セインは落ち込みを隠しつつ、士郎の言葉にずっと耳を傾けていた。
偽りの幸せを心に隠したまま、少女はずっと、目をキラキラさせる少年に相槌を打っていた。
「それでさ。セイン。オレのベルカ語、聞いて欲しいんだよね。いいかな?」
「うん。聖書の朗読、聞かせて?」
何だろう。子を見守るような母の気分になった。
悟りを開いたとも言うのだが、士郎の話をもっと聞きたくなった。
身の上話はほとんどせず、けれど何でもかんでも興味を持つ、まさに少年と呼ぶに相応しい振る舞い。
落ち着きがあるようで、目上の人がいないところではちょっとそそっかしい。
笑った顔には曇りはなく、怒った顔でも、本気で怒っていた記憶はセインにない。
「じゃあ、行くね」
少年はもったいぶった咳払いをすると、聖典の一説を朗読し始めた。
たどたどしい口調だけれど、心のこもった、素敵な吟詠だった。
「Die Leute der Chloe haben Paulus berichtet, das es zu Spaltungen in der Gemeinde gekommen ist.」
流れるような調子。子守唄のような、そう吟遊詩人の詩に似ている。
もちろん、技術はまだまだ子供のそれだけど、今後が楽しみな雰囲気を出していた。
「Das Eschatokoll besteht aus Grusen, einer Fluchformel, einem Gebetsruf und abschliesenden Segenswunschen.」
やがて、まとまった一説を暗誦し終る。