当たりにして、残った仲間を置いて逃げ出した。
そして、助けを求めて追ってきた仲間を、目と耳をふさぎ、口をつぐんで見殺した。

これが、少女の罪。そして、奪われた仲間と声は、その報い。

「……でも、さっきは、笑ってた」
星輝子の言葉に、島村卯月は十時愛梨へ話したことを繰り返す。ただし、一つ付け足して。
『凛ちゃんは、まだ生きてる』『未央ちゃんからは元気をもらった』『あいりちゃんとも山の上でいっしょになれたから。今度は、はなれない』
横から、ハッと息を飲む音が聞こえた。島村卯月は十時愛梨に微笑みかけ、頷いた。
『凛ちゃんを見つけて、もういちどニュージェネレーションをする。その時は、みんなにも見ててほしいんだ』

「そう、だったんですか……」
また3人でニュージェネレーションをする。その意味が、輿水幸子には何となくわかる気がした。
自分も、神崎蘭子の想いを受け継いで、そして本田未央の想いを受け継ぐために、登っていたのだ。
「……卯月さんは、強いんですね。ボクは、結局自分の罪に押し潰されて、このザマです」
「幸子……それは違う。私も、最後の最後まで止められなかったから……だから、一緒」

「……ごめんなさい。卯月さん達がそうなってしまった一旦は、ボクにもあるんです」
「『ボク』、じゃなくて、『ボク達』ね……」

そして次の少女たちは、自分たちの罪を数える。

卯月たちの呼びかけに向かわず、そちらへ向かった水元ゆかりに何も対処しなかったこと。
自分たちの認識の甘さと臆病さで、神崎蘭子を見捨て、死なせてしまったこと。
その後、結局水元ゆかりと闘わざるを得なくなり、殺してしまったこと。

少女たちは、背負った罪の十字架に耐えきれず、過ちを犯しかけた。
過ちはまた罪となり、少女たちの背にのしかかる。負のスパイラル。

「……そうなる前に、輝子さんが止めてくれました」
「フヒ……あれは、私だけじゃ、ないよ」
「……?」
(ありがとう、蘭子)
抱きつく直前、彼女は、確かに堕天使の声を聴いた。
きっと、心配性な、でも以外と引っ込み思案な彼女の、精一杯のエールだったのだろう。

119ボクの罪、私の罪 ◆rFmVlZGwyw:2013/06/17(月) 05:05:42 ID:uV91aFxk0

「それで、さ。これから……どうする?」
「あ、そうか……もう今から山頂へ行く理由はないんですよね」
元々、山頂へはニュージェネレーションに代わって(?)報告するのが目的だったので、島村卯月が山頂から降りてきている以上、今すぐ目指す理由はない。
『よかったら、私たちといっしょに来てほしいんだけど……』
島村卯月がおずおずとメモを差し出す。
「え……いいんですか?ボク達は、その……」
『私たちを、うとうとした?』
「はい……そんなボク達が、卯月さん達と一緒にいる資格なんて……」
うつむいて答えると、ぽん、と肩に手を置かれた。
びくっとして顔を上げると、島村卯月は静かに首を振った。
『しかくとか、そうむずかしく考えちゃダメだよ』
『幸子ちゃんは、うたなかった。私たちとこうして話せてる。それだけで十分だよ』
『だから、いっしょに行こう』
そうメモを見せる彼女の瞳は、どこまでもまっすぐで。
輿水幸子は頷き、ありがとうございますと涙ぐんで言った。それ以上何か口にすると、また涙があふれてしまいそうだったから。
星輝子も、ありがとうと一言。その顔からは、涙がぽたぽたと零れ落ちていた。


十時愛梨は、少女たちの独白をただ聞いていた。
(そっか……だから卯月ちゃん、一緒に行こうって言ってくれたんだ)
声を上げて、死なせて、逃げ出して、見捨てて。
きっと彼女は物凄く後悔したんだろう。自分を恨んだんだろう。3人分の罪の意識が彼女を苛み、その声を奪っていった。

でも、彼女は折れなかった。

山頂に戻って、『ニュージェネレーション』を復活させる、と誓って。
銃を向けた自分も、助けてくれようとして。
そして今、輿水幸子と星輝子へも救いの手を差し伸べている。
その姿は、間違いなく自分が『希望』を託そうとしていたアイドルの姿だった。

(―――行こう。私は、ここにいちゃいけない)
ここは、私のいるべきところじゃない。高森藍子と決別した自分が、いていい場所じゃない。

そして彼女は、やおら立ち上がると宣言する。

「……ごめんね。私は、やっぱりここにはいられません」

「愛梨さん!?急にどうしたんです!?」
「卯月さんの、トモダチ、だったんじゃ……?」
(愛梨ちゃん……?)


「だって私は、もうアイドルじゃないから。本物の"ヒトゴロシ"になっちゃったから」

120ボクの罪、私の罪 ◆rFmVlZGwyw:2013/06/17(月) 05:08:13 ID:uV91aFxk0
3人からの視線を浴びながら、最後の少女は自らの罪を数える。

考えなしに声を上げ、プロデューサーを死なせてしまった。
プロデューサーの最後の言葉に従うために、殺し合いに乗る決意をした。
木村夏樹を撃ち、多田李衣菜も殺した。
高森藍子に自分勝手な『希望』を押し付け、自分は絶望し殺していくと決めてしまった。
山頂で本田未央の死体を見つけ、その笑顔が理解できず顔を撃ってしまった。
銃声を聞きつけてきた島村卯月の笑顔が怖くて、撃とうとした。

彼女にかかった最後の魔法は呪いの楔となり、彼女を罪の牢獄へと引きずり込む。
けれどそこから出ることは許されない。その牢獄の中でしか、彼女はシンデレラでいられないのだから。

「だから、私は皆といる資格はないの。私は卯月ちゃんみたいな希望はもうないし、幸子ちゃんや輝子ちゃんのように誰かの生を背負う覚悟もない」
ゆっくりと、彼女たちに背を向ける。
「私の中にあるのは、―――さんの言葉だけ。でも、その言葉が残ってれば、何だってできるから」
機関銃を握りしめ、歩き出す。
「卯月ちゃんの希望、叶うといいね。私はもう祈る資格はないけど―――」

その時、とん、と。
後ろから軽い衝撃が走った。


『それでも』『それでも私は、あいりちゃんをみすてたくない』
後ろから十時愛梨に抱きついた島村卯月は、彼女の腕に指で文字を書き続けた。
『あいりちゃんは、こんな私といっしょにいてくれたから』『私はもう誰ともはなれないって決めたんだ』
それは、今まで散々彼女がかけてきた声と同じだった。それだけに、嘘偽りのない本心だった。
「私、卯月ちゃんを殺しちゃうよ……?そうしないと、プロデューサーさんの言葉を果たせないから……」
『でも、今まであいりちゃんは私をころさなかった』『起きてから、なんどもチャンスはあったのに』『だから私は、今のあいりちゃんを信じる』
「それでも……それでも、きっと最後には裏切っちゃうよ?そうしないと、生きていけないから」
『さいごにはそうなるかもしれなくても』『それまではいっしょにがんばろうよ』『あいこちゃんもきぼうをすててないんだよね』
「本当に……本当に、それでもいいの?」
『もちろんだよ』

121ボクの罪、私の罪 ◆rFmVlZGwyw:2013/06/17(月) 05:09:35 ID:uV91aFxk0
「あのー……お二人で盛り上がってるところ申し訳ないんですが……」

その言葉にはっとして振り返る。
輿水幸子がばつの悪そうな顔で近付いてきていた。
「ええと……卯月さんは愛梨さんを同行させたいということで、愛梨さんも説得されかかってる、ってことですよね」
「う、うん……」
十時愛梨は曖昧に頷きながら、内心では苦笑していた。
(あはは……そうだよね、やっぱり嫌だよね。それが普通だよね……)
怖がられ、避けられることはよかった。ただ、島村卯月が自分と輿水幸子たちの間で悩むであろうことを考えると申し訳なく思った。
「ボク個人の意見を言わせて頂きますと……正直言って、愛梨さんが本人が言うとおりの人なら、反対です」
「本人の……?」
十時愛梨はその言葉にわずかに引っ掛かりを感じた。自分で明かした内容なのに、どうしてわざわざ回りくどい言い方にするのか?

「ですが、今の愛梨さんはそうは見えません。いや、愛梨さんの供述自体は本当なんでしょうけど、ボクは今の愛梨さんはそれができる人間のようには見えません」
「えっ……」
「だってそうじゃないですか。現に今までだって、ボク達を纏めて殺すチャンスは何度もあったはずです」
「それは……」
「卯月さんを囮に使うとしても、ボク達の注意が向いてる間にその機関銃でパパパっとやればよかった。でもあなたはそれをやらなかった」
「……」
「愛梨さん、あなたはプロデューサーに『生きろ』って言われたって聞きましたけど…それ、必ずしも皆を殺して生き残れって事になるとは限らないですよね」
「だって、それ以外に方法は……」
「確かに、唯一はっきりしてる方法はそれだけです。でも、それだけで他の可能性を放棄しちゃいけないと思います」
そう言うと、輿水幸子はポケットから何かを取り出した。
「それ……」
「ええ、首輪ですよ。蘭子さんのものです」
自嘲気味にそう言うと、十時愛梨の目の前に首輪を突きだす。
「これを誰か、機械に詳しい人に見せれば何かわかるかもしれません。もしかしたら外せるかもしれません」
首輪をポケットにしまうと、輿水幸子は続けた。
「荒唐無稽な話だと思いますか?でも解除できる可能性はゼロじゃありません。そうすれば、極端な話、愛梨さんは生き延びることができる」
残酷な話だが、十時愛梨の人質たりうるプロデューサーはもういない。首輪さえ解除して逃げることができれば、十時愛梨は自由の身となり、殺し合いの結果にかかわらず生き残ることができる。
「あなたは先ほど希望を捨てたと言いましたが、生きる希望だけは捨てていないんでしょ?ちひろさんも言ってたじゃないですか。あがいてみせましょう。最後まで」
「私……は……」
突然渡された選択肢。確かにそれが上手くいけば、アイドルを殺さず最後の魔法にかかることができる。
(でも、私はもう戻れない)
俯いた脳裏に木村夏樹、多田李衣菜を撃った時の光景がちらつく。そうだ、私はもう動き出した。今更そんな虫のいい話が許されるわけが―――
「う、撃った二人の事……気にしてる……?」
「!」
「輝子さん……」
最後の一人、星輝子も立ち上がり、こちらに歩んできていた。
「分かるよ……私も、ゆかりさんを撃った事、忘れられないから……」
撃った罪を背負っているのは、一人だけではない。撃った重みを知っている少女は、言葉を紡ぐ。
「で、でも、だから殺し続けなきゃいけない、ってことは、ないと思う……。それは、二人が、余計に、悲しむよ……」
「じゃあ、どうしろって」
「受け継ぐんだよ」
それは、彼女たちがたどり着いた答え。
「自分が撃った人たちの分も、生きていく。そういう覚悟を持つんだ。愛梨さんのプロデューサーと言ってることは一緒だし、無駄に背負おうという気もなくなる」
「受け、継ぐ……」
「一人で駄目だったら、私たちも協力するよ。現に私と幸子は、トモダチとして分け合って背負ってるし……フヒ」
「輝子さんの思い付きでボクを巻き込まないで下さいよ……」
輿水幸子があきれ顔を作るが、その顔は満更でもなさそうだった。
『私にも背負わせて!みんなの思いがあれば、きっとがんばれると思うから!』
島村卯月も、笑ってメモ帳を見せる。重みではなく、励みにしよう、と。
「っ……私、は」
うつむいたまま、十時愛梨が声を絞り出す。
「いっしょに、いられるの……?」
許しを請うように発された声に、島村卯月は優しい抱擁で答えた。

「ぇぐっ……ひっぐ……うわあぁぁぁぁぁん……っ」
その胸の中で、少女は、いつまでも泣き続けた。

122ボクの罪、私の罪 ◆rFmVlZGwyw:2013/06/17(月) 05:12:36 ID:uV91aFxk0
【E-5/一日目 夕方】


【島村卯月】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式、包丁、チョコバー(半分の半分)】
【状態:失声症、後悔と自己嫌悪に加え体力/精神的な疲労による朦朧】
【思考・行動】
 基本方針:『ニュージェネレーション』だけは諦めない。
 0:愛梨ちゃんが落ち着くまで、こうしてよう。
 1:皆でいっしょに凛ちゃんを探そう。とりあえず……遊園地?
 2:凛ちゃんを見つけて、戻ってきて……そうしたら、どうしようかな?
 3:もう誰も見捨てない。逃げたりしない。愛梨ちゃんとも幸子ちゃん達とも分かり合えたんだ!
 4:歌う資格なんてない……はずなのに、歌えなくなったのが辛い。


 ※上着を脱いでいます(上着は見晴台の本田未央の所にあります)。服が血で汚れています。



【十時愛梨】
【装備:ベレッタM92(15/16)、Vz.61"スコーピオン"(30/30)】
【所持品:基本支給品一式×1、予備マガジン(ベレッタM92)×3、予備マガジン(Vz.61スコーピオン)×3】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:生きる。
 0:皆と、いっしょにいていいの……?
 1:皆は、最後まで他の方法を探してみろって言ってくれたから……探してみようと思う。
 2:どうしても駄目だったら……その時は……

※山頂を出発する前にスコーピオンのマガジンをリロードしました


【星輝子】
【装備:鎖鎌、ツキヨタケon鉢植え、コルトガバメント+サプレッサー(5/7)、シカゴタイプライター(0/50)、予備マガジンx4】
【所持品:基本支給品一式×2(片方は血染め)、携帯電話、神崎蘭子の情報端末、
     ヘアスプレー缶、100円ライター、メイク道具セット、未確認支給品1〜2】
【状態:健康、いわゆる「特訓後」状態】
【思考・行動】
 基本方針:トモダチを守る。トモダチを傷つける奴は許さない……ぞ。
 0:卯月さんたちと合流できた!幸子も分かり合えてよかった……!
 1:愛梨さんが耐えられなさそうなら、皆で背負う。それで愛梨さんが殺し合い以外の道を考えてくれるなら、苦じゃない。
 2:マーダーはノーフューチャー! ……それでも幸子が危ないなら、しなくちゃいけないことなら私がするよ。
 3:ネネさんからの連絡を待つ。



【輿水幸子】
【装備:グロック26(11/15)】
【所持品:基本支給品一式×1、スタミナドリンク(9本)、神崎蘭子の首輪】
【状態:胸から腹にかけて浅い切傷(手当済み)】
【思考・行動】
 基本方針:かわいいボクを貫く。 自分に出来ることをやる。
 0:機械に詳しい人を探す……って、ホントに居るんでしょうか?
 1:もう輝子さんには、人殺しなんてさせません。
 2:愛梨さんは危うい人ですが、多分今は大丈夫です。ボク達が道を示してあげる限り、殺し合いには乗らないでしょう。
 3:……もう、現実から目を逸らしたりはしませんよ。

123 ◆rFmVlZGwyw:2013/06/17(月) 05:14:31 ID:uV91aFxk0
投下完了ですー

124 ◆John.ZZqWo:2013/06/17(月) 22:40:13 ID:5RuoVHMg0
投下乙です!

>JEWELS
だりなつとセッションとロックフェスとQUEENとロワの中の展開と外の展開が組み合わさり……まさに、すごい!
これはうっひょー!な話w
引用される歌詞が、ん?となって、あー!となるこの流れ、完璧すぎる。
だりなつは短く終わった二人だけど存在感あるよね。二人の人生はロックだった。そしてそのロックが残った人に受け継がれますように!

>ボクの罪、私の罪
罪を重ねてしまった2人x2の邂逅。一触即発でしたけど、互いのパートナーの理解が相手を救ったというのがいいですね。
弱くて失敗して、だからこそ学んで前を向きなおす……と言い切るにはまだ危うさはあるけど、これこそロワの醍醐味って気もする。
よくよく考えれば、誰もリーダーシップを発揮せず、こうやって弱さゆえに寄り合う集団というのははじめてなのかも?
個人的にはやはり輝子がグッドですw 一番弱いという自覚がある分、一番強い子な気がする。

125 ◆n7eWlyBA4w:2013/06/18(火) 01:55:13 ID:jFObkccg0
遅ればせながら、感想です!

>ボクの罪、私の罪
チームと呼ぶにはひどく不安定で、それゆえに不安要素もあるけれど、ひとまずは丸く収まってよかった。
モバマスロワには完全無欠のヒーローはいなくて、誰もが欠点や弱さを持っている。それを改めて感じたり。
みんな崖っぷちで、それが魅力なのだけれど、それゆえにまたどうなるか分からない感が。鍵は輝子かな?

最後に、初めての投下お疲れ様です!また書きたいと思ったらいつでも予約してくださいね!

126名無しさん:2013/06/19(水) 22:09:48 ID:/WIUhWRU0
投下乙です
殺した罪と見殺しにした罪、お互いに抱えた重荷を少しでも分け合い、許し合うことが出来たのかな。
幸子の暴走を必死に止める輝子、という流れにトモダチの繋がりを感じたり。良いコンビだ。
愛梨ちゃんはようやく殺す以外の道を見つけられたようで一安心。藍子とも一緒に歩むことができたらいいなあ。

127 ◆j1Wv59wPk2:2013/06/20(木) 22:22:48 ID:4euREJgc0
遅れましたが、投下乙です!新人さんきてれぅ!

>JEWELS
ウッヒョー!まさかのタイトルが本家予言とはw
そしてなつきちのロックな姿勢……私はにわか側の人間ですが、二人の友情と熱血、そしてその結末が綺麗に補完されてて流石だなぁ。
そして引用された歌詞などの小ネタが……場面に合っているけど、それ以上に引用順に気付いた時の鳥肌。話の構成が素晴らしい!
補完話故のむなしさもあるけど、彼女達は確かにここにいた、ロックに燃えていたって感じで。読了感が最高っす。良い仕事でした!

>ボクの罪、私の罪
四人の想いがここで交差して……皆健気で良い子だなぁ。
さちしょうコンビはより不器用なトモダチって感じが良く出てるし、うづきんマジ天使。
そしてそれらに光の見えた十時愛梨……まだ不安定だけど、とりあえずは良かったのかな。
既に言われてますけど、明確なリーダーが居ないからこそ支えあう感が良く出て、魅力を再確認って感じです。
これからどうなるのか……とても良かったです。また良い話が浮かんだらいつでもどうぞ!

で、私の予約分は延長します。

128 ◆John.ZZqWo:2013/06/20(木) 23:30:31 ID:p2rL42Jo0
私も延長しますー。

129 ◆John.ZZqWo:2013/06/22(土) 17:54:15 ID:32bRpF9E0
投下します!

130彼女たちに奏でられるアマデウス(トゥエンティーファイブ):2013/06/22(土) 17:55:11 ID:32bRpF9E0
あれから、藤原肇と諸星きらりのふたりは山の中をどこに向かうでもなく歩いていた。
果樹園の端にまでたどりつけばそのまま野山の中に入り、歩けそうな場所を道なりにただただ黙々と足を進める。
先を行く藤原肇にも、後をてくてくと追う諸星きらりにも言葉はなかった。
藤原肇には内から発する思いがなく、諸星きらりにはそんな彼女にかける言葉は思いつかない。
なので、ただふたりは黙々と無為に、見えないなにかに引かれて連れ去られてしまっているような、そんな足取りで山の中を歩いている。

けど、彼女らがそのままどこかへ消え去ってしまうかというとそんなことはなく、ほどなくして新しい光景がふたりの目の前に開けた。


 @


「……………………」
「キャンプ場だにぃ」

諸星きらりの言葉の通り、ふたりの目の前にあるのはキャンプ場だった。山のなだらかな場所に沿って歩いていった結果、たどりついたということらしい。

「……………………」
「……………………」

張られたテントが点在する中へと無感情に踏み入っていく藤原肇だが、その後ろを歩く諸星きらりは同じ無言でも表情は全く違った。
色とりどりで形もさまざまなテント。木を切ったり、組んだりロープを渡して作られたアスレチック。
諸星きらりの顔からは好奇心と大きなわくわくが読み取ることができる。
それはそうだろう。キャンプ場とは本来そういう場所だ。そして、藤原肇もこんな状況でなければ、こんなことになっていなければ同じ顔をしたに違いない。

藤原肇はただ黙々と歩く。できるだけなにも考えずに。早く通り抜けてしまおう。そして今度は山の深いところを目指そうと。
少し早足になっていたかもしれない。
だが、その足がぴたりと――いや、がくりと揺れて止まった。

「肇ちゃん、こっち」

何を……と言う間もなく藤原肇の身体が引きずられる。何に? 言うまでもなく諸星きらりにだ。
一瞬、抵抗しようとするも靴の裏が土の上を滑り、次の瞬間には抵抗は無意味だと悟る。それほどに彼女は力持ちだった。
ではどこへ? なんらかの意味を見出そうと、あるいはなにかに覚悟を決められるようにと、藤原肇は引きずられてゆく先を見る。

「ここに入ろ」

それはキャンプ場の奥――山側から入ってきた彼女らからすれば奥だが、本来は入り口近くにある一軒の大きなログハウスだった。
引きずられるままに木の階段を上り、諸星きらりが開けた扉を潜って中へと入る。
まず目に付いたのはカウンターをその向こうの事務机。おそらくはここでキャンプ場を借りる手続きや支払いをするのだろう。
そして――

「うっきゃー☆ かわうぃー♪」

それ以外のスペースは土産物屋と売店を兼ねたスペースになっているようだ。
木彫りの人形に、石のアクセサリー。このキャンプ場のキャラクター(?)のぬいぐるみや、それが描かれたクッキー缶などが並べられている。
イニシャルで選べるストラップや、誕生日ごとのクマのぬいぐるみ。どこでも見かける定番のお土産なんかもある。
さらにはお菓子やカップ麺なんかもあり、ご丁寧なことにそれを食べるためのテーブルも奥には用意されていた。
こんなところまで来て誰がそんなものを食べるのかと藤原肇は思ったが、しかし野外での調理に失敗する例も少なくないのかと思い至る。
一瞬でそんなことを考え、そして販売スペースのさらに一番奥にある扉の、そこにかかったプレートを見て、彼女はびくりと身体を震わせた。

そこにはただ『陶芸体験』とだけ書かれていた。






 @

131彼女たちに奏でられるアマデウス(トゥエンティーファイブ):2013/06/22(土) 17:55:33 ID:32bRpF9E0
「じゃあ、教えて☆」

なんでこんなことに――藤原肇の頭の中はその言葉で埋め尽くされていた。
『陶芸体験』と書かれていたプレートを諸星きらりも見逃すわけがなく、そしてまさかとは思ったがその部屋の中に連れ込まれた。
これは彼女が自分をはげまそうとしているのか、それとも彼女特有の好奇心からくるものなのか。
なんにせよ、こんな状況で土をひねっているなんてそれこそ頭がおかしくなったと思われてもおかしくない。

「……………………」

諸星きらりの顔から目をそらすように部屋の中を見渡す。
小さな部屋の真ん中に作業台がひとつあり、端にある棚には見本となる器がいくつかと手回しのろくろ、模様をつけるための型などが置かれている。
反対側は手洗い場になっており、ここにも器がひとつとそこに一輪の花が活けてあった。
そして、視線を戻すと自分の目の前には湿った布に包まれた男性の拳大の土の塊がある。

「きらり、粘土遊びはしたことはあるけど焼き物を作ったことはないんだにぃ」

もちろん、諸星きらりの目の前にも同じものがある。
彼女が自分に何を教えてほしいのか? そんなことがわからない藤原肇ではないし、誰であろうとその言葉の意味に疑問などもたないだろう。
けれど、藤原肇はなにも答えなかった。
それは怒りからくるものではなく、ただ、心の中から正しい感情をくみ出す――その方法を見失っていたからだった。

「んー……、じゃ、じゃあきらりはいろいろやってみるから間違ってたらおしえてね」

無言であることにどう思ったのか、諸星きらりは粘土を布のくるみから取り出すとぐにぐにと潰してなにかを形作ろうとしはじめる。
ああ、あんなやり方じゃおじいちゃんに怒られる。最初はよく練って、ならしと空気抜きをしっかりとしないといけないのに。
ふとそう思い、藤原肇は身体がわずかに震えるのを感じた。

自分が死ねば、悲しむのはここにいるアイドルの仲間たちだけではない。プロデューサーも、おじいちゃんも、家族のみんなも。
それだけでなく自分を知る人はみな悲しむ。悲しみはどこかでとどめることなんてできずに、波のようにどこまでも伝わっていくだろう。
誰かがどうして藤原肇は死ななければなかったのか、どうして死んでしまったのかと、どうしてこんなことになったのだと声を荒げるだろう。
どうしてなのか。それは藤原肇にもわからない。ただ、大きな悲しみからくる憤りを誰かが受けないようにと、そう思っただけなのに。
しかし、それはあまりにも不器用なやり方で、けれどどうすれば正しかったのかなんてわからなくて、これからどうすればいいのかもわからなくて。
諦観したはずだったのに、今更に湧き上がる恐怖が足の裏からくるぶしまでを濡らしているような寒気を感じた。

じっとこらえるように、目の前にある土を見ながら今までのことを思い浮かべる。
小さい頃からおじいちゃん子でいつも土をひねっていた。
とても女の子らしくないなんて言われて、そんなのは平気で、おじいちゃんは完全に自分が後を継いでくれるものだと思い込んでいて、
だから、『アイドル』になりたい――なんて言った時は正気を疑われたものだ。

今でこそ一端のアイドルだが、その時は気持ちは真剣でも本当にアイドルになれるかなんてことはわからなかった。
おじいちゃんの後を継いで陶芸家になってもよかった。けれど、他のなにも知らずにそのまま後を継いでもいいのかという不安があった。
自分に他の可能性があったかも……などという不安ではなく、このままでも立派な陶芸家になれるのか? という不安だ。
だから一度別のことをしてみようと思った。
それがアイドルだというのは周りからすれば突拍子もなく見えただろうが、身ひとつで表現者になれると考えた結果でもある。

そして、アイドルとしての藤原肇は成功した。おじいちゃんに取れと言われたてっぺんはまだ遠いが、着実に満足する結果を得られている。
陶芸もアイドルも違いはなかった。心の中の想いを形にする。それが表現者だということが確認できたのは大きな成果だった。

「……………………」

けれども、今は土を目の前にしてなにもできないでいる。
包んでいる布をはがしてひんやりとした土の上に手を置いても、なにも心の中から湧き上がるものがない。
あたたかな希望でなくとも悲しみがあれば悲しみの形が、怒りがあれば怒りの形が作れるのに、そんな気持ちすら湧き上がってこない。
ただ静かな不安と、自分が間違えているという確信だけがあって、それは決して形にはならなくて、心の中は空洞のまま。
土と向き合えば、ただただ己の空虚さを実感するばかりだった。

132彼女たちに奏でられるアマデウス(トゥエンティーファイブ):2013/06/22(土) 17:55:52 ID:32bRpF9E0
「……………………」

ふと、藤原肇は土から目を離し、なにかを作っていたはずの諸星きらりのほうを見やる。
同じアイドルとしての表現者がこんな時にどんな器を作るのか、そこに好奇心を抱いたのは彼女が生粋の表現者だからではあるが――、

「…………っ!?」

そこにあったのは完全に予想外のものだった。
いや、もし彼女が平時のような冷静さを保っていたなら予測はできたかもしれない。けれども、そんな仮定に今は意味はない。

「きらりさん……それは……?」

そこにあったのは湯のみでも皿でも茶碗でもなかった。ましてや壷でもなく、だから藤原肇にはそれがなんなのかがわからなかった。

「あぅ……、きらり間違えちゃったかにぃ……?」

いつの間にそうしていたのだろう。彼女の目の前にあった土は最初にあった何倍もの大きさになっていて、一抱えもある塊になっている。
そこにいくつもの突起や曲線を描く部分があり、ひょっとすれば古墳時代の埴輪のようなものだろうか。

「きらりは、杏ちゃんを作ってるの」

藤原肇は絶句した。それと同時に納得もする。おかしなことではあるが、おかしなことでもない。
創作がその人の心の内から現れるのだとしたら、その心の中にあるものを形にすることを創作と呼ぶのならば、これはおかしなことではない。
あまりに陶芸という枠を超えているために、にわかには受け入れられるものではないが。

「あのね……、きらりは楽しいことをするの」
「楽しいこと……?」
「そう。悲しい時は楽しいことを見つけて、それをいっぱいするの。そしたらまたハピハピになるんだよ」
「…………………………」

そんなこと……と、藤原肇は思った。それは正しいことなのかと。それはただ嫌なことから顔をそむけているだけなんではないかと。
それは、悲しみに対して真摯な態度とはいえない、それどころか冒涜するような真似ではないかと。
おそらくその思いは顔に出ていたのだろう。
諸星きらりは藤原肇の表情を見て苦笑すると、土で作った杏をぺしぺしと叩いて整え、それから神妙な顔をして「ないしょの話をしてもいい?」と言った。

133彼女たちに奏でられるアマデウス(トゥエンティーファイブ):2013/06/22(土) 17:56:09 ID:32bRpF9E0
 @


「きらりはね、こんなだからよく馬鹿にされる」

諸星きらりは指先で土をいじりながらとうとうと語り始めた。

「頭はよくないし、身体もこーんなに大きいから、きらりが『アイドル』になるって言ってもみんな無理だって言った。
 でもきらりはかわいいものが好きだし、きらりもかわいくなりたいから絶対なるって思ってたの。
 そしたらそんなきらりをPちゃんが見つけてくれて、あっという間にこんなきらきらでハピハピなアイドルにしてくれたの」

きらりのPちゃんはすごいんだよ。そう諸星きらりは笑ってみせる。

「でもね、まだまだきらりのことをおかしいって言う人はいっぱいいるの。だからね、きらりは時々悲しくてしかたなくなっちゃう。
 もうアイドルもやめちゃったほうがいいのかなって思ったし、泣くのをがまんするのももうできないって思ったこともあったの」

藤原肇はなにも言えなかった。
彼女はそんな感情とは無縁だと、どこか思っているところがあった。本当はそんなことあるわけがないのに。

「そんな時にね、Pちゃんが言ったの。『そんなめそめそして楽しいのか?』って。
 なんだかひどいよね。だからきらりは本当に泣きそうになったの。でも、Pちゃんの言ってることは違った」

もう一度、諸星きらりは笑った。
そして、藤原肇はようやく気づいた。その笑顔の裏側に強い悲しみがあるということに。彼女の笑顔はただの無邪気ではないということに。

「Pちゃんはね、悲しい時に悲しんだらもっと悲しくて悲しいことしか考えられなくなっちゃうって言ったの。
 だから、悲しい時は楽しいことをする。そしてハピハピの元気になったら、それから悲しいことがどうして悲しいのか考えればいいって」

笑う諸星きらりは、同時に今にも泣きそうに見えた。
どうして気づかなかったのだろうと藤原肇は思う。自分が感じた悲しみを、皆も等しく感じていて、それを奪い取ることなんかできはしないことに。

「そしてきらりはみんなをハピハピにするアイドルだから、自分の悲しいこともハピハピでのりこえるの。
 それでね。みんなもハピハピ……きらりのことが嫌いな人のこともみーんなハピハピにすれば、いつか世界は全部ハピハピになるって。
 だから……だからきらりは"泣かない”よ。
 悲しい時にはハピハピなことするし、他の悲しい人の分もきらりがハピハピする。そしてきらりのハピハピをみんなにわけて、みーんなハピハピにする」

それがきらりなの――彼女はそう言った。






 @

134彼女たちに奏でられるアマデウス(トゥエンティーファイブ):2013/06/22(土) 17:56:29 ID:32bRpF9E0
諸星きらりの話を聞き終えて、藤原肇は自分とは逆だと思った。
自分は悲しい時に悲しみを自分に集めて、自分がその悲しみを背負い持ち去ってしまえば、その悲しみはなくなると考えた。
そして、それは最初からわかっていたように正しくない。ただ悲しみや怒りの矛先を変えたところで、悲しみや怒りそのものがなくなるわけではないのだから。
今も岡崎泰葉や喜多日菜子は悲しんでいるだろう。
自分も悲しんでいるし、市原仁奈を殺した誰かもこんなことになっているとは知らないはずだ。だから、彼女の重荷を実際に受け取ったわけでもない。

ただのわがままでしかない。正しさに向き合うことなく、ただみんなから背を向けて無理やりに話を終わらせようとしたにすぎない。
けれども実際にはなにも終わっていない。
市原仁奈を殺した誰かは今も誰かを殺そうとしているかもしれないし、他にも誰かを殺したり殺そうとしている子はいるはずで、
その毒牙にかかるのが岡崎泰葉や喜多日菜子や自分かもしれなくて、そして自分は道を見失っていて、この殺し合いがどうなるのか見当もつかなくて……。

「……………………」

手元の土を見る。なにものにも姿を変える土。その形は心を写し取る。だから空っぽの心ではなににも形を変えることはできない。
このままでいいのだろうか? そんなわけがない。

藤原肇が土に手をのばす。力をこめて丁寧に練る。形はすぐには現れない。だから初心に戻り、おじいちゃんに教わったことを思い出しながら土を練る。
なにを作るかは考えない。ただ純粋に今の心の中を形にするように。まだ心の中に残っているなにかを探すように、土を練る。






そして、しばらくの後、藤原肇の前には土でできた小さな羊があった。

「きゃわうぃー☆ これほすぃー☆」

小さな羊を見てきらりが喜ぶ。複雑な心境だったが、単純に作ったものを見て喜んでもらえるのは嬉しかった。

「だめですよ。これから完成させるのに乾燥に半月、それから焼いて……一ヶ月くらいはかかります」
「えっ、そうなの? ……うー、だったらきらりの作った杏ちゃんも持っていけないのかにぃ」

肩を落として残念がる諸星きらりに藤原肇はくすりと笑う。
もっとも、たとえ時間があったとしてもきらりの作った杏ちゃんはまともに焼けないだろうし、ああも練りが甘くては焼いたところで釜の中でバラバラになってしまうのがオチだ。

藤原肇はできあがった羊を置いたまま立ち上がる。持っていく必要はない。ただ心の中に残ってるなにかを確かめるためのものだ。
そして、それはこの形として現れた。一番大事なこと。根本。"彼女”に対して答えを出していない――それが心残りだった。

「あなたの真似はできませんけど、私もまたもう少しだけ歩けるようになった気がします」
「じゃあ、きらりといっしょに水族館に帰る?」

藤原肇はゆるゆると首を振った。

「まだ、私は自分がどうすればいいのかわかりません。だから、それを確かめるために一度戻ろうと思います――仁奈ちゃんのところへ」

そこでまた泣けばいいのか、懺悔するのか、または決別するのか。どうすればいいのかまでは藤原肇もまだわからない。
けれど、これからまた仲間の元に戻るにしても、孤高を貫く、あるいは死を選ぶにしても、そこで答えを出さないといつまでも無為にさまようだけだろうという確信はあった。

「きらりさんは水族館に戻ってください。言い忘れてましたけど、そこに杏さんがいますよ」
「ええっ! 杏ちゃんが!?」

驚く諸星きらりを背後に藤原肇は部屋を出て、また歩き出す。
あそこに戻ることに対しての恐怖はあった。なにか破滅的な運命が待ち受けている――そんなとりとめのない予感めいたものもゼロではない。
けれど、希望にしろ絶望にしろ、それを決定づけるには避けられない場所であるというのもまた確かなことだ。

135彼女たちに奏でられるアマデウス(トゥエンティーファイブ):2013/06/22(土) 17:56:45 ID:32bRpF9E0
外に出てみれば、いつの間にかに日が傾こうとしていた。思いのほか、土に没頭していたということらしい。
確かな足取りで藤原肇は地面を踏む。希望にも絶望にも続くその道を――

「まって!」
「きゃっ!?」

と、腕をつかまれて藤原肇はのけぞる。誰が?と振り返る必要もない。

「ど、……どうして?」

疑問を率直に言葉として浮かべる。探していた双葉杏の名前を出せば諸星きらりは飛んで帰るだろう、そんな風に思っていたからだ。
けれど、振り返って彼女の顔を見れば、それは間違っていたんだなと簡単にわかってしまう。

「まだついてきてくれるんですか……?」

うん。と諸星きらりは大きくうなづく。

「だって、『アイドル』のきらりのお仕事はハピハピじゃない人をきゅんきゅんぱわーでハピハピにしちゃうことだから☆」

それは、目を細めたくなるようなまぶしさをもつアイドルの輝きで。

「これから、とても悲しくなるかもしれませんよ」
「大丈夫☆ そしたらもっともーっときゅんきゅんしてハピハピにしちゃうから☆ なんたって、きらりとPちゃんの目標は――」

ハピハピの世界征服だから――と、そう言う彼女はとても大きな『アイドル』だった。







【D-5 キャンプ場/一日目 夕方】

【諸星きらり】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×1、不明支給品×1】
【状態:健康、疲労感】
【思考・行動】
 基本方針:つらいことや悲しいことに負けないくらいハピハピする。
 1:肇ちゃんを、ひとりには、しないよ。
 2:杏ちゃんのことは気になるけど…………今は我慢だにぃ><


【藤原肇】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×1、アルバム】
【状態:絶望(?)】
【思考・行動】
 基本方針:誰も憎まない、自分以外の誰かを憎んでほしくない。
 1:仁奈ちゃんのところに戻り、そこでなにかを決める。

136 ◆John.ZZqWo:2013/06/22(土) 17:56:57 ID:32bRpF9E0
以上、投下終了です!

137名無しさん:2013/06/22(土) 22:37:16 ID:Gls2c3Ag0
投下乙です!
陶芸を通して自分のしたいこと、するべきことを見つける肇ちゃんに生きる意志、活力が垣間見えてホッとするなあ…
きらりの告白は結構重いけど、殺し合いの中でもきらりらしくする理由が分かって彼女の深みが増しましたね
全ての悲しみを背負おうとした肇ちゃんとみんなにはぴはぴを届けようとするきらり、正反対な二人だけどこれからどうなるかなあ

138名無しさん:2013/06/22(土) 23:05:51 ID:Fc/UU1XoO
投下乙です。

肇、ついに向き合うか。

139 ◆j1Wv59wPk2:2013/06/23(日) 20:36:17 ID:XfrYvRXM0
投下乙です!

>彼女たちに奏でられるアマデウス(トゥエンティーファイブ)
おおお、これは丁寧なお仕事。そうだよなぁ。きらりだって人間だもんなぁ。
ただ考えなしにハピハピしてるわけじゃないし、綺麗な事ばかり経験してるわけでもないよなー。
人間味が出てきたというか、彼女らしさを残したままロワ的にも馴染んで良い仕事ですわ……。
一度きらり書きに折れてしまった私ですが、これは良いお手本。後続的にも書きやすくなって、すごく有難いです
そして肇も向き合う決意をしたか……。その引き金になったのが陶芸とは胸熱。自然な流れだったし、流石。
彼女達が果たしてどうなるのか……期待です。

そして、予約期限を超過して申し訳ありませんでした。
改めまして投下します。

140人は人、私は私 ◆j1Wv59wPk2:2013/06/23(日) 20:38:20 ID:XfrYvRXM0

見上げる程の水槽の中には、大小様々な魚が泳いでいた。
その中で特に目を引く巨大な生物は、まるで我が物顔のように水槽内を泳いでいる。
ガラスを挟んだ向こう側の世界を、何も知らずに。

「…………」
「泰葉ちゃん………」

壮大で美しい水槽を背景にして、二人の少女が邂逅する。
広いエリアの真ん中でへたり込むように座る泰葉は、ちらりと見た後すぐに俯いた。
まだ溝は深いように感じて、手を差し伸べるには何よりも距離が遠すぎるように思えた。

「………あの」
「来ないで」

その間を一歩歩み寄ろうとして、しかしそれを拒絶される。
その声に今までの凛々しさは無く、その姿ただ迷い悲しむ年相応の少女でしかない。

「来ないでください。私はもう……そこには戻れません」

心が摩耗し、疲れ切ったことを感じさせる声は、聞き取る事さえ難しいほどか細く。
その心もまた、今にも消えてしまいそうに揺れていた。

「そんな事っ」
「私は、喜多さんが思っている程綺麗な人間ではないんですよ。
 私の我儘で、いろんな人が苦しんで、悲しんでしまったんです」

投げかけようとした言葉は、途中で遮られる。
自傷する言葉は悲しみに包まれていて、日菜子の言葉は届かない。

「そう…私が……私のせいで、あの人は………。
 あの時、私が手を差し伸べていれば、あの人は怯えずに、死ななかったかもしれないのに……っ!」

泰葉の握る手が震える。
その声は悲しみ後悔しているようで、怒りに身を震わしているようで、何より怯えているように見えた。

(『あの人』………?)

その言葉に対して、日菜子は頭に疑問を浮かべた。
彼女がここまで取り乱してしまったのは、憧れたアイドルに裏切られたのが一番だと思っていた。
しかし、どうもそれだけではない。もっと別の何かが、彼女を苦しませている。
あの人とは、誰の事だろうか。
仁奈の事か? 日菜子には集合した後の事を詳しくは知らないが、それほどまでに責任を感じるような事をしたとは思いにくい。
そもそも泰葉が仁奈の事を『あの人』と表現するだろうか。多分、彼女ではない。
なら、誰だ。藤原肇? 諸星きらり? 双葉杏?
そのどれもしっくりこない。詳しい事は分からないが、泰葉が追いこまれるほど彼女達に介入していただろうか。

記憶の糸を辿り、ふとあの時の反応を思いだす。
仁奈が放送で呼ばれたあの時、情報を整理していた時に見せた、彼女の少しだけ取り乱した姿。
やはりあの時に何かがあったのだ。岡崎泰葉を揺さぶった、何かが。
死んだ八人の中で、仁奈を除いた誰かとの、確執が。

そう、つまり泰葉を苦しませている物は、日菜子の知らないものだ。
誰よりも知っている筈の少女の、知らない場所で起きた……起きてしまった何か。
日菜子にとって、知る事のできない闇が、彼女の中に存在していた。

141人は人、私は私 ◆j1Wv59wPk2:2013/06/23(日) 20:39:08 ID:XfrYvRXM0
「………『あんな世界』でも輝くアイドルに憧れて……それになれない人も、蹴落としていく人も嫌で……。
 私はただ、アイドルでいたかった。私が信じた、あのアイドルになりたかった」

気付けば、目の前で震えていた少女は多少落ち着いていた。
その目は今にも泣きだしそうで、ゆっくりと上を見上げる。
そこにはフロアを最小限に照らすライトだけがあった。
下で照らされている少女は、まるでスポットライトに当てられているようだった。

「あの時輝いていたアイドルも……新田さんも、結局はただの人形でした。
 滑稽な話ですよね。私が憧れたものも、結局は何も変わらない同じもので……。
 ただ、私は、分かってるようなフリだけして……何も、変わってなかった……変われなかった……ッ!

絞り出すような声が、フロアに響く。
ついには涙を流して、懺悔するように気持ちを吐き出す。

彼女は、追いこまれていた。
自分の信じていたものに、その結果に、そしてこの現実……世界に。
目指したものにさえ裏切られたと『思いこんで』いる。
………ここからが勝負だ。まずはそこから、彼女を正していく。
日菜子に彼女を救えるかどうかは分からない。
大きな壁があるのは分かっている。何か無責任な事を言ってしまうかもしれない。

「泰葉ちゃん、それはね、違うんですよ」

それでも、日菜子は彼女に手を差し伸べる。
一度は救われたから、今度は、日菜子が救う番だ。
だって、日菜子は確実な事を確かに知っているんだから。それさえ分かれば、後は些細な事の筈だ。

「……違うって、何が」
「あの話には、続きがあるんです」

そう切り出して、彼女に続きを聞かせる。
泰葉を救う鍵になるであろう、一人のアイドルの生き様。
その本当の話を、少女に聞かせていく――――



    *    *    *

142人は人、私は私 ◆j1Wv59wPk2:2013/06/23(日) 20:40:08 ID:XfrYvRXM0



「あー……みんな大変だねぇ」

二人が水族館の奥へ消えて、渋谷凛が去った事務室の中で、杏は一人こっそり呟いた。
この事務所の中にはもう一人、さっきまで居たのだが、その人物もまた少ししたら出ていってしまった。
彼女がどこに向かったかは杏は知らない。

「まっ、杏は別にどうでもいいけどねー」

知らないし、そもそもどうでもいい。周りからの責める声も無視してソファに寝転がる。
杏は死にたくないし、面倒事にも関わりたくなかった。
あの女性に、なんとなくヤバそうな雰囲気は感じていた。
彼女の言った事には間違いなく違和感があって、つまりは嘘をついている可能性が高い。
そして何故嘘をつくかといえば、それはやましい事があるからに他ならない。
こんな場所でやましい事といえば……概ね察しがつく。
そんな人物を野放しにするのは多少なりともヤバいだろう。もしかしたら誰かが犠牲になるかも分からない。

そこまで分かっていて、なお杏は動かない。
死にたくないから。辛い思いをしたくないから。
まだまだ生きていたいし、楽をしていたい。
自分に言い訳を重ねて、杏は目を背け続ける。

『杏っち……人を殺しておいて、よくそんなのうのうと寝転がれるよねー』
『逃げようとしたって、許さないから』

そんな杏に、姉妹から容赦なく罵声が浴びせられる。
杏の罪を復唱して、一時も逃がさずに向き合わせ、責め立てる。
目を閉じても瞼の裏に写り、目を背けても常に彼女達はそこにいる。
決して逃がす事は無く、あれからずっと、杏を蝕んでいた。

「うるさいなぁ……死人は黙っててよ……」

どうあってもいつづける彼女達に、杏は苛立ちを隠さずに呟く。
単純に耳障りである以上に、確かに罪の意識がある事が、そしてそれを躊躇無く触れてくる事に不快感があった。
杏も人並みに罪悪感はある。特に莉嘉を殺したのは突発的な物だったが故に、よりその気持ちは大きい。
それがあるがために、彼女は心底滅入っていた。

『杏………』

そして、もう一人の男の声。
その声が聞こえたような気がした方向を見ると、そこには何とも言えない顔をした男性の姿があった。
杏は何気に、この声に一番まいっていた。
別に他の二人より厳しい物言いだからとか、そういう話ではない。
ただ、どうしても彼の声が一番彼女にとって堪えていた。

(プロデューサーはさぁ、まだ生きてるんでしょ?
 なのになんで一緒になって煽ってるわけ? 意味分かんない………)

まだ生きている筈の男が責めてくる事が苛つく。それもある。
杏がずっとこのままのスタンスでいれば確かに死ぬだろうが、それにしたってまだ犯してない罪で責められる義理はない。
上手くいけば生き残れるかもしれないのだから。
文句は死んだ後に言え……という訳ではないが、他の二人とは違うのだから当然怒りの矛先は集中する。

しかし、それが一番では無い。この男性の声に一番苛立ちを覚えるのには、もっと別の理由がある。

「そもそもさぁ……っ!」

その想いは収まることを知らず、思わず声を荒げて起きあがった。
男――プロデューサーの姿をした幻影への怒りに近い感情が高まる。
なにより、納得のいかないことがある。なにより、怒りを覚えることがある。
そもそも、杏の知っているプロデューサーは―――

143人は人、私は私 ◆j1Wv59wPk2:2013/06/23(日) 20:41:30 ID:XfrYvRXM0


「――そんな事言わないんだよっ!
 そりゃあいっつも仕事しろ仕事しろってうるさいし、騙してはむりやり仕事に連れてくし、最近は扱いだってぞんざいだけどっ!
 でもっ、担当してるアイドルにはアホみたいに責任持ってて、ちゃんと仕事したらほめてくれるし飴くれる奴なんだよ!
 そんな奴が、ネチネチと責め立ててくるわけ無いじゃん!」

そして杏は、気がつけば一人激昂していた。
その男との間にはさして良い思い出はない。こっちは楽をしたいのに無理矢理連れてくし、姑息(杏談)な手で騙して気がつけば後に引けない状況にされた事もある。
でも、そんなプロデューサーは担当アイドルのミスに自ら頭を下げて、そして当のミスした本人は責め立てないで、愚痴一つ言わない。
そんな光景を、もう何度だってみてきた。それくらい杏のプロデューサーは責任感が強くて、常に損してて、そして優しかった。
そんな男が、自分の命が可愛いからと杏に殺し合いを強要させるような事なんてしない。
信じるとかそういう事では無くて、そこそこ長いつきあいでもうそうとしか思えなくなっているだけだ。
莉嘉や美嘉もそんな事言わないといえばそうだろうが、ことプロデューサーに関しては特にありえない。

「あいつはっ、莉嘉が死んで笑っていられるような男じゃないんだよ!
 お前はプロデューサーなんかじゃない……人のプロデューサーを、馬鹿にすんなっ!!」

あの夢の中で見た、妙に冷静に、追い詰めようとしてきた男。
杏の知ってる姿をした男が、莉嘉をネタにして詰め寄ってきたあの夢。
追い詰められて、苛ついた杏はとにかくそこが気に食わなかった。
そう、もし莉嘉が死んでしまえば、あいつは悲しむに決まっている。
傍からみればバカみたいに、まるで自分の責任であるかのように、自分を責め続けるに決まっている。

だからもう、今目の前に居る男が偽物であることが分かりきっていて、そんな姿でそんな事を言うことに杏は苛立っていた。

「はぁ……はぁ……っ」

だんだんと冷静になってきて、思わず恥ずかしさがこみ上げてくる。
今、一応周りに誰もいないのは分かっている。
ただ、もしこれが誰かに見られていたらと思うと、流石に恥ずかしがらずには居られなかった。

「………あれ?」

落ち着いて冷静になってみると、周りの存在はいつの間にか消えていた。
気付いた時には、その声も姿も聞こえなくなっていた。
静かになって、平穏になって……しかし杏は心中穏やかでは無かった。
やっとゆっくり休めると、安心する事も出来なかった。

これは、いわば一時の猶予のようなものだ。そう杏は理解していた。
あの男はプロデューサーで無い。ならば、あれは一体何なのか。
その答えは既に出ている。ただの、杏の中から出た幻覚だ。
目を逸らしたい罪を直視させようとする、言わば杏の中の弱さ。
だからこそ、これで終わりとは思えなかった。杏が罪から逃げ続ける間は、それは消えるはずもない。
この間に杏は何か行動をおこさなければ、ずっと悩まされるままだ。

(………あぁ、めんどくさい、めんどくさい………けど)

なら、どうすればいいのか。どうすれば、この幻覚から解放されるのか。
その答えも、既に出かかっていた。そして、今がそのチャンスである事も。
今この現状で、おそらく杏しか気付いていない事がある。
それを放っておけば、もしかすると誰かが犠牲になるかもしれない。
つまりそれは、逆に言えば杏の行動次第で誰かが救われる可能性だってある。
杏の行動次第で、何かが変わる、かもしれない。

杏が自分と向き合えるのは、今しかないのではないか。

その気持ちが、杏の中で少なからず存在していた。

その心は揺れ動いて、そして―――


    *    *    *

144人は人、私は私 ◆j1Wv59wPk2:2013/06/23(日) 20:42:56 ID:XfrYvRXM0

(落ち着け……落ち着きなさい、相川千夏………)

一人の少女が去った後、相川千夏は未だに水族館で悩んでいた。
身を休め、潜めようと入った水族館では、想像以上の騒ぎが広がっていた。
錯乱した一人の少女を、もう一人が追っていって。
それから少し経って悩んでいた少女が事務所を出た。方向が違う事から、おそらくここを去ったのだろう。
さっきまでは千夏と、そしてもう一人だけ。そして今、千夏は事務所の扉を挟んだ廊下で一人思考している。

これは機転であり、絶好のチャンスだ。それを千夏は間違いなく感じ取っていた。

(要は、殺すか殺さざるか………リスクとリターンを、どう見極めるか、ね)

状況としては、全員がうまい具合にバラバラだ。
先に出た二人の少女達が合流していたとしてもあの状況では、すぐに周りに気を配るのは難しいだろう。
その隙をつけば、今度こそ参加者を減らす事ができるかもしれない。

(その分、リスクは大きい……失敗すれば、後々まで大きく響くでしょうね)

だがあの時とは決定的に違う。顔を知られているという、大きなディスアドバンテージが存在している。
故に失敗してしまえば、まず間違いなくこの集団には居られない。
そして彼女達が誰かと合流してしまえば、いずれ千夏が忍び込める集団はなくなってしまうだろう。
相川千夏が殺し合いに乗っている……という情報をおいそれと流すわけにはいかない。

やるとすれば、最後まで。つまりはこの集団を全滅させる。
見たものはすべて殺す程の覚悟で望まなければ、滅ぶのは自分だ。

(さて……そろそろ結果を残すべきか、まだ休息と様子見を取るか……時間は無い……)

どちらに決断するにしても、早く決めなければならない。
中途半端なままで良い結果が残せるはずがない。それどころか、取り返しのつかないミスをする可能性だってある。
水族館の奥にいるであろう彼女達が問題を解決するにしろ破綻するにしろ、そこまでの時間はかからないだろう。
それまでに、どうするかを決めなければ。一度失敗してしまった以上慎重にもなるし焦りも生まれる。
入り乱れた複雑な感情が、千夏をあてもなく急かしていた。

(……とりあえず、彼女達の様子を見に向かいましょうか。
 どっちのスタンスを取るにしても、向かうだけなら違和感は無いはず)

心は揺れ動いて。
ただ当面の決断だけをして、曲がり角を曲がろうとして。


「――あー、ちょっといいかな?
 千夏さん、だっけ? ちょっと聞きたい事があるんだけど」


その歩みを不意に止められる。
振り向けば、そこには気だるそうな少女が一人立っていた。

145人は人、私は私 ◆j1Wv59wPk2:2013/06/23(日) 20:44:50 ID:XfrYvRXM0


「……何かしら」
「いやさぁ……どこ行くの?って思って」

止めたのはいつの間にか追いついていた、事務所に残っていたはずの少女――双葉杏。
彼女の性格的にあまり積極的には動かないとふんでいたために、ここで止められる事は意外だった。

「どこに……って訳でもないけど。
 ただあの子たちが心配だから、少し様子を見に行こうと思っただけよ」

他愛もないような問いに、千夏は普通に返す。大人としては、違和感の無い返答であるはずだ。
問いかけてきた少女の意図も分からず、心中で困惑する。
もしや、自分の演じた『役』に何か矛盾が存在したのだろうか。
それにしたって、よりによって彼女のようなやる気の無さそうな子が気付くような間違いを……?

「……あのさ、そういえば千夏さんって、今まで隠れてたんだよね。
 ここら辺の街で、近くが禁止エリアに指定されたから、怖くなって逃げたと」

そんな千夏の心中を知る由も無い彼女は、またも質問してくる。
ただ、それはどちらかといえば確認だ。既に説明した事に対する確認。
それをするという事は、彼女なりに何か引っかかっている事があると暗示しているようなものだ。
だから、慎重に考えて答えなければならない。ここでボロを出すわけにはいかない。
彼女が何に引っかかっているのか。それは分からないが、この『役』を崩す訳にはいかない。

「……ええ、そうね。恥ずかしい話だけど。
 慎重といえば聞こえはいいでしょうけど、恐怖していたと言われれば否定はできないわ」

問題は無い。ここも今まで通りで良い。
恐怖するなんて、この場所では当たり前の感情であるはず。
そんな物を否定されてしまえば、それはもはや人間の精神を逸脱していると言ってもいいのではないか。

「ふーん……」

その言葉に、相手は少しの間沈黙する。
一体彼女は何を考えているのか。
元々双葉杏とはこういう事に積極的にならないような性格のはずだ。
積極的に話した事があるではないが、あれが演技とはとても思えない。
そんな少女が気になるような、不自然な部分があっただろうか……と思考するうちに。

「まぁ、そうだよねぇ。
 特に騒ぎも無かったし、何かあるまでは隠れたいよねー。杏もそうだよ」

彼女は普通に肯定した。
結局何に引っかかっているのか分からずじまいだが、とりあえずは安堵した。
この反応ならひとまずはここを去る事ができるだろう。

「まぁ、褒められた事ではないけどね。
 それより、話はこれで終わり?そろそろ行ってもいいかしら」

できるかぎり早く、この話は切り上げたい。
この反応をみれば、そこまで突っかかるような話題でもなかったのだろう。
少し怪しまれてはいるかもしれないが、こんな場所ではそれも致し方ない。
一度ここは引いて、まずは二人の様子を見に行かなければならない。
あの二人の結末がどうなるかによっては、行動を変えなくてはならない可能性もある。

とにかく、一刻も早くここから離れなくてはいけない。
返答を待たずに踵を返して、


「―――単刀直入に聞くけどさ、嘘付いてるよね」


次の言葉が、千夏に深く突き刺さった。

146人は人、私は私 ◆j1Wv59wPk2:2013/06/23(日) 20:46:02 ID:XfrYvRXM0
「………は?」

その言葉に、思考は一瞬フリーズする。
あまりに唐突な出来事で、理解が遅れた。
何故。何か、失敗した事があったか。

「先に嘘付いたのは杏なんだけどね。
 騒ぎならさぁ、どでかいのが起きてたよー?それはもう、杏が飛び起きるぐらいには」

頬を嫌な汗が伝う。
大きな騒ぎ……千夏の中で把握してない矛盾が、そこにあった。

「あれに気付かないなんて流石におかしいよねぇ。
 夜中で目立ってたし、音も凄かったんだよ?
 それをスルーして、騒ぎが無かったなんて言葉を怪しまないなんて、やっぱり変だよね」
「何を………」

杏は言葉をどんどんと重ねていく。
そのような騒ぎに、千夏は気付けなかったのか。
ダイナーにいたうちはともかくとして、この街に来てから気付けなかったか。

―――《唯一怖いのは近くでおきている火事だけだ。》

「………ッ」

いや、気付いていた。スーパーで待ち伏せする時にも気にかけていたではないか。
あの時にはもうすでに大した火では無かったから、記憶の隅へと追いやられていたのだ。
ギリ、と歯ぎしりする。決して気付けない事ではなかった。
つまり、これは完全に相川千夏のミス。忘れた事実と選んだ配役の矛盾に、やっと今気付かされた。

「嘘をついて、この街にいることにしたかったのは、何か訳があるってことだよねぇ?
 やましい事とか、隠したい事とか? こんな場所で隠したい事って言ったら、やっぱり……」

相手の言葉には、推測が多分に含まれている。妄想だと否定することも不可能ではない。
しかし、それをするには立場が弱すぎる。嘘であったのは事実だし、相手の言ってる事に無茶は無い。
そして何より、追い詰める言葉は真実に限りなく近い。相川千夏の本性を確実に突いてきている。

――口封じをするしかないか。
千夏の頭の中で、その言葉が頭をよぎる。
ここまで推測された彼女を放っておく事はできない。間違いなく広められてしまう。
だからこそここで口封じを……殺すしかないのか。

しかし、不安はよぎる。彼女が無策に追い詰めているとは思えない。
例えば今、いきなり千夏が襲いかかってきたとしても大丈夫であるような物がなければ、彼女は余りにも危険だ。
そんな危ない橋を渡るだろうか。見た感じはそのような武装は無いが、背負うバッグに何が入っているかは分からない。
ここで彼女に無策に武器を向ける事は危険な賭けのようにも思えた。

「そういえばさ、千夏さんって綺麗な服着てるよね。
 杏達はいつもの服装だっていうのに、千夏さんだけ変わってるけど。そういえば、元の服はどうしたの――」
「…………ッ」

だがどちらにしろ、もう後戻りはできない。
もうここで彼女を仕留めて、あの二人も全滅させるしか勝ち残るすべは無い。
ここまで追い詰められてしまった以上は、取る行動は一つしかなく、それに賭けるしかない。
自分の判断でここまで来てしまった以上、後はもう突き進むのみだ。

相川千夏は懐に隠した銃を取り出し、狙いを定めて、相手を―――

    *    *    *

147人は人、私は私 ◆j1Wv59wPk2:2013/06/23(日) 20:47:45 ID:XfrYvRXM0


「…………?」

海の見える道で、一人の少女が自転車を止めて振り向く。
何かが聞こえたような気がした。ただそんな気がしただけで、気のせいだったかもしれない。
結局彼女は、また前を向いて、自転車を進め始めた。
何より、ここで止まる事も戻る事もする暇はない。既に決断した事なのだから。

(とりあえずは、この山の周りを一周してみようかな…)

少女――渋谷凛は、結局水族館を去る事を選択した。
あの二人の『友達』としての想いや結末は気になったし、見届けたいとは思った。
しかし、そこから先は二人だけの、二人にしか分からない世界なのだろう。
凛には凛の関係があるし、彼女達にも彼女達の中で分かりあう物があるのだろう。
そこにもう凛が介入する余地は無いし、結果を待つだけの時間があるわけではない。
……そう、彼女には時間はない。

(卯月……一体どこにいるんだろ)

あれから別れてしまって、未だに真意も分からない彼女。
同行していたはずの榊原里美が死んでしまった理由も分からずじまい。
どんな事があって、今彼女がどうなっているか……会わなければ話にならない。
一刻も早く探し出して、話がしたい。

(私は、こんな訳も分からないまま終わりにするつもりはないよ)

心の中で、なお決意を固める。
彼女だけではない。あの二人も、無事なら合流したい。
アイドルとして決して諦めない彼女は、どんな事も妥協するつもりはなかった。
いつだって抵抗する。最後まで足掻いてやる。こんな世界に、負けてたまるか。
こんな所で終わりにするつもりは、無い。

「――卯月も、そうだよね」

空を見上げて、この島のどこかに居るはずの探し人に問いかける。
その真意は分からなくても、抱える気持ちが違うとは思えない。
それが、凛の知っている……信じている、島村卯月だから。



自転車はどこまでも、進んでいく。



【E-7/一日目 午後】

【渋谷凛】
【装備:折り畳み自転車】
【所持品:基本支給品一式、RPG-7、RPG-7の予備弾頭×1】
【状態:軽度の打ち身】
【思考・行動】  
基本方針:私達は、まだ終わりじゃない
1:山の周りを一周して、卯月を探す。そして、もう一度話をしたい
2:奈緒や加蓮と再会したい
3:自分達のこれまでを無駄にする生き方はしない


    *    *    *


「じゃあ………」
「はい。あの人は、最後には身を呈して逃がしてくれたそうです。
 凛さんは言っていました。新田さんは……確かに、アイドルだったって」

あれから日菜子は、あの時渋谷凛からきいた出来事を一言一句漏らさずに伝えた。
目の前の少女は驚いたような、そんな表情をしている。
それは、彼女の中にこの話が間違いなく届いているあかしだった。

148人は人、私は私 ◆j1Wv59wPk2:2013/06/23(日) 20:49:57 ID:XfrYvRXM0

「……嘘、そんな都合の良い話が……」
「嘘かどうかは、泰葉ちゃん自身が分かってるんじゃないですか?」
「………ッ!」

彼女は、言葉に詰まる。
真実かどうかは、彼女達に判断するすべは無いに等しい。
ならばそれを決めるのは、彼女達の中に居る『新田美波』という存在だけだろう。
あの時輝いていたものは偽物じゃなかった。そんな事は、本当は彼女自身が最初から知っている。
ただ惑わされてしまって、少し迷ってしまっただけ。

「泰葉ちゃんが目指していたアイドルは、確かにいたんです。
 新田さんだけじゃない……この場所にはまだ、アイドルで居る人達が絶対に居ます。
 きらりさんもそう。仁奈ちゃんだってそうだった。肇ちゃんだって……何か、訳があるだけです。
 そして、泰葉ちゃんもそのはずですよぉ」

そう、新田美波だけじゃない。この場所には、たくさんのアイドルがいた。
喜多日菜子がこの島で見た少女達は何も変わってはいない。しっかりと自分を持って、輝いていた。
そして、それは――目の前で悩み苦しむ少女にも同じ事が言えて。

「……私は、違う。
 新田さんは、そうだったかもしれません。けど、私は………」

しかし、彼女はそう言って未だ俯く。
彼女を縛っているのは、一つの罪の意識だ。
おそらく最初の、泰葉がこの島に来てからの行動が、彼女を苦しませている。

「……そうですねぇ」

日菜子には、泰葉と『あの人』との間に具体的に何があったかは分からない。
その部分に関しては完全に部外者であり、それ以上の追求もできない。
だから、この問題を無責任に否定することはできないと、日菜子は感じていた。

「確かに、泰葉ちゃんが別の行動をしていれば助かった人がいた……かも、しれません。
 でも、それこそ妄想ですよぉ。絶対にそうだとは言えませんし、誰もそれを責める事なんてできません」

しかし、それでも。
日菜子の知らない彼女が居て、知らない罪があるとしても、それ以上に知っている事はたくさんある。
一緒に活動して心の底から喜んだ彼女を知っている。
自分の想いに、目指したものにまっすぐな彼女の姿も知っている。
そしてなにより今、彼女は悲しんで後悔して、苦しんでいる。
追いつめられて壊れそうな彼女は、人形である事を否定しようとしている。
それら全てが、嘘であるはずがない。今まで見てきたもの全ては、紛い物なんかじゃない。
日菜子の知っている岡崎泰葉は確かに、紛れも無くアイドルなんだから。

「でもっ」
「……それでも、泰葉ちゃんが自分を許せないのなら……やり直しましょう、これから」
「え………?」

いつの間にか縮まった距離は、もう手を握れる程になっていた。
それでも、日菜子の方からは掴まない。手は伸べても、それを握るのは彼女の方だ。
彼女は、今の言葉に呆気にとられたような顔をしている。

「日菜子は、確かに泰葉ちゃんに救われたんです。
 だから、確かに言えますよぉ。泰葉ちゃんは、ずっとアイドルでした。
 そして、それは今でも……そう思うんです」
「…………っ」

彼女が見せたあの一時の輝きは本物だ。
きっと彼女は今まで辛い経験をたくさんしてきて、それでも一度、彼女は輝いていた。
何よりこんな場所でも彼女はアイドルであろうとして、日菜子を救った。それはまぎれもなくアイドルでいて。
そして今、彼女はまた挫折しようとしている。昔に戻ってしまいそうになっている。
なら、もう一度立ち上がればいい。一人じゃ無理なら、あの頃のように、二人で一緒に。

149人は人、私は私 ◆j1Wv59wPk2:2013/06/23(日) 20:51:50 ID:XfrYvRXM0
「泰葉ちゃんのやり方が間違っていたかもしれない。
 それで、誰かを惑わして、傷つけてしまったかもしれません。
 でも、泰葉ちゃんが間違っていたって思うなら、これからやり直せばいいんです」

仮に罪を背負ってしまったとしても、それで終わりである訳がない。
罪は償える。それに気付いて、後悔していた彼女にはできるはずだから。
そして、何よりも。

「………私には、もう、そんな……」
「……アイドルは、そう簡単に諦めるものだったんですか?そう簡単に、終わって良いものなんですか?
 見失って、迷って………そこで、全て終わりなんですか?」
「そ、そんな事、は……」

彼女自身が、まだアイドルである事を望んでいる筈だから。
あの夏の日に彼女が見た輝きをずっと、楽しそうに語っていた少女なら、何度だって立ちあがれる。

「日菜子も、一緒にお手伝いしますよぉ。
 皆でこんな所から脱出して、あの人と一緒に、もう一度輝きましょう?
 ……夢は、叶う為にあるんですよ」
「―――ッ!」

びくりと、少女の体が震える。
日菜子が、あの時に言ってあげた言葉。仔細は違うかもしれないけど、意味合いとしては同じはず。
あの時の会話を、忘れはしない。今までの思い出も、否定させない。
冷たい壁に隠された、熱い思いがある事を、日菜子は何より知っているから。

「泰葉ちゃんならできます。きっと、天国にだって届くライブだってできる筈です。
 死んでしまった人達の思いも受け継いで、これからやり直しましょう。もう一度、輝きましょう!」

だから、彼女はやり直せる。また、輝ける。
ここで立ち止まってなんていられない。
後悔や無念も、確かに背負って。一人が無理なら一緒に。
そうして、もう一度立ち上がろうって。そう、日菜子は優しく微笑んだ。

「………でも……あの人が……人形……私………は……」

それでも、少女は決断ができない。
日菜子を見る瞳は揺れて、声はか細く。後もう少しである事は明白だった。
過去の鎖に縛られて。心はとっくに解放されたがっているのに。

「日菜子には、その人の事はよく分かりませんけど」

その鎖の正体を、日菜子は詳しくは知らない。
しかし、そんなものの正体を知る必要なんてない。
だってそれを振り払うのは、岡崎泰葉自身なのだから。
後はただ、後押しすればいいだけだ。

「人は人。泰葉ちゃんは泰葉ちゃんですよぉ。
 アイドルになるのは……自分の夢を叶えるのは、泰葉ちゃんなんですから!」

そう言って、手を伸ばす。
その一言で、きっと充分だ。

「さぁ――――叶えましょう! いっしょに!」





手を向けられた彼女は、泣きそうになりながら。




「……………っ」




でも、確かに微笑んで。




その手を、伸ばして。

150人は人、私は私 ◆j1Wv59wPk2:2013/06/23(日) 20:52:48 ID:XfrYvRXM0






「え……―――――」




力強く、まるで拒絶するように。









突き飛ばされた。







「な…………」


何で?


頭に、その疑問が浮かんで。


でも、考える間は無くて。






思考が、白く染まった。










    *    *    *

151人は人、私は私 ◆j1Wv59wPk2:2013/06/23(日) 20:53:39 ID:XfrYvRXM0



「痛………あ、あれ……」

視界が澄み渡っていく。
天井が見える。それと体の感覚で、自分が倒れている事を認識する。
しかし、それ以上の事は全く分からない。記憶も曖昧で、混濁している。
起き上がろうとして、きしむような痛みが体中に響く。

(…………?)

その痛みが、自分が何かに吹き飛ばされた事を思い出させた。
ただ、何に吹き飛ばされたかがよくわからない。
思いだそうとして、しかし脳は何かもやがかかっているかのようにはっきりしなかった。
それでも無理矢理頭を働かせようとして、麻痺していた感覚がだんだんと戻ってきて。
そして、ある事に気がついた。

―――熱い?

肌が、呼吸が、思考がそう認識する。
だが思い当たる節は全くない。ここが水族館であるなら、間違っても熱いなんて事は無いはずだけど。
何で? というより、そもそも今何が起こっている? さっきまで一体、何をしていた?
そう、確か水族館で誰かを追いかけて、話しかけて、手を繋ごうとして――。

「あ…………ッ!」

記憶の糸を辿り、やっと全てを思い出した日菜子は反射的に起き上がる。
体の節々が悲鳴を上げたが、それらは全て無視された。
何故か。それは、そんなものが気にならないような光景が、目の前に広がっていたから。


「な、なに……これ………」


目の前は、火の海になっていた。

152人は人、私は私 ◆j1Wv59wPk2:2013/06/23(日) 20:56:09 ID:XfrYvRXM0

何で?
彼女の頭の中で理解が追いつかない。
その記憶では、ただ少女を説得していたはずで、こんな光景になるとは思えなくて。
何故こんな事になっているのか。それがまるで理解できずにただ時間だけが過ぎていく。

「あれ………泰葉、ちゃん……?」

そうだ、もう一人の少女はどこにいったのか。
方角的には、間違いなく向こう側に居るはずだ。あの炎の、向こう側に。
だが、もしも。もしもこんな炎の中心にいるとしたら、それは間違いなく死―――


「あっ、そ、そっかぁ………」


その思考が結論づく前に、彼女は呟く。
彼女はやっと理解した。そうだ、彼女は生きている。無事だ。
だって、ありえないんだから。絶対にありえない事だから。


「魔法の炎ですよぉ……泰葉ちゃん、凄いですねぇ………」


ものがたりのヒロインが、こんなところで●ぬ筈ないんだもの。

盛り上がる場面で、秘めたちからが解放されるだなんて、なかなかにくい演出じゃないか。
少しありきたりではあるが、盛り上がる展開ではある。何より、こういう王道な展開は日菜子自身嫌いじゃない。
こんなすごい能力があれば、怖いものなしだ。

そう思って、ちかくによろうとして。


「むふふ…………あれ……?」

希望に溢れているはずなのに、その手は震えている。
一歩踏み出したいのに、足はガクガクになっている。
なんでだろう、と不思議に思う。あまりの衝撃に、未だ体が言う事をきかないのか。
そういえば、謎はまだある。魔法の炎は激しく燃えているけど、肝心の彼女の声が聞こえない。


「泰葉ちゃん……なんで、返事しないんですかぁ……?」


声をかけてみても、返事は帰ってこない。
不思議に思いながら、ふらふらと立ちあがる。

ああ、それにしても、なんでだろう。
目に何かがしみたのだろうか。


なんで、涙がとめどなく溢れて来てしまうのか。




「なんで?」



その後頭部に、何か強い衝撃がはしって。



「――死んだからに決まってるじゃん」



そこで、彼女の全てが途切れた。





【岡崎泰葉 死亡】
【喜多日菜子 死亡】





    *    *    *

153人は人、私は私 ◆j1Wv59wPk2:2013/06/23(日) 20:57:37 ID:XfrYvRXM0


「……とりあえずノルマは達成、といったところかしらね」

燃え盛る炎から距離をとって、相川千夏は呟いた。
彼女が背負うバッグに詰まっている爆弾の数はまた一つ減っていた。
目の前の炎は衰える事は無く、近くの物を燃やし続ける。
一人の少女を中心にして炎は広がり、倒れた少女をものみ込んで、さらに勢いは広がっていく。

「それにしても、これ……案外殺傷力低いのかしら」

そう言いながらバッグの中から爆弾を一つ取り出す。
スーパーの時は結局誰も殺せておらず、今回も一人殺しきれなかった。
勿論、投げた場所やら相手の反応やらの問題もあっただろうが、単純に爆弾自体に期待をよせすぎたのかもしれない。

「少し考えた方が良さそうね……ふぅ、しかし……」

バッグに爆弾をしまって、今度は溜息をつく。
やっとのこと二人の人間を殺す事に成功したわけだが、この状況は正直想定外だった。
いずれ殺すつもりではあったが、何も今殺す必要は無かったわけで。
だったら何故今殺したのか、といえば。


「おっ、お疲れ様ー……って、うわー……なんかさらに強くなってない?」


後ろから消火器を持って歩いてきた少女――双葉杏のせいに他ならない。
ついでに言えば、もう片方を殴り、致命傷を負わせたのも彼女である。

「もしかして、本当はドラッグストアもこれだったり?」
「……少なくとも、私では無いわ。そもそもあの時が初耳だったもの」

その問いに、もしかしたら彼女達のうちの誰かかもしれない……というのは、言わなかった。
千夏は、彼女に余計な事を呟くつもりはなかった。気を許す事はせず、最低限以外の事を言うのは避ける。
確信の無い信用が身を滅ぼす事も十分にあり得るのだから。


そう。例え、これからしばらく行動を共にするらしい表面上の仲間であるとしても。


    *    *    *


「あっ、待って待ってちょっとまって!別に杏は非難するつもりも言いふらすつもりもないから!」

あの時、後少しで銃を構えるところで、彼女は予想外の言葉を発した。

154人は人、私は私 ◆j1Wv59wPk2:2013/06/23(日) 20:58:56 ID:XfrYvRXM0


「……とりあえずノルマは達成、といったところかしらね」

燃え盛る炎から距離をとって、相川千夏は呟いた。
彼女が背負うバッグに詰まっている爆弾の数はまた一つ減っていた。
目の前の炎は衰える事は無く、近くの物を燃やし続ける。
一人の少女を中心にして炎は広がり、倒れた少女をものみ込んで、さらに勢いは広がっていく。

「それにしても、これ……案外殺傷力低いのかしら」

そう言いながらバッグの中から爆弾を一つ取り出す。
スーパーの時は結局誰も殺せておらず、今回も一人殺しきれなかった。
勿論、投げた場所やら相手の反応やらの問題もあっただろうが、単純に爆弾自体に期待をよせすぎたのかもしれない。

「少し考えた方が良さそうね……ふぅ、しかし……」

バッグに爆弾をしまって、今度は溜息をつく。
やっとのこと二人の人間を殺す事に成功したわけだが、この状況は正直想定外だった。
いずれ殺すつもりではあったが、何も今殺す必要は無かったわけで。
だったら何故今殺したのか、といえば。


「おっ、お疲れ様ー……って、うわー……なんかさらに強くなってない?」


後ろから消火器を持って歩いてきた少女――双葉杏のせいに他ならない。
ついでに言えば、もう片方を殴り、致命傷を負わせたのも彼女である。

「もしかして、本当はドラッグストアもこれだったり?」
「……少なくとも、私では無いわ。そもそもあの時が初耳だったもの」

その問いに、もしかしたら彼女達のうちの誰かかもしれない……というのは、言わなかった。
千夏は、彼女に余計な事を呟くつもりはなかった。気を許す事はせず、最低限以外の事を言うのは避ける。
確信の無い信用が身を滅ぼす事も十分にあり得るのだから。


そう。例え、これからしばらく行動を共にするらしい表面上の仲間であるとしても。


    *    *    *


「あっ、待って待ってちょっとまって!別に杏は非難するつもりも言いふらすつもりもないから!」

あの時、後少しで銃を構えるところで、彼女は予想外の言葉を発した。

155人は人、私は私 ◆j1Wv59wPk2:2013/06/23(日) 21:00:14 ID:XfrYvRXM0
「………?」
「というか、むしろ殺し合いに乗ってるっていうなら好都合なんだよねー」

さっきまでの追求が嘘のように変わる。
一体どういうつもりなのか、千夏はすぐには理解しかねた。

「いやぁ、ちゃんと現実見てくれてる人がいてくれて助かったよ。
 杏、今多分日菜子に疑われててさー、もしかしたらこれバレちゃうかも知れないんだよね」

そういって、持っていたバッグからちらりと何かを取りだす。
その細長い塊には、赤黒いシミのようなものがべっとりと付着していた。
それを見て、成程そういう事かと、千夏はすんなり納得した。
ようするに二人は同族だったわけだ。少し意外ではあったが、ありえない話ではない。

「……はぁ。それで、だったら何が言いたいわけかしら?」

その事が分かった千夏は、『役』を被ることなく言い返す。
そんな見つかったら困るようなものをわざわざ見せてくると言う事は、何か考えがあると言う事だろう。
概ね想像はつくが、どちらにしろ事を急ぐ。杏に返答を急かした。

「察して欲しいなぁ。つまりさ、殺すつもりなら止めないからさっさと殺してほしいなー、って。そういう話だよ。
 杏も出来る限りサポートするし。ほらほら、早く始末しようよ」

そしてその答えは、概ね想定通りの言葉だった。ハンマーを振り回してアピールしている。
つまり彼女は、今疑われているから彼女達を殺すために動いてほしいと、そういう話を切りだしていたのだ。
先程までの追求を弱みとして握って、殺害を要求している。

「成程ね……でも、私が乗り気とは限らないんじゃない?」
「……いやまぁ、殺さないならそれでもいいんだけどね?
 ただそれだと、口が滑っちゃうかもしれないなー。杏、今言った事そのまま言っちゃうかもしれないなー?」

一応反応を聞いて見れば、この返答だ。
凄く白々しい。もしもの時は道連れにする気満々というわけだ。
さっきまでの話を彼女達が知ればどうするだろう。例え上手く言いくるめたとしても、信用はかなり落ちそうだ。
そんな集団と行動するメリットは、薄い。

「ね、どう?当分は組んでも良いんじゃない?」
「………組む、ね」

詰め寄る杏に、出来る限り目を合わさずに答える。
とはいえ、ここでの選択肢はあまり無い。
ここでNOを出しても、彼女を放っておくわけにはいかない。彼女を殺してしまえば、この水族館に居る残りの二人も結局殺さないといけなくなる。
結局は、ほとんど変わらない。余計な事が一つ増えるだけだ。
それに、そもそも今彼女を殺すのはリスキーだ。どんな策があるのか分からない以上、あまり手を出したくはない。
まだあの二人だけの隙をついて殺害する方がやりやすいような気がする。
信用はできない……が、選択肢はこれしかないだろう。
自分の判断でここまで来てしまった以上、後はもう突き進むのみ。

「……先に言っておくけど、どっちが死んでも」
「恨みっこなし、ね。それくらいさっぱりしてた方が分かりやすいよ」

交わした言葉は、同盟を組むための口約束。
本来なら信用できる相手と気軽に言いあうための言葉だったのだが。

「それじゃ、今後ともよろしくー」
「………はぁ」


何度目かも分からない溜息をついて。
こうして、ここに彼女達の同盟ができた。



    *    *    *

156人は人、私は私 ◆j1Wv59wPk2:2013/06/23(日) 21:01:08 ID:XfrYvRXM0


「うっわー……グロっ」

彼女の思考は、もう一人の少女の呟きによって一時中断された。
どうやら、いつの間にか消火が終わっていたらしい。
彼女の目線の先には黒ずんだ人のようなものが二つあった。それが何かなんて、今更確認するまでもない。
ただ先程の炎で燃え尽きなかったのか、体は完全な炭状にはなっておらず、その姿はむしろ悲惨さを増しているように見えた。

「あら、死体を見ての感想がそれだけ?」
「いやぁ、それだけって事はないよ。ただこんな風にはなりたくないなぁ、とだけ。
 とりあえずさ、場所移さない? ここ凄く臭いし」

そう言い捨てるとあっさりと踵を返した。
やはり、若い子の感性というのは理解しがたい。今も冷静を装ってはいるが、実際夢に出てきそうなほどだ。
もし一人だったなら……少し、弱さを露呈していたかもしれない。

「……そうね。それで、これからの方針だけど」

しかし、そんな感情は不要だ。
そういう意味では、ドライな彼女は有能であるといえよう。そこは見習いたいと千夏は感じていた。
そして、話はこれからに移る。場所を移りつつ、千夏が先導して言葉を切りだす。

「こうなってしまった以上、あまりここには長居できないわ。
 かといって、今から積極的に殺して回るのもあなたは望まないでしょう」
「よく分かってるじゃん」

自分の言葉に、なぜか杏は自慢げに同意する。
そんな彼女の性格もそうだが、何より積極的に殺して回るのはリスクが高い。
既に二人殺して、上にこの殺し合いに参加する意思はもう見せた。なら、とりあえずは焦る事はない。
千夏と杏の間に言葉は交わされなかったが、集団に潜むスタンスは変わらなさそうだった。

「一つ気がかりなのは……凛、ね。
 放送前……少なくとも放送後に彼女が誰かと合流する前に始末しておきたいけれど」

現在気がかりなのは、この水族館に居た人物の中で唯一殺し損ねた少女、渋谷凛。
彼女だけが、この水族館に誰が居たのかを知って、そして生きている。
そんな少女が次の放送で二人が呼ばれた事を聞いて、どう思うか。
千夏と杏が生き残っているのを聞いてどう思うのか。

「んー……確かに、あの二人が死んで杏達が生きてるのは怪しいかもね。じゃあ今から追う?」

できれば、今からでも殺しておきたいところではある。
しかし、それが厳しい事も千夏は理解していた。

「それも厳しいわ。彼女は自転車を使って移動しているから、私達の足では追いつけない。
 まぁそこは最悪、殺し合いに乗る子から無様に逃げてきた……で通じるでしょうけど」

そう、移動手段に差がありすぎる。単純にスピードもかなりの差がある。
さらにどこに向かっているのかも検討がつかない。今から追いつくというのは、現実的では無かった。
だから、ここは妥協するしかない。
実際に現場を見られた訳ではないのだから、言い訳しようと思えばいくらでもできる。
……その時は、今回みたいな矛盾を無くすようにしなければいけない。
千夏は、声に出さず心で呟いた。

157人は人、私は私 ◆j1Wv59wPk2:2013/06/23(日) 21:03:10 ID:XfrYvRXM0
「とにかく、早くここを離れましょう」
「それは賛成だけど……どこにいくの?」
「そうね……とりあえずは、ここに」

そういって、地図を指差す。
杏もそれを覗いて、まぁ肯定と取れるようなうなずきをした。
はっきりと言わないのは少し不満があるからかもしれないが……概ね、あまり遠くに動きたくないとかそんな感じだろう。
だから、特に気に介さずに進む。彼女との付き合いは、これくらいドライな方がいい。

そうして彼女達は、水族館を去っていく。


    *    *    *


(まさか、こんな展開になるなんて……ま、良しとしましょう)

その道中、千夏はそう思いながら歩く。
最悪の展開にはならなかった……というより、裏目になり予想外の事態が重なってこうなった。
スーパーの時も結局は殺しきれなかったし、どうも自分の作戦に慢心している事は否めない。
視点は広く持ち、引き出しは多く持たないといけない。
気をつけてどうにかなるものではないが、予想外をなくさなければ、いずれはこちらの身が滅びる。
今の状況は、運よくこうなっただけだ。気を引き締めなおさなくてはならない。

(さて……この子はいつ切り捨てるか、ね)

そうして思考を固めて、共に歩く少女を見る。
生き残るのは一人である以上、彼女はいつか切り捨てなければならない。

(単純に数は力。それに、誰かと一緒に行動すれば集団にも疑われる事なく忍びこめる可能性も上がる)

千夏のスタンス的には、人と組むというのはメリットになりえる。
誰かと一緒に行動しているというのは信用を得やすい。
もちろんそれだけで信用を勝ち取れるとは思ってないが、スタートラインが違うだけで大分安心できる。
何より彼女のような……何も考えていなさそうな少女と一緒ならば、裏がないように思われそうだ。

(ただ、油断はできないわね……あの子の残りの支給品も気になる所だし……)

ただ肝心なのは、始末する時だ。
あの時にも感じた事だが、彼女があそこで追求した時は、当人も危険にさらされる。
流石にここまでして、自分自身が有用な武器を持ってないとは思えない。
鈍器はあるようだが、どうもあれだけとは考えづらい。
あの程度の物では銃や爆弾などにはとても対抗できないだろう。それを想定していない訳がない。
だからこそ、おそらくもっと強力な物があると予測する。対抗できる手段があるからこそ、今までの行動がある可能性が高い。
あくまで予想にすぎないが、そこをおろそかにすれば手痛い反撃を食らってしまう。
そこも見極めて、彼女とは上手い付き合いをしなくてはならない。

(しかし、不思議なものね………。結局、数で対抗する事になるなんて)

不測の事態ではあるが、結局あの時思った『ヒロイン同盟』ができてしまった。
……正直、杏がヒロインと区分していいのか分からないが、そこはどうでもいい。

その間には互いに弱みを握った、業務的な繋がりでしかないけど。
いや……むしろ、それでいい。変にかかわりあいを持つ必要はない。

だって生き残るのは、一人だけなのだから。

どっちが生き残っても、恨みっこなし。


(―――ヒロイン同盟とは、そういうものでしょう?)





【D-7・水族館前/一日目 午後】

【相川千夏】
【装備:チャイナドレス(桜色)、ステアーGB(18/19)】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×7】
【状態:左手に負傷(手当ての上、長手袋で擬装)】
【思考・行動】
基本方針:生き残り、プロデューサーに想いを伝える。生還後、再びステージに立つ。
1:杏と組む。次の放送までは様子を見つつ休息?
2:休む場所を探し、以後、6時間おきに行動(対象の捜索と殺害)と休憩とを繰り返す。
3:杏に対して……?

    *    *    *

158人は人、私は私 ◆j1Wv59wPk2:2013/06/23(日) 21:04:30 ID:XfrYvRXM0
二人が組む事が決まって、その道を歩いている途中に、ただ一人男性の声が聞こえた気がした。

『杏……お前………』

その声は良く聞いた声だった。
この状況に良しとしないような、さながら絶望しているような、そんな声。
まさしく杏の知っているプロデューサーのようなものだった。だからこそ今回はちゃんと答える。

「しょうがないじゃん。だって逆らったら杏もプロデューサーもボン、だよ?
 こんな所で死ぬのは杏もプロデューサーもごめんでしょ?だったら、ちょっとは動かないとね」

前を進む女性に聞こえないように、小さく呟く。
杏を悩ましていたのは、罪の意識だ。
どちらにもなりきれない弱さが、彼女を苦しませていた。
その事実に気付いて、そして杏なりに現実的に考えて……そうなると、答えは一つだけ。
自分を正当化できる方向に、振り切る。簡単な事だった。

『……あいつらは、どうするつもりだ』

ひねり出すような弱々しい、しかしはっきりとした声が耳に届く。
あいつら。その内容を聞かなくても、杏には心当たりはあった。

「はぁ?…………あいつら、ねぇ」

その言葉に、杏は少し首を捻る。
杏の知人達は、考えてみればほとんどがこういうのには否定的であるように感じた。
強いて言えば麗奈だが、彼女も前の杏と同じく中途半端ではないだろうか。
そんな彼女達が今の杏を見たらどう思うのか………どう、感じるんだろう。
そういえば、きらりも近くにいるんだったか。
彼女が今の杏を見ればどう思うか、どう声をかけるか。
……全く分からない。そもそも、何考えてるのかもわかりづらい。

というか、そんなのはどうでもいいんじゃないのか。

だって生き残るのは、一人だけなんだから。



「人は人、私は私。名言でしょ」


そして、もう声は聞こえなくなっていた。








彼女は気付いていない――いや、気付かないふりをしてるだけかもしれない。

その問いも、まさしく彼女自身から生まれたものであるという事を。







【双葉杏】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×2、ネイルハンマー、不明支給品(杏)x0-1、不明支給品(莉嘉)x1-2】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:印税生活のためにも死なない。そのために殺して生き残る。
1:千夏と組み、どこかで休む。
2:人は人、私は私。



※彼女達がどこに向かうかは、後続の書き手の人に任せます

159人は人、私は私 ◆j1Wv59wPk2:2013/06/23(日) 21:05:08 ID:XfrYvRXM0
以上で、投下終了です。
なにか矛盾点などありましたら、ご指摘お願いします

160名無しさん:2013/06/23(日) 22:43:14 ID:FeH6G2kE0
投下お疲れ様でした
そうだった、人は人って、杏のガチャのタイトルだった!
完全に忘れていたとは、迂闊!
おかげですっかり騙されてしまった……
すっかり関係が逆転したように見えていた岡崎先輩と日菜子ちゃんだったけど
その最後がまた日菜子ちゃんが妄想の世界に逃げこむことになってしまった上での死とは
なんか悲しいな……

161名無しさん:2013/06/23(日) 23:08:44 ID:ToqRgv.g0
投下乙
杏がついに働いちゃった結果がこれか…
嫌な同盟ができてしまった
いや、モバマスなんだしユニットかな

162 ◆j1Wv59wPk2:2013/06/23(日) 23:15:35 ID:BtypqBCY0
あ、すいません。
拙作の文で少しだけ違和感を感じるところを見つけましたので、wiki収録の際に修正します。

163名無しさん:2013/06/24(月) 00:05:49 ID:7YwGQ1d2O
投下乙です。

歌や過去、記憶といった「真実」に救われた2人。
それでも、死という真実には向き合えなかったか。

PらしくなかろうがPらしかろうが、そう言わせてるのは杏なんだよなあ。

164名無しさん:2013/06/24(月) 00:12:39 ID:/jwiLsCY0
>>162
大筋が変わらないのなら問題ないかと

165 ◆rFmVlZGwyw:2013/06/24(月) 20:10:25 ID:K3JSIjw60
投下乙ですー!今バイト休憩中なので感想は帰ってから…!

五十嵐響子、緒方智絵里、南条光、ナターリア、前川みく、和久井留美を予約させて頂きます

166 ◆rFmVlZGwyw:2013/06/25(火) 00:17:18 ID:pxgphp.s0
すみません、少し不備があったため予約破棄します…早々に申し訳ないです

167 ◆rFmVlZGwyw:2013/06/25(火) 01:07:09 ID:xVW7722E0
うああsage忘れ申し訳ないです… スマホからだと変になるな…

>彼女たちに奏でられるアマデウス(トゥエンティーファイブ)
悲しみを全部背負おうとした肇と、全部吹き飛ばそうとしてるきらり。
それぞれ芯は強かったんでしょうけども、やっぱり肇の方が負担は大きかったのかなと。
これからの向き合い方で、その強さをいい方向に転化して欲しい所ですねー

>人は人、私は私
杏が!杏が立った!!※ただしアレな方向へ
思えば最初にストロベリーボムで犠牲が出たのも2人でしたねー。今回はちょっと状況とか色々違いますが、片方がもう片方を命懸けで助ける→結局もう片方も動けずそのまま ってパターンも似てる…
吹っ切れた杏と千夏の駆け引きもこれからのポイントかなあ。現状では千夏が断然有利っぽいですが

168名無しさん:2013/06/25(火) 03:09:42 ID:0OC1N9.A0
そういえば1の人の予約期限は切れてたんだっけ
どのような不備かはお察しできませんがお気になさらず
またの予約を楽しみに待っています

169 ◆yX/9K6uV4E:2013/06/25(火) 14:40:34 ID:fSIz1aHc0
連絡がなくて、申し訳ありません。
今晩に、投下できそうです。

170名無しさん:2013/06/25(火) 19:56:36 ID:w45TKies0
あんまり連絡ないから事故にでもあったのかとオモタ

無事でなにより

171 ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/25(火) 20:25:34 ID:cMCaJMjc0
皆さま投下乙です!

>彼女たちが巡り会ったよくある奇遇(トゥエンティスリー)
これは有名な(でも知らないとピンと来ない)数字のマジック。数字縛りをこう使ってくるか!
ときおり動揺して裏表間違えてる蘭子ちゃんが可愛いですのぉ

>i/doll
岡崎先輩の過去はやっぱり重い……! 重いけど、だからこそ、日菜子がここからどう向き合うのか。
凛の抱いた興味も、杏の気づいた千夏の小さなミスも、どちらも先が期待できる良ネタ振り…………でした。

>Ideal and Reality
このチームは本当に危うい……! 空中分解を今回は何とかブリッツェンが引き留めた訳ですが。
根本的な問題はまだ尾を引いていて、さて、誰がどういう方向に、この危うい均衡を崩すことになるのか。
茜ちゃんの頑張りが今回は目立つなぁ。

>彼女たちが生き残るのに必要なルール24(トゥエンティフォー)
この子たちはいいなー。何気に、レイナ様がすごい覚悟決めて(彼女主観で)思い切ったことしてるのに、
それをサラッと流す小春が、天然というか大物というか……いいコンビです、本当に

>JEWELS
ロックについては疎いけれど、それでも伝わる熱い想い、熱い気持ち。
ほんとだりなつは良いコンビで、だからこそあれは、本当に彼女たちらしい最期だったんだなぁ……ホロリ。

>ボクの罪、私の罪
意外な組み合わせの意外な遭遇話。
チームと呼ぶことさえ躊躇う危うい4人組だけど、だからこそこの先が気になるなぁ。
展開そのものはちょっと前のめりな感も受けましたが、
何より、書き手として初めて飛び込んで挑戦したその意気に拍手。

>彼女たちに奏でられるアマデウス(トゥエンティーファイブ)
うわぁ……! そこで『陶芸教室』が出て来る発想もそうだし、きらりの過去語りに、肇の気づく契機。
あらゆる発想が非常に高いレベルで昇華されている名作ですわ……!
前の話で難しいパスを出してしまいましたが、このお話には心からの感謝とGJを。

>人は人、私は私
あー、うわー、そうなったかー! 凛ちゃんこれ後からめっちゃ後悔しそう……!
しかし杏とちなったんのコンビは、これは面白いことになってきた。
杏の伏せ札(未確定の支給品?)の正体にも今後期待ですね




ではこちらも。

死後補完話で、
脇山珠美、及川雫、赤城みりあ、佐久間まゆ、市原仁奈、  以上5名予約します。

172 ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 01:44:48 ID:bTI2EP/s0
お待たせしました、投下開始します。

173ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 01:46:59 ID:bTI2EP/s0








――――人は歩き続けて行く。ただ生きてゆくために。












     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








「さて……ようやく落ち着いたわね」
「ん、そうだね」

高垣楓らが出発し、前川みくが私達のチームに合流して、少しの時間が経った。
私――和久井留美にとって動くタイミングが少し遅れたというのは、マイナスかもしれないが。
まあ、ナターリアの気が逸れたのがよかったといえば、よかったかもしれない。

「けど、みくはなんであんなドッキリの看板を持っていたんだ?」
「……さあ、詳しく教えてくれなかったし解らないわ」

最高の、あるいは最悪のタイミングで乱入してきた前川みく。
ドッキリ成功の看板を持っていた彼女は最初は何かを告げようとして。
ソファに横たえていた佐久間まゆの遺体を見たら、結局黙ってしまった。
解りやすい死の象徴に、彼女は黙るしかなかったかもしれない。

その後は、みくに飛行場であった顛末を光が伝えて。
みくはぽつぽつと及川雫と行動していたと此方に教え。
『不幸な事故』で、雫は死んだと教えてくれた。
どんな不幸だったか私は知る由もないし、知る必要も無かった。

そして、その話を聞いて、ナターリアがみくに一緒に、見回りにいかないかと伝えていた。
ナターリアもナターリアで不幸な事故で殺してしまった人だからだろう。
みくは意を汲んだのか、いたたまれなくなったのか、ナターリアの提案に乗った。

で、私達はこうやって、居残りしてる訳だ。
休憩を取りながら、二人の帰りを待っている状態で。
椅子に座った光は何か考えながら、俯いている。

「みくさんが言っていたんだ」
「……なんて?」

ぎゅっと握り拳を作りながら。
何かを自問するように。

「みくは『アイドル』だから、自分を曲げないって……」
「そう……」

あぁ、またそういう子なのか。
最初に殺してしまった子のように。
愚直にアイドルで居続けるという子なのか。

「なのに、皆、誰か仲間を……亡くしてる。殺してしまってる」
「……それが、この島だからじゃない?」
「そうじゃない……なんというかな……皆、信じる夢があって……アタシは、ヒーローで居たいと思って」
「……夢」

夢、夢か。
アイドルという、夢。
ヒーローという、夢。

そして、ヒロインとしたいという、夢。


「なのに、こんなに皆……苦しんでる……なんで……」
「―――それはね」

私は彼女の後ろに立つ。
私は……微笑んでいたのかもしれない。
でも、それは、きっと薄く冷たいものだろう。

174ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 01:47:37 ID:bTI2EP/s0



「夢っていうのは、呪いと同じなのよ……呪いを解くには、夢を叶えるしかない」



夢を持って、微笑んで逝った今井加奈。
そして、今もアイドルという夢を捨て、違う夢を持ち続けてる、私。
今逝ったこの言葉もどこかで聴いたことがある気がする。

続きがあった気もする……確か。


――途中で夢を挫折した者は、一生呪われたままらしい。


だとするなら、私はアイドルという言葉に、一生縛られる続けるのかしら。
だとしても……

「えっ」
「一生呪いのままでも……どんな罪を背負っても、私は叶えて見せるわ―――さよなら」



諦めてたまるものか。


ガッと、鈍い音が、響いた。




――手に持ったガラス灰皿が血に塗れて。



目の前の少女は、ソファに横たわった少女と同じになるのだろう。



ヒーローという、呪いを背負ったまま。




【南条光 死亡】





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

175ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 01:48:10 ID:bTI2EP/s0










「……ミクはサ」
「なんだ、にゃ?」


とぼとぼと、ナターリアはみくと一緒に歩いていた。
見回りというけれど、ナターリアにとってはみくと歩く口実が欲しかっただけだから。
みくは明るく振舞おうとしたけれど、ナターリアから見るとやっぱり陰があるように見えて。
なんだか、それは何処か自分自身を見てるようで。

「シズクが亡くなったなった後……ずっと一人だったんだナ」
「そ、そうだけど……それがどうかしたんだにゃ?」

独りは寂しい。
独りは苦しい。
だから、

「此処には、皆がいる。だから、あったかい。ミクも受け入れてくれル」
「にゃにゃ……」
「だから、心配いらないヨ 辛いなら、辛いと言えばいいんダ」

みんなといれば、温かいよ。

そう、みくに、ナターリアは伝えたくて。
みくは目をパチクリしながら、はにかんで。


「あ、あったりまえにゃ! みくも言う時は言うにゃ!」
「そか、ならいいんダ」
「……その、ありがと」
「……ウン」


だから、ナターリアも笑う。
いつも心に太陽を。
あたたかいものを抱えて生きていきたい。

「あはは……連れ出した理由も終わったヤ」
「……じゃあ、ちゃんと見回りするかにゃ?」
「そうだネ、じゃあ、ナターリアは南の……ミクがきた所を見てみル」
「じゃあ、みくは北にいくにゃ!」


そうして、みくとナターリアは別行動を取る事に決めた。
みくを見送って、ナターリアは南に進路を取って、歩き出し始める。
そうだ、皆が此処に居たんだ。

楓達は今、離れてしまったけど、それでも、確かに。
一度は寒さを知って。
それでも、諭され、温かさを取り戻して。

「皆に、応援されて……やっぱり、イイネ」

そう、応援されながら。
自分達は、アイドル、ヒーローになるんだ。
だから、それが、いい。


「太陽……大分沈んじゃったナ……」


とことこと、歩いて。
そして、気がついたら、太陽はオレンジ色になっていた。
もうすぐ、完全に沈む。
空は、茜色で、とても綺麗だった。

176ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 01:48:31 ID:bTI2EP/s0

「なんだか……」

切ないような、哀しいような。
そんな色で、何処か、終わりを示すような感覚に襲われて。


「何……考えてるんダロ……あっ」


ぶるぶると、頭を振って。
南の入り口に、自転車から降りた人影を見つける。
その人影には見覚えがあって。



「キョーコ!」



大切な、友人の姿だった。
再会できて、よかった。
その喜びに、胸が一杯で。



「ナターリア!」



五十嵐響子も、ナターリアの姿に気がついて、はにかんで笑う。
そして、ナターリアに駆け寄って。




「バイバイ」






そして、銃声が、鳴った。





落ちゆく太陽と、同じ色のモノが、空に、舞った。










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

177ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 01:49:52 ID:bTI2EP/s0









「やった……やった……やったーっ!!」

私――五十嵐響子の胸に湧き上がるのは、ただ歓喜だった。
大好きな、大好きなプロデューサーが、これで一先ず、救われる。
誰も殺せてない、殺せるわけが無いナターリアが死ねば、危機は無くなるんだ。
達成感で、胸が一杯だった。

これで、ナターリアも苦しまずに、逝ける。
何も知らずに、死んでいく事が出来るんだ。
よかった、それがよかった。

「……ぇ……ぁ……キョーコ……なん……デ?」

…………あれ、まだ生きていた。
……鉄砲で撃ったけど……見ると、少し外れたみたいだ。
脇腹を打ち抜いていて……でも、確実に死ぬ傷だ。

ナターリアは地に伏せ、不思議そうに、苦しそうに私を見ている。
本当……苦しそう……楽に死ねないけど……御免ね。

隣で、智絵里がビクビク震えていたけど、気にしない。
今は、彼女に構ってる暇はないの。

「なんで……って……それが、必要だったからだよ、ナターリア」
「…………え?」
「プロデューサーを救う為に、大好きなプロデューサーを……その為に、もう何人も殺したの」

友達と、大好きな人。
どちらかを天秤にかけられたら。
私は凄く悩んだ。
でも、大好きな人を救う方を選んだ。
だから、貴方を殺すの。
ナターリア。


「そっかぁ…………これは……罪が巡ってきたのカナ……でも……キョーコも殺したんダネ……」
「……え?…………『も』ですって?……そ……んな、まさか」

……え?
まさか。まさか。
そんな、馬鹿な。
あのナターリアが、ナターリアが。
そんな……そんなぁ。

太陽のナターリアが。


「ナターリアも……殺したの?」
「…………ウン……二人も…………」
「そんな………………」



あの……ナターリアが、殺した?
いや、きっと事故みたいなもので……
いや……でも、きっとそうだとしてもナターリアの手で殺したという事で……
……それは、それは


「あは……あはは……あははは」
「キョー…………コ?」


どうして。
ねえ、どうして。



「太陽の貴方が、人殺しなんて、してるの!?」



ナターリアが、人を殺してるんだ。
ありえない、ありえちゃダメだ。
貴方は、笑ってないのといけないのに。
貴方は、何時までも太陽であって欲しかったのに。

だったら、なんで、なんで……

178ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 01:50:36 ID:bTI2EP/s0

「なんで、私は……ナタ……ナターリアを殺しちゃおうとしたの……大切な友人を、親友を……いや、いやぁぁ!?」



殺す『必要』があったから、殺そうとした。
でも、殺す必要なんて、無かった。
ナターリアが殺してたから。
それを知っていれば……私は……
私は、私は、大切な友人を……友人を……あぁ……


撃っちゃった。


「……ぁぁ……いや……でも、それは、仕方ない事で……違う……いやぁ」


自問自答して、答えが巡る。
解答なんて、出やしない。
頭の中で、色んなのが、巡る、巡る。
ひたすら、正しい解答を探して。

でも、心のなかで巡るのは、ただの哀しみだった。


「響子ちゃん……大丈夫?」
「五月蝿い、黙れッ!」


智絵里の声が、聞こえる。
五月蝿い、ただ五月蝿い。
なんで、こんな時に話しかけるんだ。
この女は……

「だって、響子ちゃん……泣いて……」
「……えっ」


頬を触った。
雨に打たれたように、濡れていた。
可笑しいな、雨なんて、降っていないのに。
可笑しいな、目が、滲む。


「違う、違う……泣いてなんているもんか! 私は泣かない!」


泣く筈が無い。
私が選んだ選択だもの。
どんな哀しみがあっても、私は泣かないと決めたんだ。
ナターリアを殺すと選んだのも、私だっ。
だから、だから、


泣くな、私っ!


此処で、止まってしまったら、何もかも、台無しになってしまう。
それは、それは、ダメなのよ。


「私が、プロデューサーを、護らないといけないんだ!」


私は護らなきゃ……護らなきゃいけないんだ。


「……そっかぁ…………ヤッパリ……キョーコは……プロデューサーが好きなんだネ」
「……えっ……ナターリア?」


気がついたら、ナターリアがお腹を押さえながら、立ち上がっていた。
こっちに、少しずつ近づいてきて。

「……そうよ、だから、殺すの。殺すしかないの。それしか……無いじゃない」
「……ねえ、そうなノ?……本当にそうなノ?」
「そうに決まっている。そうだと思うしかない」

だから、私は拳銃を向ける。
距離にして、三メートルもない。
少しずつ、手を伸ばすナターリアが怖かった。

179ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 01:51:30 ID:bTI2EP/s0

「……それッテ……やっぱり、寒いヨ……哀しいよ」
「寒い?……哀しい?……そんなの、関係ない、それしかない」
「ねぇ……キョーコ……ずっと前……約束した……事……覚えてる?」

約束。
あの、夕暮れ時の、教会で、誓った約束。
私と、ナターリアで。
その時一緒に仕事をしていた、久美子さんは、笑って茶化していた。
でも、すぐ傍で恥ずかしそうに笑っていたプロデューサーがいたのは、忘れない。

「プロデューサーと結婚したいって……私達は言っていた」
「……ウン……そうだよ……その時の気持ちって……温かったよネ」
「それが、それがどうしたっていうの?」

ああ、確かに温かい。
それは大切な思い出で。


「それを思い出しテ……忘れてないなら……キョーコはきっと戻れル」


戻れる?
何処に、戻れるというの?
私達は、戻れない所にきているというのに。


「キョーコはオレのヨメ……」
「はっ?」
「そう、ファンの人が言っていた……」
「それが、どうしたというの?」

今更、何を。
苛立ち混じりに拳銃を向ける。
もう、無駄な会話を打ち切りたい。

本当は、殺したくないのに、拳銃を向ける。
そうで無いと自分が可笑しくなりそうで。

「ダカラ……ワタシ達はミンナの嫁さんで……ワタシ達の夢は、ミンナに祝福されているんダネ」
「……何がいいたいか解らないよ? いい加減に……してよッ!」
「キョーコ…………キョーコはワタシを太陽といったネ?」
「その通りじゃない」
「違う」

ナターリアが手を伸ばす。
気がつけば、触れ合う、距離だった。
とんと、胸に手を置いた。

「キョーコも、太陽ダ。 皆、皆、心に太陽がある」

ナターリアの手は、温かい。
今にも、死ぬというのに。

「プロデューサーを、想う思い……温かいヨ……その気持ちを、忘れないデ」

私に太陽?
私が温かい?

「そんな訳が、無いッ!」

そんな訳が無い。
そんなわけがあるもんか!

180ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 01:52:21 ID:bTI2EP/s0


「私はナターリアを撃った。 私の想いの為に、好きな人の為に、殺そうとしたッ! そんな私が太陽な訳があるもんか!」


違う。違う。
私は、ナターリアを殺すんだ。
そんな私が、太陽であってはならない。


「じゃあ……許すヨ」
「はっ……?」
「キョーコのやった事全部……」
「え……」
「キョーコ……皆に思われて……皆に望まれて……ナターリアも望むから」


哀しく、笑う、ナターリア。
私は、崩れ、落ちそうになる。



「素敵な、お嫁さんに、なるんダ……キョーコ、なら、なれる」
「何いって……」
「だって、ワタシの『親友』だから」


あははと、ナターリアは笑う。
ワタシの胸に手を当てたまま、

太陽のように、笑ってる。


「何、馬鹿言ってんのよ……本当、信じられない……流石、ナターリアだ」


そして、


「あは……あははっ…………あはははっ! 本当、ナターリアは、変わってない! 例え人を殺しても、変わってないね……あははっ!」


私は、太陽のように、笑えた。
涙は晴れて、虹になってるかもしれない。


「むぅ……これでも、凄い苦しんだんだかラ……でも」
「でも?」
「だから、キョーコも変わってないよ……素敵な、お嫁さんのままダ、温かいね」


変わってない。
私は何も変わってない。
温かいまま、なのかな。
わかんないや。



「よく、解らないよ……でも解ったことがある」


解った事がある。




「ナターリアは、私にとって大切な、友人だって事」
「うん……」
「撃って……御免ね……」
「ウン」
「仲直り……しよっか?」
「ワタシはそもそも何もしてないヨ」
「言葉のあやだよっ」


許されない事かもしれない。
許されちゃいけない。

でも、それでも、私たちは、大切な友人同士だった。



手を、伸ばす。

181ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 01:52:45 ID:bTI2EP/s0


握手しようとして。







「……っ!? 響子、危なイ!」





ドンと、突き飛ばされた。





そして、ドスンと強い音がして。






ナターリアが、吹き飛ばされたのを、私は見るしかなかった。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

182ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 01:53:53 ID:bTI2EP/s0










ナターリアが吹き飛ばされて、私はすぐに、ストロベリーボムを投げたのは覚えている。
当たったかどうかなんかは確認出来なかった。とりあえず、距離をとりたかったから。
幸い襲撃者は、投げ込まれたものに警戒して、距離をとったらしい。

とはいえ、燃え移るものもないから、そんなに威力は無いだろう。
けど、いい。
今は、距離をとって、ナターリアの元に。
智絵里は、既に、ナターリアの元に駆けていた。


「ナタ…………リア……」


けど、もう、見た瞬間、解った。
もう、完全、無理だ。
色んなものが、どうしようもないくらいに、紅い。


「……ゴホッ……キョー…………コ…………」


ああ、ナターリアが冷たくなっていく。
握った手が冷たい。
あんなにも温かったのに。
ナターリアが哀しく笑う。
殺そうとした私を護ってくれた。
なのに私は何も出来そうもない。


「夢……が、ある……んダ……」



お願い、神様。
せめて、ナターリアを温めさせたい。



「らい……ゴホッ……ステージで……踊るんだ……皆に応援されながら……皆を……温かくする……夢」


そのための、ほんの少しの時間をください。


「出来るカナ……叶うカナ?」
「出来るよ、出来る……ナターリア!」
「じゃあ、キョーコも、チエリも……ヒカルも、皆で……踊るんだ」


なのに、彼女は逝く。
哀しいぐらいに、早く。


「きっと、、幸せな……ゆ……め」
「うん……」
「それは、とっても、あったかい……ネ」



ナターリア。
私の友達。
私の、私の、親友。





「あたたかい……だっ……て……ワタシ達は……ゴホッ……皆が…………」

183ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 01:54:13 ID:bTI2EP/s0






お願い、逝かないで。
もっと、話が、したい。



ぁぁ




太陽が沈む。




「みんな………………太陽……なん……ダカラ…………」








それでも、ナターリアは。





――――真昼の太陽のように、笑っていた。






【ナターリア 死亡】












     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

184ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 01:55:02 ID:bTI2EP/s0










「それが、彼女の終わりね」

そういって、紅蓮の炎の向こうで、現れた人が居た。
その人は、私にとっても、既知の女性。

「和久井……留美」
「そうね、久しぶり。五十嵐響子」

手には無骨な銃。
拳銃のような、ちゃちな銃じゃない。
人の身体を吹き飛ばすような、銃だった。
ったく、ちひろさんもずるいな。
こんな銃、この人に支給させるなんて、ずるいよ。

「一人始末して、残りを始末しようと思ったら、他にも居るなんて……ついてるやら、ついていないやら」
「やっぱり……」
「そういう、貴方も『やっぱり』ね。知り合いのなかで、絶対、こっち側にいると思ったもの」

和久井留美。
ブライダルショーの時も一緒だった。
この人も、きっとプロデューサーの為に。
……そういうことなんだろう。

「やっぱり、皆、夢を追いかけるのね、今逝ったこの子も、そうだもの」
「夢……」
「そう、夢。貴方も、プロデューサーと一緒になりたいって夢を抱えて、戦ったきたのでしょう?」
「もしかして全部聞いてました?」
「粗方ね」

そして、隙を狙ったのか。
流石、留美さんというべきか。
どう言えば、解らないけど。
かなりこちら側としては、やばい。

距離はつめられてるし、智絵里は震えたように、ナターリアと私、そして留美さんを見てるだけだ。

考えろ。今、彼女は私と何か話そうとしている。


「皆……夢を見ている……いえ、私も見ているのかもしれない」
「留美さんが?」
「そう、和久井留美個人として……あの人と添い遂げる……という夢をね」
「……その為に、ナターリアを……っ!」
「貴方も変わらないでしょ?」

反論できないでしょう、と言いたげそうに留美さんは微笑む。
私はその言葉に、唇を噛んだ。
その通りだ、非常に近しい位置に、私達は居て。
それ故に、対立して。

「だから、アイドルという夢を捨て……私は此処に居る」

彼女は毅然と、しているんだ。
何も、何も言う事が、出来ない。
実際、私も似たようなものだから。

「……しかし、皆……ね」
「……何か?」

何処か、鼻で笑うように、皆という言葉を、留美さんは口にする。
私は気になって、それを聞く。
ナターリアが語ったものを否定するような、それがなんとなくだが、気になって。

「別に……夢というのは、ね。そんな、皆で思うとか……何もかも温かいものじゃないのよ」
「……え」
「何もかもから、軽蔑されても、何かもから敵になっても…………」


和久井留美、という人間はそうして、



「叶えて、見せる。そういう冷たいモノよ……孤独でも、それでも、なお、叶えなきゃいけない、切実な願いでしょう?」




夢というものを見続けて。
一方で、夢というものを、突き放していた。

185ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 01:56:20 ID:bTI2EP/s0


「そうかもしれません……」


そうかもしれないと、私は思う。
確かに、そうして、私は戦ってきた。
誰かを殺して、誰かを傷つけて。
切実な願いだったと思う。



「けどっ!」



けれどっ!
けれど、私の想いは!
けれど、ナターリアの想いは!


「あの子の私達の夢を、想いを……舐めるな。舐めないくださいよ。留美さん」


貴方の夢が、どんなに切実かはわからない。
貴方の夢がどんなに、強いものかわからない。


けど


「ナターリアが見た夢は……温かかったんですよ。人の想いの温かさを貴方は知ってる?」
「…………」
「まるで、太陽の光のように、温かくて、そして強くて」



そんな、冷め切った私の心さえも、太陽をともして。
私の思いは、温かくなって。


「皆のお嫁さんになるって……私の夢を、皆に祝福されるように、言って」



あの子は、そうして笑っていた。
ねえ、そんなあの子の夢を。



「皆を応援して、そして皆に応援されるように、目指したあの子の温かい夢を、誰がっ! 誰が笑えるものかっ!」



舐めるな。
ずっと、太陽で。
傷つきながらも、罪を犯しながらも。
まっすぐ生きようとしようとしたあの子の夢を。


笑うな。


それは、絶対に、許さない。

186ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 01:56:54 ID:bTI2EP/s0



「私は、許されない事をしたかもしれない……けど、私は一途に彼を想って、そして、あの子を、夢を素敵だな、温かいなと想えたの」


ねえ、留美さん。
ナターリアは、笑っていたよ。
笑顔で、凄い、飛び切りの笑顔で。


「留美さん、そうやって、ヒトリで居て、楽しい? 何もかも捨て去って、嬉しい? 貴方の夢はとっても、冷たいよ、寒いよ」



全然響かない。
そうやって、ヒトリで何もかも解りきったような貴方に。
あの子の温かさも、幸せな夢も。
何もかも、理解されてたまるか。


「貴方は……そんなもので、ヒトリで、幸せになれるか。ハッピーエンドになるものか。あははっ……酷く……滑稽で」




そして、ポケットに隠し持っていた一つの爆弾を、右手に、持つ。




「哀しい夢、だよ。皆を知らない、冷たい夢である貴方が……あの子の……温かい夢を否定できるものかっ!」





目の前の哀しい女性に向かって、投げようとして。






「だから?」

187ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 01:57:42 ID:bTI2EP/s0




銃声が響いて。
その瞬間、私の右腕が吹き飛んでいた。
血がありえないぐらい吹き出た。
からんからんと爆弾が転がっていく。




「そうやって、選んだのよ。何もかも、響かないように、喜びも感じないように。私が選んだ夢は、そういうものよ」



あくまで、冷たく。
和久井留美は、私を見下ろしてた。



「其処に、呵責も、何もかも無い。冷たくヒトリで? それでいいのよ」



貴方には解らないかもしれないけど。
と彼女は言って。



「私と彼の道は、そうやって、血の道を進んだその先にあるのだから。 だって、私が選んだのは、そういう愛だから、夢だから」


でも何処か泣きそうなのに。


「温かいのは知ってるもの……だって、彼がくれたものは温かい……それでも、私は捨てて、選んだ。ただ愛の為に。幸せになるために」



だからと彼女は言う。





「何も、愛も知らないただの幼い少女が、大人を」






和久井留美は、あくまで薄く、笑っていた。








「舐めるな」







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

188ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 01:58:22 ID:bTI2EP/s0












一体、わたしに何が出来るのと想っていた。
こんな狭い箱庭の現実を変えるために、何ができるのと。


人生の半分も生きてないわたしが。





でも、崖っぷちに立った時。




哀しみと苦難が、私の手を掴み。





――――自分自身の在り処が、初めて見えたんだ。










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

189ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 02:01:33 ID:bTI2EP/s0












「へぇ……」
「な、何……やってるのよ」


そうして、わたしは、立っていた。
震えているだけのわたしを捨てて、ただ、和久井留美の前に、立ち塞がっていた。
手を広げて、響子ちゃんを護るように。



「もう……逃げません。こんなの、こんなの」




――――緒方智絵里は、立っていた。




「ただ、ただ、哀しいだけ……です。そんなの、哀しいよ、そんなのダメだよ」



逃げないと、心に誓って。
とても哀しいように見える和久井留美に、私は相対している。


「馬鹿ッ! ドジ! ノロマ! 早く、逃げなさいよ! 何やってんのよ! 私を見捨てなさいよ!」


後ろから、響子ちゃんが非難する言葉が聞こえる。
逃げれるチャンスをふいにした私を、許せないように。


「嫌だっ! 逃げません、逃げてたまるか!」

それでも、わたしは逃げない。
逃げたくなんて、無い。


「もう、嫌だっ……嫌なんです、こんな哀しい事」

哀しかった。
苦しいほどに、哀しかった。
響子ちゃんとナターリアちゃんの結末。
分かり合えて、それでも結局、決別は来て。


「どうして、この殺し合いは、この島は……こんなに哀しいの?」
「……それが、殺し合いだからよ。解りきった話でしょ?」

留美さんがそういいます。
でも、そんな解りきった事でも。

「わたしは、いやだ。認めたくない……認めてたまるもんか」

まるで、我侭を言うように、言葉を紡ぐ。
留美さんは私を睨み付ける。
子供を見るような、目で。


「やっと見つけた……やっと決めることが出来たんです…………わたしの在り処を、私の未来を」


変わる事が出来ないと思っていた。
変われないと思い込んでいた。
それでも、変わりたい、と思った。
プロデューサーに会った時のように。
自分が、心の底から。

190ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 02:02:33 ID:bTI2EP/s0

そして、


「響子ちゃん、ナターリアちゃんを見て……わたしは、温かいと同時に……哀しいと思いました」



哀しみが、わたしの在り処を見つけてくれた。
ナターリアちゃんと響子ちゃんの最後の邂逅は、心が温かくなって。
でも、それでも、やっぱり哀しいと思ったんです。


「響子ちゃんも、ナターリアちゃんもいい子なんです……ううん……皆、アイドルが、そうなんだ……だから、こんな哀しみに塗れた……のなんて……ダメ!」


いい子達だったのに。
なのに、こんな殺し合いで歪ませられて。
そんなのは、絶対に可笑しい。
そんな、哀しみ、誰も、望んでいない。


「だから……だから……!」



わたしは、宣言する。


「もう、二度と哀しみなんて、ダメなんです。哀しみは……断ち切らなきゃ……いけない……からっ!」


御免なさい――――さん。
大好きです、本当に、大好きです。
泣きたいくらい、大好きです。

でも、でも、わたしは、



「だから……わたしは、殺し合いを……とめなきゃ……哀しみはとめなきゃ、いけない」



そうしようと思ったから。
そうしなきゃ、ダメだと思ったから。
これ以上、こんな誰が哀しむなんて、いや。
もう、沢山。


「……智絵里、貴方……何をっ……ごほっ」
「御免ね、響子ちゃん……でも、でも、私は……もう、あんな哀しい事見たくないの」
「……この、馬鹿っ……」
「…………思い出したの」


響子ちゃんが、無くなった腕を押さえて、此方を睨みます。
血が…………。
でも、わたしは、告げなくちゃ。
思い出したことを。

「わたし、プロデューサーさんを好きになって、とっても幸せになったんです」

好きになって。
そして、幸せになって。
とても心が、幸せで。
不幸なんて無くて。


「だから、この幸せな気持ちを……誰かに伝えなきゃと、ううん、ファンの皆に伝えたいと……心の底から、思えたの」


幸せが、幸せを呼ぶ。
そんな幸せな連鎖が、何処までも続けばいい。
何処までも、何処までも。
繋がり続ければいい。


「それが、『アイドル』の緒方智絵里だったんです」


幸せを、ハートを届ける天使と言われたように。
それが、私のアイドルとしての、原点だったから。

191ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 02:03:47 ID:bTI2EP/s0


「だから、それを忘れずに、生きたい。生きていく、哀しみなんて伝えない」


だから、もう逃げない。泣かない。


「撃ちたかったら……」
「これで撃てる訳ないでしょ……馬鹿じゃない……」
「……響子ちゃん」


響子ちゃんのため息が後ろから聞こえてくる。
そして、不気味なまでに黙っている留美さんが居て。
留美さんは、やがて笑って。


「そう……貴方は『アイドル』としての夢を選ぶのね」
「ううん……わたしは、プロデューサーの事も諦めません」
「貴方が殺さなきゃ死ぬかもしれないのよ」
「……けれど、わたしは、わたしは『アイドル』として……あの人に逢いたい……それが、わたしの願いだから」

アイドルとしての夢。
けど、わたしはあの人の想いを捨てた訳じゃない。
だって、あの想いがあるから強くなれた。
アイドルになれたんだ。

「我侭ね」
「我侭ですっ……どれか一つを選ぶなんて、出来ない……だから、全部選びます。全部が救われるように」
「子供の考えよ」
「……子供ですから。だから、私は子供で……いいんです」

どれか一つを選ばなきゃいけないのが大人なら。
わたしは子供でいい。
子供のまま、全部を選んで。
それを叶えたい。


「そう、でも私は貴方のようになれないわ」
「……わたしも……です」
「独りで、罪も罰も、背負って、私は、私だけの夢を叶える」


それが、和久井留美という女性が選んだ道なんでしょう。
でも、私はその夢を。


「哀しいですね……とっても冷たいです」
「……そうかしら?」
「そうです……それしか無いと思って……だから」


だから、私は


「アイドルとして、和久井留美の『冷たく哀しい夢』から、『温かい幸せな夢』に変えて見せます。貴方を、変えてみせる」


この人を変えなきゃ、いけない。
大人である事で、夢を見れないなら。
夢がそんな冷たく哀しいものであってならない。

夢って……


「夢は……温かい幸せな……『太陽』みたいなものなんです」


太陽なものだから。



「……そう、あはは……本当、舐めきってるわね。変えてみせる? 変わらないわ、私は私」
「でも、貴方は…………『アイドル』だったじゃないですか」
「……昔はね」
「今もです……よ」


皆、アイドルだったから。
今も、それはきっと皆、変わらないと想うから。
だから、変えてみせる。

変わらないものに、自分自身に戻るだけ、なのだから。


「じゃあ……まず、この危機をどうにかする事ね、そうでなきゃ、ただの夢想家よ」


目の前に、向けられている銃。
わたしは、それを、強く睨んでいて。
けど、わたしは、脇目で、さきほど一人の人物が見つけたんです。
その人は、自分が何とかするからと、身振り手振りで表現していました。

192ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 02:04:42 ID:bTI2EP/s0


きっと、留美さんがしとめたと思った『アイドル』






「なら……、そのアイドルの危機を、華麗に、救うのが、『ヒーロー』というものだ!」




彼女は、頭からおびただしい血を流しながらも。
それでも、かっこよく。
それでも、強く。



「なっ……どうして」
「知ってるかい? 『ヒーロー』というものは、困った人を助ける為なら、何度でも、蘇るのさ!」





わたしたちを救おうとする、ヒーローが居たんです。







【南条光 蘇生】








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

193ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 02:08:08 ID:bTI2EP/s0










ぐわんとぐわんと頭が揺れる。
正直、今でも意識を手放しそうだ。

死ぬかと思った。
というか、死んでいたと思う。
けど、完全に意識を手放す寸前で、聞こえたんだ。



――このままでいいの? ワンダーモモ!



託された、命を。
想いを。
私が倒してしまった人の声が。


――悪は滅びてないぞ! 立ち上がれ! ワンダーモモ!



だから、アタシは、立ち上がった。
ぐわんとぐわんと頭が揺れる。
目が赤く染まってるかのように、視界が赤い。
上手く歩く事も、辛い。
でも、立ち上がって、向かう。
和久井さんの姿が見えた。

必死に、追った。
何度も転んで。
意識を手放しそうになって。
それでもなお歩く。

見失っても、方向だけは忘れずに。
そして、やっと、辿り着いて。

ナターリアは倒れていて。

それでも、必死に立って、頑張ろうとした少女が居た。


だったら、助けなきゃ。


それが、ヒーローなんだから。



転がっている爆弾を見つけた。
アタシは、それを取った。


そして、和久井さんと女の子が会話している中で、アタシは距離をつめた。
一息に飛び込めば、詰められる距離で。
少女は察して時間を延ばしてくれた。



いよいよ、和久井さんが少女を殺そうとした、そのタイミングで。





「なら……そのアイドルの危機を、華麗に、救うのが、『ヒーロー』というものだ!」

194ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 02:09:48 ID:bTI2EP/s0




アタシは、叫んだ。
叫んだ拍子に意識が飛びそうになった。
でも、まだ、まだ、死ねない。
和久井さんが、拳銃を向けると同時に

「おっと、和久井さん、これが見える?」
「……響子ちゃんが飛ばした爆弾ね」
「そうだ」
「投げてあたるとおもうの?」
「当たらないかな」
「じゃあ……」
「悪の怪人がやるよね、死ねば、もろともって」


そう、特攻。
カミカゼアタックというんだっけ?
それ。
もし、和久井さんが少女に銃を向けたら、アタシは突貫する。
それば、一緒に死ぬだけ。
今、銃を打ち込んでも、きっと少女は逃げてくれるし。

まあ、どっちにしろアタシは死ぬけど。

今更、命を惜しんでたまるか。

いまが、命を尽くす。


その時だ。


ヒーローはそういう時が、いつかあるんだ。

「っ……」
「だから……そこの少女、逃げろ」
「えっ」
「時間を稼ぐから、そこの子、連れて! 早く!」
「でも……」
「大丈夫、倒して、追いつくから!」


目で、合図して。
その子は、戸惑いながらも。
私が笑ったら、素直に聞いてくれた。
笑ったら、死にそうになった。

でも、まだ、死ねない。

195ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 02:10:34 ID:bTI2EP/s0



「……やってくれたわね、といえば喜ぶ?」
「悪役っぽくて、素敵だね」
「そう…………ま、いいか。焦らなくてもいいでしょう」
「余裕だね」
「……だって、そろそろ限界でしょう?」


和久井さん、視線だけ、少女に送って。
でも、アタシは、それを見る目すら、よく見えなくなってきた。
完全に限界がきてる、らしい。
ろれつも、正直、限界。



「留美さん、夢は呪いだっていったけど」
「ええ」
「違う」


だから、これだけは、言わなきゃ。


「『夢』ってのはな時々スッゲー熱くなって、時々スッゲー切なくなる。そういうものだって、ヒーローが言っていた」


大好きな、ヒーローだ。
今も何度も見る。
かっこいいヒーローだ。
本当に。


「だから、温かくて、熱くて、でも、時に、辛くなって、挫けそうになっても、それはいつまでも、輝くんだ、それが夢だ」


で、さ。


「夢は、皆に、祝福されて、いつまでも、願われる、温かい、誰からも望まれる夢なんだ」


それが、夢というもので。


「だから、和久井さんの夢は、きっと………祝福されなきゃ……叶わない……」


和久井さん、ちゃんと、祝福されなきゃダメだ。


「そういう、皆が見る夢を……」



そういう誰もが見る夢を。



護るのが




「そういう夢を、護るのが、『アイドル』で、『ヒーロー』の役目だ!」





ヒーローってものじゃないかな。

196ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 02:11:06 ID:bTI2EP/s0




だから、アタシは、きっと。



夢を







「ゆ………………めを……まもれたんだ……よね……プロデュー……なな…………」






そのまま、崩れ落ちた。




頑張ったねという声が聞こえる。





菜々さんと、ナターリアと、プロデューサーの声。






あぁ





「アタ…………シは………………ヒー……ローに……なれたん…………だ……っ!」








【南条光 死亡】














     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

197ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 02:12:27 ID:bTI2EP/s0

















「はぁ……はぁ」
「響子ちゃん……大丈夫?」
「……はぁ……はぁ」
「響子ちゃん……」

ダメだ、哀しくなってしまう。
響子ちゃんを肩に背負って、一生懸命歩いているけど。
響子ちゃんは、もう限界だ。
片腕を失って。

あまりにも、血を流しすぎた。

もう、持たない。

返事が、あまり返ってこない。


「……ちえ…………り」
「なに……?」
「あなた……馬鹿……まぬけ、ぐず……こっちの気持ちも知らないで……ゆめばっか……さけんで……ばかみたい……」
「あぅ……」
「ほんとう…………しんじられ……ごほっごほっ」

血を吐く響子ちゃん。
あぁ……。
もう……。

嫌だよ……こんなの。


「貴方の夢は…………なに?」


そっと、囁く。
私の思いを。


「心に、太陽を。温かい気持ちで……ヒーローのように、哀しい夢をたちきり、幸せな夢を叶え……ます」


何もかも、背負いこむ気持ちで。
わたしは、そう答える。


「……よくば……り…………」


欲張りですよ。
涙が溢れてくるくらい。

198ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 02:13:25 ID:bTI2EP/s0


「じゃあ………よく……ばり……ついでに………これも……おね……がい」



それは、響子ちゃんの夢でした。
人魚姫の時、願った、


五十嵐響子、本心からの、


夢でした。



「あの人と一緒に…………あのひと…………を、ハッピーエンド……へ…………連れって……いって」





皆が幸せになるように。
あの人と一緒のハッピーエンドを。

ただ、願った。



哀しいぐらいの、恋した少女の




幸せな夢でした。




「……はい」
「……よかった」




それ以降、響子ちゃんの息だけが聞こえてきて。
わたしはそれでも、一生懸命歩いて。

199ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 02:14:49 ID:bTI2EP/s0




「……さん、ごは……じゅんび、でき……ました」


やがて、声が聞こえてきました。
それは、五十嵐響子が最後に見ている。



幸せな夢。



「もう……こぼし……て……ます……よ?」



ダメだ、涙が出てくる。


「なたー……すしばかり……たべ……の……だめ…………えいよう……き……ちん……」


ないちゃ……だめ……



「こら…………おにいちゃ……だから……しっかり……しな」



響子ちゃんの弟さんです。
独りで、寮に住んでいた彼女は。


いつも、家族の心配をしていました。



「ちゃんと……ふくをきて…………ほら、いって……ら……っしゃ」



大切な、大切な家族。



「――――いい……てんき…………きょうは…………みんな……で」



家族との、思い出。


「はな……みに……でも……いこう………………もちろん……さんも、なたー……りあ……も……いっしょ……です……よ」



幸せな、幸せな。





「えへへ………………ずっと、となりで…………みんな…………だいす……………………」





夢でした。

200ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 02:15:26 ID:bTI2EP/s0
それ以降。





響子ちゃんの言葉が、



「あぁぁ……うぅぅ……あぅあ……」





紡がれる事は、ありませんでした。




「うぁああああああああああああああああああああああああ!!!!」







【五十嵐響子 死亡】









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

201ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 02:16:49 ID:bTI2EP/s0







「何が……どうなって……にゃぁ」


そして、前川みくが辿り着いたのは一番最後だった。
なんだか嬉しくて、北まで進んで、やる気になって室内の中までよく見回った。
そしたら、かすかに音が響いたなと想ったら。

やがて大きな音が、聞こえて。
慌てて、戻ったら、ナターリアと南条光が事切れていて。
和久井留美も倒れていた。



「留美さん! 留美さん!」
「……んん?」
「大丈夫だったにゃ!?」
「……襲われて……頭に衝撃受けて……いた……」
「無理しなくて……」
「……皆は?」
「……にゃぁ」
「……そう……悔しいわ……私がいながら」


みくが、留美に息があることを確認すると、ゆすって、彼女は目を覚ました。
留美は辺りを見回して、二人が死んでいる事に哀しそうにしている。
みくは切なくなって。

「一体何が……」
「ツインテールの子……智絵里だったかしら」
「緒方智絵里……」
「知ってるかしら?」
「一応にゃ」
「彼女が殺したんだと思う……私は最初に、おびえた様子にだまされて、光が、部屋で殴られて、慌てて私たちは逃げたけど、そこで気絶されせられた……」
「あ……の、女が」


緒方智絵里。
その子が、殺したというのか。
皆がいるといったナターリアを。
みくから奪ったというのか。
みくから、奪ったのか。


「許せない……許せない……にゃ」
「ええ、許せないわね」
「絶対に……」

みくはその先の言葉は言わなかったけど。
きっと怒りに満ちているのだろう。

「……ちょっと戻って休もうかしら」
「……え?」
「流石に……ちょっと休憩は取りたいわ」
「……そ、そうだにゃ」

そうやって、留美はよたよた立ち上がって。
みくは慌てて、ついていく。
でも心には、何もかも奪ったという、少女の事が。



憎くてしかたなかった。











     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

202ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 02:17:14 ID:bTI2EP/s0







びっくりするくらい綺麗に騙されたわね。
少しぐらい疑いなさいよ。
まあ、実際人が死んでて、私も、少し血にぬれて倒れていれば、疑いづらいか。


……まあ、殺したのは私で。
倒れてたのも、演技で。
血に塗らしたのは、後で適当に、そこに広がってる血から、たしただけど。

南条光が倒れた後。
私はそのまま、倒れてみくが来るのを待っていた。
気絶してる振りをして、あたかも襲われてるように。


正直みくも殺してよかったんだけど。
智絵里逃げられたのが、ね。
その時点で私が乗ってる事がこの島でばれても仕方ない。
そのことが考慮にいれるべきだ。

なら、どうする?
彼女を殺人者にしたてあげればいい。
全部見てるのは、彼女しかいないんだから。
多分、響子は死んでいるだろうし。

だったら、私の意見を補強する人が必要で。
早い話が証言人だ。
だから、みくを選んだ。
暫く、休みたいし。
流石に三人も殺せば、疲れはする。
何かあったら、彼女が色々説明してくれるだろうし。


で、後で殺せば言いだけだ。


それだけの話。

203ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 02:17:52 ID:bTI2EP/s0




……しかし、緒方智絵里か。



夢、夢と。



温かく幸せな夢、ね。



アイドルだと、私に対して言う。



でも、ごめんなさいね。



それでも、私は……どうしようもないぐらいに。



彼に愛される事を、




選んだ、花嫁なのよ。




だから、だから、私は私の道を行くだけだ。




ナターリアと、光と……響子と……智絵里の言葉が響く事なんて。



ありえちゃいけないのよ。

204ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 02:18:17 ID:bTI2EP/s0






【D-4 飛行場/一日目 夕方(放送直前)】





【和久井留美】
【装備:ガラス灰皿、なわとび】
【所持品:基本支給品一式、ベネリM3(4/7)、予備弾42 ストロベリーボム×1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:和久井留美個人としての夢を叶える。
1:みくを利用しつつ休憩
2:『ライバル』の存在を念頭に置きつつ、慎重に行動。無茶な交戦は控える。
3:『ライバル』は自分が考えていたよりも、運営側が想定していたよりもずっと多い……?
4:夢……か。


【前川みく】
【装備:セクシーキャットなステージ衣装、『ドッキリ大成功』と書かれたプラカード、ビデオカメラ、S&WM36レディ・スミス(4/5)】
【所持品:基本支給品一式】
【状態:健康 憎悪?】
【思考・行動】
基本方針:みんなを安心させて(騙して)、この殺し合いを本物の『ドッキリ』にする?
1:和久井留美と一緒に休憩
2:智絵里が……?











     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

205ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 02:19:10 ID:bTI2EP/s0








哀しんで、哀しんで。


それで、この哀しみで終わりにしようと思って。

彼女を、安置させて。





わたしは、歩き続けていました。





ただ、わたしは、生きているから。




夢を、叶えるために。
哀しみを断ち切るために。




わたしは、歩くんです。






【D-3/一日目 夕方(放送直前)】




【緒方智絵里】
【装備:アイスピック ニューナンブM60(4/5)】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×16】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:心に温かい太陽を、ヒーローのように、哀しい夢を断ち切り、皆に応援される幸せな夢に。
1:そして、大好きな人をハッピーエンドに連れて行く。
2:留美を変える。






――――始まりの荒野を独り、もう歩きだしているらしい。私は灰になるまで、私であり続けたい

206ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 02:21:13 ID:bTI2EP/s0
投下終了しました。

このたびは遅れて&連絡なしで、大変申し訳ありません。

続きまして、

五十嵐響子、ナターリアで予約。


そして、少しの休憩の後、投下したいと思います。

207名無しさん:2013/06/26(水) 03:25:23 ID:XfvxW5ug0
投下乙です!
予約の時点で危ない予感しかしなかったけどこんなに落ちるとは…
でも最後まで彼女らしくい続けた南条ちゃんとナターリアと響子ちゃんにお疲れ様の言葉を
そして智絵理もついに覚醒!
今まで後手に回りがちだったけどこれは一気に輝きそうな…!
だけど留美さんもまだまだやる気満々だしみくにゃん逃げてー

208ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 04:15:53 ID:bTI2EP/s0
感想ありがとうございます。
響子ナターリア、投下しますね

209うたかたの夢 ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 04:17:01 ID:bTI2EP/s0






―――――夢を見ていました。 幸せな……うたかたの夢を。













     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

210うたかたの夢 ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 04:17:27 ID:bTI2EP/s0








「「「ハッピーブライダル!」」」



そうして、夕暮れ時、私たちのイベントが終了した。
手には驚くぐらいのブーケが集まっていた。
私は、それを一緒に活動したアイドルに見せて、笑いあう。


「最高でしたね!」
「楽しかっタ!」
「ええ、本当に!」


五十嵐響子、ナターリア。

そして、私――松山久美子。


その三人で行った、ブライダルのイベントは大盛況の内に終わったといっていいだろう。
和久井留美さんもヘルプで入っているけど、彼女は、教会の中だ。
私達はバージンロードで最後に、ファンのふれあいをする。

「ねえ、皆、楽しかっタ?」
「楽しかったよー! ナターリアちゃん!」
「そっカー! ナターリアも楽しかったヨー!」

ナターリアちゃんは元気に、手を振る。
ウェンディングがビックリするくらいに似合う。
元気一杯、その姿が羨ましい。
私に無い感じで。


「えへへ、皆ありがとうね!」
「響子ちゃん、かわいいよ!」
「うん、ありがとう♪」


響子ちゃんは、可愛い。
すっごく家庭的でみとれるぐらいに。
ひらひらしたドレスが似合うなんて、いいなぁ。


「久美子さーん、綺麗だよ!」
「ありがと! もっと見とれて♪」
「うおおお!」


私も、ドレスを着て、くるっと回る。
そしたら、盛り上がりも、最高潮で。
私は、大きく手を振る。

でも、そろそろ

「名残惜しいけど、もう時間、花嫁達は帰らなくちゃ♪」
「えー!」
「御免ね、でもありがとう!」

終わりの時間で。
私たちは思いっきり、ファンに手を振る。
ファン達は名残惜しそうに手を振っていた。
そしたら、ナターリアちゃんが。

211うたかたの夢 ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 04:17:44 ID:bTI2EP/s0


「大丈夫ダヨ! ナターリア達はミンナのヨメダカラ!」
「うおー! 響子は俺のヨメー!」
「おー! キョーコはオレのヨメー!」
「ちょ、ちょっとナターリア!?」
「響子は俺の嫁ー!」
「えー!?」

そんな、壮絶な響子は俺の嫁コールが始まっている。
響子ちゃんは恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。
突然の事にビックリしてるんだろう。
ナターリアちゃんは笑ってるだけだし。
私も、可笑しくて、笑っているけど。


「ミンナ、ハッピー!?」
「ハッピーだよ!」
「よかっタ!」


そういって、会場の盛り上がりは最高潮。
ナターリアちゃんは私と響子ちゃんにウィンクして、合図して。



「なら、ナターリア達は、ミンナのヨメだヨー!」
「うぉおおおおおおおお!!」
「皆、応援ありがとう! 私達皆の応援があるから、一番になれるんだ!」
「響子ちゃーん!」
「そして、何処までも、可愛く、キレイに、最高に輝ける!」
「久美子さーん!」


そうして、最後に三人で言葉を閉める。




「「「皆、最高の花嫁の夢を見せてくれてありがとう!!! そして、皆にこれからも、最高の花嫁の夢を見せてあげる!!!」」」






夕暮れに教会に。



そうして、最高に輝いた、花嫁達の夢が、其処に、咲いていた。











     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

212うたかたの夢 ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 04:18:12 ID:bTI2EP/s0








ファンの人達が去って。
夕暮れの教会のはずれで、私達三人は、ゆっくりと夕日を見ていた。
あっという間の時間で。
まるで夢でもみてるような、不思議な時間だった。


「全く……ナターリアがあんな事言うから、凄く恥ずかしかったよ」
「ウン?」
「嫁なんて……もう」
「いいじゃないの、面白かったわよ」
「久美子さん!」
「可愛かったし、皆お嫁さんにしたいんじゃないの?」

私は、そういう風に響子ちゃんをからかって、楽しむ。
そしたら、響子ちゃんは顔を紅くして。
ちょっと視線を泳がして。

「それは……そのー」
「うん?」
「お嫁になりたい人は……決まってるっていうか?」
「ひゅー、最近の子は進んでるね!」

響子ちゃん十五歳よね。
最近の子は速いなぁ。
…………いや、私もまだ若いと思うけどね。
うん。

「えへへ……」
「それって、プロデューサーの事だよネ!」
「ちょっ!? ナターリア!?」
「あ、やっぱりダ!」
「う、うぅぅ」

……うわぁ。凄いね。
ナターリアちゃんの無邪気な感じが流石というか。
聞いてる私まで、聞いていいんだろうかって思う。

「ナターリアと一緒ダ!」
「……ま、まあそうよね」
「……大変ね」

恋敵が親友ってのも、中々進んでいるというか。
最近の子って凄いわ。
うん。

「この場合どっちが結婚するのかしら?」
「……え?……どっちでしょう?」
「決まってル!」

ナターリアちゃんがすぐに答える。


それは


「両方共ダヨ!」

213うたかたの夢 ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 04:18:51 ID:bTI2EP/s0



ああ、なんというか……らしい。
私は余りにも面白くて、苦笑いを浮かべる。
響子ちゃんは呆れながら。


「ええー……でもいいか」
「じゃあ、約束しよっカ!」
「何を?」
「二人は……プロデューサーと結婚するッテ!」

教会で、宣誓。
……ふふ。
本当、凄いなぁ。


「えぇ!?」
「さあ、シヨウ!」
「解ったわよ……もう」


そうやって、彼女達は教会の方を見る。
私は釣られて、見て、その、物陰に。
……彼女達のプロデューサーを見つけた。
物凄く照れくさそうに、出てこれなさそう。


「ナターリアは!」
「私は!」
「いいぞ、言っちゃえ!」

だから、盛大に茶化して、笑おう。


「「プロデューサーと一緒に、幸せになるって、誓います!」」



私は盛大に拍手して。
ナターリアちゃんは笑って。
響子ちゃんは真っ赤になって。
私は羨ましそうに、彼女達を見る。


本当幸せそうだ。


「じゃあ、久美子さんも!」



……はっ?


「ほら、久美子さん、今凄く、凄く綺麗だよ! きっと最も見て欲しい人に、最も綺麗な服を見せられる……女の子の夢が、叶ってるからじゃないかな?」


……う。
それは、その。
あの人に見て貰うのは嬉しいけれど。
けど、それを面と向かって誓うのは。
恥ずかしいというか。
そんな、子供っぽくいえないというか。


「ソウダヨ! とっても、綺麗!」
「久美子さんにとって、花嫁になりたい人が、久美子さんも居るから、だから誓おう! 記念だよね♪」



ああ、もう。
絶対、言わせるつもりなのね……
叶わないなぁ。
もう、解ったわよ。


「解ったわよ、いってあげるわ!」


そうやって、空を見る。
半ばヤケだった。

214うたかたの夢 ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 04:19:13 ID:bTI2EP/s0


「松山久美子は、もっと、もっと、キレイに、なる! 大好きな人に、相応しいと思う位に、キレイになってみせるわ!」



言ってやった。
だからもっとキレイになる。


それが私の夢。



私の幸せの夢だ。



そして振り返ると彼が居て。




私の顔が真っ赤に染まったのは、いうまでもなかった。










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

215うたかたの夢 ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 04:19:42 ID:bTI2EP/s0






「久美子! 久美子!」
「ううん……夢?」
「ぐっすり寝てたよ」
「ん………いつの間にか眠っちゃったみたい……寝顔、見てたの?……もう……」


そうして、夢は覚める。
あれ?と周りを見回してみると、夕日が見えて。
砂浜と海も見える。
私は砂浜に、ビーチベッドで横になっていた。

あ、そっか。
今は南国にバカンス……じゃない、撮影に着てるんだ。
さっき見ていたのは……ただの夢。


「見てたのは本当に寝顔だけ? でも少しぐらい、いいわ。この浜辺……今は私たちふたりだけだもの、ね?」


ちょっとだけを彼を茶化して、私は伸びをする。
不思議な、うたかたの夢だった。
すっと、胸に染み入って。
それは、なんだか幸せに、そして何処までも哀しくなるくらいに。


「ねえ――」
「ん? なんだ……って……うぉい!」
「いいの、暫くこのままで」
「お、おう……?」

そっと彼を抱きしめる。
胸に、彼の顔がうずまるが、気にしない。
やましいものなんて、ないの。

「……どうした?」
「解らない……なんか、凄く、泣きたいの。夢をみたの」
「悪夢?」
「ううん、最高の夢」
「じゃあ、なんで?」
「解らない、嬉しいのに、幸せなのに、何故か、哀しいの、涙が出てくる。可笑しいね」


そうして、私は涙が出始める。
まるで、何を失ったみたいに。
哀しくて、切なくて。

216うたかたの夢 ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 04:20:07 ID:bTI2EP/s0
「夢って、なんか、とても、儚いものね」
「そうか?」
「だって、あんなに、輝いたのに、失ったと思ったら、途端に崩れてしまうように、感じるの」
「そっか」

うたかたの夢。

誰もが、輝いたのに。
誰もが、幸せだったのに。
途端に、はじけると。
何もかも、失ったように。

とても、切ない。


「だけどさ、それでも、夢をみるんじゃないかな」
「……そうなの?」
「だって、夢ってそれでも、輝くんだよ……今切ないけどさ」
「けど?」
「久美子の心、温かっただろ?」


何時か、終わる夢。
あのブライダルみたいに。
輝いた時間は終わるんだ。


それでも、その輝きは失うんじゃない。


いつまでも、輝くんだ。


それは、



「そうね……叶うと温かくて、素敵ね」
「だろ」
「だから、どんなものでも夢を見るんだ」
「そうね……そうかもしれないわ」




叶うと、温かい。
だから、夢を見る。


そう思って、私は強く彼を抱きしめる。

217うたかたの夢 ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 04:20:25 ID:bTI2EP/s0




「プルメリアの花びらが、舞ってる……綺麗ね」


まるで何かを惜しむように。
まるで何かを祝福するように。



「素敵なバカンスになったね――。いい想い出になったと思うの。今の私のキレイな姿、ずっとその目に焼きつけておいてね?」
「おう、ずっと見ているさ」


私は、とてもキレイだと思う。
それは、あのときのように、恋をしているから。
そして、あの子達のように、輝いてるから。



「貴方と会って、私、生まれ変わっちゃったみたい。ようやく気付いたの……私を一番キレイにしてくれるのは……ふふっ♪」



彼は真っ赤になる。
私も真っ赤になってると思う。



――幸せになってね。



そんな声が聞こえた。



だから、私は、幸せになろうと思う。



だから、彼をもう一度、抱きしめて。




「忘れないでね。私をこんなキレイにしたのは、貴方よ」








何故か、茜色の空の向こうで。


大切な少女達が笑ってる気がした。



それは、とても、儚い。




幸せな夢の、お陰でした。




とても、輝いて、切ない。




けれど、温かい。




そんな、うたかたの夢。

218うたかたの夢 ◆yX/9K6uV4E:2013/06/26(水) 04:20:35 ID:bTI2EP/s0
投下終了です

219名無しさん:2013/06/26(水) 08:05:47 ID:NDxM7Lf20
あ、泣きかけた
投下乙〜
ナターリアは最後まで太陽で、光は最後までヒーローだった
響子ちゃんはそうなったか
ナターリアは既に殺してるとはこれまで散々読み手目線じゃ言われてたけど
そこからの心のうち描写がお見事で、一人の女の子だった
この子の死に際が一番好きだったかも

後久美子さん、ロワに出てもいないのにそれ死亡フラグだから!w
てかそれこそ死に際のうたかたの夢でも違和感ないから!w
プルメリアの花びらが、舞ってる、になんかぞくりときました
この一節と入れるタイミングがすげえ好き

投下お疲れ様でした!

220名無しさん:2013/06/26(水) 08:25:29 ID:NDxM7Lf20
しかしこうなった以上、日の目見ることはないだろうけれど、こうなったからこそ、期限切れの人に遠慮してか破棄した人が書こうとしていた彼女たちも気になる。

221 ◆rFmVlZGwyw:2013/06/26(水) 14:22:26 ID:G8Yr0plI0
投下乙ですー!

>ヘミソフィア
最後に幸せな夢にたどり着いた響子と、ようやく自分の夢を見つけられた智絵里。
それぞれの代償は大きすぎたけど、だからこそより強い想いとして息づいていくんでしょうね。

上の方も言われてますが、ナタと光は最後までそれぞれの信じる道を全うできたんだなあと。
留美さんこそ変えられなかったけど、しっかり二人を救えたのは素晴らしい功績だと思います。

>うたかたの夢
未参加の久美子さんから描かれた、彼女たちの最高の夢。
"幸せな花嫁"になってほしいと、彼女たちが最後に送り届けた思い出でしょうか。

自分の話は出せなくなりましたが、それよりはるかに素晴らしいお話を見せて頂きました。

それじゃ自分は改めて神谷奈緒、北条加蓮、緒方智絵里で予約させて頂きます。




でもみくにゃんにるーみんって呼ばせられなかったのは残念(ボソッ

222 ◆rFmVlZGwyw:2013/06/26(水) 14:34:58 ID:G8Yr0plI0
すみません、問題が発覚したので予約を神谷奈緒、北条加蓮のみに変更します…

223名無しさん:2013/06/26(水) 19:10:05 ID:sWDzw/9kO
投下乙です。

智絵里の夢は、てんこ盛り。
夢ってのは、共有もできるし、受け継ぐこともできる。
決して、孤独なものじゃないんだ。

224名無しさん:2013/06/26(水) 19:46:44 ID:fSRn6H6s0
投下乙です
光マジヒーロー!最期までよく頑張ったよ……
ナターリアから響子へ、響子から智絵里へ受け継がれていった彼女たちの夢はきっと、温かいもので
一人で冷たく抱えている和久井さんの夢にも、届くと良いなあ

225 ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/26(水) 21:52:14 ID:CZy2wXUk0
投下乙です!

>ヘミソフィア
うわぁぁぁぁぁぁ! これは! これは!
根本的な勘違いを突きつけられた響子に、その響子に託したナターリアに、ヒーローとして散った光。
そしてみんなの想いを受け継ぎ新たな境地に立った智絵里……
これはすごい。拙作で仕掛けた響子と智絵里の変化が、こんな結末に繋がるなんて。
そして我を通しつつも揺らぎを感じさせる留美さんに、そこに取り込まれたみく……こっちもその後が気になります。
大作に相応しい、渾身の最期、渾身の展開でした。GJ!

>うたかたの夢
そしてそこにコレが来るかっ……!
ロワ未参加のアイドルから語られる、2人が輝いていたあの日。切ないなぁ。
そしてこういう話が出て来ると気になるのは、やっぱり、ロワの外のことですよねぇ。
いまこの島に居ない子たちは何をしているのか。どんな状況に置かれているのか。久美子の恋はどうなるのか。
新たな視界が開ける、良い回想話でした。

226 ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/26(水) 21:53:00 ID:CZy2wXUk0
では、こちらも予約分の死後補完話、投下します。

227〜〜さんといっしょ ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/26(水) 21:54:12 ID:CZy2wXUk0

日が昇ったばかりの街ってやつぁ、実に静かで閑散としているもんだ。
撮影スタッフと並んで遠目に見守りながら、俺は欠伸を噛み殺す。

世間一般のカレンダーでは、今日は休日。
こんな早朝から仕事をしてるワーカホリックは、きっと俺たちくらいのものに違いない。
新聞屋だって、今日は休刊日。
カラスの鳴き声だけが、遠くに響く。

さて、そんな静かな街を、一人駆けるショートカットの少女がいる。
後ろをチラチラ振り返りつつ曲がり角から出てきて、驚いたように足を止める。
彼女の行く手を遮ったのは、なんだか奇妙な全身タイツの男たち3人。
続けて彼女を追うようにもう3人出てきて、少女を完全に包囲してしまう。

いや、いや、とばかりに首を振る少女。
じりじりと後ろに下がろうとして、下がる場所もなくって、その場にぺたん、と尻餅をつく。
全身タイツの変人集団が、無言のままに包囲の輪を縮める。ワキワキと手を動かしてるのは威嚇のつもりだろうか。
そのうちの1人が、怯える少女に手を伸ばして――

「――待てィ!」

遠くから勇ましい声がかかり、怪人たちは揃って振り向いた。
そこに居たのは、目にも鮮やかな装束に身を包み、派手な武器を手にした変身ヒーローとその仲間。
そのままヒーローは突進し、なし崩し的に始まる大乱闘。
怯える少女を連れ去ろうとする怪人集団と、そうはさせまいとするヒーローたち。
へっぴり腰で逃げようとする少女も含めて、アクロバティックでダンスのような殺陣が繰り広げられる――

――っとまあ、つまりこれは、ぶっちゃけてしまうと。
早朝の無人の街を舞台に、特撮番組の撮影が行われている構図なのだった。
街中をロケ地に選んで、一般の歩行者を画面から排除したければ、こういう時間帯を狙って撮ることになる。
演者たちの荒い息ばかりが響く現場だが、これに効果音とCGが乗ればさぞかし派手な戦闘シーンになるのだろう。

……おっ、また少女役が転んだ。
てか、あれって演技じゃないだろ。けっこうガチな涙目になってんぞ、珠美の奴。
気づきつつも撮影を止めない監督も、まあ、いい性格してんなァ。
確かに美味しい絵だもんな。俺があの立場でも回し続けるよ、うん。

撮影は続く。
一旦カットが入り、同じ場面(ということになっているシーン)を別角度からズームで。
作中の設定としては別に早朝という扱いではないので、太陽の位置をひどく気遣っての構図選びになる。
見る側からすればおそらく数分程度の場面だが、しかしここはこのエピソードにおける一番のクライマックス。
大勢のスタッフが丁寧に時間をかけて、画面を作っていく……。

やがて、今日の撮影は終了する。
作中展開としてはこの後にもシーンは続くのだが、それは先日別のロケ地で撮影済み。今日の撮影で一段落。
俺たちがこの作品に関わるのも、今日のこの時点で最後、ということになる。
しばらくして、衣装から私服に着替えたさっきの少女が、ロケバスの方から駆けてきた。

脇山珠美。
俺がいま担当しているアイドルたちの1人にして、本日の予定の一番手となる、剣道少女だ。

一昔前と比べて、特撮番組の地位も随分と変わった。
今では若手俳優や若手アイドルの登竜門。
そこに出演することは、今後に繋がる重要なワンステップにもなる。

今回、珠美が演じた役は、一話限りの登場となるゲストヒロインとでもいうべき役柄。
悪役に狙われ、正義のヒーローに助けられる、大勢の一般人のうちの1人。
まあある意味、お約束のポジションだ。

もちろん、レギュラー出演できるような役が取れればそれに越したことはないのだが、今はこれで十分。
まずは大きな失点なく演じきった、その事実の方が大事である。

「おう、お疲れ様」
「お疲れ様です、プロデューサー殿!
 珠美の演技、いかがだったでしょう!」
「うん、かなり良かったんじゃねぇか?」
「ほ、本当ですかっ!?」

228〜〜さんといっしょ ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/26(水) 21:54:47 ID:CZy2wXUk0

無造作に褒めてやると、ぱぁっ、と珠美の表情が明るくなる。
わしゃわしゃ、とその頭を撫でながら、ついつい、意地の悪い笑みが浮かんでしまう。

「おう、本当だぞ。
 怯える演技とかもう文句なしで、まるで演技じゃないみたいだった。
 中学生っていう役柄も、心身共に完璧に演じきって……
 いやあ、なかなかできることじゃない」
「ひ、ひどっ!?
 てか、ちびっこいうなし!」
「あとさぁ、途中、マジでコケてたろ。いい絵が撮れたってスタッフも喜んでたぜ」
「う、嬉しくないでありますっ!」

涙目で訴えかける珠美。
いかんいかん。どうにもコイツは、ついつい弄りたくなる雰囲気を持ってるんだよなァ。
俺たちはそのまま撤収するスタッフたちと共に、近くのコインパーキングまで歩く。
軽くその場で関係者たちに別れを告げると、駐車料金を払って自分たちの車に乗り込む。

いい年をしたオッサンの隣に、小学生に間違えられることさえある小柄な女子高生。
まあちょっと訳アリっぽい構図だが、こんな早朝だ。
見てる奴もロクにいないだろうし、気にするこたぁないわな。

「さて、帰るぞ……って、どうした」

ゆっくりと車を発進させたところで、こつん、と助手席側から珠美が頭を寄せてきた。
ハンドルを握る腕に、彼女はわずかにもたれかかる。
元気なキャラで売る彼女には珍しく、しばらくの沈黙。
超・早起きしての早朝の収録、さすがに眠くなったのだろうか。

だが、違った。
そんなことじゃなかった。
長い沈黙の後、珠美は、絞り出すように、こうつぶやいたのだった。

「〜〜殿。
 珠美は……
 できれば、守られる役より、守る役がやりたいです……」
「…………」
「……逃げて転んで褒められるより……剣を手に戦って褒められたいのです……!」
「…………」
「強く、なりたいのです……!」

車は進む。
早朝の、交通量もまばらな街中を快適に進む。

……そう、なんだよな。
今回の仕事、ちょっと酷ではあるな、と、実は俺の中にも躊躇いがあった。
なにしろ、コイツがなりたい未来を横目に、それとは正反対の役をやらせるってんだからな。
これも良い経験になるだろう。心の一方でそう信じると同時に、ひどいことをさせているという自覚もあった。

合理性を追求する業界人であると同時に、深くアイドルの内面を知る身内でもある。
2つの立場の間での葛藤。どっちをどれだけ優先するのか、という問題。
こいつばかりは、いくら経験を積んでも毎回手探りだ。

「……まあ、いずれ、そういう役も回ってくるさ。
 諦めることなく、精進を続ければな」
「…………はい」

まだまだ頼りない子ではあるけども。
たぶん、この子の強みは、この飽くなき向上心だ。
ヘマして凹んで萎れても、すぐにピンと背筋を伸ばして立ち直れる、若竹のようなしなやかさだ。

上を目指す。成長を志向する。
その一点においてだけは、この子は決して、ブレることはない。

いずれ真っ直ぐ大きく育つであろうその姿を、この先も見守っていきたいもんだ。
珠美の体温をほのかに肩に感じながら、俺は黙って運転を続ける。



    *    *    *

229〜〜さんといっしょ ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/26(水) 21:56:36 ID:CZy2wXUk0



世間一般での休日は、むしろ俺たちのようなアイドルプロデュース稼業にとっては忙しい日だ。
ファンのためのイベントなども多く開かれるし、さっきのように撮影上の都合などもある。

ましてや、俺が今担当しているアイドルたちは、どういう訳だか若い子ばかり。
比較的学業を大事にさせる方針を取っている俺としては、どうしても土日祝日に仕事を集めざるを得ない。
当たり前の話だが、長期休暇中でもない限り、平日は学校があるのだ。

そんな訳で、今日も一日、落ち着く間もなく駆けまわることになりそうだった。
疲れが出たのかウトウトし始めた珠美を送り届けると、いったん事務所の方に顔を出す。

「あっ、先輩、ちょっといいですか?」
「おうっ、どうした」

ドアをくぐったところで、ちょうど鉢合わせした別のプロデューサーに声をかけられる。
この事務所はとんでもなく大きな規模で、アイドルのプロデューサーだけでも相当数いる。
目の前のこの若い青年も、その1人。
俺なんかは相当に年期の入った方なんだが、こいつはこの業界でも異例なほどに若い方だ。
迫力に欠ける優しすぎる顔立ちが、ちょっとマイナスか。
まあ、俺みたいにヒゲ伸ばしても似合わないだろうとは思うんだがね。

「ちょっと、次の仕事の取り方で相談がありまして
 演劇かTVドラマか、って二択で悩んでるんですけど」
「あー、そりゃ確かに俺の領分だな。
 そうだな――15分。
 いま付き合えるのはそんなもんだが、大丈夫か?」
「はい、お願いします」

スケジュールと時計を見比べて割ける時間を算出すると、俺は後輩プロデューサーから資料を受け取る。
手近なソファに腰かけ、演劇とTVドラマ、2つの企画の概要にザッと目を通す。

なんでもこいつは、軽音楽の方からこの業界に入ったらしい。
自分で演奏したり作曲したりする道を早々に諦め、こんな裏方仕事に生き甲斐を見出した変わり者。
ふつうはもう少し粘ってみるもんだろうに、潔いというか何というか。
とはいえこの稼業に適性でもあったのか、年齢の割にはかなりの成果を出しつつある。

まあしかし、俺だって人のことは笑えない。
俺は元々、演劇にハマって人生を踏み外したロクデナシ。俳優にも劇作家にもなり損ねた落伍者だ。
いろいろ試した末に流れ着いたこの稼業は、どうやら性に合っていたらしい。
気がつきゃこの俺がいっぱしのベテランプロデューサーって扱いなんだから、本当に世の中って奴は分からない。

劇方面に強かった代わりに、音楽方面はからきしだった俺は、当時の先輩たちにずいぶんと助けてもらったものだ。
上から受けた恩は下に返せ、とはよく言ったもの。
今ではこうして、演劇やドラマのことならまずはコイツに相談しろ、みたいな位置づけを賜っている。
アイドルの幅広い仕事の中でも、けっこう特殊な領域だからな。こいつみたいな音楽特化の奴には、見落としも多い。

「……だいたい読んだ。うん、こりゃ悩むの分かるわ」
「それで、どうですか。
 こっちとしては、ドラマの方のこの役は、小日向美穂のイメージに合わないかな、と思うんですけど」

オーディションで役を奪い合うことも多いが、内々に出演交渉が持ちかけられることもある。
今回こいつが持ってきた話2つは、どちらも以前に担当アイドルがやった仕事絡みで声をかけられたパターン。
しかし時期が悪い。被ってしまっている。
現実問題として、どちらか片方しか受けることのできないようなお話だ。

「イメージも分かるがなぁ。こっちの話、公演の期間と場所、ちゃんとチェックしたか?
 演劇で怖いのは、主役も脇役も、拘束される期間に大差ないことだぜ。
 この程度の役でしばらく他の仕事や練習してる余裕なくなるってのは、かなり痛いと思うんだが?」

映画やTVドラマなら脇役はそれだけ出番も拘束も少ない訳だが、舞台公演となるとそうはいかない。地方なら尚更。
なにしろ俺たちが面倒を見ているのは専業の女優ではなく、歌も踊りも、TV出演もするアイドルなのだ。
日々のレッスンのヒマさえ奪われるとなると、これは、歌やダンスの技術も落ちてしまう。
後輩君も、俺の指摘に慌てて資料を確認し直して、顔色を変えている。

ああそうか、前回こいつのアイドルが参加した演劇は、けっこう小規模な公演だったからな。
漠然とその時の感覚で考えてたのか。
でも今回持ちかけられてるのは、より大規模な奴だ。全国を回る奴だ。
見て貰えるチャンスは確かに増えるが、その代価もそれ相応に重くなる。

230〜〜さんといっしょ ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/26(水) 21:57:11 ID:CZy2wXUk0

「まあ、そこまで計算した上で、最終的には本人次第だな。やる気がなけりゃなんともならん」
「……そうですね」
「両方とも断る、って選択肢も考えには入れとけよ。何なら俺も一緒に頭下げてもいいからよ」

どうせどっちの関係者も知り合いだ。俺が一言添えるだけで、断ったとしてもそれが今後に響くことはないだろう。
チラリと時計に目をやる。まだ5分ほど余裕がある。
ならついでに、この件も済ませておくか。
周囲を見回し誰にも聞かれてないことを確認すると、単刀直入に切り出す。

「ところでお前、道明寺歌鈴と付き合ってんだって?」
「……ッ!」
「まあ、若い男と女だ、何もないって方がおかしいだろうよ。特にお前らは世代も近いしな。
 手ェ出すな、とは言わん。
 少なくとも俺には、非難する権利なんてねぇよ」

馴染みの芸能記者に借り1つ作っちまったが、まあそれはコイツが知る必要のあることじゃあない。
一般論としちゃあ叱っておくべき話なんだろうけども。
それでも、俺にはコイツを責められない。

何といっても別れた前の妻は、かつて俺が前の事務所で担当していた元アイドルだ。
ま、芸能人の結婚にありがちな、よくある不倫スキャンダルからの破局劇に到っちまった訳だがな。
――ああ、誓って言うが、俺は被害者の側だぞ?
後ろめたいことはこれっぽっちもないぞ?
俺の留守の間に若手のイケメン俳優を連れ込んでたアイツが完全に悪いんだ。
だがアイツが悪いにせよ、その離婚の時のゴタゴタのあおりで、俺は古巣の芸能事務所に居られなくなった。

そしてその騒動の後、当時できたばかりだったこの事務所に拾われて、いまに到っている。
俺は仕事を続けられて、新興事務所は経験豊富なベテランを手に入れる。WIN−WINの関係って奴だ。
ついでに女性不信も深まったが、それでもプロデューサーの仕事はできるものらしい。不思議なもんだね。
俺は言葉も出ない後輩の目を見つめながら、言葉を選ぶ。

「古典的だがよ、帽子とサングラスくらいは用意しとけ。
 あと、男ならデート代とかケチるな。せめてもうちったぁ事務所から遠いトコでいちゃついてろ」

これも芸能記者からの情報。
まったく迂闊にも程があるぞ、お前ら。
周りが見えなくなるのも分かるんだけどな、実体験として。

まあ、今回は目撃した奴が話の分かる奴で助かったが、目撃者が一人きりって保障はどこにもないんだ。
特にそんな場所で腕組んで歩くとかさぁ、

「『もう1人』に見られても、知らないからな? せめて筋は通せよ?」

修羅場ってなあ、ほんと大変なもんさ。
思いがけない奴が変に思いつめて突飛な行動を取って、関わる者全てが不幸になったりする。

これも、知らずに済むならそれに越したことのないことだがね。



    *    *    *

231〜〜さんといっしょ ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/26(水) 21:57:58 ID:CZy2wXUk0



後輩との話を終えて、最低限の事務仕事を済ませ、次の仕事のために外に出ようとしたその時。
入口で、大きな荷物を抱えた子とぶつかりそうになった。

「あっ、ごめんなさいーっ。
 ……って、〜〜さんですかー?」

そいつが少しおっとりした口調で、俺の名を呼ぶ。
って、雫じゃねぇか。

及川雫。
まさか今日こんなところで会うとは思ってなかったが、こいつもまた、俺の担当アイドルのうちの1人である。

数個のクーラーボックスを縦に積んで抱え持ってたせいで、一瞬その顔が見えなかった。
中身がなんだか知らないが、よくもまあこんな大荷物を持って歩けるもんだ。
さすが、酪農系アイドルの肩書は伊達じゃない。
たぶん純粋なパワーだけなら、うちの事務所でも一番だろう。
……ついでに、今はクーラーボックスに押しつぶされている恰好の、胸のサイズも、たぶん一番だ。

「今日はオフだったんじゃないのか?」
「そうなんですけどねー。ちょうど実家からいろいろ届いてたんで、事務所に差し入れをーって思いましてー」

雫は足元に荷物を降ろすと、クーラーボックスの1つを開けてみせる。
なんだこりゃ。『及川牧場の新鮮ミルクプリン』? こいつは初めて見るな商品だな。

「これ、実家の方で作った新製品らしいんですよー。私も1つ食べましたけど、美味しかったですー。
 ウチで取れた牛乳で作ってるんだそうで」

それは何より。
俺が以前、TV局に持ち掛けた「及川牧場を舞台にした旅番組」以来、牧場の経営は順調だと聞いている。
事務所内での力関係とかもフルに活用し、「あの」FLOWERSを動かしての企画だった。
あれ以来、牧場は観光面での収益が増えただけでなく、ネット通販なども売り上げを伸ばしているという。

なにせ俺の手で貴重な働き手を1人、奪っちまったようなもんだからな。
足りなくなった分は人を雇って補うしかないわけで、そうと知ってしまえば多少の罪悪感も湧くというもの。
償いになってるのかどうか自信はなかったが、俺にできたのはああいう番組で注目を集めてやることくらいだった。
こうして新商品開発などに力を入れているあたり、彼女の実家は貪欲にそのチャンスを活かしているようだ。

「牛乳とかといっしょに、いつもの冷蔵庫に入れておきますのでー。良かったら後で食べて下さいー」
「……残ってたら、な」

残念ながら「いつもの冷蔵庫」は、アイドル・事務員問わず手を伸ばしていいことになっているおやつ用スペース。
ただでさえ人の出入りが多い休日だ。
ただでさえ美味しさに定評のある牧場直送の新商品だ。
激しいレッスンなどで腹を減らした若いアイドルたちの前に、きっと早々に喰い尽されてしまうだろう。
畜生、予定だと、この後戻ってこられるのは日が暮れてからになるぞ。たぶん絶対無理だ。
これはついつい、愚痴っぽい言葉も漏れるというもの。

「別にこれ、明日でも良かったんじゃないのか? 明日の夕方にはレッスンの予定あったろ?」
「ええ、でもなんだか手持無沙汰でー、ひとりで部屋にいても仕方ないですし」
「……気持ちは分からなくもないけどな。
 オフの日に休むことも、大事だぞ?」
「大丈夫ですよー、わたし、体力には自信ありますから!」

何の影もなく、雫はニッコリ笑う。
単身都会に出てきての、慣れないはずのアイドル生活。
つらいことも多かろうに、こいつは今でも、出会ったあの日に俺を魅了した微笑みを絶やさない。

「……牧場の皆さんは、元気かな」
「はい、変わりないようですよー。
 あ、そうそう!
 前に話してた母牛、こないだ仔牛を産んだそうなんですよー! 母子ともに健康だそうですー!」

そいつぁ良かった。
俺も雫から教わったのだが、牛という奴は発情期ってモンがないらしい。だから出産も季節を問わない。
20日だったか、そのくらいの周期で発情するので、発情が確認されたら種付けをする。
上手くいけば10か月後くらいには可愛い仔牛とご対面、となるそうだ。
そろそろ予定日が近いはず、ということで、ここのところ雫もずいぶんと気にかけていたのだ。

232〜〜さんといっしょ ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/26(水) 21:58:24 ID:CZy2wXUk0

スカウトの誘いに応じてなければ、彼女が立ち会えていたはずの出産。
楽しみにしていたはずの、仔牛との対面。
俺は彼女から奪ったものに値するだけのものを、ちゃんと与えられているのだろうか。
時々、らしくもなく不安になってしまう。

「……大丈夫ですかー?」
「ん? 何がだ?」
「なんか、難しい顔してましたよー。お疲れですかねー?」

いかん、表情に出ちまってたか。
呑気な風に見えて、こいつは妙なところでとても鋭い。長年、嘘偽りのない動物たちを相手にしてきたからなのか。
ほら、今だって俺の沈黙から全て読み取ってしまって、それでこんなことを言い出すんだ。

「……大丈夫ですよ、私はー。
 毎日、〜〜さんのお陰で、楽しいですしー」
「そいつぁ何より。
 だがな、まだまだこれから、楽しくなるぞ。もっと上へ行けば、もっともっと楽しくなるぞ。俺が保障する」

いかんね、担当アイドルに慰められてるようじゃ。
でも、こうして元気を貰った分、俺は俺のやれることをやるだけさ。
こいつの微笑みには、さらなる上を目指せるだけの、力がある。
ゆっくり一歩ずつでも、登って行こうじゃないか。

とりあえず1日程度のオフでは、彼女は実家に帰ることすらできない。現実問題として難しい。
ここしばらく、牧場に顔も出せていないはずだ。
来月あたりにまとまった休みが取れるよう、スケジュールを調整してやることにしよう。



    *    *    *

233〜〜さんといっしょ ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/26(水) 21:58:53 ID:CZy2wXUk0



「今日の仁奈は犬なのでごぜーますよ! ハッ、ハッ、ハッ」

舌を出して両手を胸の前で垂れる少女に、どっ、と湧く観客。笑顔で見守る出演者たち。
それらをスタジオの後ろの方から眺めながら、俺は今日の衣装選択が間違ってなかったことに自信を深める。

市原仁奈。
世にも珍しい、着ぐるみアイドルだ。
俺の担当の中でも、一番の最年少。

今日は休日お昼の番組への、ゲストとしての生出演である。
やはりこの子は、バラエティ番組的なウケがいい。
努力しても身に着けられないある種天性の魅力を、生まれつき備えている。

特異な存在だ。
改めてそう思う。
あの、着ぐるみへの執着の強さ、独特の口調、驚くほどの人懐っこさ。
それこそ精神分析の専門家あたりに尋ねれば、何かしらそれっぽい屁理屈を並べてくれることだろう。
演劇に狂って留年を重ね、とうとう卒業できずに中退した大学でも、心理学の講義だけは楽しかった記憶がある。
たぶん父親の不在などの背景から、彼女の内面に深く切り込み綺麗に論理立ててくれるに違いない。

だが、まあ、しかし。
あの子に必要なのは、たぶん分析でも治療でもない。

いつか彼女が、自分から着ぐるみを脱いで人前に出ようと思うその時まで、彼女の強みを活かしつつ守ること。
あるいはそれは、アイドル・市原仁奈の引退の日となるのかもしれないが……
もしそうだったとしても、あの子の決断を尊重したい。
大学中退の落ちこぼれ心理学者としてではなく、日々少女たちを見守るプロデューサーとして、そう思う。

収録は順調に進み、やがて番組のエンディングを迎える。
小動物のように、すっかり出演者たちに可愛がられている仁奈。
普段は難しい顔でコメントを垂れ流している政治評論家も、ニコニコと満面の笑みだ。
スタジオの隅の画面の中ではテロップが流れだし、やがてCMが開始。同時に終了の合図がスタジオに響く。

すっ、とスタッフ専用の裏手の通路に回ると、出演者たちが引き上げて来るところに出会う。
その中でもひときわ小さな影に手を振ってやると、その影は弾丸のようにこっちに突進。
ぼふっ、と、モコモコの塊を受け止める恰好になった。

「……お疲れ。良かったぞ、仁奈」
「〜〜、おつかれさまでごぜーます!
 いやぁ、今日はいい人ばかりで良かったのですよ」

まあ、あえてそういう番組を選んで出させたんだけどな。
出演者の傾向から番組作りの方向性まで、いろいろ検討した上で受けた話だったんだがな。
でもこれは口にはしない。
別に仁奈が知っているべき話でもないからだ。

ついでに、いっそレギュラー出演しないか、という話も来ていたのだが、これは丁重にお断りした。
これを受けてしまうと、仁奈はまともに学校にさえも通えなくなる。
そういうチャンスを貪欲に捕まえていく奴もいるけれど、少なくとも俺の流儀じゃあない。

市原仁奈は、短期間だけ派手に稼ぎまくってそれで終わり、にしていいような存在じゃあないんだ。

「仁奈は、幸せ者でごぜーますよ」
「なんだ、急に」

不意に腕の中で、仁奈がつぶやく。
顔をあげて、そのつぶらな瞳を俺に向けて来る。

「みんなが、仁奈のことを気遣ってくれやがります。みんなが、仁奈と一緒に笑ってくれやがります。
 それだけで、仁奈も心がポカポカしてくるのでごぜーますよ」
「…………」

俺は無言のままに、仁奈の頭をわしわしと撫でる。
仁奈は嬉しそうに目を細める。
本当に、人に愛される才能に恵まれた子だ。
この才能を、変にスレさせることなく、さりげなく守り続けることが、この俺の使命なんだろうな。

願わくば、いつまでも。
この笑顔が、誰かの悪意に潰されたりしませんように。



    *    *    *

234〜〜さんといっしょ ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/26(水) 21:59:31 ID:CZy2wXUk0



スタジオを出て仁奈をタクシーに押し込むと、俺は単身、次の仕事場へと向かう。
仁奈は俺の方から車で迎えにいったが、次の仕事のアイドルとは現地集合の予定だ。

果たして、指定した写真スタジオでは、一人の少女……と一匹のイグアナ(!)が、俺を待っていた。

「あ、〜〜さん、こんにちわです〜♪
 今日もよろしくお願いしますね〜」
「……こんなとこまで連れてきてたのかよ、ヒョウ君」

古賀千春。
のんびり者で小柄でふわふわな、お姫様に憧れる小さなアイドルである。

そして仕事の上ではあまり前面に出していない性癖ではあるが、彼女の最大の特徴が、そのペットに対する偏愛。
ヒョウ君、と名付けられたイグアナを、状況さえ許せば常に抱えて連れ歩いているのだ。

見れば彼女は片手に、ペット運搬用のゲージを提げている。
猫や子犬を連れ歩く時によく使われる代物だが、まさかコレにイグアナが入ってたとは誰も思わないだろう。
俺の視線に気づいて、彼女は照れたように笑う。

「流石に、今日は電車だったんで〜。改札出たら、すぐに出してあげましたけど〜」
「……そりゃまた、優しいことで」

どう考えても周囲はドン引きだったと思うんだが、いまさらそれを言っても仕方あるまい。
2人で連れ立って、写真スタジオの奥に歩を進める。
今日のお仕事は、ちょっとした広告の撮影。
連動するTVCMもなく、写真広告だけではあるのだが、あちこちに広く貼られる予定の大きな仕事。
一通り関係者に挨拶して回って、最後にスタイリストさんに小春の身柄を引き渡す。

「あ、〜〜さん、ヒョウくん預かってて下さい〜」
「もういい加減慣れたよ。ほら、こっちに来な」

彼女からヒョウ君とペット用ゲージを受け取って、壁際に下がって彼女の出番を待つ。
ヒョウ君も既に慣れたもので、俺のスーツにしっかりしがみついて離れない。
撮影の準備をしているスタッフたちが、通り過ぎざまにギョッとした表情でこっちを振り返るが、構うものか。
こいつはお姫様にとっては無くてはならない、相棒なのだ。

「まったく、お前も大変だな。あんなお姫様に振り回されて」

俺のぼやきに、ヒョウ君はもちろん答えない。どこを見てるかも分からない目で、ただじっとしているだけだ。
ほんと、なんでイグアナなんだろうな。
犬や猫ならまだ感情も分かりやすいが、爬虫類ってのはそもそも意志疎通できる気がしない。
出会った当初よりはだいぶ小春との関係も深まったが、根本的なところで分からないことが多い子だ。

しばらくして、衣装を着せられメイクを施された小春が、撮影の現場に戻ってくる。
どこかのお姫様のようなフリフリのドレスに、小さなティアラ。
ともすれば装飾過剰にもなりかねない衣装が、実に似合っている。
こちらの視線に気づいて軽く手をふってみせると、そのまま強烈なライトの光の中、撮影に入る。

まだ理解しきれたとはいえない、謎の多い少女。
ひょっとしたら、俺が小春のことを理解できる日など、永遠に来ないのかもしれない。

それでも、俺たちは約束をした。
確かにあの日、誓い合った。

いつか彼女を、お姫様にすると。みんなに好かれる、可愛いアイドルにすると。

「まだまだ、こんなもんじゃないぞ。
 いずれ、もっとすごいところに連れて行ってやる。もっと素敵な世界を見せてやる」

カメラの前で商品を手にポーズを取る、小さなプリンセス。
あの日の約束は、口先だけのものじゃない。こんな所で満足させるつもりもない。
古賀小春というアイドルは、もっと高いところまで行けるはずの逸材なのだ。

「だからそれまで、俺たちであのお姫様を守ってやらないとな。
 なあ、ヒョウ君?」

俺は返事がないのを承知の上で、腕の中のイグアナに語りかける。
何を考えているのか分からない爬虫類は、ただじろり、と俺のことを見ただけだった。



    *    *    *

235〜〜さんといっしょ ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/26(水) 22:00:02 ID:CZy2wXUk0



夕焼けに染まる街の中を、車を走らせる。
助手席に収まっている小柄な人物は、また違う女の子。

「〜〜プロデューサー、見て見てー! すっごい夕陽!」
「おう、綺麗だよなぁ」

赤城みりあ。
つい先日CDデビューも果たした、小学生アイドルだ。

天真爛漫で明るく元気、それが彼女の第一印象だろう。それは否定しない。
けれど、彼女の魅力はそれだけではあるまい。
個人的には、真摯に仕事を楽しみながらも努力を忘れない、頑張り屋さんなところを推しておきたい。

小春を送ってみりあを迎えに行って、これから向かうのはラジオ局。
CDを出したことを期に、有名な番組にゲスト出演することになっているのだ。
全国に発信される番組だし、是非ともここで畳みかけておきたいところ。
軽いトークの後、彼女の曲がかなりの長さで流れる予定になっている。
この年齢で歌うのは相当厳しいはずの、かなり難易度の高い歌だ。
ラップ調の部分にはかなり苦戦していたのを俺も見ている。

「自分の歌を自分で聞くのって、すっごい変な気分だよねぇ! こんな声だったっけ? って!」
「ああ、そういうことを言う奴は多いな。そのうち慣れるらしいが」
「じゃあ、今のドキドキは、今だけのものなんだね! うんうん、大事にしなきゃっ!」

なんとも生意気なことを言う。まったく可愛い奴だ。
こういうセリフを計算づくで口にできる奴はごまんといるが、素で言えるってのはこいつが持つ才能の1つだろう。
他の年長のアイドルたちから可愛がられているのも、納得というやつだ。

「ただ、ラジオだから可愛い衣装とかないんだよねー。それだけがちょっと残念」
「いやぁ、なんでもメイクさんは控えてるらしいぞ。
 番組のホームページで収録風景の写真を撮って、後で公開するんだとか」
「うそっ!?
 なら、もっと可愛い服着てきた方が良かった!? あーん、どーしよー!」
「それで十分可愛いさ。せいぜい、堂々としとけ」

本当に、ただ喋ってるだけで楽しい子だ。
これでファンのことも常に意識しているし、仕事への責任感は強いし、ほんと、どんだけ完璧な素材だよ。
この子に関しては、俺も素直にその才能を伸ばしてやるだけでいい。実に有難い子だ。

「えへへ、ありがとー!
 でも、プロデューサーも、けっこう可愛いよ?
「……いい年した大人が、可愛いとか言われても逆に凹むんだが?」
「でもほんとだってばー。
 おヒゲをキレイに伸ばしてるのもそうだし、お洋服気を使ってるのもそうだし。
 そのおヒゲ剃っちゃったら、今度は可愛くなり過ぎちゃうかな?」
「分かった、俺が悪かった、だから勘弁してくれ」

まったく、邪気がないだけにたまらない。
ああ、認めるよ。ヒゲを伸ばして高いスーツでハッタリかまして、それで辛うじて業界人ぶってるのがこの俺さ。
先輩ぶって、保護者ぶって、ベテランぶって。
そういったもので身を守らないと、立っていることさえできない。

そしてだからこそ、みりあのような才能が眩しく見えるんだ。
俺たちみたいな奴らにしかできない方法で、支えてやりたくなってくるんだ。

ラジオ局の建物が見えて来る。
駐車場へと車を滑り込ませる。

なあ、みりあ。
お前だけはほんとうに、どこまでも自分に正直に、好きなことだけを魂に忠実に、選び続けてくれよな。



    *    *    *

236〜〜さんといっしょ ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/26(水) 22:00:56 ID:CZy2wXUk0



放送を終えてみりあを送り届けて、ひとり事務所に戻ってきた時にはすっかり夜になっていた。
朝早くからの働きづめ、いい加減に疲労も溜まっているが、残念ながらこれで終わりではない。
午前中に片づけきれなかった事務的な仕事が、まだまだ俺を待っている。
労働基準法?
残業代?
なんだそりゃ食えるのか、ってなもんだ。

「……って、ちひろさーん?
 参ったな、どこかに行ってるのかな……」

ちょっとした書類の件で事務員の1人に用事があったのだが、折悪く不在らしい。
ホワイトボードの表示を見ると、まだ帰ってはいないはずなんだが。
無人の机の前で、このまま待つべきかどうか、しばし迷う。

「って、なんだこりゃ。企画書か?
 なになに、『シンデレラ・ロワイヤル』……?」

ふと、机の上に放置されていた書類の束が目に入る。
勝手にそういうモノを読むのは良くないことではあるが、ちょっと彼女の机の上にあるのは不自然だ。
興味をそそられて、ぱらぱらと中身を確認してみる。

どうやら内容としては、群像劇的なドラマの企画らしい。
脱出不可能な孤島に集められた、60人のアイドル。強要される殺し合い。
殺し合いを促進させるのは、人質に取られた少女たちの想い人の存在。
過激な内容ながら、その本質はアドリブ満載の恋愛ドラマである――そのようなことが、書かれていた。
ったく、なんちゅう悪趣味な企画だ。

「って、うちの子らも出す気かよ」

まだ未確定、という但し書きはついていたが、そこに添えられた名簿に俺は目を剥く。
おいおいこりゃ、どういうつもりだよ。
珠美に、雫に、仁奈に小春。
みりあの名前もあるし、今日はまだ会ってない俺の担当アイドル最後の1人の名もそこにある。
俺の担当分、まさに全員じゃねぇか。

「あら、〜〜さん! どうかしましたか、って……」
「ちひろさん、これ何ですか? こんな話、全然聞いてないんですけど」

いつの間にか戻ってきていた、お目当ての事務員・千川ちひろが、俺の詰問に苦笑する。
見られちゃったか、とばかりに、ペロリと小さく舌を出す。

「あー、それ、ボツになった企画案なんだそうなんです」
「はあ。
 ま、この内容じゃ……ねぇ」
「ただ多少なりとも女の子たちの反応を見たい、ってことで、幾人か選んで感想を聞くことになってるんですよ。
 その役目を、押し付けられちゃってて」

なるほどな。
ちょっと異例な話ではあるし、なんでそれやるのがちひろさんなんだ、とも思うが、分からんでもない。
他社でやっていた、アイドル同士のガチンコバトルもの。
それを意識したものをやりたい、もしやったらどうなるのか、といった話なのだろう。

「とりあえず、――さんのとこの子を集めて、こんど話を聞こうと思ってるんですけどね」
「アイツかぁ。確かにあそこは、危ういかもな」

ちひろさんの上げた同僚の名に、俺は自分のあごひげを撫でつつ考える。
悪い奴ではない。むしろかなり有能な方だ。
担当アイドルたちにも、かなり好かれているはず。
ただ、なんというか奴は――優しすぎる。そして脇が甘い。
女の子たちに期待だけさせておいて、誰を選ぶこともできずにいる、そんな感じの男だ。
そういうところにこの状況設定を放り込んだら、まあ、エラいことになるのは目に見えている。

「〜〜さんのとこの子たちは、どうでしょう?
 こういう状況に実際置かれたとしたら、殺し合い、すると思います?」
「ウチか?
 うちの子らは、まあ無いでしょう。そういう脚本でも用意されない限りはなァ」

即答する。
うん、まあ、傍目には俺のとこも似たように見えるのかもしれないけどな。
人数もちょうど同じ6人。
そして俺も、担当の子らにはそれなりに好かれている自覚はあるよ。それが男女の情かどうかは別として。
でも、なぁ。

「冒頭での脅かし方次第じゃ、悩んだり混乱したりする子は出ると思いますけどねェ……
 まあ、無いですわ。
 実際に覚悟決めて誰かを傷つけられるような子は、いないでしょう。
 あったとして、せいぜい、武器を構えて誰かに向ける、所までじゃないですかね。
 それこそ事故みたいなことでも起きない限り、この企画には貢献できないと思いますぜ」

このバカげた企画を立てた奴には悪いが、断言させて貰おう。
俺の担当の中には、誰かを蹴落としてそれでよしとするような子は、1人もいない。
そんな風に育てた覚えはないし、そんな風な子を拾ってきた覚えもない。
ま、中には一見、誤解されやすい子もいるけどな。
それでも、大事なとこが何も見えちゃいねぇよ。

237〜〜さんといっしょ ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/26(水) 22:01:31 ID:CZy2wXUk0

「そういう意味でも、この企画はボツにして正解ですよ。上手くいくわけがない」
「んー、そう、なんですかねぇ……」

何やら不満そうな様子の、ちひろさん。
ひょっとして、この企画を立案したのは彼女とか?
……いやいや、まさか。
彼女は一介の事務員に過ぎないはずだ。
ま、しかし、誰でもいいけどなぁ。

あんまり、俺らの『アイドル』たちを、舐めるなってんだ。


    *    *    *


一通り事務仕事も済ませて、ようやく肩の荷が下りた俺は、ふとあることを思い出す。
事務所の片隅、冷蔵庫の前。
しゃがんで扉を開け、中身を覗き込む。

「……くっそぉ、やっぱり『売り切れ』かよ。
 及川牧場のネット通販、もうあの新商品、取り扱ってくれてんのかな……」

ちょうど、甘いモノが少しだけ欲しいところだったのだが。
こう見えて酒もタバコもやらない俺は、甘いモノにだけは目がないのだが。

半ば予想していた通り、昼前に見せられたミルクプリンは、影も形もない。
冷蔵庫内の広々とした空間が、虚しく冷え冷えとした明かりに照らされている。

言いようのない脱力感に襲われ、はぁぁぁ、溜息ひとつ。
冷蔵庫の冷気を浴びながら、仕方ない、今日はもう帰るか、と思った、ちょうどその時。

ぺたり。
しゃがみこんだ俺の背中に、全身で貼りつく者がいた。
ふぁさっ、と広がった長い髪から、ほのかな芳香が香る。
そして俺の耳元に、吐息を吹きかけつつ、ささやく声。

「ちひろさんと、なんのお話ですかぁ?」
「おう、そういや今日の午後はレッスンが入ってたんだったな。ご苦労さん」
「ちひろさんと、なんのお話ですかぁ?」
「……仕事だよ仕事。
 さすがにそこに変な勘繰り入れられても、困るんだが?」
「……そういうことに、しておいてあげますねぇ。うふふ」
「だから邪推すんな。
 あと背中に爪立てるな。体重かけてくるな。いい加減痛いぞ」

言っても言うことを聞かないので、ちょっと乱暴に振り払って、立ち上がる。
我ながら酷い扱いだとは思うが、しかし、こうでもしない限り立ち上がれそうにない(物理的に)。
改めて溜息をついて振り返れば、そこには蕩けるような笑みを浮かべた一人の女の子。

佐久間まゆ。
俺の担当するアイドルの最後の1人にして、今日は会わずに終わるのかなーと思っていた相手である。
い、いや、別に避けていたとかじゃないぞ、うん。
たまたま、今日は予定が合わなかっただけだ。これだけ担当する子がいると、そういうことも普通にある。

今日は彼女は、俺が他の子らの仕事を見ている間、事務所の方で音楽のレッスンに臨んでいたはずだった。
いちおうプロデューサーという肩書になっている同僚が、基本的なところから指導してくれていたはずである。
クラシック畑の出身(確か本来の専門はピアノだったか?)で、いろんな意味で不器用な男。
事務所ではかなり軽んじられているし、業界内でのキャリアならこっちが上だが、それでも俺は密かに尊敬している。
困った時はお互い様ということで、こっちも彼の担当アイドルの舞台出演などを手伝ったりしているが……
それでも後日、改めてお礼を言っておかないとな。

「それにしても、もう帰っていると思ってたんだがな?」
「やだなぁ。
 〜〜さんを待っていたんですよぉ。
 送って行って、くれますよねぇ?」

238〜〜さんといっしょ ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/26(水) 22:01:59 ID:CZy2wXUk0

やれやれ。
しかしそのお願いを無下に断るほど、俺は薄情でもなければ、命知らずでもない。
まったく、こんなバツイチの中年親父のどこがいいんだが。
惚れられていること自体は光栄なことではあるんだが、俺としてはどこまで応えたものだか、首を捻ってしまう。

「駐車場行くぞ」
「はぁい♪」

冷蔵庫を閉じ、さっさと荷物をまとめると、並んで歩き出す。
今日はこのまま、まゆを家まで送って、それで終了ということになりそうだった。
明日になれば今日ほどの密度ではないにせよ、また新しい仕事が待っている。

ふと、先ほどの話を思い出す。
アイドルたちの在り方を試す、悪趣味極まりない『シンデレラ・ロワイヤル』の企画。

まゆのことを表層しか知らない人は、こいつこそ一番危険だ、と思うかもしれない。
俺への好意を隠そうともせず、愛情アピールに熱心な子。
ときおり見せる、偏執的な歪んだ言動。

まあ、実際こいつがそういう状況に置かれたら、そりゃ相当悩むだろうよ。
こいつはあまりにも俺のことを、愛し過ぎている。
悩んで、苦しんで、取り乱した態度の1つくらい、見せることになるかもしれない。

でも、こいつこそ。
何か不幸な事故でも起きない限り、他の誰かを傷つけることなんて絶対にありえない子だ。

事務所の外に出て、ふと、夜空を見上げる。
都会の空は明かりが強くて、ろくに星なんて見えないけれど。
それでも負けずに光る一等星が、確かにそこに、存在している。

「……なあ、まゆ」
「はい?」
「いつまでも、こんな日々が続くといいな」

俺は静かに呟いた。
自分でもどうしてこんなセリフが出てきたのか、いまいちよく分からない。
あの変なボツ企画のせいなのか、それとも、忙しくも充実した一日のせいだったのか。

急に話を振られたまゆは、一瞬だけきょとん、として、しかしそれでも、

「…………はい♪」

澄み切った、陰のない、心奪われるような微笑みを、静かに自然に浮かべたのだった。


.

239 ◆RVPB6Jwg7w:2013/06/26(水) 22:02:16 ID:CZy2wXUk0
以上、投下終了です。

240名無しさん:2013/06/26(水) 22:46:49 ID:fSRn6H6s0
投下乙です
早朝から終業まで、沢山の「アイドル」たちをプロデュースするPの一日は忙しくも輝いているなあ
シンデレラロワイヤルをすっぱりと否定するところに、彼の彼女たちに対する信頼が感じられます
何気に、今までの話で出てきた他のPも端々に見られて、彼らの繋がりにテンションが上がったりw
このP担当アイドルで生き残ってるのは小春ちゃんだけだけど、彼女だけでも彼のもとに帰って欲しい……

241 ◆John.ZZqWo:2013/06/26(水) 22:47:41 ID:D6qInqpc0
投下乙です!

>>人は人、私は私
杏ぅ〜〜! 要領のいいやつだなおまえは><
いやしかし、動かざるはニートの如しな杏がこんな機転をきかすとは……、いや、こういうやつだからこそアイドル界でもうまくやっていけてるんだろうけど。
ちなったんは理知的なんだけど、考えすぎが弱点になっている感じ。いや、けっして立ち回りは悪くないんだけどね……運が悪いのかな?
適度に働かないコンビの誕生だけど……ちなったん、悪いことは言わないから杏は早く切っちゃいな。そいつといると不幸になるよw

>>ヘミソフィア
うーん、すごい迫力(?)のある話だった。
死地においての信念のぶつけ合い。結果としてはこの惨憺たる状況が、つまりわくわくさんがすべてを文字通り打ち抜いてしまったわけだけど、
しかし彼女らの信念はどこかに罅をいれたり、あるいは刻んでいたりするのかな。
個人的には光ちゃんが戻ってきたところで震えました。みくにゃん? みくにゃんは……あー……、生き残ってよかったですね。

>>うたかたの夢
そして間髪いれずに補完話とはw
ジューンブライドを通して……やっぱり響子ちゃんはいい女だよね。彼女が退場しちゃうといろんな意味で寂しくなるなぁ。

>>〜〜さんといっしょ
補完……というのだろうか、むしろ日常……というか日常?w
ロリコンP(偏見)さんを通しての、各アイドルの悩みやら思いやら……って、担当アイドル多いですね!
しかし苺Pや道明寺/小日向Pみたくアイドルに手を出さず適度な距離感を取りつつも頼られているところが渋かっこいー。
……このロリコンPさんのアイドルからはひとりも『ヒロイン』はでなかったんだよなぁ。全く、他のPさんはどーなってるんですかね!?

242 ◆John.ZZqWo:2013/06/27(木) 02:19:00 ID:sQlZc57I0
大石泉、川島瑞樹、姫川友紀、高垣楓、道明寺歌鈴、矢口美羽、三村かな子 の7人で予約します。

243 ◆rFmVlZGwyw:2013/06/30(日) 00:21:10 ID:eDMh2mxg0
投下乙ですー!

>〜〜さんといっしょ
他のPも少し交えたロリP(確信)さんの日常。
子供たちとしっかり向き合ってくれる頼れるオジサマ。そんな彼と一緒だったからこそ、ここでも『アイドル』でいられたんだなあと。
小春ちゃんにもどうにか頑張ってほしいところです。

では予約していたWプリムス投下します。

244 STAND UP TO THE VICTORY  ◆rFmVlZGwyw:2013/06/30(日) 00:23:58 ID:eDMh2mxg0
生きている間にやれることをちゃんとやればさ、きれいに死ねるさ
                         ―――ある戦災孤児の言葉


島の北西、湖に面したホテルのロビー。
オフシーズンには人で賑わっているであろうそこは、閑散としていた。
そこにいる人間は、ロビーのテーブルで向かい合っている二人の少女のみ。

「ホテルの鍵がカードキーで良かったね。これなら何枚か持っててもかさばらないし」

テーブルの上に数枚置かれたカード―――緑地に黒い磁気ラインが一本だけ通り、隅に部屋番号が書かれたカードキーだ―――のうち一枚を弄りながら北条加蓮が言う。
少し前、彼女たちは市街地からライブステージに向かう途中にこのホテルに立ち寄った。
参加者の誰かが利用しているだろうと踏んで、このホテルの様子を見に来たのだが……。

「うん。始まって結構経つのにあたし達が一番乗りってのが信じられないけど……フロアキーも揃ってるしマスターキーもちゃんとある以上、誰も来てないって事だからなぁ」

神谷奈緒は銀色に磁気ライン、そして「Master Key」と金で書かれたカードをしげしげと眺める。
彼女たちがフロントを調べた時、このマスターキー含むカードキーは全て揃っており、全く手を付けられた痕跡はなかった。

「まぁここ端っこだし、周りにはステージくらいしかないからね。おかげで有難く使わせてもらえるってわけだ」
「細工に時間かかったけどなー。移動には自転車があるし、しばらくはここを拠点にするってことで」

ここで二人は予定を変え、ホテルを拠点として放送ごとに行動を区切ることにした。
部屋の管理についてはどうするか話し合った結果、各フロアのカードキー数枚とマスターキーを持ち歩き、部屋をランダムで使い回す事にした。
後でホテルを訪れる他の参加者への牽制になるし、流石になくなっている部屋のドアを全てぶち抜くような無茶はしないだろう。
加えて、灯りの有無でバレないよう、取ってきたカードキーのうちいくつかに対応した部屋のカーテンを閉め、電気を点けてきた。
彼女たちが準備をしている間に、もう日は傾いてきていた。

「さて、じゃあステージ行こっか」
「ああ、色々と確認しないとな……でも時間厳しいなー」
「ライトアップとかできるのかな……ま、出たとこ勝負で!」

ホテルでの準備で大幅に時間を食ってしまい、ステージの設備の程度もわからない。
メイク等の時間も考えると、すべての準備が整うのは日没後だろうと二人は覚悟していた。
だが、彼女たちはなるべく早く『撮影』を終わらせ、『その後のこと』をこなすつもりでいた。


『あの子』が誰かの手にかかる前に。

245 STAND UP TO THE VICTORY  ◆rFmVlZGwyw:2013/06/30(日) 00:24:36 ID:eDMh2mxg0
◆◆◆◆◆◆◆◆

終わりのない Defenceでもいいよ

◆◆◆◆◆◆◆◆



私たちが『あの子』と出会ってしまう前に。



◆◆◆◆◆◆◆◆

君が僕を 見つめ続けてくれるなら

◆◆◆◆◆◆◆◆


私達『二人』で、やるんだ。

246 STAND UP TO THE VICTORY  ◆rFmVlZGwyw:2013/06/30(日) 00:26:02 ID:eDMh2mxg0

「これは……」
「及川雫さん……だっけ」

二人がたどり着いたステージには、先客がいた。
周囲を赤黒く染め上げ、横たわっている及川雫。
その表情はとても穏やかで、ブランケットをかけられているところを見ると、凄惨な殺し合いの被害者というわけではなさそうだった。
血だまりさえなければ、ステージ上でうたた寝をしているだけだと言われても信じただろう。

その遺体を前に、二人は、どちらからともなく手を合わせて目を閉じていた。
そうしないといけない気がしたから。

「……なぁ、加蓮」
「なに?」
「この人は、幸せ……だったんだろうな」
「え?うーん……そりゃあこんな顔して亡くなってるし、少なくとも最期は何かあったんだろうね」
「いや……ステージの上で死ぬってさ。ある意味アイドルとしては本望じゃないかって思って」

この島では、『アイドル』で居続けることはできない。
いや―――厳密に言えば、『アイドル』のままでは、自分も、誰かも、生かすことはできない。
そんな中で、こんな大きなステージで最期を迎えられた彼女は、『アイドル』としては最高だったのかもしれない。

「ううん、違うよ奈緒」

だが加蓮は、はっきりとそれを否定する。

「死んだら終わりなんだ。『その先』を目指せなくなっちゃうのは、どこで、どうやって死んでも、一緒なんだよ」

その向こう側に何があるのか、誰も知らないけれど。

「だから、あの子には最後まで立っててもらう。『アイドル』として、勝ってもらうために。あたし達の希望を託すために。……そのために、あたしがどうなったとしても」

その向こう側に、たとえ悲しみが待っていたとしても。

247 STAND UP TO THE VICTORY  ◆rFmVlZGwyw:2013/06/30(日) 00:27:10 ID:eDMh2mxg0

◆◆◆◆◆◆◆◆




それから、またしばらく経った。
及川雫の遺体を移動させ、ステージ裏にあった掃除用具で血だまりの掃除。
流石にステージ衣装のままやるわけにはいかないので、一旦着替えてから行った。
その後ライトアップ、音響、音源の確認等をしていたら、すっかり日は暮れかけていた。


「放送を聞いたら、着替えて本番だね」
「うん。……やっぱり、目立つんだろうなぁ」

音源は問題なし。曲も、据え付けのPCに無数のデータが登録されていた。ロック、ポップ、バラード…。
もちろん事務所のアイドルたちの曲も登録されている。なぜか島村卯月の曲だけが入っていなかったが。漏れにしてはピンポイント過ぎたが、その理由を詮索する余裕はなかった。
ステージは夜間ライブにも対応しており、ライトアップもしっかりしていた。
ただ、やはり夜にやるとなると、その明るさが目を引いてしまうだろう。
それでも、彼女たちは引く気はなかった。

「仕方ないよ。明るくなるまで待ってたら、半日はかかるから」

次の日の出までは、ほぼ12時間。
それまでに、この後の放送、夜中の放送、早朝の放送。
3回も放送を挟むことになってしまう。
その間に自分たちのいる【B-2】が禁止エリアに指定される可能性は十分にあったし、何より。

「そんなに『参加者』を放っておいたら、凛も危ない」

渋谷凛が犠牲者として呼ばれるかもしれないと思うと、とても待ってなどいられなかった。

「そうだな。あたし達がそいつらを引き付けられれば、凛もそれだけ生き延びられるわけだし」

もちろん、その凛自身がこちらに来る可能性も否定できない。
警戒は怠らないつもりだが、ステージに夢中になっている間に、『参加者』にあっさりやられる、なんてこともありうる。

全てが危うい賭けだった。
夜の闇の中で目立つステージで、全てを投げ打って歌い、踊る。
その向こう側には何もないかもしれない。
悲しみが待っているのかもしれない。

それでも、彼女たちは立つ。
かけがえのない『あの子』の勝利のために。その笑顔を、胸に抱いて。

248 STAND UP TO THE VICTORY  ◆rFmVlZGwyw:2013/06/30(日) 00:28:30 ID:eDMh2mxg0
【B-2 屋外ライブステージ/一日目 夕方(放送直前)】

【北条加蓮】
【装備:ピストルクロスボウ、専用矢(残り20本)、私服】
【所持品:基本支給品一式×1、防犯ブザー、ストロベリー・ボム×5、アイドル衣装、メイク道具諸々、ホテルのカードキー数枚】
【状態:疲労(少)】
【思考・行動】
基本方針:覚悟を決めて、奈緒と共に殺し合いに参加する。(渋谷凛以外のアイドルを殺していく)
1:放送を聞いたら、着替えてメイクし、ステージの自分たちをデジカメで撮る。
2:その次の放送まで他のアイドルを探す。A-3が禁止エリアに指定されなければ、ホテルに戻ってその次の放送まで交代で眠る。
3:もし凛がいれば……、だけど彼女とは会いたくない。
4:事務所の2大アイドルである十時愛梨と高森藍子がどうしているのか気になる。



【神谷奈緒】
【装備:軍用トマホーク、私服】
【所持品:基本支給品一式×1、デジカメ、ストロベリー・ボム×6、アイドル衣装、ホテルのカードキー数枚、マスターキー】
【状態:疲労(少)】
【思考・行動】
基本方針:覚悟を決めて、加蓮と共に殺し合いに参加する。(渋谷凛以外のアイドルを殺していく)
1:放送を聞いたら、着替えてメイクし、ステージの自分たちをデジカメで撮る。
2:その次の放送まで他のアイドルを探す。A-3が禁止エリアに指定されなければ、ホテルに戻ってその次の放送まで交代で眠る。
3:もし凛がいれば……、だけど彼女とは会いたくない。
4:千川ちひろに明確な怒り。



※自転車はステージの近くに停めてあります。
※二人が拝借してきたカードキーの部屋番号についてはお任せします。
※ライブステージでは島村卯月の『S(mile)ING!』を除き、現存する全ての楽曲が再生可能です。『S(mile)ING!』はCDから取り込めば再生できるようになります。
※及川雫の遺体は客席の端に安置されています。

249 ◆rFmVlZGwyw:2013/06/30(日) 00:32:00 ID:eDMh2mxg0
以上、投下終了です。
ホテル、ライブステージの仕組みに関しては何も言及されていなかったので独自解釈をさせて頂きました。
何か指摘ございましたが修正します。


……実は書いてる途中でホテルにみくと雫いたじゃねーかと気付いたんですが、あの二人の事ですしカードキーは律儀に戻したんでしょうw

250 ◆John.ZZqWo:2013/06/30(日) 13:29:53 ID:9uNQfyBc0
投下乙です!

>STAND UP TO THE VICTORY
んっん〜。なおかれ書く人はみんな神か仏か、こんなおいしいところでパスしてくれるなんて。……ハードルも上がってるような気もするけどw
奈緒も加蓮も冷静だ。覚悟……というよりかは諦観のほうが強いのかもしれないけど、こんな彼女らがどんな結末を迎えるのか。まだ想像できないなぁ。
幸いなのは、彼女らの想ってる凛ちゃんが理想の主人公をしていることか。

251名無しさん:2013/06/30(日) 17:39:56 ID:3YrHAWW.O
投下乙です。

雫のいた部屋のカードキーは、最初から他のカードキーと一緒だったかもしれませんし大丈夫でしょう。

252 ◆p8ZbvrLvv2:2013/06/30(日) 19:15:01 ID:/G/GlBzg0
投下お疲れ様です。

>彼女たちが生き残るのに必要なルール24(トゥエンティフォー)
互いに信頼しあっている二人は見ていて安心しますね。
これから上手く生き残っていけるのか……やっぱり心配ではありますが。

>JEWELS
もう死んでしまった二人の友情は見ていて切なくなるような美しさ。
彼女たちは確かに自分の生き方を貫けたし、何かを残せたんじゃないかと思います。
それだけに受け継いでいく彼女たちにも期待したいところです。

>ボクの罪、私の罪
一歩間違えれば激戦にもなりかねない状況をなんとか乗り切れて一安心。
けれどもお互いに抱えているものがある以上、何がきっかけで事態が動くのか……。
誰かが不安定になった時に残りの子がそれをカバーできるのか注目したいです。

>彼女たちに奏でられるアマデウス(トゥエンティーファイブ)
意外なところで陶芸が……きらりの普段は出さない本音も見えてきて凄いなと思いました。
考え方の違う二人ですが、これから手を取り合って進むことが出来るんでしょうか。
……少し行き先に不穏な物はあるんですが、こっちも気になるところです。

>人は人、私は私
うーんこれはショッキングなラストですね……立ち直りかけたところで一気に仕留められるとは。
不確定要素である凛が居なくなってしまった以上は遅かれ早かれこうなっていたんでしょうけど……恐ろしい。
少しちぐはぐな感じもするマーダーコンビ、果たして何処まで活躍?できるのか。

>ヘミソフィア
とうとう最恐のヒロインである留美さんが動き出して三人も……全員残っていたらどうなっていたのか。
響子とナターリアも最後には分かりあえたとは言え、やっぱり悲しいです。
光の最期も凄くカッコよくてまさにヒーローは遅れてやってくるといった感じでした。
そしてとうとうアイドルとしての道を選んだ智絵里、一気にスポットライトが集中した彼女に期待したいですね。

>うたかたの夢
ロワイアルとは別の視点から見た話、それだけでも中々気になる部分でした。
響子とナターリアの思い出は読んでいるだけで切ないですね……どうしてこうなったのか。

>〜〜さんといっしょ
何気ないアイドル達の日常……けれど小春ちゃん以外は皆死んでいるというのが物悲しい。
徐々にプロデューサーの描写も増えていって、このロリコンPさんも中々渋い大人といった感じで恰好良いです。

>STAND UP TO THE VICTORY
奈緒と加蓮は躊躇いや迷いみたいな物が一切無いんですよね……。
もうこのステージが終われば後は自分達の道を往くだけというか、そんな悲壮感を感じます。
その向こう側に何が待っているのか楽しみです。

最後に渋谷凛、予約します。

253 ◆John.ZZqWo:2013/07/01(月) 23:31:44 ID:MFU1RZQs0
予約延長します。

254 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/01(月) 23:58:34 ID:e1T1KNQ20
皆さん投下乙ですー!

>Ideal and Reality
藍子と美穂がとりあえず手を取り合ったか。
妥協もあるけど……さてどうなるかなぁ。
茜ちゃんは元気が出て、どう影響するかw

>彼女たちが生き残るのに必要なルール24(トゥエンティフォー)
相変わらず緻密な描写で素敵だなぁ。
二人が少しずつ分かり合って進んでいくようでいいなあ。

>JEWELS
なつきちのだりーへのおもいがかんじられていいなぁ。
ラストの締めが本当綺麗で素敵でした。


>ボクの罪、私の罪
とときんもとりあえずは何とかなったけど……
でもこの四人は傷を持っているわけで。
この危うさは本当怖いなぁw

>彼女たちに奏でられるアマデウス(トゥエンティーファイブ)
陶芸!
そこに、きらりの内面が綺麗に関わってきて。
そして肇ちゃんが前を向き始めるのは、いいなぁ。

>人は人、私は私
うーん。ショックだなぁ……w
こうなってしまうとは。
まさかのコンビで今後どうなるか。


>〜〜さんといっしょ
まさか、この6人が同じPとはw
そして、一緒だとすると……
彼女の今の本当の内面はどうなってるんだろうなぁw

>STAND UP TO THE VICTORY
淡々と自分のやりたい事をしているなぁ。
それが悲痛で、それで重たくて。
哀しくも、綺麗でした。


最後に相葉夕美予約します。

255 ◆p8ZbvrLvv2:2013/07/03(水) 17:34:00 ID:0a6LNi020
すいません、個人的な事情で予約を破棄します。拘束して申し訳ないです。

256 ◆John.ZZqWo:2013/07/04(木) 00:10:26 ID:1q8x/ssI0
投下開始します!

257彼女たちにとってただ目的の為だけのトゥエンティーシックス:2013/07/04(木) 00:11:31 ID:1q8x/ssI0
「はい、お待ちどうさま」
「やっと、飯にありつけるー!」
「……いただきます」

目の前に出された器を前に3人は三者三様にいただきますをし、そしてそれぞれの食事に箸を伸ばした。

「あら、いけるわね」
「高そうなところに入ってよかったねー」
「無銭飲食は少し気が引けますけどね……」

川島瑞樹、姫川友紀、大石泉は南の市街の中で見つけた蕎麦屋で、とりそこなっていた遅い昼食をとっていた。
店内はどこかしら趣きがあり確かに高級そうな構えで、そして実際にメニューを見てみればそれは数字として実感することができる。
また、味も――蕎麦を茹でたのは川島瑞樹だが――その値段に見合ったものがあると感じられるものだった。

「このエビはこの近くでとれたものなのかしらね?」
「泉ちゃん、もっと食べないとへばっちゃうよ。はい、あたしのイモ天あげる」
「あ、ありがとうございます」

川島瑞樹は天ざるを、姫川友紀はかきあげ天そばに自由に他の天ぷらをのせたもの、大石泉は山菜そばを食べている。
大石泉のそばは今しがた山菜+イモ天そばになったが……ともかくとして、彼女たちは食事をとり、そして今後の方針を話し合っていた。



「次は港に行くんだよね? 地図にはこっち側には『港』って書いてないけど?」
「そうね。確かになにも書いてないけど、魚市場があるくらいだしすぐそばに港が……『漁港』があってしかるべきだわ。
 地図に書かれてないのは私たちに利用させるにはそぐわない施設だから、かしらね。ともかくとして日が暮れる前に船の状況は見てみたいわね」

言って、川島瑞樹はつゆに蕎麦湯を足して口につける。
異論はその目の前の姫川友紀にも、その隣に座る大石泉にもなかった。予定がやや押していることを除けば元々決めていたことと変わりはない。
しかし、大石泉が「ひとつ提案があるんですが」と手をあげた。

「さきほど、学校で"放送”を聞いて……、そしてあの"中継車”を見つけてから思いついたことなんですけど――」

川島瑞樹の片眉が上がり、姫川友紀の天ぷらをかじる動きが止まる。

「私たちからでも"放送”ができないかって考えたんです」

大石泉の言葉を聞いたふたりの目が驚きに見開かれる。彼女は時折、誰も発想しないような、それでいた大それたことを言い出すのだと。

「それって、ちひろさんが流してるみたいなのをってこと?」
「規模は限定されますが、概ねそういうことです」
「方法や算段は……ついてるわよね。泉ちゃんのことだから」
「まだ実際に可能かはわかりませんが……、対応されていたとしてもある程度のことはできるんじゃないかと」

そして、彼女はその思いついたことを、どういう発想からそう至ったのか順を追って話し始めた。

「私たちは2回目の放送を学校の中で聞きましたけど、あの放送がどこから流れてきたか覚えていますか?」
「それは、その……普通に学校にあったスピーカーから……あれ?」
「そうなんです。放送は元々学校に備え付けられていた校内放送用のスピーカーから聞こえてきました。
 そして、それは他の場所でも変わらないと思うんです。街の中だったら街の中にあるスピーカーを利用して、山の中だったら山の中のを、と」
「なるほど……、少し話しが見えてきた気がするわね。
 つまり、運営側はこの島中に新しい放送用のスピーカーを備え付けたわけではなく、元々島中にあるものを利用している」

川島瑞樹の言葉に大石泉は頷く。

258彼女たちにとってただ目的の為だけのトゥエンティーシックス:2013/07/04(木) 00:12:03 ID:1q8x/ssI0
彼女自身、かなり冴えた発想だと思ったが、しかしその発言については大石泉は首を横に振った。

「それは、できたら最良なんですが、今のところ必要としているものが足りませんし、挑戦しても成功する可能性は低いと思います」
「えぇ……、だったらなんだろう?」
「もっと小規模で単純なことです。例えば、あの学校のスピーカーなら学校の中の放送室からでも利用できますよね?」
「うん、でもそれだと学校の中にしか聞こえないんでしょ?」
「ええ、ですから、私たちが手を出せる放送施設の中で聞こえる範囲の広いものを選びたいと思います」

大石泉の言葉に姫川友紀、そして川島瑞樹は地図に目を落とす。
地図上にはいくつかの施設が表記されているが、そのどこにも館内放送のようなものはあるだろう。
しかし、より広範囲に放送を流すにはそれでは足りない。ではどの放送施設を利用すればいいのか、気づいて川島瑞樹はあっと声を上げた。

「そうか、"街の中”のどこにいても放送は聞こえてたのよね……」
「えっ、川島さんわかったの?」
「ここは島だし、街は海辺の近い場所にある。だから、街中にスピーカーが設置されていて当然なのよね」
「はい」

津波などの災害が起きた場合に住民に危険を伝える『避難誘導放送』です――と、大石泉は答えた。


 @


「誰もいないなぁ……」

校舎の屋上に立ちグラウンドを見下ろしながら三村かな子は誰となしに呟いた。
山から吹き降ろす風が涼しくそよぎ彼女の髪を揺らす。だが、彼女の中の疑問はそんな風では晴れてくれない。

「うーん……」

あれから、学校の敷地内を慎重に端から端まで捜索したが、その中で誰かと出会うとことも誰かの死体やここにいたという痕跡を発見することもなかった。
ならば、あの指令――【学校に戻れ】【3人殺せ】――は一体なんだったのだろうか。
三村かな子はてっきり、誰かがあの"扉”を発見した。だからその誰か、おそらくは3人組のその誰かたちを始末しろというメッセージだと思い込んでいた。
しかしそういう3人組の姿を見たり、"扉”の前に誰かが到達したという痕跡は見つけられなかった。
だとすると、解釈が違っていたのかもしれないと三村かな子は考える。
運営――千川ちひろが直接三村かな子を動かす場合は、特殊な例外を除けば2つだけだ。
ひとつは"扉”の発見のようなこの企画の進行が危ぶまれる状態が発生した場合。
そしてもうひとつは、それこそが"敵”という存在を用意したところの本来の趣旨であるゲームを進める――つまりは死者を出す必要がある場合。

「どっちにしろお仕事だよね」

考えてみればそちらのほうが自然かなと三村かな子は思った。もし侵入者がいたのだとしたら、あの指令はもっと具体的であったはずだ。
【3人殺せ】とは、つまりゲームの進行が滞っているので放送までにそれだけ死者を出せということ。
そして【学校に戻れ】とは、この学校の近辺に少なくとも3人以上の(千川ちひろが)殺してもかまわないというアイドルがいる――ということなのではないだろうか。

「………………」

三村かな子は情報端末を取り出してストロベリー・ソナーを表示する。
しかし、学校内を捜索中にもチェックしたがこの周囲にストロベリー・ボムを持った誰かはいないようだった。
そうなると、この近辺でなにもヒントのないまま3人以上のアイドルを探し出し殺さなくてはいけないということになる。しかも、次の放送までに。

「ふぅ……」

ため息をつくと三村かな子は屋上の縁から離れ、校内へと戻ってゆく。
その時、視界の端に大槻唯の死体が映った。
三村かな子が一番最初に殺した少女。プロデューサーへの恋心を謀に利用されアイドルの敵への生贄とされたかわいそうな女の子。
自慢だった蜂蜜色の髪の毛はもう色あせて、――しかし三村かな子は一瞥するだけでその場を、後悔や恐怖に追いつかれないよう足早に去った。

259彼女たちにとってただ目的の為だけのトゥエンティーシックス:2013/07/04(木) 00:12:27 ID:1q8x/ssI0
 @


意外なことに、あるいは幸運なことに標的はすぐに発見することができた。

「(あれは楓さん? ……いっしょにいるのは誰だろう? 巫女服を着てるのは歌鈴ちゃん? でも、あんなに髪の毛が長かったっけ……?)」

学校から出て街中を通りに沿って十数分ほど、その通りからひとつ中に入った路地に指令の数と一致する3人のアイドルの姿があった。
三村かな子は気取られないよう距離を置いて後をつけ、その様子を観察する。
ここに来て初めて出会う3人組という相手だ。これまでのひとりひとりとは違って、不意をついてそのまま刺して殺すというわけにはいかない。
一見して、3人はなにか銃や爆弾のようなものを持っているようには見えないが、しかしそれでも油断は禁物だ。

後ろからライフルを掃射するか、それともストロベリー・ボムを投げつけるか……?
今、3人は左右に一軒家が並ぶ道を歩いている。
初撃でしとめ切れなければ逃げ込める場所も身を隠す角も多い。とすると、やはり一網打尽か、あるいは確実に足を止めさせてからというのが望ましい。

彼女らまでの距離はおよそ30メートルから40メートル。路上にある身を隠せそうなものは電信柱くらいしかないのであまり距離はつめられない。
いっそ、思いっきり近づいてライフルを撃ちまくろうか?
三村かな子はそんな気持ちをぐっと我慢する。焦るのは疲れているから、だからあえてゆっくりと機会を待ち、確実なタイミングを狙う――そう意識する。

「……!」

目の前で3人が角を曲がる。三村かな子は3人を見失わないよう急ぎ足で角まで移動してその先を覗き込む。
すると、3人はまた次の角を曲がろうとしているところだった。

「(どこにむかってるんだろう……?)」

発見してから3人は何度も角を曲がって、街の中を突っ切るように進んでいる。
適当に道を選んでいるだけのようにも見えるが、しかし高垣楓が時折情報端末を取り出して覗いているところを見ると目的地があるらしかった。
三村かな子も情報端末を取り出し地図と現在地を確認する。

「(この方向だと……"町役場”かな?)」

どういった理由があるのかまではわからないが、十中八九そうだと三村かな子は当たりをつける。そして、襲撃ポイントもそこだと決定した。

「(あそこには"あれ”がある。"あれ”を見たら3人とも足を止めるはず……。その時が一度に殺すチャンス)」

三村かな子は3人が曲がった角を曲がらずにまっすぐ進み、そして先回りすべくさらに足を速めた。


 @


高垣楓、矢口美羽、道明寺歌鈴の3人はとりあえずの目的地としていた町役場にたどり着き、そしてその前で発見したものを見つめ足を止めていた。
それは"若林智香”の死体だった。

「こんな……ひどい殺され方……」

道明寺歌鈴が嗚咽を漏らす。彼女の死はすでに放送で知られていたが、しかしその死の実態は3人が衝撃を受けるのに十分なものだった。
背負うか、肩にかけていたはずの荷物を奪われ町役場の前に放棄されていた若林智香の死体。
手首が折れており、すでに血が流れ出きった傷口からは折れた骨が突き出している。そして胸には2本。頭には1本の突き刺さった矢。
口元は吐き出した血で赤く染まって、なによりも心を抉るのが無念そうな表情とすでに白く濁りはじめていた目だった。
それは、なんら安らかさのない無残としか言いようのないアイドルの終わった姿だった。

「かわいそうに……」

佐久間まゆの最期を看取った高垣楓の口からそんな言葉が漏れる。
なので彼女がアイドルの死体を見るのはこれが初めてではないが、しかしまさにこれが殺し合いを行った者の末路なのだと高垣楓はここで初めて実感した。
自分たちがなにをやらされようとしていたのか、これがその答えで、どうしてこんなことを……と困惑と憤りと悲しみが心の中に湧き上がっていた。

260彼女たちにとってただ目的の為だけのトゥエンティーシックス:2013/07/04(木) 00:14:04 ID:1q8x/ssI0
「……………………」

矢口美羽は両手で口を押さえ、死体を前に身体をガクガクと震わせていた。
ここにある死体こそが、この若林智香の死体こそが自分がしようとしていたことそのものなのだと、それに気づいてしまったがために。
腕の傷、そして身体に突き刺さった矢。彼女には2つの傷がある。彼女は2つの手段で痛められ、彼女はふたりの人間の手によって襲われ、殺されている。
親しさを装ってから不意をついたのか、それとも追い掛け回した結果なのか、それはわからない。
けれど、それは矢口美羽が道明寺歌鈴とふたりでしようとしていたことで、その結果、若林智香はこんな苦しそうな顔をして路上で行き倒れたように死んでいる。
そんな自分のしようとしていたこと、その結果を前に矢口美羽はただ震え、絶叫しそうな恐怖を抑えるだけで精一杯だった。

そして――






 @


案の定、3人は死体に気をとられて足を止めている。それを確かめると、三村かな子はライフルを構えたままそっと物陰から身を乗り出した。

「(ひとりも逃がさないように……)」

ここで町役場の中に逃げ込まれるとまずい。なので三村かな子はまずはその入り口に一番近い高垣楓へと狙いをつけた。
最初に彼女を撃ってその場から動けなくする。そして続けざまにもうひとり撃つ。そこで最後のひとりが立ちすくんだり仲間にかけよればそれもまた撃つ。
一撃ずつ加えたら後はしっかりととどめを刺せばいいし、もし途中で最後のひとりが逃げ出すことがあっても町役場の前の通りは開けているので問題はない。
しっかりと頭の中でシミュレートし、セレクターレバーが3点バーストに入っていることを確認すると、三村かな子は改めて高垣楓の細い腰へと照準を合わせる。

後は引き金を引き、よどみなくシミュレートした内容を再現するだけ……というところで不意に標的に変化が起きた。

「(誰……!?)」

死体の前で手を合わせていた高垣楓がなにかに気づいたように後ろを――町役場の入り口へと振り返った。
なにが? と、三村かな子も狙いをそのままに視線だけそちらへと向ける。するとそこには町役場の奥からこちらへと歩いてくる数人の人影があった。

「(仲間? ……待ち合わせしていた? 2人……いや、3人?)」

用意したシミュレーションが無駄になったことで三村かな子の頭の中に混乱が渦巻いていく。
このまま町役場の前にいる3人だけでも撃つか? しかしそれだとその後、奥から出てきた人物から反撃を受けるかもしれない。
相手の人数も武装もわからず、下手をすれば圧倒的な武力差でこちらが殺されてしまうかもしれない。そうでないとしても、負傷するリスクを負うだけで大事だ。
ならば、ここはいったん見逃して次の機会を待つ? けれど、6人かひょっとすればそれ以上かも知れない集団相手にこの先どれだけチャンスがあるだろう。
それに例の指令のこともある。いや、こういう状況が生まれることを見越しての指令だったとするならばこの場面をやすやすと見逃すわけにはいかない。

「(どうしよう……どうしよう……どうすれば…………あっ!)」

町役場の中から出てきた人物を見て三村かな子の口から小さな声が出る。

「(泉ちゃん……! 泉ちゃんがここに……!?)」

そこにいたのは三村かな子を先輩と慕うユニット・ニューウェーブのひとり――大石泉だった。
彼女の顔を見て、これまで心の中で押さえつけてきたなにかが大きく膨らむのを三村かな子は感じた。

「う、ぅぅうう……ぅ……ううううぅぅううぅ…………」

もしも、彼女が仲間を集め、そしてその仲間に学校のことを調べさせていたのだとしたら? 彼女たちがあの秘密にたどり着こうとしているのだとしたら?
だからこそ運営が指令を送ってきたのだとしたら? 彼女たちがすでにこの企画において危険な存在だと見られているのだとしたら?
それはつまり、逆に言えば――?



パチリとセレクターレバーがフルオートに入れられる。そして悲鳴のような銃声が暮れかけた空を劈き、真っ赤な血の雨を降らした。





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261彼女たちにとってただ目的の為だけのトゥエンティーシックス:2013/07/04(木) 00:15:25 ID:1q8x/ssI0
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「はぁっ……はあっ……! はっ……、はぁ……はぁ……」

物陰の中で三村かな子は荒い息をつき、撃ちつくした弾倉を抜き取り新しいものに交換しようとする。だが、あれだけ練習したのに手が震えてうまくいかない。
簡単なのに、ただ差し込むだけなのにそれがうまくできない。それどころかぶるぶると手が震えて弾倉を取り落としそうになってしまう。

「大丈夫……できる……」

ぎゅっと目を瞑り、息を止めて心の中で落ち着けと連呼する。そしてゆっくり長く息を吐くと、今度は練習したとおりに簡単にはまった。
しかしそれでもまだ細かな震えが止まらない。
撃った。撃ってしまったのだ。もしかすれば希望だったかもしれないものを。ハッピーエンドにつながるかもしれなかったひとつの可能性を。
けれど、三村かな子はだからこそ撃たなくてはならなかった。
希望は誘惑で、ただの幻だと知っているから。甘い希望なんかを抱かないためにも、それを粉々に打ち砕く必要があった。

「死体を確認しないと…………」

もう一度だけ大きく息を吐き、三村かな子はライフルを構えて町役場の前を覗き込む。
そこにあるのはひとつの死体。……半日前から放置されたままの若林智香の死体だけだった。

「な、なんで……?」

すべて外してしまったのだろうか? いや、冷静さを失いフルオートででたらめに撃ったが、何人かに当たったのを三村かな子は見ている。
その証拠として町役場の玄関前にはおびただしい量の真新しい血が飛び散り、血だまりも作っている。
致命傷には至らなかったのか、あるいは傷を負わなかった子が撃たれた子を中へと引きずっていったのか?
と、そこまで考えたところで軽い銃声が鳴り響いた。一発。そして二発。

「(今のは楓さん……?)」

どこからかと視線を走らせると、窓のひとつから銃を突き出してた腕が引っ込むのが見えた。白く細い腕は高垣楓のものだと、三村かな子には見えた。
発射された銃弾の行く先はわからない。多分、どこも狙っていないんだろうと三村かな子は思う。
きっとあれはこちら側にも武器があるというアピールなのだろう。殺し合えば互いに無事にすまない。だから引くか降参しろというアピールなのだ。

どうしようかと三村かな子は悩む。
たとえ拳銃一丁だけだとしても、相手が武器を持っている以上、相手の待ち構える建物の中には入りたくない。生き残ることが目的である以上、それは絶対だ。
しかし、何人殺せたのか――運営の望む成果を出せたのかどうかはわからない。少なくとも誰か死んだというのを目で見て確認はしていない。

「………………………………」

相手側からのアピールはもうない。怪我人が出てそれどころではもうないということだろうか?
だったらと、三村かな子は荷物から爆弾をひとつ取り出す。大槻唯から奪い、そこで死んでいる若林智香も持っていたはずのストロベリー・ボムだ。
ひとつだけ取り出し、荷物を背負いなおし、レバーを握ったままゆっくりピンを抜く。
そして町役場の中からこれ以上なんの反応もないことを確かめると、それを思いっきり町役場の入り口へと向けて投げた。
放物線を描いて飛んだ爆弾が入り口の前で一度はねて、そのまま奥へと転がって――爆発。一瞬、町役場の入り口が竜の口のように火を吹く。

爆弾が正しく爆発したことを確認すると三村かな子は町役場から離れるように駆け出した。まるで、アイドルから、希望から背を向けるように。





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262彼女たちにとってただ目的の為だけのトゥエンティーシックス:2013/07/04(木) 00:15:46 ID:1q8x/ssI0
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「大丈夫ですか……?」
「急所は外れたみたいね……平気よ。そんな顔しないで」

泣きそうな顔をして覗き込む大石泉に、川島瑞樹はこういう顔をすれば年相応の子供に見えるんだなと微笑んだ。
けれど、状況はとても笑っていられるものではなかった。雨霰のように降りかかってきた銃弾は容赦なくわき腹の端を貫通している。
即座に致命傷になるものではないにしろ傷は激しく痛むし、なにより出血の量もただならなかった。

「ホッチキスとガムテープを取ってくれるかしら?」
「え? あ、はい……待ってください」

逃げ込んだ場所は町役場の玄関ロビーから廊下を奥に進んだ突き当たりの物置をかねたような会議室だ。
その会議室に今は血の匂いが充満しているが、色々と置かれているおかげで物を探すのには困らない。ホッチキスとガムテープもすぐに見つかった。

「あぁ、もうこれじゃ水着の仕事できないわね…………んっ!」
「それで大丈夫なんですか……?」
「平気平気。悪いけど後ろは泉ちゃんが"止めて”くれる?」
「は……はい」

服を捲り上げて傷口をホッチキスで止めてもらう。あまりに大雑把な応急処置だが、少なくともこれで血は止まるだろう。
いずれはちゃんとして治療をするにしても、それまでそのままほうっておける傷でもない。

「このままテープで傷口を押さえてくれる? ぐるぐるっとやっちゃっていいから」

更にガムテープをお腹に巻いて傷口を押さえてもらう。不恰好だし、なによりはがす時のことを考えると陰鬱になるがそれもしかたない。
ガムテープを巻かれながら今後のことを考える。
たとえ丁寧に縫いとめたとしても身体の中の傷はそうすぐに癒えはしないだろう。だとすれば痛み止めの類が欲しいが店に置いているようなものが利くだろうか。
それに血でべっとりと塗れた服も着替えたい。それは選り好みしなければすぐに見つかるだろうが、できればその前にシャワーも浴びたいとも思う。
痛みのせいか脂汗が止まらない。強がってはみたものの、やはりこれは重症だ。

「ありがとう泉ちゃん。あなたもその傷大丈夫?」
「えっ? ……あ、いつの間に」

右ひざの下から血が流れ靴下を真っ赤に染めているが、どうやら彼女はこれまで気づいてなかったらしい。アドレナリンの作用か、なんて考えているだろうか。

「痛くはない?」
「今はあんまり……弾丸が掠ったみたいです。とりあえず私も押さえておくことにします」

言ってすぐに大石泉はハンカチを傷口に当ててその上からガムテープを巻きつけた。
学習力の高さはさすがだと感心するところだ。けど、今はそんなことをゆっくりと考えていられるほど余裕のある場合ではない。
床から起き上がると、川島瑞樹はこの部屋の中にいるもう一組のグループ――その中でも一番の年長者に声をかけた。

「楓ちゃん、そっちはどう?」

部屋の反対側ではついさっき出会ったばかりで、そして同時に銃弾の嵐に襲われることになった高垣楓と矢口美羽が床に横たわる道明寺歌鈴を介抱していた。
けれど、振り返った高垣楓は鎮痛な面持ちで首を横に振る。それはつまり、撃たれた彼女はもう助からないということだった。

263彼女たちにとってただ目的の為だけのトゥエンティーシックス:2013/07/04(木) 00:16:10 ID:1q8x/ssI0
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「お願い、死なないで……」

矢口美羽は床に横たわる道明寺歌鈴の手を握りながら言う。けれどもその声も彼女の耳には届いてないようだった。
握り返す手の力も微かで、短い息を繰り返す彼女の命のともし火が今にも尽きようとしているのは誰の目にも明らかだった。

「………………さん。………………さん。……………………」

道明寺歌鈴の口から愛しい人の名を呼ぶ声がもれる。迷子の子供のような弱々しい声だった。

「また会えるから! がんばって!」

矢口美羽は力いっぱい手を握って声をかける。けれどもその声は彼女には届かなくて、彼女は愛しい人を探しているけど、でも彼女目にはもうなにも映らなくて。

「だめえええええええええええええええええっ!!」

矢口美羽は絶叫する。……しかし、彼女がどれだけ叫ぼうとも、それは道明寺歌鈴の命をつなぎとめるなにかにはなりえなかった。





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264彼女たちにとってただ目的の為だけのトゥエンティーシックス:2013/07/04(木) 00:16:29 ID:1q8x/ssI0
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「私のせいだ……」

鎮痛な静寂の中で矢口美羽がぽつりと呟く。

「どういうことなの?」

高垣楓はそう尋ねる。その答えはもうわかっていたかもしれないが、彼女のためにそう尋ねた。

「……私が衣装を取り替えようなんて言ったから歌鈴ちゃんは死んだです。もしそうしなかったらここで死んでたのはきっと私だったんです」

なにを言っているのか、道理の通った話ではない。けれども彼女はそれを譲ろうとはしなかった。

「言ってることが無茶苦茶よ」
「でもそうなんですよっ!
 ふたりで協力してみんなを殺そうって持ちかけたのも私で、なにもかもが私の言い出したことで、なのに死んじゃったのは歌鈴ちゃんで……。
 だったら悪いのは私じゃないですか! 歌鈴ちゃんはただもう一度プロデュサーに会いたかっただけなのに、私が利用して、私が身代わりにした!

 ――私が死んでしまえばよかったのに!」

パンッと乾いた平手の音が鳴った。叩かれたのは泣いている矢口美羽で、叩いたのは苦虫を噛み潰したような顔をしている高垣楓だった。

「ごめんなさいね」
「楓さん……私、私が…………」
「駄目よ、美羽ちゃん」

高垣楓はぴしゃりと矢口美羽の言葉を、吐露を遮る。普段の彼女にはない厳しさが、アイドルに対するアイドルの先輩としての顔がそこにあった。

「あなたはよく考える子。失敗しても、その原因をつきとめて乗り越えていく。だから失敗していても心配にはならない。失敗はあなたの糧になるから。
 迷うのもそう。それはあなたにそれだけの判断力と可能性をつきつめる力があるから……そう、思ってる」
「楓さん、でも私…………」
「でも、ここにきてからのあなたは違う。いいえ、もしかすれば私の知らないところで同じことがあったのかもしれないけど、今のあなたは正しくない」
「正しくない…………?」

高垣楓は首肯する。

「今のあなたは反省する失敗の原因をつきとめるということにかこつけて、そこに逃げ込んでいるだけ。失敗を問題ごと投げ捨てて楽になろうとしているだけ。
 すべてがあなたのせいだったとしてそれでなにが解決するの? みんなであなたのことを罵ればいい? それとも死んで償うとでも言うの?」

辛辣な言葉だった。ともすればそのまま彼女を壊してしまいかねないほどに。

「でも、こんな取り返しがつかないこと……っ! 私、歌鈴ちゃんに、なんて…………」

矢口美羽の声が詰まり、両目から涙がボロボロとこぼれる。それはまるで、いきどころを失った悲しみが溢れているようだった。

「なにが悪かったとか、誰が悪かったのかなんてわかりっこないわ。それこそ、あなたがいつもしているようにじっくりと失敗の原因を探らないといけないのよ」

高垣楓は優しく矢口美羽を抱きしめる。自分の後をよちよち歩きでついてくるこの子は、彼女にとってかわいい後輩だった。

「それはきっと逃げるよりも何倍も辛いことだろうけど、でもそこから目を背けた時こそがなにもかも終わりで、本当の失敗なのよ」

そう言う高垣楓の瞳にも涙が浮かんでいた。なぜなら、道明寺歌鈴は絶望の中でまどろんでいた自分に最初の目覚めの声をかけた子だったのだから。

265彼女たちにとってただ目的の為だけのトゥエンティーシックス:2013/07/04(木) 00:16:55 ID:1q8x/ssI0
 @


「消火器じゃ駄目だ! ぜんぜん消えないっ!」

そう言って会議室の中に飛び込んできたのは姫川友紀だった。

「もうロビーは火の海だよ。いつこっちに火が移ってくるか……」

そういう姫川友紀の背後、扉の向こうの廊下、その天井にはもううっすらと白い煙が流れていた。時間が経てば火よりも先に煙に巻かれてしまいそうだ。

「とりあえず、まずはここから離れることね」

大石泉に支えられながら川島瑞樹が立ち上がる。足元までが血に塗れたその姿に姫川友紀は顔を青くするが、川島瑞樹は大丈夫と笑ってみせた。

「泉ちゃんは足平気なの?」
「はい、私のはかすり傷ですから」
「そっか、だったらいいけど……」

次いで姫川友紀は高垣楓と矢口美羽を見て、そして床で倒れたままの道明寺歌鈴を見て唇を噛んだ。
同じく彼女の姿を見て顔をくしゃくしゃの泣き顔にした矢口美羽が目の前に来る。願っていたFLOWERSの仲間との再会だが、状況も感情も複雑だった。

「美羽が無事であたしはよかったよ……色々あるけど、それでも、さ」

そう言う姫川友紀を前に矢口美羽は失敗しちゃったと泣く。

「私、FLOWERSのためにがんばろうとした。私が死んでも誰かが生き残ればいいって。……でも、なにもできなくて、それどころかまた足を引っ張って」
「そんなこと……」

姫川友紀は泣きじゃくる矢口美羽の頭を撫でる。

「馬鹿だなぁ、そんなこと考えなくていいんだよ。そんなことしても誰も喜ばないし、あたしや藍子や夕実がいるのにそんなこと言うなんておかしいじゃない。
 いつもなんでも4人で乗り越えてきたでしょ? 信用しなよ。仲間を。FLOWERSを」

それに、ね――と姫川友紀は言葉を続け、

「そんな自分が死んでもいいなんて、聞かされるほうのことも考えてほしいな」

彼女の前で笑ってみせた。






それから、死んでしまった道明寺歌鈴をあの場所に残して、5人は煙を吸わないように屈んで廊下を進み、町役場の裏口から街の中へと脱出した。
大きな怪我を負った川島瑞樹を大石泉と矢口美羽が支え、拳銃を持った高垣楓が一番後ろについて後ろを警戒している。
姫川友紀はバットを構えて先頭に立ち、前方を警戒しながら皆を先導していた。

だが、その頭の中は色々なことでいっぱいになり破裂しそうだった。
まずは今も警戒している先ほどの襲撃者の件。いったい何者だったのか、それを姫川友紀はなんとなくだが"悪役”だったんじゃないかと思っている。
機関銃を6人に向けて撃ちまくった。そんな尋常じゃないこと、そういう役割でもなければできないんじゃないかというのが根拠だ。

そして、その襲撃者のせいで大石泉の思いついた"街の中に放送を流す”という作戦もご破算になってしまった。
これは他の街に行けばそれぞれの街で、山や海辺に行けばそこ一帯ですることも可能だが、少なくとも今回の計画はもう失敗だ。
襲われただけならまだしも、町役場を燃やされてしまってはあそこからこの街全体に放送することはもうできない。
たとえそうでないとしても、あんなに危険な人物がこの付近にいるのだとしたら迂闊に人を集める放送なんかできようはずもない。

しかしそれよりも大きく心の中を占め揺さぶることがあった。
姫川友紀は力いっぱいにバットを握り締める。そうしていなければ今にでも叫びだしそうだった。

「(…………くっそ! くっそ!)」



FLOWERSのために犠牲になる。手を汚す――他の仲間から聞かされるとこんな辛い言葉だったなんて、思ってもいなかった。






【道明寺歌鈴 死亡】

266彼女たちにとってただ目的の為だけのトゥエンティーシックス:2013/07/04(木) 00:17:16 ID:1q8x/ssI0
【G-4・市街/一日目 夕方】

【大石泉】
【装備:マグナム-Xバトン】
【所持品:基本支給品一式×1、音楽CD『S(mile)ING!』】
【状態:疲労、右足の膝より下に擦過傷(応急手当済み)】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを助け親友らの下へ帰る。
 0:襲撃者を警戒しながら安全な場所まで移動する。
 1:川島さんの手当てをちゃんとしないと……。
 2:脱出のためになる調査や行動をする。その上で他の参加者と接触したい。
 3:島中にある放送施設を利用して仲間を募る?
 4:アイドルの中に悪役が紛れている可能性を考慮して慎重に行動。
 5:かな子のことが気になる。

 ※村松さくら、土屋亜子(共に未参加)とグループ(ニューウェーブ)を組んでいます。

【姫川友紀】
【装備:少年軟式用木製バット】
【所持品:基本支給品一式×1、電動ドライバーとドライバービットセット(プラス、マイナス、ドリル)】
【状態:疲労】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを助けて島を脱出する?
 0:あたしは……あたしは……!
 0:まずはみんなを安全な場所まで誘導する。
 1:色々と作戦を練り直さないといけない気がする。
 2:脱出のためになる調査や行動をする。その上で他の参加者と接触したい。
 3:仲間がいけないことを考えていたら止める。絶対に。
 4:アイドルの中に悪役が紛れている可能性を考慮して慎重に行動。悪役ってなんなんだ?
 5:仲間をアイドルとして護り通す? その為には犠牲を……?

 ※FLOWERSというグループを、高森藍子、相葉夕美、矢口美羽と共に組んでいます。四人とも同じPプロデュースです。
 ※スーパードライ・ハイのちひろの発言以降に、ちひろが彼女に何か言ってます。

【川島瑞樹】
【装備:H&K P11水中ピストル(5/5)】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:疲労、わき腹を弾丸が貫通・大量出血(応急手当済み)】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを助けて島を脱出する。
 0:大丈夫よ。これくらい平気。まだまだ若いんだからね。
 1:漁港を調査して……の前に、段取りの組みなおしかしら。楓ちゃんから話も聞きたいわ。
 2:脱出のためになる調査や行動をする。その上で他の参加者と接触したい。
 3:大石泉のことを気にかける。
 4:アイドルの中に悪役が紛れている可能性を考慮して慎重に行動。
 5:千川ちひろに会ったら、彼女の真意を確かめる。

 ※千川ちひろとは呑み仲間兼親友です。

【高垣楓】
【装備:仕込みステッキ、ワルサーP38(6/8)】
【所持品:基本支給品一式×2、サーモスコープ、黒煙手榴弾x2、バナナ4房】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:アイドルとして、生きる。生き抜く。
 0:まずは安全なところまで移動する。
 1:アイドルとして生きる。歌鈴ちゃんや美羽ちゃん、そして誰のためにも。
 2:まゆの思いを伝えるために生き残る。
 3:……プロデューサーさんの為にちょっと探し物を、ね。

【矢口美羽】
【装備:歌鈴の巫女装束、鉄パイプ】
【所持品:基本支給品一式、ペットボトル入りしびれ薬、タウルス レイジングブル(1/6)】
【状態:深い悲しみ】
【思考・行動】
 基本方針:フラワーズのメンバー誰か一人(とP)を生還させる?
 0:私は……私は……。
 1:………………どうすればいいんだろう?

267彼女たちにとってただ目的の為だけのトゥエンティーシックス:2013/07/04(木) 00:17:34 ID:1q8x/ssI0
 @


三村かな子は暗闇の中にいた。
とある民家の屋根裏の中だ。こんな場所に隠れてしまえば誰かに見つかることも、誰かの顔を見たり顔を誰かに見られることもない。
ポケットから情報端末を取り出し電源を入れる。すると端末の明かりが三村かな子の無表情な顔を照らした。

「消えてる……」

あの指令はもう消えていた。どうやら運営側の目的は達成できたということらしい。確認はできなかったが、あの中の何人かが死んだのだろう。

「(泉ちゃんも死んだのかな……)」

大石泉。ニューウェーブというユニットの中の女の子で、Liveゲストとして接して以来、彼女らは事務所の中でも唯一の先輩後輩と呼び合える仲だった。
彼女は物怖じしなくて、年齢以上にしっかりとしていて、とても頭がよくて、自分にはわからないパソコンを使いこなして、なにより――

「(こんな私を尊敬してくれる女の子だった)」

彼女の前では先輩でいられた。しっかりしなくちゃいけないと思うことができた。……なのに、そんな子に銃口を向けて、思い出すだけで身体が震える。
けれど、これでよかったと三村かな子は思う。
希望は見せかけで、決して救いではないから。『アイドル・リアル・サバイブ』はなにがあっても完遂される。たとえどれだけのアイドルがそれに抗おうとしても。
だから、これでよかったのだ。微かな希望させも打ち砕いてしまえば、アイドルの"敵”として生き抜くことができる。そうすればプロデューサーを救うことができる。

「絶対に……」

三村かな子は端末を切り、暗闇の中で目を瞑る。するととたんに眠気が襲ってくる。これまでは疲労をごまかしてきたがそろそろ限界だ。
けれど、このまま寝てしまえば次の放送を聞き逃してしまうだろう。
でも、それもかまわないと三村かな子は思った。
放送の内容は後でも知れるし、なにより、彼女の名前が呼ばれるのだとしたら、それを千川ちひろの声で聞きたくはないと思ったから。






【F-4・民家の屋根裏部屋/一日目 夕方】

【三村かな子】
【装備:カットラス、US M16A2(30/30)、カーアームズK9(7/7)】
【所持品:基本支給品一式(+情報端末に主催からの送信あり、ストロベリー・ソナー入り)
     M16A2の予備マガジンx3、カーアームズK7の予備マガジンx2
     ストロベリー・ボムx2、医療品セット、エナジードリンクx4本、金庫の鍵】
【状態:疲労、眠気】
【思考・行動】
 基本方針:アイドルを全員殺してプロデューサーを助ける。
 0:………………。
 1:起きたら"敵”としての活動を再開する。

 ※【ストロベリー・ボムx8、コルトSAA"ピースメーカー"(6/6)、.45LC弾×24、M18発煙手榴弾(赤×1、黄×1、緑×1)】
   以上の支給品は温泉旅館の金庫の中に仕舞われています。

268 ◆John.ZZqWo:2013/07/04(木) 00:17:44 ID:1q8x/ssI0
以上、投下終了です!

269 ◆John.ZZqWo:2013/07/04(木) 20:39:48 ID:1q8x/ssI0
すいません、投下の途中で1行抜けてるのに気づきました。

>>257>>258の間に、

「あっ、あたしもわかったかも。だったらあれでしょ? あの学校で見つけた中継車を使えば電波ジャックできるんじゃない?」

って入ります……w

270 ◆John.ZZqWo:2013/07/06(土) 21:38:24 ID:yx/NXyts0
城ヶ崎莉嘉と、城ヶ崎美嘉、双葉杏 で補完話の予約します。

271 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/09(火) 01:52:05 ID:S/JcqBIQ0
投下乙です!

ああ、命がこぼれおちていく。
歌鈴が此処でおちたか……
好きな人を想って。
そして、その波紋は生き残った皆に残って。

どうなるかなぁ。


そして、此方とうかします

272 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/09(火) 01:52:55 ID:S/JcqBIQ0








――――恋と友情と希望、私はそれを手放そうとして……















     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

273夕日の照らされ、美しく、哀しく、咲き誇って ◆yX/9K6uV4E:2013/07/09(火) 01:54:27 ID:S/JcqBIQ0











「I'm always Close to you〜〜♪」

綺麗な、それでいて、何処か心が温かくなるような歌声。
透き通って、心が癒されるような歌が聞こえてくる。
スタジオの一角で、私――相葉夕美は椅子に座りながらその歌を聞いているんです。


「はい、オッケー! 流石だね藍子ちゃん!」」
「ありがとうございます」
「このまま、次もいっちゃおう!」
「はーい!」

一曲歌い終わってまた次の曲へ。
歌った主、我がフラワーズのリーダー、高森藍子ちゃんはそれでも楽しそうに。
耳にヘッドフォンをあてながら、目を瞑って。
柔らかな歌声を、私たちに届けてくる。
この曲もまた、優しい曲だ。

「選曲……彼女に任せたようですけど、成功のようですね」
「ああ、藍子らしくて、いいな」

私から、ちょっと離れた所に、私たちのプロデューサーと、ほかのプロデューサーさん二人が居る。
私達のプロデューサーは勿論私達を見守るために。
残りのプロデューサー……小日向美穂ちゃんだったかな? そのプロデューサーさんはこの企画のお手伝い。
もう一人……周子ちゃん、肇ちゃんのプロデューサーさんは眠たそうに、その光景を眺めている。
どうやら、私のプロデューサーに連れてこられたらしい。

あの二人はよく一緒にいる……仲がいいのかな。

「とりあえず二人だけど、美羽と友紀も近い内に収録だし……楽しみだな」
「どんな曲選ぶんでしょうね?」
「……解らん……特に友紀は」
「……確かに」

そういって、美穂ちゃんのプロデューサーは苦笑いを浮かべる。
今やっている収録は……簡単に言っちゃうと、私達のソロのアルバムだ。
ただし、それは、オリジナルじゃなくて。
有名な歌や、好きな歌……それを、私達自身が選んで、カバーする。

そんな、カバーアルバムの企画で。
その第一弾として、まず藍子ちゃんと私が歌うことになっているんです。
今日は、その収録で、私は順番待ち。

「……あの子の歌は、なんか本当優しいですね。上手いのもあるんですけど……そういう問題じゃなくて」
「……そうだなぁ」

そう、藍子ちゃんの歌は優しい。
何処までも、優しく、人を包むような歌だ。
私はそんな藍子ちゃんの歌声が大好きで。
何時までも、聞いていたくなってくる。

「んー……」
「どうした?」
「いや、先輩が大分無理をして引っ張ってきたのも解るなって」

興味深そうに、そう言ったのは周子ちゃんのプロデューサーだった。
眠たげなのは、変わらないのに、ちゃんと聞いている。
この人は、何回か話したことあるけど周子ちゃんと同じように掴み所が無い人なんだ。

金髪で髪の毛を思いっきりいじっていて。
服もスーツじゃない、きちんとしたブランドもので。
サングラスもしていて……なんかホストみたいな外見です。
異色といってもいいプロデューサーさんです。

元々はその世界ではカリスマといってもいい程のファッションデザイナーらしい。
今も、その名前でインターネットで検索をかけると沢山ヒットする。
センスの塊のような人で、無くてはならない存在らしい。
……なのに、プロデューサーもしている。
本人曰く「させられている」といってたけど。
……まあ、そこら辺、正直よく解らないや。

274夕日の照らされ、美しく、哀しく、咲き誇って ◆yX/9K6uV4E:2013/07/09(火) 01:55:02 ID:S/JcqBIQ0

「…………まぁな」
「でも、それで立場が悪くなったのもそーでしょ」
「…………まぁな」
「他のプロデューサー白い目で見られてまでさ……」
「それは、お前も一緒じゃねえか」
「……うぇ、そーいわんでくださいよ」

聞き耳を立てていたけど…………それはちょっと初耳。
うちのプロデューサーは……まあ、フラワーズが人気のせいで、大分忙しい。
だから、他のプロデューサーと居るのはあんまり無い。
それは忙しいせいだと思ったけど。

他にも理由があったこと?
それは、藍子ちゃんに絡んだ事でもあって。
藍子ちゃんがプロデューサー変わったのは知っているけど。
円満に移ったものだと思っていた。
でも、プロデューサー達の大分苦い表情を見ると絶対に、違う。

明らかに……揉めた感じがする。


「つーか、今日つれてきたのも、お前を思ってだな! お前も、そろそろ新田の収録だろ!」
「うげ……藪蛇……」
「全く……心配してるんだぞ」
「まあ、ぼちぼち、やってるんで。実際助かってますよ」
「……本当かぁ?」
「本当ですって!」

その後もプロデューサー達は、話をしているがもう、耳に入ってこなくなってきちゃった。
前を見ると、一曲歌い終えて、ほっと息をつく藍子ちゃん。
私が見つめているの気づくと、ほんわかと笑う。
私も、手を振りかえした。

そうだ、元々何となくだけど、解っていた。

高森藍子とプロデューサーの間には、誰にも解らない、強い『モノ』があるということを。

それがその藍子ちゃんのプロデューサー権に関する事も、関係しているのかもしれない。



…………なんか。
…………なんだか、嫌だな。
胸が凄くもやもやする。
私だって、プロデューサーとの絆はきちんとあるのに。
それなのに、何処かわからない線があるように感じられて。
私は心が締め付けられるような気がする。

そんな、私自身の心が嫌で。
私は、大きく頭を振った。


「……どうした、夕美?」
「……なんでもないよ!」
「そろそろ、夕美の番だぞ。声の状態はどうだ?」
「バッチシ」
「そか。なら、期待してるぞ、フラワーズの歌姫」
「お任せあれ♪」

プロデューサーは心配するように、私に話しかけて。
私は大丈夫だよと言う。
うん、大丈夫だよ。

275夕日の照らされ、美しく、哀しく、咲き誇って ◆yX/9K6uV4E:2013/07/09(火) 01:55:32 ID:S/JcqBIQ0


「ふう……ただいま」
「おう、お疲れ様」
「おつかれ♪ はい水♪」
「あ、ありがとう! 夕美ちゃん」

藍子ちゃんが戻ってきて。
私は、水を彼女に渡す。
藍子ちゃんは喉を労る様にしていて。
ゆっくりと水を飲んでいた。

「どうだった? 夕美ちゃん」
「やー流石だね! こうふんわりとした? こう優しい歌って、やっぱ藍子ちゃん、流石ーっ!」
「わわ、ありがと、嬉しいな」
「ふふ、やっぱ可愛いなぁ」
「ふぇ!?」
「可愛いって事だよ、流石藍子ちゃんだ」

恥ずかしそうに笑う藍子ちゃん。
顔真っ赤にして、本当にもー。
あー本当可愛いな。


「この歌が……誰かに届いて、笑ってくれて、優しい気持ちになるといいな」



笑って。
顔を赤くしながらも。
その嬉しそうな表情は。


本当素敵だな、って思う。



「うん、できるよ! 藍子ちゃん可愛いもん、きっと誰だって、幸せにできる!」



だから、私は藍子ちゃんに抱きつきながら、そう言う。
藍子ちゃんは顔を赤くして。
でも私はずっと抱きしめていた。
私の顔も赤くなっていたかな?
まあいいけど。


「そ、そうかな?」
「そうだよ!」

そうやって、手を強く握る。
彼女はだから希望なんだ。
そうなんだよ、うん。

「さあ、次は私の番かな?」
「そうだな、頑張って来い」
「うん!」



私がカバーするのは――

276夕日の照らされ、美しく、哀しく、咲き誇って ◆yX/9K6uV4E:2013/07/09(火) 01:55:55 ID:S/JcqBIQ0



「夕美ちゃんがカバーするのって、ラブソングが多目?」
「かな?」



そう、ラブソング。
大切な想いを。
私の想いを。



乗せた愛の歌と。




「後は、友情を歌った歌だよ!」





大切な、友情を。
心の其処から感じてるものを。



何も変わることが無い友情の歌を。







「じゃあ―――私の想いを歌ってくるね♪」






私は歌うんだ。















     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

277夕日の照らされ、美しく、哀しく、咲き誇って ◆yX/9K6uV4E:2013/07/09(火) 01:57:02 ID:S/JcqBIQ0











「はっ!?」

竿が強く引っ張られてので、ふと我に返る。
私は慌てて、竿を引く。
そしたら、大きい魚がひっかかっていた。

「わお……」

これで、夕飯にありつけるね。
……全くそんなこと考えていなかったけど。

そうだ、私は釣りをしていたのだ。
余りにつれなくて、眠たくなって。
そしたら、色々考えていて。

今に至る。
……気がついたら夕暮れ時だった。
……そんな、長く釣りしていたのかな?
まあ、成果があったし、よしとしよう!


「夕ご飯……夕ご飯っと」

そう。
今は生きるためにご飯なのです。
これだけ大きいなら、夕飯は心配しなくていい。
後は焼いて調理して。
美味しくいただこう。

となると、夕飯の支度をしなきゃね。
サバイバル……サバイバルっと。


「……そう、私は歌わない」


もう、歌わない。
アイドルじゃないから。
アイドルでいれないから。


想いは叶わないから。


きっと、哀しみで潰れてしまうから。





「恋も……友情も…………全部塗り潰されてしまうから」





そう、哀しみの花は…………








――――――ピリリ。





うん? 何かな?
携帯端末からだ。

278夕日の照らされ、美しく、哀しく、咲き誇って ◆yX/9K6uV4E:2013/07/09(火) 01:59:32 ID:S/JcqBIQ0





其処に書いてあったのは……………………え………………?








――――貴方の希望の花に。貴方が信じる希望の花と、今夜に話させてあげます。 何を話したいか……ちゃんと考えてくださいね♪




藍子……ちゃん……と……?




――――哀しみの絶望の花は、何よりも強い恋に焦がれる希望の花でもあるんですから。






…………千川ちひろ……何を考えて。





―――また、連絡しますね♪





藍子ちゃん。
大切な親友。
希望の花。
幸せの花。






私は――――――何を話せと言うの?





恋も、友情も、希望も全て飲み込んだ、つもりなのに。



私は……



夕日が、輝いてる。


まるで何もかも、惜しむように。




哀しく。



美しく。




希望も絶望も解らない



ただの花を、照らして。




花は、揺れて、咲き誇っていました。

279夕日の照らされ、美しく、哀しく、咲き誇って ◆yX/9K6uV4E:2013/07/09(火) 02:00:04 ID:S/JcqBIQ0




【G-7 大きい方の島/一日目 夕方】

【相葉夕美】
【装備:ライフジャケット 大きな魚】
【所持品:基本支給品一式、双眼鏡、ゴムボート、空気ポンプ、オールx2本
     支給品の食料(乾パン一袋、金平糖少量、とりめしの缶詰(大)、缶切り、箸、水のボトル500ml.x3本(少量消費))
     固形燃料(微量消費)、マッチ4本、水のボトル2l.x1本、
     救命バック(救急箱、包帯、絆創膏、消毒液、針と糸、ビタミンなどサプリメント各種、胃腸薬や熱さましなどの薬)
     釣竿、釣り用の餌、自作したナイフっぽいもの、ビニール傘、ブリキのバケツ、アカガイ(まだまだある?)】
【状態:疲労(小)】
【思考・行動】
 基本方針:生き残り、24時間ルールで全員と一緒に死ぬ。万が一最後の一人になって"日常"を手に入れても、"拒否"する。
 0:私は――何を話せというの?
 1:サバイバルを続行っ!

 ※金平糖は一度の食事で2個だけ!
 ※自分が配置されたことには意図が隠されていると考えています。(もしかしてサバイバル特訓するって言ったから?)

280夕日の照らされ、美しく、哀しく、咲き誇って ◆yX/9K6uV4E:2013/07/09(火) 02:01:33 ID:S/JcqBIQ0
投下終了しました。

続けまして。

姫川友紀、大石泉、矢口美羽、高垣楓、川島さんで予約します。

281 ◆John.ZZqWo:2013/07/09(火) 21:10:49 ID:3s954f/.0
投下乙です!

>夕日の照らされ、美しく、哀しく、咲き誇って
ひとり別ゲーさせられてた夕美ちゃんについに運営のてこ入れが……? けど、彼女らの対話は今は互いによくない影響を与えそう。むしろ、それが狙いなんだろうけど。
ずっとアンニュイだった夕美ちゃんだけど、これはよけいに憂鬱になりそうな予感。
……しかしあれですね。いっぱいPさんいるからなんだろうけど、なんかひとり変なPさんいましたねw

では、私も投下しまーす。

282彼女たちはもう思い出のトゥエンティーセブンクラブ  ◆John.ZZqWo:2013/07/09(火) 21:11:39 ID:3s954f/.0
「じゃあ、アタシはお姉ちゃんと帰るから、ちひろさんにはよろしくね☆」
「うん、またいっしょにお仕事しようね」

佐々木千枝と揃っての撮影モデルの仕事を終えた城ヶ崎莉嘉は、彼女に手を振り足早にスタジオを後にした。
息を荒げながら階段を上り、廊下をスタッフさんに怒られないギリギリのスピードで早歩きする。
向かう先は同じ建物の中にある別のスタジオだ。そこでは姉の城ヶ崎美嘉が同じく撮影モデルをしていて、互いに仕事が終わった後は食事に行く約束だった。
角を曲がり、その先の休憩スペースに向かうと、そこに仕事を終えた姉の姿が見える。けれど……、

「お姉ちゃん、おつかれー……って、――くんは?」

そこにいるのは姉だけで、もうひとりいるはずだった彼女らのプロデューサーの姿はなかった。

「おつかれ莉嘉。プロデューサーさんはねぇ……、さっきまではいたんだけど、なんか急な打ち合わせが入ったーとかで行っちゃった」
「ええーっ!!」

静かだった休憩スペースに城ヶ崎莉嘉の声が響く。

「だって、今晩は3人でごはん食べるって約束だったでしょー!」

妹はひどい剣幕だったが、しかし姉はというとただ肩をすくめるだけだった。

「でもしかたないじゃない。仕事が入ったって話なんだから」
「しかたなくないよー! それにお姉ちゃんはずっと――くんといっしょだったんでしょ! アタシはずっと今日はひとりだったのにぃ!」
「莉嘉は千枝ちゃんといっしょだったんでしょ?」
「千枝ちゃんは千枝ちゃんだもん。――くんとは違うよ」

城ヶ崎莉嘉はがっくりと肩を落とす。3人での、特に――くんとの食事はとても楽しみにしていたのだ。
普段から学校に休まず通い、門限も6時と決められている彼女にとって、プロデューサーといっしょにいられる時間は少ないし、夕食をいっしょにしたこともない。
だからこそ、今日という特別な、両親が町内会の旅行に出ていて家に誰もいないから姉と外食しなさいという日は千載一遇のチャンスだったのである。
あわよくば、家まで送ってくれた彼をそのままお家に上げて……深夜番組を見ながら夜更かししたり☆……なんてことも考えていたりもした。

「――くん、すぐに戻ってくる?」
「んー……、プロデューサーさんは『今日はごめん。埋め合わせはまた今度する』って言ってた」
「うわぁー……」

城ヶ崎莉嘉は冷たい床の上にヘタりこむ。夢も希望も打ち砕かれ、まさに絶望……という風だった。
そんな彼女をやれやれと姉が腕を引いて立ち上がらせる。

「まぁ、3人でってのはまた今度に期待してさ。今日はふたりで食べにいこう。どっちにしろお母さんたちは家にいないわけだしさ」
「むー……」
「奢ってあげるから」

城ヶ崎美嘉はあやすように微笑みを浮かべる。しかし、逆にそれが城ヶ崎莉嘉の癪に障った。

「子供あつかいしないでよ! アタシだってお仕事して稼いでいるんだから、お金くらい払えるもん!」
「でも、莉嘉はお母さんからお小遣いしかもらってないはずだし、それも“計画”のために貯金してるんでしょ?」
「そ、それは、そーだけどさ……」
「まぁまぁ、今日はアタシに奢られておきなさいって。たまにはお姉ちゃんらしいこともしたいしねー」

言いながら、城ヶ崎美嘉は懐からスマホを取り出す。そんな姿も姉はどこか様になっていた。

283彼女たちはもう思い出のトゥエンティーセブンクラブ  ◆John.ZZqWo:2013/07/09(火) 21:11:58 ID:3s954f/.0
「莉嘉は今晩、なに食べたい?」
「どこでもいいよ」

城ヶ崎莉嘉はできるだけつまらなさそうな声を出したが、姉はというとそんなことには気をかけず話を進めていく。

「じゃあ、友達に聞いたオススメの店があるからそこにするねー。クーポンで10%オフだし……と。メチャおいしいって言ってたから、莉嘉も絶対気にいるよ」

絶対に気にいる……んだと、城ヶ崎莉嘉も思った。お姉ちゃんのすることに間違いはほとんどない。なにせ自慢のイけてるお姉ちゃんなのだ。
きっと、お店につくまでの間に今日あったことをおもしろおかしく話してくれて、お店では頼んだ料理を分け合いっこして、あまーいデザートを食べて、
帰り道につく頃にはふたりともにこにこと笑って、そしてゲーセンで最新のプリクラを撮るか、クレーンゲームでぬいぐるみを取ってくれるに違いない。
そんなことが彼女にはありありと想像できたし、それはこれまで何度も繰り返してきたパターンだった。

だからこそ、くやしい。自慢のお姉ちゃんは自分よりも何歩も先を行ってて、追いかけても追いつけなくて、一足早く大人になろうとしている。
プロデューサーとのこともそうだ。彼は妹のことは子供扱いするのに、姉のことは“オンナ”扱いする。
彼の目が時々、お姉ちゃんの胸に釘付けになっているのを城ヶ崎莉嘉は知っていた。

“アレ”は自分にはないもので、城ヶ崎莉嘉はそれを少しズルいと思っていた。
ちょっと生まれた時が違うだけなのに、今プロデューサーはひとりしかいなくて、先に生まれたお姉ちゃんが彼を取ってしまおうとしている。
もっと早く生まれていたら自分にもチャンスがあったかもしれないのに。

もっと、早くに生まれていれば……、

もっと、アイドルになるのがふたりとも遅ければ……、

もし、

お姉ちゃんがいなければ――……。









そして、気づけば城ヶ崎莉嘉はひとり見知らぬ空き地の真ん中に立っていた。

――異常事態。殺しあい。生き残れるのはひとりだけ。殺しあいをしなければ、――くんは、死んじゃう?

暗闇の中で、心の底に溜まった澱が形を持ち、立ち上がろうとしていた。

――お姉ちゃんがいなくなれば、お姉ちゃんが死んじゃえば、お姉ちゃんを殺してしまえば?

小さな手には重たい拳銃が握られていた。

――これで撃てば、みんな死ぬ。お姉ちゃんも死ぬ。そうすれば、目の前にあるジャマなものは全部なくなる?

ドキ、ドキ、と心臓が痛いくらいに弾む。ひどく気分が悪かった。こんなことを考えられる自分が恐ろしかった。
けれど、引き金を引けば問題が解決してしまう。そんな暴力の魅力。殺しあいという異常事態の後押しがぐいぐいと黒い心を掻き立てる。
もしかすれば、いや、“彼女”の狙いどおりなら城ヶ崎莉嘉は手に握った拳銃で誰かを殺していただろう。

284彼女たちはもう思い出のトゥエンティーセブンクラブ  ◆John.ZZqWo:2013/07/09(火) 21:12:23 ID:3s954f/.0
「うぅん…………」

その時、どこからか細いうなり声が聞こえてきた。城ヶ崎莉嘉はとっさに拳銃を後ろ手に隠し、周りを見渡す。
誰かいるのだろうか? しかし真夜中の空き地は暗くて、誰の姿も見当たらない。

「…………うーん」

また、うなり声が聞こえてくる。もう一度、今度はよく目をこらして探してみると、草むらの中に誰かが寝ているのがわかった。

「杏っち……」

そこにいたのは双葉杏だった。
草がちくちくとするのか、むずがるように身体をくねらせうなり声をあげている。その姿はひどく無防備で、彼女らしくもある。

「ぷっ……」

城ヶ崎莉嘉はその邪気のない姿に吹き出すと、恐ろしい拳銃をバックに戻し、彼女を起こすことにした。


 @


「ねぇ莉嘉、そろそろ休憩にしない?」
「まだ十分くらいしか歩いてないじゃん! 杏っち疲れるの早すぎだよー!」
「失礼な。杏は莉嘉の体を心配してるんだよ?」
「そんなこと言って、本当は自分が休みたいだけでしょ!? 駄目だからね!」

杏の手を引いて莉嘉は街灯に照らされた道を前へ前へと進んでいく。

「じゃあ、支給品の確認をするべきだよ! ほら、莉嘉もまだ確認してないよね!?」

びくりと肩がゆれる。どうしようか? 思ったけれど、考える前に言葉が出ていた。

「たしかにまだだけど……もう、杏っちは仕方ないなぁ」

拳銃なんて見せたら気が変わりそうで怖かったけれど、隠し続けるのも無理だし言ってしまったほうが楽だ。
それに、いいかげん、あの手この手で休憩を求めてくる杏に莉嘉も辟易してた。
せめてここで言うことを聞いておけばその後、こっちの言うことを聞いてくれるかも、そんな風に考えて譲歩することにする。

「ねー、ついでに少し仮眠とっていかない? ほら、寝る子は育つって言うよね!」
「ダーメ!」

今までとは逆に先を行きだした杏に手を引かれ、莉嘉は暗く静まった民家のほうへと歩いていく。
意識を失う、その直前に姉を交わした会話を思い出しながら――

前へ前へ、どこまでもこの先へ……アタシのかっこいい、最高にイけてるお姉ちゃんの背を追って、いつか追い越すために。

285彼女たちはもう思い出のトゥエンティーセブンクラブ  ◆John.ZZqWo:2013/07/09(火) 21:12:38 ID:3s954f/.0



お姉ちゃんが拾ってくれたタクシーに乗って城ヶ崎莉嘉は姉の(正確にはその友達が)オススメするお店へと向かっていた。
窓の外には夜の街の光が流れている。それは彼女にとって珍しいものだったけれど、この時はまだその輝きも目の中には入ってはこなかった。

「そんなに残念だった?」
「うん…………」

こぼれた声は自分で思っていたよりも弱々しいものだった。

「うわ、本当に残念そう」
「だってぇ……」

城ヶ崎莉嘉にとっては2週間も前から楽しみにしていた夜だったのだ。その間に、したいことの妄想も期待も最大まで膨れ上がってた。
それをあっさりとふいにされ、それでいてなにもかもがいつもどおりに流れていってしまうのは悲しいことだった。

「まぁまぁ落ち込まないでよ。なんだったら、今度お姉ちゃんが莉嘉とプロデューサーのふたりきりのデートをセッティングしてあげるからさ」
「本当に!?」

思いがけない展開、それも一気に二段飛ばしくらいの急展開に城ヶ崎の莉嘉の身体が跳ね上がる。

「うん、マジな話で」
「でも……いいの? お姉ちゃんは、それで」

城ヶ崎美嘉はわざとらしい神妙な顔をすると腕を組んでうんとうなづいた。

「うーん、確かにプロデューサーさんがロリコンの罪で逮捕〜なんてなったら困るかなぁ……。でもね――」

彼女は妹を横目に見ながら不敵に微笑む。窓から差し込むネオンの光が当たって、その横顔はドキリとするくらいにかっこよかった。

「なにごともフェアにいきたいじゃん? アタシたち姉妹だし、さ」

城ヶ崎莉嘉はその言葉に、はぅとため息を吐く。



かっこよすぎるお姉ちゃん。城ヶ崎莉嘉にとって、お姉ちゃんはいつもスターであり、憧れであり、手を伸ばして向かう先だった。






 ※城ヶ崎莉嘉の不明支給品は「シグアームズ GSR(8/8)、.45ACP弾x24」でした。

286 ◆John.ZZqWo:2013/07/09(火) 21:13:08 ID:3s954f/.0
以上で投下終了です。

287 ◆n7eWlyBA4w:2013/07/11(木) 01:46:30 ID:Yu.8RplI0
皆様投下乙です! ちょっと書かなかっただけで感想が貯まる貯まる……!


>彼女たちに奏でられるアマデウス(トゥエンティーファイブ)
これは読みながら唸らざるをえない。そんな肇ちゃんの復活回。
肇ちゃんが絶望して以降、どういう出口を見つけるのかずっと気にしてたのですが、もうね、完璧です。
彼女を連れ出してくれたのがきらりで良かった。そう思える話でした。

>人は人、私は私
Anzuchang、美味しいところを持っていくなぁ……
ある意味ニートアイドルの本領発揮というか。モバロワでは稀少なキャラですよね。
展開自体もエグいけど、生き残った二人もまた順風満帆とは行かない感じがひしひしと。

>ヘミソフィア
これは大作! 大波乱の展開ですが納得の読後感。
生きる者、死んでゆく者、誰もが魅力的でしたが、個人的には南条君にグッと来ました。
あ、みくにゃんはもうそのままの君でいてください(目逸らし)

>うたかたの夢
>〜〜さんといっしょ
ままゆは絶対に人を傷つけない、という下りに全力で頷いたり。
モバマスロワのままゆのキャラ付けは、安易なヤンデレにならないあたりとても好きです。
それだけでなくいろんなアイドルの姿が見れて、贅沢な一話でした。

>STAND UP TO THE VICTORY
諦めからなのか、互いへの信頼からか、この二人の関係は全編通して惹きつけられます。
失うことへのおそれが勘定に入ってないからただ前へ進める。その良し悪しは別として。
親友のために終わりのないディフェンスを続ける二人のこれからはいったい……

>彼女たちにとってただ目的の為だけのトゥエンティーシックス
歌梨はそろそろ危ないかなと思っていたけれど、ああ無情……。
人が集まれば安心できるかというと全くそんなことはないところが、まさにバトルロワイアル。
かな子から泉に向けられる感情とかすごく好みで、続きが気になるパートでした。


>夕日の照らされ、美しく、哀しく、咲き誇って
とうとう相葉ちゃんが本編に絡むのか……感慨深い。
とはいえ、藍子とは決定的に道が分かたれているだけに……どうなるのかなあ。
むしろ藍子サイドに深刻な影響を与えそうで、戦々恐々でもあります。

>彼女たちはもう思い出のトゥエンティーセブンクラブ
なるほど千枝ちゃん回想回のちょうど裏、上手いなぁ。
莉嘉は早期退場なだけに、こういう形で姉妹愛が見られたのは嬉しくもあり寂しくもあり。
モバマスロワの補完回システムはほんと巧く機能してますよね。

最後に、渋谷凛、予約します。

288 ◆John.ZZqWo:2013/07/11(木) 23:35:52 ID:g3gIq1jE0
向井拓海、小早川紗枝、白坂小梅、松永涼 の4人を予約します。

289 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/15(月) 23:38:02 ID:/fw2sTE60
と、延長申請遅れていました、延長申請します

290 ◆n7eWlyBA4w:2013/07/16(火) 00:33:27 ID:hPzwGP7c0
延長申請しますね

291 ◆John.ZZqWo:2013/07/16(火) 22:39:36 ID:QG8g8sAs0
予約延長します。

292 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/18(木) 03:56:26 ID:p7BNCeTI0
投下乙です!
>彼女たちはもう思い出のトゥエンティーセブンクラブ
素晴らしい姉妹愛。
千枝ちゃんの裏でこんなことが。
でも莉嘉ちゃん、杏と会う前こうなってたのかあ。
かなしくもあり、莉嘉ちゃんらしい一話でした。

では、遅れましたが此方も投下します

293 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/18(木) 03:57:13 ID:p7BNCeTI0







――――パンドラの箱には。災厄が沢山詰まっていました。数え切れないくらいの『絶望』が。












     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

294No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/18(木) 03:58:51 ID:p7BNCeTI0








「ふう……とりあえずは撒けたかしら」
「恐らく。安心はできないけどね」
「でも、暫くは大丈夫でしょう……」
「そう願いたいわね」

燃え盛る町役場から、離れ、大石泉の一行が避難したのは一軒の民家だった。
何の施設でもないただの家だから、簡単に見つかる事は無いと踏んだ上で。
警戒して、入り口以外にも出れる勝手口も発見し、ようやく五人――大石泉、川島瑞樹、高垣楓、姫川友紀、矢口美羽は一息ついていた。
けど、其処には楓達が同行していた一人は欠けていて。
大好きな人に会いたいと願い続けていた少女――道明寺歌鈴はもう、居ない。
恐らく紅蓮の炎に焼かれてしまっているだろう。
遺体すら、持ち運ぶ事ができなかった。
楓はその事が悔しくて、何度も心の中で謝っていた。

「美羽ちゃんは……大丈夫かしら」
「友紀ちゃんついてるし、大丈夫でしょう。フラワーズは絆が強いグループだから」
「……絆……か」

歌鈴の死に、最もショックを受けていたのが美羽だった。
自問自答を繰り返し、そして自責の念に襲われ続けている。
そんな彼女を、励ましているのが同じグループの友紀で。
今は二人で、別の部屋に居て休んでいる。
その間に、大人二人と、大人のような少女で。

「……後手後手に回っていますが、此処で一旦方針や情報を整理しましょう」
「異存は無いわ」
「いいわよ」

生きている自分達の道を決めないといけない。
泉の提案に、楓も瑞樹も頷いて、テーブルを囲む。
テーブルには、泉が入れた紅茶が湯気が立ち上っていた。
それは、服を変えていた瑞樹に代わった入れた紅茶だった。

「紅茶が冷める前に、ちゃちゃっとやってしまいましょう」
「ええ」
(突っ込んじゃいけないのかな)

さらりと言った楓の冗談に、泉は複雑な思いが巡るが、あえて口にしない。
非常に突っ込みたいが、本人が真面目な顔だから茶化す訳にもいかないと思ったから。
こほんと咳払いして、泉はまずはと切り出す。

「……とりあえず、病院にいってみようと思います」
「病院? 港ではなくて」
「だって、その傷……」

泉はそう言って、遠慮がちに瑞樹のわき腹を指差す。
目をそらしたくなるくらいに、赤く染まっていて。
それが瑞樹の負った傷の大きさを如実に表していた。

「いかなくていいわ。応急処置もしたしね」
「でも」
「でももなにもないの。いい? 私達を襲った人は恐らく相当に慣れている」
「……ええ」
「一斉掃射、その後逃げ込むことが出来る場所を焼き切るなんて、普通の子じゃ無理よ」

けれど、あくまで瑞樹は病院に行くことを拒否する。
誰が見ても、大きな傷なのに。
それでもなお、瑞樹は論理的に組み立てて、話す。

「もしかしたら、襲ったのは『敵』かもしれない」
「敵……?」
「そうね、楓ちゃんには説明してなかったわね……泉ちゃんが立てる仮説で…………ちひろ側が用意した刺客が居ると考えているのよ」
「……つまり、何かしら『レッスン』を受けた、殺す事に長けた『敵』がいると」
「と言う事。察しがよくて、助かるわ」

楓は得心したように、頷き紅茶をすする。
泉はそれでも、なお食い下がるように、瑞樹を見ていた。
大事な所を説明してないから、当然かと瑞樹は思う。
この子は異様に論理(ロジック)にこだわるから。
まるで、論理で、感情を閉じ込めるように。

295No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/18(木) 04:00:04 ID:p7BNCeTI0

「いい、泉ちゃん。仕留めきれなかったと『敵』が思ったとして、獲物は何処に行くと思う?」
「ふむ……」
「あれだけの掃射で、無傷じゃない人も出るでしょう。とすると、処置が出来る場所は」
「……あっ」
「そう。病院に逃げ込むと考える。だから、病院に逃げるのは危険よ。
 敵が居なかったとしても、敵も味方も病院と言う場所は集まりすぎる。現状ではリスクが高すぎるわ。解ったかしら?」
「……は、い」

泉はあくまで渋々という感じで食い下がった。
筋は通った説明なのだから、彼女は退くしかない。
唇を噛んで、納得させようとしている泉を見ると、瑞樹は目を細めるしかなかった。

「……それじゃあ、改めて方針を決めましょう。楓さん。貴方達は飛行場から来たんですよね」
「ええ。其処に、和久井留美、ナターリア、南条光が居るわ。次かその次に戻る……といったけど」
「……けど?」
「彼女が死んだ以上、簡単に戻る事はちょっとね。彼女の死に、きっと飛行場の皆も揺れるでしょうし」
「解りました。じゃあ暫くは一緒に?」
「ええ。美羽ちゃんも、友紀ちゃんと一緒に居る方がいいだろうし、ね」

そう言って哀しげに、それでも力強い表情を楓は浮かべている。
兎にも角にも、仲間が増えた事は、瑞樹達にとっては嬉しい。
楓達からの情報は有益で、自分達が見れなかった飛行場を詳しく知っていたのはプラスだったのだ。
その上で、飛行場で起きた顛末も聞いた。
楓自身の身の上も、だ。
その上で、こうも希望を持ち続ける姿は、瑞樹にとっても、泉にとっても凄いと思うしかない。

「ねえ、楓ちゃん。留美ちゃんは彷徨っていたといったよね」
「ええ。それが?」
「んー……ちょっと気になっただけよ」

和久井留美。
その存在が、瑞樹にとって引っかかって仕方が無い。
ただ彷徨っていただけ?
あれだけ理性的で、何事も決断できる彼女が。
実力もあるキャリアウーマンだった彼女が。
何も決められず、彷徨っていた。

(……そんな、馬鹿な)

ありえないと、瑞樹は思う。
酒を交わしたこともあった。
その上で彼女は、そういう人間でないのは知っている。
引っかかる……引っかかって仕方ないが、答えは出ない。

「……うーん、私が行き先決めても、構わないですか?」

そう控えめに、泉は言葉を紡いでいた。
大人二人に囲まれて緊張しているのだろうか。
少し意外でもあったけど、彼女らしいなとも瑞樹は思う。

296No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/18(木) 04:00:36 ID:p7BNCeTI0

「……港の前に寄りたい所があるということね」
「はい……警察署です」
「なるほど、その心は?」

楓の問いに、はいと頷き、瑞樹を見て。

「警察署……という事は、まず、何かしらの複数の人数でも動ける車があると思います」
「護送車とかかしら」
「ですね。鍵も一緒に補完されているでしょうし……そうすれば、川島さんも、歩く事無く移動できます」
「……貴方」
「それに、何かしら簡易な治療室もあるかもしれません。何より、拠点にしやすい場所だと考えます」

瑞樹の言葉を、ふさぐように早口で言葉を連ねる。
それは、瑞樹を想う理由で。
何よりも、泉が瑞樹を心配していると言う証拠だった。

「拠点を作るのにリスクがあるのも承知しています……ですが、『敵』の襲撃だったら、気になることがあるんです」
「それは?」
「……やはり、学校に何か、あるということですよ」

学校。
あれだけ探索して、何も見つからなかったあの場所に。
それでも、泉はまだ何かあると考える。

「まるで、はかったかのように、六人が合流したタイミングで襲われた」
「……確かに」
「それは、もしかしたら、私達をつけていたのかもしれない」
「つけていた?」
「『学校に辿り着いた私達』をです。『敵』なら、タイミングを見計らっていたかもしれない」

まるで、タイミングをはかったかのように襲撃された。
皆殺しをするような形で。
それは、一つの口封じかもしれないと泉は考える。
学校に探索した、私達を殺すための指示を受けていたとするなら。
きっと学校に、何かある。

「……なるほど。だから拠点を作りたいと」
「はい、どうでしょう?」
「…………まあ、異論は無いわ。楓ちゃんは?」
「私からも無いわよ」
「じゃあ、それでいきましょう?」
「了解したわ……今は放送まで休みましょう。いいかしら?」
「解りました……川島さん、ゆっくり休んでくださいね」

そうして、拠点を作る事を決めて。
一先ずの話し合いは終わる。
終始泉が瑞樹を心配した視線を送っていたのが、嬉しくもあり、切ない。

「ええ。泉ちゃん、友紀ちゃん達の様子みてくれないかしら?」
「いいですよ」

そういって、泉は立ち上がり、隣の部屋に移る。
瑞樹と楓は、その泉の見ながら。

「いい子ね」
「ええ」
「でも、脆そうね……あの子みたいに」
「……ええ」


そう、言葉を残していた。



紅茶は、まだ温かかった。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

297No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/18(木) 04:01:30 ID:p7BNCeTI0








「歌鈴ちゃん……」
「……美羽」

今、友紀達が居るのは、子供部屋なのだろうか。
ベッドに、子供用の勉強机がって。
男のアイドルのポスターが飾ってあって。
丁度、年頃の……そう美羽ぐらいの女の子の部屋だった。

「この巫女服、遺品になっちゃた……どうしよう……」

美羽は、そう言ってベッドの上で体育座りをしている。
余りの哀しみに、押しつぶされそうになっていて。
友紀は、その様子を見るのが堪らなく、苦しくなっていて。

(何、やっているんだっ、あたしはさっ……!)

何か言葉を、かけようとして。
それでも、浮かぶ言葉が消えて行く。
何でだ、大切な仲間だろう。
大切な、大切な少女だろう。


それなのに。



――――私、FLOWERSのためにがんばろうとした。私が死んでも誰かが生き残ればいいって。



美羽の言葉が、友紀のなかでリフレインする。
そのたびに、息ができなくなる。
まるで、溺れる様に、苦しい。


「歌鈴ちゃん、御免ね……御免」


美羽を見る。
哀しみで、涙で。
顔を伏せている。
見て欲しくないというように。




【希望の花束の中に、絶望の一輪が混じっている。 正義の花は、何の為に咲き誇る? 咲き誇るための力が欲しいなら――――】



ちひろの、メッセージが、突き刺さる。
これが、美羽なのか。
絶望の一輪は美羽なのか。

298No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/18(木) 04:02:07 ID:p7BNCeTI0


「私は……何やってもダメだなぁ……本当ダメ……だぁ」


美羽は、こんなに泣く子だったか?
美羽は、こんなに、哀しむ子だったか?


どんなに失敗しても、苦笑いを浮かべながらも。
次にいこうと言ってくれる子じゃなかったか。


どんなに、苦しんでも、立ち止まりそうになっても。
笑って、前を向こうとした子じゃなかったか。


「……私……なんにも……ないなぁ……」


まるで、今の美羽……は、本当に……絶望に……





「違うッ!!」




そう、強く、言葉を、友紀は張り上げた。
余りにも哀しい考えを、気合で吹き飛ばした。
違う、違うんだ、と。
美羽は、私達の花は。



「……友紀……ちゃん?」


まるで、捨てられる寸前のような子犬のような顔した、美羽が其処にいて。
友紀はベッドに駆け寄って。


「馬鹿ッ!」
「……えっ」

抱きしめながら、そんな言葉を真っ先に吐いた。
美羽が驚いてるのを、感じるけど友紀は気にしなかった。
気にする必要も無かった。
今、必要なのは、そんなのじゃないから。

「美羽は、さ。一杯失敗する。一杯間違える」
「あ、う」

この子は、間違える。
幾度も、何度も、挑戦して。
そして、失敗し、間違える。

「けど、美羽は、其処でとまらないじゃん。忘れたの?」
「……でも、私は何にもないから、頑張って。色々挑戦したくて」

美羽は、ふるふると首をふって。
自分には、何も無いからって。
誇れるものが無いからって。

だから色々やりたいと、言って。


「けど、いつも上手くいかない……だから、私はダメだ」


でも、いつも失敗しちゃう。
だから、ダメだと言う。



「ううん、そんな事無いよ。そういう姿は、そういう美羽は『正しい』から」


友紀は、それを抱きしめながら否定する。
間違えながらも、挑戦する美羽は、きっと何処までも正しいんだと想う。
髪を撫でて、あげた。優しい、花の匂いがする。

299No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/18(木) 04:03:04 ID:p7BNCeTI0


「何処までも、挑戦する美羽は……やっぱり、凄いよ。何処までも……まっすぐに!」


きっとこの子の愚直なまでの挑戦する姿は、きっと何処までも『正しい』
だから、


「自分を、責めないで。自分を苦しめないでよ。 自分が犠牲になって、何も、生まれないよ。何も無いからって、挑戦することをやめないでよ」


失敗して、そのことで自分を責め続けて。
自分を苦しめて。そうやって何も無いと決め付けるのは。
決してよくない。正しくない。


「あたし達は、仲間だよ。大切な、大切な、仲間。希望の花束は、皆が、皆、『希望』でなきゃダメだから」
「……『希望』?」
「辛いなら、辛いって。哀しいなら、哀しいって言って。そうやって、ぶつかり合って、何処までも、行って来たじゃない、あたし達は、さ」


そう言って、友紀はようやっと美羽の顔を見る。
相変わらず泣きそうな顔だったけど。
でも、その目には光がともり始めて。

その光こそが、美羽が何処までも、挑戦することを諦めない姿で。
それが、友紀が、知る『フラワーズの美羽』としての希望で。


だから、友紀は、歌う。



「――――壁は、壊せるものさ。倒せるものさ」




それは、皆で歌った歌。
何処かのアイドルグループを歌った曲を。
カラオケで、ずっと歌い続けた曲だ。


そうやって、励ましあって。




「――――自分からもっと力を出してよ」




何ものでもない、少女だった時に、歌い続けてた曲だった。
何もかも、これからだったあの時の歌を。


どんな、壁でも、壊して、倒して。




そして、自分の力を出して。




「――――勇気で、未来を見せて」

300No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/18(木) 04:03:48 ID:p7BNCeTI0




美羽の、挑戦する姿は、きっと誰にも負けない、強い『勇気』だから。
どんな失敗だって恐れずに、どんな壁だって乗り越えて。
自分の力を限界まで、引き出そうとして。
そうやって、前に進んできた美羽は、何処までも勇気があったんだよ?


そんな、姿はね。




「皆、美羽の勇気に励まされたんだよ? そのことを忘れないでよ……だから」




今、美羽を覆ってる闇を、絶望を。



「――――闇を、吹き飛ばそうよ。追い払おうよ」



闇を。
絶望を。
吹き飛ばしてしまえ。

そんな、絶望。



「――――自分から、今を変えればいいのさ」



ダメな、自分を変えてしまえ。
何にも無いと想ってる自分を、変えてしまえ。



「ね、美羽……美羽は、それが出来る子だよ」



友紀は、思いっきり笑った。
笑って見せた。



「自分を、自分自身を、見捨てないで」




大切な、仲間に。
大切な言葉を、贈って。



そして――――









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

301No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/18(木) 04:04:20 ID:p7BNCeTI0








――――パンドラの箱には、沢山『絶望』が詰まっていたけど、最後に残ったのは、それは何よりも輝く『希望』だったのです。












     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

302No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/18(木) 04:04:45 ID:p7BNCeTI0






「友紀ちゃん」


美羽は、抱きしめられながら、温もりを感じ続けて。
それは大切な仲間の。
何よりの、心からの思いだった。



「私ね……殺し合いが始まって、どうすれば言いか、解らなかった」
「うん」
「ずっと、ずっと解らなくて。でも、きっと皆は、何時までも輝いてるんだって」
「……うん」
「だから、私は、そんな、皆の為に、なりたかった」


殺し合いが始まって。
訳がわからなくて。
それでも、仲間は、フラワーズは何処までも輝いてるって想った。
だから、美羽は、そんな仲間の為になりたいと想った。
死んでもいいとさえ思って。


「でも、きっと、それは、私の逃げだったんだね」


でも、きっと、それは、美羽が逃げていたと言うこと。
仲間の為に、なりたいと思って。
それは本当は自分が逃げていたことにしかならなかった。
自分自身の輝き方を見失って。
それがどういうものが未だに解らなくなって。

だから、仲間に託そうとして。

その実、仲間に、全部投げたかっただけかもしれない。



「こんな状況で……失敗する事に、恐れて。間違いを起こす事に怖がって……自分自身を見失ってかもしれないの……かな」


そうして、自分自身の輝き方を知らなくて。
そうして、自分自身の意思すら忘れて。



「正直…………まだよく解らないかも……勇気とか言われても、解らない。まだ、自分自身が、輝くものかなんて、解らない」


友紀の言葉を信じながらも、まだ解らなくて。
勇気があるのかすら、解らない。
自分自身はとても、臆病だと思うのに。





けど。

303No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/18(木) 04:05:10 ID:p7BNCeTI0




「けど――――壁は、壊せるものさ。倒せるものさ……だよね」



壁は、壊せる。
壁は、倒せる。


そうやって、今まで、体当たりで生きてきた。



「だから、私は……少しずつ、歩んでみよう……失敗に、恐れず……間違いを怖がらず……やっていけたいな」




そうやって、美羽は、顔を赤くしながら、涙を流しながら、笑った。



哀しみは癒えない。
悩みは解けない。



けど、その瞳には、『希望』の光が、確かに溢れていて。




「うん、やりなよ。それが、美羽がいい所だよ」



友紀も笑って見せた。




「うん!」



美羽も、やっと笑えていた。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

304No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/18(木) 04:06:00 ID:p7BNCeTI0







「私、歌鈴ちゃん……にどうすればいいかな?」
「うーん……」

美羽と友紀はベッドに腰掛けながら、手を繋いでいた。
お互いの温もりを確かめながら。
美羽は歌鈴との思い出を友紀に、伝えていた。
少しずつ、落ち着くために。
自分の気持ちを整理するために。

「私が歌鈴ちゃんを巻き込んじゃったのは事実だし……」

美羽が最初に、歌鈴を巻き込んでしまったのは代わりようも無い事実で。
その事が美羽の心を苦しめていた。
死なせてしまった事も含めて。
苦しみや、哀しみは何もなくなっていなくて。



「やっぱり……謝ることしかできな――――」


そう、美羽が言おうとした時、



「――――そんなことは無い、と思いますよ」


遮る様に、ドアを開けながら、強い言葉を、彼女に伝えた人が居た。
何処か毅然とした表情を浮かべて。
美羽を見つめていた。


「……泉ちゃん」
「御免なさい、全部、聞いていました」



――――大石泉。


彼女も、また、美羽と、とても近い所にいるのだから。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

305No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/18(木) 04:06:26 ID:p7BNCeTI0








泉が様子を見に、友紀達の部屋の前に辿り着いた時、丁度二人が話し合ってる時だった。
だから、泉は入ることが出来ず、かといって立ち去る事も出来なかった。
美羽がぽつぽつと語ることは、泉にとっても身近で、何故だか心にとっても刺さったから。
自分には何も無い、自分は輝いていないと言う事は、まるで自分が喋ってるように聞こえて。

それと同時に、何処か安心した自分も居て。
フラワーズでさえ、そういう子が居るんだと思う自分が居て。
そんな妙な安堵を得た自分が少し気持ち悪くて。

扉越しに、彼女の話を聞いていた。
やがて、彼女は進もうとして。
そうして、それでも彼女は失敗を恐れないと言う。
間違いを怖がらないと言う。

泉は、凄いな、って思う。
失敗や間違いは、本当、泉にとって怖くて。
もしかしたら自分の計画のせいで歌鈴を失ってしまったのかと思う事さえ。
前を向く『勇気』の難しさは、泉自身がよく知っていた。


いいな、凄いなって思って。
それと同時に、どうして。
そんな風に、なれるの?と聞きたくて。

飛び出して、聞きたい気持ちに駆られて。
でも、そうする勇気すらなくて。
自己嫌悪に襲われそうになって。
どうして、私はいつもこうなのと思って。

やがて、美羽が歌鈴の話を切り出していた。
美羽が、語る歌鈴はドジでおっちょこちょいらしい。
本当楽しそうに、彼女の思いを伝えていた。
彼女との思い出を、楽しく伝えていて。

一緒に、着替えた。
一緒に、ご飯を食べて。
一緒に、色々考えて。
一緒に、色々笑って。

一緒に、頑張ろうといった。


泉はそんな美羽の歌鈴への思いに、ある事を考え。
泉は、泉自身の思い出を思い出し。



それでも、死なせしてしまった、と美羽はいい。
謝るしかないのかなといいかけた瞬間



大石泉は、飛び出していた。
勇気は、いつの間か出ていた。

306No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/18(木) 04:07:12 ID:p7BNCeTI0




「謝ることは、ないと思います」
「……どうして?」

美羽は不思議そうに泉を見ていて。
泉は、ゆっくりと息を吐きながら、自分の思いを伝えようとする。


「だって、貴方は、その人といて、色々思い出があるんですよね」
「うん」
「楽しかったですか?」
「……勿論」

たとえ殺し合いの場でも沢山触れ合って。
その中で、思い出を作って。

楽しかったと言えたのなら。


泉は目を閉じ、二人の大切な人を思い浮かべて。




「だったら、きっと、それは貴方にとって、大切なものになってるんだと思います」
「え?」
「それはきっと、『友達』だと、言えるものだと思います」


大切な、友達。

泉の浮かぶのは二人の友達。
こんな無愛想な私に話しかけた二人。
色んな所に連れて行った二人。
色んなものを教えてくれた二人。


二人で過ごした思い出は、泉の、力になっているから。


「あっ……」
「だから、大切なものをくれた友達にまず、言う事は…………」




だから、友達に贈るのは、謝罪の言葉じゃない。
そんなんじゃ、友達は喜ばない。嬉しくなんて無い。
もっと重要な事を伝えなきゃ。



それは

307No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/18(木) 04:07:43 ID:p7BNCeTI0



「『ありがとう』だと思いますよ?」





一緒にすごしてくれて、ありがとう。




そんな思いだと、泉は思うから。
たとえ美羽が歌鈴を巻き込んだとしても。
歌鈴はうらむ訳が無い。
だから、まず必要なのは、一緒に居た思いを伝える事、だと思うから。
楽しかったよ、ありがとうと伝える事だと思うから。





「……あぁ……歌鈴ちゃん……あのね。一緒にいて、良かった。本当に良かった。一緒にいて……笑えてよかったよ」



美羽は、笑いながら涙を流す。
そこには、哀しみながらも、辛いものは無いと、思う。


「ありがとう。ありがとう。一緒に歩んでくれて、ありがとう……歌鈴ちゃん」


大切な友達へ。
いつまでも、思いを。



「私、頑張るから…………歌鈴ちゃん、ありがとう!」



そして、美羽は歌鈴への思いを昇華して。
前へ、進むことが出来るから。


美羽が笑えたら。


そしたら、友達は笑ってくれて、頑張れというんだと思う。

308No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/18(木) 04:08:07 ID:p7BNCeTI0




泉は笑い、美羽に手を差し出す。
だから、泉は、勇気を出す、出したい。


「美羽さん……その、私は大石泉と言います」
「あ……私は、矢口美羽です」
「あの…………私……その……貴方から、もっと色々聞きたい」
「……私から?」

美羽は不思議そうな顔を浮かべて。
泉は恥ずかしがらも、しどろもどろに言葉を重ねた。

「貴方のようになるなら、どうすれば……いいか、とか……その……色々?」
「色々?」
「はい……だから、私は……貴方に、色々……聞いてもいい……ですか?」


美羽はきょとんとして。


そして、握手をして。




「勿論!」




二人して、笑いあった。




その様子を、姫川友紀は、何処か遠く、儚げな笑みを浮かべて、ずっと眺めていた。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

309No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/18(木) 04:08:50 ID:p7BNCeTI0






「大石泉って子は、本当不器用なの」
「ええ」
「何処か達観して、凄く大人っぽく見えるんだけど……その実、とても子供」
「……ええ」
「怖がって。そして、自分を表していいのか、解らなくて。戸惑う……そんな、脆さを持った子」
「なるほど」
「だから…………大人がよく見守ってあげなきゃいけないのよ」


泉が去った部屋で、瑞樹と楓は言葉を交わしていた。
それは瑞樹が一緒に行動していた大石泉のことで。

「あの子はよく、自分を責める」
「ふむふむ」
「だから、言ってあげて……もっと色んなものに頼っていいのよと」
「なるほど……でも、貴方が伝えるべきじゃないかしら?」

楓の当然の疑問に、瑞樹は儚く笑う。
泉のことを心配するなら、瑞樹本人が伝えるべきだろう。
楓に頼む事じゃないはずだ。
なのに、頼むと言う事は。


「そうねぇ…………私の身体が持ったらの話かしら?」
「っ!?」
「今すぐの話じゃないわよ? 今日と日を越せるとは思うわ。 ただ朝日を眺められるかと言うと、微妙よね」
「やっぱり……傷が」
「素人判断だから、きっとぶれると思うけどね。まあ、自分の身体は自分がよく解っているし」


瑞樹自身が、助かるかどうか、危ういと言う事だ。
今すぐにではないけど、いづれ近いうちに死ぬ。
傷は重症なのは変わりなく。
大量出血した血は簡単に戻る事も無く。
血は少しずつ出てるのかもしれない。


「だから……あの子をよろしく」
「解ったわ」
「飲みましょうか。最後の酒ぐらい……一杯はいいわよね」
「…………ええ」

そうやって、瑞樹は棚から酒瓶を一つ取り出してあける。
放送まで一杯だけ。
そう、一杯だけ、飲みたかったから。

310No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/18(木) 04:09:30 ID:p7BNCeTI0

「強いわね」
「……そんな事ないわよ。貴方だって強いわよ楓ちゃん」
「……私は強さを貰ったから。プロデューサーから、まゆちゃんから、歌鈴ちゃんから」
「絶望の中で、希望を見つけた?」
「……なのかしらね」
「だったら、私もそうなのかしら」


この殺し合いという絶望の場で。
皮肉にも、希望がこんなにも輝いている。

楓は人の死を経験し。
瑞樹は傷を負ったことで、


「最後まで、私は自分らしく、そしてあの子達の為に、生きて見せるわよ」


強く生きよう、と誓えたのだから。
瑞樹はそう言って、一つの話を思い出す。


「そういえば、ちひろから昔きいてた話わね……」
「何の話?」
「パンドラの箱だったかしら。この世の災厄、絶望が詰まっていた箱の話」
「あぁ……あけたら、其処から、災厄が広がったという話ね」
「でも、その底には一つ残っていたものがあるそうよ」
「何かしら」
「絶対的な『希望』」

そう、パンドラの箱には絶対的な、希望が底にあるという。


「絶望に塗れながらも、それを乗り越えた先には、何よりも輝く希望が……ある……今の……わたした…ちみたい………?」



…………あれ?
瑞樹はそこで、引っかかる。
放送で語った希望と絶望。
パンドラの箱。


そして、千川ちひろの、前歴。


あの子は確か、災厄に巻き込まれ。



そして、最後に






―――『希望』に出会ったという。

311No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/18(木) 04:10:06 ID:p7BNCeTI0




「……どうしたの?」
「………………いえ、なんでもないわ」



だと、するなら。
もしかしたら。
千川ちひろが考えている事とは。


瑞樹は、楓の問いに答えず。






そして、千川ちひろの真意に、気付き始めたことを。




その事を、飲み込んで。



酒を煽ったのだった。

312No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/18(木) 04:11:27 ID:p7BNCeTI0
【G-4・民家/一日目 夕方(放送直前)】

【大石泉】
【装備:マグナム-Xバトン】
【所持品:基本支給品一式×1、音楽CD『S(mile)ING!』】
【状態:疲労、右足の膝より下に擦過傷(応急手当済み)】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを助け親友らの下へ帰る。
 0:美羽から色々話を聞きたい。
 1:放送の後、少ししたら警察署へ。
 2:脱出のためになる調査や行動をする。その上で他の参加者と接触したい。
 3:島中にある放送施設を利用して仲間を募る?
 4:アイドルの中に悪役が紛れている可能性を考慮して慎重に行動。
 5:かな子のことが気になる。

 ※村松さくら、土屋亜子(共に未参加)とグループ(ニューウェーブ)を組んでいます。

【姫川友紀】
【装備:少年軟式用木製バット】
【所持品:基本支給品一式×1、電動ドライバーとドライバービットセット(プラス、マイナス、ドリル)】
【状態:疲労】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを助けて島を脱出する?
 0:美羽ちゃん。
 1:色々と作戦を練り直さないといけない気がする。
 2:脱出のためになる調査や行動をする。その上で他の参加者と接触したい。
 3:仲間がいけないことを考えていたら止める。絶対に。
 4:アイドルの中に悪役が紛れている可能性を考慮して慎重に行動。悪役ってなんなんだ?
 5:仲間をアイドルとして護り通す? その為には犠牲を……?

 ※FLOWERSというグループを、高森藍子、相葉夕美、矢口美羽と共に組んでいます。四人とも同じPプロデュースです。
 ※スーパードライ・ハイのちひろの発言以降に、ちひろが彼女に何か言ってます。

【川島瑞樹】
【装備:H&K P11水中ピストル(5/5)】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:疲労、わき腹を弾丸が貫通・大量出血(応急手当済み)】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを助けて島を脱出する。
 0:……………………まさか。
 1:放送の後、少ししたら警察署へ。
 2:脱出のためになる調査や行動をする。その上で他の参加者と接触したい。
 3:大石泉のことを気にかける。場合によっては泉に託す。
 4:アイドルの中に悪役が紛れている可能性を考慮して慎重に行動。
 5:千川ちひろに会ったら、彼女の真意を確かめる。

 ※千川ちひろとは呑み仲間兼親友です。
 ※傷は処置しきれず、そのままだとやがて死にます。


【高垣楓】
【装備:仕込みステッキ、ワルサーP38(6/8)】
【所持品:基本支給品一式×2、サーモスコープ、黒煙手榴弾x2、バナナ4房】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:アイドルとして、生きる。生き抜く。
 0:どうしたのかしら。。
 1:アイドルとして生きる。歌鈴ちゃんや美羽ちゃん、そして誰のためにも。
 2:まゆの思いを伝えるために生き残る。
 3:……プロデューサーさんの為にちょっと探し物を、ね。

【矢口美羽】
【装備:歌鈴の巫女装束、鉄パイプ】
【所持品:基本支給品一式、ペットボトル入りしびれ薬、タウルス レイジングブル(1/6)】
【状態:深い悲しみ】
【思考・行動】
 基本方針:?????
 0:泉ちゃんと話す
 1:少しずつ、歩まなきゃ。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

313No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/18(木) 04:11:56 ID:p7BNCeTI0







パンドラの箱には、エルピスのというものが残っていたそうです。


それは、絶対的希望であり、予兆でもあるそうなんですよ?
絶望に諦めず、希望に向かっていくための予兆。


でもやっぱり、それは、希望なんです。










――――そうだよ。覚悟は出来た。



美羽の為に歌った歌は、サビの最後にそう言うんだっけ。
けど、その通りだね。
あたし、覚悟が出来たよ。


美羽は、やっぱ希望だ。
フラワーズの希望だ。


やっぱり、哀しみに染めちゃ、ダメなんだ。
自分が死んでしまえばいいとか、言っちゃいけないんだよ。
あの時の美羽見てられなかった。
これ以上、美羽や藍子があんな状態になるなんて、ヤダよ。


そんな事ダメ、絶対ダメ。
これ以上、仲間がそんな事いうの、絶対に嫌。


だから、私は、藍子や、夕美や、美羽に、希望のままで居てほしい。


正しいままで居てほしい。

314No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/18(木) 04:13:24 ID:p7BNCeTI0

さっき、美羽を見たんだ。
あの美羽の姿を護りたいんだって。
私達の仲間のすっごいとこ、いつまでもそのままでいて。
だって、凄い輝いてるんだから!

その為だったら、何だってしたい。なんでもする。

犠牲を出したって、構わない。
そう、決めたんだ。

だって、あたしがやらなきゃ。


あたしがやらなきゃ。


子供が正しいように。


大人がやらなきゃ。



希望であるまま。
正しいものであるまま。



彼女達には居てほしい。


皆が、笑顔であるまま。
皆が、『アイドル』でいられるように。





あたしは――――力が欲しい。





そう、ちひろに、言葉を贈った。




まだ、動くつもりはないけど。


けど、もう覚悟は決めた。

315No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/18(木) 04:13:47 ID:p7BNCeTI0




――――パンドラの底にあるのは、一つの絶対的『希望』




だから、私は、私自身の『希望の』為に、犠牲を出してさえも、






――――けれど、それが、人に皆にとって、『正しいもの』と言える『希望』とは。






敵だって、なんだって、やってやる。





――――限ラナイケドネ?










【姫川友紀】
【装備:少年軟式用木製バット】
【所持品:基本支給品一式×1、電動ドライバーとドライバービットセット(プラス、マイナス、ドリル)】
【状態:疲労】
【思考・行動】
 基本方針:フラワーズの為に、覚悟を決め、なんだって、する。
 0:力が欲しい。
 1:暫く、まだ待つ。

 ※FLOWERSというグループを、高森藍子、相葉夕美、矢口美羽と共に組んでいます。四人とも同じPプロデュースです。
 ※スーパードライ・ハイのちひろの発言以降に、ちひろが彼女に何か言ってます。

316No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/18(木) 04:14:08 ID:p7BNCeTI0
投下終了しました。
此度は送れて申し訳ありません。

317名無しさん:2013/07/18(木) 11:10:46 ID:GNX0XoIA0
投下乙です
川島さんは泉ちゃんをよく見てる。正直ユッキのことも気にかけてほしいけど、そもそも次の朝まで持たないのか…
それに気付いてても仲間の安全のために病院行きを拒否するなんて、なかなか出来ることじゃない。大人として、ということなんだろうか…悲しいなあ
美羽ちゃんは助けを借りて立ち上がることが出来たけど、次はユッキがやばそうな考えを。
子供と大人の狭間にいる彼女だからこそ、子供を自分なりに支えて、自分自身は大人にも頼らないってなっちゃってるのかも。誰か彼女の重責にも気付いてあげてー!

318名無しさん:2013/07/18(木) 20:11:30 ID:1W6Yx2wIO
投下乙です。

最後の災厄、その名は希望。
希望が世界に解き放たれたことで、人は「苦しまなければ、諦められない」ようになってしまった。

319 ◆n7eWlyBA4w:2013/07/18(木) 23:37:33 ID:oJSHyqok0
遅くなりました。渋谷凛、投下します。

320野辺の花  ◆n7eWlyBA4w:2013/07/18(木) 23:40:34 ID:oJSHyqok0





 その向こう側に何があるのか、誰も知らない。





   ▼  ▼  ▼



 ペダルを踏む足が止まったのは、疲ればかりが原因ではなかった。
 サドルに跨ったまま、額を流れる汗を袖口で軽く拭いながら渋谷凛は僅かに眉をひそめた。

「……気のせいだと思いたいけど。違うよね……ううん、気のせいじゃない」

 無視しようとしても粘りつくようにその存在を主張してくる、確かな違和感。
 凛は無意識に顔をしかめていた。脳が直感的に分析を拒否しているように感じる。

 そもそも、今自分はどの辺りにいるんだろう。
 自分を取り巻く嫌な感覚から意識を逸らすように、そんなちょっとした疑問へと焦点をシフトさせる。
 水族館を後にしてからしばらくの間自転車を漕ぎ続け、周囲の風景が市街から草原へと移り変わって間もないと思うのだが、
 あまりに変わり映えのしない風景のせいで時間と距離の感覚が曖昧だ。
 慣れない手つきで携帯端末を操作すると、どうやらまだ水族館と同じエリアであるようで、凛は小さく溜息を付いた。

 あまりにも遅々として進まない道のりは、おそらくこのいやに重い円筒形の武器のせいだろう。
 運搬用のスリングベルトで肩にかけてはいるものの、本当に重い。
 ディパックとこの武器を両方背負った上で自転車を漕ぐというのは、バランスを取るだけでも一苦労だった。
 流石に慣れては来たものの、注意力が散漫になってしまうのは如何ともしがたい。

「でも、そのおかげで気付けた、ってことなのかな……」

 凛の足を止めたのは、臭いだった。
 本来なら、風に撒かれて消えてしまいそうなほど微かな臭い。しかし一度気付いてしまえば、異常としか思えない臭い。
 それに気付くことが出来たとはいえ、別に凛は自分の鼻が人よりも利くとは思っていない。
 でももしかしたら、実家が花屋だから、人一倍嗅ぐという動作が自然と見に付いていたのかも知れなかった。

 しかし、ただ不審な臭いがするというだけなら、凛も怪訝に思いこそすれ自転車を止めようとはしなかっただろう。
 ただ、問題は、凛にとって心当たりのある臭いだったということだった。
 もっともその臭いとはいくぶん違う。ただでさえ人の臭いに関する記憶は曖昧で、気のせいである可能性だってある。
 それでも本質的な部分、胸の奥がむかむかと疼くようなこの感じは同じだ。


 こういう臭いは、数時間前に、あの山頂で、嗅いだ覚えがある。


 ほとんど本能的な直感に近かった。だけど、それは確かな事実だと思えた。
 だからこそ、素通りする訳にはいかない。気付かなかったことにしてしまえば、きっと楽なんだろうけど。
 立ち向かわなければいけないと、その時の凛は僅かな躊躇いの後に決意した。

321野辺の花  ◆n7eWlyBA4w:2013/07/18(木) 23:41:43 ID:oJSHyqok0
 自転車を止め、ディパックと武器の肩掛けベルトをそれぞれの手で握り、臭いの源を探す。
 幸いというべきか、あるいはその逆か、開けた草むらで探しものを見つけるのは難しいことではなかった。
 すくむ両足に鞭打って、凛は歩を進めた。何を目の当たりにするかは、半ば予測していた。
 問題は、その想像を、現実が少しばかり凌駕していたことだけど。
 ともかく、凛は違和感の正体を、その目に収めた。
 

 今井加奈。
 彼女こそ、この惨劇の最初の犠牲者であり……そして今はその死から半日以上が経過した、物言わぬ屍。


「……………………っ!」


 反射的にこみ上がってきた胃酸が喉の奥を焼く、嫌な感覚。
 意識を集中しなければ吐き気を押さえ込めないほどに、その姿は痛ましいものだった。
 顔こそ傷らしい傷はなく、生前の面影を残しているものの、胸から下の傷は悲惨としか言いようがなかった。

 銃で撃たれたのだろう、と推測はできる。それでも、このような破壊をもたらす銃を凛は知らなかった。
 その凛の語彙の範囲で表現するなら、人体が「砕かれていた」。そう言わざるを得ないほど、形を失っていた。
 すでに赤黒く固まったこの血と肉は、本当にあの華奢な体に詰まっていたものなのか。
 凛の記憶にある加奈の面影と結びつけようもないほど生々しい、むせ返るほどの死の実感。

 それに、傍にいるから一層分かってしまう、この臭い。
 血の匂い、鉄分の匂い、それはあの山頂の一件で嫌というほど嗅いだもので、それだけでも耐えられないのに。
 今この時、自分の鼻を刺激しているこの匂いは、それだけのものじゃない。
 具体的に何が起こっているかは考えたくもないが、彼女が死んでかなりの時間が立っていることだけは間違いないと思えた。


 それから――ああ、嫌だ。これは、これだけは嫌だ。
 こんなことがあっちゃいけない。こんなことが、加奈みたいな普通の女の子に起こっちゃいけない。
 絶対に、こんなこととは無縁でいなきゃいけない。こんなの、人間にあっていいことじゃない。
 おかしいよ、こんなことは絶対に許されない――だって『羽音』が聞こえる。無数の羽音が。
 視界に入れないようにしているのに、それでも聞こえる。唸りを上げている。加奈の、加奈の周りで……!


「――――――――z______ッ!!!!!」


 気付くと、凛は声にならない声で叫びながら、近くに落ちていた枯れ木の枝を振り回していた。
 加奈を守りたかった。もう死んでいるなんて関係ない。ただ救ってあげたかった。
 何を? 尊厳を。人として生きた彼女のそれまでを。こんな形で彼女が穢されていくのだけは我慢ならなかった。

322野辺の花  ◆n7eWlyBA4w:2013/07/18(木) 23:43:21 ID:oJSHyqok0

「消えろ! 消えろ、消えろ、消えろ!」

 叫ぶ。叫んだって何にもならないって分かっているのに。

「消えろ、いなくなれ、これ以上近づくなぁっ!」

 それでも叫びながら、音を生み出すものを追い散らす。
 だけど、その音は小さくなるわけもなく、一層耳障りに唸りを上げて、凛の耳と精神を苛んでゆく。
 振るう枝がめちゃくちゃに空を切るのを感じながら、いつしか凛の視界は滲んでいた。
 どれだけ力を振り絞っても何にもならないと、そう悟るまでひとしきり無駄な努力を続けてから、
 ようやく凛は枯れ枝を放り出し、そのまま力を失ったようにぺたんと尻餅をついた。

「もう放っておいてよ……もう十分辛い目にあった、悲しい思いをしたじゃない……!
 夢も未来も何もかも奪われて、なんで死んだ後でまで、こんな酷いことされなきゃいけないの……?」

 こんなのは、あまりにも惨め過ぎる。
 アイドルとして人を笑顔にしようと頑張っていた女の子が受けていい仕打ちじゃない。
 加奈だけじゃない。死んでいったアイドル達は、みんな看取られることも弔われることもなく、
 こうして車に轢かれた野良猫か何かのように、無残にも野晒しにされ続けるというのだろうか。
 あのスポットライトも、歓声も、死んでしまった彼女達には浴びせられることはない。
 人らしく扱われることすらなくただの死骸として朽ちていくしかない。
 あんなに一生懸命生きていたのに。これが結末だなんて、そんなのは報われなさすぎる。

「……未央……っ」

 凛は無意識に、いなくなってしまった大事な親友の名を呼んでいた。
 どうしようもなかったとはいえ、彼女は……未央は今もあの山の天辺に置き去りにされているのだろうか。
 プロデューサーにも、ファンの皆にも、何処にいるのか気付いてもらえないまま。

 それが、この島で死ぬということだっていうのだろうか。

「……違う……死んだら後はただのモノだなんて、そんなの違う!
 そんなのは認めない! 私が認めない! だって、だって私達には――」

 叫ぶ。叫びながらも、凛には自分の声がまるで自棄を起こしているように聞こえた。
 卯月に、奈緒や加蓮にもう一度会うためには、こんなところで立ち止まっていちゃいけないのに。
 死の影が粘りつくように凛の体を這い回り、この場に繋ぎとめようとしているように感じた。
 凛は助けを求めるように、加奈の顔へと縋るような視線を送った。



 そして気付いた。……いや、何故、この時になるまで気付かなかったのだろう。

323野辺の花  ◆n7eWlyBA4w:2013/07/18(木) 23:46:37 ID:oJSHyqok0

 もう生気は抜け果てて、あの頃の温かさなんて残っていないはずなのに。

 こんなにも体を滅茶苦茶にされるような死に方をして、そんな余裕があるはずがないのに。

 正面から撃たれているのに。銃を向けられて、きっと怖くて仕方がなかったはずなのに。

 怯えて、震えて、泣きじゃくってもおかしくなんてないのに。


 彼女の……今井加奈の死に顔は、穏やかだった。

 この殺し合いに放り込まれて、死の恐怖を突き付けられて、今にも命の火を消されるその時に。

 それでも、アイドルだった時と同じように、彼女は微笑んだのか。  


「――ほろびないものだって、あるんだ」


 気付かないうちに、そう口に出していた。

 眼の前にあるのは依然として、惨たらしく目を覆うしかないような現実だけど。
 そしてその残酷な現実を凛にはどうすることも出来ないこと、それは変わっていないけれど。
 息が詰まりそうな臭いも、許せないこの音も、そのままだけれど。

 だけど、こうして体は朽ち果てようとしていても、"今井加奈"は死んでいなかった。

 胸の中の霧が晴れていくような気がした。



   ▼  ▼  ▼

324野辺の花  ◆n7eWlyBA4w:2013/07/18(木) 23:47:16 ID:oJSHyqok0
 それから。

 長いようで短い時を経て、凛は重い腰を上げた。

 迷った末、加奈の体はそのままにしていくことにした。
 凛は誰も答えてはくれないと分かってはいたけれど、あえて声に出して詫びた。

「……ごめん、加奈。本当は、埋めてあげたい。こんな残酷なことの起きないところに遠ざけてしまいたい。
 だけど……そうしたら私、一度は安心して、それからきっと後悔するから。振り返らずにいられなくなるから。
 未央をあんな姿で置き去りにしちゃったこと、今以上に辛く感じるに違いないから。……だから、ごめん」

 こういう形でしか一線を引くことが出来ない自分は、やっぱり強くはないのかな、と心のどこかで思う。
 だけど、今は前を向かなければいけない時だから。立ち止まってはいられない時だから。
 決断しなければいけない。何もかもを大事にすることが出来ないのなら、今の自分が本当にするべきことを。

「何かを選ぶことは、何かを選ばないこと……そういうことだって分かった。
 だから私は、手が届くはずの友達を選びたい。今までもこれからも、それが私の願いだから」

 胸の片隅に、水族館で別れた彼女達のことがちらりと浮かんだ。
 特に凛の心に残るのは、二人の少女。岡崎泰葉と、喜多日菜子。
 彼女達のこれからを、見届けたいと思った。その気持ちに、きっと偽りはない。
 だけど、凛は自分自身の願いのために選択した。彼女達との別れを。

 それはもしかしたら、彼女達を選ばなかったということなのかもしれない。

 彼女達の運命はもう凛の与り知らぬところへと遠ざかってしまった。
 考えたくないことだけれど、凛自身の運命とは、もう二度と重ならないかもしれない。
 そして、そのことを、いつか凛は悔やむかもしれない。
 選ばなかったことを悔やみ、置き去りにしたことを悔やみ、それでも前を向くしかないのだろう。
 まだ自分は、弱くて脆いから。せめて前を向き続ける強さが欲しい。
 
(だから、加奈。私、もう振り返らない。どんなに頼まれたって、振り返ってなんかあげない。
 前だけ向いて、大事な人に手を伸ばす。だけどさ、こんな勝手な私だけど、背中、押してくれると嬉しいな)

 返事なんてあるわけがない。苦笑しながら、膝や服に付いた泥や草切れを払う。
 それから、もう一度だけ加奈の遺体のそばに屈みこんだ。

325野辺の花  ◆n7eWlyBA4w:2013/07/18(木) 23:47:56 ID:oJSHyqok0

 凛が手向けたのは、ちっぽけな、みすぼらしい花だった。

 この草むらにただ生えていただけの、なんでもない花。
 人よりも花に詳しいと思っていた凛ですらよくは知らない、野辺の花。

 もっと可憐な花を手向けられたらよかったのにと凛は少しだけ思い、それからこれでいいのかもしれないと思い直した。

(どんなにみすぼらしくても、誰にも目を向けられなくても、それでも確かにここで咲いてる。
 ちっとも華やかじゃなくて、それどころか泥だらけで、だけど今、咲いてるんだ。……私達も、そうだよね)

 野辺の花でいい。自分らしく咲いていたい。そう思いながらもう一度立ち上がる。
 そしてもう一度、今井加奈の姿と、その傍の小さな小さな花を視界に収めて、ほんの少しだけ寂しげな顔をしてから、
 凛はすっと踵を返した。目を逸らしたのではなく、再びあるべき道へと向かうように。
 気持ちの整理が綺麗に付いたなんて言えはしない。それでも、その足取りは確かだった。
 
 荷物の重さも、今はもう気にならなかった。
 それ以上のものを背負っていると思えば、こんなもの重く感じるはずがない。
 サドルに跨る。ハンドルを握り込む。ペダルに体重を掛ける。そして、息を吸って、吐く。


「……さあ、行こう!」


 見えない力で後ろから押されているかのように、自転車はもう一度走り出した。
 


   ▼  ▼  ▼

326野辺の花  ◆n7eWlyBA4w:2013/07/18(木) 23:48:32 ID:oJSHyqok0

 あれから、凛と自転車は走り続けた。

 加奈の亡骸に出会うまではあんなに長く感じた道のりよりも、もっともっと長い距離を駆け抜けた。
 それでも、まだ先は遠い。まずは南の街を目指すにしても、まだ進むべき行程の半分もこなしてはいないだろう。

 それに、走りながらでは端末が見れないので正確な時間は分からないが、そろそろ放送が近いはずだ。
 あまり悪い想像はしたくはないけど、それでも心を出来るだけ落ち着けて聞きたい。
 禁止エリアのこともある。一本道を寸断されるかもしれないことを考えると、今のうちに距離を稼いでおきたかった。
 だから走る。荒い息を整えて、一心不乱に前へ進む。

 疲れを感じないかといえば、きっと嘘になる。それでも、ペダルを踏み込む足は止まりはしない。
 誰に強要されたわけでもない。諦めたくないという自分の意志が凛を衝き動かす。
 だけどその源にあるのは、凛ひとりだけの想いじゃないはずだ。
 そう思うだけで、何度でも力が湧き上がってくる。


 だから、どこまでも信じていく。自分らしくあるために。死んでいった皆のこれまでを、継いでいくために。
 野辺の花のように、たとえ誰の目に止まらなくても、自分らしく咲くために。
 会いたい人がいるんだ。繋ぎたい絆があるんだ。だから、今はただ前へ。


 その向こう側に何も無くても、構わないから。




【F-7/一日目 夕方】


【渋谷凛】
【装備:折り畳み自転車】
【所持品:基本支給品一式、RPG-7、RPG-7の予備弾頭×1】
【状態:軽度の打ち身】
【思考・行動】  
基本方針:私達は、まだ終わりじゃない
1:山の周りを一周して、卯月を探す。そして、もう一度話をしたい
2:奈緒や加蓮と再会したい
3:自分達のこれまでを無駄にする生き方はしない。そして、皆のこれまでも。

327 ◆n7eWlyBA4w:2013/07/18(木) 23:48:48 ID:oJSHyqok0
投下終了しました。

328名無しさん:2013/07/19(金) 04:20:05 ID:Rc93DNvE0
投下乙!
死体やばいってのもあるけど、それを羽音で表現するとはすごい……
そしてそれでも滅びないもの
今井さんの死体は何気に影響力高いなー
タイトルがお見事
今井さん自身がまさに野辺の花なんだ

329 ◆John.ZZqWo:2013/07/20(土) 14:53:15 ID:4R5M8Fgc0
遅れましたが、今から予約分投下します。

330彼女たちにとって無残で悪趣味なトゥエンティーエイト  ◆John.ZZqWo:2013/07/20(土) 14:54:02 ID:4R5M8Fgc0
「……ふぅ」

差し込んでいたノズルを給油口から離すと向井拓海は軽く息を吐いた。
場所は市街に入ってすぐのところで見つけたガススタンドだ。
ダイナーから出発した彼女と仲間たちは一路病院へと車を向かわせていたが、途中にこのガススタンドを見つけたので給油することにしたのだ。
乗りなれているバイクとは勝手が違い、給油口の位地や開け方に戸惑いはしたものの、それも無事に終わり向井拓海は安堵する。

「よし」

給油口の蓋をしめる。と、同時に併設されている売店に使えるものがないかと探しにいっていた白坂小梅と小早川紗枝がそこから出てきた。
小早川紗枝は両手に水のペットボトルを抱え、白坂小梅は小走りに近づいてくると袖の中からミント味のガムを取り出して見せる。

「これから夜、だから……必要だと、思って……」
「気がきくじゃねぇか。ありがとよ」

向井拓海は白坂小梅の頭をわしゃわしゃと撫でると、そのまま彼女の小さな身体を抱きかかえてトラックの荷台へと持ち上げてやる。
そして、小早川紗枝も荷台に乗り込んだことを確認すると運転席へと戻った。

「大丈夫か?」

助手席で毛布にくるまった松永涼へと言葉をかける。相変わらず憔悴した様子だったが、彼女ははっきりとした声で言葉を返した。

「アンタはアタシのお袋かよ」
「へらず口がきけるならまだ平気そうだな。ほら、水だ」

向井拓海は小早川紗枝から受け取ったペットボトルを松永涼に渡す。そして、彼女がしっかりと手で握ったのを確認するとエンジンをかけてトラックを発進させた。

.

331彼女たちにとって無残で悪趣味なトゥエンティーエイト  ◆John.ZZqWo:2013/07/20(土) 14:54:26 ID:4R5M8Fgc0
 @


ほどなくして目的地であった病院に到着した4人だったが、まず目的のひとつだった車椅子はすぐに見つかった。
探すまでもなく待ちうけロビーの端に放置されていたのである。
もしかすれば誰かが使っていたところなのかもしれない。どうしてか煙のように消え去っているこの島の元の住人のことが4人の頭をよぎる。
ともかくとして、向井拓海は背負っていた松永涼を車椅子に乗せて、後を白坂小梅に任せる。
病院にはたどりついたが、別にここが安全地帯だというわけではない。
車椅子を押す白坂小梅を後ろに、向井拓海は小早川紗枝といっしょに周りを警戒しながら病院の奥へと向かおうとする。

「ん、なんや変なにおいが……」

と、少し進んだところで小早川紗枝が異臭に気づいた。
残りの3人も言われて気づく。4人はより慎重にその異臭の元へと向かい、しかし途中で“それ”に気づいた向井拓海が走り出した。

その、異臭を漂わせてくるのは、“彼女”が眠っている病室のある方向だった。

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332彼女たちにとって無残で悪趣味なトゥエンティーエイト  ◆John.ZZqWo:2013/07/20(土) 14:54:56 ID:4R5M8Fgc0
 @


いち早くたどりついた向井拓海と、彼女を追って遅れてついた残りの3人を迎えたのは黒く塗り潰された無残な光景だった。
火がつけられたのか病室の中はベッドを中心に壁から天井までが黒焦げになっている。
そして、おそらくは火元と思われるベッドの上にいた“彼女”――向井拓海が間に合わすことのできなかった少女の亡骸も同じく黒一色で、
以前以上に人相のわからない……、いや、わかりえないただの黒い塊でしかないものに成り果てていた。



「くそがァ!」

怒声をあげて向井拓海が壁を蹴るとおびえるように病室が揺れ、天井から煤が零れ落ちた。

「いったい誰がこんな真似を……、まだ近くにいやがるのかッ!?」

ベッドに背を向けると向井拓海は怒気を隠すことなく発しながら大股で病室を出て行こうとする。
だが、それを小早川紗枝が前に立ちふさがり押しとどめた。

「紗枝!」

向井拓海が牙を剥き声をあげる。だが、小早川紗枝はひるむどころか逆に彼女を睨み返して「冷静になりよし!」と強く言ってみせる。

「わからへんことだらけどす。もう少し冷静にならへんとあきしません」

思ってもなかった彼女の強い言葉に、向井拓海はなにかを言い返そうと口をぱくぱくとさせ……、結局は大きく息を吐いて肩を落とす。

「すまねぇ。頭に血がのぼっちまった……」

言って、向井拓海は改めてベッドのほうを振り返る。小早川紗枝も残りのふたりも同じようにそこへと視線を向けた。
無残としか言えない、人の亡骸。空虚で、悪趣味なオブジェクトとしか見えないそれに。



「わからねぇってのは誰がやったかってことか?」
「それもそうやけど、まず理由がわかりおへん。どないな理由があってこないなことしはったんか……」

確かに。と、向井拓海は小さく唸った。それを見て松永涼が彼女に問いかける。

「ここに、この……いたってのが、前に言ってた間に合わなかったって子なのか?」
「ああ……」
「じゃあ、もう死んでいたってことなんだよな?」

向井拓海は頷いた。そう、“彼女”はもう死んでいた。小早川紗枝がわからないと言ったのはそういうことだろう。
ここで行われているのは殺し合いだから、その結果として焼死体が出るというのはありえる。けれど、これはそうではない。死んだ後で焼かれたのだ。
ならば、それにいったいどんな意味があったんだろう? 疑問が4人の頭の中に浮かぶ。

「腹いせ……ってのは違う、か?」
「亡くなってた子を火葬してあげた……いうんにはちょっと不恰好やね」

向井拓海と小早川紗枝がそれぞれに言う。だが、どちらもそうと言うには確たるものが欠けていたし、口にした本人もそれが真実とは思えなかった。
いったいどうして? 松永涼は、もしかすればわかるんじゃないかと後ろにいる白坂小梅に尋ねてみる。
3人から注目された彼女はビクリと身体を震わせ、うつむいたまましばらく考えるとぽつりと彼女なりの想像を口にした。

333彼女たちにとって無残で悪趣味なトゥエンティーエイト  ◆John.ZZqWo:2013/07/20(土) 14:55:23 ID:4R5M8Fgc0
「…………死体が怖かったのかも」

ゾンビみたいにか? と松永涼が聞くと白坂小梅はふるふると首を振った。

「あないな有様を見たら怖くて火をつけるいうんもわかるかもしれへんなぁ……」

小早川紗枝が同意する。ここに寝ていた少女の姿はありていに言えばグロテスクだった。だから、それを見えないように焼いたというのはあるかもしれない。
そうでなくとも死体というのは不気味で怖いものだ。ゾンビなんかを信じていなくとも、焼いてしまおうと思うのも不自然でない気がした。
例えば、手元に火をつけるものがあり、ここであの少女の亡骸を発見し、驚きや恐怖のあまり咄嗟にそれを投げてしまう――というようなことは想像できる。

「とりあえず、わかんねぇことだけはわかったよ」

ため息をついて向井拓海がまとめに入る。ここで問答してもらちは明かないし、悠長にしている時間もない。

「やった奴が見つかったらそいつに聞き出して、場合によっちゃ落とし前つけるってだけだ」

言いながらベッドから離れると、向井拓海は部屋の隅にあったクローゼットを開き、その中からまだ無事だった新しいシーツを取り出した。
そして、またベッドの傍へと戻り、そのシーツを黒焦げになってしまった少女の上へとかけなおす。そして、「すまねぇ」と頭を下げ今度こそ病室を後にした。



その背に続いて、小早川紗枝も車椅子に座った松永涼とそれを押す白坂小梅も病室を後にする。
最後に白坂小梅が入り口をくぐろうとしたところで、彼女はなにかに気づいたように足を止め、後ろを振り返った。

「どうした、小梅?」

松永涼が不審に思って彼女に声をかける。けれど白坂小梅はあわてて「なんでもない」と答えるとまた車椅子を押し、廊下へと出た。



本当になにもなかったのだろうか? 白坂小梅のことをよく知る松永涼は思う。
けれど、よく知っているからこそ、あえて彼女に改めて問いただすようなことはしなかった。


.

334彼女たちにとって無残で悪趣味なトゥエンティーエイト  ◆John.ZZqWo:2013/07/20(土) 14:55:59 ID:4R5M8Fgc0
 @


「メシを食うとなんだかんだで落ち着くな。涼はどうだ?」
「ああ、おかげさまでこれから先もなんとかなりそうな気がしてきたよ」
「紗枝の作った、サンドイッチ……おいしい」
「よろしゅうおあがり」

場所を簡易ベッドが並ぶ処置室に移した4人は、松永涼の傷を手当して、今は小早川紗枝の用意したお弁当を食べながらこれからのことを話し合っていた。
手当て……と言っても傷口を洗い直し、真新しいガーゼと包帯で覆ったくらいで、結局たいしたことはきなかったし、それで症状が劇的に回復したなんてこともない。
けれど、白坂小梅が見つけてきた鎮痛剤は効いているようで、松永涼の言葉や様子にも少しだけ余裕が見られるようになっていた。



「ここで二手に分かれる……か」

松永涼の様態も一応は安定してきたので、ここで二手に分かれよう。そういう白坂小梅の提案に向井拓海は腕を組んで唸る。
小さくて臆病な彼女が見せた大きな勇気と決断だ。だから尊重したいし信じたい。けれど、不安があるのも事実だった。

「んー、他の人を探したりするんを急ぎたいいうのは本当のことやけど、ふたりだけ残しても大丈夫なんやろうか?」

小早川紗枝が内心に思っていたことを言葉にする。やはり、自由に動けない松永涼とまだ小さい白坂小梅をふたりだけにするのは危険だと思えた。

「じきに水族館に集まってた連中もこっちに来るはずさ。そこまで心配することじゃない」

けれど、そんな心配は無縁とばかりに松永涼は大丈夫だと軽く言ってみせる。隣に寄り添う白坂小梅も彼女の言葉にあわせてうんうんと頷いていた。
それはどこか言外に足手まといは置いていけと言っているようで、向井拓海は無言で眉根を寄せる。

「だけどよ、その水族館の連中がもう来るっていうんなら、そいつらに手を貸してもらえるってことだよな?」
「確かに出るほうも残るほうもふたりだけいうんは心もとないし、人数増えるんやったらそれにこしたことはあらへんどすな」

向井拓海が言って、小早川紗枝が続ける。
あのスーパーマーケットの前で交わした諸星きらりとの約束が果たされれば、彼女を含む水族館に集まっていた連中はこちらへと向かってくるはずだ。
そうすれば全体の人数が増え、探索に出るほうにも残るほうにも人数が増して余裕ができることになる。
互いに背負うリスクも減る――のだと思い至ると松永涼もなるほどと頷いた。そして、

「……そういえば水族館には誰がいるんだ小梅?」

考えてみて、そういえばそれがはっきりしてないことに気づいた松永涼が隣の白坂小梅に訪ねてみる。

「え、えーと……」

問いかけられた白坂小梅は少し考えてから、ゆっくりと順を追って説明する。
一度集まった面々は、それぞれに目的を持っていったん別れ、そして水族館を次の集合場所にしていたということ。
そして、そのグループにいたのは彼女自身と彼女といっしょに古賀小春と小関麗奈を探していた諸星きらり。
別れた時はまだ眠っていた喜多日菜子と彼女の世話を買って出た岡崎泰葉。そして、いっしょにケーキを食べに行くと言っていた藤原肇と――、

335彼女たちにとって無残で悪趣味なトゥエンティーエイト  ◆John.ZZqWo:2013/07/20(土) 14:56:30 ID:4R5M8Fgc0
「市原仁奈……って」

向井拓海が、いや小早川紗枝と松永涼もその名前を聞いて絶句する。市原仁奈は、彼女の名前は先の放送ですでに呼ばれていたからだ。

「仁奈ちゃんいうたら、前の放送で名前が呼ばれた子やね?」
「…………う、うん」
「だったら、なんでそんな大事なことをその時に……って、そんな場合でもなかったか。いや、それはもういい。それよりかだ……」

向井拓海は白坂小梅に噛み付きかけて、しかし思いとどまる。
言葉に発したとおりにそんな場合ではない。いきなりすべてのお膳立てがひっくり返ってしまったのだ。どうしてなどと今は追及してる場合ではない。
ともかく、水族館に集まろうとしていた連中の側で“なにか”があったのは確実だ。
そして少なくともひとりの死者が出ており、他の無事も保障されていない以上、この先ここで待っていても合流できない可能性が生まれたことになる。

「放送で呼ばれたってことは、し……死んだのは放送の前だ。それで、仁奈は藤原といっしょにいたんだろ?」
「藤原の名前は呼ばれてねぇ。つまりは逃げ延びたってことか?」
「無事に他の人らと合流できてたらええんやけど……」

小早川紗枝がちらりと松永涼のほうを見る。名前を呼ばれていないからといって必ずしも無事が保障されるわけではない。

「おい、水族館に集まるって言ってた他の連中はどう動く? なんか先に取り決めてたこととかないのかよ?」
「…………わ、わかんない」

消えてしまいそうな声で答える白坂小梅に、向井拓海は舌打ちしかけて口を押さえる。
感情的に攻めたところで問題は解決しない。それを、彼女は“上に立つ者”だからこそ知っている。

「……じゃあ、こっちから迎えに行くか? 水族館に集まってるっていうなら簡単だぜ。こっちには車があるから30分もかからねぇ」

ひとつの提案が挙がる。ここでトラックという乗り物があることは僥倖だ。言ったとおりに水族館まで飛ばせば30分もかからないだろう。
集合するという面々がそこにいるのならば、ここで待つよりも速やかに合流できるに違いない。
しかし、問題がないわけではない。

「せやけど、むこうの人らが藤原はんを心配して探しに出てたら入れ違いになってまうで? それにむこうはもうこっちを目指してるかもしれへん」

その通りだった。そもそも水族館に集合するというのもかなり前の時間のことだ。
連絡係りとして戻った諸星きらりから伝言が伝わっていれば、今頃はもうこちらに向かっている可能性が高いし、先ほどまでそう思ってもいた。
東西の街を結ぶ道は一本道ですれ違いようもないが、市街の中に入ってしまえば逆に道はいくらでも分岐している。
そして、一度入れ違ってしまえば互いに混乱し、ますます合流することが難しくなるのは明らかだった。

「なんだったら、今こそ別れる時なんじゃないのか?
 アタシと小梅がここに残って、ふたりで水族館に向かえば、最悪入れ違ったとしても連中はこっちで足止めできるぜ?」

松永涼から新しい提案が挙がる。一見、合理的な案だ。しかしそれもここが殺しあいの舞台でなければ……という条件がつく。
彼女らをふたりきりにするのは不安だから合流を待とうと言い出したのに、合流を急ぐためにふたりきりにしてしまうのではまるで本末転倒というものだ。


トラックに乗って全員でこちらから水族館のほうへ向かってみるのか。
あるいは、向こうの連中を信じてこの病院で彼女らが訪れるのを待つのか。
それとも、松永涼と白坂小梅をここに残して、向井拓海と小早川紗枝のふたりで水族館へと向かうのか。

どうすれば間に合うのか。どれを選べば間に合わなくなってしまうのか。――――それは、とても難しく重たい問題だった。





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336彼女たちにとって無残で悪趣味なトゥエンティーエイト  ◆John.ZZqWo:2013/07/20(土) 14:57:37 ID:4R5M8Fgc0
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結局、4人は次の放送までは待つと決めた。無難かつ消極的な選択ではあったが、考慮すべきもうひとつの要素がその判断材料となったのだ。

「ふたりは?」
「ぐっすり、だよ。特に紗枝はアタシにつきあわせてたからな、気は張れても、もう限界だったんだろうさ」

処置室のベッドの上には白坂小梅が丸まっていて、ひとつ隣のベッドの上には小早川紗枝が静かな寝息を立てている。
ここで休憩をとることをふたりは渋ったが、しかし横になってしまえば寝るまでに時間はかからなかった。
この島で目覚め殺しあいが始まってからすでに3/4日が経過している。よほど丈夫でなければ疲労も眠気も無視できなくなる頃合だ。
どちらにせよ近いうちに休息はとらないといけない。なので、向井拓海は水族館から向かってくる連中を待ちながらそれまで休むという選択を決断した。

「………………」

向井拓海はミント味のガムを噛みながら壁にかかった時計を見る。放送の時間はもう近い。そして放送ではまた死んだアイドルの名前が呼ばれるだろう。
それは“間に合わなかった”の羅列だ。どうしようもないことがあるとわかっていても歯がゆかった。今からでも飛び出していけば救える命があるんじゃないかとも思う。
水族館の連中にしてもトラックを飛ばして迎えにいくのが正解だったという可能性もある。
しかし。と、向井拓海はベッドで眠るふたりを見る。前には進む。けれど先走った結果、守るべき仲間が失われることがあってはならない。

特攻隊長は常に先陣を切る役目を負うが、なぜその役割に高い位が与えられるのか。それは特攻隊長には先導者としての役割が大きいからだ。
先頭に立ち、道や他に走る車、時には現れたライバルへの判断を委ねられている。族の安全は一番先を行く特攻隊長が預かっていると言っても過言ではない。
それゆえに、ひとりよがりな走りや暴走は許されない。常に冷静であり、全てのリスクを背負う覚悟が求められる。

337彼女たちにとって無残で悪趣味なトゥエンティーエイト  ◆John.ZZqWo:2013/07/20(土) 14:58:02 ID:4R5M8Fgc0
「なぁ」

空になったペットボトルをテーブルにコンと置き、松永涼が声をかけてくる。

「なんだ?」
「黙ってたら足が痛むんだよ。気を紛らわせるためにアタシの話につきあってくれよ」
「鎮痛剤が切れたのか?」
「元から焼け石に水だっての。これは医者に麻酔でも打ってもらわないとどうにもならねぇ……って、小梅には言えないけどね」
「いい根性だぜ」
「拓海もずっと怖い顔してるぜ? あんま抱え込むなよ。アンタに助けられたやつはみんな自分の足で歩いていけるんだ」

その足がないくせに。と、苦笑しながら向井拓海は松永涼に向き直る。そして、ミント味のガムをもう一枚口の中に入れた。

「で、話って?」
「夏樹のことだよ。拓海もつきあいあったんだろ?」

木村夏樹。松永涼と並ぶ事務所きってのロックアイドルだ。向井拓海にとってはバイク仲間でもあり、そしてここでもうすでに亡くなったアイドルの名だ。

「前にさー、たまたま事務所で空いた時間が被ることがあってさ。で、いっしょにその時TVでやってた映画を見てたんだよ」
「ふぅん」
「食いついてこないと会話にならねぇじゃねぇか。まぁいいけど」
「じゃあ、どんな映画だったんだよ」

それは別に重要じゃないんだよ。と、松永涼は手を振る。

「映画の中でさ。雪の中を歩くおっさんの足が凍傷にかかっちまうのさ。で、切るの切らないので大の大人が大騒ぎだよ。
 その映画を見終わった後のことなんだけどさ。夏樹が言ったんだ。
 『アタシだったら切らない。使い物にならなくなっても自分の身体がなくなるのは御免だ』って」
「それで?」

向井拓海は腕を組んで話の先を促す。けれど、松永涼は軽く首を振るだけだった。

「それだけ。ただ、思い出しただけだよ。もっとも、アタシは切るとか切らないだとかうだうだと悩んでる時間はなかったけどね」

松永涼は先のなくなった足をぽんぽんと叩き、「生きて帰ったらいい勲章になるぜ」と言う。
そんな彼女に向井拓海はため息をつくように「強いんだな」とこぼした。
しかし、松永涼はそうじゃないと言い返す。

「そうじゃないんだ。アンタがもうアタシのことを死なせないって言った。だからアタシはもう先のことしか考えられなくなっちまったのさ。
 まだアタシには声も魂(ソウル)も残ってる。戻ったら……そうだな、奇跡の生還を果たしたロックアイドルとしてプロモーションのかけなおしだ。
 きっと売れる。ライブ会場もいっぱいになって、割れんばかりの歓声がアタシを包むだろうぜ」

とんだ狸の皮算用だなと向井拓海は苦笑する。

「ああ。いいぜ。請け負ったからには絶対生きて島から出してやるよ。戻ってからお前が売れるかどうかは知らないけどな」

苦笑が笑顔に変わり、松永涼も笑いはじめる。
どうやらこの会話に気を紛らわせる効果は十分にあったようで、向井拓海は心の中で自分に気を使ってくれた彼女の心意気に感謝した。

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338彼女たちにとって無残で悪趣味なトゥエンティーエイト  ◆John.ZZqWo:2013/07/20(土) 14:58:22 ID:4R5M8Fgc0
そして、話はもう少しだけ続く。


「夏樹と李衣菜、いっしょに呼ばれたよな」
「ああ、同じ場所で死んだのかはわかんないけど最後まで仲のいいやつらだ」
「寂しくなるぜ。アタシは夏樹も気にいってたけど、李衣菜のことも悪くないって思ってたんだ。夏樹がいるんで口出しはしなかったけどさ」
「ああ、お前小さな子が好きだもんな」
「はぁっ!?」

夕暮れに溶ける病院に松永涼の高い声が響き、向井拓海は声がでかいと人差し指を唇に当てる。

「変な言い方すんなって!」
「事実じゃねぇか。小梅の懐き具合を見てたらわかるってもんだよ。クールなふりして、実はいい“お姉さん”なんだろ?」
「別にそんなの普通だっての……。つーか、今思い出したけど、前に事務所に捨て猫拾ってきたヤンキーアイドルがいるって聞いた――」
「その話はすんな! ブン殴るぞ!」

向井拓海の大きな声が響き、今度は松永涼がにやにやとした顔で人差し指を唇に当てる。

「声がでけぇよ。小梅たちが起きんだろうが。病院では静かにしろよ。優しい優しい拓海おねーさん♪」
「帰ったらブン殴るから覚えとけよ……」
「……けど、アイツらがいなくなると思うと寂しくなっちまうな」
「ああ、ツーリングに誘う相手もいなくなっちまう。なぁ、帰ったらケツに乗せてやろうか? バイクはいいぜ」
「誰かに運んでもらうってことをツーリングとは呼ばないんじゃないか? その時は義足でもなんでも使って自分でバイクに乗るよ」

だったら、ますますお前を連れて帰らないとだな。と、向井拓海は笑う。ああ、大船に乗ったつもりでいるさ。と、松永涼も笑った。

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339彼女たちにとって無残で悪趣味なトゥエンティーエイト  ◆John.ZZqWo:2013/07/20(土) 14:58:40 ID:4R5M8Fgc0
そして、ひとしきり普段のように会話して、放送も間近になろうという頃。


「マジな話になるんだけどさ」

そう切り出した松永涼の顔はどこか逼迫していて、心なしか顔色も悪くなっている気がした。
なんだ? と向井拓海は構える。まさか、今更手当ての甲斐はなく死んでしまうとでも言い出すつもりだろうか? だから? けれど――、

「…………悪いけど、トイレまで連れてってくれ」
「……………………」
「我慢してたんだよ」
「水ばっか飲んでるから…………」
「喉が渇くんだからしかたないだろ。それよりも頼む。けっこう限界なんだよ」
「ロックスターはおしっこしないとか言えよ……ったく」

向井拓海はやれやれと立ち上がると車椅子の取っ手を掴み押し始める。
幸いなことに処置室のすぐ傍には採尿用のトイレがあるので、間に合わないということはないだろう。彼女をトイレに座らせることを思うと憂鬱だったが。



「言っとくけどさ。……“聞くなよ”?」
「聞かねぇよ…………」



そして、彼女たちがひと時の休息をとる病院は赤い光から藍色の闇の中に沈んでいく。
3度目の放送を前に、向井拓海と松永涼の胸には最悪の予感と、それに耐える覚悟、そこから先に進むための信念があった。






【B-4 救急病院 処置室/一日目 夕方(放送直前)】

【向井拓海】
【装備:鉄芯入りの木刀、ジャージ(青)】
【所持品:基本支給品一式×1、US M61破片手榴弾x2、ミント味のガムxたくさん】
【状態:全身各所にすり傷】
【思考・行動】
 基本方針:生きる。殺さない。助ける。
 0:なんでアタシがこんなこと。
 1:放送を聞いて対応する。(誰かを助けることを優先。仲間の命や安全にも責任を持つ)
 2:仲間を集めるよう行動する。
 3:スーパーマーケットで罠にはめてきた爆弾魔のことも気になる。
 4:涼を襲った少女(緒方智絵里)のことも気になる。

 ※軽トラックは、パンクした左前輪を車載のスペアタイヤに交換してあります。
   軽トラックの燃料は現在、フルの状態です。
   軽トラックは病院の近く(詳細不明)に止めてあります。

340彼女たちにとって無残で悪趣味なトゥエンティーエイト  ◆John.ZZqWo:2013/07/20(土) 14:58:55 ID:4R5M8Fgc0
【松永涼】
【装備:毛布、車椅子】
【所持品:なし】
【状態:全身に打撲、左足損失(手当て済み)、衰弱、鎮痛剤服用中】
【思考・行動】
 基本方針:小梅を護り、生きて帰る。
 0:こんなこと小梅には頼めねぇだろ。
 1:放送を聞いて対応する。(足手まといにはなりたくない)
 2:申し訳ないけれども、今はみんなの世話になる。
 3:みんなのためにも、生き延びる。


【小早川紗枝】
【装備:ジャージ(紺)】
【所持品:基本支給品一式×1、水のペットボトルx複数】
【状態:熟睡中】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを救い出して、生きて戻る。
 1:放送の時間になったら起きて対応するつもり。(脱出方法を探すことを優先。リスクよりも時間を重視)
 2:『天文台』に向かいたい。天文台の北西側に『何か』があると直感。
 3:仲間を集めるよう行動する。
 4:少しでも拓海の支えになりたい


【白坂小梅】
【装備:拓海の特攻服(血塗れ、ぶかぶか)、イングラムM10(32/32)】
【所持品:基本支給品一式×2、USM84スタングレネード2個、ミント味のガムxたくさん、鎮痛剤、不明支給品x0〜2】
【状態:熟睡中、背中に裂傷(軽)】
【思考・行動】
 基本方針:涼を死なせない。
 1:涼のそばにいる。
 2:胸を張って涼の相棒のアイドルだと言えるようになりたい。

 ※松永涼の持ち物一式を預かっています。
   不明支給品の内訳は小梅分に0〜1、涼の分にも0〜1です。

341 ◆John.ZZqWo:2013/07/20(土) 14:59:43 ID:4R5M8Fgc0
以上で投下終了です。

感想は……すいません。もう少し後で、あらためてつけますねw

342 ◆John.ZZqWo:2013/07/22(月) 20:25:16 ID:b13Y9cto0
では、改めて感想を。皆様投下乙なのです。

>No brand girls/パンドラの希望
2つのグループがあわさって、それぞれ大人たちと子供たちの間で打ち解けた話ができたのは色んな意味で彼女らの救いになったんだろうなぁと。
それぞれこれまでずっと気を張ってきたけど、理解や同調できる間柄の仲間が増えるのはいいことですよね。特に美羽と泉ちゃん。
しかし、悲劇の後にいい雰囲気で持ち直せはしたけどやはり傷は深く……、やはり重症な川島さん、そしてますます思いつめる友紀。
次の放送で飛行場の惨劇を知るであろうことも考えると……ううーん、先行きが不穏すぎる。

>野辺の花
凛はひとつひとつ悲しみを拾いながら強くなっていくなぁ……と。
そこが彼女の強さとらしさで、これから先もそうしていくんだろうなという予感もします。
放送を聞けば、選らばなかったことの結果をいやでも知るし、行く先にあるアイドルらの中でもまたなにか悲しみがあるだろうことは確実だし……、
なによりいつかは奈緒と加蓮、卯月と向かい会う時もくるだろうし。……ううーん、凛はどこまで強くなることができるのか。

343 ◆yX/9K6uV4E:2013/07/23(火) 00:52:08 ID:iAntRnYs0
皆さん投下乙ですー。
>野辺の花
うーん、えぐい。
凛ちゃん前向けたけど。
さて、どうなるのかなあw 放送聴いちゃうしw

>彼女たちにとって無残で悪趣味なトゥエンティーエイト
拓海と涼の会話がいいなあ。
互いにぶっきらぼうだけど、それゆえにしっかり話せてる感じ
涼は以前辛いけど……さて、つぎがどうなるか楽しみ。


そして、補完話として、新田美波予約します

344 ◆John.ZZqWo:2013/07/23(火) 01:30:50 ID:AMXW.0GQ0
予約に期待! ……で、先日投下した作品の中にちょっとした矛盾があったのでwikiのほうで修正しました。
>>334-335 の部分ですので、それぞれご確認よろしくおねがいします。

345 ◆John.ZZqWo:2013/07/26(金) 23:54:34 ID:FTrN/QMk0
双葉杏、相川千夏 の2人で予約します。

346 ◆John.ZZqWo:2013/07/29(月) 23:43:46 ID:ughAGxYQ0
早めですけど延長しておきます。

347 ◆John.ZZqWo:2013/08/03(土) 22:29:57 ID:sDSZnYdg0
遅れて申し訳ありません。今から投下します。

348彼女たちから離れないトゥエンティーナイン  ◆John.ZZqWo:2013/08/03(土) 22:30:30 ID:sDSZnYdg0
双葉杏の頭上にハンマーが振り下ろされた。


ぐしゃりと、その小さな頭が形を崩す。けれど、かつてそうであったようにハンマーは繰り返し振り下ろされる。
怒りをこめて。何度も叩きつけて、崩し、原型がなくなるまでハンマーは振り下ろされる。
ほどなく、元の表情もわからぬほどに頭部は破壊されてしまうが、しかし今回はそこで終わることはなくまだハンマーは振り下ろされる。
平らな胸に、肩に、腹に、足に――まるで滅多打ちのようにハンマーは何度も何度も振り下ろされる。

ちぎれた腕が机の下に転がり、そして、双葉杏はただの土くれへと戻った。

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349彼女たちから離れないトゥエンティーナイン  ◆John.ZZqWo:2013/08/03(土) 22:31:09 ID:sDSZnYdg0
 @


「もう気はすんだかしら?」

背後からかけられた声に双葉杏の肩がびくりと揺れる。
振り返ればそこにいたのは同行者である相川千夏であった。
ここはキャンプ場の中にあった陶芸体験教室で、そして双葉杏がさっきまで熱心に叩き潰していたのは彼女の姿を模した人形であった。

「ん、んー……まぁね。まったく、困るよね。こういう……肖像権の侵害ってやつ」
「意外と難しい言葉を知っているのね。なんというか、こう……あなたはそういうことは全部プロデューサー任せな印象があったわ」
「杏は不労所得に関しては一家言あるからね。楽して儲ける方法に関しては猛勉強してるんだから」
「それは本末転倒な……いえ、そんなことはいいとして――」

どうしてこんなものがここにあって、それに心当たりはあるのか? と相川千夏は尋ねた。
これはかなり不可解なことだ。しかし、聞かれた双葉杏はあっさりと答える。

「決まってんじゃん。きらりだよ。こんなことするの。それ以外ないじゃん?」
「諸星きらり、か」

相川千夏は少し思案して、なるほどと頷いた。

「合点がいったわ。つまり彼女はつい先ほどまでこの場所にいたってことね」
「はぁっ!? それってどういうこと?」

まるでカートゥーンに出てくるいたずらねずみのように双葉杏は首を振って周囲を警戒する。そんなに彼女は諸星きらりのことを苦手としているのだろうか?
ともかくとして、相川千夏はどうしてそう考えたのか、その根拠を冷静に語った。

「あの水族館で合流した岡崎泰葉と喜多日菜子。彼女らはもうないわけだけど、その前に彼女らからこれまでの顛末は聞いたわよね?
 その中で諸星きらりはこの殺しあいが始まった当初、北東の灯台に近い位地にいて小関麗奈と古賀小春と出会っている。
 そしてその後、藤原肇や岡崎泰葉らと合流を果たし、水族館へ集合する約束を交わして小関麗奈たちを迎えにまた北東に戻った」

うんうん、と双葉杏は頷く。適当といい加減とメンドクサイをモットーとする彼女だが記憶力はすこぶるよい。

「けれど、それは果たせず彼女は代わりに別の集団と遭遇する。そして彼女らに白坂小梅を預け、病院で合流するという約束を交わして戻ろうとした。
 そしてその途中でちょうど水族館から離れた藤原肇と出会い、これも偶然通りかかった渋谷凛に約束の件を託し、自分は藤原肇に同行した。
 ここで問題なのだけど、これまでの彼女の動向の中でキャンプ場に立ち寄って粘土細工を作る時間があったかしら?」

双葉杏の顔が白くなる。問いに対する答えが彼女の中で出ていることは明白だった。

「だとすると、彼女は藤原肇と同行したというその後にここに来たというのが妥当よね。
 それに藤原さんの趣味は陶芸だったと記憶しているわ。ここに来て、彼女を趣味に触れ合わすことで慰めようとしたと考えられるんじゃないかしら?」

推論を聞き終えた双葉杏はごくりと一度喉を鳴らしてから言葉を発した。

「そ、そうだね……多分それであってるんじゃないかなって杏も思うよ。でもそれって、つまりはやっぱり……」

再びそわそわとし始める双葉杏に相川千夏はふぅと小さなため息をつく。

「その点は安心してもいいわ。外に張ってあるテントを全部覗いてきたけれど彼女も藤原さんもいなかった。もう移動した後みたいよ。
 ひょっとすれば入れ違いになったのかもしれないわね。藤原さんのコンディションが回復すれば、水族館に戻るというのはやはり妥当だし……」

そこで相川千夏はふむと頷く。

350彼女たちから離れないトゥエンティーナイン  ◆John.ZZqWo:2013/08/03(土) 22:31:29 ID:sDSZnYdg0
「その場合、いや、そうでなくとも彼女たちはこの後流れる放送で水族館で起きたことを知るのだろうけど、その場合、彼女らはどう動くのかしらね?」

そう聞いてみるが、しかし双葉杏の答えは「そんなことわからない」とそっけないものだった。
ここに残されていた人形がなんらかのサインになっているかもしれない。そう考えてのかまかけでもあったわけだが、そういう様子は伺えない。

「……まぁ、出会うことがあったらそれはそれで前に言ったように適当な理由をでっちあげて彼女らを騙し、殺してしまえばいいだけよね」

双葉杏は無言で頷く。その心情は曖昧だ。

「ねぇ、諸星きらりはあなたには心を許すと考えていてもいいのよね?」

これがどういった意味の発言なのか。それは考えるまでもない。確かに理解し、双葉杏は期待通りの答えを返した。

「そうだね。きらりは杏が人を殺してるなんて、たとえバラしたって信じないと思うよ。だから………、……………簡単だよ」

しかし、「殺すのは」とは彼女ははっきり言葉にしなかった。

「そう。それを聞いて安心したわ。彼女、大きくて力があるものね。万が一とっくみあいにでもなったら勝てそうもないと思ってたから」

相川千夏は笑みを浮かべながら言う。けれど冗談ではない。諸星きらりの伝説の中には「収録スタジオの天井に穴を開けた」というものがある。
新曲の収録中にテンションの上がった諸星きらりがジャンプして頭突きで天井に穴を開けてしまったのだ。
万が一でもなく、身体能力で彼女に勝てるアイドルはここにはいないだろう。

「その時はあなたにまたお願いしてもいいのかしら? さっきのように協力してさっさと始末する」
「そうだね……マズいことになりそうだったらまたさっさと始末しないとだね」

双葉杏の言葉は歯切れが悪い。そして水族館で見せた不遜さはなく、まるで見た目どおりの子供のようでもあった。
どうやらいじめすぎたか。自分の中につまらない感情が芽生えていることに気づいて相川千夏は唇を噛んだ。

「でも、出会わなければそれにこしたことはないわよね。どこかで勝手に死んでくれたのならそのほうが気は楽だわ」

その言葉は慰めになりえただろうか。それは言った本人にもわからない。ただ、わかるのは彼女の声がわずかに上ずり掠れていたことだけだ。
彼女はその言葉を最後に部屋を出ようと踵を返し、しかし扉の前でもう一度振り返った。

「放送までに食事をとって、その後はここでまた次の放送まで休息をとるつもりだけど……ところで、あなたはコーヒーは飲める?」

双葉杏はうなだれていた頭を上げて、ふるふると振る。

「杏、苦いのはキライだよ」
「“ミルクに砂糖は3つ”だったらどう?」
「炭酸なしのジュースのほうがいいかな。なかったら水でも我慢するけど」
「……そう。わかった。用意してあげるから待ってなさい」

それだけ言葉を交わし、今度こそ相川千夏は扉をくぐって部屋を出た。

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351彼女たちから離れないトゥエンティーナイン  ◆John.ZZqWo:2013/08/03(土) 22:31:41 ID:sDSZnYdg0
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陶芸体験教室の隣の部屋は受付と売店になっている。(正確にはこの部屋の奥に体験教室がある)なので、食料を探すのには困らない。
なにもなかったら、支給された冷たい食料を食べるしかなかったが、ここにはポットもレンジもあるので夕食はそれなりのものがとれるだろう。
相川千夏は棚に並んだ食料品をひとつひとつ物色し、そしてその途中で大きなため息を吐いた。

「“ミルクに砂糖は3つ”……ですって? 私、なに考えてるのかしら」

彼女の手にはインスタントのコーヒーが握られている。今はひとりで飲むためのものだ。
安物で普段飲んでいるものとは比べ物にならないが、コーヒーであることは変わりない。こんな場所で贅沢は言えないのだからこれは仕方ない。
コーヒーを飲むという行為は相川千夏にとってテンションを平静に整えるのに必要な行為だ。そして、ふたりで飲むというのは――

「――これは、休息が必要ね。意外と重症だわ」

相川千夏は物色を再会しながら時計を見る。早く放送を聞き終え、この疲弊した意識を手放してしまいたかった。






【D-5・キャンプ場/一日目 夕方】

【相川千夏】
【装備:チャイナドレス(桜色)、ステアーGB(18/19)】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×7】
【状態:左手に負傷(手当ての上、長手袋で擬装)】
【思考・行動】
 基本方針:生き残り、プロデューサーに想いを伝える。生還後、再びステージに立つ。
 1:杏と行動。次の放送まで様子を見、放送後は更に次の放送まで睡眠をとる。
 2:6時間おきに行動(対象の捜索と殺害)と休憩とを繰り返す。
 3:杏に対して……?

【双葉杏】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式x2、ネイルハンマー、シグアームズ GSR(8/8)、.45ACP弾x24
       不明支給品(杏)x0-1、不明支給品(莉嘉)x0-1】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:印税生活のためにも死なない。そのために殺して生き残る。
 1:千夏と行動。放送を聞いたらしばらくは休みたい。
 2:人は人、私は私。
 3:じゃあ、きらりは……?

352 ◆John.ZZqWo:2013/08/03(土) 22:32:04 ID:sDSZnYdg0
以上で投下終了です。

353 ◆yX/9K6uV4E:2013/08/10(土) 14:01:54 ID:kp3nLQFY0
連絡が途絶えてしまい申し訳ありません。
まずは感想を。

>彼女たちから離れないトゥエンティーナイン

杏が杏にあった!w
マーダーコンビのやりとりがいいなあ。
千夏が彼女の好みをいったのはまた、いい感じです。

さて、こちらも新田美波投下します。

354 ◆yX/9K6uV4E:2013/08/10(土) 14:02:42 ID:kp3nLQFY0





――――Do you know venus? Be your venus







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

355ヴィーナスシンドローム ◆yX/9K6uV4E:2013/08/10(土) 14:03:37 ID:kp3nLQFY0







「……ついに、この日が」

目の前には、小さな扉。
そこにはプロダクションの名前があって。
その名前は、私――新田美波がアイドルとして所属する事になるプロダクションでした。
今日はアイドルとして出勤する初めての日。

思えばオーディションに応募して、面接して、合格して。
あっという間の時間だった気がします。
合格通知が来た時は嬉しくて、飛び上がりそうでした。
こんな私がアイドルになれるなんて……思っても居ませんから。

……いえ、それはちょっと嘘になりますね。
大学のミスコンを取れたことはちょっと自慢で。
だからこそ、少しぐらいは自信を持っていました。
私はちょっとその事を誇りに持って、今、このプロダクションの前に居ます。

今日は私をプロデュースしてくれるプロデューサーと初対面なのです。
どんな人かな……どきどきする。

「……おはようございます!」

いつまでもドアの前で立ち竦んでる訳にも行かないので、意を決して中に入る。
すると私の眼前に広がるのは……まぁ、普通のオフィスでした。
……いえ、それでも結構広いかな?
マンモスプロダクションだから広いのは納得ではあるのだけど。

「おはようございますー……あら、新しい人かな?」
「はい、今日からお世話になる新田美波といいます」
「なるほど、私は、高森藍子といいます。今、事務の人呼んできますね」
「いえ、私が」
「いいよ、どうせ仕事が無くて暇ですし…………ちひろさーん!」

そういって、ふんわり?とした様子の少女――藍子さんが事務の人を呼びに逝きました。
呼ばれたことに気付いた事務の人……ちひろさん。
私も合格して、その後手続きとかで色々お世話になったので顔は知っている。

「ああ、おはよう美波ちゃん」
「おはようございます」
「今日が初日でしたね」
「はい!」
「頑張ってくださいね……担当になるプロデューサーは……その」
「その?」
「………………まだ、着てないので、ちょっと待っててね」

そう言って、ちひろさんは頭をかきながら、電話をしにいきました。
あの馬鹿、また連絡よこさないでと若干苛立ち気味なのが、気にかかるけど。
私は応接の間のソファに座りながら、そのプロデューサーを待っていました。
途中、藍子ちゃんが入れた紅茶を飲んだりして。

そして、一時間ほどが過ぎ、昼食の時間になりそうな時間になって。


「……ふぁ……おはよう」


欠伸をしながら、眠たげに入ってきた男の人が出勤してきました。
……けど、おおよそ社会人に見えなさそう格好でちょっと面を食らう気分です。
金髪で、それもきちんとセットしてあって。
スーツで無いブランドもので揃えてあって。
サングラス、アクセサリーもきちんとしてあって。
……なんというか、私と同じ大学生と言うか。
一言でいうとホストっぽい人でした。
でも、きちんと顔も整ってて、男のアイドルと言われても通用するような。
そんな感じの男の人です。

356ヴィーナスシンドローム ◆yX/9K6uV4E:2013/08/10(土) 14:04:23 ID:kp3nLQFY0

「おっそい! 今何時ぐらいだと思ってます?」
「んー……12時ちょっと前、セーフ、セーフ。第一今日、オレ仕事ないじゃん」
「無くても来るの!」
「えー。自宅も仕事場だぜ。アトリエあるんだし、オレの場合」
「詭弁! ちょっとは社会人の常識を身に着けなさいよ! もうなんべん言ったか解ります!?」
「……忘れたよ」
「32回!」
「多いな!?」

その人と、ちひろさんが言い争ってます。
なんか不思議な光景だなと私はそれを呆然と眺めていて。
暫く言い争ってる……というかちひろさんが一方的に喋っていて。
一段落したら、ちひろさんは私を見て思い出したように。

「っていうか、今日は大事な案件あったの忘れてたでしょう!」
「……はあ?」
「さっき、電話したじゃないですか!」
「いつもの呼び出しかと……大事かどうかなんてわからな……」
「だったら、呼び出されないように普段から自主的に着なさいよ!」
「むちゃくちゃだな!?」
「無茶苦茶なのはそっち……ああ、もう面倒くさい男」
「そっくり返すぞ……」

ちひろさんは、はぁとため息をついて。
私の隣に来て。


「この子……新田美波ちゃんというんですけど、貴方がプロデュースする事になりましたから」


……えっ?
……ええっ?


「はぁ!?」


男の人も唖然として、私を見る。
……というかこの人プロデューサーだったんだ。


「ちょ、ちょっとまてぇ!? 聞いてねーよ、オレ!?」
「ちゃんと彼女の書類、渡しましたよ?」
「貰ってねえ!」
「机の上においてありますけど?」
「……確認してねえ!」
「それは知りません」


……えっ。
この人もしらないの?
というか、そんな人に、私……プロデュースされるの?

357ヴィーナスシンドローム ◆yX/9K6uV4E:2013/08/10(土) 14:05:31 ID:kp3nLQFY0


「お、おい! オレは一人しかプロデュースしねえ約束だったぞ!」
「社長とそういう約束でしたっけ」
「そうだよ! オレが居たオーディションで、オレが選んだ肇……藤原肇しかしないといっただろうが!」

聞きもれる言葉がちょっと不安だ。
なんかどきどきがいやなどきどきに変わっていく感じだ。

「でも、受けるってサインしましたしねぇ」
「はあ!?」
「ほら、この前、書類にサインをと」
「……中身見てなかったけど、そんなのだったのかよ」
「ちゃんと確認しないとだめですよ?」
「おめーが給料の関連だといってたじゃねえか!」
「信用するからよ」
「あー、くそがぁ!」

そういって……私のプロデューサー?は頭を抱えます。
正直、私も頭を抱えたいんですが。
自信が崩されていく感じです。

こんな人にプロデュースされるぐらい、私は期待されてないんでしょうか。


「と言うわけでよろしくお願いしますね♪」
「……何すればいいんだよ」
「まあ、交流と、レッスンですね。段取りは書類に書いてるんでとりあえずはその通りでいいですよ」
「用意周到なことで」
「ありがとうございます♪」
「褒めてねえよ」

にっこりとちひろさんは笑いながら。
手を振って、それじゃあよろしくーといって去っていきます。
そして、私はこの人と取り残される羽目に。

「くっそぅ、あのグリーンゴブリンめ! 本家以上に狡猾になってきやがって……」

プロデューサーは頭を盛大に抱えていて。
私も抱えたくなって。
大丈夫なんだろうかと思ってくる。
彼はやがて顔をあげて

「……えーと、名前なんだっけ」
「新田、新田美波です」
「……そ。オレは――だ。まあそういうこと……だから、とりあえずはよろしくと言う事で」
「はあ、よろしくお願いします」
「おう……で、何すればいいんだ?………肇の奴は今日はレッスン漬けだし……そうだ!」

彼は、書類を眺めながら色々考えて。
思いついたように。

「おーい、高森」
「はい?」
「暇か」
「……はい」
「美波の奴、レッスン場に、連れていってくれね? 多分肇もいるし。レッスンがどういうものか知っておいたほうがいいだろ」
「いいですけれど、一緒に行かないんでいいんですか?」

358ヴィーナスシンドローム ◆yX/9K6uV4E:2013/08/10(土) 14:05:57 ID:kp3nLQFY0
先ほど、お茶を入れてくれた子が怪訝そうに私達を交互に見て。
プロデューサーは、彼女の問いに。

「まあ、今日はちょっと色々考えるんで、な」
「……解りました。案内しておきますね」
「おう、頼んだぞ」

私が関わらない事でそんなこんなで話が纏まって。
よし、じゃあと彼は言って。

「よし、任せた……じゃあ、また明日なー」

そう言って、手を振って彼は去っていきました。
え、ええ?
私は困った風に高森さんの方を向いて。

「ま、まあいい人ですよ?」
「でしょうか?」
「何とかなると思いますよ、うん」
「そう思いたいです……」

そう返事をした私の声は沈んでいて。
私の晴れ晴れとした気分は、すっかり曇天に変わってしまったのでした。
大丈夫なのかなあ、私。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







そうして私のアイドル生活は波乱に満ちた幕開けをしたのです。
正直期待感より不安感にあふれていました。
私を担当するプロデューサーがあんな人だとは思ってもいませんでしたから。

でも、その後調べたらビックリしたんです。
ふと、インターネットで彼の事を検索してみました。
ちょっとした興味本位だったと思います。
何かよく知りたいとかそういうのではなかった。

それなのに、彼にたいするページは驚く程見つかりました。
ただのプロデューサーではなかった。
ファッションデザイナーでしかも、若くしてその業界を席巻した麒麟児らしい。
実際、彼がデザインしたものは、こちらが息を呑む程で。
凄い人だったんだという気持ちと同時に、なんでプロデューサーなんてやっているんだろうと疑問に思ったんです。

そして、同じプロデューサー所属になる藤原肇さんとも出会いました。
彼がプロデュースをする一人を決めるオーディションで選ばれたのが、彼女で。
どんな子だろうと思ったら、なんというか……言ってはいけない事かもしれないですが、ちょっと地味だなって思いました。
彼がデザインしていた服を着ていたモデルと比べると、という話ですが。
成熟しきっていない田舎の真面目な子、という印象で。

実際、一緒にレッスンしてみると、本当にいい子で。
真面目で熱心で、ちょっと頑固な所があって。
それでも一生懸命さが可愛い少女でした。

だから、すぐに打ち解けて。
私達は仲良くなって。
一緒にいることも増えたんです。

でも、それでも、なんで彼女がプロデューサーの目に止まったかが未だに解らなかったんです。
話を聞くと、何かのコンテストでグランプリを取った人もそのオーディションにはいたそうです。
それなのに、一見地味そうに見える彼女が選ばれた。
なんで、でしょう。

そして、私は……決められて彼にプロデュースされることになって。
最初はレッスン漬けで、仕事はゆっくりペースなのかなと思っていたら。

359ヴィーナスシンドローム ◆yX/9K6uV4E:2013/08/10(土) 14:06:23 ID:kp3nLQFY0


……驚くぐらいに早く、ぽつぽつと仕事がき始めたんです。
グラビア撮影、そしてモデルという仕事が。
言うまでも無くプロデューサーの以前のツテでした。
彼がプロデュースしている子という触れ込みで、あっという間に仕事が決まるんです。
それだけデザイナーとして彼が信頼されている、と言う事なのでしょうか。

私はその来た仕事に対して、出来るだけ精一杯こなしていきました。
我武者羅だったのかもしれません。
その時の私は、ただ自分の力で何とかするしかない。
それだけを思って、あの人との信頼関係とか、考えては居なかった。
実際、接する機会も少なかったし。
仕事を聞いて、それをこなして。
レッスンをする日々でした。
あの人は何処か忙しそうで。
でも、肇ちゃんはしっかり見ていて。
私はオマケなのかなと思って。


そうして、少し経った時位でしょうか。


また、転機が訪れたのです。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






「あ、美波ちゃんお疲れさま」
「はい、ちひろさんもお疲れ様です」

モデルの仕事を終えて、事務所に帰ってくると、ちひろさんが一人でいました。
時計を見ると夕食の時間も終わった頃合で。
他に仕事が入っていたアイドルは皆、直帰したのだろう。
私は応接間のソファについて、一息つく。
そうしている間に、ちひろさんが珈琲を入れてくれました。

「あ、ありがとうございます」
「いえいえー。そういえば彼、今日帰ってくるようですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。そういう連絡さっき来ましたよ」
「じゃあ、まって……ようかな」

彼……私のプロデューサーは京都へ出張にいってるらしい。
出張といいながらも、仕事に関わる私用らしいんですが。
相変わらずそういう自由な所でちひろさんを悩ましている。
彼が出張している間は、私は一つ仕事、肇ちゃんはレッスン漬けでした。
春物の新作のモデルで、あるブランドの服を着て撮影です。
普通は私なんかに回ってくるとは思えないんですが……彼のツテなんでしょう。
こういう仕事ができると言うのは、モデルとしては、凄いんでしょう。
でも、私がやりたいのがアイドルなんだけど……な……。


「仕事の方はなれました?」
「ええ。色々やらしてもらってるので」
「ふふっ……見られることは経験になりすまからね」
「……そうなんですか?」
「ええ。きっといい経験になりますよ」
「……そう、ですか」
「歯切れ悪いですね、どうしました?」

ちひろさんはこんな私を見て、対面のソファに腰掛けました。
話を聞いてくれるようで。
私は少し本音を話すことにしました。

「いえ……仕事をもらえてる事はありがたいんです」
「そうですね。同期から見ると、かなり多いほうですね」
「でも、私がやりたいのはアイドルで……この仕事が繋がるかは……本当に彼は見てくれてるのでしょうか」
「んー………ちゃんと見てくれてると思いますよ?」
「なのかなぁ」
「どうしてそうおもったんです?」
「だって……それは……」

私は肇ちゃんと違う。
元々彼につくことが決まっていた子じゃないから。
彼に選ばれた訳じゃないから。

だから

「……私は……選ばれた訳じゃ――――」

360ヴィーナスシンドローム ◆yX/9K6uV4E:2013/08/10(土) 14:07:28 ID:kp3nLQFY0


そう私が言いかけた瞬間、聞き慣れた男の人の声が聞こえてきました。
少し驚きながら振り向くと、私のプロデューサーが帰ってきたのです。
彼の話をしていたからか、何処か後ろめたい気持ちになってしまう。
そんな私を知らずに、彼は言葉を続けます。

「仕事は大丈夫だったか?」
「はい、上手くできたと思います」
「そっか、ならいいけど」

彼はさして興味もなさそうに返答しました。
私は少し悔しい気持ちになる。
そんな気持ちのまま、私は彼の後ろに、ひょこひょこと動く影を見つけました。
なんだろうと思っていると、

「お帰りなさい、成果はどうですか?」
「まあ、それなりに。欲しいものもあったしな」
「へぇ、殆ど私用だったのにねぇ」
「とげのある言い方するなよ」
「そのつもりで言ってるんですから当然よ」
「……そ。そういやちひろ。女子寮空きあるか?」
「何、藪から棒に。そうですねえ、第三ならあるかな」

ちひろさんとプロデューサーが会話をしていて。
女子寮の話をしていました。
私は大学近くのアパートに住んでいるけど、肇ちゃんは女子寮住まいだ。
それがどうしたのだろう。

「そっか。じゃあよかった」
「何がです?」
「オイ、シューコ!」

そう、呼ばれると彼の後ろで動いた影が、彼の肩からひょこと顔を出しました。
まるで、妖精のような白さを誇る少女が其処に居たんです。

「……この子、どうしたんです?」
「ひろ……スカウトした」
「絶対拾ったと言いかけたよね」
「拾われたー♪」
「茶々いれるな、シューコ! どう考えても面倒くさくなるだろ!」  
「拾われたー♪」
「行きずりで……あぁ、もう、貴方は……一人しかプロデュースしないといったのは何処に」
「それとこれは別だ、スカウトならいいといってただろ?」
「拾ったんじゃ……」
「違うぞ」

私は、そのやりとりに、あんぐりと口を開けて見守ってた気がします。
ちょっとコンビニに行って飲み物買ってきたように、気軽にスカウトしたと言うんだから。
シューコと呼ばれた子は、無邪気に笑っていて。

「どーも。あたしシューコね。アイドルになるとは思わなかったけど、実家から追い出されたらからさ、仕方ないよねー。
 成り行きってヤツで。大丈夫、お仕事はちゃんとやるからさ。ま、よろしく頼むよ!」

素直に成り行きとぶっちゃけてるシューコちゃんは。
おちゃけられてるようで、何処か輝いていて。
私でも、素敵な子だと思った。

361ヴィーナスシンドローム ◆yX/9K6uV4E:2013/08/10(土) 14:07:52 ID:kp3nLQFY0

「ま、と言う事だからよろしくな」
「…………はぁ、解りました。手続きするんで、貴方も手伝いなさいよ」
「はいはいー……やっと出し抜いた、グリーンゴブリンを!」
「貴方、どさくさにまぎれて何言ってるのよ」
「別にー。シューコは其処で待ってろよ」
「はいよー」

シューコという子を見て、ちひろさんも、きょとんして。
そして、得心したようにため息をついて、了承したのです。
彼女の輝きを見たから、でしょうか。
何か悔しい気分になってしまう。
その後、私とシューコという子だけ取り残されて。
所在無くしていると

「ん、飴なめる?」
「え?」
「どうぞどうぞ、ほらほら美味しいよ」

ロリポップキャンデーを手渡される。
私は戸惑いながらそれを受け取って、舐めた。
甘い林檎の味がしました。

「……美味しい」
「でしょー……もしかして、新田美波ちゃん? あいつから聞いてるよ。後もう一人いるんだっけ」
「はい、そうです…………シューコさん?」
「うん、塩見周子といんだ、ま、何やるか正直よく解ってないんだけどねー」
「ええ?」
「あいつに、会って、なんかそのまま色々あって、成り行き上?」
「はあ」
「それで、一緒に行くことなったから。まあどっちにしろ頑張るよ。美波ちゃんもよろしく、先輩!」
「ええ、よろしくね」

周子さんは飴を舐めながら、私に握手を求めて、それに応じます。
私は笑っていたとはいえ……複雑な気分でした。
また、彼に選ばれた人なんですから。

少し話しただけでも、彼女が輝いてるのがわかる。
凄い、羨ましいぐらいに。

ねぇ、私は輝いていますか?
ねぇ、私を見ていてくれてますか?


……解らなくて。


私は、曖昧に笑うことしか出来ませんでした。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

362ヴィーナスシンドローム ◆yX/9K6uV4E:2013/08/10(土) 14:08:19 ID:kp3nLQFY0






周子さんが加わって、また少し経って。
彼女は持ち前の飄々さととっつきやすさから、あっという間になじんでいきました。
それが彼女の持ちえる天性の才能なんでしょう。
肇ちゃんと私とも、すぐに仲良くなったんです。
仕事の方でも、色素の薄い彼女は、モデルやグラビアで活躍し始めました。
流石だと思います。

私はというと、変わらず同じような仕事をこなしていて。
徐々にそういうのにも、慣れてきて。
楽しい、と思えるようになってきました。
誰か、いえ、ファンに見られる事にでしょうか。
モデルはあくまで服を魅せるもの。
でも、それと同時に自分もしっかり見られている。
その服の魅力を最大限に生かす為に、モデル自身がしっかりとしないといけないのだから。
だから緊張するし、またそれも楽しいなと思えたんです。

……けど、本当にこのままでいいのかな。
私はアイドルなのに。
アイドルがやりたいはずなのに。
……なんか、よく解らなくなってきました。
解ってるのかな、プロデューサーは。
私を見てくれてないきがして。
そう思うと哀しくて。


「……はぁ」

思わず、ため息をついてしまいます。
この漠然とした不安はなんだろう。
順調なのに、何故か不安が止まらない。
その不安をおしつけるように、私はすっかり定位置になってしまった応接間のソファに身を沈めました。


「見て、美波ちゃん」
「え?」
「どう、アルミ缶の上にあるミカンよ」

……………………この人は一体何をしているんだろう。
対面して座っている人、高垣楓さんはアルミ缶の上にミカンを乗っけていました、ドヤ顔で。
……その通りだから、その通りとしかいえない。
……そんな人ですから。

「え、ええ。そうですね」
「うん、で、美波ちゃんどうしたのかしら?」
「はい?」
「ため息ばっかよ」

謎としかいえないやり取りをした後、楓さんが私の様子を心配してくれました。
そんなにため息ばかりだったのかな。
……楓さん大人だし、相談してもいいのかな。

「まあ、多分貴方のプロデューサーの事だと思うけどね」
「……え、解るんですか?」
「やっぱり。だって彼でしょ。前と変わらない感じだし」
「え、楓さんはプロデューサーの事、以前から知ってるんですか?」

私の問いかけに対して、楓さんは微笑み、アルミ缶の上のミカンをどけて、アルミ缶のプルタブを上げた。
缶コーヒーを飲みながら、彼女は静かに頷き肯定する。
……ミカンを上に置く理由ってなんだったんだろう。

「ええ、私はモデルだったしね」
「え、そうなんですか!?」
「言ってなかったっけ。モデルだったのよ、売れてるか売れてないかは兎も角」

楓さんがモデル。
何となくイメージは出来るけど、ちょっと驚きです。
なんか色々不思議な人でしたし。
先ほどの行動も含めて。

「それで、まあ彼のデザインした服を着たこともあったわよ」
「え、凄いじゃないですか」
「凄いのかしら。けど、まあ今の通り破天荒な人で有名だったわ」
「……でしょうね」
「ふふっ……不真面目そうで、むっつりしていたわ」

懐かしそうに語る楓さんは何処か楽しそうで。
無糖の珈琲を美味しそうに飲んでいて。
私はそれを眺めながら、彼女の話を聞いていました。

363ヴィーナスシンドローム ◆yX/9K6uV4E:2013/08/10(土) 14:09:35 ID:kp3nLQFY0

「本当にこれでいいのか迷ったけど」
「けど?」
「でも、結果的には凄くよかった」
「そうなんですか?」
「そうよ」

楓さんは一気に缶コーヒーを飲み干して。
そして、やっぱりちょっと苦いわねとお茶目に笑った。
彼女は少し伸びをして、

「だから、貴方が抱えてる悩みも……案外すぐ解決すると思うわよ?」
「はぁ……なのでしょうか?」
「そうよ……じゃあ、私は時間だから、帰るわね……貴方は?」

時計を見ると、五時を指していた。
何も無い人はこのまま帰る時間だろう。
けど、今日は

「プロデューサーと待ち合わせしていて。夜に来るそうなんですが」
「そう、じゃあ悪いけど先に帰るわ。 お疲れ様」
「はい、お疲れ様です」
「あ、ミカン食べていいわよ」

そう言って、楓さんは事務所を後にしました。
……このミカンは結局、何の為に。
永遠の謎になりそうです。




……そうして、ミカンを食べずに手で弄んでいて。
二時間半ぐらいたった後でしょうか。

「ふう、やっと終わった……待たせたな」
「あ、お帰りなさい」
「おう……なんだそのミカン?」
「えっと……楓さんが置いていって」
「……相変わらずあの人は、解らんな」

……私は貴方のことがよく解らないんですけどね。
……なんて、そんな言葉を飲み込んで。
そっとプロデューサーを見ました。

相変わらず、しっかりと決めている。
髪にしろ、服にしろ、靴にしろ。
アクセサリーにしてもいやらしくない程度に。

今日は朝から夕方までぎっしり仕事が入ってて大変なはずだったのに。
流石、ファッションデザイナーと言うべきなんでしょうか。

「さてと、時間も押してるし行くぞ」
「えっ?」
「荷物とか準備して、下に降りて来い。今日は自分の車で、事務所の前に停めてるから」
「あっ、はい」

待ってろと言われたが、どういう用事かは聞いてなかった。
まさか事務所以外でやる用事とは思ってなかったな。
足早に事務所に出て行ったプロデューサーを、私は急いでジャケットを羽織り、その背を追います。
階段を下りて、ビルを出ると。

「…………はい?」
「あん? ただの車だろ」
「それは……そうですが」

それは立派な黒のスポーツカーで。
車に詳しくなくても、一見して高い高級車なんだな、ってわかります。

364ヴィーナスシンドローム ◆yX/9K6uV4E:2013/08/10(土) 14:10:58 ID:kp3nLQFY0

「乗れ乗れ、駐車違反とかなったらしゃれにならん」
「あっ、はい」

慌てて、私は助手席に乗り込もうとすると

「違う、其処は運転席。右のほうだ。後ろから車来ないか気をつけろよ」
「あっ、はい」

しかも、外車だ。
デザイナーとして稼いでいたという話は聞くけど。
……改めてそれを実感する形で、私は何か萎縮してしまう思いに襲われてしまいました。

「さてと、行くか」
「はい」

その言葉と共に、プロデューサーは車を発進させます。
唸るエンジンの音が響いて、ぐんぐんと速度を上げて行く。
けど、何処に行くんだろう。
それ以前に、どんな事をするかも聞いてない。

「……お前、いつまでそのミカン持ってるんだよ」
「あれ、間違って持ってきちゃった」
「まあ、いいや」
「あの……」

やはり、何するかぐらいは聴いておきたかった。
二人きりで車に乗るのって……少し戸惑います。

「……何処に向かってるんですか?」
「ああ、そういえば言ってなかったっけ。オレの家」
「……えっ」

プロデューサーの家?
……なんで?

「え、何をするんです?」
「お前を『アイドル』にする為に、必要な事だ」
「………………えっ」
「うん? どうした?」
「い、いえ。別に…………」

アイドルにする為に必要な事。
なんだろうと思って。
心に浮かんだのは、とても黒い事。
哀しい事でした。

それは、『そういう事』なのかなって。
わざわざ彼の家に行って。
する事なんて。

アイドルになるためには、そういうことも必要、なのかなって。
そう思ったら、なんか哀しくなって。
私はそうまでしないとアイドルになれないのかなって。

やっぱり選ばれてないから、見てくれてないから。

「……………………」
「おーい、なんでそのミカン弄りまくってるんだよ。クソ…………気になるな」

浮かんでくる涙を抑えて。
それでも、嫌だといえなくて。
私は黙ったまま、車の中で待っていました。

そして、高級マンション街みたいな所に入って。
その中の一つに入って、車を停めて。
とても高い所までエレベーターで昇って。

彼の家に着きました。

「其処で座って待ってろ。ちょっくら準備してくるから」
「はい」

高級マンションらしくとても大きな家でした。
独り暮らしにしては、部屋が何個もあって。
しかもその部屋が一つ一つが大きい。

案内されたのは、机とテーブル、本棚、色々なものが詰まった棚、パソコン彼の仕事道具などが無造作に置かれて。
後は小さなベッドが合って、私は其処に座って待っていました。
早く終わらないかなとか思ってると。

「よし、始めるぞ……ジャケットは脱いだ方がいいかな」
「はい」

ジャケットを脱いで。
ついにと思って、目を閉じると

「そのまま、座ったまま動くな。さっさと書くから」
「…………えっ?」

よく解らない言葉を聞こえて、驚いて目を開けて。
其処には、スケッチブックを広げたプロデューサーが鉛筆を走らせていました。
……何で、こんな事してるんだろう。

「何してるんですか……?」
「いや、スケッチ。お前の」
「これが、何になるんですか? アイドルにするためって」
「あん?………………何か、お前勘違いしてないか?」

365ヴィーナスシンドローム ◆yX/9K6uV4E:2013/08/10(土) 14:11:21 ID:kp3nLQFY0

彼は鉛筆を走らせながら、うっかりしたことに気付いたように、頭に手をやって。
そりゃ何も言わずに連れて来れば勘違いするかと呟きながら。

「…………あーよく言ってなかったっけ……オレは何故かプロデューサーやってるけど」
「ですね」
「で、オレはそれと同時にデザイナー。自分で言うのも名がそれなりに通ってる」
「はい」
「で、此処は自宅兼アトリエ。オレがデザインするためのアトリエ」

此処……アトリエだったんだ。

「それで、お前は担当アイドル……で、アイドルをアイドルらしくするには何が必要だと思う?」
「……何ですか?」
「衣装だろ」
「あっ」
「此処まで言えば、解るか?」


つまりそれは


「お前のアイドルとしての衣装をデザインする為の準備だよ」



…………ああ、私は勘違いしていました。


「それは、オレしか出来ない仕事だしな。プロデューサーとして、アイドルを輝かせる最大の事だろ」


…………この人はちゃんと考えていた。


「予想外だったとはいえ、美波はオレの担当になった。なら、そりゃ力を尽くすわ」
「…………でも、私は」
「経緯は関係ないんだよ、今、お前は原石に見えると思ってるわけで」
「……えっ」
「実際、いくつかモデルとかの仕事をやらせたけど、いいだろ。人に見られる事って」
「はい、楽しいなって素直に思えるようになりました」

だろ、と楽しそうに彼は鉛筆を走らせて。
この人も、楽しんでるんだなと感じられて。

「美波はさーミスコンなんて、出る訳だから潜在的には、そういう見られたい!という感情があると思ったんだよな」
「……なるほど」
「実際ミスコンの映像みたけど、そんな感じだろうと思ったしな」
「え、どうやって……?」
「お前の大学まで行って。つうかそのせいでストーカー扱いうけて大変だったぞ、オレは!」
「……そんな事、私は知らなかったです」
「んなん、自分のアイドルをよく知ろうとしてだけで、言う必要もないだろ」
「…………」
「まあ、そういう、見られるというのを意識した魅せ方がいいんだろうと思ってさ、それを解る事が出来た訳」

何も、私のことなんて、考えてないんだと思った。
でも、そんな事無かった。
興味が無そうに見えた、見えただけだった。
実際はちゃんと、考えていてくれた。


「だから、オレは今『アイドル』新田美波を一番よく見せられる『衣装』を作れると確信して、それを作ってみせる。んで、今はその準備。解ったか?」



ちゃんと。
ちゃんと、見てくれていた。


私を、新田美波を。


輝かせる方法を、誰よりも、考えて、見ていてくれた。



「……は…………い」


涙が出ていた。
嬉しくて、嬉しくて。
不安なんて何処か行ってしまうぐらいに嬉しくて。
私は涙を流していた。

366ヴィーナスシンドローム ◆yX/9K6uV4E:2013/08/10(土) 14:11:41 ID:kp3nLQFY0




「おいおい……なんで、泣いてるんだよ」
「御免なさい……」
「スケッチしてるんだから……後いい加減その手に持ったミカン放せ……気になって仕方ねぇだろ」
「はい……」
「……ったく。まあいいけどさ」


私は涙をぬぐって、笑おうとして。
そしてもまだ、涙が出て。
でも、私は嬉しくて笑って。

彼は、呆れたように笑いながら、鉛筆を走らせていました。








不安なんて、もう無くって。





この瞬間から、新田美波は、『アイドル』として始まっていました。



誰かに見られていて。
大切な人に見てもらって。


輝いてるアイドルとして。




私は、新しく存在していたんです。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

367ヴィーナスシンドローム ◆yX/9K6uV4E:2013/08/10(土) 14:12:37 ID:kp3nLQFY0









そんな変わる切欠の日が終わって。
私のアイドルとしての日常は、煌びやかに変わっていきました。
何もかも、楽しい、嬉しい、そんな日々に。
彼の気持ちが色々解ったからもしれません。
もっともっと変わりたい、輝きたい。
そう願って、私はもっと頑張って。
肇ちゃんや周子ちゃんと共に、トップになりたいと思ったんです。
彼女達とも、仲良く、そして競うように通じ合っていきました。

やがて、歌やダンスの仕事も来るようになりました。
私はそれに全力を尽くして、やっていきました。
ファンに見られることがこんなに楽しいと思いませんでした。
ただ、衣装が大胆でちょっと恥ずかしいけど……
それでも、プロデューサーが作ってくれた衣装は抜群で。
本当に私専用のものに感じられて。
それに負けないように、頑張っていきました。


そうして、熱く情熱的な季節がやってきます。
何もかも盛り上がるような季節が。
その季節に、また節目がやってきました。

サマーライブ。
うちのプロダクション主導の夏のライブに、私も参加する事になったんです。
決まったときは、とても嬉しくて。
私は頑張って本番まで練習を重ねました。
もっともっと、上手に出来るまでと。


そして、サマーライブ当日。


「遂にこの日がやってきましたね、ネネさん」
「……はい、やっぱり緊張しますね」

ライブ会場の舞台裏で、私と同じく出演する栗原ネネちゃんと待機していました。
先に会場では、ゲームが好きな、沙南ちゃんがライブしています。
歓声が舞台裏まで聞こえて、会場がどんどん盛り上がっている事が解る。

「…………緊張するな」

ネネちゃんは胸元に手を置いて、すーすーと何度も息を吸って吐いて。
少しずつ緊張を和らげようとしていました。

「妹さんが着てるんですよね」
「はい……あの子の為にも、私は頑張らないと、頑張らないといけないんです」

まるで決意をこめたように彼女は呟きました。
でも、その姿はまるで気負い過ぎてる様に見えて。
ポンと彼女の肩に手を添えました。

「ねぇ、ネネちゃん。そんなに背負い込まないでいいのよ」
「え?」
「ほら、耳を澄ませなくても、聞こえてくるよ、ファンの歓声が」

ライブ会場のテンションのボルテージはどんどん上がっていく。
ファンとアイドルが一体化して、それは限界を超えて、上がっていく。
夏の暑さと同じように、どこまでも。

「ほら、楽しいと思わない? ワクワクしない?」
「楽しい……?」
「アイドルとして、ファンから見られている。そんなファンの為に私達も、一緒になって、楽しくなりたいと感じましょう」

それはきっと、何処までも楽しいものだと思うんです。
アイドルとしての自分を何処までも高みへ導く、楽しさ。
ほら、この歓声を聞いて。

「私達は、きっと……ファンから、愛されて、此処に『アイドル』としている事ができる……そう思うんです」

ファンから愛されて、私達は居て。
それはとても嬉しい事で。
楽しい事で。

「皆、見ている。ファンも、私の家族も、貴方の妹さんも……見て、愛してくれる。そのことに、楽しもう?」

ネネちゃんはハッとした様な声を出して。
やがて、身体からいい意味で力を抜いていく。
そうして、柔らかな笑みを浮かべて。


「はい……っ! わたしも……そんな風にできたら、きっと……あの子も、幸せになれる……そうですよねっ!」

それは、此方の心が癒されるような笑みで。
私はうんと頷く。

そして、ネネちゃんの出番がもうすぐやってくる。


「じゃあ…………楽しんできます! 『アイドル』としての自分を!」

368ヴィーナスシンドローム ◆yX/9K6uV4E:2013/08/10(土) 14:13:14 ID:kp3nLQFY0

そうやって、彼女は飛び出していく。
その姿は、とても輝いていた。




「……言うようになったじゃん。美波」
「……っ!? 見てたんですか!?」

ネネちゃんを送り出した後、すぐに私は後ろから声をかけられる。
振り向くと、其処にはプロデューサーと肇ちゃんと周子さんが。

「ああ、見てたぞ、かっこいいーっ」
「ちゃ、茶化さないでください!」
「でも、本当輝いてましたよ」
「肇ちゃんまで……」
「流石、美波ちゃん、やっるー♪」

……どうも、最近プロデューサーに感化されてきたのか、肇ちゃんも周子さんも彼の癖が移ってきてるような。
私は顔を真っ赤にして、もじもじするしかない。
でも、彼はやがて無邪気に笑って。

「……一応心配してきたんだが、まあその様子なら心配ないな」
「えっ」
「頑張れよ、きっとものすげー楽しいからさ」
「はいっ!」

ヤッパリ、彼はいい人だ。
そんな彼が見てくれてるなら、私は頑張れる。
何処までも、何処までも。

「はいっ! だから、ずっと、ずっと私を見ててくださいねっ! 『アイドル』の新田美波の姿を♪」



ねぇ―――さん。



貴方が、私が見てくれてるから。




私は、こんな嬉しいんですよ♪










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









情熱的な夏が終わって。
優しく穏やかな秋が過ぎて。
そして、一年が終わる人の温かさが恋しい冬がやってきました。

369ヴィーナスシンドローム ◆yX/9K6uV4E:2013/08/10(土) 14:13:31 ID:kp3nLQFY0

私は、あの夏以降、完全に軌道に乗って。
本当に様々な仕事が入るようになっていました。
それを楽しくこなしていったと思います。
周子さんも肇ちゃんも同様で、皆輝いてたと思います。

季節が深まる中、私はある感情が冬の寒さとは逆に、熱く強くなってるような気がして。
この感情を私は抑えることが出来るのかと不安になるぐらいで。

その感情は、私にとって嬉しくもあり、また締め付けるもので。

それは―――


「……美波? おい、美波!」
「ひぁい!?」
「なんつー声、出してるんだよ。今、先輩から連絡あって、相葉ちゃん連れてすぐ着くそうだ」
「あ、はいっ」
「ったく、しっかりしろよ、トリなんだから。……で、シューコは?」
「えーと……イカ焼き探してふらふらっと消えました」
「……もっとしっかりするのはあいつかよ……」


途端に現実に戻されて。
私ははっとするように、前を見る。
隣にはプロデューサー、そして周りにはたくさんの屋台。
神社で迎える大晦日、そしてその後の年越しライブ。
その為に、私達は、此処にきていたのでした。

「えーと、これでライブに出るのは全員集合するだろ……で、次は衣装をあわせて……あー面倒くせぇ!」
「ふふっ……」
「くっそ、笑うな、なんでオレにこんな仕事押し付けるんだよ、あのクソ社長っ!」

そう、この年越しライブは、私のプロデューサー主導なんです。
正確には仕事を強引に任されたそうですが。
そのライブに、当然は彼の担当である私と周子さんが参加するんです。
肇ちゃんはもっと前に、新年番組の生放送出演が決まっていて、でれなかったのだけれど。
和のイメージが強い彼女は新年番組向けらしくて、大分忙しそうでした。

「いやー……ライブに参加するアイドル集められて本当良かったわ」
「苦労してましたいたからな」
「滅茶苦茶、頭下げたからな。新規気鋭のフラワーズの歌姫も参加して箔がついて、よかったぜ」

彼はやっぱり、同じプロデューサーのなかでは浮いてる。
だから、彼の主導するライブにアイドルを集めるのは一苦労だったようだ。
色々頼み込んで、無理をしたらしい。

「まあ、お前がトリを勤めるライブだし……頑張れよ、女神さん」
「もう、茶化さないでくださいよ」
「そういわれてるじゃねぇか」
「それでもです!」

女神なんて、恥ずかしい。
顔を赤くして、うつむいてると。

「……あ、居た居た。お待たせ、夕美連れてきたぞ」
「お疲れ様です……助かります」
「いいって、今回は皆ピンで仕事入ってたからな。丁度夕美空いて居たんだし」
「でも、相葉ちゃんもオファー他にも着てたでしょ」
「まぁな……だから、ライブ終わったら、夕美は直ぐ新年の生放送の番組に出演だ」

フラワーズのプロデューサーが、相葉ちゃんを連れてやってきました。
相葉ちゃんは私に向けて、手をひらひら振ります。
フラワーズはピンで他に仕事が沢山仕事が入ってるらしい。
デビューしてそんなに日がたってないのに流石だ。
確か、美羽ちゃんがバラエティ、友紀ちゃんがスポーツ系、藍子ちゃんも、実況中継のなにかだったはず。

「それで、どういう風な構成で考えてるんだ?」
「えっと、塩見周子と相葉ちゃんで、こちらはしっとりとしたのを。みりあちゃんと安部菜々さんで元気系のを」
「ふむふむ」
「で、新田美波でトリを考えてます」
「成程、いいんじゃないか」
「はい、みりあちゃんと菜々さん借りられてよかったですよ」
「まあ、みりあのプロデューサーはそこら辺熟練だし……菜々さんのプロデューサーは単純で、元気な人だからしがらみ気にしないない人だしな」
「まぁ、ですね……だから、オレに預からせてくれたんだし」

そこら辺のプロデューサー同士のしがらみってのは正直解らない。
アイドル同士は仲がいいのに、少し変な感じがする。

370ヴィーナスシンドローム ◆yX/9K6uV4E:2013/08/10(土) 14:14:01 ID:kp3nLQFY0
「とにかく、頑張れよ」
「はいー」

その後、プロデューサー同士で、少し話し合っていて。
私と相葉ちゃんで少し言葉を重ねていました。

「もう直ぐ新年だねぇ、いろいろあったなあ」
「そうですね」
「ま、その前にライブっと。頑張ろうね」
「はい」
「ふふっ、プロデューサーとは順調?」

ドキッとする事を聞いてきた。
この子とは年越しライブの時から色々話す機会が多いけれど。
直ぐに此方の感情の機微を読み取ってしまう。

「え、えぇ……まぁ」
「ふーん、そっかそっか……まぁ、でも余り悩まないでね」
「……はい」
「恋敵は多そうだけど、諦めないでね」
「はい」
「かなわない……と思ったら、二度とかなわなく……なっちゃうんだから」

それはどういうかなう、なんだろう。
叶うか、敵うか。
その言葉は少し重くて、何処か実感がこもっていて。
詳しく突っ込む気には、なれませんでした。

「おーい、夕美。ちょっと、屋台回るか?」
「あ、いくいく♪」

夕美ちゃんはそう呼びかけられて、また後でねといって離れていきます。
そうして先ほどと同じように、私とプロデューサーだけが残されます。


「もう直ぐ今年も終わりだな」
「そうですね」
「なーんか、あっという間だなぁ」
「そうですねぇ……色々ありました」

ちょっとだけしんみりとして。
彼は少しだけ思い出すように、遠くを見て。
そんな姿を見ると、とても愛おしく感じられて。

「……んあ? どうした?」
「い、いえ何も」
「そっか」
「……その」

だから、私は勇気を出そうと思います。
ちょっとだけ。
ほんのちょっとだけ、もう一歩前へ。

「私、ファンのみんなに、幸せを貰いました、沢山見てもらいました」
「ああ、そうだなー」
「でも、皆に応援してもらえるようになったのは、――さんのプロデュースのおかげだから……」

貴方のお陰で。
私は此処まで来れた。

「これからも、ずっと私に、私のことをを……見てくれ―――」
「お……っと、電話だ、悪い」
「あっ、はい」

ぴりりとなる電話に、彼は出て。
私は何もいえなくて唇を噛んで。

371ヴィーナスシンドローム ◆yX/9K6uV4E:2013/08/10(土) 14:14:27 ID:kp3nLQFY0
「もしもし……あ、肇か、そっちはどうだ?……そうか、いいじゃんいいじゃん。んー……そうだなぁ」

そして、電話の相手が肇ちゃんということに、私は強く唇を噛む。
私を見てくれている。
うん、確かだ。
でも、

「いやーそうじゃないって……でもさあ……うん、それでいいと思うぜ……期待してる……ああ、こっちも、任せろって」


彼が『特別』に見ているのは、あくまで最初に選んだ『藤原肇』ちゃんなんです。
それはずっと一緒に居て解る。
彼女が、そう見られてるということは。
其処に恋愛感情が無くてもやはり特別なのは特別で。
羨ましいと思う。

「何かあったら、連絡しろよ……ああ、解った解った。こっちも真面目にしてるって……いや、信用しろよっ!」

いいな、いいな。
羨ましい。
とても、羨ましい。




私も、そんな風に。



特別に。





見て欲しいんです。



――さん。

372ヴィーナスシンドローム ◆yX/9K6uV4E:2013/08/10(土) 14:15:10 ID:kp3nLQFY0





























「だったら」

373ヴィーナスシンドローム ◆yX/9K6uV4E:2013/08/10(土) 14:15:29 ID:kp3nLQFY0








そして、ある時。







「貴方だけが特別に見てもらえるように、戦えばいいんですよ」




彼女は、ちひろさんは、こういったんです。





「そう、どんな手を、使ってでもね」





――――果てなく秘める恋ならば、歌えぬ歌と同じ







そうして、『アイドル』新田美波は、




――――熟した果実の甘さを覚えた鳥に 空を 永遠の空を見せて。





『ヒロイン』新田美波になったのです。

374ヴィーナスシンドローム ◆yX/9K6uV4E:2013/08/10(土) 14:16:00 ID:kp3nLQFY0
投下終了しました。
大変遅れてしまい申し訳ありませんでした。

また今晩に放送を投下したいと思います

375第三回放送 ◆yX/9K6uV4E:2013/08/11(日) 23:36:47 ID:Kq740Bho0
遅れて申し訳ありません。
放送投下します。

376第三回放送 ◆yX/9K6uV4E:2013/08/11(日) 23:38:45 ID:Kq740Bho0





この世界には、希望が必要だ。
どんな絶望に囲まれても、それでもなお輝きを失わない、希望が。
その希望に人は魅了される。
どんな絶望にだって、負けない希望が。
希望が、絶望を癒し、絶望から目を逸らす。
そして、絶望を乗り越えて、なお希望は輝く。


なら、その希望を―――








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









「ふふっ……あははっ……遂に、見えたっ!」

何で、この人は、千川ちひろはこんなに笑ってるんだろう。
余りにも凄惨な光景でしかないのに。
それなのに、まるで祝福するかのように、歓迎するかのように笑っている。

「『希望』の一端が、何もかも輝いている絶対的な『正しい希望』がっ!」

私はその人の言ってる事がよく解らない。
というより、狂気しか感じられず、怖い。
なんで、私はこんな人と隣でサポートしないといけないんだろう。

「けど、まだ足りない……まだ足りないのよ。何もかも救えるには、まだ……!」

いくら上の指示とはいえ、気分が重い。
出世のチャンスだけれど、うけなきゃよかった。
思わず、ため息をついていしまう。

「……どうしました?」
「い、いえっ」

千川ちひろは私のため息に目ざとく反応し、怪訝な顔を浮かべる。
私は焦って、直ぐ目の前のモニターを見た。

「しっかりしてくださいよ。これは大事な計画なんですから……」
「は、はい」

大事な計画か、人が死ぬ計画が何が大事なのだろう。
上と、千川ちひろが考えてる計画とはなんだろう。
千川ちひろは上の理解者であり、協力者だけど、この人の考えは狂気そのものだ。
こんな計画を行なっているぐらいなのだから、狂気に染まって当然なのだけど。
それにしても、少し異常だ。
まるで、そうでなければ、ならないように。

そうして、モニターを確認しながら、私は一つの変化を見つける。

「……あ、すいません、ちょっといいですか?」
「なんでしょう?」
「雨雲が向かってきているようなんですが、どうしましょう? 通り雨ですみそうですが」
「……放送で伝えればいいかな。今後も注視してください」
「はい」

377第三回放送 ◆yX/9K6uV4E:2013/08/11(日) 23:41:58 ID:Kq740Bho0

気がつけば、そろそろ放送の時間だ。
もう直ぐ夜で、そして殺し合いも一日がたつ。
色々なものが生まれ、色々ものが終わった。
正直、今でも気が重いけど、何故だろう。

何故か、何故だか、どんどん魅入られて気がするんです。

もっと、もっと、見たいって。


どうしてでしょう。




「――――それこそ、人が『希望』に惹かれることなんですよ。もしくは、『アイドル』そのものに、貴方は惹かれてるんです」



……っ!?
どうして!?



「口に出てましたよ。まあ、いいでしょう。そういうことなんですよ」



これが、希望に惹かれる?
あの子達が何処までもアイドルで。
だから私も惹かれてるの?



「『愛』……『夢』……『希望』……皆、それぞれの『正しさ』を持っている。何処にでも生まれ、何処までも行く」


ちひろは遠くを見ていて。
まるで、それこそ大切なんだと。



「だから、惹かれる……けどっ!」


彼女は力をこめて、言う。



「まだ、まだ、足りない! 全然足りない! もっと、もっと、絶対的な正しさ、絶対的な希望がなきゃ、ダメなんです!」



やはり、この人は怖い。

壊れてるような人が、言葉を続けて。



「その為には、もっと、もっと希望同士がぶつからなきゃ――」



そう、言いかけた瞬間、ブザーがなりました。
これは、直接ちひろにメッセージが会った時に、流れるブザーで。





「ほら」



彼女は、それを見て、にっこりと、気味が悪い風に笑った。






「こうやって、『希望』は生まれようとするんですよ」




其処に書かれていたのは、力が欲しいと。
向日葵の少女からのメッセージでした。



「だから、私は、いつまでも、『希望』を望むんです」


そうして、放送が、始まる。

378第三回放送 ◆yX/9K6uV4E:2013/08/11(日) 23:42:22 ID:Kq740Bho0








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇










こんばんは!
そろそろ夜になりそうですが、準備はできてますか?
第三回放送の時間になりましたよ!

まず、皆さんに天気予報ですよ!
どうやら雨雲が向かっているようなんです。
正確な時間帯はいえませんが、この時間帯にそろそろ雨になるので、準備してくださいね。
最も、通り雨なので、直ぐやむと思います。

この機会に休むもよし。
この機に乗じて殺しにはしるのもよし。

皆さんの判断にお任せします!
殺し合いはまだ終わらないですから!


希望を持って。
貴方の正しさを信じて。



そうやって、貴方達は、アイドルを、ヒロインを貫き通してくださいね!




それでは、死者の発表を行ないますね。


岡崎泰葉
喜多日菜子。
ナターリア。
南条光。
五十嵐響子。
道明寺歌鈴。

以上六名。

いいペースだと思いますよ!
ヒロインの方、頑張りますねー。


そして、次は禁止エリアです。

20時にC−2

22時にA−7


よく覚えて置いてくださいね。





さて、これで放送は終わりです。
次の放送で一日が、終わります。

379第三回放送 ◆yX/9K6uV4E:2013/08/11(日) 23:44:39 ID:Kq740Bho0

貴方達が持つ。


『愛』



『夢』



『希望』




どれも、皆、素晴らしいぐらい輝いています。


まぶしいくらいに。




その希望を忘れないでくださいね。




貴方達が信じるもの。



そして、その『正しさ』を貫く事が。




なによりも、輝いて見えるんだから。



それこそが、『命』で。




生きる証なんだから。




最期まで、頑張りなさい。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

380第三回放送 ◆yX/9K6uV4E:2013/08/11(日) 23:44:56 ID:Kq740Bho0









そう。

『夢』も、『愛』も、『希望』も。


何もかも、水によって流されてしまった今。




貴方達の希望が何よりも輝くんですよ。




いつも、奪われてばかりだった。

火に。
瓦礫に。
水に。


何もかも理不尽で。
何もかも哀しくて。



それでも、絶対的な『正しさ』を持つ『希望』があったから。



私は此処まで来れた。




だから、どんな絶望の先でも。



輝く希望が。



今の世界には、必要なんですよ。






その為には、私は何だってやる。
今は花束達に、与えるものの準備をしよう。
この時間帯はまだ、動かなくていいけど。

だって、何よりも輝く花が、試される時間なんだから。





さあ、アイドル達。




貴方達の『正しさ』を、『希望」を。






私に、見せて。





【残り31名】

381第三回放送 ◆yX/9K6uV4E:2013/08/11(日) 23:48:45 ID:Kq740Bho0
投下終了しました

382第三回放送 ◆yX/9K6uV4E:2013/08/12(月) 00:19:34 ID:Bqng5TMw0
そして、今後の予定のアナウンスにはいらさせていただきます。
まず、12(月曜24時)から一週間、いつもの人気投票を考えています。
今回は総合と、台詞から考えています。

そして、また読み手の皆さんも踏まえたチャットを今週の16日(金曜)を考えています。
この日は参加できない、この日に変えて欲しい。などチャット日時の変更希望とかありましたらスレに一言お願いします。

また放送の禁止エリアですが、此方で決めさせてましたが、此処がいいんじゃないかなどの希望がありましたら、また一言ください。


最期に第三回放送以降、少し予約規約を変更する事にします。

【予約について】
スレにトリップつきで、予約キャラを明記してください。
期間は5日間。5作以上投下した人から、無条件で7日間になります。

また、期限が間に合わず予約破棄した時に限り、予約が入っていない場合、該当キャラのゲリラ投下を許可します。

死亡キャラの補完話は、5作投下した人から予約できます。

自己リレーにつきまして5作投下した人から予約できます。
また同じ作者が自己リレーする時は、別の話の2話投下するまで予約できません。


上記のようになります。確認よろしくお願いします。

383第三回放送 ◆yX/9K6uV4E:2013/08/12(月) 00:25:26 ID:Bqng5TMw0
予定スケジュール
投票期限:4/10(水)ー4/17(水)まで
【総合】
「ちっぽけでさ、でも、とっても、大きいんだよ」〜「第三回放送」まで。
【台詞】
「全投下作品
投票形式
上位5作まで選出可能(必ず5作選出しないと駄目、という訳では無い。一位のみへの投票なども可)
1位を5P、2位を4P、3位を3P、4位を2P、5位を1pとして計算する。

総合部門、回想話部門の二つで投票してください。
重複オッケーです。
感想がありますと、書き手が幸せな気分になります。
勿論、投票だけで構いませんので、気軽に投票してくださいねっ


台詞につきましては。



一位
「失望しました、みくにゃんのファンやめます」
(発言者/話数とタイトル)
という形でよろしく尾長居します

384第三回放送 ◆yX/9K6uV4E:2013/08/12(月) 00:28:33 ID:Bqng5TMw0
と、期限ミスですね。

8/13(火)0:00〜8/19(月)24:00になります。

また放送明け予約解禁日は、8/18(月)0:00予定しています。
都合が悪いなどありましたら、一言よろしくお願いします。

385 ◆John.ZZqWo:2013/08/12(月) 00:42:13 ID:1r7lQcL.0
投下乙です

>ヴィーナスシンドローム
これ普通のモバマスSSだー!(ガビーン ……なのはともかくとして、ファッションデザイナーPさん以外と真面目な人だったのね。変人と思ってごめんよw
美波ちゃんはアイドルになってゆく中の自信とか不安とかが描かれていてグッドですね。
それだけに彼女が殺しあいにのった理由、降りた理由がわかったという気がします。
そして、肇ちゃん。彼女の口からはまだPさんの話は出てきていないけど、ふたりはどう思いあっているのかな?

>第三回放送
ちひろさんが某幸運の人みたく(ry
しかし、放送のたびに感情を露にしてきますね。彼女の望む最終形はまだ不明だけど、方向は見えてきた感じ……?

>予約解禁&投票
了解です。
が、しかし……台詞は全話対象かw これは選ぶのに時間かかるぞw

386 ◆y8iHSx6A2M:2013/08/12(月) 20:57:46 ID:CpvTXvT.0
皆様投下乙です。うおお、感想が凄く貯まっている……

>ヘミソフィア
うぉぉぉぉ……皆が皆、輝いていた。結末は悲しいけど、それぞれ少なからず満たされてたはず、なんだよなぁ…。
特に響子ちゃんは、こんな殺し合いの中である種振り回され続けて、暴走していって、もしかしたら最大の被害者なのかもしれない。
最期に幸せな夢を見られたのは、彼女にとって幸いであるといいな。かなり心に来たけど……
残った三人も三者三様。これは今後が楽しみですね……。

>うたかたの夢
そして即補完話!うーん、参加してないはずの子が死亡フラグを立ててるのはどういうことなんですかね…w
しかし、これも前話の事を考えると正に『夢』なんだよなぁ。かなしい。かなしすぎる。
ロワとは関係の無い所で心にクるのはこのロワ特有ですねぇ。乙でした。

>〜〜さんといっしょ
女の子達を一気にまとめあげる敏腕P!しかし皆さんロリコンPと呼ぶのね……w
彼も始まる前に企画を少しだけ垣間見た訳だけど、でもしっかりと信頼してて、その信頼が心地よいですね。
ほとんどの子が死んでしまった現状、ロリコンP(暫定)はかなり辛いだろうけど……小春だけが頼りですよ……

>STAND UP TO THE VICTORY
大正義なおかれ。やってる事は正気の沙汰じゃないんだけどね……。
彼女達にも譲れない物はあるんだよなぁ。自分の事を投げ捨ててでも突き進む姿はある種アイドルでもあり、でもそう言いきれない狂気もあり。
おそらく放送開けに彼女達のステージ……最期の晴れ舞台が始まるのでしょうが、その為の土台はできた、といった所ですね。
期待です!超期待してます!!ワクワクが止まりませんね!!!

>彼女たちにとってただ目的の為だけのトゥエンティーシックス
うぐぁ……ここでも一人、脱落か……。
あまりに淡々とした死が無慈悲すぎるな……これは美羽ちゃんが心配。一応flowersの仲間と合流できたけど、現状は芳しくないねぇ。
あと、何気にかな子も悲しい。自分を押し殺して突き進む姿が、とても不安なんだよ……

>夕日に照らされ、美しく、哀しく、咲き誇って
はっ……ついに一人黄金伝説と噂される彼女に動きが!?
しかし、この現状で二人が話してもあまり良い方向には動きそうにないなぁ。多分相容れないと思うけど、そこは実際話してみないとわからんよな。
心配だけど……彼女の枯れきってしまったような心も、少しは揺れ動いてくれる事を期待します。

>彼女たちはもう思い出のトゥエンティーセブンクラブ
良い子なのだわ……いやまぁ、12歳の少女だからsりゃあ悩むよね。黒い感情もでるさ。でも、それでも杏を見て一線を越えなかったのは偉い。
結果がああなってるのを分かっている以上、悲しさは倍増なんだけどねぇ……。
なんというか、姉妹愛は美しきかな。純粋な尊敬が、今は虚しさだけが響くのが悲しい……。

>No brand girls/パンドラの希望
いろんな少女達のおかげで、なんとか持ち直したといった所かな。
そう、言うべき言葉は「ありがとう」だよねー。二人が居た時間はそんなに長くなかったろうけど、確かに大切な時間のはずだし。
その立ち直りの影には大人達もいたわけだけど……ぐぐ、川島さんがヤバげか。しかしそれをひた隠すのは大人だわ。クール。
不安定なチームだけど、皆がみんな、しっかりと前をむこうと頑張ってる。応援したくなりますねえ。

387 ◆j1Wv59wPk2:2013/08/12(月) 20:59:04 ID:CpvTXvT.0
………トリ間違えた。失礼、私です。
本文が長いと言われましたので、続きをば。


>野辺の花
きつい……どぎつい………そりゃそうだよなぁ。そろそろやばいよなぁ。
しかしそれをよりにもよって一番残酷な表現で行われると、ヤバいわ。久々なこの感覚。
そんな厳しすぎる現実を直視して、なお成長し続ける渋谷凛。さらに試練は続いていくだろうけど、大丈夫だろうか……。

>彼女たちにとって無残で悪趣味なトゥエンティーエイト
いいねぇ、ここのチーム。皆が出来る事をやろうとしているのは、凄く大事な事だと思う。
そしてありそうでなかった二人の掛け合い。なんというか、綺麗ごとばかりじゃないのが逆に心地良いですわ。普通の少女達の会話のようで。
ここから、彼女達はどう動くのかなー。水族館組はもう全然期待できない以上、ここからの決断が大事になるわけだけど……!?

>彼女たちから離れないトゥエンティーナイン
最初でうわわわわ!?ってなったけど成程そういう事か……きらりが丹精込めて作ったものなのに……。
しかし、二人ともマーダーしてる筈なんですが変な所で爪が甘いですねぇ。人間味があるというか、非道になりきれてない。そこが良いんですけど。
ちなったんはともかく、杏はまだきらりが生きてるから……再会したらどうなるんだろう、杏自身も危惧してるけど……。

>ヴィーナスシンドローム
このPも中々味があるなー。同じPの三人の接点もできて、このグループの味も深まった。これは良いお仕事ですよー。
しかしちひろ……主催としては異例の働きっぷりではなかろうか……用意周到という言葉が良く似合う。
補完話として、美波がなぜあんな行動にでたのか。その理由づけがしっくりきますね。ともあれ乙でした。

>第三回放送
こいつ……くるってやがる……!しかし目的としてるものは段々と見えてきたかも。この物語も、着々と進んでるのが実感できますねー。

そして予約解禁日と投票把握です。
今回話の投票としては総合のみで、後は全ての話を対象にした台詞部門があるという事でいいんですよね?

……全ての話からベスト台詞賞を探すとなると、悩みますなぁ…w

388 ◆RVPB6Jwg7w:2013/08/12(月) 23:01:36 ID:UTBm.FUQ0
投下乙です! 感想が溜まってしまってた……w

>STAND UP TO THE VICTORY
これは良いなおかれ話。この後の盛り上がりに向けての丁寧な準備話ですね。
この2人は、ほんと、書き手に恵まれてるわぁ……!

>彼女たちにとってただ目的の為だけのトゥエンティーシックス
かな子の迷いに、川島さんの負傷、そして歌鈴のあまりにあっけない終わり。
生き延びた者たちも動揺が激しく、あっさりとした描写ながら激動のお話。これは影響が大きいぞ……!

>夕日の照らされ、美しく、哀しく、咲き誇って
夕美ちゃんの想い出。仲間に恵まれて充実した日々を送ってて、だからこそ今の絶望が深い。
そして……ちひろさんからの接触、きたー!? どうなるんだ、放送後!?

>彼女たちはもう思い出のトゥエンティーセブンクラブ
姉妹の記憶、お姉ちゃんはカッコいいなぁ……! 実は銃を見つけていた莉嘉、紙一重で踏み止まった経緯。
この姉妹の関係は美しくも、2人とも儚く脱落しちゃったんだよなぁ……

>No brand girls/パンドラの希望
逃げ出したみんなの反省会。悩める美羽に、友紀と泉がそれぞれにアプローチ。どちらもいい子や……!
瑞樹さんのタイムリミットとか、友紀のヤバげな覚悟とか、面白い仕掛け満載でワクワクしますね

>野辺の花
厳しい現実、それでも前に進む凛。
「彼女」には酷な構図ですが、
しかし、意図しない形でその笑顔が人の背を押す、「彼女」もまたアイドルだったんだなぁ、と改めて

>彼女たちにとって無残で悪趣味なトゥエンティーエイト
意外な2人が休憩で、この2人のたわいもなく貴重な雑談タイム。いい関係だなぁ
いろいろな決断は次回持越しとなった訳だけど、今回の放送で情報も増えるし……さてどうなるか

>彼女たちから離れないトゥエンティーナイン
この2人組は面白いなぁ。互いに「弱い」ところ、「割り切れてない」ところを垣間見せる考察と休憩のひと時。
強い決断で他者を切り捨てるだけではない2人、ヒロインとはいえ思わず応援したくなります
“ミルクに砂糖は3つ”、かぁ……!

>ヴィーナスシンドローム
ふつーのモバマスSSだこれー!? ってのはともかく、ファッションデザイナーPさん意外と男前。
第一印象のひどさとは裏腹に、これは惚れるわ……。そして、だから、だったんですねぇ……!

>第三回放送
オペ子ちゃん(仮)可哀想や……w こんなちひろさんの相手するとか……w
そしてだんだん見えてきたちひろさんの計画に、積極性を増す参加者への干渉。今後さらに加速しそうですなぁ


>予約解禁と投票
了解でーす。
さてどうなることやら……全範囲でセリフとかw とりあえず5票じゃ足りない!って悲鳴は必至か

389 ◆RVPB6Jwg7w:2013/08/13(火) 19:39:01 ID:geZ6TpvI0
よし、投票1番乗り〜!

総合部門
1位 125話 KICKSTART MY HEART ◆n7eWlyBA4w氏

 瀕死の仲間を抱えた前途多難な4人の道行の始まり。
 どっちを向いても厳しいその状況で、それでも心震えるような強い意志! 痺れたわァ……!


2位 151話 ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E氏

 発火必至だった火薬庫、空港への響子組の来襲……その結末は、激しくも哀しく、切ないものに。
 みくを抱え込んだ和久井さん、新たな道を歩みだした智絵里と、今後の展開も楽しみです


3位 147話 JEWELS ◆n7eWlyBA4w氏

 ロック愛。
 もうこの一言に尽きる。


4位 149話 彼女たちに奏でられるアマデウス(トゥエンティーファイブ ◆John.ZZqWo氏

 まさかの陶芸教室で、昇華される迷い、そして示される形。
 その手があったかー!と膝を打つと同時に、心の芯を揺り動かされました。


5位 157話 彼女たちはもう思い出のトゥエンティーセブンクラブ ◆John.ZZqWo氏

 お姉ちゃんかっこいい!
 補完話の常ではあるけれど、これだけ魅力的な子があっさり本編で脱落したってのが、無情ですなぁ……



台詞部門
1位 「できない……できないよぉ……こんなことしてもあの人は喜ばないよ……」
(011話『愛しさは腐敗につき』佐久間まゆ)

 原作から一見して受ける彼女のスタンスは、ヤンデレ全開のマーダー路線……なのに!
 ほんと、この一言から、彼女に対する繊細で愛の篭った掘り下げが始まったような印象。
 残念ながら早期脱落となりましたが、最後まで過ちを犯さなかったのはまさにこの一言のパワーだと思います


2位「そんなのずるいッ!!」
(074話『彼女たちが踏みとどまるイレブンスアワー』道明寺歌鈴)

 生への執着のない楓さんを前に、思わず叫んじゃった『ステルスマーダー路線だったはずの』歌鈴の叫び。
 論理を感情が上回り、そして、口に出して初めて自分たちの本当の気持ちを知る。
 これに続く感情の吐露も素晴らしいのですが、やはり一言のインパクトを考えてこちらを推し。


3位「ナターリアを、殺しに行くんですよ」
(088話『熟れた苺が腐るまで( Strawberry & Death)』五十嵐響子)

 ご存じ、怖い響子ちゃん。たった一言に込められた、その凄みたるや。
 もちろん響子ちゃんは「それだけではない」のだけど、やっぱりこの側面を端的に表したこの一言は外せない。


4位「二人でなら、きっと殺人も楽にできるよ」
(037話『My Best Friend』北条加蓮)

 救いのない道に暴走を続ける親友2人組の、手を取り合っての地獄行の始まりを告げる一言。
 この2人組の話、どれも名セリフのオンパレードですが、そこから1つとなると、やはりココかな、と。


5位 「なにごともフェアにいきたいじゃん? アタシたち姉妹だし、さ」
(157話『彼女たちはもう思い出のトゥエンティーセブンクラブ』城ヶ崎美嘉)

 総合部門でも挙げたカッコいいお姉ちゃんの一言。
 ほんとカッコいい。全部分かった上でこれを言えるとか、いい女すぎるだろこの子……!


ええい、総合も台詞も、悩ましすぎだぞ畜生。
皆さまほんと良作乙です。

390 ◆yX/9K6uV4E:2013/08/16(金) 01:17:14 ID:7dIH.kko0
二番手。
一位 嘘
各々の流れるような心理が本当に綺麗でした。
嘘をついた肇ちゃんに対する先輩の言葉が突き刺さって。
そして、嘘をついた代償を思う肇ちゃんの心がまた綺麗。
嘘を巡ってかかれる心理描写が見事でした。


2位 彼女たちにとってただ目的の為だけのトゥエンティーシックス
歌鈴が散った話で。
誰が死んだか解らないなか、精一杯もがくキャラが印象的でした。
歌鈴が死んだ時の、美羽への楓の反応。
またユッキの対応が、素敵でした。
巡るめく展開にはらはらし、また歌鈴が死んだ反応が素敵でした。


三位 姫様たちのブランチ

響子ちゃんが思っていたこと、それに対する智絵里の思い。
狂っていたようにみえた響子がやっぱり普通の子だったということが解って。
逆にだからこそ切なくて。
とても、いい繋ぎだったと思います。

4位  傷だらけの天使

傷ついた肇ちゃんときらり。
そんな二人の心のなかに、響く凛の言葉がいいなぁ。
そうやって、肇ちゃんときらりの心の動きが綺麗で。
また動き出そうとするのはよかった。

5位 彼女たちに奏でられるアマデウス(トゥエンティーファイブ)

そして、肇ちゃんが前を向く話。
陶芸を通じて、肇ちゃんの心が動くのは見事。
またきらりも杏への思いがわかって。
肇ちゃんがどうなるか、楽しみな話でした。




一位「―――良かっ、た」
(064話『今、できること』佐久間まゆ)
まゆの最期の台詞。
色々言いたい事か、未練があるのに。
それでも最後に出てきたのが良かった。
全然よくないのに、良かったという言葉でたまゆは本当にいい子だったんだなぁと思ったいい台詞でした。


2位「――冗談ですよ。私はアイドルですから。そんな酷いこと、するわけないじゃないですか」
(040話『デッドアイドル・ウォーキング』岡崎泰葉)

先輩の怖かった頃の言葉。
酷いことをしないといってるのに、酷いことをしそうな言葉なのが凄い。
先輩の苛烈な部分が凄い出てた感じがしました。

3位「……名前を読んで、それでおしまいなの? 死んじゃったら、もうおしまいだっていうの?」
(075話『希望 -Under Pressure-』 日野茜)
茜の悲しみと怒りに満ちた台詞。
名前を呼んで終わり。
それに対する哀しみと、それだけじゃないという怒り。
そんな強い思いを感じるいい台詞でした。


4位「なんで――わたし、頑張ったのに、地道に、積み上げていったのに――」
(096話 『魔改造!劇的ビフォーアフター』水本ゆかり)
恐ろしさを放ってたゆかりの最後の言葉。
ゆかりと言うキャラが、こう頑張って、そして哀しく散ってくこの言葉は切なく響きました。

5位「ナターリアを、殺しに行くんですよ」
(088話『熟れた苺が腐るまで( Strawberry & Death)』五十嵐響子)
この一言で圧倒的な存在感。
響子の狂気さと恐ろしさを感じる、とても重たい一言だったと思います。


選ぶの大変でした……w
でも皆、いい作品で、ありがとうございました!

391 ◆n7eWlyBA4w:2013/08/16(金) 02:00:40 ID:U5BU20lY0
コメントに手間取っていたらいつの間にか三番手に……w 投票です!

【総合部門】
1位 149話 彼女たちに奏でられるアマデウス(トゥエンティーファイブ) ◆John.ZZqWo氏
   散々迷った今回の投票ですが、これを一位推しにするのは揺るぎなかったですね。
   肇ちゃんの再起回としても、きらりの掘り下げ回としても、一切隙のない作り。
   そして胸打つ心象描写とくれば、もうぐうの音も出ません。お見事です。

2位 151話 ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E氏
   一触即発の状態を溜めて溜めて、そしてこの話で炸裂させる。リレーの幕引きに相応しい大作だと思います。
   この話で散っていく一人ひとりに、それぞれの物語の決着を与えているのは流石。
   また単にクライマックスなだけでなく次の話の起点にもなっているあたり、これからに期待が膨らみますね。

3位 142話 みんなのうた ◆RVPB6Jwg7w氏
   最後の【合唱パート】というフレーズが、このチームの全てを表してますよね。
   拓海組はそれぞれがそれぞれに出来ることを必死でやろうとしているのが魅力で、この話は特に象徴的。
   誰かが欠けたらバランスが崩れそうなくらいそれぞれが輝いてるだけに、今後どうなるのかも楽しみ。

4位 120話 嘘 ◆p8ZbvrLvv2氏
   傍目から見ても難しいパートだったと思うのですが、上手く纏めてもらえて前振りした当人としても有難い限り。
   肇の破綻した嘘と、自分自身への疑念からそれを追求できない泰葉。いい仕事だなぁ。
   仁奈死亡から最新話に至るまでの肇のリレーは心情の繋がり方が綺麗でとても気に入っています。

5位 162話 ヴィーナスシンドローム ◆yX/9K6uV4E氏
   ほんと、ラストがなければ普通にモバマスの二次創作SSとしても通用しそうな内容。
   本編ではまだあまり描かれていなかった同一P三人の関係と、ある意味主役のデザイナーP。もう個性発揮しまくり。
   残念ながら生存者は肇一人になってしまいましたが、今度は肇視点からPとの関係の掘り下げとかも見たいなあ。

【台詞部門】
1位「なんで――わたし、頑張ったのに、地道に、積み上げていったのに――」
  (096話『魔改造!劇的ビフォーアフター』水本ゆかり)
  当時の感想でも推してましたが、これは投下以来、自分の中で不動の一位です。
  劇中では覚悟を決めたヒロインとして、一貫して不気味なくらい冷徹にゲームを遂行するゆかり。
  そんな彼女が最後の最後になって素の少女に戻ってしまう……そのやり切れなさ。凄い切れ味の台詞だと思います。

2位「…………いいな。これだったら……二人で、ロックの神様の元に行けるぜ」
  (060話『彼女たちの中でつまはじきのエイトボール』木村夏樹)
  前後の台詞も考えましたが、ロックに生きたこの二人の最期を象徴する台詞となると、これかなと。
  早期退場には違いないのですが、夏樹と李衣菜の死に様は不思議と救われた感じがありますよね。
  後の拙作でもリスペクトさせてもらったぐらいに、お気に入りの場面です。

3位「お願いですっ、神様っ……! 頑張りますから、『次』までには絶対なんとかしますから、絶対殺しますから、だからっ……! だから、今だけはっ……!」
  (119話『姫様たちのブランチ』五十嵐響子)
  響子はその鮮烈な生き様ゆえか、印象的な台詞が多いですよね。
  そんな中から自分なりに選ぶとするなら、恋する少女ゆえの危うさで揺れ動くこの台詞。
  狂人ではなく想いの強さゆえ、という方向性を得て響子は一層深いキャラになったと感じます。

4位「二人でなら、きっと殺人も楽にできるよ」
  (037話『My Best Friend』北条加蓮)
  前話の引きからの繋がりが完全に予想外だったのも含めて、これは外せないかなと。
  奈緒と加蓮、二人の絶望と諦め、その逃げ場のない状況での友情。
  ある意味では、この二人はこのモバマスロワを象徴するキャラクターだと思います。その始まりに敬意を込めて。

5位「できない……できないよぉ……こんなことしてもあの人は喜ばないよ……」
  (011話『愛しさは腐敗につき』佐久間まゆ)
  モバマスロワのままゆをありきたりなヤンデレキャラにしなかったこと。これは本当にファインプレーだと思うのです。
  結果的に短命に終わってしまった彼女ですが、一途さや純粋さを前面に出したキャラ付けはやはり印象的でした。
  そしてその出発点はやはりこの台詞だよね、ということで。やっぱりままゆはいい子なんですよ、うん。

というわけで投票終わり。今回はいつも以上に選ぶのが大変でしたね(特に台詞が)
しかしこれだけ困るのも安定したクオリティあればこそ、ですね。

392 ◆John.ZZqWo:2013/08/16(金) 10:14:59 ID:JgApT2qY0
今回は時間かかったーw 投票します!


【総合部門】

 1位 135話 Twilight Sky ◆p8ZbvrLvv2氏
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  だって、りーなと「Twilight Sky」が好きなんだもん! ということで1位です!
  りーなのロックへの意識と目覚め。眩いばかりのデビュー! 彼女はこれからいくらでも輝くことができた。けれど、死んでしまった。
  悲しいけれど、ひとつだけ救いがあるとすれば、その瞬間までになつきちの背に追いつくことができたことかな。

 2位 147話 JEWELS ◆n7eWlyBA4w氏
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ロックに行くぜ――っ!って、これりーなの台詞だ! でも、間違ってなーい!
  りーなとなつきちは思い思われて信頼がありますよね。りーながただのにわかじゃないってのは、なつきちが、なにより彼女自身が証明している!
  話の構成も超ロックで、これは最高と言うしかない! りーなとなつきちはもういない! けど! ロック魂は不滅です!

 3位 158話 No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E氏
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  行く先を見失っていた少女が道を見つける話。
  辛く悲しい状況は変わらないけど、ちゃんと前を向こうというのと、なにより先に逝ってしまった仲間にありがとうと言えたのがとてもよかった。
  美羽も泉ちゃんも、この先がどうなるかわからないけど、その想いをもっと色んな人と共有できるといいなって。

 4位 126話 さようなら、またいつか ◆p8ZbvrLvv2氏
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  幸子と輝子が弱さや想いを分かち合い仲直りする話。
  ほんとによかった。どこまでも弱々しい彼女らが一生懸命前に進もうとするのはけなげで、かわいく、応援したくなります。

 5位 124話 悪魔のささやき ◆RVPB6Jwg7w氏
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  鬼! 悪魔! ちひろっ!

393 ◆John.ZZqWo:2013/08/16(金) 10:15:21 ID:JgApT2qY0
【台詞部門】

 1位 「すげぇだろ? あれが多田李衣菜だ」
     (135話 『JEWELS』 木村夏樹)
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     感無量。


 2位 「でもね」
     「現実逃避だけじゃ――あなたも、そして誰も彼も救えないんだよ!!!!」
     「泣くのは、責められることじゃない。……泣くのはね。確かにあなたを救うよ。――だけど、泣き続けて、何もできないのは、誰も救わない!
      あなたも、ファンも、私たちアイドルだって! もちろんプロデューサーも!! そんなのって悲しいよ!!!」
     「『アイドル』はね、不可能を可能にするんだよ!! あなたはそれを諦めちゃうの!!??!!」
     (027話 『ただ陽の輝きの先に未来が待っていると信じて』 日野茜)
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     熱血ぅ――! 日野ちゃんは炎だ! 不器用だけど燃え上がる炎だ! 日野ちゃんはいつでもどこでも邁進する!
     日野ちゃんの熱血に揺さぶられない子はいないと信じたい。彼女の熱血がどんな心も溶かしてみると信じたい!


 3位 「うぅう、ねえねえ未央ちゃん、遺書ってどう書き始めればいいの……? 拝啓? 敬具?」
     (008話 『私たちのチュートリアル』 島村卯月)
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     なぜか、ずーっと頭に残ってるフレーズ。この台詞はニュージェネレーションの中の卯月をよく表していると思うんだ。


 4位 「……あぁ……歌鈴ちゃん……あのね。一緒にいて、良かった。本当に良かった。一緒にいて……笑えてよかったよ」
     「ありがとう。ありがとう。一緒に歩んでくれて、ありがとう……歌鈴ちゃん」
     「私、頑張るから…………歌鈴ちゃん、ありがとう!」
     (158話 『No brand girls/パンドラの希望』 矢口美羽)
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     ほろりとしました。迷走してた美羽が前を向けて、本当によかったと思う。


 5位 「ああ――――」
     「よかった」
     (114話 『ああ、よかった』 松永涼)
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     うん。

394 ◆j1Wv59wPk2:2013/08/16(金) 12:23:31 ID:APzzvs0k0
ギリギリ五番手、投票しまーす

【総合部門】

一位 147話 JEWELS ◆n7eWlyBA4w

【Now playing:"JEWELS" by Queen】……か、かっこいい。
表現がとにかくかっこいい。私はロックのロの字も知らないにわかですが、それでも興奮しちゃいます。うっひょー!
もう迷う事なく一位です。だりなつに乾杯!

二位 126話 さようなら、またいつか ◆p8ZbvrLvv2

二人の似てるようで似てない、けど確かな友達である事を改めて認識できる良い話。
最後の表現もこう……涙腺にきますね。未熟だからこそ、不器用だからこそ、心に来るんだとおもいます。

三位 158話 No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E

あっさりと、少女の死を目の当たりにしてしまったグループのまとめ話。
クールで、辛さをひた隠しながら先導しようとする大人たちと、迷って、それでも答えを見つけ出そうとする子供たち。
その姿が、なんというか応援したくなりますねぇ……。

四位 159話 野辺の花 ◆n7eWlyBA4w

物議をかもしだしそうなどぎつい表現ですが、私はその表現と、それを見て怒り、前を見てまた成長する凛ちゃんに唸りました。
多用していいものじゃないですが、その厳しい現実をアレで表現したのは凄い発想だと思います。
この衝撃はかなりのものでした。

五位 125話 KICKSTART MY HEART ◆n7eWlyBA4w

絶望からだんだんと立ち向かっていく形になる過程が流石です。
彼女達のそれぞれが出来る事を頑張る姿というのは本当に良い。頑張ってほしいところですなぁ


【台詞部門】

一位 「み、未央ちゃん、いっ、遺書の書き出しって、どうするんだっけ、ぐすっ、うっ」
   「う、い、今、今必要なんだよ、なんであの時教えてくれなかったの、未央ちゃんっ……!」
(061話 彼女はどこにも辿りつけない 島村卯月)

二つ引用するのはあれかなーとは思ったんですが、これはセットで推したかったので。
登場話でさりげに登場したフレーズをこんな、友達を失った状況でもう一度言わせるセンスが凄い。


二位 「早く、『アイドル』で、終わらせてください」
(002話 DREAM 今井加奈)

モバマスロワの始まりの台詞。
そして今井加奈という少女が確かにいた事を証明する台詞。
たった一話の出番だけど、確かに心に残る少女でした。

三位 「できない……できないよぉ……こんなことしてもあの人は喜ばないよ……」
(011話 『愛しさは腐敗につき』 佐久間まゆ)

まゆは絶対マーダーだろって思ってました。はい、すいませんでした。
当ロワのまゆはとても魅力的でしたが、やはりこの台詞から始まったんですよねぇ。

四位 「“ウサミン”はッ! ……それでもワンダーモモを倒さなくてはいけないの。
   そのためにウサミンはアマゾーナ様の命を受けてあの事務所にメイドとして潜りこんだのだから」
(038話 彼女たちの中にいるフォーナインス 安部菜々)

おそらく彼女の中で覚悟完了してしまった時の台詞。
この話の一連の流れは、傍から見れば滑稽であるかもしれないけど、彼女達の中では間違いなく憧れていたヒーローショーだった。
菜々は最期に救われたとは言うけど、それでもこんな幕引きは悲しい………

五位 「……女の子にいたずらしちゃ駄目だって教えたでしょ、ブリッツェン」
(145話 Ideal and Reality 高森藍子)

確かな確執のある中で、藍子ちゃんの優しさ、ゆるふわオーラ的な魅力が出るような台詞ですねぇ。
その絵がまじまじと想像できます。苦難が絶えない彼女ですが、自分を見失わないのはとても良いと思います。頑張ってほしい…。

395 ◆yX/9K6uV4E:2013/08/16(金) 20:18:19 ID:7dIH.kko0
投票ありがとうございますー。
一部門のみ、感想無しでも大丈夫なので、どしどし投票してください。

さて今晩は、読み手書き手集まってのチャットを予定しています。
ttp://mobarowa.chatx2.whocares.jp
こちらにて、行ないます。
時間は集まり次第、の予定ですので、お待ちしておりますです

396名無しさん:2013/08/17(土) 13:07:07 ID:H1ewxrI.0
いつもドキドキしながら読んでおります。
読み手専ですが今回思い切って投票させて頂きます。

1位:151話 ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E氏
灰になるまで自分であり続けた少女たちに精一杯の拍手を。
そして、残されたアイドルたちもまた、死ぬまで立ち続けなければならない。
今後の展開も楽しみです。

2位:126話 さようなら、またいつか ◆p8ZbvrLvv2氏
一度は分かれかけた幸子と輝子、二人の道。
しかし、友達がいなくなったという事実を乗り越え、もう一度同じ道を歩み始めるお話。
きっとあの堕天使も、天国から笑顔で見守っていてくれてると信じて。

3位:120話 嘘 ◆p8ZbvrLvv2氏
肇ちゃんの悲しすぎる嘘と、おかしいと思いながらも責めることしかできなかった泰葉。
この二人の心理描写がとても丁寧で、読んでいて心が締め付けられるお話でした。

4位:153話 〜〜さんといっしょ ◆RVPB6Jwg7w氏
「俺の担当の中には、誰かを蹴落としてそれでよしとするような子は、1人もいない。 」
…このPさんの格好良さについ惚れてしまった。
と同時に、このP担当の生き残りが小春ちゃんだけになった現状、こんな日々はもう戻って来ないのか…という喪失感もまた切ない。

5位:148話 ボクの罪、私の罪 ◆rFmVlZGwyw氏
道を間違えてしまった少女たちが、自分の罪と向き合い、前へ進もうとする物語。
危うさを抱えたチームですが、彼女たちが魂に踏みとどまれることを願っています。



1位
「本当に死ななくてもいいだろッ!? コイツはもう殺しあいなんかできない! リタイアなんだよ!
 だから助けてやってくれッ! 頼む! ここに来てくれ! 早くしないと死んじまう!」
(向井拓海/20話「彼女たちがはじめるセカンドストライク」)
小さな命が目の前で消えようとする中の、必死な叫びと願い。
生きる、殺さない、助ける。拓海の戦いはここから始まった。
殺し合いの不条理さがこれでもかと詰められた、こちらの台詞に一票を投じます。

2位
「成敗ッ!」
(南条光/38話「彼女たちの中にいるフォーナインス」)
3位
「知ってるかい? 『ヒーロー』というものは、困った人を助ける為なら、何度でも、蘇るのさ!」
(南条光/151話「ヘミソフィア」)
自分を殺した留美ですら救おうとした心は、紛れもなく最後の最期までヒーローのそれでした。
そんな光の--もとい、二代目ワンダーモモの出発と終着点に、一票ずつ入れさせて下さい。

4位
「――――ごちそうさまでした」
(前川みく/111話「おはよう!!朝ご飯」)
「私の命に意味を持たせて下さい」という雫の言葉を胸に、苦手なお魚の命も全部いただいたみくにゃんの台詞。
最新話では不穏な空気が漂っていましたが、この全ての命に意味を持たせるという思いは忘れてほしくないなぁ。

5位
「……じぇ、じぇったいに……たす、け、ますね。……ッく。……だから、待っててくだざいねッ!」
(三村かな子/30話「彼女たちに忍び寄るサードフォース」)
この選択肢は、アイドル達だけではなく、助ける対象であるPさんですら全てを敵に回す選択肢。
それでもPさんのためにこの選択肢を選ぶ事を決めた、かな子のこの台詞に一票を投じます。

それでは、これからの展開も楽しみにしています。

397名無しさん:2013/08/17(土) 14:05:55 ID:Ho0NxEbM0


398名無しさん:2013/08/17(土) 14:06:18 ID:Ho0NxEbM0
投票のみになりますがよろしくお願いします
総合
1位 ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E氏
2位 みんなのうた ◆RVPB6Jwg7w氏
3位 No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E氏
4位 嘘 ◆p8ZbvrLvv2氏
5位 i/doll ◆yX/9K6uV4E氏

400 ◆p8ZbvrLvv2:2013/08/17(土) 19:13:14 ID:I/JgGu0.0
投票させて頂きます。

【総合部門】
1位 151話 ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E氏
みくとの合流、ナターリアと響子の邂逅、本性を現した留美、危機を救うヒーローの登場、そして残った一人のアイドル。
どれも手に汗握る展開で、一つの話に収めるにはもったいないと思ってしまうくらい素晴らしかったです。
生き残った三人、特に多くの物を背負う事になった智絵里がこれから何を成すのか大いに期待させられる幕引きでした。

2位 136話 彼女たちが陥ったキャッチ=トウェンティートゥー ◆John.ZZqWo氏
同じ傷を負い、互いに自分自身を追い詰めてでも違う道を進み続ける愛梨と卯月が出会った話。
理解出来ない卯月の行動と表情に恐怖して引き金を引き、現実ではないどこかで十字路から進むことのできない愛梨。
最終的にはなんとか一線を越えることなく終わりましたが、この出来事を経験した後の彼女達はどう変わったのでしょうか。

3位 155話 彼女たちにとってただ目的の為だけのトゥエンティーシックス ◆John.ZZqWo氏
一人のヒロインが六人のアイドルを狙うという少し珍しいような気もする構図。
襲撃者への牽制や落ち込みかけた美羽を立ち直らせたりと冷静かつ迅速に対応する楓さん、やはりしっかり者。
それでも合流の代償は大きく、少しずつ追い込まれ始めた対主催組の今後がとても気になる終わり方でした。

4位 159話 野辺の花 ◆n7eWlyBA4w氏
何度も挫け、折られ、それでも立ち上がろうとする凛の姿はまさにバトロワの象徴なのではないかと思います。
絶望の中にも希望を見出して、自分の道を真っ直ぐ進む姿は本当に格好いい。
中々活躍する機会には恵まれませんが、ここ一番できっと大活躍するんじゃないかと思います。

5位 122話 バベルの果て ◆yX/9K6uV4E氏
同じく凛がメイン、自分の信じる誰かを信じるという彼女の強い意志が伝わってくる良い話でした。
それだけに卯月を探すことに集中して対主催への動きが無いのが惜しい。
個人的には充分リーダーシップの取れるタイプだと思うので状況を変える一手になって欲しいと思います。

【台詞部門】
1位 「『生きて』……と、――さんがいったから」
(021話 Distorted Pain/日向の花 十時愛梨)
シンデレラガールとして、状況によっては対主催の中心にもなりえた愛梨を180度変えたこの言葉。
彼女のプロデューサーが死んでいなければ美嘉や美優さん、夏樹や李衣菜が生存していたかもしれない。
もしかすると今頃脱出へのプランが具体的になっていたのではないかと思うと原作のコイントスを彷彿とさせるifな気がします。

2位 「私達の今までを、私達のこれからを……無駄だなんて、もう終わったことだなんて、
   そんなの許せない……やだよ、私は、まだ諦めない! 私達は、もう終わりなんかじゃない!」
(099話 バベルの夢 渋谷凛)
これはモバマスロワにおける凛の本質をはっきりさせた素晴らしい台詞だと思います。
心では諦めに近い感情を抱きながら、それでも自分の奥底にある意志が零れだしたような切実な一言。
それまではいまいち目立たなかった彼女が一気に主人公格へと躍り出るきっかけになる、見事な貫録でした。

3位 「走って……早くっ!」
(076話 晴れ 塩見周子)
もう自身が助からないことを自覚していて、美穂をなんとか逃がそうとする周子のこの台詞。
王道的な展開でありながら、これを言う側の覚悟と悲壮感はやはり美しい。
だからこそ美穂は簡単に周子の生き方を背負えないし、大きな影響力を与えているのではないかと思います。

4位 「ちげぇよ、みんなで泳ぐんだよ」
(020話 彼女たちがはじめるセカンドストライク 向井拓海)
なんというかモバマスロワの拓海は一貫して非常に男らしいような恰好いいようなそんなイメージ。
ブレないからこそ皆も着いてきてくれるし、流石姉御と思わされるシーンが多いです。
特にこの台詞はまさに彼女らしい、といった感じなので是非入れたいと思います。

5位 「心に、太陽を。温かい気持ちで……ヒーローのように、哀しい夢をたちきり、幸せな夢を叶え……ます」
(151話 ヘミソフィア 緒方智絵里)
アイドル緒方智絵里としての復活の一言。
確かに欲張りではあるものの、たくさんの思いを背負うという彼女なりの覚悟の現れといった感じ。
前途多難な幕開けになりましたが、どうにかやりたいことを成し遂げて欲しいです。

401名無しさん:2013/08/17(土) 19:30:47 ID:yQSZIa3c0
いつも色々考えさせられながら、読ませていただいています。読み専ながら投票させていただきます。2つに分けさせていただきます。
【総合】
1位:ヘミソフィア

衝撃的でした、その一言に尽きます。死んでしまう子たちは、その前に何かを残そうと、その最後の時まで自分であり続けようとする姿が心を打ち、生き残った子たちは、自分の在り方をはっきり決めるまでの過程が、これまでの話の積み重ねも相まって、「ああ、ついに来たか…」ってなりました。光、ナターリア、響子が夢を生きる者達に託すシーン、それらをすべて振り切って自分の夢に閉じこもる留美、その夢を受け取り、ついに自分の夢に気付いた智絵里。そのどれもが哀しい輝きを出していました。

2位:No brand girls/パンドラの希望

今までまともな活躍のなかった美羽と泉の始まり、そしてその傍らで終わりが近づきながらも希望を失わない川島さん、希望を胸に前に進み、大人として子供たちを見守る楓さん、大切な仲間のため、自分の思いのたけをぶつける友紀、そのどれもが輝いていました。特に、ここで全部救われて希望に突き進む!ってはならず、答えはまだわからないけど、でも、前は向こうという美羽の書き方が素晴らしかったです。答えは自分で出さないといけない。ただ救われるだけじゃなく、自分で決めようとする美羽の意思が仄かに出ていて、読み入ってしまいました。

3位;JEWELS

NATSUKI is ROCKSTAR! そんな一言に尽きる一作でした。歌と絡める話に弱い自分ですが、恐ろしいほどに李衣菜と夏樹の生き様がかみ合っていて、まるで二人の歌なんじゃって思うほどでした。それでいて、李衣菜のロックを分かってる夏樹が、最後まで彼女を信じていたのが非常に感慨深かったです。そんな熱く風のように突き進んだ彼女たちの最後の最後のシーンが、また切なかったです。

4位:~~さんといっしょ

アイドルとプロデューサーの信頼関係が強く出ている作品でした。ロワの中で彼女たちの行動の指針になっているのは、この人が教えたことなんだなあってのが強く出ていて、特にまゆがあそこまで道を踏み外さず、愛を貫けたのは、この人だからか、と納得しました。まゆを愛じゃないけど信じていて、それをまゆも気付いていたからこそ、最後の最後に、プロデューサーが信じるまゆのままで「よかった」と言えたんだと感じました。

5位:彼女たちにとって無残で悪趣味なトゥエンティーエイト

拓海と涼が生き残った後の話をする場面が一番印象的な話でした。理不尽な空間でも、それでも生きることを諦めない彼女らの強く前向きな心と、未来を楽しく語り合う二人が哀しくも、そうであってほしいものだと願わずにいられませんでした。また、死体への仕打ちに激怒するのも拓海らしく、それを制止するのも紗枝らしく、細かいところにらしさが出ていて丁寧な話だなあと思いました。

402名無しさん:2013/08/17(土) 19:31:08 ID:yQSZIa3c0
【台詞】
1位:「……なら。私が、『ファン』になる。幸子にそれが必要なら、私が、いま、ここで、輿水幸子のファンになる」(星輝子/96話:魔改造!劇的ビフォーアフター)

輝子の不器用ながらも、幸子を思いやっての一言。輝子を、このコンビを好きになる最大のきっかけなこれを筆頭に選びました。『トモダチ』への想いを、傍から聞けば笑ってしまいそうなフレーズで、でもストレートに伝える輝子らしくも、とても強く熱い決意の一言だと感じました。

2位:「てめぇはまだ生きてんだろうが…なのにそんな諦めた口開いてんじゃねぇよ!!死にたくねぇんだろ!?アタシは絶対に譲らねぇ、何としてでもてめぇを助ける!」(向井拓海/114話:ああ、よかった)

普通ならば、背負わなければいけない局面を、絶対に死なせないという拓海の、綺麗事が真実になった決定的瞬間。やはり拓海にはまるきっかけとなったこのセリフを次点に選びました。死ぬなんて当たり前になってはいけない、生きてるなら生きてなければいけない、死なせない、拓海の強い決意と、特攻隊長らしさがにじみ出る、姐御の力強いセリフでした。

3位:「……かえでさん……いきのこって…ください。そして……まゆのプロデューサーに、つたえて……ほしいんです。……まゆは、……さんの事が大好きです。天国に行っても、ずっと見ていますから……、………誰か、他の人と一緒になっても、まゆの事を、忘れないでください………って」(佐久間まゆ/64話:今、できること)

最後までプロデューサーの信じるアイドルでいたまゆの純愛の証。これにはさすがに涙を禁じえませんでしたので、これを3番手に選びました。「他の子との話、楽しいですかぁ?」なんて言っていた彼女とは思えないほど、プロデューサーをまっすぐに思う気持ちが伝わり、あまりにも重い故に真剣な気持ちが心に痛いほど伝わってくる一言でした。

4位:「加奈、ちゃんは――そんな嘘は、つかないっ」(神崎蘭子/79話:安全世界ナイトメア)

ロワで唯一蘭子が出した素の一言。それが自分の最大の親友である加奈への侮辱に対する怒りというのが、とても心に来て、4番に選びました。シャッフルやその言動からも想像がつく通り、おそらく蘭子の理解者はとても少なく、そんな中で声をかけてくれた友達が死んだのも、裏表なく接してくれた彼女が嘘を付くなんてことを言われるのも、蘭子には耐えられなかったのでしょう。だからこそ、唯一の素の一言がこれなのは納得でした。

5位:「そういう夢を、護るのが、『アイドル』で、『ヒーロー』の役目だ!」(南条光/151話:ヘミソフィア)

ザ・ヒーロー。罪を、夢を背負った彼女だからこそ、ずっとヒーローとは何か、について真剣にこの殺し合いの場で考えてきた彼女だからこそ、この一言が光りました。夢を呪いと言う留美相手に、尊敬するヒーローの言葉を借りながら、最後はこの、自分の言葉で、自分のアイドルを貫いた彼女は、まぎれもなくヒーローであり、アイドルでした。そんなかっこよさを凝縮したこの一言を、5番目に選びました。

403 ◆p8ZbvrLvv2:2013/08/18(日) 00:00:01 ID:x4fXG7iU0
十時愛梨、島村卯月、輿水幸子、星輝子を予約します。

404 ◆p8ZbvrLvv2:2013/08/18(日) 00:04:34 ID:x4fXG7iU0
ちょっとフライングしてしまったみたいなので取り消します、申し訳ないです

405名無しさん:2013/08/18(日) 11:55:02 ID:KojpSlvE0
投票のみになりますが、よろしくお願いします。

1位 151話 ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E氏

2位 147話 JEWELS ◆n7eWlyBA4w氏

3位 153話 〜〜さんといっしょ ◆RVPB6Jwg7w氏

4位 142話 みんなのうた ◆RVPB6Jwg7w氏

5位 148話 ボクの罪、私の罪 ◆rFmVlZGwyw氏

406 ◆John.ZZqWo:2013/08/18(日) 23:59:59 ID:dFblo1Ns0
島村卯月、十時愛梨、輿水幸子、星輝子 の4人を予約します。

407 ◆p8ZbvrLvv2:2013/08/19(月) 00:00:00 ID:NyujYgrs0
改めて十時愛梨、島村卯月、輿水幸子、星輝子を予約します。

408 ◆yX/9K6uV4E:2013/08/19(月) 00:00:00 ID:vWzAFbdw0
小日向美穂、栗原ネネ、高森藍子、日野茜で予約します。

409名無しさん:2013/08/19(月) 10:58:28 ID:BWoDnyQI0
>>406-407
結婚おめでとう

410名無しさん:2013/08/19(月) 23:42:49 ID:/bLSu2qE0
滑り込みで投票させてもらいます
コメント無しですがご容赦下さい

1位:151話:ヘミソフィア:◆yX/9K6uV4E氏
2位:147話:JEWELS:◆n7eWlyBA4w氏
3位:159話:野辺の花:◆n7eWlyBA4w氏
4位:126話:さようなら、またいつか:◆p8ZbvrLvv2氏
5位:122話:バベルの果て:◆yX/9K6uV4E氏

セリフ部門

1位:「神様に祈っても……どうにもなりません。奇跡なんて、起こりません。生き物の命って、そういうものです」:及川雫
2位:「ナターリア! アンタ、アンタは! 心に太陽<<アイドル/ヒーロー>>、当ててるか!!」:南条光
3位:「『誰か』をハッピーにするためにいっしょーけんめーなのが、『アイドル』だにぃ!」 :諸星きらり
4位:「……何言っとるん。うちら、仲間やろ?
   うちも横に並んどるんやから一緒に手伝いさせてぇな」 :小早川紗枝
5位:「二人でなら、きっと殺人も楽にできるよ」:北条加蓮

411第3回人気投票☆結果発表:2013/08/20(火) 00:14:45 ID:5c9o3mNc0
モバマス・ロワイアル第3回人気投票。結果を発表します! 多数の投票、コメント、ありがとうございました!

【総合部門】
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 【1位】 38点(8票) 151話 ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E

  1位は今回の中でも最大のクライマックスとなった『ヘミソフィア』が獲得しました!
  ファーストマーダーにして冷静沈着な和久井留美。ストロベリーボムの最右翼である五十嵐響子。彼女たちは対決するのか!?
  そして、同じ場所にいるふたつの太陽はこのステージをどう照らし出すのか!?
  それらの期待に最大以上に応えたこの作品が最大点数を獲得するのも納得でしょう。
  まさにここがクライマックスで、彼女たちの輝きでした。何人かはここで燃え尽きることになりましたが、その印象は心に焼きつきました。

 【2位】 23点(6票) 147話 JEWELS ◆n7eWlyBA4w

  2位には、木村夏樹の補完話である『JEWELS』が入賞しました。
  『JEWELS』とはあのQueenのアルバムのうちの1枚のタイトルなのですが、この物語の中で夏樹がりーなに貸していたCDでもあります。
  故に、彼女らの物語を補完する話にはうってつけのタイトル!
  しかも、作中においてアルバムに収録されている楽曲のフレーズを順に使用していくという、心憎くかっこいい構成!
  フレーズもシーンと感情にマッチしてて、最高で……、もう……ろ、ロックにいくぜー!

 【3位】 13点(4票) 158話 No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E

  3位に入賞したのは、仲間の死から急転直下、追われるように逃げ出した5人の話である『No brand girls/パンドラの希望』です。
  流されるまま、なにも得ることなく仲間を失ってしまった少女。このまま絶望にふさぎこみ、迷走してしまうのか?
  そんな彼女に最後に残った希望を指し示した、その温かさでうるっときちゃうとてもいい話でした。

 【4位】 12点(4票) 120話 嘘 ◆p8ZbvrLvv2

  4位には、そのタイトル通りの話である『嘘』が入りました。
  なにを守るためなのか、それも曖昧な嘘と、嘘を嘘と知っていても自分を守るためにそれを受け入れるという嘘。
  どちらも弱さと悲しみからついた嘘で、それを自覚しての、自覚しながらのすれ違い。この作品ではその不合理な悲しみが描かれました。
  そして、その結果がどうなるのかは……。

 【4位】 12点(4票) 126話 さようなら、またいつか ◆p8ZbvrLvv2

  同じく4位には、折れかけた小さな少女たちの再起を描いた『さようなら、またいつか』が入賞しました。
  失敗してしまい、半ば自棄に相手を遠ざけた幸子と、それでもいいからと傍にいた輝子。
  バトルロワイアルの中でも特に小さく弱い2人ですが、だからこそ互いに支えあう姿が読む人の好感を誘うのだと思います。

412第3回人気投票☆結果発表:2013/08/20(火) 00:15:05 ID:5c9o3mNc0
【台詞部門】
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 【1位】 9点
 「できない……できないよぉ……こんなことしてもあの人は喜ばないよ……」
 (011話 『愛しさは腐敗につき』 佐久間まゆ)

  事前に予想すれば、彼女は間違いなく殺す側だろう……と、皆が思った佐久間まゆの登場話からこの台詞が1位に入賞です。
  安易なキャラづけを避けたこと、その後の彼女のことを踏まえ、その出発点となったこの台詞に点数が集まったようですね。

 【2位】 7点
 「なんで――わたし、頑張ったのに、地道に、積み上げていったのに――」
 (096話 『魔改造!劇的ビフォーアフター』 水本ゆかり)

  まゆとは逆に激烈なヒロインとして猛威を振るったゆかり、その最期の言葉が2位に入りました。
  彼女にはそうするだけの想いがあった。だからこそのこの台詞であり、それが得点につながったのだと思います。

 【3位】 5点
 「本当に死ななくてもいいだろッ!? コイツはもう殺しあいなんかできない! リタイアなんだよ!
  だから助けてやってくれッ! 頼む! ここに来てくれ! 早くしないと死んじまう!」
 (020話 『彼女たちがはじめるセカンドストライク』 向井拓海)
 --------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
 「『生きて』……と、――さんがいったから」
 (021話 『Distorted Pain/日向の花』 十時愛梨)
 --------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
 「二人でなら、きっと殺人も楽にできるよ」
 (037話 『My Best Friend』 北条加蓮)
 --------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
 「み、未央ちゃん、いっ、遺書の書き出しって、どうするんだっけ、ぐすっ、うっ」
 「う、い、今、今必要なんだよ、なんであの時教えてくれなかったの、未央ちゃんっ……!」
 (061話 『彼女はどこにも辿りつけない』 島村卯月)
 --------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
 「―――良かっ、た」
  (064話 『今、できること』 佐久間まゆ)
 --------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
 「神様に祈っても……どうにもなりません。奇跡なんて、起こりません。生き物の命って、そういうものです」
 (078話 『みくは自分を曲げないよ!』 及川雫)
 --------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
 「……なら。私が、『ファン』になる。幸子にそれが必要なら、私が、いま、ここで、輿水幸子のファンになる」
 (096話 『魔改造!劇的ビフォーアフター』 星輝子)
 --------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
 「すげぇだろ? あれが多田李衣菜だ」
 (135話 『JEWELS』 木村夏樹)

  同着3位には8つの台詞が並びました。
  1位の台詞も含め、登場話の台詞が複数入ったのはやはりそのアイドルの方向性を鮮やかに決めたというのは大きかったのでしょうね。
  そして、想いが凝縮する死に際の台詞が入るのも当然ですが、アイドルとアイドルのつながりを感じさせる台詞が入るのが実にらしいと思います。

413第3回人気投票☆結果発表:2013/08/20(火) 00:15:22 ID:5c9o3mNc0
以下は、集計データです。

【総合部門】
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
38点(8票) 151話 ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E
23点(6票) 147話 JEWELS ◆n7eWlyBA4w
13点(4票) 158話 No brand girls/パンドラの希望 ◆yX/9K6uV4E
12点(4票) 120話 嘘 ◆p8ZbvrLvv2
12点(4票) 126話 さようなら、またいつか ◆p8ZbvrLvv2

09点(3票) 142話 みんなのうた ◆RVPB6Jwg7w
08点(3票) 149話 彼女たちに奏でられるアマデウス(トゥエンティーファイブ) ◆John.ZZqWo
07点(3票) 153話 〜〜さんといっしょ ◆RVPB6Jwg7w
07点(3票) 159話 野辺の花 ◆n7eWlyBA4w
07点(2票) 155話 彼女たちにとってただ目的の為だけのトゥエンティーシックス ◆John.ZZqWo
06点(2票) 125話 KICKSTART MY HEART ◆n7eWlyBA4w
05点(1票) 135話 Twilight Sky ◆p8ZbvrLvv2
04点(1票) 136話 彼女たちが陥ったキャッチ=トウェンティートゥー ◆John.ZZqWo
03点(1票) 119話 姫様たちのブランチ ◆RVPB6Jwg7w
02点(2票) 122話 バベルの果て ◆yX/9K6uV4E
02点(2票) 148話 ボクの罪、私の罪 ◆rFmVlZGwyw
02点(1票) 137話 傷だらけの天使 ◆RVPB6Jwg7w
01点(1票) 124話 悪魔のささやき ◆RVPB6Jwg7w
01点(1票) 144話 i/doll ◆yX/9K6uV4E
01点(1票) 157話 彼女たちはもう思い出のトゥエンティーセブンクラブ ◆John.ZZqWo
01点(1票) 160話 彼女たちにとって無残で悪趣味なトゥエンティーエイト ◆John.ZZqWo
01点(1票) 162話 ヴィーナスシンドローム ◆yX/9K6uV4E

【総合部門・作者別】
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
55点(16票)◆yX/9K6uV4E
36点(11票)◆n7eWlyBA4w
29点(9票)◆p8ZbvrLvv2
22点(9票)◆RVPB6Jwg7w
21点(8票)◆John.ZZqWo
02点(2票)◆rFmVlZGwyw

414第3回人気投票☆結果発表:2013/08/20(火) 00:16:14 ID:5c9o3mNc0
【台詞部門】
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【9点】_________________________________________________________
「できない……できないよぉ……こんなことしてもあの人は喜ばないよ……」
(011話 『愛しさは腐敗につき』 佐久間まゆ)

【7点】_________________________________________________________
「なんで――わたし、頑張ったのに、地道に、積み上げていったのに――」
(096話 『魔改造!劇的ビフォーアフター』 水本ゆかり)

【5点】_________________________________________________________
「本当に死ななくてもいいだろッ!? コイツはもう殺しあいなんかできない! リタイアなんだよ!
だから助けてやってくれッ! 頼む! ここに来てくれ! 早くしないと死んじまう!」
(020話 『彼女たちがはじめるセカンドストライク』 向井拓海)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「『生きて』……と、――さんがいったから」
(021話 『Distorted Pain/日向の花』 十時愛梨)
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「二人でなら、きっと殺人も楽にできるよ」
(037話 『My Best Friend』 北条加蓮)
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「み、未央ちゃん、いっ、遺書の書き出しって、どうするんだっけ、ぐすっ、うっ」
「う、い、今、今必要なんだよ、なんであの時教えてくれなかったの、未央ちゃんっ……!」
(061話 『彼女はどこにも辿りつけない』 島村卯月)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「―――良かっ、た」
(064話 『今、できること』 佐久間まゆ)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「神様に祈っても……どうにもなりません。奇跡なんて、起こりません。生き物の命って、そういうものです」
(078話 『みくは自分を曲げないよ!』 及川雫)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「……なら。私が、『ファン』になる。幸子にそれが必要なら、私が、いま、ここで、輿水幸子のファンになる」
(096話 『魔改造!劇的ビフォーアフター』 星輝子)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「すげぇだろ? あれが多田李衣菜だ」
(135話 『JEWELS』 木村夏樹)

415第3回人気投票☆結果発表:2013/08/20(火) 00:16:40 ID:5c9o3mNc0
【4点】_________________________________________________________
「早く、『アイドル』で、終わらせてください」
(002話 『DREAM』 今井加奈)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「でもね」
「現実逃避だけじゃ――あなたも、そして誰も彼も救えないんだよ!!!!」
「泣くのは、責められることじゃない。……泣くのはね。確かにあなたを救うよ。――だけど、泣き続けて、何もできないのは、誰も救わない!
 あなたも、ファンも、私たちアイドルだって! もちろんプロデューサーも!! そんなのって悲しいよ!!!」
「『アイドル』はね、不可能を可能にするんだよ!! あなたはそれを諦めちゃうの!!??!!」
(027話 『ただ陽の輝きの先に未来が待っていると信じて』 日野茜)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「成敗ッ!」
(038話 『彼女たちの中にいるフォーナインス』 南条光)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「――冗談ですよ。私はアイドルですから。そんな酷いこと、するわけないじゃないですか」
(040話 『デッドアイドル・ウォーキング』 岡崎泰葉)
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「…………いいな。これだったら……二人で、ロックの神様の元に行けるぜ」
(060話 『彼女たちの中でつまはじきのエイトボール』 木村夏樹)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「そんなのずるいッ!!」
(074話 『彼女たちが踏みとどまるイレブンスアワー』 道明寺歌鈴)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「ナターリア! アンタ、アンタは! 心に太陽<<アイドル/ヒーロー>>、当ててるか!!」
(081話 『黒点 〜心に太陽当ててるか〜』 南条光)
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「ナターリアを、殺しに行くんですよ」
(088話 『熟れた苺が腐るまで( Strawberry & Death)』 五十嵐響子)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「私達の今までを、私達のこれからを……無駄だなんて、もう終わったことだなんて、
 そんなの許せない……やだよ、私は、まだ諦めない! 私達は、もう終わりなんかじゃない!」
(099話 『バベルの夢』 渋谷凛)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「てめぇはまだ生きてんだろうが…なのにそんな諦めた口開いてんじゃねぇよ!!死にたくねぇんだろ!?アタシは絶対に譲らねぇ、何としてでもてめぇを助ける!」
(114話 『ああ、よかった』 向井拓海)

416第3回人気投票☆結果発表:2013/08/20(火) 00:16:55 ID:5c9o3mNc0
【3点】_________________________________________________________
「うぅう、ねえねえ未央ちゃん、遺書ってどう書き始めればいいの……? 拝啓? 敬具?」
(008話 『私たちのチュートリアル』 島村卯月)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「……かえでさん……いきのこって…ください。そして……まゆのプロデューサーに、つたえて……ほしいんです。
 ……まゆは、……さんの事が大好きです。天国に行っても、ずっと見ていますから……、………誰か、他の人と一緒になっても、まゆの事を、忘れないでください……

…って」
(064話 『今、できること』 佐久間まゆ)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「……名前を読んで、それでおしまいなの? 死んじゃったら、もうおしまいだっていうの?」
(075話 『希望 -Under Pressure-』 日野茜)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「走って……早くっ!」
(076話 『晴れ』 塩見周子)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「『誰か』をハッピーにするためにいっしょーけんめーなのが、『アイドル』だにぃ!」
(105話 『哀(愛)世界・ふしぎ発見』 諸星きらり)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「お願いですっ、神様っ……! 頑張りますから、『次』までには絶対なんとかしますから、絶対殺しますから、だからっ……! だから、今だけはっ……!」
(119話 『姫様たちのブランチ』 五十嵐響子)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「知ってるかい? 『ヒーロー』というものは、困った人を助ける為なら、何度でも、蘇るのさ!」
(151話 『ヘミソフィア』 南条光)


【2点】_________________________________________________________
「ちげぇよ、みんなで泳ぐんだよ」
(020話 『彼女たちがはじめるセカンドストライク』 向井拓海)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「“ウサミン”はッ! ……それでもワンダーモモを倒さなくてはいけないの。
 そのためにウサミンはアマゾーナ様の命を受けてあの事務所にメイドとして潜りこんだのだから」
(038話 『彼女たちの中にいるフォーナインス』 安部菜々)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「加奈、ちゃんは――そんな嘘は、つかないっ」
(079話 『安全世界ナイトメア』 神崎蘭子)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「――――ごちそうさまでした」
(111話 『おはよう!!朝ご飯』 前川みく)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「……何言っとるん。うちら、仲間やろ?
 うちも横に並んどるんやから一緒に手伝いさせてぇな」
(114話 『ああ、よかった』 小早川紗枝)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「……あぁ……歌鈴ちゃん……あのね。一緒にいて、良かった。本当に良かった。一緒にいて……笑えてよかったよ」
「ありがとう。ありがとう。一緒に歩んでくれて、ありがとう……歌鈴ちゃん」
「私、頑張るから…………歌鈴ちゃん、ありがとう!」
(158話 『No brand girls/パンドラの希望』 矢口美羽)

417第3回人気投票☆結果発表:2013/08/20(火) 00:17:17 ID:5c9o3mNc0
【1点】_________________________________________________________
「……じぇ、じぇったいに……たす、け、ますね。……ッく。……だから、待っててくだざいねッ!」
(030話 『彼女たちに忍び寄るサードフォース』 三村かな子)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「ああ――――」
「よかった」
(114話 『ああ、よかった』 松永涼)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「……女の子にいたずらしちゃ駄目だって教えたでしょ、ブリッツェン」
(145話 『Ideal and Reality』 高森藍子)
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「そういう夢を、護るのが、『アイドル』で、『ヒーロー』の役目だ!」
(151話 『ヘミソフィア』 南条光)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「心に、太陽を。温かい気持ちで……ヒーローのように、哀しい夢をたちきり、幸せな夢を叶え……ます」
(151話 『ヘミソフィア』 緒方智絵里)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「なにごともフェアにいきたいじゃん? アタシたち姉妹だし、さ」
(157話 『彼女たちはもう思い出のトゥエンティーセブンクラブ』 城ヶ崎美嘉)


【台詞部門・キャラクター別】
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
17点 佐久間まゆ
12点 南条光
11点 向井拓海
09点 木村夏樹
08点 島村卯月

07点 五十嵐響子
07点 日野茜
07点 水本ゆかり
05点 十時愛梨
05点 星輝子
05点 及川雫
05点 北条加蓮
04点 今井加奈
04点 岡崎泰葉
04点 道明寺歌鈴
04点 渋谷凛
03点 塩見周子
03点 諸星きらり
02点 安部菜々
02点 神崎蘭子
02点 前川みく
02点 矢口美羽
02点 小早川紗枝
01点 三村かな子
01点 松永涼
01点 高森藍子
01点 緒方智絵里
01点 城ヶ崎美嘉

418第3回人気投票☆結果発表:2013/08/20(火) 00:17:39 ID:5c9o3mNc0
以上、ご参加ありがとうございました。

419 ◆p8ZbvrLvv2:2013/08/24(土) 00:02:01 ID:tG/tNmGg0
遅れてすいません、予約延長します。

420 ◆p8ZbvrLvv2:2013/08/26(月) 00:02:15 ID:tClvBda60
私用で投下出来そうにないので予約を取り下げます。
度々申し訳ないです…すいません。

421 ◆yX/9K6uV4E:2013/08/26(月) 00:13:35 ID:IRhylgqU0
御免なさい、少々遅れます。

422 ◆yX/9K6uV4E:2013/08/26(月) 07:46:22 ID:IRhylgqU0
御免なさい、一旦破棄します。
度々続いて申し訳ありません

423 ◆RVPB6Jwg7w:2013/08/26(月) 23:07:40 ID:PwEn3jhU0
和久井留美、前川みく 以上2名、予約します

424 ◆John.ZZqWo:2013/08/26(月) 23:09:08 ID:w4MrAAsY0
島村卯月、十時愛梨、輿水幸子、星輝子 の4人を予約します。

425 ◆RVPB6Jwg7w:2013/08/28(水) 12:43:02 ID:ZZcKz58.0
予約していた2名、投下します。

426愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w:2013/08/28(水) 12:44:20 ID:ZZcKz58.0





『……前川みくがレポートするにゃ!
 ただいまみくは、飛行場の見回り中〜!

『えーっと、いろいろあって、いま、みくは1人なのにゃ。
 ちょっとじっくり、考えたいことが、あって……
 映ってないけど、喋りながら、ハンディカメラ回しながら歩いてますにゃ。
 撮られるのはもう慣れてるけど、撮影する側って、なんか新鮮〜。

『それにしても、広いにゃー。
 あと、この辺はけっこう小さな建物がたくさんあるにゃ。
 こっちは……えーっと、整備の車かにゃ?
 こっちは、倉庫。
 なんかよくわかんにゃいけど倉庫。中身なんなんだろ?

『で、ここは……消防車!?
 あー、飛行機事故とか怖いもんねー。
 備えあれば憂いなし、だにゃー。

『まーそんな訳で、けっこう見通せないとこも多いので、みくも足を運んで見回り中〜♪

『……異常、なしにゃ。

『飛行場の端のあたりまで来たにゃ。
 このあたりからだと、ちょうどフェンス越しに、海の方が見渡せるにゃ。
 北の街が右手に見えてー、海があってー、海の向こうにも島があってー。
 あのおっきいのがたぶん、みくたちが最初に居たホテル。
 で、たぶんあの辺が……。

『……あの辺が、雫ちゃんと別れた、ステージ。

『最大までズームすれば、ココからでも見えるかにゃ?
 ……やっぱりこのサイズのカメラじゃ無理っぽいにゃあ。残念。

『……雫ちゃん。

『無理だにゃ……。
 やっぱり、無理あるにゃあ……。
 あんなの、死んでる子を前にして、『ドッキリだにゃ!』は、無理がありすぎるにゃあ……!

『…………。

『……ナターリアは言ってたにゃ。『辛いなら辛いと言えばいい』って。
 でも、みくがつらいのは、たぶん、ちょっと何か、違うにゃあ……。

『……どう、違うんだろ。

『雫ちゃんが信じてくれたみくを貫けないのが、つらいにゃ。
 ただ『つらい』って言っちゃうこと自体が、つらいんだにゃ。

『ううん、言うのが辛いんじゃなくって……言うのは、違う。そんな感じにゃ。

『みく、自分でもあんまり頭良くないって分かってるけど……
 それでも、なんかそこは譲っちゃいけない気がしてるにゃ。
 なんでだろ?

『…………。

『……綺麗な海だにゃあ。

『…………。

『……雫ちゃんが信じてくれたのって、何だっけ。

『…………。

『…………。

『……そっか。

『分かっっちゃった。

『みくが曲げちゃいけないのは、ドッキリの看板じゃないんだにゃ。

『みくは――雫ちゃんがみくに『ある』って言ってくれたのは、それは――


.

427愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w:2013/08/28(水) 12:45:48 ID:ZZcKz58.0
    *    *    *



『――最期まで、頑張りなさい。』


その言葉を最後に、三度目になる放送は終わった。
広すぎる飛行場の建物内。
遠くのソファには横たわったまま動かぬ少女の亡骸、少し離れた所には乾き始めた血痕、そして――

「……外の2人、とりあえず毛布かけてきたにゃあ。
 運んでくるのは……ちょっと方法を考えないと、キツそうだにゃあ……」
「……おつかれさま」

ソファに座っていた女性が、外から帰ってきた少女にねぎらいの言葉をかける。

室内で待っていた、頭に鉢巻のように白く新しい包帯を巻いた女性が、和久井留美。
外から帰ってきた、猫を模したセクシーなステージ衣装姿の少女が、前川みくだった。

「留美さんは、頭の傷、大丈夫?」
「素人判断だけど、軽いコブと表面が少し切れただけ、みたいね。
 そこの医務室で鏡を見ながら、ガーゼを当てておいたわ。
 この程度でも、人間って気を失うものなのね」
「…………」
「今のところ、眩暈や吐き気はないみたい。
 目が覚めた直後は、少しフラッと来たけど。大事になりそうな気配は、今の所ないわ。
 本当に、運が良かったんでしょうね」

淡々と語る留美。
みくは心配そうな表情のまま、留美とは別のソファに腰かける。

無造作に鞄やその他の荷物が置かれていた、ソファ。
外に転がる遺体2つに毛布をかけに行っていた間、置いたままにしていた荷物。
鞄から出されたままになっていた『ドッキリ大成功』の看板を、なんとはなしに胸の前に抱え込む。
床に看板の棒の下の端をつけたら、ちょうど看板の上の縁が座ったみくの顎くらいの高さになった。
腕と頭を看板の上に載せ、体重を預ける。

「……放送、終わっちゃったにゃ」
「ええ……」

みくがうなだれる。留美は端末を片手に、名前を再チェックする。
さらに重ねられた6名の名前。
その死を直接確認できた2名の他にも、さらに4名――
その中には、無視できない名前が、含まれている。

「私たちと別れて外に行った3人のことは、聞いてるわよね?
 それに、出ていく際の約束のことも」
「うん……。
 光ちゃんから、だいたい聞いた、にゃあ……」
「こちらでも、あちらでも、死者が出てしまった……。
 こうなってしまった以上、お互いにお互いを、諦める。
 そういうことに、なってるわ」

紆余曲折の末に空港に集った、6人のアイドルたち。
3人残って、3人外に出た。

428愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w:2013/08/28(水) 12:46:21 ID:ZZcKz58.0

飛行場では、後からみくが加わって4人になって。
それから『緒方智絵里の襲撃があって』ナターリアと南条光が死んで、今いる2人だけが残った。

外に出た3人は、道明寺歌鈴の名前が呼ばれてしまい。
高垣楓と、矢口美羽はまだ健在なはずだが、状況を推測する材料もない。
分かっているのは『まだ』2人は死んでいない、というだけ。
負傷していたり、今まさに交戦続行中だったりする可能性さえもある。
居場所の手がかりさえあれば、今すぐにでも飛び出して駆けつけたい、そんな情報だ。

けれども、彼女たちは分かれる際、約束をした――
どちらかに犠牲が出たら、再会は諦めよう、と。

留守番担当チームに犠牲が出たら、探索組は帰還を諦める。
探索担当チームに犠牲が出たら、留守番組は探索組の帰還を諦める。

もともと2手に分かれたこと自体、全滅を避けるための策だったのだ。
数が仇となる展開を避けつつ、最悪でも彼女たちのうちの一部だけでも、想いと情報を先に繋げる。
調査と拠点確保を両立させ、限られた時間を有効に使いつつ、一部のメンバーは休息も取る。
そういった狙いに基づいた、チーム分割だった。

ゆえに、一方に犠牲が出たからといって、もう一方が駆けつけようとしては意味がない。
慌てて戻ったり探しに出たりしたところで、大量殺人者の手によって一網打尽にされる危険性すらある。
それこそまさに本末転倒、それこそまさに回避したかった事態、だから――

だからこそ交わした、覚悟の約束。
それが今生の別れとなる恐れも承知の上での、旅立ちと見送り、だったのだ。

前川みくは、直接その場にいた訳ではないけれど。
ナターリアや光が覚悟の上で同意した話を、一人で覆す訳にもいくまい。
言葉もない彼女を横目に、留美は普段通りの淡々とした態度で、言葉を紡ぐ。

「これから、どうしようかしらね……。
 智絵里も去った以上、かえってここは安全な気もするし。
 できればしばらく、休みたいのだけど」
「……留美さん」

溜息をついてみせた留美に、そしてみくは。
ゆっくりと、顔を上げる。
『ドッキリ大成功』の看板を胸に抱いたまま、看板に体重を預けた姿勢のまま――


  それでも、その視線には、予想だにせぬ意志の力がみなぎっていて。


射すくめられた留美の身体が、思わずピクリと震える。
構わず、みくは口を開く。

「留美さん、それよりも……」
「それより……なにかしら?」
「全部、話すにゃあ」

真っ直ぐな、あくまで真っ直ぐな視線のまま。
みくは真顔で、留美に告げた。

「ナターリアと、光が死んだ時のこと……。
 全部、ぜんぶ、いっそ綺麗さっぱり、話しちゃうにゃあ」



    *    *    *

429愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w:2013/08/28(水) 12:47:01 ID:ZZcKz58.0



全部、話せ。

全部、話してしまえ。

あまりにも不意討ちの詰問に、気を抜きかけていた留美の表情がこわばる。

(まさか……勘付かれた?! それもこの子に!? 今更っ?!)

実のところ、和久井留美が『作り上げた』ストーリーは、自身でも出来がいいとは思っていない。
あり合わせの材料と限られた時間の中での、精一杯の虚構。
例えばこれが高垣楓が相手だったなら、こんな嘘は最初から諦めて、別の方法を考えていただろう。

しかし、それでも。
和久井留美は、前川みくが相手なら、この程度でも十分に通じるだろう、と踏んだのだ。

元々2人は、知らぬ仲ではない。
そうそうべったりするような関係でもなかったけれど、互いのことは良く知る間柄なのだ。

猫好きを公言しながらも、猫アレルギーのために直接の触れ合いは諦めざるを得ない留美。
けれど事務所には猫好きのアイドルは他にもいて、緩やかな関係を築いていたのだ。
猫のぬいぐるみをあげたり貰ったり、写真集をみんなで回し読みしたり。
『このイベント』に呼ばれていないアイドルも含めて、みんなで楽しく呑気に過ごしていたのだ。

そしてもちろん、前川みくと言えば、猫キャラとして売り出している、猫のような猫好きアイドル。
事務所内の非公認グループ・猫好き同好会に、加わっていない訳がない。

だから留美には、だいたい読めていた――はずだった。

理詰めの思考を展開するのが苦手な、みくの性格。
感情が先走り、怒りなら怒り、悲しみなら悲しみに浸ってしまう、そんな人格。
イヤなこと・つらいことを考えること自体を嫌がり、楽しく陽気なことに逃避しがちな、行動パターン。

430愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w:2013/08/28(水) 12:47:32 ID:ZZcKz58.0

だから――
勘付かれる危険があったとしても、それは最初だけ。
ありもしない「頭の傷」を確認されたりしかねない、初っ端だけ。
そこさえ乗り切れば、あとは十分に誤魔化しきれる……そう思って、いたのに。
みくさえ上手く籠絡すれば、みくが信用している、その事実でもって他の子らも騙せると期待していたのに。

  こんな『前川みく』なんて、和久井留美は、知らない。

確かに普段から、キャラを作り過ぎなくらいのアイドルではあった。
TVカメラが回っていない時でも猫言葉を常用し、軽くおちゃらけて猫のポーズ。
まさかとは思うが。
ひょっとして、事務所や仕事の場で見せていたあの姿は、全て演技だったとでもいうのか。
アイドルの仕事モードではない『前川さん』は、真面目で頭のいい論理的な少女だったとでもいうのか。

「は、話せって……何をよ」
「留美さんが胸に溜めてるもの、全部にゃ」

みくの視線は、あくまで真っ直ぐに。
留美の震える瞳を、貫いてくる。

(お、落ち着くのよ、留美……!
 何をどこまで勘付かれているのか、冷静に探りながらいかないと……!)

まだ決めつけるには早い。まだあきらめるには早い。
留美の理性はそう告げる。
あのみくのキャラが全部演技だったとしたら、彼女はとっくに演技派女優として大成しているに決まっている。
だから、たぶんぜんぶ、留美の考えすぎ。いや、きっとそうに決まっている。

「……話しづらいにゃ?
 なら、んーっと、まずは順番に、起こったことを詳しく話してみるにゃ」
「…………。
 特につけ加えることなんて、もうないのだけど」
「もう一度にゃ。
 もう一度、最初っから、ぜんぶ」

一番イヤな確認が来た。
嘘をつく者としては、一番避けたい話。
しかし元々、前川みくを利用して他者の信頼を買う計画だったのだ。
どうせ再度またやることになるのだし――ならば、このあたりで一度、練習しておくのも悪くはない。

「……分かったわ。最初から――というと、あの子が来た場面からになるのかしら」

和久井留美は、腹を決めて語りだした。



    *    *    *

431愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w:2013/08/28(水) 12:48:30 ID:ZZcKz58.0



みくが不在にしている間、緒方智絵里が怯えた様子で飛行場に姿を現した。
光と留美が、彼女を落ち着かせようと、とりあえず座らせた。
でも、留美がちょっと目を離したその隙に、光が頭を殴られた。
その時の血痕が、少し離れたところにあるあの血痕。
留美は意識もうろうとした様子の光の手を引いて、狂乱する智絵里から逃げ出した。
逃げるあてもなかったけれど、適当に走っていたら、外にいたナターリアとあの場所で出くわして。
ほっとしたのもつかの間、自分も後ろから殴られた。
たぶん、追い付いてきた智絵里の仕業だろう。あとは気絶していたので分からない。

淡々と、あくまで淡々と、留美は語る。
2度目になる説明。矛盾やボロは、出さずに済ませた自信があった。

「その……さっき毛布かけにいった時、手が、誰かの手が、落ちてた、けど……
 あれは、何だにゃ?
 てか、誰のかにゃあ?」
「そんなもの、あったかしら……?
 ごめん、分からないわ。
 ただ、ひょっとしたら緒方智絵里の、かもしれない。
 ナターリアか、光か、どちらかが反撃して……その結果、かもしれない」
「じゃあ、血が点々と、飛行場から出ていくように残されてたのも……智絵里の血、なのかにゃあ?」
「かもしれないわね。
 直接は知らないから、残された状況から推測するなら、だけど。
 私が気絶だけで済んだのも、そのお蔭なのかも」

みくからのつっこみに、留美は表面上は動揺の色を見せずに答える。
跡形もなく吹き飛ばしたつもりだった、五十嵐響子の右腕。
しかし考えてみれば、その手に持っていた焼夷弾らしきものは、留美が無傷で回収できているのだ。
手首の原型くらいは留めていても、おかしくはない。なんともつまらない見落としだった。

しかし、これでとりあえずは、凌げるはず。
あまり整合性を求めてもボロが出る。下手に新たな登場人物・五十嵐響子などを登場させると泥沼だ。
気絶していた、知らない分からない、あくまで推測でしかないけれど。
このあたりの線を守り続ける限り、理屈から留美の主張を崩すことはできないはず。

そう、留美は考える――だが。

「…………おかしいにゃ」
「何が? 何か不審な点でもあったかしら?」

真っ直ぐな瞳のまま、前川みくは疑問を口にする。
和久井留美は、鋼の意志で動揺が表に出るのを抑え込む。
抑え込みながら、脳内は高速で回転する。ツッコミの入りそうなポイントを先回りして考え始める。

例えばそれは、襲撃者の片腕を奪うほどの反撃の手段は何だったのか、だろうか?
確かに彼女たちが持っていたはずの道具では、そんな反撃は不可能だ。少し知恵が回れば気になる所のはず。
けれども、これは知らぬ存ぜぬを貫き通せる話。
2人がかりで挑みかかって、相手の武器でも奪ったのではないか、とでも推測してやれば多分押し切れる。

あるいは、ナターリアにあれほどの傷を負わせる武器を持っていて、なぜ最初から使わなかったのか、だろうか。
光や留美を殴るヒマがあったら、最初っからそれを使えばいい――確かにその通り。
しかしこれも、留美の視点からでは分からない、で押し切れる。
弾数が限られていたのか、最初は銃声を避けようとしたのか。そのあたりをもっともらしく推測してやればいい。
実際、留美自身、そういった判断で凶器を選択したのだ。

大丈夫。いける。押し切れる。
心の内で、そう確信した留美に向かって。

「おかしいにゃ。
 だって、留美さん――」

前川みくは、完全に予想外の方向から、和久井留美を刺した。


「留美さん、なんだか、不安そうに、見えないにゃ」

.

432愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w:2013/08/28(水) 12:49:13 ID:ZZcKz58.0

    *    *    *



どんな時でも冷静さを失わないクールビューティ。
アイドルとして自分を魅せる立場に立った時から、それが和久井留美の、揺るぎなき『キャラクター』だった。

自分がそう見られがちであることは、良く知っている。
そういう印象を活用する方法も、良く知っている。
ここまでの会話でも、その印象を最大限に生かして振る舞ってきた、つもりだったのに――

(もっと動揺して語ってみせた方が良かった? 混乱してみせた方が良かった?!
 い、いえ、それはだけど、かえって不自然になる。
 これでも精一杯冷静になろうとしている、という方向でアピールしてみせないと……!)

留美は必死に軌道修正を考える。
しかしみくは、留美の言い訳の言葉を待つことなく。

「不安そうに見えない、というか……なんか、違うにゃ」
「違うって……何が」
「えーっと、留美さんの、不安の、方向性?」
「……ッ」


「留美さん、なにか隠してるにゃ? 嘘ついてること、あるにゃ?」


……もはや絶句するしかない。

論理で矛盾点を指摘されたのなら、それを上回る詭弁をもってねじ伏せる用意はあった。
あるいは、知らぬ存ぜぬで逃げ切れる自信はあった。
しかし、これは。
この真っ直ぐな視線は。

「襲われて怖かったとか、
 裏切られて悔しかったとか、
 2人が死んじゃって悲しいとか……
 そういうのより、『もっと不安なこと』を、なんか隠してる感じがするにゃ」
「それ、はっ……!」
「たぶん、留美さんにとって、それを言うのはつらいことなんだろうけどにゃ。
 それでも――全部、言っちゃうにゃ。吐き出しちゃうにゃ。
 みくは、留美さんの懺悔を、受け止める用意があるにゃ」

ここまでか。
和久井留美は観念する。
『あの』前川みくに、ここまでの直観力が備わっていたなんて、完全に予想外だ――
僅かな態度の違い、ただそこだけから、ぜんぶ見抜かれてしまうなんて。

理屈に強い留美だからこその死角。
テストなどでは測りづらい人間力。
まさかそんな所から、留美を越えていくとは。

しかし、だからといって。
懺悔して、謝って、想いを曲げて――そんな選択肢は、留美には、ない。

433愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w:2013/08/28(水) 12:49:53 ID:ZZcKz58.0

留美は溜息ひとつつくと、一挙動で足元におかれた自分の荷物に飛びつく。
そのまま、もはや持ち慣れてしまった散弾銃を一気に引き出して、構える。
ぴたり、とその銃口を、ぽかんとした表情を浮かべる前川みくに向ける。
そのまま、反撃の余地も許さぬ勢いで、引き金に指を――

(…………え?)

そう。
ぽかんとした、表情。
前川みくは、そんな留美の動きに対して、身構えることもできず。
看板に身を預けて座った姿勢のまま、呆けたような表情で、留美の方をただ見ている。

全てを直観で見抜いていたにしては、あまりにものんびりとした、姿。

ゆっくりと、みくの表情に困惑の色が浮かぶ。
それを見守る留美にも、困惑の色が浮かぶ。

ゆっくりと、みくの表情に納得の色が浮かぶ。
それを見守る留美にも、納得の色が浮かぶ。

そしてゆっくりと、みくの表情に引きつった笑みが浮かぶ。
それを見守る留美の顔には、呆れと自己嫌悪の色が。

「……あー、そういうこと、だったのかー。
 にゃるほどー。
 なら、全部辻褄合っちゃう、にゃ」
「……あのねぇ、まったく……『まだ』あなたは殺さないつもりだったのに……」

留美は溜息をつく。
そう、それは全て、留美の『考えすぎ』。
別に前川みくは、和久井留美の嘘の全てを見抜いていた訳ではなかった。
機敏に銃口を向けられて初めて、留美が全ての犯人である可能性に思い至る。
その程度の理解しか、なかったのだ。

そして、この明らかな敵対行為は。
そんな鈍くさい前川みくにさえ、『真実』を一足跳びに悟らせるに、足るものとなってしまった。

「いったい、どんな勘違いしてたのよ」
「んんーっと、誰か、話に出てこなかった人を、庇ってたのかにゃー、とか。
 智絵里ちゃんに見逃してもらえるような、『人に言いづらい理由』がひょっとしてあったのかにゃー、とか。
 あんまり絞れてなかったけど、だいたい、そんなとこをボンヤリ考えてた……にゃ」
「まったく。的外れにも程があるわね」

溜息と共に、引き金が引かれて。
銃声が上がり、三たび室内に、鮮血が舞った。



    *    *    *

434愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w:2013/08/28(水) 12:50:12 ID:ZZcKz58.0



『……雫ちゃんは、最期に言ってたにゃ。

『みんなを、安心させてあげて、って。

『みくに『ドッキリだ』って言われて、ホッとして……それで、みくのファンになった、って。

『だから、みくの思うアイドルで、みんなを安心させてあげてください、って。

『…………。

『……ほんとうなら雫ちゃんだって、もっと他のことを考えていいはずの時間だったにゃあ。

『大好きな人のことを想って。
 家族のこととか、考えて。
 そういうことに使う時間だった、はずなのに。

『大事な遺言とか、言付けとか、そういうことを言うための、最期のチャンスだったはずなのに。

『そういうのぜんぶ諦めて、後回しにして、それでもみくにかけてくれた……そんな言葉。

『大切な、『ファン』の言葉。

『だから、みくは――信じるにゃ。
 みくには、みんなを安心させる力がある。
 それを、どこまでも信じるにゃ。

『…………。

『ビデオ回しながら喋ってて、良かったにゃ。
 これを見る人が居るとは、思わにゃいけど……
 ナターリアの言う通りだにゃ。

『喋ると、きっと人って、安心できるんだにゃ。

『安心できて、想いも整理できて……いろいろ、見えて来るんだにゃ。

『…………。

『……決めたにゃ。

『みくは――みんなの、話を聞くにゃ。

『トークは、ちょっとばかし得意だにゃ♪
 ううん、みくが長々と喋ったりするのは、そうでもないけど。
 盛り上げて、相手に喋らせることなら、それなりに出来る方だと思うにゃ。

『つらい話も。
 悲しい話も。
 罪の告白も、ぜんぶぜんぶ……みくが、受け止めるにゃあ。
 ぜんぶ吐き出させて、不安を吐き出させて、そして、そして……。

『そして……最後には、きっと。
 全部ドッキリだったら良かったのにね、とか、そんな話をして笑い合って、泣きあって。
 安心、させちゃうにゃあ。

『安心……させたい、にゃあ。

『…………。

『綺麗な……夕陽だにゃ。

『もうすぐ、夜が来るにゃ。

『また、夜になるにゃ。

『たぶん、きっと……みんな、不安なんだにゃあ。

『間違えた子も。覚悟きめたつもりの子も。
 たぶんきっと、みんな、みんな…………!』


    *    *    *

435愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w:2013/08/28(水) 12:50:40 ID:ZZcKz58.0



銃声が鳴り、鮮血が舞う。
その残酷な因果関係に、想いの強さが介入する余地など、ない。

「ぐっ…………!」
「まだ生きてるのね。看板のお陰かしら。せめて、すぐにラクにしてあげる」

留美は淡々とつぶやきながら、ショットガンのポンプ部分を操作する。
金属音が鳴り、次弾が即座に装填される。

硝煙の先には、見るも痛々しい姿になり果てた前川みくが、ボロボロになったソファに埋もれていた。

散弾の多くは、彼女がもたれかかっていた『ドッキリ大成功』の看板に直撃。
そのほとんどは、薄い看板を貫通することなく、看板の文字を吹き飛ばすに留まっていたが……
広く散布された辺縁の弾が、看板に覆われていなかった彼女の身体を、貫いていた。

看板の上に載せていた腕。
看板の持ち手を挟み込むようにしていた両足。
肩や腰にも弾が食い込んでいたし、看板が勢いよく叩きつけられた胸部は肋骨の数本も折れていることだろう。
さらには看板に当たった弾がどういう跳ね方をしたものか、被害から離れた彼女の左目も潰れてしまっている。
それでも顔へのダメージは少な目なのは、まだ幸いか。

ゆっくりと看板がずり落ちて、傷だらけのソファの上で脱力するみくの身体が露わになる。
ほぼ無傷の胴体、その中央に次弾を、今度はもっと至近距離から撃ちこんでやれば確実だろう――
留美はそう考えて、数歩分、距離を詰めるが。

ぬっ、と。
留美の動きを押しとどめるかのように、みくが右の手の平を突き出した。
中指と薬指が途中から吹き飛んでしまっている、痛々しい、血に染まった手の平。

「……なに? 命乞い?
 そうね、遺言くらいなら、聞いてあげてもいいけど」
「ちがう、にゃ……」

苦しそうな息の下、それでもみくは確かに首を振る。
そして、顔を上げると。
またあの、真っ直ぐな視線で、片目だけで、それでもしっかりと、留美を見据えて。

「みくが、聞くにゃ」
「な……何を」
「留美さんの、不安を」

口の端から血を垂らしながら、はっきりと、言い切った。



    *    *    *

436愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w:2013/08/28(水) 12:51:24 ID:ZZcKz58.0



不安。
またしてもそのキーワード。

留美は己の感情が急速に冷えていくのを実感する。
動揺と混乱は遠くに去り、冷徹な意志が全身にみなぎる。

自分が不安に駆られているとでも、言いたいのだろうか?
不安に怯えて、それでロクに考えもせずに凶行に走っていると、そう決めつけたいのだろうか?

この自分を、その程度の感情に突き動かされる愚か者だとでも?

「舐めるな」

留美は冷ややかに、もはや敗者の立場が確定した少女を見下ろす。
いつでもみくの命を奪える体勢のまま、吐き捨てるように言い放つ。

「罪も罰も、とっくに覚悟を決めたわ。
 アイドルという仕事を続けられないであろうことも、承知の上。
 そんな話は、もう既に終わっているの」
「そっか……。
 やっぱり動機は、担当のプロデューサーさん、かにゃ?」
「ええ。その通りよ。
 ただし、プロデューサーとアイドルとしてではなく、将来を誓いあった男と女として、だけども」

簡単すぎる答え合わせ。
この条件下では最もありふれた、しかし個々人にとっては切実な動機。
そして。

「これで満足かしら?
 私はすべて分かった上で選んでいる。
 だから、あなたなどに心配されるいわれなんて」
「なら」

そしてそれでも、前川みくは真っ直ぐな目で見つめることをやめない。
和久井留美の言葉を遮り、その中心を、短い言葉で刺し貫く。

「なんで、そんなに怒ってるにゃ?」
「っ……!?」

小首を傾げて、本当に不思議そうに。
前川みくは、問いかける。
頭を傾けた拍子に潰れた片目からどろり、と赤いモノが零れるが、みくの表情は変わらない。

留美には――なぜか、答えられない。
一度は冷えきったはずの頭に、分析不能な靄がかかる。
自分自身のことなのに……よく、分からなくなる。

「おこ……いや、私は、怒ってなんて、いな」
「怒ってるにゃ。
 留美さん、声が違うにゃ。目が違うにゃ。
 怒っているから、いろいろ喋らずには居られないんだにゃ。
 みく、そういうのは分かるにゃあ……知らない仲じゃ、ないにゃあ」

437愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w:2013/08/28(水) 12:51:46 ID:ZZcKz58.0

ああ。
留美がみくを知っている、それと同じ程度には――みくは、留美を知っている。
そして、ゆえに、だから。

「怒っちゃうってのは……きっとやっぱり、不安だから、にゃ」
「不安……私が?」
「それを認めたくないから……怒っちゃう、んだと思うにゃ」

ぐらり、足元が揺らぐような錯覚を覚える。
否定できない。
みくは留美が不安を覚えているはずだという。
だから、それを指摘されて怒るのだと言う。

罪は覚悟した。
罰は覚悟した。
いまさらそこに、見落としや動揺など、残っているはずもない。

では、罪でも罰でもないのなら、自分は何に不安を覚えているというのか。
自分では見通せない無意識の領域の闇、そこにいったい、何が引っ掛かってるというのか。

「そういうあなたは……どうして、平気なのよ」
「にゃ?」
「私の知る『前川みく』は……そんなに強い子じゃ、ないはず」

苦し紛れに口にしてみて、改めてそうだと思う。
和久井留美の知る前川みくは、こんなに強い少女ではなかったはずだ。
傷を負って、銃を突きつけられて、それでも揺るぎない自分を貫けるような、そんな子では。
留美の指摘に、みくは微かに微笑んで。

「『ファン』のお陰にゃ」
「……ファン……?」
「大切な『ファン』が信じてくれたから……だから、みくは自分を曲げないにゃ。
 曲げずに、居られるんだにゃ」
「…………」
「きっと留美さんにも、分かるはずだにゃ。
 ううん、アイドルなら誰でも分かるはずだにゃ。だって――」

全身傷だらけのままで、銃口を前にして、それでもみくは。
その一言を、口にした。


「だって、留美ちゃんにも、ファン、いるはずだにゃあ」




    *    *    *

438愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w:2013/08/28(水) 12:52:46 ID:ZZcKz58.0



留美ちゃん。

何気ない、その呼びかけに。

つたない文字で書かれた手紙が、瞬時に脳裏にフラッシュバックする。

とあるイベントの会場で、はにかんだ様子の幼い男の子から手渡された、一通のファンレター。

思い出の奥底に沈んでいた、たった一枚の紙切れ。



  るみちゃん、けっこんして。



封筒を手渡して、「絶対読んでね!」と手を振りながら、母親らしき女性に手を引かれて遠ざかる男児の姿。

母親はパッと見に、留美と大して年の差はなかっただろう。仕事も大学進学も捨てていれば、十分にありえた人生。

冗談抜きで、親と子ほども離れた子供からの、微笑ましい好意の表明。

もちろん本気にはしなかった。

すぐにプロデューサーに見せて、一緒に苦笑しあった。

あんな年代にもウケるのね、と、新たなファン層の開拓の可能性について、軽く2人で議論してみた。

狙って伸ばせる層でもないだろう、と、つまらない結論に落ち着いてしまった。

それっきり、すっかり忘れていた。

他のファンレターと一緒に仕舞い込んで、それっきりになっていた。

それでも、あれは。

あれは、大切な――!



    *    *    *

439愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w:2013/08/28(水) 12:53:10 ID:ZZcKz58.0



「わたし、は……」

留美の身体が、ふらりと揺れる。
散弾銃の銃口を下げ、片手で自らの顔を覆うようにうなだれる。
みくは静かにつぶやく。

「やっぱりそうにゃ。留美ちゃんが引っ掛かってるのは、きっとそこにゃ」
「…………」
「絆は、ひとつじゃないにゃ。
 みくだって――ちゃんのこと、大切だけど……だからって、他はどうでもいいとは、思わないにゃ」
「…………」
「留美ちゃん、アイドルの仕事辞めるって言ってたけど……覚悟はあるって言ったけど。
 たぶん留美ちゃんのことだから、その覚悟は本物なんだろうけど。
 それでもきっと、ファンを『裏切る』ことに、不安があるんだにゃあ」

裏切り。
そうだ。
和久井留美は苦い思い出と共に、その単語を噛みしめる。

アイドルとしての道の始まりの時。
仕事を辞するのと、アイドルとしてスカウトされるのが、一晩のうちに重なったあの日。
和久井留美が前の職場から受けた仕打ちは、『裏切り』としか呼べないようなものだった。
組織を守るための、トカゲの尻尾切り。
体裁を整えるためだけの、人身御供。
本来なら留美を庇うべき立場にいた上司は、その留美に頭を下げて頼み込んできて……
その姿に、全てがどうでもよくなるくらいに幻滅して。

形式上は自主的な退職だったが、その本質はどう考えても――裏切り、だった。

だから、そうだ。
胸に誓ったのだ。誰にも告げずに、心に決めたのだ。
自分は決して、そんなことはしないと。
この先、誰かを裏切って、見捨てて、それで保身を図るような真似はするまい、と。

そのプライドこそが、凛と光るクールビューティ、和久井留美の根底にある輝き、だった。

ああ、これだったのか――留美は納得する。
ここまでの根底にあった、ある種の後ろめたさ。
火災現場回りで重ねた、失策の数々。
黙って撃つだけでいいはずの相手の言葉を待ち、その上で反論せざるを得なかった心理の背景。

あそこまでムキになって、
ナターリアを、
五十嵐響子を、
南条光を、
そして緒方智絵里を、
必死になって声を荒げてまで否定せざるを得なかった理由。

覚悟を決め効率を最優先させていたはずの彼女の、非効率な行動の数々。


和久井留美は、あの時ファンレターを手渡してきた男の子の、澄みきった瞳を裏切ることを、恐れている。

.

440愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w:2013/08/28(水) 12:54:04 ID:ZZcKz58.0

「留美ちゃんの言う通りだにゃ。
 昨日までのみくは、たぶん、こんなに強くなかったと思うにゃ」
「…………」
「だけど、みくの『ファン』になった、って言ってくれた子が、みくに力を与えてくれるにゃ。
 痛くても、怖くても……みくは、あの子に恥ずかしい姿だけは、見せられないのにゃ。
 この猫言葉を貫いてるのだって、その一環なのにゃ」
「…………」
「許されないような間違いは、みくも犯したにゃ……。
 でも、だからこそ、ファンを裏切れないのにゃ。
 ううん、裏切っちゃ、いけないのにゃ。
 きっと償える、そう信じて胸を張り続けるしかないのにゃ」
「償える……のかしら」
「きっと、大丈夫にゃ」

留美の唇から漏れた、弱々しい問いかけ。
前川みくは、傷の痛みに苦しそうな吐息を吐きながらも、留美を肯定する。

「これだけのことをして……ファンの前に、また、戻れるのかしら。
 ファンの前に、またアイドルとして、姿を晒せるものなのかしら」
「戻れるにゃ。
 いや、戻るって思うんだにゃ。
 やる前から諦めちゃうのは馬鹿だって、みくだって分かることだにゃ。
 留美ちゃんは、本当はそんな馬鹿じゃないはずだにゃ」

みくは留美を肯定する。

「今井加奈ちゃんを、殺してしまったわ」
「謝ればいいにゃ。
 いや、謝って許してもらえるかは分からにゃいけど、まずは謝るとこから始めるんだにゃ」

みくは留美を肯定する。

「ナターリアちゃんを、光ちゃんを、殺してしまったわ。
 それに、たぶん――五十嵐響子も、私がつけた、傷で」
「え、なに、響子ちゃんも居たにゃあ?!」
「ええ……落ちていたという手は、たぶん、彼女のよ。
 緒方智絵里と、一緒に来て。
 ナターリアちゃんと何か争っていたところを、私が、横から……。
 傷ついた響子ちゃんを、智絵里が、背負って去って……」
「そうだったんだにゃあ……
 ……うん、でも、それも全部、まずは謝るにゃ。
 たくさん謝る相手が居て大変そうだけど、全ては、そこからだにゃ」

みくは真相に驚きつつも、留美を肯定する。

「あなたを、傷つけてしまったわ」
「うん、けっこーマジで痛いから、ちゃんと謝るにゃ。
 謝るべき相手は、目の前に居るにゃ。ほれほれ」
「……ごめんなさい」
「よし。赦すにゃ」

みくは留美を肯定し、即座に許してしまう。

「あの人の……愛する人の命と未来を守ろうとして、あの人が共に見てくれた夢を、捨てようとしたわ」
「よく分からないけど、それも謝るにゃ。
 それに、夢ならまた、見ればいいにゃ」
「見れるの、かしら……」
「見れるかどうかじゃなくて、見るんだにゃ。
 見れると、信じるんだにゃあ。そこからしか、始まらないにゃあ」

みくは留美を肯定する。

441愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w:2013/08/28(水) 12:54:49 ID:ZZcKz58.0

――気が付けば留美の頬を、滂沱の涙が濡らしていた。

このイベントが始まって以来、ずっと抱えていた不安。
強がって理論武装して、存在自体を否定していた不安。
無意識の奥底に、押し込められていた不安。

ずっと、我慢してしまっていた涙。胸の奥に溜め込んでいた涙。


それが前川みくの、この過酷すぎるイベントの中で花開いた『アイドル』の前に、洗い流されていく。


「私は、アイドルで居続けても、いいの?
 一度はアイドルを捨てて彼を選んだ、この、罪と罰を背負った私が」
「もちろんだにゃあ。
 たぶんきっと、留美ちゃんにとっても、それは捨てられるものじゃなかったんだにゃあ」

みくは全身全霊をもって、留美を肯定する。
隻眼の猫が、優しく微笑みかける。

留美はどこか清々しい気持ちで、ふっ、と溜息をつく。
自分が人前で泣くことがあるなんて、留美自身、思ってもみなかった。
ましてやそれが、殺そうとして、発砲して、傷つけた相手を前にして、だなんて。

和久井留美の顔に、柔らかな笑みが浮かぶ。
涙で頬を濡らしたまま、それでも、今までの演技の笑みではない、澄み渡った、透き通った、綺麗な笑み。

彼女は、


「ありがとう」


心からの感謝を告げて。


「そして――さようなら」


素早く散弾銃を構え直すと、そのまま、引き金を引いた。


銃声がひとつの命を吹き飛ばすその瞬間まで、留美の顔には、穏やかで満ち足りた笑顔が浮かべられたままだった。



    *    *    *

442愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w:2013/08/28(水) 12:55:43 ID:ZZcKz58.0



『…………。

『あんまり考えたくないことだけど……どうせだから、言っとくにゃ。

『もし、これを見る人がいたら……信じて欲しいにゃ。

『前川みくは、最後まで、『アイドル』だった、って。

『そして……雫ちゃんがそうだったみたいに、みくもたぶん、遺言なんて言ってるヒマ、ないにゃ。
 そんなヒマがあったら、きっと、違うことに時間を使ってるにゃ。

『だから……今のうちに、言っておくにゃ。
 雫ちゃんには悪いけど、みくにはチャンスがあるみたいだから……言っちゃうにゃ。

『えーっと、ここをこうすれば、みくの顔、映せるかにゃ?
 うん、おっけーにゃ。
 ちょっと深呼吸するにゃ、すーっ、はーっ、すーっ…………。

『…………。

『――ちゃん。
 みくの大切な、プロデューサー、ちゃん。

『前川みくは、あなたのことが、大好きでした。
 みくが頑張れたのは……そして、ここからも頑張れるのは。
 たぶん、2人の大事な人が信じてくれたから。
 ひとりは、及川雫ちゃん。
 そしてもうひとりは、――ちゃん、だにゃ。

『だから……ありがと、にゃ。

『…………。

『はい、みくの顔、映すのおわりー。恥ずかしいからもう終わりなのにゃ!
 引き続き、大自然の壮大な映像をお楽しみ下さい、なのにゃ〜。

『…………。

『もし、みくが帰ることができたら……この動画はそっと消しちゃう予定にゃ。
 こっそり消して、誰にも言わないで、最初っから無かったことにしちゃうつもりにゃ。

『みんな、苦しんで。
 みんな、頑張ってるから。
 たぶんきっと、そうなるはずだにゃ。

『まだどうやって抜け出して、どうやって帰るのか、全然見当もついてないけど……
 きっと、そういう結末に、なるにゃ。
 ……ううん、そういう結末に、するんだにゃ!

『だから、何かの間違いで、これ見ちゃってる人が居たら……お願いだから、忘れて欲しいにゃあ。
 なんなら、黙ってそのまま、そっと消しちゃって欲しいにゃあ。

『でも、もしも間違いじゃなかったら……。
 みくが、そうなっちゃってて、この動画が必要になっちゃってたら。

『――ちゃんの所まで、なんとかして届けて貰えると、嬉しい、にゃ』

『…………。

『……綺麗だにゃあ。
 この島、ほんとに、綺麗』

『うん、綺麗なんだ、ってことにも、ずっと気がついて無かったんだにゃあ』

『みんなにも……もっと、気づいてほしい、にゃあ』

『…………。

『……あれ、今何か音した?
 ひょっとして……え、銃声?

『って、喋ってる場合じゃないにゃ! 早くいかにゃいと』

『ってことで、バイバイなのにゃ』

『ぶちっ、録画終了っ!』












    *    *    *

443愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w:2013/08/28(水) 12:56:10 ID:ZZcKz58.0



急速に暗くなっていく空の下、1つの人影が飛行場を後にしていた。

その表情に、もう不安の色は残っていない。
微かに微笑みすら浮かべて、歩を進める。

「どれだけ感謝しても、し足りないわね……。
 あなたを、心の底から尊敬するわ。本当よ。
 あなたのお陰で、進むべき道が、ようやくはっきりと私にも見えた」

あの時。
みくに感謝の言葉を述べて、引き金を引いたあの時。

和久井留美は、心に決めたのだ。

彼を諦めない。
ここについては、気持ちが揺らぐ余地はない。
けれど同時に、アイドル『も』、諦めない。

彼を選ぶことと、アイドルを続けることとを、二者択一の問題として捉えること自体を辞めよう、と決めたのだ。

今までは常識的な限界に捕らわれ過ぎていた。そう、留美は自己分析する。
手を血で染め上げた者が、再びあの世界に戻れる訳がない。
早々にそう判断して、見切ってしまって、それでも彼を選ぶのだ、と自らを追い込んでいた留美だったが。

不幸な事故で手を汚してしまった前川みくが、それでも『アイドルを諦めない』その姿を見て。
『やりもしないで諦めるのは馬鹿だ』という、至極当然の叱責を受けて。

和久井留美は、自分の『本当に欲しかった結末』を改めて自覚したのだ。

彼を得る。
彼の命を守り抜く。
そのために手を血で汚すことさえ厭わない。
その上で――彼と共に目指していたトップアイドルの座も、諦めない。

この島で『最後の一人』になり、その後、アイドルとしてあの世界への復帰し、再度トップを目指す。

きっと難しいだろう。それを許さないと言う者も多いだろう。
実際問題として、現時点ではどこから取り掛かっていいのかも分からない。どれほどの障害があるかも分からない。

けれど、彼を得るためなら何でもすると、既に誓っているのだ。
そこに加えて、彼と共に見た夢をも得られる希望があるのなら、謝罪だって何だってしてみせる。
あらゆる手を、尽してみせる。

それでいいのだ、と、猫のようなアイドルの少女は、留美を肯定してくれたのだ。

444愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w:2013/08/28(水) 12:56:35 ID:ZZcKz58.0

「まったく、これじゃ、智絵里を欲張りだなんて笑えないわね……。
 でも、いいわ。
 もう私は、彼女を前にしても臆したりはしない。
 次の機会があるならば、今度こそ、無駄な論争に時間を費やしたりしない。
 迷わず、撃つ」

飛行場を立ち去るに当たって、みくの荷物も一通り調べさせてもらった。
奥の方から出てきたのは、1挺の拳銃。
ながらく留美が求めてきた、戦力の強化がついに果たせた恰好だ。
威力も弾数も乏しい銃ではあるが、重過ぎて持て余し気味の散弾銃の隙を埋める、貴重な戦力となるだろう。

少なくとも、ロクな武器を持っていなかったナターリアに南条光。
手投げ弾1つ落としただけで逃げられてしまった、五十嵐響子と緒方智絵里。
彼女たちと比べてみれば、その戦果は明らかだ。

ほんとうに、前川みくには、感謝の気持ちしかない。

「それにしても、流石に、休みたいわね……
 街で腰を落ち着けるまで、今は誰とも会いたくないわ」

流石に、もう飛行場には留まれない。
前川みくを利用して他者に取り入る手段も諦めた以上、あの場に拘る理由は、どこにもない。

多くの迷いを吹っ切った和久井留美は、感謝と夢を胸に、夜の街を目指す。

そんな彼女の頭には、もはや意味のない偽装の包帯は巻かれておらず――
代わりに、猫の耳だけが、髪の隙間から、ピコピコ、と揺れていた。



    *    *    *

445愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w:2013/08/28(水) 12:57:03 ID:ZZcKz58.0



動く者のいなくなった、飛行場の一角で。
胸部に大穴を開けた前川みくは、それでも苦痛を感じさせない微笑を浮かべたまま、事切れていた。
苦痛も、混乱も覚える間もないような、そんな、即死状態だった。

その頭に、トレードマークともなっていた猫の耳はなく。

小さなハンディカメラは、その中身を確認されることもなく、近くに転がっていた。


気まぐれな猫は。

それでもきっと、最期まで、自分を貫いたのだった。








【C−3北東部・ 飛行場と北の街を繋ぐ道路上/一日目 夜】

【和久井留美】
【装備:前川みくの猫耳、S&WM36レディ・スミス(4/5)】
【所持品:基本支給品一式、ベネリM3(2/7)、予備弾42 ストロベリーボム×1、ガラス灰皿、なわとび】
【状態:健康、】
【思考・行動】
基本方針:和久井留美個人としての夢を叶える。同時に、トップアイドルを目指す夢も諦めずに悪あがきをする。
1:ひとまず市街地に移動し、休憩に適した場所を探す。
2:『ライバル』の存在を念頭に置きつつ、慎重に行動。無茶な交戦は控える。
3:『ライバル』は自分が考えていたよりも、運営側が想定していたよりもずっと多い……?
4:いいわ。私も、欲張りになりましょう



【前川みく 死亡】



前川みくの遺体は、D−4の飛行場建物内に残されています。
みくはステージ衣装姿ですが、その猫耳部分だけは和久井留美が持ち去りました。

『ドッキリ大成功』と書かれたプラカードは、散弾の直撃を受けてボロボロになり、床に落ちています。
ビデオカメラ、基本支給品一式は、みくの死体の傍に放置されています。

D−4飛行場屋外に放置されていた、ナターリア、南条光の遺体には、それぞれ毛布が掛けられ、隠されています。

446 ◆RVPB6Jwg7w:2013/08/28(水) 12:57:32 ID:ZZcKz58.0
以上、投下終了です。

447名無しさん:2013/08/28(水) 13:51:51 ID:r/Sldx7wO
投下乙です!
知り合い同士だからこそ気づいた差異、対主催化と見せかけて覚悟完了と最初からハラハラさせっぱなしでした
みくにゃんも最期までアイドルを貫けたしビデオカメラ届くといいなぁ…

448 ◆rFmVlZGwyw:2013/08/28(水) 16:40:59 ID:mPZN1BRU0
お久しぶりです。生きてました。
色々と参加できず申し訳なかったです……感想とかもまとめて後ほど。
とりあえず、向井拓海、小早川紗枝、松永涼、白坂小梅で予約させて頂きます。

449名無しさん:2013/08/28(水) 16:46:40 ID:akgDUJx20
投下乙
みくにゃんのファンになります

450 ◆John.ZZqWo:2013/09/02(月) 23:57:00 ID:BWmRAcQ.0
予約分、投下します。

451彼女たちが塗れるサーティー・ライズ  ◆John.ZZqWo:2013/09/02(月) 23:57:48 ID:BWmRAcQ.0
彼女は静かな時間の中にいた。思考すらない、だからこそ静かな、静止した時間の中に。


 @


とんとんと軽いノック。そしてドアの開かれる音に十時愛梨は伏せていた顔をあげる。目の前の時計を見ると時間はもう9時を回っていた。
音がしたほうを見れば、ドアを開けて戻ってきたのは輿水幸子、それと星輝子のふたりだ。

「ふたりともおかえりなさい……と、降られちゃいました?」

十時愛梨の言葉に輿水幸子が髪の毛についた水滴を払って苦笑を浮かべる。

「ええ、今しがた降り始めたところです。これから少し強くなりそうですね。……卯月さんはどうですか?」
「卯月ちゃんはまだ寝てる。しばらくは起きてきそうにもないかな」

十時愛梨は部屋の奥のドアを見ながらそう言い、輿水幸子も同じようにそちらを見ながら頷いた。

「それで、幸子ちゃんらのほうはどうだった?」
「それはですね――」


4人が山中で邂逅しそして同行すると決めたあの後、東屋で放送を聞き終えた彼女らは決めていたとおりに渋谷凛を探すため山を下りた。
輿水幸子と星輝子からすれば遊園地から出てすぐに戻ってきたというのはいささかばつの悪さを感じるものではあったが、それはともかく
まだ3人組だった頃に遊園地の中を一通り見ていた分だけ内部には詳しかったのは事実で、彼女らふたりは渋谷凛の捜索を買って出る。
渋谷凛を探している当人である島村卯月は反対したが、その当人の衰弱ぶりは他の3人から見ても目にあまるほどで、
押し問答の末に遊園地を捜索している間だけは休憩してもらうとなんとか決めて、輿水幸子と星輝子のふたりは捜索に出たのだった。
だが、遊園地の中には渋谷凛はおろか人っ子ひとりの姿も見つけられず、更には雨も降り出してきて――そして、今へと至る。


「残念ながら。……動物園のほうにも誰もいませんでしたね。隠れていたらと思って、凛さんの名前を呼んではいたんですけど」
「ど……動物たちは、……元気、だった……けど……」
「そっか……」


今、彼女らがいるのは山側のゲート傍にあった救護センターだ。
ドアをくぐって目の前に受付があり、部屋の中にはくつろぐためのテーブルと椅子、簡単な給湯設備などが備え付けられている。
更に奥には、貧血や日射病などで倒れてしまった人が休むためのベッドルームがあり、島村卯月は今そこで眠っている。
休むことを散々しぶった彼女ではあったが、横になってしまえば眠るのは一瞬のことだった。


「“予報”ではすぐにやむということでしたし、しばらくは卯月さんの休息もかねてここで休憩ですかね」

輿水幸子は手に下げていたビニール袋をテーブルの上に置く。

「晩御飯の時間だと思って、途中で食料も調達してきたんですよ」

言って広げ始めたのはそれこそ色いろなものだった。お弁当からパンからお土産用のお菓子やら色いろな飲み物まで。

「あ、温まると……ほっと、するから……みんなで食べよう」

言いながら、星輝子も持ち帰った食料をテーブルに広げていく。彼女が持ち帰ったものは主にインスタント食品の、特にきのことついたものが主だった。
きのこのみそしるに、きのこのパスタ。きのこの炊き込みごはん。きのこのお菓子に、なぜかきのこのぬいぐるみやキーホルダーまで。
そんな、どこか楽しそうにしている彼女の前で十時愛梨は吹き出し、肩を震わせる。

「あれ? なにか、おかしかったかな……?」
「ううん、そうじゃなくて……いや、ちょっとおもしろかったから」
「……よく、わかんないけど、愛梨さんが笑ってくれて私も嬉しいかも……フフ」
「輝子さんは案外トークの才能があるんじゃないですか? 楓さんみたく」
「トークは、まだ苦手……だけど、そう言ってくれるなら、今度からはがんばろう、かなって……思う、かも」

そして彼女らはそれぞれに食事を選び、ささやかながら温かい夕食をとることにした。

452彼女たちが塗れるサーティー・ライズ  ◆John.ZZqWo:2013/09/02(月) 23:58:18 ID:BWmRAcQ.0
 @


「……みんなはどうしてるんだろう」

壁越しにも聞こえてきた雨音に、きのこのパスタを食べ終えた十時愛梨がだれとなしに呟く。

「もう暗いですし、こんな雨だし、ボクたちみたいにじっとしてるんじゃないでしょうか」

ドーナツをくわえながら言う輿水幸子のトーンはどこか低い。
見やる真っ黒な窓の外には色とりどりの明かりが雨でにじんでいて、身体を包む雨音のホワイトノイズは全てを茫洋とするようで、
そんな光景はどこか現実味がなく、この部屋と外の世界とか隔絶されているような、外の世界が別物になったような、そんな錯覚を覚えさせる。
だからこそ、現実的に考えてというのとは別に、この雨の中に外を出歩く人はいないだろう――と、そんな風に思わされた。

時折、風に流された雨粒が窓を叩く。けれど、そんな変化すらも次第に気にならなくなっていき、感覚はただただ鈍化していく。


ざぁざぁと夜の中に雨が降っている。


時間を忘れさせる夜の雨が。






「プロデューサーは、ちゃんと……ごはん、食べさせてもらってるの、かな……」

言ったのはみそしるの器を両手で抱えた星輝子だった。
なんということのない、答えも求めていない呟きで、ただ温かい食事をして、だから思ったことを口にしただけのことだった。

「ちょっと、輝子さん!」
「え? …………あ! そんな、別に、そんなつもりじゃなくて……」

輿水幸子の怒った顔を見て星輝子は自分が失言していたことに気づく。
ここにいる少女たちは皆、彼女らのプロデューサーを人質としてとられている。けれど、その中にも例外が、しかもこの場にその例外が存在するのだ。

「ううん、大丈夫だよ。輝子ちゃんがプロデューサーさんのことを心配するのは当然でしょ。それと、私のとは別の問題だし、ね」

けれど、その例外――十時愛梨は冷や汗をたらすふたりに向けて微笑んでみせた。

「あの、せっかくだから輝子ちゃんや幸子ちゃんのプロデューサーの話を聞いても……いい?」

そして、微笑みながらふたりに向けてそう言った。


夜の雨が降っていて、だからそんな話をする時間は十分にあった。





.

453彼女たちが塗れるサーティー・ライズ  ◆John.ZZqWo:2013/09/02(月) 23:58:41 ID:BWmRAcQ.0
 @


星輝子は元々引っ込み思案で、誰かと争ったりすることも苦手で、なので人と話したり深くつきあうことにも抵抗があった。
趣味はキノコを自宅で栽培すること。なんとなしで始めたそれだが、今では押入れの中は育てたキノコでいっぱいになっている。
日陰の中で物言わずにじっとしているところに共感したのかもしれない。
しかしそんな趣味は一般的でもなければ、人が羨んだり惹きつけるどころかまったくの逆で、彼女はより孤立し、遠ざけ、忘れられていく。
キノコだけが彼女の友達だった。

それだけなら、彼女はどこにでもいる根暗な少女でしかなかっただろう。けれど、彼女の中には相反するもうひとつの性分があった。


「……だから、私は“アイドル”に、……なろうって思った、んだ」


星輝子は目立ちたがりだった。日陰に隠れようとする性分とは真逆だが、確かにそんな願望が、しかも強く彼女の中にはあったのだ。
その欲求は今の根暗な自分に対するカウンターなのか、それともこれこそが本性だったのか、
あるいは奇抜な毒キノコのような二律背反こそが彼女の性質なのか、それは彼女自身もよくわからない。

そして、彼女はこのアイドルの時代にアイドルを目指す。
アイドルは目立てる。けど、テレビの画面越しだから人付き合いが苦手でもいける……んじゃないかなと思った。
いくつもの事務所に応募し面接を受ける。けれどどこでも結果はでない。面接は大の苦手だったし、存在感のなさから無視されることすらあった。
今更ながらにアイドルになるためには色んな人とのコミュニケーションが必要だと気づき、挫折しようとしていた時、
最後に受けたのが今の事務所で、その時に星輝子を“発見”してくれたのが今のプロデューサーだった。


「キノコーキノコーボッチノコーホシショウコー♪ ……あ、はい、い、いましたけど……いや、さ、さっきからいましたけどー……。
 で、でも……わ、私に目をつけるとはいいセンスですよー。なる、アイドルでも何でもなりますよー……フフ」

454彼女たちが塗れるサーティー・ライズ  ◆John.ZZqWo:2013/09/02(月) 23:59:01 ID:BWmRAcQ.0
 @


「――だから、私はプロデューサーの、……親友のおかげでアイドルになれたんだ」

そう言う、星輝子の顔は誇らしげで、真っ白な頬もこの時は紅潮していた。

「ライブも、開いてもらったし……超目立った、し。でも、まだ、MCは苦手だけど……、親友はファンが喜んでるぞって、私の歌と、声で……」

だから、“アイドル”としての喜びも知ることができた。
もう目立つためだけの自分じゃなくて、誰かのための“アイドル”でいること。それもわかった――と、星輝子は笑ってみせる。

「親友には、すごく、感謝してる……んだ。私を、名前のとおりに、輝かせて……星のように輝く子にしてくれた、から……フフ」

そんな彼女の話を聞いて、輿水幸子はよかったですねと微笑み、十時愛梨は同じですねとしんみり呟いた。

「私も本当はただの女の子でしかなかった。見つけてくれたのは、やっぱり私のプロデューサーさんで、彼が私を輝くステージに立たせてくれた。
 私は“アイドル”になることができて……、シンデレラに……、彼は魔法使いで、そして……私の――。」

十時愛梨は目じりをぬぐい言う。彼からもらった喜びは抱えきれないほど、だと。

「そうだよ! だから、プロデューサーの想いも、背負うんだよ。
 プロデューサーのために、生きよう? 最後まで……抵抗、して、この島から脱出して、……“新しいステージ”を目指す……のが、いい!」
「ちょ、ちょっと輝子さん。なんだか話が飛躍してませんか?
 ほんと、テンションが上がると変わっちゃうんですから……、まぁ、ボクもだいたい同意見ではありますけどね」

彼女らの言葉に十時愛梨は両手で顔を伏せ、肩を震わせていた。

「……でも、きっと……、それを愛梨さんのプロデューサーも願ってると、思う、から。それが、“生きろ”って言葉の、意味だと……私は、思う」

星輝子はそう言い、輿水幸子も同じように十時愛梨を励ましたいと思った。彼女の深い悲しみを少しでも癒すことができれば、と。
しかし、気づく。顔を覆う指の隙間から覗く彼女の瞳の色に。


その黒色はまるで熱せられたタールのような、ドロドロで重たく、とても熱い――怒り、それ以上の感情。炎をあげない熱量の塊――黒色の絶望。


「あっ……、あ……!」

ガタガタと椅子の足が震えた。席を立とうとして(――なんのために?)輿水幸子は足を無様にもつれさせる。


それは、絶対に正解してはいけない正解。辿りついてはいけない答え。


「愛梨さ――」
「幸子!」


遠くから届く雨のホワイトノイズに包まれた部屋の中で、全ての調和を破壊するデタラメな音が鳴り響いた。

銃声か、絶叫か、それともそのどちらもが幾重にも混ざり合ったような、そんな酷く耳障りな音が鳴り響いた。





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455彼女たちが塗れるサーティー・ライズ  ◆John.ZZqWo:2013/09/02(月) 23:59:24 ID:BWmRAcQ.0
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なにもかもが掻き乱された後の部屋で、輿水幸子は壁を背に、床にへたりこんでいた。
十時愛梨の姿はない。彼女はひとしきり絶叫すると、後ろを顧みることなくそのままどこかへと、悲鳴をあげながら走り去ってしまった。

「……幸子、大丈、夫?」

輿水幸子に覆いかぶさるように抱きついていた星輝子が言う。小さく、ぬくもりがあって、そして軽い身体だった。

「ええ、ありがとうございました。おかげで、ボクは……なんとか」
「……よかっ、た。守れて」

星輝子の口の端から血が垂れる。
輿水幸子がおしりをつける床には血だまりができて、赤く濡れていた。
星輝子の身体は震えていて、抱きかかる手の力は儚い。白い顔は更に白くなり、赤い血がまだらと全身をメイクしていた。

「なんで、……どうして、こんな馬鹿なまねをしたんですか?」

震える声で輿水幸子は問いかける。ぽつりと、見上げる星輝子の顔に雫が落ちた。

「さ、幸子は、友達……。友達を、助ける、の、は…………当たり前、…………だ、から……」

雫が交わり、彼女の頬を伝う。

「…………ありがとう、ございます。輝子さんは、ボクの親友ですよ」
「うん、…………親、友。……ずっと、幸子の、こと、……見守って、る。……ファン……だから……、フフ……フ」
「はい……、はい…………」
「頑張っ、て…………幸子、は…………かわ、……い…………ぃ…………」

震える瞼が輿水幸子の見ている前で下りて、長く息を吐き出すと、彼女は二度と動かなくなった。





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456彼女たちが塗れるサーティー・ライズ  ◆John.ZZqWo:2013/09/02(月) 23:59:43 ID:BWmRAcQ.0
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「………………………………………………ガハッ!」

とうとうこらえきれなくなり、輿水幸子は口から血の塊を吐き出した。ぬるりとした赤色が顎を垂れ、胸元までを真っ赤に染める。

「ヒュー、ヒュゥ…………、ほ、本当に、……ヒ、……馬鹿なんです、から……、そんな、細い身体で、弾丸を、…………受け止めきれるわけ……」

赤く染まっているのは胸元だけではない。
星輝子と同じく、彼女もまた無数の傷を――いや、星輝子と裏返しに全く同じ場所に同じ数の傷を受けていた。
床に広がっていく血だまりも、女の子ひとり分だとすると大きすぎる。それは、おおよそふたりの女の子が死ぬに相当する量の血だった。

「でも、……フゥ、……もう少しだけ、生きて、いられそうです、ね……。そこは、……感謝しない、と」

輿水幸子は視線だけを動かして部屋の中を伺う。やはり十時愛梨の姿はもうない。
どこへ行ってしまったのだろうか。もう動くことはできないが、“なんとしても助けないといけない”と思う。

「ハッ……、ハ…………、ほんと、失敗、ばかり、で……かっこが、つかない、ン、です、から……ボクたち……」

彼女を行動させてしまったのは自分たちだ。そう輿水幸子は理解している。
どうして彼女が殺しあいにのったのか――どうして彼女が未来に進むことを拒否して、時計を止めてしまったのか。
その答えに触れてしまったがゆえに、こんなことになってしまった。もし、そんな真似をしなければ、こんな結末にはならなかったはず。けれど――。

「誤魔化しちゃ、だめな……ん……。じゃない、と、……きっと、また、ひどい失敗を…………しちゃ、ぅ……から」

答えには辿りついた。けれど、輿水幸子には彼女を助ける方法はまだわからなかった。追っても、どう声をかければいいのかわからなかった。
そして、彼女を追う時間も、追うことすらももうできないということだけは確実だという残酷な理解だけがあった。

「ハ……、ハッ……、…………ヒュゥ」

時間がない。自分では達成できない。それなら――輿水幸子は島村卯月が眠っている部屋の扉を見る――託すしか、ない。彼女に伝えるしかない。

「しまむ……ヴェッ! ゲ……、ゲェッ…………! …………ヒ、ヒッ、……ヒ、…………ィ」

けれど、声を出すのももう難しいようだった。そもそも銃声が鳴っても起きてこないほどの睡眠だ。多少の声が出たところで起こすことはできないだろう。
どう伝えよう? どう言葉を残そう? なにかを探そうと輿水幸子は震える手を動かす。その時、床をこすった指先が赤い線を引いた。





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457彼女たちが塗れるサーティー・ライズ  ◆John.ZZqWo:2013/09/03(火) 00:00:08 ID:.W0M4Wkg0
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「ボクが事務所に来る時は下でお出迎えくらいしてくださいって言ってるじゃないですかー……って、無視しないでくださいよ!」
「おう、幸子か。おはよう」

それはある日の事務所での光景だった。

「このカワイイボクの呼びかけを無視してパソコンでなにを見てるんですかー? まさか、いやらしいものじゃないでしょうねぇ」
「馬鹿なことを言うなよ。ここは職場だぞ? 仕事に関係するものに決まってるだろう」
「もー、嘘でも見てるってところから否定してくださいよ。ボクの年齢を考えてください。セクハラですよ? で、これはなんなんです……?」

輿水幸子がデスクの上のモニタを覗くと、そこに映っているは巨大な滝だった。

「ナイアガラの――」
「――やりませんよッ!」

輿水幸子のかわいくも大きな怒声が事務所に響き渡る。けれど、別に珍しいものでもないのか彼女らのほうを見る人間はひとりとしていなかった。

「まだ、全部話してないだろう?」
「どうせ、飛び込めって言うんでしょう!? 無理に決まってるじゃないですか。死にますよ!」
「いやいや、それが案外そうでもないんだ。あの清水の舞台だって、実際には飛び降りてもそうそう死にはしないって話があるだろう?」
「でも、こっちは明らかに落ちたら死ぬ高さじゃないですか」
「そりゃあ、生身じゃまず助からない。助かった例もなくはないが、うちのかわいい幸子にそんな危険な真似はさせないさ」
「お、お、おだてても無駄ですからね……? それで、なにか方法があるんですか?」

プロデューサーがマウスをクリックするとまた別の画像が画面に映し出される。

「ワイン樽……?」
「そう、樽だ。世界で初めてナイアガラに挑戦した人もワイン樽に入って滝を下ったんだ。それで、生還している」
「……いや、すごく乱暴な。それにこれだと、樽の中で洗濯物みたいになりませんか?」
「それはそうなんだが、実は樽に入ってナイアガラに挑戦したって人物は多くてな」
「はぁ……。一種のエキストリームスポーツ化してるんですねぇ。だったら、今は本当は安全なんです?」
「ああ。だいたい2/3の確率で生還できる」

「――やりませんよッ!」

「おい、幸子よ」
「いやいやいやいやいやいや……、それって1/3で死ぬってことじゃないですか! なにがうちのかわいい幸子に危険な真似はさせないさですか!」
「生還に万全を期すというのは本当だぞ。幸子樽の製作に当たってはあの池袋博士にも協力を願おうと考えているところだ」
「いやそこはNASAに、とか言ってくださいよ。それに幸子樽ってやめてください」
「まぁ、樽の名前は博士に一任するとして……、問題はロケを含む費用の捻出だよなぁ。この企画が入る番組も作ってもらわないといけないし」
「ちょっと! だから! いつもそんな勝手に話を進めないでくださいってば!」

輿水幸子はプロデューサーのネクタイを引っ張って抗議する。これまでに何回も怖い目にはあってきた。けれど、怖い目と危険な目は似ているようで全然違う。
いくら万全を期すと言われようが、蓄積されたノウハウがあり、いざという時のための救出要員もいたダイビングやスキューバなんかとは別の話だ。

「もう、ボクを危険な目にあわせて受けを狙うとかやめてくださいよぉ! 普通にかわいい仕事ばっかりでいいじゃないですか!」
「それは心外な発言だな」

プロデューサーが怒った顔をすると、輿水幸子は恐れるようにネクタイを放す。彼がこんな顔をするのは本当に珍しいことだった。

458彼女たちが塗れるサーティー・ライズ  ◆John.ZZqWo:2013/09/03(火) 00:00:27 ID:.W0M4Wkg0
「ち、違うんですか……? うら若いボクの残り寿命で視聴率を買おうとしてるんじゃ…………?」
「幸子」
「にゃ、なんですか?」
「お前は“カワイイ”か?」
「……………………と、当然じゃないですか。ボクは、カワイイですよ」
「それじゃあ、駄目なんだ」

プロデューサーはこれみよがしに大きなため息をつく。明らかな失望。輿水幸子はちょっと泣きそうになった。

「な、なにが駄目なんですか? ボクはこんなにカワイイんだから、カワイイに決まってるじゃないですかぁ」
「幸子はかわいいよ。それは俺が断言する。輿水幸子は誰がなんと言おうとこの事務所の中で一番かわいいアイドルだ」
「や……やっぱり、そうじゃないですか。だったら――」
「けど、それはあくまで幸子が完璧であったなら……という話だ」

完璧? と、輿水幸子の頭の上に?マークが浮かび上がる。

「ようは、カワイイという自負――自信だ。
 かわいいか? と問われたら、いつ何時でも『ボクはカワイイですから!(ドヤァ』って言える自信こそが幸子のかわいさの根源であり、まだ足りてない要素なんだよ」
「ドヤァ……は口で言わないんですけど……」

それはともかく。

「俺の言いたいことはわかるだろう?
 幸子には自信が足りない。いつもビクビクおどおどしている。幸子はダイヤモンドの原石だ。けれど、成長しなければ所詮、自称・カワイイ止まりだ」
「……自称……かわいい」
「幸子がシンデレラになるには絶対の自信が必要なんだ。誰よりもかわいくて当然ッ! 負けることなど想像もしない! というな。
 途中で負け惜しみを言って引いてしまうような半端さがあるうちは決してテッペンには辿りつけない」
「だ、だから、プロデューサーさんはボクにあんな無茶ばっかりさせるんですか……?」

不安げな顔の輿水幸子に、プロデューサーは神妙に頷く。

「ビュジュアル、ダンス、ボーカル……どれも幸子には十分に備わっている。欠けているのはメンタルだ。そこを補えば、“カリスマ”が生まれるようになる」
「カリスマ……」
「“死線”を潜れ、幸子」
「…………いや、やっぱりおかしいと思いますよ。この話」



結局、『輿水幸子☆ナイアガラ・決死のダイブ!?』は予算の都合で実現はしなかった(代わりに『輿水幸子のブラック・アイスバーン極寒レポート』が実行された)。

459彼女たちが塗れるサーティー・ライズ  ◆John.ZZqWo:2013/09/03(火) 00:00:47 ID:.W0M4Wkg0
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今わの際の輿水幸子の心は、不思議なことに彼女を包む雨音のように静かで落ち着いたものだった。

「(――さん。ボクは今、アイドル同士で殺しあいをさせられて、でももう死んじゃうところです。でも、怖くありませんよ。どうしてでしょうかね?)」

こぷ……と口からまた血の塊が垂れる。これが床につけばもう死ぬ。どうしてか、それがわかった。

「ボク……、失敗、ばかり……でした、けど……、殺しあ、いには、負けて、い、な……ぃ……………………」

輿水幸子は最期の力を振り絞って星輝子の身体を抱きしめる。か弱い力で、精一杯に。


「(ありがとうございます輝子さん。あなたの約束は守れましたよ)」


最後の息を吸って――


「ボクはカワイイですからね」


――そして彼女の赤い命は流れきった。






事切れたふたりのすぐ傍には、ふたりの交じり合った血で 『愛梨さんの魔法を解いてあげてください』 と、そう書き残されている。






【星輝子 死亡】
【輿水幸子 死亡】





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460彼女たちが塗れるサーティー・ライズ  ◆John.ZZqWo:2013/09/03(火) 00:01:09 ID:.W0M4Wkg0
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ざぁざぁと夜の中に雨が降っている。






十時愛梨は深い闇の中で泣き叫んでいた。明るく輝く遊園地から逃げ出し、深い闇の中を走り、草むらの中に伏せてただただ大声で泣いていた。
その泣き声は降りしきる雨音を逆流させたようながらがらと濁った、聞いてるものが耳を塞ぎたくなるような悲痛な泣き声だった。

全てを理解した。いや、彼女は最初から理解していた。誰もが思うとおり、誰もが言うとおり、“彼”は死んだ。
だから諦めなくてはならない。過去に送らなくてはいけない。全てを認めて、ここに置き去りにし、新しく時計の針を進めなくてはいけない。

わかっている。誰に言われなくともわかっている。わかっている。わかっている。わかっているけど、できない。
諦めない。過去にしない。認めない。ここにしがみついて、時計の針は進めない。

絶望でもいい。絶望だからこそいい。
それでまだ彼とつながっていられるならそれでもいい。彼が死んだ瞬間で時間を止めていられるならずっとこの島で殺しあいをしていてもいい。

殺しあいをしている間だけは、心の中にある文字盤のない時計の透明な針が回り、安らかな絶望を感じていられる。彼のために生きていると感じられる。
辛くても痛くてもいい。なにを犠牲にしたっていい。
彼を置き去りにするくらいなら、心が砂のように乾いてしまうくらいなら、血を、涙を流していたい。

この島にしがみついて、最後の希望に殺されるまで、ずっと泣いていたい。



血を吐くような叫び声が夜空へと立ち昇り、それを鎮めるように雨が彼女の身体を叩く。そして、彼女はど地の底へ沈んでいくようにただただずっと泣いていた。






【F-5 草原/一日目 真夜中】

【十時愛梨】
【装備:ベレッタM92(15/16)、Vz.61"スコーピオン"(0/30)】
【所持品:基本支給品一式×1、予備マガジン(ベレッタM92)×3、予備マガジン(Vz.61スコーピオン)×3】
【状態:絶望・ずぶ濡れ】
【思考・行動】
 基本方針:ずっと生きている。
 1:絶望でいいから浸っていたい。
 2:終止符は希望に。

461彼女たちが塗れるサーティー・ライズ  ◆John.ZZqWo:2013/09/03(火) 00:01:25 ID:.W0M4Wkg0
【E-5 遊園地・救護センター/一日目 真夜中】

【島村卯月】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式、包丁、チョコバー(半分の半分)】
【状態:睡眠中、失声症、後悔と自己嫌悪に加え体力/精神的な疲労による朦朧】
【思考・行動】
 基本方針:『ニュージェネレーション』だけは諦めない。
 0:………………。
 1:凛ちゃんを見つけて、戻ってきて……そうしたら、どうしようかな?
 2:もう誰も見捨てない。逃げたりしない。愛梨ちゃんとも幸子ちゃん達とも分かり合えたんだ!
 3:歌う資格なんてない……はずなのに、歌えなくなったのが辛い。

 ※上着を脱いでいます(上着は見晴台の本田未央の所にあります)。服が血で汚れています。

 ※救護センターの中に、輿水幸子と星輝子の遺体。そして彼女らの支給品が残されています。
 ※輿水幸子の支給品。
   【基本支給品一式×1、グロック26(11/15)、スタミナドリンク(9本)、神崎蘭子の首輪】
 ※星輝子の支給品。
   【基本支給品一式×2(片方は血染め)、鎖鎌、ツキヨタケon鉢植え、コルトガバメント+サプレッサー(5/7)、シカゴタイプライター(0/50)、予備マガジンx4】
   【携帯電話、神崎蘭子の情報端末、ヘアスプレー缶、100円ライター、メイク道具セット、未確認支給品x1-2(神崎蘭子)】

 ※床に『愛梨さんの魔法を解いてあげてください』という血文字が残されています。
 ※テーブルの上に園内で集めたいろいろな食料が広がっています。

462 ◆John.ZZqWo:2013/09/03(火) 00:02:08 ID:.W0M4Wkg0
以上、投下終了です。
感想は、この後あるであろう?投下ラッシュが終わった頃につけさせていただきますw

463名無しさん:2013/09/03(火) 00:45:59 ID:oE3RQX7s0
投下乙です!
とときいいいいいいん!?マジでええええええええ!!?
輝子は触れてはいけないとこに触れちゃったのか……助けきれなかった幸子ともども合掌
島村さんはこれ起きたらどうなっちゃうんだろう、ただでさえ衰弱してるのに…

464 ◆rFmVlZGwyw:2013/09/03(火) 02:44:26 ID:nUWXL7AE0
予約分投下します。感想はその後に。

465コレカラノタメ×ノ×タカラサガシ ◆rFmVlZGwyw:2013/09/03(火) 02:45:37 ID:nUWXL7AE0
◆◆◆◆◆◆◆◆


道草を楽しめ 大いにな 欲しいものより大切なものが きっとそっちにころがってる
                                 ―――あるハンターの言葉

◆◆◆◆◆◆◆◆


『――最期まで、頑張りなさい。』

そして、病院のスピーカーはまた沈黙した。

「6人、か……」
「ああ。……もう、半分もいなくなっちまった」

向井拓海と松永涼は、処置室で今しがた付けたチェックを見ながら顔を曇らせていた。
自分たちの届かない場所で、確実に命は奪われていっている。
自分たちが涼一人を助けている6時間。その間に6人もの命が失われているのだ。
見えない殺人者、そして今の放送の主である千川ちひろへの怒り。この状況の中でどうすることもできない自分たちの無力感。
様々なマイナスの感情が拓海の中を渦巻き、拳へと伝わる。ガンッ、という音にハッとして手元を見ると、思わずテーブルに拳を振り下ろしていた。

「拓海、二人が起きちまう」
「あ、ああ。悪い。けど……」
「拓海はん、"まだ半分は助けられる"、そうやろ?」

ベッドから飛んできた声に、二人は振り返る。
上半身だけ起こした小早川紗枝が、柔和な表情で二人を見ていた。

「お二方、おはようさん」
「ああ、悪ぃ。起こしちまったか?」
「放送の途中から起きてたから気にせんでええよ。あの子はまだぐっすりやし」
隣で眠る白坂小梅を見やる。彼女はすやすやと寝息を立てたままだった。

「拓海はん。助けられなかった人がいるからって、そこで絶望したらあかんよ。それで諦めて努力を放棄したら、亡くなった子達も浮かばれへん」
「紗枝……」
「死を悼むな、言うとるわけやないんよ。おらん子らを想うのはええ。でもそれで後ろ向きになったら終いやろ?」
「そう、だな。悪い。アタシ、どうかしてたな」
「無理もあらへんよ。うちもこないな事言うてるけど、正直やりきれん部分はあるし。まあ、寝かせてもろたお蔭ですこぉし落ち着いたって感じどす」
「おう、なんならまだ寝てていいぞ。雨が降るらしいから、どうせ止むまで出発はできねぇし」

雨が降ると聞いて、二人はまず止むまで待機という結論を出していた。
軽トラックで出ると必然的に荷台の二人は雨ざらしになり、体力も消耗する。最悪風邪を引くだろう。
時間的にもちょうどいいし、ここで他の参加者は休息を入れるだろう、というのが二人の見解だった。

「それは魅力的な提案やけど……ちょっと、うちの話を聞いてくれへん?」
「ああ。何か思いついたのか?」
「思いついたというより、前から考えてたんやけど……」

466コレカラノタメ×ノ×タカラサガシ ◆rFmVlZGwyw:2013/09/03(火) 02:46:23 ID:nUWXL7AE0
そして紗枝はテーブルに地図を広げ、自身の推測を話し出した。
禁止エリアは港のある【C-7】を筆頭に海岸沿いを指定しており、恐らく自力での脱出を封じようとしていること。
その海岸の中でも人がいる可能性の低い西側に、3つも禁止エリアが固まっていること。
密集する禁止エリアの中心にあり、その部分を見渡せる『天文台』から見れば『何か』が見えるのではないかということ。

「―――だから、うちとしては、最終的には天文台を目指したいんよ。その途中でこう通って、皆を拾っていければと考えてるんやけど……」
紗枝が指でルートをなぞる。それは一旦東の街に行き、キャンプ場の前を通って南下、下の街をぐるっと回って天文台に行くというものだった。

「なるほどなァ、みんなで主催の鼻を明かしに行こうってわけだ。アタシは異論はないぜ」
「そうだな、待ってても水族館組が来るかどうかは分からねェし……、このルートならアタシ達から探しに行ける形になるしな」
「決まり、やね。じゃあ出発までにうんと休んどかんと。長い道のりになりますえ」
「ああ、寝とけ寝とけ。ついでに涼もな。ここはアタシ一人で十分だ」
「拓海はんドライバーやろ。うちはもうすっかり目も冴えたし、事故起こさんためにもしっかり休養してもらわんと」
「そう言われてもな、アタシもさっきまでガム噛んでたからあんまし眠くねぇんだよ」
「むぅ、でも休んでもらわんと逆に不安やし」
「拓海様を舐めるなっての。これくらいは……」
「でも……」
「ホントに大丈夫だって……」

「うーん……」
二人の言い合いが白熱してきて、このままでは小梅が起きてしまいそうだと判断した涼は。
「おーい、悪い、お二人さん、ちょっといいか?」
ある頼み事をすることにした。


◆◆◆◆◆◆◆◆


数分後。

「お、やっぱあったな、売店」
「ここも手は付けられてないみたいだな。そんな暇がなかったのか、思いつかなかったのか……」

二人は院内の地図と案内を頼りに、売店を探し出していた。
救急病院ということで規模は小さいが、飲料、菓子類などは揃っている。

「詰められるだけ詰めないとな」
「アタシの膝の上に置いてくれ。崩れないように考えてな」

菓子やペットボトルを取っては袋に入れ、涼の膝の上に乗せる。
しばらく二人は黙ってそれを繰り返していた。

「―――さっきは、悪かった」
ふと、物色する手を止め、拓海が呟いた。
「何だよ突然」
「ちょっと焦っててな。机ドンもそうだし、紗枝と口論して小梅を起こしちまいそうにもなった」
「ああ、そんな事か。いいよアタシは全然―――」
「いや、言わせてくれ。……最初にアイツを助けられなくて、次に見たら誰かに燃やされてて。放送では確実に誰かが殺して回ってるって頻度でいなくなったヤツの名前が呼ばれて。……正直、アタシも結構キてるんだって自覚はある」
「拓海……」
「紗枝の言うことも分かるんだけどな。でも、やっぱり、じっとしてられなくてさ。もちろんアタシ一人で突っ走ったってどうにもならないから、せめて、お前らを守っててやりたいって、な」

―――それは、おそらく初めて拓海がここに来て漏らした『弱さ』だった。
紗枝にさえ漏らさなかったそれを涼に言ったのは、やはり彼女が似た雰囲気を持っているからか。あるいは、逆に紗枝にこそこの本音を聞かれたくないからかもしれない。

467コレカラノタメ×ノ×タカラサガシ ◆rFmVlZGwyw:2013/09/03(火) 02:47:40 ID:nUWXL7AE0

―――それは、おそらく初めて拓海がここに来て漏らした『弱さ』だった。
紗枝にさえ漏らさなかったそれを涼に言ったのは、やはり彼女が似た雰囲気を持っているからか。あるいは、逆に紗枝にこそこの本音を聞かれたくないからかもしれない。

涼はしばらく黙っていたが、頭をぽりぽりと掻きながら切りだした。
「あー……ちょっと怪しい話になるんだけどさ。聞いてくれるか?」
「ん?……何だよ突然」
「うちの小梅は、その……いわゆる『見える』『聞こえる』体質なんだが、さっき寝る前にアタシに話をしてきたんだ」
「見える……まぁ、信じるよ。それで話ってのは?」
「さっきの部屋でな、『ありがとう』ってのを聞いたらしい。『私なんかのためにあそこまで必死になってくれてありがとう』ってな」
「……は?」
口をぽかんと開ける。拓海は涼の言っていることが一瞬理解できなかった。
「おいなんだそのツラ。小梅が信用できないってのか?もしくはアタシの与太話だって疑ってんのか?」
「いや……『ありがとう』?ありがとうって言ったのか?」
「ん、あぁ……。少なくとも小梅はそう聞いたって言ってたな」

しばらく沈黙が訪れる。やがて、絞り出すように拓海が声を漏らした。
「……嘘だろ、おい。アイツあんな目に遭ったのに、そんな事言えんのかよ。アタシの事考えてくれてたのかよ……」
事故同然だったとはいえ、彼女が命を落としたのは、拓海と接触したことが原因の一旦である。だから、恨み事とか、プロデューサーへの言葉とかなら理解できる。
だが、彼女は、自分に感謝をしていたのだという。
「おい涼、それ信じていいんだよな?嘘じゃねえよな?」
「ああ、あの子は嘘なんか吐かないよ、ましてやアタシにはね。それにそもそもアタシにそんな気休め言ったって何の意味もないし」

焼けた部屋を出る時に聞いた声。
小梅はそれをそのまま、涼に報告していた。
恐らくは、拓海に向けたその言葉を。でもそのまま拓海に伝えると、怪訝な顔をされそうで。
それでも伝えなければならないと思った小梅は、とりあえず自分のことを一番分かってくれている涼に話をしたのだ。
別に何とかしてもらおうと思って話していたわけではないが、結果として拓海にはしっかり伝わった形になる。

「そっか、アイツあんなこと考えてたのか……馬鹿だな、ほんとにさ……」
震え声でそれだけ言うと、パン、と両手で顔を張る。
「よっし、サンキュな涼。後で小梅にも礼を言っとかねえと」
「アタシは何もしてないさ。小梅にはちゃんと感謝してほしいけどな」
「そうだな、じゃあ涼への分は撤回するか」
「何だと!」
軽口を飛ばし合いながら笑う二人の少女。
それは、数分前まで無力感に沈んでいたものと同一人物とは思えなかった。

468コレカラノタメ×ノ×タカラサガシ ◆rFmVlZGwyw:2013/09/03(火) 02:48:08 ID:nUWXL7AE0


◆◆◆◆◆◆◆◆


さらに数分後。二人は持てるだけの飲食物を膝に乗せ、あるいは店の奥で見つけた台車に載せていた。
「よし、これで大体全部かな。戻るか」
涼が車椅子を出口へ向ける。
「あぁ。ガムの効果も程よく抜けてきたしな。戻ったら少しは寝られそうだ」
拓海も台車を押し、処置室へと歩を進める。
このまま何事もなく処置室へ戻り、二人に戦果を見せるだけ―――と思われたが、ある部屋の前で拓海がふと足を止めた。
「ここは……なぁ涼、ちょっと寄ってみたいとこができたんだが、いいか?」
「ん?どうしたんだよ一体……保管室?」
その扉の前は他と少し雰囲気が違い、ひんやりと冷気のようなものが漂ってきていた。

「悪い、ちょっと待っててくれ。すぐ戻る」
言うが早いか扉を開けて中に入る。しばらくすると、両脇にクーラーボックスを抱えて出てきた。
「よっ…と。保管期限は21日って書いてあったから、まあこれから持って回る分には大丈夫だろ」
台車にごとりと置かれたそのクーラーボックスの中身を、涼はなんとなく察した。
「拓海、アンタ輸血とかできたのか?」
「いや、でも処置室にマニュアルがあった。何度かダチが運び込まれた時にやってるのも見たし、見よう見まねでもなんとかするさ」
「おいおい、ぶっつけ本番かよ。大丈夫か?」
「いざって時に何もねえよりマシだろ。やれるだけやっときたいんだ」
「そうか、そうだな。……拓海、今のお前、凄くいい顔してるよ」
「おい、なんだよいきなり」
「いや、来る時はなんか目が濁ってたからな。今は憑きものが落ちたって顔してる」
「そりゃ……まあ、肩の荷は下りたかな。お前と小梅と……それから、まあ、アイツのおかげで」
「主に小梅たちかな。まあこれで、ようやく命を預けられる感じかな。さっきまでの拓海じゃヤケになって事故でも起こしかねなかったからね」
「何だとぉ?」
「フフ、今は大丈夫だって。まあリラックスしすぎて居眠り運転とかも勘弁して欲しいし、戻ったらしっかり寝てくれよ?」
「……あぁ、そうだな。ちょっと休ませてもらうか」

車椅子と台車の車輪が立てる音をバックに談笑する少女たち。
そのなかに、いつしか雨の音が混じり始めていた。

【B-4 救急病院 廊下/一日目 夜】


【向井拓海】
【装備:鉄芯入りの木刀、ジャージ(青)、台車(輸血パック入りクーラーボックス、ペットボトルと菓子類等を搭載)】
【所持品:基本支給品一式×1、US M61破片手榴弾x2、ミント味のガムxたくさん、ペットボトル飲料多数、菓子・栄養食品多数、輸血製剤(赤血球LR)各血液型×5づつ】
【状態:全身各所にすり傷】
【思考・行動】
 基本方針:生きる。殺さない。助ける。
 0:色んな意味で収穫だった。
 1:とりあえず、戻ったら出発まで寝かせて貰う。
  2:雨が止んだら出発する。市街地を巡って仲間を集めながら『天文台』に向かう。
 3:誰かを助けることを優先。仲間の命や安全にも責任を持つ。
 4:スーパーマーケットで罠にはめてきた爆弾魔のことも気になる。
 5:涼を襲った少女(緒方智絵里)のことも気になる。


 ※軽トラックは、パンクした左前輪を車載のスペアタイヤに交換してあります。
   軽トラックの燃料は現在、フルの状態です。
   軽トラックは病院の近く(詳細不明)に止めてあります。



【松永涼】
【装備:毛布、車椅子】
【所持品:ペットボトルと菓子・栄養食品類の入ったビニール袋】
【状態:全身に打撲、左足損失(手当て済み)、衰弱、鎮痛剤服用中】
【思考・行動】
 基本方針:小梅を護り、生きて帰る。
 0:よかったな、拓海、小梅。
 1:足手まといにはなりたくない。出来ることを模索する。
 2:申し訳ないけれども、今はみんなの世話になる。
 3:みんなのためにも、生き延びる。

469コレカラノタメ×ノ×タカラサガシ ◆rFmVlZGwyw:2013/09/03(火) 02:49:06 ID:nUWXL7AE0


◆◆◆◆◆◆◆◆

「さてさて、お二人の収穫はいかほどやろか……なぁ小梅はん?」
ベッドの横の丸椅子に座る紗枝は、傍らで眠る小梅を撫でつける。小梅は軽く寝返りをうち、再び寝息を立て始めた。
「ふふ、ぐっすりやね。拓海はんにもしっかり寝て貰わんと……あ」
入口に視線を戻した時、ふと壁際に置いてあるものが目に入った。
立ち上がって近づき、固定された『それ』を外して手に取る。
「……そういえば、ここまで妙に『火』に関わってきたなあ……」
市街地で見かけたものも。
スーパーマーケットでの出来事も。
そして先ほど見つけた変わり果てた少女の亡骸も、全て『火』によるものである。
「……なら、『コレ』は使えるかもしれへん」
そう言って彼女が抱えなおしたのは、赤いタンクにピンが付いたレバー、そしてそこから伸びるノズル。
『消火器』である。
ただ単に火を消すだけではなく、強烈な圧力と共に発射される薬物、あるいや水は、万一『ヒロイン』に襲撃された場合の自衛手段や目くらましにも使える。それになにより、この場所なら大量に調達できるだろう。
これといった武器を持たない、また持つ気もない彼女たちにとって、とても心強い装備のように見えた。

「一旦みんなで休んだら、うちも出発前に『宝探し』に行かせてもらおかな……?」
水滴が付き始めた窓を見やりながら、紗枝は思案する。
本当は、すぐにでも出発し、天文台へ辿り着きたい。
だが、まだ次の放送まで6時間の猶予がある。天文台への道も閉ざされてはいない。
なら、焦ることは無い。そう思って天文台へのルートも、蛇行させてまで他の参加者と出会えそうなルートに決めた。

「焦らんと、でも確実に行かな……ね」

目指すものは決まっている。決まっているからこそ、途中に目を向ける余裕が生まれるのだ。


【B-4 救急病院 処置室/一日目 夜】

【小早川紗枝】
【装備:ジャージ(紺)】
【所持品:基本支給品一式×1、水のペットボトルx複数、消火器】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを救い出して、生きて戻る。
  0:消火器、色々と使えそうやね。
 1:雨が止んだら『天文台』へみんなで向かう。
 2:天文台の北西側に『何か』があると直感。
 3:仲間を集めるよう行動する。
 4:少しでも拓海の支えになりたい。



【白坂小梅】
【装備:拓海の特攻服(血塗れ、ぶかぶか)、イングラムM10(32/32)】
【所持品:基本支給品一式×2、USM84スタングレネード2個、ミント味のガムxたくさん、鎮痛剤、不明支給品x0〜2】
【状態:熟睡中、背中に裂傷(軽)】
【思考・行動】
 基本方針:涼を死なせない。
  0:zzz……
 1:涼のそばにいる。
 2:胸を張って涼の相棒のアイドルだと言えるようになりたい。


 ※松永涼の持ち物一式を預かっています。
   不明支給品の内訳は小梅分に0〜1、涼の分にも0〜1です。

470 ◆rFmVlZGwyw:2013/09/03(火) 02:52:33 ID:nUWXL7AE0
以上、投下終了です。

……装備欄を見返して気付いたのですが、武器はしっかりイングラムがありましたね。
最後の部分の
「これといった武器を持たない、また持つ気もない〜」

「殺傷能力のある武器を、戦闘の為に使う気のない〜」に修正でお願いします。

471名無しさん:2013/09/03(火) 02:57:19 ID:g5xMNFBE0
投下乙です
不器用だったけど、たくさん間違えたり逃げたりもしたけれど、
それでも芯のぶぶんでは殺し合いに抗い続けた二人はたしかにアイドルだったなー
だからこそ「正解」に辿り着いて、だからこそ彼女に引き金を引かせることになってしまったのはまたすげー悲しいんだけど、
これでとときんに罹った魔法を解けるかもしれない希望が生まれたという。
蘭子ちゃんの首輪といいけっこう希望のピースを遺してったよなあ遊園地チーム
島村さんはこの惨状みたら喉どころか目つぶしたくなってもおかしくないくらいだけど、なんとか頑張ってほしいですね

472名無しさん:2013/09/03(火) 03:26:36 ID:g5xMNFBE0
(前話のに感想書いてる間に次の話が!)
rFm氏も投下乙です
こっちは順調に対主催ってるというか安定感あって安心するなあ
もちろん今回でいうと拓海の焦りからくる衝突とか、全員が弱さを抱えてるチームだと言うのも分かるんだけど、
それを今のとこ互いに支え合えてるのが強い。
輸血パックとか消火器とかその場にあるものを最大限使って戦う姿勢も含めて彼女たちならなんとかなるんじゃって思わせてくれるんだよな

473 ◆rFmVlZGwyw:2013/09/03(火) 03:49:56 ID:nUWXL7AE0
感想の方を。

>彼女たちにとってただ目的の為だけのトゥエンティーシックス
ようやくFLOWERSの一部が合流……ただし大きな犠牲を伴って。
歌鈴の死はその場の皆に衝撃を与えて、そしてきっと残されたあの子にも何らかの影響を与えていくのでしょう。
そして何かにつけて暴走と落ち着きを繰り返すかな子。泉の生存を知ったら彼女はどうなるのか。

>夕日の照らされ、美しく、哀しく、咲き誇って
同じくFLOWERS、こちらは最初に絶望して隅でひっそりと待ち続ける夕美。
藍子との邂逅は彼女にどちらに転ぶのか。

>彼女たちはもう思い出のトゥエンティーセブンクラブ
やっぱりこの姉妹は安定してるなあ、と。
しかし速攻で杏の琴線に触れた莉嘉が真っ先に杏に殺意を喪失させていたとは。
ここまでは二人らしくて微笑ましかったんですが、その後の分岐は……と考えると余計に哀しくなります。

>No brand girls/パンドラの希望
最近ライバーになりましたが一番好きな曲です、これ。
私見は置いといて、合流し遺された者たちの交流回。
命の危機に瀕しながらも冷静に、考える事を止めない大人組と、『希望』を胸に進もうとするFLOWERS組+泉。
ただ、その先は果たして本当にハッピーエンドたり得るのか。合流できた安堵より不安の方が大きい話でした。

>野辺の花
加奈が残した『アイドル』を凛が受け取るお話。
歌詞を先日こちらが投下した二人の話とリンクさせて頂いていて、感謝しつつ読ませて頂きました。
できれば凛には気がかりであろうメンバーと会って、かつその時に耐えられるだけの強さを得ていてもらいたい。

>彼女たちにとって無残で悪趣味なトゥエンティーエイト
涼と拓海の絶妙な距離感。
思えばこの二人と紗枝も、初期から死線を潜り抜けてきたんですよね。
小梅一人じゃカバーできない部分を、二人が支える。そんな図式が出来てきた感じです。
あとは涼が自分のできることをうまく見つけられるかどうか。

>彼女たちから離れないトゥエンティーナイン
杏も千夏もそれぞれ動揺してますね。杏が分かりやすい分精神的には千夏が優位……?
いざ二人が邂逅した時の期待が高まるお話でした。

>ヴィーナスシンドローム
あっ間違いないこのP頭おかしい(褒め言葉)
美波がヒロインになる過程がしっかり書かれていて、でもアイドルに戻れた理由も同時に描かれていて。
改めて、最後は戻れてよかったな、と。

>第三回放送
もっと頭おかしい人がここにいました(褒め言葉ではない)
ここに至るまでの理由、そしてこの殺し合いのキーワード、そして目的がうっすら見えてきましたね。

>愛の懺悔室
すれ違い、すれ違いを繰り返してみくが到達した答えと、突きつけられる残酷な真実。
残ったのは、今まで散々ぶつけられた言葉を受け入れ、自分なりの解釈と共により強固な覚悟を持ったヒロインが一人。
この人を止められるのはいったい誰なのか。
最期まで浮かばれないまま、でもアイドルの自分を曲げなかったみくの心は誰かにきっと伝わると信じています。

>彼女たちが塗れるサーティー・ライズ
確かにいつ爆発するかとは言われてましたが早すぎやしませんかね(震え声
こちらも先のみくのように間違いを繰り返し、最後に到達した正解こそが一番の間違いだったという救われない最期。
願わくば、卯月は二人の想いを受け止めて、立ち上がって欲しい。

474 ◆j1Wv59wPk2:2013/09/03(火) 20:39:27 ID:zBpRzd9U0
放送開けの投下乙です……な、なんだか凄い事になっとるなぁ

>愛の懺悔室
みくにゃんのファンになります。
いやぁ、良い子すぎますね。その最期の最後まで、自分と、自分を信じた人達を貫いた。
その結果が一人の女性の迷いや、不安を晴らして……まぁ、それが良かったとは言えないんですが。
るーみんも非常に魅力的になりましたなぁ。大人ってのは強い。みくにゃんに黙祷しつつ、猫耳るみにゃんに期待です。

>彼女たちが塗れるサーティー・ライズ
す、救われねぇ……致命的な間違いを犯してしまったか……。
でも幸子は、その最期を前話のみくにゃんのように自分を貫いた。辛くても頑張って……哀しい。
残されたとときんもうづきんも、どちらもお先真っ暗すぎですが……さてどうなるんでしょうね……

>コレカラノタメ×ノ×タカラサガシ
姉御組の安定性の高さよ……殺伐とした中で安心できるわぁ……
彼女達も少しずつ、でも確かに前進してるのがいいですね。それぞれがそれぞれの出来る事をしているし。
前二話でアイドル達が連続して退場してしまった今、彼女達の活躍もキーになりますね……

では小関麗奈、古賀小春を予約します

475 ◆John.ZZqWo:2013/09/04(水) 22:04:21 ID:fN8I97J60
感想です!

>愛の懺悔室
いやぁ、色んな意味で予想外の結末。……このみくにゃんのファンはやめられない。
空気読めてて読めてないというか、そんなところが本当によくも悪くも作用して、こんなせつなく……けれど、うーん、難しいw
みくにゃんの心はるみにゃんに届いた! ……けど、届いてなおるみにゃんは決めた道を進むんだにゃあ。

>コレカラノタメ×ノ×タカラサガシ
安定の姉御組。支えあうという言葉がこれほど似合う組もないですよねぇ。
まごうことなき正統派対主催と言えるし、島の西側という謎にも挑戦するわけだけど……水族館方面には因縁の相手も。
病院の中で食料や資材を集めているところはわくわくしますねw 車がある分、ある程度の無茶もききそうだし。
さて、雨はいつやむのか……。

476 ◆John.ZZqWo:2013/09/06(金) 13:00:16 ID:xm5arGbU0
北条加蓮、神谷奈緒 の2人を予約します。

477 ◆yX/9K6uV4E:2013/09/09(月) 02:11:52 ID:hDlxyiDk0
大変お待たせしました。
一度破棄した四人投下します

478 ◆yX/9K6uV4E:2013/09/09(月) 02:13:44 ID:hDlxyiDk0






――――太陽に背を向けるんだ、逆光で僕が見えない。 太陽に背を向けるんだ、逆光で君が見えない







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







夕日の眩い光が窓から差し込んで、わたし達を赤く染めている。
もう直ぐ、日が沈んで夜になる。
普段なら、夕食の時間なのに、わたし――小日向美穂は食欲がわかない。
原因はこんな殺し合いに巻き込まれたから……?
それともこんな今の状況だから?


「あの、美穂さん……」
「…………何?」


強く返事をするつもりは無かったけど、何故か刺々しくなってしまう。
そしたら、目の前の子――高森藍子は、困ったように、それでも笑っていた。
えへへと笑って、彼女自身がいれた珈琲を口にしていた。
わたしも、黙って入れてくれた珈琲を飲む。
二人きりで、重たい中、私達は珈琲を飲んでいる。

どうして私と彼女が二人きりになったかというと。
茜さんとネネちゃんが夕食を作るといって。
わたし達も手伝うと言ったら。


ネネちゃんが、二人で待っていて。
そう言ったから。
わたしも藍子ちゃんも戸惑ったように視線を泳がしたけど。
ネネちゃんは譲らずに、こうなってしまった。

『二人で何か話していて』

彼女が言ったその言葉が、本心だと思う。
ぶつかりあった私達に対して、彼女の気遣いなんだと思う。
少しでも分かり合えるようにと。
けれど、そんなの、難しいよ。
今、何を話すかさえ、戸惑うというのに。

「歌鈴ちゃんはやっぱりそちらでもドジしてました?」
「……えっ?」

予想外の名前に、わたしは少しどきりとする。
それはわたしにとっても親友の名前だ。
まさかこんなタイミングで、この人から聞かれると思わなかった。

「え、ええ……まあ」
「やっぱり……安心したような、していいのか」

彼女はやっぱり苦笑いを浮かべながら。
でもそれはスプーン一杯の喜びをこめたような笑い方で。
歌鈴ちゃんをにくからず大切に思ってるからなのだろう。

「でも精一杯、一生懸命でした?」
「それはもう」
「なら、よかった、歌鈴ちゃんらしい」

まるで懐かしむように、彼女の名前を、高森藍子は言う。
知り合いだったのは、歌鈴ちゃん自身が言っていた。

479 ◆yX/9K6uV4E:2013/09/09(月) 02:15:10 ID:hDlxyiDk0

「歌鈴ちゃんとは……?」
「私から下積みの頃から、一緒にでかけたりして、仲良かったんです……楽しかったな」
「そうなんですか……」
「最も……最近は私が忙しくなりすぎて、時間が作れなくなちゃったけど」

ちょっと寂しいですねと彼女が笑って、また珈琲を口にした。
わたしもそれに釣られるように温かい珈琲を飲み込んだ。
そして、少し気になって

「あの……歌鈴ちゃんって、昔はどうだったんです?」

彼女に、親友の事を、色々聞きたくなったんです。
そしたら彼女は少し考えながら、それでも懐かしそうに笑って。

「そうですねぇ……あんまり変わってないかも」
「なの?」
「うん、ドジで、それでも一生懸命で」
「へぇー変わらないなぁ」
「そうそう、下着を付け忘れた事があったり」
「……えぇ?……それは……酷いドジだなぁ」

気がつけば、彼女と話がそれなりに盛り上がり始めていました。
共通の友人から自然と話が広がっていて。
彼女はやっぱり嬉しそうに話を続けるんです。
だから、わたしはそれに釣られて、言葉をつむぐ。
こんな状況なのに、言葉が途切れない。
何故か笑顔になっていきそうで。

「温かいお茶と冷たいお茶を間違えるのよくあって」
「今もやってますよ」
「やっぱり……変わらないなぁ」

ふわっとした気持ちになる気がする。
なんだろう、なんなんだろう。
凄く嫌なはずなのに。

何処か心地よい。


「歌鈴ちゃん何かを言おうとしてよく噛むんだけど……」

これが、彼女が持つアイドルなのだろうか。
彼女の力なんだろうか。
不思議な空間でした。

「そう、よく噛む」
「挨拶とか、こう言うよね」


二人して、にっこり笑って。



「「ほんじゅちゅ」」


あの子の笑顔を思いながら、一緒に言ったんです。
そして、わたし達は笑えていました。
わたしも笑っていたと思います。

ゆるっとした、ふんわりした、けど、何処か優しい空間でした。
剣呑だった空気が穏やかに包まれていくような気がして。
この子が持ちゆるモノで、そっと傍に寄り添う感じなのかな。
それにわたしは嫌な感じがしなくて。

これが、アイドル、高森藍子という子なのかというのをまざまざと見せ付けられた。


そんな気がしたんです。



「歌鈴ちゃん、元気だと……無事だと……いいな」


彼女がそう呟いて。
私も歌鈴ちゃんのことを考える。
ドジで、でも一生懸命で精一杯な親友。

恋のライバルだった彼女。


会いたい。
あって話をしたい。
何を話せばいいか解らないけど。

でも、高森藍子と話していて、会いたいと思ったから。


今でも気持ちがくすぶり続けているけど。

会いたい。

480 ◆yX/9K6uV4E:2013/09/09(月) 02:15:36 ID:hDlxyiDk0



そして、どうか、無事でいて。




わたしの――――ベストフレンド。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








「二人にして、大丈夫だったかな……?」

ぐつぐつとお湯が沸き立つ音が響いている。
やがて、ぶくぶくと沢山の泡が沸き立つのを、私――栗原ネネはは確認して乾麺を入れた。
お湯ののなかで、解れ、ゆられる麺を見ながら、私は残してきた二人を思う。

「上手くいくといいけれど……」

誰かがいがみ合っているのを見るのは辛い。
そういうのを見ると、まるで自分の心が締め付けられてるように感じてしまう。
とても、苦しい。
まして、誰も悪くないなら余計に。
その誰かが、知り合いなら尚更。

あの時だってそうだった。
あんなに仲良かった、大好きだった両親達がいがみ合って。
それも、私にとって、両親達にとって、大切な人の存在が原因で。
傷つけあってしまった。
その事に妹は苦しんで。

もう、そんなの観たくない。

誰だって、皆、優しい。
誰だって、皆、温かいものを持っている。

そう、あの二人も。

だって本来の美穂ちゃんはあんなに刺々しくないもの。
もっとほんわかした日向で寝ているような、素朴な子だ。
優しく、はにかむ笑顔が似合う子だから。
きっと、藍子さんと相性がいい、はずだから。

仲良くして欲しいなって思う。

それは今の私の迷いとは関係無しに。
関係が無いと、信じたい。
いつまでも決められない私の心と。
そう、私も決めなきゃ。
決めなきゃ、いけない。
水彩の世界に惑い続けるだけじゃ、きっと駄目。


……けれど、本当は、私の決める道はもう私自身が解らない内に、理解しているのかもしれない。
私がどう在りたいかというのは、もう多分きっと。
なら、欲しいのは切欠なのだろう。


私が、私で在り続ける為に。


これは、私が弱いからなのかもしれない。
意思が流されているかもしれない。


けれど、決断しなければならない。




私が、私である為に。

481 ◆yX/9K6uV4E:2013/09/09(月) 02:16:05 ID:hDlxyiDk0




――――後悔だけが残る結果だけには、したくない。



「ネネちゃんー! 野菜炒め終わったよ!」
「あ、こっちも丁度いいころですよ」


別の給湯室で野菜を炒めていた茜さんがフライパンを抱えて戻ってくる。
後ろには人参を咥えているブリュッセルが。
夕食は、野菜一杯のタンメンです。
きっと健康にいいと思う。

「じゃあ、盛り付けるね! 上手く出来てるといいな!」
「ええ、きっと美味しいと思います」


きっと美味しい。
何より温かい。


温かい食べ物は、温かいモノは。



何よりも人の心を解きほぐしてくれるのだから。



だから、美穂ちゃんもそうなるといいなと。



私は願ったんです。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









けれど、その願いは、叶う事が無く。




哀しくも、残酷に。




――――――道明寺歌鈴。




呼ばれてしまった名前によって、打ち砕かれてしまったのでした。










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

482理解と破壊のプレリュード ◆yX/9K6uV4E:2013/09/09(月) 02:16:50 ID:hDlxyiDk0








するりと、箸が手から滑り落ちる。
からんと、床に跳ねた音がした。
それでも、なおわたしはまるで彫刻のように、動く事が、出来ませんでした。

やっと野菜を食べて、麺まで辿り着いたというのに。
食欲が一気に失せて。
麺が延びてしまうのを、理解しながらも、わたしはただ固まる事しか、出来なかった。


道明寺歌鈴。
ドジで、おっちょこちょいで。
一生懸命で、精一杯で。
笑顔が、何処までも輝いていて。
素敵な少女で。


わたしの親友で。


いろんな人に愛されて。


それで、それで、それで。




あれ、あれ、あれ?


もっといい所一杯あるはずなのに。
もっといい所一杯知っているのに。


言葉が、出てこない。

心が、感情が、溢れてきて。


あぁ、ダメ。


ダメ、いい所いって。
彼女の事いって。



彼女がいなくなったとか考えたくないのに。




ぁぁ




「……………………歌鈴ちゃん…………もう………………居ないの?」



搾り出した声は、まるで親友の死を確認するような、呟きでした。
その声に、食卓を共にしていた三人はうつむくばかり。

あぁ…………そうか。
そうなんだ、やっぱり……


………………死んじゃったんだ。


もう、いないんだ。
此処には、この世界には。


二度と、会うことが出来ないんだ。
二度と、お話しすること出来ないんだ。


何処かに行く事も、一緒に笑いあうことも。


もう、二度と。

483理解と破壊のプレリュード ◆yX/9K6uV4E:2013/09/09(月) 02:17:36 ID:hDlxyiDk0



「……………………っぁ」


声にならない声しかでなくて。
わたしはそのまま、思いっきり立ち上がって。
意味も無く立ち上がって、何か気が晴らせればいいと思って。


でも、なんにも変わらなくて。


わたしはそのまま、へなへなと地面に、崩れ落ちた。




そうして、わたしは顔を手で覆う。



涙は





――――出ませんでした。





………………え?



どうして? ねぇ、どうして?


歌鈴ちゃんが居なくなってしまったのに。
歌鈴ちゃんともう会えなくなってしまうのに。
こんなにも胸が辛いのに。



どうして、わたしは、涙が流せないの?



わたしは、哀しくないの?




そんな、訳が、そんな、筈が………………







――――それが、貴方の願いだったからじゃないですか?




悪魔の、ささやきが、
また、聞こえて、くる。
甘美な毒が、わたしの心に。





――――ほら、貴方の恋は終わりじゃないかもしれませんよ?



違う、違う。
歌鈴ちゃんが居なくなったからって、あの人が振り向く訳が無い。
あの人の傷につけこむのようなこと、わたしが出来るの?
出来るわけがない、だから、望んでいるわけは無い、ありえない。

484理解と破壊のプレリュード ◆yX/9K6uV4E:2013/09/09(月) 02:18:26 ID:hDlxyiDk0





――――でも、縋っているのでしょう? それが、『小日向美穂』なのでしょう?



ちが……ちが……



うぁ……ちが……うんです。


恋が、この初恋が。
わたしで、叶って欲しくて。
何処までも、純粋に、そう願い続けて。



だから、わたしは……わたしは…………本当は…………





――――道明寺歌鈴が居なくなってしまうことを望んでいた?





「……いやぁぁああああ!?」




絶叫が、溢れた。
いや、いや、そんな筈が無い。
そんな訳が無い。


わたしは、そんな、事、望んでなんていない。


望んでなんか、いない、そう信じたい。





――――ほら、あなたの『夢』が、叶いますよ




……あぁ。
やめて、やめて。
そういうこと、言わないで。
お願いだから、これ以上囁かないで。




でないと、もう、何もかも。





――――認めたくなってしまう。

485理解と破壊のプレリュード ◆yX/9K6uV4E:2013/09/09(月) 02:18:55 ID:hDlxyiDk0





「美穂ちゃん、美穂ちゃん! 大丈夫ですか!?」
「……ぇ?」

肩に、優しく置かれる手。
其処には心配そうに此方を見つめる人が。

高森藍子。

彼女が、私を見つめていました。
気丈に、優しそうに。
私だけを見つめていて。

でも。


「貴方は、辛くないの?」


貴方も友達を失ったのに。
どうして、わたしのことだけを心配できるの?
ねぇ、教えて。



「辛いですよ……でも、もっと辛そうにしてる人がいるから」


辛いのだろう。
でも、わたしを思って彼女は感情を押し込める。
強い人だ、本当に。



「どうして」


でも、でも。
どうして、そうやって。
何もかも、感情を。


「そうやって、嘘をつくの? どうして、隠すの?」


覆い隠そうとするの?
ねえ、貴方の思いは何処に在るの?


「何故、認めないの?」


貴方の、その感情を。
貴方の、ありのままの情熱――パッションを。




そうしたら、彼女は、高森藍子は、困ったように笑い。



それでも



「今、こうして立っているのが『私(アイドル)』というものだから……だから、私は、私で在り続ける」



彼女は、あくまでも、『アイドル』だった。

486理解と破壊のプレリュード ◆yX/9K6uV4E:2013/09/09(月) 02:19:31 ID:hDlxyiDk0





ああ、解った。
この人は、やっぱり、何も妥協すらしていない。
本当に、わたしに、アイドルで居続けて欲しい。
心の底から、今の今まで、そう願っている。
そして、自分自身も何処までもアイドルで居ようとする。
心の底に燃えるモノすら、隠して。


それが、高森藍子という子なんだ。






「そう、ですか」




ああ、やっぱり。
わたし達は、解りあえない。
何処までも、近く、そして、何処までも遠い。




そういう、存在なのかもしれない。



だから、わたしは、彼女を。



『正しい』と思っても、絶対に認めない!





そして、彼女の正しさを支えるものを、奪いたい。
彼女が、彼女が彼女たる理由。
彼女がいつまでも強いのは、



きっと、まだ何も失ってないからよ。

487理解と破壊のプレリュード ◆yX/9K6uV4E:2013/09/09(月) 02:19:49 ID:hDlxyiDk0



大切な仲間も。大切な恋も。
アイドルで入る理由も。


何も、何も。



だから、わたしは、彼女の支えるものを、奪ってみたい。



そんな、思いに、襲われてしまう。




それは、羨望なのだろうか、妬みなのだろうか。


解らないけど。




――――――純粋な、真っ白なキャンバスほど、汚してみたい






そう、思ったんです。



解り合えないから。
そうかたくなになるほど、


わたしは、彼女の支えるものを、壊してみたい。




それは、殺意とは違うのだろうけど、



とても、激しく燃える、熱い、感情でした。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

488理解と破壊のプレリュード ◆yX/9K6uV4E:2013/09/09(月) 02:20:22 ID:hDlxyiDk0









少し、美穂ちゃんを休ませる。
そう私達は、判断して。
茜ちゃんに、美穂ちゃんを託し、仮眠室に向かわせました。
暫く仮眠室で茜ちゃんが見守ってくれるそうです。
私――高森藍子は、今、ネネちゃんと向かい合っていました。

「美穂ちゃん……」

ネネちゃんが心配するように、美穂ちゃんの名前を紡ぐ。
実際、彼女の事が心配だ。
歌鈴ちゃんが……死んでしまったから。
でも、私は…………

「藍子さん、お話……というより、お願いがあります」
「……何でしょう?」

ネネさんは少し逡巡し、やがて決意したかのように口を開いた。
その顔は決意したような顔で、私自身も引き締まる思いを感じる。


「貴方が、美穂ちゃんを……救ってあげてください」


それはまた、託されるように。
小日向美穂という子を救ってほしいという願いでした。


「どうして、私が……?」
「それは貴方が何処までもアイドルだから」


『アイドル』
また、私をそう言った。
私がアイドルだという事を信じ、そして

「貴方がどうして、そこまでアイドルで在り続けようとするのか……私の友人を救って、私にその姿を見せてください」


救えたのなら、と彼女はいい。



「私も、貴方が『希望のアイドル』である事を認め、そして望み続けます」



私に、そう言った。
……なんで、そう私に託すのだろう。
あんなにも反発された私を。


「何故、そこまで」
「……正直、私もまだ、迷っています、自分がどう在るべきか、どうすればいいいのか」
「……どう在るべき……」
「でも、もう解っているのだと思います。本当は」

だからと彼女は私の方を向いて言う。
決意をこめた目で。

「貴方がアイドルというならば、貴方の正しさを見せて。そしたら、私もきっと、同じように信じれる……そんな気がするんです」

ネネちゃんは少し困ったように笑って

489理解と破壊のプレリュード ◆yX/9K6uV4E:2013/09/09(月) 02:20:57 ID:hDlxyiDk0

「これって逃げでしょうか? 自分自身で決められない私の……逃げ」
「ううん……そんな事無いと思う」
「そう……ですか?」
「迷って、悩んで……それでも、信じるものがあって。だから、きっと貴方はもう、選んでるのだから」

だから、私の役割は



「貴方の決断が、正しいものであったというのを……私が証明しないといけない」




きっとそういう役目なんでしょう。
大丈夫、覚悟は出来ている。



「藍子さん、私……携帯電話を持っています。そして繋がってる人が居ます」
「うん……」
「私が決断できたら、連絡しようと思ってます……それでもいいでしょうか?」
「勿論」


そういったら、ネネちゃんはほっとしたような表情を浮かべる。
逆に、私は、ぎゅっと手を握った。




救わなければならない人を思って。





ねぇ、美穂ちゃん。


貴方はきっと解り合えないと強く思っているのかもしれない。
でも、そんな事は無い。
貴方と話していて、私はそう思えたから。


きっと、私達はとても近い所にいるんだと思う。
望んだものも、今も持っている夢も。
そして……恋も。


だからね、解るんです。



貴方の哀しみを、貴方の苦しみを。

490理解と破壊のプレリュード ◆yX/9K6uV4E:2013/09/09(月) 02:21:35 ID:hDlxyiDk0



そして、貴方が本当に望んでいるものを。



だから、私は、貴方が苦しんでいる姿を見て、私を改めて拒絶する目を浮かべた時、決めたんです。



貴方を、救ってみせる。



貴方を―――『アイドル』として、救う。





貴方が、きっと解り合えないとかたくなになっているのでしょう。




そんな、貴方を。



壊してみたい。




そんな、貴方と、交わってみたい。





アイドルとして。



何処までも。





だから、私は、





――――諦めない。

491理解と破壊のプレリュード ◆yX/9K6uV4E:2013/09/09(月) 02:21:52 ID:hDlxyiDk0




【G-5・警察署/一日目 夕方】




【高森藍子】
【装備:ブリッツェン?】
【所持品:基本支給品一式×2、爆弾関連?の本x5冊、CDプレイヤー(大量の電池付き)、未確認支給品0〜1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:殺し合いを止めて、皆が『アイドル』でいられるようにする。
1:絶対に、諦めない。
2:美穂を救う。
3:他の希望を持ったアイドルを探す。
4:自分自身の為にも、愛梨ちゃんを止める。
5:爆弾関連の本を、内容が解る人に読んでもらう。



※FLOWERSというグループを、姫川友紀、相葉夕美、矢口美羽と共に組んでいて、リーダーです。四人同じPプロデュースです。
 また、ブリッツェンとある程度の信頼関係を持っているようです。



【栗原ネネ】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×1、携帯電話、未確認支給品0〜1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:自分がすべきこと、出来ることの模索。
0:小日向美穂を救って見せて。
1:その後、星輝子へ電話をかける
2:高森藍子と日野茜の進む道を通して、自分自身の道を探っていく。



【日野茜】
【装備:竹箒】
【所持品:基本支給品一式x2、バタフライナイフ、44オートマグ(7/7)、44マグナム弾x14発、キャンディー袋】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:藍子を助けながら、自分らしく行動する!
1:他の希望を持ったアイドルを探す。
2:迷ってる子は、強引にでも引っ張り込む!
3:熱血=ロック!



【小日向美穂】
【装備:防護メット、防刃ベスト】
【所持品:基本支給品一式×1、毒薬の小瓶、草刈鎌】
【状態:健康、憔悴】
【思考・行動】
基本方針:とりあえず、生きてみる?
0:?????????????
1:今の所は、藍子たちと一緒に行動する。
2:藍子に対して、解りえないと確信、藍子の信じるものを、汚してみたい。
3:囁きが、聞こえる

492理解と破壊のプレリュード ◆yX/9K6uV4E:2013/09/09(月) 02:22:15 ID:hDlxyiDk0
投下終了しました。
このたびは大幅に遅れてしまい申し訳ありません

493 ◆John.ZZqWo:2013/09/09(月) 22:11:44 ID:PGDjU8k60
投下乙です!

希望のアイドル、藍子ちゃんのゆるふわ希望力がはじめてその片鱗を見せた? 彼女は色んな子から期待?されているのでその光をもっと見てみたい。
……だけど、光が強ければ強いほど、その光に背を向けた子の足元に伸びる影は長くなるわけで。
美穂ちゃんの黒化が、ますます深刻というか、自暴自棄から離れたのはいいけど、より危険なーというか、とてもじゃないけどいい予感がしない。
ネネさんは決心を固める時がきたっぽいけど、しかしその電話の先に言葉を交わせる相手はいないんだなぁ。

494 ◆j1Wv59wPk2:2013/09/09(月) 23:09:28 ID:aHs8KGsw0
投下乙です!

>理解と破壊のプレリュード
あー……美穂がちょっと闇化しちゃってる……
この二人に関しては、どっちも悪くは思えないからなぁ。ただ藍子がアイドルとして強すぎて、美穂がただの少女として弱すぎた結果か……。
この入れ違いが、ヤバそうな結果になりそうな気がするよ……
ネネさんもそろそろ決断する時期が迫ってきてるね。アイドルに対する期待と不安が、一体どうなることやら。
……電話の先の少女達はもう居ないんだけど。いや、この時間帯ならまだいるのかな……?


そして本当に申し訳ないのですが、私の予約分、完成のめどが立ちそうにないので破棄します。
アイドルを長く拘束してしまいすいませんでした

495 ◆yX/9K6uV4E:2013/09/11(水) 00:50:22 ID:g3UTTTHM0
皆さん投下乙ですー
>愛の懺悔室
みくにゃんのファンになる作品や……
和久井さん深読みしすぎもまたいいなあ。
そして更に隙が無くなった和久井さんはどうなるか楽しみw

>彼女たちが塗れるサーティー・ライズ
救いがねぇ……
いい方に進むかと思えば、一気に絶望
とときんの描写が本当に素晴らしい

>コレカラノタメ×ノ×タカラサガシ
姉御達の安定ぐあいはいいなあ。
一歩ずつこう進んでいく感じが素晴らしい。


そして、渋谷凛予約します

496 ◆John.ZZqWo:2013/09/13(金) 09:16:13 ID:CNdv5loc0
投下します。

497彼女たちが辞世に残すサーティワン・リリック  ◆John.ZZqWo:2013/09/13(金) 09:16:56 ID:CNdv5loc0
       末の露もとの雫や世の中のおくれさきだつためしなるらむ


 @


『――もう録画はじまってるの?』
『はじまってる。……ちょっと待って、今曲流すから』
『ん、うん…………あ、あー、あー……、うん、大丈夫かな』
『いける? はじめるからね』

四角い画面の中に、ステージの上で所在無さげにする北条加蓮とその周りを右往左往する神谷奈緒の姿が映っている。
一度、画面の外へ消えた神谷奈緒が戻ってきて、そして彼女がステージに置かれたマイクを拾うのと曲が流れ始めるタイミングは同じだった。


       ずっと強く そう強く あの場所へ 走り出そう――





.

498彼女たちが辞世に残すサーティワン・リリック  ◆John.ZZqWo:2013/09/13(金) 09:17:41 ID:CNdv5loc0
 @


「奈緒のふり、少し早くない?」
「そっちが遅いんだよ」

薄暗く明かりを落としたホテルの一室で神谷奈緒と北条加蓮のふたりはライブ会場で撮影した映像のチェックをしていた。
デジカメのメモリをテレビに挿し、大きな画面の中でアイドルとして歌い、そして踊る自分たちの姿をふたりでベッドに寝そべりながら見ている。


       強く そう強く あの場所へ 走り出そう――


今流れている曲は、渋谷凛のデビュー曲である『Never say never』だ。
前を向いてひたむきに光が射すほうへと走り続ける、失敗を恐れず、失敗しても諦めない、そんな彼女らしい曲で、ふたりが好きな曲でもあった。
神谷奈緒と北条加蓮、ふたりがこの曲をアイドルとしてステージの上で歌ったことは一度もない。
けれど、日頃のレッスンでは(彼女に話したことはないけれど)よくこの曲で歌やダンスの練習をしていた。
だから振り付けも完璧――のはずで、もし彼女がこの映像を見ることがあればまず驚くだろう。


       星を廻せ 世界のまんなかで――


一度映像が途切れ、また同じように始まる。
生き残りたい、そう連呼する想いを抱きしめたまま消えたくないと歌うそのデュエット曲はふたりのお気に入りの歌だった。

「奈緒にカラオケで覚えさせられたもんねー」

言いながら北条加蓮は笑う。この歌はそもそも彼女が体調を崩して入院した時に神谷奈緒が持ってきたアニメの主題歌だったのだ。
見舞いにかこつけ半ば押し付けたものだが、幸いなことに北条加蓮も気に入って、退院してからは何度もカラオケで歌い、今ではふたりの十八番になっている。

「加蓮のほうがうまくなったってのはちょっと複雑だけどな」

神谷奈緒は北条加蓮と顔をあわせ、苦笑した。


.

499彼女たちが辞世に残すサーティワン・リリック  ◆John.ZZqWo:2013/09/13(金) 09:18:12 ID:CNdv5loc0
曲が終わると神谷奈緒がカメラのほうへと走ってきて映像が途切れ、そしてまた始まって、また同じように途切れ、また始まる。
何度もそれを繰り返して、そして映像はメモリの中に収められたふたりのライブ映像の最後のシーンへと辿りついた。



「……凛。私たちは“ここ”にいる」
「追いつけたのかどうかわからないけど……」
「凛がここから先に進むために」
「凛の未来を信じて」

「「この曲を最後に贈るよ」」

ふたりが言い終えると、ゆるやかな出だしで曲が始まる――。



       Here he comes again, running like the open wind
         (蒼い風が吹くように、あなたはまたこの場所に戻ってくる)

       Moving through the day, take the lead you know he’s on his way
         (遠ざかっていく日々、その一番先をあなたは走って)

       Can you feel the heat, when the tires kiss the street
         (駆け抜ける足の裏は熱を帯び――)

       Moving to the beat
         (鼓動を刻む)

       All alone is the only way, that he wants to play
         (その先は誰もいない独りきりの道、けれどあなたはそれでも走り続ける)

       Hear me say his name
         (皆があなたの名前を呼び、私はそれを聞く――)



       ――One More Win.





.

500彼女たちが辞世に残すサーティワン・リリック  ◆John.ZZqWo:2013/09/13(金) 09:18:32 ID:CNdv5loc0
 @


これを見たら凛はどんな顔をするんだろう。泣いて、あたしらにバカだって言うかもしれない。でも、きっとそんな凛だからこそ、これを見たら先へと進んでくれるはずだ。
奇妙な満足感を得ながら神谷奈緒はテレビからメモリを抜いてデジカメへと戻す。
そして、これはこのまま持ち歩いたほうがいいだろうか、それともなにかわかりやすい印をつけてどこかへ置いておくのがいいか、考えながらベッドのほうを振り返った。

「静かだと思ったら……」

すると、そこにあったのはベッドの上ですやすやと眠る北条加蓮の姿だった。小さな寝息にあわせて衣装に包まれた胸が静かに上下している。

「そのまま寝たら衣装がしわになるぞー? メイクもしっぱなしだし……」

やれやれと頭をかいて神谷奈緒は寝ている彼女を起こそうとする。ライブの映像をチェックし終えたらシャワーを浴びて、それから休むつもりだったのだ。

「………………」

けど、神谷奈緒はのばそうとした手を寸前でひっこめた。彼女の寝顔があまりにもしあわせそうだったからだ。
もしかすればいい夢を、ひょっとすればライブの続きを夢の中で見ているのかもしれない。だとすれば起こしてしまうのはかわいそうな気がした。

「あたしはどうしようかな……」

神谷奈緒は伸びをし、そして部屋の中を見渡して、ふと昼間にあったことを思い出した――。




.

501彼女たちが辞世に残すサーティワン・リリック  ◆John.ZZqWo:2013/09/13(金) 09:18:48 ID:CNdv5loc0
 @


それはふたりがはじめてこのホテルに到着した時のことだ。
ふたりはホテル内を捜索する前に、このホテルの別棟として建っていた教会にも立ち寄っていた。
別になにかがあると思ったわけではない。なにかそこに大事な用事があったわけでもない。
けれど、それでも立ち寄ってしまうくらいに、教会というものは女の子にとって魅力的な場所――それだけのことだった。


物音ひとつなく密やかな教会の中を北条加蓮は並んだ長椅子の背を撫でながら歩く。そして祭壇の前まで辿りつくと、振り返って笑った。

「私は小さい頃から病気がちで、何度も病院に出たり入ったりして、だから色んなことを最初から諦めていた」

彼女はぽつりぽつりと話し始める。笑顔のままで。

「きっと長生きできないんだ。みんなが体験するようなことを自分は体験できないんだ。そう、思ってたし、実際に小さい頃は色んなことができなかった。
 でも、身体は少しずつよくなって……、なんでかアイドルをすることになって……、そしたら今まで想像もしなかったような体験がいっぱいできて」

例えば教会でウェディングドレスを着るとか――言って、北条加蓮はいたずら気味に笑う。

「だから、さ。後悔はないんだよ。私はここで死んでも幸せな一生だったって、むしろできすぎなくらいだって納得できる。けれど――」
「――あたしもいっしょだ!」

静謐な教会に雷のような声が響く。驚いた顔をする北条加蓮に歩み寄ると、神谷奈緒はその手を強く握って続けた。

「死ぬ時はいっしょだ。それまで加蓮を放さない。…………って、決めただろ」

北条加蓮は神谷奈緒のあまりに真剣な顔にぽかんとし、そして吹き出した。

「これじゃあまるで結婚式の誓いだね」
「……茶化すなよ」
「いいじゃない結婚式。奈緒もしてみたかったでしょ?」
「それは……」

北条加蓮は笑う。笑う彼女の目には一粒の涙が浮かんでいた。





.

502彼女たちが辞世に残すサーティワン・リリック  ◆John.ZZqWo:2013/09/13(金) 09:19:05 ID:CNdv5loc0
 @


「――………………」

部屋の真ん中でため息をつく神谷奈緒の視線の先、テーブルの上にはピストルクロスボウとトマホークが並べて置かれている。
どちらもすでに人の――アイドルの女の子の命を奪ったものだ。トマホークの刃にはべったりと赤黒い血が張り付いていた。

神谷奈緒は手を握り締める。人の命を奪ったという感触は食事をしている時も、着替えている時や、歌って踊っている時も消えはしなかった。
もう片手に持ったデジカメを見る。覚悟はもうとっくの昔に決まっていて、そしてこれで思い残しもない。
あれから誰も殺してはいないが、それもここまでだ。次に起きたら、そこにいるのは親友のために他のアイドルを殺す――そんな馬鹿でどうしようもないふたりだ。

「もう…………、――――?」

なにかが窓を叩くかすかな音に神谷奈緒は振り返る。
どうやら雨が降り出したらしい。窓の外の暗く濁った空の色を見て、神谷奈緒はカーテンをぴたりと閉じた。

不安と恐怖と後悔――そんなものはいくらでもある。

このホテルの一室で最後の時まで加蓮と楽しくしていられるならそうしていたい。
凛と出会い、すべてを打ち明けてそれで許されるならそうしたい。
傷つけ、殺してしまった子に謝り、みんなにも自分の愚かさを告白し、できるものなら罰をつけて罪を清算したい。

けれど、そんなことはもうできない。そんなことをするつもりも、もはや欠片もない。そんな気持ちは初めて人を殺した時に一緒に砕いてしまった。


選んだのだ。世界で一番甘い毒を飲んで死ぬことを。






神谷奈緒はステージ衣装のそのままで北条加蓮の横に寝転んだ。
衣装がしわになるかもしれなかったがよかった。これが最後ならアイドルのまま眠るのもいいと思ったし、夢の中にステージの続きがあればなおよい。

放送を聞き逃さないようサイドテーブルのタイマーだけをセットして、神谷奈緒は北条加蓮の手を握り、こらえきれなくなるほど重たくなっていた瞼を閉じた。






【A-3 ホテル・客室/一日目 夜中】

【北条加蓮】
【装備:アイドル衣装、ピストルクロスボウ、専用矢(残り20本)】
【所持品:基本支給品一式×1、防犯ブザー、ストロベリー・ボム×5、私服、メイク道具諸々、ホテルのカードキー数枚】
【状態:睡眠、疲労(中)】
【思考・行動】
 基本方針:覚悟を決めて、奈緒と共に殺し合いに参加する。(渋谷凛以外のアイドルを殺していく)
 0:zzz...
 1:起きたら?
 2:もし凛がいれば……、だけど彼女とは会いたくない。
 3:事務所の2大アイドルである十時愛梨と高森藍子がどうしているのか気になる。

【神谷奈緒】
【装備:アイドル衣装、軍用トマホーク】
【所持品:基本支給品一式×1、デジカメ、ストロベリー・ボム×6、私服、ホテルのカードキー数枚、マスターキー】
【状態:睡眠、疲労(中)】
【思考・行動】
 基本方針:覚悟を決めて、加蓮と共に殺し合いに参加する。(渋谷凛以外のアイドルを殺していく)
 0:zzz...
 1:起きたら、放送を聞いて他のアイドルを探す(殺す)ために動く。
 2:もし凛がいれば……、だけど彼女とは会いたくない。
 3:千川ちひろに明確な怒り。

 ※自転車はホテルの駐車場に停めてあります。
 ※デジカメのメモリにライブの様子が収録されました。(複数の曲が収められています)

503 ◆John.ZZqWo:2013/09/13(金) 09:19:19 ID:CNdv5loc0
以上で投下終了です。

504名無しさん:2013/09/13(金) 11:50:05 ID:entfhY7o0
投下乙です
なおかれは遂にライブ取り終えちゃったか…これでもう、あとは殺すだけの状態に
もう後戻りはできない二人だけど、せめて凛にデジカメが届くと良いなあ。

505 ◆John.ZZqWo:2013/09/13(金) 23:22:18 ID:CNdv5loc0
和久井留美 を予約します。

506 ◆yX/9K6uV4E:2013/09/18(水) 00:53:46 ID:Yv4ICRWg0
投下乙ですー。

いいなあ、なおかれ。
ライブの全容をみせず、けれど、大事な所は伝わってきて。
痛いほどに彼女達の気持ちが伝わってくる。
とても切なく、哀しいなぁ。


さて、此方も投下します

507蒼穹 ◆yX/9K6uV4E:2013/09/18(水) 00:55:09 ID:Yv4ICRWg0








――――魂は、型を変え、君の中へ








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

508蒼穹 ◆yX/9K6uV4E:2013/09/18(水) 00:55:59 ID:Yv4ICRWg0







「えっ」

蒼穹が既に消え失せ、夕闇が支配し始める頃合に、死者を告げる放送があった。
余りに無慈悲に呼ばれてしまった二つの名前に、渋谷凛は自転車を漕ぐのをやめてしまう。
喜多日菜子、岡崎泰葉……先程別れた二人だ。
最も泰葉との別れはまともではなかったけれど。

「……死んだ……?」

上手く、いけばいいと思ってた。
あの二人が仲直りすればいいと思っていた。
糸が絡まったら、解せばいい。
なのに、終わった、死んでしまったという。
そんな馬鹿な事があるか。
思わず、凛は今まで進んでいた道を、振り返って見てしまう。
道なりに真っ直ぐ戻れば、彼女達が居た水族館に戻れる。

「……いや、それは」

けれど、それはもう意味が無い。
亡くなっているのを確認した所でなんになる。
何にもならない、それはきっと意味が無い行為だ。

「私は、私が選んだんだから」

真っ直ぐこの道を凛は進んできた。
交わる事を凛は選ばず、そう、進むことを止めなかった。
彼女達の物語はあくまで彼女達の物語だと思い、その中に入ることをしなかったから。
二人だけの物語だから……


「二人……だけ…………!?」


凛がそう考えた瞬間、水族館に他に二人の人物が居たことを思い出す。
相川千夏、双葉杏。
正直、余り気にしていなかった。
杏はいつも通りに見えたし、千夏はさばさばしていた。
だから、信じた。信じてしまった。

――あの二人が、泰葉達に介入しないと、思い込んでしまった。

しないなんて誰が言い切れる。
まして、あって少ししか立ってないあの二人を、凛が理解できるのか。
何より、凛自身が既に経験し、泰葉達に話したというのに。
人を欺き、近づき、利用する。
新田美波がその手段を取ろうとしたように。

あの二人のどちらか、もしくは両方がそうでないと、誰が言い切れる?


「違う…………もしかしたら誰かが………………」


第三者が水族館にやってきて、泰葉達を殺した?
ないとは言い切れない。
言い切れないけど、信じる事は、凛には出来ない。

509蒼穹 ◆yX/9K6uV4E:2013/09/18(水) 00:56:54 ID:Yv4ICRWg0




「……っ!」


ダンと、凛は自転車のハンドルを、強く叩く。
判断を、間違ったのだろうか。
凛が関わらないと決めたから、日菜子達を死なせてしまったのだろうか。
解らない、解らないけど。
けど、実際にあの二人は、死んでしまっている。
もう、二度と会うことはできない。
犠牲を、出した。

不意に、凛の脳裏に、日菜子の笑顔が浮かぶ。
笑って、凛を送り出した日菜子。
凛にも探す人がいるだろうと、凛を気遣って。

耳に、残る泰葉の声。
切なく、救いを求めるような声。
忘れる事は出来ない。

凛を信じて、日菜子は送り出して。
泰葉を救おうとする日菜子を信じたから、凛は……………………



「…………っ…………あぁぁあああああああああ!!!!」



感極まって。
凛は、叫び、涙した。
どうにもならない、気持ちを放ち、憔悴し、自分の身を抱いた。

無理だった。
日菜子達の死を直ぐに受け止め、犠牲を出した事を割り切って。
背負っていく事が出来るほど、凛は大人じゃない。




叫んで、叫んで。



凛は、犠牲を出した事を、認識して。
まるで、その死の上に立っているように錯覚し。
その事に対して、まるで怯えるように震えた。


「はぁ……はぁ……はぁ」

怖い。
ただ、恐怖を凛は感じていた。
犠牲をだしたことに対しての恐怖なのだろうか。
いや、違う。


「大丈夫……大丈夫」

泰葉達を、犠牲にしてまでも、卯月や加蓮達を、なお優先しようとする自分に。
死の上に立ってまで、なお、まだ凛は諦めない、諦める訳が、無い。
尚更、このまま、終わる訳が無い。

もう一度、卯月と話すんだ。
このままで終わってたまるものか。
もっと、もっと、話さなきゃ。
大丈夫、私は、必ず、卯月の下へ、帰る。

奈緒と加蓮にもあわなきゃ。
会って、会って、色々聞きたい。
昔みたいに、馬鹿みたいに、話したい。
大丈夫、私は、必ず、奈緒と加蓮の下へ、帰る。

510蒼穹 ◆yX/9K6uV4E:2013/09/18(水) 00:57:52 ID:Yv4ICRWg0


「帰るんだ、必ず」

大丈夫、この恐怖が変わらない限り。
犠牲をだしてまで、優先する自分に恐怖を感じなくなる前に。
恐怖が、狂気に変わる前に。

それなら、この怯えを抱きしめながら進んでいくしかない。


「間違えるな………………行こう。まだ、何処までも、私は行ける」


そうやって、凛は、進む。
多くの犠牲の上に、例えいるのだとしても。
これからも、誰かの犠牲を出すとしても。


「情」によって、判断を間違えては、いけない。


凛は、そう決めたから。



そうでなきゃ、逝ってしまった人たちに、出してしまった犠牲に、顔向けできないから。



だから、凛は、そう考えた自分を信じて、進む。





大丈夫、其処に帰る。




ふと、空を見る。



まるで、血のような、紅だった。




蒼穹は、もう何処にも無い。



蒼が深かっかった頃は、もう何処にも、存在しなかった。





それでも、それでも。




まだ、あの蒼が深い頃に、必ず、帰る、帰れる。




そう、信じて。

511蒼穹 ◆yX/9K6uV4E:2013/09/18(水) 00:59:30 ID:Yv4ICRWg0
【G-6一日目 夜】


【渋谷凛】
【装備:折り畳み自転車】
【所持品:基本支給品一式、RPG-7、RPG-7の予備弾頭×1】
【状態:軽度の打ち身】
【思考・行動】  
基本方針:私達は、まだ終わりじゃない
1:山の周りを一周して、卯月を探す。そして、もう一度話をしたい
2:奈緒や加蓮と再会したい
3:自分達のこれまでを無駄にする生き方はしない。そして、皆のこれまでも。

512蒼穹 ◆yX/9K6uV4E:2013/09/18(水) 01:00:15 ID:Yv4ICRWg0




――定まって、初めて、戦えるのさ。

513蒼穹 ◆yX/9K6uV4E:2013/09/18(水) 01:01:15 ID:Yv4ICRWg0
投下終了しました。

前回投下した、理解と破壊のプレリュードに関して、至らぬ所がありましたので、修正しました。
確認のほどよろしくお願いします

514 ◆j1Wv59wPk2:2013/09/19(木) 00:42:41 ID:yZP/edNQ0
投下乙ですー
トライアドの連続投下だなんて非常に私得!

>彼女たちが辞世に残すサーティワン・リリック
せつないなぁ……しんみり。
ホント二人の歩む道は哀しくて虚しいものだけど、それでもやりたい事がやれた……なんていうのが余計に哀しい。
本当は日常に戻りたい普通の女の子なのに、もう戻れないし、戻らない覚悟がひしひしと伝わります。
せめて夢の中だけでも救われてほしい……乙でした。

>蒼穹
ホント凛の主人公っぷりがヤバい。
挫折や恐怖を確かに経験していって、それでもなお前へ進んでいく。
弱さは確かにあって、確かにそれを自覚しているのは強さでもあると思うし。
しかし肝心の探し人が両方とも……うーむ、まだ暫くは前途多難そうだなぁ。頑張ってほしい。



では、私は前回破棄した場所とは違う所になりますが、緒方智絵里を予約します

515 ◆John.ZZqWo:2013/09/19(木) 21:42:04 ID:cdNwOYo20
投下乙です!

>蒼穹
放送を聞いて凛ちゃんがどうなるかと思ったけど、彼女はまっすぐだね。
けれど、その向かう先にいるのは……うーん。凛ちゃんはそこに辿りついてもまだまっすぐに進むのかな。


では、私も投下します。

516彼女たちが盤面に数えるサーティートゥー  ◆John.ZZqWo:2013/09/19(木) 21:42:54 ID:cdNwOYo20
飛行場から市街へと続く暗い道は、和久井留美にとって幾分か緊張を強いるものだった。

きれいに舗装され整った道路の脇にあるのは等間隔で並ぶ細い街灯くらいなもので、視線を遮るものはないと言っていい。
しかし、もう夜分ゆえに見通せる距離もそうあるわけでなく、もし誰かが向かいから歩いてきたとしても気づくのは寸前になってからだろう。
となれば必然、互いにま近くで相対することになる。
何も身を遮る場所で互いに顔が見える距離から殺しあい――そんなことを想像して、和久井留美は緊張に胸が痛むのを感じた。

「……………………」

少し風が強くなってきたことに気づき振り返れば、すぐ後ろにどんよりとした黒い雲が追うように近づいてきている。
ここで更に雨に降られてはかなわないと、和久井留美は道をゆく足を速めた。


 @


ほどなくして和久井留美は市街へと辿りついた。
目の前には今歩いてきた道が更に北――市街への中央へと向かって伸びている。地図が確かであれば、もう少し進めば左側にビーチが見えてくるはずだ。
付近にある施設や視界に映る建物を見ても、この島北東の市街が観光やレジャーを目的としたものというのはよくわかる。

通りに並ぶ店も、手作りの小物やアクセサリを扱ったお店。海のものを扱った土産物屋。そして、水着のまま入れるという飲食店など。
もし、今が昼間で更にもっと夏に近い季節であればこの通りはもっと眩しく魅力的に映ったに違いない。
しかし現実はそうではない。今はもう夜で、どんよりと雲が頭上を覆ってなお暗く、なによりも殺しあいの舞台である。

和久井留美は脇の道へと曲がると、後ろ髪を引かれることなどなくそのまま大通りから離れた。



「さて…………」

どこを寝床にしようか――と、狭い路地を歩きながら和久井留美は考える。
あまり簡単に入れる場所だと万が一誰かと“被る”可能性がある。とはいえ、裏をかけば、また同じように裏をかいた人物と“被る”というのも否定できない。

「これは、ちょうどいいわ」

しばらく歩いた後、和久井留美は足を止めて少し先にある店を見た。少し古いビルの1階にある100円均一のコンビニだ。
これから必要なものを揃えるにはうってつけだと立ち寄ることにする。
勿論、無用心には近づかない。和久井留美は手に入れたばかりの拳銃を片手に、暗闇の中で煌々と明かりを漏らすそこへと慎重に近づいた。

「…………あら、いやね」

幸いなことにコンビニの中に先客はいなかった。なにかがあって荒れているなんてこともなく、物質の調達もスムーズに進みそうだ。
どうして和久井留美が言葉をもらしたのか、それは片手に買い物カゴを持っていることに気づいたからだ。
なにもここではそんなに行儀よくすることもない。なのに、自然とそうしていて、気づけばカゴの中には半分ほど商品が入っていた。

苦笑し、とりたて困ることもないので買い物――ではなく物資の調達を彼女は再開する。
棚の間を巡り、必要だと思ったらとりあえずカゴの中に入れた。あまり荷物が増えても困るが、捨てることはいつだってできる。
まずは食料品。飲み物も邪魔にならない程度に。それから生活小物。絆創膏などの簡単な手当てをするものや、タオルや替えの下着など。
一応と武器になるようなものもないかと探してみるが、拳銃も手に入った今、有用だと目に映るものはこれといってなかった。

「まぁ、こんなものかしら」

一通り回ると和久井留美は買い物カゴをレジまで運ぶ。別に会計をするためではない。ビニール袋を取るためだ。
カゴに集めたものを用途別に袋に分け、それを肩にかけていたバッグへと移す。
手早く終えて、そして彼女は気づいた。

「降りだしたのね」

外を見ればガラス窓に水滴がつきはじめている。とうとう雨が降り出したのだ。
嘆息すると、和久井留美はちょうどレジの脇にあったビニール傘を一本抜いて、しとしとと降る雨の中へと出た。

517彼女たちが盤面に数えるサーティートゥー  ◆John.ZZqWo:2013/09/19(木) 21:43:18 ID:cdNwOYo20
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コンビニから出ると和久井留美は傘に雨粒を受けながらそのままビルをぐるりと回り、裏手にあった階段を上った。
このビルの2階から上はどうやら商社が入ってるらしく、ひっそりとした寝床にするには最適だとビルを見かけた時に算段していたのだ。
幸いか、無用心なことに玄関の扉に鍵はかかっておらず、和久井留美は開いたばかりの傘を閉じて中へと滑り込む。

「………………」

入ってすぐのホールとなっている場所は暗かった。明かりはわずかな非常灯と壁際の自販機が発する光くらいだ。
自販機の隣には3階以上に登るための階段とエレベータとがある。
少しだけ考え、和久井留美はそのまま奥へと進むことにした。探しているのは応接間だ。だとしたら客にこれ以上階段を上らせることはないだろう。

廊下を進むと事務机が並んだオフィスに出た。机の上はどれもよく整理整頓されている。彼女の所属する事務所とは大違いだ。
暗い中で目をこらすと更に奥にいくつかの扉が見える。そのひとつにあたりをつけると和久井留美はオフィスを堂々と横切り、そして静かに扉を開いた。

「ゆっくりできそうね」

厚い扉の向こうは予想したとおりに応接間だった。
背の低いテーブルを3人がけのソファが挟んでいて、壁には絵画がかけられ、棚にはトロフィーや表彰盾が並んでいる。
和久井留美は荷物を絨毯の上に下ろし、ソファへと身体を投げ出す。高級そうな革張りのソファはふかふかと柔らかく、やすやすと受け止めてくれた。
気を抜けばそのまま安眠の中に引きずりこまれそうなほどだ。しかし和久井留美はその誘惑をぎりぎり振り切り身体を起こす。
休息が目的で、そしてここでそれが得られることも判明したが、休む前にまだいろいろと終えておかないといけないことがある。

座りなおし、まずはさきほど下のコンビニで集めた物資をテーブルの上に広げていく。
とりあえずは食事だ。
ここまでは動きが鈍らないようにと最低限の量をこまめにとってきたが、1度休むと決めたのなら、今度は後からガス欠することがないようしっかりととる。



「いただきます」

給湯室のレンジを使って用意したのはレトルトの中華丼だった。それに、完熟トマトのスープパスタにペットボトルのレモンティー。
奇妙な組み合わせだが、和久井留美自身は疑問に思っていなかった。ただ好きなものを組み合わせただけだ。そしていつも彼女はこんな感じだ。
元々、頓着のないほうではあったが、アイドルになり家に帰る時間が不定期になるとそれはより悪化(?)してしまった。

「ん、いけるわね」

業務形態が一定でない以上、いつ家に帰るかは定まらない。その上、仕事の中やその延長線上にある打ち上げやつきあいで食事をとることも増えた。
自炊をするにもそういった事情から日持ちしないものは家には置けない。となると、その時その時でコンビニで買って帰るというのが効率的だとなる。
仕事帰りにコンビニにより、マーケティングの成果から生み出された新商品を誘導されるままに買って食べる。
企業が想定する働く独身女性――彼女の食生活はその見本どおりの形だった。

いまや彼女にとって料理とはオフの日のホビー。あるいはなにかしらの目的を持って行われる“戦略活動”にすぎない。

「――ごちそうさま」

ひとりきりだと食事は早く済んでしまう。和久井留美はそれに物足りなさを感じることもなく食べたものを片付け、次の行動へと移った。

518彼女たちが盤面に数えるサーティートゥー  ◆John.ZZqWo:2013/09/19(木) 21:43:44 ID:cdNwOYo20
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荷物を整理しなおし、起きた後に食べるものを用意し、歯磨きをして、身体を拭いて、下着を交換し、そしてようやくソファへと横たわる。
上着は脱いでむかいのソファの上にある。猫耳はテーブルの上に、パンプスは足元に、ストッキングも脱いだ――が、いつのまにかに伝線していた。
新しいストッキングがいるのだが、物資を調達したばかりだというのにその肝心のストッキングを手に入れるのを和久井留美は忘れていた。

「………………」

今から取りに行くというのは億劫だ。それに雨の中ストッキングを取りに行くリスクが、ストッキングをそのものと釣り合う気がしない。
ここから出る時に調達するというのがベターな線だろう。けれど、これからのことも考えるとどこかでスカートからズボンに穿きかえるのがよいとも思う。

「………………ハァ」

どうでもいいことだ。そんなことよりも、意識を手放してしまう前に考えておかないといけないことがある。
これからの行動。
殺しあいというゲームに対し、どう対応し、どういう戦略をとれば有利となるのか。



第1に重要なのは先ほどの放送で呼ばれた死者の数とその内訳だ。
6人。死者の数は放送の度に順当に数を減らしている。このペースを維持するのなら、この殺しあいは後1日かもう半日はかかるように思える。
しかし、それ以上に時間がかかるのでは? という懸念が和久井留美の中にはあった。

ナターリア、南条光、そして五十嵐響子。6人の死者のうち半数が自身の手によるものなのだ。
他のライバルをリードしている――などとは浮かれていられない。
自分が殺した3人の除けば3人しか死んでいないわけで、それは他のライバルが3人しか殺せていない。あるいはライバルが動いてないことを意味する。

「響子ちゃんを殺したのは失敗だったかしら……」

強力なライバルであった五十嵐響子を殺害し、少なくとも彼女といる間は同調してたはずの緒方智絵里も、もうライバルとして動かない公算が強い。
ライバルが減ることはそれだけ取り分が増えるということではある。
だが、ライバルでないアイドルにしてもリスクなしに狩れるものでない以上、早々にいなくなられても困るのだ。

飛行場で出会い、そしてもう殺してしまったナターリアや南条光、それに前川みくもまた他のアイドルを殺害したアイドルではあったが、
しかしその実情は殺しあいという状況に押されて偶発的に起きた、いわゆる不幸な事故というものだった。
つまり、最初の放送では「こんなにも殺しあいにのる子がいるのか」と驚いたが、それは半分正しく、半分は正しくないということだったのだ。
あの時想定したよりも、積極的に殺しあいを行おうというライバルの数は少なかった、というのが現実だろう。

519彼女たちが盤面に数えるサーティートゥー  ◆John.ZZqWo:2013/09/19(木) 21:44:02 ID:cdNwOYo20
「残り30人……、か」

アイドルの数は当初の半分へと減った。まだ1日も経っていないのに29人ものアイドルが死んだと思うと尋常ではない数だ。
実際に何人も手にかけているにも関わらず、それがどういうものなのか和久井留美にも実感はわかなかった。
しかし、これから先、もう30人も殺さないといけないと考えると大きなため息が出る。

「それでも、まだ2人か3人、それ以上も期待していいのかしら……」

飛行場を離れた高垣楓らの中からと、もう2人がこの島のどこかで死んだ。
あの五十嵐響子が手をかけていた可能性はなくはないが、それを考慮してもまだ数人のライバルがこの島にいるのは確実だ。
今回はたまたま標的を見つけられず、あるいは逃げられてしまって殺しそびれたというライバルもいるだろう。

「……なんにしても様子見ね」

次の放送までと言わず、更にその次の放送まで動かないというのもありだと和久井留美は考える。
休息をとるならまとめてとったほうが効率的だというのもあるが、なにより自分が盤面に影響を与えないことで、自分以外の要素を浮き彫りにしたい。
死者の数はどう推移するのか。ライバルはどれくらいいると推定できるのか。そして――

「(――運営側はどうこの企画を最後まで進めるつもりなのか)」

現実がどういった状況であるにせよ、このままだとこの後に中だるみが発生するのは間違いない。
運営はこれをアイドルたちが休むためのインターバルとするのか、あるいはなんらかのてこ入れを実施してくるのか……?

「(アイドル同士の遭遇を増やすなら禁止エリアを増やす……か、もしくは全員が殺しあいにのるように脅しをかけてくるか……)」

方法はいろいろあるように思える――が、それも運営側の指針を計らなければただ可能性を羅列するだけにすぎない。

「(やはり、ここは様子見ね)」

和久井留美はそう結論付けた。
これまではどうこの状況に馴染みアドバンテージを得るかが問題だった。
振り返ると満点からは程遠いゲーム運びだったが、今の状況は悪くない。前川みくを殺害したことで拳銃も手に入れることができた。
これから目指すべき点は、“最終的に勝つ方法”の想定とそのための行動だ。
そのためには一度様子を見て他のアイドルの、なにより運営側がこのゲームに変化を与えるつもりがあるのかどうかを見極める必要がある。

その結果、例えば禁止エリアの数は急激に増えて島が狭くなるのだとしたら、積極的に先手を打っていくのがいいかもしれないし、
あるいは、運営側が再びプロデューサーの命をちらつかせて全員に殺しあいを強要するなら、リスクを避けて逃げと待ちに徹するという方法もある。

「(まずは、次の放送……ね。ちょうど1日が終わる節目。“揺さぶり”がくるのだとしたらこのタイミングである可能性が高い)」

和久井留美は少しだけ目を開いて壁の時計を見る。
そして、まだ少しだけ眠る時間があることを確認すると重い瞼を閉じて、その身体を柔らかいソファに、そして眠りの中へとゆっくり沈めた。



外では雨足が強まりつつあった。
ざぁざぁと音は大きさを増し、厚い雲に覆われ月明かりさえない暗闇の街にただただ雨音だけが満ちていく…………。






【B-4 市街地/一日目 夜中】

【和久井留美】
【装備:前川みくの猫耳、S&WM36レディ・スミス(4/5)】
【所持品:基本支給品一式、ベネリM3(7/7)、予備弾x37、ストロベリーボム×1、ガラス灰皿、なわとび、コンビニの袋(※)】
【状態:健康、】
【思考・行動】
 基本方針:和久井留美個人としての夢を叶える。同時に、トップアイドルを目指す夢も諦めずに悪あがきをする。
 1:次の放送まで眠る。
 2:放送でなんらかの事態が発生すればそれに対応できるよう考える。
 3:なにもなければ、更に次の放送まで休むかどうかを検討する。
 4:いいわ。私も、欲張りになりましょう 。

 ※コンビニの袋の中には和久井留美が100円コンビニで調達した色いろなものが入っています。

520 ◆John.ZZqWo:2013/09/19(木) 21:44:47 ID:cdNwOYo20
以上で投下終了します。

そして、 安部菜々、南条光 の2人を予約します。

521蒼穹 ◆yX/9K6uV4E:2013/09/20(金) 00:32:40 ID:sdMOcia60
投下乙ですー!
うーん、この和久井さんの淡々としつつも、しっかりと考えめぐらしてるのは怖いなぁ。
食事や雨の描写などは本当見習いたいです。
素敵なお話でした。

続きまして、岡崎泰葉、予約します。

522名無しさん:2013/09/20(金) 01:28:45 ID:3ffGtfLo0
あげ

523 ◆n7eWlyBA4w:2013/09/24(火) 13:02:44 ID:2n4rgqws0
お久しぶりです。古賀千春、小関麗奈、予約しますね

524 ◆j1Wv59wPk2:2013/09/25(水) 23:39:37 ID:gog0b3uc0

投下乙ですー。

>彼女たちが盤面に数えるサーティートゥー
るーみん、ええ考察役ですなぁ。
もう迷う事がないから落ち着いていられて、だからこそ主催の裏の事を考える余裕ができてる。
案外彼女も核心に近いところにいるんじゃないかなー。
あと、それとは別に彼女のずさんな日常面が出てるのもグッドなかんじ。
仕事以外には適当な様は非常に彼女っぽい……w

そして予約も楽しみにしつつ、私の予約分も投下します

525うた ◆j1Wv59wPk2:2013/09/25(水) 23:41:32 ID:gog0b3uc0

少女は一人、立ち止まっていた。


「……………」

目の前には、暗く見づらくても確かにまっすぐな道がある。
静寂に包まれた空間には、少女以外の存在を感じさせない。
その道を歩くのを邪魔するものは何一つなく……それでも、少女は立ち止まっていた。



少女――緒方智絵里の頭の中では、多くの言葉が反芻していた。




みんな、太陽なんだから。その言葉を遺していった少女。

我侭ね、子供の考えよ。その言葉で夢を一蹴した人。

華麗に、救うのが『ヒーロー』というものだ。その言葉と共に身を呈して守ってくれた子。

そして、看取った少女の、幸せな夢。


ナターリアという名前。五十嵐響子という名前。南条光という名前。
それらは全て、彼女が放送で聞いた名前だった。そして、その放送で呼ばれる事の意味を智絵里は深く知っている。
分かっていた事だ。二人はその瞬間を目撃していたし、もう一人も長くは持たないであろう嫌でも理解できていた。
だから、意外だとか驚きだとかそういう感情は全くなくて。事実は、普通に受け入れた。



ただ、『死んでしまった』という事が。もう二度と想いを交わせない事が―――どうしようもなく哀しい。



「………っ」

やっぱり、こんな気持ちはここで断ち切らなきゃだめだ。智絵里はそう、改めて決意する。
哀しみは、止めなくちゃいけない。
人には人の、それぞれの確かな想いがある。大切な人がいる。譲れないものがある。
それは決して、こんな所で踏みにじられたらいけないものだから。
他の誰かが、同じような気持ちを感じてしまわないように。明るく、幸せな夢にするために。
その為に智絵里は、この殺し合いを止める。
間違っている人達を、変えてみせる。和久井留美の持っていた夢のような、『冷たく哀しい夢』を。

526うた ◆j1Wv59wPk2:2013/09/25(水) 23:45:00 ID:gog0b3uc0
(でも………今のままじゃ駄目、ですよね)

今からでも戻れば、あるいは和久井留美を探し出せるかもしれない。
だが、例え見つけられたとしてもそこからどうする。彼女を前にして、智絵里に何ができる。
結論から言ってしまえば、どうする事もできない。
今の智絵里に、和久井留美の夢を変えられる程の力は無い。さっきと同じような窮地に立って、今度こそ殺されてしまうかもしれない。
それほどまでに彼女の夢は暗く、そして重い。


なら、どうすればいい。

足りないものがある、伝えられないものがある。それを伝えて、夢を変えてみせるには、どうすれば。


決まっている。智絵里の持つ『夢』の力を、証明すればいい。
この悪夢の中でもまだ、沢山の人が。沢山のアイドルがいる筈で。
そして、まだ心に太陽を持っている人はいるはずだ。
全ては仮定でしかないけど、それでもそう思えるだけの人達を智絵里は見てきた。
アイドルは、決して一人じゃない。同じ想いを持つアイドルは、必ずいる。

まだ生きている。皆で、決して諦めずに。

この夢は、決して絵空事なんかじゃない。
それを、証明してみせる。
『アイドル』としての緒方智絵里を証明してみせて、そしてまた出会えた時に……絶対に、変えてみせる。

今は決別する。でも、最後には手を差し伸べる。


それが、飛行場から立ち去る智絵里の決意だった。



(それで……一体、どうしよう……)

決意を確かなものとして、智絵里は改めて目の前にまっすぐ伸びる道を見る。
足を止めたのは、放送直後の事ではない。思考しながらも足は動かしていて、少し歩んだ後にその歩みは止まった。
彼女がそこで……一つのエリアの境目で足を止めていたのは、ただ感情によるものだけではなく、もっと現実的な問題があった。
放送で指定された禁止エリア、その一つがC-2。そこはまさに、今目の前に広がっている場所。
このまま進もうと思っていた道が、いきなり塞がってしまうのだという。

とはいえ、そうなってしまうのは今からおよそ二時間後の話。
二時間もあれば、一キロ程度の道を渡りきれないという事はまず無いはずだ。
だから、別段気にせず進んでしまえば問題はないとも思える。

ただ、その前提はあくまで『まず』ない出来事であって。
もしも何かしらの問題が起きて、そのエリアから移動できなくなってしまうような事態が起きてしまえば、非常に危険だ。
安全を期するのなら、そもそも通らないに越した事はない。
今決まった目的地があるわけでもない智絵里にとって、目の前にある道をわざわざ通る必要もなかった。

目の前の道をさっさと通り抜けてしまうか、大事をとって別の場所へ向かうか。
智絵里の前に、現実的な問題が立ちふさがった。

悩み、決めようとしたその時。




――いつか辿りつける その日まで




「え―――」



『うた』が、聞こえたような気がした。

527うた ◆j1Wv59wPk2:2013/09/25(水) 23:47:31 ID:gog0b3uc0
「………?」


もう一度確認しようと耳を凝らしてみても、しんとした空間が広がるだけ。
周りを見渡してみても、特に何かがあるわけでもない。
先程までと全く同じ、今この場所には智絵里しかいない、はず。

(気のせい……?)

空耳だったのではないかと、智絵里は首を傾げる。
ここまで目立った休憩なく動いてきた体が、幻聴を聞いてしまったのかもしれない。
そんな気持ちを否定できない程度には、疲労は実感していたし、音も不確かなものだった。

それでもただ、智絵里にはそれが気のせいだとは思えない。
歌のように聞こえた、あの音が。確かに聞こえた……ような気がする。

冷静に考えれば、こんな場所で歌なんて聞こえてくるのは不自然だ。
いつどこで命の危険に晒されるかも分からないような、殺し合いの場で。
そう考える心が確かにあって、元より決めきれない性格の智絵里はただ困惑するばかりだった。
未だ確信が持てず、その心は戸惑うばかりで。


頭の片隅で、ある風景がよぎる。


「あっ」

ふと、智絵里はおもむろに携帯端末を取り出した。
この先には何があったか。それを智絵里は知っていた。
そもそも『そこ』から飛行場までこの道を通ってやってきていた。
今は亡き五十嵐響子と共に、実際に行った事だってある。
だから、知っている。智絵里にとってこの先に何があって、そこがどんな場所なのかと言う事を。

端末の画面はこの島の地図を映し出す。
智絵里はそれを不器用に操作し、北西の場所……この先にあるものを、改めて確認して。


目に焼き付いたのは、『野外ライブステージ』の文字。


どうして、今の今まで忘れていたのだろう。
この先にあるのは、少女達が憧れる夢の舞台の一つ。
華やかで、輝いている。ひとつの象徴のような場所。
それが、この先にあった。その事実が、一つの確信めいた思いを生む。

不意に聞こえた歌、目先のライブステージ。
偶然とは思えなかった。確かな繋がりがあると、智絵里は思わざるをえなかった。

そことの距離は遠く離れていて、大声でも聞こえるかどうか微妙なところ。
冷静に考えれば、あり得ないと一蹴されるかもしれない。



それでも、その浮かんだ考えを否定する事ができない。


何故なら智絵里は、同じような想いを抱いていた少女の事を知っていたから。

528うた ◆j1Wv59wPk2:2013/09/25(水) 23:50:23 ID:gog0b3uc0




―――ステージで……踊るんだ


思いだされるのは、一人の少女の『夢』。


―――皆に応援されながら……


もしそこに誰かがいるなら、そこに想いを歌う誰かがいるとしたら。


―――皆を……温かくする……夢



そこにいるのは、確かな……アイドルなはず。



「……………!」

空耳かもしれない。気のせいかもしれない。あるいは、何かの聞き間違いかもしれない。
それでも、智絵里はその道を駆けださずにはいられなかった。
その先に居るのが、こんな場所でもアイドルでいられる人なら。
確かな意思のある、うたを紡げる人がいるのなら。
会いたい。確かめたい。
その人の姿が、アイドルであるなら……会って、確かめたい。



今まで躊躇していたエリアの境目さえも飛び越えて。

はやる気持ちを隠さずに、智絵里はまっすぐ続く道を走り続けた。





    *    *    *








絶望のバーゲンセール


齧った理念振りかざして


笑いあって泣きじゃくって


子供じみた夢描いて







    *    *    *

529うた ◆j1Wv59wPk2:2013/09/25(水) 23:52:21 ID:gog0b3uc0



「はぁ………はぁ………」

そして智絵里は、最後まで進む事を止めなかった。
息も絶え絶えになりながら、それでも足を止める事はなく。
歌に―――アイドルに導かれるように、前へ。必死になって走り続けて。


そして、彼女の眼前に広がったのは、立派なステージ会場。


「はぁっ………」



そこにはもう、誰もいなかった。


「だ、誰かいますか……?」

智絵里は目の前にある野外ライブステージに恐る恐る近づく。
来るべき時には華やかになるであろう場所も、今はただ寂れたような雰囲気が場を支配している。
改めて一人で来て実感し、その重圧に圧倒されながらも、智絵里は一歩を踏み出した。
まだステージ裏か、あるいはまだ近くに誰かがいるかもしれない。そんな期待のような思いを抱きながら。

ステージの上にあがり、周りを見渡す。
向こう側へ控えめに声をあげても、なにも帰ってはこない。
目に映るところには人の気配はなく、自分の声だけが響いていく。
智絵里には、それがとても不気味に感じられた。

「……そ、そういえば……雫さんは……?」

ステージ上に立った智絵里は、前来た時にあったものが無くなっている事に気付く。
それだけじゃない。ステージを染めていた血が、ふき取られている。
前来た時とは違う。この場所は綺麗になっている。
疑問に思いつつふと視線を移すと、ステージ脇に動かぬ人影があった。
その姿に智絵里は一瞬びくりと震えたものの、それが事前に見た『及川雫』の死体である事はすぐ確認できた。

(やっぱり、ここには誰か居たんだ……)

胸にあった思いは今、ようやく確信へ至る。
あの時、確かに雫は死んでいた。死体が勝手に動くはずがない以上、この場所に手を加えた誰かがいるのはほぼ確実だった。

「…………」

落ち着いて、智絵里は雫の遺体を見る。
……安らかな顔。改めて見て抱いた第一印象はそれだった。
最初に来た時とは違う気持ちで見た彼女の姿は、とても穏やかに見えた。
胸に銃痕があって、おそらく殺されたのであろう彼女は、顔だけみればとてもそうは思えない。
断言はできないが、しかし確かに彼女もまたアイドルとしてここにいたのだろう。

(……話して、みたかったな)

一体、彼女になにがあったのか。
どんな想いを抱いて、ここにいたのか。
誰と出会って、そして彼女はどうあったのか。
及川雫のアイドルとしての生き様を、確かめたかった。

でも、そんな想いは叶わない。
死んだ人は、もうなにも語らない。
彼女の中にあったであろう太陽も、抱いていたかもしれない夢も、もう誰かに伝わる事はない。

「………ッ」

また一つ、胸の中に哀しみが生まれた。

胸が、きりきりと締めつけられるような思いだった。
智絵里は雫の事を詳しく知っているわけではない。だから、この思いは自分勝手なものかもしれない。
ただ、彼女がもっていたものがここで潰えていた事が、どうしようもなく哀しい。

その気持ちは、誰かに伝えられたかもしれない。どこかに遺せたかもしれない。
それでも、もう彼女の口から想いが紡がれる事はもう、ない。

どんな事があったにしても、こんな所で及川雫の一生が終わっていいはずがない。

こんな場所で死ぬのは、駄目なんだ。
やっぱりこんな事は間違ってる、と。この気持ちは智絵里の決意をより強いものになって。



決意を固めた少女の胸中には、まだ確かな哀しみがあった。



    *    *    *

530うた ◆j1Wv59wPk2:2013/09/25(水) 23:54:42 ID:gog0b3uc0

「ふぅ………」

時間は少し経ち、緒方智絵里はステージの中心に立っていた。
あれからステージ裏や周辺を探してみたものの、結局この場所に他の人はいなかった。
ところどころに人がいたような、何かを探していたような痕跡があったが、それが誰のものなのかは分からない。
おそらく、ステージを片づけた人と同一か、あるいはそれに共に行動していた人によるものだろう。

「…………」

何故、ステージを掃除したのか。何故、何かを探していたのか。
希望的な解釈をするなら、それはやはりこの場所で歌っていたから、あるいは歌いたかったからじゃないかと、智絵里は思う。
ステージを整え、曲をセットして、その中央に立って。
そんな思いを幻想だと言うには、あまりにも状況が揃いすぎていた。

ほのかに感じる焦燥感を抑えつつ、ステージの上から世界を見渡す。
目の前に広がる客席、そして水辺を挟んだ向こう側には、島の風景が見られた。
ここで、誰かは歌っていたのだろうか。まっすぐ、広がっている風景を見据える。

――この場所では、まだたくさんの人がいる。
多分、まだアイドルとして殺し合いに抵抗する人もいるだろう。
多分、恐怖に怯えて逃げ回っている人もいるだろう。
そして……殺し合いをする人は、いる。それだけは、もうわかっている事だった。

ここに居た人が、どんな気持ちで歌っていたのかは分からない。
ただ、きっとその気持ちは悪いものではなかったんじゃないかと、そう思う。
思いを伝える……うたを歌うのは気持ちが良い。全部、あの人のおかげで分かった事だ。

でも、今、そんな想いに胸を馳せても何も解決はしない。

やめて、と。そういってやめてくれればどれだけ楽だろう。
この場所で叫んで、それが皆に伝わればどれだけ良い事だろう。
でも、きっと伝わらない。そんな事で、止まるような想いじゃない。
哀しい夢に縛られた人達にも、譲れないものがある事を知っているから。


やらなくてはいけない事は、ここでは成し遂げられない。

だから、そのために。

この哀しみだけは、自分の足で止めなくちゃいけない。


空を見上げると、もう大分暗さが増してきていた。
その暗闇はただ日が落ちただけじゃない、もっと別の原因があるように感じられた。
肌寒さを感じ、身を震わせる。
ふと、智絵里は放送でちひろが雨雲が向かっていると言っていたのを思いだした。
もしも雨が降るとしたら、こんな所でじっとしているわけにもいかない。
道を遮られる前に、もっと前へ進まないといけない。

そう思う彼女は、自分がやってきた方とは逆の方向の道を見やる。
ここに来るまでに入れ違いになっていないとすれば、ここに居た誰かは、この先にいる。
ここから先はしばらく一本道。急いで進めば、追いつけるはずだ。


希望を、見つけにいこう。


哀しみを、終わらせよう。


夢を、叶えよう。





ステージから降りた智絵里は、そのまま躊躇する事なくその道を進んでいった。





胸中に『夢』と『希望』と、そして『哀しみ』を抱いて。





    *    *    *

531うた ◆j1Wv59wPk2:2013/09/25(水) 23:56:42 ID:gog0b3uc0






―――――ー彼女は、気付いていない。







彼女の目指すその光源に、近づけば近づくほど死が迫っている事を。









彼女が知ったその輝きは、とっくに穢れているという事を。










【B-2/一日目 夜】


【緒方智絵里】
【装備:アイスピック ニューナンブM60(4/5)】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×16】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:心に温かい太陽を、ヒーローのように、哀しい夢を断ち切り、皆に応援される幸せな夢に。
1:奥外ライブステージで歌っていた(かもしれない)アイドルに会いにいく。
2:他のアイドルと出会い、『夢』を形にしていく。
3:大好きな人を、ハッピーエンドに連れて行く。

532うた ◆j1Wv59wPk2:2013/09/25(水) 23:58:34 ID:gog0b3uc0



















    *    *    *







ほら、わたしたちのうたがうまれたよ

533うた ◆j1Wv59wPk2:2013/09/25(水) 23:59:03 ID:gog0b3uc0
投下終了です。
問題点等ありましたら、指摘お願いします

534 ◆John.ZZqWo:2013/09/26(木) 22:37:24 ID:kpXX62nE0
ひとまず投下します!

535彼女たちの前に現れる奇跡のサーティスリー  ◆John.ZZqWo:2013/09/26(木) 22:37:59 ID:kpXX62nE0
       青い星の世界は 敵も味方もなくて

       愛し合って生きて行ける それがモモの願いなの

       果てしのない宇宙に生まれる子供たちへ

       素敵なもの伝えて行こう 夢の未来を目指して





.

536彼女たちの前に現れる奇跡のサーティスリー  ◆John.ZZqWo:2013/09/26(木) 22:38:37 ID:kpXX62nE0
 @


――それはギラギラと太陽が照りつけるある夏の日のことだった。



その時、“彼女”はまだ誰も立っていないステージを客席からじっと見つめていた。
見つめているのは彼女だけではない。ステージが始まるのを待ちわびている観客らが客席にはひしと詰めかけている。
客層は主に幼稚園から小学生低学年までの子供と、同伴する親。そして、一部のある特殊な層だ。
その特殊な層というのは、細かく言い出せばそれそこきりのないほどに分類できるのだがそれはともかく、彼女もどちらかと言えば後者だった。
少なくとももう前者だと胸を張って言えるほどの年齢ではない。

ステージの上には今日公演されるヒーロー&ヒロインショーのタイトルが書かれた幕が張られている。

そう。ここはある百貨店の屋上で、彼女はここで行われるヒーロー&ヒロインショーを見に来ていたのだった。片道1時間の電車に乗って。
ところ狭しとセットが組み上げられたステージから扇形に客席は広がり、客席では大勢の子供たちがいまかいまかとショーの開演を待ちわびている。
おとなしくしている子もいれば、中には通路を走り回ったり泣き出したり、ジュースをこぼしててんやわんやしていたりと慌ただしいことこの上ない。
逆に客席の最前列、あるいは最後列に陣取った“同類共”は静かなものだ。ある種の……いや、言葉を濁さず言えば不気味そのものだ。
彼らはいくつもぶら下げたカメラやビデオのチェックに余念がない。その姿だけを切り取れば希少な生物を観察する学者にも見えただろう。

そして、彼女自身はというとその隊列の中にはいなかった。かといって子供たちに混じって無邪気にしているというわけでもない。
彼らのように今日のステージを写真やビデオの中に収め、それを一生の宝物にできたらどれだけいいだろうと考えることはある。
けれど、彼らが持っているようなカメラやビデオはとても高価なものだ。
無理を言って親元から離れて数年。バイトをしながら未だ夢を追い続ける彼女にそんな高価なものを買う蓄えはない。
父から譲り受けた古いカメラなら持っているし、すぐそばの売店で売っている使い捨てカメラなら買うこともできるが、それでは満足できないだろう。

だったら、一番いい席で一生に残る思い出をこの目に焼き付ける。

それが彼女の選択だった。そのために始発に乗ってここまで来て、この百貨店の開店時間より何時間も前から並んでいたのだ。
驚くべきはそれだけ最善を尽くしてもすでに彼女より前に並んでいた人物が少なからずいたことだが、
幸いなことに、他に並んでいた連中はよい撮影ポイントを押さえるべく最前列かあるいは最後列に散ったので、彼女とバッティングすることはなかった。

ともかくとして、長かった待ち時間ももうそろそろだ。
彼女は肩から提げていた水筒から麦茶を飲んで喉を潤す。入れてきた氷はまだ残っており、気持ちよい冷たさに目が覚める。
ステージの上では司会のお姉さんがマイクを持って出てきて、スタッフがマイクの線が絡まないように引っ張っている。
腕時計を見ればもう開演時間まで10分もない。と、そんなところで――

「間に合った!」

そう言いながら彼女の隣の席に子供が飛び込んできた。
両手で支えるトレイの上にポップコーンとドリンクを乗せ、ここまでどれだけ急いできたのか激しく息を切らせている。
年齢は……小学生低学年くらいだろうか? 野球帽を逆さまに被っていてTシャツに半ズボンと、いかにも男の子らしい格好をしている。
胸にはここでショーをする戦隊ヒーローのバッジがあり、この子供がそのヒーローのファンであることが伺えた。

537彼女たちの前に現れる奇跡のサーティスリー  ◆John.ZZqWo:2013/09/26(木) 22:39:01 ID:kpXX62nE0
「ちょっと遠いかな……でも、いいや。間に合ったし」

その子は首をのばしてステージを伺うと、そう言ってからドリンクのストローに口をつけた。
彼女が最良だとした座席だが、ステージ全体を伺えることを重視したため客席全体から見ればかなり後ろの列になっている。
ゆえに背の低い彼女よりなお小さい子供からすればステージは遠く見えただろう。だからこそ席が空いてたとも言えるが。

「あっ」

小さな声に彼女は隣の子供を見る。どうしたのか、青ざめた顔でこちらを見ていた。

「あの……ごめんなさい」
「えっ?」

指差された場所を見るとシャツの袖に緑色の小さな染みができていた。
どうやらストローから口を離した際にジュース――おそらくはメロンソーダ――がはねてしまったようだ。

「あの……」
「いいよ。これくらい」
「よ、よくないよ! 汚しちゃったし!」
「平気だって。洗濯すればちゃんと落ちるから」
「そ、そうかな……? でも、ありがとう。お姉さんは優しいんだな」

笑顔で優しく言うと、子供のおびえていた顔も少しずつ明るさを取り戻して、そして笑顔になる。

「君もいい子だね。えぇと……」
「光(ひかる)!」
「光……くん? かっこいい名前だねぇ」

名前のことを口にするとその子供――光は、先ほどまでとは一転、顔に不敵なまでの自信を浮かばせた。

「お父さんが好きだった戦隊ヒーローから取った名前なんだ!」
「へぇ。えーと、じゃあ……光、ひかり…………ああ、光戦隊マスクマン!」
「うん、それ! お姉さんも知ってるの?」
「そりゃあもちろん。マスクマンかぁ、懐か……いや、さ、再放送で見たことあるなぁ!」
「うちにはお父さんが撮ってたビデオがあるんだ」

“仲間”だとわかったからか、光の顔はその名前のように輝いていく。
彼女としても嬉しかった。“仲間”の発見と交流は彼女らのような存在にとってはなかなか得がたいものなのだから。

「じゃあ、今日は戦隊ショーを見に来たのかな?」
「ううん! ホントはお母さんと買い物に来たんだ。でも、下でポスターを見たから絶対見たいって言って」

そして、お母さんは光いわく『バーゲンバトル』の最中だという。なるほどと納得し、彼女は少し苦笑した。

538彼女たちの前に現れる奇跡のサーティスリー  ◆John.ZZqWo:2013/09/26(木) 22:39:25 ID:kpXX62nE0
「お姉さんも戦隊好きなの?」
「けっこう好きかな。でも、今日はその後のを見にきたんだよ」
「その後?」

頭に疑問符を浮かべる光と一緒に彼女はステージの上に張られた幕を見上げる。
そこには戦隊ショーの後に続いて、『ワンダーモモ☆20周年リバイバルライブ』と書かれてあった。

「光くんはワンダーモモ知ってる?」
「ううん、知らない」
「アハハ……。そ、それはそうだよねぇ……。生まれる前だもんね」
「でも、お姉さんはワンダーモモが好きなんだね」
「そうだよ。それにね……ワンダーモモは光くんのお父さんが好きな光戦隊マスクマンと同じ年に生まれたスーパーヒロインなんだよ」
「ホントに!?」

光の口があんぐりと開く。

「じゃあ、お姉さんもお姉さんのお母さんがワンダーモモのファンだったの!? それでモモって名前だったりするの?」
「え? え、あ……あぁ、うん。そう! そうなんだよ。お、お母さんが好きだったからファンなんだよ。名前はちょっと違うけど……」
「へぇ〜、すごいなぁ。じゃあ、仲間だね!」
「うん、光くんとナ――」


『みんなー! 元気かなー! 今日はヒーロー&ヒロインショーに来てくれてありがとうー!』


ヒーロ&ヒロインショーの開幕の時間だった。

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539彼女たちの前に現れる奇跡のサーティスリー  ◆John.ZZqWo:2013/09/26(木) 22:39:45 ID:kpXX62nE0
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『みんな今日はヒーロー&ヒロインショーに来てくれてありがとう! 子供たちもお父さんやお母さん、そしてそれ以外の人も今日は楽しんでいってねー!』

ステージの上では司会のお姉さんが開演の挨拶をしていた。
続いて、マナーやしてはいけないことなどの諸注意。そしてヒーローを応援する時の仕方をよどみなく説明していく。

『ヒーローが危ない! ……って思ったら、いっぱい応援してねー! みんなの応援がヒーローの力になるからねー! じゃあ、一度練習してみようか』

司会のお姉さんが促すと客席から子供たちの声で「がんばれー」という声があがる。繰り返すとその声はどんどん大きくなっていった。
隣に座る光もそのたびに大きな声を出して、更には拳を突き出してトレイの上にポップコーンをこぼしている。
最前列に陣取った面々はまるで兵士のように微動だにしていない。彼女はというと、そんな姿に若干引きつつ、光といっしょに応援の声をあげていた。

『うん、これだけ大きな声が出せたら大丈夫だね! それじゃあ、これからヒーローを呼んでみようか……って、キャー!』

ヒーローの登場かと光が身構える。だが、響き渡ったのは司会のお姉さんの悲鳴で、開いたゲートから飛び出してきたのは怪人と悪の幹部だった。
続いて戦闘員がぞろぞろと客席に雪崩れこんでくる。あっという間にステージと客席は悪の組織に占拠されてしまった。
悪の幹部が「この人間どもを浚ってやろう」と言うと、客席から泣き声も聞こえ始めてくる。
彼女としては隣で拳を震わせている光が飛び出していかないか心配だったが、光の勇気が爆発するよりも少し早く、次の展開が訪れた。

「この声は!」

悪に支配されたステージに正義のヒーローの声が響き渡る。
フラッシュ、そして小さな爆発が起きて新しくゲートから飛び出してきたのはこのショーの主役たちだった。

「がんばれーっ!」

光の、そして幾重にもこだまする応援の声の中でヒーローが悪の戦闘員らを打ちのめしていく。
拳を握って飛び掛り、地を這うように足を払い、華麗に足を上げてキックし、次々とあざやかに戦闘員らをステージの“奈落”へと叩き落とす。
暗く沈んだ客席は一転して歓声に満ちる――も、しかしまた再び子供の悲鳴と応援する声にあふれた。
敵の怪人が特殊な能力でヒーローたちを動けなくしてしまったのだ。

「こんな時に……」

光がうめく。そしてその声に応えるように新しいヒーローがステージへと飛び込んできた。いわゆる、番組途中で登場する追加戦士だ。
客席は再び歓声。動けなかったヒーローが新しいヒーローに助けられると今度は怪人と5対1だ。あっという間に形勢は逆転し怪人は追い詰められる。
しかしそれをみすみす見逃す悪の幹部でもない。
彼がステージの端から大きな声を出し不思議な力を使うと、怪人は一度スモークの中に姿を消して、今度は巨大な怪人が姿を現した。
セットを大掛かりに使ったその異形はかなりの迫力であったが、客席の子供たちはもう恐れたりはしない。彼らはこの次の流れをよく知っていた。

「すげー!」

光が歓声をあげる。ステージの一方に聳え立つ巨大怪人と相対するように、ステージのもう一方に正義の巨大ロボが現れたからだ。
「乗り込むぞ!」とヒーローたちがゲートを潜ってステージから姿を消すと同時に巨大怪人と巨大ロボのバトルが始まった。
派手な効果音とともに火花が飛び散り、爆発が起きて煙がステージの上を流れる。光といっしょに見ていた彼女も拳を握る迫真のバトルだった。

「やった!」

巨大ロボの必殺兵器が炸裂すると巨大怪人は派手に煙を吹いてステージから姿を消した。
光はガッツポーズをとる。だがしかし、ステージの上にはまだ悪の幹部が残っている。
悪の幹部が号令をかけると再び戦闘員らがステージに雪崩れこんでくる。今度はさっきの倍以上の数だ。そして悪の幹部も戦闘に参加してくる。
勝利したかと思えばまた途端に旗色が悪くなる。客席は再び静まり返り、そしてヒーローたちは敵の猛攻になすすべなく膝を屈してしまった。

540彼女たちの前に現れる奇跡のサーティスリー  ◆John.ZZqWo:2013/09/26(木) 22:40:01 ID:kpXX62nE0
「がんばれ――っ!!」

その時、静まり返った客席の中で一番最初に声をあげたのが光だった。彼女も驚くような大きな声を光は目に涙を溜めてあげていた。

「負けるなー! がんばれええええええええっ!」

光につられて他の子供たちも負けじと声をはりあげる。その心はあっという間に客席中を伝わり、ステージを揺るがすような大声援となった。
敵を跳ね除け立ち上がるヒーローたち。そして、彼らが名乗りを決めるとここぞとばかりに主題歌が流れ始めた。

大声援は大歓声に変わる。

ヒーローたちは今までにないアクロバットを見せて戦闘員らをやっつけていく。
高いところに飛び移り、また大きくジャンプし、宙を駆けて戦闘員を次々と奈落に叩き落し、拳を振るい、キックを炸裂させて戦闘員を退場させる。
それぞれの必殺技が披露されると、残るは悪の幹部だけとなった。ついにクライマックス。そこで登場するのは5人で決める最強の必殺技だ。

「やっつけろー!」

客席からの声援を受けて最大の必殺技が炸裂し――そして、正義は勝利した。





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541彼女たちの前に現れる奇跡のサーティスリー  ◆John.ZZqWo:2013/09/26(木) 22:40:24 ID:kpXX62nE0
 @


『みんな、いーっぱいの応援ありがとー!』

主役たちも退場すると、再び司会のお姉さんが現れた。応援してくれた子供たちをねぎらうと、あわせてこれからの予定や色いろな説明を行っていく。
それは例えば、この後会場の隣でヒーローとの握手会や撮影会があること、次の映画の前売り券がこの百貨店で買えることなどだ。
子供をつれてきた親たちはどこも困ったなという顔をしているが、今の子供たちのテンションに押し切られるのは間違いないだろう。

「すごかったー」
「そうだね。勝ってよかったね」

光のしみじみとした言葉に彼女も同意する。気づけば握りっぱなしだった掌は汗に濡れていた。

「勝つよ! 正義だから!」
「うん、そうだったね……。正義のヒーローは負けないよね」

ヒーローのショーが終わり、ステージの上では大勢のスタッフがセットを動かしたり運び出したりして次のショーの準備に取り掛かっている。
客席から子供をつれた親子の姿も消えようとしていた。彼らと入れ違いに入ってくる客はいるが、その中に子供はほとんど見られない。

「ねぇ、お姉さん」
「なにかな?」
「ワンダーモモってかっこいい?」
「うん、かわいいしかっこいいよ!」
「そっかー。じゃあ、見てみようかな」
「……ほんと?」
「うん、お姉さんは仲間だし、いっしょに応援してくれたし、だからお姉さんのヒーローも応援しないとな!」

光はにっと彼女に笑顔を見せた。まるで太陽のような、眩しくて、熱くて、でもほっとするような――それは正義のヒーローのような笑顔だった。

「あ、ありがとう……」

彼女の声は震えていた。どうしてか、光の笑顔に泣きそうになるほど感動していた。
そこにあったのが世代を超えた繋がり、見つけたくとも見つからなかった奇跡の可能性だったからもしれない。しかし――。

「光――!」

遠くから光を呼ぶ声がする。振り返れば会場の出入り口からこちらへ――光へと呼びかける女性の姿があった。

542彼女たちの前に現れる奇跡のサーティスリー  ◆John.ZZqWo:2013/09/26(木) 22:40:39 ID:kpXX62nE0
「お母さんだ……」

消え入りそうな声で光が呟く。光の母親は両腕に大きな紙袋を提げていた。『バーゲンバトル』では上々の成果をあげられたらしい。

「ほら、お母さんが呼んでるよ」
「でも……ワンダーモモが……」
「残念だけど、今日はしかたないね。でも、絶対にここでしか見られないわけじゃないから」
「そう? ビデオとか出てる?」
「うん、もちろん。もしかしたら光くんのお父さんが持ってるかもしれないよ」

その時、ひときわ大きな声で光を呼ぶ母親の声が届いた。光は歯を食いしばって顔をゆがめ、そして振り切るように立ち上がる。

「これ、ポップコーンとジュースあげる……あげます!」
「うん、ありがとう」
「帰ったらお父さんに聞くから! ワンダーモモのビデオ持ってるかって!」
「きっと光くんなら気にいるから期待していいよ」
「じゃ、じゃあ、今日はありがとう! いっしょに応援してくれて、ワンダーモモのこと教えてくれて!」

泣き顔と笑い顔が混じったような顔でそこまで言うと、光は背を向けて母親の元へと駆け出した。
一段飛ばしで階段を駆け上がりみるみる間に遠ざかっていく。

そんな後ろ姿を視線で追いかけながら彼女は残念なようなほっとしたような小さなため息をついた。
いっしょにワンダーモモを応援できなかったのはとても残念だ。あの子ならきっと気にいってくれるという確信があっただけになおさら。
けれど、今ではないとしてもあの子がワンダーモモを見てくれるのだとしたら、それはそれだけでとても嬉しいことだった。
あの子がワンダーモモを好きになり、そして声援を送るならばそれでいい。
なぜなら、ファンの声援はヒーローとヒロインを、アイドルを“永遠”にするのだから。

「あーあ……、でもやっぱりいっしょに見たかったな」

苦笑し、彼女は光からもらったドリンクを飲む。やはりその中身はメロンソーダで、もう炭酸は抜けているしずいぶんとゆるくなっていた。

「(“いつか、もし……また出会うことがあったら感想を聞かせてね。光くん”)」






『――それではこれより、ワンダーモモ☆20周年リバイバルライブを行います!』





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543彼女たちの前に現れる奇跡のサーティスリー  ◆John.ZZqWo:2013/09/26(木) 22:40:53 ID:kpXX62nE0
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       そっと胸に手を当て 心の声を聞いて

       悪い人は誰でもない 悪の波長のせいだわ

       この世界にはふせげない つらいこともあるけど

       同じ時を生きていくの 今日もあなたとふたり


       コドモのころ夢見た おちゃめなヒロインはね

       ときに厳しくときには優しく 大事なものを守るの

       正義がなにか見失い 迷うこともあるけど

       ほほえみをわすれないよ……

       あなたに教わったから

544 ◆John.ZZqWo:2013/09/26(木) 22:41:18 ID:kpXX62nE0
以上で投下終了です。感想はまたのちほど!

545 ◆j1Wv59wPk2:2013/09/26(木) 23:49:00 ID:/6.mEK8.0
投下乙ですー。

>彼女たちの前に現れる奇跡のサーティスリー
あぁぁ補完話は虚しい………
彼女達も接点はあったんだな……気の合う二人だったろうに。
本編でも触れてたけど、もっと別の機会で分かってたら、もっと仲良くなれたろうになぁ。
二人とももう散ってしまったわけだけど、その意思はまだ受け継がれてる筈……! とりあえずは、お疲れさまでした。

それと、拙作の「うた」について色々思うところがあったので、申し訳ないのですが一旦こちらの作品を破棄します。
明日にはこの作品の修正版を投下する予定ですので、ご迷惑を掛けますが、よろしくお願いします。

546 ◆yX/9K6uV4E:2013/09/27(金) 17:10:35 ID:b.5o8Li60
連絡遅れて申し訳ありません。取り急ぎ予約はきします

547 ◆j1Wv59wPk2:2013/09/27(金) 20:43:28 ID:bURqmEaY0
緒方智絵里の予約分、修正版を投下します

548彷徨い続けるフロンティア ◆j1Wv59wPk2:2013/09/27(金) 20:44:10 ID:bURqmEaY0




雨の音が、途切れる事なく流れ続ける。


一人の女性がその中心で、雨を全身に浴びながら立っている。


雨の降り続けるなかで、女性の体は―で濡れていて。


その足元には草に隠れるように―――




――もう動かない、死体があった。






    *    *    *

549彷徨い続けるフロンティア ◆j1Wv59wPk2:2013/09/27(金) 20:44:46 ID:bURqmEaY0




『最期まで、頑張りなさい』

響き続けた女性の声が途切れ、辺りは静寂に包まれる。
そんな空間の中で、少女は一人立ち止まっていた。

「……………」


少女――緒方智絵里の頭の中では、多くの言葉が反芻していた。




みんな、太陽なんだから。その言葉を遺していった少女。

我侭ね、子供の考えよ。その言葉で夢を一蹴した人。

華麗に、救うのが『ヒーロー』というものだ。その言葉と共に身を呈して守ってくれた子。

そして、看取った少女の、幸せな夢。


ナターリアという名前。五十嵐響子という名前。南条光という名前。
それらは全て、彼女がさっきの女性の言葉から聞いた名前だった。そして、その放送で呼ばれる事の意味を智絵里は深く知っている。
分かっていた事だ。二人はその瞬間を目撃していたし、もう一人も長くは持たないであろう嫌でも理解できていた。
だから、意外だとか驚きだとかそういう感情は全くなくて。事実は、普通に受け入れた。



ただ、『死んでしまった』という事が。もう二度と想いを交わせない事が―――どうしようもなく哀しい。



「………っ」

やっぱり、こんな気持ちはここで断ち切らなきゃだめだ。智絵里はそう、改めて決意する。
哀しみは、止めなくちゃいけない。
人には人の、それぞれの確かな想いがある。大切な人がいる。譲れないものがある。
それは決して、こんな所で踏みにじられたらいけないものだから。
他の誰かが、同じような気持ちを感じてしまわないように。明るく、幸せな夢にするために。
その為に智絵里は、この殺し合いを止める。
間違っている人達を、変えてみせる。和久井留美のような、『冷たく哀しい夢』を。

550彷徨い続けるフロンティア ◆j1Wv59wPk2:2013/09/27(金) 20:45:32 ID:bURqmEaY0
(でも………今のままじゃ駄目、ですよね)

今からでも戻れば、あるいは和久井留美を探し出せるかもしれない。
だが、例え見つけられたとしてもそこからどうする。彼女を前にして、智絵里に何ができる。
結論から言ってしまえば、どうする事もできないだろう。
今の智絵里に、和久井留美の夢を変えられる程の力は無い。それほどまでに彼女は暗く、重い。


なら、どうすればいい。

足りないものがある、伝えられないものがある。それを伝えて、夢を変えてみせるには、どうすれば。


決まっている。その『夢』の力を、証明すればいい。
この悪夢の中でもまだ、沢山の人が。沢山のアイドルがいる筈だ。
そして、まだ多くのアイドルが心に太陽を持っている。
全ては仮定でしかないけど、それでもそう思えるだけの人達を智絵里は見てきた。
アイドルは、決して一人じゃない。同じ想いを持つアイドルは、必ずいるはず。

生きている皆で、決して諦めずに。

この夢は、決して絵空事なんかじゃない。
それを、証明してみせる。
『アイドル』としての緒方智絵里を証明してみせて、そしてまた出会えた時に……絶対に、変えてみせる。


それが、飛行場から立ち去る智絵里の決意だった。


    *    *    *


「ふぅ………」

額に浮き出る汗をぬぐい、足を進める。
今彼女は、道ならざる程荒れた場所を進んでいた。
飛行場から南へ、わざわざ本来のびていた道とは別の方向へ進む。

大きな理由としては、さっき聞いた放送にある。
禁止エリア――入ってしまえば、首に巻かれた爆弾が爆発してしまうらしい、そんな場所の一つに『C-2』が指定された。
それは、智絵里の居た『D-3』のすぐ近く。更に言えば、飛行場からのびていた道の先にあるエリアだった。
今から二時間後に、道の先が封鎖されてしまう。
踏み出そうとした一歩をいきなり邪魔されたような気持ちになったが、他にも道はある。
そもそも北西の道は既に探索済みだ。新たに誰かが来ている可能性もあるとはいえ、まだ探してない場所を見ていく方が効率的に思えた。
だから彼女は、大事をとって別の場所へと進んだ。今まで行った事の無い、南の方角へと。

(そろそろ、見えてくるかな……)

斜面はあまり急ではなかったが、それでも山を登る行為は確実に智絵里の体力を奪う。
それでも、今ここで足を止めるわけにはいかない。
北の他に近くにある名前つきの施設は、この先にある。
山の頂上付近にある天文台と、その近くにある温泉。
冷静に考えると地理条件があまり良くなく、人がいるかと言われると少し厳しい。

だがそれは、今彼女達がいる状況で考えれば少し変わってくるだろう。

今智絵里が望んでいるのは、人と出会う事だ。
だが、他の参加者達も同じように行動しているかと言われれば、多分違う。
ここは、殺し合いの場だ。
例えば人があまり来なさそうな場所で、怯えて隠れている……なんて可能性は否定できない。
智絵里が今探しているのは、正にそんな人だ。
この場所で、未だ哀しい夢に囚われていない人。その輝きを、穢していない人。
そんな人との合流して、協力することができれば、この胸の中にある夢は、形になっていく。
そう思っていたからこそ、智絵里は躊躇する事なく山を登り続けていた。

551彷徨い続けるフロンティア ◆j1Wv59wPk2:2013/09/27(金) 20:46:33 ID:bURqmEaY0
「はぁ……」

一体、どれほど歩き続けただろう。
たった独りでこれほど歩いた事は、もしかしたら初めてかもしれない。
最近の彼女には、いつだって隣に誰かが居た。
だから、歩く時もいつも隣に誰かが――――


「…………っ」


違う。



歩く時に隣に誰かがいたんじゃない。

緒方智絵里という少女は、誰かがいないと歩けなかった。


彼女がこの場所に連れてこられて、一人で何をしただろう。
殺す――と思っても、結局誰も殺せず、ここまできた。
勿論、殺せなかったのは結果的に良い事なのは違いないが、それでも彼女は独りでは一歩すら踏み出せなかった。
それに、今の彼女の気持ちだって、沢山の人の生き様を見てやっと芽生えたものだ。
結局、彼女は独りでは何もできなかった。それは、否定しようのない事実だ。

今までだって、たくさんの迷惑をかけてきた。
逃げ続けてきて、あの人にも、他の人にも迷惑をかけてきた。
そんな少女がアイドルとして成長したのは、いつだって見捨てずにいてくれた人がいたから。
彼女の歩いてきた道は、一人では歩けないほど、不安定だった。

少女は今、初めてたった独りで歩く。
頼れる人も、逃げ出した自分を追ってくる人も、隣を歩く人さえも、ここには居ない。
全て、智絵里自身が決めなくちゃいけない。
今まで通りでは駄目だ。これからは、成長しないといけない。
改めて気付いた事実を深く噛みしめて、独り歩いていく。

「あ………」

そして光景が変わり、少女は顔をあげた。
目の前には、自然の中で人の手が掛けられた場所――地図に書いてある『温泉』がそこにあった。

「…………」

智絵里は、その入り口に恐る恐る近づく。
地図には温泉としか書いていなかったが、その実しっかりとした設備があった。
つまり、その分人が隠れられるスペースは十二分にあるという事だ。
そしてその人物が、最初に彼女が予想したような人とは限らない。
誰も居ない可能性だってあるし――あるいは、いたとしても好意的な人とは限らない。
油断して、死ぬわけにはいかない。自分の身は、自分で守らないといけない。
彼女を守ってくれる人は、ここにはいないのだから。

「だ、誰かいますか………?」

入口近くに人影がない事を確認し、奥の方へ声をかける。
当初の予想通りの人がいるとするなら、敵意が無い事を証明しないといけない。
見渡した限り、人はいない。奥の方に潜んでいるのか、あるいは元から居ないのか。
そのどちらの可能性も捨てきれない以上、このまま進むしかない。

552彷徨い続けるフロンティア ◆j1Wv59wPk2:2013/09/27(金) 20:47:15 ID:bURqmEaY0
「………?」

そうして奥へと進み、恥ずかしながらも全部確認しないといけないと思い『男』の方も調べて。
一つの部屋に入った時、智絵里はあるものが目についた。
目の前にあったのは、何の変哲もない、別にあっても不自然ではないもの。
それがある事が問題じゃなくて、その状態が疑問だった。

目の前にある鏡は、粉々に割れていた。

(これ……一体誰が……)

元から割れていた可能性も、無くはない。
ここが初めから寂れていたような所なら、わざわざ直さずにそのままにしているのも頷ける。
ただ、もしもこれが他の参加者によるものなら。

(まだ、誰かいるのかも……)

そう感じた智絵里は、周りを見渡す。
人の気配は全くなく、その鏡以外に誰かが居た痕跡も感じられない。
慎重に慎重を喫した人物ならあるいはいたかもしれないが、どちらにしろ確証を得られるものは何もない。
そもそも慎重に動く人が鏡なんて割るだろうか、なんて疑問も浮かばない事は無かったが、これらも全部憶測にすぎない。
ここであれこれ考えるよりも、実際に探索する以外に状況を整理する方法はなかった。

「………はぁ」

そう考えて、智絵里は溜息をつく。
この旅館は、想像していたよりも広い。
その分、探索にも随分と苦労を要するであろうことは想像に難くなかった。
だが、隅から隅まで捜さなくては意味がない。
それが自分の身を守る為でもあり、夢を叶える第一歩になるものであるはずだから。

そう思いながら、智絵里は割れた鏡の前を離れた。



    *    *    *


「ふぅ………」

ソファのある部屋で、智絵里は一息つく。
念には念を入れた探索で、しかし誰がいたわけでもなかった。
鍵のついたもの等は確認のしようが無かったが、それ以外の部分で誰かが居た痕跡もあまり見当たらず。
とりあえずここに来た事は、結局のところ無駄足だったと言うほかなかった。

(天文台には、誰かいるのかな)

このすぐ近くにも、施設はある。
ここまで登ってきたのだから、そこまで確認するのは難しい事ではない。
ただ、この山の頂上というのはこの旅館以上に足が伸びなさそうである。
あまり行くメリットが感じられないのが、正直な所だった。
まだ、山を下って学校や病院の方に行った方が人が居そうだ。
地図とにらめっこしながら、智絵里はそんな事を考えていた。

553彷徨い続けるフロンティア ◆j1Wv59wPk2:2013/09/27(金) 20:48:16 ID:bURqmEaY0
このまま山を登って天文台まで行ってみるか。
それとも山を下りて南の街、あるいは遊園地にでも向かってみるか。

少女の中では、二択。
そこまで絞り込んで、いざ決意しようとした矢先。


(あ…………)

ふと、智絵里は瞼が急激に重たくなるのを感じた。

その瞬間を感じ、智絵里は強く首を横にふる。
彼女は自身が思っている以上に、心身ともに疲れていた。
なにせ、彼女は既にこの場所で18時間以上も行動している。
元々体力のある方では無い智絵里にとって、そろそろ活動限界が近づいてきていた。

(駄目……今、寝ちゃ………)

ここに人はいないであろうことは既に確認している。
しかし、果たしてここで寝てもいいのだろうか。そんな思考が頭をよぎる。
新しくやってきた誰かに寝込みを襲われる可能性だってあるし、そもそも悠長にしてる暇があるのかも疑問だ。

だが、体はそんな意思とは無関係に休憩を求めていた。
今すぐにでも立たないとまずい。そう思っていても、体は全く動かない。
このまま意識を手放す事を、強く望んでいる。
駄目だ駄目だと思っていても、少女の意識はあっさりと闇へ沈んでいき―――ー



―――暗い部屋の中で、少女の寝息だけが部屋の中で聞こえていた。



    *    *    *

554彷徨い続けるフロンティア ◆j1Wv59wPk2:2013/09/27(金) 20:51:14 ID:bURqmEaY0



夕暮れの、河原だった。


「…………?」


その中央に居た少女は、困惑した様子で辺りを見渡す。
まるで、何故自分がここにいるのか分からないように。


「―――い、おーい!」


そんな少女の耳に、呼びかけるような声が聞こえた。
その声の気付いて振り返ると、こちらへ向かって走ってくる男性の姿があった。


「…………っ!?」


その姿を見るなり、少女はびくりと体を震わせた。
信じられない、と言った様子で、男を見ていた。


「やっぱりここに居たか、探したよ。
 また四つ葉のクローバーを探してたのか?」
「ぁ……――さん……なんで……?」


男の投げかける質問に答えられず、少女はただ困惑しているばかりで。
ふるふると震える姿は、元の容姿もあいまってまるで小動物のようだった。


「………? それはそうとさ、聞きたい事があるんだけど……」
「は、はい……」


その姿に首を傾げつつも、男は少女に問いかける。
少女の方もまた、ただ返事をする事だけはできた。
一体何が起こったのか全く分からないような顔で、それでも必死に理解しようとしていた。


「響子、どこにいるか知らない?」



次の言葉に、少女は頭に強い衝撃を受けたような思いになった。

555彷徨い続けるフロンティア ◆j1Wv59wPk2:2013/09/27(金) 20:52:00 ID:bURqmEaY0


「智香も唯も事務所に顔を見せてくれなくてさ……あぁ、ナターリアも来てないんだ。
 彼女達が休むなんて、よっぽどな事だと思って……なんか聞いてないか?」
「ぇ……ぅ………」


男はかくも純粋な顔で智絵里に問いかける。
知っている。少女は、彼女達がどうなったのかを知っている。
正確に言えば全部を見たわけじゃないが、一人は確実に知っているし、他の人達の事も聞いている。

彼女達は……もう、戻ってこない。
二度と目の前の人には、会えない。

その事を伝えようと……いや、伝えられるはずもなく。
唇が震えて、上手く言葉にならず、血の気が引いていく。
どういえば良いのかも分からずに、ただ時間だけが過ぎていって。


「……響子ちゃん達なら、向こうにいたわよ」


その空間に、また一人の女性が現れた。


「あっ、千夏さん」
「彼女達も色々あって疲れてるから、迎えに行ってあげたら?」
「そうなんですか……一体何してたんだろう」
「本人の口から聞けばいいわ。あの子達も、あなたに逢えたら疲れなんて吹き飛ぶわよ」


ただ困惑するばかりの少女を尻目に、二人の男女は話を進めていく。
何故彼女がここにいるのか。そもそも何故あの人がここにいるのか。
一部の記憶だけがはっきりとしている少女は、理解がまるで追いついていない。


「では、行ってきます」
「えぇ……………さて、智絵里ちゃん」


暫くして、男を見送った女性が近づいてきた。
その女性は、少女の名前を呼ぶ。少女の方もまた、女性の方を深く知っていた。


「あ……千夏、さ」


なんと言えばいいのか分からず、でも何か言わないといけない。
そんな思いで口を開いて、喋ろうとした瞬間。



「ごめんなさいね」



その言葉が紡がれる前に、少女の体は地に伏せた。

556彷徨い続けるフロンティア ◆j1Wv59wPk2:2013/09/27(金) 20:52:58 ID:bURqmEaY0


「―――――――」

そんな、とも言えず。どうして、とも言えず。
言葉が血となって口から出ていく少女の姿があった。


「……これで、あと――人。もうそろそろ佳境と言った所かしら」


その姿を、水が濡らす。
あっという間に、世界は雨に包まれた。
その中心にいる女性は、そんな事おかまいなしとばかりに空を見上げる。
少女の方からは顔は見えない―――筈なのに、なぜかその姿には、哀愁のようなものを感じられた。


「もう、あの人のアイドルは私しかいない………あなたは、私が助けるわ」


どれだけ体が冷え切っても、指一本動かなくとも、光景すらぼやけて見えなくなっても。
その声だけは、なぜか鮮明に聞こえた。
決してこちらを振り向かずに立ち去る女性に、少女はただ見送ることしかできなくて。
雨の中、ただ独りだけ取り残されて。




そこで、少女の意識は途絶えた。






    *    *    *




「…………ッ」



眠気は、吹き飛んでいた。
体中を嫌な汗が包んでいる。息も荒く、心臓も荒く高鳴っている。
自分の体を触る。どこにも傷は無いし、血で汚れているなんて事もない。
あの光景はただ、気を失ったように眠った少女が見た夢でしかなかった。

「千夏、さん」

ふと言葉に出たのは、一人の女性の名前。
あの夢の中で出てきた、あの人の担当する、智絵里以外に唯一生き残っている人で。

――そして、夢の中で刃を向けた人。

557彷徨い続けるフロンティア ◆j1Wv59wPk2:2013/09/27(金) 20:54:57 ID:bURqmEaY0
夢の中の出来事は智絵里自身が作りだしたものであって、あの女性も、所詮は智絵里の中の存在でしかない。
しかし、だからといってあの出来事を否定する事もできなかった。
冷静で、頭脳明晰な人。彼女もまた、あの人に恋をしていた……と、思う。
だからこそ、そうとしか思えない。相川千夏はまだ、間違いなく殺し合いに乗っているだろう。

――千夏さんは、今の私をどう思うのだろうか。

きっといつかは邂逅するであろう彼女の事を考える。
彼女もまた、和久井留美のように一蹴するのだろうか。
相川千夏は『大人』であり、物事は現実的に考える人だ。
だから、きっとこの思いを鵜呑みにはしてくれないだろう。

それでも、彼女の事だって諦めるわけにはいかない。
同じ人を想う関係でも……そんな関係だからこそ、譲る訳にはいかない。

恋をめぐる戦いは、こんな殺伐としたものじゃない。
また二人で日常に戻って、互いにあの人の事を想って。
最終的にあの人自身に決めてもらう。そういうものの、はずだ。

そこからがスタートだから。
だからこそ、こんな場所で終わりになんてさせない。させちゃいけない。

まだゴールには遠く、道はぼやけて見えなくても。

確かな気持ちだけは、この胸にあった。




外は、あの夢のように雨がぽつぽつと降り始めていた。




【F-3/一日目 夜中】


【緒方智絵里】
【装備:アイスピック ニューナンブM60(4/5)】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×16】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:心に温かい太陽を、ヒーローのように、哀しい夢を断ち切り、皆に応援される幸せな夢に。
1:他のアイドルと出会い、『夢』を形にしていく。
2:大好きな人を、ハッピーエンドに連れて行く。

558彷徨い続けるフロンティア ◆j1Wv59wPk2:2013/09/27(金) 20:55:45 ID:bURqmEaY0
投下終了です。今回は御迷惑をおかけしました。
何か問題点等ありましたら指摘お願いします

559 ◆John.ZZqWo:2013/09/30(月) 20:31:05 ID:j45IhPGo0
投下乙です!

>彷徨い続けるフロンティア
緒方智絵里の独立独歩。彼女もまたひとりに。でも歩き出しましたね。
和久井さんを改心させるためにアイドルの姿を追い求める……のだけど、当の和久井さんはそのアイドルを見てより決心を固めているのだよなぁ。
彼女がひとりで歩いているところ、夢の中、雨中でずぶぬれになり小さく震えているのが実にらしい感じ。
苺ズも残すは彼女とちなったんのみ。対極的なふたりが残ったとあって、彼女たちそれぞれと苺ズ、その顛末が気になります。

560 ◆John.ZZqWo:2013/09/30(月) 21:12:14 ID:j45IhPGo0
大石泉、川島瑞樹、姫川友紀、高垣楓、矢口美羽、高森藍子、栗原ネネ、日野茜、小日向美穂、渋谷凛 の10人を予約します。

561 ◆n7eWlyBA4w:2013/10/02(水) 00:23:09 ID:pdMttKVk0
遅くなりましたが、予約した古賀小春・小関麗奈、投下します。
感想は後ほどまとめて書きますので、ご容赦を……。

562カナリア  ◆n7eWlyBA4w:2013/10/02(水) 00:27:00 ID:pdMttKVk0





 毒がその身に回るまで、何も知らずに囀り続ける炭鉱のカナリアのように。





   ▼  ▼  ▼





「…………南条、光?」





 小関麗奈は、ダイナーの椅子に腰掛けて、ぼんやりとその名前を繰り返した。

 食事の後、今後のことを話し合って、しかし今まで他のアイドルに一切出会っていないというのもあっていまいち実のある話にならず、
 とりあえず北の端から出発したのだから南を目指してみようという単純な結論に至ったものの、出発のタイミングを逃したのに気付き、
 動くにしても放送を待ってからにしたほうがいいと留まることを決めて、そして今。


 そして今、麗奈は誰よりもよく知る名前を、こうして聞いている。


 その名前がこうして呼ばれることが一体何を意味しているのかは、麗奈にもよく分かっていた。
 南条光は死んだのだ。あの馬鹿みたいに真っ直ぐないい子ちゃんは、結局麗奈と再会することなく逝ってしまった。

 もう二度と会うことは出来ない。もう二度と、事務所でヒーローごっこをして遊ぶこともない。
 馬鹿みたいに些細なことで喧嘩したり、どっちがカッコいい決めゼリフを思いつくかで勝負したり、お姫様役の小春を取り合ったり。
 悪のウサミン星人に扮した菜々を、二人がかりでやっつけようとしてみたり。そんな時間はもう巡ってはこないのだ。

 永遠の別れ。その事実が、動かしようのない現実としてただ目の前にある。


「れ、れいなちゃん……」


 隣で傍目にも分かるぐらいに真っ青になった小春が、麗奈にすがりつくように震える声を上げる。
 小春にとっては、はじめて自分のよく知る人の死を聞いたのだ。ショックを受けて当然だろう。
 

 だけど、絞り出すような小春の言葉への無意識の答えは、麗奈自身にとっても想定外のものだった。

563カナリア  ◆n7eWlyBA4w:2013/10/02(水) 00:28:08 ID:pdMttKVk0

「雨が降るらしいわね。放送聞いたら移動しようかと思ってたけど、ここでやり過ごしたほうがいいのかもね」
「……えっ?」


 驚いたのは小春だけではなかった。当の麗奈自身が、その淡々とした言葉に当惑していた。


「いつ降るか分からないんじゃ、雨宿りできる場所が見つかるかも分からないもの。なによ、変なこと言ってる?」
「…………っ」

 小春はなにか言おうとしたが、そのまま言葉を飲み込んでしまった。
 さすがに薄情過ぎる言い方なのではないだろうか。そう自分でも思ってしまうくらいに、冷静な言葉が自分の口から出てきている。


 ずっと一緒にいた人間が死んだのに、どうして自分は、こんなにも平然としているのだろう。


 いつかこんな時が来るような気はしていた。
 アイツは根っからのお人好しでヒーローバカだから、余計なことと分かっていても躊躇わずに首を突っ込むだろう。
 そして、そういう性格だからこそ、この殺し合いでは長生きは出来そうにないタイプ。それは麗奈も、これ以上ないほど理解していた。
 だからこうやってアイツの死を知る時が来てしまう。そう恐れていたし、今まで考えないようにしていた。

 だけど、いざ聞いてみると、拍子抜けにすら感じてしまった。
 安部菜々が死んだと聞いた時と同じだ。もっと打ちのめされるのかと思っていたのに、こんなものなのだろうか。
 もちろん寂しさを感じないわけではない。だけど、自分自身でも驚くぐらいに、麗奈は平静を保っていた。
 
(アタシって、自分で思ってたよりも、クールな性格だったのかしら)

 そう考えてみたけれど、その発想はひどく現実離れしているように感じて、だからこそ一層戸惑ってしまう。
 でも、そうとでも考えないと自分でも納得がいかなかった。だって、涙のひとつも出そうにないのだ。
 そういえば麗奈達のプロデューサーなら、こんな時はどうするんだろう。やっぱり大人だから、泣かずに受け止めるのだろうか。
 そう考えると、麗奈は思ったよりも大人なのかもしれない。大人だから、こういう時に泣かないのかもしれない。

 そこまで思いを巡らせたところで、麗奈は努めて柔らかく聞こえるよう、小春に声を掛けた。


「小春。アンタは泣いていいのよ」
「えっ?」
「アンタはまだ小さいんだから、悲しい時には泣けばいいのよ。子供なんだから」


 麗奈はいい。どうやら涙を流すことなく、南条の死を受け止められそうだから。
 だけど小春はそうじゃない。ここで悲しみを貯めこむと、きっと爆発してしまうだろう。そういう気遣いだった。
 なのに、小春はその肩を小刻みに震わせて、床を睨むようにじっと見つめて、こう言った。


「れいなちゃんが泣かないから、小春も泣かないの」
「……なによ。レイナサマはこんなことじゃ泣かないのよ。アンタと違って子供じゃないんだから」
「それでも、泣かないの」


 そう言って唇をぎゅっと結ぶ小春の姿に、麗奈はやれやれとため息をついた。
 そんな理由で我慢しても仕方ないのに、小春の意志は固いようで、必死に堪えているのが分かるのに結局泣き出そうとはしなかった。


「……別にアタシは、我慢なんてしてないのに」


 そう。麗奈は、悲しみを抑えこんでなんかいないのに。そのはずなのに。
 ただ受け止めて、そして乗り越えていけるはずなのに。

564カナリア  ◆n7eWlyBA4w:2013/10/02(水) 00:29:42 ID:pdMttKVk0



   ▼  ▼  ▼



「まったく小春の変なところで頑固なのにも困ったものね。今回ばかりは仕方ないかもしれないけど」


 あの後、小春がヒョウくんのお世話をすると言って奥の部屋に引っ込んでしまったので、麗奈は一人でキッチンに立っていた。
 ただでさえ小さい背中が一層小さくなってしまったような気がして、流石になんとかしてやらなきゃいけないと思ったのだ。
 自分と違って、小春はまだ子供だ。それくらいの温情は掛けてやるのが上に立つものの務めね、と自分に言い聞かせる。

 
「温かい飲み物でも飲ませてあげれば少しは落ち着くでしょ。せいぜいこのレイナサマの気配りに感謝することね」


 麗奈は仰々しく腕を組んで、ダイナーの棚をぐるりと見渡す。
 とはいえ、どんなものを用意したものか。あの小春のことだ、コーヒーなんて砂糖の山を入れても飲めやしないだろう。
 かといってスープみたいな手間のかかるものは単純に作れない。もしかしたらレトルトのようなものがあるかもしれないが探すのは面倒だった。
 やはり、こういう時の定番はホットミルクではないだろうかと、麗奈は考える。
 試しに冷蔵庫を開けてみれば案の定、牛乳パックが並んでいた。業務用なのか見たことのないデザインだが、味に変わりはないだろう。


「あっためるだけなら簡単だし、これに決まりね。自分自身の頭脳の冴えが怖いわ」


 自分の思いつきに大いに満足し、麗奈はさっそく支度に取り掛かった。
 調理用具の棚から頃合いの大きさの小鍋を引っ張り出し、それにミルクをとくとくと注ぐ。
 あとは火を着けて、ちょうどいい温度になるまで熱を加えていくだけのこと。何の失敗もしようのない、完璧な作戦だ。


(ほら、こんなにもいつも通り。アンタが死んだからってアタシが泣き喚くと思ったら大間違いよ、南条)


 そう心のなかで呟く。……そして呟いてから、なんでわざわざアイツに向けての言葉にしてしまったのか首をひねった。
 アイツの名前が出てくるようなところではないのに。意識する場面なんかじゃないのに。
 なぜだか分からないがモヤモヤする。あんなヤツのためにこの自分が不愉快な思いをするのが納得いかず、麗奈は鼻を鳴らした。


(アタシはアンタみたいないい子ちゃんとは違うのよ。今まで通り賢く立ち回って生き残るの。アンタも馬鹿やったもんだわ)


 突き放すようなことを考えてみたが、そうすると余計にモヤモヤが酷くなったので、いよいよ麗奈は不機嫌顔になった。
 どうして南条のことが自分の中から離れないのだろう。追い払おうとすればするほど、いっそう強く残るのだろう。
 答えは分かりそうな気がするが、深く考えてしまうことに本能的な恐怖を感じて、麗奈は意識して目をそらした。


「……あんなヤツのことなんか考えていたって時間の無駄だわ。今のうちにカップの準備でもしなきゃ、うん」


 頭を振って思考を散らし、気を取り直して食器棚を必要以上に勢い良く開ける。
 中に並んでいるたくさんのカップからホットミルクを飲むのによさそうなマグカップを選び、麗奈はおもむろに手を伸ばした。

565カナリア  ◆n7eWlyBA4w:2013/10/02(水) 00:30:59 ID:pdMttKVk0

 たったそれだけの動きだったし、麗奈はカップを手に取る以外の何かが起こるだなんて考えてもいなかった。



 それなのに。伸ばした麗奈の指は、そのまま空を切った。



 マグカップの取っ手が小指の先に引っかかって、そのまま転がり落ちたカップは床にぶつかって鈍い音を立てて欠けた。
 頭の中が一瞬で真っ白になった。取っ手と縁の一部が無くなったマグカップがごろごろと転がるのをぼんやりと見下ろす。
 何が起きたのか麗奈自身にも分からなかった。呆然とカップを掴み損ねた自分の手を見て、そこでようやく理由を悟った。
 
「え……なによこれ。なんで震えてるわけ……?」

 自分の手が、別の生き物のようにぷるぷると小刻みに震えているのを見て、麗奈は困惑した。
 まったく原因に心当りがない。そもそも何がどうなったらこんなふうになってしまうのか。
 指先に意識を集中させて止めようとしても一向に上手く行かず、戸惑いはいっそう大きくなる。

「なんなのよ、もう! 止まれ、止まんなさい!」

 もう一方の手で強引に抑えつける。そのまま何度も深呼吸を繰り返すうちに、いつの間にか震えは治まってきた。
 大きく一息をつく。そして、自分でも気づかなかったが疲れでも溜まっていたんだろうと勝手に結論づけることにした。
 しかし、ようやく平静を取り戻しかけた麗奈の耳に届いたのは、更なる悪い状況を告げる音で。

「あ、ああーっ! 吹きこぼれてる!」

 鍋に入れた牛乳がごぼごぼと音を立て、泡立って溢れ出していた。
 どうしてこんなになるまで気付かなかったというのだろう。麗奈の頭を焦りが支配していく。
 そして、悪い時には悪いことが重なるものか。
 慌てて火を止めようとして、しかしそこで手元が狂い、鍋を傾かせかけてしまった。

「あっつぅっ!?」

 幸い完全に引っくり返して大惨事になることだけは避けられたが、それでも跳ねた数滴が指にかかってしまった。
 涙目になってその指を口に含みながら、麗奈は目の前の惨状を見渡した。

「ど、どうなってるのよ……難しいことなんてないはずじゃない。なんでこのレイナサマが、こんな簡単なこと……」

 この程度の失敗しようもないようなことで、こんなにも醜態を晒すなんて、自分でも信じられない。
 それでも、認めるしかない。自分でもはっきりと分かるくらいに麗奈は取り乱していた。
 ただカップを取って、ちょうどいい温度まで温めたミルクを注ぐ、ただそれだけのことすら出来ないくらいに。


 そして、その理由として思いつくのは、麗奈自身が何よりも認めたくない、たったひとつ――

566カナリア  ◆n7eWlyBA4w:2013/10/02(水) 00:32:05 ID:pdMttKVk0


「これじゃまるでアタシが、南条がし……死んだからって、それで動揺してるみたいじゃないの……」


 自分の呟きに、どきりと心臓が跳ねた。
 そんなはずはないと、声に出して言い切りたかった。だけど出来なかった。
 心のどこかでそれが真実だと言っていて、それを別の自分が必死に否定しようとしていて、混乱するばかりだった。
 ただ蓋をし続けられないくらいに胸の奥のわだかまりが広がって、じわじわと心を飲み込みそうになっていた。


(なによ……アタシは、アイツが死んだことをちゃんと受け入れられたはずなのに……)


 麗奈はどこか遠くに助けを求めるように、ぼんやりとキッチンから見える窓の向こうに目をやった。
 そういえば雨はいつ頃降り出すんだろうと、現実逃避じみたことを考えながら。



 そして、そこで麗奈は、目を見開いた。





 窓ガラスの向こう側、そのもっともっと奥で、見覚えのある深い黒のロングヘアが風になびいていた。





「――光っ!?」





 体が、理性を置き去りにして反応した。

567カナリア  ◆n7eWlyBA4w:2013/10/02(水) 00:33:06 ID:pdMttKVk0
 散乱したマグカップの破片を危うく踏みそうになりながらも、よろめきながらキッチンの出口へ辿り着こうと進む。

 その途中で肘が流し台の隣に積んであった別のコップに当たり、今度は完全に砕け散る音が聞こえたが、視線を落とそうともせずキッチンを飛び出した

 がむしゃらに店内を一直線に駆け抜けようとして、つま先で椅子の足を蹴飛ばし、だけど痛みよりもまどろっこさが先じて、倒れた椅子を飛び越えて出口へ走る。

 体当りするようにドアを開けるとその勢いでベルが大音量で響き、店内の奥から「麗奈ちゃん!?」と驚く声が聞こえた気がしたが、逸る気が返事すら飲み込ませた。
 

「光……光、そこにいるの!?」


 代わりに麗奈は、知らず知らずのうちに彼女の名前を呼んでいた。

 今まで一度も、面と向かって下の名前で呼んだことなんてなかったのに。
 それが照れくさかったからなのか、自分の悪役としてのポーズなのか、それ以外なのかは自分でも分からない。
 あるいはこんな日が来ると分かっていたら、もっと真っ直ぐに向き合えたのだろうか?

 走る。走る。走る。

 距離にしてみれば大したことのない道のりが無限に遠く感じて、ひたすらに足を動かした。
 血を薄めて流したような夕焼け空の下、駐車場のほうから店の裏に回りこみ、窓から見えるはずの場所に視線を飛ばす。

 いないはずはない。ヒーローは何度でも蘇るって、アイツはしょっちゅう言っていたじゃないか。
 どうせ今度もやられた振りでもしていたに違いない。そして自分達を驚かそうとこっそり覗いていたとか、そんなところだろう。
 相変わらずガキっぽいんだから。そんなだから背だって伸びないんだ。顔を見たら思いっ切り馬鹿にしてやる。

 そんなことを思いながらも焦りだけは抑え切れずにいる麗奈の視界の片隅で、何かが揺れた。
 
 一瞬で、麗奈の顔から不安の色が消え失せた。
 裏返りそうになりながらも声をかけようとした、その意識の先に、




 ちぎれた青いビニールシートが木の枝に引っかかったまま、夕暮れの風に吹かれてはためいていた。




「……なによ、それ」


 こんなもの、認められるわけが、なかった。

568カナリア  ◆n7eWlyBA4w:2013/10/02(水) 00:34:00 ID:pdMttKVk0

「光、いるんでしょ光……何隠れてんのよ、らしくないじゃない」


 目の前の期待外れにも程がある現実を拒否するように、うわ言のように呟く。

 いや、違う。現実を拒否していたのは、今に至るまでずっとだった。受け入れたつもりでいて、結局受け入れられていなかったのだ。
 今までそこにいるのが当たり前過ぎて、だから、まだ今まで通り呼べば出てくるんじゃないかと、そんな気がしてしまったのだ。


「ほら、出てきなさいよ! 何こそこそしてんのよ! 正々堂々と正面から来るのがいつものあんたでしょうが!
 アタシは……レイナサマはまだ健在なのよ! 今にも世界を征服しそうな勢いなのよ!? 今出てこないでどうすんのよっ!」


 いつも以上にオーバーな身振り手振りで、どこかに隠れているに違いない彼女を挑発した。
 なのに何の反応も返ってこない。いつもなら馬鹿みたいに大げさなポーズを決めながら飛び出してくる場面なのに。
 今は麗奈の言葉だけが夕暮れの空気に吸い込まれるばかりで、ごっこ遊びですらない、滑稽な一人芝居にしかならない。


「……かかってきなさいよ! 悪を倒しにきなさいよっ! ヒーローなんでしょ!? 正義の味方なんでしょっ!?」


 自分の声が虚空に消えていくたびに、認めたくない事実が暗雲のように自分の上からのしかかってくるようで。
 それを跳ね除けようと、八つ当たりめいた怒りを叩きつける。叩きつける相手なんて、いはしないのに。


「無視してんじゃないわよバカ南条! ナメてんの!? このレイナサマを、バカにしてんじゃないわよぉ……っ!」


 叫んだ。叫びながら、地面が陥没しそうなぐらいの勢いでひたすらに地団駄を踏んだ。

 馬鹿げた行動だというのは頭の片隅で分かっていた。だけどそれ以外に、感情の持っていきかたが分からない。
 どうやって爆発させたらいいのかが分からない。いや、この感情の正体そのものが、麗奈自身にも分からない。

 何故こんなに自分が必死なのか、そんなことを疑問に思う余裕すらなかった。勢いに身を任せることしか出来なかった。


「あのね! 言っとくけどね、アタシとの決着はまだ着いてないんだから! アタシだけじゃないわ、あのウサミン星人だって野放しにしてたら――」


 だけど、激情のほとばしるままにそこまで叫んだとき、麗奈は、ふと自分の過ちに気付いた。
 それは頭では分かっていて、それなのに最初は実感が湧かず、その後は考える余裕がなくてそのままにしていたこと。
 今の今まで向き合えずにいた、それでもいずれ気付かなければならなかったことに、今気付いてしまった。



(……………………あっ、そうか。菜々さんも、もういないんだっけ)



 ――あるいはそれが、最後のひと押しだったのかもしれなかった。

569カナリア  ◆n7eWlyBA4w:2013/10/02(水) 00:35:23 ID:pdMttKVk0



「……ぅう、う、うう」



 麗奈の足元から、神経が寸刻みにされていくように感覚を失っていった。

 足の着かない水中で立ち泳ぎをしているような底冷えする浮遊感が、徐々に全身を覆っていった。

 そのうちに視点の位置がガクンと下がったが、足に力が入らず尻餅をついたということに、麗奈はすぐには気付けなかった。

 反射的に地面に突いた手のひらに砂利が食い込んだのに、その痛みすら何秒も遅れて感じられた。

 代わりに体の芯がきゅうっと絞られるような不快感が、みぞおちの辺りから喉元までせり上がってきて、思わず声を出しそうになった。

 だけど言葉は漏れずに、代わりに制御の利かない震えで歯がひとりでにカチカチと断続的に音を立てていた。

 耳鳴りがして、周りの音が遠ざかっていって、世界から自分が切り離されたように感じられた。


 知らない。こんな感覚は、知らない。こんな自分なんて、知らない。


「じょ、冗談じゃないわよっ……このレイナサマが、なんでアンタ達のために、こんな……っ」


 こんなに弱々しく震えるのが自分の声だなんて、知らない。
 こんなに脆くてちっぽけで無様なのが小関麗奈だなんて、知らない。
 そんなこと知らなかった。知りたくなんてなかった。


「……なんでよ……なんなのよぉっ……なんでこんな思いをしなきゃいけないのよ……う、ううっ……」


 もう二度と戻ってこないもの。もう二度と訪れることのない時間。
 くだらないと思っていたのに。大したものじゃないと思っていたのに。
 当たり前すぎるぐらいに当たり前だったものが、ただ当たり前でなくなったというだけで、こんなにも張り裂けそうだなんて―― 



 

「――れいなちゃんっ!」





 いつになく鋭く、それでいて悲痛さすら含んだ声が自分の名を呼ぶのを耳にして、麗奈はその意識を繋ぎ止めた。

570カナリア  ◆n7eWlyBA4w:2013/10/02(水) 00:36:30 ID:pdMttKVk0


「小春……?」


 へたり込んだ格好のまま、呆然と視線を上げる。そこには、夕焼けを背にして立つ小春の姿があった。
 朱い光の中にいながらその顔は傍目にも分かるくらいに真っ青で、唇は不安に引き結ばれていた。
 小さな両手は胸の前できゅっと握られている。いつも抱いているヒョウくんを連れてくる余裕もないくらい、焦っていたのだろうか。
 

「な、何よ。何見てんのよ。アタシならなんでもないんだから、戻ってあのトカゲの世話でもしてなさい」


 自分でもはっきりと分かるくらいに上ずった麗奈の言葉に、小春は首をぶんぶんと振って拒絶の意思を示した。
 日頃の小春らしからぬ強い意志表示に、逆に麗奈のほうがたじろいでしまう。
 それでも虚勢のメッキで取り繕って、必死で平静を装う。小春にこれ以上、弱みを見せるわけにはいけない。
 麗奈にとってそれは精一杯のプライドだったし、あるいは不安にさせまいとする思いやりの発露かもしれなかった。


「ふ、ふふん。アンタみたいなお子ちゃまに心配されるほど、このレイナサマは落ちぶれてなんていないのよっ」


 しかし小春はそんな言葉など耳に入っていないように麗奈に近寄ると、その手で手を取った。
 その柔らかさと温もりで自分の心がふっと融解してしまいそうなのをこらえようとする麗奈の目が、小春の目と合う。
 その目は不安と恐怖で揺れていて、今にも力を失いそうで、それでも懸命な意志に満ちていて。


「だ、だって、れいなちゃん言ったじゃない。れいなちゃんが悪いことしたら、小春が止めてって」


 その小春の言うことは麗奈にはさっぱり意味が分からず、自然と言葉が強くなってしまう。


「何よ、アタシがいつ、アンタに止められるようなことしたっていうのよ!?」 
「してるよっ! 」


 だけど突然の強い語勢に虚を突かれたその瞬間、小春の小さな体躯が麗奈の胸に飛び込んできた。
 思わずバランスを崩しそうになりながらもその体を支えた麗奈に届いたのは、今まで以上に震えて弱々しい言葉だった。


「してるよ……今だって、してるよぉ……」
「な、何を……」


 顔を上げた小春と改めて目が合った。

571カナリア  ◆n7eWlyBA4w:2013/10/02(水) 00:37:24 ID:pdMttKVk0

 はっとした。

 そういえば、この一日が始まってから、麗奈は一度も小春の泣き顔を見ていない。
 最初はこの殺し合いを理解していなかったとはいえ、辛いこと、怖いこと、不安なこと、きっとあったはずなのに。
 それでも、いつも通り隣にいる自分までほんわかするような笑顔を浮かべていたのだ。今までずっと。



「悲しい時にひとりで泣くなんて、悪いことだよ……絶対やっちゃいけないことだよぉ……っ!」



 その小春の両目から、大粒の涙がぼろぼろと溢れていた。
 今までの時間ずっと心の奥に溜め込んでいたであろう涙が、堰を切って流れ出していた。
 小刻みに震えるその肩を見て、たった今彼女が口にした言葉を思い起こして、麗奈はあの笑顔のわけを察した。


「小春……もしかして、今までずっと、アタシのために……っ」


 そこから先は、言葉にならなかった。

 ただ無心に、自分にすがる小春の小さな体にしがみつくように手を回した。
 小春の体がぴくりと震え、それから耳元で最初は控えめに、しかしすぐに抑え切れないほどの嗚咽が聞こえ始めた。
 それを聞いて、麗奈の心の頑なな部分もまた、あっさりとほどけていくのを感じた。

 悪役のプライドも、悪い子の仮面も、今だけはどこかに行ってしまった。
 剥き出しの感受性が、ただただ、ありのままの自分の感情を溢れさせていった。


「くぅうっ……う、うぁあ、ああぁあああああ……っ」
「うぇえん、ぐすっ、ううっ、うえぇええぇえん……」


 そして麗奈は、今まさに小春がそうしているように、恥も外聞もかなぐり捨てて、声を上げて泣きじゃくった。




   ▼  ▼  ▼

572カナリア  ◆n7eWlyBA4w:2013/10/02(水) 00:38:17 ID:pdMttKVk0

 泣いて泣いて泣いて、そして。



「……暗くなってきたわね」
「うん」
「戻ろっか」
「うん」
「あのイグアナもさ、ひとりぼっちじゃ、その、寂しいでしょ」
「うん。ありがとうれいなちゃん、ヒョウくんの心配してくれて」
「バカ、そんなんじゃ……まぁいっか」


 どれくらい時間が経ったかは分からないが、来た時とは色を変えた空の下、二人で短い短い帰路に就く。
 小春の手が麗奈の指を握り、照れで少し顔が火照ったが、不思議と悪い気はしなかった。
 ついさっきまで、もっと恥ずかしい姿を晒していたからかもしれない。


(調子狂うわね。今まで築いてきたレイナサマ像が、いつの間にかボロボロじゃない)


 だけど、そんな地の見えてきた麗奈を受け入れてくれる子が、すぐ隣にいる。
 そのことが麗奈にとってくすぐったいくらいに心地よいのがなんだか悔しくて、つい声に出してしまう。


「言っとくけどね。これでアタシが改心したと思ったら大間違いよ。アタシは、あくまでアタシの道を行くんだから」
「うんっ。れいなちゃんは、れいなちゃんらしいのが一番だと思うのー」
「そーよそーよ、レイナサマはいつだってレイナサマなのよ」


 そうは言いながら、やっぱり自分は変わってきているような、そんな気もする。
 それは麗奈にとっては認めがたいことではあるし、不安がないと言ったら嘘になってしまうだろう。
 だけど、それは悪いことばかりでもないのだろうと、そう感じるのも本当のことだった。
 そんな思いが、ぽろりと口から滑り落ちる。


「……アンタがいてくれてよかった」
「なぁに、れいなちゃん?」
「あ、アンタみたいな甘ちゃんは、アタシにくっついてるくらいがお似合いだって言ったのよ」


 照れくさくて咄嗟に誤魔化したのに、小春はそれを聞いて、えへへと心底嬉しそうに笑った。
 それを見た麗奈も、バカねと呆れながら微笑んだ。くしゃくしゃの顔で、うまく笑えていたのかは分からないけど。
 それでも、この健気なお姫様の輝きを守るためなら、なんだってできるような気がした。



(……ざまぁ見なさい、光。この役は、もう二度とアンタなんかに譲ってやらないんだから)



 ヒーローのいない世界で、それでも悪役とプリンセスと、ふたり一緒なら生きていけると思った。

573カナリア  ◆n7eWlyBA4w:2013/10/02(水) 00:38:49 ID:pdMttKVk0



   ▼  ▼  ▼








 生と死の最前線に晒されながら、それでも生きている限り囀るのをやめないカナリアのように。








【B-5 ダイナー/一日目 夜】

【小関麗奈】
【装備:コルトパイソン(6/6)、コルトパイソン(6/6)、ガンベルト】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:生き残る。プロデューサーにも死んでほしくない。
 0:小春と一緒にいる。
 1:放送を待って南へ移動する予定だった(雨が降るなら中止?)
 2:小春はアタシが守る。

【古賀小春】
【装備:ヒョウくん、ヘッドライト付き作業用ヘルメット】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:アイドルとして、間違った道を進むアイドルを止めたい。
 0:麗奈ちゃんと一緒にいる。
 1:放送を待って南へ移動する予定だった(雨が降るなら中止?)
 2:麗奈ちゃんが悪いことをしないように守る。

 ※着ている服(スカート)に血痕がついています。

574 ◆n7eWlyBA4w:2013/10/02(水) 00:39:09 ID:pdMttKVk0
投下終了です。

575名無しさん:2013/10/03(木) 00:54:42 ID:ijqUhhGU0
>>しかし今まで他のアイドルに一切出会っていないというのもあって

たしか最初のほうにきらりと出会っていたような気がする…

576名無しさん:2013/10/03(木) 20:10:17 ID:EY0AEmiE0
投下乙です
放送への反応が等身大の子どもすぎて応援したくなる…

>小春にとっては、はじめて自分のよく知る人の死を聞いたのだ

小春ちゃんって、Pが同じアイドルが何人も死んでたような……
レイナ様が知らないだけかもしれませんが

577 ◆n7eWlyBA4w:2013/10/03(木) 23:33:00 ID:.8FX03aY0
>>575-576
ご指摘ありがとうございます。
言葉足らずだったところや語弊があった部分がありましたので、何箇所か修正させていただきますね。

>>562
【修正前】
>食事の後、今後のことを話し合って、しかし今まで他のアイドルに一切出会っていないというのもあっていまいち実のある話にならず、

【修正後】
>食事の後、今後のことを話し合って、しかし諸星きらりとの一件を最後にずっと二人だけでここまで来たせいか実のある話にはならず、



【修正前】
>隣で傍目にも分かるぐらいに真っ青になった小春が、麗奈にすがりつくように震える声を上げる。
>小春にとっては、はじめて自分のよく知る人の死を聞いたのだ。ショックを受けて当然だろう。

>だけど、絞り出すような小春の言葉への無意識の答えは、麗奈自身にとっても想定外のものだった。

【修正後】
>隣で傍目にも分かるぐらいに真っ青になった小春が、麗奈にすがりつくように震える声を上げる。
>小春は麗奈が南条と張り合う時はいつもくっついて来ていたし、なにより悪役の自分と違って彼女の前での南条は常にヒーローだった。
>ショックを受けて当然だろうと麗奈は思う。その心の痛みを和らげてあげなくちゃいけない、とも。

>なのに。絞り出したようにか細い小春の言葉へ無意識に返した答えには、麗奈自身にとっても想定し得ないような空々しい響きがあった。


以上の箇所を修正させていただきたいと思います。

578 ◆yX/9K6uV4E:2013/10/05(土) 01:55:34 ID:zWobML5E0
皆さん投下乙です!
>彼女たちの前に現れる奇跡のサーティスリー
こんな邂逅があったのか……哀しいなぁ。
それだけにああなってしまったのが、哀しくも、いいなぁ。
ほんのりしました。

>さまよい続けるフロンティア
ちえりん、辛いよなぁ。
でも、頑張ってる姿が本当にいい。
果たして彼女は止められるのか、どうか。


>カナリア
素晴らしい。
もう、これしか言葉に出ない。
二人の行く道が辛いものであっても、ずっと生きて欲しいなあと思う。


此方も遅くなってしまいましたが、投下を始めます

579 ◆yX/9K6uV4E:2013/10/05(土) 01:58:22 ID:zWobML5E0




――――さらぬだに、打ちぬる程も、夏の夜の、夢路をさそう、ほととぎすかな













     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

580 ◆yX/9K6uV4E:2013/10/05(土) 01:59:09 ID:zWobML5E0









「岡崎泰葉……十六歳……うん、実績も充分だし……アイドルとしてやっていけるんじゃないかな」


ある一人のプロフィールが書かれた紙を、栗色の髪をした童顔の男がひとつひとつ吟味するように、眺めていた。
書いてある情報、経歴、幼い頃から芸能界にいるだけあって申し分もない。
彼女が出ていた映像も見たが、素晴らしいものだとその男――プロデューサーそう、は感じる。
元々、プロデューサーは誰か一人、新しい子をプロデュースする予定だった。
それで、この子なら申し分無いと感じ、プロデュースしたいと思ったのだ。

「なんで、この子が最後の方まで残ったのか、よく解らないなー」

あるプロダクションが、この不況の波におされてか、潰れたという。
それに伴いそのプロダクション所属アイドル、モデルや俳優などが移籍などが行なわれている最中なのだ。
此処で声が掛からなければ、伸びる芽がないと判断され引退。
そういう厳しい世界に、彼女達はいる。

それでも、プロデューサーは不思議でならない。
岡崎泰葉という少女は実績、容姿だけ見ると真っ先に取られても可笑しくない筈なのだが。
なのに、そのプロダクションでも、最後の方まで声が掛かっていないのである。
それがいまいち納得が出来ずプロデューサーは首を捻るばかり。

「何でだろうな……まあ、とりあえず、早く連絡をするか……おーい、ちひろさん!」
「はい、なんでしょう?」

不思議ではあるが、首を捻っていても、何も始まらない。
一先ず、他のプロダクションにとられる前に、引き取る旨を伝えておかなければ。
そう思い、プロデューサーは事務員を呼んだ。

「この子、うちで引き取りたいんだけど……連絡お願いできる?」
「はい…………って、この子ですか………………」
「……どうしました?」

彼が指差したプロフィールに、ちひろは少し難色を示したように、顔をしかめる。
誰が見ても、彼女が歓迎していないのが解る。
その理由はなんだろうかと思い、プロデューサーは首を傾げた。

「うーーーん、やめておいた方がいいですよ」
「えっ、なんで?」
「その子、何で最後まで残ったか疑問に思いませんでしたか? 実績も容姿も優れているのに」
「そりゃあ、思ったけど」
「……ちゃんとした理由があるんですよ」
「理由とは?」

ちひろは、伝えようかどうしようか、一瞬迷ったものの、素直に理由を伝える。
そうでなければ、納得しないだろうと思ったから。

581 ◆yX/9K6uV4E:2013/10/05(土) 01:59:24 ID:zWobML5E0

「……その子、凄い評判悪いですよ」
「えっ」
「その子に、強引な手で蹴落とされた子、うちのプロダクションにもいますし……結構この業界に残るのに、どんな手も使った子ですから」
「……そうなんですか?」
「まあ、彼女のプロデューサーからしてそういう方針みたいだから、仕方ない面もありますが」
「なら仕方ないんじゃ」
「それにしても、彼女自身、大分苛烈だったみたいですから……彼女が取られないのも、いらぬトラブル舞い込みたくないと思ってるんじゃないでしょうかね」

理由を聞いて、納得したようなしないような顔を浮かべて、プロデューサーは改めて、泰葉のプロモーション映像を見る。
堂々として、歴戦という感じがする。
でも、その顔は何処か楽しくなさそうで。
冷たそうに、彼女は何処かを見ている。
その姿を見て、彼は。


「…………でも、この子を、アイドルとして楽しませてやりたいなって、僕は思うよ」
「それはつまり?」
「そうまでして、この業界に残っていたのに……楽しくなさそう。きっと楽しみ方を忘れているんだ」
「……なるほど」
「だから、評判が悪かろうが、僕はこの子をプロデュースするよ。楽しい事、知らないまま引退なんてそれこそ、かわいそうだ」
「…………解りました、連絡しておきますね」
「よろしく」

やれやれと言いたそうに、それでも何処か楽しそうに、ちひろは頷いた。
そして、彼は、どう彼女をプロデュースするかを考え、また楽しそうに、笑った。


「…………そういえば、彼女のもとのプロデューサーに挨拶はしなくていいんかな…………」
「行方不明らしいですよ」
「そうなのか……どうしたんだろ」
「………………今頃、海の底に埋まってるんじゃないですかね?」
「えっ?」
「冗談ですよ、冗談」


冗談といった割には、ちひろの笑顔は、とても楽しそうで。
プロデューサーはその表情にぞっとして、触れない方がいいなと思ったのだ。





そうして――――岡崎泰葉の、新たな一歩が、こうして彼女の知らないうちに始まった。










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

582 ◆yX/9K6uV4E:2013/10/05(土) 01:59:53 ID:zWobML5E0











泰葉が、プロダクション移籍をして、また少しの時間が経った。
泰葉は、業界に長くいただけあって、よく出来る子だった。
けれど、やっぱり楽しそうじゃなかった。

それは、哀しいぐらいに、泰葉にとって『作業』だった。
出された営業をレッスンをあくまで事務的に。
淡々とやっていく。

僕は、それほどまでに泰葉が追い詰められていた事を知っていた。
笑顔すら事務的で、まるでそれは『人形』の笑みで。
そんな彼女を、見てると切なくなっていく。
だから、僕は彼女に、担当のアイドル、喜多日菜子を一緒に居させるようにした。


本当の笑顔で、笑って欲しかった。
本当に、アイドルってものが楽しいって知ってほしかった。

だから、泰葉と日菜子を一緒に居させようと思った。


自然に、楽しい。
自然に、笑えなきゃ意味が無いんだ。


僕は、そう思ったから。


そうやって、二人がいるようになって。


泰葉の顔から、笑顔が増えてきた。
幸せそうに触れ合っていた。
それははたから見ると、楽しそうで。

だから、僕も一緒に、笑っていた。

彼女が楽しいというものに付き合ってあげた。
二人でいることも増えた。


僕と、日菜子と、泰葉で過ごす日も増えた。




泰葉が、苛烈でもなんでもない、普通の子として、いられるように。


僕は、ただ、静かに寄り添い続けた。



日菜子達との交流や、空間が、時間が。


きっと彼女を癒してくれる。

そう思って。



そして、夏のライブが会って。


彼女は明確に変わり始めて。


輝きたい、アイドルでいたい。
そう思い始めてるんだな、って感じた。



だから、その機会をあげようと僕は思ったんだ。


日菜子と一緒に、テーマランドでのライブだった。
ファンタジーの世界がテーマの遊園地。


三人で遊んでから、その後がライブだ。



三人が、三人とも楽しみにしていて。




けれど、その時、僕は気付かなかった。

583 ◆yX/9K6uV4E:2013/10/05(土) 02:00:11 ID:zWobML5E0




――――彼女の傷に。











     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇











「くそっ、何処いったんだ、泰葉は……」
「……見つかりませんねぇ」
「迂闊だったな……日菜子、手分けして探すぞ、日菜子は西側を頼む」
「任せてください〜」


テーマランドを、僕たち三人で見ていて。
日菜子も、泰葉も楽しそうにしていたんだ。
勿論、僕も。

アトラクションに乗って、泰葉は可愛い声を上げて。
日菜子は観覧車で、そりゃもう。

けれど、変化があったのは、ショーだった。
操り人形を使ったショーで。
紐に吊られて、自在に操られる人形を見るたび、泰葉は強張っていった。
最後、操り手が去り、操り人形が動かなくなったのを見て、泰葉は逃げ去っていってしまった。


まるで、トラウマから逃げるように。


失念していた、僕は。
泰葉が、前のプロデューサーの、いわば人形だった事に。
その事に、彼女自身が傷ついて無い訳、無いんだ。

だから、僕と日菜子は慌てて、彼女を探している。
あちらこちら回って。
息を切らしながら、それでも絶対見つけようと思って。

584 ◆yX/9K6uV4E:2013/10/05(土) 02:00:31 ID:zWobML5E0





「……此処にいたの……泰葉」
「あっ……プロデューサー」


そして、僕は泰葉を見つけた。
それは、沢山のオルゴールが流れる、オルゴールハウス。
オルゴールに合わせて、機械仕掛けの人形が踊り、光が輝く。
そんな、オルゴールを、彼女は一人ベンチに座って待っていた。
僕は、彼女の隣に座って。


「結局、ショーやパレードなんて全部造り物……」
「……泰葉」
「……でもあんな風に華やかでいたい気持ちはウソじゃないから」


音にあわせて踊る人形を見ながら、彼女は何を考えているのだろう。
造り物と断じながら、華やいでいたいと思った泰葉。
続きの言葉を、彼女は紡ぐ。


「でも、私の笑顔は、所詮造り物。人形のままの笑み」
「違うよ」
「違うなんて、ないです。私はきっと、何も変わってない。 操られなきゃ、何をすれば解らない」


でもと、彼女は、言う。



「私は、輝くことを諦められない。輝くことをあきらめたら、ひな壇から降りるしかない」



ああ、彼女は、やっぱり、いつまでも、此処に居たいんだ。
それは、誰かを裏切っても、切り捨ても、居たい世界なんだ。


「人形は、人形のまま……だから……」



彼女は、まるで、泣きそうに笑って。




「夢ぐらい……見させて」



そう言った。




僕は――――






「甘えるな」



パチンと、彼女の頬を、叩いたんだ。

585 ◆yX/9K6uV4E:2013/10/05(土) 02:00:53 ID:zWobML5E0




「……えっ?」
「夢ぐらい、見せてだって。何を言ってるんだ、君は」
「あ……う…………うぁぁ…………」
「夢は………………」



泣き出した彼女を、僕は




「君が、見せるんだ」



そっと、優しく、撫でるんだ。



「いいかい? 君は、夢を見せる側なんだ。君が、夢見た世界を、ファンは、憧れるんだ、夢を見るんだ」



あやすように。


「君は、アイドルだろう? 君の夢を、君が望んだ世界を、見せるんだ、見せつけるんだ」



諭すように。



「ほら、私達の居る世界は――こんなにも、楽しいんだって。 私達が叶った夢は、こんなにも、美しいんだって、こんなにも、輝いてるんだって!」




泰葉は、泣きながら、それでも、此方を、信じるように見て。



「私に出来るんですか……?」
「出来ると思うから、僕は君を拾ったんだよ、君は一人じゃない、僕たちがいる」



そっと、抱きしめた。
彼女は震えながら言った。



「もうさびしいのだけはいや……だからお願い、どうか私を……」



きっと彼女は、人形のままでいるのが、寂しかったんだ。
何もかも切り捨て、夢に縋る自分が。
そうして、一人きりになって。

だから、僕は


震える彼女を支えよう。
僕は強くそう思って。




「うん、ずっと、見てあげる。だから僕にも夢を見せて。 君がアイドルとして、輝く姿を。 アイドルとして、楽しむ姿を!」





そうやって、僕は、彼女に言う。
彼女は、笑って。





素晴らしく、可愛く、綺麗に、笑って。




「はい」





そう言ってくれたんだ。

586 ◆yX/9K6uV4E:2013/10/05(土) 02:01:19 ID:zWobML5E0




「泰葉ちゃん!」
「喜多さん……」



日菜子もやってくる。
僕は


「ほら、日菜子も言ってやりたいことが沢山あるみたいだよ」
「……はい」
「いってきなよ」



泰葉の背を推して、日菜子の下へ。
日菜子は泰葉の手を握って。


「ライブまでには、戻ってきますから! 二人きりで話をさせてください〜!」
「ああ、いってきな!」



かけ落ちするように、走り出していった。






そうだよ、泰葉。




君は、笑えるんだ。




楽しく、とても楽しく。




それが、君の持つ、ものなんだ。





人形じゃない。



君の



――――アイドルなんだよ。















     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

587 ◆yX/9K6uV4E:2013/10/05(土) 02:01:46 ID:zWobML5E0







そうして、岡崎泰葉。最後の、舞台の時間に戻って。









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







私は、喜多さんんの手を取ろうとして。
私達に襲い掛かるものの、影に気付く。




今から、私だけ走り去れば、逃げ切れる。



それ位の距離でした。




けど、私は、




思い出しました。







プロデューサーが言ってくれたことに。









アイドルは、夢を見せるものなんだって。



私が望む世界を、ファンに見せるものなんだって。





だから、私は最も見せたい人たちに。





プロデューサーに。
喜多さん……ううん、日菜子ちゃんに。





私の、夢を。




私のアイドルを見せるんだ。

588 ◆yX/9K6uV4E:2013/10/05(土) 02:03:50 ID:zWobML5E0



それは、もう、誰も蹴落とさない、姿。


いつまでも、輝いて。
いつまでも、笑って。



自分らしく、いる、私自身を。




見せるんだ!





そう思った。




だから、私は日菜子ちゃんを突き飛ばしました。


運がよければ、彼女は助かるかもしれない。
助かって欲しい。



――――私の大事な親友だから。







そして、炎が、巡る。




熱い。
死んでしまうんだ
けど、それでも、いい。





私が過ごした時間は短かった。



もっと夢を。



それなのに、死はやってきた。







でも――!





わたしは、今、こうして、笑っている。

589 ◆yX/9K6uV4E:2013/10/05(土) 02:04:09 ID:zWobML5E0



笑ってると思う。



幸せに!




だって、私はもう、あの人の影は見えない!







私は、私の叶った夢を。




誰かに見せるために。




輝いて笑ってるんだ。




ああ、そうか。




こういうことなんだ。







夏のライブの時、皆が輝いていたのは、こういうことなんだ。







だって、だって。











――――――アイドルって、楽しいものなんだ!

590 ◆yX/9K6uV4E:2013/10/05(土) 02:04:28 ID:zWobML5E0




ああ、もっと色んな人に知ってほしい!



ほら




「アイドルって――――楽しい!」







炎が回る。




でも、最後にこれだけは伝えなきゃ。



プロデューサー、日菜子ちゃん!







    「私は人形じゃない…………!」







そう、私は――――








「私はアイドルだもの………!」

591 ◆yX/9K6uV4E:2013/10/05(土) 02:04:49 ID:zWobML5E0










手を伸ばした、あの夏の輝きは、






きっと、もう、私のてのひらに。







何処までも、輝いているんだ。








そう思ったら、






私は、楽しくて、笑っていました。

592飾らない素顔 ◆yX/9K6uV4E:2013/10/05(土) 02:06:25 ID:zWobML5E0










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇










其処に在ったのは、岡崎泰葉の―――――飾らない素顔でした。

593飾らない素顔 ◆yX/9K6uV4E:2013/10/05(土) 02:06:48 ID:zWobML5E0
投下終了しました。
このたびは遅れて申し訳ありませんでした。

594名無しさん:2013/10/05(土) 15:31:50 ID:C2LMcKzQ0
皆様、はじめまして。

本家モバマスでロワイヤルなるイベントが始まったのをきっかけに、
色々検索してるうちにこちらを見つけて、のめり込んだ者です。
皆様ほんとうに素晴らしい作品で、感動しています!

よろしければ自分も、諸星きらりと藤原肇の二名で次の本編を書いてみたいのですが
かまいませんでしょうか?
どうぞよろしくおねがいします!

595名無しさん:2013/10/05(土) 18:30:21 ID:RAITtVQg0
半年ROMれ、以外の言葉が出てこないんだけど

596名無しさん:2013/10/05(土) 19:42:00 ID:sNewnyKM0
>>594
本当にロワイヤルイベからここを見つける人が来るとはw
とりあえず、書くのに資格とかはいらないから書いて大丈夫だと思うよ…たぶん
ただトリップつけないと予約宣言にならないから、トリップの付け方が分からなかったらググってくること
それと投下する前にそれまでの話との矛盾点とか不自然な点とかないか、よくよく確認すること
なんか指摘されたら真摯に対応すること あとは予約期限しっかり守ること
ここはもうかなり進んでるロワだから、新規の人は特に厳しく見られることは覚悟しといたほうがいいよ

597 ◆wgC73NFT9I:2013/10/06(日) 00:53:41 ID:6AS09QI20
>>595
>>596
ご指摘ありがとうございます! 594です。
本家ロワイヤルイベ開始から1週間のROMでは難しいですかね…。

とりあえず今までに全ログとwikiを読ませていただいておりますので、
改めて諸星きらりと藤原肇で予約したく思います。

矛盾や不自然さには重々注意いたしますが、
どうぞ作品投下の暁には様々なご指摘を下さい。
重ねて、どうもありがとうございます。

598名無しさん:2013/10/06(日) 01:19:34 ID:cCq840/c0
>>597
その意気自体はよしです
あとは氏の作品が全てを物語ってくれるかと
楽しみにさせていただきます

599名無しさん:2013/10/06(日) 01:53:40 ID:NsW002mQ0
ただ、ここは1の権限が強いから>>1が破棄を宣言するなら素直に受け入れないと駄目だよ
ごねたりはしてはいけないよ

600名無しさん:2013/10/06(日) 01:58:01 ID:A6sZ8ofQ0
「半年ROMれ」というネット用語をググってくれ
時間の長さじゃねぇよ込められた意味分かれよ

最初の挨拶の時点でその感想しか出ないし、今もそれしか出ねェよ

601名無しさん:2013/10/06(日) 02:50:26 ID:aS/Xlzvc0
まだ一日も経っていませんし、ひとまず1の人を待ってみてはいかがでしょうか?

602 ◆n7eWlyBA4w:2013/10/06(日) 03:18:14 ID:mZO52i7g0
失礼します。僭越ながら、当リレー企画参加者として一言意見をば。

>>597
参加の意思表明ありがとうございます。
ただ、この「俺ロワ・トキワ荘」は各企画をスレ主が管理する形式をとっており、このモバマスロワでも裁定は>>1に全権限があります。
当企画が既に中盤を越えようとしているのもあり、>>1こと◆yX氏の意向の確認を待たずに進めるのは好ましくないと考えます。
つきましては、申し訳ありませんが、◆yX氏が直々に判断を下すまでお待ちいただけないでしょうか。御協力お願いします。

>>596
お心遣い感謝します。
なお、良かれと思って説明されたのだと思いますが、先述の通り当企画の性質上>>1が対応するのが筋ですから、
今後同様のケースがあった場合はその点に配慮いただけたらと思います。

603 ◆wgC73NFT9I:2013/10/06(日) 10:17:00 ID:6AS09QI20
>>598~602
物議を醸してしまい申し訳ありません。

一応、そうした参加可否を問うつもりで「かまいませんでしょうか?」と書いたのですが、早急にすぎました。

>>1さんのご連絡がいただけるまで、先の予約は破棄して、お待ちしたいと思います。

なお、参加できずとも、ここまで読ませていただいてとても楽しめましたので、
一読者としてこのまま企画を応援いたしたく思います。

失礼致しました。

604 ◆John.ZZqWo:2013/10/07(月) 18:10:30 ID:C03hzR5.0
投下乙です!

>カナリア
んんんん〜……、麗奈さまと小春ちゃんにあったかいもの飲ましてゆっくり休ませてあげたい><
いじらしさとか切なさとかかわいらしさとかもうふたりの魅力が頂点に来たという感じ!
ああ、これからもロワは続くんだなぁ……ということに不安を覚えつつも、麗奈さまと小春ちゃん、回を増すごとに魅力が増していくのは今後も楽しみですね。

>飾らない素顔
まさに補完、ですね。苛烈だった岡崎先輩、アイドルの光に人一倍惹かれていた先輩、喜多ちゃんとの先輩、全部がこの話でかちりとはまった感じです。
見事という他なしです。また岡崎先輩の話を1から追いなおしたい。そう思わせるGJな補完話でした。


>◆wgC73NFT9Iさん
まずは歓迎します。読んでくれて楽しんでくれてありがとうございます。(具体的な感想があるとなお嬉しいです!)
予約は多分できると思いますが、この企画も佳境に達しここまで書いてきた書き手の思い入れや流れ、SSの出来などでそーとうにハードルが上がってるんで、
もしそういった意味で不採用になった場合でもあしからずご了承くださいね。
けど、これまでやってきた書き手さんはみんなそのハードルをひょいっと超えていったので、◆wgC73NFT9Iさんにも期待してます。


今日締め切りの私の予約ですけれど、どうにも間に合わない感じなので、いましばらくの猶予をお願いします。

605 ◆wgC73NFT9I:2013/10/07(月) 23:44:57 ID:hg/zIcfk0
(^ヮ^)ロワイアルイベントの方も皆様おつかれさまでーっ!

>◆John.ZZqWoさん
お返事ありがとうございます!
確かに感想は書くべきでした! と言っても100作品越えているので特に印象深かったところを。

◆John.ZZqWoさんの作品では、
袖触れ合うテンパーソン、死を免れぬフォーティン、奏でられるアマデウス
が特にお気に入りです。
映画のカット割りのような臨場感溢れる文体で、映像が浮かんできます。
伏線や心情と合わせて、ストーリーが螺旋状に紡がれる。
束ねられたストーリーはどんなエンディングでもまっすぐな読後感で、氏の作品は非常に心地よいです。
どんな子もその子自身の魅力を引き出されていて、素敵です。
でも氏の書くきらりんは、もっと素敵です!

先にご指摘を頂いた◆n7eWlyBA4wさんの作品では、
ROCK YOU、デッドアイドル・ウォーキング、孤独のすヽめ(、あとアイドリング・アイドルズも)
が特に好きです。
中でもROCK YOUは、自分がこのSS群に惹かれた端緒でした。
アイドル達の心の奥底に沸き立つ想いを、煮立たせ、吹き上げ、
飴細工のように繊細に纏め上げる手法が美しい。
こちらの心までROCKされる、一つ一つが質量持つような作品だと思います。


そして、直近の作品の感想をば。
>カナリア
幼いけれど二人ともけなげでいじらしくて……。
この二人が最後まで精神的にも肉体的にも無事でいてほしいと、そう願わずにはいられません。
PaPだからでしょうか、この父性のような感情は……(異論は認める)。
心にその必死の小さな囀りが響いてくるようで、素晴らしいです。

>飾らない素顔
魅力的だ……岡崎先輩……。
もっと岡崎先輩も喜多ちゃんも、その活躍を見ていたかった。
『アイドル』の定義、イメージをより深める、岡崎先輩ならではの補完話だと思います。

606 ◆yX/9K6uV4E:2013/10/08(火) 00:59:45 ID:MDy6g4Xc0
反応が遅れてしまいましたが、>>1の ◆yX/9K6uV4Eです。
待たしてしまったようで、申し訳ありません。

早速本題に入らせてもらいます。
◆Wg氏の予約についての事です。

まず予約そのものに関しては大丈夫です。
しかしながら、上でも既に言われておりますが、生存人数も半数を切り、いよいよ佳境に入っております。
また、スレのログを見てもらったのなら、把握していると思うのですが、うちのロワではチャットなどを積極的に行い、書き手間の交流が極めて強いロワです。
開始してそろそろ一年になり、作品、交流、リレー共にが円熟になっていく中で、新規で入るというのは、やはり相当厳しい目で見られると思います。
ですので、投下される作品で、指摘や問題点など色々挙がった場合、取り下げになる可能性が高くなっているかもしれません。
ハードルも大分高くなっていると思いますが、それでも超えることが出来ると期待しております。

作品楽しみにしてますね

607 ◆wgC73NFT9I:2013/10/08(火) 22:42:34 ID:wAeTNumw0
>>606
◆yX/9K6uV4Eさん、ありがとうございます。

初っ端からスレの流れを切って参入してしまった身として、せめて精一杯の作品を投下することでけじめをつけます。
諸星きらり、藤原肇の二人で予約いたします。
スレ汚しにならぬよう、きらりんぱわー☆を借りてハードル越え、頑張ります!
それで取り下げられるようならもう、それは仕方ないこと!

あと、◆yX/9K6uV4Eさんの作品では、
Happy! Happy!! Happy!!!、阿修羅姫、各回の放送などが好きです。
『アイドル』も『ヒロイン』もちひろさんも、皆が愛おしく、らうたく感じられる心情描写がすばらしい!
それでいて作品単体だけでなく、SS群全体の舵取りとなる要石を的確に置ける技術には脱帽します。
伏線の設置・回収を、きっちりとストーリーと心情に貫いて見せる手腕は、本当に見事だと思います。

期限は、五日後、日曜日のこのくらいの時刻ということで合ってますでしょうか。

ご期待に沿えるよう奮起します!

608 ◆John.ZZqWo:2013/10/10(木) 23:28:01 ID:dZc5KUF.0
大分遅れてしまいましたが、投下いきます!

609彼女たちが後もう一手のフィッシング・サーティフォー  ◆John.ZZqWo:2013/10/10(木) 23:28:45 ID:dZc5KUF.0
「――なにを考えているんですかっ!!」

ダイニングに怒声が響き渡る。
その声の主は、普段は理知的で滅多に声を荒げることのない大石泉だった。
彼女の目の前にはテーブルを挟んで、グラスを片手にぽかんとしている高垣楓と、顔を真っ白にして傷口を押さえる川島瑞樹の姿があり、
そして、ふたりの間――テーブルの上にはもう中身がほとんど残っていない日本酒の一升瓶が立っていた。

「なんでこんな時にお酒を飲んで…………、楓さん、川島さんは怪我人ですよ?」
「ご、ごめんなさい……、お酒は薬にもなるって…………」
「泉ちゃん、楓ちゃんを責めないで。……お酒を出したのは、私、だから……、気つけのつもりで、ぇ…………っつ!」

身体をくの字に折って呻く川島瑞樹を見下ろし、大石泉は口をわななかせる。怒り、悲しみ、馬鹿ばかしさ、色いろなものが吹き出しそうだった。
重症を負っている時に飲酒していいかいけないか。そんなことはたとえ医療の知識がなくてもわかりそうなものだ。
それを大の大人がふたりもいて、
もしこんなことで、もしもこんなことでこのまま彼女が死んでしまえば、なにに怒ればいいのか、悲しめばいいのか、もうなにもかもを投げ出したい気持ちになる。

「あ、ふたりだけでお酒飲んでたの? ずる――」
「友紀さんっ!!」
「あひゃいっ!? じょ、冗談だから、怒らないで……」
「ふたりに水を飲ませてください!」

声に気づいてやってきた姫川友紀と矢口美羽に大石泉はさらに怒声を浴びせる。
剣幕から逃げ出すようにシンクへと走っていったふたりがコップに水を汲むのを確認すると、大石泉は額に拳を当てて大きく息を吐いた。
あまりにも馬鹿馬鹿しい事態だが、こんな時こそ冷静にならなくてはいけないと強く念じる。冷静であることがユニットの中での大石泉の役割だからだ。

「まずは……」

大石泉は部屋をのしのしと横切ると、窓にかかったカーテンを少しだけ開き外の様子を確認する。
ついさきほどの放送でこれから雨が降ると聞かされたが、まだ降り始めてはおらず、少しは時間の猶予がありそうだった。

「ふたりの酔いを醒ましてください。川島さんは絶対安静です」

水を飲ませている姫川友紀と介抱している矢口美羽にそう言うと、大石泉はダイニングをやはりのしのしという足取りで出て行った。

610彼女たちが後もう一手のフィッシング・サーティフォー  ◆John.ZZqWo:2013/10/10(木) 23:29:02 ID:dZc5KUF.0
 @


「あの、楓さん……」

大石泉が立ち去ったのを確認して矢口美羽がまだ呆けている高垣楓に声をかける。
川島瑞樹の様態も大事だが、それ以上に大事なことが彼女らにはあった。

「あ、えっと…………ごめんなさい。ナターリアと、光ちゃんのことね?」
「はい……」

つい先ほど3回目の放送が流れた。放送が流れたということは、つまり死者の名前も呼び上げられたということだ。
矢口美羽はそれが呼び上げられるのをぎゅっと手を握って聞いていた。
道明寺歌鈴の名前が呼び上げられる。その悲しみにまた押し流されないように。
だが、そこに不意打つようにナターリアと南条光の名前が呼び上げられた。
悲しみは、未だ心には届いていない。それはいずれ時間をおいてくるのだろうけど、今はそれよりも驚きと困惑のほうが強かった。
飛行場から離れる時を思い返しても、強く頼りになりそうなあの3人の、あれだけ心の強さを見せていたナターリアと南条光が死んでしまったなんて。

「…………これで、どっちにしろ飛行場に戻る理由はなくなってしまったわね」
「え?」

思わず声をもらしてしまう。まず第一声がそれなのか? と。
高垣楓は強い人間だと思う。自由奔放であるようでいて自分をコントロールできる人間だということを矢口美羽は彼女を観察して知っている。
そして朱に染まった頬を見れば今はいくらか酔っているのもわかる。だから、こんなにもそっけないのだろうか?

「ナターリアも、光ちゃんも、死んでしまいました……」

絞るように言葉を発する。そこには願いがこめられていた。だがしかし。

「むこうは……留美さんはこちらで歌鈴ちゃんが死んだことを知ったでしょうね。彼女も、もう飛行場を離れているはず」

そうじゃなくて! と、矢口美羽は心の中で叫んだ。
しかし、矢口美羽にはわからない。高垣楓は平静を装っているのか、それとも彼女は実は薄情な人間だったのか。
急激に心を締め付けるような悲しみがわきあがってくる。
今になってふたりの死の悲しみが追いついてきた――のではなく、このままだとふたりの死が無意味に忘れ去られてしまうのではないのかという悲しみだ。
本当なら自分が声をあげてふたりの死を嘆き、それを彼女が慰める。そういう場面なはずなのに――――と?

「楓、さん……?」
「ん?」
「…………あ、いえ、なんでもありません」
「そう」

こくこくと水を飲む高垣楓を見ながら矢口美羽は胸を押さえる。なにか、心臓をドキリとさせるよう“なにか”かが、今一瞬頭の中をよぎった。

「(なんだろう……?)」

しかし、それは覚めたばかりの夢のようで、思い返そうとしてもただただ遠ざかっていくばかりで、結局思い返すことはできなかった。

611彼女たちが後もう一手のフィッシング・サーティフォー  ◆John.ZZqWo:2013/10/10(木) 23:29:29 ID:dZc5KUF.0
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「猶予がありません。まずは警察署まで移動しましょう」

言いながら大石泉が大きな椅子を押してダイニングに戻ってくる。少しこぶりなマッサージチェアといった感じだ。

「玄関にスロープがあったので、もしかすればと探してみたんですけど、正解でしたね」

よく見ればそれはただの椅子ではなく車椅子だった。しかもただの車椅子でもなく介護用の電動車椅子だ。操作するためのレバーもついている。

「もしかして、私がそれに乗るのかしら……?」

まだ顔は蒼白なままでつらそうな表情も変わらない川島瑞樹が尋ねるように言う。
確かに、“介護用”車椅子に乗るというのは、彼女のような微妙なお年頃の女性にとっては屈辱的なことなのかもしれない。

「なにか問題がありますか?」
「な、ないわね。……ありがとう、これなら警察署に行けそうね」

一瞥をもらうと川島瑞樹はしゅんと頭をたれる。そもそもの問題を起こしたのも歩けないのも自分なのだから文句が言える立場ではない。
もっとも、未だに眉を吊り上げ怒気を隠そうともしない大石泉にノーと言える人間はここにはいなかったが。





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612彼女たちが後もう一手のフィッシング・サーティフォー  ◆John.ZZqWo:2013/10/10(木) 23:29:51 ID:dZc5KUF.0
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隠れていた民家から前回と同じく姫川友紀を先頭に出発して1時間とすこし、大石泉の姿は警察署の会議室の中、壇上にあった。



「――それでは、ミーティングを始めたいと思います」

その声には幾分かの緊張が伺える。
それもそのはずで、今彼女の目の前には9人のアイドルの姿があり、誰もが彼女のことを注視していた。
ミーティングを主導することそのものは別に珍しいことではない。
ニューウェーブの3人の中でなにかを決めるという時に仕切りをするのはいつも彼女だったし、プロデューサーを交えていてもそうである場合もあった。
けれど、9人――いつもより3倍以上で、しかも自分より年上だったりアイドルとして活躍している人がこうもいるとやはり緊張はしてしまう。

会議室の壇上に大石泉。その正面の机に川島瑞樹と高垣楓がいて、その右隣の机には、矢口美羽、姫川友紀、そして高森藍子の3人がいる。
事務所の中でも最大の人気を誇るFLOWERSのメンバー、そのリーダーである高森藍子と無事合流できたことにふたりは大きく喜んでいた。
反対側、左隣の机には小日向美穂、日野茜、栗原ネネの姿があり、そしてひとつ後ろの机には渋谷凛がひとりだけで座っている。
高森藍子と小日向美穂、日野茜、栗原ネネの4人ははじめからこの警察署にいた面々だが、彼女だけは大石泉らと同じく後から来た人間だった。

「まずは、配ったプリントの1枚目に目を通してほしいと思います」

大石泉は配布したプリントへ目を通すことを促す。
それは彼女がこの島で最初に作った『脱出のための6つの要件』を書き記したものに、学校での発見をつけ加えコピーしたものだ。

「すごい……」

すでに同行した面々にしてみれば既知の情報なので特に反応はなかったが、これが初となる面々からはそれぞれ感嘆の声があがった。
このミーティングを始める前に各人からこれまでの経緯を聴取したが、皆この殺し合いに反意はあっても具体的なことについては考えてはいなかったようだ。
ゆえにこの反応なわけだが、大石泉からすればやや肩透かしであったこともまた事実だった。

「私たちがこの殺し合いから抜け出すには、大まかに言うと『首輪』『主催者』『脱出手段』という問題をクリアしなくてはならないのですが……」

大石泉はいったん言葉を区切って、集まったアイドルたちを見やる。
彼女らの目にはこれから大石泉が答えを言ってくれるのだろうという期待が見えた。だがしかし、あえて大石泉はそれを冷たく言い放った。

「残念ながら、どの問題に対しても解決するメドはついていません」

全員に落胆の表情が浮かび、ため息も漏れ聞こえる。
大石泉は突き放すような言い方をしたことを少し後悔し、自分の中の子供じみた感情を恥ずかしいとも思った。
苛立つ、脱力するようなことはあったが、集団の舵を切る立場にある人間がそんなことにみだりに振り回されるのは一番いけないことだとも知っている。
このままではいけない方向に進んでしまう。思いなおし、大石泉が口を開こうとした時――、

「じゃあ、これからそれをみんなで解決していくってことですね」

明るい、しかし落ち着いた声でそう言ったのは高森藍子だった。

「これだけアイドルがいるんだから不可能はないですよ!」
「そ、そうです!」
「まだまだ試合はこれからだからね!」
「そうですよね。諦めるなんて、私たちらしくもありませんし」

続けて大きな声をあげたのは日野茜だった。さらに、矢口美羽、姫川友紀、栗原ネネと続いていく。
ほんの一瞬で空気は変わり、大石泉はほっとしたため息をついた。
ここにいるのはまぎれもないアイドルたちだった。キラキラと輝く希望。圧倒的な、ささくれ立った心も優しく癒してしまう眩い光だった。


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613彼女たちが後もう一手のフィッシング・サーティフォー  ◆John.ZZqWo:2013/10/10(木) 23:30:10 ID:dZc5KUF.0
「……は、はい。それを、みなさんには協力してもらいたいと考えています」

予想外の反応に若干の戸惑いを覚えるも、大石泉は気をとりなおしてミーティングを進めていくことにする。
さきほどはあんな風に言い放ったが、なにもまったく進展がなかったわけでもない。

「この企画における主催者……少なくとも実行しているスタッフがこの島の中にいるだろうことは、学校にあった痕跡からも可能性が高いと思います」

学校の駐車場にあった大量のバン。そして中継車と、教室に残されていたモニター。
あれらを鑑みるに、少なくともこの殺し合いが始まる少し前まではあの学校とこの島にたくさんのスタッフがいたことは間違いない。
その後、彼らがどこに姿を隠したのか、それを発見することはできなかったが、捜索を繰り返し、また範囲を広げていけば見つかる可能性はある。

「脱出手段については、川島さんが船舶の免許を持っているので、港のどこかで動く船を見つけることができれば可能だと考えます」

言って、大石泉は川島瑞樹を見る。彼女はそれに親指を立てて答えたが、白いままの顔は少し不安を覚えさせた。

「…………それで、やはり一番の問題となるのはこの首輪です。これを外さない限り、他のどの問題を解決してもこの島からは逃げられません」

ふたたびアイドルたちの顔に影が落ちる。何人かは自分の首輪に触れ、はがゆさや恐怖をその顔に浮かべた。
結局、生殺与奪の権を運営側に握られていてはどんな抵抗も無意味なのだ。
首輪を爆発させるぞと脅されればそれまで。例え、相手の喉元に喰らいつくチャンスがあろうと、そこで首輪を爆発されてしまえば全てが無に帰してしまう。

「あの、夏樹さんの本は……?」

高森藍子が小さく手をあげて言う。
大石泉は彼女から経緯を聞き取った際、数冊の本を預かっていた。木村夏樹が図書館で見つけたという爆発物に関する専門書だ。

「あれが役に立つかはまだなんとも……、このミーティングが終わった後に精査したいと思います」
「そう、ですか」

しかし、期待は薄いと大石泉は思っていた。もし、首輪爆弾の設計図でも載っていれば問題は一気に解決するが、そんなものはないだろう。
流し見した感じでは掲載されているのは主に爆薬の歴史と用途、その種類くらいだ。
それらは大石泉が持つ知識と比べてもかなり深い知識ではあるが、いくら爆薬そのものに詳しくても“この首輪爆弾”に近い情報でなければ意味がない。

「とりあえず、この殺しあいからの脱出については以上ですが、この先の方針を発表する前に見てもらいたいものがあります。2枚目のプリントを開いてください」

614彼女たちが後もう一手のフィッシング・サーティフォー  ◆John.ZZqWo:2013/10/10(木) 23:30:55 ID:dZc5KUF.0
 @


紙をめくる音が会議室の中に広がる。何人かはすでにそれに目を通していたようだが、初めて見る者は皆一様に驚いた顔をしていた。

「先ほど、みなさんからこれまでの経緯を聞かせていただきましたが、それにより今現在この島で生存しているアイドルのスタンスが大方判明しました」

その言葉に皆が息を呑むのがわかった。スタンスとはつまり、この企画に対する態度――殺しあいにのっているか、のっていないかということだ。
そして、それが明らかになるということは、殺しあいにのっているアイドルの名前が判明するということに他ならない。
嘘……と、小さく呟く声が大石泉の耳に届く。
声を発したのはひとりで後ろの席に座っている渋谷凛だった。その目は見開かれ、肩は小刻みに揺れている。
動揺しているのは彼女だけではない。それほどに、殺しあいにのっていると、そう判明したアイドルの名前は皆にとって大きなものだった。

「まずは……、殺しあいにのっていないことが明らかな人から順に説明していきたいと思います」

静まり返ったアイドルらを前に大石泉は名前を読み上げていく。最初に読み上げられたのは、向井拓海、小早川紗枝、松永涼、白坂小梅の4人だ。

「彼女たち4人は負傷した松永さんを治療するために北の救急病院に向かったそうです。おそらくは今もその病院にいると思われます」
「その、怪我というのは……」

栗原ネネに尋ねられ大石泉は沈黙してしまう。できれば、はっきりしたことは言いたくなかった。だが、聞かれた以上ごまかすことはできない。

「足を、切断されたと聞きました」
「…………っ!」

両手で口を押さえて栗原ネネが悲鳴を押し殺す。他の何人かも同じような反応をしていた。足を切断するというのはそれだけショッキングな事実だ。
アイドルとしての命を奪われたと言っても過言ではない。いや、そもそもとして生命の維持ができるのか、そこに疑問を抱くような負傷だ。

「松永さんの名前は放送では呼ばれませんでした。手当てが上手くいったのだと、思います。それでは――」

続けて、諸星きらり、藤原肇、相川千夏、双葉杏ら4人の名前を大石泉は読み上げた。

「彼女たちは水族館でいっしょだったそうです。予定では全員で救急病院へと向かうとのことだったようですが……」

大石泉は渋谷凛をちらりと見る。彼女はまだ食い入るようにプリントを見つめ、こちらの話は聞いていないようだった。

「……渋谷さんが水族館を離れた後、放送でいっしょにそこにいた岡崎さんと喜多さんの名前が呼ばれました」

それはつまり、水族館でなんらかの殺害行為があったということだ。4人の中で殺しあいになったのかもしれないし、外から誰かが来たのかもしれない。

「なので、今はどうしているのかはわかりません。救急病院へと向かっていることを祈るのみ、ですね」

付随する不穏な情報にアイドルたちにかかった影が濃さを増す。大石泉としてもこのような悲しい事実を明らかにするのは辛い。
心を落ち着かせるために水を一口飲むと、気をとりなおして次の――古賀小春と小関麗奈の名前を読み上げた。

「昨晩、この殺しあいが始まって間もなくの頃に、きらりさんが2人と出会ったそうです。
 きらりさんは双葉さんを探すために2人を置いて先を急ぎましたが、この2人に対しては“大丈夫”だと判断したそうです」

その言葉に矢口美羽がうんうんと頷いていた。
諸星きらりを、そして古賀小春と小関麗奈のふたりを少しでも知っていれば、彼女らが殺しあいをするなんてのはありえないのは明白だからだ。
小関麗奈のイタズラは有名だが、そのそばに古賀小春がいるならきっと彼女はお姫様を守るために動くだろうと想像できる。

「次に、島村卯月さん。……彼女は山頂で渋谷さんとはぐれて以来消息不明で、渋谷さんは島村さんを探して山の周りを回っていたそうです」

先ほどまで何事にも無反応でプリントだけを見つめていた渋谷凛が、壇上の大石泉を見つめていた。
すがるような視線だったが、しかし彼女はなにも答えてあげることはできない。聞き取りの際に誰の口からも島村卯月の名前は出てこなかったからだ。

615彼女たちが後もう一手のフィッシング・サーティフォー  ◆John.ZZqWo:2013/10/10(木) 23:31:18 ID:dZc5KUF.0
「次ですが――」

続いて、大石泉は和久井留美の名前をあげ、彼女が飛行場にいたことと、彼女といっしょにいたはずのナターリアと南条光が死亡していることを伝える。
そして、直前までいっしょにいた高垣楓らとの約束で、互いに死者が出ていれば戻らないと決めてたので、もう彼女は飛行場にいないだろうことをつけ加えた。
矢口美羽がうつむき、高垣楓がどこか遠いところを見るようにする。他のアイドルたちも一様に複雑な表情を浮かべた。

誰もがこれまでにアイドルの死に触れてこなかったわけではない。ほぼ全員が実際にアイドルの死を目にしてきた。
しかし、そういったものを超えてここにいる面々は集団を結成することに成功した。
ゆえに、そういった集団が他にいることには勇気づけられ、それがことごとく崩壊の憂き目にあっていると聞くのは堪えることだった。

「最後に星輝子さんですが……」

名前をあげて、大石泉は栗原ネネのほうを見る。星輝子だけは誰かが直接会った相手ではない。栗原ネネが支給されていた電話で会話しただけだ。

「言われて、電話してみたんですけど……出なくて」

その答えに大石泉は表情を強張らせる。悪い想像だけはいくらでもできた。

「彼女の名前も放送では呼ばれていません。電話に出られない事情があるだけで、無事であることを祈りましょう」

616彼女たちが後もう一手のフィッシング・サーティフォー  ◆John.ZZqWo:2013/10/10(木) 23:31:36 ID:dZc5KUF.0
 @


「では――」

そう大石泉が次の話を切り出すと、ぴしりと部屋の中の緊張が大きく高まった。
殺しあいに否定的なアイドルは星輝子をもって最後となる。つまり、この次に名前が呼び上げられるアイドルは“殺しあいにのった”アイドルだということに他ならない。
最初に名前を読み上げられたのは、北条加蓮と神谷奈緒のふたりだった。

「小日向さんが塩見さんをいっしょにいたところを襲われ、塩見さんが殺されました。……なので、2人が殺しあいにのっていることは間違いありません」

加えて、大石泉は町役場の前に放置されていた若林智香の遺体のことも話した。
塩見周子を殺害したふたりの凶器と、若林智香の遺体に残った傷と矢がそっくり一致すること――つまりは、若林智香を殺害したのもふたりであることを。
その事実に会議室の中がざわめく。
小日向美穂は口を閉じ、ただ机だけを見つめていた。襲われた時の恐怖が蘇っているのかもしれない。
その後ろの渋谷凛も同じような反応だった。ただ、じっとして動かない。何人かが振り返って彼女のことを見ているが、それにも気づいていないようだった。
あまりの衝撃に思考停止しているのか、それとも北条加蓮と神谷奈緒が殺しあいにのることにどこか納得がいくことがあったのか、外からは伺えない。

「この2人には気をつけてください。それでは――」

渋谷凛にふたりについて話を聞くべきか、大石泉は考えてやめることにした。そんなことをしても、いたずらに渋谷凛の心を傷つけるだけだと思ったからだ。
殺しあいにのったアイドルにどんな事情や動機があったのか、それを推測したり知ることに大石泉はあまり意味がないと思う。
なぜなら、そんな理由は誰にでもありえるからだ。死にたくないから、死んでほしくない人がいるから、それはシンプルで、だからこそ否定しようがない。
その一線をたまたま超えるか超えないかでしかない。
どのアイドルも殺しあいなんかするわけがない。そして同時にどのアイドルにも殺しあいにのってしまう可能性がある。そこに論理的な納得なんてものはない。
それを“彼女”が証明していた。アイドルオブアイドル。現代のシンデレラガールである、

「十時愛梨」

彼女が殺しあいにのっているというその事実が、どんなアイドルでも殺しあいにのりえるという残酷な事実を証明していた。

「多田李衣菜さんと木村夏樹さんが彼女によって殺されました。また、木村さんの言葉によると他にもどこかで誰かを殺した疑いがあります」

皆が一様に言葉を失っているのが大石泉にはわかった。
初代シンデレラガール――アイドルの象徴が他のアイドルを積極的に殺していたというのだ。その事実が持つ意味はあまりにもはかりしれない。
さきほどはあれほどの輝きを見せた高森藍子の表情も辛さを耐えるようなものになっている。
同じトップアイドルとして、そして彼女の宣言を最初に受け、その後の凶行を目の当たりにしたのだから心中は他の誰よりも複雑だろう。

静かで、凍りついたような時間が流れる。次に口を開いたのは、姫川友紀だった。

617彼女たちが後もう一手のフィッシング・サーティフォー  ◆John.ZZqWo:2013/10/10(木) 23:32:01 ID:dZc5KUF.0
 @


「十時愛梨が“悪役”だよ。間違いない」

席から立ち上がり、姫川友紀が大きな声で言い放つ。
部屋の中がざわめき――はしなかった。悪役という言葉を知っているものは固まり、知らない者は反応できないでいた。
だが、知らない者も彼女の顔を見ればその“悪役”というものが、十時愛梨が悪役だということがただ事でないということだけは理解したようだ。

「その、“悪役”って何……?」
「それは――」
「待ってください!」

隣の高森藍子に聞かれ、姫川友紀が答えようとするところに大石泉は待ったをかける。
これも出てきた以上は隠し立てはできない。疑念を残すよりも全てを話しておいたほうがいいだろう。
だが、そこで感情的になってしまってはよりよくない結果しか残さないことになってしまう。

「……待って、ください。私から話します。そもそも私が言い出したことですから」

睨みつける姫川友紀の顔が怖い。だが、彼女が了解したという風に座ると、大石泉はほっと胸を撫で下ろした。

「私は、たとえ人質を取られていたとしても、みんなが殺しあえと言われてそう簡単に言うことを聞くのか、疑問でした」

それはここにいる人なら同じように思っていたと思います。そう言って、大石泉は反応を伺う。言葉はないが様子を見れば同意は得られているようだった。

「しかし、そんな考えとは裏腹に最初の放送ではたくさんのアイドルの名前が呼ばれてしまいました。
 実際に殺しあいを始めてしまったアイドルがいたということです。それは、間違いのないことです」

その時の大石泉らに知るよしはなかったが、殺しあいにのったというアイドルは何人もいた。
先にあげた北条加蓮や神谷奈緒、十時愛梨だけではなく、ニュージェネレーションを襲った水本ゆかりや、向井拓海らを襲った何者かなど。
しかし、同時にあの時に出た死者が殺しあいではなく、すれ違い、事故の結果だという場合も判明している。
高垣楓の目の前で佐久間まゆを殺害してしまったナターリアや、安部菜々を結果的に死なせてしまった南条光などの場合だ。

「しかし、死者はやはり多かった。そして最初の放送でのちひろさんの口ぶりから、死者の数は主催側の想定よりも多く出ていると考えたんです。
 逆に言えば、主催側は私たちが考えるとおりに殺しあいにのるアイドルは少ないと思ってたはずなんです」

そこから導き出された結論が“悪役”だった。アイドル同士の殺しあいというイベントを円滑に進めるための存在。アイドルを殺すための仕組まれたアイドル。

「あくまで、仮定の存在です」

念を押すように言う。
あくまで、悪役とはそういう者がいれば納得ができるというものにすぎない。そして、その納得が現実から目を逸らしたいがゆえの逃避でないことも証明できない。
人の心は弱く、低きに流れやすい。一瞬でも気を緩ませれば疑心暗鬼に陥り、しなくてもいい魔女狩りを始めてしまう可能性がある。
なので、大石泉はことさらにゆっくりと言葉をつむぐ。勢いがつかないように、感情が昂ぶりすぎないように。

618彼女たちが後もう一手のフィッシング・サーティフォー  ◆John.ZZqWo:2013/10/10(木) 23:32:17 ID:dZc5KUF.0
「どうして、愛梨ちゃんなんですか?」

そう尋ねたのは小日向美穂だった。
どうしてという言葉、こちらを見つめる彼女の瞳の中の感情。そこにはなにか言葉以上に複雑なものがあるような、そんな印象を大石泉は抱いた。

「武器がいっしょだからだよ」

横から答えたのは姫川友紀だった。
武器がいっしょだったというのは、十時愛梨が多田李衣菜と木村夏樹を殺した時と、大石泉らが町役場で襲われた時とで同じだったという意味だ。
どちらも機関銃で襲われ、そして町役場では道明寺歌鈴がその犠牲になり、川島瑞樹と大石泉もそれぞれに怪我を負うことになった。
加えて、機関銃で銃弾を浴びせてから逃げ込んだ建物に爆弾を放り込むという手際が、あまりにもアイドル離れしていた。
ゆえに、町役場を襲撃したのは=主催者が用意した悪役となり、それと同じ武器を持っていたということで、悪役=十時愛梨という説が成り立つ。
すでに十時愛梨がふたり殺害していること。それ以上殺している可能性と、彼女が開始早々から殺しあいにのると宣言していたのもその説を補強することになる。

「ですが、決定的な証拠がない以上はそう決めつけるべきではないと思います。それに、悪役はあくまで仮定の存在です。本当はそんなのいないかもしれない」

説明をし、しかしそれでも決めつけるべきではないと大石泉は念を押す。だが、姫川友紀は彼女のそんな態度に食ってかかった。

「そもそも十時愛梨が怪しいって言い出したのは泉ちゃんじゃない! なんでここでそんなかばう真似をするの!?」
「それは……」

言われた通りに、そもそもは大石泉が十時愛梨が怪しいと言い出したのがきっかけだった。
あの千川ちひろが全員に対してルールの説明をした場で、声をあげて反抗したのが十時愛梨で、そこでみせしめになったのが彼女のプロデューサーだった。
その点に対して、できすぎているのでは? と彼女が疑問を呈したのが今の悪役という存在を生み出した根本になっている。

「十時さんが悪役だと、学校に残っていたモニターの前に誰が座っていたのか説明がつきません。十時さんは私たちと同じ部屋にいたんですから」
「そんなのいくらでも説明がつくじゃない! 他の誰かが座っていたとか!」

「“他にも悪役の人っているんですか……?”」

小さく震える声が、小さくて震えているのにも関わらず全員の耳に突き刺さり、制止した。

「十時さんだけじゃ、ないんですか……?」

声の主は矢口美羽だった。否定されることをすがるような瞳で、彼女はその言葉を大石泉に、みんなに投げかけていた。

619彼女たちが後もう一手のフィッシング・サーティフォー  ◆John.ZZqWo:2013/10/10(木) 23:32:46 ID:dZc5KUF.0
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「そこまでよ!」

大きくはないが厳しい声が会議室に響く。声の主は川島瑞樹だった。
彼女は座っていた車椅子から立ち上がり、大石泉の隣へと並ぶ。服を染め上げている血があまりにも痛々しい姿だった。

「だから言ったでしょう? むやみにこういう話をしちゃいけないって」

川島瑞樹は諭すように言う。

「正直なところ、“悪役”というのは私も存在すると思うわ」

すんなりと出た肯定に大石泉は驚いた。姫川友紀にしても彼女のそんな発言に目を見開いている。

「それが、私たちが想像するのと同じものかどうかはわからない。けれど、私たちの中に運営側の息がかかった特別な“ひとり”がいるのは多分、間違っていない」

でもね、と彼女は言葉を続ける。

「それでも、“その子”は私たちの仲間よ。今も殺しあいにのっている子。もう誰かを殺してしまった子も、私たちの仲間。……それは変わらないでしょ?」

優しい表情で川島瑞樹は問いかける。
誰もそれに対して明確な返事を返すことはできなかった。
ただひとり、高森藍子だけが「はい」と、明るく落ち着いた声で答えた。
その存在は光だった。
疑心暗鬼という霧を晴らす光。みんな昨日までは、いや今も同じ事務所の仲間であること、それを皆に思い出させる声だった。

「私たちは私たちの中に敵をつくっちゃいけない。……それだけよ。私が言いたいことはね」

後は泉ちゃんに任せる。そう言うと川島瑞樹はまた車椅子へと戻る。ふらつく彼女の身体を日野茜が支えて車椅子へと導いた。

620彼女たちが後もう一手のフィッシング・サーティフォー  ◆John.ZZqWo:2013/10/10(木) 23:33:02 ID:dZc5KUF.0
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「十時愛梨さんがすでに人を殺しているのは変わらない事実です。なので、出会うことがあったら気をつけてください」

そう、大石泉は冷静に言い終えた。今度は姫川友紀も立ち上がって声を荒げることはなかった。

「他の6人、前川みくさん、輿水幸子さん、五十嵐響子さん、緒方智絵里さん、三村かな子さん、相葉夕美さんに関しては全くの不明です」

最後にスタンスが不明なままな6人の名前を読み上げる。
彼女らについては誰も接触したり見かけたという話も聞いていないので、スタンスもその行方も全くの不明のままだ。
特にFLOWERSの最後のひとりである相葉夕美の行方が知れないことについては、高森藍子がひどく気にかけていた。
メンバーが3人まで揃い、生き残ったアイドルたちの消息も大半が判明している今だからこそ、最後のひとりが消息不明というのが気になるだろう。
大石泉にしても、この島にいるアイドルの中で唯一先輩後輩という間柄でつながっている三村かな子の行方が知れないのは不安だった。

「以上と、ここにいる10人を合わせ、そのスタンスは8割ほどが明らかになっていることになります」

その中で積極的に殺しあいをしていると断定できるのは3人。生き残ったアイドルの中から見れば1割という数でしかない。
無論、行方が知れないアイドルの中にも殺しあいを是とするアイドルがいる可能性はある。
だが、それを考慮しても殺しあいを否定するアイドルが多数なのは覆らない。

この事実と、自分たちのような具体性を持って主催者へと反抗するグループの存在。それを周知することができれば、殺しあいを止めることができる。

「私は、そう考えています」

言い切って、大石泉は顔をあげて皆を見る。皆の顔は一様に同じ、ということはなかった。明るい顔をした子もいれば、まだ暗い顔した子もいる。
不安を感じるのは彼女自身も同じだった。
目論見が成功する可能性についてはまだまだなにも言えない。未だ、手がかりを掴むための手がかりを探している段階だというのは否定できない。
それでも、選ぶ道があるのだとしたら、胸を張って仲間の下へと帰れる道があるのだとしたら、これしかない。そう思うだけだ。

ぱちぱちぱち、と小さな拍手が起こる。手を叩いていたのは涼しい笑顔を見せる高垣楓だった。





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621彼女たちが後もう一手のフィッシング・サーティフォー  ◆John.ZZqWo:2013/10/10(木) 23:33:26 ID:dZc5KUF.0
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「せめて、雨が止むまではここにいてもいいんじゃないですか?」

ミーティングを終えて少し後、大石泉と渋谷凛の姿は警察署の玄関にあった。外ではもう雨が降り出しており、ざぁざぁという音が聞こえてきている。

「卯月が雨の中で震えているかもしれないから。……それに、もうひとつ止まれない理由もできたしね」

渋谷凛はいっそすがすがしい顔でそう答える。
元々、彼女はここに留まることをよしとしなかった。後々のためにミーティングだけは聞いていってほしいと引き止めたのが大石泉だった。

「北条さんと神谷さんのことは……」
「なんとなく、わかる気がする。ふたりがもう人を殺してると聞いてショックだったけど、でもふたりが……ふたりいっしょだったならって」

もうひとつ増えた止まれない理由、それは彼女の親友である北条加蓮と神谷奈緒が殺しあいにのり、すでにもう人を殺しているということだった。
判明しているだけで犠牲者は2人。それ以上に誰かが犠牲になっている可能性も高い。

「ふたりいっしょだったなら……」

大石泉は渋谷凛の言葉を反芻する。そう、彼女たちは少し特別だ。最後の生き残りを賭ける殺しあいの中でふたり協力している。
そこに渋谷凛が納得するなにかがあるのだとすれば、それはやはり彼女たちの問題で、彼女にしか解決できないのだろう。

「これ、ありがとう」

渋谷凛は片手にぶら下げているスタンロッドを軽くふる。元々は大石泉に支給されていたものだが、彼女がまともな武器を持っていないというので譲ったのだ。
代わりに、大石泉は彼女からロケットランチャーを譲り受けている。渋谷凛はこれが武器だということを大石泉に指摘されるまで知らなかったという。
なににしろ大仰で危険する武器だ。とても護身用にとはいかない。なのでふたりはそれを交換することにしたのだった。

「いえ、お願いを聞いてもらえるわけですし」

加えて、その代償として――もし、武器の交換がなかったとしても同じくしただろうが、大石泉は渋谷凛にいくつかの依頼をしていた。
ひとつは、北の救急病院に向かうこと。そこにいるはずの向井拓海ら4人と、もしかすれば合流しているはずの面々に自分たちの存在を教えることだ。

「私たちはここを拠点にして動かないので、その旨もよろしくお願いします」
「うん、了解」

もし、警察署が禁止エリアの中に入れば消防署へ、そこも禁止エリアに入れば、図書館、学校へと移動する。そう、予定も打ち合わせてある。

「もうひとつのほうも、よろしくお願いします。こんなことを頼むのは悪いと思っているんですけど……」
「それが必要なことだっていうのは私もわかるから。さすがに絶対に叶えるとは約束できないけど、できるだけの協力はさせてもらうよ」

もうひとつの依頼。それは“首輪”のサンプルの回収だった。つまり、死者を見つければその首を刎ねて、首輪だけを持ち帰るという依頼である。
この島から脱出するには絶対に必要で、しかし今まで口にすることすらできなかったことを大石泉は渋谷凛に頼んだ。
彼女が気丈であること、そしてなにより彼女がひとりで行動するというのが大きな理由になる。ふたりだけの約束で、他の人にはなにも言ってはいない。

「渋谷さんに誰かの首を刎ねてくれとは言いません。もし、行く先に都合よく首輪を回収できる遺体があれば、その時でかまいません」
「そう、だね」

それじゃあ、もう行くよ。と言って渋谷凛はレインコートを羽織りフードを被った。
この警察署にあったもので女の子が着るには無骨なデザインだったが、不思議と彼女には似合っている。
玄関の脇に立てかけてあった自転車にまたがり、彼女は雨が降る中へと漕ぎ出していこうとして、最後に一度だけ大石泉のほうを振り返った。

「ありがとう。みんなで帰れる方法を探してくれていて」
「渋谷さん……」
「白状すると、私は卯月や加蓮や奈緒に会った後のことは考えてなかったんだ。考えてなかった、というか……ただ、目の前だけを見ていて。
 後悔だけはしたくなくて、卯月たちにもう一度会いたいって気持ちだけで、ひょっとしたらとんでもない無茶をしていたかもしれない」

でも、とフードの中で渋谷凛の唇が動く。

「帰れるんだよね私たち“みんな”で」
「ええ、そうですよ」

じゃあ、卯月たちを連れて戻ってくるよ。笑いながらそう言い残して渋谷凛はこんどこそ雨の中へと自転車を漕ぎ出して行った。
雨は激しく、夜の闇は深く、彼女の姿はすぐに見えなくなってしまう。



「“みんな”で帰る……」

呟き。大石泉は渋谷凛と彼女の親友らがここに戻ってくることを深い雨の中へと祈った。





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622彼女たちが後もう一手のフィッシング・サーティフォー  ◆John.ZZqWo:2013/10/10(木) 23:33:50 ID:dZc5KUF.0
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会議室へと戻った大石泉は机につくと、高森藍子から預かった本を開きカーテン越しに届く雨音を聞きながらそれを読み始める。
隣にはその高森藍子が座って様子を伺い、少し離れた席では姫川友紀がバットを握りながら手持ち無沙汰にしている。
彼女ら以外はもうこの部屋の中にはいない。それぞれ3人ずつに別れ、片方は医務室、もう片方は仮眠室へと移動していた。

「なにかわかりますか?」

次々とページをめくっていく大石泉に高森藍子が尋ねる。

「いえ、まだなにも」

しかし、大石泉は簡潔にそう答えるだけだ。
意識して無愛想にしているわけではないが、そっけない返事に高森藍子は声をかけたのは迷惑だったかなとうなだれる。
そんな彼女の様子に気づくことなく大石泉はまたページをめくり、そしてまた声をかけられるとそっけない返事をして――とそんなことが繰り返された。

しばらくの時間が経ち、5冊あった本の最後の一冊がぱたんと閉じられる。
大石泉の顔になにか発見をしたという喜びの気配は見られない。
結局は無駄だった。木村夏樹が遺したものだというのに、報いるような結果が出せなかったことに高森藍子は悲しみを覚える。しかし。

「木村さんはこの本を図書館で見つけたんですよね?」

大石泉がそう高森藍子に質問した。

「は、はい」
「それはこの地図に載っている“図書館”でいいんですよね?」
「そ、そうだと、思います」

ふむ、と大石泉は納得する。だが高森藍子にはその納得の意味がわからない。

「……図書館がどうしたんですか?」
「この本には“続き”があるんです。正確にはシリーズとして別の本があるということなんですけど」

言いながら大石泉は最後に読んでいた本の一番後ろのページを開く。
そこは、その出版社が出している他の本の紹介になっており、この本と同シリーズである別の本の名もずらりと並べられていた。
本の題名を大石泉の指がなぞり、ある場所でぴたりと止まる。

623彼女たちが後もう一手のフィッシング・サーティフォー  ◆John.ZZqWo:2013/10/10(木) 23:34:06 ID:dZc5KUF.0
「『犯罪史の中の爆弾』?」
「ええ、別の広告ページにもう少し大きく載っているんですが……ここです」
「あっ!」

開かれたページを見て高森藍子は声をあげる。
その広告ページにはもう少しだけその本のことが大きく載っていた。題名と簡単な紹介、そして1枚の写真。その写真に写っているのは――。

「首輪型の爆弾です。過去に首輪爆弾をつけて犯罪を強要したという事件があったようなんです」
「じゃあ、この本を見つければ?」
「私たちがつけられているものとまったく同じというわけではないのでなんとも言えませんが、でも首輪の構造を知るヒントにはなりそうです」
「……そう、ですか」
「高森さん?」

高森藍子の顔を見て、大石泉はきょとんとした表情を浮かべた。彼女の目に涙が浮かんでいたからだ。

「あ、いえいえ。なんでもないです。じゃあ、図書館に行ってその本を探せばいいんですね」
「はい。シリーズですから同じ場所にあると思います」

涙を浮かべ、そして笑う高森藍子につられて大石泉も微笑む。
微かな可能性ではあるが、ようやく一番の問題である首輪について第一歩が踏み出せたのだ。

「では――」

大石泉は新しく予定を組みなおす。現状、この警察署にいる9人は夜が明けるまで交替で休憩をとることになっている。
日が昇れば、何人かを選抜して港に船を確認に行き、その後はもう一度学校を調査する予定だった。
その途中で、あるいはその後に――というのは遅いと大石泉は考える。

「雨が止んだら日が昇る前に何人かで図書館へ向かうことにしましょう。距離は離れていないからすぐに戻ってこれると思いますし」
「はい。じゃあ、ひと段落ついたことですし、お茶を淹れてきますね」

決定を聞き、席を立つと高森藍子は上機嫌で部屋を出て行く。
そんな彼女を見送り、十分な時間が経ったところで大石泉は未だ離れた席に座ったままの姫川友紀に声をかけた。

「図書館についてきてもらってもいいですか? 友紀さん」
「いいよ」

返事はそっけない。あれから、あの十時愛梨を悪役だと言ったあの後から彼女の様子がおかしい。
大石泉は最初、自分に対して怒っているのだと思った。場を収めるためとはいえ、同調できるはずの彼女の主張を否定したのは自分だからだ。
けれど、そうではないらしい。姫川友紀はあれから誰に対してもそっけなく、なにか自分を棘で覆っているような態度をとっている。

思えば、彼女も少しずつ考え込むことが増えていたように思う。“悪役”を突き止めることにもどこか執着していたような。
もしかすれば彼女自身に悪役に対してなにか思うところがあるのか。そう、大石泉は思った。

「その時はよろしくお願いしますね」
「…………うん」

けれど、それを問いただす勇気は今はなくて、少しだけ離れた彼女がこちらを向いてくれない。それが少し寂しかった。

624彼女たちが後もう一手のフィッシング・サーティフォー  ◆John.ZZqWo:2013/10/10(木) 23:34:30 ID:dZc5KUF.0
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「川島さん、肌綺麗ですねー」
「ふふ、お世辞でも嬉しいわ」

医務室では日野茜が川島瑞樹の肌を拭き血をぬぐっていた。そしてその様子を高垣楓が少し離れたところで見守っている。

「割と、動じないのね」
「んー、ラグビー部のマネージャーをしていれば怪我とか血を見るのって珍しくないですし」

手当ても覚えました。そう言いながら日野茜は川島瑞樹の服を脱がせていく。

「ちょっと、恥ずかしいわね」
「女同士なんだからかまわないじゃないですか」

下着姿で照れる川島瑞樹に、日野茜はそう言ってさらに手当てを進める。女同士でないとしても、クラブ活動で下着姿くらいは見慣れたものだ。
お腹に巻かれていたガムテープを慎重にはがすと、温めたタオルで傷口のまわりを丁寧に拭き、別の折りたたんだタオルをそこに当てる。

「息を吐いておなかひっこめてください」

川島瑞樹が言うとおりにすると、日野茜はその上から包帯をきつく巻いた。ぐるぐると何度も巻き、ギブスのように固定する。

「……これで、血はもう止まると思います。どうですか?」
「ありがと。なんだか、かなり楽になったわ」

言いながら川島瑞樹はタオルと包帯で固められたお腹をさする。言うとおりに、痛みや気持ち悪さは大分軽減していた。
傷を負った直後はもう半日も、お酒を飲んだ後はもう数時間ももたないのでないかと思ったが、どうやら日の出は問題なく見れそうに感じる。

「これなら船の運転もできそうね」
「よかったぁ……」
「心配かけたわね。この島を出る時にはこのお姉さんに任せなさい」
「そ、そうじゃなくて……」

顔を上げて川島瑞樹は驚いた。日野茜が泣いていたからだ。しかも、大粒の涙を両目からこぼして、ぽたぽたと頬から落とすほどに。

「いやだ、ちょっと……大げさよ。私が死んじゃうと思ってたの? 川島おねーさんよ?」
「今度はちゃんと助けられたって……思ったら、…………リーナも、夏樹さんも、……っ。間に合わなかった、から」

ああ、と川島瑞樹は納得する。
彼女は多田李衣菜と木村夏樹の最期も看取っているのだ。その時も、こんな風に彼女らの命を救おうと自分なりに全力の手当てをしたに違いない。
けれど、助けられなかった。そのことがきっと心の傷になっていたのだろう。彼女のことだから不甲斐ない自分をずっと責めていたのだろう。

「本当にありがとう。あなたがいなければ私は死んでいたと思うわ。助かったのはあなたのおかげよ」
「はい……! ありがとうございます!」
「お礼を言ってるのは私なのに、もう……おかしな子ね」

涙をぬぐい、頭を撫でる。素直でかわいい子だと川島瑞樹は思った。

「あ、えっと、じゃあ安静にしないといけませんよ。着替えも持ってきてるんで、まずはこれに――」
「ああ、なにかなにまでありがとう。着替えも探し……って」

笑顔で日野茜が取り出したのはこの警察署の婦警の制服だった。
別に、ミニスカポリスというわけではない。そんな扇情的なデザインではなくごく一般的なデザインの制服だ。だがしかし、川島瑞樹がこれを着るとどうか。

「な、なんだかコスプレっぽいわね……、あはは……。他にはなにかなかったのかしら?」
「道場に柔道着がありましたけど、そっちのほうがよかったですか? あんまり着心地がよさそうじゃなかったですけど」
「それはちょっと……、わかったわ。その制服を着ましょう。……いいわよ、私がなに着たって似合うところを見せてあげるから」
「はい! じゃあ、川島さんが着替えてる間にお茶を淹れてきますね」

バネのように立ち上がると日野茜は駆け足で部屋を飛び出していく。そんな姿を見送り、川島瑞樹は手渡された制服を見て、小さくため息を吐いた。

「なにか言いたいことがあったら言ってもいいのよ?」
「婦警さんがいる風景♪」

高垣楓の駄洒落に、あぁ……と川島瑞樹は天を仰ぐ。日野茜に悪気はない。けれども、これは絶対に色いろとネタにされてしまうだろうと。

「でも、瑞樹ちゃんが助かるようで本当によかった」
「彼女を泣かせないためにも、もう軽々しく死んでしまうなんて言えなくなったわ」
「長生きすればお酒も飲める」
「……ここではもう絶対に飲まないけどね」

泉ちゃんが怖いから。見合い、ハモって、ふたりは笑いあった。

625彼女たちが後もう一手のフィッシング・サーティフォー  ◆John.ZZqWo:2013/10/10(木) 23:34:49 ID:dZc5KUF.0
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しゅんしゅんと、小日向美穂の前でコンロの上の薬缶が口から湯気を噴いている。

「……………………」

小日向美穂は仮眠室に矢口美羽と栗原ネネを残し、給湯室にお茶を淹れにきていた。
雨が降り始め、寒くなってきたので横になる前に温かいものを――なんて、そんな理由をつけて。

「……………………」

それは半ば本当で、半ば嘘でもある。
嘘の中には色いろな理由があった。ただひとりになりたかっただとか、高森藍子と同じFLOWERSの矢口美羽といっしょにいるのが嫌だったとか。
それ以外にも色いろと、自覚していることとしていないことを合わせて無数の理由があった。

「……………………」

頭の中が処理しきれない情報で混濁し、心が麻痺して、感情が行方知れずになってしまう。
この島からの脱出に向けて具体性を持って行動していたアイドルたち。自分のちっぽけさが露にされて。
それを目の当たりにして、当然のように同調する希望のアイドル。自分を否定されたようで。
明らかにされた悪役という存在。そこには自分にはない許しがあると思えた。

最初からアイドルを殺してもいいと許されているなら、自分はこんなにも悩まなかったんだろうか――なんて、そんな想像と、羨望。


『それは今からでも遅くはない?』


小日向美穂はそんな考えを簡単に肯定することはできなかった。
ショーウィンドウのむこうにある輝くものに手を伸ばせない。小心で、臆病。だから、恋も手に入らなかった? 死ぬことすらもできなかった?

わからない。ただ、なにもかもが半端で、“今していること”も半端なことなのだと、それだけが確信できるだけだった。





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626彼女たちが後もう一手のフィッシング・サーティフォー  ◆John.ZZqWo:2013/10/10(木) 23:35:38 ID:dZc5KUF.0
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「美穂ちゃんもお茶を淹れにきたんですか?」
「ひぇ!?」

突然に声をかけられ小日向美穂は悲鳴をあげた。振り返れば、そこにいたのは高森藍子だった。よりにもよって。

「あの、驚かせちゃったのはごめんなさい。私もお茶を淹れにきたから」
「いえ、別に……大丈夫で――」
「――あ、ふたりともお茶ですか? タイミングがいいなぁ」

そこに、ちょうど日野茜もやってくる。彼女が来るとなぜか給湯室の中が狭くなったような気がした。

「じゃあ、いっしょに淹れちゃいましょうか。茜さんのところも湯のみは3つでいいんですよね?」
「はい! じゃあ私はお盆を用意しますね」
「あ…………」

小日向美穂が呆然としている前で、高森藍子が手際よくお茶を淹れていく。
最初に用意されていた3つの湯のみの隣にさらに6つの湯のみが置かれ、そこにひとつずつ熱いお茶が注がれていく。
そしてそれをお盆を用意した日野茜が3つずつに分ける。小日向美穂が手を出すまでもなく、関与する間もなく、それは滞りなく行われてしまった。

「ゆっくり休んでくださいね」
「元気があればなんでもできる。元気のためにはまず睡眠です」

そう言い残して、高森藍子と日野茜は唖然としたままの小日向美穂を置いてそれぞれ戻っていってしまった。
小日向美穂の前にはお盆とその上にのった湯気をあげる3つの湯のみだけが残されている。

「………………戻らなきゃ」

お茶が少しだけぬるくなる。そんなくらいの時間だけぼうっとしていた小日向美穂は、ぽつりと呟き、お盆を手に仮眠室へと戻った。






誰もいなくなった給湯室。その端に置かれたゴミ箱の中に、“空になった毒薬の瓶”だけを残して――。






【G-5・警察署/一日目 夜中】

【大石泉】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式x1、音楽CD『S(mile)ING!』、爆弾関連?の本x5冊、RPG-7、RPG-7の予備弾頭x1】
【状態:疲労、右足の膝より下に擦過傷(応急手当済み)】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを助け親友らの下へ帰る。
 1:夜の間は3人ずる3交替で休息をとる。
 2:タイミングを見計らって図書館に行き、首輪爆弾に関する本を取ってくる。
 3:夜が明けたら港に船を探しに行く。そして、学校も再調査する。
 4:緊急病院にいる面々が合流してくるのを待つ。また、凛に話を聞いたものが来れば受け入れる。
 5:悪役、すでに殺しあいにのっているアイドルには注意する。
 6:行方の知れないかな子のことが気になる。

 ※村松さくら、土屋亜子(共に未参加)とグループ(ニューウェーブ)を組んでいます。


【姫川友紀】
【装備:少年軟式用木製バット】
【所持品:基本支給品一式×1、電動ドライバーとドライバービットセット(プラス、マイナス、ドリル)】
【状態:疲労】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを助けて島を脱出する?
 0:………………。
 1:FLOWERSを、みんなを守る。

 ※FLOWERSというグループを、高森藍子、相葉夕美、矢口美羽と共に組んでいます。四人とも同じPプロデュースです。
 ※スーパードライ・ハイのちひろの発言以降に、ちひろが彼女に何か言ってます。

627彼女たちが後もう一手のフィッシング・サーティフォー  ◆John.ZZqWo:2013/10/10(木) 23:36:02 ID:dZc5KUF.0
【川島瑞樹】
【装備:H&K P11水中ピストル(5/5)、婦警の制服】
【所持品:基本支給品一式×1、電動車椅子】
【状態:疲労、わき腹を弾丸が貫通・大量出血(手当済み)】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを助けて島を脱出する。
 0:じゃーん☆ セクシーポリス・川島瑞樹よ♪
 1:今は身体を休める。
 2:日が開けたら港に船の確認をしにいく。(その時、車を出す?)
 3:もう死ぬことは考えない。
 4:この島では禁酒。
 5:千川ちひろに会ったら、彼女の真意を確かめる。

 ※千川ちひろとは呑み仲間兼親友です。


【高垣楓】
【装備:仕込みステッキ、ワルサーP38(6/8)】
【所持品:基本支給品一式×2、サーモスコープ、黒煙手榴弾x2、バナナ4房】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:アイドルとして、生きる。生き抜く。
 0:なんだかんだでノリノリですね。
 1:アイドルとして生きる。歌鈴ちゃんや美羽ちゃん、そして誰のためにも。
 2:まゆの思いを伝えるために生き残る。
 3:……プロデューサーさんの為にちょっと探し物を、ね。
 4:お酒は帰ってから……?


【矢口美羽】
【装備:歌鈴の巫女装束、鉄パイプ】
【所持品:基本支給品一式、ペットボトル入りしびれ薬、タウルス レイジングブル(1/6)】
【状態:深い悲しみ】
【思考・行動】
 基本方針:?????
 0:?????
 1:悪役って……。


【高森藍子】
【装備:ブリッツェン?】
【所持品:基本支給品一式×2、CDプレイヤー(大量の電池付き)、未確認支給品x0-1】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:殺し合いを止めて、皆が『アイドル』でいられるようにする。
 0:大石泉と姫川友紀にお茶を届ける。
 1:絶対に、諦めない。
 2:美穂を救う。
 3:自分自身の為にも、愛梨ちゃんを止める。もし、悪役だとしても。

 ※FLOWERSというグループを、姫川友紀、相葉夕美、矢口美羽と共に組んでいて、リーダーです。四人とも同じPプロデュースです。
   また、ブリッツェンとある程度の信頼関係を持っているようです。


【栗原ネネ】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×1、携帯電話、未確認支給品x0-1】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:自分がすべきこと、出来ることの模索。
 0:?????
 1:星輝子への電話がつながらないのが心配。
 2:高森藍子と日野茜の進む道を通して、自分自身の道を探っていく。

628彼女たちが後もう一手のフィッシング・サーティフォー  ◆John.ZZqWo:2013/10/10(木) 23:36:19 ID:dZc5KUF.0
【日野茜】
【装備:竹箒】
【所持品:基本支給品一式x2、バタフライナイフ、44オートマグ(7/7)、44マグナム弾x14発、キャンディー袋】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:藍子を助けながら、自分らしく行動する!
 0:矢口美羽と栗原ネネにお茶を届ける。
 1:川島さんの様子を見る。
 2:できることがあればなんでもする!
 3:迷ってる子は、強引にでも引っ張り込む!
 4:熱血=ロック!


【小日向美穂】
【装備:防護メット、防刃ベスト】
【所持品:基本支給品一式×1、草刈鎌】
【状態:健康、憔悴】
【思考・行動】
 基本方針:?????
 0:?????
 1:藍子に対して、解りえないと確信、藍子の信じるものを、汚してみたい。
 2:悪役って……?

 ※給湯室のゴミ箱に空の毒薬の瓶が捨てられています。
 ※お茶を注がれた湯のみのどれかひとつ、あるいは全部に毒薬が入っている(かもしれません)。
   小日向美穂はどの湯のみに毒薬が入っているか把握しているかもしれないし、把握していないかもしれません。


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【G-5・市街/一日目 夜中】

【渋谷凛】
【装備:マグナム-Xバトン、レインコート、折り畳み自転車】
【所持品:基本支給品一式】
【状態:軽度の打ち身】
【思考・行動】  
 基本方針:私達は、まだ終わりじゃない。
 1:卯月、加蓮、奈緒を探しながら北上。救急病院を目指し、そこにいる者らに泉らのことを伝える。
 2:遊園地や飛行場にも立ち寄る?
 3:首輪を回収できることがあれば回収し、大石泉に届ける。
 4:自分達のこれまでを無駄にする生き方はしない。そして、皆のこれまでも。
 5:みんなで帰る。

629 ◆John.ZZqWo:2013/10/10(木) 23:44:45 ID:dZc5KUF.0
おっと、忘れてた。投下終了です!

630 ◆John.ZZqWo:2013/10/10(木) 23:49:39 ID:dZc5KUF.0
すいません、状態票にミスがあるので取り急ぎ修正を。

【日野茜】

 ×0:矢口美羽と栗原ネネにお茶を届ける。
 ○0:川島瑞樹と高垣楓にお茶を届ける。

となります。リレーの際はご注意を。後、細かいミスはwikiのほうで修正します。

631 ◆yX/9K6uV4E:2013/10/11(金) 00:01:06 ID:kVTNT2xU0
投下乙ですー!
10人集合!
相変わらず流れるような情報整理で惚れ惚れします。
一人ひとりが心が動いて。
そして、その毒!
確実に使われたかもしれない毒に、どうなるか。

続きが楽しみ……といいたいところですが。


高森藍子、小日向美穂、大石泉、栗原ネネ、姫川友紀、矢口美羽、高垣楓、川島瑞樹、千川ちひろで予約しますね

632 ◆yX/9K6uV4E:2013/10/11(金) 00:02:57 ID:kVTNT2xU0
と、抜けが在りました。日野茜も追加でお願いします

633名無しさん:2013/10/12(土) 18:54:31 ID:mbM3DRwc0
投下乙です。
遂に10人集合しましたねー。
しかし毒はどうなるのか。
藍子と茜は美穂が毒薬を持っているのを知っているので毒で倒れる子が居れば
美穂の仕業だと解ってしまうしどういう展開になってしまうのか楽しみです。

634 ◆John.ZZqWo:2013/10/13(日) 13:38:34 ID:.j5kUci60
三村かな子 を予約します。

635 ◆wgC73NFT9I:2013/10/13(日) 20:58:10 ID:iOh3B2sk0
◆John.ZZqWoさん、投下おつかれさまでーっ!!

>彼女たちが後もう一手のフィッシング・サーティフォー
群像劇のそれぞれの心情描写がうまいなぁ……。
立ち位置、考えの絶妙なすれ違いが、何気ない会話に紛れててぞくぞくします。
とりあえず川島さんが無事で本当によかった!
新しく見つかった書籍と、毒薬の行方、気になります! 

それでは、自分も予約していた分、投下いたします。

636 ◆wgC73NFT9I:2013/10/13(日) 21:00:25 ID:iOh3B2sk0
 赤みを帯びてゆく街道の両側に、街灯がともり始める。
 夕暮れの日差しを受けて、前を歩くきらりさんの背中はとても大きかった。

 最初は自分が、仁奈ちゃんのところへ行こうと歩みだしたはずなのに、いつの間にか自然ときらりさんが先になっていた。
 闊歩、というべきなのだろう。
 歩幅の大きな彼女の歩みは、こんな状況でもスキップを踏むかのようだ。
 道の砂が、その着地を無音の歌にする。
 軽やかだ。
 きらりさんは、どんなところにでも楽しさを見つける方法を知っている。そんな風に感じた。

 藤原肇は自嘲する。

 一方の私は。
 まだ、どうすればいいのかわからない。
 足取りの重さは自分でもわかる。
 仁奈ちゃんを残してきてしまったケーキ屋への道。
 踏み出すたびに、迷いが大きくなっていく。
 きらりさんに追い抜かされるのは当たり前だ。

「肇ちゃん! みてみて〜☆ すっごくきれいだにぃ☆」

 きらりさんが唐突に上空を指差す。
 足を止めて、つられて空を見上げた。

「あ」

 そこに広がっていたのは、透き通るような赤。
 柿釉をかけた器をうちの窯で焼いたら、こんな発色になるだろうか。
 薄く見え始めた星々と月が釉の色彩に濃淡を浮かべ、口を縁取るような雲の裾は紫の絵付けで赤を締める。
 雨雲にも見える低い雲底の暗さが、きらめくような夕日の空を一際輝かせているのだ。

 一人では気づくことのなかった美しさが、天には広がっていた。

 気づくわけもない。
 今まで私は自分自身のこと、そして目の前にいた人々のことしか見ていなかった。
 私の土は、乾ききっていた。
 乾いた土くれで作った嘘は、展示された水族館でどんな評価を受けているのだろうか。

 潤いは、どこにでも湧いていたはずだ。
 晴れた空。
 畑の鍬。
 渋谷凛さん。
 きらりさん。
 あの小さな羊。

 日頃、イメージすることの大切さを自他へ言い聞かせているはずなのに、どうしてもっとその思考を広げることができなかったのだろう。

 あの暗い雨雲は、私たちを取り巻くこの凄惨な企画か。
 それにも負けず輝こうとする星たちは、懸命に生き抜こうとする私たち自身か。

 誰も憎まず、誰も殺さず、そんな解決を探したくて。
 でも私は、こんな近くにあった美しさも見つけられなかった。
 自分が器をひねりきる前に、自分から潤いを、放棄していた。
 土作りも練りも不十分な作品が、人に感動を与えられるはずもないのに。

 ――こんな気の抜けた器じゃ、おじいちゃんに叩き壊されちゃいますね。

 イメージの揺らぎは、そのまま私たちの運命を決定付けてしまう。
 陶器になぞらえても、イメージの大切さは土をひねる時に限ったものではない。

 器を焼き上げるとき、私もおじいちゃんも焼成過程と完成形の全てをイメージする。
 施釉を行なわない備前焼では、特にそれは重要だと思う。

 器を並べる位置によって、灰の被り方が違う。それは胡麻と呼ばれる凹凸になって現れる。
 火の入れ方のわずかな違いで、炎が酸化焔となるか還元焔となるかが分かれる。備前焼の文様はその焔に委ねられている。
 棧切り(さんぎり)、緋襷(ひだすき)、青備前――。
 意図した発色を得るにはその微妙な違いを肌で感じなくてはいけない。

 もちろん、器の全てを完璧に思い通りにできるわけはない。
 だから、イメージするのだ。その理想に少しでも現実を近づけるために。
 完成を、過程を、手段を、天候を、温度を、人の動きを、私の一挙手一投足を。
 イメージするためには、見ることだ。感じることだ。
 より理想に近い良い物を知らなければ、自分の理想すら描けない。

 ――あなたは、良い『器』ですね。

 目の前で朗らかに笑っている背の高い逸品を見て、そう思う。
 この殺し合いが始まったとき、佐城雪美さんを見て思ったはずだ。
 この閉ざされた島にいる全員が、私と同じ、アイドルなのだと。
 私たちは、皆一様に、アイドルとして焼き上げられる『器』。
 完成を待つさなかに、こんなところに連れ出され、『器』同士がぶつかって砕け散る。
 そんな冒涜を防ぐ答えの一つは、きっと彼女のような『器』だ。

 大きく優しく皆を包み込み、揺らいで倒れそうになる他の『器』を支えてくれる。
 それはきっと、今まで彼女自身がイメージし続け、磨き続けてきた理想なのだ。

637 ◆wgC73NFT9I:2013/10/13(日) 21:01:13 ID:iOh3B2sk0

「……肇ちゃん☆ なんだか元気に出てきたみたいだにぃ?」
「ふふっ……、そうですね。きらりさんのおかげかも知れません」
「うっきゃ〜☆ 良かったにぃ! じゃあ早く行って、もっと元気にハピハピするにぃ☆」

 明かりを強めた街灯の下で、きらりさんは更に明るい笑顔で歩き始める。

 ……ひょっとすると、私の気を少しでもほぐそうと、あの空を指したのだろうか?
 でも、そのおかげで私がここまでの考えに至るなんて、そんなことは思わないだろう。
 単に彼女は、「きれいなものを見つけたから、知らせてあげたい」と思ったのに違いない。
 その実直な思いの発露が、たまらなく素敵だった。



 藤原肇は、そうして歩き始めたとき、周囲の風景のある違和感に気づいた。
 恐らく以前の彼女であったならば気づかずに通り過ぎていただろう。
 そして、ここを通ったのが仮に彼女以外のアイドルであったとしても、気づかなかっただろう。
 それほど僅かな違いであったが、それは明らかにこの街道の“あるべき”イメージには存在しえない事柄であった。




「……きらりさん、ちょっと止まって下さい」
「ん? どうしたんだにぃ?」

 振り向いた諸星きらりの目には、こちらに静止するよう手を差し向ける肇の姿が映った。
 藤原肇の目は、街道の脇に立つ一軒の家屋に注がれていた。

「あの家の門、……開いています」

 二階建ての一軒家。一階に広々とリビングを取り二階に寝室を設けた構造。大体3LDKほどの間取りだろうか。雨戸が閉まっており詳細は窺えないが、平常時なら肇でも「将来のマイホームはこれぐらいの家が良いなぁ」くらいのことを思ったかもしれない。
 玄関の前には小さいが手入れされた庭があり、黒塗りのアルミ柵にイチゴか何かのつるが絡んでいる。なるほど平常時ならきらりでも「うきゃ〜かわゆい☆ イチゴもおいしすぉ!」などと言い出していたかもしれない。
 問題はそこではない。
 そのアルミ柵で出来た入口の門。
 戸のレバーを柵の出っ張りに引っ掛けるだけでロックする簡単な門であったが――。

 そのレバーが、外れていた。

 その意味するところを考えるに至り、きらりは素早く身構え、肇はうっすらと背に冷や汗をかいた。

「……いや、たぶん大丈夫です」

 一瞬自問自答したあと、肇はきらりに向けてそう呟いた。



 門が開いているということは、少なくともそこにアイドルの誰かが立ち入ったことになる。
 今までに見たその他の家屋は、基本的に全ての門扉が閉まっていたはずだ。
 だが、今も誰かが中にいるとするなら、間違いなく今までの話し声は家屋の中まで聞こえている。敵対するアイドルがいたなら、発見されたのを察して狙撃するなり逃走するなりするだろうし、仲間を求めているアイドルがいたなら、こちらに呼び掛けがあってもおかしくはない。
 どちらにしても、中に人がいたなら何らかの動きがあるべきなのだ。

「杞憂でした。変なことを言ってしまいましたね」
「ううん。肇ちゃん。気づいてくれて、ありがと」

 緊張を吐いた私の呼び掛けに、きらりさんはじっと地面を見たまま指をさしました。
 その指を追い、私は自分の見落としに気がついたのです。




 庭先は、玄関までの道に玉砂利が敷き詰められていたが、門の近くは庭土がそのままであった。
 そこに残るのは、かすかな二人分の足跡。そして、僅かに土に濡れた足跡が出て行くのは、一人分だけだった。




「……中に誰か、いる?」
「……行ってみるにぃ」

 きらりさんの表情は硬かった。
 足跡はどちらも私の靴よりふた周りは小さい。身長は150cmもないのではないだろうか。
 子供の足跡だ。
 ……そんな子供たちのうちの誰かが――。

 バン。と大きな音をたてて、きらりさんは玄関のドアを開けていた。
 陽の沈みかけた赤黒い光の中に、その先の廊下が照らし出される。

 その臭いには、きらりさんの方が先に気づいたようだった。
 ばっ、ときらりさんは廊下の先に顔を振り向け、靴を脱ぐのも忘れて奥へ駆けて行ってしまう。

 ――錆びた鉄のような、生臭い臭い。

 脳の痺れるような酸鼻な刺激臭を追って、私もその家の中に入る。

「莉嘉ちゃん!!」

638 ◆wgC73NFT9I:2013/10/13(日) 21:02:37 ID:iOh3B2sk0

 リビングの明かりをつけた。
 小さな女の子が、酸化鉄の赤釉を床にぶちまけてしまったのだ、と思った。

 目に飛び込んできたのは、黒ずんだ赤い水溜りと、そこに横たわる女の子の姿。
 きらりさんは、その大きな水溜りを気にかけることなく女の子へ駆け寄り、その体を抱え起こしていた。
 べりっ。と、ガムテープでも剥がしたような音がした。
 女の子の体は、倒れていた形そのままで持ち上がった。乾ききった粘土のようであった。
 淡い金色の髪が潤いなく垂れ下がり、赤黒い染みが無残にその頭部へ散りばめられていた。

 喉の奥からすっぱいものがこみ上げる。

「……う、う……げっ……」

 すんでの所で吐き気を飲み込みつつも、私は現実を理解した。
 あれは、第一回の放送で呼ばれた、城ヶ崎莉嘉ちゃんという女の子だ。ここで、誰かに殺されてしまったんだ。同じような年頃の女の子に。あんなにも頭を滅多打ちにされて。

 血だまりの脇には、細長い血痕が残っている。
 金槌の形に見えた。
 うちで使っているようなゲンノウではない。釘抜きのついた小さなハンマーだ。
 争ったような跡はない。……後ろから不意に殴りかかった?
 彼女が倒れた後も、何度も何度も、ハンマーを振りおろした?
 殺してしまった後、我に返ってハンマーを取り落としたのか、それとも単に血で手が滑ったのか。
 どちらにせよ。
 この所業は、とてつもない憎悪や激情の表れに見えた。
 決してその場かぎりの感情や、プロデューサーを思って殺害に走ったようには思えない。隠れていたもっと根深いものを、ここでぶちまけたにちがいない。
 その寸前まで、彼女の隣で一緒に笑っていただろう人物が、だ。

 こんな思いを抱いた人が、私たちの中に。
 アイドルの中に。
 いるのか。

 ふらつく体をリビングの壁で支え、私はきらりさんに歩み寄る。


 彼女は切なそうな顔で、抱えた女の子をじっと見つめていました。


 涙の跡が残るその死に顔は、血が降りてしまったのか右半分が紫色に、左半分が真っ白に変色していて、苦しげな表情を一層凄絶にしていた。地面に張り付いていた頬と唇は歪められ、固まった血液から無理やり剥がした時に、皮膚が一枚むけて垂れてしまっている。

 ――きっと、死体ってみんなこうなってしまうのだ。
 あの雪美さんも、仁奈ちゃんも、こんなアイドルらしくない色に染め上げられ、練り固められ、無残に潰される。周子さんも、美波さんも、だれが美しいアイドルのままでいられただろうか。
 炎の前で見たあの小さな体など、一体誰だったのかすら解らないほど。
 殺した者も、殺された者も、だれもアイドルではいられない。
 ――『器』は粉々にされる。



 市原仁奈以上の惨殺死体。
 単純にその少女の死のみならず、その前後の状況まで藤原肇にはイメージできてしまったことが、却って彼女の受けたショックを強めた。
 見ようとしていた理想の『器』。
 描こうとしていたアイドル像。
 途端にそれらが色褪せていく。
 地続きで繋がっていると思ったアイドルたちの思いが、あまりに遠い場所に思えた。

 ――誰にも、憎しみや悲しみを抱いてほしくない。
 ――でも、その答えが、見えない。

 動揺が、早くも彼女の視野を狭めていた。
 彼女はそのまま、立ち直ることはできなかっただろう。

 ――ここに、諸星きらりという『器』がいなかったならば。


     ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

639 ◆wgC73NFT9I:2013/10/13(日) 21:04:34 ID:iOh3B2sk0


「ねえ、肇ちゃん」

 諸星きらりの声で、藤原肇は沈痛な顔を上げる。
 軽くなってしまった城ヶ崎莉嘉の体を抱えて、きらりの笑顔は優しかった。
 眠る子供をあやすかのようにそっと、きらりは莉嘉を抱いていた。

「きらり、莉嘉ちゃんも一緒に連れて行こうと思うの。いいよね?」
「……なんでそんなことを? ……それに何の意味があるんです」
「……一人だと寂しいにぃ。莉嘉ちゃんも、仁奈ちゃんも」

 捨て鉢になったような肇の吐息を受けて、きらりは答えた。

 白坂小梅と共に弔った二人の子供のことが思い出されていた。
 見つけてあげられて、良かった。
 ほんの少しだけでも、あの二人のことがこの心に留まったから――。

「きらりはね、死んじゃった人は、生きてる人の心の中に行くんだと思うの」

 光の鈍い肇の目が、わずかに動く。

「死んじゃうって、とーっても辛くて、悲しくて、寂しいことでしょ?
 それなのに、だーれもそれを知らずにいたら、きっと、その子たちはもっともっと辛くて寂しいと思うの。
 だから、きらりも、『頑張ったね』って、言ってあげたいにぃ!
 そうしたら、その子たちは、きっとずーっと、きらりたちの心の中で『頑張って!』って応援してくれると思う!」
「あ……、は……あぁあっ」

 きらりは一気に語りかけた。
 肇の喉から、喘ぎが漏れた。


『遠くにいても、思ってくれる。頑張れって、応援してくれるって』


 肇には、確かにあの時の仁奈の言葉が聞こえた気がした。




「に、仁奈ちゃん……」
「肇ちゃん! 心の中で、みんなでハピハピするんだにぃ! この子たちのためにも、きらりたちのためにも、ハピハピで頑張るんだにぃ!」

 嗚咽と共に顔を上げた。

 きらりさんは、眼に涙を溜めていました。

 眩しかった。部屋の蛍光灯も、きらりさんの熱情も。
 きらりさんが本当に大きく見えた。

 ――この人は、どれだけ多くの思いを背負うつもりなの?
 ――もうすでに、彼女の背中にはどれだけの思いが載っているの?

 涙でぼやけた蛍光灯の光が、きらりさんの背に円のように広がる。
 いうなれば、神様に描かれる後光のように。
 彼女の『器』の深さと大きさが、如何に長大であるのか。私のイメージはまだそこまで及ばなかった。

「は……ぴ、はぴ……!」

 ――だけど私も、仁奈ちゃんにもう一度会うには、もっとこの『器』を広げなくては、ならない!

 口の中で、おまじないのように声を紡ぐ。
 私は自分のデイパックを下ろして、中から一冊のアルバムを取り出した。

640 ◆wgC73NFT9I:2013/10/13(日) 21:05:15 ID:iOh3B2sk0

「うゅ……、なんだにぃ? それ」
「私の支給品です。たぶん私たち60人全員を含めた事務所のアイドルが載ってます」

 ページをめくりながら答える。
 きらりさんは、眼に涙を溜めたままゆっくりと覗き込みに来る。
 ……あった。

アイドル名 : 城ヶ崎莉嘉
フリガナ : じょうがさきりか
年齢 : 12
身長 : 149cm 体重 : 36kg
B : 72 W : 54 H : 75
誕生日 : 7月30日 星座 : 獅子座
血液型 : B型 利き手 : 左
出身地 : 埼玉
趣味 : シール集め

 お姉さんよりも先にCDデビューして、アイドル活動もこれからという時に。
 12歳なんてまだまだ遊びたい盛りで。本当なら今だって、きらりさんや同年代の子と、無邪気に遊んでいただろうに。楽しく、この遊園地の写真のように、快活な笑顔を振り撒いていただろうに。

 アルバムを持つ腕が震えていた。
 奥歯を噛み締めて、次のページへ指をかけた。

「くぅぅ〜〜〜〜ーーーーッッ!!」

 探す。
 私たち60人のページを。
 今も懸命に生きているアイドルを。亡くなってしまったアイドルを。

 放送で呼ばれてしまったのは23人。
 残りの37人も、いつまで無事でいられるのか。

 ページをめくるたび、今この瞬間にも、この笑顔が潰されているかも知れない。
 そんな認識が静かに心に芽生える。

「……この笑顔のためにも、私たちはハピハピでいなければいけないんですね」

 アルバムを閉じ、私はゆっくりと立ち上がった。
 一緒にアルバムを覗いていたきらりさんへ、そして彼女に擁かれた莉嘉ちゃんへ、振り返る。
 血のこびりついた金髪をそっと撫でた。

「もう、誰にも悲しい思いはさせたくありません。そのために、私、頑張りますから……。応援していて下さいね」
「……うん。莉嘉ちゃんは、すーっごく頑張ったにぃ! あとは、きらりんたちに、ぜーんぶ任せるにぃ!!」

 きらりさんの腕は、震えていた。
 それでも、きらりさんは。

「それじゃ、出発するにぃ☆」

 底抜けの笑顔で、先を歩き始めた。


     ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

641 ◆wgC73NFT9I:2013/10/13(日) 21:06:01 ID:iOh3B2sk0


 明かりを消して、門を閉めて。外に出れば、陽はわずかな残光を上に投げているだけだった。
 空は雲がかかり、街灯の光を吸って黒々としている。
 きらりさんの背はアシンメトリーのパステルカラーを輝かせて聳える。
 その服が踏む足取りは、先ほどよりも重いように見えた。
 私の歩みが速まったからだろうか。
 莉嘉ちゃんを抱えているからだろうか。

 ……たぶん最大の原因は、過積載だ。
 60人のアルバムを読み通し、私の脳裏にも様々な思いが去来した。
 美波さんや周子さんの写真を見て、めまいを覚えた。
 華々しいイベントや事務所での笑顔。それらがもう増えることはない。
 きらりさんの聳え立つ背には、すでに23人分の応援が、想いが積まれているはずだ。
 いや、もしかすると、私と一緒に見た60人分、全員かも知れない。

 いくら彼女の『器』が大器であっても、それは、一人の少女には余りに重過ぎる積荷ではないだろうか?

 彼女の腕には、もう動くことのない莉嘉ちゃんがいる。
 どれくらいの力なら莉嘉ちゃんを壊さずに済むか、きらりさんは知っているはずだ。
 どれくらいの優しさで、子供たちの頭を撫でればよいか、知っているはずだ。
 どれくらい屈みこめば、子供と同じ目線になるか、知っているはずだ。
 電車のドア枠におでこをぶつけない首の傾げ方だって、知っているだろう。


 でも、自分がどれだけの想いを背負えるのか、あなたは知っているのですか?


 その問いが音になる前に、私たちはケーキ屋のショウウィンドウを見ていた。
 暗い店内の隅に、ぽつんと羊が落ちている。
 ガラス戸を押して店内。羊の傍らに、仁奈ちゃんが眠っていた。

「仁奈ちゃん……」

 きらりさんの呟きを後ろに聞きながら、私は仁奈ちゃんを抱え起こす。

 見開かれた目には、ぽつぽつと血の滲んだ点が浮いている。あえぐように開いた口にもだ。
 息を詰まらせながら、意識を落としながら、どれだけ苦しんだのだろうか。
 確か仁奈ちゃんは、目を閉じていたはずだ。
 瞼が縮んで、開いてしまったのかもしれない。
 はだけさせていた胸は、内出血で紫色になってしまっている。
 私が無理矢理、できもしない心臓マッサージなんかをしたせいだ。あばらも何本か折ってしまっているだろう。

「……ごめんなさい。仁奈ちゃん。
 私がもっと色んな可能性をイメージできていたら、仁奈ちゃんはこんなに苦しまなくて済んだかも知れませんよね。
 ……でももう、あやまりません。
 仁奈ちゃんの頑張りを、無駄にしたくはありません。
 遠くに行ってしまった仁奈ちゃんの分まで、私、みんなをハピハピにして見せますから!」

『大切な人なんだから、絶対いつでも応援してくれるんでごぜーますよ』

642 ◆wgC73NFT9I:2013/10/13(日) 21:06:53 ID:iOh3B2sk0

 仁奈ちゃんの声が聞こえる。私が都合良く思い出した記憶に過ぎないのは、わかってる。
 ただ、彼女が私にその言葉を託してくれたのは確かだ。
 ――その想いくらい、『器』に汲み上げられないでどうする。
 私が潤いを失い、アイドルを放棄することは、仁奈ちゃんを裏切ることになる。
 おねーちゃんと呼んでくれた彼女のような笑顔を、もう潰させたくはない。

 羊のきぐるみを仁奈ちゃんに着せて、その瞼を優しく落としてあげる。


 でも、口を閉じてあげることはできなかった。


 仁奈ちゃんの顎はもう硬くなってしまっていた。
 確かな死の感触に、背中が粟立つようだった。
 どうあがいても、“安らかな死に顔”になんかならない。
 こんなことも想像できず、慮ることもできず、なんで私はここを立ち去ってしまったのか。

『――友達に、背を向けるな。たぶんきっと……後で、死ぬほど後悔するから』

 凛さんの言葉が浮かぶ。その通りだ。
 だからこそ、ここでもう一度背を向けることはできない。
 仁奈ちゃんの想いから逃げたりは、しない。
 もう自分を責めたりは、しない。
 二度と踏み誤ることのない道を、イメージしてみせる。

 苦い唾を飲み込んで、きらりさんに向き直った。

「莉嘉ちゃんと一緒に、どこかで寝かせてあげましょう」

 一瞬、雪美さんの眠るログハウスが思い浮かんだが、やめた。
 あそこには彼女の決然たる想いがある。雪美さんが『器』として形作った一つの完成品だろう。
 この冒涜的な企画を考え出した者たちに提示すべき業に、私たちが手を加えるべきではない。

 莉嘉ちゃんと仁奈ちゃんには、ただこんな辛い殺し合いから離れた場所で、休んでほしかった。

「……うん。そうしよ? でもねでもね、このままじゃ、ちょっとかわいそぉ」

 きらりさんは静かにそう言って、そっと仁奈ちゃんの口元に手をかざす。
 仁奈ちゃんの口が、閉じていた。
 寝顔のようだった。

「えっ!? ど、どうやって」

 見れば、きらりさんに抱えられていた莉嘉ちゃんの体は、いつの間にかお姫様だっこをされているかのように丸くなっている。あんなにも硬く、こわばって倒れていた莉嘉ちゃんが。

「きらりんぱわー☆だにぃ。あんなに苦しそうなの、いやだもんねぇ」

 暖めながら、その腕力で固まった関節を動かしたとでもいうのだろうか。
 なんという、繊細で強い力なんだろう。

 きらりさんの微笑みは、全てを包む母親のようだった。
 この人は、支える気でいる。この島に連れてこられた60人のアイドル全員を。
 どんなにおもい積荷でも、その背中で支える。
 それだけのパワーを自分の奥から奮い立たせようとしているのだと、私は直感した。

 『器』の大きさが知れているなら、もっと大きくなればいい――。

 そんな言葉を、私は自分の中から聞いた。


     ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

643 ◆wgC73NFT9I:2013/10/13(日) 21:08:33 ID:iOh3B2sk0


「こんばんは!
 そろそろ夜になりそうですが、準備はできてますか?」

 ちひろさんの声が静けさを引き裂いたのは、ちょうど私たちが二人の体に毛布をかけてあげた時だった。

 ケーキ屋の二階は、恐らく店主の住居と思われた。
 狭いなりに整頓の行き届いた室内のベッドを借り、莉嘉ちゃんと仁奈ちゃんを寄り添って寝かせてあげていた。
 そのさなかに読み上げられた新たな死者の名前に、私は自分の耳を疑った。

「――希望を忘れないでくださいね。
 貴方達が信じるもの。
 そして、その『正しさ』を貫く事が。
 なによりも、輝いて見えるんだから。
 それこそが、『命』で。
 生きる証なんだから。
 最期まで、頑張りなさい――」

 放送の声が止むと同時に、私たちは見開いた目を合わせた。

「肇ちゃん! 泰葉ちゃんと、日菜子ちゃんって……!」
「聞き間違い、なんてこと、ありませんよね……」

 しかし、私の耳もきらりさんの耳も、嫌になるほど正常だった。
 取り出した端末には、岡崎泰葉と喜多日菜子の名前が、発表された死者の最初に連なっていた。

 ぐらぐらと視界がぶれる。
 ――私が、あんな嘘をついて二人を置き去りにしたから……?

 崩れそうになる私の右腕を、きらりさんが掴んだ。
 力の加減を忘れているのか、指が食い込んで、痛い。

「肇ちゃん、水族館に行かなきゃ! 急ごっ!」

 そのままずるずると、私をひきずったまま、走り始める。
 でも、その足は、三歩も進まないうちに止まった。

「だ、だめッ……!」

 ――私が、止めた。
 フローリングに自分の全体重を踏ん張らせて、彼女の勢いを止めた。
 きらりさんが、驚いて振り返る。
 今にも泣き出しそうな顔だった。

「どうして!? 二人とも死んじゃって、水族館には杏ちゃんもいるんでしょ!? みんな危ないにぃ! 助けに行かなきゃ!」
「……杏さんは、たぶん無事です。この放送で呼ばれませんでしたから、逃げられたんだと思います」

 岡崎さんたちが呼ばれたのは、死者の一番最初だった。
 この死者のリストは、恐らく第一回からずっと、死亡時刻順に並んでいる。
 6人とは言えその初めに死んだのなら、私がお昼に水族館を去った、その直後ないし遅くとも1〜2時間後が関の山だ。
 その時、何者かが水族館にやってきて二人を殺害した。
 4時間近くたった水族館には、残っているとしても彼女たちを殺した犯人しかいないだろう。
 一緒にいた杏さんが、発見されないまま留まっているとは考えづらかった。
 時間的に、あの時出合った凛さんがいてもおかしくはない。一緒に逃げたのかもしれない。
 慌てたままで水族館に向かえば、私たちが殺されかねない。

 私はそんな考えを、訥々ときらりさんに語った。
 こんな少しの時間で、そこまで考えが至ったことに、自分でも驚く。
 ちひろさんの放送は、確かに私の心を大きく波立たせた。でも、私の水底の土は平坦さを保っている。
 何度も他の人の死を受けて、揺らいでいた自分が、壊れて沈んだのかもしれなかった。

「杏さんのためにも、今は私たち自身のことを考えましょう」

 静かに、諭すように呼び掛ける。

644 ◆wgC73NFT9I:2013/10/13(日) 21:09:25 ID:iOh3B2sk0

 きらりさんは、顔を伏せて震えていた。

「……肇ちゃんは、どうしてそんなに強いんだにぃ……?」

 返ってきた呟きは、予想外のものだった。
 私が、強い?

「莉嘉ちゃんも、仁奈ちゃんも、他の子たちも死んじゃって……。
 きらりは、こわいにぃ……。
 きらりが、ちょっとでもハピハピじゃなくなっちゃったら、もうハピハピにはなれない気がするの。
 だから、大丈夫、大丈夫って、ずーっと自分で言ってたにぃ。
 肇ちゃんは、すごいにぃ。一緒にいると、どんどん違うハピハピが肇ちゃんの中におっきしてくるのが、わかるの。
 きらりには、そんなすごいこと、できる気がしないの……」

 きらりさんは、膝から崩れ落ちた。
 とてつもない寂しさと不安が、繋いだ手から感じられる。
 きらりさんが莉嘉ちゃんに感じた寂しさは、きっと、きらりさん自身のものだったのだ。

 きらりさんが『すごい』と言ってくれた、私を思い出す。

 きらりさんと出会った時。
 炎の前で岡崎さんたちに出会った時。
 仁奈ちゃんが死んでしまった時。
 嘘を決心した時。
 羊を作った時。
 空を見上げた時。
 私の中には、全く方向性の違ういくつもの考えが起こっていた。でも、それらは全部私だ。今の私の素地を固めてきた確かな土。
 ――焼き物は、初めに小さく作ってしまえば、大成できないと言われる。
 だから。

「……一度、自分を壊すんです。土に戻して、不純物を選り分けて、もう一度新しく、大きな『器』を作るんですよ。今まで見知ってきたもの全て、載せても潰れないような、『器』を」

 ようやく、言葉として見えた。

『私は脆くて、弱い。だけど、私は十分、泣いたから。違いがあるとしたら――きっと、それだけ』
『たぶん、ちゃんとしっかり、泣いておいた方がいいと思うよ――2人とも』

 凛さんの言葉が、ようやく自分の土になった。
 目の前のきらりさんは、とても小さかった。
 膝をついて、えづくように丸めた背中に、莉嘉ちゃんを抱えていた時の輝きはない。
 でも彼女は、一度ならずその輝きを宿していたはずだ。
 ならばその土は、もっと大きな輝きを宿した『器』を作れる。

「よしよし……、怖かったんですね。きらりさんも……。
 泣いて良いんですよ。それで、見えてくるものが、あるはずですから」

 膝立ちをした胸に、暖かい重みが乗ってくる。
 背中に、熱い雫を感じる。
 私の頬にも幾筋か、熱さが走っていた。

645 ◆wgC73NFT9I:2013/10/13(日) 21:10:30 ID:iOh3B2sk0

「……できますよ。ハピハピの世界征服。
 きらりさんは、もっと大きくなれる。私も、大きくなります。
 ――一緒に、みんなで、やりましょう!」
「うぇへへ……☆ 肇ちゃんも、ハピハピするんだね……。
 じゃあ、狙う? 狙っちゃう?
 ……一緒に……、やっちゃうぅ〜ッ?」


 きらりさんの鼻声は、最後には子供のように大きな泣き声に変わっていました。


『怖いですよ。それは。……でも、怖いから泣いてるんじゃないです』

 目の前には岡崎さんの顔が映る。
 炎の前で笑っていた彼女は、きっと最期まで大きな『器』であらんとしただろう。

『二人でいってきたらどうです? 折角ですし』
『だから、ここから立ち去りなさい』



 あなたの優しさも怒りも、受け止めます。
 あなたたちを殺してしまったのが、私の愚かな嘘だったとしても。それを受け止められる『器』であります。
 きっと、あなたもそれを望んでいると、私は思っています。



『仁奈もありがとうごぜーます、肇おねーちゃん』



 岡崎さんの隣で、仁奈ちゃんが笑っている。
 二人が、私に手を振ってくれていた。



 備前焼は、『落としても割れない』丈夫さで、古の武人に愛された。
 そして『入れた水を腐らせない』通気性の良さで、古の茶人に愛された。
 ――備前を焼くものとして、アイドルとして、こんなところで、腐りも砕けも、しません!

「食べて、飲んで、休んで、体力を取り戻しましょう。
 行き先は水族館よりも、小梅さんたちが行ったという病院のほうがいいかもしれません。
 私たちは、生きて、みんなをハピハピにさせるんです――」





 諸星きらりの涙は冷めなかった。
 冷たくなっていく城ヶ崎莉嘉と市原仁奈の隣で、自分たち二人は湧き起こる熱を感じている。
 莉嘉を抱いたときに感じた寂しさは、もうない。
 死者に投影されていたその氷を、溶かしてくれた人がいる。
 今までは自分がしていたような暖かい抱擁を、してくれる人がいる。
 潰されそうに感じた60人の想いが、羽のようだった。
 どれだけでも背負える。
 おんぶができなければ、だっこでもいい。
 肩車だってしてあげられる。

「……病院までなんて、きらりんタクシーがひとっ飛びだにぃ☆
 杏ちゃんも、小梅ちゃんも……。死んじゃった子たちにも!
 みんなに、きらりんぱわー☆、ちゅーにゅーしてあげるにぃ!!」

 月も見えなくなった夜の、迷いを消すように、諸星きらりの目は輝いていた。

646 ◆wgC73NFT9I:2013/10/13(日) 21:12:48 ID:iOh3B2sk0



【諸星きらり】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×1、不明支給品×1】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:つらいことや悲しいことに負けないくらいハピハピする。
 1:肇ちゃんと一緒に、みんなをハピハピにする。
 2:杏ちゃんが心配だにぃ……。どこにいるんだろ?
 3:水族館のことが気になるけど、病院に行ったほうがいいのかなぁ?
 4:きらりん、もーっとおっきくなるよー☆



     ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 器を焼く前の土作りとして、粘土を大量の水にさらす、という工程がある。
 小石やごみをよなげて洗い、より質の良い粘土のみを残す手法だ。

『偽物じゃ、ないですよねぇ?』

 藤原肇の目の前に、首を傾げた喜多日菜子がいた。
 妄想に捉われがちな女の子だったが、それ故に、鋭い観察眼があったように肇は思った。

 喜多日菜子の像が見ていたのは、双葉杏だった。

『や、やっぱり辛いんじゃないかなー。人殺しはいけないことだし、ほら、良心のカシャクとかさ』
『そんなの嘘ですよぉ』

 なぜ、自分の記憶が今この二人を思い出してきたのか、肇には思い当たった。

 岡崎泰葉と喜多日菜子が放送で呼ばれた時に、双葉杏が呼ばれなかったことに、違和感を感じたのだ。
 逃げられたのだろう。と、一度は推測に結論をつけた。
 だが、岡崎泰葉と喜多日菜子が逃れられなかった相手から、双葉杏だけが逃れるイメージが、湧かない。
 ニートアイドルとして売り出した彼女が、かなりの要領の良さを持っていることはわかる。
 それでも不自然だった。

 頭の中で、藤原肇は彼女のアルバムのページを思い出す。

アイドル名 : 双葉杏
フリガナ : ふたばあんず
年齢 : 17
身長 : 139cm 体重 : 30kg
B : ? W : ? H : ?
誕生日 : 9月2日 星座 : 花も恥らう乙女座
血液型 : B型 利き手 : 右
出身地 : 北海道
趣味 : なし

647 ◆wgC73NFT9I:2013/10/13(日) 21:13:17 ID:iOh3B2sk0

 身長139cm。
 ――あの家から出て行った足跡は、藤原肇のものよりふた周りは小さかった。

 身長150cm未満のアイドルで、この島に呼ばれた者は15人。
 その内死んでしまった者が8名。
 生き残っている人たちの中でも、小関麗奈、小早川紗枝、白坂小梅、古賀小春には、諸星きらりが会ってその安全を確認している。
 残ったのは、輿水幸子、星輝子、そして――。
 双葉杏。

 双葉杏や城ヶ崎莉嘉は、諸星きらりと共に、事務所でも良く触れ合っていたはずだ。
 輿水幸子や星輝子は、彼女たちには申し訳ないが机の下でキノコを育てていたりスカイダイビングが中継されていたりした映像しか藤原肇には思い浮かばない。

 そして、城ヶ崎莉嘉と家屋の中に入るまで、その殺意を見せなかったような人物が、既に死んでいるとも思えなかった。


『それに人殺しってバレちゃったら、きっと誰も信用してくれなくなるしね。
 誰にも言い出せずに一人で悩むんじゃないかなあ。ほら、杏はこう見えて根が繊細だし』


 ……。
 あの時、藤原肇は、単なる例え話として双葉杏に話を振っていたし、杏もそう捉えていたと思われた。


『ほら、杏はこう見えて根が繊細だし』


 ではなぜ、自分の話になる。



 ――杏さん、あなたの背中には、一体誰が載っているんですか……?



 星の輝きを持つ目と抱き合いながら、涙で洗われた藤原肇の目には、もう少しでその土が見えるような気がした。





【C-6 ケーキ屋の二階/一日目 夜】

【藤原肇】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×1、アルバム】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:誰も憎まない、自分以外の誰かを憎んでほしくない。
 1:きらりさんと一緒に、みんなをハピハピにする。
 2:殺人犯がいるかもしれない水族館よりも、病院に行って小梅さんたちと合流した方が良い気がする。
 3:双葉杏さんには警戒する。
 4:一度自分を壊してでも、そのショックを受け止められる『器』となる。

648 ◆wgC73NFT9I:2013/10/13(日) 21:16:05 ID:iOh3B2sk0
投下終了です。
タイトルは『星を知る者』です。

検閲のほど、よろしくおねがいします。

649 ◆yX/9K6uV4E:2013/10/14(月) 22:09:52 ID:DlA4QABs0
投下お疲れ様です!

うーん、これは凄いですね。
肇ちゃんもきらりも凄い丁寧にリレーされていて。
彼女達の心が凄く流れるように伝わってきました。
文句も何ないまま、勿論通しです。


そこで、なんですが、今いる私も含めてなのですが既存の書き手との交流チャットを考えています。
細かい打ち合わせや、決まりごとなどが在りますので、参加をお願いします。
私は晩であれば、いつでも大丈夫ですので、其方の希望する時間を教えてください。

650 ◆yX/9K6uV4E:2013/10/14(月) 22:11:47 ID:DlA4QABs0
ttp://mobarowa.chatx2.whocares.jp
此方で待っています。晩は私いるようにしますので、お待ちしております。

651 ◆John.ZZqWo:2013/10/14(月) 22:17:40 ID:RnSAM8iE0
投下乙です! ハードルなんか関係なかったですね。ぴょんと飛び越えちゃましたw

文章の綺麗さも驚きましたけど、フラグや描写の拾い方がとても丁寧で、ほんとにここ最近から読み始めたの?って驚きました。
肇ちゃんきらりともに、弱いからこそ強くなれる、強いからこそ弱いというところ、ふたりの魅力が描かれていて、
先の話からパスしたものとしてはこのリレーは本当、にょわー☆です。

改めて歓迎します。モバマスロワにようこそ。そして今後ともよろしくです。

652名無しさん:2013/10/14(月) 22:29:31 ID:SmDnvpUA0
投下乙です!
お ま え の よ う な 新 人 が い る か (褒め言葉)

これまでのモバロワにおける肇ちゃんときらりを深く理解し、咀嚼した上で描かれた心の機微
表現者としての肇ちゃんを通して描かれる、芸術的とさえ感じる描写の数々
焼き物への造詣も深く、更にそれらと物語を結びつける機転など
どれをとっても素晴らしいとしか言いようがありません!改めて乙でした!

653名無しさん:2013/10/14(月) 22:33:46 ID:UhEFdmOE0
投下乙です!
文章も、そこから紡がれる彼女たちの心情も、全てが丁寧で綺麗でした
きらりは肇を強いと評し、肇はきらりを(器が)大きいと感じる
双方が己の弱さを自覚し、同時に相手をすごいと思っていて、なんというか、対の器であるようだなぁと感じました
ここまで誰にも確たる疑念を抱かせていなかった杏にようやくその目が向いたのも、彼女たちが彼女たちであったからなのでしょうね

654 ◆wgC73NFT9I:2013/10/15(火) 00:27:44 ID:P10Xe26g0
皆さん、好評価ありがとうございます……!
おかげさまで泣きそうなくらいハピハピでーっ(^ヮ^)!

>◆yX/9K6uV4Eさん
チャットですか!わかりました。
近い日時なら、15日か16日の夜22〜24時とかは大丈夫だと思います。

重ねて皆様ありがとうございました!
至らぬところはあると思いますが、よろしくお願いしますね!

655 ◆yX/9K6uV4E:2013/10/15(火) 21:02:29 ID:pi0FQCfI0
了解しました。その時間とりあえず、私が入っていますので、よければ是非是非です

656 ◆j1Wv59wPk2:2013/10/15(火) 22:53:24 ID:tBWHIrcU0
投下乙ですー!ここにきてニュージェネレーションの登場ですか!

>カナリア
いいなぁ、綺麗だなぁ。彼女達の純粋な友情は見ていて気持ちが良い。
だからこそ、苦しみとかにはホント悲しくなるし、救われたら良かったねぇ……ってしみじみできる。
小春ちゃんも、やっぱり良い子だよホント。
ロワとして、これからは苦難の道ばかりだろうけど……というかここから本格的に巻き込まれていきそうだけど、
素直に応援したくなれる、改めてとても良いチームになったと思います。乙でした!

>飾らない素顔
岡崎泰葉という、このロワでも特に特殊だった少女。それがここで完成系になった感じですね。
色々と複雑な事情があるように感じられた彼女も、こうやって見るとやっぱり女の子だったんですよねぇ。
最期には救われたと信じたいですが……良い補完話でした。乙です。

>彼女たちが後もう一手のフィッシング・サーティフォー
物語も佳境へ向かっていることをしみじみと感じますなぁ。
病院組の情報や水族館の情報も、いろんな人に伝わって、ついに凛になおかれの情報も伝わって……。
そして何より、対主催として脱出のための……何より『首輪』の手がかりを見つけられたのはとっても大きい!
これはwktkが止まんない……と思ったら主催混じりの即予約!?これはどうなるのか……。

>星を知る者
新人ってなんです?(震え声)
成程、確かに彼女の事は目につくよなぁ……から始まって、目からうろこのオンパレード。
特に「一度、自分を壊すんです」のくだりは成程、と感嘆しました。
文章と描写が綺麗で、彼女達にマッチしてる。モバロワの雰囲気にもドストライクで、言うことないですわ……。
改めまして、書き手としてこれからもよろしくお願いします!次も予約する予定がありましたら、期待していますね!(ふんすふんす

では、私は向井拓海、小早川紗枝、松永涼、白坂小梅を予約します

657 ◆yX/9K6uV4E:2013/10/18(金) 00:07:44 ID:qJZOPRGk0
御免なさい、締め切りですが、少し間に合わない感じなので、いましばらくの猶予をお願いします

658 ◆wgC73NFT9I:2013/10/18(金) 07:28:22 ID:gSFMTkOw0
皆さんお疲れ様です。サバイバルがそろそろ始まりますね。
なので(?)私も絶賛サバイバル中の相葉夕美ちゃんを予約します!

659名無しさん:2013/10/20(日) 18:12:55 ID:.5a8GHygO
投下乙です。

きらりん、ずっと気を張ってたんだなあ。
これからも、二人で支え合って頑張ってほしい。

660 ◆John.ZZqWo:2013/10/21(月) 00:02:30 ID:ICT5ynCA0
締め切りを超過してすいません。今日中には投下しますので、今しばらく猶予をお願いします。

661 ◆wgC73NFT9I:2013/10/21(月) 01:01:35 ID:zkcA8eDU0
Johnさん、yXさんお疲れ様でーっ!

お先に書きあがったので投下いたしますね!

662華の影 ◆wgC73NFT9I:2013/10/21(月) 01:03:04 ID:zkcA8eDU0
 私は、探していた。
 ――この島には、あるはずだ。

 ビビッドだったジャケットとワンピースが、潮風に吹かれて彩度を落としている。
 見る間に沈んでいく光の筋へ目をやりながら、相葉夕美は歩き続けていた。
 荷物すべてを飲みこんだデイパックを肩に食い込ませ、大きなゴムボートを砂浜に引きずる。片

手の指はミュールを引っ掛け、更に海水と魚介が入ったブリキのバケツ。
 限界が近かった。
 疲れで崩れそうになる重心を慣性で前に送り、脚はただ反射的に動くのみ。

 夕日は水平線ではなく黒雲に沈む。

 ――観天望気というのが私にもできたら、もう少し早く気づけたかもしれないなぁ。

 先の放送で、雨の到来が予告された。
 屋根のない場所で夜通し雨に打たれることが、どれだけ体力の消耗になるかは、想像に難くなか

った。

 でも、あの雨雲は西からきている。本島の東にあるこのG-7島(仮)まで雨足が届くには、まだ

少し時間があるはずだ。

 それまでに、相葉夕美には目的のものを見つけられる確信があった。


 今朝の日の出は、だいたい4時半だった。
 それはこの時期から考えると、まず間違いなく関東か東北あたりの緯度のものだ。
 昨日だって、4時半に家のニガウリの開花を見届けたのだから合ってるはず。緑のカーテンにし

ようと息巻いて植えてみたけれど、今、どうしてるだろう。
 一日二日なら平気かな。後々はお母さんたちが世話してくれるだろうし。
 まあとにかく、その位置にある離島ならば、伊豆諸島。ちょっと小笠原は離れすぎだろう。
 畳があったし、日本なのは当たり前として。

 そして、伊豆にあの花が自生しているはずはない。
 バレリーナツリー。
 イギリス生まれの姫りんごなんだから。

663 ◆wgC73NFT9I:2013/10/21(月) 01:04:33 ID:zkcA8eDU0
すみません、メモ帳の設定ミスで見づらい状況に……。
もう一度あげなおします。

664華の影 ◆wgC73NFT9I:2013/10/21(月) 01:05:06 ID:zkcA8eDU0
 私は、探していた。
 ――この島には、あるはずだ。

 ビビッドだったジャケットとワンピースが、潮風に吹かれて彩度を落としている。
 見る間に沈んでいく光の筋へ目をやりながら、相葉夕美は歩き続けていた。
 荷物すべてを飲みこんだデイパックを肩に食い込ませ、大きなゴムボートを砂浜に引きずる。片手の指はミュールを引っ掛け、更に海水と魚介が入ったブリキのバケツ。
 限界が近かった。
 疲れで崩れそうになる重心を慣性で前に送り、脚はただ反射的に動くのみ。

 夕日は水平線ではなく黒雲に沈む。

 ――観天望気というのが私にもできたら、もう少し早く気づけたかもしれないなぁ。

 先の放送で、雨の到来が予告された。
 屋根のない場所で夜通し雨に打たれることが、どれだけ体力の消耗になるかは、想像に難くなかった。

 でも、あの雨雲は西からきている。本島の東にあるこのG-7島(仮)まで雨足が届くには、まだ少し時間があるはずだ。

 それまでに、相葉夕美には目的のものを見つけられる確信があった。


 今朝の日の出は、だいたい4時半だった。
 それはこの時期から考えると、まず間違いなく関東か東北あたりの緯度のものだ。
 昨日だって、4時半に家のニガウリの開花を見届けたのだから合ってるはず。緑のカーテンにしようと息巻いて植えてみたけれど、今、どうしてるだろう。
 一日二日なら平気かな。後々はお母さんたちが世話してくれるだろうし。
 まあとにかく、その位置にある離島ならば、伊豆諸島。ちょっと小笠原は離れすぎだろう。
 畳があったし、日本なのは当たり前として。

 そして、伊豆にあの花が自生しているはずはない。
 バレリーナツリー。
 イギリス生まれの姫りんごなんだから。

665華の影 ◆wgC73NFT9I:2013/10/21(月) 01:05:53 ID:zkcA8eDU0


 相葉夕美の歩みは止まった。
 目を細めて見上げる先。

 ライブ後に手渡される花束のように、たくさんのピンク色が残り陽に揺れていた。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


「良かったぁ〜! やっぱりこっちの島のは立派だね!」

 砂浜の奥、木立に半ば隠れるように、一軒の海女小屋が建っていた。
 その木々の一部は、バレリーナツリーだ。
 家庭でも栽培しやすいと聞くそのリンゴは、たぶんここを使う漁師さんたちが植えたものだろう。
 本島から漁にくる度に、手入れや収穫をしていくに違いない。面白い利用方法だ。

 花冠みたいに密に咲いたピンクの花弁をそっと嗅いでみる。
 紫外線と海風に痛んだ心も落ち着く、そんな華やかさだった。

 この色の品種なら、バレリーナツリー・メイポールだ。
 すごく小さくて酸っぱいリンゴだけど、ジャムにしたときの美しさと味は、あの紅玉すら凌駕するという。
 実の中まで深紅をした真っ直ぐな味。
 ちょっと、食べてみたいな、なんて思う。

「まーこの季節じゃ無理だよねー」

 ゴムボートを置いて、木造の海女小屋の戸を開ける。

「おお〜! 広い広い!」

 内部は十畳くらいのスペースがあった。
 手前の二畳ほどが土間になっていて、壁際に、外へ排水を流せるようにした簡単なシンクが据えられている。隣には脚付きの小さな戸棚が置いてあった。
 奥八畳は、G-8島の小屋と同じく畳が敷いてあったが、中央には一畳分の切り欠きがされている。

「うわぁ! これはうれしいなぁ」

 切り欠きには、レンガ積みで囲まれた手作りの囲炉裏のようなものが設置されていた。半畳分ずつ二枚の大きな金網が置かれていて、下には木炭と一面の灰。上には小ぶりなアルミの片手鍋が無造作に乗っかっている。
 見回せば、土間の端には炭の袋に火バサミ、古新聞の束、三脚の鉄輪まである。
 炭だったら簡単に火は消えないだろうし、オキ火にしておけば着火用のマッチが節約できるかもしれない。
 きっと、海女さんや漁師さんたちがここで獲った魚介を料理して休憩するんだね。

「じゃあ――、お水もあったりする?」

 シンクには、蛇口などはついていない。
 排水管が外に通じている壁の下方に、何本か空の2リットルペットボトルが放り出されていた。

 ……流石にそれは期待しすぎだよね〜。

 綺麗な水が少ない島で、なおかつ漁の時にしか来ないなら、飲み水を本島から持ってきたほうがいいのは当然だろう。魚を洗ったりするのは海水でも構わないわけだし。

666華の影 ◆wgC73NFT9I:2013/10/21(月) 01:06:57 ID:zkcA8eDU0

「それにしても、四面採光の十畳キッチン付き! 良い物件じゃないですか相葉さん!」

 気分を盛り上げようと明るく言い出してから気づいた。
 ……四面採光?

 全部が木で出来たこの海女小屋は、やたら窓があって風通しが良かった。
 今私が入ってきた戸の両脇に一つずつ。
 横の壁にも一つずつ。
 奥の壁面にはこちらの窓と向かい合うように二つの窓がある。
 上から吊られた木の板を、つっかえ棒で押さえて開けておくという、今まで見たことのないタイプの窓だった。

「……いやいや、これから雨降るんだから閉めないと!」

 慌ててバケツとミュールを置いて畳に上がり、窓の板を下ろし始める。
 つっかえ棒になっていた木切れを、板と枠に差し込んでロック。
 只でさえ刻々と明かりが沈んでいるのだ。室内はどんどん暗くなる。

 早く作業して火を熾さないと、何にも見えなくなっちゃう!


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


「……なんとか。点いたかな〜」

 ぼんやりと炭がオレンジの光を放ち始めた。
 古新聞をこよりにする手を止めて、携帯端末のバックライトを落とす。
 この端末がある程度照明になってくれてよかった。どれだけ電池が持つのか知らないけど。

 窓は、外の様子が見えるように玄関側の一枚だけ開けて、あとは閉めた。
 たぶん晴れて明るければ、そこから南側の海が見えるだろう。
 双眼鏡を覗けば、もしかすると諸島の別の島でも見えるかもしれない。

 ゴムボートは中に入れようかとも思ったけれど、雨を溜めてくれるかも、と期待して、バレリーナツリーの一本にくくりつけておいた。

「そう。問題は水なのです」

 バケツに入った海水を、片手鍋で汲んで炭火の網に乗せる。
 中に炭のかけらを一つ入れて、その上に鉄輪を乗せて傾きをつけた。
 そしてそっと、鉄輪の三脚の上に鍋の蓋をひっかける。

「そ〜く〜せ〜き、じょ〜りゅ〜そ〜ち〜♪」

 頭の中で効果音を想像しながら物まね。
 果たして上手く機能するかどうかはわからないが……。

667華の影 ◆wgC73NFT9I:2013/10/21(月) 01:08:27 ID:zkcA8eDU0

「あ、それにしても、容器にできそうなのってアカガイの殻しかないじゃん」

 自分の設計どおりに蒸留装置が働いてくれれば、レンガの囲いの上あたりに、冷やされた水蒸気が水滴となり、鍋の蓋を伝って落ちてくるはずだ。
 お座なりにアカガイの殻をそこへ置いて、使えそうな皿や容器を探しに立ち上がる。

「そうは言っても、ここしかありそうな場所がないよね」

 シンクの脇の戸棚。
 上下が引き出しになっていて、中央に観音開きの大きめなスペースがある。
 その上の方を引いてみれば、火のかすかな明かりでも目的のものはすんなり見つかった。

「ほほう、結構あるね♪」

 薄い平皿が10枚、お茶碗が4つ、無造作に並べられた塗り箸が何膳分か。
 いそいそとお茶碗を取って戻ってみれば、既に殻の中には水が溜まっていた。
 茶碗と交換して、チュッと啜ってみる。

「うん! お水だよお水! しょっぱくない!」

 蓋のふちギリギリにぶつかりそうだった茶碗の位置を微調整しつつ、内心で装置の成功にガッツポーズをした。これで飲み水を確保する手段もできたことになる。

 ――ふぅ。
 ひとまずの目的を果たして安心したら、どっと疲労感が襲ってくる。
 囲炉裏の前に腰を下ろした。

 よくよく自分の体を見回してみれば、手も足も、塩を吹いて白くカピカピになっている。
 まくったジャケットの下に出る腕は、一面日焼けして真っ赤だった。
 ――うわぁ……。日焼け止めも帽子もなしに一日伊豆の日差しの中だもんね……。
 意識し始めた途端に、顔や首筋までヒリヒリと痛み始める。
 あと、左耳の裏も。
 非対称な髪型にしたことを悔やむ日がくるとは……。


 静かに沸く鍋と滴り落ちる水を見ながら、相葉夕美は重くなる頭で考え始めた。


 ――あぁ、とにかくお夕飯どうしようかな。
 お魚と貝を焼こうか。調味料もあるかもしれないから、美味しくなるよねきっと。
 そんでもって早く寝なきゃ。明日もあるんだし。
 一日頑張ったからそろそろ眠いし。
 日焼けの疲れを回復させないと。ビタミンCも摂らなきゃ。
 無人島サバイバルだもんね。
 じゃあ、火をこっちにも持ってこようか。
 ――……。

 のろのろと、さっき縒りかけた新聞紙に手を伸ばす。


 そして相葉夕美は、その指先にかつての自分の姿を見た。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

668華の影 ◆wgC73NFT9I:2013/10/21(月) 01:09:47 ID:zkcA8eDU0


 新聞には、白黒の写真が載っていた。
 芸能面の半分を埋める大きな写真。

『“四輪の花束”――FLOWERS初の単独ライブツアー』

 ステージの上で精一杯歌う大輪の笑顔が、そこにあった。
 藍子ちゃん。
 美羽ちゃん。
 友紀さん。
 ファンにむけて千切れるほどに手を振り、写真からでも歌声が聞こえそうな力強い眼の光。
 美しい。
 品評会に向け、あの一流の生産者が丹精込めて研究・開発した品種たちなんだもの。
 私がこの新聞の編集者でもトップ記事に出すだろう。

 そして、カメラにもっとも近いステージの端でアップになっている花は。
 FLOWERSの月見草。
 相葉夕美。
 私の笑顔だった花だ。
 ――ああ、いいじゃない。花言葉通り、『美人』だよ。写真うつり。

「がッ……。あ、はぁっ……!!」

 唐突に、涙が溢れた。
 胸が締め付けられるような感覚に、呻きを漏らしながら畳の上を転げた。

「う、うぅ――!! うぅうあぁあ!!」

 ――忘れようとしてたのに! 忘れてたのに!
 恋も、友情も、希望も、このイベントも!
 なんでこんなところに、あの時の満月が沈んでいる!
 私に、見ろと、月見草であれと、そう言いたいのか!?

「あぐぅ……ッ。ぐうぅ……っ」

 這うようにして、その写真へ向き直る。
 当時の月見草は満開だった。
 でも、今の私はそんな花になんてなれない。

 潮と汗にまみれ、赤むけだらけの私の心身がどうして『美人』になれるか。
 一途にみんなの破滅を願う私がどうして『自由な心』を持てるか!
 そして――。


 あの人の死を確信している私に、『打ち明けられない恋』などする資格はない!!


 白黒の写真は、遺影に思えた。
 月見草は枯れ果てた。

 FLOWERSのみんなだって、もうその根が吸い上げられるのは悲しみだけだ。
 そんな花は、咲いたってそのうち腐って死ぬ。
 希望の花の藍子ちゃんだって、きっとそうなってしまう――。

669華の影 ◆wgC73NFT9I:2013/10/21(月) 01:11:32 ID:zkcA8eDU0

「……ああ。そういえば、なんか、話すんだったっけ……」

 濃密な諦めが臭ってくる重い吐息。
 その自分にも心底辟易しながら、力の入らない手で携帯端末をまさぐる。
 指の間から、端末は転がり落ちた。

 ――もう、どうでもいいや。

 どうせ月見草は枯れたんだ。
 過去にしか咲かない花が、語ることなどない。
 それより早く終わらせようよ。
 こんな、間延びした落花の夜は。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


 感覚に乏しい浮いた足取りで、戸棚の前に降りる。
 観音開きの中には、醤油の一升瓶、練りわさび、お酢、塩、油、料理酒――。調味料が一揃い仕舞われていた。

 ――うわぁ! すごいすごい! これで、半分はお刺身で食べられるかな♪ カルパッチョとか、ヅケにしておくのもいいかも!

 声に出して言ってみようと思ったが、喉からはかすれた溜め息が出るだけだった。

 だめだね。
 やっぱり気分の明るさなんてのは追肥でやっても無意味だ。
 嫌気状態になった土へ化学肥料乗せたって根腐れが早まるだけだもんね。わかってたはずなのにね。
 根腐れの解消に必要なのは、溜まって酸素の失せた水や土に空気を入れることですよ。相葉さん。わかってますよね。

「……わかってるけど、もう、どうでもいいよ」

670華の影 ◆wgC73NFT9I:2013/10/21(月) 01:12:33 ID:zkcA8eDU0

 サバイバルの間、半ば意図的に、半ば自然と出ていた独り言。
 少しでも明るくあろうと、笑顔でいようと。
 アイドルであろうと、咲き続けようと、無意識が生み出した声だったのだろう。

 自分が差し出した最後の花弁も、私は“拒否”した。


 ――今、私の顔は、どれだけ醜いのか。


 醤油の褐色瓶に映る反射が怖くて、私は調味料へ伸ばしかけた腕を引っ込めた。

 それでも、あさましいことに私のおなかは減る。
 何か食べたい、と、枯れたはずの相葉夕美が言っている。

 死ぬために、生き延びる。
 今一度自分の絶望を咀嚼して、私は下段の引き出しに手をかけた。

「――え?」

 そこには、広口の小瓶が4つ入っていた。
 他にもいくつか入っていたのが持っていかれたようにも思える配置をしていた。
 手に取った。
 炭火の光が、瓶の中の透き通った赤を照らす。

 『バレリーナツリーのジャム』

 サインペン一本で手書きされたラベルは、花の模様で縁取られて、かわいらしかった。

「――まさか……。メイポールのジャム。これ全部?」

 小さなジャム瓶は全てに手書きのラベルが張ってある。間違いなくメイポールのジャムだ。
 4つを取り出してみてから、引き出しの底面にもなにか書かれているのに気がついた。


『お疲れ様。これで、あと少し、頑張ろうね』


 藍子ちゃんの声が聞こえたような気がした。
 引き出しに張られた紙に、そんなサインペンの文字が残っていた。

「……ふふっ。うふふ……、あはは……」

 海女さんが、去年取ったメイポールの実で作ったに違いない。
 ここを使う漁師さんたちが疲労困憊したときのために。何をしても気が滅入ってしまうような重い疲れをほぐすように、みんなの分を作り置いてあったんだろう。
 糖度を高めたジャムなら、一年も二年も持つ。
 本当に、面白い活用の仕方だ。
 どうしてか、笑いがこみ上げてくる。

「なんだか……、本当に藍子ちゃんみたいだよね。こういうこと言いそうだし、やってくれそう」

 食べたい。
 心底、私はこのジャムを求めていたような気がした。

671華の影 ◆wgC73NFT9I:2013/10/21(月) 01:14:19 ID:zkcA8eDU0

 大事に小瓶を抱えて、囲炉裏に戻る。
 その一つを取って、蓋を軽く炭火にあぶった。これで固い蓋もすんなりと開く。
 お手製の缶ナイフの先を焼いて滅菌し、綺麗なルビー色のジャムをたっぷりと掬った。
 それをアカガイの殻に載せて、網の上へ。

 ――焼きジャム。

 熱はジャムの甘みと香りを引き立たせる。
 瞬く間に、潮臭い海女小屋は、目の覚めるような甘い芳香に包まれた。
 ふわふわと軽く、嗅ぐ人を幸せに引き込むような――。

「――藍子ちゃんがいるよぉ、この部屋に……。本当に、人へ幸せを届けることに『一途』なんだからなぁ……」

 かなわないや。
 ジャムの香りに藍子ちゃんを見るほど、私は彼女を尊敬して、惹かれている。
 妬んでもいる。
 でもこれじゃあ、私が藍子ちゃんの高みに届くことは絶対にないな。
 だって、そんなに気にかけてる時点で、私は高森藍子のファンなんだから。

「そもそもね! バレリーナツリーに高さで勝とうなんて、考える方がバカみたいだよねっ。
 いくら小さい品種だからって2〜3メートルにはなるんだよ?
 勝てるとしたら、向日葵くらい? でも、私は向日葵なんてキャラじゃないしね〜」

 そもそもその向日葵が、むしろ藍子ちゃんっぽい。
 FLOWERSの他のメンバーに当てはめるなら、友紀さんくらいかな。
 彼女たちより目立とうと、いくら背伸びをしたって無駄だ。
 地の高さが全く違う。
 ステージでの位置取り変更とかいうせせこましい植え替えは、もう止すんだ。

「……むしろ、目立たなくても評価してもらえるような、そんな花じゃないとね〜」

 月見草は枯れたはずなのに、私は自分の庭にまだ何かの花を見るのか?
 自分の中には、まだ一面の土があるのみだ。
 しかもそれは、月見草の根を腐らせた土地。
 かつては質のいい黒土だったけど、今はガチガチに固まった粘土質。
 嫌気性菌と腐水だらけの、水はけ最悪の立地だ。
 いくらFLOWERSの花々が香りを振り撒いてくれたって、水はけはどうにもなるまい。

「いかんともしがたいよねぇ……。
 まあ良いんだ♪
 枯れたアイドルは一人無人島で静かな余生を過ごすから。
 それじゃあ藍子ちゃん。いただきまーす」

 ジャムは湯気をくゆらせながら、くつくつと煮えている。
 脱いだジャケットをミトン代わりにして、アカガイの器を取った。

672華の影 ◆wgC73NFT9I:2013/10/21(月) 01:16:25 ID:zkcA8eDU0


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


 初めに訪れたのは、涙だった。


「……あ」


 遅れて、全身にパッションが広がってゆく。
 鼻腔から頭の先まで包む甘い芳香。
 舌先を撫でながら咽頭の奥へ力を漲らせていく芳醇な甘露。
 体の芯を背骨から貫き通す懐かしい熱感。
 プリザーブドではない。
 どこをとってもこのジャムには満遍なく幸せが広がっていた。
 胃の中から吐息までを香らせる。
 どの粘膜からでもその優しさと暖かさは、ただちに吸い込まれる。

 血が巡る。
 心臓が咽びながらその甘みを飲む。
 指先に力が篭る。
 壊れ果てた脚の筋肉が起き上がる。
 脳は喝采を贈る。
 相葉夕美がようやくこの希望を摂ってくれたことに。


「お……、美味しいよぉ……!!」


 ボタボタボタボタッ!
 盛大な効果音を立てて、レンガの上に大きな水滴が落ちた。
 落ちる涙とともに、どんどんと相葉夕美の瞳は明るさを取り戻す。
 暗かった部屋の中が、はっきりと見渡せる。



「それにしても美味しすぎるでしょう藍子ちゃん!
 ここにいるの、あなただけじゃないよね!?」

673華の影 ◆wgC73NFT9I:2013/10/21(月) 01:17:40 ID:zkcA8eDU0

 ジャムの原料は、大体の場合は果物――リンゴと、レモン汁、砂糖といったものだ。

 その中心を占めるのはもちろん、この場合主役たるバレリーナツリー・メイポール。
 果肉の粒立った感覚が残ったままに、舌触り・喉越し・発色・味の全てが完璧に煮上がるのは、このメイポールならではの技だ。
 実は小さくとも、何事においても『一途な心』を貫く。
 高森藍子の貫禄だ。

 そして、そのクオリティを包みながら導く酸味。
 レモン。
 だが、輸入物のレモンでは、こんな繊細に味を包むような丸さは出ない――。

「……たぶん九州産だよね。
 刺すような酸味よりも、むしろ甘みと香りで強力にリーダーを下支えする、円熟した爽やかさ――」

 姫川友紀さんだ。
 『熱意』ある彼女の歌声、そのダンス。まさしく彼女がレモンなのではないか。

「でも、友紀さんだけじゃない。
 ――ここには、美羽ちゃんまでいる。あなたは、一体何だというの?」

 普通のジャムなら、甘味付けには砂糖を使う。
 だが、このまろやかな甘味は上白糖では出せない。
 三温糖? 黒糖?
 もっと根本的に違う。
 どこか懐かしく、華やかなリンゴの隙間で安心感を与えるようなこの香り――。

「……レンゲだね。
 淡い色調で決してメイポールの発色を壊さず、自分から主張はしない。
 それでも、確かな存在感で嫌味なく、みんなを纏め上げるレンゲのハチミツ――」

 矢口美羽ちゃんだ。
 見ているこちらまで『心が和らぐ』ようなひたむきさ。美羽ちゃんにしか思えない。

674華の影 ◆wgC73NFT9I:2013/10/21(月) 01:18:53 ID:zkcA8eDU0



 涙が止まらなかった。
 何度もジャムをすくっては、暖めて啜った。
 お腹や腰の奥底から、力が湧いてくるのを感じる。
 撹拌された粘土層から、腐った水が溢れ出てくる。
 私の眼は植木鉢の穴だった。


 ――ああ、やっぱり私はみんなと一緒にいたいんだ。また、ライブしたいなって、思ってるんだ。
 ――アイドルとして咲きたいなって。思ってるんだよね。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


 畳に身を投げ出して、相葉夕美は華やかな息を吐いた。
 開けたジャムの瓶は半分近く食べてしまった。満足だった。
 ごろん、と寝返りを打って、4つの小瓶たちに向き直る。
 ジャムに蓋を閉めながら、残った3つに呼びかけた。

「ねぇ。あなたたちはもう、この島で新しい花を咲かせたのかな」

 バレリーナツリーの丸くて可愛らしい花が枯れれば、その後には果実が生る。
 その中には、新たな花を芽吹かせる種が入っている。

 彼女たちが昨日まで咲かせていた花は、やはり悲しみに腐って枯れてしまったかもしれない。
 でも、同じく、このジャムのような結果を残し、新たな花を咲かせていてもおかしくはない。

「まだ私は、自分の品種がわからないけれど。
 メイポールと話せるくらいには、お庭にも余裕ができたかなっ♪
 何話すかなんて決まってないけどねっ♪」

 今一度、千川ちひろから送られてきた文面を確認すべく、端末を手にとった。

675華の影 ◆wgC73NFT9I:2013/10/21(月) 01:20:23 ID:zkcA8eDU0


――――貴方の希望の花に。貴方が信じる希望の花と、今夜に話させてあげます。 何を話したいか……ちゃんと考えてくださいね♪
――――哀しみの絶望の花は、何よりも強い恋に焦がれる希望の花でもあるんですから。
――――また、連絡しますね♪


「……あれ?」

 ただ話すだけではない。
 私をこんな離島に置いたことといい、わざわざこんな機会を与えてくることといい、何か思惑があるだろうことは薄々感づいてはいた。

 希望の花。
 これは、私が最初に直感したとおり、藍子ちゃんのことだろう。
 そして、哀しみの絶望の花。
 これは置かれた状況からしても考えからしても、私のことだろう。私の考えを知ってるのならば一体どこから盗み聞いてるんだ、とは思うが……。
 さらに加えて、進行の邪魔をする思考が筒抜けなら、私はさっさと爆破されても可笑しくないんだけれども。
 まあそれは置いておこう。

――――哀しみの絶望の花は、何よりも強い恋に焦がれる希望の花でもあるんですから。

 私が、希望の花でもある、と書いてある。
 そして、“何よりも強い恋に焦がれる”とも。

 彼の顔がフラッシュバックする。

『お前達の笑顔は、俺が一番大好きだからな。その素晴らしさをもっとみんなに伝えるんだ』
『こんなこと言っちゃアイドル失格かもしれませんけど…私、誰よりも貴方の笑顔を見るのが、す、好きなんですよ』

 プロデューサーと一緒に浮かんでくるのは、藍子ちゃんの告白めいた言葉。
 
 悔しい。
 羨ましい。
 彼女のように、思いを口にすることはできないから。
 そんな風に胸の種を咲き昇らせることなんて、私には無理だから――。


 ふらふらと立ち上がった。
 片手にはジャムをすくっていたナイフを持ったまま、窓際まで歩く。

676華の影 ◆wgC73NFT9I:2013/10/21(月) 01:21:34 ID:zkcA8eDU0

 外には、知らぬ間に雨が降っていた。
 暗がりに佇むバレリーナツリーは、雨風から身を守るように、縮こまって見えた。
 その頂花の首筋に、視界の延長でそっとナイフを当てる。

「……わかりましたよ、ちひろさん。あなたが言いたいこと」

 ――希望の花を切り落として、彼の隣を奪え。ってことでしょ?

「あはは……、そうだよね〜。リンゴは斬ったら接ぎ木で育てられるもんねぇ……」

 種から育てられなくても、今ある台木を切り落しちゃって、その根を奪えばいいんですよ! ほらお得じゃないですか相葉さん!

「ふ、ふふっ……ふふふふふ……」

 相葉夕美は、ゆっくりと、高森藍子の首筋に当てたナイフを、引いた。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


 バレリーナツリーは、濃い雨の奥に身をやつしている。
 炭火に照らされた相葉夕美の横顔は、引きつっていた。
 伸ばした手に握られたナイフが光る。

「ふふふふふ……」

 ゆっくりと、確実に、そのナイフは引かれる。

「ふ、」

 そして唐突に、勢い良く、その腕は振るわれた。

677華の影 ◆wgC73NFT9I:2013/10/21(月) 01:22:47 ID:zkcA8eDU0

「ふざけるなぁッ!!!」

 パウィィィン――。
 甲高い悲鳴を上げて、サバイバルナイフが土間に叩きつけられる。
 引き下げられた腕の溜めを思いっきり投げつけられた缶の切れ端は、もうナイフとはいえないような形状に変形していた。

「八百長かぁ……。八百長だよねこれ……」

 相葉夕美の肩は震えていた。
 怒りの余り顔が引きつっている。

「……千川ちひろ……。
 あなた、品評会に自分の育てた花を出したことなんて一度もないんだよね。きっと。
 失礼だと思わないの? それぞれの花に。それらを育ててくれた生産者の方々に。
 ただでさえこんな劣悪な会場設営にみんな苦労してるんだろうに」

 みんな殺したり殺されたり、殺されたくないと逃げ回ったりして、頑張ってるんだろう。
 捕らわれのプロデューサーのことを想い、1人涙を零してみたり。
 現実逃避したり、怯えて震えたり、悲観して自殺したり。
 このイベントを死んで終わらせようと、無人島で生きてみたり。

 どの子も、アイドルとして咲いていたはずだ。
 そのまま切り落とされてしまった子も、新しい花を咲かせた子もいるんだろう。
 それらは全部、その子自身と、そのプロデューサーたちが咲かせた花だ。

「運営が、ちょっと気に入らない花があったからって、他の出品者に切りに行かせるか?
 ルールだなんだと言っておきながら、公正な品評会にする気はさらさらないんだね」

 最初から、きっとそうだったのだ。
 15人、8人、そして6人と散っていったあの花たちにも、きっとどこかで運営の介入があったんだ。
 私のように、一人ずつ精神的に追い詰められて、隣の花を血飛沫で赤くさせる。
 最後に残るのは、あなたたちの気に入った一本か。
 藍子ちゃんに悲しみの水を吸わせたのは、あなたたちか。

678華の影 ◆wgC73NFT9I:2013/10/21(月) 01:24:34 ID:zkcA8eDU0

「……それに、作品を評価するのは、あなたたちじゃないんだよ、運営。
 私たちのプロデューサー、そして、ファンのはずでしょうが。
 そんな八百長に乗るほど、相葉夕美は堕ちたガーデナーじゃないよ」

 私は、みんなと一緒に死ぬ。
 優勝商品が作られた“日常”の品評会など、存在価値がない。
 みんなが正当に評価されない品評会など、根底から終わらせてあげる。
 プロデューサーが助からないならなおさら。
 藍子ちゃんとも、友紀さんとも、美羽ちゃんとも――。

 そこで、ふと思い至る。

「……で、なんで八百長は今、私なのかな?」

 私の中に藍子ちゃんへの殺意が目覚めるまで待ってた?
 ううん。そんなこと思っても言ってもいなかった。
 なら何?
 藍子ちゃんに強い思いを抱いてるとはいえ、わざわざ遠く離れた島にいる私を使う意味は?

「……あなたたちにとって、相当まずいことが起きてるんでしょ。
 私くらいの思いがないと、もう藍子ちゃんを切り落とせない、って状態になってるんだね」

 その言葉は確信となって私の足元に降り積もる。

 彼女ならやりかねない。
 どこまでも『一途』なバレリーナツリーなら、届くのかもしれない。
 向日葵の『光輝』で、本島のみんなを照らしているのかもしれない。
 桜の『精神美』を以って、この品評会を覆す手段を見つけているのかもしれない。

 ――また私とは違った手段で、このイベントを転覆させる方法を!


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

679華の影 ◆wgC73NFT9I:2013/10/21(月) 01:26:13 ID:zkcA8eDU0


 『海中桜』というものの伝説があるのを聞いたことがある。

 千葉県大原の浜には、船の出入りの澪標(みおつくし)として、桜の木が使われていた。
 山里から切り出された山桜を、沖合い数十メートルの岩礁に立てたもので、その海中の根のない桜に、時期になると二年、三年に亘って花が咲いたと伝えられている。

 ――海の中で、根もなくて、桜が枯れずに咲くなんてことがあるのか?

 千葉出身の美羽ちゃんから聞いた時は疑問に思ったものだ。
 だが、実際にそれは存在したらしい。
 たまたま話を小耳に挟んでいた安部菜々さんが教えてくれた。

 どうやら、澪標として桜が立つ位置には、地下水脈が流れているそうだ。
 でも、それがただの真水だったならば、根のない桜は腐ってしまっただろう。
 塩分を強く含んだ海水と混ざり合うからこそ、むしろ桜は腐らなかった。

 悲しみの海の中で、みんなの水脈を糧として。
 腐りゆく根を押し殺してでも咲き続け、船人の目印となる桜。

「……藍子ちゃんは、今、その伝説になろうとしてるの……?」

 それは到底、届く気がしない。どう考えても無理だ。
 私どころか、伝説に至った高森藍子なんて誰も切り倒せるわけがない。
 見上げるほどの高みから、きっとそれでも優しい笑顔を振り撒くんだ。彼女は。

「本当に……、かなわないやぁ。
 もう、根本的に別次元で咲くしかないじゃん。私」

 外はいまだ、緞帳を降ろしたような濃い雨が降り続いている。
 この海女小屋をも、風雨が音を立てて包む。
 雨に隠されたバレリーナツリーを視野から消し、私は窓の板を閉めた。


 囲炉裏に戻って、空焚きになりかけていた即席蒸留装置を炭火から降ろす。
 そしてジャムの瓶を手にとって、しげしげと眺めた。

 このジャムには、本当にうまいぐあいにFLOWERSのみんなが調和している。
 メイポール。
 レモン。
 レンゲ。
 高みに至ったメイポールの元に、今、みんなも集っているのかな。

680華の影 ◆wgC73NFT9I:2013/10/21(月) 01:28:33 ID:zkcA8eDU0

 ――じゃあ、私は一体、何の花を咲かせて集えばいい?

 月見草は枯れた。
 キキョウの『変わらぬ愛』だとか、コスモスの『乙女の愛情』だとかいう人もいるだろう。
 FLOWERSでツアーしてたときは、キキョウもコスモスもファンから一杯もらったしね。
 でも、今はそんな甘ったるくてぬるい感情の花じゃだめだ。
 私は、あの人を含めた全員の死を覚悟した。
 藍子ちゃんは、あの人も含めたみんなの救出を覚悟してるんだろう。
 浅はかな八百長に振り回されない伝説の次元へ、早く私も振り切れろ。

 目立たずとも、評価され、そこにいるというインパクトを、明確に観客と評価人に与えられる花でなければ。
 ――藍子ちゃんに、正々堂々と勝つことはできない。

「やばっ……なんだか、ちょっと楽しくなってきちゃったっ♪」

 更地の庭に、新たに花を植えるのは、毎年とても楽しいことだ。
 何を育てようか。どういう景観にしようか。今年も品種改良にトライしてみようか。
 自分の作品であり子供であり自分自身である、花。
 いつだってその姿を見るのは楽しみだったはずだ。

 瓶のラベルにも、花が縁取られていた。
 ルビー色に混和された素敵な花束を、さらに外から守り包む花。
 黒いサインペンで適当に描かれただけのものだ。
 きっとこれを描いた海女さんに、明確に何の花として描いた、というイメージはなかったはずだ。

 だが、相葉夕美には、その数多の花弁を持ったシルエットは、ある特定の花にしか見えなかった。

「……あっはっは。良いんじゃない?
 でもこれ、色によって全然花言葉違うんだよね〜♪
 品種もすごく多いし、これは品評会むけだなぁ……。新種作らないとね」

 ――ガーベラ。

 キク科ガーベラ属。別名アフリカセンボンヤリ。
 ヨーロッパで品種改良され、野生でも40種ほどが存在する。
 どの品種においても、センボンヤリと評される密に生えた細く可憐な花弁を持ち、フラワーアレンジメントでの人気も高い。

「ガーベラは強いよぉ……!
 どれだけしおれても、切り戻しすればまた上を向くんだから。
 少なくとも、ここの運営が終わるまでくらいは切り戻せる自信あるからね♪」

 今年の庭のテーマは、『究極』か『神秘』か『前進』か。
 『我慢強さ』とか『律儀さ』とかでもいいや。
 どうせならこの庭をガーベラで埋め尽くしたって良い。
 相葉夕美流の変り種を作ってみたって良い。
 ――どの方法で庭を造ったって、評価人の度肝を抜く作品にして見せるんだから。

681華の影 ◆wgC73NFT9I:2013/10/21(月) 01:31:15 ID:zkcA8eDU0


 傍らに放りだされていた古新聞のページを取る。
 遺影にも見えたライブの写真。満月のような過去から枯れて積もった、私たちの落ち葉だ。
 金網を上げて、そっと炭火の上に置く。
 私の顔から先に、ちりちりと灰に帰っていった。
 落ち葉焚き。
 もしくは野焼きだ。

「ありがとう。相葉夕美。あなたの笑顔は、私の堆肥になるよ。
 FLOWERSの想い出も、私の大切な腐葉土。
 ……藍子ちゃん。私は、きっとあなたにも負けない花を咲かせてみるよ」

 焼け残った藍子ちゃんの顔は、ふわふわと優しく笑った。
 遠くからひらひらと手を振り、そして白い灰となった。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


 目を閉じれば、海女小屋の外は一面の雨音だけだ。
 窓を閉め切った炭火の明かりなんて、外には届かない。
 私の前には、ただ私の影だけが佇む。
 満ちるのは、天を分けるような花の香り。
 私が飲み下した、“四輪の花束”の味。

 雨よ降れ。
 あいつらの視野を消せ。
 この束の間だけでも。

 運営の知らぬ間に芽吹き、咲き誇るんだ。

 藍子ちゃん、あなたも身を隠して。
 その芳しい笑顔が刈り落とされないように。


 眼を開けて、なみなみと水の張った茶碗を見つめた。
 そこに映っているのは、かつて月見草と呼ばれた笑顔。
 満月のように、炭火に照らされて煌いている。
 じっとその花の影と見つめ合い、微笑む。
 両手で捧げ持って、自分自身の満月をゆっくりと飲み干した。

 清らかな水だった。
 そこへ、涙に濡れた唇をひと舐め。
 伝説を腐敗させない、最高の水やりだ。

682華の影 ◆wgC73NFT9I:2013/10/21(月) 01:33:22 ID:zkcA8eDU0



 私たちが出会うのは、最後の最期で十分。

 誰も死ななくなってから24時間後に開かれる――
 ――もしかしたら、それよりももっと後、何日も、何年も後の――
 “彼”が見届けてくれる品評会の時、だよね?

 その時、あなたの伝説を見せてよ。
 あなたには、“彼”と特別な絆があるのかもしれないけれど。
 それを抜きにしても、私は、あなたの花を見るのが本当に楽しみなんだ。
 話ができるなら、その期待を伝えるよ。

 それに、あなたとは違う次元で、私も伝説を咲かせてみたい。
 最後に、私もその花の評価をもらいたいんだ。
 だから。


 ――最期まで、みんなで一緒に生きようねっ♪




【G-7 海女小屋(大きい方の島)/一日目 夜】


【相葉夕美】
【装備:ライフジャケット】
【所持品:基本支給品一式、双眼鏡、ゴムボート、空気ポンプ、オールx2本
     支給品の食料(乾パン一袋、金平糖少量、とりめしの缶詰(大)、缶切り、箸、水のボトル500ml.x3本(少量消費))
     固形燃料(微量消費)、マッチ3本、水のボトル2l.x1本、
     救命バック(救急箱、包帯、絆創膏、消毒液、針と糸、ビタミンなどサプリメント各種、胃腸薬や熱さましなどの薬)
     釣竿、釣り用の餌、ひん曲がった自作したナイフっぽいもの、ビニール傘、ブリキのバケツ、アカガイ(まだまだある?)、大きな魚、即席蒸留装置(片手鍋、炭、鉄輪、鍋の蓋)、バレリーナツリーのジャム×4(うち1つ食べかけ)、炭、古新聞】
【状態:疲労(小)】
【思考・行動】
 基本方針:生き残り、24時間ルールで全員と一緒に死ぬ。万が一最後の一人になって"日常"を手に入れても、"拒否"する。
 0:藍子ちゃんとは違う方向で、自分も新たな花を咲かせるよ♪
 1:ちひろさんの八百長には乗らないよ♪
 2:藍子ちゃんの咲かせる花にもちょっと期待♪
 3:話をするんならその期待を伝えてみようかなっ♪


 ※金平糖は一度の食事で2個だけ!  でもジャムが手に入ったし、いいかな〜?
 ※自分が配置されたことには意図が隠されていると考えています。(もしかして藍子ちゃんを殺したくなるような精神状態に追い込みたかった?)
 ※自作したナイフっぽいものは、多分曲げ戻せばまた使えます。

683 ◆wgC73NFT9I:2013/10/21(月) 01:35:52 ID:zkcA8eDU0
投下終了です。
yXさん、藍子ちゃんとの整合性はとれますかね……?
作品お待ちしてます!

684名無しさん:2013/10/21(月) 01:44:14 ID:ZLyNAZ1cO
投下乙です!
相葉ちゃんの悲哀、嫉妬、激情、決意それぞれの心理描写が凄い
藍子とは完全に違う道を選んだ彼女だけど交わるときどうなるかも楽しみです

あとパレリーナツリーのジャムの描写がすっごくうまくてこの時間には飯テロ同然でした…

685名無しさん:2013/10/21(月) 15:49:05 ID:9D6x9sWk0
おお、おお、おお
投下乙です
これはすごい
相葉ちゃんの感情のアップダウンに引き込まれてこちらも彼女に感情移入してしまった
モバマスロワならではの複雑な人間関係も見事に取り入れてるし、彼女のガーデナーとアイドルとしても誇りも垣間見える
大胆な解釈だけどすごく納得
それを可能とするだけの文章力と知識量がすごい

686名無しさん:2013/10/21(月) 19:52:02 ID:XAxJGhTY0
投下お疲れ様でした
これぞうちの相葉ちゃん
圧巻の描写で引き込まれました
アイドルとして、ヒロインとして彼女と藍子の決着?はどうなってしまうのか
見たい

687名無しさん:2013/10/21(月) 20:45:16 ID:dMD2yqaI0
つ、遂に夕美ちゃんの感情が爆発したか
投下GJです
ジャムや品評会や伝説といった彼女らしい言葉選びや表現が素敵でした
この夕美ちゃんの願う形で全てが進むとどうなるのかも気になる

688 ◆John.ZZqWo:2013/10/21(月) 21:07:00 ID:ICT5ynCA0
お待たせしました。投下します。

689彼女たちの目には映らない稲妻(サーティファイブ)  ◆John.ZZqWo:2013/10/21(月) 21:07:42 ID:ICT5ynCA0
寝て、起きる。起きると寝るまでの時間は昨日になって、起きてからは新しい今日が始まる。
当たり前の、生まれてからずっと同じように繰り返してきたこと。そこに疑問は抱かない。抱かなかった。一週間前までは。
それまでは過ぎ去った昨日やこれからはじまる今日を疑うことはなかった。けれど今は違う。三村かな子は目覚めるたびに昨日を疑い、今日を疑っていた。

「…………泉ちゃん、生きてる」

殺したと思っていた大石泉の名は放送を超えて追加された死者の一覧にはなかった。
新しく追加されたのは、岡崎泰葉、喜多日菜子、ナターリア、南条光、五十嵐響子、道明寺歌鈴の6人で、何度見ても大石泉の名前はない。

だから三村かな子は思う。
あの町役場の前で彼女を撃ったと思ったのは間違いだったのかもしれないと。
そもそもとして、ほんとにあそこに彼女はいたのか? いや、自分はあそこにいたのだろうか? 機関銃で人を撃つ? なんてばかげているんだろう。
アイドル同士で殺しあいをする。そのために訓練を受ける。拳銃で的を撃ち、重い荷物を背に山を登る。なんて荒唐無稽な話なんだろう。
プロデューサーさんが人質になって、そのために他のアイドルの子らを皆殺しにする。そんな決心がどうやってできたんだろう。

しかし、そんな思考はたった数秒で終わってしまう。
暗闇の中で腰に手をやればそこに拳銃があり、置いたはずの場所に手をのばせばそこに機関銃がある。
研ぎ澄まされた神経は自動的にあたりの気配を窺い、身体はすぐに緊張感を得る。本来の三村かな子はこんなに寝起きがよくなかったはずだ。
取り囲む冷徹な現実が、肉体の訴える実感が、疑惑を否定していた。
なによりも、三村かな子の頭の中にある記憶が昨日までと今日の全てを確かに肯定していた。

「……………………」

目を覚まして1分と半分。三村かな子は逃避への挑戦を終える。
慣れとは恐ろしい。最初の1日目は部屋に千川ちひろが入ってくるまでベッドの上から動けなかったというのに、今はたった1分と半分だ。

三村かな子は暗闇の中で荷物を集めると、できるだけ音を立てないように屋根裏から下へ降りる。
大石泉は死んではいなかった。それは、つまり、この後に彼女を殺さなければいけないということでしかない。ただそれだけのことでしかない。

690彼女たちの目には映らない稲妻(サーティファイブ)  ◆John.ZZqWo:2013/10/21(月) 21:08:05 ID:ICT5ynCA0
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夜雨の中を三村かな子は歩く。暗色のレインコートを被り、街灯の明かりを避け暗がりの中を選び密やかに歩く。
レインコートは隠れていた民家の傍にあった雑貨店で見つけたものだ。黒色の男性向けのレインコートは三村かな子の姿をすっぽり覆っている。

向かう先はあの町役場だった。
火を放ったのだから、あそこにもう大石泉らはいないだろう。しかし、それでも足取りを追うなら見失った場所からでないといけない。
それもうまくいくとは限らないが、他にあても――主催者からの指令もないので彼女は雨の中を町役場へと向かっている。

強い雨と夜の暗さで足取りは鈍る。けれど距離はなく、町役場へとはそれほど時間をかけずに到達することができた。

「……………………」

遠めに見る町役場の姿にこれといった変化は見当たらない。
背の低いコンクリート作りの四角い平凡で愛想のない建物のままで、たとえばどこか一部が火事で崩れ落ちているなんてこともなかった。
よく見れば煤が壁を汚しているのかもしれなかったが、夜で、しかも雨が降っていてはそれもよくわからなかった。

三村かな子はゆっくりと慎重に町役場へと近づく。最初に目に入ったのはまだ変わらず放置されたままの遺体だった。
頭と胸に短い矢の刺さったその姿は滑稽でいて、だからこそ痛ましい。今は雨に曝され、なおのことその姿は無残なものに見えた。
ポニーテールにくくられた長い髪の毛は側溝へと流れる雨水の中でゆらゆらと揺れており、服はびしょ濡れで、肌の上を雨が絶え間なく打っている。
それでも遺体となった彼女はぴくりともせず、他の野晒しになっている子らもこんな仕打ちを受けているのかと思うと、さすがに心も痛んだ。

「……………………」

これでは、さきほど自分が狙い打ちにした子らと変わらない――そう思い至ると、三村かな子は早足で町役場の玄関を潜る。

「……………………」

脇の壁に身を寄せ、油断なく中を伺う。町役場の中は真っ暗で人気はなく、物が焼けた異臭が充満していた。
熱や煙は感じられない。鎮火してから時間が経っているのだろうと察することができる。

パキリと、あるいはジャリと足元で音を立てるなにかを踏みながら三村かな子は町役場を奥へと進み始めた。
追っているのは玄関から床の上に点々と残る血痕だ。
絞ったライトを真下に向け、最低限の明かりを使い三村かな子はそれを追っていく。
血痕は玄関ロビーから廊下をまっすぐ進んだ突き当たり、『会議室』と書かれたプレートのかかっている扉の中へと続いていた。

691彼女たちの目には映らない稲妻(サーティファイブ)  ◆John.ZZqWo:2013/10/21(月) 21:08:23 ID:ICT5ynCA0
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「歌鈴ちゃん……」

そこに寝かされていたのは道明寺歌鈴の遺体だった。下には血溜まりができており、彼女が三村かな子の放った銃弾で死んだのだということがわかる。

「でも、どうして…………?」

ひとつわからないのが、彼女が彼女のトレードマークである巫女装束を着ていないということだ。なぜか男子学生服を着ている。
そして、三村かな子は彼女らを襲う時に巫女装束を着ている子がいるのを見ている。
撃たれてからその後に着替えさせた……というのは少し考えられない。

「………………」

では、あの時以前から彼女はこの姿で、同行していた誰かが彼女の巫女装束を着ていたのだろう。その意味は全くわからなかったが。
ともかく、三村かな子はその問題を無視することにする。そんなことよりも考えなくてはならないことが他にあった。

遺体はひとつだったが、血痕は彼女のものだけではなかった。もうひとつ、部屋の反対側に大きな血痕があった。
なにかをこすった跡のような、推測するなら一度倒れて血溜まりを作った後立ち上がったような痕跡だ。
少なくともこの場所に死体が残されていない以上、歩いて、あるいは誰かに背負われるなりして出て行ったのだろう。
出血の量から見れば、もう今頃は死んでいるかもしれない。少なくとも元気に走り回っているということはないはずだ。
そんな重症を負ったのは誰だろうか? 大石泉だろうか? それとも、放送で呼ばれた道明寺歌鈴以外の5人の中の誰かだったのだろうか?

「………………ふぅ」

三村かな子は小さな溜息をつき、パイプ椅子を引いて腰掛けた。
とりあえずの追跡はここまでだ。
部屋の中にはまだ小さな血痕がいくつも残っている。だがこれが、道明寺歌鈴や重症を負った誰か、そのふたりでもない誰かのものかは判別がつかない。
そしてこの部屋へと続く血痕はあったが、この部屋から出る血痕はなかった。一度ここに避難した時に包帯を巻くなりして止血したのだろう。
とはいえもし仮に外へ続く血痕があったとしても変わらない。今、外は雨だ。多少の血痕など流れてしまっていたに違いない。

ここから逃れた、少なくとも5人以上のアイドルはその中に重傷者を抱えている。だとすれば目指すのはどこだろうか?
病院だろうか? しかしかなり遠いように思える。ならより近い場所だと考えれば消防署あたりだろうか? 消防署にも医療施設はあるだろう。

「でも……」

そんな余裕すらなかっただろうと三村かな子は想像する。そして、一度襲われたのだから心理的に言って、地図にある施設には寄らない気がする。
きっと、自分がそうしたように特になんの変哲もない民家に入り、静かにやり過ごそうとしたんではないだろうか。
あるいは、地図に載ってないような小さな診療所や薬局などに駆け込んだかもしれない。

「……………………」

三村かな子は会議室の壁にかかった時計を見る。
円形の、どこでも見ることができるシンプルなデザインのその時計の時間が正しければ、次の放送までもう時間はない。
ここで急く理由はない――と思う。
主催側が新しい指令を送ってこないのであれば、この雨の中を無理に移動する理由はないし、指令がこないのもそれが理由な気がする。

「とりあえず、雨が止むまで待とうかな」

開けたままだった部屋の扉を閉め、血溜まりを踏まないよう慎重に戻ってパイプ椅子に座りなおすと、三村かな子は情報端末のスイッチを入れた。
なにも映っていない白い画面が彼女の顔を照らす。


彼女はじっとその白い画面を見続ける。


じっと、そこに何かが映っているかのように――。





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692彼女たちの目には映らない稲妻(サーティファイブ)  ◆John.ZZqWo:2013/10/21(月) 21:08:54 ID:ICT5ynCA0
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それは、そろそろクローゼットの中にコートを用意しないといけない、そんな季節の頃。三村かな子は事務所の、彼女のプロデューサーの前にいた。



「……おまえ、また太ったんじゃないか?」
「えっ?」
「いつも、もう少し控えめにしろって言ってるだろ。そもそもなんだその菓子箱は?」
「ダ、ダイエットはしていますって! 後、これはさっき法子ちゃんにケーキと交換にもらったもので、その、いっしょにどうかなって……」
「俺は甘いものはあんまり好きじゃないんだがなぁ……」

やれやれと首を振って、彼女のプロデューサーは火のついてない煙草を口にくわえる。
年の頃は三十路半ばで、机の上や髪型、よれたシャツの襟に雑な性格が見える、よくいると言えばいる、しかし目力の強さだけは印象的な男だった。
三村かな子は事務所に入って以来、彼と二人三脚でアイドル活動をしている。地味だが、実績も積み重ねていた。

「そもそも、その毎度の交換会のせいでやせられないんじゃないのか?」
「違います。最近は、作るケーキはダイエットのためにバターやお砂糖を減らしてるんですから」
「ふんふん、それで?」
「逆に繊維質やビタミンを含んだ果物を使うようにしているんです。味を落とさずに減カロリーで、みんなにも好評なんですよ」
「でもなぁ……、そのケーキをみんなに配って、おまえが普通のケーキやらドーナツを受け取っていたら意味がないだろうが」
「……………………あぁ!?」
「ああ、じゃねーよ」

ポカリと丸めた雑誌が三村かな子の頭を叩く。彼女は両手にドーナツの入った箱を抱えていたのでガードできなかった。

「今度からはみんなにも減カロリーレシピを教えてやれ……それからな」
「はい」
「もっとやせろ。まわりのプロデューサーからも苦情が来てるんだよ」
「あ、そ……それ、どういうことですか?」

プロデューサーは口の端で煙草を噛みながら溜息をつく。

「……この前のラジオでおまえ、体重は鯖よんでるって暴露したろ。ちょっとだけどって」
「は、はい……」
「いやまぁ、そりゃそうだよ。アイドルはリアリティよりも夢の存在であるべきだからさ。そこんとこはこっちもファンも暗黙の了解というのがある」
「そ、そうですよね」
「でも、だからこそ言っちゃいけないんだよ。そういうことは」
「…………で、ですよね」
「言っちゃったが最後、夢は夢じゃなくなるの。ファンの頭の中には常に所詮嘘かもって疑心暗鬼が渦巻くことになる。
 これが俺とおまえだけの問題ならいいけど、そのとばっちりを受けるアイドルもいるってわけだよ……。ほんと胃が痛くなる話だぜ……」
「あぅー……」

三村かな子は大きくうなだれる。プロデューサーから怒られるだけならいい。むしろ、自分に鞭を打ってくれたびに、彼へ頼もしさや尊敬を感じるくらいだ。
けれど、自分の失敗で彼が他から責められていると聞くと、なさけなく、とても悲しかった。

「ということで、スケジュールを組みなおすぞ。今日この後は空いてるか?」
「……は、はい。後はもう家に帰るだけです」
「だったらレッスン室使え。これから毎日ダイエットレッスンだ。目標は体重をプロフィールと同じ数字にまで減らすこと」
「そ、そんなの無理ですよ!?」
「……無理って、おまえ今体重何キロなんだ?」
「あ、あわわわわ……」

プロデューサーは三村かな子の前で頭を抱え込む。だが、諦めたというわけではないようだ。再び彼の目が彼女を見据えた時、そこには非情の炎が宿っていた。

「お菓子禁止」
「そんなあああああああああああああああああああああ!?」


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693彼女たちの目には映らない稲妻(サーティファイブ)  ◆John.ZZqWo:2013/10/21(月) 21:09:20 ID:ICT5ynCA0
その後の必死の交渉の結果、お菓子交換会だけはしてもいい(ただし減カロリーレシピで)というところまで三村かな子は譲歩してもらうことに成功した。
そして今はレッスン着姿でレッスン室へと廊下を歩いているところだ。
いろいろとダイエット方法を試みている彼女ではあったが、運動をしてダイエットするというのは一番苦手だった。それが一番効果的だというのはわかっているのだが。

「あの、かな子ちゃん、ちょっといい?」
「え?」

振り返るとそこにいたのは事務員の千川ちひろだった。
さきほど三村かな子が抱えていたドーナツは、無理を言ってレッスン室を開けてくれた見返りに彼女と事務員のみんなでと譲渡されたのだが、彼女は手ぶらだった。
つまり、取り上げられたドーナツをかわいそうな子に届けにきたわけでも、運動の前だったらひとつくらいはいいよねと差し入れにきてくれたわけでもないらしい。

「プロデューサーさんがここの仕事辞めちゃうってほんと?」
「はい?」

ぴたりと思考が停止する。頭の中にあった食べ損ねたドーナツはどこかへと消えてしまった。
なんと言ったのか。プロデューサーさんが仕事を辞める? 目の前にいる千川ちひろは神妙な顔をしてこちらを見ていた。

「どういう……」
「あ、かな子ちゃんも聞いてなかったの? あら、どうしましょう。私、余計なことを……」
「プロデューサーさんが辞めるってどういうことですか?」
「あの、それは……そのね……」

三村かな子の脳裏にさきほどのプロデューサーの発言が浮かんでいた。
他のプロデューサーからも苦情がきている――それが理由だとしたら、彼が仕事を続けられなくなってしまうのは自分のせいにほかならない。

「私も彼と社長の話を立ち聞きしただけだから、よくはわからなくて、だからかな子ちゃんに聞いてみようって思ったんだけど……」
「はい」
「彼、どうやら身体の調子がよくないらしいの。それで、いつ入院するかもわからないから、その時は後任をって……社長と」
「プロデューサーさん、病気なんですか?」
「さぁ、私もなんとも……でも、今日明日の話って感じではなかったわよ。ただ念のためというだけで社長と話してたのかもしれないし」
「……………………」

三村かな子はひどく心がざわついているのを感じていた。
そう言われてみれば、ここ最近彼の調子がよくないような気がする。ついさっきだって、営業に出ると椅子から立ち上がった時に足をもつれさせていた。
差し入れのお菓子だって、以前は目の前で食べてくれたのに、最近は受け取るだけで直接食べるところを見た記憶がない。

「ほんと、ごめんなさい。軽はずみに聞くことではなかったわよね。かな子ちゃんはもう知ってると思って……その、こんなこと」

呆然とする三村かな子の前で、千川ちひろは本当に申し訳なくする。
謝ってくれるのはいい、それどころか別に悪いとは思っていない。けれど、そんなに深刻な顔をされると、逆に不安を肯定されているみたいで嫌だった。

「このことは内密に、ね。私もこれからは変なことは言わないようにするわ。本当にごめんなさい」

最後に深く頭を下げると千川ちひろは廊下を戻って、そして三村かな子の前から姿を消した。
三村かな子はしばらく呆然とし、それからのろのろとした足取りでレッスン室へと向かった。

694彼女たちの目には映らない稲妻(サーティファイブ)  ◆John.ZZqWo:2013/10/21(月) 21:10:03 ID:ICT5ynCA0
後日、とある週頭。事務所に到着した三村かな子はいつものようにまずはプロデューサーの机と向かう。そこにはいつもどおり彼の姿があった。

「プロデューサーさん、おはようございます」
「おう、おはようさん」
「また泊り込みしたんですか……?」
「よくわかるな」

言って、プロデューサーは笑う。彼は営業活動に熱心だ。ただ顔を売りに行くだけではなく、企画も立てるし、事務所で進めるプロモーションにも大きく口を出す。
いつも書類やデモテープなんかを大きく抱えて、だから事務所に泊り込んで仕事をするなんてのもよくあることだった。
ニューウェーブのライブコンサートにゲストとして滑り込ませてくれたのも彼の手腕だ。なので、三村かな子は彼のことをいつも尊敬し、感謝している。

「もしかして臭うか?」
「そ、そんなことはないですよ」

三村かな子が彼の泊まりこみに気づいたのは彼のネクタイが昨日と変わらないからだ。
地味なそのネクタイは三村かな子が普段のお礼にと彼の誕生日に送ったもので、だからこそ気づき、気恥ずかしくて理由は言えないのだった。

「それで、今朝の体重は?」
「えーとですね……」

あれから、事務所に来るたびにその日の体重を申告するのがルールとなっていた。
女の子に――と、ひどいことはひどいことだが、こうでもしないとダイエットが進まないのだからと、三村かな子も一応納得している。恥ずかしくはあるが。
この日は前日よりも一の位の数字がひとつ減っていた。正確に言えば100グラムにも満たない数字が減っただけだが、達成感はある。

「この調子だと、来月末までにはそれなりの数字にまで落とせそうだな。うん、感心感心」
「来月末ってなにかあるんですか……?」
「ああ、うちの事務所にな、出版社から何人かグラビアが撮れる子がいないかって話がきてるんだ」
「グ、グラビアってあのグラビアですか!?」
「そう。いわゆる水着撮影ってやつだな。だから無理なダイエットで肌が荒れることがないよう注意しろよ。若いしそんな心配はしてないけどよ」
「水着……私が、水着……」

三村かな子はぶつぶつと呟きながら身体を揺らす。
水着撮影の経験がないわけではない。何度か撮影のレッスンや宣伝材料のために事務所のみんなと水着の撮影をしたことはある。
だがそこにあったのは、自分以外の皆が華奢でスマートなスタイルの持ち主であったという事実だけで、少し以上にそれはコンプレックスだった。

「心配するな。俺はいけると思ったから仕事を取ってきたんだ。ことグラビアという話になったらうちで1番は、おまえか十時愛梨かって思ってるぞ」
「あ、愛梨ちゃんと並べないでくださいよ〜……」

十時愛梨。三村かな子より後から事務所に入ってきた子だが、現在人気急上昇中で仕事の数はもう倍以上も離れている。
お菓子作りが趣味で、趣味を同じくする三村かな子も彼女とは仲がいい。親友だと言ってもいいし、お菓子交換会の主要メンバーでもある。
そんな彼女は三村かな子の目から見ても魅力的だ。名前の通り、愛らしいというのが一番しっくりくる。
プロデューサーは以前、彼女のことを「無防備さが人気の秘訣」と評していたが、おそらくその通りで、だから男の子のファンが多いのだろう。
逆に三村かな子は男性からの視線は苦手で、だから彼女と並べられるのは恐れ多いものがあった。

695彼女たちの目には映らない稲妻(サーティファイブ)  ◆John.ZZqWo:2013/10/21(月) 21:10:27 ID:ICT5ynCA0
「もっと俺を信用してほしいが、おまえのそういう遠慮がちなところも美点だよな」
「そ、そうなんですかね……?」
「食事に関してももっと遠慮がちになってもらいたいものだが……」
「そ、それはっ」

健康なのはけっこうだがなとプロデューサーは机の上のペットボトルを取る。CMでよく見る日本茶だった。

「今日はいつものコーヒーじゃないんですね」
「ああ、たまにはな」

彼はいつも無糖のブラックコーヒーを愛飲していて、その缶がいくつも机の上に並んでいるのが常だった。けれど、今はそれが1本も見当たらない。
そして、変化はそれだけでもなかった。

「…………煙草もやめたんですか?」
「ああ、それな」

いつも、コーヒーの空き缶と同じように見られる煙草の箱とライターも見られなかった。彼の胸ポケットの中も空だ。

「最近、喫煙所に子供が増えてきたろ?」
「ああ、そういえば」
「なんで、いっても煙草が吸えなくてよ。かといって、いちいち屋上に出るのも寒いわ億劫だわで、ちょうどいい機会なんで一昨日から禁煙」

なるほどと三村かな子は頷く。禁煙をする、それはとてもいいことだ。
喫煙で身体を壊す人もいるのだから、吸わないならそれにこしたことはない。けれど、それを素直に喜べないところがあった。
先日、千川ちひろから聞いたことが思い出される。あれがもし本当のことなら……と。

「健康は大事ですもんね」
「ああ、この商売、アイドルも裏方も体が資本だからな」

からからと笑う彼はいつもどおりの彼だ。どこもこれまでと変わりはない。なので、三村かな子はそれ以上この話を追求することができなかった。



そしてすこし月日は流れ、今度はクローゼットの中のコートをいつ仕舞おうかそんなことを考え始める季節。
三村かな子はいつもどおりに事務所に顔を出していた。

「あれ、プロデューサーさんはどこかな?」

グラビア撮影も無事に終えて、新しいファンも獲得し、今日は次の大きい企画の打ち合わせをするという予定だったのだが、彼の姿が見当たらない。

「か、かな子ちゃん!」

そこに血相を変えて駆け込んできたのは千川ちひろだった。今までに見たこともない慌てように三村かな子は心臓をドキリと鳴らす。
嫌な、悪い予感がして、その予感は的中していた。

「れ、冷静に聞いてね。プ……プロデューサーさんがね、さっき電話で、電話は営業先からなんだけど、その……彼が倒れて、救急車で病院にって」
「プロデューサーさんが……倒れた?」

ぐらりと世界が揺れた気がした。目の前が暗くなる。血の気が引いていると感じるのは気のせいではないだろう。
プロデューサーさんが倒れた。その言葉を冷静に受け止め、そして心配そうにこちらを覗き込む千川ちひろの表情を見て、そうはできていなんだなと知る。
気づけば、冷たい床の上へとへたりこんでいた。


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696彼女たちの目には映らない稲妻(サーティファイブ)  ◆John.ZZqWo:2013/10/21(月) 21:10:49 ID:ICT5ynCA0
それから、三村かな子は千川ちひろに手を引かれ応接スペースのソファへと移り、ただぼうっと時間をすごしていた。
目の前には淹れてもらった時には湯気を立てていたココアが手をつけられずに冷たくなっている。
何度か、その行為の意味もわからずに時計を見て、そしてここに座ってから1時間半ほど経った頃、三村かな子はあっと声をあげた。

「プロデューサーさん!?」
「おう、待たせたな」

応接スペースに入ってきたのはいつもと変わらない姿のプロデューサーの姿だった。

「倒れたって……」
「ああ、まぁ倒れたって言ったら倒れたな」

苦笑し、彼は顛末を語る。聞いてみればそれは他愛もないことだった。

「階段に誰かがコピー紙を落としたままにしててよ、それを踏んでズダーっと転んで落ちたわけだ。
 で、平気だって言うのに向こうがひどく恐縮してなぁ。
 救急車まで呼ばれて、呼ばれた救急車をそのまま帰すわけにもってんで、一応は病院にいったってだけの話。一応は軽い捻挫だな。医者が言うには」

ピンピンしてるのに救急車に乗るのは恥ずかしかった、なんて言うプロデューサーの前で、三村かな子は胸を撫で下ろした。
てっきり、もう二度と会えない今生の別れになるのではと、そんな風にまで思っていたからだ。

「なんか心配かけたみたいだけど、心配しすぎだろ。どういう風に話が伝わってたんだ?」
「プロデューサーさんが倒れて、救急車で病院に運ばれたって……」
「間違ってはいないけど……確かに、そう聞いたら心配するのも無理はないか」

悪かったなと言ってプロデューサーは三村かな子の頭に手をのせる。ぽんとのせると、雫がテーブルに落ちる。それは涙だった。

「お、おいおい……心配しすぎだろ」
「……はい、……でも、もしかしたらプロデューサーさん、死んじゃうのかもって、……思って」

しばらく、言葉のない時間が過ぎる。ぬぐえばぬぐうほど涙はこぼれてきて、そしてそんな彼女にかける言葉を彼は持ち合わせていなかった。



「あー……、えーと、今日は打ち合わせの予定だったな」
「はい、新しいお仕事、ですか?」
「ああ、前も言ったけど大きな企画だぞ。今度、レジャーアイランド化して売り出す島があるんだが、そのキャンペーンガールに抜擢された」

おまえが“主役”の企画だ。そうプロデューサーは言う。

「ただ、CMに出るだけじゃないぞ。その開幕イベントでライブもさせるし、そこに新曲を用意してPVもそこで撮るからな」
「すごいですね。なんだかまるで一流アイドルみたいです」

当たり前だろう、そう笑って彼は三村かな子の手を引いた。

「前祝もかねて今日の打ち合わせは外に出るか。行きたい行きたいって言ってたケーキの店に連れてってやるよ」
「い、いいんですか!?」
「体重もラインより下まで落としたしな。その間はなに食べてても文句は言わねぇよ」

それに、と彼はつけくわえる。

「ちひろさん、俺らのタクシー代やなんかはケチつけて全然落としてくれないけど、アイドル絡みだとなんでもほいほい領収書受け取ってくれるんだよ」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、だからおまえといっしょなら俺も贅沢できるってわけだ。おまえに節制させて、俺もしばらく甘いものを食べてなかったからな」

彼が豪快に笑い、三村かな子もいっしょに笑う。
この後、ふたりが連れ立って評判のスイーツのお店に行き、そこではまたひと悶着あったのがそれは別の話として、


これが、だいたい今から一ヶ月ほど前の話だった。





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697彼女たちの目には映らない稲妻(サーティファイブ)  ◆John.ZZqWo:2013/10/21(月) 21:11:17 ID:ICT5ynCA0
 @


三村かな子は真っ白な画面を見つめながら思い出を繰り返し反芻する。

あの後から新曲に向けてのレッスンも始め、一週間前に下見という名目でこの島に来るまでは本当に、本当に幸せだったのだ。
その間、プロデューサーさんは少し痩せて、それが少し気がかりだったが彼があんな事故を起こすことはあれ以来なく、
元気な彼を見ていたら病気だというのもなにかの間違いだったんだろう――そう思えた。

しかし、それとは関係なく今彼の命は失われる危機の前にさらされている。

三村かな子が“悪役”を全うしなければ、彼は殺される。



三村かな子は真っ白い画面を見続ける。その画面の向こうにいるはずの彼を想い続ける。



ただ、真っ白い画面を――。






【G-4・町役場/一日目 真夜中(放送直前)】

【三村かな子】
【装備:カットラス、US M16A2(30/30)、カーアームズK9(7/7)、レインコート】
【所持品:基本支給品一式(+情報端末に主催からの送信あり、ストロベリー・ソナー入り)
       M16A2の予備マガジンx3、カーアームズK7の予備マガジンx2
       ストロベリー・ボムx2、医療品セット、エナジードリンクx4本、金庫の鍵】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:アイドルを全員殺してプロデューサーを助ける。
 0:次の放送を待つ。
 1:指令がなければ雨が止むのを待って行動を開始する。指令があればそれに従う。
 2:大石泉らがこの近辺にまだいるはずなので、この近くや施設を捜索する?

 ※【ストロベリー・ボムx8、コルトSAA“ピースメーカー“(6/6)、.45LC弾×24、M18発煙手榴弾(赤×1、黄×1、緑×1)】
   以上の支給品は温泉旅館の金庫の中に仕舞われています。

698 ◆John.ZZqWo:2013/10/21(月) 21:11:31 ID:ICT5ynCA0
以上で投下終了です。

699 ◆John.ZZqWo:2013/10/21(月) 21:21:26 ID:ICT5ynCA0
>華の影

投下乙です。
続けて投下までの早さと、筆致の丁寧さはお見事と言うしかありませんね。
思いもよらない材料から話を展開させる発想もうらやましいと思うかぎりです。

が、しかし、今回は私の視点から見過ごせない点がありましたので指摘させていただきます。

まず第一に、夕美ちゃんは以前にこの島の探索を終えており、その後砂浜で休憩しました。なので、小屋というものがここで出てくるのはおかしいです。
ここからは個人的な意見になりますが、その上でその小屋から色いろと道具や食料が出てくるというのも、彼女のサバイバルというスタンスを崩すものだと思います。
彼女のテンションにしても、前々の話から見てアッパーすぎると感じました。正直、話としてつながっているのかと首をかしげるほどにです。
その他、細々としたことは割愛しますが、今回は展開が飛躍しすぎているのではないかというが私の意見です。

以上の理由で私はこの作品を許容できません。
最終的な判断は氏と、この企画の主である◆yX/9K6uV4E氏に委ねますが、一意見として受け止めていただきたく思います。

700 ◆wgC73NFT9I:2013/10/21(月) 22:46:04 ID:zkcA8eDU0
投下お疲れ様です!

>彼女たちの目には映らない稲妻(サーティファイブ)
かな子ちゃんの変化と、Pさんへの気持ち。
一つ一つの要素が石のように確かな堅さで伝わってきます。
悪役となるが故の心情の深みが感じられて、切なくなりました。
素敵です!

>華の影
ご指摘ありがとうございます!

再度確認しましたが、自分は相葉ちゃんがピアノソナタ・サーティーンで、島の西端に行ったままであると勘違いしておりました。
彼女のテンションの変動については、自分なりに説明できはするのですが、そう思われるというのも理解できます。

今回は完全に自分の確認不足で、物語が成立しませんでしたので、当然破棄でお願いいたします。
お眼汚ししてしまい失礼致しました!

701 ◆j1Wv59wPk2:2013/10/23(水) 00:37:56 ID:cpg33wiI0
既に予約期限が過ぎてはいますが、今しばらくの猶予をください。
朝には投下できると思います

702 ◆wgC73NFT9I:2013/10/23(水) 07:20:22 ID:3Dy9./ho0
おはようございます。
心機一転して小関麗奈、古賀小春の二人で予約したく思います!

703 ◆j1Wv59wPk2:2013/10/23(水) 15:36:12 ID:cpg33wiI0
今回は予約期間を超過してしまい申し訳ありませんでした。
予約分を投下します

704心の雨 ◆j1Wv59wPk2:2013/10/23(水) 15:37:14 ID:cpg33wiI0

「向井はん、寝付きええなぁ」

病院の一角、処置室の端で小早川紗枝は呟いた。
視線の先には、ベッドの上で横になり寝息をたてている向井拓海の姿。
その顔には、彼女の気性からは想像もできないようなおだやかな雰囲気があった。

「まぁ、拓海もここまでずっと頑張ってたしね。ここでしっかり休んでほしいよ」
「ふふっ、あの顔なら次には元気になってくれますやろ」

独り言のように呟いた言葉に、松永涼が言葉を返す。
放送後に病院内で二手に分かれた彼女達は、あれから特に滞りもなく集合していた。
今、部屋の中には拓海と涼が探してきた『お宝』と、その近くに紗枝が取り出した消火器が並んでいる。
そして分かれる前にはあれほど休む事に抵抗があった拓海も、戻ってきた時にはあっさりとに横になり、休んでいる。
彼女も、これまでの道のりで決して少なくない疲労が蓄積しているだろう。
だからこそ、こうやって休んでくれている事に二人はほっとしていた。

「松永はんは休まへんの?」
「アタシは……ちょっとそんな気分じゃないな。今横になっても、正直寝付けそうにないよ。
 この足の痛みも、まぁ生きてるって証なんだろうけどさ……やっぱ辛いね」

紗枝が涼にも休んでもらおうか提案するものの、涼はそれを拒む。
口調はいつもの涼と言えるだろうが、その体には決して軽くない跡が残り、それを見る涼の顔はうかない。
やはり、素人の処置ではその痛み全てを誤魔化しきることはできない。
紗枝もそれを理解していなかった訳ではないが、実際にそれを目の当たりにすると辛く感じた。

「……あぁ、この事は小梅に言うなよ? 変に心配させても困るからさ」

ふとはっとしたように、涼は紗枝にくぎ刺す。
その事に紗枝は呆気にとられたものの、涼の目は真剣だった。その姿に、紗枝は微笑む。

「……松永はんは優しいんやねぇ」
「見栄張ってるだけだよ。褒められる事じゃないと思うんだけど」
「そんな事あらへんよ。うちはええ事やと思いますえ」

紗枝の言葉に、涼は顔を逸らす。
彼女にとって、あまり真正面から褒められるというのはあまり慣れていない。
それでもいつもの状態ならそこまで気にもしなかったかもしれないが、今は精神的にも弱っていた分、少し照れくささを感じた。

705心の雨 ◆j1Wv59wPk2:2013/10/23(水) 15:39:15 ID:cpg33wiI0
「小梅はん、無事で良かったどすなぁ」

そんな何ともいえない間が続いた中、ふいに紗枝がぽつりと呟いた。

「ん?」
「松永はん、小梅はんの事でえろう心配しとったやろ?
 それだけ想っとった人と、ちゃんと会わせられて良かったなぁ思て」
「ああ……ホント、二人には感謝してるよ」

改めて、思い返すように紗枝は呟く。
その言葉にさして意味はなく、ただなんとなく話題の為に呟いただけかもしれない。
それでも、その言葉は涼が今までを振り返る心情にひたるのには十分だった。

「うちも、向井はんのおかげで正しい事できとるわけやし、感謝せぇへんとあかんなぁ」
「そもそもアタシに声をかけたのは紗枝だけどな」
「……なんや、思い返すと恥ずかしゅうどすなぁ……」

邂逅の時を思い出して、紗枝は思わず目を逸らす。
一番最初、彼女達三人が同じ道を歩む事を決意したあの一時。
それを、二人は鮮明に思い出せる。

「いや本当に、二人がいてくれなかったら小梅にも会えずに、どっかで野たれ死んでたと思う。
 アンタ達が生かしてくれて、そして会わせてくれたんだ。だったら後はとにかく生き残るだけさ。
 どれだけ無様だろうと、アタシも、小梅も、皆で、一緒に帰ってやる」

そう語る彼女の眼には、確かな決意の炎が宿っていた。
初めて死にかけて、孤独だと思った恐怖と疑心暗鬼が、彼女を押し潰そうとしていたあの瞬間。
そこから引き上げられて、彼女は救われた。
見失いかけていたものを手放さずにすんで、今彼女はここにいる。
五体満足でなくとも、今確かに松永涼は大事な人と共に生きている。
だからこそ、これからも生き抜いてみせるという決意は固かった。

「せやなぁ………」
「……?」

それに、はんなりと言葉を返す紗枝。
が、そんな彼女の姿を見て、涼は何か引っかかる。
ただ一言呟いた彼女の顔は、どこか憂いを帯びているように感じられた。

706心の雨 ◆j1Wv59wPk2:2013/10/23(水) 15:42:31 ID:cpg33wiI0
「なぁ…」

そんな事が気になって、聞いてみようと声を掛けようとして。


「ん、ぅ………」


小さいうめき声に、二人の体がびくりと震えた。

「……起こしちまったか?」
「いえ、大丈夫みたいやけど………」

二人は体を休めている小梅の姿を見るも、それ以上の動きは無かった。
あまり大きな声で会話していた訳ではなかったが、それで起こしては忍びない。
まだまだ出発するには時間はある以上、できればゆっくり休んでいてほしい。
そう思いつつ見ていた紗枝が、彼女の姿を見てふと何かに気付く。

「……なんや、辛そうな顔やね」

ベッドで変わらず横になっている小梅は、うなされているように見えた。
額には脂汗が滲み、寝息はどうも不規則に思える。
その姿は、あまり快適そうには思えなかった。

「悪い夢でも見てるのかもな」
「うーん……せやったら、うちにはどうすることもできへんけどなぁ」

こっそりと小梅に近づいて、紗枝は様子をうかがう。
その姿を、立つ事の出来ない涼は心配そうに見つめる。
よほど何かがあるとは思えないが、もしも、万が一ということもなくはない。
そんな一抹の不安とも言えない想像に自身で苦笑しながらも、改めて雨が上がるのを待つ―――




「っ………」


そんな涼に、紗枝の上ずった声が聞こえた。

707心の雨 ◆j1Wv59wPk2:2013/10/23(水) 15:45:07 ID:cpg33wiI0


「……どうかしたのか?」

声をかけても、帰ってくるのは静寂。
無言の返答に、涼は怪訝に思い始める。
一瞬嫌な考えが思考をよぎるが、そんな訳がないと頭を振るう。
紗枝はずっとこの場所にいたはずだから、小梅に命の危険が迫ることは無い。
だから、彼女が何かされたなんて考えられないと、そんな筈なのだが。


そうやって精一杯自らを落ち着かせて、もう一度声をかけようとして。




「………血?」


その言葉を聞いたとたん、目の前が真っ白になったように感じた。



「は………っ!?」


頭が理解した瞬間に、体が反射的に動いていた。
足で踏みだして、その元へ駆けだそうとする。
しかし、彼女には『足』が無かった。バランスを崩した体は、地面に盛大に打ちつける。

「ぐっ……!」
「ま、松永はんっ、そない動いたらあかんよ!一度落ち着き!」

足の痛みに顔をゆがませながらも、それでも前に進む事をやめない。
紗枝の呟いた、たった一言が涼を焦らせるのには十分で、今も頭には悪い方向の思考しか浮かばない。
体を引きずって前に進もうとして、しかし激痛でうまく進めない。

「落ち着いてられるか!! そんな、一体いつ……!」

自分が目を離した一瞬の隙に、小梅が傷ついてしまった……!?

最悪の想像ばかりが、頭の中を支配する。
紗枝の言葉も、その思考には届かない。
ただただ疑問と不安と後悔と恐怖と、いろんなマイナスな感情がかきまぜられて、暴れている。
心臓がバクバクとうるさく鳴り、目眩もして、体がこれ以上動くなと警鐘を鳴らしている。
それでも、止まれなかった。じっとしていられなかった。
せっかく掴んだ手を離すようなことを、できるわけがなかった。


そうして、彼女が深く追い込まれている中で。





「え……え………?」




当の本人は、そんな騒動でとっくに目が覚めていた。





    *    *    *

708心の雨 ◆j1Wv59wPk2:2013/10/23(水) 15:47:51 ID:cpg33wiI0


「……ちゃんと治療はされてるみたいやね。これなら新しい包帯巻くだけでええやろ」
「あ……あの………ごめんなさい………」

あれからあの騒動をなんとか落ち着かせて、小梅は改めて傷の確認を受けていた。
背中に薄く描かれた一本の赤い線は、出血は激しくないものの、じわりじわりと滲み出ている。
あまり深い傷ではなく、かといってかすり傷だと言うには大きすぎた。

「ったく、そんな傷うけてたのならあの時にちゃんと言いなよ」
「も、もう痛く無かったし……その、涼さんに心配かけさせたくなかったから……」
「アホ、それが悪化したらどうするんだ。せっかく病院にいるんだから」

彼女が背中に傷をつけられた理由は、紗枝が傷を見ている間に説明された。
小梅が『水族館組』と合流した時に襲われた……というのは病院に着いた際の説明で聞いたが、その時に傷を負っていたという。
それならその説明の時に話しておけというのが涼の見解だったが、小梅自身度重なる衝撃の連続で、すっかり気にならなくなっていたらしい。
意識すると、背中全体がじんじんと痛む。今更動けなくなることはないが、かといってベッドにまで滲む程出血している傷を放っておく訳にはいかないだろう。

「で、だ……そんな傷を付けやがったのは一体誰なんだ……?」
「ひっ……」
「松永はん、顔が怖いどすえ……」

さも本題とばかり詰め寄る涼の気迫に、二人は思わず怯える。
だが、その話題もまた重要な事に変わりはない。
人を傷つけるような人物……殺し合いに乗るような人物の情報は、これからの立ち回りに大きな影響が出る。

「え、えぇと、確か……喜多、さん………」

そんな問いに対して、小梅は少し詰まった後その名前を言う。
元々、彼女はその少女と話した訳ではなく、結局彼女が今どうなっているかもさっぱり分からない。
しかしその名前を聞いて、二人は心当たりがあるといった風に向かい合う。

「……喜多はん、っていえば」
「あぁ、さっき放送で呼ばれてた……」

ついさっき、聞いた名前だ。
ただし、その名前は病院のスピーカーの向こう……『放送』で、呼ばれていた。

「……謝らせる事もできない、って事か……」

その事実に、涼は思わず歯噛む。
自身も、今までで既に二度も殺されかけた身だ。その内の一回で、体には大きな傷が残った。
だが、だからといって殺そうとした人物に憎悪の念があるかと言うと、正直実感がわかない。
拓海は、例え『引き返せないところまでふみこんだ奴』さえも間に合う、助けると言った。
拓海が今そこについてどう考えているか分からないし、涼自身もそこについては未だに決心がついていない。
だから、例えば小梅に傷をつけた少女に出会って、ちゃんと話しあえるような状況になって、そうしたら自分が一体どう思うのか、なんてさっぱり分からない。

だが、結局の所そんな機会すらなかった。
小梅を襲った少女は、もうこの世にはいない。そいつもまた別の誰かに殺されてしまった。
それについて涼自身が抱いたこの複雑な感情は、何とも説明できそうにない。
ただ、もう謝らせる事も『許す』事もできないのか、と。そんな実感だけがのしかかっていた。

709心の雨 ◆j1Wv59wPk2:2013/10/23(水) 15:51:20 ID:cpg33wiI0

「ほ、放送……?」
「あぁ、小梅は寝てて聞いてなかったんだっけ。端末から見れるよ」

その話題に一人ピンと来ていなかった小梅に、涼は自分の携帯端末を見せる。
それを小梅はたどたどしく操作し、そして、ぴたりと手を止めた。

「泰葉、さん」

そこには、彼女にとって心に深く残っていた名前があった。
あまり長く話していたわけではない。そこまで彼女の事を知っているわけでもない。
彼女とは、あまり良い思い出も無かった。ただただ怖い、逆らえないとだけ、そう思っていた。

――今は、どうなのだろう。
今なら、彼女の言うアイドルに少しは近づけているのだろうか。
今の白坂小梅は、彼女に認められるような強さを持っているのだろうか。
そんな思いがよぎっても、もうそれを確認することはできない。
哀しい……という気持ちではなかったが、なにか心の中に空虚な穴ができた気がした。

「……とりあえず、小梅も別に大丈夫ならいいけどさ、あんまり無茶しないでくれよ? 小梅まで倒れられたら本末転倒だ」

涼の言葉に、小梅はこくんと頷く。
何はともあれ、その傷には色々と騒がさられたが、とりあえずは今後に大きく影響するほどではない。
勿論けが人であるのに変わらない以上、充分に配慮しなければならないだろうが、そう急を要する事態でもなさそうだった。
その事実に、とりあえず涼も紗枝も一息ついた。

「せや、飴さん食べはります? これ、向井はんと松永はんが持ってきてくれたんやで」

ふと思い付いたように、机の上に置いてあったビニール袋からお菓子を一袋取り出す。
まだまだ先は長く、雨がやむまではここにいる全員が足止めをくらっている。
だからこそ、動けない時はしっかりと休む事が大事だ。いざ行動する時に、万全の状態でいられるように。

「あ……そ、その………」

しかし、当の小梅はあまり顔色がよろしくない。
その様子に、二人は身構える。
まさか、今頃他に隠していた怪我等があったりするんじゃないのか。どこか体調がすぐれないのか。
そんな思考が場を包み――

「………トイレ………」

その言葉で、緊迫した場の空気は一気に崩れた。

710心の雨 ◆j1Wv59wPk2:2013/10/23(水) 15:54:44 ID:cpg33wiI0
「……あー、まぁ多分この建物にはアタシら以外いないし、多分大丈夫だと思うけど……場所分かる?」
「は、はい……来た時に、確認した……」
「そうか、じゃあ早めにな」

そう送り出すと、小梅は早足で部屋を後にした。
こうしてまた、部屋に起きているのは松永涼と小早川紗枝の二人だけとなり。

「ふふ……小梅はんも、松永はんに心配かけさせたくなかったんやって」

そう言って紗枝はにこりと笑った。

「何がいいたいんだよ」
「二人とも仲がええんやなー、って話」
「別にいいだろ……」

紗枝の言葉に、涼は顔を逸らす。
涼が小梅を想っているのと同じように、小梅もまた涼の事を深く想っていて。
それが微妙なすれ違いを起こしていた事に、紗枝は可笑しくて、そして微笑ましく感じていた。

「……うちには、そんな人おらへんからなぁ」

そんな彼女達の事を見て、紗枝はまるで昔を思い返すかのような口調で息を吐いた。

涼は、その顔に既視感があった。
というより、ついさっきの話題でみた、ほんのりと寂しげな雰囲気を漂わせているように感じる表情。
その時も、涼と小梅についての話だった気がする。
彼女は、二人の話題になると憂いを帯びた表情を浮かべているようだった。

――彼女にも、何か思う所があるのだろうか。
思えば、小早川紗枝という少女について、涼はあまり知らない。
テレビでも有名なアイドルの一人であるという事ぐらいは分かるが、逆にいえばそれくらいだった。
故に彼女の人間関係だとか、そういうのも全く分からない。
言葉の意味だけとらえれば、ここに彼女の知り合いはあまりいないとも取れる。
だが、それだけだと紗枝のその表情に納得がいかなかった。

「気張らんとね」
「……あぁ」

とはいえ、そのことについて深くは追求できない。
彼女が何も言わないなら、それに突っかかるのは無粋というものだ。
きっと、拓海もそんな判断をするだろう。彼女に何かの存在が影を落としていたとしても、それをこちらから干渉する事はしない。
紗枝自身が話してくれた時に、一緒に考えよう。そう、涼は思っていた。




雨は、未だに上がらない。

711心の雨 ◆j1Wv59wPk2:2013/10/23(水) 15:55:54 ID:cpg33wiI0
【B-4 救急病院 処置室/一日目 夜中】



【松永涼】
【装備:毛布、車椅子】
【所持品:ペットボトルと菓子・栄養食品類の入ったビニール袋】
【状態:全身に打撲、左足損失(手当て済み)、衰弱、鎮痛剤服用中】
【思考・行動】
 基本方針:小梅を護り、生きて帰る。
 0:小梅が改めて心配。
 1:足手まといにはなりたくない。出来ることを模索する。
 2:申し訳ないけれども、今はみんなの世話になる。
 3:みんなのためにも、生き延びる。



【小早川紗枝】
【装備:ジャージ(紺)】
【所持品:基本支給品一式×1、水のペットボトルx複数、消火器】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを救い出して、生きて戻る。
 0:………
 1:雨が止んだら『天文台』へみんなで向かう。
 2:天文台の北西側に『何か』があると直感。
 3:仲間を集めるよう行動する。
 4:少しでも拓海の支えになりたい。



【白坂小梅】
【装備:拓海の特攻服(血塗れ、ぶかぶか)、イングラムM10(32/32)】
【所持品:基本支給品一式×2、USM84スタングレネード2個、ミント味のガムxたくさん、鎮痛剤、不明支給品x0〜2】
【状態:背中に裂傷(軽)】
【思考・行動】
 基本方針:涼を死なせない。
 0:トイレに行きたい。
 1:涼のそばにいる。
 2:胸を張って涼の相棒のアイドルだと言えるようになりたい。


 ※松永涼の持ち物一式を預かっています。
   不明支給品の内訳は小梅分に0〜1、涼の分にも0〜1です。


【向井拓海】
【装備:鉄芯入りの木刀、ジャージ(青)、台車(輸血パック入りクーラーボックス、ペットボトルと菓子類等を搭載)】
【所持品:基本支給品一式×1、US M61破片手榴弾x2、ミント味のガムxたくさん、ペットボトル飲料多数、菓子・栄養食品多数、輸血製剤(赤血球LR)各血液型×5づつ】
【状態:熟睡中、全身各所にすり傷】
【思考・行動】
 基本方針:生きる。殺さない。助ける。
 1:とりあえず、出発まで寝かせて貰う。
  2:雨が止んだら出発する。市街地を巡って仲間を集めながら『天文台』に向かう。
 3:誰かを助けることを優先。仲間の命や安全にも責任を持つ。
 4:スーパーマーケットで罠にはめてきた爆弾魔のことも気になる。
 5:涼を襲った少女(緒方智絵里)のことも気になる。


  ※軽トラックは、パンクした左前輪を車載のスペアタイヤに交換してあります。
   軽トラックの燃料は現在、フルの状態です。
   軽トラックは病院の近く(詳細不明)に止めてあります。

712 ◆j1Wv59wPk2:2013/10/23(水) 15:56:53 ID:cpg33wiI0
投下終了です。このたびは遅れてしまいすいませんでした。
何か問題点等あればご指摘よろしくお願いします

713 ◆RVPB6Jwg7w:2013/10/23(水) 18:35:17 ID:bCjtfWxU0
皆さま投下乙です!
うっかり感想を溜めてしまった……w

>彼女たちがまみれるサーティ・ライズ
なんという劇的な結末。輝子も幸子も頑張ったなぁ……カッコ悪さも何も全てひっくるめて愛おしい。
卯月ちゃんはこのメッセージを受け止めきれるんだろうか。とときんどうなっちゃうんだろう……!

>コレカラノタメ×ノ×タカラサガシ
やはりこの4人組は安心感あるなぁ。けっして完璧な子はいないんだけど、互いを互いが気遣って。
小梅ちゃんが直接言ったら嘘くさくなりかねない話が、気遣いと優しさの伝言ゲームでスッと伝わるってのは見事

>理解と破壊のプレリュード
この死者の名前はこのグループにとっては衝撃だよなァ……!
光が濃いほどに闇も深まるこの不幸。この場にいる誰が悪い訳でもないというのに……。

>彼女たちが辞世に残すサーティワン・リリック
「世界で一番甘い毒」のフレーズに、震える。
罪も愚かさも全て承知した上で暴走を続けるこの2人は、やはり切ない

>蒼穹
恐怖を自覚しつつも、それを狂気に換えちゃいけないと踏み止まる凛ちゃんの強さが、危うくも魅力的なお話。
なんだか一歩ごとに血を流しながらそれでも進んでいくような雰囲気が出てきたなァ……!

>彼女たちが盤面に数えるサーティートゥー
和久井さんの淡々とした休憩のターン。やはりこの人は怖い……!
初期からライバルの動向は気にしていたもんなぁ

>彼女たちの前に現れる奇跡のサーティスリー
一言。
あんたは「あの人」の年齢の秘密になんてことするだァーーーーッ!ww

>彷徨い続けるフロンティア
撤回バージョンとはガラッと変わった智絵里ちゃんのお話、ガラッと変えたのにこの完成度は……!
とうとう意識に昇った「最後の1人」の動向、そこから改めて見えてきた決意。上手いなぁ

>カナリア
ある意味最弱コンビなのに、本当、いい子過ぎるだろう2人とも……! 涙ぐんでしまうじゃないか
不穏を煽る冒頭の一文と、微かな希望を感じさせる最後の一文がもう、全てを物語ってます

>飾らない素顔
岡崎先輩っ……! ほんとこの子は、背景を掘り下げて考えれば考えるほど大変な子で。
でも、こんなに魅力的な子でもある。キャラへの深い愛があるなぁ

>彼女たちが後もう一手のフィッシング・サーティフォー
なんという大集団の終結、なんという整理、そしてなんという爆弾設置!
これはエラいことになりそうだぞ……!

>星を知る者
すごい! これはすごい!
丁寧に掘り下げられた2人の心情、2人の追憶。
震えるほど美しくて、そして、涙の果てに不穏な真相も見えてきて。
陶器の話の詳しさから、描写の美しさから、ほんと素晴らしい! GJです! 

>彼女たちの目には映らない稲妻(サーティファイブ)
みんなの「敵」かな子、これはなんという背景。これは思いつめるわ……!
しかもこれだけ煽っておきながら、冷静に客観的に見たら真偽不明ってのもまた。エグい仕掛け打ちますのォ

>心の雨
そうなんだよな、人が死ぬ、脱落するって「そういうこと」なんだよな、
と作中人物も読み手も改めて思い知る良いお話。そうだよね、背中の傷とか意識する余裕もなかったよねぇ……!

714 ◆RVPB6Jwg7w:2013/10/23(水) 18:36:39 ID:bCjtfWxU0
続いてこちらも、

相川千夏、双葉杏  以上2名予約します。

715 ◆wgC73NFT9I:2013/10/23(水) 19:04:55 ID:3Dy9./ho0
投下おつかれさまでーっ!!

>心の雨
四人とも頑張ってる姿が愛おしい…。
小梅ちゃんは改めて手当てしてもらってよかった。
涼は無理だけはしないで〜!局所麻酔とかもありそうだけどなぁ…。
姉御はこの状況下で本当に偉いし、紗枝はんの胸の内はとても気になる…。
『許す』事もできない、という切ない想いが凄く響いてくる作品でした。

716 ◆RVPB6Jwg7w:2013/10/24(木) 13:08:02 ID:X0hNVgww0
予約していた2名分、投下します

717 ◆RVPB6Jwg7w:2013/10/24(木) 13:08:33 ID:X0hNVgww0



「――さんが、探してましたよ?」
「ふぎゃっ!?」

ウトウトしていた所に唐突に声をかけられて、少女は奇声を上げて跳ね起きた。

薄暗くホコリ臭い一室の片隅。
事務所の片隅。
ちょうど倉庫のように使われている人の気配に乏しいスペースで。

目にも鮮やかな黄緑色の制服をまとった女性は、苦笑を浮かべつつ。
暗幕らしき布の山の中に半ば埋もれたTシャツ姿の少女を、見下ろしている。

なお、本日の少女のTシャツの一言は、『毎日が日曜日』。妙に達筆である。

「あー…………ちひろさんかー」
「今日のレッスンを受け持つ予定だったトレーナーさんもカンカンでしたよ〜。
 双葉杏ちゃんがどこにも居ない、いつまで経っても来ない、って」

ボリボリと腹を掻く少女に背を向けて、棚の中を漁りながら事務員は言う。その口調はどこか楽しそうだ。
もはや日常と化した、サボリ癖のあるアイドルと、それを働かせようとするプロデューサーとの攻防戦。
少女は心底面倒くさそうな様子で、床にあぐらをかく。

「ねえ、見逃してくれない?
 ここって、ホントいい穴場だったんだよねぇ」
「ん〜、まあ、そうですねぇ。
 いちいち告げ口に行くほど、私もヒマじゃあないですけど。
 立場上、もし尋ねられたら答えない訳にはいかないですねー。『杏ちゃんならあそこに居ましたよ』って」
「仕方ないなぁ……。
 場所変えて寝なおすかァ」

未開封のコピー用紙の束を引っ張り出して微笑む千川ちひろに、双葉杏は嫌々ながらに立ち上がる。
いまだ担当プロデューサーに知られていない隠れ家的スペースが露呈するリスクと、別の場所に移動する労力。
両者を秤にかけた上での苦渋の決断、といった雰囲気が、その全身から発せられている。

薄汚れた桃色の     を引きずりながら、杏はちひろと連れ立つようにして部屋の外へ。


「ところで『ソレ』、よく持って歩いてますけど――何か大切なモノなんですか?」
「え?」

何気なくちひろに尋ねられて、杏は少し首を傾げる。
彼女の視線を追って片手にぶら下げた     に目をやって、軽く溜息ひとつ。

「大切、ってのは違うかなぁ。そんな大げさなモンじゃないよ」
「そうなんですか? でも……」
「大事な物ならこんな雑に扱わないって。
 なんとなく、だよ。
 ほんと、なんとなく家から持ってきちゃっただけ。その辺に放っておくわけにもいかないでしょ」

部屋から出て廊下に出て、それっきり挨拶もせず、双葉杏はちひろとは反対側の方向に向かって歩いていく。
ちひろは予備のコピー用紙を抱えたまま、しばし足を止めて彼女の背を見送る。

その小さな背が廊下の角を曲がって姿が見えなくなった途端、
「見つけたぞー!」「ぎゃーっ! とんだ藪蛇だー!」などと叫び声が聞こえ、ドタバタと走る足音が続くが。
千川ちひろは、小さく唇の端を釣り上げたきりで。


「……それが、『大切』ってことなんですよ」


口の中でひとりつぶやいて、身を翻す。



それが、この大がかりな『イベント』の、およそ半月ほど前にあった出来事。
いや、出来事と呼ぶにも小さすぎる、ほんの些細な日常の一幕、だった。



      *    *    *

718 ◆RVPB6Jwg7w:2013/10/24(木) 13:10:28 ID:X0hNVgww0


「口裏を、合わせておきましょう」
「それはいいけどさー、なんでレトルトカレーにレトルトのご飯なわけ?
 いや、嫌って訳じゃないけどさぁ」

夕陽の差し込むログハウスの中、2人の人物が食卓を囲んでいた。
いや、食卓と呼ぶには随分と簡単なメニュー。
ホームパーティの場などで使われる、使い捨ての紙の器に盛られたカレーライスが2人分。
添えられたプラスチックのスプーンも大量生産された使い捨てのもの。
子供のようにしか見えない小柄な少女が、眼鏡をかけた理知的な女性に不満げな視線を向けるが。

「カップラーメンの方が好みだったかしら?
 ……実のところね、材料だけならアッチの方にけっこうあるのよ。
 お肉は相当な量が冷凍してあったし、タマネギにジャガイモにニンジン、カレールーも揃ってた。
 お米もあったわね。それこそ手間をかければ、カレーくらいは作れる条件は整っているわ」

まるで気を悪くした様子も見せず、眼鏡の女性――相川千夏は、淡々と説明する。
彼女の視線の先には、売店コーナーの奥、ちょっとした大きさの冷蔵庫と棚がある。

「ただ材料はあっても、調理器具が足りない。電子レンジと小さなコンロと、やかんくらいしかない。
 いえ、あるにはあるのよ?
 大きな鉄板とか、飯ごうとか、そこのコンロだとはみ出るくらいに大きなお鍋とか」
「あー、そっか、『外』で使うためのものか……」

理解した、といった風な表情で、小柄な少女――双葉杏は近くの壁を見上げる。
このキャンプ場の簡単な絵地図が描かれたポスター。
その一角には、確かにバーベキュー場が描かれている。
スプーンでカレーを口元に運び、軽く咀嚼し嚥下すると、千夏は言葉を続ける。

「いくらなんでも、炭火を起こして飯ごう炊飯を楽しむ気にもなれないでしょう?
 ましてや、2人分だけって状況では」
「まあねぇ。
 そうすると、こんなレトルトも置いてる理由ってさ、要はお客さんがミスった時用ってこと?」
「でしょうね。
 あるいはカレー以外のメニューをメインに据えていて、あと1品増やしたいとか、少し食べたりないとか。
 商品としても日持ちするし、こういう場所で置いておけばそれなりに捌けるでしょうね」

キャンプ場入口の事務所の役目を果たすログハウス、事務所に併設された小さな売店。
そこにはお土産から何から、様々なものが扱われている。
2人はしばらく、無言でカレーを食べ続ける。

「――それで、口裏合わせのことだけど」
「えー、適当でいいじゃん。水族館でのことだよね?」
「ダメよ。
 私もそう複雑な嘘をつくつもりはないけれど。
 それでも、つまらないミスで冷や汗をかくのは、もうこりごりなのよ」

面倒くさい、という態度を隠そうともしない杏に対し、千夏は眼鏡を光らせる。
その迫力に杏は軽く首をすくめてみせる。
その『つまらないミス』の揚げ足取りで『冷や汗をかかせた』のは、他ならぬ双葉杏である。
こういう言い方をされては、拒めない。

「まあ、でも私からの提案は単純よ。
 『私たちが『行動』した、という事実だけ伏せ、あとはおおむね真実を語ることにする』。
 言ってみれば、ただこれだけ」
「えーっと、それってつまり……
 杏たちが気付いて駆けつけた時には、2人は倒れて燃えていた、ってこと?
 誰が何をしたのかは知らないけど、2人とも手遅れだった、って」
「ええ。
 その直前まで私たち2人が一緒にいたことも。
 一緒に現場へと向かったことも。
 あなたが消火器を持ってきて消火したことも。
 すべて、そのまま、ありのままを語ればいいわ。
 語る必要がある局面に遭遇したら、だけど」

夕陽の傾く窓の外、動くものは何もいない。
不穏な密談にはまったく不向きな、のどかな風景だ。

「そして……そうなると。
 2人の死体を発見した『私たち』が疑ってしかるべき『容疑者』は誰か、分かるわよね?」
「うん。
 『渋谷凛』、だよね。
 2人の死亡と前後して、いつの間にか居なくなっちゃってた人。
 ――なるほどね。
 放送が流れてあの2人が呼ばれたら、向こうはコッチを疑うはずだもんね。
 でも、あっちは1人きりで、こっちは2人。
 『アリバイ』を保証しあえる杏たちの方が有利、ってことか」
「察しが良くて助かるわ」

微かな微笑みを浮かべて、千夏は頷いてみせる。

719 ◆RVPB6Jwg7w:2013/10/24(木) 13:10:51 ID:X0hNVgww0

そう、少し考えれば分かる話。
渋谷凛は、遠からず『容疑者』として杏と千夏のことを疑うに決まっている。
2人が『同盟』を組んでいることまでは読めないかもしれないが、片方だけかもしれないが、それでも。
そして人探しのために島中を巡る予定の彼女は、その疑いまでも吹聴して回って歩く可能性すらある。
下手すれば今後2人は、初対面の相手からさえ、人殺し扱いされかねないのだ。

『ヒロイン』路線を自覚する2人にとっても、そういう扱いをされることは面倒この上ない。
『アイドル』の群れに紛れ込んでおいて寝首を掻くスタイルを志向する2人なら、尚更である。

ゆえにだからこそ、この千夏の提案が活きて来る。
仮に凛の話を鵜呑みにした誰かに糾弾されても、この案なら『嘘つき』のレッテルを凛の側に丸投げできる。
そもそも縁の薄い『ヒロイン』が2人、図って手を組むということ自体が多くの者の想像を超える事態なのだ。
この『嘘』は、相当に、強い。

「それこそ、本人と出くわしてしまった場合にも、この推測に基づいて立ち回りましょう」
「この人殺しー、って非難する?」
「まあ否定はされるでしょうけどね。
 こっちも『殺害の瞬間』は見ていないことになっている以上、責めきれない訳だし。
 お互いに殺人者のレッテルを押し付け合った末に、第三者の犯行ってことで落ち着くんじゃないかしら」

その場合、こっそり忍び寄って2人を殺し、2人を残してこっそり立ち去った『第三者』の行動が謎になるが。
あまり嘘に深入りし過ぎても仕方がない。謎が少し残るくらいが、おそらく丁度いい。

「了解〜。
 あとは実際に誰かと出くわしてから考える感じだね〜。アドリブ勝負ってことで」

その辺は杏も理解していたのだろう。
こずるい笑顔を浮かべて、何度も頷いたのだった。



      *    *    *

720 ◆RVPB6Jwg7w:2013/10/24(木) 13:11:13 ID:X0hNVgww0



食事を終えて、汚れた紙皿とスプーンをゴミ箱に放りすてた頃に、放送は始まった。
それぞれにジュースとコーヒーを紙コップに注いだ2人は、放送の余韻が消えるのを待って口を開く。

「――禁止エリアは、今度は大丈夫、っと。それにしても雨かぁ」
「――ふぅ。
 『あの2人』が同時に脱落、ね……。
 『見事刺し違えた』、と見るのは想像し過ぎかしら」
「??
 誰のこと?」
「こっちの話よ。あなたが知らなくても大丈夫な話」

独り言に対する杏の追及をそっけなく拒むと、コーヒーを一口飲んで、千夏は視線を上げる。
ログハウスの中は、既に灯された電燈の明かりで照らされている。

「ところで、これからのことだけど」
「言っとくけど、雨の中歩くのはヤだよー」
「分かってるわよ。
 だからいっそのこと、『長い休み』をココで取ってしまいましょう?」

面倒臭がりの杏でなくとも、雨の降る夜中に歩き回って嬉しい者なんていない。
雨は夜更け過ぎには上がるという予報が告げられていたが、千夏はさらに踏み込んだ提案をする。

「どうせなら、朝が来るまでここに留まる。
 そしてせっかく2人いるんだから、片方が見張り役で、もう片方が熟睡。
 これを放送ごとに6時間交代。
 ここを訪れる人がいたら、見張り役担当が対応。
 できるだけ寝ている方は起こさない。
 少なくとも朝までは、可能な限り荒事は避ける。
 ――こんな感じでどうかしら?」
「いいねぇ。
 んじゃ、まずは杏がお先に休むってことで――っ!?」

ちゃっかり『先に寝る番』を取ろうとした杏は、そして千夏の視線に射すくめられる。
ヘラヘラした杏の笑いも凍り付くような、鋭い視線。
目の力だけで相手の発言を封じつつ、千夏は淡々と語り始める。

「――私はね。
 『双葉杏』という人物のことを、高く評価しているの。
 たぶん、あなた自身が思うよりも、ずっと高くね」
「い、いやぁ。
 そ、それは言い過ぎじゃないかなぁ?」
「いいえ。過大評価なんかじゃないわ。
 怠惰な性格は噂に聞いていたし、こうして向き合ってみてもそれは分かるけど。
 同時に、レッスンをサボりまくっても結果を出せる天性の才能がある。
 必要最小限の仕事で、世に名を売る要領の良さがある。
 頭の回転も速いし、目の付け所は鋭いし、土壇場での度胸も、思い切りの良さもある。
 本当に私は、あなたを『大したもの』だと思っているのよ」

口ではベタ褒めしつつも、千夏は真顔だ。
うわ、やりづらぁ。
杏は心の中で声に出さずにつぶやく。
怠け者の杏としては、大抵の場合、過小評価してもらった方が色々とやりやすいのに。

「水族館でも、私の『嘘』に気づいて看破できたのはあなただけ。
 だから、誤魔化せないわよ?
 少なくとも私に対して、無能を装うのは無駄だと悟りなさい」
「……ひょっとして千夏さん、根に持ってる……?」
「何のことかしらね?
 そして『頭の良い』あなたなら、そう不用意な嘘はついていないわよね? 私と違って?
 殺人行為を伏せはしたけれど、それ以外の部分については、おおむね真実を語っている。
 そうでしょう?」

淡々と言葉を重ねる千夏に、えも言われぬ圧迫感を感じ取る。
いけない。
このままでは反論の余地なくやり込められる。
そう予感しながらも、杏には返す言葉が見つからない。

「――聞いたわよ?
 ベッドでたっぷり、それこそ放送を聞きのがすくらいに、熟睡してた、って」
「ううっ……!」
「対する私の側は、本当は椅子に座って待ち伏せをしながら、少しばかりウトウトしただけ。
 正直ね、かなり限界が近いのよ。
 このままベッドに飛び込んだら今すぐにでも意識が飛びそうなくらい。

 分かるわよね――『本当は頭のいい』あなたなら、どういう選択肢が一番『賢い』か、って。

 どうすれば一番『最終的にラクができて』『生き残りにも有利か』、ね?」

相川千夏は断言すると、クールな彼女には珍しく、ニッコリと笑ってみせた。
双葉杏は、仏頂面よりも怖い笑顔というものがこの世に存在することを、身をもって思い知らされた。



      *    *    *

721 ◆RVPB6Jwg7w:2013/10/24(木) 13:11:58 ID:X0hNVgww0



暗い『陶芸体験教室』の片隅に即席の寝床をつくりながら、相川千夏はひとり考える。

ログハウスの玄関口に通じる広い部屋には、灯りを灯して双葉杏が見張り役。
さきほど、ヒマ潰しに、と言いながら、陶芸教室から画板のような下敷きの板と粘土を一塊、持ち出していた。
まあ、ゲームもTVもネット環境もない以上、ヒマなのは確かなのだが。

ここに残されていた粘土の羊は、確かにそんな気まぐれを起こすに十分な程の造形美を備えていた。
粘土製の『双葉杏』は叩き潰した彼女も、並んでいた羊にまでハンマーを振り下ろすことはなかった。
きっと杏は今頃、羊と並べられるような『作品』の制作に勤しんでいるのだろう。

まあ、杏が『そこ』に居る限り、奥まった部屋にいる千夏がいきなり襲われる心配はない。
なので粘土遊びでもなんでも、好きにしていてもらおう。
キャンプ場利用者へのレンタル用として倉庫に用意されていた毛布を敷きながら、千夏は思考を整理する。

(既に当初の、『6時間ごとに休憩と活動を繰り返す』方針は、破綻している……。
 でもあの作戦の本質は『休憩を意識して取り、スタミナ面での優位を意識して保つこと』。
 これはこれで、悪くはない)

硬い床に毛布を2枚重ねて敷いて、敷布団代わりとする。
キャンプ用品としては寝袋も見つけてはいたが、これはちょっと使いづらい。
寝具として十分な機能を備えている一方、咄嗟の場合に飛び出すことが困難なのだ。
仮に誰かの襲撃を受けたとして、芋虫状態のまま殺されるとかマヌケにも程がある。

なのでこの寝袋は、袋に詰められた円筒形の形のまま、枕替わりに使わせてもらうことにする。
掛け布団については、抱えて持ってきた毛布の余裕がまだまだある。
事務所スペースの奥にはもう一つ目立たない扉があって、その先はちょっとした倉庫になっていたのだ。

(さっきは少し褒めすぎた感はあるけれど、双葉杏が意外と論理的なのは間違いない。
 だからたぶん、『今はまだ』彼女は私を裏切らない。『今はまだ』私を切り捨てない。
 私のように話の分かる協力者というのは得難い存在のはずだし、そうそう裏切られることはないはず)

寝床の目途がついた彼女は、しゅるり、と両手の長手袋をはずす。
暗がりの中にも鮮やかに、左手に巻かれた白い包帯が姿を現す。
続いて、チャイナドレスもジッパーを降ろして、下着姿に。
いくらなんでも、このままステージにも上れそうな衣装のまま寝る訳にはいかない。
脱いだ服を手近な椅子の背にかけ、ガーターストッキングも外しにかかる。

(それにしても……やはり、違和感があるのよね。
 双葉杏。
 唯ちゃんから話に聞いていた印象だと、もっとこう、自然体というか、善良というか……
 それこそ、物事を深く考えずに楽観に走るような人物。

 こういう状況に置かれたとしても、『とても殺し合いに乗るような人物ではない』。
 だからこそ、私も彼女の意外な言動に虚を突かれたのだし。
 まあ、その印象はある意味で、今の私にとっては都合がいいのだけど――)

暗がりの中でブラジャーさえも外してパンツ一丁になってしまうと、千夏は一枚のTシャツに袖を通す。
売店コーナーの片隅から失敬してきた、観光地土産としても定番の一品だ。
あえて選んだのは男性用のLサイズ。
ダボダボな分、長い裾が腰のあたりまで覆ってくれて、即席の寝間着としては悪くない。

(何かが足りない。
 そんな気がするのよね。
 事務所でたまに見かけた時も。
 TVに映っていたのを見た時も。
 どこか、今の彼女と違っていた気がする……。
 雰囲気とかそういう曖昧なモノじゃない、もっと確固たる、『何か』が……)

手の届くところに荷物をまとめておき、特に拳銃は咄嗟に手に取れる位置にメガネと一緒に並べておく。
準備万端すべて整えて、千夏は横になって毛布をかぶる。

心身ともに疲れ果てていた彼女に、睡魔は素早く忍び寄る。
意識を手放す寸前、ようやくにして千夏は思い至る。

(そうだ……毛布……
 児童心理学で言う、『ライナスの毛布』だ……!

 ということは、今のあの子はかなり不安定な状態で……
 でも『だからこそ』こういう展開になっている……

 警戒……注意……いや、読み切れない……
 何がおきても対応できる心構えだけは、常に持って臨まないと……)


やがて暗闇の中に、規則正しい寝息が刻まれ始める。



      *    *    *

722ヒトコロスイッチ ◆RVPB6Jwg7w:2013/10/24(木) 13:12:48 ID:X0hNVgww0



  簡単な仕掛け。
  引き算と初期配置だけで構成されたささやかな陰謀。


  斜面の途中に危うい均衡を保って静止しているガラス玉、動かしてやるにはどうしたらいい?


  それは簡単、小さな支えを1つ、抜いてやればいい。
  無理に押してやる必要もない、ただ1つの『欠損』だけで、『それ』は容易に転がりだす。


  ガラス玉の行方は誰が知る?
  配置を決められるのなら、その行方は決められる。


  ガラス玉の転がる先に、黄色い小さなドミノを立てておくことも。
  黄色のドミノが倒れたら、その振動が時間差を置いて、別の桃色のドミノに伝わるようにすることも。

  とてもとても、簡単なこと。


  無理に押してやる必要もない。無理に誘導するまでもない。
  それはとても簡単で、シンプルで。
  分かってしまえば、誰にでもできる。
  実際に綺麗に機能するかどうかは運任せだけど、勝算は決して低くはない。


  ただ、なかなかやろう、と思いつけないという――それだけの話でしかない。



      *    *    *

723ヒトコロスイッチ ◆RVPB6Jwg7w:2013/10/24(木) 13:13:15 ID:X0hNVgww0



窓の外には、いつしか雨が降っている。
粘土弄りに熱中していた双葉杏は、いまやその手を止め、呆然とした表情で自らが作り上げたモノを眺めている。

それはありふれたキャラクターの再現だった。
誰にでも馴染みのある、とある動物のデフォルメ。

長方形の角を丸めたような輪郭に、上方に2本長く伸びた耳。左右に突き出した短い両手。
顔のパーツは3つの点と1つの弧だけで構成され、まるでやる気が感じられない。
顔も首も胴もまるで境界線なくひとつながりで、ただ一ヶ所、腹部には目立つ大きなポケットがあって。

気の向くままに粘土を弄り。
適当に作っては壊し、作っては壊しを繰り返した杏が、気が付いた時には既に作っていたもの。
いつしか熱中して、細かい造形の再現に専念して、よし出来た、と思ったその瞬間、はっと目が醒めたもの。
杏自身、なぜコレを作ろうと思ったのか、理屈では説明ができないモノ。



 破れて飛び出した綿まで再現された、杏がいつも抱えている、うさぎのぬいぐるみ。

 この島で目覚めた時には既に手元になかった、杏の半身。



杏には知る由もないことではあるが。
粘土の羊を作り上げた少女は、己の心中にある想いを汲み上げようとだけ考え、あの作品を生み出した。
ならば、その羊に触発されて粘土遊びを始めた彼女にとっても、それはおそらく。


『ライナスの安心毛布』。
『スヌーピー』という犬のキャラクターで有名な漫画『ピーナッツ』に登場する少年の1人、『ライナス』。
その彼が何故か常時手にしている、ボロボロのブランケット。
あるいはそれに代表される、心理学上の用語でもある。

それを持っていると安心する。
それが取り上げられると不安で仕方ない。
そんな、特定の玩具や人形、あるいは毛布などに対する、子供の一部に見られる異常な執着。


怠惰と、子供っぽさと、成長の止まった妖精のような身体と、そしてさりげなく秘めている高い能力。

アンバランスな性質をいくつも併せ持つ17歳の少女、双葉杏。

そんな彼女のバランス維持に欠かせない存在、彼女にとっての『ライナスの毛布』こそが、きっと。


窓の外には、いつしか雨が降っている。
拳を振り上げ、粘土のうさぎの上に振り下ろそうとして――
叩きつけられなかった手が、力なくゆっくりと下がる。


死者の声も、この場にいないプロデューサーの声も、もう杏の耳には聞こえない。
こんな時に限って、幻影たちは姿を隠し沈黙を守っている。


そのことが良いことなのか悪いことなのかさえも、今の杏には、まるで分からなかった。

724ヒトコロスイッチ ◆RVPB6Jwg7w:2013/10/24(木) 13:13:34 ID:X0hNVgww0



【D-5・キャンプ場/一日目 夜中】

【相川千夏】
【装備:男物のTシャツ、ステアーGB(18/19)】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×7、チャイナドレス(桜色)】
【状態:左手に負傷(手当ての上、長手袋で擬装)】
【思考・行動】
 基本方針:生き残り、プロデューサーに想いを伝える。生還後、再びステージに立つ。
 1:杏と行動。
 2:日が昇るまでこの場に留まる。次の放送まで眠り、その次の時間帯は自分が見張り担当。
 3:杏に対して……?

※現在、チャイナドレスを脱いで手袋も外し、下着姿+Tシャツ姿で毛布にくるまっています。
 メガネ・拳銃・荷物は手近なところに置いてあります


【双葉杏】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式x2、ネイルハンマー、シグアームズ GSR(8/8)、.45ACP弾x24
       不明支給品(杏)x0-1、不明支給品(莉嘉)x0-1】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:印税生活のためにも死なない。そのために殺して生き残る。
 1:千夏と行動。
 2:次の放送まで粘土遊びでもしながら見張り役。その次の時間帯は爆睡予定
 3:…………。

725 ◆RVPB6Jwg7w:2013/10/24(木) 13:13:52 ID:X0hNVgww0
以上、投下終了です。

726 ◆wgC73NFT9I:2013/10/24(木) 16:20:16 ID:1Yd2JM9s0
>ヒトコロスイッチ
この作品が、18時間で……!?
信じられない速さとこの品質。
……なんて美しい集約のさせ方なんだ。
尾てい骨の底からぞくぞくと静かな興奮が湧き起こってくる。まったくもって、美しい陰謀だ。
散っていたジグソーパズルが見事にはめ込まれて、次に見える絵がどんな姿になるか、本当に楽しみです。

投下、おつかれさまでした!!

727 ◆John.ZZqWo:2013/10/25(金) 23:58:36 ID:11DKmCC.0
投下乙です!

>心の雨
しとしとという雨の音が聞こえてきそうな、そんな静かでしんみりとした、まだ隠されている想いがあるような……?
涼と小梅が再会できたことで互いに落ち着いていくのとは対称に、紗枝はんはなにやら寂しさを覚えている模様。
雨によりえたこのゆっくりとした時間、色いろな作用があるのかな。

>ヒトコロスイッチ
杏ちゃん、そう、いつものウサギがいっしょじゃなかったね。カエダーマちゃん(?)。
一見今は落ち着いて見えるけど、これまでの行動、そして彼女自身が元々アンバランスだから、この先どうなるのか。
粘土は杏の今の心をどう写し取るのか、気になります。

728 ◆John.ZZqWo:2013/10/25(金) 23:59:03 ID:11DKmCC.0
相葉夕美 を予約します。

729名無しさん:2013/10/26(土) 18:35:26 ID:TrKZMi8EO
投下乙です。

運営は、お姉ちゃんもヒロインにするつもりだったのか!
幻が出ないのは、秘密の共有者がいるから?心が外に出たから?

730 ◆wgC73NFT9I:2013/10/28(月) 00:39:27 ID:Lu3/V5/E0
明日(今日)から新しい一週間ですね〜。
予約分の投下を致します。

731 ◆wgC73NFT9I:2013/10/28(月) 00:40:10 ID:Lu3/V5/E0
 泣いていたんだ。と思う。
 真っ白な中で膝を抱え、アタシは一人でふるえていた。

「あ、レイナ! どうしたんだそんなとこで」

 ふと、聞き覚えのある声がする。
 目を開けると、空気が沁みてひりひりした。
 戦隊ヒーローのプリントシャツ。
 長い黒髪。
 力強い笑顔。
 ――南条光だった。

「一緒にヒーローごっこしようよ!
 さっき、きらりさんにも遊んでもらったんだけど、すごかったよ! 猫みたいに体柔らかいしあ

の人――」
「のんきに遊べるわけないでしょ! あんなライブの後で!」

 ロケット弾のように、叫びをぶつけていた。

 しんとした事務所の中に何回か跳ね返って、その声は消える。
 もう、他のアイドルたちは出払っている時間帯だった。
 午前中がオフなのは、今日はアタシと南条くらいのはずだ。
 たじろいだ南条の顔を見て、その空きの理由をイヤでも思い出す。

 昨日、アタシと南条光は、一大ステージにあがっていた。
 「夢のLIVEフェスティバル」と銘打たれたアイドル達の競演会で、アタシたち“ヒーローヴァー

サス”は、観客どもと他のユニットを圧倒させ、ひれ伏させるはずだった。
 でも――。

「……まあ、殺陣(たて)を忘れたのはまずかったと思うけど」

 南条光は、困ったように頬を掻いている。
 アタシたちは、ヒーローショーのような華麗な戦闘シーンと歌を交えた、まったく新しいライブ

演出を試みていた。
 だが、アタシはその最中に、組み手の動作を取り違えた。

「……そんなのじゃ、ないわよ」

 それは、スピーカーの配線につまづいてこけたからだった。
 今のをやられた演技にして、以降で辻褄を合わせればいい――。
 咄嗟に、そうは考えた。

 でも、そのショックは、アタシの頭から以降の歌の歌詞を吹っ飛ばしていた。
 ずれたダンスと殺陣のタイミングも戻せなくて、立ち尽くした。
 終いには、苦し紛れにアドリブで入れたトークで、むせた。

 脇でまごつきながら必死にフォローする南条の姿が眼に残って、お腹の辺りが引き裂かれそうに

苦しかった。

 アイツ……プロデューサーは、「あれはあれでお客さんに受けたから、気にするな」とかほざく

。そしてその慰労の午前半休。

 このレイナサマに、あんな失態があっていい訳はない。
 悔しさとやるせなさがこみ上げてきて、どうしようもなかった。
 今日だって、事務所にくるのだけで精一杯。
 ろくに寝付くこともできず、あのまま家に閉じこもっていたら、頭がぐちゃぐちゃに潰れてしま

いそうだった。
 応接間のソファーで休んでたっていいだろう。南条なんかにとやかく言われる筋合いはない!

 南条光は、アタシの噛みつきそうな視線から目をそらす。
 その口から出た呟きは、いつもよりもいくらか低い音に聞こえた。

732 ◆wgC73NFT9I:2013/10/28(月) 00:42:00 ID:Lu3/V5/E0
また設定ミス……。すいません。再投下です。

 泣いていたんだ。と思う。
 真っ白な中で膝を抱え、アタシは一人でふるえていた。

「あ、レイナ! どうしたんだそんなとこで」

 ふと、聞き覚えのある声がする。
 目を開けると、空気が沁みてひりひりした。
 戦隊ヒーローのプリントシャツ。
 長い黒髪。
 力強い笑顔。
 ――南条光だった。

「一緒にヒーローごっこしようよ!
 さっき、きらりさんにも遊んでもらったんだけど、すごかったよ! 猫みたいに体柔らかいしあの人――」
「のんきに遊べるわけないでしょ! あんなライブの後で!」

 ロケット弾のように、叫びをぶつけていた。

 しんとした事務所の中に何回か跳ね返って、その声は消える。
 もう、他のアイドルたちは出払っている時間帯だった。
 午前中がオフなのは、今日はアタシと南条くらいのはずだ。
 たじろいだ南条の顔を見て、その空きの理由をイヤでも思い出す。

 昨日、アタシと南条光は、一大ステージにあがっていた。
 「夢のLIVEフェスティバル」と銘打たれたアイドル達の競演会で、アタシたち“ヒーローヴァーサス”は、観客どもと他のユニットを圧倒させ、ひれ伏させるはずだった。
 でも――。

「……まあ、殺陣(たて)を忘れたのはまずかったと思うけど」

 南条光は、困ったように頬を掻いている。
 アタシたちは、ヒーローショーのような華麗な戦闘シーンと歌を交えた、まったく新しいライブ演出を試みていた。
 だが、アタシはその最中に、組み手の動作を取り違えた。

「……そんなのじゃ、ないわよ」

 それは、スピーカーの配線につまづいてこけたからだった。
 今のをやられた演技にして、以降で辻褄を合わせればいい――。
 咄嗟に、そうは考えた。

 でも、そのショックは、アタシの頭から以降の歌の歌詞を吹っ飛ばしていた。
 ずれたダンスと殺陣のタイミングも戻せなくて、立ち尽くした。
 終いには、苦し紛れにアドリブで入れたトークで、むせた。

 脇でまごつきながら必死にフォローする南条の姿が眼に残って、お腹の辺りが引き裂かれそうに苦しかった。

 アイツ……プロデューサーは、「あれはあれでお客さんに受けたから、気にするな」とかほざく。そしてその慰労の午前半休。

 このレイナサマに、あんな失態があっていい訳はない。
 悔しさとやるせなさがこみ上げてきて、どうしようもなかった。
 今日だって、事務所にくるのだけで精一杯。
 ろくに寝付くこともできず、あのまま家に閉じこもっていたら、頭がぐちゃぐちゃに潰れてしまいそうだった。
 応接間のソファーで休んでたっていいだろう。南条なんかにとやかく言われる筋合いはない!

 南条光は、アタシの噛みつきそうな視線から目をそらす。
 その口から出た呟きは、いつもよりもいくらか低い音に聞こえた。

733ソリトン ◆wgC73NFT9I:2013/10/28(月) 00:43:00 ID:Lu3/V5/E0

「……そんなに思い詰めてるんなら、なおさらここで立ち止まってはいけないんじゃないか」
「なによ! アンタには関係ないことでしょう!」
「言わせてもらうけど、レイナは、絶対的にレッスンが足りなかったと思うよ」

 南条は、岩みたいに硬い言葉を、私の前に置いた。
 のどまで出かかった罵声は、その大岩にすくんで胃の中に落ちていた。

「トレーナーさんの振り付け指導、途中で投げ出してただろ。歌は、家で何回くらい暗唱した?」
「な、な……。だって、ダンスは、アタシできてたじゃない! それを何度もあの分からず屋姉妹がケチ付けるから!」
「レイナが今つかんでるクオリティより、もっと高いものが必要なんだよ。これからのアイドル活動をしていくには」

 ひとつひとつ、南条光は壁のように言葉を積み上げていった。彼女の目は、積みながら沈んでいく。

 だってあいつらが注意してくるのは、指の先とか体重の置き方とか胸の張りだとか、そんな細かいところばっかりだった。
 ステップ自体は完璧だったし、歌詞だってソラで言えるくらい暗唱した。
 レイナサマにはそんな馬鹿げた指摘なんて、必要ないのよ!

 南条光の言い分を否定しようとして、でも、返す言葉は掠れて震えていた。

「……は、はは。本当に南条はイイ子ちゃんね……。あんなセンスない奴らの言葉を真に受ける気なの」
「レイナは人を見てない。センスもクオリティも、人から学ばなきゃ身に付かないよ。
 発声と肺活量、体力も鍛えなきゃ、むせる癖も抜けないだろう。
 菜々さんは駅の階段で通勤しながら腿上げしてるそうだし、きらりさんなんて、イベントごとにプロデューサーさんとスタドリ飲んで走り込みしてるって言ってたよ」

 見上げるほどに高くなった岩壁の隙間から、水が染み出してくる。水かさはどんどん増して、高波のようにアタシをさらう。
 ぼたぼた、音が立つくらい大粒の涙を流してたことを、アタシは覚えていた。




 ――アタシはこの時なんて言ったんだっけ。
 南条光のことを、バカバカ罵りながら、アンタにアタシのことが解る訳ない、って、事務所の外へ逃げたんじゃなかったっけ。

 でも、今は、光の手を取って。
 違うことを言いたかった。

 光は顔を伏せて、震えていた。
 こんな南条光の様子、この時は気にも止めなかったような気がする。
 逃げたから。アタシに向けてずっと溜めていた言葉を、光は投げかけてくれていたのに。

「……ねぇ、ヒーローなら、アタシのミスをなんとかしなさいよね……。アタシは、アンタじゃなきゃ……」

 光は、顔を上げて、ゆっくり首を振った。

「それは、できないよ。だって……」

 鈍い音がした。
 光の悲しそうな笑顔が、地面へ落ちてゆく。

「……次は、レイナがヒーローになるんだから……」

 足元に水が跳ねた。
 静かな環が、そこから広がっていく。
 倒れ伏した光の頭は、パックリと割れていた。
 アタシが流した涙の中にうつぶせに倒れて、動かない。
 頭から、真っ赤な血が脈打って流れていた。
 足首まで浸かる涙の中に、その血が緩やかに波紋を広げていく。

734ソリトン ◆wgC73NFT9I:2013/10/28(月) 00:43:59 ID:Lu3/V5/E0

 寒気を感じて眼を上げれば、目の前には背の高い女が一人。
 影になって顔の見えないその女は、腕を南条光の血に染めて、薄っすらと笑っているようだった。

「あ、アンタ……。光に、何をしたのッ!?」

 薄い笑みから見える白い歯だけが、アタシの叫びへの返事だった。
 女はくるりと後ろを向き、歩き去ろうとする。

「……くそッ! 待ちなさい!」

 追いすがろうとした。
 それも束の間で、アタシの全身は壁のようなものに真正面からぶち当たる。
 痛みに呻き、見上げた。

 触れているのは、大きな岩だった。
 それは壁としてアタシの前に立ちはだかり、その高さも、長さも、果てが見えない。
 女はこの壁の向こうへ、去ってしまった。


 南条光の投げかけた言葉が固まって出来た壁。
 小関麗奈が築いてしまった壁。
 今まで、直視することなく過ごしてきた壁。
 ――アタシにはあの女を追いかけることができない。
 自分の心の前で、小関麗奈は立ち尽くすしかできなかった。


 ふと波を感じて、眼を落とす。
 振り返れば、腰まで水嵩の増した涙が、南条光の体をゆっくりと流し去ろうとしていた。

「ま、待って! 待って、光っ!」

 必死に追いかける。
 もう水は肩まで埋めている。
 抵抗で足が地につかない。
 泳ぐ。
 型はめちゃくちゃに崩れる。
 焦りだけが水を掻く。
 波だけが騒ぎ立つ。

 遠く。もう光の姿は見えない。

 ――泳ぎの練習なんてしてない。
 水着の仕事なんて掛からなかった。
 クラス対抗水泳大会なんて、体力バカが出とけばいいとしか思ってなかった。

「届かないよぉ……! ひか……ッ! ゲボッ!!」

 口へ水が入る。
 水はあまりに塩辛く。
 むせた。

 胸の中へ津波が押し寄せる。
 肺の奥へ奥へ。
 細小気管支の一本一本まで、肺胞の一つ一つまで、波は丹念に破壊する。
 沈む。

 動けないまま、仄暗い水の深くへ、小関麗奈はどんどんと沈んでいった。


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

735ソリトン ◆wgC73NFT9I:2013/10/28(月) 00:44:49 ID:Lu3/V5/E0


「ひかるッ!!」

 跳ね起きた拍子に、倒れた椅子が地面に乾いた音を響かせた。

 荒い息を肩先に揺らしながら、小関麗奈は辺りを見回す。
 多くの座席が並んだ店の中。
 西部劇にでも出てきそうな年季の入った取り合わせの家具類。
 ジュークボックス。
 コーラの自販機。
 ソファー席に横たわる古賀小春の寝顔。

「……小春」

 思い出した。
 アタシと小春は、このダイナーとかいう店の中で休もうとしてたんだ。
 二人で大泣きして、店に戻って。そこで二人して、疲れて眠りこんでしまったんだ。

 ……嫌な夢だった。
 記憶と悪夢が交じり合った、人生最悪の夢。
 はっきりと思い出せることに腹が立つ。

 立ち尽くした背に、首筋に、ぷつぷつと冷や汗が玉になって浮く。
 ただの夢なのに、体が竦んでいる。

「こ、こんな堅い椅子でうとうとしたのがいけないのよ。ははっ」

 カラカラに乾いた口で笑って、倒れた椅子を元に戻す。
 その椅子に手をついたまま、麗奈はしばらく動けなかった。

「……にしても。あんなのが、南条との最後の仕事になっちゃったの、よ、ね」

 夢の中で繰り返された惨憺たるライブの記憶。
 あれも、光の言葉も、私が逃げたことも、事実だ。
 ……光が死んだことも、事実。

 もう、一緒にヒーローごっこなんてできないし、ライブでの失態を巻き返すチャンスもない。
 体の半分がボロボロに崩れて、液体になって口から溢れそうだった。
 ――アイツの死を受け入れたアタシは、今度は、それを乗り越えて生きなければ。
 重い気持ち悪さをかろうじて引き止めて、思い出す。

 光はあれ以来、普段通りにアタシに接した。
 小春や千佳、ウサミン星人とか、紗南とかと一緒に遊ぶ日々だった。会議室のテレビ使ってゲームしてたら、たまに莉嘉とかニート女とかが混ざってきて、楽しかった。
 ――結局、光の言葉なんて、アタシは忘れていたんだ。

「……レッスン、か」

 目的のためならなんだって努力する。それがレイナサマ。
 プロデューサーだって、そんなアタシを褒めた。

 ――裏を返せば、アタシは目的のためのことしかしてきてなかった。

 台本でも、振り付けでも、進行に必要なら完璧に覚えてやった。
 でも、必要ないと思ったことははっきり切り捨ててきた。
 だから、アタシは、アドリブに弱いのかも知れない。
 完璧な計画の足元は、スピーカーの配線一本で掬われる。

 どだい、足元を掬う要素を片っ端から事前に取り除くなんてできっこない。
 だからアタシは、より計画を完璧に、洗練されたものにしようとしてきた。
 レッスンといったって、イベントまでの限りある時間で雑多な要素を訓練しているヒマはない。
 だから、あのライブの時だってタイムスケジュール通り完璧に体を動かせるよう、努力した。

「……なんで、それで、上手くいかないのよ」

736ソリトン ◆wgC73NFT9I:2013/10/28(月) 00:45:47 ID:Lu3/V5/E0

 いつもいつも。

 歌番組で、手作りと言って店のおにぎりを差し入れしてやった時。
 怒り狂ったのは、競演してた金髪の女ひとりだった。さっきまであくびしてた寝ぼけヅラが見る間に歪むのは覗いてて面白かったが、部屋の全員が驚くかと期待していたのに拍子抜けだった。

 共演者の控え室にカエルを放っておいた時。
 後で見に行っても、何故か誰もそのことに気づいていなかった。カエルはいつの間にかいなくなっていた。部屋にいたやつ全員に訊いたのに、本当どこに消えたんだか。

 あのきらりとかいうデカ女の靴に画鋲を仕込んだ時。
 普通に歩き回っていた。どうしてかと次の日覗いたら、画鋲の針が根元からへし折れていた。

 サマーライブでライバルユニットへ下剤入りしるこドリンクを差し入れておいた時。
 ……誰も飲んでなかった。糖分はすぐエネルギーになるから絶対に飲むと思ったのに。

 ほとんど成功していない。入念に計画を練り上げても、大抵何か予想外のことが起きてしまう。
 あらゆる危機を想定してきたのに。
 この島でだってアタシは、「さすがレイナサマ」と言われておかしくない、逞しい想像力を使ってきたはずだ。常にプランを練り、最善策を探そうとしてきた。
 だが、この島は予想もつかないことばかりだった。その度に完璧な計画はボロボロに崩れた。
 その中でも一番、アタシの計画を崩したのが。
 ――南条、光。
 アンタよ。わかってる?

『レイナは人を見てない』

 記憶の中の光は、静かにそう言うだけだった。
 目の前には岩の壁がある。
 地響きのようにその壁が、足元の水面に波を立てる。アタシをも流し去ろうとする。
 もう会うこともないのに、どうしてアイツの言葉だけがこんなにも重いんだろう。

「……わかったわよ!
 南条、見ればいいんでしょ見れば。色々見てやるわよ!」

 回りつづける思考に嫌気が差し、小関麗奈はぶっきらぼうに椅子へ座った。
 向かいには、ソファー席で穏やかな寝息を立てる古賀小春の姿がある。
 あのトカゲを胸に抱えたままだ。小春の柔らかな髪とお餅みたいなほっぺたは、あのトカゲの質感に却って引き立たされているようでもある。
 あいにく空は、いつの間にか降り出していた雨で真っ暗だったが、月明かりでも差していたらどれほど絵になっただろうか。ブロマイドにして売り出そうとするやつが出てもおかしくない。正直言って、かわいい。
 灯台では、アタシだってイタズラしたくなった。まさしくお姫様然とした、安らかで愛らしい寝顔だ。


 ……守ってやりたい。

737ソリトン ◆wgC73NFT9I:2013/10/28(月) 00:47:01 ID:Lu3/V5/E0


「……はい。見たわ。
 ……で、こんな想像が生き残りの役にたつかっての! バカ南条!」

 叫びながら、何故か顔面が熱くなるのを感じた。
 頭に浮かんだ小っ恥ずかしい考えに苛立って、麗奈はガンベルトに差した拳銃を引き抜く。

「アンタは、どうせそんなつまらない指摘に頭をひねってたから死んだんでしょ。
 アタシは違うわ。きちんと武器を取って、戦って、小春と、生きてやるんだから!」

 口に出すたびに、眼が冴えていく。
 そうだ。アタシは光なんかとは違う。生き抜くためなら、なんだってしてやる。
 この鉄の色合い。
 これは、そのための銃だ。
 ええと、名前は……。

「ピーワイティー……。
 いや、ピ? ピートホン? 『ピーチョン357』?
 ……意外と可愛い名前してたのね」

 暗さに慣れた眼でかろうじて読める刻印。
 一丁が1キログラム以上となる重厚な蛇の銃身には、『PYTHON357』と書かれていた。

 コルトパイソン。
 職人が一丁一丁を手作業で仕上げた、高い命中精度を誇るリボルバーの逸品である。
 総身の青みがかった漆黒の輝きからは、爬虫類のような冷たい怜悧さが匂い立つ。
 その口から放たれる0.357インチマグナム弾は、さながらうわばみの牙の如く、標的を過たず噛み砕く。堅牢にして高威力、故障しにくく的を外さない。
 加えて、麗奈が持つのは取り回しやすさを高めた4インチモデル。
 自分の言うとおりに動いてくれる手乗りの蛇、といったところだろうか。
 戦うには、うってつけの相棒と言える。

 ――撃てるならば。


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 銃を持つ手は震えていた。
 ――アタシに、このピーチョンを撃つことが、できるのか?

 小春やアタシに襲い掛かってくる相手に。光を殺したような相手に。
 夢で見た、女の薄笑いが思い出される。

 手に力が篭る。
 撃てる。――とは、言い切れなかった。

 真夜中に会ったあのデカ女にも、灯台で寝てた小春にも、撃てなかった。
 これから会う奴らだって、アタシたちと同じように、アイドルとして張り切ってた女の子ばかりだ。第一、アタシたちはここへ、殺し合いをしない連中と合流したいがために降りてきたんだ。
 やっぱり、人を撃つなんて、正気の沙汰じゃない。
 そして、人を殺すのは、さらにその上を行く狂気だ。

『――やめろよ、レイナ。お前は悪党だけど、人を殺したり死なせたりなんかしないはずだ!』

 こんなセリフ、実際に南条光は言ってたっけ。
 あれは、そうだ。お手製のスペシャルバズーカで学校の奴らを脅かしてやろうとしてた時だ。アイツは、バズーカを本物の武器だと勘違いして、本気でアタシを説得しようとしてた。逃げるのに苦労したわ、あの時は。
 結局、バズーカは忍者気取りの女に叩き折られて、挙句に暴発したんだけども。
 あれは、景気付けに紙ふぶきが出る、ただの驚かしアイテムだったのにさ。

738ソリトン ◆wgC73NFT9I:2013/10/28(月) 00:48:42 ID:Lu3/V5/E0

「――そうよ。アタシは人を殺したりなんてしない。驚かす。動きを止める。それだけで十分。
 一度優位に立ってしまえば、誰だってこのレイナサマに、ひれ伏さないヤツはいないわ!」

 力が漲ってくる。
 恐怖や畏怖は、人心を掌握する最も手近な手段だ。放たれた矢や銃弾が自分の頬をかすめてみろ。アイドルといえど女の子なんて、それだけでへなへなと腰が抜けてしまうだろう。
 このピーチョンでちょっと威嚇してやる。それで、アタシに敵わないんだってことを他の奴らに教えてやるのよ!

 カチリ。
 舞い上がる心と裏腹に、手元から無機質な音が響いた。

「ん……? って、おひゃあ!?」

 思わず声が裏返る。
 自分の右手の中で、蛇が鎌首をもたげていた。
 コルトパイソンの撃鉄が、いつの間にかひとりでに上がっている。
 そのまま指がもう少し力を込めていたら、間違いなく自分の左手か、もしくは膝の辺りが弾け飛んでいただろう。
 ――オマエなどの言いなりに、誰がなるか。
 膝元の蛇は、そう言っているように見えた。


 恐る恐る、震える指で撃鉄をつまみ、ゆっくりと元の位置へ戻す。
 髪の生え際からだらだらと汗が垂れてきた。息が浅くなって、背中がバランスをとるように丸くなる。
 傍から見れば酷く滑稽な光景だったろうが、これは寸毫のミスも許されない慎重な作業であった。
 結んだ口の下に、梅干みたいなしわが寄る。
 撃針を勢い良く戻してしまったら終わりだ。銃口の向く先に確実に穴が開く。
 とりあえず人差し指を引き金から外して、銃本体を取り落とさないように慎重に。
 利き手でない左で戻さねばならないのが非常に恐ろしかった。


 ――わかった。このピーチョンは、引き金を引くと自動的に撃鉄が上がるんだ。
 そしてそのまま力を込めれば弾が出る。自分で撃鉄を上げることもできるみたいだけど。
 二動作する時間で命中力を取るか、力を振り絞ることで速射を取るか、そういうのが選べる銃なのだ。


 知らなかった。撃鉄が下がっていれば安全なものだとばかり思っていた。
 小関麗奈は、なんとか牙を納めた蛇に安堵する。


 もし仮に、あの時、諸星きらりや古賀小春に向けて引き金を引いたとしても、あの力の込め方ではただ撃鉄が上がっただけだったか、もしくは予想外の硬さに引けていなかっただろう。
 ……そもそも、もし当初の考えどおりだとしたら、むしろ引き金引くだけじゃ撃てないじゃない。なんで気づかなかった。

 お互いがあっけにとられるだけ。
 そしてもしそれが、自分たちを殺そうとしている相手に向けてだったら。
 一拍開いた変調の間を突いて、相手は即座にアタシの胸を叩き割っているだろう。
 完璧な計画は足元を掬われる。
 転げ落ちる先はステージの床ではなく、死、だ。

 薄ら寒い感覚と共に、小関麗奈は確かな充足感を得る。
 完璧な計画を邪魔する足元の石を、まずは一つ拾い上げることができた。


 ――これが、『見る』ってことかしら……。光?

739ソリトン ◆wgC73NFT9I:2013/10/28(月) 00:49:57 ID:Lu3/V5/E0

「……れいなちゃん?」
「ひゃあ!? ……って、小春?」

 突然の声に、体が椅子から浮く。
 拳銃に落としていた視線を上げると、隣には眠そうな目をした小春が立っていた。
 起こしてしまったようだ。あれだけ騒いでたら、起きるのも当然か。
 素直に、小春には申し訳ないと思った。

「ああ……なんか悪かったわね。起こしちゃったみたいで」

 小春はそれを聞いて、しばらくキョトンとしていた。
 そして何故か、急にくすくすと笑い始める。

「な、なによ気持ち悪いわね……。一体なにが可笑しいのよ」
「ううん。れいなちゃんが、すごく格好よかったから〜」

 一瞬、その言葉の響きに体が熱くなる。照れる。
 内心の嬉しさをどう取り繕って返そうか。と考えて、麗奈はある点に気がついた。

「あ、アハハッ……って。そういえば、アンタ……いつから起きてたの?
 ……もしかして」
「ええとー。れいなちゃんがなにか大声出して、銃を触ってたときかな〜」

 熱くなっていた顔がもっと熱くなって、それから一気に冷えた。
 水風呂に放り込まれたみたいに、血が下へ落ちていくような気がした。


 ――アタシの恐怖を、見られた。


 小春には、いくらか自分の地をさらけ出してはいた。『アタシがアンタを守れて、アンタはアタシを守れて万々歳計画』まで話した。一緒に大泣きまでしたんだ。
 でも、アタシはその後も自分の威厳はしっかり保っていた。小春を守るものとして、光よりも適任なんだって思わせたい張り合いもあった。

 ――恥ずかしかった。

「フ、フフフハハハハッ! ハァーッハッハッハ……ガッ!? ゲホッ、ゲホッ!」
「だ、だいじょうぶ!?」

 思わず笑い出して、大笑いしすぎて、むせた。
 差し伸べてくる手を振り払い、精一杯の威厳をかき集めて、堅い声で小春を刺す。

「アタシはね! アンタには及びもつかないような高等作業をしていたのよ!
 アンタには関係ないんだから、勝手に晩御飯でも作って食べて寝なさい!」

 言うだけ言って、ダイナーの中に電気を点そうと立ち上がる。小春の横を大またですり抜けて、わき目も振らずスイッチを入れに行った。
 壁に向かって歩きながら、小関麗奈は恥ずかしさを収めようと、深呼吸を繰り返す。


 ――恐怖や畏怖は、人心を掌握する最も手近な手段。
 本当にその通りだわ。


 ――恐がっているのはアタシだ。
 あの時、腐ったトマトみたいに破裂する人の頭を見たときから。
 諸星きらりにも。
 古賀小春にも。
 ピーチョンにも。
 南条光にも、アタシは何かしらの恐怖を抱いている。
 見たくない。
 アタシは、そいつらより優れていなければ、恐怖で潰れてしまう。
 他人がアタシより優秀だなんて、認めたくない。
 アタシは、いつだって強大な悪のカリスマ、レイナサマでいたいのに。
 それに、気づいてしまった。

 目の前の壁。
 波立つように揺れるその大岩は、足元を掬う石くれの群れは。
 ――アタシの恐怖心だ。

「……こんな恥ずかしい姿、見られたくないわ……」

 その呟きすらも、誰にも聞こえないように。
 アタシは自分の波を殺して、誰にも気づかれまいと、努めた。


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

740ソリトン ◆wgC73NFT9I:2013/10/28(月) 00:51:13 ID:Lu3/V5/E0


 からんから〜ん。と、扉のベルが陽気な音を鳴らす。
 太陽はガラス戸とショウウィンドウから誇らしげに差し入る。それはこの地域のトレードマーク。
 真昼。
 九州の春の日差しを逆光にして、麦藁帽をあみだにかぶった少女が一人。
 ちょうどその少女の笑顔のように、それは地元の誇りであった。

 小太りの店主が、ケージの動物たちに餌をやっていた手を止めて振り向く。

「おお、いらっしゃい! 小春ちゃんじゃなかか! ライブ、がばい良かったばい!」
「おじさん、ありがとうございます〜! ヒョウくんのご飯、やっぱりおじさんのが一番いいみたいです〜」

 涼しげなワンピースの胸にグリーンイグアナを持ち上げて、古賀小春はふわふわと笑った。
 店主の顔も、娘を見守る父親のような優しい笑みとなる。イグアナと少女の頭を一緒に撫でて、朗らかに声を上げた。

「嬉しかこつば言ってくるっばい。 小春ちゃんも、佐賀ん誇りのアイドルだけんね!」

 古賀小春と脇山珠美は、長崎と福岡と熊本に挟まれて忘れられがちな佐賀県が輩出した、大きな希望であった。一時期とある芸人の歌により全国的な知名度を上げたものの、長続きはしなかった佐賀県にとって、彼女たちの活躍は県民の感嘆だ。
 店内にも、さりげなく目立つ位置に、彼女たちが先日行なったライブのポスターが張り出されている。

「そっで、ヒョウくんの餌っていうと、またあれね?」
「ええと、そうなんです〜。やっぱりヒョウくんが一番食べてくれるのは、おじさんのでー……」

 そるは困ったぁ。
 店主は苦笑いする。先ほど店内の動物にやろうとしていた餌のタッパーが、まだ脇にあった。

 乾いた紙をこすり合わせるような音が、かすかにそこから聞こえている。
 足をもいだコオロギが、タッパーの中に何十匹も犇いていた。

 店内の通路の両脇には。
 イグアナ、パイソン、コロンビアボア。サビトマトガエル、ステリオアガマ。
 トカゲモドキにササクレヤモリ、オビタマオヤモリ、サラマンダー。
 極彩色かつ異様な形態をした爬虫類・両生類の飼育ケージが所狭しと並んでいた。
 爬虫類通ならばきっとこの店は知っている。ここはそんな、全国でも有数の異端なペットショップであった。

「ヒョウくんも、もう大人じゃろもん? グリーンイグアナは元々草食だけん、消化機能が揃ってきたら虫ば喰わすっといかんって」
「お野菜食べさせなきゃいけないのは、わかってるんですけど〜。ヒョウくんの幸せな顔、やっぱり見たいんです〜」
「あっはっは! 小春ちゃんな、ヒョウくんの気持ちば分かるとかい? そるはスゴかなぁ」

 少女は、申し訳無さそうな顔まで可愛らしい。
 地方ライブのついでに、わざわざ店にまで足を運んでくれたのだ。県の誇りの頼みを、無下にして帰すわけにもいくまい。
 今までも、なんだかんだ言って結局はコオロギやミールワームを持って帰ってもらっていた。

「わかった。持っていきなっせ。折角アイドルが来てくれたんだけん、お代は良か。
 そるにしたっちゃ、帰りは新幹線? 飛行機? 持っていけるかね?」
「本当ですかぁ、ありがとうございます〜!
 持ち運びは慣れたので大丈夫ですぅ。いつもの筒ダンボールで、100匹くらいお願いしますね〜」

 晴れやかな笑顔に、扉のベルが再び重なる。

「おーい、小春。そろそろ出ないとバスに間に合わんぞー」
「小春ちゃん、地元に帰って嬉しい気持ちは分かりますが、少々巻くのですよ!」

 髭を伸ばしたスーツ姿の男性と、小春と同年代に見えるショートカットの少女だった。
 古賀小春と同じく佐賀出身の脇山珠美。高校生には見えない外見と、剣道で培った溌剌さのギャップは県民にも大人気だ。

「おお、珠美ちゃんも居んなはったっかい! プロデューサーさんも!」
「店長さんには、昨日のライブにもご足労くださって、かたじけのうございます!」
「そがんこつは当然たい! こるからも、みんなで頑張ってくんしゃいよ!」
「いつも応援して下さって有難うございます。よし、それじゃ行くぞ、小春」

741ソリトン ◆wgC73NFT9I:2013/10/28(月) 00:52:35 ID:Lu3/V5/E0

 有明佐賀空港行きのバスは、一本逃したら3時間は来ない。よくよく事情のわかった店主は、手早く活コオロギをつめた箱をビニール袋に入れて手渡す。

「小春ちゃん。そん、みぞか笑顔ば、忘れんごつな。そるが俺たちの希望だけん!」
「はい〜! どうもありがとうございました〜!」

 古賀小春たちは、店主へお辞儀をしてペットショップを後にする。
 外で待っていたのは、同じプロデューサーの下で働く、4人のアイドルたちだった。
 みんな素性を隠すため、それなりに普段と違う格好をしてはいるが、その輝くようなオーラは遠目からでも窺い知れる。

「雫さん、まゆさん、みりあちゃん、仁奈ちゃん、お待たせしました〜」
「大丈夫ですよ〜。発車までもう少しは余裕あるかと〜」
「好きなものには一心不乱になるものねぇ。まゆにも分かりますよぉ、その気持ち」
「お客さんの評判も改めて上々だったみたいだね! 良かった良かった」
「何買ったんでやがりますか? 可愛かったら仁奈も見てーでごぜーます」
「この袋? ヒョウくんのご飯……あの、虫だよぉ?」

 7人で連れ立って歩きながら、近くのバス停まで歩く。全員から、喜びを誇るような充実感が溢れている。地方公演といえど、地元出身のアイドルが二人もいて、ファンの熱狂具合は自分たちにも伝染する程だった。
 プロデューサーが、ふと小春に声をかけてくる。

「……そういえば、店長さんは、小春に最後なんて言ってたんだ? 訛りが強すぎてよく解らなくてな」
「『その、かわいらしい笑顔を、忘れないようにな』って言ってました〜。えへへ〜」
「そうか、みぞか、っていうのは、かわいらしいって意味か……」

 プロデューサーの顔は、なぜか一瞬、とても悲しそうに見えた。
 でも瞬きをした後には、その翳りはもう、伸ばした髭に隠れて見えなくなっていた。
 いつも以上に明るい声で、プロデューサーはみんなに呼びかける。

「そう言えばみんな。お前たちに、結構大きな仕事が入ったそうだぞ。お前たち全員が出るし、事務所のアイドルたちも大半が出演するみたいでな」
「本当ですか〜! 光ちゃんとか、れいなちゃんともお仕事できるんですかぁ?」
「ああ、そうだと思う。お前たち、ちゃんと準備しておけよ?」

 楽しげな期待に、胸が膨らんだ。プロデューサーは、小春の問いかけに、にっこりと微笑む。
 6人のアイドルは、お互いに顔を見合わせて、きゃあきゃあと浮かれたった。



 本当に、楽しかった。

「……ファンが『かわいらしい』って、『希望』だって言ってくれる、その笑顔。お前たち、絶対に忘れるんじゃないぞ――」

 でもなんで。プロデューサーの首には、あの変な首輪がついてるんだろう。
 笑顔が、すごく遠いように見える。
 周りのみんなも、小春も、同じ首輪をしていた。

 地面がぬかるむ。
 べったりと体にまとわりつくように地面が這い上がってきて、腕となってみんなの首輪を掴む。

「珠美ちゃん! みりあちゃん! まゆさん! 雫さん! 仁奈ちゃん!」

 次々とその体の自由を奪われて、液状化した地面に幽かな波紋だけ残して連れ去られる。
 小春も、足首はもう地面に呑み込まれて動けない。
 ヒョウくんの入ったペットケージにも地面は這い上ってきて、それを奪い去ろうとする。

「や、やめて! ……きゃあっ!」

 泥のような腕に後ろから首筋を掴まれた。口の中に、気持ちの悪い苦味が入ってきて、息ができない。
 霞んでいく視界の奥に見えるプロデューサーへ手を伸ばす。
 もうプロデューサーの顔もわからない。遠い。
 伸ばした指先が震える。

742ソリトン ◆wgC73NFT9I:2013/10/28(月) 00:53:09 ID:Lu3/V5/E0

「た、助けて……。〜〜さ――」

 彼の名前を叫ぼうとして、小春はついにぬかるみに呑まれた。


 ――そうだ。もう、みんな、死んじゃったんだ。
 あの光ちゃんさえも。
 遠くに行って、もう届かない。
 プロデューサーさんにも、きっと、小春は、届かないのかも。
 ――ごめんなさい。


『――アタシは違うわ』

 沈んでいく心の中で、はっきりとそんな声が聞こえた。

『きちんと武器を取って、戦って、小春と、生きてやるんだから!』

 視界を覆う暗い泥濘が、真っ二つに切り裂かれる。
 小春の体は、力強い腕に抱えられていた。
 その感触には覚えがある。
 いつも一緒に遊んでくれた、南条光。そのヒーローのような力。
 見上げたその先の顔。
 真昼の日差しの逆光を宿して、まっすぐに結んだその口元。
 ――力強い笑顔。

 その両腕には、鉄のような青い輝きの蛇が二匹。
 太く、逞しく絡みついて辺りを睥睨する。
 二人を囲んだ泥の腕は、その眼差しに射竦められて、石となったように動かない。
 小春は、石化した地面に降り立った。
 その足元から波が広がる。
 同じ地点から放たれる、二人分の高まり。心が震えるその波紋は、自分たちを囲む腕をことごとく崩してゆく。

 隣に佇むその蛇使いへ、小春はもう一度向き直った。

「あ、ありがとうございます〜」

 いつもの不敵さとはちょっと違う、照れたような、はにかんだような笑みが返ってくる。

『――誰だってこのレイナサマに、ひれ伏さないヤツはいないわ!』

 恥ずかしさも恐怖も飲み込んだ、輝く笑顔。


 そのヒーローは、とっても格好よく見えました。


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


『――、――!?』

 麗奈ちゃんが、何か大声で叫んだような気がする。
 目を開けたら、周りは薄暗い部屋だった。
 しとしとと、微かに雨の音。それと、押し殺した息遣いが聞こえる。
 寝そべっていたソファーから体を起こすと、テーブルの向こうに麗奈ちゃんが座っていた。
 何か真剣な表情をしている。
 胸に抱いたヒョウくんと一緒にそっと立ち上がって、邪魔にならないように脇に立った。

 麗奈ちゃんは、銃を手に持っていた。
 この島で麗奈ちゃんと会った時に向けられた、かっこいい拳銃だ。
 おでこの汗が光っている。今まで見たことないような真剣な顔で、麗奈ちゃんはゆっくりと銃を動かしている。
 夢で見たヒーローみたいに、まっすぐに口を結んで。

743ソリトン ◆wgC73NFT9I:2013/10/28(月) 00:53:57 ID:Lu3/V5/E0

 カキン。
 聞こえたかどうかも定かではない小さな音がして、麗奈ちゃんは大きく溜め息をついた。

「……れいなちゃん?」
「ひゃあ!? ……って、小春?」

 声をかけるタイミングを待っていたけれど、びっくりさせてしまったようだ。
 麗奈ちゃんはそれでもすぐに冷静になったみたいで、落ち着いた声で返す。

「ああ……なんか悪かったわね。起こしちゃったみたいで」

 その眼差しは、夢の中のヒーローに、そっくりだった。
 恐怖を知り、それでも立ち向かうような、光ちゃんがしていたような眼。
 ううん、それよりももっと。
 格好よく見えた。

 なんだか嬉しくて、思わず笑っていた。

「な、なによ気持ち悪いわね……。一体なにが可笑しいのよ」
「ううん。れいなちゃんが、すごく格好よかったから〜」
「あ、アハハッ……って。そういえば、アンタ……いつから起きてたの?
 ……もしかして」
「ええとー。れいなちゃんがなにか大声出して、銃を触ってたときかな〜」

 言った瞬間、どうしてか麗奈ちゃんの顔が固まる。
 ああ、せっかく格好よかった眼が消えちゃった。

「フ、フフフハハハハッ! ハァーッハッハッハ……ガッ!? ゲホッ、ゲホッ!」
「だ、だいじょうぶ!?」

 そして、急に大声で笑い始めて、むせた。
 差し出した手を振り払われる。
 麗奈ちゃんの顔は、怒ったような、悲しいような、変な顔だった。

「アタシはね! アンタには及びもつかないような高等作業をしていたのよ!
 アンタには関係ないんだから、勝手に晩御飯でも作って食べて寝なさい!」

 小春を押しのけて、麗奈ちゃんは大股で歩いていってしまう。
 いつもの麗奈ちゃんらしいといえば、らしいセリフだ。
 でもおかしいよ。いつもみたいに強い悪役だったら、なんでそんなに、苦しそうなの?
 麗奈ちゃんは壁を向いて佇んでいる。
 ゆっくりと、その肩に手を伸ばす。

「来ないでっ!!」

 振り向きざまに、強く手をはたかれた。
 麗奈ちゃんのその動きに押されて、ダイナーの電灯が一斉に明るくなる。
 壁に荒い息の背を預けて、振り抜いた右腕は、拳銃を構えていた。

 麗奈ちゃんは今にも崩れ落ちそうだった。
 灯りに照らされて、その顔はシルクワームみたいに真っ白に見える。
 蛹になれず、脱皮もできず苦しんでいるような。すぐにでもトカゲの餌になることを悟ってしまったような――。
 自分の手に持った蛇に食べられることを恐れて震えているちっぽけなカイコの幼虫。


 小春とヒョウくんには、麗奈ちゃんがそんな風に見えました。


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ――また、逃げるのか? アタシは。

 小春は、怯えてはいなかった。ただただ驚いているようだ。
 肩に伸びてきた手を、怒声とともに思わず叩いてしまった。
 一斉についた明かりに慣れてきた眼は、自分の手が震えながら拳銃を構えていることに気づく。
 アタシは、弱さを見られる恐怖へ、恐怖で対抗しようとしている。

744ソリトン ◆wgC73NFT9I:2013/10/28(月) 00:55:02 ID:Lu3/V5/E0

「……いいから、あっち行きなさいよ」
「行かないよ、れいなちゃん。誰も食べないから。平気だよ」

 撃つ気なんてさらさらないことを、見透かされたか。だが、即座に返ってきた返答は微妙にずれている。ここで晩御飯の話……?
 小春は、真っ直ぐアタシの目を見たまま言う。いつものふわふわした、世間知らずの姫みたいな顔じゃない。
 いくつもの死を見てきた特撮番組の主人公みたいに、静かな顔をしていた。

「小春もヒョウくんも、れいなちゃんを食べたりしないよ。一緒に頑張る、完璧な計画なんでしょ?」

 水面が波立った。
 大きな振動だった。岩壁を背にした私の心が漣立つ。
 眼を上げられない。
 アタシは自分の恐怖心に挟まれたのだと思った。

 その時、手に暖かいものが触れる。
 小春が、アタシが構えた手を、両手で包み込んでいた。
 目と目が合う。
 小春は、にっこりと笑った。

「れいなちゃんは、ちっぽけな虫なんかじゃないよ! アイドルだもん。怖がる必要なんて、ないよ」
「小春……」

 水面に降り立っていたのは、小春だった。
 アタシの涙に子鹿のような足取りを踏み入れて、今、アタシの目の前に。
 自分と壁以外見えなかった水の中に、暖かな笑顔を放つプリンセスがいる。
 王子様が、ヒーローが、焦がれてやまない輝きは、アタシの手の震えを止めていた。

「……ありがとう」

 自然と、その言葉が口をついた。
 小春は、安心したようで更に顔を緩ませる。おしるこに伸びきったお餅みたいだ。
 アタシも、たぶん笑っていた。
 普段なら恥ずかしすぎて、すぐうやむやにしたくなるようなセリフ。でも、この暖かみが手に触れていると、そんな感情は実につまらないものに思えた。

「元気になってくれたみたいで、よかったぁ〜」

 カラカラカラ……。
 ダイナーの天井についていた大きな扇風機みたいなものが、ゆっくりと回りだす。
 乾いた音だった。
 私の背中にぶつかっていた岩壁が、そんな音を立てて一枚剥がれ落ちていた。

「でも、危ないからピーチョンから手は離しなさい。暴発するかも」
「……この銃、ピーチョンっていうのー? かわいい名前だね〜」
「そーよほら。離して。ここに書いてあるでしょ?」

 うまいこと小春の手を銃から外して、銃身を見せてやる。引き金に入っていた人差し指も、勿論抜いた。

「……これ、『パイソン357』って読むんじゃないかな〜」
「はぁ? アンタお子ちゃまねー。英語も読めないの。Aの音もSの音もないじゃない」
「でも『PYTHON』はパイソンで、ニシキヘビって意味だよ〜。ヒョウくんのいたお店でよく見てたもん」
「え……」

 意味のある単語だったの? ただの銃の愛称じゃなくて? にしき蛇?
 気づいたら、銃を取り落としていた。
 繰り返す失態の恥ずかしさに、頭がミルクのように吹きこぼれているような気がする。
 何が「アンタお子ちゃまねー」だ。アタシがバカみたいじゃない。

「でも、パイソンはパイソンでも、ピーチョンはピーチョンでしょ〜?」

 アタシの痴態をよそに、小春は落ちた拳銃を拾って、変わらぬ笑みで手渡してくる。

「……どういう意味よそれは」
「ヒョウくんは、グリーンイグアナだけど、ヒョウくんです〜。ピーチョンも、パイソン拳銃だけど、れいなちゃんはピーチョンって名前にしたんでしょ? かわいいね〜」
「え、あ……。あー、そーよそーよ! うん。そのつもり! アタシたちは人を殺すつもりなんてないから、せめてカワイイ名前をつけようとね!」
「ヘビだったら、ヒョウくんとも親戚だよ〜。嬉しいね〜」

745ソリトン ◆wgC73NFT9I:2013/10/28(月) 00:57:29 ID:Lu3/V5/E0

 焦って取り繕うアタシを気にせず、小春の言葉は胸のイグアナに言っているのか、アタシに言ってるのかいまいちわからない。

「……じゃあ、小春は、れいなちゃんの分も晩御飯作るから。一緒に食べようね!」

 もう一度目を合わせて笑った後、小春はキッチンへと駆け出していく。


 結局小春は、アタシの感情を、取り乱している理由を、まったく尋ねてこなかった。
 それでいて、彼女は怯え震えていたアタシの水面を、鏡のように鎮まらせた。
 思えば今まで島で一緒にいて、ずっとそうだった。
 物言わぬイグアナともコミュニケーションできるように、アタシの心もすっかりわかるのだろうか。
 ――なら、アタシが必死で保とうとしてきた『レイナサマの威厳』なんて、どれだけ薄くて意味のないものだったんだろう。


「きゃっ! コップが割れてます〜」
「あ、しまった! 小春、大丈夫!?」
「大丈夫です〜。れいなちゃんは待っててくださいね〜」

 キッチンから聞こえた声で、アタシはあの放送のときの割れたコップ類をそのままにしてたことを思い出した。
 だが、小春がそういうのなら大丈夫なのだろう。先ほどの席に戻って座ることにした。

「……小春でさえ、アタシより凄いところ、いっぱいあるじゃない」

 呟いた言葉は、さっき剥がれた岩壁の一部だ。
 アタシが泣くまで泣かないと決めた精神力。
 アタシやイグアナの心を見抜く洞察力。
 ファンもヒーローも惹きつける、その暖かい笑顔。
 どれも、アタシにはない。それらは、小春が今までの人生で『レッスン』してきた事柄だろうから。

 ――じゃあ、アタシには何がある。今まで一番アタシが『レッスン』したことは。

「『いたずら』。しか、ないわよね」

 呟きながら、アタシは即座に窓のブラインドを降ろした。

 ボックス席側は全面が窓ガラスで包まれたこのダイナー。夜中に煌々と電気を点していれば、中は丸見えだ。アタシがここを襲撃するなら、バカ正直にベルのある入口からなんて入らない。
 外からでも標的が見えたなら、窓から銃でも石でも乱射して入り込むだろう。
 雨が降ったから自分たちが今日ここに泊まることはほぼ確定だ。
 だけど、放送で言われたように、この期に乗じて襲い掛かろうとするヤツもいて当然。
 ――1階で眠ってしまうのは危険だ。

 防衛するなら全部のブラインドをおろし、その隙間を縫ってタコ糸を通し、入口のベルと繋げて鳴子にする。2階にいても気づくように、ベルを増量する必要があるかもしれない。

 さらに地の利を活かして襲撃者を止めるなら、上で回ってる扇風機の羽根に、椅子の足でもくくりつける。トラップだ。壁際のスイッチさえ押せば、勢い良く入口に向かって椅子がすっ飛ぶように作れるはず。
 暗ければ顔面ヒットも狙えるだろうし、当たらなくても驚かせるには十分。
 紗南が前に言っていた用語を使えば、初見殺しというやつだ。
 階段や通路にも、フライパンだの引き糸だので罠はいくらでも作れる。


 いままで、成功に乏しかったアタシのイタズラだけど、今度こそ上手く、やってみせる!

746ソリトン ◆wgC73NFT9I:2013/10/28(月) 00:59:34 ID:Lu3/V5/E0


 ブラインドを全て降ろし、アタシは息巻いてキッチンに入った。
 床のガラス片陶器片は綺麗に端に寄せられ、そこには甘い匂いが立ち込めている。
 玉ねぎが、炒められている匂いだ。

「あれ、れいなちゃん。待っててくれていいのに〜」

 小春はミルクの鍋の隣にもう一つ鍋を置いて、色々な野菜やらなんやらを炒めているようだ。小麦粉と調味料が脇においてある。
 イグアナは火から絶妙な温度加減の位置取りをして、ボリボリきゅうりをかじっていた。

「ああ、アタシたちの身を守る為に、いくつか『いたずら』を仕掛けようと思って。道具があるか探しにきたのよ」

 小春は、そう言うアタシの顔を見て、「かっこいいなぁ〜」と微笑んだ。

「れいなちゃんのイタズラは、きっと上手くいくよ〜。小春もびっくりしたもん」
「へ? アタシ、アンタに何かしたことあったっけ?」
「前、ライブの時のお部屋にカエルさんを置いておいてくれたの、れいなちゃんだったんでしょ? 後でみんなが話してるの聞いたんだ〜」
「カエル……って、もしかして。アンタもあの控え室だったの……」
「あの時、ヒョウくんはお家でお留守番してて、小春、すっごく不安だったんだ〜。
 その時、一番乗りしたお部屋にかわいいカエルさんがいっぱいいて、裏口に出して遊んでたら、元気が出てきたの。」


 ありがとう、れいなちゃん。


 ファンを虜にするような笑顔で、小春は言う。

「だから今度も、れいなちゃんの素敵なイタズラは、絶対上手くいくよ〜!」

 光が見えたような気がした。
 果てが見えなかった岩壁の上から、光明が。
 アタシの右手には、まだ子鹿のような温もりが残っていた。

「……え、ええ、そうに決まってるわ! レイナサマのいたずらで、感動して驚かないやつなんて、いないってのよ。
 ……プリンセスが言ってくれるんだから、間違いないわ!」

 目の奥が熱くなった。
 自然と、口角が上がっていく。
 足元に落ちた波紋は、二人分だ。

 アタシ一人じゃない。どんどん波は高まる。
 あのイグアナのヒョウの分も、ピーチョンの分もだ。
 千佳の分も、菜々さんの分も、紗南の分もきらりさんの分も、高まってほしい。
 南条光が見えるまで、衰えるな。
 プロデューサーが見えるまで、衰えるな。
 この岩壁を越えられるまで、高まれ。
 津波のように衰えない波で、何度でもぶつかってやる。足りない高さは、他の奴らから盗んでやるってのよ。
 ――レイナサマの足場になれるんだから、誇りに思いなさい、愚民ども!
 弛まない目的への努力と、逞しい想像力こそが、アタシの持ち味なんだから!


 小春は、アタシが少し吹きこぼしていたミルクを、鍋から鍋へ移して炊き上げた。

「古賀流、特製ホワイトシチューです〜。お母さんのレシピなんですよ〜」

 味見してみて下さい〜。
 そう言って、小春は手招きする。
 手に持っていたピーチョンを流し台において、替りにスプーンを掴む。
 ゆっくりと、啜った。
 小春は、味見するアタシの顔を見て、ふわふわと笑う。

「……美味しいわ、小春。フフ……、でもこれ、ちょっとしょっぱくない?」
「でも、れいなちゃんは、すっごくかっこいいよ〜」

 自分の顔が見れないのが、ちょっと残念に思う。
 ……でも、小春の笑顔も、イグアナの顔付きも、拳銃の色合いも、きっとアタシ以上に、格好いいんじゃないかな。



 スプーンの小さな水面に、高まり始める波紋が、また一滴広がった。

747ソリトン ◆wgC73NFT9I:2013/10/28(月) 01:02:05 ID:Lu3/V5/E0

【B-5 ダイナー/一日目 夜中】


【小関麗奈】
【装備:コルトパイソン(6/6)、コルトパイソン(6/6)、ガンベルト】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:生き残る。プロデューサーにも死んでほしくない。
 0:小春と一緒にいる。
 1:小春とアタシの身を守るために、ダイナーにトラップを仕掛けてやるわ!
 2:放送を待って南へ移動する予定だったが、雨が降ったので中止の予定
 3:小春はアタシが守る。


【古賀小春】
【装備:ヒョウくん、ヘッドライト付き作業用ヘルメット】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:アイドルとして、間違った道を進むアイドルを止めたい。
 0:麗奈ちゃんと一緒にいる。
 1:あったかーいシチューで、麗奈ちゃんにも元気になってもらいましょ〜
 2:放送を待って南へ移動する予定だった(雨が降ったから中止?)
 3:麗奈ちゃんが悪いことをしないように守る。


 ※着ている服(スカート)に血痕がついています。

748 ◆wgC73NFT9I:2013/10/28(月) 01:02:37 ID:Lu3/V5/E0
以上で投下終了です。

749 ◆John.ZZqWo:2013/10/28(月) 23:59:15 ID:fmSTwyaE0
>ソリトン

投下乙です!
うーん、こはれいは正義。少しずつ自覚してた自分のつたなさへの認識が前回で決壊して、今回で昇華されたという感じですね。
それで彼女らを取り巻く環境が変わったわけではないのだけど、しかしこれで今度こそ彼女らは前に進むことができるんだな、と。
思えば長い長いふたりだけの時間だったけど、次は誰かと出会うの……かな?

750 ◆John.ZZqWo:2013/11/02(土) 00:53:04 ID:7hoxJWOY0
投下します。

751彼女たちからは近くて遠いサーティシックス  ◆John.ZZqWo:2013/11/02(土) 00:53:39 ID:7hoxJWOY0
パチパチと音を鳴らす焚き火の上で串に刺さった魚が焼かれているのを、相葉夕美は体育座りでじっと見つめていた。
焼かれている魚はさきほど釣り上げたものだ。種類はわからない。花や植物には詳しい彼女だけど、魚に関してはどれも魚としか答えられない。

「まーだーかーなー……」

あれから、魚を持って焚き火の場所まで戻ってきた相葉夕美はさっそくその魚を食べてしまうことにした。
晩御飯には少し早いが、もし6時の放送でこの島が禁止エリアに指定されてしまえば次にいつ食べられるかわからなかったからだ。
缶を分解して作ったあのナイフもどきで鱗をそぎ落とし、同じく腹を割いて手際よく腸を取り出す。
魚は魚な彼女だけれど、これくらいの調理方法は常識として心得ている。
と、そこまで進めて彼女は魚に通す串がないことに気づく。そして串がなければ魚を火に当てることができない。
なにかないかと周りを見渡す。なければまた砂浜に漂流物を探しにいくところだったが、幸いにして代用品はすぐに見つかった。
昼に砂浜で拾ったビニール傘だ。
それを骨組みとビニールに分解し、さらに骨組みから適当な長さで串となる棒を取り出す。消毒のために一度火で炙ればバーベキュー串の完成。

「あむっ! …………ん? んんん?」

そんなこんなで焼いた魚を頬張り、相葉夕美はその味に驚いた。……なんと、とても、おいしい。

「うわっ。すごいおいしい」

味付けはとくにしていない。強いて言うならこの魚が釣り上げられるまでにひたされていた海の水だ。それを焼いただけなのにとてもおいしい。
身がぷりぷりとしていて、それでいてきゅっと締まっていて、脂は多くないのだけれど噛むほどに旨みが出てくる。
普段食べている魚とは比べ物にならない味だった。

「え? すごいレアものゲットしちゃった? それとも、これが獲れたてのうまさってやつなのかなぁ」

そういえばと思い出す。及川牧場で飲ませてもらった牛乳は市販品のものとはまったく味が違った。
お店に並ぶものは安全のために成分調整や加工がされているらしい。
だとすれば、魚も同じなのかもしれない。いや、魚は釣れたてがおいしいというのはよく聞く言葉だ。あれはそのまま真実だったのだろう。

「もうずっと魚生活でもいいかもしれないなぁ」

魚だったら釣りえがある分ずっと釣っていられる。三食魚でも一週間は持ちこたえられそうだ。
さすがにそれだけだと栄養の偏りが気になるが、救急箱の中に栄養サプリがあるので当面は心配しなくてもいいだろう。

「問題なのは火かな。継ぎ足す燃えるものを探さないとね」

新しい生活プランを考えながらさらに魚へとかぶりつく。おいしい食事はここに来てからは初めてだ。
夢中になり、そして頭と尻尾、骨だけを残して全部きれいに平らげたところで、ちょうど三度目となる放送が流れ始めた。

752彼女たちからは近くて遠いサーティシックス  ◆John.ZZqWo:2013/11/02(土) 00:54:01 ID:7hoxJWOY0
 @


読み上げられた死者の数は6人。前回よりさらに減ったがまだ次の放送で0人になるかは微妙な数字だった。
禁止エリアはやはり今回も相葉夕美とは関係のない場所が選ばれていて、また6時間はこの島で全然に過ごすことができる。
しかし、それらよりも大事なことが放送の中で告げられていた。

「雨……かぁ」

雨が降るらしい。さきほど解体したばかりのビニール傘の残骸を見ながら相葉夕美はつぶやく。
雨が降るのならばどこかで雨宿りをしないといけない。昼間ならともかく、夜の間に濡れてしまっては風邪をひいてしまうだろう。
けれど、この近くには屋根のある場所なんてない。前の島には一軒のあばら家があったが、しかしそこまで戻っている暇と体力はないだろう。
木はそれなりに立っているが雨宿りできそうかというとどれも心もとない。小雨であったとしても濡れてしまいそうだし、少しでも風が吹けばそれまだ。

そもそもとして、こういった下草が豊富に生えている林や森は雨宿りに適さないことを相葉夕美は知っている。
下に光を必要とする草が生えているということは、その上の枝葉に光を通す隙間があるということだ。
なかには枝の高さが上がるほどに葉が分かれて隙間をつくる植物だってある。そして、光を通すということは雨も通すということにほかならない。

紅く、そして端が青味を帯び始めた空を見れば、南のほうに黒くぶあつい雲が浮かんでいるのが見えた。その位置は遠くはない。

「よしっ!」

時間がない。そう判断すると相葉夕美は動き始めた。
手に持ったままだった魚の残骸を捨て、まずはボートを砂浜から奥のほうへと引きずる。
流される心配のない場所まで引っ張っていくと、手ごろな木にロープでくくりつけまた砂浜へと戻った。

「これは夜食かなー」

バケツの中のアカガイを元は傘だったビニールで包み鞄の中へと仕舞う。
そして空いたバケツで砂浜の穴の中で燃えている焚き火を豪快に掬い出した。
かなり大雑把な方法だったが、焚き火の中で燃えていたのはもう大きな流木だけで、それももう炭のようになっていたので火が消えることはなかった。

「忘れ物なし! ……よし!」

鞄を背負い、バケツを持って相葉夕美は砂浜を大股に歩き出す。
目指す方向は東で、時計回りに島を半周して南側に出ると、今度は島の中心へと向かって木々が生い茂る中へ踏み込んでいった。
足元はじゅくじゅくとしており、濡れた草がまとわりついて気持ち悪いが我慢して歩く。
頭上を覆う枝葉はやはりまばらで、見上げればもう暗く青い空が見えた。

島の端から離れると、島の中心へと近づくにつれ足場が固くなっていく。まばらに石が突き出していた地面が、すぐに石だらけのものへと変わった。
どうやらこの島は元々は海から突き出した岩礁だったらしい。島の中央はちょっとした岩山になっている。
そして相葉夕美は昼にこの島を一周した時にある発見をしていた。それはこんな事態にならなければ思い出さなかっただろう些細な発見だ。

「ここらへんに…………あった」

切り立った岩壁と、その足元に走る割れ目の前に相葉夕美はたどり着く。
ひびのような割れ目はちょうど人ひとりが、彼女くらいの小柄な子が屈めばなんとか入り込めるような小さな穴だった。
相葉夕美は地面に屈むと懐中電灯を取り出してその奥を照らす。

「なにかの巣じゃないよねぇ……?」

空の色はもうかなり暗い。空気も湿り気を帯びてきている。どうやら雨雲はもうかなり近くまで来ているようだ。
意を決すると、バケツをいったん置いて、濡れている足元に気をつけながら相葉夕美は慎重に身体をその小さな壁の割れ目へと滑り込ませていった。

「……………………」

洞窟とも呼べないそのちょっとした隙間の中は、入り口と比べると少しだけ広くなっていた。
だが天井は低いままで立ち上がることはできない。それどころかつららのような岩が何本も突き出している。ぶつければ怪我をするだろう。
屈んだままの姿勢で相葉夕美は懐中電灯の明かりを走らせる。
地面は全部ごつごつとした岩だ。その隙間に水が流れていて床面のどこもが濡れている。

「一畳あるかないか、かなぁ」

言って、相葉夕美は外に置いたままのバケツへと手を伸ばし引き寄せる。
それを一番平らな岩の上に置くと、自分はタオルを下へひいてその上へと腰を下ろした。

「…………とりあえず、雨がやむまではここにいよう」





.

753彼女たちからは近くて遠いサーティシックス  ◆John.ZZqWo:2013/11/02(土) 00:54:19 ID:7hoxJWOY0
 @


洞窟とも呼べない壁のひび割れの中へと避難してからほどなく雨は降り始めた。思いのほか強い雨で、外からはザァザァという音が聞こえてくる。
その音を相葉夕美は不安げな顔で聞いている。
懐中電灯は電池がもったいないのでもう点けてはいない。なのでバケツの中の火の明かりがほんのりと彼女の顔を橙に染めていた。

「ぅー……」

幸いなことに雨は中まで吹き込んだり流れ込んだりしてくることはなかった。
しかしこの中は寒かった。日も落ちて雨で気温が下がったこともあるだろうが、常に水の流れている岩壁の中はひやりとして居心地がよくない。

雨はすぐ止むと放送では言われていたが、それはいつだろうか。
もし一晩雨が降るのだとしたら、この中で朝まですごすことになるが、ここにはとても横になるスペースはないし、無理に横になっても下は水浸しだ。
こんなところで寝たら間違いなく身体を壊すだろう。たとえ雨が降っていたとしても寝るならまだ外のほうがいくらかましだ。
やはり雨が早々に止んでくれることを祈るしかないだろう。
雨が止めば安心して外で寝ることができる。雨の後なので地面はどこも濡れているだろうが、そこはボートを裏返してベッド代わりにしてしまえばいい。

「南の島……星空の下で、なんてロマンチックだね」

さておき、なにもすることがないとなると、後はなにかを考えることしかできない。
寝床の心配なんてのはすぐに終わってしまい、雨音の中で彼女がずっとなにを考えているかというとそれはあのメッセージのことだった。
今夜、あなたの希望の花とお話させてあげます――そういう内容だった。
希望の花。それはFLOWERSのリーダーである高森藍子のことに間違いない。相葉夕美は彼女ほど希望という言葉が似合うアイドルを知らない。

「………………」

相葉夕美は情報端末の白い画面を見る。
今夜とはあったがまだなにも変化はない。とうに日は暮れて、子供ならもう寝る時間なのに新しいメッセージが届くことも電話がかかってくることもない。
どうしてだろうか。今夜とは夜明けまでのことを指しているのか、焦らしているのか、こちらが覚悟を決めるのを待っているのか。
あるいは、こちらではなく向こう側に問題が? ひょっとすると藍子ちゃんのほうが通話できる状態ではない?

「………………っ」

不吉な想像に相葉夕美は首を振る。死んでたとしても変わらないのに、目指す結果と同じなのに、彼女はその想像を頭の中から振り払った。





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754彼女たちからは近くて遠いサーティシックス  ◆John.ZZqWo:2013/11/02(土) 00:54:50 ID:7hoxJWOY0
端末は沈黙を保ったままで、ただ時間は過ぎるだけ。長く長く感じる時間が、焦燥とともにただただ無為に過ぎていく。

しかし、そんな時間の中でわかったことがあった。それは、相葉夕美という存在。殺しあいの中から仲間はずれにされた一輪の花の役割。
残酷な残酷な、残酷な、なにもかもを踏みにじるような、ただの事実。相葉夕美を迷わせる冷たい事実。

相葉夕美は最初から疑問に思っていた。殺しあいという企画のはずなのに自分は最初から安全地帯にいる。
そこから追い立てられることもなかったし、禁止エリアに殺されるという見せしめ役というわけでもなかった。
だからここに配置されていることにはなんらかの主催者側の思惑があり、他のアイドルとは違う役割が課されているのだと思っていた。

それは正解で。端末に送られてきたメッセージにより半分が解け、その次の放送で――千川ちひろの言葉でもう半分が解けた。

彼女は放送の中で『愛』と『夢』と『希望』を肯定し、それが正しく、それこそが命だとして殺しあいをさせているアイドルらにエールを送った。
翻って、こちらに送られてきたメッセージの中で相葉夕美は『絶望』と呼ばれた。そして、『絶望』は『希望』となにを話すのか? と。
それはつまり、千川ちひろにとって相葉夕美は生きて殺しあいをするアイドルの中にいないことを意味している。


『絶望』は最初から“仲間はずれ”なのだ。


高森藍子という大きな希望へとなんらかの影響を与えるための装置。ひどい言い方をすれば当て馬――それが相葉夕美だ。
だからこそ、こんな島に隔離されていた。最初から殺しあいに参加させてもらえてなかった。

千川ちひろがどこまで読みきっていたのかはわからない。
元々、絶望するだろうとわかっていたからこそこんな役割を当ててここに置いたのか。あるいはこんなところに隔離されれば絶望すると考えたのか。
相葉夕美は想像する。


もし、最初から絶望せずに島からボートで抜け出していれば、私も『愛』と『夢』と『希望』を持って頑張れと言われる中にいたのだろうか?


「ああ…………」

ますます彼女と――高森藍子となにを話せばいいのかがわからなくなる。
想像が正しければ、彼女と話すというのはただ利用されているだけにすぎない。彼女がより悲しみを吸い取って強い希望の花を咲かせるための。
しかし、それは一番見たくないものだ。
だからこそ『絶望』した。自分の命を捨てても、他のアイドルを全員道連れにしてもかまわないと、自分自身の心で決めたことだ。

755彼女たちからは近くて遠いサーティシックス  ◆John.ZZqWo:2013/11/02(土) 00:55:07 ID:7hoxJWOY0
それを利用される? そんな自分の気持ちだと思っていたものも、誰かの思惑の内だった?

そう考えると途端に不安になる。そして想像してしまう。“仲間はずれ”じゃなかった相葉夕美がいたとしたらどうしてたんだろうと。

「うぅ…………!」

利用されるだけなら、それが癪ならなにも話さなければいい。いっそ情報端末を壊して捨ててしまえばいい。
それでいい。最初から彼女と言葉を交わせるだなんて思っていなかった。なにも言わず、ただ死ぬまでを耐え切るだけのつもりだったのだ。
なにも変わらない。誰の思惑のう内でも、それが『絶望』でも想いは自分のものだ。殉じれる願いがあると胸を張って言えるはず。

けれど、相葉夕美はそれを捨てることができなかった。かろうじてつながっている高森藍子との線を断ち切ってしまうことができなかった。

なにを話せばいいのか、それはやっぱりわからない。なにも話したくない。彼女の声を聞いてしまえばなにもかもがあふれてしまいそうで怖い。
けれど彼女のことが好きだ。聞けるのなら声を聞きたい。他愛もない会話をしたい。私は大丈夫だよと言ってみたい。
こんなことを思うのも思惑の内で、その思惑の通りに彼女に悲しみを与えてしまうとしても、それでも。






「みんな、どうしてるかな……?」

FLOWERSのメンバーの名前はまだ誰も放送で呼ばれていない。それはただの偶然か幸運だと思っていた。
けれど、もしかすれば姫川友紀や矢口美羽も自分と同じ境遇に、高森藍子に『絶望』を見せつけるための道具にされているのかもしれない。
相葉夕美はそんな想像をした。

外ではまだ雨が降っている。



冷たい雨。泣いてるのは――誰?






【G-7 大きい方の島/一日目 夕方】

【相葉夕美】
【装備:ライフジャケット】
【所持品:基本支給品一式、双眼鏡、ゴムボート、空気ポンプ、オールx2本
       支給品の食料(乾パン一袋、金平糖少量、とりめしの缶詰(大)、缶切り、箸、水のボトル500ml.x3本(少量消費))
       固形燃料(微量消費)、マッチ4本、水のボトル2l.x1本、
       救命バック(救急箱、包帯、絆創膏、消毒液、針と糸、ビタミンなどサプリメント各種、胃腸薬や熱さましなどの薬)
       釣竿、釣り用の餌、自作したナイフっぽいもの、ビニール、傘の骨、ブリキのバケツ(焚き火)、アカガイ(まだまだある?)】
【状態:『絶望(?)』】
【思考・行動】
 基本方針:生き残り、24時間ルールで全員と一緒に死ぬ。万が一最後の一人になって"日常"を手に入れても、"拒否"する。
 0:………………。
 1:考える。
 2:サバイバルを続ける。

 ※金平糖は一度の食事で2個だけ!

756 ◆John.ZZqWo:2013/11/02(土) 00:55:19 ID:7hoxJWOY0
以上、投下終了です。

757 ◆John.ZZqWo:2013/11/02(土) 01:17:30 ID:7hoxJWOY0
失礼、状態表の時間帯は 真夜中 が正しいです。

758 ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:08:49 ID:5W6CoQzg0
お久しぶりです。
お待たせしたパートを投下したいと思います

759 ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:11:05 ID:5W6CoQzg0















――――色褪せてく現実に揺れる絶望には、負けたくない。 私が今 私であること 胸を張って 全て誇れる!











     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

760only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:12:42 ID:5W6CoQzg0











平等に、分かれた九つの杯。
その中に、たった一つ。

たった一つだけ、混じった『絶望』の種。



それを口にするのは――――







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








「お茶お持ちしましたよ」
「あ、ありがとうございます」

高森藍子がお茶を持って戻ってきた時には、椅子に座りながら、本を読んでいる泉と。

「友紀ちゃんも」
「ん……」

相変わらず、視線をこちらに向けない姫川友紀が居た。
その様子に藍子は不安になりながらも、お茶を手渡す。
視線が合わさる事はなかった。

「雨、ふってきましたね」
「そうですね」

泉が窓を見ながら、そう呟く。
藍子が窓の向こうを見ると、確かにしとしとと降り始めていた。
天気予報通りということだろうか。

「防寒具用意しないと……」

誰に問いかけるというわけでもなく呟いた言葉と共に、泉はまた本を読み始めていた。
猫舌なのだろうか、お茶にはまだ手をつけていない。
邪魔をするわけにはいかないかなと藍子は思い、

「友紀ちゃん」
「…………何かな、藍子」

あえて、友紀の前に、座った。
合わさった視線の奥に見えるのなんだろう。
警戒だろうか、それとも自分に対する失望?
藍子は、そんな不安に苛まれながらも、逃げるわけにはいかない。

「友紀ちゃん……どうしたの?」
「どうしたってこと無いよ」
「どう見たって、いつも通りじゃないよ」
「そりゃ、こんなのに巻き込まれていれば当然じゃない?」
「それはそうだけど……」

けれど、明らかに、藍子からみて友紀は可笑しい。
こんな刺々しい雰囲気を出す子だったか?
違う、もっと明るくする子だ。
だから

「ねぇ、辛い事があったら……話してよ」
「……藍子」
「私が聞くから、哀しい事……あったんだよね」
「…………」
「傍にいるから、聞かせて……くれないかな。聞きたいよ」
「……それは」
「優しい気持ち……大切だから」

傍に居よう。
友紀の心が安らぐそのときまで、傍に居よう。
優しい気持ちになるように、なれるように。

761only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:13:56 ID:5W6CoQzg0


「…………変わらないね」
「えっ?」
「やっぱり、藍子は変わらない。凄く『正しい』」
「……そんな事は、ないよ」
「ううん、きっとそう」


その藍子の姿を見て、友紀は安心したように、ほっとしたように、言葉を紡ぐ。
藍子の『正しさ』を肯定するように。
藍子の『アイドル』を確認するように。
一つ一つ安心するように。

「藍子は、きっと何処までも、『正しい』んだよ」


そうやって、にっこりと、笑った。


その笑顔に、藍子は何故か、不安になって。



笑顔が、歪んでしまう。


だから、ごまかそうと思って、お茶を一口飲んだ。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









「……んーむ」
「どうしたのかしら? 茜ちゃん」
「いや、特に……」
「何か考えてましたって顔だったわよ」
「んぐ」
「とりあえず聞くぐらいならできるけれど」

日野茜が、救護室までお茶を運ぶ役目を終えた後、一人たそがれていた。
婦警姿になった川島瑞樹が居たが、あえて何も言う事はない。
その方がお互いの為でもあったのだ。
結果として、高垣楓も含めた三人が微妙な空気のまま、黙って座っている。
お茶は何となく誰も口にしていなかった。

「……なんか、難しいなって」
「難しい?」
「どっちもいい子の筈なのに……どうして」
「あぁ、藍子ちゃんと美穂ちゃんのこと」
「解りました?」
「美穂ちゃん、浮いてたからね……それに……」
「それに?」
「藍子ちゃんが皆を励ました時、彼女は反応すらしなかったもの」

ミーティングの時、美穂は一人俯く事が多かったのを、瑞樹はしっかりと見ていた。
そして、藍子と全く目を合わせないようにしていた事も。
そんな美穂の様子に、藍子は苦笑いを浮かべながらも、目には強い光を宿していた事も。
全部、大人達は見ていた。

762only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:14:17 ID:5W6CoQzg0

「……私も、美羽ちゃんから話を聞いてたけど、やっぱりアイドルの『正しい姿』の一つなんでしょうね。藍子ちゃんは」
「……楓さん」
「でも、それが受け入れられるかは別よ」
「瑞樹さん、それはどういうことです?」

ミーティングで叱咤激励し、希望であるがように見えた藍子は、やはりアイドルなのだろう。
それは楓から見ても、よく解った。
けれど、それが単純に受け入れられるかどうかは別で。

「彼女……思う通りにいけてないみたいね」
「はい、なんでだろうって」
「そうね、それはどんな『正しいもの』でも『間違い』はあるものよ」

藍子が思うように行かない事に、瑞樹は言葉をつむぐ。
楓と茜が視線を此方に向けるの感じて、お茶を口にした。

「そういうものですか?」
「そういうものよ……又聞きのことで申し訳ないけど……そうね、ちょっと話をしましょうか」
「是非、聞かせてください」
「あらゆるものに間違いはある……まず、間違いを理解して……それでも、正しいと思えるものが、本当に『正しい』ものよ」

どんな正しいものにだって、間違いはある。
間違わないものなんて、無いのだから。
けれど、それでも、正しいといえるなら、本当に正しいものだろう。

「高森藍子という子は、アイドルは一方でとても正しいのでしょう。だから、仲間に信頼され、愛され続ける」
「それは、確かに」

茜も楓も、藍子と友紀、美羽が合流した時、心底安心し喜ばれていたのを見ている。
友紀は藍子に抱きついていたし、美羽は涙ぐんでいた。
それほどフラワーズの信頼が強いことの証左なのだろう。
けれど

「愛されることと正しさは別物で、もし高森藍子が、『正しさ』だけで、愛されているなら、それは、過剰だし」

それに、と言葉を続けて。




「高森藍子が絶対に『間違えない』と思われているなら、それは……悲劇としかいえないわ」








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

763only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:14:36 ID:5W6CoQzg0









「ねぇ、藍子」
「なぁに?」
「藍子はさ、十時愛梨の事、助けたいとおもってるの?」
「……っ!……どうして、それを?」
「敵の事を言った時の哀しそうな目をしたよね。 会ってるんだよね。既に」
「……うん」

雨がざあざあと降るのを二人で眺めていたら、友紀が、話を切り出した。
それは、十時愛梨の事で、友紀が強硬に敵と認めたがっていた人で。
けれど同時に、藍子が最も救いたい子でもあって。

「私は……きっと彼女はまだ戻れると思う」
「一杯殺してるのに?」
「……でも、それでもっ!」
「敵かもしれないのにっ!?」
「けど、けれど! 普段はそんな事する子じゃないよ! よく解っているもの!」
「仲がいいのは知ってるよ! でもさ、現実問題、彼女はどうしようもなく殺してる!」
「それは……」
「それでも、庇うんだね……藍子」

だから、言いあいにどうしてもなってしまう。
譲れないものがあるからこそ、ぶつかりあってしまう。
そして、友紀の瞳にうつったのは、失望だろうか、哀しみだろうか。
その目を見るのが、藍子はとても、哀しくて。

「彼女に、アイドルで居てほしい?」
「……うん……きっと戻れるもの」
「そっか」
「うん」
「それが、藍子の『正しさ』だから……でもさ」

友紀がお茶を一気に飲み干す。
そして、

「もし、フラワーズの誰かが彼女に殺されるとなっても、いいの?」
「……えっ」
「今も彼女は殺してる……夕美は何処にいるか、わからないよ」
「……でも、私はそうしない為に、助けたいよ」
「アイドルで居るために?」
「うん」

藍子は困ったように、それでも、絶対に意志は曲げなかった。
そうして友紀は理解する。
どうしようもなく、彼女はそれが正しいものだと信じている。
皆が皆アイドルで居られる様に、居れるものだと信じている。
けど、それは、一方で、何もかも救えないかもしれない。
大切だと思った仲間すら、失うかもしれないのに。
けれど、けど、それでも高森藍子は間違えないのだろう。
そういうものだと、姫川友紀は信じる、信じている。
それが高森藍子の正しさなのだから。

「そっか……」

理解してしまった。
そうして、藍子が持つ希望と友紀自身が持つ希望が、少しだけど、それでも確実に。
ずれている、ずれ始めている。

764only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:15:02 ID:5W6CoQzg0
「ねぇ、後何人の人の情報が解らないと思う?」
「泉ちゃんが言ってたのだと、五人?」
「少ないね……ってことはさ。もし十時愛梨も、今殺し合いに乗ってる人も、『敵』じゃないとするなら」
「なら?」
「その少しの中に、居る。つまりは」
「……っ!?……そ、それは、そんなことは無いよ!」
「言い切れるの? ねぇ、藍子、言い切れる?」
「………………」

今も行方が知れぬ、前川みく、三村かな子、緒方智絵里、輿水幸子、そして相葉夕美。
友紀の言いたい事が、藍子にも解った。
だから、焦って否定した。
けれど、言い切れる訳も無かった。
もしかしたらそれが、友紀が焦ってるように愛梨を敵にしたかった理由なのかもしれない。

「……でも、それもあるけど、あたしはさ」
「うん」
「護るよ。フラワーズを。皆を、希望を、正しさを」
「……友紀ちゃん」
「でも、藍子は、それでも皆にアイドル居てほしいんだよね」
「うん」
「そっか」

友紀は哀しく笑った。
目の前には正しい希望があって。
それこそ、友紀が護りたいものであって。

「うん、だから、あたしが、護るんだ」

それが、藍子の希望と違うとしてもと、友紀は心のなかで思い。
本当に、それが辛かった。
心の底では、藍子も同じだろうと思っていたから。
肯定してくれるだろうと思った。

けど、もういい。

例え、それが藍子の正しさ、希望と違えても。
それが信じる友紀の正しさだから、希望だから。
友紀にとっての皆は、『フラワーズ』だけだから。


だから、なんとしてでも護る。他に犠牲を出したとしても。


それこそが、姫川友紀の正しさで、希望だった。


そうして、藍子と友紀は静かに、窓の向こうの雨を見ていた。

静かに、緩やかに、それでも、決定的に違えながらも。


二人とも、同じ、雨を見ていた。





そんな二人を、泉は不安そうに見つめる。
何か、今、とても大事な言葉が二人のなかで交わされたのは解る。
けれど、とてもじゃないが入っていける空気じゃなかった。
入っていけないフラワーズの絆が其処にあって。
泉は、ふぅとため息をついて、やっと冷めたお茶を飲む。


色々まだ大変ねと思いながら、彼女は次のページを開いた。










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

765only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:15:24 ID:5W6CoQzg0








「だからね」

茜が、お茶を口にしたのを見て、瑞樹は言葉を紡ぐ。
気がつけば、大分話も長くなっていた。

「彼女が、何も間違えないというなら、もし、間違えた瞬間、彼女は「高森藍子」でなくなってしまうなら、悲劇でしかない」
「……悲劇」
「間違いを何一つ許されないなんて生き方、耐えられないわよ。彼女だって女の子なのだから」

高森藍子がアイドルとして完成された希望だというなら。
間違えた瞬間、そうでなくなるなら。
きっと、そこには哀しみしかないのだろう。
だから、きっと正しくあろうとする。
何処までも、何処までも。
それは、自分を犠牲にしながら。

「でも、だからこそ、私たちは本当に正しいものの間違っている所まで、解らなきゃいけないのかもしれないわね」
「理解するという事ですか?」
「そう。間違っている事を知りながら、それでもなお正しいものとして、接していく事が必要なのよ。そうしなきゃ……」
「そうしなきゃ?」
「どんなに強いものだって、壊れてしまうから……まあ、受け売りだけどね」

彼女はきっと何処までもアイドルで。
でも、きっと何処までも女の子だから。
だからこそ、間違いをしって、それでも、なお正しいものとして、扱わなければならない。
一見強いものでも、壊れる瞬間っていうものがあるから。

「なんか難しいですね」
「そうかもね……美穂ちゃんも、もしかしたら、藍子ちゃんの間違っている部分を理解しているのかもね」
「それってつまり……」
「だから、反発している。だから、後は彼女の正しい部分を本当に理解してあげる事が、大切なのかもしれないわ」
「なるほど……」

そんな、瑞樹と楓のやり取りを楓は脇で見ていて。
少し、首を傾げながら考えていた。
茜は納得したように肯いているが。

(……そう簡単にできたら、誰も苦労はしないだろうけど)

正しさを受け止めて、理解する。
間違いを受け止めて、理解する。
その両方が必要で、大切だというのは、解る。
けれど、それは有る意味とても、大変な事だ。
簡単に割り切れるものではない。

正しいからって、本当に、それが、どうしようもなくいやだって事だってあるんだ。
楓にだって割り切れない事は、沢山ある。
そもそも、理解しようとする事すら、感情が邪魔する時だってある。
今だって、そう。

だから


「まぁ、とても難しいことね……」
「そうね……だから、私達はもっと、色んなことを話さなきゃいけないかもしれないかもね」


ふう、と大きなため息を、楓は吐いて。


そういって、お茶を一気に飲み干したのだった。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

766only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:15:59 ID:5W6CoQzg0









「お茶いれてきましたよ」
「わっ、ありがとうございます」
「ありがとう、美穂ちゃん」

そうやって、わたしは戻って、無理に笑う。
笑えているだろうか。
解らないけど、笑えている。
そう信じたい。

「ふーふー熱い」
「私はちょっと冷まそう」

まずネネちゃんがお茶を口にして。
美羽ちゃんは冷ますようだった。
わたしはそれはみているだけ。

きっと、わたしがやった事は、余りにも半端で。
それでも、きっともう二度と戻れない事を証明していて。
だから、わたしは、見届けないといけないのかもしれない。
ほら、わたしは、こんなにも、醜いんだって。

「美羽ちゃんも大変だったみたいですね……」
「はい、でも、何とかやっていけています」

二人が雑談している脇で、わたしは黙ってみている。
それしか、出来ない。
今、私が口を挟むとうっかり、何かを話しそうになってしまう。
目の前で、あの子の服をきた美羽ちゃんがいる。
どうして、きているのとか、聞きたくない、聞けない。
余りにも、醜い自分が、もう聞く必要も、立場でもないのだというのだから。

あの子が、この島でどうだったか。
情報交換の時に、少しだけ耳に入った。
でも、ちっとも変わらなかった。
変わったわたしと正反対だった。
だから、どうしたというのだ。

「強いですね……」
「そんな事……ないです……歌鈴ちゃんから、強さを貰ったから」

何が。
何が、あの子のことを解ると言うのか。
あの子がどれだけ一生懸命だったのを、どれだけ悩んだかもしれないのを。
たった半日たらずの貴方に語って欲しくない。
あの子の強さを、貴方が言わないで。
上辺しか理解していないのでしょう?

……けれど、それはわたしも同じだったのかもしれない。
だって、わたしは泣けなかった。
彼女のために、あの子のために。
哀しいはずなのに、其処で終わっていた。

その時点で、小日向美穂という少女は、もう何処か壊れていたのかもしれない。

767only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:17:32 ID:5W6CoQzg0

だから、平気で、こんな事をしようとしている。
殺すつもりは無かったはずなのに。
それでも、きっとこれは黒い、タールのようにどす黒い感情なのだろう。

恋も夢も、今はずっと傍に。
もしくは、ずっと遠くに。


何かも、望んで、そして何もかも捨てようとした


そんな、望んでしまった、わたしを、わたし自身がもう認めていた?



それは、今は、まだ、解らないけど。



「美羽ちゃんは強いですね……アイドルなんだ」
「そんな事無いです……ネネちゃんもそうでしょ?」
「…………そうなのかな?……そういえば、私がアイドルになろうとした切欠があって……」
「あ、それ聞いて見たいです」
「美穂ちゃんには話したかな……?


だから、奪ってみよう。
そう思った。
まず、何処までも近く、何処までも遠い彼女の大切なものを。
そう、奪ってみよう。
壊して、壊して。

その先に、わたしにある感情が幸せだというのなら。



わたしは、もう、きっと、戻れない、止まらない。



そう、思えたから。


彼女が、矢口美羽が、お茶を口にする。




これが、終わりだ。


始まりの終わり?
終わりの始まり?



解らないけど、小日向美穂は、そうやって。





「わたしにも教えてください、ねぇ……ネネさんはどうして、アイドルになろうと?」




新たな、道をすす……



「そうですね、わた…………かはっ……し……?……くはっ……あぁぁぁ………………!」






……………………………………えっ。




「……っ……あぁ……………………あぁ…………!」




胸を押さえて、倒れたのは、わたしが想定した、人物じゃ……ない。

768only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:17:56 ID:5W6CoQzg0




彼女は、彼女も大切な友人で。




真っ先に狙わないように、したはず。



なのに……何処でいれかわ………………まさか…………あの時に?
お茶を入れにきたあの二人が茶碗を出した、その時に?







「ネネ……さん!」





栗原ネネ。




彼女が、わたしのせいで







――――――逝く?









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

769only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:19:16 ID:5W6CoQzg0











「さぁ、始まりますよ!」


絶望の種が、開き、今、花を開こうとしている。
栗原ネネが飲んでしまい、倒れこんだ。


恐らく死ぬだろう。


さぁ、どう、輝く?



希望は、絶望に、屈するの?



お願い、私に、見せて。




貴方達の本当の『希望』を!








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

770only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:19:49 ID:5W6CoQzg0












「いやぁぁああああああぁあああああ!!!!!!!!!!!」

耳をつんざく叫び声に、藍子たちは一斉に顔を上げる。
三人は、互いの顔をみやり、無言で外に駆け出す。
聞こえてきたのは、直ぐ近くから。
この声は、美穂のものだった。

「いそぎましょう」
「はい!」

泉を先頭に、廊下を走っていると、目前から

「いや……いや……!」
「美穂ちゃん!?」


物凄い速さで、走ってくる美穂の姿が。
美穂達は、藍子を見ることも無く、脇を走り、階段を上って行った。
藍子は追おうか迷うものの、

「ネネちゃん!?」

仮眠室から、聞こえてくる茜の切羽詰まった声。
目まぐるしい展開の中、藍子達は迷いながらも、仮眠室に向かう事にした。
仮眠室に到着すると、茜達三人と、美羽、そして。


「ネネちゃん、ネネちゃん!……大丈夫!?」
「……だい…………ぁ…………」

胸を押さえ込んで、倒れている栗原ネネだった。
その様子をみて、泉、藍子、友紀は顔を青ざめる。
どう考えても、急に病気なったとか、そういう症状ではない。
これは

「……川島さん!」
「ええ……恐らく……毒物か何か……よ」
「そんな………………」

何か毒物を飲ませられて、結果、倒れた。
胸を押さえて、息も絶え絶えといった様子で。
何もしなければ、ネネは死んでしまう。
誰が、どう見ても、明らかな事で。

「誰が……こんな事…………」
「一人しかいないんじゃないかしら?」

楓の冷めた声が響く。
その顔は何処か冷たげで。
まるで、無感情のように。

「今、此処に居ない人、その人でしょう?」
「…………美穂ちゃん」

小日向美穂。
彼女が、犯人だと言っているようだった。
何より彼女自身、お茶を入れている。
仕込む事なんて、簡単だったのだから。

771only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:20:16 ID:5W6CoQzg0

「あの……許さない!」
「友紀ちゃん、落ちついて!」

友紀が顔を紅くして、今にも美穂を追いかけようとする。
それを藍子が必死に抑えて、止めようとした。
友紀が今にも、誰かを殺そうとする。
そんな気さえ、したから。

「止めないでよ! 下手したら美羽が、死んでいたかもしれないんだよ!」
「それは……」
「それでも、いいの!?」

友紀が怒気を強めて、言葉を放った。
ネネが、毒を飲んでしまったけど、美羽が飲んでいたかもしれない。
そうしたら美羽は……。
そう考えたら、友紀は許せない、許せる訳が無い。


「でも……でも!」
「でもも、ないよ!」

制止をもろともせず、友紀は飛び出そうとする。

その時だった。





「………………みほ…………ちゃんを…………せめないで――――」



息も、絶え絶えのネネが放った声。
今にも、命が潰えそうなのに。
それでもなお。



「哀しい事がぁ……あった…………だけ…………おねが……美穂……ちゃんを――――救って」



そう言って。
ただ、救って。
とだけ、余りにも、優しい少女は願って。




言葉を、放つことなく、荒い息だけを吐いて。




「やだぁ…………ネネちゃん…………死んじゃうよ……どうしよう……死んじゃう」



茜の、涙が混じった声が響く。


今、一人の少女が、死に逝こうとして。




ただ、『絶望』が、希望すら塗り潰そうとして。



支配しようとしている。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

772only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:21:05 ID:5W6CoQzg0












彼女は、言いました。
アイドルは、生き様――liveだって。
私は、忘れていたのかもしれません。
自分が自分であろうとして。
私が何であるかを、考えすぎて。


私が、私があるがままに、魅せなきゃ、誰も、魅せられない。


誰かに魅せられる事をお願いするなんて、ありえない。




そう、だから私は――――――




――――色褪せてく現実に揺れる絶望には、負けたくない。




――――私が今 私であること 胸を張って 全て誇れる!







――――勝ってみせます、この『絶望』に、私らしさで!








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

773only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:22:59 ID:5W6CoQzg0









「助けられる……かも」

そう、私――大石泉は確証ないまま、呟く。
私が手にしているのは、お茶碗で、未だに熱くて。

「きっと、毒も薄まっていると思う……から」

きっと毒物も薄まっているはず。
どれ位いれられているか解らないけど。
でも、この茶碗に少しなら。
そして、後は適切な処置をすれば……


「助かるの!?」
「……多分、きっと……私が処置をすれば……恐らく」


うん、きっと助けられるはずなんだ。
毒物の処理の仕方とか解毒の仕方とか本で読んだことがあるし。
大丈夫、大丈夫。


「うん、大丈夫…………大丈夫……だと………………」

ふと、ネネさんを見る。
今も、息絶え絶えといった様子で。
このまま、処置しないと死ぬ。
今、刻一刻と時が経とうとしている。
一秒が大切なはずなのに。


あ………………れ…………いや……だな……?



身体が……身体が、動かない。
震えが、止まらない。
手を押さえようとして、上手く押さえる事ができない。


あれ、あれ、何、これ?



――――怖い。



私の手に、命が、圧し掛かっている。



私の判断に、命が、かかってる。



失敗したら、この人は、死んでしまう。



嫌だ、そんなの嫌だ。

774only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:23:40 ID:5W6CoQzg0




怖いよ、怖い。



臆病になってしまう。
勇気が出ない。



泣きそうになってくる。
この人を救わなきゃいけないのに。
この人を死なせてしまうかもしれないのが怖い。



救えるのは、私だけ、なのに。




嫌だ……怖い……助けて……動いて……私……



怖い――――怖――――





「――――大丈夫だよ」




震える肩に、そっと置かれた手は温かった。
涙がこぼれそうになる目を、置いてくれた人に向ける。



「怖いよね……?…………でも、大丈夫」


囁かれる声は、優しかった。
哀しみを、恐怖を、優しさに、勇気に。



「貴方は一人じゃないよ……皆が居ます」



そんな、ものに、変えてくれる。




「だから、皆が信じる貴方を信じて。貴方の勇気を、優しさは、きっと叶えてくれる」




祝福のような



「温かい『希望』だから、ね?」




『希望』が其処に、在りました。





――高森藍子が、日向のような、笑みを浮かべて。




私をそっと、抱きしめて、エールを送ってくれる。




「私にはネネちゃんを救える知識も力も無いから……彼女を、助けて」


あぁ、本当温かい。
希望を与えてくれるような、そんな感じがして。
だから、私は、

775only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:24:26 ID:5W6CoQzg0


「はい、やってみようと思います。私の、出来る限り」
「うん、頑張って」

そうやって、もう一度強くぎゅっとしてくれて。
彼女は微笑んで。


「私も、私がしなきゃいけないことをするから……美穂ちゃんを助ける!」


決意を言ってくれたのでした。

もう、大丈夫。
もう、怖くない。
もう、震えることなんて無い。


「急いで、ネネさんを救護室に運びます! 楓さんと川島さん、手伝ってもらえますか?」
「お安い御用よ」
「ええ、解ったわ」


今、私が出来る精一杯の事をやろう。
大丈夫、勇気は貰った。
希望はある。
信じて、皆を。
信じて、私自身を。

「まず、胃の中のもの全部吐き出させてください! 私は給湯室で、毒の瓶があるかを見てきます!」

そうやって、私は駆け出しました。
自分がすべき事のために。
真っ直ぐ、前を向いて。

出る瞬間に、藍子さんと目が合った。
彼女は力強く肯いて。



うん、大丈夫。



――――だって、希望は此処にある。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

776only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:26:29 ID:5W6CoQzg0








「茜さん、美羽ちゃん、友紀さん」

そして、私は、大切な仲間たちに、向き合う。
茜ちゃんは目を潤ませながらもしっかりこっちを向いて。
美羽ちゃんは私を信じるように、見つめて。
友紀ちゃんは少し目を逸らしながらも、見てくれて

「お願いです、美穂ちゃんを救う為に……力を貸して」

私はぺこりと頭を下げた。
出来る事はこれぐらいで。
それでも、どうしても仲間の力が必要だから。

「……そんなのいらないよ。私も助けたいから!」
「藍子ちゃんの為なら、私に出来る事があるなら」

茜ちゃんと美羽ちゃんは微笑んで、賛同してくれました。
けれど、友紀ちゃんはじっと私のほうだけを見つめていて。
考えるように、目をつぶって。

「藍子」
「なぁに?」
「酷いことしたあの子のこと、助けたいの?」
「勿論」
「そっか」

私の返答に、静かに目を開けて。

「それが、藍子の正しさなら、あたしに、それを見せて」
「……友紀ちゃん」
「その為に、力が欲しいなら……あたしは貸すから」
「ありがとう」

まだ、すれ違っているのかもしれない。
でも、今は、これでいい。
そうやって、手をつなげて。
温かく、解いていけば、いいから。

「何をすればいい?」
「多分――――から、見つけてくれると嬉しいです。多分、此処で見たような気がするから」
「随分また抽象的だね……まあいいよ、探して準備しておく」
「きっとあるはずですよ!」
「だから、任せて」

777only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:27:52 ID:5W6CoQzg0

力強い言葉達。
だから、私は安心して託すことができるんです。



「ありがとう……これで、私は戦えます」


そうして、高森藍子という花は、たくさんの力を貰って。





「未来が、希望である為に、絶対に、絶望なんかで染めません!」





幾らでも、咲き誇れるのだから。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

778only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:28:18 ID:5W6CoQzg0










ほら、わたしに、希望なんて無かった。


降りしきる雨の中、わたしは、泣いているのだろうか。


雨で、涙なんて、わからない。



知りたくない。



逃げ出して、わたしが辿り着いたのは、警察署の屋上。


たくさんたくさん、雨が降る屋上で。


わたしは、踊るように、歩き続けて。
声にならない声をあげて。
ただ、ただ、闇に向かって、歩いていた。


ねぇ、――――さん。


わたしは、なんでこんな半端なの?
わたしは、なんでこんな選び取れないの?

こんな、わたしだから、選ばれなかったの?


ねぇ、歌鈴ちゃん。


わたしは、どうして、こんなに迷うの?
わたしは、どうして、こんなに臆病なの?


それだから、わたしの恋は、叶わなかったの?


切欠が欲しかった。
臆病で恥ずかしがり屋な自分が変われる切欠が。
だから、わたしはアイドルになろうとした。
皆に愛される事で、何かが変わると信じて。
遠く、遠く、都会に出てきて。


けれど、何も変わってはいやしなかった。
私は所詮、何処までも臆病だった。
切欠を求めて、中途半端な決意で、友人すら逝かせようとして。


こんな、半端な、小日向美穂に、わたしはなりたくなった。


わたしがなりたかった小日向美穂ってなんだろう。

779only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:28:40 ID:5W6CoQzg0



――――初恋をして、そうやって、ずっと磨かれた、糧にした『アイドル』小日向美穂?


それが、夢?



――――恋して、ただ、大好きな人の隣にだけ居れればいいと願った『恋する少女』小日向美穂?



それも、夢?





でも、傍にあったのはいつも恋。
あの人に好きになった私がいつも傍にあって。



あぁ、幸せになりたかった。


それは、例え、親友を蹴落としてまでも。



叶えたかった想い。


泣けなかった時。


きっと、わたしは――――笑っていたんだろう。



今なら、そうだと、思う。




とっくの昔に、壊れていた。


小日向美穂は、何処までも弱い子で。


初恋が叶わない事に、きっと耐えられなかった。




「あはっ……ははっ……」



笑いながら、泣いていた。
涙は、出てなかったけど。
その姿は、誰にも見せられない醜い姿で。


こんな、醜い心、誰にも見せたくなかった。

780only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:29:05 ID:5W6CoQzg0



「ごめん……なさい」



そうやって、わたしはまた、逃げる。
柵を越えて、自由になれる場所へ。
何にもなれない半端なわたしを終わらせる為に。
醜い心を、見せたくないから。


だから、終わる。
終わりたい、もう。

初恋にしがみ付いてるわたしを、もう見たくない。


わたし自身が。


これ以上、生きたら何もかも汚す。


想いも、親友も、わたし自身も。



だから、



本当に、もう、終わりたい。




好きだったという想いを抱えたまま。




わたしは――――――








「――――――初めて会った日、覚えてますか? あなたの優しいまなざし」



その時、響いたのは




「『笑って』あなたの 言葉は何度だって わたしが 踏み出す 一歩を 照らすから」




恋する少女が、踏み出す為の、曲でした。





振り返ると、そこに居たのは







――――――何処までも対極で、何処までも、近い、少女でした。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

781only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:30:04 ID:5W6CoQzg0








「私のドキドキなんて気付かない? 気付いてほしくない……」


――――さん、聞こえてますか?
私の、私の生き様を彼女に、届けています。
届くか、解らないけど、私の想いを、精一杯。
だから、私と、貴方と一緒に歩いた道を思い出しながら。

私の恋と夢を、きっちりと歌いますよ。



だから、私に魔法をかけてくれた、魔法使いさん。


今は、私を、魔法使いに、してください。


哀しみを優しさに変える魔法を使える魔法使いに!


「ささいな幸せでもいい 小さな想い胸に刻もう この先に何が待っていても ふたり歩いて行く」

ねぇ、美穂さん。
きっと、私たちはやっぱり何処までも近くて、何処までも一緒なんですよ。
貴方は私を、アイドルだと思っているでしょう?
それは、正解で、でも間違いなんですよ。
私は、何処までも、アイドルかもしれない。
けれど、私も、何処までも、恋する少女なんです。

ただ、私は、何処までも、『臆病』で。
頑張って想いを伝えようとしても、伝わらず。
それで、いいと思ったんです。
それで、幸せだと思ったから。

その、距離が幸せだと思ったから。


でも、だからこそ、私は貴方の苦しみも理解したい。
美羽ちゃんから聞きました。
貴方と歌鈴ちゃんにあったこと。
どんな哀しみも優しさに。
傲慢でしょうか?

でも、私はそれを、したい。
傍に寄り添って、哀しみを癒したい。

782only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:30:38 ID:5W6CoQzg0


「『がんばれ』あなたの 強さに頼っていたね 今でも 今でも 本当は甘えたいけど」


でもね。哀しみだけじゃないと思うの。

恋は苦しくて、辛くて、哀しいものかもしれないけど。



それでも、温かくて、優しくて、幸せなものだと思うんです。



思い出して。
そのときのこと。


恋は、そんな絶望に塗れたものじゃない。




希望に満ち溢れた、生きる証だって!




「『負けるな』誰より わたしを信じたいの 笑顔も 涙も 全てと 歩いてゆく」



だから、諦めないで。
この想いを歌に、私の全てを歌にこめて。



生きて、生きて、生きて!


恋は、人を幸せにするもの、人を強くするもの。




そう、信じてるから!



そう歌った歌に。




私の想いを篭めて!



届け!




「もし 孤独な暗闇に 立ちすくんでしまっても……最初の一歩 進むのは あなたがいてくれた……今」






今、届けたい人のもとに!



希望をっ!







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

783only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:31:40 ID:5W6CoQzg0









それは、想いの花束だった。
わたし、小日向美穂に希望を届けようとする想いだった。
ただの言葉なのに。

歌は、何よりも、気持ちを届ける。

高森藍子の心を、恋を歌った想いを。



ねぇ、高森藍子。
貴方はそうやって、本当に幸せそうに、笑ってますね。
辛いことも、哀しい事も、全て飲み込んで。

温かいもの、優しいものを伝えようとする。

貴方の強さは、本当にそれなんですね。
それを、わたしにもしようとする。

こんな時だって、変わらずに。

それは、強いものの傲慢でしょう。
貴方の強さはわたしには重い。


それでも、ずっと寄り添うんでしょう?
強い、弱い関係なしに。
優しさを、優しくなれるように。


強くなれるように。


貴方は、笑顔で、ずっと寄り添う。



「――――きっと 強くなれたよ ひとりの道でも もう怖くないから」


それが、貴方のアイドルなんですね。

きっと、失っても、そう。
この子は変わらない。

だって、この子はそうやって。



弱かった子から――――強くなった子なんだから。

784only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:32:00 ID:5W6CoQzg0


凄いな。

恋して、泣いて、哀しんで。

それでも、前を向いて。



きっと、強くなっていた。


だから、わたしにも手をさしのばす。


凄いよ。
正しくて、優しい。

この人は、恋するものを、抱えて。
それを、力にして、優しさにして。
だから、アイドルで居るんだ。



「ちょっとだけ不器用 誰よりあたたかくて あなたに あなたに 全てを ありがとう」




もっと、もっと早く話せたら。


わたしは、変れたのかな?


貴方のように。





わたしは、貴方を、認められたのかな?




解らない。




私は笑った。
高森藍子は歌い終わって、それでも笑っていた。


うん、想いは通じたよ。



でも、わたしはね。




自分がしてしまった事に、どう償えばいいか解らないの。




御免ね。



そうやって。






わたしは、空に、向かって、飛び降りた。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

785only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:32:39 ID:5W6CoQzg0








小日向美穂が、そうやって、地面を蹴って、飛び降りようとする。



それで、終わり。


恋の物語は終わり。







「――――――終わらせない!」





終わる訳が、無かった。

宙に浮いた美穂の手を、藍子が、希望が、きっちりと掴んだ。



二度と離さないと誓うように、がっちりと。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

786only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:33:37 ID:5W6CoQzg0









「どうして……貴方も落ちちゃうよ?」
「大丈夫ですよ。貴方を救うまで離しませんから」

どうして、この子はわたしを救おうとするの?
こんなにも頑張るの?

「ねぇ、知ってる? わたしは美羽ちゃんを狙ったの」
「……」
「貴方の信じるものを壊したかったから」
「……そうですか」
「失望した?」
「いえ、全然」

笑って、私を許そうとする。
ねぇ、どうして?
どうして?

「だから、わたしなんて死んで当然なんだよ?」
「……そんな事無い!」
「どうして?」
「死んで当然な子なんて、居ない、居る訳がないです!」
「殺そうとしたのに?」
「そんなもの、生きて償えるっ!」

強い言葉だった。
誰にも死んで欲しくないといいたい風に。
この手を二度と離さないという風に強く握って。

「強いですね」
「強くない、私は皆から強さを貰ってるだけ!」
「仲間から?」
「それと、大好きな人から!」

ドキリとする言の葉だった。
好きな人の為に頑張る。

787only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:34:46 ID:5W6CoQzg0

「ねぇ、美穂ちゃん。生きよう?」
「いきてどんな意味があるの?」
「まだ、恋をすることが出来る!」
「……っ!……叶わないかもしれないのに」
「叶わなくても、恋をする! それが女の子でしょう!?」

揺さぶられる。
強い想いが、其処にあった。

「わたしは醜いのよ、歌鈴ちゃんが死んだ時、笑っていたと思う」
「でも、哀しかったでしょう!」
「叶うって、そんな私が、醜くて。そう願った時点で壊れてたのよ」
「違う! 壊れているからじゃない! それだけ貴方の想いが本物だから!」

わたしの醜さを否定して。
わたしの想いを肯定しようとする。
それは全てわたしに生きて欲しいから。

「わたしは、半端もので……何も出来ない」
「そんな事無い、貴方は想い続けたでしょう!? それは強さだよ!」
「貴方の強さを押し付けないで」

また、その言葉をつむぐ。
そんな事思っていないのに。
あえて突き放すように。


「……違う! 貴方と私は、一緒だ。恋に恋して、そうやって強くなって、時に臆病になって! だからこそ……今は逃げないで! 想いに向かい合って!」


それでも、彼女は手を離さない。
いつまでも、いつまでも

「違う、貴方は、アイドルだ。 そうやって、恋する思いすら、隠して、認めないで。そうやっている」


わたしは恋する少女で。
高森藍子は、アイドルだろう。



それはかわらな――――



「違う! 私は――恋をして、そうやって、ずっと磨かれた、糧にして、今も強く、恋している! それが高森藍子で、『アイドル』高森藍子なんです!」



あぁ…………ああ!



この子は、わたしだ。


私がなりたかった、『アイドル』の姿だったんだ。

788only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:35:15 ID:5W6CoQzg0




最初から、この子は、わたしだったんだ。



「だから、私は、恋も夢も、全部諦めない、私が私であることを、全て誇る! それが高森藍子だから!」




きっと、この子も苦しんで、哀しんで。


それでも、なお、想い続けて。




アイドルである事を、選んだ。



「それが、あの人が望んだ、私の姿。私の夢!」



高森藍子の想いだった。



「だから、ねえ、貴方も生きて! 恋も夢も、諦めないで! 私がそうだった様にっ! 貴方もっ!」



彼女はわたしの手を強く握った。



「わたしも、貴方のように、なれる?」
「勿論! だって、貴方は私だから!」




そうして、わたしは笑った。
彼女も笑った。




その瞬間―――二人して。



地に落ちた。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

789only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:35:56 ID:5W6CoQzg0









高森藍子、小日向美穂。



重なり合うように、落ちて。





そして。






ぽふんと、柔らかな音がして、派手に跳ねた。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

790only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:36:39 ID:5W6CoQzg0








「……え、死んでない?」
「当たり前です……私は仲間を信じたから」



落ちた先は、トランポリンでした。
わたしが慌てて周りを見ると。
トランポリンを抱えて、笑ってる、茜ちゃん、フラワーズの二人が居ました。

「いやー飛び降りるかもとかいわれたからさあ、慌てて探して、見つかってよかったよ」
「……本当、助かってよかった」
「…………やれやれ」

三人は呆れるようにこちらを見て。
わたしは、高森藍子のほうを見る。


「これが、私の仲間です……私の強さです」
「強さ……」
「信じたから。皆を。だから、助かるって心の底から、信じてました」
「なんで、信じられるの?」
「皆が優しい気持ちになれたら……皆が幸せになれる……其処に、救えないものなんて、ないんですよ」
「何それ……あはっ」


そして、私はトランポリンの上で、高森藍子……ううん、藍子ちゃんと笑いあっていた。


もう、死ねない。
わたしは、この想いを抱えて。
きっと、強くなる。


――――『アイドル』として。



そして、この想いを伝えるんだ。
――あの人に。
それがきっと、歌鈴ちゃんが望むものだから。



「わたし……生きます……貴方のように」
「うん……それが歌鈴ちゃんの為になると思う」
「恋も想いも、私の傍に……そうして、何処までも」


何処までも、何処までも。


何度哀しい事や辛い事があっても、何処までも。


「咲き誇って、そうして、強くなるんだ」



それが、恋というものだから。





わたしは、ずっと恋をしていたい。

791only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:37:10 ID:5W6CoQzg0




「少しは貴方の事理解できたかな……?」
「最初から理解してましたよ、きっと」
「……なのかな」
「後は、優しくなればいいだけだから」


藍子ちゃんと手をつなぎながら、思う。
私はもっと理解したい。
この人のことを傍で。

きっと、その先に、私のなるものがあると思うから。




だから、わたしは、笑った。





――――優しい雨が、何処までも、降っていました。

792only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:37:34 ID:5W6CoQzg0
前編投下終了しました。
少し、間をおいて後編投下したいと思います

793only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E:2013/11/09(土) 01:46:51 ID:5W6CoQzg0
大分遅くなってしまったので、本日の夕方に後編投下したいと思います。
分割になって申し訳ありません。

794名無しさん:2013/11/09(土) 02:33:36 ID:vK/Tvq6k0
前編だと(驚愕

唸る面白さ。後編待ってます

795名無しさん:2013/11/09(土) 07:54:03 ID:eOVjAphc0
落とされる展開しか見えない(絶望

796 ◆wgC73NFT9I:2013/11/09(土) 14:25:00 ID:Dy3Jm6uc0
◆yX/9K6uV4Eさん、お待ちしてましたーっ(^ヮ^)!!
Johnさんのとともに感想をば。

>彼女たちからは近くて遠いサーティシックス
なるほど、相葉ちゃんはちひろさんの発言をこう読むのかぁ。
望んでサバイバル始めたわけでもないのに、大きい島の利用資源の乏しさ(相葉ちゃんが気づいてないだけかも知れないけど)が悲しい……。
そんな体力奪われそうなシチュエーションじゃあ、最後の文面に意識が行かないのも、視野を狭めて思い込むのも、無理からぬ事なのかしら。
脳機能が正常なうちに藍子ちゃんと、早く話せればいいですねぇ……。

>only my idol/First Step
突如挿入されるちひろさんらしきパートがどうにもツボにはまりました……。本当どこまでモニタ設置してるんだろこの人。
9人全員の抱いている現状認識がそれぞれしっかり把握できて、いいですね〜!
なかなかトランポリン置いてある警察というのも珍しいな。自殺者を受け止めるならマットとかが多いようだけれど。
大人組が冷静に舵取りできて、藍子ちゃんの想いも上手い具合に友紀ちゃん美穂ちゃんに届いたようで、一安心ですね。

一方の大石、ネネさん側ですが、こちらは希望薄そうですね……。
湯のみすすったレベルの服薬量でこれ……?
大石ちゃんの行動には期待したいが……ああ……。頑張ってくれ! としか言えない!
後編も楽しみにしてます!

なお、>>765の  そんな、瑞樹と楓のやり取りを楓は脇で見ていて。
は恐らく誤字かと思われます。収録時に修正なさると良いかと思います。

797 ◆yX/9K6uV4E:2013/11/10(日) 01:23:00 ID:YRnCO7Vs0
お待たせしました、投下します。

798いつも何度でも ◆yX/9K6uV4E:2013/11/10(日) 01:24:35 ID:YRnCO7Vs0




――かなしみは数えきれないけれど その向こうできっとあなたに会える




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

799いつも何度でも ◆yX/9K6uV4E:2013/11/10(日) 01:27:07 ID:YRnCO7Vs0
私――栗原ネネがアイドルになる切欠ってなんだったんだろう。
そう思った時、戻ってくるのは、いつも病室でした。
小さなテレビと、大きな熊のぬいぐるみ。
そして、窓から見える大きな桜の木。

それが、妹――あの子が見れる唯一の風景でした。
私は、そこであの子と一緒に居て。
あの子の思いを共有していました。

テレビを見て。
桜を見て。
歌を歌って。


あの子の世界はそれしかなかった。
それしかない世界を広げてあげたかった。
でも、思いつくことも無くて。
私はあの子の傍に居てあげる事しか、出来なかった。

治療は上手く、いかず。
苦しむ妹の手を、私は、握る事しかできなくて。
小さなてのひらは何処までも冷たくて。

私は何も出来なかった。

泣いた。
泣いて、泣いて。

何も出来ない私を呪った。

そんな私をあの子は慰めた。

それがまた、哀しくて。

私は泣きながら、笑った。


治療にはお金もかかって。
それを捻出するのに、両親はひたすら苦労して。
けれど、全く効果が見えず。
苦しむあの子を見て。

二人は、いがみ合ってしまった。
いがみ合う必要なんてないのに。
上手くいかないという焦りと。
いつになったらこの状況から抜け出せるのかという諦観。

大好きな人達が、今も愛し合ってあるのに。
喧嘩をしているのを見るのは、私も辛かった。

疲れた顔して、怒鳴りあう両親を見るのが、本当に哀しかった。

800いつも何度でも ◆yX/9K6uV4E:2013/11/10(日) 01:27:38 ID:YRnCO7Vs0

生活の苦難は、私にも降りかかって。
買いたいものも、買えず。
おしゃれするお金すら、無く。
何処にも連れて行ってもらうことは、無く。
行きたい学校にも当然行けることは無く。

結果、友達の話についてく事も、出来なくなって。
私は疎外感を味わいながら。

ただ、ひたすら我慢を強いられ続けて。


でも、妹は充分に、色んなものを与えられて。



ある時、私は思ってはいけない事を思ったんです。



羨ましい、ずるい。
あの子だけ愛されて。
あの子だけ見てもらえて。


あの子が居なければ、両親は、私は――――と。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

801いつも何度でも ◆yX/9K6uV4E:2013/11/10(日) 01:28:31 ID:YRnCO7Vs0










「あったっ!」

私――大石泉は給湯室のゴミ箱に投げ捨てられていた瓶を見つける。
救護室で拝借したゴム手袋で、その瓶を注意深く取った。
まず、何の毒か理解しなければ。
そうすれば、的確な治療法がわかるはず。
私はラベルを見て。

「――――これは」

ぎりと歯噛みをする。
……呼吸器不全を起こすそれは、明確な特効の解毒剤が無い。
けど、けれど。
まず、お湯に解けてるから大分薄れているはず。
そして、後は入れられてる量だ。
少なくとも、一瓶全部入れられている訳が無い。
何故ならば、一瓶全部入れられているなら――――

「即死の筈。だから、まだ可能性はあるはず」

知ってるだけでも、まだ施せる治療法はあるはず。
やらなきゃ、私が、私自身の力で。
私がやらなきゃ、誰が救える?
だから、だから!


力を、力を貸して。
さくら、亜子。
臆病だった私を、色んな世界に連れて行ってくれたよね。
私を信じて、色んな所に。
嬉しかった。
だから。

私は、自分を信じる。
さくらや亜子が凄いといってくれた自分を。


藍子さんがいったように。



さぁ、走ろう。


私が救わなくて、誰が救うの?



絶対に、絶望になんか――――



負けない!








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

802いつも何度でも ◆yX/9K6uV4E:2013/11/10(日) 01:28:59 ID:YRnCO7Vs0










そう思ったら、私は、あの子のことを恨み始めてたまりませんでした。
あの子が楽しそうに笑うのが許せない。
何もしらずのうのうと愛に包まれているのが。
そう思ってしまいました。
最悪ですよね。

一番苦しかったのは、誰か考えれば解ったはずなのに。

それでも、子供だった私には解らずに。
冷たくしたり。
一緒に居る事をやめたりしました。

あの子は、哀しく微笑んで。
私は、その笑顔が、だいっきらいで。

一度だけ。

一度だけですが――――――――



お姉ちゃん、大丈夫? ねぇ、お姉ちゃん、お話きくよ。わたし、えへへ。


と、無邪気に、笑うあの子が。


どうしても、許せなくて。


パチンと、強く叩いてしまいました。


あの子は泣いて、泣いて。


私も泣いて。


病室を飛び出しました。





そして、一人で公園でブランコをこいで。



初めて、夜遅く帰ったあの日。





妹の容態が、急変した事を、聞いたんです。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

803いつも何度でも ◆yX/9K6uV4E:2013/11/10(日) 01:29:27 ID:YRnCO7Vs0









「お二人とも、ネネさんは!?」
「今、胃の中のもの全部吐き出させている所よ」
「意識はあるものの、あんまり話す元気はないみたいね」

はぁはぁと相変わらず肩で息をするネネさんがいて。
心の底から、助けなきゃと思う。
嘔吐する声が、救護室に響くが気にしない。

「引き続きお願いします!」

私は見向きもせず、薬品棚を空ける。
無数の薬品があったが、一つ一つ手にとって違うことを確認して。。
目的物を必死に探した。あるはず、あるはずなんだ。
だから、見つかって!
皆、頑張ってるんだから!

「…………あった!」

ただの、ビタミンE。
それに、ステロイド剤も一応。
無いかもしれなかったけど、ちゃんとした救護室でよかった。
後は……活性炭も見つかった。
そして

「下剤もある……よし!」

これで、大体揃ってる筈。
少なくとも最善は尽くせる。
救える筈なんだ!


「胃洗浄終わったわよ!」
「じゃあ、ネネさんをベットに!」
「解ったわ」
「まず……注射を……」
「私に任せて」
「出来るんですか?」
「私は大人よ?」

そう、ウィンクする川島さんが、たくましく見えた。
楓さんが首をかしげて。

「なんで、ビタミンE?」
「この毒は活性酸素によって、ひきおこるものなんです……それでビタミンEはそれを、減らす事ができるって」
「なるほど……少しでも頼るしかないのね」
「後活性炭も」
「解ったわ」

そして、私は下剤を取り出して。

「これも飲ませてください」
「げ、下剤?」
「腸の中のものも全部だします、なるべく消化させないんです」
「……大変ね」
「そうじゃなきゃ……助かりません!」


助けなきゃ。
救わなきゃ。
出来る限り。
頑張って。

804いつも何度でも ◆yX/9K6uV4E:2013/11/10(日) 01:29:55 ID:YRnCO7Vs0



「……ねぇ、此処までして、彼女を助けるの?」
「……どういうことです?」
「今……助かっても……毒物によっては、数週間後に、死ぬのもあるんでしょう?」


楓さんの言葉に、息が詰まる。
この毒薬もそういうもので。
確実な特効が無いということは……今助かっても、数週間後に死ぬかもしれない。
血液に致死じゃない量ぐらいが溶け込んだとしても。
いずれ、死んでしまう。
その可能性が極めて高い毒物だ……。


だから、そんな苦しんでまで、助ける必要あるの?



ねぇ……どうなの?



私は…………



そっと、彼女の手を触れた。



温かくて。



握り返した。








――――うん!



「それでも、彼女は生きようとしているんです! 今、苦しくても、それでも精一杯、希望を持って、未来に!」



だから!



「彼女が諦めないなら! 私が、諦めるわけには、行かない! 彼女が私を信じてくれてるから! 私も彼女を信じる!」




必死に、私は、治療を続ける。



「希望は、此処にあるって!」

805いつも何度でも ◆yX/9K6uV4E:2013/11/10(日) 01:30:20 ID:YRnCO7Vs0




そう、




「私たちは……生きなきゃ、いけないんだ! だから、こんな所で、死んじゃ……駄目!」





死んじゃいけないの。
ネネさん、頑張って。
お願いだから。


「駄目……意識が…………」
「そんなこと無い! 私は、私は絶対、諦めない!」





生きて!



何度でも。何度でも言う。





「生きて、生きて、生きてっ!」












     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

806いつも何度でも ◆yX/9K6uV4E:2013/11/10(日) 01:30:52 ID:YRnCO7Vs0









慌てて、病室に戻ると、呼吸器をつけて手術室にいくあの子が居ました。
辛そうに。哀しそうに。

そして、誰も居ない部屋で。

余りにも醜い私が鏡に映った時。


たまらず、鏡を割って。



私は、私を呪いました。

私はなんて、ちっぽけで。
私はなんて、愚かで。


こんなにも、妹を傷をつけてしまったって。


誰も、居ないベッドで、私は泣いていた。


その時、見つけたのです。


あの子の手紙を。



それは、両親への想い。
それは、両親への感謝。
それは、私への感謝。
それは、私への想い。


生んでくれたこと、愛してくれたことの感謝、祝福。



そして、私に、自分の分まで、幸せになって欲しい。


お姉ちゃん、幸せになってね。

お姉ちゃんの笑顔、大好きだよ。




お姉ちゃんの、歌、大好き。




その言葉、でした。





それは、私を解放する、何よりの言葉でした。











     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

807いつも何度でも ◆yX/9K6uV4E:2013/11/10(日) 01:31:28 ID:YRnCO7Vs0







「ねぇ、藍子ちゃん」
「なぁに?」
「わたしの贖罪、そして、わたしの想いを、今、頑張っている、大切な友達に、伝えるね」
「うん、傍で見てるよ」



わたしは、そうやって、救護室に入る。
そこには、ネネさんが居て。


だから、わたしは、歌う。



彼女にとって、祝福の歌を。




「呼んでいる胸のどこか奥で。 いつも心を踊る夢を見たい」



幾千億の想いを乗せて。
あの子に、届け。


「かなしみは、数え切れないけど その向こうで、きっと貴方にあえる」



貴方は。



生きなきゃ、駄目なんです。



貴方の歌を。



誰よりも、聞きたい人がいるのだから。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

808いつも何度でも ◆yX/9K6uV4E:2013/11/10(日) 01:31:51 ID:YRnCO7Vs0





「果てしなく道は続いて見えるけれど この両手は光を抱ける」



それは、『アイドル』小日向美穂が歌う歌。


誰もが知っている歌。


誰もが聞いたこと有る歌。


「この歌……でも、どうしてこの歌を?」
「解らないわ……けど」
「凄く……胸に通る」



「生きている不思議 死んでいく不思議 花も風も街も みんな同じ」





でも、それは、栗原ネネの、心に。


きっと、届く。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

809いつも何度でも ◆yX/9K6uV4E:2013/11/10(日) 01:32:36 ID:YRnCO7Vs0






その言葉を見た時、私は、歌っていた。

あの子と見たアニメの曲を。
一緒に歌った曲を。

不思議と心の中に残る曲を。


素敵な歌だね。
素敵な歌詞だねって。


あのアニメの主人公のように、なりたいなってあの子がいって。


私はなれるよといった。


そうして、私は、あの子に生きて欲しいと。


強く願って。



その歌の通り。


閉じていく思い出の中に、忘れたくない、囁きがききました。


こなごなに砕かれた鏡の上にも、新しい景色が写っていました。




お姉ちゃんの歌を聞くと元気になるって。


だから、もっと、聞かせて。




そう言ってくれたから!







――――――私は、アイドルになったんだ!









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

810いつも何度でも ◆yX/9K6uV4E:2013/11/10(日) 01:33:50 ID:YRnCO7Vs0








「呼んでいる 胸の何処か奥で、いつも何度でも夢を描こう」



そして、小日向美穂の歌は、



高森藍子の歌声が重なって。



更に大石泉の歌声が重なって。





哀しみなんて、何処にもなくて。


其処にあるのは、優しさで。


何よりも、輝くもので。


希望があって。


何処までも、夢を描けて。



そして




「かなしみの数を言い尽くすより、同じくちびるで そっと 歌おう」






栗原ネネの歌が、重なったんです。






あの子に、届けたい歌を。


笑いながら。



何処までも。




私は元気でいるよと。




生きて、いるよと。



伝えるように。











     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

811いつも何度でも ◆yX/9K6uV4E:2013/11/10(日) 01:34:58 ID:YRnCO7Vs0









私の前に、希望をもつ人達が居ました。
皆、私が意識を取り戻したのに、泣いて、笑って。
私は嬉しくて。一緒に泣いてしまいました。


身体はまだ重い。
けれど、大丈夫。

私は、生きている。


救われたから。


ねえ――――



お姉ちゃん、頑張ってるよ。



私は、もう迷わない。



いつまでも、貴方が、望んだ私で居るから。





「輝くものはいつもここに 私のなかに見つけられたから」

812いつも何度でも ◆yX/9K6uV4E:2013/11/10(日) 01:35:36 ID:YRnCO7Vs0







【G-5・警察署/一日目 真夜中】

【大石泉】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式x1、音楽CD『S(mile)ING!』、爆弾関連?の本x5冊、RPG-7、RPG-7の予備弾頭x1】
【状態:疲労、右足の膝より下に擦過傷(応急手当済み)】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを助け親友らの下へ帰る。
 1:救えた!
 2:タイミングを見計らって図書館に行き、首輪爆弾に関する本を取ってくる。
 3:夜が明けたら港に船を探しに行く。そして、学校も再調査する。
 4:緊急病院にいる面々が合流してくるのを待つ。また、凛に話を聞いたものが来れば受け入れる。
 5:悪役、すでに殺しあいにのっているアイドルには注意する。
 6:行方の知れないかな子のことが気になる。

 ※村松さくら、土屋亜子(共に未参加)とグループ(ニューウェーブ)を組んでいます。


【川島瑞樹】
【装備:H&K P11水中ピストル(5/5)、婦警の制服】
【所持品:基本支給品一式×1、電動車椅子】
【状態:疲労、わき腹を弾丸が貫通・大量出血(手当済み)】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを助けて島を脱出する。
 0:よかったわね。
 1:今は身体を休める。
 2:日が開けたら港に船の確認をしにいく。(その時、車を出す?)
 3:もう死ぬことは考えない。
 4:この島では禁酒。
 5:千川ちひろに会ったら、彼女の真意を確かめる。

 ※千川ちひろとは呑み仲間兼親友です。


【高垣楓】
【装備:仕込みステッキ、ワルサーP38(6/8)】
【所持品:基本支給品一式×2、サーモスコープ、黒煙手榴弾x2、バナナ4房】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:アイドルとして、生きる。生き抜く。
 0:うん、よかった。
 1:アイドルとして生きる。歌鈴ちゃんや美羽ちゃん、そして誰のためにも。
 2:まゆの思いを伝えるために生き残る。
 3:……プロデューサーさんの為にちょっと探し物を、ね。
 4:お酒は帰ってから……?


【矢口美羽】
【装備:歌鈴の巫女装束、鉄パイプ】
【所持品:基本支給品一式、ペットボトル入りしびれ薬、タウルス レイジングブル(1/6)】
【状態:健康 びしょぬれ】
【思考・行動】
 基本方針:?????
 0:うん。よかった
 1:悪役って……。


【高森藍子】
【装備:ブリッツェン?】
【所持品:基本支給品一式×2、CDプレイヤー(大量の電池付き)、未確認支給品x0-1】
【状態:健康 びしょぬれ】
【思考・行動】
 基本方針:殺し合いを止めて、皆が『アイドル』でいられるようにする。
 0:希望は此処に。私は私の全てを誇る
 1:絶対に、諦めない。
 2:美穂と共に。
 3:自分自身の為にも、愛梨ちゃんを止める。もし、悪役だとしても。

 ※FLOWERSというグループを、姫川友紀、相葉夕美、矢口美羽と共に組んでいて、リーダーです。四人とも同じPプロデュースです。
   また、ブリッツェンとある程度の信頼関係を持っているようです。

813いつも何度でも ◆yX/9K6uV4E:2013/11/10(日) 01:36:12 ID:YRnCO7Vs0

【栗原ネネ】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×1、携帯電話、未確認支給品x0-1】
【状態:憔悴】
【思考・行動】
 基本方針:輝くものはいつもここに 私のなかに見つけられたから
 0:輝くものはいつもここに 私のなかに見つけられたから

※毒を飲みましたが、治療により危機は脱しました。体力の消費、倦怠感はあるもの、健康です。(数週間、数ヶ月単位では不明です)


【日野茜】
【装備:竹箒】
【所持品:基本支給品一式x2、バタフライナイフ、44オートマグ(7/7)、44マグナム弾x14発、キャンディー袋】
【状態:健康 びしょぬれ】
【思考・行動】
 基本方針:藍子を助けながら、自分らしく行動する!
 0:やった!
 1:川島さんの様子を見る。
 2:できることがあればなんでもする!
 3:迷ってる子は、強引にでも引っ張り込む!
 4:熱血=ロック!


【小日向美穂】
【装備:防護メット、防刃ベスト】
【所持品:基本支給品一式×1、草刈鎌】
【状態:健康、ずぶ濡れ】
【思考・行動】
 基本方針:恋する少女として、そして『アイドル』として、強く生きる。
 0:輝くものはいつもここに 私のなかに見つけられたから。
 1:藍子を理解、そして、アイドルとして共に居る。
 2:悪役って……?

814いつも何度でも ◆yX/9K6uV4E:2013/11/10(日) 01:38:26 ID:YRnCO7Vs0
中編投下終了しました。
15分後、後編投下します。

815名無しさん:2013/11/10(日) 01:40:22 ID:V9AEnNCc0
中編だと!?ただただ感服。投下乙です

816希望よ、花開け ◆yX/9K6uV4E:2013/11/10(日) 02:00:25 ID:YRnCO7Vs0
お待たせしました投下します。

817希望よ、花開け ◆yX/9K6uV4E:2013/11/10(日) 02:01:01 ID:YRnCO7Vs0










「ははっ、ははっ、やった! やりましたよ! ほら、やっぱり彼女は『希望』だ!」

千川ちひろは、笑って、モニターを指をさす。
楽しそうに、楽しそうに。
誰も死なない、そんな希望に溢れた結末を祝福するように。

「けれど、あの子……なんで自分の歌を歌わなかったの?」
「……私に聞かれても解るわけがないでしょう」
「……あの子にとって、大切な曲であるはずなのに」

千川ちひろは、首を傾げながら、オペレーターに問うけれど、彼女も解るわけがない。
そもそもとして

「どうして、其処まで高森藍子を『希望』としてみるんです?」
「それは、十時愛梨が彼女を『希望』としてみている事と同じですよ、そういう『切欠』が、私と彼女にあるんですよ」
「……贔屓しすぎじゃないですか?」
「あら、私は舞台を用意しただけで、最初からこれを期待した訳じゃないですよ……全部彼女が掴み取っただけ」

オペレーターにそう言って、ちひろは笑う。
何も最初から用意したわけではない。
彼女が落ちる選択肢も考えていた。
城ヶ崎美嘉が早く死に、水本ゆかりが早々に退場したように。
何も、最初から用意されたものではない。

いくつか仕掛けておいた種が連鎖して、そして花が開いただけなのだから。

「その切欠って……?」
「多分そのうち十時さんが話しそうですけどね。この島で、本当に『絶望』した彼女が」
「……『絶望』」
「そして、『希望』も、今、花開き……さて、2つの溜まった仕事を片付けましょう」

ちひろが笑い、モニターが移る。



一つは、ある島に独り居る少女。



「放送後、彼女と藍子ちゃんを話させるので、準備をよろしく」




もう、一つは、警察署にいる希望の花。



「そして、彼女にも、返事を送ってください」




そうやって、物語は続く。




「ねぇ、希望の花。 次は、貴方の信じるもの、仲間から崩されますよ。 さぁ……どう輝くんです? それとも貴方はそこで絶望するの?」








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

818希望よ、花開け ◆yX/9K6uV4E:2013/11/10(日) 02:01:32 ID:YRnCO7Vs0







警察署には、装備を扱う部署がある。
拳銃とか防弾チョッキとか閃光弾とか、それ。
それを厳重に締まってる部屋の鍵を

今、あたしは手に入れた。
ある課の何番目の机にあるって。

そうメッセージが着たから。
後、色々メッセージ着たけど、今は割愛。


そうして、とりあえずあたしは、さ。



力を手に入れたんだ。




藍子はさ、正しい。
凄く、正しい。
そうやって、小日向美穂を助けた。


凄い、やっぱ藍子はアイドルだ、『希望』だ。




でも、でもさぁ。



あたしは




――――どうしても、その『正しい希望』を選べないんだ。





あたしは、どうしても、どうしても。



フラワーズを皆を、救いたいんだ。




例え、何を捨てても。






それが、それが。





あたしが選んだ。





――――『正しい希望』ってやつなんだ。




だから、きっと近い内に、此処から出て行く。
あたしは、もう、此処にはいれない。




藍子とは、もう、



――――いっしょにいれないよ。

819希望よ、花開け ◆yX/9K6uV4E:2013/11/10(日) 02:01:45 ID:YRnCO7Vs0




【G-5・警察署 装備課/一日目 真夜中】


【姫川友紀】
【装備:少年軟式用木製バット】
【所持品:基本支給品一式×1、電動ドライバーとドライバービットセット(プラス、マイナス、ドリル)、彼女が仕入れた装備、防具多数】
【状態:疲労】
【思考・行動】
 基本方針:FLOWERSの為に、覚悟を決め、なんだって、する。
 0:あたしが選んだ正しい希望なんだから。
 1:FLOWERSを、みんなを守る。

 ※FLOWERSというグループを、高森藍子、相葉夕美、矢口美羽と共に組んでいます。四人とも同じPプロデュースです。
 ※スーパードライ・ハイのちひろの発言以降に、ちひろが彼女に何か言ってます。

820希望よ、花開け ◆yX/9K6uV4E:2013/11/10(日) 02:02:35 ID:YRnCO7Vs0
改めて投下終了しました。
この度は大変お待たせしまい、申し訳在りませんでした。
投下に付き合ってくれた皆様、ありがとうございます!

821 ◆wgC73NFT9I:2013/11/10(日) 15:38:51 ID:XD5Xq7fI0
>いつも何度でも・希望よ、花開け
投下乙です!
治療が上手くいきましたね!
あと、ちひろさんは相変わらずテンション高くていいなぁ。
ユッキの心情はどうなっていくのか……。


非常にいい雰囲気の中で申し訳ないのですが、劇中で使用された毒物に関して問いたいことがあります。
これは一体何なのでしょうか?
明かされている大石ちゃん情報と治療から見るにパラコートでしょうか。
なおかつウィキペディアの知識によるものかと。
『活性酸素』とか『ビタミンE』とかに固執しているので、恐らくそうなのかと思われます。


意識のない状態で催吐させるのは、パラコート中毒に限らず誤嚥の可能性があり非常に危険なので、やめたほうがいいかと思います。
まずは気道確保しないと、正しい対処とはいえないと思います。
パラコート中毒での胃洗浄も、パラコートなら胃で吸収されないので、腸洗浄のあとの最終手段のようです。

なお、パラコートでの間質性肺炎といった呼吸器症状は最後の病態です。
ネネさんの症状には即しません。
服毒直後は、飲んだ消化管から順次侵されていきますので、口腔には潰瘍ができますし、
腹痛と嘔吐が出て、肝障害、腎障害が出てからの呼吸器症状です。
直後に呼吸困難では発症しません。
猛烈に嘔吐します。
肺の症状の発現はもっと日時がかかるでしょう。
少量のパラコートなら、意識はあるだろうので嘔吐させてもいいと思いますが、
どうやら作中では意識がないようなので大量のパラコートのようにも思えて……。

あと、ビタミンEよりももっと重要なのは輸液です。
血中のパラコートを早急に排泄させないとまずいので、輸液と利尿を行なうべきではないかと。
ビタミンEの静脈注射用製剤とか活性炭とかトランポリンとかがおいてあるやたらマニアックな警察署なら、輸液パックぐらいあるとおもいますので。


単に症状から見ると、ネネさんの病態は、アナフィラキシーショックによる気道閉塞からの呼吸困難とかに思えます。
そうすると治療方針は根本的に間違っていると思われますし……。
結局、気道確保と、今度は気道を広げるためのエピネフリンとかが重要ではないかと。
ハチ被害に対しての対処策としてエピペン(c)くらいは警察署は持っていておかしくないです、きっと。


『彼女たちが駆け込んだナイン-ワン-ワン』によれば、
『目薬を入れるほどの小さな瓶の中に入っている毒薬は無色透明で、この一瓶分を飲ませればその相手は絶命するという。
呼吸循環不全を起こし、致死量に至らない場合でも適切な治療が行わなければ数日間苦しんだ上で死ぬ』
らしいので、どうも架空の薬剤のような気もします。
パラコートの水溶液は赤茶色。着色されていたら青緑が多いようです。

中途半端に情報を出すと、説得力がありそうで無いものになってしまいかねないと思うので、
Johnさんとも相談なさった上で、それに即した病態と治療の描写にしたほうがいいと思います。

822 ◆John.ZZqWo:2013/11/10(日) 19:51:20 ID:.bqRETX20
大作を投下乙です!

>only my idol/First Step、いつも何度でも、希望よ、花開け
藍子の希望の花としての真価となにに根ざすものか――というのが今回ので見えてきた!って感じですね。これで名実ともに希望のアイドル。
けれど、それとは裏腹に同じFLOWERSの面子は怪しい感じ。藍子の光が強いからこそって感じで……一筋縄にはいかなそう。
今回動いた子の中で絆が深まった感じがするのは実にほっこり。騒動が起こるまでの流れもゆったりとしてて、なんだかよかったです。


>毒
あくまでギミックなのでこのままで問題ありません。

823 ◆j1Wv59wPk2:2013/11/11(月) 00:30:32 ID:s.NZ1HeA0
皆様投下乙です!超大作がきてらっしゃる。

>ヒトコロスイッチ
うむ、この淡々とした感じが癖になる。正に二人のドライな関係がしっかり書かれてていいなぁ。
睡眠時の掛け合いとか、ホント好き。彼女達はこういう現実的な路線で行って欲しいなぁ。
ライラスの毛布かー。聞いたことがあるけど、まさかそういう事に繋がるとは思わなんだ。
そういう事を考えても、いいグループだよなぁここ。期待です。

>ソリトン
打って変わって、微笑ましい女の子二人。
持ちつ持たれつというか、どっちもどっちを必要としてるのは心が温まる。
やはりこはれいは大正義。地の文の綺麗さもあいまって、儚げな雰囲気が非常に好みです。
しかし、ダイナーがますます要塞化していくのか……大変だなぁ。

>彼女たちからは近くて遠いサーティシックス
……そこに気付くのか。気付いてしまったのか……。
やっぱり彼女も普通の女の子なんだよなぁ。割り切れない、当たり前の事なんだけども。
藍子と話す時、彼女はどうするのかな。flowersは友紀もそうだけど、一筋縄じゃいかんなぁ


>only my idol/First Step
壮大な分割話の最初。first stepはホント名曲だからみんな聞くべき(オプマ)
この絶望に立たされそうになって、それでも希望の為に皆がそれぞれの出来る事を成し遂げようとする流れがとても好き。
特に恐怖におびえるいずみんを安心させる藍子ちゃんとか、いいですねぇ。正に希望の物語。
藍子の仲間を信じるという想い。美穂に嫌悪感さえ覚えさせる彼女の思考も、普通の少女が仲間とアイドルを信じていただけ。
長きにわたる確執も、良い所に落ち着いたと言った所ですねー。

>いつも何度でも
名曲だからみんな聞くべk(ry
ふむふむ、栗原ネネの家庭事情はあまり本編では語られなかったけど、ここではそういう子なのね。
ネネさんだって普通の女の子だしなー。こういう闇の部分もあるだろうし、だからこそ深まる絆もある。
結果として救われて良かったすなぁ。まだまだ何も解決してはいないけど、このチームの地盤はより固まったか。
……しかし、いずみんってホント万能ですなぁ。


>希望よ、花開け
ちひろ……やはりくるってやがる……。
中々絵にはなりそうだけど。何というか、彼女は何か期待してるんだろうなぁ。
そして友紀が覚悟完了しちゃったかー…。さて、どうなるんでしょうねぇ。


作品で触れられてる『毒』は……私はそういう分野には疎いのですが。
確かに実在している毒と似ている部分があったら察した人は困惑してしまうかもしれませんねぇ。
明言はしていないものの、その毒を知っていたら違和感を感じてしまうのは無理ないかもしれません。
私的にはまぁ、変に具体的な部分があるせいで実在する毒物と混合してしまうのなら『ビタミンE』や『活性酸素』などの固有名詞をぼかす等の対応でも十分な気もしますね。

824名無しさん:2013/11/11(月) 18:56:11 ID:Qwb5oKUMO
投下乙です。

美穂の反発は、藍子の弱い部分への同族嫌悪だったんですね。
でも、同じ弱さを持ってるなら、自分も強くなれる可能性があるわけで。

825 ◆yX/9K6uV4E:2013/11/17(日) 19:50:43 ID:Fb3OBhbY0
まずは感想をー!
皆様投下乙です!
>彼女たちの目には映らない稲妻(サーティファイブ)
かな子とかな子Pの間にこんな事が。
綺麗な幕間で、かな子のなかにあるものが徐々にわかってきましたね。


>心の雨
これもまた綺麗な幕間。
紗枝ちゃんの寂しげなところがちょっと印象的。
彼女は、一度乗ろうとしていたけど、それはPを思ってだよねぇ。

>ヒトコロスイッチ
ドライながらも、こう関係がうまくいってるなぁ。
杏が不安定だったのはあの人形が無かったからか……
納得です。

>ソリトン
小春と麗奈はいいなぁ。
とてもらしくて、精一杯で。
頑張れ、二人とも。


>彼女たちからは近くて遠いサーティシックス
相葉ちゃんせつないなぁ。
藍子と話すのに縋って、それでもなお手放沿うとして、でも手放せなくて。
とても哀しい感じがします。


毒に関していうならば、ギミックのままなので、このままでいきます。

最後に緒方智絵里で予約します

826 ◆yX/9K6uV4E:2013/11/18(月) 22:37:46 ID:hmSqUrlY0
お待たせしました、投下開始します。

827雨に唄えば ◆yX/9K6uV4E:2013/11/18(月) 22:38:17 ID:hmSqUrlY0







――――I'm singing in the rain Just singing in the rain







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

828雨に唄えば ◆yX/9K6uV4E:2013/11/18(月) 22:38:43 ID:hmSqUrlY0







しとしとと、雨が降っていた。
土砂降りというほどではないけれど、絶え間ないぐらいに。
ぴちゃんぴちゃんと雨が落ちる音が響く。
緒方智絵里は、それを寂しげに聞いていた。


ああ、みんなが濡れてしまう。
彼女はそう、切なそうに、ぽつんと呟く。
飛行場に置いてきてしまった、死んでしまった三人。
野ざらしになって雨に打たれてしまっているだろう。
響子は木の陰に隠したとはいえ、濡れてしまっているに違いない。
精一杯、夢を追いかけたあの三人が、更に冷たくなってしまう。
思わず涙が、こみ上げてきそうになるが、頑張って耐えた。

だから、耐えたかわりに、好きな人の名前を呼んだ。
旅館で拝借したピンクの傘をくるくると回しながら。
勇気をつけるように、励ますように。
傘に付いた雫が緩やかに、落ちていった。

よしっ、と彼女は密かに握り拳を作って、前を向く。
雨煙の中、しっかり前だけを見ていこうと思って。
空からは、何時までも雨粒が落ちてくるけど。
それでも、なお。


ぱちゃんと水が跳ねる音がする。
大きな水溜りをうっかりして踏んでしまう。
智絵里は苦笑いを浮かべながら、歩いていく。

独りで、ずっと。
そういえば、雨の日はいつもあの人が傍に居てくれた気がする。
止まないねといわれて、止まないですねと返した、そんな日々が。
ふと、空を見あげてみる。
月も星も見えなくて、ただ厚い雲が覆っていた。

一つ、二つ、三つ。
幾らでも、雨粒が落ちてくる。
まるで、誰かが泣いているようだった。
空だろうか、それとも此処に居ない誰かだろうか。

歩きながら、先程、夢に見た人に想いを馳せる。
相川千夏、同じ人に恋した彼女のことを。
普段の千夏の事を思うと、恐らく淡々と役割を果たしているのだろう。
大好きな人を護る為に、成果をだしているのだろう。
そんな事、誰かに言われるまでも無く理解できた。

829雨に唄えば ◆yX/9K6uV4E:2013/11/18(月) 22:39:18 ID:hmSqUrlY0

でも、彼女は泣けているのかなと智絵里は思ってしまう。
大槻唯は、余りにも早くこの島から消えてしまった。
雨雫がはじける様に、一瞬に。
その事に、彼女はどう思ったのだろうか。


雨音がまるで音楽を奏でるように、響き渡る。
子守歌だろうか、鎮魂歌だろうか、はたまた小夜曲だろうか。
亡くなった人達を思うように、静かに、決して終わることは無く。
何時までも、雨は演奏を続けている。


泣けてればいい、想えていればいい。
千夏も、留美も、みんな、みんな。
哀しむ事すら出来なくなるのは、余りにも哀しいから。
だから、そんな哀しみを止めなければならない、断ち切らなければならない。
幸せな夢を見る為にも。
智絵里はそう思ったから。

どんなに降り続ける雨でも、止まない雨なんてない。
その先にあるのは、輝く太陽だ。
哀しみの先に、それでも希望があるのだから。
雨粒は、太陽の光で、輝くのだから。


雨が、降っている。
しんしんと、終わらない雨が。
智絵里は、それを眺めながら思いを馳せる。

もう少ししたら、放送だ。
また、誰かが亡くなる。
人の命が、失われる。

けれど、それと同時に、一つの恐怖が不意に現れてくる。
夜の雨の中から、急に飛び出してくるように。
余りにも突然に。

智絵里は、もう、殺し合いから降りた人間だ。
絶対的な意志を持って、殺し合いを否定しようとする。
それは、でも、反抗だ。
逆らってはいけないものに、逆らうのだ。

だから、もしかしたら。
大好きな人が、放送で殺されたと言われるかもしれない。
自分が殺し合いに降りたから、殺したというかもしれない。

大好きな人が、死んでしまう。
大好きな人を、ハッピーエンドに連れて行けなくなる。
大切な友人の約束を、破ってしまう。

830雨に唄えば ◆yX/9K6uV4E:2013/11/18(月) 22:39:45 ID:hmSqUrlY0


ひゅうと、雨にまぎれて、冷たい風が吹いた。
手に持っていた、傘がふわりと宙に舞って、落ちた。


降りしきる雨の中で、智絵里はひとり。


優しくも冷たい雨に濡れながら。



ただ、何かを、叫んだ。




それは、雨音に隠れて、聞こえなかったけれど。
智絵里の顔は、雨に濡れていてよく解らなかったけれど。

智絵里は落ちた傘を取って、また歩き出した。
それが、意思表示だった。
緒方智絵里の覚悟だった。


緒方智絵里は、ひとり、雨の世界で歩き続ける。


けれど、その背を押してくれる大切な人たちが居る気がして。



智絵里は、雨音を伴奏に、ただ、唄った。


幸せな唄を。



雨に濡れた髪の一房には、結ばれたリボン。



それは、智絵里に想いを託してくれた少女の約束の、証だった。



雨粒に濡れて、それはとても、美しく、輝いている。










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

831雨に唄えば ◆yX/9K6uV4E:2013/11/18(月) 22:40:10 ID:hmSqUrlY0







――――Just singin' Singin' in the rain I'm happy again! I'm singin' and dancin' in the rain!

832雨に唄えば ◆yX/9K6uV4E:2013/11/18(月) 22:42:44 ID:hmSqUrlY0





【F-3/一日目 真夜中】


【緒方智絵里】
【装備:アイスピック ニューナンブM60(4/5) ピンクの傘】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×16】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:心に温かい太陽を、ヒーローのように、哀しい夢を断ち切り、皆に応援される幸せな夢に。
1:他のアイドルと出会い、『夢』を形にしていく。
2:大好きな人を、ハッピーエンドに連れて行く。

※どちらの方向に行ったかはお任せします。

833雨に唄えば ◆yX/9K6uV4E:2013/11/18(月) 22:42:57 ID:hmSqUrlY0
投下終了しました。

834 ◆yX/9K6uV4E:2013/11/18(月) 23:58:10 ID:hmSqUrlY0
補完話として、三船美優を予約します

835 ◆yX/9K6uV4E:2013/11/26(火) 00:08:20 ID:Q003X71M0
お待たせしました投下します

836粉雪 ◆yX/9K6uV4E:2013/11/26(火) 00:10:14 ID:Q003X71M0





――――粉雪 ねえ 心まで白く染められたなら 二人の孤独を分け合う事が出来たのかい






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇










「――――さん! 事務所、戸締りしちゃいますよ」
「……もうそんな時間なのか」
「何度もそういいましたよ」
「それは気付かなかったな……居残りは駄目か?」
「今日が何の日か知ってます? 早く帰らせてくださいよ」
「……解ったよ」

もうと呆れたように言って、事務員である千川ちひろが苦笑いを浮かべていた。
浮かべさせた張本人である、若い男はバツの悪そうに頭をかいて帰宅する準備をする。
男は別に残業をするような仕事も無く、デスクにはとっくの昔に冷めたコーヒーだけ置かれていた。
定時の時間に帰れる立場にいるのだが、男にとって帰る事すら億劫になっていた。
だから事務所に寝泊りする同僚が居るなら、意味も無く付き合っている。
けれど、今日は不幸にも残業する同僚も、遅くに帰ってくるアイドルも居ない。
そうなってしまったら、渋々帰るしかない。仕事も無い人間を警備員にする余裕はここにはないのだ。
やれやれと大きなため息をついて、灰色のコートを男は羽織った。
そして、大人の男にはやや不似合いの鮮やかなチェックのマフラーを首に巻いて、準備を終える。

「……それじゃあ、お疲れ様」
「はい、お疲れ様でした」

男はそう言って、気だるそうに事務所のドアを開けて、出て行った。
バタンと扉が閉じる音を聞いて、千川ちひろは大きくため息をつく。
隣で、同じくレッスンを終え、帰る準備をしていた藤原肇も不思議そうに見つめていた。

837粉雪 ◆yX/9K6uV4E:2013/11/26(火) 00:10:48 ID:Q003X71M0

「……あの人、いつも遅くまで残っていますね」
「……単純に、家に帰りたくないんですよ」
「……?……なんでです?」
「辛い事を沢山思い出すからじゃないかな」
「……それは、私は聞いても大丈夫なんですか?」

藤原肇は困った風に笑って、尋ねていた。
人のプライバシーでもあるから、確認取る所が彼女らしい。
あのだらしないプロデューサーの担当とは思えないぐらいに。

「ええ……彼、此処に来る前、ある有名なアイドルを担当してた人なんですよ」
「へぇ……」
「けれど、アイドルを護れなかった。色々なものから」
「えっ……」
「死なせてしまったんですよ……それ故に、無気力になって、ある意味、絶望してる中、うちの社長が拾ったんです」
「……そうだったんですか」

男はプロデューサーとして、この会社に雇われている。
しかしながら、未だに担当アイドルはゼロで、事務の仕事を手伝っている有様だ。
社長は傷が癒えるまでそれでいいと納得しているから、成り立っているようなものだった。
彼の実力を買っている一人で、だからこそ死なせてしまった故に前の事務所に居られなかった彼を救ったのだから。
男は感謝はしているものの、未だに傷が癒えていない。

「なんだか…………せつないですね」
「ええ……」

二人して寂しく頷いて、彼がいってしまった扉を見つめていた。
彼の心はきっとその時から、何も動いていないのだろう。
まるで、何時までも解けない氷のように。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

838粉雪 ◆yX/9K6uV4E:2013/11/26(火) 00:11:17 ID:Q003X71M0







「寒いな……」

男は独り、吹きすさむ風の中、寒さに身を震わせながら歩いている。
凍えるような風は止む事が無く、真冬だという事を告げていた。
男は大切なアイドルを死なせたあの時から、冬が何となく苦手になっていた。
あの時も、厳冬だった。何もかも氷らせるような冬だったことを思い出す。

「………………」

男はそっと首に巻かれた不釣合いのマフラーを触った。柔らかい温もりが其処にあった。
けれど、これを編んでくれた人は居ない、男が護れなかったのだから。
今でも信じられない、何故彼女が死を選んでしまったのかが理解できない。
順風満帆とは言い切れなかったが、それでも確実に進んでこれた筈だったのだ。
一体、何がそこまで彼女を追い詰めてしまったのか、男には解らなかった。
枯れた葉っぱが樹から風に吹かれて落ちるように、突然、命を絶って。
その時から、男の心は凍ってしまった。何にも、動く事が無くなった。
彼女に何も相談されなかったのが、哀しかった。
彼女を何も理解できなかったのが、苦しかった。
彼女の死を聞いて立ち尽くすだけの自分が許せなかった。

「……ああ、くそ……寒い」

今日は本当に寒い。寒空の中、雲間から、余りにも星が綺麗に輝いてるのが、憎たらしかった。
自分の家に帰るのが苦痛だ。あそこには彼女との思い出の品が一杯あるから。
別に恋人だったとかそういう訳でもない。けれど、二人三脚で歩いていった軌跡が全部ある。
一緒にとった写真、彼女が出た番組の録画、彼女から貰った誕生日のプレゼント。
それらを見るのがたまらなく嫌だった。結局あの頃から何も進めちゃいない。
自然と帰るのも億劫になるのは、当然といえば、当然だった。
男は堪らなく今、孤独だった。支えたかった人は、もういないのだから。

「……けど、寒いのもまた嫌だな」

けれど、寒いのも男には耐えられなかった。いい加減早く家に着きたいと心の底から思う。
コートのポケットに手を突っ込みながら、足早に帰り道を歩く。
やはり出来る事なら事務所から出たくは無かった、こんなに寒いのなら。
手を温めてくれる人も居ない、孤独なのだから。
男はそう思いながらも、現状事務所のごくつぶしになっているのを考えると、それも申し訳ないと思った。
担当アイドルを無理につけてくれないのは、男にとって正直助かっている。
未だにあの時の事を考えると、どうしてもプロデュースする気にはなれなかったのだから。
同僚のデザイナー上がりからは、ずるいといわれているが。
それでも、まだ彼の時は動いては居なかった。
だから、本来の仕事は出来ていないまま、今に到っている。
いい加減動かないといけないのだが、それでも、なお。


「………………ん?………………粉雪か」

ふと、彼の鼻先にちょこんと冷たい結晶が当たった。
雨かなと顔を上げると、ちらちらと舞い降りてくる白いものが。
ああ、本当に冬なんだなと男は思う。
粉雪が舞い降りてきて、そしてアスファルトの地面について、すぐに解ける。
そんなに寒い季節がやってきているのだ。
それは、あの時の事を思い出して、本当に嫌だった。

早く帰ろうと、男は跨線橋の階段をかんかんと上がっていく。
この線路を越えれば、もうすぐ家につける。
帰るのは辛いが、寒いのもまた耐えられない。
粉雪は未だに、空から舞い降りているし、男は急いで階段を駆け上った。
そして、男が見たのは

839粉雪 ◆yX/9K6uV4E:2013/11/26(火) 00:11:37 ID:Q003X71M0

「………………あぁ」

粉雪を、切なそうに眺めながら、それでも祝福するように、雪に当たり続ける女性が居た。
白い手に、粉雪が舞いおりて、それを愛おしそうに眺めていて。
なんて綺麗な人なんだと男は思う。まるであの子のように、儚い。
一瞬で、見とれてしまった。
彼女は、微笑みながら、その目には、雫が輝いていて。

「……って、おい!」

こんなに、寒いのに、素足だった。
粉雪すら舞い降りているコンクリートの地面に、素足で立っている。
彼女の脇には、ブーツと靴下が置いてあって、更にその隣には小さな白い封筒が男には見えた。
それはつまりあの子がやってしまった事をまたこの女性がやろうとしている事だと、理解できた。

「ちょっと待て!」
「……えっ、いや、離して……ください……!」

女性が手摺を越えて、今にも、線路に飛び降りようとしたから、男は必死に彼女の手を掴んだ。
その手は、氷のように冷たくもあり、それでも、人の温もりを感じさせるものだった。
男はあの時、掴めなかった手を握ってるような感覚に襲われる。
最後にあの子の手を握った時は、人の温もりが感じられない手だった。

「死のうとしている人間の手を、離してたまるか」
「…………え……あ……う……でも……貴方は……関係ない」

彼女は揺れる瞳を男に向けて、未だに抵抗している。
男にとって確かに彼女は関係ない。今、あっただけだ。
それでも、目の前で死のうとしてる女を見るのはたまらなく嫌だった。
何より、あの時のことを想起させてならないから、二度と離すわけにはいかなかった。
この人を死なせない為にも、男は言葉をかさねる。

「死なれたら、目覚めが悪いだろ」
「いいんです……このまま……孤独になったまま……終わらせて」

そして、この女性も、孤独だった。
この粉雪が舞う中、彼女は孤独を噛み締めながら、死を選ぼうとしている。
あぁ、あの子もそうだったのかと男は思う。
孤独の中、誰にも彼女の心を解らないまま死を選んだのだろうか。
だったら、そんなもの。

「いいや、貴方にやって欲しい事があるんだ」
「……え……?」
「……アイドル、やってみないか。貴方の美しさに一目惚れしたんだ」

胸に抱えている孤独なんて、分け合えばいい。
独りで居るのが辛いなら、苦しいなら分け合う事で救えるなら、きっと。
男は、そう思った。あの時、見とれたのは嘘じゃない。
そして、その美しさを魅せる事が出来る職業についているのは、偶然でもなんでもないのだろう。
粉雪を見る空を二人とも見ていて、そして、この人を見つけられたのも、きっと。

「何を……そんな……」
「だから、死んでもらっては困る。貴方が……『必要』なんだ」
「……う……」
「どうかな……?」
「解ったから……お願いします……手を離して……痛い」
「……っと、悪いな」

そうして、男は初めてその女性と向き合う。
儚くて、脆くて、それでも、なお美しさを失わない女性が、其処に居た。
改めて男は思う。この人をプロデュースしたいと。

「俺は――――だ。すぐそこの――ってところで、プロデューサーやってるんだ」
「……はぁ」
「で、貴方にアイドルになってもらいたい。どうかな?」
「え……その……」
「そして、人前でその美しさを見せてほしい……名前は」

彼女は困ったように、苦笑いを浮かべる。けれど、其処には温もりがあった。
その笑顔は、あの子を思い出させて男は苦しいと思ったけれど、でも向き合いたかった。
ちょっと怒ってるように見えて、男も苦笑いを浮かべる。

「……三船美優と申します……いえ、怒っているわけではありません……その、人付き合いって苦手で……何を話していいのか……こんな私が……人前に立てるんでしょうか……?」

三船美優と名乗った女性は、不安そうに見つめてきた。
まるで子犬のような眼差しで、男は力強く頷く。
粉雪が舞う中、自然と寒さは感じなくなっていた。
それは、傍から見たら、孤独を慰めあう二人に見えるかもしれないのだろう。
だけど、今こうして、二人でいる。それだけでよかった。
だから、男はかじかんだ三船美優の手を握って。

「ああ、勿論……どんな時だって、俺が君を護ってみせるさ」





――それは、きっと、男にとっても、三船美優にとっても、聖夜の贈り物に、なったのだから。

840粉雪 ◆yX/9K6uV4E:2013/11/26(火) 00:12:00 ID:Q003X71M0







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







冬から、春に、そして、夏に。色々な季節があっという間に、巡って。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







あの聖夜から、どれだけの時を経ったが男は知らない。
けれど、その間に沢山の思い出が出来た。
それは全て、三船美優との思い出だったのは言うまでも無い。
彼女をアイドルにする為に、男は身を粉にして働いた。
動き出した心と時は、あっという間に何もかもを変えていくようだった。

それは、三船美優にとっても、同様で。
余りにも変った彼女の環境は、彼女を何もかも変えた。
少しずつ笑顔が増えていった。凍っていた心が解けていった。
怒ってそうな顔はまるで優しいものに変わっていた。
アイドルとして、輝くものになっていた。

二人は、そうやって歩んで、時にぶつかりあって。
笑って、泣いて、喜んで、哀しんで。
孤独を分け合って生きて。


そして、今、彼女にとって大きなステージを迎えようとしている。
舞台裏で、男と三船美優は、ステージの前にいるファンの声を聞いて、時間になるのを待っていた。
三船美優は緊張しているのか、少しだけ笑顔がぎこちなかった。
それでも、冬の頃から比べると大分、笑顔が素敵な女性になっている。
やがて、三船美優は口を開く。決意の篭った眼差しを男に向ける。

「ふふっ……人生とはおかしなものですね。私がこうしてこんな場所に立っているだなんて……でも今の私なら出来るって……信じています……
 ――さんも信じて、見守っていて下さいね……」
「ああ、ずっと見守ってるさ……護ってやる」
「ありがとうございます……」

三船美優は、はにかみながら、笑う。こんなに自信を持てるなんて彼女自身も思わなかった。
男は出来ると思っていた、それは彼女と過ごした時が証明していると思ったから。
だから、男は、今、この最高の時に、伝える事にする。

孤独を分け合い、止まっていた時と氷を溶かしてくれた、彼女に。

841粉雪 ◆yX/9K6uV4E:2013/11/26(火) 00:12:33 ID:Q003X71M0


「美優」
「……何でしょう」
「好きだ、ずっとあの時から……これからもずっと護るから……俺の傍に居てくれ」
「それって……」
「あぁ、勿論……って……泣くなよ……どうすればいいんだ」

男は、急に泣き出した三船美優に驚き、戸惑ってしまう。
独りよがりではなかった筈だ、でも泣いている。どうしよう。
化粧も落ちるし、これからライブなのに、どうしよう。
そんな考えが男の脳裏に浮かび続けて居る時。

「嬉しくても涙は出るんです、――さん。だから心配しないで……このステージに立てて良かった。とても幸せ……ありがとう……」
「美優……」
「大好きですよ……――さんは私に光をくれた、大切な人ですからね……」

そう言って、三船美優は男の唇にそっと自分の唇をつけた。
答えなんて、もう、とっくの昔に出ていた。
あの粉雪舞う季節に、出会ったあの時からきっと、もう。
三船美優の心は決まっていたのだろう。
凍える手を引っ張ってくれた人に、変えてくれた人の傍に居ると。
未来永劫、永遠に、居ようと思っていたから。

孤独を分け合えた二人で。


「いってきます――さん……アイドルとして変わった私を、全て……見せてきます……!」
「ああ、いってこい」


握った男の手が三船美優にとってとっても温かった、祝福をくれるような温かさだった。
だから、今、最高の笑顔を、この光り輝くステージで浮かべる。





「心から笑える…………今、幸せです」






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






――そして、また聖夜が巡ってくる





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

842粉雪 ◆yX/9K6uV4E:2013/11/26(火) 00:13:06 ID:Q003X71M0







「もう朝ですよー?……――さん起きてください」
「んぁ……そんな時間か」
「はい、お仕事の時間ですよ……」
「……じゃあ、行くか」
「はい、朝ごはんも作っておきましたよ……」

聖夜の朝に、二人で起きて、そして二人の仕事に行く準備をし始める。
別に一緒に暮らしている訳ではないけれど、三船美優が同じ部屋に居る時間が、出来たというだけ。
あの子の思い出の品にくわえて、三船美優のものが増えただけだ。
それだけで、居るのが辛かったあの家が男にとって、居るのが幸せになったというだけだ。

「ふぁ……」
「眠たそうですね……」
「まぁ……昨日はな……」
「もう……!」

こんなやり取りすら、幸せだった、満ち溢れた希望だった。
それは男にとっても、三船美優にとっても。
当たり前のように二人で、朝ごはんを食べて。
今日の仕事は大変だぞとか、今日はレストランの予約をとってあるんだとか。
当たり前の幸せがいつものように、傍にあった。
止まっていた時は、もうずっと動いている。
凍っていた心は、冬を過ぎても、なお温かく解けていた。


「あっ……粉雪が待ってますよ」
「本当だな……そういや……」
「……去年もそうでしたね」

二人して、家を出て、歩き出すと同時に、真冬の空から、粉雪が舞い散る。
はらり、ひらりと、無数の粉雪が舞い降りていく。
去年のあの時もそんな寒い冬で、粉雪が待っていた。
去年と違うのは、手のひらに伝わる温かさだった。

「覚えてますか……――さんと初めて出会ったのもクリスマスでした……あの日から……私の運命の歯車は動き出したんです……」
「あぁ、俺もだよ」
「……私を変えてくれたのは――さん、貴方……。これは聖なる夜の贈り物だったのかしら……?
 なんてちょっと少女趣味過ぎたかしら……でも女の子はいつだって夢を見るものなんです……」

そう言って、三船美優は幸せそうに微笑んだ。まるで今のひと時が全てだというように。
けれど、男にとってもそれは同じだった、だから笑っている。
粉雪が舞う並木道を二人で歩くことがこんなにも幸せなんて思わなかった。
寒いのは二人で分け合って、温かさも分け合った。
孤独も二人で分け合って、心は満たされた。


「アイドルになって……違うことを一から始めることで……私は救われたんだと思います……」
「それは、お互い様だろ……」
「そうですね……ふふっ」
「俺も……ずっと、君を護り続けたいから……だから」
「……はい」


孤独はもう、無かった。絶望なんてなくなった。



「ずっと、幸せに、何時までも輝こうな」
「はい……!……アイドルとしても、私も、いつまでも!」



心がこんなにも幸せで――



――二人の孤独は、粉雪の舞う空にかえすから。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

843粉雪 ◆yX/9K6uV4E:2013/11/26(火) 00:13:53 ID:Q003X71M0





「また、あの二人、一緒にあるいてる……スキャンダルされたら、どうするんだろ」

千川ちひろは呆れるように笑って。
そうして、粉雪を見ながら、呟く。


「あれだけ『絶望」していた二人が、あんなにも『希望』に溢れた顔をしている……もしかしたらその逆もあるのかしれない……つまり、そう変える何かが」





粉雪が、永遠の前に、脆いように。






「――――『アイドル』と『恋』にあるってことなんですよね?」








彼女は、そう、笑っていた。

844粉雪 ◆yX/9K6uV4E:2013/11/26(火) 00:14:07 ID:Q003X71M0
投下終了しました。

845名無しさん:2013/11/26(火) 00:25:51 ID:LZEkojvA0
雪といえば雪美ちゃんとP一緒なんだっけ

846 ◆John.ZZqWo:2013/11/26(火) 00:26:55 ID:t7LkwJ760
投下乙です!

>雨に唄えば
しとしとと降る雨に濡れるという情景が自然と思い浮かぶいい文章ですねぇ。こういう静かな話は好きです。
幸薄そうで、実際そうである智絵里ちゃんだけど、さて彼女はこれから生き残ったひとりとしてどこに向かっていくのか……。

>粉雪
三船さん……いったい、クリスマスになにが……w 智絵里ちゃんといい薄幸な人が続きますねw
しかし、なにより気になるのがこのプロデューサーさん。再び担当のアイドルの死を目の当たりにして(?)、彼は今どう思っているんでしょうか。


では、
向井拓海、小早川紗枝、松永涼、白坂小梅、古賀小春、小関麗奈、藤原肇、諸星きらり の8人を予約します。

847 ◆yX/9K6uV4E:2013/11/27(水) 22:52:34 ID:tkVktM2A0
千川ちひろで、予約します

848名無しさん:2013/11/28(木) 15:28:46 ID:mzyfQKZ6O
投下乙です。

「アイドル」と「恋」、どちらも人を幸せにするもの。
でも、両立は難しい。

849 ◆John.ZZqWo:2013/12/02(月) 16:43:37 ID:ZK7Yx3S60
すいません。期限までに投下できないことを報告します。
申し訳ないですが、今しばらく猶予をいただけることをお願いします。

850 ◆yX/9K6uV4E:2013/12/05(木) 01:32:42 ID:g/NHoqzk0
御免なさい、少し遅れます。
しばしの猶予をお願いします

851 ◆RVPB6Jwg7w:2013/12/05(木) 02:20:30 ID:/JSFkWAA0
皆さま投下乙です!

>ソリトン
麗奈の反省と自覚に、小春を支える暖かな思い出。どちらも掘り下げの精度がすごいなぁ……!
個人的にあのPさんが出てきたことにほっこり。

>彼女たちからは近くて遠いサーティシックス
色々と順調に来ていたサバイバル生活の、ままならない不自由さを感じさせる状況。
対話を前に揺れるよなぁ、それは……! ほんとどうなるんだ。

>only my idol/First Step/いつも何度でも/希望よ、花開け
ついに炸裂した大爆弾。おおう、もう……。
まさに暴発と言える毒杯の行方に、追い詰められる子、許す子、命を救う子、そして覚悟を決めちゃう子。
ほんと収まるところに収まった感がありつつ、まだ胎動する不穏も残ってる感じで……
良質な大作、乙です!

>雨に唄えば
千夏のことを想う智絵里。あの5人組で最後に残った絆がココになるとは……。
殺しに手を染めた子にまで優しい結末を望む彼女の気持ちが、今後どこに繋がって形を成すのか、期待です

>粉雪
大人だー!? い、いやまあ、10代組と違ってそうでない方がおかしい気もする訳ですけど、驚いたw
いい関係だなぁ。しかし……だからこそ鬼だ、この事務員。

852 ◆RVPB6Jwg7w:2013/12/05(木) 02:21:09 ID:/JSFkWAA0
でもって……

大石泉、姫川友紀、川島瑞樹、高垣楓、矢口美羽、高森藍子、日野茜、栗原ネネ、小日向美穂

以上9名、予約します。

853 ◆RVPB6Jwg7w:2013/12/07(土) 00:48:20 ID:0c7VAoLw0
予約していた分、投下します。

85411PM ◆RVPB6Jwg7w:2013/12/07(土) 00:49:08 ID:0c7VAoLw0


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



  午後11時過ぎ、冷たい雨は未だ暗い空から降り続いている。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



――理屈ではなく、直感で分かったのだ。
今この機を逃したら、たぶんもう、出ていくチャンスはない。誰かに見つかってしまう。
だから例えば、以前に交わした約束を破ることになるとしても。
彼女は、決断したのだ。


「……よし」


暗い夜中の警察署の、人の気配のない正面玄関口。
あと1歩踏み出せば降り続ける雨の中に踏み出すことになる、ひさしの下。

彼女は1人、深呼吸をする。

ずしりと肩にかかる重みは、防弾防刃チョッキ。
たくさん積んであった防刃ベストよりも高性能な防具であるらしいが、その分、やはり重い。
激しいダンスと長いライブに耐えるためのトレーニングを積んでいなければ、きっと音を上げていただろう。

どっしりとした重量を伝えているのは、肩ばかりではない。
長い髪を揺らし、彼女は改めて腰のベルトに備えた装備を確認する。
そこにぶら下がっていたのは、頑丈な伸縮式の特殊警棒。
そして――ホルスターに収まった、拳銃。
別に二挺拳銃を気取るつもりはなかったけれど、予備のつもりで、2つ並んでぶら下がっている。

日本の警察用規格のリボルバー、S&W M360J、通称「SAKURA」――
こんな所でまで「花」と出会うことになるなんてね、と、彼女は苦笑する。

何にしても、これだけの重装備。
仲間たちと一緒に居る時に身に着けていれば、目立って仕方がない。
必要な時が来るまで隠し持っておく、というのも現実的ではない。

「これは……ここに置いていくよ。
 笑顔も、野球も、今は置いていく」

全て準備万端、整っていることを再確認すると、彼女は手にしたバットを改めて眺める。
やや小ぶりな子供用のバット。
早い段階で見つけ、ずっと傍にあった武器。
それを丁寧に、建物と並行になるように。
警察署、正面玄関を出たすぐのところに、ゆっくりと安置した。

たぶん、相手を威嚇したり追い払ったりするなら、このバットの方が適していたのだろう。
刃物など違い、当たったとしても致命的な結果にもなりにくい武器。せいぜい軽い打撲程度。
身を守りたい、けれど相手も傷つけたくない、そんな彼女たちにピッタリだった、護身用の道具。

でも――ここから先は、違う。
今から彼女がやろうとしていることには、バットよりも、拳銃の方が向いている。

姫川友紀は、これから。
単身、どこに居るとも知れぬ『敵』を討ちに行くのだ。

現時点での所在は、見当もつかない。
けれど「遭遇できるかもしれない場所」には、心当たりがある。
友紀なんかよりもよっぽど頭のいい人たちが推測してくれた、『敵』の行動、『敵』の思考。
そこから考えていけば、友紀にも分かる。

いまだ泣き続ける暗い雨雲を見上げる。
彼女の標的たる『敵』も、今頃はどこかで雨宿りをしているのだろうか。
どこかで食事でもして、そしてこんな時間だ、仮眠の1つでも取っているのだろうか。

「だとしたら――悪いね。
 そっちの都合なんて、知らないんだ。
 イヤでもこの冷たい雨の下に、出てきてもらうよ」

あえて、振り返りはしない。
年若い「仲間たち」を守るためにも。
彼女たちの「希望」を守るためにも。


 ここから先は、『大人』の時間だ。


そうして彼女は、姫川友紀は、降りしきる雨の中に。
傘も差さず、合羽も纏わず、その一歩を踏み出そうとして――


 ――くいっ。


「…………えっ」

不意にその袖口を、無言で引かれて。

85511PM ◆RVPB6Jwg7w:2013/12/07(土) 00:49:52 ID:0c7VAoLw0


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



  午後11時過ぎ、冷たい雨は未だ窓の外に降り続いている。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「――予定を、少し早めたいと思います」

雨に閉ざされた夜の警察署、その医務室で。大石泉は宣言した。

「……というと?」
「雨が上がるのを待たずに、すぐにでも図書館に向けて出発したいと思います」
「図書館と言うと、『例の本』よね。……理由を聞いても、いいかしら?」

ベッドの1つに腰かけた川島瑞樹が、少女を見上げつつ首を傾げる。
そのまま飛び出していきそうな勢いさえある少女、大石泉は、それでも焦りを必死に押さえて周囲を見回す。

「既に何人かには話しましたが、木村夏樹さんが遺した『図書館の本』には、続きのシリーズがあります。
 『犯罪史の中の爆弾』――『首輪型の爆弾』について、詳しく書かれているはずの一冊です。
 シリーズものですから図書館に置いてある可能性は高いですし、内容的にも是非とも手に入れたい本です」
「うん」
「ただ、手に入れたところで、読み込むための時間は必要です。
 読んで、理解して、そこから対策を考える必要もあります。
 仮にそこで構造の推測が一気に進んだとしても、その先、どれだけ手間取るかは、まだ見当もつきません。
 本の入手は、早ければ早いに越したことはないんです」
「それは、分かるんだけど」

相槌を打ちつつ口をはさんだのは、高垣楓。
医務室の入口近く、壁に背中を預けて腕を組む彼女は、彼女にしては珍しく不機嫌そうな様子だった。

「分からないのは、『なぜ今になってそんなことを言いだしたのか』、よ」
「…………」
「そこまでの話は、『本の続き』があると分かった時点で見えていたことよね。
 じゃあどうして『今』、『予定を早める』ことになるの? 説明が欲しいのは、むしろそこよ」
「それは……」

厳しく問い詰められて、泉は言葉を濁す。
迷うように視線を向けた先は、瑞樹が腰かけるのとは別の、もう1つのベッドの上。
目が合ってしまった少女は、困ったように微笑むと、か細い声でつぶやいた。

「……やっぱり、私の……?」
「……はい、そうです」

泉もまた困ったように眉を寄せつつ、それでも真摯に、横たわった栗原ネネのことを見る。
毒入りの茶を飲んでしまった彼女。
つい先ほどまで、救命のためにドタバタしていた、その中心にいた彼女。

なるほど、泉たちの奮闘もあって、最初の大きな危機は乗り切った。
しかし。

「……ネネさんの飲んだ毒は、二段構えのもの、だと理解して下さい。
 最初の危機、急性の中毒については、胃洗浄などで何とか乗り切れた、と考えていいと思います。
 けれど、この毒は――それよりも遥かに少量で、時間差を置いて、別の障害を起こす可能性があります」
「別の障害って――」
「1日から数日の間を置いて……改めて肺にダメージが来て、呼吸困難をきたすんです。
 悲観的なことはあまり言いたくないのですが……
 多少は吸収してしまったと思いますし、目を背ける訳にもいきません」

85611PM ◆RVPB6Jwg7w:2013/12/07(土) 00:50:53 ID:0c7VAoLw0

なんとも厄介な種類の毒。
もっともだからこそ、広く知られているということでもある。
医療には素人の大石泉が、ちょっとした物知り程度の彼女が、色々詳しく聞きかじっていたくらいには。

「その症状が出るまでは、いったん、元気になったように見えるそうです。
 回復して、もう何の問題もなくなったかのように見えて……でも、後から急に容体が悪くなるそうで」
「それって……どういうことなのかしら?」
「なんでも、全身に回った薬物がゆっくり時間をかけて肺の組織に蓄積して、再度悪さをするんだとか。
 呼吸困難への対処も難しくて、腎臓や肝臓にも同時に問題が起きて、私たちなんかではとても。だから」

だから。
せっかく「第一の山」を越えられた栗原ネネが、「第二の山」の症状を発症するより前に――
経験豊富な医師と設備の揃った病院に、彼女を運び込みたい。

できるだけ計画を前倒しにして、脱出までの早さを求めたい。
早々に脱出して、病院に駆け込みたい。専門家たちにバトンタッチしたい。

厳しい表情を崩さぬまま、泉はそう答えた。
ネネは青白い顔でただ静かに目を閉じるのみ。
納得がいかない様子なのは、年長組の2人である。

「呼吸困難ということなら、酸素吸入あたりで何とか持たせられないの?
 病院か消防署なら酸素のボンベくらいあるだろうし、素人でもその程度なら」
「……いえ、ダメなんです。
 この毒の中毒では『逆に』高濃度の酸素吸入だけはダメなんです。
 なんでも活性酸素が悪さをするそうで……むしろ病状を悪化させてしまいます」
「でも酸素がダメってなると、病院でも打てる手なんて」
「実際に医療の現場でも苦労すると聞きます。特効薬もないですし。
 こうなるともう、生半可な『知識』では太刀打ちできません……しっかりとした『経験』がないと」

瑞樹の言葉に、泉は自らの服の裾を握り締める。
何とかしたいのは泉も一緒。
けれど、なまじ知っている『知識』が、彼女に限界を突きつける。
そして限界を知ればこそ、気は焦り、じっとしてはいられなくなる。

「……私は反対よ」
「楓さん」
「その『第二の山』、『1日から数日後』というけれど、具体的にいつ頃になるか推測できないの?」
「はい。
 どんなに短くても丸1日ほどは『持つ』、というだけで。
 たぶん、吸収してしまった量や、体質などに拠るんでしょうけど……
 個人差、あるいは症例ごとの差が大きい、としか」
「なら。
 『比較的長持ちする可能性』に賭けて、じっくりと脱出に時間をかけるという方針は?
 それこそ、焦ったせいでつまらないミスなんてしたら、ここにいる全員が――」
「ちょっと楓ちゃん、それは流石に」
「酷なことを言っているのは、自分でも分かっているわ。
 けれど私たちが言わずに、誰が言うというの?」
「…………」

止めようとした瑞樹もたじろぐほどの語気で、高垣楓は泉を牽制する。
泉は言葉もなく唇を噛みしめるしかない。
当のネネ本人は、怒りもせず、動揺も見せず、黙って横になっているだけ。

85711PM ◆RVPB6Jwg7w:2013/12/07(土) 00:51:41 ID:0c7VAoLw0


要は、こういうことだ。

 栗原ネネの急変を恐れて拙速に走り、脱出計画そのものを危険に晒してでも進むのか。

 それとも。

 確実性を求めてじっくり進み、栗原ネネを見殺しにしかねない危険を甘受するのか。

あまりに酷な二択、この決断が迫られている。


そして事実上、その決断の鍵を握るのは、首輪の問題において最も期待される頭脳の持ち主・大石泉で。
泉は、前者の選択肢を選びたいと言う。
そこに楓が、その選択の持つ意味を分かっているのか、ちゃんと覚悟した上なのか、と問うている――。

重苦しい沈黙。
やがて、ふっ、と笑ったのは、他ならぬ高垣楓だった。

「でも、どうやら止めても無駄そうね」
「……ごめんなさい、楓さん。ここだけは、譲れません」
「なら、邪魔するよりも助けた方が良いみたいね。車を出すわ。パトカーの鍵でも探しましょう」
「「「えっ」」」

さらっと楓が告げた言葉に、3人は思わず声をハモらせる。

「か、楓ちゃん、あなた、免許持ってたの?!」
「高垣楓、25歳、趣味:温泉めぐり♪」

瑞樹の問いに悪戯っぽい笑みさえ浮かべて、楓は自らの公開プロフィールの一部を暗唱してみせる。

「たまにレンタカーを借りる程度で、自慢できるような運転じゃないけどね。
 短いオフの間に何か所も巡ろうと思ったら、バスや電車じゃ不便なとこも多いのよ」
「い、意外です……」
「車でサッと行って、サッと本を探して、サッと帰ってくる。それなら危険も少ないでしょう?
 本気で急ぐなら、すぐにでも出発するわよ」
「あ……ありがとうございます!」

急に手の平を返したかのようなこの提案、しかし泉にとっては有難いことこの上ない。
素早くそれぞれの荷物を手にした2人に、川島瑞樹は遠慮がちに声をかける。

「泉ちゃん。急ぎたいということだけど……
 港の船のチェックは、日が昇ってからでいいかしら?
 暗いとかなり危険なのよ。うっかり海に落ちたりしたら大事だし」
「はい、構いません。
 そちらはそちらで、最善を考えて行動してください。細かな所の判断については、お任せします」
「なら私は、少し寝させて貰うわ。
 茜ちゃんのお陰で、私の残り時間も伸びたみたい。なら、体力を温存しておかないと」

瑞樹は微笑むと、腰かけていたベッドに潜り込む。
気丈に振る舞ってはいるが、瑞樹もまた怪我人だ。貫通銃創を負った身だ。
何か変化があった時に迅速に対応できるようにするためにも、寝るならこの医務室が一番だろう。

「私は――」
「ネネさんは、今は体力の回復と温存に務めて下さい。
 胃洗浄なんてのは、無理やり何度も吐かせたようなものなので、かなり疲れているはずです。
 これから下剤も、効いてきます。
 水分摂取をこまめにしつつ、その、出すものをちゃんと出しきる。毒を、出せるだけ出してしまう。
 それがまずは、第一です」
「……はい」
「大丈夫、きっと全てが上手く行きます。そうするためなんですから」

最後に、憔悴と不安そうな表情を隠せないネネに、それでも精一杯の笑顔を送り。
大石泉と高垣楓は、連れ立って医務室を後にした。

85811PM ◆RVPB6Jwg7w:2013/12/07(土) 00:52:26 ID:0c7VAoLw0


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



  午後11時過ぎ、冷たい雨は未だ窓の外に降り続いている。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「補正用のタオルは、っと……うん、要らないようですね」
「えっ」
「じゃあ次は、その肌襦袢の上から、この長襦袢を着て下さい。
 衿芯は入れておきましたから。首の後ろは、ぴったりつけずに余裕を持たせて下さい。
 後から見てちょっと修正しますけど」

自身も下着姿を晒す小日向美穂が、ちょっと不服そうな藍子に薄手の着物を手渡す。
会議室の一角で、少女たちはちょっとしたお着換えタイムとなっていた。

つい先ほどの小日向美穂の飛び降り騒動に前後して、何人もの少女が雨の中に飛び出していた。
当然、全員ずぶ濡れ状態である。
直後は興奮と達成感に満たされていた少女たちも、ことが一段落すれば寒さを覚える。
こんなところで風邪を引いても、いいことなんて一つもない。
そこで警察署中からタオルから着替えからかき集めてきての、お色直しとなった次第だ。
部屋の片隅には、小日向美穂が脱ぎ捨てたヘルメットと防刃ベストが、これも濡れたまま放置されている。

「なんだか、名残惜しいな……」

雨水をたっぷり含んだ巫女服を畳みながら、矢口美羽は小さくつぶやく。
その姿は、このイベントが始まった当初の普段着に戻っている。
多少は皺が寄ってはいたが、濡れたままの服よりはよっぽど快適だ。
元々自分の服を持っていた彼女は、誰が何を着る? という問題に悩まされることはなく。
大雑把にタオルで身体を拭いただけで、一番最初に着替え終わることとなった。

「ええと、こんな感じかな? 次はどうすれば……」
「ああはいはい、ちょっと待って下さい!」

紐を片手に小首を傾げて困っているのが、高森藍子。
慌てながらも着付けの世話をしているのが、小日向美穂。
その美穂は、サンタクロースの服をアレンジしたクリスマス用のコスチュームに身を包んでいる。

藍子の着ようとしている『和服セット』は、栗原ネネの支給品からの貰い物。
美穂が着ようとしている『サンタの服』は、藍子の支給品として死蔵されていたもの。
どうやら美羽が『男子学生服』を引き当てたように、舞台衣装を割り振られたアイドルは複数いたらしい。

「ヒモの締め付けは苦しくないですか?
 衣紋の抜けはよし、余計な皺もなし、と……。
 じゃあ、下準備はこんなもので、いよいよ着物です」

自身もサンタ服のボタンが開いたままの状態で、美穂は本命の着物を広げる。
気品と華やかさを両立させた山吹色の地に、舞い踊る花々。
素人目にも、その絶妙のバランスには息を呑むしかない。
振袖のような派手さは無いが、落ち着いた風情と若々しい活気とが見事に共存している。

見るからに高級な、価格の想像もつかないような程の和服のセット一揃い。
サンタ服と和服、これを美穂と藍子のどちらが着るか、ということで随分と押し問答をしたものだ。
けっきょく、「藍子の方が似合いそう」ということで今の配分となった。
……美穂と美羽、2人に声を揃えてそう言われた藍子は、なぜか大層落ち込んだ様子を見せたものだが。

85911PM ◆RVPB6Jwg7w:2013/12/07(土) 00:53:01 ID:0c7VAoLw0

「ところで……美穂さんって、着付けできたんだ」
「前に仕事で着たことがあって……その時に紗枝ちゃんに、ちょっと手伝って貰ったんです」
「紗枝ちゃん、というと、小早川紗枝さん?」
「ええ。仕事の後も、色々と習って。紗枝ちゃんと、それから……」

横で見てるしかない美羽の何気ない質問に、美穂は、そして不意に返事の途中で顔を曇らせて。

「それから……歌鈴ちゃん、に、いろいろ教わって」
「…………」

それは美羽にとっても美穂にとっても、痛みを伴って想起される名前。
巫女の衣装も、和装の一種。
ただそれだけの、当たり前すぎる話。

会議室に、少しだけ沈黙が下りる。
衣擦れの音と、言葉少なに美穂の指示だけが響く。


そんな重苦しい空気を破ったのは、不意に響き渡った扉を開ける音だった。

「たっだいまーっ!!
 みんなの分まで服見つけて持ってきたよー! ……って、みんなもう着てるしーーっ!!!」

扉を開けて僅か3秒で自己完結。
大声を上げて部屋に飛び込んできた日野茜は、そのままの勢いで会議室の床に崩れ落ちた。
パラパラとその腕から零れ落ちるのは、2、3人分の衣類。
クリーニングされ袋詰めされたままの黒っぽい服に、大雑把に縛られた厚手の道着。
流石に可哀想になって、美羽は恐る恐る声をかける。

「ご、ごめん……先に、着ちゃった。
 ちょうど服、あったし。藍子ちゃんも、医務室の方から貰ってきちゃったし」
「いや、いいんですけどっ!
 『婦警さんばかりでも何だし柔道着も要るかな?』とか、勝手に思って走り回ってたのは私ですしっ!」
「…………」
「……いいもん……。
 自分で柔道着着ちゃうから、いいんだもん……。無駄にはならないもん……。
 ……あ、タオル借りますね、けっこう走ったんだけど、まだちょっと乾ききってなくって」

何とも騒がしく、勝手に絶叫しては勝手に勝手に落ち込んで、またケロッと普段の笑顔に戻る。
これには美羽も、苦笑するしかない。
いそいそと服を脱いで柔道着を広げ始めた茜に、帯を締めてもらいながら藍子が声をかける。

「ところで、友紀ちゃんは?
 一緒に探してみるって、言ってましたよね?」
「あー、なんかもうちょっと探してみるって。制服も柔道着も『なんかそんな気分じゃない』って。
 身体冷えちゃう前に戻ってくれればいいんですけどねー」
「そう……」

茜の何気ない返事に、藍子の顔が微かに曇る。
友紀と何かあったんだろうか? 傍から見ていた美羽は、軽く首を傾げる。
そうこうしている間に、着付けは完成して。

「はい、これで完成です。
 どうです? キツい所とかユルい所とか、ないですか? ちょっと歩き回ってみて下さい」
「うん、大丈夫そう。ありがとね、美穂ちゃん」
「どういたしまし……くちゅんっ!」
「って、美穂ちゃんもボタン留めないと!」

そういえば自分のサンタ服は中途半端なまま、藍子の服の世話をしていた美穂。
慌てて彼女は自分の身支度に戻り、藍子は見事な和装で歩きだす。

86011PM ◆RVPB6Jwg7w:2013/12/07(土) 00:53:50 ID:0c7VAoLw0

『情熱』の太陽を思わせる山吹色。
グループ名を思い起こさせる、咲き乱れる花々。
普段の彼女のコーディネートからはだいぶ離れているけれど――不思議と、似合う。

「……あら?」

と、歩きながら具合を確認していた藍子が、ふと思いだしたかのように廊下に顔を出して――
そういえば茜が入ってきた時、開けっ放しになったままだった戸口から、向こう側を覗きこんで。
軽く驚いたかのような声を、上げた。

「どうしたの?」
「いや……外で待ってて貰ってたはずなんですけど……どこ行ったんでしょう?」
「え?」
「茜ちゃん、さっき来た時、ここに居ませんでしたか?」
「誰も居なかったけど……え、誰の事?」

廊下に出てキョロキョロと見回す藍子の言葉に、柔道着を着終えた茜も、美羽も、揃って顔を出す。

警察署、会議室前の廊下。
そこにはもちろん、人影も、「人以外」の影も、存在してはいなかった。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



  午後11時過ぎ、冷たい雨は未だ暗い空から降り続いている。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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86111PM ◆RVPB6Jwg7w:2013/12/07(土) 00:54:31 ID:0c7VAoLw0

降りしきる雨の中、彼女は暗い街の中を歩き続ける。

とっくに服も髪も濡れていたし、いまさら合羽も傘も馬鹿らしい、と思っていたけれど。
とうとう下着にまで水が染みてくると、流石にこたえる。
長い髪が顔や肩に張り付いてくるのも、単純に鬱陶しい。

「ヘルメットだけでもかぶってくるんだったかな……。
 でもアレ、無駄に目立ちそうだったんだよねぇ……」

使えそうな装備は、見つけてはいた。
けれど警察官が普段使うヘルメットは、隠れ潜むよりもむしろ、その存在をアピールするためのものだ。
万が一の時の防備、という目的は同じでも、自衛隊員などとは根本的に前提が違う。
あんなモノを被っていては、彼女の目的は果たせない。

「まあでも、『こんなの』を連れてたら、いまさら目立つも目立たないもないか……」

姫川友紀は、誰に言い聞かせるともなくつぶやいて。
何度目になるかも分からぬ盛大な溜息と共に、振り返った。

そこに居たのは――友紀の後を、つかず離れず、ついてきていたのは。


 冷たい雨の中、小刻みに震える、大きく鼻水を垂らした、どこかマヌケな印象の、四足獣。


「ねえ。
 悪いコトは言わないから、みんなのとこに帰りなよ、ブリッツェン。
 いい加減、風邪ひくよ」

ひょっとしたらもうとっくに……あるいは普段から(?)引いているのかもしれないけれど。
友紀の呆れ顔にも、ブリッツェンはいまいち感情の読みづらい目をしたまま。
プルプルと、ただ小刻みに震えている。


姫川友紀が、覚悟を決めて雨の中に1歩を踏み出そうとした、あの時――
無言でその袖を引いたのは誰あろう、このブリッツェンだった。

警察署でもトコトコと、藍子の後に無言でついて歩いていたトナカイ。
この場には居ないはずのアイドル、イヴ・サンタクロースの、相棒。
廊下で待ってて、と藍子が言えば黙ってそうする従順さに、誰もが意識すらしていなかったけれど。
それでも『彼』は、あの警察署に集まっていた仲間たちの一員ではあったのだ。

そんな従順な彼が、誰に命令された訳でもないだろうに、友紀の袖を咥えて引き留めようとする。
いつの間にか音もなく忍び寄っていて、そして、友紀の出発を邪魔しようとする。

反射的に振り払った友紀は、思わず怒鳴りつけていた。
「邪魔するな」と。
「あっちに行け」と。
後のことも先のことも考えず、ただ感情のままに。

幸いというべきかどうか、友紀の声は雨音に紛れて仲間たちの耳には届かなかったらしい。
友紀の剣幕に、ブリッツェンは震えあがり、2歩3歩、遠ざかって……
しかし友紀が歩き出すと、その距離を保ったまま、何故か『彼』もついてきてしまって。
何度もみんなの所に帰るように促したのに、この有様だ。

86211PM ◆RVPB6Jwg7w:2013/12/07(土) 00:54:59 ID:0c7VAoLw0

「参ったなぁ……きっと、藍子、だよね」

冷たい雨に打たれながら、友紀は天を仰ぐ。
その仕草の意味を知ってか知らずか、少し間を置いてブリッツェンもそれにならう。

警察署に集っていたメンバーのうち、最も藍子に懐いていたブリッツェン。
たぶんきっと、藍子が『彼』に「何か」を吹き込んでいたに違いない。

このブリッツェン、時に驚くほど人間の言葉を「分かっている」かのような行動をとることがある。
ごく普通の家畜程度の知能しかないはずだし、人の言葉など理解できるはずもないのに、だ。
高森藍子と同じチームに属する彼女は、事務所でも何度かそんな場面を目にしていた。
だから、たぶんきっと、今のこれも。

「……ねえ。
 もし、大事なとこで邪魔するようなら――イヴちゃんや藍子には悪いけど、あんたも殺すから」

友紀はぼそっ、とつぶやく。
彼女自身、自分らしくもないな、と呆れるような現実味のない言葉。
脅しが通じるとも思えなかったが、しかし『彼』は敏感に殺気を感じたのか、ビクッと身をすくませる。
感情の読みづらいその目が、どこか本気で怯えているようにも見えて、僅かに罪悪感を覚えてしまう。


 大丈夫、自分は目的を見失ってはいない。姫川友紀は心の中で再確認する。


この激動の24時間を駆け抜け、正直言えば疲れ切ってはいるけれど。
身体が雨で冷えるにつれ、頭も冷たく冴えわたっていくような錯覚さえ覚える。

仲間のため。
希望のため。
FLOWERSのため。

どういう形であれ障害になるはずの『敵』を単身釣り出し、交戦し、排除する。
その意志と覚悟に、迷いはない。

それを邪魔するのが『希望のアイドル』高森藍子その人であろうと、姫川友紀はこの決意を押し通す。

そう決めて、歩き出したのだから――
たかがトナカイ一匹に、妨害なんて、させない。

姫川友紀は、改めて雨の中を歩き出す。

少し遅れて、何を思うか、ブリッツェンがとぼとぼと追いかける。


どこか遠くで、雨の中、車のタイヤがスリップしたかのような音が、微かに響いた。

86311PM ◆RVPB6Jwg7w:2013/12/07(土) 00:55:53 ID:0c7VAoLw0


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



  午後11時過ぎ、冷たい雨は未だ窓の外に降り続いている。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「――いた?」
「ううん、上の方にも居なかった!」

深夜の警察署の廊下を、少女たちが駆け回る。

「屋上まで上がってみたけど、誰も居ない。もちろんブリッツェンも」
「こっちも、ちょっと思い切って男子トイレまで覗いてみましたけど、やっぱり誰も……!」

いつの間にか消えていた、1人と一匹。
また少し髪を濡らした矢口美羽と、着物姿の高森藍子は、互いの報告の実入りの無さに肩を落とす。

着替えを終えた直後、廊下に待たせておいたはずのブリッツェンの不在に気づいた藍子。
そしてふと気が付けば、服を探していたはずの姫川友紀も、いつまで経っても帰ってこない。

どこに隠れているのか。
あるいは警察署の外にまで出て行ってしまったのか。
もしやどこかでちょっとした事故にでも巻き込まれているのか。
さもなければ――!

「あっ、あのっ、いま装備保管庫の方、見てきた、んですけどっ」

さらに2人の下に、赤を基調としたクリスマス風のコスチュームをまとった少女が駆けよってくる。
小日向美穂だ。
よっぽど急いで走ってきたのか、荒い息をつきながら言葉を弾ませている。

「落ち着いて、美穂ちゃん。
 それで、保管庫って?」
「はい、あの、夜明け前に、周子さんと一緒に調べた場所で。
 さっきまで私がつけてた、ヘルメットや防弾チョッキがあったところです」

美穂は説明する。
塩見周子と一緒に、警察官の持っている装備を探し回ったこと。
重過ぎて使えそうにない全身プロテクターや、山積みの防具類を見つけたこと。
未だ防刃ベストのことを防弾チョッキだったと勘違いしている美穂だが、しかし大事なのはそこではなく。

「その……友紀さんも、ブリッツェンも居なかったんですけど。
 前は鍵が掛かってて開けられなかったロッカーが、1つだけ開いていて、中は空っぽで……!」
「…………っ!」
「そこって、ピストルとかが入ってるんじゃないかな、って2人で話してたやつなんです。
 あと……そのロッカーのあたりの床が、まだちょっとだけ、濡れていました……足跡とかあって……」

周子と美穂が以前諦めざるを得なかった、装備保管庫の鍵付きロッカー。
それをどうやって開いたのか、多少の謎は残るものの……。
濡れた痕跡を残す人物など、身体を拭きもせず着替えもせず歩き回った、友紀くらいしか、いない。

86411PM ◆RVPB6Jwg7w:2013/12/07(土) 00:56:28 ID:0c7VAoLw0

「っとー! 大変大変っ!! ココの入り口あたり見てきたんだけどーっ!」

さらにそこに大声を挙げつつ駆け寄ってきたのは、柔道着姿の日野茜。
その手に握られていたのは……

「え、それって、友紀ちゃんの持ってた――バット?」
「そう! これ!
 この警察署の、正面玄関のとこに!
 落ちてた……というか、たぶん、きっちりと揃えて、置いてあった!」
「あえて置いていった、ってこと?
 あれ、でも、それならさっき出ていった泉ちゃんや楓さんが気づかない訳が……」
「駐車場に出るなら、正面玄関より南側の出口の方が近いから。
 たぶん2人はそっちに回ったんじゃないかしら」
「友紀ちゃんも2人と一緒に出掛けた……ってのは、ないよね、やっぱり。ブリッツェンのこともあるし」

4人は互いに顔を見合わせる。
大石泉と高垣楓が、予定を変更して、車で図書館に向かう。
実はそのことは既に、泉の口から聞いてはいた。
会議室で着替え始めた直後、藍子が長襦袢を手に取る前に、泉が顔を出して告げて行ったのだ。

同時にその時、泉は友紀の行方を気にかけている。
藍子も聞いていた、図書館に行く際に友紀にも同行をお願いする約束。
それを気にしての確認だったのだが。

『まだ服を探してる? ……そうですか。
 ならすいません、友紀さんに謝っておいて貰えますか。
 こっちからお願いしておいて申し訳ないですが、友紀さん抜きで行ってきます、って。
 ちょっと待ってられないですし、彼女が風邪を引いたりしても大変ですし』

と、酷く慌てた様子で伝言と、医務室で寝ている2人のことを託して飛び出していったのだ。
そのことを思い出せば、泉や楓と友紀が一緒にいるとは、ちょっと考えづらい。


ということは――

「……たぶん、ブリッツェンは友紀ちゃんと一緒にいるんだと思うの。
 私が、ちょっと『お願い』しておいたから。きっとそのままついていっちゃったんじゃないかしら」
「『お願い』?」
「まあ、ほぼ同時に居なくなってるんだから、無関係とは思えないよね」

ブリッツェンと親しい藍子が、『彼』は友紀を追って出て行った、と断言する。
彼女がそう言うのなら、他の3人にはそういうものか、と納得するしかない。
そして友紀がひとり武装を整え、誰にも告げずにこの場を離れる理由なんて――

86511PM ◆RVPB6Jwg7w:2013/12/07(土) 00:56:59 ID:0c7VAoLw0

「……たぶん、『敵』、だよね」
「うん……」

姫川友紀が、誰の目にも明らかに過剰反応していた推論上の存在――『敵』。
有力候補として十時愛梨の名が挙がっているが、しかしその確証はなく。
ただ、誰もがその推論に異議を唱えられない相手。

明らかに危険で、皆の安全と、脱出と、生存のための脅威となる、『敵』。

なぜ、今このタイミングで友紀が行動を起こしたのか、それは誰にも分からない。
どうやって、美穂たちが一度は諦めたロッカーを開けることができたのか、それも分からない。

けれど彼女が、義理を欠いてしまうことも、心配をかけることも承知で勝手に事を起こすとしたら。
他に、それらしい動機なんてない。

茜が持ってきた子供用バットを、何とはなしに受け取った藍子は、ギュッとそれを握り締める。
それはきっと、決別の証。
野球狂だった友紀が、それさえも置いていくという――そんな、無言のメッセージ。

「藍子ちゃん――それで、どうするの?
 楓さんたちは出掛けちゃってるし、ネネさんたちは動けないし……!」
「……追います。
 追いかけて、追い付いて、止めます」

おずおずと美羽に問いかけられて、高森藍子は、珍しくもきっぱりと言い切った。
言い切って、そして藍子は、美羽の肩に手を乗せると。

「……美羽ちゃん」
「な、なにっ!?」
「私は、すぐに友紀ちゃんを捕まえて、戻ってくるから。
 こっちは――留守は、任せちゃって、いい?」
「――――っ!」

思わぬ言葉に、息を呑む。

FLOWERSの末妹。グループの最年少。
皆に可愛がられ守られて、転んで間違えて足を引っ張ることも多くって。
日々、自らのあり方を模索しては、上手くいかずに悶絶する、そんな矢口美羽という少女が。

誰もが認めるリーダー・高森藍子から、こんなにも真っ直ぐな信頼を、向けられている。

なら、それに返す答えは、勿論。

「――が、頑張るっ!」

少しだけ声は裏返ってしまったけれど、美羽は力強くうなづいてみせたのだった。

86611PM ◆RVPB6Jwg7w:2013/12/07(土) 00:57:42 ID:0c7VAoLw0


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



  午後11時過ぎ、冷たい雨は未だ窓の外に降り続いている。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



タイヤと濡れた路面が悲鳴を上げて、一台のミニパトがドリフト気味に駐車場に到着する。
制止の際の反動で、小柄な車体がひときわ大きく揺れる。

目の前には、大きな建物。
やはりこの距離、車を使えば、図書館までは本当にすぐに着いてしまう。

「はい、とうとう、到着で〜す!」
「……お、おつかれ、さまでした……!」

楽しそうに声を挙げる高垣楓に、助手席の大石泉は疲れ切った様子で大きく息を吐く。
たぶんいつものダジャレなのだろうけれど、そこにツッコミを入れる余裕もない。

自慢できるような運転ではない。
出発前、そう聞いてはいたが――それは何というか、だいぶ婉曲な表現であったようだ。
てか、これで細い山道を走って温泉に行くとか、本当に大丈夫なんだろうか。誰か止めろよ。
予想外の所で受けた精神的疲労に、泉は大きく溜息をつく。

「それにしても……楓さん」
「何?」
「その……なんで、わざわざ付き合ってくれたんですか?」
「…………」

ワイパーを止め、エンジンを止めた楓に、泉はずっと気になっていたことを尋ねる。
泉の問いに、楓はハンドルに手をかけたまま、フロントガラス越しに天を仰ぐ。

「あんなに、嫌がってたのに……慎重論を唱えてた、楓さんなのに。
 車まで出して貰って、なんというか……」
「…………」
「なんというか……こっちの手伝い、という以外にも、何か理由あったのかなって」
「…………」

しばしの沈黙。
車の屋根を、雨粒が叩く音だけが響く。
やがて、楓は迷うように、躊躇うかのように、口を開いた。

86711PM ◆RVPB6Jwg7w:2013/12/07(土) 00:58:13 ID:0c7VAoLw0

「……分からない、のよ」
「何が、です?」
「どういう態度を取ればいいのか。どう接すればいいのか。私には正直、分からないの。
 だから――理由つけて仕事みつけて、逃げてきちゃった♪」
「誰のこと、ですか?」

楓は力なく微笑んで見せるが、泉にはいまいち腑に落ちない。
いつもニコニコ、柔らかな物腰を崩そうとしない高垣楓。
ときおり反応に迷う冗談を飛ばしはするが、温厚な彼女が人を嫌ったり避けたりというのは想像しづらい。
そんな泉に、楓は困ったような笑顔のまま。

「誰、というか……
 人を殺しちゃった子。
 そして、人を殺そうとした子に、ね」
「……っ!」
「どうしても、考えてしまうの。
 どうしても、被ってしまうの。
 これだけ経っても、まだ、簡単な疑問が頭から離れないの。
 ……ねえ、本当に、何でなのかしらね。
 まゆちゃんが、死ななければならなかったのは」

佐久間まゆ――。
その名は、泉も既に聞いていた。飛行場での悲劇の顛末は、一通り説明を受けていた。
そこで高垣楓が強いショックを受けたであろうことも、容易に想像はついた。
けれど、それを表に出さない人だったから……ついつい、泉も失念していたのだ。

警察署に留まっていれば、小日向美穂と……毒殺を試みた少女と、顔を合わせずにはいられない。
一度は殺し合いに乗る決意をしたと告白した矢口美羽も、健在だ。

「おかしいでしょ?
 もう、名前が呼ばれてしまったのに……もう、とっくに死んでしまったというのに。
 私は未だ、ナターリアちゃんのことを、許せずにいるの」
「…………」
「美穂ちゃんを意識すると、どうしても、思い出さずにはいられなくて……。
 だから、ちょっと距離を置いて気持ちを整理したかった、っていう……ただ、それだけのこと」

雨が降り続いている。
無理して急いで、時間を惜しんでいるはずの大石泉も、楓の独白に、ただ黙り込むしかなかった。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



  午後11時過ぎ、冷たい雨は未だ窓の外に降り続いている。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

.

86811PM ◆RVPB6Jwg7w:2013/12/07(土) 00:58:55 ID:0c7VAoLw0

「…………」
「…………」

なんとなく居心地の悪い沈黙が、廊下を覆い尽くしている。
医務室の前、廊下の壁際に置かれたソファに、少女が2人。

矢口美羽と、小日向美穂が、並んでただ、無言のままに、座っている。

医務室の中には、川島瑞樹と栗原ネネ。
瑞樹は寝息を立てている。
ネネはときおり、トイレとベッドとを、往復している。

この2人に何かあったら動けるように、でも、外で何かあった時にも対応できるように、と思ったら。
丁度いい具合に置かれていた、このソファのあたりに居るくらいしか、ない。

誰かがここで留守を守るしかない。
けれど、特に今、何かやるべきこと、というものは――ない。

今すぐやるべきことも、こなすべき仕事も無くなってしまうと。
小日向美穂の胸の内には、先送りしてきた課題が、どうしても戻ってきてしまう。

 つまり、自分のしでかしてしまったことに、どう責任を取るのか。どう償うのか。

幸いと言っていいのかどうか、声高に美穂を糾弾するような人物は、この場に1人も居なかった。
感情的に責め立てる人物も、厳罰を求める人物も、追放を主張するような人物も、このグループには居ない。
多少なりとも対応に困ってる様子の人は居たけれど、基本的にみんな、優しく接してくれて。

だからこそ、美穂には、これからどうすればいいのか、途方に暮れてしまう。


「……あの、美穂さん」
「は、はいっ!」

急に隣から声をかけられて、思わず美穂は飛び上がるように背を正す。
そう、彼女に対しても、美穂はどう接したらいいのか、良く分からずにいるのだ。
藍子たちが傍にいる間は、あまり意識せずに済んでいたけれど――

矢口美羽。
小日向美穂が、本当は殺そうとしていた、その相手。

 そんな彼女が、まさにそのクリティカルな核心を、口にする。

「その、美穂さんは……
 わ、私を、殺そうとしていた……んですよ、ね? 藍子ちゃんから、聞きました」
「…………っ」
「あ、別にその、謝罪して欲しいとか、そういうことじゃないんですけど……」

美羽は美穂の方も見ないまま、言葉を探すかのように向かいの壁に視線を泳がせる。
美穂はぎゅっと拳を握りしめて、美羽の言葉を待つ。

「その……私まだ、よく分からなくって」
「えっと……なにが、です?」
「自分が、本当に殺されそうになってたんだ、ってことが」
「…………」

美羽が、自分の中の気持ちを一つ一つ確かめるかのように、不器用に言葉を紡ぐ。
美穂は、せめて逃げてはいけない、と、身を正して耳を傾ける。

86911PM ◆RVPB6Jwg7w:2013/12/07(土) 00:59:22 ID:0c7VAoLw0

「私と歌鈴ちゃんも、一度は人を殺すんだ、って心に決めて……
 誰が憎い訳でも、嫌いな訳でもなかったのに、誰かを殺そう、と話し合って。
 後から無理だ、って気づいたけど、でもあの時には間違いなく、2人とも本気で」
「…………」
「でも、そうだったはずなのに……自分も、そっちに居たのに。
 自分が狙われたって聞いても、よく分からないんです。
 許せばいいのか、怒ればいいのか、笑えばいいのか……その程度のことさえも」
「…………」
「それで、いっぱい考えて、考えて……思ったんです」

そこで言葉を切って。
ゆっくりと、美羽は美穂の方を振り向いた。
その瞳はどこまでも真摯で、真剣で、真っ直ぐで。
それはどこか、あの時屋上で手を差し伸べた、高森藍子の瞳にも似て。


「私は――あなたのことを、小日向美穂さんのことを、もっと知りたい、って。そう思ったんです」


「…………」
「たぶん、私たちは、もっと話をするべきなんだと思うんです。
 お互いを知るべきだと、思うんです」

自分たちのこと。
お互いのこと。
アイドルのお仕事のこと。
それぞれのプロデューサーさんのこと。
道明寺歌鈴のこと。
高森藍子のこと。
姫川友紀のこと。
相葉夕美のこと。
そのほか、いままで出会ってきた、全ての人のことを。

2人の間に、話すに値するものは、いっぱいある。

そうだ、きっと美穂は、知らなければならないのだろう。
これからのためにも。
これまでを知るためにも。
美穂は痛みと反省を胸に抱きながら、美羽の言葉に静かにうなずく。

窓の外の雨音は、だいぶ弱くなってきている。
留守番役の2人の間に、たぶん、語るための時間だけは、たっぷりと与えられているはずだった。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



  午後11時過ぎ、冷たい雨は――――



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

.

87011PM ◆RVPB6Jwg7w:2013/12/07(土) 00:59:56 ID:0c7VAoLw0

急ぎ追いかけるつもりだった彼女だが、やはり急な出発ともなると、多少の準備は必要だった。
身支度を整え、忘れ物がないよう自分の荷物を一通り確認し、残されていたバットを握り締め。

警察署の正面玄関を出ようとしたところで、肩をポンッ、と叩かれた。

「……キャッ!」
「っと、ごめん、驚かせちゃった!?
 てか私も付き合うよ! 1人じゃ色々と危ないしっ!」

振り返った高森藍子の目に飛び込んできたのは、柔道着姿であけっぴろげに笑う、日野茜だった。
その肩には荷物と、一本の竹箒が担がれている。

「ま、ほんとのコト言うとさ!
 ただ、じっと待ってるってのが性に合わないってだけなんだけどね!」
「茜ちゃん……」
「それにユッキが駄々捏ねたりしたら、引きずって帰るのにも人手はいるっしょ! 
 力仕事なら、まーかせてっ!」
「……ありがとう」

ニッコリ笑って、力こぶを作って見せる。
そんな茜の気遣いに、着物姿の藍子も、柔らかな笑みを浮かべる。

「それで、どこに向かったのか、見当ってついてる?」
「まだ悩んでいるんですけど、候補としては、2ヶ所あって……。
 その、泉ちゃんたちが話していたことなんですけど」

おそらく『敵』を倒すためだろう、武器を持って出て行った(と思われる)姫川友紀。
しかし『敵』の正体や居場所について確証がないのは、彼女も同じだったはず。
ではいったい、どこに行ったのか?
どこに行けば『敵』と会えると考え、行動を起こしたのだろう?

「まず、皆さんが役場で襲われたのは『学校に立ち寄ったからじゃないか』っていうんです。
 『学校』に何か大事なモノがあって、そのせいでマークされて尾行されたんじゃないか、って。
 だから」
「ふむふむ。
 『学校』に誰かが行けば、ちひろさんあたりから『敵』に連絡が行くのかな?
 なら『学校』にまた行けば、もう一度『襲ってもらえるかもしれない』。
 なるほどそこを返り討ちに、ってのは、いかにもありそうだね!」
「ええ。
 それから、役場で瑞樹さんが傷を負って、『総合病院』に治療に行くことも考えたそうですけど。
 逆にそれは読まれやすいんじゃないか、待ち伏せされるんじゃないか、って話が出て。
 だからこそ、こっちの方向に逃げてきたわけで……」
「もし、その推測が正しいなら――
 『敵』さんは今も『病院』に居そうだよね。
 待ち伏せのつもりで先回りして、でも誰も来なくて、この雨で雨宿りすることになって……!」
「はい。
 そして友紀ちゃんも、泉ちゃんたちとずっと一緒に行動してましたから。
 こういう話を、ずっと聞いてきたはずですから。
 きっと、同じように考えたと思うんです」

『学校』に向かい、再び『敵』が襲ってくるのを待つつもりなのか。
それとも、『総合病院』に向かい、待ち伏せするつもりで構える『敵』の虎口にあえて飛び込むのか。

選択肢は2択。
友紀がどちらを選んだのか、彼女たちは推測せねばならない。

「ま、でも、道は途中までは一緒だよね! とりあえずは出発しよっか!
 途中で捕まえられれば、それに越したことはないしっ!」
「……ですね」

茜は笑い、藍子もつられて微笑む。

気付けば雨は、止んでいる。
どこか清涼感すらある雨上がりの夜の街に、少女たちはその一歩を踏み出した。

87111PM ◆RVPB6Jwg7w:2013/12/07(土) 01:00:43 ID:0c7VAoLw0


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



  日付が変わる直前。夜空はようやく、泣き止んで。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





【G-4・街中/一日目 真夜中(放送直前)】

【姫川友紀】
【装備:特殊警棒、S&W M360J(SAKURA)(5/5)×2、防弾防刃チョッキ、ベルト、ブリッツェン?】
【所持品:基本支給品一式×1、電動ドライバーとドライバービットセット(プラス、マイナス、ドリル)、
     彼女が仕入れた装備】
【状態:疲労、しかし疲労の割に冴える醒めきった頭、ずぶ濡れ】
【思考・行動】
 基本方針:FLOWERSの為に、覚悟を決め、なんだって、する。
 1:FLOWERSを、そしてみんなを守る。そのために『悪役』を誘い出した上で返り討ちにする。
 2:学校と病院、どちらに行こう……?

 ※スーパードライ・ハイのちひろの発言以降に、ちひろが彼女に何か言ってます。

 ※警棒、拳銃(M360Jサクラ)×2、防弾防刃チョッキ、ベルト、を手に入れました。
  他にも何か手に入れた装備があるかもしれません

 ※ブリッツェンが友紀の後についてきています。同様にずぶ濡れです。
 ※ブリッツェンは、藍子に何か『お願い』をされているようです。

 ※学校と病院、どちらを目指したのか(あるいは別の選択をしたのか)は後続の書き手にお任せします。



【G-3・図書館前(駐車場)/一日目 真夜中(放送直前)】

【大石泉】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式x1、音楽CD『S(mile)ING!』、爆弾関連?の本x5冊、RPG-7、RPG-7の予備弾頭x1】
【状態:疲労、右足の膝より下に擦過傷(応急手当済み)、焦り】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを助け親友らの下へ帰る。脱出計画をなるべく前倒しにして進める。
 1:急ぎ図書館で、首輪爆弾に関する本を探し調べる。(持ち帰って警察署で読む?)
 2:楓さん……?
 3:夜が明けたら港に船を探しに行く。そして、学校も再調査する。……計画を早める?
 4:緊急病院にいる面々が合流してくるのを待つ。また、凛に話を聞いたものが来れば受け入れる。
 5:悪役、すでに殺しあいにのっているアイドルには注意する。
 6:行方の知れない三村かな子のことが気になる。


【高垣楓】
【装備:仕込みステッキ、ワルサーP38(6/8)、ミニパト】
【所持品:基本支給品一式×2、サーモスコープ、黒煙手榴弾x2、バナナ4房】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:アイドルとして、生きる。生き抜く。
 1:泉の図書館調査を助ける。
 2:美穂とどう接したらいいんだろう。ナターリアのことを、どう整理をつければいいんだろう。
 3:まゆの思いを伝えるために生き残る。
 4:……プロデューサーさんの為にちょっと探し物を、ね。
 5:お酒は帰ってから……?

 ※2人とも、まだ姫川友紀の単独行動、藍子と茜が友紀を追って警察署を出たことを知りません。
  友紀&ブリッツェンとは、違う道を通ってすれ違い、追い越してしまったようです。

87211PM ◆RVPB6Jwg7w:2013/12/07(土) 01:01:57 ID:0c7VAoLw0
【G-5・G-4との境界付近/一日目 真夜中(放送直前)】

【高森藍子】
【装備:少年軟式用木製バット、和服】
【所持品:基本支給品一式×2、CDプレイヤー(大量の電池付き)】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:殺し合いを止めて、皆が『アイドル』でいられるようにする。
 1:単身飛び出していった友紀を止める。
 2:学校と病院、どちらに行く……?
 3:自分自身の為にも、愛梨ちゃんを止める。もし、悪役だとしても。

 ※未確認支給品の最後の1つは『クリスマス用衣装』でした。小日向美穂に譲渡しました。


【日野茜】
【装備:柔道着、竹箒】
【所持品:基本支給品一式x2、バタフライナイフ、
     44オートマグ(7/7)、44マグナム弾x14発、キャンディー袋】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:藍子を助けながら、自分らしく行動する!
 1:藍子と共に、友紀を連れ戻す!
 2:できることがあればなんでもする!
 3:迷ってる子は、強引にでも引っ張り込む!
 4:熱血=ロック!

 ※藍子と茜の2人が学校と病院、どちらを目指すのかについては、後続にお任せします。



【G-5・警察署 医務室/一日目 真夜中(放送直前)】

【川島瑞樹】
【装備:H&K P11水中ピストル(5/5)、婦警の制服】
【所持品:基本支給品一式×1、電動車椅子】
【状態:疲労、わき腹を弾丸が貫通・大量出血(手当済み)、睡眠中】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを助けて島を脱出する。
 1:今は身体を休めて寝る。体力の回復と温存が最優先
 2:日が開けたら港に船の確認をしにいく。(その時、車を出す?)
 3:もう死ぬことは考えない。
 4:この島では禁酒。
 5:千川ちひろに会ったら、彼女の真意を確かめる。


【栗原ネネ】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×1、携帯電話】
【状態:憔悴】
【思考・行動】
 基本方針:輝くものはいつもここに 私のなかに見つけられたから
 0:皆のためにも生きる。厳しくとも怖くとも最後まであきらめない。
 1:今は休み、体力の温存と回復を図る。

 ※毒を飲みましたが、治療により当座の危機は脱しました。
 ※1日〜数日の間を置いて、改めて容体が悪化する可能性が十分にあります。

 ※未確認支給品の最後の1つは『和服』でした。高森藍子に譲渡しました。


【G-5・警察署 廊下(医務室前)/一日目 真夜中(放送直前)】

【矢口美羽】
【装備:鉄パイプ】
【所持品:基本支給品一式、ペットボトル入りしびれ薬、
     タウルス レイジングブル(1/6)、歌鈴の巫女装束】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:藍子からの信頼に応える。
 1:美穂のことを、もっと知りたい。もっと話したい。
 2:藍子に任されたから……頑張る!
 3:悪役って……。

※歌鈴の巫女装束を脱ぎ、最初に着ていた私服姿に戻っています。


【小日向美穂】
【装備:クリスマス用衣装】
【所持品:基本支給品一式×1、草刈鎌】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:恋する少女として、そして『アイドル』として、強く生きる。
 1:美羽に戸惑うけれど、ちゃんと受け止めたい
 2:改めてネネに罪悪感。
 3:悪役って……?

※装備していた防護メット、防刃ベストは雨に濡れた都合で脱ぎ捨てました。
 必要になりそうならまた取ってくるつもりでいます。

873 ◆RVPB6Jwg7w:2013/12/07(土) 01:02:18 ID:0c7VAoLw0
以上、投下終了です。

874名無しさん:2013/12/07(土) 01:14:43 ID:p9sYa/RQ0
こうなったかー!
投下乙!
ユッキのことやネネの体調、図書館、楓さん諸々もあって彼女たちは見事にバラけたなーw
おおーw

875 ◆j1Wv59wPk2:2013/12/07(土) 02:06:12 ID:IpvQoBVc0
投下乙です!

>雨に唄えば
智絵里と雨の描写が映えるなぁ。文体もあいまって何というか、儚げ?
彼女にも想う事が沢山あって……本来弱い子だけど、それでも一生懸命頑張ろうとしている姿が素敵。
まだまだ立ちふさがる壁は沢山あるだろうけど、頑張ってほしいものです。ひとまず乙でした。

>粉雪
こんな所でちひろさんの影が……やはりそこらへんに何か確信があるのかちひろは。
そして肝心の二人は……成程、持ちつ持たれつって感じなのかな。」
しかしこのP大丈夫なのだろうか……またもアイドルに先立たれてしまったとか、心壊れてもおかしくないぞ……

そしてちひろ単体予約……!? い、一体どうなるんだ……。

>11PM
一難去ってまた一難……皆、それぞれ想う所があるんですねぇ。それが目まぐるしく変わる展開、お見事です。
楓さんの今までの違和感も、そのショックを心にしまいつづけていたからだったんですね。
美羽美穂も不器用ながら手を伸ばそうとしているし、何より友紀が遂に覚悟を行動に表したのは大きな動きで気になる所。
集まっていた少女達はいろんな局面に分かれて、どれも凄く気になる。ナイス繋ぎでした。

で、こちらは渋谷凛で予約します

876名無しさん:2013/12/08(日) 20:47:45 ID:cta5ee0sO
投下乙です。

ここで別行動か。
一番気になるのはユッキかな。

877 ◆yX/9K6uV4E:2013/12/13(金) 00:05:00 ID:A5Fpt43I0
予約していたちひろですが、話の内容などで、放送に混ぜた方がいいと判断した為、予約を破棄します。
お待たせした挙句、こうなってしまい申し訳在りません

878 ◆j1Wv59wPk2:2013/12/14(土) 01:04:14 ID:zu2zJWHk0
お待たせしました。予約分を投下します

879Precious Grain ◆j1Wv59wPk2:2013/12/14(土) 01:07:34 ID:zu2zJWHk0

「………」

光一つ差さない空の下で、雨に打たれ、立ち尽くす少女が一人。
今まで乗っていた自転車を脇に置いて、その眼はただ一点だけを見つめていた。
鎮火してはいるがもう面影は無く、最早廃墟と化してしまった町役場の前。
まるで、捨て置かれたように野ざらしにされていた少女の……若林智香の亡きがらを。

警察署から出発した渋谷凛は北上しつつも、その道中にある町役場で止まっていた。
島村卯月に神谷奈緒、そして北条加蓮と探し人は多く、その猶予もあまりないのが現状。
それでも凛はその場所へ向かっていた。そこに置き去りにされた死体があると聞いて、足が向かっていた。
――あるいは、認めたくなかったのかもしれない。その目で確かめないと、気が済まなかったのかもしれない。


渋谷凛は、死体を見る事はこれが初めてじゃない。
目の前で親友を殺された事もあったし、無残に荒らされてしまった少女も見た。
慣れたと言ってはいけないが、感情を抑えて冷静に判断できている自身は確かに感じていた。

そう、もし彼女がこの死体を何の事情も知らず、今まで何の経験もせずに見ていたならば。
彼女のその現状に、きっと激昂していたかもしれない。それほどまでに、彼女の状態は酷いものだった。

本来は人々を魅了していたであろう、今では見るも無残に変わり果ててしまった姿。
手首が抉れ、そこからは白い骨が露出している。雨で流れてしまって目立たないが、所々に血の痕跡がある。
そして、胸と頭に突き刺さった三本の矢。今井加奈のそれとはまた違う、しかし確かに痛ましい破壊の後があった。

「……ッ」

そして、何より。
苦痛と無念にまみれたその眼が、その表情が、何よりも彼女に降りかかった悲劇を物語っている。
それが、今までの少女達との違い。今際の際に絶望を感じていた何よりの証。
あの時の例えを持ちだすならば―――この場所で正に、"若林智香"は死んでいた。

徹底的に破壊されて、こんな場所に野ざらしにされて、彼女はここで終わってしまった。
もしも彼女が街中でなく、今井加奈のような場所で野ざらしにされていれば、同じ道を辿っていたであろうことは想像に難くない。
こんな所で死んで、彼女の『アイドル』として、『人』としての存在が汚されるのが許される訳がない。


ない、筈なのに。



(自分勝手かな、やっぱり)


それでも、彼女にあの時のような激情が起きる事は無かった。

880Precious Grain ◆j1Wv59wPk2:2013/12/14(土) 01:08:38 ID:zu2zJWHk0



神谷奈緒と、北条加蓮。
あの場所で聞いた推測が正しいのなら、智香を殺したのはその二人という事らしい。
彼女をここまで無残な姿にしたのが、親友である、二人。
たった一つその事情を知っているだけで、その思考が冷静になっている事を感じていた。

凛はただ会いたいという一心で、前だけを見て突き進んできた。
もう一度だけ、会って話をしたいと想い続けて。後悔したくなかったから、それだけを望んで。

しかし、もうそんな甘い話では無くなってしまった。
卯月の情報は未だ得られず、しかも奈緒と加蓮が殺し合いに乗ってしまっているという。
現実はより非情な方向へと進んで、凛の知らない場所でまた一つ、夢が壊れていく。
仮に二人と再会したとしても、もう素直には事は進まないだろう。
それ以上に、凛にとって考えたくもない事だが……その凶刃が、自身に向けられる可能性だってある。
そんな訳ないと自身に言い聞かせても、それをはっきりと否定することができないでいた。

(……こんな場所でも、二人一緒だったんだ)

今、凛の頭の中には様々な記憶が、言葉がよぎっていた。
大切なものを見失わないように、いつだって今までの記憶を思い返してきた。
今までも、これからと同じぐらい大切なものだから。


―――それでも、“その子”は私たちの仲間よ。


あの時、警察署で聞いた言葉を回顧する。
川島瑞樹は、仮定として登場した"悪役"を肯定した上で、それでも仲間だと言い切った。
直接関係の無い話題でも、その言葉は凛の心に深く残っていた。
混乱し、恐怖していたあの時の思考に、真実を突き付けているようにも思えた。


「……みんなで、帰る」

雨にかき消されそうなか細い声で、凛はあの時の言葉を復唱していた。




    *    *    *



「ふぅっ」

ぴちゃり、と。コートから垂れた水音が響く。
若林智香が死んでいた場所、その近くの一軒家の室内に凛は居た。
一息ついて視線を下ろした先には、町役場前にあった筈の、若林智香の死体。
凛は町役場の前から、一人でここまで死体を運び出していた。

881Precious Grain ◆j1Wv59wPk2:2013/12/14(土) 01:10:32 ID:zu2zJWHk0
血が流れ出ていくらかは軽くなっているとはいえ、少女一人で死体を運ぶのは重労働に違いない。
それに、時間だって無駄にできない。凛には、探さなくてはならない人達がいる。
もっと優先すべきものがあって……それでもこんな事をしたのには、理由があった。

(……二人はあの約束の事、覚えてるのかな)

つかの間の静けさは、彼女にあの時の記憶を呼び覚ます。

それは少女達三人で交わした、たった一つだけの、かけがえのない夢。
二人に言った言葉。待つと、そう宣言したあの日。
ステージの上で、アイドルとして再会を約束していたあの日の記憶。
記憶の中の少女達は、答えを教えてはくれない。

今二人は、殺し合いに乗っている……二人で、殺し合いに乗っている。
たった一人しか生き残れない、この場所で。
傍から見れば、それはとても不可解な事と感じるかもしれない。
あるいは一時的な同盟、事務的な協力とでも思うのかもしれない。
ただ凛だけは、どうしてもそうとは考える事が出来なかった。

凛を含めた彼女達三人は、紛れも無く親友だった。
『ニュージェネレーション』が凛にとって大切な存在になっていたのと同じように、胸を張って言える。
どことなく素直になれなくて、でも一図な想いは人一倍強い。
そんな似た者同士の少女達の絆は、ニュージェネレーションとはまた別の、それでも確固たるもの。

その内の二人が、一時的な協力を組んでいるのだろうか。
互いが互いを蹴落としてまで、生き残りたいと願うだろうか。
考えれば考える程、ありえないだろうな、と。そう凛は思っていた。

だって、二人は優しすぎるから。
素直じゃなくても、その想いは純粋で、かけがえのないもの。
見捨てるなんて事はできないだろうし、切り捨てるなんてもってのほか。
二人が『最後の一人になるために』殺し合いに乗るとは思えなかったし、今でもその気持ちは変わらない。

だからもし、二人が"一緒に"殺し合いに乗っているのだとすれば。
きっとそこには、あの頃と変わらない、ただ哀しい形に変わってしまっただけの友情があるのだろう。
凛達と同じように再会して、しかし凛とは違う道を歩んでしまった二人。
でも、その根本的な部分は、きっと同じものがある筈。

目の前の少女に痛ましく残る『二種類の傷』は、それを証明しているように思えた。


(忘れるわけ、ないよね。私達は……似た者同士だから)

そこまで考えて、凛はついさっきの考えを改める。
はぐれ者の慣れ合い集団が……夢に憧れた少女達が目指したもの。
あの時の二人の表情が、友情が、嘘であるはずがない。
残酷な現実に反していたって、凛には信じられるものがある。

882Precious Grain ◆j1Wv59wPk2:2013/12/14(土) 01:11:47 ID:zu2zJWHk0


――――――――貴方が大好きな人のイメージのまま、その人の事を、信じろ!


(うん……、信じるよ。私のイメージのまま、二人を信じる。だから―――)




だから―――渋谷凛は。



「……ごめん」



その言葉は、友人として、二人の代わりの謝罪なのか。
それとも、被害者を目の前にして二人を中心に物事を考えていた渋谷凛自身の謝罪なのか。



いや、きっと、それは。





「ごめんね……」



凛が、『これからする事』の、謝罪なのだろう。






    *    *    *

883Precious Grain ◆j1Wv59wPk2:2013/12/14(土) 01:14:08 ID:zu2zJWHk0
扉の開く音が、雨の音にかき消された。
そこから一歩踏み出した凛は、そのままふらふらと外へ出ていく。
俯いた姿から表情はうかがえず、その体は子犬のように震えていた。
凛は、決して後ろは振り向かなかった。振り向かない事を、決めたから。



彼女が去った室内には、死体が―――『首が切断された死体』があった。



"首輪の回収"。警察署で別れた時に頼まれた、帰る為に託された事の一つ。
あの時の会話には『できれば』……そんなニュアンスが含まれていた。
人の体を傷つける。そんな事を、強く頼めなかったのだろう。
それでも、この殺し合いからみんなで帰る為には絶対に必要な事で……しなければならない事、だった。

都合よく首輪を回収できる死体。そんなものに、期待なんてできない。
それ以上に、この先で死体を見つけられる事自体がもう無いかもしれない。
そんな偶然に頼る事なんて、できやしない。できればなんて、そんな言葉に甘えられない。
一番の問題である首輪の、その解除の為の"キー"を、そんな悠長に考える事はできない。

だから渋谷凛は、死体の首を刎ねた。
その作業を見られ誤解される事の無いように、わざわざ死体を室内に移して。
普通の家なら包丁ぐらいならあると思っていたし、実際にそれは滞りなく発見した。
初めての経験に不安はあったが、結果的に問題なく切断できて、首輪の回収は時間を取られる事もなく完了した。

問題があるとすれば――彼女の脳裏に焼き付いた、その姿だろう。

「ぅ……」

体がぐらりと揺れて、近くの壁にもたれかかる。
手に残った感触は嫌でもその光景を想起させ、フラッシュバックする。
それは、凛の想像以上に影響を及ぼす。人を傷つけるという事で、想像以上のダメージを受けていた。

(怖い……うん、まだ大丈夫)

それでも、止まれない。止まる訳にはいかない。

進む足はおかしいぐらいに震えている。
怖い。その気持ちは確かに存在して、まだ自身が犠牲を出す事に恐怖しているなによりの証。
帰ってみせるという決意を、まだ"渋谷凛"として持っている。

今までも、多くの人達を切り捨ててきた。
本当なら助けられた人も、もっとましにできた人も救えなかった。
それでも、優先するものがある。譲れないものがある。
多くの犠牲を見てきて、だからこそ『みんなで帰る』事には絶対に妥協しない。

彼女は、近くに止めた自転車にまたがり、ただまっすぐ目の前の道を見やる。
フードの下の眼光には、迷いはなかった。

もしも二人がこれ以上手を汚してたとしても、もしも卯月もそんな道を歩んでたとしても、やることは変わらない。
卯月を探し出す。奈緒や加蓮も探して見せる。どんな事を言われたって、絶対に連れて帰る。
そうしなきゃ、何も始まらない。


(話したい事はいくらでもあるんだ……引きずってでも、連れて帰るから)


地面を蹴り、自転車を漕ぐ。変わらない決意を胸に秘めて。




彼女の姿はすぐに消えて、雨の音だけが役場前に響いていた。





    *    *    *

884Precious Grain ◆j1Wv59wPk2:2013/12/14(土) 01:15:01 ID:zu2zJWHk0







たった独りきりじゃ叶えられないから――――







【G-4・市街/一日目 真夜中】

【渋谷凛】
【装備:マグナム-Xバトン、レインコート、折り畳み自転車、若林智香の首輪】
【所持品:基本支給品一式】
【状態:軽度の打ち身】
【思考・行動】
 基本方針:私達は、まだ終わりじゃない。
 1:卯月、加蓮、奈緒を探しながら北上。救急病院を目指し、そこにいる者らに泉らのことを伝える。
 2:遊園地や飛行場にも立ち寄る?
 3:自分達のこれまでを無駄にする生き方はしない。そして、皆のこれまでも。
 4:みんなで帰る。


※若林智香の死体はG-4・町役場近くの一軒家に移動、首を切断され、首輪を渋谷凛に回収されました。

885Precious Grain ◆j1Wv59wPk2:2013/12/14(土) 01:17:43 ID:zu2zJWHk0
投下終了しました

886名無しさん:2013/12/15(日) 00:00:39 ID:twUY6VjA0
乙です

ロワ定番の首輪回収…
女の子にはきついだろうな

887 ◆n7eWlyBA4w:2013/12/18(水) 00:05:02 ID:rRX5EaiY0
投下乙です。あえての淡々とした描写が、逆に心を抉ってくるなぁ……

ちゃんとした感想は後で纏めてするとして、取り急ぎ、補完回として本田未央予約しますね。

888名無しさん:2013/12/22(日) 18:37:57 ID:Mo3WRE8s0
番外編として、池袋博士+α(ロワイアルに参加していない一部アイドル)のネタが浮かんじゃったんだけど、
整合性が取れない場合は没でも構わないので、投下しても大丈夫かな?

889名無しさん:2013/12/22(日) 19:59:13 ID:TWAc8HKk0
ダメ

890名無しさん:2013/12/22(日) 20:05:42 ID:TWAc8HKk0
急ぎ反応するべく言葉が足りなかったかもしれんが
どう考えてもロワのクリティカルなとこじゃねぇか
ポッと出の名無しさんにかき回していい? って言われて、はいどうぞ、とはいかないよ

あと、ダメだったら没、で済まないんだよ、企画が受けるダメージとしては
没にしたところで「なかったこと」にはならないから
その言葉を発してしまった時点でイヤな予感しかしない、悪いけど。見積もりその他の甘さが透けて見える

891 ◆John.ZZqWo:2013/12/22(日) 20:14:39 ID:dWwtce1I0
>>888
参加したいと思っていただけるのは嬉しいのですが、今回はご遠慮願いたいと思います。
理由は>>890さんの言ったことがほぼですが、それよりも根本的な問題としてこの企画では本編を必要数投下していない人の番外編の投下は認めていません。
あしあらずご了承ください。
読んでいただけてることには感謝です。これからもご愛顧ご愛読お願いしますね。

892名無しさん:2013/12/22(日) 20:18:08 ID:Mo3WRE8s0
了解しました。それと勝手なことを言いだして失礼しました。

893 ◆John.ZZqWo:2013/12/25(水) 22:32:08 ID:9m5DFtS60
大分おくれてしまいましたが、投下します!

894彼女たちがその熱にうなされるサーティセブンポイントトゥー:2013/12/25(水) 22:33:19 ID:9m5DFtS60
「杏ちゃ――ん!」

諸星きらりが大きな声で双葉杏の名前を呼んでいる。
その後ろを藤原肇は透明な盾を構えてついていっていた。場所は水族館の中で、彼女たちは薄暗い廊下の上を奥へ奥へと進んでいる。

「あ・ん・ず……ちゃ――んッ!」

諸星きらりがもう一度双葉杏の名前を呼ぶ。大きな声が響き、広がり、遠ざかって静寂が戻る。けれどそこに返す声は聞こえない。


結局、藤原肇と諸星きらりのふたりは水族館へと戻ってきていた。
一度は水族館へは戻らず、白坂小梅や向井拓海らが待つ病院へ向かおう――そうふたりは結論を出した。
人が死んだという場所に戻るということは、その殺した誰かと鉢合わせする危険もあるし、死ななかった人にしてももういないだろうからだ。
加えて、藤原肇はその時水族館にいたはずの双葉杏を疑っていた。確証はない。ただ、いくつかの怪しい要件が彼女の情報と符号している。
このことは同行している諸星きらりには話さなかったが、ともかく、水族館に戻るのはリスクがあることだと訴えて病院へ行くことを了承させた。
これには諸星きらりもしぶる様子を見せたが、まだ生きてる人との再会を優先するということでその場は納得してくれた。

それから、ふたりは予定していた通りに手短にあのケーキ屋さんの中で食事と小休憩をとった。
食事は棚に並んでいた焼き菓子だ。それと身体がぽかぽかになるよう甘いハチミツのたっぷりの熱いミルクティー。
それらをいただくことを休憩として(加えて、いくつかのお菓子を亡くなったふたりの枕元にも添えて)ふたり並んでケーキ屋さんを発った。
先に流れた放送で予報されていた雨が降り出したのは歩き出してすぐのことで、諸星きらりがやはり水族館に戻ると言ったのもそのタイミングだった。


藤原肇は水族館の入り口に置かれたままだった透明な盾を構えて早足で歩く諸星きらりの後をついていく。
彼女のほうが足が長く歩幅があるので同じ早足では追いつかない。なので、藤原肇はなかば駆け足のようなペースで彼女の後を追っていた。


水族館に戻ることとなった理由はこうだ。
確かに岡崎泰葉と喜多日菜子の名前は放送で呼ばれた。悲しいことだが彼女らの死は疑いようがないだろう。
しかしそれは、放送で名前が呼ばれなかった人物の無事を保証するものではない。
死んではいないが重症を追っているというのはありえる。実際に松永涼が足を切断したことを藤原肇は諸星きらりから聞かされもした。
それに、今も他のアイドルを殺すことをよしとした何者かに追われていたり、それで水族館のどこかで隠れているかもしれない。

もし、そのまま病院へと向かい、次の放送で遅れて双葉杏や渋谷凜の名前が呼ばれたら?
もしそうなったら、どれだけの後悔の念が自分を押しつぶすだろうか。
そして、諸星きらりがその時に言った、彼女だからこそ言えたとも、自分がそう考えられなかったことを恥じるその“理由”が戻る決め手になった。
それはつまり、誰かを殺してしまったアイドルがそこにいるかもしれないなら、どうして“助けずに”ほうっておけるのかと。

過ちを犯しても同じアイドル。あのアルバムの中にいっしょに並んでいるアイドルで、昨日までは……いや、今も同じ事務所の仲間なのだ。
だったら、過ちを犯したのなら救わないと、悲しいのなら、辛いのならどこにいってはぴはぴにしてあげないと――それが諸星きらりの主張だった。
藤原肇に返す言葉はなかった。むしろ、どうして自分からそう言えなかったのかと疑問すら湧いた。
過ちを犯せばもう敵か。アイドルとは違うなにかか。そんな認識がまだ自分の心の底に敷かれたままだったことに愕然とすらした。

たった今、私は救われたばかりだというのに。

895彼女たちがその熱にうなされるサーティセブンポイントトゥー:2013/12/25(水) 22:33:45 ID:9m5DFtS60
藤原肇は諸星きらりの大きな背を追いながら、盾を掲げる手に力をこめる。
盾。最初はなんで盾なのだろうと思った。大きくて重くて、扱いづらく、持ち歩くだけでも色いろと不便を感じた。
どうしてこんなものが殺しあいの中で自分に与えられたのか。その理由はわからない。しかし、今の自分にはちょうどいい、そう思っていた。

盾は守るもの。攻撃を、過ちを受け止めるためのもの。誰かが過ちを犯そうとした時、これがあればそれを受け止めることができる。
岡崎泰葉と喜多日菜子を殺した子は、激情で我を失っているかもしれない。絶望して生半可な言葉は通じないかもしれない。
けれど、この盾があれば、その彼女の激情と絶望を傷つかずに受け止めることができる。受け止めればその間に言葉をかけることができる。
それは――藤原肇は諸星きらりの大きく輝く背を見て思う――彼女がしてくれるだろう。だから自分は彼女を守る盾になろう。
何者かが凶刃を振るって飛び出してくればすぐに間に入って受け止められるよう、藤原肇は与えられた盾を構え諸星きらりの後を走る。


水族館の通路は薄暗い。それは水槽の中がよく見えるようにという配慮だろうし、雰囲気作りのためでもあるだろう。
普段ならばここを訪れた人たちはこの薄暗い通路からキラキラと光る水槽を見て感動を覚えるのだ。
けれど、今の藤原肇に水槽の中を見る余裕はない。
きっと見れば、魚たちはこの島で今なにが起きているかなんか知らずに優雅に泳いでいるだろう。
けれど、藤原肇はそれを知っている。だからこそ水槽を見る余裕はなく、通路の先を、角を、死角の向こう側を伺いながら進む。

水族館の通路は薄暗いだけでなく、設置された巨大な水槽を色いろな角度から見れるよう、曲がりくねり、上下もする。
先は見通しづらく、角や死角はどこにでもあった。いつどこから武器を構えた相手が飛び出してくるとも知れない。
盾を握る手に力が入るとそこに汗をかいていることを意識する。
まるで、ここはお化け屋敷のようだと思った――。


――まだ幼いの頃、一度だけ両親と電車に乗って遊園地に連れて行ってもらったことがある。
そこでよくわからずにお化け屋敷に入ることをねだって。きっとそれは他愛のないものだったと思う。
けれど子供の自分から見れば全然そうではなく、本当にどこか恐怖の世界に迷い込んだのだと思った。二度と帰れないのだと思った。
結局、その場で大泣きに大泣きしてろくに他の遊具を楽しむことなく遊園地から帰ることとなってしまった。
家に戻ればおじいちゃんがそれみたことかと言い、それ以来、遊園地やなんかの華やかな場所に遊びに行くことはなくなった。
もとより好きだった自然の中での遊びや釣り、なにより陶芸に没頭し、お祭りといえばせいぜいが神社で行われる小規模なものくらいだ。


そんなことを思い出し、藤原肇の中にあの時と同じ恐怖心が満ちていく。しかし、今感じている恐怖は作り物相手のものではない。
人を殺す殺人者。アイドルを殺すアイドルがここに、この島にはいるのだ。

896彼女たちがその熱にうなされるサーティセブンポイントトゥー:2013/12/25(水) 22:34:07 ID:9m5DFtS60
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結局、藤原肇の心配は杞憂に終わった。誰かに刃物で襲い掛かられたり、どこかから弾丸が飛んでくるなんてことはなかった。
しかし、それよりも酷い光景が、彼女と諸星きらりが言葉を失い見つめるその先にあった。


それはいつか見たのと同じ光景。人の焼ける匂い、なにか油を燃やしたようにな匂い。
あの巨大な火柱と化したビルの前で、火が、炎がアイドルを包み、焼き殺してしまっていた時の匂いと光景。
違うところがあるとすれば、そこに倒れている、やはり、ふたりの遺体のうち、片方はほとんど焼け焦げていないことだろうか。

いや、近づいてよく見れば焼けて見えるのも煤を被っただけとわかる。その遺体は命が失われたことを除けば以前とほとんど変わらないままだった。
喜多日菜子――あの炎の前でナイフを振り回していた妄想が趣味の女の子。
岡崎泰葉が眠らせ、大丈夫だからと言われてふたりにすれば、再会した時には本当に正気を取り戻していた彼女。
ふたりの間になにがあったのかは結局聞けず仕舞い。そんなに長い時間でもなかった。聞いたのは二人が同じプロデューサーに預かられていることだけ。

「あぁ…………」

藤原肇の口から嗚咽の混じった溜息がこぼれる。
床に伏せた喜多日菜子の向こうにある黒こげの遺体は岡崎泰葉のものだろう。
彼女は救えたのだ。一時は他のアイドルを殺そうと凶刃を振るっていた子を、彼女は元のアイドルに戻してみせた。

藤原肇は嗚咽を隠すように口を塞ぎ、肩を震わせる。そして声の代わりに涙をこぼした。
どうして彼女たちは死んだのか。その理由は明らかだ。それは“嘘”をついたから。自分が正しいことを歪めてしまったから。
今になってまた後悔が重く心へとのしかかる。どうしてあんな嘘をついてしまったのか。どうしてそうするべきだと思ってしまったのか。
目が覚めたからこそ、あの時の歪さが、自分勝手の醜さが、それによって奪ってしまった命の重さが心を酷く苛む。
仮に、自分がここに残っていたとしてもここに並ぶ死体の数がひとつ増えるだけだったかもしれない。けれどそんな風には考えられない。

『…………怖いですよ。それは。……でも、怖いから泣いてるんじゃないです』

炎に照らされながら言った彼女の言葉をまた思い出す。彼女もあの時に救われていた。救われた彼女が喜多日菜子を救っていた。

「ぁ……あ……、あぁ…………、あ…………」

どうして気づかなかった。水族館に最初にやってきた時に、彼女らがふたりいっしょに並んでいるその意味を。
悲しみは圧倒的に押し寄せる。心の中にいるはずの彼女らの声も聞こえない。それは目の前で死んでいるという絶対の事実には敵わない。

897彼女たちがその熱にうなされるサーティセブンポイントトゥー:2013/12/25(水) 22:34:30 ID:9m5DFtS60
『――友達に、背を向けるな。たぶんきっと……後で、死ぬほど後悔するから』

後悔。後悔。後悔。後悔。後悔。後悔。後悔。後悔。後悔。後悔。後悔。後悔。後悔。後悔。後悔。後悔。後悔。後悔。後悔。後悔。

全てを思い出す。映像を逆回しにしているように、今から遡ってこの島で目を覚ました時まで。
詳細にイメージし、ありとあらゆる分岐点で、自分がどんな過ちを犯したのか、それを探り、思い出し、理解する。
心が砕ける。自分の軽挙妄動がどれだけの犠牲を出したのか、可能性だけを追っていけばきりがない。追い、負うほどに心は粉々に砕ける。

砕けて砕けて砕けて、砕けた。
けれど、心は散らない。肇は砕けた心のどんな小さな破片も放さない。ここで心を砕け散らすのではないともう知っている。
そうすればまた同じ失敗をしてしまう。逆に心が砕けまいと抵抗すればそれも失敗につながる。

人を、心を器とイメージする。砕けた心は砕けた器。砕けた欠片は心の欠片。粉々になれば土で、粉々になった心。

藤原肇は必死に挫けそうになる辛さに耐え、粉々になった心を練り始める。記憶を反芻し、あらゆる感情を追体験し、心を練り上げる。
新しい器を作るのだと、そう決めたのだから。器を焼く火はまだ自分の中にもあるのだと信じれるのだから。
藤原肇の両目から涙がとめどなくこぼれる。けれどその瞳はまっすぐな熱を帯びていた。


「杏ちゃぁ――ん! どこにいるのぉ――っ!?」

諸星きらりが遠吠えのように声をあげる。返事をするものはいなかった。





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898彼女たちがその熱にうなされるサーティセブンポイントトゥー:2013/12/25(水) 22:34:48 ID:9m5DFtS60
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しばらく後、あれから更に奥を調べに行った藤原肇と諸星きらりだが、この水族館の中にあのふたりの死体以外のものを見つけることはできなかった。
ふたり以外、つまり、あの時そこにいたはずの双葉杏と、おそらくはなにかが起きたのと近いタイミングで到着してたはずの渋谷凜。
そして、自分たちの知らないところで水族館に現れていたかもしれない何者か、それらのどの姿も確認することはできなかった。

ふたりは岡崎泰葉と喜多日菜子の亡骸を寝かせられる場所に移し、水族館を出た。
外の雨足は強くなっていたが留まる理由もないので途中で調達した傘を差して冷たい雨の中を歩き始める。
鎮痛な気持ちと傘を叩く雨粒の煩い音にふたりの間の会話はほとんどなく、藤原肇は病院へと行く道すがら、ただ黙々と考え事をしていた。

比較して運びやすいほうであった喜多日菜子の遺体を移動させたのは彼女だが、そこで見た限り、やはり彼女の死因は焼かれたことではなかった。
つまり死因は別にあって、それも遺体が火にほとんど炙られていないことから簡単に知ることができた。
それは、後頭部をなにか硬いもので、印象をそのまま言ってしまえば小さなハンマー――つまり、城ヶ崎莉嘉と同じ凶器で殺されたと見れた。

なので双葉杏が喜多日菜子を殺したのだ……とは言えない。
喜多日菜子の死体だけを見ればそう断定できたたろうが、そこには岡崎泰葉の焼死体もあった。
つまり誰かが火をつけて焼いたということになる。使ったものは油か燃焼剤か、藤原肇が想像できるのはそのようなものだ。

だとすれば、双葉杏が岡崎泰葉を焼き殺し、それを発見した喜多日菜子を背後から忍び寄り叩き殺したのか?
藤原肇はそんなシーンを想像してみるも、どうしてもしっくりとこない。

双葉杏が城ヶ崎莉嘉を叩き殺した可能性は高い。しかし今回の件も含めると彼女は更に人を燃やすようなものを持っていたことになる。
だがそんな素振りは一時だが同行していた藤原肇には感じられなかった。……いや、よく考えればなぜ双葉杏は自分を殺さなかったかと気づく。
複数の人間がいたはずの水族館で行動を起こし、ふたりきりの、しかもその時は隙だらけだった自分相手に行動を起こさなかった理由とはなんだろう?

「……………………」

なにかが食い違っている。真相に至るピースは持っていても、絵をイメージさせる肝心のピースがないので完成図が思い浮かばない。

しかし、これ以上あの水族館でなにが起きたかを想像するのは藤原肇にはできなかった。





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899彼女たちがその熱にうなされるサーティセブンポイントトゥー:2013/12/25(水) 22:35:05 ID:9m5DFtS60
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向井拓海は土砂降りの雨の中、夜の街を必死に走っていた。
その胸にはひとりの小柄な少女が抱かれている。その少女はぐったりとし、垂らした腕は向井拓海が走るのにあわせてぶらぶらと揺れていた。

「ハァ……、ハァ……ッ!」

荒い息を吐き、疲れを訴え痛みさえ走る足を無視して向井拓海は疾走を続ける。
暗闇の中にぼやけて浮かぶ街灯やネオンの光に視線を走らせ目的の場所を探す。大雑把な地図ではなかなかそこにはたどり着けなかった。
何度も路地の行き止まりを見ては引き返し、不安になればより広い道へと出て、それで明後日の方向へ向かってると気づけばまた路地へと飛び込む。
恐怖を文字通りに胸に抱き、向井拓海は土砂降りの中、夜の街を走っていた。

それは何度目か、狭い路地から大通りに飛び出して、そこでようやく向井拓海は目的の場所を見つける。
胸に抱いた彼女がまだ助かるよう祈り、最後の数十メートルを全力で駆け抜け、その建物へと飛び込んだ。
自動ドアが開く間さえもどかしく感じるように焦り、そしてようやく開いたドアを潜ると、しかし向井拓海はそこで目の前の光景に絶句し、足を止めた。

そこで白坂小梅が死んでいた。口と鼻と耳から血を垂れ流し血だまりの中に倒れていた。
彼女の死体が転がる少し奥、テーブルの上に寝かされた松永涼の足は両足ともに太ももから切断されている。
きっとおびただしい量の血が流れたのだろう。テーブルの上は真っ赤に染まり、端から垂れた血が床の上にも残虐な模様を描いていた。

なんの冗談だろう? そう思った向井拓海の前に小早川紗枝の白い顔が浮かび上がる。
静かに微笑む彼女に近づこうとし、はっと気づく。そこにあるのは彼女の首だけだった。首から下は床に崩れ落ち、その背には薙刀が突き刺さっていた。

「嘘だろ…………」

向井拓海は呟き、後ずさる。どうしてこんなことになった? なにがいけなかった? 全力は尽くしたはずだ。身体の痛みと軋みがそれを証明している。
元々どうしても間に合わなかったのだ。それはしかたないことだった。なんにだってそんなことはある。今回だってしかたのない。土台無理な話だとわかっていた。
それでも頑張っていたのは、そうすれば言い訳が通じると思って、現実から目を背けていることに気づかれないからと思って、だから走っていた。

「どうしよう」

ぽつりと呟く。その時、向井拓海は胸に抱えていた少女の様子が変わっていることに気づいた。

「おい、お前――」

その少女は真っ黒に焼け焦げていた。ほとんど人型の炭と変わらないほどに。重さも炭のように軽く。向井拓海はそれを見て、ほっとしていた――……。





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900彼女たちがその熱にうなされるサーティセブンポイントトゥー:2013/12/25(水) 22:35:24 ID:9m5DFtS60
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「大丈夫?」

心配そうに上から覗き込む小早川紗枝の顔に向井拓海はどきりと胸を鳴らし身体を強張らせた。
どうして? 彼女はさっき死んだはずなのに。けれど、その光景が風に吹かれた砂絵のように霧散していくのに、向井拓海はあれが夢だったと気づく。

「えらい、うなされとったよ? 悪い夢みたん?」

彼女の問いに大丈夫だと答えようとするもうまく声がでない。強張った身体がほぐれ、なんでもないと返すには数秒の時間が必要だった。

「起きるん? まだ寝始めてから全然時間経ってへえんよ?」
「…………水族館の連中は?」

心臓はまだ早鐘のように鳴っていた。気分も胃がひっくり返りそうなくらいに悪い。じっとりとかいた寝汗に、身体も震えそうだった。

「まだ、きてへんね。雨は弱まってきたようやけど、降ってるんは降ってるし……」

そうか、とだけ呟き向井拓海は時計を見る。時間は11時を過ぎたところだ。確かにほとんど寝れなかったのだとわかる。
気だるい身体を起こしベッドを降りる。靴を履いて背を伸ばすと心配そうな顔で見上げる小早川紗枝がずいぶんと小さく見えた。

「トイレだよ」

ぴたりと彼女の動きが止まるほどの冷たい声が出たことに向井拓海は自分でも驚いた。

「………………」

睫毛を振るわせる小早川紗枝から視線を切って向井拓海は歩き出す。少しでもいい。ひとりになりたかった。けれどその背に別の声がかけられた。

「トイレってならアタシも押してけよ拓海。――紗枝、小梅を見ててくれ」
「あ、そやね。小梅ちゃん、こっちでうちとお留守番しよか」
「…………うん」

小早川紗枝が松永涼の傍にいた白坂小梅を手招くと、彼女はそこを離れる。その目には恐怖が浮かんでおり、なにかを察していたのは明らかだった。
向井拓海は射るような松永涼の視線に視線を返し、どうしようかと……しかし、しかたないと彼女の後ろに回り車椅子を押し始めた。

901彼女たちがその熱にうなされるサーティセブンポイントトゥー:2013/12/25(水) 22:35:40 ID:9m5DFtS60
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「……なに我慢してるんだよ」

車椅子とそれを押すふたりがトイレの前へ、処置室のふたりへは声の届かない場所までくると松永涼はそう切り出した。

「なにも我慢してねぇよ」

車椅子を押す手を止め向井拓海は苛立ちを乗せて声を発する。そんな態度に明らかな怒りをのせて松永涼は言葉を吐いた。

「溜め込んでるなら吐き出せよ!
 お前、舐めてるのか? アタシらのことただの荷物だって見てるのか? アタシらじゃお前は受け止められないって思ってんのか?」
「そういうわけじゃ、ねぇよ……」

処置室で見せた強面を今度はなにかを辛く我慢するような表情に歪め、向井拓海は言葉をこぼす。

「だったら言えよ。誰もお前のことをスーパーマンだなんて思ってない。…………アタシらにも助けさせろ。頼むから」

優しい声に向井拓海はなにかを言おうとして、けれど口を閉じ、その一文字に結んだ口と肩が揺れて、震える瞳が濡れて、とうとう心の中の言葉を漏らした。

「…………怖ぇんだよ」
「なにが怖いんだよ。死ぬのがか?」

向井拓海は頭を振る。

「そうじゃねぇ。怖いのはアタシだ」

車椅子の取っ手を握ったままとうとうと語りだす。その間、松永涼は口を挟むことはしなかった。

「だんだん疑問になってくるんだ。本当にアタシはここから逃げてやろうって思ってるのかって。
 水族館の連中だって本当は飛び出していかなくちゃいけないんじゃなかって。待ったほうがいい、なんてのは体のいい言い訳だったんじゃないかなんて」

そして、と向井拓海は言葉を続ける。

「それでもし、ただずっとこのままだったら。なんだかんだ言い訳して、誰とも会えず、助けもできず、それでこの4人が最後に残って……。
 脱出する方法も見つかってなくて……いや、探してすらしないかもしれねぇ。じゃあ、アタシはその時どうすんだって!」

お前らのことを殺しちまうんじゃないか――そう、向井拓海は握った拳を震わせて言った。

「…………殺さねぇって、今のアタシには言う自信がないんだ」

902彼女たちがその熱にうなされるサーティセブンポイントトゥー:2013/12/25(水) 22:36:03 ID:9m5DFtS60
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「それでもいいんじゃないか?」

松永涼は車椅子の上で、後ろで泣いているかもしれない向井拓海のことは振り返らずに言う。

「それはさ。そこまでいったらそれでしかたないよ。もう打つ手がないってなって、その時拓海がそうするってなら……少なくともアタシは納得する」
「わかってねぇよ! アタシは土壇場で自分かわいさに裏切るかもしれねぇって言ってるんだぞ!」

雷のような怒声に、しかしその奥に小さな子供を思わせるような声に、松永涼は肩をすくめ、ことさらに明るい声で言葉を返す。

「いいんじゃねぇか? とうとうどうしようもなくなったら、そういうものさ。納得できないってなら、アタシらも全力で抵抗してやるよ」

――小梅のためならアタシだってなんでもできる。そう言い、松永涼はまた言葉を続ける。

「仕方ない時は仕方ないよ。いいとか悪いとか、それが裏切りだとか、その時にするのはそんな話じゃない。それは恨むようなことでもない」
「……かっけーこと言ってんじゃねぇよ。片足なくしてビビってるくせによ」
「アタシはロッカーだからな」

いつでもかっこつけてんだ。そう松永涼は笑い――

「ハハッ……だせぇ」

――向井拓海も笑った。






「………………それでいつトイレん中に連れてってくれるんだ?」
「は? ついてくる口実じゃねぇのか?」
「マジだよ。つかトイレしてから話すつもりだったんだよ。早くしろよ。もう漏れそうなんだよ」

「なに我慢してんだよ! 馬鹿じゃねぇのか!」
「我慢したくてしてんじゃねぇよ!」


 @


「おかえりさん。トイレ行って拓海はんもすっきりした? 温かいもんはいってますからどうぞこれで身体休めたって」
「真夜中の……病院の、トイレ……怖くなかった? 私は……ちょっと、楽しかったけど。ほら、お茶請けに甘いお菓子もあるよ」

戻ってきた向井拓海を出迎えたのは優しさだった。
ああ、なんだ。そうか――と、理解する。みんな向井拓海を信じてくれている。信じてくれているなら応えればいい。それはそんな簡単なことだった。
わかっていたはずなのに忘れてようとしていたこと。思い出させてくれた3人に向井拓海は感謝を感じ、悪夢を見るほどの不安はもう消え去っていた。

「ありがとうな。紗枝も、小梅……も、………………?」
「どう、したの?」

頭を撫でようとしていた手が空中で止まり、白坂小梅はきょとんと向井拓海を見上げる。

「………………なにかいるぞ」





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903彼女たちがその熱にうなされるサーティセブンポイントトゥー:2013/12/25(水) 22:36:22 ID:9m5DFtS60
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「紗枝っ! ついてきてるか!?」
「言われた通り、10メートル後ろついてますー!」

向井拓海は点滴をかけるスタンドを両手に握り、真っ暗な病院の中庭をじりじりと、周囲を警戒しながら進んでいた。
あの時、白坂小梅の背後にあった窓の向こうにふわふわと揺れる光を向井拓海は見つけ、そして今はその光の正体を探ろうとしている。
白坂小梅は「ウィルオーウィプス?」などと言っていたが、もしそうなら……例えば狐火でもなんでもそういうものならかまわない。
けれど、もしその正体が他のアイドルで、しかも誰かを殺してもいいと思っているようなやつならば、絶対にほうっておくわけにはいかなかった。

「そっちからはなにか見えるか!?」
「なんも見えへんよー!」

向井拓海の後方10メートルの位置には小早川紗枝がその距離を維持しながらついてきている。
後ろから見ることで死角をカバーしてもらうという作戦だ。それに加えて、いざという時は処置室まで戻って松永涼と白坂小梅を避難させる役も負っている。
しかし、本当に先ほどの光はなになのか? まさかこの病院で死んだ人間の幽霊だとでも言うのか――そう考えたタイミングでまた光が現れた。

「動くなテメェ!」

向井拓海から見て前方10メートルほど。反射的に駆け出すと、向井拓海は両手に構えたスタンドを槍のようにその光へと突きつける。

「…………は?」

あっけなく光の正体は判明し、その不可思議さに向井拓海の動きがぴたりと止まる。
そこにいたのはふんわりとした服を着て頭にライトのついたヘルメットを被った女の子。そしてその隣で盾をかまえて彼女を守っている少女だった。
武器は構えていない。強いていうなら女の子がイグアナを抱えているが、透明の盾の向こう側にいるので飛び掛ってはこないだろう。
一体このふたりは、この行動にはどんな意味があるのか。向井拓海が頭の中をクエスチョンマークで埋めている間にもうひとりが彼女の後ろに現れた。

「引っかかったわねこの馬鹿ッ! さぁ、武器を捨てておとなしくしなさい!
 こっちはあんたの背中に拳銃をつきつけてるわ! 2丁よ! フリーズ&ホールドアップってんの!」

言葉の内容を聞くよりも反射的に振り向いた向井拓海の目の前にひとりの少女がいた。そして彼女のことは知っている。小関麗奈だった。

「テメェ、アタシに喧嘩売ってんだったらただじゃすまねぇぞ!」
「あっ! 拓海ッ!?」

そして、もうひとりが暗闇からそこに現れる。
向井拓海は彼女のことも知っていた。それはずっとここに訪れるのを待ちわびていた人物でもあった。

「たっくみん☆おひゃーしゃー☆」


 @


小早川紗枝の前で、向井拓海を中心に4人のアイドルが彼女を囲んでわいわいきゃいきゃいとはしゃいでいる。
その中でもひときわ背の高い諸星きらりの姿を見て小早川紗枝はほっと胸を撫で下ろした。
ようやく、待ちわびていた水族館にいたアイドルと合流することができたのだ。
誰かがそれを彼女に押し付けたわけではないけど、水族館に向かわないとう判断を向井拓海はずっと重く背負っていた。
先の放送でその内のふたりの死者の名が呼び上げられ、もしこの次の放送でも名前が呼ばれれば彼女も、自分たちもどうなっていたことか。

「あ…………」

小早川紗枝は空を見上げる。雲はまだ晴れ切ってはいなかったが、薄くなった雲の向こう側に朧月が見えた。

「気ぃついたら雨やんでるわ」

風が吹き、髪をなびかせる。冷たい風だったが、余計な熱を払ってくれる心地よい風だった。






【B-4 救急病院/一日目 真夜中】

904彼女たちがその熱にうなされるサーティセブンポイントトゥー:2013/12/25(水) 22:36:49 ID:9m5DFtS60
【向井拓海】
【装備:鉄芯入りの木刀、ジャージ(青)、台車(輸血パック入りクーラーボックス、ペットボトルと菓子類等を搭載)】
【所持品:基本支給品一式×1、US M61破片手榴弾x2、ミント味のガムxたくさん、ペットボトル飲料多数、菓子・栄養食品多数、輸血製剤(赤血球LR)各血液型×5づつ】
【状態:全身各所にすり傷】
【思考・行動】
 基本方針:生きる。殺さない。助ける。
 0:とりあえず話を聞かせろって!
 1:諸星きらりらから事情を聞く。
 2:↑がすんだら、状況を見て行動。
 3:市街地を巡りながら他のアイドルらを探し、天文台へと向かう。
 4:スーパーマーケットで罠にはめてきた爆弾魔のことが気になる。
 5:涼を襲った少女(緒方智絵里)のことも気になる。

 ※軽トラックは、パンクした左前輪を車載のスペアタイヤに交換してあります。
   軽トラックの燃料は現在、フルの状態です。
   軽トラックは病院の近く(詳細不明)に止めてあります。


【小早川紗枝】
【装備:ジャージ(紺)】
【所持品:基本支給品一式×1、水のペットボトルx複数、消火器】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを救い出して、生きて戻る。
 0:ようやっと人心地やろか。
 1:とりあえずはみんなで情報交換。
 2:天文台の北西側に『何か』あると直感しているので、天文台に向かう案を推したい。
 3:もう少し拓海はんの支えになれたらええんやけどね。


【松永涼】
【装備:毛布、車椅子】
【所持品:ペットボトルと菓子・栄養食品類の入ったビニール袋】
【状態:全身に打撲、左足損失(手当て済み)、衰弱、鎮痛剤服用中】
【思考・行動】
 基本方針:小梅を護り、生きて帰る。
 0:……なかなか戻ってこないな。
 1:足手まといだとしても今できることをする。
 2:小梅のためにも死ぬことはできない。


【白坂小梅】
【装備:拓海の特攻服(血塗れ、ぶかぶか)、イングラムM10(32/32)】
【所持品:基本支給品一式×2、USM84スタングレネード2個、ミント味のガムxたくさん、鎮痛剤、不明支給品x0〜2】
【状態:背中に裂傷(軽)】
【思考・行動】
 基本方針:涼を死なせない。
 0:な、なかなか……帰って、こないね。
 1:涼のそばにいて世話をする。
 2:胸を張って涼の隣に立っていられるような『アイドル』になりたい。

 ※松永涼の持ち物一式を預かっています。
   不明支給品の内訳は小梅分に0〜1、涼の分にも0〜1です。

905彼女たちがその熱にうなされるサーティセブンポイントトゥー:2013/12/25(水) 22:37:05 ID:9m5DFtS60
【諸星きらり】
【装備:かわうぃー傘】
【所持品:基本支給品一式×1、不明支給品×1】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:つらいことや悲しいことに負けないくらいハピハピする。
 0:たくみん☆おひゃーしゃー☆
 1:肇ちゃんと一緒に、みんなをハピハピにする。
 2:杏ちゃんが心配だにぃ……。どこにいるんだろ?
 3:きらりん、もーっとおっきくなるよー☆


【藤原肇】
【装備:ライオットシールド】
【所持品:基本支給品一式×1、アルバム、折り畳み傘】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:誰も憎まない、自分以外の誰かを憎んでほしくない。
 0:えーと、まずは拓海さんといっしょにいる人たちとお話を。
 1:誰かを護る盾でありたい。
 2:きらりさんと一緒に、みんなをハピハピにする。
 3:双葉杏さんには警戒する。
 4:一度自分を壊してでも、そのショックを受け止められる『器』となる。なってみせる。


【小関麗奈】
【装備:コルトパイソン(6/6)、コルトパイソン(6/6)、ガンベルト】
【所持品:基本支給品一式×1、ビニール傘】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:生き残る。プロデューサーにも死んでほしくない。
 0:さすがアタシの作戦ね!
 1:小春はアタシが守る。


【古賀小春】
【装備:ヒョウくん、ヘッドライト付き作業用ヘルメット、ジャンプ傘】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:アイドルとして、間違った道を進むアイドルを止めたい。
 0:すごいねぇ、麗奈ちゃん。
 3:麗奈ちゃんが悪いことをしないように守る。

 ※着ている服(スカート)に血痕がついています。

906 ◆John.ZZqWo:2013/12/25(水) 22:37:37 ID:9m5DFtS60
以上、投下終了です! 今回は大幅に遅れてしまい申し訳ありませんでした。

907 ◆n7eWlyBA4w:2013/12/26(木) 12:15:38 ID:pi0amYAQ0
報告遅くなってすみません。今週中には投下するのでもう少しだけ猶予をいただけると助かります。重ね重ね御迷惑をおかけします。

908 ◆John.ZZqWo:2013/12/26(木) 20:18:57 ID:1ZX04A7o0
昨日は投下だけで終わったので今日は感想を。

>11PM
友紀ちゃん……今は野球もなしだとか普段の彼女からは感じられない覚悟。だけど、その覚悟は誰かの幸福につながっているのか……。
美羽と小日向も彼女たちの中でどう結論が出るのかが気になる。もしかしたら、その答えは色んな人を救うことになるかも?
大グループが小グループずつ分かれましたが、どの先も気になる……投下乙でした!

ブリッツェン? あぁ……もうクリスマスは終わったよね^^

>Precious Grain
しぶりん、一歩進むたびに悲しみを拾うね。
この先、しまうやなおかれと出会えても素直によかったということにはならないと思うんだけど、彼女が目をそらすこともないだろうから期待、というか楽しみ?
凜の少女らしい弱さとまっすぐさ……GJなのです!

909 ◆n7eWlyBA4w:2013/12/30(月) 00:11:22 ID:C0U.vwe60
大変遅くなりまして申し訳ありません。予約分の補完回、投下します。

910ほしにねがいを  ◆n7eWlyBA4w:2013/12/30(月) 00:15:38 ID:C0U.vwe60



 ――届いて。



   ▼  ▼  ▼



「……すっかり遅くなっちゃった。この時間だとさすがにちょっと冷えるなぁ」

 首元に手をやって、パーカーの襟元を両手できゅっと絞る。
レッスン場からの帰り道、出る時にはまだ火照っていた体もすっかり夜風に熱を冷まされちゃった。
 こうして家路に就くと、一歩一歩進むごとにアイドルとしての自分が遠ざかっていくように感じるし、
 この元気印の本田未央も、その分センチメンタルになるのは仕方ないよね。

 いくら居残りレッスンに力が入ったとはいえ、まだまだ人通りが減るような時間じゃない。
 会社帰りのサラリーマン、夜遊びしてる学生、その他諸々が行き交って、この通りに人影が絶えることはない。
 だけど人波に紛れていると、最近どうしても心を離れない考えがむくむくとまた大きくなってくる。

 ……こうして行き交う人達のうちの、いったい何人がアイドル本田未央を知っているんだろう。

 その想像は、周りを歩く人達みんなを自分とは何の関わりもない存在に変えてしまうような怖さがあった。
 こんなにも近くに人がいるのに、まるで果てない砂漠でたった一人、当てもなく彷徨っているような心細さが。
 たまらずに視線を少し上に逸らすと、視界に入る人影がちょっとだけ少なくなって、ちょっとだけ安心した。
 だけど代わりに夜空にまばらに散らばった星と延々並ぶ街灯の光が、かえって物寂しさを感じさせて。
 ただでさえ最近ブルーな未央ちゃんは、おかげで心まで凍えちゃうのでした……なんてね。


『本田未央15歳。高校一年生ですっ! 元気に明るく、トップアイドル目指して頑張りまーっす!』


 そう言って事務所の面接室に乗り込んだのが、もう随分昔のような気がするなぁ。
 手違いで採用取り消しになりそうだったこととか、訓練生の頃の苦労とか、ようやくデビューしてからの思い出とか。
 何もかもあっという間に過ぎていっちゃったようで、それでもその一瞬一瞬が大事な時間だった。

 ……そうだよね。無駄な時間なんて、何一つ無かったよね。

 今の私は、本当に夢に近付くために進んでいるんだから。ちょっと準備期間が、人より長いだけなんだから。
 だけどちゃんと前には進んでいるはずだから。……そうだよね?
 

「あっ……」


 煌々と光る照明に目を引かれて、ふと私は足を止めた。
 そこはこの通りでは特に人気のCDショップで、こんな時間でも出入りする人が絶えないみたいだった。
 店内が外からでもよく見えるくらい大きい窓には、外側の表通りに向けて宣伝のポスターが張ってあって。

911ほしにねがいを  ◆n7eWlyBA4w:2013/12/30(月) 00:16:27 ID:C0U.vwe60


「しぶりん……しまむー……」

 そこには私が誰よりもよく知っている、大好きな親友の笑顔があった。


 綺麗な髪をなびかせて、青空みたいに透き通った微笑みを浮かべる渋谷凛。


 女の子の夢みたいなピンクの衣装に身を包んで、にっこり笑う島村卯月。


 だけどその隣に、本田未央は――私は、いない。


 いない。私だけがそこにいない。並んで立つことを、許されてない。
 たったそれだけで、とたんに胸の真ん中にぽっかりと風穴が開くような気持ちになってしまう。

 『ニュージェネレーション』で一人だけソロCDを出してないんだから、それは当然。
 それは分かってる。私だけが、三人のうちで私だけが、未だに輝き切れないまま燻ってるんだから。

 私、なにしてるんだろう。考えないようにしていた暗い疑問が、心の隙間に這い寄ってくる。
 三人一緒に頑張ろうってみんなで決めたはずなのに。そのはず、なのに。

 後光みたいに店内からのバックライトを浴びて、二人だけがきらきら輝いている。
 それを見る私は、その光の反対側で、その眩しさに眼を細めることしか出来なくて。
 私だけが観客席からステージを見上げているような、だけど壇上には手が届かないような、そんな感覚。


「……………………」


 どれくらい立ち尽くしていたのかな。自分じゃ分かんないや。
 だけど夜風に当たりすぎた体が無意識にぶるっと震えて、そこでようやく我に返った。
 体の真ん中に空洞が出来て、その中を冷えた空気が通り抜けるみたいに感じて、俯いてまた震える。


「……帰ろ。帰ってご飯食べてお風呂入って、それからデレラジ聴かなきゃね」


 自分に言い聞かせるようにそう言って、二人のポスターに背を向けて歩き出す。
 あのショップの明るさも、この夜空の暗さも、どっちも今の私の心には重くのしかかってくるみたいで。
 私はやけに長く感じる家路を、ただ足早に急ぐことしか出来なかったのでした。



   ▽  ▽  ▽

912名無しさん:2013/12/30(月) 00:17:01 ID:nNJxWcRw0
久々のリアル遭遇

913ほしにねがいを  ◆n7eWlyBA4w:2013/12/30(月) 00:17:18 ID:C0U.vwe60

『でれっす! パーソナリティの、島村卯月です!』

 ベッドの上でお風呂上がりの髪を改めて梳かしながら、私はラジオから聞こえる声に耳を傾けた。
 しまむーはいつも通り。聞いてるこっちまでほにゃっとしそうな、そんな声。

『でれっす。同じく、渋谷凛だよ』

 そしてこっちもいつも通り。しぶりんはどうも未だに導入固いんだよねぇ。
 番組が進めばたまに砕けたところも見せてくれるから、そのギャップがいいんだけど。

『でれっす☆ 城ヶ崎美嘉だよー! 今夜も上げてこー!』

 そして三人目。美嘉ねぇの元気な声もまたいつもと同じで。

 だけど私の方はふと浮かない気持ちになっちゃって、そんな私にまた自己嫌悪。

 美嘉ねぇのこと羨んでるとか、妬んでるとか、そんなんじゃないんだ。
 だって美嘉ねぇはかっこいいし面倒見いいし、ラジオ越しでも伝わるパワーがあるし。
 そんな素敵なアイドルの美嘉ねぇが二人と一緒にラジオやってることが、不満なわけないんだけど。
 美嘉ねぇがどうこうじゃなくても、あの二人の隣にいるのが私だったらな、って思っちゃうのは止められないよ。

「でれっす、みんなのアイドル、未央ちゃんだよー……なんちゃって、ね」

 むなしい。冗談でも、やってみるんじゃなかったな。

 分かってる。この番組は元々CDの宣伝から始まった企画で、私にはそもそも選ばれる理由が無かったってこと。
 ほんとなら三人揃って出たほうがいいところなのに、私がこんなだから、美嘉ねぇにお鉢が回ったってこと。
 総選挙も圏外で、ソロCDも未だに目処無しで。そんな本田未央には荷の重い大役です。分かってる、けど。


(スタートラインは……みんな同じだったはずなのにな……)


 また、始まりのあの日を思い出す。
 あの時はみんなアイドルの卵で、道端で歌っても足を止めてくれる人は少なくて。
 だからこそ三人一緒にトップアイドルって気合入れて、みんなでここまで走ってきたつもりだったんだけど。
 最初は並んで走っていたはずなのに、私と二人とは歩幅が違って、必死で足を動かしても追いつけなくて。

 どこで差がついちゃったのかな。私には何が足りないんだろ。私、二人の足手まといなんかじゃないよね。
 頭のなかがだんだんグチャグチャしてきて、足をベッドの上でバタバタさせて、そのままゴロンと仰向けになる。
 あーあ、やっぱりこんなのは未央ちゃんらしくありません。寝よう寝よう。
 寝たら明日は、元気になるよ。きっと嫌な考えも忘れちゃうはず。そのはずだから。

「……ふふっ。やっぱり美嘉ねぇ、トーク上手いなぁ……うんうん」

 ラジオから流れる溌剌とした声にくすりと笑いながら、私はベッドの中に潜り込んだ。
 だけど心の片隅ではそのわざとらしい独り言がひどく空々しく感じて、思わず掛け布団の端を掴む。
 なんだか、寒いなぁ。夜風はこのベッドの中までは吹き込んでこないはずなのに。

914ほしにねがいを  ◆n7eWlyBA4w:2013/12/30(月) 00:18:11 ID:C0U.vwe60



   ▼  ▼  ▼


 携帯のアラーム音で、私は目を覚ました。
 時刻表示に目をやると、いつもの目覚ましより一時間は遅い。
 今日はオフだからアラームは掛けてなかったと思うんだけどな、とぼんやりした頭で考える。
 寝ぼけまなこをこすりながら画面を操作して、そこでようやくアラームじゃなくてメールの着信だと気付いた。
 誰だろう。送ってくる知り合いを端から頭に浮かべたけど、本当の送り主はその中の誰でもなかった。


「プロデューサー……?」


 普段頻繁にメールを送ってくるような人じゃないから、首を傾げながら開封して。
 そして私の頭は、一瞬で目覚めさせられた。夢うつつから、現実に引きずり降ろされてしまった。


 文面はシンプルだった。

 今夜、大事な話があるから何時に事務所まで来るように。それだけ。


 だけどその乾いた文章が逆に私の想像を掻き立ててしまって、止まらない。
 何? わざわざオフの日に事務所に直接呼び出しがかかるような用事って、何?
 胸がざわついて、鼓動が早くなって、肩が震えて、視界が揺れて、止まらない。

 だって、良い知らせよりも、聞きたくないような知らせのほうがよっぽどありそうだって、そう思えたから。

 もしかしたら私、自分で思ってた以上に参ってたのかな、最近。
 だけど弾みが付いたマイナス思考は、制御しようと思っても雪だるまみたいに膨らむばかりで。
 こんなの私らしくないよ。本田未央はこんな子じゃないよ。そう言い聞かせても、どうにもならない。

 ふと頭によぎるのは、ここ最近のプロデューサーの態度だった。
 いつもにも増して真剣そうな表情で電話したりしてて、それ自体はお仕事頑張ってるなーとしか思わなかったけど。
 気になったのは、その時のプロデューサーがちらちらとこっちを見てるように感じたから。
 私のことを話してるのかな、とその時は思っただけだったのに、今になってその違和感が形となって襲ってくる。


 ――今のニュージェネレーションに、私は必要ないんじゃないの?


 違う。違うよ。そんなことない。そんなこと、あるわけない。
 そう必死に否定しようとしても、イメージとして浮かぶのは事務所の一室で深刻そうな顔をするプロデューサーと、
 真っ青な顔で立ち竦んでいるだけの私の姿だけで。
 もしかしたら良いニュースかも、と思い込もうとしても、そんな自分が白々しくしか見えなくて。

915ほしにねがいを  ◆n7eWlyBA4w:2013/12/30(月) 00:19:08 ID:C0U.vwe60
 

「……そろそろ支度しないと、昼からの自主練に間に合わなくなっちゃうな」


 そう呟いた声が自分でもぎょっとするくらい弱々しくて、思わず頭をぶんぶんと振った。
 忘れよう。少なくとも今だけは。レッスンに打ち込んで、それから考えよう。
 先送りにしてるだけだけど、そうでもしないといつもの本田未央に戻れない気がしたから。
 携帯を掛け布団の上に放り投げて、私は出かける準備を始めた。



   ▽  ▽  ▽



 この日は元々オフでレッスンの予定はなかったんだけど、レッスン場の一室だけ偶然空きが出来たって聞いたから、
 昨日のうちにトレーナーさんに頼み込んで特別に午後だけ使わせてもらえることにしてたんだよね。
 まぁ、その時は、こんな気持ちで自主トレに励むことになるなんて思いもしなかったんだけど。


「わっ!? とっとっと……う、いったぁ……」


 ダンスのステップで思いっ切り足がもつれて、派手に尻もちをついてしまった私。
 涙目でお尻をさすりながら、改めて溜め息。せめて特訓の間だけは気持ちをキープしたかったのに。
 ダメな時は何をやってもダメ、ってことなのかな。

 この秘密の特訓だって、少しでもしぶりんやしまむーとの距離を詰めようと思ってこっそりやってるんだけど。
 本当に縮まってたのかな。改めて振り返ると、なんか自信ないや。
 まだ黄昏れるような時間じゃないのになぁ……そんなことを考えていた私を、予想外の呼びかけが引き戻した。


「あ、あれ……未央ちゃん?」
「わっと、びっくりした! ……とときん? 奇遇だねぇ、今日は貸し切りだと思ってたんだけど」


 突然名前を呼ばれて慌てて振り返るのと、入り口の引き戸がおずおずと開かれるのは同時だった。
 その隙間から顔を出したのは、とときんこと十時愛梨ちゃん。声の時点で分かったけどね。
 私より3つ上の大学一年生だけど、何故か年上のような気がしない人柄が魅力の女の子。
 まあ年上の気がしないと言えば、しまむーも1コ上なんだけど、それは今は置いておくとして。


「昨日トレーナーさんにお願いして使わせてもらうつもりだったんだけど……未央ちゃんも?」
「そうそう。ははぁ、さては姉妹間で情報共有がなされてなかったな? ホウ・レン・ソウは大事なのにー」
「ごめんね、未央ちゃんが先約みたいだし、お邪魔だから私は今日は帰ろうかな」
「いーよいーよ、一緒にやろ? 私はちょうど休憩しようと思ってたとこだけどね」


 私がそう言うと、とときんはそれじゃお邪魔してと一言断ってから、私の隣に腰を下ろした。
 その時にジャージ越しにも分かるくらい胸が弾んで、これはファンの男の子には目に毒だなぁと思ったりもして。
 だけどとときんはそんなことには気付かないようで、何事も無くストレッチを始めた。

916ほしにねがいを  ◆n7eWlyBA4w:2013/12/30(月) 00:21:14 ID:C0U.vwe60

(とときんと私、か。なんだか、不思議な組み合わせだなぁ……)

 日頃から時々話はするし、同じ事務所のアイドルなんだから一緒にいておかしいわけないんだけど。
 それでもそんなことをふと考えてしまうのは、隣にいるのが他ならぬとときんだからなんだろうな。


 だって、とときんは……シンデレラガール十時愛梨は、日本中の女の子の憧れの象徴なんだから。


 シンデレラガール。あの日のステージで最後にスポットライトを浴びた、私達の頂点。
 だけど、十時愛梨という女の子は……なんていったらいいのかな、特別じゃないのが特別みたいな、そんな子だった。

 もちろんとときんは可愛いし、スタイルだって抜群だし、ステージではいつだってキラキラ輝いてる。
 でもその一方で、どこか飾り気が無くて、控えめで、無防備で、どこにでもいそうな女の子でもあって。
 他にはない強烈な個性を武器にする、そんなアイドル像からはすごくかけ離れたところにいると思う。
 例えるなら、美羽のいるFLOWERSが近いのかな? ユニットとはまた色々違うのかもしれないけど。

 とにかく、そんな女の子が、シンデレラとして頂点に立った。
 それは本物のおとぎばなし。本物のシンデレラストーリー、そのものだった。
 魔法をかけられた女の子がガラスの靴を履いてお城への階段を駆け登っていく、そんな物語だった。

 だからこそ、彼女ほど最初のシンデレラガールにふさわしい子はいなかったのかもしれない。
 十時愛梨の輝く姿を見た女の子たちは、きっとカボチャの馬車を夢に見るようになるだろうから。


「う、ううぅ〜〜っ…………」
「あはは、仕方ないなぁ。どれ、この未央ちゃんが柔軟を手伝ってしんぜよう」


 上体伸ばしで四苦八苦しているとときんの背中を苦笑交じりに押してあげる。
 こうしていると、本当に普通の女の子なんだけど、ね。



   ▽  ▽  ▽



「そういえば、とときんも今日はオフじゃなかったっけ。なんで自主トレ?」


 練習の汗をシャワーで流して更衣室で帰り支度をしながら、私は何の気なしに聞いた。
 純粋に疑問に思ったのが半分で、もう半分はこれからの事務所行きが憂鬱だったから、
 軽い話でもして気を紛らわそうとしたからなんだけど。

917ほしにねがいを  ◆n7eWlyBA4w:2013/12/30(月) 00:24:40 ID:C0U.vwe60

「…………」


 だけど、とときんにとってはそうじゃなかったみたいだった。
 だってその時の横顔は何か思いつめたようで、他愛ない世間話に答える感じじゃなくて。


「あっ、ごめん……言いたくないならいいのいいの」
「ううん、大丈夫。むしろ、ちょっと聞いて欲しいくらいかな」


 備え付けのベンチに腰を下ろしたまま、とときんが小さく呟く。
 所在なさげに立っていた私も、結局その隣に腰を下ろして、続く言葉を待った。

 
「……怖かったから」


 ぽつり。間を置いて帰ってきた答えは、案の定真剣な響きで、だから私はただ黙って聞いていた。


「私は、普通の女の子だから。このままアイドル十時愛梨が独り歩きしたら、私が置き去りにされそうで、
 そうしたらプロデューサーさんの隣にいられなくなりそうで。だから、振り落とされないように頑張らないと」
「……………………」


 意外じゃなかったと言ったら、きっと嘘になる。
 とときんが努力家だっていうのは知ってたし、何事にも真面目に取り組むタイプなのは分かってた。
 だけど、こんなふうに思いつめてしまう人だっただろうか。
 アイドル活動も順風満帆で、傍目には怖いものなしに見えるシンデレラガールが、ひどく小さく見える。 


「でも……とときんは、みんなに選ばれたシンデレラなのに」
「……シンデレラだから、かな」


 そう言ってそっと笑う。その微笑みが、やけに寂しい。

「私、プロデューサーにスカウトされて、その時初めてアイドルになろうって思ったんです。
 だからどんなアイドルになりたいとか、アイドルになってどうしようとか、それまで考えたことなくて。
 それでも、続ければ答えが出ると思ってた。考える時間は、いっぱいあると思ってた」


 今まで見たことのない表情だった。穏やかなのに、声をかけるのが躊躇われるような。


「でも、そんな時間はなくなっちゃったから。魔法を掛けられたシンデレラは、舞踏会で踊らなきゃいけないから。
 魔法使いのおばあさんはドレスや靴はくれたけど、踊り方なんて教えてくれなかったのにね」

918ほしにねがいを  ◆n7eWlyBA4w:2013/12/30(月) 00:25:45 ID:C0U.vwe60

 その無理にいたずらっぽくしたような言い方に胸を突かれて、私は柄にもなく何も言えなかった。
 それでも何か話そうとして、口の中でもごもご言葉を転がして、そしてそのまま飲み込んで。
 気楽に大丈夫だよって声を掛けてあげられないのが、ただただ歯がゆかった。

 いつかプロデューサーが言ってたっけ。特訓っていうのは自分自身と向き合うことだって。

 だとしたら、とときんは……もしかしたら私も、アイドルとしての転機に立っているのかもしれない。
 自分自身とのギャップで悩んで、辛い思いをして、でも逃げるわけにはいかなくて。
 そしてそれは、きっと私だけじゃない。シンデレラガールだけじゃない。夢に向かう人は、誰でもみんな。
 

「私は……小さい時から、たくさんの人と仲良くなりたかったんだ」


 気付くと口を開いていた。
 なぜかは分からなかった。励ましの言葉の代わりに選びに選んだ結果かもしれなかった。
 でもそれ以上に、きっと私も、自分と向き合わなきゃって思ったからかもしれない。


「子供の頃さ、友達百人できるかなって歌あったでしょ? 小学校の頃ね、私ホントにやろうとしたんだよ。
 結局百人は無理だったんだけど、それでもたくさんの子と仲良くなってね。楽しかったなぁ」


 ほんとに子供だったんだよねと照れ笑い。さすがの私も、今同じことはできないだろうな。
 それでも、それが私のはじまり。仲良くなりたい、笑顔が見たい。それが始まり。

 ……ううん、違う。始まりじゃない。今も、だね。今もその気持ちの中で生きてるんだ。
 なんでだろ、最近忘れてた気がする。そういう気持ち。私がアイドルである理由。


「中学の頃は、いろんな部活の助っ人を掛け持ちしててね。運動は得意だったから、引っ張りだこでさ。
 でもそれも、やっぱり同じ。試合に勝ってみんなが喜ぶ顔が見たかったから、頑張ったんだ」


 言葉にするたびに、その忘れかけていた気持ちがはっきりと輪郭を取り戻す気がした。
 ううん、見えなかったのは忘れかけていたからじゃなくて、そばにあったのにちゃんと見てなかったからだ。


「私は笑顔が好き。人が笑顔になるのを見るのが好き。人と一緒に笑顔になるのはもっと好き。
 だからたくさんの人を笑顔にできるお仕事は何かなって考えて、そしたらアイドルしかないなって」


 そうだ。そうだよ。それが今の私を作っているんだ。
 本当は忘れてたわけじゃない。変わらずそこにあったのに、上に降り積もるもので見えなかっただけ。
 そして、大事な気持ちを覆い隠していたのも、また私なのかもしれないってこと。

919ほしにねがいを  ◆n7eWlyBA4w:2013/12/30(月) 00:29:17 ID:C0U.vwe60


「……そっか。気付けば簡単なことなのにね。何をうじうじ悩んでたんだろ」


 一人で声に出して一人で納得する私を、とときんがぽかんとした顔で見つめる。
 その視線に気付いて思わず照れ笑いしながら、誤魔化すように続ける。


「なんていうか、初心に返ったっていうのかな。勝手に私の悩み事だけ、すとんと落ちちゃった」
「羨ましいな……私には、そういう目指すもの、見つからないから」

 目を伏せるとときんに、無責任に大丈夫だよなんて言えるわけがない。
 目標があってアイドルになった私と、アイドルになってから目標を探してるとときん。
 お互いの悩みはきっと自分でしか解決できなくて、きっと部外者が軽々しく語っちゃいけないんだ。


「……今は見つからないんなら、探せばいいよ。とときんのプロデューサーと、ふたりでね」

 だから私に出来るのは、ほんの少しだけ背中を押すことくらい。

「もっと頼っていいんじゃないかな。もっと甘えていいんじゃないかな。だって……」

 迷ってるシンデレラが、ほんのちょっとでも勇気を出すように、遠回しなお節介を焼くくらい。

「なんたって、とときんの王子様なんでしょ?」


 それを聞いて一瞬はっとして、それから頬をうっすら染めてこくりと頷くとときんは、やっぱり魅力的だと思った。

 

   ▽  ▽  ▽


 とときんにお礼とお別れを言って、私は事務所への道を走っていた。
 日が落ちてだんだん暗くなっていく町並みは、もう少し経てば昨日のような夜に飲み込まれるんだろう。
 だけど今の私には、あんな夜風なんて跳ねのけるような力があるような気がしていた。

 ああ、やっぱり私、アイドルが好きだ。
 それを実感した、ただそれだけで、なんだか世界が見違えてしまったような気がした。
 私の夢、私の未来、私の希望。きっとアイドルじゃなきゃ掴めないものだから。

920ほしにねがいを  ◆n7eWlyBA4w:2013/12/30(月) 00:30:23 ID:C0U.vwe60

 アイドルになりたい?
 違う。私はとっくにアイドルになっているんだから。

 アイドルでありたい?
 違う。私は今この瞬間だってアイドルなんだから。

 アイドルであり続けたい?
 違う。私が望んでいるのは現状維持なんかじゃないんだから。

 だったら何? 私の答え、本田未央の答えは。


「私……私は……アイドルに、なり続けたい!」


 新しい自分になるんだ。一瞬一瞬で新しく、そして前へ、前へ、前へ!

 もう事務所への道も怖くなんかなかった。何を言われたって構うもんかって、そう思えた。
 お前なんていらないって言われても食い下がる。それでも駄目なら、どんなに遠回りしてでもきっと辿り着く。

 私は、しぶりんと、しまむーと、もう一度並び立ちたい。自分の足でしっかり立って、隣の二人のことを誇りたい。
 同じように、二人にも私のことを誇りにしてほしい。誇ってもらえるような私でありたい。
 だから、諦めないよ。初めて二人に会ったあの日のように、今この時だって諦めない!

 いつもの角を曲がって事務所に飛び込んで、エレベーターは使わずに階段を一段飛ばしで駆け上る。
 レッスン疲れの両足が悲鳴を上げてるけど、そんなのは気にもならなかった。
 頑張れ、本田未央。ここが勝負どころだよ。自分の全てを賭けて、立ち向かう時だよ!

 約束の時間にはまだ早かったけど、フロアの電気は付いていたから、一目散に約束の場所へ向かう。
 薄い壁で区切られた会議スペースには既に人の気配があって、中で何やらひそひそと話しているようだった。
 大きく息を吸って、吐く。最初が大事だと言い聞かせて、私はドアをばんと開いて大声を張り上げた。
 

「はい、ちゅうもーく! わたくし、本田未央は、プロデューサーに大事なお話が――」


 そこから先が言えなかったのは、プロデューサーの表情が深刻さとは無縁で、ただぽかんとこっちを見ていたせいと。
 今日はお休みでこの場にいないはずのしぶりんとしまむーが、やけに焦った顔でここにいたせいと。
 部屋のあちこちにぶら下がった中途半端な飾り付けとか、転がるクラッカーとか、まるでお祝いみたいな雰囲気だったせいで。

 その直後に三人は一斉に笑い出したんだけど、それはきっと部屋の奥の張り紙に堂々と書かれた文字を読んだ私が、
 それが本当だって実感して思わず泣き出すまでの間、よっぽど変な顔をしてたからなんじゃないかなって思う。



   『本田未央 シンデレラマスター第3弾CDデビューおめでとう』



 ――これが、私がもう一度スタートラインに立った日の、幸せな空回りのお話。

921ほしにねがいを  ◆n7eWlyBA4w:2013/12/30(月) 00:32:04 ID:C0U.vwe60



   ▼  ▼  ▼



「ほら、もう少しで頂上だよ。頑張って」

「うう〜、暗くて足元が見えない……」

「ほらほらしまむー、未央ちゃんが手を繋いであげるからさ」


 鬱蒼と茂った山林の中、時刻は零時を僅かに回ったくらい。
 この島で私達が目を覚ましてから、まだ十五分も立っていないと思う。
 私達三人は、今かすかに輝く星の光を頼りに、山頂の展望台目指して足を進めていた。

 ……あの時、とときんのプロデューサーは、私達の目の前で殺された。
 大事な人を失ったとときんの悲鳴が、今も耳に焼き付いて離れない。

 きっとこれから、あんな辛くて悲しいことが、いくつも起こるんだろう。
 その予感だけで体が竦んで、一歩も前に進めなくなってしまいそうで。

 私はしまむーの掌を包む手に軽く力を入れた。安心したのか、しまむーの手から少しだけ緊張が抜けた。
 それから反対の手で、前を行くしぶりんの手に触れた。しぶりんはこっちの気持ちを察して握り返してくれた。
 たったそれだけだけど、私の心に小さな小さな、でも確かな希望の輝きが灯った。

 三人なら、前を向けそうな気がした。三人で並び立てば、震えずに済む気がした。


 木々の切れ間から見える、ひときわ輝く三つ星に願いをかける。
 

 私、頑張るから。山頂に辿り着くまでには、きっといつも通りの笑顔を作ってみせるから。

 だからお願いです。そんなに多くは望みません。ほんのちょっとでいいんです。

 手を繋いでいる大事な友達の心を、この島で途方に暮れている仲間の心を、ほんの少しでも勇気づけるために。

どうか私から、笑顔だけは奪わないでください。

 どんなに辛い、悲しいことが起きても。大好きな人達のために、笑顔でいさせてください。

 これが私が、アイドルになった理由。今の私の、たったひとつのささやかな願い。

 ……どうか、届いて。

922 ◆n7eWlyBA4w:2013/12/30(月) 00:32:48 ID:C0U.vwe60
投下終了しました。期限超過の件、改めて申し訳ありませんでした。

923名無しさん:2013/12/30(月) 14:03:51 ID:pveHIlAsO
投下乙です。

笑顔は守られたけど……

924 ◆yX/9K6uV4E:2013/12/30(月) 23:47:14 ID:hzbHn61M0
投下乙です!
詳しい感想はまとめてしますので、一先ず放送投下します

925第四回放送 ◆yX/9K6uV4E:2013/12/30(月) 23:48:45 ID:hzbHn61M0











そこに移るのは、アイドル達。



千川ちひろが集めた、素晴らしい希望。



ちひろは眺めながら、指を鳴らし続ける。









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

926第四回放送 ◆yX/9K6uV4E:2013/12/30(月) 23:49:15 ID:hzbHn61M0











パチン。



「まず、燻っていた蕾が、最高の『希望』が大きな花を咲かせた、大輪の大輪の花を。これからの苦難を知らずに」




パチン。



「そして、最悪の『絶望』がまた想い出した……二度とどうしようもなく戻れないくらいくらいに」




パチン。



「もう一つの絶望は、その『粉々になった心』を抱えながらも……それでも希望へ向かっていく」




パチン。



「最期の『煌きの命』は可憐に煌いて、なおも強く『素直な獅子』は友の為に尽くすと近い、そして、『三つの和音』は、遂に重なり合おうとして……その先には有るのは、何?」




パチン。




「『お姫様』と『悪者』は、主人公を失っても、なお寄り添い続けて、必死に物語を紡ぐ……『カナリア』の様に」

927第四回放送 ◆yX/9K6uV4E:2013/12/30(月) 23:50:04 ID:hzbHn61M0



パチン。



「全部救おうとして、救えないと苦しんで。それでも、救おうとする『優しい姉御』は、誰かを救えるの?」



パチン。



「いつも持っていたモノを失って。ただ、その時の感情に全てを委ねる貴方はきっと『がらんどう』」



パチン。



「きっと、歌えなくなる。大切な人に、贈る歌を。それでも、『癒しの女神』は、いつも何度でも、輝くものを見つけられるのでしょう」



パチン。



「たった独りきりの『敵』は、ただ愚直に戦い続ける。それしかないから」





パチン。




「『こいかぜ』は今もなお吹き続けて……翼を失い、でもまた翼を手に入れた貴方の終着点は何処?」




パチン。




「用意された駒の生き残り……『追憶の桜』は、一つの枝を折られても、思い出を糧に、歩みを止めず」



パチン。



「温かい太陽を背負い、主人公の願いを受け、人魚姫の幸せを継いで、哀しみを断ち切る強さの『四つ葉』を持った少女の夢は、歩き続けて」

928第四回放送 ◆yX/9K6uV4E:2013/12/30(月) 23:50:47 ID:hzbHn61M0
パチン。



「『新しい波』は、小さな肩に、何もかも背負って。崩れない様にと、必死にもがいて、自分が必要だと叫び続けるしかない。」



パチン。



「『熱血少女』は、心にいつも熱いものを。生き様を魅せるように。受け継いだものを誇りに、何処までも熱く」



パチン。



「『懸命な悪夢』は大切な人を支えて、一生懸命に自分のできる事を、探して……そして見つけだして」




パチン。



「たとえ、片足を失ったとしても、見定めた心は、折れず、『魂の歌声』を何処までも、響かせるのね」




パチン。




「『勇気の花』は自分のできることを掴もうとする。それは何処までも迷っていても、きっと絶対に掴めると信じているから」




パチン。


「『星』は、純粋に、何処までも、あいたい人に、あいたくて。そして、何時までも純粋に光を失わない、例え泣きたくなっても」




パチン。




「貴方は何時だってそう。どんな時でも周りの人をよく見て。そして、涼しげに佇んで導こうとする。本当貴方は、『大人』です」




パチン。




「『新しい世代』といわれ、いつでも、貴方の大切なものを忘れなかった。それなのに『失った笑顔』を貴方は本当に取り戻す事が出来るかしら?」

929第四回放送 ◆yX/9K6uV4E:2013/12/30(月) 23:51:57 ID:hzbHn61M0



パチン。




「支えたいと願い、傍に居続けて……でも、貴方は一人ぼっち。だから、必死に仲間を支えて。『祈り続ける織姫』は彦星に見て欲しいって祈り続けるのだけ」



パチン。



「何処までも揺れた『恋』は、なるべきものを見つけて、そして、また、きっと、恋をする」



パチン。



「『正義の花』は今、咲き誇って。 貴方の正しさは、きっと何処までも尊い。例えそれが大切なものを踏みにじってさえも」




パチン。




「大切な人も、絶対叶えたいものも。全部欲張る事を決めた彼女は、誰よりも手ごわい。『夢』は絶対かなえるものなのだから」




パチン。



「ノアの箱舟に、助け出された花は、希望であったはずなのに。絶望に染まった『思慕の花』…………希望の花と話して。どんな思いを、花を咲かせるのかしら?」




パチン。




「そして『蒼穹』は終わらない。終わりを認めない。例え何かも切り捨てても、それでも本当に大切なものだけは、終わらせない為に」







――――パチン!





「極めて順調です! 皆、よく、頑張りました。此処から、新たな一日が始まり、新しい幕が、開かれますよ!」










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

930第四回放送 ◆yX/9K6uV4E:2013/12/30(月) 23:53:12 ID:hzbHn61M0








こんばんは!
皆さん、そろそろ一日が終わりますよ!

突然の雨で休んでる人が多かったかな?
いい休憩になったでしょうか?


けれど、雨も止みましたね!
これからはずっと晴れるそうです!
皆、頑張ってください!


早速、死者の発表をしますね!


前川みく。
星輝子。
輿水幸子。


以上三名。

んー、雨が降って休んでた人が多いとはいえ、三人ですか。
ちょっと、少ないかな。


ので、ので!


皆さん――――本当頑張ってくださいね?




貴方達は、忘れてはいけない事がありますよね。


そう!



――――貴方に掛かっている命は一つじゃないのですから。

931第四回放送 ◆yX/9K6uV4E:2013/12/30(月) 23:55:42 ID:hzbHn61M0




さて、禁止エリアを伝えますね。


2時にF−6

4時にD−1


よく覚えて置いてくださいね。



これで放送は終わります。


一日が終わって新しい日が着ますね。



そして、生き残ってる人達も半分です。



凄いですね、残っている貴方達は、本当、希望に満ち溢れている。


絶望に、負けず。



何処までも、それは、正しいんですよ。




だから、貴方が持つもの全てを。




貴方の『アイドル』を。





見せ付けなさい。




それが、生きるという事ですよ。










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

932第四回放送 ◆yX/9K6uV4E:2013/12/30(月) 23:56:18 ID:hzbHn61M0














『プロジェクトの中間報告書  千川ちひろ』




状況は極めて良好。
『完璧の希望』の候補は極めて多く、このままの推移すれば、生まれると予想される。
その為の仕掛けもうまく作用しており、素晴らしい結果になるだろう。


そして、それは『史上最低最悪の大災害』を乗り越えて、



絶望を希望に変える力になるでしょう。





その為のプロジェクトなのですから。



きっとプロジェクトの名前通りになるでしょう。



そう



プロジェクト――――アイドルマスター。



その名に相応しいアイドルが、



きっと、生まれますよ。






【残り 28名】

933第四回放送 ◆yX/9K6uV4E:2013/12/30(月) 23:57:01 ID:hzbHn61M0
投下終了しました。
この後、感想、人気投票やチャットのアナウンスを行いったいと想います。

934 ◆RVPB6Jwg7w:2013/12/31(火) 23:38:47 ID:4IUaXmqc0
投下乙です!
アナウンス前に今年分の感想を投下してしまおう

>Precious Grain
あまりにも厳しい「みんなで帰る」という願い。そのために必要なコト。
凛ちゃんの目指す道の厳しさがこれでもか、と示されて、震えて、辛くて、それでも立ち止まらない彼女。
危うさと同時に意志の強さを感じさせる、絶妙なバランスのお話ですね……!

>彼女たちがその熱にうなされるサーティセブンポイントトゥー
肇ちゃんはしっかり己の間違いと向き合ってるなぁ。しかし解けない謎を抱え込んでしまった。
杏ちゃんが心配でしょうがないきらり、悪夢に揺れる姐御、いい感じに開き直る涼……
それぞれに足掻いている感じが不安ながらも魅力的。そして最後の遭遇ww そう来たかwww

>ほしにねがいを
うわぁ、これは素晴らしい……! 伸び悩んで、空回りして、それでも夢を諦めない未央ちゃんが魅力的。
同時にとときんの悩みも切実さが伝わって……これは、「彼」を失ったショックの強さも分かるというもの。
最後に未央ちゃんが祈った願いは、もう涙なしには読めません……!

>第四回放送
ちひろさんノリノリだ〜!?w 各人を端的に表現した一言一言が見事。
そして……さらっとようやく人質の存在を匂わせた……!?
でもって何だその物騒な災害名?! このロワはどこに行こうというのか……w


人気投票も楽しみにしています。今回はどういうことになることやら……

935 ◆wgC73NFT9I:2014/01/01(水) 12:32:52 ID:JuxcBD2.0
皆さん投下お疲れ様です! そして明けましておめでとうございまー!!
自分もアナウンスの前に、感想だけ書いておこうと思います。

>雨に唄えば
 智絵理の優しさが形になってきたように感じました。
 雨を含み、色んな人々の夢と血潮を含んで、彼女はどんな景色を塗っていくんでしょうねぇ……。

>粉雪
 三船さんの過去……、こんなだったのか……。
 これが初登場のシチュエーションなら、ティアドロップの雰囲気も頷けるなぁ。
 癒しの女神やアニマルパークでの彼女はもう見られないんですね……。本当、Pさんの精神は大丈夫でしょうか……。

>11PM
 ブリッツェン! ブリッツェンじゃないか!
 暴走しかけてるユッキにいい形で作用してくれるといいなぁ……。
 楓さんは本当に呼吸するようにギャグも車も飛ばしてくる。美羽ちゃんには新しいネタがあったらしいし……。
 自身の懊悩も飛ばすことができるんでしょうか……?
 もうちょっと打ち合わせして分かれられたら良かったでしょうが、各グループ慌てずに行動してほしいですね。

>Precious Grain
 凛ちゃんの意志の強さがすごく感じられる……。
 包丁を持っていかないのにも、色々感情が入ってるでしょうね。
 島内の様々な局面を一人で徹り抜けていっている彼女の心身の動きは、気になります。

>彼女たちがその熱にうなされるサーティセブンポイントトゥー
 おお、おお……。肇ちゃんときらりん、美しすぎます……。
 逃さず広場の土を摘んでいく彼女と、星を口に詰め込んでいる彼女……。綺麗だ……。
 姉御の夢には、彼女の内面がありありと浮かんでいるようだなぁ。
 小春麗奈組と肇きらりん組の邂逅も気になるとこです。大人数の合流で、明日から話はどう動くか……?

>ほしにねがいを
 デレラジからレッスン風景から、しっかりした描写が素晴らしい。
 とときんと共に、その思いの根源が胸に落ちてきますね。
 今でも、未央ちゃんはアイドルになり続けてるはずだ……。
 あのミツボシの二人にも、その思いが届きつづけますように。

>第四回放送
 姉御はちひろさん語録の中でも姉御なのか……。
 無性にひねりの利いてるとこと無いとこの差が……。
 やはりちひろさんはすごい。グループ名とか指パッチンとか。真似できない。
 さあ、この企画のスポンサーは、何なんでしょうねぇ……。

936 ◆yX/9K6uV4E:2014/01/02(木) 00:06:55 ID:x8EUFP6I0
>11PM
おおう、綺麗に分散した。
ユッキの決意がいいなあ。
雨に打たれて彼女は何を考えるのか。
美羽と美穂の話し合いもどうなるか楽しみ。
歌えなくなるネネさんはどうなるのかなー
次が楽しみな話でした。

>Precious Grain
決意が悲壮だ……
痛々しさも感じられるけど、やっぱり気高い子だ。
北にはトライアドの二人もいて、さあどうなる。

>彼女たちがその熱にうなされるサーティセブンポイントトゥー
肇ちゃんがいいなぁ。
粉々になった心で、それでもなお前にいくのね。
拓海の後悔や悩みも、次に繋がるといいなあという事で、大集合。
さて、北の対主催が固まるけどどうなるか。


>ほしににねがいを
ちゃんみおええ子や……
優しい子で活発で、NGの二人をずっとみてたんだなぁ。
結果はあれだったけど、最終的に想いがあの二人に届くといいなぁ。

937 ◆yX/9K6uV4E:2014/01/02(木) 01:06:09 ID:x8EUFP6I0
それではお待たせしました。投票の告知です!

予定スケジュール
投票期限:1/3(金)ー1/10(金)まで
【総合】
164話「愛の懺悔室」〜「第4回放送」まで。
【死亡話】
全投下作品
投票形式
上位5作まで選出可能(必ず5作選出しないと駄目、という訳では無い。一位のみへの投票なども可)
1位を5P、2位を4P、3位を3P、4位を2P、5位を1pとして計算する。

死亡話

総合部門、死亡話部門の二つで投票してください。
重複オッケーです。
感想がありますと、書き手が幸せな気分になります。
勿論、投票だけで構いませんので、気軽に投票してくださいねっ


台詞につきましては。

938 ◆yX/9K6uV4E:2014/01/02(木) 01:15:48 ID:x8EUFP6I0
と、ミスです。
死亡話につきましては、キャラが死亡した話に限って投票をお願いします。
ただし、死亡直後の補完話も含めて気に入っている、投票したいというのでしたら、投票する時に
一位:「死亡話タイトル」(補完話タイトル)
という風に追記してください。



続きまして、また定例のチャットを行いたいと考えています。
3日〜5日のどれかの日を考えています。
5日の夜、を第一候補にしていますが、予定があるなどがあれば、書き込んでください。
それにあわせて日程を変更します。

放送も少し手直しするところが有るので、収録後修正したいと想いますので書き手の方はよく確認してください。

また、新システムの導入を考えています。
具体的な話を、明日にでも投下したいと思っています。
詳しい規定はまた投下されてから伝えたいと想います。

最期に予約解禁日は、1月六日(日)の0時を予定します。
意見がありましたら、よろしくお願いします

939 ◆RVPB6Jwg7w:2014/01/03(金) 01:43:26 ID:6UXoYEOw0
投票します!

総合部門

1位 173 カナリア ◆n7eWlyBA4w氏

魂震える追悼話。事件らしい事件に出会わぬままに来てしまった小さな2人の、不安と、焦燥と、そして確かな強さ。
彼女たちを象徴的に・けれど対照的に表現した冒頭と末尾の一行が胸を締め付けます。
地味なところだと、レイナ様のヒョウ君の呼び方の変遷が、またいいんだ……!


2位 176話 星を知る者 ◆wgC73NFT9I氏

罪と向き合う肇、重荷に押しつぶされそうになるきらり。2人がとうとう泣くことができたその経緯のお話。
2人ともいい子で、厳しさに向き合う肇ちゃんの視界から見える世界は残酷だけど綺麗で。素晴らしい一話です。
……てか、お前のような新人がいるか!w(←褒め言葉)


3位 169話 蒼穹 ◆yX/9K6uV4E氏

何が起きたかもわからないながら、水族館での悲劇を防げたかもしれない、そこに思い至ってしまう凛。
その動揺と、恐怖と、その恐怖を恐怖として抱えたまま進むと決める、彼女の決意が美しく、切なく素晴らしいお話。
狂気に逃げればむしろラクなのを自覚した上で、なお「そっちには行かない」という意志を確立させたのはスゴイ。


4位 175話 彼女たちが後もう一手のフィッシング・サーティフォー ◆John.ZZqWo氏

流し満貫34面待ち……っ!
恐ろしい密度の展開を凄まじく大胆なカットで切り詰め煮詰めた上で、そのトンでもない引き!
それでいてどの子も魅力的に自分の持ち味を発揮しているという、ええい、なんて話だ畜生!(←褒め言葉)


5位 182話 only my idol/First Step/いつも何度でも/希望よ、花開け ◆yX/9K6uV4E氏

そしてその一触即発の爆弾話を真正面から受けたこの3部作も、もちろん素晴らしい。
毒杯の行方。命を賭けた2ヶ所の奮闘。昇華される願いと決意、その陰で思いつめる子もいて。
とても贅沢で、そしてそれに見合う大作です。


死亡話部門

1位 20話 彼女たちがはじめるセカンドストライク ◆John.ZZqWo氏

まさに衝撃の事故。姐御の動揺がもう痛々しくて、叫ぶ言葉から何からすごく人間らしくって。
そしてだからこそ、再び顔を上げて歩き出した時の力強さがすごく頼もしい。
千枝ちゃんも、そりゃあ一言伝えたくもなりますよねぇ……!


2位 32話 真夜中の太陽 ◆BL5cVXUqNc氏

微笑ましい騎士とお嬢様を襲う、突然の悲劇、残酷すぎる幕引き。
その手を下してしまった少女も呆然と、事が済んでからその重さを改めて実感するほどの惨状。
救いの無さの切れ味といったらもう、たまらないお話でした。


3位 89話 彼女たちの向かう先は死を逃れぬフォーティン ◆John.ZZqWo氏

まさに明暗。ギリギリまで諦めず、真摯な想いで向き合うことで救われた命と、誰にも気づかれず爆ぜた命。
散った命を自業自得と突き放そうにも、救われた側だって間違いなら沢山やらかしてた訳で……
やりきれない気持ち、としか表現のしようのないその読後感が見事です。


4位 64話 今、できること ◆j1Wv59wPk2氏

続けざまに起こってしまった不幸な事故。けれどそこで少女が遺したいと願った想いは美しくて。
短くも美しくバトルロワイヤルを駆け抜けた佐久間まゆの魅力が存分に発揮された最期だったと思います。
あのままゆが、だもんなぁ……!


5位 151話 ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E氏

企画全体に入り乱れる複数の話の筋、そのうち大きな流れの一つが、ナターリアを討とうと焦る響子の物語。
そこにヒーロー・南条光の物語、ヒロイン・和久井留美の物語も合流して、集大成に相応しい大作。
多くの命が散って、そして残された者も大きな影響を受けて、これを挙げずにどうする!という一作だと思います。


……ええい、今回もめっちゃ難しいぞ!w 票が足りない!w 順番も悩ましい!w 総合も死亡も!w
挙げ損ねた作品も良作ばかりで、本当に申し訳ないです。

940 ◆John.ZZqWo:2014/01/06(月) 00:00:02 ID:9sgl.d8U0
高森藍子、日野茜、姫川友紀 の3人で予約します。

941 ◆j1Wv59wPk2:2014/01/06(月) 00:11:52 ID:hKaTklyI0
予約解禁ですねー。でもまずは投票からいかせていただきます!

【総合部門】

1位 164話 愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w氏

みくにゃんのファンになります!もうやめません!にゃあ!
一番最初に投下されたこの話はとても衝撃的でした。みくは自分を曲げなかった。信念が、とっても良かったですにゃあ。
二人の会話で交わされる「アイドル」と「ファン」というのは、まさにアイドルのバトロワならでは。
そしてるーみんはまた一つ「アイドル」として成長した……それが良い事かは別として、そこまでに至る描写はとてもとても上手いものと感じました。
個人的には、所々にかなり来るフレーズが来るのが良いですねぇ…

2位 173話 カナリア ◆n7eWlyBA4w氏

不器用な彼女達の追悼話。
その幼いが故の戸惑いとか、焦燥とか、感情の爆発だとか。
心暖まります。これからも苦難が数多く待ち受けているだろうけど頑張ってほしい、そう思える話でした。

3位 176話 星を知る者 ◆wgC73NFT9I氏

なんという知的で綺麗な文章なんだ……と衝撃をうけた作品。
何気に着眼点も、話の中での着地点も素晴らしい。
この作品も勿論ですが、これからもこの作者さんの作品、期待してます!

4位 182話 only my idol/First Step,いつも何度でも,希望よ、花開け ◆yX/9K6uV4E氏

モバマスロワで初(?)の分割話。そのどれも素晴らしいのですが、個人的にはonly my idol/First Stepが一番個人的に好きですね。
栗原ネネが毒に倒れ、しかもその犯人が仲間だと思っていた少女という事実。
疑心暗鬼と絶望が場を包む中で、それでも折れずに希望へと盛り上がっていく過程が心躍りました。
その後の説得、そして次のネネさんの心理描写も含め、今放送間で一番の盛り上がりだったと思います。

5位 171話 彼女たちの前に現れる奇跡のサーティスリー ◆John.ZZqWo氏

この読後感のむなしさ……本編の邂逅とその結末を知っているからこそ、この日常話が重くのしかかりますなぁ。
あの二人は、あとちょっとでも何かが変わっていればこの話のようなペアになれたかもしれないのに、と考えると虚しいです。
だからこそ補完話として、素晴らしいと感じます。

【死亡話部門】

1位 089話 彼女たちの向かう先は死を免れぬフォーティン(sweet&sweet holiday) ◆John.ZZqWo氏(◆yX/9K6uV4E氏)

さとみんの末路がもう衝撃的すぎて最高です。誤解を招きそうな言い方かもしれませんがあれは本当にドストライクでした。
彼女も既に人を殺してしまっている、という意味で非が無かったわけではありませんが、それでもあまりにもあんまりすぎる結末。
補完話も含め通してみると、本当にこの世界の一番の犠牲者って感じですね……。
これぞパロロワ、って感じがもう個人的にNo.1です!泰葉日菜子組との対比もまた非情さが際立ってましたね!

2位 060話 彼女たちの中でつまはじきのエイトボール(Twilight Sky、JEWELS) ◆John.ZZqWo氏(◆p8ZbvrLvv2氏、◆n7eWlyBA4w氏)

なつきちとだりーが一緒に逝った時の、綺麗な雰囲気はとても好きです。
こちらも李衣菜が非常にあっさりと逝ってしまって、なつきちも後を追うようになったわけですが、
その最期に二人っきりになった時の会話がもの悲しすぎて……。
また補完話が二つ存在してますが、この二つもまただりなつをより引き立てていると思います。
だりなつはモバマスロワの中で出番は少なかったですが、その魅力は、最大限に引き出されていたと思います。

3位 038話 彼女たちの中にいるフォーナインス(彼女たちの前に現れる奇跡のサーティスリー) ◆John.ZZqWo氏

モバマスロワでは非常に珍しいバトル話。
傍から見れば茶番にしか見えなくても、彼女達の中では想いのぶつけ合いであって、その幕切れは哀しい。
「サーティスリー」でも述べましたが、この二人のすれ違いは話として短くても、とても印象的でした。

4位 002話 DREAM ◆yX/9K6uV4E氏

モバマスロワの(OP除けば)記念すべき第一話。
たった一話の登場である今井加奈、このロワでアイドルとして散って逝った姿が印象的でした。
最期までアイドルであろうとした加奈ちゃんの姿は、今でも深く心に残っています。素晴らしかったです!

5位 036話 Ciranda, Cirandinha ◆RyMpI.naO6氏

こちらも哀しい入れ違いで殺人を犯してしまった二人のお話。
どっちが悪いというわけでもなく(強いていうなら蘭子g)あまりにもあっさり起こってしまった悲劇の中で、それでもみりあの最期はナターリアの事を想って、美しいですね。
地の文が全て一人称視点で、より少女達の儚げな雰囲気が際立って良かったです。

942 ◆wgC73NFT9I:2014/01/06(月) 00:56:16 ID:oNQFjKMo0
皆さん素晴らしい作品! 選考に苦慮しましたがこちらで投票します!

総合部門

1位 164話 愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w

 みくにゃんの心に流れるアイドルに打たれました!
 最期の最後までアイドルであり続け、和久井さんを感動させている姿。神々しささえ感じます。
 タイトルの『愛』が、非常に深く意味づけされているようで、最後にネコミミを受け継いだ和久井さんのこれからに、非常に期待のこもる一話でした。
 あえて死亡話ではなくこちらの一位に。

2位 177話 彼女たちの目には映らない稲妻(サーティファイブ) ◆John.ZZqWo

 かな子ちゃんの変化、Pさんへの想いが克明に描写されていました。
 静かに静かに、敵となる彼女が見えることで、却って激しくその痛ましさが伝わってくるようです。
 ちひろさんの味わいも憎いほど効いていて、完全にかな子ちゃんに感情移入してしまうような、そんな素敵さがありました。

3位 179話 ヒトコロスイッチ ◆RVPB6Jwg7w

 ちなったんがどこまでも格好いい。
 杏の挙動をすとんと腑に落とす、まさに計算されたような話の展開にも夢中になります。
 幻影、これからどう動いてくれるんでしょうね。
 新年、新カードと共に杏が成長できることを祈りたくなりました。

4位 188話 ほしにねがいを ◆n7eWlyBA4w

 レッスン風景、遅れたCDデビュー、デレラジと、素晴らしく素材を活かした料理でした。
 ロワイアルならではの味付けもしっかりしていて、シンデレラと灰かぶりの心をマリアージュさせる提供方式にも驚きです。
 三ツ星がまた輝きだすことを期待せざるを得ない、旨味の深い逸品でした。
 またこんな侘び寂びを感じるような贅沢なものを食べたいな……。自分でも作りたい……。
 
5位 169話 蒼穹 ◆yX/9K6uV4E

 凛ちゃんの深い自己洞察、折れない心。
 自分自身をきっちり整理して立ち向かっていく姿は、見習いたいものがあります。
 空は赤と定められても、正気の地図にはまだ蒼い。
 みおちゃんとともに、しまむーへ向かうその気持ちに、いつか姿のまま空が見えるだろう、と、そう感じました。


死亡話部門

1位 077話 彼女たちは悪夢の中のトゥエルブモンキーズ ◆John.ZZqWo

 美味しそう。食欲を削られながらそそられる、素敵な料理。背骨の底からぞくぞくします。
 人間性を根本から掻き回して澱を叩きつけてくるような、むさぼりたくなるお話でした。クマになっちゃいそう。
 脂肪滴も血液もフレンチトーストもアイドルも食べていくかな子ちゃんの人間味が、いい厚さで切り取られていて、食べ応え抜群でしたね。

2位 096話 魔改造!劇的ビフォーアフター ◆RVPB6Jwg7w

 自分自身と見つめあう。全員が全員、MMかはどうあれ特訓後のぶつかり合い。
 躍動感溢れる殺陣、映画のようなアイドルらしい舞台。素晴らしい観劇を体験したようでした。
 幕切れの明暗は見る座席位置によってまったく違うものに捉えられ、リピーターにならざるをえません。
 まさしく匠の技です。なんということでしょう!

3位 165話 彼女たちが塗れるサーティー・ライズ ◆John.ZZqWo

 輝子と幸子が託していったそれぞれの思い。取り出され見せ付けられた心に耐えられなかったとときん。
 それぞれの必死の感情の交錯が、美しい。残酷でショックでしたけれども。
 未だ眠り深いしまむーの輝きが、集約される思いの多さにも翳らぬよう、幸子の指先とともにひたすらに祈っておりました。

4位 007話 約束 ◆ltfNIi9/wg

 鮮烈な登場と幕引きでした。彼女の生き様が提示してくれることは多かった。
 彼女の話は、自分がこの企画に引かれた最大原因の一つですね。
 アイドルとして生き続ける一つの確固たる形態を教わりました。
 そしてもっと、学びたくなるんです。

5位 089話 彼女たちの向かう先は死を免れぬフォーティン ◆John.ZZqWo

 両極の結果を得た分岐の結末が、大胆なカット割で描かれており印象的です。
 美しい構成と美しい二つの結末の合いまみえる奥行きが、たまらない。
 美味しさのほとばしりと交わりが同時に描かれているんですよ。一皿で満腹になれました。


 ……選評がやたら意味不明になった気がしないでもないが、正直な感想です。
 皆さん根源的な欲求に訴えかけてくる作品が多いんですもの。素晴らしい!

943名無しさん:2014/01/06(月) 01:34:42 ID:27JYXBBM0
投票だけになってしまい申し訳ありません
総合部門
1位 176話 星を知る者 ◆wgC73NFT9I氏
2位 164話 愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w氏
3位 173話 カナリア ◆n7eWlyBA4w氏
4位 169話 蒼穹 ◆yX/9K6uV4E氏

死亡話部門

1位 038話 彼女たちの中にいるフォーナインス ◆John.ZZqWo氏
2位 064話 今、できること ◆j1Wv59wPk2
3位 007話 約束 ◆ltfNIi9/wg
4位 164話 愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w氏
5位 151話 ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E氏

懺悔室に総括させてもらいましたがみくは自分を曲げないよ!も大好きです
総合が4位までなのは5位にこれだと絞れるものがなかったからです、すみません

944 ◆yX/9K6uV4E:2014/01/06(月) 02:42:54 ID:/Vszskt.0
4番手!
総合
一位
173話 カナリア ◆n7eWlyBA4w氏
小春と麗奈の寄り添いあっての光への想いが溢れる話。
泣いて、それでも生きて。
そんな子供たちの話をカナリアと言うのを使ってあらわした話が凄く好きなので、一位に。

二位
165 彼女たちが塗れるサーティー・ライズ ◆John.ZZqWo氏
とときんが再び絶望した話。
最初は不安定なだけだったのに、きのこの言葉でまるでスイッチが入ったかのように再び絶望していく描写は見事。
幸子ときのこのラストも切なくもらしくて、好きでした

三位 
185 11PM ◆RVPB6Jwg7w氏
大きな立ち回りの後の整理の話。
綺麗に分かれて、分かれた理由もみんな一人ひとりらしくて素敵でした。

四位
181 彼女たちからは近くて遠いサーティシックス ◆John.ZZqWo氏
相葉ちゃんが放送を聴いての心の動きが凄い好きです。
雨をよけながら、思いをめぐらす相葉ちゃんがしっとりしていてその雰囲気が好きな話です。

五位
172 彷徨い続けるフロンティア ◆j1Wv59wPk2氏
ちえりんがもがきながら、それでも自分の足で歩こうとする話。
依存することしか出来なかった彼女が、必死になる様がよくて、美しい。
夢を見てもなお真っ直ぐ生きる彼女の今後が楽しみです。

死亡話
一位
089 彼女たちの向かう先は死を免れぬフォーティン ◆John.ZZqWo氏
補完話を書かせてもらいましたさとみんの退場話。
どうにもならないところまで追い詰められて。
でもどうにもならないとこまで追い詰めたのは自分自身で。
そんなさとみんが述懐するように逝ったこの話を一位に。
最期のシーンが印象的でした。

二位
076 晴れ ◆j1Wv59wPk2氏
生存狙いだったしおみーの退場話。
新田さんが退場したのに揺れて、それでも美穂を捨て切れなかった甘さ。
そして美穂に託すように散っていたしおみーが綺麗でした。

三位
164話 愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w氏
総合ではなく此方に、みくにゃんの退場話を。
色々なものに翻弄されながら、それでも最期の姿はまさしくアイドルだった。
そんな彼女の最期はとても美しく、感動しました。

四位 32話 真夜中の太陽 ◆BL5cVXUqNc氏
あまりにあっけないナイトと姫様の退場。
容赦なく襲う炎の描写がただ、恐ろしかった。
無念のまま逝った珠美が、本当切なかったです。

五位
087 私はアイドル ◆j1Wv59wPk2氏
蘭子の退場話。
余りに唐突に命を奪われた蘭子。
それでも、幸子ときのこの為に全てを尽くした姿は綺麗なものでした。
気高い最期だったと想います。

945名無しさん:2014/01/06(月) 23:38:20 ID:7lJQ.jlM0
投票だけですが
総合部門
1位 182話 only my idol/First Step,いつも何度でも,希望よ、花開け ◆yX/9K6uV4E氏
2位 171話 彼女たちの前に現れる奇跡のサーティスリー ◆John.ZZqWo氏
3位 173話 カナリア ◆n7eWlyBA4w氏
4位 174 飾らない素顔 ◆yX/9K6uV4E氏
5位 164話 愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w氏

死亡話部門

1位 151話 ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E氏
2位 060話 彼女たちの中でつまはじきのエイトボール(Twilight Sky、JEWELS) ◆John.ZZqWo氏(◆p8ZbvrLvv2氏、◆n7eWlyBA4w氏)
3位 089話 彼女たちの向かう先は死を免れぬフォーティン ◆John.ZZqWo氏
4位 007話 約束 ◆ltfNIi9/wg氏
5位 043話 阿修羅姫  ◆yX/9K6uV4E氏

946 ◆John.ZZqWo:2014/01/06(月) 23:59:48 ID:9sgl.d8U0
【総合部門】

 1位 173話 カナリア ◆n7eWlyBA4w
  ん〜……、あらためて読み直しても気のきいたことが言えない。普通に泣く。麗奈と小春はずっといい子でいてほしい。
  麗奈が光を見て飛び出すけど、それは光でなく決壊してしまうところ。いいね。うーん、いい。

 2位 180話 ソリトン ◆wgC73NFT9I
  続けてこはれいです。だってもうこはれい超いいんだもん(開き直り)。
  とにかくね、麗奈と小春、麗奈と光がいいの。
  麗奈は弱くて意地っ張り、要領もよくない。けどね、周りの小春や光や菜々さんらが〜って、語りだしたらきりがない!

 3位 174話 飾らない素顔 ◆yX/9K6uV4E
  だって、やすひなが(ry
  あ、いえそうでなく、いやそうでもありますが。拙作でなりゆきで組み合わせたふたりがこういう形で昇華されたのはとっても嬉しいなって。
  そしてやはり、岡崎泰葉というアイドルのストーリー、
  それがこの一作で全て綺麗にはまり、岡崎泰葉は人形じゃないアイドルになれた。それが素晴らしいと感じました。

 4位 188話 ほしにねがいを ◆n7eWlyBA4w
  私は未央が大好きな(ry
  放送前に滑り込んできたこの話。未央の話でもあるけどとときんの話にとっても重要だからこのタイミングもグッド。というか0時だしね。
  未央は外から見たら一番元気で悩みもなさそうでポジティブで皆を元気付けることばっか考えてて、でも内面はその(ry
  略しましたが、そういう未央の魅力がぎゅーっと詰まって、かつ、ロワに繋がる素晴らしい補完話でした!

 5位 169話 蒼穹 ◆yX/9K6uV4E
  しぶりんの蒼穹も悪くないと思う。
  というのはさておき、1話ごとに形作られていく渋谷凜という存在のまた新しいターニングポイントになった話だと思います。
  渋谷凜はその道からもう離れない。どこまで走れるか、どこに到着するのか、とても楽しみにしています。


【死亡話部門】

 1位 037話 My Best Friend ◆j1Wv59wPk2
  私はなおかれがなー! 大好きな(ry
  あぁ、もうこの悲しい不器用さ。大事なもののために間違ったことを正しいと思えてしまう幼さ。美しくなくても愛おしい。
  そんななおかれの“初めて”の話。加蓮が奈緒の覚悟を読み取り、最初をしてみせた。
  ここでその最初の覚悟を素早く決められるのが加蓮のらしさで、ここで躊躇して出遅れちゃうのが奈緒らしさですよねぇ。

 2位 076話 晴れ ◆j1Wv59wPk2
  斧ドン! トラウマが><
  なおかれの2回目。今度は奈緒がとどめを。
  しおみーと美穂のこともいいんだけど、それはちょっと置いておいて、やっぱりなおかれがよいですよね。
  放送を聞いて、したことに押し潰されそうな加蓮を前に奈緒は全部私がって行こうとするんだけど、加蓮は奈緒を離さない。
  なんか、奈緒が大きいことはいうけど土壇場でびびっちゃう旦那で、加蓮がそんな旦那をほっとけない奥さんみたいな(ry

 3位 098話 魔改造!劇的ビフォーアフター ◆RVPB6Jwg7w
  ええっ、ゆかりちゃん死ぬの!? トラウマが><
  まぁそのそれはすごくショックだったんですけどさておき、幸子と輝子、やってできた、そしてやらかした、というお話ですね。
  このふたりはとにかくちゃんとしたことを相手に伝えるのが下手で、そのせいで失敗を繰り返してしまい、
  この時はでも、互いに歩み寄ろうとし、けれどまた行き過ぎてすれ違うんですけど……そういう繰り返しを見るのもいいですよね。

 4位 002話 DREAM ◆yX/9K6uV4E
  死亡話部門と聞いて最初に思いついたのがこの話で、そして絶対に外せない話でもありますよね。
  今井加奈はモバマスロワにアイドルを示しました。

 5位 032話 真夜中の太陽 ◆BL5cVXUqNc
  まずタイトルが、かっこいい。
  そしてストロベリーボムの威力が発揮された話。この話がなかったらストロベリーボムは後にあんなにも活躍することはなかったと思う。
  苛烈であった五十嵐響子のスタート地点でもあり、この話の意義、威力はすごいと思います。

947名無しさん:2014/01/07(火) 17:46:48 ID:YrW0VDB.0
投票します

【総合部門】

1位 164話 愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w氏

みくにゃんのファンになります。
そうとしか言いようがないほど、前川みくの魅力を引き出し切った話だと思います。
ビデオ越しに映る想い、殺されかけても自分を曲げない度量、和久井さんに引き継がれたネコミミ。
どのパートでも圧倒的な存在感を誇って逝ったみくにゃんに敬礼!あのビデオのこれからの行方も気になります。


2位  165話 彼女たちが塗れるサーティー・ライズ ◆John.ZZqWo氏

きの子ー!?幸子ー!!思わず叫びが飛び出す容赦のない展開に当時は度肝を抜かれました。
親友を守るために身体を張って死んでいった輝子、そんな彼女のために痩せ我慢をして守り抜かれた「振り」をした幸子。
不器用だけどトモダチ思い、そんな二人らしい死に様でした。
とときんは思考停止に逆戻りだし卯月は目が覚めたら大変なことになりそうだし、これからの展開にも大きな影響を与えそうな一話です。


3位  173話 カナリア ◆n7eWlyBA4w氏

大 正 義 こ は れ い
精一杯強がって、でも耐えられなくて、一緒に泣いた少女たち。人間らしい感情の揺れ動きにシンパシーを感じずにはいられません。
特に、小春ちゃんが今まで泣かずに笑っていた理由がとっても優しくて思わずこちらもホロリ。
最初と最後の対になるフレーズがとっても素敵です。

4位 182話only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E氏
      いつも何度でも
希望よ、花開け

前話の34面待ちというパスを受けての分割話。1さんが超高速で予約を取ったことも印象深いです。
爆弾と化した美穂ちゃん。毒を飲んで倒れてしまったネネさん。動揺し、冷静な判断を下せない泉ちゃん。
彼女たちへ言葉を、歌を、温かさを届けみんなを救った藍子ちゃん。彼女こそ、希望と呼ばれるべきアイドルなのでしょう。
最後の最後に笑うちひろさん、危ない覚悟を決めるユッキという新たな爆弾の登場もあり、山あり谷ありな大作でした!


5位  ほしにねがいを ◆n7eWlyBA4w氏

モバマスSSとしてもモバロワSSとしても楽しめるミツボシな補完SS。
モバマスというゲームにおいての本田未央の軌跡を辿りつつ、ロワにおいての笑顔の理由をも説明する日常の一コマ。
モバロワはこういうのも読めて良いなあ、という思いも込め5位に入れさせていただきました。
いつも明るい彼女にもこんな悩みや不安があったんだなーと思わせられたり。◆n7e氏は等身大の女の子を描くのが上手いという印象です。

948名無しさん:2014/01/07(火) 17:47:16 ID:YrW0VDB.0
【死亡話部門】



1位 151話 ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E氏

罪を犯した響子を許し、最期まで太陽として笑って逝ったナターリア。
傷付いても立ち上がり、ヒーローとしてアイドルを守って死んだ南条。
そして、覚醒したちえりんに夢とPとを託した恋する少女、響子。
やはり死亡話というとこのSSが自分の中で頭抜けてる、という感じです。


2位  038話 彼女たちの中にいるフォーナインス ◆John.ZZqWo氏

自暴自棄になっていた菜々さんがウサミン星人として二代目ワンダーモモに「倒される」お話。
もしもこのまま妄想に浸りながらアイドルたちを殺していたらと思うと、これほど死が救いに、満足になっていたアイドルはいないのではないでしょうか。
また、この出来事により光は殺人という罪を背負うことになり、しかしそのおかげでナターリアのことも救うことが出来たのだと思います。
モバロワでも貴重なバトルSSでもあり素晴らしい退場話でもあるということで二位にランクインです。


3位  060話 彼女たちの中でつまはじきのエイトボール ◆John.ZZqWo氏

太く短く生きた、ロックなだりなつ死亡話。
あの有名なロッカーのように、あまりにもあっさりと銃弾に倒れただりーな。
そして、彼女の側でだりーのことを思いながら眠るように息を引き取ったなつきち。
あまりにも画になる綺麗な終わり方に、言葉を失いました。ロックだぜ……!


4位  082話 Two sides of the same coin ◆yX/9K6uV4E氏

――――いつだって、傍にある。 → ――――ほら、絶望はいつでも、すぐ傍にある。
まさにこの通りな、上げて落とすにーなちゃん死亡話。そして肇ちゃんとさとみんが絶望した話でもあります。
この後に里美はあの悲惨極まりない最期を迎え肇ちゃんは過ちを犯してしまう、と考えるとこのSSは絶望というドミノの最初の1押しだったのでしょう。
死が更なる死と絶望を呼ぶ、というその後の展開も混みで死亡話部門4位に入れさせていただきました。


5位  089話 彼女たちの向かう先は死を免れぬフォーティン ◆John.ZZqWo氏

4位から続いてのさとみん死亡話。これは酷いリレー(褒め言葉)
モバロワでも屈指のカワイソスだった里美が、やすひなの感動的なシーンの裏でひっそりと死んでいるところは鳥肌が立ちました。
描写されない恐怖、というのもあるんですね。最期の瞬間に彼女は何を思っていたのか…

949名無しさん:2014/01/08(水) 00:33:36 ID:7OfEku0A0
【総合部門】
1位 174話 飾らない素顔

投票だけ、と思ったけどこれだけは感想書く
といっても一言言いたいだけだけど
岡崎さん…人形なんかじゃなく、アイドルとして輝くことができて、本当に良かった…!

以下は投票のみ

2位 182話 only my idol/First Step
         いつも何度でも
        希望よ、花開け
3位 188話 ほしにねがいを
4位 184話 粉雪
5位 164話 愛の懺悔室

【死亡話部門】
1位 151話 ヘミソフィア
2位  38話 彼女たちの中にいるフォーナインス
3位 2話 DREAM
4位  96話 魔改造!劇的ビフォーアフター
5位 164話 愛の懺悔室

950名無しさん:2014/01/08(水) 22:36:58 ID:UZQd/7zA0
自分自身の感想力のなさに絶望したので申し訳ないながら投票だけを

総合部門
1位 164話 愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w氏
2位 173話 カナリア ◆n7eWlyBA4w氏
3位 174話 飾らない素顔 ◆yX/9K6uV4E氏
4位 176話 星を知る者 ◆wgC73NFT9I氏
5位 165話 彼女たちが塗れるサーティー・ライズ ◆John.ZZqWo氏

死亡話部門

1位 082話 Two sides of the same coin ◆yX/9K6uV4E氏
2位 151話 ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E氏
3位 037話 My Best Friend ◆j1Wv59wPk2
4位 060話 彼女たちの中でつまはじきのエイトボール ◆John.ZZqWo氏
5位 164話 愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w氏

951 ◆n7eWlyBA4w:2014/01/10(金) 01:13:57 ID:8XOMZQjg0
めちゃくちゃ苦戦しました。死亡話部門の層が厚すぎる……!
五位までに入らなかった作品でも挙げたいのがいくつもあるのですが、ここはこれで。

【総合部門】

1位 176話 星を知る者 ◆wgC73NFT9I氏
        これまでのリレーの積み重ねをこれでもかと活かして、二人を徹底的に掘り下げた作品。圧倒されました。
        語彙力や言い回しの豊富さが、繊細な物語に厚みと奥行きを持たせているのもまた凄い。
        ここのパートは自分でも考えてはいたんですが、改めて言います。書いてもらえてよかった。

2位 185話 11PM ◆RVPB6Jwg7w氏
        9人と1頭の別れ、旅立ち。それぞれがそれぞれらしい思いを胸に動くのがいいですよね。
        藍子と茜が組むところで第一放送後の頃を思い出して懐かしい気持ちになってみたり。
        ちなみに好きなシーンはユッキとブリッツェンのくだり。なんだか絵が浮かんできて、切なくなりますね。

3位 174話 飾らない素顔 ◆yX/9K6uV4E氏
        アイドル岡崎泰葉・完結編。
        この話があってこそ、このモバマスロワ全体の岡崎先輩の話に決着が付いたって感じですね。
        決して平坦な道ではなかったけれど、最後に夢見たアイドルになれた。それが自分のことのように嬉しい。

4位 165話 彼女たちが塗れるサーティー・ライズ ◆John.ZZqWo氏
        あの二人はしばらくは安泰だと思っていたのにー!
        それはさておき、不穏な空気をじわじわと漂わせてからの急転直下。息を呑まざるをえない。
        死んだ二人がそれぞれ最後に何かを得たのが救いですね。そしてとときんのこれからにも……

5位 164話 愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w氏
        グッと来ました。みくにゃんのファンになります。
        モバマスロワでは一貫してどこか全体の緊張を和らげるようなポジションにいたみくにゃん。
        この話でも決してクールに立ち回ったりはしないけれど、そんなみくにゃんだからこそ胸に響くものが。

【死亡話部門】

1位 098話 魔改造!劇的ビフォーアフター ◆RVPB6Jwg7w氏
        あっけない。あれだけ他のアイドルや読者に強烈な印象を与えていたゆかりが、こうも簡単に死んでしまう。
        その儚さが、彼女の最後に残した言葉と共に焼き付いて離れません。というわけで一位推しです。
        幸子と輝子のディスコミュニケーション感もいいですよね。互いが互いを思っているのに。

2位 037話 My Best Friend ◆j1Wv59wPk2氏
        奈緒の迷い、加蓮の決意。二人の友情が生んだ悲劇の始まり。忘れられない回ですね。
        二人の登場話を書いたのは自分なのですが、この話を読んでこれは凄いことになったと思いました。いい意味で。
        奈緒と加蓮の話だけでも十分素晴らしいのですが、若林ちゃんの最期の自嘲もまた胸に響くんですよね。

3位 089話 彼女たちの向かう先は死を免れぬフォーティン ◆John.ZZqWo氏
        死亡話部門、と言われるとこれはどうしても入れたくなってしまう……!
        最後までバトルロワイアルの残酷さに翻弄され続けたさとみん。こういう救われない幕切れもあってこそ、ですね。
        岡崎先輩たちのパートと対になってるのがまた上手いというか。光と影のコントラストに呆然です。

4位 032話 真夜中の太陽 ◆BL5cVXUqNc氏
        投下を読んだ後しばらくディスプレイの前で固まってたのが今や懐かしい……w
        安心させておいて後ろから谷底に突き落とすような話。未だに絶大なインパクトがあると思います。
        五十嵐響子のある意味での出発点ということもあり、彼女が死んだ今読み返すと当時とは別の感慨が有りますね。

5位 002話 DREAM ◆yX/9K6uV4E氏
        すべての始まり。どれだけ枠がキツキツだろうとこれには入れないと、と思っていました。
        モバマスロワにおける「アイドル」への向き合い方は、この話で加奈が見せた姿が原点ですよね。
        そして彼女がアイドルとして「死ぬ」からこそ鮮烈に残った。だからこそ死亡話部門として挙げたいです。

952名無しさん:2014/01/10(金) 15:41:07 ID:qhnVt/A60
そういえば結局新システムってなんなんだろ

953名無しさん:2014/01/10(金) 15:46:45 ID:Y00aCh860
死亡話部門
一位 ヘミソフィア(うたかたの夢)
二位 彼女たちの中にいるフォーナインス
三位 彼女たちの向かう先は死を免れぬフォーティン
四位 私はアイドル
五位 約束

954名無しさん:2014/01/10(金) 19:00:31 ID:ARUqr/vY0
総合部門
1位 164話 愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w氏
2位 173話 カナリア ◆n7eWlyBA4w氏
3位 180話 ソリトン ◆wgC73NFT9I氏
4位 176話 星を知る者 ◆wgC73NFT9I氏
5位 179話 ヒトコロスイッチ ◆RVPB6Jwg7w氏

死亡話部門
1位 164話 愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w氏
2位 032話 真夜中の太陽 ◆BL5cVXUqNc氏
3位 038話 彼女たちの中にいるフォーナインス ◆John.ZZqWo氏
4位 151話 ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E氏
5位 037話 My Best Friend ◆j1Wv59wPk2氏

955名無しさん:2014/01/10(金) 19:33:29 ID:4UDgFq260
総合部門
1位 182話 only my idol/First Step,いつも何度でも,希望よ、花開け ◆yX/9K6uV4E氏
2位 174話 飾らない素顔 ◆yX/9K6uV4E氏
3位 173話 カナリア ◆n7eWlyBA4w氏
4位 176話 星を知る者 ◆wgC73NFT9I氏
5位 165話 彼女たちが塗れるサーティー・ライズ ◆John.ZZqWo氏

死亡話部門

1位 082話 Two sides of the same coin ◆yX/9K6uV4E氏
2位  151話 ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E氏
3位 032話 真夜中の太陽 ◆BL5cVXUqNc
4位 038話 彼女たちの中にいるフォーナインス ◆John.ZZqWo氏
5位 三位 彼女たちの向かう先は死を免れぬフォーティン ◆John.ZZqWo氏

956名無しさん:2014/01/10(金) 23:33:16 ID:k9d2.Trg0
滑り込み&感想なしで恐縮ですが

総合部門
1位 173話 カナリア ◆n7eWlyBA4w氏
2位 176話 星を知る者 ◆wgC73NFT9I氏
3位 164話 愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w氏
4位 165話 彼女たちが塗れるサーティー・ライズ ◆John.ZZqWo氏
5位 186話 Precious Grain ◆j1Wv59wPk2 氏

死亡話部門
1位 089話 彼女たちの向かう先は死を免れぬフォーティン ◆John.ZZqWo氏
2位 151話 ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E氏
3位 032話 真夜中の太陽 ◆BL5cVXUqNc氏
4位 078話 みくは自分を曲げないよ! ◆44Kea75srM氏
5位 098話 魔改造!劇的ビフォーアフター ◆RVPB6Jwg7w氏

957 ◆John.ZZqWo:2014/01/11(土) 00:24:39 ID:OSHkdutY0
多数の投票ありがとうございました。ただいま結果を集計中です。いましばらくお待ちください。

958 ◆John.ZZqWo:2014/01/11(土) 22:18:08 ID:OSHkdutY0
モバマス・ロワイアル第4回人気投票。結果を発表します! 多数の投票、コメント、ありがとうございました!


【総合部門】

【1位】 44点 173話 カナリア ◆n7eWlyBA4w氏
 見事1位には麗奈と小春が南条光の死を受け止める「カナリア」が入賞しました!
 死を耳にして、最初はなかった現実味が次第に強まり、決定的にもういないのだと麗奈自身が自覚した時――、
 長く語るのは野暮というくらいに感情の移り変わりが描かれた……あーもう、よすぎるなこれ!
 こらえていたのは小春も同じ、いや彼女はより早く現実を受け止めていて……うわぁ、こはれいは大正義だ!

【2位】 35点 164話 愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w氏
 2位には第3回放送後の口火を切り、同時に最初の犠牲者を出した「愛の懺悔室」が入りました!
 みくにゃんは頭もよくなくて色いろ不器用だったかもしれないけど、なによりみんなのことを考え『アイドル』であろうとしたよ。
 最期までみくにゃんは自分を曲げなかったよ。
 そんなみくにゃんにこんなに票が入りました。よかった。みくにゃんのファンをやめたプロデューサーなんていなかったんだ。

【3位】 27点 176話 星を知る者 ◆wgC73NFT9I氏
 まさに新星。3位にはこれが当ロワでのデビュー作となる◆wgC73NFT9I氏の「星を知る者」が入りました!
 流麗で教養を感じさせる文章に、皆がこんな新人がいてたまるかと思ったことでしょう。
 その筆力で藤原肇の深さ、諸星きらりの輝きをよりいっそう大きくした氏に改めてモバマスロワにようこそ!

【4位】 20点 174話 飾らない素顔 ◆yX/9K6uV4E氏
 4位には補完話にして、当ロワでの岡崎泰葉の『アイドル』を総括した「飾らない素顔」が入りました!
 バトルロワアイルに翻弄されるように様々な面を見せ、そして唐突に舞台から降りてしまった彼女。
 彼女がなにを思いアイドルになって、なにを思って亡くなっていったのか、この作品がそれを昇華し彼女を送りました。

【5位】 19点 182話 only my idol/First Step,いつも何度でも,希望よ、花開け ◆yX/9K6uV4E氏
 5位にはこの時間帯における一大イベント「毒薬を飲んだのは誰?」を描ききり、そこで『アイドル』を開花させた
 「only my idol/First Step,いつも何度でも,希望よ、花開け」の三部作が入賞しました。
 仲間のひとりが毒で死んでしまうかもしれない。毒を仕込んだ子が絶望から命を絶ってしまうかもしれない。
 その両方を同時進行で進め、いっしょに救い、『希望』高森藍子を描いてみせた本作はすごいの一言!

959 ◆John.ZZqWo:2014/01/11(土) 22:18:26 ID:OSHkdutY0
【死亡話(+補完話)部門】

【1位】 36点 151話 ヘミソフィア(うたかたの夢) ◆yX/9K6uV4E氏(◆yX/9K6uV4E氏)
 前回の第3回投票総合部門で1位を取った「ヘミソフィア」がなんと今回連続で1位!
 モバマスロワの中において1の『アイドル』と『ヒロイン』が対決する大イベント。まだまだその記憶は薄れていないようです。

【2位】 30点 089話 彼女たちの向かう先は死を免れぬフォーティン(sweet&sweet holiday) ◆John.ZZqWo氏(◆yX/9K6uV4E氏)
 2位にはこれも前々回の第2回投票総合部門で1位を取った「彼女たちの向かう先は死を免れぬフォーティン」が入りました。
 アイドルが死ぬというシーンにおいて、これほどに無残なものもなかった――という印象が刻み込まれていたようです。

【3位】 25点 038話 彼女たちの中にいるフォーナインス(彼女たちの前に現れる奇跡のサーティスリー) ◆John.ZZqWo氏(◆John.ZZqWo氏)
 3位には、当時において異色作であり今も変わらない「彼女たちの中にいるフォーナインス」が入賞しました。
 当時も人気作でしたが、後に「ヘミソフィア」、補完話の「サーティスリー」が繋がれたことでより味わいが深まりこの位置を獲得できたのでしょう。

【4位】 19点 032話 真夜中の太陽 ◆BL5cVXUqNc氏
 4位にはインパクトという点で未だ他に追随を許さない「真夜中の太陽」が入りました。まずタイトルがかっこいい!
 その時はぱっとしない印象のあったストロベリーボムズ。それを一発、そして二発目の爆弾で一気に燃やしつくし炭にした今作。
 この話がなければ後々の話もなかった。そんな意味あいで投票した人も多いのではないでしょうか。

【5位】 17点 060話 彼女たちの中でつまはじきのエイトボール(Twilight Sky、JEWELS) ◆John.ZZqWo氏(◆p8ZbvrLvv2氏、◆n7eWlyBA4w氏)
 5位には、モバマスロワきってのロッカーが短い生涯を終えた「彼女たちの中でつまはじきのエイトボール」が入賞しました。
 木村夏樹、多田李衣菜、ふたりの人生は短かった。登場話数も多くありません。
 それでも未だ強い印象を残しているのは、それぞれに繋がれた補完話の影響が大きいと言えるでしょう。
 改めて、ふたりがロックの神様の下へいけますように――。

960 ◆John.ZZqWo:2014/01/11(土) 22:18:48 ID:OSHkdutY0
以下、今回の投票のデータになります。

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【総合部門】

44点/11票(Ave.4.00) 173話 カナリア ◆n7eWlyBA4w氏
35点/10票(Ave.3.50) 164話 愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w氏
27点/8票(Ave.3.38) 176話 星を知る者 ◆wgC73NFT9I氏
20点/6票(Ave.3.33) 174話 飾らない素顔 ◆yX/9K6uV4E氏
19点/6票(Ave.3.17) 182話 only my idol/First Step,いつも何度でも,希望よ、花開け ◆yX/9K6uV4E氏

14点/6票(Ave.2.33) 165話 彼女たちが塗れるサーティー・ライズ ◆John.ZZqWo氏
8点/4票(Ave.2.00)188話 ほしにねがいを ◆n7eWlyBA4w氏
7点/4票(Ave.1.75) 169話 蒼穹 ◆yX/9K6uV4E氏
7点/2票(Ave.3.50) 180話 ソリトン ◆wgC73NFT9I氏
7点/2票(Ave.3.50) 185話 11PM ◆RVPB6Jwg7w氏
5点/2票(Ave.2.50) 171話 彼女たちの前に現れる奇跡のサーティスリー ◆John.ZZqWo氏
4点/2票(Ave.2.00) 179話 ヒトコロスイッチ ◆RVPB6Jwg7w氏
4点/1票(Ave.4.00) 177話 彼女たちの目には映らない稲妻(サーティファイブ) ◆John.ZZqWo氏
2点/1票(Ave.0.50) 175話 彼女たちが後もう一手のフィッシング・サーティフォー ◆John.ZZqWo氏
2点/1票(Ave.1.00) 181話 彼女たちからは近くて遠いサーティシックス ◆John.ZZqWo氏
2点/1票(Ave.2.00) 184話 粉雪 ◆yX/9K6uV4E氏
1点/1票(Ave.1.00) 172話 彷徨い続けるフロンティア ◆j1Wv59wPk2氏
1点/1票(Ave.1.00) 186話 Precious Grain ◆j1Wv59wPk2 氏

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52点/15票/2作 ◆n7eWlyBA4w氏
48点/17票/4作 ◆yX/9K6uV4E氏
46点/14票/3作 ◆RVPB6Jwg7w氏
34点/10票/2作 ◆wgC73NFT9I氏
27点/11票/5作 ◆John.ZZqWo氏
2点/2票/2作 ◆j1Wv59wPk2氏

961 ◆John.ZZqWo:2014/01/11(土) 22:19:04 ID:OSHkdutY0
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【死亡話(+補完話)部門】

36点/10票(Ave.3.60) 151話 ヘミソフィア(うたかたの夢) ◆yX/9K6uV4E氏(◆yX/9K6uV4E氏)
30点/10票(Ave.3.00) 089話 彼女たちの向かう先は死を免れぬフォーティン(sweet&sweet holiday) ◆John.ZZqWo氏(◆yX/9K6uV4E氏)
25点/7票(Ave.3.57) 038話 彼女たちの中にいるフォーナインス(彼女たちの前に現れる奇跡のサーティスリー) ◆John.ZZqWo氏(◆John.ZZqWo氏)
19点/7票(Ave.2.71) 032話 真夜中の太陽 ◆BL5cVXUqNc氏
17点/5票(Ave.3.40) 060話 彼女たちの中でつまはじきのエイトボール(Twilight Sky、JEWELS) ◆John.ZZqWo氏(◆p8ZbvrLvv2氏、◆n7eWlyBA4w氏)

15点/5票(Ave.3.00) 096話 魔改造!劇的ビフォーアフター ◆RVPB6Jwg7w氏
13点/4票(Ave.3.25) 037話 My Best Friend ◆j1Wv59wPk2氏
12点/5票(Ave.2.40) 164話 愛の懺悔室 ◆RVPB6Jwg7w氏
12点/3票(Ave.4.00) 082話 Two sides of the same coin ◆yX/9K6uV4E氏
8点/4票(Ave.2.00) 002話 DREAM ◆yX/9K6uV4E氏
8点/4票(Ave.2.00) 007話 約束 ◆ltfNIi9/wg氏
8点/2票(Ave.4.00) 076話 晴れ ◆j1Wv59wPk2氏
6点/2票(Ave.3.00) 064話 今、できること ◆j1Wv59wPk2氏
5点/1票(Ave.5.00) 020話 彼女たちがはじめるセカンドストライク ◆John.ZZqWo氏
5点/1票(Ave.5.00) 077話 彼女たちは悪夢の中のトゥエルブモンキーズ ◆John.ZZqWo氏
3点/2票(Ave.1.50) 087話 私はアイドル ◆j1Wv59wPk2氏
3点/1票(Ave.3.00) 165話 彼女たちが塗れるサーティー・ライズ ◆John.ZZqWo氏
2点/1票(Ave.2.00) 078話 みくは自分を曲げないよ! ◆44Kea75srM氏
1点/1票(Ave.1.00) 036話 Ciranda, Cirandinha ◆RyMpI.naO6氏
1点/1票(Ave.1.00) 043話 阿修羅姫  ◆yX/9K6uV4E氏

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85点/25票/6作 ◆John.ZZqWo氏
57点/18票/4作  ◆yX/9K6uV4E氏
30点/10票/4作 ◆j1Wv59wPk2氏
27点/10票/2作 ◆RVPB6Jwg7w氏
19点/7票/1作 ◆BL5cVXUqNc氏
8点/4票/1作 ◆ltfNIi9/wg氏
2点/1票/1作 ◆44Kea75srM氏
1点/1票/1作 ◆RyMpI.naO6氏

962 ◆John.ZZqWo:2014/01/12(日) 00:00:34 ID:GrXPOJPw0
現在予約中なのですが、連休中に用事が入っていたことを失念していて……すいません。投下はその後ということでお願いします。

963 ◆j1Wv59wPk2:2014/01/13(月) 21:49:47 ID:ax5kiepc0
投票集計お疲れさまでした!
うーむ、納得の結果。今回は大きな動きが少なかった分、少女達の内面に触れて行った作品が多かったですねぇ。
私もそのような作品が書きたいものです。

というわけで、北条加蓮、神谷奈緒を予約します!

964 ◆John.ZZqWo:2014/01/16(木) 13:02:25 ID:2c7IQKDo0
遅れましたが、投下します。

965彼女たちがそれを選んだサーティエイトスペシャル ◆John.ZZqWo:2014/01/16(木) 13:03:16 ID:2c7IQKDo0
姫川友紀は十時愛梨を探していた。
真夜中の街中をしとしとと降る雨に打たれながら、奇妙なことに隣にトナカイを従えて、ただ黙々と歩いている。
雨音で彼女の足音はほとんど聞こえない。けれど隣を歩くブリッツェンの蹄の音は、なにかを刻むようによく聞こえていた。



どこに十時愛梨が、彼女の想定する“悪役”がいるのか。それははっきりしていないが、けれど彼女は西へと歩を進めていた。
まるで自分が抜け出してきた警察署のほうへ振り返るのを嫌うように。
とはいえ、全く当てもなく歩いているわけでもない。姫川友紀は彼女なりに“悪役”の居場所を考えている。

思考の起点はやはりあの町役場からだ。あそこで自分たちは襲われ、そして“悪役”は姿をくらました。
自分たちはあの後、裏口から北に向かって逃げ、とある民家の中でその次の放送までをすごして、それから警察署へと向かった。
標的をしとめ損なったのは“悪役”も先の放送で把握しているはず。ならば、“悪役”はどう自分たちを追跡するのか――いや。

「(悪役の狙いが、泉ちゃんの考える通りのものだとしたら……)」

高森藍子が十時愛梨と遭遇した時の話を思い出す。
その時、十時愛梨は木村夏樹と多田李衣菜を殺害した。けれど、いっしょにいて殺せるはずだった高森藍子と日野茜は殺さなかった。
この企画の運営が用意した“悪役”。
それが『アイドル』の殲滅を目的としているのではなく、あくまで扇動を目的としているのだとしたら、“悪役”が追ってくると考えるのは早計だ。

「(じゃあ、どこにいるんだろう?)」

姫川友紀は情報端末を取り出して、自分を中心とした地図をそこに表示させる。
とりあえず、十時愛梨はこの近辺にまだいるだろうと考える。
昨晩と今日の夕方にこの南にある街の中にいたのだ。距離の離れた他の街との間をいちいち往復しているとは考えづらい。

「(やっぱり、病院か学校かな……)」

付近にある施設は、消防署、魚市場、図書館、そしてその先に学校と総合病院だ。
消防署はもう逆方向。図書館は大石泉とバッティングする可能性がある。となればまずは手近な魚市場を見てみて、それから――。

「でも、魚市場って、ねぇ……」

姫川友紀がそう呟いた時、近くの電柱に備え付けられたスピーカーから“彼女”の声が流れ始めた。






『皆さん――――本当頑張ってくださいね?』

千川ちひろのその言葉に姫川友紀は拳を握る。きっと、自分宛ての言葉なのだと彼女はそれをそう受け取った。
決意を新しくするべく彼女は星空を見上げる。そう、星空。この時になってようやく姫川友紀はさっきまで自分を濡らしていた雨が止んでいたことに気づいた。

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966彼女たちがそれを選んだサーティエイトスペシャル ◆John.ZZqWo:2014/01/16(木) 13:03:39 ID:2c7IQKDo0
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同じ星空を見上げながら高森藍子と日野茜も千川ちひろの放送を聞いていた。
読み上げられた死者の名前は、前川みく、輿水幸子、星輝子の3人。
先のふたりは消息の知れなかったうちのふたりで、3人目は栗原ネネと一度は電話で通じ、その後連絡が取れないでいた相手だった。

「(ネネさん……)」

高森藍子は辿ってきた道を振り返る。星輝子が死んでしまったこと、それに一番傷つき責任を感じるのは彼女だろうから。
もし警察署にいたならなにか言葉をかけることができただろうか。けれど、今思い浮かぶのは安易な慰めの言葉だけだ。
心が弱っているのを感じていた。姫川友紀が一言もなく自分の傍を離れていったこと。そして――

『――――貴方に掛かっている命は一つじゃないのですから』

プロデューサーのことが心配だった。千川ちひろの言葉にプロデューサーは今どうなっているのだろうかと想像してしまう。
どこかの部屋に監禁されているのか。縄で縛られているのか。食事はとらせてもらっているのだろうか。
そして、今この時にも見せしめとして痛めつけられ、もしかすれば殺されているかもしれない。
この殺しあいという企画が始まる時に見せられたプロデューサーの姿は、困惑の表情は浮かべていたけれどただそれだけだった。
それがもし、次に見せられる時に血を流していたら? 画面の中で暴行を受けていたら? あの首輪が、爆発したら――。

「大丈夫ですよっ」

肩をつかまれて高森藍子の体がびくりと揺れる。振り返れば、そこにあったのは日野茜の満面の笑みだった。

「プロデューサーのことだったら心配いりませんっ」

自信満々に彼女は断言してしまう。
どこからその自信が出てくるんだろう。その根拠はどこにあるのだろう。高森藍子はそんな思いを隠すことなく表情に浮かべてしまった。
けれど、そんな高森藍子の顔を見ても日野茜は揺るがない。揺るごうとしようとはしなかった。

「私、プロデューサーのこと信用していますから! プロデューサーもただ捕まってるだけじゃないに決まってます」

つまり! と、日野茜は拳を星空に向かって突き出す。

「プロデューサーは私たちを助けるために頑張っている。私たちはプロデューサーを助けるために頑張っている。チャンスは2倍です!」

突き出した拳がピースに変わる。それは勝利のVサインでもあった。

「そ、そうですよね。そうなんですよねっ」

あぁと高森藍子は安堵した。日野茜の言葉にはなんの保証もない。けれど、強い信頼が、絆という輝きがあった。
燃え上がるような熱量を持ったその光はまるで太陽のようで、太陽は、彼女は全ての生き物にエネルギーを与える、そんな存在だと思えた。





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967彼女たちがそれを選んだサーティエイトスペシャル ◆John.ZZqWo:2014/01/16(木) 13:04:06 ID:2c7IQKDo0
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看板が一枚立っていた。
その看板には『この先100m魚市場 業務用から家庭用まで 食堂・朝市あります』と大きく書かれており、また小さく営業時間や連絡先も書かれている。
南北に片側2車線の幹線道路が走っており、そこに東西に走る細い道が何本も交差していて、その交差点のひとつにその看板はあった。

姫川友紀はその看板を見上げながら魚市場に立ち寄るか思案しているところで、高森藍子と日野茜はそんな彼女をちょうど今、発見したところだった。



「友紀ちゃん!」

突然にかけられた声に姫川友紀は驚き、声のする方を振り返った。まさかと思ったが、そこには高森藍子、そして日野茜の姿があった。

「藍子……どうして……」

振り返った姫川友紀に高森藍子も驚いた。
彼女はいつの間にかに兵士のような格好をしていて、雨に濡れた髪が青褪めた肌に張り付き、なによりその目がいつもの彼女のものではなかったから。

「友紀ちゃん、戻ろう? そんな格好じゃ風邪ひいちゃうよ。新しい服だって用意してあるから」

かけられたのはそんな言葉。けれど姫川友紀は、その表情から高森藍子がこちらがなにを考えて警察署を出たのか全て見通しているのだなとわかった。
その上で自分を追ってきたのだ。追いつかれたということは、自分がいなくなったと気づいてすぐだろう。
こんな真夜中に、どこに殺人鬼が潜んでいるかもわからないのに、仲間の大勢いる場所を離れ、自分を追ってきてくれたのだ。
それは、固めた決心が簡単に揺らいでしまうほどの優しさと感動で――、

「あたし、馬鹿だから風邪なんかひかないよ。藍子らこそこんなところで何してんのさ。危ないから早く戻りなよ」

だからこそ、拒絶できる。高森藍子の『希望』がなにがあっても揺らがないのだと確信できるなら、むしろ安心して離れることができる。
笑いながら手のひらをひらひらと振り、拒絶の意思を示すことができる。

「危ないんだったら友紀ちゃんもいっしょに帰ろう」
「あたしはこれがあるから大丈夫だよ」

高森藍子の哀願の視線から自分を守るように拳銃をかざし、そして――言う。

「“悪役”が出てきたらさ。これで“殺す”んだ」

拳銃に遮られて彼女の顔は見えない。見たくないと姫川友紀は思った。きっと、これまでで自分が一番ひどく彼女を傷つけているだろうから。



「――そんなの駄目ですよっ!」

答えは高森藍子ではなく日野茜から返ってきた。

「誰かがしなくちゃいけないことなんだよ」

姫川友紀は拳銃で顔を隠したまま言う。その声はひどく冷めていた。

「川島さんの言ったことを聞いてなかったんですか! “悪役”でも、私たちの仲間なんです! 殺すなんていけませんっ!」
「人殺しが仲間なのッ!?」

交差点に日野茜の声よりも大きな声が響き渡った。胃の奥から吐き出したような、重くて、汚くて、耳と目を塞ぎたくなるような声だった。

「藍子らだって目の前で人が殺されるとこを見たんでしょ? あたしだって見た! そしてあいつは今も誰かを殺そうとしている!」
「それでも……仲間だよ」

搾り出すように高森藍子が言う。互いに、声はアイドルのものではなかった。その声は苦しみと悲しみとやるせなさばかりでできていた。

「悪いのは愛梨ちゃんじゃないよ。こんなことを私たちに強要した人たちで、愛梨ちゃんも私たちと同じ被害者だよ」

それは繰り返しで、高森藍子はいつでもその線から先を譲ろうとはしなかった。
そんな彼女に、怒りの形相で睨みつけながらも、姫川友紀は「ああ、さすがだな」と心の中で思う。なんて強いのだろうと。思いながら、銃口を向けた。

「駄目です友紀さん! そんな、殺しあったら思う壺です! 怖いことや不安なことに負けないで!」
「茜ちゃんの言うとおりだよ。戻れば、みんなで考えればもっといい方法が思いつくはずだから」

駄目だよ。と、姫川友紀は呟く。構えた銃はふらふらと蝶のように揺れていた。

「そんなことしている間にあいつは誰かを殺しちゃうんだ。
 次に殺されるのは藍子かもしれない。今頃警察署で美羽が死んでるかもしれない。行方知れずの夕美が今銃口を向けられているかもしれない」

そんなの、耐えられないよ。誰にも聞こえない小さな声でそう呟き、姫川友紀は引き金を引いた。





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968彼女たちがそれを選んだサーティエイトスペシャル ◆John.ZZqWo:2014/01/16(木) 13:04:28 ID:2c7IQKDo0
乾いた破裂音が鳴り響き、そして世界はしんとした静寂に包まれる。

「……………………?」

それは永遠に続くと思われたが、恐る恐る目を開けると目の前にはさっきまでと変わらない世界がそのままあった。

「え?」

高森藍子は自分の身体を確かめる。拳銃で撃たれたと思った。けれど、身体のどこにもそんな跡はない。痛みが緊張で麻痺してるなんてことも、ない。

「あ、茜ちゃ……あれ?」

じゃあ、撃たれたのは隣に立っていた日野茜かと思い慌てて横を見る――が、そこに日野茜の姿はなかった。地面に倒れているわけでもなく、その姿が消えていた。

「藍子さんっ!」

呼ばれる声に振り返る。
探していた日野茜の姿は交差点を隔てた向こうにあった。そして同時に気づく、その更に向こうに走り去っていく姫川友紀に後姿があることに。

「友紀さんは絶対に連れて帰りますんで、先に帰っててください! うおおぉぉぉおお、全力っ、疾走ぅうううううう!!」

言うが早いか、日野茜は姫川友紀の背中を追って走り出した。
遠ざかる彼女の声に、一瞬躊躇したものの自分も追おうと高森藍子は足を踏み出そうとして、けどそれはすぐに遮られた。

「……ブリッツェン」

日本の気候が肌に合わないのか、いつも情けない表情で鼻水を垂らしているトナカイ。彼(?)が高森藍子の行く手を阻む。
今度は誰に頼まれたのだろう。今走り去った日野茜にか、それともこちらの身を案じた姫川友紀にか。後者のような気がすると、高森藍子は思った。





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969彼女たちがそれを選んだサーティエイトスペシャル ◆John.ZZqWo:2014/01/16(木) 13:04:52 ID:2c7IQKDo0
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あれから少し後、高森藍子(と、お供のブリッツェン)は警察署への帰途へついていた。
最初はあの場でふたりが戻ってくるのを待ったが、その気配は感じられず、ブリッツェンに袖を引かれるとしかたなくあの場を離れたのだ。

「大丈夫かな……」

姫川友紀と日野茜がどうしているか心配でならなかった。
万が一のことが起きるなんてことは考えていないが、あのふたりの相性は言ってしまえば火に油の関係だ。説得して穏便に連れ戻すというのは想像しづらい。
一晩中追いかけっこをして、しまいには島の端にまで行ってしまうのでは――なんて考えてしまう。

「とにかく無事で戻ってきたら……ん?」

不意にポケットの中でなにかが振動する。少しだけ考えて高森藍子は情報端末のことを思い出した。
そして、ついさっきの想像も同時に思い出してしまう。
一体この端末の振動はなんだろう? 運営からのお知らせ? だとすれば考えられるのは――プロデューサーのこと?

「……………………」

高森藍子は暗闇の中で足を止める。ポケットの中の振動はまだ続いたままだ。ほうっておけば止まるだろうか?
けれど、意を決し、一度喉を鳴らしてから高森藍子はポケットの中に手を入れる。たとえどんな最悪な光景を見せられるとしても、見逃すことだけはできない。
ゆっくりとポケットから端末を取り出し、ボタンを押せば振動はあっさりと止まり、そしていつもの白い画面が表示された。

「え?」

ぴたりと高森藍子の中の時が止まる。それは彼女が全く想像していなかったものだった。


 【 相葉夕美(通話待機中) 】


白い画面の上に、ただそれだけが表示されていた。






【G-4/市街(魚市場よりやや北東)/一日目 深夜】

【高森藍子】
【装備:少年軟式用木製バット、和服、ブリッツェン】
【所持品:基本支給品一式×2、CDプレイヤー(大量の電池付き)】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:殺し合いを止めて、皆が『アイドル』でいられるようにする。
 0:??????
 1:通話に出る(?)
 2:警察署に戻り、日野茜と姫川友紀の帰りを待つ。
 3:自分自身の為にも、愛梨ちゃんを止める。もし、“悪役”だとしても。

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970彼女たちがそれを選んだサーティエイトスペシャル ◆John.ZZqWo:2014/01/16(木) 13:05:23 ID:2c7IQKDo0
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「くそっ……!」

姫川友紀は真夜中の街を全力疾走していた。街灯が等間隔にスポットを作る道をひたすらにまっすぐ走り続けている。

「まぁってくだ、さぁ、いいいぃぃいいいいいいいいいいいいい!!!」

そして、日野茜に追われ続けていた。
最初に拳銃を撃って驚かすことで得られたアドバンテージは30メートルほど。そしてその差は今はもう半分くらいになっている。

「こんなはずじゃ……」

姫川友紀は足の速さについてはそれなりの自信があった。FLOWERSの中のアクロバット担当は自分で、運動能力は4人の中で一番だったからだ。
ダンスは自分が一番派手に動くし、ソロパートでバク転なんかを見せることもある。ステージよってはトランポリンでジャンプだってする。
レッスンでだって最初にへばっちゃうのは藍子で次が美羽、前日にお酒を飲んでなかったら次は夕美で、飲んでたら自分という感じだった。
なので、すぐに引き離して逃げ切れると思っていた。けれど――、

「逃がしませんよおおおおぉぉぉぉぉおおおぉぉぉおおおおおおお……!!」

日野茜は早い。早いだけでなくずっと叫んでいる。叫んでいる上でどんどんと距離を縮めてくる。まさにエネルギーの塊だと姫川友紀は思った。
そして、このままでは遠からず追いつかれてしまうとも。こちらはもう顎が上がりはじめスタミナの底が見えている。けれどむこうはまだ体力が有り余っている様子だ。
もう一度拳銃を撃とうか? しかし、走りながらではちゃんと“外す”ことができるかわからない。それに当ててこないとばれていたら意味がない。

「ぐぅ……っ!」

姫川友紀は逃走方法を変更する。ただの長距離走で敵わないなら、でたらめに道を曲がってまいてしまうしかない。
早速、ペースを落とさないよううなり声を上げながら角を曲がる。この近辺は住宅街で、曲がった先にも代わり映えしない戸建ての住宅が並んでいるだけだった。

「うおおおおぉおおおぉぉぉぉおおおおぉぉぉおおおおおお!!」

どこかに飛び込めば隠れられるかと思ったが、すぐに日野茜が追いついてくる。ここでは無理だと更に次の角を姫川友紀は曲がった。
そして次の角を見つければまたすぐに曲がる。今は行き先は考えない。逃げることだけを考えて、街中をジグザグに走り続けた。
古い長屋の前を通り抜け、煙草屋の角を曲がり、小さな郵便局の前を横切り、金物屋のある次の通りに飛び込み、更に住宅街の中を走る。

「諦めませんんんんんぅぅぅぅううううわあぉおおおおおおぉぉぉおおおおおお!!!」

けれど、背後から追ってくる声は途切れない。まるでロックオンしたミサイルのように延々と追ってくる。

「くっそ…………!」

姫川友紀は意を決すると呼吸を止めて加速した。もはや走り続ける体力はない。なので無呼吸で走れる100メートルで決着をつけるつもりだった。
目の前の角を曲がる。最悪なことにその通りの左右はただ壁が続くだけで建物の入り口はひとつもなかった。
だが、その向こう。この通りの突き当たりを曲がったところにここらでは珍しい高層のマンションを見つけて、姫川友紀は最後の加速をする。

「……………………ッ!」

足首を痛めそうな急カーブで角を曲がり、その先にマンションの姿を捉える。依然、通りは高い壁が続いている。だが途中にゴミ集積所と電柱があった。
背後に声は? まだ聞こえる。けれど同じ通りにはまだ入ってきていない。体力は後10秒持つかどうか。これがラストチャンスだった。

「(やってやる……!)」

姫川友紀は加速した足を緩めずに壁際によると、一瞬ジャンプし、そして、“そのまま壁を走った”!
いや、正確には壁を蹴りながらその壁をスピードを殺すことなく登り始めた。
一歩、二歩、壁から離れる身体を三歩目でゴミ集積所の鉄のゴミ籠を踏んで無理矢理引き戻すと、
四歩五歩と更に登って、電柱に手をつきながら七歩目を蹴って八歩目で壁の上に立ち、間髪入れずに足を踏み出して壁向こうの駐輪所の天井に飛んだ。

「(ワン、ツー…………!)」

天井の撓みと膝のバネを使い、頭のカウントにあわせてジャンプ。マンションの雨どいに飛びつくと、足を蹴り上げ鉄棒の要領で身体を上に引き上げる。

「(キャッツ魂ぃ………………ッ!)」

雨どいから手を離すと、ふわりと身体が浮く。その瞬間、最後の力を振り絞って姫川友紀はマンションの2階のベランダへと手を伸ばし柵を掴んだ。
そして、そのまま身体を持ち上げると柵を乗り越えてベランダの中へと転がりこみ、更に床の上で一回転すると物陰へと滑り込んだ。





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971彼女たちがそれを選んだサーティエイトスペシャル ◆John.ZZqWo:2014/01/16(木) 13:05:39 ID:2c7IQKDo0
「んふぅ……! ふぅ……ふぅ……!」

両手を組んで口を押さえ、姫川友紀は真っ赤な顔をして鼻で呼吸する。できるだけ気配を消そうと、呼吸の音が漏れぬように身体を丸める。
そして、頭の中で流れるどくどくという音を聞きながら、遠くに聞こえる日野茜の声に耳を澄ませた。
もし自分がマンションの中へ飛び込んだことがばれていたらもうお終いだ。もう一度逃げ出す体力はない。だから、姫川友紀は彼女が見逃しているよう必死に祈った。

「姫川さあぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあんんん………………」

声が遠くから近づいてきて、だんだんと大きくなり、そして次第に小さくなると、ついには聞こえなくなる。

「ぶはあぁ……っ! ふはぁ、はぁはぁ……んっ、はっ、はぁはぁ…………」

完全に声が聞こえなくなってから更に10秒我慢して、姫川友紀は口から手を離し丸めていた身体を広げた。
吐く息と吸う息が交通渋滞を起こし肺が軋み、心臓が信じられないくらいビートを刻んで、頭が割れるように痛み、目の奥がチカチカとする。
膝と肘がいっしょに笑い、腹筋が意識してないのに勝手にびくびくと引きつる。疲労と体力の限界だった。けれど、姫川友紀は賭けに勝ち、逃げおおせた。

「はぁ――っ、はぁ――……、ん、…………はぁ、はぁ……」

冷たい打ち放しの上で四つん這いになると姫川友紀はガラス戸を開き、部屋の中へと這いずり転がり込む。
土足のままだったがそれも気にせず、畳敷きの和室に入ると、壁に背をつき足を伸ばして、そこでようやく人心地ついた。

「まったく……無駄な体力……」

天井を見上げながら姫川友紀は少しの間休憩しようと決めた。今すぐ出て行って、また誰かに会ってしまったら無茶をした意味がない。
なにより、出て行こうにもその分の体力すらもう残っていなかった。本当に無駄な体力を使わされたものだと姫川友紀は思う。
目を瞑れば寝てしまいかねない。
なので、姫川友紀は情報端末を取り出すと真っ白な画面を見つめ、整わない不規則な呼吸をしながらこれまでとこれからのことを思うことにした。





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972彼女たちがそれを選んだサーティエイトスペシャル ◆John.ZZqWo:2014/01/16(木) 13:06:05 ID:2c7IQKDo0
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『うんっ! 皆……絶対殺し合いなんてしてない……そう信じてる。皆で脱出したい」』

そんなことを言ったのはあたし自身だった。
バス停のベンチで目を覚ませばすぐ傍に拳銃を握った川島さんがいて、あたしは本気でビビったんだけど川島さんはそんなあたしに優しくて。
その後すぐに泉ちゃんとも出会えて、そして3人で意気投合した時にあたしはこんなことを言ったんだ。
とっても無邪気で、そして無責任な言葉だった。



『ですから私が主催者なら……そう、恐怖と敵意を煽るために、“悪役”を用意するくらいはすると思うんです』

一番最初の放送が流れ、あたしたちが衝撃に身を縮こまらせている時、泉ちゃんはその可能性を口にした。
そして、あたし宛にメッセージが届いたのはその直後だった。
学校へ向けての出発を前にトイレを済ましておこうとふたりと離れたタイミングであたしの情報端末にちひろさんからメッセージが届いた。
最初の書き出しは【このメッセージのことを他人に話すとプロデューサーが死ぬ】。あたしは真っ青になったよ。トイレに行くのも忘れるくらいにね。
そして、肝心のそのメッセージの内容は――

『――――悪役、敵。それも、やらないといけないのも、大人なのかな?』

それがメッセージの内容だった。ちひろさんからのメッセージには【あなた自身が悪役になりませんか?】とあった。
そして、その気さえあればFLOWERSとプロデューサーをまとめて生き残らせることもできるって。あたしの心は揺れたよ。けれど、

『それはきっと、――――どうしようもないけど、大人の責任、なんだ。 』

多分、この時にあたしはもう道を選んでいたんだと思う。



『姫川さんが途中で情報端末を落としたりするからこんなにも時間がかかったんじゃないですか』

学校へ向かう途中、道を外れ草原を突っ切ってショートカットしようと言い出したのはあたしだけど、理由はただ近道をするだけじゃなかった。
あたしはあの草原で“探し物”をしなくちゃいけなかったんだ。
ちひろさんからのメッセージにあったあたしに必要となるもの。それをあの草原の中で情報端末片手に探していたんだよ。

『ちひろさんを探したりとかする前に他の子らを探したほうがいいんじゃない……?』

学校で2回目になる放送を聞いたあたしはそんなことを言った。
そう、泉ちゃんが“悪役”の話を出して直後にちひろさんから“悪役”への誘いがあった時にあたしはもう気づいてたんだ。反抗や脱出なんて無理だって。
あたしたちは居場所だけでなく、行動もなにを話していたのかも全部監視されていたってことなんだから。

『…………“大人”ってなんですか?』

そして、あたしはその後に忘れてたトイレを済まして川島さんにそう聞いた。
川島さんはあたしの質問に受け止めることだって答えてくれたよ。大人は子供を見守り、セーフティネットになってあげることだって。
それは正しいなぁってあたしも思った。……けれど、今はそんな時間はないんだ。
FLOWERSや他のアイドルのみんなが自分で答えを見つけ出し、そしてここから生き残る。そんな猶予も可能性も今のここにはない。

『でも、なんだかかわいそう……』

ある教室であたしは一組だけ残された机と椅子、そして監視装置を見つけた。
それを見て、泉ちゃんはここに、この企画がスタートする直前までいたのは“悪役”だったんじゃないかって言った。
あたしはそれを聞いて気づいたよ。とても当たり前のことに。泉ちゃんが“悪役”のことを言い出した理由を考えればいつ気づいてもよかったんだ。
つまり――“悪役はひとりとは限らない”。むしろ、死者を出してみんなを焚き付けることが目的なら何人もいないとおかしいんだって。


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973彼女たちがそれを選んだサーティエイトスペシャル ◆John.ZZqWo:2014/01/16(木) 13:06:39 ID:2c7IQKDo0
『……できる事なら、絞り込みたい。誰が“悪役”かを』
『成程ね……とはいえ、殺し合いに反対している参加者の中に紛れ込んでいるって可能性もあるけれどどうなのかしら?』

あたしはその言葉に内心穏やかじゃなかった。その時はまだ“悪役”になると決心していたわけでもないし、誰かを殺したわけでもなかったけど、
ふたりがあたしがちひろさんからアプローチを受けて揺れているのに気づいているんじゃないかって。

『誰が、一番最初に、居なくなったかを考えたいんです』

そして泉ちゃんは最初にみんなの前から姿を消した子が“悪役”かもしれないって仮説を立てて、その直後にあのメッセージが届いた。

【希望の花束の中に、絶望の一輪が混じっている。正義の花は、何の為に咲き誇る? 咲き誇るための力が欲しいなら――――】

そのメッセージにあたしの心は大きく揺れた。心だけでなく、身体も。端末を持つ手が震えて、わけのわからない寒気が身体を包むのを止められなかった。
絶望の一輪――今ならそれが誰かわかる。
藍子じゃなかった。あの子は『希望』のままで。そして美羽でもなかった。美羽も揺れていた、けどそれは彼女自身の葛藤で、まだ絶望じゃなかった。
だったら、もうひとりしかいない。夕美だ。どうして夕美が? けれど夕美でしかありえないのならわかる気もする。
夕美は多分、あたしたちの中で一番FLOWERSにこだわっていたから。

ある日、ちひろさんはあたしにこう言った。

『――――なら、貴方はきっと、アイドルとして、どうにもならないところで、貴方の手で犠牲を出しながら、それでも、護るでしょうね』

それはどうしてか?

『――だって、みんなもうここ以外には居場所がないじゃないですか』

酷い言葉だ。けれどそれは図星だったよ。少なくともあたしにとってはね。
アイドルを、FLOWERSを辞めたらあたしにはなにも残らない。ただ野球を見ながらビールを飲むことしかできない。
藍子はFLOWERSを結成する前はずっと不遇だったって聞いた。美羽だって、いつまでも芽の出ないアイドル候補生扱いだったって。
夕美もFLOWERSが解散してしまえばもうやりなおすことも、インディーズに戻ることもできないって思う。あの子は、あたしたちの中で一番プライドが高かったから。

あたしたちにはアイドルしか、FLOWERSしかないっていうのは紛れもない真実だった。



『私、FLOWERSのためにがんばろうとした。私が死んでも誰かが生き残ればいいって。……でも、なにもできなくて、それどころかまた足を引っ張って』

その後に再会した美羽にこんなことを聞かされて、FLOWERSのために犠牲になる。手を汚す。それは聞かされるとこんなにも辛い言葉なのかと知って、
だからこそあたしは決めたんだ。それは誰にもさせないって。大人のすることなんだって。

『あたしは――――力が欲しい』

そして、あたしはこの言葉をちひろさんに送った。泣く美羽を励まし、あの子の中に光が見えた時、もうこの光を消しちゃいけないって思ったから。



『十時愛梨が“悪役”だよ。間違いない』

その時、あたしは“悪役”が複数いるってことに確信を持った。十時愛梨は間違いない。その行動が“悪役”だってことを証明している。
泉ちゃんは十時愛梨があのモニターの部屋にいた子じゃないって反論したけど、だったら話は簡単だよ。

『他にも悪役の人っているんですか……? 十時さんだけじゃ、ないんですか……?』

美羽がそう言った。そう、もっともっと“悪役”はいるってだけの話でしかない。
神谷奈緒と北条加蓮だって怪しい。あのふたりが最初からいっしょで、ふたりで誰かを殺しまわっているなんてそれこそできすぎた話だよ。
もう死んじゃったけど、ニュージェネレーションを襲った水本ゆかりだって、誰かはわからないけど爆弾で火をつけまくってるやつだって“悪役”だったのかもしれない。
そこまで考えてあたしは自分がどう動けばいいかわかったんだ。それはあたしにしては冴えた発想だったと思う。

ちひろさんはこう約束した。【殺した人数分だけ命を救う】って。ひとり殺せばプロデューサーを、もうひとり殺せばFLOWERSの誰かを。
だったら、わたしは他の“悪役”を殺す。5人殺せば、FLOWERSとプロデューサーは助かる。
そして“悪役”がひとりもいなくなればもっと多くの子が助かるかもしれない。



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974彼女たちがそれを選んだサーティエイトスペシャル ◆John.ZZqWo:2014/01/16(木) 13:07:01 ID:2c7IQKDo0
『正直なところ、“悪役”というのは私も存在すると思うわ』
『それが、私たちが想像するのと同じものかどうかはわからない。けれど、私たちの中に運営側の息がかかった特別な“ひとり”がいるのは多分、間違っていない』
『それでも、“その子”は私たちの仲間よ。今も殺しあいにのっている子。もう誰かを殺してしまった子も、私たちの仲間。……それは変わらないでしょ?』

川島さんがそう言った時、あたしは全て見透かされているんだって思った。
実際はどうだったのかわからない。けれど、あたしはあの言葉があたしに向けたものだったんじゃないかって思わずにはいられなかった。
なので、川島さんが医務室へ送られて行く時、あたしはそれに付き添うことができなかった。
はっきりと問われれば、ごまかすことはできないと思ったから。

そしてそのすぐ後にネネちゃんが倒れる事件が起きて、その犯人は小日向美穂だってすぐにわかって、あたしは彼女を殺してかまわないと思った。
そうじゃないくても逃げ出したあの子を追うべきじゃないって思った。
仲間を殺そうとしたのならそんなやつはもう仲間じゃない。仲間だったら最初っから殺そうとできるはずないんだ。殺そうとしたら、“悪役”だ。

けれど藍子は頑なで、そしてあの子を救ってみせた。命を助けたってだけでなく、『アイドル』へと連れ戻したんだ。
強いと思った。それが藍子の『希望』であの子の正義(やりかた)。そしてあたしには絶対真似のできない正義(やりかた)で。
あたしは“力”を手にしてあの子から離れようと決めた。
“力”は簡単に手に入った。草原で拾った使い道のわからないカード(探し物)。それが警察署の装備保管庫の電子ロックを解く鍵だったんだ。


雨の中、『希望』に背を向けて逃げ出したのは、きっと、あたし自身があたしを情けないと思ったからなんだよ――……。




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975彼女たちがそれを選んだサーティエイトスペシャル ◆John.ZZqWo:2014/01/16(木) 13:07:21 ID:2c7IQKDo0
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バタン。――そんな音で姫川友紀の思考は遮られた。
なんの音だと彼女は頭を上げる。そうすると、音の正体も、どうしてそんな音が鳴ったのかも全部簡単にわかった。

「おじゃまします!」

廊下の先、玄関の扉を開き、丁寧に靴を脱いで入ってくるのはうまくまいたはずの日野茜だった。

「なんで?」

思わず、姫川友紀の口からそう言葉が漏れる。日野茜はのしのしと目の前まで来ると得意げな顔で答えてみせた。

「私、目もいいですから! ……友紀さんの入った部屋が何号室かまではわからなかったので、探しましたけどね」

つまり、ちゃんと見られていたのだ。マションションの中に入るところを。その上で、彼女はまかれたふりをして姫川友紀が隠れている部屋を探していたのだ。

「さ、帰りましょう」

そう言って、日野茜はまだ床にへたりこんだままの姫川友紀に手を差し伸べる。
姫川友紀を見つめる彼女の目は、それはまぎれもないアイドルの目で、滾るような熱を持つ瞳だった。

「……帰ってどうするのさ?」
「わかりません!」

問いかけに日野茜は即答する。そして、「けど、みんながいます」と、笑って見せた。

「私は頭がよくないので首輪とか爆弾とか脱出方法とか全然わからないですけど、でも元気だけは人一倍あるつもりです。
 難しいことは泉さんや川島さんが考えてくれます。だから私は不安なんてありません。そして、友紀さんもいたらもっと心強いと思います」

だからと、日野茜は手を掴むよう促す。そんな彼女に、姫川友紀は眩しそうに目を細めて言った。

「茜ちゃんはまっすぐだね」
「そうです。私はまっすぐ前にしか走れません」

認め、そして彼女はその続きを語る。

「なので、プロデューサーが教えてくれたんです。“進め”と“待て”だけ覚えろって。俺が合図したら進んで、合図したら待てって。
 それで待ってる間は元気を溜めるんです! 元気があれば次に進む時になんでもできるんです。だから――」

友紀さんも焦らなくていいんですよ。と、日野茜は優しく言った。その言葉は、一番欲しいと思っていた言葉だったかもしれない。

「出番が来るまで待ちましょう! 寝てないんじゃないですか? お腹すいてるんじゃないですか?
 そんなんじゃ駄目です。そんな時は悲しいことばっかり考えちゃいます。元気がない時はなんにもできないんです!
 帰りましょう。帰って寝て、いーっぱいご飯を食べましょう!」

目の前の『アイドル』に、姫川友紀はああと溜息をついた。
よかったと、こんな子が藍子の傍にいてくれたんだと。だからこそ、藍子は、そして本当なら自分がこんな『向日葵』じゃないといけなかったんだと。

――パンッと短く乾いた破裂音が部屋の中に響いた。





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976彼女たちがそれを選んだサーティエイトスペシャル ◆John.ZZqWo:2014/01/16(木) 13:07:38 ID:2c7IQKDo0
ずっと、子供のままの自分が嫌いだった。大人になっても大人になる方法がわからず、子供のままの自分が嫌いだった。
そして本当は子供なわけでもない。
その時その時の場面にあわせて自分は大人だと子供だと使い分け、面倒をのらりくらりとかわし続け、現実に目を瞑っていた自分が嫌いだった。

大人にもなれない。子供のままだったわけでもない。情けなくて汚い自分。本当はFLOWERSのみんなの面倒も普段から見なくちゃいけなかったんだ。
ムード作りは気のきく夕美に任せて、プレッシャーは藍子に押し付けて、よく悩む美羽の前では物分りのいい姉を演じつつなにもアドバイスしてあげれなかった。
都合のいい大人でも子供でもないところに逃げ込み、前に進むことから目を背け、今の楽しさだけに目を向けただ享楽にふけっていた。

けど、もうそこから脱さないといけない。正しい正しくないなんかよりも仲間も護るために、今こそ“大人”の自分が一歩を踏み出さないといけないんだ。

あたしは――“悪役”になるんだ。






部屋の中に冷たい静寂が戻り、そして身体の中では再び心臓の音が痛いくらいに響き始める。

「引き金を引くのが簡単だったのは、あたしが“大人”になったから、かな?」

薄く煙をあげる拳銃をベルトに戻すと、姫川友紀は壁に手をついてのろのろと起き上がる。休む時間は欲しかったが、もうこの部屋では無理だった。

「……これで、プロデューサーは助かるよね」

畳の上に倒れたそれを一瞥すると、姫川友紀はまだ震える足でふらふらと身体を揺らしながらその部屋を、彼女が開いたドアから出て行く。
そして、その部屋には畳の上で大の字になった日野茜が、額に穴を開けらきょとんとした表情で、これからはただ冷たくなっていくだけの死体として残された。






【日野茜 死亡】

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977彼女たちがそれを選んだサーティエイトスペシャル ◆John.ZZqWo:2014/01/16(木) 13:07:55 ID:2c7IQKDo0
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藍子は『希望』なんだ。
『希望』のアイドルっていうのはずっと前を向いているってこと。どんな力もないんだ。藍子は大それた力なんてなにももってはいやしない。
けれど、いつだって前を向いてるんだ。
そしたらね、それを見た誰かがなにを見てるんだろう?って藍子と同じ方を向く。そうするとその方向に『希望』があるって気づくんだよ。
少しずつ少しずつ、それに気づく人が増える。増えたらそれはいつしか大きな流れになってる。

藍子も、最初は誰かが見ている『希望』を見たのかな?

でもそんな『希望』に、今は藍子と向き合っているあたしが見ているこれは、藍子の後ろの果てにあるこれってなんなんだろう?



――それって、もしかして『絶望』ってやつなのかな?






【G-4/市街/一日目 深夜】

【姫川友紀】
【装備:特殊警棒、S&W M360J(SAKURA)(3/5)、S&W M360J(SAKURA)(5/5)、防弾防刃チョッキ、ベルト】
【所持品:基本支給品一式×1、電動ドライバーとドライバービットセット(プラス、マイナス、ドリル)、
       彼女が仕入れた装備、カードキー】
【状態:疲労、しかし疲労の割に冴える醒めきった頭、ずぶ濡れ】
【思考・行動】
 基本方針:FLOWERSの為に、覚悟を決め、なんだって、する。
 0:『絶望』と向き合うのはあたしだ。
 1:“悪役”としてFLOWERSとプロデューサーを救う。
 2:助ける命と引き換えに誰かを殺す。出来る限りそれは“悪役”を狙う。
 3:まずはこの近くにいるはずの十時愛梨を探す。
 4:学校、または総合病院に向かう。

 ※日野茜が持っていたものは、日野茜の死体と同じ場所に残されたままです。
   【竹箒、基本支給品一式x2、バタフライナイフ、44オートマグ(7/7)、44マグナム弾x14発、キャンディー袋】

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978 ◆John.ZZqWo:2014/01/16(木) 13:08:10 ID:2c7IQKDo0
以上で投下終了します。

979名無しさん:2014/01/16(木) 13:53:20 ID:1mnhYOl60
え?
ええ?
えええおおお!?
ぎゃあああ!
と、投下おつでした……

980名無しさん:2014/01/16(木) 15:35:42 ID:GnvBUksg0
投下乙です
ユッキ前から仕込まれてたー!?鬼!悪魔!ちひろー!
茜ちゃんはマジで何が起こったか分からないまま死んだんだろうなあ……

981名無しさん:2014/01/16(木) 17:44:59 ID:USLThpOkO
投下乙です。

太陽が死んだら、向日葵も枯れた。

982 ◆yX/9K6uV4E:2014/01/18(土) 01:58:33 ID:vWH95Keo0
投下乙です!

あ、あかねが……
ユッキが遂に、遂に!
積み重ねたものを全部使って、悪役になりましたね。
衝撃的な結末で、藍子も可哀想だなあ。
さあて、どうなるか楽しみです。

放送修正しました。
確認のほどよろしくお願いします。

最期に十時愛梨予約します。

983 ◆j1Wv59wPk2:2014/01/21(火) 00:32:09 ID:jXTkokWs0
投下乙です……うわ、うわわわわわわ………
この友紀ちゃん総集編とでも言うべきかの中盤のくだり、凄いです。
そのまま彼女が覚悟を決めた。いずれ起こる出来事とは思ってましたが、まさか自分の意思でとは……。
茜ちゃんもあっさりと逝ってしまいましたなぁ。お疲れ様。最後まで熱血でした。

それでは、私も予約分投下します!

984夢は無限大 ◆j1Wv59wPk2:2014/01/21(火) 00:33:11 ID:jXTkokWs0


だった。




    *    *    *

――ピピピ、ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ………

「ぅ………」

規則的に流れる機械音。
その音に煩わしさを感じて、神谷奈緒は起き上がった。
タイマーを止めて、辺りを見渡す。そこはただのホテルの一室、眠る前から何の変化も無い。
服装は変わらずアイドル衣装のままで、それ以外も殆どあのステージの時のまま。
隣の少女、北条加蓮は変わらず寝息をたてていて……少女達は未だ、殺し合いの場にいる。

(……やっぱり、現実なんだ)

そんな当たり前の事が、頭をよぎる。
夢であってほしいと、願わなかったわけじゃない。
だが、今までに起こった――起こしてしまった事はどれも生々しくて、手に感触が残っている。
背負った罪からは、決して逃れられなかった。

時計はもうすぐ、12時になろうとしている。事前に設定した通りの時刻、『放送』が始まる時刻だった。

もうすぐ今日が終わり、新しい明日が始まる。
それは、この凄惨なイベントに巻き込まれてから既に丸一日が経過した事を意味していた。

「はぁ」

そんな現状確認を終わらせて、ぼふん、とベットに横たわる。
やることはやった。アイドルとして、神谷奈緒と北条加蓮が確かに生きたという証を遺した。
ならば、これからやることはたった一つ。
今までやってきた事を、またやっていく。彼女達が終わる、その時まで。

その事実を噛みしめた奈緒に、あまり哀しいという感情はなかった。
覚悟を決めて、他人を蹴落とし、もう許されない程に罪を重ねて。
そんな中で、生きた証を形として遺せた。それ以上を望むのは、強欲に思えた。

(………)

――夢は、見なかった。
厳密に言えば、思いだせない、と言った方が正しいのだろうか。
せめて夢の中では……そう思っていたが、ステージの続きなんて、そんな華やかなものは少なくともなかった。
ただ思い返しても印象的なものは何もなくて、最期となるかもしれない睡眠は、ひどくあっけないものだった。

「……んん……ふあぁ……」

そんな思考をしていた奈緒に、少女の声が聞こえた。
その声の方向に目を向けると、先程まで横になっていた加蓮が体を起こしていた。
きっかけは先程のタイマーだろう。欠伸をして目を擦り、奈緒が起きた時と同じようにあたりを見渡していた。

「おはよう、加蓮」
「…………」

声をかけてみるも、返事はない。
そっぽを向いていた姿からすぐに表情を読みとる事はできなかったが、やがて口をあけた。

「……夢じゃ、ないんだね」

そう言った彼女の顔は哀しんでいるような――あるいは、達観しているようでもあった。




    *    *    *

985夢は無限大 ◆j1Wv59wPk2:2014/01/21(火) 00:35:26 ID:jXTkokWs0




『―――それが、生きるという事ですよ』

支給品確認も終わり、体も整え、後は待つだけだとベッドに腰掛けた瞬間に、それは始まった。
放送が終わり、室内が静寂に包まれる。
一つのベッドに二人が寄り添うように座っていて、その最後の余韻まで耳を傾けていた。

「……良かった。まだ凛は生きてるみたい」
「とりあえずは一安心、だな」

放送で流れた事実に、ひとまず胸をなでおろす。
アイドルとしての証を遺した二人にとって、残りの気がかりはここには居ない、大切な人のみとなった。
ここにはいない、決して会ってはならない少女。もう夢を紡げない二人が、その夢を託せる唯一の存在。
彼女が生きてさえすれば、それでいい。彼女が居なくなる事は、二人のやってきた事が無意味になることを意味していた。

「それにしても、今回は少なかったね」
「雨降ってたからな。加蓮は寝てたから知らないかもしれないけど」
「あー……そういえば、放送でそんな事言ってたような気がする」
「まぁ、それ込みで考えても少なかったんだろうな。『アイツ』にとっても」

その安否を確認して、次に気になったのは死者の人数。
少ないと言う事は、それだけこの殺し合いが停滞していて、長引くという事でもある。
そうなれば、二人にとって大切な人への危険も高まる。
それは渋谷凛だけではない。もう一人の方にも確かに迫っていた。

―――貴方に掛かっている命は一つじゃないのですから。

あの放送で、千川ちひろはそう脅した。
『あの人』―――彼女達二人のプロデューサーの安否は、未だ分からない。
どこで囚われているのかも、どれほど無事なのかも分からない。
ただ無事だと願うしかなくて、だからこそやる事は何も変わらなかった。

「だから……うん、次の放送までには一人ぐらいはやっときたいところだけど」
「そろそろ、ね。でも、見つかるかな」
「どこかの施設に固まってるんじゃないか?
 全員が全員殺し合いに乗ってるわけじゃなさそうだし、どこかを拠点にしてるかも」
「そっか……確かにそうかも。上手くいけば一網打尽かな」

そして会話は、これからの方針へと変わる。
放送での死者の少なさは環境によるものを考慮しても、かなり少なくなっている。
思ったよりも、殺し合いに乗っている参加者は少ないかもしれない。だからこそ、できるかぎり戦果を上げる必要があった。

その中で奈緒が提案したのは、地図に載っている施設を見て行く事だった。
殺し合いに乗る参加者が少ないとすれば、それ以外の参加者が多く、もしかしたらどこかで固まっているかもしれない。
それを狙いにいく。こちらには爆弾という強力な武器がある以上、多少の数の不利はカバーできる、という考えもあった。


そうして大方の方針を施設巡りに決めて、会話の合間に間があく。
決める事を決めた以上、後はそれを実行に移す――それだけの筈だったのだが。

986夢は無限大 ◆j1Wv59wPk2:2014/01/21(火) 00:41:25 ID:jXTkokWs0
「……あの時は、笑っちゃってごめんね」

奈緒が立ち上がろうとしたその直前、不意に加蓮が呟いた。
その言葉に、奈緒は怪訝な表情を浮かべる。

「えっと……心当たりが多すぎるんだけど」
「あれ、そうだっけ? ……教会の時だよ。ほら、結婚式」
「け、結婚式っていうなよ……」

それは、ステージに向かう前、教会に向かった時の話。
特に何か意図があったわけじゃない、ただ足が運んでしまった、少女達の憧れの場所。
加蓮はそこで想いを語り、二人は互いに向き合っていた。

「ふふっ……でも、うれしかったよ。ずっと一緒にいるって言ってくれて」

あの時と同じような笑顔で、奈緒とまた向き合う。

「ついてくって言ったのは、私のわがままだったから。
 …………ありがとう。って、まだ言ってなかったよね」

加蓮はそう、照れながら呟く。
それは、これまで色々な事があって、落ち着いた後もうやむやになっていた感謝の言葉だった。

「……えーと……なんで今、それを?」
「なんで、って……」

何故、このタイミングでそれを切り出したのだろうか。
その突然の流れに、奈緒は戸惑う。
ただその疑問も、次の言葉ですぐに納得できた。

「こういう事を改めて言えるのって、多分、今が最後かもしれないし。こんな事で悔いを残したくないな……って」

そう言った彼女の表情は、俯いて分からなかった。
彼女達が向かうここから先は、いつ死んでもおかしくないような状況になって、そしてそれは確実に訪れる。
その時がくるまでに、思い残す事は無くしておきたかったのだろう。

「……そう、だよな。もう、最後だもんな」

彼女達の結末は、もう既に彼女達の中で決まっている。
だから、もう止まることの出来ない彼女達にとって、間違いなくこれが最後になる。
非情な現実を、二人は既に受け入れていた。

「……だからさ、この際互いに悔いが残らないように、言いたい事言っちゃおうよ」

『その時』に後悔しても遅いから、と続けて。
時間に猶予はない。だからこそ、これから何かで止まらない為に、悔いはなくしておきたかった。

「言いたい事……とか言われても」
「――さんの事とか」
「うえぇっ!?」

何の脈略もなかった単語に、奈緒はびくりと体を震わせた。
呟かれた一人の男性の名前、それは彼女達のプロデューサーの名前。
素直になれなかった奈緒とひねくれ者だった加蓮。
そんな二人に手を焼きながらも、それでも真摯に付き合ってくれた人。
凛との誓いと同じくらいに、その人のひたむきな姿が彼女達のアイドルとしての姿に大きく影響して。
そして何より、その存在は二人にとって互いの親友と同じぐらいの、大切なものとなっていた。

987夢は無限大 ◆j1Wv59wPk2:2014/01/21(火) 00:46:22 ID:jXTkokWs0
「ほらほら、多分最後のチャンスだよ?」
「えーと……その、あ、アタシ、ずっと――さんの事好きだった」
「知ってる」
「だろうな……くっ、言わせんじゃねぇよ……」

加蓮の即答に、奈緒は苦笑する。
元々日常で、奈緒は加蓮に度々茶化されていたのだから、隠しているような事でもなかった。
とはいえ、ここまではっきりと好意を口に出したのはほぼ初めてで。
ただそう言っただけで、奈緒は気持ち軽くなったような気がした。

「それだったら私も……まぁいいか、言っちゃっても。
 ――さんの事、私もちょっと……ううん、結構気になってた。好き、かな」
「知ってるよ、それくらい」
「……あれ、私は奈緒よりかは上手く隠せてたつもりだったんだけど」
「馬鹿、アタシもそんな鈍感じゃないし!」

加蓮の告白も、奈緒は特に驚いたりもせず普通に受け入れた。
その意外な返事は、もっと驚くか慌てるかするかと思っていた加蓮にとって拍子抜けだった。

「……あっ」

そんな他愛のないような話をしていた内に、やがてふと何かに気付いたように加蓮が問いかける。

「じゃあさ、もしかして奈緒も私に――さんを譲ろうとか思ってたりして」
「えっ、何で分かっ……も、って事は」

その言葉に二人は顔を合わせて、そして同じタイミングで笑った。

「はははっ、なんだ、そんなとこでも同じだったんだな!」
「あはは……流石に、奈緒に気を使われてたなんて」

二人は同じ様に同じ人を想っていて、それを互いに知っていたから互いに譲ろうとした。
そんな入れ違いがおかしくて、二人はただ笑いあっていた。

「……ほんと、妙なところで噛み合わないね」
「想ってるのは、同じなのにな」

ひとしきり笑った後に、窓の外を遠く見つめる。
この場所でまだ生きているらしい少女の動向は、未だ分からない。
ただきっと、その心にある事はきっと同じ。
凛のプロデューサーとの関係は分からない。ただおそらくはきっと、助ける為に、更に道を踏み外さずに頑張っているのだろう。
それは、この場にいた二人と似ていて――決定的に、違っていた。




    *    *    *




「………」

特に会話も無く、ホテルを下りていき、二人は何事も泣く出口へと辿りつく。
外は真っ暗で、かろうじて見える先には砂浜と海が見える。
今、この暗闇の向こうでは、きっと気の休まらない殺し合いが続いているのだろう。
そして自動ドアから一歩踏み出せば、彼女達ももう蚊帳の外とはいかなくなる。
――殺しにまわる側として、その最期の時まで走り続けるだけだ。

デジカメは、暫くは持っていく事にした。
ホテルの前を横切る道、その内ステージ側への方向は既に禁止エリアに指定されている。
つまり、ホテルの前を横切る道は一方通行であり、その分誰かが通る可能性は低い。
このデジカメはできるかぎり、誰かの目につくような場所に置きたい。
一番良いのは渋谷凛に託す事だが、二人はもう、会う事はできない。
誰かの手で、渋谷凛へと渡っていく事を願う――だからこそ、これを目につきやすい、島の中心部へと持っていく事を決めた。

988夢は無限大 ◆j1Wv59wPk2:2014/01/21(火) 00:54:16 ID:jXTkokWs0
「ねぇ、奈緒」
「何だよ」
「……怖い?」
「怖くない……なんて言ったら、嘘になるかな。加蓮もそうだろ」
「ううん、私は怖くないよ」

ホテルの一室を通って以来、久方ぶりの会話。
その淡々とした会話も、死にゆく者とは思えない程穏やかだった。


「だって……大切な親友がそばにいてくれる、って言ってくれたから」


それはきっと―――約束された終わりが、一人じゃないからだろう。


「……なんていうか、さっきから恥ずかしいな」
「良いじゃん別に。意地張っても仕方ないし」
「まぁ……うん、じゃあアタシも怖くない」
「ふふっ……じゃあって、奈緒……」

そんな事を言いながら、二人は止まっていた足を前へと踏み出した。
思い返せば、踏み外してしまった人間は、少女として夢見る事自体が厚かましかったのかもしれない。
無限大にあった筈の夢は、たったひとつの現実への道に塗りつぶされてしまった。
夢を見る事も無く、ただ現実を直視し続けるだけ。
ただ、このどうしようもない現実にも、たった一人じゃない事実が、彼女達の足を進ませる。



そして二人は、驚くほど軽い足取りで、開いた扉を通ったのだった。




    *    *    *





私達は忘れない。
同じ時間の中で―――分かち合えた、キセキを。



【A-3 ホテル前/二日目 深夜】

【北条加蓮】
【装備:アイドル衣装、ピストルクロスボウ、専用矢(残り20本)】
【所持品:基本支給品一式×1、防犯ブザー、ストロベリー・ボム×5、私服、メイク道具諸々、ホテルのカードキー数枚】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:覚悟を決めて、奈緒と共に殺し合いに参加する。(渋谷凛以外のアイドルを殺していく)
 1:他のアイドルを探して殺すため、施設をまわっていく。
 2:もし凛がいれば……、だけど彼女とは会いたくない。
 3:事務所の2大アイドルである十時愛梨と高森藍子がどうしているのか気になる。

【神谷奈緒】
【装備:アイドル衣装、軍用トマホーク】
【所持品:基本支給品一式×1、デジカメ、ストロベリー・ボム×6、私服、ホテルのカードキー数枚、マスターキー】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:覚悟を決めて、加蓮と共に殺し合いに参加する。(渋谷凛以外のアイドルを殺していく)
 1:他のアイドルを探して殺すため、施設をまわっていく。
 2:もし凛がいれば……、だけど彼女とは会いたくない。
 3:千川ちひろに明確な怒り。

 ※自転車はホテルの駐車場に停めてあります。
 ※デジカメのメモリにライブの様子が収録されています。(複数の曲が収められています)

989夢は無限大 ◆j1Wv59wPk2:2014/01/21(火) 00:54:45 ID:jXTkokWs0
投下終了しました。
何か問題点がありましたら、指摘お願いします

990名無しさん:2014/01/22(水) 21:06:30 ID:EHIQcYFA0
そろそろ次のスレが必要だよね

991名無しさん:2014/01/23(木) 00:09:24 ID:BCrBd9mc0
投下乙です
なおかれ、もうどうしようもなく覚悟決まってるんだよなあ…凛ちゃんと出会ってしまったら悲劇の予感
この二人ともに想われてるPは幸せ者だと思いました。

992 ◆yX/9K6uV4E:2014/01/25(土) 11:37:32 ID:pBdK0OoM0
投下乙ですー。
なおかれいいなあ。
プロデューサーの事思って、まだそれでも突き進むのもね
そろそろ終わりも近い気がするけど、どうなるか。

此方の投下遅れて御免なさい。
スレたてと一緒に今晩行ないますので、しばしの猶予お願いします

993名無しさん:2014/01/26(日) 01:28:26 ID:Rw/V3EoE0
次スレ ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1390665119/

994名無しさん:2014/01/26(日) 10:18:07 ID:ZBgc6vb20


995 ◆John.ZZqWo:2014/01/29(水) 11:26:31 ID:cF600CrY0
投下乙です。

あぁ〜、やっぱりなおかれのいちゃいちゃ(?)はいいなぁ。
そしてふたりの現実から目を背けない覚悟……次か、その次か、その時は近いですよね。
……そろそろ覚悟しないと。

996名無しさん:2014/02/02(日) 00:04:35 ID:S/o6ypPs0
うめ

997名無しさん:2014/02/02(日) 00:05:02 ID:S/o6ypPs0
うめうめ

998名無しさん:2014/02/02(日) 00:05:15 ID:S/o6ypPs0
うめ

999名無しさん:2014/02/02(日) 00:05:34 ID:S/o6ypPs0
うめ

1000名無しさん:2014/02/02(日) 00:05:46 ID:S/o6ypPs0
うめうめ

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