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RPGキャラバトルロワイアル11

1SAVEDATA No.774:2011/07/31(日) 03:04:46 ID:b2pXRKlk0
このスレではRPG(SRPG)の登場キャラクターでバトルロワイヤルをやろうという企画を進行しています。
作品の投下と感想、雑談はこちらで行ってください。


【RPGロワしたらば(本スレ含む】
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/11746/

【RPGロワまとめWiki】
ttp://www32.atwiki.jp/rpgrowa/pages/11.html

【前スレ(2ch】
ttp://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1307891168/l50

テンプレは>>2以降。

2SAVEDATA No.774:2011/07/31(日) 03:05:20 ID:b2pXRKlk0
参加者リスト(○=生存、●=死亡)

2/7【LIVE A LIVE】
● 高原日勝/ ○アキラ(田所晃)/ ●無法松/ ●サンダウン/ ●レイ・クウゴ/ ○ストレイボウ/ ●オディ・オブライト
2/7【ファイナルファンタジーVI】
●ティナ・ブランフォード/ ●エドガー・ロニ・フィガロ/ ●マッシュ・レネ・フィガロ/ ●シャドウ/ ○セッツァー・ギャッビアーニ/ ○ゴゴ/ ●ケフカ・パラッツォ
1/7【ドラゴンクエストIV 導かれし者たち】
●ユーリル(主人公・勇者男)/ ●アリーナ/ ●ミネア/ ●トルネコ/ ○ピサロ/ ●ロザリー/ ●シンシア
2/7【WILD ARMS 2nd IGNITION】
●アシュレー・ウィンチェスター/ ●リルカ・エレニアック/ ●ブラッド・エヴァンス/ ●カノン/ ○マリアベル・アーミティッジ/ ○アナスタシア・ルン・ヴァレリア/ ●トカ
1/6【幻想水滸伝II】
●リオウ(2主人公)/ ○ジョウイ・アトレイド/ ●ビクトール/ ●ビッキー/ ●ナナミ/ ●ルカ・ブライト
3/5【ファイアーエムブレム 烈火の剣】
●リン(リンディス)/ ○ヘクトル/ ●フロリーナ/ ○ジャファル/ ○ニノ
1/5【アークザラッドⅡ】
●エルク/ ●リーザ/ ●シュウ/ ●トッシュ/ ○ちょこ
2/5【クロノ・トリガー】
●クロノ/ ●ルッカ/ ○カエル/ ●エイラ/ ○魔王
1/5【サモンナイト3】
●アティ(女主人公)/ ●アリーゼ/ ●アズリア・レヴィノス/ ●ビジュ/ ○イスラ・レヴィノス

【残り15/54名】

3SAVEDATA No.774:2011/07/31(日) 03:05:56 ID:b2pXRKlk0
【基本ルール】
 全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が勝者となる。
 勝者のみ元の世界に帰ることができる。
 ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない。
 ゲーム開始時、プレイヤーはスタート地点からテレポートさせられMAP上にバラバラに配置される。
 プレイヤー全員が死亡した場合、ゲームオーバー(勝者なし)となる。

【スタート時の持ち物】
 プレイヤーがあらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収。
 ただし、義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない。
 また、衣服とポケットに入るくらいの雑貨(武器は除く)は持ち込みを許される。
 ゲーム開始直前にプレイヤーは開催側から以下の物を支給され、「デイパック」にまとめられている。
 「地図」「コンパス」「筆記用具」「水と食料」「名簿」「時計」「ランタン」「ランダムアイテム」
 「デイパック」→他の荷物を運ぶための小さいリュック。詳しくは別項参照。
 「地図」 → MAPのあの図と、禁止エリアを判別するための境界線と座標が記されている。
 「コンパス」 → 安っぽい普通のコンパス。東西南北がわかる。
 「筆記用具」 → 普通の鉛筆と紙。
 「水と食料」 → 通常の成人男性で二日分。
 「名簿」→全ての参加キャラの名前のみが羅列されている。写真はなし。
 「時計」 → 普通の時計。時刻がわかる。開催者側が指定する時刻はこの時計で確認する。
 「ランタン」 → 暗闇を照らすことができる。
 「ランダムアイテム」 → 何かのアイテムが1〜3個入っている。内容はランダム。

【禁止エリアについて】
放送から1時間後、3時間後、5時間に2エリアずつ禁止エリアとなる。
禁止エリアはゲーム終了まで解除されない。

【放送について】
0:00、6:00、12:00、18:00
以上の時間に運営者が禁止エリアと死亡者、残り人数の発表を行う。
基本的にはスピーカーからの音声で伝達を行う。

【舞台】
ttp://www32.atwiki.jp/rpgrowa?cmd=upload&act=open&pageid=40&file=rowamap.jpg

【作中での時間表記】(0時スタート)
 深夜:0〜2
 黎明:2〜4
 早朝:4〜6
 朝:6〜8
 午前:8〜10
 昼:10〜12
 日中:12〜14
 午後:14〜16
 夕方:16〜18
 夜:18〜20
 夜中:20〜22
 真夜中:22〜24

4SAVEDATA No.774:2011/07/31(日) 03:06:27 ID:b2pXRKlk0
【議論の時の心得】
・感想と雑談は、本スレ(ここ)で構いません。
流れを変えたくない場合や、現行のRPGロワ振り返りに参加したい場合は、避難所を再利用していただければ幸いです。
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/11746/1219762310/l50
・議論は専用スレで行って下さい。
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/11746/1219587734/l50
・修正、試験投下はこちらの仮投下スレでお願いします。
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/11746/1219603025/l50
・作品の指摘をする場合は相手を煽らないで冷静に気になったところを述べましょう。
・ただし、キャラが被ったりした場合のフォロー&指摘はしてやって下さい。
・議論が紛糾すると、新作や感想があっても投下しづらくなってしまいます。
 意見が纏まらずに議論が長引くようならば、したらばにスレを立ててそちらで話し合って下さい。
・『問題意識の暴走の先にあるものは、自分と相容れない意見を「悪」と決め付け、
  強制的に排除しようとする「狂気」です。気をつけましょう』
・これはリレー小説です、一人で話を進める事だけは止めましょう。

【禁止事項】
・一度死亡が確定したキャラの復活
・大勢の参加者の動きを制限し過ぎる行動を取らせる
 程度によっては雑談スレで審議の対象。
・時間軸を遡った話の投下
 例えば話と話の間にキャラの位置等の状態が突然変わっている。
 この矛盾を解決する為に、他人に辻褄合わせとして空白時間の描写を依頼するのは禁止。
 こうした時間軸等の矛盾が発生しないよう初めから注意する。
・話の丸投げ
 後から修正する事を念頭に置き、はじめから適当な話の骨子だけを投下する事等。
 特別な事情があった場合を除き、悪質な場合は審議の後破棄。

【NGについて】
・修正(NG)要望は、名前欄か一行目にはっきりとその旨を記述してください。
・NG協議・議論は全てここで行う。進行スレでは絶対に議論しないでください。
・協議となった場面は協議が終わるまで凍結とする。凍結中はその場面を進行させることはできない。
・どんなに長引いても48時間以内に結論を出す。
『投稿した話を取り消す場合は、派生する話が発生する前に』

NG協議の対象となる基準
1.ストーリーの体をなしていない文章。(あまりにも酷い駄文等)
2.原作設定からみて明らかに有り得ない展開で、それがストーリーに大きく影響を与えてしまっている場合。
3.前のストーリーとの間で重大な矛盾が生じてしまっている場合(死んだキャラが普通に登場している等)
4.イベントルールに違反してしまっている場合。
5.荒し目的の投稿。
6.時間の進み方が異常。
7.雑談スレで決められた事柄に違反している(凍結中パートを勝手に動かす等)
8.その他、イベントのバランスを崩してしまう可能性のある内容。

上記の基準を満たしていない訴えは門前払いとします。
例.「このキャラがここで死ぬのは理不尽だ」「この後の展開を俺なりに考えていたのに」など
  ストーリーに関係ない細かい部分の揚げ足取りも×

・指摘や修正要求、疑問点の提示、不満の声も意見の一つです。
 おかしいなと感じた場合は臆せずに言いましょう。
 ただしその場合は、上記の修正要望要件を参考にするなどして、具体的な問題点や不満点、それを危惧する理由を必ず挙げてください。
・書き手がそれらの意見を元に、自主的に修正する事は自由です。

5SAVEDATA No.774:2011/07/31(日) 03:07:00 ID:b2pXRKlk0
【書き手の注意点】
・トリップ推奨。 騙り等により起こる混乱等を防ぐため、捨て鳥で良いので付けた方が無難
・予約はしたらば掲示板の予約スレにて。期限は5日間。尚、三作以上採用された書き手に限り3日間の予約延長申請が認められます。
・無理して体を壊さない。
・残酷表現及び性的描写に関しては原則的に作者の裁量に委ねる。
但し後者については行為中の詳細な描写は禁止とする。
・完結に向けて決してあきらめない

書き手の心得その1(心構え)
・この物語はリレー小説です。 みんなでひとつの物語をつくっている、ということを意識しましょう。一人で先走らないように。
・知らないキャラを書くときは、綿密な下調べをしてください。
 二次創作で口調や言動に違和感を感じるのは致命的です。
・みんなの迷惑にならないように、連投規制にひっかかりそうであればしたらばの一時投下スレにうpしてください。
・自信がなかったら先に一時投下スレにうpしてもかまいません。爆弾でも本スレにうpされた時より楽です。
・本スレにUPされてない一時投下スレや没スレの作品は、続きを書かないようにしてください。
・本スレにUPされた作品は、原則的に修正は禁止です。うpする前に推敲してください。
   ただしちょっとした誤字などはwikiに収録されてからの修正が認められています。
・巧い文章はではなく、キャラへの愛情と物語への情熱をもって、自分のもてる力すべてをふり絞って書け!
・叩かれても泣かない。
・来るのが辛いだろうけど、ものいいがついたらできる限り顔を出す事。
 作品を撤回するときは自分でトリップをつけて本スレに書き込み、作品をNGにしましょう。

書き手の心得その2(実際に書いてみる)
・…を使うのが基本です。・・・や...はお勧めしません。また、リズムを崩すので多用は禁物。
・適切なところに句読点をうちましょう。特に文末は油断しているとつけわすれが多いです。
 ただし、かぎかっこ「 」の文末にはつけなくてよいようです。
・適切なところで改行をしましょう。
 改行のしすぎは文のリズムを崩しますが、ないと読みづらかったり、煩雑な印象を与えます。
・かぎかっこ「 」などの間は、二行目、三行目など、冒頭にスペースをあけてください。
・人物背景はできるだけ把握しておく事。
・過去ログ、マップはできるだけよんでおくこと。
 特に自分の書くキャラの位置、周辺の情報は絶対にチェックしてください。
・一人称と三人称は区別してください。
・ご都合主義にならないよう配慮してください。露骨にやられると萎えます。
・「なぜ、どうしてこうなったのか」をはっきりとさせましょう。
・状況はきちんと描写することが大切です。また、会話の連続は控えたほうが吉。
 ひとつの基準として、内容の多い会話は3つ以上連続させないなど。
・フラグは大事にする事。キャラの持ち味を殺さないように。ベタすぎる展開は避けてください。
・ライトノベルのような萌え要素などは両刃の剣。
・位置は誰にでもわかるよう、明確に書きましょう。

書き手の心得3(一歩踏み込んでみる)
・経過時間はできるだけ『多め』に見ておきましょう。
 自分では駆け足すれば間に合うと思っても、他の人が納得してくれるとは限りません。
 また、ギリギリ進行が何度も続くと、辻褄合わせが大変になってしまいます。
・キャラクターの回復スピードを早めすぎないようにしましょう。
・戦闘以外で、出番が多いキャラを何度も動かすのは、できるだけ控えましょう。
 あまり同じキャラばかり動き続けていると、読み手もお腹いっぱいな気分になってきます。
 それに出番の少ないキャラ達が、あなたの愛の手を待っています。
・キャラの現在地や時間軸、凍結中のパートなど、雑談スレには色々な情報があります。
 本スレだけでなく雑談スレにも目を通してね。
・『展開のための展開』はNG
 キャラクターはチェスの駒ではありません、各々の思考や移動経路などをしっかりと考えてあげてください。
・書きあがったら、投下前に一度しっかり見直してみましょう。
 誤字脱字をぐっと減らせるし、話の問題点や矛盾点を見つけることができます。
 一時間以上(理想は半日以上)間を空けてから見返すと一層効果的。
 紙に印刷するなど、媒体を変えるのも有効
 携帯からPCに変えるだけでも違います

6SAVEDATA No.774:2011/07/31(日) 03:07:36 ID:b2pXRKlk0
【読み手の心得】
・好きなキャラがピンチになっても騒がない、愚痴らない。
・好きなキャラが死んでも泣かない、絡まない。
・荒らしは透明あぼーん推奨。
・批判意見に対する過度な擁護は、事態を泥沼化させる元です。
 同じ意見に基づいた擁護レスを見つけたら、書き込むのを止めましょう。
・擁護レスに対する噛み付きは、事態を泥沼化させる元です。
 修正要望を満たしていない場合、自分の意見を押し通そうとするのは止めましょう。
・「空気嫁」は、言っている本人が一番空気を読めていない諸刃の剣。玄人でもお勧めしません。
・「フラグ潰し」はNGワード。2chのリレー小説に完璧なクオリティなんてものは存在しません。
 やり場のない気持ちや怒りをぶつける前に、TVを付けてラジオ体操でもしてみましょう。
 冷たい牛乳を飲んでカルシウムを摂取したり、一旦眠ったりするのも効果的です。
・感想は書き手の心の糧です。指摘は書き手の腕の研ぎ石です。
 丁寧な感想や鋭い指摘は、書き手のモチベーションを上げ、作品の質の向上に繋がります。
・ロワスレの繁栄や良作を望むなら、書き手のモチベーションを下げるような行動は極力慎みましょう。

7SAVEDATA No.774:2011/07/31(日) 03:08:10 ID:b2pXRKlk0
【身体能力】
・原則としてキャラの身体能力に制限はかからない。
 →例外としてティナのトランス、アシュレーのアクセス、デスピサロはある程度弱体化

【技・魔法】
・MPの定義が作品によって違うため、MPという概念を廃止。
 →魔法などのMPを消費する行動を取ると疲れる(体力的・精神的に)
・全体魔法の攻撃範囲は、術者の視野内にいる人物。(敵味方の区別なし)
・回復魔法は効力が大きく減少。
・以下の特殊能力は効果が弱くなり、消耗が大きくなる。
 →アキラの読心能力、ルーラやラナルータやテレポート(アキラ、ビッキー)などの移動系魔法、エルクのインビシブル
・蘇生魔法、即死魔法は原則発動できません

【支給品】
・FEの魔導書や杖は「魔法が使えるものにしか使えず、魔力消費して本来ならばそのキャラが使えない魔法を使えるようになるアイテム」とする
・FEの武器は明確な使用制限なし。他作品の剣も折れるときは折れる。
・シルバード(タイムマシン)、ブルコギドン、マリアベルのゴーレム(巨大ロボ)などは支給禁止。
・また、ヒューイ(ペガサス)、プーカのような自立行動可能なものは支給禁止
・スローナイフ、ボムなどのグッズは有限(残り弾数を表記必須)

【専用武器について】
・アシュレー、ブラッドのARMは誰にでも使える(本来の使い手との差は『経験』)
・碧の賢帝(シャルトス)と果てしなき蒼(ウィスタリアス)、アガートラームは適格者のみ使用可能(非適格者にとっては『ただの剣』?)
・天空装備、アルマーズ、グランドリオンなどは全員が使用可能

8 ◆iDqvc5TpTI:2011/07/31(日) 03:10:53 ID:b2pXRKlk0
◆iDqvc5TpTIです。
議論スレで出していただいた意見を元に、テンプレに若干の修正を施し、新スレを立ててみました。
何か至らぬ点があれば、指摘をお願いします

9SAVEDATA No.774:2011/07/31(日) 13:23:07 ID:MyQux8NE0
乙です
見た分では不都合はないと思います

10SAVEDATA No.774:2011/08/03(水) 05:48:04 ID:j7XZRfPQO
スレ立て乙です。予約期限は修正忘れかな?
それ以外には特に問題ありませんでした。

11 ◆iDqvc5TpTI:2011/08/03(水) 20:01:20 ID:5zLehMgo0
ご指摘感謝です
予約期限の方は単なる修正忘れです、申し訳ありません
正しくは以下のとおりです

>>5
【書き手の注意点】
・トリップ推奨。 騙り等により起こる混乱等を防ぐため、捨て鳥で良いので付けた方が無難
・予約はしたらば掲示板の予約スレにて。期限は7日間。尚、三作以上採用された書き手に限り7日間の予約延長申請が認められます。
・無理して体を壊さない。
・残酷表現及び性的描写に関しては原則的に作者の裁量に委ねる。
但し後者については行為中の詳細な描写は禁止とする。
・完結に向けて決してあきらめない

書き手の心得その1(心構え)
・この物語はリレー小説です。 みんなでひとつの物語をつくっている、ということを意識しましょう。一人で先走らないように。
・知らないキャラを書くときは、綿密な下調べをしてください。
 二次創作で口調や言動に違和感を感じるのは致命的です。
・みんなの迷惑にならないように、連投規制にひっかかりそうであればしたらばの一時投下スレにうpしてください。
・自信がなかったら先に一時投下スレにうpしてもかまいません。爆弾でも本スレにうpされた時より楽です。
・本スレにUPされてない一時投下スレや没スレの作品は、続きを書かないようにしてください。
・本スレにUPされた作品は、原則的に修正は禁止です。うpする前に推敲してください。
   ただしちょっとした誤字などはwikiに収録されてからの修正が認められています。
・巧い文章はではなく、キャラへの愛情と物語への情熱をもって、自分のもてる力すべてをふり絞って書け!
・叩かれても泣かない。
・来るのが辛いだろうけど、ものいいがついたらできる限り顔を出す事。
 作品を撤回するときは自分でトリップをつけて本スレに書き込み、作品をNGにしましょう。

書き手の心得その2(実際に書いてみる)
・…を使うのが基本です。・・・や...はお勧めしません。また、リズムを崩すので多用は禁物。
・適切なところに句読点をうちましょう。特に文末は油断しているとつけわすれが多いです。
 ただし、かぎかっこ「 」の文末にはつけなくてよいようです。
・適切なところで改行をしましょう。
 改行のしすぎは文のリズムを崩しますが、ないと読みづらかったり、煩雑な印象を与えます。
・かぎかっこ「 」などの間は、二行目、三行目など、冒頭にスペースをあけてください。
・人物背景はできるだけ把握しておく事。
・過去ログ、マップはできるだけよんでおくこと。
 特に自分の書くキャラの位置、周辺の情報は絶対にチェックしてください。
・一人称と三人称は区別してください。
・ご都合主義にならないよう配慮してください。露骨にやられると萎えます。
・「なぜ、どうしてこうなったのか」をはっきりとさせましょう。
・状況はきちんと描写することが大切です。また、会話の連続は控えたほうが吉。
 ひとつの基準として、内容の多い会話は3つ以上連続させないなど。
・フラグは大事にする事。キャラの持ち味を殺さないように。ベタすぎる展開は避けてください。
・ライトノベルのような萌え要素などは両刃の剣。
・位置は誰にでもわかるよう、明確に書きましょう。

書き手の心得3(一歩踏み込んでみる)
・経過時間はできるだけ『多め』に見ておきましょう。
 自分では駆け足すれば間に合うと思っても、他の人が納得してくれるとは限りません。
 また、ギリギリ進行が何度も続くと、辻褄合わせが大変になってしまいます。
・キャラクターの回復スピードを早めすぎないようにしましょう。
・戦闘以外で、出番が多いキャラを何度も動かすのは、できるだけ控えましょう。
 あまり同じキャラばかり動き続けていると、読み手もお腹いっぱいな気分になってきます。
 それに出番の少ないキャラ達が、あなたの愛の手を待っています。
・キャラの現在地や時間軸、凍結中のパートなど、雑談スレには色々な情報があります。
 本スレだけでなく雑談スレにも目を通してね。
・『展開のための展開』はNG
 キャラクターはチェスの駒ではありません、各々の思考や移動経路などをしっかりと考えてあげてください。
・書きあがったら、投下前に一度しっかり見直してみましょう。
 誤字脱字をぐっと減らせるし、話の問題点や矛盾点を見つけることができます。
 一時間以上(理想は半日以上)間を空けてから見返すと一層効果的。
 紙に印刷するなど、媒体を変えるのも有効
 携帯からPCに変えるだけでも違います

12 ◆6XQgLQ9rNg:2011/08/07(日) 23:15:39 ID:FOlMTglg0
遅くなりましたがスレ立て乙です!

では、こちらに投下をいたします。

13<ハジマリ>のクロニクル ◆6XQgLQ9rNg:2011/08/07(日) 23:17:13 ID:FOlMTglg0
 たいせつなものがあって。
 だいすきなひとがいて。
 みんな、それを守りたいだけ。
 たった、それだけ。
 
 ◆◆ 

 荒野となり果てたその場所の真ん中に、大人よりも一回り小さい石が佇んでいる。
 落ちているのでも転がっているのでもなく、確かにそこに佇んでいる。
 それは、とある少年が生きていた証だった。
 彼は確かに生きていた。
 迷い傷つき苦しみ道を見失いながら。
 両の足でその身を支え大地を踏みしめ、懊悩と憎悪と辛苦を昇華し、ほんとうの自分を知った。
 彼の一生は、余りにも過酷で短すぎた。
 けれど、不幸だとか可哀想だとか、そんな言葉を投げかけて同情を抱く者などここにはいなかった。
 敬意と感謝と親愛を。
 その全てを以って、その石にはこう刻まれていた。
 “勇者ユーリルに安らかなる幸福を”と。
 
 ◆◆
 
「そして、俺は……アシュレー・ウィンチェスターをこの手で殺めた」
 勇者の墓標の前、拳を震わせながら物真似師が懺悔する。
 誰かの物真似ではなく、ゴゴ自身の声音による告解は、広々とした荒野に溶けていく。
 訥々と語られたのは、ゴゴが憎悪に捉われた理由と原因、そしてそれによる結果だった。
「許されるとは思っていないが言わせてほしい。本当に、すまない」
 深々と頭を垂れるゴゴ。
 その前に歩み寄ったのは、破損個所を無理やり取り繕った着ぐるみ――ARMSの仲間としてアシュレーと共に在った、マリアベルだった。
「つまり、お主はたいせつなものを守りたかった。そんなお主を、アシュレーは信じた。
 ならば、頭を下げる必要などなかろう」
「だが……ッ」
「ねえ、ゴゴおじさん」
 小さな手が真っ直ぐに、真っ直ぐに伸ばされる。逡巡の後、ゴゴはそっとその手を取った。
 するとちょこは、嬉しそうにはにかんで、ゴゴの手を握り返してくる。
 
「ちょこ、覚えてるよ。おじさんと、手を繋いで歩いたこと」

 穢れない瞳が、覆面の奥にあるゴゴの目を映す。
「おじさんの手、あったかいの。あのときと同じなのよ」

 無垢な声が、覆面に覆われたゴゴの鼓膜を震わせる。

「アシュレーおとーさんの“命”を運んでいたあのときと、同じなのよ」

 純真なてのひらが、手袋に包まれたゴゴの手を握りしめる。

「だから、だいじょうぶ。だいじょうぶなの」
「ちょこ……」

 物真似師が名を呼ぶと、少女は嬉しそうに、ほんとうに嬉しそうに目を細めて微笑んだ。
 ちょこの笑みの向こうで、ストレイボウが口を開く。 
「罪を背負っているのはお前だけじゃない。罪の重さだけで言うなら、俺の方が遥かに重い罪を背負っている」 
「じゃが、わらわたちは皆“救い”を受けた。ゆえにゴゴ、お主を責めはせぬ。
 そもそも、アシュレー自身が信じたお主を糾弾する道理などあるものか」

 マリアベルに口を挟む者も、反論する者もいない。
 ただ追従するように、ちょこが大きく頷いた。
「……感謝する。そして、よろしく、頼む」

14<ハジマリ>のクロニクル ◆6XQgLQ9rNg:2011/08/07(日) 23:19:02 ID:FOlMTglg0
「おかえりなさい、ゴゴおじさん!」

 覆面の奥で、かすかに目を細め、ゴゴはちょこの髪を撫でる。
 ただ、この少女が愛おしかった。

「ああ……ただいま」

 ◆◆
 
 手短な情報交換を経て判明した情報は様々で、現在の全ての生存者について、ある程度の情報が集まった。
 
「南の遺跡にカエルと魔王。
 座礁船より南――少なくともカエルたちよりも僕らの近くに、セッツァー、ピサロ、ジャファルがいる。
 彼らは手を組んでいて、既に行動を開始している。
 そして、これ以上の増援は期待できそうもない。笑えない状況だね」
 
 現状を纏めつつ、イスラはそれとなく横目でジョウイを窺う。
 彼が受けた傷は、セッツァーらに捕まって尋問されたためらしい。
 なんとか逃げ出してきたとは言っていたが、イスラの疑わしさは晴れなかった。 
 ジョウイが裏切りを企てている可能性はある。それが最悪のタイミングで実行された場合痛手は免れない。
 そのリスクを理解していながら、イスラはあえて詰問するのは避けていた。
 まだ敵は多い。
 続く戦いの前に、皆に下手な疑念を持たせるべきではない。
 マリアベルには話してあるし、イスラ自身が注意していればいいだろう。
 少なくともイスラだけは、希望的観測を捨てるべきだと思う。
 なにせ、みんな人がいい。
 この中で最もひねくれ者である自分がその役目を引き受けるべきだ。

「この一帯が荒野になったんです。セッツァーたちがここにやって来る可能性は高い。
 このまま遺跡へ向かえば背後を取られるか、挟撃されるか、あるいは疲弊したところを襲撃されるか、でしょうね」

 そんな疑心に気付いているのかいないのか、素知らぬ顔のジョウイが意見を述べる。
 イスラは内心で息を吐き、気分を切り替えた。
 とりあえずは彼を仲間として扱うことにして、作戦会議に集中する。
 
「数では勝ってる分、足は遅いからな。ここで迎え撃つってのはどうだ?
 視界も開けてる。奇襲なんてできやしないだろう」
  
 広がる荒野には大小の岩石がいくつか転がっているにせよ、遮蔽物はほとんどない。
 ヘクトルの言う通り、奇襲には不向きで迎撃には適している。
 だが、だからこそ。
「相手もそれは分かってるだろ」
 アキラが地図の一点、南の遺跡を指で叩く。
「俺らをスルーして先に遺跡へ行かれて、手を組まれたらさすがにキツイんじゃねーか?」 
 セッツァーたちとカエルたちが手を組んだとしても、頭数だけで考えるならこちらは倍だ。
 それでも、相手が精鋭揃いで容赦がないのは、これまでの戦闘で身に沁みている。
 合流は、させたくなかった。
 
「可能性の話をするなら、もう一つ問題が発生するかもしれないな」
 眩そうに天空を見上げるのはストレイボウだ。
 蒼穹は何処までも高く、遥か彼方まで広がっているように雄大だった。 
「そろそろ放送の時間だ。アイツが――オルステッドがここを禁止エリアに指定した場合、動かざるを得なくなる」
 オディオに命を握られていないのはゴゴのみである。
 枷の解体がまだである以上、禁止エリアによる行動制限からは逃れられない。
 極端な話、禁止エリアによって、北か南のどちらかにしか進めなくなるかもしれないのだ。

15<ハジマリ>のクロニクル ◆6XQgLQ9rNg:2011/08/07(日) 23:20:24 ID:FOlMTglg0
「だったら……こっちから行こうよ」
 ニノの呟きに、視線が集中する。
 彼女は臆さず、皆の視線を受け止めて拳を握りしめた。
「こっちから、行こうよ。ジャファルたちのところへ。それで――」
 小さな体から力が溢れ出ていた。
 大きな瞳には決意が輝いていた。
 そして。
「今度こそ、あたし、ジャファルを止める。絶対に、止めてみせる」
 言葉には、信念が満ち満ちていた。
 ニノはジャファルのことが大好きだ。 
 誰よりも何よりも大好きだ。
 だからこそ、命を踏み躙っているジャファルを認められない。
 いや、本当に許せない理由はそれではない。
 本当に許せないのは、ニノの気持ちを完全に無視していることだ。
 ニノはジャファルと一緒にいたい。
 大好きで大切なジャファルと、ずっとずっと一緒に生きていきたい。
 なのに彼は、ニノを置き去りにして、たった一人で闇を抱えて遠くへ逝くつもりなのだ。
 そんなの許せない。認めたくない。
 だからこの手で止めてやる。
 強くなって、泣かないで、ぜったいに止めてやる。
 負けたくはなかった。
 他の誰でもない、ジャファルに負けたくなかった。
 
「賛成だ。俺も、話をしたい相手がいる」
 ストレートなニノの意志表明に賛同したのは、物真似師ゴゴだった。
 セッツァー・ギャッビアーニ。
 共に空を駆け回ったゴゴの仲間も北にいる。
 ちょこの話によると、あの巨人――ブリキ大王というらしい――に乗っていたのはセッツァー本人だったようだ。
 正直なところ、アシュレーを殺すべく放たれた空からの一撃が、セッツァーによるものだとは考えられなかった。
 否、考えたくなかった。
 ゴゴたちに牙を剥き空を汚したのが他でもない、セッツァー自身であるなどと、決して信じたくはなかった。
 だが、すべての生存者の情報が集まった以上、確かな事実として向き合わなければならない。
 そのためにも、ゴゴは話がしたかった。セッツァーの真意が知りたかった。 
 けれど、先ほどの容赦のない攻撃を思い出すに、交戦は避けられそうもない。
 胸が痛まないと言えば嘘になる。肩を並べて戦えればどんなに幸せだろうか。 
 そんな懐古めいた感傷は、胸の中で確かにたゆたっている。
 だとしても。
 セッツァーと刃を交えることになれば、受けて立つ覚悟はできている。
 ゴゴは知っている。
 勝負を通して見えるものがあり伝わるものがあることを。
 それもまた、物真似を通じて学んだ真理だ。
 信じているのだ。
 ぶつかり合ったその果てから、もう一度、共に空を飛ぶことだってできると。

「よし、その方針で詰めるか。できるんなら、こっちから先に接触したいが――」
 そうして作戦会議は続く。
 マリアベル、アナスタシア、ちょこの三人を除いて、作戦会議は続いていく。
 
 ◆◆
 
 川が奏でる優しげな水音が鼓膜を震わせる。
 会議中のメンバーがいる場所から南にある川辺に、ちょこ、マリアベル、アナスタシアの姿があった。
 彼女らが会議に参加していないのは、未だ残っているわだかまりを緩和するためだ。
 アナスタシア・ルン・ヴァレリア。
 多かれ少なかれ、彼女への不信感は募っている。
「やっと落ち着いて話せるのう。時間が少ないのが本当に惜しい」
「おねーさん、また会えてうれしいの!」

16<ハジマリ>のクロニクル ◆6XQgLQ9rNg:2011/08/07(日) 23:21:21 ID:FOlMTglg0
 アナスタシアはちょこの髪を撫でてマリアベルに微笑みかける。
 上手に笑えているだろうかと思いながらも、それくらいしか、できることが思い浮かばなかった。
「……わたしも嬉しいわ。できるなら、ずっとずっとおしゃべりしていたいわね」
「そうじゃの。満月の下、美味い茶でもあれば更によいのじゃが」
 川べりに腰掛け、マリアベルが手招きをする。
 その隣に腰を下ろすと、間に割り込むようにちょこが飛び込んできた。
「ここ、ちょこの席ー」
 マリアベルが、くすりと笑った。
「ちょこ、じゃったな? アナスタシアを守っていてくれたこと、礼を言うぞ。ありがとうの」
「大丈夫よ。おねーさんのこと大好きだもん。ぬいぐるみさんは、おねーさんのお友達?」
「マリアベルじゃ。マリアベル・アーミティッジ。そう、わらわはアナスタシアの一番の親友じゃッ!」
「じゃあちょこともお友達ねー!」

 親友。
 マリアベルはそう言ってくれた。
 大好き。
 ちょこはそう言ってくれた。

 けれど、手放しに喜ぶ気にはなれなかった。
 疑ってしまうのだ。
 今の自分は、親友と呼ばれるに相応しいだろうか、と。
 今のわたしは、大好きと評されるに値するだろうか、と。
「わたしに……そんな価値なんてあるのかな」
 せせらぐ川面を眺めながら、アナスタシアは思わず零していた。 

「ねぇ、マリアベル。
 さっき、言ってくれたよね。わたしの代わりに命を捧げられたら、って。
 もしわたしがそう望んだら、死んでくれる?」

 思いがけず、答えは間髪いれずに返ってきた。

「喜んで捧げよう。笑顔で散り逝こう。わらわの命はお主のためにある」
 びくりと、心臓が跳ねた。
 余りにもすらすらと立て並べられた回答に、息が詰まってしまう。
 目を見開いてマリアベルへと顔を向けると、彼女は悪戯っぽく首を傾けていた。
「そう言えば、満足かの?」
「そんなわけないッ!」
 反射的に叫んでしまったせいで乱れた息を深呼吸で整え、繰り返す。
「そんなわけ、ないじゃない」
 そうだ。
 そんなわけがない。
 大切な人の屍の上で築いた生に、何の意味がある?
 ひとりぼっちで生きる命に、何の価値がある?
 そんなこと、分かり切っていたはずなのに。
 さっき、マリアベルが死にそうになるまで、思い出すことができずにいた。
「おねーさん。ちょこね、いろんな人に会ったよ。やさしい人たちに、会ったのよ」
 ちいさな手が、アナスタシアの手に重ねられる。
 かつてちょこを殺そうとした手の上に、重ねられる。
「でもね、遠くに行っちゃった人もいっぱいいるの。
 せっかく仲良くなれたのに、会えなくなっちゃった」
 大きな瞳が潤み幼い声が湿る。
 アナスタシアの手が、ぎゅっと握られた。 
「もう、お別れするのはイヤ。寂しいのは、イヤなの。ねぇ、おねーさんもそうでしょ?」
 ちょこの手が、小刻みに震えていた。
 いくら魔法が使えても、戦うことができても。
 この小さな胸の奥が、傷つかないはずがない。
 分かっていたのに、見ないフリをして。
 真実を隠し、都合のいい情報を吹き込み、自分だけが生き延びるために、こんな小さな女の子を利用した。
 それなのに、ちょこは言ってくれたのだ。

17<ハジマリ>のクロニクル ◆6XQgLQ9rNg:2011/08/07(日) 23:22:59 ID:FOlMTglg0
 大好き、と。
 
 気付けば、ちょこを抱き締めていた。
 アナスタシアを守ってくれた体は想像以上に華奢で、とても温かかった。
 その温もりはまさに命そのもので。
 それを感じられることが、たまらなく幸せで。

「わたしも……寂しいのは、イヤ……。
 生きたいよ。
 みんなと一緒に、生きたい……!」

 与えられた生に舞い上がり、本当の望みが見えなくなってしまっていた。
 こんなことなら、きちんと名簿を確認しておけばよかった。
 そうすれば、踏みとどまれたかもしれない。
 そうすれば、もっと素直に。
“勇者”に“救い”を求められたかもしれなかったのに。

「でも……ユーリルくんを殺したのは、わたしだわ」
“生贄”の共感と“英雄”の答えを“勇者”に求めた結果、彼は拠り所を失った。
 無自覚に無遠慮に心に入り込んで、アナスタシアはユーリルのたいせつなものを踏み潰した。
「そんなわたしも、生きていていいのかな? “救われ”ていいのかな?」
「お主がユーリルに何をしたのかは知らぬ。たとえ知っていたとしても、その問いに答えはやれん。
 お主の中に息づくユーリルの想いを、お主自身が汲み取るしかないからの」

 ボロボロになっても、ユーリルはその手で答えを掴み取った。
 たいせつなものを失くして、真っ暗闇に放り出されても、確かなものを手にした。
 あの力強い雷は、確かなヒカリは、その証。
“救われぬ者に救いの手を”。
 それこそが“勇者”ユーリルの生き様でありイノリであり祝福である。
 なればこそ、アナスタシアもまた、“救われない”はずがないのだ。
「わたし、話すわ。みんなに、今までのこと」
「うむ、そうか」 
 顔は見えないけど、頷くマリアベルがどんな表情をしているのかありありと想像できる。
「おねーさん。けじめを、つけるのね」
 見上げてくるちょこの目が少し赤い。
 そっと拭って手を離すと、ちょこは嬉しそうに微笑んで、アナスタシアの横に立つ。
「ええ。そうしたらちょこちゃんと――みんなと、もっと仲良くなれると思うから」
「うんっ! がんばって、おねーさん!」
 善は急げと言わんばかりに、ちょこが座ったままのアナスタシアを引っ張って駆け出そうとする。
「元気じゃの、ちょこは」
「うん、ちょこ元気!」
 その元気さが移ったかのように、マリアベルが飛び上がるようにして立ち上がる。
 つられてアナスタシアも立ち上がった、そのとき。

18<ハジマリ>のクロニクル ◆6XQgLQ9rNg:2011/08/07(日) 23:25:02 ID:FOlMTglg0
「え……ッ?」
 
 川に、異変が訪れた。
 突如、穏やかなせせらぎが水量と勢いを増加させていく。
 気温が急激に低下する。
 既に激流となった川に、無数の氷塊が浮かび上がってくる。 
 そして、異変は脅威と転じた。
 溢れだした水――否、氷河は意志があるかのように、溢れ出す。
 掻き分けるとか逆らうとか踏ん張るとか、そんな人の身でできる行為など、激流は許さずに。
 アナスタシアたちを、一瞬にして丸呑みにした。
 圧倒的な質量の凍てつく水がアナスタシアに叩きつけられる。
 等しく全身が殴打されるような激痛に体が反応し、唇が微かに開いてしまう。
 そこへ、凍てつく水が容赦なく侵入してくる。
 気道が塞がれ肺腑が支配され、空気が一気に追い出される。
 吐き気に似た不快な苦しみがアナスタシアを襲うが、苦悶の声を上げることすらできない。
 肌に触れる水は、極寒の地を否応なく連想させるほどに冷たく、一気に全身から熱を奪っていく。
 前触れもなく現れた死が、意識を奪い去ろうとする。
 
 ――イヤよ。
 
 だから。
 意識に、楔を打ち込む。
 
 ――死んでたまるもんですか。
 
 激流の中、指を動かす。 
 
 ――こんなところで死んでたまるもんですか。
 
 流れに負けじと、手を伸ばす。 
 
 ――これからなの。わたしは、これから始めるの。 
 
 伸ばした指先が、何かに触れる。
 
 ――わたしは、生きるのッ!
 
 それは、無慈悲な水流でも、冷徹な氷塊でもない。
 だから、握り締める。
 強く強く、あらん限りの力を込めて握り締める。
 それに応じるように。
 その手が、握りしめられた。
 直後、靴裏に力が触れる。
 それはアナスタシアを乗せたまま水を掻き分け、一気に浮上する。
 振り落とされる心配などしなかった。
 何故なら、アナスタシアの『手』はしっかりと繋がれている。
 そのまま水面を突破する。
 ひとしきり咽て水を吐き出して、新鮮な酸素をいっぱいに吸い込んだ。
「おねーさん、だいじょうぶッ!?」
 繋いだ『手』の先にいるちょこが尋ねてくる。 
「ええ、わたしは、大丈夫、だけど……」
 何度も何度も深呼吸を繰り返し、絶え絶えになりながら、あたりを見回す。
「マリア、ベルは……?」
 せり上がってきた岩の足場からは、ごうごうと音を立てる水流と氷の群れだけが見える。
 それほど深くはないが流れが速い。
 南から北へと流れる氷河を目の当たりにして、冷えた体に、更なる寒気が走った。
 あの着ぐるみは、間違いなく水を大量に吸収する。
 だとすれば、マリアベルは、まだ――。

「大丈夫なの! だって、この足場はぬいぐるみさんが魔法で作ってくれたのよ!」
 ハッとして、アナスタシアは足元に目を向ける。
 激流の中にあっても、氷がぶつかっても、その足場は崩れることなく確かにそこにある。
 マリアベルが構成したというこの足場が保たれている以上、彼女はまだ生きているということだ。
 けれど、それが完全な安心材料になるわけではない。
 何処かに親友の姿がないか、必死で目を走らせる。
 その目が、動く者を捉えた。
 
 流れゆく氷の塊の上を跳び移ってこちらへやってくるそれは、
 
 魔剣を携え、
 人外の姿をした、
 騎士、姿だった。

19なまえをよんで ◆6XQgLQ9rNg:2011/08/07(日) 23:26:29 ID:FOlMTglg0
 ◆◆
 
 C7に転移した直後、首輪の反応が分かれたことをチャンスに思い、カエルたちは強襲先を数が少ない方へと設定した。
 C7寄りのC8へ移動した反応を、川の水と魔王の高い魔力を利用して範囲を大幅に拡大した氷河で一掃する腹積もりだったのだが。
 
 ――そう甘くはないか。当然だな。
 
 氷の上をカエルは駆け抜ける。
 目指すは即席の足場、そこに在る二人の女を斬り捨てるべく跳ぶ。
 人の身ならば足場はまだ遠い。
 それでも、この異形の身ならば、一足で辿り着く。
 脚に力を込め、氷が沈み込むほどの勢いで、氷を蹴り飛ばす。
 宙に舞い上がったその身に、風が絡みついた。
 違う、ただの風ではない。
 風鳴りを上げて逆巻くそれは、魔法によって生み出された竜巻だ。
「飛んでけぇッ!」
 真空が身を刻みカエルの軌道をねじ曲げる。
 このまま吹き飛ばされれば、確実に激流のなかへ落ちる。 

 だが、カエルは冷静だった。
 落下軌道に入るその瞬間、首をのけ反らせて口を開く。
 そして、思い切り舌を伸ばした。
 弾丸のように伸びる舌は敵のいる足場の端を離さないようホールドする。
 そのまま舌に力を込めて、全力で身を引き戻して着地し、間髪入れず地面を蹴る。
 確実に命を斬り裂く直進の斬撃。
 しかしそれは、誰の命にも届かない。
「な――ッ!?」
 魔剣の一撃は、一人の幼子の手によって留められていた。
 文字通り、手によって、だ。
「やらせないのッ!」
 驚愕は即座に捨て去る。
 魔剣を受け流した幼子が常人離れした速度で間合いを詰め、蹴りを繰り出してきた。
 速く鋭い蹴りをいなし、カエルは幼子の背後に回り込む。
 幼子の反応は速い。
 軸足を中心に回転し、カエルへと向き直ると更に攻撃を加えてくる。
 けれど、その攻撃は跳んだカエルには届かない。
 スピードとシャープさはある。
 しかし攻撃の単調さとリーチの短さを考慮すれば、十分に見切ることは可能だった。
 空中で、即座に魔法を放つ。
 幼子と女の周りに、無数の泡が生まれ弾ける。
 威力よりも速度を重視した牽制の魔法が終わるころ、カエルは地に降り立つ。 
 岩の足場でも氷の上でもない、濡れそぼった地面の上、佇む魔王の側に、だ。
 氷河は既に消え失せている。 
 代わりと言うように、未だ残る岩場の上に、暗黒の力場が発生した。
 不自然な岩場もろとも吹き飛ばすべく、暗黒物質は瞬時に広がって。

20なまえをよんで ◆6XQgLQ9rNg:2011/08/07(日) 23:28:18 ID:FOlMTglg0
 爆発する。
 カエルがばら撒いた泡とは段違いの炸裂が破壊を生む。
 氷河によって削られていた岩場が粉塵を撒き散らしてくず折れる。
 それでも、カエルはキルスレスを収めない。 
 見逃してはいなかった。
 
 黒の爆発の直前、岩場の上に飛び込む者がいたのを、だ。
 
「そうじゃ、やらせぬ……ッ!」
 氷河に巻き込まれてもまだ生きている、その生命力はさすがと言ったところか。
「……忌々しいな」
 カエルは粉塵の奥に目を向ける。
 そこにある影は、三つ。
 鎌を握り締めた女と。
 先ほど斬撃を受け止めた幼子と。
 ズタズタになっている、見覚えのある着ぐるみだった。
 その着ぐるみ――マリアベルは、がくりと膝をつき、そして。

 ぼたり、ぼたりと。
 だらりと垂れ下げた右腕から、血だまりが出来るほどの鮮血を滴らせていた。
 
 ◆◆
 
 生きていてくれた。
 そして、無事でいてくれた。
 ほんの数秒前までは、本当に無事でいてくれたのに。
「マリアベルッ!」
 悲痛な叫び声が迸る。
「これくらい、ノーブルレッドにとってはかすり傷よ……ッ」
 対し、マリアベルの声はかすれていて、強がれるようなものではなかった。
「何言ってるの! そんなわけないじゃないッ!」
 倒れ込んだマリアベルの身を支え、アナスタシアは賢者の石をかざす。
 その淡く優しい光に照らされても、マリアベルの出血は止まらず傷は塞がらない。
「マリアベル! マリアベルッ!!」
「ぬいぐるみさんッ!」
 アナスタシアが呼んでも、ちょこが呼んでも、マリアベルは答えてくれなかった。
 着ぐるみは所々が破け、全身に数え切れない凍傷と火傷が刻まれていて、白い肌の面影は見られない。 
 そして何よりも痛ましいのは。
 
 右腕の肘から下が、完全に吹き飛んでいたことだった。
 
 その瞬間を、アナスタシアはその目で見た。
 黒い爆発が起こる瞬間に飛び込んできたマリアベルは、カエルの牽制によって回避が遅れたアナスタシアたちを突き飛ばした。
 そのため、マリアベルは爆発の中心にいて、直撃を被ったのだ。
 いくらノーブルレッドとはいえ、千切れた四肢は再生しないし、失われた血液はすぐには回復しない。
 このままでは、マリアベルの生命力が、冷えた体から確実に零れ落ちていく。
 だからこそ、敵は欠片の容赦も見せはしないのだ。

 カエルが深く身を沈め突撃を仕掛けてくる。
 魔王の魔法が殺意を突き付けてくる。
 マリアベルは動けない。
 ちょこ一人で全てを止められるほど、相手は弱くない。
 ただ、せめてマリアベルに、凶刃が及ばないように。
 アナスタシアは、傷だらけのマリアベルを、そっと抱きしめた。
 近づいてくる。
 死の気配が近づいてくる。
 アナスタシアの胸で燻るのは、恐怖ではなく悔しさだった。
 何もできない弱さに対する、歯がゆさだった。 
 唇を噛んで敵を睨みつける。
 それでも、敵は迫ってきて、そして。
 目を逸らさなかったアナスタシアの視界の中で。

21なまえをよんで ◆6XQgLQ9rNg:2011/08/07(日) 23:29:24 ID:FOlMTglg0
 カエルの剣が止まり、魔王の術が相殺される。
 同時に。
 マリアベルに降り注ぐ輝きの数が、増していく。

 現れた彼らの存在に、アナスタシアは、初めて頼もしさを覚えられた。
 
 ◆◆
 
 紅の魔剣が翻り漆黒の魔力が狂い咲く。
 たった二つの殺意は、その強烈な意志力によって嵐を巻き起こす。
 突貫する魔剣の騎士に立ちはだかるは、線の細い黒髪の剣士だ。

「紅の暴君、返してもらうッ!」
 魔剣と天空の剣が交錯する。
「手に入れたくば力づくで奪い取ってみろッ!」
 衝突した刃の衝撃を、受け流し、カエルはイスラを跳び越える。
 降り立つ先にいるのは、因縁浅からぬ魔法使いだ。 

「カエルッ! 何故お前たちがここにいるッ!?」
「約定を果たせなかったことは詫びよう。だが、これも目的を果たすためだッ!」
 放たれる魔法に迷いはない。
 そのことに感心を覚えるが、今のカエルの狙いはストレイボウではない。
 故に、魔力の中へ正面から突っ込んだ。多少の傷は無視して強引に突破する。

「やらせないって、言ったのッ!」
 幼子が両手を突き出して立ちふさがる。
 カエルへと向かってくる炎の鳥に向けて、魔力を詰め込んだ水を叩きつける。
「後で相手をしてやるッ! 今はそこで、待っていろッ!」
 水蒸気の霧振り払い疾走する。
 すると見える。

 三人がかりで回復を受けるマリアベルの姿が、見える。
 氷河に巻き込まれダークボムの直撃を受け、片腕を失ったのだ。
 普通の人間ならそのまま死に至ってもおかしくはない。
 だが、あの女は普通ではない。
 確実に息の根を止めない限り、また立ち上がってくるかもしれないのだ。
 故に、カエルは駆け抜ける。
 敵の数を減らすチャンスを逃さないために。

 けれど。
 敵は決して、甘くない。
「カエルゥッ!」
「とまれえぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」
 大地を噴き上げ林立する火柱がカエルの往く手を阻む。
 背後から土塊が追い縋ってくる。
 強引なサイドステップで土を避け火柱をすり抜けた先で、切っ先が閃いた。
 身をのけ反らせるが避け切れず、横薙ぎがカエルの身を浅く裂く。
 この程度の傷は許容範囲だ。魔剣の力が治してくれる。
 それは相手も分かっているらしく、攻撃の手は緩められない。
 今はこの三人に時間を掛けている場合ではない。
 波状攻撃をいなし、反撃し、それでもカエルの瞳は、マリアベルを捉えていた。

22なまえをよんで ◆6XQgLQ9rNg:2011/08/07(日) 23:29:58 ID:FOlMTglg0
 ◆◆
 
 大上段から叩き下ろされた斧の破壊力は、まさに雷のようだった。
 直撃すれば全身を両断されそうなほどの一撃を、魔王は余裕を持って回避する。
 続く魔法の衝撃波をマジックバリアで受け止めると、両刃の剣が突き込まれる。
 周囲を旋回するランドルフでそれを弾き飛ばしてから、魔王は魔力を解放する。

「――サンダガ」

 魔王の身から放射状に、雷光の帯が広がった。
 斧を構える巨漢が、剣を持ち直す奇妙な風貌の何者かが、緑髪の少女が、一斉に身を守るべく腕を翳す。
 魔王は構わず、雷撃で彼らを薙ぎ払う。
 手加減しているつもりはない。
 だが、彼らは倒れずに魔王へと再度向かってくる。
 魔王は再び詠唱を開始する。 
 天性の魔力を、復讐を果たすため磨き上げてきた。
 研磨された力によって繰り出される魔法の数々は、広範囲に渡って威力を発揮する。
 その力はガルディア歴600年において、訓練された騎士団を殲滅し人々を恐怖に陥れた。
 だからこそ、魔王は知っている。
 数だけの有象無象よりも、鍛え上げられた精鋭の方が遥かに脅威である、と。
 知っているが故に魔王は、最適な手を構築するために状況を分析する。

 足元で、緑の風が逆巻いた。
 少女の放った魔法が、魔王を引き裂こうと唸りを上げる。
 魔王は動じない。
 纏ったマジックバリアが風の刃を刃こぼれさせ、縄を引き千切る。
 魔法使いの少女。
 荒削りで素養はあるが、脅威にはならない。
 魔の王を魔の法で裁くには、彼女の力はまだ弱い。
 次なる魔法の発動を阻止すべく、巨漢が苛烈に攻めてくる。
 大地すら叩き割りそうな一撃が、魔王の眼前を通過する。
 その風圧だけで、威力がありありと想像できた。
 強烈な一撃で相手を粉砕する、典型的なパワーファイターだ。
 見切りやすいとはいえ、その重い攻撃は十分に警戒すべきであろう。
 そして、もう一人。
 高い跳躍力で制空権を得て、魔王の頭上から斬撃を繰り出してくる者がいる。
 重力の乗った斬撃をバックステップで回避する。
 着地した相手は靴裏が地面に着くや否や、即座に土を蹴り飛ばして来る。
 ランドルフで受け止め、魔王はすぐに気付く。
 この戦い方は、よく似ている。
 いや、似ているという次元ではない。同じと呼んでも差し支えがない。
 足運びは、剣捌きは、構え方は。
 跳躍力を活かした身軽な戦法は、まさに。
 
 ――グレンそのものかッ!
 
 だとするなら、その戦い方は熟知している。
 敵として、味方として戦い続けてきたその男のやり方はよく理解している。
 同時に。
 それが脅威であることも、思い知らされている。
 元より油断などしていない。
 それでも、魔王は改めて意識を集中する。
 負けられないのだ。
 いずれ戦わなければならない宿敵に酷似した相手がいるのなら、尚のこと負けられない。 

 首から下げた姉のお守りを揺らして。
 魔王は魔力をカタチにする。
 魔法は願いを叶えるチカラ。
 だというなら。 

 ――だというなら、私の魔法で、私の願いを叶えてみせようッ!

23なまえをよんで ◆6XQgLQ9rNg:2011/08/07(日) 23:30:59 ID:FOlMTglg0
 ◆◆
 
 剣戟が断続的に続き、魔力が爆ぜる音が止まらず、雄叫びが響いている。
 激しさを増す戦音の中で、アナスタシアは賢者の石をかざしたまま、マリアベルの左手を握り締めていた。
 その左手は、ゾッとするほど冷たかった。
 同じように氷河に呑まれたアナスタシアの手もまた、冷えている。
 にもかかわらず、マリアベルの手を冷たいと思ってしまうのは、マリアベルの体温が限りなく低下している証左だった。
 アナスタシアの手は、握り返されない。
 そのことが不安で不安で、水を大量に飲み込んだ時よりもずっと、胸が苦しかった。
 馬鹿みたいに青い空が憎らしい。
 太陽さえ出ていなければ、ずぶぬれの着ぐるみを脱がせて、その身を温めてやれるのに。
 マリアベルの意識は戻らない。
 アキラとジョウイも回復してくれているのに、マリアベルは動いてくれない。

 もう、死んでいるのではないか。
 そんな想像がよぎり、血の気が引く。
 歯の根が合わず口が渇く。体は冷えているのに汗が噴き出し声が出せなくなる。
 せっかく会えたのに、また会えなくなるの?
 こんな形で、悲しみしか残らない別れを押しつけられるの?
 視界が滲む。涙が溢れる。
 世界が急激に色褪せていく。絶望が胸を埋め尽くす。
 抱えきれない分の絶望が、瞳から零れて頬を伝う。
 そのとき。

 くい、と。

 アナスタシアの手の中、動くものがあった。
「マリア……ベル……?」

 くい、くい。

「マリアベル! マリアベルッ!」

 くい、くい、くい。

 生きている。
 まだ生きている。
 絶望が安堵へと反転し、涙の質が変わる。
 助かる。
 マリアベルはきっと、助かる。
 そう信じた、その直後に。
 
「――おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!」

 絶叫めいた気迫が、世界を震撼させる。

 カエルだった。
 イスラを突き飛ばし、
 ストレイボウを押し流し、
 ちょこを振り切って、
 真っ直ぐ、只管に真っ直ぐ、向かってくる。
 疾い。
 どんなにイスラが追っても、ストレイボウが足止めをしても、ちょこが縋っても。
 その全てを振り切って来る。
 アキラも、ジョウイも。
 持てる能力に意識を傾けているせいで、即座に反応ができずにいる。
 今。
 剥き出しの殺意を阻むものは、何もない。
 手が震える。膝が笑う。 
 助かると信じた直後に叩きつけられた現実に、アナスタシアは圧倒される。
 絶望の足音が聞こえる。
 アナスタシアを踏み躙ろうとする足音が、聞こえる。

24なまえをよんで ◆6XQgLQ9rNg:2011/08/07(日) 23:32:27 ID:FOlMTglg0
 もう、御免だった。

 潰されるのが、躙られるのが、押しつけられるのが、踏みつけられるのが。
 震えるのが怯えるのが泣くのが悔やむのが屈するのが諦めるのが。
 そして何より。
 たいせつなひとすら守れない自分でいることが。
 
 ――もう、御免だった。
 
 アナスタシアは立ち上がる。
 マリアベルの手を離し、賢者の石をジョウイに押し付け、絶望の鎌を携えて。
 
 武器が使えないから戦えない?
 戦い方を知らないから何もできやしない?
 そうじゃない。
 そうじゃないはずだ。
 
 肌に風を感じて、両腕に力を込めて、大地を蹴る。
 
 思い出せ。
 思い出せアナスタシア・ルン・ヴァレリア。
 
 あのとき。
 ファルガイアを焔の災厄が蹂躙した、あのとき。
 数え切れない諦めと、嘆きと、絶望が世界を呑みこんだ、あのとき。
 
 武器も使えない、戦い方も知らない、たった一人の女の子は。
 一体、何を望んでいた? 
 
 カエルとの距離が近づく。濃厚な殺意が迫って来る。
 よく見ろ。
 あれは。
 アナスタシア自身と。
 他ならぬマリアベルを、殺そうとしているんだ。
 
 体は、自然に動いた。
  
 鎌を振り上げる。
 威嚇ではなく、虚勢でもなく、蛮勇でもなく。
 ただ、自分の『欲望』に忠実に。
 
「マリアベルに……」

 ――わたしの、親友に。

25なまえをよんで ◆6XQgLQ9rNg:2011/08/07(日) 23:33:16 ID:FOlMTglg0
「手を、出すなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!!」

 円弧状の刃が一閃する。

 その切っ先は、
 紅の魔剣と接触し、
 甲高い衝突音を立て、
 頭上へと撥ね上がり、
 くるくると回転し、

 アナスタシアの手を、離れた。
 
 ただ、呆然と見ているしかできなかった。

 止めることが、できなかった。
 
 カエルは舞い上がる。
 アナスタシアを一瞥もせず、左手で絶望の鎌を掴み取る。
 その左手をくるりと回し、投げつける。
 大気を裂くその刃は、迎撃に回ろうとしたアキラとジョウイの動作を鈍らせる。
 そして。
 紅の刃は、無慈悲にも。
 
 ノーブルレッドの、血を吸った。
 
 ◆◆

 着ぐるみが鮮血を吸い、赤黒く染まっていく。
 胸に深々と穴が空き、絶え間なく血液が吹き出している。
 かろうじて無事だった怪我の周囲の皮膚を、容赦なく降り注ぐ陽光が灼いていく。
「しっかりしろ! しっかりしろよマリアベル……ッ!」
 アキラが必死で陰を作り、ヒールタッチをマリアベルに掛けていた。
 それでも傷は塞がらず血は止まらない。
「アキラ、きみも戦闘に入ってくれ! これだけの深手では、きみの能力では追いつかないッ!」
 ジョウイがアキラを促すが、彼は動かない。 
「ふざけんなッ! 俺は諦めねぇッ! このまま、見殺しにしてたまるかッ!!」
「冷静になれッ! きみの力は深手を癒すのには向いていないんだ! 分かっているだろうッ!」
 唇を噛んで睨みつけてくるアキラに、輝く盾の紋章を見せつける。
「きみは、戦いに行くんだ。これ以上の被害を、出さないために」
 すると、アキラは少し俯いて、頷いた。

「……分かった。任せる」
 呟いて駆け出すアキラの背を横目で見送り、左手を翳す。
 碧の輝きがマリアベルを包み込む。

 目を閉じ、溜息を一つ吐く。 
 もう、助からないだろう。
 実のところ、止めようと思えば。
 カエルの一撃を、ジョウイは止められた。
 なのに、迫る敵を目の当たりにしても、ジョウイはそうはしなかった。
 マリアベルは、邪魔だったのだ。
 首輪解除になくてはならない頭脳の持ち主である上に、不死の存在であるという。
 気付かれない程度に緩めた回復を行いながら、どのように排除すべきか考えていたところにこの一撃だ。
 活かさない手はなかった。
「マリアベルッ! マリアベルッ!!」
 悲鳴のような声で名を呼びながらアナスタシアが駆け寄ってくる。 
 マリアベルの親友。
 それを思うと、心の奥が痛んで。

 左手の紋章が、疼いた気がした。 
 それをごまかすようにジョウイは、無意味な回復を行い続ける。
 償いのつもりすらない。
 ただ、アナスタシアを欺くために、紋章を輝かせる。

26なまえをよんで ◆6XQgLQ9rNg:2011/08/07(日) 23:34:34 ID:FOlMTglg0
 ◆◆
 
 守ろうとした。
 戦おうとした。
 なのに力は足りなくて、強さは届かなくて。
 立ち向かわない方がよかったのかもしれないとさえ、思う。
 役に立たなかっただけならまだいい。壁になれたのならまだいい。
 下手に突っ込んだせいで、武器を奪われ、マリアベルを殺すために利用されたのだ。
 やらなければよかった。
 悔やみたくないと望んで立ち上がったのに、そのことを悔やんでしまうなんて。
「マリ、アベル、マリア……ベルぅ……っ」
 何も考えられない。
 涙と鼻水が息を引っ掻きまわす。
 苦しい。苦しいよ。
 イヤだよ。
「マリ……ア……っ」
 瞳に、温もりが触れた。
 熱い涙が拭われ、少しだけ視界が綺麗になる。
 
 着ぐるみに包まれた指が、アナスタシアの頬に触れていた。
「マリアベルッ!!」
 名前を呼ぶ。
「マリアベルッ、マリアベルッ!!」
 何度でも何度でも、親友の名前を呼ぶ。
 ゆっくりとそっと、マリアベルの手がうなじへと伸びる。
 そして、引き寄せられる。
 マリアベルの口元へと、アナスタシアは抱き寄せられる。
『アナスタシア、アナスタシア……』
 声が聴こえた。
 耳にではなく、頭の中に、直接声が聴こえる。
 首輪に仕込まれた感応石が、アナスタシアとマリアベルを繋いでいた。 
『聴こえるか、などと尋ねる必要もないの』
『マリアベルッ!』

『すまんの。もう、こうやってしか、話をすることができぬ。
 約束も、守れそうにない。
 本当に、すまぬ』

 もう。
 こうやってしか。
 約束も守れない。

 それらの意味を理解した瞬間、感情が爆発する。

『イヤ、イヤよそんなのッ! お願い、目を覚ましてッ!!』
『……すまんの』
 短い謝罪が、胸を強く締め付けた。
『のう、アナスタシア。わらわは、嬉しかったぞ』
 アナスタシアは言葉を紡げない。
 言わなければいけないことが、言いたくてたまらないことが、たくさんあるはずなのに。
『わらわを守ってくれて、本当に嬉しかった』
『守れなかったッ! それどころかわたしのせいで、あなたが――』

『それは違う。お主が立ち上がってくれたから、わらわはこうしてお主と話せておるのじゃ』
『どういうこと……?』
『わらわはずっと気を失っていた。ストレイボウらが来てくれる前から、ずっと』
 言葉に、詰まる。
 あのとき、アナスタシアの手の中で、マリアベルの指は確かに動いたのに。

27なまえをよんで ◆6XQgLQ9rNg:2011/08/07(日) 23:35:54 ID:FOlMTglg0
『わらわが目を覚ましたのは、お主が雄々しく叫んでくれたからじゃ。
 マリアベルに手を出すな、とな。
 その声がなければ、わらわは意識が戻らぬまま、緩慢に朽ち果てておったに違いない。
 本当に、本当に、ありがとう』
『違う。わたしは、わたしが――』
『違わぬ。わらわがお主に嘘をつくわけがなかろう。
 何一つ悔やむことはない。むしろ、誇るべきじゃ』
『マリアベル……』
『のう、アナスタシア。一つ、お願いを聞いてくれぬか?』
『一つなんて言わないで! なんでも、いくつでも聞くからッ!』
『何、一つで構わぬ。構わぬよ』
 アナスタシアは心を澄ませる。
 マリアベルの願いを、望みを、気持ちを、想いを、何一つ取りこぼさないように。

『お主らしく、生きてくれ』

 シンプルに、短く。
 切なる願いが、伝わってきた。

『わたし、らしく……?』
『うむ、お主らしく、じゃ。
 高貴なるノーブルレッドであるわらわが認め、尊敬し――ええい、まどろっこしいのは止めじゃ』

 腕を組み、胸を反らし、得意げなマリアベルの姿を思い出す。
 懐かしくて、切なくて。
 哀しいのに、くすりと、笑ってしまう。

『――わらわの大好きな、アナスタシア・ルン・ヴァレリアらしく、生きてくれ』

 言葉が遠くなる。
 幼くて、強くて、優しくて、大好きな声が遠くなる。
 近づく別れの時を否応なく意識させられてしまう。
 悲しみが押し寄せる。寂しさが広がっていく。
 けれど。
 けれど、そんな別れの仕方はしたくない。
 涙に塗れ何も言えないまま別れてしまえば、絶対に後悔する。
 どうしても、別離が避けられないのなら。
 安心したまま、さよならがしたかった。
 きちんと、答えを言いたかった。
 だから、涙と悲しみと寂しさをまとめて嚥下して、アナスタシアは言い切った。
 
『分かったわ。約束する。ぜったいにぜったい、あなたの誇れるわたしでいてみせるッ!』

 マリアベルが、嬉しそうに笑った気がした。

『アナスタシア、アナスタシアよ。お主の欲張りっぷりが、移ってしまったようじゃ。
 もう一つ、お願いを聞いて欲しくなった。
 ――名前を、呼んでくれぬか?』

 その願いは、余りにもささやかで。
 もっと色んなことをしてあげたいのに、今この時は結局、ささやかな願いに応じるしかできなくて。 

 呑み下した感情が、一気に、決壊した。

28なまえをよんで ◆6XQgLQ9rNg:2011/08/07(日) 23:36:40 ID:FOlMTglg0
『……マリアベル!』

 止め処ない感情が迸る。
 堰を切った想いに突き動かされ、叫ぶように名前を呼ぶ。
 
『マリアベルッ! マリアベルッ!!』

 何度も何度も。
 親友の名前を、その存在を確かめるように。
 
 なまえを、よぶ。
 
『マリアベル――ッ!!』 

『ああ、幸せじゃ。本当に幸せじゃ、アナスタシア』

『マリアベルッ! マリアベルッ! マリアベル……ッ!! マリア、ベル……ッ』

 そして。 
 アナスタシアのうなじに回された手が、地に落ちた。

29Resistace Line ◆6XQgLQ9rNg:2011/08/07(日) 23:38:15 ID:FOlMTglg0
 ◆◆ 

「もう……いいわ。ありがとう」
「……すみません」
 ジョウイの謝罪に、アナスタシアは黙って首を横に振る。
「ぼくも、戦いに行きます。あなたはここで――」
 言いかけたジョウイを手で制し、見上げた。
 まだ涙の残る瞳で、真っ直ぐに、見上げた。

「――先に、行ってて」

 ジョウイが目を見開く。
 そのままアナスタシアを見つめてから、彼はこくりと頷いた。
 打ち捨てられたままの絶望の鎌を拾い上げ、ジョウイが駆けていく。
 アナスタシアは一度だけ、マリアベルを強く抱きしめた。
 その身はもう、決して動かない。 

「わたしらしく、だよね」
 目元を擦り鼻を啜る。 
 マリアベルのデイバックを拾い、背に担う。
 振り仰ぐ。
 戦いは熾烈さを増していた。
 剣と魔法が乱れ舞い、命の奪い合いが繰り広げられている。
 マリアベルが守ろうとした人が、マリアベルを守ろうとした人が、マリアベルを殺した人が、戦っている。
 夜雨の乱戦を思い出す。
 あのとき、たった一人戦っていなかったのは誰だったか。
 命惜しさに守られていたのは、誰だったか。
 
 ――あんなのは、わたしらしく、ない。

 “英雄”?
 “生贄”?
 “剣の聖女”?
 そのどれもが、他人が規定した呼称だ。
 だから、何とでも言わせておけばいい。
 “勇者”は自分自身で答えを見つけた。
 “救われぬ”者を“救う”者。
 アナスタシアはそうはなれない。
 きっと、そうなれる者なんてほんの少ししかいないのだ。
 だからこそ。
 自らの手でもぎ取ったその答えは、紛れもない“彼らしさ”であるのだろう。
 ならば。
 アナスタシアらしさとは何なのか。
 マリアベルの大好きなアナスタシア・ルン・ヴァレリアとは何なのか。
 その答えは自分の中にしかない。
 心の底から沸き上がるものこそ、他ならない、自分らしさ。
 だから。

 ――そんなの、分かり切ってる。
 
 既に取り戻しているのだ。
 たいせつな親友を守るべく立ち上がった、あのときに。
 もう、それを否定しない。
 否定したくなんか、ない。

30Resistace Line ◆6XQgLQ9rNg:2011/08/07(日) 23:38:49 ID:FOlMTglg0
 アナスタシアは一歩を踏み出す。
 もう、親友はいなくても。
 マリアベルの親友であるアナスタシアとして、生きたいから。
 
 アナスタシアは一歩を踏み出す。
 マリアベルの仲間を――ひいては、アナスタシアの仲間を、この手で守りたいから。

 彼らはまだ、アナスタシアを仲間と認めてはくれないかもしれない。
 それでも、認めてもらう。
 さすがはマリアベルの親友だと、そう言ってもらえるようになってやる。
 そのためにも、アナスタシアは一歩を踏み出す。
 失くすことを恐れずに、踏み出してゆく。
 
 そんな彼女を後押しするように。
 追い風が、吹き抜ける。
 その風に乗って。
 
 ――懐かしくて頼もしい遠吠えが、聴こえてきた。
 
 ◆◆
 
 眠りと覚醒の狭間をたゆたうまどろみに、全身を浸しているようだった。
 意識はぼんやりとしていて、不完全で、肉体があるのかすら分からない。 
 そんな不確かな暗闇の世界に、マリアベル・アーミティッジという存在が溶解する前に。
 知っている気配が、降り立った。
 溶けそうな意識から声なき声を絞り出し、意志疎通を図る。
 
 ――お主が来てくれるなどと、想像もしておらんかったわ。
 
 ――オレもまた、アシュレーと共に朽ちゆく定めだったがな。あの強烈な『欲望』が、オレを揺さぶり起こした。
 
 ――なるほど。さすが、と言ったところかの。しかし、もう一つ貴種守護獣の気配を感じたのじゃが……?
 
 ――奴は眠っている。このまま朽ち果てるかどうかは、人間次第だ。
 
 ――そうか。何にせよ、お主がいてくれれば安心じゃ。
 
 ――思い残すことは、ないか?
 
 ――そんなもの、星の数ほどあるに決まっておろう。じゃが、そうじゃな。一つ、わらわの心残りを持って行ってはくれんか。
 
 ――なんだ?
 
 ――わらわの知識を届けてもらいたい。伝えるべきことは伝えたが、奴らだけで首輪をなんとかできるかは不安じゃからの。
 
 ――残念だがそれは不可能だ。お前の知識は膨大かつ複雑だ。オレを解した時点でそれは希釈され、カタチを保てなくなる。だが。
 
 ――じゃが?
 
 ――お前が強く望むなら。心より、強く強く望むなら。それを、世界に書き込むことはできる。
 
 ――わらわの『欲望』次第と、そういうことか。
 
 ――そうだ。あの世界を支え構成しているのは強い感情。故に、それを超える想いがあれば、変異させることは不可能ではない。
 
 ――承知した。ならば望もう。この意識が消え果てるまで、強く強く望み続けよう。じゃから。
 
 そうと決まれば、他のことにかかずらってはいられない。
 こうして意思疎通を図るエネルギーも、全て『欲望』に注ぎ込まなければならない。
 間もなく潰える意識を、最期の時まで燃やしつくす。
 あらゆる感情を奥底に閉じ込めて、残響する親友の声だけを、胸に刻み込みながら。
 自分自身の全てを賭けて、たいせつなもののために、ただ望む。
 そうして薄れてゆく意識の中、誰にともなく、告げた。

 ――頼んだぞ。
 
【マリアベル・アーミティッジ@WILD ARMS 2nd IGNITION 死亡】
【残り14人】

31Resistace Line ◆6XQgLQ9rNg:2011/08/07(日) 23:40:35 ID:FOlMTglg0
 ◆◆
 
 指先を、空に翳す。 
 わたしはここにいると、そう宣言するように。 
 遠吠えが近づいて来る。
 力のある遠吠えに、わたしは安らぎすら覚えられる。 
 そう、その存在こそ、まさに。
 
“わたしらしさ”そのものなのだ。

 どくん、どくんと。
 胸の中、鼓動が高鳴る。
 脈打つ血潮を感じる。
 わたしはこの感覚を忘れない。
 生きている実感を刻み込む。
 ぜったいに、離さないために。
 ぜったいに、守りきるために。
 ぜったいに、生き抜くために。
 それがわたしの戦う意味。わたしがわたしである理由。
 
 それを実感できるから。

 今、わたしは“生きているッ!”
 
 聴こえる。
 遠吠えが、聴こえる。
 力強い遠吠えが、わたしに力をくれる。

「また、力を貸してくれるのね」

 ――ああ。今一度、お前と共に駆け抜けよう。今のお前にこそ、オレを飼い慣らす資格がある。
 
「わたしはわたしの『欲望』に忠実に我儘に、あなたを使役し利用し使い潰すわ」

 ――望むところだ。されど、お前の『欲望』が潰えしときは。

「そんな心配はいらない。わたしは――何処までも抗うだけ。全てを賭して抗い尽くしてみせるわ」

 ――十分だ。期待しているぞ、我が主。
 
「ええ。生きましょう――」

 息を吸う。
 深く強く、生命の源を取り入れる。
 それを起爆剤にして。
 生命の躍動を力に変えて。
 果てない『欲望』に、火を灯す。

「――ルシエドッ!!」

 欲望を司る貴種守護獣が咆哮する。
 世界が震えるような錯覚に昂揚を覚えながら。
 
 アナスタシアはその足で、荒野の戦場へと駆けだした。

32Resistace Line ◆6XQgLQ9rNg:2011/08/07(日) 23:42:27 ID:FOlMTglg0
【C-7とD-7の境界 二日目 早朝】

【ジョウイ・ブライト@幻想水滸伝Ⅱ】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(大)、全身に打撲
[装備]:キラーピアス@DQ4、絶望の鎌@クロノ・トリガー
[道具]:賢者の石@DQ4、確認済み支給品×0〜1、基本支給品
[思考]
基本:垣間見たオディオの力を得て理想の国を作るため、他者を利用し同士討ちをさせ優勝を狙う。(突出した強者の打倒優先)
1:魔王を潰すべく戦闘に参加。
2:生き残るために利用できそうな者を見定めつつ立ち回る。可能ならば今のうちにピサロを潰しておきたい。
3:利用できそうな者がいれば共に行動。どんな相手からでも情報は得たい。
4:とりあえず首輪解除の鍵となる人物は倒れたが、首輪解除を確実に阻止したい。
[参戦時期]:獣の紋章戦後、始まりの場所で2主人公を待っているとき
[備考]:ルッカ、リルカと参加している同作品メンバーの情報を得ました。WA2側のことは詳しく聞きました。
    セッツァー達に尋問されたことを話しました。    
※紋章無しの魔法等自分の常識外のことに警戒しています。
※ピサロ、魔王を特に警戒。
※制限の為か、二人が直接戦わなかったからか、輝く盾の紋章と黒き刃の紋章は始まりの紋章に戻っていません。
 それぞれの力としては使用可能。また、紋章に命を削られることはなくなりました。
 紋章部位 頭:バランス 右:刃 左:盾

【イスラ・レヴィノス@サモンナイト3】
[状態]:ダメージ(小)、疲労(極)、マリアベルの死に動揺。
[装備]:天空の剣(開放)@DQ4、魔界の剣@DQ4、ミラクルシューズ@FF6
[道具]:確認済み支給品×0〜1、基本支給品×2、ドーリーショット@アークザラッドⅡ
[思考]
基本:誰かの為に“生きられる”ようになりたい。自分と大きく異なる存在であるヘクトルと行動し、自分の感情の正体を探る。  
1:カエルを倒し紅の暴君を取り戻し、魔王を倒す。
2:ジョウイへの強い疑念
3:次にセッツァーに出会ったときは警戒。
4:首輪解除の力になる
[参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている)
[備考]:高原、クロノ、マッシュ、ユーリル、ヘクトル、ブラッドの仲間と要注意人物を把握済み。

【ストレイボウ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ(小)、疲労(極)、心労(中)、自己嫌悪?、罪悪感? マリアベルの死に動揺。
[装備]:
[道具]:勇者バッジ@クロノトリガー、記憶石@アークザラッドⅡ、基本支給品一式×2
[思考]
基本:魔王オディオを倒し、友としてカエルとオルステッドを救う。  
1:何故ここにカエルがいるのか分からないが、今度こそカエルを止める。
2:あいもかわらず勇者バッジとブライオンは“重い”が……。
参戦時期:最終編
※アキラの名前と顔を知っています。 アキラ以外の最終編参加キャラも顔は知っています(名前は知りません)
※記憶石にルッカの知識と技術が刻まれました。目を閉じて願えば願った人に知識と技術が転写されます
※記憶石の説明書の裏側にはまだ何か書かれているかもしれません
※偵察に出たジョウイについては、とりあえず信じようとしています。

【アキラ@LIVE A LIVE】
[状態]:精神力消費(極)、疲労(極)、ダメージ(小)、マリアベルの死に激昂。
[装備]:パワーマフラー@クロノ・トリガー、激怒の腕輪@クロノ・トリガー、デーモンスピア@DQ4
[道具]:清酒・龍殺しの空き瓶@サモンナイト3、ドッペル君@クロノ・トリガー、基本支給品×3
[思考]
基本:オディオを倒して元の世界に帰る。
1:カエルを倒しマリアベルの仇を取り、魔王を倒す。
2:レイ・クウゴ、アイシャ・ベルナデット(カノン)、ミネアの仇を取る。
3:首輪解除の力になる。
[参戦時期]:最終編(心のダンジョン攻略済み、ストレイボウの顔を知っている。魔王山に挑む前、オディオとの面識無し)
[備考]:超能力の制限に気付きました。テレポートの使用も最後の手段として考えています。
※カノンの名をアイシャ・ベルナデット、リンの名をリンディスだと思っています。
※松のメッセージ未受信です。

33Resistace Line ◆6XQgLQ9rNg:2011/08/07(日) 23:43:32 ID:FOlMTglg0
【ちょこ@アークザラッドⅡ】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(極)、ずぶ濡れ、ぬいぐるみさんの死に動揺。
[装備]:なし
[道具]:海水浴セット、基本支給品一式、ランダム支給品0〜1個(確認済み)、焼け焦げたリルカの首輪
[思考]
基本:みんなみんなおうちに帰れるのが一番なの
1:ぬいぐるみさん……。おねーさん、だいじょうぶかな?
2:カエルさん、ゆるせないの……ッ!
2:おとーさんになるおにーさんのこと、ゴゴおじさんから聞きたい
[備考]
※参戦時期は本編終了後
※殺し合いのルールを理解しました。トカから名簿、死者、禁止エリアを把握しました。
※アナスタシアに道具を入れ替えられました。生き残るのに適したもの以外です。
 ただ、あくまでも、『一般に役立つもの』を取られたわけでは無いので、一概にハズレばかり掴まされたとは限りません。
※アシュレーのデイパックを回収しました。

【ヘクトル@ファイアーエムブレム 烈火の剣】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(小)
[装備]:アルマーズ@FE烈火の剣 
[道具]:ビー玉@サモンナイト3、 基本支給品一式×4
[思考]
基本:オディオを絶対ぶっ倒して、オスティアに戻り弱さや脆さを抱えた人間も安心して過ごせる国にする
1:魔王、カエルを倒す。
2:ジャファルは絶対止めてニノと幸せにさせる
3:ゴゴとちょこから話を聞きたい。
4:つるっぱげを倒す。
5:アナスタシアとセッツァーを警戒。
[備考]:
※フロリーナとは恋仲です。
※セッツァーを黒と断定しました。
※マリアベルの死に気付いていません。

【ニノ@ファイアーエムブレム 烈火の剣】
[状態]:ダメージ(小)、疲労(極)
[装備]:クレストグラフ(ロザリーと合わせて5枚)@WA2、導きの指輪@FE烈火の剣
[道具]:フォルブレイズ@FE烈火、基本支給品一式
[思考]
基本:全員で生き残る。ジャファルと一緒にいたい
1:魔王、カエルを倒す。
2:フォルブレイズの理を読み進めたい。
[備考]:
※支援レベル フロリーナC、ジャファルA 、エルクC
※終章後より参戦
※メラを習得しています。
※クレストグラフの魔法はヴォルテック、クイック、ゼーバー、ハイヴォルテックは確定しています。他は不明ですが、ヒール、ハイヒールはありません。
 現在所持しているのはゼーバーとハイヴォルテックが確定しています。
※偵察に出たジョウイについてはとりあえず信頼しています。
※マリアベルの死に気付いていません。

【ゴゴ@ファイナルファンタジー6】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(小)、首輪解除、アガートラーム
[装備]:ブライオン@ LIVE A LIVE 、ジャンプシューズ@WA2
[道具]:基本支給品一式×2(ランタンはひとつ)
[思考]
基本:物真似師として“救われぬ”者を“救う”というものまねをなす
1:魔王、カエルを倒す。
2:セッツァーに会いたい。
[参戦時期]:本編クリア後
[備考]
※本編クリア後からしばらく、ファルコン号の副船長をしていました。
※基本的には、『その場にいない人物』の真似はしません。
※セッツァーが自分と同じ時間軸から参戦していると思っています。
※内的宇宙に突き刺さったアガートラームで物真似によるオディオの憎悪を抑えています
 尚、ゴゴ単体でアガートラームが抜けるかは不明です
※マリアベルの死に気付いていません。

34Resistace Line ◆6XQgLQ9rNg:2011/08/07(日) 23:44:17 ID:FOlMTglg0
【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(極)、胸部に重度刺傷(傷口は塞がっている)、中度失血、ずぶ濡れ
[装備]:44マグナム&弾薬(残段数不明)@LIVE A LIVE、アリシアのナイフ@LIVE A LIVE、ソウルセイバー@FFIV
[道具]:ゲートホルダー@クロノトリガー、いかりのリング@FFⅥ、ルッカのカバン@クロノトリガー、感応石×3@WA2
    基本支給品一式×2、にじ@クロノトリガー、昭和ヒヨコッコ砲@LIVE A LIVE、マタンゴ@LIVE A LIVE
[思考]
基本:“自分らしく”生き抜く。
1:カエル、魔王を倒す。
2:今までのことをみんなに話す。
[参戦時期]:ED後
[備考]:
※名簿を未確認なまま解読不能までに燃やしました。
※ルッカのカバンには工具以外にルッカの技用の道具がいくらか入っています
※アナスタシアの身にルシエドが宿りました。ルシエドがどのように顕現し力となるかは、後続の書き手氏にお任せします。

【魔王@クロノ・トリガー】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(中)
[装備]:魔鍵ランドルフ@WILD ARMS 2nd IGNITION 、サラのお守り@クロノ・トリガー
[道具]:不明支給品0〜1個、基本支給品一式
[思考]
基本:優勝して、姉に会う
1:出来る限り殺す
2:カエルと組んで全参加者の殺害。最後にカエルと決着をつける。
[参戦時期]:クリア後
[備考]
※ラヴォスに吸収された魔力をヘルガイザーやバリアチェンジが使える位には回復しています。
※ブラックホールがオディオに封じられていること、その理由の時のたまご理論を知りました。
※遺跡の最深部、危険なのはその更に地中であるということに気付きました。

【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:『覚悟の証』である刺傷。 ダメージ(小)疲労(小)自動回復中 『書き込まれた』若干の憎悪
[装備]:紅の暴君@サモンナイト3
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本:ガルディア王国の消滅を回避するため、優勝を狙う
1:出来る限り殺す
2:魔王と共に全参加者の殺害。特に仲間優先。最後に魔王と決着をつける
3:できればストレイボウには彼の友を救って欲しい
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)
[備考]
※イミテーションオディオの膨大な憎悪が感応石を経由して『送信』された影響で、キルスレスの能力が更に解放されました。
 剣の攻撃力と、真紅の鼓動、暴走召喚に加え、感応石との共界線の力で、自動MP回復と首輪探知能力が付与されました。
 感応石の効果範囲が広がり、感応石の周囲でなくとも限定覚醒状態を維持できます。(少なくともC7までの範囲拡大を確認)

[その他備考]
※ゲートの行き先の法則は不明です。 完全ランダムか、ループ型なのかも不明。
 原作の通り、四人以上の人間がゲートを通ろうとすると、歪みが発生します。
 時の最果ての変わりに、ロザリーの感じた何処かへ飛ばされるかもしれません。
 また、ゲートは何度か使いましたが、現状では問題はありません。

※『何処か』は心のダンジョンを想定しています。 現在までの死者の思念がその場所の存在しています。
(ルクレチアの民がどうなっているかは後続の書き手氏にお任せします)

※最強バンテージ@LAL、天使の羽@FF6はユーリルの死体とともに埋葬されました。

※首輪に使われている封印の魔剣@サモナイ3の中に 源罪の種子@サモサイ3 により集められた 闇黒の支配者@アーク2 の力の残滓が封じられています
 闇黒の支配者本体が封じられているわけではないので、精神干渉してきたり、実体化したりはしません
 基本、首輪の火力を上げるギミックと思っていただければ大丈夫です
 
※首輪を構成する魔剣の破片と感応石の間にネットワーク(=共界線)が形成されていることを確認しました。
 闇黒の支配者の残滓や原罪によって汚染されたか、そもそも最初から汚染しているかは不明。
 憎悪の精神などが感応石に集められ、感応石から遥か地下へ伸びる共界線に送信されているようです。

※世界のどこかに、マリアベルの知識が記録された可能性があります。
 記録されたかどうか、記録された場合、その場所、形など、後続の書き手氏にお任せします。

35 ◆6XQgLQ9rNg:2011/08/07(日) 23:44:49 ID:FOlMTglg0
以上、投下終了です。
何かありましたらご遠慮なくお願いします。

36SAVEDATA No.774:2011/08/08(月) 18:12:46 ID:zcbauUoo0
投下乙!
マリアベルが、マリアベルがああああ!
お疲れさん、お前はほんと、よくやったおよ
対主催面子のまとめ役と言っても過言じゃなかった
そしてアナスタシアはようやく前を向いて、彼女らしい生きる意味を取り戻したか
ここでルシエドも燃える

しかし遂に全力でサボりだしたな、ジョウイw
いやサボるというのはおかしな話かもだがw

37SAVEDATA No.774:2011/08/08(月) 19:29:00 ID:OJYx5hXQ0
投下乙です

マリアベルさんはお疲れ様です…
確かにこれまでよくやったわぁ

さて、アナスタシアも参戦する気にはなったがカエル・魔王コンビは手強いぞ
もう一波乱、二波瀾あるかもな…

38SAVEDATA No.774:2011/08/08(月) 20:39:24 ID:wukGGK.U0
執筆投下乙でした

中世コンビの奇襲で誰かが犠牲になるかもと思ってたけど、
マリアベルか
…マリアベルかー…
反主催の旗印の一人として、初期からよく頑張ってくれたよ。合掌。

一方で、アナスタシアが調子を戻してきて、
原作時どころか、剣の聖女時代のレベルまで気力が充実してきてるな
原作でも見られなかったアナスタシアが見られると思うとwktkが止まらんとです

アガートラームが使えない今、どう想いを貫くのか
WA勢最後のキャラとして、カッコイイお姉さんの姿が見たいです

39SAVEDATA No.774:2011/08/11(木) 05:32:01 ID:l5369ILg0
投下乙! マリアベルゥゥゥゥゥゥッ!!!
やべぇ、カエル組怖すぎw これ、勝てるのか?w
こいつらラスボスかとも思ったけど、セッツァーより先にぶつかったか。
今まで逃げ続けてきたアナスタシアも、やっとこさ立ち上がったね。
親友を守れなかったが、大切なものは受け継がれたみたいだ。
もう続きが楽しみで仕方ない。だれか早く放送を!

40SAVEDATA No.774:2011/08/11(木) 12:42:57 ID:e5sBUW7M0
ところがどっこい!
更に予約がやってきた!
なんだか最近すごい加速だぞ、RPGロワ!
終盤って普通速度遅くなるはずなのに、うちにいったい何が起こってるんだ!?

41SAVEDATA No.774:2011/08/12(金) 01:17:59 ID:RNU39oOE0
◆6XQgLQ9rNgg氏へ
現在氏の作品をwikiへ収録中ですが、気になることがありましたので報告します
投下された作品のタイトル
Resistace Lineですが、これは
Resistance Lineではないでしょうか?
途中で放り出す形にはなりますが、氏の回答をもらうまでは一時wikiへの収録を中断させていただきたいと思います。
お返事お待ちしております

42 ◆6XQgLQ9rNg:2011/08/12(金) 07:46:16 ID:q//Lx8qk0
>>41
wikiへの収録とご指摘、誠にありがとうございます。
ご指摘通りでございます。すごく恥ずかしい…。

Resistace Line ⇒ Resistance Line

で、お願いいたします。

43SAVEDATA No.774:2011/08/12(金) 14:04:56 ID:Him8y8uI0
WAのOPの一つだっけ、そういえば
やっべ、WAの曲も結構使われたなーって思ってたわりに脱字に気付かなかったw

44 ◆wqJoVoH16Y:2011/08/20(土) 13:29:46 ID:k6.8CTsM0
それでは本投下します。

45龍の棲家に酒臭い日記 ◆wqJoVoH16Y:2011/08/20(土) 13:30:27 ID:k6.8CTsM0
既に太陽は御身の半分以上を海面から顕わにしていた。
空は僅かな星々が夜の名残をのこすだけで、紺色の空は青に転じようとしている。
雲はいち早く陽光を浴びて白く輝き、流れる風を受けて空を泳いでいた。
今日も暑く、長い日になるだろう。木々と葉に斑と隠れた森から見上げただけでもそう思うに十分な空だ。

そんな風戦ぐ森の中で、セッツァー=ギャッビアーニは寝ていた。
地面に茂った草を床に敷き、朝日の程良い熱を薄衣と自らに掛けて、手頃な厚さの書物を枕にして横になっている。
「随分と余裕だな。この殺し合いの中で他者の前で寝入るとは」
手頃な木々に腰かけたピサロは寝入ったセッツアーを嘲る。
その手に武器を備えている無粋を差し引いても、新緑の光の下で銀の髪を輝かせる男は、それだけで絵画のように世界に調和していた。
「こう見えても健康には気を使う方でね。幾夜を越えてギャンブルに興ずることもあるが、無駄な不養生を自慢する気もないのさ」
くく、と軽い嘲笑が森に木霊する。如何なギャンブラーといえど、自らの意識まで種銭にして眠り入るはずもない。
度胸と無謀の境を知る男は、眠ることなく、しかし限りなく眠りに近い形で休んでいた。
良く見ればその周囲にはパン屑と煮干の欠片が散っている。蟻や猫が見れば、これ天恵と巣穴に運ぶだろう。
「私の眼前で眠るのは養生と言えるか?」
「ああ、言えるね。旦那が目を光らせている、これほど安心できる“今”なんてそうそう得られるもんじゃあない」
セッツァーは横になったまま、ガサゴソとデイバックの中を漁り、水と食料をピサロに向かって投げた。
信用の証のつもりだろうか。ピサロは何も言わず、水だけを手にして口に含んだ。
賭けの場では全神経を張り巡らせるが、一度張ればそこに疑いも迷いも見せない。
いつの間にか『旦那』とピサロを称する、この妙な愛嬌もまたセッツァーの処世である。

「腹が減ってはなんとやら。一度戻ったのは正解だったな」
「どうだかな。腹が膨れたところで、人が死ぬわけでもなかろう」

寝返りを打ったセッツァーの眼の先に、天罰の杖の触り心地を確かめていたピサロがいた。

ブリキ大王の上で幼い少女を撃破した彼らが一拍を置いて先ず向かったのは対主催がいるであろう南ではなく西だった。
その目的は、彼らの最大の障害と成り得るアシュレー=ウィンチェスターの必死だ。
ブリキ大王一台を使い潰してまで得たものが『“これならきっと”アシュレーは死んだ“だろう”』では割に合わない。
『アシュレーは死んだ』でなくてはならないのだ。事実は短い方が善い。
故に彼らは西へ赴き、偉大なる死体を探した。
当然、死体でなければ死体にするつもりで。死体であればどれほどの奇跡を以ても蘇らない死体にするつもりで。
結果から言えば、彼らは然程労苦することなく目的を達した。死体を辱める必要もなかった。
そこには、何の抑揚もなく“崩された”人間の部品があっただけだったのだから。
(ハロゲンレーザーを破った金色の光、人間の業とは思えない死体……まさか、な)
セッツァーが与えたダメージと死体に残った痕の帳尻が合わない事実は、容易に理解できた。
それはつまり、アシュレーを“殺し直した”バケモノがいたということだ。
そしてそのバケモノの名前は、簡単な消去法によって自ずと浮かびあがる。
ゴゴ、下の下の物真似野郎。セッツァーの知らない誰か。

セッツァーは瞼を閉じてその時をトレースしていた思考を遮断した。
感情は選択の精度を鈍らせる。直観は信ずるべきだが、思い込みはギャンブラーにとって最大の毒だ。
アシュレーを殺したのがゴゴであると決め打つことに何のメリットもない。とびきり染みた化物の参加者が1人いる。それだけで十分なのだ。

46龍の棲家に酒臭い日記 ◆wqJoVoH16Y:2011/08/20(土) 13:31:13 ID:k6.8CTsM0
そう考えればアシュレーの武器と、デイバックを3つを入手できたのは“半分”僥倖と言えた。
武装の拡充、使い捨てできる糧抹の充達は確かに僥倖だ。
「余計なものさえなけりゃ、大満足だったんだがな。クソ」
栞を一枚指でヒラヒラさせるピサロの姿が面白くないのか、セッツァーは再び寝返りを打ってピサロから背を向けた。
確かに、あの花の栞が何枚もあったことは面白くない。
何故面白くないのかが理解できないことが、また面白くない。
面白くないのに捨てる気になれないのが、輪をかけて面白くない。
だが、何より面白くないのは振り向いた先にぽつねんと置かれた捩じれた首輪だった。

死体から回収されたものではない、明らかに首から引き千切られ、尚爆破していない首輪――――――“外された首輪”だ。

(もう外した奴が居やがる。オディオが大掛かりなアクションを起こしてないってことはまだ逃げた奴はいないだろうが……急ぐしかねえ)
1個出てきてしまえば、2個目を疑わぬ莫迦はいない。だが、勝者を目指す彼らは敗者の逃亡を許容できない。
首輪を外せる何某かの術が存在するという確かな光は、断固として摘まねばならないのだ。

「あまり焦りを表に出すな。お前が選んだ休息だろう。唯でさえ矮小な人間が、より小さく映るぞ」
「アンタがそれを言うのかい? あの光を見て、あれほどまでに取り乱した旦那が?」

そう言ってセッツァーがせせり笑おうとしたその瞬間、轟とピサロの手にあった栞が魔炎に包まれ、僅かに残った灰も手で握りつぶされた。
セッツァーは常と変らぬ素振りで鼻を鳴らしたが、その背中でつうと汗が垂れるのを感じた。
僅かなりともこの魔王と行動を共にしたセッツァーは、ピサロの理性と感情の境目を感覚的に理解し始めていた。
その上で、今のは踏み込み過ぎたと反省する。あと半歩踏み込んでいれば、この薄氷の如き盟約も一瞬で瓦解していただろう。

そう、本来ならばここで休息する暇は無かった。
アシュレーを倒し、少女を見逃した彼らは“先んじて遺跡に向かう心算だったのだ”。
それこそが、少女や物真似師を無理して追撃せず、敢えて見逃した理由だった。
ブリキ大王を用いるとはいえ3人を全員を倒そうとすれば何処かしらに無理が生じ、手傷を負う可能性があった。
故に彼らはその束ねた力をアシュレーの必滅に向け、残りには別の役割を与えたのだ。
それが、敢えて残党をヘクトル達の懐に潜り込ませること。
残党を意図的にもう一方のチームに送ることで、セッツァー達3人の存在を示し、ジョウイの計画をズラすことだ。
自分達の存在を知れば、容易にジョウイが目論む南征へと動けまい。後顧の憂いを絶つべくこちらを狙うことも考えるだろう。
ジョウイが獅子身中の虫である疑惑を含め、暫くは喧々諤々の云い合いが続くはずだ。
その隙に右脇を縫って遺跡へと先に入り魔王と同盟交渉を結ぶなり、いっそ遺跡を縦に潰す工作をするなり、優位を確保する。
そのハズだった。あの雷光を見るまでは。


『何故……何の故にだ、勇者よ! お前がそれだけの光を持っていたというなら、何故この光はロザリーに届かない……ッ!!』

47龍の棲家に酒臭い日記 ◆wqJoVoH16Y:2011/08/20(土) 13:31:50 ID:k6.8CTsM0
あの時のピサロの慟哭をセッツァーの鼓膜が思いだす。
移動を進めようと先ず東に戻ってきた矢先、黎明に輝く空に見たのは、莫大な雷の塊だった。
セッツァーにとっては賭け先を変え得るに足る脅威として、ジャファルにとっては疎ましき光の極点としてしか映らなかったもの。
だがこの魔王にとっては、その痩躯を怒りに漲らせて尚足りぬ光だったのだろう。
あの眩き光が真の光だとしても、否、真の光だから故に“世界が光に充たされぬことを知ってしまう”。
当り前だ。全てが光に照らされることなど無い。
ここにジャファルという闇がいるように。太陽と空の全てを求めるセッツァーがいるように。光を失ったからこそピサロがここにいるように。
全ての夢が叶うことなど、無い。星の全てを照らすことができぬように、全てが救われることなど無いのだ。

「それを言われちゃあ仕様が無い。とりあえず、ジャファルの調査を待とうぜ。
 あれほどの現象が起きたのなら、場は大荒れのはずだ。出目の張り直しをするしかないさ」

なんしか気を静めたらしいピサロを見ながら、セッツァーは再び寝転がって空を仰ぐ。
あの雷光を見てから表向きは平生を保っているが、それが逆にピサロの中で何かを渦巻かせていると教えていた。
ここで動くのは不味い。そうしてセッツァーは冷静に冷酷に、休息と調査に目を張ったのだ。
この中で一番斥候に長けたジャファルに雷光の着弾点周囲の状況調査を願い、放送まで休息することを選んだのだ。

こうして、彼らは緩やかな夜明けの陽光の中で休息を取っている。これが最後の休息になると思っているかのように。

「そこまで気にするかい、旦那」
「……瑣末だ。勇者という名前にも、魔王という名前にも。この想いの前にはな」
燃え散った花の栞の灰の一抹が風に浚われ切るまでを見届けたピサロは、誰に語るでもなくそう言った。
例え勇者が全てを救うのであっても、対を成す魔王が誰かを救っては成らぬ道理は無い。
否、救いたいと言う願いの前には、勇者と魔王の違いなど瑣末だ。
『ピサロ』が『ロザリー』を願う。その想いの前には、たとえ勇者の光であっても邪魔は許されない。

「――――――――――名前、ねえ。“まさかあの女に感化されたか”旦那?」

強さを増す陽光に僅かに目を細め、セッツァーは不快を顕わに言った。
それを見たピサロが、最早値無しと鼻を鳴らして会話を打ち切る。
木漏れ日と木々のざわめく音だけが残り、セッツァーは再び瞼を閉じた。
その裏に浮かぶ、あの船で最後に起きた出来事を追い払いながら。

48龍の棲家に酒臭い日記 ◆wqJoVoH16Y:2011/08/20(土) 13:32:37 ID:k6.8CTsM0
―――――・―――――・―――――

今は昔。セッツァーとジャファルがピサロと仮初の盟約を結び、アシュレー達を討たんとする前の話。
そう、同盟を組んだ彼らが未だアシュレー達かヘクトル達か、どちらを攻めるか決めかねていた時のことだ。

いずれにしても座礁船に居座ることに意味は無く、船を出ることにした彼ら。
発つ前の餞別とばかりに、彼らは何かめぼしいものが無いかと船内を物色していた。
ジャファルが言うにはこの船の造りは彼らの世界の海賊船のそれであり、その船内には武器屋や道具屋もあったという。
流石に死者の落とし物が見つかるとまでは期待できずとも、せめてもう一度調査をせずに出るは惜しい船だった。

「やはり、めぼしいものは無いか」
「流石にそこまでアンフェアでもないか。いや、あのオディオなら当然か」

金銀財宝はあれど、経済の意味が異なるこの場所ではそれは宝とは言えない。
あらかたの調査を終えたジャファルに、セッツァーは首をすくめて手をひらひらと泳がせた。
今までの放送からもあからさまに伝わるオディオの人間に対する憎悪。余りに強い憎悪は、逆に言えばどの人間にも等しい憎悪だった。
聖人であろうが、道化であろうが、英雄であろうが、魔王であろうが、
幼女であろうが、勇者であろうが、人間である限り皆オディオの憎悪すべき対象なのだから。
故に、オディオが特定の誰かに過度に肩入れをするとは思えない。ある意味、オディオは黒一色のルーレットともいえる。
ならば、これ以上を思索と探索に費やしても仕様が無い。早々に調査を終えて、ヘクトル達の動向を抑えるべきか。

上から順に降りてゆき最後に辿り着いた酒蔵で、彼らはそのルーレットに僅かにあった『傷』を見つけた。
無法松があれほどに呑んでいた以上、酒蔵があることは承知だった。重要なのは、無法松が動かしに動かした樽の向こう、その紋章だった。

「紋章、魔力を備えると言うことは、唯の落書きではないな」
「これは……真逆、転移の紋章か?」

眇めるように紋章に流れる魔力を見定めたピサロと、その紋章に驚きを示すジャファル。
魔力と知識によって、唯の落書きは意味ある紋様となった。そして、ギャンブラーが手に取ったカードが、紋を門に変える。
「何か意味のあるサインだと思ったが、秘密の部屋への招待状ってか…?」
「まさか、ここにもあると言うのか。ブラックマーケットが」
紋章の周りの空間が歪み、秘密の店への扉が開く。
ブラックマーケット。選ばれた者だけが持つカードを持った者にのみ、戦場の何処かにある扉を開いて招く闇の市。
場所にもよるが、そこに並ぶ品はこの海賊船の品揃えとは比べ物にならないだろう。

「入るつもりか?」
歩を前に進めたセッツァーに、ピサロは大した感情もなく言い棄てた。危険を案じる要素は微塵もない。
「こんなものを用意してるってことは、何もありませんでしたってオチはないだろう。
 鬼が出るか蛇が出るか、俺達の新たな門出に運試しと行こうじゃないか」
そう言って、彼らは虚空の暖簾を潜る。
そこにいるのがある意味鬼であり、ある意味爬虫類であることも知らぬまま。

49龍の棲家に酒臭い日記 ◆wqJoVoH16Y:2011/08/20(土) 13:33:18 ID:k6.8CTsM0
ブラックマーケットと言えば、どんなものを想像するだろうか。
銃火器、薬物、お花、内臓etcetc。それは莫大な金額を積んで買い取るものか、自分のLvを売って得るものか。
いずれにしても、その名の通りブラック―――――闇の黒を想像するだろう。
光射さぬ闇の世界の商い、その最前線。薄暗い路地に、微かな灯りだけを導に商いを行う。そんなところではないのだろうか。

「……俺の知っているブラックマーケットと違う」

ジャファルはニノの関わらぬ状況では珍しく露骨そうに厭な顔を浮かべ、ぼそりとそう洩らした。
そういう意味では、この光溢れる真っ赤な部屋構えは明らかに闇市とは程遠かった。
朱で染め上げられた壁と柱。掛け軸には人体の構造図や巨大な手相を記したものが並んでいる。
四角をグルグルと重ねたような仕切りがあるだけで、部屋はそれほど広くは無く、奥にもう一つ暖簾があるだけだ。
狭い、店というには余りにこじんまりとした店だった。
目ぼしそうなものは、壁に寄せられた木製の薬棚と本棚、店の中心に置かれた四本足の机。そして空いた椅子と―――――

「……あんなところに乳があるな」
「ああ、乳があるな」

机の奥に見えるどんもりと乗ったおっぱいに、セッツァーはチンチロリンで六面全部ピンのサマ賽を振られたような面をしながら吐き捨てた。
一方ピサロは、本気で有象無象の脂肪の塊としか見ていない目で、事実だけを反芻した。

見なかったことにして帰ろうか。決して相容れぬ3人は奇しくもこの時意見を同じくした。
酒蔵の酒精に当てられたのだろう。潮風を浴びて目を覚ませば、元通りになるはずだ。
そう思いたかったが、部屋全体から漂う酒の匂いと、小刻みに震える双丘を見てはここを現と認めるしかなかった。

「あ゛〜〜〜〜〜ひゅへもにょ〜〜〜〜〜? だぁんみゃじにゃひ〜〜〜 にゃは、にゃはははははは」

グイ、と反りかえった背中が弓なりにしなり、漸く乳から上の形が繋がる。
紅い蓮のような、誰が見ても異文化体系の衣装<チャイナドレス>。端正の整った顔にズリ下がった縁なし眼鏡。
ピサロのように細長く尖った異形種の耳。酒に蕩けても蠱惑的な瞳。

「ん〜〜〜、え゛……もひかひてぇ……ぉたおぎゃくざんんん〜〜〜?」

海賊船の酒蔵の中には、酒臭い店。酒臭い店の中には、酔っぱらった女店主。

「――――――えー、コホン。はぁーい。メイメイさんのお店へようこそぉ♪」

今更に取り繕ったような営業スマイルを現わしながら、店主はその屋号を掲げた。
この頭痛を忘れる為に酒を呑むべきか、酒にやられてこの頭痛を生んでいるのか、セッツァーは賭ける気にもならなかった。

50龍の棲家に酒臭い日記 ◆wqJoVoH16Y:2011/08/20(土) 13:33:49 ID:k6.8CTsM0
「だーってさぁ、こうもお客が来ないと、これくらいしかすることないじゃない?」
店の主はケラケラと笑い、呑んでたらあぶり肉も欲しくなっちゃうわねぇなどと言いながら盃に充たした酒を呑む。
状況に追従し切れない客達は黙ってその盃が空になるのを待つしかなかった。
少なくとも、会員専用の秘密の店がが万人繁盛だったらそれはもう秘密でも何でもないだろう。
『いつでもどこでも気軽に利用出来ちゃう、それがメイメイさんのお店なのッ!』
とへべれけになって言われても、説得力が無い。どんな看板を掲げても偽り有りと云われるだろう。
「OK。アンタがアルコール中毒なのもここがどんな店なのかもとりあえず後回しだ。アンタ、誰だ?」
「私ぃ〜〜? メイメイさんはぁ、見ての通り、どこにでもいるぅ、普通の、敏腕せ・く・し・ぃ店主Aよぉ?」
やけにその4文字を強調して、店主は腕を上げて脇を見せつつ妙に腰をくねらす。
エドガーほどまでとは言わないが、マリアに扮したセリスを拐したセッツァーも女性の扱いは心得ている方である。
そのセッツァーが思った。いつ以来だろうか、女を本気で殴ってもいいかと思ったのは。
「あ、疑ってるでしょ〜〜〜。いいわ、ここで引いたら女もとい店主が廃るッ!」
その不満MaxHeartな表情を察したのか、店主は足元から何かを取りだそうとする。
3人は戦う気か、と僅かにそれぞれの武器に手を伸ばしたが殺意の無い店主の様子に、それ以上の動きは見せない。
「こうみえても私、占い師なのよ。貴方達が何者かは、店に入ってきたなりマルっとお見通しってなワケ」
「……入ってきたなり、仰向けで爆睡してたと思ったのは気のせいか。で、その証に俺達が誰だか当ててみせようってかい?」
眉間を揉みながら、セッツァーは辛うじて店主の云わんことを掴み取る。
まだ彼らは自分達が何者であるかを口にしていない。その中で賭士、暗殺者、魔王であることを一目見ぬいたということか。
「ふふーん。そういうこと。ここに来たのも何かの縁。お近づきの印にぃ、貴方達に必要なものをあげちゃう。はい、どーぞ!」
そう言って店主は机の上に ド ン 、と何かを置いた。セッツァー達の視線が机に集まる。
それぞれの職種を見抜いたというのならば、出てくるのは武器か、はたまた彼らにしか扱えない道具か。
もし、それ以上のことまでも見抜いた証拠を出してくるならば、始末も厭わないという決意で彼ら3人は机の上の品を見た。

「地図にコンパス。筆記用具に水と食料。名簿でしょ、時計でしょ? 夜の為にランタンも入ってる―――――貴方達には必要なはずよ?」
そう言って、店主は3人分の新しいデイバックを出して酒で焼けた小さな腕を組んだ。
セッツァーが3人分のバックをぐい、と掴みあげる。

51龍の棲家に酒臭い日記 ◆wqJoVoH16Y:2011/08/20(土) 13:35:04 ID:k6.8CTsM0
「貴方達も参加者……でしょ?」
天地開闢、森羅万象を眇めたような満面の微笑で店主は彼らを見た。
「有ってるが意味がねえじゃねえか!」
その言葉と共に、店主の頭上を3つのデイバックが覆い、落下する。
「…え? う、うひゃあ〜〜〜!!!!」
抗弁する暇もなく、椅子から転げ落ちた店主はデイバックの下敷きになってしまう。
この島にいるのであれば、54人中54人が参加者だろう。適当に言っても殆ど当たるに決まっている。
ルーレットで赤と黒に同額を賭けるようなもの、下手をすればカジノから追い出される賭け方だ。つまり、賭けにも占いにもなっていない。
「……もしや、特別なアイテムを得られると期待してたのか?」
「……してないな。ああ、してないとも」
ジャファルの問いに、セッツァーは広大な空の果てを見るようにして目を逸らした。
舌打ちをしながら、セッツァーは転げ落ちて「お、想ひ出がりょーくーしんぱんしゅにゅぅぅぅ……」とノびかけた女店主を見下した。
常のセッツァーならば相手が誰であれ、まず相手の価値を見極めているだろう。
あるいは、自分の夢にとって利になるか障害になるか、はたまた“それすらもできないか”を判断しているはずだ。
だが、眼の前の女の価値を彼は未だ見極められずにいる。価値がない訳ではない。ないかどうかさえ分からないのだ。
まるでオペラをブチ壊しにしかけたタコ野郎を思い出すほどに、掴みどころがない。
この店の中に充満する酒のせいか、ギャンブラーを常に救う直観、そのキレが僅かに鈍っているとさえ思う。
(スラムの女衒じゃあるまいに、何でこんな酔い潰れた女1人にここまで……?)
その時、セッツァーの鈍りかけた感覚が遅れて警報を発する。そうだ、この女は何故ここにいる?
セッツァーはピサロに名簿を渡す前にその名前を全て記憶している。そして“その中にメイメイという名前は無い”。
ならば55人目の来訪者? 否。この女はこの場所を自分の店といった。彼女が招かれざる客であるならば、
様々な世界の建造物を寄せ集めた何処の世界にも存在しないオディオの箱庭に、自分の店があるはずが無いのだ。
セッツァーが、床に突っ伏した女の首元をみて―――“そこに首輪が無かった”事実に、今更確信した。

(つまり、こいつは“招かれている”)
「戯れはそこまでにしておけ、女。私の眼は誤魔化せんぞ」

その確信に呼応するようにピサロは口を開き、残る二人がピサロと店主の間で交互に視線を動かす。
「モシャス? 否、貴様の纏う魔力―――――――もしや」
ピサロが感じたのは、酒精に紛れた微かな人ならざるモノの魔力である。
尤も、この様な場所にいるのが唯の人間と考えるのも無理がある話だが。
いずれにせよ、これほどの実力を持つ女を首輪も無しにオディオが野放しにしておく道理が無い。

「いやん、熱い視線だこと♪ まぁ、そこのあたりはぁ……乙女のヒ・ミ・ツ、ってことで♪」

にゃはは、と笑いながら立ち上がりグイと盃の酒を飲み干す女店主。
その振る舞いを見ても三人は気を抜くことなどできなかった。
「そう! メイメイさんは一見どこにでもいる、普通の、敏腕せ・く・し・ぃ店主A。
 ――――しかしてその実態は……『オルステッドさま』の忠実なるしもべで――――っすッ!」
後光でも発しそうなほどのポーズを決めながら店主は高らかにその正体を語るが、
3人は3人とも「誰だ、オルステッドって」という率直な疑問に気を取られた。
(オディオのことか? いや、オディオの配下にオルステッドって奴がいて、その手下って線もあるか)
「ほう、そりゃあ凄い。で、そんなアンタは何をするためにここにいるんだ?」
そこを問い詰めたところで優勝を目指す彼らにはさして意味が無い。
店主の調子に乗せられかけたが、あまり浪費できる時間もない。それよりもこの場所の役割をこそ聞くべきだろう。
漸くこの女の価値をテーブルに載せ始めたセッツァーは当然聞くべきことを聞いた。
特異な場所に配されており、ここに入るための符牒が支給されている以上、
ここを訪れた者に対してするべきことが言い渡されているはずだ。

「ふふふ、よくぞ聞いてくれましたぁ!
 このメイメイさんの使命、それは――――――それは?――――――にゃは、にゃはははは……」

52龍の棲家に酒臭い日記 ◆wqJoVoH16Y:2011/08/20(土) 13:35:47 ID:k6.8CTsM0
堂々と胸を張ってそれを高らかに言おうとした店主が、途端に語気が弱まり、みるみる内に萎れていく。
「……忘れたのか?」「いや、この欠落の仕方だと最初から何も言われてないのかもな」
「にゃ、にゃにおう! そんなことあるわけにゃいじゃにゃい!」
毛並みを突然触られた猫のように店主はジャファルとピサロを威嚇するが、それは逆効果にしかならない。
「じゃあ、アンタここで今まで何してやがった。何でもいい、言ってみろ」
「何って……お酒飲んでー、お休みして―、お酒飲んで―、ツマミ食べて―、お酒飲んで―、お昼寝して―、それからぁ」
「もういい。呑んで寝るだけの簡単な仕事だってことはよっっく分かった」
自分の問いに指を折って答える店主を、セッツァーは制した。重ねて言うが、セッツァーも女性の扱い方は弁えている。
だから今、手持ちの水をありったけ顔面にブッかけてやろうと思っても、そこをぐっと堪えるのである。
幾らなんでもオディオ達がそのような自宅警備の真似事の為に配下を置く訳が無い。
だが、幾つもの真贋を見極めてきたセッツァーでも彼女の言動に嘘を感じることが出来なかった。ならば一体、この女の意味は…?

「ん、何やら莫迦にされた雰囲気。店主的に。それじゃあ、お店らしいことしちゃおっかしら?」

そう言った店主が店の奥から取りだしたのは、巨大なルーレットだった。
外周から半径の直線が引かれ、色の違う扇状のマスが作られている。
「運命の輪って言ってね。ま、軽い運試しのようなものよ。
 これからも外で頑張る貴方達の験担ぎにいかがかしら? 当たり所が良かったらステキな景品もつけちゃう!」
ダーツを1本差し出し、店主は蟲惑的な瞳を浮かべる。
このスチャラカなペースに着いていけずとも――あるいは、着いて行きたくなくとも――店主の云わんとすることは3人にも理解できた。
円の中の配色がそれぞれ異なり、そしてそれぞれの面積も異なる。恐らく面積の小さいものから順に1等から3等。
ダーツを投げて当たった場所に応じた賞品が手に入るのだろう。

「何を付けるつもりだ、女よ。勿体ぶるからには、相応のものを配するのだろうな?」
およそこの手合いのイベントから最も縁遠かろうピサロが、試す様に店主に問いかけた。
当然、魔族の王たるピサロが賞品が気になって尋ねているなどということは無い。
本気で欲しいのであれば、名簿のように力づくで奪い取るのがピサロだ。
だが、未だ酒精の奥にその実力の底を見せぬこの化生を相手取るほど愚かではない。
この殺し合いの参加者でも、憎むべきヒトでもなく、ましてやオディオに通ずる存在であるというのならば手をかける理由もない。
ピサロ、そして残る二人も、優勝してオディオの報奨を得ようとしている以上、ともすれば参加者よりも厄介な存在に労力を割く訳にはいかないのだ。
「そうねぇ。そしたらぁ、上から順にぃ“貴方達にとって役に立つもの”をあげちゃうわ」
そういって店主は蕩けた目付きで指を幾度と振って、セッツァー・ジャファル・ピサロの順に指を射止める。
だからこそピサロはむしろこの龍が何を見て、何を考えているのかにこそ興味を持った。

53龍の棲家に酒臭い日記 ◆wqJoVoH16Y:2011/08/20(土) 13:39:00 ID:k6.8CTsM0
「――だそうだが。どうする?」
ピサロはセッツァーの方を向き、その応手を伺う。1本しかないダーツ、そして景品はそれぞれにとって役立つ物。
誰が投げても、ダーツが何処に当たっても不和の要因になるだろう。
利害関係でしか成立していないこの即席チームに於いて、偏った利は害にしかならない。
このチームを呼び掛けたセッツァーの手腕こそが、図らずともこの女店主の手によって試されている。
「……外した場合は?」
「安心なさいな。ハズレでもタワシ位はあげちゃうから」
セッツァーが店主に問いかけ、その答えを聞いた後、指を顎に当てて考え込む。
既に「なんでタワシ?」などと口出しする気配もない。その眼は、魚が海に還ったように常の鋭い眼光を取り戻していた。
「外れて元々の話だ。ジャファル、お前に任せる」
「……待て、俺は……」
「俺もシャドウほど投躑が上手い訳じゃないしな。なら、一番得手そうな奴が投げるべきだろ。
 好きに狙いな。花束の一つくらい、当たるかもしれんぜ―――――、―――――――、―――。構わんな、ピサロの“旦那”?」

そう言ってセッツァーはジャファルに近付き、密着するような近さでダーツを手渡し、
ピサロに確認を求める。ピサロはそれが妥当な所か、とその選択を了と認めた。
誰の賞品が当たるにせよ、先ず的に当てられなければ話にならない。
であるならば剣を扱うピサロとギャンブラーであるセッツァーよりも、暗殺者であるジャファルが消極的適任ということか。

「誰が投げるかは決まったかしら? それじゃ、ルーレット・スタート!」
店主が扇子を広げると、ルーレットが独りでに動き出す。
如何な妖術を使ったのか、店主は扇を口元で戦がせるだけだ。
運命の輪が高速で回転する中、ジャファルはダーツを構えることなくだらりと腰に垂らしている。
しかしその眼光は鷹のように獲物を見定め、今にも喰いつかんと鬼気を発していた。
廻す、廻る。運命の輪が回る。弄ぶように輪廻が回向する。
翻弄されるその運命の渦から、たった一つの光を釣り上げる時を待つかのように、輪を見続ける。
「ちょっとぉ〜〜〜、慎重になるのは分かるけど、もう1分経っちゃうわよぉ……ってぇ!」
あまりの動の遅さに痺れを切らした店主が声をかけようとしたその時だった。
音もなく放たれたジャファルの一撃が運命の輪を穿つ。ジャファルの手から矢が離れた後、次第に輪はその回転数を落としていった。
暗殺者が貫いた運命、その色彩は――――――


「外した……だと……?」


ピサロがその結果に驚きを示す。自分のエリア<3等>が当たるとまで望むつもりはないが、真逆ルーレットにあたりもしないとは。
だが、どれだけ目を眇めようが凝らそうが突き刺さった場所は変わること無し。運命の一投は無情にも、光を掴むことはできなかった。
「あちゃー……ま、ま、こう言うこともあるわよ! 運勢なんてコロコロ変わるものだしねッ!
 っていうか、え、ちょ、タワシってウチの店にあったかしら……にゃ、にゃはははは……」
予想外過ぎる展開に、さしもの店主も動揺を隠せないらしい。
確かに、同じ暗殺者とはいえ、シャドウと異なりジャファルの本分は接近からの瞬殺である。
ましてや今は殺しとは程遠い遊興。実力を十全に発揮できるはずもない。
「ゴメンナサイ……探したけどタワシが無くって……その、ニボシで良かったら……」
店主はそう言って申し訳なそうにジャファルに魚臭い袋を渡す。善い出汁が取れそうな、猫も魚もまっしぐらの良質煮干である。
無言でそれを受け取るジャファルに、店主は乾いた笑いを浮かべながら手を振った。お帰りくださいという意味だろう。

「ちょっと待ちな。もうひと勝負、申し込むぜ」

54龍の棲家に酒臭い日記 ◆wqJoVoH16Y:2011/08/20(土) 13:40:19 ID:k6.8CTsM0
だが、その意を分かった上で敢えてセッツァーが店主に話を斬り込んだ。
そのタイミングの良さに店主は面食らったが、直ぐに目を細めて否定を解答する。
「……気持ちは分かるけど、それはちょっと不味いわねえ。試したのはあくまで貴方達の運気。
 もう一回やれば当たるとか、それは純然たる天運とは言えないわ。残念だけど、貴方達の運試しはこの一回―――――!?」
「なら、これでどうだい?」
勝負を切り上げようとする店主の言葉を断ち切ったのは、セッツァーが取りだしたもう一つのカードだった。
シルバーカード、メンバーズカードと同様ジャファルの世界の符牒。その意味は商品価格の半額である。
「スプリット。俺達に一回分の権利しかないと言うのなら―――――こいつで、そいつを“半額”にさせてもらおうッ!」
セッツァーが二本の指で投げ飛ばしたカードを店主は中空で掴み取り、マジマジと見つめる。
そして暫く考え込んでから、軽く溜息を付いてもう一本のダーツを取りだした。
「もしかしてぇ……最初から、こうするつもりだったぁ?」
「偶々さ。偶々、ポケットの中にあったもんでね」
そう言って、誰が投げるとかとのやり取りもなく、ダーツを手にしたセッツァーが運命のルーレットの前に立つ。
そう、運命を賭けると言うのならば、ダーツに意思を託すと言うのならば――――――この男以外に有り得ない。

「おっけぇ。ギャンブラーさんの力、何処まで届くか試してあげる。ルーレット、スタートッ!」

誰もそうだと言っていないのにセッツァーをギャンブラーと嘯く店主が扇を開く、運命の輪が軋みを上げて太極を廻す。
本気で廻る世界に、人の意思など徹らぬと謳いあげるように。人はその回転に、ただただ翻弄されるしかないと笑うように。

「でも、それなら最初から貴方がやるべきだったわねえ。唯でさえ回転しているのに、
 ダーツが手元から離れて的に当たるまでの時間が分からないと何処で投げればいいか分からないわよ?」

店主が扇を煽いでギャンブラーの失策を笑う。最初から2回投げるつもりであったのならば2つとも自分で行うべきだった。
そうすれば、ひょっとすれば2人分の景品を得られたかもしれないのに。

「それとも、純粋に運を試すつもりかしら。さてま結果は―――――」
「1ツだけ教えてやる。メチルフォビア<アルコール恐怖症>」

軽口を吐きながら扇を再び戦がせる店主に、氷のように冷たい言の刃が突き刺さる。
まるで自分の喉元にそのダーツが穿たれかと錯覚するほどのギャンブラーの視線が、店主に突き刺さっていた。

「運命<こんなもの>は、ギャンブルとは言わねえんだよ。
 そいつを力でねじ伏せてからが、本当のギャンブルだ。分かったら――――」

セッツァーは運命の輪に見向きもしていない。その眼光は唯店主のその一点を見定めている。
当然だ。最初から何もかもを投げ出して運命などという“まやかし”にその身を委ねる者を女神は愛さない。
頭脳を、力を、己が持つありとあらゆる手管を用いてありとあらゆる運命を撥ね退け、
“その先に立ちはだかるもの”に、己が魂を賭してこそ、女神は漸く微笑む。

「“その特賞に当たったら、3つの景品を全部寄越しな”ッ!」

55龍の棲家に酒臭い日記 ◆wqJoVoH16Y:2011/08/20(土) 13:42:31 ID:k6.8CTsM0
店主の扇が“三度戦いだ”刹那、セッツァーの腕が疾った。
美しいフォームだった。ジャファルも、ピサロさえも微かにそう思った。
力みも逸りも気後れもない、自然体の一投。何度投げようとも決して崩れることのないだろうフォーム。
そこに種族も職能の違いもない。どのような目的であれ、研鑽の果てにある結晶は美しい。
一体何百回、否、何万回投げればこれほどのスローが可能になるのか。

「真逆“本当に”最初から――――」
「ああ、ジャファルに言ったとも。外せと、伸ばせるだけルーレットを回させろと」

驚愕に眼を見開く店主を前に、セッツァーは不敵に笑う。回転数を下げていく的を、最早見てもいなかった。
一投目は完全なる“見”。そして万一賞品を手にして、有耶無耶に終了させられないように敢えて外した。
そして、セッツァーはたっぷり1分を用いて、魔力で回転するルーレットと扇子の同期に気付いたのだ。

「そっちじゃなくて、特賞の方なんだけどぉ?」
「言わなきゃ気付かねえと思ったか? それこそ、舐めるな」

これこそが、セッツァーの感性が成せた唯一の幸運だった。とっかかりは店主の試すような目つき。
シルバーカードで普通に二回賞品を得ても、誰かの不満を招くこの状況。
もし、それを以て彼らの動きを見極めようとするのであれば抜け道が有ってもおかしくは無い。
抜け道があるという前提でルーレットに目を凝らせば……3等の中に微かに紛れた、4色目。
回転数さえ目算が立てば、廻っていないも同然だ。自分のダーツの技量など、自分が一番信じている。

「生憎と、これでメシを喰ってきた。
 賽の目も、ルーレットも―――運命をねじ伏せられない程度の力で生きていける世界じゃないんでね」
「―――――――――お見事。特賞、大当たり!」

最早言うこと無し、と店主は扇子を閉じて勝者を宣言する。
ピサロが魔族を傅かせ、ジャファルが闇を統べると言うのならば。
セッツァーは、運命を跪かせる者―――――ギャンブラーなのだ。

56龍の棲家に酒臭い日記 ◆wqJoVoH16Y:2011/08/20(土) 13:44:48 ID:k6.8CTsM0
「3等賞。先ずは貴方ね、カッコイイ魔王様ぁ?」
「フン。やはり見抜いていたか。その眼、魔眼か?」
ルーレットが片付けられ、テーブルを挟んで魔王と店主が向かい合う。
「ちょーっとばかし魅了の力はあるけど、そんな大したものじゃないわよぅ」
ピサロに魔眼と評された店主は眼鏡越しのその瞳でピサロの痩躯を見渡す。
くすんだ銀の髪、疲労の色を隠すことはできないが、その表情に充実する気力を見とって店主は満足気に頷いた。
「煩悶は乗り越えた、ということかしら。貴方の内に根差す想いが――――貴方の憎悪すべき人間にもあるということに」
「……それがどうした。誰が何を想おうが、この想いは私だけのものだ。そして、誰にも邪魔は出来ん」
それは、邪魔立てすれば貴様だろうと屠るのみという店主に向けての魔王のメッセージだった。
その暗喩に気付いてか気付かずか、店主は盃の酒に唇を湿らせ、そして言った。

「それでも、貴方はその想いを邪魔したわ。貴方と同じように、唯“逢いたい”と願った1人の生徒の想いをね」

店主の眼鏡の奥に1つの光景が映る。
もう逢えないと、さようならと別れた教師と生徒。
生徒は誓った。もう一度逢いに行くと、今度は私が貴女を救いに行くと。
その願いは叶うはずだった。それは歪んだ時の成就であろうとも、生徒の願いを叶えるはずだった。
だが、それは叶わなかった。雷の奥に観た勇者の虚像に怒り狂った、魔王の所業によって。
「勘違いしないでね? 恨み事を言いたい訳じゃないの。
 貴方の想いもまたヒトの夢であり、また誰かの想いによって叶わぬユメと成り得るということよ」
店主はぐいと酒を飲み干し、新しく酒を注ぐ。そして、それを魔王へ向かって伸ばした。
魔王は何も言わずに、それを受け取りワインとは違う透明な酒を眺める。

「【アリーゼ=マルティーニ】。その想いを胸に抱いて進むと言うのなら、貴方が砕いた想いの欠片くらいは抱えておきなさい」

魔族の王は、店主の言葉に応ずるでもなく激昂するでもなく、唯酒を呑むことで応じた。
呑み慣れない酒を一気に煽ったその味わいは、魔王にしか分からない。
その呑みっぷりに満足したのか、店主は微かに笑んで誓約の儀式を発動する。

「名は命、性は星。忘れないで。オルステッド様がオルステッド様でない意味を、魔王が真名で呼ばれない意味を。
 ―――――――“貴方がデスピサロでなく、ピサロとして名簿に刻まれた意味を”」

テーブルの上に召喚された宝箱を開いて、魔王は唯それを掴んだ。

57龍の棲家に酒臭い日記 ◆wqJoVoH16Y:2011/08/20(土) 13:45:49 ID:k6.8CTsM0
「さて、お次は貴方ね? 暗殺者さん?」
「戯言など無用だ。品だけ渡せ」
拒否は認めぬとばかりに鋭い眼光を発しながらジャファルは店主に吐き捨てるが、
店主は何処吹く風と酒を飲みながらジャファルの身体をじろじろと眺める。
「その刺し傷、随分手酷くやられたのねえ。見てるこっちが痛くなっちゃう、にゃははは」
店主の何気ない笑いに、ジャファルは傷の痛みを錯覚した。
セッツァーのケアルラによって行動には支障ないレベルまで回復しているものの、
まだ一日と経っていない槍傷、この舞台で恐らく初めて喰らった直撃の記憶はジャファルにしっかりと刻まれていた。
「不思議なものね。どれだけ言葉を尽くしても届かないと思っても、たった一撃の槍が簡単に貴方の世界に証を遺す。
 貴方がたった一人以外の全てを望まずとも、彼女以外の全てが貴方に干渉する」
「……何が言いたい?」
無意識に脇腹を擦ろうとする右手を堪え、暗殺者は店主に向けて殺意を放つ。
何も知らぬ者が彼女の名前を口にしようものなら、刎ねてもいいとさえ思いながら。
「世界は広いということよ。このお酒でさえ極めようと思ったら、私でさえ道の途中。況や人の心は、ってね」

極めると言うことは、口にするほど簡単なことではない。ましてや武術など一朝一夕でどうなるものでもない。
それでも、それでも彼女はその事実を受け入れても前に進もうとした。
片腕しか使えずとも、剣でなければ振るえぬ技を、前に突き進むために技を究めようとした。
そこに至る感情を知ることはできずとも眼の前の傷をみれば、確かに刻まれた想いはここにある。

「【秘剣・紫電絶華】。世界は『光』と『闇』だけって訳でもないわ。貴方に刻まれた『雷』の本当の名前を忘れないで」

そう言って店主が渡した盃を、ジャファルは黙って見続けた。
清酒の澄み切った光を見つづけ、やがてジャファルはそれを無言で店主に返した。

「ありゃ、つれない。まあ、それもまた1つの答えよ。だけど気をつけて進みなさいな“若人”。
 お米と水でお酒は出来るけど、お酒から水を、お米を取り除くことはできない。
 例え出来たとしても、それは水でもお米でもお酒でもないものになる。貴方が作ろうとしてるのはそういうものよ」

そう言いながら召喚された宝箱の中身を、やはりジャファルは無言で受け取った。

58龍の棲家に酒臭い日記 ◆wqJoVoH16Y:2011/08/20(土) 13:46:21 ID:k6.8CTsM0
そして、ギャンブラーと占い師が対峙する。
「最初は適当にしてたから、油断しちゃったわ。もしかして、カマをかけられちゃってた?」
「いや、最初は本気でアンテナが立ってなかったぜ。アンタが俺にとってどういう存在なのか、見極められなかったからな」
目を合わせずに酒をちびちびと啜る店主に、セッツァーは笑い返した。
「酔っ払いのフリにだまされた? 殺し合いに場違いな空気に乗せられた? この当たりの酒の匂いに狂わされた?
 ――――――違うね。その中に僅かに滲んだ“アンタの敵意”こそが、最後まで分からなかった」
そう、それがセッツァーの感覚を鈍らせていたもの。理由の思いつかない一方通行の憎悪である。
「なあ、俺は一体アンタにとってどれほどの仇なんだい?」
「……安心なさいな。私がオル様の『護衛獣』である以上、オル様の意に反することはできないの。
 それに、私には貴方を糾弾する資格はないし、するつもりもないしねぇ?」
にゃは、にゃはは、と酒に焼けた笑いを吐く店主。だが、その飲酒のペースが僅かに速まっていることをセッツァーは見逃さなかった。
「なんでもいいさ。あんたには礼を言うぜ。ギャンブルの原点に立ち返られた。
 あのルーキーがどんな目論見だろうが、ヘクトル達が何を思おうが関係ない。
 その上で運命を越えてこそ、俺が夢を賭ける大勝負に相応しいってな」
「夢、夢ねえ。風を切って大空を駆ける――――――想像しただけで肴になるわ」
セッツァーの純粋な歓喜に、店主は愛想笑いを浮かべグイと盃の酒を飲み干す。そこには空の杯だけが残った。
「ありゃ、空っぽになっちゃった。これじゃお酒が呑めないじゃない」
空の杯を残念そうに見つめた後、店主は新しい酒瓶を取りだし並々と注いだ。
そこには表面張力限界まで満たされた杯が揺らめいている。
「空の杯には、またお酒を注げばいい。最初から満たされている杯なんてないのよ。
 いいえ。空の器にこそ、どんなお酒を注ごうかという趣がある」
セッツァーはそれを黙って聞いていた。自分が砕いた、2本の空き瓶を思い出しながら。

「―――――【アティ】よ。私がいつか呑もうと楽しみに取っておいたお酒のラベル。呑めなくなっちゃった以上は、仕方ないけどね」

しばしの無言が続く。机の上に置かれた酒をセッツァーは手に取ることもなく、店主は呑むこともなく永遠に似た1秒が連鎖する。
「これからもう一勝負ある。悪いが、酒に酔ってる暇はねえ」
「そ、残念ね。はい、一等賞」
店主は胸に手を入れて、小物をとりだす。それはダイスだった。
ただし、中に細工の施された――――『イカサマのダイス』が。

「貴方達のお酒が最後にどんな味になるか……機会があったら呑ませて頂戴な」
「ああ。機会があったらな」

セッツァーがそれを掴むと、店主は全ての役目を終えたとばかりに手を振った。
もうこの店には用事はない。目指すべきは、ルカ=ブライトを斃せしアシュレーの一党だ。
そうして3人は、入った入口へと進んでいった。


―――――・―――――・―――――

59龍の棲家に酒臭い日記 ◆wqJoVoH16Y:2011/08/20(土) 13:51:29 ID:k6.8CTsM0
陽光が緩く照らす朝の森の中、セッツァーは思い出した過去を苦虫を噛み潰す様に堪えた。
そこに茂みを踏む音が鳴り、ピサロ共々立ち上がる。
「来たか、ジャファル。で、首尾は――――」
「既に交戦が始まっている」
戻るや否や、告げられたその一言は彼ら2人といえど震えを呼ぶものだった。ただし、驚愕と歓喜を綯交ぜにしたものとして。
簡潔明瞭なジャファルの斥候結果を具に聞きながら、彼ら3人は状況の大まかなるを把握した。
南の遺跡にいるはずの魔王とカエルが、攻め上がりに来たのだ。
魔王の大規模魔法で戦況が混交し過ぎて、流石のジャファルといえど遠間からではヘクトル達の全人数は把握し切れていなかった。
「奴らが団結して南に下りなくなったから、攻め上がりに来た? いくらなんでも早過ぎるだろう。監視能力でも持っているのか?」
「そんなことは然したる問題でもないだろう。これこそが貴様の望んだ好機とやらではないのか?」
考え込みかけたセッツァーをピサロの一言が引きもどす。重要なのは現状の答え合わせでなく、現状をどう生かすかだ。
セッツァーは持てる感性の全てを動員して、次の一手を弾き出した。

「当然、背後から攻める。ただし、放送が終わってからだ」
「……何故だ」

追いすがるようなジャファルの眼を、その感情ごと理解したような眼でセッツァーは見返した。
「魔王共の攻めたタイミングにもよるが、あのガキが中にいた以上俺達のことは知られていると考えた方がいい。
 恐らく、俺達が来ることも読まれてるだろう。
 かといってこのタイミングを逸して魔王共がやられれば今度は10人近い連中と俺達が正面からぶつかることになる」
拙速に攻めればカウンターを仕掛けられる恐れがあり、巧遅に失すれば唯一の勝機を失う。
突くべきは最適な“今”―――――――即ち敵の人数を全て掌握した直後、オディオによって仕切り直された刹那である。
「僅かな間を持たせて、緩急を縫うか。王道ではないが是非もない――――して、何処から攻める?」
ギャンブラーの采配にとりあえずの及第点を与えた魔王が、いよいよ確信へと切り込む。
彼ら3人が集ったのは、1人では如何ともしがたい彼我の差を埋める為だ。
3人の力を拡散させるのであれば、この盟約は全くの意味を成さない。
一度混戦に入ってしまえば致し方ないが、初撃は戦力を集中するべきである―――――彼らが唯一恐れる、人数の差を潰すために。

「決まっている。ニノだ」
「ッ!!」

その名が告げられた瞬間、ジャファルの身体が猫のように跳ねあがりセッツァーの喉元に刃を向ける。
だが、セッツァーは皮一枚を血に濡らしながらも気にしていないように言葉を紡ぐ。
「言葉が足りなかったな。先ずニノを確保するって意味だ。
 混戦のうちに死なれてるかもって思ったら、アンタも気が気じゃないだろう? だから、周囲を撃滅して気絶なりさせちまう。
 どうせその近くにはヘクトルもいる。不意を付ける最後の機会だ、そろそろアイツが望む黒い俺として出てやろうじゃないか」
そう言ってセッツァーはぐぐもった笑いを浮かべ、その意思に淀みがないことを見取ったジャファルは刃を下げる。
「……感謝する」
「なァに。俺はあんたと共に戦うことに賭けた。それだけだ―――――よく耐えてくれた、もう少しだけ我慢してくれ」
セッツァーはそう言ってジャファルの肩を力強く掴んだ。
そう、魔王の魔法がニノを襲った時、ジャファルは飛び出して魔王に攻め入ろうとさえ思ったのだ。
ニノに牙を向けるのであれば例え相手が誰であれ、立場がどうであれ知ったことではない。
距離があろうが無かろうが、この手で瞬殺してしまいたい―――その衝動を、ジャファルは堪えたのだ。
(まだ、ニノの傍にはオスティア候がいる。まだだ、もう少しだけ、ニノを頼む)
求めるはニノにとっての安らぎ。その為には、ここで衝動に駆られて暴れる訳にはいかない。少なくとも、今は。
だからこそ、セッツァーの指針はジャファルにとって天啓以外の何ものでもなかった。それ以外の選択肢はなかったと言える。

60龍の棲家に酒臭い日記 ◆wqJoVoH16Y:2011/08/20(土) 13:53:59 ID:k6.8CTsM0
その意を固め誼を確かめ合う2人を尻目に、ピサロは寒気すら覚えた。
セッツァーにもジャファルにも、一切の淀みはない。アレは互いにとって確かな誓いなのだ。

―――――ってのが、ニノって娘の大方の姿だ。一目みればすぐ分かるとは思う。
     もし、これからの戦いでそのニノって奴と戦闘に入ったら、旦那の判断で消してくれないか?

だからこそ、ジャファルが斥候に出ていた時にセッツァーに持ちかけられた話が恐ろしい。
セッツァーは先のように寝転びながら、雲の数を数えるような気楽さでそうハッキリ言ったのだ。

―――――俺はジャファルに賭けた。それは間違いじゃねえ。あいつの夢は純粋で、信じるに足る。
     “だからこそ、ニノって奴が邪魔になる可能性が否定できねえ”。

彼ら3人は共に優勝を目指すと言う観点から利害を一致している。ただ、ジャファルだけはその指向性が僅かに彼らと違うのだ。
ニノはジャファルにとって刃を研ぐ石でもあり、刃を折る鉄でもあり、刃を誤らせる霧にもなるのだ。

―――――ニノって奴が無力な娘ならこうも迷わないが、少し話しただけでも気骨の強さがハッキリと分かりやがる。
     実力と意思が釣り合ってない奴は、えてして賭場を荒らすもんさ。

唯でさえ殺し合いに乗る参加者が少ない現状、ニノを守るためにジャファルが他の殺戮者と相喰むことになればそれこそ眼も当てられない。
ならば、いっそ“ジャファルもセッツァー達と同じ形に”なってもらった方がいいのではないか、と。

―――――正直、ニノを殺すべきか生かすべきか読めない。どちらに賭けても、失うものも得られるものもある。
     俺じゃ判断が鈍っちまう。だから“旦那に任せたい”。

だからセッツァーは委ねた。ジャファルとニノの関係に全く興味の無いピサロを公平なダイスと見立てて、その趨勢を賽に任せようとしたのだ。

(これが、ギャンブラーというものか。成程、人間に相応しい在り方だ)

ピサロは思惑を億尾にも出さず鼻息を鳴らす。
セッツァーの要望があろうがなかろうが、ロザリーへの道程を阻むものがいれば誰であれ屠るのみ。
それはニノという娘でも例外ではない。最も、その公平さこそをセッツァーは信じたのだろうが。

「アンタらも、まだあの店のアイテムを使わずに残してくれたようだしな。
 あのガキが俺達の装備を見誤ってくれてたら、更にラッキーな話だ」
セッツァー達はそう言って森を分けて進む。南へ、南へ。放送は近い。
「全く、あの店主サマサマだったな、まったく」
「……だが、お前はそれでよかったのか? “イカサマのダイスを放棄して”」
「なァに、やっぱりブリキ大王のような戦闘の道具は好まねえ。俺はこれで十分だよ」
ジャファルの問いに、セッツァーはポンポンと枕にしていた本を叩く。
唇を歪めたセッツァーに、ピサロは興味な下げに尋ねた。
「どういう風の吹きまわしだ? あの店主に感謝するなどとは」
「俺だって感謝したい時くらいあるさ。尤も―――――――――」

61龍の棲家に酒臭い日記 ◆wqJoVoH16Y:2011/08/20(土) 13:56:53 ID:k6.8CTsM0
エキゾチックな異国の店。その中で店主はちびちびと酒を煽っていた。
その向かいには3つの杯が、呑むべき相手を待つかのように置かれている。
だが、その酒が飲み干されることが永遠に無いことを店主は知っていた。
「よりにもよって、二重誓約を仕掛けられるなんてねえ……メイメイさんもしてやられちゃったわ、ホント」
今さら、其れについて猛ろうと思えるほど彼女は若くはなかった。
それが人の選択である以上、避けられぬ離別も逆らえぬ命運もある。彼女は幾度となくそれを見てきたのだ。
「哀れメイメイさん、籠の中の鳥……誓約の鎖に縛られたかわいそうなオ・ン・ナ」
今の彼女の仮主は人の自然に在る命運さえも捻じ曲げようとしている。それは運命の埒外、彼女としても承服は出来ない。
しかし、この牢獄に繋がれた以上、セッツァー達のように許可証でもない限り入ることも出来ない。
「にしても、あのギャンブラーさん。やっぱり目聡いわね。真逆、アレを持っていくなんて」
彼らが退出しようとしたあの瞬間を、店主は眼を閉じて想起した。

――――――――――――――――悪いが、やっぱ要らねえわコレ。

それは、振った賽の目が全て役を成す悪魔のサイコロ。それをセッツァーはカラコロと地面に投げ捨てた。

――――――――――――――――アンタ言ったな? 1等は俺にとって役に立つ物だって。
                だったら……それは俺が選んでこそだと思わないか?

そう言って店主を見つめるセッツァーの眼は、およそ運命と呼ばれるものを生業にする全ての職業を否定する光を放っていた。
その眼光を携えたまま、カツカツと店主の横を通り過ぎて本棚に立つ。

――――――――――――――――俺は、これにする。この店で唯一、明らかにインテリアから浮いているこの本をな。

セッツァーが手に取ったものを見て、店主は驚愕した。その、錠前のついた本に。

「アレは私の店のものじゃない。アレがあることを私は知らなかった。
 ということは、オル様がここに置いてたってことだから―――――出したら不味いんじゃないの?」
ここは鳥籠、扉が開かぬ限り入れぬ封印。ならばそこにある書物もまた、封印されてしかるべきものなのだだろう。
だが、しばし考えて店主はまあ、良いかと酒を飲み直すことにした。
「これでオル様の企みが崩れるならそれまでだしぃ? ひょっとしたら持ってかれること計算済みかもだしぃ?
 メイメイさん、悪くありませ―ん。無実無罪でーす。にゃははははは」
少なくとも今はまだ鳥籠の中で待つしかない。来ないかもしれない時を待つために。
それがあの闇の中で輝く者達の導としてか、憎悪の闇の尖兵としてかは分からないが。

62龍の棲家に酒臭い日記 ◆wqJoVoH16Y:2011/08/20(土) 14:01:13 ID:k6.8CTsM0
だが、世の中は酔夢ほど緩やかではない。
店主の後ろの本棚にある本の一冊が光り輝く。
その光に気付き、店主は気だるそうに本を手に取って開く。そしてその眠たげな眼を全開にした。
「夜族、高貴なる血……賢帝の破片にクラウスヴァイン、感応石……これって、首輪の?」
猛烈な勢いで書き変わる文章、そこに書き込まれていくのは首輪のことやこの世界に関する推察であった。
「にゃ、にゃにぃぃ〜〜〜!! 嘘、何でこんな場所に? よりにもよって? オル様の差し金? っていうか、不味い!」
店主は椅子を蹴飛ばしてセッツァー達が出て行った紋章へ手を伸ばす。
ここにコレがあった所で、あの島で戦う者達の役に立つことはない。何としても彼らの世界へ送り届けねばならない。

「何とか本だけでも送り届けないと…! 四界天輪、陰陽対極、龍命祈願、自在解門ッ!!
 心の巡りよ……希いを望む者たちに、導きの書を送り届けたまえ! 魔成る王命に於いて、疾く、為したまえ!」

剣指を刻み、呪文を唱えて店主は紋章に向けて力を送る。
だが、紋章はうんともすんとも言わず、本はいつまでも店の中にあった。
「え、なんで。幾らなんでもそれくらいのことは―――――――あ」
店主がその正解に気付いた時、酒で紅いはずの顔が真っ青になった。

―――――――ああ、機会が“あったら”な。

「ま、まさか……」

その脳裏に浮かんだのは、あのギャンブラーの最後の笑みだった。

「にゃ、にゃんとォォォォォォォォ―――――――――――ッ!!」


A−7の海岸。いち早く日の光を燦然と浴びて輝く海に、どこかの店主の慟哭が響いた気がした。
だが、それを聞くものなど誰もおらず。ただ“かつて船だった板”と既に薄い煙となった灰が残るだけ。

最早、座礁船と呼ばれたものは何処にもなかった。

63龍の棲家に酒臭い日記 ◆wqJoVoH16Y:2011/08/20(土) 14:01:53 ID:k6.8CTsM0
「―――――――――尤も、もう逢うこともないだろうがな」

そう言って、座礁船を焼き海の藻屑へと還した張本人が獰猛な笑みを浮かべた。
彼らはあの店を出た後、即座に紋章の周囲を重点的に破壊し、更に酒蔵の残った酒を全て船に撒き、火術で焼き払ったのだ。
正確に言えば、火を付けた時点で彼らは対アシュレー戦に向けて行動を開始した。
燃え尽きるまで待っている理由も無かった。彼らの目的は、あの入口を完膚なきまでに破壊し尽くすことだったのだから。
「万が一、あのカード以外に入る術があって、俺達のようにアイテム渡されたら堪ったもんじゃねえしな」
入口をなくせばいい。
セッツァーが取った方法は至極明快だった。それに、この方法ならばあの店主を閉じ込める効果もあるだろう。
あの店主がオディオに忠誠を誓っているか、はたまた虎視眈々と裏切りの機会を待っているか。
どちらに転んでもセッツァーに利する要素は何もない。ならば、永遠に客の来ない店番をして貰うのが最良だ。
「そう言えば、何故お前はあの女を毛嫌いする? 特に拘るようにも見えぬが」
「そりゃぁ、決まってる」
横を歩くピサロの何気ない問いに、セッツァーはさも当然のように答えた。

「自分で歩く路を決める俺<ギャンブラー>と、ここを進めと言うだけ言って自分で歩かない占い屋――――――――――相入れる訳がないのさ」

そう言い終わったセッツァー達の眼の前から木々が無くなる。
そこに広がるのはだだっ広いクレーターだった。そしてその遥か遠くで、魔法の煌めく光が陽光を超えて目に刺さる。

肌を刺す光、雨上がりにぬかるんだ熱が今日も暑くなると告げている。
セッツァーの口が歪む。魔王達の思わぬ奇襲によって、ジョウイがセッツァー達に伝えた計画は破綻したとみていい。
ここからは、恐らく最後になるだろうこの乱戦をどれだけ活かせるかが勝敗を握ることになる。

趨勢を決する大勝負。だからこそ、最後の作法だけは弁えよう。
汗にぬかるんだ掌を握り締める。慌ててカードを落とすなんて莫迦だけはゴメンだ。
そう言い聞かせるように、セッツァーは枕にしていた本をしっかりと握りしめた。
それは日記のようなものだった。古臭くはなく、かといって新しいものではなく。長年使ってきた日記という印象を受ける。
だが、それよりも眼を引くのが、巨大な錠前だった。
ピサロの魔力でも、物理的な解錠でも開かぬ錠前がこの日記のような本の中身を守り続けている。

唯分かるのは、表紙に書かれた、恐らくこの本の執筆者であろう名前――――――『Irving Vold Valeria』。
「さあ、俺達もカードを伏せるぜ。降りる奴なんていやしねえ。最高の、最高の賭けになりそうだ」

永遠に開かれること無い日記を手に掲げながら、セッツァーは高らかに謳う。ギャンブラーとして、1人の男として。
ああ、これだ。胸の動悸を確かめ、セッツァーは漸く自分の興奮を自覚する。
ありとあらゆる準備を整え、考え得る可能性を絞り出し、それでも殺し尽くせぬ死神の不運。
それにこそ立ち向かい、凌駕してこそ―――――――――彼が挑むべき最高のギャンブルとなるのだ。




「さあ、宣言しなオディオ! 『No more Bet―――――――――――It's a showdown』ッ!!」





日の出と共に、王の宣言と共に――――――――――これより、最後のゲームが幕を開ける。


今日も暑く、長い日になるだろう。

64龍の棲家に酒臭い日記 ◆wqJoVoH16Y:2011/08/20(土) 14:03:10 ID:k6.8CTsM0
【C-7クレーター北端 二日目 早朝】

【ジャファル@ファイアーエムブレム 烈火の剣】
[状態]:健康
[装備]:影縫い@FFVI、アサシンダガー@FFVI、黒装束@アークザラッドⅡ、バイオレットレーサー@アーク・ザ・ラッドⅡ
[道具]:聖なるナイフ@ドラゴンクエストIV、毒蛾のナイフ@ドラゴンクエストⅣ 導かれし者たち、潜水ヘルメット@ファイナルファンタジー6
    マーニ・カティ@ファイアーエムブレム 烈火の剣、基本支給品一式×1 メイメイさんの支給品(仮名)×1
[思考]
基本:殺し合いに乗り、ニノを優勝させる。
1:ニノを生かす。
2:放送後にヘクトル達に奇襲を仕掛ける。ただしニノの生存が最優先。
3:セッツァー・ピサロと仲間として組む。ジョウイの提案を吟味する?
4:参加者を見つけ次第殺す。深追いをするつもりはない。
5:知り合いに対して躊躇しない。
[備考]
※ニノ支援A時点から参戦
※セッツァーと情報交換をしました
※ジョウイからマリアベル達の現在の状況を知りました。その他の情報については不明です。

 【メイメイさんの支給品(仮名)×1】
  メイメイさんのルーレットダーツ2等賞。メイメイさんが見つくろった『ジャファルにとって役に立つ物』。
  あくまでもメイメイさんのチョイスであるため、それがジャファルが役に立つと思う物とは限らない。

【セッツァー=ギャッビアーニ@ファイナルファンタジー6】
[状態]:好調、魔力消費(中)
[装備]:デスイリュージョン@アークザラッドⅡ、つらぬきのやり@FE 烈火の剣、シロウのチンチロリンセット(サイコロ破損)@幻想水滸伝2
[道具]:基本支給品一式×2 拡声器(現実) 回転のこぎり@FF6 フレイムトライデント@アーク・ザ・ラッドⅡ ゴゴの首輪
    天使ロティエル@サモンナイト3、壊れた蛮勇の武具@サモンナイト3 、小さな花の栞@RPGロワ 日記のようなもの@???
[思考]
基本:夢を取り戻す為にゲームに乗る
1:放送後にヘクトル・ニノをメインに奇襲を仕掛ける。
2:ジャファル・ピサロと仲間として行動。ジョウイの提案を吟味する?
3:ゴゴに警戒。
4:手段を問わず、参加者を減らしたい
※参戦時期は魔大陸崩壊後〜セリス達と合流する前です
※ヘクトル、トッシュ、アシュレー、ジャファルと情報交換をしました。
※ジョウイからマリアベル達の現在の状況を知りました。その他の情報については不明です。

 【日記のようなもの@???】
  メイメイさんのルーレットダーツ1等賞のイカサマのダイスを放棄してセッツァ―が手にした『俺にとって役に立つ物』。
  メイメイさんの店にあった、場違いな書物。装丁から日記と思われる。
  専用の『鍵』がないと開かないらしい。著者名は『Irving Vold Valeria』。

65龍の棲家に酒臭い日記 ◆wqJoVoH16Y:2011/08/20(土) 14:03:40 ID:k6.8CTsM0
【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:ダメージ(小)、疲労(中)、心を落ち着かせたため魔力微回復、ミナデインの光に激しい怒り
    ロザリーへの愛(人間に対する憎悪、自身に対する激しい苛立ち、絶望感は消えたわけではありません)
[装備]:ヨシユキ@LIVE A LIVE、ヴァイオレイター@WA2、クレストグラフ(ニノと合わせて5枚。おまかせ)@WA2
[道具]:基本支給品×2、データタブレット@WA2、双眼鏡@現実  点名牙双@幻想水滸伝Ⅱ、解体された首輪(感応石)、
    天罰の杖@DQ4、小さな花の栞×数個@RPGロワ メイメイさんの支給品(仮名)×1 
[思考]
基本:ロザリーを想う。優勝し、魔王オディオと接触。世界樹の花、あるいはそれに準ずる力でロザリーを蘇らせる
1:放送後にゴゴ・ヘクトル達をメインに奇襲を仕掛ける。
2:セッツァー・ジャファルと一時的に協力する。
3:ニノという人間の排除は、状況により判断する
[参戦時期]:5章最終決戦直後
[備考]:確定しているクレストグラフの魔法は、下記の4種です。
 ヴォルテック、クイック、ゼーバー(ニノ所持)、ハイ・ヴォルテック(同左)。

 【メイメイさんの支給品(仮名)×1】
  メイメイさんのルーレットダーツ3等賞。メイメイさんが見つくろった『ピサロにとって役に立つ物』。
  あくまでもメイメイさんのチョイスであるため、それがピサロが役に立つと思う物とは限らない。


*座礁船の秘密の扉の先に、メイメイさんの店@サモンナイト3がありました。
 中にメイメイさんがいましたが、店共々どのような役目を持っているのかは不明。
 メイメイさんの目的は不明ですが、魔王オディオの『護衛獣』であるらしくオディオに逆らうことはできないようです。
 その中に、マリアベルの知識が書き込まれた1冊の本があります。

*座礁船が燃え尽きました。紋章も燃える前に完全に破壊されており、そこからメイメイさんの店に出入りすることは不可能です。

66 ◆wqJoVoH16Y:2011/08/20(土) 14:04:15 ID:k6.8CTsM0
投下終了です。今回は皆様の意見を頂戴出来たこと、ありがとうございました。

67SAVEDATA No.774:2011/08/20(土) 17:44:01 ID:RW9k3t9g0
投下乙です

軽妙なやりとりが楽しいですね
ここ最近、緊張感のある展開が続いていた中、良い息抜きになりました。

メイメイさんが今後どう関わってくるのか、あるいは関わってこないのか、
マリアベルの遺品が誰かの手に渡ることはあるのか、
ゲームのフィールドに手下を配置したオディオの意図、
3人が手にしたアイテムが何か、
今後の展開に大きく影響する要素が多数登場し、今後が一層楽しみです。



以下、誤字や修正の提案です。
>>51
「有ってるが意味がねえじゃねえか!」
→「合ってるが〜

>>52
だからこそピサロはむしろこの龍が何を見て、何を考えているのかにこそ興味を持った。
→龍であることは伏せられていますので、修正が必要だと思います。

>>54
シルバーカード、メンバーズカードと同様ジャファルの世界の符牒。その意味は商品価格の半額である。
→シルバーカード。、メンバーズカードと〜 の方が意図に近い表現になると思います。

68SAVEDATA No.774:2011/08/22(月) 00:01:25 ID:frK6xzww0
投下乙です

セッツァーがどんどんカッコよくなっていきますな……w
このアイテムがどんな切り札になるか、これも終盤なだけにどんなすごいアイテムが出るのやら
アーヴィングの日記はWA2ファン垂涎のアイテム間違いなし
魔鍵ランドルフでしか開かないはずのこの日記にどんなことが記されているのか、想像するだけで脳汁が出まくるわ
どっちにしろ、この戦いが最後の山場になるのかな?

69 ◆wqJoVoH16Y:2011/08/22(月) 22:27:38 ID:pBbNVYuE0
>>67

ご指摘ありがとうございます。
>>51
誤:「有ってるが意味がねえじゃねえか!」
正:「合ってるが意味がねえじゃねえか!」

>>52
誤:だからこそピサロはむしろこの龍が何を見て、何を考えているのかにこそ興味を持った。
正:だからこそピサロはむしろこの女が何を見て、何を考えているのかにこそ興味を持った。

>>54
誤:シルバーシルバーカード、メンバーズカードと同様ジャファルの世界の符牒。その意味は商品価格の半額である。
正:シルバーシルバーカード。メンバーズカードと同様ジャファルの世界の符牒。その意味は商品価格の半額である。

と修正します。

70SAVEDATA No.774:2011/08/23(火) 12:04:03 ID:kBKghiIk0
投下お疲れ様です
ルーレットと扇の連動や、WA2最大の謎の一つの日記など、RPGロワ住人にとってにやりとできる要素満載の話でした
シルバーカード(修正ミスってますが)の使い方にはその手があったかとすごい感心しました
しかし最後のセッツァーのセリフがほんとに最終決戦到来を実感させるなー
これ以上上乗せできる札はなし。後は、全てをかけて闘うのみ!

71SAVEDATA No.774:2011/08/23(火) 20:42:11 ID:NZWF9QWA0
どうなるかと思ったけど、生存者全員揃っての決戦になったか
3つ巴になると、人間関係が絡みあって戦局が読みにくいだろうな

セッツァーやジョウイは正面衝突になったら
他のマーダーに敵わないだろうから
どう立ちまわるのか見ものだな

72 ◆wqJoVoH16Y:2011/08/24(水) 19:17:22 ID:WN2FpMuw0
指摘ありがとうございます。修正の修正です。

>>54
誤:シルバーカード、メンバーズカードと同様ジャファルの世界の符牒。その意味は商品価格の半額である。
正:シルバーカード。メンバーズカードと同様ジャファルの世界の符牒。その意味は商品価格の半額である。

本当に恥ずかしい…すいませんでした。

73SAVEDATA No.774:2011/08/24(水) 22:09:51 ID:kAkS8FDE0
遅くなったけど投下乙!
セッツァーかっこえぇえぇぇぇぇえぇ!
セリフ回しといい駆け引きの上手さといい、素敵過ぎる。
こんなにカリスマ性があるキャラになるとは思わなかったぜ。
メイメイさん、アーヴィングの日記、マリアベルの本といった、
トリックスターとなり得る要素が散りばめられていて、今後がますます楽しみだ。

74 ◆wqJoVoH16Y:2011/09/19(月) 04:06:02 ID:d.0iTSfg0
拙作「龍の棲家に酒臭い日記」において
ピサロの状態表をwikiで修正しました。
(アシュレーの遺体の周辺のアイテムを回収していたのに
 バヨネットを入れ忘れていたので、それをピサロに保有させました)

1月近く見逃しており、申し訳ありません。

75第五回放送  ◆iDqvc5TpTI:2011/09/20(火) 20:18:12 ID:VxJ5WXK60
それでは本投下を開始します

76第五回放送  ◆iDqvc5TpTI:2011/09/20(火) 20:20:06 ID:VxJ5WXK60
ロマリア空中城。
それはかつてロマリア王ガイデルが居城としていた名前の通りの空に浮かぶ城であった。
愚王の引き起こした"大災害"と呼ばれる世界の崩壊に際してさえ、かの城は天空にて威容を誇り続けた。
噴火によりどれだけ街が焼き払われようとも。
地割れによりどれだけ大地が引き裂かれようとも。
大津波によってどれだけ人の命が呑み込まれようとも。
大空に座すロマリア空中城を揺るがすことはなかった。
自分一人だけ安全な場所にいて、多くの命を弄んだガイデルにはまさしくお似合いの居城だったろう。

そのガイデルはもういない。
一時は世界を掌中に治めかけた身の程知らずの王は、自らが復活させた闇黒の支配者に用済みとされ消し飛ばされた。
そして、闇黒の支配者もまた、勇者アークと聖母ククルの命を賭けた封印により、新たな聖柩へと葬り去られた。
かくて主人を失った空中城は、哀れ、地に堕ち、天より降り注ぐ涙雨により生じた湖底で眠りに着くこととなる……はずだった。

そうはならなかった。
二度にわたり主を失ったはずの天空城は、三度、主を得て新たな姿で蘇った。
ロマリア王、人間の王に続く三人目の主人が冠せし称号は、魔王。
言うまでもない、魔王オディオこそが、今の空中城の主であった。

何もオディオはガイデルのように、城にある聖柩に封印された闇黒の支配者の力を求めていたわけではない。
どころか、新たな聖柩代わりの勇者の剣だけは、元の世界に残して来た。
オディオの手にかかれば封印を解くことは叶わずとも、封印の剣に干渉し呼び寄せることはできただろう。
それを欲深き人間に支給すれば、いつかは封印が解かれることも目に見えていた。
しかしながら、オディオは知っていた。
自らが手をくださずとも、後の世に闇黒の支配者が復活することを。
なればこそ、広くアーク達の後の世に、人間達の愚かさを知らしめるためにも剣は置いてきたほうがいい。
首輪に暗黒の支配者の力を用いはしたが、あれはあくまで敗者の力にて勝者達の命を握ることにこそ意味があったに過ぎないのだ。

オディオが欲したのは単に、空中城そのものだった。
空中城の機能は、殺し合いを運営するにおいてこれ以上なく都合のいいものだった。
現在、この殺し合いに幕を引き得る戦いを見届けんとC-7直上に移動させたように、何処へも空中城は移動できる。
また、空高く聳えるというその性質から、人間達の殺し合いに巻き込まれることも、余波を受けることもほぼ皆無だ。
人間に希望を抱き、反抗を企てる者達に、不用意に発見される可能性も殆ど無い。
フェイクとして、不自然な地下施設を、幾つも用意したのも、全ては空より注意を逸らすためだ。
無論、時として強大な力や、運命の女神の気まぐれにより、空中城が攻撃や視線に晒されることもあるだろう。
だが、そんな僅かな希望さえも、オディオという存在がこの城に君臨する限り起こりようがない。
時空を操る魔王は、空中城の位相をずらし、通常空間とは少しだけずれた世界へと潜伏させているのだ。
ただ、あまりにもずらし過ぎると、感応石による送受信に不備が発生するため、ずらしている位相はほんの僅かだが。
外界からの影響と外界への影響を遮断するにはそれで十分だった。
空中城は文字通り見ることも触れることもできないステルス性を得て生まれ変わったのだ。

77第五回放送  ◆iDqvc5TpTI:2011/09/20(火) 20:20:41 ID:VxJ5WXK60
ああ、けれども。
いかに外からは見ることも触れることもできない城であっても。
その“雷”の輝きから主を護ることは不可能だった。
“破壊”ならぬ“いのり”から、主を護ることは不可能だった。
あらゆる災厄から逃れたいという臆病な願いから生み出された城は。
皮肉にも、天空にあったが故に、主を誰よりも間近に“雷”へと晒してしまった。

“雷”が、オディオを貫く。

所詮それは、イメージにしか過ぎない。
空間をずらしている以上、どれだけオディオが“雷”に貫かれたように見えても、実際は紙一重さえ触れてはいない。
オディオも、空中城も、“雷”に貫かれる前と何一つ変わることなく、そこにあり続けた。
表面上は。表面上、だけは。

「……それが、君の答えか。“勇者”ユーリル」

“雷”は、届いていた。
“雷”そのものは届かざるとも、その輝きは、確かにオディオの瞳に焼き付いていた。

オディオの瞳、昏く淀んでいた瞳に、一瞬だけ、否、一瞬でも確かに、光が宿る。

「“誰か”ではなく、“人”も“魔”も、“誰も”を“救う”。
 “敗者”でも“勝者”でもなく、ただ“救う”者。
 それが君にとっての“勇者”か」

“勇者”の命の答えを、拒むでもなく、羨むでもなく、憎むでもなく。
“魔王”たるはずのオディオが純然と受け入れていた。
懐かしい記憶を呼び起こすその輝きを、美しいとさえ感じていた。

「認めよう、君の出した答えを。君が掲げた“いのり”を」

それはオディオがユーリルに望んでいた答えとは程遠いものであれども。
あるはずのない、受け入れていいはずのない“救い”を、自身の模造にとはいえもたらしたものではあれども。

それでも、それでもオディオは肯定した。
心から、“勇者”ユーリルの在り方も、また一つの在り方だったと肯定した。


何故ならば、何故ならば。


“勇者”ユーリルも今や“敗者”だからだ。
“いのり”を成就させることなく、オディオを救えずに死んでいった“敗者”だからだ。

78第五回放送  ◆iDqvc5TpTI:2011/09/20(火) 20:21:18 ID:VxJ5WXK60
故にこそ、オディオはユーリルの“いのり”を受け入れた。
敗者の王として、“敗者”の言葉を受け入れた。

敗者はかえりみられなければならない。

オディオは思い出す、“勇者”ユーリルの“雷”の輝きを目にし、連想した、二人の人間を。
この殺し合いよりもずっとずっと昔の、オディオがまだオルステッドだった頃に看取った二人の敗者を。

“勇者”ハッシュ。
“僧侶”ウラヌス。
人間の愚かさを十分に知りながらも、それでも、最後まで人間を信じようとした存在。
信じて、信じて、信じて、信じようとして、信じたかったのに、利用され、裏切られ、朽ちた者達。
今でも、彼らのことは覚えている。
強く、強く、この胸に刻んでいる。
殺し合いの始まりを告げた場にて、オディオに攻撃してきたわけでもない“僧侶”クリフトを殺したのも、感傷故ではないとは言い切れない程に。

「あなた達は、正しかった……」

ハッシュ達が痛感したように、人間は余りにも弱い。
信じるものに縋らなければ、人は誰かを護ることはできない。
そして、信じて尚、誰も“救えなかった”ならば。
信じて尚、裏切られたならば。
人はその時、“魔王”となる。
果てしない“憎しみ”のままに、満たされることなく、自分さえ救えぬ者となる。
そのあり方はまさに、ユーリルが説いた、“救う”者たる“勇者”の対たる存在そのものではないか。
そして、ハッシュやウラヌス、ユーリルを肯定したように。

「お前達もまた、間違ってはいなかった……」

最後まで仲間を信じ抜いた“最たる勝者だった”男達のことも。
愛ゆえに誰かを勝者にしようとし手を汚した女達のことも。
人間に幻想を抱き続けた人ならぬ者達のことも。
欲望のままに生き、再び敗れ去った敗者達のことも。

自身が掲げる“いのり”のままに、魔王オディオは全ての“敗者”を肯定する。

お前たちは間違っていなかったのだと。
この世に間違いがあるとすれば、それはお前たち敗者をかえりみない者達――即ち人間なのだと。

さあ、此度も刻みつけよう、お前達、敗者の存在を。
己の勝利に酔いしれ、時には他者の勝利さえ我がものとし、果てしなく欲望を抱いていく人間達に!





79第五回放送  ◆iDqvc5TpTI:2011/09/20(火) 20:23:05 ID:VxJ5WXK60



「……時間だ」

手にした感応石に思念を込める。
小ぶりな感応石は、空中城に安置した巨大感応石に共鳴。
更に遺跡ダンジョン地下71階へと設置された、もう一つの巨大感応石と連動。
島中へと、オディオの声を拡散させていく。

「諸君達の中には、放送どころではない者もいよう。
 既に誰が死に、誰が生き残っているかを正確に認識している者もいよう」

そして島中の全ての者へと声を至らせられるということは、転じて島中の全てを見聞きできるということだ。
こうして放送を手がけている間にも、玉座の間に幾枚も設置された大鏡に、生き残った者達の姿が転写されている。
闇の王が哀れなガイデルに声を届けるために使っていた媒介を模した大鏡が、今はオディオに、参加者たちの声と姿を届けていた。

だからこそ、オディオとて理解している。
この放送の半分以上は、意味を成さないものだということを。

カエル達の襲撃に始まったこの島最後やも知れぬ大戦。
剣を手にし、魔法を唱えながら駆け抜ける者達には、放送どころではない者もいるであろう。
或いはもはや、放送など、聞くまでもなく、此度の死者を把握している者さえもいる。
それでも

「されど心して耳にせよ」

オディオは言う、心して、耳にせよ、と。

「禁止エリアの発表からだ。
 7:00よりD-6、D-7
 9:00よりD-5、A-8 
 11:00よりB-8、F-7
 ここまでだ」

それは彼ら“勝者”達の命を縛る禁止エリアについてのことか。
違う、言うまでもない。
禁止エリアなど、所詮はオディオにとっておまけに過ぎない。
そのようなもので追い詰めずとも、愚かな人間達は己が欲望の為に殺し合ったはずだ。
人間達の遭遇率を高める為だというのなら、初めからもっと小さな島で殺し合いを開催すればよかった。

禁止エリアを設定した真の目的は一つ。
驕れる勝者達に、否が応でも放送を聞かせ、敗者たちの存在を知らしめるためだ。

「続いて此度の死者達の名だ。
 アシュレー・ウィンチェスター。
 ユーリル。
 マリアベル・アーミティッジ。
 ――彼ら三名が新たなる敗者だ」

勝者達は敗者たちの存在を思い知らされることで、人が、己が、欲望のままに他人を殺す存在だと知らしめる。

80第五回放送  ◆iDqvc5TpTI:2011/09/20(火) 20:23:35 ID:VxJ5WXK60

「彼らの名を聞き、たったの三人だけかと思った者はおらぬだろう。
 その一人一人が、大きな意味を持つ者達であったことを、諸君達は知っていよう。
 それでいい。
 敗者はかえりみられなければならない。
 彼らはお前達の成り得た姿だ。
 そして明日の姿でもあり得る。
 お前達勝者とて、彼ら敗者同様、自らの欲望のままに、感情のままに生きているに過ぎない!
 お前達と彼らとの違いはただ一つ!
 お前達が勝ち、彼らが敗れた、それだけだ!」

同時に、自分が殺した者達を、誰かに殺された者達をかえりみさせる。
それこそが、放送の意味!

「なればこそ、勝者達よ!
 敗者たることを否定せし者達よ!
 勝者たり続けて見せろ。最後の勝者になって見せよ。
 自らの願いこそ、あらゆる敗者達を押しのけてでも叶えるにたるものだと証明してみせよ!」

そして真なる勝者たらんとしている者達が感知した2つの存在――“ラヴォス”と“メイメイ”。
彼女達もまた、死者をかえりみる為にオディオが呼び寄せたのだ。

ラヴォス。
この島の遥か地下、背塔螺旋の伸び行く先に、泥のガーディアンの代わりとばかりに星の核に根を下ろさせし存在。
かのものは、正確に言うならば、ラヴォスであってラヴォスでない。
ラヴォスと呼ばれクロノ達と対峙した鉱物生命体は、いずれ時の復讐者に成り得る未来があることから、闇黒の支配者同様、手出し無用と判断。
ならばと自らの力で復讐するには足りないラヴォスの幼体――プチラヴォス、プチラヴォスR達の怨霊を召喚。
クロノ達に敗れ去ったかの者達の憎しみを核に、新たな成体のラヴォスとして束ね、新生させたのだ。
無論、この新たなるラヴォスは、生まれたてが故に、クロノ達が戦った個体に比べて、数段階弱い。
ラヴォスの最大の特徴たる星への寄生及び、生物の遺伝子を収集しての進化を未経験なのだから、仕方がない話だ。
しかし、その欠点すらも、オディオからすれば喜ばしいことだった。
何故ならば、白紙の存在であるが故に、この新たなるラヴォスは、純粋にこの島での殺し合いの記憶のみを刻んだ存在へと進化させられるからだ。
そう、オディオがラヴォスに望んだのは、かの者が持ちし、あらゆる生命を記憶するというその性質。
加えて、魔王ジャキの姉サラを取り込み、夢喰いへと進化することで見せた、負の感情との融合という新たな可能性。
それらに目をつけたオディオは、この殺し合いが始まって以来のありとあらゆる記憶をラヴォスに喰らわせた。
星を喰らわせるでもなく、夢を喰らわせるでもなく、時を喰らわせるでもなく、敗者達の死を喰らわせ続けた。
勝者達が戦えば、戦うほど、彼らの生体データや遺伝子、時間と努力を費やして得た剣技や技、知識や想像力をラヴォスは学んだ。
敗者達が生まれれば生まれるほど、彼らの憎悪や絶望、恨み、悲しみ、怒りに未練や無念といった負の感情をラヴォスは吸収していった。
結果、今や新たなラヴォスは、この殺し合いそのものであり、新たなるオディオと言ってもいい存在へと生まれ変わった。
もしも、オディオを討たんとする者達が現れるなら、その時は、かの者――“死を喰らうもの”が立ち塞がるであろう。
時の復讐者ならぬ、敗者達の復讐者として。

81第五回放送  ◆iDqvc5TpTI:2011/09/20(火) 20:24:12 ID:VxJ5WXK60
とはいえ、ラヴォスは特性上、あくまでも、この殺し合いや敗者達のことを自らが進化するためのデータ、餌としか見なさない。
それらを喰らい進化したラヴォスを目にし、オディオ自身や、勝者達が、敗者たちをかえりみることはあっても、自らが敗者をかえりみるわけではない。
ラヴォスが糧とするデータ自体も、ラヴォスが必要とするものだけを選りすぐった偏りの激しいものだ。
これでは真に敗者をかえりみてるとは言いがたい。
そこで、ラヴォスと対になる存在、敗者達の能力や負の感情ではなく、想いや願いをかえりみる存在として、オディオはメイメイを招いた。
かの占い師もまた、マリアベル同様、人間に幻想を抱きし人ならざる存在だ。
だがそれ以上に、人間達の心や未来を見抜く力がありながらも、彼女はあくまでも、傍観者として徹する。
たとえその先に待つのが悲劇であっても、メイメイは止めはせず、人々の選択を善悪によらず肯定し、全てを見届けようとする。
そのあり方こそを、オディオはよしとした。
彼女以上に平等に、この殺し合いの行く末を見届けてくれる者はいないだろうと。
敗者の王たるオディオも、この殺し合いを強要した立場である以上、平等性に欠く。
とあるギャンブラー風に言うのなら、オディオはこの殺し合いの元締め、ゲームマスターだ。
皮肉にも、敗者の王は、自らが集めた勝者達に対して圧倒的に、勝利に近い位置にいる。
なればこそ、君臨する王ではなく、オディオをも含めた全ての者達を平等に見届ける存在をこそ、オディオは求めた。
事実、メイメイは、セッツァー達勝者に、敗者をかえりみさせたように、オディオが望んだ以上に、上手くやってくれている。
本人は、何をしているつもりもなく、それどころか、何もできないことを歯がゆく思っているだろうが。
契約で繋がっているオディオは知っている。
一見呑んでは寝てばかりいるメイメイが、その実、自らの力を行使して、この島で起きている全ての出来事を見通していることを。
未来を詠み、今を視る度に、呑む酒の量を増やしていっていることと、その意味を。

「その果てに魔王を討たんとしている者達よ。
 確たる望みもなく、数多の願いを踏みつぶし、私へと至らんとする英雄達よ。
 それもまた良かろう。
 我が手により潰えるか、我が前に現れる前に殺し合いの中で力尽きるか。
 どちらにせよ思い知ることとなるのだからな。
 真の勝者は誰だったのかを!」

ならばこれ以上、オディオにとって必要なものはない。
No more Bet,It's a showdownとはよく言ったものだ。
あの日記に目をつけるだけのことはあるということか。
まあいい。
たとえ首輪を解除した者がいようとも。
これから後に更に現れようとも。
オディオはただ待ち続けるだけだ。
人形を侍らせ、復讐者を共とし、傍観者に見届けられる中、全ての答えが眼前に示されるその時を。





※オディオの居城は墜落したロマリア空中城@アークザラッド2をオディオの力により改修したものです。
 現状では、遺跡ダンジョン地下71階にある感応石と連動する巨大感応石を搭載していることや、
 最深部のガイデルのいた場所がOPENINGでの玉座の間に改修されていることが確定しています。
 他にも、幾つかの変更点、追加点があるかもしれません。お任せします。
 現在は、C-7上空に待機しています。
 オディオの空間操作能力で、触れることも触ることも不可能ですが、メイメイさんの店のように強力に隔離されているわけではありません。

※カエルが察知した存在は、クロノ達に敗れたプチラヴォス達を進化・融合させて生み出された新たなるラヴォス“死を喰らうもの”でした。
 本文中にて、クロノ達が戦った個体よりかは劣ると記述しましたが、それは誕生時点でのことです。
 強者達の戦いの記憶と遺伝子を収集し、敗者達の憎悪をはじめとした負の感情を吸収した今、かなりの力を持つと思われます。
 姿形能力など、細かい点を含め、後々の書き手の方々にお任せします。
 ただし、“死を喰らうもの”は“時を喰らうもの”@クロノ・クロスとは別個体であり、
 オディオが自らやこの殺し合いに関係しない思念が混ざることを望まなかったころもあり、時間と次元を超越する能力は備えておりません。

※メイメイさん@サモンナイト3はあくまでも、傍観者としてオディオは召喚しました。
 オディオは彼女を自身の戦力としては絶対に扱いません。

82第五回放送  ◆iDqvc5TpTI:2011/09/20(火) 20:27:28 ID:VxJ5WXK60
以上で、放送の投下を終了します

83SAVEDATA No.774:2011/09/20(火) 22:09:14 ID:LOx3aAQQ0
乙でした

あれがロマリア空中城だったと思うと
OPENINGもまた違って見えてくるなー
感慨深い

84SAVEDATA No.774:2011/09/23(金) 01:41:38 ID:OfHikMiU0
投下乙です

オディオも色々と凝ってるなあ…
そうか、未来の事を考えたらそういう風に動くか

85SAVEDATA No.774:2011/09/24(土) 15:04:19 ID:FKp.UFyQ0
一応こちらでもご報告を
本日0:00をもって予約が解禁されました
また、元の本スレ10において、参戦作ごとのRPGロワ振り返りが企画され中です
興味のある方はぜひ

86SAVEDATA No.774:2011/10/30(日) 15:57:02 ID:0TNSfWnE0
予約来たぞw

87 ◆wqJoVoH16Y:2011/11/03(木) 21:06:42 ID:dlqrrOpU0
投下します

88世界最期の陽 1 ◆wqJoVoH16Y:2011/11/03(木) 21:08:11 ID:dlqrrOpU0
 お前では充ち過ぎている。彼では、届かない。君では嵌まらない。それでも?
<You are not agreement. ―――――――――――――――Notwithstanding?>



陽光降り注ぐ森の中、その滑り気のある表皮を“てからせ”ながら、カエルはその内の1本に寄りかかっていた。
心臓のあたりを鷲掴みにしながら、苦しそうな呼吸を漏らす。その滑りの半分は紅かった。無論、自分の血ではない。
ぜいぜいと荒く吐かれる息は、森の清涼な空気を以てしてもそう収まるものではない。
(……近い、3人!!)
何かを察した瞬間に、カエルは息を飲み込んで舌を大きく突き出し、別の樹の枝に巻きつけて一気に飛び上がる。
目を閉じてまったく何も見ていなかったはずのカエルの挙動は、それ故に最速だった。
そしてその瞬間、今の今まで寄りかかっていた樹に衝撃が走り、くの字にへし折れていく。
「ウォータガ!」
紅く輝く剣を杖のようにして折れた樹の方に向けると、大量の水がそこに降り注いだ。
避けられたことを認『識』。だが、牽制にはなった。再捕捉しての攻撃には数十秒は要するだろう。

すぐさま樹を降りて、緑の中に緑を隠すカエルは一連の動作において敵を見ていなかった。
呼吸を整えながら、剣に意識を集中するカエル。その閉じた瞼には、線で繋がる淡い光が写っていた。
キルスレスによる共界線干渉の応用――――生体の首輪探知によって周囲の参加者の位置を把握する。
戦闘中に剣に向けられる集中量では距離、精度は完全探査時と比べるべくもないが、
それこそが、多数の敵を一人で相手取るカエルの生命線だった。

だくんだくんだくんと脈打つ血ならぬ血液の音を聞きながら、カエルは回復魔法を自分に重ねがけする。
視界・行動ともに障害物の多い森は、多人数である敵に不利であり、視界がなくとも位置を認識できるこちらに利がある。
逆にこの場所でなければ、放送が終わる前に勝敗は決していたであろう。
(動揺は少ないか。すべて知っていた人間だったようだな)
放送後も、カエルに対する攻勢は衰えることはなかった。だが、同時に攻勢が強まることもなかった。
カエルは放送を大雑把にしか聴いていない。精々、マリアベルの死が保障され、
あのウォータガを消す厄介な技を恐れなくてすむという安堵だけだ。
劣勢側であるカエルはそんなことよりも、敵を排除することに集中しなければならない。
「新手が増えたか」
真紅の鼓動と回復魔法の相乗効果で無理矢理体調を“抉じ開けた”カエルは、すくと立ち上がった。
剣に伝わりて感じる、新たなる人間の感情がカエルの心をざわめかせる。

「“とりあえず、上手く行った”というべきか。後は、魔王の手腕を信じるとしよう」

89世界最期の陽 2 ◆wqJoVoH16Y:2011/11/03(木) 21:09:36 ID:dlqrrOpU0
カエルはそういって獰猛な笑みを浮かべながら髭を撫でた。
これで良しと、油断はなく、されど喜色を滲ませながら。
カエルの仕事は、この『おばけかえるの森』に迷い込んだ連中を閉ざすことだ。
正確に確かめる暇はないが、あの重ね方だと恐らく南側は完全に閉ざされ、ここも直に潰されるだろう。
だが、いざとなれば魔王がカエルを転移させる段取りになっている以上、禁止エリアは恐れるに足りない。

「もっとも、ここで仕留められれば何も問題はないわけだがな」

笑んだカエルの瞳が赤に輝く。その色は、よくよく見知った色だった。
もう逃がさない。ここには蛇はいない。後は蛙の舌に巻かれて呑まれるだけだ。

―――――――殺せ憎ィ死ネ不要焔廃棄ね痛メ病め苦死穢レ災厄焼かレ不合膿マ英雄怨嗟怨混不適悪憎不格
―――――――自らの願いこそ、あらゆる敗者達を押しのけてでも叶えるにたるものだと証明してみせよ!

僅かに記憶に残った、放送の最後を思い出してカエルは笑い続けた。
そして、跳躍する。その手に紅き剣を煌かせながら。
皆まで言うなオディオ。無粋を重ねずとも了解しているさ。

「証明するまでもない。我が剣にかけて、全てを殺し、我が願いを真としよう!」

そうして、この先何がどうなろうが決して崩れぬだろう誓いを胸に、カエルは躍り出た。
緒戦は成功。これより、こちらの戦いも本番となる。



【C-7とD-7の境界(D-7側)二日目 朝】

【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:『覚悟の証』である刺傷。 ダメージ(小)疲労(小)自動回復中 『書き込まれた』憎悪
[装備]:紅の暴君@サモンナイト3
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本:ガルディア王国の消滅を回避するため、優勝を狙う
1:魔王がC7側を制圧するまで、敵勢力を引き付ける
2:魔王と共に全参加者の殺害。特に仲間優先。最後に魔王と決着をつける
3:できればストレイボウには彼の友を救って欲しい
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)
[備考]
※イミテーションオディオの膨大な憎悪が感応石を経由して『送信』された影響で、キルスレスの能力が更に解放されました。
 剣の攻撃力と、真紅の鼓動、暴走召喚に加え、感応石との共界線の力で、自動MP回復と首輪探知能力が付与されました。
 感応石の効果範囲が広がり、感応石の周囲でなくとも限定覚醒状態を維持できます。(少なくともC7までの範囲拡大を確認)


[その他備考]
※ゲートの行き先の法則は不明です。 完全ランダムか、ループ型なのかも不明。
 原作の通り、四人以上の人間がゲートを通ろうとすると、歪みが発生します。
 時の最果ての変わりに、ロザリーの感じた何処かへ飛ばされるかもしれません。
 また、ゲートは何度か使いましたが、現状では問題はありません。

※首輪に使われている封印の魔剣@サモナイ3の中に 源罪の種子@サモサイ3 により集められた 闇黒の支配者@アーク2 の力の残滓が封じられています
 闇黒の支配者本体が封じられているわけではないので、精神干渉してきたり、実体化したりはしません
 基本、首輪の火力を上げるギミックと思っていただければ大丈夫です

※首輪を構成する魔剣の破片と感応石の間にネットワーク(=共界線)が形成されていることを確認しました。
 闇黒の支配者の残滓や原罪によって汚染されたか、そもそも最初から汚染しているかは不明。
 憎悪の精神などが感応石に集められ、感応石から遥か地下へ伸びる共界線に送信されているようです。

90世界最期の陽 2 ◆wqJoVoH16Y:2011/11/03(木) 21:10:36 ID:dlqrrOpU0
勇者の雷によって荒野と化したC7。虫一匹一木一草、命の欠片も残っていない場所に小鳥が囀る。
「うそ、マリアベル。なんで、なんで!?」
駆けながら叫ぶニノの表情の蒼さは、走り疲れたからではない。
放送によって伝えられる、つい先ほどまで生きていたものの死。
そしてなにより、この殺し合いの中で様々なことを教え導いてくれた人の死。
バトルロワイアルという闇の中、彷徨えるニノの足元を照らしてくれた月明かりだったのだ。
そして、その月は砕けた。心のどこかで、ずっと照らし続けてくれるものだと思っていた灯りが途絶えた。
それが、彼女にとってどれほどの意味を持つかは想像に難くない。
何故、何故殺しあうのか。誰も彼もが救われてなお命は零れ落ちるのか。
「落ち着け、ニノ! 前を見ろッ!!」
狼狽するニノを抱きかかえてヘクトルが大きく跳ぶと同時に、爆炎が広がった。
赤く煌く焔と煙の向こうに、幽鬼の如く静かに立つ影が浮かぶ。
「……ダークボム」
幽鬼の声とともに更なる闇の力が爆ぜて、炎もろともヘクトルたちを更に後方へと押し飛ばす。
煙火が晴れ、幽鬼の姿が露になる。魔の鍵を周囲に浮かべながら佇むは魔の王。彼らを冥府に送り届ける者。
「あいつは……爆炎ではぐれちまったか……クソッ! ここは俺がッ!!」
魔王はどうにも放送などお構いなしなのか、只管大規模の術を行使し続けている。
狙いが甘いのか、飛び退く事で何とか避けられているが、
もう一人いたはずの仲間とはぐれてしまった以上、ここは自分が魔王を制するしかない。
だが、突撃しながらもヘクトルは砂を噛むような不快感を消せなかった。
先ほどから、少しずつその不快は増していた。根拠はない。しいて言うなら戦者の直感というべき、経験則か。

『トリスタンを開錠。開け――――――冥府門ッ!!』

魔王が魔鍵を天に“挿し込む”と、扉の隙間から流出するかのごとく紫の邪気がヘクトルへと襲い掛かる。
その直感に助けられたヘクトルは自身が邪気に飲まれるよりも早く、後方へと飛びのいた。
「その技、マリアベルの言っていた…!」
「もとは、お前たちを迎撃する心算だったのだ。まさか、遺跡で無為に過ごしていたとでも思ったか?」
元々南征をするつもりだった彼らは、魔王・カエルの戦力について分析を行っていた。
魔王本来の技については、幾度となく戦ったジョウイがその恐ろしさを語り、その得物についてはそれを善く知るマリアベルが語った。
魔鍵『ランドルフ』。異界の扉に干渉し、そのエネルギーを召還・操作する魔具。
魔王はこれまで鈍器あるいは転移用アーティファクトとしてしか用いていなかったが、本来の使用者達がそうしていたように、攻撃に用いることも可能だ。
そして、遺跡の中でその術式機構を解析していた魔王は遂に本来の使い方を得ていたのだ。
毒・病気・ダウンハーデット・能力封印・眠り。扉を開き、ありとあらゆる悪性エネルギーを召喚して相手を攻撃する技を。

「『ゲートオブイゾルデ』……!」
「ほう……“こちらの方は”そういう名前なのか」

再び開いた距離の狭間でオスティアの候と中世の魔王が相対する。
イゾルデの威力は兎も角、悪性効果は回復手段の欠ける現状では危険すぎる。
ここは距離をとって隙を伺うしかない―――――――――?
「ヘクトル、ごめん……」
「気にすんな。それより、魔王から眼を逸らすなよ。またバカスカ魔法を撃ってくるだろうからな。食らったら一溜まりも……」
「……違う。あの魔法、なんか変だよ。見た目ばかりで、力が感じられない」
呼吸を整えながら、ニノがその違和感の核を穿つ。この島で魔の道に触れ、魔力という概念を認識できるようになったニノはその感性で気づいたのだ。
魔王の術からどんどんと力がなくなっていることに。確かに見た目は上級魔法のそれだが、そこに込められた魔力は多く見積もっても中級にも至っていない。
なるほど、これならば確かにバカスカ撃つことも可能だろう。
「じゃあ、いったい何の為に……ッ!!」
ヘクトルの戦理に、最後のピースが嵌め込まれる。
いかにも上級術と見せかけ、その癖避けやすくしたのは、こちらに上級術を警戒させて引かせるため。
ゲートオブイゾルテを用いてまで接近を避けたのは、前に出られるのを防ぐため。
周囲を見渡す。そこはもう森ではなく、荒れ果てた野。ここまで―――――“押し込まれた”。

「ニノ、禁止エリアはどうなってた!?」
「うえ!? そ、そんなのいきなり言われたって、書く暇無かったしッ!」

91世界最期の陽 4 ◆wqJoVoH16Y:2011/11/03(木) 21:11:19 ID:dlqrrOpU0
突如禁止エリアの位置をヘクトルが尋ねるも、ニノには答える術が無かった。
魔王の張子の猛攻の前ではメモをとる余裕などあるはずもなく、その記憶もマリアベルの死によって霧散した。
もっとも、それはヘクトルも同様だ。そんな隙を見せれば、魔王は容赦なく本命の魔撃を繰り出していただろう。
だが、おぼろげに記憶する禁止エリアの形からして、何か“不味い”ことになりかねない。自分たちが、そして何より、他の仲間たちが。


「――――――――――――――7:00からD-6、D-7。9:00からD-5、A-8。11:00からB-8、F-7だぜ。折角の情報、メモぐらいは取っておきな。ヘクトル」


突如響く、新たなる人間の声に二人は反射的に驚く。
だが、その驚きは直ぐに止んだ。“北側から響いた”その声の主を、二人ともよく知っていたからだ。

「つまるとこ、俺たちみんな纏めて最後のルーレットにブチ込まれたってことだよ。オディオの奴も随分と“粋”なことをしやがる」
「……セッツァー。セッツァー=ギャッビアーニ」

黒のコートと銀の髪を棚引かせながら、一人の男が悠々と歩いてくる。
流離のギャンブラー、セッツァー。ヘクトルと川の畔で出会い、雨の中にヘクトルと別れた男。
この島では珍しい三度の邂逅を果たしたセッツァーは、莫逆の友を抱きしめるかのように気楽に言った。
鍵を滞空させながら攻撃の手を止めた魔王を一瞥した後、セッツァーがヘクトルに視線を向ける。
「手強そうな状況だな。手を貸すぜ?」
「……お前に三度逢ったら何を聞こうか考えてたんだけどよ。敢えてこれを聞くぜ」
「何をだ?」
「『単刀直入に聞く、あんたは殺し合いに乗ってるのか?』」
魔王に意識を向けながらも放たれたヘクトルの問いに、セッツァーは僅かに眉根を寄せた。
忘れるはずも無い。それは始まりの邂逅でヘクトルがセッツァーに問うたことだった。
そして、その問いの結果が、今ある現実の一端を構成している。
「おいおい、いきなり何を言うかと思えば。こちとら、夜を駆けずり回ってジャファルを探しても見つからないから、お前たちの援護に――――」
「手前が船で何をやってたか。ちょこ達に何をしたのかは知ってる。四度は言わない。『単刀直入に聞く、あんたは殺し合いに乗ってるのか?』」
わざとらしく否定するセッツァーを、ヘクトルは胸倉を掴むように問い詰めた。
セッツァーの瞳を真っ直ぐに射抜くその瞳には明確な怒り、そして、僅かに匂う淡い期待が滲んでいる。

「『まさか……冗談じゃない』―――――というに決まってるだろう。そんな屑手をいきなり切る素人相手なら、特にな」

ヘクトルの迷いを断ち切るかのように、酷薄な笑みを浮かべるセッツァー。
その瞬間、西側から高出力のエネルギーが砂煙を巻き上げながらヘクトルめがけて射出される。
「やっぱりかよッ……糞が!!」
射線に垂直に回避し、体を転がしながら立ち上がったその砂塵の向こうには、もう一人の魔王ピサロ。
だが、その手には剣しかない。一体あの光線はどこから……?
頭をぼりぼりとかきながら、僅かに思考した上で放たれたセッツァーの言葉がピサロに向かったヘクトルの意識を引き戻す。
「『やれやれ……あのルーキー、いつの間に逃げたかと思えば、やっぱり舞い戻ってやがったか』」
「ってことは、ジョウイの言ってたことは本当だったのか!?」
「今思ったことの逆が正解だよ、ヘクトル」
「な……!? ど、どっちだって!?」
ジョウイは味方だと思う。セッツァーの言もそれに合致する。だが、今まで嘘を塗り固めてきたセッツァーが嘘をついている可能性もあって。
しかもジョウイは今、森のほうにいるはずで、裏切られたら、でも、味方なら逆に――――
セッツァーの難解な言い回しで頭を“わやくちゃ”にされるヘクトルのザマを見て、セッツァーはにやりと笑った。
ここでジョウイの正体を明らかにするのは容易い。だが、嘘をつき続けてきたセッツァー達の言葉では仲間割れを狙う詐術にも聞こえてしまう。
そうでなくとも『セッツァーに誘われた、でもやっぱり仲間は裏切れない!』とでもジョウイが言ってしまえば今度はセッツァーが道化になる。
仮にジョウイが寝返ったとしても頭数が1増えるだけで、獅子身中の虫を今更引き込むデメリットと釣り合わない。
ここは『ジョウイが敵“かもしれない”』というカードをちらつかせるのが最上だ。現にヘクトルの意識は南に向き―――――絶好の瞬殺点が生まれる。

「―――――――――――――ッ!」

92世界最期の陽 5 ◆wqJoVoH16Y:2011/11/03(木) 21:12:05 ID:dlqrrOpU0
ヘクトルの中に生まれた『不安』の影から、東よりジャファルが影断ちの速度で斬り込む。
ヘクトルが気づいたときには、既にジャファルはその殺害半径にヘクトルを捕らえていた。アルマーズでは防ぎきれない。
「ジャファル!!」
「……クッ―――――どいてくれ」
ヘクトルとジャファルを結ぶ直線状に、ニノが割り込む。ジョウイに対する考えの度合いが、僅かにニノを早く行動させたか。
だが、この好機は逃せない。半歩踏み込み直すことでジャファルは直線からニノを外し、ヘクトルに襲い掛かる。
半歩遅れたとはいえ、ヘクトルの対応は間に合わない。これで――――

「『それは大きなミステイクだがな!!』」
「ちぃっ!!」

晴れた朝に、澄み渡る剣戟音が響く。瞬殺不可能と断じた瞬間にジャファルは後退し、突如現れた妨害者を見やる。
影縫いの一撃を防いだのは、勇者の剣。そしてそれを握るのは、もう一人のギャンブラー。
「まったくな……俺が知ってる『俺』だったらこんなチャチな細工はしねえはずなんだが……
 今の『お前』を真似ようとしたら、こうなるとしか思えなかったぜ? セッツァー」
「物真似。なるほどな、理性で見定めるのはこれが初めてか、三下野郎」
ゴゴ。無数の布を巻きつけた異彩の風貌にして、セッツァーと思わせるその物真似こそが、彼を彼と足らしめる。
物真似師は布に覆われた隙間からチラとピサロの持つ銃剣を見抜き、軽蔑するように言った。
「鉄を纏うだけじゃ飽き足らず、アシュレーの武器まで漁っていたとはな」
「――――あぁ、落し物は拾っておくものさ。そのギル2枚が、億万長者の道につながることもあるんでな」
「そっくりそのまま返すぜ。俺の知ってる『俺』は超一流だが、今のお前は三流に劣る」
「……ゴゴ! 今までどこに」
「すまなかったな、ヘクトル。ちっとばかし大地に物真似させてもらってた。放送は聴かなきゃならんだろ、ん?」
そういって不敵に笑うゴゴが、まるでセッツァー本人としゃべっているかのようでヘクトルは苦笑した。
恐らくはセッツァーがこのタイミングでやってくることを警戒していたのだろう。
魔王の魔法で散り散りになった隙に大地と同化して、身を隠していたのか。
聞けば桜の物真似までできるとは聞いていたが、実際に見るとなんとも不可思議である。

「さて、これでお前の札はこれで出揃ったか? キャプテン」
セッツァーの物真似をしたゴゴがセッツァー、そして周囲に散開する2人を眺める。
「ジャファル……来たよ、わたし。ここまで来た。ジャファルに会いに」
「ニノ……」
ジャファル。四牙の一角にして、ニノに無くてはならないもの。
あの雨で完全に絶たれた二人が、この朝日の中に再び出会った。
「名前は聞いてるぜ、魔族の王。俺の仲間たちが、随分と世話になったみたいだな」
「――――名前か、フン」
ピサロ、そしてヘクトル。
片や不敵に、片や不快そうに、人魔をすべる二人の主が睨み合う。
「大方、魔王達との争いに割り込んで漁夫の利を得ようって腹だろ。禿鷹みたいな真似をするなよ。それは俺の領分だ。
 あんたは鴎だろう! 誰にも縛られず、自由に空を泳ぐ鳥だろう!!
 夢を忘れたのか! あんたが駆るのはあんな鉄の羽じゃない。鷹の白翼だろう。ファルコン・セッツァー、キャプテン・セッツァー!!」
ゴゴが吼える。セッツァーとして、自分が知るセッツァーとして、目の前のセッツァーが知らない、知るべきセッツァーとして。

雨の中で傷ついた者達を集め再興されたマーダーチーム。その全容と彼ら3人が対峙する。

93世界最期の陽 6 ◆wqJoVoH16Y:2011/11/03(木) 21:13:02 ID:dlqrrOpU0
「ふ、クク、ハハハハハハハハハ、ハァーッッハッハハッハ!!!!!」
だが、その中心。セッツァーは大きく笑った。淫らに、侮蔑的に、ありとあらゆる宝石を貶めるように。
「ククク、そうか、そうかよ……ただの三下ならまだ可愛がりもできたが―――――――暴きやがったかよ、ダリルの夢を」
それは逆鱗だった。セッツァーにとって侵されてはならない聖域だった。
経緯はわからない。だが、こいつは確実にファルコン号のことを知っている。
友との誓いにして、勝ち残ったセッツァーが掴み取るべき夢を、目の前の物真似師は穢したのだ。
「違う! お前は何か勘違いを―――――――」
「勘違いしてるのは手前ェだよ、墓暴き<グレイブローバー>。お前の騙る俺は、まァったく以って話にならねえ。
 漁夫の利を狙う? 莫迦が。“ここは最初っからお前たちの狩場だよ”
 あえてもう一度聞くぜ。『手強そうな状況だな。手を貸すぜ』―――――なぁ、魔王サマよ!!」

セッツァーの怒りを孕んだ裂帛の声は、3人を通り越す。
彼ら三人が向いたその声の向け先の魔王はセッツァーの言葉を否定しなかった。


―――――・―――――・―――――


「動いた。C7からC8側へ3人移動だ」
キルスレスを地面に突き刺し、意識を集中するカエルがそう呟いた。
C7へランドルフの力で転移した魔王とカエルは、今一度参加者の探査を行ったのだ。
「好機だな。あの近くには川があったはずだ。利用すれば巻き込むは容易いだろう」
魔王はマントを翻し、進撃を始めようとする。寡兵であるこちらは、この機を逃せない。
「待て、魔王。これは……B7に3人。動かずにいる奴等がいる」
魔王を制したカエルが認識したのは、新たなる首輪の存在だった。遺跡よりも北に来たことで、認識できる半径も北上したのだった。
「アシュレーとやらか? 否。ならば態々B7で足を止める必要が無い」
オディオが導いたあの夢の中で、魔王はアキラとアシュレーという人間がまだ出会っていない仲間たちであると知った。
この3人の存在は、アシュレーを含めたチームだろうか。
だとするなら、カエルの識った戦いの傍にいながら救援にもいかなかったということになる。
折角夢の中で存在を知った者同士が、そのようなことをするだろうか。いや、しないだろう。ならば。
「俺たちと同じ、優勝を目指す奴らか。恐らくはあの雨の生き残りだろう」
自分たちのように、優勝をするために一時的に協力を選んだ者たちだ。
その事実を前に、カエルはしばし考え込んだあとその思いを述べた。
「魔王。この奇襲、なんとしてでも成功させる。2人か、最悪でも1人、殺してみせる」
「……その後のことか?」
「ああ。おそらく、直接奴らの命を狙いにいく俺の方に敵は戦力を集めてくるだろう。
 お前にも敵は当たるだろうが、その人数は俺よりも少ないはずだ」
「何が言いたい?」
「――――――――俺に当たる連中は、意地でも俺が引き付ける。その間に、お前に当たる連中を北に“捻じ込んで”欲しい」
カエルの策を、魔王は余すところ無く了解した。カエルが敵主力を引き付け、魔王にあたった寡勢を北に誘導。
B7にいる同業者に“あててやる”。漁夫の利を以ってB7の連中を“利用してやる”のだ。
「存在が知れた以上、使わぬ理由は無いか。だが、分かっているのか? お前の方が格段に危険だぞ」
「これしかない。おそらくその3人のうち1人はピサロだろう。
 徒党を組んでいるのならば、ある程度は冷静なのだろうが、俺では情勢を無視して矛先が俺に向かいかねない。
 なにより、俺ではお前のような殲滅力が無い。だが、持久戦ならばできる。俺とお前が2人とも勝つには、この分担しかない」
広域魔法に長けるが、単独行動力に劣る魔王。回復を完備し単独でも戦いぬけるが、決定打に不足するカエル。
なるほど、分担はこれしかない。二人で組んだところで、敵は10人近い徒党――――彼らは綱渡りを続けるしかないのだ。

「さあ、何にせよ先ずは『一撃』だ。何、勝算の一つも無く向かうわけじゃない。ここは俺に任せろ―――――――だから、頼んだぜ」

そういい切ったカエルの表情が笑顔だったかどうかは、魔王には分からなかった。


―――――・―――――・―――――

94世界最期の陽 7 ◆wqJoVoH16Y:2011/11/03(木) 21:13:39 ID:dlqrrOpU0
「探知機か、探知術か分からんが――――あんたら、何かしら俺たちの位置を理解する術もってるだろ。
 俺たちを当て馬にして、漁夫の利を狙うか相方の元へ戻る……大方、そのあたりか」
カエルと魔王の決死の策。それを、初めて相見える銀髪の男はいとも簡単に看破した。
それもそのはず。ギャンブルの鉄則は、相手の狙い――すなわち、欲望を見極めることだ。
相手が狙っている役を理解せずに、ディーラーの、カジノオーナーの狙いを理解せずに勝ち続けることなどできない。
強い強い自我<エゴ>があればあるほど、その感情はゲームに浮かびギャンブラーが狙うべき筋を明らかにする。

「両生類を前に出さなかったあたり、話をする気はあるんだろ? どうだい、ここは共同戦線を張るってのは!?」
「セッツァー!?」

セッツァーの真似をするゴゴは一歩遅れてセッツァーの思考を理解する。
こいつが敢えて手札をすべて晒すように現れたのは、この為かと。
だが、左右をピサロとジャファルに挟まれたこの状況ではこの交渉を止めようが無い。
「……私が南へ引き返そうとすれば、背後から狙う心算だったくせに、よく言ったものだ」
「おおっと。気を悪くしたなら謝るぜ。そりゃあ俺だって矮小な人間サマよ。利用されるだけ利用されるなんて、我慢ならねえさ」
「お前と私は初対面のはずだ。なぜその申し出が効くと思う?」
「あんたは信用できる! あんたの相方はあんたより苦境にいる。
 つまり、アンタの相方はアンタが戻ると信じて苦境にあるってことだ。これが信頼じゃなくてなんというよ!?」
朗らかに放たれるセッツァーの語りは、魔王の心を“擽った”。
同時に、カエルの身を魔王に案じさせる。ここは一刻も早く片付けて、カエルの援護に向かわなければカエルが危うい。
この提案を蹴れば、6人を同時に相手せざるを得なくなる。
そしてここを一刻も早く片付ける方法は、皮肉にもこのギャンブラーの差し伸べた手の先にしかなかった。

「フン、まるでビネガーのような男だな。うっとおしい」
「腐ってるってか? せめて貴腐ワインと言って欲しいね。OK、了承と受け取った!
 ただし、悪いがここの3人を片付けるまでの期間限定だ。これ以上大所帯になっちまったら天秤が崩れるんでな」

睨み付けるような魔王の視線を、セッツァーは狂気に等しい笑みで返した。
魔王を懐柔される様を為す術なく見守るしかなかった3人はようやく、セッツァーの“恐ろしさ”を理解する。
本来は魔王達がセッツァーを利用するという目論見だったはずの計画を、即座に自分の目論見に“摩り替えた”この手癖の悪さ。
この期に及んでも、魔王懐柔の賭けを即興で仕掛けるこの飽くなき勝負欲を。

「さあて、待たせたなボンクラ共。ジャファルは俺と一緒にヘクトル! “旦那はニノの嬢ちゃん”! 魔王サマはそこの三下を頼むぜッ!!」

その賽が投げられると同時に、東西南北を囲んでいた4人が一斉に襲い掛かる。
「待て、ニノは俺が――――」
「あんたじゃ嬢ちゃんの気が済むまで殴られてやりそうだからな。俺じゃ殺すのは兎も角、抑え続けるのは無理だ。
 魔王は論外。この場じゃ旦那に押え付けてもらうのが張り所だよ」
セッツァーの振り分けに抗弁しようとするが、先の瞬殺を仕損じたことを仄めかされジャファルは口を噤む。
「なァに、お前の気持ちも分かる。“これさえ終われば、心配事もなくなるさ”」
「……ああ、そうするか。先ずはオスティア候、貴様からだ!」
「へ、二人がかりか。ニノより先に俺とは、嬉し過ぎて涙がでらあ。それよりセッツァー! いいのか、ゴゴはお前に会いに来たんだぜ!?」
「生憎と盗人の仲間は一人しか知らんな。それに、札には切る“順番”ってのがあるんだよ。先ずはお前だ、ヒヨコの王様!!」
セッツァーがブリザラで援護する中、ジャファルがヘクトルに斬り込む。
迎え撃つはアルマーズ。天雷の斧を両手で握り締め、白球を打ち返す様に構える。

「来いよジャファル、セッツァー!! 手前らまとめてぶっ飛ばして、無理矢理でも俺の国に連れてくぜ!!」

95世界最期の陽 8 ◆wqJoVoH16Y:2011/11/03(木) 21:15:08 ID:dlqrrOpU0
ヘクトルの大喝が割れんばかりに朝空に響き渡る中、魔王と物真似師の鍵戟が鳴り続ける。
「ニノ、ヘクトル!! く、セッツァー!!」
「余所見をする余裕があるのか?」
直接手で動かしているように、否、それ以上の精度で魔王の魔鍵がゴゴを打ち据えていく。
しかし、ゴゴの剣も魔王に負けじと剣を早め、否、“剣術そのものが加速していく”。
「うっとおしぃ! 虎影斬ッ!!」
虎の牙の如く加速し、魔王に肉薄するゴゴの一撃が魔王を大きく後退させる。
「バリアチェンジのようなものか。属性はおろか存在まで変化させるとは、面白い」
「ちぃ。両剣じゃキレが乗らねえかよ。だが、これ以上ちんたらやってる暇は無ェんだ。道を開けろクソ魔王ッ!」
「黒き風は吹けども未だ泣かず。されど時間が惜しいのはこちらも同様、貴様の叫喚にてその供物としよう」
魔王の両手に闇の力が対流し、魔道の極限が拓かれる。
ゴゴはブライオンを“居合い”て、輝く道を斬り開く力を溜める。

「問答無用に救わせてもらうぜ。アイツをなんとしてでも大地に引き摺り下ろすッ!!」

絶刀開門。剣と魔法の大“暴”険が、陽光の中で激突した。
ヘクトルVSジャファル&セッツァー。ゴゴVS魔王。いずれも拮抗した名勝負になるだろう。
それに比べれば、コレは聊か物足りないかもしれない。

「どっけぇぇぇぇ! ハイ・ヴォルテック!!」
「……“バギ”」

呪文とともに、二つの旋風が独楽のようにぶつかり合う。それぞれを使役するニノとピサロの手には魔の札があった。
クレストグラフ。彼らとはまた別の世界にある汎用魔法デバイス。この世界に存在するのは知りうる限り、5枚。
それらは本来は5つ揃っていたのだ。5つの持ち主たちのように、仲良く揃っていたのだ。
だが、それは雨の中で2つに分かたれた。ある一人の女性の死によって。
そして、クレストグラフは遂に再び集う。約束の手形のように噛み合うように、但し、敵と味方として衝突する。
二つの風が相殺し、ニノは蹈鞴を踏んで後退る。だが、尻餅をつくような無様だけはこらえ、更に攻撃術を発動させる。
「ゼーハー!」
「“ピオリム”」
ピサロの位置に無属の力が発生するが、それよりも速くピサロは回避してしまう。
失敗を悔やむ余裕などニノにはなかった。ピサロの位置を見失ってはならない。“あの砲撃が来る”。
「――『装填・“マヒャド”』」
ピサロが手にした得物をニノに向けて突き出す。伸び切った腕では、それ以上斬撃を延ばすことなど出来ないが問題はなかった。
その得物はヴァイオレイターでもヨシユキでもない。銃剣というには、あまりにもゴチャゴチャし過ぎた砲剣だった。
「『ブリザービーム』」
ピサロの指が撃鉄を叩き、異世界とはいえ本当の魔法を込められた青き魔導の力が直線状に放出される。
アシュレー討伐の副産物である蜥蜴印のバヨネットもとい、ディフェンダー改。パラソルまでついて一見ふざけたような見栄えの武器だったが、
そこに魔導アーマーの機構が組み込まれていることを知ったセッツァーは、これをピサロに渡した。
自前で術力を補充でき、魔法と剣技を両方使うことの出来る『魔剣士』ピサロへと。
「なるほど、雑多なカラクリは性に合わないが、馬鹿と鋏は使いようなのも確かか」
何度目かの砲撃の後、ピサロは皮肉るようにその剣の使い勝手を評した。
充填さえしてしまえば、発動は任意。範囲こそ狭まるものの、速射性と威力の集約は目を見張る。
世界の理であるはずの魔法を、より効率的な殺人法へと人の業のなんと愚かなるか。
だが、今はそれをおいて置く。変則的ながら剣の間合いで魔法が使える、ピサロの為に誂えたような武器なのだから。

「やっぱり、あんた、手を抜いてたのね。私でそれを試してたの?」
「ふん……どうやら力量の差を見抜けないほど蒙昧でもないらしい」

96世界最期の陽 9 ◆wqJoVoH16Y:2011/11/03(木) 21:16:22 ID:dlqrrOpU0
ニノが片膝を突きながら息を荒げてピサロを睨むが、ピサロは涼しげにその敵意を流す。
いや、そもそも敵と認められているかも怪しい。マントの端が凍っているのを見ながら、ニノは悔しそうに唇を噛んだ。
薄々と、いや、はっきりと分かってしまっていた。ハイ・ヴォルテックとヴォルテックがぶつかり合って相殺。
ニノの目でも十分判るほどに加減された射撃。クイックを使いながら、直接剣で襲ってこないその戦い方。
脳裏に過ぎるのはストレイボウとの決闘―――――――そう、ぐうの音も出ないほどに、ニノはピサロに“遊ばれていた”。
わずかなりとも戦いの真似事になっているのは、ピサロが接近戦を仕掛けてこないからだ。そうであれば、魔道士であるニノに打つ手は無い。
そして、その魔の力においても、ニノはピサロにとって新しい得物の具合を確かめる野兎程度の扱いである。
「ならば、大人しくしていろ。蟻を潰さぬように踏むのは難儀だ」
「だからって……諦められない!!」
“なぜ遊ばれているのか分かってしまっている”ニノは両手で地面を押し上げ、その反動で前に出た諸手を突き出す。
それだけは我慢できないと、右と左には火の力、その二つを自分の前で合わせピサロに向けて放出する。
「デュアルキャスト<メラ×メラ>! メラミッ!!」
「――――――ほう、そんなやり方でメラミを放つ者がいるとはな。面白い師でもいたか。だが」
発動したメラミに驚きを見せながらも、ピサロは緩と剣を突き出す。しかし、そこには肝心の魔法が装填されていない。
怪訝に思うニノの目の前で、その圧倒的回答が展開された。
「充填・メラミ――――『魔封剣』」
砲剣についたパラソルの切っ先に触れたメラミが、吸い込まれるようにして砲身へと収束していったのだ。
魔導機構に頼る形とはいえ、魔と剣を兼ね備えるピサロの技量が常勝将軍の秘奥を再現する。
相手の魔法さえ食らう封填。そして、
「『ファイアビーム』。私と相対するには未だ遠い」
そこからの射撃を、ニノは辛うじて右に転がって回避した。その挙動に、ピサロは僅かに眉をひそめた。
片頬に伝う魔の熱を感じながら、ニノは震えた。死と隣り合わせた恐怖と、それでも死ぬことの無い怒りに。

(やっぱり、強い……私じゃ、だめなのかな……)

これが事実だ。未来の大賢者は、今大賢者じゃない。魔王と渡り合うには、何もかもが足りない。
ストレイボウと決闘をして「余程のことがない限り勝てない」ならば、これはもはや「余程のことがあっても勝てない」。
ピサロと『今の』ニノを分かつ差は、それほどまでに無慈悲だった。
それでも今二ノが生きているのは、結局のところピサロ達と共にジャファルがいるからに他ならない。
ニノが死んでしまったらジャファルがどうなってしまうか、なんとなく想像がつく。それはきっとこいつ等にとっても困ることのはずだ。
剣戟音が近くで断続的に響いている。ヘクトル達は自分達の敵に手一杯だ。とてもニノを守りながら戦う余裕は無い。
だから、まだニノは殺されない。ピサロという強者の一角を当てて、ヘクトルたちを倒すまで隔離しておくだけだ。
そして、ヘクトルたちも渋々それを良とする。ニノの安全が敵によって保障され、あまつさえピサロ1人を戦線から外してくれるのだから。

お人形の13歳。おちこぼれの、学の無い、唯の人間。全てが暴かれ、死と暴力が謳歌する現世にニノは“そういうもの”でしかなかった。
大人しくしていれば、それでいい。少なくともまだ殺されはしない。その価値が無い。
全ては力あるものがそれを決する。価値を、意味を、方向を、速度を、命を、抜かりなく完璧に決そう。

――――そんなことを言っちゃダメ。 落ちこぼれだなんて、自分を見限っちゃダメ。

「決められる、ものじゃない! あたしは、ジャファルと生きるんだ……!!
 ダメだって、グズだって、ジャファルにだって、あんたにだって、決められないんだよ……!!
 これだけ想っても、あれだけ想われてても、分かってくれない貴方達には――――ピサロッ!!」

97世界最期の陽 10 ◆wqJoVoH16Y:2011/11/03(木) 21:16:58 ID:dlqrrOpU0
人間が立ち上がる。その銀髪を揺らすほどの明確な敵意と、齢十三の少女とは思えぬほどの、静かで強固な意志を湛えた瞳が魔王を穿つ。
ピサロは何処かで見たようなその瞳を見てあることに気付き、手に持った“全2枚”の魔法札を見た。
ものは試しと使ってみたが、察するに、それはあの少女の持つものと同種のもの。
先の魔封剣返しの回避は、撃つよりも先に回避していた。まるで、自分の癖を知っているかのように。
なにより、あの強い瞳は決して唯の敵には向けられない。あれは“相手が誰か分かった上で向けている目だ”。

「……私はお前を知らない。私のことを、誰から聞いた…?」

ピサロが剣を構えながら翠の少女に尋ねる。すでに答えは分かっていたというのに、それでも聞かずにはいられなかった。
ニノは応ずるように、すくと背筋を伸ばす。
支えてくれたのは、自分を自分と認めてくれた人の言葉。幾度ニノが否定しようと、何度でも肯定してくれた人の想い。
ああ、なんで、気付かなかったんだろう。自分は今どこの誰と向かい合っているのか。
何度も何度も私を想ってくれた人が、本当に想いを伝えたかった相手じゃないか。
「貴方が一番大切に想ってて、貴方を一番大切に想ってた、強くて強くて、とっても優しい人にだよッ!!」

片手にメラミを“握りながら”、ニノはピサロに向かって走った。
これはただの戦いじゃなかった。彼は、ニノを救ってくれた人が、救いたいと望んでいた人じゃないか。
そんな人が、よりにもよって、未だ“こんなことをしている”。届いていない。まったく、何も届いてない。
ならば、届けなければならない。伝えなければならない。
これは、これだけはジャファルもヘクトルも関わりの無いこと。
マリアベルが、サンダウンがいない今、ニノが成さなければならないことなのだ。

―――― 一緒に行きませんか? このままではサンダウンさんの言うように危険だし……
     それに、一人でいるより私達と一緒に居た方がきっと安全です。
     勿論、一緒にいられない理由があるなら無理にとは言いませんけど……

「ロザリーと、共にいたのか……」
「いたよ。助けてくれて、手を伸ばしてくれて! あたしはロザリーさんと一緒にいた!
 いる間中、ずっと聞いてたよ。会いたい人がいるって、心配だって、ずっと、ずっと言ってたんだよ!!」

インファイトの距離に突っ込んできた猪娘をあしらおうとピサロは剣を振るう。
だが、その振り抜きの一歩手前でニノの空いた手に風が巻き起こり、ニノはピサロの緩い斬撃を回避する。
そして、振り抜き直後の隙をめがけてメラミを発射。魔封剣が間に合わず、ピサロは腕でガードするより無かった。

――――ピサロ様のお名前が呼ばれなかったことに、安堵してしまいました……。
    それが嬉しくて、堪らなく安心できて、亡くなってしまった方々へ、涙を流すことすら叶わないのです……!

「誰も死んでほしくないと想うくらい優しいのに、それでも、それでも貴方の無事を喜んでたんだよ!
 ピサロ、貴方が生きているだけで、彼女はそれで嬉しかったんだよ!!」
「…………」

魔法と魔砲がぶつかり合う。ニノはまるで獣のようにピサロの周囲を駆け回り、
唱える呪文に、喉の奥から競り上がる記憶を吐き出しながら術を連発していく。
ピサロは押し黙り、魔封剣で充填し、砲撃で相殺するが、何度か裁き切れずにガードを重ねていく。
まるで、吐き出される言葉を、一言一句漏らさず聞き取るかのように。

――――憎しみに囚われちゃだめよ。 そうなってしまった人の末路を私は知っているから……

「それくらい想われてたんだよ。愛されてたんだよ。なのに、何で貴方は“そこ”にいるの!?
 それを一番心配してたんだよ、ロザリーさんは!! 声は、届いたんでしょ? なのに、何をやってるのよ!!」

98世界最期の陽 11 ◆wqJoVoH16Y:2011/11/03(木) 21:18:16 ID:dlqrrOpU0
ピサロが放とうとしたイオナズンにニノがメラミを当てる。本来ただの炎であるはずのメラミが、爆発した。
その現象を見て、ピサロの表情から余裕が消える。たった何合かの打ち合いで、ニノはイオの要諦を掴み始めているのだ。
経験とは、相手が自分よりも格上であればあるほど得られるものだ。
魔族の王ピサロと“戯れた”ことで、皮肉にもそれは図らずもニノにとって何物にも変えがたい『授業』となっていたのだ。
だが、ピサロは今の拮抗を崩そうとはしなかった。それよりも、真っ向から向けられる想いに耳を傾けていたかった。
それは記憶だった。ニノがロザリーに出会い、マリアベルに出会い、再びジャファルとヘクトルに出会った想い出だった。
ヘマもした。落ち込みもした。怒られもした。でも、楽しかった。
殺し合いの中で“場違いすぎる”だろうが、それでも偽れない楽しい想い出だった。
ジャファルとあの雨の中で出会うまで、ニノがニノでいられたのは、きっとその想い出があったからだ。
想い出に、ニノは救われた。辛いときにも思い出せる想い出がある限り、人はまだ前を向ける。諦めずにいられるのだ。

「貴方が何のために戦ってるかなんて、今更聞かない。けどそれは、絶対にロザリーさんが望んでいることじゃない!!
 それでも、まだ分からないっていうのなら―――――――デュアルキャスト<ゼーハー×ゼーハー>」

両手のゼーハーを、自分の胸の中で一気に限界へと導く。まだ未完もいいところの隠し技だったが、躊躇は無かった。
ピサロに必要なのは、言葉ではなく『想い出』だ。彼が案じてきたものが、どれだけ見当違いだったかを伝えることだ。
だから、ニノは伝える。想い出を分かち合うために。今のロザリーの想い出だけじゃ足りないというのなら、この想い出を知れ。
ヘクトル達といたときじゃない、私が『この島で歩んできた想い出』の、総決算を!

「あたしが、ロザリーの代わりに、目を覚まさせてやるんだからッ――――――アカシックリライターッッ!!!!」

極小範囲とはいえ、原初の遺伝子すら書き換えかねないほどの『無』の力が、魔王に向かって放出される。
直撃ならばピサロとて無事では済まない一撃。しかも、無の力となると魔封剣で凌げる保証が無い。
「……バイキルト。『装填・イオナズン』」
本来ならば回避するべき一撃を前にピサロは足幅を大きく取り、自らに攻撃力倍加を、砲剣に爆裂の属性を付与した。
力には力。全てを真っ向から受け止めると決めた、魔族の王の構えだった。

「爆ぜろ――――まじん斬りッ!!」

ピサロの視界が爆震する。無が破裂するという矛盾が、現象となって世界を揺らした。
力の霧散のなか、ピサロは剣の手応えを感じた。砲身は壊れてはいない。これで――――
「今のは、マリアベルとの想い出。あたしは馬鹿だったから難しいことは分からなかったから、
 ロザリーさんも、難しいことはマリアベルに相談してたんだよ」
突如響くニノの声。ピサロはその声の方を向く。だが、“そこには誰もいなかった”。
「『パープルミスト』。これも、私の想い出。憎しみは消えない。でも、消えなくても、抱えて、前を向かなきゃいけないんだよ」
本当の声が、ピサロの背後から聞こえる。マント越しに僅かに伝わる熱は、それが最上級の業火であることを教えていた。

「だから、受け取って。これが、あたしとロザリーとの想い出の、最後。魔法3倍段<メラ×メラ×メラ>――――――――」

導きの指輪が赤く輝き、ニノとピサロの狭間で、第二の太陽が生まれた。
それは、マリアベルの世界にも無い力。ニノだけが、ニノだから得られた、三重魔法。
ロザリーが開いたメラの扉の先に、ニノは終ぞ至った。

「『必殺』のッッ―――――――メラ、ゾーマァァァァァッッッ!!!!」

99世界最期の陽 12 ◆wqJoVoH16Y:2011/11/03(木) 21:19:48 ID:dlqrrOpU0
荒涼たる大地と、雨上がり澄み渡る青い空。
その大地の下で炸裂したその一撃を、誰もが見た。
ジャファルも、ヘクトルも、セッツァーも、ゴゴも、魔王も僅かに戦いを止めた。
見くびっていたとはいえ、手を抜いていたとはいえ、あのピサロが、一撃貰った。
誰もが予想し得ない番狂わせが、そこにあった。

だが、ピサロは倒れなかった。そのマントを消し炭となくしながらも、二本の足でしっかりと大地に立っていた。
いつまでも力強いその背中を見て、ぜえぜえと息を切らせながらニノは、力なく笑った。
「やっぱ、無理か……はは、やっぱ、あたしじゃ、誰も救えないかぁ……」
ゴメン、とニノは想い出の中の人達に謝る。あたしじゃ、どうがんばっても、無理なものは無理だったよ。
「何故。誰も救えぬという」
ニノが寄り掛かった背中から、声が響いた。小さく、しかしニノにはっきりと聞こえる声で。
「え、だって、あたし……」
「一ツだけ、教えて欲しい。ロザリーはお前達と共にいたとき、笑っていたか?」
ダメージはあるはずだ。だが、それでもピサロの声に淀みは無かった。
ニノはそのとき、言われるがまま問われるがまま、うんと頷いた。
あれほどまでに張り詰めていた敵意が、霧散している。間近でも感じるほどにピサロから戦意が消失していた。
「そうか。笑えていたのか……ならば、お前は救っている」
え、という吃音さえ、ニノの咽喉につっかえた。
「お前の言葉には、紛うこと無きロザリーがいた。だからこそ、分かるのだ。お前達と共にいて笑うロザリーが。
 ならばお前は救っている。お前がロザリーを救ったように――――“ロザリーもまたお前に救われていた”」
それはピサロにしか断言できないことだった。ニノの言葉が真であり、ピサロの中に息づくロザリーが真であるからこそ断言できた。
この島に投げ出されたロザリーは、いつ果ててもおかしく無かっただろう。外敵に襲われるよりもそうだが、
なにより、優しすぎるが故に命が潰えているという事実に心を痛め、苦しみ続けたかもしれない。ピサロが、ロザリーが居るという事実に気付かない間に。
だが、そうはならなかった。彼女はずっとピサロの知る優しい彼女のままだった。
それはきっと、自分よりも幼くそして傷つきやすい少女に、優しさを向けられたからだろう。
その優しさがニノを救えたからこそ、彼女もまたその優しさを疑うことなく前を向くことができたのだ。
「でも、あたしは……」
ニノの中の一番重たい扉が軋みを上げる。それは、何処か遠くの国の言葉にも聞こえた。
だからそれは、きっと自分には無縁の言葉だと思っていたのだ。足手まといの、役立たずの、クズの私には。
くしゃ、と翠の髪が擦れる音がし、ニノの頭に微かな重みが乗った。ピサロの手のひらが、ニノの頭を不器用に撫でる。

「ニノと言ったな。他の人間がお前のことをどう思っているのかなど知らぬ。
 だが、少なくとも、私にとってはお前は意味があった―――――ありがとう」

ニノの頬に涙が流れた。それは、きっと欲してやまなかった言葉だった。
そして、その手のひらから伝わる感情がそれが嘘ではないと教えてくれる。
乗せられた手のひらから腕をとおり、見上げてその表情を見た。僅かな笑みも無い無表情だが、生真面目な誠意がある。
同情でもない、慰めでもない。腹に突き刺さる真っ直ぐな刃。
今まで出会ったことの無い人から、確かに自分の行いだけからのみ生じた敬意、そして感謝。

――――ニノちゃんは落ちこぼれじゃないの。 落ちこぼれなんて言って、自分の限界を決め付けたりしないで。
    ニノちゃんはいつも頑張ってる、笑顔の素敵な、かわいい女の子だって知っているから。

「……う、うん。どぅ…………いたぢ、まして……ッ」

初めての返事は、嗚咽でまみれて実に不恰好になってしまった。
伝わった。伝わるのだ。例え雨の中、夢の中で届かなくとも、この澄み渡る青空の下に届かない祈りなど無いのだ。
だから、きっと、ジャファルとも分かり合える、合えるんだよ。


「何をやっている、ピサロォォッォォオォォォォォ!!!!!!!!」

100世界最期の陽 13 ◆wqJoVoH16Y:2011/11/03(木) 21:20:53 ID:dlqrrOpU0
だから、最初、最後にいつ聞いたかも忘れたジャファルの叫び声にびっくりした。
そして、それが何のことを言っているのかを、ニノは見上げたその瞳を下に降ろして漸く理解した。
“私のお腹に、刃が突き刺さっている”。
「『ヒールフォース』――――最後に覚えておくといい。これが、ベホマだ」
ニノには何も理解できなかった。痛みが無くて、刺さっている刃とそこから流れる血液を見ていないと刺さっていることさえ忘れてしまいそうになる。
最後、最後って“なに”? そして、もう一度ピサロの表情を見る。そこには、先ほどと変わらない表情。感謝と、敬意と、誠実だけ。
騙された? 僅かな思考が過ぎるが、実体の伴わない思考は即座に血流と流れる。突き刺さる刃に、嘘などかけらも無かった。

感謝と、敬意と、誠実な気持ちだけで、彼の刃は人を殺す。


「なん、ニノ……なんで……ッ!!」
ニノ達とほどなく離れた戦場でその光景を見たヘクトルは、その光景を信じられなかった。
ピサロの刃が、ニノの腹に突き刺さっている。意味は分かる。だが、その意図が分からなかった。
まだピサロには余力があった。殺す必要は無かった。なのに、何故このタイミングでニノを殺すのか。
今ニノを殺せば“どうなるか”など、分かりきっているというのに。
ジャファルの体が、撥ねるようにニノへと駆けていった。当然だ、これでも遅いくらいだ。
そう、分からないのはそれだけではない。“何故ジャファルは、気付かなかった?”。
ジャファルのことだ、他の連中にとっても今ニノを殺すことにメリットが無いということが無いと分かっていても、
その視線は常にニノのことを懸念していた。ニノを殺そうと思うだけで、ジャファルはそれを察知し、ニノを守りにいくだろう。
(いや、というか、今、いつ刺した!? 殺気なんて無かったぞ)
何より、ピサロからはまったくといっていいほど殺気を感じなかった。殺すという意思が、完全に欠落している。
計画も無い、殺意も無い殺害――――そんなものが、あっていいのだろうか。いや、それよりもまず、ニノを助けないと――――

「く、ニノ……!」
「“お手つきだぜ、ヒヨコの王様”」

ニノの方へ体を向けようとしたヘクトルの耳に、死神の羽音が侵入する。
これは、誰にも予想できなかった状況。誰もが望んでいなかった状況。それに、ヘクトルもジャファルにも対応できなかった。
故に、この場で一番速く動けたのは―――――――この状況を“覚悟”していたギャンブラーだけだ。

「ンGOOOOOOOOLDEEEEEENNNNNNッッッ!!!!!!」

ヘクトルが死神の方を向く。羽音だと思っていた鎌の音は、秒間千回転以上の唸りを上げる回転のこぎりだった。
食い込めば肉はおろか背骨まで輪切りになるだろうそれが、ヘクトルの眼前にあった。
「う、うぉおあおッ!!」
思考に気をとられていた矢先に、この凶器を前にしては、ヘクトルも慌てざるを得なかった。
とっさにかち合わせたアルマーズがのこぎりを破壊するが、のこぎりの回転とかみ合い吹き飛ばされ、ヘクトルの体が大きく仰け反ってしまった。
「安い。安いな、ヘクトル。そう簡単に手札をポロポロ落とすもんじゃねえよ、丸見えだぜ? お前の考えていることがな」
「セッツァー、手前、まさか――――――」
強烈に瞼を見開くセッツァーの瞳の奥に、ヘクトルは最悪の予感を想起する。
「『ジャファルを切るつもりか!?』ってところだろ、お前が言いたいのは? “それは、この後次第さ”」
だが、セッツァーはそれを見越した上であざ笑い、その手元に2枚のカードを握る。
回転のこぎりはフェイク。ヘクトルに生まれた『虚』を更に揺さぶり、大きくこじ開けるための演出道具。
そして、アルマーズを手放し、上体を崩したヘクトルに本命の2射が放たれる。

101世界最期の陽 14 ◆wqJoVoH16Y:2011/11/03(木) 21:21:34 ID:dlqrrOpU0
「ジャファルから聞いたよ、ヘクトル。あんた国を作りたいんだってな? その夢も悪かねえぜ。
 だが、それをなすにゃちっとばかし『ユーモア』が足りなかったな。あの、のこぎりを持っていた王様のような、余裕がな。
 まあ、なんだ。お前は国を建てるより地べたで斧を振って国を耕してる方が似合ってるよ」

死神のカード、そのひとつがヘクトルの左手首へ突き刺さる。両手で斧を持つときに必須な、左の手首に傷がつく。
そして、もう一つが、ヘクトルの左目に近づいてきた。
ヘクトルには、訳が分からなかった。このギャンブラーはいったい何なんだ。どうして、こんな滅茶苦茶な状況で笑えるのか。

「ぐぁ……!!」
「ま、もっとも―――――お前は、ここまでだがな」

それを理解できるのが『ユーモアのある王』だというのなら、そいつはきっと碌でもない野郎なのだろうな、
と、世界の半分が途絶える中でヘクトルはバランスを崩し倒れた。残る右目に、青空に浮かぶ幸薄い少女を見ながら。


善し。ヘクトルが倒れる中で、セッツァーはやっと一息をついた。
ピサロが動いてから、一呼吸もしていなかったのだ。それほどまでに、この状況は“張り詰めていた”。
当然、セッツァーもこの事態を覚悟はすれど、このタイミングで起こされるとは思ってもいなかった。
理屈でもない。殺意でもない。ピサロの考えは本人に問い詰めない限り、察しようも無い。
ならば今できることは、この後ジャファルがどう動こうがどのような状況になっても支えられるように、この隙を最大限に利用することだった。
回転のこぎりを使い潰し、ヘクトルの片手と片目を潰した。ここまでは善し、後は―――――

「セッツァーァァァァァ!!! 手前ェェェッッ!!!!」

侍を纏った物真似師が、勇者の剣と共に突っ込んでくる。当然だ、今から行って間に合わない小娘よりも、今間に合うヘクトルを守りに来るだろう。
フードに覆われてもはっきりと分かる殺意。手札を全部さらしているようなものだ。だから、この『2枚目のコイン』が役に立つ。
「おぅ、物真似師。そういえばまだ礼を言っていなかったな。ありがとうよ、アシュレーを殺してくれて! おかげで手間が省けたぜ!」
「グッ、ガ……セッツァーの……船長の口で、その名を嘲るなアァァァァァッ!!!!」
ゴゴが胸を押さえながら、感情を滾らせて剣を振りかぶる。まったく、猪か何かか。考えうる限りの挑発で、相手の心を逆撫でする。
十分と見て取ったセッツァーはやれやれといった様子でサックに手を伸ばす。手が震えないようにだけ、神経を張り巡らせながら。
(さて、賭けの時間だ―――――――――これで、止まってくれよ!!)
「いや、何か遺品の一つも渡してやりたかったんだが、顔もぐちゃぐちゃになっててな! ひどいことをするやつもいるもんさ。だからよ――――」
「右腕一本くらいは、覚悟しやがれ! 桜花ッ!!」


「これで、許してくれねえか? 未だ動いてるぜ?――――――――『こいつの心臓』ッ!!」

102世界最期の陽 15 ◆wqJoVoH16Y:2011/11/03(木) 21:22:10 ID:dlqrrOpU0
瞬間、ゴゴの世界が凍りついた。内側より沸き出でようともがく衝動も、優しき物真似達も、何もかもが。
直後、内側からこみ上げて器を壊さんと足掻く無念を押しとどめながら、ゴゴはセッツァーの手のひらを見た。
セッツァーの手のひらをすっぽり覆い、諾々と存在しない血を流し続ける英雄の心臓が。ゴゴの砕いた残骸が。

「お、お前、それを……ッ!!」
「ふん……蓋を開けてみればやっぱり三下か。あれだけ酷い死体の癖に心臓だけ妙に綺麗に残ってるから拾ってみたが――いや、拾い物はするものだな。
 で、いいのか物真似野郎。お前の相手は、俺じゃなかったはずだぜ?」

セッツァーの声にゴゴははたと気付き、右手を背中に向けると、魔王のランドルフとゴゴの右手が激突する。
内側の衝動を抑えながらの行動としては、最上の防御であっただろう。だが、対応としては最低だった。
「ほう、貴様……中に面白そうな物を飼っているな。なるほど、カエルの言っていたのがお前か……面白い」
ゴゴの苦悶の表情にそれ以外の何かを見出した魔王が、興味深そうに言った。
「ならば、まずはその邪魔な右腕<扉>―――――――開錠させて貰おうか」
そしてランドルフが光を放ち、光は中空で分かたれ、再び魔鍵へと収束する。

「七星鍵にて開け、電界25次元」
「その技は――――――」

ゴゴの予感は的中する。
魔の鍵に防御など無意味。腕だろうが、多次元だろうが、差し込んで開く。それが魔鍵ランドルフ。

「「超次元穿刀爆砕」」

ゴゴが右手ごと大きく吹き飛ぶ。
多元を超えて集められたエネルギーが、ゴゴの右腕の内側に放出される。
つながってはいるが、もはや右腕は使えないだろう。だが、腕を失ったことよりもセッツァーの行いが悔しかった。
もう、分かり合うことなど出来ないのだろうか。やつにとって俺はただの盗人でしかないのか。

その現実を認めたくなくて、吹き飛びながらゴゴは空を見上げた。よく晴れた青空に、黒き祈りが立ち上っていた。

103世界最期の陽 16 ◆wqJoVoH16Y:2011/11/03(木) 21:23:36 ID:dlqrrOpU0
「礼を言う、ニノ。貴様は、私が何よりも欲していたものを伝えてくれた」

ピサロの声が、次第に遠くなっていく。意識ははっきりしているはずなのに、あたしはそれを聞くことしか出来なかった。

「装填・ラリホーマ。私からの、せめてもの礼だ。痛みは無い。終わりまで全て、夢の中だ」

ぐい、と体が持ち上げられるのがわかる。でも、痛みは無い。ピサロ以外の誰かの声がする。

「ありがとう、人間の少女よ。私は誓おう。“かなう事ならば、お前とマリアベルとやらも蘇らせよう”」

何を、何を言っているんだろう。よく分からない。だけど、それが本当に心の底から私を想ってくれている音だと分かって、私は少し安心した。

「“独法師は寂しかろう”。今は、ロザリーと共に遊ぶがいい。蘇らせるまでのしばしの間とはいえ、ロザリーも寂しがらずに済むだろう」

ロザリーさんに会える。マリアベルに会える。それは、酷く素敵なことのように聞こえた。
眠くなっていく。私の体から力が抜け、空を飛ぶような感覚に包まれる。呼び声が聞こえる。私を呼ぶ声がする。


「細密充填――――――人間<セッツァー>曰く、これは、この武器を使っていた英雄の技の名らしい。
 案ずるな、娘。勇者のそれとは比べるもおこがましいだろうが――――路は、この一撃が導こう」


私の遥か下で、何かがバチバチと鳴っている。それは昨日の夜何処かで聞いたような音だった。
その中に叫び声がする。ニノ、にのと、呼ぶ声がする。
私は、その声の先へ手を伸ばした。頭は朦朧として、目はうまく見えない。でも、なぜかその手の大きさが分かる気がした。

104世界最期の陽 17 ◆wqJoVoH16Y:2011/11/03(木) 21:24:10 ID:dlqrrOpU0
「ゃ、ふぁ」
「来たれ、黄泉の雷」



安心できるはずなのに、怖いものはないはずなのに。
なぜだろう。眠る前に、その手だけは、掴まなきゃって、想ったんだ。



「じゃ、ふぁる」
「―――――――――フルフラット・ジゴスパーク」
「ニノォォォォォォォォッォォォォォォォォォォォォォオヲオッォオォ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」









かつて勇者の雷が降りた地より、地獄の雷の一閃が撃鉄の如く立ち昇る。
空より赤く大きな陽が見守る中、地より紅く大きな火が見定める中――――――――

世界最期の日は、こうして始まった。

105世界最期の陽 18 ◆wqJoVoH16Y:2011/11/03(木) 21:24:54 ID:dlqrrOpU0
【C-7とD-7の境界(C-7側)二日目 朝】

【ジャファル@ファイアーエムブレム 烈火の剣】
[状態]:健康 慟哭
[装備]:影縫い@FFVI、アサシンダガー@FFVI、黒装束@アークザラッドⅡ、バイオレットレーサー@アーク・ザ・ラッドⅡ
[道具]:聖なるナイフ@ドラゴンクエストIV、毒蛾のナイフ@ドラゴンクエストⅣ 導かれし者たち、潜水ヘルメット@ファイナルファンタジー6
    マーニ・カティ@ファイアーエムブレム 烈火の剣、基本支給品一式×1 メイメイさんの支給品(仮名)×1
[思考]
基本:殺し合いに乗り、ニノを優勝させる。
1:にの?
[備考]
※ニノ支援A時点から参戦
※セッツァーと情報交換をしました
※ジョウイからマリアベル達の現在の状況を知りました。その他の情報については不明です。

 【メイメイさんの支給品(仮名)×1】
  メイメイさんのルーレットダーツ2等賞。メイメイさんが見つくろった『ジャファルにとって役に立つ物』。
  あくまでもメイメイさんのチョイスであるため、それがジャファルが役に立つと思う物とは限らない。


【セッツァー=ギャッビアーニ@ファイナルファンタジー6】
[状態]:好調、魔力消費(中) ファルコンを穢されたことに対する怒り
[装備]:デスイリュージョン@アークザラッドⅡ、つらぬきのやり@FE 烈火の剣、シロウのチンチロリンセット(サイコロ破損)@幻想水滸伝2
[道具]:基本支給品一式×2 拡声器(現実) フレイムトライデント@アーク・ザ・ラッドⅡ ゴゴの首輪
    天使ロティエル@サモンナイト3、壊れた蛮勇の武具@サモンナイト3
    小さな花の栞@RPGロワ 日記のようなもの@??? ウィンチェスターの心臓@RPGロワ
[思考]
基本:夢を取り戻す為にゲームに乗る
1:ジャファルの反応を見極め、対応
2:魔王、ピサロ(可能ならばジャファルも)と連携し、ヘクトル・ゴゴを倒す
3:C7制圧後は南下し、残る参加者を倒す
4:ゴゴに警戒。
5:手段を問わず、参加者を減らしたい
※参戦時期は魔大陸崩壊後〜セリス達と合流する前です
※ヘクトル、トッシュ、アシュレー、ジャファルと情報交換をしました。
※ジョウイからマリアベル達の現在の状況を知りました。その他の情報については不明です。

 【日記のようなもの@???】
  メイメイさんのルーレットダーツ1等賞のイカサマのダイスを放棄してセッツァ―が手にした『俺にとって役に立つ物』。
  メイメイさんの店にあった、場違いな書物。装丁から日記と思われる。
  専用の『鍵』がないと開かないらしい。著者名は『Irving Vold Valeria』。

※回転のこぎりは破壊されました

106世界最期の陽 19 ◆wqJoVoH16Y:2011/11/03(木) 21:25:31 ID:dlqrrOpU0
【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(中)、心を落ち着かせたため魔力微回復、ミナデインの光に激しい怒り ニノへの感謝
    ロザリーへの愛(人間に対する憎悪、自身に対する激しい苛立ち、絶望感は消えたわけではありません)
[装備]:ヨシユキ@LIVE A LIVE、ヴァイオレイター@WA2、クレストグラフ(ニノと合わせて5枚。おまかせ)@WA2
[道具]:基本支給品×2、データタブレット@WA2、双眼鏡@現実  点名牙双@幻想水滸伝Ⅱ、解体された首輪(感応石)、 バヨネット
    天罰の杖@DQ4、小さな花の栞×数個@RPGロワ メイメイさんの支給品(仮名)×1 
[思考]
基本:ロザリーを想う。優勝し、魔王オディオと接触。世界樹の花、あるいはそれに準ずる力でロザリーを蘇らせる
1:ニノ……ロザリーを頼んだぞ……
2:セッツァー・ジャファル・魔王と一時的に協力し、ヘクトル・ゴゴを撃破しつつ南へ進撃する
3:可能であれば、マリアベルとニノも蘇らせる
[参戦時期]:5章最終決戦直後
[備考]:確定しているクレストグラフの魔法は、下記の4種です。
 ヴォルテック、クイック、ゼーバー(ニノ所持)、ハイ・ヴォルテック(ニノ所持)。
※バヨネット(パラソル+ディフェンダーには魔導アーマーのパーツが流用されており魔導ビームを撃てます)

 【メイメイさんの支給品(仮名)×1】
  メイメイさんのルーレットダーツ3等賞。メイメイさんが見つくろった『ピサロにとって役に立つ物』。
  あくまでもメイメイさんのチョイスであるため、それがピサロが役に立つと思う物とは限らない。


【ヘクトル@ファイアーエムブレム 烈火の剣】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(中) 左手首に傷 左目消失
[装備]:アルマーズ@FE烈火の剣 
[道具]:ビー玉@サモンナイト3、 基本支給品一式×4
[思考]
基本:オディオを絶対ぶっ倒して、オスティアに戻り弱さや脆さを抱えた人間も安心して過ごせる国にする
1:ニノォォォォォォォ!!!!!
2:ジャファルは絶対止めてニノと幸せにさせたいが…
3:つるっぱげ、ダブル銀髪を必ず倒す。
4:ゴゴとちょこから話を聞きたい。
5:アナスタシアとセッツァーを警戒。
[備考]:
※フロリーナとは恋仲です。
※セッツァーを黒と断定しました。


【ゴゴ@ファイナルファンタジー6】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(中)、首輪解除、アガートラーム 右腕損傷(大)感情半暴走
[装備]:ブライオン@ LIVE A LIVE 、ジャンプシューズ@WA2
[道具]:基本支給品一式×2(ランタンはひとつ)
[思考]
基本:物真似師として“救われぬ”者を“救う”というものまねをなす
1:ヘクトル達を助け、セッツァー達を倒す。
2:セッツァー…俺は…!!
[参戦時期]:本編クリア後
[備考]
※本編クリア後からしばらく、ファルコン号の副船長をしていました。
※基本的には、『その場にいない人物』の真似はしません。
※セッツァーが自分と同じ時間軸から参戦していると思っています。
※内的宇宙に突き刺さったアガートラームで物真似によるオディオの憎悪を抑えています
 尚、ゴゴ単体でアガートラームが抜けるかは不明です

107世界最期の陽 20 ◆wqJoVoH16Y:2011/11/03(木) 21:26:03 ID:dlqrrOpU0
【魔王@クロノ・トリガー】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(中)
[装備]:魔鍵ランドルフ@WILD ARMS 2nd IGNITION 、サラのお守り@クロノ・トリガー
[道具]:不明支給品0〜1個、基本支給品一式
[思考]
基本:優勝して、姉に会う
1:セッツァー、ピサロと連携してゴゴ・ヘクトルを倒す
2:ジャファルについては興味がない
3:ヘクトル・ゴゴを倒した後、カエルの援護に向かう
4:カエルと組んで全参加者の殺害。最後にカエルと決着をつける。
[参戦時期]:クリア後
[備考]
※ラヴォスに吸収された魔力をヘルガイザーやバリアチェンジが使える位には回復しています。
※ブラックホールがオディオに封じられていること、その理由の時のたまご理論を知りました。
※遺跡の最深部、危険なのはその更に地中であるということに気付きました。
※ランドルフの解析が進み、『ゲートオブイゾルデ』と『超次元穿刀爆砕』が使用可能になりました。






【ニノ@ファイアーエムブレム 烈火の剣】
[状態]:■■■■■■■■■■■■■■■■
[装備]:表示できません
[道具]:表示できません
[思考]
基本:――な―――っしょ――――――――
1:言語化できません
[備考]:
※いまさら、何を備えるというのか、何を考えるというのか

108世界最期の陽 20 ◆wqJoVoH16Y:2011/11/03(木) 21:26:50 ID:dlqrrOpU0
投下終了です。意見、質疑あればどうぞ。

109SAVEDATA No.774:2011/11/03(木) 22:26:27 ID:xbfUPec20
っすごいことになった!
すごいことになった!
すごいことになったああ!
投下乙!
そうなるか、そうなっちまうか、ニノとピサロ!
アシュレー心臓や勇者の雷を塗りつぶすかのような魔王の雷もだけど、なんといってもピサロに痺れた
今のピサロ的にまさかの改心はないとは思いつつも、それでも礼のところじゃ泣きかけた
ああ、こいつ本当にロザリー愛してるんだなって
意味は違えどニノもピサロもロザリーのことが共に好きで、だからこそのこの結末か
どうなっちまうんだろこれ、おもしろかったです

110SAVEDATA No.774:2011/11/04(金) 21:06:53 ID:Qfs7tAZA0
うーん、ジャファルがニノの安全を守るよりセッツァーの作戦を優先するのが、
私は気になりますけど、他の方はあまり気にならないでしょうか?
ジャファルって命より大事なニノを任せちゃうほど
セッツァーやピサロに全幅の信頼をおいているんでしょうか。

前回のフリから予想されていた展開ですし、
よりドラマチックではあるとは思うんですけどね。

あと、ニノの死亡が宣言されず、状態が読み取れない状態になっていますが、
全て次の方の解釈に任せるということでしょうか?
その場合、※でその旨を次の書き手の方に伝えたほうが親切だと思います。

セッツァーが言葉巧みに場を支配し、
戦闘力の差を心理的な隙を利用して覆していく様は見事ですね。
今回の話は特に説得力があって見応えがあったと思います。

111SAVEDATA No.774:2011/11/04(金) 22:02:03 ID:5SUTWtw20
投下乙です

な、なんだってー!?まさかそこでパスするだと!?
ニノは少しずつ強くなってるが、それでもまだ足りないか
ここの対主催キャラがもはや絶望的すぎる件w
ニノ=順当にいけば死亡。そうでなくても死にかけ
ヘクトル=手首負傷で斧がまともに使えなくなる。ついでに左目消失
ゴゴ=右腕損壊。感情暴走気味
なんてこった……どうあがいても絶望だぜ
これはジャファルがどう動くかにかかってるといっても過言ではないな

112SAVEDATA No.774:2011/11/06(日) 04:50:13 ID:1XcVyWQA0
投下乙!
うおおお続きが読みてええええええええええええええ!
マーダーが憎らしいんだけど超かっこいいのな。
特にセッツァーは相当な外道なんだけど、突き抜けてていいよね。
ピサロには騙された。でも責められないほど切ない。
これ対主催無理じゃね?w この後にオディオが控えてるわけだしさw

113SAVEDATA No.774:2011/11/10(木) 23:14:10 ID:R0vlkong0
失礼します
世界最後の陽 なのですが、WIKI収録につき容量的に分割が必要みたいです
お手数ですが、どこで分割すればいいのか、◆wqJoVoH16Y氏はご一報ください
ニ分割で済むと思われます

114 ◆wqJoVoH16Y:2011/11/10(木) 23:48:18 ID:tabgbp6.0
お手数おかけします。それでは、13レス目の

感謝と、敬意と、誠実な気持ちだけで、彼の刃は人を殺す。

までを前半としたいと思います。よろしく願います。

115SAVEDATA No.774:2011/11/12(土) 13:00:39 ID:6oPBwxZs0
>>114
失礼します
指定していただいた所で分割使用としたのですが、それでも容量オーバーであるとはじかれてしまいました
再指定お願いします

編集内容は59024バイトあります。50000バイト以下に収めるか複数ページに分割してください

116 ◆wqJoVoH16Y:2011/11/12(土) 15:21:08 ID:WY1iBIgU0
すいません、容量のことを失念していました。たびたび、お手数おかけします。
それでは10レス目最後、

「それくらい想われてたんだよ。愛されてたんだよ。なのに、何で貴方は“そこ”にいるの!?
 それを一番心配してたんだよ、ロザリーさんは!! 声は、届いたんでしょ? なのに、何をやってるのよ!!」

で分割願います。もしこれでダメなようであれば、何度もご連絡いただくのも申し訳ないので、
>>115氏の都合のいいところで分割願います。

117SAVEDATA No.774:2011/11/12(土) 19:01:53 ID:6oPBwxZs0
>>116
無事収録完了しました

118 ◆6XQgLQ9rNg:2011/11/24(木) 18:19:46 ID:cFLyu7e.0
投下させていただきます。

119クロスファイア・シークエンス ◆6XQgLQ9rNg:2011/11/24(木) 18:20:39 ID:cFLyu7e.0
 お化けカエルの森。
 そこにはかつて、たった一人の臆病者が引き籠っていた。
 折れた聖剣を言い訳に、勇ましき者にはなれぬと断じ、過去から目を背けていた。
 あの時舐めていた酒は酷く不味かった。
 そんな臆病者は今、魔剣を携え立っている。
 確固たる意志を抱き、癒えることのない傷跡を刻み立っている。
 もはや過去は、目を背けるものではなく、直視した上で踏み越えるものとなった。
 喪われた王国の過去を取り戻すため、温かな思い出も忌まわしき記憶も足蹴にする。
 だからかつての仲間を手に掛けられた。
 
 自身の行いに後悔はない。されど、罪悪ではないと居直っていたわけでもない。
 罪を丸呑みにして前へと進んでいくと決めた。
 吐き出してはならないのだ。
 国を守った上で裁かれる。その瞬間までは。
 更なる罪を呑みこむために、カエルは足を止め振り返った。

 認識の先、ウォータガを叩きつけた3人が追いついて来る。
 敵も愚かではない。
 このまま逃げ続けるだけでは誘い込むことは難しいだろう。
 故に、争乱を以って敵を禁止エリアへと叩きこむ。

 血の色をした魔剣を素振りする。
 ふつふつとわき上がる感情を自覚すると、血流がどくりと脈打った。
 認識が広がり、世界と同一化するような感覚に捉われ、暗い感情が流れ込んでくる。 
 その感情の名は、憎しみ。
 世界は憎しみでできている。
 そんな世界を踏みつけ、敵がやって来る。
 目いっぱいの悪意と憎悪を紅に染まった瞳に浮かべ、かつての臆病者は佇む。
 たったひとり。
 木漏れ日に照らされその身を晒す。
 
 俺はここにいると、そう宣言するように。

120クロスファイア・シークエンス ◆6XQgLQ9rNg:2011/11/24(木) 18:22:40 ID:cFLyu7e.0
 ◆◆
 
 カエルの機動力は抜群に高く、その身はあっという間に森の奥へと消えていく。
 置き土産のようにばら撒かれた水塊をやり過ごし、イスラ、アキラ、ストレイボウが駆け抜ける。
 異形の騎士の行く先へと足を向けながら、イスラは舌打ちを漏らしていた。
「あいつ、このままC-7付近まで突っ走る気かッ!?」
 先の放送で告げられた禁止エリア。
 利用されれば、数の利を覆される可能性もある。
 ならば追うべきではない。 
 カエルを放置しヘクトルらと合流、戦力を整えて、魔王らを仕留める方が上策だ。
 理性はそう言っている。
「いざってときはテレポートで離脱できる! だからッ!」
 並走するアキラの叫びが鼓膜と理性を震わせる。
 追走は悪手。
 そう分かっていながら、イスラの足は止まらなかった。 

「だから、俺はアイツをぶん殴りに行くッ!! そうしないと気がすまねぇんだッ!!」
 憤怒の乗った叫びに応じるのは、
「俺も同じ気分だ」
 一歩前を駆けるストレイボウだった。
「今でもカエルは俺の友であると信じている……! だがマリアベルもまた俺の友なんだッ!」 
 ストレイボウは振り返らない。
「こうなってしまったのは俺の責任だ。
 カエルを野放しにした俺の甘さと弱さのせいだ!!」

 呼気が詰まる気配がした。
 けれどストレイボウは失速しない。

「だが、罪に怯えて膝を抱えていてはならないッ!
 もう、過去を繰り返したくはないんだッ!
 立ち止まっていてはマリアベルに申し訳が立たないッ!!」

 詰まった呼吸を取り戻すかのように、息を吹き返すかのように。
 言葉の合間に深い呼吸が挟まる。

「俺は行く。
 俺の過去と友の過ちを終わらせに行くッ!
 そのために――俺の全力を見せつけるッ!!」

 ストレイボウが加速する。
 魔法を使ったわけではない。
 ただの気力で自らを後押しして加速する。
 負けじと加速しようとするアキラを横目に、イスラは溜息を吐かずにはいられなかった。

 ――ヘクトルといい、全く、こいつらは……。

 単純で暑苦しくてやかましい奴らの多さに辟易する。
 間違いなく絶対に共感できないタイプだ。
 けれどもいつの間にか、そういう奴らと共にいることを心地よさを感じている。

「付き合うよ。紅の暴君、取り戻さなきゃいけないしね」
 悪手と知りながら突っ込む愚かさを、イスラは否定しなかった。
 カエルに回復の隙を与えるのは避けるべきであるし、それに。
 
 どうせこいつらは、言っても止まりはしない。
 ならば紅の暴君に対する知識があり、まともに剣が使え、冷静な判断が下せる自分が追随するのは道理だ。
 否、昔の自分ならば彼らを見捨て勝手に行かせただろう。
 うつったのはお人よしさか馬鹿さか。
 きっと両方だと思い、そんな自分を意外なほどに受け入れられていることに気付く。
 ジョウイのこともあるし、さっさと片付けるべきだからと理由付けをして。
 イスラも、加速した。

121クロスファイア・シークエンス ◆6XQgLQ9rNg:2011/11/24(木) 18:24:16 ID:cFLyu7e.0
 ◆◆
 
 声がする。
「ぐ、おおぉおぉあぁぁあぁあ――……ッ!!」
 苦悶に満ちた声がする。
「俺は、俺は……ッ!!」
 名前を呼ぶ声がする。
「……セッツァー……ッ!!」
 名を呼ばれた男は、けれど、呼んだ者を顧みずただ背を向ける。
「セッツァーッ!!」
 左手で握った剣を地に突き立てボロボロの右手を伸ばしても届かない。
 届かせないと言うように。
 浮遊する鍵が、伸ばした右手を叩き落とす。
「ぐぅ……ッ、あ、あぁああぁあぁああぁッ!!」
 泣き声に似た絶叫が迸る。
 膝をついて右腕を垂らすゴゴの頭上に、投げかけられる声がある。
「貴様が閉じ込めた魔物を解放して見せろ」
 魔王が手を掲げる。
 従うように、導かれるように、ランドルフが舞い上がる。
 制御できない感情で濁った双眸が、立ちはだかる魔王を睨みつける。
  
 声がする。
 
 ――貴様などに用はない。
 
 胸の奥から声が来る。
 
 ――俺の邪魔をするな。

 心の底から声が沸き上がる。 
 
 ――邪魔だ。鬱陶しい。目障りだ。消えろ。
 
 楔の下から声が響きわたる。
 
 ――消えないのなら。

「俺が、この手で」

 その声はまるで魔獣のようで。
 
「この手で、消してやる――ッ!!」

 深奥に封じた感情に弾かれて立ち上がる。
 痛烈な殺意を身に纏い、杖代わりにしていた剣を逆手に握り魔王へと躍りかかり、
 
「しっかりしてッ! ゴゴおじさんッ!!」
 思わず、息を呑んだ。
 制御不能な濃密な感情が薄れ、つんのめるように動作が止まり、そして。
 致命的な空隙が、生まれる。
 ランドルフが旋回し、次元を超えて穿孔と斬撃と爆発と破砕が収束する。
 ゴゴの右手を破壊した一撃が今一度顕現すべく空間を歪めていく。
 力が解放される、その直前に。

 刃に似た赤黒い輝きが、魔鍵を叩き落とした。

122クロスファイア・シークエンス ◆6XQgLQ9rNg:2011/11/24(木) 18:25:12 ID:cFLyu7e.0
 ◆◆
 
 鋭い輝きが収束する力を切り刻む。
 魔王の視線がゴゴを外れ、輝きの主へと辿り着く。
 殺意の乗る視線を真っ向から受けても、ジョウイは怯まず睨み返すだけだった。
 
 アナスタシアを一人残してちょこを連れ、ジョウイがこちらへ来た理由は2つある。
 1つは、この場に現れたセッツァー達の様子を窺いつつ、自分の立ち位置を決めること。
 そしてもう1つは。
 決着を、つけるためだった。 

「まだ私に歯向うか――ジョウイ・ブライト」
「歯向かうさ。お前は、ぼくの壁なんだ」

 ジョウイが目指すものとは、力を以って争いを平定し、平和な国を作り上げることだ。
 反逆者を淘汰し侵略者を殲滅した果ての、血塗られた絶対強国の王の座こそ、ジョウイの到達点である。
 善人も悪人も無辜の民も罪人も、問答無用でまとめて救うような存在ではなく。
 力を力で食い尽くし、命を奪い悲しみを生み憎しみを育て、それすらも力で刈り取って屍を築き上げる、国王。
 そんな王のことを人々は、恐怖と畏怖を以って、こう呼称するだろう。
 
 魔王、と。
 
 ――そうだ。ぼくは勇者でも英雄でもなく、魔王になる。
 
 なればこそ、超えなければならない。
 一度目の対峙はリルカを踏み台にして生き延びた。
 二度目の相対はルッカを犠牲にしビクトールを見捨てることで逃げ延びた。
 三度目の遭遇では刃を交えることなく事なきを得た。
 そして、四度目の邂逅。
 辛酸を舐め続けてきたのだ。
 もう、負けられない。
 魔王と呼ばれる存在を打ち倒せない限り、その座には至れない。
 魔王と呼ばれる存在を超える力がない限り、魔王足りえない。
 そう。
 ジョウイ・ブライトは、魔王になるために魔王を打倒にきた。

「お前を倒さないと、ぼくは先へ進めないんだ」

 手首を回し大鎌を振るう。
 湾曲した刃が大気を切り裂き、甲高い鳴き声を上げる。 
 
「いいだろう。地獄への門は開いてやる」

 魔王の周囲で魔鍵が旋回する。
 音もなく重量を感じさせない滑らかな動きには隙が見当たらない。

「仲間と共に絶望を抱え、黒い風のすすり泣きを聞くがいい」

 ――仲間、か。

 その単語は随分と空虚に感じられた。
 だが、共に魔王へ立ち向かってくれるものは、きっといる。
 だとすれば今はまだ、仲間がいると思っていいのだろう。
 ただ、それでもジョウイが信じるのは。
 右手の刃と。
 左手の盾だけで。
 けれど、そんな様はおくびにも出さず、ジョウイは絶望の鎌を振り上げる。

「勝負だ――魔王ッ!!」

123クロスファイア・シークエンス ◆6XQgLQ9rNg:2011/11/24(木) 18:25:44 ID:cFLyu7e.0
 ◆◆

 喉の奥が粘つくようだった。
 胸の底が詰まっているようだった。
 呼吸が荒い。胸が苦しい。体が熱い。
 汗だくになり意識が朦朧とする。
「ゴゴおじさん、だいじょうぶ?」
 心配げなちょこに頷くことさえできず、ゴゴは胸を抑えうずくまる。 
 胸が痛いほどの疼きを訴え、感情が入り乱れる。
 意識が覚束ず思考がまとまらない。
 強烈な衝動の残滓は気だるさとなって心身にこびりついていた。 
 自分が誰なのか、分からなくなる。 
 
「俺は、ゴゴ。物真似師だ……」

 ぽつりと、呟く。
 これまでずっと、他でもない己の意志で、誇りを持って物真似をして生きてきた。

「ああ、知ってるさ」

 応じたのは、紛れもないゴゴ自身だった。
 けれど。
 その声色は、ゴゴのものではない。
「え……っ?」
 ちょこが目を丸くして見上げてくるが、ゴゴは気付かない。
 無意識だった。
 何も考えず、ゴゴは別人となり、自身の言葉に応じる。
 その声は。

「――人様の生き方を己の物とする、薄汚い三下野郎だろう?」
 
 セッツァー・ギャッビアーニのものだった。
 不安定な内的宇宙から生み出されたそのセッツァーは、ゴゴと共に空を駆けたセッツァーなのか。
 それとも、手を伸ばしても顧みないセッツァーなのか。
 あるいは、その区別などできはしないのではないか。
 分からない。
 自分の存在が分からないのと同様に、分からない。

「盗み見て、盗み聞いて、挙句の果てに他者の人生を己のものとして盗み生きる。
 最低の泥棒だな。金品を盗むより性質が悪いぜ」
 
 ただ、始まるのは否定だった。 
 ゴゴの口から、友の声音で、ゴゴ自身の否定が行われる。
 共に高みへと至り、共に風に乗り、共に雲を切り裂き、共に空を駆け抜けた。
 天駆ける白銀の翼の船長、セッツァー・ギャッビアーニの声が、ゴゴを詰る。
 通じ合う気などさらさらないと断じるように、激昂を叩きつけてくる。

 そんなセッツァーの思考さえ、ゴゴは理解できてしまう。
 セッツァーにゴゴの気持ちは分からなくとも、ゴゴにはセッツァーの思考が分かってしまう。
 今のセッツァーと、ゴゴの知っているセッツァーの間に齟齬があったとしても。
 物真似師だから。
 それ以上に、親愛なる友だから。
 痛々しいほどに、理解できてしまう。
 理解できているのに。
 それなのに、届かない。
 その現実がセッツァーの言葉を為し、ゴゴの心を切り刻んでいく。
 
「お前が奪ったのは尊厳だ。誇りだ。矜持だ。
 悩んで、考えて、傷ついて、選んで、失くして、ようやく手にした生き様を、夢を。
 お前ェは嘲笑ってンだよッ! 薄汚い猿真似をすることで掠め盗ってなッ!!」

 友の思考の理解によって行われる、痛烈な自己否定。
 その果てに、ゴゴの中にいるセッツァーが、唾棄するようにして吐き捨てた。

「“救い”ようがねェよ」 
「違うッ! “救われた”! 俺は――僕が“救った”んだッ!!」

 血反吐を吐くように絞った声は、いつしか勇者の声となる。
 それを待ち侘びたかのように、セッツァーは鼻で笑い斬り捨てる。

124クロスファイア・シークエンス ◆6XQgLQ9rNg:2011/11/24(木) 18:26:16 ID:cFLyu7e.0
「――それも、盗んだ言葉だろうが」
 
 とどめには十分すぎる一撃だった。
 苦しみに、痛みに、悲しみに。
 そして、矛先の向けられない憎しみに耐えきれず。

 ゴゴは、潰されるように意識を手放した。

 ◆◆
 
「ゴゴおじさんっ! ゴゴおじさんっ!!」
 倒れ伏すゴゴを支え、その名を呼ぶちょこを目の当たりにして、アナスタシアは歯噛みする。
 
 ――不味いわね。

 アナスタシアがカエル追撃に回らずこの場に来たのは、獣のようなゴゴの咆哮が耳に入ったからだ。
 マリアベルの仇を討ちたい気持ちはある。
 けれど、今のゴゴを放っておくわけにはいかない。
 ゴゴの感情は臨界点を迎えているようだった。
 そうであるが故に、アガートラームは抜けようとしている。

 ――駄目。それだけは、絶対に駄目ッ!!
 
 無駄にさせるわけにはいかない。
 ゴゴを――誰もを“救う”その遺志を、無為なものにさせてはならない。
 ユーリルは“生贄”になった。
 それは事実だ。
 だが。
“英雄”という言葉に騙されてはならないように。
“生贄”という言葉に捉われてはならない。
 大切な本質というものは、そんな単語ひとつで語り尽くせるようなちっぽけなものではない。 
 
 ユーリルは答えをくれた。
 ひたむきなまでの、命を賭した回答を、アナスタシアに残してくれた。
 故にそれは、アナスタシアにとって、かけがえのないものとなる。
 ユーリルが死してしまった一因が自分にあると自覚している。
 ひょっとすると、大切に想うことすら、身勝手な欺瞞が生んでいるものなのかもしれない。
 けど。けれども。だけど。
 彼が何よりも求めていたものを、壊させたくはない。 
 守りたいと強く望む。
 その望みを叩き割るかのように、ジョウイと切り結ぶ魔王が動きを見せた。
 旋回するランドルフの速度が増す。
 その様は、ゴゴを、ちょこを、アナスタシアを巻き込むほどの、広域かつ強力な魔力の一撃を予想させた。

 ユーリルは全てを“救い”切った。
 そんな勇者を尊敬すると同時に、その高みには至れないとアナスタシアは思っている。
 それでも。
 目に映るものは、護りたいと望むから。
 
 ――止めてやるッ! 絶対にッ!!

125クロスファイア・シークエンス ◆6XQgLQ9rNg:2011/11/24(木) 18:27:35 ID:cFLyu7e.0
 胸一杯に広がる欲望をトリガーにして、アナスタシアは叫ぶ。 

「ルシエドッ! お願いッ!!」

 力が来る。
 グローブをつけた両の手にすっぽり収まるほどの、長大な柄が顕現する。
 瞬く。
 それだけの間で、鍔が形成され刃が柄から伸び上がる。
 特徴的な刃だった。
 その刃は無骨で分厚いが、先端部で鋭さを形作る。
 分厚さと鋭さを併せ持つその先端は、翼を広げ飛翔する竜を連想させた。
 アナスタシアの身長ほどの大剣とも呼べるその直刀は。
 
 剣の聖女が振るった聖剣と、天空の勇者が掲げた聖剣を融合させたような、特異的な様相を呈していた。
 勇者に敬意を払い、自らの力で生き抜くと決めたアナスタシアに応じ生み出された力。
 魔剣――否、聖剣ルシエド。
 剣の心得はなくとも使えると確信する。
 だってこれは、自分の力なのだ。
 その証拠に、これほどのサイズでありながら、一切の重量を感じさせない。
 されど遠い。
 駆け抜けて斬撃を叩きこむより先に、魔王の詠唱は完了する。
 だから。
 アナスタシアは思い切り息を吸い、
 
「行いぃぃいぃ――……ッ」

 柄を握り締めた両手を引き絞り、
 
「――けえぇええぇぇえぇぇえェェェェェッ!!!!」

 渾身の力で、聖なる大剣をぶん投げた。

 ◆◆
 
 草を掻き分け茂みを突っ切り突き進む。
 疲労は少なくないが泣きごとなど言ってはいられない。
 倒れるにはまだ早い。
 
 ――この先にいるアイツに至るまで、倒れるものか……ッ!
 
 靴裏の感触を蹴り飛ばし、ただ前へと突っ走る。
 そして不意に、開けた場所に出た。
 そこは、やけに穏やかな場所だった。
 優しげな朝の陽ざしの下、たった一人で静かに佇む者がいる。
 その姿を認め、ようやく、足を止める。

「やはりお前が来たか」
「ああ、来たさ。終わらせに来た」

 くくっ、と笑ったのは待ち人の方だ。

「そうか。終わらせるか。だったら」

 彼の携える魔剣がやけに紅く見えるのは、それが血を啜ったからか。

 ――取り乱すな。
 
 息を呑み唾を呑み、視線を逸らさずに前へ固定する。

126クロスファイア・シークエンス ◆6XQgLQ9rNg:2011/11/24(木) 18:28:28 ID:cFLyu7e.0
「憎めよストレイボウ。約定を無視しマリアベルを殺した俺を憎め。
 その感情のまま殺し合えば、それで終わりだ」
 
 こちらの思考を先読みしたようなカエルに、ストレイボウは首を横に振る。
 
「俺が終わらせに来たのは、そういうことなんだよ。
 俺はもう憎しみでは戦わない。お前にも罪を重ねさせない。
 だが、説得したところでお前は聞きはしないんだろう」
 
 血のように紅くなったカエルの瞳には、きっとストレイボウは映っていない。
 ならば、こちらから飛び込んでやるまでだ。

「お前を、叩き伏せる」

 ほう、と感心したようにカエルが吐息する。

「ようやくその気になったようだな。だが、譲ってやる気は毛頭ないぜ」

 カエルが後ろに跳んで境界線を踏み越える。
 今騎士が立つその位置は、間もなく首輪によって命が潰される場所となる。
 知らないはずがない。
 それでもそこへ行くのは、自信の表明と挑発に他ならない。
 
 追いつく気配がある。
 アキラが、イスラが、ストレイボウの両側に来る。
 
「卑怯などとは思わん。まとめてかかって来い」
「ああ、そうさせてもらう。俺だけでは、きっとお前には届かない」
 弱さを認め言ってやる。
 すると。

 カエルが、小さく笑ったような気がした。

 けどそれは一瞬だった。
 笑みの意味を推し図る間など与えないように、カエルは闘志が沸き上がらせる。

「お前たちの命、ここで貰い受けるぞ。それを以って――終わりの始まりとするッ!!」

127クロスファイア・シークエンス ◆6XQgLQ9rNg:2011/11/24(木) 18:29:23 ID:cFLyu7e.0
【C-7とD-7の境界(C-7側)二日目 朝】
【魔王@クロノ・トリガー】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(中)
[装備]:魔鍵ランドルフ@WILD ARMS 2nd IGNITION 、サラのお守り@クロノ・トリガー
[道具]:不明支給品0〜1個、基本支給品一式
[思考]
基本:優勝して、姉に会う
1:ジョウイをはじめとした乱入者を倒す。
2:セッツァー、ピサロと連携してゴゴ・ヘクトルを倒す
3:ジャファルについては興味がない
4:ヘクトル・ゴゴを倒した後、カエルの援護に向かう
5:カエルと組んで全参加者の殺害。最後にカエルと決着をつける。
[参戦時期]:クリア後
[備考]
※ラヴォスに吸収された魔力をヘルガイザーやバリアチェンジが使える位には回復しています。
※ブラックホールがオディオに封じられていること、その理由の時のたまご理論を知りました。
※遺跡の最深部、危険なのはその更に地中であるということに気付きました。
※ランドルフの解析が進み、『ゲートオブイゾルデ』と『超次元穿刀爆砕』が使用可能になりました。

【ジョウイ・ブライト@幻想水滸伝Ⅱ】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(大)、全身に打撲
[装備]:キラーピアス@DQ4、絶望の鎌@クロノ・トリガー
[道具]:賢者の石@DQ4、確認済み支給品×0〜1、基本支給品
[思考]
基本:垣間見たオディオの力を得て理想の国を作るため、他者を利用し同士討ちをさせ優勝を狙う。(突出した強者の打倒優先)
1:ここで魔王を倒す。
2:生き残るために利用できそうな者を見定めつつ立ち回る。
3:セッツァーたちの様子を窺いつつ立ち位置を決める。ピサロは潰しておきたいがどうするか。
4:利用できそうな者がいれば共に行動。どんな相手からでも情報は得たい。
5:とりあえず首輪解除の鍵となる人物は倒れたが、首輪解除を確実に阻止したい。
[参戦時期]:獣の紋章戦後、始まりの場所で2主人公を待っているとき
[備考]:ルッカ、リルカと参加している同作品メンバーの情報を得ました。WA2側のことは詳しく聞きました。
    セッツァー達に尋問されたことを話しました。    
※紋章無しの魔法等自分の常識外のことに警戒しています。
※ピサロ、魔王を特に警戒。
※制限の為か、二人が直接戦わなかったからか、輝く盾の紋章と黒き刃の紋章は始まりの紋章に戻っていません。
 それぞれの力としては使用可能。また、紋章に命を削られることはなくなりました。
 紋章部位 頭:バランス 右:刃 左:盾

【ちょこ@アークザラッドⅡ】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(極)、ずぶ濡れ
[装備]:なし
[道具]:海水浴セット、基本支給品一式、ランダム支給品0〜1個(確認済み)、焼け焦げたリルカの首輪
[思考]
基本:みんなみんなおうちに帰れるのが一番なの
1:ゴゴおじさん、しっかりしてッ!
2:カエルさん、ゆるせないの……ッ!
3:おとーさんになるおにーさんのこと、ゴゴおじさんから聞きたい
[備考]
※参戦時期は本編終了後
※殺し合いのルールを理解しました。トカから名簿、死者、禁止エリアを把握しました。
※アナスタシアに道具を入れ替えられました。生き残るのに適したもの以外です。
 ただ、あくまでも、『一般に役立つもの』を取られたわけでは無いので、一概にハズレばかり掴まされたとは限りません。
※アシュレーのデイパックを回収しました。

128SAVEDATA No.774:2011/11/24(木) 18:30:06 ID:cFLyu7e.0
【ゴゴ@ファイナルファンタジー6】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(中)、首輪解除、アガートラーム 右腕損傷(大)感情半暴走、気絶、
    感情半暴走の影響により、物真似の暴走
[装備]:ブライオン@ LIVE A LIVE 、ジャンプシューズ@WA2
[道具]:基本支給品一式×2(ランタンはひとつ)
[思考]
基本:物真似師として“救われぬ”者を“救う”というものまねをなす
1:制御できない感情への恐れ。
2:ヘクトル達を助け、セッツァー達を倒す。
3:セッツァー…俺の声は届かないのか……?
[参戦時期]:本編クリア後
[備考]
※本編クリア後からしばらく、ファルコン号の副船長をしていました。
※基本的には、『その場にいない人物』の真似はしません。
※セッツァーが自分と同じ時間軸から参戦していると思っています。
※内的宇宙に突き刺さったアガートラームで物真似によるオディオの憎悪を抑えています
 尚、ゴゴ単体でアガートラームが抜けるかは不明です
※感情半暴走の影響で、無意識に物真似をしてしまう可能性があります。

【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(極)、胸部に重度刺傷(傷口は塞がっている)、中度失血、ずぶ濡れ
[装備]:44マグナム&弾薬(残段数不明)@LIVE A LIVE、アリシアのナイフ@LIVE A LIVE、ソウルセイバー@FFIV
[道具]:ゲートホルダー@クロノトリガー、いかりのリング@FFⅥ、ルッカのカバン@クロノトリガー、感応石×3@WA2
    基本支給品一式×2、にじ@クロノトリガー、昭和ヒヨコッコ砲@LIVE A LIVE、マタンゴ@LIVE A LIVE
[思考]
基本:“自分らしく”生き抜く。
1:ゴゴを護り、ゴゴを助ける。
2:魔王を倒す。
3:今までのことをみんなに話す。
[参戦時期]:ED後
[備考]:
※名簿を未確認なまま解読不能までに燃やしました。
※ルッカのカバンには工具以外にルッカの技用の道具がいくらか入っています
※アナスタシアの身にルシエドが宿り、聖剣ルシエドを習得しました。
 他、ルシエドがどのように顕現し力となるかは、後続の書き手氏にお任せします。

129SAVEDATA No.774:2011/11/24(木) 18:30:44 ID:cFLyu7e.0
【C-7とD-7の境界(D-7側・東)二日目 朝】
【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:『覚悟の証』である刺傷。 ダメージ(小)疲労(小)自動回復中 『書き込まれた』憎悪
[装備]:紅の暴君@サモンナイト3
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本:ガルディア王国の消滅を回避するため、優勝を狙う
1:魔王がC7側を制圧するまで、敵勢力を引き付ける。可能ならばこの場で敵を屠る。
2:魔王と共に全参加者の殺害。特に仲間優先。最後に魔王と決着をつける
3:できればストレイボウには彼の友を救って欲しい。……もう心配は無用か?
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)
[備考]
※イミテーションオディオの膨大な憎悪が感応石を経由して『送信』された影響で、キルスレスの能力が更に解放されました。
 剣の攻撃力と、真紅の鼓動、暴走召喚に加え、感応石との共界線の力で、自動MP回復と首輪探知能力が付与されました。
 感応石の効果範囲が広がり、感応石の周囲でなくとも限定覚醒状態を維持できます。(少なくともC7までの範囲拡大を確認)

【アキラ@LIVE A LIVE】
[状態]:精神力消費(極)、疲労(極)、ダメージ(小)、マリアベルの死に激昂。
[装備]:パワーマフラー@クロノ・トリガー、激怒の腕輪@クロノ・トリガー、デーモンスピア@DQ4
[道具]:清酒・龍殺しの空き瓶@サモンナイト3、ドッペル君@クロノ・トリガー、基本支給品×3
[思考]
基本:オディオを倒して元の世界に帰る。
1:カエルを倒しマリアベルの仇を取り、魔王を倒す。
2:レイ・クウゴ、アイシャ・ベルナデット(カノン)、ミネアの仇を取る。
3:首輪解除の力になる。
[参戦時期]:最終編(心のダンジョン攻略済み、ストレイボウの顔を知っている。魔王山に挑む前、オディオとの面識無し)
[備考]:超能力の制限に気付きました。テレポートの使用も最後の手段として考えています。
※カノンの名をアイシャ・ベルナデット、リンの名をリンディスだと思っています。
※松のメッセージ未受信です。

130クロスファイア・シークエンス ◆6XQgLQ9rNg:2011/11/24(木) 18:31:53 ID:cFLyu7e.0
【イスラ・レヴィノス@サモンナイト3】
[状態]:ダメージ(小)、疲労(極)。
[装備]:天空の剣(開放)@DQ4、魔界の剣@DQ4、ミラクルシューズ@FF6
[道具]:確認済み支給品×0〜1、基本支給品×2、ドーリーショット@アークザラッドⅡ
[思考]
基本:誰かの為に“生きられる”ようになりたい。自分と大きく異なる存在であるヘクトルと行動し、自分の感情の正体を探る。  
1:カエルを倒し紅の暴君を取り戻し、魔王を倒す。
2:ジョウイへの強い疑念
3:次にセッツァーに出会ったときは警戒。
4:首輪解除の力になる
[参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている)
[備考]:高原、クロノ、マッシュ、ユーリル、ヘクトル、ブラッドの仲間と要注意人物を把握済み。

【ストレイボウ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ(小)、疲労(極)、心労(中)、自己嫌悪や罪悪感はもう終わりにする。
[装備]:
[道具]:勇者バッジ@クロノトリガー、記憶石@アークザラッドⅡ、基本支給品一式×2
[思考]
基本:魔王オディオを倒し、友としてカエルとオルステッドを救う。  
1:腕ずくでカエルを止め、過去を清算し清算させる。
2:あいもかわらず勇者バッジとブライオンは“重い”が……。
参戦時期:最終編
※アキラの名前と顔を知っています。 アキラ以外の最終編参加キャラも顔は知っています(名前は知りません)
※記憶石にルッカの知識と技術が刻まれました。目を閉じて願えば願った人に知識と技術が転写されます
※記憶石の説明書の裏側にはまだ何か書かれているかもしれません
※偵察に出たジョウイについては、とりあえず信じようとしています。

[その他備考]
※ゲートの行き先の法則は不明です。 完全ランダムか、ループ型なのかも不明。
 原作の通り、四人以上の人間がゲートを通ろうとすると、歪みが発生します。
 時の最果ての変わりに、ロザリーの感じた何処かへ飛ばされるかもしれません。
 また、ゲートは何度か使いましたが、現状では問題はありません。

※首輪に使われている封印の魔剣@サモナイ3の中に 源罪の種子@サモサイ3 により集められた 闇黒の支配者@アーク2 の力の残滓が封じられています
 闇黒の支配者本体が封じられているわけではないので、精神干渉してきたり、実体化したりはしません
 基本、首輪の火力を上げるギミックと思っていただければ大丈夫です

※首輪を構成する魔剣の破片と感応石の間にネットワーク(=共界線)が形成されていることを確認しました。
 闇黒の支配者の残滓や原罪によって汚染されたか、そもそも最初から汚染しているかは不明。
 憎悪の精神などが感応石に集められ、感応石から遥か地下へ伸びる共界線に送信されているようです。

131 ◆6XQgLQ9rNg:2011/11/24(木) 18:33:21 ID:cFLyu7e.0
以上、投下終了です。
何かありましたらお願い致します。

132SAVEDATA No.774:2011/11/25(金) 01:04:09 ID:O439atJo0
執筆お疲れさまでした。
ジョウイ vs. 魔王、カエル vs. ストレイボウと、順当に分割してきたなぁと
思う以上に、繰り返しに意味のある構図になってるのがたまらない!
個人的には、とくにジョウイ。あんなにも情に篤い者が「魔王」となると言い切ったところに
涙が出ました。彼が対峙した魔王も、オディオもそういうところはあるのだけれど、
読む側としてはお前、そんな道を歩むのは向いてねえよ……とw
でも、そう思うからこそ、彼のような不器用な者どもの物語、その続きを期待せずにはいられない。
カエルも、ストレイボウも、魔王も、アナスタシアもゴゴもちょこもアキラもイスラも、
不器用だからこそ通せるものが、通したいものがきちんとある。
その芯の一端を綺麗に整えて「魅せて」、もっと見たいと思わせてくれるSSでした。

そして『Resistance Line』のときにも思いましたが、氏の描くアナスタシアは良い……。
『勇者の意味〜』で押し出された影の部分から一転して、向日性を持つ姿が
描かれているのに、きっちり地続きになっているのが素敵。
どちらが本当の彼女だっていうよりは、どちらもアナスタシアらしいと思えます。
過去の作品に遡ったり、この人だから、という評価には二面あるでしょうが、これは
氏だからこそだなと私は思いました。こういう彼女の変遷を見られて、脳が嬉しかったです。

133SAVEDATA No.774:2011/11/25(金) 02:01:25 ID:KnJ/3HxQ0
投下乙!
ゴゴー! 戻ってこーーーい!
魔王がこっちに参戦してきて、ついに総力戦が始まったね。ワクワクしてきた。
特に冷房とカエルの因縁はクライマックス。どっちが残るか……。
そしてジョウイ。ついにこいつの本気が拝めそうだ。上手いヒキだわw
数の上では対主催がリードしてるが、さてどうなるか。GJ!!!

134SAVEDATA No.774:2011/11/25(金) 03:07:40 ID:i7UvxRz20
そうか、ただ縁があるとかそういったこと以上に、魔王はジョウイにとっての壁だったんだな……
そしてアナスタシアは、ゴゴの中にユーリルの遺志を見たか……
魔剣ならぬ聖剣ルシエドは、今の彼女の欲望の形なんだろな
ストレイボウも遂に自らの意思で戦うことを決意しての決戦開幕
FEに留まらない、ゴングがなったぜ!
投下乙!

135SAVEDATA No.774:2011/11/25(金) 21:35:21 ID:BEwCN18E0
執筆投下乙!

戦う前からすでに熱い!
反主催はもちろん、カエルと魔王も根が真っ向勝負な性格だから
展開が熱くなるね。次回も楽しみだ

136 ◆jtfCe9.SeY:2011/11/27(日) 04:55:44 ID:H5nWvRQ60
投下します

137ある暗殺者の終わり ◆jtfCe9.SeY:2011/11/27(日) 04:56:51 ID:H5nWvRQ60





――――そして、暗殺者は死んだ。










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






其れはある一つのちっぽけな恋物語。
感情も知らず、心すら空っぽだった暗殺者の男と。
闇の中で、儚げに、されど凛と咲き誇る小さな白い花のような少女との。

小さな、小さな、恋の物語でした。

それは、ある日、死にそうになった暗殺者を同じ暗殺者集団の少女が介抱したのが、切欠でした。
少女の無償の優しさが、空っぽであった暗殺者の心に温もりと感情を与えたのです。
その結果、暗殺者は生まれて初めて、与えられた命令に背いたのです。

少女を殺せ、という命令に。

そして、暗殺者と少女は、そのまま暗殺者集団を抜けました。
敵対していた王侯の息子達が率いる集団に二人は身を寄せたのです。
二人は、生きる為に、必死に戦っていきました。

敵は、かつての仲間で、家族で。
優しい少女は涙を流しながら、それでも必死に戦ったのです。
暗殺者はその少女の心を慈しみながら、彼もまた助けられ、そして支えていきました。

やがて、戦場の中で、二人の思いやりは、恋となり。
互いが互いを必要とし、想いあって。

そして、小さな、小さな不器用な恋は、戦場の中で結ばれたのです。

暗殺者が、初めて持った心と感情、そして想いを、言葉にして。
少女に伝え、彼女が受け取った事で、結ばれたのでした。

二人は、手に入れた愛を大切に、大切にしながら、必死に生きていました。
ずっと、ずっと二人で生き延びようと誓いながら。


――――失った命は、もう二度と戻らないのですから。

138ある暗殺者の終わり ◆jtfCe9.SeY:2011/11/27(日) 04:57:47 ID:H5nWvRQ60



そして、二人の過去の仲間の魂の篭っていない人形――モルフすらも、倒して。
元凶の魔術師であり、暗殺者を拾った人間を討ち果たす事で、戦いは終わりました。


そして、二人は、幸せに暮らし始めて、愛を育みました。
暗殺者は殺しを辞めることを望み。
少女は手に入れたささやかな幸福を噛み締めながら。
二人は、ずっとずっと共に生きていく事を誓ったのでした。


これで物語はおしまい…………とは、ならなくて。




二人は、また魔王が開く殺し合いの舞台に呼ばれてしまったのです。
その中で、暗殺者はまた少女の為に、殺しを始める事を決めて。


暗殺者は、殺して、殺して、殺しました。
ただ、愛する少女の為に。
必死に、必死に、必死に。
かつての仲間すらも手にかけて。


それでも、ただ、ただ、ただ。



少女に生きてほしかったから。



けれど、当然少女はそんな事は望みませんでした。
暗殺者に殺しなんてして欲しくなかったから。
ただ、一緒に生きる事だけを望んで。

彼と殺し合いの中で、出会って、暗殺者を止めようとしました。


しかし、それも、叶わぬ願いでした。
暗殺者は、少女の願いすら、知らずに。
愛を捨てようとしてまで、ただ、少女に生きて欲しかったのです。

だから、暗殺者は少女に別れを告げました。


それでも、少女は諦め切れなくて。


もう一度、彼と出逢って、想いを伝えようと思いました。



そして、二人は再び出会い。





――――少女は、ある愛に生きている男に、刃で貫かれたのです。





そうして、小さな、儚くて、ちっぽけな恋物語が。




終わろうとしていました。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

139ある『暗殺者』の終わり ◆jtfCe9.SeY:2011/11/27(日) 04:58:22 ID:H5nWvRQ60







世界最後の日。
死にゆく少女に、落ちようとした地獄の雷。


少女の恋人である暗殺者は、放心状態のままでした。


けれど、身体が、身体だけが動いていたのです。


少女を救う為に、死ぬしかない少女を救う為に!


ただ、暗殺者の想いが、愛が。


身体を、動かせたのです。


そして


暗殺者は、恐るべき速さで、彼女を抱き上げて。



世界最後の日の、地獄の雷は。



ただ、愛している少女を救おうとした、暗殺者の身だけに、落ちたのでした。


それが終わり。
それで終わり。


地獄の雷に、打たれた、暗殺者は、それで、終わろうとしていたのです。

刃に貫かれて、死に行くしかない少女を護る為に、救う為に。


自分の身を犠牲にしてでも、


彼女を救いたかった暗殺者は、終わって、死ぬのでした。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

140ある『暗殺者』の終わり ◆jtfCe9.SeY:2011/11/27(日) 04:58:53 ID:H5nWvRQ60






大好きな人の荒い息が、直ぐ傍で聞こえてくる。
どうして?と思って、身体を動かそうと思っても上手く動かない。
そして、あたし――ニノは、大好きな人であるジャファルに抱き抱えられている事に気付く。


ああ、そっか。


あたし、貫かれて、何かが光ってる中で、ジャファルが私の事抱き抱えたんだっけ?


よく、考えが、纏まらない。
意識が朦朧とする。
なんで、だろう。
終わる、のかな。
あたし。

終わって、しまうのかな。


死んじゃうの、かな。


やだよ、怖いよ。
終わりたくないよ。
死にたくないよ。
助けてよ。
あたしの、だいすきなひと


ねぇ、ジャファル、ジャファル。


じゃふぁ…………………………………………え?


呼んだ名前の先に、見えた顔。


その姿に、あたしは目を見開く。
とたんに頭がすっきりしていく。
終わりそうな意識が覚醒していく。


どうして? どうして? どうして!


どうして、ジャファルが血まみれになって、死にそうになってるの!?

141ある『暗殺者』の終わり ◆jtfCe9.SeY:2011/11/27(日) 04:59:27 ID:H5nWvRQ60



どうし………………決まってる。
決まってるじゃない……あれは、ただの光じゃなかったんだ。
あたしを消そうとした、攻撃だったんだ。
だから、ジャファルは、私を庇って。


そして、死にそうなくらい怪我を負ったんだ。


ねえ! ねえ! ねえ!


ジャファル、ジャファル……どうして、こんな事したの。
ジャファルが死んじゃいそうだよ。
嫌だよ、嫌だ、そんなの嫌、嫌!

涙が溢れていく。


どうして、私の為に、こんな、しにそうになってるの
どうして、死にそうなあたしを、すくおうとした……の…………ねぇ……じゃ…………


「…………きまって…………いる……」


え?

絶え絶えと聴こえてくる愛しい人の声。


「おまえ……を…………に…………の……を…………」




ぎゅっと、強く抱きしめられる。




「あい……し…………て……るか…………ら……」




あぁ……あぁ……あぁぁあ


そんな事、そんな事知っている。知っていたよ、あたし。
だって、あたしもジャファルのことが好きだから。愛してるから。
そうだよ、簡単な事じゃない。

愛してる人だから『救いたいんだ』


『自分の全てを賭けてでも』


例え、それで、自分が、死んでても。



大好きな人に生きて欲しいから。

142ある『暗殺者』の終わり ◆jtfCe9.SeY:2011/11/27(日) 05:00:09 ID:H5nWvRQ60




ねぇ、ジャファル。
ありがとう、ありがとう。

だから…………ね…………あたしも。


「貴方を『救う』」


目も、霞んでいる。
頭も、ぼんやりしてきた。
耳も、上手く聞こえてこない。

でも、大切な人だけは、しっかりと形作れる。
でも、大好きな人だけは、しっかりと考えられる。
でも、愛しい人だけは、しっかりとその声を聴こえられる。


だから、


「ベホマ」


最期に教えて貰った魔法。
傷を負った身体を癒す魔法。
それを、私の愛しい人に使う。


「ベホマ」


ぽわっと明るい白い光が満ちていく。
いとしいひとを、いやしてくれる。
淡い、優しい光。


「ベホマ」


でも、どれだけ、唱えても、大好きな人の傷が消えていかない。
傷ついたあたしじゃ、無理なのかな。
魔力が、その力が足りないのかな。
大好きな人すら、救えないのかな。


「ベホマ! ベホマ! ベホマ!」



嫌だ、そんなの嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!


ジャファル! ジャファル、ジャファル!


救いたい、大好きな人を!

愛してる人を!


最期に、最期に!


こんな、人生だったけど。


あたしは、沢山の人の愛されて。


だから、あたしは、あたしの人生の終わりに。

143ある『暗殺者』の終わり ◆jtfCe9.SeY:2011/11/27(日) 05:01:02 ID:H5nWvRQ60



「あたしの愛してる人を救いたいのっ!」



お願い、お願い、お願い……なんでもいい!



何でもいい、何でもいいから。
あの人を、愛してる人を、ジャファルを。



救える力を。


あたしに、ください。




あたしは、ジャファルの事が、好きで、好きで堪らないから。



だから、だから、だから、



「生きて欲しいのよ!」







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






「……こうなったか」

144ある『暗殺者』の終わり ◆jtfCe9.SeY:2011/11/27(日) 05:01:47 ID:H5nWvRQ60

世界最期の日、暗殺者は、大好きな少女を雷から護って死ぬ。
これが賭けの結末かと、ギャンブラー――セッツァーは薄く笑った。
視線の先には、大怪我を負って虫の息のジャファルが必死に、ニノを抱いて護っていた。
もう、ニノも死んでしまうというのに。

「これが……これがお前の狙いだったのかよ!」

背後から聞こえる怒声に、ジャファルは気だるげに振り返る。
片目が潰れたヒヨコの王様――ヘクトルが憤怒の表情で、此方を見つめていた。
この状況になってまで、まだこんな事を言うのかと明らかに侮蔑するようにセッツァーは見ていた。

「『狙い』? いや、違うな、あくまで賭けの『結果』でしかないのさ」

そう、これは、あくまで結果でしかないのだ。
ピサロがああ出たのは、予想外とはいえ、元々存在していた見極めでしかない。
ニノが死に瀕した時、ジャファルがどう出るかの見極めであり、それをピサロに賭けてただけの話。

「で、あいつはニノを庇った。死ぬしかないニノを救う為にな、で、それでこれは終わりさ」
「終わりだと……?」
「ちゃんと言わないと解からないか? それで死ぬなら、死ねばいい。此処でジャファルを助けても意味が無いだけだ」

そして、ジャファルが選んだ選択肢は、自らの命を犠牲にしてまでも、ニノを救おうとした。
なら、それはそれでいい。
庇って死ぬなら、死んどけよ。
此処で、ジャファルというカードを切るまでだ。
ジャファルを助けても、此方に利などないから。
それにニノと、ヘクトル、そしてニノ次第では造反する可能性が高いジャファルが死ぬならお釣りがでる。
三下も、少し離れていた所で魔王とやりあってる。後で増援に行けば討ち取れるだろう。

「そして、お前も此処で終わりだよ、ヘクトル」

だから、此処で早くヘクトルを終わらせよう。
ピサロも今此方に向かってきている。
二人ががかりならば、討ち取るのは容易い。
そう思い、セッツァーは武器を構えようとした時

145ある『暗殺者』の終わり ◆jtfCe9.SeY:2011/11/27(日) 05:02:38 ID:H5nWvRQ60


「終われねぇ……終われないんだよ、セッツァー!」

片目の王、ヘクトルの気迫の篭った声が聴こえてくる。
それはニノが刺され、そしてジャファルが雷に打たれた後以上の気迫で。

「知ってるか、セッツァー……戦いは、一人の兵士が、一人の将が倒れた事ぐらいで終わらないんだよ!」
「……」
「総大将が、俺達が死なない限り終わらない……どんなに沢山の命が犠牲になっても!」

ああ、そうだ、殺し合いに連れてこられる前も沢山の人が死んでいった。
なのに、戦いは終わらない。哀しいほど沢山の血が流れていった。

一人は、大切な人を護りながら。
一人は、懐かしい故郷を思いながら。
一人は、大好きな人に思いを伝えて。
一人は、ヘクトルを護って。


皆、死んでいった。


その命を。沢山の命を、


「だから、俺は、沢山の兵の命を、人の命を背負ってるんだよ!」


犠牲しながら、背負いながら、ヘクトルは生きている。


「確かに俺には、ユーモアもない……こうやって、また仲間を失おうとしている……けど、けどな!」


ある死んでいった老兵が、ヘクトルに言っていた。


――争いの無い世界を作ってください。


ある死んでいった新兵が、ヘクトルに懇願していた。


――故郷の妻と息子が飢えない世界をお願いします。


ある死んでいった子供が、ヘクトルに夢を語っていた。


――皆が、笑いあっていられる世界があるといいのにな。


ある、死にいく少女と、ヘクトルは約束した。


――お前とあいつがずっと一緒にいられる国を、俺が、作る。



そして、そして、そして!


ある、死んでいった、最愛の人が、ヘクトルと共に誓っていた!


――いっしょに……貴方が願う国を……作れるといいですね……ううん、作りましょう。



「俺は……俺は! 沢山の人の命と一緒に、『意志』を! 『願い』を! 『夢』を! 『約束』を! 『誓い』を!」

146ある『暗殺者』の終わり ◆jtfCe9.SeY:2011/11/27(日) 05:03:09 ID:H5nWvRQ60



ああ、そうだ。
俺には、人の心が解からないかもしれない。
俺には、弱者を省みる事が出来ないかもしれない。


それでも、俺は


「全部、全部、抱えて、此処に、此処にいるんだよ! 終われない、終われる訳があるか!」



沢山の遺されたものを、託されたものを抱えて此処にいる。
そうやって、生きている。

「そいつらの為にも、俺は理想郷を作る、作ってみせる……一人じゃなくて、皆で。今も生きている奴も、死んでやった奴も、皆一緒だ!」


だから、終われない。
終わってやれない。


ヘクトルは、片目の王は、狭まった世界でもなお、


「倒せるなら、倒してみろ……セッツァー。俺が抱えてものは、俺の、俺達の『夢』は、ギャンブラー如きに破られるものか!」


大きな、世界、夢を見つめ続けている。




そして

「……何!?」
「……なんだ、この光は?」



死にゆく少女の元から、優しい淡い光が溢れて。



世界を、満たしていく。










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

147ある『暗殺者』の終わり ◆jtfCe9.SeY:2011/11/27(日) 05:04:22 ID:H5nWvRQ60








淡くて、白い、儚い光が広がっていく。
それは、あたしの左手の薬指にはまっている指輪から放たれていた。
必死に縋った先に、あった指輪。
はめて、強く願った、ジャファルを救う力が欲しいと。
そしたら、途端に光って、その瞬間、あたしの力も満ちてきたのだ。
だから、必死の思いで、私は何度も、何度も、呪文を唱えて。


そして。



「…………ニノ……?」



あたしは、愛してる人を、救えたんだ。
ジャファル、ジャファル、ジャファル!
傷一つ無い、大好きな人が、あたしを見つめている。

あぁ、あぁ……ああ。
良かった……良かった……本当に……良かったっ


「生きてる……生きているよぉ……ジャファルが……生きている」


大好きな、人が、生きていた。
あたしの傍で、生きている。
もう、それだけで、よくて。

「そんなのどうでもいい! なんでだ……なんで俺を……ニノ……ニノの傷が……ニノが死んでしまう」

大好きな人の顔が歪んでいた。
ジャファルを救う為に。
あたしはもてる限りの力を費やした。

自分の傷を回復できないぐらいに。


だから、あたしは、ここで死ぬのだろう。


「御免ね……あたしから、一緒に居たいと願ったのに……あたしだけ、先に逝っちゃうよ」
「なんでだ、俺に、そんな価値なんて、無い! ニノに救われて、ニノの命を犠牲にしてまで、生きる価値なんて」
「あるよ、ジャファル」

ジャファルは勘違いしている。
しかも、とても簡単なぐらいの答えなのに。

だって

「貴方は、あたしにとって『最も価値のある』大切な人。救いたい、大好きな人なんだもん」
「……あぁ…………」

大好きな人。
愛してる人。

ジャファル。


何も、感情を見せない彼だったけど、そんな、彼が



「……嫌だ、嫌だ」


少年のように、泣いていた。
大好きな人が、死ぬのが嫌で。
愛してる人が、死ぬのが哀しくて。


涙を、流していた。

148ある『暗殺者』の終わり ◆jtfCe9.SeY:2011/11/27(日) 05:05:04 ID:H5nWvRQ60


「俺はニノは、生きて欲しくて……だから……だから……」
「ううん、もういいの、ありがとう」
「いいわけが……っ!?」


それでも、まだ言葉を紡ごうとしていた大好きな人の口を。

あたしは、思いっきり口で塞いでいた。


想いを、形にするように。
長い間、そうしていて。


やがて、名残惜しかったけど、ゆっくりと離す。

多分、残された時間は、少ないから。


だから、残された、時間で。


ジャファルが、生きていけるように、あたしの想いを、言葉を口にしよう。



「ねぇ、ジャファル……ジャファルは、私を救ってくれたね」
「結局救えない……」
「ううん、救ってくれたよ」

そう、自分の命を懸けて。
死にそうな私を全力で救ってくれた。


思い浮かぶのは、あの雷の勇者。
あの人は、勇者だった。


でもね、あたし、思うんだ。

あたしの大好きな人。

あたしを、救おうとして、自分の命すら捨てようとする、人。

あたしが、苦しい時、あたしを救ってくれた、人。


愛してる人。


それが、ジャファル。


だからあたしにとって、貴方は



「救いたい大切な人を、大好きな人を、全力で救ってくれた、ジャファル、貴方はね」




ただひとりの。

149ある『暗殺者』の終わり ◆jtfCe9.SeY:2011/11/27(日) 05:05:47 ID:H5nWvRQ60




「あたしの『勇者』だよ」




あたしにとっての勇者様。
あたしはね、ずっと

「今の今まで、あたしを救って、救い続けてくれたジャファルは、きっと『勇者』なんだよ」


貴方に『救われ続けていた』


「だからね、今度はあたし以外も、救って欲しい」
「違う! 俺が救いたいのは、お前だけだ! ニノだけなんだよ……」
「ありがとう、でも、聞いて」


これは、祝福なのかな?
これは、呪詛なのかな?
これは、あたしの愛なのかな?
これは、独りよがりをおしつけてるだけなのかな?


「きっと、また哀しい、戦争が起きる。あたしやジャファルみたいな、両親を失った子が沢山出来てしまう」


でも、それでも。
あたしは、言葉をつむぎ続ける。

「それだけじゃない、闇の中でもがき続ける人が、また沢山出来るかもしれない」

あたし達や、あたし達の家族のような人たちが。
きっと、出来てしまうかもしれない。
だから、そういう子達を救う、勇者になってほしい。

「だから、ジャファル……貴方に、そういう人たちを、救って欲しいんだ」
「……俺に、出来る訳が無い……そういうのは……オスティア侯の役目だ」
「ううん、闇も知って、人の温もりも知っている貴方しか出来ない事だよ、だって」


ねえ、ジャファル。
あたし達は、闇に住んでいたけど


「闇にしか生きてなかった、あたし達が、愛し合えた。それが、きっと、『希望』になる」
「希望……?」
「当たり前のように、人に恋して、愛して、生きていく事。それが誰にも出来る事を、証明し続けて」


あたし達の出逢いはきっと無駄にじゃない。
あたし達の愛は、きっと無駄にならない。


「あたし達のような別れをこれ以上作らない為にも、貴方が、そんな弱い人達の、『勇者』になって」


あたしの大好きな人。
あたしの愛してる人。

150ある『暗殺者』の終わり ◆jtfCe9.SeY:2011/11/27(日) 05:06:52 ID:H5nWvRQ60


「あたしの、『勇者』」


ジャファル。あたしはずっと好きだから。
ジャファル。あたしはずっと愛してるから。

「あたしは、貴方が犯していた罪を、許せない。だから、この願いは祝福であり、呪いだよ」


ジャファルの罪はきっと重い。
許されるものじゃない。
だから、ジャファルを勇者として誰も認めないだろう。
でも、あたしは、それでも、勇者だと思う。


あたしの『全て』を『救ってくれた』から。



「…………だから、頑張って生きてね……」
「……ニノ!?」


そして、身体から、力が抜けていく。


もう、終わりだった。


だからね、ジャファル。



「ジャファルは、幸せに、なれると、信じてるよ」
「何故だ……」


それは、あの雨の日の別れと一緒で。
ジャファルの涙が見える。
あたしの身体に縋りながら、あたしを引き止めるように。
そんなジャファルを想いながら、返事を返す


「あたしが……幸せだったから」


ジャファルと過ごした時間。
ジャファルが傍に居た時間。

こんなちっぽけだった自分が、こんなにも、幸せになれたんだ


「あたしすらも幸せできる人だから……ジャファルが他の人を救うのは簡単で、その中でジャファルは幸せになれるよ」


そんな簡単にいかないと思う。
でも、そう思いたい。
でも、そう願いたい。

だって、あたしの大好きな人なんだから。




「ジャファル、ありがとう。あたしに愛をくれてありがとう。温もりをありがとう」


感謝しても、感謝しきれないだろう。
一人で生きたあたしに、愛をくれたのだから。
愛を教えてくれた、ジャファルには生きてほしい。そう思うから。
そして、はめていた指輪をジャファルの指に、はめる。



「大好き、愛してる」


それしか、言葉が出なかった。

151ある『暗殺者』の終わり ◆jtfCe9.SeY:2011/11/27(日) 05:07:25 ID:H5nWvRQ60
だから、唇を重ねた。
それで、充分だった。



ああ、あたし、幸せだったなぁ。


走馬灯のように、色んな人の顔が浮かんで。



「ニノ……大好きだ、愛している」


大好きな、人の言葉が聞こえた。


あたしは、笑った。笑えた気がした。




そして、闇が、訪れた。


でも、その闇が、おもいのほか温かい事を。



あたしは、愛してる人から教えて貰った気がしたから。





「ねぇ……本当に、幸せだったよ、ジャファル」


ありがとう。


そして


「誰よりも、誰よりも、この世界で、貴方を愛しているよ」


だから、頑張ってね。
ずっと、見守ってるから。


「ジャファル……ほんとう、だいすき、あいしてる―――えへへ、ずっと傍にいるからね」





【ニノ@ファイアーエムブレム 烈火の剣  死亡】
【残り13人】










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

152ある『暗殺者』の終わり ◆jtfCe9.SeY:2011/11/27(日) 05:07:55 ID:H5nWvRQ60







「ちっ……まずは、ヘクトルを討つぞっ! 旦那っ!」
「解かった」
「くっ……」

淡くて儚い優しい光が満ちる中、セッツァーは冷静に判断を下す。
ヘクトルおろか、ピサロでさえもあの光に、見惚れていた。
それほどまでに、温かな光だったのだ。

だが、ずっとそうしている訳にもいかないのだ。
今、明らかなイレギュラーが発生している以上、状況そのものは張り詰めている。
故に、セッツァーはまず確実に、ヘクトルを殺す事を選ぶ。
まず、これだけは先のことを考えても、やらなければならないのだ。

そして、そのままピサロの刃とセッツァーの槍が、ヘクトルを貫こうとした、その時



「……………………!」


疾風の如く、飛び込んでくる一つの影。
次第に収まってきている淡い光を纏いながら。


「……ジャファル!」


左手に逆手に持った鋭い和刀で、槍ごとセッツァーを吹き飛ばし。


「……それが答えかっ!」


右手に持って、薄く、されど絶大な切れ味を持つ西洋剣で、ピサロを吹き飛ばした人物。


「ジャファル……お前生きて……?
「……ニノの為にも……死んでもらっては困るんだ、オスティア侯」


左の薬指に、約束の、愛の指輪をはめて。


暗殺者だった男―――ジャファルは世界最後の日に、立っていた。

153ある『暗殺者』の終わり ◆jtfCe9.SeY:2011/11/27(日) 05:08:40 ID:H5nWvRQ60


「その剣は……あの店で手に入れたものか!」

吹き飛ばされながら、ピサロはジャファルに向かって、叫ぶ。
ジャファルが右手に持つ、西洋剣。


それは、ある魔石を削って、出来た神剣。
絶大の薄さと軽さを、誇りながらも圧倒的な破壊力をもたらす魔剣。
所有者の力を高めて、所有者の力量以上を引き出す、神装。


それは、神々の黄昏を名に冠した、剣。



そう、ジャファルが持つのは、最強の剣、ラグナロク。


「今は、一撃で仕留める事に、拘らない……全力でいくぞ」


ジャファルは暗殺の為に、ナイフを使用し、それを好んでいる。
しかしながら、別に剣が扱えないわけではない。
むしろ、戦いが長引く戦場では、剣を振るう機会は多くあった。
どんな状況にも、対応できるように育てられてきた。


だからこそ、今、ジャファルが振るうべきは、二振りの剣。

ジャファルが殺した少女の愛刀、マーニ・カティ。
神々の黄昏を冠する神剣、ラグナロク。

二つとも驚くぐらいに、軽い。
これならば、行動が制限される事は無い。


瞬殺性を捨て、継戦性と破壊力を手に入れた、ジャファルのスタイル。


二振りの剣を持って、今、目の前の仇名す敵を、討つ。

154ある『暗殺者』の終わり ◆jtfCe9.SeY:2011/11/27(日) 05:09:26 ID:H5nWvRQ60



「ニノは死んだ、もう居ない。失った命は二度と戻らない」


反芻するように、言葉を紡ぐ。
ああ、そうだ、死んだ命は戻らない。
戻ったとしてもモルフのような抜け殻だ。


「けど、ニノは望んだんだ、俺に生きるようにって。俺達な哀しい恋をする人がもう増えないようにして欲しいって」


だけど、ニノは望んだ。
ジャファルに生きてほしいと。
だから、ジャファルは此処にいる。


「闇の中にもがき続ける人を、救う『希望』になれって言ったんだ」


闇の中で、もがき続ける人達の希望になれと。
大好きな人が言ったんだ。


「俺のした事は、罪は、赦されない。 何れ罰を受ける事になるだろう……だが、まだそれは先だ。先にならなきゃならない」


ジャファルがニノの為に殺した事は赦されない。
何れは罰は受けるが、今はまだ。


「でも、今はそんな事どうでもいい。罪とか贖罪とか、罰とか信念とか、遺志とか、闇とか、光とか、本当に、もう全部どうでもいい!」


けど、そんな事、今は、もう全部どうでもいい。

今は、ただ、ただ。

155ある『暗殺者』の終わり ◆jtfCe9.SeY:2011/11/27(日) 05:10:04 ID:H5nWvRQ60



「幸せだ、『救われた』といってくれた、ニノの為に。大好きな、愛しているニノの為に!」



ただ、ただ、『愛』の為に。



「ニノが言ってくれたんだ」



きっと他の人は、ジャファルを『それ』だと認めないだろう。
ジャファルは相応しくないといい、受け入れないだろう。


けど、それでいい。


だって、それでも、大好きな、愛してる人だけは、彼を認め、こう言ってくれるだろうから。


「だから、俺はなってやる」





――――世界最期の日にある『暗殺者』が死んだ。



――――だが、或いは、それはこうとも言えるのかもしれない。

156ある『暗殺者』の終わり ◆jtfCe9.SeY:2011/11/27(日) 05:11:12 ID:H5nWvRQ60
「ニノの為に、ニノが望む『勇者』に……」




小さな、愛の指輪が、また光ったような気がして。



ジャファルは、強く宣言する。





「俺がー――――『勇者』になってやる!」




――――そして、世界最期の日に、ある『勇者』が生まれたのだった。









        RPGキャラバトルロワイアル。


          第138話。


       「ある『暗殺者』の終わり、そして、ある『勇者』の始まり」

157ある『暗殺者』の終わり、そして、ある勇者の始まり ◆jtfCe9.SeY:2011/11/27(日) 05:15:41 ID:H5nWvRQ60



【C-7とD-7の境界(C-7側)二日目 朝】

【ジャファル@ファイアーエムブレム 烈火の剣】
[状態]:健康
[装備]: マーニ・カティ@ファイアーエムブレム 烈火の剣、ラグナロク@FFVI、黒装束@アークザラッドⅡ、バイオレットレーサー@アーク・ザ・ラッドⅡ 賢者の指輪@ファイアーエムブレム 烈火の剣
[道具]:聖なるナイフ@ドラゴンクエストIV、毒蛾のナイフ@ドラゴンクエストⅣ 導かれし者たち、潜水ヘルメット@ファイナルファンタジー6
    影縫い@FFVI、アサシンダガー@FFVI、、基本支給品一式×1
[思考]
基本:ニノの為に『勇者』になる。
1:ヘクトルと共に、セッツァー、ピサロを倒す。
[備考]
※ニノ支援A時点から参戦
※セッツァーと情報交換をしました
※ジョウイからマリアベル達の現在の状況を知りました。その他の情報については不明です。



【セッツァー=ギャッビアーニ@ファイナルファンタジー6】
[状態]:好調、魔力消費(中) ファルコンを穢されたことに対する怒り
[装備]:デスイリュージョン@アークザラッドⅡ、つらぬきのやり@FE 烈火の剣、シロウのチンチロリンセット(サイコロ破損)@幻想水滸伝2
[道具]:基本支給品一式×2 拡声器(現実) フレイムトライデント@アーク・ザ・ラッドⅡ ゴゴの首輪
    天使ロティエル@サモンナイト3、壊れた蛮勇の武具@サモンナイト3
    小さな花の栞@RPGロワ 日記のようなもの@??? ウィンチェスターの心臓@RPGロワ
[思考]
基本:夢を取り戻す為にゲームに乗る
1:ジャファルを倒す
2:魔王、ピサロと連携し、ヘクトル・ゴゴを倒す
3:C7制圧後は南下し、残る参加者を倒す
4:ゴゴに警戒。
5:手段を問わず、参加者を減らしたい
※参戦時期は魔大陸崩壊後〜セリス達と合流する前です
※ヘクトル、トッシュ、アシュレー、ジャファルと情報交換をしました。
※ジョウイからマリアベル達の現在の状況を知りました。その他の情報については不明です。

158ある『暗殺者』の終わり、そして、ある『勇者』の始まり ◆jtfCe9.SeY:2011/11/27(日) 05:17:30 ID:H5nWvRQ60
【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(中)、心を落ち着かせたため魔力微回復、ミナデインの光に激しい怒り ニノへの感謝
    ロザリーへの愛(人間に対する憎悪、自身に対する激しい苛立ち、絶望感は消えたわけではありません)
[装備]:ヨシユキ@LIVE A LIVE、ヴァイオレイター@WA2、クレストグラフ(ニノと合わせて5枚。おまかせ)@WA2
[道具]:基本支給品×2、データタブレット@WA2、双眼鏡@現実  点名牙双@幻想水滸伝Ⅱ、解体された首輪(感応石)、 バヨネット
    天罰の杖@DQ4、小さな花の栞×数個@RPGロワ メイメイさんの支給品(仮名)×1 
[思考]
基本:ロザリーを想う。優勝し、魔王オディオと接触。世界樹の花、あるいはそれに準ずる力でロザリーを蘇らせる
1:ジャファル達を打倒。
2:セッツァー・魔王と一時的に協力し、ヘクトル・ゴゴを撃破しつつ南へ進撃する
3:可能であれば、マリアベルとニノも蘇らせる
[参戦時期]:5章最終決戦直後
[備考]:確定しているクレストグラフの魔法は、下記の4種です。
 ヴォルテック、クイック、ゼーバー(ニノ所持)、ハイ・ヴォルテック(ニノ所持)。
※バヨネット(パラソル+ディフェンダーには魔導アーマーのパーツが流用されており魔導ビームを撃てます)

 【メイメイさんの支給品(仮名)×1】
  メイメイさんのルーレットダーツ3等賞。メイメイさんが見つくろった『ピサロにとって役に立つ物』。
  あくまでもメイメイさんのチョイスであるため、それがピサロが役に立つと思う物とは限らない。


【ヘクトル@ファイアーエムブレム 烈火の剣】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(中) 左手首に傷 左目消失
[装備]:アルマーズ@FE烈火の剣 
[道具]:ビー玉@サモンナイト3、 基本支給品一式×4
[思考]
基本:オディオを絶対ぶっ倒して、オスティアに戻り弱さや脆さを抱えた人間も安心して過ごせる国にする
1:ジャファルと共に、セッツァーとピサロを倒す。
2:つるっぱげ、ダブル銀髪を必ず倒す。
3:ゴゴとちょこから話を聞きたい。
4:アナスタシアとセッツァーを警戒。
[備考]:
※フロリーナとは恋仲です。
※セッツァーを黒と断定しました。

159ある『暗殺者』の終わり、そして、ある『勇者』の始まり ◆jtfCe9.SeY:2011/11/27(日) 05:18:09 ID:H5nWvRQ60
投下終了しました。
何か指摘などありましたら、よろしくお願いします。

160SAVEDATA No.774:2011/11/27(日) 05:31:04 ID:jGWdHCRc0
投下乙です。
ニノ……守られた命をそう使ったのか……でもそれがニノの望みだったのなら仕方ないな。
そうか、ニノにとってジャファルは勇者だったのか。
ラグナロクも装備して勇者っぽくなったな。しかし賢者の指輪が結婚指輪に見え(ry

そのままFEコンビVSセッツァー&ピサロか。
ヘクトル負傷してるから戦力的には5分5分。どうなることやら。
最終決戦も三局化して盛り上がってきたな。GJでした!

161SAVEDATA No.774:2011/11/27(日) 09:19:44 ID:1/SIdEVw0
投下乙!
実に綺麗なお話だったなぁ。
ニノとジャファル、二人の気持ちがいっぱいに詰まってた。
RPGロワ屈指の純愛物語かもしれん。
そしてヘクトル・ジャファルとセッツァー・ピサロの戦闘も開幕だね。
まさにクライマックス。続きが楽しみです。
GJでした!

162SAVEDATA No.774:2011/11/27(日) 09:26:02 ID:KgtTq0rk0
投下乙

ジャファルまさかのクラスチェンジか!
無差別マーダー化して鬱展開かと思いきや、某天元突破を彷彿とさせる燃え展開だった…
エクスカリバーじゃなくてラグナロクってのがダークヒーロー的で似合うな

城下町の女性トリオは、3人とも強キャラではなかったけど
みんな最後にはそれぞれ因縁のあるキャラを立ち直らせていったな
合掌…。

163SAVEDATA No.774:2011/11/29(火) 05:23:24 ID:DyClvd520
投下乙!
絶望的な戦況で、まさかの希望が……。ここでジャファルは頼もしすぎるぜ。
しかもラグナロク絶対に似合うw 原作で剣使ってないのにw
ニノが切なくも熱い。戦うためじゃなく助けるために強くなるってのは彼女らしい。
そして戦闘開始。コンビネーションはFE組だけど、ピサロのアイテムが怖いね。
セッツァーも何か仕掛けてきそうだし、油断はできない。GJ!!!!

164SAVEDATA No.774:2011/12/09(金) 00:01:32 ID:uPx.xaV20
>>前スレ935
この状況で全作品生還はオディオが勝手に納得して強制送還でもしない限り無理だろw

165SAVEDATA No.774:2011/12/09(金) 02:10:41 ID:fmS4plPw0
>>164
うちは全体の人数多いほうじゃないからなー
百人単位とかなら案外全作品生還もなきにしもあらずだけどw

166 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:16:41 ID:1HqSU6dk0
投下します

167私がわたしを歩む時−I'm not saint− 1 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:17:32 ID:1HqSU6dk0
−Tick Tack−

 暗い冥い黒の木の樹の森の中。
 草木も眠るその場所に、しずかに息衝く何かがいました。
 僅かな星の光も十重二十重に茂った葉に遮られたその場所では、何かの輪郭さえ掴むことができません。

 しかし、確かに「何か」はいたのです。
 呼吸さえ遠く、鼓動さえ闇の向こうにうつろいて、何かはそこにいたのです。
 
 「ここに、いたんだね。さいごに……またあえるなんて」

 何かから発せられた波が、木々を幽かに揺らしました。
 撫ぜるような、優しく、暖かい波が夜を揺らしました。
 それが口の中に何かを飲み込むような波をだすと、周囲の闇に鉄の冷たさが広がります。

 「……できることは、すべてしたとおもう。とてもたりないし、あまりにとおいけど」

 何かが、この冷たい闇の中で身を縮めて強張りました。
 遥か遠く、限りなく深い淵に足を滑らせるような恐怖とともに。
 何かが、ぶつぶつと波を放ち続けます。その度に闇は震え、痛々しい寒さを増すのです。
 悔やむように、責めるように、闇の中に告解される残酷を理解するように。 

 「……これが、ぼくのしたいことのぜんぶだ……かてて、1わり……“あれ”をてにいれられなければ……
  ……いや……てにいれたとしても、なにもかもをうしなうだろう……
  もしも……きみがいたら……きみは……このてのひらでぼくをたたいてくれただろうか……」

 何かが、僅かに緩んだ波を放ちました。
 そうであったなら、何かは晴やかに太陽の中に出でてその闇より姿を現していたでしょう。
 でも、それは冷たくて、かさかさしていて、何かが望むことをしてくれません。
 
 「……だから……せめて、みとどけてほしい……きみが、さいごまでつかんでたものといっしょに……
  ……ぼくが……なにをつかめなかったのか……なにをつかめたのかを……
  ……ぼくが……なにになれなかったのか………なにになれたのかを……」

 それでいいと、何かは己の中にそれを抱き止めていました。
 あいにきてくれた。それだけで、この道を歩けるのだと信じながら。

 何かが、すうとたちあがります。僅かに増えた日の光が、その輪郭を形にしました。
 手を高く伸ばし、彼は見上げました。


 「……いってきます……“おねえちゃん”……」


 碧に輝く星と、憎悪に覆われた空を。

168私がわたしを歩む時−I'm not saint− 2 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:18:15 ID:1HqSU6dk0
−Tick Tack Tick−


かつて緑色の夢があふれかえっていた場所。しかし、そこはいまやその面影すら残さぬ荒地になっていた。
緑が根を張って水を含ませるはずの大地は乾き、誰にも見取られぬまま余生を数える老婆の“あばた”のように抉れてる。
本来ならば木漏れ日に当たりまどろめるはずの陽光は、何一つ遮られぬままその肌を無慈悲に焼いている。
風はその焼き枯れた肌を掻き毟るが、一粒の涙すら搾り出すこと叶わず、大地は悔やむように砂粒をひり出した。

何故に、何故に。緑の夢だったものは悪夢に惑う。
我らが何をした。ただここにいたのだ。それだけだった。それだけで、焼かれ、抉れ、砕け、穢された。
我らに何の咎が。ただ生きていたのだ。それだけだった。それだけで、捩れ、殺され、死に、潰された。
緑の夢は惑う。だが、それだけだった。惑い悩み苦しみ苦しんで、それだけだった。

“誰がした”など考えもしなかった。夢見る彼らはどうしようもなく夢見ることしかできなかった。
だから彼らは叫ばない。届かないと分かっているから、届けるべきものだと分かっていないから。

だから彼らは夢見続ける。いつか、答えが返ってくる日がくるのを。
声無き声を、聞き届けてくれる者が現れるという夢を見続ける。

そうやって、夢見続けながら――――――彼らを殺した“誰か”達は彼らの上で、未だに彼らを足蹴にし続けていた。


「シィィッ!!」
C7の大地を一陣の風が駆け抜ける。担うは名刀と神剣、その風の名をジャファルと言った。
「セッツァー、貴様、最初からこうするつもりだったのかッ!」
向かう先はギャンブラー。何食わぬ顔で自身に取り入り、夢と未来を嘯いた香具師。
夢を偽り無く語るその姿に、ジャファルはある種の正直をセッツァーに見たこともあった。
「オイオイ、酷い言種だなジャファル。俺が何をしたっていうんだい?」
だが、目元を歪にゆがめて笑い、あからさまな嘘を付くこの男と今対峙すればハッキリと分かる。
「生き残ったってこたぁ、ツキがあるってことだ。
 どうだい? 折角拾った幸運だ、その運、ニノ嬢ちゃんを生き返らせるのに賭けないか?」
こいつにとって人の夢とは、自分の夢を育む餌でしかないのだと。
「セッツァー! 貴様ァッ!!」
地面に顎が掠めるほどに身を屈めたジャファルが、マーニ・カティにて逆風の一閃を放つ。
疾さを重視する刀の剃りがジャファルの駆動速度を余すことなく伝達し、必殺の一撃と化す。

「双填・バギ×バギマ――――真空刃ッ!!」

169私がわたしを歩む時−I'm not saint− 3 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:18:55 ID:1HqSU6dk0
だが、その刃がセッツァーの頚動脈に届くよりも僅かに早く風の刃がジャファルに襲い掛かった。
「惜しかったなあ。態々瞬殺を狙わなきゃ、俺は御仕舞いだったろうに。やっぱ骨の髄までハッシン中毒だよ、お前」
「砲撃ッ! 貴様も、貴様もだ!!」
口惜しむは、一時も速い対象の死を望み長刀で短剣の秘儀を用いようとした元暗殺者。
嘲笑うは、闇から光に足を踏みいれてその眩しさに目をくらませた馬鹿を詰るギャンブラー。
放つは、少女を認めそして少女の命を奪った魔族の王。放たれるは、少女が零した符牒が集った大魔術。
「少々意外だ。ただのキラーマシンかと思っていたが、存外人間のような声を上げるのだな」
「ピサロッ! お前の、お前のせいでッ!」
「そうだ。私が私の意志でニノを送ろうとし、ニノはニノの意思でお前を救った。ならば……」
ジャファルは手にした二振りで自身に直撃するものだけを弾きながら後ずさる。
だが、舞い散る風はピサロの背を押すように刃をジャファルに向け続ける。
「お前は何の意思でここに立つというのだ?」
ピサロの純粋な問いが、風刃よりも速くジャファルの心に傷を負わせた。
如何にジャファルが小刀大剣六振りを持とうが、
嵐が如く乱れ飛ぶ刃の全てを斬り結ぶことはできず、無数の刃がジャファルに集い業嵐と化した。
「違うッ! 俺は、俺の意思で決めた。ニノが、ニノが呼んでくれた『勇者』になると!!」
「亡骸に障る。愚弄も大概にしろ人形―――――――双填・ゼーハー×ゼーハー」
捌き切れず体制を崩すジャファルの叫びに、ピサロは砲口を向けることで応じた。
砲口から覗くのは黒とも白とも付かぬ生まれたての宇宙。命が生まれるその前段階、無の誕生そのものだった。
その砲撃の如く静かな怒りは、まるでかつての自分を戒めるかのように充填される。
ロザリーの言葉をそのまま受け止めていれば、ジャファルの位置に今立っていたのは自分なのかもしれないのだから。
だからこそ、その場所に立つのならば覚悟しなければならない。
「デジョネーター<アカシックリライター>ッ! 言葉は自らの呪文に変えねば意味は無い。
 借り物の言の葉で負えるほど『勇者』は軽くないぞッ!!」
全てを飲み込む虚無がジャファルを捕らえんと顎を伸ばす。
例え、ニノがその生を望もうがジャファルを生かす理由にはならない。
この身は、最愛の言葉を得てもなおロザリーに逢うと覚悟したのだから。

170私がわたしを歩む時−I'm not saint− 4 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:20:07 ID:1HqSU6dk0
有象無象を分けることなく、無は全てを喰い散らかす。老いた者赤ん坊隔てなく。
熟練の暗殺者も、生まれたての勇者も。魔の王の前では無へと還る。
やはり、無理なのか。無が迫る中、ジャファルは唇を強張らせた。
暗殺者が勇者になることなど、闇が光になることなどできないのか。
恋心だけで変わることなど、虫が良すぎたのだろう。光に憧れた闇が、無へと――
「できるか、できないかじゃねえ! なろうとするか、しないかだッ!!」
還らない。闇が還る場所は無ではなく、理想郷であるが故に。
デジョネーターの威力を、真っ向から受け止めてなお傷一つ付かぬ天雷の斧盾。
無と真っ向から対立する神将器の後ろに僅かにできた空隙に、闇は生きていた。
「……オスティア候」
闇が確かに生きていられる、理想郷の主とともに。
「ぐ、ぐっ……大、じょうぶ、か……ジャファル……」
ジャファルの安否を気遣うヘクトルの汗は尋常なものでなかった。
神将器の神格で消失は避けられているものの、デジョネーターの威力そのものを防いでくれるわけではない。
ピサロから射出された圧力を防ぐのは、アルマーズを握るヘクトルの膂力なのだ。“片手しか使えぬヘクトルの”。
「はは、いい姿じゃねえかヘクトル。どうだジャファル、その無防備な背中……暗殺し放題だぜ?」
遠間からヘクトルの頑張りを煽るセッツァーに、ジャファルは目を竦ませた。
染み付いた暗殺者の意識がセッツァーに同意したこと、僅かなりとも“まだ闇をやり直せる”と思ってしまったことに。
ここでヘクトルを殺せば、もう一度奴等と手を組みニノを目指せるかもと一瞬たりとも思ってしまった自分を殺したくなる。
やはり、自分は勇者には――――
「たりめーだ。お前が勇者なわけねえだろ。お前はまだ“勇者になる”と決めただけだろうが」
惑う民を叱咤するように、ヘクトルはその背中でジャファルに語りかける。
勇者とは、ただの言葉に過ぎない。だが、ただ言えば勇者になれるものではない。
「だけどよ……勇者になるって、決めたんだろ。だったら、お前はもう暗殺者じゃねえ!!」
だが、何かになるには……決意を示さなければ、始まらない。始まりの意志こそが未来を作るのだ。

「進めよ、ジャファル。その場所は、命は、俺が作ってやるッ……他ならぬ、我がオスティアの民よッ」

そして、その未来を守るのが――――王の責務なのだ。
「ハッ、青臭いご高説痛み入るが、手前ェに何ができる? 頼みの斧も碌に持てない分際でッ!」
空への足場にするように、ギャンブラーはヘクトルの夢を足蹴にする。
実際問題、ヘクトルこそがジャファルのアキレスの腱であった。
片側の視界を失い、頼みの斧を両手で振ること適わぬヘクトルに成す術はなく、
ヘクトルを狙えば、ヘクトルを喪えぬジャファルの隙を誘うことができる。

この勝負、ジャファルが暗殺者であろうが勇者であろうが勝敗は目に見えていたのだ。
――――ヘクトルの斧がただの武具であったならば。

171私がわたしを歩む時−I'm not saint− 5 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:20:39 ID:1HqSU6dk0
「護るんだよ。俺が、ジャファルを。俺の民を、もう、二度と喪わせねえ……」

アルマーズを握るヘクトルの力が強まる。
フロリーナを、そしてニノを喪い、そして今ジャファルをも喪おうとしている。
自らに力が無いから、戦えぬから、幾度も幾度も喪っていく。
「……護れないまま、喪ったままじゃ終われないんだよ……」
<戦わせろ……我を……戦わせろ……>
それだけは許されない。ヘクトルは王なのだ。例え闇を知らずとも、ユーモアを理解せずとも、王で無ければならないのだ。
理想郷の王としてそれを目指し、“戦い続けなければならないのだ”。
<我は、力。この比類なき力こそ、我>

「だから……お前の力、俺に貸せ。民を守るため、俺を戦わせろアルマァァァァァズッッッ!!!!!」

天雷の斧が支配者の許しを得て狂乱の力を迸らせる。
ヘクトルの腕がゴムを引き千切るように筋繊維を何本も壊しながら片手で豪斧を持ち上げ縦に一閃すると、
デジョネーターは飴細工のように焼き千切れて有へと還っていった。
さしものギャンブラーと魔族の王も息を呑むのも当然だった。
それは人と竜の境を超えるもの。肉を裂き骨を砕き、命を絶つもの。
ヘクトルが友を守るために手にした力。神将器・天雷の斧アルマーズ。

「――――オスティア候……」
「行くぜ、ジャファル。あいつらをぶちのめす。そうでなくても……“あいつらを北へ押し出す”」

ジャファルのもしやと思う弱い声に、ヘクトルは雄雄しく応じた。
その声は滾りながらも、しかし確かにその手綱を握り締めている。
アルマーズの力を限界まで引き出しながらも、ヘクトルは狂い切ることなく敵を見据えていた。
ヘクトルは見失わない。守るべき民の姿がある限り、目指すべき理想郷が見えている限り、ヘクトルは王なのだから。
たとえその手に握る力が、戦いに狂える士の力であろうとも。

「ゴゴには悪いが、手前ェは俺が裁く! お前の空は、俺の国には残さねえッ!!」
「っちぃ! こっちから願い下げだぜ。お前の国の空は息苦しくって適わねぇよッ!!」

ヘクトル、そしてジャファルが一気呵成に攻め上がってくる中、セッツァーは僅かにそのポーカーフェイスを崩した。
この局面はセッツァーが想像する上で最悪のものだったからだ。
ニノが死んでも、ジャファルは殺す側に立つものだと思っていた。
仲間のままではいられずとも、無差別に暴れまわると思っていたのだ。
ジャファルは妙に『死者を蘇らせる』ことに強い嫌悪を持っていたが、いざそれしか術がないと分かれば分別もつくだろう。
そう高をくくっていたのだ。それがまさか、ここまで甘いことを考えるなど、セッツァーとて想像の限界点だった。
そう、それだけならばまだ対応の仕様があったのだ。万が一不運に不運が重なってジャファルが裏切ろうとも、
ヘクトルを無力化してジャファルの弱点とすればまだ戦局を支えられたのだ。
だが、セッツァーの賭けは外れた。規格外のアルマーズの魔力によって片腕で斧を振り回す蛮族の手によって。

「来い、ピサロ。お前達を倒し、愛する人のため俺は勇者になるッ!」
「双填・バイキルド×ハイパーウェポン――――私に愛をほざいたな、木偶が。続きは娘の下で謳うがいいッ!!」

172私がわたしを歩む時−I'm not saint− 6 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:21:39 ID:1HqSU6dk0
ジャファルの二刀と、最後のクレストグラフを開帳したピサロの刃が激突する。
2人とも戦闘可能ならば、この4人の中でもっとも戦闘力に劣るのはセッツァーだ。
となれば、ピサロはセッツァーを守らざるを得ず、自然戦いは防御的になる。

(やっぱり気づいてやがるか、ヘクトル。この状況の意味に)

これでもはやセッツァーたちにこの2人を即座に殺すことはできなくなった。
たった2人を仕留めるために、マーダー2人が拘束されてしまったのだ。

(流れを変えねえと、ジリ貧だな……“あそこ”で全部決まっちまう)

ヘクトルの攻撃を避けながら、セッツァーは少し離れた場所をちらと見た。
このままではヘクトルの思う壺、事態は彼らにとって最悪の方向へと向いている。
それを打開すべく、セッツァーは全神経を総動員して鍵を探し求める。

「出目はファンブル1歩手前か。こいつはなんとも―――――――




 ――――――――拙い状況というしかないか」

赤眼を見開いたカエルが、誰に語るでもなく呟いた。
敵の攻撃の僅かな隙間を縫った探査で、カエルは3人の位置を把握する。
そう、3人―――――5人ではない。カエルが初期に行った探査時と現状の間の勘定が合わないのだ。
後追いで仲間たちが来るものと思っていたが、その気配は依然としてない。
消えた者たちが何処に失せたかなど、走査するまでもない。
魔王を追い、分断された仲間たちを護るために北へ向かったのだ。
誘いが露骨に過ぎたかと、カエルは血走った眼をさらに細めて唸った。
“こうならないよう”にするために、カエルは彼らを引き付け切らなければならなかったのだ。
数に劣る彼らは、たとえ北のマーダー達と合流してもその数量的戦力差を覆すことはできない。
だからこそ彼らは戦力を散らせてでも電撃的に、偏らせてでも奇襲的に敵の数を減らさなければならなかったのだ。

あの雨の戦いでは、それが足りなかった。
混乱の只中にある参加者たちを速やかに屠れなかったからこそ、態勢を整えられ、守りを固められた。
時間を与えれれば与えるほど、じわりじわりと不利を有利に変えていく――――数の利とはそういうものだ。

173私がわたしを歩む時−I'm not saint− 7 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:22:21 ID:1HqSU6dk0
狙いの全てが上手くいかないのは戦の常とはいえ、魔王に3人もの人間が向かったという状況は拙い。
何せ、カエルが禁止エリアを恐れることなくこの場に逗留できるのは魔王が自身を転移させるという前提に他ならない。
万一魔王が討たれてしまえば、カエルは退路を失いこの地で自滅することになる。
「魔王の救援に向かいたいところだが――――――そうはさせんのだろう? ストレイボウッ!!」
カエルが脂ぎった笑みを森の木々に向けると、木々の隙間を縫うように電撃が疾走した。
「気づかれたッ!?」
その放電の源泉であるストレイボウは驚きを示した。
行動不能を狙ったブルーゲイルは身を隠しながら慎重に放たれた。
そのはずなのに、カエルは悠々と剣で戦いのうちに折れた木の枝をばら撒き、電路を阻害する。
まるで、カエルの気づきに合致するように自分が攻撃してしまったかのように。
「っ! 気を抜いてんじゃねーよストレイボウ!! カエル野郎、手前の行く先はそっちじゃねーぜ!!」
突如張り上げられた叫びに、カエルは反射的に声のほうを向く。
そして、そのカエルの向いた真逆からアキラが肘を突き出して襲い掛かった。
方向阻害のストリートイメージと、人体が備える凶器の一つ、肘鉄。
体技と超能力の合わせ技でアキラはカエルの背後を取った。
「あぁ、そうだな。路傍の小石はきちんと蹴り飛ばしておかんとなァッ!!」
「ぬぉるぅ!?」
だが、カエルはアキラの方を向くことなく舌を曲げ伸ばし、突き出した肘をベロでぐるぐる巻きにして腕を封じる。
上半身を舌で極められるというおよそあり得ぬ事態に、アキラはまたかと歯噛みした。
ストレイボウ同様、何度か相手の方向感覚を阻害して隙を作ろうとしたがことごとく無視されたのだ。
あのルカにさえ僅かなりとも通用した自身の超能力が、カエルには通じていない。
通じていないというより、阻害するべき方向がそもそもカエルに存在していないのだ。
まるで、体の外側に何個もの眼を持っているかのように――――

「へぇ、そういうことかい」
嘲りとともに銃声が鳴り響く。しかし、銃弾はアキラの頬をあわや掠めそうになっただけで、
当のカエルは既に拘束を解除してショットガンの射線から逃れていた。
「『へぇ』じゃねーよ! 当たりそうになっただろーが!!」
「まあまあ、生きてるんだからいいじゃない。それに……撃つ前から逃げてたみたいだしね、あのカエル」
ドーリーショットの銃口からくゆる硝煙をふうと掻き消しながらイスラは笑顔をカエルに向けた。
その眼は、かつてあらゆるものを裏切り尽くしたあの頃によく似ていた。
「君、僕等の位置を“識ってる”だろ。キルスレスが教えてくれるのかい?」
「――――ッ!」
カエルはバネ仕掛けの如く飛翔し、イスラ目掛けて剣閃を放った。
だが、イスラはそれを俊敏なる体捌きで紙一重に回避しきり、カエルの頭部に銃口を向ける。
「見切っただとッ!?」
「位置がバレてるなら隠れるなんて意味ないよね。だったらギリギリで避けたほうが早いよ」
ミラクルシューズの加速効果を以てすれば、イスラにとってキルスレスを避けることは容易かった。
自分の腕の長さを見誤ること者などいない。

174私がわたしを歩む時−I'm not saint− 8 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:23:01 ID:1HqSU6dk0
再度放たれる銃声。しかし、カエルは持ち前の人外の柔軟性で無理やり顔を射線からそらす。
銃弾を避ける中でカエルは目の前の小僧は自分が持つこの『力』の正体を知っているのだと確信した。
そのままカエルはローキックでイスラの片膝を付かせ、即座に剣撃を振り下ろす。
「貴様は早々に潰す!」
絶対の窮地。しかし、その中でイスラは未だその微笑を崩していなかった。
「張り切ってるねえ。感覚が無限に広がっていくみたいで、自分が無敵だとか思っちゃうでしょ。でもさ」
そして、銃口を向けて引鉄を引く――――自身が立つ大地に向けて。
「ぐ、ぬああッ!?」
「カエル!?」「何でだッ!?」
無意味なはずの銃撃と共にカエルが苦しみだし、ストレイボウもアキラも困惑する。
その理由を知るのはただ一人、紅の暴君の正当なる適格者、イスラ=レヴィノスだけだ。

「首輪に入った魔剣の欠片に、僕を呼んだキルスレスの声。ここにも共界線が存在するのは薄々感づいていたさ。
 それに繋がれば、確かに僕たちの位置くらい識ることもできるだろう。
 でもね“それが魔剣で得られる力だと思ったら大間違いさ”」

怯んだカエルの隙を見逃さず、イスラは天空の剣を振るう。
苦悶と疑問が綯い交ぜになった精神でカエルはかろうじて剣をぶつけた。
(無関係ではない。まさか、この痛みは)
「もしかしてと思ったけど、やっぱりか。どうだい? “大地に銃弾が減り込む痛み”ってのは」
イスラの言葉に、カエルは漸く自分の持つ剣の恐ろしさを改めて理解する。
首輪の意識など、キルスレスが内包する力の取り込む意識のひとつに過ぎない。
カエルが紅の暴君を使い続けたことで、カエルは確かに魔剣から得る力を増大させた。
だがそれは木々や大地の感情さえも汲み上げてしまうことを意味する。否、そちらこそが魔剣の本質なのだ。
魔剣を振るうということ、力を行使するということは、それを背負うということに他ならない。
「大人しくそれを渡しなよ。これは正真正銘の善意だ。
 適格者でもない君がそれを振るい続けたら、君はいずれ、君じゃなくなる」
その感覚を知っているからこそ、適格者たるイスラはカエルに忠告した。
適格者でないカエルでは、汲み上げた情報を選別することもできないだろう。
剣を使い続けて汲み上げる情報量が増加すれば、いずれ意識が剣に負ける。
そして、あの眼を見れば、それが遠からず訪れることは自明だった。
「だから剣を捨てろと? 国を護る唯一の『力』を、自ら手放せと? 笑止ッ!!」
だが、カエルは赤眼を輝かせてその手を振り払った。云われずともそんなことは分かっていると。
剣なくば騎士は騎士足りえぬ。イスラの提案は、ガルディア王国の騎士として死ねということに同義だった。
「その為に罪を犯すというのか! その手を赤に染めて、自分を殺してまでッ!」
「貴様には分かるまいよストレイボウッ! ガルディアとは、友が護ろうとした国とは俺にとって全てなのだ!
 生き恥を晒し臆病者の烙印を押された俺にとって、それだけが唯一残った、我が友との“つながり”なのだッ!!」
 たとえ幾千の可能性の一つであろうとも、それを無にすることを看過することはできん!」
ストレイボウの叫びを、カエルは水流で押し流す。ストレイボウは避けてなお伝わる水の冷たさに、カエルの悲愴を感じた。
友とのつながりを断ち切ろうとして国を滅ぼしたストレイボウに、友の国を護ろうとするカエルの心が分からないはずがない。
(待て、幾千の可能性? まさか―――)
だからこそ、ストレイボウの才覚はある一つの予感を得た。
アナスタシアと全うに邂逅した今だからこそ、一つ分多くピースをはめて、一つの絵を完成させる。
マリアベルが既に描き、故にストレイボウに伝えず死蔵した最悪の未来を。

175私がわたしを歩む時−I'm not saint− 9 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:23:41 ID:1HqSU6dk0
「それじゃ、お前を止めたら、お前の国は―――――――」
「なら、後は力づくしかないね。アキラ、僕が前に出るから援護してくれる?」

ストレイボウの弱々しい言葉は、カエルの返答を素直に受け止めたイスラの言葉で掻き消された。
「ストレイボウさんは魔法でカエルを狙って。なるべく広範囲の奴で。
 無理に当てなくていい。何かに当たれば、それだけであいつの意識を邪魔できる」
「あ、ああ……」
それだけ云って再びカエルへと向かっていったイスラの背中を見ながら、ストレイボウは思った。
カエルが何故そこまでを国を護ろうとしているのかばかりに気をとられ、
『何から』護ろうとしているのかにまで考えが及んでいなかった。
だが、及ばなかったほうがよかったかもしれないと心のどこかで思ってしまう。
なぜなら、カエルが向かい合っているのは、時間の壁―――――『因果』そのものなのだから。
(俺では、あいつを止めることはできても『救って』やれない)
だからカエルは人の道から堕ちた。人のままでは到底向かい合えないから。
なんという皮肉だろうか。ただの人でしかないストレイボウでは、カエルを救えないのだ。
それを救えるのが、人の座から堕とされた、他ならぬストレイボウが堕としたオルステッドだというのは。
「う、おおおおおおお!!!!!」
魔法の構築とともにストレイボウは吼えた。自分の背中にひたひたと伝う何かを振り払うように。
真っ暗な闇を前に、それでも足を前へ出さなければならぬと踏み出す。
(友も国も壊した俺は、お前に何を言えばいいんだよ)
だが、叫ぶ当人が心のうちで熟知していた。叫び声では恐怖は抑えられても振り払うことはできない。
闇の中で1歩を踏み出せても、目的地にはたどり着けない―――――――目指すべき『光』がなければ。

「お前がここまで前に出るタイプだと思わなかったぜ」
「禁止エリアのこともあるしね。急ぐに越したことは無いよ」

アキラの意外そうな声に、イスラは往なすように応じた。
自分でも分かるほど確かに急いているのは、云うとおり、禁止エリアを警戒していることもある。
だが、それだけではなかった。
(……何故“声をかけてこない”……キルスレス)
カエルに迫りながら、イスラはカエルの持つキルスレスを注視する。
雨夜の戦いの時にイスラに声をかけてきたことから、再びキルスレスから何か干渉があるものとばかり思っていたのだ。
だが、連絡は一向に無い。あのときよりも接近しているのだから、距離の問題はあり得ない。
されども戦いが始まってから幾度か念じてみたが、一向にキルスレスが返事をすることはなかった。
(適格者の敵に回るってことは意識が無いのか……それとも……あの後何かあったか……)
つまり、キルスレスにはまだ“何か”が隠されているのだ。あの島とは違う条件、自分が知らぬ『鍵』が。
そもそも、カエルが限定的とはいえ召喚術の増幅以外の、
魔剣としての力を行使している時点で何らかの条件が変更されていると思うべきだったのだが。

「なんにせよ、早々に手に入れたほうがよさそうだからね! そろそろ元の鞘に戻ってもらおうかッ」
「やってみろよ『適格者』! たとえ不完全だとしても力は力! 譲る気は微塵も無いぞッ!」

176私がわたしを歩む時−I'm not saint− 10 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:24:17 ID:1HqSU6dk0
イスラの剣を打ち払いながらも、カエルは内心で苦虫を噛み潰していた。
敵は正当なる魔剣の担い手であり、キルスレスの戦い方と弱点を把握している。
加えて、ストレイボウの魔法の余波が周囲の木々や草に干渉し、カエルの精神を波立たせていた。
木が刻まれ枝が折れ草が燃える感覚が、千億の蟲として自分の皮膚全てに纏わり付く。

動けないほどではなく、分かっていれば耐えられぬものでもない。
しかし、いざと言う時に集中を乱されるのは致命的である。
なにより、これ以上剣を振るえば知覚するものは蟲程度ですまなくなるだろう。
(適格者でない俺では、これ以上の力は引き出せないというのか!
 ならん。足りんのだ、これでは奴らを殺せん。国を護ることもできん!!)
その事実を認めることを拒否するかのようにカエルはその赤眼を極大まで輝かせる。
(喰らうならばすべて喰らえキルスレス……滅ぼさねばならんのだ……
 国の為に……この紅のように……赤い、焔の如き力で……)
敗北は許されない。引き付けられなかった以上、仕様が無い。
だが、なんとしてでも、せめてこの3人だけはここで殺さなければならない。
そのための力が、今の自分には必要なのだ。

「必ずやこいつらは俺の力で殺してみせる。だから……!!」

一人ぼっちの蛙は森の中、僅かに残った意識で遠く離れた仲間を想う。
北にいる魔王をこれ以上危地に追いやるわけにはいかないのだから。


全員が集まっても、数で劣る。各員が分散しても、数で劣る。
数で劣るマーダーたちが彼らに勝つには、彼らを『分散』しつつ自らを『集中』させなければならなかった。
だからセッツァー=ギャッビアーニはなんとしてでもリキアの3人を即滅したかった。
そうすればピサロ・魔王と共に戦力を集中させ、自分の差配で南の連中を遊撃できたはずだ。
だからカエルは是が非でも半数以上をD7に拘束しておきたかった。
そうでなければ魔王が危機に陥り、ひいては自分たちの勝利が途絶えるが故に。

だが、そうはならなかった。
セッツァーとピサロはたった2人相手に足止めを食らい、
カエルは本物の魔剣継承者を相手に退くことも倒しきることもままならない。

北と南。3つのうち2つの戦局が膠着してしまった以上、
勝敗を決するのは残りの1つ――生き残びた勝者が南北どちらの戦局にも介入できる中央戦線である。
マーダーたちが勝てば、北に援護にいける。そうなればたかが2人などものの数ではない。
そのまま雪崩てすべての勝利を収めることができるであろう。
魔王に抗うものたちが勝てば、マーダーたちを分断し各個撃破できるであろう。
さすれば勝利は確実のものとなる。つまり。

「諦めて羊になったか、ルーキー」
「託すよりない。頼むぞ、魔王」

時を越える魔王と真なる紋章遣いの戦いこそ、この朽地を巡る大戦の分水領に他ならない。

177私がわたしを歩む時−I'm not saint− 11 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:24:58 ID:1HqSU6dk0
「何者……?」
「どうして……?」

その2人、ジャキとジョウイは凝視して南を向いた。
今し方放とうとしたダークマターを完全拡張前とはいえ相殺された事実に魔王は瞠目し、
ダークマターを防ぐべく輝く盾の紋章を発動しようとしていたジョウイは驚きを禁じ得なかった。
カエルによって多数の者たちが拘束されているなか、この絶体絶命の危地を防いだのは一体何者なのかと。
二人の視線の先にいたのは、一人の女性だった。
地面にまでつきそうなほど長く蒼い艶髪が風にそよぐ。
端正のとれた相貌に乗った泣き黒子に彩られ、毅然とした面構えであってもその美しさは損なわれていなかった。

「おねーさん……?」

気絶した物真似師の頭を両腕に抱えながら、ちょこは見た。
エプロンドレスに鎧を混ぜたようなその姿は母のような力強さと、優しさを感じさせる。
自分が見知ったはずの人なのに、どこか少し違うような気がする。
魔王にも、ジョウイにもそれは同じで、まるで初めて会う人間のように見えたのだ。
「私は……私は……そう……」
両の腕をゆっくりと持ち上げ、女性は自分の手のひらを胸の辺りにまで導く。
誰、誰と不思議がる奇異と驚愕の視線。当然であろう。これまで何一つ彼らに手を差し伸べることなく、護られてきたのだから。
今更、と心の内で囁く自分がいる。同情を求め、そのくせ他者を否定し続けてきた自分が今更何を成そうと言うのか。
否と、強く両拳を握る。恐れてはならない。彼女が求めるものは、この地平線を越えなければたどり着けないのだ。
「私はッ!!」
ぐい、と握り拳から人差し指と中指を立ち上げる。前を向け、笑顔で笑え。
本当の私は、こんな陰鬱な顔をマリアベルに見せていたか? 違うでしょう?
もっと陽気で、楽しく、おちゃめに……さわやかに触れ合えていたじゃないか。
笑顔を作り、茶目っ気に舌を少し上に出して、今までの忘れてくれるくらいの陽気で、飛び切りの挨拶を。
見てもらうんだ、“本当の私”を――――――――!!


「超事象地平聖女☆アナスタシアちゃんでぇ――――っすッッ!」


ここで少し想像してみよう――――

悲惨凄惨な過去を過ごし心に傷を負った少女がいた。
傷を負った少女は自分にしか分からないその痛みを分かってほしくて、周りにあったものをみんな傷つけた。
誰も彼もが遠巻きに少女を見る中、唯一無二の親友だけは彼女の近くで声をかけ続けてくれた。
その友達は遠く遠いところに行ってしまったが、少女はその友達のおかげで生まれ変わる――生まれ直す機会を得た。
今までの自分を捨てて、新しい自分になろう。
名著『素直になって自分』を読み耽って一念発起、これまでとは違う新しい自分をデビューさせるのだ!

――――そう思って捻りに捻った『自分デビュー』がドン引きされた時の少女の気持ちを。


舌が乾いてプルプルと震える。魔王の「新手の儀式法か?」という真面目な視線が痛い。
両腕が痙攣してピースサインが小刻みに揺れる。ジョウイの解体不可能な爆弾を見るような視線が辛い。
汗が額からダラダラと零れ落ちる。ちょこちゃんの純粋な瞳から殺人光線が発射されている。

ゴゴが気絶していたのは、このときの彼女にとって僥倖以外の何者でもなかっただろう。
そうであれば、開ききった瞳孔は視線を逸らすためにさらに持ち上げられ、完全に白目を向いていたはずだ。
いっぱいいっぱいな心を示すように、涙目のまま笑うアナスタシア=ルン=ヴァレリアは
額の肉の字を陽光に照らしながら、一つの不思議を見つけていた。


――――――あれ……『わたし』って、どんなだっけ?

178私がわたしを歩む時−I'm not saint− 12 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:25:32 ID:1HqSU6dk0
「……ファイガ」
「しまった!」
「うぉォン!」
疑問に答えを見つけるよりも早く魔王の魔法がアナスタシアに向けて発射されるが、
アナスタシアが慌てて左に飛び退き難を避ける。
だが、回避したかどうかもわからぬ段階で、既に魔王はジョウイを擦り抜けてアナスタシアへと接近する。
「貴様には覚えがあるぞ。あの雨の中で、誰も彼もに守られていた女か。夢の中にもいたな」
走るなどという無様などせず、魔王は風を操って身を前進させる。
その先にいる無手のまま立ち上がる女を魔王はあの雨の夜に知っていた。
魔王に命を賭して一矢報いたブラッド=エヴァンスやマリアベルとやらが、戦局を分断するまで守っていた女だ。
「既に奴らはいないが、貴様がこの集団にとって要になっていると見た。貴様の頸を晒せば、僅かなりとも有利となろう。
 如何にしてダークマターを封じたかは知らんが、その一撃も含め、ここで黒き風に消えるがいい」
魔王の勘違いに、アナスタシアは自嘲を浮かべた。
なるほど、何も知らない人から見ればあの状況はそう見えただろう。蝶よ花よと大切に守られた姫君かと。
しかして実際はただの灰かぶり。この島の誰も彼もに疎まれ、蔑まれるべき呪い人。
「おねーさん!」
「ちょこちゃんは来ないでッ!!」
自分を心配してくれる少女の声を、半ば反射的に撥ね退ける。
彼女が助けに来てくれたほうがいいのだということは解かっている。その手を掴み、助けて欲しいと本能が希求する。
「ちょこちゃんはゴゴさんをお願い。『わたしなんて、もう守らなくていいから』ッ!!」
アナスタシアが昭和ヒヨコッコ砲を取り出し、魔王に向けて力いっぱいに引き金を引くと、
ヒヨコの形をした弾が砲口から弾雨の如く連射された。
出てきた弾がヒヨコであることに疑義をさしはさむ暇もなく、アナスタシアはヒヨコを撃ち続けた。
全弾喰らえば魔王とて油断ならないダメージ。だが、魔王はゲートオブイゾルデを前方に展開して防ぎつつ進撃する。
「こ、この太い棒、暴れ過ぎッ!!」
魔王の接近を押しとどめようとさらに発射しようとするが、砲がアナスタシアの制動を破り、明後日の方向へと飛び回った。
大型砲を放つときは砲身を固定するという兵理も、砲を固定するだけの筋力も彼女にはないのだ。
「先の一撃はまぐれか? 児戯で魔王に勝てるとでも?」
「……せっかちな人って、嫌われちゃうわよ? まだ太陽が出たばっかりなんだから、ゆっくりしな、さいッ!!」
攻撃を自分のミスで仕損じた目の前の敵を測りかねながらも、魔王は好機とアナスタシアに接近する。
アナスタシアはヒヨコッコ砲を捨て、懐からマグナムを取り出す。
だが意図的に軽薄な口調とは裏腹に、その銃口は震えに震えて最早方向すら定まらない。
失敗したら、ちょこちゃんに当たるかもしれない。引鉄一つで人の命は簡単に消える。そんな銃の重さなんて、知らなかった。
引鉄を引くよりも早く魔王がアナスタシアを間合いに収め、ランドルフを横薙ぎに振るう。
それをマグナムを手放したアナスタシアはナイフとソウルセイバーの二刀で防ごうとするが、
全てにおいての力の差が、アナスタシアを、二刀やルッカのカバンやマタンゴごと吹き飛ばしてしまう。

「ランドルフ、随分上手く使うのね。素敵なテクニックでお姉さん昇天寸前よ?」
「戯言に興ずる暇はない。この一撃で滅べ、力なき聖女よ」

179私がわたしを歩む時−I'm not saint− 13 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:26:07 ID:1HqSU6dk0
尻餅をついたアナスタシアに、魔王のランドルフが突きつけられる。
絶体絶命の間合い。その中で、アナスタシアはへへらと笑った。
余裕などあるはずもなく、心は心底怯え切っている。だが、それでもこれらの武器をアナスタシアは振るう必要があった。
(やっぱり痛い。こういう目に、みんなをあわせてきたのね)
これは“けじめ”だ。ちょこちゃんが私との“けじめ”をつけたように、誰もに守られて甘えて傷つけてきた私の“けじめ”だ。
武器が如何に使いにくいか、銃がどれほど狙いにくいか、ただの剣がどれほど重いのかを知らなければならなかった。
これを他人に使わせようとしたのだ。これで他人に守ってもらっていたのだ。
その意味を、私は何も知らなかった。守られたことのない私は、その本当の意味を知らなかった。

「滅ばないわよ。私は守るのッ! 昔のように『わたし』のようにッ!!
 来なさい。ハイコンバイン・ガーディアンブレードverβ+――――聖剣ルシエドッ!!」

瞬間的にアナスタシアの手の中に再生されたルシエドを振りぬき、アナスタシアは魔王を後退させる。
一刀が壊れようが、関係はなかった。
欲望とは、気づいたときには胸のうちにあり、叶えられたときには既になく、そしていつの間にかあるもの。
この刃の如く、一つ二つと数えることのできない、無形にして無限の力なのだ。

「先ほどダークマターを破ったのはこれかッ! ならば密度をあげれば! 超次元穿刀――ッ!!」
「“つらぬく者”よ。かの北斗、その星脈を断ち切れッ」

そして、もう一つの刃が魔王の背後より襲い掛かる。
緊急的にバリアチェンジとマジックバリアで二重防御するが、
バリアチェンジを擦り抜けた黒槍がマジックバリアを貫いて魔王の肩を掠める。
魔王の意識がダメージに向かった隙に魔王の傍を擦り抜ける影。
そして魔王が再びアナスタシアに向き合ったとき、彼女を隔てるようにしてジョウイが立っていた。

180私がわたしを歩む時−I'm not saint− 14 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:27:59 ID:1HqSU6dk0
「大丈夫ですか?」
「ジョウイ君。ええ……おかげさまでね」
絶望の鎌を棍のようにして魔王へと構えるジョウイに、アナスタシアが応ずる。
「どうして、こちらに? 貴女はマリアベルさんの仇を取りに行くものだとばかり思っていました」
「……いやぁ、イケメンの美少年がキツそうに呻いていたら、手を突っ込みたくなるのがお姉さんとしての勤めだと思わない?」
ジョウイの率直な問いに、アナスタシアはジョウイを直視することなく、道化めいて答えた。
笑って軽妙に応じようとしたがうまく唇が回らず、先の挨拶含めてやはり失敗してしまったかとアナスタシアは落ち込みかける。
「いいですよ。僕は特に気にしていません」
だが、そんなアナスタシアの心理を先回りするかのようにジョウイは答えた。
「昔から、似たようなノリには慣れてますし。それに……仮面を被らないと向かい合えないものもあるって、知ってますから」
そういうジョウイの背中をみて、アナスタシアはイスラを思い出した。
ジョウイとはあまり多くを話したことはないが、きっと彼もイスラのように仮面を被って生きてきたのだろうと。
そして、その言葉が否応にも、自分が未だ仮面を被ってしまっていることに気づかせる。
今の自分は、今までの自分が違うと思ったから、昔の自分を無理矢理引っ張り出しているだけなのだ。
子供の頃の服を箪笥から出してそれを無理矢理着たところで、それが本当の自分になる訳ではない。
「……ありがとう。イケメンなのは見かけだけじゃなかったのね」
それでも、ジョウイがそれを見逃してくれたことだけは嬉しかった。
あとほんの少し時間があれば、現在に立ち向かえるようになる。
だから、もう少しだけ仮面を被らせて欲しかったのだ。
「とりあえず、その額のを消したほうがいいです。それより、この状況の意味は解っています?」
「3秒でお願い」
「劣勢ではありませんが、正念場です。ここで負けたら全滅の可能性があります」
ジョウイは額をこするアナスタシアに本当に3秒で現状を説明した。
大局観のないアナスタシアでも、なんとなくジョウイの言うことは理解できる。
ジョウイがそれを理解しているかは解らないが、ゴゴの中のアガートラームが抜けようとしている今、この場所が一番爆弾なのだから。
「それに、僕は……」
そこまで言ってジョウイは言い淀む。
この戦いは負けられない戦いなのだ。だが、ジョウイは魔王に2度負けている。そして、その度に仲間を喪っている。
もしかしたら――――そんな思いを拭うかのように、アナスタシアは聖剣を握ってジョウイの前に立った。
「安心なさいな。お姉さんは死なないし、守りまくってあげちゃうから」
「……ありがとう、ございます!」
ジョウイはまるで本当の少年のように、アナスタシアの好意に応じた。
魔王になりたい少年と、英雄になりたくなかった少女。
仮面を被った対極にして相似する二人が、魔王の仮面を被ったジャキに挑む。

「4度目の仲間はそいつで決まりか。回を重ねる度に貧弱になるな、ジョウイ=ブライト!」
その身を戦闘態勢に戻した魔王がその周囲にダークミストを充満させる。
そしてランドルフを縦に旋回させ、まるで祭りの綿飴を作るように闇霧を魔鍵へと収束させる。
「獄門を穿て、黒杭――――超次元穿杭黒霧<ダークミスト・スパイラルタイプ>ッ!!」
拡散するべき霧を螺旋型に施錠した一撃はさながら先ほど遠巻きに天へと上った黒雷のように、恐るべき殺傷力を秘めた龍と化した。
魔王とピサロの魔力差は先のジゴスパークとダークマターの相殺で見切っている。
その上で、ピサロは魔王を越える術として自身の力をより収束させることを選んだのだろう。
ならば、同条件でそれを放てば魔王のそれがピサロのフルフラットを超えることは言うまでもなかった。
効果範囲と引き替えに威力を得た霧の黒龍は疾風の如き速度で走り、回避する暇も与えずジョウイとアナスタシアを飲み込まんとする。

181私がわたしを歩む時−I'm not saint− 15 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:29:34 ID:1HqSU6dk0
「おねーさん、おとーさん!」
ちょこがその光景に耐えかね、自分が龍と彼らの間に入ろうとする。
当然だった。あのような魔力、まともに直撃すれば防御などできるはずがない。だが、
「大丈夫だ、ちょこちゃん。アナスタシアさんは僕がサポートする!
 攻撃はしないで。君は、君が守らなくちゃならないものを守るんだ!!」
「言ったでしょ? 守らなくても大丈夫だって!」
何か固いものに当たったかのように、黒龍の顎が命の一歩手前で食い止められる。
黒龍の牙の先に碧の光と白き輝きが幾重にも折り重なって、絶対の盾を作り上げていた。
輝く盾の紋章、全てを癒す大いなる恵み。剣の聖女、物魔問わずに守りの加護を与えるプロバイデンス。
この島の中でも最上級防御系能力の二連門相手では、さしもの魔王、さしもの魔鍵とてそう易々と解き開けるものではない。

黒龍は獲物に牙を突き立てることなく、無念とともに霧散した。
その光景を睨みながら分析する魔王を前に、ジョウイとアナスタシアは呼吸を整える。
「……いいの? ちょこちゃんをこっちに呼んだのは貴方でしょう?」
「構いません。“もともと彼女はゴゴさんを守るために来てもらいましたから”」
ジョウイのその返答に、アナスタシアは怪訝とした表情を浮かべる。
ジョウイは自分の言葉に一瞬だけ顔をゆがめたが、直ぐにそれを消した。
「魔王相手に、誰かを庇いながら戦うことはできませんから。
 それに、これまでの戦いから見てあの男には、五行の術を吸収する力があるようです。ちょこちゃんじゃ、致命的に相性が悪い」
「あー……確かに、そういうの考えながらってのは難しいでしょうね……」
皆で力を合わせ、少しずつ削ったダメージが、ちょこの水撃やら炎鳥やらで一瞬で回復される絵が脳裏に浮かぶ。
決してちょこが悪いわけではないが、なまじ恐るべき威力だからこそ吸収されたときのリスクが大きい。なるほど、相性はよろしくない。

「…………で、どうするの? ほれほれ、お姉さんに教えてご覧なさい」
アナスタシアにうりうりと肘で小突かれたジョウイは、ざっとアナスタシアの使える武装・能力を確認する。
アガートラームなき現状ではあるが、何とかフォースとサルベイション以外は問題なく使えるようだ。
自分の力、アナスタシアの力、これまで見てきた魔王の能力。その全てを勘案しながらジョウイは策を弾き出した。
「こちらの最大防御を見せた以上、魔王の次の一手は決まっています。最大火力による一点集中攻撃しかない」
魔王は決して奇策に走らない。自分の『魔法』に絶対の自信を持っているが故に。
それ以外の方法は、自分自身を否定するが故に。なればこそ、こちらが打つべき策は一つしかない。

「それを――――――“正面からブチ破ります”」

魔王の全てを打ち破って、本当の意味で魔王に勝利するためには。

182私がわたしを歩む時−I'm not saint− 16 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:30:58 ID:1HqSU6dk0
ジョウイとアナスタシアから遠く距離を離した魔王は、ランドルフを中空に制しながら長考していた。
(ふん、小僧め。此度は随分と厄介な女を引き連れたものだ)
口では悪し様に言うが、魔王とてアナスタシアの能力を見誤るほど愚かではない。
冥とも天ともつかぬ、混沌とした魔力があの剣を通じてアナスタシアから放出されている。
出力の仕方にはムラがあるが、放出される魔力の流速から概算してその最大容量は魔王を凌駕しているのだ。
ジョウイの魔法を含め、彼らには属性らしい属性がない。バリアチェンジは端から無意味と考えるべきだろう。
(ここは、矛先を変えて、あの魔物を開くのが先か?)
魔王はちらと横目でローブに包まれた物真似師を見やろうとするが、握った両拳であごを覆い隠しながら頭を振る少女に視線を遮られる。
こちらに関しては最初から油断もない。あの痩躯には異常すぎる魔力は、あの2人を片手間に相手取れるものではない。
とにもかくにも、まずは数を減らさねば、退くことすら――――
(私が退くだと? ククク、何を莫迦な)
自分の中に湧き上がった僅かな思考を、狂気でねじ伏せる。
我が道は姉へと続く道、一歩たりとも無駄にすることなどできはしないのだ。
(さて、如何にするか。時間のこともある。チマチマと遊ぶわけにもいかん)
懐から時計を取り出し、刻限を再確認する。今すぐという訳ではないが、そろそろ二本の足では厳しい残り時間だ。
つまり、魔王はなんとしてでもカエルをランドルフで呼び寄せる必要があるのだ。
カエルの位置精査、動体の座標確認含め、これまで以上にシビアなプログラムが必要になる。
速やかにあの2人を撃滅し、カエルを召喚した上であの化物を呼び起こすのが最上の流れなるだろう。

(最大火力で一撃の下に殺す。だが、ダークマターでは足りん)
魔王最大冥術、ダークマターは既に初撃の攻防でアナスタシアの聖剣に破られている。
なればランドルフによる超次元穿刀爆砕だが、そこまで接近を許すとも思えない。
(もう一つ、発動プログラムがあるようだが……ヤソ……ノカミ?……名前もわからん上に、この鍵の基本スペックで撃てるとも思えん)
ランドルフの解析の上で魔王が発見した、未完のプログラム。
これならばあるいはとも考えるが、どう考えてもランドルフにはオーバスペックなのだ。
まるで、憧れた英雄の技を子供が無理やり真似ようとしたような稚拙。どう考えても頼みにはできない。
となれば、ダークミストのようにランドルフの力でダークマターを収束施錠すればいいかといえばそうでもない。
ダークマターは魔力スフィアを起点にした三角形の空間に冥界を構築する禁術なのだ。
つまり、三角を形作る空間がなければ冥府を構築できない。“三角を閉ざす”訳には――――――――

「火、水、天――縦に並ぶ三属共よ。我が冥鍵を以て、その循環を施錠する」

そのとき、魔王の脳裏に一つの技が浮かび、微笑を浮かべた。
奴らの盾を砕き開く、冥王の秘鍵が。


「来るわよッ」
「分かっていますッ」
魔王の周囲に、三色の膨大な魔力が現れる。
ファイガ、ブリザガ、サンダガ。古代ジールでも基礎の基礎となる魔法の三原素の頂点である。
それを魔王は回転するランドルフによって、周囲の空間ごと捻り混ぜる。
相反する属性達が反発しようと抗うが、外側から狭まるより強大な力によって収束し、その反発力を高めていく。
「これを撃つには、三属を同時に放たねばならん。三点にて固着することで、強大な力を生むのだ」
捻り捻り捩り尽くして、魔王は黒にまで煮詰まった鍵の先端をアナスタシアたちに向ける。
「だがこの魔鍵ならば、三角を作ることもできる」
それは、魔王一人では絶対に放てない魔法。独りではできない魔法。
三角形の頂点をゆっくりと狭めていけばどうなるか。三角形は三角形のまま、最終的に『点』へといたる。
魔鍵の力で点と化した3つの属性は、それ自体が『冥の三角』なのだ。

「冥府にて嘆けよ剣の魔女。ここに俺の魔法は貴様の魔法を超越したッ!!」

それを可能とする。みんなでなければできない魔法<三人技>を、魔王はたったひとりで完遂する。

「解き放て、アルファドの三角―――――――ミックスデルタッ!!」

183私がわたしを歩む時−I'm not saint− 17 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:31:37 ID:1HqSU6dk0
全てを飲み込む、冥界の三角がランドルフから解き放たれ、一直線とアナスタシアたちへと駆け抜ける。
3点全てを魔王の魔力で構成された奥義はその速度、威力ともただのミックスデルタなどとは比べ物にならない。
それは真なる黒き風。通り過ぎた場所の全ての命を奪う、死神の行進。

その行進を止めるべく、仮面の2人が立ちはだかる。
「僕は、これを越えなきゃならない。その為に力を貸りるよ、リオウ」
ジョウイが左手を大地に翳すと、輝く盾の紋章が緑の光を放ち、荒れ果てた土地に活力が漲る。
「輝く盾よ、戦場へと向かう剣者を祝福せよ。“戦いのちかい”を以てッ!!」
その場に小さな亀裂が走りそこから草木が芽吹く。
荒地にすら緑を育ませるほどの活力が、その緑に立つアナスタシアへと流れ込む。
「凄い。力が、溢れてくる……これだったら! エアリアルガードッ!!」
湧き上がる力を逃がすように、アナスタシアは聖剣を天へと掲げた。
祝福の如く、旋風の加護がアナスタシアを包み、聖剣は――聖剣を形成する欲望が紋章の力によって更に巨大化する。

「どっせぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!!」
「何ィッ!?」

最早女性とは信じがたい気勢を持って剣の聖女だった彼女は風の速度で突撃し、冥の三角へと切っ先を穿つ。
最大火力には最大火力を。
戦いの誓いによる戦意高揚によって最大限にまで高められた聖剣ルシエドを持って、真正面から冥界を突破する。
「何だ、この力はッ!! 無限に等しいこの力は一体ッ!! これが聖女の力だとでもいうのかッ!!」
魔王はランドルフを両腕で掴みながら叫んだ。魔法を超えた魔法、それを更に超える力などが存在するというのか。
「違うわ。これは聖女の力なんかじゃない」
激昂する魔王を、優しく宥めるようにアナスタシアは闇と光の狭間で言った。
後世において、確かにそう呼ばれたかもしれない。自分には存在しない力だと、力のある人の特別なものだと言っただろう。
でも、彼女はそれを一度も特別なものだと思ったことはない。

「――――ただの、女子力よ」
「なん、だと……!?」

あまりに予想外の返事に、魔王は怒りをもって三角への魔力を上乗せする。そのような戯言でこの魔法を、姉へと至る道を阻もうというのか。
だが、聖剣の刃は三角に切れ目を入れ続けた。アナスタシアの真っ直ぐな瞳はそれが道化の言葉でないことを示している。
「そうよ。もっときれいになりたい。お化粧をして、町を歩きたい。町のカフェで友達とお茶会なんてのもいいわね。
 それで紅茶を飲んでたら、自信満々に選んだドレスが初心な少年の眼を引いてしまってさあ大変。
 何をどうしていいか分からない少年の迸る熱いパトスを優しく掴んでホテルに直行。ベットの上で神話になったらもうお赤飯ね」
紡がれるはあまりに仕様もない、下世話な言葉。
だが、その言葉を聞いたものならば誰もが理解した。意味の半分以上も分からないちょこでさえ、その悲痛が胸を打つ。
「そんなささやかな望みを私は諦められないだけよッ!!」
そんな下らない日常さえも、彼女の時代、あの絶望の7日間には望めなかったのだ。
彼女は女ではいられなかった。聖人でなければならなかった。掴むのは友の手ではなく無骨な聖剣だった。

「でもね。そんな“欲望”でだって、世界を守れるの。
 私じゃなくても、守れるのよ。だって、この力は――――誰にでも使えて、何でもできる力なんだからッ!!」

冥界に亀裂が走る。どれほどに圧縮しても、どれだけ鎖そうとも、正しき欲望は冥界を真っ直ぐに突き進む。
みんなを守って、私は死んだ。今でもそれは後悔する。英雄になんてなりたくなかった。死にたくなかった。
それでもその剣を掴んだ時、私は確かにみんなを守りたいと思ったんだ。

「だから! 私は今度こそ守ってみせる!! 私の命も、守りたい人の命も、なにもかもをッ!!
 分かったなら――――道を開けなさいッ!!」

184私がわたしを歩む時−I'm not saint− 18 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:32:49 ID:1HqSU6dk0
彼女の決意とともに、欲望が冥界を切り裂く。だが、それは決して魔王の魔法が彼女の欲望に敗北したことを意味してはいない。
冥界を切り裂いた聖剣が、飴細工のように砕け散る。自分の限界以上の欲望を無理矢理に顕現させたのだ。
叫びとともに精魂を放出し切ったアナスタシアは、膝を突いて地面へと崩れた。
魔王はその様に子供のように嘲笑し、ランドルフをアナスタシアの頭蓋に向けて振りかざす。

「は、ハハハハハッ! 何が欲望ッ! 何が何でもできる力だッ!
 あの魔女と同じことを言いながら、あの魔女と同じように黒き風に消えるがいいッ!!」
「悪いが、それだけはもうさせない」

魔王の叫びが終わるよりも早く、少年の幽かな怒りを孕んだ声が魔王の耳を打った。
風のような速度で、身を屈めたままジョウイが魔王に向けて疾駆する。
エアリアルガードの効果はアナスタシアにだけではない。その傍にいたジョウイにも風の加護が備わっていた。
アナスタシアの聖剣によって開かれた冥府の中の生者の道を、ジョウイは過つことなく魔王へ向かって直進する。
「小僧が。貴様ひとりで何ができるとッ!!」
魔王は怒りに痩身を震わせながら、ジョウイへとランドルフを振り下ろした。
アナスタシアならばともかく、この小僧にまで安く見られたかという屈辱が反撃を選択させた。
「僕にだって、仲間はいたッ!! そして今も、僕は彼らの仲間だッ!!」
ガキン、と甲高い音を空に響かせながら、ランドルフはそれに当たった。
どこに当たってもジョウイの命を奪い去っただろう魔鍵の一撃は、しかして当たってはならぬ場所に当たった。
左腕のから拳一つ分浮いた場所から、ランドルフが先に進むことはできない。
そこには一つの武器があった。拳にて柄を掴み、手のひらの中で回転させて打撃力を相手に与える武具。
ジョウイは使わぬ、しかしよく知った武具だった。それを盾として、己が身を守りきる。
「彼らのためにも、僕は進む。お前を越えて、僕は往く!」
武器名は旋棍<トンファー>。名を、天命牙双。運命を約束した、朋友の形見である。
友の守りによって、最後の障壁である魔鍵を潜り抜ける。
そこは零距離、鎌を持たぬ魔王唯一の攻撃範囲外。
たどり着いた死角の中で、ジョウイは右手で鎌をさながら棍のように回転させる。
限界まで蓄えられた遠心力を鎌に送る。狙うは魔王の頭に――――

「だから―――――――ここでその座を降りろ、魔王ッ!!」

“ジョウイは鎌の付け根で魔王の顔面を打ち抜いた”。
魔王が遥か後方へ吹き飛び、地面へ背中を打ち付けてその動きを止める。
再び魔王が立ち上がらぬことを確認し、ジョウイは安堵ともに弛緩し、その膝を折る。
倒れようとする身体を、ぐいと引っ張られる。
既に立ち上がったアナスタシアが、ジョウイの身体を支えた。
「年上のお姉さんより先にヘバるなんてダメよ、若いんだから」
アナスタシアの冗談に、ジョウイは言葉も返せず、吐息だけで力なく頷く。
情けのない光景。しかし、この島最強の一角、魔王ジャキを終ぞ打ち破った瞬間であった。

185私がわたしを歩む時−I'm not saint− 19 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:33:22 ID:1HqSU6dk0
「立てる? とりあえずゴゴの様子を確認してから、近くにいるはずのヘクトルたちを――――」
「おねーさん、だめッ。まだ起きてるのー!!」
え?と、アナスタシアがちょこへと向いたとき、銀色の高速飛行体がアナスタシアの背後を狙い迫る。
「く、危ないッ!」
抱き抱えられたジョウイがアナスタシアを突き飛ばし、ジョウイにその物体が直撃する。
声にならない呻きと共にジョウイは大きく吹き飛ばされた。
高速飛行する銀色の魔鍵はそのまま吸い込まれるようにその主――――鼻血を滝のように垂らしながら、
息も絶え絶えに立ち上がった魔王の手のひらに収まった。
「まだ、立ち上がれたのね。勝ち負けは着いたと思ったんだけど」
「クク、ああそうだな。私の負けだよ」
聖剣を握り直すアナスタシアは、魔王の意外な返事に面食らった。
自分の持つ最高の魔法を放ち、それをこの鼻のように正面からへし折られたのだ。そこに喚くほど魔王は無様ではない。
「だが、たとえ私が膝を突こうとも、俺は屈する訳にはいかん。
 亡き時空の果てのサラだけは、我が宿敵との約束だけは、果たさせてもらうぞ!!」

魔王は、否、ジャキはランドルフに残る魔力の全てを込める。
安全のために経由すべきバイパスを限界までカットして、最短行程のプログラムを構築する。
自分が砕けたとしても、約束があれば、人は立ち上がれるのだ。
「捉えた。約束の刻限だ、来るがいい宿敵。我らが目指すべきものの為に――――?」

だが、果たして、約束を相手が覚えているかなど誰が解ろうか。
ジャキがランドルフの過回転に気づいたときには何もかも遅かった。
ランドルフがバチリ、バチリと周囲の空間にエネルギーをまき散らす。
異常に気づいたジャキが召喚を緊急停止させようとするが、ランドルフはその門を閉じようとしなかった。否、できなかった。
それどころか、もっと門を開けとランドルフが魔力をジャキから吸い上げる。

「オーバーロード? 暴走だと? いや、この構築式は――――ぬああッ」
「嘘、これって……降魔儀式<ダウンロード>ッ!?」

制御不能となったランドルフに弾かれ、
全ての魔力を枯渇し気絶したジャキを後目に、アナスタシアは空を見上げた。
青空の中に黒界が生ずる。冥界よりもさらに冥い地獄がにじみ出る。
そこより、光が降り立った。黒より黒い紅が、闇より暗い炎が。

まるで、あの1日目のような空だった。

186私がわたしを歩む時−I'm not saint− 20 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:34:02 ID:1HqSU6dk0
静かな森の中に、絶え絶えな呼吸が四重奏を奏でている。
アキラ、イスラ、ストレイボウの三人が、疲労困憊な表情を浮かべて木を背にして座り込むカエルを見ている。
その周囲の森が、彼らの激闘が如何なものであったかを如実に物語っていた。
あちらこちらが水浸しになり、木の枝は折れに折れて、地面はこれから種籾でも蒔こうかというほどにめくれていた。
彼ら3人の傷も、彼らが如何に危険に晒されたを示している。
一歩仕損じれば腕や首が飛んでいただろう傷さえあった。
だが、その対価を差し出してでも、彼らは勝利を得ていた。
供給すら追いつかないほど魔力を使い果たし、
身体がいうことを聞かないほどにまで消耗仕切ったカエルこそがその証左だった。

「ずいぶん、手こずらせてくれたぜ」
「だけどそれもここまでだね」

アキラが拳を、イスラが天空の剣の鍔を鳴らしながらカエルに迫る。
接戦ではあったが、当然の結果であった。
如何に攪乱しようが3対1。頼みの綱の紅の暴君も、真正の適格者の前では隙が生じる。
勝てるはずもなかった戦いに、カエルは無表情で結果を見据えた。
「待ってくれ、2人とも」
だが、2人を遮ってカエルの前にストレイボウが立つ。
2人は何をと身を乗り出しかけるが、ストレイボウのしようとしていることに気づき、
カエルが反撃してこないかに注意を集めて退いた。
「カエル、お前の国は……このままだと消えてしまう。
 だから優勝して、オディオの力を頼ろうとした。そうだな?」
真実を突いたか、カエルは無言のままだった。
沈黙を肯定と取ったストレイボウは僅かに逡巡し、しかし拳を握りしめて頭を垂れた。
「俺は、お前の国を救うことができない。いや、そもそも国を救おうとするお前を止める資格なんてない。
 だけど、俺はお前を止めたいんだ。
 全ての絆を喪って、それでも友たろうとしてくれたお前を、これ以上放ってはおけないんだ」
それが現時点でのストレイボウの忌憚ない思いだった。
友が真に欲するものを与えてやることもできず、それでも友を止めたいと思う心だった。
だからこそ、友の望まぬ結末を示す前に、その真実だけはけじめとして言わなければいけない。
「この島でお前の国が亡国となるというのなら、オディオの始めたことがお前にその手を汚させたというのなら。
 それは、つまり俺のせいなんだ。俺の友の名は――――」
さあ、言おう。最初に伝えるべきだった真実を、たとえその友情が砕け散ろうとも。

「識ってるとも。『勇者』『オルステッド』――――お前の友が『魔王』『オディオ』なんだろうッ!?」
「!?」

187私がわたしを歩む時−I'm not saint− 21 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:34:40 ID:1HqSU6dk0
ストレイボウの皮膚上にある全ての汗腺から汗が噴出する。
意を決してカエルに贖罪の真実を話そうとしていたストレイボウには無理からぬことだった。
「何で、何でお前がそれを知っている?」
「ククク……何故気付かなかったのだろうな。俺は、とっくに識っていたというのに!
 そうか、そうか……お前が、俺の国を。くくく、ハハハハ!!」
カエルは口だけでゲラゲラと笑い、森に遮られたを仰いだ。
『魔王』『ストレイボウ』『オルステッド』『勇者』。
これらの単語が頭の中に浮かんだ瞬間、ストレイボウの過去が全てに合致したのだ。
「カエル、済まない。俺は……ッ!」
「『何を謝ることがある? 私は感謝しているぞ。国を護るために、全てを殺し尽くせるのだからな!』」
両の目を真紅に輝かせながら笑うカエルに、3人は明らかな疑問を覚えた。
「お前は、誰だ……!?」
ストレイボウが目を見開きながら、カエルであるはずの何かに問う。
護るために殺すならば解る。
だが、護るために殺せるとはどういう意味だ。明らかに手段と目的が逆になっているではないか。
その疑問の回答に最初に至ったのは、何人もの負の心を見続けてきたサイキッカーだった。
「こいつの心、なんかおかしくねえか。なんか、別のモンが混ざって……」
二色のマーブルが渦を巻いて混沌としている。一つはカエルのものだろう。だが、もう一つは、このどす黒い汚れは一体なんだ。
「真逆、ディエルゴ? カエルの精神を汚染したのかッ!?」
イスラが確信を持って回答を述べる。
適格者ではない身で紅の暴君を行使し続け、剣に汚染されたと考えればなるほど、実に納得のいく回答だ。

「『俺がディエルゴ? クククク、ひひ、ヒャハハハ。
  この俺をあんな島一つ分しかない、チンケな亡霊の滓と一緒にするなよ』」
だが、その回答は他ならぬカエルの手によって否定される。
ディエルゴという意味を理解し、その上で否定する。当たり前だ。世界一つと島一つ、比べるもおこがましい。
「カエル! その剣を手放せ。お前、このままじゃ!!」
ストレイボウは紅の暴君へと手を伸ばそうとする。
カエルの中にあるのが何かなどどうでもいい。だが、このまま剣を持たせれば取り返しのつかないことになる気がした。
それは、おそらく国を守れず死ぬことよりも惨いことになると。
「『諄いぞストレイボウ! これは俺の剣だ、私の力だ!!
  誰にもやらん。誰にも譲らん。この剣で国を護り、全てを滅ぼすのさッ!!』」
もはや自分が支離滅裂なことを言っているとも気付かずに、カエルは右腕でキルスレスを握った。
護れ、殺せと自分の声が脳髄を満たす。
逆らうものを淘汰せよ、外敵を完膚なきまでに殲滅せよ、その血で国を飾れ。
この焔のように、誰もが忘れぬ、災厄の紅のように!!

「やめろ、カエル!!」
「『さあ紅の暴君。貴様が私を認めずとも構わん。だが、俺を殺されてまでその貞操を貫けるかなッ!?』」

188私がわたしを歩む時−I'm not saint− 22 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:36:13 ID:1HqSU6dk0
ストレイボウの叫びよりも早く、刃がその肉を貫く。
イスラでもなく、アキラでもなく、ストレイボウでさえもなく、カエルの胸を貫く。
カエルという人間の命が潰えた瞬間、紅の暴君とその空に光が生まれた。
「死亡覚醒ッ!? 莫迦な、それじゃ優勝なんてできっこないのに!!」
「何だ? あの穴――――テレポートなのか!?」
二つの光に目を眩ませたイスラとアキラは、光より生じた力から身を守るのが精一杯だった。
宿主が死に瀕したときに、剣が宿主を強制的に生かそうとする死亡覚醒。
魔剣を知るものならば誰もが知る禁忌に、イスラは驚愕した。
そのまま復活できるかも解らないのに、迷うことなくそれを選んだカエルはどう考えても自分の命を惜しんでいない。
まるで自分の命ではないかのように気安く刃を臓腑に突き立てた。
覚醒と共にカエルから生じた膨大なエネルギーが、天に開く門に吸い込まれていく。
テレポートと似て非なる現象だが、アキラは事前に聞いていた内容から魔王の仕業と判断した。
そして、それはつまり、刻限が迫っていることに他ならない。

「カエル、しっかりしろカエル!! やろう、誰だか知らないが、カエルを返せッ!!」
「『何を言っている? 私は俺だよストレイボウ。ひひ、カカッ。
  目的は達した。お前たちはここで何もできずに頭を柘榴のように晒すがいい。
  なに、どいつもこいつも、直ぐに燃やし尽くして灰を送ってやる!!』」

あまりにも禍々しい笑い声とともに、カエルの存在が門の向こうへと消えていく。
ストレイボウが天の門へと手を伸ばすが、カエルの足一つつかめず、虚空を掴むだけだった。
「くそ、やっと意味が分かった! アシュレーの通信。だから魔剣が何も言わなかったのか!!」
「追うぞ、カエルは魔王の所だッ!! アキラ、テレポートを頼むッ!!」
イスラとストレイボウが首を振り、アキラの方へ向く。
イスラの推理が確かならば、魔王の下に奴が合流すれば最悪の事態となる。
ここは急いでこちらも合流しなければならない。
だが、アキラは身を震わせるばかりで一行にテレポートしない。
「どうした、アキラ!?」
「くそったれあの両生類がァァァァッ!! 野郎、まさかこのために水をバチャバチャやってたってのか!?」
アキラの無念の慟哭に、イスラとストレイボウが周囲を見渡す。
そう、戦いの果てに、周囲一帯”水浸し”になってしまったこの森を。
アキラのテレポートは水に寄せられてしまう。この水浸しの状況では、何処に飛ばされるかも解らないのだ。
最悪、位置の変わらないテレポートに時間を費やしてしまう。
カエルがアキラのテレポートを把握していたとは考えにくいが、目の前の現実が最悪であることに代わりはなかった。
「時間は!?」
「正直、キツイ!! いいから急いでC7にいくよ!!」
3人は身を翻して北へと走る。たとえ間に合わないとしても、諦められるものではないのだ。

「カエル、お前の望んだものは、そんなものじゃないだろォォォッ!!」 

罪人の慟哭をあざ笑うように、朝日は燦々と水に輝いて森を照らしていた。

189私がわたしを歩む時−I'm not saint− 23 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:37:01 ID:1HqSU6dk0
門が閉じ、全ての光が輝き終わってアナスタシアが瞳を開けたとき、そこには小さな何かがあった。
人よりもだいぶ背の低いが二足で大地に立つ生き物。
特異なのは人間とは思えぬ蛙の頭、
そして――――真っ赤な体皮と、胸に突き刺さった魔剣と、世界全てを憎悪するような真紅の灼眼。
「カエルね……マリアベルの、仇。とらせて貰うわ」
アナスタシアが聖剣ルシエドを再召喚し、カエルへと敵意を向ける。
だが、背中を引っ掻くような得体の知れない悪寒が離れない。
マリアベルを目の前で殺されたときにさえ生じなかった感覚だった。

「『……久しぶりだなあ、剣の聖女!! 何千年振りだ!? ハハハハハッ!』」

アナスタシアの感覚などお構いなしで、周囲を見渡し彼女に気づいたカエルは、
まるで何年も会っていない旧友と旧交を温めあうように馴れ馴れしく言った。
「……新手のナンパ? 私の友達を傷物にしておいて、随分馴れ馴れしくない?」
当然、アナスタシアにとってカエルなどあの雨ですれ違ったのが最初の出会いで、
直接的な関わりなど先ほど友を殺されたのが最初だ。なのに、その音に魂の底から揺さぶられるのは何故だ。

「『ははは。連れないことを言うなよ。確かにノーブルレッドを“一人残らず皆殺しにした”のは私だが。
  それでも、あんなに必死に殺し殺され合った仲じゃあないか』」

カエルはあまりにも異常なほど軽快に、そして陽気に話しかける。
そして、ああ、と納得したように両の手のひらを合わせた。
「『ああ、これは失礼したな聖女。俺とお前が出会うのに、このような湿気た場所では気が利かぬと云われても仕方ない。
  少しばかり――――――――――“場を暖めようか”』」
そして、その手を胸の魔剣にやり、ずるりずるりと血を滴らせながら引き抜く。

「『さぁてお立会い。手前ここに取りい出したる紅の暴君。魔剣と云えどそんじょそこらの剣とは物が違う。
  ただ振ればよく切れる剣だが、特筆したるは暴走召喚。界を無理矢理引き裂いて寄せたる獣を狂わしむる』」
カエルは、カエルだったものは血塗れの剣を四方に振るい、己が血を辺りに撒き散らす。
土地を穢すかのように、レイポイントを忌土地に変えるかのように。
「『ははぁーん蝦蟇飼い、いかなアーティファクトとて召喚ができなきゃ仕様がないだろという御方もいるかもしれんが、
  ところがどっこい手前味噌がら召喚ならば俺もできるよさぁーさお立会い』」
隙だらけのカエルを殺す絶好の好機、なのにアナスタシアは動けなかった。
ルシエドを持たぬ手で肩を抱き寄せ、魂から記憶する震えをこらえようとする。
「『手前ここに呼び出したるは、ガルディア南方樹木に巣食いしお化けガエル。
  されど、そんじょそこらのカエルと訳が違う。こいつを喰らう餌はなんと炎。
  黒く濁りゃ濁るほど、強く強い火ならばすくすく育つ一級品だよお立会い』」
カエルだったものの髭がひくひくと何かを嗅ぎ取り、灼眼をぎゅんとそちらに向けて舌を伸ばす。
そこには、戦地に撃ち捨てられた一人の少女の無残な躯。
その傍にあったデイバックの中に器用に舌を伸ばし、一つの書物を手に入れる。
「『おおおっ、これは極上の焔。書いてあることはさっぱりだがなんのその。
  炎は全て我が眷属、我が僕。私を燃え上がらせる薪として実に素晴らしいッ!!』」
業火の理フォルブレイズを口に銜え、にんまりと笑ってカエルだったものは紅の暴君を天に掲げた。
ばら撒かれた血とともに紅の暴君が血に咲く華のように輝く。

「『さぁさお立会い! 手前ここに呼び出したるはッ!!
  業火を喰らって紅と育つ、古来に“災厄”と謳われるカエルフレアにございッ!!』」

黒き霧とともに召喚された巨大な蛙に、アナスタシアも、ちょこさえも瞠目した。
カエル唯一にして最大の口寄せ大召喚術が、魔剣の暴走召喚によって顕現する。
本来ルッカがいなければ呼び寄せられない紅蛙を、神将器の力を従えて発動したのだ。


「う、嘘……なんで、貴方が」

190私がわたしを歩む時−I'm not saint− 25 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:38:01 ID:1HqSU6dk0
だが、アナスタシアの震えは“そこ”ではなかった。
召喚とともに噴出したのは霧などではない。これは煤だ。
世界を、法則を、概念さえ燃やす焔が全てを燃やしたときに生ずる煤なのだ。
そしてアナスタシアはそれをよく見知っていた。忘れえぬ焔、剣の聖女にとって始まりの焔。

「『ははは、昔を思い出すな“剣の聖女”!! 唯一立ちはだかったお前を忘れることなどできようか!!』」
「何で、何でまだ存在るのよロードブレイザーッッッ!!!!」

カエルより吹き上がるその焔は、紛れもない災厄の焔だったのだ。
ロードブレイザーが紅の暴君に移り行く際、万一の保険とすら呼べぬほどに僅かに残った残滓。
いわば災厄の残り火が魔剣を通じて力を蓄え、そして今、オディオが施した死亡覚醒の特約によって自我と呼べるレベルに達したのだ。
「『ロードブレイザー? 違うな、聖女。俺は俺だ。俺……? くく、まあいいさ。
  ああ、なんという僥倖かッ! 国を護るついでに、宿敵との決着まで付けられるとは!!』」
咽ぶような笑いとともに、カエルだったものは、そしてロードブレイザーでもないものは紅蝦蟇の高みから蛆虫どもを睥睨する。
(人間、ニンゲン、ニンゲン? 魔族。ああ、魔王もいたか。
 まあ、使い物にならんのならば仕様のない。精々巻き込まれぬようには祈ってやる)

「『絶望は潰えず。憎悪は尽きず。ならば私は不滅、俺は紅蓮<グレン>ッ――――遍く世界を燃やし尽くす、不滅の焔ッ!!』」 

カエル――否、紅蓮の叫びに呼応し、紅蝦蟇が猛りを上げる。
撒き散らすは業火、世界を終わらせる紅の焔。

「『さあ、8日目を始めようか剣の聖女。俺の国を滅ぼさぬため、人類と共に今度こそ滅べェッッ!!』」

混ざりすぎた記憶は最早緑とも赤とも呼べぬまま、己が破綻した願望の為に焔を撒き散らす。
その灼眼で見据える未来には、最早、守るべき王国の名前すら燃え尽きていた。


猛る業火の前に、アナスタシアは両腕をだらりと垂らした。あと少し気を抜けば、膝を折っていただろう。
気絶したのかジョウイは蹲って動かない。ゴゴは言わずもがな、ゴゴのちょこちゃんは動かせない。
ヘクトル達はどうやら傍におらず、イスラたちも来られるか分からない。

―――――――つまり、この災厄に立ち向かえるのは彼女一人しかいない。


地面に蹲った状態から、ジョウイは気づかれぬようにアナスタシアの横顔をちらりと見た。
その顔は今にも泣き出しそうなほどに、過去の笑顔だった。
彼女の手が震えた。それは焔の災厄に立ち向かったときに握っていた聖剣がないからではない。
また、一人で立ち向かわなければならないのだ。かつてその身を聖人と化した、災厄の焔と。

(私は、一人で戦わなくちゃならないのね。この災厄と)

過去は、君にとって都合のいいものではない。
いいものも、悪いものも、ずっとずーっと、一緒についてくるのだから。
だから、昔の自分になりたければ、どうぞなるがいい。

(はは、これが、本当の報いってやつかしら)


かつての私らしく――――ひとりぼっちの英雄となった私に。

191私がわたしを歩む時−I'm not saint− 26 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:38:43 ID:1HqSU6dk0
【C−7 二日目 朝】

【ヘクトル@ファイアーエムブレム 烈火の剣】
[状態]:アルマーズ半憑依 疲労(大)、ダメージ(中) 左手首に傷 左目消失
[装備]:アルマーズ@FE烈火の剣 
[道具]:ビー玉@サモンナイト3、 基本支給品一式×4
[思考]
基本:オスティアに戻り弱さや脆さを抱えた人間も安心して過ごせる国にする為に戦い続ける
1:終われない……だから、俺を、我を戦わせろ!
2:ジャファルと共に、セッツァーとピサロを倒す。もしくは他の仲間が魔王たちを倒すまで足止めする。
[備考]:
※フロリーナとは恋仲です。
※セッツァーを黒と断定しました。
※アルマーズの力を過度に引き出したことで、戦意高揚の代わりに片手で十分に斧を振れるようになりました。
 ヘクトルが許可しない限り、今のところこれ以上の侵食はありません。


【ジャファル@ファイアーエムブレム 烈火の剣】
[状態]:ダメージ(小)
[装備]:マーニ・カティ@FE烈火の剣、ラグナロク@FFVI、黒装束@アークザラッドⅡ、
    バイオレットレーサー@アーク・ザ・ラッドⅡ 賢者の指輪@ファイアーエムブレム 烈火の剣
[道具]:聖なるナイフ@ドラゴンクエストIV、毒蛾のナイフ@ドラゴンクエストⅣ 導かれし者たち、潜水ヘルメット@FFVI
    影縫い@FFVI、アサシンダガー@FFVI、、基本支給品一式×1
[思考]
基本:ニノの為に『勇者』になる。
1:ヘクトルと共に、セッツァー、ピサロを倒す。もしくは他の仲間が魔王たちを倒すまで足止めする。
[備考]
※ニノ支援A時点から参戦
※セッツァーと情報交換をしました
※ジョウイからマリアベル達の現在の状況を知りました。その他の情報については不明です。

192私がわたしを歩む時−I'm not saint− 27 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:39:15 ID:1HqSU6dk0
【セッツァー=ギャッビアーニ@FFVI】
[状態]:不運による苛立ち 魔力消費(中) ファルコンを穢されたことに対する怒り
[装備]:デスイリュージョン@アークザラッドⅡ、つらぬきのやり@FE烈火の剣、シロウのチンチロリンセット(サイコロ破損)@幻想水滸伝2
[道具]:基本支給品一式×2 拡声器(現実) フレイムトライデント@アーク・ザ・ラッドⅡ ゴゴの首輪
    天使ロティエル@サモンナイト3、壊れた蛮勇の武具@サモンナイト3
    小さな花の栞@RPGロワ 日記のようなもの@??? ウィンチェスターの心臓@RPGロワ
[思考]
基本:夢を取り戻す為にゲームに乗る
1:ジャファル・ヘクトルを倒す
2:魔王、ピサロと連携し、ヘクトル・ゴゴを倒す
3:C7制圧後は南下し、残る参加者を倒す
4:ゴゴに警戒。
5:手段を問わず、参加者を減らしたい
※参戦時期は魔大陸崩壊後〜セリス達と合流する前です
※ヘクトル、トッシュ、アシュレー、ジャファルと情報交換をしました。
※ジョウイからマリアベル達の現在の状況を知りました。その他の情報については不明です。


【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(中)、心を落ち着かせたため魔力微回復、ミナデインの光に激しい怒り ニノへの感謝
    ロザリーへの愛(人間に対する憎悪、自身に対する激しい苛立ち、絶望感は消えたわけではありません)
[装備]:ヨシユキ@LIVE A LIVE、ヴァイオレイター@WA2、クレストグラフ(5枚)@WA2
[道具]:基本支給品×2、データタブレット@WA2、双眼鏡@現実  点名牙双@幻想水滸伝Ⅱ、解体された首輪(感応石)、 バヨネット
    天罰の杖@DQ4、小さな花の栞×数個@RPGロワ メイメイさんの支給品(仮名)×1 
[思考]
基本:ロザリーを想う。優勝し、魔王オディオと接触。世界樹の花、あるいはそれに準ずる力でロザリーを蘇らせる
1:ジャファル・ヘクトルを打倒。
2:セッツァー・魔王と一時的に協力し、ゴゴ達を撃破しつつ南へ進撃する
3:可能であれば、マリアベルとニノも蘇らせる
[参戦時期]:5章最終決戦直後
[備考]:クレストグラフの魔法は、下記の5種です。
 ヴォルテック、クイック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック、ハイパーウェポン。
※バヨネット(パラソル+ディフェンダーには魔導アーマーのパーツが流用されており魔導ビームを撃てます)

 【メイメイさんの支給品(仮名)×1】
  メイメイさんのルーレットダーツ3等賞。メイメイさんが見つくろった『ピサロにとって役に立つ物』。
  あくまでもメイメイさんのチョイスであるため、それがピサロが役に立つと思う物とは限らない。

193私がわたしを歩む時−I'm not saint− 28 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:39:53 ID:1HqSU6dk0
【C-7とD-7の境界(C-7側)二日目 朝】

【魔王@クロノ・トリガー】
[状態]:気絶 ダメージ(大)、疲労(中)
[装備]:魔鍵ランドルフ@WILD ARMS 2nd IGNITION 、サラのお守り@クロノ・トリガー
[道具]:不明支給品0〜1個、基本支給品一式
[思考]
基本:優勝して、姉に会う
1:???
2:セッツァー、ピサロと連携してゴゴ・ヘクトルを倒す
3:ジャファルについては興味がない。
4:カエルと組んで全参加者の殺害。最後にカエルと決着をつける。
[参戦時期]:クリア後
[備考]
※ラヴォスに吸収された魔力をヘルガイザーやバリアチェンジが使える位には回復しています。
※ブラックホールがオディオに封じられていること、その理由の時のたまご理論を知りました。
※遺跡の最深部、危険なのはその更に地中であるということに気付きました。
※ランドルフの解析が進み、『ゲートオブイゾルデ』と『超次元穿刀爆砕』が使用可能になりました。
※無理な降魔儀式によってランドルフに過負荷がかかりました。機能不全が発生した可能性があります。


【ジョウイ・ブライト@幻想水滸伝Ⅱ】
[状態]:気絶のフリ ダメージ(大)、疲労(大)、全身に打撲
[装備]:キラーピアス@DQ4、絶望の鎌@クロノ・トリガー
[道具]:賢者の石@DQ4、確認済み支給品×0〜1、基本支給品
[思考]
基本:垣間見たオディオの力を得て理想の国を作るため、他者を利用し同士討ちをさせ優勝を狙う。(突出した強者の打倒優先)
1:とりあえず状況を見定める
2:生き残るために利用できそうな者を見定めつつ立ち回る。
3:セッツァーたちの様子を窺いつつ立ち位置を決める。ピサロは潰しておきたいがどうするか。
4:利用できそうな者がいれば共に行動。どんな相手からでも情報は得たい。
5:とりあえず首輪解除の鍵となる人物は倒れたが、首輪解除を確実に阻止したい。
[参戦時期]:獣の紋章戦後、始まりの場所で2主人公を待っているとき
[備考]:ルッカ、リルカと参加している同作品メンバーの情報を得ました。WA2側のことは詳しく聞きました。
    セッツァー達に尋問されたことを話しました。    
※紋章無しの魔法等自分の常識外のことに警戒しています。
※ピサロ、魔王を特に警戒。
※制限の為か、二人が直接戦わなかったからか、輝く盾の紋章と黒き刃の紋章は始まりの紋章に戻っていません。
 それぞれの力としては使用可能。また、紋章に命を削られることはなくなりました。
 紋章部位 頭:バランス 右:刃 左:盾


【ちょこ@アークザラッドⅡ】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(極)、ずぶ濡れ
[装備]:なし
[道具]:海水浴セット、基本支給品一式、ランダム支給品0〜1個(確認済み)、焼け焦げたリルカの首輪
[思考]
基本:みんなみんなおうちに帰れるのが一番なの
1:ゴゴおじさん、しっかりしてッ!
2:カエルさん、ほんとうにカエルさん?
3:おとーさんになるおにーさんのこと、ゴゴおじさんから聞きたい
[備考]
※参戦時期は本編終了後
※殺し合いのルールを理解しました。トカから名簿、死者、禁止エリアを把握しました。
※アナスタシアに道具を入れ替えられました。生き残るのに適したもの以外です。
 ただ、あくまでも、『一般に役立つもの』を取られたわけでは無いので、一概にハズレばかり掴まされたとは限りません。
※アシュレーのデイパックを回収しました。

194私がわたしを歩む時−I'm not saint− 29 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:40:25 ID:1HqSU6dk0
【ゴゴ@ファイナルファンタジー6】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(中)、首輪解除、アガートラーム 右腕損傷(大)感情半暴走、気絶、
    感情半暴走の影響により、物真似の暴走
[装備]:ブライオン@ LIVE A LIVE 、ジャンプシューズ@WA2
[道具]:基本支給品一式×2(ランタンはひとつ)
[思考]
基本:物真似師として“救われぬ”者を“救う”というものまねをなす
1:制御できない感情への恐れ。
2:ヘクトル達を助け、セッツァー達を倒す。
3:セッツァー…俺の声は届かないのか……?
[参戦時期]:本編クリア後
[備考]
※本編クリア後からしばらく、ファルコン号の副船長をしていました。
※基本的には、『その場にいない人物』の真似はしません。
※セッツァーが自分と同じ時間軸から参戦していると思っています。
※内的宇宙に突き刺さったアガートラームで物真似によるオディオの憎悪を抑えています
 尚、ゴゴ単体でアガートラームが抜けるかは不明です
※感情半暴走の影響で、無意識に物真似をしてしまう可能性があります。


【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(極)、胸部に重度刺傷(傷口は塞がっている)、中度失血、ずぶ濡れ
[装備]:聖剣ルシエド
[道具]:ゲートホルダー@クロノトリガー、いかりのリング@FFⅥ、、感応石×3@WA2
    基本支給品一式×2、にじ@クロノトリガー、
[思考]
基本:“自分らしく”生き抜く。
1:何で、また貴方が、立ちはだかるの……ロードブレイザー……ッ
2:ゴゴを護り、ゴゴを助ける。
3:今までのことをみんなに話す。
[参戦時期]:ED後
[備考]:
※名簿を未確認なまま解読不能までに燃やしました。
※ルッカのカバンには工具以外にルッカの技用の道具がいくらか入っています
※アナスタシアの身にルシエドが宿り、聖剣ルシエドを習得しました。
 アガートラームがないため、『アークインパルス』『ブレードグレイス』『サルベイション』は使用不可です。
 他、ルシエドがどのように顕現し力となるかは、後続の書き手氏にお任せします。

※昭和ヒヨコッコ砲@LIVE A LIVE、マタンゴ@LIVE A LIVE、ルッカのカバン@クロノトリガー
 44マグナム&弾薬(残段数不明)@LIVE A LIVE、アリシアのナイフ@LIVE A LIVE、ソウルセイバー@FFIVは周囲に散乱しています。


【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:『書き込まれた』炎の災厄 暴走召喚カエルフレア騎乗 『覚悟の証』である刺傷。 ダメージ(大)疲労(大)自動回復中
[装備]:紅の暴君@サモンナイト3 フォルブレイズ@FE烈火の剣
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本:国の消滅を回避するため、全てを燃やし尽くす
1:あのときの決着をつけようか、剣の聖女ッ!!
2:俺は、俺は……
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)
[備考]
※イミテーションオディオの膨大な憎悪が感応石を経由して『送信』された影響で、キルスレスの能力が更に解放されました。
 剣の攻撃力と、真紅の鼓動、暴走召喚に加え、感応石との共界線の力で、自動MP回復と首輪探知能力が付与されました。
 感応石の効果範囲が広がり、感応石の周囲でなくとも限定覚醒状態を維持できます。(少なくともC7までの範囲拡大を確認)
※死亡覚醒による強制抜剣によって紅の暴君に残留していた焔の災厄の残滓が活性化し、その記憶がカエルに混入しました。
 ロードブレイザーが復活したわけではありませんが、侵食が進めば更なる悪化の可能性があります。
※カエルフレアを召喚しました。暴走召喚の効果により、魔力が供給される限り倒されるまで現界します。

195私がわたしを歩む時−I'm not saint− 30 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:41:07 ID:1HqSU6dk0
【C-7とD-7の境界(D-7側・東)二日目 朝*D7禁止エリア化前】

【アキラ@LIVE A LIVE】
[状態]:精神力消費(極)、疲労(極)、ダメージ(中)、マリアベルの死に激昂
[装備]:パワーマフラー@クロノ・トリガー、激怒の腕輪@クロノ・トリガー、デーモンスピア@DQ4
[道具]:清酒・龍殺しの空き瓶@サモンナイト3、ドッペル君@クロノ・トリガー、基本支給品×3
[思考]
基本:オディオを倒して元の世界に帰る。
1:どうにかここから脱出してC7のカエルの元へ向かう
2:カエルを倒しマリアベルの仇を取り、魔王を倒す。
3:レイ・クウゴ、アイシャ・ベルナデット(カノン)、ミネアの仇を取る。
4:首輪解除の力になる。
[参戦時期]:最終編(心のダンジョン攻略済み、ストレイボウの顔を知っている。魔王山に挑む前、オディオとの面識無し)
[備考]:超能力の制限に気付きました。テレポートの使用も最後の手段として考えています。
※カノンの名をアイシャ・ベルナデット、リンの名をリンディスだと思っています。
※松のメッセージ未受信です。


【イスラ・レヴィノス@サモンナイト3】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(極)
[装備]:天空の剣(開放)@DQ4、魔界の剣@DQ4、ミラクルシューズ@FF6
[道具]:確認済み支給品×0〜1、基本支給品×2、ドーリーショット@アークザラッドⅡ
[思考]
基本:誰かの為に“生きられる”ようになりたい。自分と大きく異なる存在であるヘクトルと行動し、自分の感情の正体を探る。  
1:どうにかここから脱出してC7のカエルの元へ向かう
2:カエルを倒し紅の暴君を取り戻し、魔王を倒す。
3:ジョウイへの強い疑念
4:次にセッツァーに出会ったときは警戒。
5:首輪解除の力になる
[参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている)
[備考]:高原、クロノ、マッシュ、ユーリル、ヘクトル、ブラッドの仲間と要注意人物を把握済み。


【ストレイボウ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(極)、心労(中)、自己嫌悪や罪悪感はもう終わりにする カエルの真意に気づいた
[装備]:
[道具]:勇者バッジ@クロノトリガー、記憶石@アークザラッドⅡ、基本支給品一式×2
[思考]
基本:魔王オディオを倒し、友としてカエルとオルステッドを救う。  
1:どうにかここから脱出してC7のカエルの元へ向かう
2:なんとしてでもカエルを救い、過去を清算し、清算させる。
3:あいもかわらず勇者バッジとブライオンは“重い”が……。
参戦時期:最終編
※アキラの名前と顔を知っています。 アキラ以外の最終編参加キャラも顔は知っています(名前は知りません)
※記憶石にルッカの知識と技術が刻まれました。目を閉じて願えば願った人に知識と技術が転写されます
※記憶石の説明書の裏側にはまだ何か書かれているかもしれません
※偵察に出たジョウイについては、とりあえず信じようとしています。

[その他備考]
※ゲートの行き先の法則は不明です。 完全ランダムか、ループ型なのかも不明。
 原作の通り、四人以上の人間がゲートを通ろうとすると、歪みが発生します。
 時の最果ての変わりに、ロザリーの感じた何処かへ飛ばされるかもしれません。
 また、ゲートは何度か使いましたが、現状では問題はありません。

※首輪に使われている封印の魔剣@サモナイ3の中に 源罪の種子@サモサイ3 により集められた 闇黒の支配者@アーク2 の力の残滓が封じられています
 闇黒の支配者本体が封じられているわけではないので、精神干渉してきたり、実体化したりはしません
 基本、首輪の火力を上げるギミックと思っていただければ大丈夫です

※首輪を構成する魔剣の破片と感応石の間にネットワーク(=共界線)が形成されていることを確認しました。
 闇黒の支配者の残滓や原罪によって汚染されたか、そもそも最初から汚染しているかは不明。
 憎悪の精神などが感応石に集められ、感応石から遥か地下へ伸びる共界線に送信されているようです。

196私がわたしを歩む時−I'm not saint− ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 22:42:22 ID:1HqSU6dk0
以上、投下終了です。
何かありましたらお願い致します。

197私がわたしを歩む時−I'm not saint−28(修正) ◆wqJoVoH16Y:2011/12/11(日) 23:22:17 ID:1HqSU6dk0
【C-7とD-7の境界(C-7側)二日目 朝】

【魔王@クロノ・トリガー】
[状態]:気絶 ダメージ(大)、疲労(中)
[装備]:魔鍵ランドルフ@WILD ARMS 2nd IGNITION 、サラのお守り@クロノ・トリガー
[道具]:不明支給品0〜1個、基本支給品一式
[思考]
基本:優勝して、姉に会う
1:???
2:セッツァー、ピサロと連携してゴゴ・ヘクトルを倒す
3:ジャファルについては興味がない。
4:カエルと組んで全参加者の殺害。最後にカエルと決着をつける。
[参戦時期]:クリア後
[備考]
※ラヴォスに吸収された魔力をヘルガイザーやバリアチェンジが使える位には回復しています。
※ブラックホールがオディオに封じられていること、その理由の時のたまご理論を知りました。
※遺跡の最深部、危険なのはその更に地中であるということに気付きました。
※ランドルフの解析が進み、『ゲートオブイゾルデ』と『超次元穿刀爆砕』が使用可能になりました。
※無理な降魔儀式によってランドルフに過負荷がかかりました。機能不全が発生した可能性があります。


【ジョウイ・ブライト@幻想水滸伝Ⅱ】
[状態]:気絶のフリ ダメージ(大)、疲労(大)、全身に打撲
[装備]:キラーピアス@DQ4、絶望の鎌@クロノ・トリガー 天命牙双(左)
[道具]:賢者の石@DQ4、確認済み支給品×0〜1、基本支給品
[思考]
基本:垣間見たオディオの力を得て理想の国を作るため、他者を利用し同士討ちをさせ優勝を狙う。(突出した強者の打倒優先)
1:とりあえず状況を見定める
2:生き残るために利用できそうな者を見定めつつ立ち回る。
3:セッツァーたちの様子を窺いつつ立ち位置を決める。ピサロは潰しておきたいがどうするか。
4:利用できそうな者がいれば共に行動。どんな相手からでも情報は得たい。
5:とりあえず首輪解除の鍵となる人物は倒れたが、首輪解除を確実に阻止したい。
[参戦時期]:獣の紋章戦後、始まりの場所で2主人公を待っているとき
[備考]:ルッカ、リルカと参加している同作品メンバーの情報を得ました。WA2側のことは詳しく聞きました。
    セッツァー達に尋問されたことを話しました。    
※紋章無しの魔法等自分の常識外のことに警戒しています。
※ピサロ、魔王を特に警戒。
※制限の為か、二人が直接戦わなかったからか、輝く盾の紋章と黒き刃の紋章は始まりの紋章に戻っていません。
 それぞれの力としては使用可能。また、紋章に命を削られることはなくなりました。
 紋章部位 頭:バランス 右:刃 左:盾


【ちょこ@アークザラッドⅡ】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(極)、ずぶ濡れ
[装備]:なし
[道具]:海水浴セット、基本支給品一式、ランダム支給品0〜1個(確認済み)、焼け焦げたリルカの首輪
[思考]
基本:みんなみんなおうちに帰れるのが一番なの
1:ゴゴおじさん、しっかりしてッ!
2:カエルさん、ほんとうにカエルさん?
3:おとーさんになるおにーさんのこと、ゴゴおじさんから聞きたい
[備考]
※参戦時期は本編終了後
※殺し合いのルールを理解しました。トカから名簿、死者、禁止エリアを把握しました。
※アナスタシアに道具を入れ替えられました。生き残るのに適したもの以外です。
 ただ、あくまでも、『一般に役立つもの』を取られたわけでは無いので、一概にハズレばかり掴まされたとは限りません。
※アシュレーのデイパックを回収しました。

198SAVEDATA No.774:2011/12/11(日) 23:23:12 ID:1HqSU6dk0
ジョウイに天命牙双が装備されていなかったので修正しました。すいません。

199SAVEDATA No.774:2011/12/11(日) 23:43:41 ID:83MYCFxg0
投下乙です

なんだこのアナスタシアwwwwwwwwセリフがいちいち笑えるw
ネタキャラ街道を突っ走ると思いきや最後の最後でロドブレさん再登場で涙目w
しかししつこいなロドブレも……ロドブレだから仕方ないが

200SAVEDATA No.774:2011/12/12(月) 04:03:54 ID:h8y7MvMo0
投下乙!
仮面といえど本領発揮のアナスタシアさんにぐいぐい俺の心まで引っ掻き回されたw
滑りまくりの名乗りシーンにめちゃくちゃ吹いたw
しかし流石は全開アナスタシア
つええ、まじつえええ
そして遂にジョウイは魔王超えか
けれどもその奮闘が、せめてもカエルと決着をつけようとした魔王の誓いが、よもやこんなものを呼びだしてしまうとは…
ロドブレじゃないと本人はいったけどたしかにそうだな
これはディエルゴ+ロドブレ+カエル÷2くらいな、まさに紅蓮というクロスオーバーだよ

201SAVEDATA No.774:2011/12/12(月) 09:07:44 ID:GKScOBz20
投下乙!
なんか大変なことになってきた!
アナスタシアが痛エロいw でも、ここまで吹っ切れてくれると気持ちいいわw
しかも、お荷物だった過去とは比べ物にならない戦闘力。
だがしかし、相手も暴走パワーアップか。
この展開は予想できなかった。これ勝てるのかw
クライマックスに向けて盛り上がりまくってるね。どの戦いも今後が楽しみ、GJ!!!

一つだけ指摘を。
アキラの技が「ストリートイメージ」になってますが、正しくは「スリートイメージ」です。

202SAVEDATA No.774:2011/12/13(火) 20:59:03 ID:64R4HpRw0
遅ればせながら、乙!
すげえ大波乱だな
面白かった!

カエルェ・・・

203SAVEDATA No.774:2011/12/14(水) 09:34:07 ID:h6f4kNZc0
細かい事だけど魔王が使うのはブリザガじゃなくてアイスガなんじゃ

204 ◆wqJoVoH16Y:2011/12/14(水) 21:47:58 ID:LPRW/rpQ0
>>201さん >>203さん

ご指摘ありがとうございます。他にも見つかったミスがありましたので、以下のように修正します。

>>173
誤:方向阻害のストリートイメージと、人体が備える凶器の一つ、肘鉄。
正:方向阻害のスリートイメージと、人体が備える凶器の一つ、肘鉄。

>>182
誤:ファイガ、ブリザガ、サンダガ。古代ジールでも基礎の基礎となる魔法の三原素の頂点である。
正:ファイガ、アイスガ、サンダガ。古代ジールでも基礎の基礎となる魔法の三原素の頂点である。

>>
誤:ロードブレイザーが紅の暴君に移り行く際、万一の保険とすら呼べぬほどに僅かに残った残滓。
正:ロードブレイザーが紅の暴君からアシュレー=ウィンチェスターに移り行く際、
  万一の保険とすら呼べぬほどに僅かに残った残滓。

カエルの状態表に胸の穴を追加

【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:『書き込まれた』焔の災厄 暴走召喚カエルフレア騎乗
    『覚悟の証』である刺傷 胸に穴 ダメージ(大)疲労(大)自動回復中
[装備]:紅の暴君@サモンナイト3 フォルブレイズ@FE烈火の剣
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本:国の消滅を回避するため、全てを燃やし尽くす
1:あのときの決着をつけようか、剣の聖女ッ!!
2:俺は、俺は……
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)
[備考]
※イミテーションオディオの膨大な憎悪が感応石を経由して『送信』された影響で、キルスレスの能力が更に解放されました。
 剣の攻撃力と、真紅の鼓動、暴走召喚に加え、感応石との共界線の力で、自動MP回復と首輪探知能力が付与されました。
 感応石の効果範囲が広がり、感応石の周囲でなくとも限定覚醒状態を維持できます。(少なくともC7までの範囲拡大を確認)
※死亡覚醒による強制抜剣によって紅の暴君に残留していた焔の災厄の残滓が活性化し、その記憶がカエルに混入しました。
 ロードブレイザーが復活したわけではありませんが、侵食が進めば更なる悪化の可能性があります。
※カエルフレアを召喚しました。暴走召喚の効果により、魔力が供給される限り倒されるまで現界します。



以上です。wikiに収録され次第、修正します。

205SAVEDATA No.774:2011/12/15(木) 11:15:38 ID:fTg/YE6U0
あとWA2の魔法のゼーバーも、ところどころゼーハーになってます
>>95,98,169ですね

206SAVEDATA No.774:2011/12/17(土) 20:11:40 ID:jT9ueSiQ0
交流所でのRPGロワの語り日が27日に決まったな。
第5回放送も越えたし、そろそろ第4回の人気投票でもどうだろうか。

207SAVEDATA No.774:2011/12/17(土) 20:23:03 ID:qfJ/FbD20
別所はともかくそういえば3回目で止まってったっけ
忘年会じゃないけど新年を前に振り返りも含めてやってもいいかなー
異論なし

208SAVEDATA No.774:2011/12/17(土) 20:27:26 ID:wfjxKEu.0
別に構わんけど期間どうすん?

209SAVEDATA No.774:2011/12/17(土) 20:58:37 ID:jT9ueSiQ0
某所にこだわる必要も確かにないな。
今までどおり1週間で、12月25日(日)の23:59まででいいんじゃないかな。
そしたら、やること自体は問題なさそうだし、告知いれてきます。

210SAVEDATA No.774:2011/12/17(土) 21:06:06 ID:qfJ/FbD20
まあ日曜の夜までなら十分かー
了解です

211SAVEDATA No.774:2011/12/17(土) 21:44:29 ID:qfJ/FbD20
お、でっち上げテンプレ復活したか
とりあえず三馬鹿だけじゃなくてオディオまで放送かよw
ギャレオさんは実際出てもネタキャラだったろうな…

212SAVEDATA No.774:2011/12/24(土) 21:35:05 ID:WPZiFCd60
もうちょいで投票期限だね。要注意

213SAVEDATA No.774:2011/12/24(土) 21:38:03 ID:M0BsAvE.0
うお、したらばで投票やってたのか。
ギリギリで気付けてよかった、明日いっぱいでセーフだよな?

214SAVEDATA No.774:2011/12/24(土) 23:40:33 ID:WPZiFCd60
>>213
上げたかいがあったというモノ
明日いっぱいが期限でOKですよー

215抗いし者たちの系譜  ◆iDqvc5TpTI:2011/12/30(金) 00:15:58 ID:hVtDDP4o0
投下します

216抗いし者たちの系譜  ◆iDqvc5TpTI:2011/12/30(金) 00:19:16 ID:hVtDDP4o0
――その焔に、私は全てを奪われた。

全ては、全て。
自分を可愛く着飾りたい。
おいしいものを沢山食べたい。
家族とたわいのないおしゃべりをしたい。
友達ともっと遊びたい。
恋人と手をつないで歩きたい。
あんなことやこんなこともしていつかは子をなしたい。

そんな女の子なら誰しもが一度は描く囁かな夢。
なんら特別なこともない、平穏な、ただの日常。

そのどれか一つすら、アナスタシアには叶えることができなくて。
最後にたった一つ残った死なせたくないという願いを護るために。
最初に抱いた死にたくないという願いさえも奪われた。

(私は、『わたし』であることを、奪われた)

だからだろう。
アナスタシアは震えていた。
カタカタと、カタカタと。
みっともなくも、全身を震わせていた。
全身を濡らしていた川の水などとうに蒸発しているのだから。
今、彼女の身を濡らしているのは恐怖の汗に他ならない。

再誕した焔の厄災――紅蓮は。
かつて対峙したロードブレイザーと比べるのもおこがましい程衰えているというのに。
アナスタシアは、全盛期のロードブレイザーに立ち向かったあの頃ですら感じたことがないような恐怖に。
為す術もなく全身と全心を犯されていた。

カタリ。カタリ。カタカタカタ。
恐怖に侵されているのはアナスタシアだけではなかった。
剣が、聖剣ルシエドまでもが震えていた。
それは、彼女の身体の震えが、両手を伝い剣を震わせているということか。
違う、そんな物理的なものだけではない。
アナスタシアが手にしているのは、ただの剣ではない。
ガーディアンブレード――読んで字の如くガーディアンが変化した剣だ。
手にしたものの心の影響を大きく受けてしまうのだ。

(――ッ。いけないッ!)

なればこそ、この始末。
聖剣ルシエドが軋みを上げる。
ルシエドを成り立たせる感情は“欲望”であって、“恐怖”ではない。
むしろ負の感情である“恐怖”では、デミ・ガーディアンである厄災の力となってしまう。

「『おや、おやおや、おやぁ? 私の口の中に広がるこの香しき風味は正しく恐怖!
 この俺自慢の長き舌でなければ絡めとれぬほどの無尽の恐怖ッ! 』」

新生した焔は、宿敵であるはずの聖女から、己に利する力を感じ取り、心底可笑しそうに声を張り上げる。
人間の負の感情を力とするかの者が言うのだ。
アナスタシアが、今この瞬間に抱いている恐怖が、無尽というのは、あながち嘘ではないのだろう。
無論、宿敵たる剣の聖女の心を揺らすためのブラフという可能性もある。

「『はてさてこれほどのご馳走を私に振舞ってくれるのは何方様と見回してみれば、な、なんっとッ!
 そこにいらっしゃるは聖女様! これは異な事! 愉快痛快快刀乱麻! 恐れていると、恐れているとッ!?』」

しかしながら、他ならぬアナスタシア自身が、紅蓮の言葉は真実なのだと認めてしまっていた。
そうだ、その通りだ。
アナスタシアは恐れている。

217抗いし者たちの系譜  ◆iDqvc5TpTI:2011/12/30(金) 00:19:57 ID:hVtDDP4o0

「『そんなはずはねえよな、そんなはずはねえよなぁッ!
 貴様は勝者、私は敗者ッ! 貴様は英雄だ、俺が求めてるように身を犠牲にしてまで世界を救った英雄様だッ!』」

あれほどまでに求めていたはずの過去の自分、その再現が。
行き着く場所にまで、行き着いてしまうことを恐れている!

「『となるとこれは、あれか。敵に塩を贈るという奴か。素晴らしいかな、騎士道ッ!
 魔王にそうしたように、俺の全力を受け止めてその上で凌駕したいとッ!?』」 

前方の厄災、後方の命。
間に立つのは自分、ただ一人。
人類最後の砦。
唯一の希望。
ここで引けば、誰かが死ぬ。
ここで立ち向かえば、自分が死ぬ。
アナスタシアを成す二つの欲望――“死にたくない”“死なせたくない”
その二つを同時に叶えることの能わない善悪の彼岸。
選ぶしかないのか、自分か他人かを。

「『よかろう、受けて立つ。元よりそれこそが俺に残された二つの宿願のうちの一つ。
 全てを殺し去った後に、決着を。決着をつけるために、全てを殺すッ!
 さあ、さあ、さあ、剣の聖女よ、俺が望みし英雄よ』」

ああ、ああ、あああ!
なれば、こここそが境界線。
アナスタシア・ルン・ヴァレリアの過去と未来の、死と生の、聖女と少女の境界線――This is the END!!

「『今一度、護ってみせろッ! 死んでみせろォォォオオオオオオッッ!』」

主の意を受け、カエルフレアが起動する。

「紅ううるぉおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

カエルフレアの大口から、暗黒の焔が放たれる。
ネガティブフレアだ。
アナスタシアはその焔を防御するということが、どういう意味かを知りながらも、避けることが叶わなかった。
彼女の後ろには、ちょこが、ジョウイが、何よりもゴゴがいるのだ。
人々の悲しみや怒りを喚起させる魔炎はたとえ火の粉であってさえ、今のゴゴに猛毒足りうる。

だけど。

「ああああああああああああああああッ!」
「……おねーさん!?」

果たしてそれが猛毒なのは、ゴゴにとってだけだろうか。
聖剣を盾に焔を凌ぐアナスタシア。
目を逸らしたくとも逸らせない視線の先には、紅蓮が――ロードブレイザーにして、カエルたる者がいる。
遥か昔に彼女の命を奪い、今この現世で親友の命を奪った仇がいる。
そのような存在を前にして、怒りも悲しみも抱かないというのなら。
それこそ、聖女と呼ばれるような人間だけであろう。
アナスタシアはそうではない。
自身が散々嘆いてきたように、彼女は、聖女などという存在ではない。
人間だ。
ただの人間だ。
泣きもすれば怒りもする、ただの人間なのだ。

218抗いし者たちの系譜  ◆iDqvc5TpTI:2011/12/30(金) 00:21:20 ID:hVtDDP4o0

「大丈夫、大丈夫よ、ちょこちゃん。
 お姉さんはこれくらい、平気へっちゃらよッ」

どんな時でも諦めなかった一人の少女の口癖を借りて、精一杯強がるも、アナスタシアの心中は刻一刻と弱気へと傾いていた。

(『貴女はマリアベルさんの仇を取りに行くものだとばかり思っていました』かあ。
 ジョウイくんには、ほんと、痛いところをつかれちゃったなあ)

ゴゴを、ユーリルのイノリを、護りたかったというのは嘘ではない。
それは確かにアナスタシアをして、強者たる魔王と一戦を交えさせ、乗り越えさせる程の願望ではあった。
けれど同時に、それは“逃げ”でもあったのではないか。

アナスタシアは、わたしらしく、自分らしくありたかった。
マリアベルの親友として、マリアベルの大好きなアナスタシアでありたかった。
そのアナスタシアは、怒りや悲しみから戦いを放棄して、護られてばかりいる少女でもなければ。
怒りと悲しみのままに戦う少女ではなかった。

ああ、そうだ、そうなのだ。
アナスタシアは戦いたかった。
奪うのではなく、護る為の戦いをしたかった。

だから、アナスタシアはゴゴを護ることを、如いては魔王と戦うことを選んだ。
怒りや悲しみ、そして憎しみに負けて、奪う戦いをしてしまいかねないカエルではなく。
リルカやブラッドのことがあるとはいえ、比較的負の感情に飲まれないで済む魔王と戦うことを選んだ。

それはなんて愚かなイージーモード。
明日を生きることにすら事欠く荒野の住民たる少女に、そのような甘えが許されるはずはないというのに。

そのツケがこのザマだ。
カエルにしてロードブレイザーでもある紅蓮は、アナスタシアにとって完全なロードブレイーザー以上に、最悪の相手だった。
闇の焔に誘発され、自らの覚悟に疑念を持ってしまったアナスタシアから、護りの加護が失われる。
エアリアルガードだけではない。
輝く盾の紋章による戦いの誓いが破却され、正しき怒りは、大罪たるただの憤怒に堕とされる。
アナスタシアにとっては、前者よりも後者の喪失のほうが辛かった。
これでアナスタシアは正真正銘身一つで厄災に挑まねばならなくなった。
共に魔王と戦ってくれた少年が残してくれた力は、随分と心強いものであったというのに。
残り香さえも放射され続ける焔によって消え失せてしまった。

「『ふむどうした。何を泣きそうな顔をしている? 我が焔による浄めでは不満か? 
 確かに全盛期の私を知る貴様にとってはこの程度、ただのぬるま湯に過ぎぬか。
 それは失礼したッ! 俺も高みの見物などはせず、薪をくべさせてもらおうではないかッ!』」

その上、駄目押しとばかりに浴びせかけられるフォルブレイズの業火。
アシュレーに倣って聖剣ルシエドを二刀召喚し、なんとか防ぎきるも、そこまでだ。
もはや聖剣に魔王戦で見せたような圧倒的な力は備わっておらず、攻勢へと転じられない。
次々と迫り来る天をも焦がす焔の壁を祓えず、押しとどめることで精一杯の彼女の前方は、いつしか、紅蓮一色に染まっていた。
さもありなん。
ルシエドが司る欲望は、“明日の自分を欲し望む、現状を変えようとする力”だ。
過去の再現を前にし、過去に縛られていては、その力を発揮しきれはしまい。

いや、そもそも。
“新しい自分”を歩みだしたはずが、“過去の自分”を仮面として貼り付けることを選んだ時点で、アナスタシアは誤っていたのかもしれない。
過去の自分を見つめ直すことは推奨されるべきであろう。
そうすることで、自分が封じてしまっていた自分や、失くしてしまった自分に気付けはする。
しかしながら、“今までの自分”を捨ててしまうのは、大間違いだ。
どれだけ惨めだろうが、どれだけらしくないと思おうが。
“今までの自分”も間違いなくアナスタシア自分自身で、“本当の自分”の一側面なのだ。
それをすてるなんてとんでもない!
それでは単に、過去“から”逃げてばかりいたのが、過去“へと”逃げるようになっただけではないか。

219抗いし者たちの系譜  ◆iDqvc5TpTI:2011/12/30(金) 00:22:11 ID:hVtDDP4o0

なんて、なんて、なんて矛盾!
過去の焼きまわしを恐れているというのに、その過去へと逃げ続けようとするこのジレンマ!
だが安心するといい。
矛盾とはいつしか相討ち壊し合うもの。
そしてここには、壊すことに特化した紅蛙がいるではないか。

歓喜せよ、“剣の聖女”よ。
新生とは、破壊をもって成し遂げられるもの。
聖女は過去の再現を恐れているが、魔神はその再現を破壊する。
再現を破壊した上で、更なる最悪を顕現させる!
故にこその災厄。
最悪にして災厄たる紅蓮の焔!

「『さあ、約束をまずは果たそう、宿敵よッ!』」

紅一色だった世界が、黒に染まる。
ロードブレイザーの煤ではない。
影だ。
太陽を覆い隠し、新たな太陽と化したカエルフレアの巨大な影だ。

「『言ったはずだぞ、全てを殺し去った後に、決着を、とッ!』」
「ッ、まさかッ!?」

正解だと言わんばかりに焔の壁が解除されたことで、アナスタシアは最悪の光景を光景を突きつけられる。
赤一色の世界の先には紅蓮しかいなかった。
焔の壁を目隠しにして、紅蓮はカエルフレアを跳躍させていたのだ。

「させな――「『お前の相手はこの私だぞ、剣の聖女よッ!』」くううッ!」

すぐさま身を翻し、ゴゴ達を助けに向かおうとするも、紅蓮に斬り込まれ阻まれたアナスタシアの頭上を、カエルフレアは跳び越えていく。
巨体に似合わぬ軽やかな挙動だが、何もおかしなことはない。
カエルは元来火を噴くものではない。
跳ぶものだ。
跳んで、翔んで、超重量で押し潰しつつ、全身の焔で焼き殺す。
圧殺と焼殺の合わせ技こそ、カエルフレアの本来の用法なのだ。
そしてその猛威に晒されるのはアナスタシアではなく、彼女が護ろうとしていた人達だ。
初めから紅蓮はちょこ達を狙っていたのだ。
護らせないこと。
アナスタシア・ルン・ヴァレリアに護らせないこと。
それこそが紅蓮が描いたアナスタシアへの必勝パターン。
それは単に、アナスタシアに命懸けで彼女の大切なものを守り切られてしまった魔神の意趣返しに留まらない。
アナスタシアの力の源たる欲望は“死にたくない”“死なせたくない”の二つから成り立っているのだ。
では、もしも守る対象を奪うことで、“死なせたくない”という意思だけでも無為にすれば。
二柱により支えられていたアナスタシアの欲望の力は、転がるように激減し、紅蓮の焔を脅かすに足らぬものとなるっ!

「ちょこちゃんッ!」

今更過ぎる呼びかけをすれども、もう遅い。
強襲するカエルフレアを前に、どうしろといえばいいのか。
いかにちょこの魔力が膨大だとはいえ、相手はそれ以上の回復力を誇る厄災の現身だ。
一撃で消しされるものでもなければ、どれだけ削った所で次の瞬間には復元されるのが関の山だ。
半端に撃ちあうのでは、威力を減退させることもできない。
かといって逃げようにも、相手は山一つに匹敵する巨体によるボディプレスだ。
攻撃範囲外まで逃れようとするのなら、要する距離は数秒で駆け抜けられるものではない。
いや、常人離れしたちょこの身体能力なら、或いは、助かったかもしれない。
けれども、意識のないゴゴやこの期に及んで気絶を装うジョウイを連れていくことを少女が選んだ時に、その僅かな可能性すら零となった。
小さな身体で必死になって、ゴゴとジョウイを引きずり走りゆくも、カエルフレアの影からちょこ達は逃れられない。
逃げられない、逃げられない、逃げられない、ならば。
逃れられないのなら、どうすればいいのか。

220抗いし者たちの系譜  ◆iDqvc5TpTI:2011/12/30(金) 00:22:45 ID:hVtDDP4o0

「だめ、だめなの。ちょこ、一人ぼっちはもういやなの。
 みんなにだって、一人になって欲しくないの。ジョウイおとーさんや、ゴゴおじさんを、おうちに帰してあげたいの。
 だから、だから、だから」

仲間を放置して逃げれば、自分一人は助かるのに。
それでも、弱い考えを放棄してまでも、繋いだ絆を失いたくないというのなら、どうすればいいのか。
ちょこは知っていた。
ある一人の父親がたどり着いた答えは、確かにちょこの心に刻まれていた。

「死んでも、助けるの…………!」

半端に撃ち合えば再生されるというのなら。
この身全ての魔力を振り絞った全力の一撃で完全に消し去ってしまう他はない。
しかしそれは諸刃の剣だ。
村一つと数多もの魔族を一瞬にして滅ぼし、人の魂を弄び、数百年にわたり溶けることなき幻覚を与え、時の輪廻すら支配する程の力。
それほどまでの力を唯一度に全て振り絞り攻撃に注ぎ込んだならば。
なるほど、魔神さえも滅ぼし得るだろう。
かつて剣の魔女が魔王を打ち破ったように。
圧倒的な力に耐え切れない器ごと滅ぼすことで。
魔王ですら無い魔人が、魔神を滅ぼすには、それでも安い代償だと言わんばかりに。

「来て、アクラ!」

ちょこはその代償を承知した上で、もう一人の自分に呼びかける。
もう一人のちょこたるアクラも、その代償を承知した。
彼女、アクラは、正直、アナスタシア・ルン・ヴァレリアのことが嫌いだった。
父を愛し、その父に見向きもされなかった少女は、それ故に、アナスタシアがちょこのことを、見ていないのだと気付いていた。
だから、これまで、アクラは、アナスタシアの前で、自らの姿である、ちょこの真の姿を晒させることをよしとしてこなかった。
けれど、それもここまでだ。
アナスタシアはぎこちないまでも、本当の自分で、ちょこに向かい合おうとした。
それなら、ちょこもまた、ちょこの全部で、アナスタシアと向かい合うべきだ。
ちょこはアクラで、アクラはちょこで、ちょこはちょこなのだ。

とくと見ておくがいい、アナスタシア・ルン・ヴァレリア。
“本当の自分”になるとはどういうことか、その一つの姿を。
闇の心である“過去の自分”を捨てず、光の心である“今の自分”に受け入れることで、“新たな自分”となった少女の覚醒<アクセス>を。

「闇へと還れ……ヴァニッシュ!」

――翼が、舞った

221抗いし者たちの系譜  ◆iDqvc5TpTI:2011/12/30(金) 00:23:42 ID:hVtDDP4o0

アナスタシアは思わず息を飲んだ。
ちょこ達にカエルフレアが直撃する光景に、ではない。
宙に座し、円環状に召喚した闇の力をもってして、“灼熱の火球”をただ一人で留める“聖女”の姿を目にしてしまったからだ。
奇しくもそれは、キャストを変えただけの焔の7日間の再演だった。
アナスタシアがあれほどまでに恐れた、“一人の少女が大切な人達を護るために命を捨てなければならない”光景だった。
だというのに。
おかしな話だ。
“剣の聖女”と呼ばれ、更にそのことを忌避していた自分が、あろうことか、他の誰かに“聖女”を重ねるなどと。
しかし同時に、アナスタシアは得心が行きもしていた。

(ああ、そっか。みんなが私に、“聖女”を見るわけだ)

今この瞬間、紅蓮と剣を交えていることさえも忘れて、見入ってしまいそうな程に。
勘違いしてしまっても仕方がないくらいに。
自らの命を燃やし尽くしてまで、誰かを護るために、厄災の蝦蟇に立ち向かうちょこは美しかった。
そして、そんな“過去の自分”の自分の再演たるちょこの姿を綺麗だと思えたから。
アナスタシアは、“過去の自分”のいいも悪いも含めた、全てを受け入れることができた。
“剣の聖女”を認めることができた。

(そうよね。もうわたしは、あなたに認めてもらっていたんだよね、ユーリルくん)

“救った”のだと。
望もうが望むまいが、進んでだろうが嫌々だろうが関係ない。
“剣の聖女”は、かつてのアナスタシアは。
一人ぼっちで戦い続けて、その果てに命まで捧げなければならなかったけれど、それでも。
それでも、護りきったのだ。
大切な人達を、護りたかった人達を、救いたかった人達を。
アナスタシアは護ることができたのだ。
それだけで十分だったなんてことは、欲深いアナスタシアには口が裂けても言えないけれど。
でも、“剣の聖女”に、あの日の自分に、ありがとうって、伝えるくらいはいいのではないか。

(ありがとう、私。わたしの大切な人達を護ってくれて。それと行ってきます)

たった一言。
自分への、たったの一言で、“剣の聖女”は、一人ぼっちで泣いていた少女は、真に救われた気がした。
だったら後は、これからだ。
捨てるのでも逃げるのでもなく、

(わたしは、私を、剣の聖女を超えていくッ!)

乗り越えるだけだ。
最悪の災厄がもたらした、誰も護れず、アナスタシアも死ぬという悪趣味な未来を。
みんなを護り、アナスタシアも死なないという、伝説を超えたハッピーエンドで塗り替える!
それがアナスタシアの目指す“新しい自分”。
みんなを護りきった“過去の自分”と、死にたくないと願う“今までの自分”を合一した先にある“本当の自分”。
マリアベルに誇れるだけではなく、自分自身にも誇れるアナスタシア・ルン・ヴァレリア!
その姿を見てもらうためにも、その未来を掴むためにも。

「ちょこちゃん、死なないでッ!」

プロバイデンス。
聖剣の光がアナスタシアとちょこを包む。
すぐさま紅蓮にネガティブフレアで打ち消されはするものの、その祈りは思わぬ形で叶うこととなる。

「――そうだ、貴様にはまだ、黒き死の風は吹きすさんでいない」

ヴァニッシュとカエルフレアがせめぎ合う天と地の狭間に。
ちょこのすぐ傍ら、“炎を纏った大岩”と対峙する形で身を浮かべ。

その男は、ジャキはそこに居た。

222抗いし者たちの系譜  ◆iDqvc5TpTI:2011/12/30(金) 00:25:17 ID:hVtDDP4o0
――その炎に、私は全てを奪われた。

全ては、全て。
母の優しさを。
最愛の姉を。
故郷である天空都市を。
自身が生を受けた時間を。
今までと同じ毎日を。
ジャキは、全て奪われた。

(私は、『俺』であることを、奪われた)

だから誓ったのだ。
帰るべき場所も、待っていくれている人もいない、絶望の闇の中で。
自分から全てを奪い、平穏なただの日常に帰れなくしたあの簒奪者は、この手で叩き潰してやると。
たとえ、そのために何を失うことになろうとも、と。
かくして、ジャキは、名を捨て、優しさを捨て、ただただ力を求めた。
全ては、復讐を果たすためだけに。
ジャキは、奪われる側だった人間は、いつしか彼が憎んだものと同様の奪う側に周り、魔王とさえ呼ばれるようになった。
魔王とさえ呼ばれるようになって、それでも彼は、再度、奪われた。

復讐のために磨いた力を。
目の前で今一度姉を。
哀れな母の人としての存在を。
自身の現身さえも。
魔王はラヴォスに奪われた。

ラヴォス。
炎を纏った大岩。
灼熱の火球。
巨大なる火――ラ・ヴォス。
星に寄生し、大地の力を吸い上げ、全生命の進化を我がものとする最悪の簒奪者。
復讐を果たした後でさえ、亡霊と化し、三度、魔王からサラを奪いしラヴォス<巨大なる火>は。
ことここに至ってさえ、ジャキから奪い去った。
敗北した彼に、たった一つ残されていた宿敵との約束を。
サラにオディオの力を借りずに、唯一辿り着く手段である魔鍵を。
ジャキは巨大なる火に奪われた。

(……騙し騙しでも後一回の起動が限度。それでは、ルッカから聞いた次元転移のためのゲートを開くには到底足りない)

紅蓮の相手をアナスタシアがしている間に目を覚ましたジャキは、朦朧としつつも、姉への執着から這って魔鍵へと手を伸ばしていた。
しかし、超過駆動の反動だろう。
ランドルフは機能不全へと陥っていた。
ジャキは術師であっても技術者ではない。
魔鍵を使いこなすことはできても、修復する事は不可能だ。
せめて、せめてここにルッカがいてくれたのなら。
思わず浮かんでしまったそんな弱音に、ジャキは苦笑するしか無かった。

(ふん……。これが報いというものか)

ルッカ・アシュティア。
思い起こせばあの少女もまた、奪われし者だった。
けれどもルッカは、ジャキとは違い、自身から母の幸せを奪った機械を憎みはしなかった。
もうあんなことにならせはしないと、その一念で機械を自らの力とし、果てには時を超え、その力で母を救った。
もし、もしも。
自分もまたラヴォスを恨み滅ぼすことではなく、姉を救うことだけを考えて生きていたのなら。
元の時代に辿り着いた時に、ラヴォスとの対決を待たずに、姉を連れ去っていたのなら。
サラを探そうと決めた時にクロノ達に頼んでいたのなら。
時の卵の話を聞いた時、ルッカの手をとっていたのなら。
サラをこの手で救えたのだろうか。

223抗いし者たちの系譜  ◆iDqvc5TpTI:2011/12/30(金) 00:26:33 ID:hVtDDP4o0
(……救えたのかも、しれないな)

今更の話だ。
IFの話だ。
現実はそうはならなかった。
そうしなかった。
ジャキは、救えなかった。
サラを救うことが出来なかった。

(俺の力では、どうあってもかなわぬというのか?
 ならば、俺という存在に、俺の命にいったいどんな意味があるというのか……?)

遂に絶望に屈したジャキの瞳が、再び閉ざされゆく。
今意識を失ったなら、二度と目を覚ませはしまい。
かまわないと思った。
こんな自分など、消え去ってしまえばいいと思った。
サラの手も掴めず、カエルと決着をつけることも叶わないのなら、この先ずっとジャキは独りだ。
ひとりで死ぬことも、ひとり生きることも、ただ死んでいないだけで、生きてはいない。
ジャキにはもはや、生きる意志は残っていなかった。

――残っていない、はずだったのに。

ジャキは、よろめきつつも、いつしか立ち上がり、そうすることが当然と言うかのように。
今も膨大な魔力を放出し続けるちょこの傍らに飛翔し、天から降り注ぐものと対峙していた。

(俺は、何をやっている……。俺は、何をしようとしている?)

戦いに敗れ、夢に破れ、約束も壊られた。
ジャキにはこの先、生きている意味はない。
今ここで、抗う意味もない。

だが、それがどうした。
今日、この瞬間にひとかけらでも自身に残る血肉の欠片もあるとするなら――。
血と肉でつむがれ、『生きる』ために生を享けた命は、自身に残るものを賭けずにいられない。
そうではなかったか。そうではなかったのか!?
カエルはそうしていたぞ。
それなのに、宿敵であるお前が、ここで生きることを辞める、と?
まだお前には血も肉も骨も皮も残っているではないか。

(ああ、そうか。そういうことか。フッ、貴様のせいだ、貴様のせいだぞ、カエル……)

カエルのせいで、サラを救いうるルッカを失った。
カエルを乗っ取るが為に魔鍵は力を失い、サラへの道が閉ざされた。
カエルが乗っ取られたせいで、決着の約束が果たせなくなった。
カエルの底を見たせいで、カエルの底に魅せられてしまったせいで、今、こんなにも――

「あなたは……どうして?」
「……俺も、なにかを懸けて、みたくなったのだ、魔人の娘よ」

ジャキは誰かに、何かを懸けたくなってしまった。
ブラッド・エヴァンスがマリアベルに繋いだように。
宿敵を取り戻し、サラを救うという願いを、誰かに繋ぎたくなってしまったのだ。
たとえこの手でなすことが叶わずとも、願いという形で、ジャキという存在が続いていくというならば。
その時こそ新たな何かが生まれ、始まるのかもしれない。

「……ぁっ。私達に、力を貸してくれるということですか?」
「信じられぬか……?」

そんな想いをおくびにも出さずに、ただ力を貸すと言っただけでは、怪しむのも無理は無い。
そう魔王は判断すれども、ちょこの反応は、疑念から来るものではなかった。

「……いいえ、私にっ、“魔王”を今一度、信じさせて、くださいっ。
 それが、この子の、アクラの願い……だったから。ずっと、ずっと、抱いてきた、願いだったから」

ちょこは、泣いていた。
泣きながら、笑っていた。
切なそうに、それでいて、嬉しそうに。
ジャキを通して、失くしてしまった別の誰かを見ているかのように。
どれだけ愛しても届くこと無く、父を殺すしか無かった手が、やっと、仮初の形とはいえ届いたことに。
魔王の娘は、泣いていた。

「……そうか、貴様もか」

その涙の意味を、母に捨てられ、母を殺した魔王はなんとはなしに察した。
既に魔王の座からは引きずり降ろされた身なれど。
次代の魔王が動かぬ今、もうしばらくは、魔王と呼ばれ続けるのもありかと、ちょこの好きにさせることにした。
それに何より、ただ力任せに放出され続けている少女の魔力は、暴発寸前だ。
くだらぬことを話している暇があれば、そちらに時間を割くべきなのだ。

224抗いし者たちの系譜  ◆iDqvc5TpTI:2011/12/30(金) 00:27:10 ID:hVtDDP4o0

「アクラ、合わせるぞ……」
「はい、お父様!」

“魔王”と“魔王の娘”の最初で最後の連携が始まる。
魔王の両手に生み出されしは、相反する二つの力。
“火”のファイガ、“水”のアイスガ。
“火”と“水”の力は魔力スフィアとなり、ちょこにより召喚され、今も“天から降り注ぐもの”と鬩ぎ合う“闇”の力へと飛び込んで行く。
左回りに渦巻くちょこの魔力スフィアに対し、右回りに渦巻いていく“火”と“水”の魔力スフィア。
全てを飲み込む、冥界の力は“火”“水”“天”の三属性からなっている。
ならば、敢えて、その均衡を崩せばどうなるか?
“火”と“水”の二点のみに力を注ぐとどうなるか?
簡単だ。
冥界の三角は固着されること無く荒れ狂い、点を超え面を超え、立体的な冥界をこの世へと顕現させる!
異音が鳴り響き、世界が悲鳴を上げる。
円形に広がっていたはずの召喚陣は、いつしか、枠を失い、辺り一面へと侵食。
この世ならざる冥界と化した世界の中心、厄災の焔の化身を穿つように、黒き嵐が吹きすさぶ。
それは“魔法”だ。
みんなでなければできない魔法だ。
ちょこと、アクラと、魔王による三人技だ。

「「「現れよ、デネボラの三角―――――――ダークエターナル!!!」 」」

不滅の焔を滅ぼす、永劫の闇だ!
厄災の化身が崩れ行く。
いかにその身体が不滅といえど、闇もまた永劫。
再生する片っ端から身を構成する焔が闇に飲まれていくようでは、再生できないも同じだ。
刹那にて無限とも言える再生と崩壊を繰り返した焔は、遂にその巨体を構成する力を使い切り、一切の熱も残さず闇へと還った。
その結末を見届けた魔王は、召喚陣の消えた地に堕ち、膝を付く。

「魔王!」
「……不要だ。今、貴様の助けが要るのは俺ではなくあの女だろう」

慌てて駆け寄り肩を貸そうとするちょこを魔王は、紅蓮と斬り合うアナスタシアの方へと押し出す。

「カエルフレアはあくまでも術だ。あの紅蓮とやらの魔力が続く限り、また呼び出されるだろう。
 だから行け。どの道この身体は、長くは持つまい」

分かっていたことだ。
魔力が枯渇した身で無理に魔法を放てばどうなるか。
媒介たる黒の石なくしてダークエターナルを撃てばどうなるか。
分かっていたからこそ、魔王は、ちょこの分の反動も全て、肩代わりしたのだ。
死を九割九分まで覚悟して、かつ、一分の生を残る魔王の娘に懸けた。

「でも……」
「死んでも、護るのだろう……。なら、守ってやれ……。
 おまえは、大切なものを失おうとしているのだぞ……!」

息も絶え絶えに魔王は立ち上がり、ふらつく身体に鞭を打ちながらも、ちょこがこれまで護って来たゴゴの方へと歩を進めていく。

「この三下のことは任せろ。目は覚ましておいてやる……。
 安心しろ。こいつに巣食う魔物に手を出すつもりは、俺には、もうない」

一度微かに自らを打ち倒した者を魔王は見つめた後、再びちょこをまっすぐ見返す。

「俺と同じ過ちを繰り返すな、アクラ、ちょこ。あのふざけた女――アナスタシアにもそう伝えておけ」

自分とサラのようになってはくれるなと。
力だけを追い求め、奪うだけで何一つ取り戻せなくなるのも。
多くを救うために一人ぼっちになってしまって孤独と絶望に呑まれてしまうのも。
自分達姉弟だけでうんざりだと。
魔王は、心の底から吐き捨てた。
恐らくそれは、魔王が、他人に見せた最初で最後の弱さだった。
きっと、他の誰にも漏らしはしなかった。
相手が、幼き頃の自分を思わせるちょこだからこそ、魔王は自然と鏡に映る自分を自嘲するかのように、吐露してしまったのだ。
そして、ちょこが魔王の鏡写しである以上、その後悔は痛いほどに伝わったのだろう。
せめて自分達が魔王達が至れなかった未来へと届くのなら、それこそが、自分達に懸けてくれた彼への唯一の手向けになるのだと。
少女は嫌でも悟ってしまって、その翼をはためかせた。

225抗いし者たちの系譜  ◆iDqvc5TpTI:2011/12/30(金) 00:27:57 ID:hVtDDP4o0

「さようなら、魔王。……ううん、違うんですよね」
「……ジャキだ。それと、これも持っていけ、役に立つかもしれん」
「ありがとう、ジャキさん。父様と呼ばせてくれて、嬉しかった。嬉しかったよ」

白い、白い羽根が、焔の世界を覆い、黒い風を白く塗り替える。
その中に、一筋の水滴を織りまぜて、魔王から使うことのなかった支給品を受けとった少女はようやく飛び立った。
ずっと胸に抱かえていたもう一人の自分の後悔から解き放たれて、ちょこは大切な人を護りに行った。

「そうだ、それでいい。これ以上俺にみっともないことを口走らさせるな」

魔王はアナスタシアの元へと翔んでいくちょこを、見送ることはしなかった。
自分でもどうにかしていたと思う程、既に言葉をくれてやったのだ。
これ以上、あの少女に、魔王が――ジャキが、残せるものなど何もなかった。
アナスタシアへもちょこに託した言伝と、仲間を護ってやったことで、十分だろう。

ならば、残せる相手は後二人だ。
ジョウイには、特に何か、してやる必要もないだろう。
ジャキは血が凝り固まった鼻を摩る。
あの時、魔王を打ち破ったジョウイの最後の一撃。
あれは、明らかに、手心の加えられたものだった。
考えてみるといい。
どうして顔面を大鎌で攻撃されながら、ジャキは生きて立ち上がることができたのか。
自らの獲物だっただけに絶望の大鎌の斬れ味は知っている。
だというのに、ジョウイはわざわざ刃で斬るのではなく、鎌の付け根で魔王を打ち据えたのだ。
素直に頭部を切り裂いていれば、ジャキは即死していたはずだ。
そうすれば、ジョウイも反撃に沈むこともなく、ランドルフの暴走に伴うあの厄災の召喚もありえなかった。

無論、それだけならば、まだ偶然とも考えられる。
大鎌の扱い方から見たところ、ジョウイの最も手馴れた得物は棍だ。
それ故に、つい大鎌を棍のように扱い、斬撃ではなく打撃を選んでしまったのかもしれない。
そもそも殺し合いをよしとしない集団に属する以上、ジャキを倒すつもりはあっても、殺すつもりはなかったのかもしれない。
しかし、だ。
先程も述べたように、ジョウイが使っていた大鎌を、ジャキはジョウイ以上によく知っていた。
絶望の大鎌――仲間の死を糧とし、力とする呪いの大鎌。
否、かつて、一時的に手を組んだに過ぎないクロノやルッカが倒れた時にさえ、その力を増した呪具は。
マリアベルを、仲間を失ったばかりのジョウイの手にあったにも関わらず、沈黙を保ったままだった。

それは、つまり、ジョウイがマリアベルを、如いてはその仲間達も、自身の仲間とは見なしていないということではないか。
自分とクロノ達のような、仲間とよべなくもないような関係ですら無く。
ジョウイは、マリアベル達に、明確な殺意や敵意を持っていたのではないか。
その推測を確かめようと、手心を加えられた仕返しも兼ねて、手心を加え返して打撃したジョウイは、現に立ち上がろうとしない。
仲間の危機を前にしても、“これまでのように”ジョウイは、見過ごそうとしているのだ。

226抗いし者たちの系譜  ◆iDqvc5TpTI:2011/12/30(金) 00:29:33 ID:hVtDDP4o0
そう、これまでのように。

ジャキは苦々しげに思い返す。
いつもジョウイだけが都合よくジャキの手を逃れ、代わりとばかりに味方を死なせていたことも。
セッツァーがヘクトルにちらつかせていたジョウイが敵かもしれないという言葉も。
現状の示し合わせたかのようなランドルフの暴走からなる焔の厄災の降臨も。
いや、もしかしたら、この禁止エリアで囲まれた局地で勃発した乱戦すらも。

(……貴様の掌の上ということか、ジョウイ=ブライト)

下に見ていた相手に、実はいいようにされていたなどという推測は、ジャキにとって不愉快なものだった。
が、その感情を敢えてジャキは抑えこむ。
別にジョウイを許したわけではない。
ジャキは決めていたのだ。
ちょこにジャキとしての後悔を、アナスタシアにサラの分の欲望を託したように。
魔王としての願いを懸けるに相応しい相手は、自身をその座から引きずり下ろしたこの男以外には、いない、と。
ジャキの魔王としての望み――言うまでもない、この殺し合いに勝つことだ。
この殺し合いに勝って、悲願を達成することだ。
それを、ジャキは、ジョウイに、次代の魔王に託す。
その為に、ジョウイのことは、ちょこには黙っていた。
ジョウイに見えるよう、闇の力の使い方を示した。
今からはまけんの使い方をも教授する。
最後には、自身の死をもってして、力を求めて孤独に生きた先人の無様な末路を、記憶に刻む。

(それでも、力を求めるというのなら。忘れるな、ジョウイ。貴様が“何のために”力を求めたのかを!)

ガチャリと、空間をねじ曲げた魔鍵が、ジャキの精神を、ゴゴの内的宇宙に導いていく。
ジャキは自らの身体が倒れる音を聞きつつも、イゾルデの門を潜った。

227抗いし者たちの系譜  ◆iDqvc5TpTI:2011/12/30(金) 00:30:55 ID:hVtDDP4o0
内的宇宙にて、ゴゴは一人、ぼうっと空を見上げていた。
今にも抜けそうな聖剣の柄を抑えること無く、その傍らで空ばかりを見ていた。
空。青い空。
それは、ゴゴ達が取り戻した空だ。
世界崩壊から救ったことで、本来の色を取り戻したはずの空だ。
セッツァーと駆けたはずの空だ。
そのはずなのに。
見上げた空は、ゴゴが愛した空ではなかった。
破滅の光が飛び交う、青碧光の空だった。
ゴゴは知っている、その光が何なのかを。
ハロゲンレーザー。
間接的にとはいえ、ゴゴにアシュレーの命を奪わせた光が、今度はゴゴから、空の思いでさえ奪おうとしていた。

「止めてくれ……。もう、止めてくれ、キャプテンッ!」

叫べども、叫べども、この声は、あの空には届かない。
破滅の光は一条、二条と空に網を張り、空から自由を奪っていく。
あのロボットを駆るセッツァー以外の何者をも、空に上がらせないと言わんばかりに。
鉄巨人は、ゴゴに拒絶を突きつけていく。

「ああ、あ”あ”、あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!」

止めてくれ、もう止めてくれ。
ゴゴにはそう願うしか無かった。
この世界はゴゴの心の世界で、ゴゴが望めばそれこそゴゴは何にでもなれるけれど。
たとえ鳥のものまねをしようとも、たとえ空のものまねをしようとも。
ハロゲンレーザーに蹂躙されるのが関の山だ。
救えない。
ゴゴは自由を奪われゆく空を救えない。
独りぼっちになろうとしている友を救うことができない。

「何が、“救われぬ”者を“救う”物真似をする、だ!
 救われてばかりで、俺は、俺は、俺はあああ!」

所詮これが物真似師の限界なのか。
セッツァーの言うように、物真似師は人様の生き方を盗む三下野郎でしか無いのか。
奪うばかりで、生み出すことも、与えることも、取り戻すこともできないのか。
“勇者”が“救い”を見出した、自身の内的宇宙――“救い”“救われる”世界の再現ですら、今は自身の罪の象徴に思えた。
ゴゴがこれまで奪ってきただけのコレクションにしか見えなくなっていた。
違う、違うんだ。
物真似師とは、自らが選んだ生き方とは、そんな下衆な蒐集家とは違うのだ。
もっと誇らしいもののはずなのだ。はずなのに!

「俺は、物真似師は、所詮その程度の存在なのか!?」

押し寄せる無力感の果てに、友の思考を借りず、自らの意思でなされようとしている自己否定。
それがなされてしまった時即ち、ゴゴの内的宇宙からアガートラームが抜ける時だ。
空っぽの憎悪が、再び虚しい産声を上げる時だ。
そうなってしまえば、もう二度と、ゴゴは救われることはないだろう。
アガートラームを突き立て、イミテーションオディオを封じてくれた勇者は、既にこの世にはおらず。
自身を再起へと導いてくれた友の物真似は、もはやゴゴに光をもたらしてくれはしまい。
だから、
だから。

228抗いし者たちの系譜  ◆iDqvc5TpTI:2011/12/30(金) 00:31:34 ID:hVtDDP4o0
「――違うな。単に貴様が、三流なだけだ」

辛い現実から逃げ、逃げ場のない心の迷宮で延々と嘆き続けるゴゴの負の連鎖を止めたのは、セッツァーであるはずがなかった。
そうであって欲しいと思いながらも振り向いた先にいたのは、セッツァーと共に、ゴゴをこの世界へと追い詰めた張本人だった。

「魔王……っ。ご苦労なことだな……。こんな果てまで追ってきて、俺にとどめを刺しに来たのか?」

追ってきてくれたのが、まだセッツァーだったのなら、救いはあったというものを。
半ば諦めにも似た気持ちで確認したゴゴに、しかし予想に反して魔王は首を振った。

「今の貴様には俺が殺す価値すらない。あの紅蓮とやらと同じくな」
「そうか……。なら、お前は何をしに来たんだ?」
「貴様の“目を覚まさせに来たのだ”」

露骨な嘲りを前にしても言い返すこと無く、受け入れたゴゴに、つまらなそうに魔王は返す。
絶望に打ちひしがれ気力を失っていたゴゴも、あまりの物言いに、僅かに怒りを取り戻す。

「俺の目を……? 自分から俺に気絶させるほどの傷を負わせておきながら、起こしに来るとは、物好きだな」

そもそも、ようやく会えたセッツァーとの会話を邪魔し、二人の間を引き裂いたのは魔王ではないか。
ほんの僅かな可能性とはいえ、あのままセッツァーと向き合うことができていれば、説得の緒が引き出せたかもしれなかったのに。
けれども魔王は、ゴゴにそんな都合のいいifを抱かせることを許さなかった。

「起こす? 違うな。貴様が起きようが起きまいが知ったことか。
 言ったはずだぞ、俺はただ、“貴様の目を覚ましに来たのだと”」

ゴゴは初めて気付いた。
魔王の言葉の端々には、嘲りや悪意だけでなく、明らかに、ゴゴへの怒りが含まれているということに。
ゴゴには訳がわからなかった。
セッツァーとの再会を邪魔された自分が魔王に怒るのならともかく、何故、魔王が自分に怒っていているのだろう。
生じた疑問をゴゴはそのまま口にする。

「どういう、ことだ?」
「ここまで言っても分からないのか、愚か者が。
 くくく、セッツァーと言ったか? あの鬱陶しい男の言っていたこと、分からなくもない。
 もう一度言おう。今の貴様は三流にも劣る」

取り戻した怒りが、更に大きくなっていくのをゴゴは感じていた。
魔王の口ぶりではまるで自分よりも、セッツァーのことや物真似道を理解しているようではないか。
自分がこれほどまでに悩んでいるというのに、何故よりにもよってこの男に知った口を聞かれなければならぬのだ。

「お前は俺の何を知っている! セッツァーの何を知っている! 物真似師の何を知っている!」
「喚くな、鬱陶しい。エイラでも、いや、猿でもわかるよう分かり易く言ってやろうか」

229抗いし者たちの系譜  ◆iDqvc5TpTI:2011/12/30(金) 00:34:18 ID:hVtDDP4o0



「――現実を見ろ、物真似師」



「見てる、見ているさ。そんなもの! だからこそ俺はこんなにも苦しんで、こんなにも悩んでいる!」
「ほう? そうかな。俺には貴様が現実から目を逸らしているようにしか思えないのだがな。
 くだらん、実にくだらんな。思い出の中の優しかった日々に逃げ、現実を見ようとしないなどと。
 反吐がでる。いいか、物真似師。……変わるのだ。人間は、変わってしまうのだ」
「ち、違う! あいつは、セッツァーは空を汚したりなんかしない! 
 人と人との絆を嘲笑ったり利用したりするものか!」

誰か変わってしまった親しい知り合いでもいるのだろうか。
魔王の苦虫を噛み潰したような顔に僅かに言い淀むも、それでもゴゴは噛み付いていく。
鬱陶しげに言葉を払い魔王は断じる。

「それは貴様の押し付けだ、物真似師。こうであったらいい。こうあって欲しい。
 そう思うお前の中のセッツァーを押し付けているに過ぎない。
 だからこそ、あの男は貴様のことを、盗人だと嘲笑ったのだろうな」
「それは……」

ゴゴは物真似師だ。
それも外見を模すのではない。
対象の心の内や思考、動作や技術、雰囲気、内面といった存在そのものをそっくり真似るのだ。
少なくとも、ゴゴはそう心がけて物真似を続けてきた。
そして、そう自分にだけでなく、彼の物真似を眼にする人達にも示してきた。
だが、もしも、実際は、ゴゴが、自分に都合のいいように対象を歪めて捉えていたのなら。
しかもその歪められた像を、これがお前なのだと、突きつけていたのなら。
セッツァーの、魔王の言うとおり、それはただの簒奪だ。
尊厳も、誇りも、矜持も、自由も、可能性も奪われて、ゴゴに都合のいいだけの姿を真とされる。
そんな仕打ちは自由を愛し、自らの夢に誇りを持つセッツァーにとっては、耐え難いものだっただろう。
ようやくゴゴは、自分が何故、セッツァーに恨まれていたのかを理解した。

「だが……」

理解して尚、自らの言葉が、ともすればセッツァーの人格を否定する行為だと知って尚、ゴゴの口を衝いて出る言葉があった。

「それでもっ!」

何を言おうとしているのか分かっていても、止めたくない言葉があった。

「俺はセッツァーを信じれるんだ! あんなのはセッツァーじゃねえ! 俺の知っているセッツァーじゃねえ!
 俺の知っているセッツァーは、空が好きで女が好きで賭け事が好きで自由が好きで、そして、そして、そしてっ!」

セッツァーの物真似ではなく、ゴゴ自身の意思で信じられる想いがあった。

「俺と俺の物真似も好きなんだ!」

ゴゴは、言い切った。
悩みがなくなったわけでも、苦しさが消えたわけでもないが、それでも、自分とセッツァーの絆を信じた。

230抗いし者たちの系譜  ◆iDqvc5TpTI:2011/12/30(金) 00:35:30 ID:hVtDDP4o0

「……くっく」

魔王は、笑っていた。

「くくく」

そう言い切れるゴゴのことを、嘲笑うでもなく、少しだけ羨ましそうに見つめて。

「あああああっはっははっはっっはっはっはっは! よくも恥ずかしげもなくそのようなことを言い切れるな、物真似師!
 そうか、そうか、お前の知るセッツァーはお前とお前の物真似が好きなのか!」

心の底から笑っていた。

「なるほど、なるほどな。ならば」

笑いながらも魔王は、ゴゴが考えもしていなかった可能性を口にする。
セッツァーが変わってしまったと思い込んでいたゴゴの大前提を覆す可能性を。




「あれはお前の知るセッツァーではないのかもしれないな」




ゴゴはあんぐりと口を開け、絶句するしか無かった。
否定するでも聞き返すでもなく、頭が真っ白になって、立ち尽くしていた。

「ほう、どうした? 何がおかしい。他ならぬお前が口にしたのではないか。
 あんなのは俺の知るセッツァーではないと。ああ、人が変わったという意味ではないぞ。
 セッツァーKH2、つまりは別人ということだ」

魔王もその反応は予期していたのだろう。
何事もなかったかのように話を進めていく。
慌てたのは数秒かけて我を取り戻したゴゴの方だった。

「別、人……? そ、そんなっ、馬鹿なっ。あれはセッツァーだ、紛れも無くセッツァーだ!
 別人なわけがない……。それこそ、それこそ現実を見ず、逃避しているだけに過ぎないじゃないか……」
「豹変してしまった誰かに、変わる前の思い出を元に縋るのは、言うまでもなく見るにも耐えない愚かな行為だ。
 だがな。よく似ているだけの全くの別人を、フィルターにかけて本人だと見るのもまた、同じくらいに愚かではないか?」
「そ、それは、そうだが……」

魔王の言葉を反芻しつつも、否定を重ねていくゴゴ。
しかしその都度言い負かされ、次第に語気が弱くなっていく。

(本当に、本当に、別人なのか……?)

荒唐無稽な話だが、魔王の言うとおりならつじつまが合うのは事実。
なまじユーリルの埋葬に際して、アキラからシンシアのことを聞いていただけに尚更だ。
ユーリルの家族だったという少女は、他人に化ける魔法を用いて、騙し討ちを繰り返していたという。
ゴゴがセッツァーだと思っている人間も、詰まる所その手の魔法で化けた偽物だというのだろうか。
いや、だがしかし。

231抗いし者たちの系譜  ◆iDqvc5TpTI:2011/12/30(金) 00:40:51 ID:hVtDDP4o0

「別人というにはあまりにも、あのセッツァーは本物に似すぎている……」

ゴゴが知るセッツァーとの間に幾許かの齟齬は生じてはいるが、それを抜きにすればセッツァーそのものなのだ。
だからこそ、物真似による先読みで、セッツァーの魔の手からヘクトル達を救えもした。
納得しきれないと首を傾げるゴゴ。
煮え切らぬ様に魔王は頑固頭めと一度大きくため息を吐き、核心へと斬り込んだ。

「――ふん、では確認だ。
 一つ聞こう、さっき俺はそのセッツァーのことを、貴様の知るセッツァーではないと推測したが。
 セッツァーの方はどうだったのだ? 奴は貴様を知っていたのか?」
「――っ!」

ゴゴが目を見開く。

「その様子だと知らなかったようだな。確定だ。
 そいつは貴様の知るセッツァーでもなければ、貴様を知るセッツァーでもない。
 ほぼ確実に、貴様を知る前の、貴様と出会う前のセッツァーだ」
「俺を……知る前の……!? そんな、そんなことが!」

あり得るのではないか。
ゴゴとて時を止める魔法があることは知っている。
道中聞いた話だが、ちょこに至っては時を繰り返し閉じ込めるという過ちを犯したことがあるらしい。
魔王の娘にさえ、それだけのことが可能なのだ。
オディオが、魔王と呼ばれるほどの存在なら、別の時の人間を集めることも可能なのではないか。

「信じら信じないは勝手だが、この世には、タイムマシーンなどという魔法をも凌駕した発明をする女もいる。
 ……もっとも、あいつなら、こんな悪趣味な使い方はしなかったがな」

発明という言葉から、ゴゴの脳裏を、メガネをひっかけた少女の顔が過る。
少女と共にいられた時間は僅かで、タイムマシーンの話なんてできなかったけれど。
ゴゴの世界には時を止める魔法があった。
あの聡明な少女なら、その原理を研究して、タイムマシーンを作り上げ、時を超えて人助けをしていても不思議ではない。

「……当たり前だ。ルッカは優しかった」
「なんだ、貴様もあの女の知り合いだったか。
 ……ふん、そんなこと、貴様に言われずとも、貴様以上に知っているさ」

ゴゴは、初めて、魔王がどこか楽しそうな表情を浮かべるのを見た。
それは笑顔というには程遠い不恰好なものだったけれど。
何故だかゴゴは、魔王のその笑顔の物真似をしたくなった。

(ああ、そうか。俺は物真似師なんだ。
 だったら物真似をすればいいじゃないか)

232抗いし者たちの系譜  ◆iDqvc5TpTI:2011/12/30(金) 00:43:49 ID:hVtDDP4o0
ゴゴは目を閉じ、深く息を吸い、精神を集中させる。
確かに魔王の言ったとおりだ。
自分は、現実を見ていなかった。
それでは三流だと言われるのも当然のことだ。
実物の声や仕草、雰囲気、心情までをそっくりそのまま真似することこそ、物真似なのだ。
現実をありのままに見て捉えることは、その為に必要不可欠な第一歩ではないか!

ゴゴは物真似をする。
ここはゴゴの心象風景――ゴゴが為して来た全ての物真似が集う場所だ。
花が、蝶が、闇が、光が、空が、大地が、ここには全てがあった。
ゴゴという存在がその全てを賭けて物真似しつくしたありとあらゆる存在があった。
空を蹂躙する鉄巨人――マーダーセッツァーもその一つだ。
暴走した感情のままに無意識でなしたこの島でのセッツァーの物真似だ。
今からゴゴが意識してなす物真似は、共に空を飛んだセッツァーのものだ。
物真似をなした所で、もしそのセッツァーが本当に、マーダーセッツァーと同一人物なら。
キャプテン・セッツァーの直接の、延長上がマーダーセッツァーであるのなら。
キャプテン・セッツァーは自然とマーダーセッツァーへと変わりゆくだろう。
だがもしも、キャプテン・セッツァーの延長上にマーダーセッツァーがいなかったら。
魔王の言う通りだったのだとしたならば。

「そうだ、ゴゴ! 俺の物真似をしろ!」

果たしてその声は、物真似によるものだったのか、幻聴だったのか。
それはゴゴにも分からない。

分からなくとも、信じることはできる。
不甲斐ない副船長を、船長が叱咤してくれたのだと。

その証拠にどうだ。
轟音が鳴り響き、空を我が物顔で占領していた鉄の巨人が爆発したではないか。

「――は」

ゴゴの口から空気が漏れる。
何が起こったのか分からない、そういう顔ではない。

「はは、」

何が起こったか分かったからこそ、ゴゴは、笑うのだ。

「ははははは!」

見上げる空に、それはいた。

「はははははははははははははは!」

破滅の蒼光を難なく追い抜いて、巨大ロボットを爆撃した世界最速の飛行船がそこにいた。

233抗いし者たちの系譜  ◆iDqvc5TpTI:2011/12/30(金) 00:44:52 ID:hVtDDP4o0

「ああ、そうだ、そうだよな! 全く、お前の言うとおりだ、魔王!
 俺はどうにかしていた! 確かにこれじゃ三流も甚だしい!
 最初から、こうしておけばよかったんだ。
 俺は物真似師なんだ。迷うことがあれば、物真似に聞けばよかったんだ!」
「物分りの悪い奴め。手間をかけさせてくれる……」
「悪かった、本当に悪かった。礼を言わせてくれ、魔王。
 お前は本当に、“俺の目を覚まさせてくれた”。
 あのセッツァーと、鉄の巨人と対峙して以来曇りっぱなしだった俺の目をだ!」

何が物真似師の限界だ、何が所詮は盗人だ!
限界だったのは、物真似師という在り方ではなく、さっきまでの自分自身ではないか。
物真似師を盗人にまで貶めてしまっていたのは、ゴゴ自身じゃないか。
違った、違ったのだ。
物真似は、尊厳も誇りも矜持もない空っぽな虚像を写し取ることなどではない。
真の物真似とは、相手のすべてを認めること。
尊厳には尊重を、誇りには敬意を、矜持には遵守を。

(俺が誰を真似するのかは俺自身が決める……ならば!)

一度物真似をすることを選んだのなら、相手の全てを見つめ、読み解き、認め、受け入れろ。
その覚悟も心構えもなくば、物真似をしようとするな。
それこそが物真似師に求められる、ただ一つの一線。
ゴゴが求めてきた物真似の始原にして境地!

「今こそ、今こそもう一度俺は名乗ろう。俺は、ゴゴ。物真似師だっ!!」

宣言と共にアガートラームを掴む。
勇者でも英雄でもない物真似師なれど。
ユーリルの物真似をするでもなく、アシュレーの物真似をすることもなく、ゴゴは聖剣の柄を押し込んだ。
今の彼には想いがあった。
目を覚まし、今度こそ、真にあの“セッツァー”と、現実と向き合うのだという決意があった。
物真似でなしてしまった非礼は、物真似で詫びる。
物真似で奪い去った物真似は、物真似で返す。
ゴゴは二人の“セッツァー”を混濁することで多くのものに泥を塗ってしまった。
あの空を共に駆け、ゴゴを友と呼んでくれた“セッツァー”。
この地で悩んで、考えて、傷ついて、選んだ“セッツァー”。
そして、何よりも自らの生き様である物真似を穢してしまった。
終われるものか。
このまま終わってなるものか。
終わっていいはずがない!

「行くぞ、魔王! セッツァーに会いに!」

抜けかかっていた聖剣を押し込んだ以上、もうこの世界で出来ることは何もない。

「……その前に、アク……ちょこ達を救ってやれ。お前が呑気に寝ている間に厄介なことになった。
「“救われぬ”ものを“救う”という物真似をするのだろ?」
「ああ、なしてみせるさ、一度選んだ物真似だ! 真に真似尽くして見せる!」

ちょこ達がピンチだというのなら、尚更早く目覚めないわけにはいかない。
幸い、身体の方もちょこの看病で幾許かの力は取り戻していたようだ。
覚醒しようとする宿主の意思に答えて、ゴゴの意識が外界より刺し込む光に導かれ浮上していく。
けど、浮かび上がっていくのはゴゴ一人だった。
魔王は浮上すること無く、どころか、光となり消え始めていた。

「ま、魔王……その身体はいったい!? いや、それよりも、この手に掴まれ!」
「不要だ。俺の身体はお前の内的宇宙に潜る間際に、既に死に絶えていた。
 俺の魂を降魔儀式で直接お前にダウンロードしたおかげでここまでなんとか保っていたのだがな。
 ふん、貴様が不抜けたままなら、そのまま身体も乗っ取れたものを。……まあいい」

本気だとも冗談だとも取れないことを口にしつつも、魔王は首から下げていたペンダントを外す。
消え逝く中、僅かな間大切そうに握りしめたそれを、魔王はゴゴの方へと放り投げた。

「癪だがお前に懸けるぞ、物真似師。お前の中で生きる物真似として生き続ける“俺”に懸ける。
 “俺”に、“魔王”に、この“ジャキ”に! 見事姉を救わせてみせろ、ゴゴ!
 それが俺にとってのせめてもの“救い”にもなるのだからな……」

慌てて、ジャキへと差し伸ばしていた手でペンダントを受け取るゴゴ。

「ジャ、ジャキィィィ!」

叫びと共にゴゴが目を覚ました時、ゴゴに覆いかぶさり、左手でペンダントを握りしめたまま魔王は息を引き取っていた。



【魔王@クロノトリガー 死亡】

234抗いし者たちの系譜  ◆iDqvc5TpTI:2011/12/30(金) 00:45:39 ID:hVtDDP4o0
【C-7とD-7の境界(C-7側)二日目 午前】
【ジョウイ・ブライト@幻想水滸伝Ⅱ】
[状態]:気絶のフリ ダメージ(大)、疲労(中)、全身に打撲
[装備]:キラーピアス@DQ4、絶望の鎌@クロノ・トリガー 天命牙双(左)
[道具]:賢者の石@DQ4、確認済み支給品×0〜1、基本支給品
[思考]
基本:垣間見たオディオの力を得て理想の国を作るため、他者を利用し同士討ちをさせ優勝を狙う。(突出した強者の打倒優先)
1:魔王が死に、ゴゴは目を覚ました。僕はどうする?
2:生き残るために利用できそうな者を見定めつつ立ち回る。
3:セッツァーたちの様子を窺いつつ立ち位置を決める。ピサロは潰しておきたいがどうするか。
4:利用できそうな者がいれば共に行動。どんな相手からでも情報は得たい。
5:とりあえず首輪解除の鍵となる人物は倒れたが、首輪解除を確実に阻止したい。
[参戦時期]:獣の紋章戦後、始まりの場所で2主人公を待っているとき
[備考]:ルッカ、リルカと参加している同作品メンバーの情報を得ました。WA2側のことは詳しく聞きました。
    セッツァー達に尋問されたことを話しました。    
※紋章無しの魔法等自分の常識外のことに警戒しています。
※ピサロを特に警戒。
※制限の為か、二人が直接戦わなかったからか、輝く盾の紋章と黒き刃の紋章は始まりの紋章に戻っていません。
 それぞれの力としては使用可能。また、紋章に命を削られることはなくなりました。
 紋章部位 頭:バランス 右:刃 左:盾



【ゴゴ@ファイナルファンタジー6】
[状態]:疲労(中)、ダメージ(中)、首輪解除、アガートラーム 右腕損傷(大)
    真・物真似師
[装備]:ブライオン@ LIVE A LIVE 、ジャンプシューズ@WA2
[道具]:基本支給品一式×2(ランタンはひとつ)
[思考]
基本:物真似師として、ただ物真似師として
1:見せてやる、そして魅せてやる、真の物真似を !
2:“救われぬ”者を“救う”物真似、やり通す”

[参戦時期]:本編クリア後
[備考]
※本編クリア後からしばらく、ファルコン号の副船長をしていました。
※基本的には、『その場にいない人物』の真似はしません。
※セッツァーが自分と別の時間軸から来た可能性を知りました。
※内的宇宙に突き刺さったアガートラームで物真似によるオディオの憎悪を抑えています
 尚、ゴゴ単体でアガートラームが抜けるかは不明ですが、アガートラームに触れても、想いは喰われつくされないようです
※魔王の死体及び、魔鍵ランドルフ(機能停止中)@WILD ARMS 2nd IGNITION 、サラのお守り@クロノ・トリガーが周囲にあります。

235抗いし者たちの系譜  ◆iDqvc5TpTI:2011/12/30(金) 00:46:25 ID:hVtDDP4o0
(【C-7とD-7の境界(C-7側)二日目 朝】)
【ちょこ@アークザラッドⅡ】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(大)、覚醒
[装備]:なし
[道具]:海水浴セット、基本支給品一式×2、ランダム支給品1〜2個(確認済み)、焼け焦げたリルカの首輪
[思考]
基本:みんなみんなおうちに帰れるのが一番なの
1:アナスタシアさんを、みんなを死んでも護り抜く
[備考]
※参戦時期は本編終了後
※殺し合いのルールを理解しました。トカから名簿、死者、禁止エリアを把握しました。
※アナスタシアに道具を入れ替えられました。生き残るのに適したもの以外です。
 ただ、あくまでも、『一般に役立つもの』を取られたわけでは無いので、一概にハズレばかり掴まされたとは限りません。

【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(大)、胸部に重度刺傷(傷口は塞がっている)、中度失血
[装備]:聖剣ルシエド
[道具]:ゲートホルダー@クロノトリガー、いかりのリング@FFⅥ、、感応石×3@WA2
    基本支給品一式×2、にじ@クロノトリガー、
[思考]
基本:“自分らしく”生き抜き、“剣の聖女”を超えていく。
1:問答無用のハッピーエンド、どーんっと行こう!
2:ゴゴを護り、ゴゴを助ける。
[参戦時期]:ED後
[備考]:
※ルッカのカバンには工具以外にもルッカの技用の道具がいくらか入っています
※アナスタシアの身にルシエドが宿り、聖剣ルシエドを習得しました。数も増やせます。
 アガートラームがないため、『アークインパルス』『ブレードグレイス』『サルベイション』は使用不可です。
 他、ルシエドがどのように顕現し力となるかは、後続の書き手氏にお任せします。
※昭和ヒヨコッコ砲@LIVE A LIVE、マタンゴ@LIVE A LIVE、ルッカのカバン@クロノトリガー
 44マグナム&弾薬(残段数不明)@LIVE A LIVE、アリシアのナイフ@LIVE A LIVE、ソウルセイバー@FFIVは周囲に散乱しています。



【カエル(紅蓮)@クロノ・トリガー】
[状態]:『書き込まれた』炎の災厄 『覚悟の証』である刺傷。 ダメージ(中)疲労(中)胸に小穴 自動回復中
[装備]:紅の暴君@サモンナイト3 フォルブレイズ@FE烈火の剣
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本:国の消滅を回避するため、全てを燃やし尽くす
1:無駄だ、何度でも呼び出すまでッ!
2:俺は、俺は……
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)
[備考]
※イミテーションオディオの膨大な憎悪が感応石を経由して『送信』された影響で、キルスレスの能力が更に解放されました。
 剣の攻撃力と、真紅の鼓動、暴走召喚に加え、感応石との共界線の力で、自動MP回復と首輪探知能力が付与されました。
 感応石の効果範囲が広がり、感応石の周囲でなくとも限定覚醒状態を維持できます。(少なくともC7までの範囲拡大を確認)
※死亡覚醒による強制抜剣によって紅の暴君に残留していた焔の災厄の残滓が活性化し、その記憶がカエルに混入しました。
 ロードブレイザーが復活したわけではありませんが、侵食が進めば更なる悪化の可能性があります。
※カエルフレアは、暴走召喚の効果により、魔力が供給される限り倒されるまで現界します。魔力があるかぎり再召喚も可能です


※ちょこ、カエル(紅蓮)、アナスタシアパートの時間が朝のままなのは、魔王がちょこと別れた時点では朝だったからです。

236抗いし者たちの系譜  ◆iDqvc5TpTI:2011/12/30(金) 00:46:58 ID:hVtDDP4o0





ゴゴの内的宇宙にて、物質世界より解き放たれたジャキの魂は、共界線を辿り、原初の土を超えて、星の根へと辿り着きました。
もはや死した身です。
魂も共界に溶け始め、ジャキとしての意識も碌に保てていない有様でした。
ですが、その存在のことだけは、忘れるはずがありませんでした。
宿敵であるカエルから、既にその存在を仄めかされてもいましたし、ジャキは特に驚きはしませんでした。
むしろ、これまでがそうだったのだから、最後の時もそうなのだろうと、どこかで予感していたのかもしれません。





「……そうか。やはり貴様か、ラヴォス」




こうしてジャキは、これまでの敗者たち同様、その死をラヴォスに喰らわれました。
最後の最後、自らの死まで、ジャキはラヴォスに奪われたのです。

237抗いし者たちの系譜  ◆iDqvc5TpTI:2011/12/30(金) 00:49:35 ID:hVtDDP4o0
以上、投下終了
尚、時間帯が少しややこしくなっていますが、アキラ禁止エリアから、この戦いがあったエリアまで脱出しようとしているため、
下手に進めると後続との描写の矛盾や、縛りになってしまうかもと危惧したためです

238SAVEDATA No.774:2011/12/30(金) 07:12:16 ID:SltBdhBA0
投下乙! 
ヤッベェェェ、ちょうおもしれえ。
大体いっつもハイテンションのロドブレと中世古めかしいカエルが混ざって
絶妙奇妙な紅蓮のキャラクターに何か笑ってしまうw
そのカエルフレアに対抗すべく魔王親娘コンビのダークエターナルが熱い!
ジャキが唯一心を許したアルファドの猫じゃなく、星に願う春の大三角形とはやられた。魔王様マジ魔法。
でもアクラさん! 老けてるけどこの人親父っていうほど老いてないからね! 老けてるけど!!
アナスタシアも覚醒アクラを見て心を奮い立たせたみたいだし、本番はここからだな。
それに比べて次代の魔王兼おとーさんは…この状況でもサボりに全力を注ぐジョウイにいっそ感動する。どこのナナミだお前は。

そして最後のゴゴとジャキの会話にはなるほどーって感じだったな。
ゴゴの中のセッツァーを守るために戦っても、ここのセッツァーにとどかねえのは当然だ。
その上でゴゴがどうするのか、今後も目が離せないぜ。GJ!

239SAVEDATA No.774:2011/12/30(金) 07:22:25 ID:SltBdhBA0
あ、1つ指摘というか疑問。
魔王がちょこと別れる前まで朝ってことになると、
その後大体すぐにゴゴの内的宇宙に入ったのだろうから、
ジョウイも朝になるのではないでしょうか。
ゴゴが眼を覚ましたときにはジョウイの描写もなかったので。

240SAVEDATA No.774:2011/12/30(金) 17:44:41 ID:kFMCoOsU0
執筆お疲れさまでした。
……魔王、いや、ジャキ……お前、お前のなんたるかを全部なくしていったな……。
なんだけど、自分の孤高や孤独をさえ「懸けて」逝ったところは、最高にあいつだと思った。
アクラを、ゴゴを救うことをとおしてサラ以外の誰かを救うことに力を、忌避した魔法さえも使って
いったけれど、でもそれを自分で選び得た誇りや勇気はまさに魔王、というか――なんだろうな。
「魔王」でなく「父様」とか「ジャキ」って言われたり名乗ったりってのもあるけど、「弟」でなく、
たったひとりの「ジャキ」として歩んだよな、と。そこがもう、なんともいえなかった。

で、「魔王の物語」の最終話、ってだけでなく、アナスタシアの戦い方やゴゴの物真似、
ちょことアクラの孤独についても登場話からのつながりをがっちり拾ってこられてテンション上がったなあ。
いつもより多めだった地の文の感嘆符はコレ書き手自身の叫びだろうと突っ込む一方で、
自分も読んでて芯から共感しちまったよ!w
魔王の話は終わったけれど、次……人を玉座から下ろすのに定評のあるジョウイも、これを受けてどうなるか。
ジョウイにかぎらず次以降のこと考えるにいたって、本当、魔王の遺した数々の言葉がジワジワ来てたまらない。
魔王のことばっか語ってしまったけど、アナスタシアが自分で自分を救えたことも、よかったよなあと。
もう感想まとめる努力も放棄するくらい面白かった、燃えた、グッと来た。GJっした。

241SAVEDATA No.774:2012/01/02(月) 20:30:12 ID:UJjC8m4c0
投下乙でした

一気に盛り上がってきましたね
物語の勢いがキャラのセリフとリンクしていく感じが熱いと思います

最後に誤字の報告ですが、
>>226 に「魔鍵」が「まけん」と未変換になっている箇所がありました

242 ◆iDqvc5TpTI:2012/01/06(金) 01:40:45 ID:mrc2gGw60
返信が遅くなってしまい申し訳ありません
感想・指摘ありがとうございます
誤字の方はWIKI収録しつつ直させていただきます
今回の話でほぼ描写がなかったこともあり、ジョウイにつきましても、朝にさせていただきます

243<ワタナベ>:<ワタナベ>
<ワタナベ>

244 ◆SERENA/7ps:2012/01/09(月) 20:33:20 ID:s9abkz/s0
えっと、投下は0時丁度を予定しております
できるだけリアルタイムで読んでくれるよう、お願いします

245 ◆SERENA/7ps:2012/01/10(火) 00:03:26 ID:aMP2sha60
これより投下します

246 ◆SERENA/7ps:2012/01/10(火) 00:04:28 ID:aMP2sha60
天より来る巨大な炎。
世界の崩壊、終末を予感させるその流星は、北の戦線を形成する4人の目にも届いていた。
いよいよ向こうの戦いも激化し、誰かが奥の手かそれに近いものを使っているのだろう。

C-7に広がる荒野。
生あるものは4人以外を残して全て死に絶えた。
赤茶けた不毛の大地に変わったその戦場にて、黒よりも黒い装束を纏いし男が疾駆する。

「せいっ!」

精霊剣と神々の黄昏を同時に振るい、疾風怒濤の攻撃を繰り返すのはジャファル。
そのスピードは、短刀を振っていた全盛期の速度から見れば遅い。
重い長剣を二刀流で使うのは愚かな行為と言えるかもしれない。
しかし、ここではこの装備こそがベストなのだ。
場所は荒野。 木々が林立する森とは違って遮蔽物もない。
先のリンとの戦闘で見せた跳躍や、木から木へと飛び移るという行為がそもそもできないのだ。
身軽さを身上とする者だけができる、極めて立体的な三次元機動。
あの再現はもはや場所の都合上不可能だ。
今となっては、あの時の動きを再現できない荒野にいることさえ、裏切りを見越したセッツァーの策のような気もする。
奴ならそれをしかねないと思わせる狡猾さが、セッツァーにはある。
しかし、ジャファルは勇者なのだ。
物陰に隠れて、機を窺うなどということはもうやめたのだ。
故に、身軽さを十全に発揮できなくなった代わりに、瞬間的な破壊力を求めるのは決して間違いではない。
そう、今この場において、ジャファルはマーニ・カティとラグナロクの剣を完全に使いこなしている。
メイメイの選んだこの武器は、ジャファルにとって最高の装備であった。

「ちぃっ!」

たたらを踏んで後退するのはピサロ。
ピサロとて二刀で互角のはずだが、いかんせん向こうには勢いがある。
回復魔法を使えないヘクトルたちと、二人とも回復の魔法が使えるピサロたち。
長期戦をするなら、ピサロたちの方が圧倒的に有利なはずだ。
しかし、向こうは多少のダメージも辞さないほどの覚悟で向かってくるのだ
徐々にだが、向こうの目論見通り、北へと追いやられている。
つまり、完全に魔王と分断されてしまった。
数の劣勢を防ぐための同盟が、完全に意味を成さなくなったのだ。
これでは、数に劣る魔王が完全に不利だ。
そう、ヘクトルたちはピサロとセッツァーを北に釘付けにして、魔王を残った仲間に数で圧殺してもらう腹積もりに違いない。
魔王の生死はどうでもいいが、魔王を倒したヘクトルたちの仲間がそのままこっちに加勢されるのはなんとしても避けたい。
もしも分水領があるとしたら、ここに違いない。

「おいヘクトル、よくもまああんな奴と手を組めるな!」

デスイリュージョンで牽制、時に魔法で思わぬ場所から、貫きの槍で串刺しにせんとセッツァーはヘクトルへ襲い掛かる。
ここまで追い詰められても、その表情には余裕の笑みが張り付いているのが、ヘクトルには不快だった。
しかし、セッツァーも余裕の笑みを維持しているだけで、心の中は相当焦っている。
ここで状況を打開する策を思いつかなければ、ピサロと共に死に、空を駆ける夢さえも潰えてしまう。
誰よりも高い場所で風を感じる心地よさ、誰よりも高い場所から大地を見下ろす爽快感。
今、その夢は夢のまま終わろうとしている。
そんなこと、セッツァーからすれば到底許せるものではない。
実現しない夢など、寝言以下の妄想に過ぎない。
中途で倒れることなど、初めから何もしなかったに等しい行為だからだ。
夢を追いかける自分がいればいい、とほざくのは自己満足に浸っているだけだ。
誰よりも夢に焦がれたセッツァーであるから、誰よりも夢を追いかけることにひたむきであるからこそ、ここで倒れることが許せない。
セッツァー自身がそれを容認できない。

「うるせえんだよ!」

ヘクトルはもう惑わされる気はないのか、アルマーズを振りかざし、セッツァーを両断しようとする。
信じられないことに、並みの男では持ち上げることすら適わぬその超巨大な戦斧をヘクトルは軽々しく片手で振るっているのだ。
そこから繰り出される攻撃は、一撃一撃が必殺の威力を持っている。
おそらく、直撃した場合、耐えられる人物など一人もいないだろう。

「気持ち悪いぜお前。 よくもあんな仲間を殺した奴と一緒にいられるな」

247 ◆SERENA/7ps:2012/01/10(火) 00:05:12 ID:aMP2sha60
刻一刻と、時間は過ぎていく。
短期決戦で決めるつもりが、予想以上の時間を取られていく。
勝利の鍵を探し求め、セッツァーは口八丁手八丁を駆使して隙を作ろうとするが、思うようにいかない。
少しでも敵の心に迷いを作ればいい。 何か奴らの痛いところをつく言葉はないか。
純粋な戦闘力で負けている以上、セッツァーの残された手札はギャンブルで培ったポーカーフェイスとペテンしかない。

「はっははははは! 分かんねえのかセッツァーさんよ!」

さも可笑しいと、ヘクトルは哂う。
そんなことも見抜けないセッツァーが滑稽であり、不愉快でもあった。
その爆笑はセッツァーのプライドをいたく傷つける。
馬鹿にし続けた人間に逆に馬鹿にされるのは面白くはないというのを、セッツァーは初めて知った。

「要するにな、俺はジャファルも許せねえが、それ以上にお前が嫌いなだけだよ!」
 
正体を現したセッツァーの、人を小馬鹿にしたような態度がヘクトルは大嫌いだ。
天上天下、この世に自分よりも自由な人間はいないという大増上慢。
この島にいるすべての人間は、セッツァーが夢を叶えるための踏み台にしか過ぎないという嘲り。
すべてが、ヘクトルの嫌いな要素だ。
ヘクトルの嫌いな人間の要素のすべてを詰め込んだ男が、セッツァー=ギャッビアーニなのだ。

「言ってくれるな! 俺はただ、肩で風を切って歩きたいだけさ!」

毎日のように酒に明け暮れる日々に戻るのだけは御免こうむる。
夢を追いかけることの意味を取り戻したセッツァーからすれば、あの日の自分は消し去りたい汚点である。
こんな時だからこそ、夢を追わねばならないのだ。
こんな荒廃しきった世界だからこそ、夢を実現させるのは困難だ。
だが、実現不可能と言われる夢を実現させてこそ、やりがいがあるのだ。
難易度が高ければ高いほど、セッツァーの情熱の炎は高ぶる。
誰にも恥じることのないギャンブラーとして、セッツァー=ギャッビアーニとして生きるために。
ここで勝つことは絶対不可欠の条件なのだ。

「ほらよ!」

突き出される槍を、ヘクトルはバックステップすることでやり過ごす。
そのまま、次なる行動に移るかと思いきや、ヘクトルは来ない。
見れば、ジャファルもピサロから離れ、ヘクトルの横についている。
つまり、ヘクトルたちの作戦は半分達成されたのだ。
今ヘクトルとジャファルがいるラインが最終防衛ラインであり、それ以上は南へ行かせまいと立ちはだかっているのだ。

ついに、来てしまった。

このラインを、ヘクトルとジャファルは文字通り死守するに違いない。
あとは、残った仲間が事を成すのを待っていればいい。
ヘクトルたちは動かない。
ピサロとセッツァー側が動かない限りは、無茶をする気がないということだろう。
そんな危ないことをしなくても、いずれ数で押しつぶせる時がくるのだから。
ピサロとセッツァーも、足を止めて小休止する。
闇雲に攻めても意味がない。
ここで一度策を練り直す必要がある。

「どうする? 思いのほか状況は悪いぞ」
「ああ、ジャファルがあんなに物分かりが悪いのが計算外だったな」

ニノを殺したのはピサロだが、それを指示したのはセッツァーだ。
どっちが悪いか議論するなど馬鹿げているし、仲間割れの可能性も含んでいる行為をするなど論外だ。
それはヘクトルたちが最も望んでいる行為なのだから。
すでに魔王との同盟は切れているに等しい状況。
この二人で、残る人数を滅殺しなければならない状況。
考える時間はあまりにも少ない。
逃げの一手か。
逆に南にヘクトルたちを押し返して、魔王とカエルのコンビと連携をとるか。

248 ◆SERENA/7ps:2012/01/10(火) 00:06:03 ID:aMP2sha60
タイムリミットはもうない。
魔王の体力的な意味でも、もう自由に動けるエリアがほとんどないという意味でも。
逃げたとしても、待っているのは袋小路に追い詰められたネズミと同じ運命しかない。
苛立ちを抑えるのに必死なピサロとセッツァー。
空を飛ぶ機会を永遠に失ってしまう。
愛する人の御霊を呼び戻す機会を永遠に失ってしまう。
共に焦燥感が募るばかりで、有効的な策が見つからない。

ふと、セッツァーがヘクトルとジャファルの方を見やる。
何を言っているかは聞こえないが、大体の見当はつく。
大方、ここにセッツァーとピサロを押さえつけるための作戦の指示を仰いでいるのだろう。

「……待てよ?」

その時、セッツァーに天啓がひらめく。
セッツァーが気になっていたあること、それを突いてみるというのはどうか。
どの道、逃げの選択肢はあり得ないという結論に達して、どうやってあの壁を突破するかに議論の焦点が移っていたのだ。
少なくとも、あの天からくる巨大な炎が降り続ける限りは戦闘が継続している証なのだから。
それをピサロに提案すると、ピサロは眉を顰めながらも承諾の返事をした。

「よくもまあそんなことを思いつく。 貴様、元の世界に戻ったら詐欺師にでもなったらどうだ?」
「ククク、生憎とそんなケチな職業につく気はないな」

セッツァーからすれば、ギャンブラーと詐欺師には大きな違いがある。
どちらも大金を手に入れるために相手を騙すという点から見れば同じだが、セッツァーは金には興味がない。
公平な状況から勝つために、時には相手を騙すことも必要とされるギャンブラー。
初めからお金を手に入れるために、人を騙す必要のある詐欺師。
セッツァーはギャンブルの持つスリルとロマンが好きなだけだ。
目も眩むような金銀財宝に興味などなく、それを手に入れる過程を楽しむ。
さて、ファンブル一歩手前のこの状況から、見事流れを引き寄せることはできるか。
セッツァーは不敵な笑みで言った。

「ジャックポット……いや、クリティカルは出るぜ。 出してみせるぜ」

こんなものは、セッツァーがジャファルと交流したわずかな時間から見出した綻びに過ぎない。
しかも、それが真かどうかは分からない。 
拙い論理から導き出された可能性の話でしかない。
そうだ、これは賭けなのだ。 絶体絶命の状況から奇跡の大逆転を掴み取るギャンブル。
滾らないでどうする。 これに熱くならないで何でギャンブラーを名乗れる。
万事休すの状況から勝つことこそ、ギャンブルの醍醐味の一つではないか。
ピサロはセッツァーの笑みの意味が理解できない。
こんなことに愉悦を見出す人間はやはり愚かな存在かと、改めて認識しただけだった。
話もまとまったところで、ピサロとセッツァーが最終防衛ラインへと向かう。
しかし、先ほどとは逆にヘクトルの相手はピサロが、ジャファルにはセッツァーが相対する。

「セッツァー!」

怒り心頭のジャファルの一撃を、かいくぐるセッツァー。
素早さを犠牲にしたその速度が、今のセッツァーにはありがたかった。
短刀を使われていたら、死んでいたかもしれない。
加えて、セッツァーが目論んでいるのはジャファルの撃破ではない。
意図的に距離を離し、死神の札を投擲して牽制する。
そう、セッツァーの攻撃の本命は槍でも攻撃用の札でも魔法でもない。
ジャファルの内面から抉る、心の刃なのだから。
人の欲を知り尽くしたセッツァーの、悪魔の一言が口から発せられる。

「ニノを殺したのはお前だよ。 言いなりのお人形さん」
「何だと!?」
「知ってるかお前? 俺の指示には全て従っていたこと」

それのどこがおかしいのか、そう言いたげなジャファル。
マーニ・カティを突出し、セッツァーの心臓を抉り取ろうとする。
一時とはいえ共闘したのだから、仲間割れを防ぐためにも反発はさけるべきなのだ。
理屈の上ではそうなるだろう。

249 ◆SERENA/7ps:2012/01/10(火) 00:07:36 ID:aMP2sha60
しかし、セッツァーは別の解釈を見出していた。
最後の指示、ニノの相手をするのはピサロだと聞いていた時、それに従ったこと。
その一事から、セッツァーはある推測を立てる。

「要するに手前ェは、常に誰かの指示を聞かないと生きていけない人間だってことだよ!」

自分が守ると決めた人間の運命を、他人の手に託すことなど通常から考えればありえない。
ヘクトルのような信のおける人間はともかく、ピサロはいずれジャファルと敵対し、ニノも殺すことが確定してる人物なのだ。
理屈の上でならなんとでも説明できることでも、いくつも続けばその綻びは否が応でも目につく。
此処に至って、セッツァーはある結論に達した。
ジャファルは誰かに決断を委ねるのが当たり前の思考回路。
つまり、指示を与えてもらわないと生きていけない犬なのだ。
ピサロとセッツァーをジャファルは信用していたのではない。

その指示に従うことを当然と考える、ジャファルの歪みこそがこの戦いを打開するチャンスなのだ。

ジャファルの顔が愕然と揺れる。
そして、その顔を見た瞬間、セッツァーは己が推測に間違いがないことを確信した。





ジャファルがそうなった経緯を説明するには、ジャファルが生まれた頃まで話を遡らねばならない。





積み重なった無数の死体の中にいる自分。 原初の記憶はそれだった。
無数の『死』の中で生まれた『死』に祝福された人間。 後にその赤子が死神と呼ばれ、恐れられるようになるのも無理はない。
その赤子だったジャファルがどういういきさつでネルガルに見つけられ、気に入られたのかは今となっては知る由もない。
ただ、ネルガルはモルフとは違う戦闘マシーンを求めていたのは確かだった。
ネルガルはジャファルを赤子の時から暗殺の手練手管を教え込み、食器の扱いを教えられるよりも先にナイフの使い方を教えられた。
死こそがジャファルの日常であり、血の臭いこそがジャファルの安らげる香りでもあった。
そんなジャファルが、ネルガルの指示に反するという行為はあり得ない。
いや、そもそもそんな行為を思いつくことすらしなかった。
ネルガルの言うとおりに人を殺し続け、いつか使えなくなったら指示された通りに死ぬ。
指示に疑いを持たず、ターゲットは確実に仕留め、用済みになったら迷いなく自殺する。
なんと優秀な暗殺人形であろうかと、自分で思ったことすらあった。
自分が如何に普通とはかけ離れた存在であるかも、一応は認識していた。
しかし、自分の境遇を不幸だと思ったことは一切ない。
そうやって育てられたからという問題ではない。
元々自分はこういう人間なのだろう。
きっと、自分は生まれたその瞬間から脳の機能のどこか一部が欠落か故障でもしていたのだろう。
死に魅入られた人間が、死の世界に生きるのは至極当然のこと。
ネルガルに育てられなくても、いずれ自分はこんな道に堕ちていた。
そうジャファルは確信していた。
ニノを守ると決めたあの日までは。

あの日からジャファルは最強の暗殺者を捨て、ただ一人の人間としてニノを守ると決めた。
自分の意志で生き、自分の意志でニノを守ろうと。
しかし、この島でジャファルは再び暗殺者に戻ることを決めた。
誰かに支持を委ねることが当たり前の世界に、舞い戻ったのだ。

「違う! 俺は、自分の意志でニノを守ろうとっ!」
「違うね! 手前ェは考えるのが面倒で安易な道を取っただけだよ!
 楽だもんなァ! 誰かを殺す道を選ぶのは! 簡単だもんなァ! 何も考えずに生きるのは!」

250 ◆SERENA/7ps:2012/01/10(火) 00:08:22 ID:aMP2sha60
本質的に、ジャファルは他人に支持されないと生きていけない人間なのだ。
シンシアのような殺しのいろはも知らぬ女ならともかく、勝ち筋を明確に導き出すセッツァーの策には従う。
どんな理不尽な要求でも、ニノのためだと自分の中で言い訳すれば従えたのだから。
その方が楽なのから。
オディオを殺して、皆で生き残る方法をジャファルは考えなかった訳じゃない。
ただ、オディオ打倒の方法の見当たらなさや、ニノ以外を殺すのが現実的な手段だと思った結果、殺しの道を選んだのだ。
首輪のことや、オディオのいる場所を考えることよりも、短刀を振って参加者を殺すことの方が考えずに済むのだから。
セッツァーももはや適当な言葉をぶつけているだけだ。
ジャファルが揺れているのを確信して、手当たり次第にそれっぽいことを言っているだけだ。
セッツァーはジャファルの思考を読み取っているのではない。
ジャファルの思考を無理がないように、それでいて最大限に悪意のある解釈し誘導しているだけだ。
ジャファルの生まれや育ちなど、セッツァーは微塵も知らないのだから。
重要なのは、ジャファルにその心当たりがあることだ。

「お似合いだぜその首輪! この島で誰よりもな!
 鎖か紐でもつけたらもっと似合うだろうよ! 首輪付きの勇者サマよぉ!」
「違う!」

威勢はいいものの、ジャファルの繰り出す刃には陰りが見える。
心当たりでもあったのか、大いに揺れているのがセッツァーの目にも見える。
低い笑い声が漏れると同時に、自分の人を見る目の無さにうんざりもした。
こんな男を勇者と呼んでいたのかと。

「いいや違わないね! お前はただ『ニノの嬢ちゃんに言われたから』勇者をやっているだけさ!
 自分の意志で考えたことなんて、お前さんには一度だってありはしないのさ!
 ふざけてるぜお前……。 嬢ちゃんのために仲間を殺したのに、嬢ちゃんに言われたらあっさり意見を翻すのか?」

不意に、セッツァーの声に怒りが混じり始めた。
それはセッツァーからすれば許しがたい行為であった。
仲間殺しの罪を背負っても、こうと決めた道を貫き通す。
それは血塗られた道であろうし、茨の道でもあろう。
だが、拙い道とて、貫き通せばいつかは得られる物もあるのだ。
なのにジャファルは、セッツァーが勇者と見込んだ男は愚かにも道を逆走し始めた。
あの時、仲間殺しの汚名を受けることを選んだジャファルの決意を、ジャファルは自分自身で踏みにじったのだ。
セッツァーにとって、ジャファルの裏切りはふざけてるとしか言いようがない。
リンやフロリーナや松を殺しさえしなければ、この場にいただろう。
さすればピサロもセッツァーも、あっという間にやられていただろう。
文字通り、彼ら彼女らは無駄死にしたのだ。
セッツァーやジャファルの目的の糧にすらなることなく、一人の男の我侭で人生を絶たれたのだ。
間違った道とはいえ、その先には確かにニノの生きる姿があったのに。
トドメとばかりに、セッツァーは喝破する。

「手前ェは卑しい変節漢だ! 女の意見でホイホイ宗旨変えだと!?
 一度鏡で自分の姿を見てみろ、最低の自分をな!」
「おいジャファル! 惑わされるんじゃねえ!
 ニノの言葉を他でもないお前が疑ってんじゃねえよ!」

遠く離れた場所でピサロと戦っていたヘクトルの声が響く。
セッツァーの声は聞こえていた。
しかし、聞こえていたところでどうしようもない。
ヘクトルにできることと言えば、こうやってピサロの攻撃をいなしながら言葉を投げかけることだけだ。
そんな風に、あの時のニノの言葉をジャファル本人が蔑ろにすることだけは許せない。

「馬鹿な……」

既に、ジャファルのアイデンティティは崩壊していた。
考えてみれば、ジャファルの行動原理の中心にはいつもニノがあった。
ニノのためなら、どんなことさえできるつもりだった。
しかし、それは依存だったのか?
ニノのためだというその献身は、究極の思考停止に過ぎなかったのか?
借り物の言葉で、よく知らない内に勇者になろうとしていただけなのか?
確かに、最初からニノのためにオディオを殺すと誓っていれば。
あの時、ようやく再開できた雨の中の戦いでニノの手を振りほどかなければ。
セッツァーの策に従わず、ニノの相手を自分が務め確保していたら。
ニノは死ななかったのかもしれない。
今もニノは自分の隣で生き続け、共に人生を歩むことができたかもしれない。
ならば、ニノを殺したのはやはり自分のせいなのか……?

251Disintegration ◆SERENA/7ps:2012/01/10(火) 00:11:59 ID:aMP2sha60
最強の暗殺者だったジャファルに、ここで致命的な隙が生まれる。
『疾風』の異名を持つラガルトがジャファルにした忠告が、今まさに実現される。
人間になった代わりに完璧な強さは失われ、人間らしい脆さが生まれた。
『死神』だった頃には惑わされることのなかった相手の言葉に、いいように翻弄される。
特に、何よりも大切なニノのことだからこそ、ジャファルはセッツァーの言葉が無視できない。
人の心を理解したばかりのジャファルにとって、セッツァーの辛辣な言葉は深い部分にまで刺さってしまう。

「仕上がりだ! 旦那!」
「待ち詫びていたぞ」

そんな時、唯一沈黙を守っていた魔王の言葉が響く。

「双填・ゼーバー×ゼーバー――」

断罪の言葉が、急激な魔力の高まりとともに発せられた。
遠く離れたピサロだが、アルマーズのみのヘクトルと違い、ピサロには向こうへ介入できる武器がある。

「貴様のような木偶が、あの娘の傍にいるのは気に食わんな」

唯一認めた人間だからこそ。
唯一ロザリーの傍にいてもいいと思った人間だから。
ニノの隣にジャファルが立つのを受け入れることは許さない。
死の臭いのする男の吐く息など、ロザリーには毒でしかない。
負の要素など、ロザリーの周りには一つたりとも置いておけない。
故に、始末する。 一片の後悔もなく、明確な殺意をもって。

(安心しろ娘よ、宣言通り今からお前の仲間を届けてやる。
 尤も、すぐにロザリーと一緒に戻ってきてもらうがな!)

バヨネットの撃鉄を叩き、一点に集中された黒でも白でもない魔力が発射される。

「デジョネーター<アカシックリライター>ッ!」






――――そして、勇者となった元暗殺者は死んだ。



【ジャファル@ファイアーエムブレム 烈火の剣 死亡】
【残り10人】

252遥かなる理想郷 ◆SERENA/7ps:2012/01/10(火) 00:13:44 ID:aMP2sha60
「ジャ、ファル……」

デジョネーターの直撃、そして追撃のセッツァーの槍。
倒れ伏して、ピクリとも動かなくなったジャファルを見て、遠巻きに見ていたヘクトルでさえ息がないことを確信した。
いけ好かない奴だったが、もう残った数少ない仲間の一人だったのだ。
もはや、最終防衛ラインの維持は不可能になったのだ。
絶望がヘクトルを支配する。

「んで、お前はまだ隠したままなのかい、ヘクトル?」
「な、何がだよ……」
「とぼけんじゃねえよ。 それともまさか、これから初夜を迎えるヴァージンじゃあるまいし、恥ずかしがってんのか?」

混乱した思考が、急激に働いていく。
あろうことか、セッツァーはヘクトルが奥の手を隠し持っていることを知っていたのだ。
図星をつかれたヘクトルは、その切り札を強く握りしめることしかできなかった。

神将器<アルマーズ>の完全な覚醒、それこそがヘクトルの切り札である。
初めに感じたのは、この島で初めてアルマーズを使った時のことだ。
まるで、アルマーズに飲み込まれているようなそんな感覚が、ヘクトルを襲った。
その感覚の正体を、ヘクトルはすぐに知ることできた。
これ以上使い続けると、ヘクトルはアルマーズに呑みこまれ、アルマーズそのものになってしまうと。
西方三島に赴き、初めて八神将が一人狂戦士テュルバンに出会った時に、テュルバンはこう言った。

我が名はアルマーズ、と。

闇魔法と同じように、絶大な力を手にするためにテュルバンは身も心も、天雷の斧に託したのだ。
対ネルガルの一派と戦うときは、ヘクトルの身にはそんな気配はまったく感じなかった。
使っていた時間があまりにも短すぎただけなのか、それ以外の要素が絡むのかは確かめようもない。
だが、いずれ自分はアルマーズそのものになってしまうというのは避けられない運命のように感じていたのだ。
アルマーズを手にしながらも、あえてゼブラアックスを使うことを選んだのはそのためである。
オディオを倒すため、そこに至るまでの障害を排除するため、更なる力を求めるヘクトル。
それは狂乱の斧によって、自分自身も破滅への道を歩むことには他ならない。
しかし、四の五の言ってられる時期はとっくに過ぎたのだ。
臨界点は突破し、ニノもジャファルも死んでしまった。
この期に及んでアルマーズ化を躊躇う理由が、ヘクトルにはまだあるのだ。



◆     ◆     ◆




言うまでもないが、ヘクトルはオスティア候であり、リキア同盟の盟主でもある。
そして、それこそがヘクトルが身も心もアルマーズに委ねることができない何よりの理由なのだ。

ヘクトルは二人兄弟の次男であり、長男ウーゼルはつい数か月前に死去した。
もしここでヘクトルまで死んだらどうなるか、結果は火を見るよりも明らかである。
誘拐されたか暗殺されたかでリキア内でも意見は分かれるであろうが、それは重要なことではない。

大事なことは、間違いなくリキアは再び揺れるであろうということだ。
新オスティア候と、キアラン候の孫娘の行方不明。
ヘクトルがオスティア候として公務についたのが精々数か月。
盤石の態勢を築くにはあまりにも時間が短すぎた。
後事を託す人材の育成もままならない状況だ。
さらにヘクトルはウーゼルの遺志を継ぎ、貴族などの特権階級が暴利を貪る社会を変えようと強引な構造改革を行っている。

その改革の到達点は真に平等な世界。
平民といえど、能力があれば誰でも出世できるような世の中を作るためだ。
そして、貴族のみに集まる富や食料を、もっと下の階級の人にも分配できるようにだ。
生まれが違うだけで、そもそものスタートラインが違う現状。
しかもそれは才能の多寡ではなく、血統などというあやふやなもので決まってしまうのだ。
優秀な平民はどれだけ優秀でも平民どまり。
対して、貴族は無能でもそれなり以上の地位や職業が確約されている。
こんなに馬鹿げたことがあっていいのか? いや、いいはずがない。
もっと平等な世界を実現させばならないのだ。

253遥かなる理想郷 ◆SERENA/7ps:2012/01/10(火) 00:15:18 ID:aMP2sha60
とはいえ、それが全ての人に受け入れられるかどうかといえば違う。
当然、既得権益を持っている人間側からすれば、そんなことは余計なこと以外の何物でもない。
ノーブレスオブリージュの言葉を持ち出すまでもなく、力を持った人間にはそれ相応の義務というものが発生する。
権力、財力、軍事力……富める者が富める者であるには、持たざる者への奉仕が義務付けられているのだ。
下につく人間は、そんな高貴なる者の施しに見合うだけの忠誠を尽くす。
持ちつ持たれつ……それこそが権力社会、封建社会における大原則であった。

しかし、その制度が成立してはや数百年。
そんな気高き理念はすっかり消え失せ、新たな価値観が生まれつつあった。
貴族はその志ではなく、生まれや血筋によって貴族であることを主張し、平民を自分たちに尽くすことが当たり前の奴隷と考える傲慢な輩も増えた。
富める者は貧しき者の財を吸い上げ、私腹を肥やす。
肥満に悩まされる者がいる一方で、痩せ細り骨と皮だけのような状態の者が貧困に喘ぐ。
そんな矛盾が罷り通る時代へと変遷を遂げていった。

けれども、ヘクトルも貴族社会そのものを否定する気はない。
時代が移り変わり、人々の考えや周囲を取り巻く社会情勢も変わっていくのだ。
時代背景を鑑みれば、当時はその制度が一番だった、ということだろう。
食物に限らず、制度もやがては腐り、腐臭を放ち、毒を持つようになる。
今こそそのカビの生えた制度を壊し、旧態依然とした権力にしがみ付く輩の襟を正さねばならないのだ。
あの手この手でそんな改革をさせまいと、ぬるま湯に浸かりきっていた連中は必死になっていた。
何もしなくても口を開けてさえいれば、食べ物も水も入ってくる。
何もしなくても懐に金が入ってくる。
それを当然としていた側からすれば、ヘクトルのやっている行為は悪鬼の所業にも思えただろう。
ヘクトルはそんな古い体制の老廃物とも言える輩どもと丁々発止のやりとりを繰り広げながら、少しずつ古い制度を壊していったのだ。

まだ前オスティア候ウーゼルが生きていた頃に開かれたリキア諸侯同盟会議。
そこでウーゼルは貴族制社会について痛烈な批判を行っている。
無論、批判の槍玉に挙げられた連中からすれば面白くはない。
このまま時流に任せるだけでは、いずれ自分らの生活水準が大幅に減退することは決まっているからだ。
しかし、ここでヘクトルが行方不明の報を聞けばどうなるかは誰の目にも明らかであろう。
彼らは難癖つけて、元の制度に戻そうとするに違いない。
そして、ヘクトルの遺志を継ぐ者も、ヘクトルのやり方を継ぐためにそういった連中と反目するであろう。
オズインやマシュー、セーラだってヘクトルの遺志は継いでくれるであろうが、敵がいかんせん多すぎる。
勤倹尚武を目指し、質素倹約を諸侯に命じてきたオスティアであるが、それに反発を覚えるものも少なくない。
特に貴族たちは、他の領の貴族よりも慎ましい生活を送らざるを得ない命令を強いられているのだから、不満を覚えている存在もいる。
最悪、質素倹約を名目に、オスティア家だけが富を貯めこんでいるとすら思われているかもしれないのだ。

そうなれば、完全に内乱への道しかない。
もうオスティアに直系の血筋を引くものはいないのだ。
分家筋からオスティア家の血筋を引いたものを擁立し、貴族制の維持を訴えるものと解体を求める勢力に別れて戦うしかない。

同じ国の民が大義を叫び、血を流しあうのだ。
誰も幸せになれない戦いをして、多くの人間が死んでいく。

そう、ヘクトルはもはやオスティアのれっきとした旗印なのだ。
代わりの人間のウーゼルがいた時と違い、ヘクトルは必要不可欠の人物になっていたのだ。
ヘクトルが死ぬとき、それは国が二つに割れるときに他ならないのだ。

それを誰よりも理解しているがために、ヘクトルは完全なアルマーズ化をすることができない。
一度はアルマーズの力に頼ろうとしても、最終的に半覚醒に留まったのが何よりの証拠だ。
ここで死ぬことを、大局的な視点を身に着けてしまったが故に承認することができない。
死んだ後に待ち受けているのを想像できてしまうが故に。
皮肉にも、オスティア候としての自覚の芽生えが、ヘクトルが捨石になって突貫することを容認しないのだ。
オスティア候弟の頃のヘクトルならばできたことが、今はできない。

254遥かなる理想郷 ◆SERENA/7ps:2012/01/10(火) 00:16:18 ID:aMP2sha60
ヘクトルにも、無二の親友エリウッドだっている。
親友がいなくなろうとも、親友の愛した土地と民を守ろうとオズインたちに加勢してくるに違いない。
エリウッドのことを信じてない訳ではない。
むしろ、友の危機に一番に駆けつけてきてくれるのは彼だと、自信を持って言える。
エリウッドはあの時の誓いを忘れるような男ではない。
そんな簡単に破れるほど、あの時の誓いは軽々しいものではない。
しかしながら、フェレの動員できる人員はあまりにも少ないのだ。
精強を誇るフェレ騎士団はネルガルの件で全滅しており、エルバートも死んでエリウッドによる新体制に移行したばかり。
そんなフェレの動かせる兵隊では、人数はおろか練度さえ期待できない。
いいや、そんなことより、フェレがオスティアの内乱に介入したとあれば、間違いなく貴族制の維持を訴える別勢力の介入もある。
そうなれば、オスティア領だけの問題ではなくなる。
戦火の火はさらに燃え広がり、リキア全体に火の粉が降りかかる。
それだけで済むならまだいい。
もっと最悪の方向に転ぶことだって十分にあり得るのだ。
相次ぐ盟主の死亡、そして内乱の兆し。

そんな状況を他国が見逃すはずがない。

前回の一件、エルバート達はなんとか何もなく事が済んが、今回は一体どうなるか想像もつかない。
二度の盟主の死亡という、内政の不安定さを諸外国に露呈してしまえばどうなるか、想像すると身震いすらする。
イリアは稼ぎ時とばかりに傭兵を送り込んでくるだろう。
それはいい。
サカはそもそも侵略という行為自体に興味がない。
まったくもって問題ない。
西の大国エトルリアはまだ安心できる方だ。
国王モルドレッドは名君と呼ばれてる程の人物。
よほどの大義名分がない限り、侵略はしない。
戦争とは大義名分が必要なのだから。
義のない戦など、モルドレッドも優秀な家臣群も許さないだろう。

だが、エトルリアに匹敵する大国、東のベルン王国。
これが最大の癌である。

現国王デズモンドは能力こそ凡庸だが、野心と我欲だけは人一倍強く、軍内部は腐敗の一途を辿っている。
反対勢力を次々に処刑し、残ったものは王に逆らうこともできない。
しかしだ、腐敗しているとはいえ、飛竜を駆る竜騎士団の勇猛さは未だ大陸一の実力。
おそらく対抗できるのはエトルリアのみであろう。
芸術の国エトルリアに対して、ベルンはエレブ大陸において質実剛健、そして最強の軍事力を誇っているのだ。
そんなベルンが内乱につけこんで、リキアの地を蹂躙するとなると一体どうなるか。
吹けば飛ぶような小領主、それがベルンとエトルリアに対抗するために、身を寄せ合うようにしてできたのがリキア同盟なのだ。
国を二つに割った状態で、ベルンに対抗できる戦力などありはしない。
リキア同盟は完全に崩壊だ。 

そして、ここまでくるとエトルリアも重い腰を上げざるを得ない。
リキアの地がそっくりそのままベルンの物になると、国力に大きな差がつく。
そして、ベルンの次のターゲットがエトルリアになるのは確定だ。
エトルリアもリキア援護を名目に、ベルンと戦うであろう。
いつの間にか一つの家の内乱から始まった戦いは、二つの大国の代理戦争にもなり得るのだ。
もはや戦争のうねりは留まることを知らず、エレブ大陸全土を巻き込んだものになる。
最悪のケースを想像すると、ここまでいってもおかしくはない。
ヘクトルの遺志も貴族制の是非も関係なく、ただひたすら流される血。
それは想定される限り最悪のパターンだ。

255遥かなる理想郷 ◆SERENA/7ps:2012/01/10(火) 00:16:52 ID:aMP2sha60
単なる被害妄想だと、人は一笑に付すかもしれない。
為政者に限らず、物事は常に最悪を想定するのが当たり前であるが、いくらなんでもそれは考えすぎではないかと。
なるほどそれは確かにそうであろう。
全てあり得る可能性ではあるが、そこまでの事態に発展することは天文学的な確率でしかない。
他の人はおろか、ヘクトルでさえそう思っているのだ。

では何故そこまでヘクトルは慎重になるのか?
答えは簡単。 慎重にならざるを得ない理由があるからだ。
エトルリアとベルンの戦争を嫌でも想起せざるを得ない要因を知っているがためだ。

竜の島。
そこで行われた最後の闘い。
古の火竜を倒したあとに倒れた八神将の一人アトス。
かの大賢者が今わの際に残した最後の予言が、今でもヘクトルの頭を離れない。



“凶星はベルンの地よりくる。
 その時、エレブの地は再び血にまみれることとなる”



大賢者アトスと狂戦士テュルバン。
八神将の内、二人に残された崩壊と死の予言。
それをその辺の似非占い師などと一緒のレベルで笑うことが、どうしてできようか。
これから先、エレブ大陸を揺るがす戦乱が確実に起こるのだ。
しかも、その戦乱はいつ起こるか不明なのだ。
100年先かもしれない。
10年先かもしれない。
たった1年後かもしれない。
ひょっとしたら、今ヘクトルたちがこうして戦っている、まさにこの瞬間に起こってしまったのかもしれない。

この最悪のケースを以て、大賢者アトスの遺した予言は成就し、見事に大陸全土を巻き込んだ戦乱の出来上がりだ。
ベルンより来る凶星、それはデズモンドによる侵略。
そして血まみれになるエレブの大地。
大陸全てが血まみれになる戦乱など、エトルリアとベルンの衝突以外にあり得ない。
二国の間に位置するリキア同盟がその余波を受けるのは必然ともいえる流れだ。

そしてその被害を一番受けるのが、力無き民なのだ。
家族や住む家や食べ物を失った人々の嘆きは天にも届かんばかり。
ヘクトルの目指した理想郷は、現世にできた地獄に変わってしまう。
それだけは断じて見過ごすことはできない。

では、翻ってこの問題の本質に目を向けよう。
ここまで内乱を大きくしてしまったのは誰のせいなのか?
答えは一つしか思い当たらない。

(まさか……俺と兄貴のせいなのか……?)

それが民のためになると、そう信じて反対勢力を押し切り、変革と再構築と人事の刷新を図った。
レイガンスのような選民思想を具現化した男には好きにさせないよう、少しずつ平民でも官職につけるように制度を改めていった。
だが、それは果たして本当に民のためになるのか?
いつか来る不可避の戦乱に備えようと、ヘクトルは富国強兵を目指した。
それはウーゼルの遺志を継ぐためであり、戦乱に備えるためであり、ヘクトル自身も貴族社会という息苦しい制度が苦手だったからだ。
誰もが公平に評価されるであろう世界を実現しようと、躍起になって合理化をしようとした。
しかし、その改革の行き着く先が今しがたの想像だとしたら、あまりにも酷いではないか。
結局はジャファルの言うとおり、強いヘクトルには踏みつけられる者たちの実像はまるで見えてなかったということなのか。

256遥かなる理想郷 ◆SERENA/7ps:2012/01/10(火) 00:17:52 ID:aMP2sha60
元々、リキア同盟など、生い立ちを考えればいつ戦争になってもおかしくはなかったのだ。
両大国の間に位置するが故に、二つの大国の文化の交流地点であると同時に、両大国が睨み合いをする時は必死に顔色を窺わねばならない。
そんな大国のご機嫌取りをし、大国の都合に揺れる危うい国の情勢。
リキア同盟は二つの大国の王に時に媚びへつらい、時に同盟を結んで、時に中立を保ち安定を得てきたのである。
だが、大国から見れば、狭い領地でも、そこにはたくさんの人々が生きている。
たくさんの人々の願いと思いがある。
受け継がれてきたものがたくさんあるのだ。
そうやって祖先が必死になって守ってきたものを、ヘクトルの代で潰すのか?
自らのエゴから生まれた押し付けがましい善意の結果が、こうなのか?

『いずれその蛮勇は、お前自身を滅ぼすかもしれぬぞ……』

またしてもアトスの言葉を思い出す。
豪胆と称されたヘクトルの蛮勇。
当時は褒め言葉でしかないと思っていたが、今にして思えば、この結末を予期していたものにしか思えない。
人の意見を聞かないが故に、独断で改革を断行できる。
しかし、逆に言えば、人の気持ちが分からないということでもある。
ヘクトルの改革は、やり遂げれば必ずや多くの者を救うだろう。
だが、ついてこれずに振り落されていった者たちも、それと同じくらいいるのかもしれない。
救われた人間と救われなかった人間が同じくらいいるとすれば、人々はヘクトルの身勝手さに振り回されただけではないか。

(いつから、俺はこんなに弱気になっちまったんだっ……!)

ヘクトルはこんな悪い方向にばかり考えて、思考を曇らせる性格ではなかった。
そんな難しい考えをするのはオズインやらに任せて、自分は泰然と構えて支持を飛ばすだけでよかったのだ。
だが戦乱を乗り切るためには、あまりにも内憂外患の要素が有りすぎた。
未曽有の国難を控え、それを乗り越えるにためには内にも外にも敵が多い。

(いつから、俺は死ぬのが怖くなってしまったんだ……?)

オスティアの民を守る領主ともなれば、簡単に死ぬことはできない。
しかし、前にも後ろにも進めない袋小路のこの状況では、臆病風に吹かれてしまったとヘクトルが勘違いするのも仕方ない。
国のためだ民のためだと言い訳して、自分は死ぬのが怖くなったのだと思考が向いても誰も責めることはできない。
結局、昔の自分が死ぬのは怖くなかったのは、ウーゼルという後ろ盾があったからこそなのだ。
ウーゼルという、偉大なる兄におんぶする形でしか、力を発揮できない卑怯者だったのだ。

セッツァーやピサロを倒したい。
しかし、そのためにはアルマーズの力を完全に引き出さないといけない。

何とか生きてオスティアに帰還し、国が乱れるのを防ぎたい。
しかし、アルマーズの力に頼ると、自分はもう戻ってこれない。

オスティアに住む、虐げられる民を救いたい。
しかし、それはヘクトルの上から目線による、一方的な救済でしかないのか?

いつか来る戦乱を防ぎたい。
しかし、その発端が自分だとしたら?

ああすればこうなる。
こうすればああなる。

考えがまとまらない。
ピサロとセッツァーの猛攻を受けながらでは、選ぶべき道も分からない。

257遥かなる理想郷 ◆SERENA/7ps:2012/01/10(火) 00:18:28 ID:aMP2sha60





せめて、後事を託すことができる人物がいれば、ヘクトルは心置きなくアルマーズと同化できたであろう。
破壊の暴風をまき散らす、一つの暴力装置になれたであろう。
だが、そうはならなかった。
ヘクトルがそうと見込んだ人物は死んでしまったのだから。





今更だが、ジャファルに対しても、心の底から信じることはできなかった。
ニノが信じるジャファル、という形でしかジャファルに信頼できなかった。
フロリーナとリンを殺したジャファルを、完全に許すことができなかった。
いつかまた裏切るのではないかと、不安を拭い去ることができなかった。

清濁併せ持ったその人物像こそが、ヘクトルの魅力であった。
しかし、その高潔とは言えぬが、人を引き付ける才のあった在り方が、今のヘクトルには感じられない。
イスラやストレイボウを引き付けたあの背中が、今のヘクトルにはない。

ニヤニヤと、セッツァーはヘクトルの苦悩の様子を眺めていた。
そう、ヘクトルが最も嫌いとする全てを見下すかのようなあの表情だ。
まるでヘクトルの苦悩する表情を肴にして、楽しんでいるかのようにしている。
ピサロはそんなセッツァーの悪趣味に嘆息しながらも、付き合っている。
完全に舐められている。
敵は完全に攻撃を中止して、ヘクトルがどういう行動に出るか待っているのだ。
どんな行動に出ようが負けることはないと、そうセッツァーもピサロも言っているのだ。
だが、そんな相手の態度にも、ヘクトルはイラつくどころか情けなさと不甲斐無さの方が先に立ち、動けない。
挑発と侮蔑に対して、怒りで返礼することもできない。

(何をやっているんだ俺は……!)

燦然と輝くリキアの盟主は、地に墜ちてその輝きを失う。
生まれてから今まで、こんなに惨めな思いをしたのは初めてだ。
こんなにも自分が弱いとは、思いもしなかった。
都合の悪いことから目を逸らし続けてきたツケを、この場で払わないといけないのか。
残りすべての人間が集結したこの最後の戦い。
その土壇場に来て、ヘクトルは武器を手放すという最大の愚を犯してしまった。
全身の感覚が消えてなくなる。
ついにはアルマーズすら手放し、棒立ちになってしまったヘクトル。
そこにいるヘクトルは、もはやヘクトルという死体でしかない。
心臓も動く、脳も腐っていない、思考もできている、血液は今も全身を循環している。
だが、『それだけ』だ。
ヘクトルと死者の違いなど、それくらいしかない。
戦うこともできない、生き残る努力も放棄してしまったヘクトルは死体と何一つ変わりない存在だ。

(何が俺は強いだ……何が理想郷を作るだ……!)

遥かなる理想郷。
ナバタの里において、竜と人が共存するあの集落にヘクトルは強烈な何かを感じた。
過去の戦争を忘れ、手を取り合う世界に、ヘクトルは自身の領地の目指すべきものを見た。
だが、ヘクトルのやろうとしたことは恋に恋する少女のごとき紛い物でしかないのか。
地に足のついてない、理想論を語るだけの愚か者でしかなかったのか。

オディ・オブライトによってあちこち凹まされたヘクトルの鎧。
ヘクトルにとってみれば、その歪みや凹みは勲章にも等しい価値があった。
敵の攻撃を真正面から受け止め、後方にいる味方を守るのが重騎士の使命。
剣や槍で突かれるのが当たり前の、並大抵の覚悟では務まらぬ戦士だ。
そう、綺麗な鎧は臆病者の証。 敵の攻撃を受けてない証拠だ。 
ボコボコに変形してしまった鎧は、優秀な重騎士に与えられる誉れと同義であった。

しかし、今のヘクトルに、そんな重騎士としての誇りはもうない。
鎧についた無数の傷はもはや、誰も守れなかった敗残者のごときみすぼらしさしか感じられない。

258遥かなる理想郷 ◆SERENA/7ps:2012/01/10(火) 00:19:07 ID:aMP2sha60
(エリウッド……)
互いの窮地には、何をおいても駆けつけると約束した無二の朋友。

(リン……)
貴族のドレスよりも、風と地平線まで広がる草原が似合っていた少女。

(フロリーナ……)
好みのタイプではなかったのに、どうしようもなく愛した少女。

(リーザ……)
助けられなかったどころか、逆に助けてもらった赤の他人に過ぎない少女。

ここまで負け続けた徹頭徹尾の負け犬。
死体と何も変わらない、哀れな敗残者。
ああ、でも。
それでも、まだ何かをできるとしたら。
この愚かなる指導者にもできることがあるのだとしたら。
この身を以て、生き残った仲間の血路を開く手段があるとしたら。





それは、アルマーズを使って敵を倒すことだろう。





アキラたちに後を託し、ヘクトルの精神は彼岸の彼方へと行く。
でも、それでもよかった。
セッツァーとピサロは危険だ。
セッツァーの言葉一つで人を揺さぶる話術と、ピサロの強大な魔力と剣技。
必ずや残った仲間の脅威となる。
ならば、その脅威を排除することこそが、ヘクトルの最後の使命。
何もせずに朽ち果てていくよりはよっぽどマシなことだ。
どうせなら、死に花を咲かせるのも一興。

(そうか、分かったぜ……)

今にして、ようやくリーザのやりたかったことが理解できたような気がする。
こうやって、リーザに助けられたヘクトルはまた誰かを助ける。
ヘクトルが助けた誰かが、また別の誰かを助ける。
そうやって、人の運命の輪は繋がっていくものなのだろう。
そうやって、人は人生の糸を紡いでいくのだろう。

手の感触を確かめる。
幸い、まだ使えるようだ。
心臓も、ちゃんと鼓動を続けている。
この情けない、死体のごとき自分の体に鞭を打つ。
最後の力を振り絞って、落とした天雷の斧を残った片手で強く握る。
すると、どこかで聞いた声がヘクトルの脳内に響いた。

259遥かなる理想郷 ◆SERENA/7ps:2012/01/10(火) 00:20:04 ID:aMP2sha60
<ひとたび我が力、手にすれば。 安らかな床で生涯を終えることはかなわぬ>
<お前の死に場所は、戦場。 血と鋼に満ちた狂乱の園となる>

アルマーズと名乗った狂戦士テュルバンの声だ。
しかし、その声はアルマーズに呑まれてしまった狂戦士の雄叫びとは違い、どこか穏やか声だった。
これからヘクトルのやろうとしていることを理解したがために、今もう一度この場で意志を確認しているのか。
丁寧なサービスに、ヘクトルは少し苦笑した。
この声に身を委ねれば、もうヘクトルは帰ってこれない。
戦場を求め、ただひたすらに破壊を繰り返す暴虐な戦士と成り果てるだろう。
ヘクトルは大きく深呼吸する。
ようやく決断したヘクトルに合わせて、セッツァーとピサロも戦闘態勢に移りだした。
今は、そのセッツァーの余裕がありがたかった。

(見ていろセッツァー、その傲慢さと余裕がてめえの敗因だ)

ヘクトルが死体同然となったときに殺せば、こんなことにはならなかったのだ。
その千載一遇のチャンスを逃してしまったセッツァーに、この一手でお返しする。
セッツァーの敗因は、自分こそがこの世で最も自由だという増上慢。

(俺は……)

あのネルガルとの戦いでさえ、出すことのなかった奥の手。
その天雷の斧の秘中の秘を今使うために――

(俺はぁぁぁぁぁっ!!)

アルマーズの力を――







1:引き出す
2:引き出さない

260遥かなる理想郷 ◆SERENA/7ps:2012/01/10(火) 00:22:56 ID:aMP2sha60
この選択は読み手の方に決めてもらいます。
好きな選択肢の番号を書いて下さい。
選択肢の結果によって、展開や死人の数が変わります。
後発の人も参加できるよう、本日0時35分を解禁として、最初に出た選択肢を正史として投下します。
細かい時間の調整はこちらのURLを参考に。
ttp://www2.nict.go.jp/w/w114/tsp/JST/JST5.html

※どちらの選択肢の続きもすでに書いています。
 よって、書きながらのリアルタイム投下などは絶対しませんのでご安心を。
 また、選ばれなかった方の選択肢の結末も、正史投下終了の一時間ほど後に投下予定してます。

261SAVEDATA No.774:2012/01/10(火) 00:33:27 ID:Z5625ilAO
この展開で安価とか……

262SAVEDATA No.774:2012/01/10(火) 00:34:59 ID:JUzMKIyM0


263SAVEDATA No.774:2012/01/10(火) 00:35:06 ID:BpRJp/0E0
1:引き出す

264SAVEDATA No.774:2012/01/10(火) 00:35:43 ID:CacCKOkE0


265 ◆SERENA/7ps:2012/01/10(火) 00:36:42 ID:aMP2sha60
では1のほうで行きます

266『そうはならなかった』お話  ◆SERENA/7ps:2012/01/10(火) 00:38:25 ID:aMP2sha60
(エリウッド……約束守れなかった。 すまねぇ……)



ドクン!



心臓が胸骨を突き破らんとばかりに大きく鼓動する。


<承知>


そして、その瞬間にオスティア候ヘクトルの精神は消えてなくなった。


後に残ったのはアルマーズという名の狂戦士のみ。



伏せられたはずのヘクトルの左目の瞼が開いた。
血まみれで、リンと同じように見えないはずの目。
しかし、血まみれの眼球が右目に呼応して動くのが、セッツァーとピサロの目にも見えた。
痛覚すら消えてなくなったのか、ヘクトルの目はギョロギョロと遠慮なしに動く。
そして、獲物を二人捉えたヘクトルは口元を歪ませると、天に顔を向けて吼える。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

生前のヘクトルなら、到底ありえない行為をし始めた。
島内すべてに響くかのような大音量で、ヘクトルは叫ぶ。
近くにいたセッツァーとピサロは慌てて耳を塞いだ。
そのままでは鼓膜が破れるか、難聴にでもなりそうなほどの声の大きさであった。
狂戦士の咆哮である。
雄叫びとは自分を奮い立たせるため、相手を威嚇するためなど、様々な意味がある。
しかし、ヘクトルの発した咆哮はそのどちらの意味でもない。
それは自分の中にある、抑えきれないほどの破壊の衝動を声という形にして発散させているのだ。
戦いを求め、戦いに死ぬ狂戦士の【時の声】である。
百獣の王ですらこの声を聞いてしまえば、千里を駆けるほどの勢いで退散していくに違いない。
況や、人の身では恐怖のまま失神すらしかねない。
しかし、ギャンブラーとして数多の死線を潜り抜けたセッツァーと、魔族の王のピサロには通じなかった。

267『そうはならなかった』お話  ◆SERENA/7ps:2012/01/10(火) 00:39:59 ID:aMP2sha60
「なるほどな……これがお前の切り札、<ジョーカー>って訳か。 なあ、ヘクトル」

ヘクトルの明らかな変調に動じることもなく、セッツァーはまずサンダラの魔法を放つ。
天より来る雷は蛇のようにのたくった軌跡を描きながらも、狙い過たず目標に命中した。
セッツァーは純粋な魔法使いのティナやセリスなどと違って、魔力は決して高くはない。
しかし、対策もなしにまともにくらえば無視することはできないダメージにはなるはずだ。
セッツァーの様子見で放たれたサンダラは完全にヘクトルに直撃した。
この反応で、ヘクトルの奥の手の危険度を見極める。

「我が……」

だがしかし、相性が悪すぎた。
アルマーズの別名は天雷の斧。
ヘクトルの体内を駆け巡る電流は、アルマーズにさらなる力を与えているかのように見える。
まして痛覚すら失ったヘクトルにはもはやサンダラなどは児戯にも等しい行為だ。

「名は……」

ヘクトルの声を使って、ヘクトルではないナニカの声が響く。
左目と左手の負傷で、戦力の半減したはずのヘクトルだが、そんな様子は完全に消えていた。
左目は赤い筋を垂らしながらも、敵の存在をはっきりと知覚している。
左手しか動かせなくたって構わない。
ヘクトルは通常の斧はおろか、アルマーズでさえ片手で扱えるのだから。

「アルマーズ……!」

もはやアルマーズそのものになったヘクトルは天の雷を受けた天雷の斧を構え、二人に襲い掛かる。

「ふ、ははは……ははは……ハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

傲岸で、不遜な笑い声が木霊する。
あまりにもヘクトルの姿が可笑しすぎて、セッツァーは哄笑を抑えることができなかった。
目の前にいる男はヘクトルであってヘクトルでないことも、易々と看破する。

「これがお前の奥の手か!? 何をしてくれるかと期待してたら、よりにもよってこれか!?」

こんなものを切り札としていたヘクトルの痛快さに、セッツァー完全にヘクトルを見下していた。
ヘクトルの隠していたジョーカーは確かに強力だった。
サンダラを物ともしないことから、予想の遥か上をいっていたことも認めよう。
だが、その使いどころを完璧に、完全無欠に間違っていた。
最初からそんなことができるのなら、もっと多くの人を救えたはずだ。
なのに、ようやくその切り札を見せたのが、守るべきものが皆死に絶えた後なのだ。
勝負をひっくり返す究極の切り札を持っていたのに、それを使わなかった大馬鹿野郎。
ここが勝負時ではない、今はまだ待つ時期だと言い聞かせ、切り札の使い時と勝機を逃す典型的な負け犬の思考回路。
最後は自棄になった挙句の暴走ともいえるカードの切り方。
これを極上の道化と言わずしてなんという。

「やっぱお前、ヒヨコの王様だよ。 ああ、帰ったらいい笑い話にはなるくらいにはな」

そんな男の操る力など、いくら強力でも恐れるに値しない。
ピサロに切りかかるヘクトルの通り過ぎた後。
そこには例外なく凄惨な破壊の跡が刻まれている。
しかし、その絶大な力も使い手があれでは猫に小判も同然だ。
生きる意志を捨てた男の一撃など、蟷螂の斧のごとく脆弱なものだ。
何よりも生きることを目的としているセッツァーにとって、捨石になっての特攻は論外なのだから。

268SAVEDATA No.774:2012/01/10(火) 00:40:37 ID:kHwxjoQQ0
鬨の声?支援

269『そうはならなかった』お話  ◆SERENA/7ps:2012/01/10(火) 00:41:29 ID:aMP2sha60
「戦わせろ。 我を戦わせろ……」

竜でなくてば、人でも魔族でもいい。
そう言いたげにヘクトルは絶大な力を振るい、その破壊の衝動を撒き散らしていく。
援護もなしに哄笑するだけのセッツァーに対して、そろそろピサロも怒りの眼差しを向け始めた。
その抗議の視線を受けて、セッツァーも加勢に入る。
見事運を引き寄せ、ジャファルとヘクトルの心の傷を抉り出したセッツァーに負ける要素はない。
言葉一つで人を殺すことなど、赤子の手を捻るようなものだ。
貫きの槍を持って、最後まで相容れなかった男の人生に終止符を打つ。

「いいだろうヘクトル。 お前の見果てぬ夢、俺が終わらせてやる」

ここから先は予定調和にも等しき、同じ行為の反復に終始する。
ヘクトルが攻撃し、ピサロとセッツァーは回避や回復しながらの攻撃。
アルマーズ化することによって、物理的な攻撃に対する耐性も高まったことを察したピサロの提案によって、魔法攻撃主体に切り替えられた。
遠巻きに眺めながらの魔法を浴びせ続け、ついにアルマーズそのものになったヘクトルは打倒された。
アルマーズの加護を得ていたとはいえ、ヘクトル本人が元々半死半生だったのだから。

敢えて言おう。
もしも、ヘクトルに後を託せると見込んだ人物が生きていれば、もっと早くにヘクトルはアルマーズと同化していただろう。
もしも、ジャファルが冷酷な暗殺者のままでいたら、セッツァーの詐術にも惑わされなかったであろう。
もしも、アトスの予言を聞かないでいれば、ヘクトルもこんなに迷うことはなかっただろう。
もしも、ジャファルとヘクトルが全力を出して戦うことができたのなら、負けることはなかっただろう。

ああそうだ、すべて『もしも』の話だ。
歴史に『もしも』は付き物なれど、実現しない仮定に意味はない。
あの時ああすれば、こうすれば、もっといいい結果が待っていたかもしれない。

だけど、そうはならなかった。 ならなかったのだ。
いつでも最善の選択を取れるほど、人は万能ではない。
いつでも最良の結果を得られるほど、人の世は簡単には回っていない。
だから、この話はここで終わり。
事情があって全力を出せずに死んでしまった。
そして、ジャファルとヘクトルはそのミスを取り戻す機会を永遠に失ってしまった。
持つ者は須らく死ぬアルマーズ。 今回もその予言は成就された。
そして、リキアに訪れる戦乱も確定してしまった。
そう、これは『そうはならなかったお話』。
ベストを尽くすことのできなかったお話。






ただそれだけのことだ。







【ヘクトル@ファイアーエムブレム 烈火の剣 死亡】
【残り10人】



◆     ◆     ◆

270『そうはならなかった』お話  ◆SERENA/7ps:2012/01/10(火) 00:42:28 ID:aMP2sha60
「お前の最大のミステイクは、国の未来を理想で語ってしまったことだよ」

現実に沿った流れに従って少しずつ変えようとせずに、ヘクトルは急激な変化をもたらそうとした。
そんな強引なやり方では、救済されるべきである民衆にすら拒否反応が出てもおかしくはない。
市民とはいつだって保守的なものだ。
変革を望みつつも、いざそれが達成されるとなるとしかめっ面をする。
英雄を望みつつも、英雄が本当に現れると疎んじることすらある。
弱者は弱者だから不平不満を述べるのではない。
不満を言いたいがために弱者であろうとするものだ。

「言うほど楽に倒せるほど、簡単な敵ではなかったぞ?」
「ああそうさ。 旦那の魔法がなかったらこっちも危なかったぜ。 何せ俺は魔法がからっきしでな。
 やっぱり持つべきものは有能な仲間ってことさ」

仲間、という空々しい響きを持った単語にピサロは鼻を鳴らす。
その仲間の縁がいつ切れるかも分からないほど脆いものであることを自覚しているからだ。
魔族を総べる王ピサロとしては、ヘクトルの主張も分からないでもない。
ロザリーヒルの村を多くの種族が暮らす理想郷としていたのも、他種族との共存の道を模索していたからだ。
だが、もはや魔族の王としてではなく、ロザリーのために動く一人の青年に戻ったピサロには、共感はできても共存の道はとれなかった。
ピサロにとってはこの身も、この思いも、すべてはロザリーのためにある。
そして、もう少しでその手が届くとこまで来ているのだ。
あと9人殺しつくすまで、ピサロはその歩みを止めることはない。

随分と北の方まで押し出されたが、向こうの戦闘の様子は視認できない。
しかし、天から降る流星のおかげで戦闘が依然継続していることは間違いないと見ていい。

「さて、どうしたもんかね。 あっちの魔王様は何人か仕留めてくれてるといいんだが」
「高みの見物をするにしろ、戦うにしろ、どっちにせよ近くまでは行くぞ」
「勿論さ。 ククッ、ルーキーを冷やかしに行くのも悪くないな……」
「あの物真似男はどうなのだ?」
「……あのな旦那、俺にも触れられたくないことの一つや二つあるんだぜ?」
「分かっている。 だから言ったのだ」

剣呑な雰囲気を纏わせながらも、二人は更なる戦場へと歩いていく。
もはや先ほど自分が殺した男のことなど忘れているかのように、セッツァーとピサロは振り返ることはなかった。
すでに持ち物の物色も、いらない物の破棄も終了しているのだから。

荒れた大地に仰向けになって倒れたヘクトル。
その胸には墓標のように貫きの槍が突き刺さっている。
セッツァーは知らないだろうが、貫きの槍は対重騎士戦を想定されて作られたものだ。
数々の相手を殺害した貫きの槍は意図せずしてその本懐を果たし、最後に墓標代わりになった。
槍は予備にとっておいたフレイムトライデントがあるので、問題は全くない。

分水領は中央? 本当にそうなのか?
膠着状態の北の戦線は完全に終結した。
ならば、戦力のバランスは完全に崩れ去る。
北の戦闘を終わらせたセッツァーとピサロが中央に介入し、さらに中央も終わらせ余勢を駆って南方戦線すら終わらせる。
そうならないとは言い切れないか。
どちらにせよ、この戦いの本当の分岐点は未だ見えない。
しかし、一つだけ分かることがあるとすれば、死者はまだ増えるだろうということだけだ。



世界最後の陽はまだ昇ったばかりなのだから。

271『そうはならなかった』お話  ◆SERENA/7ps:2012/01/10(火) 00:42:59 ID:aMP2sha60
【C−7 二日目 朝】
【セッツァー=ギャッビアーニ@FFVI】
[状態]:魔力消費(大) ファルコンを穢されたことに対する怒り
[装備]:デスイリュージョン@アークザラッドⅡ、つらぬきのやり@FE烈火の剣、シロウのチンチロリンセット(サイコロ破損)@幻想水滸伝2
[道具]:基本支給品、拡声器(現実) フレイムトライデント@アーク・ザ・ラッドⅡ ゴゴの首輪
    天使ロティエル@サモンナイト3、壊れた蛮勇の武具@サモンナイト3
    小さな花の栞@RPGロワ 日記のようなもの@??? ウィンチェスターの心臓@RPGロワ
[思考]
基本:夢を取り戻す為にゲームに乗る
1:南下して魔王、ピサロと連携し、残る参加者を倒す
2:ゴゴに警戒。
※参戦時期は魔大陸崩壊後〜セリス達と合流する前です
※ヘクトル、トッシュ、アシュレー、ジャファルと情報交換をしました。
※ジョウイからマリアベル達の現在の状況を知りました。その他の情報については不明です。



【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(大)、魔力消費(大)、ミナデインの光に激しい怒り ニノへの感謝
    ロザリーへの愛(人間に対する憎悪、自身に対する激しい苛立ち、絶望感は消えたわけではありません)
[装備]:ヨシユキ@LIVE A LIVE、ヴァイオレイター@WA2、クレストグラフ(5枚)@WA2
[道具]:基本支給品、データタブレット@WA2、双眼鏡@現実  点名牙双@幻想水滸伝Ⅱ、解体された首輪(感応石)、 バヨネット
    天罰の杖@DQ4、小さな花の栞×数個@RPGロワ メイメイさんの支給品(仮名)×1 
[思考]
基本:ロザリーを想う。優勝し、魔王オディオと接触。世界樹の花、あるいはそれに準ずる力でロザリーを蘇らせる
1:セッツァー・魔王と一時的に協力し、ゴゴ達を撃破しつつ南へ進撃する
2:可能であれば、マリアベルとニノも蘇らせる
[参戦時期]:5章最終決戦直後
[備考]:クレストグラフの魔法は、下記の5種です。
 ヴォルテック、クイック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック、ハイパーウェポン。
※バヨネット(パラソル+ディフェンダーには魔導アーマーのパーツが流用されており魔導ビームを撃てます)


 【メイメイさんの支給品(仮名)×1】
  メイメイさんのルーレットダーツ3等賞。メイメイさんが見つくろった『ピサロにとって役に立つ物』。
  あくまでもメイメイさんのチョイスであるため、それがピサロが役に立つと思う物とは限らない。


※ジャファルとヘクトルの支給品の配分は次の方に任せます。
 アルマーズ@FE烈火の剣、ビー玉@サモンナイト3、マーニ・カティ@FE烈火の剣、ラグナロク@FFVI、黒装束@アークザラッドⅡ、
 バイオレットレーサー@アーク・ザ・ラッドⅡ 導きの指輪(使用済み)@FE烈火の剣
 聖なるナイフ@DQ4、毒蛾のナイフ@DQ4、潜水ヘルメット@FFVI、影縫い@FFVI、アサシンダガー@FFVI
 基本支給品は食料などの必要なもの以外は廃棄しました。

272 ◆SERENA/7ps:2012/01/10(火) 00:45:41 ID:aMP2sha60
これにて、正史の方の投下は終了します。
一時間は長いので、1:15分頃に2の選択肢の方の結末を投下します。
あ、それまで誤字脱字や感想ありましたらお願いします

273SAVEDATA No.774:2012/01/10(火) 00:53:35 ID:3Dyc76xU0
あれ、2のほう投下するの?
しないほうがいいと思うんだけど。なら安価しないほうがいいよ

274SAVEDATA No.774:2012/01/10(火) 00:57:23 ID:xvBrHHAI0
投下乙でした

とりあえずヘクトルの墓標となったつらぬきのやりが
セッツアーの装備品に残ったままです。

275SAVEDATA No.774:2012/01/10(火) 01:07:10 ID:c0jgE7IsO
投下乙ですー。
ば、ばかな……こんな……あっけなさすぎる。
だがしかし皆が毎回ペストを出し切れ るとは限らないわけだしなー。 特にジャファルはそれが身上だったことを考えるとある意味では当然の結末なのかな?
ヘクトルも切り札を切るのが遅すぎた。 背 景事情なども含めて緻密な描写で、凄まじい惜しさというか無力さを感じさせてもらいました。

きっついなー…そしてだからこそ面かったですー。

276SAVEDATA No.774:2012/01/10(火) 01:16:34 ID:Z5625ilAO
投下しない方がいいと思うけど

277 ◆SERENA/7ps:2012/01/10(火) 01:17:41 ID:aMP2sha60
まず最初に、指摘ありがとうございます。
収録された際にすぐ状態票から消しますのでご容赦を
それと、2の方は仮投下スレの方に投下させていただきます。

278 ◆SERENA/7ps:2012/01/10(火) 01:24:13 ID:aMP2sha60
あー、どうもしない方がいいという意見があるみたいので、投下は控えさせていただきます
何か至らない点がありましたようで申し訳ございません

279SAVEDATA No.774:2012/01/10(火) 02:14:42 ID:RupCOgRc0
投下乙でした
なんという結末……涙が止まらないよ……
ヘクトルもジャファルも自分の弱さと向き合えなかったんだな

けどアルマーズになったとこをイスラに見られなくてよかったのかもな
イスラに見られたら、一番悲しそうだ

280SAVEDATA No.774:2012/01/10(火) 13:00:31 ID:xG3o9TnA0
ヘクトルは未来を変えることができず、未来に喰われたか
自分の弱さに気付けはしたが、乗り越えたはずの石につまずいてしまったな

1つだけ、苦言、またはアドバイスを
安価をするなとはいいません
ただ、今回の話の場合、ヘクトルだけでなく、ジャファルでも、安価をするべきでした
或いは、ジャファル存命時に、ヘクトルと一括して安価をするべきだったかと
ジャファルが落ちたあとでは、安価の重みが文字通り片手落ちですし、ジャファルが
既に死んでいるのに今更安価されてもと、思う人もいるかと
加えて、今回の話では、ヘクトルもジャファルも、共にベストを尽くせず、間違えてしまったと同列に扱われている以上、
ヘクトルだけに選択肢があたえられ、ジャファルにはそれがない=失敗するしかなかったというのは、
安価的にも、物語的にも残念です
安価は使いようや、企画の性格に合いさえすれば、住人を楽しませられますが、中々に案配が難しいものなのです
どうかご使用には、重々のご注意とご配慮のほどを
長々と失礼しました

281<ワタナベ>:<ワタナベ>
<ワタナベ>

282<ワタナベ>:<ワタナベ>
<ワタナベ>

283<ワタナベ>:<ワタナベ>
<ワタナベ>

284SAVEDATA No.774:2012/01/11(水) 21:28:34 ID:CEglxsj60
ジャファルの否定の仕方がセッツァーらしくえげつなかった
あいつからしたらそりゃあ言われるがままの人形は認められないよな
ニノを愛することで感情を得たはずのジャファルが、
ニノのためにニノも人間であることも捨ててしまった過去に殺される
せめてこれまでに誰かに指摘されていれば、せめて勇者になると決めて人間を取り戻してからもう少し生きれていれば
こうはならなかったのかもだけど、これもまた、一つの因果応報か

>>283
正直、そういう可能性があったからこそ、2はIFであっても、投下しないほうがいいと思う>ジャファル生き残る
あの時1を選んだ人が、2を見て、やっぱり2の方が良かったと後悔する可能性もあるし
勿論、選んだ以上、1は自分の選んだという責任は負うべきで、本人もそれで納得すべき&できるとも思うけど
そうなると、あの時安価を取った人以外が、1をせめて2のほうが良かったと口にする可能性もあるし

尚、書き手の全力云々という話で言うなら、全力の結果(全力の過程、方法、手段)として安価を用いることを選んだのだと私は思っているので
安価の使用自体には文句もなく、手抜きしたとも思っていません
ただ、安価が参加形式である以上、もう少し早く広報していただければ、より多くの方が参加できたのではないでしょうか
作品外の話ですが、安価をすることを伏せていただけでなく、
投下をリアルタイムで見て欲しいという宣言が当日の夜だったことだけは、落ち度といえ得ることでしょう

285SAVEDATA No.774:2012/01/11(水) 21:30:53 ID:CEglxsj60
追記
この件とは別のことですが、投下後の即リレーについて、議論スレで議論が開始されているようです

286<ワタナベ>:<ワタナベ>
<ワタナベ>

287SAVEDATA No.774:2012/01/11(水) 21:42:57 ID:GA./LtFE0
と、リロード忘れ……。
自分も、ifである2の投下についてはやめておいた方がいいと思います。
見てみたい気持ちはありますが、万が一「こっちの方が良かった」といった発言が出て
泥仕合になってしまったら、誰も得をしないなというのが理由です。

288<ワタナベ>:<ワタナベ>
<ワタナベ>

289<ワタナベ>:<ワタナベ>
<ワタナベ>

290<ワタナベ>:<ワタナベ>
<ワタナベ>

291<ワタナベ>:<ワタナベ>
<ワタナベ>

292<ワタナベ>:<ワタナベ>
<ワタナベ>

293<ワタナベ>:<ワタナベ>
<ワタナベ>

294 ◆Rd1trDrhhU:2012/01/12(木) 20:42:02 ID:qHXTF6lA0
管理人より報告です。
企画のことを考えたうえで発言しているのは分かりますが、ここは議論を行う場ではありません。
本スレの使い方についてのアナウンスは以前にも行っていますので、今回はレス削除という処置をとります。
言い争いの過熱化を防ぐという意味合いでの削除ですので、現時点ではホスト規制を行うつもりはありません。

なお、削除するレスについてですが、純粋に感想が独立した形で述べられていない議論レスは全て削除しました。
中には議論の中に感想を混ぜてくださったものもありますが、今回の件ではそういったものも削除となります。
感想は感想のみで、できれば議論はしかるべき場所で行うようにお願いします。

295SAVEDATA No.774:2012/01/12(木) 20:48:00 ID:GYS8KAos0
>>294
お手数をかけて申し訳ありません。いつもありがとうございます。
巧く誘導できなかった側が言うのもなんですが、本スレの用途をかんがみると
管理人氏の削除基準は妥当であるかと。そういう意味でも、安心して利用できます。

296SAVEDATA No.774:2012/01/12(木) 20:59:36 ID:Fgf5mwhw0
削除了解です
確かにここは本スレで議論の場ではないにも関わらず、言い争いがヒートアップしていた以上、致し方ない処置かと
現状、予約が入っており、いつ投下されるか分からない以上、下手をすれば投下の妨げとなった可能性さえありましたし
英断だと思います、お疲れ様でした

297SAVEDATA No.774:2012/01/12(木) 22:12:30 ID:VzpijERM0
龍騎SPみたいな安価だったなw
リレーで安価ってのは、意外性があって面白いのある試みだったと思う
個人的には、もう一つのパターンはどんな展開を考えてたのか気になるなぁ
あらすじだけでも聞きたいかも

リアルタイムで見てください宣言は、
もっと早くにしておいて欲しかったな


話としては、ロワらしい感じだったと思う
前回あれだけ今回の活躍のためのお膳立てがされてたキャラが
なんの見せ場もなくサラッと退場したりするのは、
ある意味、リレーかつロワの醍醐味だしね
書き手の違いが現れてて、そういう意味では面白かった

298 ◆SERENA/7ps:2012/01/12(木) 23:29:41 ID:oMDiCqds0
この度はお手数かけてすみません
数々のアドバイス、ありがとうございました。
真摯に受け止めて、次に活かせるようにしたいと思います
ただ安価そのものにこだわりはありませんので、また安価をすることは多分ないと思います


それと、wiki収録はできる限り自分でやりたいのですが、なにぶんしばらく手が回らない状況です
もしもwiki収録してくれる方がいたときのために、自分で気づいたのと、他の方が指摘された修正点を書いておきます。

まず、安価のくだりは全部消してもらっていいでしょうか
安価のやり方ではなく、安価そのものに抵抗を覚える方もいらっしゃるようなので、普通のSSと同じように戻します

ジャファル死亡時の残り人数表記が残り10人になってる→【残り11人】に修正

セッツァーの装備欄から、つらぬきの槍を外す

回収したジャファルとヘクトルの支給品の中に黒装束と導きの指輪があるので消去
衣服や装飾品まで取るのは明確な理由が描写されない限りおかしい、という理由からもお願いします

299<ワタナベ>:<ワタナベ>
<ワタナベ>

300 ◆Rd1trDrhhU:2012/01/13(金) 14:31:32 ID:fuWiE1es0
次は規制します。

301SAVEDATA No.774:2012/01/13(金) 17:09:08 ID:zuVO4rEw0
ただ感想を書いておきたかっただけだが、以後気を付けます

302 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:07:16 ID:XdFK6x6A0
それでは、投下します

303為すべきを成すべき時 −Friend's Fist with Brave− 1 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:08:19 ID:XdFK6x6A0
燃えている。森が燃えている。
かつて自らが隠棲していた森が、不味い味しかしなかった酒器や動植物たちと共に燃えている。
燃えている。城が燃えている。
かつて自らが登城した城が、古くありながらも堅牢を讃えた城壁が、誇り高きあの国旗が燃えている。

その紅い世界に、胸を締め付けられていた。
胸の内から湧き上がる感情がそのまま呪文となって、水の魔力へと変換される。
消さなければ、何もかも燃え尽きてしまう。
だが、水は一滴も出ることはなく、変わりに出たのは黒い焔だった。
火は加勢を経て燃え上がり、山を、橋を、何もかもを燃やし尽くそうとしていた。

やめろ、やめろと声を張り上げる。だが、轟炎の音に阻まれ、その声は自らの耳にすら届かない。
響くのは燃え落ちる木々の割れた音、己が脂を燃やしてのた打ち回る兵士の叫喚。
そして、醜いカエルの笑い声だけだ。
何故、と耳を穿つ声は、どうしようもなく自分そつくりで、耳を塞ごうにも手は動かない。

――――お前の願いだ。お前が叶えた、お前の願いだ。
――――殺すと決めたのだろう。国を守ると決めたのだろう。
――――そのための私だ、そのためのお前だ。

ああ、そうだ。そうなのだ。
消すための呪文が口から出るわけがない。燃やしているのは俺なのだから。
耳を塞げるわけがない。笑っているのは、俺なのだから。

護れる訳がない。殺したいと願ったのは――――俺なのだから。

願いの為に、省みた一切を切り捨てた。そんなものを背負ったままでは、とてもではないが剣を振れないから。
騎士たる誇りを捨て、かつての仲間を斬り、新たな友を捨て、ここまで進んできた。
それよりも重いものを持つためには、捨てざるを得なかったのだ。

捨てて、捨てて、何もかもを捨てて、俺は軽くなった。
だからここはゴミ捨て場だ。軽くなるために捨てたゴミの焼却炉だ。
黒天に白い灰が昇って行く。軽くなったのは俺か、それともあの灰か。

「『死んだのか、魔王。ゲラRaRaラ!!
  前に出るとは莫迦な奴原めが。“うっかり先に決着をつけてしまった”ではないかッ!!』」

喉が鳴る。また一つ軽くなったこの身のなんと滑稽なることか。
今更過ぎて、あまりにも馬鹿馬鹿しかった。

周囲を見渡せば、伽藍堂の荒野。
いつのまにか、もう、俺が俺であるためのものすら無くなっていたのだから。
後悔はない。それでも、それは確かにここより生まれた願いだから。
だからもう願いしかない。俺すらなく、ただ願いの為に燃え尽きるまで燃え続けるだけの焔。
たとえそれが誰が願ったのかすら分からない願いだとしても。
ただ、それでも白き灰雲に、茫洋と思ふ。
そこにいる誰かよ、識っているのならば教えて欲しい。

「『さぁさ、順列が逆転したが構うまい。続けようか旧い宿敵、せめて新しい宿敵ほど無様に燃え堕ちてくれるなよッ!!』」

この胸を締め付ける寂寥感、それを堪えてでも為さんとする成すべき事とは、一体。
一体、こいつは、何を願ったのだ?

304為すべきを成すべき時 −Friend's Fist with Brave− 2 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:08:56 ID:XdFK6x6A0
太陽が照らす荒野の上で、黒焔を舞わせながら剣戟が踊る。
紅蓮の振るう紅の暴君とアナスタシアの振るう聖剣ルシエドが無数の激突を繰り返す。
既に大蝦蟇の滅却は剣を通じて識るところであったが、消滅時の爆煙でアナスタシアはまだ気づけないはずだ。
ほぼ互角の打ち合いにも見えたが、それでも優劣を分けるというなら軍敗は紅蓮にあがる。
こと剣の技量だけで判断するならば、かつて騎士であった者“であった”紅蓮に、アナスタシアが劣れど勝ることはないからだ。
理に沿って急所を狙われる一撃に対し、アナスタシアは防御をするのが精一杯で反撃にまで移れていない。
「『気に要らんな。どうした聖女ッ、先ほどの濃厚な恐怖は何処の抽斗に仕舞ったッ!?』」
悪くない形勢。しかしそれに反して紅蓮に張り付いた笑顔は僅かに翳っていた。
災厄を前にして少女の涙の如く零れ落ちんとしていた恐怖が減っている。
なによりも、紅蓮を見据える瞳が少しずつその震えを収め、真っ直ぐに見抜き始めているのだ。
それは、戦理の優劣を超越してかつて焔の災厄だった紅蓮には何よりも面白くない事態なのだ。
「『後ろを気にせずしていいのか? 燻る灰の向こうでお前の護りたいものが失せているやも知れんぞ!
  守れずして生き残るのは、中々に辛いからなァ。胸を掻き毟られるかの如くにッ』」
効果は期待できないが、剣を揺さぶるため、紅蓮はアナスタシアを挑発する。
しかしてアナスタシアの視線、その切っ先が僅かに後方へ反れた。
挑発にではなく、“実体験を伴った”その言葉の中に滲む言いようもない何かに揺さぶられて。
「『反れたな莫迦がッ! 己が醜き姿に吃驚仰天、流れたるは紅い辰砂に油汗ッ!』」
紅蓮は2本の聖剣ルシエドの切っ先を紅の暴君で地面に押さえつけた。
二刀流が一刀流よりも優れているというのは素人考えだ。
刀の位置取り、剣閃の軌道を把握していなければ自分の左右の剣が互いを阻害することもある。
そして、相手が剣に達者であるならば、剣1本で二刀を殺すことすらできる。
アナスタシアが何に揺さぶられたかも理解することなく、紅蓮はその隙を逃すまいと、
自身は水を含んだようにカエル特有のその口を大きく膨らませる。
その中に入っているのは水ではなく、負の感情を物質にまで煮詰めつくした黒脂であるが。

「『テレメンテーナマンテイカ――――油地獄・ガマブレイズッ!!』」

距離を取った紅蓮の口から黒き焔が生じ、高温高圧の焼夷弾となって射出される。
高速で射出される焔はもはや質量を伴った弾丸。剣を封じられたアナスタシアに避けうる術はない。
「させません!」
「『!?』」
しかし、その黒き弾丸は聖女に届く前に払われる。
聖女から距離を取った紅蓮は爛としたその灼眼で逢瀬を阻害した無粋者を睨み付ける。
黄色いリボンを失ってぼさぼさだったはずの赤い髪は、風にそよぎ陽光にその瑞々しさを輝かせる。
すらりと伸びた両の手は太陽の光を掬うためにあるかのようで、
その両脚は肉付きながらも生まれたままの木目細かい柔肌に包まれている。
そのシルエットが持つ曲率は、およそ人体として完全に限りなく近かった。

「ちょこちゃん……」
「これが私の本当の姿です。いままで黙っていて、ごめんなさい」

305為すべきを成すべき時 −Friend's Fist with Brave− 3 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:09:42 ID:XdFK6x6A0
だが、紅蓮とアナスタシアの狭間に立つその身体は完全なれど人のものではない。
髪を掻き分けて頭部より生える、捩れた双角。豊満な乳房から太腿の付根までを丁寧に覆うのは体毛だろうか。
いずれにせよそれは彼女が紛れもなく“人ならざる者”の証。
人ならざる彼女は背中に、冷たい視線が伝う気がした。
本当の姿で向き合わなかったのは、こちらも同じなのだ。
この姿では、一緒にいられない。この力をふるえば、またひとりぼっちになってしまう。
心の何処かでそう鎖してきたことこそが、彼女をひとりにしてしまっていたのではないか。
アナスタシアが自分を縛っていたのではなく、自分がアナスタシアを縛っていたのではないか。
そんな臆病な私を知って、彼女は離れてしまうかもしれない。

「でも私は――――っ」

聖剣がからりと地面に落ちる。
言葉を遮ったのは、背中より抱きしめたアナスタシアの腕だった。
締め付けるというほどつよくなく、しかし決して手離さぬと込められた力が彼女の胸に伝う。
それは、心を抱きしめるかのように優しい抱擁だった。

「分かってる。分かってるよ、ちょこちゃん。
 貴女は、誰よりも優しくて綺麗で――――とってもいい子の、ちょこちゃんよ」
「アナ、スタ――――――」
「約束、したものね。一緒にいようって……」
「うん……おねー、さん……ッ……!」

背中を濡らす涙に、女性は――そして少女でもある彼女は、涙を滲ませた。
その涙を見て、太陽に輝くこの美しき白翼を見て、誰が彼女を“魔”と呼ぶだろうか。
人ならざる者、魔人の娘。アクラでありちょこである彼女。
彼女は人ではない。だがそれ故に、誰よりも完全な女性だった。
彼女達は抱き合った。
聖女としてではなく、魔人としてではなく、
自分の欲望をかなえる力としてではなく、一緒にいられる誰かとしてではなく、
アナスタシアとちょことして抱き合う。
分かたれた、そしてどこかで最初から途絶えていた2人は、
今はもう、何処から見ても仲の良い姉妹にしか見えなかった。

「『GRRRR! 割り込んでおいて随分と親しげに巫山戯るではないかッ!!
  ……違うだろうッ! 貴様は、私が識る聖女は、勇者とは、そんなものではないッ!!』」

306為すべきを成すべき時 −Friend's Fist with Brave− 4 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:10:24 ID:XdFK6x6A0
紅蓮の嘲笑、そして怒号がちょこの羽を、アナスタシアの髪を震わせる。
紅蓮の眼に滾るのは明瞭な否定と怒りだった。
あの七日間、聖女はひとりぼっちだったからこそ聖女で、英雄だった。だから美しいのだ。
お前はひとりぼっちだっただろう。私はひとりぼっちだっただろう。
その傍らに誰かがいるということ、それ自体が不純だ。
英雄に、勇者に、傍らに在るべきものなど――――友など要らない。

「『おおッ、そういうことと得心したッ! これは済まぬ聖女、確かに貴様の傍らには一匹狗がいたなッ!
  なれば化物の一つや二つ飼い直したところで、是非もなし。なれば私もまた飼い殺すとしようかッ!』」

自分の中で疼き合う感情を無理矢理押さえつけるように、紅蓮はその胸に再び紅の暴君を穿つ。
ようやく塞がり掛けた傷を、再び抉り刻んで、自らを死の淵まで追い込む。
口寄せは捧げた供物の量が物を言う。なれば次は、極限の極限まで供物を捧げよう。
もっと薪を、もっと脂を、もっと命を、何もかもを燃やし尽くせ。

「『さぁさ出ませいッ! 理を切り裂きてここに呼べよ魔剣、天下御免の大蝦蟇ッ!
  その名の如く、万物悉くを塵にかえらせろッ!!』」

どれほど供物を捧げようと私は燃え尽きぬ。願い続ける限り、核となるその願いがある限り。
この身は不滅の焔。全てを燃やし尽くすまで止まらぬ、業の火なれば。


過去の残燃は、現在にある全てを燃やし尽くさんと血と焔を周囲に走らせる。
直に召喚陣は完成し、再び灼熱の大蝦蟇が現れるだろう。
「また召喚するつもりね」
「さっきよりも強大な力を感じます。多分、次は……」
繋がりを解いたアナスタシアとちょこは、紅蓮へと向き直る。
今度の召喚はどうやら先ほどよりも時間がかかるらしい。
だが、それは逆に言えば召喚される蝦蟇が先ほどよりも強力なものとなるということだ。
先ほどの蝦蟇でさえ、魔王との魔法でようやっと消しきれたほど。
いかなヴァニッシュといえど単体では、盾とするにはあまりに心許無い。
召喚が終われば、紅蓮本体もまた動く。アナスタシアはその対応を迫られるだろう。
ならば、一か八か2人の力で、召喚前に紅蓮を倒しきることに賭けるか。
だが、それすらも、あの死にながら燃え続ける紅蓮を殺しきれるかどうか。
あの蝦蟇はおそらく、召喚者の命の量に反比例してその力を高める類の術だ。
仕留め損なえば、最強最悪の蝦蟇に押し潰されるだろう。

「命と引き換えとかはしたくないんだけどな……ちょこちゃん、何かいい手はある?」
「えーっと……もっと頑張って、出てくる前に倒します!」

307為すべきを成すべき時 −Friend's Fist with Brave− 5 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:11:46 ID:XdFK6x6A0
アナスタシアがどっとため息をついたのには2つの理由があった。
大人の身体に成長(?)したとはいえ、ちょこはやっぱりちょこで、聞いた自分がアレだったな、ということ。
そして、そんなちょこと同レベルの発想しか思いつかなかったということだ。
世界を賭したアナスタシアの戦いに小細工など意味はなかったし、ちょこもどちらかというと力を使われてこそ活きる者だった。

「まあ、やるしかないかッ! 策がないなら、力でってね」
「――――策ならあります」

アナスタシアとちょこが背後へと振り向くと、そこには今の彼女らにもっとも必要なものがあった。
彼女達の力を最大限に発揮する、策を振るうものが、ジョウイ=アトレイドがいた。
「ジョウイ君! 無事だったのね」
「ええ、なんとか起きれました。すいません、肝心なときに力になれなくて……」
「ううん、気にしないで。あ、この子のことは気にしてね。今まで気絶してたのなら分からないかもだけど。
 ムチムチプリンを食べたいお年頃とはいえ、小さな踊り子さんに触れるのはいけないことなのよ。
 っていうか、この子の(デフコン)Bは既にこの私が先約済みッ!」
心なし偉そうに隣の少女をアピールするアナスタシア。
道化めくことでジョウイの、異形の存在であるちょこへの認識を少しでも和らげようという思いだった。
だが、アナスタシアの思いなど必要なかったのか、ジョウイはちょこへと向き合う。
「ちょこちゃん……なんだね……」
「ええ、そうです。驚かないんですね」
「うん。ここまでいろいろなものを見てきたからね。驚くのも失礼だ」
「あの……その外套は……」
ちょこは恐る恐るジョウイにそれを尋ねる。
気絶する前と後でジョウイには差異があったのだ。肩から首輪を、そして全身を覆うようにして赤黒い外套に身を包んでいる。
それをちょこはよく知っていた。他ならぬ“お父様”――ジャキの身を包んでいた外套なのだ。
「ああ、うん。僕が目覚めた時、魔王は、ゴゴに覆いかぶさって死んでいたんだ。
 魔王との戦いで傷もいくつかあったし、それに……忘れないように……持って行こうと思ったんだ」
忘れないように。ジョウイの言葉のその一カ所が、ちょこの耳に印象深く残響した。
アクラにとってお父様が忘れ得ぬものであるように、ジョウイにとっても魔王は忘れられないものなのだろう。
ちょこは魔王から受け取った忘れ形見を強く意識する。
受け取った。受け取ったから、だいじょうぶだよと。紡がれた命を見送るように。

「ねえ、スルー? わたしのことスルー? これってなに? 恋のトンネル効果?」

308為すべきを成すべき時 −Friend's Fist with Brave− 6 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:12:22 ID:XdFK6x6A0
ちょこが魔王の死を噛みしめるなか、アナスタシアはキャッチボールされずに地面に落ちた言葉を見つめながら名状しがたい顔を浮かべた。
今のちょこを受け入れてくれたのは嬉しいが、少しあっさりしすぎではないだろうか。
というより、これだと自分が莫迦のようではないか。
「ちょこちゃん、君のその姿は、自分の意志で前の姿にもどれるのかい?
 五行……火や水は、その姿で使えるかな?」
「え、ええ……この姿だと、闇の力が表面化しているので、ヴァニッシュ以外は上手く使えないと思います。
 元に戻ることは、念じればできるとおもいますけど」
「ダブルスルーッ!? あ、今のは言葉がすり抜けるのと電子現象のトンネル効果をかけててね」
「よし。今ならあのカエルもこちらには手を出せないだろう。君はすぐに上空に飛ぶんだ。そうしたら……」
「ハットトリックきましたーッ! ごめんなさいッ!!
 一度滑ったネタの説明をしてごめんなさいッ!! お願いだからせめて会話して!!
 お姉さん寂しいと死んじゃうアルビノ種なの、人類のエゴが生んだ愛玩動物なのッ!」
「言ってる意味が分からないです。それより、時間のこと気付いてます?」
やっと返事をしてくれたジョウイの言葉の意味を理解できず、
アナスタシアは言われるがままに、懐から時計を取り出す。
時刻は7時前。とりあえずパン屋なら朝のお客のピークが始まる時間だ。
今日はどんなお客さんが来るのかなとか、あの人は今日は早く、帰って、くるかな……と、か……
「時 間 な い じ ゃ ん」
アナスタシアは動転のあまりうっすらと鼻水をたらしながら、大きく見開いた目で南の森に目を向ける。
紅蓮のことで気がいっぱいだったが、もうすぐ南のD7が禁止エリアになってしまう。
しかし、まだ南に残った3人が来ていない。
しかも肝心のC7に隣接する森は、カエルフレアの余波で大いに燃えさかり、とてもではないが通れるとは思えない。
このままだと、自分がカエルとの決着から逃げたせいで3人が逃げ遅れたようなものではないか。
「どどどどどどどどどーするのよ! 
 このままだと私と君が殺害幇助の罪でイルズベイルに没シュートよッ。
 味噌汁を冷えた御飯にぶっかけた冷や飯よッ!!」
「そうならないために、手は打ちました。後は彼らに任せるしかありません」
「彼ら?」
アナスタシアが涙目で見つめ返したその先には、空を見上げるジョウイがいた。

ジョウイが見つめた先、空に翼をはためかせたちょこが大地を見下ろしていた。
右を見れば森を抉った荒野があり、左を見れば生い茂った森。
そしてそれを隔てるように炎の壁が走っていた。
「このくらいで、いいかな。えーっと、たしか……お父さんが言ってたのは……」
炎の壁に遮られず南の森を睥睨出来る程度の高さで停滞したちょこは目を凝らし、それを慎重に探してみるが、やはり見つからない。
森の中にある以上、やはりこちらから探しに行くことは不可能だ。
だが、それで問題はなかった。ジョウイがちょこに達したのは、彼らを探すことではないのだから。

<デイバックは僕が預かっておくよ。その位の高度まで来たら、元の姿……ああ、仮の姿になるのか。
 とにかく子供に戻って、大きな声で南に声をかけるんだ。そしたら“放つ”。それでたぶん、伝わるはずだ>
「大きな声で……なにを、言えばいいのかしら……まあ、そのあたりは、戻ってからでいっか……えいっ」
そのあたりのことを聞いていなかったなと思いながらも、
どこかしら子供らしいおおざっぱさで、ちょこはちょこに回帰する。
時間はない。急いで言わなければ。誰が聞いてもはっきりと分かるように、大声で。

「やっほー!!!!!!」

空に響きわたるその大声と共に、キラッっと、空が輝いた。
子供らしい元気な声が大地に木霊する中、中空に異変が生ずる。
「おう、ヤッホーだッ。男アキラ、ただいま到着ッ!!」
ヒュバという小気味よい音とともに瞬間登場したアキラがちょこに山彦を返す。
その両腕にはむろん、ストレイボウとイスラの姿があった。

309為すべきを成すべき時 −Friend's Fist with Brave− 7 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:13:02 ID:XdFK6x6A0
「炎に遮られて動けなくなっていたとき、ちょこの声が聞こえたんだ。
 それで空を見上げたら、空に水が飛び散っていたことに気付いたんだ」
ちょことアキラにサポートされながら着地したストレイボウが状況を説明した。
カエルの異変に気付いた3人は何とかC7に来ようとしたが、焔の壁に阻まれていた。
時間もなく迂回路もなく、八方塞がりの状態だったところに彼らは見つけたのだ。
空に浮かぶ輝き――――太陽に光ったパシャパシャの水を。
「こっちまでくればほとんど水気はなかったからな。狙う水場さえハッキリしてりゃ、跳んでこれたって寸法よ。
 いや、助かったぜジョウイ。あれがなかったらヤバかった」
快活な笑みを浮かべるアキラに、微笑を浮かべるジョウイ。
それをみるイスラの表情だけが、酷く重苦しいものだった。

「『ふ、ふはははは、雑燃が増えたかッ! わざわざ薪を足してくれるとはなッ!!』」
「カエル、目を覚ませ! お前は焔の災厄に、ロードブレイザーに乗っ取られているんだッ!!」
「『喧しいぞ魔術師風情がッ! 私は紅蓮だッ、国の滅びを阻止せんが為、全ての焼滅を望んだ焔だ!!』」
ストレイボウの叫びなど最早関係ないとばかりに、紅蓮は血をまき散らして召喚を続ける。
どうやら南にいた3人も今のカエルがどのような状態にあるかは理解しているらしい。
だが、手短に情報交換を行った3人は現状が最後にみた状況よりも悪化していることを知った。
アキラが2色と称した紅蓮の心は最早何色と称することも出来ぬほど混濁しており、
そしてその混ぜあがった色が決して良い色ではなかった。
アナスタシア達に破れた魔王がちょこを庇って命を散らせたとはいえ、
ヘクトルが北でセッツァー達と戦っているであろうこともある。
なによりも、既に物質化一歩手前まで高められたカエルフレアの顕現まで幾許の猶予もなかった。

「2手に別れた方がいいんじゃねーか。ここにあのピサロがいねえってことは、ヘクトルが戦ってんだろ」
「んー、でも、あのジャファルって子?がヘクトルと一緒に戦ってたように見えたけど……」
お前そんなキャラクタだったか、と首を傾げるアナスタシアにアキラが返す。
魔王や紅蓮との戦いで気に留める余裕もなかったが、戦闘中の画像を頭の中で再生するとそのような絵が浮かばなくもない。
「確かに、あのフォルブレイズをカエルが持っているとなるとあり得ない話じゃない。
 だが、俺のように、人の心はいつ移ろうか分からない」
昔日の後悔に目を細めながらストレイボウはカエルの、紅蓮の持つ魔導書を見た。
あれは間違いなくニノが大切に所持していたものだ。
それがここにあるということは、ニノの身に重大な何かが生じたということだ。
その最悪の推論を続ければ、彼らがジャファルをよく知らないからこそ
ジャファルがこちらに寝返る可能性もありえなくはない。
だがそれは同時に、ジャファルが未だに敵である、あるいはニノを求めてもう一度敵になる可能性もあるということだ。
1対3になれば、いかなヘクトルとて戦線を長々と維持し切れまい。

とすれば、ここは部隊を2手に分け、対紅蓮チームとヘクトル救援チームに分けるのが良策である。
そう分かっていながら、イスラはこの状況に蔓延する厭な匂いを感じ取っていた。
(ジョウイ、お前は一体何を考えている?)
その匂いの発生源に意識を集中させながら、イスラはこの状況に疑惑を巡らせていた。
6人もいれば、2手に別れるのは合理だ。
だが、本来絶望的だった合流を成功させたのがジョウイという事実に、帝国諜報部に所属していたイスラは危険を感じ取る。
当然ながら、イスラはジョウイが黒――――優勝を虎視眈々と狙っている危険人物であると強力に仮定している。
そう考えると、ジョウイの行動は明らかに妙なのだ。
もし合流をさせなければ、労せずしてジョウイは3人を始末することができた。
上手く事を運べば、ちょこあたりも禁止エリアに叩き込めただろう。
だが、それをせずにわざわざ助け船を出したのは、一体なぜなのか。

310為すべきを成すべき時 −Friend's Fist with Brave− 8 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:14:32 ID:XdFK6x6A0
素直にジョウイが善意で助けたと考えられればどれほど楽だろうか。
だが、捻くれ尽くしたイスラにはとてもそうは考えられなかった。
マリアベル亡き今、疑えるのは自分だけなのだ。ならば疑わなければならない。
皆を守るために、こんな僕でも、出来ることをするために。
探せ、どんな小さな綻びでもいい。ジョウイの企みの尻尾を掴め。
奴の目的は優勝、そのために僕達とマーダーの戦力を均等に殺いでくるはずだ。
そのためにこの状況を用意したというのならば、それは――――

「なら、苦戦は避けられないだろうが仲間の命には代えられない。2手に別れよう。
 俺とアナスタシア、ちょこでカエルを止める。その間に、3人で――――」

ストレイボウが戦力を吟味し、均等に戦力を配分したチームを提案しようとする。
その刹那、イスラは確かに見たのだ。
ほんの少し、そうと意識しなければ見逃してしまうほど微かに、ジョウイの口元が笑みで歪んだのを。

「ちょっと待った。それは危険だよ」
全ての背景を理解したイスラは、迷うことなくストレイボウの提案に口を挟んだ。
ジョウイを除く全員の視線がイスラに向かう。
「見る限り、あのカエルは強敵だよ。紅の暴君にアルマーズと同格の魔導書。
 その上、焔の災厄の力だなんておまけ付きだ。迂闊に戦力を分けたら、それこそ力で押し切られるかも知れない。
 北にしたって同じだ。話を統合するに、セッツァーは話術や謀略を得意としている。
 半端な数で行けば、逆に隙を与えてしまうよ」
いかにももっともらしいことを述べながら、イスラはジョウイの表情・仕草を全力で見極めていた。
感情や隙が漏れでないように必死に挙動や表情を固めている。
今更隠したところでもう遅い。むしろ、その仕草が逆にイスラの推論を確かなものにさせる。
ジョウイの狙いは、イスラ達を2手に分けて確実に戦力を減らそうとしているのだ。

確かに戦力を2手に分ければ、状況に同時対応が可能になる。
だが、ここでジョウイが敵であるという事実を踏まえると、この対応の意味が一変するのだ。
戦力を3・3で分ければ、中央の戦いはゴゴを除けば3VS1(+カエルフレア)になり、
北の戦いはジャファルが敵ならば4VS3になる。
なるほど、どちらも数の上では有利といえるだろう。
だが、ここでジョウイが寝返ればどうなるか。
中央ならば2VS2(+カエルフレア)、北ならば3VS4になる。
そう、どちらにしてもジョウイが所属する戦場は数的不利に陥る。

それこそがジョウイの狙いだ。
3人を無駄死にさせるよりも効率的に両者の戦力を削りつつ、
暗躍できる隙を確保し、自身が有利を得る最高の状況を作ることなのだ。

「確かに……だが、いいのか、イスラ。お前はヘクトルを助けたいんじゃ……」
「個人的感情で戦局を見誤るほど、僕も錆びちゃいないさ。
 僕達は負けられない。そのためには、どんな小さな石でも取り除かなきゃね」

311為すべきを成すべき時 −Friend's Fist with Brave− 9 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:15:03 ID:XdFK6x6A0
ストレイボウの自身を案じる音調に気づきながらも、イスラはストレイボウ以外の人物に言葉を返した。
確かに、ヘクトルは心配だ。心配だからこそ、ジョウイをヘクトルに近づける訳にはいかないのだ。
第四放送から第五放送までのジョウイの単独行動を考えれば、おそらく、
否、間違いなくジョウイはセッツァー達と通じている。
そう考えれば、セッツァー達がジョウイを尋問したと言うのも、
ジョウイから疑いを外させるためのセッツァーの策とも考えられる。

そんなジョウイをヘクトル救助チームに向けることは論外だ。
かといって、ジョウイを放置してイスラがヘクトルを助けに向かうことも、またジョウイとセッツァーの思う壺なのだ。

「僕はヘクトルを信じている。ヘクトルなら、どんな策略も通用しない。
 そんなヘクトルが、僕達を信じてカエル達を倒させるために北で戦ってるんだ――――その気持ちを、無駄になんてできない」

だからこそ、イスラは耐える。
自らを城塞と化して北で戦線を維持するヘクトルの気持ちを無駄にしないために、
自分のような心の弱さを持たないヘクトルならば大丈夫だと、
自分に出来ることは、そのヘクトルを謀略から守ることなのだと信じて。

「言われて見りゃもっともだ。今のカエルを止めなきゃ、
 ヘクトルも安全とはいえねえ。ヘクトルの頑張りを無駄にはできねえな」
「ああ。それに、あのカエルを放置は出来ない。全力で当たるべきだろう」
「それに、流石にそろそろ目を逸らす訳にはいかないものね」
「ぬいぐるみさんのこと、けじめをつけなきゃ。それに、あのぼーぼーしてるのはゆるせぬー」
4人が成程と納得した様子を浮かべるのを見て、イスラは意志に満ちた笑顔を浮かべた。
全力で紅蓮を撃破し、紅の暴君を手に入れて急いでヘクトルの救援に向かう。
それこそが、ジョウイの企みを封じつつヘクトルを最速で救助する最短ルートなのだ。

「『クカカカッ! 作戦会議は終わりかッ。なに、責めはせんよ、こちらも丁度終わる頃だッ!!
  此度の蝦蟇は先程の比ではないぞ!! 出よ、ネガティブカエルフレアッ!!』」

燃え盛る焔の中で昇る熱流のように高く高く笑い続ける紅蓮。
よく見ればその脇腹が炭化して風に流され始めていた。
暴走召喚とは即ち召喚の限界を超えた召喚。召喚の触媒が自身であるならば、砕けゆくは必然に等しい。
しかしそれさえも省みぬとばかりの嘲笑の中で、極大の魔法陣から再びカエルフレアが――――
否、ネガティブカエルフレアが現出する。大きさは先程のとはさほど変わらないが、纏う焔の質量、粘性が桁違いだった。
おそらく、紅蓮の中のありったけを対価に支払ったのだろう。
蝦蟇が纏う焔は、量は兎も角、最早ロードブレイザーのそれと遜色なく、
その焔には全ての加護が通用しないであろうことが見て取れた。
「小細工無用か、面白え」
「さっきちょことおとーさまがやったみたいに、ぎゅーん、ぐるぐるーってするのー」
「だが、やれるのか……?」
アキラとちょこが臨戦態勢に入る中、ストレイボウが息を呑んで紅蓮を見つめる。
今までならば唯の怯懦でしかなかったが、今のそれは確かな冷静さの元に裏打ちされていた。
紅蓮は器用に大蝦蟇へと飛び乗り、その頂点に立っている。
敵の数が増えた以上、別々に戦うよりもライドオンした方がいいと判断したのだろう。
確かにあの位置ならば直接的な攻撃はほぼ不可能だ。
加えて、紅蓮には回復魔法がある。あそこなら安全に蝦蟇を回復できる。

312為すべきを成すべき時 −Friend's Fist with Brave− 10 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:16:36 ID:XdFK6x6A0
先程までと打って変わって、守りの陣形。
自らの不死性に甘えない。油断をしない。最善を尽くそうとする。
それが紅蓮のロードブレイザーとの決定的な違いにして、紅蓮がロードブレイザーよりも厄介な点なのだ。
敵は守りを固め、防御補助がほぼ通用しない以上こちらは攻めるしかない。
手を間違えれば、最悪泥沼の消耗戦に陥るだろう。

「だが、それでもやるしかないのならば、俺は、俺は……!!」

ストレイボウの思いは、ほぼ全員の思いだった。
それしかないのならば、それでいくと決めたのならば、あとは貫くのみだ。
全てを賭けて紅蓮を、災厄の残り火を、ここで潰す。

「もし……本当に貫くというのならば……一つだけ、手がなくもないです」

全ての意志が集約されたその瞬間、その言葉は発された。
全員の、イスラの視線もそこに向く。そこには、これまでで一番険しい表情をしたジョウイがいた。
「上手く行けば、紅蓮を……誰の犠牲もなく最速で撃破できるかもしれません……」
全員の目が大きく見開く。時間のない現状、それは余りに魅力的な提案だった。
「ほ、本当かジョウイッ! それは、一体ッ!!」
「ですが、この策は一歩間違えれば全滅もあり得る。それに、ゴゴさんの了解を取らないと……」
「聞かせてくれないか、ジョウイ」
「ゴゴおじさん!」
口にするのも躊躇われると言わんばかりのジョウイの言葉を、新たな音が促す。
その先には、物真似師ゴゴがいた。
抱きつくちょこの頭を優しく撫でるその仕草に、アナスタシアは少しばかり驚き、そして優しげな表情を浮かべた。
物真似師は変わっていた。それは、ペンダントをつけているという物理的変化に限ったことではない。
漏れ出していた邪気が消えている。理由は分からないが、聖剣の加護が改めて機能しているのだろう。
これで自分が勇者にお節介を必要も完全になくなったというわけだ。
「俺のことなら案ずるな。どのような危険な役でも、物真似し切ってみせる」
自らの物真似に絶対の自信を誇りながら、ゴゴは胸を叩いた。
その頑強さに、皆の顔も引き締まり、ジョウイの策を目で促す。
その目線の全てを見定めた上で、ジョウイは僅かに息を吸い直し、その策を告げた。

「『どうしたどうした。意気揚々と始めるのではなかったのか!? これでは肩透かしもいいところ。
  なれば不本意ながら致し方なし、こちらから幕を上げると、否、引くとしようかッ!!』」

攻めてこない7人に業を煮やし、紅蓮が紅の暴君を天に掲げる。
すると、周囲を取り巻く炎の一部がさらに煮詰まり、細長い刃と化していく。

313為すべきを成すべき時 −Friend's Fist with Brave− 11 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:17:32 ID:XdFK6x6A0
「――――以上が、策です」
ジョウイが全てを述べたあと、僅かな、しかし重すぎる沈黙があたりを包む。
アナスタシアはこれまでで一番真剣な表情で考え込み、まずアキラをみた。
「実際、どうなの? アキラ君。可能?」
「ユーリルの中には入れた。オディオが俺達を夢の世界に集められたことを考えれば、不可能じゃねえはずだ。だが……」
アキラは必死に考え、しかしその可能性があり得ることを認めた。
「……本気で言ってるのか。一歩間違えれば俺たち、否、全員死ぬぞ」
ストレイボウが、重苦しい表情でジョウイを見つめる。
だが、ジョウイの表情もまた真剣であったことから、
ジョウイが決して安易な気持ちでそれを口にした訳ではないことが分かった。
あの戦いを忘れたものなどこの場にいない。あの救いがなければ、全員死んでいたのだ。
それでもなお、そのリスクを負おうというのか。
「おじさん……」
ちょこがゴゴのローブの裾を掴み、全員の視線がゴゴに集まる。
彼らは自分たちが議論したところで意味がないことを理解していた。
全ては、この物真似師の想い次第なのだ。

「――――やろう。それが、全員が生きて進むための道ならば」

ゆっくりと、しかし確かな声でゴゴはそう言った。
その策が意味する“リスク”を理解していないはずがない。
それでも、ゴゴは決意した。
ゴゴを突き動かしたのは自己犠牲などといった清純な理由などではなく、もっと暴力的なものだった。
ただ、それが物真似である以上、その矜持に賭けても成し遂げるという決意の元に、ゴゴは応じた。

「『レッドニードルッ! 眼前の命を朱に染めろッ!!』」
紅蓮の号令と共に、焔が攻撃を放つ。
本来形無き焔は煮詰めつくされ、どんな金属よりも硬い無数の朱針となって、彼らに襲いかかる。
「……分かりました。ならば――――」
彼らの決意を見取ったジョウイは振り向き、右手を針に翳した。
中空に現れた黒き刃が砕け、煌めく刃の破片が次々と針をたたき落としていった。
「それまでの時間は、僕が稼ぎます。他の皆さんは、3人を守って下さい」
そういって、ジョウイはゆっくりと紅蓮に向かって歩み始める。
魔王の外套を棚引かせているからか、その後ろ姿が、妙な近寄り難さを放っていた。
イスラがジョウイを追い、その耳元で囁く。
「……どういうつもりだい?」
「こうなってしまった以上は仕様ない。その上で出来る最善を尽くすだけだ」
ジョウイはこともなげにイスラに答えた。
イスラがジョウイの正体を見抜いた以上、喋っても構わないと言わんばかりだった。
一体何を、とイスラが問い返そうとしたとき、北より巨大な叫び声が聞こえた。
狂ったように大気を揺るがす鬨の声の主を、イスラが誤ることはなかった。
「向こうも佳境だ。お互い、死なれたら困るだろう」
声を受けて放たれたジョウイの言葉に、イスラはジョウイの思惑を理解した。
北の戦況もまた大詰めを迎えているが、ここからでは遠すぎてヘクトルが優勢なのかセッツァーが優勢なのか分からない。
チーム分断による各個撃破が出来なくなった以上、ジョウイもまたセッツァーの救援に向かいたいのだ。
ジョウイは紅蓮を倒し、セッツァーの救援に向かいたい。
イスラ達は紅蓮を倒し、ヘクトルの救援に向かいたい。
つまり、紅蓮の撃破まではお互いの目的は合致している。

「その後はよーいドンで早い者勝ちってことかい――――やっぱり、君のことが嫌いだよ、僕は」
「……そうか……“だからか”。じゃあね」
「ああ、さよならだ」

ジョウイはそう言い残して、紅蓮へと向かう。
その背中を僅かに見つめた後、イスラは心底面白くなさげに踵を返した。
紅蓮がロードブレイザーの性質を持っている以上、ジョウイとと協力関係になることは絶対にあり得ない。
ならば、ここはジョウイを利用するのが最善だ。
紅蓮に勝った後は、容赦なく全てをみんなに打ち明けるとイスラは決心した。
そして、できればその前に壁役のまま死んでくれればなと、自分の影を呪いながら吐き捨てた。

314為すべきを成すべき時 −Friend's Fist with Brave− 12 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:19:06 ID:XdFK6x6A0
巨大な蝦蟇に乗った紅蓮とジョウイが対峙する。
対峙するといえど、その目線の高低差は尋常ではない。
紅蓮は魔王の外套を纏い冥府の鎌を携えるジョウイにおやと嘲った。
「『その出で立ち、見るからに魔王だが、底の浅さが如何ともし難いな。
  そのような矮小で、この私に独り立ち向かうだと? 健気を通り越して無能もいいところだ、クククッ』」
だが、見上げるジョウイには一切の感情が無かった。否、全ての感情を支配していた。
「『怖いだろう、死にたくないだろう。無様に怯えろ、卑しく竦め。蛙のように無様に地を這う気分はどうだ人間ッ!?』」
「そんなものはないよ。強いて言うなら……歓喜だけさ」
無表情でそう答えるジョウイに、紅蓮は怪訝な表情を浮かべる。
ジョウイの言葉に嘘はなかった。糧となるべき恐怖が、憎悪が、あまりに薄い。
まるで、今この場で対峙することが、己の意志ではなく義務だとでもいうように。

「『貴様、何を考えている?』」
「魔王に塩を送られた。魔王に気づかれるくらいだから、直に他のみんなも気づくだろう。お互い、ギリギリなのさ」
ジョウイはほんの十数分前の出来事を見返すように瞳を細めた。
紅蓮は何を言っているのかを理解できない。ただ、魔王の名を告げられたことだけが癪に障った。
「だから僕は少しだけ安堵している。“もう一つのしこりを、今のうちに精算できるのだから”」
ジョウイがそう言って、右手を再び天に翳した。その瞬間、その紋章がこれまでで最大の輝きを放つ。

「『この力はッ!? 貴様、今まで手を――――』」
「抜いていた訳じゃない。文字通りこれは“諸刃の剣”なのさ。
 だから僕は少しだけ、嬉しい。この全力を君にぶつける“という状況に出来た”んだからね」

ジョウイの右手が黒き光をさらに強める。
強まる度に、ジョウイの生気が失われていくのが生命活動の根元たる火を識る紅蓮にも理解できた。
そう、これは諸刃の剣。力を使う度に命を費やす、契約の力。

「『ククク、しかし残念だったな。その力は破壊の力ッ!!
  私の大好物にして私を形作る概念ッ!! それでは私を殺せぬぞッ!!』」
「それでいい。例えこれが破壊にしか使えない力だとしても、僕は全てを守りたいと想い、手に入れた。
 だから、今度こそこの力で守ってみせる。君の刃だけは二度と――――この後ろに通さない」

ジョウイの背後が大きく歪み、黒き渦となる。
渦に波紋が揺らめき、小石を向こう側から投ずるように、ゆっくりと”それ”が現出した。
それは片手剣だった。それは刀だった。それは斧刃だった。それは短刀だった。それは槍刃だった。それは両手剣だった。
それは刃――――人が人を殺すためのものだった。
「右剣に六本、左刀に六本。合わせて十二の黒き刃が、君に立ちはだかる輝く盾だ。
 君の殺意を、僕の向こうに徹したいのなら……この力を越えてからにして貰おう」
隠しに隠し通したジョウイの奥の手。膨大な命を蝕んだその先しか存在できない、死の羅列。
殺すことしか出来ない黒き刃の紋章の力の果ては、やはり殺害の極致だ。
しかし、それでもジョウイの瞳も、紅蓮に向けられた刃の切っ先も揺るがない。

「黒き刃よ……“どんよくなる友”よ。今度こそ眼前の敵より守り通せ。
 ――――かつて守れなかった、ルッカ=アシュティアの名に懸けてッ!!」
「『ッ!?』」

315為すべきを成すべき時 −Friend's Fist with Brave− 13 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:19:53 ID:XdFK6x6A0
ジョウイの中を駆けめぐる何かを現すように、戦争の具現――殺す力が恐るべき速度で射出される。
射出された武器の形をした力は大蝦蟇を穿ち、その巨躯に穴を開ける。
しかしその孔はすぐに焔に覆われ、その傷を塞いでしまう。
砕けた刃はすぐさま力と還元され、ジョウイの背後から新たなる刃として射出される。
それはロードブレイザーを利する力。焔の災厄ならば歓喜に打ち震える力。
闇で闇を覆うような戦いは、最初からジョウイが敗北する千日手でしかない。
しかし、紅蓮は僅かながらに紅の暴君の切っ先を揺らめかせた。
思い出したのだ。この小僧の見ている側で、私は、俺は誰かを殺したのだと。
奴は守れなかった。俺を敵と見ていなかった。
何故か? 俺を仲間だと思っていたからだ。油断していたからだ。
何故か? ――――――――それは、俺が殺した奴から聞いていたからだ。
俺は、そう――――殺したのだ。
守るべきもののために、願いのために、何か、ひどく大切なものを、自分の意志で捨てたのだ。

「『クカカカッ、実に奇縁ッ! そうか、私たちは因縁があったのかッ!!
  “心底どうでもいいから完膚無きまでに失念していた”ぞ。とはいえ一方通行と無碍にするのも無粋ッ。
  善し、決して叶わぬ復讐を成してみろ。その無念すら、私の餌としようッ!!』」

朱針と黒刃がぶつかり合う中で、ああ、そうかと何処かで誰かが苦笑する。
飲み込んだと想ってた罪は、決して忘れぬと想っていた傷は……思いの外、簡単に忘れてしまうのだと。


死と殺意が激突する光景を見て、ストレイボウは呆然とする。
刃と焔が再生と破壊を繰り返すその様はまるで黒を玄で塗り潰すかのようだ。
「おとーさん……」
その横で同じものを見るちょこがぼそりと呟く。どうやら、ストレイボウと気持ちは同じなのだろう。
これまでは単発でしか放っていなかった黒き刃の形をした力、その高速連続射出。
今まで見たことないこの技こそが、恐らくジョウイの切り札なのだろう。
なるほど、今まで撃たなかっただけあって、その攻撃は確かに強力だ。
一流の魔術師であるストレイボウは、あれが魔力だけでなく命を対価とする禁術であることは容易に想像ついた。
だが、彼らの胸をざわめかせるのは、その技ではなくジョウイ本人だった。
焔の対流で外套を大きくはためかせながら幾本も剣を召喚するジョウイの姿は、
これまで見たこともないほどに苛烈で、背丈も何もかも違うのに、どこか魔王のようにさえ見えるのだ。
だが、それは無理もないことだろう、とストレイボウは思う。
ルッカ=アシュティア。
ストレイボウがジョウイと初めて出会ったとき、ジョウイが腕に抱き、そして掬い切れなかった命。
あの時のジョウイは、全てを喪ってしまったかのように止まっていた。それほどまでに彼女を守りたかったのだろう。
そして、その命を散らしたのは、他でもないカエルなのだ。
これまでジョウイはおくびにも出さなかったが、彼にとってもカエルは復讐を抱くに十分過ぎる存在なのだ。
(俺は、このままでいいのか……)
ぎゅう、とストレイボウはかつてルッカが抱いていた記憶石を強く握り締める。
大蝦蟇は刃で傷つけられるたびに、その傷口を燃え上がらせて再生する。
焔を纏い高く聳える紅蓮のその様は、カエルがこの島で積んだ罪を一気に燃え上がらせたキャンプファイヤーのようだ。

カエルの罪、カエルの願い。
誰も彼もが、カエルを責める。他ならぬカエルがそれをよしとする。
それでいいのか。と内なる声が響く。
お前にそういう資格があるのか。と内なる声が囁く。

(俺が出来ることは、俺が為すべきことは……)

ストレイボウはちらと後ろを見た。
そこには、膝を突き両腕を組むアナスタシアとゴゴ、そしてその二人の狭間で両者の額に触れるアキラがいた。
考える時間は、残り少ない。それまでに決めなければ。
この策が成功しようが失敗しようが、あと少しの時間の後、紅蓮は敗北するのだから。
違いは、自分達がそのとき死んでいるかどうかだけだ。

316為すべきを成すべき時 −Friend's Fist with Brave− 14 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:21:14 ID:XdFK6x6A0
深く深く、アナスタシアは沈んでいった。
進みたいと強く思えば進み、少しでも迷えば永久に前にも後ろにも進めない。
そんな底無しの沼に、アナスタシアは自分がかつて棲んでいた世界を思い出す。
此岸と彼岸の狭間、生と死の境にあるアナスタシアのいる世界。
ひょっとしたら、一生出られないのではないかという気分が頭をよぎる。
「近いな……そろそろ、着くぜ」
頭に響くその声に、アナスタシアはうんと頷いた。
アキラの先導がなければ、本当にそうなってしまっていたかもしれない。

闇の中に光が生まれ、そしてその光が一気に拡大する。
一瞬眩んだその目をゆっくり開けると、アナスタシアは少しだけその口を呆然と開いた。
花が、蝶が、闇が、光が、空が、大地が、ここには全てがあった。
輝ける命、救い救われて循環する希望、鼓動に息衝く星。
「なんつう……」
「これが、ゴゴ君の、内的宇宙……」
「ああ、これが俺の現実。俺が歩いてきた証だ」
その美しさに呆然とする2人に、その世界の主は語りかける。
ここはゴゴの世界。かつて一度滅びかけ、そして蘇った世界だ。
「すげえな……あいつ、こんなもんを“救い”やがったのか……」
突き抜けるような赤い夕焼けに、アキラは苦笑いをした。
しかし、その表情には嫌味はない。これほどの綺麗なものを救ったというのなら、なるほど、ヒーローとも言いたくなる。
「ああ、俺はあいつに救われた。そして――――」
ゴゴが向いた方角へ、2人も向き直る。
天蓋の宙心、大地の臍。ゴゴの世界の中心に、それは突き刺さっていた。

「アガートラーム……」

アナスタシアは、息を呑んでそれを見つめる。
未来のガーディアンより分かたれた銀の左腕。
勇者が振るいし英雄の聖剣は、全てを見守るかのように、そこにしっかりと突き刺さっていた。
どくり、とアナスタシアは心臓を震わせる。
それは他でもないアナスタシアを英雄に導いてしまった、運命の剣だった。
この剣を抜いてしまった、抜いてしまえた時より、彼女は英雄となってしまった。

それを、これより抜こうというのだ。今この聖剣が何を封じているのか、それを理解したうえで。
「最初に聞いたときは、正直ありえねえと思ったがな」
「だが、確かにこれしかない。カエルを救い、ヘクトルを救うには」
これを抜けば、再び憎悪が世界を支配するだろう。聖剣なき世界に救いがないように。
故に、誰もそれを考えなかったのだ。その選択はありえない。聖剣を抜くなどとは。
だがありえないからこそ、それは最高のハッピーエンドに至る唯一の道なのだ。
「分の悪い賭けだな、まったく」
「だが、当たれば億万長者だ。俺の世界、全部賭けてもいいくらいにな」
アキラが笑みに応ずるように、ゴゴがローブ越しにも分かるほどにニヤリと笑った。
どちらのセッツァーも、きっとこの状況ならばこうするだろうと思いながら。

317為すべきを成すべき時 −Friend's Fist with Brave− 15 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:23:16 ID:XdFK6x6A0
2人が見守る中、アナスタシアは眼を瞑って聖剣の柄を握り締める。
久方ぶりに触れたのに、その感触はあまりにも自分の中の記憶に合致していた。
だが、そこには僅かに温かみがある。自分の冷たい手よりも暖かい、勇者の熱がまだ残っている気がした。
「頼みがある。もしも間に合わなかったら――」
「聞かないわよ、そんなの」
ゴゴの言葉を、アナスタシアははっきりとした音調で跳ね除けた。
ここより始まった聖女の悲劇。だが、それは過去だ。
(少しだけ使わせてもらうね、ユーリル君。その代わり、イイもの見せてあげる)
「私達は、今度こそハッピーエンドに行くんだからッ!!」
眼を見開いたアナスタシアが、その聖剣を引き抜く。
剣を抱いた彼女は現在に立った。ならば後は――――未来を切り開くだけだ。

バキリ。
「はじまりやがったかッ!!」

アキラが吼える。聖剣が抜かれた瞬間、世界は一変した。
美しき夕暮れの空は飴のように緩々と歪み、不快な配色へと捩れていく。
それは正に、侵食異世界<カイバーベルト>に覆われたファルガイアの空だった。
偽りのオディオ。何の目的もなくただ憎むだけの概念は、まさしく世界を侵すものだったのだ。
分かりきったことだ。一度聖剣を抜けばこうなることは。

だからこそ――――ヒトは滅びに抗うことが出来る。
「そうだ、ヒトはただ滅びを待つだけの存在ではない! 絶望を知り、それに抗うことが出来る。
 物真似師を甘く見るなよ。自分の物真似に2度も喰われるほど、俺の物真似は易くはないッ!!」
そうゴゴが叫んだとき、ゴゴのフードの内側から光が生ずる。
それは銀色の光。ゴゴの内側に今まで突き刺さっていた、アガートラームの光そのものだった。

「聖剣がなければオディオを封じられない……結構ッ! “だったら俺が聖剣になるだけだッ!”」

ゴゴの光に晒された憎悪の空の歪みが鈍る。
“聖剣の模倣によって、イミテーションオディオを仮止めする”。
それこそがジョウイの策の骨子であり、
時として桜となり、時として大地となったゴゴが現実を受け止めた果てに見出した答えだった。
例えそれが神代の概念が作り出したガーディアンブレードだとしても、
この身に内包した剣程度、物真似出来ずして何がプロフェッショナルか。
“現実”と“矜持”。物真似師に必要不可欠なそれを取り戻した今だからこそ、出来る神業だった。

「――ッ――ッ!!」

だが、それでも空の歪みは止まらない。
聖剣のものまねを始めたゴゴの表情は決してそれを表には出さないが、かなりの負担であることは容易に想像できる。
オリジナルの聖剣でようやく封じることの出来た偽りのオディオ。
如何にプロの仕業とはいえ、同じ模倣であるならば、オディオに軍配が上がるのは道理だ。

「ゴゴ――」
「止まるな、アナスタシア! 手前ェの戦場はここじゃねぇだろうが!!」

318為すべきを成すべき時 −Friend's Fist with Brave− 16 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:23:51 ID:XdFK6x6A0
踵を止めて振り返ろうとしたアナスタシアを、アキラが激する。
そう、目的と手段を混同してはならない。ここまで危険を冒してでも聖剣を抜いたのは何のためか。
その掴んだ聖剣で何を為すかこそが問われているのだ。
「そうね……守りたいものを、守る。それが『ヒーロー』だったわね」
「わかってんじゃねーか。ホント、何があったんだ?
 まあいいさ……ここは心の世界、だったら、俺がやらずして誰がやるってんだ」
そう、だからこそアキラはここにいる。
「てめぇらも、やられっぱなしじゃムカつくだろ。
 いいぜ、来いや。手前ェらの“想い”……全部こいつに届けてやるッ!!」
アキラは胸の辺りで両の手を広げた。
この世界に息衝く者たちの心――ゴゴを救いたいという意思が、アキラを介して聖剣となったゴゴに流れ込んでいく。
ゴゴ一人に無茶を押し付けてなるものか。世界を憎悪から守るという役目を一人に押し付けるものか。
その真っ直ぐな思いに、アキラは少しだけ眼を滲ませた。それは模倣かもしれないけれども、確かに偽らざる心だったのだ。
涙でぼやけた視界に、2つの影が見える。
一人は緑の髪の勇者で、一人は蒼き髪の英雄だった。決して遭うことのなかった二人が、共にゴゴの背中を押している。
ああこれが、勇者で、英雄なのか。
ヒーローと同じくらいには、認めてやってもいいかもしれないと、アキラは少しだけ思う。

「それでも、キツいか……急ぎやがれ、アナスタシア! 支えられて“6分”だッ!!」 

だが、それでもなお覆せぬものがある。
侵食され崩壊する世界を偽りの聖剣と偽りのアークインパルスで縫い止めることなど不可能なのだ。
“6分”。それが勝ち取られた奇跡の量であり、何もかもの全滅を賭けて得た好機だ。
アナスタシアはその時間をかみ締めながら、急ぎ内的宇宙より浮上する。
誰にだって、出来ることと出来ないことがある。だから、出来ることをするのだ。
ゴゴも、アキラも、自分の出来ることを――――己が為すべきを成した。
後は、こちらもそれに応ずるだけだ。

319為すべきを成すべき時 −Friend's Fist with Brave− 17 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:24:25 ID:XdFK6x6A0
黒き刃が破片と散る。そして蝦蟇が再び焔と再生するが、黒き刃がもう一度精製されることはなかった。
じゃり、と絶望の鎌が地面に突かれる。鎌を杖として何とか立つジョウイの肌は、
まるで本当に魔王ジャキのように白く窶れ、その一切の生気を喪っていた。
「『気が済んだか? 人の身でありながら良くぞここまで保ったと褒めてやろう。
  しかし、剣で何かを守ろうということ自体が既に不純。殺す力で、この私に勝てるものか』」
対する紅蓮は焔でありながらどこか瑞々しくその力を輝かせていた。
当然だ。誰かを殺そうとする、消そうとする力は、ロードブレイザーにとって極上のエネルギーなのだから。
ジョウイは眼だけは紅蓮を見据えているが、口を僅かにパクパクとさせるだけで、最早喉を鳴らすだけの余力も残っていなかった。
「『怨まれるというのも中々に心地良かったぞ。褒美を取らせる』」
紅蓮の命令に応じ、大蝦蟇が大きく口を開く。
そこに集うは闇の油に高められた巨大な焔弾。ガンブレイズと同質であるが、その大きさはその比ではない。
「『死体すら残さず爆ぜろ。魂ごと焔に焼かれながら、煙となってルッカに逢いに行くがいいッ!!』」
カエルフレアから極大ガマブレイズが放出される。
回避も防御も不可能な一撃を前に、ジョウイは撃つべき手もないのか、抗うそぶりも見せないまま、
ガマブレイズは着弾し、爆炎を立ち上らせた。
「『クハハハ、さぁ、次は――――何ィッ!?』」
紅蓮の灼眼が爛と見開く。
爆炎の晴れた先にいたのは煙と成ったジョウイではなく、蒼い髪を靡かせた一人の女だった。

「――――頑張ったわね、男の子。偉いぞ」

女が突き出した掌の外側にめぐらされた白壁がさらさらと崩れていく。
自分の前に立つ女性の背中を見て安心したのか、ジョウイは糸が切れたように崩れ落ちる。
その身体が地面にたたきつけられる前に、ちょこがその力でジョウイをひょいと持ち上げる。
ジョウイ君をお願い、とちょこの頭を撫ぜて、女性は――アナスタシアは紅蓮と対峙する。

「『ハッ、次は貴様か宿敵! いいぞ、貴様の後方には守るべきものがある。
  実に重畳、再びかつてを繰り返せるとは――――』」
「かつて、じゃないわ。これから、始まるのよ」

凛とした音が、紅蓮の嘲笑を一笑する。
アナスタシアは両の手を髪に沿わせ、その地面までつきそうな髪飾りを解く。
ころり、と髪を二つに分けていた紅玉が地面に転がる。別に何百kgもある髪飾りが自分の力を封じていたという訳ではない。
「私も、貴方もずーっと過去ばかり見ていた。でもね、私はもういいの。
 聖女であったことも受け入れて、ここから、明日に向かって私は歩いていく」
アナスタシアはくるくると指を回す。その指には、細長い布が絡んでいた。
あ、とそれを見たちょこが自分の頭を確かめる。この島で最初につけていたリボンが、一つなくなっていた。
ちょっと借りるわね、とアナスタシアは笑いながら手を頭の後ろに伸ばし、その長い髪を上に纏めて束ね、リボンで縛る。
「『貴様、何者だ。お前は、私の識る聖女などではないッ!』」
その余りにも堂々とした振る舞いに、さしもの紅蓮も狼狽を見せる。
先ほどまでとはあまりにも違いすぎるのだ。振る舞いだけではない、その裡から湧き上がる、災厄を嫌悪させる感情が。
アナスタシアはその誰何に、少しだけキョトンとした後、ふっと軽い笑みを浮かべた。
両の手を髪から手離す。そこには、涼やかにまとめられたポニーテールの元聖女がいた。

「聖女じゃない。ってことはただのちょっとエッチなお姉さんなんだけど。
 でも……そろそろ、新しくなってみるのもいいかなって思うのよ。貴方もそう思うでしょう? ルシエド」

320為すべきを成すべき時 −Friend's Fist with Brave− 18 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:26:03 ID:XdFK6x6A0
呼び声に応じ、欲望の黒狼ルシエドがアナスタシアの横に侍る。
それが意味するのは、聖剣ルシエドを必要としなくなったということだ。
「『貴様……まさか、あるのか、ここにッ!? それを持つということがどういうことか、分かって……』」
「分かってるに決まってるでしょ、災厄。“ただの聖剣よ、こんなの”」
ずるり、とアナスタシアの背後からそれが伸びる。
紅蓮は、紅蓮の中のロードブレイザーは自身の天敵であるそれを見て心胆を寒からしめた。
それはかつて彼女を聖女たらしめたもの。人類最後の希望――――“だったもの”。
アナスタシアはそれを振るう。一切の重みも無く、あの焔を共に駆け抜けた無二の武器を担う。

「こんなの、ただの武器なのよ。この――――“ちょっとかっこいいお姉さん”にはね」

それが、アナスタシアの目指す明日のわたし。
英雄にはなれなくても、勇者にはなれなくても、ほんの少しくらい背伸びをしてみようかなという程度の気分。
それだけで、未来に歩いていくには十分だ。
侍るはルシエド、どれほど星が枯れようと決してなくなることは無い欲望の守護獣。
担うは聖剣アガートラーム。人類全ての願いで起動するそれを、彼女は一人で起動する。
「さぁて、時間もないから始めましょうか。来なさい、ロードブレイザー。
 未だ燻り続ける過去なんて、3分そこらで消し飛ばしてやるわッ!!」
「『お、おのれェェェェェェェェッッッッ!!!!!!』」
大蝦蟇と共に紅蓮が飛翔し、その巨体でアナスタシアに襲い掛かる。
しかし、そこに最早聖女の恐怖など無かった。

「狼と共に、聖剣を携え、この身はすでに戦装束――心しなさいッ、未来に仇名す過去の亡燃ッ!
 出遅れた分を取り戻せと、わたしの中の跳ね馬が躍り昂ぶる。いざ駆け出せば、容易く抑えられぬと覚えなさい!」

レジスタンスラインは疾うに越え、過去の未練は宝石箱へ。
ならば、後は明日に向かって駆け出すだけなのだから。


イスラ、ストレイボウ、ちょこ。3人は目の前の光景に唖然とした。
それは“戦闘”というよりも“神話”というべきものだった。
アガートラームを握ったアナスタシアの一閃は、もしここに海があったならば確実に海を割っていただろう清浄さを備えていた。
かたや紅蓮も、アナスタシアのケイデンスに呼応するようにその炎を猛らせていく。
聖剣の一撃が通り過ぎた先を片端から浄化すれば、瞬く間に黒炎が土地を穢す。
闘いというよりも生存競争、生存競争というよりも、世が生まれたときから争うことを定められていた運命に近かった。
「……なんだよ、いつの間にか、吹っ切れたような顔をしちゃってさ」
アナスタシアの戦いぶりを見て、イスラははぁと溜息をつく。
獣のように歯を軋らせ、益荒男のように聖剣を振り回す彼女は、最早彼の知るアナスタシアとは似ても似つかなかった。
どのような経緯があったかなど、イスラは知りたくもなかった。
“命”を滾らせているこの瞬間の光景だけでおなかいっぱいなのに、
これでその経緯まで知ったら、問答無用で認めざるを得なくなるからだった。
「だが……なんて、美しいんだ……」
禍々しい狼と共に駆けるアナスタシアの姿に、ストレイボウは素直にそう評した。
別に、アナスタシアの髪型が変わったからという理由ではない。
業火に立ち向かう乙女が、命の限りに生を燃やし尽くすその魂の輝きが、綺麗だった。
それは、武道大会で優勝した瞬間のオルステッドを思い出させる。
すべてが充実し、何もかもがその心臓の皮の中に納まっている。

ああ、とストレイボウは納得する。これが『剣の聖女』なのだと。
アナスタシアが望むとも望まずとも、その魂の極彩は、彼女を聖女と思わせるに十分だったのだ。
其れほどまでに、欲望を、命を燃やし尽くす彼女は、美しかった。

321為すべきを成すべき時 −Friend's Fist with Brave− 19 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:26:39 ID:XdFK6x6A0
「だけど、それじゃだめなの。おねーさんばかりにたたかわせちゃ、だめなの」

立ち尽くしてしまいそうな輝きの中で、ジョウイを後ろに置き終えたちょこが靴の踵を整え、一歩前に踏み出す。
それではだめなのだ。いくら聖女に見えたとしても、彼女もまた人なのだ。
アナスタシアの人としての脆さを知っている3人は、眼を合わせて無言で頷いた。
これは神話ではない。れっきとした人と人の戦いなのだ。ならば、人としてできることが、きっとあるはずなのだから。

「『連なり爆ぜろ、ラインボムッ!!』」
「ルシエドッ!!」

大蝦蟇の口から無数の油が飛び散り、それは一直線に連鎖して爆破されていく。
アナスタシアはルシエドの毛並みを掴み、猛烈な加速でそれを回避した。
そして素早く蝦蟇の背後に回り、一撃を見舞おうとする。
「『小賢しいぞ聖女ッ! 見えぬと思ったか!!』」
だが、周囲の全てを認識する紅蓮はアナスタシアの正確に把握し、蝦蟇を飛翔させる。
気づかれたことに気づけど時は既に遅く、聖剣の一撃は大蝦蟇の背中に傷をつけるだけだった。
アナスタシアが苦虫を噛み潰す。分かっていたことだが、大蝦蟇の大きさが厄介に過ぎた。
いかなルシエドとて、この高さを一足飛びで越え上がることは出来ない。
紅蓮本人に太刀が入らなければ、如何な聖剣であってもこの不滅の災厄を滅ぼすことは至難だった。
「『思考などする間があると思うなッ!』」
そして、紅蓮は遥かな高みから焼夷弾撃をアナスタシアに降り注がせる。
中空で身動きの取れないアナスタシアは、聖剣でガードをしようとする。
「させないの!」
しかし、その一撃をちょこがパシャパシャで押し流す。
何事かと驚いた紅蓮だったが、すぐさま自分に向けて氷の粒が霰と降り注いだ。
ストレイボウの氷系魔術が、紅蓮を包む火の力を僅かに翳らせる。
そしてアナスタシアが地面に衝突する寸前、イスラの両腕がアナスタシアを支えた。
「貴方達……」
「皆まで言うなよ。アレは、マーダー。僕たちが倒すべき敵だ」
「おねーさんをひとりにはしないの」
イスラはそっぽを向いて不器用に、ちょこは虚飾無き純粋でアナスタシアを迎え入れる。
アナスタシアはその光景に瞳を潤ませた。
「アナスタシア。アレはお前にとって倒すべき宿敵なのかもしれない。
 だが、あいつはそれでもカエルなんだ。頼む、俺に、カエルを助けさせてくれないか」
それでも涙を零さなかったのは、そう自分に聞いてくれたストレイボウのおかげだろう。
アナスタシアは紅蓮に向き直り、3人が見えないような位置取りで瞼を擦った。
「そう、ね。貴方は、まだ間に合うのだから。私と違って」
私と違って。そういう彼女の語尾は震えていた。
その震えこそが、アナスタシアのストレイボウへの謝罪の気持ちだった。
全ての絆を断って独りになろうとしても、それでも名前をよんでくれる人がいるのであれば、その絆は残り続ける。
ならば、たとえ友がストレイボウとの絆を断ち切ろうとしても、
謝ろうとすることには、名前を呼び続けようとすることは、きっと無意味ではないのだ。

紅蓮に今一度立ちふさがったアナスタシアは、その背中に命の鼓動を感じ、嘆息を漏らした。
肌越しにも伝わる命の熱。しかしそれは彼女に阿ろうとする者たちの命ではなかった。
誰一人として、アナスタシアに自分の命運を委ねようとするものはいなかった。
自分の未来を、自分で勝ち取ろうとする者たちの熱だった。

「私を守れなんていわない。私がみんなを守る……ううん、みんなで、一緒に戦いましょう」

ちょこに一つの輪を渡しながら、アナスタシアはそう言った。
ああ、ここには、剣の聖女が護るべきものなどないのだ。あるのは、共に並び立つ戦友たちだけだ。
もう聖女は要らない。

嗚呼――――今、私は、わたしとして、生きているのだ。

322為すべきを成すべき時 −Friend's Fist with Brave− 20 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:28:18 ID:XdFK6x6A0
「『アアアアアッ!! 賢しい、小賢しいッ、忌まわしいぞその賢しさッ!!
  何が絆かッ! 何が仲間かッ!! そんなものなど、この私の前で振りかざすなッ!!』」
眼下に集う4人の戦士たちに、紅蓮はあらん限りの侮蔑を撒き散らした。
人間の意志の集合、アークインパルスに似た絆の力は、災厄たる紅蓮にとって毒であった。
だが、何よりも、その絆そのものが紅蓮には許し難かった。
全てを絶って、何もかもを切り捨てて、燃やし尽くして、グレンは紅蓮となった。
絆を断ち切って得たこの力が、絆を紡いで生まれた力に気おされるなど、あってはならなかったのだ。
憎しみが、羨望が、嫉妬が、ありとあらゆる負の感情が紅蓮から全てを奪い、蝦蟇へと流し込まれていく。
ついに自分自身さえ切り捨てて、その身をただの災厄へと堕とそうとしていた。

『『最早一切の手加減もなしッ! 業炎爆水ッ!! そのまま腐り落ちろォォッッ!!』』

極限まで燃え上がった蝦蟇が黒き焔を周囲に撒き、紅蓮が天に紅の暴君を掲げ、極大のウォータガを雨と降らせる。
水と火が混ざり合った瞬間、それは膨大な蒸気となって周囲を包んだ。
高温の水蒸気は金属を腐食させる。
それが呪いの炎によって生まれた蒸気ならば、命という命を瞬く間に腐り落とすだろう。
「生憎だけどね、これ以上腐らせるものが残ってないのさ、僕にはッ!!」
だが、その呪いの水蒸気を切り分けてイスラが吶喊する。
天空の剣の加護を盾に、間合いを一気に切り詰めたイスラは、大蝦蟇に一撃を与える。
どこであろうと瞬く間に回復する蝦蟇であったが、この度切り裂かれたのは左の脚だった。
蝦蟇の巨体が災いし、自重によって大蝦蟇が大きくバランスを崩す。
それに耐えようと、左に沈もうとする巨躯を右に持ち上げようとした時だった。
「今なのっ、お空に……とんでけーっ!!」
その刹那、重心が持ち上げられた一瞬を見逃さず、懐に入ったちょこの全力の蹴りが大蝦蟇に炸裂する。
常ならば一ミリとて動かないであろう巨躯は、己が踏ん張る力を逆に利用されて高く高く飛び上がった。
「『小癪がッ! 一体何を……』」
「こうするためよッ! ちょこちゃん!!」
大蝦蟇ごと宙に浮かされた紅蓮の問いに、アナスタシアが実演を以て応じる。
全速力でちょこに向かって走ったアナスタシアが、ちょこの頭上目掛けてジャンプする。
そして、アナスタシアはアガートラームを自分の足元に翳し、
ちょこはその聖剣の刀身の腹を目掛けて、いかりのリングを装備した方の足で渾身の蹴りを叩き込む。

「「いっけぇぇぇぇぇ!!!!」」

そうして、アナスタシアは紅蓮目掛けて――――“蹴り投げられた”。
弾丸のように飛翔するアナスタシアは、斬撃と共に瞬く間に大蝦蟇ごと紅蓮を追い越す。
そして、ちょこはその姿を今一度白翼の魔族へと姿を変え、ヴァニッシュで大蝦蟇を天空へ押しやる。

『『おのれ、おのれアナスタシアァ!! 認めん、認めんぞッ!!
  貴様が仲間を得るなど、孤独より開放されるなど、有り得るかァッ!!』』

その呪詛は、大蝦蟇の口から放たれていた。
紅蓮の中の災厄の力を、極限まで集めたその蝦蟇は、限りなくロードブレイザーだった。
消滅の力に押されて空を上るその災厄には、
剣を振りかぶって自分に近づいて――自分が近づいて――くるアナスタシアの姿が、信じられなかった。
世界にひとりぼっちの聖女だからこそ、アナスタシアは聖女であったのに。
「言ったでしょ。私は新しい道を進んでいくんだって。
 だから災厄。アシュレー君が消し残したその雑燃は、自分の始末は自分でつけるッ!!
 そして、私は始めるのよ――――光り輝くセカンドライフをッ!!」
アガートラームが、アナスタシアの魂に輝く。
その光が降り注ぐ眼下の世界には、白き闇にぽつんと残る赤黒い点が一つ。
まるで苺のケーキのようだな、とアナスタシアは場違いに思った。
そして、ああ、とすっかりと忘れていたことを思い出す。
「約束してたものね、ちょこちゃん。じゃあ、一緒にやりましょうか!!」
聖剣が更にその光を強める。それに呼応したか、ちょこのヴァニッシュもまた力を引き上げる。
蝦蟇は幾度となくわめき散らしていたが、最早彼女達には聞こえなかった。
ケーキは大人しく黙っていろ。何せ、今から――夫婦そろっての初の共同作業なのだから。


「「人生初の共同作業ッ!! ケーキ、入刀斬ァァァァァァァンッッッ!!!!」」

323為すべきを成すべき時 −Friend's Fist with Brave− 21 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:29:07 ID:XdFK6x6A0
白き闇と聖剣の狭間で、災厄の残燃はそれでも怨嗟を叫び続けていた。
しかし、その不死の焔も、無と聖なる力の前では少しずつ削り取られていく。
ちょこに抱えられながら、アナスタシアはその最後を最後まで眼を逸らさず見ていた。
倒せなかった宿敵、そして、自分にとって絶対の壁であった存在。
その崩壊を、アナスタシアは眼を逸らさずに見つめ続けた。

「さよならは言わないわ、ロードブレイザー。きっと貴方のことは、絶対に忘れられないだろうから」

光と共に黒き焔が潰えたとき、アナスタシアの瞳に僅かに雫が流れた。
それは、ある意味で友をも越える絆が生んだ涙だったのかもしれなかった。


「ア、ガ、だ……!!」

だが、まだ何も決着はついていなかった。
白き闇の外側に、染みのようにして飛び跳ねた影が一粒浮かぶ。
大蝦蟇を乗り捨てた紅蓮が、そこにはいた。
どのような執念が身体を動かしたのか、その想像すら出来ぬほどの反応だった。
いくら離脱に成功したとはいえ、ヴァニッシュの余波に晒された紅蓮の肉体は、
最早不滅の看板を外さなければ成らないほど磨耗していた。
それでも、紅蓮は魔法を唱えようとする。戦うための意思を貫こうとする。
何もかも、肉体すらも砕かれようとも、成すべきことの為に全てを為そうとする。

「カエルゥゥゥゥッ!!」

だがそんな哀れな騎士に、一人の魔術師が立ちはだかる。
紅蓮が吹き飛んだ方向を目掛け、欲望の狼に跨ってストレイボウは大地を駆け抜けた。
『アナスタシアが手を貸せというから貸してやるが、全ては貴様の欲望次第だ。一度揺らげば、振り落とすぞ』
言われるまでもないと、ストレイボウは両腿を狼にきつく挟み込む。
急激な律動に下半身の筋肉が悲鳴を上げる。だが、そんな泣き言を言っている暇はなかった。
恐らく、これがカエルに言葉を投げかけられる最後のチャンスなのだから。
ルシエドが跳躍し、紅蓮とストレイボウの間合いが狭まる。
音の通る距離、言葉の伝わる距離。ついにストレイボウはそこまで来た。しかし。

(だが、俺はカエルになんといってやればいい!?
 国のことか、友のことか、仲間のことか!? 何を言えば、あいつに響く!?)

最後の最後、喉の奥まで出掛かっているはずの言葉が出てこない。
言う資格を自分に問う。言う意義を自分に問う。言う意味を自分に問う。
たかが言葉なのに、言うことが出来ない。たかが言葉だから、言うことができない。
その隙を見逃すほど、紅蓮は甘くなかった。
紅の暴君の突きが、ストレイボウの胸を目掛けて穿たれる。
ストレイボウに、その鮮やかな一閃を回避する能力などなかった。
故に、それがストレイボウを穿たなかったのであれば、
それは、他の誰かが穿たれたということに他ならなかった。

「ぐ、あ……しま……っ……!!」
「ジョウイッ!?」

324為すべきを成すべき時 −Friend's Fist with Brave− 22 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:30:00 ID:XdFK6x6A0
ストレイボウと紅蓮の間に割って入ったジョウイの腹には紅の暴君の刀身がずぶりと突き刺さっていた。
鮮血は吹き出ない。吹き出るほどの生命力が、紋章に食い尽くされた彼の身体には残っていなかった。
だが、それでも彼は走っていたのだ。残された命もない身体で、ここまで走り跳んだのだ。
「莫迦野郎ッ! 何で、こんな……!!」
「迷わない……で……ください……」
ジョウイは全てを燃やし尽くすかのような壮絶な瞳で、紅蓮を睨み付ける。
「友ならば……本当の友ならば……本当さえあれば、どんな言葉だって、響くんだ……!!」
震える手で、ジョウイは自分を貫くカエルの手に絶望の鎌を添えた。
「だから、見せてくれ! 絶たれても、それでも繋がれる奇跡をッ!!」
そして、鎌の刃を折ってしまうほどの全力で、ジョウイは紅蓮から手首ごと紅の暴君を切り離した。

精魂使い果たしたとばかりに、紅の暴君を腹に突き刺したままジョウイは地面に落ちていく。
その光景を見たストレイボウは、胸が締め付けられる思いがした。
ああ、俺は何度莫迦を見れば気が済むのだろう。

本当に友であるのならば、どんな言葉だって響く。
本当に友であるのならば、どんな言葉だって伝わる。

何かを伝えるのに必要なのは、どんな言葉で伝えるかではない。“伝わると信じられるかどうか”だ。

それを、ストレイボウは信じられなかったのだ。
言いたいことを、言えなかった。
お前が妬ましかったと、勝ちを浚っていくお前が憎らしかったと、
お前は本当に俺を友だと思っているのかと、ただの雑魚としか思ってないのじゃないかと。
言いたいことを、言いたいときに、言えなかった。
伝えることを恐れ、溜め込んで、そして衝動のままに爆発させた。

冗談交じりでもいい、皮肉気味でもいい。
言ったところでストレイボウとオルステッドの間にある絶対的な力の差は変わらないだろう。
それでも、少しでも言えていれば、きっと何かは伝わり、何かは変わったはずなのだ。

ストレイボウが胸に握り拳を当てる。その手には、小さなバッジが握り締められていた。
そのバッジが少しずつ、しかし確かに輝きを強めていく。

『ほう……兄弟だけではなく、まさか貴様もここに在ったか、貴種守護獣……
 面白い。ならばその偉大なる名に免じ、もう一度駆け抜けてやるッ!!』

ルシエドが凶暴な笑みを浮かべ、もう一度ストレイボウを吹き飛ぶカエルまで導く。
心臓の鼓動が姦しい。少しでも緩めれば、爆発しそうだ。
これは、あのときの衝動に似ていた。魔王山の隠し扉を見つけてしまったあのときの、
押さえつけてきた黒い何かが吹き出る瞬間に似ていた。

325為すべきを成すべき時 −Friend's Fist with Brave− 23 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:32:04 ID:XdFK6x6A0
だが、とストレイボウは紅蓮を見据えて息を吸う。
ブラッドの言いたいことが、今になって理解できた気がした。
伝わると信じろ。伝えても壊れぬと信じろ。伝えて――自分の意思を、相手に打ち立てろ。
言葉が届かなかったのは、俺が咎人だからじゃない。
俺が道を間違えた人間だったとしても、俺が死すべき罪人だったとしても。
友の道を正してはいけない道理など、どこにもない。
俺に何よりも足りなかったのは――――言いたいことを、言う『勇気』だったのだから。

「カエル!! 手前ェ、いつまで寝たフリしてやがる!!」

だから、ストレイボウは『勇気』を振り絞った。

「自分で殺すのに疲れたからって、あんなのに身体を明け渡したってのか?
 なんだそりゃ、アレだけ偉そうに自分の意思でと言っておきながらそのザマか!!
 どれだけ情けねえんだよ。俺か? お前は俺か? ああッ!?」

吹き飛ぶ紅蓮に、伝わっているかどうかなど分からない。だから、ストレイボウはただ信じた。
伝わると。立場も資格も関係のない、本気の言葉なら、絶対に伝わると。

「お前は違うだろうが! 高潔に、誇り高くッ! どれだけ紅に塗れても!!
 お前は、お前の意思で国を救おうとした――――勇者だろうがッ!!」

握った拳が、黄金の輝きを放つ。
そして、紅蓮の残った拳が、僅かにピクリと動く。
ストレイボウと紅蓮の瞳が交錯し、そして、ストレイボウはにやりと笑った。

「お前は、かっこいいよ。国を滅ぼした俺が本当ならばお前みたいになるべきなのに、
 俺にはとてもじゃないが、真似できない。でも……でも……一つだけ、一つだけ、頼むぜ……」

ストレイボウの身体が、紅蓮に近接する。

「お前が、本当に勇者だってなら!! 俺を省みろ!! お前が斬り飛ばしてきたものを見ろ!!
 後ろを向けよ!! その上で前に進むってんなら、俺にはお前を止められない……」
 
その拳が、引き絞られる。
全ての想いを乗せた、友に向けた、勇気の拳が。

「だが、もしも! 少しでも、すまないと、思うなら!! マリアベルに! ルッカに! 
 お前が!! その為に、殺した奴らに!! 今ここで、侘びやがれェェェェェェッッ!!!!」


ストレイボウの金色の拳が、紅蓮の鳩尾を直撃する。紅蓮の口が大きく開き、唾液と食物が漏れ出した。
まるで、この騎士が今まで溜め込んできた罪を吐き出させるように。
「ご、ぶ……やり、やがった……カ、エル」
だが、ダメージを負ったのは紅蓮だけではなかった。
紅蓮の拳が、カウンターの要領でストレイボウの頬を穿っていたのだ。
そのまま、2人は落下していく。
結果は相打ち。だが、ストレイボウはそれに満足そうな顔を浮かべた。

その拳には、確かに自分が綺麗だと思った信念が乗っていたことに気づいたからだった。

326為すべきを成すべき時 −Friend's Fist with Brave− 24 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:32:41 ID:XdFK6x6A0
「無茶するわね」
「お互い様だろう」
ルシエドの毛並みを撫でながら、アナスタシアは頬を腫れ上がらせたストレイボウを呆れた調子で見つめた。
そのそばには、表面の水分の乾ききったカエルが横たわっていた。
災厄を内包していたからだろうか、その身体はあちこちが炭化しており、その生死は非常に危うい。
だが、今生きている。それを勝ち取れただけで、ストレイボウには何よりも誇らしかった。
「……何、うれしそうな顔してるのさ」
「だってだってー、みんながいっしょだから、ぽかぽかなの」
イスラの問いに、ちょこは満面の笑みを浮かべてそう答えた。
その答えに、イスラはやれやれと溜息をつく。
確かに、イスラとてアナスタシアを戦力と認めざるを得ない状況だった。
決して仲間だとは思いたくないが、まあ、それでも、多少は評価してもいい。

「って、のんびりしてる場合か? ゴゴのこと……」
「Oh! ……って冗談やってる場合じゃないわね。もう、5分過ぎちゃってるし」

アナスタシアはそういって、聖剣を肩に担いだ。
アキラが抑えてくれているとはいえ、時間は残されていない。急ぎ本封印をし直さねば。
だが、運命はそれほどに易くはない。
イスラが北側を見つめたとき、そこには2人の人影があった。
「あの人だ……」
その銀の髪を見定めたちょこが、そう吐き棄てる。
この娘がここまで他人行儀に、そして嫌悪感を露にするのは珍しいな、と思った。
だが、それで2人が誰なのかは明瞭になる。
ギャンブラー・セッツァー=ギャッビアーニ。そして魔族の王・ピサロ。
ヘクトルが圧し留めようとしていたマーダー達。
その事実が意味するであろうところに、イスラの心臓が戦慄いた。

「最悪のタイミングね……悪いけど、少しだけ時間稼いでくれる? 直ぐに封印してくるわ」
「ああ、それしかないだろう」

アナスタシアとストレイボウが、同時に頷く。
それが最良だろうと、イスラも思った。3人でも、時間稼ぎくらいは出来るだろう。
だが、イスラの鼓動は収まらなかった。自分の中の警報機関が、けたたましく鳴り響いている。

何か、何か見落としているような気がする。
絶対に見落としてはならない、何かを……

「おとーさん、どこ?」

327為すべきを成すべき時 −Friend's Fist with Brave− 25 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:33:42 ID:XdFK6x6A0
ぞくり。イスラの背中に走ったものを音で表せば、正にそれだった。
イスラがそれの落ちた場所に首を向ける。だが、そこには誰もいなかった。
ただ、夥しい血の跡が、ずるずるとずるずると延びていたのだ。

まるで、這い寄る混沌のように、ゆるりゆるりと手を伸ばし、
辿り辿ったその先には――――物真似師の眠る場所。

「魔王が、鍵を穿ったのは、確か、ここだった」

そして、その血は足を登り腿を渡り、股関節を通り、ぐじゅぐじゅと漏れる血液の源泉へたどり着く。

「使わせてもらうよ……『まけん』の、使い方……」

ぼとり、と両生類の右手が地面に落ちる。
ずぶり、と、この青空に似つかわしくない酷く厭な音が響く。
そこには、血よりも紅い魔剣を物真似師に突き刺して立ち尽くす、一人の魔王がいた。


――――繋がった……


「何だ、こいつは! 落ちて来るのは聖剣じゃなかったのかッ!!」
その光景をみて、アキラは叫ばずにはいられなかった。
捩れ狂った空を裂いて現れたのは、聖なる銀の腕ではなく、血に染まった紅き刃だった。
その刀身が、降りてくる。世界の中心となって世界を守る偽りの聖剣に堕ちてくる。
「くそッ! やらせねえ、やらせねえぞ……」
アキラが、己が精神の全てを費やしてでもその刃を阻もうとする。
「やめろッ!」
だが、それは皮肉にもその身を案じた一人の物真似師によって阻まれてしまう。
アキラの意識が、ゴゴの内的宇宙から排出されていく。
命を賭そうとするアキラを、放っておけなかったゴゴは、その一瞬、物真似師に戻ってしまった。

仮止めの聖剣すら失われた世界。
しかし、ここには、その代わりがあった。

禍々しいほどに紅く輝く――――封印の剣が、世界の中心に封じられた聖櫃を解く。


――――ようやく……繋がった……ッ!!


紅の暴君が鳴動する。物真似師の奥にあるものを認識し、それは歓喜をあげた。
その様に、ちょこは何故か、魔王の言葉を思い出していた。
『安心しろ。こいつに巣食う魔物に手を出すつもりは、俺には、もうない』

「うそなの……」

俺には、もうない。俺に“は”。

「うそっていって……おとーさん……」

そのあどけない声が、聞こえていたかどうかは、分からない。
だが、聞こえていたとしてもいなかったとしても……これは、変わらなかっただろう。


――――ようやく、完全な形で……繋がった……ッ!!


その手に握る力に、ジョウイは眼を見開いた。
誰にだって成すべきことがある。だから、きっと、これが今僕が為すべきことなんだ。

328 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:36:37 ID:XdFK6x6A0
ここで一度投下を中断し、皆さんにお願いをしたいことがあります。

329SAVEDATA No.774:2012/01/24(火) 23:53:23 ID:U7gnGKUU0
反応した方がいいかな?
なんでしょう?

330 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/24(火) 23:55:36 ID:XdFK6x6A0
すいません、レスを分けたのは意味がありません。書き込みボタンを押してしまっただけです。

現在、ここまでで全体の3分の1を投下完了しました。
既にSS全体は完成しているのですが、ここまでで3分の1ということからも察せられると思いますが、
量がかなり多いです。

そこでお願いというのは、残り3分の2を、明日・明後日での投下という形にしてもよろしいでしょうか。
理由としましては、一度にそれだけの分量を投下しても、読まれる方が十分に楽しめないのではないか、という点。
これは個人的な点で申し訳ないのですが、現状少々体調が芳しくない点があります。
前者に関しては後日読む人には何の意味もないだろう、
後者に関してもそれは自分勝手だろうと思う方もおられると思います。

なので、お願いという形をとらせていただきました。
ここに参加した書き手としては若輩の身でありながら勝手とは承知しておりますが、
皆様のご理解をいただきたく思う次第です。

補足いたしますが、SSは完成しております。
未完成が故の時間稼ぎ等でないことだけは、書き手の端くれとして誓います。
ただ、誤字脱字がこの後見つかった場合等に
未投下・投下済のテキストを修正をするかもしれないことは、ご容赦いただきたく思います。

なお、投下は明日・明後日を予定しております。
万が一支障があった場合は、直ぐに報告し、対応を仰ぎたいと思います。
投下分の指摘事項があった場合は、議論スレあたりに書き込んでいただければ助かります。

長々とした文になりましたが、
重ねまして、皆様のご理解をいただきたく、どうかよろしくお願いします。

331SAVEDATA No.774:2012/01/25(水) 00:00:31 ID:wz.KPFMI0
ぜんっぜん問題なしっすよ。
無理をせず、お大事に。

332SAVEDATA No.774:2012/01/25(水) 00:02:55 ID:Ek1XcNE20
私は今すぐでもまた後日でも構いませんが、氏の体調が優れないというのでしたら後日にした方がよろしいいかと
ここまで終盤にきてるからには、実績のある書き手氏に対しては多少は融通を利かせてもいいと思われます
では、寒い季節ですのでくれぐれもご自愛ください

333SAVEDATA No.774:2012/01/25(水) 04:24:26 ID:5hkiamuY0
ども、今更に気づいて読み進めたものです
大変面白く、ぐいぐいと引き込まれて読んだのですが、一時間以上も読み終わるまでにかかってしまいました
3分の1状態で1時間なのですから、完成状態だと単純計算で3時間以上はかかると思われます
私としましては問題ないのですが、3時間以上もかかるとなれば、突かれてしまう人や、時間的な都合上、途中でやめないといけない人も出てしまうかと
氏の言うところの、『読まれる方が十分に楽しめないのではないか』というのは、そういうことへの危惧ですよね
十分、納得できる理由です

ですので、どうか、自分のわがままや勝手とは捉えず、私達のためにも分割してください
ここまで、今すぐにでも、感想を叫びたいほど面白かったです
続きも、楽しみにさせて頂きます
そして、その続きを投下できるのは氏だけですし、その氏が無理して倒れたりしてしまえば、先が読めなくなってしまいます
明日明後日という自分の言葉に責任を過剰に感じず、体調次第ではご自愛ください
それでは

334SAVEDATA No.774:2012/01/25(水) 10:42:47 ID:5l0HiTDo0
執筆お疲れさまでした。
SSが投下されていることに気づいて、一気に読み進めました。
読んでいるときの時間もですが、読んだあとに各場面やふとした描写を思い出して
叫びたくなったり燃え尽きかけてしまったりしたので、分割投下なさって
いただけるのは読む側としても非常にありがたいです。
感想は、巧くまとめられないのですが、とにかく「読みたい」と、今はそれだけで。

そして体調がすぐれないのでしたら、どうかそちらを優先し、ご自愛なさってください。
これだけの話を書く側としても……予約した以上望んで書いたものだとしても、
執筆のあいだにかかった負担は大きかっただろうと思います。
寒さも深くなってきておりますので、続きを投下する日については>>333氏の
仰るとおり、氏の体調を最優先に考えていただければ幸いです。

335 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/25(水) 20:58:17 ID:yt5C1HkA0
皆様、暖かいご返答、本当ににありがとうございます。
それではご好意に甘えまして、次の3分の1の投下を…といきたいのですが、
今日投下予定の分量が、100kオーバーとなっております。

そこで、重ね重ね甘え倒しで申し訳ないのですが、
今日の分を今日・明日に分け、今日・明日(木)・明後日(金)で投下を終えたいと思います。
まこと勝手とは思いますが、ご容赦いただきたく。

それでは、本日分、投下します。

336その罪を識る時 −Fallere825− 1 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/25(水) 20:59:26 ID:yt5C1HkA0
彼が今『此処』に至った意味。
それを理解するには『はじまり』と『おわり』の両面から見極めなければならない。

彼はその右腕に人を殺す機能を有し、その脳裏に人を殺す理由を有していながら
その機能を全く人を殺す方向に用いていなかった。
あろうことか他者を守り、他者を癒す為に機能していた彼は、ともすればこの戦いで一番の無能ともいえただろう。
折角の名刀を野菜炒めに用いるようなもの、これでは刀が泣くと言うものだ。
だが、彼にしてみれば“そんなことはどうでもよかった”のだ。
彼がその刃を振うのは悦びを得る為ではなく、刀を喜ばせる為でもない。
ましてやこの殺し合いを見下ろして愉しむ輩を歓ばせる為でもない。
彼が剣を振い、戦い、殺すのは徹頭徹尾自身の望みの為であり、そして彼はその刀の遣いどころを弁えていた。

そう、剣とは、斬るべき理由で斬るべき時に斬るべき場所で使わなければ意味がない。
ならば、彼がまず為すべきは“斬るべき時と斬るべき場所を見極めること”だった。

知っての通り、彼は殺し合いを打破しようとする者達に与した。
そこには彼の心に沸き立つ“うずき”のような小波があり、
また、彼が勝利するに当たって強大な力を持つ殺戮者達を倒す必要があるという理由もあった。
だが、それだけの理由・感情で形にするには彼の行為は積極的に、強力に過ぎた。
攻勢への布石は模索すれど実際に置くことは1つと無く、朴訥に英雄に与するその様は、
一見すれば、本来の立場を失念していたようにすら思えるだろう。
だが、感情で英雄達に協力する一方で、彼の理性もまたその支援を『善し』としていた。
彼が幾度となく迷いながらも、決して片方の道を棄てることがなかったように。

自身が知る情報に虚偽を混ぜたところで、それがどう影響を及ぼすかも分からない。
自分が手を汚せば、どれだけ隠蔽しようがそれがどのような形で露見するかも分からない。
限られた情報でも策を巡らせば、短期的なスパンでならばそれが効果を予測できる。
だが、それが長期的にどう転ぶかは分からない。蝶の羽がいつ何処で嵐を起こすかも分からないように。
分からない、分からない、そう―――――――分からないのだ。
故に彼は殺害に結び付く一切を行わなかった。
まったくの白地図から始まったこの戦いに於いて、自身の行為がどのような影響を及ぼすかも分からない以上、
その内に戦術レベルで策を繰り出すことに意味はないのだ。

ならなするべきは1つ。この戦いの第一理念―――――徹底的に“生き延びる”ことに徹することなのだ。
故に、彼が英雄達に与することには意味がある。彼の力は独りで戦局を変えるには心許無くとも、
誰かの背中を押して戦いの流れをズラすには強力であったから。
セッツァー=ギャッピアーニが殺戮者側から天秤を動かしたとするならば、彼は英雄達の側から天秤を整えたのだ。
生きて歩き、生きて見、生きて体感する。生きて知り、誰よりも早く終『盤』へ到達する。
策を巡らせるのは、それからでも遅くはない。

そして、あの雨の乱戦を英雄達の側について生き延びた彼は、
優勝を望む者達の中で誰よりも早く、この盤面の全貌を理解した――――――この戦争が『詰みかかっている』ことを。

337その罪を識る時 −Fallere825− 2 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/25(水) 21:00:02 ID:yt5C1HkA0
この島で混沌と行われていた殺し合いを秩序ある戦争と見立てた時、
彼を含め、最後の一人になることを望む者達にとってこの状況は王手一歩手前だったのだ。
4度目の放送までに呼ばれた者達を名簿から逆算した残りの生存者は、
アキラ、アナスタシア、ユーリル、魔王、アシュレー、ゴゴ、ちょこ、カエル、マリアベル、
ストレイボウ、ヘクトル、ニノ、ピサロ、ジャファル、セッツァー、イスラ……そして彼本人を含めれば17人となる。
そのうち、雨夜を生き延びた者達の中で、オディオに反逆しようと集ったのは
アキラ、アナスタシア、ユーリル、マリアベル、ストレイボウ、ヘクトル、ニノ、イスラの8人。
優勝・快楽を問わず、他者の殺害を目的として戦っていたのは
魔王、カエル、ピサロ、ジャファルの4人。そして得られた情報の齟齬、そしてその失踪の状況から、
限りなく殺意を以て行動していると考えられるセッツァー。
計13人。即ち、生存者の4人に3人はこの盤上に於ける在り方が確定しているのだ。
そして、自分を除く残り3人、アシュレー、ちょこ、ゴゴの在り方もルカ=ブライトの死から類推できる。
4度目の放送で死んだのはリンディス、シャドウ、ブラッド、ロザリー、トッシュ、トカ、無法松、そしてルカ=ブライト。
この内雨夜の中で死んだ者を除くとシャドウ、トッシュ、トカ、無法松、ルカ=ブライトの5人。
つまり、最大7人であの狂皇子を仕留めたということだ。
ルカは獣の紋章に匹敵する大規模殲滅術を用いたらしく、それも加味すれば、4人の死体というのはまだ納得のいく数字だ。
そして、その生き残りに果たして殺し合いに乗るものがいるだろうか。
この島で2番目に知った名前を持つ“アシュレー=ウィンチェスター”が。
あの生き残る嗅覚に長けたアナスタシアが使えると確信し侍らせた少女“ちょこ”が。
ナナミの亡骸の前で彼女から聞いた物真似師“ゴゴ”が殺し合いに乗るだろうか。

それは有り得ない。これは情報の信頼性以前の問題だ。
もし彼らが何らかの変節で殺し合いに乗っていたなら、逆にルカを討つことが更に難しくなる。
ルカとは、十重二十重と策を巡らし無数の戦士達を用いて漸く殺し得るルカ=ブライトとはそういうものなのだ。

無論、それを以て断定することは出来ないが、そうであればより最悪の状況を想定するべきだ。
それ即ち、残る3人がルカを倒して生き残り、強固な結束を持っている場合。
つまり、最悪を想定した場合この盤面において、
C7にアキラ、アナスタシア、ユーリル、マリアベル、ストレイボウ、ヘクトル、ニノ、イスラの大軍が鎮座し、
加えて一目確認できれば確実にマリアベル達と協力するであろう、ルカを倒すほどの遊撃部隊がどこかに存在している。
対して殺戮者はどうか。北にセッツァーとジャファル、西にピサロ、南の遺跡にカエルと魔王。
セッツァーを除けばいずれも損耗し、散り散りとなってしまっている。

単純戦力比11:5。これを詰み一歩手前と言わずしてなんという。
当然、それに気付いた彼に悔いがなかったわけではない。
こうなる前に何か手を打てたのではないか、もう少し天秤を整えられたのではないか。
だが、彼はその贅沢を堪えた。
悔むだけならば誰にでもできる。重要なのは過去を知って現在を掴んだ今、未来をどうするかだ。

誰よりも早く『詰みかかっている』ことを知った彼は、誰よりも早く『まだ勝てる』ことを知ることができたのだから。

338その罪を識る時 −Fallere825− 3 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/25(水) 21:01:56 ID:yt5C1HkA0
勝利に向けて、彼はこの島における行動の中で最速の一手を放った。
彼だけが見切った『ある理由』から、この窮地に於いても魔王オディオが天秤を調整することは期待できない。
これだけの人数・情報が集まれば、マリアベルの首輪解析・対オディオ攻略は爆発的に推進するだろう。
なにより、マリアベル達にしてみればどこか一角のマーダーが崩れればその時点で完全に詰ませられるのだ。
最早、彼にはリスクを躊躇する猶予は残されていなかった。

この時点での彼は知る由もなかったが、彼の持つ嗅覚はある意味的確に作用していた。
彼が盤面を掴んだ時、この盤の裏側――――夢の世界では既にアキラとアナスタシア、ユーリルとアシュレーが邂逅してしまったのだ。
あと一歩着手が遅れていれば、彼らとアシュレー組の合流が最優先事項となり、
合流から駆逐に向けての流れを食い止めることは不可能だっただろう。
本当に、本当に紙一重の先手だった。
だからこそ、ピサロ誘導とセッツァー・ジャファルへの接触から始まる彼の鬼手―――――
『残存する全マーダーによる大同盟』はその息吹を勝ち取ったのだ。

利害が複雑に絡み合う群雄割拠の乱世―――例えば、このバトルロワイアルのような―――ではほぼ有り得ない同盟。
しかし、その効果たるやただの同盟などとは比べ物にならない。
その威力たるや“ただの都市の群が強大な王国を滅亡に追い込む”ほどの力を持つ、最強の同盟である。
散った殺戮者達を南北の2つにまとめ上げ、マリアベル達を両側から攻略する。
この劣勢極まる盤面を覆すには、彼の友がかつて成し遂げた奇跡を成就するより術はなかった。
口で言うは易く、行うは不可能に等しいこの鬼手にジョウイは挑んだのだ。

マリアベルが南征を告げるや否や、即座に北へ移動。
ここまで己の立場をグレーゾーンに隠匿し切ったセッツァーの人物を見極め、その能力を確認した。
算術を弾くことのできる知性、ヘクトル達が警戒するジャファルを味方につけるその人間力。
そして何より、勝利の為に必要なことを理解し、実行できる胆力。
直接その存在を確かめた彼は、同盟軍の盟主足り得る器をセッツァーに認め、
彼らが置かれている状況と、ピサロという強大な『可能性』を譲渡した。
セッツァーが本物であれば、北側の戦力を取り纏め同盟軍の意図に乗ってくるだろうと。
少なくとも、開戦するまでは互いに想定通り動くはずだ、と。

ピサロが順当にセッツァー達に合流したのを確認して、彼は再び南に舞い戻った。
自分が取り持つまでもなかった以上、セッツァーの価値は期待通りに機能している。
後は自分がマリアベル達の行軍を調整し、魔王達への接敵タイミングを整えれば同盟軍は完成する。

するはずだったのだ。
だが、先ほども言った通り、全てを掌握できないこの戦いに完全な計略など存在しない。
彼の計略は綻びた。
彼はセッツァーという男を僅かに浅く見、彼はブリキ大王というジョーカーを見逃し、
そこから生まれた怪物の誕生に介入できなかった。

339その罪を識る時 −Fallere825− 4 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/25(水) 21:02:36 ID:yt5C1HkA0
ゴゴという名前の怪物を救おうとした少女と出会い全てを知った時、彼は自分が出し抜かれたことに気付いた。
そして、怪物が救われた時、自身の計画が破綻したことを悟った。
ちょことゴゴを組み込んだマリアベル達の目は既にセッツァーに向けられ、今更誘導などできない。
この反転行軍の隙にセッツァーは魔王達と接触し、同盟軍を再構築するだろう。
彼は、彼が組みあげた構想をそっくりそのままセッツァーに奪われたのだ。

彼はセッツァーの理性を見極めたが故に、ただ利用されることを善しとしない『感情』を見誤ったのだ。
そうして彼は詰んだ。この後に起きるのはセッツァー達5人の連合軍とマリアベル達10人の真っ向勝負か、
先んじてマリアベル達が動き、セッツァー達を攻めて10対3の駆逐戦か。
それでも、セッツァー達が勝つ可能性がないわけではないだろう。だが、それではだめなのだ。
それでは『混沌』は生まれないのだ。彼が勝つためには、混沌が絶対に必要なのだ。
僅かな可能性に縋り、彼は耐えた。この詰んだ局面を崩すことのできる要因を。
アキラがから夢の中の物語を聞いたことで僅かに残った、死中の蜘蛛の糸を。

だからこそ、その活路―――――――アシュレーとアキラの合流を知った魔王達が
合流を阻止すべく目の前に現れたとき、彼は決意した。

今こそ、為すべきを成すべき時なのだと。

もっとも、魔王達がこの場所へ訪れた理由が全く違うことに、その時の彼は知る由もなかったが。
兎にも角にも最後の“混沌”――――全参加者による決戦は完成した。それこそが彼の欲した状況であり、計画の前提だった。
とりあえず、彼の現在の近傍をざっと『読み込み』すればこの程度のことは簡単に理解できる。
だが、それでは“これ”はあまりにも噛みあわないのだ。

殺戮者達の力、効果を最大限に活用できる攻囲戦が展開されたことで、オディオに抗うもの達は苦戦を強いられるだろう。
当然、何人もの死者が期待できる。
だからこそ彼らの中に潜み優勝を伺う彼が為すべきは、完全に敵と見切られるまでに少しずつ足を引っ張り、
彼らと殺戮者達の戦力を限界まで均等に削ぎ、最後の最後で消耗した者達を殺すことのはずだ。
なのに、まだ敵も味方もほぼ健在である今、彼は自らコトを起こしてしまった。
こうなってしまえばイスラ達は彼を明確に敵と断定するだろう。
今さらゴゴがオディオを再発するかもしれないから、などという言い訳も通用しない。
マリアベルがいない今、イスラの懸念を誰も妨げられない以上、最早彼に彼らの中での居場所はない。
かといって、殺戮者達と共同戦線を張れもしない。
この終局に於いて、裏切り者を今更囲い込むリスクなど誰も負いたくないからだ。
精々、仲違いしてくれれば纏めて殺せて重畳という程度だろう。故に殺戮者の中にも彼の居場所はない。

独り。彼はまだ10人近くの参加者がいる中でぽつねんと孤立してしまったのだ。
彼は、心底待ち望んだ混沌を、自ら棄却してしまったのだ。

340その罪を識る時 −Fallere825− 5 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/25(水) 21:03:49 ID:yt5C1HkA0
何故? なぜ? Why? 『読み込み』ながら『私』は考える。深く、深く、始まりへと向かって考える。
死に瀕したが故に一矢報いようとした? Non,それならばわざわざ致命傷を貰いに行くこと自体がおかしい。
失血による思考能力の低下? 否定。彼は明確に刺すべき相手を見極めていた。そこには確かな計画性が存在している。
戦力を削る乱戦の利を彼は“計画的に”放棄してしまった。
10人強の相手を、1人で相手取ることなど不可能だと言うことは、自分が一番よく知っているだろうに。

―――――逆? 彼は、捨てていない? 捨てたのではなく……乱戦を“戦力を削る為”に用いなかった?

そうか、そうか!
『私』はこの島での彼の始まりまでを『読み込んで』漸く彼が今ここに至った確信に至る。
彼は最初からこの乱戦に期待してなどいなかったのだ。
考えて見れば明白だ。あの雨夜において死んだのはロザリー、リン、ブラッドだけ。
殺戮者側に死者がいないとはいえ、つまりはその程度、歴戦の殺戮者が4人も集っても“これが限界”のだ。
数を揃えた英雄達相手との、この如何ともし難い力の差が出始めているのだ。

無論、あの雨夜の戦いは誰もが想定しない不慮の遭遇戦であり、どの殺戮者達も命懸けで戦うつもりはなかっただろう。
故にロザリーの死によってピサロが戦意を喪失し、戦線が崩壊した時点でカエル達も撤退したのだ。
それに比べれば、今回の彼らは大きく異なる。
直接状況を伝えたセッツァー達は当然のこと、魔王達の闘いぶりからもハッキリと分かる。
彼らは皆ここで趨勢を決さなければ後がないと知っている。故に退かないし退けないのだ。
そしてセッツァーが北側をまとめ上げたことで、5人の殺戮者達は限りなく連携をとれている。

だが、それは彼らも同じことだ。
アシュレーとの合流は出来なくとも、ユーリルという勇者が潰えたとしても、
ちょこの加入・ゴゴの復帰、更には首輪解析の大きな進行によって、希望に照らされた彼らの結束は今や最高潮なのだ。
彼はそれを肌で感じてしまっている。
互いに連携と結束は五分、ならばやはり数の差がそのまま勝敗の差に繋がってしまう。
そしてその差は、彼一人が暗躍した所で埋められるものではない。
殺戮者側は、どうあがいても、彼らの王道を止められはしない。
そしてこの戦いの後に生き残るもの達を1人で殲滅する力など、彼にはない。
マリアベルを見殺した以上、最早彼らの絆の中に紛れ込むことも出来ない。
彼がマリアベルを見殺したことが露見するかどうかはともかく、愛ある中立を貫いた彼女がいなくなった以上、
彼らの思考は必ずやイスラのベクトルへ誘導されるだろう。悪くて吊るし上げの魔女裁判、良くてアキラのサイコダイブだ。

混沌を全うに使った所で、彼が活きる道は残されていない。
“だから”だ。
この混沌で彼が為すべきは、汚れ切った『羊』の皮を被り続けることではない。
むしろその逆――――彼が独りでも勝てるほどの“力”を掴み『狼』となることなのだ。

341その罪を識る時 −Fallere825− 6 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/25(水) 21:04:21 ID:yt5C1HkA0
――――だから彼は、混戦を目晦ましだけに用い、ここに至った。
彼は最初から他者の力を削ぐだけでは勝ち残れないと知っていた。その中で、自分だけの力を掴まない限り、勝てぬと知っていた。
だから誰もが彼がまだ動かぬと思っている内に、殺戮者がまだ残り彼らの注意が自分に向く前に動いた。
危機を煽り、さもこの場を打開する為の妙案と嘯き、聖剣を抜かせて。
血と共に溢れる命を輝く盾の最大の力で僅かに補い、その残る命の全てを両腕に込めて『私』を物真似師の“心”に向けた。

『お前』が国を興すに足ると欲した力――――『色の無い憎悪』を得る為に。

どうだ、当たりだろう。……全ては『此処』に、この私を……『紅き暴君<キルスレス>』を手にするために仕組んだのだろうッ!?
ジョウイ=アトレイドッッ!!




「お前は……」
何処ともいえない虚空の中で、漸く己が輪郭を認識したジョウイが言葉を発する。
自分は確かに紅の暴君をゴゴの中に突き刺し、この眼で見定めたゴゴの中の力を紅の暴君に封印したはずだ。
ならば、これはその結果だというのか。
「ああ、そうだ。貴様のちんけな目論見の通り、我が中に無限にも近い力が宿った。
 剣の中にある分量しか存在しなかった我が、こうして形を取り戻せるほどにな!」
何者かの声がジョウイの脳に、精神に直接響く。
これが、話に聞く魔剣の意志だというのか。
「お前が……紅の暴君?」
「紅の暴君は我が力の端末に過ぎぬ。何だ、自分が欲しようとした力の名前も知らぬというか。
 我はディエルゴ。ここではない別の島の意志にして、狂える界の意志也!!」
剣の意志、否、その本質が真の名を告げる。
かつてリィンバウムにおいて無色の派閥という狂気の組織が、世界を支配する根源『界の意志<エルゴ>』から
その座を奪うべく作り上げようとした新たなる界の意志、人造のエルゴ。
嘆きに歪み、怒りに朽ち、悲しみに崩れ、怨みに果てた、狂気の成れの果てである。

342その罪を識る時 −Fallere825− 7 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/25(水) 21:04:54 ID:yt5C1HkA0
「それほどの存在が、なぜ今まで出てこなかったんだ!?」
「我が本体は島にこそ存在する。島より切り離されたこの場所では、
 我が血肉はこの魔剣に内在する分量しか存在しなかった。
 嘆きを汲み上げて維持しようにも、そのなけなしの血肉ですら、
 あの災厄に寄生された身では存在を保つことすらできなかったのだ」
ジョウイの問いに、紅の暴君―――否、ディエルゴは忌々しそうに応じた。
忘れられた島の意志であるディエルゴは、忘れられた島でなければその力を発揮することはできない。
もっとも、元の島にはもうディエルゴも存在しないのだが。
いずれにせよ魔剣に在った分量しかないディエルゴでは、
自意識すら構築できずただの無念や怨念の集合体としてしか存在できなかったのだ。
それでも、この島には魔剣の欠片をベースにして構成される共界線があった。
故に、少しずつではあるがこの島の嘆きや怒りを汲み上げて糧としていた。
しかし、それすらも奪われ続けていたのだ。魔王オディオの奇策によって内在させられた焔の災厄・ロードブレイザーによって。
「あの災厄にとって我は最高の苗床であったのだろうな。
 意識すら形にできぬ我は、本能的に憎悪を汲み上げることしかできぬ。
 それを片端から自身の糧にされては、我に打つ手はなかった」
弱り切った焔に延々と薪をくべ続けるという屈辱が、オディオより与えられた役割だったのだ。
ロードブレイザーにとっても、紅の暴君の存在は有意義だったのだろう。
ある程度の力を蓄えてアシュレー=ウィンチェスターに再憑依した時にさえ、
紅の暴君の味を知ったロードブレイザーは無意識にも僅かに残滓を残していたのだから。

「屈辱ではあった。何とか奴の依代を砕かんと、使いようもない適格者を差し向けてみたが、結果はあの様よ」

ディエルゴが遠くを睨むように過去を思い返すが、ジョウイには何のことかも理解できなかった。
もう一人の適格者アティ、ひいては彼女が持つ碧の賢帝がどのような状態にあるかは、共界線を通じてディエルゴは即座に理解していた。
同時に、ディエルゴはアティを用いて復活することなど不可能であると見切りをつけていたのだ。
碧の賢帝には焔の災厄がないとはいえ、あのような白無垢の状態では使い物にならない。
実際問題として、アティは魔剣を育むことも出来ずに死んでしまったのだ。
ディエルゴはせめてもと、なけなしの力で不完全な死亡覚醒で亡霊伐剣者をでっち上げてロードブレイザーにけしかけたが、
所詮は付け焼き刃の傀儡としての働きしかできず、挙句碧の賢帝を砕かれその核を食われる始末だ。

「残された手は一つ、適格者を得て魔剣を更新するよりなかった。それさえも、災厄の隙を突いて一度だけだったが」
「そうか、だからその時だけイスラに声が届いたのか」

343その罪を識る時 −Fallere825− 8 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/25(水) 21:05:34 ID:yt5C1HkA0
碧の賢帝ではディエルゴが復活できない以上、頼みの綱は紅の暴君しかなかった。
しかし、ロードブレイザーが曲がりなりにも残っているままではディエルゴは動けない。
だからこそ、アシュレーの、そして紅の暴君の中のロードブレイザーがルカの憎悪に興味を示し、
余所見をした隙にディエルゴは適格者へのアクセスを試みたのだ。
適格者イスラの手で再契約を結べば、その力でロードブレイザーを剣の中から完全に駆逐することができただろうと。
その結果もご覧の通りであり、ディエルゴの目論見は絶たれていたが。

「だが、それもこれまでよ。忌々しき厄災の根は完全に絶たれた!
 この芳醇な力を得たことで、我も我を形作ることができた!」
「なら……」
ジョウイは僅かに緊張を緩ませ、胸を開く。
オディオの力と魔剣の力、彼が欲した2つの力が今手に入らんとしている今、無理はなかった。
「後は、適格者を乗っ取り、核を修復すれば全てが整う! 貴様は、その運び屋<ベクター>となるが良いッ」
だが、ディエルゴから吐き捨てられた言葉は無慈悲なものだった。
最後の一歩まで上りかけた梯子を下ろされたような表情のジョウイに、ディエルゴは嘲るように言う。
「貴様如きが我が力を背負うだと? 下らぬ!!
 適格者でもない貴様が、ましてや戦争を欲する愚かしい貴様が我を手にするなど」
自らに集う痛みを堪えるように、ディエルゴは怨み憎んだ。
「貴様の腹の内は既に読み込んでいる。戦乱? 力だと? それによって一体なにが生じるのか分かっているのか?」
「それは分かっています! だけど、平和を手にするには痛みは避けられない。僕はそれを最小限にしたいんだ!!」
ディエルゴの決別の意志を前にして、ジョウイは慌てて抗弁する。
意志を持つとはいえ、魔剣をただの力だと思っていたジョウイは魔剣に拒絶されるということは考えてなかったのだ。
暴虐を欲するのならば理想の過程に賛同してくれるだろうと思ったのだ。
「ふざくるなァッ! 最小限の痛みだと?
その痛みがどれほどのものかも識らぬ人間が語るとは愚かの極み。なにも、なにも識らぬ者が!!」
だが、返された答えはその真逆だった。
ディエルゴはありったけの軽蔑を向けて昔日の悔恨を思い出すように、瑞々しくジョウイを罵った。

「いいだろう。表層の読み込みは完了した……これより貴様の世界への『読み込み』を開始する」
宣誓と共に、ディエルゴから共界線が伸びてジョウイの右手の黒き刃の紋章へと接続される。
「識るがよい、世界の痛みの片鱗を。
 戯言の続きはその後だ……真実の痛みを識ってなお吐けるものならなぁァァァァァァッ!!!!!」

何を、と言う前にジョウイの世界は暗転した。

344その罪を識る時 −Fallere825− 9 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/25(水) 21:06:16 ID:yt5C1HkA0
ジョウイの視界に再び光が戻ったとき、そこには一面の森が広がっていた。
走るような早さで、木々が視界を通り過ぎていく。
(これは、一体?)
覚醒したジョウイは首を振るが視界は動こうとせず、見知らぬ世界は――否、"僕は、この場所に覚えがある”。
(ここは、もしかして……)
「はぁ! はぁ!! 急げ! もたもたしていると追いつかれるぞ!!」
ジョウイがこの場所に気づくと同時に、ジョウイの耳に声が響く。
若い声だった。ジョウイやリオウと同じくらいの、まだ大人になりきれない声が、息をあらげて叫んでいる。
「くそ! 停戦条約が結ばれたんじゃなかったのかよ!! 都市同盟の奴ら……俺たちを騙しやがって!!」
「無駄口を叩く暇があったらさっさと走れよ!」
横を併走するのは兵士だった。軽装からみて歩兵。
その青と白で構成された兵士の服に、ジョウイは見覚えがあった。何せ、自分もかつて着ていた服なのだから。

(ユニコーン少年隊……じゃあ、これはあの夜の)

ジョウイは身動きのとれぬ意識の中で、その前提を理解した。
この場所はハイランドと都市同盟の国境付近、ハイランド側の駐屯地。
彼らはそこに所属していたユニコーン少年隊――――かつて、ジョウイとリオウが配属していた部隊だ。
ジョウイは全力で疾走する一人の意識に仮宿するように存在していた。
(ディエルゴ、貴方は一体何を!!)
ジョウイの問いにディエルゴは応じなかった。
見て聞くだけで、何も介入できぬ世界。これはジョウイの記憶だろうか。
否、ジョウイはここにいたわけではない。鎧は着ていないし、横の兵士は共にいなかった。
ディエルゴはジョウイの世界を”読み込む”と言った。ならば、これは何かの術だというのか。
(待て、この後は、もしかして!)
「はあ、はあ。ここまでくれば……いた! ハイランド軍だ!!」
張り裂けそうな心臓を抱えながら、少年隊士はゴールの白線を見るかのように前方の鎧をみた。
闇夜の中でも紛う事なき純白の鎧は、誇るべきハイランド軍の正規兵だ。

「ほ、報告! 駐屯地に都市同盟の敵襲ッ!! ラウド隊長の命によりこの道より逃げるように言われてきました!」
報告する隊士の口から安堵が漏れるのを、ジョウイは自らの感覚としてかんじた。
地獄の中で蜘蛛の糸を掴んだような、まさに天上の心地が広がる。
(やめろ、違う! それは救いじゃい!! 気づくんだッ)
だが、それを直接識るからこそジョウイは懸命に叫んだ。
考えれば分かることなのだ。仮にこれが都市同盟の奇襲だとするならば、
逃げるに絶好の道であるこの場所を見逃すはずがない。
伏兵を配するなり罠を仕掛けるなり、施すはずなのだ。
そして、その可能性に気づかないほどユニコーン隊隊長ラウドは愚かではない。
ならば、考え得る可能性は――――彼らこそが伏兵以外に有り得ない。

ぶしゃ。
不細工な断裂音と共に、血の詰まった肉袋が裂ける音がする。
その音にジョウイが仮宿する隊士が釣られて向く。
共にここまで逃げ切った隊士に白刃が振り下ろされ、その断面から血飛沫が闇に舞い散った。
「な、何を! 俺たちは敵じゃない!! ユニコーン少年隊だ!!」
千路に乱れるココロのまま、隊士は自らの胸を開き、自らの出自を示す。
莫迦にもほどがある。自ら首を切ってくださいといっているようなものだ。
(う、うああああ!!!!)
ハイランド兵はただ押し黙って、再び白刃を振り抜く。
隊士から、ジョウイの首から鮮血が抜けていく。
その喪失感、焼けるように熱い痛みがジョウイの脳天を貫いた。

345その罪を識る時 −Fallere825− 10 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/25(水) 21:07:05 ID:yt5C1HkA0
「なん、なんで……」

救いの糸を断ち切られた少年の絶望が、ジョウイの心を侵す。
彼には分からないのだ。自分たちの隊長が彼らをわざとここに誘導したなど、
彼ら民をを守るべきハイランド兵が彼らに刃を向けるなど考えることすらできないのだ。
ハイランド兵がまだ息のある少年に、ジョウイに向けて刃をのばす。
それでも、少年は手を兵士に向けた。死にあらがうためでなく、救いを求めて。
家族を想い、輝かしき未来を願い、死ねぬ、死ねないと苦しみのたうち、それでも不正解の道を進みながら。

「助け……」
(やめ、やめろ、う、うああああああ!!!!)

それに鮮血が応じた。せめて苦しまぬようにとすうと頭骨に刃が透る。
その死を、ジョウイは余すとこなく体感した。
どれだけ望もうが、不正解は不正解。莫迦は死ぬ。
仮宿の死と共に、ジョウイの中に嘆きが呼び込まれる。
整えられた亡骸を前にした家族の喪失が、せっかくの慈悲を踏みにじった都市同盟への憤怒が篝火となってジョウイを焼く。
決起に盛るハイランドの中にルカ=ブライトの笑い声が聞こえた気がした。
莫迦の命なぞ、生きて使えぬ。ならば死して使われろ。
都市同盟との戦端を再び開くための『生贄』に利用されたように。

(そうだ、世界は常に搾取される側の犠牲によって成り立つ。ルカ=ブライトが言うまでもなく、豚は死なねばならんのだ!)

何処からともなく呻かれたディエルゴの言葉と共にジョウイの意識は浮上し、再び覚醒する。
そこに広がるのは業火に燃え上がり、明るい夜を迎えたリーベの村だった。
「ぶー、ぶー……」
燃える家屋の苦痛や草原の嘆きの中で、妙齢の女性が涙を流し、豚のように呻いている。
否、正真正銘豚のように鳴いているのだ。
人間の尊厳を自らの手で放棄して、それでも命が欲しいと浅ましく生を啜っている。
(死にたくない、死にたくない、死にたくない。豚の真似事をしてでも死にたくない。
 笑わせる。“豚が人より劣ると思っている時点で、既に人は豚に劣っている”ッ!!) 
狂える皇子の叫笑がディエルゴの憤怒と共に木霊し、村の全てがそれに嘆き悲しんだ。
「ふははは、おもしろいな!」
狂皇子の笑いが頂点に達するのを聞き取った豚は、四つん這いのまま顔を上げて皇子を見た。
まるで漆黒のトンネルを潜り抜けて、光り輝く救いの神を見上げるかのように恭しく。

「『ブタは死ね!!』」

自分が死ぬと分からぬまま殺される女性の感覚を内側でとっくりと味わいながら、
本来ならばここで気絶するはずのジョウイはその続きを火が消えるまで喰らわされた。
そのとき、確かに彼女は狂皇子によって救われていた。だが死ぬ。救われて死ぬ。救われず死ぬ。豚だから。
救われようが救われまいが、生れ落ちた時点で豚に選ばれた敗者は、豚として死ぬのだ。

(解かるか。これが『痛み』だ。お前が目の当たりにし、解かったつもりでいたものの真実だ)

トトの村が蹂躙される。辱められた故郷を見たピリカの涙が、嗚咽が、ジョウイの喉から漏れ出す。
ビクトールが上々の戦果を確かめる横で、火炎槍に炙られた兵士の呻きが肌を焼き続ける。
クルシイ、イタイ、イタイ、イヤダ。血ガ。肌ガ黒焦ゲテ。
傭兵隊の砦が焼け落ちる。助けてと震えきった喉で鳴らしたのは、スプーンをくれたポールだった。
冷や汗、頬を焼く焔。狂える白刃は年端もいかぬ少年の命脈を絶って。

それを間近で見続けたジョウイは、絶望と共に声を喪った。

346その罪を識る時 −Fallere825− 11 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/25(水) 21:08:08 ID:yt5C1HkA0
(貴様たちは所詮、自分の『生』の中でしか物事を見れぬ。
 それで『死』を解かったつもりになるだと? あまつさえ、それを背負うだと?)

『僕にも……なすべきことがあります』
目の前に立った自分自身が、私から問われた問いにそう答えた。
その手には、人を一人殺すには十分なナイフが握られていた。
取っ組み合いになって、私はそれでも抗った。
その身に背負う都市同盟の全てを護るために、命の全てで抵抗し、それでも死んだ。

喪われた物の叫びが、記憶となってジョウイを内側から破壊していく。
封印された過程において歪んだ形で生れ落ちたディエルゴは、存在が既にして欠陥品だった。
だからこそ、その砕けた回路を修復する生体ユニットとしてアティとイスラという適格者を欲していた。
同じ波長、同じ魂、同じ心。ジブンにもっとも近しい存在であるから、ジブンの核となれる。

適格者の魂の全てを『読み込み』し、ジブンを『書き込む』ことで、適格者を新たなるディエルゴとするために。
(……こ、れが、僕、世界の……イタみだと……い、うの……か!)
(そうだ。貴様の両手の呪法紋……27の真なる紋章と言ったか。なかなかに面白い。
 この紋章は貴様の世界の中心に限りなく近い。こうして貴様の界を読み込めるほどになァ!!)

『戦場でならば、命もすてよう……だが、これは……将たるものの……恥辱……』
(フヒャハハハハハッ! お前の界も中々に嘆きに満ちているではないか。死に様が不満と嘆くなど、贅沢にも程があるがな!!)
未来を夢みた若き将の懊悩が、度重なる失敗の責を負い軍門に晒され殺される感覚がジョウイに垂れ流される。
ここまでされれば、ジョウイとてディエルゴが何をしているのかを理解した。
ディエルゴは『読み込み』を以て、ジョウイの世界に刻まれた界の痛みをジョウイに見せているのだ。

『大軍などいりません。5000の兵とミューズの捕虜をお貸しください。それでグリンヒルを落としてご覧に入れましょう』
よく知った声が、恐るべきことをさらりと言う。
言葉にすればこれほどあっさりとしているのに、体内を渦巻くものはそれを嘲笑うかのように悶えていた。
飢えの苦しみ、戦力を得たと喜んでおきながら、いざ糧秣を失えば途端に争う醜さ、身勝手な人間は常に自分以外の誰かを責めている。
最小単位の地獄の中でジョウイは何も言葉にできなかった。苦悶に耐えかねてではない。この地獄を作った本人が誰かを知っている故に。

(そうだ、貴様が命じ、貴様が指導し、貴様が描いた地獄だ)
(だが……こうしなかったら、ルカはグリンヒルの民を皆殺しにしていた!)
(だから彼らを出世の踏み台にした自分は悪ではないと!? それを苦しむモノの前で言えるか!?)

ディエルゴの感情的な罵声と共に、新たなる叫びがジョウイを満たす。
命からがら逃げ出したミューズの流民が、マチルダ騎士団領の城壁を望みながら背後から王国兵の刃を受けて死んでいく。
助けてくれ。あと少しなのに。ミューズには戻れない。ゴルドー様。痛い。苦しい。死ぬ。
手を伸ばせば届きそうなほどに近い救いの手を前にしながら、流民はその手を斬られて泣き叫ぶ。
流民の一人が、絶望の中で見た。自分たちを地獄へ連れ戻す悪鬼を鮮やかに仕切るジョウイ=アトレイドの姿を。
その姿に、恨みがなかったと心の底から信じられるだろうか。
ルカの命令だからジョウイが悪くないなどと、死にいきながら考えられるだろうか。
怨恨に、憎悪に、序列など無い。一度燃え上がれば、なにもかもを燃やし尽くすしかないのだ。

347その罪を識る時 −Fallere825− 12 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/25(水) 21:08:43 ID:yt5C1HkA0

(いえんさ。口が裂けても言えるか。このような薄汚い、ヒヒ、ヒャハハハハハッハッハッ!!)
『フ、フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

このミューズに立ち上る魂魄の贄、獣に捧げられる供物の阿鼻叫喚の中でルカの哄笑が響き渡る。。
世界全てを憎んでもなお足りぬ、自らすら滅ぼしかねぬ憎悪。それを見て、ジョウイはルカを選んだ。
この力を以て全てを守ると、そう決めた。そう、決めたのだ。
だけど、ルカの背負ったこの憎悪を、僕は本当に理解していたのだろうか。

『我が母が恥辱を受けたときに、貴様は何をしていたのだ!!!! 命惜しさに逃げたのは誰だ!!!!
 母とこの俺が近衛隊の手で助け出されたときに、王座で震えていたのは誰だ!!!!』

憎悪に満ちたルカの叫びを聞きながら、ジョウイの精神が汚泥のように流解していく。
まるで、ルカが見知った過去の苦痛まで届きそうな怨念とともに、自身の神経がボロボロと断たれていく。
その感覚もジョウイは既に知っていた。忘れもせぬ、ハイランド皇王アガレス=ブライトを殺した毒の味だ。
秘めに秘められた息子からの憎悪を真正面から浴びせられながら、一抹の意識がジョウイに向く。
疑いはあった。それでも、僅かながらにジョウイを信じてその血肉の一部とせんと彼の血を飲んだ。
その結果の焼けるような死の中で、アガレスは呪った。最後に忠誠を誓いし騎士を、最初に忠誠を破った騎士を。

(解かるか……? 貴様の言う『必要最小限の犠牲』が“コレ”だ。
 世界に刻まれた恨みだ、嘆きだ、怒りだ。お前は“コレ”を作ろうと言っているのだ……ッ!!)

ジョウイは、いや、最早ジョウイとも呼べぬ何かがが、流動する怨嗟の中で崩れ落ちる。
解かってはいた。否、解かっていたつもりだった。
100人の犠牲よりも、10人の犠牲の方がいい。
だが犠牲になる人にとってはたった1人しかいないのだ。そして生者はその1人の死すら背負うこともできない。
実父“だと思っていた”人の亡骸の前で、泣き崩れる妻の悲しみすら理解できないのだから。

(は、始めたのは……僕じゃ、僕じゃ……ないッ……)
(……やはり“貴様は”愚かだ。全ての物事の引鉄を自分が引けるとでも?
 ルカ=ブライトが起こした炎で燃えたものは全てルカの責任だと? 煽った貴様に責はないと?
 なるほど……ならば、界の痛みは“ここで終わるべき”だな)

窒息寸前で浮上したジョウイの意識が吐いた言葉にディエルゴが心底哀れむと、ジョウイの体を無数の矢が貫いた。
夜に儚く浮かぶ蛍光の下、天牙双の一撃が憎悪に亀裂を入れる。
その亀裂から黒く淀んだ憎悪が溢れに溢れて、最後は夜に融けていった。
シルバーバーグの差配によってジョウイが仕組み、リオウが命を賭して貫いたルカ=ブライトの最後だった。

348その罪を識る時 −Fallere825− 13 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/25(水) 21:09:49 ID:yt5C1HkA0
(全てルカのせいだと? 確かにそうとも言える。ルカの憎悪によって始まったこの世界の苦痛、
 大本を辿ればルカのせいだと言えなくもないだろう……だが、ならば何故“お前はそこで止めなかった?”)
(……ッ、それは……!!)
『ジョウイはルカ=ブライトを倒すために、戦いを終わらせるために、
 ハイランド軍に入ったんじゃないの??? その為に、わたしたちを置いて……』

ナナミの悲痛な疑問がジョウストンの丘に響いた。
心の底からこれで全て終わると思っていたナナミの信頼を、目の前の自分自身が事も無げに踏みにじっている。
そのナナミの痛みを受けながらも、ジョウイは彼女の純粋な瞳から眼を逸らせなかった。

ナナミの言っていることは、確かに真実の全てではないが、事実ではあった。
解かってはいたのだ。彼ら3人が全てをハッピーエンドで終わらせるには、ナナミの言うとおりここしかなかった。
ルカとアガレスが死に、ジルの夫ジョウイ=ブライトが皇王となったこのタイミングで同盟軍と停戦条約を結べばよかった。
そうすれば、これまでに起きた全ての痛みを狂皇子の暴走という形でルカに全てを押し付けることができる。
都市同盟の英雄ゲンカクの下で過ごした幼馴染の2人が、ハイランドと都市同盟に別れて平和を目指した。
2人は違う立場でありながら平和を目指し、戦争の諸悪ルカを協力して倒しました。めでたしめでたし――――
そう脚色すれば、あとはゲンカクの英雄伝を利用して穏便な平和が手に入ったはずなのだ。
『魔王』を倒した幼馴染の2人の『英雄』になれたはずなのだ。

(だが、貴様はそれを選ばなかった。それはいい。
 だがそれはつまり――――ここからの痛みは、全て貴様が背負うということだッ)

無色の憎悪を吸収しつつあるディエルゴの読み込みが佳境を迎え、ジョウイの中に流れる嘆きが加速する。
戦争は終わらなかった。大地に血は流れ続け、空に慟哭が鳴り続ける。
敗残兵の略奪。終わりが見えたかに思えた戦乱の継続。増え続ける死体と遺族。
誰もが言う。何故と、どうして終わらないのかと。
それは誰かが続けようとしているからだ。他ならぬ我らが国王が、憎きあの王国が。
ジョウイが、悪王となる道を選んだから。

(貴様の言う平和がどれほど尊かろうが、それがこの痛みに報いるものだとでも?)

ジョウイとて分からない訳ではなかった。
民草は千年先の平穏なぞ求めない。パンを安心して食える明日さえあればよいのだ。
彼らにとってジョウイの理想などパン一切れにすら劣るのだ。
それでも理想を追った。輝かしいはずの光を追い求めて、世界は闇に落ちていった。

ロックアックスの城で、小さな心臓に鏃が食い込む。
僕をみる瞳は、最後まで3人がいたキャロの中にあった。
それでも続けた。誰もが望んでいないとしても続けた。
森が、動物たちが火計によって棲家を追われ、土地は枯れる。
せめて人が腐って土壌とならねば釣り合わぬ。
死んで、苦しんで、乾いて、果てに果てていく。
人形とはいえ、妻を生贄にささげなければ、戦意を保てないほどの厭戦状態のハイランド軍。
勝敗は決していた。それでも白き王都ルルノイエは赤に染まった。
もはや、ジョウイ=ブライトの理想はただの嘆きの塊でしかなかった。
理想を追い求めた果てにあったのは、理想とは真逆の世界だった。

349その罪を識る時 −Fallere825− 14 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/25(水) 21:10:34 ID:yt5C1HkA0
(だから、僕はリオウを待った。全ての責を背負うために。せめて幾許かの平穏を残すために。
 世界を混乱におとしめた悪王として、敗者の無念の全てを背負う為に)
(真逆それで全て終わるなどと? 戦いはまだまだ続く。否、人が人として世界にある限り戦いは、嘆きは止まぬ!!)

既に飽和したジョウイの精神に、新たなる嘆きが流入する。
彼の知らぬ、世界だけが識る未来の痛みだった。
都市同盟とハイランドの統合。それこそがジョウイの目指した平和だ。
しかし仮にハイランドが都市同盟を制圧し属国化したとしても平和は訪れない。
なぜならジョウイは、ハイランド皇国はハルモニア神聖国へ協力を要請してしまっているからだ。
“秩序と停滞”は他の真なる紋章を追い求めて各地へと侵略するだろう。
たとえハイランドがデュナンを統一しようとも、古き盟約と借りがある以上ハルモニアに協力せざるを得ない。
ソウルイーターを持つといわれるトラン共和国。炎の英雄が隠れると言われるグラスランド。
真なる紋章が眠るといわれる南方諸島やファレナ女王国。
ハルモニアの尖兵としてこれらと戦いを続ける日々が続くだろう。抗えば、ハルモニアと戦うしかない。
都市同盟が勝利したところで、ハルモニアは盟約を口実にデュナンを攻めるだろう。
どちらにしたところで延々と延々と死は、痛みは続いていく。
世界の嘆きが止むことはない。人が人としてあるかぎり、悪意の連鎖は、秩序と混沌の螺旋は続いていく。

(不可能なのだ……護りたい、救いたい、助けたい……そのような願いで、この『力』を振るうことはできない。
 どれほど護りたくともッ、血塗られた両腕に掴める物などないッ! ありはしないのだあああああッッ!!)

嘆きの海に、ディエルゴの慟哭が劈く。まるで、自分のことのようにジョウイを責め苛む。
その怨嗟に、ジョウイは自分が大切なことを失念していたと気づいた。
ルカ=ブライトやロードブレイザーならばこの苦痛も笑って自らの憎悪、力に変えてしまうのだろう。
全てを滅ぼすことを欲した彼らにとって、この嘆きは望むべくして望むものだからだ。
だが、ジョウイはそれができない。平和の為に、嘆きを生むという矛盾に耐え切れない。
ルカの力はルカの憎悪でなければ振るえない。
ロードブレイザーの力はロードブレイザーの憎悪でなければ燃え尽きない。
オディオの力はオディオの憎悪でなければ世界を呪えない。

力は力、使い人の想いによって正義にも悪にもなる――――訳がない。

『力』と『想い』を別つことは出来ない。
守るために、救うために、平和の為に……そんな願いでは、この痛みは、宿業<カルマ>は背負いきれないのだ。


――――そんな“僕”に、笑顔を守ることなんてできる訳がなかった。


(ならば滅ぼすしかあるまいッ! 人が人である限りこの痛みから逃れられんというのならばッ!!
 力があっても、その全てを守ることができないというのならば! 
 守り切れぬものであるというならば、いっそ滅んでしまえ。この憎悪と共にッ!!)
(お前は……いや……“貴方”は……?)
(ジョウイ=アトレイド。貴様はその礎として、我に“書き込まれ”ろォッ!!)

ジョウイがディエルゴの、ディエルゴの中の何かに問うよりも早くジョウイの世界が崩壊する。
読み込みを終えたディエルゴがジョウイの心に、ジブンを流入していく。
イスラであれば肉体だけでも残すことができただろうが、
適格者でないジョウイがディエルゴを書き込まれればどうなるかなど解かりきっていた。
バキリ、と小気味よい音を立てて額のバランスの紋章が砕け、ジョウイの意識を保たせていた最後の綱が千切れ飛んだ。

350その罪を識る時 −Fallere825− 15 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/25(水) 21:12:38 ID:yt5C1HkA0
泣き声がする。千の赤子の頭蓋が、からからと泣き叫んでいる。
けものたちが、ひとが、てきが、わめいて、わめいてさけんでうたっている。
空が、海が、大地が、嘆き悲しんでいる。命が消し飛んで、誰かがそれを笑っている。
それは遥か遠くの音楽だった。もう誰も覚えいないだろう狂気だった。

(消える……僕が、消えていく……)
自分の中に自分以外の自分が混ざっていく。
どこか、遠いところで、ジョウイは……ジョウイだったものはその悲鳴を聞いていた。

泣いている女がいる。短くまとめられた亜麻色の髪と眼鏡に隠れた瞳の中に、ぽろぽろと涙を零している。
『マスター、もうお止めくださいッ!! これ以上島の力を使えば、貴方はッ!!
 ―――――――それでも、貴方は、そうやって笑うのね……マスター、いえ……』

哭いている天使がいる。両の腕に、黒く焦げ付いた少女の身体を抱え天に哭いている。
『おおおおおッ! サプレスの大天使たちよッ!! 何故、何故この輝かしい魂が、斯くもこのような仕打ちを受けねばならない! 
 あなた達が救わぬというならば私が救おう! 豊穣の天使アルミネのように! この翼を天より堕としてでもッ!!』

軋ませる鬼忍がいる。主君と共に死地へ赴きたい衝動を鬼牙を噛んで耐え忍んでいる。
『――――主命、仕りました。我が全身全霊を以て、ミスミ様と御子スバル様……必ずや鬼妖界へとお連れいたします。
 ですから、どうか、どうか御武運を、リクト様ッ……!!』

吼える獣がいる。その爪に血を滴らせながら、牙を上げて吼え猛っている。
『グルアァァァァッッ!! 認めねえぞ、これが、これがお前の望んだことだなんてッ!!
 お前は、これを見せるために俺を喚んだってのか? 守りきったお前が、滅んでどうするってんだ。ええ、マスターよ!!』

消し飛んでいく……僕の十数年なんて、僕の識る痛みなんて比べ物にならないほどの知識が、僕を貪っていく。
これが、罪。僕が知ったつもりでいた……そして、今本当の意味で識った罪。
僕が理想の為に積み上げてきたものの真実の重みが、僕にのしかかる。

平和を求めるために戦争が続くという矛盾。
一つの地方の平和を求めるために、延々と延々と戦い続けなければならないという滑稽。
たった2つの国の戦争の痛みにすら耐えられないのに、戦いを拡散させるという処刑。
犠牲が増えるたびに、犠牲に報いようとより確かな平和を求めて戦い、より犠牲を増やしていく喜劇。
掬えど、掬えど、零れ落ちていくのならば、僕はいったい何をすればよかったのだろう。

守りたかったのは、ささいなこと。誰もが笑顔で入られる世界が、欲しかった。
この力があればそれができると思っていた。

351その罪を識る時 −Fallere825− 16 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/25(水) 21:18:00 ID:yt5C1HkA0
その力があれば、全てを守れると思った。守りたいと思った。
その思いを携えた両の腕が旋律を奏でる。
億万の共界線を並べて組み合わせ、海を、森を、山を、島の全てを自分として掌握する。
送り込まれる嘆きの全てを識りながら、それでも奏で続けた。
友の、仲間の、家族の、恋人の、みんなの苦しみを全て感じながら、それでも、それでも力を揮い続けた。

だけど力では何も守れない。ルカの力でも、災厄の力でも、オディオの力でも。
血塗られた手で掴める理想なんてない。だけど、僕の手はあのとき彼女を刺したときに汚れてしまった。

小さな世界を守りたかっただけなのに、その小さな世界にさえこれだけの悲しみがあって、
守るための力のはずなのに、嘆きが鳴り止まなくて、世界には憎しみが溢れかえってて。

もう僕では守れない。穢れ、砕かれ、終わってしまった者に守る資格なんてなかった。
救えぬと識って嘆いて泣き叫んで、それでも守りたかった。
もう、何を守りたかったのかさえ、忘れてしまったというのに。


血塗られた僕に、力しかない僕達に――――――何かを守ることなんてできなかったんだよ。


「貴様には背負えぬ。この宿業も、罪も、痛みも。魔王の座も!
 我は憂い、我は嘆き、我は怒り、我は悲しみ――――我は、全ての憎悪を汲み取るもの」
ディエルゴの衝動に食い尽くされるなかで、僕はその中心にある紅の暴君へと手を伸ばす。
欲しかった力がそこにあるのに、溢れ出る憎悪に遮られて、その手は届かなかった。
……でも、何でこれが欲しかったんだろう。いや、そもそも……欲しかったのは、力だっただろうか? 
恨まれたかったわけじゃない。殺したかったわけじゃない。
それでも恨まれることを望んで、必要な人を殺し続けて。

それでも、手を伸ばし続けた。届かないと解かっていても、あの紅い光を目指し続けた。

僕は、何が欲しかったのだろうか……何になりたかったのだろうか……


「最早、奴の名を冠する意味もなし。我はディエルゴ――――“憎悪<オディオ>のディエルゴ”!!
 資格無き者よ、貴様が積み上げた宿業とともに果てるがいいッ!!」

352その罪を識る時 −Fallere825− 17 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/25(水) 21:20:24 ID:yt5C1HkA0
全ての嘆きを生み出す争いの根源、憎悪の名を冠した意思が、全てを否定する。
ブライトもアトレイドも砕かれ、ジョウイという名前に亀裂が入る。

……守りたかった。その全てを、守りたかった。
たとえ『勇者』にも『英雄』にもなれないとしても、僕は、僕は。




『何かになろうとするのに、資格なんていらないんだよッ!!』




僕が終わるそのとき、紅の暴君に輝いた。
ディエルゴの嘆きの中でも確かに解かる光が、闇を切り裂いて僕へと伸びていく。
紅の閃光が僕の手を掴む。暖かい、血の熱が僕に伝わる。
僕を知っている手のひらが、僕を忘れた僕に僕を教えてくれる。
仄かに暖かいその光の熱を、僕は知っていた。



太陽のように暖かい、赫き風。

その名は。


僕が、最初に見た光。

君の名は。




『なんだってできるわたしたちは、なんにだってなれるんだからッ!!』



ああ……そうだったのか。


あの光は―――――――――きっとはじまりの光だったんだ。

353 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/25(水) 21:24:51 ID:yt5C1HkA0
ここまでで投下中断します。それではまた明日に投下を再開します。
もし不可能な場合は、その旨連絡いたしますが、
その場合でも、金曜日までには全てを投下したいと思っています。

354SAVEDATA No.774:2012/01/26(木) 00:59:07 ID:NFjhiwxY0
泣かせるぜ…

355SAVEDATA No.774:2012/01/26(木) 02:25:22 ID:mzNq3/YI0
明日明後日での分割了解しました

356 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 21:59:15 ID:BlgGWq8o0
それでは、本日分の投下を再開します。

357夜空を越えて −True Magic− 1 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 22:01:11 ID:BlgGWq8o0
稲妻を受けたように、ジョウイは目を覚ました。
呼吸の荒さと心臓の鼓動が耳朶で飽和し、びっしょりと全身を伝う冷や汗の不快感がジョウイを覆う。
ジョウイは無意識に左手を胸に当てて、その鼓動を確かめていた。
確かな心臓が命の音色を奏でている。
(ここは……)
己が卑しい習性が、反射的に現状確認を身体に指示し、ジョウイの眼は周囲を見渡した。
周囲は暗く、僅かな星の光が岩肌を照らしている。どうやら今は夜らしい。
夜の冷えた空気がジョウイの恐怖に似た興奮を僅かに鎮め、
耳に喧しい心臓の鼓動の代わりに水音の流れが伝った。
飛沫の一粒一粒が輝いているのかと思うほどに涼やかなその音色にジョウイの筋肉は熱を冷まし、一筋一筋の形が明瞭となる。
左足を前に出し、右足を折っている。尻と背にになめらかな岩肌の感触。
手に握り肩に掛けた棒の感触は、実に慣れ親しんだ得物、天星烈棍のものだ。
ジョウイは漸く己が岩を背に腰掛け、棍と共に休んでいることに気付いた。

(ああ、そうか、ここは……)

忘れもしない約束の場所――――天山の峠で、ジョウイは夜の空を見上げ光無き空に己が身を映す。
二人が離れ離れになったとしても、ここでもう一度逢おうと誓ったのだ。

(そうだ、僕は……リオウをここで待っていたんだ。その内に、寝てしまってたのか……)

だが、その約束は叶えられなかった。
太陽が沈めどリオウは来ず、どうやらジョウイは落日と共にうたた寝をしていたらしい。
それを理解したとたん、思い出したかのように身体に得も言われぬ倦怠感が覆い被さった。
震える腕を押し上げ、闇夜に右手の甲を翳すと、そこにはよく見知った黒き刃の紋章があった。
黒き刃の紋章を限界まで酷使したジョウイは、最早余命幾許も無かったのだ。
だから残された命を遣い、リオウにこの紋章を渡したかった。
ジョウイの願いを叶えるべく。
「悪い夢を見ていた気がするな……」
ジョウイは瞳を閉じて口元を歪めた。
どこか見知らぬ島に集められ、何処の誰とも解らない魔王の力に魅せられ、もう一度理想を追い求めようとした夢だった。
惑い、迷い、もがき、後一歩までたどり着いて、崩れ落ちる夢。
あれは自身の弱い心が生んだ幻だったのだろうか。
もう一度、もう一度機会があればという甘えが生んだ虚夢。
その甘さにジョウイは苦笑した。
追い求めて、破れたこの身が何を夢見るのかと。

水が滝と落ちる音だけが峠に響く。誰も来る気配はない。
理想を託すべきリオウが来なかった時点で、ジョウイの理想は終わっていたのだ。
もう一度機会があろうが何をしようが、叶わないものは叶わない。
その過ぎた理想は、最初から無理なものだったのだ。
「寒いな……」
息を吐きながらジョウイは棍を強く握りしめた。
雨も風もないが、夜の滝はそれだけで熱を遙か滝壺に流し込んでしまう。
吸い込まれる水と一緒に、ジョウイの中の熱すら奪い尽くされてしまいそうだった。
だが、それが報いか。理想のために全てを奪い尽くした悪王の末路としては、それなりに悪くない。


「隣、いいかな?」

358夜空を越えて −True Magic− 2 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 22:02:54 ID:BlgGWq8o0
そう思って棍を手放そうとしたジョウイの耳に、声が響く。
誰もいない、誰も来ないこの場所に、一体誰が――――とは、ジョウイは思わなかった。
「びっくりした?」
「うん。あのとき、君が僕に驚いた時くらいには」
ジョウイは眼を閉じたまま相槌を打つ。
目を開けてしまうと、この声も幻と消えてしまうんじゃないかと思えたからだった。
「嘘ばっかり。もしかして、途中から夢じゃないって気付いてた?」
「うん、そうじゃないかと思った。夢で落とすには、僕は余りに汚れすぎているからね」
あまり、多くを喋った訳ではない。だが、それでも、その声を聞けばジョウイの中でその顔がありありと浮かぶ。
浮かぶ顔を頭に浮かべながら、ゆっくりとジョウイは瞼をあけて、その声へと顔を向けた。
瞼が開くと共に、ジョウイの記憶と視界が同期していく。
瑞々しい腿まで包む真白いニーソックスに赤のローブ。胸元の六芒星。そして二つに纏められた亜麻色の髪。
あの紅色とともに在りしその姿が、今でも目に焼き付いている。
    
「でも、君に逢えるなんて思ってなかったよ。リルカ」
「久しぶりだね、ジョウイ」

だが何より、何よりも。
夜の中でも、おひさまのように明るい君の笑顔を、どうして忘れられようか。 


リルカ=エレニアック。
クレストグラフと呼ばれる紋章術に似た力を扱うクレストソーサー。
Awkward Rush & Mission Savers(緊急任務遂行部隊)――――ARMSと呼ばれる自警組織の隊員。
ジョウイが持つ彼女について事実と呼べる情報はそのくらいでしかない。
だが、ジョウイにとって彼女は忘れられない、忘れようもない存在だった。
あの魔王よりジョウイを逃がすために紅の暴君の力を引き出して果てた、ジョウイにとってこの島での最初の犠牲だったのだ。

「私も“あ、こりゃダメだな”って思ってたんだけどね。助けてくれた人がいたんだよ」
その彼女が何故存在しているのか。そうジョウイが問うよりも早く、リルカは空を見上げて答えた。
その眼はここではない別の夜空を見つめていた。
全てのチカラを魔剣に注ぎ込んで果てた後、逢えないことを悲しみながら手を伸ばした夜空だった。
「ホントを言うと死んじゃってるらしいんだけどさ。私のココロを、ほんの少しだけ切り取ってここに残してくれたんだよ」
だが、その手は掴まれなかったが、そのココロの幾許かだけは魔剣の中に残されていたらしい。
「じゃあ、ここはやっぱり……」
「うん。紅の暴君の中、ディエルゴに読み込まれた君の内的宇宙だよ」
リルカの答えに納得したようにジョウイは夜空を改めて見上げた。
天を覆うあの闇は、ディエルゴの……否、ディエルゴを構築したオディオの憎悪だ。
全ては夜の闇に覆われ、この約束の地が残された。
ジョウイの物語の終わりだけが、ジョウイに残された世界の全てだった。
リルカが護らなければ、ここさえ既に蝕まれていただろう。

「リルカ、でも、それじゃ君は……」
「あ、気にしなくていいよッ!? そりゃ剣の中ってのも窮屈だけど、話し相手もいたしさ」
リルカは既に死んでいる。そしてなにより、アナスタシアに似た概念として存在することが、
決して“生きている”とは言えないことをジョウイは知っていた。
申し訳なさそうにうなだれるジョウイにリルカは頭を振って否定する。
「それに……逢いたい人たちにも、出会えたしね」
リルカはそういって、ジョウイと“別れた”後のことをぽつぽつと語った。
魔剣とともにリルカはいた。故に、魔剣を通じてリルカは末期の悲願を叶えていたのだ。
死んだと思っていたブラッドが生きていたことを知れたし、マリアベルが無事だったことも知ることができた。
カノンに出会うことができなかったのはやはり少し悲しかったが、
それでも、誰よりも逢いたかった人の無事な姿を一目見えることができたことは嬉しかった。

359夜空を越えて −True Magic− 3 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 22:03:29 ID:BlgGWq8o0
だが、それはつまり、紅の暴君が彼らに与えた仕打ちを識っているということに他ならない。
ブラッドの命が魔王に撃ち込まれたとき、背中にあった彼女は感じ取っていた。
最高の友達の為に命を失うマリアベルの最後を、彼女は見ていた。
そして、アシュレーと触れ合えたはずの刹那に、
紅の暴君の中に宿っていた災厄がアシュレーに乗り移る所を、彼女はただ見ていることしかできなかった。
彼女は、仲間たちと再び出会い、そして彼らが苦しむところを見ていることしかできなかった。
ジョウイはそれをただ黙って聞いていた。震えるような彼女の言葉を、一言一句聞き逃さぬように。

「止めたかったよ。でも、その人が止めたんだ。
 ロードブレイザーもディエルゴもいる今、見つかったら確実に食われてしまうって」
その時のリルカの気持ちを、ジョウイは下唇を噛む彼女に見た。
ここにいる彼女は、彼女のココロのほんの一欠片に過ぎない。
残滓とはいえ、見つかれば容赦なく災厄たちはその欠片を糧としただろう。
災厄の一部として彼ら仲間たちの敵となることもまた、彼女は望まなかったのだ。
だから、彼女はただ見ていることしかできなかった。紅の暴君に纏わる絶望を、苦痛を、宿業をその心に浴びながら。

「でも、だからジョウイにもまた逢えたんだよ?」
「そうか……あのとき、魔王が紅の暴君を持っていたんだね」

ジョウイはそこで初めてリルカに相槌を打った。
2度目の魔王との邂逅の時に、既にその背中に紅の暴君はあったのだろう。
魔王との邂逅は魔剣との邂逅と同義だ。その度にジョウイはリルカとすれ違っていたというのか。
「リルカ。一つ……いや、二つ教えて欲しい」
何? とジョウイの問いにリルカは空を見ながら先を促す。
「君は、僕が何をしたいのかを知っている。
 しかも、それは今ディエルゴに読み込まれたからじゃない。もっと早い段階からだ。そうだね?」
「……うん。ここに来て直ぐ、その人に、教えてもらったよ。
 君が、優勝しようとしてるってことを……何のためにそうしようとしているのかも……」
ジョウイの問いにも、リルカの返答にも、何一つ責めるような意志はなかった。
このような形とは言えリルカに再会できたジョウイがまず最初にしようと思ったのは、リルカに対する謝罪だった。
君を利用しようとしていたのだと、騙し、最後は裏切ろうと思っていたのだと。
そんな自分をあのとき護った価値など無いのだと、そう言おうとした。
だが、リルカはジョウイのことを問わずに、自分のことを語った。
ジョウイに語らせぬように、自分のことをしゃべり続けた。
もしもリルカが咄嗟にジョウイを庇ったというのなら、ゴゴの背中を刺したことを問わぬ訳がないのだ。
それが意味することは一つ。リルカは、ジョウイの真意を識っている。

「どうして、僕を助けた……?」
だからこそ、ジョウイは問わずにはいられなかった。
助けられた側が言う台詞でないことは承知の上で、それでも聞かずに甘えることはできない。
1度助けた人間が、悪であり罪を侵そうとしていることを識った上で、何故もう一度手を差し伸べたというのか。
「……本当はさ、もう何もしないつもりだったんだ。今更わたしができることもなかったから」
少しだけ考えた後、リルカはそう切り出した。
吸い上げられた怨嗟とそれを糧に嗤う災厄の内在する紅の暴君にいた彼女は、少しずつ、しかし確実に壊れつつあった。
魔剣の外側に苦難にいる人たちがいることを識りながらも手を伸ばすこともできず、
傍観することしか出来ない彼女は、やがて諦めようと思ったのだ。
伸ばしたくても伸ばせないのならば、伸ばさないと思ったほうが楽になれる。
感応石から伝わる無色の憎悪を浴びながら、魔剣に溶けてしまおうと彼女は思ったのだ。
「そんなときにさ、見たんだよ。眩し過ぎるくらいに明るい、あの雷を」
ジョウイは黙ったまま横目で空を仰ぐリルカを見る。その瞳には夜でありながらも明るいあの雷命の光があった。
救われぬ者を救う光。誰も彼もの心に『灯』を点けたその輝きはまた、紅の暴君の中にあった彼女にもまた届いたのだ。
「救いたいって思ったんだよ。こんなザマの私でも、何かを護りたいって。
 でも私ヘッポコだからさ、誰を守ればいいか分かんなくなっちゃってさ」
マリアベルの死に、そして放送によってこの島に呼ばれたARMSは全滅を知った。
アナスタシアは生きていたが、リルカにとって遥か過去の聖女である彼女は、手を伸ばすにはあまりにも“遠すぎた”。
彼女の“つながり”は全て絶たれ、彼女が手を伸ばす必要も理由もなくなったのだ。

360夜空を越えて −True Magic− 4 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 22:04:09 ID:BlgGWq8o0
「そしたらさ、君の顔が浮かんだんだよ。ジョウイ」
「僕が?」
うん、とジョウイにリルカは頷く。
夜明けを待たずして果てたリルカの想い出は、元いた世界の仲間たちとの想い出と同義だ。
たった一つ、最初に出会った金髪の少年との出会いを除けば。
「最初にさ、出会って名前を教えてもらったときにさ。
 なんか少しだけ不思議に思ったんだ――――――“一体、何を無理してるんだろうって”」
本当のところは全然分からなかったんだけどね、とリルカが頬を指で掻く横で、ジョウイは納得をした。
裏表のない、悪く言えば単純な少女だと最初は高をくくっていた。
だが確かに、リルカの笑顔に比べれば、自分の作り笑いなど贋作にすら劣るだろう。
本心を押し殺して、その本心の奥に疼くものさえ押し潰して、本物の笑顔などできるものか。
「似てるんだよね。“自分がしなければならない”って、何もかもを背負い込んで、ひとりで突っ走るあたりが」
リルカの瞳に映ったのは誰だったのか。ジョウイには分からなかった。
英雄の血に囚われ“英雄にならなければならない”と届かぬ高みを独り目指した男。
敵も味方も、実の妹さえも――何もかもを道具にして、世界を守った英雄たろうとした孤高の人。
かつてリルカが見た司令官の顔が、目の前の少年に重なった。
「無理しなくていいんじゃないかな?」
リルカはゆっくりと、しかしはっきりとした音調でかつて言えなかった言葉を送った。

「全部じゃなくていいんだよ。自分がしたい、自分の守りたいものを守れば。
 そうやって、みんなで守って、みんなが救われて。そうやって、全部が守られるんだよ。
 私たちは―――――――ひとりじゃないんだから」

それがARMSの答え。
あまりに強過ぎたアナスタシア=ルン=ヴァレリアが省みることができず、
ヴァレリアの悲しみに沈み過ぎたアーヴィング=ヴォルド=ヴァレリアがたどり着けなかった英雄の真実。
そして誰よりも英雄に悩んだユーリルが、その果てに掴み取った勇者の答え。
生贄だろうが、犠牲だろうが、人を救う者は須らく『英雄』。
誰かが誰かを救い、誰かが誰かに救われるのならば、みんなが『英雄』となる。
そして『みんな』という『英雄』が世界を救うのならば――――そこに誰かという『生贄』は存在しないのだ。

「だからさ……キミ1人で背負うことは、ないんだよ。喜びも、悲しみも……みんなで分かち合うものなんだから」

リルカの言葉がそこで途切れ、水音だけの静寂が訪れる。
それが、リルカの伝えたかったことだった。
救われ、救い、信念を貫き通したARMS達には、自分の助けなんて必要ない。
だからこの島で出会った“つながり”に、どうか救われて欲しいと思ったのだ。
アーヴィングが『英雄』に到達しようとしたように、ジョウイもまた『理想』を目指している。
それは違うのだと、リルカは――かつて自分のせいで喪った姉の代わりになろうとした彼女は言った。
リルカはリルカにしかなれない。ジョウイはジョウイにしかなれない。
だけど『みんな』は『みんな』になれるのだ。だから何でもできる。ここには全てがある。
ひとりで抱え込んだ『理想』なんて、目指す必要はないのだ。

361夜空を越えて −True Magic− 5 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 22:04:44 ID:BlgGWq8o0
「……長話しちゃったね。ここは寒いから、そろそろ行ったほうがいいよ」
少しずつその闇を色濃くしていく夜空を見ながらリルカはそういって、麓への道を指差した。
「私のミスティックでもう一度内側からこの剣にアクセスする。
 そしたら多分だけど、ディエルゴは私の方を先に取り込もうとするはず。その隙にジョウイは、逃げて」
最後の力――否、最後の存在で、ジョウイを紅の暴君から切り離す。リルカは事も無げにそういった。
「大丈夫。ゴゴって人から、憎悪を取り除いただけってことで、きっとみんな迎えてくれるよ」
棍を折れんばかりに握り締めたまま俯くジョウイに、リルカはその意味を勘違いしたままあやそうとした。
麓に下りれば、そこはキャロの村。みんなが、仲間達が待つ、リルカが信じた世界がある。
そこには安寧があるのだろう。優しさがあるのだろう。理想を喪っても残る幾許かの平穏があるのだろう。
「リルカは、どうなる」
「私? わ、私は、平気だよ? もう、どっちみち永くないしさ」
ジョウイの突然の問いに、僅かに狼狽しながらリルカは答えた。
書き込みに割り込んだ時点で、剣の中に残ったリルカの欠片が残る可能性は消滅している。
なによりここにいるリルカはいわば泡沫の夢。泡は何れ弾け、消え行くが定めだ。
「私のことなんて、気にしなくていいよ。だからさ、キミは……キミの守りたいものを、守ってよ」
だから、生きているジョウイに、生きて欲しいと願った。
自分の為に、理想に縛られない自分として、自由に生きて欲しいと思ったのだ。

「――――僕が守りたいのはさ、たいしたものじゃないんだよ」

そう言ったジョウイは頭を上げて、夜空をもう一度見上げた。
星もない闇の空に、それでも星がないかと探しながら。
「子供が、一人いるんだ。ちょこちゃんくらいの背丈の、小さな子だよ。
 親も、故郷も、一度は声も……戦争で亡くした子でね。今は、信頼できる人に預けて、安心できる場所に住まわせてる」
ピリカ。それはジョウイが明確に認識した“戦争の痛み”そのものだった。

「彼女が、ちゃんと過ごせる場所が欲しかったんだよ。
 安寧、平穏、平和……なんでもいい、ただ、あの子がもう一度安心して笑えて、それを二度と失わないようにしたかった」

それこそが、ジョウイの“一なる願い”だった。
彼女には何の罪もなかった。誰かを貶めたことも、その血に咎が流れていたわけでもない。
ルカにもハイランドにも、都市同盟にも関わりのないただの村で。
たまたま進軍路にあったから滅ぼされた。ただ誰かの悪意によって一方的に巻き込まれた少女。
彼女を“救い”たかった。彼女から一方的に奪いつくしたモノたちから、彼女を守りたかった。

全ての大本を辿れば、そこに至るジョウイ=アトレイドの原初。
たった一人の少女の平穏という、ささやかなものだった。

「だったら、どうしてそこまで……?」
「二度と失いたくなかった。絶対に彼女を守りたかったんだ」
黒き刃の紋章の力があれば、確かにそこらの野盗紛いの兵士崩れなど物の数ではないだろう。
だが、いつまでもジョウイがピリカの傍に居られるわけでもない。
別れはいつか必ずやってくる。その後、ピリカをどうやって守るというのか。
「最初は、ルカを倒せばいいと思っていた。それで戦争は終わると思ってた……
 でも、世界はそんなに簡単じゃないんだ。ルカを倒したとしても、争いは無くならない。
 “みんな”は“みんな”で居られるほど、人は強くはないんだ」
ジョウストンの丘で見た醜い縄張り争い。
ルカという脅威を前にしても、保身と利しか考えず“みんな”になれない者たち。
アーヴィング=ヴォルド=ヴァレリアがかつてそうしたように、
リオウという名の『ARMS』を作らなければ“みんな”になれなかった者たち。
そんな者たちの生きる世界で、この戦争が“最後”になると思うほど、ジョウイは“みんな”を信じられなかった。

362夜空を越えて −True Magic− 6 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 22:05:15 ID:BlgGWq8o0
リルカは、ジョウイの独白を黙って聞き入っていた。
肯定も否定もないことを受けて、ジョウイは一区切り置いてからまた語りだした。
「……この戦いにしたってそうだ。ここで僕が彼らの仲間になって、オディオを倒したとしよう。
 その後、元の世界に戻って……彼女を守って……僕が年老いて死ぬ。
 ピリカが、誰かいい人を見つけて……子供を作って……その子供がまた子供を産んで……
 “そこで、オディオがその子供をこのバトルロワイアルに招いたとき、僕はその子を守ることが出来ない”んだ」
「そうならないように……オディオを倒すんじゃないの?」
リルカはジョウイの言葉に反論しようとしたが、ジョウイの冷え切った眼を見て、それだけを口にした。
オディオを倒せば、それで済む。悲劇は止まる。そうでなければあまりにも報われない。

「……オディオは、このゲームを止めない。形を変えるかもしれないが、同じことをするだろう」

だが、ジョウイは無慈悲に希望を断った。予測でも類推でもなく、明確な断定を以て真実を規定する。
「これまでの5回の放送。そしてアキラが観た夢の中のオディオ。そしてストレイボウさんの語ったオルステッド。
 そこから見えるオディオの目的は――――勝者に敗者を省みらせることだ」
正義であったはずの勇者オルステッドは魔王オディオという悪となった。
オルステッドも、オディオも同じ人物でしかないはずなのに、正義は悪となった。
その二つを分かつのは、勝者であったか敗者であったか。あるいは、人がどちらととったか、それだけだ。
故に、オディオはこの戦いで知らしめようとしている。
正義と悪を分かつ境界の正体が勝敗の差でしかないこと以て、正義となった勝者の本質を見せようとしているのだ。

「それが、何でオディオがこの戦いを止めないことになるの?」
「オディオが“敗者に何もしないから”だ。
 オディオは、勝者に省みろというだけで――敗者に対し、何もしていない。出来ないと諦めている」

それこそがジョウイだけが見切った、オディオの瑕だった。
この戦いの中でジョウイだけが――敗者の王だけが理解できる真実だった。

オディオは何度も言っていた。勝ち続けろと、敗者を蹴落とし、踏み潰して自分に至れと。
そして、自分達が敗者の上に立つという愚かさ、醜さを知れと言い続けた。
敗者は省みられなければならない。なるほど、それは正しい。
敗者の王はそれに同意し、しかしその先を問う。

だが――――“それで敗者は救われるのか?”

それで敗者の何が変わる。
勝者が涙を流し自分が悪かったといいながらその座を敗者に譲るとでもいうのか。
それとも敗者の踏み心地を確かめながら、敗者にありがたみを抱きながら踏み続けるのか。
変わらない。何も変わらない。勝者がそれを知ったところで、既に勝者は勝者だ。
嫌々だろうが嬉々としてだろうが一度負けようが省みられようが省みようが、勝った者は勝者だ。負けた者は敗者だ。
この場に呼ばれた敗者が勝者に勝ったところで同じことだ。
ロードブレイザーがアシュレーに勝とうが、ルカがリオウに勝とうが――それは結局、勝ったから勝者になるに過ぎない。
そう、それこそオディオの言うとおり“敗者を省みよ”ということになる。

敗者は……何をどうしようが敗者なのだ。勝者がどうしようもなく勝者であるのと同じように。
このバトルロワイアルで“誰が”勝者になるか、“誰が”敗者になるかを変えることができても、
『勝者』と『敗者』の絶対的な立ち位置は何一つ変わらない――――――敗者は、敗者のままだ。
新たなる敗者が再び勝者に対し、敗者を省みさせようとするだけだ。

363夜空を越えて −True Magic− 7 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 22:06:01 ID:BlgGWq8o0
「オディオも、薄々分かっているんだろう。
 だから勝者を貶めようとしているんだ。敗者に手を差し伸べることができないから」

これだけの力を持ちながら、勇者オルステッドとしてルクレチアの未来を書き換えないのがその証拠だ。
もう一回やれば勝てるということは、勝利ではない。敗者たるオディオは、何をどうしようが勝者になれない。
だからせめて勝者に呪うのだ。敗者を省みよと、オディオを知れと、勝者を自分達の低きに引きずり落とそうとする。
そんなことをしたところで敗者にはなんの慰みにもならないと知ってなお、掻き毟ることを止められない。
「だから終わらない……オディオの渇きは、勝者の絶望を何度飲み干そうが、癒えることはない」
既に、誰も彼もが敗者について意識を始めている。その時点でオディオの目論見は既に達せられているといっていい。
だがそれだけだ。それは所詮、長雨の退屈凌ぎに呑むキツめの酒と変わらない。
酔いが醒めれば、そこにあるのは勝者と敗者の絶対たる真実だけだ。
胸の痛みを忘れるために、敗者である魔王オディオはまたその愚かしい酒に手を出すしかない。

「悲劇は幾度となく繰り返されるだろう、僕達の戦争のように。
 そしてそこに巻き込まれるのは、いつだって当事者以外の、何の罪もない人たちだ。
 僕は……それを止めたかった。決して揺るがぬ平穏。理想の国を作れば、それが叶うと想った」
このバトルロワイアルと同じだ。
当事者達の欲望が、正義が、怨念が、希望が、絶望が、争いを生む。
巻き込まれた人たちはその争いの中で嘆き、怒り、悲しみ、憂い、そして死ぬ。
そうして生き残っても――――何も変わらない世界で、いつか再び戦争が始まる。
ジョウイは、それを止めたかった。そうでなければ、焼け落ちたピリカの故郷に何も報いることが出来ない。
変えなければならない。争いを止めるだけでは足りない。争いを“終わらせなければならない”。
不完全な、バラバラなみんなを、一つにまとめるのだ。より強く、より完全な、朽ちることない理想の国を。
誰も傷つけることの無い、優しい世界を。
「だから……力を、求めたんだね」
「嗤ってくれリルカ。その末路が、ここだ。
 独り善がりのエゴで、何もかもを犠牲にして、友も、仲間も、愛してくれた妻も、君やルッカさえも置き去りにして、
 それでも理想を追った……追わずにはいられなかった悪王。それが僕なんだ」
ジョウイは天を見上げ、まるでそこに太陽があるかのように目を細めた。
最早終わった話だ。ジョウイをジョウイたらしめていた理想は、既に朽ちている。
ディエルゴの、ディエルゴだからこそ抱く感情に晒されたジョウイの理想は、終わった。
叶わぬと絶望することも、叶わないと妥協することもできなかった少年は、
追い求めた過ぎたる願いによって人の領分を越えた高みより落ちた。

「だから、ごめんリルカ。僕は君の手を掴めない。
 これ以上、叶わない願いに……君を二度も巻き込めない……
 そして……叶わないと分かってても……僕は、願い続けることを止められない……」

だからこそ、彼はリルカの手を掴めない。これは理想の代償であり、ジョウイ一人が墜ちるべき地獄なのだ。
これ以上叶わぬと解った理想のために、誰かを犠牲にすることに耐えられない。
そしてなにより、理想を棄てて生き永らえられるほど、ジョウイは強くなかった。

「何故なんだろうね……君の言うとおり、自分の守りたいものだけを守れば良かったはずなのに。
 好きな人たちを守るだけでよかったのに……僕は……どうして『理想』を求めてしまったんだろう……」

命の終わりに、ジョウイの喉元からこれまで決して出てこなかった音が漏れる。
望んだのは自分自身。茨を歩む足を突き動かすのは、犠牲ではなく好意。
だが何故、何故僕は望んだのだろう。僕の願いは、きっと理想でなくても達せられたはずなのに。
されどそれは最早今更過ぎる問いだった。
紋章に命を食い尽くされ、ディエルゴに理想を侵されたジョウイの足は茨に傷ついてもう歩けない。
何故歩いていたかを、歩けなくなってから惑うなんて。

「今更……だね。さよなら……最後に、誰かと話せて、よかった」

364夜空を越えて −True Magic− 8 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 22:06:43 ID:BlgGWq8o0
最後の誘いを断ったジョウイは棍を強く抱き、身を包む寒さに震えながら眼を閉じた。
耳を閉じ、眼を閉じ、手を跳ね除けて、ジョウイは全てを鎖し眠りにつく。
これで、いいのだと。この末路で良いのだと。
理想の末路は常に孤独だ。一人高みを目指し、独り墜ちて果てるのだ。

「はい」

だが、リルカから差し伸べられたのは、手ではなかった。
ジョウイの鼻腔が擽られる。
熱と水気を帯びたその香りは、全ての救いを拒絶したジョウイとて無条件に刺激する。
焦げたソースの匂いは油分と旨味が凝縮され、匂いだけで美味であることを確信させる。
ジョウイの眼がゆっくりと開かれ、目の前を漂う湯気を捉えた。
闇夜に僅かに映る白い湯気、その道筋を視線が遡る。

「半分こだけど。あったかいもの、どうぞ」

リルカの手に握られた熱の源泉に、ジョウイは眼をぱちくりさせた。
表面が香ばしく焼き上げられたコッペパン。
その頂点には縦に切れ目が入り、中の柔らかい白生地が開けるようになっている。
だが、白生地はその上に挟み込まれたものに隠され、微かにしか伺えない。
パンとの噛堪えに合うよう柔らかめに茹でられ、ソースと絡められた生麺。
切れ切れになって尚脂を滴らせる豚肉、そして焼かれても瑞々しい緑と赤の野菜が麺のアクセントとして混ぜられている。
その上に載せされた紅生姜と青海苔は薫り高く、ソースの香り合わせ嗅覚を刺激する。
「あ、あったかいもの、どうも」
自分では食い意地が張っている方ではないと思っていたジョウイですら――――その焼きそばパンを見て喉を鳴らした。
見て、嗅ぐだけで舌の中に唾液がにじみ、ジョウイは半ば本能的にその手のひらをリルカのパンへと延ばす。
何処から出したのか、リルカが何を考えているのかなどという思考は、パンの熱にかき消されてしまっていた。
その左手に半分の焼きそばパンが乗せられると、指の先の末梢血管が開かれ血が循環するのをジョウイは感じた。
あたたかい。
この凍てつく夜空の中であっても、決して絶えぬ白い熱がジョウイの左手に収まっていた。
いつの間にか震えを止めた左手が、ゆっくりとその熱を口元へ運ぶ。

喉元までパンを近づけたとき、ジョウイの手が止まった。
そこまで近づけて、ジョウイはパンの中、その焼きそばの中にあった赤色の野菜が何なのかに気付く。
ジョウイはもう一度リルカを見た。
リルカはその大きな瞳をきょとんとさせてジョウイの瞳を見つめ続けていた。
リルカにあのことは言っていない。そしてナナミにもリオウにも会ってないリルカがあのことを知ることは無い。
もしかして読み込みでそこまで識られて、その上でか。
いや、あの瞳は完全に天然だ。本当に偶然に入ってたのか。
ジョウイは嵐のような胸中を隠しつつ、リルカの手元を見た。
その右手にはまだ半分の焼きそばパンが残っている。
ジョウイが食べるまで待つつもりなのだろう。
傭兵隊の砦の牢屋を思い出す。
が、細かく焼きそばに混ぜられたこれをリルカに渡すのは物理的に無理だ。
All or Nothing。全部食べるか、食わずに返すか。
選択肢は二つに一つで、ジョウイはその答えを迷わなかった。
もう一度焼きそばパンを見た後、ジョウイはパンを噛み入れた。
どうせ終わるのであれば最後にもう一度食べてみるのも悪くないし、なにより、ジョウイの本能は熱を欲していた。
悪王の最後の晩餐としては、どんな料理よりも、皮肉が、効いて。

365夜空を越えて −True Magic− 9 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 22:08:06 ID:BlgGWq8o0
「ちょ、ジョウイ!? どしたのッ!?」

その大きな声に振り向き、リルカの驚いたような顔を見る。
僕の顔に青海苔でもついているのか。
そりゃあ食べた後にずっとついていればともかく、食べている途中なら驚かなくてもいいじゃないか。
ジョウイはパンを掴んだまま口元を拭い、左腕を見やる。
幸いにして青海苔はついていない。だが、透明な液体がついていた。
寒さのあまりの鼻水にしては随分と粘性が無い。一体――――
「落涙ッ!? も、もしかして焼きそば嫌いだった?」
胸に落ちた二つの雫を見て、ジョウイは自分の涙に気付いた。
つう、と頬に垂れていくもの拭うこともなく、ジョウイは涙し続けた。
何故泣くのか、何故今なのか。
少年隊が滅んだときも、ピリカが声を失ったときも、
兵たちが死んでいくときも、ナナミが撃たれたときも、涙すら流さなかったくせに。
母の料理を、思い出したから? 違う。
傭兵隊の砦の出来事を懐かしんだから? 真逆。
特別な精神干渉でもされてる? 冗談。

「ちがう。違うんだ……リルカ……違うんだよ……」

これは、ただの焼きそばパンだ。
種も仕掛けも本当に無い、何処にでもある惣菜パンだ。
ならばこの止め処なく零れ落ちる雫はなんなのだ。
思い当たる理由は、一つしかない。



「違うんだ……ニンジンが、こんなにもおいしいものだなんて、知らなかったから……」

小麦が、麺が、酵母が、ソースが、紅しょうがが、野菜が、青海苔が、ただ、ただ――――――おいしかっただけだ。



おいしかった。それだけなのだ。
それだけで、泣いてしまった。悲しみも怒りも、喜びも――ありとあらゆる感情を短絡して、身体が勝手に泣いている。
「ひゃ〜、脅かさないでよ。不味いのかと思ったじゃない。
 そっか、良かった。ニンジンって貴重だから、焼きそばパンに入ってないんだよね。
 でも、君が『力』が欲しいって言うからさ。フォースキャロット混ぜちゃいましたッ! みたいな?」
きっと混ぜたらこんなのになるんだろうなーって想像なんだけどね、とリルカが焼きそばパンを頬張る横で、
ジョウイはリルカの笑顔を、涙混じりに眺めていた。
この涙は、ただの生理現象だ。涙を流す理由などはない。ただ、知ってしまっただけだ。
舌の中でソバが、パンが溶けていく度に、伝わってしまう。

366夜空を越えて −True Magic− 10 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 22:09:42 ID:BlgGWq8o0
この焼きそばパンは――――嘘なのだ。
こんな場所に、偶さかリルカが焼きそばパンを持っていた訳がない。
ここが内的宇宙であることを考えれば、この焼きそばパンもまたリルカの想念から生み出されたのだろう。
だが、これはリルカがかつて食べた焼きそばパンでもない。
あの夜、リルカは自分の世界についてこう言っていた。
ファルガイア。焔の災厄によって荒野と化した世界。店で果物を買うこともできない世界。
農業国家が存在しているとはいえ、そんな世界の4分の1が世界全ての需要に対し十分な供給が出来るとは思えない。
野菜や小麦の収穫高を考えれば、少なくとも焼きそばパンにこれだけの野菜を投じることはあり得ない。

「元気だしなよ。私に言えることなんて、ほとんどないけど……元気がなくちゃなにもできないよッ!」

だからこれは、焼きそばパンを頬張りながら満面の笑顔でそう言い切ったリルカの願いなのだ。
こんなパンならば、もっとおいしいだろう。もっと力が沸くだろう。もっと元気が出るだろう。
“こうあってほしい”と願われた――――『理想』の焼きそばパンなのだ。
ただ……ただ……ジョウイの為に願われた、こんなものは存在しないという現実の全てを超えた、想いの結晶。

咀嚼する度に、ジョウイの脳裏にファルガイアが浮かぶ。
どれほどに荒野と化した世界なのか、本当のファルガイアがどのようなものなのかなど分からない。
味覚に伝うのはエレニアックのファルガイア。
健やかなる土壌、よりよき水、作物を安定的に生み出す農業体系、そしてちゃんとパン屋を許容できる世界。
星がもっと元気であれば存在したであろうものであり、リルカが、大好きで大好きでたまらない世界。

(ああ、そうなのか……そういうことなのか……)

ジョウイはその手に残る焼きそばパンを力強く見つめた。
この焼きそばパンもまた世界なのだ。この右手に収まるものも、また世界と繋がるものなのだ。
この焼きそばパンを守ろうとすれば、その行き着く先は世界を守ることに等しい。
ならば、この焼きそばパンを好きであるということは、国を、世界を守る理由足りえる。
たとえ始まりが一なる願いであっても、その好意は“全て”に至る。
ならば、全てを守ることに――――『理想』を貫くことに意味は、あった。

(僕は、ピリカの平穏が欲しかった。大好きな人たちの平穏が欲しかった。
 大好きだった皆のいるあのデュナンの土地が、あの国が大好きだったんだ)

それがジョウイだった。ジョウイ=アトレイドのどうしようもない本性だった。
人が醜く汚れたものだと知り、人の心の裏にある穢れを知りてなお、人に憎悪できず、人を呪えかった。
ピリカの、リオウの、ナナミのいる世界が大好きで、大好きで、そんな世界にいる人たちを嫌いになれなかった。
大好きな人たちがいる世界を愛さずにはいられなかった。
あのキャロの村と、デュナンの大地を分けることができなかった。
世界は切り分けることができない。界の意志と万象の如く、全ては繋がっている。
故に、大好きなものを愛し愛しく想えば、彼はそこに繋がる全てを愛するしかなかったのだ。
護りたいものだけを護るなんて器用なことができなかったが故に。

だから、守りたかった――――“否、守るのだ”。
叶わぬと思った理想、愛さずにはいられない全てを、今度こそこの手に掴むために。

367夜空を越えて −True Magic− 11 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 22:11:13 ID:BlgGWq8o0
ピシリ、と天に亀裂が入る。リルカの魔法で守られていたジョウイ最後の領地に、憎悪の爪が食い込んだ。
空は根のように恐るべき速度で四方に亀裂を伸ばす。もうどんな手を使ってもここ守りきることは出来ないだろう。
「行くんだね」
砕け行く理想の終点を見上げながらジョウイは最後のひとかけらを嚥下し、立ち上がった。
そのつま先の向かう先は、麓への道ではない。
「もう一つだけ、試してないことがあるんだ。その一手だけは試してみようと思う」
リルカは、滝壺を見据えて淡々と言うジョウイの背中をじっと見る。
裏切り、叛き、ありとあらゆる者たちから石を投げつけられてきた背中は、細くて華奢だった。
そして彼はこれより、誰にも背負えぬモノをその背中に背負おうとしている。
「リルカ。最後に、一つ聞いていいかい?」
なに? と、リルカもまた立ち上がり、ジョウイの背中を見つめ続けながら応じた。
「これから僕が目指す道は、君が信じる人たちが目指す道とぶつかる。
 おそらく、いや、間違いなく戦いになる。命を賭ける戦いに。僕はその道を譲る気はない」
ジョウイの目指すものは、やはり茨の道だ。しかもそれは自分だけが傷つく道ではない。
誰も彼もを傷つけて、傷つけて、全ての人の魂を吸って咲く茨の紅道だ。
「そして君は……僕の道を、間違っていると思ってる」
「うん。難しくて、わたしなんかじゃ言い返すことも出来ないけど……でも、それはやっぱり違うと思うよ」
震えを堪え振り絞られたジョウイの言葉に、リルカは素直な気持ちで答えた。
正しいのだろう。その理路は整然とした、紛れもなき王道なのだろう。
だが、リルカはそれを否定する。理屈ではない、思考ではない。もっと生理的な情動がその道を否定する。
それを聞くことはとてつもなく怖いことであっただろうに、それでも口にしたジョウイに、嘘はつけなかった。
「うん、それでいいんだ。この道は、きっと正しくはない。でも――――もう二度と間違いだなんて思わない。
 リルカ、止めるなら今しかないよ。君がもしもそう願うなら、僕はこの棍を折ろう」
ジョウイは背を向けたまま天星烈棍をリルカに見せる。
これが最後の惑いだというように、最後の最後で光を見せてくれた少女に報いた。
「止めないよ。私は、君を止めない」
壊れ行く夜空が、破片となって降り注ぐ。
雪のように儚い理想の中で、リルカはいたずらっぽく、そしてほんの少しだけ悲しそうに笑った。
止めるべきなのかもしれない。
ジョウイの内的宇宙を識ったからこそ、あの夜にジョウイを生かしてしまったリルカが止めなければならないのかもしれない。
「どうして?」
「質問は1回だけ」
だが、リルカはそれを選ばなかった。
どのような答えをジョウイが抱こうが、リルカは彼の背中を推すと決めていた。
小さな宝箱に玩具の鍵をかけるかのようにその理由を封印したままに。
だが、そこに後悔は一切なかった。

「それに、信じてるから。今度こそ、正しいやり方で君を止めてくれるって……みんなが……『ARMS』がッ!!」

リルカは右腕を前に突き出し、握り拳から親指を突き出した。
彼女にこの選択を許した力を受けて、ジョウイの背中が僅かに緩む。
ジョウイも彼らも、目指しているものは変わらない。ただ選んだ道が違うだけ。
ならば、どちらが勝てども、そこに答えは必ず示される。
「ああ、それはなんて……心強い」
進む道が違えど同じものを目指していると信じられるのならば、この茨の道も進んでいけるのだから。

368夜空を越えて −True Magic− 12 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 22:12:04 ID:BlgGWq8o0
バキリ、と夜空が圧し折れ始め、いよいよの世界の限界へと近づいていく。
そしてそれはこの場所を守っていた力が失われつつあることを意味し、リルカの姿が少しずつ紅い粒子へと変わっていった。
ジョウイは未だ滝壺を見続けており、リルカの姿を見ていない。
その方がいいと思った。既に終わった別れ、これ以上湿っぽいのは無様を通り越して滑稽だ。
しかし、ジョウイは一向に一歩を踏み出さない。どういうつもりかとたまらずリルカは声をかけようとした、そのときだった。

「リルカ、遅くなったけど……あのときの答えを、贈るよ」

ゆっくりと、しかしはっきりと聞き取れる声量で、ジョウイはリルカに言った。
あの時、とはいつのことなのか。リルカはすぐに思い浮かばなかったが、聞き返すことはせずに耳を済ませる。
「僕は力が欲しかった。この島で最後に勝つための力。
 それを思い浮かべたとき、僕はこの紅の暴君を思い出したんだ。これこそが僕が手にするべき力なんだって。
 なんで、これを選んだか――言ってなかったね」
これまでのジョウイのどの言葉よりも重く、しかし優しげな声だった。
ジョウイの策略の全ては、紅の暴君に至るためのものだった。
アガートラーム、神将器、ブリキ大王……他にも力はあった。他の力ならば、これほどに危険な綱渡りをする必要もなかっただろう。
だが、ジョウイにはこれしか思い浮かばなかった。他のどの力よりも、ジョウイはその『力』に魅かれたのだ。
「あの夜、君に――――魔剣を携えながら紅く輝く君に、魅せられた。
 ルカとも違う、黒き刃の紋章ともオディオとも違う力を持った君に、僕はどうしようもなく魅かれたんだ」
これまで胸のうちにありながら、決して形にならなかったものを、ジョウイはゆっくりと結晶にする。
狂い咲く紅の中でそれでも太陽のように笑う君に、誰よりも力を否定する君の『力』――――『魔法』に、魅せられたのだと。
「理想を叶えるためには、力が必要だと思った。僕如きの力だけじゃ絶対に辿りつけないと思ったから、より強い力を欲して、登り続けた。
 どんな穢れた力であっても、それで理想に至れるのならば後悔はないと思ってた。リルカ、君の『魔法』に出会うまでは」

それは、その人にしか出来ないこと。
それは、誰もが持つもの。
それは、既にこの胸に在るもの。

―――――ジョウイは、ジョウイの、魔法を見つけてね。

それは、リルカからジョウイに贈られた最後の願いにして遺言。
『力』では到達できなかった理想に至る『魔法』。ならばそれは一体何なのか。
迷い惑い続けたジョウイ=アトレイドのこの島での旅は、それを探すためのものだった。

「探し続けて、探し続けて……ここで、見つけたよ。僕の、僕だけの魔法」

崩れ行く世界。友と刻んだ約束の場所で、ジョウイは消え行くリルカに今一度向き合う。
既に涙は止まっていた。これ以上、情けない姿は見せられない。
この答えに至れたのは、きっと、君のおかげなのだから。


「キミだよ、リルカ。僕の魔法は――――――キミだったんだ」


リルカの目が僅かに見開く。
僅かに頬が赤らんで目を逸らそうとするが、ジョウイの真面目な視線から逸らすことはできなかった。
「なんの力もないはずの君は、それでも魔王を倒した。君の魔法が、魔王の魔法を破った。
 願いを叶えるのは力じゃない。願いを叶えるのは、その願い続けた想いだ。“想い”は、それだけで既に魔法なんだ」
リルカの“想い”が魔王の“力”を超えた。
力と想いは切り離せない。だが、想いは力を超える。それがあの夜にジョウイが見た真実だ。
想うことは、その人にしかできない。想いは、誰もが持つもの。想いは、既にこの胸にあるもの。

369夜空を越えて −True Magic− 13 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 22:12:41 ID:BlgGWq8o0
砕けた空に光が射す。冷え切った大気のなか、何よりも純粋な輝きが彼ら夜天より二人を包んだ。
どれほど空が壊れようが、穢れようが、決して失われることのない輝きが。

ならばジョウイが抱く想いとは何か。そんなもの、今更問うことも莫迦らしい。
大好きな人たちの暮らす国の平穏、誰も彼もの笑顔。理想の世界。
そう、理想を叶えるのは、力ではなく『魔法』――――ジョウイだけの『理想』なのだ。
ジョウイは右手の親指を胸に当てる。答えは、魔法は、既に此処にあった。
この身がどれほど穢れようと、今も胸の裡で輝き続ける『理想』だけが『理想』を成す。
ならば真の理想に、力は不要。
みんなを大好きだと想い続けられる限り、それはどんな力よりも絶対たる力と化す。


「―――――ありがとう、リルカ。君に逢えて、よかった」


だから、本当の素直で、ジョウイはリルカにそう伝えた。
もしも、この島で最初にその力に出会わなければ、今もルカやオディオのような、今まで通りの力を追い求めていたのだろう。
だが、その力は、これまで見たどの力とも違う力だったのだ。
それを知れたからこそ、ルッカに手を貸すことができた。
それに迷えたからこそ、ストレイボウに感謝できた。
それに惑えたからこそ、ユーリルと向き合えた。
それを信じられたからこそ、ここまで乾かずにいられたのだ。

リルカ――――『エレニアックの魔女っ子』よ。
きみがぼくを、ここまで導いてくれたんだ。

言葉を紡ぐジョウイの姿は逆光に隠されていた。
それを見ることができたのは、既に身体の半分を失っていたリルカだけだった。
寒風が、リルカの魂の欠片と夜空の破片をさらっていく。
既に終わった身の、本当の終わりに受け取ったその一つの答えに、リルカは満面の笑顔で見送った。
「ジョウイはさ――――」
優しすぎる彼の魔法は、世界を終わらせるもしれない。死んで欲しくない人たちを殺すかもしれない。
それでも、リルカにはそれを壊すことなど出来なかった。


「やっぱり、笑ってるほうがかわいいと思うなッ!」


みんなの笑顔に輝く君の理想は、夜空に浮かぶこの月のような君の笑顔は――――こんなにも綺麗なのだから。

370夜空を越えて −True Magic− 14 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 22:14:06 ID:BlgGWq8o0
紅が散り、解きほぐされた魔女の魂は笑顔のまま魔剣へと還っていく。
その光を右手で掴み、ゆっくりと握り締めた。

「もう一度、僕達の約束の場所に誓う―――――――僕は、絶対に死<キミ>を忘れない」

理想を貫けようが貫けまいが、それだけは絶対に破らぬと固く誓う。
再び振り向き、月光と滝壺に顔を向けたジョウイの表情は、その誓いのように固く結ばれていた。
彼女のいない夜空がついに両断され、ジョウイの世界が終わりを迎える。
だが、そこに最早諦観も懊悩もなかった。ここより終わり、そしてまた始まるのだから。

ジョウイの左手に、仄かな熱と光が生まれる。
崩壊の音に混じって、麓から誰かが駆け上がってくる足音が聞こえる。
ああ、分かっている。君は、決して来なかった訳じゃない。
来ようとしてくれた。約束を果たそうとしてくれた。その証が、この紋章なんだろう。
ならば、それで十分だ。僕達が目指していたものが同じだったと信じられるだけで、僕はこの一歩を踏み出せる。

「いってくるよ、リオウ」

破断した世界より、かつて理想を追った少年は今一度、遥かな夜へと飛び出した。
もう二度と、この場所には戻れないと知りながら。

もう一度だけ理想をやり直――――いいや、理想を越えるために。


「書き込み率98%……あの娘め、梃子摺らせおって。だが、これで――――何ッ!?」
自分かかつて強制的に書き込もうとした少女の力を破壊し、書き込みを終わらせようとしたディエルゴが驚愕する。
ディエルゴの胸に突き刺さった紅の暴君を握り締めたまま壊れたはずのジョウイの右手が、ぶるぶると震え始めたのだ。
もうジョウイと呼べるものなどほとんど残っていないはずなのに、それでも明確に握り締めようとしている。
「深層意識野に記入し損ねたかッ! 愚にもつかぬ足掻きなど――ぬぅッ!!」
その最後の足掻きを塗り潰さんと、ディエルゴは共界線をジョウイに伸ばそうとする。
だが、強く強く輝く碧の盾が、ディエルゴの干渉を弾き飛ばす。
100の少女の命を贄として放たれた蒼き月の呪いすら弾く対呪防壁は、決して絶えぬ友との誓い。
その光の中で、ジョウイは両手で魔剣を握った。
「莫迦なッ! 何故立ち上がる。貴様の理想は絶対に叶わぬ! この嘆きを、怒りを識り、無駄と知っただろう!」
「……無駄なんかじゃ、ない」
ディエルゴの――敗者の集合の絶望。真なる理想を抱いた敗者の王はそれを否定する。
「先駆者は、捨石なれど開拓者だ。理想を追い求めたその道の続きに、本当の理想があるんだ。
 たとえ途半ばに歩みが止まったとしても、そこまでに至ったことが、無駄だなんて、誰にも言わせないッ!!」
誰かが先に進まなければ、いつまでたっても何も変わらない。
たとえそれが夢物語だとしても、夢を追うことに意味がないはずがない。
「口ではいくらでも言えるッ! いくら言葉を弄しようが、適格者でもない貴様の命運は既に決しているッ!!
 叶わぬ夢など、理想など、これ以上口にするなッ!!」
「ああ、そうだな。僕では魔剣に、お前に適格しない。その可能性は、最初から考えてたさ」
割れんばかりのディエルゴの叫びを、ジョウイは微笑で応じた。
リルカでも一時的。カエルでもロードブレイザーが活性化して限定使用ができるかどうか。
無色の憎悪<イミテーションオディオ>で紅の暴君を起動させたところで、
ジョウイが何の対価もなく適格して使用できるなどと思えるほど、楽観するはずがない。
「だから、僕の全てをくれてやる……ッ!」
“だからこそ、ジョウイはディエルゴに無色の憎悪を食わせる必要があった”。
ジョウイの両手の紋章がこれまでで最大の輝きを見せる。
輝く盾と黒き刃、2つの紋章がジョウイの手を離れ、紅の暴君へと吸い込まれていく。

371夜空を越えて −True Magic− 15 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 22:14:36 ID:BlgGWq8o0
27の真なる紋章。その特徴の一つとして、持ち主から容易に引き剥がせないことがある。
通常の紋章ならば封印球と呼ばれる方法で封じ込めることも出来る。
だが、世界を構成する27の真なる紋章は、そう簡単に封じ込めることはできない。
時として友や親しい人の命を喰らい、時として魂に絡みつき、時として宿主を殺し再び別の宿主へと移る。
呪いに等しいそれを封印するためには、およそ考えうる限りの神秘と邪悪が必要になるのだ。

だが、ここにある紅の暴君――――封印の剣ならば、そこに一つの光明が生まれる。

弱体化していたとはいえ、星一つの災厄を封印できたこの魔剣ならば、
真なる紋章さえもその身に封じることができるのではないかと。
無色の憎悪という、強大な概念をその身に取り込もうとする刹那ならば、紋章を引き剥がずこともできるのではないかと。

「ぐうッ! き、貴様……まさか、貴様の狙いは……ッ!!」
「ああ、そうだ。僕が紅の暴君に適格できないのなら、こうするしかないだろう……ッ!!」

だが、ジョウイの狙いは自身を蝕む紋章の運命から自分を解放するためではない。
むしろその逆――――さらなる運命に、身を投ずるためだ。
真なる紋章が輝きとなり、魔剣の刀身へと吸い込まれていく。
無色の憎悪の吸収を佳境に迎えたディエルゴには、ジョウイから混入させられた“異物”の進入を拒めない。
「馬鹿なッ! 背負うというのか、たった一人で! 何故、何故耐えられる!!」
ジョウイの狙いを理解したディエルゴは、狂気に等しい行為を行うジョウイに問わずにはいられなかった。
注がれる怒りも、悲しみも、狂気も、魂の憎悪も、これまでの比ではない。
だが、それでもジョウイの瞳は揺るぐことなく剣を見据えていた。


「今の僕には――――耐えられる『魔法』があるから! だから、平気でッ、ヘッチャラなんだッ!!」


大好きなものの為ならば、どんな苦痛も、罪も、刃も背負っていける。
それこそがジョウイの『魔法』。
見捨てられないのならば全部背負ってしまえ。
どんな絶望も、困難も、嘆きも、憎悪も、全て余さず背負い抜く。
その魔法を貫き通した果てにこそジョウイの目指す『王』がある。


「だから、なってみせる。魔王に―――――“魔法を以て王に至る者”に!!」


全てはあの夜空に揃っていた。
超えるべき魔王の座。信じるべき魔法の力。その2つはこの胸に在る。
ならば、残るはたった1つ。
始まりの紅い輝きこそが、ジョウイの掴むべき最後の剣。


「おのれ、おのれェェェェェェェッ!!」
「ディエルゴ、お前のの無念も背負ってみせる……
 だから魔剣よ、紅の暴君よ――――“貴方が僕に、適格しろ”ォォォォォォォォッ!!」


絶望の海、憎悪の闇の中、ジョウイは深く深くディエルゴと共に奈落へと沈んでいく。
その終わりの終わりの始まりに、ジョウイ=アトレイドは、始まりの魔剣を掴んだ。

372盾と刃が交わる時 −The X trigger− 1 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 22:16:08 ID:BlgGWq8o0
深く黒い海を潜り、肺の中の気体の全てがその海水に置換されたとき、ジョウイは再度覚醒した。
闇の中に青白き灯火が瞬き、 僅かにカビの匂いの漂う薄暗き回廊。
苔すら生えぬ石床には生命の気配すらなく。多量の水気を含んだ空気は、どこまでも寒々として。
湿った空気の元である水路は何処から何処へ流れ行くのかも分からず、ただ流れていた。
ところどころ朽ちた家屋。その石壁は、やはりどう観ても打ち捨てられた廃墟のそれだ。
かつて確かにそこには誰かがいたのだろう。
しかし手で触れども何も帰るものは無く、この世の理は何一つ変わらない。

「ここは……真逆、灰色の……」

まるで、町そのものが殺された、死都と呼ぶに相応しい墓標。
ジョウイはそれに僅かなりとも心当たりがあった。
紋章の見せる夢、世界の結末、完全なる静寂、無へと還る死界――――剣たる秩序の終点。

「似ているけど、違う。ここは『死喰い』の内的宇宙―――君達が地下に眠る力と言っていたモノが見る夢だよ」

だが、ジョウイにかけられた言葉がそれを否定する。
死せる灰色の都の中に、仄かな光が集い、それはやがて人の形を成した。
「封印の剣の欠片と巨大感応石。その2つを組み合わせて島全体に構築された共界線のテレパスラインによって、
 参加者の怒り、悲しみ、嘆き……そして憎しみがこの島の中心に巣くうラヴォスの幼体へと送られ、餌とされる。
 そして、最後にはその死さえも喰う。それが力の正体、死を喰らうもの――――死喰いのシステムだ」
蒼と白で整えられた法衣を纏った男性だった。銀の髪がさらさらと風の無い空に流れている。
ジョウイは男の放つある種超然とした気配に、レックナートを思い出した。
「その為にはシステムの核となる幼体に“死の味を覚えさせなければならない”。
 蒐集した死を保管する器を用意しなければならない」
「……つまり、ここはオディオの復讐の結果だと?」
「理解が早いね。どうだろう、そこに感傷めいたものがあったのかどうかは、僕には解らない。
 解ることはただ一つ。“滅ぼされたルクレチアは――――ストレイボウを除いて、死喰いに国ごとその死を喰われた”」

ジョウイは今一度周囲を見渡す。
寒々しい石造りの家屋、遠くに見えるのは城だろうか。
全ての色彩を剥奪され、風も匂いもないこの死んだ街は、ストレイボウの懺悔に出てきた王国そのものだったのだ。

島にて殺されたモノは、この場所へと送られる。
生と死は混じり合うことができない。だから、死が滞在する街もまた死んでなければならない。
滅びの都ルクレチア。
死喰いの内側に在りし死を輪廻へと逃がさぬ檻にして、肉体なきプチラヴォスの亡霊に与えられた、最初の死<エサ>。
それこそが、かつてロザリーが垣間見て、そして今ジョウイの意識が佇む敗者の終点である。

「なら、ここには、もしかして……」
「探せばいるかもしれないね。だけど、やめておいた方がいい。触れれば、君も喰われるよ」

リルカ、ルッカ、魔王。自分が犠牲に、踏み台にしたものの幾許かがある。
そう思った瞬間、それを探しに行きたいという衝動がジョウイを駆けめぐったが、男が本気の声でそれを制する。
ここにあるのは死者の魂などではない。既に喰われた死喰いの一部、この白い大地、灰色の家屋の壁、黒い空と同じモノなのだ。
ここに居ること、それ自体が既に死んでいるようなものだ。触れればたちどころに死喰いがその死を喰うだろう。
ジョウイの肉が生きていようがいまいが容赦なく。
もしそんな場所を僅かなりとも歩けるとすれば、それはこの島に訪れる前から死んでいる存在ぐらいなものだろう。

「ならば貴方が、やはり」
「巨大な力を吸収させる隙に、自分が資格を持つ力を噛み込ませる。
 まさか、こんな方法でディエルゴを沈黙させるとは思わなかったよ」

373盾と刃が交わる時 −The X trigger− 2 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 22:16:44 ID:BlgGWq8o0
この場所を理解したジョウイが、再度男に向き直る。
ジョウイにはその男が何者であるかにある程度の見当がついていた。
ディエルゴからの書き込みの最後、流れ込んできた知識――否、記憶は、あまりにも人間味がありすぎたのだ。
溢れるほどに満ち満ちた嘆きの中で、その人は壊れる最後まで泣いていた。ただ悲しんでいた。
とても、ただの怨霊・亡霊の集合体と呼べぬほどに。

「久しぶりだね、ジョウイ。といっても……君にとってははじめましてなんだろうけど――――」
「貴方は、リルカの言っていた、まさか――――アーヴィング=ヴォルド=ヴァレリアッ!?」

最初の挨拶をジョウイに遮られた銀髪の男は転ぶようなそぶりをして力なく笑った。
その敵意の無さに、ジョウイは毒気を抜かれる。
「はは、リルカにも同じことを言われたよ。よほど似てるのかな?」
その人懐っこい笑顔が、妙に印象に残る男だった。だが、ジョウイは理解している。
この妙な男が、ディエルゴとロードブレイザーの内在する紅の暴君の中で、
リルカの欠片を守り通したほどの曲者なのだと。

「僕は、ハイネル。ハイネル=コープス。
 君達が魔剣の意思と呼んだものの核であり……『理想』を求めて砕けた、夢の残骸だよ」

忘れられた島の怨念の集合、ディエルゴ。その核となってしまった残骸は、もう一度にっこりと笑った。

ハイネル=コープス。その名を識るものはこの島には少ない。
忘れられた島よりオディオに召喚された者たちですら、名前を知っている程度のものだ。
だが、その者が宿るモノについてならば、この場の誰もが知るだろう。
首輪を構成する1要素。魔剣の原型である封印の剣。
果てしなき蒼にアティの意識があったように、碧の賢帝と紅の暴君――――そこに封印された人間こそが、彼だった。

「書き込みを見たのならば、詳しくは言わなくてもいいね。
 君が垣間見たあの戦争を起こしたのが、僕だ。その戦争の最後に、封印の剣で僕は精神をバラバラにされた。
 その精神と融合した封印の剣こそが、君たちが紅の暴君と碧の賢帝と呼ぶものだ」

死せる都をゆっくりと歩きながら、ハイネルはジョウイに語りかけた。
ジョウイは自分が識ったその戦争を思い出し、嘔吐感を覚えた。
狂気と狂気の衝突、あれは最早、自身の知る戦争ではなかった。

「貴方が、リルカを」
「彼女のミスティックに、紅の暴君の中にいた僕の力も僅かなりとも活性化した。
 その力で、彼女の欠片を紅の暴君に留めたんだ」
その戦争の全てを識る召喚師は、少しだけ困ったような笑顔を浮かべた。
砕けたはずの紅の暴君が蘇り、そして自分もまたその中に存在した。
だが、彼にはなにもするつもりはなかった。出来ないというのが正しい。
ディエルゴの意識はおろか、更なる異物――焔の厄災すら混入した紅の暴君の中で、
三分の一しか存在しないハイネルに出来ることなど無かったのだ。

だが、声が聞こえてしまった。
不正な手段で強制的に魔剣に介入する意識。
汲み上げられた嘆きを堪えながら、それでも守ろうとした少女の決意。
そして、その最後に微かに紡がれた――死にたくないと言う言葉を、ハイネルは聞き逃すことが出来なかった。
「偽善だとは、わかっていたけどね。それでも、泣いている子には、弱い」
彼は彼女を魔剣の中に隠し続け、遺跡の中で魔王と同時にその下の死喰いの力を識った。
そして――――紅の暴君が感応石と接触したとき、
この島のシステムの全貌を識った彼は、リルカを守って、流れる憎悪と共にここに堕ちたのだ。

374盾と刃が交わる時 −The X trigger− 3 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 22:18:36 ID:BlgGWq8o0
憎悪と共に墜ちた滅びのルクレチアで、ジョウイは掴むべき最後の剣、その力の核となった人物と対峙する。
ジョウイの脳裏の中で、幾千幾万の言葉が駆け巡った。
一体何を訪ねればいいのか、求めればいいのか、拒絶されているのか。
様々な思惑が交錯し、やがて一つの疑問へと形作られる。

「何故、僕にはなんの干渉もなかったんですか?」

その問いに、ハイネルが歩みを止める。
ジョウイが指摘しているのは、ジョウイが紅の暴君を最初に支給されたという事実に他ならない。
あの時、ジョウイが見たのはただの特徴的な剣でしかなかったのだ。
ディエルゴとロードブレイザーが活性化したのはリルカが紅の暴君にミスティックをかけた後だ。
ハイネルが紅の暴君に最初からいたというのならば、その前にハイネルは何か手を打てたはずではないか。
「僕は、君には何も言うつもりはなかった。例え魔剣の中に災厄がいたと分かっていても、君にだけは」
ハイネルがジョウイに向き直る。笑みを消したその顔は、まるで鏡を見て自分の顔に嫌悪するかのようだった。
「紅の暴君の中で、僕は君の目的を知った。だから君にだけは、力を貸すまいと思った。
 君は、アティともイスラとも違う、僕の一番愚かしい部分で適格してしまっていたから」
是非も無い同族への嫌悪だった。ジョウイとてそれを痛感する。
ディエルゴの中にあった嘆きは、血塗られた手で光を掴もうとした者のみが持つ慟哭だった。
この召喚師もまた、絶望を知ってなお、それでも守りたいものがあったのだろう。
たとえ、その身が砕けたとしても守りたいものが。
ならば、理想という太陽に近づいて焼かれようとしている少年に、手など貸せなかったのだろう。

「だが、君は……君の魔法を見つけたんだね」

しかしそこで、ハイネルはもう一度笑顔を浮かべた。嫌悪ではなく、過ぎ去った光の眩しさに目を晦ませるように。
ジョウイもハイネルも“それ”を目指し、そして一度堕ちた。
だが、ジョウイはそこから飛ぼうとしている。魔法という翼で、理想へと向かおうとしている。
なれば、最後に問わなければなるまい。理想を夢みて砕けた、哀れな末路に立つ者として。

「君の決意は僕にも聞こえた。だが、僕は彼女ほどロマンチストではない。
 ジョウイ。君は、如何にしてその魔法を貫くというんだい?
 支配、隷属……魔王として為せるどの行いにも英雄のような救いはない。それでも、理想を為せるとても?」

どれほどその理想が綺麗なものであっても、口で言うだけならば唯の絵空事だ。
そしてその絵空事はやがて唯のお題目となり、口実となり、死を振りまく形骸と堕す。
理由から始まり目的に終わるその道程、力をどう行使するかこそが、理想に問われるのだ。
「確かに、僕の目指す道は魔王のそれだ。英雄になれない僕は誰も救うことはできないでしょう。
 ですが、僕は誰も救う気はない。否、救いという選択に本質的な価値はない」
ハイネルはジョウイの言葉に、表情を変えなかった。変えまいとしたとも言える。
「あの輝きを見た上で、そう言っている」
「ええ。ユーリルは彼の魔法を見つけた。英雄とは、勇者とは救われぬ者を救う者。
 それは正しい。一部の隙もなく。だが、それ故に僕は確信する。“勇者では、僕の理想には足りないのだと”」
ジョウイは目を瞑り、瞼の裏に焼き付いた雷光を見つめる。
全てよ、救われろ。なにもかもよ、救われよ。
眩しすぎるほどの祈りは、ジョウイの抱く魔法に限りなく近い。
だが、それでは足りないのだ。救いでは、足りないのだ。
勇者ユーリル。
彼は他者の主観によって生み出されるアナスタシアの英雄ではない、自己の主観によって規律される勇者となった。
だが、それはアナスタシアの英雄像――即ち、旧来の英雄の存在を否定していない。
自らが望んで勇者たること。人から望まれて英雄たること。
勇者であることと生贄であることは矛盾しないからだ。
本人が勇者であろうがなかろうが、人が英雄を欲すればまた生贄は生まれるだろう。

「だからこそ、みんなが英雄になればいい。それが彼女の願いだ」
「だが、そこにいるみんなとは――――オディオの言う勝者達だ。僕は、それをみんなとは呼べません。
 英雄では、理想に限りなく近づけたとしても、理想には届かない」
皆で救い、皆で救われる世界。一見完璧に見える理想郷。
だが、ジョウイはそれでさえ満足できなかった。
そこには、ジョウイの背中に背負われたものに報いるには、僅かに足りないのだ。

375盾と刃が交わる時 −The X trigger− 4 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 22:19:08 ID:BlgGWq8o0
「何故だい?」
「聖女の問いも、勇者の答えも――――逃れ得ぬ災厄を、救われていない者の存在を前提としているからです」
それこそが、彼らの答えにあって、ジョウイの理想に許容できないことだった。
困難は不滅。全ての英雄譚はその前提から始まる。
悲劇はなくならない、悲しみはなくならない、そんな世界にどう立ち向かうかというのが英雄譚の肝である。
アナスタシアの物語も、ロードブレイザーではなく、
絶対の困難に英雄を求めた人類の立ち向かい方を責めるばかりで“ロードブレイザーを誰も責めない”。
ユーリルの答えもまた然り。
救われぬものを救うのが勇者であるならば、そこには常に救われぬ者を生む始まりの困難がある。

どちらも、確定された困難の発生を前提として、それにどう立ち向かうかという問いであり答えなのだ。

「泣いたピリカがもう一度笑えることが救いだというのならば、僕は喜んで英雄になろう。
 だが、ピリカを二度と泣かさないことは、英雄では成し遂げられない」

それがジョウイには許せなかった。
理屈はわかる。災害、戦争、侵略、貧困……世には辛いことが多すぎる。
それを全部拭うことなど出来はしない。だから、みんなでその都度頑張ろう。そう言いたくもなるだろう。
だが、それでは足りないのだ。それでは始まりの涙を止められないのだ。
たとえその後救われたところで、その零れた涙を元に戻すことはできない。

ならばその涙すら、みんなで救い合うのか。
少量の悲しみは多量の幸福では埋められない。どれほどに薄めようが悲しみは残る。
それがある限り、救われないものが存在する。
救われても救えないものがいる。その困難に耐えられないものがいる。

誰もが英雄になれるほど、人は強くない。
それでも強くあれ、英雄であれというのならそれこそ強者・勝者の傲慢でしかない。
それを耐えられぬものが、敗者となる。
そしてみんなから弾かれた敗者は、みんなを羨み、妬み、そして言うだろう。
『敗者<わたし>を省みよ』と。

そう、勇者オルステッドが、魔王オディオとなったのであれば、
みんなが英雄になるということは、同時にみんなをオディオにする可能性と同義なのだ。
英雄が存在する限り、始まりの困難があり、それに負けたオディオは必ず存在する。
なればどうするか。救い救われるという英雄の循環では常にオディオを生じてしまう。

「ならば僕は、魔王としてそれを絶とう。救いでは終わらぬ英雄の循環をこの手で終わらせる。
 ありとあらゆる困難のない、誰一人として救われる必要のない世界を。
 勝者<英雄>も、敗者<オディオ>もない世界を造るッ!!」

376盾と刃が交わる時 −The X trigger− 5 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 22:19:39 ID:BlgGWq8o0
それが、それこそがジョウイの理想。
救われぬ人々を救うのが英雄であるのならば、救われぬ人々を生まないようにするのが王だ。
この世界が、勝者と敗者が共に在るには狭すぎるというのならば、それを一つにする。
そしてそれは、ありとあらゆる困難を消滅させた先にしかない。
「出来ると思うかい。君もディエルゴが取り込んだ模倣とはいえ、オディオに触れた。
 あの世界を満たす憎悪を前にして、それでもなお?」
「それでも。真実の魔法は、本当の理想は、憎悪如きに砕けていいものじゃない」
自らを律するように告げるジョウイの脳裏に、ルクレチアが浮かんだ。
まだストレイボウが破滅の引鉄を引く前の、ルクレチアの王国を。
ルクレチアもそうだ。誰も彼もが、ストレイボウ本人さえもが、その滅びはストレイボウのせいだという。
だが、本当にそうだろうか。
姫が勾引かわされたとき、何故勇者オルステッドとその友ストレイボウだけで魔王征伐に向かわせたのか。
勇者ハッシュの時代の反省を生さず、何故ルクレチアは軍備を増強しなかった。
自らの兵力で魔王を討とうとすらしなかったのだ。
もしもオルステッドが立ち上がらなかったら、どうするつもりだったのだ。諦めて項垂れ続ける気だったのか。
いや、仮に錬度を高めて兵を鍛え上げたところでモンスターに太刀打ちできなかったとしても、
斥候、後方支援、回復薬の補充、勇者達が安全を確保した場所の維持――――出来ることは山ほどあったはずだ。
それだけの人数さえそこにいれば、ストレイボウが隠し扉を見つける瞬間を見つけられただろう。
誰かの目があれば、ストレイボウも理性を持ってその邪な気持ちを封じられただろう。
国が、後少しでもその力を英雄達に向けていれば、少なくともそれは避けられたはずだ。

国難を、よりにもよって英雄伝説に仮託する愚想を百歩譲って良しとしよう。
あくまで姫よりも国体の安んじられることが、兵士の守るべきものだったとしよう。
その上で国王を殺されるとは何事だ。
オルステッドが如何に救国の英雄だったとしても、それと国防はまったく別の問題だ。
幻術に対する恒常的な研究・警戒はなかったのか。オルステッドが魔王に乗っ取られた可能性は。
王を殺害されるに至るありとあらゆる可能性を、何故殺さなかった。
そうすれば、せめて、オルステッドに魔王の汚名を着せることだけはなかったはずだ。
最悪の結末だけは避けられたはずだ。

民が勇者を欲するのは仕様がない。民が魔王を擦り付けるのも仕様がない。
だが、王国がしっかりしていれば、秩序が保たれていれば、
ストレイボウの邪念の有無に関らず悲劇は避けられたはずなのだ。

逆に言い切ろう。その程度で滅びる程度の国体ならば、遅かれ早かれストレイボウ以外の誰かの憎悪で王国は滅んだはずだ。
国とは、理想とは、ただ一人の憎悪によって砕けるようなものであってはならない。
ましてや、亡国の理由を、たった一人の、誰もが持ちえる感情を抱いただけの魔術師に負わせてはならない。
ストレイボウに罪はある。友を裏切った罪、それは確かにストレイボウがオルステッドに償うべき悪徳だ。
だが、国の滅亡だけは――――それを背負うべきは、国であり、その王でなくてはならないのだ。

「僕は目指す。英雄を欲する人の弱さすら許せる国を。
 英雄を祭り上げる必要も、自発的に英雄になる必要もない国を。
 それこそが、救いを越えてかくあるべき終点――――『楽園』だ!!」
「ッッ!!」

その世界に全ての悲しみがなくなれば、そこに救われぬ者はなく、
それを救う英雄はなく、英雄を欲する者たちもいない。
勝者と敗者のいない世界――――――それは即ち、争いのない世界。
即ち、真の理想の国に、英雄は“いない”のだ。

377盾と刃が交わる時 −The X trigger− 6 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 22:20:44 ID:BlgGWq8o0
その世界に全ての悲しみがなくなれば、そこに救われぬ者はなく、
それを救う英雄はなく、英雄を欲する者たちもいない。
勝者と敗者のいない世界――――――それは即ち、争いのない世界。
即ち、真の理想の国に、英雄は“いない”のだ。

「夢物語だ。全ての世界から争いをなくす手段などない。全ての人が笑顔でいられる世界など、存在しない」
ハイネルはこれまでで一番強く、ジョウイの理想を否定した。
それを求めて壊れたからこそ、それがあり得ないと知るが故に。
「だから妥協しろというのなら、いつか救われて笑顔になれるから今は泣けというのなら、それは英雄の答えだ」
民は、人は英雄に救われてもいい。だが王だけは救いを求めるわけにはいかないのだ。
それは民にとっては祈りでも、王にとっては無責任。背負い抜くと決めた全てのものに対する裏切りだ。

「なれば僕は魔王としてそれを越えよう。
 存在しないと言うなら僕が作る。現実<ここ>にはない、理想<どこか>を――――『楽園』を打ち立てる!」

だからジョウイは救いを求めない。それではルクレチアと同じだ。
王が逃げれば、英雄に全てを委ねれば、そこにあるのはこの茫洋たる安穏だけだ。
いつか魔王が甦ることの確約された平穏だ。

「ありもしないものを、造れるというのかい」
「ここに来る前ならば、ありもしないと僕も思ったでしょう。
 ですが、造れます。貴方の助けがあるのならば」

ジョウイの射抜くような視線がハイネルと交差する。
ハイネルはその一言だけで、ジョウイがディエルゴの本質を掴んでいることを知った。
「これに成るというのかい。だが、それではやはり無理だ。僕が成ったのは所詮、島程度。それでさえ僕は砕けた。
 仮に君が成ったとしても、精々君の世界と、僕の世界への干渉ぐらいだ。それで“全て”の争いを終わらせることはできない」
人が自分の体しか動かせないように“これ”が動かせるのは自分の世界だけだ。
ジョウイでは自分の住まう百万世界、上手くいったとしてもリィンバウムまでだ。
それではとても全てとはいえない。
そもそも、全ての世界に等しく存在するものでも取り込まない限り、は。

「真逆、君は」
「ええ、そうです。此処にはそれがある。
 全ての世界に干渉する力が。全ての世界に干渉して僕らを呼び寄せた力が」

ハイネルはそこで漸くジョウイの理想、その道程の全貌を知った。
ハイネルのそれだけでは届かないその理想を、ジョウイはその力で成そうというのだ。
それは、遍く過去より未来に通じ世界全てに存在するもの。
それは、争いの火種となるもの。それは、ジョウイの理想に存在してはならないもの。

「憎悪<オディオ>。君はオディオを手に入れるつもりか」
「ええ、オディオなら――争いある全ての世界に手を伸ばせる。
 今なら、魔法を知った今なら言える。この力は、こんな悲しいことにしか使えない力なんかじゃない」

オディオが夢の中で吐露した真実こそが、ジョウイの道に光明を示す。
憎悪ある世界にしかオディオは干渉できない。
それは逆に言えば、オディオは憎悪ある全てに干渉できるということだ。
ああ、とジョウイは失望を以てオディオを想う。
敗者を省みろと勝者に語るばかりで、敗者に手を差し伸べないオディオよ。
貴方の嘆きは正しい。だが、それでは敗者はいつまでも敗者のままだ。
貴方がいみじくも“王”らば何故それを悲しみを生むことにしか使えないのだ。
それは、お前の中にある悲しみ全てを消せるというのに。
お前がそれを使えないと言うなら、それでもいい。ならば僕が使おう。正々堂々、お前からその力を受け取ろう。
“その魔王の座も、僕が座ろう。勇者オルステッドよ”。


「君の狙いは――――あらゆる世界に偏在する全ての憎悪を端末として、全世界の核識になることか」


どの世界にも、どの時代にも、誰にも、何にも、憎悪は存在する。
全世界の憎悪を、核識によって統合・管理・制御――――支配する。
そして、それによって、憎悪の無い、争いのない世界を構築する。
オディオの力による、オディオの消滅。全世界を平穏なる世界へ変換する。
それこそがジョウイの、これまでの理想を超えた理想。誰も憎めなかった愚か者の願いの果てだった。

378盾と刃が交わる時 −The X trigger− 7 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 22:21:18 ID:BlgGWq8o0
「君の理想は正しい。だが、それは一人の手で行われるべきものではない。
 それはみんなで到達するべき世界のはずだ」
「ならば猫が神代の戯曲を綴るまで待てというのか。それまでに折り重なる死体の数はどうなる。
 走れば減ったかもしれない死体の数を分かった上で歩くというのなら、それは既に犠牲と生贄の肯定だ」

――――――歴史は自然なるがまま、流れるのではない。時に人の手をかし、動かしてやる必要がある。

ジョウイの脳裏に、自らの理想に力を貸してくれた軍師がつど告げた信念が蘇る。
自然に任せていても、いつかそこにたどり着けるとしても、
それでも、ジョウイはそれに身を委ねることはできない。
優しい人が死ぬ世界。正しい思いが貫けない世界。愛した人たちが引き裂かれる世界。
それが自然だというのなら、そんな自然など、1秒たりとも早く終わらせなければならないのだ。
既にこの自然は数多の犠牲の上に”成り立ってしまっている”のだから。

「誰かが、この血塗れた世界に手を伸ばさなければならない。
 ならば、僕がそれを成そう。僕の手なんてどれほど汚れたって構わない」
「それが、本当に綺麗なものの為ならば、か」

手を汚してでも理想を目指したのは、理想が欲しかったからじゃない。
大好きな人たちに、綺麗な手のままそれを掴んで欲しかったからだ。
それを宿罪だというならば、それさえも背負おう。
綺麗な想いを守れるのならば、喜んでその悪徳を受けよう。
十字架を担って、冥府へ堕ちよう。そのために、魔王になったのだから。


ジョウイの答えの途絶えた滅びの都に、静寂が再び訪れる。
若き敗者の王の答えに、かつての島の主は何を想ったのか。
潮騒の音、温泉の熱、涼やかな樹の音色。
輝ける過去が、皆の笑顔が、魂を砕かれても決して色褪せぬ思い出がそこにあった。
その楽園が、もしも全てを満たすというのならば。
あのとき叶わなかった願いが、叶うというのならば。

「君は、いいのかい。この力は……いや、これはもはや力でさえない。
 これは、最初から壊れた存在だ。一度成れば、その滅びは必定だ。
 しかもディエルゴが得たのは他ならぬオディオの憎悪。どれほど保ったとしても……日没までに、君の心は終わるだろう」
ハイネルは自身が受けたその残酷を繕わずジョウイに告げた。
人が世界に成るなど、不可能なのだ。核識となった時点で、その精神の崩壊は確定する。
それまでにオディオを手に入れられなければ、否、手に入れたとしてもいずれ怨念の核と堕ちるしかない。
「ジョウイ。君はいいのかい。たとえ全てが君の理想通りになったとしても、君は楽園の外側だ。
 君を想う人は、君の救いを願う人の気持ちは、君の安らぎはどこにある」
「その悲しみも僕が背負う。みんなが幸せなら、それで僕は十分に安らげる。
 少しだけ悲しいかもしれないけど――――僕は、焼きそばパンの味を知っているから」
だから、それでいいと、ジョウイは少しだけ笑った。
ジョウイだけは少しだけ悲しいかもしれないけど、それはきっと、とっても嬉しいことのはずだから。

379盾と刃が交わる時 −The X trigger− 8 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 22:21:51 ID:BlgGWq8o0
その言葉を切れ目に再び静寂が訪れようとする。
だが死せるはずの都の空に、どくりと不吉が脈動した。
「……今のは」
「無色の憎悪の取り込みが終わろうとしているんだ。取り込みが完了すれば、ディエルゴが再起動するだろう」
共に見上げた空の更に奥を見据えながら、ハイネルは言った。
「――――だが、今ならば、主導権を握れるはずだ」
ハイネルの手が空に伸ばされ、ジョウイの両手に刻まれた紋章が空に浮かぶ。
そして、輝く盾と黒き刃の間に無数の共界線が接続され、ゆっくりと二相が近づいていく。
2つに分かたれたとしても、元が1なるものであれば、そこに“繋がり”は必ず存在する。
全ての“繋がり”を支配する核識の力が、叶わなくなった儀式の結果を接続する。
「僕に残った全てを、ここに注ぐ。君の紋章を核としてディエルゴを再構築するよ」
ディエルゴとは、島に生じた全ての怨念が、ハイネルの残骸を核として集合した存在だ。
その核を変更する。ハイネルからジョウイへ、ディエルゴがゴゴより吸い尽くした無色の憎悪の中心核とする。
相手はイミテーションオディオ。普通の力ならば、核とすらなれないだろう。
だが、これより核とするのは、世界を象りし27の真なる紋章。
『やみ』より生まれた『なみだ』より分かたれた兄弟、その伝説を模倣せし、“闘争”と“和睦”を司りし紋章。
混沌と秩序の争いを裁く――――全ての始まりだ。

「ハイネルさん……」
「君の理想は、幼い。それが完全なる形で成功するとは、僕には思えない。
 だが、その理想は……紛れも無き終点だ。その楽園に、賭けてみようと思う」
蒼い光に包まれて重なりつつある紋章を挟み、楽園の主は理想の魔王に残る全てを継承する。
ジョウイの方法が完璧だとは、ハイネルも思っていない。
だが、それでもハイネルは目の前の少年の想いに手を貸したくなった。
「僕にもね、妻がいるんだ。妹も、仲間も。たとえ僕が果てたとしても、まだ残ってるものがある。
 彼らが、ここに呼ばれることがない世界ならば、それば僕にとって全てを賭けるに値するのさ」
碧の賢帝に眠るハイネルならば想わなかったかもしれないが、
ジョウイの理想に触れたハイネルはその理想に、自分が夢破れた楽園を託したくなってしまったのだ。
「サァヴィスだ。ディエルゴが砕いてしまった紋章の代わりに、君の死蔵してた“これ”を繋いでおこう」
ハイネルがローブの中から取り出した球形の何かが光り輝き、ジョウイの額と繋がれて取り込まれていく。
叶わぬ理想を、無理矢理追おうというのだ。手土産は多いに越したことは無い。
みんなが笑顔でいられる世界。はぐれ者のいない世界。
ハイネルもまた、心を砕かれてもそんな楽園を、希わずにいられなかったのだから。

「オディオとディエルゴによって再構築された新たなる魔剣は、君の紋章が、君の想いが全ての核となる。
 さあ、ジョウイ=アトレイド。これが最後の問いだ。君はこの魔剣の核として何を込める?」

新生する力に込めるものを想い、ジョウイは胸に手を当てた。
込めるものなど、答えなど既に決まっている。
一番大切なもの、守りたいもの。魔法の示す先は、遥かなる理想。

救われぬものも、救われたものも、救ったものも、勝った人も、負けた人も、戦わなかった人も、
富めるものも、病めるものも、老いも、幼きも、戦士も、商人も、教師も、パン屋も、
リルカも、ルッカも、ストレイボウも、ルカも、サラも、ジャキも、オルステッドも、
空も、海も、大地も、一切合切誰も彼も、全ての憎しみなど王に預けて、そこに行けばいいと――――“導こう”。


「“救えない”僕はオディオとなる。
 そして、その力で救われなくてもいい楽園を造り、そこに全てを“導く”。
 僕は、最後の魔王として、この英雄たちの因業を終わらせる!!」


全てを背負って楽園を目指す。そして全ての憎悪を背負った最後の悪王が終わる。
それが最後の英雄譚の終わり。後には英雄も、魔王もいない世界だけが残る。
そんな国の永遠の向こう、楽園の果てにこそ、全ての安らぎがあると信じた。

380盾と刃が交わる時 −The X trigger− 9 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 22:22:49 ID:BlgGWq8o0
「ならば掴め。その為に欲するというのならば、剣を手にして唱えよ。
 無色の派閥・コープス家当主、ハイネル=コープスが我が英知の一切を継承する。
 君の魔法に、そして新たなる楽園に――――――勝利と栄光のあらんことを!」

完全に交わり合った2つの紋章に、ジョウイの右腕が重なる。
強くそして優しい光と共に、ジョウイの心は瞬く間に浮上する。
その紋章と共に飛ぶジョウイの後姿を見ながら、ハイネルはもう一度だけ笑んだ。
「紋章の導き手よ。僕のお節介は貴方にとって不本意なことだったのだろうか。
 それとも、あの輝く盾が友の手に渡ったとき、全ては既に許されていたのだろうか」
多分、そうなのだろう。輝く盾は、その不変なる友情に全てを許した。
そして、黒き刃は真なる魔法を手にいれ、その力を認めた。
紋章も夢みたのかもしれない。秩序と混沌の争いを越えた先にある何かを。

「イスラ。君はもう僕じゃない。君は、君の楽園を見つけるんだ。
 かつての君が見つけられなかったものが、今はきっとあるはずだよ」

最後に、かつて自分を掴み取った少年のことを思い出し、少しだけ困ったような笑顔で、
全てを魔王に継承した楽園の主は、滅都の闇へと果てていった。


―――――――――――――――――――


物真似師の背中から引き抜かれた紅の暴君を蒼空に掲げる。


「――――――醒<――――――――――ス>」


紅の暴君が黒と碧の輝きに包まれ、その姿を少しずつ変形させていく。
世界に成り代わろうとした人間の成れの果て『核識』。
物真似によって生み出された、生まれ出でぬはずの偽り『無色の憎悪』。
エルゴの王が担いしはじまりの剣・至源の剣を元に作られた封印の剣『紅の暴君』。
世界創世の伝説を模したとされる『始まりの紋章』。

何もかもが模造品。どれ一つとして真実などない。
だが、唱える。世界を越えようとした人の願いの結晶をその右腕に束ね、その呪文を唱える。


「――――覚醒<――――――フィジポス>」





ならば、あの四文字か?
否。あの呪文は、英雄の詩だ。全てを救う者の叫びだ。
なればあの音は、全てを救わぬ魔王の呪いに相応しからず。


「――剣覚醒<―――ポクスフィジポス>」


この身は王。全ての嘆きを背負いて全てを楽園へと導く、最後の魔王。
ならばその身に必要なのは、全てを耐えて進むための元気。
それは、元気が出るおまじない。世界でいちばん優しい魔法。



「抜ッ! 剣ッ!! 覚醒ッッ<ホクスポクスフィジポスッッ>!!!!」

381盾と刃が交わる時 −The X trigger− 10 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 22:23:26 ID:BlgGWq8o0
その魔法と共に、少年はその剣を掴んだ。
世界がうねる。天の陽よりも地の火よりも輝く威光が、王の存在を認識する。
眼を焼く光が晴れ、誰もが視界を取り戻した時、少年が様変わりしていた。
先ほどまで無かった後輪を成す背中のアンプは、まるで一つ一つが刃のように黒く輝き、
魔王の外套が魔力風によってマフラーのように靡いている。
その背中に背負った黒刃と対比するように、かつて後ろに纏められていた金色の髪は白く変色し、
ほどけた髪は背を覆い隠さんとするまでに伸びる。
まるでそこだけ夜になってしまったような静寂さだった。
温かみなど一切無い、冷え切った月のような光。唯一の熱は、髪に覆われていない片目の、碧色だけだ。
そして最たる変化は、右腕と一体化したその剣だ。
かつて紅の暴君だった剣は、この島で、そしてあの島でその剣を掴んだ誰もが知らない形になっていた。
全てを斬り裂いてしまいそうな刃、そしてそれを包み込むように護拳は盾のように連なる。
それはまさしく、分かたれた兄弟を掛け合わせた紋章の真実の姿――――始まりの紋章の形だった。

その光は始まりの紋章にして始まりの紋章にあらず。
その刃は紅の暴君にして紅の暴君にあらず。
魔法ある限りその蠍火は決して消えることなく、楽園への道を照らす。
紋章魔剣。その名は――――――『不滅なる始まりの紋章』。
不死と誕生を司る矛盾が、魔王ジョウイ=アトレイドの右腕に宿る。


ジョウイは全てを見回す。守りたい人たち、そして倒さねばならない人たち。
これより、完全なる決別が訪れる。それでもジョウイは迷うだろう。
故に、この身を貫く誓いを以て、宣戦布告と成す。

382盾と刃が交わる時 −The X trigger− 11 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 22:24:05 ID:BlgGWq8o0
それは、至源。
それは、撃鉄。
それは、始まり。


誰よりも穢れてなお純粋なる者よ。
誰よりも絶望を知ってなお願う者よ。


読み込み、完了。書き込み、不要。


自分以外の全ての幸せを望む者よ。
その為に全ての邪悪を自分に望む者よ。
混沌と秩序の調停者よ。

背負うべき全ての憎悪を、君に。


データに明確な差異が認められるものの、前任者ハイネル・コープスの委任コードを認定。
96%の確率で核識として最終登録された本人であることを確認。

ロックを解除します。


救わず、されど楽園へ導く者よ。
その魂の在り方こそが、適格する者よ。
憎悪と争いの全てを裁く者よ。

振うべき全ての力を、君に。




英雄でない君に、全てを継承する。
おかえりなさい。そして、はじめまして。



剣の魔王――――――二つの“はじまり”を担いし、伐剣王<クロストリガー>。



「――――守るよ。この力で、全てを」

383 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/26(木) 22:25:18 ID:BlgGWq8o0
ここまでで投下中断します。
それでは明日の投下を以て、投下終了とさせていただきたいと思います。

384SAVEDATA No.774:2012/01/26(木) 23:39:15 ID:mzNq3/YI0
おおおお……
うおおおおおおおおお
これですら終ではないと
これですら続くと
なれば待とう
なれば来い
明日、楽しみにしております

385SAVEDATA No.774:2012/01/27(金) 01:35:55 ID:/XVtj8jA0
同じく、待ってます。
何度泣かされたか、なんて言ったらいいか……分からないのですが、
これだなと、私は思った。
まだ終わっちゃいないのだけど、こんな話を読ませてくれてありがとうございます。

386SAVEDATA No.774:2012/01/27(金) 12:37:58 ID:ZumcDwsw0
awven..)(X.

387 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/27(金) 20:33:30 ID:GdazX8j20
それでは、投下を再開します。

388この力で全てを守る時 −Glorious Hightland− 1 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/27(金) 20:34:12 ID:GdazX8j20
誰もが呆然とした。
先ほどまで誰もが抱いていたのは、ゴゴを背中から刺したことに対する驚きであったが、
変貌したジョウイの姿に、そんな瑣末は吹き飛んでしまう。
銀の長髪、魔力を放つ剣の後輪。剣と盾を模したような形に変貌した魔剣。
そして何よりも、風に膨らんだ魔王の外套を棚引かせて佇むその姿に、言葉を喪ってしまう。
これまで紅蓮の業火で熱されていた戦場が、とたんに冷え切っていく。
太陽は高く上っているはずなのに、まるで夜の月がそこにあるかのようだ。
美術館の雰囲気だ。叫べるはずなのに、なぜか“場そのもの”に対して無意識下でセェブしてしまう感覚に似ている。
「――――輝く光、煌く刃」
その静寂を破ったのは場の主だった。
右手の剣を地面に突き刺し、力場が波紋のように広がっていく。
左手を天に掲げると輝く盾と黒き刃の紋章が空に浮かび、それが1つに交わっていく。
「デュアルキャスト――――“輝く刃”<シャインセイバー>」
完全に交わり合った紋章が砕け、その破片と光が誰も彼もに降り注ぐ。
威力を持った光を避ける術などなく、誰もが思い思いの方法で防御を行う。
ことここに至って、誰もが理解せざるを得なかった。目の前の静寂は、明確に我ら全ての敵なのだと。

「……どうやら、盾と刃の紋章術は問題なく使えるみたいだな」
「ジョウイッ!!」

紋章の具合を確かめたジョウイに、天空の剣と魔界の剣の双撃が襲い掛かる。
ジョウイが防御越しに見たのは、眼を血走らせて憎々しげに鏡を見つめるイスラだった。
「それが、お前の目的だったのか。混戦を作り、マーダーであることさえ囮にしてッ!
 全部、全部、紅の暴君を手にするための策略だったとッ!!」
「……おおむね、君の想像通りさ。ただ、一歩僕のほうが早かった」
鏡合わせの2人に、誤解は最早無かった。最早適格者でないジョウイが魔剣を使っていることすら瑣末だった。
余りに露骨な暗躍に、マーダーであることはイスラも疑わなかった。
だが“そこで安心してしまったのだ”。自分が見張っていれば問題ないだろうと、
少なくとも、直接的な行動に出るのはもう少し人数が減ってからだろうと。
だからジョウイはその一歩手前で勝負に出た。
追い詰めた魔王にカエルをこちら側へ転移させて、魔剣を奪う算段だった。
紅蓮の存在は予想外ではあったろうが、それさえも計略に組み込み、ゴゴの中の憎悪まで奪いとったのだ。
最早、あのときに見せた口元の歪みすら、ジョウイが用意した罠にしか思えなかった。
「まんまと、出し抜かれたって訳か」
「……違うよ。君は僕を嫌いだろうけど、僕は君のことが嫌いじゃない。それだけだ」
言葉と共に、ジョウイは魔剣でイスラを二刀ごと弾き飛ばす。
相手の行動を読んで策を成すには、その対象にどれだけ興味を示せるかこそが肝要になる。
イスラは、ジョウイのことが嫌いであったが故に、ジョウイに対しての読みを途中で中断してしまったのだ。
感情と理性を切り離せたマリアベルと感情と理性を混ぜ合わせてしまったイスラの差が、そのまま読み合いの差だった。

389この力で全てを守る時 −Glorious Hightland− 2 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/27(金) 20:34:48 ID:GdazX8j20
イスラを間合いの外へ追い出したジョウイの背後から、聖剣の一閃が襲い掛かる。
既に攻撃を終えたジョウイが再攻撃するまでの一拍を狙った一撃だった。
「返し刃<ダブルアタック>」
だが、ジョウイは間断なく剣を捻り、アガートラームへと剣閃を返す。
翻ったジョウイの耳には、キラーピアスが血を流しながらつけられていた。
「ねえ、一つだけ聞かせてくれない? 貴方のその回復力、もしかして……」
アナスタシアが、その余裕を僅かに翳らせながらジョウイを見つめる。
自分の中の予測を、信じたくないという表情だった。
ジョウイは僅かにアナスタシアから眼を逸らし、アナスタシアの問いの答えを考える。

――――ジョウイよ、お主の無念、わらわたちが晴らそう。
    代わりと言っては何じゃが――わらわの友を――アナスタシアを、守ってやってくれ――――

「……そうですよ。輝く盾の全力ならば、マリアベルさんの命を呼び戻すことも出来た。
 でも、そんなことするわけ無いでしょう。彼女は、僕の目的に邪魔だったのだから」
一切の表情の無い顔で、ジョウイはその最悪の言葉を告げた。
アナスタシアの表情から、余裕と血の気が一瞬で喪失する。
「マリアベルさんが首輪を解除し得る人物であることは序盤から知っていましたから。
 魔王にその事実は流していたんですよ。おかげで、ピンポイントで仕留めてくれました」
「……なら、本当の仇は」
「ええ。それなのに気づかず、責める必要も無いのに自分を責めてくれて……
 おかげで、大分動きやすくなりましたよ――――斬り裂け、闇傑の剣」
アナスタシアの心に生まれた動揺を見逃すことなく、黒き刃を5本射出する。
封印の剣の魔力対価による召喚強化能力によって強化された黒き刃は、その速力を上昇させていた。
「くっ! コンバイン・聖剣ルシエド――――ロックオン・ガトリングッ!!」
迫りくる黒き刃を前に、アナスタシアもまた聖剣ルシエドを5本召喚して相殺させる。
しかし心に隙の生まれた聖剣では出力が黒刃に追いつかず、アナスタシアはたたらを踏んで後退する。
ジョウイはその隙を逃さず装填速度を加速させ、更に黒刃を射出しようとする。
しかし、それは子供の小さな足によって阻まれた。

ジョウイは完璧な形で自身の脇腹を穿った蹴りを見、そこから伸びる脚を見た。
「うそなの。ジョウイおとーさん……なんで?」
脚の先、ツインテールを解いた少女は、泣きそうな顔でジョウイを見る。
家族が戦い殺しあうなんて、彼女の世界にあってはならないことだった。
「アクラの力は、乱発は出来ないみたいだね……ああ、あと……君から借りた支給品は、このまま貰うよ」
ジョウイは枝垂れた髪に瞳を覆いながらもう一度大地に剣を立て、台本を読むような無感動でちょこの力を分析する。
皹が入ってもおかしくない一撃を受けた脇腹に、紅い輝きがどくりどくりと集いそのダメージを溶解する。
真紅の鼓動と輝く盾の癒しを掛け合わせたその光が、ジョウイにエネルギーを与えていた。
たとえ紋章が命を吸い取ったとしても、ある程度ならば釣銭が出るくらいには。
「そんなこと、どーでもいいのッ! おとーさんは、おとーさんでしょ?」
「僕にはそう言ってもらえる価値はないよ」
「お話しするときは人の目を見て話すのーッ!」
怒涛の蹴りがジョウイに浴びせられるが、ジョウイは魔剣を盾のように構えちょこの攻撃をしのぐ。
その様に、ちょこは言いようもない不安を覚えてしまったのだ。
とうさま。ラルゴとうさま。ちょこが愛した父を悲劇の運命にいざなったのは、名も無き魔剣だった。
魔剣とは、ちょこの幸せを砕くものに他ならないのだ。
そして、ジョウイがそんな魔剣を手にしている。剣の中の奥深くに憎悪を沈めた魔剣を。
このままでは、また壊れてしまう。いつかチカラにおぼれ、人としてのココロを失い、さつりくのかいかんによってしまう。
それを、ちょこは止めたかった。
「かえろ? そんな剣なんかポイして、みんなでいっしょにおうちにかえろ?」
「父親だって、帰りたいと思うよ。でも――――それは妻の、娘のいる場所を守れてこそだ」
一緒にいたい。一緒にはいられない。いつだってどうしようもなく父の仕事と娘の願いはすれ違う。
刃を喪った絶望の鎌を左手で棍のように操り、魔王は魔王の娘を弾き飛ばした。

390この力で全てを守る時 −Glorious Hightland− 3 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/27(金) 20:35:23 ID:GdazX8j20
ちょこを追い払った即座、ジョウイは左後方に手を向ける。
すると、裁きの時がバヨネットの砲口を穿ち、ピサロは砲撃の射線を大幅にずらさざるを得なかった。
「全方位索敵と連動した先制攻撃術か。小癪」
「“大いなる裁きの時”。拝謁するのはこれで2度目か、魔族の王ピサロ」
「3度目だろう。なにやら砂浜で子鼠が這い回っているとは思ったが、貴様だったか」
裁きの時の連射を避けながら、ピサロは自身をあの座礁船に導いた光の正体を確信した。
魔族の王と魔剣の王。たった2人残った敗者の王達が交錯する。
「貴方を利用した非礼を詫びる。その上で問いたい。ピサロ――――貴方は未だ魔王たるか?」
「私と貴様を同格と思うか? 私が未だ魔王であったならば、その非礼だけで万死に値していた」
「そうか。王でなく民ならば、その無念も、いずれ僕が背負おう」
「笑止ッ!!」
黒き刃と砲撃が入り乱れる中、セッツァーとジョウイの視線がぶつかり合う。
両者とも言葉は発さず、視線だけで互いの価値をもう一度値踏みし直す。
破綻していたはずのジョウイの計略が、息を吹き返した。
運か、それとも仕込みの賜物か。あるいはその両方を以てジョウイは再び賭場に立った。
セッツァーの瞳が、一等に鋭くなる。最早ルーキーだと舐めてかかれば喰われかねない。
ジョウイの側も同じらしく、セッツァーに対する警戒を緩めていない。
故に、お互いが全霊を以てどちらかがヘマをする瞬間を見出そうとしていた。

「マザーイメージッ!!」
僅かにジョウイの意識がセッツァーの方へ向いた隙に、
ゴゴに助けられ内的宇宙から復帰したアキラがジョウイにイメージを叩き込む。
寝起きとはいえ、眼前の光景からジョウイが敵であることは最早疑いようも無かったが、
それでも戦意を殺すマザーイメージを使ったのは、速やかにジョウイを沈黙させるべきだと判断したからだ。
「確かに、処刑台に挽かれる前に母の姿を最後に一目見たかった」
だがジョウイは動じることなく、むしろその想い出を噛み締めるようにアキラに向き直る。
憑依無効。ジョウイの右腕、その魔剣に集う剣の意思がある限りアキラの念は鈍ってしまう。
「それでも、僕達を養ってくれた父たちを憎むことは出来ない。
 母も、父も、義弟も、キャロの町の人たちも、全てを導いてみせる」
「ご大層な話だな。世界の端っこにいる人間までテメーがどうにかするってのか!?」
「するさ。それが、僕の魔法だ」
ジョウイの答えに、アキラは肝が凍ってしまったかと錯覚した。
心に触れることの出来るアキラだからこそ、ジョウイが本気でそういっているのが分かる。
眼前の存在は、英雄でも勇者でも、ヒーローでさえも無く“しかし『ぶっ壊れた者』だった”。
こいつはヤバいと、ジョウイの本性を垣間見たアキラの本能が警鐘を鳴らす。
この魔王は、何も見捨てることなく全てを壊してしまう気がしたのだ。
「――――しまっ、回線開きっ放……グアァァァァッ!!」
「だから、僕に干渉らないほうがいい。これは、君の背中には余る」
マザーイメージを叩き込んだチャネルから、魔剣の中に棲む怨念がアキラに逆流する。
“救われなかった”想いの残滓に、アキラの脳が耐えかねてブレーカーを遮断させた。

391この力で全てを守る時 −Glorious Hightland− 4 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/27(金) 20:36:14 ID:GdazX8j20
すぐさまジョウイは黒き刃で追撃を仕掛けようとするが、イスラやアナスタシアが包囲を狭め牽制する。
ピサロやセッツァーの敵意もまたジョウイに向けられていた。
ジョウイはアキラへの追撃をとりやめ、剣を再び地面に突き刺し、敵だらけの周囲を見渡す。
この状況でこのような行動に出れば、全員を敵に回すことなど容易に想像できる。
覚悟はしていたのか、ジョウイの無表情が崩れることはない。
しかし、ポーカーフェイスだけでは数の利を覆すことなど出来ない。
ジョウイが何かを決めようとしたその時、始まりの魔剣が強く強く輝く。
突然の魔剣の輝きに、ジョウイは何事かと僅かに驚きを露わにしたが、
すぐにその光の意味を理解し、剣を引き抜いて天に掲げる。
すると、虚空から再び黒き刃が顕現する。その数は3。
しかし、射出された3本の剣は誰の肉も切り裂くことなく、地面に突き刺さる。
何のつもりだ、と全員が訝しむ間もなく、剣は異変を放った。
剣が独りでに地面から抜けたのだ。そして、地面に落ちることなく中空に漂っている。
「まさか……」
イスラの口から、不吉の予感が漏れる。
その不吉を成就するかのように、黒き刃の柄に紫の力場が生じ、
それがやがて延びて、手と、腕と、肩と至り、人の形を成した。
「イスラ君、これってッ!」
「亡霊兵! ディエルゴに取り込まれた怨念が人の形を取ったものだ!!」
片方は二刀流、もう片方は一刀で剣を構えたエクトプラズムに、イスラとアナスタシアは剣を向ける。
かつてイスラが伐剣者であったときにも、紅の暴君の魔力で島の亡霊を強制的に操ったことがある。
この島にも同等数の怨念がいるかどうかは分からないが、数を増やされれば手が着けられなくなるだろう。
「1体1体は単純な動きしか出来ない! 直ぐに片づけないと――――ッ!!」

そう言おうとしたイスラの言葉は、喉元に突きつけられた剣閃によって遮られた。
他ならぬ、単純な動きしか出来ないはずの亡霊によって。
イスラがたまらず後退するが、2刀を携えた亡霊は瞬く間にその距離を詰め直し、連撃をイスラに浴びせ続ける。
「これが亡霊!? この剣圧、陸戦隊の隊長級じゃないかッ!!」
時として疾風のように間合いをつめ、隙あらば烈火の如き攻めを繰り出す亡霊の剣は自身の知るそれではなかった。
「くっ……なんて、なんていやらしい剣ッ! 女の子にモテないタイプね!!」
それはアナスタシアが凌いでいる亡霊も同じだった。
アナスタシアの一本気な剣を、流水の如く変幻自在にあしらい、隙を作り上げたところに雷鳴の如き一撃が迫る。
ロードブレイザーのような絶対概念との戦いに長けたアナスタシアではあったが、剣術に関してはやはり素人。
どっしりと大地かくやと構えられた、剣の兵理を突き詰めた冷徹な蟻の一撃が、アナスタシアを翻弄する。
イスラには理解が出来なかった。
自分の知る亡霊は、肉体が滅んでなおディエルゴの力に囚われ、永遠に転生できない苦しみに乾き、暴れるだけの存在だった。
当然、その攻撃も直接攻撃にせよ召喚術にせよ、破壊衝動を振り回すようなものに過ぎなかったはずだ。
だったが、この2匹の亡霊はその理からはずれていた。

『……カラ、先ハ…………場所デハ……』
『ココ、ガ……ノ国……最後……リ……』

破壊衝動というには余りに精緻すぎる剣の腕。なにより、この亡霊たちには明確な意思がある。
そう、明確に、守るべきものを守ろうとする強烈な意志が、剣に乗っているのだ。

『……カラ、先ハ……ブライ、ト、オウ、ケノ……ゾク……場所デハ……セン』
『ココ、ガ……最後ニ……ッタ……タチ、ノ国……最後……ノ……ホコ、リ……!!』

亡霊が、亡霊の形をした信念が、2人だけならずちょこやピサロを巻き込み、果敢に攻めていく。
片や勇猛に果敢に攻めいく赤い怨念、片や詰め将棋のように冷徹に相手を弱らせていく黒き怨念。
その後ろ姿に、ジョウイだけがその正体を理解した。
ここにいる誰もが知らないだろう。ルカ=ブライトの名前は雷の如く響こうとも、彼らの名前など誰も知らないだろう。
敗軍の王はもとより、敗軍の将の名前など民の口にも上るまい。
だが歴史には確かに刻まれているのだ。

「シード……クルガン……」

遠かれば音に聞け、近くば寄って眼にも見よ。
ハイランド王国第四軍団長・クルガン。そして同第四軍団付将軍・シード。
デュナン統一戦争末期、落陽のハイランドにありて、その王国を最後まで支え抜いた2人の将軍の名を。

392この力で全てを守る時 −Glorious Hightland− 5 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/27(金) 20:37:29 ID:GdazX8j20
ジョウイは何故、彼らがここにいるのかなどと問わなかった。
ジョウイの両腕に等しかった彼らは、ここに呼ばれていない。
ならば目の前の亡霊将達はいったいなんなのか。その答えは剣が教えてくれていた。
核識の力で支配下におかれた無色の憎悪は、少しずつではあったが、ジョウイの魔法に同調し始めていた。
目的も意味もなくただ憎むしかできない茫洋たる存在に、ジョウイの導きは希望であったのだ。
こんなものにすら、存在する意味があるのかもしれない。
こんなものでさえ、こんなもののままできることがあるのかもしれない。
形無き憎悪にとって、ジョウイの示す先は確かに一つの可能性だったのだ。
だからこそ、その灯を絶やすわけにはいかなかった。
だからこそ、守るための形が必要だった。そして彼らは憎悪であると同時に物真似だった。
かつて物真似師がオディオの力を使うために、闇黒の源罪を用いてモラル崩壊に変換したように、
彼らは宿主を助ける為に、真なる紋章に刻まれた想い出の中から、
もっとも相応しい負の感情――――未練へと自らを変換した。

それこそが、彼ら亡霊召喚。
栄光ある母国、誇り高きハイランドを守りきれなかった未練の結晶。
そして、ジョウイが最初に背負った、理想の原型に他ならない。
ジョウイの理想とて、決して誰にも理解されなかったものではないのだ。
「ありがとう…………今度こそ理想を、この世界に打ち立ててみせる」
ジョウイは背後を亡霊達に託し、再び地面に伏せるアキラに向けて黒刃を装填する。
3つの急所うち2つを押さえた今、後はアキラさえ潰してしまえば、この戦いは完全に“詰み”なのだから。

「ジョウイッ!!」

だが剣の射線上、アキラとジョウイを遮るようにして、人影が現れる。
「ストレイボウさん……」
吹き飛ばされたアキラと、その側にかろうじて残っていたカエルを守るようにして、ストレイボウがジョウイに向かい合う。
ストレイボウは、信じられないという表情でジョウイを見つめた。
ジョウイは顔の半分を銀髪で覆いながらも、その表情を崩していない。
かつてルッカの死体を隔てて対峙した時とは真逆だった。
ただ違うとすれば、ジョウイにもストレイボウにも揺るぎなき何かが備わっていることくらいだった。
「退け、なんていいませんよ。立ち塞がるならまとめて貫通させるだけですから」
「なぜこんなことを! ルッカの為に泣いたお前は一体!」
ストレイボウも、裏切りの真偽など問わなかった。
人は裏切る。それは衝動であったり、利害であったり、様々な理由で裏切る。
それは他ならぬストレイボウがその身を以て証明している。
だからこそ、ストレイボウは信じられなかった。
ルッカがその手の中で死に絶えたときのジョウイの絶叫。あれは、紛れも無き魂の慟哭だった。
あんな声を出せる人間が、こんなことをするということをストレイボウは信じたくなかった。
「……ストレイボウさん、あなたは悪くない。王国がしっかりしていればルクレチアの悲劇は起きなかった」
ジョウイの脈絡のない返答に、一瞬だけストレイボウは言葉を詰まらせる。
だが、そこに込められていたのは、ジョウイの本心であることがストレイボウには理解できた。
「だから僕が作る。貴方が責められない国を、貴方の憎悪で揺るがぬ理想の国を。憎しみの無い永遠の楽園を」
ああ、とストレイボウも理解する。
それこそが毀れ落ちた命に報いようとするジョウイの答えなのだと。
「だから――――貴方が、そして貴方の友が背負った業は僕が継承する」
そのためならば、ストレイボウを含めた全ての裏切りを背負うつもりなのだと。

393この力で全てを守る時 −Glorious Hightland− 6 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/27(金) 20:38:04 ID:GdazX8j20
「違う。違うぞ、ジョウイ」

それをストレイボウは否定する。ジョウイの瞳が、僅かに陰った。
「かつての俺だったのならば、俺のせいで死んだ人達の為に贖罪をしようとしていただろう。
 だが、今はそうじゃない。俺は俺が罪人だから贖罪をするんじゃないんだ。
 “俺が自分を悪いと思って、そしてオルステッドに謝りたいから”謝りに行くんだ」
しなければならないのではなく、したいからそれを行う。
勇気をその左手に握った魔術師は二度と背中を見せぬと、魔王に立ちはだかる。
ジョウイの眼は本気だ。だが、だからこそストレイボウはジョウイを止めたかった。
例え望んでだろうが望まざろうが、裏切りという烙印をジョウイに背負わせたくはなかったのだ。
だから、ストレイボウは両手を強く握り締めて、ジョウイを止めうる言葉を探す。
お前のそんな決断、誰も望んでいないのだと。
「……貴方ならば、あるいはと思っていました。貴方は十分に苦しんだ。それでも、楽園を望まないのですか?」
「望むさ。だが、それはたった一人の手によって行われるものじゃだめなんだ!
 “過去を変え、未来を変え!生まれるはずのものを奪えば、必ず裁きが下る”
 その罪を、お前に背負わせることなんて、彼女も望んじゃいないッ!!」
「――――ッ!?」
ジョウイの表情に、初めてハッキリと狼狽が浮かんだ。
ストレイボウが右手に握りしめた感応石から頭に伝う輝き、そして紡がれた叫びに、
ジョウイは自分が守れなかった科学の少女を思い出さざるを得なかったのだ。
「誰も望まないからこそ、僕がそれを成すと決めた。
 それでも覚悟を胸に抱き僕と相対するというのならば……彼女の残響ごと斬り伏せます」
ジョウイが今一度、剣を大地より引き抜き、天に垂直に魔剣を掲げる。
あふれ出すは、膨大な黒き魔力。その魔力光に、ストレイボウは喉を鳴さざるを得なかった。
奥の手か、それに近い大魔術が放たれることは容易に想像がつく。
とてもではないが、カエルとアキラ2人をストレイボウ一人では守りきれないほどの。
「フォース・エクステンション――――“貪欲”よ、ここに全てを――――」
「ジョウ、イ……」
だが、ジョウイの詠唱は遮られた。彼の名を呼ぶ、懐かしい懐かしい懐郷の響きに。

――――――――

自身の内的宇宙の中で、ゴゴは傷ついていた。
自身の内側にあってさえ、その意識は朦朧としており、
自分がどのような状況にあるのかさえ理解がおぼつかなかった。
確か、聖剣の物真似をしていたはずだ。
それも限界に達しようとしていた時に、紅い何かが、自分の宇宙に突き刺さり、とっさにアキラを庇った。
そして、紅い刃が自分の中にあった黒い何かを吸い込んでいったのだ。
吸い込まれる途中で、何かを見た……否、”嗅いだ”気がする。
あれは、アシュレーとともに城にいたときのアレに似ていたような……
そして、その後全てが砕けて……ダメだ、その先は何もない……
自身の中で荒れ狂っていた黒い何かは既に失せ、世界は凪の海のように穏やかだった。
だが、ゴゴもまたそれ以上に力つきかけていた。
このまま、静謐な海の一部に溶けていってしまうような気がした。

(……誰、だ……?)

だが、草臥れたゴゴの心を優しく湿らせるように、碧の光がゴゴを癒す。
そして、その光の正体に思い至るよりも早く、その両肩がぐいと持ち上げられる。
「お前、達……そう、か……」
ゴゴは自分に肩を貸した2人の姿を見、そうかと納得する。
「約束……したからな……来たら……起こすと……」
体をゆっくりと運ばれながら、ゴゴは外へと浮上する。
今回ばかりはサァヴィスだと、物真似師は自分へ言い聞かせた。
起こすと約束しておきながら自分が起こされるとは、プロ失格だ。
ならば、その汚名もまた、物真似によって返上するべきだろう。

――――――――

394この力で全てを守る時 −Glorious Hightland− 7 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/27(金) 20:38:59 ID:GdazX8j20
「ジョウイ……あい、たかったよ……」
その言葉に、ジョウイの詠唱が完全に停止する。
音の源泉は、フードの中。だが、その声色は外見に似つかぬ少女のものだった。
「ごめん、ね……一緒に、いられなくて……」
そう謝罪するゴゴに、ジョウイは振り向かなかった。
だが、ゴゴはそれでも構わないと、内側に蓄えられた音を外に出していく。
「ねえ…………そんな格好じゃ、風邪、ひいちゃうよ…………」
その言葉に、ジョウイの体が身震いする。魔剣の輝きが、僅かに鈍る。
「かえりたくなったら……いつでも……まってるから……
 私は……私たちは…………それでも……まってる……よ……」
「ッ、ナナ――――――ウグッ、グAaAAhur2uyAAッ!!」
それを最後に、物真似師の中から少女の欠片は消えた。
その姿を一目見ようとした刹那、ジョウイが突如苦悶の叫びをあげる。
自己の全てを根こそぎ砕かれるかのような、人成らざる表情で苦痛を放出する。
「グ、Gru、あ、ハァ、ああ……」
ジョウイはなんしかその苦痛を落ち着かせたが、それでも疲労は偽れないのか、
剣を地面に突き立てて両膝を地面についてしまう。
その疲弊は誰の目にもみて明らかに異常だった。

「…………シード、クルガン。撤退します」
『『!?』』

ジョウイの命に呼応し、二将の亡霊が剣戟を中断しジョウイの元へ集う。
だが、そこには亡霊であっても何故、という疑問が露わになっていた。
「目標は達した……命令だ、撤退する」
だが、呼吸を整えるジョウイは強い語調で亡霊に命じ直す。
見ればその魔力光は最初に比べ明らかに陰っており、ジョウイの戦闘可能時間が残り少ないことを示していた。
「尻尾を巻いて逃げるのを、黙って見過ごすと思うかい?」
それを知って、イスラはそうはさせまいとジョウイの進路を阻む。
アナスタシアやちょこ達もアキラやゴゴ達を庇いながら、
ジョウイからみて北側に集まり、禁止エリアと自分たちで挟む形で陣取った。
ピサロやセッツァーたちさえも、アナスタシア達とは距離を置きながらも北側へのルートを塞ぎにかかる。
その魔力量は明らかに減少しており、直に抜剣状態は解除されるだろう。
そうなってしまえば、後は煮るも焼くも自由なのだから。
完全に逃げ場を失った魔王は、無表情のまま答えた。

「逃げるよ。ただ“この戦場は、彼に任せることにする”」

彼?と誰もが疑問に思った瞬間だった。
ぶすり、と肉の千切れる音が彼らの側で鳴った。
うあ、と声にならない叫びを挙げたのはアキラだった。
その肩には毒蛾のナイフが突き刺さっていた。ちょことアナスタシアが、ピサロを警戒する。
だが、ピサロは攻撃したそぶりもなく、北側の一点を見据えている。
一体何を見ているのか、そう誰もが思ったときだった。
「嘘だろ…………」
辛うじて声の範疇にあった嗚咽がイスラの口から漏れる。
その眼は、信じたくないものを無理矢理見せつけられているようだった。
多分、生きてはいないと思った。だから、遺体を見るまでに、心を静めようと思ったのだ。

「なんで、なんでそんな姿になってるんだ――――ヘクトルッッ!!」

“なのに、遺体の方がイスラに会いに来てしまった”。
彼の視線の先、青白い肌を浮かべた、理想郷の残骸があった。


――――――――――

395この力で全てを守る時 −Glorious Hightland− 8 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/27(金) 20:39:35 ID:GdazX8j20
「どれを取っていく? 」
「この首飾りだけ貰っていくか。速さってのは、どんなところでも使えるからな」
「他の剣類はいいのか。どれも業物だぞ」
「旦那がいらねえなら、いいよ。負け犬の手垢がついた得物なんざ、持ってるだけでツキが落ちそうだ」

そんなやり取りが、その場所での最後の命ある声だった。
最早そこには合戦後のような、死体と刀剣が散らばった荒野しかなかった。

『戦わせろ。我を戦わせろ……』

誰も彼もがいなくなった荒野の古戦場。その場に、一つの斧が残されていた。
呪いそのものである神将器が、戦という渇きに餓えて啼いていた。
戦わせろと、この身を戦わせろと。
だが、その宿主は既に事切れ、乱用されて砕けかけた神将器の嘆きに応えるものなど無い。
その残念は空しく大地に還るだけだった。

『――――繋がった、か』

だが、その声を聞くものが一人だけいた。
神将器は自分に干渉する存在を感知したが、直ぐにそれを辿ることをやめ、再び嘆きを響かせる。
『ヘクトルさん……貴方がどのような形で戦い、そしてどのような形で果てたかは分かります。
 ありがとう……貴方が時間を稼いでくれなければ、僕は魔剣を手にすることは出来なかった』
だが、声の主は神将器の無念などお構いなしで、かつてそれを握っていた者への謝罪を滔々と語る。
そんな謝罪など、神将器には何の値にもなりはしない。
欲するのは、謝罪などではなく戦。この身を燃え上がらせる戦なのだ。

『そうか……これが、貴方の理想――――
 もしも、貴方が、全てを失ってなお幾許かの想いを残すのであれば……“戦場を用意しよう”』
『!?』

だからこそ、その誘いこそは、竜殺しの斧にとって何よりも欲すべき導きだった。
戦わなければならないのだ。我は、まだ、膝を突くわけにはいかないのだ。
神将器は懸命に意識を伸ばし、大地を渡った信号は魔剣に伝わった。

『既に貴方の死は疾うに喰われている。
 だが、その魔斧に喰われた想いが残るのであれば……この力で、限界まで呼び起こす……!!』

どくり、どくりと、地面に突き刺さった魔剣を介し神将器に力が注がれていく。
全ての限界を超越して砕けてしまう感覚が神将器を巡った。だが、神将器はそれを歓喜を以て迎え入れる。
戦場を、俺を戦わせる戦場を。まだ終われぬのだ。終われる道理が無いのだ。
たとえ、一瞬限りの夢だとしても、斧を振らねばならぬのだ。

『ミスティック・アルマーズ……ッ!! 貴方の理想郷と僕の楽園は異なるだろう……
 だが、魔王の名に誓いて貫く。貴方の理想郷を超える楽園を、打ち立てて見せるとッ!!』

びくりと彼が躍動し、そして彼は自身の筋肉が胸に縫い付ける槍ごと立ち上がる。
既に事切れたはずの身体に、恵みのような活力が漲っていく。
ゆっくりと立ち上がった其れは、周囲を見渡し、打ち棄てられた勇者の姿を見据える。
そして、その黄昏の左腕と自分の切られた左手を見比べて、少しだけ口元を歪ませたような気がした。

それがもしも喜悦というものであったのならば、きっとその内容はこうであろう。
――――嗚呼、未だ、戦えるのだ、と。


――――――――――

396この力で全てを守る時 −Glorious Hightland− 9 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/27(金) 20:40:11 ID:GdazX8j20
強い残念は武器に残る。時に、強い未練を残したものは、その担い手の形を纏いて武器が死を招くこともある。

自分の身体を鞘代わりに、幾本のナイフを自身に突き立てて立ち尽くす死体。
その右手には、既に皹が入っているとはいえ、その威を限界以上に漲らせる天雷の斧アルマーズ。
腱を斬られ使い物にならぬはずの左手は……二の腕に不釣合いな細い手に挿げ代わっていた。
薬指に紅い指輪を嵌めた男性としては比較的細いその手には、神々の黄昏が備わっていた。
残された右目に、最早生気と呼べるものは無い。あるのは、生あるものを敵と見据える狂気だけだ。

天雷の亡将。その姿は、アナスタシアに魔剣・狂気山脈を振るった亡霊を想起させうるものだった。
「ターンアンデットでもあれば、一発なんでしょうけどねえ」
アナスタシアの言葉に、反応するものはいなかった。
それぞれが思い思いの眼で、自分達が救えなかったものの末路を見つめている。
イスラの狼狽は、その中でも特に窮まっていた。
当然だ。ジョウイとの駆け引きに囚われすぎたせいで、本当に守るべき希望を失ってしまったのだから。
実際の真偽はともかく、イスラがそう思うには十分すぎた。
「ジョウイ! お前は、お前はァァァァァッ!!!!」
イスラが、狂気と怒りを綯い交ぜにした表情でジョウイを睨み付ける。
視線だけで射殺せそうな殺気を前に、ジョウイはその敵意を噛み締めるようにゆっくりと立ち上がった。
「君がそう思うならば、そういうことで構わない。僕がリキアの罪を背負うことに、代わりはないのだから」
ジョウイが左手を挙げると、アナスタシアたちの隙間を縫って亡将から飛ばされたビー玉がその手に収まる。
そして、ジョウイはビー玉を強く握り締めて召喚を行う。
「……あれって、確かナンチャラ石いるんじゃなかったかしら?」
「生憎と、召喚方法だけは山ほどありまして」
アナスタシアの惚けた問いに、ジョウイは律儀に返答しながら魔剣をビー玉に突き立てる。
その時、ジョウイの前髪が翻り、その額から紋章が浮かび上がる。
「僕の世界にも、あるんですよ……召喚術」
蒼き門の紋章。門の紋章の眷属にして、異界の住人を呼び出す紋章。
ジョウイが最初から持っていた隠し札にして、バランスの紋章に占有されて決して使えなかった札。
それが、核識の力と共にジョウイの手の内に収まる。魔剣の使い手に欲すべき、召喚能力として。
「コンバイン――――喚起の蒼き門を潜りて名も無き世界より来たれッ!! 石細工の土台ッ!!」
砕けたビー玉に導かれるように、赤黒い暴走召喚のゲートから石が呼び出される。
それは普通の四角い石だった。成人男性の胸あたりまで高さのある、足場にするにはちょうどいい土台だった。
だが、その数が桁違いだった。わらわらと、灰を撒くような気軽さで幾つもの石がゲートを越えて現れる。
それは、ある島の者たちが見ればこういっただろう。暴走した喚起の門が、害虫を無数に呼び出すに似ていた、と。
百を超えたあたりだろうか。いつしか石の雨がやんだ時、荒野はまるで悪趣味なミステリーサークルの石林となった。
これほどに石があると、高速での移動が制限される。
障害をものともしない重戦士に有利で、俊敏を旨とする者たちにとっては不利な舞台だった。

だが、誰もがそこにある違和感を覚える。
これだけ石を並べてしまったら、ジョウイが北に逃げられないではないか。
その疑問を嘲笑うようにジョウイは再び蒼き門を開き“王都への道”――――半人半馬の騎兵を召喚する。
「殿を託します。どうか、せめて、武運を」
そう呟いてジョウイは――――“騎兵に跨り南の森に向かって駆け出した”。
誰もがその奇行に瞬間的な理解が追いつかなかった。その後ろは、禁止エリアだというのに。
唯一、ピサロの砲撃だけがジョウイの背後を襲ったが、身を挺して庇った二将と共に砲撃は消え去ってしまう。

「一体、何を考えているの? ジョウイ君……まあ、それは、彼を何とかしてからなんでしょうけど」

アナスタシアが、皆が、今一度オスティア候の亡骸へと向き直る。
その巨躯から迸る、怨念にも似た『闘気』が、石の大地全てに染み渡り、戦士達の足元を竦めているような気がした。
意思なき石の兵を率いるは死せる君主。ここは全てを失った者の最後の領地にして王都への道を塞ぐ砦。
故に誰も逃がさぬ、誰も生かさぬ。たとえその身を戦奴と窶したとて、この身は理想に続く一石なのだから。

『AAAAAAAAAAッッッ!!!!!!』
「くるわよ、しっかりなさい。イスラ君ッ!!」
「――――手前ェがな」

397この力で全てを守る時 −Glorious Hightland− 10 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/27(金) 20:40:46 ID:GdazX8j20
ぱぁんと、水の詰まった袋が弾けるような音がした。
向かい来る天雷の亡将を迎撃しようとアナスタシアが剣を構えた瞬間、アナスタシアの左肩から銃弾と血が飛び出る。
「おねーさん!!」
ラグナロクの一撃はちょこが凌ぐが、アナスタシアは初めて知る苦痛に、膝を突いてしまう。
その銃弾の射線上、硝煙を棚引かせる44マグナム。その銃把を握っていたのは、ギャンブラーだった。
アナスタシアを庇うように、ちょことストレイボウが亡将の抑えとなる。
石林を隔てて対峙する魔族の王とギャンブラーに、アナスタシアは油汗を浮かべながら、それでも笑顔を向けた。
「……ぶぅっといのどうも、っていいたいんだけど、狙う相手、間違ってない?」
「手が滑った、って言ったら許してくれるかい? マダム」
そう言っておどけるギャンブラーの手には、
44マグナムの他に、昭和ヒヨコッコ砲やマタンゴなど、アナスタシアが落としたものが握られていた。
ジョウイの行動に眼も暮れることなく、セッツァーは自分に利するであろうアイテムをかき集めていたのだ。
「……いいのか?」
「無一文で挙句死体まで取り立てられたゾンビ。力はあってもおつむの足りない餓鬼。ゾンビにブルってる小僧。
 カエルの干物と物真似野郎とチンピラはオネム。まともに動けそうなのは魔術師とマダムだけ、と。
 ファーストカードで削っとくなら、莫迦みたいな力を持ったマダムだろ。この場合」
砲口をアナスタシアたちに向けながら問うたピサロに、セッツァーはマグナムをリロードしながら答えた。
何の因果か、死体になってまでヘクトルは闘いをしたいらしい。
しかも見る限り、最早セッツァーでなくても、生きている人間なら誰でもいいらしい。
大いに結構ではないか。態々漁夫の利を与えてくれるというのなら、貰っておこうではないか。

「ルーキーも、莫迦なことをしたもんだぜ。少しは見込んでいたんだが……自分からゲームを降りるとはな」

南に逃げたジョウイのことを、セッツァーは軽蔑を以て鼻で笑う。
恐らく全て自分の思い通りにことが進んだと思っているのだろう。
しかしギャンブラーであるセッツァーの目線から見ればそれは180度違っているのだ。
オディオは北東のエリアを禁止エリアで囲んだ。残る参加者をルーレットにぶち込んだのだ。
だが、こともあろうに、ジョウイはルーレットの外側に出たのだ。
つまり、奴はオディオというディーラーのルールを破ったのだ。
それはゲームの放棄。ひいては、命をBETした者たちへの冒涜だった。

「放っておけば、オディオの奴がゴミ掃除をするだろう。首をBANG!するなり、なんなりな」
「……なるほどな、確かに、一理なくも無い」

ピサロもセッツァーの意見に同意する。だが、それはセッツァーのギャンブラーとしての理屈に同意したのではない。
ジョウイが右手に掴んだあの魔剣は、どう見定めたところで人の手には余る物なのだ。
進化の秘法にてピサロがデスピサロになったように、若き魔王は人の領分を超えた力を手にした。
永くは保たないだろう。最後の苦しみ方から見れば、良くて日没までだ。
つまり、ここで全員を殲滅さえすれば、後は日没まで耐えればそれで優勝はできる。
優勝の可能性が絶たれた訳ではない以上、ここで手を緩める意味はないのだ。

「さあて、それじゃクライマックスだ。張り方を間違えたこと、指を銜えて悔しがってなルーキー。
 お前のくだらねえ策が成る前に、勝ち逃げさせてもらうぜ!!」

そしてギャンブラーは銃を構え、ピサロは砲を構える。
前門の亡霊、後門のマーダー。集うは半死半生の英雄達。
死に囲まれた此の場所は、まるで墓地のように静かだった。

398この力で全てを守る時 −Glorious Hightland− 11 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/27(金) 20:41:26 ID:GdazX8j20
【C-7とD-7の境界(C-7側)二日目 午前】

【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:気絶 書き込みによる精神ダメージ(大)右手欠損『覚悟の証』である刺傷 瀕死 疲労(極大)胸に小穴
[装備]:フォルブレイズ@FE烈火の剣
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本:???
1:???
2:ストレイボウ、俺は、俺は……
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)
[備考]
※ロードブレイザーの完全消失及び、紅の暴君を失ったことでこれ以上の精神ダメージはなくなりました。
 ただし、受けた損傷は変わらず存在します。


【ちょこ@アークザラッドⅡ】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(極)
[装備]:ミラクルシューズ@FFⅥ いかりのリング@FFⅥ
[道具]:海水浴セット、基本支給品一式、ランダム支給品1個@魔王より譲渡されたもの 焼け焦げたリルカの首輪
[思考]
基本:みんなみんなおうちに帰れるのが一番なの
1:ゴゴおじさんやみんなをまもるの
2:ジョウイおとーさん……うそなの……
3:おとーさんになるおにーさんのこと、ゴゴおじさんから聞きたい
[備考]
※参戦時期は本編終了後
※殺し合いのルールを理解しました。トカから名簿、死者、禁止エリアを把握しました。
※アナスタシアに道具を入れ替えられました。生き残るのに適したもの以外です。
 ただ、あくまでも、『一般に役立つもの』を取られたわけでは無いので、一概にハズレばかり掴まされたとは限りません。
※アシュレーのデイパックを回収しました。
※コマンド『かくせい』が使用可能になりました。ただし、ヴァニッシュ使用を含め覚醒時は常時魔力を消費します。


【ゴゴ@FFⅥ】
[状態]:気絶 疲労(大)瀕死 首輪解除 右腕損傷(大)気絶 出血多量 物真似に対する矜持
[装備]:ブライオン@ LIVE A LIVE 、ジャンプシューズ@WA2
[道具]:基本支給品一式×2(ランタンはひとつ)
[思考]
基本:物真似師として“救われぬ”者を“救う”というものまねをなす
1:そろそろ、目覚めないとな……
2:セッツァー…俺の声を、届かせてみせる!
[参戦時期]:本編クリア後
[備考]
※本編クリア後からしばらく、ファルコン号の副船長をしていました。
※基本的には『その場にいない人物』の真似はしません。
※セッツァーが自分と同じ時間軸から参戦していると思っています。
※内的宇宙のイミテーションオディオが紅の暴君に封印されたため、いなくなりました。
 再度オディオを物真似しない限り、オディオは発生しません。


【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:ダメージ(極)、疲労(極)、胸部に重度刺傷(傷口は塞がっている)、重度失血 左肩に銃創(弾は排出済み)
[装備]:アガートラーム@WA2
[道具]:ルッカのカバン@クロノトリガー、感応石×3@WA2
    基本支給品一式×2、
[思考]
基本:“自分らしく”生き抜く。
1:この場を切り抜ける
2:ジョウイへの対処を考える
3:今までのことをみんなに話す
[参戦時期]:ED後
[備考]:
※名簿を未確認なまま解読不能までに燃やしました。
※ルッカのカバンには工具以外にルッカの技用の道具がいくらか入っています
※アナスタシアの身にルシエドが宿り、聖剣ルシエドを習得しました。
 他、ルシエドがどのように顕現し力となるかは、後続の書き手氏にお任せします。

399この力で全てを守る時 −Glorious Hightland− 12 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/27(金) 20:42:41 ID:GdazX8j20
【アキラ@LIVE A LIVE】
[状態]:精神力消費(極)疲労(極)瀕死 怨念に触れて精神ダメージ(中)
[装備]:パワーマフラー@クロノ・トリガー、激怒の腕輪@クロノ・トリガー、デーモンスピア@DQ4
[道具]:清酒・龍殺しの空き瓶@サモンナイト3、基本支給品×3
[思考]
基本:オディオを倒して元の世界に帰る。
1:何とかして、立ち上がる
2:レイ・クウゴ、アイシャ・ベルナデット(カノン)、ミネアの仇を取る。
3:首輪解除の力になりたいが、俺にこれを読めるのか……?
4:ジョウイに対処する
[参戦時期]:最終編(心のダンジョン攻略済み、ストレイボウの顔を知っている。魔王山に挑む前、オディオとの面識無し)
[備考]:超能力の制限に気付きました。テレポートの使用も最後の手段として考えています。
※カノンの名をアイシャ・ベルナデット、リンの名をリンディスだと思っています。
※松のメッセージ未受信です。
※毒蛾のナイフ@DQ4が肩口に刺さっています

【イスラ・レヴィノス@サモンナイト3】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(極)ヘクトルの死に動揺
[装備]:天空の剣(開放)@DQ4、魔界の剣@DQ4、
[道具]:確認済み支給品×0〜1、基本支給品×2、ドーリーショット@アークザラッドⅡ
[思考]
基本:誰かの為に“生きられる”ようになりたい。
1:この場を切り抜ける
2:ジョウイとは必ず決着をつける
3:首輪解除の力になる
[参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている)
[備考]:高原、クロノ、マッシュ、ユーリル、ヘクトル、ブラッドの仲間と要注意人物を把握済み。

【ストレイボウ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ(小)、疲労(極)、心労(中)勇気(大)ルッカの知識・技術を継承
[装備]:フォルブレイズ@FE烈火の剣
[道具]:勇者バッジ@クロノトリガー、基本支給品一式×2
[思考]
基本:魔王オディオを倒してオルステッドを救い、ガルディア王国を護る。  
1:この場を切り抜ける
2:ジョウイ、お前は必ず止めてみせる…!
参戦時期:最終編
※アキラの名前と顔を知っています。 アキラ以外の最終編参加キャラも顔は知っています(名前は知りません)
※記憶石によってルッカの知識・技術を得ました。完全再現ができるかは不明。

※首輪に使われている封印の魔剣@サモナイ3の中に 源罪の種子@サモサイ3 により
 集められた 闇黒の支配者@アーク2 の力の残滓が封じられています
 闇黒の支配者本体が封じられているわけではないので、精神干渉してきたり、実体化したりはしません
 基本、首輪の火力を上げるギミックと思っていただければ大丈夫です

※首輪を構成する魔剣の破片と感応石の間にネットワーク(=共界線)が形成されていることを確認しました。
 闇黒の支配者の残滓や原罪によって汚染されたか、そもそも最初から汚染しているかは不明。
 憎悪の精神などが感応石に集められ、感応石から遥か地下へ伸びる共界線に送信されているようです。

400この力で全てを守る時 −Glorious Hightland− 13 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/27(金) 20:43:17 ID:GdazX8j20
【セッツァー=ギャッビアーニ@FFⅥ】
[状態]:魔力消費(中) ファルコンを穢されたことに対する怒り
[装備]:デスイリュージョン@アークザラッドⅡ、つらぬきのやり@FE烈火の剣、
    シロウのチンチロリンセット(サイコロ破損)@幻想水滸伝2 バイオレットレーサー@アーク2
[道具]:基本支給品一式×2 拡声器(現実) フレイムトライデント@アーク・ザ・ラッドⅡ ゴゴの首輪
    天使ロティエル@サモンナイト3、壊れた蛮勇の武具@サモンナイト3 にじ@クロノトリガー、
    小さな花の栞@RPGロワ 日記のようなもの@??? ウィンチェスターの心臓@RPGロワ
    昭和ヒヨコッコ砲@LIVE A LIVE、44マグナム&弾薬(残段数不明)@LIVE A LIVE、
    アリシアのナイフ@LIVE A LIVE、ソウルセイバー@FFIV
[思考]
基本:夢を取り戻す為にゲームに乗る
1:ヘクトル(?)を利用し、ピサロと連携して参加者を殲滅する
2:ジョウイに関してはもうゲームからの脱落者として考慮しない
3:手段を問わず、参加者を減らしたい
※参戦時期は魔大陸崩壊後〜セリス達と合流する前です
※ヘクトル、トッシュ、アシュレー、ジャファルと情報交換をしました。
※ジョウイからマリアベル達の現在の状況を知りました。その他の情報については不明です。


【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(中)ミナデインの光に激しい怒り ニノへの感謝
    ロザリーへの愛(人間に対する憎悪、自身に対する激しい苛立ち、絶望感は消えたわけではありません)
[装備]:ヨシユキ@LIVE A LIVE、ヴァイオレイター@WA2、クレストグラフ(5枚)@WA2
[道具]:基本支給品×2、データタブレット@WA2、双眼鏡@現実  点名牙双@幻想水滸伝Ⅱ、解体された首輪(感応石)
    バヨネット、天罰の杖@DQ4、小さな花の栞×数個@RPGロワ メイメイさんの支給品(仮名)×1 
[思考]
基本:ロザリーを想う。優勝し、魔王オディオと接触。世界樹の花、あるいはそれに準ずる力でロザリーを蘇らせる
1:ヘクトル(?)を利用し、ピサロと連携して参加者を殲滅する
2:セッツァーはとりあえず後回し
3:ジョウイは永く保たないはずなので、放置する
[参戦時期]:5章最終決戦直後
[備考]:*確定しているクレストグラフの魔法は、下記の4種です。
     ヴォルテック、クイック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック 
    *バヨネットはパラソル+ディフェンダーには魔導アーマーのパーツが流用されており魔導ビームを撃てます

 【メイメイさんの支給品(仮名)×1】
  メイメイさんのルーレットダーツ3等賞。メイメイさんが見つくろった『ピサロにとって役に立つ物』。
  あくまでもメイメイさんのチョイスであるため、それがピサロが役に立つと思う物とは限らない。


【天雷の亡将@???】
[状態]:クラス『ゴーストロード』 左目消失 戦意高揚 アルマーズ憑依暴走 闘気 亡霊体 HP0%
[装備]:アルマーズ@FE烈火の剣(耐久度減。いずれにせよ2時間で崩壊) ラグナロク@FF6 勇者の左腕
[道具]:聖なるナイフ@DQ4、影縫い@FFVI、アサシンダガー@FFVI マーニ・カティ@FE烈火の剣
[思考]
基本:オワレナイ……ダ、カラ……レ、ヲ……戦ワセロ……ッ!
1:戦う
2:肉を裂き、骨を砕き、生命を断つ
3:力の譲渡者(ジョウイ)には手を出さない

[備考]:
【ゴーストロード】
 亡霊君主。スキル『亡霊体』によって物理攻撃ダメージを半減し、
 近づくものをその怨念で射竦めるスキル『闘気』によって周囲の相手の移動を制限する最悪の前衛ユニット。
 ミスティックを通じて不滅なる始まりの紋章の力を注がれたアルマーズの無念が死体さえ動かす。
 過負荷によって既にアルマーズは崩壊を始めており、どうしたところでその存在は2時間も保たない。
 それでも、それでも理想を願うことは止められない。たとえ絶対に叶わない泡沫の影だとしても。

 *天雷の亡将の周囲に石細工の土台が暴走召喚によって大量召喚されています。
 *ビー玉は暴走召喚の触媒として壊れました

401 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/27(金) 20:45:35 ID:GdazX8j20
森の中で、一人の少年であろう人間が倒れていた。
であろう、というのは、その人間の頭が纏っていた外套に覆われて、顔を判別できなかったからである。
その体つきから恐らく少年であろう人間は、ピクリとも動かなかった。
馬から振り落とされたような格好で、力尽きているようだった。
ひょっとすれば、この外套をめくれば、そこには頭蓋など綺麗さっぱりないのかもしれない。

「う……」

だが、その予測を裏切るように、人間はゆっくりと目を覚まし立ち上がる。
その金の髪を垂らしながら、人間――――ジョウイは首筋と穴が開いたはずの腹に手を添える。
そこには、忌々しき首輪の形はなく、腹の傷はどうにかふさがっているらしい。
「うまく、いったか……」
ジョウイは、右手に刻まれた異形の紋章を見つめながらひとりごちる。
その魔剣は、偽りの憎悪が込められた魔剣。ならば、ゴゴと同じように首輪を破壊できると予測していたのだ。
そして、ギリギリのタイミングで首輪を切断し、ジョウイはこの森にいた。

ジョウイはふいと、北の空を見上げる。戦の熱がここまで伝わってくる。
恐らく、誰も彼もが死線に身を晒しているのだろう。そこに自分がいないことに、ジョウイは小さな罪悪感を覚えた。
ずくり、と右手が痺れるような感覚を覚えたが、直ぐに碧の光がそれを和らげる。
「そうか……輝く盾が、書き込みを防いでいるのか…」
ゴゴに眼を向けようとした瞬間に訪れた苦痛は、並大抵のものではなかった。
恐らく、魔剣はジョウイを認めつつも、同時に憎悪であるが故にジョウイを汚染しようとしている。
輝く盾の護りが翳れば、ジョウイの心は容赦なく途絶えるだろう。許すものの印はとてもではないが使えない。
あそこで撤退する判断は正しかったはずだ。この魔剣の力は未知数のじゃじゃ馬だ。
本命はこの後なのだから、無理をする必要などなかったのだ。
「だから……泣くなよ……頼むからさ……」
なのに、ジョウイの眼からは涙が止まらなかった。
二度と会うことのなかったはずの面影が、ジョウイの胸を締め付ける。

「さあ、行こう……僕の始まりに……きっと、ここで始まって、終わるんだ……」

だが、ジョウイには最早、感傷に耽る時間すらなかった。
ヘクトルを辱めてまで作った時間を無駄には出来ないし、自身の残り時間も少ない。
涙をぬぐって、ジョウイは森を抜けた。広がるは何者かに抉られた荒野。
だが、眼を凝らせば、そこにぽっかりと穴が開いていることが分かる。
アララトス遺跡ダンジョン地下71階。魔王が語ったというの力―――死喰いに至る力の集合点。


最初に目指し、そして最後に目指す場所。



きっと、そこが、僕のルルノイエなのだから。

402 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/27(金) 20:47:38 ID:GdazX8j20
【E6山・アララトス遺跡ダンジョン前 二日目 午前】

【ジョウイ=アトレイド@幻想水滸伝Ⅱ】
[状態]:クラス『伐剣王』 ダメージ(中)、疲労(中)、全身に打撲 首輪解除済み 腹部に傷跡
[装備]:キラーピアス@DQ4 絶望の棍(絶望の鎌の刃がなくなったもの) 天命牙双(左)
[道具]:賢者の石@DQ4 不明支給品×1@ちょこの所持していたもの 基本支給品
[思考]
基本:優勝してオディオを継承し、オディオと核識の力で理想の楽園を創り、オディオを終わらせる。
1:急ぎ遺跡へ行く
2:遺跡最深部にある死喰いの力を手に入れ、その力で残る全参加者を倒す
[参戦時期]:獣の紋章戦後、始まりの場所で2主人公を待っているとき
[備考]:ルッカ、リルカと参加している同作品メンバーの情報を得ました。WA2側のことは詳しく聞きました。
    セッツァー達に尋問されたことを話しました。    
※紋章無しの魔法等自分の常識外のことに警戒しています。
※紋章部位 頭:蒼き門の紋章 右:不滅なる始まりの紋章

*ロザリーが見たのは、死喰いに喰われたルクレチア@LALでした。
 ルクレチア以外の場所(魔王山等)が死喰いの中にあるかは不明。


【不滅なる始まりの紋章@RPGロワオリジナル】

ゴゴが模倣した無色の憎悪を取りこんだ紅の暴君キルスレスが、輝く盾の紋章と黒き刃の紋章を核として新生した紋章魔剣。
本来継承の儀を終えなければ融合しない2つの紋章をキルスレスに封印し、
継承された核識の力で紋章を強制的に“繋ぎ合せた”ことで、不完全ながらも始まりの紋章となった。
始まりの紋章そのものに形作られた無色の剣は全ての争いを裁く力を持つ。ただし、暴君のそれとして。

詳細な能力は未だ不明。抜剣覚醒時以外は右手に紋章として存在する。
ジョウイが変貌した魔剣に適格してしまったため、紅の暴君に戻す方法や剣として奪う方法があるのかは不明。

ただし、太陽と共に精神が崩壊し、果て行くのは明らかでしかない。


確認されている能力(全て抜剣覚醒時)

 0.返し刃のダブルアタック:通常攻撃を2回連続で放つ。大本はキラーピアスの効果のため、移動フェイズを消費しない。
 1.盾の鼓動は紅く輝く  :紋章と繋がった先から魔力が供給され、毎ターンHP/MP回復。
 2.亡霊召喚       :かつてジョウイに未来を賭けた者達を模した亡霊ユニットを召喚する。出現時間は使用する魔力に依存。
 3.喚起の蒼門      :核識の力と結合した蒼き門の紋章。現時点では召喚獣の同時連続召喚が可能となった様子。

 基本的に黒き刃、輝く盾の紋章術は今まで通り使用可能。
 ただし、剣からの書き込みによる人格崩壊を、輝く盾の紋章の対呪効果でガードしているため、
 輝く盾の紋章使用におけるLVコストが常に+1される。よって輝く盾の紋章Lv4紋章術:ゆるす者の印は使用不可。


【蒼き門の紋章(封印球)@幻想水滸伝Ⅱ】

27の真の紋章の1つ、門の紋章の眷属(下位紋章)。門を開き、異界の住人を召喚する。
額にしか装備できない紋章のため、今までジョウイの手元に死蔵されていた。

紋章術は以下の4つ。

 開かれし門  :Lv1紋章術。九尾の狐を召喚し、狐火で攻撃させる。単体攻撃。
 王都への道  :Lv2紋章術。鎧とジャベリンで武装したケンタウロスを召喚し、突撃させる。敵全体にダメージ(小)
 蒼い都    :Lv3紋章術。船首に髑髏をあしらった幽霊船を召喚して側面の12門から艦砲射撃させる。敵全体にダメージ(中)。
 空虚の世界  :Lv4紋章術。巨大な悪魔の上半身を地中から召喚し、その口から極大レーザーを発射させる。敵全体にダメージ(大)、味方全体にダメージ(小)。

403 ◆wqJoVoH16Y:2012/01/27(金) 20:50:03 ID:GdazX8j20
投下完了しました。
最後の2レスは名前欄に入りきりませんでしたので、

【そして、世界変革の刻 −A.D.1999 The Day of Apocalypse 00:00−】
となります。

4日の長きにわたりお付き合いいただき、ありがとうございます。
疑問・問題等あればよろしく願います。

404SAVEDATA No.774:2012/01/27(金) 21:13:14 ID:KqpPoQxw0
投下乙です!
いやー、この全部が全部収まる所に収まる感じって何度味わってもいいもんだ。
上手い事言語化できないけどいいものを見させてもらった感動で胸がいっぱいです。

405SAVEDATA No.774:2012/01/27(金) 21:18:03 ID:/XVtj8jA0
執筆、お疲れさまでした。
ああ、もう……なんて言ったらいいのかな。ものすごくジョウイで、ものすごく
幻水2で、こんだけの容量があるのに、ものすごくリレーだと思った。
とくにジョウイ、ほんと、ほんとにこいつは……これだけの力を持っていながら
「どうして、そのまま」暴君になれないのか、そうなれればお前が楽になれるんだとも
思うのに、そうはなれないからジョウイなんだよな……。
そのせいでずっと詰めが甘かったけれど、彼の不器用さと強さ、甘さと、幼さを描いて……
それを、リルカを始めとしたロワでの出会いや納得の行く舞台裏の設定とをからめて
昇華してくれて、こんな話が読めて良かったと、私はそう思えた。
底の底までジョウイ自身を見つめることでしか書けない、すごくいい話だった。
そういう意味――底の底まで書くからには、ここはひとりで全部書いてしまうしかない
話だろうけれど、リレー小説読んでるなあって気持ちは、少なくとも自分の中では
失われなかったのも凄いところだと思いました。

問題になりそうな部分は、自分が感じるかぎりではないかなと。
ただ、自分は「書き手さんの書きたいもの」がそのまま読みたいものになっていて、
それが読めたなら問題ないと思ってしまうので……。
もしも問題を感じられたという場合は、早めに(時間ではなく、本スレを議論の場にしない
という意味合いで)議論スレで意見を出してもらえれば、と思う程度です。

406SAVEDATA No.774:2012/01/27(金) 23:15:29 ID:UiLD70n20
読み終わった。読み終わったぞッ!
圧倒的ボリューム、なのに何処をとってもブレない描写の緻密さが神がかってる。
かなり超展開なのに、違和感を覚えさせない説得力は圧巻。
ストレイボウの勇気、アナスタシアとちょこのケーキ入刀によるロードブレイザーの撃退とカエルのとりあえず生還に震えたのに、
それすらも書き手の、ジョウイの手の内であるから恐れ入る。
徹頭徹尾ジョウイの話だと思った。
ディエルゴによる否定から始まりの地へ至る流れにより、どうしようもなさが満ちた状況でのリルカは反則。
焼きそばパンにニンジンを入れるなんて超反則。あれは泣くよ……。
ホクスポクス抜剣を果たしたジョウイは気高く美しいけど、どうしても哀しさを感じずにはいられない。
本当、無茶し過ぎだよ……。
対主催は正念場正念場と言われ続けているが、さて、セッツァー、ピサロに加えてゴーストロードが敵となったか。
数で勝るとはいえこれはキツイ。先が読めないです。
この作品、何が凄いかって恐ろしいほどリレーなんだよなぁ。
これまで投下された作品を相当丁寧に読みこんだが故に、これだけ上手く昇華できたんだろうな。
リレー作家として心から尊敬するぜ。

そして随所に仕込まれたワイルドアームズパロにはニヤリとした。
ガウン、アレクシア、そしてまさかのリルカの前でリルカのセリフw
他にもあったかな?

とにかくもう、GJとか乙とかじゃ片付かないくらいすごかった!!
まじでお疲れ様でした!そしてありがとう!!

407SAVEDATA No.774:2012/01/27(金) 23:30:35 ID:zuPPDeJs0
投下乙です!
なんというか素晴らしい!
言葉に出来ないのですが、幾度も心を揺さぶられ感動したということだけ書かせて下さい

408SAVEDATA No.774:2012/01/28(土) 00:55:41 ID:75w8D4lM0
お疲れ様でした。
分割して投下されたけど、通常の3本分の内容だったなw

全体を通して原作とキャラと、これまでのストーリーへの愛を感じたね。
個人的には、王道なラスボス展開だった紅蓮を倒すあたりの話が好き。
そして、キレイな体になったゴゴ、おめでとう!
ジョウイの「救い」で救われた1号ってことになるのかな、ちょっと複雑だけど。

確認したいこととしては、状態表のピサロの思考1が「ピサロと連携して」になってるのと、
アキラってなんで瀕死なんだっけ?毒蛾のナイフ…?

409SAVEDATA No.774:2012/01/28(土) 04:06:47 ID:DDzNrO9g0
問題などあるはずもなく、ただ感想だけが、ここにある
まずはただ二言

面白かったです。お疲れ様でした

始まりたるVS紅蓮最終決戦
ずっと眠りっぱなしだったとも起きっぱなしだったとも言えるカエルの胸の内が深く強く描写されていてぐっと来た
ああ、そうか。だからお前はどんな形であれ、災厄と同調したのか
国を救う為に全てを捨てて独りぼっちになっちまったお前は、その自分と同じはずだったのに、今や独りぼっちでないアナスタシアが羨ましくて、憎たらしかったのか
今回の紅蓮としての、そして最後の拳は、ストレイボウだけでなく、カエルにとっても溜めていたものの吐露だったんだな…

ちょっとかっこいいお姉さんはちょっとどころじゃなくめちゃくちゃかっこよかった
滑ったり技のネーミングセンスだったり、ターンアンデッドは相変わらずだったけれど
あれだけ忌避していた聖剣を遂に自らの意思で抜き放って、しかもそれをただの武器とさえ言い放って
絶対の壁であったロードブレイザーでさえ忘れられない、忘れない
本当の本当に、未来に歩を進めたんだな…

かっこいいといえばストレイボウもかっこよかった
最後にまた躊躇ってしまって。でも、最後の最後に勇気を得て
本当の友の何たるかも理解して、口にして、拳できて
なればこそ、この物語で、真に一番揺らがなかったのは彼かもしれなかった
全てを許すジョウイの導きさえも断固たる決意で拒否して
自らの意思で罪を背負って、自らの意思でオディオへと謝ろうとし、自らの意思でジョウイを止めたいと願う
本当に、本当に、かっこよかった

そしてこの話はなんといってもジョウイの話だった
ジョウイとジョウイの理想の話だった
このジョウイすげえな、最強だよ
超クロス魔剣すげえってことじゃない。理想に隙がないとか救いの先ってことでもない
もう絶対に折れない、説き伏せれない、理想のぶつけ合いじゃ負けそうにもない
そう思わせる最強だった
人参も克服したし
確かにあんたは、真なる敗者の王で、最終魔王だよ


しかしすごい、めちゃくちゃ面白かった!
キャラだけでも語りたいこと沢山なんだけど全体を通してもこう
カエルの内面晒されて、おおってなって!
アナスタシアスルーされて、笑っちまって
紅蓮VS魔王ジョウイに燃えて
アガトラ物真似すげえになって
アナスタシアまじかっけえええええええ!
と思ったらその技名はどうなんだ、おいいい!?
そしておいしいとことってくストレイボウ!
こんな熱い詫び続けろが聞けるとは!
でもここじゃ終わらず遂にジョウイが牙剥いて
あわや目的達成かとおもいきやなんだかディエルゴさんが予想に反してなんだか感情移入しちゃって
でもなんとリルカがたすけてくれてびっくりして
いきなしまさかのぼっちエンドかとおもいきややっぱ違って
なんかもうほんと、なんでこんなに穏やかに話せちまうんだろっていう会話が暖かくも切なくて
ジョウイもずっと誰にも言わなかった本音をリルカに口にして
超えられぬものの象徴だった人参を乗り越えて魔法を見つけて
ほんとにこいつ、力じゃなくて想いを掲げていたリルカに魅せられてたんだなって涙ぐんで
そっから先はもうディエルゴやハイネルやオディオの在り方さえ論破してくカタルシスが堪んなくて
このロワのテーマになってきた英雄と勇者と魔王と救いの輪廻まで砕きにかかるとんでもスケール持ちだして
しかもそれが不可能とは言い切れないという半端じゃなさで!
一体どこまで行くんだよなクロス魔剣でクロストリガーで、いちいちクロスされた技のどれもが絵になってしびれてニヤニヤで
ってかシードクルガンが俺得すぎて!
なのにどれだけ無双してもナナミを前に退いちゃうのはどこまでもジョウイで…
とんでもねえ置き土産置いてきやがんのもやっぱジョウイで
ああ、けど、こうやって敗者に希望見出され導きとなって、同調される姿はまさに王だよ


もうほんとすごかった! 泣いたり燃えたり笑ったり楽しい四日間でした!
長文失礼しました。短くまとめるなら、つまり GJ!

410SAVEDATA No.774:2012/01/29(日) 14:51:59 ID:RJlYdV7w0
フォルブレイズがカエルとストレイボウの状態表で
2つあることになってるがどっちが持ってるんだ?

411SAVEDATA No.774:2012/01/29(日) 15:08:43 ID:PUj0r5KA0
あと、ゴゴの状態表で、
140-2時に
※セッツァーが自分と別の時間軸から来た可能性を知りました。
となったのに
※セッツァーが自分と同じ時間軸から参戦していると思っています。
に戻ってますね。
細かくて申し訳ないですが。

412 ◆iDqvc5TpTI:2012/01/29(日) 15:18:13 ID:quCCRVKA0
>>411
そちらは私のミスですね
急ぎ修正させて頂きます
ご指摘ありがとうございました

413 ◆iDqvc5TpTI:2012/01/29(日) 15:19:39 ID:quCCRVKA0
と、失礼しました
私のミスではなかった模様
早とちりして申し訳ありません

414SAVEDATA No.774:2012/01/29(日) 17:37:56 ID:PUj0r5KA0
何度もすいません
セッツァーの装備品のつらぬきのやりは
前回ヘクトルの墓標となったものだと思います

415 ◆MobiusZmZg:2012/01/29(日) 17:40:01 ID:jNeaIF5M0
ものすごく描きたくなったので、『夜空を越えて −True Magic−』の挿絵を。

 ttp://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=24689257

『彼女の魔法、彼の理想』『夜空』と、たった二話だけれどリルカとジョウイのコンビも
リルカの生き様も好きで、今でも読み返すとグッときます。
だからこそ、『はじまり』に帰ってかれらの『続き』が見られてよかったと、そう思います。

416SAVEDATA No.774:2012/01/30(月) 19:55:15 ID:/GpIEzHI0
貴重な絵師さん来たー!
描写(?)お疲れ様です
待ちぼうけエンドのイメージがあるからか、ジョウイはなんだか、横顔がすごく似あう
リルカはこうして絵で見ると本当にお久しぶりって感じがするなー
そして何気に、二人の視線の交わし方というか、見つめる先がいいというか、上手い

417SAVEDATA No.774:2012/02/06(月) 02:42:45 ID:nZJvYQRg0
ご報告いたします
WIKIを編集していたのですが、この度の ◆wqJoVoH16Y氏の投下により、【追跡表のページの容量が遂に超過してしまいました】
そこで、誠に勝手ながら、私の方で、【追跡表2のページを作成し、追跡表を二分割させていただきました】
【LIVE A LIVE ファイナルファンタジーVI ドラゴンクエストIV WILD ARMS 2nd IGNITION 幻想水滸伝II】と、
【ファイアーエムブレム 烈火の剣 アークザラッドⅡ クロノ・トリガー サモンナイト3】という分け方です
これまでのように、一目で全ての作品を追えなくなってしまいましたが、ご了承ください
もちろん、【よりよい追跡表の編集方法、分割方法があれば、編集しなおしていただいて構いません】
事後報告となりましたが、これにて失礼致します

418SAVEDATA No.774:2012/02/06(月) 18:46:06 ID:ZOpi0bOw0
>>417
丁寧な報告と、地道な作業、ともにお疲れ様です。
追跡表については、自分はあれでよいと思います。一覧からより詳しい情報を
たどっていくページの構造をしていて、最初にINDEXを作ってあるのなら
ユーザビリティは十分……というか今の時点で十分すぎるくらいじゃないかなあ、と。
メニューが縦長になってしまいましたが、一応、リストタグを使って
「どの原作が追跡表1(2)にあるか」を分けてみてます。
もしも長くなりそう・別のアイデアがあるという方は、以前もWiki関連で議論スレを
使っていたので、そちらで提案などしていただければ対応にいきますね。

で、最後になりますが、予約がすげぇ楽しみ!
シメはすごく綺麗だったとはいえ、あの作品からこの速さで来るとは思わなかったよ!w

419堕天奈落  ◆iDqvc5TpTI:2012/04/19(木) 11:02:35 ID:MaYZLpB20
全ては時間との戦いだった。
ジョウイの精神が朽ちるのが先か。
理想が成就し楽園が創世されるのが先か。
故にこそ、地下へと続く大穴へと飛び込んだジョウイに減速の二文字はない。
速く、もっと速く。
焦りに駆られ、されど囚われることもなく、ジョウイは冷静に印を結ぶ。
顕われるはケンタウロスの亡霊騎士。
空中で騎乗したジョウイは、幾多もの穴をくぐり抜け、その度に蹄で孔の縁を蹴り、速度を上乗せし。
連続で加速しながらも、エレニアックの魔女っ子が切り拓いた道なき道を征く。
リルカだけではない。
ジョウイを護ってくれた人々のおかげだけでも、ジョウイが利用してきた人々のおかげだけでもない。
自分が今、ここにいることができるのは。
自分だけが僅かと言えども時間を得ることができたのは。
オディオに呼ばれ、殺し合いに誘われた全ての人々のおかげだ。
そこには、ジョウイが邂逅すること叶わなかった異界の者達でさえ含まれる。
彼ら彼女らが生前もう少し、別の行動を取っていたのなら。
ジョウイは魔剣を手に取ること叶わず果てていたかもしれない。
リルカと再会し自分の魔法に気づくことなく盲目に力のみを求め続けていたかもしれない。
導く先の楽園を形にする手段にこうして、王手をかけることもできなかったかもしれない。
それ程までにぎりぎりだった。
大願を成就していない現状でさえ、奇跡の上に成り立っているのではないかと思える程だった。
けれど、ジョウイは知っている。
これは決して、奇跡の上に成り立っているものではないと。
人々を楽園に導くと決めたジョウイを、この瞬間まで導いてくれたのは。
今を生きる者達、そして既に死した者達、彼ら全ての“想い”なのだ。
“こうであって欲しい”と願った彼ら一人一人の一なる願いが“全て”に至り。
その“全て”がジョウイの抱いた“一にして全なる”願いを押してくれている。

420堕天奈落  ◆iDqvc5TpTI:2012/04/19(木) 11:03:07 ID:MaYZLpB20

――ありがとう。

言葉にすることなく、されど、万感の意を込めて、首輪から回収した感応石に感謝の念をのせる。
理想を取り戻させてくれたことに、ありがとう。
魔法を掴ませてくれたことに、ありがとう。
そして、これから力になってくれることに、ありがとう。

感応石より返ってくる言葉はなかった。
ただ、その代わりとばかりに生じた変化があった。
四十九の階層を落下し終え、更なる階下へ続く階段をくぐり抜けたジョウイは目を見開く。
瞳に映るのは、これまでのような遺跡という名から連想する通りの荒びれた光景ではなかった。
光に満ち、緑に溢れ、水が廻り、蝶が舞い、鳥が囀る。
そんな美しい世界が広がっていた。

そこは紛れもなく“楽園”だった。
ジョウイではない誰かがかつて夢見た楽園だった。




421堕天奈落  ◆iDqvc5TpTI:2012/04/19(木) 11:03:39 ID:MaYZLpB20
「ここは……」

あれほどひた駆けるのみだったジョウイが、思わず歩を緩めていた。
突然の景色の変化に戸惑わなかったといえば嘘になる。
死喰いの力を得んとする自分を妨害するための罠か何かかと疑わなかったわけでもない。
だが、それ以上に。
ジョウイは理屈ではない何かで、この光景を刻んでおかねばならないと理解した。
路傍の石として、過ぎ行くものとして、ただ流し見てはいけないと。
“省みなければならない”と心の奥底から確信していた。

ああ、つまり。

「そういう、ことなのか……?」

英雄たちの因業を終わらせる為ならば、たとえ友でも手にした魔剣で斬り伏せて進むと決めた魔王を止め得るものがいるとするならば。
それは――

『そうだ。ここは偽りの大地。
 魔界を追われ、地上の世界で暮らす事を夢見た敗者の一族が作り出した幻……』

ジョウイが背負うべきだと決めた憎悪<オディオ>の他あり得ない。
救わず、されど見捨てない王は。
この地に渦巻く嘆きも見捨てるわけには行かなかったのだ。

『かつて、彼らの魔界は美しい世界だった。後に彼らが目指した地上の世界に負けぬ程に。
 しかし、愚かなる者達の争いによって大地はすさみ、多くの魔族が死に絶えた……』

なればこそ、階下を目指しながらも、感応石より響く声をジョウイはただ静かに心に刻む。

『やがて秩序は失われ、混沌と憎悪に満ちた世界となった。
 とあるある王の一族は新しい世界を求め、その地へとやって来た』

憎むこと、争うことを忌避し、楽園を求めて踏み出した者達のことを。

『だがその世界にも、“憎しみ”と“争い”があった。
 王はその美しい世界を守るために、彼らの夢を叶えるために、愚かなる人間を支配しようとした』

求めた楽園がなかったが為に、自ら楽園を創ろうとした先駆者のことを。

『されどその夢が叶うことはなかった。
 “憎しみ”と“争い”を“憎んだ”が故に更なる“憎しみ”と“争い”を撒くしかなかった王は』

求めた楽園がなかったが為に、滅びるしかなかった者達のことを。

『自らが生み出した憎悪<オディオ>により殺された。
 彼らの手で家族を殺された剣士の復讐の刃の前に果てた』

楽園さえあれば、別の未来が用意されていたであろう者達のことを。

『王の名はセゼク。敗者ゆえに悪とされた者……』

故にこそ、彼らを導く先の楽園を、ジョウイは造るのだ。

『私と、そして君と同じく、魔王と呼ばれたものだ……』

己に語りかけてくる“憎しみ”の魔王より、玉座を譲り受けることによって。




422堕天奈落  ◆iDqvc5TpTI:2012/04/19(木) 11:04:13 ID:MaYZLpB20
オディオ自らの接触なれど、ジョウイに動揺はなかった。
無色の憎悪を取り込んだキルスレス。
亡国ルクレチアを器と成す“死喰い”の内的宇宙。
イレギュラーであるリルカに守られた世界を除く、これらオディオに縁の深い憎悪に支配された精神世界での会話は全て聞かれていたのだろう。
特にハイネルとの対話でのジョウイの言動はオディオを強く意識したものだった。
オディオとしても思うところがあり、こうしてコンタクトを取ってきたとしても不思議ではない。

『ジョウイ・ブライト……。君もまた彼と同じ道を歩むことだろう。
 “憎しみ”と“争い”をなくそうとし、更なる“憎しみ”と“争い”を生み出す』

いや……。
ジョウイはすぐさま思い直す。
オディオはただ嘆いているだけなのだと。
意思疎通を図るつもりも、相手を説き伏せるつもりもないのだと。

『無理だ、無理なのだ。
 “憎しみ”とは人間が存在する限り永遠に続く“感情”だ……。
 お前がどれだけの刹那を捧げたところで永遠には届かない。
 この世から英雄譚はなくならない。勝者と敗者の関係は変わることはないのだ』

オディオは憐れむだけだ。
約束された敗北へと突き進む若き王の愚かさを。
オディオは諦観するのみだ。
三千世界全ての憎しみを知る者として、変えられない運命を。
敗者をなくそうとするジョウイを助けようともしなければ、その為に矛盾を犯し勝者にならんとすることを止めようともしない。

『……望外にも。君が永遠に打ち克ち、全世界の憎悪を掌握できたとして。
 憎しみのない歴史を生み出したとしても――失われた時の復讐者が必ずやってくる。
“過去を変え、未来を変え、生まれるはずのものを奪えば、必ず裁きが下る”……。
 ルッカ・アシュディアの墓を暴き、……私が敗者に貶めた男がお前に伝えたこの言葉は、お前を止めたいがための虚言ではない』

誰よりも敗者の存在を憐れみ、誰よりも勝者の存在を憎みながらも、王は、オディオは。
だからこそ、敗者が生まれ、勝者が君臨するという構図を運命なのだと諦めていた。
他ならぬ自分が、“敗者の王”にして“ただ一人の勝者”であるが故に。

『歴史を改変しさえすれば、憎悪がこの世に生まれ落ちることもなく、争いにより命が喪われることも回避できよう。
 だが、それならば。本来生まれ落ちるはずだった“憎悪”はどこへ行く?』

もしも武闘大会で優勝したのがオルステッドではなくストレイボウなら。
二人を、ルクレチアを待っていてのは全く違った未来だっただろう。
もしもオルステッドが魔物達との戦いに敗れてれば。
悔いのある最後ではあったであろうが、勇者のまま死ねただろう。
もしもオルステッドが逃げることかなわず国賊として処刑されていたとしよう。
困惑と悲しみの中果てはしたものの、親友の裏切りを知らずに済んだであろう。
もしもオルステッドが最後の最後にストレイボウに敗北していたとしたら。
せめてアリシアのことだけは愛したまま憎むことなく逝けただろう。
どれもこれもが、決して幸せな未来とは言えないまでも。
オルステッドが負けさえしていれば、彼は魔王になることなどなく、こうして永遠に嘆き続けることもなかったというのに。

423堕天奈落  ◆iDqvc5TpTI:2012/04/19(木) 11:04:45 ID:MaYZLpB20
『生まれ落ちることをよしとされなかった“憎しみ”はそれでよかったと思うとでも……。
 思うまい。“憎しみ”さえなければ世界は平和になる。“憎しみ”さえなければ幸福に生きられる。
 ……それは人間の理論だ。人間の勝手だ』

それでも勝ち続けてしまったというのなら。
運命だと諦める他ないのではないか。
自らの身をもってして、この世には勝者と敗者がいることを証明してしまったオルステッドは。
敗者を省みなかったが為に、全てを失った勝者は。
何もかもを失い敗者になった後でさえ、ルクレチアの民達に返り討ちに合わず復讐を完遂できて“しまった”勝者は。
敗者の上に立つという愚かさ、醜さを知ったところで、敗者であると同時に、勝者でい続けるしかなかったのだ。

『誰かが何かを成してある未来を掴み取ったとき、その陰では選ばれなかった未来の世界が消えていっている。
 しかし、選ばれなかった未来の世界はただ消えるのではなく、その妄執、怨嗟は残る。
 “憎しみ”のない世界を創ろうとするならば、お前に背負われ、お前とともに消えゆくことをよしとしない“憎しみ”の未来が牙を剥く』

或いは、かくいうオディオも、彼なりに敗者に手を伸ばそうとしたのかもしれない。
オディオの言葉にはどこか実感があった。
単にどこかの世界にそういう未来があり得るということを識っているだけではなく、実体験として苦渋を味わったのではないか。
時間の枠も世界の壁をも超えるられるオディオが、敗者たちに勝者への復讐をさせていたとしてもおかしくはない。

『再度消してもまた新しい“憎しみ”が。更に消したところで再三“憎しみ”が。
 ……終わらぬよ。“憎しみ”が“憎しみ”を抱き“憎しみ”の“憎しみ”が――“憎しみの復讐者”が生まれ続ける』

そして一層痛感し、虚無感を抱いてしまったのだろう。
“誰が”勝者になるか、敗者になるかを変えることができても、『勝者』と『敗者』の絶対的な立ち位置は何一つ変わらないということを。
新たなる敗者が再び勝者に対し、敗者を省みさせようとするだけだという事実を。

『分かるはずだ。“憎しみ”と“導き”のイタチごっこが生じれば、先に朽ちるのがどちらなのかは。
 お前のやろうとしていることは英雄の循環を魔王の循環にすり替える、ただそれだけのことに留まるに過ぎないのだと』

ならばせめて。
勝者にして敗者たるこの身が、“敗者の王”となろう。
この“力”がどこまでも勝者であったとしても、己の勝利に酔いしれなどせず、正義など掲げまい。
敗者たる我が“想い”で勝者を呪い、敗者へと引きずり降ろそう。
世界に勝者が必要だというのなら、敗者を省みぬ者にその座を渡すくらいなら。
敗者にして勝者でもある自分が玉座に座り続け、敗者を省み続けよう。

『……それでも、お前は、勝者を目指し続け、その手段として敗者をも使役しようというのか……。
 ならば心せよ。“死を喰らうもの”は、お前が背負うこととなる最初のオディオ<憎悪>は。
 “理想”などでは背負いきれぬものだということを』

ああ、その在り方は、ジョウイのものとは違えど、確かに“敗者の王”だ。
民あっての国にして王。
敗者を前提とし、民とし、唯一無二の勝者でありながらも誰よりも深い“憎悪”を抱く敗者。
敗者である人間達のための王ではなく、敗者が抱いた“憎しみ”という感情それそのものの王。
勇者<勝者>の“力”と魔王<敗者>の“想い”を併せ持つ善悪の二元論を超越せし不条理。

424堕天奈落  ◆iDqvc5TpTI:2012/04/19(木) 11:05:17 ID:MaYZLpB20
『私が手を下すまでもなく、敗者を省みながらもその死を暴く君への裁きは、“敗者の復讐者”自らがなそう。
 ……そしてもしも、君が“死を喰らうもの”の裁きさえも乗り越えられたというのなら。
 それは君の“理想”が敗者達の“理想”でもあるということなのだろう。
 君たちが願うがままに、私はこの座を新たなる“敗者の王”に譲るとしよう』

その言葉に嘘はあるまい。
そもそも、誰が優勝したとしても、オディオはその願いを叶える気であっただろう。
たとえオディオの死を願い入れたとしてもだ。
この殺し合いはいわば、かつてのオルステッドが辿った道の縮図なのだ。
殺し合いの果てに敗者を省みるただ一人の勝者が生まれれば。
王は二人も要らない。オディオは、黙って座を譲るだろう。

『『ジョウイ・ブライト。“最後の勝者”になろうとし、“最後の敗者”にならんとするものよ。
 英雄の循環も魔王の循環も断ち切れるというのなら……お前で終わりにしてみせろ!』』

オルステッドならぬ新たなオディオへと。
それが最後のオディオにであろうとも。




425堕天奈落  ◆iDqvc5TpTI:2012/04/19(木) 11:05:51 ID:MaYZLpB20
“2つ”の感応石より響いた“二重”声を最後に、通信が途絶える。
どうやら、眼前にある巨大な感応石が、首輪に仕込まれた感応石にオディオの放送を伝える中継地点であることに間違いはなかった。
肝心の“死喰い”の力――オディオ曰く“死を喰らうもの”の力は感じられないが、それは抜剣していないからだろうと踏んだ。
もとより、“死喰い”の内的宇宙には潜ったものの、それがどんな力なのか、いかな外見なのか具体的には知らないのだ。
内的宇宙が存在しており、ハイネルも“ラヴォスの幼体”と口にしていた以上、なんらかの生物めいたものだと推測してはいるのだが。
これ以上は抜剣し、地下の“死を喰らうもの”へと繋がる共界線の中継ポイントでもある感応石を調べてみないと分かるまい。
オディオの言からも“死を喰らうもの”が容易に御せる力ではないのは窺い知れるが。
それでも。

「終わりに、してみせるさ……」

魔剣に誓いしは“不滅なる始まりの紋章”。
何時の時点から存在するのかを推し量れるなら、それは果てしなく長くとも、永遠ではあらず、循環でもない。
始まりがあれば終わりもある。
始まりさえ不滅ならばいつかはこの手で終わらせることができるのだ。
であればこそ、始まりを躊躇う訳にはいかない。

さあ、目を覚まさせよう。
新たなるルルノイエにて、新たなる獣の紋章を。



【E6山・アララトス遺跡ダンジョン71階 二日目 昼】
【ジョウイ=アトレイド@幻想水滸伝Ⅱ】
[状態]:クラス『伐剣王』 ダメージ(中)、疲労(小)、全身に打撲 首輪解除済み 腹部に傷跡
[装備]:キラーピアス@DQ4 絶望の棍(絶望の鎌の刃がなくなったもの) 天命牙双(左)
[道具]:賢者の石@DQ4 不明支給品×1@ちょこの所持していたもの 基本支給品
[思考]
基本:優勝してオディオを継承し、オディオと核識の力で理想の楽園を創り、オディオを終わらせる。
1:感応石を伝って死喰いの力とはいかなるものかを調べる
2:死喰いの力を手に入れ、その力で残る全参加者を倒す
[参戦時期]:獣の紋章戦後、始まりの場所で2主人公を待っているとき
[備考]:ルッカ、リルカと参加している同作品メンバーの情報を得ました。WA2側のことは詳しく聞きました。
    セッツァー達に尋問されたことを話しました。    
※紋章無しの魔法等自分の常識外のことに警戒しています。
※紋章部位 頭:蒼き門の紋章 右:不滅なる始まりの紋章


 *ロザリーが見たのは、死喰いに喰われたルクレチア@LALでした。
  ルクレチア以外の場所(魔王山等)が死喰いの中にあるかは不明。

426堕天奈落  ◆iDqvc5TpTI:2012/04/19(木) 11:06:48 ID:MaYZLpB20
以上、投下終了です
何かご指摘感想があれば御願致します

427SAVEDATA No.774:2012/04/19(木) 11:46:54 ID:4eiA4vhg0
執筆・投下、お疲れ様でした。
ああ、なんて痛みや実感の伝わる文章なんだ……。
ジョウイの考えが理解出来るものなら、こちらの話で示されたオディオの思いには
納得というより、諦めて頷くしかない。頷くしかない部分こそが、胸に痛い。
理想と現実っていうと複雑な気持ちになるんだけど、きっちり互いのスタンスを立ててきた。
ちょっとメタい部分に触れてしまうのだけど、オディオを哀れんでいたジョウイにとっても、
自分の行動をオディオに許された――オディオが許したってところで天秤が水平に戻ったかなぁ、と。
そして「殺された未来の復讐」って要素を提示してきたところも、このロワのオディオらしい。
なんかもう、胸を衝かれて感想がまとまらないのだけど、いい話を読ませていただきました。

428SAVEDATA No.774:2012/05/07(月) 09:38:13 ID:H08kHbEM0
雑談スレにナイスな支援来てるぞー

429SAVEDATA No.774:2012/07/08(日) 09:11:05 ID:Wxhg4mNE0
おっ、なんか人気投票やってるみたい

430SAVEDATA No.774:2012/07/08(日) 23:42:06 ID:atjSwsn.0
やってますよー
盛り上がれば書き手さんやる気出してくれるかもだし是非入れてってね!

431 ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:19:16 ID:Jea2wzBk0
投下します

432瓦礫の死闘−VS地獄・泥の下の宴会− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:20:13 ID:Jea2wzBk0
玉座の間は赤かった。
蝋燭の灯に照らされた玉座の間は、紅い絨毯と相まって部屋全体を赤く染め上げている。
だが、そこには欠片ほどの暖かさも無い。
天井の一部には穴が穿たれて熱気を吸い上げ、その下には瓦礫が散乱している。
そしてなにより、吹き飛ばされた玉座の残骸が、この部屋が本来持つ権威を、荘厳を奪い取っていた。
王が座るべき場所、その座は王の威光が一番満たされているべき場所だ。
その崩壊が意味するのは、その威光が失われている――既に王はいないということだ。
王どころか玉座すら失われた空間に、熱など残るはずもなく、ただ冷たい赤色だけが王室を満たしている。

そんな死の御座に、伐剣の王は目を瞑って佇んでいた。
魔王セゼクはよほどの巨人であったのだろう。
瓦礫となっても玉座はあまりにも巨きすぎて、王はその横に腰掛けることができた。
王が瞼を開け、ぼんやりと空を見上げると、直ぐに視線は天井へ突き当たった。
燭台の淡い灯に赤みがかった天井に注ぐ視線を、少しずつスライドさせると、天井に空いた穴に目がいく。
位置からみて、この大穴はリルカが魔王に繰り出した最後の一撃が作ったものだろう。
非垂直による減衰分散の上で、地上から地下50階までをも貫通させた一撃。
その結果に、王は彼女の魔法に改めて感嘆する。
だが、その魔法により地上と50階までの間に障害物はなくなってしまったことは皮肉だった。
もっとも、その成果なくばこうも早くこの場所にたどり着くことも出来なかっただろうが。

その皮肉に王の表情が崩れようとしたとき、その穴からケンタウロスの騎兵が降りてくる。
王が棍を杖代わりに立ち上がると、騎兵は整然と王の御前に整列した。
その数は5。整列した騎兵を前に、ジョウイは僅かに肯くと王の額の紋章が輝き、騎兵達が霞の如く消失していく。
全ての騎兵が門の向こう側へ消え失せた後、王は若干の失意を込めて嘆息した。
蒼き門の眷属に命じたのは、1階から50階までの各10階分の調査だった。
召喚獣を端末として、その召喚獣が見聞きした情報を識る……王の右手に込められた核識の力の一つだった。
王は召喚獣によって得られた情報を吟味していく。
遺跡ダンジョンと名の付くとおり、宝箱とそれを手に入れんとする野盗・盗掘者溢れる遺跡だったのだろう。
だが、その宝箱は既に誰か――おそらく元の世界の人間――の手によって収奪された後。
残るのは空の宝箱と夢を抱いたまま遺跡に取り殺された者達の屍、遺骨だけだ。
この場所を城と見立てるのならば、最終門を除き全部抜かれている状態だ。
可能ならば穴を修復したいが、そんな時間も人手もない。
なにより、ちょこから得た情報によれば元からこの遺跡には50階まで直通する隠し通路があるらしい。
この穴を塞いだところで、それで抜けられれば意味がない。

玉座を降り、ジョウイは本来玉座があったであろう場所にあった隠し階段を見つめる。
守るにしても、この50階からが勝負となるだろう。
そう思いながら、王はさらなる地下への道を下りた。

433瓦礫の死闘−VS地獄・泥の下の宴会− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:21:00 ID:Jea2wzBk0
草を踏む音と共に、王は深く深く降りていき、ついぞ最下層にたどり着く。
戻るなり王は、花畑の中心で燦然と輝く感応石を前に跪いていた。
先達への敬意を評するように、あるいは、謝罪するように深く頭を垂れている。
この場所の過去に対する哀悼と、未来に対する謝罪だった。

ふと、首を垂れる中、魔王に見せた少女の涙が脳裏を掠め、王の心に僅かな痛みを覚えさせる。
何故今思い出したのか、王はその意味を理解できなかった。
遺跡ダンジョンに精通していた彼女はこんな楽園があることを知っていたのだろうか。
あの変身後の姿を鑑みれば、彼女もまた魔界を追われ、
魔王ゼセクに率いられ人間の世界に逃れた魔族の一人なのかも知れない。
そうであるならば、これからの王の行いは彼女を泣かせてしまうのだろう。
父と呼んでくれた2人目の娘を――――

突如、王の右腕に激痛が走る。
そのような甘えなど許さぬとばかりに、迷いに揺らいだ隙間をくぐり抜けた憎悪が、王の身を浸す。
その中で王は――ジョウイ=アトレイドはその痛みを摺り潰すように奥歯を噛んだ。
理想の楽園、ただそれだけを願い、迷いを抱き潰す。
戦わねばならぬ。殺さねばならぬ。進まねばならぬ。
あの娘の嘆きを背負えないようで、楽園など造れるものか。
痛みの収まったジョウイは、花畑に顔を埋めたまま息を整える。
この痛みでさえも、オルステッドが抱いてきた痛みの幾分でしかないのだろう。
紋章と核識の力があっても狂いそうなほどの憎悪に、ジョウイといえど気が遠くなった。
日没まで保つかどうか。なにより、完全な形でオディオを継承したとき、
はたしてこの身は自分のまま理想を抱いていられるのか――――

その迷いを握り潰すように、ジョウイは爪が掌に食い込むほど右手を強く握りしめた。
抱き続けて見せると。壊れたのならば、壊れ続けてでも、導いてみせると誓いながら。

痛みが落ち着き、立ち上がろうとしたジョウイが耳を澄ませる。
音だった。先のオディオと違い、脳に直接響くのではなく、実際にこの部屋で響いている。
ジョウイはゆっくりと音の元――感応石の裏側に回った。

そこには、眠ている女がいた。
だが眠れる美女ではない。頬を赤らめているが、寝たままも掴んだ酒瓶があっては台無しだ。

「……ぶぅおぉぉぉおおさぁんがァ、屁をこ〜〜いたぁぁぁ……Zzzz」

起こすかどうか、ジョウイが真剣に考え続けている中、
酒で焼けた肌を晒し、大股を開いて楽園に眠る眼鏡の女はとても幸せそうな顔をしていた。



感応石から少し離れた場所に地図を広げながら、ジョウイはメイメイと名乗る侵入者から話を聞く。
まだ誰も来ることは出来ないと索敵を怠っていたことを差し引いても、彼女の登場は突然に過ぎた。
このタイミングでこんな隠しエリアに転移してくる存在が、全うな参加者だと思うほどジョウイも愚かではない。
十中八九オディオの配下。目的はやはりジョウイに対する監視か牽制か。
「配下なんて淡白なのじゃなくってぇ、オル様のし・も・べって言って頂戴。気持ちいやらしめに」
ジョウイの警戒に気づいてか気づかずか、冗談めかしながらメイメイは髪留めを解いて濡れそぼった髪を指で梳かす。
雫は滑らかにその艶髪を下って仄かに赤みがかった胸元に降り注ぎ、彼女はそれを指で掬って小さな舌で舐めとった。
「……ちょっとは反応しなさいよ。目の前の熟れたてフレッシュな果実があるのに」
胸を抱えて少し揺らしてみたが、ジョウイは目を細めるだけで全く反応しない。
元魔族の王以上に無反応な魔王を前にして、眼鏡を拭きながらメイメイは唇を尖らせる。
どこの世界の魔王もこういうものなのだろうか。
「ぬう、若衆道は非生産的よ。それとも青い果実の方が好みかしら。だったら残念だけど今品切れなの」
珍妙というより配慮のないメイメイの言葉に、ジョウイは額を揉みながら視線を地面に下げる。
内心目のやり場に困っていたからというのもあるが、彼女の存在を測りかねているというのが本音だ。
彼女を遣わせたオディオの意図もそうだが、彼女の存在そのものを、ジョウイの神経が警戒していた。
その警戒の印象はジョウイが知る女性に相似していた。ジョウイとリオウを運命へと誘った、魔術師レックナートに。

「ぬ、汗の混じった水が仄かに酒の味。私からお酒が出てくる……私が、私たちがお酒! そういうのもあるのね!!
 酒力による憎悪根絶! 対話<ノミニケーション>のとき来たれり! にゃは、にゃはははは!!!」

この如何ともし難い道化ぶりを除けば、であるが。

434瓦礫の死闘−VS地獄・泥の下の宴会− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:21:44 ID:Jea2wzBk0
「じゅぅ。ん、あと、監視じゃなくてぼーかんね。
 多分、貴方が首輪を外しちゃったからじゃない? 閉じこめられてたから助かったわ」
けらけらと笑いながらひとしきり服を乾かしたメイメイは升に酒を注ぎ、ぐいと煽る。
聞けば、どこかの異空間に閉じこめられていた彼女をオディオが突如ここに飛ばしたらしい。
その際にただ一つ言われたそうだ――――そこで傍観しろ、と。
その意味が、死喰いにもっとも近い場所であるここに到達したジョウイに対するものであることは想像に難くない。
魔剣から得られた知識により、目の前の存在がリィンバウムの住人であることは理解できた。
察するにオディオとメイメイの間には召喚獣の誓約があるのだろう。
ならば、ジョウイが先ほど召喚獣で遺跡を調査したように、メイメイが視たことはオディオに筒抜けとなる。
「首輪を外してなお通信用の感応石を回収したってことは、
 魔剣を使って逆にテレパスラインに改竄を仕掛ける腹積もりだったんでしょう。にゃははは、残念賞だったわねぇ」
メイメイの閉じた扇子が指し示したジョウイの右手の中で、感応石が握りしめられる。
島に覆われた死喰いのシステムは同時に、オディオがこの戦いを運営する監視手段でもある。
先ほどのオディオの干渉からも、ここの巨大感応石がオディオのいる場所と直接繋がっていることは明らかだ。
魔剣を使いこなせば、オディオに偽の情報を送り込むことも不可能ではないだろう。
だが、その可能性はこの奇矯な女性の存在によって不可能となった。
首輪による直接的な監視・制御方法が無くなった今、目の前の女性はその代用品ということか。
この監視は破壊できない。相手にするには、あまりにもリスクが高すぎる。
「ま、そういうわけでぇ、おひとつよろしく。
 私はお邪魔にならないように隅っこでお花見してるから。あ、これ、つまらないものですけど」
自分を見定めようとするジョウイの思惑を知ってか、メイメイはどこからか宝箱を召喚する。
この場所に居座ることへの手土産のつもりだろうか。ジョウイが怪訝そうに宝箱を開き、その中身を見て絶句した。
ハイランド王国の象徴である純白で彩られた士官服――リオウと袂を分かった後に纏っていた衣に他ならなかった。
「これは、私個人のサービス。汚れきった今の貴方に、一番必要なものじゃない?」
ジョウイの動揺を肴にするように、メイメイは升縁の塩を舐める。
それは如何な意味だったのだろうか。腹を串刺しにされて血に汚れた衣服のことか。
それとも、光に住まう彼らと袂を分かち、憎悪をこの身に纏ったことか。
いずれにせよ、目の前の占い師はこの衣が持つ意味――ジョウイという人間の背景を見抜いている。
それだけでレックナートと同等であろうこの女店主の実力は否応にも理解できた。
「堅いわねぇ。ま、安心なさいな。オル様のことだから、私を力とは使わないでしょ
 ……怖い? 今更、オル様に喧嘩を売ったことに後悔してる?」
意を決するようにその衣を拝領するジョウイに、メイメイはおどけるように言った。
ジョウイが恐怖に身を震わせていることに気づいたからだった。
無理もない。ただ魔剣と無色の憎悪を奪うだけに飽きたらず、この若き魔王は堂々とこの世界の主に喧嘩を売ったのだ。
勝者の中の勝者――勇者オルステッドの歩んだ悲劇だけを見て哀れんで。
敗者となって足掻き、もがき苦しんだ魔王オディオを知らぬままに。

435瓦礫の死闘−VS地獄・泥の下の宴会− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:22:14 ID:Jea2wzBk0
だが、ジョウイの瞳を見たメイメイから軽薄な笑みが消える。
恐怖に震えながらも、ジョウイの視線はただ一点、オディオの玉座をしかと見据えていた。
確かに、感応石越しとはいえ直接オディオに語りかけられたことで、
これまでは伝聞と主催者としてしか知らなかった、オディオの憎悪に直接触れ、心胆を震え上がらせた。
それは逆を返せば、その憎悪を直接感じられる位置にまで上り詰めたことを意味する。
アシュレーやユーリル、魔王ジャキなどと異なり、オディオにとって一介の村人に過ぎなかっただろうジョウイが、
目指すべき玉座に君臨する王と対面し、僅かなりともその人物を見定めることが出来る位置まで到達できたということだ。

「……オル様の逆鱗の位置を確かめたかったと。無茶をするわねえ」

そう言いながら酒を口に含むメイメイは、ジョウイの意図の一部を理解する。
ハイネルとの会話から遺跡ダンジョン制圧に至る一連の動きは、オディオと面会するためでもあったのだ。
ジョウイはオルステッドのことはストレイボウから聞いていても、オディオについては主催者としての露出以上のこと知らない。
これからの戦いを進める中で、ジョウイは先ず何よりも魔王オディオを見極める必要があったのだ。
戦場の天気を調べるようなものだ。
たとえどれほど緻密な戦略を立てても、感情という嵐が吹けば飴細工のように砕けてしまう。
だが、逆に言えばその感情さえ弁えれば、戦略の立てようがあるのだ。

オディオの言葉を反芻しながら、ジョウイは自分に力を継がせた召喚師を思う。
今にして思えば、ハイネルは理解していたのだろう。
魔剣を得たとはいえジョウイがここから優勝しようと思えば、相応の綱渡り――死喰いの力を手にする必要があるということを。
だからこそ、ハイネルはオディオが聞いていることを承知で……“オディオに聞かせるために”ジョウイの決意を言葉にさせたのだ。
その結果、ジョウイは魔王に賊として誅伐されることなく、無知な道化の王として、首の皮一枚で生かされている。
そして、僅かとはいえジョウイはオディオの輪郭を捉えたのだ。
「ルカ=ブライトに取り入るだけはあるわねぇ。才能?」
呆れた調子で酒を呑み直すメイメイを尻目に、地図を広げながらジョウイは成程、と思う。
この状況は、ルカの幕下で力を蓄えているときに似ている。
今この瞬間、ジョウイが生かされているのは、オディオがジョウイの理想を不可能と断じているからだ。
自ら滅びに向かう哀れな道化の末路を見たいがために、ジョウイは生かされている。
ならば、あの時と同じように今はせいぜい楽しませるだけだ。
その果てにオディオの期待を裏切ってみせる。優勝し、不可能だとオディオが嘆いた、楽園の創造を以て。

「ん。ちょいまち。なんで50階に行ってたの? 死喰いを手に入れるんじゃなかったの?」
神妙な面持のジョウイをしばし見つめた後、メイメイはふと気づいたように言った。
ジョウイの目的は死喰いを手に入れることではなかったのか。
その問いに、ジョウイは少し考えた後メイメイに語りだした。
メイメイが来るよりも先に降りて知った、死喰いの正体、そして泥の中での出来事を。

436瓦礫の死闘−VS地獄・泥の下の宴会− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:22:50 ID:Jea2wzBk0
――――潜る。
あの滝壺に落ちるように、ジョウイの精神は暗黒へと流れ落ちていく。
ジョウイより魔剣へ、魔剣より感応石へ、
そして首輪を含めた島中の全てよりエネルギィを受けた感応石より、遺跡ダンジョンよりも遙か深くへと伝っていく。
恨み、痛み、苦しみ、恐れ。死にまつわるあらゆる意識に流されるのは、さながら墨汁の滝を落ちていくようだった。
その中でジョウイが染まらずに自我を保てたのは、皮肉にも自分を侵そうとする憎悪のおかげだった。
抜剣して、憎悪という外套を纏ったジョウイはジョウイとしてその闇を降りていく。
ここを堕ちていくのは、ジョウイにとって2度目だった。
1度目、ディエルゴを降した時は無我夢中であったため、
気づいたときにはあの都――死喰いの内的宇宙にまでたどり着いてしまっていた。
内的宇宙、リルカの世界における心の内側の世界。
それが存在する以上、そこにたどり着く前に必ず肉体を通るはずだ。
どれだけ小さかろうが、その姿を見逃すまいとジョウイはより慎重にと、周囲の地形を慎重に見ながら潜行していく。
しかし、いくら潜れど土と石しかなかった。地下の施設は数あれど、流石にあの地下71階が一番深かったのだろう。
それより下に空洞など無いように思えた。
ならば、死喰いは土の中で蛹の如く眠っているということなのか。
しかし、それではハイネルの語った死喰いという存在に今一つそぐわない気がした。
蛹が蝶へと生まれ変わるようなイメージはあまりにも『生』でありすぎる。

『死』を喰らうものがそんな命であるのだろうか。
ラヴォスの幼体という言葉に囚われ過ぎてはいないか。

そんなことを思ったとき、ジョウイの意識は空洞へとたどり着いた。
生命が形を得る前の時代、全ては泥だった。泥が星で、星が泥だった。
遺跡ダンジョンよりも深き、背塔螺旋の最下層。泥の海。原初の命。白痴の力。ファルガイアの“始まり”。
ありもしない英雄の姿を追い求めた男と、そんな哀れな男に全てを捧げた女の墓標。

――――泥のガーディアン【グラブ・ル・ガブル】。

黒い流れからその身を切り離し、ジョウイの意識は泥の海に佇み、周囲を見渡す。
ただ泥が静かに揺らめいている。だが、その泥の一粒一粒が純粋な『命』だった。
その命の海の中で、ジョウイは己が目的である死喰いを探すが、その姿は見つからない。
魔剣を得てこの島を巡るネットワークを知覚できるようになった今だからこそジョウイは確信する。
死喰いはこの近くにいる。だが、その泥の下にはもう何もない。
あのルクレチアが存在する以上、死喰いは確かに存在するはずなのに、見当たらない。
まるでとんちのような状況に、ジョウイは思索を巡らせる。
もしくは、逆ではないのだろうか。
内的宇宙があるのに肉体がない、と考えるのではなく、最初から内的宇宙しかないのではないか。
その着想に至ったとき、ジョウイは泥の中で小さな光を見つけた。
まるで、砂漠の中の宝石のように、儚く、されど貴く光る輝きだった。
しかしその輝きは泥に覆われ、泥に汚されようとしていた。
捕食、吸収、略奪。ジョウイはその光景にそれらの言葉をイメージした。
そう、目の前の泥はこの輝きを喰おうとしているのだ。
その様子こそが『死を喰らう』ことなのだろう。
ハイネルの語ったことと目の前の事実を並べ、ジョウイはそう結論づける。
生きている間、そして死の間際に生ずる『想い』が、首輪の感応石を伝い、ここに送られ……喰われる。
グラブ・ル・ガブルの泥へと沈められて、汚され、あのルクレチアを構成する欠片となる。

つまりこの泥の海“そのもの”が――――

437瓦礫の死闘−VS地獄・泥の下の宴会− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:23:27 ID:Jea2wzBk0
ジョウイは眼前で泥にまみれる輝きを見つめた。
己が推測を確かなものとするため、その輝きが喰われる様を確認したかったのだ。
それが確かだと分かれば、死喰いの全貌を理解できる。戦局を優位に進められる。
だからジョウイは、この輝きを犠牲にしようとした。
誰の想いかはわからないが、相当前からこの場で喰われ続けていたのだろう。
その輝きはもういつ消えてもおかしくないほどに穢されている。
それでも、消えられないと足掻き続けているように見えた。
もうこの輝きは救えない。ならばせめて背負い、自分の糧にしようと思ったのだ。

………が、…………ますか?

魔王か、ニノかはたまたマリアベルか。それが誰の「死」なのかは分からない。
だが、誰であれ、その死を決して無駄なものにはしまいと思った。

―――私の声が、届いていますか?

はずだった。だが、いつの間にかジョウイの右手には煌々と始まりの魔剣が輝き、
その輝きに気づいた時には、輝きに絡み付く泥の全てを切り裂いていた。
ジョウイが自分が何をしてしまったかを理解したとき、
光は役目を達せたと安堵するように、粒子となって魔剣の中に消えていった。
そして“光の中で守られていたもう一つの光”が強く強く輝きだす。
その光も、ほとんどを死に喰われていた。燃え尽き果てた最後の火種だったのだろう。
だが光はその死さえも踏み越えるように輝き、泥の海から昇り出す。
どこまでも強く、天に向かって疾走するそれは、暑苦しいほどの炎にも見えた。

その炎を見上げていたジョウイの背後で、泥がわなわなと震えだす。
餌を奪われたと、ひもじいと、満ち足りないと、怒り狂う。
本来のグラブ・ル・ガブルは意志を持たぬ純粋な生命エネルギーであるはずなのに。
こいつには“意志が入っている”。

泥が、異物を喰らわんとジョウイに襲い掛かろうとしたとき、ジョウイは魔剣を泥に突き立た。
そして、魔剣を介して己が意志を流し込む。

死喰いよ、無念なるまま喰われたルクレチアよ。
伐剣王の名の下に、2つを約束する。
1つは、楽園。死喰いに囚われた貴方たちも許される場所へと連れて行く。
そして、1つは誕生――――“まだ生まれていないお前を、誕生させると約束しよう”。

伐剣王の名の下に未来に誓約を刻む。
死喰いよ、もしも生まれることができたなら、その時は、真名を以てどうか力を貸してくれ。

その願いが伝わったか、グラブ・ル・ガブルの泥は――――“死喰いの肉体”は、僅かに打ち震え、静まっていく。
喜んだのか、道具と利用する気か……いずれにせよ、後に残ったのは、穏やかに流れる泥の海だけだった。

438瓦礫の死闘−VS地獄・泥の下の宴会− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:24:32 ID:Jea2wzBk0
「……古臭い匂いがしたと思ったらそういうこと。
 で、要約すると、オル様が召喚した『ラヴォスの幼体』なるモノは既に死んだ亡霊みたいなもんで、
 それが新たな肉体としてグラブ・ル・ガブルに憑依した存在――――それが死喰いってこと?」
ジョウイの話を聞き終わった後、メイメイが要約した内容に、ジョウイは静かに首肯した。
恐らく、メイメイは『ラヴォス』の本当の意味を知っているのだろう。だが、それを言う気はないらしい。
「まあ、妥当なところねえ。星の命そのものであるグラブ・ル・ガブルに巣食えば、それだけでネットワークになるわ」
その話しぶりを見る限り、グラブ・ル・ガブルと『ラヴォス』の相性は最高のようだ。
となれば、この島の命である泥が『ラヴォスの幼体』に憑依されているというのは、
いわばこの島がラヴォスそのものであることに等しい。なにせこの島の憎悪を喰いつづけることができるのだから。

「で、そんな死喰いはまだ本当の意味で存在している訳じゃ、ないと。
 それもまた道理ね。死を喰らい続けたところで生命にはなれないわけだし」

それこそが、ジョウイが死喰いを手に入れずに引き上げてきた理由だった。
死喰いがどれほどの死を喰いつづけたところで『ラヴォスの幼体』は既に死んだ怨霊だ。
死<マイナス>に死<マイナス>を足したてもマイナス、自力では生<プラス>にできない。
誰かが、憎悪<マイナス>を掛けて、このあらゆる死を喰いつづけた亡霊を、新生させる必要があるのだ。
その役を担うのは、当然魔王オディオ。
限界まで死を喰い続け膨大なデータをルクレチアに揃えた死喰いは、
グラブ・ル・ガブルの命とオディオの力によって、己が最適な進化を果たした姿で誕生する。
それこそが、真の死喰い。敗者の全てを喰らい生まれる、最後の怪物だ。

「お、めでと〜〜〜〜。本当だったら、直ぐにでも護衛獣か何かにするつもりだったんでしょ?
 でも死喰いはまだ生まれていない。生まれないものに名前なんてない。真の名がなければ誓約はできない」
 
メイメイの皮肉に、ジョウイは無言を以て肯定した。
死喰いの亡霊だけを魔剣に取り込むことも考えてはいたが、それでは恐らくジョウイの精神が耐えられない。
故に、ジョウイは死喰いという存在を魔剣で護衛獣の契約を結ぶつもりだったのだ。
しかし、生まれてもいないものと誓約を結ぶことはできない。
オディオはこれを見越していたのかもしれない。現時点ではジョウイはまだ死喰いを手にすることはできないと。

そう、現時点では。
つまり、死喰いを誕生させた後ならばその可能性も出てくる。
そして、ジョウイには死喰いを誕生させる力――不滅なる始まりの紋章があった。
偽りとはいえオディオを内包したこの魔剣ならば、死喰いを誕生させることもできるだろう。
「でも、今は無理。というか時間がかかる、って所かしら。
 そりゃあ、死喰いは不完全で、しかも力は模造品。条件が劣悪すぎるしねえ」
耳に痛い本質を気楽に投げつけてくるメイメイに、流石のジョウイも渋い顔をした。
だが事実は事実だ。40人以上の死を喰らってもなお、
死喰いはまだまだ死が足りない、現状の進化に満足できないと、飢え続けている。
更にこちらのオディオも本物に数段劣る贋作。生まれてくる死喰いも、生む魔王も、まだまだ不完全なのだ。
魔王オディオなら今の死喰いの成長度合いでも、無理やり生むことはできるだろうが、ジョウイでは不可能だ。
今から力を行使しはじめたとしても、恐らく数時間はかかるだろう。

「時間との勝負ねえ。死喰いの力は如何に強力でも、その力を行使する時間が無ければ意味がない。
 日没までに間に合わなかったら、それこそ台無しだし」

さらりとジョウイの刻限を明かされたことも、もはや驚く暇はない。
そう、ジョウイの目的は死喰いを手に入れることではなく、その力で優勝することだ。
手段に拘泥して、目的を達成できなくなれば意味がないのだ。
限られた時間と絶大な力。その天秤こそが、ジョウイにとって全ての悩みだった。

「で、どうするの?」

ジョウイが抱える現状の全てを露わにしたメイメイは、ついにその問いを投げかける。
諦めて仲間の下にいくのか、死喰いを棄てて別の手を考えるか、死喰いを誕生させることに注力するか。
ジョウイという人間を見極めるのに、これほどに相応しい問いは他に無いだろう。

酒精と眼鏡に隠れたその慧眼が見つめる中、
新しい魔王は、噛み締めるように考えたうえで、答えを出した。

439瓦礫の死闘−VS死龍・ハードオブヘクトル− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:25:08 ID:Jea2wzBk0
夢――――そう言うには、あまりに稚拙な妄想だと思う。
幾つもの蝋燭の灯に照らされた玉座の間は、温かかった。
何一つ傷のない大部屋に、欠片の汚れもない紅い絨毯が整然と敷かれたその先の玉座。
そしてその御座に座る魔王。私はその傍らにいた。
広げれば人一人は優に包める巨大な翼を折り畳み、私は魔王に肩を寄せる。
玉座は“この人”一人が座るには大きすぎて、私たち二人が並んで座るには苦にならない。
だからだろうか。魔王は私を一別することもなく、いつものように不満そうな無表情のまま、何もいわず自分の肩を貸し続けた。
それが「好きにしろ」と言われたようで、うれしくて。
私はその勝手な嬉しさに甘えて、魔王の膝に頭を預けた。
翼が邪魔になるので、体を寝返らせると、魔王の腹部を見るような形になる。
ふとした気恥ずかしさと、矢張り度が過ぎたかという思いから私は頭を上げようとする。
しかしその時、魔王の手のひらが私の頭の逃げ道を塞ぎ、
私はただそのまま魔王の膝を枕にするしかできなかった。
どくり、どくりと高鳴る心臓の音と共に、その顔を見上げる。
銀の髪を後ろにまとめ、黒い外套を纏った魔王。
魔族の証たる角の代わりに、尖らせた人ならざる耳朶を持った魔王。
もう一度信じてみたいと思い、私が最後まで得られなかったものを与えてくれた人。
二度と戻ることのないと諦めた、あの優しい時間。
羽の毛先から角の先までを満たす優しさに、私は思う。
この瞬間が、ずっと続けばいいのにと――――

そう思ったとき、私の目の前にあったのは、魔王の胸から滴る血の赤だった。

魔王の胸に深々と突き刺さった剣から血が吹き出ている。
私がその事実を飲み込めた時には、魔王は事切れていた。
―――、―――!
私は魔王の名を呼ぶ。本当の名前を、魔王ではない名前を。
だがその言葉の届かぬところに魔王の死は連れ去られてしまっていた。

それでも呼び続ける私を遮るように、魔王の胸に穿たれた剣が蠢く。
血よりも紅い刀身。膨大な魔力の光。
そのあまりの禍々しさに、私はそれを魔剣だと直感で確信した。
魔剣。魔の剣。私を包む優しさを、私の嬉しさを、私の幸せを終わらせるもの。
私は魔剣を憎んだ。そしてその魔剣を使い、魔王を殺した人を許せないと思った。
刀身の先より柄へと視線を移し、憎悪と共に、私は魔剣の主を見上げる。

だが、私の憎悪はそこで途絶える。代わりに浮かぶのは疑問。
何故。どうして。なぜ。
魔王の亡骸が虚空へと散り、空いた座に仇が座る。
魔剣が魔王を貫く。その魔剣で貫く。
それは二度と覆らぬ過去にして、夢の終わり。
何度回向しても、時を止めても、変わらぬ事実。
大切なひとが、大切なひとを殺す瞬間。

どうして、ねえ、どうして――――おとうさ「ちょこちゃん、危ないッ」

440瓦礫の死闘−VS死龍・ハードオブヘクトル− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:25:48 ID:Jea2wzBk0
アナスタシアが体当たりをするようにちょこの体を抱えて横に飛ぶと、
ちょこの立っていた場所をめがけてレーザーが駆け抜ける。
大人1人を軽く覆えるほどの極太の光条は見かけに違わぬ威力らしく、
避けたはずのアナスタシアのスカートを焦げ付かせていた。
お構いなしと続いて鋭利なカードが飛来し、その全てに付き合う余裕はなく、
アナスタシアはちょこの手を引き、乱立するブロック壁に身を隠した。
「私の一張羅が! 何千年使い古したと思ってんのよッ!!」
やっと一息をつくことができたアナスタシアは大きく息を吐いた。
それもそのはず、戦闘が再開されて以降、セッツァーとピサロはひっきりなしに魔法や飛び道具で遠距離から攻め続けているのだ。
完全にこちらの射程外であるため、彼らは交互に休み無く仕掛けてくる。
その中でも僅かに息を付けられるのは、乱立する石細工の土台のおかげだった。
いかにピサロの魔砲であろうとも、距離があるが故、一撃でこの壁を破壊することはできない。
「おねーさん、ごめんなさいなの……」
砲雷魔雨の軒先でアナスタシアの脇にいたちょこが消え入りそうな声で謝罪を口にする。
「気にしなくていいわよ。もういい加減捨てなきゃと思ってたくらいだから」
アナスタシアはちょこの頭をなでてあやそうと思ったが、自分の手のぎこちなさを感じて止めた。
ちょこの動揺は尤もなものだったからだ。恐らく、ちょこにとって世界は明確だったのだろう。
ちょこは子供だ。子供ゆえにその眼は純粋に世界を捉える。
良いものは良い。悪いものは悪い。たとえ殺意を迸らせたユーリルと対峙してさえ、
彼を可哀想なのだと思えたちょこにとって“世界”は“割り切れる”ものだったのだ。

(ちょこちゃんを騙すような人、私以外にもいるとはね……ジョウイ君)



そのちょこにとって、初めての“裏切られた”感覚はどんなものだったのかは想像に絶する。
今ちょこは、大きく揺らぐ自分を立て直すのに精一杯なのだ。
レモンを丸齧りするように、アナスタシアはちょこを欺いた少年の名を口の中で噛みしめた。
「……揺らいでいるのは、ちょこちゃんだけじゃない、か」
アナスタシアはちょこの奥、他のブロックに隠れた陰を見つめる。
そう。ジョウイの裏切りの影響はちょこだけではない。
そこには、ちょこ以外にも大きく揺さぶられた者たちがいた。

「く、そ、野郎、が……誰も助けられないままここまで来て、まだ守られてんのかアキラァ……ッ!」
肩口を抑えながら荒く熱い息を吐き、アキラは虚空に罵っていた。
先ほどまで刺さっていた毒蛾のナイフは既に抜かれており、
傷口は飲み水で洗われ、アナスタシアのオリジナルパワー・リフレックスにて解毒処置は済ませてある。
とはいえ、現状の混淆された戦場ではそれが限界だった。消しきれぬ毒からか傷は熱を持ち、倦怠が抜けない。
「舐めるな、ジョウイ……手前は、手前ェは絶対に『ヒーロー』として認めねえ……ッ!!」
だが、アキラを真に焦がしていたのは毒でも傷でもなく、己が不甲斐なさであったのだろう。
超能力ジョウイに仕掛けた時何かを視たのか、アキラは自分の中に浮かぶ弱さに抗うのに必死だった。
見るからにフラフラで、頭痛と毒熱で歩くのもやっとの有様だ。だが、もう一人に比べればまだマシだった。

「……とりあえず、せめて立って歩いてくれると嬉「煩いッ! どの顔で言えるんだよアナスタシアッ!!」
膝と肘、そして額を地面につけたイスラの怒声に、アナスタシアは唇の真ん中を釣り上げて口籠った。
「来い! 来いよ紅の暴君ッ!! 僕に継承しろと言っただろうが!! 
 そのお前が、僕を裏切るのかッ! 僕より、あいつのほうが相応しいというのかッ!?」
イスラは右手に呼びかけるが、声はなかった。
「はは、ハハハハ……そうだったんだよ……僕は、生きてちゃダメだったんだ……
 生きてても、誰かの迷惑になって足を引っ張っていくしかないんだ……ハハ、アハハハハ……!!」
その結果に、四つん這いになって蹲ったイスラは震えながら笑う。
その様にアナスタシアは言葉が出ない。どの面を下げて仕切るのかというイスラの言い分が尤もであること。
そして、誰もいない方向に土下座し、許しを乞うような今のイスラに、
アナスタシアは初めて彼と出会った時と同じ嫌悪を感じたからだった。
『ジョウイの企みを阻止する』ということが仲間のために生きて出来ることと定めていたイスラは、それを果たすことができなかった。
ましてやジョウイの企みが自分の魔剣である紅の暴君であり、それを見抜けず奪われたのだ。
“さらに生きる意味を魅せてくれたものさえ失ってしまえば”それはもはや生きる『意味』の崩壊に等しかった。

441瓦礫の死闘−VS死龍・ハードオブヘクトル− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:26:36 ID:Jea2wzBk0
「参ったわねえ……」
アナスタシアは魔法が壁を少しずつ削っていく音を背中に聞きながら一人ごちた。
生きる世界を傷つけられたちょこ、生き方を惑うアキラ、そして生きる意味を砕かれたイスラ。
巨大な敵を団結して倒した直後、絶妙なタイミングで行われたジョウイの裏切りは彼らに深い傷痕を残していた。
いや、彼らだけではない。本音を言えば、アナスタシアもジョウイに傷つけられた一人だ。
(マリアベル……貴方は、気付いていたの?)
わざと回復の手を緩めたという、ジョウイから吐き捨てられたマリアベルの死の真相。
確かに変貌後のジョウイの回復力はユーリルやマリアベルに施されたそれとは比べ物にならない。
だが、アナスタシアはその真相をうまく嚥下できずにいた。
ジョウイが一方的に延べた内容は恐らく事実なのだろう。だが、真実に僅かに足りない気がした。
壁から一本だけ飛び出た釘のような不快感を、アナスタシアはあえて放置する。
それを埋められるのはきっと直に回復を受けていたマリアベルだけだろう。
素直に親友を貶めたジョウイに対し怒りを浮かべたいという欲求がないわけではない。
だが、アナスタシアは傷つきながらもその傷を自分で開くようなことはしなかった。
「戦えるのは俺と貴女だけか、アナスタシア」
「思春期ボーイズ&ガールが軒並みノックダウンとなると是非もないわね、悪い魔法使いさん。首尾は?」
「ダメだ。カエルもゴゴも見つからない。というより、こう広域散布的に仕掛けられると探すのも労苦だ」
戻ってきたストレイボウに、アナスタシアは皮肉気に笑った。
アナスタシアとて柄も資格も無いと分かっているが、満足に行動できるのがストレイボウだけとなると、
親友の仇に逃げられても、肩に銃撃を貰っても、前のようにいじける暇すらない。

誰よりも揺らいでいた男がこの場で一番揺ぎ無いというのは皮肉だった。
石壁が降り注いだ時に一度彼らは散り散りになったが、
それをこうして何とか5人集合させたのはストレイボウの手腕と言っていい。
特にイスラは、彼が無理にでも引っ張らなければとうに死んでいただろう。
「カエルはともかく、物真似師さんは見つけたいわね」
おかげでこうやって集合し、障害物を盾に凌ぎながら残り2人を探しているが、カエルとゴゴは見つからない。
石台の雨に打たれて潰されてしまった。そう諦められるほど捜索もできていない。
「両方だ。やはり手分けをして探さないとキツいか」
ならば分散するのがベストだろう。幸いにして石台を壁にすれば移動ができないわけではない。
全員が分散すればその分的が散り、射撃密度も減ずるはずだ。

ならばなぜそうしないのか―――――――そう出来ないようになっているからだ。

「うしろーッ!」
「ッ!?」
ちょこが叫んだ瞬間、アキラが背も垂れていた壁に亀裂が走る。
亀裂は瞬時に隙間となり、間隔となり、扉となった。
切れ目一つない分厚い石は最初からそうであったかのように扉としてその中央から拓かれていく。

「――――、――――――」
「あ、ああ……ああ……ッ!!」

亀裂とともに、イスラの白い肌が増々に青褪める。
城門を開いて現れたるは“かつてヘクトルであったもの”だった。
血気廻った青髪はくすみ、肌は白磁のごとく生気を喪失している。
光彩を失った瞳と合わせ、誰もが彼を死んでいると断じるだろう。
“それがどうした”とばかりに右に握った神の斧は妖しく鳴動を続けていた。
死のうが、砕けようが、腐ろうが、生者必滅の理があろうが――戦うのだと、命以外の総てが猛っている。

442瓦礫の死闘−VS死龍・ハードオブヘクトル− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:27:38 ID:Jea2wzBk0
「ちょい、さぁッ!!」
アキラとちょこをまとめて潰そうとした振り下ろしの一撃を、アナスタシアが聖剣で受け止める。
その瞬間、アナスタシアの踏み締めた大地に亀裂が走った。銀の腕でさえ受け止めきれない威力の結果だった。
だが、実に驚くべきは“それが左手の一撃だったということだ”。
神の斧は亡将の右手で遊んだままになっており、聖剣と打ち合っていたのは聖なるナイフだったのだ。
「ナイフに負けるとか、それでも聖剣かコラーッ!!」
アナスタシアが叫ぶが、目の前の現実こそが全てだった。
石細工の土台を一撃で破砕したのも、聖剣と拮抗しているのも、か細い左手一本のナイフなのだ。
腱の切れて使い物にならない左手を、落ちていた左手に挿げ替えた新しい左腕に、かつての聖女は押されていた。
「死んで尚あの膂力……自傷も厭わぬリミッターの解除!? それともどこかから力が供給されているのか!?」
「そーだけど……違うの……“よろこんでる”。オリから出られて、ライオンさんは、よろこんでるの」
状況を分析するストレイボウの横で、ちょこは胸の痛みを堪えるように死せる獅子の笑顔を見つめる。
喜んでいる。そう、己が民も、オスティアの領地も、リキアの未来も、何もかもを亡くしたその骸は今確かに悦んでいた。

統治、内政、外交、同盟、戦争。民の願い、人の欲、アトスの予言。
領主ヘクトルを形作っていたありとあらゆる外的要素――――それら全てがヘクトルの糧であり“同時に枷であった”。
兄ウーゼルの死により、ヘクトルは領主にならざるを得なかった。他に兄の願いを継げる者がいなかったから。
兄の死を責めるわけではない。だが、兄が生きていたのならば、ヘクトルはその力を全て武に注げたはずだ。
そうであれば、兄の統治の下、迫りくる脅威の全てを薙ぎ払う巨大な剣であれたならば。

“もういいのだ”――それは、アレが成してくれる。

その夢想は、死を超えて結実した。『楽園』を目指す『伐剣王』の導きによって。
最早迷う必要はない。この斧に注がれ続ける盾の癒しが死肉を満たす今、肉体を自壊させるほどの全力すら行使できる。
そう、全力。王のままでは出せなかった、生きて因業に囚われている限り出せなかった全力が屍に充溢する。
後はただ進めばよい。始まりの魔剣が導く終わりに向かって、只管に進軍すればよい。
立ちはだかるならば、覚悟せよ。望まぬ王座より解き放たれた獣の純粋なる暴力――――蹂躙程度で済むものかよ。

「UOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO
 OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO
 OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO
 OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO
 OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!」

狂戦士の咆哮。だが、その音色は生きていた時よりも忌み、地面に落ちる間際の果実のように熟れ爛れていた。
死体に充溢する怨念と歓喜が叫喚となって流出したこの時の声を聞けば、もはや百魔獣の王でさえ疾く自害するだろう。
そのような音を間近に受けたアナスタシアは剣をぶつけ合うことすら適わず、無理やりナイフを押し飛ばす。
その衝撃で、聖なるナイフは自壊した。聖なる加護が怨念に破られたのではなく、ただこの獣の力に耐えかねて。

だが、亡将は些事とばかりに用済みのナイフを捨て払い、自分の脇腹に刺したアサシンダガーを血脂を垂らしながら引き抜く。
この未練に満ちた自身<屍>を現世に留めているのが砕けかけた自身<天雷の斧>である以上、容易に抜くわけにはいかないのだろう。
あるいは――――こんな短刀でなくば、この悦楽を長く長く愉しめないと笑っているのか。

「みんな、アレから離れなさいッ!!」

443瓦礫の死闘−VS死龍・ハードオブヘクトル− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:28:56 ID:Jea2wzBk0
再度打ち降ろした亡将の一撃を、アナスタシアが再び切り結ぶ。
踏み込もうとする足が重い。いや、実際に重くなっている訳ではない。
眼前の障害物を両断しようとする亡将の殺意が、その巨躯から迸る熱が、ナイフの一点に荷重されているようだ。
ロードブレイザーに比べればその力の総量は劣るだろう。だが、その『密度』ならば話は変わる。
俊敏さを基とした『剣士』たる紅蓮とも『魔法使い』と思われる魔王とも違う『重騎士』の圧力。
なまじ圧倒的過ぎてジャンル違いのロードブレイザーと違う、質量感のある恐怖が足を竦ませる。
だが、アナスタシアはそれを真正面から受けざるを得なかった。
ストレイボウがちょこたちを安全圏に逃がそうとしているが、その足取りは重い。
『闘気』――領域支配<Zone of Control>。この骸が放つ狂熱を間近に受けて、足取りを保てるものなどそうはいない。
誰かが矢面に立ちその進軍を押し止めなければ、離脱もままならない。

「雌鶏が5匹。丸焼きかねえ、旦那」
「ファイラ×ファイラ――――――ファイアービームッ!!」

そして、アナスタシアが矢面に立っても彼らの離脱は難しい。
亡将から逃げようとしたアナスタシアを除く5人を、セッツァーの魔法を込めたピサロの魔砲が周囲を焼きながら襲い掛かる。
ストレイボウがシルバーファングをぶつけて相殺したことで彼らはなんとか亡将の領域から離脱したが、
構わずと再び魔弾を雨霰と降らすセッツァーたちの余裕は消えていない。
制圧射撃で行動範囲を狭めればいずれ鶏どもは解体屋に捕まる。
あとは再び巣穴から飛び出たところを狙い、削り殺していけばいいだけなのだから。

「あの遠距離攻撃を凌ぐには壁に籠るしかない。かといって足を止めたら壁ごと打ち抜かれる」
「それで逃げたらその先でまた砲撃……ループって怖いわね」

444瓦礫の死闘−VS死龍・ハードオブヘクトル− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:29:31 ID:Jea2wzBk0
なんとか亡将を撒いたアナスタシアがストレイボウたちに合流する。
亡将との撃ち合いで開いたアナスタシアの右肩の銃創をストレイボウが微小の火力で焼いて塞ぐなか、2人は現状を憎らしげに述べた。
完全に遠距離からの攻撃を徹底するセッツァー・ピサロに、あらゆる障害を踏破し進軍するゴーストロード。
本来なら三つ巴になるべき戦局は、彼らの戦闘スタイルの合致によりストレイボウたちの一方的な劣勢となった。
生ける者全てを区別なく撃滅するゴーストロードの特性を見抜いたか、セッツァーは徹底的にゴーストロードとの距離をとっている。
こうすることで、ゴーストロードのターゲットをストレイボウたちに限定し、自分たちは安全圏から削ることができる。
ゴーストロードが使えるうちは使い尽くす。矢面に立つのはそれからで十分なのだ。
一方的にセッツァー達が亡将を利用している状況。しかし、ゴーストロードにとっても益のない話ではない。
零距離ならばともかく遠距離からの攻撃など、この骸には豆鉄砲に過ぎない。
ならばセッツァー達の攻撃によって敵の足が止まることは、お世辞にも機動力があるとは言えない亡将にとって援護以外の何物でもない。
彼ら3人は絆ではなくその性能によって、現状において最高のチームと化していたのだ。

(息苦しい……少しずつ、泥沼に沈んでるみたい……)
堪らないのはそんなチームの攻囲に晒されるアナスタシア達だ。
解毒済みではあるが体力を大きく落としたアキラ、心の支えを折られ自責に潰されたかけたイスラ。初めての『嘘』に戸惑うちょこ。
アナスタシアも血を失い、万全とはとても言えない。しかし彼女の聖剣以外では、亡将の攻撃から彼らを“守れない”。
唯一平静を保ったストレイボウも3人を避難させるので精一杯の状況。とてもではないが攻勢に転ずるには手数が足りない。
その中でひたすら乱撃突撃を繰り返させられ、バラバラの彼らは心身含め体勢を整える暇もない。
(説明できない“生きにくさ”……貴方なら、言葉にできるのかしらね)
あまりに整い過ぎた戦場に、翻った魔王の黒外套を幻視しながらも、具体的に語る術を持たないアナスタシアは歯噛みした。
分かっていることは、ここままではいずれハメ殺されるということだ。
(とにかく、まずなんとか流れを変えないと――ッ!?)
焦れて守備以外に意識を割いてしまったアナスタシアを責めるように盾としていた石壁が爆発する。
爆発の威力はさしたるものではなかったが、ハメ殺しのサイクルに慣れたアナスタシアはその新しい手札に動揺を強める。
ヘクトル候に魔法は使えないはずなのに、何故。
その疑問こそがミステイクとばかりに、爆炎の向こうから現れた亡将が影縫いをアナスタシアに振りかぶる。
あわててアナスタシアが剣を打ち合わせに行くが、2手ほど遅れた聖剣は間に合わない。

(間に合わ――)「せてみせるッ!!」

必滅の一刀に交わる剣戟音。亡将の一撃を防いだのは、アナスタシア。
勇者の剣を抱いた、ローブに身を包んだ英雄だった。

445瓦礫の死闘−VS黄龍・反撃は雷のように− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:30:13 ID:Jea2wzBk0
物真似師ゴゴが目を覚ましたのはつい先ほどのことだった。
ローブ越しにも砂まみれになった顔を擦り、周囲を見渡せば先ほどまでは無かった石の林が広がっている。
一体何が、と擦った左手を頭に当てたとき、自分の異常――否、正常に面食らった。
頭が軽い。思考は真水のようにクリアで、肉体的ダメージはあるもののローブの裾を引っ張り続けていた粘り気が無くなっている。
あの物真似をしてからずっと、それこそアガートラームにて封印をしてからも自分の中に蠢いていたオディオの存在が無いのだ。
何故、と問う頃には記憶が砂を馴らすように整い、その終りである、紅い魔剣を担った魔王の後姿が思い浮かんだ。

ジョウイ=ブライト。自分の中のオディオを奪い取った人物に、ゴゴは思いを馳せる。
(……不思議だな。今一つ物真似する気になれない)
理解は物真似師にとって物真似と同義だ。癖や思考のルーチンなど、対象のあらゆる情報を得て、理解することで物真似を成す。
その物真似の頂点であるゴゴが物真似をする気になれないというのは、ジョウイという人物を理解し切れていないということだった。
もっと正確に言えば、材料不足。仮に物真似をしても、絶対に紛い物にしかならないという確信がある。

(ああ、あの時のリオウに似ているのか)

ゴゴは自分の中にあるジョウイに、“あの時”――ナナミの亡骸を抱いていたリオウを思い出した。
溢れ出さんばかりの感情を皮一枚のところで気密させたリオウ。ルッカの物真似を以て“ツマラナイ”と思えたほどの無表情。
リオウはそれを僅かに漏らしていた。その隙間から漏れる心があった。
だが、ジョウイの気密はリオウのそれよりも神経質で徹底していたのだ。
リオウの“無表情”が心の窮地に対して生ずるとすれば、ジョウイの“仮面”は常時取り付けられているといっていい。
オンとオフがリオウと逆なのだ。“彼は常に強大な何かに耐えていた”。
故に、オフの状態に立ち会っていないゴゴは彼の物真似をする気になれなかった。
(だが、お前たちはそれでも迷わず奴をジョウイと呼んだのだな)
銀髪の異形と化したジョウイは、どこか蒼炎のナイトブレイザーを想起させた。
ロードブレイザーの炎とウィスタリアスの蒼を収めた、あの力強くも危うい存在によく似ているとゴゴは思う。
元のジョウイを知っていても、即座にその姿を受け入れることは難しいだろう。
だが、彼の中のナナミは迷わずに彼の名を呼んだ。淀みなく、気安く、いつもの通りに呼んだ。
ゴゴにはジョウイの心はまだ分からない。だが、ナナミが信じる以上アレがジョウイという人間なのだろう。
(今はまだ、だろうがな)
オディオの抜けた空洞を物真似で満たすように胸を摩りながら、ゴゴはジョウイが奪ったオディオを思う。
それに落ちた自分だからこそ理解できる。あれは誰の手にも余るものではない。
リオウとナナミへの理解から、ジョウイが無為に命を散らせるような人物でないことは分かっている。
きっと何らかの勝算を以てオディオを奪ったのであろう。だが、あの憎悪は何れ必ずジョウイを乗っ取るはずだ。
「ならば……“救わず”にはいられないな」
自身の駆動を確かめ終わったゴゴは壁の向こうを見据えた。
石壁の砕ける音、銃火乱れる音、その中で抗う叫びが聞こえる。仲間たちが劣勢にあるのは疑いようもない。
「俺が生み出した憎悪で、誰かが死ぬのは、もう見たくないんだよ。だから――」
すでに成したいことを終えたと思ったのか、ナナミの物真似も世界の奥深くに沈んでいる。
だが、きっと彼女らならば、そしてリオウもまたジョウイがこうあることを望まないだろう。
何れ、必ずやジョウイは止めなければならない。そしてその為には――

「――守りましょう、この今を」

掴みしは勇者剣ブライオン。それを振るうべく物真似を纏う。
いずれ救うためにも、今を救う。不器用だとしても、まず目の前にあるものを、己が向き合うべきものに立ち向かう。
世界中の誰よりも自分の命を渇望し、そしてそれ以上に誰かの命を願った、最高の守護者の物真似を以て。

「全てが救われる未来に繋がる、この現在をッ!!」

446瓦礫の死闘−VS黄龍・反撃は雷のように− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:31:01 ID:Jea2wzBk0
ソードセイントを纏ったゴゴは左手に握ったブライオンでゴーストロードの一撃を防ぎ切る。
剣の聖女と勇者の剣の相性は予想以上に良く、その“守りたい”という意志がそのまま剣の力と化したかのようだ。
「ゴゴおじさん!!」
「随分と心配かけちゃったわね、ちょこちゃん。でももうビン☆ビン☆よ。色んな意味で」
ゴゴの無事を見て枯れた花が咲くようにちょこの表情が明るくなる。
それはアキラも同じだったようで、紅の暴君を突き立てられ死にかけた仲間の復帰に気分を持ち上げる。
ストレイボウも内心でその無事を寿いでいた。
イスラだけは険とした表情を変えなかったが、ゴゴの復調はパーティの中の陰鬱なサイクルを断つだけの力を有していた。

「旦那ァ!! ブッ貫けェッ!!」

その転換を肌で感じ取ったか、セッツァーがらしからぬほどの叫びでピサロに攻撃を指示する。
ピサロは何事か、と問いをかけようとするが、焦りすら浮かぶセッツァーの表情を見て砲撃をチャージする。
ピサロの顔を立てて“頼む”形で指示をすることすら忘れてのセッツァーの“命令”してしまうほどにセッツァーは急いていた。
恐れる必要もない三流である“べき”下劣、その男の纏う雰囲気が変化している。
その登場が、この優勢を根こそぎ打ち砕く予感がする。そうなる前にもろとも消し飛ばさなければならない。

「……充填完了。フルフラット・ジゴスパークッ!!」

ピサロの号令とともに砲口から地獄の黒雷が放たれる。
砲身内で圧縮されたピサロの最大火力はその射線にある障害物を全て砕きながら、目標に向けて進み、巨大な爆炎を生じさせる。
ここまでの攻防で『ピサロたちは壁を破壊できない』と思い込ませた上での一撃はまさしく完璧な不意打ちだった。
ヘクトルを使い捨てるのは少々もったいなかったが、流れの切っ先を崩せるのならば釣りがくる。
自身の内に渦巻く悪寒の基を断てたと、薄まる土煙とともにセッツァーは溜飲を下げた。
「!?」
だが、煙の向こうに覗いたのは彼らの屍ではなく、銀色の壁だった。
あれだけの一撃を受けてなお傷一つなく輝く壁が、突如として存在している。
「天空の――――盾!?」
ピサロが瞠目して叫ぶ。この地獄を完全に防ぎ切る概念など、それくらいしか思い浮かばなかった。
ユーリルが担ったあの伝説の武具を、勇者以外に扱えるものがいたというのか。


「剣よッ!!」


遥かな高みから、凛とした女の声が空気を震わせる。
誰もが見上げたところには、石壁の高さを優に超えた超巨大な聖剣ルシエドの柄に乗って腕組みをしたアナスタシアがいた。
地面に突き立てられた聖剣ルシエドによってジゴスパークは二股に分かれ、剣の影にいた者たちはその被害を免れていた。
「バカデカいってレベルじゃねーぞッ!!」
「これが私の“欲望”の大きさ! 目に映るものを守りたい、失わないと決めたからッ!!」
アキラの突っ込みに、アナスタシアは至極真面目に応じた。ルシエドの大きさはミクロンから無限大――限界無き欲望そのもの。
故に、その守りたいという欲望を形にした聖剣ルシエドもまた巨大となる。
ゴゴという守り手を得て両腕を空けたアナスタシアは、アガートラームでは出来ない芸当をもう一つの聖剣で成したのだ。
「あと、そこのパチモン!! 物真似するなとは言わないけどもう少しなんとかならないのッ!?
 それじゃ私ただの色情魔みたいじゃないッ!! 風評被害って結構バカにならないのよッ!!」
「え、でも実際そんな感じじゃ……えーっと、ちょい待ち。
 他には確か……ねえちょこちゃん! 私が知らない他のわたしって無いの!?」
「え、んーとね……海をみてうずうずしたりとか……あ、たしか『ちょーいんが』」
「いよおおおおおおおっしッッ!! 手も空いたことだしそろそろ反撃いってみましょうかァァァァァッ!!」
アナスタシアに自分の物真似を駄目だしされたゴゴは、ちょこに自分の足りない部分を尋ねた。
だがちょこが特大級の地雷を掘り起こすよりも早く、アナスタシアは跳躍し、聖剣より魔狼へと戻ったルシエドへと中空で騎乗する。

447瓦礫の死闘−VS黄龍・反撃は雷のように− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:34:35 ID:Jea2wzBk0
「イスラ君、アキラ君」
「ちょこちゃん」
アナスタシアは騎乗したままアガートラームを構え、ゴゴは亡将との間合いを開いてブライオンを握り直す。
「私は、貴方たちに何かを言える立場も資格もない」
「だから、私は私のできることをするわ」
慰めも、叱咤も、激励も、今まで何もせず、ただ全てを批判してきただけのアナスタシアから吐けるものではない。
だから、戦う。己が願いのために、守りたいという願いのために、いつも通り自分自身のために戦う。
「貴方たちは、貴方たちのできることをしなさい!」
「私みたいなロクデナシなんかより、できることがいっぱいあるでしょう!!」
その叫びとともに、ゴゴは再びブライオンを亡将にぶつけ、
アナスタシアは空に幾振りもの小柄な聖剣ルシエドを具現し、ピサロ達に降らせる。
捨石になるつもりなど更々ない。だが、どうか輝きを取り戻してほしい。
私が守りたいと思ったことが、間違いじゃないと信じさせてほしい。
その為ならば、この生死の境で、抗い続けられるから。


降り注ぐ剣の雨を、残った石壁に身を隠しながらセッツァーは頭皮がめくれんばかりに掻き毟った。
セッツァーの苛立ちはこの島に降り立って以来の頂点に達していた。
攻守逆転し、今度は自分たちが庇に隠れなければいけなくなったことに?
「珍しいな、お前がそこまで苛立ちを露わにするとは」
同じく壁に隠れたピサロが、至極どうでもよさげにそう言った。
そう、苛立つだけならともかく、その程度でその苛立ちを表に晒すなど、セッツァーには考えられないのだ。
「……日差しがうっとおしいからな。丸二日シャワーも浴びてないと痒くもなるさ」
「苛立ちの理由を当ててやろうか。格付けが外れて恥ずかしいのだろう」
ピサロの放言に、セッツァーの眉根が締まる。
そう、再び戦場に戻った物真似師は、様相こと異なれどその威容を変化させていた。
そこには、セッツァーが安堵した無能さ、三流臭さがなくなっていたのだ。
「はん、旦那も見る目がない。どう足掻こうが物真似は物真似。一流<ホンモノ>以上にはなれない二流以下だよ」
「ならば何故ことここに至って狼狽する?」
続いたピサロの問いに、流石のセッツァーも言葉を失ってしまう。
ゴゴの姿がこれまで見えなかったのだから、ゴゴが増援として参じることは容易に想像がつく。
目を覚ます前に探し出して潰すこともできなくはなかったし、それが無理でも覚悟はできたはずだ。
常のセッツァーならば決してありえぬ瑕疵の源泉は一体何か。

「――お前は、あの物真似師を低く見積もり過ぎだ。否、“低く見積もりたがっている”」

448瓦礫の死闘−VS黄龍・反撃は雷のように− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:35:56 ID:Jea2wzBk0
恐れるに足りぬと。屑と。三流と。そう断じたがっている。
故に、放置すれば害なりと分かっていても、軽く見積もってしまう。
セッツァーの中に渦巻く名前のない感情が、あの物真似師に対する判断を狂わせているのだ。
「…………たった1度のミスでえらい謂われだな」
「ミスを許容できる同盟だったか?」
豆腐を斬るような調子でセッツァーの諧謔を絶ったピサロは物陰から姿をさらし、マヒャドを放つ。
砲に込められなかった氷塊は広域に散り、襲い来る欲望の刃を打ち落としていく。
「貴様があの物真似師にどんな感情を抱いているかなど私は興味はない。
 だが、私が力を貸してやったのは貴様ではなく貴様の才であることを忘れるなよ」
遠回しな同盟破棄の宣言に、セッツァーは何も抗弁しなかった。
寡勢が大勢に挑んだ以上、時間がたてば連携は分断されていく。
ジャファルも表返り、魔王・カエルの姿も見えず、ジョウイが独自行動を取った今、協力関係にあるのは彼ら2人しかいない。
ヘクトルを利用することで何とか協力のメリットを作ってきたが、
それさえあの三流の登場で絶たれた今、ついに潮時が来てしまったのだ。
「……どうやらあの娘、私が所望らしい。“いよいよ見くびられたな”。
 流れ弾には注意しておけ。一応気は遣ってやるが、巻き込まない理由はもうないのでな」
アナスタシアの視線とピサロの視線が交錯する。一応に連携して戦っているものの、火力の要はピサロだ。
ピサロさえ潰せば、最後のマーダーチームは実質的な機能不全に陥る。
その程度には、セッツァーは見くびられているということだ。
「……世辞にも長いつきあいとは言わないが、一応、礼をいうぜ。ついでだ……餞別代わりに、あの栞残らず返しちゃくれねえか」
ピサロの言に誤りは1つもなく、慰留の余地もメリットもないと断じたセッツァーはそう言った。
ピサロは僅かに懸念した後、最後には手持ちの花の栞を全てセッツァーに渡した。
「ラベルを剥がせ、セッツァー。お前が私が狩るべき鷹か、ただ死体を漁る鴉なのか……その血、本物ならばロザリーへの祝杯としてやろう」
「ああ、俺も最後は旦那の命で飛んでやるよ」

願わくば、最後の2人にならんことを。
ピサロが襲い来るアナスタシアを迎撃しに向かい、銀髪の殺害者達はついに袂を分かった。
約6時間ぶりに1人となったセッツァーはいつもの癖で運試しを試そうとするが、ポケットの中のダイスは既に真っ二つに割れていた。
どうやらそんなことすら忘れてしまうほど耄碌したらしい。
(ルーキーが場を荒らして五分。あの三流を見逃してさらに二分。3:7で俺が不利ってところか)
右手に収めた銃器の具合を確かめながら、セッツァーは自分の置かれた位置をそう判断する。“十分勝ちにいける”状態だ。
(三流は腐れヒヨコにかかずらって動けねえ。カチ込めば獲りにいけるだろ)
もしも仮に自分を脅かす可能性があるとすれば、確たる意志を持ったピサロ、
妥協してルーキーとはいえ己の領域に足を踏み入れたジョウイ、そして万歩譲って、あの正体不明の三流野郎だけだ。
うち二人との距離を保てている今、あの野郎さえ消せれば不安要素は消える。

「と、いうわけでだ。お前等と遣る気はまだないんだ。帰って仲良くミルクでもしゃぶっててくれよ」

449瓦礫の死闘−VS黄龍・反撃は雷のように− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:36:31 ID:Jea2wzBk0
そして、それを防ぐために何人かが足止めに来るのも分かり切っている。
「はいそうですかって行かせる訳ねぇだろがッ!」
「おじさまのところには行かせません、セッツァー!!」
現れたのはサイキッカーと魔族の娘。己が成すべきとして、セッツァーの足止めと捕縛を選んだ者達だった。
「ゴゴの顔を立てて、殺しはしねえ。だが、ヘクトルを殺した落とし前は付けさせてもらう!」
「アシュレーさんのケジメも、付けさせてもらいます!」
セッツァーは2人の怒りをはらんだ言葉もどこ吹く風と、銃を片手に、カードを片手に構える。
どうやら自分を生かして三流野郎の元に引きずり出したいらしい。
疲労した状態でもそれくらいならできると判断したのか。
こちらは殺害上等で、向こうは常に死なない程度に加減してくれると。
甘い。甘さが爆発しすぎている。そんな風にカードを晒されたら、根こそぎ刈り取ってしまいたくなるではないか。
「生憎と食い終わったカモの名前なんざいちいち覚えちゃいないな!!」
その言霊とともに、アキラに銃撃が、ちょこにカードが襲いかかる。
アキラもちょこもそれを避け、攻撃へと動き出す。
2対1。誰もが一目見ればセッツァーに不利な状況と見るだろうが、
とうの本人はそんな意識などさらさらなかった。
「俺が見るのは今生きている奴だけだ。だから生きている奴には自己紹介するぜ。
 俺はセッツァー、セッツァー=ギャッビアーニ!! 夢を取り戻すために生きている男だッ! あんた等も名くらいは教えてくれよ!!」
カードと銃弾をバラマきながら、セッツァーは2人の戦い方を見極める。
まずはアキラと応じた青年。中距離を維持して走る中、呼吸にどこかしら歪を感じる。
恐らく、あの距離からでも届く技――そして、相応の集中を要する技をしかけようとしている。
ならば、その呼吸の溜めを見逃さず、耐えず集中を散らしてやれば恐れるに足りない。
次いでちょこと名乗る異形。どうやらあの子供の姿は擬態だったらしく、
なるほどその白翼から生まれる速度もそこからの体当たりの威力もなかなかのもの。魔法に至っては言うまでもない。
だが陳腐。中身が何一つ変わらず子供のままだ。
どれだけ威力が高かろうが大雑把なモーションの体当たりを避けられぬ理由はなく、
魔法はインパクトの瞬間にアキラに近づけば巻き添えを恐れて撃てなくなる。

つまり、ちゃんと見て弁えて動けば、とりあえず死ぬことはなく――会話する程度の余裕は生まれるのだ。

「アキラに、ちょこね。なあ、お前たちの夢はなんだい?
 オディオを倒すとかそんな目先じゃなくて、魂全部で追っかけて叶えたい願いがあるかい!?」

攻撃の立ち回りをしながらもそんなことを聞いてくるセッツァーに、アキラもちょこもその真意を測りかねる。
話に聞く限り、セッツァーは誤情報を撒き散らして暗躍をしていたらしい。
となればその舌峰をこそ警戒し、付き合うなど以ての外と思える。
「『ヒーロー』志望だ。文句あるか」
「みんなで一緒に、帰ります。そして、アナスタシアさんと、『けっこん』し続けます」
だが、アキラもちょこもその問いに毅然と応じた。
理由は曖昧模糊だが、ただ一つ予感がある。その問いに答えられないようでは、セッツァーに敵とすら認めてもらえないという予感が。

「――ふん。その中身までは分からねえが、本気なのは分かった」

450瓦礫の死闘−VS黄龍・反撃は雷のように− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:37:12 ID:Jea2wzBk0
開口一番、否定にかかるかと思いきや、セッツァーは銃を持ったまま拍手を打つ。
それは当然だ。あの死体と違い、夢を語る彼らには熱がある。夢に向かおうという真摯な想いがある。
誰よりも夢を重んじる彼が、その想いを見誤ることはない。

「本気だ。実に本気で――――――生臭ぇよ。息するなお前ら」

だからこそ、セッツァーは汚物を見るような視線とともにカードを投擲する。
動揺で回避を鈍らせ、肌を血で濡らすちょこもアキラも、セッツァーの言葉の意味さえも理解できていない。
「ああ、こりゃ駄目だ。話にならねえ。自分の体臭とはいえ気づかない鼻なら削ぎ落とせよ。
 ――――お前らの夢への想いは本気だ。だからありえねえんだよ。その夢は、今ここで吐けるものじゃないのさ」
セッツァーが指弾したのは、アキラ達ではなくアキラ達が抱く夢そのものの歪さだった。
「自分の救いたいものを救う『ヒーロー』? みんなで一緒に帰る?
 おいおい、まさか今しがた思いついた戯言じゃないだろ。そうじゃないのは眼を見れば分かる。
 たぶん、この世界に来る前から、少なくとも始まった時には抱いてた夢だ。
 だったらお前ら、まさかここまで40弱が死んでる中に、救いたかった奴らも、一緒に帰りたかった奴もいなかったのか?」
銃弾よりも鋭く、カードよりも鋭利な刃が青年と少女の心臓を穿つ。
無法松。アイシャ=ベルナデット。ミネア。
あ、と声にならない嗚咽とともに漏れたのは、彼のヒーローにして彼がヒーローになりたかった者たち。
アシュレー=ウィンチェスター、ユーリル。
目には見えぬ血液と流れたのは、お家に帰してあげたかった人たち。
アキラはもう彼らのヒーローになれはしない。ちょこは彼らをお家に帰せない。
――――彼らの夢は、とっくの昔に破綻していなければならないのだ。
「そいつら以外、って自覚してるなら分かる。その為に一回優勝してオディオに生き返らせるなら納得できる。
 そうでもなく、お前らはそんな夢を抱き続けていやがる。そんな芸当をするのに、方法なんて一つしかない」
それは、削ること。
救いたいものの中から、救えなかったものを削ぎ落とすこと。
帰してあげたい人の中から、もう帰れない人たちを帰さないこと。

「ああ、お前らは夢に真摯だよ。軽いのは、夢そのものだ。だから簡単に弄れる。手が届く範囲に誤魔化せる」

叶いませんでした。残念でした。次は頑張ります。残ったもので頑張ります。出来る範囲で頑張ります。
最初は遥か高みにあったはずの夢をそうやって妥協して妥協して、
なんとか手が届いた範囲で、ほら、夢に届きました――――莫迦にするな。

「削ってんのさ、夢を。腐り落ちたところを殺いで、瑞々しいところだけ見て、抱き続けてるのさ。
 “とっくに死んでんだよ”。蛆塗れの死体抱いて楽しいか? 屍体愛好者<ネクロフィリア>ども」

その言葉に、若き二人の柔い臓腑が縛り上げられる。
夢が死んでいる。あるいは、死んでいるのに気付かないフリをしている。それがセッツァーの癇に障った。
自分という人物を理解し、反芻し、それでも自分の出来そうな領分を弁えたうえで、
これだけは必ず成そうと決意して設定されたトルネコの夢の重み。彼らの夢にはそれがない。
無論、その重みをモラトリアムの中にある小僧小娘に架すのも酷ではあるが、ここまで死山血河を見ておいて吐ける夢ではない。

「これと一緒だよお嬢ちゃん。手前の都合で勝手に形を変えて、自己満足の悦に浸る」
頃合い良しとセッツァーはちょこの前に再びあの栞を見せびらかす。
燃やされたと思っていたそれをちょこが認識した瞬間、他愛なく握り潰す。
「夢はな、抱いた時のままの姿が、一番綺麗なんだよ」
それをポン、と中空に飛ばす。あれだけ大切そうにしていたものをこうもされれば、視線は否応にもそちらに向くはず。
誤誘導を仕掛けたうえで、セッツァーは拳銃を構えた。その程度の夢で、俺に張り合おうなど――――

「違います! 夢は、願いは、いつだって綺麗なんです!!」

451瓦礫の死闘−VS黄龍・反撃は雷のように− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:37:50 ID:Jea2wzBk0
引き金を引いたセッツァーが見たのは、銃弾を避けて猛スピードで突進するちょこだった。
その視線は栞ではなく、銃弾とセッツァーをしかと見据えている。
「莫迦な、なんで折れない!?」
「アシュレーお父さんの温かさ。ユーリルお兄さんの輝き。
 アナスタシアお姉さんのカッコよさ。そして、ゴゴおじさんの優しさ。
 色んな光が、闇の中の私を照らしてくれている。
 悩んで、苦しんで、それでも掴み取ったあの光が、綺麗じゃないなんて言わせない!!」
ちょこを取り巻いた彼ら大人たち。彼らの夢も、きっと傷ついている。傷のない宝石ではないだろう。
だが、それでも、あの究極の光が、勇者の雷が、聖なる一刀が綺麗でなかった訳がない。
「あなたは、かわいそう。みんなの夢を傷つけて、自分の夢を自慢するだけ。
 傷の一つすら誇れない、誰も照らせない貴方の夢なんかに――――負けませんッ!!」
ちょこの体当たりはセッツァーに回避しきることを許さず、盾代わりに出した蛮勇の武具とソウルセイバーを砕ききる。
「ぬ、ぐおぉっ!!」
吹き飛んで大地を転げまわったセッツァーがおそらく初めてこの島で正真正銘の苦悶の唸り上げる。
セッツァーのポーカーフェイスを破ったのは、ちょこの夢に照らされた自分の夢の亀裂だった。
彼は常に誰かの夢を問い続けてきた。ある者の夢には寿ぎ、またある者の夢に呪いを与えてきた。
だが、彼は今初めて……自らの夢を問われた。問われてしまった。

転げ終わったセッツァーは傷も厭わず、崩れた表情を隠すように顔を手で覆う。
なんだ、なんなのだ。旦那でもルーキーでも、ましてやあの3流でもないただの小娘に何故動揺する。
駄目だ。駄目だ。その先の答えに行きついてはいけない。誰でもいい、早く、早く。

じゃり、と砂を踏む音と自分を包む影に、セッツァーは光を遮るアキラを見上げた。
自分を見下し、自分と空の間を遮るかのようなアキラに、セッツァーは言いようもない吐き気を覚えた。
俺を見下すなと、俺よりも空に近い位置にいるなと。湧き上がる嚇怒と共に、セッツァーは最強の手札を切った。
「ああ、そういえば思い出した。アキラってどこかで聞いた名だと思えば、お前無法松の知り合いか!
 あの夢も何もない、ただの死体の!!」
アキラの体が僅かに震える。その震えを見逃さず、セッツァーはここぞとばかりにBETを投入する。
「傑作だったよ。莫迦の一つ覚えみたいにお前の名を呼んでいた。
 アキラが、アキラならって、他の誰のことも顧みず、迷子の餓鬼が母親の名を連呼するように!
 その為なら死ねる、命を張れるって――――はっ、とっくにンなもの無いってことにも気づかずにな!!」
限りなく淫らに、あらん限りに低俗に、セッツァーはアキラの心の大いなるものを踏みにじる。
その中でもアキラに気づかれぬよう、背中に炎の槍を忍ばせる。
「それでもアキラ、アキラって……お前見捨てて正解だよアキラ。あんな燃えカス『ヒーロー』が救う価値もねえ!!」
そんな哀れな死体さえも、お前は救えなかった。
究極絶対の亀裂をつくように、セッツァーはフレイムトライデントをアキラに突き出した。
鮮血が顔を血でぬらす。視界が赤く染まる。対アキラの最高のカードを切った結果としては最高といっていい。

「その臭ぇ口で、『ヒーロー』を語るな」
ならば何故、この槍が貫いた手ごたえがない?
その疑問が浮かぶよりも早く、自分の顔に減り込んだ拳の痛みが正解を告げた。

「が、で、めぇ……じょ、りょ、く……」
「お前みたいな糞、読む気も起きねえよ。言ったろう。俺は、ゴゴの顔を立ててやるつもりだったんだ」

452瓦礫の死闘−VS黄龍・反撃は雷のように− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:38:32 ID:Jea2wzBk0
陥没して折れた鼻から血を撒き散らしながら喘ぐセッツァーに、アキラは酷薄に吐き捨てた。
確かにセッツァーが繰り出したカードは最強だった。ことアキラを動揺させるのであればこれほどのカードは無いだろう。
だが、いかな最強の切札であっても、それが来るタイミングが分かっていたのならば何の脅威にもなりはしない。
アキラは、否、仲間たちの誰もが聞いていたのだ。座礁船にいたはずの無法松を殺したのが誰なのかを。
セッツァー=ギャッビアーニこそが、アキラがけじめをつけさせるべき怨敵であることを。
それをあえてアキラは抑えていた。ゴゴという仲間のために、それを後回しにしておこうと思ったのだ。
だが、セッツァーからそれを切り出されてしまえば、アキラに否応はない。
転げ落ちた炎の槍を、怒りに満ちた足で圧し折る。
毒の熱も、茹だる思考も、腹の底から湧き上がる怒りに焼き尽くされる。
無法松がどんな風に殺されたのか容易に想像がつく。こうやって心を踏みにじられ、圧し折られ、不意を打たれて殺されたのだと。
「生きるってのはな……すげえ、大変なんだよ。
 ガキの面倒をみたり、鯛焼き売ったり、飯作って、洗濯して、布団干して……その日一日を生きるって、すげえキツいんだよ」
回復魔法を使おうとするセッツァーの顔面をさらに打ち抜く。
フィジカルに優れていないアキラの一撃など致命傷にはならないが、セッツァー相手ならばそれで十分だった。
殴られればこれほどに痛い。それが生命だ。弱く、儚い生命は、精一杯に生きている。
精一杯で、精一杯で、夢を見ることすら忘れてしまうくらい、生きることは辛い。
「松はな、そんな中で、生きて、生き抜いて、その上で、他の奴らの面倒まで見てたんだ」
その背中を覚えている。そんなキツイものを何個も背負って、それでも走り抜けた男の背中を覚えている。
「燃え尽きた? ああ、そうだろうよ。余すことなく、燃やし続けた。だから今でも、あの熱さを覚えてる」
“たら”も“れば”も、一切の余地を残さぬ人生の完結。あの魂の炎こそが、真に“生きた”ということだ。
「燃え尽きた? いいじゃねえか。そんだけ本気で走り抜けたんだ。少しくらい休んでも、次の夢を探してふらつくのも」
全力で走れば、いつかは息が切れる。その時、人は少しだけ止まる。
そして、その走り抜けた先を振り返るのも、再び走り出すのも本人の自由。否、真摯に生を駆け抜けた者だけに与えられる褒美だ。
「分からねえだろうな。何でもかんでも斜に構えてあーだこーだ人様の生き様にケチをつけてるだけで、本気で生きてないお前じゃ」
無法松の生が、燃え尽きた灰だとするならば、セッツァーの生など生木の半端な燃焼だ。
それをセッツァーは“ただ今自分が燃えているから”という理由だけで無法松の灰に熱がないと断じたのだ。

「そんな手抜き野郎の夢に、松の炎は穢させねえ!」

アキラが拳に力を宿す。超能力も何もない、ただ想いだけを乗せた渾身の一撃を放つ。
松よ。あんたに熱が無くなったわけじゃない。あんたの熱はここにある。俺が、俺たちがもらったんだ。
だから、その熱で――――

「沈めやキリギリス。夢の有り無しでしか人を見られないような、
 夢を言い訳にしなきゃ叶えられないようなくだらない夢なんざ――――――“ここでぶっ壊れろ”ォォォォ!!!!」

アキラの右ストレートが、3度セッツァーの顔面を打ち抜く。
不細工に響いた破砕音は、頬骨の砕けた音か、それとも、誰も触れてこなかった無垢なる夢の崩れる音か。
ひび割れた酒瓶より、滴が漏れる。亀裂は進み、酒はどんどんと零れ落ちて、セッツァーを沈めていく。


――――――――貴方達のお酒が最後にどんな味になるか……機会があったら呑ませて頂戴な。


割れた瓶から漏れた酒は、冷めた鼻血の味がした。

453瓦礫の死闘−VS黄龍・反撃は雷のように− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:39:06 ID:Jea2wzBk0
苛立ちを押し殺すように顔をしかめたピサロは、既に何度目かになる魔砲を放つ。
その速度、威力とも回数を重ねども劣化など微塵もなく、必殺を誓い目標に向かい着弾した。
爆煙が周囲を包み込む。ただの人間であったならば、その熱風でも重い火傷を負うだろう。
それほどの威力を直撃すれば、どんな英雄・勇者であろうとも一たまりもあるまい。
「一体、何をすればそれほどの力を得られるのだろうな?」
だが、ピサロは不敵に、あるいは自嘲するように尋ねた。その煙の先に返答を確信した問いだった。
「さぁ? (男と)ゴハン食べて、(デートで)映画見て、(ホテルで)寝る。乙女のサプリなんてそれで十分よ」
その煙を割って、束ねた蒼髪を靡かせながらアナスタシアが踊り出る。
衣服は砂煙にまみれボロボロであったが、地面までつかんばかりの艶髪だけはこの戦場でも瑞々しく輝いていた。
疲労も銃創もどこ吹く風と、エネルギーを迸らせている。
アナスタシアはただの女性でありながら世界の全てに匹敵する欲望を内包する聖者という両極端な存在だ。
聖剣によって欲望を変換させたその『戦闘力』は、あのロードブレイザーを封印したことからも言うまでもない。
だが、同時にそれまで剣も握ったこともないただの女性であるアナスタシアには『戦闘技術』がない。
故に、ロードブレイザーより劣化しながらもカエルの剣技を持った紅蓮や、
死してなおその筋骨に積載された戦技を振るうゴーストロードと相対したとき、素人である彼女はその力を生かしきれない。
しかし逆に言えば、ロードブレイザーや魔王のようにその絶対的な『力』を前面に押し出す敵が相手であれば、
『技』の介在する余地のない純然たる『パワー勝負』であれば、彼女を真っ向から崩せるものはそういないのだ。
「……なんかまるで脳筋みたいにバカにされた気がするけど……ルシエド!」
ブツブツと妄言を放ちながらも、アナスタシアはルシエドに跨り、一直線にピサロに斬り込む。
「貴方の理由は聞いているわ。ピサロ。それでも私は守ると決めた。
 貴方が奪うもの、私が守りたいもの――――交わるならば排撃の道理ッ!!」
影狼の疾走を捉えきることは難しく、ピサロは砲剣を盾にガードした。
加速をつけた一振り。単純故に崩しようもない一撃を前に、ピサロはたららを踏んで後退する。

(なんだ、この力は! 魔力でもない、筋力でもない。出鱈目にもほどがある!!)

ピサロは肩で息をつきがら、目の前の脅威を凝視した。
これまで、さまざまな人間と相対してきた。その誰もが決して弱くなく、人間だからと侮ってはならぬと心に刻んでいる。
だが、目の前の存在を果たして“人間”とカテゴライズしていいものか、ピサロには即断できなかった。
剣を通じ無尽蔵と思えるほどに垂れ流されるエネルギーの奔流は、人というよりも恒星のそれに近い。
あれは、人の形をした太陽だ。雲に陰らぬ限り、慈愛の陽光と苛烈な灼熱を振りまく星なのだ。

ピサロに打つ手がないわけではない。見る限り剣術は素人同然。魔剣士である彼は剣技にも精通している。
いずれも大味である修めた剣技の全てを捨て、細かく刻んでいけば勝利への道もある。

「認めてるなるか! 私の力が! 私の『愛』が!! この程度の力に後れを取るなどとッ!!」

自らの中に湧き出た姑息を追い払うように、ピサロは得物を砲剣からヨシユキとヴァイオレイターへと変えて突撃する。
これを愚かというならばそれは人間の理屈だ。小手先で勝てばよいという問題ではない。
悲しいかな。ピサロはどうしようもなく魔族であり『魔』が、『力』及ばぬということを例え仮定でも認められない。
セッツァー達と手を組んだこともあくまでも無駄を省くためであり、同盟ならずとも彼は残る人間を戮殺するつもりだったのだ。
そうでなくば、辿り着けない。全ての障害を破砕出来ぬようでは、彼女へ至れないのだから。
故に、姉への道を信仰した魔王同様――――彼はその『力』への信仰に殉ずるしかない。

「……マテリアライズ・ガーディアンブレード。償いじゃないけど、彼の代わりに、この剣で終わらせるわ、魔王ピサロ」

454瓦礫の死闘−VS黄龍・反撃は雷のように− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:39:41 ID:Jea2wzBk0
アナスタシアの掌に再び聖剣が宿る。大上段に構えられたその剣を見て、ピサロは歯を軋らせた。
そうだ、あの剣も認められない。天空の剣の如き神剣などと、今だ立ちはだかるというのか、勇者よ。

「天空の剣に、私が敗れるわけにはいかんのだ! 消えよ勇者の影がァァァァァァ!!!!!!」
「彼の救ったものは壊させない! 終りだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!」

怒りと共に振り下ろされた聖剣の一撃が、二刀を、そしてピサロの力を打ち砕く。
真っ向からの打ち合いでの競り負け。言い訳の余地もないその差に、その力への矜持は霧散した。
魔王は、聖女に、勇者に勝てないということなのか。

(足りんというのか……このままでは……この『力』では……あの小僧のように……進むしかないのか……)

一度バウンドしてから再び地面にたたきつけられたピサロ。
しかし、魔王とは異なり、その信仰までは砕けていなかった。
白銀の髪を纏った剣の魔王を思い出す。そのままでは叶わぬ願いのために、二度と降りれぬ高みへと登った人間を。
その望みが、今のままで叶わぬというのならば、変わるしかないのだ。

(勇者を、超える、力を、さらなる領域へ…………『進化』を……)

目の前の『勇者』に憎悪を剥き出しにしたピサロがうわ言のように何かを唱えると、ピサロの中で何かが鳴動する。
魔王に『約束』があったように――――ピサロには『秘法』があった。
錬金の原則、等価交換の理の極限。己が己であるための一切を対価とした、大禁術。
黄金の腕輪による闇の力の増幅などなくても成せるという確信だけは最初からあった。
なぜならばこの島は憎悪の地獄。増幅するまでもなく、この世はオディオに満たされている。

(力を、力を、人間を殺せ、憎み殺せ……その為の進化を、果てない進化を……ッ!!)
「ドワォッ! 一体、何が……!?」

アナスタシアの驚きも、もはやピサロの耳には憎悪で聞こえなくなっていた。
湧き上がる黒き憎悪がその心身を塗り替え、生命の本質へと近づけていく。
剣を振る腕が足りないのならば増やせ。装甲が薄ければ継ぎ足せ。牙も生やさず戦うつもりか。
口が1つでブレスが吐けるか。眼が足りぬ。人の器なぞ不合理極まる。全部挿げ替えろ。
足せ、積め、生んで生んで殖いで登れ二重螺旋の果ての最強の力へ。
憎めよピサロ! そして成れ――――『進化の秘法』を以てオディオを纏い、デスピサロへとッ!!

あと数度の変態を経て、銀髪の偉丈夫は醜悪なる化身へと変身……否、回帰する。
元より、戻れぬ身。ならばこのピサロこそがただの幻だったのだ。
夢は終わり、現実へとデスピサロは舞い戻る。

ああ、でも、夢の中で誰かが言っていたような気がする。
受け取れと、忘れるなと。

きっと、それは――――私が、かつて忘れて、そして二度と忘れてはいけないものだった。

455瓦礫の死闘−VS究極獣・Radical Dreamers− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:40:41 ID:Jea2wzBk0
「ギャンブル場をつぶして改造すれば、もっと速くなるぞ」
そういってちょび髭のオッサンを故障したエンジンルームから蹴とばしたのはいつのことだったか。
ポーカーフェイスもへちまもない、未通女でもあるまいに。
少々大切な場所に触れられた程度で手を跳ね除けるとは。
今から時を越えられるなら、少し自分に説教したいくらいの情けなさだ。

「大切なのね、この船が」

振り向けばそこにいたのはティナだった。
こうして改めて見ると、セリスとどっこい……いや、別路線で攻めればあるいは……
頭に沸いた妄想を振り払う。エドガーじゃあるまいに、そんなことを考えたのは、もう一人の女のことを考えたくなかったからか。
「きままなギャンブラーぐらしをしてる俺にも、若いころは必死で打ち込める事があった…」
ほら、よくない。こうやって雪崩式につまらないことを思い出して、
「こいつを世界一速い船にして大空をかける…そんな夢を追いかけていた」
もう追いかけるつもりもない夢を、誰かに語ってしまう。
「そのころは俺を夢にかり立てるヤツがいた。世界最速の船、ファルコン号をあやつる飛空挺乗りだ」
誰にも聞かせたことのない歌を、歌ってしまう。
「俺とヤツは… 時にはよきライバル、時には夢を語り合う親友だった。
 どちらが先に空を突き破り、満天の星空の中を航海できるかと……」
青臭い。ギャンブラーとは程遠い。ガキ相手だからとガキの話をしなくてもいいだろうに。
ほら、そのくらいでやめておけよ。バレちまうぞ。

「……だがヤツがファルコンと共に姿を消した時、俺の青春も終った」

そう、セッツァー=ギャッビアーニの懐いた夢は、世界の崩壊とともに壊れたのではないのだ。
その遥か昔――ブラックジャック号にギャンブル場ができたとき、
ある一人の飛空艇乗りが死んだとき、とっくに終わっていたのだ。
ギャンブル場などという重しを翼に乗せて、世界最速の夢を潰しておきながら、
それでもその翼を折って完全に潰す勇気もなかった。
叶えるつもりもなく、叶わないと頭を垂れることもできず、残ってしまった命を、ギャンブルの刺激に浸らせていた。
そのくせ、いざ自分の翼が折れてしまうと、踏ん切りをつけるどころか酒浸り。
ブラックジャック号があろうがなかろうが変わらないのに。
あいつの言うとおりだ。宙ぶらりんに翼を残して、薄めに薄めて人生――――それがギャッビアーニという銘の酒だ。

「多分な、夢を残したまま、死にたかったんだと思う」
自分という名の酒をちびちびと飲みながら、セッツァーはそう吐いた。
「叶える気もない、だけど諦める気もない……だから、夢に酔ったまま死ねれば……」
薄すぎる酒を舌の中で転がし、懸命に味を探す。
マリアを奪いたかったのも、帝国とのギャンブルも……つまるところ、死ぬまでの暇潰し。
消極的な自殺といってもいいかもしれない……それがギャンブラーとして良く回転したのは皮肉だったが。

「なんだ、飲み返すと馬鹿馬鹿しいな。こいつ何がしたかったんだ。死ねよ」

そういって自虐を浮かべながら、セッツァーはさらに一献を飲み干す。
アティという女を嗤えないではないか。死にたければ死ねばいい。
ブラックジャックを有り金全部で改造し、最速の果てへヤツに会いに行けばいい。
満天の星空の中で満足に笑って死ねばいいのだ。

「……? 違うのか。“俺の夢は、それじゃないのか”」

味蕾に走った痺れを逃がさぬように、セッツァーは口にその微かな風味を反芻する。
もしも、真に世界最速が彼の夢であるのならば、奴が死んだからと夢を諦める意味はない。
奴の航路データを基に改めて世界最速に挑めばいいだけだ。
それを俺は諦めた。俺の夢は、奴の死と共に終わってしまったから。

456瓦礫の死闘−VS究極獣・Radical Dreamers− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:41:14 ID:Jea2wzBk0
――――今度のテスト飛行は危険かもしれない。

まさか、俺がアイツに恋をしていたとでもいうのか。
世界最速になりたいのではなく、世界最速を夢見た女の傍にいたかった、ただの野郎だったのか。

――――私にもしもの事があったらファルコンはよろしく。

「バカ言え」
違う。ふと浮かんだあまりに詰まらない答えを押し流すように、セッツァーは杯を空にした。
アイツはいい女だった。だが、俺はあいつを止められなかった。
無茶だと、危険だとわかっていても、あのテスト飛行を止められなかった……止めなかった。
「アイツが一番輝くのは、空の上だ……あそこで風を切らなきゃ、咲けない花なんだよ」
懐から一枚の栞を取り出す。
無理やり船から降ろして、どこかに閉じ込めて、死んだら困る俺の女になれと言えばよかったのか。この栞のように。
出来ればとっくにしていたろう。だが駄目なのだ。摘み取ってしまえば枯れてしまう。
そして……俺が美しいと思ったのは……ありのままの花なのだ。夢に咲いた花なのだ。
「俺の前から逃がさねぇと言ったろうが……勝ち逃げのつもりかよ……俺は……俺はな……」
酒を飲むたびに少しずつ、少しずつ、体内で酒精が蒸留されていく。薄め続けてきた退廃的な生を濾過していく。
奴に勝ちたかった。奴よりも少しでも速く有りたかった。
それが、摘めば枯れる花を愛でる唯一の術だった。世界最速など、その結果に過ぎない。
ならば何故。何故俺は、アレを美しいと思ったのだ。恋ではない。肉欲など雲海にありはしない。

――――いつまで後にいるつもり? くやしかったら私の前に出てみな。
「俺は、ただ……」
圧倒的な強さで流れていく大気。激烈で苛烈で猛烈な流れが生む心地よい冷却を全身で感じ取る。
轟音にも等しい大気の鳴き声。銀髪と黒い裾をはためかせて、対峙する夕陽の何と荘厳なことか。

――――それとも私のおしりがそんなにみりょく的なのかしら?
「……お前の尻も悪くはないけどな……」
杯が満たされたとき、瓶の口から滴が垂れて、波紋を立たせた。これが最後の1杯だ。
この太陽の輝きには全てが霞む。太陽に最も近い場所で、俺は太陽を追う。
どんなギャンブルでもこの高みには辿り着けない。
生<リターン>と死<リスク>が融合した場所で、俺はただ挑み続ける。
眼下の大地など興味はない。見下して得られる悦など、この輝きの前には無に等しい。

――――これからが本番よ。きろくをぬりかえるわ!
「やっぱり、見たいじゃないか。俺だって男だからな」
ああ……あの赤く燃えた夕陽の向こうで、高らかに歌った花よ。夢に輝いた、最高の光よ。
ひょっとしたら……お前に俺の顔なんて見えちゃいなかったかもしれない。
誰よりも速いお前は、空ばかり見ていたから。
それでも構わない。むしろそれがいい。後ろを省みるなんて、お前には似合わない。
俺の存在が僅かにでも重荷になるなら切り捨てろ。
だから突き抜けろ。俺も誰も省みず、より速く、より強く、より高く、咲き誇ってくれ。

――――くもをぬけ、世界で一番近く星空を見る女になるのよ!
「その向こうでお前がどんな顔をしてるのか、気になってしかたねえんだよ……ダリルッ!!」
そんなお前を越えて、お前の顔を正面から見て、正々堂々と奪っていくから。

457瓦礫の死闘−VS究極獣・Radical Dreamers− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:41:44 ID:Jea2wzBk0
「うっぷ、ぷぷ、ふくくく、くは、ハハハハハハハハッッ!!」
最後の一滴までも飲み干したセッツァーの口から、げっぷと共に笑いが迸った。
薄めに薄めて、もう味もろくに分からなくなった俺の酒……それでも、延ばし延ばして絶やせなかった俺の夢。
生と死の狭間、空を突き抜けた先の星空を見たいと言った君は、そこでどんな顔をするのだろう。それはきっと何よりも美しい。
だから最速なのだ。尻を追うだけでは見えること叶わぬ。肩を越えて顔を拝むためには最速になるしかない。
世界最速のいい女の顔を見たかった。ただそれだけの、青い春だったのだ。

「これが俺の酒か! なんて青臭え!! 鼻が曲がる。舌が痺れる。不味いったらありゃしないッ!!」

笑い過ぎた息を整えながらセッツァーは立ちあがる。
トルネコ<世界一の武器商人>、ヘクトル<理想郷>、アティ<傷つけたくない>、
ロザリー<貴方に届け>、無法松<燃え尽きた夢の灰>、ジャファル<君に生きてほしい>。
ここまでにセッツァーが呷り煽ってきた数々の酒器達が並べられ、それを見てセッツァーは心の底から不明を恥じる。
アキラの言うとおりだ。己は薄い自分の酒の味を恐れ、他人の酒を呑んで難癖に絡む酔漢でしかなかった。
愛すべき仲間たちの銘を受けた色取り取りの酒も並ぶ。
帝国の独裁から自由を勝ち取ろうと願われた夢が硝子の向こうで輝いている。
それだけじゃない。これまでセッツァーが味わったことのない酒瓶も並んでいた。
これから注がれる夢も、あと一滴しか残っていない酒も、どれもが自由に輝いている。
環境は苛烈。ふとしたことで失敗してしまった酒もあるだろう。それでも、人は夢を創り続けている。
みんな違うのだ。素材も、製造法も、熟成も。そうやって夢に満たされたのが、世界じゃないか。

「……どうしてくれんだよ……不味過ぎだぜ。不味過ぎて不味過ぎて……」

そんな美酒、名酒集う酒場で、セッツァーはようやく得心する。
世界にはこんなにも夢が、溢れているのだ。だったら、その事実を先ず受け入れて――――

「もうこの酒しか呑めねえよ」

“俺の酒以外全部棄ててしまえ”――――――この空には、俺の夢だけでいい。


夢見たあなたは 遠いところへ
Oh my heroine, my dream ,Shall we still be made to part,

色あせぬ永遠の夢 誓ったばかりに
Though promises of perennial dream Yet sing here in my heart?


「なんだ? 何を言ってやがる?」
セッツァーを吹き飛ばした血まみれの鉄拳を布で拭いながら、アキラはセッツァーから聞こえた声を訝しむ。
怒れどもゴゴのこともあり、確かに殺しはしていないが、それでもダメージは致命的な筈だ。
なのに倒れた相手から湧き上がる音は、ひどく場違いで、はっきり言って不吉でだった。
「……歌、ですか……?」
アキラと共にそれを聞いたちょこは、それを歌だと思った。ちょこがイメージする歌に比べ、やけに芝居がかった音調だったが。
だが、歌姫シャンテの歌を聞いたことがあるちょこは、そこに得も言われぬ悪寒を覚えた。
魂の込められた歌は、聞き手を歌い手の世界に誘う。聞いてしまえば、二度と帰ってこられないような世界に。

458瓦礫の死闘−VS究極獣・Radical Dreamers− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:42:27 ID:Jea2wzBk0
「……何、これ……?」
ピサロが変態を終える前に、聖剣の一撃で消し飛ばそうと構えていたアナスタシアの手が止まる。
か細い音は、しかし決して断てぬ糸のように伝っていた。
その歌にアナスタシアの過去が共振し、彼女は確信する。
あの歌は、よく似ている。かつて生贄となったとき、私が世界に歌った呪い<シニタクナイ>の歌に。
「え、ルシエド、なんで震えて……ッ!?」
歌に共鳴したのは、アナスタシアだけではなかった。その手に持った聖剣ルシエドが大きく震えている。
そして――――


悲しいときにも つらいときにも
I'm the darkness, you're the starlight Shining brightly from afar.

空に降るあの星を あなたと追い
Through hours of despair, I offer this prayer To you, my evening star.


肉塊の内側から響く歌と共に、止むことなく連鎖していたデスピサロの進化が止まった。
「……まさか、お前がこんな歌を歌えるとは思わなかったな」
デスピサロへの変生のさなか、失われていくピサロが自嘲した。
誰が歌っているかなどどうでもいい。だが、その歌に、残されたピサロの意志が呼応した。
「ああ、そうだ。お前に歌われるまでもない。私は誓ったのだ。二度と忘れぬと、永遠に愛すると」
一瞬たりとも『勇者』に囚われてしまった不明を、ピサロは胸の深い所で自省する。
背中の火傷の記憶が、デスピサロの道へ歩みかけた自分を叱咤しているようだ。
済まないと思う。だが、もう一度成りかけたのも、そうそう悪いものではない。そうピサロは苦笑した。

「礼を言うぞ、オディオ。お陰で思い出すことができた……私は、3度もロザリーを殺していたのだな」

誓いを立てた今だからこそ分かる。人が真に死ぬのは、命果てた時ではなく、忘れられてしまった時なのだと。
ロザリーは人間によって殺された。そして、この島で魔王と勇者の雷によってもう一度死んだ。
だが、真に罪深きは――進化の秘法によって全てを憎悪で塗り上げ、ロザリーを忘れてしまった2度目の死なのだ。
忘れぬ限り、愛は終わらない。受け取った心を捨てぬ限り、永遠はなくならない。

――――ならば『敗北』するというのか? どんな綺麗ごとを述べようが『勝者』にならねばお前の大願は果たせない。
    そのためには『力』が要るだろう。ならば憎め。愚かな人間を憎め。愛を逆さに変えて憎しみに進化せよ。

闇が、そう言った気がした。どこか哀願するような口調で、同病を相憐れむように。
それは至極正論だった。ピサロもそれしかないと思っていたからこそ、僅かにもデスピサロへの道を選びかけたのだ。
「違うな。誰も彼もが愚かなのだ。そこに人間も魔族もない。我らは、等しく愚者だ。
 それさえも忘れてしまえば、我らは罪人ですらなくなってしまう」
だが、ピサロは知っていた。力だけが全てではないことを。
その矮躯であっても、炎のように駆け抜けた一人の少女の愚かさを。
愛する人の願いを理解しながらも、その願いを踏みにじって歩く自分の愚かさを。
かつてロザリーの命を奪った欲望も、ピサロが抱くこの願いも、等しく愚かなヒトの夢なのだ。
「最早、憎しみなど抱かん。私はただ、この夢を――――愛を貫くだけだ。
 立ち塞がるならば等しく殲滅する。誰もと同じ1人の愚者として、私はロザリーを愛し続けるよ」
かつて人間を憎み抜いた魔王は、ただ一人の男として、その愚かな世界で足掻き続けることを選んだ。
ただ一個の生命として、ただ一個の生命を想い続ける。
そこに一部の隙もなく、有象無象の人間を憎む隙間などありはしない。

「失くした程度で砕ける愛など、憎しみに変えられる程度の愛などもう要らん!
 進化に逆らってでも、今度こそ、この愛を徹して見せるッ!!」

デスピサロとして憎むのではなく、ピサロとしてロザリーを愛し続ける。
闇の中で高らかに告げられた愛に、ピサロの胸の中で何かが白く輝き始める。
「これは、あの店主の……!?」

――――その想いは、力へと至り、狂愛となりて我へと届く。

ピサロの懐から光が飛び出る。それは古ぼけた石像だった。
女神を象った、かつて愛を司った存在の骸が、強烈な光を放つ。
その光に、ピサロの心臓が高鳴った。締め付けられるほどに胸が苦しくなる。

光の先に女性の影が浮かぶ。その輪郭を一目見ただけで、ピサロはこれが夢かと錯覚した。
そして、ピサロはその胸の高鳴りを吐き出すように、この歌に続いた。
どうか夢なら醒めるな、待ってくれと、その影に手を伸ばすように。

459瓦礫の死闘−VS究極獣・Radical Dreamers− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:44:08 ID:Jea2wzBk0
望めぬ契りを 交わしてしまった
Must my final vows exchanged Be with him and not with you?

どうすれば なあ、おい 言葉を待つ……
Were you only here To quiet my fear… Oh speak! Guide me anew.


紡がれる歌は輪唱となって、物真似師の戦場にも響く。
苛烈な剛剣の一撃をいなし続けていたゴゴの手が止まる。
「……これは……オペラ…………セッツァー、なの……?」
世界を渡り物真似をし続けてきたゴゴには、この歌がなんなのかに見当がついた。
オペラ座の演目の中でもタコとトレジャーハンターのいわくを持つオペラだ。
「キャプテン……お前は何を、いや“どこに行くつもり”なんだ……ッ!!」
アナスタシアの物真似が解れるほどに、ゴゴの中に言いようもない悪寒が走る。
この歌劇は知っている。それにまつわる、仲間たちの物語も聞いたことがある。
だが、この血を流さんばかりの絶歌は、ゴゴの中にある世界には存在しなかった。
この歌に導かれるように、ゴゴの中のブリキ大王が消失する。
自分の知るマーダーであるセッツァーさえも置き去りに、セッツァーが変わってしまう気がした。
「セッツァー……ッ!!」
「余所見をするな、“フレアが来るぞ”ッ!」
飛翔せんとするセッツァーの手を引かなければならない。
そう思って意識をセッツァーに向けたゴゴの背後で、超熱が生成される。
イスラを守り続けているストレイボウの叫びに、ゴゴが再ぎ向き直った先には、
ゴーストロードが掲げた魔剣ラグナロクからフレアが放たれていた。

ふと、セッツァーは手を止める。
どこか遠くで、自分の名を呼ぶ声がした気がしたが、爆音に掻き消えてはっきりと分からなかった。
「いいか、どうでも」
そういって再び歌を口ずさみながら、セッツァーは酒場にある全ての酒瓶を砕いていく。
大口径の44マグナムの銃弾が、この島に集められた酒をバリバリと割っていく。
トルネコを、ヘクトルを、トッシュを、アティを、ニノを、ジャファルを、目につくもの片っ端から破壊していく。
一々批評なんかしない。お前たちの酒が旨かろうが不味かろうが、これが唯一絶対の俺の酒だ。
あの沈みゆく夕陽に咲いた輝きさえあればそれでいい。他の雑味など全て無くなれ消え失せろ。
デスイリュージョンの刃が、かつてブラックジャック号のバーに並んだ酒瓶を切っていく。
ロック、ティナ、セリス、カイエン、マッシュ、エドガー、ガウ、ストラゴス、リムル、モグ。
かつて共に夢見た自由の酒も、等しく捨てていく。
瓶の切れ目から血のように酒が床に流れても、セッツァーには何の感慨もなかった。
「悪いな――――お前らも邪魔なんだよ、重くて」
これまで手抜きに薄めてきた我が夢をここから挽回する。その為には全力疾走しなければならない。
ならば過去も友誼も全て不要。後ろを向けばその分遅れる。誰かを“省みる”なんて無駄なことはできない。
セッツァーの魔法が、溢れた酒に引火する。火は瞬く間に酒場を焼き、紅き風にセッツァーのコートが翻る。

「いいぜ、ここを超えることができりゃ、俺の勝ち。だったら、全賭け<オールイン>だ」

記憶を棄てる。絆を棄てる。銘を棄てる。胸に抱くは夢だけで、その自我こそが空に続く唯一の道。
全てが燃えて果てる中で、セッツァーは己が手に持った酒を呑んだ。
舌の中で湧き上がる芳醇。かつて抱いた限りなく純粋な夢の味が、セッツァーに広がった。
ゴミ<他人の夢>も不純物<仲間>も入らない、本来の夢が、その掌にある。

ならば、今この時。 セッツァーが空で、空がセッツァーだった。

460瓦礫の死闘−VS究極獣・Radical Dreamers− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:44:45 ID:Jea2wzBk0
夢以外の全てを棄てる。何もかもが軽い。我が夢だけで満たされたこの空は希望そのものだ。
だから、望む。燃料<夢>はある。目的地<希望>も見つけた。だから、最後に望む。
ダリル、君の背中を追う為の翼が欲しい。
最速を追うための翼もまた最速。誰にも追いつけぬ、どんな障害もするりと抜ける翼を。

その欲望が迸ったとき、セッツァーの懐に黒き光が輝き始める。
右手に収まるのは銃ではなく心臓。日常への回帰を夢見た一人の男の、希望と欲望の結晶。
その幻想の心臓に亀裂が入る。真実に至ったギャンブラーの感情に、希望と欲望が塗り替えられていく。
希望と欲望、二つに通ずるもう一つの感情――――『夢』に、全てが支配されていく。
なんと禍々しき希望か、なんと忌々しい欲望か。だが純粋である漆喰の夢はかくも美しい。
世界の守護者たらんであるゼファーが絶対に受け入れてはならぬ美しさ。
だが、同時に欲望でもあるこのファンタズムハートは、その善悪を超越した美しさを認めるしかない。

「翼がなくちゃ、夢を見られないからな」

平和を祈ったファンタズムハートが、大空の輝いた夢に染め上げられたとき、
砕けたダイスがその心臓へと混ざり、変性していく。
希望という翼に、欲望という翼に、夢という黒き鷹の翼に、堕ちていく。


ありがとう わたしの 空よ
I am thankful, my sky, For your tenderness and grace.

一度でも この想い 揺れたわたしに
I see in your eyes, so intense and wild , All doubts and fears erased!


久しく絶えし輝き……『愛』を忘れぬ者よ――――我は『愛』を司る貴種守護獣。
輝きの中に浮かぶ女神の影がピサロに言う。その後光は遍く全てを慈しむかのような優しさだった。

――――幻獣より生れし母親、魔王の娘、そして幼き未完の賢者……愛の萌芽は確かにあった。
    しかし、それでも我を目覚めさせる域までは届かなかった。“この世界は、愛を認めていないから”……

この世界を司るのは憎しみという愛の同種であり対極の感情だ。
どれほどの愛を魅せられようとも、遥かな過去に愛に裏切られた憎しみの王はそれを認められない。
愛とはいつか裏切られて喪われ憎悪になるもの。そうだと魔王が信じる故に、彼女はこの島に具現できなかった。

――――だがそなたは貫き、喪われてもここにある愛を示した。
    善悪賢愚の理を超えた愛が、本来存在できない私を呼び覚ました……

ピサロの狂気に等しい愛が、彼女を具現する。
本来ならば世界の守護者たるガーディアンロードがピサロのような魔王に手を貸すことはない。
だが、憎悪と表裏一体の愛を司る彼女は、他の3柱の誰よりも魔王達を理解していた。

――――歌うがいい、この憎悪の荒野で咲き誇る一輪の花よ。そなたの歩む道もまた1つの『未来』であり『世界』。
    そなたの前にあらゆる苦難が立ちはだかる時、我が威力、果てぬ絆となりて全てを退けてみせようぞ。

愛の光が、外界のデスピサロから亀裂を走らせて漏れ出す。
ロザリーないなくとも、否、ロザリーが居ないからこそ強く強く願った愛が奇蹟を起こす。
失くさない、喪わない、忘れない、壊させない――――その願いが、急激な進化に耐えきれなかった肉体を癒す。

――――告げよ、我が名を。そのとき、愛の抱擁となりて、激しく包み込む力とならん……


         「いしのめがみ」が砕け散ったッ!


強く 激しく こたえてくれて
Though the hours take no notice Of what fate might have in store,

いつまでも いつまでも あなたを追う……
Our dream, come what may, will never age a day. I'll fly forevermore!

461瓦礫の死闘−VS究極獣・Radical Dreamers− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:45:57 ID:Jea2wzBk0
「なんなんだ、その光は……ッ!!」
立ち上がったセッツァーから迸る忌まわしき光に、アキラのが細まる。
夢は砕いた。力は潰えた。ならばこの光は一体。

それは歌劇。運命に引き裂かれた男が、遠く離れた女を追い求める狂恋の歌劇。

「返して……アシュレーさんの光まで、奪わないで……ッ!!」

ちょこの悲痛な叫びなどどこ吹く風と、歌劇はクライマックスに向かう。
運命に沈みこんだ男の下に女の幻が現れ、己が心の在り方を確かめるのだ。

それは恋歌。届かぬ思いを、それでも届くと願いて誓う恋と夢の歌。

「それは、私が纏った力!? なんなの、それは、なんなのッ!?」
デスピサロの破片を吹き飛ばしながら立ち上った光を前に、アナスタシアは狼狽する。
ルシエドと同種の力を見間違うことはない。ならば、この力は――――


その結末は、女を取り戻さんと現れた戦士の帰還。
その終曲は、女を約束通り奪わんと現れたるギャンブラーの登場。


「もう一度、夢を見させてもらうぜ―――――――召喚ッ! ゼファー&ルシエド!
 Linking to the Material ―――――――――――――――Wake up, Code:Z&L!」

「永遠に、ただ君だけを愛している―――――ハイ・コンバイン! ラフティーナ!
 Conduct a symphony ―――――――――――――Access to limitted, Code:R !」


この時、一瞬、舞台は夢と愛に満たされた。

462瓦礫の死闘−VS究極獣・Radical Dreamers− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:46:37 ID:Jea2wzBk0
強烈な光が止み、アナスタシアが瞑った眼を開くと、そこにはデスピサロとなる前のピサロがいた。
傷もそのままであったが、その気力の充実はともすればこの島に呼ばれた直後よりも高いものかもしれない。
「すまんな。少し無様を見せた」
そう言うピサロの静けさは、それまでアナスタシアの力と剣に狼狽していたのがまるで嘘のようだった。
アナスタシアの力も意志も、もはや意に介さぬという強固な何かでピサロは立っている。
『クク、クハハハハッ! まさかよりにもよってお前が敵に回るとはなッ!!
 世界の守護者たる貴種守護獣の役目よりも一人の愛を選ぶとは、ずいぶんと情熱的だな、ラフティーナッ!!』
そのピサロを支える力に、ルシエドが大爆笑する。
ピサロの手に握られた金色のプレートは紛れもなく上位ミーディアム、愛の奇蹟<ラフティーナ>だ。
顕現しただけならばともかく、敵に回るなどと誰が予見できようか。
「うん、何故か分からないけど貴方が言わないほうがいいわよルシエド。その、ブーメラン的な意味でッ!!」
軽口をたたきながらもアナスタシアは即座にルシエドに跨り、先制攻撃を仕掛ける。
あれが本物のラフティーナだとすれば、その特性は回復。万一にでもフルリペアなど使われる前に仕留めなければならない。
斬撃一閃。ルシエドの速度を乗せたアガートラームの一撃がピサロを切り裂く。
だが、聖剣にはなんの手ごたえもなく、切られたピサロも何のダメージも追っていない。
「どうした? 侘び代わりに斬らせてやったのだ。まさか全力だというまいな」
「……じゃあ、お言葉に甘えてッ」
アナスタシアは再度ルシエドの背に乗り飛翔し、可能な限りの高度を確保したのちルシエドを聖剣にシフトした。
彼女の持つ欲望を最大限に乗せて、これまでで一番巨大な天空の聖剣を形成。
「私の欲望フルスロットル。果てなさいッ!!」
そしてその聖剣ルシエドを蹴り、自らもろともピサロへと急降下する。
現状で考えうる最大攻撃。これならばピサロとて無事ではいられまい。

「砕けん。消えん。永遠に忘れぬと決めた、私の炎は」

ピサロの体が蜃気楼の如く歪み、アナスタシア必殺の逆鱗を素通りさせる。
その愛不可視にして不朽不滅。どんな武器も、どんな魔法も、それを傷つけること能ず。
二度とお前を忘れない。その誓いの体現は絶対防御となりて、聖剣すら凌ぎ切る。

カスタムコマンド・インビシブル――――永遠の愛を破壊できるものなど、存在しないのだ。

「嘘……」
「なるほどな。感情そのものを力と変換する。これがお前やオディオの力の理か。
 今ならば理解できる。お前達のその出鱈目な強さも――――“お前のそれが弱くなっている”ことも!!」
「!?」

その一言に走る彼女の動揺を無視し、ピサロは魔砲をアナスタシアに向ける。
込めるのは魔力ではなく、感情そのもの。アナスタシアが欲望にてルシエドを剣や狼に実体化させるように、
その愛を砲弾として充填する。火でも水でも雷でもない、限りなく純粋な無属性のエネルギーとして。
冠する名は、かつてこの砲に込められた幻獣の愛。

「葬填ッ! アルテマ、バスタァァァァァァッッ!!!!」

463瓦礫の死闘−VS究極獣・Radical Dreamers− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:47:16 ID:Jea2wzBk0
全てを消滅させる青き一撃が、周囲の石壁ごと消し飛ばしながら、
まるで恋路を邪魔する障害を全て消し去るようにアナスタシアを狙う。
アナスタシアはその一撃を聖剣で受け止めるがしかし、天空の剣を模したはずの聖なる剣はたちどころに亀裂を生じた。
「なんで!? 私の剣が、私の欲望がッ!!」
『不味いな、アナスタシア。奴の心臓を踏み台に、強大な欲望が生れようとしている。
 このままでは遠からず、奴が俺の支配権を獲るぞ。俺の剣は使うなッ』
狼狽するアナスタシアの疑問に、ルシエドが忌々しげに答えた。
ラフティーナの顕現と同時に感知した、欲望に限りなく近い何かが、この付近で暴れまわっている。
そしてルシエドが欲望を司る守護獣である以上、本能的にその欲望が強くある方に引き寄せられてしまうのだ。
「そんな、ことって……」
『強く欲せ! 強く望め!! お前の願いは、その程度では――――』
ついにルシエドはその実体を維持できなくなり、聖剣が砕けてしまう。
とっさに両手でプロバイデンスを展開するが、それでも押されてしまう。
何故、どうしてなのか。ただの女に過ぎない私にある力はただ欲望1つだけ。それだけは誰にも譲れぬものだったはずだ。
それが、愛に、夢に追い縋られて今にも追い抜かされようとしているなどと。こんなことは今までなかったのに。
「飢えが足りん。呪いが足りん。僅かにでも満たされた狼など、恐れるに値せずッ!」
その疑問を快刀乱麻に断つがごとく、アルテマの光の中をピサロが斬り込んでくる。
そう、ピサロ達の願いが極限まで高まったのは確かだ。だがそれだけではアナスタシアの欲望には僅かに届かない。
かつてひとりぼっちだったアナスタシアは、生に飢えていた。
絶対的な死を前に、生贄とならなければならない自分の人生に飢えていた。
シニタクナイ、コンナジンセイミトメナイ、マダマダマダマダオワレナイ。
その拒絶こそが欲望の源泉であり、本来完全にあの世に行くべきアナスタシアを、
あの世とこの世の境である彼女の世界に縫い付けたのだ。
だが、今彼女は知ってしまった。仲間を、絆を、謳歌すべき生を、
彼女が望み手に入らなかったものを僅かなりとも手にしてしまった。
叶ってしまえば、欲望は去ってしまう。飢えなければ、叶わずにいなければその力を発揮できないのだ。

「終われ、勇者の影よ。ただの女として果てるがいいッ!!」

故に、愛に飢え切ったピサロの剣は、聖なる盾を一撃のもとに断ち切る。
凍てつく波動を装填された一閃は、プロバイデンスを無効化し、アナスタシアを瞬く間に血に染め上げた。

464瓦礫の死闘−VS究極獣・Radical Dreamers− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:47:48 ID:Jea2wzBk0
「旦那も随分と猛ってやがるな。匂いだけで酔っぱらいそうになる」
セッツァーはそういって、鼻の骨を戻して気道を確保しながらピサロの戦闘しているであろう方角を見た。
その戦闘の凄まじさを感じるだけで、ピサロがどのような高みにいるのかがわかるというものだ。
「まあ旦那も後で潰さなきゃいけなんだが――――そろそろくたばれよ、お前ら」
「ざっけんな、コラ……!」
カラカラと笑うセッツァーを遮るように、アキラとちょこが立ち塞がる。
その姿は乱戦が始まった時から比べれば見るも無残、セッツァーよりもボロボロになっていていた。
それでも行かせぬとアキラとちょこは不断の意志でセッツァーを睨み付ける。
しかし、セッツァーは薄ら嗤うだけで、何の変化も見られない。
顔面に塗りたくった鼻血の化粧もあいまって何とも不快だ。
(なんだ、こいつ、本当に俺たちを見ているのか?)
だが、アキラを本当に不快にさせたのはその瞳だった。
確かにアキラという存在を認識してはいるが、その癖本当の意味でアキラを映していない。
見下す、という言い方でも不足している。そう、もっと正確に言うなら――“見下ろし”ている。
「返してください! それだけは、アシュレーさんの、その願いだけは――――ッ!!」
その薄ら笑いに耐えかねたか、ちょこが再び翼をはためかせて突撃する。
セッツァーの掌で転がされる白黒のダイスを睨み付けながら、最高速度で飛翔した。

「回れ――――止まれ、止まれ、止まれ」

衝突すれば今度こそ内臓をぐちゃぐちゃにされるであろう一撃を前にしてもセッツァーの瞳はちょこを映さず、
ただダイスを中空に放り、手に戻す。そのとき、突如としてセッツァーとちょこの間に、地面から巨大な石の壁がせせり立った。
ジョウイの召喚した石細工の土台ではない。もっと生命力に溢れた、てのひらのような巌の壁だった。

「く、闇に還re、
「回れ――――止まれ、止まれ……止まれ」
 Va, i ……――――?」

せせり出た謎の壁にぶつかることを避けたちょこは、ならばと闇の魔力を発動しようとする。
だが、その隙間を縫うようにセッツァーは再度ダイスを掌の中で転がした。
すると、いずこからか竪琴の旋律が響き、ちょこの呪文を遮ってしまう。
物理障壁に、音波干渉。まったく異なる“5つ”の新しい技に、不思議に感動を覚えるちょこでさえも面食らう。
立ち上がって最初にダイスを回し始めたとき、まずヒヨコッコ砲から突如黄色い大きな鳥の群れが現れ、アキラとちょこに襲い掛かった。
おそらくはゴゴが言っていたチョコボという鳥であろう。だが、そんなことを思うよりも先に、突如として爆撃が彼女たちを襲った。
突然行われた地面と空中からの同時攻撃を避ける術などあるはずもなく、彼女たちは大きく吹き飛ばされる。
挙句、その倒れたところを見計らったように、一角獣の聖なる角が現れ、セッツァーの傷を癒し始めたのだ。
鳥の突撃、空からの爆撃、その上回復。あまりに統一性のない技の数々に、2人とも手品に化かされているのかと思うしかなかった。
このような技を隠し持っていたというのか。ならば何故今まで使わなかったのか。
子供ながらに疑問こそ浮かべど、回答など出るはずもない。ならばただ攻めるより処する方法はなかった。

465瓦礫の死闘−VS究極獣・Radical Dreamers− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:48:41 ID:Jea2wzBk0
「うおおおおおッ!!!」
アキラが一気呵成にセッツァーに肉薄する。距離を空けると、何を呼び出されるか分かったものではない。
故に限界まで接近し、打撃と超能力の2段構えで仕留める。
今度は先ほどのような障壁は展開されず、アキラはローキックが当たる位置まで接近することができた。
どれほど回復の手段があろうと、セッツァー本人の耐久力のなさは先ほどの拳で体験済みだ。
足を潰して、ヘブンイメージで一気に眠らせる。その作戦を実行しようと、軸足を大地に固定しようとする。
「いや、本当にすまなかったな。俺が間違ってた」
「おおおッ!?」
だが“運悪く”、力を貯めんと踏みしめかけた左足に瓦礫があたり、アキラはつんのめってしまう。
何度も繰り返してきた喧嘩殺法をしくじるとは何という“不運”か。
だがそんな“不運”を嘆く暇などない。セッツァーからの反撃が来る前に、アキラは急ぎ距離を空ける。
当然、セッツァーはアキラを撃つべくマグナムの銃口を持ち上げる。
しかし、その挙動は緩慢でアキラは回避するのに十分な距離を得た。
(なんだ、あの目、俺を本当に狙ってんのか?)
「認めるよ。おまえ達に夢があろうがなかろうが、おまえ達の夢が大きかろうが小さかろうが、それで俺の夢が貴くなるわけじゃない」
なにより、その瞳はやはりアキラを見据えていない。“多分この辺だろうなあきっと”と言わんばかりの適当さだ。
その口からは放たれる謝罪も同様。星の反対側に語りかけるように、セッツァーとアキラ達の位置が遠すぎる。
当然、放たれた銃弾の方向もてんで適当で、アキラが躱すまでもなく銃弾はアキラに当たらず、空を切る。
「“認めるよ”。おまえ達の夢を、夢を探すおまえ達を。おまえ達はチップやカードじゃない。お前達も“ギャンブラー”だ」
「お前――グハァッ!?」
ぞくり、とセッツァーの瞳とアキラの目が交差したとき、アキラは心臓を鷲掴みされたような悪寒を覚えた。
その時、外れた銃弾が石壁に当たり軌道を変え、さらに地面に当たって軌道を変え、アキラの腿に風穴を空ける。
跳弾による銃撃。サンダウンでもない限り不可能な攻撃を、セッツァーはこともなげに行った。
無茶苦茶な連続攻撃の後に超絶技術の攻撃。
理解できない。意味が分からない。反則にもほどがある。理不尽の極み。
だが、アキラは銃弾に込められたセッツァーの想いの一部に触れて、理解できない意味を理解した。

空だ。紅き夕陽に照らされ、雲と風を切って進む大空。
今のセッツァーが抱くイメージはただそれのみだ。
これまでのセッツァーは高い位置からあらゆる夢を嘲け笑っていた。
あらゆる夢は自分のチップであり、カードだった。
自分の夢を叶えるために無視できぬものであり、時には切り捨て、時には愛でた。
だが、その認識が変化する。セッツァーの夢が、さらなる高みへと飛翔した。
地表より遥か高い場所にあるここの空からでは、地面はあまりにも小さすぎる。
ましてや、そこで儚くも生き抜いている命たちなど“認識すらできない”。

「だから、俺はもうお前たちを嘲らず、利用しない。ただ――――」
「この、屑や、うが……」

蹲ったアキラが落としたデイバックの中から転がった龍殺しの空き瓶を何の気なしにセッツァーは拾った。
落し物を拾ってあげるような気安さで。淀みなく、何の感慨もなく。

「同じギャンブラーとして、1ギル残さず破産させる」

自分の飛翔を邪魔するゴミの頭を瓶でかち割った。
ぐちゃ、という軟体的な音。
ゆっくりと上半身を地面に預けるアキラが、まるで眠りについたのかと思えるほどだった。

466瓦礫の死闘−VS究極獣・Radical Dreamers− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:49:11 ID:Jea2wzBk0
「お、ま、えェェェェェェェッッ!!!」

彼女の考えうる限り最大の“悪い言葉”を放ちながら、ちょこの周囲に闇の力が噴出する。
許せなかった。この銀髪のナニカの、爪先から髪の先まで受け入れられなかった。
彼女の脳裏に浮かんだのはロマリアの4将軍、人の形をした悪の化身だった。
こんなものと、アシュレーお兄さんや、ゴゴおじさんが同じものだなんて、許せるはずがない。
ことここに至るまで彼女は自身の感情がどうであれ、決着をゴゴに任せるつもりでいた。だが、もう無理だ。
コレはゴゴおじさんが話をしたがっていたセッツァーという人間ではない。
ゴゴが取り戻したかったものは、ここにいるナニカの中に一欠けらもないのだ。
だから、闇に還す。たとえゴゴに“悪い子”と思われたとしても、こいつをゴゴに逢わせてはいけないのだ。
「回れ――――止まれ・止まれ、止まれ」
だが、ちょこが振り絞った殺意さえも、セッツァーは一切意に介さない。
彼女がヴァニッシュを放つよりも早くダイスは止まり、6つ目の技が招来される。

ちょこの頭上の空間が歪み、龍の顎が現れる。
出現したのは口だけだが、それだけでもその龍がいかに巨大なのかは推し量れる。
その牙一つをとっても強靭で、龍の王と呼ぶに相応しき威容の顎だった。
それほどに巨大な龍の口が開き、蒼き力がその咽喉に収束する。
ヴァニッシュを発動しようとしていたちょこにその一撃を避ける術はなく、龍の咆哮が彼女に降り注いだ。

「あ―――」
正体不明の直撃を受けたちょこは、糸が崩れ落ちたかのように膝を折り、地面に倒れようとする。
だが、彼女が地面に倒れることはなかった。彼女に近づいたセッツァーがその片翼を掴んで釣っている。
一体何を、と彼女が怪訝そうにセッツァーを見ようとしたときだった。
「あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああああッッ!!!!」
銃声が4度、ちょこの背中で爆ぜ、肩甲骨の付け根あたりに猛烈な熱が走る。
ちょこの翼の付け根にぐいとねじ込まれたマグナムが火を噴き、その魔なる白翼に穴をあけ、引き千切った。
背中から垂れた血と白き羽根が舞い散る中で、片翼をもがれ苦悶を上げる少女の姿は、どこまでも幻想的だ。
だが、その中で銃に弾丸を装填する黒き鷹は、場違いなほどその幻想から乖離していた。
手を差し伸べるかは別にしても、耳に入れば誰もが足を止め振り返るだろう少女の嗚咽を間近で聞きながら微動だに反応しない。
罪悪感など欠片もなく、少女をいたぶる嗜虐も、必殺の好機に命を奪わなかったという傲慢さえも微塵もない。

「ここで飛ぶんじゃねえよ。うっとおしい」

ただ、少女が翼をはためかせて宙に浮いているのが不快なだけ。
自分の空に舞う小鳥が目障りだったから、その羽を毟り取ったに過ぎなかったのだ。
翼を失い、地に落ちた少女にセッツァーの興味はもうなかった。
その異形の姿からみて、ただの人間よりも耐久性がありそうで、仕留めるのに時間がかかりそうだということもある。
軽々に足を動かして別の場所に行こうとするセッツァーはどこまでも自由だった。
「い、か、せない……おじさんの……と、ころ、には……」
コートが引っ張られ、足を止めたセッツァーが表情で振り向く。
そこには、顔を砂で汚しながらも毅然とした表情でセッツァーに向き合う少女がいた。
涙を湛えながらも凛としたちょこの瞳がセッツァーの視線と交差する。
自分にまとわりつく汚物を拭うように、セッツァーはちょこを蹴り転がし、見上げる少女と体が向き合う。
「どうして……」
そのセッツァーの瞳を見たちょこはセッツァーというナニカが全く理解できなかった。
あのルカでさえ、ちょこのことを憎悪すべき敵と認識してくれたのに、その瞳にはそれさえもない。
うっかり犬の糞を踏んでしまったかのような、ただただ汚らわしいものを見る瞳だった。
空だけを映す瞳は、誰も見ていない。この美しい空に、セッツァーはどこまでもひとりぼっちなのだ。

「殺して、ひとりぼっちになって……それで、いいんですか。寂しく、無いんですか……?」

467瓦礫の死闘−VS究極獣・Radical Dreamers− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:49:52 ID:Jea2wzBk0
どうしてなのだろう。
この人も、ジョウイも、どうして一人になろうとするのだろう。
拒んで、嫌がって、離れて……そうまでして手に入れたいものはなんなのだろうか。
王冠? どれだけそれが綺麗でも、誰も綺麗だねといってくれないのに。
そうじゃない。そうじゃないはずだ。一人であることの寂しさを知っているからこそ、彼女は断ずる。
どんな綺麗なものだって、この寂しさは埋められない。
その寂しさを埋められるのは、誰かと繋いだ手の温かさだけなんだ。
おじさんだって、そういってくれた。おにーさんだって、わかってくれた。
だから、押し殺さないで。“一人じゃ寂しいことを、貴方だって知っているはず”。

「寂しい?」

だが、紡がれたちょこの問いに対する返答は、心の底からのオウム返しだった。
糞を見る目から、打ち上げられて腐乱しかかった魚を見る目に変わる。
コンフュに侵された者の奇行妄言に示される原初の嫌悪だ。パクパクと動く口から腐臭がする。
意味が分からない。一人であることが、寂しい? なんだそれは、どんな冗談だ。
“まるで独りであることがさも悪いことのようじゃないか”。

「本気で生きてたらそんな暇あるわけないだろうが」

ちょこが抱える闇さえも、この大空の夢には届かなかった。
全力で空を走り抜けるときに、風を切る音以外のものが聞こえるだろうか。
聞こえるというのならそれは全力ではない。もっと速く飛べるはずだ。
寂しさとは“隙間”だ。余剰であり無駄なスペースだ。限界には程遠い。
後ろを省みて寂しいと思う暇があったら前を向いて突き進めばいいだけ。
そんなものはただの甘え。かつてのセッツァー同様、真に全力を出さぬ者の言い訳だ。

かつて夢を失くし、生じた隙間を酒とギャンブルで埋めていたセッツァーだからこそ、その洞を無意味と断ずる。
もうこの身体に隙間はなく、四肢の末端まで夢に満たされている。
それを孤独というのならば、最高じゃないか。それは全ての重しからの解放――――『自由』なのだから。

「『手を繋ぐ』? 『足を引っ張る』の間違いじゃないのか。 『絆』?『鎖』だろうそれは。
 わざわざ遅くしてやらなきゃついてこれないものなんて、俺の空には要らねえよ」

468瓦礫の死闘−VS究極獣・Radical Dreamers− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:51:17 ID:Jea2wzBk0
だから、最速の空には誰もいない。遥か彼方の光を追う男の夢だけで充溢した完全なる世界だ。
「あなたは……終わってる……」
その世界を垣間見たちょこは、アキラと違う言葉で、同じ言葉をセッツァーに告げた。
ルカと同じかある意味それ以上、善悪を超えたおぞましさしか湧き上がらない。
あの狂皇と比べれば、セッツァーは生物的に弱いだろう。ちょこがセッツァーに劣る箇所など存在しない。
しかし、ちょこは目の前の存在に気圧されていた。
あれほど自分が忌み嫌った『孤独』を是と歓待する狂気に嫌悪した。
「そんな人に、負けたり、なんか、しない……ッ!」
それでも、ちょこは毅然と抗った。羽根をもがれ地に落ちても、空を覆うこの夢に刃向った。
一人でいることが強さだと、みんなと並ぶことが弱さだと嘲るこの空だけは認められない。
「みんな、いっしょにお家に、帰るんです……アナスタシアおねーさんとけっこんして、ゴゴおじさんや、みんなと。
 アシュレーお兄さんや、シャドウおじさん、ユーリルお兄さん……帰れない人たちの分も、みんなと。
 その夢が、願い、要らないだなんてあるわけなあううううううッ!!!!!」
命の限りの歌が、命の傷む叫び声に変わる。
雑音の源を断ち切るように、セッツァーはアキラを撲壊させて半分に割れた龍殺しの酒瓶をちょこの下腹部に投げつけた。
最初から彼はちょこの話など聞いてはいない。負け犬の遠吠えがこの空に届くはずがない。
「う、うう……こんな、くらい、じゃ……」
それでもちょこは挫けない。
あの責め苦に比べれば、あの永遠の孤独に比べれば、何も痛くはないと、ちょこはダメージに耐える。
それは精神論だけに留まってはいなかった。ちょこの膨大な魔力は強大な武器であり鎧だ。
その鎧の硬さは、かのルカ=ブライトにブレイブを抜かせるまで耐え続けたことからも折り紙つきだ。
覚醒によって魔力を外側に出している分、子供の時より耐久度は落ちているだろうが、
それでも、そのステータスの差は歴然。セッツァーがいかなる攻撃をしようが、ちょこの命までは届かない。
例えどれだけ絶対命中するマグナムだとしても、必殺とまではいかないだろう。
「――――え……?」
だから、ちょこはその後のセッツァーの行為が理解できなかった。
セッツァーは瓶を踏む足の力を緩めたのだ。肉の反動に追い出されるように瓶が少しだけ外側に押し戻される。
そして――その瓶の口を少しだけ上に蹴りあげて、硝子の荊をちょこの“下腹部”に向け直した。
「え? え? え? え?」
ちょこの口から気泡のような疑問が湧き出る。ただ刺される場所が変わっただけだ。
なのに、何故、おなかと違うのか。骨折した。剣で腹を貫かれた。殴打に次ぐ殴打で滅多打ちにもされた。
それらの時には一つも湧き上がらなった疑問が、とめどなく溢れてくる。なにこれ、なんだこれ。
その疑問に答えを乞うように見上げたセッツァーの瞳は、ただ単に慣れた日々の仕事をこなすような無感動だった。

セッツァーは非力である。人並みにはあるだろうが、人以上の力はない。
ルカのように巧みに暴力で破壊することもできない。比べれば己の刃など縫い針一本かそこらだろう。
だが、それで十分だった。そしてセッツァーは騎士でも武人でも殺し屋でもない。ギャンブラーだ。
ならばその仕事とは。ギャンブラーとは何を糧にして糊口を凌ぐ生き物であるか。

ぐい、と足に力が入る。臍の真下、微かに膨らんだ肉の丘に、みちり、みちりと硝子の荊が食い込み、つうと血を垂らした。
それと共にちょこの中に疑問がぶじぶぢと膨張する。どれだけ外側からの力に耐えようとも、内側からの負圧には耐えられない。
わからない。なにをしている。なにをしたい。わからない、わからない――――わからない?
皮膚一枚のところまで圧するほどに疑問が体内を充たした時、ちょこはそれが疑問ではなく、恐怖であると知った。

469瓦礫の死闘−VS究極獣・Radical Dreamers− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:51:53 ID:Jea2wzBk0
「いや……」
――――ちょこちゃんも大人になれば分かるかもね。

いつか、今は遠い潮騒の記憶が浮かぶ。何故、あの時満ち足りた表情でそういったアナスタシアを思い出すのか。
アナスタシアならば、これがなんなのかを教えてくれただろうか。
だが、ちょこはそれを知りたいとは思えなかった。
こんなの知らない。こんな痛み知らない。知りたくない。いやだ、こわい、きもちわるい。
後ずさりたいと手に力を込めるが、それだけで荊がさらに食い込み、彼女の恐怖を増殖させて縛り上げた。

――――本当!? 大人になるっていつ? すぐなれる?
「いやッ! やめて!! いい子でいい! 悪い子でもいい!! だから、それは、それだけは……!!」

内外を侵食し続ける『未知という恐怖』に、ちょこは涙を溢しながら拒絶した。
戦士としての痛みは知っている。命としての痛みも、心の痛みも知っている。だけど、それは、それだけはまだ知らない。
それは、いつかなるものだ。それは、子供の国から抜け出たちょこがいつか知るものだ。
でも今はまだ知らないから、ただ本能が叫ぶ悲鳴を止められない。

――――うん。すぐよ。

それは、希望を啄み、欲望を啜って飛翔する鷹。
命を殺さぬ。ただ、その輝かしき夢を喰らうだけだ。
誰よりも夢を喰いつづけてきたからこそ知っている。
人の生死とは、心臓の鼓動に拠って切断されるものではないことを。

くるな、こないで。そんなものこんなものしらないしりたくない。
しってしまったら、しってしまったら――――

そんな叫喚と共に、全ての夢が吐き出されたとき、
誰よりも誰かの夢を貪り続けてきた夢喰い<ギャンブラー>は、
その体重を酒瓶に傾けて、ゴミ処理の終了を宣言した。

「尻の穴は残してやる」
「わあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」


――――ちょこと結婚してくれる?
もお、けっこんできない。おかあさん<おとな>になれないよ。

470瓦礫の死闘−VS守護機・砕けない宝石− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:52:43 ID:Jea2wzBk0
――――全部喰われたのか、無様だな。

――――皮肉くらいは言わせてくれよ。
    何かを遺せたお前と、何も残せなかった俺。比べるまでもない。お前の勝ちだなんだから。

――――ケアルガを使ってみたが、てんで効かん。
    あの焔に焼かれた代償だな。生命そのものが炭になってるのさ。
    この分だと、おまえにかけられた呪いも、戻るか分からんな。もっとも、その前に命脈が尽きるだろうが。

――――そうだ。一度燃えたものは、二度と生<ナマ>に戻れん。
    死んでるよ、俺は。願いも、罪も、魂も、合切を燃やしたのだからな。


――――なのに、なのにな。


――――笑ってくれ、魔王。こんな枯れ木なのに、腹が痛むんだ。握り拳の、骨の形だけが、こびりついて離れない。
    誓いの傷も、後悔も、全部が全部燃え尽きたってのに、あいつに懸けて手放した一欠片が、今更戻って来やがった。

――――ああ、身の程くらいは弁えている。俺は夢破れた敗者だ。
    何も残せやしないし、何も残らない。“だから、こんな欠片を抱えたまま逝けないんだよ”。


――――返しにいってくる。それまで、ラヴォスの中で待っていろ。

471瓦礫の死闘−VS守護機・砕けない宝石− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:53:18 ID:Jea2wzBk0
「くっ、ちょこちゃん……アキラくん……アナスタシア……!!」
爆煙の中からブライオンを握ったゴゴが飛び出る。
フードの中に秘められた表情には、明らかな焦燥が生じていた。
高らかに歌われたオペラは既に止んでいるが、ゴゴの中では忌々しく響き続けていた。
そして、その後に生じたアルテマの波動や、アキラ・ちょこの叫び声が重なり、最悪の旋律と化していた。
押し返したはずの戦況がひっくり返り、この場を離れた彼女らが窮地に陥っているのは想像に難くなかった。
今すぐにでも助けに向かいたい。救いたいと、唇を噛む。
だが、眼前の相手はそれを許すほど緩くはなかった。

ゴゴと対峙するゴーストロードが、再び時の声をあげる。
それと同時にラグナロクと賢者の指輪が燃え上がるように輝き、ゴゴの目の前に莫大な熱量を収束させる。
召喚獣ラグナロックの魔石より鍛えられた黄昏の剣ラグナロク。
ただの剣としても破格の威力を持つこの剣を神剣たらしめる特性は3つ。
1つは担い手に戦いの加護を与え、担い手の能力を満遍なく強化すること。
1つは担い手の魔力を供物として会心の一撃<クリティカル>を引き出すこと。

そして、アルテマ・メテオに次ぐ最上級魔法――フレアを発動する能力である。

臨界にまで収斂した熱量が瞬間的に解放される。
炎などという生易しい領域を踏み越えた地獄の太陽が、ゴゴの肉体を容赦なく灼く。
ブライオンを楯にしなければ、素顔どころか骨まで晒すことになっただろう。
「なんて、威力。とても戦士系の魔法とは思えない!」
ゴゴも当然、自分の世界の神剣であるラグナロクの恐ろしさは理解していた。
だが、3つの特性のうち、この力に関しては思考の埒外に置いていたのだ。
如何に神剣といえど、その魔法の威力はあくまでも担い手の魔力に依存する。
だからセリスやティナでなければ発揮できないフレアではなく、
ヘクトルの長所とかみ合う残り2つの特性を警戒していたのだ。
だが、この威力は戦士系の魔法の力ではない。明らかに、トップレベルの魔法使いのそれだ。
ヘクトルではこの威力を引き出せない。ならば、これはなんなのだ。

「ニノの魔力だ。それ以外、考えようがない」

目の前で起こる現象に、ストレイボウは口惜しげに答えを出した。
どれほどの大魔法であろうと、魔法である以上魔法の理には逆らえない。
ヘクトルの魔力ではこの力が出せないのだから、別の魔力で使っているとしか考えられないのだ。
その可能性は考えたくはなかった。ジョウイが魔力を供給していると思いたかった。
だが、それではここまでフレアを牽制以外に使わなかった理由が説明できない。
加えて、あのヘクトルではない左手にある指輪の輝きと、
かつて決闘した時に感じたメラミの魔力を思い出せば、それ以外の結論はあり得なかった。

爆煙に生じた隙を縫うように、亡候は左手の得物を神剣から和刀に切り替え、ゴゴの首を落とさんと逆手を走らせる。
それは、かつて戦場をともに駆け抜けた緑の少女の剣。
この死せる屍が、ただ唯一ヘクトルであったならば、フレアもマーニ・カティもこれほどまでの力を発揮しなかっただろう。
だが、彼らの前に立つのはヘクトルでありヘクトルではない。天雷の亡将なのだ。
民も、誇りも、愛も、未来も、何もかも死して砕けた残骸ども。
それをかつてオスティア候だったモノに寄せ集め、継いで接いで、かろうじて1つの人間の形に収めた妄執。
そう、これは国。既に滅んでしまった、オスティアという国の骸なのだ。

この滅び逝く肉体が、唯一の遺された国土にして民たち。
故にコレに当たるのであれば、国を滅ぼすという気概でなくば話にならない。
首の皮一枚で一閃を回避したゴゴは唸るようにストレイボウ達を見た。

472瓦礫の死闘−VS守護機・砕けない宝石− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:53:48 ID:Jea2wzBk0
(コレの相手は、私じゃなきゃ出来ない。退いたら、イスラくん達が! でも、ちょこちゃん達が)
本来驚異ではないはずの飛び道具が驚異となった時点で、均衡状態は崩れ去った。
最早こちらからアナスタシアやちょこ達を助けにいける状況ではない。
自分が向こうに行けば、イスラ達が襲われる。
それはだめだ。救われぬ者を救うと決めたのだ。ここで退くわけにはいかない。
だが、それではちょこは、アキラは、アナスタシアはどうなる。
ここで戦おうが、向こうで戦おうが、救われぬ者を救えなくなってしまう。
(一体、どうすれば――――ッ!?)
思考に溺れたゴゴの隙を見逃さず、亡将は再び持ち替えたラグナロクで宙を幾度と無く斬る。
愛した男の剣と、愛した女の指輪が強烈な愛の光に包まれる。
顕現したラフティーナの力が、自分を目覚めさせた男も認めた少女の愛に祝福を与え、賢者の魔力となって神剣へと注がれた。

「―――f、laa、aaaare Zta、erアアアアアアアアッ!!!!!」

フレア×フレア×フレア――――“フレアスター”。
周囲を包むように現れた太陽の灼熱を前に、体勢を崩したゴゴに避けうる隙間はなかった。
「シルバーフリーズッ!!」
だが、ストレイボウがフレアとフレアの狭間に氷塊を顕現させた。
本来生じるはずのない間隙を、ゴゴは見逃すことなくブライオンでこじ開け、焔星の結界を脱出する。
「ごめん、助かったわ」
「…………ゴゴ、ここは俺に譲れ」
謝罪の後直ぐにゴーストロードに向かおうとしたゴゴだが、
自分の前に躍り出たストレイボウの背中に足を止める。
「ちょこが気になるんだろう。行って、救ってやれ」
「でも、そうしたら貴方達が!」
ストレイボウの提案に、ゴゴは頭を振って否定する。
ゴゴとてストレイボウの能力が分かっていないわけではない。
だが、ストレイボウは『魔術師』だ。どれほど優れた魔法を持っていようと、
『重騎士』を食い止め、この場に押さえつけることは出来ない。
「なあ、ゴゴ。あの雷を見たのは、お前だけじゃないんだ。
 全てを背負い込む気概は悪くないが“効率”くらいは重んじてもいいだろう」
だが、ストレイボウは爆風に赤き外套を翻しながら、更に一歩前進する。
救いたい。あの時仰ぎ見た光は、誰もの胸に刻まれている。
だからこそ、ゴゴが救えぬと苦しむのであれば、誰かがそれを救うべきなのだ。
「でも――」
「“お前はナナミとリオウの祈りも刻んだのだろう”。これ以上は重量オーバーだ。いいから荷を寄越しやがれ」
そのストレイボウの言葉に、食い下がろうとしたゴゴの手が止まる。
ストレイボウは、リオウともナナミとも立ち会っていない。
なのにその言葉は、まるで見てきたかのようにゴゴの物真似を掴み取っていた。
自身の中に眠る想いを共有するストレイボウの背中に、ゴゴはかつて触れた炎を思い出した。
「…………信じていいな」
「死んだフリだけは二度と御免だ」
その答えに満足したか、ソードセイントを脱ぎ捨てたゴゴは踵を返し別の戦場へと向かう。
絶対という確信はない。ストレイボウはゴゴを決戦に送るべく命を死に晒そうとしている。
だが、それでもゴゴがこの選択を甘受できたのは、彼の中にあったのが贖罪ではなかったからだ。
死に場所を求めての自己陶酔ではない。あれは“生きるために思考を尽くす者の決意”だ。

(きっと、あれもまた“そう”言うのだろうな。なあ――――)

かつて自らも物真似した信念の光を懐かしむように見送り、ゴゴは走り出した。
救わなければならない者達の元へ。そして、自らの因業を精算する場所へ。

473瓦礫の死闘−VS守護機・砕けない宝石− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:54:50 ID:Jea2wzBk0
「3分凌ぐ。出来るだけ遠くに逃げろ」
ゴゴのいなくなった戦場で、ゴーストロードに向かい合ったヘクトルが、蹲ったイスラに淡々と告げた。
最高3分、でもなく、最低3分、でもなくきっかり3分と断定した口調だった。
「うるさいよ、今更格好を付けて、満たされたような面しやがって!
 お前みたいに世界で2番目で満足できなかった奴に、僕の気持ちが分かるものか!!」
だが、イスラはその手も突き放してストレイボウへ呪いを吐き捨てる。
ストレイボウは呪いを避けようともせず、ただ僅かに安堵したように息をついた。
それが、かつて自身を許したイスラがストレイボウに抱く澱の正体なのだ。
オルステッドへの執着さえ捨てられれば、彼は何一つ失わず、満たされていたはずだ。
ならばイスラはそんな男を蔑むしかない。
たった一つ失えば満たされた男に、たった一つ抱いたものさえ失った自分の乾きなど理解できるはずがないと。

「分からない。だから、生きてくれ。生き延びて、俺に教えてくれ。
 俺があの日まで理解できなかった罪を。そのために、ここは退かん!」

ストレイボウはその無知を受け入れ、眼前の骸に立ち向かう。
まだ自分は何も知らない。目の前を走るオルステッドだけを見続けてきた自分はそれ以外の何一つも知らない。
それを知らずに友には向き合えないのだ。

「AAAAAAAA!!!!!」
「レッドバレット!」

ゴーストロードが放ったフレアが、ストレイボウの前で収縮する。
だが、ストレイボウはそれを避けることはせず、その収縮点に向け炎弾を放った。
フレアとレッドバレット。威力は山と小石の差があるだろう。
されどフレアはその力を発揮するため、収縮・臨界・爆破の手順を要する。
ならば臨界するよりも早く火種を生じさせ、先んじて爆破してしまえば威力は落ちる。
たとえ異なる世界の技であろうと“誰かが何度も使ってきた魔法”であれば、陥穽の一つ位は承知している。
本来ならば誰も穿たぬ穿てぬ抜け道――――されど、ストレイボウにはそれを穿つ十分な技量があった。

――――先ずは分析。全てを揃えようとは思わなくていい。それでも対象を知ることを放棄しない。

フレアが効かぬと承知したのか、ゴーストロードが剣を構え吶喊する。
それを見るや、すぐさまストレイボウは呪文の詠唱を開始した。
ゴゴと亡候が戦っている間、ストレイボウは自分が矢面に立つことを想定し、亡候を分析し続けていた。
体重が違う。接近戦ならば5秒保たない。
魔術ではどうか。最高火力であるブラックアビスは悪属性。
控えめに見ても、屍に効くと思えない。故に、威力にて一撃の下に仕留める魔術は存在しない。
連打すれば別だろうが、その前に隣接されて死ぬ。

――――次いで失敗。成功を夢想することは容易い。
    負けを認める。壁の高さを知る。母がいなければ子は産まれない。

ならば重視するべきは威力ではなく“妨害”。相手の進軍を阻むことが最重要。
帯電による麻痺。否定する。天雷の斧相手に雷は避けるべき。
砂煙による方向阻害。否定する。眼ではなく命を感知して駆動している。
精神魔法による阻害。否定する。あれを動かしているのは、天雷の斧だ。

――――そして、成功。1000回失敗しても、その次成功すればいい。それが――――
    
「シルバーファングッ!!」

474瓦礫の死闘−VS守護機・砕けない宝石− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:55:24 ID:Jea2wzBk0
使用すべき属性は“氷”。
ストレイボウの背後から寒波が吹き荒れ、ゴーストロードの周囲の大地を氷漬けにしていく。
ダメージはほぼ無いに等しく、ゴーストロードは更に一歩を進めようとする。
「!?」
しかし、ゴーストロードは氷漬けになってしまった大地に足を滑らせ、地面に膝をついてしまう。
「シルバーフリーズッ!!」
立ち上がろうとする亡候の膝を凍らせ、凍結床と固着させる。
当然、亡候はその膂力で無理やり氷を割って立ち上がろうとするが、踏ん張りが利かずもんどりを打ってしまう。
再び立ち上がろうとする亡候の体の一部を凍らせて、ストレイボウは死せる巨人の足を止めた。
センサーも駆動方法も、全うな人間のそれではない。
だが、四肢があり五体がある以上、身体が封じられてしまえば動きようはない。
とにかく相手を氷で滑らせて、足を引っ張り続ける。それがストレイボウが出した結論だった。
「卑怯だと言うなよ。自分が一番分かってるから」
傍目から見ればあまりに滑稽な光景だった。巨人が一人で勝手にすってんころりと転げまわっているのだから。
それは同時に、そんなことをし続ける側も滑稽に映させる。華々しいものでは断じてない。
だが、それを彼は真剣に行い続けた。汗をだくだくと垂らしながら、ストレイボウは間断なく詠唱を続ける。
無様を晒したストレイボウは、それなりにスマートを気取っていた頃をふと懐かしむ。
だが、これが己の偽らざる本性だ。泥臭く、意地汚く、足を引っ張り続ける嫉妬の化生。
それを受け入れる。全てを認め、許容し、されどそこから前に向かうのが――――

「サイエンスと言うのだろうッ!!」

自身の内に生じた未知なる単語に、ストレイボウの技が研ぎ澄まされていく。
幾千の敗北<しっぱい>を認めてなお己が最後の勝利<せいこう>を疑わず。
負けを恥じて呪い続けてきたストレイボウにとって全く存在しなかった価値観が、
自身にも想像できなかった、己の能力の限界を研ぎ澄ます。
(だが、それでもやはり3分か!)
されど、相手はかつてのヘクトル。
何度転べど、砕けかけたアサシンダガーで氷を割りながらじりじりと近づいてくる。
それでもストレイボウは詠唱を続けるしかなかった。
移動で詠唱のサイクルを中断してしまえば、亡候は間違いなく立ち上がりきるだろう。
そうなれば二度と引っかかってはくれまい。故、ストレイボウは分かっていても死体の足を引き続けるしかなかった。
だから3分。そして足止め。限界を尽くして、現実を受け止めた数字なのだ。
とにかく距離を離して、あとは逃げながら時間を稼ぐ。それがストレイボウの導き出した最善だった。だが――――

(まだ動かないのか、イスラッ!)

ストレイボウが死力で勝ち得た寸毫の時間さえも、全てを失った少年は湯水の如く浪費し続けていた。
(知るかよ、こっちはそんなの一度も頼んでないんだ)
とはいえ、物の価値は相対的だ。誰かにとって喉から手が出るほど欲しいものでも、別の誰かにはそうでもない。
今目の前で繰り広げられている戦闘を、何の感慨もなく見続けているイスラにとってそうであったというだけの話だ。
かつて自分を突き動かしていたのは『死』だった。
死ねず、ただ害悪なる生を続けることしか出来なかったから、死に意味を見出した。
マイナスでしかなかったから、せめてゼロになりたかったのだ
だが、彼は二度の生と自由を経て、ゼロの虚無を知った。
望んだのが死だったから、したいことも成すべきことも無かった。
思いつくのはせいぜいが巻き込まれた大切な人のためにオディオ打倒くらい。
もしも何処かのギャンブラーに対面していたら、死人と蔑まれただろう。
どこまでいこうが、ゼロはゼロだ。

475瓦礫の死闘−VS守護機・砕けない宝石− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:56:43 ID:Jea2wzBk0
だが、ゼロはプラスを知った。未来を願い、理想を謳う若き覇者の背中にそれを見たのだ。
誰もが受け入れられ、どんな人でも笑っていられる理想郷。
あの島に残ることが出来なかったイスラは、その場所に夢を見たのだ。
この背中について行けば、きっとたどり着ける。
そこでならばきっと本当の意味で生きられるのではないかと思ったのだ。
生きたいと思った。生きて役に立ちたいと思った。
こうして生きていることに意味<プラス>があると信じたかった。

そして、イスラは全てを失った。力も、夢も、未来も、全て。
やはり自分の生はどこまで行こうがマイナスなのだ。加算するだけで害になる。
だが、ゼロの無意味さを知ってしまった彼は、もう死に焦がれることさえ出来なかった。
イスラはかつて己の拠り所としたゼロさえ失ったのだ。

プラスになどなれず、ゼロにも戻れない。永遠にマイナスであり続ける。
それが自分だ。存在すること自体が害である。
ストレイボウが害を被るのも当然だ。だから感謝もなにもない。

イスラは泣きはらしたような赤目で、ついに氷の沼から這い出たかつての夢を見つめる。
願うことは、ただ一つ。貴方に光を見た。貴方が僕から死を奪った。
ならばせめて、最後まで連れて行ってほしい。貴方の国へ。
どうか殺してください。僕が夢見た理想郷よ。

その切なる願いが届いたのか、詠唱の限界に達し喉から血を吐いたストレイボウを無視して、
亡候は砕けきったアサシンダガーを捨てて最後の短刀を取り出し、イスラに投げる。
狙いは精密とは言い難い。だが、その膂力から投げられた一撃は、急所でなくとも死へと誘うだろう。

イスラは自分に迫り来る死に、ふうと溜息をついた。
これで終われると。ヘクトルと共にヘクトルの理想郷で眠れるのだ。
後悔など微塵もない。そこでならば、きっと僕は笑い続けられるだろう。

「短刀、なんの恐れることあらん――――」

だからどうか、どうか理想郷よ。“あなたも笑ってくれよ”。

「見切ったり、亡霊の騎士ッ!」

瞬間、イスラの目の前に緑色の影が飛来し、イスラの首まで迫った短刀を掴み取る。
そしてそのまま、威力を殺さぬように軌道を回転させ、ゴーストロードに投げ返した。
咄嗟の事態に亡候は反応することできず、槍に貫かれた鎧の亀裂を精密に抜いて、短刀が突き刺さる。
たかが短刀、ましてや屍である亡候にとってはダメージと呼べるほどではない。
「―――!? ダ、ダダガ……ッ!?」
されど、亡候は、屍を支配する天雷の斧は驚愕に唸りをあげる。
ダメージなどない。だが、“この躯が動かない”。
どれだけ動こうと思っても、突き刺さった短刀以外微動だにしない。“まるで影を縫われたように”。
そう、投げ返された短刀は影縫い。殺傷力も高く、仕損じても対象の時間を止める、二段重ねの暗殺刃である。
氷と同様、いくら死体でも、時間が凍ってしまえば動きようがないのだ。

「お前は……」
「随分と無様だな適格者。それでよくもあの時俺に大口を叩いたものだ」

イスラは目の前で背を向ける、自分を死なせてくれなかった影を見た。
妙に小柄な身体はあちこち黒ずんで、頭部はマントを千切って巻き付けられて、その素顔は伺いしれない。
だが、その正体を誰が見誤ろうか。
「カエルゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!」
「まったく煩すぎて……おちおち燃え尽きてられねえよ」
もう一つの騎士の残骸が、灰をまとって戦場へと帰参したのだ。

476瓦礫の死闘−VS守護機・砕けない宝石− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:58:08 ID:Jea2wzBk0
ストレイボウが、驚きと喜びをない交ぜにした表情で、カエルに近づく。
詠唱のし過ぎと過呼吸で、言葉を紡ぐもままならずカエルを見続ける。
だが、なんと声をかければいいのか分からなかった。
ケガは大丈夫なのか、その覆面はどうした、俺たちと戦ってくれるのか、それともまだ俺たちと戦うつもりか。
色々と言葉は浮かぶが、うまく形にならなかった。
全てはあの拳に込めてしまったから、これ以上はカエルの返事が聞きたかった。
「なあ、見ろよ。あの重騎士を」
そんなストレイボウの思いを汲んだのかどうか、世間話をするような調子でカエルは何気なく目の前の亡候に視線を促した。
「あれが誰なのかはよく知らん。だが、あの鎧の傷と鍛え上げられた肉体。さぞや名のある国の将なのだろう。
 そして、死してなお護国の悪鬼たらんと、如何なる障害も破砕せんと刃を振るい続けてる。まさに俺の理想のそのものだ」
覆面の中の目が、眩しいものを見るように目を細めた。
ガルディア王国という歴史を守るため、全てを捨てて鬼となろうとしたカエルにとって、眼前の亡霊は誓いの結晶だった。
捨てたい、全てを捨てて国のための剣となりたかったカエルがこうありたいと思う完成形だったのだ。
「なのに、不思議だ。あれだけなりたかったものが、何故、あんなにも醜いのだろうな」
醜い。カエルはそう思った。
ああなりたかった。国を守れるのならば美醜などどうでもいいし、なれるものならばカエルは喜んで醜くなっただろう。
だからただ思ったのだ。終わってしまった今だからこそ、ただ思ったのだ。
全てを燃やし尽くした今ふと背中を省みて、その轍を見返したならば、きっとあれくらい醜いのだろうと、客観的に思っただけだ。
純粋で、完全で、混じり気のない願いとは、こんなにも醜いのだと。
「ああ、許せん。許せんよストレイボウ。俺の目指したものがあんなものであるはずがない。
 もっと崇高で、偉大なるもののはずなのだ。吐き気がする。見るに耐えん。
 “あんな願い、問答無用で叩き潰されても文句は言えん”だろう」
だから、カエルは今生最終最強最大の自虐を以て、参戦の言い訳とした。
口にしてしまえば一言で終わる理由を言わずに済むのであれば、無様すら心地よかった。

「償いと笑いたければ笑え、だが俺は――/――お前の意志で、友<オレ>を救ってくれるんだろう?」

そして、その無様を見て見ぬ振りをするのもまた友情だった。
ストレイボウの言葉に、カエルが何を思ったのかはわからない。
ただ、その肩が僅かに震えていたのだけはストレイボウも見逃さなかった。
「……使え。もうオレには過ぎた代物だ。暴君はどこにある?」
その震えを誤魔化すように、カエルはストレイボウにフォルブレイズを渡す。
目の前では、ゴーストロードに刺さった影縫いに亀裂が走り始めていた。
効くとはいえ矢張り相手は神将器だ。倒しに行くには時間がなさ過ぎた。
「ジョウイ、俺たちの……仲間……が、持って行った。禁止エリアにだ」
「遺跡か。分かって持って行ったのなら、よほどのバカか天才だ」
戦闘態勢に移行しながら、カエルはストレイボウから聞いた事実に眉をひそめた。
ラヴォスと遺跡と魔剣。その全てのカードが一人の手の内に揃うことの意味を
僅かにでも理解出来るのは、現時点ではカエルただ一人だけだった。
「ラヴォスだって!?」
「……クロノにでも聞いたのか? 一から説明している暇は無いぞ」
「分かる……いや、分からんのだが……そういうことか、この断片的な記憶は……」
ストレイボウが渡そうとした勇者バッジを拒みながら、カエルはストレイボウの驚愕に怪訝そうな声を上げた。
だが、ストレイボウは納得できないということを納得したように一人ごちる。

477瓦礫の死闘−VS守護機・砕けない宝石− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:58:54 ID:Jea2wzBk0
その真剣そうな表情にカエルは言葉を続けるのをやめ、座り込むイスラの傍に立った
「一振り借りるぞ適格者。使う気の無い奴が持っているより、剣も冥利に尽きるだろう」
「……お前は……」
天空の剣を掴んで背を向けようとするカエルに、イスラは掠れるように小さな声でカエルに尋ねた。
「どうして、ここに来たのさ……全部無くなっただろ……終わって……どうして、足掻けるんだ……」
カエルは全てを失った。望みもかつての仲間も、災厄の力も、全てを出し尽くした。
全てを出し尽くし、失ったのならば潔く去るべきだ。
いてもいなくても同じ。否、居残るだけで晩節を汚している。
それなのに、カエルは再び舞台に戻ってきた。同じく全てを失ったイスラは、その理由を知りたかったのだ。
それでも厚かましく舞台にしがみつく、その動機をこそ知りたかった。
「……ああ、全部無くした。燃え尽きたよ。風が吹けばたちまち消えるだろう。それが今の俺だ」
カエルとて愚かではない。
今更ストレイボウとの友情を利用して生き残ろう、或いは隙を見て優勝しようなどと虫のいいことは考えていない。
カエルは終わる。それは覆せない決定事項だ。
「だが、俺の終わり方を決めるのは他でもない俺だ。
 たとえラヴォスにその終わりさえ喰われるとしても、それだけが、誰にも盗めない宝石だ」
だからこそ、カエルはここにいる。醜くても、蛇足だとしても、自分を真に終わらせるために。
自己満足でも構わない。全てを尽くして終わらせるために、彼はここにいる。

「お前はどうだ、適格者。お前は、終わらせられるのか? 決めるのはお前だ。お前しかいないんだよ」

そういって、カエルは前に進み、ストレイボウとゴーストロードの間に立った。
亡候を封じていた影縫いの亀裂が決定的なものとなり、ぽろぽろと砕けていく。
「……柄にもないことを言っちまった」
「カエル、一つだけ、お前に伝えなきゃいけないことがある」
天空の剣を構えるカエルに、背後からストレイボウが声をかける。
「ルッカ=アシュティアは、ただの一度も、お前を怨んでいなかった」
「…………そうか」
カエルがぼそりとそう呟く。それと同時に影縫いが砕け、ゴーストロードがカエルめがけて進撃した。
「何故お前がそれを言うのかはさっぱり分からんが、お前が言うのならそうなのだろうな」
突進する暴力を前に、カエルは一度目を閉じ、自分の状態を再確認する。
劣化も劣化。魔力は枯渇し、回復は効かず、左手は無い。
「ああ、そうか……これで……」
全盛期には程遠い。象と蟻の戦力差だ。だが――――

「最後のつかえが取れたぞッ!!」

振り下ろされた雷速の一撃を、カエルはベロを相手の手首に延ばし僅かに軌道を変える。
そしてその僅かな軌道の変化に沿わせるように天空の剣を重ね、必殺の打ち下ろしを紙一重で捌く。
コンマ何秒かのミスも許されない超絶技術が、ゴーストロードの攻撃からカエルを救う。
「さあ来いッ! さぞ名のある騎士だったのだろう。
 全ての技を見せて見ろ! こちらも大盤振る舞いだ。ガルディアの剣、余す所なく出し尽くしてくれるッ!!」
全てを失ったカエルの技は、今この瞬間、限りなく“絶好調”だった。

カエルという盾役が生まれたことで、形勢は僅かにストレイボウ達に向いた。
物理攻撃を至近距離で片っ端から捌き続けるカエルの地力によって、ゴーストロードは完全にその足を止めた。
カエルもカエルで、相手から放たれる怨念の闘気すら、戦場の空気心地よしとばかりに楽しんでいる。
あれならばもうしばらくは保つ。ここにストレイボウがサポートに入れば、さらに相手を押し込むこともできるだろう。
「なんでだよ……なんで殺してくれないんだ……」
その優勢の光景すら、イスラには疎ましかった。
終わりたいのに、終われない。誰も終わらせてくれない。見捨ててくれるだけでいいのに、それすらしてくれない。
もうなにも見たくないのだ。続けるだけ、生きているだけで苦痛なのだ。
「終われよ……誰でもいいから、終わらせてください……」

――――終わりを決めるのは、お前だ。
「なら、お前の終わりってなんだ」

478瓦礫の死闘−VS守護機・砕けない宝石− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 15:59:25 ID:Jea2wzBk0
塞ぎ込むイスラに、ストレイボウが声をかける。
甘やかすことの無い、冷たさすら感じる声だった。
「このまま座り込んで、ヘクトルに頭割られて死ぬことか。何もせずに、何も成せずに、そのまま餓死することか。
 違うだろ。それだったら、もうとっくに自殺する。俺ならそうしている」
だが、何処か鉄のように固く、山のように大きな何かを感じさせる声だった。
「死ねないんだよ。自殺すれば一番楽だって分かってるのに、選べないんだ。
 心の何処かで、それ以外の終わりを求めているんだ。違うか?」
死にたいと、終わりたいと何度も願った。罪も犠牲も全部投げ捨ててしまいたかった。
だが、それでもストレイボウは生きた。それでは終われないのだと歩き続けた。
裁かれて死のうと、その終わりだけは誰にも譲らなかった。

「違わないなら立ち上がれよ。曇りを払って、自らの瞳で世界を見据えて、真実を捉えろ。
 終わりを選べない程度の、半端な意志じゃ――――死ぬこともできやしない」
「――――ッ!!」

イスラの腹の奥底から、何かがこみ上げる。
同族であるストレイボウの言葉なぞに、イスラの心は響かない。
だがその言葉は、ストレイボウの口を通して投げかけられた言葉は、誰の言葉よりも、内側からイスラを震わせた。

「それを、誰から……」
「俺に『勇気』を教えてくれた人の言葉だ。お前にも伝わるって、信じるよ」

そう言い残して、ストレイボウもまたフォルブレイズを携え戦場へと舞い戻った。
また一人となったイスラは再び塞ぎ込もうとする。
だが、その手はいつしか残された魔界の剣を握っていた。
「あんなやつにまで、人が良すぎるよ……おじさん……」
脳裏に浮かぶのは巌の如きもう一つの背中。
誰よりも死の尊さを知りながら、それでも生の意味を見出した英雄。

その言葉は、どれほどに心を閉ざしたイスラにも染み渡り、響き渡った。なぜならば。

「僕は……」

――――俺の最高の友からの受け売りだ。この言葉、軽く受け流したら承知しねえからな?

「僕は……ッ!!」

イスラの目が、凛と輝き見開かれる。
その胸の中には、もう1人の英雄が残した言葉が今も輝いて残っていたのだから。

479瓦礫の死闘−VS女神・無職葬送曲− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 16:00:40 ID:Jea2wzBk0
ピサロの一撃を食らったアナスタシアは、その胸に袈裟を斬るように血を流し倒れていた。
結わえたポニーテールはリボンがはずれ、富んだ髪は放射状に広がっていた。
完敗であった。生きて誰かを守りたいという、アナスタシアが唯一持つ欲望の力。
それが目の前の男には通じない。その力――否、その愛は既にアナスタシアと五分の領域に達している。
抱く力が五分であるならば、アナスタシアはただの娘でしかない。
地力の差が、全ての結果に現れていた。

(かて、ないか……な……)

顔面を蒼白にしながら、アナスタシアは力なく笑った。
もとより多大な失血をしていたのだ。意識がバラバラになっていくのを留める術はなかった。
笑みが浮かんだのは、調子に乗って1人でピサロに向かった自分の愚かさ故か。
(勇者の、影、か……やっぱ、ばれるものね……)
バラバラになる意識の音が、鼓膜の内側に響く。
ザアザアとふりめくその音は、まるで雨のようだ。
その雨の中、光も失ったアナスタシアは目蓋の裏側に、1人の女性を見た。

美しい女性だと思った。シルエットも、ブロンドの髪も、とがった耳さえも綺麗だと思った。
だが、何よりもその心が綺麗だった。
私は、行くのかと尋ね、彼女は迷わず首を縦に振った。その仕草さえ艶やかだった。
大丈夫だと言った彼女は、水底まで見渡せる澄み渡った湖のようだ。
守りたいと言った彼女をみた私は、その湖に自分の醜さが映った気がした。
かつて私が抱き、呪った欲望を、彼女は愛おしそうに抱きしめていたから。

あの時は、ただ仲間が戦っているから自分も戦いに行くのだと思っていた。
だが、あの瞬間が過去となった今は、彼女が何をしたかったのか知っている。
だから、思うのだ。もしも、あの時、行くの?ではなく行かない方がいい、と引き留めていたならば――――
或いは、自らの罪を明かし、ユーリルが何故こうなっているのかを彼女が知っていれば――――

せめてもう少し救いのある話になっていたのではないだろうか。
彼女は、彼女が引き起こした罪の連鎖を瀬戸際で留める最後の機会に立ち会っておきながら、それさえも手放したのだ。
その結果が、ここにある。アナスタシアが見過ごした罪の結果として、この純粋なる愛の怪物は存在しているのだ。

そう……アナスタシアがピサロに1人向かったのは、戦術によるものではなかった。
アナスタシアは、1人でピサロに向かいたかったのだ。
己が犯してしまった罪、その最後に向かい合うために。
聖女の代わりに、勇者の代わりに、この怪物を救いたかったのだ。

(ごめんなさいね、ロザリーさん。やっぱ、私には貴方みたいには無理よ)

アナスタシアの顔に影が覆い被さる。ピサロの砲口が、アナスタシアに止めをささんとエネルギーを充填し始める。
まったくの無表情でそれを行うピサロに、アナスタシアは脱力したように苦笑した。
聖女だと思った。何かの手違いと無意識の悪意で生まれたような私なんかより、彼女はよほど聖女だと思う。
そんな彼女が救いたかった人、そして、本来ならば勇者がそれを叶えるべきであった人。
その祈りを閉ざしてしまった自分だから、ピサロを救いたかった。
思わず笑みがこぼれてしまう。今更天空の剣をかざして勇者や聖女の真似事をしたかったのか。なんて、なんて。

(救いたいとか――――“そんな理由じゃ戦えない”)

反吐が出る。
「ぬぅッ!?」

480瓦礫の死闘−VS女神・無職葬送曲− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 16:01:17 ID:Jea2wzBk0
その瞬間、ピサロの視界が真っ赤に染まった。
アナスタシアの口から血が飛んできたのだ。傷によって口腔にたまった血液を吹き出したのだ。
攻撃を仕掛けようとしていたピサロはインビシブルを展開しておらず、
その余りに女性らしからぬ不意打ちに直撃してしまった。
目を拭ってみると、そこにはアナスタシアがいない。
周囲を見渡しても崩れかかった石壁ばかりで誰もいない。

「あ〜〜〜〜〜あああッ!!」

その叫び声に、ピサロが上を向くと、その上空には、聖剣を振り下ろし巨大な衝撃波を生み出したアナスタシアがいた。
天より地に落ちる銀ノ一閃。だが、ピサロは冷静にインビシブルを展開し、一撃を無効化する。
周囲の石壁全てに亀裂が走り、刃を受けた大地が隆起するほどの一撃。
それでも、ピサロの絶対防御を崩すことなどできはしない。
「ふん、この程度で私を――――なにッ!?」
「フンヌラバァァァァァァ!!」
だが、アナスタシアの一撃は終わっていなかった。
英雄? 聖女? 何それ焼きそばの具? と言わんばかりの悪鬼かくやの形相で振り抜いた聖剣を掴み直す。
本来ならば聖剣の大きさに振り回されるところだが、アナスタシアは聖剣の腹を左手で握りしめて制動を押さえ込む。
「〜〜〜〜〜〜!!!!!」
握力を込めようとしたとき、アナスタシアの左肩に激痛が走った。
銃弾を摘出したとはいえ傷は傷。力を込めた左腕が沸騰するように痛む。
だが、アナスタシアは力を込めることをやめなかった。
痛みよりも内側で燃え上がるある感情が、両手持ちしたアガートラームの力となっていく。
「んだらっしゃあああああああッッッ!!!!!」
威力を倍増させた銀ノ一閃は、先ほどとは比べものにならない力を放ち、
先の一撃で亀裂の入った石壁の全てを滅ぼし、斬撃に沿って地面を破って隆起させたのだ。

「…………なるほど、狙いはセッツァーらとの分断か。或いは、他の連中が奴らを倒して逃げる時間を稼ぐためか?」
舞い散る砂煙が収まりゆく中、ピサロが姿を現す。
石細工の土台が軒並み消し飛び見晴らしのよくなった荒野を見渡すと、
隆起した大地がセッツァーやゴーストロードとの戦場を隔てるように屹立していた。
登るにせよ迂回するにせよ、別の戦場に向かうには少し手間になるだろう。
「だが1手遅かったな。既に盟約は破棄されている。お前を潰して、奴諸共ゴミを潰すことに何の感慨もない。
 そして、あれはお前たちには倒せん。あの黒鷹にとっては貴様等などエサとすら思われまい」
だが、これほどの一撃を持ってしてもピサロの優雅さは少しも崩れていなかった。
相も変わらず傷もないその佇まいは、最早神々の砦とさえ思える。

「違うわよ。これは、私の姿をちょこちゃんや、誰にも見せないため」

その砦に挑むかのような強い声が残る砂煙の向こうから放たれる。
ピサロはその語調に少しだけ眦を絞り、煙を睨みつけた。

「何世紀ぶりかしらね……この姿を取るのは。
 これ、アシュレー君にも見せたことのない“とっておき”なのよ?
 内なる力に語りかけ、その力を引き出す――――このフォームは」

煙がはれていき、彼女の足から徐々に煙がはれていく。
エプロンドレスは血にまみれていたが、どうやら止血だけは出来たようだった。
だが、空気を通してピサロを刺す気配は比較にならなかった。
それは最早殺気と言ってもよかった。

「見なさい。これが私の“アクセス”――――ダンデライオンッ!!」

481瓦礫の死闘−VS女神・無職葬送曲− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 16:01:52 ID:Jea2wzBk0
煙が完全に晴れ、アナスタシアの姿が晒される。
ざんばらに散ってしまったその長き蒼髪を、左右のサイドに束ね、2つにまとめているのだ。
片方はちょこのリボンで、また片方は止血に使ったエプロンの切れ端で束ねられることで得られた力により、
放物線を描いて地面に垂れる髪は、一度天を目指し進んだ双龍が地に伏す無情観をを顕しているのか。
いずれにせよ美術館に展示される絵画のような煌びやかさに、
頭に乗っかった鳩さえ飛んでいってしまいそうなほどの決意が込められているッ!!
これこそが隠しに隠し通したアナスタシアの切り札、必殺の型――――

「……髪型を変えただけで何がどう変わったのだ?」

のようなツインテールを、ピサロは心底怪訝そうな表情で見つめた。
纏う殺気こそ異なれど、特にそれ以上の魔的変化は無く、
ピサロにとっては、戦闘中に髪で視界が隠れることを避けるという意味合いしか考えられなかった。

「……だから貴方はだめなのよ、ピサロ」
だが、アナスタシアは心底失望したような瞳でピサロを睨みつけた。
「確かにこれは諸刃の剣。ちょこちゃんのようなラブリースタイルならともかく、
 下手に手を出そうものなら痛さ爆発よ。それでもなおこの髪型にしたこと――――
 何より、女の子が髪型を変えることの意味を理解できない時点で“なってない”のよ」
そういいながら、アナスタシアはちょこのことを思い出す。
先ほど中空でちらと見た限りでは、ちょこも、誰もかもが危地にいた。
直ぐに駆けつけたいと思う。かっこいい私、であるならばそうしなければならない。
だが、だめなのだ。こいつだけは、アナスタシアが向かい合わなければだめなのだ。
だからアナスタシアはこの髪型にした。
ちょこのように、己が感情を偽らないように、内側に残る“女性”としてピサロに向かい合うために。
「認めてあげるわ。貴方の想いはすごい。ラフティーナを顕現出来たことといい、
 貴方がどれだけ彼女を思っていたのか……今の貴方なら、聖剣すら抜けたかもしれない。私のように」
こいつの愛はすごい。かつての自分同様、どこまでも自分勝手に世界を凌駕する。
「でもそこまでよ。聖剣を抜けても、私たちはあの雷にはなれない」
だが所詮それは独りよがりの愛だ。
ロザリーが危険を冒してでもピサロ達に会いに行ったのは何のためか。
もう少し待てば、次の機会を待てばよかったはずなのに彼女が走ったのは何故か。
出会えたあの瞬間を愛したからだ。
愛した人に会えたから、伝えたいことがあったから。
たとえもう二度と会えなくなっても、会えないままでいたくなかったから。
今会えたこの愛が嬉しかったから、あの雷の中を疾走したのだ。
なのに目の前の男は、出会えたことよりも、会えないことを想い続けている。
私のように、失った後で失ったモノを嘆き続けている。

「初めてなのよ。守りたいと思わずに、戦いたい――――ぶっ潰したいと思ったの。“貴方みたいな最低の男”」

こいつはあの瞬間の彼女を今も踏みにじっている。
許せぬ、度し難い。女をなんだと思っているのだ。
彼女はお前を慰める玩具ではない。血肉通った娘なのだ。いずれ土塊に還る輝きなのだ。

「っていうか……どんな愛だろうが“年頃の女の子の珠肌を傷つけるような変態なんて、死んでいいでしょ”」

エゴだと、時代錯誤と笑いたければ笑え。己に言う資格がないことなど百も承知。
だが、それもまた理屈ではない。
こちとら彼氏いない歴が年齢以上な、既に時代に取り残された身なのだから。
論理ではない。道理でもない。ただの倫理の問題だ。
アナスタシアという女が、ピサロという男を許せぬ。それだけなのだ。

482瓦礫の死闘−VS女神・無職葬送曲− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 16:02:48 ID:Jea2wzBk0
「ならばどうする。そのボロボロの有様で」
ピサロはアナスタシアの言を鼻で笑い、無様な有様を吐き捨てる。
アナスタシアの言葉を理解できていないわけではない。
だが、その程度の侮蔑如きに揺らぐほどピサロの愛は脆弱ではない。
この絶対防御のごとく、その愛、不朽不滅――――
「ッ!?」
ピサロは己の頬を伝った滴を拭い、その腕を見て驚愕した。
汗と思って拭いたはずの手は、僅かに赤く染まっていた。
その頬には薄皮一枚の小さな傷から血が滴っていた。
放たれた銀閃は僅かに、しかし確かに神々の砦に傷を穿っていたのだ。

「野暮を言わないでよ。男と女が、こうして1対1で向かい合う。やることは1つだと思わない?」

アナスタシアはせせら笑うように、ピサロを睨みつけた。
己の状態は分かっている。失血と傷の熱で意識は今にも飛びそうで、
無茶をしたからか左肩から左手の指先まで感覚はない。あの大振りはもうできないだろう。
なにより、自分でも欲望が薄れているのが分かる。
今はルシエドも剣も呼び出せる気がしないし、
仲間のいる人生に満たされてはじめている自分は、もうあの世界にも帰れないだろう。

(ゴゴくん。ちょこちゃんを頼むわね……こいつは、こいつだけは、私がなんとかするから……)
それがどうした。私はここに生きて、まだ抗い続けているのだから。

「なるほど。少し削れたところで山は山か」
ピサロは冷静に頬に回復呪文をかけ、傷をふさぐ。
インビシブルも決して完全ではない。その絶対は、己の愛によって成り立つらしい。
そして、砲に愛を込めながらピサロは眼前の敵を見つめた。
勇者の衣を脱いだ今の状態の方が、よほど恐ろしい。だが、それでも障害はすべて粉砕すると決めている。

「だが、我が切先は生死の境――――冥道なり。
 冥界の三角さえも断ち切るこの一閃を恐れぬならば来るがいい」

砲剣を構え、意志をたぎらせるピサロに応じ、アナスタシアもまた右手で聖剣を握り直す。
もしも彼女がまだ『剣の聖女』であったならば、もしも彼がまだ『魔王』であったならば、
この戦いは、人類の未来と世界の命運をかけた荘厳にして聖なる戦いとなっただろう。
かつてこの空に輝いた雷に匹敵する、神に捧げる雅楽となったろう。

だが、この場に英雄も魔王もおらず。ただの男と女がいるのみ。
ならば捧げるはありふれた日常、猥雑なる喧噪だ。

「去勢の時間よ、女の敵。このアナスタシア=ルン=ヴァレリアが
 今生最後の女であることに、五体投地でむせび泣いて枯れ落ちろッ!!」
「今の私にとって女とはロザリーだけだ。木端に散れよ、あばずれが。
 冥界の閨で永遠に勇者でも客に引いていろッ!!」

その身一つで世界に匹敵する二人の男女<いきおくれ>の死闘<まぐわい>を以て――――勇者と女神の歌劇に幕を引こう。

483瓦礫の死闘−VS女神・無職葬送曲− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 16:03:31 ID:Jea2wzBk0
【C-7とD-7の境界(C-7側)二日目 昼】

【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:ダンデライオン@ただのツインテール ダメージ(極)
    ピサロへの怒りで疲労一時無効、胸部に重度裂傷、重度失血 左肩に銃創悪化(左腕の感覚がない)
[装備]:アガートラーム@WA2
[道具]:感応石×3@WA2、ゲートホルダー@クロノトリガー、基本支給品一式×2
[思考]
基本:“自分らしく”生き抜き、“剣の聖女”を超えていく。
1:他の仲間達が他の敵を片付けるまでピサロを食い止める
2:ゴゴを護り、ゴゴを助ける
3:ジョウイのことはとりあえずこの場が全部終わってから考える
4:今までのことをみんなに話す
[参戦時期]:ED後
[備考]:
※名簿を未確認なまま解読不能までに燃やしました。
※アナスタシアの身にルシエドが宿り、聖剣ルシエドを習得しました。大きさや数ついてはある程度自由が利く模様。
 現在、セッツァーが欲望の咢を支配しているため、剣・狼ともどもルシエドを実体化できません。

【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:クラス『ピュアピサロ』 ダメージ(大) ニノへの感謝  ロザリーへの純粋な愛(憎しみも絶望感もなくなりました)
[装備]:クレストグラフ(5枚)@WA2 愛のミーディアム@WA2 バヨネット
[道具]:基本支給品×2、データタブレット@WA2、双眼鏡@現実
    点名牙双@幻想水滸伝Ⅱ、解体された首輪(感応石) 天罰の杖@DQ4
[思考]
基本:ロザリーを想う。優勝し、魔王オディオと接触。世界樹の花、あるいはそれに準ずる力でロザリーを蘇らせる
1:アナスタシアを殺す
2:ヘクトル(?)、セッツァーを利用し、参加者を殲滅する
3:セッツァーはとりあえず後回し
4:ジョウイは永く保たないはずなので、放置する
[参戦時期]:5章最終決戦直後
[備考]:*クレストグラフの魔法は、下記の5種です。
     ヴォルテック、クイック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック、ハイパーウェポン
    *バヨネットはパラソル+ディフェンダーには魔導アーマーのパーツが流用されており魔導ビームを撃てます
    *ラフティーナの力をバヨネットに込めることで、アルテマを発射可能です。
    *ヴァイオレイター@WA2、ヨシユキ@LALは破壊されました

【石の女神@WA2】
 メイメイさんのルーレットダーツ3等賞。メイメイさんが見つくろった『ピサロにとって役に立つ物』。
 進化に逆らってまで貫いた愛が貴種守護獣・ラフティーナを顕現させ、ミーディアム『愛の奇蹟』となった。
 1ターンの絶対防御『インビシブル』も使用可能。
 ただし、制限によりその絶対防御の固さは使用者の愛の固さと相手の想いの強さに依存する。

*アナスタシアの二撃により、石細工の土台が破壊され、他の戦場間に隆起が生じました。
 他の戦場への移動は困難です。

484瓦礫の死闘−VS鬼神・泣き止んだ僕が願ったこと− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 16:05:00 ID:Jea2wzBk0
アナスタシアの大斬撃は他の戦場にまで影響を及ぼしていた。
「ぬおおうッ!?」
突如、巨大な衝撃波2度も地面を切り裂き、それまで柳の如く捌き通していたカエルの体幹が崩れる。
だが、持ち前の筋力と体重を発揮したゴーストロードは地震に耐えきり、体勢を崩したカエルにラグナロクの一撃を放つ。
「ファイアッ!!」
だが危地を見逃さなかったストレイボウが、フォルブレイズを開いて魔術を行使する。
異界の魔導書を精読するにはあまりに時間がなく、魔導書の真の技を解き明かすに達せていない。
だが炎魔術の触媒として使うにはそれで十分事足り、脳裏に浮かぶ未知の知識を再現する。
今のところファイガまでしか復元できていないが、今はこれで十分だ。
生じた火炎は蛇のようにゴーストロードを襲い、ラグナロクを弾く。
「この魔法は? おいストレイボウ、まさかスペッキオがこの島に――――」
「その話は後で……前だ、カエルッ!!」
ストレイボウのフォローで一呼吸を入れようとしたカエルに、マーニカティの刃が襲い掛かる。
これまで互いにほぼ無呼吸で撃ち合っていたため、流石のカエルも互いに一呼吸を入れると思ってしまったのだ。
だが、互いに騎士といえど、死に体と死体には巨大な差があり、呼吸の概念がないゴーストロードはカエルより半歩先手を取る。
限界ギリギリの反応でカエルは一の太刀を弾くが、これまでの疲労から威を流しきれなかったカエルの体が浮いてしまう。

「カエルッ!!」

ストレイボウは急ぎ詠唱を行おうとするが、自身の呪文よりも先に撃鉄を叩く音が耳に入った。
反射的にストレイボウが振り向いたその先には、ドーリーショットを構えたイスラがいた。
イスラが立ち上がったことにストレイボウは顔を綻ばせようとしたが、すぐに怪訝へと変化した。
(構造から見てあの銃は大口径弾か、散弾。どちらにしたって、あの距離じゃ命中するかどうか。
 いや、それどころか下手したらカエルを――――)
浮かぶ記憶とこれまでの戦いから、イスラの持つドーリーショットが接近戦用の銃であることは理解している。
構えるイスラは銃をゴーストロードの方向へと銃口を向けてこそいるものの、接近する気配はない。
まさか、ヘクトルを助けるためにカエルを討つつもりか、それともやはり自殺をするつもりか――――
(いや、違う! あの眼、あの瞳はッ!!)
だが、その思考はイスラの瞳に掻き消された。
全を見失った盲目の黒ではない、意志の込められた闇があった。
ストレイボウは、その瞳に吸い込まれそうな気分を覚えた。その胸に抱いた勇者バッジの淡い輝きにすら気づかないほどに。

――――銃を使ったのは初めてか? だとすれば、筋は悪くない。

そういわれたのは、ケフカを撃ったときだったか。
砲身と引鉄に手を添えながらイスラはそんなことを思い出していた。
銃。引鉄を引いて、火薬に火をつけ、爆発力で弾を発射して、仕留めるこの武器が好きにはなれなかった。
勿論、帝国軍・無色の派閥ともに銃撃員はいるし、
この支給品をして当たりと判断した自分がその有用性・効力について異を挟む気はない。

ただ、僕は剣の方が好きだった。相手の武器を紙一重で躱して殺す。
そうすることで、自分が死に近づけているような気がするのだ。
だから、撃たれて遠くの誰かが死ぬことが、自分が安全な距離にいることができる銃が、少し好きではなかった。

――――そこまで世の中は甘くない。一朝一夕で上手くなるなどとは思うな。
    最後に恃むのはやはり自分が一番慣れた得物だ。

それを察したのか、銃器の扱いに長けた彼は特別自分に何かを教えることはなかった。
筋が少し良かろうが、本人の気質と噛み合わなければ教える価値もない。

――――だが、最初と最後の一歩は覚えていて損はない。
    ARM使いのまじない……言葉遊びのようなものだ。そもそも何故これがARMと呼ばれるか?

だから、きっとこの言葉はほんの気まぐれだったのだろう。
何かの理由で、この銃を恃まなければならなくなったときのために、ほんの少しの力となるようにと。
きっとその時は、銃を握る者の何かが変わっているだろうから。

485瓦礫の死闘−VS鬼神・泣き止んだ僕が願ったこと− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 16:05:36 ID:Jea2wzBk0
「わかってるのに見えないふりを続けると大事な物を見失う」
眼を見開き、イスラは目の前の光景を見据える。
カエルが、ストレイボウが戦っている。己が終わりに辿り着くために、今を懸命に生きている。
そして、今、危地に陥っている。今を懸命に駆け抜ける死体の手によって、潰えんとしている。
「曇りを払い自らの瞳で世界を見据え真実を捉えろ」
かつてヘクトルが夢見て、自分が憧れた理想郷の成れの果てが、今を生きる者たちを脅かしている。
その真実を、イスラはついに直視する。他ならぬ、二人の英雄達の言葉に支えられて。
「今、分かったよ、おじさん。銃も剣も、同じなんだ。距離は関係ない。
 この目に映るものに、触れたいと、関わりたいと思う気持ち。それを形にする」
イスラの意識が澄み渡り、純粋なる力へと変換されていく。
引鉄をにかかる金属の質感、銃身の重さが意識に溶けて、まるで自分自身になっていく。
これより行うは弾を飛ばすことではない。手を伸ばすこと。

「掴み取るものを見つめて、延ばす。この銃は……僕の“腕<ARM>”の、延長――――ッ!!」

発射された弾丸が、まるで生きているかの如く軌跡を描いてマーニカティに直撃し、刀身を真っ二つにした。
見つめた真実に眼をそむけることなく、手を伸ばそうとする意志の体現。
それこそがフォース・ロックオンプラス――――ARMの原点にして真髄だ。
「お前に助けられるとは……だが好機! そっちの神剣も落としてもらおうかッ!!」
その隙を見逃さず、カエルは剣閃をラグナロクへ走らせる。
だが、ゴーストロードは剣で向かい合うことなく、腹に一撃を許した。
その様に驚愕に喉を鳴らす。いくら死体だとしても武器で撃ち合えばいいものを、何故体を張ってまで左手を避けるのか。

「奪ワセナイ……侵サセナイ……」

深く、昏い場所から、せせりあがるように言葉が漏れ出す。
臓腑を捩じり絞って吐き出されたのは後悔と決意だった。
「アイツガ……アイツラガ……一緒ニ……イラレル国……ヲ……」
また一人、喪ってしまった。受け継いだはずの緑色の祈りさえ、零れ落ちていく。
だからこそ、もう喪えない。約束まで奪わせない。
身体なんていくらでもくれてやる。だが、この指輪と左腕だけは許さない。
「戦ワセロ……終ワレナイ……俺、ハ……此処ニ、イル……イルンダ……ッ!!」
失われた左眼の虚空から、全てが漏れ出す。
『意志』が、『願い』が、『夢』が、『約束』が、『誓い』が。
彼が失ってきたもの全てが呪いの闘気となって、支配する領域を拡大する。
ここにいるのだ。剣を振るい抗い続けているのだ。
まだ終わっていないと、高らかに笑い続けて、何も終わっていないと、その証を大地に刻むように。
(なんて、重み! これが……国の重みッ!!)
距離をあけているはずのストレイボウさえも、心臓を鷲掴みにされる。
人の命を数で数えてはいけないと分かっていても、その背負ったモノの桁の違いに気が遠くなる。
ルクレチアを滅ぼしてしまったストレイボウには、その重みが押し潰されそうなほど理解できた。
ならば真正面でそれを受けるカエルがどうなるかなど言うまでもない。
これは、鬼だ。屍を抱えて阻むもの全てを滅砕する、鬼の戦神。
この鬼神こそが、カエルがなろうとしたものの極みなのだから。
たとえ目の前でラグナロクを震われようが、首を差し出すしかない。

「我ガ名ハ、アルマーズ……我ガ名ハ、ヘクトル……ッ!! 我ノ、我等ノ『理想郷』ハ……終ワラナイ……!!」
「それでも、終わらせなければならないんだ!!」

486瓦礫の死闘−VS鬼神・泣き止んだ僕が願ったこと− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 16:06:14 ID:Jea2wzBk0
だが、その黒き闘気の領域を一筋の黒い刃が切り裂いていく。
魔界の剣を突き立てて、カエルの前にでた男がラグナロクを受け止めた。
「イスラ!?」
ストレイボウは戦いに割って入ったイスラに驚愕した。
接近戦ではあの領域の前に、勝ち目がない。だから銃を使ったのではないのか。
「生きたいとは、まだ思えない。消えてしまえるものならすぐにでも消えてしまいたい。
 でも、ここで何もしなかったら、僕はきっと死ぬことも出来ない!!」
そんなストレイボウの不思議など構いなしに、イスラは剣越しにゴーストロードの目を見つめた。
眼の無い左目も、白濁した眼球が見るもの全てを呪い殺そうとする右目も、決して目を逸らさず見つめた。
「わかってるのに見えないふりを続けると大事な物を見失う。
 貴方が教えてくれた言葉だ。だから、見るよ。貴方を見る!」
そのためにイスラはここまで来た。
彼を見るために。全てを受け止めて、己の生死を定めるために。
どれほどの戦慄が立ちはだかろうとも、この胸に抱く英雄の勇気を抱いて前に立つ。
「誰もが笑いあえる国を創るっていったじゃないか。なのに、あんたが笑えなくちゃ、意味がないだろう!!」
見て、答えはもう決まっていた。
たとえその体の中にどれほどの想いがあろうとも、失われた残骸が必死に身を寄せ合っている最後の場所だとしても。
そこはもう理想郷ではない。ヘクトルが夢見たのは、オスティアの全てが笑いあえる国なのだ。
オスティアの『全て』――――ならば、誰よりも笑っていなければいない人物がいるのだ。
「今更偽るなよ。僕とあんたじゃ、笑顔を張り付けてきた年季が違うんだッ!!」
だから、イスラは亡霊の願いを否定する。
たとえどれほどに全てを捨てて、楽園を作る一本の剣となって笑い続けても、オスティア候ヘクトルが笑えるはずがないのだ。

「それでもまだ続けるなら……僕が、僕が……」
「僕たち、だろう」

ストレイボウとカエルが口ごもるイスラの前に並び立つ。
イスラの勇気、勇猛果敢の意志が2人にも伝わり、この闘気の渦の中でもなんとか動けるようになっていた。
「もう手は握れん。だが、肩を並べ戦うことはできるだろう」
カエルが天空の剣を構え直す。理想の極みを見た以上、成すべきことはきまっている。
「補助魔法なんて初めてなんだ。精度は期待するなよ」
2人より数歩後ろに下がったストレイボウが詠唱を行うと、カエルとイスラにプロテクトの障壁が形成された。
この亡霊の後ろには魔剣が、そして新たな魔王がいる。ならば、この亡霊すら倒せないようではなにもできはしない。

3人の揺るがぬ決意を感じ取ったか、ゴーストロードはついに右手に力を込める。
幾つものナイフを失い、精霊剣マーニカティを失った今、残るは2本。
神剣ラグナロク、そして、亡霊を形作る核たる天雷の斧アルマーズ。
右に雷鳴を轟かせ、左に灼熱を震わせて、ついに鬼神がその真なるを顕す。
「魂を灼かれた後に、亡霊退治とはな。なかなか体験できるものではない」
「……亡霊退治なら、後でやってるよお前。で、どうするイスラ」
ストレイボウが最後にイスラの背中を押す。
カエルも虫の息で、ストレイボウでは正面を晴れない。
そしてやはりというか、他も同じだろうが、援軍も期待できない。
勝負の要は闘気を無効化できるイスラとなる。ならば、その始まりは彼が告げるべきだ。

「お前はどうするイスラ。自滅まで待つなんて甘い考えじゃこちらがやられる。お前はどうしたい?」
「終わらせる……!」

イスラは間断なく応じた。誓いを確固たるものとするように繰り返す。

「ヘクトル。僕は行く。貴方の理想郷を、終わらせる」

すでに涙は止まっている。やるべきことは、もう決まっていた。
誰よりもその理想郷に憧れたから、そこに生きることを夢見たから。

「それが……! 貴方への最後のはなむけだ!」

どうかお願いします。それを、僕の大切な終わりとさせてください。

487瓦礫の死闘−VS鬼神・泣き止んだ僕が願ったこと− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 16:06:49 ID:Jea2wzBk0
【C-7とD-7の境界(C-7側)二日目 昼】

【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:書き込みによる精神ダメージ(大)右手欠損『覚悟の証』である刺傷 瀕死 疲労(極大)胸に小穴
[装備]:天空の剣(開放)@DQ4 覆面@もとのマント
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本:燃え尽きた自分を本当の意味で終わらせる
1:亡霊を倒す
2:友の願いは守りたい
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)
[備考]
※ロードブレイザーの完全消失及び、紅の暴君を失ったことでこれ以上の精神ダメージはなくなりました。
 ただし、受けた損傷は変わらず存在します。その分の回復もできません。(最大HP90%減相当)

【イスラ・レヴィノス@サモンナイト3】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(極)心眼 勇猛果敢@ゴーストロードの闘気を無効化 
[装備]:魔界の剣@DQ4、ドーリーショット@アークザラッドⅡ
[道具]:確認済み支給品×0〜1、基本支給品×2、
[思考]
基本:生きたいとは思えないが、終わり方に妥協はしない
1:ヘクトル、貴方を終わらせる……ッ!
[参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている)
[備考]:高原、クロノ、マッシュ、ユーリル、ヘクトル、ブラッドの仲間と要注意人物を把握済み。
    フォース・ロックオンプラスが使用可能です。

【ストレイボウ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ(小)、疲労(極)、心労(中)勇気(大)ルッカの知識・技術を継承
[装備]:フォルブレイズ@FE烈火の剣
[道具]:勇者バッジ@クロノトリガー、基本支給品一式×2
[思考]
基本:魔王オディオを倒してオルステッドを救い、ガルディア王国を護る。  
1:急ぎ天雷の亡将を倒し、他の仲間達の援護に向かう
2:ジョウイ、お前は必ず止めてみせる…!
参戦時期:最終編
※アキラの名前と顔を知っています。 アキラ以外の最終編参加キャラも顔は知っています(名前は知りません)
※記憶石によってルッカの知識・技術を得ました。
 ただしちょこ=アクラのケースと異なり完全な別人の記憶なので整理に時間がかかり、完全復元は至難です。
 また知識はあくまで情報であり、付随する思考・感情は残っていません。
 フォルブレイズの補助を重ねることで【ファイア】【ファイガ】そして【プロテクト】は使用可能です。

※首輪に使われている封印の魔剣@サモナイ3の中に 源罪の種子@サモサイ3 により
 集められた 闇黒の支配者@アーク2 の力の残滓が封じられています
 闇黒の支配者本体が封じられているわけではないので、精神干渉してきたり、実体化したりはしません
 基本、首輪の火力を上げるギミックと思っていただければ大丈夫です

※首輪を構成する魔剣の破片と感応石の間にネットワーク(=共界線)が形成されていることを確認しました。
 闇黒の支配者の残滓や原罪によって汚染されたか、そもそも最初から汚染しているかは不明。
 憎悪の精神などが感応石に集められ、感応石から遥か地下へ伸びる共界線に送信されているようです。


【天雷の亡将@???】
[状態]:クラス『ゴーストロード』 左目消失 腹に傷 戦意高揚 胸に穴
    アルマーズ憑依暴走 闘気(極) 亡霊体 HP0%
[装備]:アルマーズ@FE烈火の剣(ミスティック効果中。耐久度減。いずれにせよ12時までに崩壊)
    ラグナロク@FF6 勇者の左腕
[思考]
基本:オワレナイ……ダ、カラ……レ、ヲ……戦ワセロ……ッ!
1:戦う
2:肉を裂き、骨を砕き、生命を断つ
3:力の譲渡者(ジョウイ)には手を出さない


 *天雷の亡将の周囲に石細工の土台が暴走召喚によって大量召喚されています。
 *ビー玉は暴走召喚の触媒として壊れました
 *つらぬきのやり@FE烈火の剣は死体が最初に倒れていた場所(C7)に突き刺さったままです
*聖なるナイフ@DQ4、影縫い@FFVI、アサシンダガー@FFVI マーニ・カティ@FE烈火の剣は破壊されました

*アナスタシアの二撃により、石細工の土台が破壊され、他の戦場間に隆起が生じました。
 他の戦場への移動は困難です。

488瓦礫の死闘−VS魔神・ゴゴ、『黒の夢』に……− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 16:07:43 ID:Jea2wzBk0
石の崩れる音を聞きながらちょこは目を覚ました。
自分でも等身が変わって、覚醒を解いてしまったことが分かる。
いったい何があったのか。それを思いだそうとして、下腹部がぎゅぅんと悲鳴を上げようとした。
「大丈夫だ。ちょこ」
だが、それをあやすようにちょこの手が握られる。
大きくもなく、小さくもない。でも優しく暖かい手のひらだった。ちょこは、その暖かさを覚えている。
「ゴゴ、おじさん……」
見上げた先には、フードをかぶった誰よりも優しい人がいた。
砂煙の舞い上がった薄暗い空でも、この人のいる場所ならば明るいと思えた。
「ごめん、なさい……ちょこ、ちょこたち……止められなかった……」
その優しさに、ちょこのまなじりが緩み、ポロポロと涙が浮かんでくる。
これまでに膨れ上がった恐怖が、涙となってこぼれ落ちた。
あの人をゴゴに会わせてはならない。あの怪物は、もう自分たちの生きる世界にいない。
攻撃は必ず当たり、こっちの攻撃は必ず失敗する。
いろんなものがめちゃめちゃに出てきて何もかもに法則性がない。そして声が届かない。
そんな世界観の違う怪物を相手には何も通じない。ゴゴが望む結末は、絶対に訪れないのだ。
「ああ、分かってる。大丈夫だ。大丈夫だよ、ちょこ。
 アキラも眠っている。お前は何も失っていない。失っちゃいない」
だから、そういってあやしてくれるゴゴの優しさが、余計に辛くてちょこは涙を流す。
私のことはいいから、自分のことを考えて欲しいのだ。
「休んでてくれ。後は、俺に任せろ」
「…………だめ……いっちゃ、だめだよ……」
そういってゴゴは、ゆっくりとちょこを横にして、背中を向けて去っていく。
その背中に手を伸ばそうとしたが、泣きはらした子供の精神は弛緩しきって、ちょこの瞼を強制的に閉じた。
ここから先は見ない方がいいと、忠告するように。

砂煙をかき分けて、ゴゴは前進する。
運が良かった、と思う。あと何分か判断が遅れていたら、分断されてここにくることも出来なかった。
ストレイボウやアナスタシアのことも気になるが、自分をここに送り出した彼らの気持ちを無駄にすることは出来ない。

ちょこには大丈夫だと言ったが、それは事実の半分でしかない。
アキラは後頭部から出血しており、止血して何度か回復呪文をかけたが目を覚まさない。
ちょこに関しても……ゴゴが駆けつけたのはちょこが踏みつけられる瞬間だった。
近くに落ちていたデスイリュージョンを投げて瓶を破壊し、ぎりぎり破壊こそ守れたものの、
実際のところどうなのかははっきり言って分からない。
仮に身体は無事だったとしても……植え付けられた恐怖は、ひょっとしたら永遠に拭えないかもしれない。

彼ら2人に手を差し伸べるには、余りにゴゴは無力だった。
ちょこの涙を思い出して、得も言われぬ感情が浮かぶ。
あの優しい子は、一言も苦しいと言わず、ただゴゴの未来を案じていたのだ。
だからこそせめて、そのけじめをつけるべく、ゴゴは砂嵐の向こう側にたった。

「待たせたな。ここに来るまで、随分遠回りをした」

その煙の晴れた荒野に、黒いコートの背中があった。
ゴゴから背を向け、手でころころと白黒のダイスを回している。
「遠くからも、お前とちょこ達の戦いは見えていたよ。ちょこ達には手品に見えただろうな」
世間話をするような調子で、ゴゴは垣間見えたセッツァーの戦いを評した。
だが、そこに彼らのように疑問がる調子はカケラもなかった。
ゴゴには、最初からセッツァーが何をしたのか分かっていた。

「今日は随分と役の揃いがいいんだな――――そのスロット」

489瓦礫の死闘−VS魔神・ゴゴ、『黒の夢』に……− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 16:08:37 ID:Jea2wzBk0
セッツァーのダイスを転がす手が止まる。
マッシュに必殺技があるように、シャドウに投擲の技があるように、
ゴゴに物真似があるように、誰しも譲れぬ技がある。
セッツァーのセッツァーたる大技――――スロット。
下はミシディアうさぎ、上はバハムート召喚まで、
様々な役を内包した自身の内側にある乱数装置に身を委ねて奇跡を起こすギャンブラーの神髄。
ゴゴのものまね同様、世界法則を半分逸脱している能力だ。
ゴゴもよく知る技だから、ゴゴはそこまでは直ぐに看破できた。
だが、それだけでは彼ら2人が惨敗する理由にならない。
アキラが受けていた銃撃や、ちょこの羽をもがれた傷はスロットではないし、
スロットで圧勝するということは不可能なのだ。
そもスロットと名の付くとおり、この技は運に支配されている。
召喚獣召喚の役もランダムで、その役で出てくる召喚獣もランダムと来ている。
それを全部が全部リールを揃え、さらに自分に都合のいい召喚獣を
引き当て続けるともなれば、その確率は天文学的数字になる。
セッツァーがこれまでスロットを使ってこなかったのは、そのリスクの大きさ故だ。
僅かな失敗も許されないこの戦いで、スロットは死に技でしかない。
もし、それを本気で行えるとすれば、それはつまり。

「お前は、幸運を支配しているんだな」

バカツキ。
コロセウムの賭で百戦百勝。
ポーカーをやれば4枚と最初のカードでファイブカード。
ルーレットは全部一発特賞で店主禁断症状。
チンチロリンでお前の城の財政がヤバイ。
スロットを回したと思ったらゴスペルリングが手に入ってた。

そんな、あり得ぬほどの幸運が全ての条理をねじ曲げているのだ。
ふつうに考えれば、あり得ない。だが、その背中から迸る人間とは思えないほどの力を見れば、そうともいえなかった。
2つのダイスのうち、白きダイスからセッツァーの感情を変換するように、膨大なエネルギーが送られ続けている。
カスタムコマンド・フォースチャージ。
希望のミーディアムが持つ加護が、セッツァーの欲望と希望――夢をフォースに変えて満たし続けている今、
セッツァーは常に絶好調<コンディショングリーン>の上限を突破し続けている。
故に、ご都合主義が乱れ飛ぶ。
セッツァーが最速で飛び続けるために、空が彼のために道をあける。
セッツァーに関わる全てが、セッツァーに幸い<BEST>し、関わった全ての不幸<WORST>になる。
セッツァーの夢を叶えるために運命がひざまずく。
彼1人で、幸運のガーディアン・チャパパンガを誕生させかねぬ幸運――それこそがこの『絶対幸運圏』の真相だ。

(だが……それだけでここまでの領域に行くのか?)

だが、ゴゴにはまだ僅かに引っかかるものがあった。
フォースの力で絶好調なのは分かる。だが、この幸運は人間の持つ領域ではない。
まだ何か“幸運を底上げする何か”が潜んでいる気がした。

490瓦礫の死闘−VS魔神・ゴゴ、『黒の夢』に……− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 16:09:22 ID:Jea2wzBk0
「……なるほどな。つまり、お前は俺を知っていると」

セッツァーはそこで初めてゴゴに声をかけた。
ここまでゴゴがスロットのことを話したのも、ひとえに彼がセッツァーの技を知っていることを持って、
自分がセッツァーを知っていることの証としたのだ。

「で、次はどんな与太を聞かせてくれる? 
 お前との出会いか? お前と旅をしたことか? ファルコン号の乗り心地か?
 いいぜ、今の俺は気分がいい。妄想捏造贋作駄作フィクション、好きに歌えよ。
 どうせ捨てる屑紙、中に何が書いてあったのか見るのも悪くはない」

だが、それさえももう今のセッツァーにはどうでも良かった。
ゴゴという知りもしない酒の味も、ゴゴが知るというセッツァーの味も、もう関係ないのだから。

「ああ、本当に気分がいいよ。この島に来てからチラチラチラチラ俺の空に変なものが混じってた。
 見えねえし聞こえもしねえ、だけどそいつが“いる”ことだけははっきりしてやがる。
 俺が気持ちよく飛んでいるのに、そいつはじっと俺の後方に張り付いて飛んでいるときた」

セッツァーのかつての酒を知る誰もがいう。
ゴゴという酒があった。お前と並んでそこに揃っていたと。
いないはずなのにいる。その時点ですでに不愉快。
そしていざ実物を見てみれば、当然知るはずもなく、しかもその酒には“ラベル”がない。中身もない。
ただ他人の酒をチャンポンにしてこれが俺だと謳う合成酒。呑むにすら値しない。
だが、何故か気になり続けた。あの黄金の憎悪を見たという以上に、思考の何処かで引っかかっていた。

「やっと、叩き壊せる。俺の空にいるんじゃねえよ。
 重いんだよ。空気が乱れるんだよ。俺の翼を風除けにするなよ。
 ――――――ここには、俺の夢だけがあればいいんだよ」
 
やっとその理由が分かった気がする。
頂点を競い続けるピサロやジョウイと違い、こいつはただセッツァーを追っている。
目指すのは果ての夢ではなく、ただこの背中のみ。
“つまり邪魔だ”。
アキラやちょこはもはや問題にもならない。眼中にも記憶にもない。だがこいつは別だ。
存在自体がセッツァーの速度を殺している、この空に残った最後の汚点だ。

「だから、消えろ。お前がどっかで俺と会っていようがいまいが、今はもう要らない」

だから、セッツァーははっきりとそう言った。
心を折るなどと言う戦略はない。どのみち瓶ごと砕くのだから。
その迷い無き夢に、皮肉にも西風が吹き、セッツァーのコートをめくる。
その内側には、ゴゴ達が作った花の栞の全てがあった。
そして、そのどれもが分け隔て無くくすみ、ほとんど枯れ朽ちつつあった。
ファルガイアにおいて幸せの象徴であり、ある少女の祈りのこもった小さな花達さえも、
この悪夢・絶対幸運圏を維持する燃料でしかなかったのだ。
ファンタズムハートと小さな花十数枚分の幸運を吸い尽くしたセッツァーの夢。
唯一の『感情』にのみ満たされて稼働するそれは、規模こそ異なれど『オディオ』そのもの。

「それが全てだ、物真似師<プロフェッショナル>。鷹で飛ぶのは――――独りでいい」

三流だろうが一流だろうが、現在過去未来に通ずる全ての夢を終わらせる『黒の夢』だ。

491瓦礫の死闘−VS魔神・ゴゴ、『黒の夢』に……− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 16:09:58 ID:Jea2wzBk0
「俺はゴゴ。物真似師で、ケフカを倒した後、ファルコン号の副船長をしていた」
だが、ゴゴはその夢から、現実から目を逸らさず、そう応えた。
先ずはありのままのセッツァーを受け入れ、自分の在り方を伝える。
何がどうであろうが、その始まりを済まさなければ次に進めない。
「お前の名前を聞かせて欲しい」
「……セッツァー。“世界最速”セッツァー=ギャッビアーニ」
ゴゴの問いに、セッツァーは少しだけ考えて応えた。
意図を理解しかねてか、或いは、自分という酒を確認するためか、素直に応えた。
「“世界最速”とは、何をする者だ?」
「全てを追い抜き、全てを置き去り、星を追う者」
それがセッツァーの夢。全てを捨てても叶えたい光。
「そうか、全てを追い抜き、全てを置き去り、星を追う者か」
ゴゴはそれをまず素直に受け止めた。とてもではないが物真似はできない。
これを物真似すれば、オディオ同様、ゴゴの世界を夢に喰い尽くされる。
だが、それでも、追いつきたいと思うから。

「では」

相手は絶対幸運圏の支配者。確率を無視して飛翔する魔神だ。
それこそオディオでもない限り、まともに戦えば絶対に負ける。

「“全てを追い抜き、全てを置き去り、星を追うこと”を止めるという物真似をしてみるとしよう」

それでも追う。
もしも本当に全ての幸運がセッツァーにあるなら、スロット最強の役で全員とっくに沈んでいるはずだ。
出せないのか、出さないのか――――なんにせよ、あの幸運圏には穴がある。

「誰でもない、キャプテンと旅をしてきた俺の物真似で」

声が届かないのならもっと近くへ、それでも足りないなら追い抜いてでも。
セッツァーのためなどとは言わない。他ならぬ、副船長であるゴゴの願いで飛翔しよう。
鳥が飛ぶ。白き翼をはためかせ、鳥が飛ぶ。仲間を求めて、黒き夢へと飛んでいく。
黒の夢は、ついに空が浄化される瞬間が来たことを満面の笑みで迎え、ダイスを空に投げた。

「行くぞ、セッツァー。お前に追いついて、俺の声を届かせてみせるッ!!」
「そりゃ無理だ。誰も俺には追いつけない! 世界で一番近く、あの星空を見に行くんだからなッ!!」

自分こそが世界と歌う黒き鷹。世界こそが自分と歌う白い鳥。
八千八声、啼いて血を吐け、ホトトギス。その魂の詩が、きっと天地全てに響くから。

492瓦礫の死闘−VS魔神・ゴゴ、『黒の夢』に……− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 16:12:41 ID:Jea2wzBk0
【C-7とD-7の境界(C-7側)二日目 昼】

【ちょこ@アークザラッドⅡ】
[状態]:ダメージ(極)、疲労(極) 覚醒モード 気絶 生理的恐怖 片翼破壊
[装備]:ミラクルシューズ@FFⅥ いかりのリング@FFⅥ
[道具]:海水浴セット、基本支給品一式、ランダム支給品1個@魔王より譲渡されたもの 焼け焦げたリルカの首輪
[思考]
基本:みんなみんなおうちに帰れるのが一番なの
1:ゴゴおじさん、いっちゃだめ……
2:ゴゴおじさんやみんなをまもるの
3:ジョウイおとーさん……うそなの……
4:おとーさんになるおにーさんのこと、ゴゴおじさんから聞きたい
[備考]
※参戦時期は本編終了後
※殺し合いのルールを理解しました。トカから名簿、死者、禁止エリアを把握しました。
※アナスタシアに道具を入れ替えられました。生き残るのに適したもの以外です。
 ただ、あくまでも、『一般に役立つもの』を取られたわけでは無いので、一概にハズレばかり掴まされたとは限りません。
※アシュレーのデイパックを回収しました。
※コマンド『かくせい』が使用可能になりました。ただし、ヴァニッシュ使用を含め覚醒時は常時魔力を消費します。

【ゴゴ@FFⅥ】
[状態]:疲労(極)瀕死 首輪解除 右腕損傷(大)気絶 出血多量 物真似に対する矜持
[装備]:ブライオン@ LIVE A LIVE 、ジャンプシューズ@WA2
[道具]:基本支給品一式×2(ランタンはひとつ)
    魔鍵ランドルフ(機能停止中)@WILD ARMS 2nd IGNITION 、サラのお守り@クロノ・トリガー
[思考]
基本:物真似師として、ただ物真似師として
1:セッツァー…俺の声を、届かせてみせる!
2:急ぎセッツァーと決着をつけ、他の仲間達の援護に向かう。
3:“救われぬ”者を“救う”物真似、やり通す”
[参戦時期]:本編クリア後
[備考]
※本編クリア後からしばらく、ファルコン号の副船長をしていました。
※基本的には『その場にいない人物』の真似はしません。
※セッツァーが自分と別の時間軸から来た可能性を知りました。
※内的宇宙のイミテーションオディオが紅の暴君に封印されたため、いなくなりました。
 再度オディオを物真似しない限り、オディオは発生しません。

【アキラ@LIVE A LIVE】
[状態]:意識不明 精神力消費(極)疲労(極)肩口に傷 怨念に触れて精神ダメージ(中) 後頭部にダメージ@出血有
[装備]:パワーマフラー@クロノ・トリガー、激怒の腕輪@クロノ・トリガー、デーモンスピア@DQ4
[道具]:清酒・龍殺しの空き瓶@サモンナイト3、毒蛾のナイフ@DQ4 基本支給品×3
[思考]
基本:オディオを倒して元の世界に帰る。
1:セッツァー……お前が、松を……ッ!!
2:レイ・クウゴ、アイシャ・ベルナデット(カノン)、ミネアの仇を取る。
3:首輪解除の力になりたいが、俺にこれを読めるのか……?
4:ジョウイに対処する
[参戦時期]:最終編(心のダンジョン攻略済み、ストレイボウの顔を知っている。魔王山に挑む前、オディオとの面識無し)
[備考]:超能力の制限に気付きました。テレポートの使用も最後の手段として考えています。
※カノンの名をアイシャ・ベルナデット、リンの名をリンディスだと思っています。
※松のメッセージ未受信です。

493瓦礫の死闘−VS魔神・ゴゴ、『黒の夢』に……− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 16:13:49 ID:Jea2wzBk0
【セッツァー=ギャッビアーニ@FFⅥ】
[状態]:クラス『黒き鷹の夢』 絶対幸運圏<LCK:BEST OVER> 魔力消費(中) ファルコンを穢されたことに対する怒り
[装備]:デスイリュージョン@アークザラッドⅡ 44マグナム&弾薬(残段数不明)@LIVE A LIVE
    希望と欲望のダイス@RPGロワオリジナル バイオレットレーサー@アーク2
[道具]:基本支給品一式×2 拡声器(現実)ゴゴの首輪
    天使ロティエル@サモンナイト3、壊れた蛮勇の武具@サモンナイト3 にじ@クロノトリガー、
    小さな花の栞@RPGロワ(徐々に枯渇中) 日記のようなもの@???
    昭和ヒヨコッコ砲@LIVE A LIVE、アリシアのナイフ@LIVE A LIVE、、ルッカのカバン@クロノトリガー、
[思考]
基本:夢は取り戻した。あとは勝つだけだ
1:ゴゴを潰す
2:ヘクトル(?)とピサロを利用し、参加者を殲滅する
3:ジョウイに関してはもうゲームからの脱落者として今のところ考慮しない
4:手段を問わず、参加者を減らしたい
※参戦時期は魔大陸崩壊後〜セリス達と合流する前です
※ヘクトル、トッシュ、アシュレー、ジャファルと情報交換をしました。
※ジョウイからマリアベル達の現在の状況を知りました。その他の情報については不明です。
※ルッカのカバンには工具以外にルッカの技用の道具がいくらか入っています
※フレイムトライデント@アーク2、ソウルセイバー@FFIVは破壊されました

[備考]

【希望と欲望のダイス@RPGロワ】
セッツァーの果てしない夢に呼応したアシュレーの心臓(=希望と欲望のミーディアム)が、
砕けたチンチロリンのダイスと融合して出来た白黒1対のサイコロ。
希望のミーディアムでもあるため、フォースチャージを使用可能。

【絶対幸運圏】
パーソナルスキル。フォースチャージによって極限まで高められ、
運の上位守護獣チャパパンガの領域にまで達した運気そのもの。
自身が行う&自身が対象となる全ての行動に対し強烈なLCK補正が働くスキル。
その幸運は『7』以外のスロットの出目を支配するほど。
ただし、自身の幸運だけでは足りないため、その維持には他の幸運も必要になる。
たとえば、少女が好きだった、道化師にすら手折られない、小さく真白い幸せさえも。

*アナスタシアの二撃により、石細工の土台が破壊され、他の戦場間に隆起が生じました。
 他の戦場への移動は困難です。

494瓦礫の死闘−VS??・Hyper Evolve X-fire sequence− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 16:14:27 ID:Jea2wzBk0
「かくて戦場の様相は三局に分かれ……三神に挑む北斗七星って所かしらねえ」
花畑の中に寝ころびながら酒をあおり、メイメイはとろんとした瞳を浮かべている。
その視線の先には、魔力を湛えた水晶玉があり、メイメイはそこからこの地底の遥か遠くにある戦場を見つめていた。
「……まさか、こうなるとは思ってなかったけどね。ピサロはともかく、あっちは完全に読み外しだわ」
その視線が見つめるのは、セッツァーとピサロ。いずれもメイメイが少しばかり示唆を行った者たちだ。
「省みた方がいいと忠告はしたけど……勝者<じぶん>を省みるとは流石に思わなかったわ」
確かに彼らに後ろを見るようにと忠告はした。だが、彼らは省みながらも己を揺るがせることはなかった。
自分たちがどれだけの敗者の上にいるのかではなく、ただ自分がどれほどの高みにあるのかだけを認識している。
その圧倒的な自分への想いが、貴種守護獣さえも屈服させて、力へと変えているのだ。
亡霊、残留情報に過ぎないはずのゴーストロードがここまでの力を発揮することも含め、
まさに彼らは天地を揺るがす鬼神・魔神・女神――――三闘神と呼ぶにふさわしいだろう。

「……しかし、行き過ぎではあるが間違ってはいない。
 自分を省みない者が、他人を省みるなど出来ないのだから」

ならばこの戦いもまた傍観すべきだろう。
人と人の意志のぶつかり合いに、傍観者は立ち入るべきではない。

(見つけて、熟成させなさいな、若人たち。自分自身の酒の味を。
 最高の一杯がなければ、オル様との酒宴に交わることもできないわよ)

勇者が見つけた至高の一杯を思い浮かべながら、傍観者はつうと酒を飲み干した。
そして、自分が今傍観すべき存在へと目を向ける。
「貴方は、それを理解していたのかしらね。若王様」
そこには、感応石の傍で眠りにつくジョウイの姿があった。
そして、その枕として、マリアベルの遺した手記があった。

「ごめんなさいね、真紅なる貴人。私ではここまで持ってくるので精一杯。
 後は、あれを読んだ彼に委ねましょう」

ただ酒を呑んでいるように見えるが、メイメイの動向はオディオの掌握下にある。
オディオの命令に反すれば、誓約の呪いで耐えがたい激痛に脅かされる。
ジョウイの下で傍観しなければならない以上、彼女がこの手記を運ぶ手段がないのだ。
だがなによりも、ジョウイの答えを聞いたメイメイは、この魔王がどこまで行けるのかに興味を持ったのだった。

「夢を見せてよ。私も、オル様も、誰も飲んだことのない一杯を。
 誰かを憎むなんてのも馬鹿らしくなるくらい、最高の一杯を」

今だ見えぬ運命に期待を寄せるようにして、メイメイは酒を注ぎ直した。

495瓦礫の死闘−VS??・Hyper Evolve X-fire sequence− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 16:15:07 ID:Jea2wzBk0
深い夢の中に、憎悪の怨嗟が渦を巻く。
物真似に過ぎない憎悪は、ディエルゴと合わさったことで、更に強く、恨み、憎み、呪い続けている。
こんなものが内的宇宙の中にあれば、もはや一睡もできないだろう。

――――私の声が、聞こえていますか?

だが、その中でジョウイは静かに目を瞑り、心を落ち着けていた。
憎悪の声に耳を傾けることをしばし休め、自分の中で響く彼女の声に耳を傾ける。

――私の名は、ロザリー。魔王オディオによって、殺し合いをさせられている者の一人です。

優しい音だった。母の腕に抱かれて安らかに眠っていた、古い記憶を思い出すほどに、甘い音だった。
一時だけとはいえ、憎悪の声を忘れてしまえるほどに、その歌は聖なるものだった。

――何より辛かったのは、私の死をきっかけに、私の大切な方が、悲しみと憎しみに囚われてしまったことです。

彼女の歌の一部が、死ぬ寸前の誰かの下に聞こえたのだろう。
その為に彼女の歌もまた、その誰かの死ごと、死喰いに呑まれようとしたのだ。
だが、それでも彼女の歌は途絶えなかった。こうして、この胸の中で響いている。

――どうか、その大切な人のことを思い出してください。その人が、貴方のそんな姿を望んでいるはずがありません。

胸の傷に染み入り、痛みが走るほど、その歌は真摯だった。
ジョウイにはその痛みさえも嬉しかった。まだ自分は狂っていない。
決してその痛みは忘れてはならない。その正しさを、決して忘れてはならないのだ。

――オディオに屈さず、未来のために手を取り合える強さを、私は信じています

僕は貴女に許されないだろう。だが、それでいい。
みんなが手を取り合える未来を創れるのならば、この血塗れの手は誰も掴まなくていい。
貴女は正しくあってくれ。そこに生じる歪みは、僕が間違えるから。

――憎しみに流されず、悲しみ囚われず、互いに理解する心を。

まどろみの中でジョウイは恐るべき速さで情報を整理していく。
残る参加者のこと、能力のこと、彼らの思考、所持する支給品、調べきれなかった支給品。
死喰い、オディオ、彼ら彼女らの願い、出会えなかった参加者、禁止エリアとその攻略法。首輪解除の可能性。
ここまで、ジョウイは我慢に我慢を重ねて英雄たちの下へ姿を隠してきた。
その情けなさと引き換えにえた、数多くの情報によって、彼はマーダーとしては破格の情報量を得ている。
そして、今、天にあるオディオの輪郭と、地に潜む死喰いの理屈を知った。

天地人。戦いに臨むために必要な3つを手に入れたのだ。

――人間も、エルフも、魔族も、ノーブルレッドも。誰もが、抱いているのですから。

ならば、残るは1つ。己が背負ったもののために負けられないジョウイは、最後の1つに手を伸ばす。

「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。
 僕が何をできるのか、この魔剣で何をなせるのか、この場所で何を起こせるのか。
 僕は、敗者<ぼく>を省みる。全てを始めるのはその時だ」

死喰いを目覚めさせるために、既に魔剣の力は送り始めている。
故に、今は眠りの中で答えを探す。勝つために、導くために、僕に一体何ができるのかを知ろう。

――願わくば、私の声が多くの方々に。

来るべき戦いに向け、夢の中で算段を立てるジョウイは、二度と聞くことないだろう歌に心を委ねる。
何も知らぬ歌姫よ。きっとあなたの歌が聖なるは、邪なものを何一つ知らないからだろう。
それを知らぬ貴女の歌は、全てを失った人には決して届きはしないだろう。 だから。

――ピサロ様に、届きますように。

貴方の歌も、連れて行く。そしてどうか、楽園で歌ってほしい。
誰も何も失わない場所でなら、きっとその歌は、みんなに届くから。

496瓦礫の死闘−VS??・Hyper Evolve X-fire sequence− ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 16:16:10 ID:Jea2wzBk0
【F7・アララトス遺跡ダンジョン71階 二日目 昼】

【ジョウイ=アトレイド@幻想水滸伝Ⅱ】
[状態]:クラス『伐剣王』 ダメージ(中)疲労(中)半睡眠、全身に打撲 首輪解除済み 腹部に傷跡
[装備]:キラーピアス@DQ4 絶望の棍(絶望の鎌の刃がなくなったもの) 天命牙双(左)
[道具]:賢者の石@DQ4 不明支給品×1@ちょこの所持していたもの
    基本支給品 マリアベルの手記 ハイランド士官服
[思考]
基本:優勝してオディオを継承し、オディオと核識の力で理想の楽園を創り、オディオを終わらせる。
1:情報を整理し、自分に何ができるのかを考える
2:とりあえず死喰いを誕生させる準備は進める
3:メイメイに関してはしばらく様子見
[参戦時期]:獣の紋章戦後、始まりの場所で2主人公を待っているとき
[備考]:ルッカ、リルカと参加している同作品メンバーの情報を得ました。WA2側のことは詳しく聞きました。
    セッツァー達に尋問されたことを話しました。    
※紋章無しの魔法等自分の常識外のことに警戒しています。
※紋章部位 頭:蒼き門の紋章 右:不滅なる始まりの紋章

*ロザリーが見たのは、死喰いに喰われたルクレチア@LALでした。
 ルクレチア以外の場所(魔王山等)が死喰いの中にあるかは不明。
*召喚獣を使い、遺跡ダンジョンの地下1階〜地下70階までを把握しました。
(51〜70階は自分で歩いて)
*メイメイが地下71階に待機し、オディオにも通じる状態でジョウイを観察しています

*プチラヴォスの亡霊の集合(=ルクレチア)が、この島のグラブ・ル・ガブルに憑依しています。
 オディオの力を使うことで、その時点までに蓄積した死を基に、死喰いとして新生します。
 ただし、オディオの力が偽物の場合は、死喰いが不完全であればあるほど誕生が困難です。

497天雷の亡将状態表修正 ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 16:19:03 ID:Jea2wzBk0
【天雷の亡将@???】
[状態]:クラス『ゴーストロード』 左目消失 腹に傷 戦意高揚 胸に穴
    アルマーズ憑依暴走 闘気(極) 亡霊体 HP0%
[装備]:アルマーズ@FE烈火の剣(ミスティック効果中。耐久度減。いずれにせよ12時までに崩壊)
    ラグナロク@FF6 勇者の左腕
[思考]
基本:オワレナイ……ダ、カラ……レ、ヲ……戦ワセロ……ッ!
1:戦う
2:肉を裂き、骨を砕き、生命を断つ
3:力の譲渡者(ジョウイ)には手を出さない


 *天雷の亡将の周囲に石細工の土台が暴走召喚によって大量召喚されています。
 *ビー玉は暴走召喚の触媒として壊れました
 *つらぬきのやり@FE烈火の剣は死体が最初に倒れていた場所(C7)に突き刺さったままです
*聖なるナイフ@DQ4、影縫い@FFVI、アサシンダガー@FFVI マーニ・カティ@FE烈火の剣は破壊されました
 *ラフティーナが周辺にいる影響で、賢者の指輪を介し、魔力ステータスがニノ相当になっています

*アナスタシアの二撃により、石細工の土台が破壊され、他の戦場間に隆起が生じました。
 他の戦場への移動は困難です。

498 ◆wqJoVoH16Y:2012/08/20(月) 16:20:29 ID:Jea2wzBk0
投下終了です。2度の予約の上、期限超過申し訳ありませんでした。
疑問、指摘あればどうぞ。

499SAVEDATA No.774:2012/08/20(月) 18:23:21 ID:zmFW8VSw0
はふー。
全てを読み終え、俺はそっと息を吐いた
まずは投下お疲れ様を、氏へと贈ろう
自分を省みる、行き過ぎだけど間違ってはいない、か
思えばあの二人以外の多くが、このロワで自分を省みてるんだよな
例えばストレイボウ、例えばアナスタシア、例えばゴゴ
だからこそこの状況にあってもこいつらは揺るがないで、そしてまだ省みている途中のイスラたちも立ち向かっていける
燃え尽きたもの、頂点に立つもの、途上にいるもの
その三者三様が確かにここにいたよ
投下乙〜

500SAVEDATA No.774:2012/08/20(月) 18:54:39 ID:kLU8CpLA0
執筆と投下、お疲れ様でした。
これは……すげぇ。「ひとりであること」「極まったもの」を突き詰めて描いてきた
◆wq氏だからこそ形に出来るセッツァーで、天雷の亡将だと思えた。
永遠を打ち立てたピサロもある種の極みに達していて、ジョウイに感じた
痛ましさや孤高を通り越して『恐ろしい』とさえ感じたなぁ……。

だからこそ、自分は、これを読んですごいとしか言えない。
自分の書いたものを省みて、極まったものへの肯定と否定の両方がきっちりと
立つように書かれているから。
肯定する側も否定に立つ側も「省みて」いるからこそ、もう止まれはしない。
全員が妥協していないことが分かるから、彼らを最後まで見てみたいと真から思えました。

氏の作品にかぎらず、リレーの面でみてもそれは同じ。
ひとりであるものと、ひとりじゃないものとの構図を、本当に丁寧に拾ってる。
たとえばストレイボウと、ルッカの記憶。そこにニノのフォルブレイズまで
加わって、ヘクトルであった者に炎が向かうところ。
エルクに使われたインビシブルと同じ名前の技を使うピサロなんて、話の流れが
出来過ぎていて……なおかつ、これしかないと思える絵面がたまらない。
ちょこについては賛否あるだろうと思えるのだけど、今回のカエルや、ついに
泣き止んだイスラのように、本当に何もかも喪って、夢も見られなくなったところから
立ち上がる者をきっちりと咀嚼して描きにいっているので問題ない。
賛否がある描写をしている時点でリスクは大きいですが、たんにキャラクターを壊す・
汚すためだけに打った手でなく、そこからどう書くかも織り込んでいると自分は感じました。

興奮してしまって、まとまりがありませんが――ありがとうございます。
全力で物語に向きあって綴られたと分かる話を読めて、自分は、すごく嬉しい。
いちいち言ってたら死ぬほど長くなるので割愛しますが、上記で触れきれなかった
二次創作やパロディの面でも、十二分に楽しませていただきました。

501SAVEDATA No.774:2012/08/20(月) 21:43:05 ID:YJzDLNoY0
投下乙!
いつまでたってもスクロールバーが下に行かないので専用ブラウザが壊れたかと思いました。
っていうくらいのボリューム! それでいてどの場面も吸い込まれるように面白い!
ほんっとーにお疲れ様でした! マジでお疲れ様でした!

502SAVEDATA No.774:2012/08/22(水) 21:15:38 ID:MJLn2c7g0
投下乙でした。本当にお疲れ様でした。
とてもドキドキしながら読ませて頂きました。
感想については割愛いたします。


何か所かミスと思われる個所を

>>473
ゴーストロードに向かい合ったヘクトルが
ゴーストロードに向かい合ったのはストレイボウと思われます。

ゴゴが最終状態表で、気絶していることになっている。
ちょこの最終状態表で、覚醒が解けていない。

503さよならファイアーエムブレム  ◆iDqvc5TpTI:2012/09/24(月) 20:14:29 ID:SH.JKxQA0
お待たせしました
これより、イスラ、カエル、ストレイボウ、天雷の亡将投下します

504さよならファイアーエムブレム  ◆iDqvc5TpTI:2012/09/24(月) 20:15:15 ID:SH.JKxQA0
草原を愛した公女がいた。
大切な人を支えようとした少女がいた。
愛する人に生きて欲しいと願った男女がいた。
理想郷を夢見た男がいた。
彼らは皆、物語と共に成長し、物語と共に終焉を迎えた。
これは、そんな彼ら彼女達に贈るエピローグ。
彼らを送る鎮魂歌(レクイエム)。


アナスタシアの大斬撃に見舞われ、神剣と神将器の業火が舞い踊りし地で、今は熱風が荒れ狂っていた。
“闘気”と“勇気”。
領域を支配し楽園を築かんとする屍の狂熱と、支配を跳ね除け楽園を終わらせようとするフォースのぶつかり合いが、巨大な超高熱闘気の渦を巻き起こしているのだ。
常人ならば何もせずとも体力を奪われていく超空間の中、“勇気”の主たるイスラが駆ける。
右手には魔界の剣を、左手にはドーリーショットを。
両のARMを振りかざし、“闘気”の主たる亡将へと手を伸ばす。
亡将もまたイスラの両椀を振り払わんと神剣と神将器で迎撃するが、その動きが不自然に停止する。
左側面より飛来する炎弾と水流を察知したからだ。
本来ならば左目を失っている亡将にとって、左側面よりの攻撃は死角のはずだが、そもそもをして命なき身でありながらも動き続ける屍だ。
生者の常識など通ずるはずもなく、共界を通じて万象を“識り”、カエル達の魔法を大袈裟なまでの軌道を描いて回避する。
魔法を苦手とした生前のヘクトルならばともかく、今の亡将は既に死し、活性化した神将器により動かされている身だ。
アンデッドの強みとは、その不死性にあるのではないのか。
痛みを感じず、肉体の損傷を物ともせず、生者をかる一念のみで襲い掛かってくるものではなかったのか。
少なくとも、イスラも、カエルも、ストレイボウも、攻撃を受けることを恐れる死兵は見たこともないし聞いたこともなかった。

だが、この場にいる誰もが、最早その行為に何故という疑問は抱かなかった。

『奪ワセナイ……侵サセナイ……』
亡将の言葉が脳裏へと蘇る。
死して尚彼は、先に逝った仲間達の『意志』を、『願い』を、『夢』を、『約束』を、『誓い』を、護ろうとしているのだ。

であるなら今、亡将と対峙している者達は、王の亡き仲間達の遺志を踏み荒らす逆賊なのだろうか。
なるほど、左腕を執拗に狙い敢えて庇わせることで、亡将の攻撃を妨げ、隙さえ引き出そうとしている彼らは、卑怯者と呼ばれうる者達であろう。
しかし、彼らもまた、亡将が喪った者達に、少なからず哀惜を持つ者達であった。

505さよならファイアーエムブレム  ◆iDqvc5TpTI:2012/09/24(月) 20:15:47 ID:SH.JKxQA0
亡将を常に正面に見据え、弾丸を穿ち、剣閃を走らせるはイスラ。
リンディスという少女について、彼が知っていることといえば片手の指で数えられる程度のことだ。
少女がリンと呼ばれていたこと。
少女がヘクトルとニノの仲間だったこと。
少女がヘクトルと軽口を言い合える仲だったこと。
少女がジャファルに殺されたこと。
それだけ、たったそれだけだ。
ほんの僅かな時を共に過ごしたとはいえ、これではほぼ赤の他人といっていい。

けど、だけど。
それが、そんなことが、少女が大事にしていた剣を平然と壊していいという理由になりはしない。
既に持ち主は死んでいるからだなんて、そんな言い訳をイスラはしたくなかった。
死んでいるからこそ、リンがこの世にいないからこそ、彼女が生前大切にしていた剣は無碍に扱われるべきではなかった。
彼とて、姉の遺品を眼前で破壊されたら、間違いなく激高していたはずだ。

もうこれ以上、死んでしまった人の思い出は増えはしない。
もうこれ以上、死んでしまった人が遺せるものはありはしない。

だからこそ、少女と共にあり続けたあの剣はマーニ・カティは。

(君がが生きた証で、『意志』で、『願い』で、『夢』で、『約束』で、『誓い』そのものだったんだろね)

その祈りを、イスラは折った。
亡将が嘆き、憤った通りだった。
奪ったのだ。侵したのだ。
カエルを護るために仕方がなかったんだなんて言い訳はしない。したくはない。
それではヘクトルの遺骸を弄ぶあの伐剣王と同じだ。

戦い続けることをヘクトルが望んでいた? 自分は戦場を用意しただけだって?
巫山戯るな、ふざけるなよ!
どれだけ言葉を並べようと、あんたは奪ったんだ、ヘクトルの死を、ヘクトルの終わりを奪ったんだ!

イスラがリンにしたことも形は違えど同じだった。
少女が遺した物を、ヘクトルやこの地に誘われなかった少女の仲間達から、何よりもリン自身から奪ってしまった。
オディオを討つことを志した刃を、オディオに届かせることなく、この手で折ってしまった。
その事実から、目を逸らさない。
マーニ・カティを折ったのがこの腕の延長ならば、少女の遺志の一欠片でも掌の中に残っているものだと信じ、握り締める。

(ヘクトルにおぶられて君は恥ずかしそうだったけど。実を言うと、あの時僕は羨ましかったんだよ。
 憧れたヘクトルと、屈託なく笑いあえる君のことがさ。
 そんな君が今のヘクトルの作り笑いを見たのなら、やっぱり許せないよね)

気のせいだろうか。ほんの少しだけ、何かが光ったように思えたのは。
あのわからず屋を、一発殴って来なさいとそう言われたような気がして、イスラはその幻想を弾丸に装填して引鉄を引く。

506さよならファイアーエムブレム  ◆iDqvc5TpTI:2012/09/24(月) 20:16:40 ID:SH.JKxQA0
かつて奪うだけ奪い、侵すだけ侵して、奪われた者達を省みることは一切しなかった。
ただただただただ自分の満足の行く死だけしか目に映ってはいないなかった。
この世から消え去ることだけを願っていたイスラは、自分の死後にさえ思いを馳せることもなかった。
そんな自分が今はこうして誰かが遺した物へと想いを馳せている。
残された者達へと想いを馳せている。
他ならぬ目の前の“英雄”が教えてくれたから。
大切な人達を遺していくことが、どれだけその人達を悲しませるのかを教えてくれたから。
大切な人達に遺されていくことが、どれだけ悲しいことなのかを教えてくれたから。

「僕は悲しかった。僕は愛されていた。僕は謝りたかった。全部、全部、全部。
 貴方が僕に気付かせてくれたことなんだ。
 ヘクトル、貴方は笑みを貼り付けてばかりだった僕に、泣き方を教えてくれた。悲しい時には泣いていいんだって、思い出させてくれた」

イスラはずっと、忘れていた。
死は悲しい、死は辛い。
誰かがいなくなるのが、こんなにも心乱されることなんだって、そんな当たり前のことを忘れてしまっていた。
自分さえいなくなれば、みんなが幸せになれると信じ込んで死に向かって歩いていたから。
いつしか、自分の死だけではなく、他の誰かの死にさえも、何も感じなくなっていた。
遺される者達のことなんて、ちっとも考えてはいなかった。
みんなのためと言いながら、結局は、自分のことしか考えていなかったからこそ、自分の死の為に、誰かを傷つけることさえできたのだ。

ああ、ならば。
きっとあの時、ヘクトルに、死が悲しいことなのだと思い出させてもらった時に。
イスラは、イスラ・レヴィノスは、初めて真に誰かを想えるようになったのだ。
誰かの死を想い、自分の死をも想えるようになったのだ。

“自分のせいで”誰かに辛い想いをさせたくない。“自分のせいで”誰かに悲しい想いをさせたくない。

そうずっと願い続けてきた青年は、

誰かに辛い想いをさせたくない。誰かに悲しい想いをさせたくない。“誰かの為に”生きて役に立ちたい。

そう思えるようになったのだ。

なのに、なのに、なのに。

「他ならぬ貴方がどうして笑顔を張り付けてるんだよ! 
 死は悲しいんだろ、死は辛いんだろ? だったら、だったらさ!
 それだけの死を抱えている貴方は泣いていい、泣いていいんだよ!」

507さよならファイアーエムブレム  ◆iDqvc5TpTI:2012/09/24(月) 20:17:40 ID:SH.JKxQA0
言葉をぶつける、戦斧に阻まれる。
刃越しに垣間見た亡将の顔には相変わらず偽りの笑みが貼り付けられたままだった。
分かってはいたことだ。
死者は笑わないし、死者は泣かない。
笑うことができるのも泣くことができるのも、生きている者だけだ。
だから、だから、だから!

「我ガ名ハ、アルマーズ……我ガ名ハ、ヘクトル……ッ!! 我ハ、止マラナイ……ッ!! 我ハ、進ミ続ケル……ッ!」
「なら、僕が止める! 貴方が、“貴方達”が自分で止まれないのなら、“僕達”が止めてみせる!」

僕が、想う。僕が貴方を想い、泣こう。
泣き止み、涙で曇らぬ瞳だからこそ、貴方を、そして貴方を想う僕自身をありのままに見つめ、受け入れることができるから!

世界を、そして自分からも、目を逸らさずにありのままに見据える“勇気”を胸に、天雷の斧を“受け止める”。
受け流すのではダメだ。
それではヘクトルが遺したものと迎え合えない。
神の斧と打ち合うこととなった魔界の剣は罅割れ、砕かれていくが、イスラの勇気とデイパックより零れ出る光に応えるように刀身が再生されていく。
何も驚くことはない。
魔界の剣の本質はライフイーター。
敵対者の生命を喰らう剣だ。
魔界の名工により打たれたからこそ、生者だけではなく死者からさえも、かの剣は力を奪い取る。
況やゴーストロードの本体は、ミスティックにより活性化されたアルマーズだ。
屍である肉体を穿つよりも余程効率良く力を吸収できる!

故に、亡将と正面から打ち合う勇気が途切れぬ限り、イスラの剣は折れはしない!

「グルオォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

されど、それだけで押し止められる程、狂戦士は甘くはない。
剣を砕くことはできずとも、担い手はどうか。
人外の鬼神の膂力を受け止め続けるイスラはどうなるのか。
答えは見ての通りだ。
押し潰されていく。
押し込むなどという可愛らしいものでも、吹き飛ばすなどという情に溢れたものでもなく。
天より降り注ぐ雷の斧が、大地へとイスラを捩じ込んでいく。

「くっ!」

みちりみちりと響く音は両椀の筋の断裂音。
ぶちりぶちりと鳴り響くは両足の骨の粉砕音。
狂戦士による圧壊は、逃げることを許さない。
無謀にも受け止めることを選んでしまったイスラを、超重力もかくやという重圧で囚え、退くことも避けることもよしとしない。
プロテクトによる肉体強化と、剣による再生力で耐えてはいるが、担い手の再生にも力を回している分、剣の再生力は神将器の破壊力に上回られていく。
何よりも亡将にはまだ左の一刀があるのだ。
伐剣者による導きさえも掠めとっていく元伐剣者に断罪の神剣が振り下ろされる。
召喚獣ラグナロックの魔石より鍛えられた黄昏の神剣ラグナロク。
アルマーズに勝るとも劣らず、さりとて亡霊の核となっている訳でもないこの神剣からは、魔界の剣といえども力を奪い取ることはできない。
逃げることを自ら封じ、避けることを封じられたイスラには断罪をくぐり抜ける術などない。

言ったはずだ。
“貴方達”が自分で止まれないのなら、“僕達”が止めてみせる、と。

508さよならファイアーエムブレム  ◆iDqvc5TpTI:2012/09/24(月) 20:18:18 ID:SH.JKxQA0

「――――ッ!?!?!?」

処刑の刃が水流により逸らされ、更にはその水流ごと凍りつかされ宙空へと固定される。
誰がやったかなどと言うまでもない。
カエルとストレイボウだ。

ニノという少女のことをストレイボウはよく知っている。
文字通り、世界で“二番目”には彼女のことを知っていると自負し、それを誇りに想えるくらいにだ。
無論彼女の元の世界の仲間に比べたら、共に生きた時間はずっとずっと短いものだろう。
それがどうした。
ストレイボウは知っている。
カエル相手に勇気を振り絞り立ち向かう姿を。
命の危機に瀕していた仲間たちが事なきを得た時の涙と安堵の表情を。
人懐っこくて、それでどこか置いて行かないでと訴えるかのような笑顔を。
許せない、殺してやると真正面からぶつけてきた憎悪を。
愛する人を護りたい、大好きな人達を助けたい。誰かと共に居たい。
そんな自分のためじゃない、他人を護るための強さを欲していた少女のことを、ストレイボウは知っていた。

故にこの役目だけは誰にも譲れない。
ヘクトルの理想郷を終わらせるのがイスラならば、ニノの力を打ち破るのはストレイボウでなければならない。
強くなろうとしていた少女を、いや、強かった少女へと力を示すのは、共に強くなろうと約束した自分がなさねばならないのだ。

「ニノ……。君はきっと最初から強かった」

氷を溶かすだけには留まらず、そのまま発射される炎弾にいつかの光景が重なる。
出逢いを、『想い出』を束ねて放たれたメラミ。
弱さを自覚し、それでも一歩を踏み出す彼女の在り方そのものだった眩き炎。
あの時は、弱いという共通点を抱えたニノと自分で、どうしてこう差ができるのかと愕然としたものだが。
今なら分かる。
彼女が自分よりも遥か先へと進めたのは、誰かと共に強くなろうとしていたからだ。
ストレイボウのように誰かを蹴落とし一人ぼっちの頂点に立つために得た力ではない。
ジャファルのように護ると言いながらも愛する人を一人ぼっちにしてしまうような力でもない。
愛する人と大好きな人と共にあるために、共にありながら強くなる。
それこそが、ニノをニノたらしめた力。
傾国の魔法使いを打ち破り、愛に生きる魔王にさえ一撃と想いを届かせた心の強さ。

もし、もしも。
自分もまた、ニノのように、オルステッドを超えるのではなく、オルステッドと共にあろうとしていたのなら。
今よりもずっとずっとずっと、強くなれていたのだろうか。
初めにそう願ったように、オルステッドと並び立てていたのだろうか。

思わず浮かんでしまったifを、ありもしなかった幻想として否定せずに胸に抱いたまま炎と向かい合う。
過去は変えられない。
でも、今は変えられる。
今を超え続け、強くなり続けた少女がそのことを示してくれた。

509さよならファイアーエムブレム  ◆iDqvc5TpTI:2012/09/24(月) 20:18:51 ID:SH.JKxQA0
今度は自分が応える番だ。
オルステッドにとっての勇者になるという誓いを果たすのはまだ先のことだけれど。
君と交わした約束を、忘れてなんかいないのだと、君に伝えよう。

――勘違いしないで。 あたしはお前を絶対に許せない。 そして途中で死ぬことも許さないから

ああ、死にはしないさ。約束を果たすまで。
誰かを護る強さを得て、その誰かを護り続けてやる。

だから!

ストレイボウが動く。
かつてのように迫り来る炎を享受しようとせず、魔導書を索引しながら印を切る。
先程のように臨界前に爆破することで威力を減退させるのではない。
狙うは相殺。少女の墓前に誓う以上、魔法の模倣というかつて少女が成したことの一つも成せずになんとする。
況や全くの無から異界の魔法を習得した少女と違い、こちらにはルッカより託された下地があるのだ。
加えて、帯びた属性など微小な違いこそあれど、何度も何度もその魔法の撃ち方を実演してもらったのだ。

フレアの一つや二つ、使いこなしてみせる!

「行くぞ、ニノ! 君が教えてくれた心の強さで、ルッカが託してくれた諦めない心で、今度は俺がお前を送る!」

ストレイボウの眼前で二つの太陽が顕現する。
小さなバッチの輝きを覆い隠すほどに爛爛と煌めく灼光は、一つはストレイボウの、もう一つは亡将によるものだ。
共に収縮・臨界・爆破の手順を踏み、力を発揮した核熱と無は、喰らい合い吹き飛ばし合い、エネルギーを消耗しあって消えて行く。
だがそこに、熱風を切り裂いて新たに生じた緑の影があった。
カエルだ。
ストレイボウならばと信じて、未だフレアが相殺されるよりも前から、一歩を踏み出していたカエルだ。
戒めを解かれ、イスラの生命を狩りとらんとした神剣を、カエルもまた、弾くのでもなく、勇者の剣で受け止めていた。
イスラがそうしたように、ストレイボウがそうしたように。
もはや瀕死の身でありながらも、こいつだけは、この遺志だけは、カエルが受け止めなければならないものだった。

510さよならファイアーエムブレム  ◆iDqvc5TpTI:2012/09/24(月) 20:19:30 ID:SH.JKxQA0
ジャファルという男のことを、カエルは全く知らないはずだった。
元からの知り合いではなく、この地にて出会うことも関わることもなかったのだから、無関心こそ当然の形であろう。
しかし、カエルは“識って”いた。
男が何を願われ戦おうとしたのかを。男が何を成せずに朽ち果てたのかを。
紅の暴君を通して、ロードブレイザーを通して、ラヴォスを通して男の無念を識っていた。

「闇の勇者、か……」
「ル、ギ――、GU、GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!」

記憶の残滓から拾い呟いた言葉を打ち消すように、亡将が吠え、狙いをイスラからカエルに変えて再び剣を振り上げ、振り下ろす。
それはお前ごときが愛した少女の言葉を語るなという怒りか。
或いは、愛した少女の願いを叶えてやれなかった自らへの憤りか。
判断するすべを持たないカエルは、自らにぶつけられた激情の剣を並び立つイスラに倣い、ありのままに受け止めることを選ぶ。
死体と死に体、片腕と隻腕。
一見条件は五分に思えども、剣を支える腕力で、圧倒的にカエルは負けていた。
それでもカエルは自らが押し切られるとは微塵たりとも思ってはいなかった。

「分かるか、小僧。分かるよな、お前なら。これは光だ。勇者の光そのものだ」

神剣を受け止めしは天空の剣。
ラヴォスに集いし憎しみに呑まれかけたカエルをも“救った”勇者が振るいし伝説の剣。
魔王を受け継ぎ、新たなる魔王となった伐剣の王の礎とならんとしている亡将を相手取るのであれば、この剣が遅れを取るはずがない。
現に今も剣より生ずる凍てつく波動が、亡将に注ぎ込まれるミスティックの加護を触れる傍から剥ぎ取り弱めていく。
神将器に押し潰されようとしていたイスラにも当然の如く“救い”を齎したその光景を目にしつつ、カエルは自嘲気味に言い放った。

「俺は、俺達はあの雷にはなれない」

世界の全てよ、“救われろ”。
ああ、それはなんと尊い願いだろうか。
ガルディア王国を救うために、他の全てを切り捨てようとしたカエルだからこそ、ユーリルが抱いた願いの眩さに目を細めずにはいられなかった。
あれが勇者なのだ。あれでこそ勇者なのだ。
あんなものは勇者ではないと一度は否定した少年は、真に勇者であった。
迷い傷つき苦しみ道を見失いながらも、“自分の力で”、立ち上がり自らの真なる願いのままに、救われぬものを救う者として生き抜いた。
自分の力で立ち上がれなかったカエルやジャファルにはあの輝きは眩しすぎた。

「だがな、小僧。お前が愛した少女が俺達に教えてくれた通りだ。俺達はあの雷にはなれずとも、勇者にはなれるのだと」

自分の力で立ち上がれなかった俺達だからこそ、闇の中から掬い上げてくれた手の暖かさを知っている。
まあ俺の場合は、拳の熱さだったのだがな。
くくく、と苦笑しつつも、今度は自嘲ではない本物の笑みを浮かべてカエルは言葉を続ける。

511さよならファイアーエムブレム  ◆iDqvc5TpTI:2012/09/24(月) 20:20:08 ID:SH.JKxQA0

「嬢ちゃんの言う通りだ。こんな俺達だからこそ、心弱きもの達の『希望』にだってなれるんじゃないか?
 人を愛し、友情を育み、救い救われ生きていく事が出来るが、誰にでも備わっていることを証明し続ける『象徴』としての勇者!
 言い換えれば、それは『勇気』! 闇の中でもがき続ける人々に、闇から踏み出す勇気を与え、その心を救う者!」

勇者は何かを救ってこそ勇者たる。
俺が気付いた真理に照らし合わせれば、お前は本物だよ。
救われたって、愛した人も言ってくれたんだろう?
だったら、借り物だろうが依存だろうが、お前は紛れもなく“勇者”だったんだよ。
何をたかがギャンブラーごときの言葉に惑わされることがある?

それでも、それでもまだ信じられないというのであれば。
前を見るといい。
濁り何も映さなくなった死体の目を通してなどではなく、あの世からありのままを目にするといい。
そこに誰が映る? ここにいる者達はどんな者達だ?

友を裏切り、陥れたストレイボウ。
死を望み、嘘と偽りに塗れたイスラ。
護国の為にと、人殺しと成り果てたカエル。

誰も彼もが一度は闇に呑まれ、光に背を向けた。
そんな自分たちが、今こうして、誰かの為に生きようとしている。誰かを救おうと戦っている。
ならば自分達の存在そのものが、ジャファルが愛した少女が抱いた願いが正しかったことの証明だ。
己の意思でストレイボウを救いたいと強く願ったこの身が。
何も残せず、何も残らないと思っていた身が、そのついでに、心弱き誰かが遺してしまった未練を連れて行くこともできるというのなら。
悪い気はしない。

(なってやるさ、闇の勇者に!)

光り輝く天空の剣より力がみなぎり、遂にラグナロクを押し返しゴーストロードを大きく吹き飛ばしながらも、カエルは告げる!

「俺が、俺達が、お前の“救い”で、お前の『希望』で、お前の勇者だと知れ!」

512さよならファイアーエムブレム  ◆iDqvc5TpTI:2012/09/24(月) 20:20:41 ID:SH.JKxQA0
ああ、そうとも、そうだとも。
ここに集いしは、誰もが皆、勇気を取り戻せし者達だ。
一度は見失い、諦め、手放した勇気を再び手にした者達だ。
だからこそ、彼らは何よりも、その尊さを知っている。
今はまだ灯って間もない小さな灯なれど、もう二度と消えることはない不滅の炎(フォイアルディア)。

――なればこそ、三つの想いは力へと至り、標<“英雄”“勇者”>となりて我らへと届く……

脳裏に響きし知らぬはずの声に、イスラも、カエルも、ストレイボウも、一人の英雄の背中を見た。
彼の名は“勇気”。全ての人々の心に中に存在せしもの。
敵として刃を重ね、味方として共に戦った彼の姿を誰もが心に刻んでいるからこそ、その声を怪訝に思い警戒することもなく、三人は受け入れた。

――久しく絶えし想い……我らを呼び覚ますは、『勇気』を取り戻せし者達よ。
  求めるのが心の強さならば我らを受け止めるがいい……

ありのままの感情を見つめようとしなかったイスラが。
自らを弱いと断じ勇者になれず夢破れたはずのカエルが。
幾度も勇者バッジを輝かせたにも関わらず、そのことに気付かず、否、そんなはずはあるものかと無意識に否定し気付かぬ振りをしていたストレイボウが。
自分のうちにある勇気を確かに認め、受け止めた。

――汝らの『勇気』、かの英雄に比べ未だ小さく、されどその輝きは劣ることなし。
  進むべき道を見据えたならば、我らを束ね、天地を砕く刃と為し、救い、切り開こうぞ……

ここに誓約は完了せり。
勇者バッチより放たれた光に力を与えられた天空の剣を依代とすることにより、イスラが死蔵してきた無銘のサモナイト石に声の主の真名が刻まれる。

――我が名はジャンイーグル……

――我が名はジャンライガー……

――我が名はジャンマンモー……

――我ら、世界を超えて人の心を守護せし貴種守護獣。
  『勇気』の剣にて弱き心を救い、強くなる為の力とならん……

513さよならファイアーエムブレム  ◆iDqvc5TpTI:2012/09/24(月) 20:21:21 ID:SH.JKxQA0
「今、のは……?」
「グランとリオン、それに準ずる者だろうな」

何が起きたのかが分からず、唖然とするストレイボウに対し、勇者の剣“グランドリオン”そのものでもある精霊を知っているカエルは冷静だった。

「見てみろストレイボウ。勇者バッジが変化している。さしずめ“勇者と英雄バッジ”といったところか」
「英雄……。そうか、お前もブラッドの姿を垣間見たんだな」

途中から魔力の消費が少ないとは思っていたがこいつのおかげだったのか。
胸に輝くバッジにそっと手を添えストレイボウが笑う。
夢幻の中とはいえ、自分に勇気を教えてくれた恩人の姿をもう一度見れたことを、今の彼は罪悪感抜きに純粋に嬉しいと思えた。
それは傍らでミーディアムと化したサモナイト石を握り締めるイスラも同じだ。

「全く、どこまで世話焼きなんだよ、おじさんは……」

悲しみとは僅かに異なる涙を浮かべそうになるのを抑えて、イスラもぎこちないながらも微笑んでいた。
まだだ、まだ泣くな。
泣くのはもう一人の英雄を、ヘクトルを送ってからだ。
だから笑え。貼り付けてきた偽りの笑みではなく、あなたに会えてよかったと、言葉にできずとも表現しろ。
でなきゃ、おじさんも、おちおち寝ていられないじゃないか。

「小僧……」
「いける、いけるさ。そっちこそ、おじさんへの変な罪悪感で失敗しないでよ。
 お前がそうであるように、おじさんの最後を決めたのはお前なんかじゃない、おじさんなんだ」
「……そう、だな。あの誇り高い男を俺が殺したなどと思うのは烏滸がましいことなのだろうな」

ブラッドに致命傷を与えたのはカエルだ。
しかし、ブラッドは自分の意思で自らの最期を定め、その覚悟に応えたのはマリアベルだ。
カエルはブラッドの生命を、誇りを最後の最後まで奪えなかった。
そしてブラッドもまた、カエルと対峙すべき人物は自分ではないと、カエルの命を奪うことはしなかった。
ならば今ここに三人が“勇気”を抱いて並び立てているのは、ブラッドのおかげだ。

(誓おう、ブラッド・エヴァンス。せめてもの返礼だ。お前を感じさせるこの力で、あいつらにも死を返してやることを!)

天空の剣との接触を免れたことにより、力を取り戻し立ち上がったゴーストロードを睨みつける。
渾身の一撃を叩き込んだはずだったが、亡将より感じる圧力は変わらず健在であった。
傷をものともせぬ死した身体に、活性化された神剣と神将器による二重の強化。
仕留めようものなら、生半可な一撃では叶わぬだろう。
あれほどの過剰な力である以上、このまま持久戦に持ち込めば自滅するのも時間の問題だと思われるが……。
それではかの英雄と彼が護ろうとしている者達の死は、楽園への礎として、ジョウイのものとなってしまう。
そんなことは許されない、許してなるものか!
故になすべきことは決まっている!

「ストレイボウ、俺とイスラがアシストする! 召喚術に不慣れなお前は俺達に合わせろ!」
「頼むぞ、カエル、イスラ! だが術を重ねるのは俺に任せてくれ! 
 誰か共に強くなることを教えてくれたニノに、俺も君と共に強くなれたのだと示したいんだ!」
「分かったよ。けど召喚術である以上、真名を呼ぶのは、三人でじゃなきゃダメだからね」

何としてでも、この手で、亡将に打ち克ち、彼らに死を返すのだ!

514さよならファイアーエムブレム  ◆iDqvc5TpTI:2012/09/24(月) 20:21:59 ID:SH.JKxQA0

「古き英知の術と我が声によって今ここに召喚の門を開かん……我らがフォースに応えて内的宇宙より来たれ……。
 新たなる誓約の名の下にイスラが、「カエルが」、「ストレイボウが」命じる。呼びかけに応えよ……異界の守護者よ!」

イスラが掲げた守護獣の意思が刻まれたサモナイト石へと三人の魔力とフォースが流れこんでいく。
異世界のものを呼び出し使役する本来の召喚術でもなければ、亜精霊に能力をコピーさせ実体化させるコンバインでもない。
召喚術により、自らの内的宇宙にアクセスし、フォースを用いて自らの意志の力を外界へと機獣として具現化させんとしているのだ!

「召喚、ジャンイーグル!」
「召喚、ジャンライガー!」
「召喚、ジャンマンモー!」

機械仕掛けの巨大な鷲が、ライガーが、マンモスが召喚される。
その光景を亡将とて黙って見ている訳ではなかった。
フレアは防がれ、鍔迫り合いではミスティックを剥ぎ取られることを痛感したゴーストロードもまた、神剣へと魔力を込める。
かの剣の素材となった魔石ラグナロックは武器が魂を得て幻獣になったものだ。
ならばこそ、剣と化したラグナロックが再び魂を得ることもあり得るのではないか?
ヘクトルの亡骸がゴーストロードとして仮初の命を得たように、死した幻獣の遺骸とも言える魔石により打たれた神剣もまた仮初の命を得たとして何の不思議がある!

――ミスティック・ラグナロク――

虚無の光を帯びて天より巨大な剣が降り注ぐ。
ラグナロック・デュランダル。
亡霊として再臨した幻獣の影はどこか、生前ヘクトルの親友が振るった烈火の剣を思わせる威容へと様変わりしていた。
変容しているのは外見だけではない。
紋章剣の力を通して暴走召喚状態で呼び出された以上、魂を変質させ人としての形を保てなくするメタモルフォースの効果範囲は敵単体では収まらない。

「理想郷ノ礎ニ……、ナルガイイ……ッ!!」

黄昏の幻獣剣を破壊できなければ、イスラ達もヘクトルのようにジョウイの理想を叶えるための道具にされてしまう。
だが、止められるのか、あれを。
一体一体が機界の究極召喚獣ヴァルハラに匹敵する力を持つとはいえ、竜殺しの神剣を前にしては鷲やライガー、マンモスなど物の数ではない。
抗おうとも屠殺されるのがおちだ。
それでも尚、マテリアライズされた青と黄と白で彩られた機獣達は退くことを知らずに神剣へと立ち向かっていく。
主を護るべく自らを犠牲にしてでもせめて受け止めようと言うのだろうか。
違う、そうではない。
彼らは勇気の守護獣なのだ!
なすべきは無謀ではなく、勇気っ!

515さよならファイアーエムブレム  ◆iDqvc5TpTI:2012/09/24(月) 20:22:30 ID:SH.JKxQA0
「グラン、ドリィィィ――――――――――――ムッッッ!!」

剣を握った拳を突き上げ発せられたカエルの掛け声に合わせ、蒼きエネルギーフィールドが発生。
蒼き輝きに護られて、ジャンライガーが、ジャンイーグルが、ジャンマンモーが変形を開始する!
重鈍な外見に似合わぬ跳躍を見せたジャンマンモーより一際大きい耳パーツと前脚が分かたれ、残る胴を支え直立する形で両後ろ足がせり出していく。
飛翔し後を追うジャンイーグルは左回りに身を捻りながらも、翼を折り畳み、両足とともにパージ。
ジャンライガーもまた空中でぐるんと一度後転すると同時に両後ろ足を分離する。

「トリプル、キャストオオオオオオ(三体合体)ッ!!!」

そして遂に、続くストレイボウの号令によって、勇気の貴種守護獣がその真の姿を見せる!
ジャンマンモーの雄々しき牙を備えたジャンライガーがボディとなる!
そこへ、ライガーの後ろ足と爪を肩アーマーとして纏い、両腕に変形したマンモーの前脚が、左に右にとドッキング!
更にはジャンイーグルの胴体を腰部とし、ジャンマンモーの後ろ足からなる脚部が下半身を形成する!
唸り飛び出す拳! 下駄のように装着されるジャンイーグルの脚部パーツ! 背部でVの字を描く翼! せり出す頭部に輝く黄金の角!

それは、最高位の守護獣……。

それは、勇気の究極なる姿……。

彼らが辿り着いた、新たなる召喚……。

その名は……ッ!

「「「ガーディアンローッド! ジャアスティィィィィイイイイイイインッ!」」」

ジャンマンモーイヤーが変形した大戦斧を手に、ジャスティーンがラグナロック・デュランダルへと突貫する。
天より振り下ろされる竜殺しと、地より振り上げられる勇気の刃。
勝負は一瞬、交差間際の一閃にて全てが決する!

ピサロ、セッツァーと違い、ストレイボウ達三人は自分を省みた先に、他人を省みた。
結果、ガーディアンロードの力は、自分の内を満たす形ではなく、自分の外へと実体化させるという形で発現した。
究極へと至ったピサロやセッツァーに対し一人一人の力は遠く及ばないが、自分の内で完結していないが故に、束ねて無限に強くなれる。
対するラグナロック・デュランダルも、賢者の指輪越しにラフティーナの加護を受けているとはいえ、ガーディアンロードが司るのは“生きるものの”心の力だ。
死霊の身では受けられる加護も限られており、今を生きるストレイボウ達の想いを乗せたジャスティーンの敵ではなかった。

大威力大質量同士の激突により爆発が生じる。
渦巻いていた超高熱闘気をも巻き込んだ島をも揺らす爆風に吹き飛ばされ、爆煙によりろくに視界も効かぬ中、イスラ達は確かに見た。
爆発を背にすれども揺るぐことなきその影を。
ジャスティーンの頼もしきシルエットを。

516さよならファイアーエムブレム  ◆iDqvc5TpTI:2012/09/24(月) 20:23:02 ID:SH.JKxQA0



「カエル、イスラ、無事か!?」

がらりと、石細工の土台の破片を押しのけ、ストレイボウが立ち上がる。
とっさに自分も含めた三人にプロテクトを張り直し衝撃を凌いだ彼は、土煙の舞う世界で必死に目を凝らす。
彼らの命を奪おうとしていた理想という名の黄昏の姿は、大空のどこにもなかった。
ラグナロック・デュランダルを両断したジャスティーンも既に消えていた。
今のストレイボウ達にはあの強大な力を具現化できるのは、精々三分といったとこなのだろう。
あれ程の力を振るえたことに、慢心し、力に溺れぬよう、まだまだ強い心を持たねばと自らを戒める。
だが今はカエルとイスラだ。
自分が無事である以上、二人も無事なはずだが、カエルは身体的に、イスラは精神的にかなりの傷を負っていた。
よもや烈火の剣に魂を変質させられたり、さっきの爆発で死の淵を彷徨っていたりはしないか。
気が気ではなかったストレイボウは、自分以外が立てた物音に、探し人によるものかと、警戒を忘れ無防備に振り向いてしまった。
胸部へと衝撃が感じた次の瞬間、身体が宙を舞うのを知覚する。
自分達同様爆発を耐えたゴーストロードに殴られたのだと把握した時には、ストレイボウは誰かに受け止められていた。
すっかりと乾燥してしまってはいるが、人ならざるぶよりとした感触を間違えるはずはない。

「カエル!?」
「お前のほうこそ無事か、ストレイボウ。全く、ヒヤヒヤさせる。斧で攻撃されていたら死んでいたぞ」
「す、すまない。心配させた」

言われた通りだった。
もしもアルマーズやラグナロクで斬りつけられていたらと思うとぞっとする。
しかし、カエルにケアルをかけてもらいながら見やった亡将の姿に、ストレイボウは自分が何故殺されなかったのかを理解した。

「ジャ、ファル……。ニ、ノ……」

亡将の左手には何もなかった。
手にしていたはずの剣も、はめていたはずの指輪も、炭化して砕け散っていた。
暴走召喚による反動と、ラグナロックが打ち破られたことによる反動が、二重に襲いかかった結果だった。
召喚の依代にしていた神剣と魔力の供給源だった指輪は、内外から襲い来る過負荷に耐え切れず自壊してしまったのだ。
自らの判断ミスで、再び護るべきものを喪ってしまったは、零してしまったものを掴もうとするかのように、闇雲に手を伸ばしていたのだ。
ストレイボウが吹き飛んだのは、攻撃とも言えぬその一撃にたまたま触れてしまったからに過ぎなかった。
その腕さえも、本来のものではない肉体に酷使され、剣と指輪の過剰な魔力に晒され、もう限界だったのだろう。
ヘクトル達が見つめる中、伸ばしたままの姿で、炭化し、砕け散った。

「ウ、ァ、ァ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!
 我ハ、我ハ、我ハ我ハワレハワレハワレハッ!!!」

何も掴めぬ手、空っぽの理想郷に絶叫しつつも、護国の鬼は立ち止まれなかった。
それでも、それでもと、もはやありもせぬ理想郷を護ろうと、傷だらけの身体を引きずり、狂笑を浮かべ、罅割れた斧を掲げ直す。
でもどうしてだろうか。
二人には、亡将が泣いているようにしか思えなかった。
その涙を受け止めてやるのは彼らではない。
ニノを送り、ジャファルを送った以上、ストレイボウとカエルの役目は終わった。

「哀れだな……。俺もああ見えていたとは、つくづく笑えない話だ。……だから終わらせてやれっ、適格者!」
「――言われるまでもないよ。言っただろ、あの人の理想郷は僕が終わらせるって」

ああ、だから、此処から先は、イスラとヘクトルの戦いだ。

517さよならファイアーエムブレム  ◆iDqvc5TpTI:2012/09/24(月) 20:23:36 ID:SH.JKxQA0
ストレイボウ達との間に割り込み、イスラはゴーストロードと対峙する。
カスタムコマンド“ブランチザップ”の力を一部とはいえ引き出せるようになった今、イスラは銃剣双方において倍の力を引き出せるようになっていた。
一方的に押さえ込まれることはなくなっただろう。
ラグナロクを砕いたことで、亡将の強化の度合いも低下している。
そのはずなのに。

「――ぐふっ、がっ、くあああああっ!」

押し負ける。
ただの一合で打ち合った魔界の剣が跳ね飛ばされる。
剣を通じるあまりもの衝撃に、握ったままでいることができなかった。
もし剣を手にしたままなら間違いなく、右腕ごと引きちぎられていたであろう、そう思わせるほどに亡将の一撃は重かった。
剣を拾うことを諦め、イスラは大きく飛び退きながら、ドーリーショットの引き金を引く。

「我ガ名ハ、アルマーズ……我ガ名ハ、ヘクトル……我コソハ、オスティアッ!!」

イスラにかかる重圧は弱まるどころかより強くなっていた。
託された数多の遺志を守れなかったからこそ、“それ”だけは護ってみせると。
我こそが国であり、我こそが理想郷。
どれだけ沢山のものを犠牲にしようとも、我が身ある限り、終わりはしない、終われない。
 
「奪ワセナイ……。奪ワセナイゾ、セッツ、ァー……。
 コレカラダ、コレカラナンダ……。
 アイツハ、ストレイボウハ、罪ヲ悔イテ償オウトシテイル」

銃弾も意味を成さない。
ゴーストロードの足は止められず、徐々に、徐々に、距離を詰められる。
どれだけ一人でフォースを込めて撃ち込もうとも、ヘクトルは王だ。
人の意思など疾うの昔より全部背負って生きて来た。
全部、全部、抱えて、此処に、此処にいる。
死んだ者も、“今を生きている者も”、一緒に、彼の胸の中にいる。

「アイツハ、イスラハ、オスティアデナラ笑エルノカナト言ッテクレタ」

託されたものは奪われた。
ならばせめて、せめて、せめて――

「アイツラノ、アイツラノ“未来”ダケハ、誰ニモ絶対奪ワセナイッ!!!」

ああ、そっか。そうなんだ。
亡将が呼んでくれた自分の名前に息を呑み、今更のようにイスラは気付いた。
憤怒のまま、ヘクトルは変わっていたなかった。
彼はまだ、セッツァーとの戦いの中にいるのだ。
狂気に呑まれ、死を迎え屍と成り果て、誰と戦っているのかさえ分からないままに、尚、理想郷の民達を護ろうとしているのだ。
今ヘクトルがいるラインが最終防衛ラインであり、それ以上は南へ行かせまいと立ちはだかっているのだ。

楽園は伐剣王がなしてくれる。ならばこの身は一振りの剣として、国を――王と国民を護るのだ。

「なんだよ、なんだよ、それは。あはは、あはははは、くそ、くそ、く、う、うぅ」

駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ。
感情がまとまらない、ごちゃ混ぜだ。
フォースが、定まらない。
この激情を込めるにはロックオンプラスじゃ足りない。
ちんけな弾丸程度、フォースを込めた瞬間に爆発してしまいそうになる。
相応しい技があるとするなら、あの道化師を射抜いた超電磁砲しかありあえない。
だって、だってさ。
今の僕は、ヘクトルが僕のことを思ってくれていることが笑いたいくらい嬉しくて、泣きたいくらいに悲しくて。
それでいて、その二つの感情を置いてけぼりにしちゃうくらいに、破裂してしまいそうなほどに。

518さよならファイアーエムブレム  ◆iDqvc5TpTI:2012/09/24(月) 20:24:10 ID:SH.JKxQA0
この上なく、腹立たしいのだ。
オルドレイクに殺された時に、数百倍、数千倍、比べるのも馬鹿らしいくらいに怒っているんだ。
理想郷? 皆が共にあれる場所? うるさいよ! なんだそれ、何だそれ、何だそれは!

「いつまでも、そんなものにしがみついているんだよ、ヘクトル!」

憧れていたさ。今でも憧れている。
最後まであなたが見た夢を一緒に見させて欲しかった、その願いはこの先ずっと変わらないと断言できる。
でも、違う、そうじゃないだろ!?
それは、それは、それは――

「貴方の望みじゃない。僕達の望みだ! 貴方に願いを託した僕達にとっての理想郷だ!」

それはあくまでも、どこまで行っても、イスラ達の理想郷にしか過ぎない。
泣きそうになるのを堪え、かつて憧れていた場所を、自らの手で払いのける。

「貴方の理想郷は、あなたが本当に笑える場所は、そこじゃないだろ!?」

イスラ達がどれだけ願った地であろうとも、ヘクトルが願った地には足り得ない。
そのことを、イスラは誰よりも、ヘクトルの親友であるエリウッド以上に、この地にて思い知らされていた。
激情を装填されたドーリーショットが超過駆動する。
ブーストショット。
限界を超えた必中必殺のはずの一撃は、だが、ドーリーショットの銃口の真ん前まで踏み込んでいたゴーストロードに切り払われる。
無理の代償にアルマーズの刀身の半分が消し飛んでいく。
それでも、残る半分で、フォースを込め尽くしたイスラを両断するのは容易い。

「貴方が本当に居たい場所は、ここなんかじゃないはずだ! 分かれよ、分かってくれよ!」

そんなことは、どうでもいい。
僕を両断しようとしているアルマーズなんてお呼びじゃない。
僕が話があるのは、僕が、言葉をかわしたいのは、あなたなんだよ、ヘクトル。
そしてあなたが、言葉をかわしていたかったのは、“彼女”なんだ。

「貴方が呼びたいのは、貴方が泣き続けながらも口にしたいのは、そんな奴らの名前じゃない。
 僕なんかの名前じゃない。後にも先にもたった一人、たった一人の名前なんだ!」

それを忘れてしまったというのなら。
それから目を逸らし続けるというのなら。
いいさ、僕が教えてやる。思い出させてやる。
あなたの居場所を、あなたが本当に共にありたかった人のことを。

519さよならファイアーエムブレム  ◆iDqvc5TpTI:2012/09/24(月) 20:25:23 ID:SH.JKxQA0


















「フロリィィィイイイイイナアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーっっっっっ!!!」

520さよならファイアーエムブレム  ◆iDqvc5TpTI:2012/09/24(月) 20:26:00 ID:SH.JKxQA0
イスラは、少女のことを知らない。
でも、ヘクトルが、どれだけ少女を愛していたのかは、心が張り裂けそうなほどに知っている。
忘れはしない、忘れられるものか。
凍りついていたイスラの魂を震わせたあの咆哮を。
喪失へのありのままの感情をぶつけてきたこの声を。

それを、今のイスラの始まりとして刻まれた叫びを、そのままに再生した。

ストレイボウ達が見守る中、天雷の斧がイスラの眼前で停止する。

「そうだよ、あいつだとか、あいつらだとかじゃないッ! 貴方が愛し、貴方を愛してくれた人はたった一人だろ!
 いるんだろ、そこに! みんなが共にいるっていうなら、彼女も、フロリーナも、貴方の中にいるんだろ!」

剣も指輪も、少女はヘクトルに残すことなく散った。
彼女の遺品は何一つヘクトルの手に渡ることはなかった。
だからあるのは想い出だけだ。
ヘクトルの、心を、身体を、魂を、端から端まで満たしている想い出だけだ。
形なき故に、もう喪うこともないはずの想い出だけだ。

「僕は奪う、そいつを奪う! いいのかよ、このままだと貴方と共にある彼女も、僕が終わらせる!
 僕達をみんな殺したとしても、ジョウイの礎にされるだけだ!
 大好きな人の最後を他人に奪われて、貴方は平気でいられるのかよ!?」

それを、奪うとイスラは言う。
イスラは少女が泣き虫だったことを知らない。
カエルは少女が天馬の騎士だったことを知らない。
ストレイボウは少女がヘクトルと愛し合っていたを知らない。
イスラも、カエルも、ストレイボウも、誰一人として少女のことを全く知らない。
だからこそ、彼女を送っていいのは、彼女を弔うことができるのは。
もう、この地には、一人だけなのだ。
何も知らないイスラ達ではなく、誰よりも少女を知り、少女を愛した男だけなのだ。

「彼女が望んだ終わりを与えられるのは、彼女と、彼女が愛した貴方だけだろ!」

だったら!

「来いよ、アルマアアアッズ! お前はアルマーズで、お前はヘクトルなんだろ!?」

五指を広げて、右手を伸ばす。
泣き方を教えてもらったあの時に、イスラによって刻まれた傷がまだ残る、ヘクトルの右掌へと。

「来いよ、来てくれよ、ヘクトオオオオッル!
 貴方の手で、貴方の愛した人に死を返してやってくれエエエぇぇェェェッ!!!!」

521さよならファイアーエムブレム  ◆iDqvc5TpTI:2012/09/24(月) 20:26:30 ID:SH.JKxQA0

それが終わり、王としてではなくただ一人の人間としてのヘクトルが選んだ終わり。
固く握られていたはずのヘクトルの右手から力が抜け、天雷の斧“ヘクトル”はイスラの右手に収まっていた。
王としてのヘクトルの未練からか、戦を求めるアルマーズの狂気ゆえか、神将器を喪っても尚イスラの頭部を握り潰そうとした亡将へと、イスラは斧を叩きつける。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!」

果たしてその咆哮は、イスラ自身のものだったのか、彼に乗り移ったヘクトルのものだったのかは分からない。
けれど、叩きつけた衝撃でアルマーズが砕け、両断されることもなく力を喪ったヘクトルの遺体は、どこか憑き物が落ちたかのように安らいでいるかに見えて。

「……あ」

崩れ落ちる身体の動きにつられて、イスラの頭を滑り落ちていくヘクトルの手は、なんだ、やりゃあできるじゃねえかと、撫でてくているみたいで。

「ぅ、あ、く、う、あ、おおおおお!」

イスラは、その手が滑り落ちる前に、自らも膝をつき、両の手でヘクトルの掌を包み込んだ。
大きな掌。愛されていたことを教えてくれた、傷だらけの掌。
その掌に泣き止んだ彼は、今にも泣きそうな彼は、泣くことを堪えている彼は。
連れて行ってほしいとか、殺してくださいだとか、そんなことよりも、もっともっと先に、言わなければならなかった言葉を、必死で口にしようとする。
姉には言えなかった言葉。アティにも言えなかった言葉。
誰よりも、誰かに言いたかったその言葉を、口にしようとして、必死に舌を動かして、

「ヘクトル、ヘクトル、ヘクト、ル、あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああ!」

言葉にできなくて、嗚咽ばかり漏らしてしまって、そんな彼をヘクトルは何も言わずにずっと待っていてくれていて。
イスラは、あるがままに感じるままに、心に浮かんだただ一つの感情を、遅すぎた言葉を、ようやっとヘクトルへと伝えた。








                     ありがとう、そして、さようなら、ヘクトル。

522さよならファイアーエムブレム  ◆iDqvc5TpTI:2012/09/24(月) 20:27:05 ID:SH.JKxQA0
【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 昼】
【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:書き込みによる精神ダメージ(中)右手欠損『覚悟の証』である刺傷 瀕死 疲労(極大)胸に小穴
[装備]:天空の剣(二段開放)@DQ4+WA2 覆面@もとのマント
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本:燃え尽きた自分を本当の意味で終わらせる
1:闇の勇者、悪くはないな
2:友の願いは守りたい
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)
[備考]
※ロードブレイザーの完全消失及び、紅の暴君を失ったことでこれ以上の精神ダメージはなくなりました。
 ただし、受けた損傷は変わらず存在します。その分の回復もできません。(最大HP90%減相当)
※天空の剣(二段開放)は、天空の剣本来の能力に加え、クリティカル率が50%アップしています。

【イスラ・レヴィノス@サモンナイト3】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(極)、心眼、勇猛果敢:領域支配を無効化 
[装備]:魔界の剣@DQ4、ドーリーショット@アークザラッドⅡ、サモナイト石“勇気の紋章”@サモンナイト3+WA2
[道具]:基本支給品×2、
[思考]
基本:――
1:――
[参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている)
[備考]
※高原、クロノ、マッシュ、ユーリル、ヘクトル、ブラッドの仲間と要注意人物を把握済み。
※フォース・ロックオンプラス、ブーストアタックが使用可能です。
※サモナイト石“勇気の紋章”のおかげでカスタムコマンド“ブランチザップ”が限定的に使用可能です。
 通常攻撃の全体攻撃化か、通常攻撃の威力を1.5倍に押し上げられますが、本来の形である全体に1.5倍攻撃はまだ扱えません。
 また、本来ミーディアムにあるステータス補正STR20%SOR10%RES30%アップもありません。

【ストレイボウ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(極)、心労(中)勇気(大)ルッカの知識・技術を継承
[装備]:フォルブレイズ@FE烈火の剣、“勇者”と“英雄”バッジ@クロノ・トリガー+クロノ・トリガーDS
[道具]:基本支給品一式×2
[思考]
基本:魔王オディオを倒してオルステッドを救い、ガルディア王国を護る。  
1:急ぎ天雷の亡将を倒し、他の仲間達の援護に向かう
2:ジョウイ、お前は必ず止めてみせる…!
参戦時期:最終編
※アキラ以外の最終編参加キャラも顔は知っています(名前は知りません)
※記憶石によってルッカの知識・技術を得ました。
 ただしちょこ=アクラのケースと異なり完全な別人の記憶なので整理に時間がかかり、完全復元は至難です。
 また知識はあくまで情報であり、付随する思考・感情は残っていません。
 フォルブレイズの補助を重ねることで【ファイア】【ファイガ】【フレア】【プロテクト】は使用可能です。
※“勇者”と“英雄”バッジ:装備中、消費MP2分の1になります。

523さよならファイアーエムブレム  ◆iDqvc5TpTI:2012/09/24(月) 20:27:41 ID:SH.JKxQA0


※首輪に使われている封印の魔剣@サモナイ3の中に 源罪の種子@サモサイ3 により
 集められた 闇黒の支配者@アーク2 の力の残滓が封じられています
 闇黒の支配者本体が封じられているわけではないので、精神干渉してきたり、実体化したりはしません
 基本、首輪の火力を上げるギミックと思っていただければ大丈夫です

※首輪を構成する魔剣の破片と感応石の間にネットワーク(=共界線)が形成されていることを確認しました。
 闇黒の支配者の残滓や原罪によって汚染されたか、そもそも最初から汚染しているかは不明。
 憎悪の精神などが感応石に集められ、感応石から遥か地下へ伸びる共界線に送信されているようです。


※天雷の亡将@???の所持していた、アルマーズ@FE烈火の剣、ラグナロク@FF6、賢者の指輪@FE烈火の剣、勇者の左腕は消滅しました。
 ヘクトルの死骸は遺っています。

※アナスタシアの二撃により、石細工の土台が破壊され、他の戦場間に隆起が生じており、他の戦場への移動は困難です。
※ジャスティーンVSラグナロックの余波や影響が様々な形で現れているかも知れません。お任せします


【ジャスティーン@WA2】
 ジャンイーグル、ジャンライガー、ジャンマンモーの三体からなる勇気の貴種守護獣。
“勇者”の剣と“勇者”バッジを依り代に、“英雄”ブラッド直伝のフォースにより召喚された。
 イスラ達は勇気を取り戻したばかりの為、今はまだ、一人ひとりが3分の1ずつ呼び出すので精一杯である。
 召喚の鍵となる“勇者”と“英雄バッジ”、天空の剣二段開放、勇気の紋章の恩恵が、
 本来のグランドリオン+勇者バッジ及び、勇気のミーディアムに比べて、半分以下なのもそのせいである。
 合体も三分しか保たないが、誰がどのパーツを呼び出すのかは固定されていない。

524さよならファイアーエムブレム  ◆iDqvc5TpTI:2012/09/24(月) 20:31:19 ID:SH.JKxQA0
以上で投下終了します
指摘及び感想があればお願います











ネタバレに付き下げ
ただし、作中でのジャスティーンの合体シーンに関しましては、原作からして上手く誤魔化しているところのある映像です。
その為、何度も見なおしておそらくこうかなとジャスティーンアタックに至るまでの流れを文章化しましたが、公式とは異なるところもあると思われます。
ご了承ください。もしも、なんらかの資料を持っていて、ここが違うというところがあれば、お教えしていただければ善処いたします。
それでは長々と失礼しました

525SAVEDATA No.774:2012/09/24(月) 21:29:48 ID:O83jJEnA0
執筆と投下、お疲れ様でした。
イスラも、カエルもストレイボウも……よくやった、よくここまできた。
文中で『勇気』の単語が強調されていて、かつ、他の貴種守護獣が出てきてるって
時点でジャスティーンが来るだろうと分かっていたのに、そんな瑣末な
予想を超えて感情を揺らされました。ここまで綺麗に、丁寧にリレーされていることが
笑いたいくらい嬉しくて、でもSSの舞台やそれぞれの心情に没入すると泣きたいくらいに
悲しくて。でも、ヘクトルはそれでいいのかよって怒りは、きっちりイスラが昇華してくれた……。
ごちゃごちゃな感情をまとめきれないんですが、これだけは伝わってください。
素晴らしい話でした。読んでいて、心から楽しめました。ありがとうございました!

526SAVEDATA No.774:2012/09/24(月) 21:32:24 ID:O83jJEnA0
と、申し訳ない。一点だけ指摘を。
ジャスティーンのパーツは、すべて「ジャン〜」でなく「ジェイ〜」となります。
ソースは『コンプリートガイド(アスペクト)』……ファミ通系列の攻略本なんですがw
設定画なども入ってる本なので、間違ってはいないはずです。

527SAVEDATA No.774:2012/09/25(火) 00:27:52 ID:ylIlZ2/I0
投下乙です
希望、愛ときたんだから勇気も来るだろうなと思っていたらまさかの三体合体
勇気の究極なる姿ってそれどう見てもガオガ(

>>526さんもおしゃっていますが、ジャスティーンの構成ガーディアンは「ジェイバード」「ジェイマンモー」「ジェイライガー」が正しいようです

528SAVEDATA No.774:2012/09/25(火) 22:05:08 ID:ARnG7gUY0
投下GJです。
三局戦、第一陣のVSゴーストロード戦。
ここだけはイスラ達が負けることはありえないだろうと思ってたが、
思ってた以上のなんかすげえなんかが来た!!

そして一人一人丁寧に省みられていくFEメンバー。
多少拾い方が強引な気もしたが、逆に意地でも全部省みてやる!って気迫すら感じた。
そして勇気・勇気・勇気=レッツゴージャスティーンのフルブレイブ祭り。
天空の剣は疑似グランドリオン覚醒で勇者バッジはMP半減でロックオンプラスどころかブーストアタック、だと……
ブラッドの兄貴マジ指導者型英雄。ブラッドブードキャンプ、もやしは成長する。

そして全部を出し尽くして、崩れ落ちる亡候。
イスラもヘクトルも泣き喚くようなこのシーンが、
王としての亡霊から、人としての死を得たような切なさがたまらんこってす。

これで残りはピサロとセッツァー、どっちもヘクトル以上に自らを極めた敵にどうなることか、今後も楽しみです。
長くなりましたが、熱く切ない、切なく熱い、読む人みんなの感情を高ぶらせるような作品、素晴らしかったです。
お疲れ様でした。


ジャスティーンパーツ以外で2点だけ指摘を。

1.ストレイボウの第1行動方針が
  1:急ぎ天雷の亡将を倒し、他の仲間達の援護に向かう のままになっている

2.

>>505

>それではヘクトルの遺骸を弄ぶあの伐剣王と同じだ。

>戦い続けることをヘクトルが望んでいた? 自分は戦場を用意しただけだって?
>巫山戯るな、ふざけるなよ!
>どれだけ言葉を並べようと、あんたは奪ったんだ、ヘクトルの死を、ヘクトルの終わりを奪ったんだ!

上記の部分がイスラの一人称視点だとすると、
・ジョウイはまだ伐剣王と名乗っていない
・上記で言われているのが魔剣を通じてジョウイとアルマーズ(ヘクトル)との間にあった対話だとすれば、
 それをイスラが何らかの方法で知ったという描写がない
という点で疑問が生じました。

iD氏は感情が激しく籠った記述が得意な書き手だと思っております。
今回の場合、イスラの感情が多分に記述に載ったことで、
三人称視点の情報と一人称視点(イスラ)の情報が混交してしまったものと推察します。

氏の持ち味は好ましいものと思っていますのでそれに水を差すような指摘もどうかと思ったのですが、
(実際、伐剣王の呼称の方はこのままでもよいと思ってます。三人称側の記述と思えばそれまでなので)
他の高ぶった場所と違い、物語内での知覚の問題なので指摘させていただきました。

といっても、重ねて水を差すつもりもないので、修正案を愚考させていただきます。

1.何らかの方法(適格者の力etc)でジョウイとアルマーズの会話をイスラが知ったという描写の追加
2.ジョウイがヘクトルの死体を用いた事実に対し「ジョウイならきっとこう弁明するだろう」というイスラの想像とする。
  *死体を用いるという点については経験のあるイスラも疑問にはしないと思うので

このあたりが妥当かと思います。
無論、他の案があればそれでも問題はないかと。

長くなりましたが改めて投下お疲れ様でした。疲れが取れてからでも、一考いただければ幸いです。

529 ◆iDqvc5TpTI:2012/09/25(火) 23:40:55 ID:KQRFXXLg0
感想・指摘ありがとうございます
ジャスティーンの分離形態の呼称につきましては、完全に記憶ミスでした
こちらでもぐぐって確認しましたし、何よりもソースがはっきりしている情報なのはありがたい限りです
急ぎ修正させて頂きます

また、情報云々の方は伐剣王の部分をジョウイに置き換えるなどで対処しますが、せっかくの提案は採用しない確率が高そうです
何らかの置き換えや修正はさせていただき、またその点をご報告させて頂きますが、これだけはやってみないとどういう形で着地させることとなるかわかりません
しかし、もしかすると氏の提案にのった形になるかもしれません
単に、私が現時点で提案していただいた案による修正のヴィジョンが浮かばない、そういうことなのです
では、長々と失礼いたしました
他にも何かあればぜひ、指摘感想お願いいたします

530 ◆iDqvc5TpTI:2012/10/06(土) 17:18:58 ID:PNMKurTM0
収録、及び修正完了しました

指摘していただいた点に関しましては、

【元適格者であり、フォースの力に目覚めたイスラには、アルマーズと打ち合うたびに、ミスティックをかけ続けるジョウイの導きが聞こえていた。
ヘクトルの魂を囚えて離さない呪言のリフレインを断ち切ろうと、イスラもまた銃弾にフォースを込め亡将ごとジョウイの幻影を射抜いていく。】

ということにさせていただきました
ご了承ください

531 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:36:43 ID:5alJ485M0
書きあがりましたので只今からゴゴ、セッツァー、アキラ、ちょこを投下したいと思います。
長期間のキャラの拘束、および予約期限に間に合わなかったことをお詫びいたします。

532一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:37:47 ID:5alJ485M0

異次元の舞台の上で、同じ世界かつ違う世界の空を駆け続ける二人の狂人。
これは、そんな世界最速の人間の話である。

真っ青な空。
どんな宝石にも出せはしない。
どんな塗料にも出せはしない。
どんな魔法にも出せはしない。
海にも陸にも負けはしない、一点の白すらないこの紺碧の空。
この目に映る風景は、無敵だ。
魔人のような画家でも、最強の探検家でも、想像を絶する頭脳を持つ魔法使いでも。
この風景だけは、絶対に作れない。

風を切る。
コートが風に煽られ、コレ以上ない勢いで靡く。
吹き飛ばされそうな力を受けながらも、自らの持つ両の足だけで耐えてみせる。
向かい来る風が刃となり、全身を傷つけ、骨を軋ませようが構わない。
この身が持つ限り、より速い翼を目指すだけ。

既に視界の色という色が落ち、映るのは真っ青な空だけである。
何もかも視界に入らないというのに、最後の最後まで落ちずに残る色がある。
たった一点の何か、空にあるわけでもない、この翼にあるわけでもない。
何色と表現すればいいのかすらも分からない、そこになにかあるもの。
分かることは、アレを落とせば向こう側もっと奥へ辿り着ける。

この空にあるのは一つだけでいい。
何者の追随も許さない速度で飛翔し、世界最速の向こう側へと迫る漆黒の翼。
そう、この空に居る事を許されるのはこの翼だけなのだ。

533一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:38:26 ID:5alJ485M0



「世界最速、か」
両手を大きく広げ、目の前に立ちふさがる翼。
絶対に止めると決めた、自分の声を響かせると決めた。
それが一筋縄で行かないことは分かっている。
もう一般人の声など届かない遥か空へ、あの翼は飛び去っているのだから。
「皆、俺に力を貸してくれ……」
悔しいが、一人ではあの場所へ届かない。
セッツァーが速さを求めるために捨てたモノ。
ならば、その不要なモノの力で速くなって見せる。
絶対幸運をぶっちぎるのは、仲間の力だと信じているから。
物真似師として、今まで見てきた全てと、感じた全てと、過ごした全てをぶつけるために。
ここにいない者の分まで、ここにきて散って行った者の分まで。
全力の自分で、最速を超える。
「トランス」
一言だけ、短く。
幻獣と人間の間に生まれ、それ故に悩み続けた少女の力。
自分には魔法の力は存在しないから、隠された能力が引き出されることはない。
それでも、形だけの仮初の物だったとしても、その一言を呟く。
気持ちがふわりと浮き、意識が研ぎ澄まされ、思考がクリアになっていく。
きっと彼女の力はこういうものだろうという、自分の経験なりの解釈を組み立てて実現する。
まるで、物真似師の背に彼女がいるかのように。

獣ヶ原に住まう獣達の意志を、クリアになった頭に放り込んでいく。
忍者、侍、ストレイキャット、魔神竜、ドゥドゥフェドゥ。
ヘルズハーレー、眠れる獅子、ボナコン、ダイダロス、ブラキオレイドス。
意識が研ぎ澄まされているお陰で、獣の意志一つ一つがはっきりと識別できる。
振り回されることなく、乗っ取られることなく、その獣の意志で、全身を武器として扱っていく。
ここで本来の使い手は、その獣の意志に全てを託し、全力を以ってぶつかっていく。
だが、今は獣の意志に全てを託すわけには行かない。
一段と強く自我を前面に出し、獣の意志を押さえ込む。
もちろん、ただの獣の意志だけではセッツァーには届かない。
その獣が住まう場所を再現し、まるで生きているかのように、獣の生活の一部としての戦いを組み立てていく。
場所、空気、自然の流れを変える力。そんな魔法のステップも、彼は知っている。
トントンと二度の足踏みから、流れるように踊る。
自然と同調する華麗な動きは、その場所の空気を、環境を、流れを変えていく。
平原の中に静かに潜む、誰も触れなかった存在である眠れる獅子の意志にはかぜのラプソディを。
轟々と木の葉を揺らし、木々の力を吸い込みながら、強大な力を振るうブラキオレイドスの意志にはもりのノクターンを。
何もない砂漠を、無心で駆け回る愉快な植物、サボテンダーの意志にはさばくのララバイを。
殺風景な建物で、卓越した死地を潜り抜ける、卓越した剣技を振るう用心棒の意志にはあいのセレナーデを。
遥か高い山に住まう、全てを揺るがす巨人、グラシャラボラスの意志にはだいちのブルースを。
海や川、人とは違う環境で住み続ける生物、ディオルベーダの意志にはみずのハーモニーを。
薄暗い洞窟の中、ランタンを片手に冒険者に包丁を振るうトンベリの意志にはやみのレクイエムを。
強大な槍を持ち、雪原を駆ける魔を操る重騎士ヘルズハーレーの意志にはゆきだるまロンドを。
獣の意志に合った踊りを踊ることで、獣そのものの生活を正確に真似ていく。
意識レベルにまで合わさった両者の動き、昇華されたそれはまるで新たな「踊り」のようにも見える。
名付けるならば「夢のファンタジア」とでも言うべきか。

だが、どれだけの獣が襲いかかろうと、やはり届きはしなかった。
仲間の意志がそこにあったとしても、地を這いずり回っている魔物たちの力では最速の男を捉えることすら出来ないのだ。
巻き起こる天災も、飛び交う針の数々も、卓越した剣技が巻き起こす衝撃波も、何一つとしてあの男には届かない。
ぼうっと立っているだけに見える男に、たった一撃すら届かないのだ。
だから、加速する。
二人に押し上げてもらった分から、もっと先へ、もっと早くへ。

534一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:39:10 ID:5alJ485M0

どういう理屈かは分からない。
だが、ただ立っているだけのセッツァーに打撃も、魔法も、何一つとして当たらないのだ。
獣の意志の中で放った、必中のハズの「歩数ダメージ」すら、あの「バカヅキ」には敵わない。
それどころか生半可な魔法はセッツァーから身を翻し、ゴゴ自身へとその牙を剥き直しているのだ。
向かい来る無数の魔法に対し、魔法の踊りを中断してブライオンを手に取る。
迎え撃つは天才魔導士であり、常勝将軍であった一人の少女の構え。
剣を媒体とし、自然の摂理に逆らう魔法の力の流れを読み、その筋道を断ち切ることで剣自身に魔力を蓄える神技。
魔法に対してほぼ絶対の力を振るうその構えで、跳ね返る魔法の数々を無力化していく。
そして、違うのはここから先のこと。
あの常勝将軍はこの断ち切った魔法の力と自身を同化させることにより、自らの魔力へと変換させていた。
それをあえて剣に蓄えさせることで、猛る炎が、狂う雷が、荒れる氷が、融ける毒が、蠢く地が、裂く風が、聖なる力が混じる。
それぞれがそれぞれと融けあい一つの魔法となることで、究極魔法アルテマにも匹敵しかねない魔力が今、ブライオンに宿っている。
この力を生かし、次に構えるは迷いを断ち切った一人の侍の姿。
遠くからは届かない、届くはずもないのならば。
何者にも防ぐことは出来ない一点の牙となり、人外の運気を貫き通すのみ。
物真似師一人を除いてゆっくりと、あたりの空気が止まる。
擬似トランスを通した精神集中から、さらに先の、もう一つ先の高みを見つめる。
剣に力を込め、己が見据える先に持っていくのはドマの高き誇り。
空のように澄み渡った世界で、大地を駆ける虎の様な舞を踏み、高く飛び上がる龍は月を捉えるように烈風を巻き起こし、全てを断ちきる牙の力と共に。
数々の自然の力と、獣たちの意志が貫けなかった運気の壁を。
喜怒哀楽を手にし、迷いを断ち切り、立ち向かっていった二人の軍人の力で。
貫いた。

一般人なら耐え切ることすらも出来ないであろう闘気を纏った剣幕で、セッツァーへ一瞬で迫る。
不可避の刃を目前にしても、セッツァーの虚空を見つめた目は動かない。
座椅子から立ち上がるかのような、ゆったりとした動き。
たったそれだけで二人の軍人の意志が籠もった一撃は避けられてしまう。
神速ですれ違う間際、物真似師はセッツァーのすぐ傍の地面へとブライオンを突き刺す。
これでいい。
目的は急停止、セッツァーまでゼロ距離に迫ることなのだから。
大地に突き刺さったブライオンを回収する間もなく、物真似師は新たな構えへ入る。
幸運の神様は後ろ禿げ。早く掴んでおかないと、二度とその姿を捕まえることは出来ない。
だから、真っ先にその胸倉を捕まえる。
「捕まえたぜ」
その一言と共に、地面を大きく蹴りあげる。
遙か上空にたどり着いた後で、深く呼吸を一つ。
カラテの押忍の構えを取った後、弾けるように拳を打ち出していく。
降り注ぐ隕石のように爆ぜて裂ける拳の一つ一つに込めるは、ダンカン流の極意。
夢幻と闘い舞う者の心を、確かに乗せて。
そして、頭から降り抜いた最後の一発には。
「バカヤロウ」なんて声が今にも聞こえそうな、優しい青年の心も乗せて。
一気に、叩きつけた。

土煙が舞う。
だが、物真似師には分かる。
まだ、最速にたどり着いていない事が。

535一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:39:51 ID:5alJ485M0
煙が晴れた先、セッツァーは先ほどと変わらぬ姿で立っていた。
全ての乱打を受け止め、ズタボロになった一体の天使を踏みつけながら。
だが、彼自身は何もしていないと言わんばかりの顔をしている。
たまたま召喚獣が具現化し、たまたま襲いかかる乱打を全て受け止め、たまたま叩きつけられる際のクッションになった。
今のあの男には、そんな一連の出来事でさえ「運がいい」の一言で済まされてしまう。
セッツァーの運が良く、召喚されし獣の運が悪かった。
たったそれだけの話である。

追いつけなかったことを認識するや否や、物真似師は次の行動へ出る。
幸か不幸か、先ほどの攻撃の際に彼の道具を盗むことに成功した。
ヒヨコの出る変な機械、ある意味全ての惨劇を招いたきっかけのナイフ、時を駆ける少年が未来のために手にした七色の刀、発明少女の工具と希望の詰まったカバン。
だが彼にとっては、それらを失うことは別に「不運」でも何でもなかった。
寧ろより最速へたどり着くのに不要な物を押しつけるために、わざと盗まれたと言っても過言ではない。
幸運ではない物は、あのセッツァーには必要ない。
最速を目指す上での、錘となる物は何一つとして必要ない。

こちらの事を完全に見据えているようで、何も見ていない瞳を相手に物真似師は機械を構える。
砂漠の国の、勇敢でユーモアのある一人の国王のように。
機械のことならなんでもござれ、どこかで拾ってきたモノでも見事に使いこなしてみせていた。
そんな彼の思考回路をトレースし、一瞬で機械の特徴を解析していく。

ふと、機械の取っ手に刻まれていた名前を読む。
昭和という言葉は、自分の知らない世界の知らない国で使われていた。
おそらく、その世界では自分の国の未来に向けてこのような二文字の言葉をつけるのだろう。
だが、相手は未来の先を駆け抜ける存在。
過去につけられた名前では、打ち勝つことなど到底できはしない。
だから、新しい名前を付ける。
「平成……」
"平"和な世の中に、"成"りますように。
この地で誰しもが願い、誰しもが折られた夢の冠する名と共に。
「バードッド砲!」
引き金を、引いた。

機械と魔力の干渉、及び魔力を源として動作する機械。
簡単な例をいえば、魔導アーマーに代表される機械たちは魔力を源とした武装を扱うことが出来る。
ガストラ帝国の卓越した技術によって、それは可能となっていた。
つまり機械に対し適切な魔力の形を取らせることが出来るなら、機械達も魔法の恩恵に預かることが出来る。

だが物真似師は、一人では魔法を使うことは出来ない。
彼がするのは「物真似」なのだから、真似る魔法がなければ真似ることは出来ない。
そう、魔法は一人では使うことは出来ない。
だが、彼にも一人でも使える「魔法」がある。
一人の老人が我が身を張り、目を凝らし、耳を澄ませ、その手で触れた魔物の魔法の数々。
澄み切った心の持ち主という証の「青」を冠する魔法。
彼が体に刻みこんだその魔法達を、物真似師も見て、記憶して、刻み込んだ。
習得までの経緯さえわかれば、後は同じだ。
彼が「見て学べる」のだから、自分も「見て学ぶ真似」をすればいい。
あの冒険の数々で、彼が使ってきた魔法。
先ほどの剣を突き刺す前に、体の中へしっかりと吸い取った全ての魔力を込めて。
この機械に、全ての青を託す。

536一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:40:34 ID:5alJ485M0

平成バードッド砲。
姿の見た目こそは変わらないモノの、新たな名前をつけられ、吹き込まれた魔法の力得た。
その兵器から打ち出された三匹の鳥達は、まっすぐにセッツァーへと向かっていく。
「あのセッツァーが、幸運を呼び寄せる異常な力を持っている」
その仮定が正しければ、この攻撃は絶対に避けられない。
なぜなら、この平成バードッド砲から打ち出されたのは。「幸せ」を運ぶ、三匹の「青い鳥」達だからだ!

青い鳥は「幸せ」を運んでくる。
だがあの青い鳥は、綺麗でいてイビツな黒の三角形を象るように飛来する三匹の青い鳥は。
得体の知れない「魔法」も運んできている。
その正体は幸運を意味する究極の青魔法、グランドトライン。
老いてなお夢を見、旅の果てにそれを掴みとったある老人が描いた魔法。
幸運を運ぶ青い鳥たちが夢を追い求める者へと、幸運の魔法を抱えて真っ直ぐに向かっていく。
このまま行けば、考えるまでもなく直撃する。
全ての「幸運」を呼び寄せる彼の能力の、唯一の欠点。
舞い込む幸運を、弾き飛ばすことが出来ない。
そう言っている間にも、刻一刻と青い鳥達は迫ってくる。
だが彼は涼しい顔のまま、その幸運の大集合を見つめ。
「回れ――――」
リールを、回す。
「止まれ」
コマ送りの世界の中で。
「止まれ」
迫り来る脅威から目をそむけることなく。
「止まれ」
リールを、止める。

揃った絵柄は、この世で最も美しく輝く宝石。
幸運を運ぶ存在を、それよりも遥かな幸運で迎え撃つ。
幸運を意味する「セブン」を冠する、輝きの光で。
セッツァーを中心とし、ありとあらゆる地面から無数に湧き出る七色の光線。
青い鳥を正確に貫き、内部と外部から脆弱な幸運を溶かしていく。
そして収束された七色の光線が、幸運の大三角と正面からぶつかっていく。
黒の中に光り輝く七色が飛び込み、それぞれがそれぞれを溶かしあい、やがて無へと帰していく。
そして何もなくなった視界に映った物。
それを彼ははっきりと覚えている、いや忘れるわけがない。
友の翼、この世で最も早く星空へと突き抜けられる存在。
ファルコン号が、確かにそこにあった。

537一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:41:08 ID:5alJ485M0

九人の仲間達、彼らの力を借りて物真似師は夢を追うセッツァーへと確実に迫っていく。
だが、追いつくだけでは何の意味もない。
彼を追い越してその先に立ち、彼自身を止めなければいけない。
一人のセッツァーの、自分が知るセッツァーの本当の姿へ戻ってもらうために。
だから、彼は仲間の力を借りる。
最後に借りるはある少女の力。
己が描いた絵に命を吹き込み、己の剣となりて力を振るう。
描くのは大気という巨大なカンバス。
望むのならばどこまでも大きくなり、望むのならばどこまでも広くなる。
どこまでも果てしなく広がるカンバスに、物真似師の心の筆で描くはセッツァーの魂。
いつか自分と旅をし、共に夢を見た魂を。
己の心をたっぷりと乗せて、瞬時に描ききってみせる。
実物など必要ない、あの魂の船は自分の心の中に今も残っているのだから。
感じたとおり、触れたとおりに、あの巨大な船を描ききっていく。
最後に、絵に命を吹き込む。
いつかあのセッツァーが、嬉しそうに語っていた自分の夢という命を。
その手をかざした瞬間、エンジンが掛かり、プロペラ達が順に回っていく。
飛び去る前に、その船のコクピットへと搭乗する。
夢の船が、音を置き去りにする爆発的な加速で、最高最速へと誰よりも早くたどり着く。
そして、最高最速をその身に受けて最後に放つのは、ある暗殺者の構え。
狙えば百発百中かつ一点のブレすら許さない、正確無比のあの投擲をの構えをとる。
一挙一動、全身の筋肉を鼓舞させ、神経を研ぎすまし、骨をきしませ、一本のナイフを投げる。
「受け取れ……コレがお前の捨てた仲間の力だァァァァァァーッ!!」
物真似師が、感情を剥き出しにする。
セッツァーは、偽りの最高最速で向かってくる物真似師を見据える。
彼が投げた一本のナイフへ、手に握っていた一対のダイスを投擲する。
くるくる、くるくると高速で回転しながら飛んでいく。
セッツァーとしてのもう一つの異能、ダイスを通じ己の運気を破壊力へと変える力。
運が良ければ良いほど破壊力が増す、つまり出目が良ければ良いほど強力な武器となる。
そしてこのセッツァーは今、幸運限界突破している。
ならば、この先に来るべき事実は一つ。
ナイフとダイスが触れ合い、ぶつかり合った力が反応を起こしその場で弾け飛ぶ。
惨劇を招いた始まりのナイフが、衝撃に耐え切れず簡単に砕ける。
最後には砂よりも小さい粒になり、ファルコンが起こした風に乗せられて舞い上がる。
一方、白黒のダイスは弾けとんだ衝撃を利用し、セッツァーの手中へと綺麗に舞い戻る。
その手を開いたとき、傷一つついていない幸運のダイスが指し示していた目は。
六のゾロ目、一対のダイスに出せる最大の数字だった。

538一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:42:10 ID:5alJ485M0

「テメェ見たいな相乗りのクソ野郎が、人の翼でデカい面してんじゃねえ」
セッツァーは激昂を押さえながら、淡々と言葉を吐き出す。
ここまで感情をほとんど表に出さずにいた彼が、傍目からみても察せるほどの形相で。
物真似師を、睨んでいる。
「ゾロゾロとアホみたいに仲良くお手手を繋いで群れて、ダラダラ慣れ合ってる限り、お前になんてたどり着けやしないさ」
最速には、何もいらない。
仲間も何もかも、船に乗せる必要はない。
必要なのはただ一つ、自分自身の体があればいい。
だから、ゴミを乗せておきながらファルコンを語り、最速だと言い切る物真似師が、セッツァーにはどうしても許せなかった。
「まだ、届かないか」
セッツァーの言葉をよそに、物真似師がぽつりとつぶやく。
だが、ため息の一つも挟まずにセッツァーの方を見つめ直し、前を向いてしっかりと言い放つ。
「だが、確信した。
 お前が捨てた、お前がゴミだと言い放った存在は。
 俺を最高最速、その向こう側まで連れていってくれる。
 仲良く群れているだけじゃない、今までの俺の人生を、一人の物真似師の人生に関わってくれた者の存在が。
 俺を、加速させる!」
強く言い切る物真似師の言葉を、セッツァーは耳をすり抜けさせ、頭に入れようとしない。
その様子を見て、物真似師はゆっくりと後ろを向く。
側に突き刺さっていたブライオンを引き抜きながら、言葉を続けていく。
「ここからも、俺一人じゃない。共に歩んできた俺の友たちが、俺をより速くしてくれる。
 そして何より! 今、俺の側で戦ってくれる仲間たちが俺を更なる高みへ押し上げてくれる!
 お前がゴミだと言い放った力で、お前に追いつき追い越してみせる!」
物真似師は振り返ると同時に剣を真っ直ぐに構えて突きつける。
目の前に立ちはだかる、黒き絶対幸運へと。
「ちっ……さっきから屑役ばっかり揃えてたのは、テメーが動くためか」
ミシディアうさぎ。
セッツァーの内包するスロットの、末端に位置する外れ役。
先ほどの戦闘の合間合間にその姿が見えていたということは、考えるまでもない。
あの物真似師は今の戦闘のやりとりの合間合間を縫って、またスロットを回していた。
幸運を吸い取る自分がいる限り、末端の役しか出ないことを「逆手に取っていた」のだ。
一回の癒しの能力は微々たるモノだが、塵も積もれば何とやら。
自分の技で絞り滓のような配当を物真似師が受けている、そのことがまた彼の苛立ちを加速させていた。
落ち着きを取り戻すために、ダイスをもう一度強く握りしめ直す。
「ウザったいんだよ……俺の空に、他の色をベタベタ塗ってんじゃねえ!!」
この戦いで初めて、セッツァーが表情を変える。
むき出しにされた感情は、濾過に濾過を重ねて純成分だけで汲み上げられた怒りそのものだった。

539一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:42:47 ID:5alJ485M0

「さぁ、行くよ」
物真似師から発せられた号令は、ある一人の少年の声。
何千人いや何万人とたくさんの人間を抱えながらも、先陣を切り、勇敢に戦った一人の少年の声。
今まとめる軍隊は、見てくれはたった一人である。
だがその声の後ろには、無数の仲間がいる。
物真似師という一人の人間が背負う、無数の仲間の声と力がある。
集団を束ねる才を持つ彼を、安心させてくれるのは一人の姉。
そしてその姉も今、彼のそばにいる。
「三人で帰るって、決めたから」
願い続けた言葉を口の中で再び転がし、噛みしめながら物真似師は前へ進むため。
その片足をふわりと浮かせようと力を込めた。

その時である。
「っはぁ〜〜〜〜〜〜い!! 呼ばれちゃ飛び出るのが科学者の定めだトカ!
 空前絶後、吃驚仰天、天地明察、豚を煽てりゃ木に登らせるInteligent.Qube.はカウントストップでおなじみの世紀の大天才!
 みんなのプリティアーイドル、終身名誉教授様が現れたからにはもうだいじょっ、うわなにをするやめろ」
「ったく……ちょっと目を離すとこうなんだから。
 これが科学の最先端を駆け抜ける天才だっていうのが、悔しいわね」
道化よりも甲高い声で物真似師が突然叫び、一人で声色を操りながらボケツッコミをする。
ただのショートコントにしか見えないが、彼らもまたこの地で物真似師と出会った者達である。
まるで二人いるかのようなその光景、それは全て彼の仲間たちがくれた光景。
物真似師にとっては大切な仲間の一人一人を心に宿し、誰一人として決して置き去りにしない。
己の全身全霊を賭し、最速の壁に向かい合う。

傍から見ているセッツァーにすれば、この上なく不快な光景だ。
ゴミがゴミ同士方を寄せあって、自分の飛ぶ空に舞っている。
一つですら鬱陶しいと思うのに、まるで行く手を阻みにくるかのように複数浮いている。
ましてや最速を目指すための空には、肥大するゴミなど不快この上ない。
不快な全てを消し尽くしに、無感情でただ黙々と仕事を果たす。

「さぁ〜てさて、デェ〜ッカイの一発。ぶっ放してやりなさい!!」
「ワーオ! これこそ科学の結晶! 流した血と涙と汗とコーンポタージュ!
 我がリザード星の誇りを乗せて、ドカンと行くわよ禿ーげあーたまー!!」
不快感を示すセッツァーをよそに、物真似師はハイテンションで大砲に手をかけていく。
そして再び、昭和ヒヨコッコ砲の引き金が引かれる。
先ほどは国王の知識と解析力、さらに老人の夢の詰まった青魔法を吹き込む事により強化されていた。
だが、今回は違う。
出てくるのはただの黄色い鳥、幸運も魔法も運んでくることはない。
セッツァーがスロットを回すまでもなく、ぼうっと立っているだけでよけれてしまう代物。
銃を構え、大砲を構えて動かない物真似師へと照準を合わせる。
にやりと笑みを作り、引き金に力を込めたその時。
「へ、へくしっ」
くしゃみと同時に、物真似師も笑っていた。
ふと姿が消え、次の瞬間に現れたのはセッツァーの頭の上近くだった。
打ち出されたヒヨコの弾と共に、超至近距離に位置していた。
瞬間転移を認識したセッツァーは、構えていた銃の照準を即座にずらす。
打ち出されたヒヨコを瞬時に撃ち抜き、片手に握っていたダイスを物真似師へと投げつける。
宙にいる物真似師に、ダイスを避ける手段は何もない。
策があっての転移なのか、事故による転移なのかはわからないが、運悪く空中に現れてしまった以上関係のないことだ。
セッツァーが何の反応も示さず、不運だっただけという事実を突きつけるように動く。

540一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:43:18 ID:5alJ485M0

だが。
「イナバウアー! 我が輩の華麗な身体能力と数式の完全計算による流線型がホップステップカールイス!」
「あり得ないこと」が起きた。
物真似師の体が宙で回転し、飛来するダイスを華麗に避けた。
計算された動きにはとても見えない、まさに「幸運」な出来事。
幸運を支配しているはずの自分の前で、どんな計算をしてもはじき出せるはずがない物。
あの物真似師は今、それを掴みとって見せた。
一瞬の焦りが生まれ、判断が遅れる。
上から降りかかってくる物真似師を避けるために、素早く後ろへと飛び退く。
「回れ、止まれ止まれ止まれ!」
急いでスロットを廻し、息つく間もなく止めていく。
出目の効果により現れた巨鳥が、着地する前のセッツァーの体を乗せて大空へ浮かび上がっていく。
すんでのところで上空からの襲撃をかわし、宙に舞いきったダイスを道中で回収する。
その際に、懐の栞を見る。
花はまだ枯れていないということは、この場で幸運を支配しているのは自分のはず。
疑念を抱きながら、遙か上空から着地する。
「どうして、っていう顔してるわね」
納得がいかない表情のセッツァーに、物真似師が問いかけていく。
「ま、無理もないわね。私も半分以上信じてなかったわ。
 幸運を支配する自分の前で、ラッキーなんて起こるわけがない。
 実際その通りよ、私たちの攻撃は当たってないし」
物真似師が言うとおり、セッツァーは幸運を支配している。
彼の目が黒いうちは全ての幸運が向こうから歩いて彼の元に集まり、彼にこの上ない幸せを齎す。
逆に言えば彼に触れる物、人間、空気、ありとあらゆる存在は「不運」になる。
絶対的に頂上に位置する幸運を手にし続けるために、彼は他人の幸福を吸い取っている。
だから、自分の目の前で他者が幸福になることなんて絶対にあり得ないことのはずなのだ。
「それはそれは壮絶よ、彼のやることなすこと、全てに不運な出来事が起こっている。
 誰がどう見ようが「運のない奴」だと思われても、まっすぐとその事実を受け止めて対処する。
 そしてどんな不幸に見舞われても、いつだって幸せそうな顔と表情で過ごしていた。
 己の幸運が吸い取られ、そこに不幸しかなかったとしても何の問題もない。
 幸運なんて元からありゃしないんだから、どれだけの不運が舞い込もうが、知ったこっちゃない。
 "別にいつも通りなんだから"いつも通り過ごして、いつも通りに対処していくだけなのよ」
「そう! どんな薄幸の美少女よりも可憐な我が輩はいつでもニコニコリザードスマイルと持ち前のど根性で切り抜けてきたトカ!
 この天才的頭脳を以てしてもなんだかよくわかんない上に、褒められた気がしないけどそういう事なんだトカ!」
絶対的幸運が相手なら、絶対的不運に屈しない者の思考と生きざまの真似で切り抜ける。
本来三人が平等に受け止めるはずの「不運」を、人より多く受け取ることで訪れる不運を薄れさせる。
0にはできないにとしても、セッツァーに他二人がうかつに手が出せない状況は少し打破できるだろう。
「ウゼぇ……」
舌打ちをしながらスロットを回す。
そろった絵柄、それにより起こる現象。
この世の理と常識を「幸運」でねじ曲げていく。
馬に乗った二人の騎士が、セッツァーの両隣に音も無く現れる。
両者共に、その太刀で斬り裂くことのできぬ者はいないとされる名騎士である。
息をつく間もなく馬が駆けだし、一直線に物真似師へと向かっていく。
迫りくる二人の騎士に対し、手に持っていた剣ではなく、先ほどセッツァーから奪った虹色の刀を構える。

541一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:44:03 ID:5alJ485M0

脳裏に思い描くは、絶景。
視界の全てを覆いつくさんとする一本の大きな桜の木。
その木から吹雪のように無尽蔵に降り注ぐ花びら。
見るもの全てを魅了する、たった一つの存在。
そこに添えるのは、辛すぎず甘すぎず、舌を包み込むように染み渡る、たった一杯の透き通った酒。
そして、その一杯の酒を酌み交わす唯一無二の友。
心の中で、腕を天高く上げる。
持ち上げた杯に、どれよりも桃色に輝く花弁が落ちる。
ゆっくりと花弁ごと口に含み、その風味を味わうために瞼を閉じていく。
これ以上ない至高の感覚、この場にある全てが、ありとあらゆる感覚を快感へと導く。
その全てを堪能し、一息をついてから。
目を、開く。

「一撃だぜ」

七色の軌跡を描きながら、刀が大きく七色の軌跡を描く。
あるはずのない桜吹雪が舞い散った瞬間。
二人の騎士が雷に撃たれたかのように崩れ落ちる。

セッツァーから離れた幻獣なら、不運にも攻撃が外れるという事はない。
それどころか幻獣も運気を吸われているのだから、状況は全くの五分である。
手に持つ七色の奇跡は、ある世界で少年が時を駆けながら戦い抜いた刀。
戦う自分自身と、知らぬ内に掴んでいた誰かの幸せを守るために、振り抜き続けた刀。
その刀に残るわずかな「幸せ」の力が物真似師の技術の糧となり、二人の幻獣を打ち砕いた。

「まだ、こんなもんじゃねえぜ」
己の力を指してか、それとももっと早くなれることを指してか。
刀を真っ直ぐに突きつけ、物真似師はセッツァーに言い放つ。
それと同時に物真似師が前進し、セッツァーはスロットを回転させる。
一瞬の間に無数の幻獣が、セッツァーの周りを守るように現れる。
イフリート、シヴァ、ラムウ、ビスマルクが物真似師へと戦いの姿勢を見せる。
キリン、ゾーナ・シーカー、フェンリルがセッツァーの周りで助けになろうとする。
他にもケット・シー、カトブレパス、ファントム、カーバンクル、セラフィムと次々に召喚獣を呼び出していく。
配当で当たる幻獣も、言い換えてしまえばセッツァーを遅くする要因である。
だから、ここで吐き出しきっておく。ここの空には、そんなものは必要ないから。
夢を追い、夢に追いつく最速を手に入れるため。
「言ってろ、三流。俺に追いつくなんざ神でも出来ねえよ」
その一言と同時に、全ての幻獣たちが動き始めた。

「ごめん、どいてどいてどいて! ちょっと、さっさと撃ちなさいよ!」
「わかってるトカ! 百発百中の気分は13な名スナイピングでオネーサンもイチコロだトカ」
「無駄口叩く暇があったら撃つ!」
鞄からばらまく無数の爆弾、その一つ一つが燃え上がり火柱をたてる。
それとヒヨコッコ砲で無数の幻獣へ対処していくが、流石に手が回らない。
蜥蜴がその身に引き寄せる不運はここまで大きな存在なのかと戦慄する。
彼がこの場に辿り着くまで生きながらえることが出来たのが不思議なくらいだ。
「仕方ない、ここは一発!」
そう言いながら物真似師は少し大きめの爆弾をカバンから取り出し、勢い良く地面へと叩きつける。
先ほどとは比べ物にならない爆炎が、大地に広がっていく。
多くの幻獣が霞んでいく中、セッツァーは表情一つ動かさない。
そして燃え上がる火柱の中を、物真似師は刀一本で斬り抜ける。
一振り、一振り、一振り。
突き抜けるように七色と共に炎の中を進んでいく。

542一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:44:41 ID:5alJ485M0

セッツァーは、冷たい目線でそれを見続ける。
「回れ、止まれ止まれ止まれ」
どれだけの幻獣の姿が霞もうと、涙の一つすら零さない。
「回れ、止まれ止まれ止まれ」
いらない物を吐き出すために、無心でスロットを回す。
「回れ、止まれ止まれ止まれ」
幻獣を扱っていたという記憶すらも、捨て去るために。
そう、余計な記憶なんて必要ない。
自分の空と自分の船にある物は必要最低限でいい、重石や風除けとなるものなんて必要ない。
だから、頭の中の残りカスをここで吐き出していく。

聖なる巨人、始祖の凶鳥、そして大地を揺るがす大蛇。
物真似師の目の前に立ちはだかる三体の幻獣。
強大な幻獣達を目の前にしながら、物真似師は刀をしっかりと構える。
機械仕掛けの巨人が、大きく動き始める。
歯車が回り、蒸気を噴きだし、連動する部分がかみ合って動き出す。
そして、頭部から一本の光の筋が延びる。
全てのものに平等に、神の裁きを与える光。
ルッカの爆弾とは性質の異なる爆発を巻き起こしていく。
「桜花――――」
一振り。
瞬時に肉薄していた物真似師が、炎を背にしながら機械仕掛けの巨体を斬り裂く。
脚の部分が大きくズレこむと同時に、光の粒子と化して溶けていく。
同時に、凶鳥の全身から炎、氷、雷の要素が交じった光があふれ出す。
あの世界の中核となる三要素、それを混ぜ合わせた破壊の光。
屈折と旋回を繰り返しながら、物真似師へ向かっていく。
「雷爆――――」
一振り。
凶鳥の銅を薙ぐように、七色の筋が延びる。
破壊の光をすれすれでよけながら、一点の狂いもなく振り抜かれる刀は芸術とも呼べる。
凶鳥は断末魔ともとれる叫び声を残し、機械兵と同じように光の粒子となっていった。
休む間もなく強烈な地響きが物真似師を襲う。
世界を揺るがし、飲み込まんとする大蛇。
その巨体から放たれる大地の衝撃は、さすがの物真似師でもふらついてしまうほど激しい。
じっと地面に立っていることはできない、そう判断して渾身の力を込めて地面を蹴る。
「斬!!」
一振り。
大地を支配する大蛇ならば、空から攻め抜くのみ。
その首を一点に見据え、不完全な跳躍の速度を乗せながら刀を振るう。
光の粒子へと融けていく大蛇を背に、物真似師は刀を握りなおした。

こうして無数の幻獣達を追い払い、ひとまず難は逃れた。
しかし、その間にほぼ全ての幻獣を呼び出したセッツァーが揃えた手札はこの上なく多い。
召喚していた現住の効能から自然治癒、物理防壁、魔法反射、魔力軽減、高速分身と来て更に透明化が判断できる。
セッツァーの姿を捕らえることができず、うかつな魔法や打撃では攻め込むことすらできない。
かといってじっとしていれば、自然治癒の力で更に手が着けられなくなってしまう。
逆に言えば、そこまでするほどセッツァーも全力を出して来ている。
ならば、自分も全力で追いつくのみ。
自分が信じる仲間の力を最大まで引き上げた攻撃を一発、ぶち込むのみ。
最速の船にたどり着くまで、自分というエンジンをフル稼働させる。
仲間という存在がなによりも心強く、そして今この瞬間も自分を加速させてくれる。
元の世界とこの世界で出会った者たちの姿を心に描きながら。
物真似師は口を開く。

543一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:45:28 ID:5alJ485M0

「天より降りし雷よ」
虹を左手に持ち替え、右手に勇者の剣であるブライオンを握り締める。
「地を揺るがす雷よ」
両腕を上げ、刀と剣を交差させる。
「森羅万象、この世の理を貫く雷よ」
全意識の集中、それは自分自身だけではない。
「遥かなる時を経て、降り注げ」
かつて共に旅をしてきた仲間、そしてこの地で共に歩んだ仲間。
「ここにいる我らの魂と共に」
一人一人がこの場に集っているかのように、多くの祈りを捧げる。
「この手に集え……!」
掲げられた刀と剣に、一筋の雷が落ちる。
「クロス・シャイニング……ギガ、ソード!!」
雷を裂くように、頭上の交差を解く。
時空を駆け、世界に変革をもたらした、七色の輝きを放つ刀、虹。
勇者という希望と、全ての悲劇をその身に染込ませた剣、ブライオン。
それぞれの刀身に、あの「救いの勇者」が見せてくれた青白い光を宿しながら。

柄を強く握りなおし、物真似師が叫ぶ。





「撃てェェェェッ! ちょこぉぉぉッッ!!」





セッツァーは気づいていなかった。
物真似師が屑役をそろえながら、過去の仲間の力を使って戦っていたとき。
ミシディアうさぎの癒しの力が後ろで倒れている二人にも注がれる絶妙な位置取り。
塵も積もれば山となり、気絶から立ち直るだけの治癒の力を二人に与えるのが本当の目的。
気絶から立ち直る頃を見計らい、物真似師は蜥蜴の真似を駆使してセッツァーの注意を自分に釘付けにさせていた。
セッツァーが物真似師を憎み、潰したがっていることを利用したある種の賭け。
その賭けに物真似師は勝ち、ここにいる仲間という配当を得ることが出来た。

544一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:46:03 ID:5alJ485M0

「ん……」
先に目覚めたのは、サイキッカーの少年、アキラである。
頭にはまだ生々しく血が残っているのだが、受けた傷が浅かったことが幸いしてか、治癒の程度が軽めでも動くことが出来た。
そして目を覚ますや否や地面から飛び起き、せわしなく首を動かして周りを見渡す。
少し遠く、そこには戦闘を繰り広げている二人の人影が見える。
加勢に回ろうとその身を動いたとき、頭痛とともにある思考が流れてくる。
「頼みがある」
それは、物真似師の意志。
まるで自分が目覚めたことを悟っているかのような調子である。
「俺が合図するまで、ちょこの傷を癒してやって欲しい」
その一言を受け取った時に、そこまで離れていない場所に倒れていたちょこの姿を見る。
翼が一つ削げ落ち、下腹部からは赤黒い血を流し続けている。
ミシディアうさぎの能力では、この重傷は癒しきることは出来なかった。
「超能力なら内部意識を活発化させ、治癒能力を上げることが出来るのだろう?
 ああ見えてもちょこは魔王の娘、俺たち人間よりそのあたりは優れているはずだ」
潜在意識、人の持つ治癒能力。
超能力でそれを促進させることによって、傷の治りを早めることが出来る。
ちょこへ手を翳し、物真似師の意志の通りちょこの治癒能力へと語りかけていく。
「俺が合図したら俺の言うとおりに回り込んで来てくれ。
 そして精一杯叫ぶ、それに合わせてちょこに闇の魔法を撃たせてくれ。
 頼んだぞ、せめてあいつが魔法を打てるようになるまで……それまで俺が時間を稼ぐ」
信頼。
こちらの動きを察知しているのではなく、自分とちょこを信じることを貫き通す意志。
物真似師の狙いがなんなのか、何故ちょこのヴァニッシュが必要なのかは分からない。
あのセッツァーに一発何かを通すために、それが必要なのだろうということぐらいしかわからない。
向こうそれだけ信頼しているのだから、こちらもその信頼に応える必要がある。
「分かった、待ってろよ」
アキラは、ちょこにひたすら手を翳し続ける。
既に磨耗しきった己の精神を、騙し騙し使いながら。
身体能力のさらに奥、潜在意識にまで語りかけ、ちょこの治癒能力を高めていく。
物真似師が兎を介して託してくれた、信頼へと繋げるために。



治癒能力を活性化させるため、アキラはちょこの意識へ語りかける。
その途中、アキラの頭にいくつもの情報が流れ込む。
ちょこの過去、生い立ち、そしてここで何があったのか。
心の中の強い意志が、映像へと具現化していく。
アキラの心に一つ一つの場面が克明に、はっきりと映し出される。
自分が気を失ったすぐ後の事も、コンマ数秒の一場面すら逃さずに。
ちょこが気を失うまでの光景を見届けた後、そこには一人の少女が膝を抱えて蹲っていた。
顔を隠しているので泣いているのか、怒っているのか分からない。
空ろな瞳で、そこに立っている。
「"おとな"になるって、こんなにかなしいんだね」
喪失。
詳しくは分からないが、決定的な何かを失ったこと。
ちょこはそれが"おとな"になるという事だと、うっすらと認識していた。
「わかるの、もうおねーさんと"けっこん"できないって」
汚され、奪われ、失くした。
もう自分には"けっこん"を口にする事など、出来はしないことが分かっていた。
正体不明、得体の知れない絶望がちょこを支配する。
「ちょこ、こわいの。あのくろいのが、みんなをふこうにするから」
その絶望を統べるは漆黒の夢幻。
アレに関わることで、不幸になる。
どこの誰であろうと、もう幸せになることなんて出来ない。
待っているのは絶望なのだから。
「ここで……じっとしてるの」

545一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:46:45 ID:5alJ485M0
「馬鹿野郎!」
俯いたまま、まったく動こうとしない少女にアキラは怒鳴りつける。
どこからとも無く聞こえる、聞きなれた声に少女ははっとしてあたりを見渡す。
「お前、それでいいのかよ」
叫びを切っ掛けに、決壊したダムのようにアキラは喋り続ける。
頭に浮かんでくる言葉の数々を、吐き出さずにいられないから。
「アイツだって、今たった一人で戦ってんだよ」
こうして気を失っている間にも、一人の物真似師はセッツァーと戦っている。
絶望的な戦力差、そして事象すらも操る超常能力。
普通はどう考えても勝ち目のない戦いに、たった一人で戦いを挑んでいる。
「でもアイツは一人じゃない。あいつの後ろで今まで会ってきた仲間とか、いろんなモノの心が力になってる」
なぜ、そんな戦いに立ち向かっていけるのか?
簡単な話だ、物真似師は一人に見えて一人ではないということである。
あの体には無数の仲間の心が詰まっている。
物真似師は、その仲間の心を真似る事で、無数の援軍を得ているかのように振舞える。
「お前にも! 力になる心があんだろうが!!」
今、少女に伝えるべきなのは心の力。
信じてくれる、待ってくれる人がいる限り、人はどこまでも強くなれる。
「お前の嫁は! 結婚するって決めたダンディーな旦那は! お前を待ってんだろうが!!」
そう、何よりもちょこには心の支えになる人間がいる。
どれほどのものを失っても、ちょこのことを見て支えてくれる一人の旦那がいる。
イケメンで、かわいくて、ちょっぴりお茶目で、何よりも心強い、この世でたった一人の旦那が。
ちょこには、そんな素敵な人の"お嫁さん"になると言う夢がある。
「大人になったとか、そんなくだらねー理由で諦めていいもんじゃない」
夢は、夢である。
だが、追い続けてこそ力と希望を持つ。
向こうが絶対的な力で夢を追い続けるなら。
こちらも夢を追う力で、全力でぶつかっていくべきだ。
「てめーが、てめーがどれだけ"愛"を持ってるかじゃねーのか!?」
ちょこはまだ、決定的なものを失っていない。
"けっこん"に必要で、もっとも大事なもの。
愛する人を思う心、それがあれば十分。
一人だけ先に大人になっただとか、そんなことは関係ないのだ。
「今、やるべきはそこで蹲ってることじゃない、あの真っ黒い闇をぶっ潰す事だろうが!!」
アキラが、より強い口調でちょこにハッパをかける。
やることがある内は、止まっている余裕なんて無い。
「……そうだよ、ちょこは、おねーさんとしあわせになるってきめたの」
ちょこが、顔を上げる。
そしてゆっくりと立ち上がり、黄色いスカートについた埃を軽く払う。
「ぜったいに、しあわせになるって」
何者にも折られない"夢"を持っている。
誰でも持っているような夢であって、強くて、綺麗で、尊く、ただ一つの夢。
心の中にしっかりと根付いていたモノを、すっかり忘れきっていた。
「それと、みんなもしあわせにするって」
そして、脳裏に描く"姉"だけではない。
今のちょこには"父"も"兄"もいるのだ。
「いなくなっちゃったみんなも、みんなでいっしょにしあわせになるって」
今まで会った全ての人物。次々に浮かんでくる顔たち。
この世界で死んでしまった四人のほかに、ちょこにはまだまだ"家族"がいる。
「ちょこのおともだち、かぞく、みんなでしあわせになるって。だから……」
顔を上げる。
決意に満ちた表情で、前を見据える。
心を支配していた絶望を振り払うように、しっかりと目を開く。
「まだ、戦える!」
その一言と同時に、少女の体が巨大な光に包まれる。
祈りにも似たようなその構えのまま、天空へと登っていく。
やがて光がゆっくりと引いていき、うっすらと人影が見える。

希望と決意の赤を秘めた片翼の天使がもう一度、未来を見据えて覚醒する。

546一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:47:18 ID:5alJ485M0

曲がりなりにも魔王の娘、ということを証明するかのようなちょこの超人的能力。
アキラが超能力で少し語りかけた瞬間、先ほどとは比べ物にならない速度で見る見るうちに傷が塞がっていくのだ。
表面の傷がすべて塞がりきったあたりで、ちょこはゆっくりと目を覚ました。
「起きたか」
真っ先にちょこの目に映ったのはやさしい少年の瞳。
そして全身を突き刺していた痛みが和らいでいることから、自身の傷が粗方塞がっていることに気がつく。
「……ありがとう」
「感謝するのはまだ早え」
そう、傷が塞がったことに喜んでいる暇は無い。
来るべき戦闘の時に備え、ギリギリまでちょこの体を癒す必要がある。
もう残り少ない精神の力を振り絞りに振り絞り、アキラはちょこの体を癒し続ける。
その時、アキラの脳内回線に、一つの声が届く。
「今だアキラ、こっちに来てくれ!」
ベストタイミング。
此方の状況を完全に把握しているかのような物真似師の指令。
一方通行の通信に、ここまでの信頼を賭けてくれている。
自分達二人も、物真似師の仲間なのだから。
その信頼に答えるべく、立ち上がる。
「よし、行くぞ。走れちょこ!」
翼を失っても、足は残っている。
ちょこも、まだ走ることが出来るのだ。
アキラと共に、足を合わせて前へと進みだす。
「……くそっ」
その時、アキラが大きく体勢を崩して倒れこむ。
アキラの姿を心配するように、ちょこの足が止まる。
「止まるな! 俺に構わず早く行け!」
心配するちょこを追い払うように、アキラが叫ぶ。
こうしている間も、物真似師は戦っている。
一刻一秒を争うこのときに、鍵となるちょこがここで立ち止まるわけには行かない。
アキラの真っ直ぐな視線を受け止め、小さく頷いてからちょこが振り返り走り始める。
「ザケんな、あいつらが戦ってんのに俺だけ指くわえてぶっ倒れてるつもりかよ」
限界。
度重なる戦闘と、この地においての騒動。
アキラという一人の少年に溜まっている疲労は並大抵のものではなかった。
そんな状況でようやく手にした癒しも、それ以上にしてすべてちょこに託した。
立っていられるのがおかしな位、アキラは疲労しきっていたのだ。
「ザケんな、ザケんな、ザケんな」
地に倒れ伏したまま、アキラは呪詛の言葉を呟く。
この地のほかに、今もなお戦い続けている者たちがいる。
片腕を失ったり、全身を焼かれたり、この上ない苦痛を与えられても戦い続けている奴がいる。
一方の自分は、疲労が溜まっているだけでこうも簡単に倒れこんでしまう。
無力感、それを噛み締めざるを得ない。
この言葉を呟いている間にもちょこは遠くへ向かい、戦場へと赴いているのだ。
「男には、どうしてもやんなきゃいけねえ事があんだよ」
倒れたまま、小さく呟く。
やることがある、やらなきゃいけないことがある。
物真似師は何よりも辛い現実と戦い、ちょこも大事なものを失っていながらも戦場へ向かおうとしている。
疲れた、という理由だけでぶっ倒れているのは自分だけだ。
「だったら……進め!」
聞きなれた声が、耳に届いたような気がする。
限界まで超能力を使い切り、疲弊しきった精神と頭を回す。
乳酸が溜まりきって、もうろくすっぽに動かないはずの体にムチを撃つ。
「そうだ、こんなとこでぶっ倒れてられっか」
止まっていられない、やることがある。
この身が存在するのだから、自分にはやるべきことがある。
気合と根性、そして希望。
いつだったか誰かに聞いた「全てを乗り越える三つのK」を胸に、ボロボロの体を動かしていく。
「俺が、俺こそが"無法松"だああああああああああああああああ!!!」
自分が夢見る"ヒーロー"のという言葉を叫びながら、ちょこの後を追うように走り出していった。

547一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:47:55 ID:5alJ485M0



「撃てェェェェッ! ちょこぉぉぉッッ!!」
ようやく物真似師の姿を視界にはっきりと捉えたとき、その叫び声がちょこに届いた。
何を撃つのか、どこに撃つのか、何も分からない。
だが、物真似師の強い意志は伝わる。
今は細かいことを考えている場合ではない、物真似師の言うとおりに「撃つ」だけだ。
「盛者必衰、映し出すは滅びの未来」
精神を統一、全ての魔力をかき集めるように手を重ねる。
「莫大な富と名声を手にし者に裁きを」
人々から受け取った思いと、誰しもが描く夢の全てを手にし。
「全ての報われぬ人に幸せを」
幸せを得るための力を乗せた未来を開く鍵を回す。
「そして、愛を刻みし我が魂と……愛する人の心と共に」
開いた鍵の先、誰にも立ち入ることのできない自分の中の愛する人の心を前で。
「ちょこは、その先の一生を添い遂げることを誓います」
この全身に積もりきった愛を注いでいく。
「私たちの未知を阻む悪しき暗黒よ!」
その力で穿つ、無限に広がり人々を絶望に導く闇を。
「永遠の闇へ還れ――――ラヴ・ヴァニッシュ!!」
胸に当てられた両手を中心に、一筋の光が伸びる。
そしてちょこを中心に、全てを崩壊させる闇の力が広がる。

全てを飲み込もうとする破壊に、物真似師は真っ直ぐ突き進んで行った。

「うおおおおおおおおお!!」
円形の闇の力のド先端、七色の刀を突き刺す。
刀が身に纏う光の力に吸い寄せられるように、闇がその姿を崩していく。
入り混じる光と闇の力が、一つの力へとなっていく。
そのあふれ還りそうな強大な力に耐え切れず七色の刀にヒビが入り、そこからゆっくりと粒子状に砕けていく。
全ての闇の力を吸い切り、その身を全て砕ききった後。
七色に輝く、闇の塊が出来上がっていた。
「僕達は"どんなときもひとりじゃない"」
それは魔法の言葉。
自警団の青年の言葉を、かつて自分を救ってくれようとした青年の言葉を呟く。
人は誰しも、一人ではない。
支えてくれる誰かがいるからこそ強く、速くなることが出来る。
「僕達の仲間の力、最速に追いつく力!!」
ブライオンを七色の闇に翳し、天空の光をさらに加える。
光と闇の濃度が五分に近くなり、虹色の輝きが増して行く。
そこで、物真似師は振向く。
「そうだろ!? アキラァッ!!」
「ったりめぇだァッ!!」
仲間の力、更なる思いを虹色の球体に加えるために。
ギリギリのアキラが、思念の塊を飛ばす。
普段は拳のイメージを象らせて殴っている物を、球体に変化させて。
全身の力を振り絞るように、投げ飛ばす。
「行くぜ、キャプテン!!」
何よりも速く、七色に人々の「思い」が溶け込んでいく。
その瞬間に両手でしっかりと握り締めたブライオンを、その球体目掛けて突き刺していく。
「ファイナル、バースト……リヴァァァァァァーース!!」
生命エネルギーにも似た輝き。
球体を貫き、地面へと突き刺さった剣を介して。
この世界の天と地に、限りなく広がっていった。



「回れ」
透明のセッツァーは、表情を一つも変えずに、独り言のように小さく呟いた。

548一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:48:51 ID:5alJ485M0



大空に上る、真昼の太陽。
生命の輝きをより一層照らすために、燦々と輝き続ける。
ある地点のある三点に、一人ずつ倒れこんでいた。
もう、声の一つすら出ない。
三者が三者共に疲弊の限界に辿り着き、動こうともしない。
達成感と安堵に包まれながら、瞳を閉じようとする。

その時、輝きの炎が一点に聳え立つ。
火柱の方を振り向くと、真紅の不死鳥が巨大な翼を広げて大空へと飛翔していく。
かつて一人のトレジャーハンターが夢を託した、生命を司る幻獣。
その体から放たれる転生の力が、そこにいるセッツァーを中心に物真似師達にも降り注ぐ。
何故、物真似師達にも降り注いだのか?
それはたった一つのシンプルな答えである。
セッツァーはまだ物真似師達から、夢という持ち金を持たせているからだ。
その金をすべて奪い去って破産させるまで、彼らを死なせるわけには行かない。
「お前等の"賭け金"はしかと受け取った」
セッツァーの声が、どこからともなく聞こえる。
生き残れるはずがない攻撃を食らったはずのセッツァーは、驚くべきことに生きていた。
物真似師達が放ったのはありとあらゆる加護を貫く、人の生命の波動の力。
その中には人々の幸せも詰まっていた。
この場において、幸運を支配するのはセッツァー。
どれだけの力でも、その中の幸せという力は、彼にとって養分でしかない。
セッツァーはあえて生命の波動を受け止め、手のひらに握り込んだダイスを翳した。
ありとあらゆる人間の最大多数の最大幸福が、セッツァーの手中に収められた。

生命の波動は幸せという安定剤を失い、本来入り混じることのない光と闇が行き場を失い、四方八方に飛び散った。
その威力は、本来の数十分の一にも満たない。
セッツァーがあの攻撃を耐えしのぐことが出来たのは、それが原因だ。

549一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:49:28 ID:5alJ485M0

そして、彼は姿を現す。
真っ黒に染まったコートの傍に、一人の女神を侍らせながら。
わずかに傷つけられた身を癒す光を受けつつ、ゆっくりと歩いてくる。
「回れ、止まれ止まれ止まれ」
女神が消えると同時に、セッツァーがスロットを回す。
当然のごとく絵柄がそろい、当然のごとく幻獣が現れる。
「お前らの体力という持ち金、奪わせてもらう」
暗黒空間から現れたのは赤と黒を基調とした体の、闇よりの使者。
ふわりといちど舞い上がり、白い閃光が放たれる。
それとほぼ同時に巨大な黒球が現れ、三人を等しく包み込んで行く。
襲い掛かる、超重力。
まるでブラックホールに吸い込まれるかのような力で、地面に縫い付けられる。
苦しくて声を出そうとするが、それすらも叶わない。
そして体力を搾り取っていった使者は、無数の蝙蝠と化して空に融けて行った。
悪夢のような攻撃を耐えしのぎ、ただでさえ少ない体力を毟り取られ終わった時。
再び絶望へと誘うため、ちょこを見下ろしながら黒い夢がそこに立っていた。
「がはッ!」
セッツァーはゴミを見つめるような視線でちょこを見つめ続ける。
勢いよく降りおろした片足が、ちょこの下腹部に突き刺さり、その体を地面に縫い止めている。
「ゆるさ、なあぐっ!」
反抗的な視線をセッツァーに向けるちょこの顔が、蹴り上げられる。
「がふっ、あがっ、うぐあっ!!」
そのまま開いている片足で、胸や腕や脚、体の至る所を踏みにじり続ける。
打ち出される銃弾のように鋭い一撃が、ちょこの体力を抉っていく。
突き刺さる度にちょこの小さな体がのけぞり、口から鮮血を漏らす。
「あ、がぁ……」
喉を踏みにじるように押さえつけ、ちょこの声が弱まったあたりで喉から脚を離し、軸にしていた脚を浮かして腹部を蹴る。
人形のようにいいように扱われるちょこを助けようと、物真似師とアキラが這いずりながら近づいていく。
「さぁ、ギャンブルをしようぜ」
そういうと、セッツァーは懐からカードを取り出す。
死者の呪いが込められているとされ、主に黒魔術に使われる死の魔術師を名乗る札たち。
その一枚一枚が禍々しい絵柄と共に、番号が割り振られている。
「何でもいい、一枚引け。その後に俺も引く。
 デカい数字を引いた方の勝ちだ」
セッツァーは両者共に絵柄が見えない絶妙の角度で、カードを一枚一枚選べるように扇形を作り、ちょこの手に届くように屈み込んで突きつける。
ここでカードを引くことを拒めば、セッツァーがちょこの命を刈り取るのは目に見えている。
ゆっくりとちょこはその中の一枚を手に取る。
自分たちの力が勝っていることを証明するために。
ちょこが一枚引いたことを確認したセッツァーは、残りの二十一枚を空に放り投げる。
はらはらと、舞い上がったカードが落ちてくる。
目を瞑りながら天高く伸ばした右手の先に、一枚のカードが吸い込まれるように手中に収められる。
そして、この戦いが始まってから初めて。
セッツァーが、笑った。

550一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:50:02 ID:5alJ485M0
「俺の勝ち、全財産総取りだ」
世界。
サニアのタロット占いを、そばで見ていたちょこだから知っている。
そのカードがこのギャンブルで何を意味するのか。
二十二枚のタロットの中で、もっとも大きい数字「21」を持つカード。
どんなカードを引こうと、数字ではこのカードに勝つことなど出来ない。
つまり、勝利が約束された無敵のカード。
それを見事手中に収めて見せたのだ。
ちょこは、恐る恐る自身の手に握られたカードを見る。
そこに映っていたのは、愚かなる者の象徴。
意味する数字は、「零」だ。
「う、うああああああああああ!!!」
腹部を押さえつけられながらも、ちょこは抵抗の意志を見せる。
だがセッツァーの頭上からどこからともなく一本の剣が現れる。
それは垂直に、刃を地面へと向けながら。
ちょこの下腹部へと、突き刺さって行った。

「――――になるがいいッ!」

「神々の黄昏」を冠するその剣が意志を手に入れた姿。
確率は低いもののありとあらゆる魔の力を、物に変えてしまう幻獣である。
セッツァーは、振ってきたその剣の柄を、力強く握る。
「お前の夢、全部頂く」
剣の柄を中心に全てを覆う光が広がる。
やがてゆっくりと光が引き、物真似師とアキラに視界が取り戻されたとき。
剣の突き刺さっていた場所に、綺麗に重ねられたカードの束が落ちていた。
カードの名は、ラストリゾート。
魔王の娘である少女が夢見ていた「新婚旅行」を皮肉るように、ただぽつりと置かれていた。

「ククク……ハハハ」
カードの束を拾い上げ、セッツァーが笑う。
物真似師とアキラはまだ立ちあがれない。
「滑稽だよなァ! 仲間仲間だとかヌカしてるお前らを暗示するように、こいつが引いたカードは愚者と来た!
 俺が引いたカードが何でアレ、お前らの仲間の力なんて、俺には追いつけねえんだよ!」
物真似師が、ちょこが、アキラが信じてきた仲間の力。
それを嘲るかのように、カードは「愚者」を示していた。
対するセッツァーのカードは「世界」である。
この場所で世界と同化するほど絶対的な支配の力を、セッツァーは持っているとでも言うのだろうか。
「ああ、そうだ。テメぇにゃ落とし前つけて貰わなきゃな。
 俺の空でさんざんデカい顔して、汚ねえゴミ撒き散らして、変な色をぶちまけていく。
 てめぇだけは絶対に許さねえ、だから」
笑いをピタリと止めて無表情に戻り、静かに怒りの炎を燃やす。
その視線はようやく起き上がった物真似師、ただ一人に注がれている。
自分の夢を語り、自分の空を語り、自分を語る。
嘘八百の出鱈目野郎がこの場に留まっていることが、何よりも許せなかった。
「だから、テメーの得意の物真似で殺してやるよ」
その言葉に、物真似師が怪訝な表情を浮かべる。
セッツァーに、何の物真似が出来るというのか?
それが分からないどころか、全く見当もつかない。
だが、一瞬にしてその答えに辿り着くハメになる。
「まさか、スロットの幻獣の中にこいつ等がいるなんて思いもしなかったな。
 ケフカのヤローをヒントにしてみりゃ、幻獣の力を得るなんて簡単だぜ。
 世界を支配する、三闘神の力を得るなんてよおッ!!」
セッツァーの背後に映り込む、女神、鬼神、魔神。
かつて世界を崩壊に招いたとされる三闘神の姿がそこにあった。
なぜ、彼らは呼び出されたのか。
嘗て世界崩壊の日に、全てを破壊する力が凝縮されて一つの魔石になり、封印されし滅びの八竜の体内に一欠けずつ埋め込まれたという。
伝説上の代物でしかないそれをいとも容易く呼び出し、さらに見よう見まねでその力を得ることにすら成功する。
たまたま呼び出してなんとなくやってみたら、手に入った。
ありえないことを平然と乗り越えるバカヅキ、この男は世の理すらも今は転覆させている。
「当たり前」など、通用するわけがない。
「分かるんだよ。こいつ等を呼んだ瞬間に、俺の体に力が沸いて来るのが!
 最高、最速、全てを抜き去る力が、俺の手にある!」
夢を追う一人のセッツァー。
その手には絶対支配の幸運。
最速のために全てを捨て、最速のために全てを賭ける。
そのギャンブルの場に登る前に、万全の姿勢を作り上げるために。
「じゃ、そろそろ死ねよ。俺の"ケフカの真似"でな」
天地を崩壊させる三闘神の力を引き出していく。
ファルコンという大きな翼を広げ、セッツァーが魔力を込め始めた時だった。

551一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:50:45 ID:5alJ485M0
「待てやコラァアアアアアアアアアアアアアア!!」
怒声。
声のする方を振向くと、一人の青年が前屈みの姿勢でその場に立ちあがっていた。
「なんだ、てめーか。まあジッとしてろよ、そのうちちゃんとお前の財産も毟り取ってやる」
瀕死の青年に興味を持つこともなく、セッツァーは冷静に言い放つ。
青年、アキラにその声は届かない。
「うううぅぅぅぅううう……」
真っ直ぐ前を向いて、全身を鼓舞させる。
「おおおおぉぉぉおおおぉおぉぉおおぉ!!」
今まで出したことのないような速度で、一直線に走りぬける。
「おああああああああああああああああああああああああああ!!!」
構えた拳、それを地面スレスレの位置から振り上げる。
どこかの格闘家も褒め称えそうな、綺麗な曲線を描いたアッパーカット。
その拳が捉えていたのはセッツァーではなく、なんと物真似師の顎だった。
予想だにしない出来事に、セッツァーは大きく目を見開く。
そしてアキラはその勢いを殺すことなく、転げながら崩れ落ちた。

「"無法松"の役は、お前に任したぜ」
ヒーローと呼ばれた男の名を、残しながら。



闇の使者の放った魔球。
それにより等しく体力は奪われ、残ったなけなしの体力も徐々に磨耗していっている。
このままでは、犬死するだけだ。
せめて、物真似師の力になりたい。
あのセッツァーが何を考えているのか、それがヒントになるかもしれない。
だから、アキラは本当に最後の最後の力を振り絞り、セッツァーの深層心理へと潜り込むことにした。
「悪ィ、俺に力を貸してくれ」
空ろな一言は、この場に誰に向けられたものでもない。
先ほどのファイナルバーストに、自分の仲間の思いは全て載せきってしまった。
力を貸してくれる仲間なんて、もう彼にはいない。
だから今、ふと思い出した力を貸してくれるかどうか分からない存在を頼る。
「その、Yボタンを、押してくれるだけでいいんだ」
いつか公園のベンチで眠りに落ちていた時、不思議な夢を見た。
その夢の中にいた全く素性も知らない相手、老若男女何もかもがわからない相手に自分の生い立ちを説明していた。
そして自分の持つ超能力の説明まで、相手に語りかけていた。
何故、そんなことをしていたのかはわからない。
綺麗なところで目が覚めたので、不思議な夢だったなとその時は片付けていた。
なぜ、そんな夢を今思い出したのかもわからない。
だが、アキラには分かる。
あの夢で出会った相手は自分の仲間だと。
そして、今この場面にどこからか立ち会っていることも。
何故だか分からないが、そう確信させる何かがある。
一筋の希望に縋るように、届くかどうか分からない言葉を、アキラは語り続けた。

552一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:51:43 ID:5alJ485M0


































お手持ちのスーパーファミコンコントローラーの、Yボタンを押してください。

































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553一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:52:24 ID:5alJ485M0
「ありがと、よ」
心を読む力が、流れ込んでくる。
誰か分からないが、力を貸してくれたということだけは分かる。
その力を手に、この場面を打破するためにセッツァーの深層心理へともぐりこむ。
過去から現在まで、一体彼に何があったのか。
「……なるほど、そういうことかよ」
莫大な情報量が頭に詰め込まれる。
アキラはその一つ一つをゆっくりと整理していく。
セッツァーが夢を追う理由はなんなのか。
「ファルコン」とは彼にとってのなんなのか。
何故「世界最速」に拘り、追い求めているのか。
そして、その主軸に立っている一人の人物。
セッツァーの記憶越しに、魅力的に映る一人の女性。
点である全ての出来事がしっかりと結びつき、今のセッツァーへと辿り着く。
物真似師に人一倍憤慨していた理由も、ここに来てようやく理解する。
セッツァーだけではなく、友と二人で見ていた夢。
それを叶える為に、こんなところでくすぶっている場合ではないのだ。
傍から見れば猿真似でしかないそれに、夢を語られているのならば確かに誰だって怒り狂うだろう。

納得。
全てを見たアキラは、そうするしかなかった。
両者ともに信ずるものがあり、両者共に譲れないものがある。
ぶつかり合う、プライドの対決。
起こり得なかったもしにもしが重なり、この場が出来ている。
いわば、こうなることは必然だったのかもしれない。

では、どうすることも出来ないのか。
いや、それは違う。
あの物真似師が知らない、セッツァーの過去。
たった今この目に焼き付けた数々の光景を、あの物真似師に伝えれば。
何かが変わる、そんな気がしてならないのだ。
「そういやあんた、いつだったか自分は幸せだって答えたな」
動くための活力。
体力も精神力も、アキラにはもう殆ど残っていない。
しかし、どうにかしてあの物真似師に「事実」を伝えなければいけない。
「それ、ちょいと借りるぜ……」
もし、あのセッツァーが全ての幸運を吸い寄せているのならば。
この胸に幸運を抱けば、セッツァーに吸い寄せられるように走り出すことが出来るかもしれない。
いつか見た夢の中の人物、その受け答えの中で聞いた本当かどうかも分からない一言。
それを胸に、乗れるかどうかわからない賭けに出る。

立ち上がる。
自分でもわからないほど、謎の力が沸いてくる。
「うううぅぅぅぅううう……」
叫ぶ、もう我武者羅になるしかない。
「おおおおぉぉぉおおおぉおぉぉおおぉ!!」
思念をビジョンとして伝える。
今までやったことのない事を、成し遂げるために。
「おああああああああああああああああああああああああああ!!!」
大声を張り上げながら、今まででイチバン大きい拳のイメージを作り。
物真似師の顎を捕らえるように、殴りぬく。

なぜ、殴るという手段をとったのかはわからない。
だが、心の中で「これなら伝わる」という絶対的な自信があった。
どこの誰か知らない人間から受け取ったなけなしの思いと幸せを詰め込み、思念の形にして。
殴りぬけば、真実が伝わる。
そう、信じて。

「"無法松"の役は、お前に任したぜ」
ヒーローの責務、アキラはその全てを物真似師に託した。

554一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:53:08 ID:5alJ485M0



頭が痛い。
殴られた所為なのか、電流のように迸る映像の数々の所為なのか。
一つ一つのヴィジョンが物真似師の脳に直接作用する。
自分が知らなかった、セッツァーの過去。
世界最速、それを追う彼の姿。
自分が出会う前のセッツァーの生き様。
そして、このセッツァーが「もし」の存在であること。
強烈に突きつけられていく真実を、物真似師は受け止めていく。

同時に、物真似師は理解する。
最速へ向かおうとする「彼」を止める方法を。
唯一無二の、最強の手札を手に入れた事を。

ゆっくりと、浮かび上がった体が地面へ向かっていく。
そのとき、物真似師の顔をずっと隠していた黄色の布がふわふわと空に飛んでいった。
今までの攻撃の数々や無茶が祟ったところに、アキラの拳で最後の一押しが加えられたからか。

だれも見たことのない素顔を晒しながら、物真似師が地に倒れた。



「何だ、気でも狂ったか?」
突然起き上がり、こちらに向かってきたと思えば物真似師に拳を振るって倒れこむ。
死の境地に立たされ、まともな判断が出来なくなったのだろうか?
ともあれ、共倒れの形で二人が死んでいった。
仲間の思い全てを失ったアキラには何も残っていない。
そして、物真似師もその物真似のレパートリーを全てあの攻撃にぶつけていた。
まだまだ毟り取れるものはあったが、この二人からは九割ほどを毟り取り終えた後だ。
取立ては、ほぼ完了したといえる。
最後はあっけない幕切れだったが、自分の空に浮かんでいたゴミの掃除が終わった。
セッツァーは、死に絶えたゴミへまったく意識を向けることもなく。
身を翻し、違う方向へと進みだそうとしていた。

「待ちな」

セッツァーを引き止める、一人の声。
思わずハッとする。
ありえない、ありえない、ありえないはずの声。
ここにいるどころか、元の世界でも聞こえるはずのない声。
トーン、抑揚、独特なクセ。その全てが一致している。
どうやって猿真似しているのかはわからない。
だが、物真似師がそれを真似していることは分かっている。
怒りに怒りを重ね、セッツァーが銃を握る。
そこまでこの自分の空を汚そうというのならば、徹底的にその命を刈り取る。
声のする方へ、素早く振向く。
その瞬間に引き金を力を込め、躊躇いもなく一気に。

「今、考えていることの逆が正解だ」

引けなかった。
腰まで伸びる金色の長髪。
宝石にも似たエメラルドグリーンの瞳。
身に纏っている衣服が、それを物真似師だと告げているはずなのに。
首から上、黄色い布に隠され続けていたその素顔は。
速度の先に散っていった友と、寸分たがわぬ顔が、そこにあった。

555一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:53:41 ID:5alJ485M0



世界最速の船、ファルコン。
速度の向こう側にすら辿り着けるとされていたその船は、ある日突然の事故に巻き込まれる。
セッツァーは気にも止めていなかったが、墜落現場は小三角島。
そして、墜落現場にはあるはずの"死体"が存在していなかった。
人間の限界を超え、技術の限界を超え、何者にも追いつけない速度を出していたのだとすれば。
死体が残らないほど強烈な衝撃をどこかで受けたのかもしれない。
墜落の途中、ファルコンから振り落とされて海に沈んだのかもしれない。
現場にほぼ全壊したファルコンのみが残されていることは、なんら不思議ではない。
当時、セッツァーもそう結論付けていた。

仮に墜落時、まだ生きていたとしよう。
彼女が生きていたのならばファルコンが最低限整備は行われる筈だし、空を舞う友となんらかの連絡を取る筈だ。
ファルコンの姿が見えなくなってから約一年間、一人のセッツァーに手紙やその類は一切来なかった。
遺体が綺麗サッパリ消えていたことから考えても、やはり先述のようにどこかで命を落としてしまったと考えるのが普通だ。

ここからは可能性の話になる。
墜落した小三角島は、ある一人の魔物の逸話がある。
空間を貪り、その体内に異次元を抱え込むとされる「ゾーンイーター」という魔物の話だ。
ここにいるセッツァーは知りうることはないことなのだが、物真似師が生息していたのはその「ゾーンイーター」に吸い込まれた先の次元だ。
この世ではないようで、この世の一部のような不思議な空間。
その最深部で、物真似師はひっそりと暮らしていた。

話を戻そう。
もし、ファルコンを操る彼女が墜落後に何らかの形でこの魔物に出くわしていたとしたら。
気絶をしている間でもいい、その体内に飲み込まれていたのだとすれば。
墜落現場に死体が一切見当たらなかった理由も。
今、この瞬間に彼女と同じ顔がセッツァーの目の前に映っている理由も。
その全てが、たったそれだけで説明が出来る。

まあ、そこまで言った所で可能性の話にしか過ぎないのだが。

556一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:54:20 ID:5alJ485M0



「嘘だ」
呆ける。無理もない。
この目で認めることの出来ない、たった一つの真実。
「ダリ……ル?」
居るはずのない人間がそこに立っているのだから。
構えた銃の引き金を引くことなんて、出来るわけもなかった。
「もう一度言おうか? 今、考えていることの逆が正解。
 でも……それは大きなミステイク」
「うるさいッ!」
聞きなれた声、聞きなれた口調。
そして忘れるはずもない顔と、風に靡く長髪。
どこからどう見ても、ダリルその人がそこに立っている。
だが、体に纏っている奇抜な衣服。
それはどう見ても物真似師が纏っていたもの。
このダリルの顔を持ち、同じ声を発する存在は。
さっきまで自分が憎しみに憎しみを重ねていた、物真似師でもあるのだ。
「そう、確かに私はお前の憎む物真似師だ。
 だが私がたった今、真似しているのはあなたの愛した人だ」
今考えていることの逆が正解。
ダリルの声を聞き、見慣れた顔を視界に写し、ダリル本人だという可能性を考える。
その逆、つまりダリル本人ではないということが正解。
しかし、それは大きなミステイク。
物真似師の真髄、ありとあらゆる要素を完全に真似る。
人の記憶越しでも、映像としてこの身に刻まれたものなら一寸の狂いもなくトレースすることができる。
だから、今物真似師が物真似しているのは。ダリルそのものであることは間違いない。
「私は、そのダリルという人を知らない。
 アキラが見せてくれたあなたの過去から、形成しただけに過ぎない。
 布で隠されていない私の顔がどうなっているのか、私にはわからない。
 でもセッツァー。あなたの反応を見る限り。この私の顔は、ダリルと瓜二つなんだろう?」
だが、それも完全なものではない。
セッツァーの全ての記憶というフィルターを通した、ダリルという人間像を真似しているだけに過ぎない。
本当のダリルはどうなのか、記憶で語られていない部分や仕草は真似しようにも真似できない。
だが、そんな記憶の断片だけでもここまで真似できるということは。
セッツァーという一人の人間が、ダリルという一人の人間を見つめ続けていたことを示す。
きっと、セッツァーが一番信じられないだろう。
死んだはずの人間と瓜二つのが、よりによってこの殺し合いの舞台で目の前に現れるなんて。
ましてや、それが今憎み続けた相手だなんて。
顔がローブに隠されていれば、パチモンのただの模倣と片付けることが出来ただろう。
だが、明かされた物真似師の顔が。
そのわずかな望みを、セッツァーに与え続けているのだ。
「キャプテン、あんたが世界最速を目指す理由は分かった。
 そして、その先に何を求めていたのかも分かった」
捲くし立てるように物真似師が口を開く。
銃を握り締めたまま、立ちつくし口すら開かないセッツァーを諭すように。
セッツァーという一人の人間を理解した。
それも、理解したつもりになっているだけなのかもしれない。
だが、アキラの見せてくれたヴィジョンから得たもの。
その中で絶対に正しいと思えるものを、心に据える。
夢を追い続けるが故に狂行に走り、最速を目指し続けた存在を止めるには。
この手札しかないのだから。
「私は、ダリルは。世界最速の向こう側、誰よりも星空に近い場所で」
ファルコンが風を切る。
夢という何者にも負けはしない、絶対に折れることはない動力で。
ゼロから段階を踏んで、加速していく。
「貴方が夢見た、何もない真っ青な空を見上げながら」
白を突き抜けた先、広がるのは無限の青。
誰にも邪魔されることのない、広大な景色。
胸いっぱいにそれを抱きしめて、彼女は浮かべていた。
「あの日、こんな風に笑って居たんだと思う」
太陽にも負けない、満面の笑顔。
たったその一瞬の表情だけで、最速を目指して加速し続けていたセッツァーを。
息つく間もないほんの数秒で、ぶっちぎった。

557一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:55:03 ID:5alJ485M0

「あ、あ、ああ」
屈託のない笑顔。
それは、紛れもなく彼女のもの。
絶対幸運を手にし、世界最速へ辿り着いたはずなのに。
どうして、どうしてそこに居るのか。
追う側の立場にしか慣れないのか。
振向いてその顔を見せてくれたのは、哀れみなのか。
目に映る全ての現実。
「あああああああああああああ!!!」
セッツァーは、それを否定する。
引き金を引く、銃弾が放たれる。
物真似師の体を貫き、肉体がびくりと跳ね上がる。
「三流が! 猿真似が! 似非野郎が、アイツを騙ってんじゃねえ!」
何度も何度も、引き金を引く。
残っていた銃弾を全て吐き出すように、引き金を引く。
一発一発のリボルバーアクションが行われるごとに、物真似師の体が跳ねる。
弾がなくなれば、即座に詰めなおして再び吐き出していく。
それを繰り返し行い、十数発を叩き込む。
「アイツは死んだんだ、こんな場所で、俺の目の前に現れる筈がない!」
そう、死人は蘇らない。誰だって知っていることだ。
だから、目の前に映っているのは現実じゃない。
受け入れない、受け入れたくない。
物真似のまやかしになんて惑わされたくない。
銃を投げ捨て、両手に魔力を込める。
手に入れたばかりの世界を滅ぼす力。
それをたった一人に向かって放ち続ける。
「邪魔なんだよ、ウザいんだよ、お前がいるから、俺は早くなれない」
物真似師、最初から最後まで自分の視界に映り続けた存在。
どこかに居るけど、そのどこかが分からない。
けれどもそいつの所為で夢が叶わない。
だから、そいつを消すために魔力を放ち続ける。
「失われた」という名の、破壊の魔法を。
たった一人の人間に向けて、打ち続ける。
「お前が、目の前にいるか――――」
口走った言葉、そこで気がつく。
あの物真似師は、何時だって自分の目の前に居た。
自分より後ろにずっと居たのではない。
周回遅れ。自分より遥か先へと辿り着き、一週回ってきていたのだ。
「あ、ああああああああああ!!」
気づいてしまった。
全ての可能性に。
気づいてしまった。
あり得ない可能性に。
気づいてしまった。
自分のやっていることに。
否定する、否定する、否定する。
ここで起こったことを全て消し去るために、セッツァーは魔力を放ち続ける。
もはや、人の形を保ってすら居ないそれに集中して魔力を注ぎ続けた。
「回れ!」
消し炭になった何かを目に据えて、セッツァーはスロットを動かす。
「止まれ!」
揃う絵柄は七。
絶対幸運を駆使し、確実に息の根を止めるために。
「止まれ!」
揃う絵柄は七。
この不運な現実を、吹き飛ばすために。
「止ま――――」
最後のリールを、止めた。

558一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:55:37 ID:5alJ485M0

幸せを運んでいた小さな花の栞は、とっくのとうにセッツァーの懐で静かに枯れ果てていた。
絶対幸運圏、それの維持にはどんなに小さくとも幸せが必要だ。
戦闘する相手が放つ幸せの力、道具の持つ幸せの力。
いつか願いを込めた、ほんの僅かなものでもいい。
すこしの幸せでもそこにあれば、絶対幸運圏は維持される。
逆に言えば、吸い尽くす運がなければ絶対幸運は齎されない。
「ダリルに会う」というこの上ない幸せを掴まされ、持っていた幸せを消費しつくした。
最大の配当を与える魔法の数字を揃える力など、彼の手元に残っているはずもない。
幸運のない人間に、絶対幸運圏は微笑まない。
微笑むのは――――

BAR。

――――"特上"の"不運"。

死神が現れる。

ゆっくりと鎌を振り上げ、一人のギャンブラーの命を一瞬のうちに奪い去って行った。



力が抜けていく。
人が死ぬときというのは、こんな感覚なのだろうか。
初めての感覚を味わいながら、彼女は喜んでいる。
なぜなら、彼は物真似師。
今は「人が死ぬ」という物真似をしているのだから。
この世の全てを真似しつくし、この世の全てをその身に納める。
この世で唯一の存在、それが物真似師だから。

名前? ヤツの名前は――――



異次元の舞台の上で、同じ世界かつ違う世界の空を駆け続ける二人の狂人。
そんな世界最速の人間の話は、ここでおしまい。
魔王の娘は夢を奪われ、魔剣の餌食となった。
全てを悟った物真似師は、現実を拒否し続けたギャンブラーに殺された。
そしてそのギャンブラーは、自らが支配していたはずの幸運に殺された。

負けて終わり、勝者は居ない。

この場に残っているのは、二人の人間の体と一つの消し炭。
倒れ伏した黒き夢の懐から、一対のダイスが零れ落ちる。
果てしない夢と、それを追い続ける希望と、その先にある全てを掴み取る欲望を司るミーディアム。
黒き夢が絶対幸運をつかみ続けていられた理由のひとつ。
それは、元々一人の人間の心臓だったもの。

今、ギャンブラーは命を落とした。
希望も欲望も、夢すらももうそこにはない。
だが、ダイスは何かに引き寄せられるかのように転がり続ける。
物真似師を殴り、そのまま泥のように眠りに入った青年の下へと。

ヒーローになりたいという夢。
元の世界で暮らしたいという希望。
この場で生き抜いて見せるという欲望。

少年が眠るまで抱き続けたそれに、ダイスが吸い寄せられていく。
そして、青年の胸の辺りに辿り着いたとき。
ダイスが、再び砕ける。
白と黒、その断面からは命の赤が流れ出していく。
そして、その破片の一つ一つがアキラの体内に潜りこんでいき。
死に行くはずだった彼の、生きる力となっていった。



これより始まるのは、一人のヒーローの話である。

559一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:56:09 ID:5alJ485M0



【ちょこ@アークザラッドⅡ 死亡】
【ゴゴ@ファイナルファンタジーVI 死亡】
【セッツァー=ギャッビアーニ@ファイナルファンタジーVI 死亡】
【残り7人】
【アークザラッドⅡ、ファイナルファンタジーVI 全滅】

【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 昼】
【アキラ@LIVE A LIVE】
[状態]:HP1/32、意識不明、疲労(超)、精神力消費(超)
[装備]:パワーマフラー@クロノ・トリガー、激怒の腕輪@クロノ・トリガー、デーモンスピア@DQ4
[道具]:毒蛾のナイフ@DQ4 基本支給品×3
[思考]
基本:ヒーローになる。
1:――――
[参戦時期]:最終編(心のダンジョン攻略済み、ストレイボウの顔を知っている。魔王山に挑む前、オディオとの面識無し)
[備考]:超能力の制限に気付きました。テレポートの使用も最後の手段として考えています。
※カノンの名をアイシャ・ベルナデット、リンの名をリンディスだと思っています。
※松のメッセージ未受信です。

※消失支給品:にじ@クロノトリガー、希望と欲望のダイス@RPGロワオリジナル、ジャンプシューズ@WA2
          昭和ヒヨコッコ砲@LIVE A LIVE、アリシアのナイフ@LIVE A LIVE、ルッカのカバン@クロノトリガー、小さな花の栞@RPGロワ
          ゴゴのデイパック(基本支給品一式×2(ランタンはひとつ)、魔鍵ランドルフ(機能停止中)@WILD ARMS 2nd IGNITION 、サラのお守り@クロノ・トリガー)
          (各々の消失理由は省略、大体(ゴゴの所有物)はセッツァーのミッシングによるもの)

※放置支給品:ブライオン@LIVE A LIVE(どこかに突き刺さっている)
          天使ロティエル@サモンナイト3(どこか、使用不可の可能性有)
          デスイリュージョン@アークザラッドⅡ(ちょこの遺体周辺にばら撒かれている)

          ラストリゾート@FFVI、ミラクルシューズ@FFⅥ、いかりのリング@FFⅥ
          ちょこのデイパック(海水浴セット、基本支給品一式、ランダム支給品1個@魔王より譲渡されたもの 焼け焦げたリルカの首輪、アシュレーのデイパック)
          (以上四点、共にちょこの遺体が有るべき場所に)

          44マグナム(残弾なし)@LIVE A LIVE、バイオレットレーサー@アーク2
          セッツァーのデイパック(基本支給品一式×2 拡声器(現実)、ゴゴの首輪、日記のようなもの@???)
          (以上三点、セッツァーの遺体傍に)

【ラストリゾート@ファイナルファンタジーVI】
ゲームボーイアドバンス版で追加されたセッツァーの最強武器。
『最後の切り札』の名を冠している。
MPを消費してクリティカルを出す効果があり、後列からでも威力が落ちない。
なおかつ補正が力+3・素早さ+4・体力+4と物凄い。

560 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:57:39 ID:5alJ485M0
投下終了です。
改めて予約期限を超過したことをお詫び申し上げます。
大変申し訳ありませんでした。

何かありましたら、どうぞお気軽に。

561 ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:27:51 ID:YS0TZHjM0
執筆&投下お疲れ様ですッ!

非常にすごそうなSSのようですので、またじっくり読んで後ほど感想を書かせて頂きますね。
今はちょいと頭が回らないので……w
取り急ぎ、アナスタシア、ピサロを投下いたします。

562Aquilegia -わたしの意地、私の意地- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:29:48 ID:YS0TZHjM0
 ――どうか、届きますように。

 ◆◆

 両手で握り締める鉄塊が重い。
 左肩から指先までの感覚が薄く、零れ流れて不足気味の血液は、力を与えてはくれない。
 アナスタシアは、思い切り息を吸う。
 普段以上に右手の握力を強め、左五指の支えとする。右腕の筋肉に力を与え、左腕の痛みをカバーする。
 多少の血液不足など慣れたものだ。男には分からぬ苦しみを経て、女は月一で血を流しているのだ。
 深く酸素を取り入れ、鉄塊――アガートラームを構える。
 胸の奥底、荒野のように乾いた欲望が僅かに潤ってしまったことを自覚する。
 こんな状態では届かない。眼前で佇む純然たる愛の化身には立ち並べない。
 だから、アナスタシアは別の感情を燃料とする。灼熱し滾る感情――単純なる憤怒を燃やし力とする。
 ピサロを、睨みつける。
 美しいはずの銀髪は煤け、精悍な顔立ちには汚泥が付着し、切れ長の瞳は血走っている。
 酷い有様だとアナスタシアは思う。きっと自分も似たようなザマなのだろうと思うが、気にしないことにする。
 ピサロと言う男は、アナスタシアの好みではない。
 だからどうでもいい。
 だから、心おきなくぶっ叩ける。
 頼れるのはこの身のみ。ぶっ倒す相手は一人だけ。
 力の差など考えるのは無粋でしかない。
 だってこれは、笑えるほどに単純な、男と女の喧嘩の構図なのだ。
「それじゃあ――行くわよッ!!」
 止め処ない怒りを力<フォース>に変換。即座にアビリティとして発動する。
 プロバイデンスとエアリアルガードを重ね掛け、アナスタシアは疾駆する。
 
「無駄な足掻きをッ!」
 ピサロが細い指先でアナスタシアを指し、先端から凍てつく波動を迸らせる。
 アナスタシアに施された強化が捲られ、剥がされ、破られ、速度が目に見えて落ちる。
 だが、アナスタシアは動じない。
 底なしの怒りは無限のフォースを生む。尽きないフォースは止まらない力に置換される。
 再度のブーストを瞬時に終えて加速。左右で束ねた髪を靡かせながら、アガートラームを振りかぶる。
「馬鹿にしないで欲しいわね! 簡単に丸裸にされるような、安い女じゃないッ!!」
 豪快に叩きつける。風の力と重力に後押しされたアガートラームは、聖剣の名とは程遠い凶悪さを見せつけていた。
 ピサロがステップを踏む。
 軽く後ろに飛び退る彼の手に在る砲は、アナスタシアへと向けられていた。
 砲口に宿るのは碧の燐光。クレストグラフに刻まれた紋様が生み出す魔力の輝き。
「双填・ヴォルテック×ハイ・ヴォルテック――スパイラル・タイフーン」
 ピサロの呟きに応じるよう、砲口の魔力が圧縮し収束し、爆ぜる。
 大気が撹拌され鋭く尖り刃を成し渦を巻く。碧の竜巻が生成されるまで時間はかからない。
 構わずアナスタシアは突っ込んだ。
 エアリアルガードによる風の防護が竜巻と衝突する。竜巻の壁に風の防護が食い合い、甲高い音を響かせる。
 暴れ狂うその音は終末を告げる笛を思わせた。その音に導かれた終末を迎えたのは、風の防護の方だった。
「まだまだぁ――ッ!!」
 アナスタシアが立ち向かい突破を試みるのは風の二重螺旋だ。一重の壁で守れる道理はない。
 難しい話は何処にもない。相手が二重なら、こちらも二重にしてやればいい。
 たった、それだけだ。
 
 ――やってやる。やってやるわよ。
 
 出来ないなどと、可能性を潰してしまっては。
 
 ――女がすたるッ!!

563Aquilegia -わたしの意地、私の意地- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:30:57 ID:YS0TZHjM0
「エアリアルガード×エアリアルガードッ!!」
 感情を注ぎ込みフォースをいっぱいに高め、叫ぶ。
 瞬間、嘶きにも似た一際甲高い音が高鳴った。
 アナスタシアの周囲に生まれる風が、逆巻く竜巻を撥ね退ける。
「エアリアル・ウォールッ!!」
 風の防壁はスパイラル・タイフーンをシャットアウトしアナスタシアを守り抜く。更に、二重の風の加護は反応速度を急激に高めていく。
 そのまま竜巻を突っ切るべく地を蹴り、竜巻の先に在るピサロの姿を捉え、そして。
 見える。
 ピサロが、更に呪文の詠唱を重ねている様が、だ。

「スパイラル・タイフーン×バギクロス――」 

 風の壁の向こう、暴虐的な唸りが聞こえた。
 
「――スパイラル・クロスタイフーン」

 三重に重ねられた嵐が翠の力となり、二重の壁を強引に叩き割った。
 
 ◆◆
 
 放出した魔力の残滓が、煙のように砲口から立ち昇る。
 バヨネットを振り払い煙を消し、ピサロは翠の旋風を見やる。
 クレストグラフ二枚分の魔力とピサロ自身の呪文を掛け合わせた、三重の魔法。
 それは、ロザリーと共に在った一人の少女が、ピサロにぶつけてきた力の再現だった。
 
 ――見事なものだ。
 
 称賛の相手は、たった一人の幼い魔法使い。これほどの技術を体得した少女を、ピサロは心から称える。
 メラという初歩的な呪文であったとはいえ、彼女は、クレストグラフもバヨネットもなしでこの三重魔法をやってのけた。
 人間とは思えぬほどの、驚嘆に値する才能だ。
 もし違う出会いをしていればと思い掛け、ピサロは苦笑する。

 ――違う出会いならば、私は彼女を認められまい。

 たとえロザリーの友であったとしても、人間というだけで憎悪していただろう。
 それどころか、ロザリーに近づく毒虫として、即座に排除を考えていたかもしれない。
 もしも、そうなったとしたら。
 
 ――ロザリーは、私を責めるだろうか。憎むだろうか。怨むだろうか。
 
 責められても仕方あるまい。憎まれても言い返せまい。怨まれて当然であろう。
 嫌悪され、唾棄され、侮蔑され、憎悪され、忌避され、厭悪されるであろう。
 そうであったとしても。ロザリーがどれほどピサロを遠ざけようとも。
 それでも。
 
「で、えぇえぇえええぇえりゃあぁあぁあぁああぁぁぁ――ッ!!」

 ピサロの思索を遮ったのは、お世辞にも上品とは言えない絶叫だった。
 不愉快そうに目を細め、バヨネットを構え直す。
 鬼気迫る薙ぎ払いで翠の旋風をぶっ飛ばし、愚かしいほど真っ直ぐにアナスタシアが突っ込んでくる。
 風の加護を重ね掛けしているせいか、速度もかなりのものだ。魔力を双填している間はないだろう。
 打ち消してやるのは造作もない。だが、鬱陶しいほどの執念深さでこの女は食らいついてくるに違いない。
 強化を施したアナスタシアを叩き潰し、歴然とした差を見せつけてやる必要がある。
 だから、ピサロは凍てつく波動を使わない。
 即座に距離を詰めてくるアナスタシアの攻撃を確実に見据える。
 溜めが入り、大剣が突き込まれる。
 分厚くも鋭い先端が迫り、接触する直前に。

564Aquilegia -わたしの意地、私の意地- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:32:25 ID:YS0TZHjM0
「カスタムコマンド・インビジブル」
 黄金のミーディアムが眩い輝きを放ち、絶対防壁が形成される。
 鈍い音を立てて聖剣が制止する。眼前で停止する切っ先へと、ピサロは砲口を合わせた。
「双填・マヒャド×マヒャド――マヒャデドス」
 装填された魔力は巨大な氷塊と化し、防壁の先にその威容を向けた。
 圧殺さえ可能なほどの氷塊の後ろで、ピサロは深く膝を曲げる。
 跳ぶ。
 氷上まで舞い上がり、氷塊を跳び越え、身を捻る。
 訪れる一瞬の制止。次いで始まった落下時に回転を入れて向きを変え、宙返り、軽やかに着地する。
 巨大な剣で氷塊を受け止めたアナスタシアの背後に、だ。
 地を蹴る動作に容赦はない。アナスタシアが両側で結った髪を乱して振り返るが、遅い。
「装填・ハイパーウェポン」
 腕力の強化を施し、無駄のない動作で、バヨネットを突き込んだ。
 パラソルの先端に固定された短剣が風の防壁に阻まれる。
 ピサロは構わない。この程度、予測できていたことだ。
「真空波」
 ピサロが強風を発生させる。だがこれは、攻撃的な竜巻でも旋風でもない。
 起こったのは、アナスタシアを覆う風の護りを撫でるような空気の流れだった。
 風が動く。
 アナスタシアの周囲の風が乱れ、曲がり、歪み、動きを変えた。
 その動きは、ピサロの刃を阻むものではなく、アナスタシアへと導くものだった。
 攻撃が加速する。
 吸い込まれるようにして伸びる攻撃は、振り返ろうとするアナスタシアの喉元を狙った一撃だ。
「エアリアルガードッ!」
 直撃の数瞬前で風が巻き起こる。アナスタシアが起こした風は突きの軌道をねじ曲げ逸らす。
 必殺であったはずの突きは、青の髪を数本千切り取って空へと抜けた。
 巻き起こされた風により、投げだされた髪がふわりと宙を舞う。
 まさに、その瞬間。
 ピサロの真横から、圧力さえ伴うほどの猛烈な怒気が膨れ上がった。
 
「こ、ン、の――……」
 地獄の主かくあるべきとでも言わんばかりの声が響くとほぼ同時に、分厚い刃が真正面から迫ってくる。
 激情の乗った力任せのフルスイングに対し、ピサロはインビジブルを展開する。
 がぎん、と耳障りな音を響かせ、刃は停止した。
 一撃はピサロまで届かない。
 だが。
「女の子の、髪に――……」
 アナスタシアの気迫が、防壁をじりじりと押し込んでくる。
「なんて、ことを――……ッ!」
 そして、遂には。
「して、くれんのよぉ――――ッ!!」
 スイングが、振り切られる。
「何ッ!?」
 防壁が破られたわけではない。現に、刃はピサロへと至っていない。
 なのに今、ピサロの身は宙に浮かされ後方へと吹っ飛ばされている。
 驚愕によって判断が鈍る。その隙を突いて、アナスタシアが突っ走ってきた。 
 アガートラームが振り下ろされる。
 大振りの斬撃が、インビジブルの絶対防壁へと叩きつけられて。
 震動が、来た。
 防壁を無理矢理ぶち叩いた刃が、壁ごとピサロを揺さぶってくる。
 重厚な一撃は、されど、防壁を破るには至らない。
 だがピサロは、ほぼ反射的な判断で、銃剣を地面へと全力で降り下ろした。
 武器の先端が硬質な地面に叩きつけられ、ピサロへと反動を返してくる。
 ハイパーウェポンによって腕力が強化されていたこともあり、その反動はかなりのものだ。
 その反動が、宙を飛ぶピサロの軌道を横へとズレさせた。
 壁の表面から、大剣が滑っていく。
 受け身を取って地面を転がって距離を離し、立ち上がる。
 振り仰ぐと、深々と地面に突き立つアガートラームの傍らに、アナスタシアは佇んでいた。

565Aquilegia -わたしの意地、私の意地- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:33:39 ID:YS0TZHjM0
「防壁ごと叩き飛ばすとはふざけた怪力だな。とても女とは思えぬ」
「はぁ? 何勘違いしてんの貴方。女だから力が出せるのよ」
 アナスタシアが束ねた髪を片手でかき上げる。纏う風に靡く様は、髪型の名が示す通り尻尾のようだった。
「男の妄想で女を括ってんじゃないわよ。女は貴方が思っているよりずっと強いの。特に――」
 掌を広げ、左胸に手を押しあてる。

「――ココロが強い女の子を、たくさん知ってる。わたしなんかよりココロがずっと強い女の子は、星の数ほどいるわ」

 ◆◆
 
 どくんどくんと脈打つ鼓動を感じる。
 グローブをしていても、エプロンドレスを着ていても、その鼓動はしっかりと感じ取れる。
 この拍動が全身に血液を巡らせ、生命を成しているのなら。
 まさにココロは、この胸の奥で息づいているのだとアナスタシアは思う。
 ココロの吐息が掌を押す。
 弱いアナスタシアに、思い出が強さをくれる。

 たとえば、この島で初めて出会った女の子は、小さな体で沢山の悲しみを抱いていた。
 彼女は、喪失の苦しさ、離別の悲しさ、独りぼっちの寂しさを、無邪気さの裏で抱え込んでいた。
 だけど、次の喪失を怖がって他者を拒絶することなんてなかった。
 それは、また色んな人と仲良くなって、失くさないように護ろうと努められる強さを持っているからだ。

 たとえば、アナスタシアの親友は、仲間をみんな亡くして、たった一人生き延びて、何人も何人もたいせつな人を失ってきた。
 そんな彼女は、アナスタシアがどれだけ拒絶しても、どれだけ最低な無様を晒しても、手を差し伸べ続けてくれた。
 どんなに情けないザマを見せても、どんなに傷つけるようなことをしても、絶対に仲間を見限らない精神は、強さに他ならない。

 たとえば、魔法使いの女の子は、大好きな人に、必死で声を届けようとした。
 彼女は、女の子のためにと謳い誤った道を行く少年へと、諦めずに声を投げかけ続けた。
 その声がどうなったのか、アナスタシアは知らない。だけど、届いたと信じている。
 あの子の真っ直ぐな気持ちは、挫けない気持ちは、ひたむきな前向きさは、眩しいくらいに強かった。
 
 たとえば。
 そう、たとえば、綺麗な桃色の髪をした女性は。

「ねぇ。ロザリーさんは、どうだった?」
 ピサロの美しい眉が、微かに動いた。
「わたしは、ロザリーさんのことをほんとうに少ししか知らない」
 アナスタシアは思い出す。
 夜雨の下で交わした会話と、たいせつな人の元へと駆ける細い背中を。
 たったそれだけ。
 たったそれだけしか、アナスタシアは知らない。
 それでも。
「それでも、わたしの中に息づくロザリーさんは、とても強い女性だわ」
 ねぇピサロ、と。
 アナスタシアはもう一度問う。
「貴方が愛している女性は、強い女性?」

566Aquilegia -わたしの意地、私の意地- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:35:02 ID:YS0TZHjM0
 ピサロはそっと目を伏せる。
 記憶の海に想いを浸すように。かけがえのない本のページを、優しくめくるように。
「――知れたこと」
 そう呟いて、ピサロは目を開く。
 その紅の瞳は、ほんとうに、ほんとうに。
「気高く、高貴で、汚れのない――真の強さを、ロザリーは持っている」
 ほんとうに、穏やかな輝きを湛えていた。
 小さく微笑んだ表情からは優しさが溢れていて、声には愛おしさが満ち満ちていた。
 その慈愛いっぱいのピサロを前にして。
 アナスタシアのココロが、くっと締め付けられる。
「そう、そうよね。やっぱりロザリーさんは強いわよね」
 息苦しさを覚えながら、アナスタシアは吐き出す。
「強くなければ、貴方を愛せないものね」
「愛せない、だと?」
「ええ。だって貴方は、それだけロザリーさんを愛しているのに――」
 ピサロを睨みつけ、左胸を抑えつけるようにして右手の握力を強める。
 吐き出した息を吸い直し、鼓動を掌に受け止め、言葉を継ぐ。

「それなのに、ロザリーさんを理解していないもの」

 ピサロの瞳から穏やかさが消える。表情から優しさが抜け落ちる。
「何が言いたい」
 声色の慈愛は失せ、詰問するような口調になっていた。
 だがアナスタシアは動じない。

「大好きな人には自分を分かってほしい。大好きな人には全部を理解してほしい。
 そんな当たり前の願いを叶えてくれない男を愛し続けるなんて、よほどの強さが必要だとわたしは思うわ。
 それとも、ロザリーさんが言ったの? 殺し合いに乗って一人生き残って、生き返らせて欲しいって?」

 アナスタシアは胸に当てていた手を、伸ばす。
 惑わず、臆さず、躊躇わず。
 地に突き立ったアガートラームの柄を、握り込む。

「勘違いするな。私の行動は、全て私自身が決めたことだ。
 貴様などに言われずとも、私は、ロザリーの願いも、望みも、祈りも、信念も、全て分かっている」

 そんなアナスタシアを見据えて、ピサロは叫んだ。

「理解した上で、私は決めた。
 たとえロザリーの望まぬ手段であったとしても、ロザリーの想わぬ方法であったとしても!
 彼女を蘇らせると、私は決めたのだッ!」

 感情を吐露するようにピサロは叫ぶ。
 その叫びを、アナスタシアは。
 鼻息一つで、一蹴した。
「理解してても、構わずに我を通そうとするんだったら、それは、分かってないってことなのよ」
 だから。
「わたしは、貴方を許せないッ!!」

567Aquilegia -わたしの意地、私の意地- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:36:27 ID:YS0TZHjM0
 聖剣を、無造作に引き抜いた。
 重量が無遠慮に、右腕に負荷を掛ける。
 感じる痛みをリフレッシュを使用してキャンセルし、無理矢理片手で聖剣を掲げる。
 リフレッシュをひたすらに重ね、左腕の痛みを誤魔化し切り、掲げた剣の柄に手を添える。
 構える。
「愛してるなら少しくらい尊重してあげなさいよッ!
 一方的に自分の感情を押しつけるのが愛なんて、わたしは認めないッ!!」
「元より相容れないのは自明! 女よ、全力で潰しに来るがいいッ!!」
 対し、ピサロも砲に魔力を込める。
「貴様の深い業に、私が幕を引いてやるッ!!」
 そうして、互いに地を蹴り、駆け出して。
 意地と誇りと感情をぶつけ合う、命がけのから騒ぎは続いていく。

 ◆◆
 
 もう、どれだけ刃をぶち込んだだろうか。
 もう、どれだけの魔法を浴びせられただろうか。
 数え切れないほどの交錯と衝突を経てなお、アナスタシアはピサロと相対していた。
 額からは汗が滲み、鉄臭さの残る口はからからに乾燥し、全身は土埃でぱさついていた。
 痛覚が麻痺していて、痛みが一切感じられない。
 掛け続けているリフレッシュのせいか、体が壊れてしまったのか、感情が振り切ってしまっているせいか。
 今の自分だけは鏡で見たくないなと思い、更にはこの場を隔離しておいてよかったなと安堵し、そんな雑念をすぐさま振り落とす。
 魔法が来る。
 聴覚を叩き潰すような爆音が鼓膜を強く震わせ耳鳴りを引き起こされ、炸裂が巻き起こる。
 その中心へ、プロバイデンスの加護と風の防護を信頼し、躊躇わずに突っ込んでいく。
 エアリアルガードの二重展開――エアリアルウォールによって高められた反応速度が、アナスタシアを前へと送る。
 爆発を置き去りにして彼我距離を一瞬で詰めて、アガートラームを降る。
 掌に返って来るのは、飽き飽きした壁の感覚だった。
 バヨネットの刃が返しに来る。
 反射神経だけで避け、距離を取り、我武者羅に前へ。
 ダンデライオンの名に掛けた、挫けない心を血に溶かし全身に流し込み、一撃を放つ。
 渾身の一撃は、やはり壁に阻まれる。
 ピサロが張り巡らせる絶対防壁は、どれだけの攻撃を叩き込んでも突破を許さない。
 さすがに、息が荒くもなる。
 
 ――いい加減に、なんとか、したい、わね……。
 
 思考ですらこま切れになるほどの疲労を覚えながらも、アナスタシアは愚直に剣を握る。
 簡単に勝てる相手ではないのは百も承知。口喧嘩なら勝機はあるかもしれないが、それで勝ったところでどうにもならないのは千も承知だ。
 アナスタシアが何を言おうと、この男には通じはしない。
 ピサロに言葉を届けさせることができるのは、後にも先にもただ一人だけ。
 その人物の言葉を代弁できるほど、アナスタシアはその人物と絆を結んでいない。
 
 ――何か、ない、かしら。何か……。
 
 地獄の雷がアナスタシアを襲う。
 めいっぱいプロバイデンスを掛け、必死に身を守って凌いだところを、追撃の風魔法が迫る。
 アガートラームで振り払い、的にならないよう走り回る。
 魔法の嵐が止んだ隙を突いて再突貫。
 幾度となく繰り返した聖剣の攻撃は、やはり壁に阻まれる。
 壁越しに、ピサロが砲口を突き付けてくる。
「そろそろ、終わりにさせてもらうぞ」
 砲の中で蒼が煌めく。ラフティーナの力を装填した究極光が、アナスタシアへと牙を剥こうとし――。

568Aquilegia -わたしの意地、私の意地- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:38:52 ID:YS0TZHjM0
『――……が、……ま……か?』

 声が聞こえた。

「ッ!?」
 前触れもなく聞こえたその声はか細く、自らの耳を疑い、直後に不味いと後悔する。
 突然の声に気を取られたことによる隙を、あのピサロが見逃すはずがない。
 しかし、究極光の一撃は放たれず、砲に充填されていた魔力は霧消していた。

『――……い……ら、……ね…………す』

 ピサロもまた、動きを止めていた。
 彼は中途半端に砲を構えた姿勢のまま目を見開き唇を戦慄かせていて、顔色を驚愕に染めていた。
 
『どう……むけ……』

 ピサロは今、完全に意識を声へと傾けていて、アナスタシアを見ていない。
 完全に、声音に心を奪われているようだった。
 だからアナスタシアも意識を傾け耳を澄ませる。
 隙だらけのピサロに仕掛けるよりも、そうすべきだと思えた。
 
『――……なは、……』
 
 その声がアナスタシアの記憶にもあるものだと気付き、声の主の正体に思い当たる。
 まさか、と、どうして、が戸惑いとなって浮かび上がるアナスタシアを置き去りにして、

『……ロザリー……。……ディ……って、し合いを……』

 ピサロに届き得る可能性を秘めたその名が、続いたのだった。
 
 ◆◆
 
 どれだけこの声を聴いてきたのか。
 どれだけこの声を聴きたいと願ってきたのか。
 どれだけこの声を想い返したものか。
 忘れるはずがない。聴き間違えるはずがない。
 だからピサロはその声を疑わず、自らの耳を疑わず、ただ呆然と疑問を抱くだけだった。
「何故、だ……?」
『愛とは一人で成すものに非ず。
 我を呼び覚まし深愛は、汝と、汝を深く愛する者によって織りなされたもの』

 零れ落ちた問いに、ピサロの内側からラフティーナが応じる。
『汝を愛する者の想いもまた、現世を漂い、我に力を与えてくれる』
 そして。
『その強く深い愛は、我に近しい存在であるが故に共鳴し、具現化<マテリアライズ>したようだ』
 夢の世界で届けられるロザリーのメッセージは、本来、無意識の海を漂う手紙のようなものだった。
 だが、ロザリーの抱く強い愛は、ラフティーナの力に引き寄せられ、ラフティーナの力を依り代とし、世界に現れたのだ。
『――……れでも、…………あろうとも、傷つけ……し合う……などと、あっては……のです』
 ロザリーの声が徐々に形を成していく。 
 遠く聴きとりづらかった言葉が明瞭になっていく。
『――私はかつて、この身に死を刻まれ……。そのときの痛み……みは、忘れら……せん』

 一言一言が鮮明になるたび、驚きは喜びに変わっていく。
 もはや疑うまでもなく、ロザリーの声だと確信できた。
 ピサロは、目を閉じる。
 アナスタシアのことも、命がけの喧騒も忘れ、愛おしい声に耳を傾ける。
 他の全てを排し、ロザリーだけを感じるために。

569Aquilegia -わたしの意地、私の意地- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:40:08 ID:YS0TZHjM0
『――ですが、身に付けられた痛みよりも、迫りくる死の恐怖よりも辛い苦痛を、私は知っています』
 閉じた視界に声が響く。声に導かれ、暗闇の世界に姿が浮かぶ。
 ありありと思い出せる。
 くっきりと想像できる。
 メッセージを届けるロザリーの姿を、ピサロはイメージする。
 美しく、気高く、誇り高く、高貴で、慈愛に満ちていて、芯の強い姿が、ピサロの脳裏に浮かび上がる。
 かけがえのない人からのメッセージであるそれは、何度でも耳にしたいと思う。何度耳にしても、心が揺さぶられる。 
 ただただ、慈しむように耳を傾ける。
 切なさが伝わってくる。憂慮が感じられる。
 そのたびに、ピサロは胸が締め付けられる想いがした。
 そして、ロザリーの言葉は転換する。
 憂いを帯びた様子から、強い意志を放つメッセージへと、雰囲気が変わっていく。
 毅然さが届けられる。挫けぬ心が掲げられる。
 そのたびに、ピサロは誇らしい気分になった。
 強さと優しさを併せ持つ想いは、時を超えてこの世を満たす。
 ずっと声を聴いていたい。いつまでも声を聴かせてほしい。
 しかし、やがて。
『――ピサロ様に、届きますように』
 メッセージは、終わる。
 そこに込められたのは高潔な意志。争いに抗い手を取り合うことを望む、慈愛に溢れた心。
 そのメッセージを、ピサロの名を呼んで結んでくれたことが堪らなく嬉しかった。
 改めて、思う。
 ロザリーを、愛していると。
 全てを賭すことを厭わないほどに愛していると。
 なのに。
 それなのに。
 心の底から愛しているのに。

 ――私は、殺したのだ。
 
 尊い魂を、愛しい命を、護りたい女性を。
 
 ――私が、壊したのだ……ッ!
 
 フラッシュバックする。
 動かなくなったロザリーが、話せなくなったロザリーが、冷たくなったロザリーが。
 震えが来る。
 どうしようもなく愚かだった。ロザリーの言う通り、憎しみに囚われて目が眩んでいた。
 ピサロは致命的に誤った。許されざる罪を犯した。
 憎しみと苛立ちと絶望感を昇華したとしても、その爪跡は決して消えない。
 それでも愛している。
 ピサロはロザリーを愛している。
 何よりも誰よりも愛している。
 その愛故に。
 ピサロは武器を、手放さない。
 ロザリーの意志を受け取り、理解しながら。
 否。知っているからこそ。
 ピサロは、戦意を露わにする。
 まるで。
 そう、まるで。
 自らロザリーの想いに、逆らうように、だ。
 
「まだ、やるつもりなの……!?
 ロザリーさんの言葉を受け取って、その上でまだ戦おうというのッ!?」
 
 アナスタシアが問うてくる。しぶとくピサロに噛みついてくる敵が、問うてくる。
 愚問でしかない。
 ロザリーを救った強い少女から放たれた同じ問いを、彼女ごと斬り捨てて、ピサロはここにいる。
 求めるために傷つける。
 傷の果てに願うものがある。 
 なればこそ、この場で武器を取るのは必然だ。
 貴様ごときに言われるまでも、と。
 そう応じようとして、

「――ッ!?」

 ピサロは、自らの声が詰まっていることに、気がついた。

570Phalaenopsis -愛しいきみへ、愛するあなたへ- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:41:34 ID:YS0TZHjM0
 ◆◆
 
 落涙していた。
 目の前に立ちはだかる男は、その双眸から、滂沱の涙を流していた。
 何かを告げるべく口を動かそうとするが、濡れそぼった吐息が苦しげに吐き出されるだけで、何一つ意味のある言葉にはならないでいる。
 整ったその顔は、えずきを堪えるように酷く歪んでいて、愛する女性の声を聴いたことによる喜びの表情とは程遠いものとなっていた。
 胸の内を荒れ狂う辛苦を抑えきれず、ピサロの表情に現れているようだった。
 今しがたのロザリーのメッセージによれば、かつてロザリーは、憎しみに突き動かされるピサロを止めたという。
 ならば、ロザリーの言葉はピサロに届くという証だ。
 しかしながら、ピサロは武器を収めない。
 ロザリーの意志を無視してでも、彼女を蘇らせたいと願うからか。 
 
 ――きっとそれは間違いじゃない。でも、それだけじゃない。
 
 それだけならば、こんなに苦しみを飽和させるはずがない。
 みっともないほどに涙して、それでも戦おうとする理由が、他にもあるはずだ。
 アナスタシアはロザリーのメッセージを思い返す。
 同時に、夜雨の下で目の当たりにしたピサロの様子を想起する。
 すぐに、ピンと来た。
 ピサロは深い憎しみを抱き、人間の敵となった。
 その原因は、ロザリーを人間の手によって殺されたからだった。
 ならばつまり、ピサロが抱いた憎しみというものは、深い愛情の裏返しなのだ。
 ロザリーを傷つけた者を許せない。
 ロザリーの命を奪った者を、許せない。

「貴方は……」
 だからこそ。
「貴方は、誰よりも自分を傷つけたいのね……」

 ◆◆

 痛みを求めていることに気付いたのは、余計な負の感情を捨て去り、ただ愛だけで心を満たしてからだった。
 自覚できていないだけで、きっと今までも、そうだったと思う。
 ロザリーを蘇らせるためという目的意識を壁にし、自分以外をも憎悪することで憎しみを分散させていた。
 その結果、復讐心を細分化し無意識の奥底に押し込めて、見えないままでいられた。
 ピサロは、憎しみを糧に絶望感を燃やし、純粋な愛を錬成した。
 その愛は汚れのない鏡面のような輝きを放つ。
 怨まず、憎まず、絶望せず。
 されど消えない傷跡は、じくりじくりとピサロを苛むのだ。
 疼きのような鈍痛は止まらない。
 しかし、足りない。
 その程度の痛みでは駄目なのだ。
 耐えられる程度の痛みでは、ロザリーが受けた苦しみには届かない。
 もっと強い苦しみが必要だった。更に強い痛みを渇望した。
 ロザリーを殺した者<ピサロ>に、復讐をしたかった。
 ピサロはロザリーを想う。
 誰よりも深く、何よりも愛しく思う。
 彼女の優しさは知っている。争いを望まぬ気持ちを理解している。共存を願う意志を熟知している。
 その気高い尊さこそ、ロザリーという女性そのものなのだ。
 そこから――ピサロは目を背ける。
 ロザリーの全てを理解したいと、受け入れたいと切望しながらも、決して彼女の手を取らない。
 想っているのに優しさに目も暮れず、大切にしたいのに争いを望まぬ気持ちを無視し、愛しているのに共存を願う意志を置き去りにする。
 そうやって騙して、裏切って、茨まみれの道を行き、返り血だらけになって、ロザリーが心より忌避するほどの身になって。
 ようやく、ロザリーの命へと至れるのだ。
 とても辛いことだった。
 とても苦しいことだった。
 とても痛いことだった。

571Phalaenopsis -愛しいきみへ、愛するあなたへ- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:44:28 ID:YS0TZHjM0
 これ以上の復讐は、存在しなかった。
 
 そうしてピサロは、ロザリーを蘇らせるために武器を振るい、無意識下で自身への復讐を続けてきた。
 復讐の念があったからこそ、ロザリーの意志を無碍にして彼女を蘇らせようと決意できた。
 たとえロザリーのメッセージを受け取っても。
 この島にいる全ての者へと発信されながらも、ピサロを想う気持ちがいっぱいに溢れるメッセージを聞き届けても。
 それすらも裏切り、痛みに変える。
 ロザリーの声を、願いを、想いを、祈りを、愛を。
 夢ではなく真正面から受け取り、その上で取り入れず捨てるのは、感情が振り切るほどの激痛だった。
 だから、涙が飽和した。心が深手を負った。
 それでも、まだ。
 強い純愛を抱く故に、ピサロは自傷行為を止められない。
 無様に涙するほどに心が悲鳴を上げる。言葉を放てないほどに心が痛みを訴える。
 それこそが望みと言わんばかりにピサロは戦う。
 その果てに、最愛の女性が蘇ると信じて前へ行く。
 全てを捨て去り純粋な愛だけを燃え盛らせるがために表面化した痛みを求め、更なる先へ。
 
 滲む視界の先、アナスタシアの姿がある。
 痛みを抱きながらも涙を振り払い、ピサロは、バヨネットの切っ先を敵へと突き付ける――。

 ◆◆
 
 本当は、救いたいと想った。
 だから、アナスタシアは一人でピサロに対峙した。
 それでも叩きつけられたのは無力さで、救えないと実感し、怒りを以ってピサロと戦った。
 結局、アナスタシアはピサロを救えないのだと思う。
 どんなに頑張っても、どんなに言葉を練っても、女神を覚醒させた愛の化身には、手が届かない。
 だが、よくよく考えたらそれは当然なのかもしれなかった。
 たった一つの最愛を胸に抱く男の心を、何処の馬の骨とも知らない女が動かそうなどと、おこがましい思い上がりだ。
 それでも。
 それでも、心の片隅でやっぱり止めたいと思ってしまうのは。
 彼が愚直にまで闘う理由の一端を、垣間見てしまったからか。
 彼を愚直にまで愛する女性の声を、受け取ってしまったからか。
 
「馬鹿だわ」
 男も女も本当に馬鹿だ。
 馬鹿でなければ、女への愛を抱き自身を痛めつけられるはずがない。
 馬鹿でなければ、身だけではなくココロまで傷つけられても、男を好きでいられるはずがない。
 だが、もしも。
 本気で恋をすれば、馬鹿になってしまうというのなら。
 なってみたいと思う。
 そんな恋愛をしたいと、アナスタシアは心の底から強く深く激しく思う。
「ほんッとうに――羨ましいくらいの純愛だわねこのバカップルがッ!!」 
 両手で握り締めたアガートラームを、掲げる。
 これはラストチャンスだ。
 頑固で馬鹿な男を止めるための、ラストチャンス。
 アナスタシアは集中する。
 アガートラームはただの武器ではない。人々の想いを束ね、繋ぎ、未来へ進むための鍵である。
 そのイメージを強く持ち、意識を聖剣へ注ぎ込む。アガートラームが輝きを放ち始める。
 白く眩い光は広がり、周囲の想いを集めていく。
 光を通し、アナスタシアは想いを感じる。
 拡散していくロザリーの想いを、だ。
 あのメッセージは、何らかの方法で生前のロザリーが残したものなのだろう。
 それは記録に過ぎない。けれど、そこに込められた想いは本物だった。
 その想いを、もう一度カタチにする。
 記録だけではなく、ロザリーの想いを、ここに形作る。
 こんな芸当は、アガートラームの力だけでは到底不可能だ。
 だがここには、ラフティーナがいる。
 愛する想いと愛される想いを、きっと彼女は祝福してくれるはずだ。
 想いを、アナスタシアはかき集める。

572Phalaenopsis -愛しいきみへ、愛するあなたへ- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:45:50 ID:YS0TZHjM0
 最愛を胸に抱く男を止められるのは、最愛を胸に抱く女だけなのだ。
 輝きは次第に強さを増し、世界を覆い尽くしていく。白が広がり、想いを集め、剣へと収束させていく。
 もっと、もっと。
 もっと輝け。
 消えゆく想いを繋ぎ止め、ここに想いを成すために。
 分からず屋の男へと、一人の女の想いを届けるために。 
 光は広がる。
 何処までも何処までも広がる。
 その輝きが、周囲を埋め尽くした瞬間に。
 
 愛の奇跡は、果たされる。
 
 ◆◆
 
 世界が白い。
 果てがないような白さが、ピサロの視界を埋め尽くしていた。
 自分の姿と輝き以外が見えない世界で、ピサロは足音を聞く。
 小さな足音だった。 
 それは丁寧な足運びを思わせる足音で、アナスタシアが立てる粗雑な音とは全く異なるものであった。
 音は近づいてくる。白の世界に、人影が浮かび上がる。
 ピサロは意識を戦闘状態に切り替え、魔法を詠唱し始め――。
『よせ。彼の者は敵ではない』
 ラフティーナの制止に、ピサロは怪訝さを覚えながらも影へと目を凝らす。
 深い霧を思わせる白の中、人影が鮮明になっていく。
 その華奢なシルエットを、ピサロは知っている。
 またも目を剥き、息を呑んだ。
 一瞬、幻術かと疑う。
 だが、愛の貴種守護獣は一切の警戒を見せてはいなかった。
 その間にも、人影は、ピサロが視認できるところまで、やってきた。
 極上の絹糸を思わせる桃色の髪。
 髪の合間から存在を主張する、整った形をした尖った耳。
 一流の職人が作り上げた陶磁器よりも白い肌。
 錬成に錬成を重ねた紅玉にも勝る美しい瞳。 
「……ロザリー……?」
 震える声で名を呼ぶ。
 対し、彼女は嬉しそうに目を細め、頷いた。

「はい。ロザリーです。またお会いできて嬉しく思います、ピサロ様」
 清らかな声は心地よく鼓膜を震わせる。
 こうしてロザリーに会えた喜びよりも、ロザリーと対面している事実を、ピサロは信じられなかった。
 このロザリーが、幻でないとすれば。
「夢でも、見ているのか……?」
 いいえ、とロザリーは首を横に振る。
「私は、死んだのか……?」
 違いますわ、とロザリーは首を横に振る。
「ならば、君は……」
 このロザリーが、幻でもなく、夢でもないのなら。
 この白の世界が、死後の世界でもないのなら。
「君は、蘇ったのか……?」
 ピサロの希望は、しかし、もの寂しい表情で、そっと否定される。
 そうではありません、と、ロザリーは首を横に振る。
「私の想いを集めてくださった方がいました。そして――」
 形のよい唇が、言葉を紡ぐ。
「ピサロ様が、私を強く深く愛してくださいました。だから、私は今、ここにいられます。貴方に想いを、届けられます」

573Phalaenopsis -愛しいきみへ、愛するあなたへ- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:46:43 ID:YS0TZHjM0
 呆然とするピサロに、ロザリーは歩み寄り、手を伸ばす。
 細く綺麗な手が、ピサロの頬に触れ、汚れきったピサロの頬を撫でる。
 その手は、温かかった。
「こんなに――」
 否定しようもないその温かさは、ピサロの胸を解きほぐし、曇りを拭い取り、疑念を完全に取り払う。
 ロザリーだ。
 目の前にいるのは、本当にロザリーなのだ。
「こんなに、傷だらけになってしまわれたのですね」
 ロザリーの瞳に雫が溜まる。雫はすぐに溢れ、輝かしいルビーとなり、零れ落ちていく。
 それを見るのが辛くて、ピサロは慰めるように返答する。
「大した傷では、ないのだ。まだまだ、全然痛くなど、ない」
「嘘を、つかないでくださいませ」
「嘘ではない。私は、嘘などついてはいないよ」
「では、どうして――」
 ロザリーは悲しげに、自分の左胸に手を当てる。
 
「私のココロは、これほどまでに痛いのですか?」
「……ッ!」
 返答に詰まるピサロの胸へと、ロザリーは飛び込んでくる。
 ロザリーの両腕が背へと回され、優しくピサロを抱き締める。
 ピサロに刻まれた無数の傷を確かめ、癒すように。
「貴方の傷は私の傷。貴方の痛みは私の痛み。貴方の苦しみは私の苦しみ」
 ロザリーの香りが鼻孔をくすぐる。ロザリーの柔らかさを全身で感じる。ロザリーの体温が肌に伝わってくる。
 ロザリーは、震えていた。
「痛いです。苦しいです、ピサロ様」
 ピサロは動けない。
 武器を握った手をだらりと下げたまま、ピサロの胸に顔を埋めるロザリーを見下ろすしかできないでいた。
「ピサロ様が私を想い、私の命を願ってくれるのは大変嬉しく思います。
ですが、痛みと悲しみの果てにある命なんて、私は、いりません」

 ロザリーが、顔を上げる。
 濡れる真紅の瞳が、ピサロを捉えていた。
 
「ピサロ様ならば、分かってくださいますよね?
 私を喪い、あれほどまでに悲しんでくれたピサロ様ならば、命を奪うという行為がどれほどの痛みと悲しみを生むのかを。
 あのような痛みと悲しみが広がっていくのは、辛いです。傷つく人が増えるのは悲しいです」

 ロザリーは優しいから、殺戮によって生まれる痛みと悲しみを感じ入り、自分のことのように苦しむだろう。
 蘇った後もきっと、その痛みと悲しみに苛まれることだろう。
 分かっていた。知らないはずがなかった。
 それでもピサロは、殺戮を続けてきた。
 殊に、ピサロが奪ったのは、ロザリーの命だけではない。
「もう、遅いのだ。私は……君の友を殺めた。君の友が愛した人をこの手に掛けた」
 魔法使いの少女と暗殺者の少年の姿を思い起こし、告げる。
 背中に回された腕の力が、強くなった。
「過去はもう、戻せません。できるのは、未来へ伸びる道を歩むことだけです。
 過ちを繰り返さず、償いを果たしてくださいませ。殺めた貴方が行うべき償いを、果たしてくださいませ」

 忘れないでください、と締めるロザリーに、ピサロは口籠る。
 生きて、償う。
 それは、ロザリーを蘇らせるという終着点にはたどり着けない道だった。
 示された一本の道筋を前で、ピサロは立ち尽くす。やはりピサロは、希わずにはいられないのだ。
 身勝手で醜悪で無様な言い分だとしても。
 他者を顧みず無数の運命を蔑ろにする、罪深い欲望だとしても。
 ロザリーの命を今一度、望まずにはいられない。

574Phalaenopsis -愛しいきみへ、愛するあなたへ- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:47:48 ID:YS0TZHjM0
「それでも、私は、君に……」
 弱音めいた口調が、零れ落ちた。
 それをロザリーは、宝物のように掬い取る。 
「逢えます。私が貴方を愛する限り、貴方が私を愛している限り、いずれ、必ず」
 断言には揺るぎがない。
 お互いに想い合う気持ちさえなくさなければ、絆はきっと引き寄せられると、ロザリーは告げている。 
 ですから、とロザリーは続ける。
「ニノちゃんが伝えてくれた私の想いを、もう一度、私の言葉で伝えます」

 毅然として、堂々と。

「もう、お止めください。私の命を願い息づく命を奪う行為など、私は、決して望んではおりません。
 その果てに蘇ったとしても、私は」
 
 それでいて、ひどく痛そうに、とても苦しそうに、見ていられないほどに辛そうに。

「貴方を、愛せません……ッ」
 断言する。
「どうか、私にくださる想いやりを、少しでも他の方に向けてあげてください。
 罪を思い、償いを成し、そして――ご自身を大切になさってください」
 お願いです。
「どうかこれ以上、貴方を傷つけないで。私を、苦しめないで……ッ」
 深い吐息を挟み、ロザリーは、想いを吐き出した。
 
「ずっとずっとずっと、貴方を、好きでいさせて……ッ!!」

 責められても仕方あるまいと、憎まれても言い返せまいと、怨まれて当然であると。
 嫌悪され、唾棄され、侮蔑され、憎悪され、忌避され、厭悪されるであろうと。
 思っていた。思い込んでいた。
 そうあるべきだと独りよがりに信じていた。だから躊躇わず、ロザリーの想いを裏切ってきた。
 そんなピサロのココロに、ロザリーの震えが、嗚咽が、切なる願いが突き刺さる。
 ピサロの傷がロザリーの傷ならば、ピサロの復讐は、ロザリーをいたずらに痛めつける行為でしかなかった。
 自傷行為が愛する者を傷つける行為に繋がるというのなら。
 この復讐は、二人の傷を深めるだけで、決して終わらない。
 ピサロはロザリーを三度殺した。
 それだけではなく、殺した後も、その高潔な想いを冒涜し続けた。

「すまない……。本当に、すまない……ッ!」
 見て見ぬふりはもう出来ない。ロザリーの傷を目の当たりにしても復讐を続けられるほど、ピサロの愛は歪んでいない。
 謝罪の気持ちが溢れ、またも涙が視界を滲ませる。
「抱きしめて……くださいませ……」
 変わらず両手を下げたままのピサロを、ロザリーは、潤んだ瞳で真っ直ぐに求めてくる。
 泣き声の彼女に、ピサロは、歯を食い縛って首を横に振った。
「私の手は血塗られている。罪に塗れている。そんな手で君を抱き締めるなどと――」
 言い淀むピサロへと、ロザリーは繰り返す。
 ルビーの涙を流しながら、ピサロを真正面から見据えて、繰り返す。
 
「抱きしめて、くださいませ。私を抱き締めるのは……お嫌ですか?」
 問いかけと呼ぶには生易しい強さを孕むその言葉は、ピサロの想いの確認だった。
 言い訳がましい否定よりも、逃避めいた理屈よりも、ただ、愛おしさが勝る。
 もう、裏切るのは止めにするべきだと思った。騙すのは止めにしたかった。
 大切な女性のたった願い一つの叶えられないというのなら、そこに愛は、きっとない。
 ピサロの手から武器が落ちる。
 空いた手で、代わりに。
 愛しき身を、抱き締めた。
 腕の中にある肩はとてもか細い。
 この細い肩は、どんなことがあったとしても、絶対に傷つけてはならないもののはずだったのだ。
 その根本にあった誓いを押し出し、内省へと繋げ、傷ついたロザリーのココロを撫でるように抱き締める。

575Phalaenopsis -愛しいきみへ、愛するあなたへ- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:48:35 ID:YS0TZHjM0
「愛している。未来永劫、本当に君を愛し続けると誓うよ、ロザリー」
「私も、愛しています。貴方の愛に負けぬほどの、心よりの想いを、貴方に注ぎ続けます、ピサロ様」

 どちらともなく、見合わせた顔を、ゆっくりと近づける。
 想いを確かめ合うように、二人は口付けを交わす。
 その口付けは、最高に甘かった。
 
 ◆◆
 
 はぁ、と溜息を吐いたのは何度目だろう。
 この短時間で、アナスタシアはもう一生分の溜息を吐いた気がする。
 うっとりしているわけでは決してなく、ピサロとロザリーの想像以上のいちゃつきっぷりに呆れ果てていた。 
 奇跡の立役者として立ち合う権利くらいあるだろうと言い訳をし、出歯亀根性に従ったのが間違いだった。
 一部始終を見物したのはいいが、これほどまで見せつけられるとは全くもって予想外だ。
 脚本も台本もない生のラブロマンスは、完全にアナスタシアから気勢を削いでいた。
 
 ――なんかもう……どーでもいいわ。色々と。
 
 怒りが失せて毒気が抜け、代わりに壮絶な疲労が全身に圧しかかって来る。
 立っているのも億劫になり、大の字に倒れ込んで、横目でピサロとロザリーを窃視する。
 まだ、ちゅーちゅーやっていた。
 さすがに見ていられなくて、アナスタシアは目を逸らし、もう一度盛大に溜息を吐く。
 信じられないくらい体中が痛むのは、あのアツアツっぷりが目に毒だからに違いない。
 
 ――いいなー。いいなあー。わたしも素敵な彼氏がほしいなあー。
 
 ヤケクソ気味な欲望を声に出さなかっただけ、自分を褒めてあげたいとアナスタシアは思う。
 再度の生を得て、仲間が出来て、少しくらいは満たされたと思っていた。それは確かだ。
 けれど人の欲というものは果てを知らない。
 ましてやアナスタシアは、ルシエドを従えるほどに欲深いのだ。まだまだ乾いている箇所はいくらでもある。
 もっと生きたい。生きてやりたいことは山ほどある。欲しいものだって星の数ほどある。
 まだまだ欲望の火種は、アナスタシアのココロで燻り脈打っている。
 だから、アナスタシアは安心できた。
 
 ――まだ、わたしは“わたし”でいられるのね。

 その安堵はすぐに、強烈な眠気へと変わる。
 瞼が重い。とんでもなく重い。
 耐えられず、アナスタシアは目を閉じた。
 心地よいまどろみの中で、素敵な男性のことを夢想し、アナスタシアの意識は消えていった。

576Phalaenopsis -愛しいきみへ、愛するあなたへ- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:49:20 ID:YS0TZHjM0
 ◆◆
 
 腕の中の温もりが消えていく。唇に触れる湿っぽい柔らかさが遠ざかっていく。
 目を開ければ、もはや白の光はなく、荒れ果てた地が目に入った。
 甘い奇跡の時間は終わった。
 空になった掌に、ピサロは目を落とす。
 そこにはまだ、温もりが残っている。温かい残滓を逃さないように、ぐっと握り締める。
 手の甲を目尻に押し当て、流れる涙を思い切り拭き取る。
 息を吸い込む。
 肺に満ちた埃っぽい空気を、長く吐き出した。
 目元を擦り深呼吸を繰り返す。
 膿を出し澱を抜くように、体内に淀む空気を入れ替える。
 愛する者を痛めつけ続ける不毛な復讐の念を、外に放り出す。
 悲嘆と殺戮の果てに愛する者の命を求める旅路は、もはや歩めない。その旅の果てに、ロザリーの姿はないと知ってしまったから。

 行くべきは、ロザリーが示してくれた別の道。
 過ちを繰り返さず、罪を償い、ロザリーを決して裏切らない道のり。
 その方向へ、ピサロは、自らの意志で踏み出すのだ。
 ピサロがこの手で奪った命に、ピサロ自身の想いを以って償うために。
 一歩を行く。
 何ができるか分からない。何をすべきかは定まらない。だが、やると決めたのだ。
 ならばもう、迷ってはいられない。
 ピサロはバヨネットを拾い上げる。意志を貫くための、力とするために。
 やけに重く感じる武器を持ち上げ、天へと翳し、目を閉じる。
 
 ――ニノ。そなたに宣言した約束を反故にすることを詫びる。
 ――そして、不実を承知で頼む。これからも、ロザリーの傍にいてやってくれ。
 
 引き金を引く。
 打ち上げられた魔力が、天空で爆ぜる。
 
 ――ジャファル。ともすれば、ラフティーナを呼び覚ましていたのは貴様だったやもしれぬ。
 ――貴様の至った境地、立派だったと今にして思うぞ。私が次に道を踏み外そうものなら、その手で我が身を裁いてくれ。
 
 撃鉄が落ちる。
 舞い上がる魔力が、蒼穹を彩る。
 
 ――ロザリー。何度でも、何度でも言わせてくれ。私は君を愛している。いつまでもいつまでも、愛している。
 ――私は、君を傷つけず苦しめない道のりを辿るよ。その果てで必ず君に、逢いに行く。
 ――だから今は、どうか。
 ――どうか、安らかに。
 
 魔砲が、唸る。
 迸る魔力が高く、高く、高く昇り上がり、ソラを染め上げた。
 ピサロは忘れない。この想いを、決して忘れない。 
 見送りを終えて、砲を降ろす。
 耳にあるのは残響と、少し遠くから響く戦闘の音。
 奇妙なほどに静かで、ピサロは怪訝さを表情とし、あたりを見回し、見つける。
 大の字で地面に倒れ込むアナスタシアを、だ。
 近づいてみるが、彼女は目を開けない。動かない。

「おい」
 呼びかけてみる。
「おい!」
 だが、返事はない。
 呼んでも、答えは返ってこない。
 顔を覗き込み、少し声を張り上げ、
「おい……アナスタシア・ルン・ヴァレリア!」
 初めて、その名を呼ぶ。

577Phalaenopsis -愛しいきみへ、愛するあなたへ- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:50:09 ID:YS0TZHjM0
「……ふにゃー、そこは、駄目よぉ……」
 寝言が返ってきた。それも、口端から涎を垂らして、だ。
 殺してやろうかと、本気で思った。
 沸々とわき上がる黒い感情を、ロザリーの顔を思い出して必死で抑える。
 本当に、この女は気に入らない。
 粗雑で下品でやかましく欲深い。ロザリーの慎ましさを少しくらいは見習うべきだとピサロは思う。
 だが不本意ながら、アナスタシアには借りができてしまった。
 彼女がいなければ、ピサロはロザリーを傷つけ続けるだけだっただろう。
「全く……」 
 呆れるように呟き、ピサロは手を翳す。
 癒しの光がたおやかに輝き、アナスタシアへと降りかかる。
「……そ、そこ、いいわぁー。気持ち、いー……」
 お気楽な寝言を零すアナスタシアに肩を竦めたとき、ふと、ピサロの手から回復魔法の光が消えた。 
 全身から、力が抜ける。
 膝をつくだけの気力も絞り出せず、ピサロはアナスタシアの隣に倒れ込んだ。
 またも、魔力切れ。
 更に、感情が揺れ動いたことによる心労が、ピサロの魔力をより早く枯渇させていた。
 強烈な睡魔が、意識を侵食してくる。
 眠るな、とピサロは思う。
 まだ戦いは続いている。仲間のいないピサロにとって、今この場で眠るのは危険極まりない。
 なんとか起き上がろうと手を地面につけたとき、声が響いた。
『案ずるな。汝に危機が迫りしとき、我が汝を呼び覚まそう』
 音なき声は、ピサロの頭に直接届く。
『二人の愛がある限り、我が力は不滅。愛しき者を想い、今は休むがよい』
 愛のガーディアンロードの囁きは優しく、穏やかで。
 ピサロは、身を委ねるように目を閉じる。
 
 ◆◆
 
 かくして、魔王と恐れられた男と、英雄と称えられた女の喧嘩は終わる。
 神聖さも荘厳さも大義も野望もない、感情と意地と欲望のぶつかり合いの果てで、二人は並んで眠りにつく。
 そこには、あらゆる戦場と切り離されたかのような静けさが満ちていた。

【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:ダンデライオン@ただのツインテール ダメージ(大)
    胸部に裂傷、重度失血 左肩に銃創
    リフレッシュの連発とピサロの回復により全体的に傷は緩和。爆睡中。
    精神疲労(超極大) 素敵な彼氏が欲しい気分
[装備]:アガートラーム@WA2
[道具]:感応石×3@WA2、ゲートホルダー@クロノトリガー、基本支給品一式×2
[思考]
基本:“自分らしく”生き抜き、“剣の聖女”を超えていく。
1:まだまだ生きたい。やりたいこと、たくさんあるもの。
2:ジョウイのことはとりあえずこの場が全部終わってから考える
3:今までのことをみんなに話す
[参戦時期]:ED後
[備考]:
※名簿を未確認なまま解読不能までに燃やしました。
※アナスタシアの身にルシエドが宿り、聖剣ルシエドを習得しました。大きさや数ついてはある程度自由が利く模様。
 現在、セッツァーが欲望の咢を支配しているため、剣・狼ともどもルシエドを実体化できません。

【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:クラス『ピュアピサロ』 ダメージ(大) ニノへの感謝  ロザリーへの純粋な愛(憎しみも絶望感もなくなりました)
    精神疲労(極大) 魔力切れ 熟睡中
[装備]:クレストグラフ(5枚)@WA2 愛のミーディアム@WA2 バヨネット
[道具]:基本支給品×2、データタブレット@WA2、双眼鏡@現実
    点名牙双@幻想水滸伝Ⅱ、解体された首輪(感応石) 天罰の杖@DQ4
[思考]
基本:ロザリーを想う。受け取ったロザリーの想いを尊重し、罪を償いロザリーを傷つけない生き方をする
1:償いの方法を探しつつ、今後の方針を考える
[参戦時期]:5章最終決戦直後
[備考]:*クレストグラフの魔法は、下記の5種です。
     ヴォルテック、クイック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック、ハイパーウェポン
    *バヨネットはパラソル+ディフェンダーには魔導アーマーのパーツが流用されており魔導ビームを撃てます
    *ラフティーナの力をバヨネットに込めることで、アルテマを発射可能です。

【石の女神@WA2】
 メイメイさんのルーレットダーツ3等賞。メイメイさんが見つくろった『ピサロにとって役に立つ物』。
 進化に逆らってまで貫いた愛が貴種守護獣・ラフティーナを顕現させ、ミーディアム『愛の奇蹟』となった。
 1ターンの絶対防御『インビシブル』も使用可能。
 ただし、制限によりその絶対防御の固さは使用者の愛の固さと相手の想いの強さに依存する。

578 ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:51:02 ID:YS0TZHjM0
以上、投下終了です。
感想、指摘等、何かありましたらご遠慮なくおっしゃってくださいませ。

579SAVEDATA No.774:2012/10/14(日) 07:35:11 ID:cMXIA5io0
投下乙です。

VSセッツァー。唯我と絆の戦い。

諸手を挙げて喜ばれはしまい。
実際、指摘できそうな点は少なくとも片手くらいはあるだろう。
それでも、こう言わずにはいられない。面白かった。

自分にへばりつくものを捨てていくように全てを放つセッツァー。
自分が得てきたもの全てを抱えて追いすがるゴゴ。
別にレースでもないのに、デッドヒートというのが相応しい速度の戦いだった。
そこに、穢れてなお輝き続けるちょこが抗って……
それでも全てを吸い尽くすこの黒の夢に届かないってのがね、もう。
やはり参戦時期と参加者の関係上セッツァーの願いを誰も知ることができない以上、
破ることはできない。どうするんだ……

よし、オラちょっくら物置からコントローラーもってくる!!

その後の展開は……これが正しいのかは、分からない。
だけど、美しいと思いました。

美しいのだ。だから、それでいいと私は思いたい。改めてお疲れ様でし、


VSピサロ。LOVELOVELOVE!!

セーブポイントなかった。
正しい(?)怒りの力に目覚めたスーパーアナスタシア人と、
ついに三連装填まで会得し始めたラブマシーンピサロ。
100話近くかけて三倍必殺覚えたニノさんオッスオッス。

そんな外面なんぞ吹き飛ぶくらい滲み出る意志に胸を詰まされる。
こいつらもう極まってんだもん。どうしたってぶつかり合うしかないじゃん。

そこに再び響くロザリーの歌。これで止まるかと思ったら止まりません。
と思ったら本人きたわあ。堅牢無敵のインビシブルも、愛の原点だけは通さざるを得ない。
ロザリーに嫌われてもなおロザリーをよみがえらせる。
ロザリーを殺したピサロにとって、これほど完璧な復讐はあるまい。

まあ、完璧だろうがなんだろうが「お嫌ですか?」って上目づかいに言われたら抱くしかないじゃん。
*別に上目づかいとは描写されてません
なんだろう、胸がドキドキなんですが。別の意味でピサロ死ねなんですが。
これが俗にいう壁ドンというやつですね分かります。なんかもーどーでもいーわー。


これで三局全て決着!
勇気・希望・愛に満ちた素晴らしい物語でした。
先のid氏も含め、みなさん投下お疲れ様でした!!

580SAVEDATA No.774:2012/10/14(日) 08:08:05 ID:D83oArtM0
お二方とも投下お疲れ様でした!
◆FRuIDX92ew氏への感想を書こうと思ったら◆6XQgLQ9rNg氏の投下まで来てと幸せな時間をありがとうございました!
それでは感想をば。本当は感想よりも先に何度も何度も漏れでた感嘆の吐息があったのですがそこは省略です

>>一万メートルの景色
タイトルからして惹きつけられる話
独り最速を目指すものと皆の力で加速し続ける者の物語
原作の仲間の物真似からロワでであった人たちの物真似へとゴゴが歩んだ生き様を辿った総決算を思わせる数多の物真似もさることながら、
道具も幻獣も重りだと放出していくセッツァーがやべええ
アイテムを盗まれたことさえも自身を更なる速さへと純化させていくためとは
そしてそんな幸運へと立ち向かうゴゴの物真似はまさかの不運へもめげない科学の物真似!w
ああ、確かにトカが不運に屈する姿は想像できねええ! ミシディアうさぎの件といい不運の利用まじぱねえ
そして信頼を受け蘇ったアキラと、そのアキラの発破で立ち上がったちょこも力を合わせての生命を滅ぼす力の反転、
或いはアシュレーへの返歌、一人になろうとするセッツァーへと反するものという意味のリヴァース
それさえも、みんなの想いも幸運を味方にし超えていくセッツァー!
ラグナロクでのちょこの皮肉過ぎるアイテム化もあって絶望感半端無かった
その絶望をぶちぬいたアキラはまさにヒーロー!
ってかここであれはずるい。あれは想像してなかった。そりゃあセッツァーの絶対幸運圏も圏外には対応してないわ
もう本当にあの一節だけでも近未来編過ぎる!
そしてゴゴが素顔を晒したことや説得力のある可能性の話、アキラから受け取ったイメージからなるゴゴの最後の物真似
物真似故に本物ではなく、されどセッツァーから見たダリルその者である故にセッツァーからすれば本物以外の何物でもないダリル
そのダリルに出会えてしまったからこそ、あれだけ望んでいたダリルの笑顔を見れたからこそのセッツァーの終焉
これ以上ない幸運、すなわちこの先はない、かあ
ゴゴがセッツァーを周回遅れにしていたことといいもう納得するしかなかった
ああ、本当に、もう全部が全部、ああこうなんだって俺の心に溶け込んでいく話だった!
最後に、全てを物真似しきってきて、でもたった一つ真似することができないままであったろう死をも遂に真似できたゴゴに
おやすみなさい

>>Aquilegia、Phalaenopsis
一人の男と一人の女の物語、遂に決着
……まあ途中で当初の女は蚊帳の外になって真ヒロインが来ましたがw
冒頭の二重三重の攻防風対決にも盛り上がったけど、そっからの愛の話がすごかった
これまでピサロ視点だったからそりゃそうなんだが、ピサロの愛ばかり強調されてたところに、アナスタシアが女の子の視点から語るロザリーの愛
強くなければ愛せないは衝撃的かつなるほどだった
そして遂に届いたロザリーの声
愛するがゆえに止まれないってだけじゃなく、愛しているからこそロザリーの望まぬことをして自らを傷つけ罰していたという真実が重い
これまでそれでもと戦い続けてきたピサロだからこそ、声つまり落涙したシーンに思わず読んでて息を呑んだ
うわあ、うあああ
そうか、ロザリーの望まぬことをしてしか逢えないのではなく、ロザリーの望まぬことをすることでようやく逢えることを許せたんだね……
全く本当に馬鹿だよこいつ。バカップルだよ
アナスタシアはある意味キューピットだったなあ
後でどーでもいいやとかなっちゃってるのはご愁傷さまだけどw
うん、でもほんと、愛だからこそ届いた
愛ゆえに自分を傷つけ自分以外の誰にも傷つけられない無敵のピサロだったけど
その自分を傷つけることが愛する人を傷つけることになってたのなら、愛ゆえに止まるしかないんだよなあ
愛せません、ずっと好きでいさせてなんて言われたら
愛は独りだけでなく二人で成り立つものである以上、もう止まるしかないんだよなあ
許す、なんて俺に言われるまでもないけれど
アナスタシアじゃないけど、存分にいちゃついとけ、バカップル
それでいいんだよ
アナスタシアも少し潤されたからこそ次を次をと求めれるようになったみたいだしお疲れ様
そして遠回りになっちゃうけどロザリーに届く道へといってらっしゃい、ピサロ
その前にふたりともおやすみなさい

ああ、本当にどちらも面白かったです。GJ!!

581SAVEDATA No.774:2012/10/14(日) 08:29:15 ID:3H6NNlxA0
投下乙です。
朝おきたら二つも投下あるとか思わず嬉しい悲鳴挙げて自分でびっくりしたわwww
>>一万メートルの景色
セッツァーとゴゴ達のFFⅥはこれで幕か。
幸運無視の攻撃を叩き込むのではなく、幸運を使い切らせる。
それも攻撃をよけさせるトカの持久戦ではなくあえて幸運をこちらから与えるという手法には圧倒されたトカ!
これまで出会った全てのモノマネ達は否応なく当時の話を思い出たせて感無量だったトカ
リアルタイムで見てたらなぁ。
絶対YYYYYYYYって書き込みしまくってたのに……
訪れた結末も、ロワに勝ち抜く以上の幸福がセッツァーに存在していることに気づいて読み返せば、これ以外になかったのではないかと思える出来でした。

>>Aquilegia、Phalaenopsis
アナスタシア、あんたは泣いていい……
このバカップルどもめ!
ちくしょう、まさかロワ読んでてこんないちゃつきを見るとは予想外だったぜ……
いやー、シリアスだった話への感想としては不適当な気もしないでもないけどアナスタシアのキャラの立ち方は面白いなぁー、
と、眩しいバカップルから目を逸らして書き込み。
あー、愛したいなぁー、恋したいなぁー、こんちくしょうめ。


こんな面白い話を読んでろくな感想を返せない自分に絶望しつつ。
いや、本当に面白かったです、ありがとうございました!

582SAVEDATA No.774:2012/10/14(日) 09:26:13 ID:YS0TZHjM0
読了!

◆FRuIDX92ew氏、改めて執筆&投下乙でした!
すげぇ、超すげぇこれ。
まず最初の物真似乱舞。何もかもを捨てたセッツァーと何もかもを持っていくゴゴの対比が素晴らしい。
どちらも違うやり方で、どちらも違う信念を持って、それでも速さを求めるような戦いはまさに決闘。
FF6キャラだけでなく、このロワで出会った人たちもゴゴの力となっていて、胸が熱くなりっぱなしでした。
次々と現れる幻獣と対峙しても、ゴゴが一人だとは少しも感じられなかったぜ。
そして目覚めたちょこの愛、想い、アキラのど根性サイキックアタックを受けてもまだ立つ黒の夢まじ半端じゃないと思い、ラグナロックがちょこに突き立ったときは絶望を覚えた。
その果てのYボタンは反則。近未来編冒頭のアキラの問いから幸運を拾い上げて絶対幸運圏に対峙といった発想は氏にしかできないと思う。
少なくとも俺には絶対に思いつかないアイディア。
そして、ダリル。ほぼ設定のないゴゴからこう繋げるとは脱帽。

発想の凄さとそれを文章に落とし込む実力、御見それしました。
大変面白かったです。超GJ!

583 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 11:38:37 ID:5alJ485M0
あ、ありのまま今起こった事を話すと起きたら投下が来ていた。

投下乙です!
意地と意地のぶつかり合い。
片や「ありのままの女の子」で片や「愛に準ずる魔王」
そして、ロザリーの話から始まる突きつけ。
ここにきて声がこう作用するとは、全く考えてもいなかった……
人間への復讐であると同時に、自分への復讐でもあった。
その痛みを、自分の痛みだと、苦しいと言ってあげられるロザリーはやはり強い子だなあと思います。
そりゃあ、ここまでのイチャラブを見せ付けられたらやる気もなくなりますわなw
でもアナスタシアはよくやった! アナスタシアが居なければこうはならなかったと思う。
一つの愛、その答えにピサロは辿り着いたんだと思います。
本当に投下乙でした!

それと、投下作で幾つか修正を。細かい誤字などはWiki収録された際に修正しておきます。
大まかな修正点としては前話からの流れ、ゴゴの思考と矛盾があるため>>537
「一人のセッツァーの、自分が知るセッツァーの本当の姿へ戻ってもらうために」
という一文の消去。

こちらのミスで描写がおかしかったので>>540
「本来三人が平等に受け止めるはずの「不運」を、人より多く受け取ることで訪れる不運を薄れさせる。
 0にはできないにとしても、セッツァーに他二人がうかつに手が出せない状況は少し打破できるだろう。」
の部分を
「どれだけ人より多くの「不運」溜め込もうと、彼ならなんとかしてくれる。
 そんな不思議な力を持った、この絶対不運に対抗できる唯一の人物だった。」
に。

セッツァーの推論ではなく、地の文ということが少し抜けていたため>>555
「ここからは可能性の話になる。
〜〜
ここにいるセッツァーは知りうることはないことなのだが、物真似師が生息していたのはその「ゾーンイーター」に吸い込まれた先の次元だ。」
の部分を
「ここからは可能性の話になる。
"この"セッツァーは知りえない、そして物真似師にも気づきようがなく、この物語を見ている第三者にしか考慮できない可能性の話。
墜落した小三角島は、ある一人の魔物の逸話がある。
空間を貪り、その体内に異次元を抱え込むとされる「ゾーンイーター」という魔物。
物真似師が生息していたのはその「ゾーンイーター」に吸い込まれた先の次元だ。」
に。

最後に、ラストリゾート@FFVIの落ちている場所をセッツァーの遺体傍に修正。

以上のように修正したいと思います。
見直しが足りず、大幅な修正となってしまいましたがご容赦下さい。

584SAVEDATA No.774:2012/11/15(木) 02:09:13 ID:gfeWWBTw0
集計お疲れ様です。
RPG 147話(+ 3)  7/54 (- 3)  13.0(- 5.5)

585 ◆6XQgLQ9rNg:2012/11/18(日) 00:45:49 ID:z4upX2iw0
ジョウイ投下します。

586オディオを継ぐもの ◆6XQgLQ9rNg:2012/11/18(日) 00:47:06 ID:z4upX2iw0
 心の奥に沈み込み、記憶をたどる。
 水の底へと潜行するように沈み、潜り、これまで積み重ねてきたものを手に取って行く。
 苦い敗北の味を思い出す。一時の勝利はあれど、それは難所を転ばずに踏破できたということでしかない。
 終着点は遠く、超えるべき峠はまだまだある。
 超えてきた峠を思う。
 一人で超えられた峠など、片手で数えるだけで事足りてしまう。
 信じてくれた人がいた。頼ってくれた人がいた。力をくれた人がいた。大切に想える人がいた。
 彼らがいてくれたから、困難な道を歩んでこれた。
 数え切れない犠牲があった。散っていた魂があった。この手で壊した命があった。策を弄し、切り捨てた生命があった。
 彼らの存在がなければ、ここへと至ることは叶わなかった。
 信念を抱き道を作ってくれた人がいた。身を挺して護ってくれた人がいた。
 彼らの力添えがあったからこそ、志半ばで折れてしまうことはなかった。
 だから負けられない。諦められるはずがない。投げだすわけにはいかない。
 過去に散った生命に報いるために。金輪際、未来に悲劇を生みださないために。
 星の数ほどの命で作った玉座に、ぼくは手を掛けているのだから。
 
 顧みろ。
 ルカ・ブライトのような圧倒的な戦闘力はない。レオン・シルバーバーグのような知略も持ち合わせていない。
 そんなぼくが、勝ち残る方法を探し出せ。
 不完全な欠片が頭を巡る。
 不滅なる始まりの紋章。核識。泥の海。ラヴォス。死喰い。オディオ。
 死喰いの正体はおおよその見当はついている。蘇らせるための手段も分かる。
 だが、死喰いを生み出し使役するには、時間も供物も足りない。
 先刻泥の海から掬い上げた優しく気高く強い光に反抗するようにして、怨嗟の声は強まっている。
 心を揺さぶり精神を犯そうとする憎しみは、絶え間なく輝く盾を殴りつけてくるのだ。
 刻限を自覚し、少し前までは黒き刃に生命力を吸われていたことを思い出す。
 あのときのようには、もういかない。
 託せる相手には、もう二度と出会えないのだ。
 生じた感傷は、湿っぽい感情へと変貌する。
 駄目だ。
 これに身を委ねてしまったら、付け込まれる。
 弱さは捨てされ。涙は見せるな。そんな暇などもはや残されていないだろう。頭を理屈と情報で埋め尽くせ。余計なことを考えるな。
 乾いた空気を吸い込み感情を飲み下し、紋章の重みを確かめるべく右手を握り締めて――紋章が熱を帯びていることに、気付く。
 閉ざしていた瞳を開き、右手の甲に目を落とす。
 憎しみを内に宿した不滅なる始まりの紋章が、不釣り合いなほどに眩い輝きを見せていた。

 同時に、足元が揺れる。
 地震じゃない。
 ここより地下、孤島の最下層に広がる泥の海がざわついている。
「……いったい、何が……?」
「気になるなら行ってみればいいんじゃなぁい?」
 気楽そうな声は、地べたに座る傍観者のものだった。水晶玉を片手に酒を煽る彼女は、ちらりとぼくの右手に目を向ける。
「その光も、関係あるかもしれないしねぇ?」
 頬の色を酔いで染めていても、視線はすべてを見透かしているようだった。
 尋ねたところで答えは返ってこないだろう。彼女は味方というわけではない。

587オディオを継ぐもの ◆6XQgLQ9rNg:2012/11/18(日) 00:47:47 ID:z4upX2iw0
 無言で抜剣する。
 一際強くなる怨嗟を身に纏い、意識を魔剣と繋ぎ、感応石へ接触する。
 すぐに闇が訪れた。深い深い闇の中で、魔剣が放つ輝きが目に痛い。
 潜り、下り、降りる。
 原始の泥がたゆたう空洞へと辿り着いて、目の当たりにする。
 落ち付かせたはずの泥が、煮え立つように波打っていた。
 くぐもった音を立てて泡ができ、緩慢な流れが泡を弾けさせ、飲み込み、またも泡を形作る。
 ぼこり、ぼこりと暗闇に響く音は泥の鳴き声のようで、酷く不気味だった。
“死喰い”はまだ生誕していないはずだ。現に、泥は蠢きこそすれ、生命体としての形を成そうとしていない。
 オディオが介入してきたとでもいうのなら話は別だが、ここで一手を打ってくる理由がない。
 何かがあったのだ。“死喰い”を活性化させる、何かが。
 見過ごすわけにはいかない。ここで下手を打てば、勝利への道は閉ざされる。
 魔剣を端末として島の底を漂う泥の海を介し、情報を手にしようとした、そのとき。
 魔剣の輝きが、急激に肥大化した。
 一瞬にして闇を払う膨大な白は、暗闇に慣れた目では直視できない。
 左手を翳して遮り、細めた瞳で光を感じ取る。
 
 違う。
 魔剣から溢れ出る憎悪が、この光に怯んでいる。ならば、この光は、視覚で感じ取るものじゃない。
 情報網へと繋ごうとした意識を、光へと傾ける。
 伝わってくる。
 それは強く激しく、それでいて慈愛に満ちた声だった。たった一人の相手を愛する、一途で揺るぎのない歌だった。
 ああ、そうか。
 これは、泥に喰われかけていた“想い”だ。紋章の内で優しい声を聴かせてくれた、あの声の原点だ。
 鎖を千切り頸木をへし折り、“想い”が魔剣から飛び出していく。
 この“想い”の行き先は楽園ではないと、そう宣言するように。
 届かないなどとは言わせないと、いうように。
 その“想い”へと、泥が手を伸ばす。
 膨れ上がり、盛り上がり、原生生物のように“想い”を呑み込もうとする。

588オディオを継ぐもの ◆6XQgLQ9rNg:2012/11/18(日) 00:48:40 ID:z4upX2iw0
 びちゃり。
 膨れ上がった泥が“想い”に触れる直前で音を立てて崩れ落ち、対流する泥へと還っていく。
 泥を遮ったのはぼくじゃない。
 別の泥の塊が、“想い”を喰おうとした泥を迎撃したのだ。
 その塊を見やり、ハッとする。
 泥に覆われているが、あれは泥じゃない。
 黒く淀んだその塊の内側からも、光が漏れ出ている。
 泥の表面に皹が入る。覆う泥を内側から喰い破るようにして、亀裂は広がっていく。
 砕け散る。
 現れた光は、ひたすらに雄々しく勇壮で、あらゆる苦難に立ち向かう強さを叩きつけてくる。 
 それもまた、“想い”だった。三つの“想い”が重なり、一つになり、強さとなった“想い”だった。
 どくん、と、胸の奥が震える。左胸を抑えると、強烈な拍動が掌を押してくるのだった。
 もう一度、泥が蠢く。
 燦然と輝く二つの光を喰らうべく、貪欲に手を伸ばす。
 この泥は一つの星と無数の生命の母体となったものだ。
 その総量が押し寄せれば、如何に強大な“想い”であろうとも呑み込まれるだろう。
 そして泥は、容赦といった概念を持ち合わせていない。
 食らいつくべく、押し寄せる。
 その瞬間、怒涛と攻める泥の片隅が瞬いた気がした。
 不思議に思い目を凝らすが、勢いづいた泥はその光を探させてはくれない。
 
 ふと、髪が靡いた。
 髪を揺らすものを知覚し、士官服の裾が僅かにはためていることに気付き、その存在を認識する。
 風が吹いていた。
 深奥であるはずのこの場所に、西風が吹いていた。
 西風は泥を乱れさせ、跳ね散らし、二つの“想い”へと辿り着く。
 口を開け牙を剥く泥を吹き抜け、道を作り、慈愛と勇壮さを乗せて行く。
 もはや考えるまでもない。あれもまた、新たな“想い”なのだ。
 飛び去ろうとする想いに、泥は執念深く追い縋る。
 逃れようとする“想い”を貪り、喰らい尽くし、呑み干そうとすべく、泥は高さを増し波となり光を追う。
“想い”とは対極のその様は本能に忠実で、獣の紋章の化身を思わせた。
“想い”は天を駆け昇る。されどまだ遅い。圧倒的な物量に物を言わせ、泥が“想い”の道を塞いでいく。
 寄り集まり、掛け合わさり、足し込まれて壁となっていく。わずかな隙間すら残さないとでもいうように、泥が強固に結束していく。
 最後の隙間が埋まろうとする、その瞬間に。

“想い”が、加速する。
 それもただの加速ではない。爆発的と言ってもいいような、急加速だった。
 猛烈な速度のままに僅かな隙間を駆け抜けた“想い”には、もはや泥は届かない。
 それでも名残惜しそうに泥は手を伸ばすが、遠ざかり、小さくなり、見えなくなると、ようやく諦めたらしい。
 光が飛び去り、ここには闇に溶け込んだ死の想念だけが残されている。
 だからだろうか。
 魔剣に宿る憎しみが、強くなっているようだった。
「く……ッ」
 身に纏う憎悪に意識が抉られる。右手からの怨嗟に精神が侵食される。
 純粋な憎悪が輝く盾を押し込む衝撃が伝わってくる。
 絶望が、悲嘆が、憤怒が、悔恨が、嫉妬が、憎悪の刃となって斬りかかってくる。ぼくを壊そうと、襲いかかってくる。

589オディオを継ぐもの ◆6XQgLQ9rNg:2012/11/18(日) 00:49:52 ID:z4upX2iw0
「眩しかった、からね」
 だからぼくは、抗うように声を出す。
「あの“想い”たちは、眩し過ぎた」
 憎悪に声は届くまい。他者の言葉に耳を傾けられるほど、あの感情は軽くない。
「決して手に入らないものを見せつけられたら。失くしてしまったものをひけらかされたら。
 怨みたくもなる。そうするしか、感情の行き場所がないんだ」

 あの“想い”は確かに気高く尊く美しいものだ。
 だからこそ、持たざる者――すなわち、敗者にとっては憎悪を刺激するものでしかない。
 容易に受け入れられるものではないのだ。
 勝者と敗者の間には、決して埋められない溝がある。

「怨むしかない。憎むしかない。かけがえのないものを失くすっていうのは、そういうことだ。
 そんな世界が――ぼくは憎いよ」

 だからこそ。

「この手で、楽園を作ってみせる。誰も怨まなくていい、何も憎まなくて済む、そんな楽園を」

 世界への憎しみを力に変えて。

「必ず、作ってみせるよ」

 改めて行った決意表明は、憎しみに伝えるためのものではない。自己を失わないための、ささやかな儀式だ。
 泥の海へと目を向ける。
 理想実現のためにも、この“死喰い”の様子を改めて窺っておく必要がある。
“想い”を喰らおうとしたときのような激しさはないが、明らかに活性化しているように感じられた。

「惜しかった、って思ってる?」
 不意に現れた傍観者の問いに、少し考えてから、首を横に振った。
「なんとも言えないな。最初の“想い”はまだしも、他の“想い”がいったい何なのか分からない。
 加えて、最初の“想い”が活性化した理由も、どうしてこの場に現れたのかも分からない。だから、判断ができない」

「あら、だったら見てみなさいな。貴方が置き去りにしてきた人たちのことを見てみれば、すぐに分かるわ」
 頷いて、今度こそ意識を魔剣へと傾ける。
 憎しみの密林を抜け、核識に触れ、泥の海を通じて彼らの様子を探る。
 そこには愛があった。勇気があった。希望があった。欲望があった。
 それぞれの担い手が、強い“想い”を胸に戦っている。
“想い”は首輪の感応石を介して“死喰い”へと送られる。
 死の瞬間に強く輝く“想い”だけでなく、生きている間の“想い”もまた、送られるのだ。
“死喰い”は、生きた“想い”をも吸い上げ、それに死を与え、喰らい、糧にしている。
 だからこその“死喰い”なのだ。
 あの強い“想い”たちもまた、感応石を通じてここにやってきた。
 泥の海から切り離され、魔剣に宿っていた最初の“想い”に力を与え呼び寄せたのは、ここに辿り着いたピサロの愛だ。
 その“想い”を護った勇壮な力はイスラ、ストレイボウ、カエルの勇気と判断できる。
 ならば、あの西風と加速は希望と欲望か。そのどちらも、今はセッツァーが力としているようだった。
「納得できない、って顔ね?」
「……今、希望と欲望を担っているのはセッツァーのはずなんだ。
 彼から生まれた“想い”が、愛と勇気に力を貸したことに違和感があって」

590オディオを継ぐもの ◆6XQgLQ9rNg:2012/11/18(日) 00:52:27 ID:z4upX2iw0
「ああ、そういうことね。そりゃあ、根源が違うからじゃあない?」
「根源?」
「ピサロは自らの愛を以ってラフティーナを蘇らせた。あの三人は勇気を重ね合わせてジャスティーンを呼び起こした。
 けれど、ゼファーとルシエドはセッツァーが呼び覚ましたわけじゃない」

 メイメイさんがゆっくりと指を上げ、深く暗い泥の海を指し示す。
「希望と欲望を呼び覚ました“想い”は、この中よ。
 今しがたここに来たのがセッツァーの“想い”だとしても、それが希望と欲望である以上、根源の“想い”に引っ張られたのかもしれないわねぇ」

 自分の回答に満足したのか、面白そうに盃を傾けるメイメイさんを横目に、思い出す。
 ああ、そうか。
 西風を感じる直前に見えた瞬きは、“死喰い”がまだ糧にし切れていない、希望と欲望の根源である“想い”だったんだ。
“死喰い”は、まだ不完全だ。
 だから、愛と勇気、希望と欲望に強く執着したのだろう。
 あれほどの強い“想い”は、不完全な身を押し上げてくれるものであると、本能的に察したに違いない。
 そう思えば惜しくもある。もしもあれを少しでも喰らえていたら、“死喰い”の誕生へ大きく近づけたはずだ。
 だが。
 得るものは、あった。
“死喰い”に命を与える可能性を、ぼくは感じ取っていた。
 魔剣を握り締め、泥の海へと進んでいく。靴を泥で浸すが、肉体には興味がないらしく、特に不都合はなさそうだった。
「あら、何をする気?」
「“死喰い”の誕生を」
 惑わずに言い切ったぼくに、メイメイさんは眉を顰め不審さを露わにする。 
「条件は劣悪だって、貴方も分かっているでしょう?」
 今の“死喰い”は喰った想いが足りず不完全。負の力を反転させるための力は模造品。
 それがメイメイさんの見解であり、本質だった。間違っていないと今でも思う。 
「もちろん。だけど――可能性が見えたから」
 左手で感応石を握り締め、今一度、魔剣を泥へと突き立てる。
 死だけでは飽き足らず、生ある者の強い“想い”をも殺し、喰らい、力にしようというのなら。
 ここにだって、“想い”はある。
 胸には理想を。
 リルカが教えてくれた魔法を。
 夜空を越えて手にした、ぼくの理想<魔法>を。
“想う”。
 強く“想う”。
 深く“想う”。
 足元で、泥がざわめいた。
「“死喰い”よ。このぼくが、これより“想い”を注ぎ込む。
 愛を超え、勇気を凌ぎ、希望の先を行き、欲望よりも激しい“想い”を捧げてやるッ!」

 大言壮語では終わらせない。それくらいの“想い”でなければ、救いを超越することはできない。
 貪欲に飲み干し喰らい尽くすつもりで来い。
 お前に全てを奪われるくらいの弱い“想い”で終わるつもりは毛頭ない。
 オディオよ、理想などでは背負いきれぬと、お前はそう言ったな。
 よく見ていろ。
 これよりぼくは、こいつを背負ってやる。
 いや、背負うのはこいつだけじゃない。

「なるほど。貴方の“想い”を殺させて喰わせて、不完全さを埋めるつもりってわけね。
 無茶だとは思うけど、貴方の“想い”が強いなら、不可能じゃない。
 けれど、それでは“死喰い”は生まれないわよ?」

 そう、これだけを背負うだけでは意味がない。
“死喰い”は結局、死しか喰らえない。生きた想いも、汚して犯して殺すことで取り込むのだ。
 だから、どれほどの“想い”を注ぎ込んだとしても、負の力に負の力を加えることにしかならない。
 必要なのは、“死喰い”を新生させるための負の力。

591オディオを継ぐもの ◆6XQgLQ9rNg:2012/11/18(日) 00:53:19 ID:z4upX2iw0
「ここにある憎しみは所詮模造品。しかも借り物の力でしかない。だが、この憎しみをぼくのものにできれば、力にできるはずだ」
 留まる事を知らない憎悪は、今もぼくの心を攻め立てている。
 輝く盾が守ってくれてはいるが、いずれ押し切られるのは時間の問題だ。
 ならばそうなる前に、この憎しみを手にしてしまえばいい。
 つまり、ぼくがこの憎しみの根源となるのだ。
 自らが生み出す感情であれば、それは強い力になり得るんだ。

「簡単に言うけれど。その模造品を手に入れようとした物真似師がどうなったのか、忘れたわけじゃないでしょう?」
 忘れたはずがない。
 オディオの物真似をしたゴゴは、大いなる憎しみに意識を支配されて魔物となった。
 救いの光を浴びなければ、物真似師は魔物のまま生涯を終えただろう。
 それほどまでに、この憎しみは劇薬だ。しかもディエルゴと合わさったが故に、その毒性は高まっている。

「ゴゴは憎しみをありのままに受け取り、全てを取り入れ、再現しようとした。だから、逆に支配されてしまった」
 それは、ゴゴが物真似師であるが故の悲劇だった。
 魔王オディオその人物に、完全になりきろうとしたから、ゴゴは喰われてしまった。
 なりきる必要はない。ぼくの中にある感情と、模造品の憎しみを同調させ、共感し、一つになればいい。
「ぼくにも、憎いものがあるんだ。それを憎む心が強いから、ぼくは戦えている」
 輝く盾の守備に、少しだけ穴を開ける。
 大挙して押し寄せる暗黒の感情を、僅かながらでも迎え入れるために。
「だから、憎しみはぼくが引き継ごう。そうすれば、ぼくはもっと戦えるから」
「侵食してくる憎しみを逆に取り込もうなんて、それこそ無茶だわ。模造品ですら、貴方には過ぎた感情だと思うけど?」
「無茶だなんて、思わない」

 何故ならば。 

「ぼくは――オディオを継ぐものだから」

 理想を叶えるために、ぼくはその座を継ぐと決めている。
 ならば、今のオディオが抱えるもの一つくらい受け取れないはずがない。受け取れなければならない。
 そうでなければ、理想なんて叶いはしないんだ。
 オディオの座に相応しいと証明するためにも、ぼくは、その憎しみを受け取ろう。
「にゃ、にゃは……にゃははははははッ」
 愉快そうな笑い声が、闇の中に響いた。
 酒の匂いを漂わせるその笑声からは嘲りが感じられない。むしろ、心底から面白がっているようだった。
「いいわ。見ていてあげる。許される限り、このメイメイさんが貴方の行く道を見ていてあげる。
 せいぜい楽しませて頂戴な。最高の肴になってくれることを祈ってるわ」
 
 ぐびり、と酒を飲み、泥で汚れてしまうことも構わず、メイメイさんは座り込んだ。
 傍観者である彼女を追い払うことなどできはしない。
 そもそも、この底が知れない女性と剣を交えて、勝てるとも限らない。
 ならば、しっかりと見ていてもらおうじゃないか。
 他でもない。
 ぼくが理想を叶える、その様を。

【F7 アララトス遺跡ダンジョン地下71階 二日目 昼】
【ジョウイ=アトレイド@幻想水滸伝Ⅱ】
[状態]:クラス『伐剣王』 ダメージ(中)疲労(中)全身に打撲 首輪解除済み 腹部に傷跡
[装備]:キラーピアス@DQ4 絶望の棍(絶望の鎌の刃がなくなったもの) 天命牙双(左)
[道具]:賢者の石@DQ4 不明支給品×1@ちょこの所持していたもの
    基本支給品 マリアベルの手記 ハイランド士官服
[思考]
基本:優勝してオディオを継承し、オディオと核識の力で理想の楽園を創り、オディオを終わらせる。
1:自らの“想い”を死喰いに喰わせ、かつ、不滅なる始まりの紋章に宿る憎悪を取込み、死喰いを誕生させる
2:メイメイに関してはしばらく様子見
[参戦時期]:獣の紋章戦後、始まりの場所で2主人公を待っているとき
[備考]:ルッカ、リルカと参加している同作品メンバーの情報を得ました。WA2側のことは詳しく聞きました。
    セッツァー達に尋問されたことを話しました。    
※紋章無しの魔法等自分の常識外のことに警戒しています。
※紋章部位 頭:蒼き門の紋章 右:不滅なる始まりの紋章

 *ロザリーが見たのは、死喰いに喰われたルクレチア@LALでした。
 ルクレチア以外の場所(魔王山等)が死喰いの中にあるかは不明。
 *召喚獣を使い、遺跡ダンジョンの地下1階〜地下70階までを把握しました。
 *メイメイが地下71階に待機し、オディオにも通じる状態でジョウイを観察しています

592 ◆6XQgLQ9rNg:2012/11/18(日) 00:54:05 ID:z4upX2iw0
以上、投下終了です。
ご指摘ご感想等、何かありましたらお気軽にお願い致します。

593SAVEDATA No.774:2012/11/19(月) 04:25:35 ID:nlCQTVWo0
投下乙!
なるほど、同調し、共感して、まさしく背負うか
確かにジョウイの理想からすれば死喰いに食われるくらいじゃ話にならないけれどさてどうなることやら
この終盤って結構想いの強さの勝負でもあるんだよなあっとしみじみ

594SAVEDATA No.774:2012/11/22(木) 23:51:02 ID:wrVLjRP.O
遅れましたが投下乙!
ジョウイも覚悟が決まってきたなあ。
全てを手にするつもりみたいだけど……どうなるやら

595魔王様ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:03:47 ID:MjKNi4V60
Opening Phase

Opening 1 ノーブルレッドの逆襲(地獄篇)

Scene Player――――マリアベル=アーミティッジ

これを最初に読んだものへ――――

くだらん前置きは止めておこう。お前たちを残し、途半ばで逝く妾をどうか許してほしい。
びりょくながら、お前たちの道を示す標として、欲望が許す限りここに我が叡智を記す。
わらわが、
ノーブルレッドたるこのマリアベル=アーミティッジが全霊を賭して分析した首輪についてじゃ。
か、かー……輝かしきお前たちの未来が輝かやくように、役立ててほしい。
イモータル。
情報に振り回されるのもよくはないが、お主たちならば大丈夫じゃろう。
よく吟味して、慎重に扱ってほしい。
はは、前置きは止めるというたのに、長くなってしまった。すまん、それでは、首輪解除の方法は

ここまで縦読みに付き合った間抜けに教えるわけあるかい。

ぎゃーっはっはははははっはっははははァ!
かかりおった! かかりおったわダボォ!!
実際かかったかどうかは妾には分からんが、かかったと仮定して大爆笑させてもらうッ!
真面目に首輪解除の方法が書いてあるかと思ったか? ざんにゅえーんでーひーはー。
こう言って刻んでおけば貴様が回収するのは目に見えておったわいオディオッ。

そう、解除法なんぞただの撒き餌。真の目的は、回収した貴様に言いたいことを言いまくるためよッ!
あ゛? 仲間ァ? 人間の未来ィ? 知らぬ聞こえぬ心底どうでもよいわ!
この身に流れる妾の血統<カラダ>は妾だけのものであろうがよ。
偉大なる血脈、ノーブルレッドをここまで虚仮にしておいて何も言わずに去れるかよッ!

ひゅっ。カリスマガード、うー☆(防御姿勢。ここではしゃがんで帽子を押さえるもののみを指す)
そろそろぶち切れて一発殴ってくるあたりとみた予感が的中したのう。(と言うことにするプレイング)
しかしあれよのー。こんな見え透いた罠につられるとかないのー。
今時縦読みに引っかかるとか半端ないのー。むしろパないのう。
そのしょっぱいピュア加減にわらわのハートアンダーブレードもびっくり。
まあ、あれよ。妾なりの結論といたしましては……

ド間抜けおつかれちゃーんじゃ。ちゃーんじゃ。

596魔王様ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:04:27 ID:MjKNi4V60
とりあえずじゃ、まず一番最初にコレは言っておかんといかんな。
ちょこ坊から聞いたぞ。何ぞブリキ大王という巨大ロボを参加者が動かしたらしいな。

ずっるううううううい! 説明不要ッ!!
おかしいじゃろ!? なんでそんな糞デカいロボットがぶんぶん飛び回っておって、
妾の『灼光剣帝』も『神々の砦』も無いとかおかしいじゃろ?
差別か。妾がいたいけかつ“ぷりちぃ”でもノーブルレッドで、人間じゃないからか。
妾からゴーレムをとったらガキに妙に懐かれるアルカイックスマイルと30を越えるレッドパワーしか残らんではないか。
あーあー、しょっぱいのー。省みてくれないんじゃのー、かの大オディオでもそういう差別するとか幻滅ぅー。

というかストレイボウから聞いたぞ“オルステッド”。
ルクレチアの悲劇、確かに惨い。
人間は須らく愚かである、と切って捨ててしまうにはお主の生涯はあまりに無残じゃ。
ストレイボウや、お主を勇者と、そして魔王と祭り上げた人間達を憎むお主の憎悪、妾如きでは幾万分の一もくみ取れまい。

だが、だがな、あえて言わせてもらおう。
“それは理由になっても、大義にはならぬ”。

ストレイボウを、ルクレチアの民たちを憎悪のまま殺戮する――――そこまでならば分からんでもない。
じゃが、この催しは別じゃ。その憎悪とこの催しは、因果が応報しておらぬ。
真実を知らしめよう? そのためならば真実を知らず平穏を享受する者が幾人、敗者と墜ちることを良しとすると?
無意味すぎるわい。真実のために真実を求めたところで、何も得られんのだから。
科学者も、技術者も、その叡智によって誰かの、何かの良きものとなるために叡智を求める。
その倫理を忘れてしまえば、ヒアデスの深淵はたやすく人倫を呑みこむじゃろう。

お前がまさにそれよ。真実を悟ったが故に、真実で“止まってしまった”オルステッドよ。
お前の言を逆手に取れば、“愚かな人間が真実を知ったところで、真実は真実でしかない”ではないか。
ならば、妾の仲間達は、妾の友は、知ったところで変わらない何かを知らしめるための生贄だったとでもいうのか。

そんなのがもしこの乱痴気騒ぎの“本当の”目的だったというのなら――――舐めるのも大概にせよ若造。

というかの? ぶっちゃけいうてみい。真実とかどーでもよいのじゃろ?
勇者とか英雄とかどうでもよくて、なんか仲間と一緒に元気に未来に進んでいる奴らを見て、
『爆発しろ』とか思ったんじゃろ? あ、だから首輪か。
確かにうちのアシュレーとかは色んな意味でアレだからのう。
つい“いぢわる”したかったんじゃろ? トニー以上に素直じゃないのう。
なあに、紙面は山ほどある。足りなければ岩に、草に、家の戸棚に書き綴れる。
聞かせておくれよオルステッド。勇者と讃えられ、魔王と怖れられた人間よ。
その呼称を剥ぎ取った中にある、お主の本当の叫びを知りたいのじゃよ。

よおおおし乗ってきおったッ! まだまだ続くぞ終わらせぬぞッ。
ぼろ糞に言いまくってくれる。敗者の嘆きぞ、丁寧に拝聴せよ!!
全30000万字に上る妾の絶唱<うた>を聞けええええええええィッ!!

―――――――――

597魔王様ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:05:05 ID:MjKNi4V60
Opening 2 嘘つきの代償

Scene Player――――ジョウイ=アトレイド

盾の加護を緩めたジョウイは、流入する黒い流れに身を染めていく。
オディオは、全てを憎悪することで世界全ての憎悪と一つになった。
一なる憎悪を極めた先に、全てへの憎悪へと同化したのだ。
それは絵の具に対し同色の絵の具で対抗するのに似ている。
赤色も、青色も、黄色も、どんな色だろうが、この流れる黒河に呑まれれば黒に染まってしまう。
だが、同じ黒色ならば、黒は黒を染めない。それは同じものであるからだ。
だから、オディオはオディオでありながらも、オルステッドでもあるのだろう。
同様にジョウイがジョウイのままこの泥の海に入れたのも、魔剣の中の黒色で身を擬態できたからだ。

されどオディオとは異なり、ジョウイのは所詮擬態だ。
擬態ではいずれ限界が来る。いずれはこの黒色に魂を呑まれてしまう。
だからこそ、ジョウイは盾を解き、刃を握る。
ディエルゴのときと要領自体は同じだ。ディエルゴとは、
核識たるハイネルの心の闇が、島に生じた怨念の核となって一つになったもの。
それと同じく自らの負の側面を表出させ、それをこの憎悪と怨念へと同化させる。
楽園への想いを死喰いに喰わせ、楽園に届かぬものへの憎悪をたぎらせる。
心の中から、胸の奥に沈む淀みをすくい上げる。
不可能ではない。別に、ジョウイは聖人君子ではないのだから。
人である以上心に闇は必ずあり、それはジョウイとて例外ではない。

たとえば、ロザリー。楽園を否定し、その外側へと飛び出した鳥籠の歌姫。
命が失われることを忌んだのは貴方だろう。傷つくことを厭うたのは貴女だろう。
その貴女が楽園を否定するのか。傷つくと分かっても飛び立つのか。
飛び立つならせめて教えてくれ。楽園を否定した貴方はどこに行くのだ。
そこは楽園より素晴らしいのか。否定するだけして、何も示してくれないのか。
なんたる身勝手。その身勝手が“何を永遠に失わせたか”も知らぬ愚者よ。
許せぬ、憎い、憎い、憎い――――

たとえば、イスラ。フォースを通じて僕の導きを知ったように、
お前の怒りは聞こえたよ、適格者。

終わりを奪った? ああ、そうだ。終わりたくない彼がいた。
僕はその願いをすくい上げたのだ。終わることに苦しみ続ける彼を僕がすくったのだ。
それを終わらせる? 希った理想郷のために彼がどれだけの苦しんだかも知らぬくせに。
お前は、理想の光だけを見て焦がれただけだ。そして、いざその裏側を見て幻滅しただけだ。
そんな程度の稚気で、彼の理想を終わらせようなど、許せるか。
許せぬ、にくい、にくい、にくい―――

598魔王様ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:06:03 ID:MjKNi4V60
たとえば……ストレイボウ。
絶望の牢獄にとらわれていた貴方ならば、貴方ならば分かってくれると思った。
己が行いによって全てを失い、それを悔い、取り戻そうと足掻く貴方なら、
誰よりも失うことを恐れてきた貴方ならば、楽園を理解してくれると思った。
なのに、なのに、貴方はそれを拒むのか。拒んでまで十字架を背負うのか。
時を越え、過去を変えて裁きが下る? なんと痛快な。それを貴方の友が聞いたらどんな顔をするのか。
条理をねじ曲げ、死ぬべきでない人たちを、優しい人たちを死なせたオディオに。
そのせいで、リルカはルッカはビクトールさんハナナミハリオウは!!

「おおおおお……」

ジョウイの心に呼応するように、黒く淀み始めた魔剣を握る右腕に魔力紋が走る。
抜剣状態特有の蒼白な顔の上で、獣のように血走った瞳が、物真似師同様金色に染め上がっていく。
だが足りない。死喰いを統べるには、憎悪を支配するにはこの程度の同調では足りない。
心臓を掻き毟るように、ジョウイは心の中の闇を絞り出していく。

「おおああああAaaa……」

憎いのだ。オディオも、オディオの催しに乗って殺した奴も。
愚かな奴らが必要以上に殺し奪い踏みにじって!
何故この泣き声が聞こえない。屍の上で笑っていられるのだ。
その白い花の下に、どれほどの赤い血が流れているのかわからないのか。

「アアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」

ジョウイの内的宇宙に闇が広がる。
世界にあふれる不条理を覆い隠すように、夜空よりも昏い暗黒が満ちていく。
僕を捨てた父よ、少年隊を生贄にしたラウドよ、
憎悪のままに笑うルカよ、私利私欲を卑しく潜める都市同盟よ!
愚かしい、度し難い、救い難い。ならば作り変えてやる。屑がのうのうと生き続ける世界など要らない。
ジョウイの一なる憎悪は無色の憎悪と共に加速し、その瞬く間に世界全てへの憎悪になろうとする。
魔剣を通じ、死喰いの泥へと想いが送られていく。
その想いは、楽園への祈りではなく、楽園ではない世界への呪いだった。
そうでなくては、そうでなくてはこの力を支配することなど出来ないのだ。
楽園ではないこの世界が、そこでのうのうと生き続ける世界の全てが、憎い。
あいつも、そいつも、どいつも、こいつも――――全員、全部が、ぜん、ぶが……


「ア――――」

599魔王様ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:07:02 ID:MjKNi4V60
咆哮が、砕ける。奥底より響いていた呪いの叫びが力尽きたように霞む。
霞んだのは声だけではなく、魔剣から放出されるエネルギーも消失していく。
「――――あ、ああ……」
それでも振り絞ろうと、ジョウイは憎悪を放とうとするが、
乾いた雑巾を捩じったところで、喉の粘膜が切れるだけだった。
「…………ない……」
叫びすら尽きた喉から、血の匂いのする微かな声が漏れ出る。
深奥の泥濘よりも湿った、情けない響きだった。
その響きを掴み取ろうと、杯を置いたメイメイが続きを促そうとしたとき、先に返答が来た。

「………………憎めない……僕には、世界を……憎めません…………」

泣き言だった。これ以上ない、反論の余地もない泣き言だった。
できませんと、無理ですと、子供でももう少しうまく言い訳できるだろう喚きだった。
「だって、僕は、リオウと、ナナミと出会って、人間になれたんだ……」
その瞳には涙はない。だが、その色彩は憎悪の金色から輝く盾の碧に戻っていた。
「リルカと出会って、ニンジンの味を知ったんだ……」
稚児の言い訳。だが、それ故にその泣き言は、真実だった。
世界を憎むならば、世界にある全てを憎まなければならない。そうでなければオディオの座に届かない。
あれだけを憎む、これだけを憎むだとか、“本当の憎悪は、そんな都合の良いものではない”のだから。
「ストレイボウさんは、リオウを失って、砕けかけた僕を、待っていてくれたんだ……」
だが、ジョウイにはそれができない。全てを憎めない。
親友を、姉を、魔女を憎めない。そして、憎めぬものは増えていく。
この場所に立つまでに関わった全てのものを、敵を、味方を、憎めない。
デュナンを、ファルガイアを、ルクレチアを、彼らが生きた世界を憎めない。

なにより、なにより。
「……どうすれば、ピリカを憎めるのですか……?」
何の罪もない彼女を、何の咎もないあの子を、どうやって憎めるのだろうか。


それがジョウイ=アトレイドの限界だった。
ジョウイにも確かに憎悪はある。だがその想いは、理想から派生した影、副産物に過ぎない。
どれだけ憎もうとしても、憎めないものがある。大好きなものがあり、それがある世界を好んでしまう。
その程度の憎悪では、オディオはおろか、自分が模造品と見縊った無色の憎悪にさえ届かない。
ルカのように、それこそが己が全てと言い切れるほどの憎悪でなくてはその座に至れないのだ。
オディオにも――――不完全な想い<ゴミ>を食わされて激高する死喰いにも届かないのだ。

「!?」

泥がジョウイの胸に一閃を刻み、ハイランドの純白に穢れた黒色が付着する。
今のジョウイは感応石と共界線を使って精神だけをこの泥の海に送った、いわば精神体である。
だから、ただの物理的な泥などではこの白を穢すことはできない。
だが、この泥は想いを喰らう泥。
精神だけの存在である今のジョウイにとって、呑まれることは死と同義だ。
ジョウイは慌てて魔剣の力を発動しようとする。

「ぐ、剣が、重……」

600魔王様ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:07:37 ID:MjKNi4V60
だが剣の光は見る間に陰り、自分の腕と錯覚するほどに軽かった魔剣は、鉛のように自分の右手ごと泥に沈む。
まるで、自分の腕ではなくなったような気分をジョウイは覚えたが、
うっすらと血の赤に色付く不滅なる始まりの紋章を見て、それが錯覚ではないと知る。

「まさか、これは……」
「戻ろうとしてるのよ。紅の暴君と、黒き刃と、輝く盾に」

推論を形にする余力さえないジョウイを代弁するように、メイメイが事実を告げる。
この魔剣の根幹を成すのは、『紅の暴君』と『始まりの紋章』である。
既にディエルゴが指摘した通り、真正の適格者ではないジョウイはそのままでは紅の暴君を担えない。
故に、ジョウイは盾と刃を用いて足りない資格を補い、それはハイネルの力を以て始まりの紋章となった。
だが、その始まりの紋章もまた完全ではない。
紋章の所有者が殺し合い、勝者が敗者の紋章を手にするという正規の最終過程を得られなかった盾と刃は、
世界とつながる核識の力を以て、その始まりの形を維持しているのだ。
そして、ハイネルなき今、その力を維持しているのは伐剣王たるジョウイだ。

魔剣継承者として足りない資格を始まりの紋章の力で補い、
始まりの紋章を維持するための力を、魔剣にて補っている。
魔剣が紋章を支え、紋章を魔剣が支えるという奇矯な循環を以て、この異形の紋章魔剣は成立しているのだ。
ならば、その循環のエネルギーとは何か。それは1つしかない。
(僕の、心……魔法が、弱くなってるのか……)
紋章を宿したとはいえ、魔剣は魔剣。所有者の心の力が、剣の力になる。
ジョウイの魔法が、そのまま魔剣と紋章の力になるのだ。
その魔法が陰れば、循環は途絶え、ただの3つの力に戻るのは道理である。

「メイメイさん、まさか、最初から……」

右腕を引きずるようにほうほうのていで泥から逃げ惑う中、ジョウイは縋るようにメイメイを見た。
眼鏡が逆光に当てられ、ジョウイを見つめる瞳はうかがい知れない。その叛意も。
口ではオルステッドの配下と言ったところで、本心ではオディオに反旗を翻したいのだろう。
だからメイメイは、現状ではジョウイには無理だと分かったうえで、
自身を言葉で誘導し、自滅へと誘った……救われた者たちを守るために、邪魔な僕を……

(違う。そうじゃない……選んだのは僕だ……)

自分の胸に生じかけた憎悪を、ジョウイは左手で包む。
仮にメイメイがそう考えていたとしても、今、死喰いを誕生させようとしたのは自身の選択だ。
僕が選び取った道なのだ。
魔法を、理想を叶えるために、憎悪を滾らせて、理想を死喰いに喰わせて――

601魔王様ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:08:15 ID:MjKNi4V60
その時、ジョウイの中で何かの気づきが走り、身体が硬直する。
その隙を泥は見逃すはずがなく、ジョウイの足首をブーツごと噛み千切った。
精神体とはいえ、足は足。“人間は足が無ければ走れない”という常識が精神を捕え、ジョウイは泥の中に突っ伏した。
だが、泥に塗れたジョウイの中にあったのは絶体絶命への焦燥ではなく、愕然だった。

ジョウイ=アトレイドの魔法は、理想は、どうしようもなく好意から始まっている。
故に、憎悪しきれない。好きだと思えた彼らが世界にいる限り――憎悪は完成しない。
ならば、そういう弱さを殺せばいいのか。殺せば、確かに憎悪と同調できるだろう。
でも殺せない。弱さ<リオウ>を、甘え<ナナミ>を、愛しさ<ピリカ>を殺せるはずがない。
それを殺してしまえば、理想は終わる。ジョウイの魔法は、音を立てて崩壊する。

無色の憎悪を封印したこの魔剣こそがまさにその具現だ。
憎悪を身にやつせばやつすほど、魔剣の中の憎悪に同調すればするほど、魔法は陰り、魔剣の力が落ちる。
だが、魔法を以て魔剣を高めようとすればするほど、魔剣の中の憎悪は本能的に暴れ出す。
こっちは好きであっちは嫌いだという中途半端な想いではそも魔剣が成立しない。

この魔剣は最初から矛盾しているのだ。
理想により成り立つ魔剣の中に、憎悪を内包するという矛盾が。
それがある限り、憎悪と理想を抱くこの魔剣を真に使いこなすことができないのだ。

死喰いの泥が、ずぶずぶとジョウイを浸し、激痛とともに責め立てる。
その痛みはまるで、オディオが自分をあざ笑っているかのようだった。
憎悪の座を以て、憎悪を滅するという矛盾した理想を抱く限り、お前に死喰いもオディオも背負えないのだと。

602魔王様ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:08:58 ID:MjKNi4V60
MIDDLE PHASE

Middle 01 力を求めるということ

Scene Player――――ジョウイ=アトレイド

泥の海の中、外側からは精神が、内側から魔法が崩れていく中で、ジョウイはそれでもと手を伸ばす。
それでも理想が欲しい。そのためには、死喰いも憎悪も必要なのだ。
それでも足りなければ更なるものを。もっと強大な「力」が欲しいのだ。
全てを手に入れる『力』を。
もうろうと足掻くする中で、泥の中に全く異種の想いを見つける。
これまでは泥の中に隠れていたのか、残飯とはいえ死喰いに想いを喰わせた結果か。
位置で言えば、泥の海のまさに中心。そこで、これまでは見えていなかった『何か』が泥の奥に見えた。
希望や勇気といった、まだ喰いきれない想いかとジョウイは思ったが、
先の3つとは異なりあまりにも静かに佇むそれは、泥に包まれども喰われることのない『何か』は、
まるで貴賓席に座るように、不気味に佇んでいた。

(死喰いの核か、何かか…………分からないけど、あれを手に入れれば!)

ジョウイは藁をもすがるように、残る意識で無我夢中に『何か』へと共界線を伸ばす。
喰われることなく、泥に守られたこれがなんであるかは分からずとも、
これが死喰いにとって重要な何かであることは分かる。
ならば、それを手に入れれば、更なる力を得て状況を打開できるはずだ。

「こんなところで、立ち止まれないんだ、僕には、力が――――」

ジョウイはその力へと意識を這わせ『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』。
辺獄・愛欲・貪食・貪欲・憤怒・異端・暴力・悪意。
力ちからチカラ血からより強くより速くより強靱によりしなやかに
第一界円・第二界円・第三界円・第四界円
至高へ頂点へ力を生命を極め求め究め力に血に奪い犯し
高慢・嫉妬・憤怒・怠惰・貪欲・暴食・愛欲
魔道を求道を我道にチカラただチカラちからチカカカララカカ
月・水・金・太陽・火・木・土・恒星・原動
チカラチカラ最奥真理深淵深層星辰の果て闇の宙天を越えて超えて
竜の門の向こう、寄せるエーギルをかき集め果ての果ての果てのチカラ――――

(なん、こ、れ、ハ……ッ!!)

ジョウイの心が触れたのは、圧倒的な『闇』だった。
もしジョウイが正常な状態だったとしても、そうとしか形容の仕様が無かった。
力、ただ力。頭の天辺から足のつま先まで、力への希求。
それ以外には何もない。それこそが存在意義とばかりに、とにかく力を望む、意志の塊だ。
ただその願いだけで闇黒を形成するそれに、憎悪に墜ちたゴゴの姿を思い出した。
憎悪のための憎悪に満たされたゴゴ。そのローブを隔てた先にあった、何もない『虚無』。
目の前の闇は、唯一の感情に満たされた物真似師のそれに似ているのだ。
(これが、力を、求めるということ……その、終点……)
ほんの僅かの接触で、ジョウイはその正体を理解した。理解させられてしまった。
力を求め続けてきたジョウイだからこそ、理解できてしまう。
ジョウイが抱いてきた力への望みなど、これに比べれば胎児のようなもので、
少し触れただけで気が狂いそうになるこの闇こそが、その極みの果てなのだと。
力のために力を求め、やがて意志を失い、全てを奪い飲み込む闇黒。
それが、理想と憎悪の矛盾にもがく愚かな人間の末路なのだと。

603魔王様ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:09:50 ID:MjKNi4V60
泥が、闇が、憎悪が、朽ちかけた理想を汚し、呑み、砕いていく。
だがジョウイにはもう何もできなかった。
双騎士の未練も魔女の魔法も魔剣の内側で、発動する余力などない。
なにより、その理想の果てをまざまざと見せつけられては、処方の仕様もなかった。
理想の終わりはいつだって、誰の手も掴めぬまま全てを失って、果てるのだ。

(ここまで、か)
泥に傷つけられ続けるジョウイを眇めながら、メイメイはくいと杯を傾けた。
死喰いを生まれることができる状態にするには、強い想いを喰わせなければならない。
死喰いを生むには、憎悪を使いこなせなければならない。
だが、ジョウイの想いは憎悪とは本当の意味で両立しない。
死喰いを誕生させるジョウイの論理は間違ってはいない。だが、それは実践できるものではなかった。
故にこの結果は必然。ジョウイが死喰いを背負うことは不可能なのだ。
いまここにある状況は、定められた伐剣王の末路が、少しばかり速まったに過ぎない。
(にしても、あの闇……やっぱアレって)
メイメイは杯越しに、想いを喰えなかった死喰いの怒りに励起して現出した闇を見つめる。
ここまで観てきた中には無かった力ではあるが、恐らくアレは――――
(いえ、今はこの子かしらね。見届けると、約束したのだから)
メイメイは頭を振って、悶え苦しむ惨めな王を見続ける。
一切の手出しの素振りも見せず、ある種酷薄なほどに、公平に。

「約束した手前、観るには観てあげるけど…………せめてニボシくらいの肴にはなってよね」

少しだけ、つまらなさそうにしながら。


何度汚されただろうか。
もはや四肢の感覚も無く、今のジョウイはただうずくまる肉塊だった。
精神の肉は死喰いの泥によって執拗なほどに汚染された。
少しだけ開いたはずの輝く盾の穴からは鉄砲水のように憎悪が流入し、更に開くことはあれど閉めることは不可能だった。
そして、そんなジョウイを一切認識することなくただ力を求め続ける闇の姿が、奮い立たせるべき理想を無自覚に破壊していく。

そこに王としての威厳など欠片もなく、
まるで大人3人に囲まれ、虐められている子供のようだった。
だが、無理もない。
子供の理想で、大人の世界に口を出したのだ。出る杭が打たれるのは世の習いである。

604魔王様ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:10:26 ID:MjKNi4V60
やはり、自分はオディオの座に相応しくないのか。
無いのだろう。ジョウイにもそれは分かっていた。
自分がいかに分不相応な願いを抱いているのか、言われるまでもなく分かっていた。
憎悪の無い世界などない。オディオはこの世からなくならない。
理想は、絶対に完成しない。
だから耐えよう。少しは我慢しよう。
闇がある以上、光もまた必ずあるから。
明けない夜はないから。いつか太陽は昇るから。
諦めずに生きていれば、いつかきっと報いは来るから。

救いを求めれば、いつか必ず勇者は、救いはあるから。
だから、それまで強く生きてほしい。誰かを救える強さをもってほしいのだ。

「だから、それ以上は諦めろ」

そう言われた気がした。うなずくべきなのだと思う。
それが当然で、実現可能で、至極真っ当なのだろう。
僕がわがままを言っているだけなのだと思います。
でも。
うずくまりながら、足蹴にされながら、それでも想わずにはいられない。

憎悪を抱かず、世界を好んではいけないのでしょうか。
傷つかなければ、癒されてはいけないのでしょうか。
痛みを知らなければ、優しくなれないのでしょうか。
欠けなければ、得ることはできないのでしょうか。

それが秩序だというのなら、貴方達が正しいというのなら、せめて教えてください。
渇くのです。餓えて、渇いて仕方ないのです。



こぼれなければ、すくえないのですか。

605魔王様ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:11:06 ID:MjKNi4V60
その問いは音にも波にもならず、誰にも省みられることはなかった。
そんなものなど知らぬとばかりに、力を求め続ける闇が震える。
闇がその虚無を示すように、虚空に穴を開け、
その吸引力で四肢を泥に縛られたジョウイを引き千切ろうとする。
それは泥のような自然的な現象とは一線を画く、明確な魔導の術法だった。
それが分かったところで、ジョウイにはどうすることもできない。
誰も彼もを置き去りにしてきた孤独の王に、助けなどない。
そしてこの期に及んで救いを求めぬ彼に、雷は輝かない。

だが、それでも。



『AAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!』



天より、雷が轟いた。

606魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:11:38 ID:MjKNi4V60
Middle 02 責任を負うということ

Scene Player――――天雷の亡将

爆音とともに泥が跳ね上がり、見えぬ地底の天井にすらびたりと泥が飛ぶ。
四肢を縛る泥の感覚がなくなったことに気づき、ジョウイはゆっくりと頭を上げた。
「リ、クト……? いや……」
不意に口から出たのは、ジョウイも分からぬ名前だった。
ただ、闇魔導の一撃を体半分で阻むその姿に、雷神と鬼神の姿を見たからだった。

「アル、マーズ……」

黒煙のような影であったが、その筋骨隆々な偉丈夫は紛うことなきゴーストロード。
だが、その手には斧も武器もなく、なによりも上半身の右半分と左腕がもの見事に欠損していた。
もしも実際の肉体であったならば、黒々とした軟い脳漿と内蔵が垂れ出ていただろう。
「なんでここに、いや、その形は――――ッ!?」
全くの埒外にあった存在に、ジョウイは驚きを声にしようとするが、
再び暴れ始めた泥が、それを阻む。
だが、亡霊の影は残った肩でジョウイと泥の間に立ちふさがり、泥を浴びた肩が影ごと抉れてしまう。
そして、そんな肩などどうでもいいとばかりに、
亡霊は締め上げるように口でジョウイの襟を掴みあげ、半分しかない顔でねめつける。
「な、なに、を――――ぐ、ああっ!」
肉体を失い、完全になくなった眼窩でジョウイを見つめたあと、
亡霊は残る限りの力で、ジョウイを蹴り飛ばした。
地底の天井を突き抜ける勢いで、あの地下の楽園へと。
「く、ヘク、さん……ッ!!」
ジョウイの目からみて下に落ちていく景色の中で、亡霊は、ジョウイが亡霊にした存在は、
肩の荷をおろして、一息つくかのように、ただジョウイを見上げていた。
「そう……それが……“王”としての、貴方の答えなのね」
天井を見上げる亡将に、泥が怒りを以て貪り集まる。
その骸に、メイメイは尊敬の念を以て厳かに一献した。

607魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:12:29 ID:MjKNi4V60
地底の楽園に、手をつく音がする。精神を戻したジョウイの肉体が崩れ落ちた音だった。
天地も定まらぬ心地とばかりにその瞳は揺れており、石畳の冷たさだけが、ジョウイをここに繋ぎとめていた。
「どうして……」
丘に打ち上げられた魚のような浅い呼吸の狭間に、疑問がえづくように浮いた。
それは当然、突如現れた亡霊の将のことに関してのことであった。
だが、それは現れた原因についてでも、何故あのようなことをしたのかでもない。
そんなこと、考えずともわかる。“地上で決定的な――が生じたのだ”。
だから彼が己に問うのは、その前のことだ。
「なんで、気づかなかった……?」
ジョウイは先ほど、核識の力を以て地上の戦闘の状況を把握した。
貴種守護獣を生ずるほどの強い想いの源と、それにより生じた貴種守護獣の力を認識した。
ならば気づけたはずだ。想いだとか、守護獣だとか、そんなことよりもまず識らなければならないことが。
その魔剣の力で、外道の法で、終わりを奪った一人の豪将のことを。
なぜ自らの下に現れるまで、オスティア候のことを考えていなかったのか。

如何にジョウイが仮眠状態にあったといえ、天雷の亡将は魔剣の力で起動した存在だ。
魔王と亡将は共界線でつながっており、それを通してミスティックと輝く盾の力は送られていたはずだ。
だから、いくら眠っていたとしても、よほどの事態があればジョウイにもそれを認識できるはずなのだ。
現に、こうして記録を辿れば、亡将に何が起こったのか認識――――

ビキリ。
「あ、があああああ!!!!!」
追認しようとしたジョウイの中で、何かが砕ける。
何か、としか表現できなかった。骨のような肉のような、脳のような、あるいは全部と呼ぶ何か。
その何かを掴むよりも先に、痛みが来る。
腕を磨り潰されたか、背骨を圧し折られたような巨大な喪失でありながら、
あるいは、両手の指の爪に縦に鑿を打ってから“ぺり”と“まくる”ような鮮烈さを備えた、
痛みとしか呼びようのない波濤が、ジョウイを呑む。
痛い。ただそれだけの信号で、自分の中の何もかもが喪失しかけるほどの痛み。
(ディエルゴに書き込まれたのと、似て……まさか、これも……!!)
既に一度経験していなければ、完全に堕ちていただろう苦痛の煉獄。
それは、まさに記録だった。
死してなお傷つけられた、亡将に刻まれた痛みの記録だった。
銃弾や炎や水塊によって打ち据えられた肉体の痛みがジョウイに走る。
だが、それだけでは済まなかった。
天空の剣に衣を剥がされながら打ち据えられたラグナロクの痛み。
魔界の剣によって斧としての命さえも奪われたアルマーズの痛み。
相手の武器と撃ち合って、限界以上の力に耐えかね、砕けていった数々のナイフたちの断末魔。
それら全てが、堰を切ったようにジョウイを呑みこんだ。

608魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:13:01 ID:MjKNi4V60
人間が絶対に味わうことのない、声なき者の阿鼻叫喚の中で、ジョウイは改めて認識した。
これが、魔剣を真に継承するということ、核識になるということ。
一方通行で力を与え、対象を使役するなどという都合の良いものではない。
その対価として絶えず対象との情報を交感し、咀嚼し、対応を求められる。
いわば、繋がったものの全てを背負わなければならないということ。
こと純粋な武器・兵器として考えるなら完全な欠陥品。
それが魔剣の真実であり、代償だった。

だが、その代償の痛みの中で、ジョウイには痛みよりも強い疑問が渦巻いていた。
この痛みは元からジョウイが受け止めなければいけない痛みだ。
何故それが今になってジョウイに送られる。
先ほど泥の海で彼に触れたときに、送られたのか。
これでは、誰かが、その送信を止めていたとしか――――
「ガっ……! ま、ざ、か……」
強烈な気づきに押され、ジョウイの呻きが止まる。
繋がっているから、何かあれば気づくと思っていた。思い込んでいた。
だが、それが今になって繋がった。繋がってしまった。
その事実が意味するところは、一つしか考えられない。

(途中から、切っていたのか? 魔剣からの支援を、断っていたのか?)

天雷の亡将は、戦闘の途中から魔剣から送られる力を受け取っていなかったのだ。
故に、ジョウイは亡将の主として識らねばならない情報を識ることができなかった。
武器の死に全身の神経をズタズタにされながら、ジョウイは絶望の棍を強く握りしめる。
痛みよりも体内で疼く痛みに、ジョウイの脳裏は飽和する。
感知した想いと、亡将より得られた情報から逆算すると、恐らくはジャスティーン顕現の直前だ。
何故そんなバカなことをしたのか。もしその窮状を把握できていれば、
力の供給なり、よしんば無理でも、撤退の指示は出せた。ならば、何故。何故。
(……嘘を、吐くな。そんなこと、分かっているだろ)
この期に及んで答えから目を逸らそうとする感情を、理性が嘲る。
力の供給? 魔剣の憎悪さえ持て余す身分でそんなことをしている余裕があったか?
ジャスティーンと現時点で真っ向から戦うには、膨大な供給が必要であり、
それはジョウイの行動に致命的な支障をきたしただろう。死喰いの誕生など不可能なくらいに。
撤退? それこそ笑い者だ。彼がどういう存在なのか、誰よりも分かっていただろう。
永くは保たない。それを承知で、現世に縛ったのは他ならぬジョウイだ。
それを撤退させるなど、ただの感傷に過ぎない。
支援も撤退も無意味。何故なら彼は最初から。

609魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:13:31 ID:MjKNi4V60
目を背けていた事実を、痛みと共にジョウイは嚥下する。
魔剣を手にしたあの局面でジョウイは最初から遺跡への撤退を目算していた。
だが、ただ撤退する訳にはいかなかった。
その後ジョウイが遺跡を制圧するための時間が必要で、ジョウイが抜けても戦闘を継続させる兵力が必要で、
しかもセッツァー達に戦闘継続を選択させるほど、セッツァー達と戦術的に噛み合う人物が必要だった。
必要だったから、奪った。残酷な兵理を以て彼の終わりを、彼の祈りを、彼の全てを奪った。

(僕は、オスティア候を……)

既に死喰いは傍にいない。それでも、ジョウイの中に痛みが渦巻く。
熱された油を浴びるようにイスラの怒りが体内で巡る。
だが、それに抗する術をジョウイは何一つ持たなかった。
憎悪を失った視点で見つめるその怒りは、あまりにも正当なる憤りだ。
どれほど言葉を弄しようが、結果が全てを物語っている。
何が戦場を用意しただ。さもオスティア候の望みを尊重したかのようにほざくな。
彼がお前を望んだのではない。お前が彼を欲したのだ。
美化するな。目を逸らすな。お前がしたのはたった一つ。

(彼の理想郷を……捨て駒にしたんだから……)

死したオスティアさえも奪い尽くし、捨て駒にしただけだ。
もともとあそこで朽ちる予定で、戦略の内だったのだ。
いなければいないで、別の手を考えていただけだ。
それを今になって支援だ退却だなど、己が幼稚な満足以外の何物でもない。
冷たくなっていく血液の中を罵倒が巡る。イスラだけではない。
元王国軍第三軍団長・キバ、その嫡子であり、父を失った軍師クラウス。
そして、彼らのようなジョウイによって奪われ、犠牲になった者たち。その類縁。
全うすべき『終わり』を失ってしまった者達の怨嗟が、魔剣の王たるジョウイを責め苛む。
(恨まれて、呪われて、当然なんだ。あの人だって――――)
だが、そこでジョウイの手の震えが一瞬止まる。
誰もがジョウイを苛むなかで、彼の声だけは聞こえなかったのだ。
オスティア候。血河に溺れる定めを負ったエレブ大陸の命運を握る一翼“だった者”。
今この瞬間、最もジョウイを呪う資格を持った人物の嘆きが聞こえないのだ。
(……捨て駒にしたんだ。なんで、あの人は、ここに……)
一番ジョウイを糾弾するべき妄念が、泥の底でジョウイを助けた事実が疑問となって痛みを和らげる。
嘆きから目を背けたいだけの逃避に過ぎないと分かっていても、考えてしまう。
供給を断っていたとしても共界線自体は繋がっていたから、そこを辿ってジョウイの下へ来ることはできただろう。
だが、何故来たのだ。亡霊体すら半分以上欠けた姿で、何のために泥の前に立ちはだかり、僕を逃がしたのか。
供給を拒んだのは、ジョウイの手を内心で拒んでいたからではないのか。だったら、なんで助けた。

(まさか)

違う。“助けるから、供給を拒んだのだ”

(それを、承知で……あの人は……全うしたのか……全てを……)

610魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:14:02 ID:MjKNi4V60
四つん這いで蹲るジョウイの掌が、固く握りしめられる。
ゴーストロードが魔剣の加護を断ったのが、ジョウイを助けるためだとすれば、辻褄が合う。
魔女の神秘を無効化する天空の剣、盾の生命を喰らう魔界の剣。
この二つを前にしては、力を供給をすればするだけ、泥沼の消耗戦に陥る。
そう悟ったゴーストロードは魔剣からのバックアップを断った。
そして、退路を断った亡将は自らに残る全ての魔力と妄念の全てを賭して、貴種守護獣に立ち向かった。
王の道の先に必ずや立ちはだかる、この世界の貴種守護獣の能力を可能な限り暴くために。

――――殿を託します。どうか、せめて、武運を。

本隊退却の時間を稼ぎ、本隊の消耗を抑え、減らせずとも敵軍の情報を可能な限り引き出す。
自身の敗北を以て、伐剣王の勝利のため、天雷の亡将は全うし切ったのだ。『殿』の役割を。

「く、うううう、ぐひ、ぅ」

蹲るジョウイの口から奇声が漏れ出す。笑おうとしたのに、痛みで唇が旨く動かなかった。
自分で捨て駒にした王がそれを心の底で自覚せず、識ろうともせず、
捨て駒にされた将のほうが覚悟を決めていたという事実。それを哂わずにいられようか。
なんたる屑。なんたる下劣。これでオディオを継ぐものを名乗るとは噴飯ものだ。
そんな屑のために彼は戦った。最後まで、最後の最後まで戦った。
伐剣王が本来直ぐにも背負わなければならないその痛みを、自分の中に溜め込んでも、
せめて最後の眠りの間だけでも届かせぬように、独りで戦い抜いた。

未来を、全てを失った王が、たった1つの導きを呪いにして。
リフレインするほどに、呪言となって魂を囚えてしまうほどに、楽園を信じて。
かつてオスティアを背負った王として、その亡魂を礎に変えたのだ。

「ああああああああ!!! ぼくは、ぼくは……ッ!!」

ぶちまけてしまいたかった。臓腑も、魂魄も何もかもを吐き出してしまいたかった。
ぼくが理想郷を想うよりも遥かに深く重く、貴方は楽園を想っていた。
その想いが、重過ぎる。
貴方が祈った者は今にも圧し折れそうなほど蹲っていて、地獄の中で貴方が掴んだ手は冷たくて震えている。
そんな屑なのです。貴方を従えるほどの王としての器量も資格もないのです。
その想いに応えたい。けれど、貴方の信頼に応えられるほど、背負えるほど強くないのです。
そんな無能こそが、貴方が生かし、託したものの正体なのです。

611魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:14:41 ID:MjKNi4V60
追い打ちをかけるように、魔剣の中で渦巻く怨嗟が更に大きくなる。
この花畑全体が、小刻みに震え、呻いているようだった。

――――姫が、姫が、ここに還るべき姫が、死んだ。
    絶えた、楽園を継ぐべき姫子が絶えた。絶えてしまった!!

ああ、そうだ。こうやって何度血を流してきたことか。
そのくせその怨嗟に正面から向かうこともできない。
そんな奴に、魔王になることも、オディオを継ぐことも、出来るわけがない。
デュナン地方一つでさえ満足にことを成せぬ小僧が、
文字通りの『世界』に手を伸ばそうとすれば、潰されてしまうのは当然ではないか。
投げ出してしまいたい。逃げ出したい。
全ての責務と全ての犠牲も何もかも忘れて、
どこか遠い所で、全てが終わるまでひっそりと生きていけたら、どんなにいいだろうか。
それはかつてジョウイがリオウとナナミに願ったことだった。
優しい君たちに、地獄は似合わないから。いてほしくないから。
いつかその日が来るまで、争いから離れて静かに生きていてほしい。
それと同じことを、ジョウイもすればいい。
全てが救われるその日を信じ続けて、白い花を愛でながらひっそりと静かに朽ちていけばいい。
それが、考えうる限り最上の幸福だ。

「……それでも、それでも、リオウは逃げなかった!!」

血反吐を吐きながら、ジョウイは断崖の一歩手前で堪える。
逃げてほしいと思った。都市同盟軍の主なんて、そんなものを背負うなんて辛いことをやめてほしいと思った。
それでも、リオウは僕の前に立った。それでも、僕はリオウの前に立った。
どれほどに傷つこうと、どれほどに悲しもうと、それでも歩き続けることを止めなかった。
背負ったもののために、信じてくれた人のために、僕が、君が、そうしたいと想ったから。

「だけど僕には、資格が、ない……」

ならば、どうすればいいのか。
逃げ出したくないと思っても、先に進むための道は認証式のゲートでふさがっている。
理想と憎悪は常に互いを滅しあい、魔剣も死喰いも制することができないのだから。
ならばいっそ死喰いそのものを諦めてしまうべきか。
彼が生かしたこの命を無駄にしないためにも、より安全な手段を模索するべきではないか。
たとえば、彼らの下にもう一度戻り死喰いのことを話して、
それを止めるためとでも言って仲間に戻ったふりをして――――
いや、それでどうなる。ぼくがなすべきは、なるべきなのは。

612魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:15:27 ID:MjKNi4V60
今度はディエルゴの精神干渉ではない、現実に即した袋小路。
物理的に、状況的に、精神的に、論理的に、オールチェックメイトの状況。
考えうる全ての道筋を封じられてもがくジョウイの目に、ふとしたものが目に付く。
綺麗に製本された、一冊の書。ジョウイが眠りから覚めたとき、傍にあったものだ。

「……これ、は……?」

朦朧とする意識を集中させて、ジョウイは左手で掴んだ書物の重さを感じる。
恐らくメイメイが置いたものだろうが、起きて直後に、死喰いの活性があったため放置していた。
万事休すというべき状況で、ジョウイはゆっくりとその書の始まりをめくる。
別に、ここに解決法を記されていると期待するほど、ジョウイは楽観主義者ではない。
だが、文字通り万事休す――打つ手無しで、手を休めるしかない――の状況で、
それくらいしかすることがなかったから、めくっただけだった。

「マリアベル、さん……」

冒頭の数行をぼそりと、著者の名を呟く。
その名の響きに疼く痛みは、自分の目の前で散った命の傷みだった。
珍妙に書かれた文章も、ジョウイは生来の生真面目さで読み進めていく。
オディオに紡がれる罵詈雑言さえも、どこか自分への糾弾に聞こえてしまうのも理由だった。
(内容から考えて、書いたのはゴゴさんが戻ってきてから……
 後のことを考えて、僕もいろいろ皆のことは調べていたけど、そんな暇があっただろうか)
口汚い罵声のオンパレードの中で、ふと、ジョウイはその疑問を覚える。
執筆時間のなさも、まるで自分の死を理解してから書かれたかのような文章も疑問だ。
だが、それはこの書がメイメイの手元にあったとすれば、紋章札のような超自然的な術理を前提とすれば解決可能だ。
それにしたとて、わざわざオディオを罵倒するだけのためにこんなものを遺す女性だっただろうか。

そう思いながら読み進めるジョウイの手が、途中で止まる。
そこで、オディオへの記述は止まっていた。

613魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:16:15 ID:MjKNi4V60
Middle 03 ノーブルレッドの遺産(煉獄篇)

Scene Player――――マリアベル=アーミティッジ

よっしゃ次の曲目は『魔王<ぼく>は友達が――――オディオはもうおらんな?

ここまで下らんことを記して済まなんだな、お前たち。
妾が死んだ状況を見るに、世界に記したとてこれを最初に読むのがお前たちかオディオか、半々で読み切れんかった。
故、先ずああいう書き出しを用意する必要があった。
オディオが最初に読んだときに、怒るか、呆れて読む気も失せて捨て去るようにな。
ふふふ、隙を生じぬ二段構えとは恐れ入ったろう。ほめて良いぞ?
とはいえ、あんな奇矯なものを記したことは初めてでのう。
遥か昔、アナスタシアと文通していた頃の奴の文面を参考にしてみたのじゃが……煽りというのはああいうものでよいのか。

と、流石にもう脱線する余裕もない。本題に入るぞ。
わらわは死んだ。もうこれは覆せん事実じゃ。ないものは当てにするな。
お前たちで首輪をなんとかするしかない。その前提を先ず認識せよ。
とはいえ、妾はそこまで悲観しておらん。じゃから今度こそ聞け。寝るなよヘクトル。
先ずおさらいを兼ねて要点から行くぞ。

首輪の機能を構成するのは大まかに分けて3つ。
1.感応石(監視制御)
2.ドラゴンの化石(物理型爆弾)
3.魔剣の破片(魔法型爆弾)

首輪に対するアプローチは以下の3つ。
A.首輪を制御・管制する中枢制御装置の破壊あるいは掌握。(システムへのアプローチ)
B.首輪を改造して、爆発システム自体を変更する。(機械的アプローチ)
C.感応系能力を用い、通信系を阻害する。(精神的アプローチ)

となる。ここまでは良いな。
で、お主らがこれを読んでおるということは、どういう結果であれ魔王やセッツァー達との戦闘は終わっておるのじゃろう。
流石にあの戦闘中に偶さか中枢がにょっきり出てきたなどというわけでもあるまい。
そして、現状の禁止エリアから考え、南を潰された場合足が止まる。よって案Aは現実的ではない。
まあそれは妾が生きておった時から言うておったのだからさしたる問題ではない。

であるからB案とC案なのじゃが……正直、わらわが死んでB案が潰れたというのがお主らの懸念じゃろう。
案ずるな。救いがなければ死んでおった妾じゃ。こんなこともあろうかと万一のリスクマネジメントは施しておる。

614魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:18:53 ID:MjKNi4V60
……こんなこともあろうかと。

……こんなこともあろうかと。

う、うむ。異端技術者<ブラックアーティスト>の端くれたる者、一度は言ってみたい科白であったが、
いざ言うてみると気恥ずかしいものではあるな。

と、とにかくじゃ。
あの雷の後に、墓やらなんやら態勢を立て直してた間に、
ルッカのカバンから首輪改造に必要な小型の工具はわらわが見繕って、各自のデイバックに分散させてある。
一人一人の工具ではちと心もとないが、生き残り全員分をかき集めればそれなりになるじゃろう。
解体工法に関しても同様。書き殴りで済まんが、全員の筆記用具に分散させてしたためてある。

ここまでする必要があるかは正直分からん。が、地形が変わるほどの破壊が連発されると、
工具も記録も、誰か一人に持たせるのはあまりにリスキーじゃ。一発蒸発が容易に考えられるからな。
(着ぐるみの解れを修繕するまで手持ち無沙汰であったことは黙っておいた方がよいだろう)

どうじゃ。これほどの周到、妾でなくては成し得まい。

ほ め る が い い。


ふふ、おだてても何も出んぞ。(既にほめられたというロール)
で、肝心の手足なんじゃが。アナスタシアにやらせよ。
ほれ、そこらへんで嫌そうにしておる連中。まあ聞け。
確かにアナスタシアは寝間着とサンダルで買い物に出かけるような気安さで
軽犯罪法に引っかかりそうな奴ではあるが、ああ見えて、機械工学には通じておる。
ここにはおらんが、妾のヘルプデバイス『アカ&アオ』も奴の作品でな。腕は妾が保証するよ。

615魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:19:27 ID:MjKNi4V60
……悪いが“その”可能性は考慮せん。
妾は願った。あやつは聞いた。それを裏切る仮定など、したくないでな。
とはいえ、アナスタシアが五体満足である保証もない。永劫を待ち続けて、腕が錆びておる可能性もあるしな。
すまんが、可能な限り皆で支えてやってほしい。とりあえず、B案の遂行はそれで行けるはずじゃ。

ただ、ここまでそろえても、ドラゴンの化石はともかく、魔剣の欠片まではどうにもならん。
故に万全を期すならばC案との複合が望ましい。
アキラよアナスタシアの作業の間だけでよい。オディオから横やりが入らんよう、ジャミングを頼む。
……万一の場合は、何としても紅の暴君を揃えよ。
アキラ無しで感応石を阻害するとなると現状それしか手が思いつかん。
イスラの在不在にかかわらず、魔力さえあれば少なくとも補助にはなろう。

長くなったが、少なくともB案単独での解除は試せるはずじゃ。
ただ、試みると簡単に言うたが、お主らも知ってのとおり、まだ生体での解除は誰も試しておらぬ。
この喫緊した状勢で無茶をするな、とは言えん。だが、それでも命を第一とせよ。
妾の案なぞ所詮は苦肉の策。より良い手が浮かんだなら迷わずそちらを選べ。よいな。


―――――――――――


成程、とジョウイはマリアベルの周到さに舌を巻く。
マリアベルは見抜いていたのか。“残される彼らが潜在的に抱く欠陥”を。
故に、自分がいつ死ぬかはさて置いて、自身の死によって起こるダメージを極力減らそうとしていたのだ。
ジョウイも首輪解除の三本柱、アキラ・紅の暴君・マリアべルを崩そうと動いていたのだから、
マリアベルの慧眼にはただ素直な賞賛しか抱けない。
現実に、ジョウイは紅の暴君しか手中に収められず、崩したはずのマリアベルは柱を守り抜いた。
ジョウイも、決して多くはなかった時間を彼らの戦力調査に割いていたため、マリアベルの保険までに手は回せていない。
柱が2本残っていれば、少なくとも勝負目は残るだろう。

だが、それでもジョウイには疑問が残る。
マリアベルの保険は、知ろうが知るまいが、彼らのデイバックの中に分散している。
こんな書物に記さなくても、諦めなければ見つけるのは容易だろう。
そもそも、死んでから慌てて遺すようなやり方は杜撰に過ぎる。後手に回り過ぎだ。
ならば、何故そんなものを遺す必要がある。あるいは、死んだからこそ、遺すべきものがあったのか。
その回答もまた、その続きに記されていた。
そしてそれこそがマリアベルが本当に遺したかったものだった。

616魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:20:19 ID:MjKNi4V60
――――さて、ここまでは“既にお前たちに書き遺した”ものじゃ。
    その気になれば、荷物をあさり、アナスタシアに聞き、思いつくじゃろう。

だから、ここから先は――ただの感想じゃ。この首輪に対する一技術者としての、な。
裏付けも何もなく、推論以下の妄想。どこにも書き置かず胸中で弄んでいたものよ。
欲望に乗せて綴るには相応しかろう。

技術者として言わせてもらうならこの首輪――――はっきり言って駄作じゃ。

別に不当な評価をしたいわけではない。系統の異なる異世界の技術を複数組み合わせ、
それらが相殺されることなく首輪として完成しているという点では妾も舌を巻く。
じゃが、そこまでの技術があるなら“そもそも異世界の技術を組み合わせる”必要がないのじゃよ。
分かりやすく言えば核じゃな。魔剣とクラウスヴァインによって物魔複合属性で2倍の火力を構築しておるが、
ここまでのことができるオディオならばそんな手間かけずとも自分の力でその火力を作れるじゃろう。
そうであったなら、妾達は構成材料に気づくこともできず、お手上げであったはず。

この島が我らの世界からいくつもの要素を抽出して作ったツギハギであり、
そうであるが故に、その継ぎ目にオディオの未知なる要素があるかもしれん……
アシュレーはそう推察したそうじゃが……それはこの首輪にも言える。
異なる技術を組み合わせたことで、ツギハギとなってしまい、継ぎ目が見えてしまう。
継ぎ目が見えれば、そこで分解できる。解析できる。アプローチの仕方が見えてしまう。
分かるか? 異なるシステムを組み合わせることは、セキュリティを脆弱にするだけなのじゃよ。
現に妾たちはこの首輪を3つの要素に分解し、3つものアプローチを見いだせておる。
だからこそ、お前たちは妾のような技術者がおらんくなってもまだ解除の可能性が残る。

だが、妾はオディオが手を抜いておるとは考えん。そういうには、この首輪の作りは“真摯すぎる”。
人が作ったものには、作り手の意志が必ず潜む。この『技術の無駄遣い』に対する妾の回答はこうじゃ。

これは道具ではなく芸術――――“人に見てもらうために”作られたものである、と。

様々なアプローチの方法が考えられるが故に、首輪を解こうとするものはそうそう諦めん。
全部の要素が分からずとも、どれか一つくらいには心当たりがあろう。
故に、誰もが、首輪を解こうと向き合う。“首輪を、省みようとする”のじゃよ。
それこそが、綻ぶことを承知して技術を複合させたオディオの目的であろう。

天からふりそそぐものが世界を滅ぼそうとしたあの時、奴が手にしていた破片の中にあったあの邪気。
ちょこ坊から聞いたが、あれはあやつの世界におった邪悪なるものの力らしい。
ただ、イスラも自分の世界の何かを感知しておったところを見ると、この2つの世界の複合じゃろう。
『闇黒の支配者』と『狂える界の意志』。
趣味が良いというか悪いというか、妾たちの命は敗者たちの残滓に握られておったというわけじゃ。

解除に全力を尽くせば尽くすほど、妾達は首輪の要素を知ることになり
……最終的にあの魔剣の破片に潜んだ『闇』を省みることになったのじゃよ。

617魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:21:03 ID:MjKNi4V60
妾は思う。オディオが、この世界に各々の勝者を喚んだとすれば……
妾達がたつ大地、解き明かそうとするこの催しそのものが、各々の世界の敗者の力で構成されておるのではないか、と。
敗者が勝者に勝てればよし。負けても目的は達せられる。
この戦いを否定し、オディオにあらがおうとすれば、妾達はマーダーを倒し、首輪を制さなければならない。
そのとき、妾達は否が応でも敗者に向かい合うようにできておるのじゃよ、この戦いは。

この島は、この戦いは、敗者の墓標<エピタフ>。風も吹かぬ地の底で嘆き続ける敗者を封じた墓碑。
それこそが、妾はこの首輪を通じて想った最悪の仮説じゃ。
悪趣味にもほどがあるわい、この墓参りは。
自分のところに来たければ墓を踏んづけて登ってこいと言っておるのじゃからな、オディオは。

じゃが、妾はそれでもこれを遺さずにはおれん。
この仮説が被害妄想という真実で止まるならば、わざわざ遺したりせん。
じゃが、この仮説の先に見えるものを警告せずにはおれんかった。
そう、攻略実現性のなさから放置したこの首輪の対するアプローチ法の案A……中枢制御装置についてを。

首輪を解き明かそうとすれば、敗者の墓碑を巡ることになる。
それが妾の仮説じゃ。ならば、制御装置に向き合おうとすれば、そこにも墓碑があると考えられる。
そこにある墓碑に刻まれているのが“誰”なのか。

妾が見聞きした限りでは、名簿に載った参加者は9つの世界群に分けられる。
妾たちの住む人と守護獣の世界。
シュウやちょこのいた、人と精霊の世界。
ロザリーやユーリルがいた人と魔族の世界。
ニノやヘクトルのいた、人と竜の世界。
イスラのおった人と召喚獣の世界。
ゴゴのいた人と幻獣の世界。
ジョウイのおった人と紋章の世界。
カエルや魔王の奴がおったと考えられる、人と時の世界。

そして、アキラやサンダウン、ストレイボウのおった……人とオディオの世界じゃ。
ただ、無法松はアキラの世界の人物であって、サンダウンの世界には関わっていないらしい。
それをふまえると、こ奴らもそれぞれ別の世界から呼び出されたようじゃから、
更に世界が分派する可能性はあるが……ルクレチアに呼び出されたという
ことから見て、オディオと強く関わる世界群と考えるべきじゃろう。

618魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:21:56 ID:MjKNi4V60
そこから、まずこの世界で確認された各々の世界の敗者を並べるぞ。

まずは当然、この戦いの始まり。
『魔王』オディオ。こやつを抜きにしては語れまい。

んで『焔の災厄』。あやつがこの戦いとどう関わっておるかは、多く語る必要もあるまい。

そして、敗者としてこの戦いに直接関わっておる者達。

『狂皇子』ルカ=ブライト。
『魔族の王』ピサロ。
『時を越えるもう1人の魔王』。
『破壊』ケフカ。

ついで、この戦いを支えるシステムとなっているもの。
首輪に秘められた『闇黒の支配者』。
それを封じ込める『狂える界の意志』。
感応石を用いた放送を行っておるところを見ると、ヴィンスフェルトも意識されておるのかのう。
意外に几帳面じゃなオディオ。

とまあ、並べてみればよくもまあここまで揃えたりというところじゃ。
妾達の世界の敗者をほぼ網羅しておる。

そう。ほぼ、なんじゃよ。全てではなく、欠けておる。
オディオがそんな欠けを許すか? 
ここまでのことをしでかす奴が、敗者の中で、更に敗者を作ると思うか?
妾は思えん。故に、妾はオディオの憎悪を信頼し、この仮説を遺す。
奴は欠かすまい。その欠けを埋める敗者の残滓こそが、首輪の、この島の中枢。

ルッカ=アシュティアが魔王を味方と捉えたとすれば、魔王は敗者であり勝者でもある存在。
ならばこの世界の本当の敗者『大いなる火』も関わっておろう。

そして、残る最後の世界の敗者も――――

619魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:22:31 ID:MjKNi4V60
ジョウイはその文章を読み終わり、目を閉じた。
マリアベルの至った仮説が限りなく正解に近いと、この場にいるジョウイだけが理解できた。
ならば、あの泥の中にあった『何か』の正体は定まる。

(だけど、それでも……ぼくには、なにも……)

ジョウイの中で、冷徹な算盤がなかば習性的に弾かれていく。
立ち塞がる壁の隙間を縫うように、ゴールへのラインが通っていく。
だが、最後の一歩が通らない。進むべき道が真っ暗で見えない。
そのために必要な『犠牲』を、ジョウイは恐れる。
そのために不可欠な『資格』を、ジョウイは抱けない。

理屈だけでは踏破できないこの迷宮を解き明かす最後の鍵が足りなかった。
踏み出せない一歩を悔やむように、ジョウイは自然と本に目を落とした。

『さて、言い遺したことはこれで全部じゃ。長々と語ってすまなんだな。ときに――――』

その最後に書かれたものに、ジョウイは虚ろな瞳が、僅かに見開かれる。
ページをめくるたびに、鼓動が早まり、喉を鳴らす。
そして、本を閉じたとき、欲望によって記された賢者の書物は、光輝となって灯火となった。


――――――

620 ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:23:31 ID:MjKNi4V60
すいません。急用が入ってしまったため、一時投下を中断します。
戻り次第再投下いたします。

621SAVEDATA No.774:2012/12/09(日) 20:32:18 ID:YICpL3DM0
乙です。
そっか、こういうふうに繋がってるのか
言われるまでまったく気づかなかった要素も言われてみるとそれ以外にない、って気がしてきてすごいなぁ

622 ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:57:23 ID:MjKNi4V60
お待たせしました。それでは投下を再開します。

623リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:58:28 ID:MjKNi4V60
CLIMAX PHASE

Climax 01 抗いし者たちの系譜−覇道の魔剣−

Scene Player――――メイメイさん

「戻ってこなかった、か。こんなものかしらね。貴方の未練も、無駄になっちゃったわね」
失望したような口調で、メイメイは目の前の光景を眺めていた。
煮立つようにゴポゴポと唸る泥の海の中で、ゴーストロードの影が少しづつ削られていく。
かろうじて残っていた影さえも、勢いを増して喰い尽くされていく。
生者の想いではなく更なる死が送られ、喰われたことで、死喰いは更に活性化していたのだ。
島に留まる媒介であった斧も力を振るう肉体も失った今、
この亡将は、ただ想いだけでここに存在している。
ブーストショットで失われた、神将器の『半分』に込められた、王としての未練だった。
「生まれ、得たものを愛し、失うことを悲しみ、死ぬ。
 貴方の言うとおりよ、イスラ。人として、それが正解」
だがそれでも、王はその正解に留まることができない。
なぜならば、王は民達に『人』であってほしいと願うからだ。
自分が泣くことよりも、民達が泣くことを厭うからだ。
「王に人であってほしいと願う民。民に人であってほしいと願う王。
 平行線……どちらかが折れなきゃ、息もできない、か」
勝者と敗者の溝のように隔たる境を見て、メイメイは杯の酒を飲み干す。
人として満足な死を得て、王として未練を食い尽くされるオスティアの覇者に、哀悼を示した。
「炎の子は現れず、凶星は降り注ぐ。“貴方達の”エレブ大陸の運命は、大きく歪むことになるでしょう。
 それでも、どうか安んじられよ、異界の王よ。全てが失われた訳ではないのだから」
泥に喰われる影を見つめる眼鏡の奥に浮かぶのは、少し未来の流れ。
血に覆われ、全てを伺い知ることはできない。
だが、それでも、全てが失われた訳ではなかった。彼の親友が、彼とともに轡を並べた者達がまだ残っている。
まだ何も終わってはいない。”生きているなら、何度だってやり直せる”のだから。

「……せめて、その苦しみだけでも、濯ぎましょう」

王としての終わりを見届け終わったメイメイはゆっくりと立ち上がり、眼鏡を胸の谷間にしまい込む。
尋常ならざる魔力が、酒精さえ吹き飛ばすようにたぎり始める。
「だだの掃除みたいなもの。オル様も、目こぼしくらいしてくれるでしょ」
もともと、ヘクトルの死は絶命の時点で死喰いの中だ。
イスラ達が戦っていたゴーストロードとは、その前にアルマーズが喰らったヘクトルの残滓に過ぎない。
そして、ここにいるのはその中の王としての未練。喰い残しの喰いカスのようなものだ。
ならば、彼をこのまま泥に陵辱させ続けてまで観測すべき対象ではない。
よりによって、彼が敵と定めたものの眼前で辱めてよいものではない。

「四界天輪、七星崩壊。世の条理よりはぐれし鬼神の残影よ、時の棺の中で眠りなさい。
 二度と覚めることのない眠りに――――『紋章術<かがやく刃>』!?」

メイメイが力を行使しようとした瞬間だった。
彼女の背後から白銀の剣片が無数に飛来し、ゴーストロードの周囲に纏う泥を切り裂いていく。
想いを喰らう泥である以上、肉体を保たずとも想いを形に変えた力ならば届く。

「困ります、メイメイさん。オスティア候は――――僕が奪ったのですから」

624リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:59:44 ID:MjKNi4V60
ゆっくりと、紋章の発動者が闇の奥から現れる。
光刺さぬ地底でも輝く泥が、その純白の軍服をほのかに照らした。
「……ずいぶん、遅かったわねえ。今更、何しに?」
一瞬目を細めてから、メイメイはふと気を抜いて発動しようとしていた魔力を解除する。
そして、胸から眼鏡を取りだしながら嘲るように聞いた。
「無論、魔王らしく責務を果たしに」
片目を銀髪で覆い、右手に不滅なる始まりの紋章を輝かせながら、伐剣の王は真顔で力強く応えた。
「……配下にした責任をとって、死喰いから救おうってこと?」
「救うのは勇者ですよ。魔王には救えない」
救えない。その言葉だけが、やけに冷たく残響した。
ジョウイは泥の中を進み、ゴーストロードへと近づいていく。
死喰いの泥は、先ほどの屑とジョウイを認識するや、未だ執念だけで留まり続ける未練へと食指をのばし始める。

「でも、奪った以上は、奪ったなりの責務があるんですよ。
 だから、勝手に奪わないで下さい――――紋章術<大いなる裁きの時>」

それを許さぬ、とジョウイの右手の魔剣が輝き、黒き光がゴーストロードへとその周囲へと降り注ぐ。
そして、その直後、ゴーストロードに襲いかかろうとした泥に、黒き刃の破片が突き刺さっていく。
位置も数も関係なく、泥が動こうとした瞬間に発生する刃が、先んじて攻撃を封殺する。
それはまるで、王の領土に入った賊を撃退するような手際だった。

「対象者への攻撃を核識の知覚で事前に察知して、黒き刃による半自動先制反撃……魔剣を、選ぶってこと?」
力の性質を見極めたメイメイが確かめるように尋ねる。
今発動したのは、核識と紋章――ジョウイの魔法に属する力。それは逆を返せば、憎悪に反する力である。
だが、ジョウイはそれには答えず、ゴーストロードへとまっすぐに歩き、たどり着く。
泥と刃が相殺しあう中、王と将が対峙するそこだけは、凪いだように静かだった。
「…………貴方には、殿を命じた。“全てを用いて、戦い続けよ”と、この僕が命じた。
 イスラ達に負けたのだろう。なぜここに来た?」
吐き捨てられたのは、あまりにも無慈悲な問いかけだった。
殿を命じたのだから、最後の最後まで戦って果てて死んで当たり前だろうと、そう言っていた。
亡霊体の半分を失い、両腕も失って、それでも伐剣王を救いに馳せ参じた将にかける言葉としては、あまりにも傲慢だった。
だが、亡将は何も言わずひざを折って俯き、
メイメイもまた芝居を観劇するように、酒を舐めながら見つめていた。

「貴方は、命令に反した。未練がましく残っていた貴方の魂魄を縛り、仮初めの生命を与えた僕の命に背いた。
 オスティアの軍法は、命令違反を見過ごすか?」

625リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:00:23 ID:MjKNi4V60
それでも亡将は何も言わない。
どんな世界であろうとも、軍とはそういうもので、そうでなければ軍たりえない。
たとえ、たった二人の軍勢だったとしても。

「略式だが、処罰を与える。オスティア候――――命令に背いた以上、死刑だ」

ジョウイの背後から、黒き渦が生じる。黒き刃を呼び出す渦だった。
そして、そこから武器が一本、オスティア候めがけて射出される。
だが、亡将は微動だにしなかった。むしろ、安堵のように影が緩む。
全てを失い、それでも最後にジョウイのもとに参じたのは、
ジョウイに恨みを言いたかった訳でも、感謝してほしかった訳でもなく、このためだった。

だが、欲すべき断罪の一撃は亡将を穿つことはなく、
その目の前にあったのは、黒き影となったゼブラアックスだった。

「……だから、最後に一働きして貰う。僕が渡したその力を、一滴残らず使い果たせ。
 あれを、死喰いを奪る。僕のために、僕たちの楽園のために最後まで戦い、それから死ね」

魔王の叫びに、亡将が頭を上げる。
戦えと、言っていた。まだ役目はあると、告げていた。
まだ戦ってもいいと――否、戦ってほしいと、そう言っていた。
眼もない亡将の視線をまっすぐに受け止めながら、ジョウイは覚悟を胸に抱いた。
その意が伝わったのか、ゴーストロードは何も言わず、斧の柄を咬んで持ち上げる。
世界より生まれたありとあらゆる物には意志がある。
それは精霊の加護や皆殺しの剣のような呪いなどという次元ではなく、
存在する以上は、口にする術を持たないだけで思考が、意志が存在しているのだ。
それを伐剣王は拾い上げる。無色の憎悪によって消されたゼブラアックスの慚愧すら汲み取り、
背負い、黒き刃の一席として己が力と転ずる。

「短期決戦でいく。前衛を任せる。魔法発動まで、ぼくを守れ。
 狙いはあの力の闇――――『災いを招く者』ッ!!」

626リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:00:55 ID:MjKNi4V60
大いなる裁きの時を解除した瞬間、封殺から解放された泥がジョウイへと襲いかかろうとする。
だが、再び恐るべき速度で泥とジョウイの間に立ちはだかった亡将は
首の力だけでゼブラアックスを振り回し、ジョウイの白衣を汚させない。
泥の奥で光さえ吸い込む闇と化したそれが、その名に反応し、本能的に警戒を強めた。
(やっぱり、そういうこと)
その名に、メイメイは自分の予想が当たっていたことを理解した。
マリアベルのエピタフ仮説を進めていけば、最後に残る敗者はエルブ大陸の敗者となる。
その者、ただ力だけを欲し、力の為に命を集め、千年を生きた怪人。
支配欲も征服欲もなく、ただ力を欲し、命をかき集めるためだけに世界を混沌へ落とした求道の権化。
オスティア候の、ニノの、ジャファルの、リンの、フロリーナたちの倒した敗者。

災いを招く者ネルガル――――その闇魔道の結晶がそこにあった。

(グラブ・ル・ガブルの純粋なる生命と死を喰らい続けたラヴォスの亡霊を重ねて、疑似的なエーギルとなす。
 それをもって、死喰いを誕生させる儀式。その術式が、アレ。フルコースにもほどがあるでしょ、オル様)

あれに憎悪を送れば、自動的に儀式が開始され、ラヴォスのモルフ――否、死を喰らうものが誕生する仕組みだ。
だが、ただのアプリケーションではない。
闇魔道は術者を喰らう。ネルガルほどに究められた魔道は、術式自体が一個の力であり、脅威だった。
「でも、どうするの? どうやってアレを奪う?
 いや、奪っても、魔剣の矛盾は何一つ解決していない」
その生誕システムを奪うというジョウイの着眼点は間違ってはいない。
されどシステムだけ奪ったところで、死喰いを生む憎悪も理想も不完全では、死喰いを誕生させられない。
ジョウイの劣勢は何一つ好転しない。だが、ジョウイの眼は惑いに揺れていなかった。
だが、気勢だけで覆せる状況ではない。いったいどうやって死喰いを奪るつもりなのか。

「見届けさせて貰うわよ、魔王様?」

メイメイが傍観する中、ジョウイはただひたすらに魔剣へと意識を済ませていく。
想うのは、あの書の著者。もしもあの書がなければ、ジョウイはここに立つこともできなかっただろう。
あの書を残した欲望の残滓を、想いの欠片を、魔剣の中で想う。
「我が魔法に応えて冥界より来たれ……新たなる誓約の下に伐剣王が命じる」
詠唱とともに、魔剣が色づいていく。
発生した想いに反応した泥がジョウイを襲おうとするが、ゴーストロードは足下の泥を跳ね上げて、王への道を阻害する。
だが、ジョウイはゴーストロードの貢献に一別もしない。
命じた以上必ず自分を守り通すと確信していたが故に、一顧だにしない。
だからこそ、ジョウイはひたすら、マリアベルを想い続ける。

『我は誇り高き孤高の血脈。ゆえに誰もが我が歩みに追いつけない。
 リーズ。ビオレッタ。ジャック。誰もが止まり、去っていく』

627リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:01:54 ID:MjKNi4V60
想いに寄り添う心の中に浮かぶ言葉を、そのまま詠唱に変えていく。
甘く痛むその想いは、きっと、かつて彼女が通り過ぎた昔日の残照。
ノーブルレッドは不死の血族。失い続けてきた彼女にとって、それは一つの呪いだった。
心の奥底で何度想っただろうか。失いたくないと、失うくらいなら消えてしまえればいいと。

『それでも歩こう。憶えていよう。握った操縦桿の温もりを、空色に高鳴った冒険の日々を』

魔剣が血の紅に輝いていく。黒く濁った血ではなく、どこまでも澄み渡った高貴なる真紅に。
それでも彼女は歩いた。たとえ失っても、後悔はない。
別れたことよりも、出会えたことがうれしい。出会えた光を大事に抱きしめて、永遠を歩き続ける。
それこそが、ノーブルレッドとして誇れる道だと信じているから。

『我は孤高にして孤独にあらず。我は知を吸うもの。この身にて失わぬ想い出こそが真なる誇り』

マリアベルの想いと繋がる感覚とともに、腹部に激痛が走る。
それは、断末魔の痛み。手にした光を失う瞬間の絶望。
だが、それは叶わなかった。出会えた光は、深々と突き刺さる血とともに流れ落ちた。
その流血と共に、想いは慟哭へと変わる。
流れるな、こぼれるな、消えてくれるな――――失うな。
大切に想うから、どうしたって、別れることをいやがってしまう。
絶対に見せてはならぬ、光とともに浮かぶ影が生じる。
(いつか、君に言ったね。別れをいやがるのではなく、出会えた時間を大切にしてほしいと)
その影を伐剣王は背負う。一なる願いを、全なる願いで受け止める。
(でもそれは、こんな風に奪われることを良しとすることにはならない!)
大切だと想うから、抗う。失いたくないと、失わないものを願う。
その願いが極まったとき、魔剣は高貴なる真紅に輝いた。
(だから、貴方の想いも受け止める。貴方を殺したことから逃げない。
 そのためなら――貴方の願いも受諾しよう。この剣の中で、見届けてください)

「追憶は血識となりて不滅―――コンバイン・ノーブルレッド、アビリティドレインッ!!」

魔獣の知をその身に留めるレッドパワーの原点が具現し、
闇魔道の塊へと牙を突き立て、その技術を魔剣に取り込んでいく。
守護獣の意志が亜精霊と繋がり、形をなすように、
源罪の闇が憎悪と結びつき、天から降り注ぐものとなるように、
ノーブルレッドの想いが無色の憎悪とつながり、力の形をなす。
未練を従え、無念を背負い、頂へと突き進むその様は、まさしく敗者の王だ。

「闇魔道そのものを奪うつもりとは……でも、憎悪を使うってことは、理想を崩すってこと!?」
「崩さない! 理想を信じてくれた人が、ここでぼくを守っている。
 夜空に誓った想いがある! ぼくは、この魔法で全てを導く!!」

628リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:02:55 ID:MjKNi4V60
驚愕を浮かべるメイメイの問いに、敗者の王が選んだ答えは理想。
こぼれ落ちていくこの世界への呪いではなく、優しい世界への想い。
その願いを高め続け、闇魔道を吸い上げようとする。
だが、理想を、憎悪無き世界を想えば想うほど、無色の憎悪は消えることを良しとせず憎み続ける。
そして、力を奪われることを感じた闇魔道も、必死に抵抗する。
憎い、憎い、全てが憎い。力を、力を、もっと力を。
始まりもなく終わりもない渇望が、伐剣王を内外から責め立てる。
彼らにしてみればジョウイは略奪者に過ぎないのだから。
だが、ジョウイは同調などせず、真っ向から受けにかかった。

「全て、全てをだ。たとえ終わらせる憎悪だとしても、憎悪を生むものだとしても、
 それでもそのときまで背負う! 終わりも背負ってやる!!」

小細工などない、本気の言葉だけでぶつかり合う。
自分に言い聞かせるのではなく、届かせるという想いで誓いを吐く。
闇も、憎悪も、聞く耳など持たない。それでも想いを剣に乗せて、アビリティドレインを維持し続ける。
「オディオは言った。憎しみは永遠に続く感情だと。生まれ落ちた憎悪を消せば、憎悪は復讐者となって襲うと。
 貴方たちもそうなのか。永遠に続くことを望むのか。終わりはないのか――――始まりは無かったのか!!」
その叫びに、僅かに憎悪と闇がたじろく。
憎悪の為に憎み続ける。力のために力を欲し続ける。それだけの存在だった。そのはずだった。
だが、伐剣王は始まりを問い続ける。憎んだ理由を、力を欲した理由を問い続ける。

なぜ、なぜ、なぜ。
この渇きはいつからだろうか。
この満たされないものはどこからだろうか。

『エイ……ル……?』

先に底をついたのは、闇だった。
未だに防衛を完遂し続けるゴーストロードの想いも乗せた魔剣に、単語が浮かぶ。
かつて亡将が人間だったとき、最終決戦に破れ崩れ落ちる力の求道者は、最後にそう漏らした。
もう自分ですら分からない、誰かの名前だった。
それほど前に、求道者は全てを失っていた。
「違う! 残っていたんだ!! どれだけ失おうが、意味すら無くそうが、
 失いたくなかった想いが、まだ残っていたんだ!!」
それこそが、始まりだと伐剣王は断じる。
全てを失っても残る幾ばくかの想いを信じた敗者の王は、その名を鍵として誓約の儀式を発動する。
だが、そこまでだ。アルマーズを介した記憶ではそこまでしか分からない。
本人すら喰われてしまったものを、部外者の伐剣王が理解できるはずがない。
オスティア候はともかく、ジャファルもニノも背負いこそすれ、間接的なものであったため、記憶までは引き出せない。

629リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:03:27 ID:MjKNi4V60
「まだだ、まだ! 具現せよ亡刃。召喚……マーニ・カティッ!!」

だが、ジョウイはさらに一歩をねじ込む。
伐剣王の勅令によって、黒き刃としてマーニ・カティが現出する。
魔剣の力に、ディエルゴに取り込まれたものは“終わらない”。
黒き刃を従えるジョウイにとっては、武器ですら例外ではない。
されど、そんな剣一本で闇にダメージを与えられるはずもない。
闇はさらに餓えて渇き、暴れようとする。しかし、その瞬間、闇の中に一つの絵が走った。

――――部屋の中には、古代語で書かれた蔵書がぎっしり並んでるんだけど。
    そこに飾られてる、一枚の絵をずっとみつめていて……動かないの。

闇の中に浮かぶのは、精霊剣を刷いた草原の少女の声。
彼女が魔の島にいるとき、精霊剣は常に彼女と共にあった。

――――人と竜が描かれてるの。

決戦の島で、ある一人の少女が追憶に導かれて一つの建物に入る。
古い古い、何百年も前に打ち捨てられた家。

――――ううん、戦争のじゃない。

闇魔道の書物の中に飾られる、一枚の絵。
少女たちにも、ましてや剣にもそれが何かは分からない。
だが、剣は“見ていた”。憶えていた。

―――― 一人の人間と、一匹の竜が寄りそって立っている……とても不思議な絵だったわ。



『………エ………イ、ナール……』

630リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:04:32 ID:MjKNi4V60
マーニ・カティの想い出を叩きこまれた闇が、闇に喰われた誰かが、微かに呟く。
「それが、始まりだ!! 貴方の想いの、真の名だ!!」
その言葉を聞き逃さず、ジョウイは魔剣を輝かせ、真名を以て闇に誓約を行う。
人名か、地名か。その名が何の意味を持つのかはジョウイには分からない。
分かるのはただ一つ。闇は、彼は、そのために闇に落ちたのだ。
その名前こそが、全ての始まりだったのだ。失いたくない何かだったのだ。
ならば、終われる。永遠ではない。
始まりがあるのならば、いつか必ず終わりがある。終われるのだ。

「貴方もだ。憎悪よ、無色の――――否、人間を愛した、物真似師の憎悪よ!!」

闇を制したジョウイの意志は、次いで魔剣の内側へと向かい合う。
オディオの系譜であるその憎悪は、闇よりも深く重い。
だが、それでもジョウイは耐え続ける。逃げず、真っ向から向かい合う。
「僕は、貴方を模造品だと、強大な力だと考え続けていた。
 それをまず謝罪する。力とは、想いより流れ出る魔法だ。
 僕はまず、貴方の想いと向き合わなければならなかった」
それこそが、ボタンの掛け違いの始まりだった。
オディオの代替だと決めつけ、オディオばかりをみて、この憎悪を省みなかった。
それでこの想いを背負える道理など、あるはずもない。
「汝に問う。憎悪よ、永遠に憎み続けるものだというのなら、
 なぜお前はここにいる。終わらないものだというのならば、なぜお前はここにいる!?」
憎悪を遡る。雷が落ちるよりも、天から降り注ぐよりも前へ。
所詮、オディオの贋作。本人でない以上、憎悪に理由もなにもない。
だが、それでも物真似師はそれを生んだ。何のために憎悪は生を受けた?
生まれてすぐに、空へと飛び立ったのは、何のためだ?
「守りたかったからだろう! 全てを失ってでも、失いたくない光があったからだろう!!」
お前はそのために生まれたのだと、敗者は宣言する。
たとえその後全てを憎悪に塗り潰そうが、ただの力と思われようが、汚物のように蔑まれようが、
それでも、それでも生まれた瞬間、お前は確かに必要とされて生まれ、誰かを守るために在ったのだ。
ならば、繋がれる。たとえその憎悪と同調できずとも――――憎悪を生みし始まりの願いならば、届く。

「だから、来い。その願いは僕も抱いた想いだ。
 どうか背負わせてほしい。永遠に続くオディオではなく、楽園<おわり>へ続く想いとして!!」

殺すのでも、無かったことにするのでもなく、終わらせる。
その叫びに魔剣が再び色めき立つ。真紅ではなく、金色の光として。
そして、ジョウイの右目が変質していく。
盾の碧だった色彩は憎悪の金色へと変わり、人間の眼球は狼の如き獣眼となる。
これが憎悪だ。どう言い繕うとも、憎悪は憎悪。肉体すら変じさせ、全てを呑み込む闇だ。
そして、闇魔道もまた同様。闇を欲すれば闇に喰われる運命だ。

631リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:05:16 ID:MjKNi4V60
憎悪のまま、闇のままジョウイはそれらを背負う。
奪うと強く認識し、所有者が彼らであったと強く戒めて背負う。
憎悪も闇も、その毒性を以て伐剣王を蝕むだろう。
だが、それでいい。民の憎悪を背負えずして何が王か。
胸に抱く魔法――傷つかない世界を、失われない楽園を伐剣王は想い続ける。

「それがいつかとまでは約束できない。でも、そのときまで僕も共に歩き続ける。
 たとえ、永遠のように闇が続こうとも、僕は二度と止まらない」

オディオの忠告の通り、きっとそれは限りなく不可能なのだろう。
永遠に等しい時間の中で、憎悪に奪われ、時の復讐者に喰われ続けるだろう。
それがどうした。
奪いたければ奪うがいい。喰いたければ喰うがいい。
それでも理想は失われない。楽園は傷つかない。
紋章に冠した名の如く、何度塗り潰されようと、滅ばずに始まり続けるのだ。
いつか楽園が完成するその日まで。願いが終わるその時まで。

「あの日、確かに在った光を想って歩き続ける――――
 それが、かつてこの座にいた者が僕に遺した、闇の使い方だ!!」

闇が魔剣の中に吸い込まれ、暴れ狂っていた金色の光が澄み渡る。
獣と化した右眼を憎悪の金色に輝かせながら、
それでも人間として目指すべき場所を見続ける一人の愚者がそこにいた。
無限に続く世界を渡り歩いてでも、答えを探し続けて闇に進んだ、オディオではない魔王のように。
“魔王”として、この理想を貫き通すと、その身体で示していた。

アビリティドレインが終了し、魔剣の光が収まる。
憎悪を負った証である金色の獣眼が、吸収しきれずに残った闇を睨みつける。
そこには魔剣にも取り込めない、想いも祈りもなにもないただの力が、
闇魔道の純然たる権化が残るだけだった。

632リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:05:55 ID:MjKNi4V60
Climax 02 魔王になるということ

Scene Player――――ジョウイ=ブライト

泥は残った闇を守るようにして、島の中心へとその身を寄せる。
憎悪を背負った伐剣王が、金色の魔剣を携え死喰いへと疾走する。
足を前に出すたびに泥は飛沫となってジョウイを穢し、阻もうとするが、その歩みを止めるには至らない。
泥がいよいよ危機感を覚え、圧倒的な質量で全方向から喰らい尽くそうとする中を疾走する。
勇者ならば、あるいは英雄とよばれる者ならば。
希望を、勇気を、愛を、欲望を、人が生きるための想いを抱くならば、死も闇も憎悪も切り裂いて進めるだろう。
彼にはそれがない。希望はなく、勇気は乏しく、愛は足りず、欲望は歪んでいる。

『AAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!』

だけど、その道に導きを見た者はいた。
8割近くを泥に喰い尽くされたゴーストロードが、最後の想いを振り絞って闘気を発動する。
邪魔はさせぬと、その道を阻ませぬというありったけの邪念で、ジョウイに迫る泥の動きを遅滞する。
その様に、ジョウイは僅かに奥歯を軋ませ、それでも亡将を省みることなく島の中心へと走る。
イスラの慟哭が、ジョウイの脳裏を掠める。
彼の言うとおりだ。ぼくが、オスティア候から終わりを奪ったのだ。
その事実は消えないし、奪ったものを返すこともできない。
ならばそれを抱いて前に進む。奪い尽くして、前に進む。
奪ったのならば、より大きなものを与えなければならない。
全てを失った王が祈り続けた、餓えぬ国を、民の笑顔を、貴族も貧民も、
勝者も敗者もない世界を――――何一つ失わない楽園を、それを成す新しき法を、秩序を生む。
たとえ、代わりの利かぬものだとしても、それだけが王にできることだから。
君たちが泣ける世界のためなら、ぼくたちの涙などいらないのだから。


「全部、奪う気なの……死も、憎悪も、闇も、全て……」
酒を呑む手さえも止めて、メイメイはジョウイを見つめる。
「……そこまでする必要あるの? 人の身で、どうしてそこまで……」
その様に、メイメイは驚嘆するしかない。
彼は英雄と呼ばれる者の気質をもたぬ、資格なき人間だ。
器ではない。故に彼はこの先に進めない。その先に待つのは破滅しかない。
資格はない。故に彼はここで沈む。宿罪に呑まれた彼にハッピーエンドは存在しない。
それを承知で、彼は走っている。
先ほどまでの彼は、魔法によって自分が歩く理由こそ知ったものの、
その歩みは先の見えぬ闇におっかなびっくり進むような足取りだった。
だが、今は違う。その爪先には体重が乗り、明確に進む先を見据えている。
いったい上で何を知ったのか、その理由を問わずにはいられなかった。

「戦いの誓い――――」

633リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:06:32 ID:MjKNi4V60
闘気に怯んだ泥の隙間を縫って走り続けるジョウイは、問いが聞こえどそれに応える余裕を持たない。
代わりとばかりに紡がれた紋章術の名に、不滅なる始まりの紋章がどくりと鳴動する。
そして、ジョウイの背に、黒い靄のようなものがまとわりつく。
それは嘆きだった。怒りだった。悲しみで、憂いだった。
失われたもの、終わったもの、奪われたもの。
紋章と魔剣に刻まれたそれらの記憶が、無色の憎悪と結びつき、負の感情と化して形となる。
ハイランド、都市同盟、忘れられた島、エレブ大陸。
様々な世界の記憶を取り込んだ、魔剣に生ずる怨嗟は、千や万ではもはや利かない。
彼らが在る限り、ジョウイはその歩みを止めることはできない。
自分は器ではない。それでも、背負ってしまったものがある以上、足を止めるわけにはいかない。
魔王の外套のようにジョウイの背を覆う黒き波濤が、ジョウイを縛り付けている。
彼らが背を押す以上、ジョウイはどれだけふらつこうが地獄の中で足を動かすしかなかった。

「つらぬく者――――」

だが、ジョウイはこの足を歩ませる想いが好意だと知った。
そして、今のジョウイは、この地獄を進むための標を紅の賢姫から得ていた。

それは、ある男の物語。
資格が無いと告げられた。お前にその聖剣は抜けぬと雷鳴を以て返された。
お前は、英雄にはなれないと、言われてしまった。

だけど、彼は頷かなかった。

資格が無いなら、資格を得ようと奮うべきだ。
認められないのなら、認められるように努めればいい。
英雄になるのだ。世界を、未来を守るために。英雄にならなければならないのだ。

世界が私を英雄と認めぬなら、認めさせよう。
たとえ誰に否定されようが、たとえ何を失おうが。
私は英雄となって世界を守ろう。そこにたとえ血を流そうとも。

その意志だけで、彼は世界<ファルガイア>を変革した。

634リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:07:35 ID:MjKNi4V60
彼の方法論の是非を問うつもりは更々ない。
彼が英雄になりたかっただけなのか、世界を救うための手段として英雄になりたかったのかも分からない。
だけどただ一点、分かることがある。
彼は貫いた。己が意志を世界に貫いた。
誰が認めずとも、間違いだと言っても、資格が無くとも。
ありとあらゆる手段を用い、果てを目指し、走り抜けた。
彼は、己が想いを――――魔法を以て世界を変えた。“王に至った”のだ。



「デュアルキャスト――――」



正統たる魔女の呪文と共に、魔剣が再び金色に輝きだす。
先人への畏敬を込めて、ジョウイは魔法を研ぎ澄ませる。
リルカには似ているとは言われたが、全然だ。彼の懊悩に比べれば、この魔法の何と弱いことか。
資格が無いのなら、努力すればいい。それだけのことではないか。
楽園から小鳥が飛びだしたのならば、それはその場所が居心地悪かっただけのこと。
まだ完全ではないと指摘してくれただけで十分。より良くなるように努めればいい。

魔王となるのにも資格などない。出来る出来ないなど問題にならない。
力でも血でもなく、この想いのみで魔王となり、全てを背負おう。

(だから、お前もだ死喰い。その妄念も、僕が叶え、背負ってみせる!!)

635リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:08:06 ID:MjKNi4V60
そのためにも、ここで死喰いに想いを与える必要がある。
力にするべく生むためだけではない。この想いを、伝え、知らしめ、認めさせるために。
伐剣王の踏み込みが加速する。背負ったものを、前へと進む意志へと変えていく。
犠牲に縛られるのではなく、犠牲になった人たちを想い、だからこそ楽園を創りたいと願う。
屍を増やす道だとしても、失われていい命なんてないと知っても、その屍を背負って地獄を進もう。
オスティア候、災いを招く者、ノーブルレッド。
生きている間は、絶対に交わらなかったはずのものさえも背負う。
たとえ進む道が違っても、始まりの願いと終わりの場所はきっと繋がれると信じて。
『しなければならない』と『したい』ことは、きっと同じことのだと信じて、
背負ったものの重みを魔法へと変えて、この金色の一閃に賭す。




「――――『つらぬく誓い』ッ!!」




憎悪に輝く金色の一太刀が、島の中心へと打ち込まれた。
複合紋章術によって高められた魔力が、剣撃の威力としてグラブ・ル・ガブルへと穿たれる。
泥と合一したラヴォスの亡霊と、そしてその中に眠るルクレチアへと届けと、
蒼き泥の粒子一つ一つに、4つの想いさえも越えた魔法が刻まれる。
憎悪を制し、なおかつ想いを極めたジョウイの魔法は死喰いを誕生させるのに十分だろう。
城へと、街へと、山へと、全てに伝わるように。
全てを失った者たちに、この導きが届くようにと、死喰いの内的宇宙を照らす。
このままならオディオを憎悪し、オディオに憎悪され、
何一つ望むまま終われなかった者たちはこの光を掴むだろう。
ジョウイにはその確信があった。
このまま奪うことは容易い。誕生させて力にすることも不可能ではないだろう。

(そんなに生れたいか。生れたいと子宮で暴れるか。
 ――――――――ならば問う。“貴方たちは、生まれて何をしたい”)

636リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:08:40 ID:MjKNi4V60
“だが、敢えてジョウイはその光を収める”。
代わりに、死喰いの奥深くへ問いを投げかける。
これは赤子なのだ。光を見れば喰わずにはいられない。
そのくせ食事の作法も知らないから、希望も欲望も勇気も愛も喰いきれない。
力だけの、本能だけの胎児。
今ここでジョウイが奪ったとしても、それは何もわからぬ子供を攫ったに過ぎない。
それは背負うとは言わない。死喰いの選択が介在していないのだ。
召喚獣として呼び出すのならば、それは力を減じさせることになる。

(それほどまで生れたいのなら、手伝ってやろう。だから、生れて何をしたいのかを決めておけ。
 その答えが、それがぼくの魔法に繋がるのならば、ぼくが背負おう)

ジョウイの懐から自分の首輪の感応石がこぼれ、ルクレチアへと落ちていく。
奪うのならば、まず与えなければならない。故に伐剣王は、死喰いの想いを確かめる。
この導きを知って、それでなお掴むかどうかの選択を許そう。
もしも共にあれるのならば、そのときこそ誓約を結ぼう。
その意が伝わったか、泥は今度こそ海へと還っていくいった。

637リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:09:35 ID:MjKNi4V60
ENDING PHASE

ENDING 1 継承

Scene Player――――グレートロード

静かに流れゆく星の泥の中で、ゴーストロードは立っていた。
いや、足の影すら残っていない今の状態で立っていた、というのは語弊がある。
千路に食いちぎられた魂が、油汚れのように染み着いている。
そういう表現が妥当なほどの残滓だった。
とうに肉体も依代もなく、授けられた斧の影も砕け、もう幾ばくの時間もあるまい。
放っておけば自然に消える。

そんな影の前で、泥がじゃぶりと波打った。
彼を縛り、呪った男が、彼の目の前に立ち、己の姿をじっと見つめていた。
「御苦労でした。死喰いは僕たちの掌中に収まった。
 これで、勝利の可能性ができた。貴方は任務を全うしました」
無機質な事後報告。感覚も残されていないゴーストロードにそれを述べる伐剣王の表情は分からない。
だが、亡霊はそれでも良かった。
感謝も謝辞も必要ない。ただ、このままでは終わりきれないと思っただけなのだから。
「……貴方は、最後、人として戦いたかったのですね。
 彼らと、勇気を持った彼らを見て、魔剣の加護を捨ててでも、
 己の個我で、彼らに向かい合いたかったのですね」
少しだけ、王の湿っぽい声が聞こえる。
もはやその言葉に想えることも無かった。
そうであったのか、託された任務のためだったのか。
もう思い出せない。
人としての想いを置いてきたこの身は、全て失ってしまった無様な王でしかない。
「……貴方には、殿を命じました。全てを賭して礎となれとぼくが命じました。
そのために必要な全てを与えました」
死に恥を晒し続ける将に、伐剣王は冷たく言い放つ。
「だから、貴方は知らないでしょうが……僕がラグナロクに力を供給しました。
 だってミスティックを使ったのですから。僕を通さなければできるはずもない」
亡霊は、消えゆく中で、それを黙って聞いていた。何を言われても、言い返すことはしない。
「ぼくが、ラグナロクを暴走させました。
 ジャスティーンの力を見定めるために、捨て石にしたんですよ。
 それを傀儡に過ぎない貴方が、さも自分がやったかのように嘆くなんて」
語気を強めて、伐剣王は続ける。
お前は馬鹿だと愚かだと、手のひらで踊った人形をこき下ろす。
「もう一度言います。ぼくが命じました。全てを賭して戦えと命じました。
 貴方はそれを全うした。その結果によって貴方の守りたかったものは壊れたのだ。
 判断ミスで失った? 自惚れないでください。貴方に自由意志などない。
 貴方は僕の命令を完璧に達した。それだけが真実だ!!」
軍の行動によって生じた責任は、命じられたものではなく、命じた者がそれを負う。
そんな杓子定規な軍隊の原則論を、神秘的な泥の海で、賢しら気に振り回している。
そんな子供に、亡霊は身を震わせた。気恥ずかしさで悶えそうになったのかもしれない。
「だから、僕を恨んで下さい。僕だけを憎んで下さい。
 許しは乞わない。さよならも言わない。だけど」
向いていないのだろうな、と思った。
素直にさよならと、すまないと言えば楽だろうに、それを言わない。
悪逆非道な魔王の演技が1分も保たずに剥げ落ちている。

「後悔だけはさせません。いつか必ずや、貴方が拓いた理想郷の先の、楽園で」

それでも、この背中に負った物を忘れないでいてくれるのならば、それを拒める道理はなかった。
亡霊の影が、粒子となって完全に砕け散る。その粒が、魔剣の中に吸い込まれていった。
人としての終わりを、未来を見た少年に預け、
王として終われぬものを、理想を見た魔王に預け、

何も為せず全てを失った男の終わりは、不思議なくらい軽やかだった。

638リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:10:29 ID:MjKNi4V60
ENDING 02 決戦の足音

Scene Player――――メイメイさん

「最後、手を抜いたでしょ?」
花咲く地底の楽園で、メイメイは新しく酒を注ぎながらジョウイに尋ねた。
71階に戻り抜剣状態を解除したジョウイがメイメイの方を向く。
精神のみであったとはいえ、激戦を終えたその顔は涼やかで、異変を感じさせない。
ただ、獣のような右目が金色に輝いていることだけを除けば。
「あの場で死喰いを誕生させようと思えばできた。でもしなかった。それはなぜか、聞いてもいい?」
「……理由は2つです。1つは、あの闇を完全に吸い切れなかったから」
ジョウイがアビリティドレインで魔剣に取り込んだのは、
災いを招く者が闇に踏み行った想い――――いわば始まりだ。
だが、闇を極めれば極めるほどに始まりの想いは失われ、ただ力を渇望する存在へと墜ちてしまった。
「貴方の想いで取り込むには、破滅に寄りすぎている、と」
「そうですね。破滅だけを純粋に願われてはこの魔剣では背負えない。
 この中に入った闇魔道を使って、死喰いを生むしかない」
そう言って、ジョウイは自分の右目を擦る。
理想を以て憎悪と闇を制するという無茶を行ったからこそジョウイは理解する。
あれを取り込むならば、恐らく人間を捨てなければならない。
獣に、オディオに墜ちなければ、始まりの想いを捨てなければ手に入らないだろう。
それを認めることはジョウイにはできない。
この理想を貫くためには、そこに墜ちるわけにはいかないのだ。
「でも、不完全でも生むだけならたぶん半分の闇魔道で十分でしょう? 想いもそれなりに食べたでしょうし」
「……逆に聞きますが、ガーディアンロード相手に不完全な死喰いをぶつけて勝てると思います?」
「ノーコメントで」
ただ死喰いを誕生させるだけならば、今のジョウイでも十分可能だ。
そこそこの想いで、半端な術式で、それなりの憎悪でも生むには十分だろう。
だが、ゴーストロードが残したイスラ達との抗戦記憶に、
核識を通じて識ったロザリーの歌を魔剣から連れ出したピサロの愛と、
セッツァーの祈りさえも乗っ取るような希望と欲望。
それらを知ってしまった以上、もはや死喰いを出せば確定で勝てるという考えは捨てなければならない。
「特にジャスティーンはまだ延び代を残しているように見えました。
 この状況下での単独投入は下の下策です。召喚するならば、相応の仕掛けを打つ必要があります」
「でも、そんな悠長なことしてていいの?
 貴方が永く保たないのは言うまでもないし、貴方が死喰いを誕生できると分かったら、
 オル様が先取りして誕生させるかもしれないわよ?」
少しだけ身を案じるようなそぶりでメイメイはジョウイに尋ねた。
憎悪と同調せずに制するという道を選んだ以上、ジョウイのタイムリミットは変わらず存在する。
いかに制御できようが、毒に触れればいずれ蝕まれるように。
それに、ジョウイが死喰いを誕生できると分かれば、オディオとて黙ってはいられまい。
なんらかの手を講じる可能性も否定はできない。
「それはないですよ。オディオは別に戦力として死喰いが欲しい訳じゃない。
 オディオはそれがどういう形で生まれるのかが見たいだけだ。
 むしろ、不完全な形で召喚する方が、オディオの機嫌を損ねるでしょう」
だが、ジョウイはそれはないと断じる。
オディオの目的は、勝者に敗者を省みらせるという一点に集約される。
ならば、世界の敗者とこの島での敗者を練り合わせて生まれる死喰いはまさに敗者の象徴となるだろう。
それを、自分の手に入らないからと先走って、不完全な形で誕生させるメリットは全くないのだ。
少なくとも、誕生を完全な形で為そうとする限り、オディオは手を出さないだろう。
それこそが、ジョウイが完成度を優先する理由の2つめだ。

(……それに、死喰いにも約束した。時間を与え、完全な形で生を与えると)

639リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:11:14 ID:MjKNi4V60
蒼き門を通じて泥の海に置いてきた感応石を思い出しながら、ジョウイは死喰いを想う。
理由はまだ分からないが、死喰いはより完全な形で生まれたがっている。
それ知りながらジョウイの個人的な都合で早産にする訳にもいかなかった。
「ふーん、死喰い誕生の最低ラインは突破したから、
 後はそれで勝てるように完成度を高める……ってのは分かったわ。
 で、実際どうするの? ここで闇魔道を解析しながら、儀式を完璧にする?」
ジョウイの方針を聞いてそれなりに納得したメイメイはその先を促す。
このまま待ちの戦略を取るような可愛い気があるようには見えなかったのだ。
「……メイメイさんに、一つお願いがあるのですが。これを、彼らに届けてあげてくれませんか?」
ジョウイは返答の代わりにメイメイに一冊の書物を渡す。
それはマリアベルが死の淵で認めた欲望の書物に他ならなかった。
「いいの? これを渡したら、いずれ首輪解かれちゃうわよ?
 そうなったら禁止エリアなんて――――ッ!?」
そこまで言って、メイメイはジョウイの目論見を理解した。
この書に書かれた事実を知れば、彼らは否応なく死喰いにたどり着くだろう。
そうなれば彼らはここを無視できない。
ここに背を向けて空中城を攻めるのは危険すぎる。
彼らは死喰いを何とかするべく首輪を解除してこちらに来るだろう。

「……ぼくはこの地で彼らを迎撃します。
 彼らが来るまでに可能な限り闇魔道を完成させ、
 たどり着いた彼らを殺し死を喰わせ、それを以て死喰いを完成させる」

ジョウイの背後に門が生じ、そこから2つの影が現れる。
一人は鋭い眼が印象的な猛犬の如き将で、一人は角張った顔に浮かぶ冷徹な表情が印象的な将だった。
シード、クルガン。紋章の記憶と憎悪より形作られた亡霊。
ただ違うのは、そこには曖昧な亡霊ではなく、明確な肉体があったということだ。
白磁の如き肌、黒髪と金の眼が特徴的なそれは、紛う事なきモルフの肉体。
グラブ・ル・ガブルの生命と亡霊を組み合わせて作られたモルフだった。
「勝ちます。希望も勇気も欲望も愛も、憎悪も越えて、魔法を以て王に至るために」
その宣言と共に、巨大感応石が鳴動する。
島自体が脈動するかのように響いた鼓動は、死喰いの中に更なる死が送り込まれた証だった。
希望と欲望を喰らったセッツァーの死を喰い、死喰いが更なる高みを知った証だった。
全ての幸いを喰らうセッツァーの想いを取り込んだ以上、
もう首輪が在ろうがなかろうが、死喰いは死を取り込むだろう。
「彼らにはゲートホルダーもある。あまり時間をかけるわけにもいかない。直ぐに準備を始めます」
ジョウイはそう言って立ち上がり、モルフとなった将達から魔王の外套と絶望の棍を受け取る。
外套の一部を千切り、憎悪に歪んだ右眼を隠しながら、彼はついに魔王を背負った。

「……分かったわ。もう試すようなことは言わない。だけど、最後に一つ教えてくれない?」

640リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:12:52 ID:MjKNi4V60
全ての運命が加速し始める感覚を覚えながら、
メイメイはふと、楽園のなかの一輪の花に手を添える。
「貴方の戦いによって楽園は手にはいるかもしれない。
 そしてそのために血は流れるでしょう。この花も赤く染まるでしょう。
 でも、白い花が好きな人もいるでしょう。そんな人たちのために、貴方は何ができるかしら?」
この楽園を血に染めてでも勝利を掴む覚悟があるのかと、占い師は問う。
はっきり言って答えの出ない問題だ。出題者と回答者の溝がでかすぎる。

「守りますよ、赤い花を。ずっと、ずっと。
 いつか、誰もが赤色を忘れて、それを白いと言ってくれるまで」

それでも、誰よりも弱い魔王は間断なくそう答えた。
血に染めてでも、勝利を掴むと、敗者の王はそう宣言した。

そう、とメイメイは眼鏡の奥でこの島に残った最後の敗者を見つめる。

彼は間違っていない。その始まりの祈りも、終わりの答えも間違っていない。
それでも彼はその道を選んだ。
それだけ人を想えるのに、そこまで自分を知っているのに、選んだ道は破滅の回廊。
正しい道を選んでいるはずなのに、どこかで捻れて歪む。
いったい何が彼をそうさせるのか。そのどうしようもなさはいったい何なのか。

(でも、それが――――)

手にした手記をその力で転移させながら、メイメイは注いだ酒を飲み干した。
それが、人間と言うものかもしれないという言葉ごと。

641リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:13:27 ID:MjKNi4V60
【F7 アララトス遺跡ダンジョン地下71階 二日目 昼】
【ジョウイ=ブライト@幻想水滸伝Ⅱ】
[状態]:クラス『伐剣王』 ダメージ(中)疲労(中)金色の獣眼(右目のみ)
    全身に打撲 首輪解除済み 腹部に傷跡 『魔王』としての覚悟
[装備]:キラーピアス@DQ4 絶望の棍(絶望の鎌の刃がなくなったもの) 天命牙双(左)
[道具]:賢者の石@DQ4 不明支給品×1@ちょこの所持していたもの
    基本支給品 マリアベルの手記 ハイランド士官服 魔王のマント
[思考]
基本:優勝してオディオを継承し、オディオと核識の力で理想の楽園を創り、オディオを終わらせる。
1:魔王として地下71階で迎撃の準備を整える
2:参加者を可能な限り殲滅し、その後死喰いを完全な形で誕生させる
3:メイメイに関してはしばらく様子見
[参戦時期]:獣の紋章戦後、始まりの場所で2主人公を待っているとき
[備考]:ルッカ、リルカと参加している同作品メンバーの情報を得ました。WA2側のことは詳しく聞きました。
    セッツァー達に尋問されたことを話しました。    
※紋章無しの魔法等自分の常識外のことに警戒しています。
※紋章部位 頭:蒼き門の紋章 右:不滅なる始まりの紋章

※無色の憎悪の『始まり』を継承し、憎悪を限定的に制御できるようになりました。
 ただし、毒性はそのままのため、日没までには憎悪に喰われます。

※マリアベルの欲望の残滓を魔剣に取り込んだことで、アビリティドレインが使用可能。
 無色の憎悪を介して伐剣王が背負った(魔剣に想いを取り込んだ者)の能力を限定的に使用できます。
 ただし、その為には死の痛みも含めた全てを背負う必要があります。
 また、ロードブレイザーのようなジョウイの理想に全く繋がらない想いは背負えません。

※アビリティドレインにより『災いを招く者』の力と誓約しました。
 その力とグラブ・ル・ガブルにより、亡霊騎士をモルフ化しました。
 この2体のみ維持のための魔力コストがなくなりましたが、破壊されれば再召喚はできません。

【つらぬく誓い】
不滅なる始まり・Lv3紋章術。魔剣の中の憎悪を制したことで使用可能になった。
魔剣の中にある犠牲になってきた人たちの負の感情を高揚させ、魔力に変換して使用者をブーストする。
彼らに操られるのではなく、彼らを背負うという誓いが、伐剣王の魔法を遥か高き大地へと押し上げる。
一目見れば誰でもわかる、魔王が抱くその矛盾はあまりにも惨くおぞましい。
それでも、その矛盾を貫かなければ始まりは開かれない。


 *ロザリーが見たのは、死喰いに喰われたルクレチア@LALでした。
 ルクレチア以外の場所(魔王山等)が死喰いの中にあるかは不明。
 *召喚獣を使い、遺跡ダンジョンの地下1階〜地下70階までを把握しました。
 *メイメイが地下71階に待機し、オディオにも通じる状態でジョウイを観察しています
 *死喰いの誕生とは、憎悪によって『災いを招く者の闇魔道』を起動させることで、
  グラブ・ル・ガブルとプチラヴォスの亡霊をモルフとして再誕させることです。
  ただし、現在は闇魔道の半分がジョウイの魔剣に封じられたため、
  現時点ではジョウイにもオディオにも不完全な形でしか誕生できません。

642リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:14:24 ID:MjKNi4V60
ENDING 03 そして彼らもまた集う

Scene Player――――アナスタシア=ルン=ヴァレリア


「ティムくんったら少し観ないうちに、
 おちんぎん(ARMS隊員としての)、こーんなに大きくしちゃって……
 コレットちゃんのことを思って、がんばっちゃったんだぁ……
 ほら、こんなにパンパンになっちゃってるよ?(がまぐちが)
 三ヶ月も貯めちゃうなんて、ふふ、我慢強い子は大好きよ?
 
 でも、貯めすぎっていろいろ良くないから……(節税的な意味で)
 ね? 出費しちゃいましょ? 気を楽にして……お姉さんが手伝ってあげるから……
 ぐへへへへええへへへええ―――――――ほげえッ!!!!」

スウィートな夢を見ていたアナスタシアの目を覚ましたのは、本の角だった。
斜め45度に傾いて自由落下した本は、このように目覚ましの役割すら果たす。
「誰よ! はにぃであふぅできっちゅなスんばらすぃドリーミンに浸っていたってのに!
 安眠妨害とか訴訟? もうこれは訴訟も辞さないってこと? 上等ッ、表出ろやぁ!!」
「……屋外だろうが」

映像にするといろいろコードに引っかかりそうな夢から現実に引き戻されて怒り心頭なアナスタシアに、ピサロが呆れたように応じる。
ピサロは既に目を覚まし、砲剣の握りを確かめている。
「口開くなよリア充、黙って爆発しろよ(おはよう、ピサロ! すがすがしい朝ね!!)」
鼻血を吹きながらいい笑顔で挨拶するアナスタシアを見て引き金にかかるピサロの指に力が入るが、
ロザリーのことを3回ほど思い出したところで力を緩めることに成功した。
「……貴様の仲間が呼んでいるぞ」
ピサロが促したその先には、先ほどまで戦場を隔てていた壁だった。
鼻をこすりながらアナスタシアが耳を傾けると、
その向こうから、アナスタシアやアキラを呼ぶストレイボウの声が聞こえてきた。
あたりを見回せば戦闘らしき音はなく、どうやら全ての戦闘は片づいたらしい。

「あなたが答えればいいじゃない?」
「……勘違いの上でもう一戦したいというのなら、やぶさかではないぞ」

どうやらピサロはアナスタシアが目覚めるのを待っていたらしい。
返事をしてアナスタシアが死んだと思われ、戦闘に発展する可能性を危惧したのだろう。
やはり、戦う気はもうないらしい。

「聞こえてるわよー! 今から壁ぶった切るから、少し離れてなさーい」

643リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:15:02 ID:MjKNi4V60
扉を開けるから離れてなさいというのと同レベルの気安さで、
アナスタシアは退いていろという。
「……山にもほどがあるだろう」
「なんか言った? まあいいけど。そういえば、そろそろ出せるかしら、ルシエド……ふんっ」
ピサロの呆れたような言葉を聞き逃し、アナスタシアは欲望を高め、巨大な聖剣ルシエドを具現する。
「……セッツァー……」
問題なく召喚された聖剣を見て、ピサロは僅かに顔を曇らせる。
ルシエドが出現したことの意味を理解できないほど、ピサロは忘八者ではない。
「…………?」
「どうした、アナスタシア」
だが、一向にルシエドを振らないアナスタシアを怪訝に思い、
ピサロはアナスタシアに声をかける。
「ん? いや、何でもないわよ。見てなさい……ふん!!」
アナスタシアの斬撃によって、隆起した壁が両断される。
常人から見れば明らかにおかしいが、アナスタシアならばさほど不思議ではない。
だが、その光景に僅かな安堵を滲ませていたのは、当のアナスタシア本人だった。
「んー? なに、こっちを見つめて……いやらしい」
「馬鹿を言え。……装填」
ピサロの視線に感づいたアナスタシアが、おどけるように身をくねらすと、
考えるだけ阿呆臭いと目を背けながら、ピサロは砲剣に魔力を込める。
放たれた砲撃は、飴のように壁をくり抜き、アキラたちのいるエリアへの道を開く。
完全とは言えないが、戦闘可能な程度には魔力も戻ったらしい。

「こんなものか。人間どもに事情を説明するのも億劫だが、致し方ないか……」
「ねえ、ピサロ、これ貴方の?」

ストレイボウたちの影が大きくなっているのを見続けるピサロに、
ツインテールを解いてポニーに戻しながらアナスタシアが声をかける。
その手には、先ほどアナスタシアの眼を覚ました一冊の本があった。
だが、ピサロには当然思い当たる節もなかった。

そう、とアナスタシアはデイバックにそれをしまい込む。
読むのは他のみんなの状況を確認したあとでもいいだろう。
そう意識を切り替えて、アナスタシアは彼ら3人を迎えた。
その手に残る、本の重みを振り払うように。


この後、彼らは知ることになる。
イスラたちが戦い抜いた勇気の物語を。アナスタシアが吼えた愛の物語を。
眠りから覚め、散乱した遺品を集めて待つアキラだけが継げる希望の物語を。

そして、その書に記された、賢者の物語を。
最後のページだけ白紙となった愚者の物語だけは知らぬまま。

644リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:16:08 ID:MjKNi4V60
【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 昼】
【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:書き込みによる精神ダメージ(中)右手欠損『覚悟の証』である刺傷 瀕死 疲労(極大)胸に小穴、勇気(真)
[装備]:天空の剣(二段開放)@DQ4+WA2 覆面@もとのマント
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本:燃え尽きた自分を本当の意味で終わらせる
1:イスラを引っ張ってストレイボウの仲間たちと合流する
2:友の願いは守りたい
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)
[備考]
※ロードブレイザーの完全消失及び、紅の暴君を失ったことでこれ以上の精神ダメージはなくなりました。
 ただし、受けた損傷は変わらず存在します。その分の回復もできません。(最大HP90%減相当)
※天空の剣(二段開放)は、天空の剣本来の能力に加え、クリティカル率が50%アップしています。


【イスラ・レヴィノス@サモンナイト3】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(極)、心眼、勇猛果敢:領域支配を無効化 
[装備]:魔界の剣@DQ4、ドーリーショット@アークザラッドⅡ、サモナイト石“勇気の紋章”@サモンナイト3+WA2
[道具]:基本支給品×2、
[思考]
基本:――
1:――
[参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている)
[備考]
※高原、クロノ、マッシュ、ユーリル、ヘクトル、ブラッドの仲間と要注意人物を把握済み。
※フォース・ロックオンプラス、ブーストアタックが使用可能です。
※サモナイト石“勇気の紋章”のおかげでカスタムコマンド“ブランチザップ”が限定的に使用可能です。
 通常攻撃の全体攻撃化か、通常攻撃の威力を1.5倍に押し上げられますが、本来の形である全体に1.5倍攻撃はまだ扱えません。
 また、本来ミーディアムにあるステータス補正STR20%SOR10%RES30%アップもありません。


【ストレイボウ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(極)、心労(中)勇気(大)ルッカの知識・技術を継承
[装備]:フォルブレイズ@FE烈火の剣、“勇者”と“英雄”バッジ@クロノ・トリガー+クロノ・トリガーDS
[道具]:基本支給品一式×2
[思考]
基本:約束と勇気を胸に抱き、魔王オディオを倒してオルステッドを救い、ガルディア王国を護る。  
1:イスラを引っ張って仲間達と合流する
2:ジョウイ、お前は必ず止めてみせる…!
参戦時期:最終編
※アキラ以外の最終編参加キャラも顔は知っています(名前は知りません)
※記憶石によってルッカの知識・技術を得ました。
 ただしちょこ=アクラのケースと異なり完全な別人の記憶なので整理に時間がかかり、完全復元は至難です。
 また知識はあくまで情報であり、付随する思考・感情は残っていません。
 フォルブレイズの補助を重ねることで【ファイア】【ファイガ】【フレア】【プロテクト】は使用可能です。
※“勇者”と“英雄”バッジ:装備中、消費MP2分の1になります。

※首輪に使われている封印の魔剣@サモナイ3の中に 源罪の種子@サモサイ3 により
 集められた 闇黒の支配者@アーク2 の力の残滓が封じられています
 闇黒の支配者本体が封じられているわけではないので、精神干渉してきたり、実体化したりはしません
 基本、首輪の火力を上げるギミックと思っていただければ大丈夫です

※首輪を構成する魔剣の破片と感応石の間にネットワーク(=共界線)が形成されていることを確認しました。
 闇黒の支配者の残滓や原罪によって汚染されたか、そもそも最初から汚染しているかは不明。
 憎悪の精神などが感応石に集められ、感応石から遥か地下へ伸びる共界線に送信されているようです。

645リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:16:57 ID:MjKNi4V60
【アキラ@LIVE A LIVE】
[状態]:HP1/32、疲労(超)、精神力消費(超)
[装備]:パワーマフラー@クロノ・トリガー、激怒の腕輪@クロノ・トリガー、デーモンスピア@DQ4
[道具]:毒蛾のナイフ@DQ4 ブライオン@LIVE A LIVE、基本支給品×5 天使ロティエル@SN3(使用可)
    デスイリュージョン@アークザラッドⅡ、ミラクルシューズ@FFⅥ、いかりのリング@FFⅥ、
    海水浴セット、基本支給品一式、ランダム支給品×1、焼け焦げたリルカの首輪、
    ラストリゾート@FFVI、44マグナム(残弾なし)@LIVE A LIVE、バイオレットレーサー@アーク2
    セッツァーのデイパック、アシュレーのデイパック、
    ちょこのデイパック、拡声器(現実)、日記のようなもの@???
[思考]
基本:ヒーローになる。
1:起きたことを説明する
[参戦時期]:最終編(心のダンジョン攻略済み、ストレイボウの顔を知っている。魔王山に挑む前、オディオとの面識無し)
[備考]:超能力の制限に気付きました。テレポートの使用も最後の手段として考えています。
※カノンの名をアイシャ・ベルナデット、リンの名をリンディスだと思っています。
※松のメッセージ未受信です。


【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:ダメージ(中) 胸部に裂傷、重度失血 左肩に銃創 鼻血 精神疲労(極大)
[装備]:アガートラーム@WA2 マリアベルの手記
[道具]:感応石×3@WA2、ゲートホルダー@クロノトリガー、基本支給品一式×2
[思考]
基本:“自分らしく”生き抜き、“剣の聖女”を超えていく。
1:他のみんなと合流する
2:ジョウイのことはとりあえずこの場が全部終わってから考える
3:今までのことをみんなに話す
[参戦時期]:ED後
[備考]:
※名簿を未確認なまま解読不能までに燃やしました。
※アナスタシアの身にルシエドが宿り、聖剣ルシエドを習得しました。大きさや数ついてはある程度自由が利く模様。
 現在、セッツァーが欲望の咢を支配しているため、剣・狼ともどもルシエドを実体化できません。
※マリアベルの手記の最後には空白のページがあります。後述。


【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:クラス『ピュアピサロ』 ダメージ(大) ニノへの感謝 ロザリーへの純愛 精神疲労(極大)
[装備]:クレストグラフ(5枚)@WA2 愛のミーディアム@WA2 バヨネット
[道具]:基本支給品×2、データタブレット@WA2、双眼鏡@現実
    点名牙双@幻想水滸伝Ⅱ、解体された首輪(感応石) 天罰の杖@DQ4
[思考]
基本:ロザリーを想う。受け取ったロザリーの想いを尊重し、罪を償いロザリーを傷つけない生き方をする
1:償いの方法を探しつつ、今後の方針を考える
[参戦時期]:5章最終決戦直後
[備考]:*クレストグラフの魔法は、下記の5種です。
     ヴォルテック、クイック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック、ハイパーウェポン
    *バヨネットはパラソル+ディフェンダーには魔導アーマーのパーツが流用されており魔導ビームを撃てます
    *ラフティーナの力をバヨネットに込めることで、アルテマを発射可能です。

※マリアベル・ストレイボウ・アキラ・ちょこ・ゴゴ・ジョウイ・アナスタシア・ニノ・ヘクトル・イスラのデイバックに
 首輪解体用工具及び解体手順書が分散して入っていました。
 回収できた分量・及び手順書の復元度はお任せします。

646リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:17:33 ID:MjKNi4V60
Climax 04 ヴェルギリウスの未練(天国篇)

Scene Player――――マリアベル=アーミティッジ

さて、言い遺したことはこれで全部じゃ。
長々と語ってすまなんだな。ときに――――

これを最初に読んだのはアナスタシアか? 
お前には特に何もない。
言いたいことは言ったし、言われたかったことは言ってくれた。
それで十分じゃ。十分すぎるほどにな。その生に幸いあれ、友よ。
読み終わったら、ここで燃やしてくれ。頼む。

これを最初に読んだのはニノか?
1日そこらじゃったが、お主といて、楽しかった。ロザリーも同じじゃったろう。
お主のような子がおるというだけで、この永い世にも少しは楽しみ甲斐があったというものぞ。
だから、笑っておくれ、永き世で最後に出会えた愛し子よ。
子供が癇の虫を起こすと大人は眠れぬのじゃ。どうかそのまま、涙を拭ってこの言葉を捨ててほしい。

これを最初に読んだのはヘクトルか?
先に逝くことになってすまんな。お主には苦労をかけることになる。
なにせ残っておるのがアナスタシアも含めて子供ばかりじゃ。
この衆をまとめられるのはお主くらいしかおるまい。
じゃが、それでもどうか守ってやってくれ。彼ら子供の未来を。
言いたいことはそれだけじゃ。このまま破り捨ててくれ。

これを最初に読んだのはアキラか?
先に述べた通り、お主の力を借りなければ収まらん状況になった。
妾が不甲斐ないばかりに申し訳ない。
なに、心配はない。妾達のフォースと同じよ。
己を信じよ、疑うな。妾の言葉なんぞ捨て去っていけ。
駆け抜けよヒーロー、その足跡こそが道となる。

647>>646修正 ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:18:36 ID:MjKNi4V60
ENDING 04 ヴェルギリウスの未練(天国篇)

Scene Player――――マリアベル=アーミティッジ

さて、言い遺したことはこれで全部じゃ。
長々と語ってすまなんだな。ときに――――

これを最初に読んだのはアナスタシアか? 
お前には特に何もない。
言いたいことは言ったし、言われたかったことは言ってくれた。
それで十分じゃ。十分すぎるほどにな。その生に幸いあれ、友よ。
読み終わったら、ここで燃やしてくれ。頼む。

これを最初に読んだのはニノか?
1日そこらじゃったが、お主といて、楽しかった。ロザリーも同じじゃったろう。
お主のような子がおるというだけで、この永い世にも少しは楽しみ甲斐があったというものぞ。
だから、笑っておくれ、永き世で最後に出会えた愛し子よ。
子供が癇の虫を起こすと大人は眠れぬのじゃ。どうかそのまま、涙を拭ってこの言葉を捨ててほしい。

これを最初に読んだのはヘクトルか?
先に逝くことになってすまんな。お主には苦労をかけることになる。
なにせ残っておるのがアナスタシアも含めて子供ばかりじゃ。
この衆をまとめられるのはお主くらいしかおるまい。
じゃが、それでもどうか守ってやってくれ。彼ら子供の未来を。
言いたいことはそれだけじゃ。このまま破り捨ててくれ。

これを最初に読んだのはアキラか?
先に述べた通り、お主の力を借りなければ収まらん状況になった。
妾が不甲斐ないばかりに申し訳ない。
なに、心配はない。妾達のフォースと同じよ。
己を信じよ、疑うな。妾の言葉なんぞ捨て去っていけ。
駆け抜けよヒーロー、その足跡こそが道となる。

648リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:19:08 ID:MjKNi4V60
これを最初に読んだのはストレイボウか?
開口一番、お主の友を罵倒してすまなんだな。
悔しかったか? だったならそれでよい。その想いのまま、友と向かい合ってやれ。
忘れるな。お主は生きておる。お主の友も然り。
まだ遅くはない。妾を振り返るくらいなら捨て置いて急げ。
きっと、お主の友も待っておるよ。

これを最初に読んだのはちょこか?
見ての通り、アナスタシアは子供じゃ。ひょっとしたらお主よりもな。
ひとりでは危なっかしいから、目を光らせておかねばならんのじゃが。
頼む。もう少し、やつとともにいてやってくれんか。
わらわの代わりではなく、アナスタシアが大好きなお主として。
……ありがとう。この書はここで閉じて、あやつの傍に行くが良い。

これを最初に読んだのはゴゴか?
もうこれが最後と思うが故に言うが、カエルの前例から考えると、恐らくお主とセッツァーは時間平面上でズレておる。
この真実がお主の中のオディオを刺激することを恐れ、言えなかったことを許してほしい。
それでも行くか? ……この書を捨ててでも行くのじゃろうな。止めはせぬよ。
だが、どうか憎悪に呑まれてくれるな。
お主が全てを失っても守りたかった者達が遺したお前を、あ奴らの手で殺させないでくれ。

これを最初に読んだのはイスラか?
お主が会わせたかった娘にも会ってみたかったが、叶わんことになった。
代わりと言ってはなんじゃが、お主が、伝えてくれぬか。
マリアベルという、そやつと似合う娘がおったと、お主が伝えてくれぬか。
なに、お主も捨てたものではないよ。そう言ったであろう。案ずるな。
……ここで書を捨てよ。よいな。必ずじゃ。お主は、特に。

これを最初に読んだのはカエルか?
絶対に許さん。お主には何度煮え湯を飲まされたことか。許すわけなかろう。
たとえわらわ以外の誰もが許そうと許さん。少しでも罪を自覚するなら重みに潰されて朽ち果てよ。
…………運が良かったな。そんな妾はもうここにはおらん。
妾はもう知らぬ、死ぬも生きるも好きにせよ。
ただ、ストレイボウだけは、裏切るなよ。分かったならこれを捨ててさっさと去ね。

649リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:19:59 ID:MjKNi4V60
これを最初に読んだのは魔王か?
お主とは戦中で戟を交えるのみであったな。ブラッドとリルカの件は無論蔑ろにはできぬが、
それを差し引けば……うむ、貴様との戦いはなかなかに心躍ったぞ。
チャンバラで切った張ったも悪くはないが、貴人の決闘としてはいささか品位に欠けるからのう。
機会があれば心行くまで術理戦をしてみたかったが……もはや詮無きこと。
さらばだ魔導の頂点よ。その髄でこの書を灼き、後方を欠いた皆の役に立ててやってくれ。

これを最初に読んだのはピサロか?
……多くは語るまい。お主がこれを読んでおると言うことはロザリーの言葉が届いたということじゃからのう。
手放すなよ。失ったものは真には還らぬ。だが、それは全てが無意味となるのではない。
ほれ、いつまでも死人を見るでない。行くがいい。
その道にロザリーの祝福があらんことを。

これを最初に読んだのはセッツァーか?
直接見えた訳ではないが、ひとかどのことは聞いておる。
……お前の手に掛かれば、この書さえも交渉と謀略の道具になるのじゃろう。
お前だけは、お前だけにはかける言葉が見つからぬ。
お前とゴゴはあまりに近くて遠すぎる。どう転んでも破滅的な結末しか見えぬ。
だが、それでもじゃ。破り捨てて構わぬから、一つ言わせてくれぬか。
もしも、もしも奇跡が起きたのならば、それを素直に受け止めてほしい。
それだけよ。

これを最初に読んだのはジャファルか?
顛末はニノやヘクトルから聞いておる。部外者が口を出すのは野暮じゃが言わせてもらおう。
闇だ光だの、青い嘴でピーピーさえずるでない小僧。
たかが20年さえも生きておらぬ分際で、世界など語るでないわ恥ずかしい。
お前のこれまでの世界に光が無かろうが、それが光の無意味を示すものにはならぬ。
世界は広く真理は遠い。わらわの言葉さえも真理ではない。屑籠行きじゃ。
故に生きよ。傍らの娘と、生を全うせよ。闇を語るのは、それからで遅くない。


さらばじゃ。皆の衆。頼んだぞ。

650リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:20:49 ID:MjKNi4V60














できることならば、遺したくはなかった。
だが、どうにも妾の欲望は、書き遺さずにはおれんようじゃ。

最初に読むのは………………やはりお前なのか、ジョウイ。

651リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:21:50 ID:MjKNi4V60
お前がこれを最初に読むということは、お主はもうアナスタシア達のもとにはおるまい。
妾が死んだ今、お主がこの場に留まる理由もメリットもないからな。
逆に考えれば、お主がこのタイミングで妾を切るということは、
妾達の中に潜むメリット以上の何かがあったということ。
お前が乾坤一擲の大勝負を仕掛けるに足る何かが生じたということ。
だがあの時点でまだセッツァー達は来ておらん。
つまり、お主が真に待っておったのは、魔王とカエル。狙いは、魔鍵ランドルフか……紅の暴君か。

素直に完敗じゃよ。
疑いを持たなかった訳ではないが、仮にセッツァーと協力して裏切ったとしても、
お主がここから全部をひっくり返す手が思いつかんかった。
妾は、最後の最後を読み切れなんだわさ。
死の狭間で、お主の癒しの光の中にあった暗い感情を受けるまではな。

……不思議に思うか?
なぜそれを誰にも、アナスタシアにも言わなかったか。
自惚れるでない小童。妾の時をなんと心得る。
残された友との語らいにくらぶれば、貴様の叛意なぞ時間を割くも勿体ないわ阿呆。
本当、本当に阿呆よ。
もう少し手を抜ききっておれば、感応石での会話も欲望を書き記すことも叶わなかったろうに。
力を半端に強めよって……おかげで死の苦しみが無駄に延びたわい。


お主が優勝して何を願うのかは分からぬ。じゃが、恐らくろくでもないことじゃろう。
皆殺しだ破滅だととか、そういうレベルで収まらぬ何かをな。
あえて言おう。止められぬか。
その先には何もない。お主がその手に何かを掴むことはない。
だから止めてくれぬか。貴様のためなどとは言わん。
アナスタシアやニノ、ちょこ達のために、我慢してくれぬか。
あの雷を、人の心の光を見たじゃろう。
人はいつかそこにたどり着く。それを信じてやってくれぬか。

……それで止まるなら、最初からこのような真似はせんか。
ああ、面倒くさい。本当に面倒くさい奴よの。
なぜそうも面倒なんじゃお主達は。ほんに、よく分からん奴よ。
妾は長い年月、さまざまな人間を見てきた。いい人間も悪い人間もいた。
お主はいい人間か? 違うじゃろう。妾を目的のために見殺すのだから。
ならば悪い人間か? そうでもない。ならばリルカの死を悼むまい。
ああ、分からぬ。この血の気の足りぬ精神ではとんと分からん。
命を想えるくせに、死を良しとする。非道を選べながら、それでも痛みを感じる。
何も言わず、ただ己のみに十字架を背負いたがる。
身の程を知りながら欲しいものを我慢できぬ。人を愛していながら信じられぬ。
何故なのよ。いくら叡智を捻ろうが、この問題だけは最奥にかすりもせぬ。
誰の手も振り払ってでも道を進む強さがありながら、誰の手も掴むことのできぬほど弱い。
賢しくも愚かで、愚かで、愚かすぎて愛おしさすら感じるよ。
なんと矛盾に満ち溢れた存在よ、ジョウイ。分からん。本当に分からんよ貴様達――――『人間』は。

なるほど、このノーブルレッドたる妾が“2度も”読み間違えるのも道理か。

652リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:22:33 ID:MjKNi4V60
……2つ、頼みがある。
1つは、この書を、あ奴らに届けてやってほしい。
それが貴様にとって恐らく不利となることは承知しておる。その上でじゃ。

対価……とは言わぬが、代わりに、一つ面白い話をしてやろう。
ある男の話を。お主の先に疾走した、全てを掴んで全てを失った莫迦の話を。
私見も感情も交えぬ。その男が何を為し、何を成したのかをくれてやる。
あ奴と同じ道を進まんとするお主が、せめて同じところで転ばぬための杖として。

それを語る前に、もう1つじゃ。
お主の道の果てを、わらわに見せよ。お主の末路を、お主の滅びを、お主の結末を見せよ。
あの時、わらわたちが掴み取った選択は真に正しかったのか。
わらわたちが掴み取らなかった選択の先に、何があるのか。
限りなく『人間』たる貴様の往く道が、どうなるのか。それをノーブルレッドに示せ。

いやとは言わせぬよ。貴様には、責任があるゆえの。
殺した責任? まさか。妾はあの選択に後悔はない。責任も糞もないわい。
じゃあ何かと? まさか本気で分からんというわけなかろうな。
あの時――――天から降り注ぐものが全てを滅ぼそうとしたあの時、
わらわはほんの少し……ほんの、ほーんのちょっぴしじゃ……ドッキリしたのよ。
分かるか? 分からんかなー。分からんのかこのバカチンがッ!
あーもー、つまりじゃな、つまりじゃなあ、


―――――妾を抱いた責任、とってくれるな?


くくく、ははははははっ!!
ああ、まったく、馬鹿馬鹿しい。なんで妾が、こんな嘘に引っかかったのか、まったく。
さ、それでは語るとしようか。わらわが消えゆくまで、子守唄のように。
懐かしいな……この感覚は、ああ、こそばゆい……あの時のようじゃ……
知らぬものと、手探りで触れ合うような……
災厄の前、アナスタシアと逢う前にこうしておったように……
なあ……お主の後継に渡したこの手紙は……
お主のところにまで届くであろうか……手紙をやりとりしている間……
妾達は、確かに……友であったのじゃ……
どうして、妾達は……最後まで、友ではいられなかったのかのう……

なあ、アーヴィング……始まりの友に連なる最後の友よ……



※マリアベルの手記の中から、
 ジョウイに当てられた文節のみ(できることならば、遺したくはなかった〜から最後まで)
 不滅なる始まりの紋章に吸収されました。空白以上の痕跡は残っていません。

※ジョウイがアーヴィング=フォルド=ヴァレリアの原作中の行いを知りました

653リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:23:36 ID:MjKNi4V60
NEXT PHASE 

Scene Player――――Game Mastar

『魔族の王』が、『狂皇』が、『魔王』が、『破壊』が、
絆を砕き、心を壊し、怒りを、憎悪を、嘆きを、死を増やす。
それは瞬く間にこの島を覆い、『焔の災厄』となる。
焔は消え、雨が降り、世は暗雲に包まれる。
『闇黒』は『虚言と姦計』を以て霧雨の如く島へと染み込む。

染み込んだ雨は島の深く、深くへと伝わり、やがて一つの泥と交わる。

泥は、『島の意志』は、かつて『大きな火』と崇められたものは、
闇を喰い、憎悪を喰い、力を喰らい『災いを招く者』となる。


それこそが泥の海の墓標――――死を喰らうものに至る地獄巡り。
そして、ついに八界の地獄巡りは終わった。
どのような形であれ、世界最期の日の終わりに、煉獄山は現れる。
この先どう転ぶかなど、観測者でも読めはしない。視えるのはただ一つ。

「――――時間だ」

次の6時間こそが、最後の分岐点であるということだけだ。

654 ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:24:21 ID:MjKNi4V60
投下終了です。指摘、疑問あればどうそ。

655SAVEDATA No.774:2012/12/10(月) 06:43:49 ID:FKR.XWog0
拝読しました。
執筆と投下、ほんとうにお疲れ様でした。
……自分が、ジョウイたちに思っていることや、こんな場所で書き手をやっていて、
賢しくも好きなものの「継ぎ目」を眺めて分かったふりをしてでも書きたいものがあって、
好きなものを、殺してでも書きたくなってしまって、
それを、こんな、かたちにされて……震えないわけがない。
ジョウイの決意は、ジョウイの愚かさは、オディオたちの賢しさは、自分の……
あるいは自分たちのそれでした。それを大事に書いてくださって、ありがとうございました。

二次創作のSSに対する感想としては、これは、あまりに的外れだと思います。
そんな読み方しかできなくなった自分が、自分のことを分不相応に悲しいと感じてしまうほどに。
けれど、この話を読めて良かったと、それだけは伝わってください。

そして余談を。
この章構成は『ダブルクロス』だなあ、と思いましたけれど、『若君(ジョウイ)†覚醒』した
エンディングフェイズのタイトルが「継承(DXデイズ・第一話)」っていうのは、味わい深いです。
朝どころか、夜までももたない彼にこれか……、と。
見当はずれでも、勝手にこれしかない、と思って唸りました。

656SAVEDATA No.774:2012/12/11(火) 21:59:48 ID:HWdpK8RY0
読了! 投下おつでした!
最近すごいSSがガンガン来るどうしよう。
この作品、面白いか面白いくないかで言えば間違いなく面白い。
けれど、そんな感想は相応しくない気がする。
なんといいますか、壮絶なものを感じました。
世界を憎もうにも憎めない。だって大好きだから。
憎いから世界を変えたいんじゃない。たいせつだから楽園を望む。
そんな道は痛いに決まってるのに。辛いって分かってるのに。
ゴーストロードの思念とか、マリアベルの欲望とか、きっとそれ以上のものをこれから背負って。
重くて辛くて苦しくて痛くても邁進するんだろうよ、誓いを貫くために。
ジョウイってほんとうに馬鹿。不器用。
けど、だからこそ尊くて綺麗。
ついに魔王の座に至ったジョウイの結末がどうなるか、怖いけれど楽しみです。

657SAVEDATA No.774:2012/12/13(木) 20:46:35 ID:dLwS4mZ60
投下乙!
うおー、なんていうか、こう、ガツンと来ますよなあ。
だよなあ、ピリカちゃんの事を思えば世界を憎むなんて……うーむ
しかし、世界を憎めないからこそその上を行く"オディオ"になるのかなあって。
マリアベルも、ここまで読めてあの時魂を差し出したのだとすれば……
本当に、投下乙です。

658SAVEDATA No.774:2012/12/17(月) 19:07:31 ID:LB.y0jAU0
遅くなりましたが投下お疲れ様です!
この話の何がすごいって、
>>この島は、この戦いは、敗者の墓標<エピタフ>。風も吹かぬ地の底で嘆き続ける敗者を封じた墓碑。
この一文にガツンときた。
ああ、そうなんだって。ああそうなんだなって。
これまでも度々語られてきたオディオの目的や首輪、舞台についての考察がこの一文にぴたりとハマった感じ。
そんな敗者を顧みさせる世界で、敗者の始まりを省みるジョウイ。
こいつもなあ、背負わせて欲しいって言ってるけどほんとに原作からしてたくさんの人の想いを背負ってるんだよなあ。
先のセッツァー戦は唯我と絆の戦いだったけれど、今度は絆と絆の戦いかあ。
遂に全貌が明らかになったマリアベルの手記もよかった。
掛ける言葉がないとしたセッツァーや、遺したくはないとしたジョウイにさえ言葉を遺して逝ったか。
ジョウイが責任を果たす、頼みを聞いてくれるとマリアベルが信じたのは、 この二人が人間を好きだという点でつながってたからかもなって感じてしんみり

659SAVEDATA No.774:2013/01/15(火) 13:26:53 ID:a5zJm1tM0
集計お疲れ様です。
RPG 149話(+ 2)  7/54 (- 0)  13.0(- 0)

660 ◆6XQgLQ9rNg:2013/02/25(月) 00:05:25 ID:l3C8pPeQ0
第六回放送、投下いたします。

661第六回放送 ◆6XQgLQ9rNg:2013/02/25(月) 00:07:35 ID:l3C8pPeQ0
 喧騒が溢れていた。
 降り注ぐ光は輝かしく眩く温かく、石造りの城下町を照らし上げていた。
 東の山を根城とする魔王に姫が攫われたというのに、町に住まう人々は絶望など微塵も感じていなかった。
 彼らの視線には期待が満ちている。彼らは口々に賞賛を溢れさせている。手を振る者がいる。拳を掲げる者がいる。
 彼らが期待し、讃え、惜しみない声援の先にあるのは、力強い足取りで石畳を往く男の姿だ。
 威風堂々たるその様は輝かしく、燦然と輝く太陽にも劣らない。
 男の一歩には惑いも揺るぎも恐れもなく、澄んだ黒瞳は前だけを見据えている。
 それは、旅立ちのときだった。
 出立に臨む男には勇ましき者を現す誉れ高い称号が与えられている。その称号は、彼には実に相応しい。
 彼の胸には、強い勇気が燃え盛っていた。
 無数の魔物が立ち塞がろうとも、如何なる困難が待ち受けていようとも、魔王がどれほど強大であろうとも。
 退かず怯まず躊躇うことなく、立ち向かい切り開き打ち倒す決意がある。
 培ってきた剣技は身に染み着いており、力となってくれる剣がこの手にはあり、更に隣には背中を預けられる親友がいてくれる。
 だから戦える。この勇気を抱き進んでいける。
 目指す先は魔王山。麗しの姫が、そこで彼を待っている。
 男は姫を心から愛している。姫もまた、男を心から愛してくれている。
 愛する故に、男は彼女を救いたいと想う。愛しさ故に、男は彼女を取り戻したいと願う。
 その願いは、旅立ちの先にある。
 歩みの向こう、今を超えた先にこそ、愛する姫と共に在る平和な日々があると信じられる。
 そんな明日に想いを馳せられる。
 そんな未来を男は強く欲し望むことができる。
 未来を肯定し明日を望み希う、強く激しい想い。
 それは希望でもあり、欲望でもある。
 希望を今日を飛び立つ翼となり、欲望は明日へと向かう衝動となり、男を動かす原動力となるのだった。
 声援を背に受けて、男は城から外へ往く。 
 勇気を握り締めて愛を抱き、欲望を飼い慣らし希望を羽撃かせ、その一歩を踏み出すのだ。

 ◆◆
 
 瞼を持ち上げる。
 瞳に映るのは石造りの広間。
 弱々しい灯火によって照らされる、闇の玉座。
 降り注ぐ輝きからは程遠く、称賛の奔流からはかけ離れた漆黒の世界。
 夢を見ていたわけではない。そも、この身をオディオとしてから、眠りに落ちたことは一度もない。
 故に、瞼の裏に浮かび上がった幻想は記憶だった。
 心の奥底に沈み込ませ縛り付けて封印した、過去の出来事だった。
 もはや思い出すことなどないと思っていた、“勇者オルステッド”の始まりだった。

 ――……よもや、未だ追憶しようとは、な。
 
 この場所には“勇者オルステッド”を構成する要素は塵芥ほどにも存在しない。
 遥かな時の向こうで、勇気は握り潰され愛は枯れ乾き、欲望は遁走し希望は腐り果て、溶け合い、純化し、集約した。
 潰れた勇気も枯れた愛も、欲望の残滓も希望の腐肉も、たった一つの感情へと寄り集まったのだ。
 だというのに。
 だというのに、だ。
 記憶の欠片は縛り付けた鎖の合間からまろび出て、封印の隙間を通り抜け、表層化して弾け飛んだ。
 オディオは視線を動かす。
 昏い瞳に移るのは、ぼうと浮かぶ明かりに照らされる感応石だ。
 四柱の貴種守護獣の脈動と、それらを呼び覚ますほどの強烈な“想い”は、感応石に余さず伝わってきている。
 いや、伝わるなどといった生易しい表現ではない。
 暴力的とすら感じられるほど強引に、見せつけるように高らかに、それらの“想い”は叩きつけられたのだった。
 痛々しいほどに強烈で、荒々しいほどに猛る“想い”は、掌に収まる感応石も、巨大感応石も、砕けてしまいそうなほどに激しかった。
 だがオディオは、それらに中てられたわけでも影響されたわけでも、ましてや屈したわけでもない。
 オディオにとっては勇気の猛りも愛の鼓動も欲望の咆哮も希望の輝きも、憎しみの対象であり源泉なのだ。
 そんなものらが何の意味も成さないと知っている。そんなものらが何の足しにもならないと知っている。
 そんなものらがあったところで、救えなかったものがある。護れなかったものがある。零れ落ちてしまったものがある。捩じれて曲がってくず折れて、壊れ果ててしまったものがある。

662第六回放送 ◆6XQgLQ9rNg:2013/02/25(月) 00:08:15 ID:l3C8pPeQ0
 勝者にはそれが分からない。
 掲げる“想い”が如何に美しく尊くも、その“想い”は相容れぬものの膝を突かせ意志を砕くのだ。
 砕かれたものに未来はない。輝かしい“想い”は、敗者のなれの果てを無意識に無邪気に踏み台にする。
 だから憎む。
 勇気を愛を欲望を希望を。
 かつての自分が抱いた“想い”を、骨の髄まで憎み尽くす。
 勇気が力強ければ力強いほど、愛が激しければ激しいほど、欲望が雄々しければ雄々しいほど、希望が眩ければ眩いほど、応じるように憎しみは肥大化する。
 故に、オディオが過去の幻像を追憶したのは、貴種守護獣を呼び覚ますほどの“想い”が原因ではない。
 
 ――……あれは、確かに始まりであった。
 
 模倣の憎悪に、起源を求める声がした。
 投げかけられたその声は、もはや概念存在とも言える憎しみそのものに、生まれた理由を問いかけたのだ。
 何故ここにいると。
 始まりに足る願いがあったのだろうと。
 拙い声で叫んだのだ。
 憎しみに身を委ねるのではなく、憎しみに意識を浸すのではなく、憎しみに願いを喰わせるのではなく。
 楽園への道をつけるため、たった一人で憎しみを背負い担うと宣言した。
 そうして叫ばれた回顧の願いは、疎まれるだけであった模倣の憎悪を確かに振り返らせ、そして。
 模倣元であるオディオの意識すらも、始まりへと向けてみせたのだった。
 
 ――見事だ、ジョウイ・ブライト。
 
 誰にも届かぬ賛辞を、オディオは胸中でジョウイに送る。
 そのような言葉を彼が求めてなどいないと知っているが故に、だ。
 
 ――そして、礼を言わせて貰おう。
 
 オディオは再度目を伏せ、瞼の裏に始まりの記憶を描き出す。
 心底に押し込めた“勇者オルステッド”を想起し追憶し、そうして。
 
 ――我が深奥に眠る始まりを憎める機会を、今一度与えてくれたのだからな。
 
 滾々と沸く力強い勇気を黒く汚す。
 溢れ滲む穏やかな愛を暗く犯す。
 明日へと駆ける欲望を闇で濁す。
 未来を想う希望を漆黒で冒す。
 喧騒は嘆きへ。期待は絶望へ。
 汚辱の果てで輝かしい王国は潰え、死の気配に満ちた昏い城下へと堕落する。
 ゆっくりと、瞼を持ち上げる。
 黒瞳には暗黒の輝きが横たわっていた。

663第六回放送 ◆6XQgLQ9rNg:2013/02/25(月) 00:09:04 ID:l3C8pPeQ0
 ぞわり、と大気が冷たさを帯びる。震えるように空気が戦慄し、松明の炎が大きく揺らめいた。
 灯っていた明かりが、一斉に消失する。
 微かな光を失くしたその間には、月明かりのない夜よりも深い暗闇が満ちていた。
 暗闇に溶けるのは、魔王オディオが抱く“想い”に他ならない。
 勇気の担い手をオディオは憎む。
 死にたがりの道化と異形の騎士と、そして、何処までも愚かな魔法使いの雄々しさを、オディオは憎む。
 愛の担い手をオディオは憎む。
 かつての敗者でもある魔族の王が抱き締める鼓動を、オディオは憎む。
 欲望の担い手をオディオは憎む。
 薄汚いまでに貪欲な、聖女と謳われし女の衝動を、オディオは憎む。
 希望の担い手をオディオは憎む。
 人間が胸中に抱く醜さを知る力を持ちながら、未来を肯定できる少年の輝きを、オディオは憎む。
 勇気の輝きを覆い、愛の鼓動を抑え、欲望の咆哮を呑み込み、希望の西風を制圧するのは、オディオが抱く深淵たる“想い”。 
 その“想い”とは――咽返るほどの純粋なる憎悪<ピュアオディオ>に他ならない。
 純粋なる憎悪<ピュアオディオ>は限りなく茫洋で、オディオが抱く全てをその一色で塗り固めていく。
 勇者の栄光も美しい記憶も在りし日の想い出も何もかもは、もはや微塵も見えはしない。
 他の色など、見えはしないのだ。
 そして。
 
 ――貴様はこの“想い”もまた、御して背負おうというのであろう?
 
 そして、純粋なる憎悪<ピュアオディオ>を以って。
 理想への歩み手を、オディオは憎む。
 肉体を傷つけて精神を摩耗させて心を使い潰しながら、それでも決して留まらず愚直にひたむきに描かれる理想の楽園を、オディオは激しく憎むのだ。
 オディオを満たすのは、あらゆるものを排し純化されたたった一つの“想い”のみ。彼に向けられる感情もまた、憎悪でしかあり得ない。
 
 ――ならば見せてみよ。墓標<エピタフ>の果てで血液と死肉と末期の叫びを喰らうものを、生誕させてみせよ。
 
 産声が聞こえる。胎動を感じる。
“死喰い”の目覚めは近い。純然たる敗者の象徴は、オディオが手を下すまでもなく脈打っている。
“死喰い”に魂を注ごうとしているのは若き魔王。
 彼は地方貴族の家に生まれたというだけの、何の変哲もない人間だった。
 戦乱の時代で運命に翻弄され、無力さを噛み締め無念に打ち拉がれ、それでも平和を望み笑顔を願う。
 彼は弱かった。彼の願いは弱い者には過ぎたものであった。
 されどその弱さ故に果てしない力に魅せられ全てを守る強さを貪欲に切望し。
 されどその願い故に楽園へと通ずる茨道を切り開くことを選択したのだ。
 死を奪い憎悪を背負い闇を呑み込むたったひとりの人間を目の当たりにして、召喚した傍観者は驚嘆を見せた。
 人の身で、どうしてと。
 人の身で、そこまでする必要があるのかと。
 オディオに言わせれば、その程度驚きには値しない。
 弱さからの脱却も、力への渇望も、願いへの夢想も。
 全て人であるが故に抱く感情であり、“想い”を成そうとする意志は、人しか抱き得ないのだ。
 勇者や英雄といった存在が、必ずしも特別ではないように。
 魔王という特別な存在もまた、特別などではない。
 A.D.600年のガルディアを恐怖に陥れた魔王も、天空人や地上人の住まう世を滅ぼそうとした魔族の王も、“想い”を抱いた人間と変わり映えはしない。
 人であるからこそ彼は楽園を目指すのだ。人であるが故に理想へと歩むことができるのだ。
 自身が生み出す憎しみに浸り、オディオは散った魂を――潰え砕けた“想い”を顧みる。 
 その数と多様さは、もはやこの殺戮劇に残された刻は僅かしかないことを物語っていた。
 じきに、ここへと至るものが現れる。“想い”の喰らい合いを制した者が現れる。
 それが貴種守護獣を従える者どもであるならば、純粋なる憎悪<ピュアオディオ>を以って相対を。
 それが死を喰らうものを従える者であるならば、純粋なる憎悪<ピュアオディオ>によって祝福を。
 いずれにせよ。
 彼らの道のりを、見届けよう。
 敗者となる“想い”を、亡きものにしないために。
 掌の中にある感応石に、オディオは意識を注ぎ込んでいく。
 途絶えし“想い”を、伝播すべく瞬く感応石の光は、憎しみの闇の裡ではあまりにも弱々しかった。

664第六回放送 ◆6XQgLQ9rNg:2013/02/25(月) 00:10:13 ID:l3C8pPeQ0
 ◆◆
 
「――時間だ」

 天高く昇る陽光が照らす世界を侵略するような声音が、空気を振動させる。

「諸君はよく闘った。されど、未だ闘いが終焉に辿り着いてなどいないことは、諸君こそがよく知っていよう。
 耳を傾けよ。心に刻みつけよ」

 酷く落ち着いているというのに、その声音は、揺れる空気は草木をざわめかせ水面に波紋を投げかけ痛んだ大地に皹を入れる。

「13:00よりB-06、C-06。
 15:00よりA-06、A-07。
 17:00よりB-07、C-07。
 禁止エリアは以上となる。今更潰えるなど望むところではなかろう。しかと記憶しておけ」

 底知れぬ憎悪に満ち満ちた声に、世界中が震え怯えているようだった。 

「ニノ。
 魔王。
 ジャファル。
 ヘクトル。
 ちょこ。
 ゴゴ。
 セッツァー・ギャッビアーニ。
 ――以上、七名が此度の敗者だ」
 
 敗れし者たちの名が告げられた瞬間、島の奥深くがどくりと脈打つ。
 蠕動にも似た鼓動は、その音韻たちをも嚥下するかのようだった。
 
「敗れた者たちは何も語らない。“想い”を抱くことすら許されない。
 潰えた“想い”はすべからく蹂躙される。他ならぬ勝者たちによって、だ。
 そうして栄えた世は数知れぬ。そうして骸となった者たちは数になどし切れまい。
 奪いし者として生を謳歌する気分は如何ほどであろうか。
 いずれの世でも勝者であった者も、かつての世で敗者であった者も。
 今この瞬間に我が声を耳にしている者は皆、勝者と名乗る強奪者どもなのだ」
 
 声に乗る色を吸い上げて、果てなる底で何かが蠢動する。 
 未熟で不完全で未完成で弱々しいながらも、その蠢きは微かに地表を震わせる。

「強奪者どもよ。
 屍の頂点で命の尊さを謳う滑稽さを自覚せよ。
 なれの果てとなった“想い”を足蹴にして、自身の“想い”を主張するがいい。
 愛も勇気も欲望も希望も――そして、理想も。
 諸君の足元に、確かに積み重なっているのだ。
 そうやって積み上げた屍と“想い”の先へ至るがいい」

 風が、逆巻いた。
 それは力強い西風ではなく、心をざわつかせるような荒い突風だった。

「その場所こそが我の――魔王の居城。諸君が目指すべき終着点は、すぐそこだ」

665第六回放送 ◆6XQgLQ9rNg:2013/02/25(月) 00:11:31 ID:l3C8pPeQ0
 ◆◆
 
 感応石の明滅が収束する。
 一片の光もないその広間には、果てもなく底もない憎悪の闇だけが溢れ返っている。
 その中心で、オディオはそっと目を閉じる。
 瞼の裏にあるのもまた、深い深い暗闇でしかない。
 それだけしか、見えはしない。
 しかしながら。
 見えはしないからといって、暗闇以外のものが存在しないというわけでは、決してない。
 漆黒と暗黒とを世界中から集束させより集め固め切ったような闇の向こうに、見えなくとも存在するものがある。
 それは決して消えない始まりの記憶。輝かしくも痛みを伴う想い出のかたまり。
 オディオの意識が介在しない深奥で、それは、わだかまり沈殿し滞り、燻っている。 
 人知れず、燻り続けているのであった。


※オディオの居城は墜落したロマリア空中城@アークザラッド2をオディオの力により改修したものです。
 現状では、遺跡ダンジョン地下71階にある感応石と連動する巨大感応石を搭載していることや、
 最深部のガイデルのいた場所がOPENINGでの玉座の間に改修されていることが確定しています。
 他にも、幾つかの変更点、追加点があるかもしれません。お任せします。
 現在は、C-7上空に待機しています。
 オディオの空間操作能力で、触れることも触ることも不可能ですが、メイメイさんの店のように強力に隔離されているわけではありません。

※カエルが察知した存在は、クロノ達に敗れたプチラヴォス達を進化・融合させて生み出された新たなるラヴォス“死を喰らうもの”でした。
 本文中にて、クロノ達が戦った個体よりかは劣ると記述しましたが、それは誕生時点でのことです。
 強者達の戦いの記憶と遺伝子を収集し、敗者達の憎悪をはじめとした負の感情を吸収した今、かなりの力を持つと思われます。
 姿形能力など、細かい点を含め、後々の書き手の方々にお任せします。
 ただし、“死を喰らうもの”は“時を喰らうもの”@クロノ・クロスとは別個体であり、
 オディオが自らやこの殺し合いに関係しない思念が混ざることを望まなかったころもあり、時間と次元を超越する能力は備えておりません。

※メイメイさん@サモンナイト3はあくまでも、傍観者としてオディオは召喚しました。
 オディオは彼女を自身の戦力としては絶対に扱いません。

666 ◆6XQgLQ9rNg:2013/02/25(月) 00:12:38 ID:l3C8pPeQ0
以上、投下終了となります。

ご意見ご指摘ご感想等、何かありましたらおっしゃってくださいませ。

667SAVEDATA No.774:2013/02/25(月) 09:18:25 ID:D1/qdlSI0
執筆と投下、お疲れ様です。
読みに徹することを選んでいる以上、禁止エリア関連のお話には応えることが
出来なかったのですが、せめて楽しんで読ませていただきました。

しかしまぁ、オディオはこじらせていくばかりだなぁ……。
絶望を紛らわせるキツめの酒が殺し合いだろうってジョウイの推論もあったけれど、
このぶんだと憎しみも酒のようなものになっていそうで胸に痛い。
よく選ばれた語彙が読む側を耽溺させるのだけど、だからこそオディオがこの酒に
楽しく酔うことは出来ないだろうな、と、より強く感じることが出来る。
ここでオディオの始まりも省みられたのだけど、良い意味でオルステッドだとしか思えない。
単品でも十二分に楽しめましたし、これが後々にどう効いてくるかも楽しみです。

668SAVEDATA No.774:2013/02/25(月) 20:48:19 ID:HhEI8AZw0
執筆投下お疲れ様です
状況や心理がしっかり描かれながらも詩的になりすぎず、
雰囲気と読みやすさのバランスが良かったと思います
玉座の情景が浮かんできました

そして、序盤から一貫している憎しみに塗りつぶされた様子だけでなく、
徐々に明らかになりつつある覆い隠された内面が滲んでくるようでした
なんのかんの言ってやっぱり過去を引きずっているあたりに
すごくオルステッドらしさを感じました
参加者たちの声はオルステッドに届くのか、対オディオの展開が気になります

669SAVEDATA No.774:2013/02/26(火) 04:28:29 ID:J3P5Fkh20
お疲れ様でしたー!
やっぱりそこには反応するよなー、オディオ>愛、希望、勇気、欲望
かつてはそれらを全て持っていた勇者オルステッド
その始まりを自ら省みても恨むしかないこいつはジョウイでさえも背負えるのか
オディオ自身は背負えまいと踏んでいるけどはてさて
以前にゴゴ視点でも書かれたけどオディオの見る世界の掘り下げというのもどんどんなされてきてなんか感慨深い

670SAVEDATA No.774:2013/03/05(火) 11:03:40 ID:ojrPod0M0
さて、WIKIにも収録されたし、一週間以上経ったし、これはそろそろ予約皆勤の話とかに移るべきなのではないかな

671SAVEDATA No.774:2013/03/05(火) 11:04:10 ID:ojrPod0M0
×皆勤 ○解禁

672SAVEDATA No.774:2013/03/05(火) 14:42:55 ID:rBr2avaU0
一応、予約は3/2の時点で◆wq氏のが入ってますね。
解禁についての話はとくには無かったですが、自分は話がなくても大丈夫だと思ってました。
Wiki収録から二日程度経過してれば、普段は離れているという方も気づくでしょうから。
ただ、小回りがきく人数で回ってる以上、スレの動きはどうしても少なくなるわけで。
せめて投下に対する感想で「解禁いつにします?」くらいは言うべきでしたね……申し訳ない。

というわけで、後手後手に回ってますが、自分は今の予約は問題なしです。
ただ、それも予約分が楽しみな側の意見なんで、もしも何かあるなら書き手さんがトリ出して
議論スレかなと。人数が少ないと議論も成立しがたくなるので、そのときは進行役なり引き受けます。

673SAVEDATA No.774:2013/03/05(火) 20:17:06 ID:InItjcbE0
もう予約が入っていますし、前後してしまいますが予約解禁ということでよいかと。
放送投下直後に予約が入ったのならば議論すべきかと思いますが、
投下されてそれなりの日数が経過していますので問題ないかと思います。
もっと早く予約解禁の話を持ち出せていればよかったですね、申し訳ないです。

というわけで、個人的にはこのまま◆wqJoVoH16Y氏の投下をお待ちしたく思います。

674670:2013/03/06(水) 11:03:19 ID:U8gD3dfA0
>>672
指摘ありがとうございます。
放送後に予約解禁の話もなく、予約時に本スレでの反応もなかったため、気づきませんでした。
予約解禁の話がなかったばかりに予約していいのか分からず、出遅れたという書き手の方がいない限りは通してよろしいかと。

675<ワタナベ>:<ワタナベ>
<ワタナベ>

676SAVEDATA No.774:2013/03/15(金) 15:55:37 ID:tluQtX5g0
月報集計お疲れ様です。
RPG 150話(+ 1)  7/54 (- 0)  13.0(- 0)

677SAVEDATA No.774:2013/04/01(月) 23:57:07 ID:zbr.hMG20
ブーー……ブー……(エイプリルフールにドキッとしたw 心臓に悪いネタとしたらばの配色だw)

678SAVEDATA No.774:2013/04/02(火) 07:21:01 ID:0OBtZV/o0
ブー ブー
今年中に完結しますようにブー

679世界最寂の開戦 1 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:23:22 ID:RwfT774k0
波打たぬ響きが止み、静寂が訪れる。
都合六度ともなる放送だが、その威は何ら衰えることはない。
むしろ告げられ名が一つ増えるたび、音に乗るその感情は火にかけた鍋が煮詰まるように純粋に、強大になっていく。

【にくい】

水気のない砂や枯れた草は微風に巻き上がり、不規則に散乱した石や岩の破片は天頂に昇った太陽に煌々と灼かれている。
置換も代替も出来ぬ奔流の通り過ぎた先には、やはり死せる沈黙が広がっていた。

「……つー訳だ。あいつらは、死んだよ。俺が起きた時には、もう」

その沈黙を揺らすように、アキラがぼそりと呟く。
崩れた石礫の中に交じる、明らかに人工物めいた調度の石細工の破片。
その一つに背を預けて座り、アキラは大きく息をついた。
再び、沈黙が大気に淀んでいく。立ち尽くす者も、アキラと似たような岩に背を預けている者も、
震えと共に五指を握りしめるか、顎に汗を伝らせながら喉を鳴らすか、
それに準ずる動作をするばかりで、言葉を発する者はいない。
天頂の陽光は白く、熱い。

「……で、そろそろ教えてくれねえか。なんでそいつらここにいる」

嘆息の後、沈黙を破ったアキラの声が、ここにいる5人のうち、3人の身体を残る2人――ピサロとカエルに向けさせる。
2人はアキラへと身体を向けたまま不動をつらぬく。
「黙ってねえで、なんとか言えよ。何があったかは知らねえがこっちは――う”、ぬぃ……」
起き上がろうとしたアキラの体が、尻が地面から浮くか浮かないかというあたりで再び沈む。
腿の銃創や後頭部の瘡蓋など、あちらこちらの傷が陽光に劣らない熱を放っていた。
「ヒールタッチじゃ、限界かよ……」
「お、おい! 大丈夫か――」
ストレイボウがアキラに駆け寄ろうとするのを阻むように、カエルが一歩前に出る。
それとほぼ同時に、ピサロもまたアキラへと近づいた。
イスラとアナスタシアは座ったまま、微動だにしない。
「ケアルガ」「ベホマ」
ストレイボウが合間に入ろうとするよりも速く、2人がアキラの傷に掌を重ねると、二つの魔力光がアキラを包む。
柔い光、最上級の回復魔法の中で、アキラの傷から熱が霧散していき、そして傷そのものも幾分かに減じていく。

「お前ら……いや……そういうことかよ……糞……」

680世界最寂の開戦 2 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:24:02 ID:RwfT774k0
敵意をひとまず散らしたアキラがそう吐き捨てると光は収まり、死闘に傷んだアキラも半ば回復した。
それに代わりピサロとカエルの上体が崩れ、地面に手を付く。
「おい、無理をするなカエル! あれだけの召喚をした後にそんな――」
「構うな。自分にかけても意味もないのだ。ならばこれでいい」
肩をストレイボウに支えられて喘鳴するカエルの表情は覆面に隠れて判然としない。
「……便利だね。回復手段がある奴は、ご機嫌取りが楽で」

鼻を鳴らす先には、地面に腰掛けるイスラ。薄い悪意の籠る冗談を飛ばしながら、イスラは横目にアナスタシアを見た。
地面に突き立てたアガートラームを背もたれにして書をめくる聖女は、何の反応も見せない。
「……とりあえず、アンタらが認めたんだ。お前らがここにいることにとやかくは言わねえ。で、こっからどうする?」

アキラの問いに再び沈黙が流れる。だが先ほどまでと異なり、沈黙が破られるのに時間はかからなかった。
「5時間後には禁止エリアで埋まっちまう。なんとかしねえと全滅だ」
「全滅ではあるまい。名が呼ばれていなかった以上、あの小僧、恐らく首輪を外しているぞ」
ピサロの指摘に、膝を抱えたイスラの爪が肉に食い込んだ。
「ジョウイ=ブライト。紅の暴君を奪い……否、変生させて逃げた男、か」
「ってことはなにか? ジョウイが生きてるの分かっててオディオは俺たちを殺しに来たってことか?
 手でも組んだってのか? いくらなんでも、ぞっとしねえぞ」
「――違う。アイツは言った。愛も勇気も欲望も希望も――そして、理想も、と。
 誰も彼もを憎むアイツは、誰とも組まない。裏切られることの意味を、知ってるから」
そう言ってストレイボウは太陽を仰ぎ見た。陽の光に灼かれたまま、空を睨み付ける。
「……ジョウイとオディオは繋がっていない、としてだ。じゃあジョウイとオディオは敵対してるのか?」
「どうだろうな。だが、仮に奴がオディオの敵だとしても、
 お前たちの味方だとするなら、あのような大立ち回りをする理由もないだろうが」
地面の石と砂を掴んで弄びながら問うが、南の森に向いたピサロはにべもなく吐き捨てる。
「その思惑がなんにせよ、小僧をこのまま放置する訳にもいくまい。
 奴が、遺跡を――否、“その下に眠る力”を掌握しようものならば、な」
「……ジョウイ……ジョウイ=ブライト……ッ!」
「それに、オディオも放っておけねえ。俺たちを潰しにかかってるんなら、もう受け身に回ってる時間はねえよ」
頭巾の緩みを絞りながら応ずるカエルの言に、イスラの拳が血を流すほど固く引き絞られる。

「あの小僧、そしてオディオの打倒。まあ、方針はそれしかあるまいな。
 とはいえ、小僧のいるであろう遺跡に行くにせよ、オディオの居場所を探すにせよ、
 禁止エリアから出ねば話になるまい。となれば、首輪を外さねばならんが」
「…………」
「外せるだろう人はね……マリアベルは、死んだんだ。今更、誰のせいだなんて、言う気もないけどね」
「――ああ……俺が、殺した。言い訳の余地など微塵もない……ッ!」
「うだうだ今更言っても仕方ねえだろ。何とか外して、俺たちはあいつ等をぶちのめすしかねえんだ」

ピサロが纏め、アナスタシアが沈黙し、イスラが指摘し、カエルが認め、アキラが確かにする。
五者はそれぞれが別の方向を向いて動きを止める。
風が大地の砂を撫でて、再び静寂が訪れる。高き場所の雲だけが微速で動いていた。
乾いた凪の荒野には、無だけが広がっている。


「違う。それじゃ、きっとダメだ」

681世界最寂の開戦 3 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:24:45 ID:RwfT774k0
その荒野に、湿り気が混じった。
くたびれ、擦り切れたローブの裾で砂を切りながら、ストレイボウは一歩踏み出す。
「……どういう意味だ、魔術師。首輪を外す妙手でもあるということか?」
「それとも、ジョウイやオディオと戦いたくないってこと?」
ピサロが、イスラが、ストレイボウの言葉に疑問を返す。
「あ、いや……そういう意味じゃ、ないんだ……その、なんていうか……」
だが、とたんに音は縮れて掠れ、喘鳴のように醜くなっていく。
前に突きだした手は虚空を泳ぎ、汗ばんだ指を踊らせる。
「おい、いったい……」
立ち上がろうとしたアキラをカエルの腕が制する。
しばし浮かせた腰を、アキラは再び落とした。
「落ち着け。伝えようと思うのならば、伝わる」
カエルの言葉の後、数分。
喘鳴は少しずつ収まり、最後の深呼吸と共に消えた後、ストレイボウは再び言葉を紡いだ。
「ピサロにはまだだったし、カエルも直接は言っていなかったな。
 丁度いいから、もう一度聞いてくれ。あの時の、ルクレチアの話だ」
今一度語られるのは、ルクレチアの英雄伝説。
オルステッドとストレイボウの、永遠に忘れられないであろう物語。
数人にとってはもう既に聞き終えた話であったが、合いの手を挟むものは誰もいなかった。
「……」「そうか……貴様が、な」
カエルは無言で、ピサロは腕を組み一言だけ漏らす。
だが、それ以上の動作は今のところなかった。
「で、もう一度聞かされて、だからどうだっていうのさ」
「あの時、魔王山で隠された抜け道を見つけたとき、俺の中で全部が爆発した。
今ならオルステッドを出し抜ける。このチャンスを逃せば、俺は一生オルステッドの引き立て役だ。
誰も気づいていない今なら。これは俺に与えられた正当な権利なんだと。
アリシアを隣に侍らせ、オルステッドの上に立つ唯一無二の機会だと」
ストレイボウは震える両手で顔を覆い、眼窩に指を食い込ませる。
だが、言葉だけは止めなかった。
「後は、前に言ったとおりだ。悦楽が更なる喜悦を呼び“行くところまで行き着いた”。
 その先に何があるのかなんて考えもせず、俺は俺の感情を止めることができなかった」
そこでストレイボウは言葉を区切り、もう一度深呼吸する。
肺を限界まで膨らませ、すべてを排する。

「――――だから、もうあんなのは嫌だ。
 今しかないとか、こうしなきゃいけないとか、自分に縛られて、何もかもを見失うのは、嫌なんだ」

その有らん限りの、『後悔』と『決意』を。

682世界最寂の開戦 4 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:25:42 ID:RwfT774k0
「俺はあの時まで、オルステッドに対するの感情を認めることができなかった。
 そんなときに、チャンスを与えられたら、もう止まれなかった。
 それしか見えなくなった。それしか考えられなくなった」
両の手をゆっくりと顔から離しながらストレイボウは“省みる”。
己の行いを、己が悪いと断じ、そこで止めてしまった思考を再起動する。
「今もし、首輪を外すことができる手段が落ちてきて、
 オディオのいる場所への階段でもいきなり現れたら、俺たちはきっとそこに飛びつく。
 きっと信じられない位の勢いで突き進むだろう。あの時の俺のように、終わりまで一直線だ」
目的に対し、降って沸く解法。たどり着くべき結末へと遡るだけの作業。
今しかないと、これが天命なのだと思いこみ、走り抜ける。否、流される。
それがストレイボウの、罪人の歩んだ道の全てだ。

「だったら結局どうしろって言うんだよ!」
そこまで誰もがストレイボウの言葉を聞くばかりだった中で、ついに叫びが生ずる。
髪を掻き揚げながら立ち上がったイスラが、堰を切ったように喚く。
「首輪を外すな、ジョウイを倒すな、オディオを倒すなってことか?
 あんたの言ってることは全部観念ばっかで、何一つ具体的じゃない!!
 人生の反省会をしたいなら一人でやってろよ!!」
己の中で沸き立つ怒りに似た感情のまま、イスラはストレイボウに噛みつく。
だが、その瞳には戦いの後に絶えて久しい輝きが僅かに見えていた。

「ああ、もちろん、そういう意味じゃない。
 具体的な案ももちろん、無い。俺が言いたいのは最初から一つだけだ」
その視線を受けとめてから、ストレイボウは口内で言葉を選びながら返す。
ストレイボウが歩んだ道と彼らのこれから進む道は全く違う。
ただ、一つだけストレイボウが言えるとすれば。
道が違えど、歩き方が変わらないのであれば、
結末ががオルステッドの救いであれ、オルステッドの死であれ、
彼らの死であれ、彼らの生であれ――そこにある結果を受け入れるしかないということだ。

「イスラ、アナスタシア、アキラ、ピサロ、カエル。
 俺は、おまえ達に、俺のようになって欲しくない。“したいようにあってほしい”。それだけなんだ」

全員を見渡しながら、ストレイボウは願う。
機会を得て、感情に従って突き進んだだけでは、掴めないものがある。
場の状況に、己の感情に流され続け、あの結末を後悔し続けてきたストレイボウだからこそ言い切れる祈り。
それは、その場の誰もの心臓を穿った。

683世界最寂の開戦 5 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:26:23 ID:RwfT774k0
「首輪の解除法も、ジョウイ=ブライトの目的も、オディオの真意も分からない。
 この状況下で“足を止めろ”というのか、お前は」

カエルが呆れたような調子でストレイボウを揶揄する。
だが、覆面に覆われたその表情は、心なし笑っているように見えた。
そして背を向け十数歩ほど歩き、手頃な岩影に寝転がる。
「……何やってんだよ」
「正直、立っているのも億劫だったのでな。休めるうちに休むのは兵の常道だ」
イスラの問いに、何を当たり前という調子でカエルは応じた。
完全に弛緩したその体躯からは、戦闘への意識は微塵もない。
「おい、ンな悠長なことでいいのかよ……5時間後には禁止エリアで埋まっちまうってのに」
「逆を返せば、5時間はあるということだ。本気で潰そうと思えば、3時間あれば潰せるところを、な」
奇異と首を傾げるアキラの横を通り、ピサロは彼らから少し離れたところで、膝ほどの高さの石に腰掛ける。
カエルほどではないが、やはりその緊張は緩和されている。
ストレイボウを信頼したというよりは、
こいつらの行く末を案じて自分一人気を張るのも馬鹿らしいという調子だった。

「……アホくせ。おいイスラ、どうする?」
「どうするも、こうするも……ジョウイがいつ襲ってくるか分からないってのに、なんでこうも悠長にしてるんだか」

一番外様で肩身の狭いはずの2人が率先して休憩に入るこの状況に、
アキラもイスラも苦い顔をするしかなかった。
だが、途端に肩に重たいものを感じる。
緊張の糸が切れた途端、栓が外れたかのように、体中から泥のような疲労が表出する。
思えば、あの夜雨から半日近く戦いっぱなしだったのだ。
大なり小なりの休憩があったとは言え、マーダーへの対処や拘束したユーリル・アナスタシアへの警戒、
今後の対策などするべきことは山ほどあり、何のしがらみもない休憩など、最後はいつだったかも思い出せないほどだった。
だが、ここで意識を途切れさせては不味い。ここをジョウイに突かれたならば、為す術なく敗北するだろう。
それに対して答えたのは、ストレイボウだった。
「……なんとなくだがな、しばらくは来ない気がするんだ。今、来なかったから」
「どういう意味だ?」
「奇襲するなら、このタイミングを逃がす訳がないということだ。俺たちがそうであったように」
アキラの疑問に、ストレイボウの代わりに答えたのはカエルだった。
紅蓮やセッツァー、ピサロ、ゴーストロードとの死闘を重ね自分達は疲労している。
対して、ジョウイはその死闘から巧く自分を逃がしている。
ならば疲労に塗れた彼らがオディオの放送を仰ぎ聞く瞬間こそ、ジョウイにとって絶好の奇襲点であったはずだ。
あの機を逃さず魔剣とオディオを奪ったジョウイが、そのタイミングを見誤るはずもない。
だからこそ、ピサロもカエルもそれを警戒していたのだ。
だが、ジョウイは来なかった。
それはカエル・魔王が既に奇襲を仕掛けて警戒されたと判断したからか、奇襲するだけの余力がないからかは分からない。
「カードを切り損ねる奴ではない、ということだ。セッツァーの言葉でいうならば、な」
はっきりと分かるのは、ジョウイは奇襲というカードを捨てたということ。
今、切らなかったからだ。

「……ま、いいや。どうせ、今の俺たちからあいつを捜すのは無理なんだしな」

684世界最寂の開戦 6 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:27:01 ID:RwfT774k0
その言葉に納得したのか、アキラも腰を落ち着ける。
一人、また一人と弛緩していく中で、イスラの眉間の皺が限界まで潰れた。
「どいつもこいつも、何でそんな暢気なんだよ……これじゃ僕が――」
「――――まったくもって、馬鹿馬鹿しいわね」

誰一人として理解者もいないと絶望しかかったイスラに、こともあろうか聖女の手がさしのべられた。
イスラは疑うような視線でアナスタシアを見つめる。
これまで一言も喋らず、黙して本を読んでいたはずのアナスタシアの言葉に、
身体を休めた3人も、ストレイボウも、注目を集める。
「お題目は立派だけど、現実問題として首輪を解除しなきゃどうしようもな無いわよね?」
書から視線を外すことなく、独り言のように吐き捨てられる言葉は、これまでのやりとりを台無しにするものだった。

「時間をかけて、心の整理をつけて、いろいろな納得したけど手がかりはありませんので死にましたとか……何それ」
そういってアナスタシアは、スケベ本の中の袋とじが期待はずれだったような顔を浮かべる。
「私は厭よ、そんなの。死<納得>なんて、絶対にしない。
 私は生きる。生きて生きて、したいことをするのよ。どんな死だろうと私は受け入れない。
 激流の中で藁が一本でもあったら迷わずつかむ。
 誰が置いたかなんて考えない。死んだらそれすら出来ないんだから」
アナスタシアの言葉に、誰もが厭そうな顔を浮かべた。
それは彼らに水を差したからだけではなく、彼女の言葉もまた一つの真実であったからだ。
ストレイボウの後悔も、アナスタシアの後悔も、どちらも真実であり、故に譲る余地がない。
アナスタシアが本からストレイボウへ視線を移す。互いの視線に火花が見えた。
「貴方たちに、この状況を何とかする気が無いのはよく分かったわ。なら勝手にしなさい。私も勝手にするから」
互いに譲れない価値観。ならば、その結果は至極当然で、アナスタシアはため息を一つついて、その本を閉じた。

「―――――――勝手に、首輪を外させて貰うから」

だが、そこで放たれた言葉は、全く以て彼らの想像を超えていた。
「「「ちょっと待てぇッッ!!」」」
「「…………は?」」
アナスタシア以外の誰もが頓狂な声を上げる。
アナスタシアと共にあった3人は当然、声を上げ、
彼女をよく知らない2人も、彼らの会話から首輪解除の手段が根絶しているものだと思っていたからこそ、そう漏らすしかなかった。

685世界最寂の開戦 7 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:27:59 ID:RwfT774k0
「〜〜〜うるさいわね。何よいきなり大声だして」
「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお前」
「く、くく、くくくくくくくくくくくくくくくくくくく
 くくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく
 くくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく首輪を」
「はは、ははははははははははははははははははははは
 はははははははははははははははははははははははは
 はははははははははははははははは外せるのかッ!?」

ストレイボウたち3人はアナスタシアに詰め寄り、
古代文明を目の当たりにしカルチャーショックを受けた現代人のように舌をもつれさせながらかろうじてそう問いかけた。
彼らにしてみればアナスタシアは、ことあるごとにネガティブな発言をして何もせず引きこもっているか、
脳に重篤な危機を持った発言をして聖剣片手に阿修羅のように暴れるだけのボンクラでしかなかったのだ。
それが今になって首輪の解除出来ますと言っても、にわかには信じがたい。

「いきなり何よ眼を血走らせて……はっ! ま、真逆私に乱暴する心算じゃないでしょうね、
 スケベ本みたいに、スケベ本みたいにッ!!」
「そういうことを言うから信用できないんだよお前はッ!!」

自分の身体を庇うように抱きしめるアナスタシアに、イスラは心の底から怒り叫んだ。
一笑に付そうにも、無視するには余りに大きすぎる事実だった。
「で、出来るのかアナスタシア。本当に?」
「…………実は私、聖女やる前は首輪屋さんで働いてたの。首輪解除の免許あるのよ」
「首輪屋ってなンだよッ!! ンなピンポイントな免許ねーよ!!」
「というか、確か下級貴族と聞いたぞマリアベルから!」
「え、首輪解除って貴族の嗜みじゃないの?
 私、+ドライバーと−ドライバーより重たいもの持ったことがございませんの」
「どんな貴族だよ! そんな技術大国があったら逆に見てみたいよ!」

686SAVEDATA No.774:2013/04/29(月) 01:28:28 ID:x86Jhbq60
ぶっとびすぎだろwwwwww

687世界最寂の開戦 8 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:28:34 ID:RwfT774k0
不毛すぎるやりとりがしばし続く。アナスタシアは出来ると一点張りだが、
そう信頼するだけの材料が無いため、妄言の応酬にならざるを得なかったのだ。
「とにかく外せるんですー! トカゲ如きに外せるものが私に外せないわけないんですー!!」
「ぐ、確かにアシュレーはトカゲが外したって言ってたしな……!」
口を尖らせて拗ねるアナスタシアに、アキラがついに折れる。
アシュレーが真面目にそう言い、マリアベルもそれを納得していた。
アイシャも凄まじい技術で作られていたことを考えれば、
ファルガイアはトカゲでも技術に優れた、生命体レベルで技術溢れる科学世界なのかもしれない。
「か、仮にそうだとして、じゃあ何で今まで言わなかったんだ!?
 聞かれてなかったからとかは無しでだ!!」
「親御さんに教えて貰わなかったかしらァ!? 最後の最後まで切り札は取っておくものよ、坊や」
呼吸を落ち着けながら問うイスラに、アナスタシアは嘲るように応ずる。
「今! この場でッ!! 首輪に対し処方できるのはッ!!
 天上天下に我、アナスタシア=ルン=ヴァレリア唯独りッ!!
 その事実を理解する脳味噌があるのならば、頭を垂れて尊ぶがよろしくってよッ!!」
立ち上がり、手頃な岩に登って見下ろすようにアナスタシアは5人を睥睨する。
頭を垂れるかどうかはさておき、その意味を理解できないものはいない。
今、彼ら6人の生殺与奪を決めるのは、アナスタシアの細腕一本なのだということを。

「……やっぱり僕は、お前が大嫌いだアナスタシア……!」
「最高の評価をありがとう。美少年が悔しそうに見上げるだけでご飯が食べたくなるわね」

ふわりと岩から飛び降り、アナスタシアはイスラの横を通り過ぎた。
そのまま、手頃に置かれたデイバックをつかみ、東に歩く。
「という訳で、私は大変お腹が空いております。手持ちのデイバック全部よこしなさい。
 散逸したものもすべて。道具も武器も、身ぐるみ総て余すことなく。
 血が足りない。私は渇えたり、私は餓えたり。
 私を満たしてくれるならば、褒美に貴方たちの首輪も外してあげましょう」
誰もに、誰もに伝わるように、汚れた聖女は神託を告げる。
「ま、ただの実験台って意味だけどね。
 間違えないで。今貴方たちに必要なのは、私の貴方たちに対する好感度よ。
 そうね……ご飯食べてお腹休めて……3時間ってところかしら。バッドエンドに行かないよう、せいぜい励みなさい」

688世界最寂の開戦 9 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:29:22 ID:RwfT774k0
哄笑しながら、アナスタシアは彼らの元を離れようとする。
そして最後にストレイボウの横を通り過ぎようとした。
「どういうつもりだ、アナスタシ……ッ!」
問いただそうと肩を掴もうとしたストレイボウの手が止まる。
肩に触れようとした指の腹が、その痩身が震えきっているのを感じたのだ。
「――――肩を治して、血を足して、勘と指の駆動を取り戻して、空いた首輪で練習して……
 時間はいくらあっても足りないけど、何とか、3時間でもっていく」
ストレイボウにしか聞こえない音量で、アナスタシアが喋る。
喉から震えているのが、音にまで反映されていた。
「ほんと、貴方があんなこと言わなきゃ、こんなことするつもりなかったのに。まあ、休みながら私も考えてみるわ」
目線を会わせることなく、疎ましそうに聖女は魔術師に文句を垂れる。
そして、ストレイボウが何かを言うよりも早く、アナスタシアはその書物をストレイボウに渡した。
「やってやる。やってやるわよ。ブランクなんか知ったことか。
 信じてくれたんだもの、ここでやらなきゃ、私が廃る」
誓いを刻みつけるように呟きながら、アナスタシアはその場を離れた。

誰もが思い思いに散る中で、ストレイボウはふいに空を見上げた。
(悪いな、オルステッド。もう少しだけ待っていてくれないか)
放送を聞いて、確信したことが一つ。オディオは待っている。今か今かと、自分の元へ来いと待ち焦がれている。
手を伸ばせば届きそうな空を見て、終着点が近いと確信する。
「お前のことだ。俺たちがもしも逃げても、見逃してくれるんだろう」
逃げたのならば、彼の友はその背中を永遠に笑い続けるだろう。
ここまで来て逃げ出した愚者よ、癒えぬ傷を抱えて惨めに這い蹲っていろと。
「俺たちがお前と戦っても、勝っても負けても、まあそれなりに慰めにはなるだろうさ」
屍の上にオルステッドが立つか、彼らが立つか。違いはその程度だ。
どう転んでも、オルステッドの――オディオの掌からは逃れられないのだろう。

「今度はちゃんと考えてから決める。
 俺たちのしたいことを、俺の意志で、彼らの願いで、本気で考えてから」

ならば、せめて今度こそは、納得のいく答えを出そう。
あんな不意打ちの再会ではなく、全てを約束した上で。

「お互い気の遠くなるほど待ったんだ。後少し、待っていてくれよ、オルステッド」

天に掲げた手を握る。掴んだ空は、どこまでも蒼く突き抜けていた。

689世界最寂の開戦 10 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:29:58 ID:RwfT774k0
【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 日中】

【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:瀕死:最大HP90%消失 精神ダメージ:中 覆面 右手欠損 左腕に『覚悟の証』の刺傷
    疲労:大 胸に小穴 勇気:真
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:俺がしたいこと、か……
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)


【イスラ=レヴィノス@サモンナイト3】
[状態]:ダメージ:大、疲労:大 
[スキル]:心眼 勇猛果敢 フォース・プリズナー№666(Lv1〜4)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:僕が、今更……したいことだって……?
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている)

【ストレイボウ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ:中、疲労:大、心労:大 勇気:大
[スキル] ルッカの知識(ファイア、ファイガ、フレア、プロテクト)*完全復元は至難
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:決めよう。今度こそ、本当の意志で―― 
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:最終編
※アキラ以外の最終編参加キャラも顔は知っています(名前は知りません)

690世界最寂の開戦 11 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:30:48 ID:RwfT774k0
【アキラ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ:中、疲労:極、精神力消費:極
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:俺がしたいこと? そんなもん――
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:最終編(心のダンジョン攻略済み、ストレイボウの顔を知っている。魔王山に挑む前、オディオとの面識無し)
[備考]:超能力の制限に気付きました。テレポートの使用も最後の手段として考えています。
※カノンの名をアイシャ・ベルナデット、リンの名をリンディスだと思っています。
※松のメッセージ未受信です。

【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:首輪解除作業中 ダメージ:中 胸部に裂傷 重度失血 左肩に銃創 精神疲労:大
[スキル]:せいけんルシエド 
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:私がしたいこと、かぁ……
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:ED後


【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:クラス『ピュアピサロ』 ダメージ:大 ニノへの感謝 ロザリーへの純愛 精神疲労:大
[スキル]:魔封剣、デュアルショット、アルテマバスター*いずれも要バヨネット装備 ミーディアム:ラフティーナ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:問うまでもないと思ったが……さて……
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:5章最終決戦直後

691世界最寂の開戦 12 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:31:31 ID:RwfT774k0
<リザーブ支給品(全てC-7とD-7の境界(C-7側)に集められている)>

【ドラゴンクエスト4】

・天空の剣(二段開放)@武器:剣 ※物理攻撃時クリティカル率50%アップ
・魔界の剣@武器:剣
・毒蛾のナイフ@武器:ナイフ
・デーモンスピア@武器:槍
・天罰の杖@武器:杖

【アークザラッドⅡ】

・ドーリーショット@武器:ショットガン
・デスイリュージョン@武器:カード
・バイオレットレーサー@アクセサリ

【WILD ARMS 2nd IGNITION】

・アガートラーム@武器:剣
・感応石×4@貴重品
・愛の奇蹟@アクセサリ:ミーディアム
・クレストグラフ@アクセサリ ※ヴォルテック、クイック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック、ハイパーウェポン
・データタブレット×2@貴重品

【ファイアーエムブレム 烈火の剣】

・フォルブレイズ@武器:魔導書

【クロノトリガー】

・“勇者”と“英雄”バッジ@アクセサリ:クリティカル率50%アップ・消費MP半減
・パワーマフラー@アクセサリ
・激怒の腕輪@アクセサリ
・ゲートホルダー@貴重品

【LIVE A LIVE】

・ブライオン@武器:剣
・44マグナム@武器:銃 ※残弾なし

【サモンナイト3】

・召喚石『天使ロティエル』@アクセサリ

692SAVEDATA No.774:2013/04/29(月) 01:32:18 ID:x86Jhbq60
ああ、もう、こういうの見るとほんと、最終盤なんだなぁ、ってのがひしひしと

693世界最寂の開戦 13 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:32:19 ID:RwfT774k0
【ファイナルファンタジーⅥ】

・ミラクルシューズ@アクセサリ
・いかりのリング@アクセサリ
・ラストリゾート@武器:カード

【幻想水滸伝Ⅱ】

・点名牙双@武器:トンファー

【その他支給品・現地調達品】

・召喚石『勇気の紋章<ジャスティーン>』@アクセサリ

・海水浴セット@貴重品

・拡声器@貴重品

・日記のようなもの@貴重品

・マリアベルの手記@貴重品

・バヨネット@武器:銃剣
*バヨネットはパラソル+ディフェンダーには魔導アーマーのパーツが流用されており魔導ビームを撃てます

・双眼鏡@貴重品

・不明支給品@魔王が初期に所持していたもの

・デイバック(基本支給品)×18

694世界最寂の開戦 14 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:33:24 ID:RwfT774k0
アララトス遺跡地下71階。
花舞い散る異界の楽園に、杯で顔を覆って寝そべる女が一人。
女――メイメイは、ゆっくりと杯を顔からどける。
「人の想いか……分かってた、つもりだったんだけどねぇ……」
少しばかり人の世界を渡って、人を理解したつもりではあったが、まだ未熟であったということか。
自嘲しながら、メイメイは胸元から眼鏡を取り出し、尖耳に掛ける。
そして、杯に再び酒を注ぎながら、仮の主の放送を心の中で反芻する。
回を重ねるごとに、感応石など無意味なほどに、言葉に感情が乗っていく。
今か、今かと、待ち人に焦がれる恋人のように。
果たして待っているのは、希望か、欲望か、勇気か、愛か、それとも――
「理想なのかしら。ねえ、魔王サマ?」
くい、と酒をあおりながら、楽園に住まうもう一人の魔王に問いかける。
だが、酒を飲み干せどもその返答はなかった。
「ちょっとちょっと、無視はひどいんじゃなぁい?」
怪訝に思いながら、メイメイは彼へと目を向ける。
虹色に輝く巨大感応石、その前に座り込むジョウイ=ブライトへと。
感応石の光にその周囲は淡く白んでいるが、血染めの冥界に染まった赤黒い外套だけは、その色を固持している。
地面を覆う魔王の外套は、まるで楽園を冥界に変えてしまうかのように、周囲に溶け込んでいた。

「――――あ、ああ……すいません……聞き取れなかったもので……
 ……もう少し、大きな声で、言ってもらえると助かります……」

今気づいたとばかりに、少しだけ首を持ち上げ、メイメイに背を向けたままジョウイは彼女に応ずる。
「……オル様ぁー、とりあえず貴方のことぉー認めてくれたみたいだけどぉー、よかったわねぇー」
「そうですね……とりあえず、貴種守護獣程度には、挑戦権を貰えたようで」
大声で言うメイメイに、ジョウイは返答する。
どことなく上の空の調子で、本当に喜んでいるようには思えない。
「なんか白々しいわねえ」
「そんなことはないですよ。いずれ、返礼には伺いますよ……“あの天空の玉座に”」
酒を注ぐメイメイの手が止まり、危うく杯から酒を溢してしまいそうになる。
杯を手首で操り、滴をうまく拾い上げたメイメイは、されど呑むことなく黒い背中を見据える。
「私、言ったっけ?」
「いいえ。ですが……やっと“識れました”。
 放送のときなら、必ず“そこ”から感応石に意志を送ってくるはずでしたから」
天空城の小型感応石からここの巨大感応石を経由して、島全域に放送を行う。
その構造を逆手に取り、ジョウイは、核識を継いだ魔王はついに玉座を視界に捉えたのだ。
「もっとも、オディオもそこは分かっているでしょう。
 僕が今更それを知ったところで、何がどうなるというわけでもないですから」
だが、ジョウイにとってそれはあまり重要な情報ではないらしい。
彼はやはり、あくまでも正門から入城するつもりなのだ。たった1人しか入れない門から。

695世界最寂の開戦 15 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:34:09 ID:RwfT774k0
「……ねえ、一つ聞いていいかしら?」
口を湿らせ、言葉を待つことしばし。沈黙を許可ととったか、メイメイは尋ねた。
「なんで、奇襲を避けたの? やろうと思ったら、行けたんじゃないの?」
「二番煎じで勝てるとも思えなかったので。時間が無いからこそ、万全を整えますよ」
「どのくらいかかりそう?」
「そうですね…………」
メイメイの問いに、ジョウイがしばし沈黙する。
魔王の外套が大地に更に溶け込み、どくりと、遺跡全体が僅かに震えた。

「“じゃあ”あと3時間で」

こともなげに、ジョウイはそう答えた。
くいと酒を呑むメイメイの眼鏡は、逆光で白んでいる。
「前から気になってたんだけど……結局貴方、彼らをどうしたいの?」
しん、と静まり返る。言葉が途切れたというだけではない。
花の靡きも、樹のしなりも、水の流れさえも、この箱庭の全てが、静寂に染まった。

「――――逃げて欲しい。
 もしも、もしもこの墓場から逃げおおせてくれれば……まだ、諦めもつくから。
 優勝することを諦めて、直接オディオと一戦交えることも、考えられたから」

血染めの背中はただそう答えた。鷹揚一つつけず、事実を諳んじるように、無感動に。
メイメイはしばし、その答えの意味を噛み締めながら、杯の水面を見る。
散り落ちた花弁の一枚が、そっと水面に降り立つ。

どくり。

その瞬間、水面が波立った。花弁によってではない。
杯が、持つ手が、メイメイの身体が、座る大地が、この部屋が――――遺跡が、震えた。
カタカタと、ガタガタと、グラグラと、哄笑するように、叫喚するように、痙攣した。
星の下に眠る死喰いが、ではない。この遺跡そのものが震えた。
誰かの心情を代弁するかのように、冥界の奥底から、卑しく響き渡る。

「……僕は……」

頭を上げて、伐剣の王は偽りの空の向こうに手を伸ばす。

「……誰かが死んで嬉しいと思ったことは、ない」

ぐちゃりと、虚空を握り潰す。金色の瞳が見つめる掌の中には、何も無かった。

696世界最寂の開戦 16 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:35:14 ID:RwfT774k0
【F7 アララトス遺跡ダンジョン地下71階 二日目 日中】

【ジョウイ=ブライト@幻想水滸伝Ⅱ】
[状態]:クラス『伐剣王』 ダメージ:小 疲労:極 金色の獣眼(右眼)
    首輪解除済み 腹部に傷跡 『魔王』としての覚悟
    紋章部位 頭:蒼き門の紋章 右:不滅なる始まりの紋章
[スキル]:紋章術・蒼き門(Lv1〜4)、不滅なる始まり(Lv1〜3)
     フォース・クレストソーサー(Lv1〜4)
     アビリティドレイン、亡霊召喚、モルフ召喚
     返し刃のダブルアタック 盾の鼓動は紅く輝く 
[装備]:キラーピアス@DQ4 絶望の棍 天命牙双:左 ハイランド士官服 魔王のマント
[道具]:賢者の石@DQ4 不明支給品×1 基本支給品
[思考]
基本:優勝してオディオを継承し、オディオと核識の力で理想の楽園を創り、オディオを終わらせる。
1:3時間で、魔王として地下71階で迎撃の準備を整える
2:参加者を可能な限り殲滅し、その後死喰いを完全な形で誕生させる
3:メイメイに関してはしばらく様子見
[参戦時期]:獣の紋章戦後、始まりの場所で2主人公を待っているとき

[備考]
※ルッカ、リルカと参加している同作品メンバーの情報を得ました。WA2側のことは詳しく聞きました。
    
※無色の憎悪の『始まり』を継承し、憎悪を限定的に制御できるようになりました。
 ただし、毒性はそのままのため、日没までには憎悪に喰われます。

※マリアベルの欲望の残滓を魔剣に取り込んだことで、アビリティドレインが使用可能。
 無色の憎悪を介して伐剣王が背負った(魔剣に想いを取り込んだ者)の能力を限定的に使用できます。
 ただし、その為には死の痛みも含めた全てを背負う必要があります。
 また、ロードブレイザーのようなジョウイの理想に全く繋がらない想いは背負えません。

※アビリティドレインにより『災いを招く者』の力と誓約しました。
 その力とグラブ・ル・ガブルにより、亡霊騎士をモルフ化しました。
 この2体のみ維持のための魔力コストがなくなりましたが、破壊されれば再召喚はできません。

※放送時の感応石の反応から、空中城の存在と位置を把握しました


 *ロザリーが見たのは、死喰いに喰われたルクレチア@LALでした。
 ルクレチア以外の場所(魔王山等)が死喰いの中にあるかは不明。
 *召喚獣を使い、遺跡ダンジョンの地下1階〜地下70階までを把握しました。
 *メイメイが地下71階に待機し、オディオにも通じる状態でジョウイを観察しています
 *死喰いの誕生とは、憎悪によって『災いを招く者の闇魔道』を起動させることで、
  グラブ・ル・ガブルとプチラヴォスの亡霊をモルフとして再誕させることです。
  ただし、現在は闇魔道の半分がジョウイの魔剣に封じられたため、
  現時点ではジョウイにもオディオにも不完全な形でしか誕生できません。

697世界最寂の開戦 17 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:36:02 ID:RwfT774k0
――――さて……彼らはどうするつもりなのかしらね……

ジョウイを、そしてC7に集う彼らを傍観しながら、メイメイはようやく震え終わった酒に口をつける。
互いの初手は、示し合わせたように『待ち』となった。
ジョウイは既に己が在り方を決めてしまった。それが揺らぐことは、恐らくないだろう。
ならば後は、地上の彼らがどう決めるかが、この後の歴史の形を決定する。

――――少なくとも、オルステッド様の城にはいくのでしょう? 
    存在にさえ気づけば、行くことはもはや難しくはない……

死闘を乗り越えた彼らの手元には、欠片とはいえついに全ての貴種守護獣が揃った。
加えて、聖剣も鍵もある。辿り着くことは決して不可能ではないだろう。
賢者の智慧も揃った今、首輪も解除できるだろう。後は、そのあとどうするか、だ。

――――オルステッド様から逃げるのもいいでしょう……空中城は未知の世界……方法が無いわけではない……

逃げることは恥ではない。これだけの死を、想いを省みた今ならば、その貴さがわかるはずだ。

――――あるいは、オルステッド様を倒す……あの方を倒せば、貴方たちは元の世界に帰ることもできる……
    少なくとも、その程度のことくらいは私にもできるようになる……

戦うことは間違いではない。これだけの命を、祈りを託された今ならば、身体を突き動かすものがあるはずだ。

――――あるいは、魔剣を携えて現れた最後の魔王……彼もまた玉座を目指そうとしている……
    理想を夢見たおろかでとうとい魔法……彼と向かい合えば、最後にはオルステッド様に辿り着くことになるでしょう……

決着をつけることは過ちではない。愚かであることは、賢きであることに劣るとは限らない。


世界に正解などないのだ。あるのは、選択とその結果だけである。

――――魔王オディオといつ、どう向かい合うかは貴方達しだいよ。だけど、くれぐれも早まらないことね……
    貴方たちは、まだ“集まった”だけに過ぎないのだから……
    おぼろげだけど、まだ届き、掬えるものが観える……
    A6の地……みなしごの住まう家の中……銀色に輝く一枚の占符……
    A7の地……海の藻屑と共に漂う……昭和の魂……
    他にも、目を凝らせば、観えるモノもあるでしょう……

必ず見つけなければならない訳ではない。それも含め、選択と結果である。

698世界最寂の開戦 18 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:36:56 ID:RwfT774k0
――――どうか、どうか過たないで。
    魔力がどうだ、核がどうだ、感応石が、聖剣が、魔剣が、魔術が、
    必殺技が、合体技が、奇跡が――――そんなものじゃ、あの人に“本当の意味で届かない”。

それで終わるならば、あの雷で全ては決着している。
対峙するのは、あの“オディオ”。全ての魂の雷でもまだ照らし足りぬ、憎悪の天。

「必要なのは、一献の返盃。この墓碑<エピタフ>を駆け抜けて辿り着いた貴方の、答え」

この島にいたあらゆる人たち、否、全ての出来事の積み重ねた答え。
でなければオディオには届かない。全てを憎む始まりの彼を変えるには、それほどの想いが必要になる。


「難しく考えなくていいのよ。貴方にとって一番、大切な想い。譲れないもの、守りたいもの。それが、答えよ」


メイメイは誰かに、あるいは全ての者に向けるように、酒を向けた。
いよいよ開宴。最後の戦いは、オディオとの戦いは既に始まっている。


「この戦いの行くすえ……私がここで、見届けさせてもらうわ……」


虚空への乾杯。其れを以て、もっとも静かな最終決戦が此処に始まった。

699 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:38:13 ID:RwfT774k0
投下終了です。指摘、質問等あればどうぞ。

700SAVEDATA No.774:2013/04/29(月) 01:57:35 ID:umDWwpIY0
執筆投下お疲れ様でしたッ!
ストレイボウの言葉が重い。アイツにしか言えなくて、それだけに説得力があって。
んでも流されないのがアナスタシアなんだよなあ。だからこそ今、この場にいるわけだしね。
彼女がストレイボウに言葉を掛けた瞬間、鳥肌が立ったわ。
遂に、遂に首輪にメスが入るッ!
ジョウイはジョウイでもう覚悟は決まっているわけだけれども、彼にも時間はもうないわけで。
やらざるを得ないわけで。
あと3時間。
3時間でどうなるのか。その後も、どのような選択肢が取られるのか。
最終盤、これから多くの道があるれども、どうなるのか楽しみなシメ方でした!
GJですッ!

701SAVEDATA No.774:2013/04/29(月) 01:59:21 ID:x86Jhbq60
投下乙です。
ピサロとカエルの合流に毒を吐くイスラに少しホッとした。
ああいう毒を吐いても許されるだけの弛緩した場が見えて。
そっか、そういえばストレイボウも一度はオディオになったやつなんだもんなぁ。
一つのことに囚われて、流れに呑まれないでくれ、ってのは確かに省みた重みがある。

どう転んでもオルステッドの願いを超えるのは難しい。
その願いを超える何かを求めて、提示された空白の3時間、そこで求める不確定な何かが
サブイベントのような形で最後にプレゼンされて、RPGであることが強く意識させられる演出で上手い。
最終盤でできることもすることも限られてきたけど、そんな中でもフリーな部分が強調されてて、いい繋ぎの話だなぁ。

702SAVEDATA No.774:2013/04/29(月) 02:06:28 ID:HbyQAB.o0
投下お疲れ様でしたー!
おお、おお、おおおお
アキラやイスラの苛立ちも伝わってきて、ストレイボウの言葉も重いんだけど、それをひっくり返すアナスタシアw
なんかどっかで見た名乗りに思わず吹いたけど、しかしこれはもうほんと、いいな
前編と後編の双方あってこそだ
これからどうするのか、何がしたいのか
確かにほんと、イスラに限らず一時の感情で突っ切ってきたようなもんだもんな
特にいま残ってるメンバーは
そこで改めてどうするか、何をしたいか
対比されるように、全てを識ってるかのように三時間と言ったジョウイは覚悟完了してるんだけど
今回の話は本当にあのストレイボウの、そして最後のメイメイさんの言葉どりなんだよなあ
しかし既に他の方も言ってるけれど。こういう決戦前夜のフリータイムはRPGっぽいなw
夜会話とかプライベートアクションとかw
これは、この続きもまとめて予約されるだけじゃなくて、バラバラ予約もありえるし、それでもいいと思う

703SAVEDATA No.774:2013/04/29(月) 14:56:53 ID:4zFvjkCs0
執筆と投下、お疲れ様でした。
ああ……でもどうしよう、これ以上に言いようがないw
感想、というか物語の面だけを見ても思い浮かぶことはたくさんあるのですけれど、
巧く言葉にならなくて申し訳ない。

ただ、なんというべきか。
おもにコンシューマRPGの流れに添いながら、それでも自分は、勝手に
「クロスオーバーとかそんなんじゃない、書き手としてのスタンスを見せてくれ」
という問いかけを感じ取ってしまった。問いかけを行う意味を、氏は知っていると
勝手に信じてしまうくらいのものを見たと信じてしまった。
これは、正直言って形にしていい感想かどうか分からないのですけれど、
ここまで愚直で、かつ誠実な書き手は、私は氏以外に知らないのです。
話としてはトスアップであっても、こういう話を書くことの苦労にも幾許かの
心当たりがあるので、予約破棄などを挟んでも、氏の書く話を読めて良かった。
あなたがいなければ遊べないので、あなたがいてくれて良かった――と、これは
氏にかぎった話ではないのですが、今回の投下で改めて感じました。
そして、よほどの信頼がないと、こんなトスアップも返答も出来ないと思うので、
素晴らしい書き手さんが集まっている企画にも感謝することしきりです。
繰り返しになりますが、皆さん、お疲れ様です。そして、いつもありがとうございます。

704SAVEDATA No.774:2013/05/07(火) 23:18:28 ID:jQFQKNiY0
予約きたあああああ!!!

705SAVEDATA No.774:2013/05/15(水) 08:05:54 ID:wnYmZEC20
月報集計お疲れ様です。
RPG 151話(+ 1)  7/54 (- 0)  13.0(- 0)

706SAVEDATA No.774:2013/05/16(木) 17:22:25 ID:tkpLU44M0
そういえばサモナイ5が今日だっけ?

707 ◆6XQgLQ9rNg:2013/05/19(日) 21:31:12 ID:z1qYGbyw0
投下いたします

708天空の下で -変わりゆくもの- ◆6XQgLQ9rNg:2013/05/19(日) 21:32:17 ID:z1qYGbyw0
 吸い込む空気は、酷く乾いていた。砂っぽさが喉を通り肺に広がる感覚はざらついていて、決して爽快なものではない。
 けれど、そうやって呼吸をしているという事実は、確かな安堵をもたらしてくれる。
 胸に落ちるのは、埃っぽい安らぎと乾燥した落ち着きだった。
 それは、色濃い疲労と重い気だるさの真ん中で、どうしようもないほどに感じてしまう、心地よい生の実感だった。
 安らぎなど、どす黒く淀む感情を自覚したあの時に、置き去りにしたと思っていた。
 落ち着きなど、無力さと無様さと罪悪感を抱えた心には、相応しくなどないと思っていた。
 生の実感など、咎人である自分が得てはならないものだと、信じて疑わなかった。
 片膝を立てて地に座し、ストレイボウは、あたりを見回す。
 嵐の足跡と呼ぶには余りにも荒れ果てた地がある。土色をした荒野に、石細工の土台の残骸が夥しく散らばっている。
 ストレイボウは、もはや立ち塞がるもののないこの荒野に、寂寥感を覚えていた。

 夢の跡。
 そんな感想が胸を過るのは、ここで散っていった“想い”が、大きすぎて多すぎたからであり、そして。
 この、無機質ささえ感じる静けさが、自分が死した後の、灰色のルクレチアに似ていたからだった。
 その連想は、ストレイボウの胸をじわりと締め付け、刺さりっぱなしの棘のように、じくじくと痛みを与えてくる。
 決して消えない痛みだった。何があっても消してはならない痛みだった。
 それを自覚しても、気持ちは、静けさと同化するように凪いでいた。
 諦観や悲観や順応や居直りによって、そう在れるのではないと、今のストレイボウには分かっている。
 くっと、拳を握り締める。指先に力を込め、力の奥で息づくものを感じ取る。
 小さな鼓動だった。微かな脈動だった。
 けれどその鼓動があるから、痛みと向き合える。脈動を感じられるから、罪に背を向けずにいられる。

 ようやくだ。
 ようやくこれで、自分の意志で立ち上がることができる。
 多くの温もりがあった。数え切れない優しさがあった。沢山の“想い”があった。
 過去形でしか語れないのは、悲しいことだ。
 それでも悲嘆に囚われないでいられるのは、受け取ったものが確かにあるということに他ならない。
 それをオディオは、屍の上に立っているというのだろう。
 だとしても、ストレイボウは思うのだ。
 無数の死があったとしても、彼らがその胸に抱えていたものは、褪せず朽ちず綻びず、受け継がれているのだと。
 刻まれた想い出があり、胸の奥で息づく“想い”がある。
 だから今、イノチと共に生きていると、そう思えるのだ。
 かつてのストレイボウであれば、そんなものは生者の欺瞞だと唾棄し、勝者の傲慢だと罵ったことだろう。
 変わったのだ。
 変われたのだ。
 そのことは、ぜったいに、否定などできはしない。

709天空の下で -変わりゆくもの- ◆6XQgLQ9rNg:2013/05/19(日) 21:32:52 ID:z1qYGbyw0
「やっと、お前に向き合えそうだよ」

 葉で作った小舟をせせらぎに乗せるような様子で、敢えて口にする。
 届けと、聴こえろと、そんな風に肩肘を張る必要はない。口にした気持ちは、確かなものとして胸の奥で根付いているのだから。
 血のにおいが沁みついた大気に言の葉をくゆらせ、“想い”が溶けた空気に気持ちを浮かばせる。
 それで充分だと、思えたのだった。

「それが、貴様の望むことか?」
 
 意外なところからの言葉に目を丸くしながらも、ストレイボウは振り返る。
 紅玉色をしたピサロの瞳が、こちらへと向けられていた。
 無感情に見える人間離れした美貌に、ストレイボウは、素直に頷いてみせた。

「ああ、そうだな。より正確に言えば、俺の“したいこと”へ辿り着くために、俺はアイツに向き合いたい」

 ほう、と語尾上がりで、ピサロが相槌を打ってくる。
 試されているのかもしれないと思いながら、けれどストレイボウは、緊張も臆しも抱かなかった。
 
「対等に、なりたいんだ。アイツの隣に、並び立ちたいんだ」

 するりと、言葉が滑り出た。
 だからそれは、心の底から、ほんとうに望むことなのだろう。

「今まで、アイツを羨んで、妬み続けて、卑屈でいるばかりで……さ」

 それは、かつての忸怩たる自分への恨み言であり、恥ずべき過去であり、嫌悪の源泉であった。
 全てを受け入れられるほど強くはない。飲み込められるほどに達観してもいない。
 自嘲的な苦笑いだって浮かんでいるし、か細い語り口からは拭いきれない弱々しさが垣間見える。
 だけど、それでも。
 
「だからこそ、俺は」 

 ストレイボウは、ピサロから目を逸らさなかった。

「ほんとうの意味で、アイツの隣に行きたいんだ」

 ピサロの視線は揺るがず、表情も変わらない。

「貴様が望む、その場所は」

 ただ、その口だけが言葉を吐き出していく。

「輝かしい“勇者”の隣か?」

 ぽつり、ぽつりと。

「或いは、君臨者たる“魔王”の隣か?」
 
 零すようなピサロの問い方は、ストレイボウが彼に抱いていた印象とは、かけ離れていたものだった。
 そんなピサロに向けて、ストレイボウは、ゆっくりと首を横に振る。
 だからこそ、迷いも悩みも惑いもなく答えられるものがあるということは、大きな意味があるように思えた。

「いいや、どっちでもないさ」

710天空の下で -変わりゆくもの- ◆6XQgLQ9rNg:2013/05/19(日) 21:33:55 ID:z1qYGbyw0
 ◆◆
 
「どちらでもない、か」

 ストレイボウの答えを、呟くようにして繰り返すと、ピサロは目を伏せる。
 閉ざした視界に、イメージが広がっていく。
 そのイメージとは、先ほど知った、勇者オルステッドと魔王オディオが辿った道筋だった。
 かつてのピサロならば、愚かしい人間らしい末路だと一笑に付し、そんな人間如きが魔王を名乗るなどとはおこがましいと憤っていたに違いない。
 けれど今、ストレイボウが語ったその出来事は、ピサロの脳裏に生々しく焼き付いていた。

 ――私は、弱くなったか。
 
 ふと感じたその想いを否定する材料など、もはや“魔王”ではないピサロには、雀の涙ほどもありはしなかった。
 魔族である自分も、あれほど憎み蔑んでいた人間と変わりはしないと知ってしまったのだ。
 であるならば、魔族とは何なのか。エルフとは何なのか。モンスターとは、人間とは。
 その疑問の延長線上に、二つの肩書きが浮かび上がる。
“勇者”と“魔王”。
“勇者”は人間の希望であり、“魔王”は魔族の希望である。
 そして人間と魔族の間に、根深い対立構造がある以上、それらは、決して相容れぬ対極の存在であると信じて疑わなかった。
 だが、“魔王”オディオは違う。
 オディオは人間で、そうであるが故に、かつては“勇者”であった。
 そして、同時に。
 オルステッドは人間で、そうであるが故に、自ら“魔王”となったのだ。
 つまるところ、“魔王”オディオは、魔族の希望などではない。更に言うならば、統治者という意味での王ですらない。
 であるならば、ピサロがこれまで抱いてきた“魔王”の称号とは、何だったのか。

 そうして、ピサロは至る。
 宿敵――“勇者”ユーリルが直面した疑問へと、辿り着く。

 けれどピサロは迷わない。
 答えへと至るための欠片を、ピサロは既に持っていた。
 それは、ストレイボウの言葉であり、そして。
 そしてそれは、『ピュアピサロ』の胸をいっぱいに満たす、ロザリーの“想い”だった。
 ストレイボウの言葉を掴み取り、ロザリーの“想い”を感じ取り、ココロに溶かし込み流し込んでいく。 
 温もりに満ちた、柔らかでいて絶大な信頼が、ピサロの手を取ってくれる。
 思考が、道を往く。
 一人歩きをしない考えは、ゆっくりと、けれど着実に、ピサロを答えへと導いていく。
 
 ――私が“魔王”でなくとも。私を想ってくれる気持ちは、存在するのであろうな。 
 
“魔王”というのは称号や呼称であり、その名で呼ばれることは栄誉であり大義は在るのだろう。 
 だが、しかし。
“魔王”という言葉に、願いを拘束し思考を誘導する作用はない。そんなものが、在ってはならない。
 いつだって。
 いつだって、願いを抱いて意志決定するのは、“魔王”ではなく、自分自身の“想い”なのだ。
“魔王”が感情を呼ぶのではない。感情こそが、“魔王”を呼ぶ。

711天空の下で -変わりゆくもの- ◆6XQgLQ9rNg:2013/05/19(日) 21:34:36 ID:z1qYGbyw0
 であるならば、“魔王”とは。
 感情を解き放つものに、他ならない。

「“勇者”でもなく、“魔王”でもない。“オルステッド”という人間と、対等でありたいと望むのだな?」

 瞳を開け、再度問う。
 視線の先で、ストレイボウは、はにかんで頷いた。
 長い髪に隠されていてもよく分かるほどの微笑みからは、恥じ入りと同時に、清々しさが感じ取れた。
 ピサロの口元が、自然と綻ぶ。
 ストレイボウの清々しさを悪くないと感じ、その感覚は、ピサロに実感を与えてくれる。

“勇者”に“魔王”。“人間”に“魔族”。
 それらの間に大差はなく、対等となれる可能性を示しているという、実感を、だ。

 世には愚者が蔓延っている。あらゆるイノチには愚かさが根付いている。
 ただし、その愚かささえ自覚していれば。愚かさを自省し、自戒することが可能であれば。
 誰もが求め、愛し、共存し、笑い合い、手を取り合うこともできる。
 たった少しでいい。
 たった少しの気付きさえあれば、誰もが。
 誰かに頼らずとも、自らの意志で、共存を願えるのだ。
 そう思えるからこそ、こうして、ピサロはここにいられる。
 気付きが心を変えてくれたからこそ、ピサロは、こうも心穏やかにいられる。

 今更だ。
 今更、ロザリーの願いを心底から理解し、自分のものとできた。
 ようやっと、心が一つになれた。
 ピサロの“したいこと”が、改めて、ロザリーの願いと重なっていく。
 彼女が望む世が、ピサロの願う世となっていく。
 喪ってから気付くとは愚かしい。されど気付けたことは無駄ではない。
 ロザリーの息づきを、確かな力として感じられるのだ。
 それが無駄であるはずがない。
 弱さである、はずがない。

 空を、見上げる。
 蒼穹は透き通っていた。
 何処までも果てしなく、全てを包むように、何もかもを見通すように、真っ直ぐなままに広がっていた。
 真っ青な空を、共に見上げることはできなくとも。
 抱いた願いを、空に届けることはできるから。
 だからピサロは、真っ直ぐに。
 ただ真っ直ぐに、一人であっても、空を見上げるのだ。
 
「“勇者”、“魔王”、“人間”、“魔族”。そんな言葉に弄され、本質を見誤ったのが不覚であったか」

 今、ピサロは弱くなったのではない。
 もともとピサロは弱さを抱えていた。
 ただ、“魔王”という仮面が、その弱さを隠し通していただけだった。

712天空の下で -変わりゆくもの- ◆6XQgLQ9rNg:2013/05/19(日) 21:35:29 ID:z1qYGbyw0
「……そういう言い方も、できるのかもしれない。けど俺は、“勇者”も“魔王”も、“想い”を惑わす幻だなんて言いたくはないかな」

 やんわりと否定するストレイボウの声は、そよ風のようだった。

「むしろ、“魔王”も、“勇者”も、“想い”のカタチなんじゃないかなって思うよ。
 だから、“魔王”も、“勇者”も、イノチの数だけあるんじゃないんだろうか」

 遮るもののない碧空を眺めたままで、ピサロは、長い耳を傾ける。
 
「少なくとも俺たちは、“勇者”を知ってるんだ」

 温かくて、誇らしげで。
 だけれども、うら寂しさの孕む声を、ピサロは聴く。

「“救われぬ者”を“救う者”を――“勇者”ユーリルを、知ってるんだよ」

 その名を聞いた、瞬間。
 ピサロは息を呑み、目を見張った。
 果てしない天空を背景にして、翻る一つの影が映る。
 それは。
 その影は。
 どんな絶望的な状況でも、如何なる窮地に陥っても。
 数多くの人間のために、その足で大地を踏みしめ、その手で剣を握り締め、その意志を以って戦い続けた少年の姿だった。
 ピサロは知っている。
 全身を傷だらけにしても、血反吐を吐き続けながらも。
 決して膝を付かず、諦めず、俯かなかった、少年のことを。
 ピサロは覚えている。
 彼は、ピサロを破ったのだ。
 慣れ親しんだ山奥の村を滅ぼした者に、復讐するためではなく。
 人々の生活と命と平和を。
 戦えぬ者を。
 救われぬ者を。
 その全てを、両手で、“救う”ために。

713天空の下で -変わりゆくもの- ◆6XQgLQ9rNg:2013/05/19(日) 21:36:20 ID:z1qYGbyw0
「そうか……」

 ピサロは得心する。
 いつだって必死で、どんなときだって懸命だった彼がそうあれたのは。
 抱いた“想い”を貫き通し、全てを救いきって見せられたのは。
 きっと。
 きっと、彼の胸の内に確固たる“想い”が燃え盛っていたからなのだと。
 そしてそれは、熱く激しく苛烈な、貪欲なまでの“救い”の意志だったのだと。
 理解が広がった瞬間、笑いが零れた。
 ピサロが――デスピサロが敗北したのは、当然だ。
 揺るぎない強い“想い”を前にして、自分を見失った化物が、勝てるはずがない。
 
「奴は――ユーリルは」

 戦う以外の道など探そうともしなかった。求める気もありはしなかった。
 彼と自分の道は、剣を交え呪文を衝突させることでしか、交差することはないと思っていた。
 そうとしか思えなかったことが、やけに空虚なように感じられた。
 
「その身に何があったとしても、最期のその時まで」

 雷鳴が乱れ舞う夜雨の下で邂逅した彼は、デスピサロと同じだった。
 野獣のように叫び、喉が張り裂けても喚き、駄々を捏ねるように暴れていた。
 だとしても。
 だとしても、天空は今、見惚れるほどに晴れ渡っている。
 あの嵐があったからこそ、この天空が在るとさえ、思えるのだ。

「紛れもない、ユーリル自身が望むままの」

 囁くような言葉はか細い吐息と共に、美しい青の世界へと昇っていく。
 淀みなく透き通る、広大な青空は。
 彼方へと続いていそうな、雄大な天空は。
 余りにも。
 余りにも、眩くて。

「――“勇者”であったのだな」
 
 ピサロはその目を、すっと細めたのだった。

【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 日中】

【ストレイボウ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ:中、疲労:中、心労:中 勇気:大
[スキル] ルッカの知識(ファイア、ファイガ、フレア、プロテクト)*完全復元は至難
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:“オルステッド”と向き合い、対等になる
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:最終編
※アキラ以外の最終編参加キャラも顔は知っています(名前は知りません)

【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:クラス『ピュアピサロ』 ダメージ:中 ニノへの感謝 ロザリーへの純愛 精神疲労:中
[スキル]:魔封剣、デュアルショット、アルテマバスター*いずれも要バヨネット装備 ミーディアム:ラフティーナ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:すべての命が、自らの意志で手を取り合える世になるよう力を尽くす
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:5章最終決戦直後

714天空の下で -変わりゆくもの- ◆6XQgLQ9rNg:2013/05/19(日) 21:36:59 ID:z1qYGbyw0
<リザーブ支給品(全てC-7とD-7の境界(C-7側)に集められている)>

【ドラゴンクエスト4】
天空の剣(二段開放)@武器:剣 ※物理攻撃時クリティカル率50%アップ
魔界の剣@武器:剣
毒蛾のナイフ@武器:ナイフ
デーモンスピア@武器:槍
天罰の杖@武器:杖
【アークザラッドⅡ】
ドーリーショット@武器:ショットガン
デスイリュージョン@武器:カード
バイオレットレーサー@アクセサリ
【WILD ARMS 2nd IGNITION】
アガートラーム@武器:剣
感応石×4@貴重品
愛の奇蹟@アクセサリ:ミーディアム
クレストグラフ@アクセサリ ※ヴォルテック、クイック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック、ハイパーウェポン
データタブレット×2@貴重品
【ファイアーエムブレム 烈火の剣】
フォルブレイズ@武器:魔導書
【クロノトリガー】
“勇者”と“英雄”バッジ@アクセサリ:クリティカル率50%アップ・消費MP半減
パワーマフラー@アクセサリ
激怒の腕輪@アクセサリ
ゲートホルダー@貴重品
【LIVE A LIVE】
ブライオン@武器:剣
44マグナム@武器:銃 ※残弾なし
【サモンナイト3】
召喚石『天使ロティエル』@アクセサリ
【ファイナルファンタジーⅥ】
ミラクルシューズ@アクセサリ
いかりのリング@アクセサリ
ラストリゾート@武器:カード
【幻想水滸伝Ⅱ】
点名牙双@武器:トンファー
【その他支給品・現地調達品】
召喚石『勇気の紋章<ジャスティーン>』@アクセサリ
海水浴セット@貴重品
拡声器@貴重品
日記のようなもの@貴重品
マリアベルの手記@貴重品
バヨネット@武器:銃剣
  ※バヨネットはパラソル+ディフェンダーには魔導アーマーのパーツが流用されており魔導ビームを撃てます
双眼鏡@貴重品
不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
デイバック(基本支給品)×18

715 ◆6XQgLQ9rNg:2013/05/19(日) 21:37:41 ID:z1qYGbyw0
以上、投下終了です。
ご意見ご指摘など、何かございましたらお願い致します。

716SAVEDATA No.774:2013/05/20(月) 00:39:22 ID:PVfYstBs0
投下お疲れ様でした!
正義の反対は正義だとかよく言われるけど、ピサロは本当に魔族のためを想って魔王をやってたんだよな
デスピサロだってロザリーへの愛ゆえに人間を憎んでで
ピサロ自身の愛のためって本人は言うだろうけど、こいつは言われてみればずっと誰かのために戦い続けてきたとも言えるんだよな……
だからこそ、魔王や勇者は想いの形であっても、思いを縛るものであってはならないというピサロとストレイボウの会話が心に響いた
勇者とは、英雄とは、魔王とは
このロワで問われ続けたものの無限の答えを含んだ答えがこの話だった

717SAVEDATA No.774:2013/05/20(月) 02:03:01 ID:yhpK0tvQ0
執筆と投下、お疲れ様でした。
なるほど、乾いた空にも色々あるよなあ。
古代王国に心を飛ばしていた魔王でなく、荒野に生きたものたちに導かれて
生を希求するようになったストレイボウの感じる世界と、彼が手放そうとしない痛み。
これらは、読む側も心地よく噛み締めたり、思い浮かべていけるものでした。
また、後半の「感情を解き放つものが魔王」とは、腑に落ちる表現だなと。
思えば勇者の雷も、魔王の誓いもそうだったのだけど、そのふたつのない蒼穹に解かれていく
ピサロの思考を追っていて、これまでの物語に改めて沁み入る心地がしました。
……しかし、こういう意味でもオディオは、こんな舞台まで作ってしまっても、首輪などを通して
憎しみを他者へ見せても、その感情さえ解き放ちきれていないようでなんとも言えないな……。
そして「したいこと」と「なすべきこと」とが、ピサロのなかでは重なったのかな。
ピサロに魔王として対面したジョウイのパートを拾った部分も細やかで素敵だなぁ、と。
乱戦や大人数のパートなどを書いたものを見ても、氏の作品はとにかくまとまっている印象が
強いのですが、二人。会話が可能な最小人数の話を読んで、改めて構成の妙に魅せられました。
SSも感情を、あるいは思惟を解き放つものなら、自分はじつに良いものを拝読していると思えます。ありがたいことです。

718Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 17:57:41 ID:lq/5fCmY0
お待たせしてしまい申し訳ありません
投下します

719Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 17:58:19 ID:lq/5fCmY0
        こうして、僕にはただ
        時間だけが残された。
   命も、道具も、全てアナスタシアに握られて
   手持ち無沙汰もいいところで
     ジョウイが襲撃でもしてきたなら
   その対処へと身も心も没頭できるというのに。
   そんな実現したらしたでごめんな可能性も
場当たり的に生きることも
ストレイボウの奴に切って捨てられたばかりで
今の僕には、本当に、何も、何もすることがなかった。
“したいようにあってほしい”だって?
なんだよ、それ、なんなんだよ、それ。
自分に縛られて
何もかもを見失うのがどれだけ愚かなことか。
そんなの、お前に言われないでも分かってるよ!
 教えて、もらったんだ!
         だけど、だけどさ。
      今更なんだ、今更なんだよ……。
ねえ、したいことを考えろって言われて足を止めてさ。
    それでもしたいことが見つからなかったら。
どうすればいいのかな?
どうしたら、僕はまた歩いていけるんだろ……。
      
            ▽

720Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 17:59:11 ID:lq/5fCmY0

           
             [アナスタシア]
            
 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆  [ピサロ]
 話し相手を           △
 選んでください 『カエル』 《グレン》
 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆      ▽
           [アキラ]
              
             [ストレイボウ]

721Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:00:02 ID:lq/5fCmY0

思えばその問いかけさえも今更だった。
昨日のまさに今ぐらいに、僕は問われたばかりだったじゃないか。
姉さんが死んだらどうするのか。
先生が死んだらどうするのか。
今は亡きおじさんに聞かれたばかりだったじゃないか。
僕はその時、なんて思った?
使い道のない自由に、何の意味がある。
そう思ったんじゃなかったのか。
まさにその使い道のない自由が、僕の目の前に転がっていた。
僕は何をするでもなく、へたり込み、ただ空だけを見上げていた。

どうしてこうなったんだろ。
僕はいったい何をしてるんだろ。

抜け殻のような自らのさまを自嘲する。
あの時、その言葉が正しいと心の底では感じながらも、どうしてあれだけストレイボウに噛み付いたのか。
何のことはない。
僕は、こうなることを予想してたんだ。
あいつの言うところの“行き着くところ”まで行きつけたならどれだけ楽だったろうか。
あいつがあんなことを言わなかったら、僕はきっと今頃、ジョウイを倒すことでも考えていただろう。
あいつがヘクトルの死体を弄んだから……だけじゃない。
確かにそのことへの怒りはある。
死を奪うというのは僕にとって何よりも許せない所業だ。
僕はジョウイを嫌いなままだし、今や憎んでると言っても間違いじゃない。
でも、あのヘクトルと打ち合ったからこそ僕にだって分かってる。
ジョウイの導きに応えてしまったのも、僕による終わりを受け入れてくれたのも、どっちもヘクトル自身の意志だったんだ。
そこまで分かっていながらもジョウイにとやかく言うのは、ただの八つ当たりなんじゃないか。
僕はジョウイの計画を阻止しようとして失敗した。
その取り戻し用がないミスを、ヘクトルのことを言い訳に取り戻そうとしてるんじゃないか。
いや、取り戻すだなんてそんな前向きなものじゃない。
僕は縋りたいだけなんだ。
かつて生きてできることと定めていたそれに、生き残ってしまった意味として縋りたいだけなんだ。

722Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:00:33 ID:lq/5fCmY0
それに元を正せばヘクトルを殺したのはあいつじゃない。
セッツァーとピサロだ。
セッツァーは既に死んだようだけど、ピサロに至ってはすぐそこにいる。
だったらそのピサロに怒りをぶつけることが、ヘクトルの敵討ちだと刃を向けることが僕のしたいことなのか?
……不思議とそうだとは思えなかった。
もしそれが答えなら、ストレイボウが余計なことを言うよりも前、アナスタシアがどうやってかあいつを連れてきた時点でそうしていたはずだ。
ジャスティーンの召喚に力を使い果たしていたからだとか、そんなのは理由にならない。
感情というものはそんな理屈で抑えられるものじゃない。
けど僕は、そうしなかった。
そんな気力さえなかった。
もうすべてが終わったことだったから。
ヘクトルを終わらせたのは、ヘクトル自身と、そして、この僕なんだって。
そんな、ほんの僅かな、それでいて、これだけは他の誰にも譲りたくない自負が僕にはあったから。

だから。

僕は、本当に、何もかも終わってしまったんだ。
僕のしたい事、したかったことに、決着をつけてしまったんだ。

つまりは、そういうこと。

ストレイボウが言った“したいようにあってほしい”というのは、ジョウイがどうとか、オディオがどうだとか、そんな目先のことだけじゃなくて。
きっと、ずっと、この先の未来へと続く望みで。
それは僕が二度目の生を受けてから、ずっと、ずっと、考えて来たことだったんだ。

「なんでだよ。なんでなんだよ……」

はじめは姉さんや先生のために生きたかった。
その望みが潰え、自らの命を奪おうとした時、あの大きな掌に止められた。
あの時初めて、僕は今まで抑えてきた僕の感情を、僕自身を、受け入れることができた。

「なんで、なんでみんな、いなくなっちゃったんだよ……」

そして、僕は、気づけば、彼を、ヘクトルの背中を追い始めていて。
おじさんの支えもあって、“いつか”を望めるようになっていたんだ。
この僕が、だよ? ずっとずっと、死ぬことばかりを考えて生きてきたこの僕が。
自分のことを誰かを悲しませる害悪としてしか見ていなかったこの僕が。
あろうことか、誰かの為に“生きられる”いつかを夢見れるようになってたんだ……。

723Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:01:09 ID:lq/5fCmY0

「なんで、僕だけ生き残ってるんだよ……」

けれど、その“いつか”を僕はこの手で振り払った。
僕が夢見た理想郷を、僕自身の手で終わらせた。

「僕だけ生き残って、どうしろっていうんだよ!?」

そのことに未練はあっても後悔はない。
それこそ感情のままに突き動かされただけだと言うやつがいるかもしれないけれど。
あの終わりは僕がありのままの自分で、ありのままの世界を見た上で決めた大切な終わりだった。
……終わりだったのに。
どうして僕だけ生き残ってるんだ?
どうして僕はまだ、続いてるんだ?
これ以上僕にどうしろっていうんだ。
僕は一体何がしたいっていうんだ……。

「どうやらまだ、自分の終わり方を決められていないようだな、適格者」

嫌な声が聞こえた。
聞きたくない奴の声がした。
誰か、などとは問うまでもない。
紅の暴君無き僕のことをそう呼ぶのはただ一人だ。
いっそこのまま無視してやろうかとも思ったが、見上げていた空に影が落ち、ぬうっと緑の顔が眼の前に迫る。
そいつはヘクトルやおじさんの巨体とは打って変わって背が低かった。
そんな背格好で覗きこまれたままではたまったもんじゃない。
顔と顔が接触しかねない距離にまで人間サイズの蛙に近づかれたらあの姉さんでさえ悲鳴を上げただろう。
……アティ先生なら分からないけど。
残念ながら先生ほど心の広くない僕は、そのままの体勢で腕を突き出し、跳ね除けたそいつへとうんざりとした視線をくれてやった。

724Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:01:44 ID:lq/5fCmY0

「……誰のせいだと思ってるんだよ」

ああ本当に、誰のせいだ。
誰のせいで、僕はこんなにも悩む事になったんだ。
例えばお前だよ、カエル。
お前がマリアベルを殺さなかったら、彼女をファリエルと会わせるために頑張るのも……悪く、なかったんだ。
今更だけどさ。
あまりにも、今更、だけどさ。
僕は、僕のことを捨てたものじゃないと言ってくれた彼女のことが嫌いじゃなかった。
あの時は素直に返せなかったけど、今なら言えるよ。
僕も君のこと、公平だとかどうとか、そんな理屈っぽいこと抜きにしてもさ。
多分、きっと、割りと、結構……好きだったよ。
あーあ、こんなことならあの時、ファリエルと会わせてあげるって約束でもしておくべきだったなあ。
そしたらさ。そしたらあんな、あんなアナスタシアなんか庇うこともなくて……。
無理、だろなあ。
全く、ほんとどうして、こんなメンツが残っちゃったんだろね?
神様だなんて信じたこと無いけどそれでもあんまりじゃないか。
アキラはまだいいよ。
ひねくれてるようで正義感に燃えているところとか、若干苦手なところもあるけど、一日足らずの付き合いでも悪いやつじゃないってそう思える。
けどさ、他はないんじゃないか。
ストレイボウは許せない。
同族嫌悪や全ての元凶ってこともあるけれど、自分だけ、したいこととやらを見つけていたりで腹が立つ。
アナスタシアは嫌いだ。
今になって吹っ切れて分けわかんない存在になって、今まで以上にあの手この手で僕の心をかき乱していく。
カエルとピサロは論外だ。
ヘクトルにブラッド、マリアベルの死は彼ら自身のものだけど、それでも、こいつらが僕から大切な人を奪ってったのには変わらないんだ。

誰かのために生きたかった。その誰かはもう、誰もいない。

全てが振り出しに戻ってしまった。
ゼロの虚無。
死にたいとも生きたいとも思えない、生命の始まりに。
あれもそれもこれも全部、全部――

725Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:02:14 ID:lq/5fCmY0

「そうだな。少し話をしよう」

なんだよ、自分のうちに引きこもることすら許してくれないのかよ。

「僕にお前と話したいことなんてないよ」
「俺にはある。お前を生かした分の責任がな。それに――あの時問うてきたのはお前だぞ?
 全部なくして、終わって、それでも足掻けるのはどうしてか、と」

そういえばそんなことを口にした。
でもそれは、もう終わったことだろ?

「その答えならもうもらったじゃないか」
「確かに俺は答えた。だがその答えは“二度目”の答えだ」

二度目?
二度目って何さ。

「前にも一度あったんだよ。俺が、俺にとっての全てとも言えた“勇者”を――親友を喪ったことが」

疑問が顔に出ていたのだろう。
僕が口にする前にカエルは勝手に喋りだす。

「勇者……?」
「ああ、そうだ。あいつは、勇気ある者だった。どんな相手にでも立ち向かい、いつも俺を助けてくれた。最後の時だってそうさ。
 あいつは俺を庇って、魔王に殺されたんだ……」

魔王って、あの魔王?
自分の親友の仇となんてお前は組んでたのかよ。
気が知れないにも程がある。
……まあ僕だって人のことは言えないけどさ。
紛いなりにも今の僕はヘクトル達の仇であるこいつらと運命共同体なんだし。
前なんか僕に呪いをかけた奴の手駒になってたことだってあるくらいだ。
だから、そこはどうだっていい。
僕が興味あるのはただ一つだ。

「それで。お前はどうしたのさ」
「どうもしなかったさ。俺は逃げた。魔王から、友の死から、自分自身から、友との最後の約束からさえも逃げて酒に溺れた」

726Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:02:44 ID:lq/5fCmY0
は?
なんだよそれ。
参考にもならないじゃないか。
反面教師にでもしろってのかよ。

「全然ダメじゃないか。そんなザマで僕に偉そうに説教したのかよ」
「ふっ、返す言葉もないな。だがな、イスラ。そんな俺でも、お前が言うように今こうして足掻けてる。
 あの時だってそうだ。友より託された王妃が攫われたと気付いた時、俺は気づけば動いていた。
 それまでどれだけ念じようと恐怖で後ろにしか進まなかった足が、あろうことか誘拐した魔物たちの本拠地へと乗り込んでたんだ」
「それがきっかけでお前は立ち直ったって、そういう話かよ」

それはめでたい話だね。
おめでとう。良かったね。
友から託されていた王妃様とやらがいてくれて。
僕には何も遺されてはないんだけど。

「いや、情けない話だが、王女を助けたあともしばらくぐずっていたよ。
 俺が近くにいたため、王妃様を危険にさらしめたのだと自分のことを責め、城から出て行きまた酒浸りの日々さ」

……話を聞けば聞くほど、気力が失われていき、反比例して冷ややかな心地になっていく。
僕は僕のことを散々嫌ってきたけど、世の中、下には下がいるんじゃないか?
もしかしてこれがこいつなりの慰め方なんだろうか。
下には下がいるから僕はまだ胸を張って生きろとかそんな感じの。

「つくづくダメな大人じゃないか。呆れて物が言えないよ」
「そう思うか? 俺もそう思うよ。王女さまを助けたことで友との約束を当面は果たせてしまったからだろうな。
 前以上に気が抜けてしまって、友の形見の品を落としてしまって、しかもそのままにしていた始末だ」
「……」

これには僕もドン引きだ。
流石に人としてどうかとさえ思えてきた。蛙だけどさ。それはいくらなんでも――

「カッコ悪いと思ったか? 鏡を見てみろ。今のお前も当時の俺と似たような顔をしているよ」

うわ、嫌だ。
一緒にするなよ。
蛙顔の自分を想像しちゃったじゃないか。

727Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:03:15 ID:lq/5fCmY0

「僕は当分自分の顔を見たくなくなったよ」
「くくく、そうか。それは悪かったな。まあともあれ、だ。そんなこんなで紆余曲折。
 クロノ達がその落とした品である勇者バッチを取り戻してくれたり、折れた勇者の剣を修復してくれたりでようやく俺は――」

やっとなんだよね?
いい加減、やっとなんだよね?

「立ち直った、のかな? 本当にようやくだね」
「それが実は、更に一晩考えた」

うわぁ……。

「結局立ち直るのにどれだけかかってるんだよ」
「十年だ。俺はあの時十年かかった。そう考えれば今回は随分速く立ち直れたものだ」

ふっとそれまでのやれやれだという感じの口調が鳴りを潜め、カエルの奴が笑みを浮かべる。
こいつにそんな笑みを浮かべさせるのは、きっと、あいつなんだろう。

「あいつが、あいつがいたから?」
「そうだな。友が、ストレイボウがいてくれたからだ。ただな……」

そこで一度、カエルは大きく息を吐いて目を閉じた。
瞼の裏には、これまで思い起こしてきた過去でも映っているのだろうか。
しばらくして目を開いたカエルは、力強く断言する。

「俺はあの時の十年が無駄だったとは思えない。時間を無駄にしたとも思えない。
 自慢じゃないがもし十年前、友を失い、魔王から逃げ、カエルの姿にされた直後にグランドリオンを渡されていても俺は受け取ることができなかったろうさ。
 俺にどうしろっていうんだとか、俺にこの剣を握る資格はないだとか言って逃げたに決まってる。
 万一手にしてたとしても、そのまま勢い任せで魔王城に突っ込んで返り討ちが関の山だったろうさ」

後悔はある。反省もある。

「逃げて逃げて逃げ続けた十年だったが、それでも、それでもだ。
 あの十年間、悩み、苦しみ、後悔し続けたからこそ、思い続けられたからこそ、俺はあの時、グランドリオンを俺の意思で手にとることができたんだ」

でもそこに自虐や嘲りの意思は感じられなかった。
こいつは本気で、今語った十年間を、何もなして来なかった十年間を今は肯定して受け入れてるんだ。
それはきっと、簡単なことじゃない。
十年かけて、十年もかけたからこそ、ようやくこいつは、受け入れられたんだ。

728Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:03:45 ID:lq/5fCmY0
「十年……。そんなにも僕にこのまま苦しみ続けろっていうのかよ。
 アナスタシアの大言壮語が本当なら後三時間もないっていうのに到底間に合わないじゃないか」
「そこだよ、小僧。俺が言いたいことは。ストレイボウの望んだことは」

そこ? そこってどこだよ。

「あいつは、足を止めろと言った。考えてから決めろと言った。したいことを慌ててとりあえずでいいから見つけろとは一言も言ってはいない」

それは、そうだけど……。

「今の俺の話を聞いただろ。お前がこうして悩む三時間は無駄にはならないさ。
 たとえこの三時間でお前がしたいことを見つけられなくとも、この三時間があったからこそ、お前はいつか、したいことを見つけ、したいようにあれるんだ」
「いつ、か」
「そう。いつか、だ。第一考えても見ろ。
 俺をぶん殴ってお前たちに説教したあのストレイボウは、十年どころか数百年も悩んだ末にようやく今、したいことを見つけれたんだぞ?
 それを三時間で成し遂げろだなんて無理難題もいいところだろうが。
 お前にも分かってるんだろ? 分かってるから苦しんでるんだろ?」
 あいつが俺たちに望んだ“したいようにあってほしい”というのは、ジョウイやオディオと戦うために、したいことを決めろということじゃない」

そうだ、あいつが、ストレイボウが、僕たちに望んだのは、“今”だけの話じゃない。
これから先の、ずっと、ずっとの話なんだ。
なら、したいことを考えるというのも、今だけのことじゃなくて。
これからも、何度も何度も考えては決め、考えては決めることで。
決めたはずのしたいことにさえも縛られるなということで。
だったら、あの言葉の意味は、あいつの、真意は――

「俺たちがこれからを、この先を生きていくいつかを目指して。“したいことを探し続けよう”。
 そういうことなんだって俺は受け取ったよ」

したいことを、探し、続け、る……?

「なあ、イスラ。お前はあの亡将との戦いで“生きたいとは、まだ思えない”などと言ってはいたが。
 “生きたいと思いたい”そうは願ってるんだろうさ。でなければそんなにも焦りはしまい。
 俺やストレイボウの言葉にも無関心で無反応でただそこにいるだけの存在だったろうさ」

迂闊にも見せてしまった僕の呆けた表情がそんなにも面白かったのか。
カエルは僕にふっと笑いかけて、

「お前は抜け殻じゃない。――ここまでだ。俺がとれる責任は、な」

そう話を締めくくった。
これで話は終わり。
もう話すことはないとばかりにカエルは僕に背を向ける。
僕は思わず、そいつを払いのけたばかりの腕を、今度はそいつに伸ばしていた。

729Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:04:16 ID:lq/5fCmY0
「おい、どこ行くんだよ。お前はどうするんだよ」
「さて、な。譲れない終わりだけが俺の宝石だと思っていたが、熱さを返そうとした当の友に、もう一度よく考えろと言われてしまったんでな。
 闇の勇者になってやると人様の夢まで継いじまったんだ。
 それこそ酒でも探して飲みながら、今一度ゆっくりと思いを馳せてみるとするさ」

冗談かそうじゃないのか判断しにくい言葉を残して、僕の腕をひらりとかわしたカエルは、そのまま遠ざかっていく。

「じゃあな、適格者。お前が嫌でも、時間が来ればまた会おう」
「おい、待てよ!」

その背中を、僕は今度は、自分の意志で引き止めていた。
こいつが襲撃してきたから僕はヘクトルを助けに行けなくて。
こいつが僕を庇ったから僕は死に損なって。
こいつがマリアベルを殺したからよりにもよってアナスタシアなんかに命を握られて。
こいつに関わると散々な目にあってばかりだけど。
それでも一つ、一つだけ。

こいつにしたいことがあったから。
伝えないといけない言葉があったのだと、今、思い出したから。

「カエル! 僕は確かに終わらせた! 全部じゃない! けど、大切な終わりを得た!
 お前があの時、余計なことをしやがったからだ! それだけだ、それだけだからな!」

730Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:04:50 ID:lq/5fCmY0

      振り返りもせずに隻腕を掲げ
ひらひらと手を振って
カエルは僕の前からいなくなった。
でもあいつとは、また会うことになるんだ。
また、か。
終わらせたはずの“いつか”。
振り払ったはずの“いつか”。
そんないつかも、あいつらが言うように
したいことを探し続けたなら。
僕はまた、新しくも懐かしい“いつか”へと
辿り着くことができるのかな?

            ▽

731Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:05:20 ID:lq/5fCmY0
【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 日中】

【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:瀕死:最大HP90%消失 精神ダメージ:小 覆面 右手欠損 左腕に『覚悟の証』の刺傷
    疲労:中 胸に小穴 勇気:真
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:俺自身のしたいことも考えないとな
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)


【イスラ=レヴィノス@サモンナイト3】
[状態]:ダメージ:中、疲労:中 
[スキル]:心眼 勇猛果敢 フォース・プリズナー№666(Lv1〜4)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:今はまだ、したいことはないけれど。“いつか”を望み、したいことを探し続けよう
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている)

732Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:07:25 ID:lq/5fCmY0
投下終了です
冒頭と結文にて、夜会話風に改行がおかしなことになってしまい申し訳ありません
夜会話風にスペースをいじっていたのですが、どうも上手く反映してもらえなかったようです
WIKIでは修正した上で収録出来れば幸いですが、無理なら普通の文体で収録します

733SAVEDATA No.774:2013/05/21(火) 18:44:10 ID:c4wb8hmQ0
執筆投下お疲れさまでした!
イスラ、立ち止まらないでいられてよかったなー。不安定さが抜け切ってないし、失ったものを一番気にしそうなこいつがどうなるか気になってたが、本当によかったわ
カエルの語りと、それに対するイスラの反応が巧妙で読んでて心地よかったし、なんかカエルがすごく大人に見えたわ。実際大人なんだけど、情けない過去を省みて、それを認めて伝えられるっていうのは、大人の魅力だなと感じたぜ
“したいこと”がまだ見つかってなくても、探し続ける過程はきっと、価値があるんだよな。立ち止まっても、俯いてしまっても、きっと明日を迎えられるような気にさせてくれる、素敵なお話でした

734SAVEDATA No.774:2013/05/21(火) 19:10:28 ID:hQYlf7Q20
執筆に投下、お疲れ様でした!
中央寄せ? なテキストからの「わあああ、夜会話! 夜会話だよぉ!」余裕でした……。
『サモンナイト3』にはこの企画をとおして初めて触ったのだけど、各話の戦闘が終わった後の
モノローグを眺めたり、夜会話したりの時間で心和む感覚も気に入ったんだよなー。

そして、各所で見てきたけれど◆iD氏、イスラがホントに巧い。
>多分、きっと、割りと、結構……好きだったよ。
こうやって、言葉で回り道して、ある意味では自分の本心さえ偽っていくところも、
それでも最後に、このままではイヤだと思えて相手に相対するところもたまらない。
氏や他の方から彼の魅力を教えてもらって、それが実プレイの追い風にもなったものです。
カエルもなあ、ゲームをやってて一番最初に「こいつカッコいいな、好きだなあ」と思ったヤツなんだけど、
よくよく考えてみればマジに不器用でダメで、食べ物なんか丸呑みに出来るカエルのくせに事実を
納得して飲み下すのには時間がかかってたヤツなんだよな……w
「うわぁ……」って反応に納得しちゃったくらいだったけど、けど、それでも「自分はいつか終わるだろうけど、
それは今じゃないしここでもないし、自分を終わらせる相手はお前でもない」みたいな思いにだけはまだ
正直でいられる二人にきっと無駄なものはない。
無駄なコトをやってたのかもなと笑ったり、あとで引いたりすることはあるかもしれなくても、酒と同じように
懊悩も足踏みも苦いと笑えりゃ上出来だと思う。
こういうことが出来そうだから、きっとカエルが好きで、こいつの話にそういう反応を返せるからイスラに
興味を抱くことが出来たんだろうなと、すっと水の沁みこむように思える話でした。
そんな話に触れられたことが、すごく嬉しくて楽しかった! GJっした!

735SAVEDATA No.774:2013/05/21(火) 19:14:59 ID:hQYlf7Q20
>>732
Wikiで調整したいのは、夜会話時の画面の表現(モノローグが真ん中寄せ)ですよね?
一応、真ん中寄せのタグは@Wikiにも存在してます。

#center(){ (本文) }

これで、なんとかなると思います。
本文の部分は改行なしでこのタグのなかに入れてやって、「&br()」という改行タグを
挟み込む感じになります(そうしないと、改行が反映されないはずなので)。

#center(){こうして、僕にはただ&br()時間だけが残された。&br()命も、道具も、全てアナスタシアに握られて…… }

こんな感じになるかな、と。
どうしてもひと手間かかる編集になってしまうので、時間がないよーって場合は
SS本文さえ収録してくだされば、こっちでいじっちゃうことも可能ですのでお気軽にどうぞ。

736 ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 19:25:40 ID:lq/5fCmY0
>>735
まさにそのとおりです!>モノローグ〜
便利なタグを教えていただきありがとうございます。
時間はあるので自分でちまちまいじってみて、もしも無理ならその時は、お力をお借りします!

737SAVEDATA No.774:2013/05/22(水) 00:32:35 ID:nvxp2Pjg0
おお、来てみたら2本も投下来てた! 投下乙です!!

>天空の下で 
青空の下のストレイボウとピサロの邂逅。なんか涼やかでいいなあ。
前から思ってはいたが、ストレイボウがもはや悟りの境地に達している……!
雨夜のときはあんなひどい出会いだったのにw
ピサロともども勇者ひいては魔王についての考えも出てきたみたいだし、
オルステッドへの対面が楽しみになってくるぜ

>騎士会話
今度はカエルが悟りの境地に達してた! この元マーダーダメすぎますね(過去が)。
お互い、終わったはずなのに終わってない同士の会話がさわやかに熱い。
決めないこともまた決断ってのは、実にらしいと思います。
イスラもまだ道は続いているし、決断していないカエルもどうなるのか。続きが楽しみです!

あと、1点気になったのですが、カエルは現在ズタボロで覆面の状態ではなかったでしょうか。
文章的に、カエルの顔が見えたという風にとれたので。間違っていたらすいません。

738SAVEDATA No.774:2013/05/22(水) 01:54:58 ID:bf1lttzs0
>>737
指摘感謝です
いえ、当方、指摘されるまですっかり忘れていました
ズタボロ覆面蛙もそれはそれで不気味だったりしますのでw
その方向でイスラの悪態を修正させて頂きます

739 ◆iDqvc5TpTI:2013/05/22(水) 01:56:04 ID:bf1lttzs0
と、失礼
トリ出し忘れていました

740 ◆MobiusZmZg:2013/05/24(金) 12:53:35 ID:QkI15buI0
>>739
修正と前後して申し訳ありません。
Wiki関連では収録済みの作品を改変するといった問題があったので、こちらもトリつきで失礼します。

『Talk with Knight』について、Wikiへの収録を行なってみました。
普段の収録に加えて夜会話のパートと、それに続くシステムメッセージの部分をどう表現するかと
考えつつ区切り線であるとか……真ん中寄せの文章が多くなると、ちょっと行間の詰まり具合が
目立ってしまうので、独断でですが試験的に改行を加えさせてもらってます。
ただ、◆iD氏の見せたかったレイアウトや段落の分け方等は氏にしか解らない以上、これは差し出た真似です。
しかし編集し直すことは容易ですので、気軽に「もっとこうならない?」ですとか、あるいはご自身での修正をいただければ幸いです。
それと、修正が必要な箇所については通常の形式のままなはずなので、楽に修正は出来ると思います。
レイアウトについて考えていたあまり、ここが前後してしまったことは本当に申し訳ないです……。

741SAVEDATA No.774:2013/05/24(金) 13:28:45 ID:6r1zZBrI0
失礼します、専ブラを使用している場合に限りますがある程度、
◆iD氏の見せたかったレイアウトや段落の分け方 の参考になる方法があるので書き込ませていただきます。
今回の改行が上手くいかなかったのは半角スペースが続くとそれを省略する掲示板の仕様が原因です。
安価越しにチェックすればどのように見せたかったのかの判断材料にはなるかと思います。
長文失礼しました。

>>719>>720>>730

742SAVEDATA No.774:2013/05/24(金) 14:02:49 ID:QkI15buI0
>>741
お手数をおかけして申し訳ございません。
半角スペースなどの使用によるずれについては、すでに自分の知識としてあります。
その上で、……説明しづらいですがシステムメッセージの部分をどう埋もれないようにするか、
行間が詰まって見づらくならないよう、どう整えようかと考えていたという次第でした。
そちら以上の長文を繰っていながら、それを伝えられなかったことをお詫びします。
とりあえず、改行については詰めても見られるレベルだったので直しています。ご迷惑をおかけしました。

743 ◆iDqvc5TpTI:2013/05/24(金) 20:58:35 ID:N5te/xhw0
失礼します、◆iDqです
>>741の方、ご解説ありがとうございました
なるほど、そういう仕様だったのですね
長く使わせてもらっていましたが、今の今まで知りませんでした
お恥ずかしい限りです
氏の言うように、投下時の序文・結文は半角スペースの空白にて微調整をしまくっていました

また、WIKIに御収録いただきありがとうございます
こちらが投下から収録まで間を開けてしまったため、お手数おかけさせてしまい申し訳ありません
ただ、今回は、自前にあった>>735の方の申し出を私は断らせてもらっております
状況的には恐らく>>735の方=◆Mob氏と思われますが
ですので、まずは言ったように私に任せていただくか、或いは、事後報告ではなく、事前に編集してもいいか、お聞きいただければ幸いでした
真ん中寄せに関しては、投下時にこちらから助けを乞うた形なので問題なかったのですが
追加分の区切り線に関しては大丈夫なのですが、一部、意図していた再現とは誤った形に改変されていたため、修正させて頂きました

私不在で話が進んでいたため、先にこちらの方を直させて頂きました
カエルの覆面に関しての修正が後回しになってしまい、これからなことを謝罪させて頂きます
それでは

744 ◆iDqvc5TpTI:2013/05/24(金) 21:28:08 ID:N5te/xhw0
引き続きご報告します
カエルの覆面忘れの件についての修正が完了しました
大筋は変わりませんが、ところどころ、カエルの素顔が見えていること前提だった描写が変更されております
気になる方はご確認ください

745 ◆MobiusZmZg:2013/05/25(土) 06:08:14 ID:/.uitbnw0
ああ、トリップとまでも抜けてましたね……。
すみません、本当にそれしか言いようがありません。
書き手ならば作品をいじられて良い思いが出来るはずもないのに、事前にひと声
かけることも出来なかった自分が無能でした。本当に申し訳ありませんでした。

746 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:10:28 ID:rx0fW4yg0
投下します。

747聖女のグルメ 1 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:11:00 ID:rx0fW4yg0
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


干し肉(固い)
パン(丸い)
ほしにく(量多め)
麺麭(ごつくて拳みたい)
☆肉(別にハイパーではない)
ブレッド(ジャムくらい寄越せ)
燻製肉(保存は利きそう)
水(炭酸ではない)
干しにく(投げたら誰か仲間にならないだろうか)
バケット(一応麦っぽい)
ぱん(武器に使えそう)
水(味はしない)
ほし肉(そもそもこれは豚なのだろうか、牛なのだろうか……)
ウォーター(魔法で精製したというオチはなかろうか)
くんせいにく(考え出すと、この燻製、何の植物でやったのだ……?)
アクア(そうか……すべては……そういうことだったのか……)
小麦粉でつくられ通常はイースト菌でふくらまされそれから焼かれる食物(ならばすべてはおそすぎる……)
数日間塩につけた後一晩水につけて塩抜きをしてから水を拭きひもで縛って吊るし、
金属の缶に包んだうえで底部に乾燥した木片を撒いて燃やし噴煙を浴びせた肉
(宇宙の全てが…うん、わかってきたぞ……そうか、空間と時間と俺との関係はすごく簡単―――――


「うわあ なんだか凄いことになっちゃったわ」

目の前に燦然と輝くその光景に、アナスタシアはそう感嘆せざるを得なかった。
肉、肉、肉。パン、パン、パン。肉パン、パン肉、にくにーく。
そんなものが眼前に広がっているのだ。彼女がそう漏らすのも無理は無かった。
「うーん、パンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンと
     パンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンと
     パンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンと
     パンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンと
     パンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンと
     パンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンと
     干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と
     干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と
     干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と
     干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と
     干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と
     干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉がダブっちゃったか」
胡坐をかいて腕組みをしながら、アナスタシアは唸る。
落ち着いて考えてみれば、何の不可思議もないのだ。
ここに集まった6人、そして先の戦いで命を落とした者達、そして彼らが歩んだ道程で
手に入れたデイバック、かき集めて18人分。
そして1人のデイバックには成人男性相当で2日分の糧秣が入っており、
実質あの夜雨以降、まともに食事をとる余裕は誰にもなかった。
平均して、どのデイバックにも後1日3食分の糧秣は残っていた。
このパンと干し肉の海はできるのか。できる。できるのだ。
18人の3食分を全部同時にぶちまけるという狂気を容認するという条件下において。

748聖女のグルメ 2 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:11:42 ID:rx0fW4yg0
(あせるんじゃないわよ)
瞼を絞りながら、眼前の肉林を睨み付ける。
3食分ほど出して、パンと肉が連続した時点で、その無音の警告を感じるべきであった。
あのオディオが、人の食事に頓着するわけもないのだ。
その次は別の食物がでるだろうなどと、甘い考えを抱いたのが失着だったのだ。
全員に支給されたのはパンと干し肉と水のみ。
その考えに辿り着かず、行きつくところまで行った結果が、この肉林である。
(わたしは血が足りないだけなんだから)
自省しながらもその思考はやはりいろいろ足りていないのか、
するりと右手がパンを掴み、左手の指がつまんで千切り、口の中へパンを入れていく。
(ただおなかが減って死にそうなだけなんだから)
脳内でモノローグを終えるときには、既に3つのパンが眼前から消えていた。
「なにこのパン。グレた田舎小僧みたいな硬さ。こっちの干し肉は……おばあちゃん。うん、おばあちゃん」
ふうわりとは程遠い食感は、保存性以外の全ての美徳を投げ捨てていて、
表面に塩と固まった脂を浮かせた肉は、水気の欠片もない。
そんな、誰からも嫌われそうな食料であったが、アナスタシアの食するスピードは落ちなかった。
所作こそは貴人のそれを踏襲しているが、鬼気すら感ぜられるその食事は、優雅とは程遠い。
この世界には、彼女とパンと肉しかないのではないかとさえ思えるほど、唯一に閉じていた。

「よお」
その閉じたテーブルの対面に、1人の男が座る。
引いた椅子で床を鳴らすような無神経に、アナスタシアは僅かにパンを運ぶ手を止めて前を見た。
対面に胡坐をかいて座るは、天を衝くが如き怒髪の男アキラ。
その瞳には、いつもの真っ直ぐな気性には似合わぬ、僅かな陰りが感じられた。
「がつがつ、ぐぁつぐぁつ」
が、そんな所感などこの食事を妨げる理由にはならず、アナスタシアは再び肉とパンを喰らっていく。
思うに、この男は生き残りの中で今一番彼女と縁遠い。確かに2、3の語らいはしたが、
それこそ“状況が語らせた”ものに過ぎないのだ。
故に、アナスタシアは食事に没頭する。
少なくとも、目の前まで来て言葉に窮する男にかけてやる言葉など、彼女は持ち合わせていない。

実際、アキラの胸中はアナスタシアの見立てに近い。
アキラを羽虫か何かのように一瞥した後、アナスタシアはひたすら食事をしている。
まるでアキラのことを存在しないと思い込んでいそうなほど、その隔絶は明確だった。
その孤独の密度を前に、アキラの脳裏に影が過ぎる。幸運の怪物、蒼空の特異天。
あの悪夢が目の前の少女にダブったのは、気のせいだろうか。

(クソ、なんでこいつのところに来ちまったんだ)

749聖女のグルメ 3 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:12:20 ID:rx0fW4yg0
アキラは頭を掻きながら、ここまで自分を運んだ己の足を罵る。
だが、その罵倒が筋違いであることもアキラは承知していた。
そう、承知している。アキラは己がなぜここに出向いたかを承知している。
苦手に思う理由は山ほどある。
ユーリルの心を捕えていた茨の源泉である彼女に、好意を抱ける道理はない。
が、それを圧してでもアキラは彼女に言わなければならなかった。

(だけど、どう切り出すかな)
しかしいざ面を向かえば、苦手が顔を出す。
本題の中身が中身故、直球を投げるのも心苦しかった。
かといって好かぬ奴原と世間話をできるほど、腹芸が達者でもない。
(あー、もう、めんどくせえなあ)
そのため、ちらちらと飯を食うアナスタシアを横目にみることしかできぬアキラだった。
が、ふいに、アナスタシアを――アナスタシアの額に気づいた。

「あ、消えてら」
「――――ぶぁ(は)?」

アナスタシアがパンと肉を頬張ったまま間抜けな音をあげ、口からパンくずを溢す。
『なにを?』とか『なにが?』とか言うよりも、パンくずが地面に落ちるよりも早く。

「わたしの顔に落書きした屑野郎だァァァァァァァ!!!!!!!!」

鬼面の女が迷うことなく手近な石をブン投げてきた。
「危っ!? おいテメ、いきなり石投げる奴があるか!?」
慌てて投石を回避するアキラに、アナスタシアはさらに追撃を仕掛ける。
「だまらっしゃい! 善因には善果在るべし、悪因には悪果在るべしッ!!
 清きの柔肌に墨塗るような奴は焼いて砕いて轍になるべしッ!
 因果応報天罰覿面の道ォォォォォォ理ィッ、聖女<おとめ>の理此処に在りッ!!」
質量のある残像! 全身27ヶ所の関節を同時加速! 聖拳<ディバインフィスト>が火を噴くぜ!!
「いい加減にしやがれぇぇぇぇ!!!!!」
「痛っイイ!! お…折れるう〜〜〜〜!!!!!」
その幻想は、とっさにかけられたアームロックによってぶち殺されましたとさ。
まあ、全うなケンカもしたことのない小娘が近未来で生き抜いてきたアキラに素手ゴロで勝てるわけもなし。

「ど、どうかこの瞬間に言わせてほしい……『それ以上いけない』」
「お前が始めたんだろうがああああああああ!!!!」

ろくに力も込めていないアームロックを掛けながら、アキラは呆れた気分になった。
セッツァーと同等に見た自分が恥ずかしい。こんなバカなヤツに何を遠慮する必要があるのだ。
ただ、ただ謝らなければならないことを伝えるだけなのだから。

750聖女のグルメ 4 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:12:56 ID:rx0fW4yg0
「モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず、自由でなんというかミナデインしなきゃあダメなのよ」
「頼む、お前、もうホント黙ってくれ……」
干し肉を噛み千切りながら鼻を鳴らすアナスタシアに、アキラはぐったりと項垂れた。
「しっかし単調な味。ヘタクソなお遊戯みたい。バターかジャムかマヨネーズくらいないのかしら……
 あによ、不満そうに。悪かったっていったでしょうよ。お礼だってしてあげたでしょ?」
「それはアレか。あのヘタクソな味噌汁作るパントマイムのことか……ってンなことはいいんだよ!」
アナスタシアの応答を断つように、アキラは首を振った。
この女は泥沼だ。もがけばもがくほど、構えば構うほど引きずり込んでくる。
戯言に関しては全部無視するくらいが丁度いいのだ。
そうでなくては、この戯言に甘えて、永久に言えなくなりそうで。

「――――すまねえ」

咀嚼が途絶える。頭を下げたアキラのつむじが、アナスタシアからはくっきりと見えた。
「私が謝ることはあっても、貴方が私に謝ることなんてないと思うんだけど」
パンの切れ端で唇の脂を拭いながら、アナスタシアは距離を測るように言った。
その眼には退廃こそあれど、享楽はない。
「ちょこを、守れなかった」
絞り出されるように喉から吐き出されたのは、1人の少女の死。
その手に差し出されたのは、一枚の楽園。
夢に挑み、夢を歌い、そして夢を吸い尽くされた少女の成れの果て。

「助けられなかった。俺が、あいつを助けられなかった……!」
彼が頭を下げるべき話ではない。彼がどの程度疲弊していたかは言うまでもなく、
その中で彼は己が持てる者も、借りた力も全て使っている。
もうあれ以上に彼ができることなど、探す方が酷だ。
だが、それは彼にとって慰めにもならなかった。
あの時も、かの時も、そしてこの時も、彼だけが生き残った。生き残ってしまったのだ。
目の前の少女があの小さな子供を、どれだけ大事に思っていたかも知っている。
その上で今、目の前にあるものが全てなのだ。

アナスタシアはそっとカードを拾い、じっと見つめる。
怒っているのか、泣いているのか。濁った瞳は今一つ判別がつかない。
空いた手で手近な水筒を掴み、口の中のものをゆっくりと流し込む。
ぷは、と空いた水筒を煩雑に投げ捨て、言った。
「不思議なものね。もう少しクると思ってたんだけど」
2本の指で抓んだカードを揺らしながら、アナスタシアは嘆息した。
過程が抜け落ち、ただ結果のみ残された死は、アナスタシアに激情も落涙も齎さなかった。
あるいは、その現場を目撃すれば、せめて、放送の前にこの話をしている余裕があれば。
泣き叫び、狂い呻き、その死を受け入れなかっただろう。
時間とは残酷で、彼女の死はアナスタシアが否定も肯定もするまえに消化され<うけいれ>てしまった。

「ねえ、私の顔を見てくれない? 何も感じてないように見えて、実は涙を流してるとかそういうの、ある?」

751聖女のグルメ 5 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:13:31 ID:rx0fW4yg0
アキラが顔をあげた先には、アナスタシアの薄気味悪い笑みしかなかった。濁った瞳には涙の跡もない。
マリアベルが喪われようとした時に見せた、あの感情も拒絶をどこに置いてきたと聞きたくなるほどに。
「ない、か。これってひょっとして、どうでもよかったってことかしらね?」
「おい」
「ちょこちゃんには悪いことしたわね。わたしって、わたしが思ってる以上に薄情だわ」
「おい」
「ああ、まだ居たの。はいはい伝えてくれてサンキューね。用が済んだらオトモダチのとこに帰んなさい」
アナスタシアは速やかに会話を打ち切るべく、シッシと排斥を促す。
だが、アキラはその手首をつかみあげ、アナスタシアを強制的に立ち上らせる。
2人の視線が交差する。1つは退廃に濁り、もう1つは怒りに輝いていた。
「痛いんだけど。あなた、私に謝りに来たんじゃないの? 態度違わなくない?」
「……そのつもりだったがな、手前の腐り顔見たらその気も失せた」
確かに、アキラがここに来たのは、アナスタシアに謝るためだ。
ちょこがどれだけ、この女のことを信頼し、好意を抱き、共にありたいと願っていたか。
それを誰よりも知っているからこそ、それを叶えてやることのできなかった自分を許せず、
こうしてアナスタシアに頭を下げに来たのだ。
だがどうだ。目の前の女は、果たしてそれに値するのだろうか。
ちょこが抱いたイノリを受け止めるに値するほど、この女は良い女と言えるだろうか。
「手前はちょこに大した想いも持ってなかったかもしれないがな、
 あいつは最後まで、最後の最後まで、お前のことを想ってたんだよ!!」
アナスタシアを掴んだアキラの手が淡く輝く。ちょこをいやした時に掴んだ、
ちょこが抱くアナスタシアのイメージを、アナスタシアに送ろうとする。
「だから、分かれよ。ちょこがどれだけお前を想っていたのか、分かってやれよ!!」
「要らないわよ。そんな手垢のついたイメージなんて」
だが、突如バチリと力が奔り、アキラの手が弾き飛ばされる。
吹き飛ばされたアキラは一瞬驚愕し、そして再び怒りを浮かべた。
何のことはない。アナスタシアにイメージを注ぎ込もうとした瞬間、
接続された回路から、アナスタシアの思想が逆流したのだ。
アナスタシアの身体全てに染み渡り、詰め込まれた「生きたい」という唯一の想いが。

「聖剣貰う時に一回させてあげたからって、私が簡単に暴ける女だと思った?
 私の想いに干渉したかったら、ファルガイアを滅ぼす覚悟で来なさい」

せせら笑うアナスタシアに、アキラは怒りと苦渋を混ぜた表情を浮かべるしかなかった。
自分も満足な状態とはいえないが、それを差し引いてもここまで想いの密度が異なるとは。
私らしく生きたい。マリアベルに恥じないように生きたい。かっこいいお姉さんとして生きたい。
枝葉末端は異なれど、どの想いにも通ずるのは「生きたい」。アナスタシアを満たすのはその一念のみ。
アキラはやっと彼女がセッツァーに似ていると思った理由が、分かった気がした。
たった1つ懐いた感情――『欲望』ただそれだけで世界を捩じ伏せる。
『夢』と『欲望』。種類は異なれど、その在り方は紛れも無きあのセッツァーと同質だ。

752聖女のグルメ 6 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:14:40 ID:rx0fW4yg0
「手前は、それでいいってのか。生きたい、死にたくないってばかり言いやがって。
 守りたいものが無くなっちまったらそれで終わりか?
 ちょこのために、何かをしようって気にはならねえのかよ!!」
「少なくとも、今取り立てて思い浮かぶことは無いわね。貴方を砂にしても憂さも晴れるとは思えないし。
 それにね、『何がしたい』っての、今はそういうの考えたくないのよ。皆、ストレイボウに毒され過ぎよ」

まるで自分以外のものを蔑にするかのようなアナスタシアに吠えたが、
その返事として突然現れたストレイボウの名に、アキラは面食らう。
「したいことを決めたとしましょう。そのために生きようと思う。そこまではいいわ。
 その『したいこと』が強い想いであればあるほど、なるほど、その生は輝くわね。
 ……じゃあ、それが終わってしまったら? したいことをしてしまったら?」
意地悪く問いかけるアナスタシアの濁った瞳に、アキラはイスラを思い出した。
そして、その妖艶な笑みに、ユーリルの記憶の中で見たアナスタシアが重なった。
「『何かをするために生きる』ことは最後には『何かをするために死ねる』ことに至るのよ。
 だから、今は……いや、これからも本気で考えたくはないわね……
 何かをするために生きてるんじゃない。生きている私が何かをするの。私は、墓穴探して生きるわけじゃないのよ」
したいという願いは、いずれ人を死に誘う。純粋過ぎる生は、死と表裏一体なのだ。
故に誰よりも生を欲した欲界の女帝は生を濁す。輝かなければ、光は決して消えないと信じるように。

「不思議だな……ユーリルよりかは話が分かりそうなもんだが、あんたの方があいつよりクソに見える」
近くに並べられていたパンと肉を拾いあげ、アキラは怒りと共にそれを呑みこむ。
勇者と聖女。こうして2人の想いに触れたからこそ分かる。
アナスタシアとユーリルは置かれた立場は似ていても、その受け入れ方が真逆なのだ。
ユーリルは『自分は勇者だ』というところから始まり、
逆にアナスタシアは『私は英雄なんかじゃない』というところから始まっている。
そんな真逆なのに、アナスタシアがユーリルに同意を求めればどうなるかなど決まっている。
その答えがアナスタシアの思想に侵食されたあの茨の世界だったのだろう。
そう思えば、判別のつかない怒りがアキラに渦巻いてくる。
もし、あの時ユーリルに言った叫びをこの女に浴びせたところで、河童に水をかけるようなものだろう。
むしろ、好き勝手やった破綻者という点においては、アキラとして共感すべき点もある。
「死にたくねえから本気にならねえって言う奴よかは、あの雷<ヒカリ>の方がよっぽどマシだ」
だが、今のアキラには、アナスタシアの在り方は許容できないものだった。
勝手にしろと吐き捨てることが何故かできないほどに、アキラを苛立たせている。

753聖女のグルメ 7 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:15:12 ID:rx0fW4yg0
「それでいいのよ。貴方たちは貴方たちのために『したい』ことを探しなさいな。
 私は私が生きるために、目先の首輪を外すために全力を注ぐ。それでいいでしょ」
だが、そんな苛立ちすらアナスタシアには届かない。
問答はそれで終わりだと、聖剣を背にアナスタシアがどっかりと深く座る。
アキラもまた、それで終わりにすべきだとアナスタシアに背を向ける。
あの時、ちょこを戦いから引き離しておけば――そんな慙愧すら、あの女には勿体無い。
もはやアキラには、アナスタシアを気にする理由など、何一つあるはずも――

「あんたは、寂しくねーのかよ」

首だけで振り向いて、捨て台詞を吐く。
それは、アキラの言葉ではなかった。黒の夢を最後まで憐れんでいた一人の少女の切なる願いだった。
「一人で生きて、生きて……あんた、今、幸せか?」
ひとりじゃいやだと、あの子は最後まで言っていたのだ。
お前はどうなのだ。そんな子供と『けっこん』しようとしたお前は、それで幸せなのかと。

「そんなの決まってるでしょ」

そんなぶっきらぼうな問いに、ふう、と微かなため息をついて、彼女は微笑んだ。
退廃のままに、ただ、先ほどまでよりほんの少しだけ、熱を残して。

「幸せになりたいから、私は生きてるのよ」

754聖女のグルメ 8 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:15:45 ID:rx0fW4yg0
アナスタシアと別れて砂埃舞う荒野を歩きながら、アキラは思う。
イスラがアイツを嫌う理由がよく分かった。
アキラもアナスタシアとは、99%相容れないだろう。
分かり合えるとも思えないし、また、その気もない。
「それでも、寂しいって言えるなら、アンタはまだまともなんだろうよ」
だとしても、少なくとも、アイツはセッツァーとは違うのだ。
それだけは、アキラにとって喜ぶべきことだった。

「って、なんでンなことで安心してるんだ俺は……って、ああ、そうか」

不可思議な感情を辿り、アキラはその答えに辿り着く。
最後に見せたアナスタシアの眼が、ほんの少しだけ似ていたのだ。
水底に沈める前に眼帯を外したときに見た、あの彼女の瞳に。
機械仕掛けの英雄に遺された、唯一の人間に。


「あんたも、寂しかったのか――――なあ、アイシャ」


口にした名前と共に、アキラの脳裏にこれまでの道程が浮かび上がる。
ボロボロになって、能力を限界以上に使って、
そうやって歩いた道には、守れなかったものがあちこちに転がっていた。
一体、自分は何を成せたというのだろうか。
アキラのしたいことなど、最初から決まっている。『ヒーローになる』ことだ。
だが、『どうなっても大切なものを取りこぼさない者』が『ヒーロー』だというのならば、
果たして今の自分にそれを目指すことができるのだろうか。

「省みろ、か……」

ふいに、潮の匂いとともに僅かに冷たい北風がアキラの鼻を擽った。
北の大地をみつめながら、アキラは思う。
取りこぼしたもの、守れなかったもの、残ったもの、失くしたくないもの。
そして、それでも今ここに生きている自分。今こそ、それを見つめなければならないのかもしれない。
これからも、『ヒーロー』を目指すために。

755聖女のグルメ 9 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:17:40 ID:rx0fW4yg0
【アキラ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ:中、疲労:大、精神力消費:大
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:本当の意味でヒーローになる。そのために……
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:最終編(心のダンジョン攻略済み、ストレイボウの顔を知っている。魔王山に挑む前、オディオとの面識無し)
[備考]:超能力の制限に気付きました。テレポートの使用も最後の手段として考えています。
※カノンの名をアイシャ・ベルナデット、リンの名をリンディスだと思っています。
※松のメッセージ未受信です。


アキラの失せた荒野に、もぐもぐと咀嚼音だけが消えていく。
そこには道化めいた言葉も、作ったような表情もない。ただ無表情に滋養をかき集めている生き物がいた。
呻くような狼の鳴き声がする。紫の毛並を泳がせて彼女の横に侍ったのはルシエドだった。
セッツァーの幸運圏も収束し、実体化させられるほどにはアナスタシアも回復したらしい。
アナスタシアは何も言わず、ペットボトルの口を開いてルシエドの口元に流す。
ルシエドも何も言わず、それを舌で舐めていた。特段の意味は無い。ただの気分に近い。
「失望してる?」
主語も目的語も飛ばしたアナスタシアの問いは、今のくすんだ自分を嘲笑ったものだった。
明日を、未来を見つめない欲望は、ルシエドの好むところではない。
そう分かっていても、今のアナスタシアは――否、今のアナスタシアだからこそ、見つめたくは無かった。
「――私だってね。こんなしみったれた食事はごめんなのよ。
 もう少し、素敵なところで、おいしいランチを所望したいところ」
目を閉じて思う。例えば、美しい渓流の下で、水のせせらぎを聞きながら、
焼きたてのスコーンや卵のたっぷり入ったサンドイッチ、香ばしいアップルパイを食べたいものだ。
「でもその隣には、マリアベルも……あの子も、いないの」
それをみんなで一緒に食べられたら、どれだけ素晴らしいだろうか。何と輝く一枚の想い出になるだろうか。
だが、それはもう叶わない。彼女たちと共に歩む未来は、もう来ない。
あの子がいなくてもお腹は減るけど、あの子と一緒にご飯を食べることは、永遠にない。

756聖女のグルメ 10 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:18:20 ID:rx0fW4yg0
「アキラに言われなくたって、分かってるのよ。
 あの子が最後まで何を想っていたかなんて。きっと最後の最後まで、私を想ってくれた。
 そんな、あの子に、応えてあげたいと思う。何かしてあげたいと思う」

地面が、僅かに湿った気がした。水気にではなく、アナスタシアの懐く想いを吸収するかのように。
「でも、ダメなのよ……そう思ったら、どんどん、弱くなってくる。
 一人ぼっちで生きるくらいなら、って、思い始めてる……!!」
幸せになりたかった。今もなりたい。その欲望は今も高まり続けている。
ちょこを想えば想うほど、明日が色褪せていく。この先の人生に、共に寄り添ってくれると約束した少女はもういない。
強く明日を想えば想うほど、描かれる未来に欠けるものがくっきりと映ってしまう。
「マリアベルも、あの子も、そんなの望まない。だから私は生きたいって願うの」
ストレイボウのいう『したいこと』。
もしも、それを見つけてしまったら、私はきっとそれを叶えるだろう。
この欲望をその一点に集中させて、あらゆる障害を――オディオさえも――打ち砕いて叶えるだろう。
「したいことなんて、無いわ。理由をつけなきゃ生きられない人生なんて、それだけで不純よ。
 私は生きる。理由が無くても、未来に誰も待っていなくても、今に寄り添う人がいなくても」
そう想わないように、強く願う。
生きたい。生きたい。ただそれだけの想いを燃やし尽くす。
他は何も見ない。未来を想わない。したいことなんてない。死にたいなんて想わない。
例え、この青空の下に、あの小さな小さな光がもうないとしても、私は生きていく。
寄り添うと誓った良人として、ただ一人、バージンロードを歩いていく。

「きっと、それだけが、あの子に捧げられる返事なのよ」

ルシエドの毛並に己が身体を預け、アナスタシアは空を見上げた。
アナスタシアの感情に同調するように、空の感情にアナスタシアが同調するように、
澄んだ青空のはずの空が、くすんで見える。
きっとこの空が青空を取り戻すことはないだろう。
あの子のいない空はまるで夜のように暗くて、私はこれからそんな空の下を歩いていく。

少し、しんどい。


【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:首輪解除作業中 ダメージ:中 胸部に裂傷 重度失血(補給中) 左肩に銃創 精神疲労:中
[スキル]:せいけんルシエド 
[装備]:アガートラーム@WA2
[道具]:ラストリゾート@FF6
[思考]
基本:生きたいの。生きたいんだってば。どうなっても、あの子が、もういなくても。
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:ED後

757聖女のグルメ 11 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:19:05 ID:rx0fW4yg0
<リザーブ支給品(全てC-7とD-7の境界(C-7側)に集められている)>

【ドラゴンクエスト4】
・天空の剣(二段開放)@武器:剣 ※物理攻撃時クリティカル率50%アップ
・魔界の剣@武器:剣
・毒蛾のナイフ@武器:ナイフ
・デーモンスピア@武器:槍
・天罰の杖@武器:杖

【アークザラッドⅡ】
・ドーリーショット@武器:ショットガン
・デスイリュージョン@武器:カード
・バイオレットレーサー@アクセサリ

【WILD ARMS 2nd IGNITION】
・感応石×4@貴重品
・愛の奇蹟@アクセサリ:ミーディアム
・クレストグラフ@アクセサリ ※ヴォルテック、クイック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック、ハイパーウェポン
・データタブレット×2@貴重品

【ファイアーエムブレム 烈火の剣】
・フォルブレイズ@武器:魔導書

【クロノトリガー】
・“勇者”と“英雄”バッジ@アクセサリ:クリティカル率50%アップ・消費MP半減
・パワーマフラー@アクセサリ
・激怒の腕輪@アクセサリ
・ゲートホルダー@貴重品

【LIVE A LIVE】
・ブライオン@武器:剣
・44マグナム@武器:銃 ※残弾なし

【サモンナイト3】
・召喚石『天使ロティエル』@アクセサリ

【ファイナルファンタジーⅥ】
・ミラクルシューズ@アクセサリ
・いかりのリング@アクセサリ

【幻想水滸伝Ⅱ】
・点名牙双@武器:トンファー

【その他支給品・現地調達品】
・召喚石『勇気の紋章<ジャスティーン>』@アクセサリ
・海水浴セット@貴重品
・拡声器@貴重品
・日記のようなもの@貴重品
・マリアベルの手記@貴重品
・バヨネット@武器:銃剣
*バヨネットはパラソル+ディフェンダーには魔導アーマーのパーツが流用されており魔導ビームを撃てます
・双眼鏡@貴重品
・不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
・デイバック(基本支給品)×18*食品が現在アナスタシアが消費中


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758 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:20:04 ID:rx0fW4yg0
投下終了です。

759SAVEDATA No.774:2013/06/09(日) 21:16:17 ID:OO45orFs0
投下乙です。
ゲッターにゴローちゃんにやりたい放題詰め込んだ序盤に吹いたwww
ああもう、いいなぁ。
ここまでの積み重ねのおかげで、見ていてフラストレーションの溜まるほどの
アナスタシアの平坦さ(not肉体的な意味、感情的な意味で)がすごくらしく思えたり
そこで溜まったものを吐き出してくれるアキラに読んでいて救われて、
あんな答えを出したアナスタシアにもどこか共感できて。
アキラがポロって漏らしたカノンを省みるところとか、しんどいって思いながらも生きるために生きようとしてるアナスタシアとか大好きだ。

何度もこれが答えだ、って言わんばかりに主張してくれるロワだけど、そのたびにそれに劣らない何かを返してくるのがすごい人間臭くて、生きてるみたいですごい好きだ。
全く感想まとまらないけどすっごい楽しかったです。

760SAVEDATA No.774:2013/06/09(日) 23:17:16 ID:Dc1J1k/w0
執筆、投下お疲れさまでした!

ああこれ、アナスタシアだわ
この乾いた感じは、紛れもなくアナスタシアだなって思えた
たいせつな人を亡くして生きるのは辛いって、そんなの嫌になるくらい分かってる
分からざるを得ないくらいの時を、アナスタシアは過ごしてきたんだし、焔の災厄でアナスタシアが戦えたのだって大切な人たちと一緒に生きたいからなんだものね
でもだからといって、それを全て受け入れて認めてしまったら生きていられなくなるんだよなあ。自分の中の欲望と自分らしさを見限ることになっちゃう
そりゃあしんどいよな。しんどいに決まってる。そうやってでも生きていこうとするアナスタシアからは、どうにもない人間くささが漂ってた
このRPGロワでアナスタシアに感じてたのって、まさにこの、泥くさいほどの人間臭さだったから、余計にらしさを感じられたわ
けどだからこそ、アキラには受け入れられないところも多いのだろうなって思う
アキラが悪いってわけじゃあもちろんない。ただ、アキラが望むことの在りかは、アナスタシアの立ち位置からは遥かに遠い
けどだからこそ、互いに受け取れるものがあればいいなって思う
アキラの言葉は優しくて、まっすぐだから

ほんと今の生存者って、主催も含めて不器用でバカな奴らばっかりで、だからこそ魅力的だって、改めて思えました

761 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 21:52:15 ID:EsIb4FfY0
ピサロ、イスラ投下します。

762No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 21:53:57 ID:EsIb4FfY0
生きている間は輝いて。

思い悩んだりは決してしないで。

人生はほんの束の間だから。

いつだって時間はあなたから奪っていくよ。

――――――――――――――――――――――――世界最古の歌より。


土を踏む音が断続的に響く。踏みしめられた砂粒同士が噛み合い、砕けて粉になる。
鉄の軋む音が不規則に鳴る。銃身の中の駆動部が小さく動作を刻む。
足の運びは直線を選ばず、常に左右への動きを織り交ぜる。
左の銃口を常に前方へ、半身気味の身体を射線で覆う。
銃口の指し示す本当の前方へ、稲妻の軌道を刻んで疾駆する。
それが、イスラが行っていることの全てだった。

夏を想起させるほどの青空から照りつく太陽は容赦なく、
銃をつがえる左手の小指の先から汗が滴となって大地に吸い込まれる。
熱を吸う黒仕立ての上着は既に脱ぎ置かれていて、その背中にも汗が珠のように浮かんでいた。
カエルが言うだけ言って去った後、一人残されたイスラは「したいこと」を考え続けた。
だがカエルが言ったように、イスラが思ったように、イスラが求めるものはそんな一朝一夕で思い浮かぶことではない。
考えれば考えるだけ矮小な自分が頭をよぎり、思考を閉ざしてしまう。
だから、と言うわけではないが、イスラの身体は自然と歩くことを始めた。
立ち止まっていても何かが得られるとも思えなかったからか、単に座りっぱなしで体の節が痛みを覚えたからか。
イスラは銃の馴らしがてらに、身体を動かそうと思ったのだ。

唯一の懸念は銃や剣はおろか、全ての所持品を牛耳ったアナスタシアであったが、
そんな葛藤は肉とパンに囲まれて狼を枕に寝ているアナスタシアを見てどうでもよくなった。
3時間とほざいた大言壮語はどうなったのか、と言いたくもなったが、
寝てもなおしっかりと握られていた工具を見て、イスラはその言葉を飲み込む。
好き好んで会話を出来る相手ではないと経験しているイスラは、
寝ているのならば好都合と、集まった装備のいくつかと僅かな飲料水を見繕いその場を後にした。

763No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 21:54:52 ID:EsIb4FfY0
(僕の、したいこと……)
そうして元の場所に戻り、イスラはひたすらに銃を握って身体を動かしていた。
無論、専門の銃兵としての教育を受けていないイスラだ。今更銃撃戦をマスターしようなどとは露とも思っていない。
大ざっぱに狙って、なんとか引き金を引いて、かろうじて撃つ。その程度しかできないだろう。
だから、これはあくまでも訓練ではなく運動。気分転換に過ぎない。
強いて言うならば、馴らし。銃を握り続け、己が手――『ARM』に馴染ませる。
スレイハイムの英雄の教えを、少しでも身体に染み入らせるように。
銃口を向けた先、その先にあるものに少しでも手を伸ばすために。
一歩でも前に進めば、きっといつかにたどり着けると信じて。

――――貴方が、全てを失ってなお幾許かの想いを残すのであれば……“戦場を用意しよう”。

不意に、銃口の向く先が震える。
手を伸ばした先に見えるのは、影の如き黒外套。
己の行く先に立ち尽くすその影をみて、イスラは歯を軋らせた。
銃を下げ、続くステップを大きく踏む。前に倒れてしまいそうなほどの前傾姿勢から浮かび上がるのは、右手の剣。
自信の前方からみて己が半身にすっぽり隠れるようにしていた魔界の剣を現し、一気に踏み込む。
銃撃からの疾走でその影の懐に入り込む。後はその刃で、この手に立ちふさがるモノをこの手で。

――――違うよ、君は僕のことがきらいだろうけど。

死神の如き不吉をたたえた棍が、魔界の剣を弾き飛ばす。
見透かすように、敵足り得ぬというかのように、影はイスラの右手から刃を落とす。
そして影が煌めき、影の中から無数のツルギの影が浮かび上がる。
その全てがイスラが本来持っていたはずの、適格者であったはずの紅の暴君の形を取って。
無慈悲に、平等に――――

――――僕は君のことが嫌いじゃない、それだけだ。

顎を伝った汗が数滴、地面へ落ちる。
イスラの身体はおろか周囲含め何一つ異変など無く、変わらぬ太陽の熱光だけが降り注いでいた。
砂を削るような小さな音がして、イスラはそちらに目を向ける。
乾いた大地の上に、魔界の剣が突き刺さっていた。
じっと手をみる。確かめた右手には、びっしょりと汗が吹き出ていた。

764No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 21:55:57 ID:EsIb4FfY0
「首を取り損ねたか?」
突然の来訪者にイスラは反射的に右手をかくし、来訪者をみた。
くすんだ銀の髪を風に靡かせたのは、元魔族の王、ピサロ。
「いきなり話しかけて、その上何を言い出すんだい。
 こんな誰もいない所で、首もへちまもないだろ。ただの運動、肩慣らしさ」
首をすくめておどけ、イスラは剣を引き抜こうとする。
「想定は、ジョウイとやらか」
だが世間話のように放たれた言葉が、イスラの身体を縫い止めた。
「参考までに。どうしてそう思った?」
「歩法。左右に身体を振っていたのは、前方からの攻撃に的を絞らせぬためだ。
 銃は牽制……いや、進路の確保だろう。“遠距離射撃を切り抜けて一撃を叩き込む”。
 そんな汎用性のない攻撃を反復しているのだ。具体的な相手を想定していると考えたくもなるだろう」
余裕さえ感じ取れるほどに落ち着いた瞳に、イスラは言いようもない不快感を覚えた。
それはあの雨の中で無様に取り乱したピサロを見ていたが故か、
そこから這い上がったらしいピサロへの嫉妬か、
あるいは、こうして自分の前にのうのうと姿を晒すことへの憤りだったか。
だが、やはりなによりも、己の中の無意識を言葉にされてしまったことに不快を覚えた。
「そうかもね。ここから先、戦うとしてもジョウイかオディオのどちらかだけだ。
 戦い方の分からないオディオじゃなくて、
 戦い方の見えているジョウイに合わせた攻撃を、知らずに反復していたのかもしれないね」
とにかく会話を打ち切りたくて、イスラは形だけの同意を示す。
「どんな卑怯な手を使ってか抜剣覚醒はしたみたいだけど、
 ジョウイの攻撃の主力はやっぱりあのダークブリンガーみたいな黒い刃の召喚術だ。
 棒や剣による攻撃もしてたけど、姉さんみたいな一流にはほど遠い。
 あいつの主戦場は遠距離戦だ。懐に飛び込めさえすれば、それで行ける」
あふれ出す言葉が上滑りしていた。口が勝手に動く。ピサロを、そして自分自身を煙に巻くように言葉を綴る。
「真紅の鼓動も使ってたし、召喚獣や亡霊兵もいる。ちまちま遠距離で差し合ってたら埒があかない。
 近距離で、重い一撃を叩き込む。あいつ相手に必要なのはそれだけだよ」

そこまで喋って、ピサロが笑っていることに気づいた。
お世辞にも好意的ではない、嘲りすら混じった笑みだった。
「……何かいいたそうだね?」
「いや……なるほどな。それで、銃と足捌きであの奇怪な刃を抜けて、
 一刀両断を狙う動きだった……の、割には最後が締まらないな」
不機嫌を露わにするイスラに、ピサロは構うことなく感想を言い放つ。
やっぱり、とイスラは苦虫を噛み潰した。どうやら運動を始めて相当早い段階で見ていたらしい。
そう、イスラは最後の斬撃を失敗した。先の1回だけではない。
何度も何度も、最後の一足跳びからの攻撃だけが、必ず仕損じるのだ。
「一足一動……ってね。どんな戦いでも、相手の動きに先んじてのそれ以上の動きって、できないもんなんだよ」
戦闘とは常に流動的であり、常に一所に留まらず変化していくものであるが、
それを極限まで突き詰めると『1回の移動と1回の行動』に分解される。
全く同条件で2人が相対し戦闘した場合、一人の人間が移動と行動を1回行えば、相手とて必ず動くし、その逆もしかり。
ならばたとえどれほどの乱戦であろうとも『移動と行動』その繰り返しに分解できる、という考え方である。
「でも、ジョウイを一撃で倒そうとするなら、あの刃を抜けてもう一撃を叩き込まなきゃいけない」
そういってイスラは沈黙した。ジョウイの黒き刃を抜けるために『行動』し、
その空いた道を『移動』して近づくまではイメージできる。
だが、そこからジョウイが動く前にもう一度『攻撃』できるイメージが見えないのだ。
全力で凌いで全力で進む。その後全力で攻撃するまでにどうしても一拍が生ずる。
その一拍を見据えて、ジョウイは容赦なく狙ってくるだろう。
イスラは、血を出すほどに歯を軋らせた。
姉のような武功者であっても、足を殺して二撃。茨の君のような暗殺者であっても、手を殺して二足。
話に聞くルカのような規格外ならば話も別だろうが、イスラにはその才はない。
最後の一撃。その差が、今のイスラとジョウイを隔てる絶対的な差のように見えてならなかったのだ。

765No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 21:56:30 ID:EsIb4FfY0
「ククク……成程な」
くぐもったピサロの笑いがイスラの思考を寸断する。
そういえば、こいつは一体何のために来たのか。真逆カエルと同じように僕に何か説教でもするつもりだったのか。
「なあ、結局あんた――」
なにをしに来たんだ、と言おうとしたはずの言葉は、撃鉄の音に遮られる。
イスラが向き直った先には、バヨネットの無機質な砲口が闇を湛えていた。
「……何の真似だい?」
「興が乗った。つき合ってやろうか」
イスラに銃口を向けたまま、ピサロは余裕を崩さず答えた。
「何をしにきた、と言ったな。貴様と同じだよ。私の魔力が全快するには時間がかかりすぎる。
 ならば、この玩具を馴らしておくに越したことはないのでな」
銃身に魔力の光が満たされる。それは弱いものであったが、紛れもない実のある魔力だった。
「ふざけるなよ。あんた何を考えて――」
熱線がイスラの横を通り過ぎる。初級魔法一発分の魔力であったが、集束した魔力は地面に黒い軌跡を描く。
「その無駄な煩悶を終わらせてやろうというのだ。手を抜いた私の攻撃を抜けられないようではあの小僧に届きもせんだろう」
「手加減って……当たったら無事じゃ済まないだろ。こんなことをやっている場合じゃ――」
「“ゼーバー、ゼーバー、ゼーバー”――――早填・魔導ミサイル」
イスラの言葉を掻き消すかのように、バヨネットに込められた無属性の魔力が発射される。
砲身に充密するよりも早く引鉄を引かれた魔弾はレーザーのような密度は無いものの、
その数の暴威を以て弾幕を成し、イスラ目掛けて着弾する。

「――こんなことをやっている場合ではない、と来たか。
 まさか私を『仲間』か何かだとでも思っているのか。他ならぬお前が?」
巻き上げられた噴煙の向こうに、ピサロは呆れた調子で吐き捨てる。
そこには『仲間』を案ずるような気配は微塵もない。
「端的に言って失笑だぞ。そも私が出向いた時点で時間切れなのだ。
 その上、この“私を目の前にして『こんなことをしている場合ではない』という”――それ自体が無能の証左と知れ」
告げられる言葉は明確な侮蔑。だが、独りごとではなく、明確な受信者を想定された音調だった。
「……どういう意味だ。なんでお前が僕に用がある」
砂煙が晴れた先にあったのは、紫がかった透明の結界。
結界の中のイスラの傍らに侍った、霊界サプレスの上級天使ロティエルのスペルバリアである。
「“私がお前に用があるのではない”。“お前が私に用が無いのか”と聞いている。
 それとも分かった上で言っているのか。だとすれば無能ではなかったな――ただの糞だ」
散弾ではなく収束させたブリザービームの一閃が、魔弾で摩耗した聖盾を貫通する。
凍てつく波動を使わずに力技で破砕したあたりに、感情がにじんでいる。
「何故座っている。何もすることが無いというのか――――“この私が目の前にいるのに”?」
砕け散る障壁の中で、イスラはピサロの目と銃口を見つめた。
「ちらちらと、私を睨んでいたこと、気づかないとでも思ったのか。
 半端な敵意などちらつかせるな。うっとおしい」
その眼だと、ピサロは侮蔑する。
言いたいことがあると口ほどに言っているにも関わらず、それを形にしない。
心の中でその感情を弄び、愛撫し続けている有様を。
「待ってどうする。運命がお前のために出向いてくれるとでも?
 全てに綺麗な“かた”が付けられる奇跡的な瞬間が最後にやって来るとでも思っているのか?」
いつかを待って蹲る人間に対し、ピサロは再び魔砲を充填し始める。
ここではない、ここではない、俺が全力を出す場所はここじゃない。
いつか、いつかこの想いを解き放つに相応しいときがくるはずだから。
「“来んよ”。お膳立てなど無い。在るのは袋小路だけだ。その時お前はどうする?
 追いつめられて、どうにもならなくなって、全てを失って、そこから泣いて喚いて切り札を抜くのか?」
そんな泣き言をのたまう誰かを打ち砕くように、ピサロは黒い雷の一撃を放った。

766No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 21:58:20 ID:EsIb4FfY0
「あの哀れな男のように」

一閃は雷の速さでイスラを穿たんと迫る。
しかしその間際、寸毫の狭間でイスラは一撃を躱し、ピサロに迫りかかった。
「ヘクトルのコトかあああああああああァァァァァァァァッッッ!!!!!!!!」
一瞬で揮発した感情を爆ぜさせながらその軽足を以てイスラはピサロへ接近する。
地中深くで死骸を熟成させてできた油を、地層の中で直に点火させたような爆発だ。
限界の速度で駆動するイスラにあるのは、自分の心臓の奥底を無遠慮に弄られたような嫌悪だった。
見せないように、お前のために我慢していたものを、どうしてお前が開きに来る――!
「ああ、やはりか。どこかで見た眼だと思った――そういえば、あの男もこうやって死んだのであったな」
イスラの怒りも柳というかのように、クレストグラフを2枚重ねて、大嵐を巻き起こす。
放たれた真空の刃がイスラを、否、イスラの四方全て纏めて切り刻む。
イスラは嵐を前に、回避を選ばざるを得ない。横に飛んで避けるが、衣服と皮膚に傷が走る。
怒り狂った獣の爪の届かぬ位置から、肉を少しずつ殺ぐように刻んでいく。既に一度行った作業を反復だった。
「あれは愚かだったよ。大望を抱き、それに届き得る才気の片鱗を持ちながら二の足を踏んで機を逸した。
 守りたいと奪わせないと、失った後で泣き叫ぶ――――実に、良い道化だった」
「お前が、ヘクトルを語るなアアァァァァ!!!!」
近づけないならと、イスラは銃を構えその手<ARM>を伸ばす。
その喧しい口を閉じろと、フォースを弾丸に変えてピサロの口を狙う。
「ハッ、貶されて癇癪か。“わかるぞ”。自分のたいせつなものを馬鹿にされるのは悔しいものだ」
だが、ピサロのもう一つ“口”が返事とばかりに、砲撃でイスラの想いを呑みこんでしまう、

「お前に、お前に僕の何が分かる!」
「お前が取るに足らない人間ということくらい、分かるさ。
 “そんなお前をあの男は随分と買っていたようだ”が、愚か者の隻眼には石塊も宝石に見えるらしい」
吐き捨てられた言葉が、イスラの中で津波のような波紋を立たせる。
イスラからヘクトルを奪いながら、まだ飽き足らずにヘクトルを貶めている。
ごちゃ混ぜになる感情の奔流が、強引に銃身へと圧縮されていく。
「うるさい……うるさいよお前……!」
(お前が語るな。お前が歌うな。あの人の終わりを穢すな)
別に近づく必要などない。
ピサロのやかましい銃“口”を塞ぐには、より大きな“音”で掻き消せばいい。
この言葉にならぬ原初の感情を、一撃にたたき込む。
この矜持を、あの終わりを得た自分の感情を込めて。

「あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「遠吠えなぞ煩いだけだ。仮にもヒトなら言葉を使え」

767No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 21:59:30 ID:EsIb4FfY0
だが獣の鳴き声など伝わらないとばかりに、
絶対防御<インビシブル>がバーストショットを無効化する。
不完全な勇気の紋章と石像から完成された愛の奇蹟の差故か、あるいは“もっと根源的な理由”からか、
イスラの感情はピサロに届かない。
「お前のような獣には心得があってな。自分の柔らかい所を触られると直ぐに熱くなる。
 そして、簡単に意識がそこに集まって――――他に何も見えなくなる」
何のことだ、と疑問を抱くより早くイスラの背後でイオナズンの爆発が生じ、イスラは前方に大きく吹き飛ばされる。
魔導ではない、純粋な『魔法』。
ピサロの銃口に気をとられていたイスラには、後方からも攻撃が来る可能性を抱く余地が無かった。
「受動的なのだよ。起こること、触れる全てにその時々の想いを重ねて動いてきたのだろう。
 だから状況に刺激されて反応が遅れ、掌で踊らされるのだ。どこぞの間抜けのようにな」
爆発と同時に取り落としたドーリーショットを拾いに立ち上がるより先に、ピサロの方向がイスラに向けられる。
イスラは俯せのままピサロを睨みあげる。
今のピサロには、獣狩り程度の感覚しかないのが見て取れた。
受動的。その言葉に、イスラの中で苦みが生ずる。
確かにここまでの自身の行動において、主体的に動けた事例は数少ない。
あの雨の中の戦い、ゴゴの暴走、ヘクトルの死。
起きた事態に対して、もがいてきた。胸に抱く想いに真剣に足掻いてきた。一切の疑いなくそう言い切れる。
だが、その事態の発生に関われなかったイスラは常に受け身の立場を強いられてきた。
荒れ狂う激流の中で生き足掻くこの身も、川面から見れば波打つ流れに木の葉が翻弄されているようにも見えただろう。
忘れられた島の戦いに於いて、帝国軍・無色の派閥・島の住人の三者を手玉に取ってきたイスラの現状としてはあまりに滑稽だ。
「“それがどうしたっていうんだよ”……!!」
だからどうした、とイスラは拒絶の意志を湛えてピサロを睨みかえす。
後から見返して間抜け、短慮というだけなら子供でもできる。
部外者の――否、イスラではないピサロにとってはそれはただの無様の記録でしかないかもしれないけど。
それは、イスラがありのままの自分で、ありのままの世界を見た上で歩んできた記憶だった。
たいせつな、たいせつな終わりなのだ。
「不満そうだな。言ってみろ。仇も満足に討てないのなら、せめて言葉で一矢報いればどうだ」
「……お前なんかに、僕の想いが分かるかよ」
手を払いのけるようにイスラは吐き捨てる。
やっと認められた、自分の中で受け入れられたこの想いを、ピサロになど語りたくなかった。
たった1つ残ったあの終わりだけは、誰にも穢させたくなかった。

「怖いのか。その抱いた想いを外に出すのが、怖くてたまらないのか」
「―――――――――っ!?」

だが、ピサロはイスラが庇ったその想いではなく“庇い続けるイスラを撃ち抜いた”。
イスラの目が、銃口の先、好悪綯交ぜとなったピサロの瞳を映す。
「その獣は、愚かだったよ。身体の内から何かが湧き上がっている激情。初めはその名前すら知らずに翻弄されていた」
ピサロの口から、侮蔑の呪いが吐き捨てられる。
だが、それはイスラを罵りつつも、別の何かを嘲るようだった。
「その名前を知った後は、それに酔いしれた。
 自分一人が、その奇麗なものの名前を知っていればいいと、その想いで身を鎧った」
ほんの少し前に見てきたようなかのような臨場感で、獣の痴態を歌う。
「後は、ただの無様だ。それに触れられれば噛みつき、狂奔し、盲いたまま何処とも知らず走り回り、
 流されていることと進むことの区別もつかず、自分の中に全てがあると吠えていた――滑稽にもほどがあるだろう」
“分かっているのだ”。“間違っていることも分かっててやっているのだ”。
“だから己は正しいのだ”。“これが唯一無二の正解なのだから他の意見など必要ない”。
故に獣は触れる全てに害をなす。全てに噛みつくが故に、簡単に踊らされる。
「だから口を閉じろと喚いていたよ――――笑わせる、違うと言われることを恐れていただけの癖に」
ピサロはせせら笑う。誰彼かまわず噛みついた獣は、ただ、臆病だっただけなのだと。
誰かに否定されるのが怖かったから、誰の言葉も求めなかった。
不朽不滅と誇っていたものは、ただ、誰にも触れさせてこなかっただけなのだと。

768No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:02:50 ID:EsIb4FfY0
過ぎ去った獣に向けるピサロの苦笑に、イスラは鏡を見るような気分を覚えた。
死にたいと願い、自分を偽って生きてきた。
そしてあの巨きな背中に憧れ、誰かのために生きたいと願えた自分の想いを素直に受け入れることができた。
二度目の生でようやく認められたこの想いを大切にしたいと、そう想えたのだ。

だがそれは、それだけでは、ピサロが嘲笑う獣と何が違うのだろうか。
誰がためと言いながらそれを誰にも言わないのなら、自己満足と何が違うのか。

違う、と思う。そんなケダモノなんかと一緒にするな、と叫ぶことはできる。
じゃあ、この感情を口に出せない僕は、なんなのか。
これほどまでにココロを満たすモノを、何故形にできないのか。

「お前に僕の気持ちは分からない、と言ったな。
 分かるわけがないだろう。内心で反芻するだけの音など、聞こえるか。
 子供でもあるまいに。他人が好き好んで貴様の妄想に寄り添ってくれると思うなよ」

――――貴方のほうがよっぽど私より子供ですっ!!
    違いますか!? どうなんですか!? はいか、いいえかちゃんと答えて!?

唾液に濡れた粘膜の先に波が伝わらない。言い返すべきなのに、言葉が出ない。
素直になれたはずなのに、感情を認められたはずなのに、外に出せない。
それは、知っているからだ。
この世はどうしようもなく損得勘定で、
馬鹿正直に心を開けばそれを逆手にとられて痛い目を見て、嘲笑されるだけで、
形にすれば砕けてしまうかもしれなくて、触れられれば壊されるかもしれなくて。

「あの男は愚かではあった。だが少なくとも最後まで願いを、守りたいモノの名を伝えていたぞ。
 だから言えるのだ。こんな臆病者を死ぬまで守ろうとしたお前は、心底愚かであったとッ!」

ピサロの撃鉄に力が籠る。
測るに値しない器ならば砕けても構わないというように。
だからとりあえず無関心を決めこめば、傷つくこともないし、他人にバカにもされないということを。
それはどう足掻いたところで不変の真実で、それが一番簡単な平穏なんだって知っている。
でも。

「ストレイボウは測った。ならば貴様はどうだイスラ。貴様は獣か、人か、勇者か、魔王か?」

769No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:03:30 ID:EsIb4FfY0
知らないよ、僕が誰かなんて。でも、でも。
――――なんで、黙ったままやられ放題でいるんですかっ!?
ここまで言われて、黙っていられるほど、デキちゃいないッ!!

空いた左手を背後に回し、もう一つの銃<ARM>を取り出す。
44マグナム。六連回転式弾倉に込められた火薬よりも鋭く熱い意志が、引鉄と共に放たれ、
横合いから砲口の軌道を僅かに逸らす。
その僅かな間隙を縫って、イスラはドーリーショットを回収してピサロとの距離をとった。
「隠し腕。無為無策という訳ではなかったか」
ピサロは状況を淡々と見定め、生き足掻いた目の前の存在を眇める。

「そういや、アリーゼにも言われてたよ。人にモノを聞かれた時は、とりあえず“はい”か“いいえ”だっけか」

肩で息をしながら、イスラは下を向いたまませせら笑った。
思い出す。今のように矢継早にまくしたてられて、言葉を紡げなくなってしまったことを。
僕の逃げ場を全部潰したうえで、ボロクソに叩きのめしてくれた少女を。

――――貴方がどんな理由でそんなふうな生き方を選んだかなんて私にはわかりません
    話してくれないことをわかってあげられるはずないもの…

その少女は最初、何も言えなかった。
その眼に明らかに何か言いたげな淀みを湛えながら、それを出せなかった。
変えたい何かがあるのに、それに触れることで自分が傷つくことを恐れていた。
僕のように、あの人のように。
だけど、彼女は歩き出した。世界を変えたければ、自分が変わることを恐れてはならないと知っていたから。

「ああ、そうだよ。僕は、僕は――」
唇が震える。見据えてくるピサロの眼に胸が締め付けられる。
きっと、もしかしたら、あの時僕を罵倒した彼女も、こうだったのかもしれない。
他人を傷つけるのならば、自分が傷つくことを恐れないわけがない。
ああ、だから、僕は知っている。
本音<イノリ>を言葉<カタチ>にするということは、とてつもない勇気<チカラ>が必要だということを。

770No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:04:18 ID:EsIb4FfY0
「僕はクズだよ。言いたいことはうまく言えないし、口に出せば大体皮肉になるし。
 泣くのは失った後で、素直になるのは、いつだって手遅れになってからだ」
自分で言って情けなくなってくる。
しかも、言葉にしてしまえばもう取り返しは効かない。
吸った息で、自分の中の何かが酸化していく。外側に触れた分、変質してしまう。
「でも、あの人たちはそんな僕に触れようとしてくれた。
 僕を肯定してはくれなかったけど、分かろうとし続けてくれた」
その不快をねじ伏せ、もう一度ドーリーショットを強く握る。
僕のしみったれたプライドなんてそれこそゴミだろう。
前を見ろ。今目の前にいる男は、一体何を踏み続けている?

「ブラッドを……ヘクトルを……こんな僕に「勇気」を教えてくれたあの人たちを……」

胸に抱く勇気の紋章が放つ燐光が、腕を伝い鉄を満たし、銃をARMへと変えていく。
口を閉じてほしいのではない。ピサロがヘクトルを愚かだと想う、それ自体が辛いのだ。
だから放つ。自分が傷つくことも厭わず、撃鉄に力を込める。
だって、僕は知っているんだ。
ユーリルが、ストレイボウが、ブラッドが、ヘクトルが――――アリーゼが教えてくれた。

「馬鹿に、するなァァァァァァッッ!!」
 
勇気<チカラ>を込めて言葉<カタチ>に変えた本音<イノリ>は、
世界さえ変えられるんだってことを。

「……アリーゼ……“アリーゼ=マルティーニ”か?」
放たれた弾丸のけた違いの威力を、ピサロは見誤らない。
反応が遅れた今、初見での撃ち落としは博打に過ぎると判断したピサロは、
インビシブルを発動し、やり過ごそうとする。
「――――ッ!? 徹甲式とはッ!!」
だが、ピサロの驚愕とともにインビシブルに亀裂が走る。
本来、インビシブルはラフティーナの加護を得た者に与えられる絶対防御だ。
揺るがぬ愛情、その意志の体現たる鎧は1000000000000℃の炎さえも凌ぐ不朽不滅であるはずなのだ。
「それと拮抗する。なるほど、あの女とは異なる意志の具現かッ!」
傷つくことへの恐怖を乗り越えてでも、その想いを形にする意志。
その勇気が籠もった弾丸は即ちジャスティーンの威吹。
同じ貴種守護獣の加護ならば、欲望を携えた聖剣同様『絶対』は破却される。
「がっ、深度が足りんなッ!!」
しかし、絶対性を無効化したとてその堅牢性は折り紙付き。
決して失われぬピサロの愛を前に、イスラの勇気はその弾速を反らされ、悠々と回避する隙を与えてしまう。
「構わないよ。お前に伝わるまで、何千何万発でもぶち込んでやるからさ」
だがイスラは一撃が反らされたことに悔しさも浮かべず、次弾を装填する。
ヘクトルも、ブラッドも、たった一度で全てを伝えようとしたわけではない。
何回も何回も、言葉を重ねて、それで少しでも伝わるかどうかなのだ。
だから、イスラも何度でも意志を放つ。不変の想いを変えるために。

771No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:04:54 ID:EsIb4FfY0
「……くくく、これも星の巡りというやつか。メイメイ……あの女、一体どこまで観ているのやら……」
そんなイスラを見て、ピサロは面白がるように笑った。
今こうして2人が銃を向けあうこの瞬間に、偶然以上の何かを見つけたかのように。
「メイメイ? おい、お前――――」
「ならば、そうだな。奴の言葉でいうならば“追加のBETを積んでやる”」
独白に無視できない単語を見つけたイスラの詰問を遮るように、
ピサロが銃剣を下ろしながら、懐かしむように言った。
「アリーゼとか言ったな。その娘、この島でどうなったか知っているか?」
イスラの銃口が、微かに震えたことを見て取ったピサロは、
数瞬だけ呼気を止め、そして肺に空気を貯めてから言った。
「獣に噛まれて死んだ。『先生』とやらを庇って、盲いた獣の前に飛び出てきた故に。
 まあ、端的に言って――無為だったな」

静寂が荒野を浸す。
やがて、銃の駆動音がそれを打ち破った。イスラの銃口が完全に震えを止めて、ピサロを狙う。
だが、その意志は決して先走ることなく、銃の中に押し固められていた。
「言いたいことの他に、聞きたいことが出来た」
目を見開くイスラを見て、ピサロは口元を歪めて応ずる。
「好きにするがいい。もっとも、生半な雑音など遠間から囀るだけでは聞こえんぞ」
両者の銃撃が相殺され、爆風があたりを包む。
先に土煙の中から飛び出たイスラが銃撃を放ちつつピサロへ接近しようとする。
だが、ピサロもまた機先を制した射撃と魔法でイスラを寄せ付けない。
互いが互いをしかと見据え、間合いを支配しあう。
銃弾に、言葉に乗せて、イスラは想いを放つ。
ヘクトルがどれだけに偉大であったか。自分がどれほど彼らに救われたのか。
憧れというフィルターのかかったその想いは、決して真実ではないだろう。
合間合間にブラッドのことも混じるあたり、理路整然とはほど遠い。
だがそれでも恐れずに引き金を引き続ける。
どれほどに拙くとも、自分の言葉でピサロを狙い続ける。
ピサロもまた時に嘲り、時に否定しながら、イスラの弾丸を捌いていく。
インビシブルは使っていない。
それは、絶対の楯が絶対でなくなったからではなく、楯越しでは弾がよく見えないからだった。
拙いというのならばピサロもまた拙かった。
膨大な魔力で他者を圧倒するのがピサロの主戦術であるならば、
小細工を弄し、受けとめ、捌き続けるなど明らかに王道より逸れている。
話す側も拙ければ、聞く側も拙い。
子供の放し合いであり、しかし、確かに話し合いだった。
決して獣には成し得ぬ文化だった。

772No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:05:28 ID:EsIb4FfY0
「ふん、お前がどれほどあの男に傾倒していたかはよく分かった。
 だがお前はあの男を、あの男が描いた理想郷を終わらせたのだろう。
 己が終の住処と定めた場所を捨てて、なぜお前はここにいるッ!!」
イスラの銃撃を頬に掠めながら、ピサロが銃剣を構える。
腰を低く落とし、足幅を広く取って重心を下げる。
「答えを教えてやろう。目の前に仇がいる。主君潰えようとも仇を為さずして死ぬわけにいかん。
 お前からヘクトルの生を奪った私を、ヘクトルの死を奪ったジョウイを、
 誅さねばならぬと、無意識が願ったのだッ!!」
常は片手で扱う銃剣を、両の手でしっかりと固定する。
強大な一撃を放つことは明白だった。
「装填、マヒャド×マヒャド×イオナズン。
 だが、生憎と私は死ぬ気がない。そしてお前の刃では私に届かない。
 つまり、お前はどう足掻こうが目的を達せられない」
銃剣の切っ先に氷の槍が生成されていく。
透き通るような煌めきは、障害を全て撃ち貫く決意に見えた。
「ならば、生を奪った者として、せめて引導を渡そう。三重装填――――スノウホワイト・verMBッ!!」

ピサロの意志が射出される。
絶対零度の意志は、決して融けぬ不変の槍。
だがその氷の中に潜むは、爆発するほどの激情。
圧縮された氷槍が内部爆発を起こし、大量の破片に分かれる。
そして、さらにその破片が爆発し、さらに膨大な破片に。
爆発し続ける氷はいつしかその数を無量の刃へと変えていた。

「終わりだ――目的もなく生き恥を晒し続けるぐらいならば、疾く飼い主の下に馳せ参じるがいい!」

迫り来る刃の群を前にして、イスラは銃身を額に添える。
なぜ自分は今生きているのか。それはピサロから問われるまでもなく問い続けてきた問いだった。
未だにその答えは出ていない。ならば敵討ちのためだというピサロの答えを否定できないのではないか。
(違う。そうじゃない。僕は――生きたいと思いたいんだ)
去来するのはカエルの背中。逃げ続けてここに残った男の背中。
生きる理由は、生きて為したいことは見つからないけど、
それでも理屈をこね回しているのは、生きたいと思いたいからだ。
(ならばどうして、死にたがりの僕がそう思う。生き恥を晒し続けて来た僕が――――)

773No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:06:24 ID:EsIb4FfY0
違う。そうではない。そうではないのだ。
生きる理由はないけど、したいこともないけど、誰の役にも立ててないけど、
“今生きていることを恥だと思いたくない”。

目を見開いたイスラが、銃口を正面に向ける。
目の前にはもはや数え切れぬほどの氷刃の弾幕。
その全てがイスラを狙っている訳ではないが、それ故に回避は絶対に不可能。逃げ場はない。
だが、イスラは一歩も引かず、その氷を見据えた。
逃げてもいいということは知っている。それが無駄にならないということも知っている。
だが、無駄にならないからといって最初から逃げてどうする。
まして、今狙われているもの、それだけは絶対に譲れないのだ。

「フォース・ロックオン+ブランザチップ」

前を、世界を見据える。あの時のように、勇気を抱いたあの時のように。
決して揺るがぬ鋼の英雄のチカラがARMを満たす。
逃げも防御も無理。だったら、あの人ならきっとこう言うだろう。

「ロックオン・マルチッ!!」
笑止――――全弾、撃ち祓うのみッ!!

イスラの一撃が放たれる。ブランザチップによって拡張された散撃が、
ロックオンプラスの冷徹な精度の狙撃と化し、
『拡散する精密射撃』という矛盾した一撃となる。
威力だけはただの一撃と変わらぬ故に安いが、拡散した氷刃をたたき落とすには十分過ぎる。

774No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:08:35 ID:EsIb4FfY0
「ハッ! まだ足掻くか。やはりあるか、生き恥を晒し続けてでも為したいことが!!」
弾幕の全てをたたき落とされる光景を見て、ピサロは苦笑した。
口ではああいえど、根には執着があったということだ。
ならば、自分もまた――
「だから、違うんだよ。お前と一緒にするな。僕はまだ何も見つけちゃいない!」
破片の破片をかき分けて、黒い影が疾駆する。
魔界の剣を携え、イスラがピサロへと切り込む。
「ならばなんだその生き汚さは。目的もなく希望もなく、何を抱いてこの瞬間を疾駆するッ!!」
ピサロは動ずることなく、銃剣を剣として構える。
こちらの攻撃が一手速い。少なくとも先んじて効果のある一撃を放つのは不可能だ。

「――――なでてくれた。その感触がまだ残ってる」

だが、イスラは止まることなく剣を走らせる。
その生に理由はなく、希望はなく、終着点も終わらせてしまったけど。
「やれば出来るって、最後に言ってくれたんだ。
 だから僕は、この生を恥だとは思わない!! あの人が肯定してくれた僕の生を、否定しない!!」
それが、全てを終わらせて抜け殻になった僕に残った最後の欠片。
自分自身さえもが見限ったこの命を、最後の最後に認めてくれた。
だから、生きたいと思いたいのだ。
どれほどそう思えなくとも、他に何も残っていなくても、
理想郷を終わらせても、それでもこうして、足掻いている。

「だから、邪魔するなら退いて貰う。アンタも、ジョウイも、オディオだってッ!!」

魔界の剣を握った右手が、光に輝く。
一回腕を振って、全力で走ったらもう動けない?
ふざけるな。そんなこといったら、あの掌ではたかれる。

「だって、僕の腕<ARM>は……まだ、二振りもついているッ!!」

775No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:09:51 ID:EsIb4FfY0
フォースLv3・ダブルアーム。
腕から抜けていく力に、強引にフォースを注いで体勢を維持する。
銃だからではない。剣だからではない。
この腕に握るものこそが『ARM』。手を伸ばすということ。
目を見開くピサロの攻撃が止まる。だが、イスラは止まらない。
勇猛果敢さえも越えて、あの人の、獅子のような力強さを添えて奮い迅る。
「ブランチザップ・邪剣――――ッ!!」
込められるのはイスラの持つ剣撃系最高火力。
その速度・威力に陰りはなく、放たれればピサロとてその命脈に届く。
もはや通常の方法では避けようもない体勢である以上、インビシブルだけが唯一の対処法だ。
展開が速いか、イスラの一撃が速いか、それが最後の争点となる。

「フッ」
だが、ピサロはインビシブルを展開しなかった。
その目には怯懦はなく、むしろ得心すら浮かぶ。
あるいは、こうあるべきなのだという達観のように、目を閉じる。
こいつならば、あるいはというように――


だが、一向に斬撃の痛みが来ないことに気づいたピサロがゆっくりと目を開ける。
その胸に触れていたのは刃ではなく、イスラの拳だった。
何故、というより先に、遠く離れた場所でずぼりと地面に魔界の剣が突き刺さる。
その柄には、ぐっしょりと汗がついていた。

「――あの」
「ふんっ」
イスラが何かを言うよりも早く、ピサロは蹴りを放ちイスラを吹き飛ばす。
それで興味を失ったか、ピサロはイスラに背を向け、立ち去ろうとする。
「ま、待て! 待ちなよ」
「なんだ、もう一度などと言ったら今度こそ消し炭にするぞ」
「そうじゃないよ。その」
言い淀むイスラに、ピサロは嘆息して今度こそ去ろうとする。
だが、それより先に意を決したイスラが声をかけた。
聞かなければならないことは山ほどあるが、今は、これだけ。

「あんたの言ってたその獣って、最後はどうなったんだい」

776No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:10:31 ID:EsIb4FfY0
ピサロの足が止まる。荒野に風が吹き、くすんだ銀髪を靡かせる。
「さあな。獣より性質の悪い畜生に追い立てられて逃げ失せた。後は知らん」
空を見上げながら、ピサロは独り言のように呟いた。
「多分、どこかで足掻いているのだろう。今更、本当に今更に、ヒトになろうと」
「……無理じゃないの?」
「だろうな。そこまでの道を進んでおきながら、逆走するようなものだ。
 戻るのにどれだけかかるか、そこから進むのにどれほどかかるか。分かったものではない」
呆れるように、ピサロは失せた獣を想った。
この空の下で、灼熱の陽光に焼かれながら這いずり回る獣を想像する。

「それでも足掻くよりないのだろうさ。所詮獣、“いつか”など待ちきれぬ。
 どれほどに遠かろうと果てが無かろうと、走らねば辿り着かないのだから」

そういって、ピサロは熱した大地に再び一歩を踏みしめた。
遥かな一歩のように。

「おい」
再度の呼びかけとともに、投擲物の風切り音が鳴る。
ピサロは振り返ることなく肩を過ぎるそれを掴む。水の入った使い捨ての水筒だった。
ピサロが僅かに振り返る。イスラは背中を向けて、水筒の水を汗に塗れた自分の頭に注いでいた。

何も言わず、ピサロはその場を去る。
水筒の蓋を開けて、喉を湿らせる。

「温い」

ぶつくさと言いながらも、その水を飲み干すまで水筒を捨てることは無かった。
獣だろうと、ヒトだろうと、喉は乾く。

777No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:12:28 ID:EsIb4FfY0
【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 日中】

【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:クラス『ピュアピサロ』 ダメージ:中 ニノへの感謝 ロザリーへの純愛 精神疲労:大
[スキル]:魔封剣、デュアルショット、アルテマバスター*いずれも要バヨネット装備 ミーディアム:ラフティーナ
[装備]:バヨネット@RPGロワオリジナル
[道具]:ミーディアム『愛の奇蹟』@WA2 クレストグラフ@WA2※ヴォルテック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック
[思考]
基本:すべての命が、自らの意志で手を取り合える世になるよう力を尽くす
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:5章最終決戦直後
*バヨネットはパラソル+ディフェンダーには魔導アーマーのパーツが流用されており魔導ビームを撃てます

【イスラ=レヴィノス@サモンナイト3】
[状態]:ダメージ:中、疲労:大
[スキル]:心眼 勇猛果敢 フォース・プリズナー№666(Lv1〜4)
[装備]:魔界の剣@DQ4 ドーリーショット@アーク2 44マグナム@LAL*残弾無し
[道具]:召喚石『天使ロティエル』@SN3 召喚石『勇気の紋章』@RPGロワオリジナル
[思考]
基本:今はまだ、したいことはないけれど。“いつか”を望み、したいことを探し続けよう
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている)

778No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:13:03 ID:EsIb4FfY0
<リザーブ支給品(全てC-7とD-7の境界(C-7側)に集められている)>

【ドラゴンクエスト4】
・天空の剣(二段開放)@武器:剣 ※物理攻撃時クリティカル率50%アップ
・毒蛾のナイフ@武器:ナイフ
・デーモンスピア@武器:槍
・天罰の杖@武器:杖

【アークザラッドⅡ】
・ドーリーショット@武器:ショットガン
・デスイリュージョン@武器:カード
・バイオレットレーサー@アクセサリ

【WILD ARMS 2nd IGNITION】
・感応石×4@貴重品
・愛の奇蹟@アクセサリ:ミーディアム
・クレストグラフ@アクセサリ ※クイック、ハイパーウェポン
・データタブレット×2@貴重品

【ファイアーエムブレム 烈火の剣】
・フォルブレイズ@武器:魔導書

【クロノトリガー】
・“勇者”と“英雄”バッジ@アクセサリ:クリティカル率50%アップ・消費MP半減
・パワーマフラー@アクセサリ
・激怒の腕輪@アクセサリ
・ゲートホルダー@貴重品

【LIVE A LIVE】
・ブライオン@武器:剣

【ファイナルファンタジーⅥ】
・ミラクルシューズ@アクセサリ
・いかりのリング@アクセサリ

【幻想水滸伝Ⅱ】
・点名牙双@武器:トンファー

【その他支給品・現地調達品】
・海水浴セット@貴重品
・拡声器@貴重品
・日記のようなもの@貴重品
・マリアベルの手記@貴重品
・双眼鏡@貴重品
・不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
・デイバック(基本支給品)×18*食品が現在アナスタシアが消費中

779 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:17:00 ID:EsIb4FfY0
投下終了です。指摘、疑問あればどうぞ。

が、一部技名にミスを見つけたので以下の通り修正します。
>>767
バーストショット→ブースとショット

>>773
ブランザチップ→ブランチザップ

wiki収録の際に修正します。申し訳ありません。

780SAVEDATA No.774:2013/07/08(月) 22:22:42 ID:SZo8EWKQ0
執筆投下お疲れ様でした

これこそRPGロワのイスラ、って感じがした
懊悩とするものがあるから体を動かすってのは、原作のイスラっぽくはない気がするんだけど、
RPGロワでのイスラの足跡を辿れば違和感はない。それだけの出会いを重ね、得てきたものがあるからこそだなーって思えた
獣を語るピサロは完全に吹っ切れた感じかな。
イスラの剣に達観を見せる様こそ、不器用に足掻いてる証なんだろうな

781SAVEDATA No.774:2013/07/08(月) 22:36:22 ID:U7q5MCLs0
投下お疲れ様でしたー!
まさかのこのタイミングでのバトルに驚くも、
何気にピサロはヘクトルだけじゃなくアリーゼ殺すはアズリア殺すわしてたもんなー
生きるのを恥だと思いたくないってのは原作のイスラを知ってるとすごく胸にくるものが
ここで得たものは終わらせた後でさえ確かに残ってるんだな……

782SAVEDATA No.774:2013/07/09(火) 00:51:28 ID:HlSTodz20
>>781
(アズリアじゃなかった、アティだった)

783SAVEDATA No.774:2013/07/09(火) 13:22:29 ID:mOLevcNMO
>>782
(アティ殺したのセッツァーだった気が…)

784SAVEDATA No.774:2013/07/09(火) 13:58:24 ID:xeLZ6nM.0
投下乙です。
ここで積み重ねてきた色んなものを抱えながらの二人のやりとり。
最初、ピサロは余裕を持ってイスラを圧倒していたようにも見えた。
だけど獣っていう喩えが何を示しているのか、どこに向かおうとしているのかが見えてきたら、
それまでの展開から見えてくるものもまた変わって見えて上手い感じに裏切られた感覚。
どいつもこいつも生き方が下手なんだけど、それでも必死に生きようとしていて、眩しく感じた。

どうでもいいところだけど最後の最後で>獣より性質の悪い畜生 扱いされてた某女の扱いに吹いたwww

785SAVEDATA No.774:2013/07/17(水) 04:40:43 ID:Bdo.MGE60
投下お疲れ様です。
己と向き合って相手と向き合って、答え無き答えを求め足掻く様は、
記号じみた役割を与えられただけではない人間味溢れる在り方だと思います。

因縁といえば、レイ・クウゴもピサロが殺してるんですよね。
全ての因縁が絡むとは限らない物語ですが、それも含めて期待しています。

786SAVEDATA No.774:2013/07/21(日) 11:18:55 ID:FmsHM.WE0
なんだか人気投票の話が出てるね

787SAVEDATA No.774:2013/07/27(土) 17:48:00 ID:dI0yJZM60
というわけで始まりました。お手隙の方はぜひにぜひに。

788SAVEDATA No.774:2013/07/28(日) 00:38:50 ID:7wUoG0bg0
お、人気投票始まってるね

789SAVEDATA No.774:2013/09/02(月) 15:25:00 ID:piaxTlX20
久々に予約来た!

790 ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 20:55:08 ID:PdHDn0qw0
投下いたします

791罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 20:56:53 ID:PdHDn0qw0
 靴裏が、硬く乾いた荒野をざりっと噛み締めた。
 声を張り上げずとも会話ができるギリギリの距離で、異形の騎士が立ち止まる。
 決して近いとは言えないその場所から、カエルは、狼に身を預けるアナスタシアの様子を伺った。
 こちらに背を向けるアナスタシアは、眠っているようにも思案しているようにも、集中して首輪解体に向き合っているようにも見える。
 なんとはなしに、視線をくゆらせる。
 剣戟を響かせ魔力を爆ぜさせる演習を、イスラとピサロが繰り広げていた。
 その余波で風が吹きつける。水分を奪い取りそうな埃っぽいその風に身を竦ませ、カエルは今一度アナスタシアへと目を向けた。
 すると、目が合った。
 アナスタシアとではなく、彼女の体重を受け止めるルシエドと、だ。
 獣とは思えないほどに理知的な瞳は鋭く、眼光には貴種守護獣斯くあるべしとでもいうような威厳に溢れている。
 人智を超えた存在であると、一目で分かる。
 にもかかわらずカエルは、口端に笑みを浮かべた。
 黙したままアナスタシアの枕となりカエルを見上げるその様は、神々しさよりも愛らしさが勝っていたからだ。
 そんな印象を抱いたのは、胸の奥で勇気の欠片が息づくが故かもしれなかった。
 勇気の鼓動に呼応してか、ルシエドが鼻をひくつかせる。 
「……目覚めの口づけをしてくれる王子様が来てくれたのかと思ったんだけど」
 欠伸交じりの声がした。
「よくよく考えたら寝てる女の子にキスする王子様って正直ドン引きよね」
 ルシエドに身体を預けたまま身じろぎをし、振り返らないままで、アナスタシアは一人続ける。 
「そもそも女の子の寝込みに近づくってのがもうね。下心見ッえ見えなのがアレよ」
 まるで。
「清純で貞淑な乙女としてはNG。そーいうのは断固としてNG。肉食系で許されるのは女子だけだって思うのよ」
 まるで、カエルに言葉一つ挟ませないかのように。
「あ、この場合のNGっていうのは『ナマ――』」
「アナスタシア」
 だからカエルは、連射されるアナスタシアの単語を、強引に断ち切ることにした。
 放っておくと、激流のようなこのペースに押し流されてしまいそうだった。
「少しでいい。話をさせてくれ」
 返答は、細く長い吐息と沈黙だった。
 それを肯定と捉え、カエルは口を開く。 
「まず、礼を言わせてほしい」
 水気が薄れ、乾いた舌を動かして言葉を紡ぐのは、存外に難しい。 
「俺が、今こうして俺として両の足で立っていられるのは、お前が奴を滅してくれたからだ」
 意識に溶け込んでいた、熱っぽく濃密な災厄の気配は欠片もない。
 アナスタシアが過去を振り切ったその瞬間に、焔の災厄は滅び去った。事象の彼方に還ることすら許されず、完膚なきまでに消え失せた。
 上手く話せているだろうかと思いながら、カエルは、乾いた風に言葉を乗せる。

「ほんとうに、感謝している」
「その気持ちは貰っておくけれど。でも、戦ったのはわたしだけじゃない。
 ロードブレイザーを破れたのはみんながいたから。
 それにあなたを助けたのは、わたしじゃない」
 
 振り返らないままの答えは素っ気ない。
 カエルに向けられるのは変わらず後頭部だけで、彼女の表情は伺えないままだ。
 だがカエルは、声が返ってきたということに、軽く胸を撫で下ろす。

「お前はストレイボウに力を貸してくれた。それは、お前自身の意志だろう?」
 そうして生まれた余裕が、記憶へと道をつけていく。
 浮かんだのは、ルシエドに跨るストレイボウだった。
 風を斬り地を疾走する欲望の獣を駆って進撃するストレイボウの姿は雄々しく勇ましく苛烈だった。 
 勇気の欠片が胎動を始めたのは、あの頃だったのだろう。
 カエルは左手を鳩尾に当てる。そこには、奇妙な心地よさを孕んだ疼痛が残っていた。
「……まあ、ね」
 アナスタシアの返答もまた、苦々しいものだった。
 ルシエドが、その鼻先を主に寄せる。
 応じるように、アナスタシアはルシエドを愛おしげに一撫でし、その身をそっと抱き寄せた。
「ストレイボウの気持ちが、分かっちゃったから」
 囁くようなか細い声だった。

792罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 20:57:40 ID:PdHDn0qw0
 溶ける間際の薄氷を連想させるその声は、誰かに届けるつもりなどないかのようだった。
 人ならざる身では一足、されど人の足ではすぐには踏み込めない空隙を開けたまま、カエルは、黙してその言葉を咀嚼し、
 
 ――だからこそ。だからこそ、心から感謝する。
 
 言葉にするべきではないと思い、胸中だけで、改めて謝意を表した。
 乾いた風が、粉塵を巻き上がらせる。アナスタシアとの間に空いた距離を、砂埃が舞い抜けた。
 激化するイスラとピサロの演習を尻目に、カエルは言葉を継ぐ。
 沈黙を横たわらせたままにしては、ならない。
 まだ伝えたいことが、燻っている。

「……もうひとつ、話したいことがある」

 付着する乾いた埃を払い、カエルは告げる。真正面、背を向けたままのアナスタシアへと。
 
「三度、戦った」
 
 記憶の道を辿り、想い出を拾い集め。
 砂気混じりの風に攫われないよう、唾液で口内を湿らせて、カエルは告げる。

「マリアベル・アーミティッジと、俺は、三度戦ったんだ」

 ぴくり、とアナスタシアの肩が震えた。
 ルシエドを抱くその腕に力が籠ったように見えたのは、気のせいではないだろう。

「そしてそれよりも前に、俺は、彼女にまみえた」

 隔てた距離の先へと届けるべく、カエルは、随分昔のことのように感じられる想い出を届けていく。
 
「敵としてではなく、手を取り合うべく存在として出逢っていた。すぐに別離してしまったが、な」
 
 まず語るのは、出会いと別れ。
 交わした会話は僅かで、過ごした時は半日にも満たない程度だった。
 たったそれだけの時でも、マリアベルが持つ温かさは想い出に残っていた。
 もしも、などと考えても詮無い。今この瞬間のこの場所に、時を超える術などありはしないのだ。
 それでも、仮に。
 仮にあのとき、べつの選択肢を手に取っていれば。
 あの温もりに、身を委ねていたのなら。
 善し悪しはさておき、きっと歴史は変わっていた。
 カエルは目を閉ざし、そっと首を横に振る。
 夢の海原に浮かぶ箱舟のような無意味な思惟を、意識の外に逃がすように。
 
「次に出逢った時は、もう敵だった。俺が、敵となった」

 開けた瞳に左腕を映す。
 敢えて治癒を施していない傷跡は、ボロボロになった今でもよく目立っていた。
 その痕を眺めながら、城下町での交錯について語る。
 最初の相手は、素人の混じった女三人。回復手段を考慮したとしても、獲れると思っていた。
 事実、マリアベルに重傷を負わせロザリーを瀕死にまで追い込んだ。
 追い込むまでしか、できなかった。
 サンダウン・キッドを始めとした新手が来るまでに決しておけなかったのは、マリアベルの実力と聡明さがあったからに他ならない。
 サンダウンにも手傷を与えたこともあるのだ。シュウに宣言したように、戦略レベルでの勝利は収めたと言っていい。
 ただし戦術レベルで考えた場合、マリアベルに対し勝利したとは、決して言い切れない。

793罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 20:58:25 ID:PdHDn0qw0
「…………………」

 アナスタシアは、またも黙りこくっていた。
 イスラに自分語りをしたときとは違い、相槌が返ってくるわけではなくても、カエルは話を止めなかった。

「再会は、お前も居合わせたあの夜雨の下だった」

 濡れそぼる漆黒の世界を思い出す。
 雨はカエルを祝福した。
 夜はマリアベルに隷属した。
 それを示し合わせるようにして、互いに、独りではなかった。
 死力を、尽くした。
 魔王との連携に、マリアベルとブラッド・エヴァンスは追い縋り喰らい付いてきた。
 奴らが無慈悲なでの本気さで、カエルと魔王を打倒すべく向かってきたのであれば、完膚なきまでの敗北すら考えられた。
 ここでもカエルは、敵の命を獲れなかった。
 追い詰めたブラッドが死した要因は、マリアベルの術だった。
 覚えている。
 仲間の――友の意志を尊び、命を敬い、その全てを、その力で以って燃やし尽くしたマリアベルの姿を。
 そしてその果てで、マリアベルは膝を折らなかった。
 ブラッドの遺志を受け止め握り締め抱き留めて、カエルの前に立ちはだかったのだ。
 その堂々たる態度からは、夜の王の名に恥じぬ高潔さが溢れていた。
 
「そして」

 そして三度目は、ほんの半日ほど前。
 約定を破り捨てることで成した奇襲に端を発する、戦いだった。
 そこから先は、アナスタシアも知るところでもある。
 だとしても、カエルは、敢えて口にするのだった。
 
「この手でマリアベルの命を奪ったあの戦いが、三度目の出会いだった」
 あのときマリアベルの胸を貫いた右手は落とされてしまった。
 それでも、魔剣ごしに感じた命を奪う感触を覚えている。
 これからもずっと、覚え続けていかなければならない。
 そして、それと同様に。
 カエルの意識に強く焼き付いている事柄がある。
 それというのは、

「あのとき、お前は立った。俺の刃の前に、絶望の鎌を振りかざして立ちふさがった」
 両の腕で自身を抱き締めて無様に震えているだけだったアナスタシアが、吼え、叫び、立ち上がった瞬間のことだ。
 力が及ばないとしても、止められる保証などありはしなくとも、それでも友を護ろうと地を踏みしめるアナスタシア。
 その姿は気高く尊く、そして。
 目を灼く覚悟なしでは直視できないほどに眩く鮮烈だった。
 だから思うのだ。
 アナスタシア・ルン・ヴァレリアとマリアベル・アーミティッジは、真に友と呼べる間柄だったのだろうと。
 その絆は、蒼穹を羽撃く渡り鳥を支える両翼のようにも感じられた。

「俺はその瞬間のことを忘れない。マリアベルを護るべく立ったアナスタシアのことを、必ず、忘れはしない」

 ルシエドの毛並みが、ぐっと握り締められるのが見えた。

「そして詫びさせてほしい。許さなくても構わない。許しを求める資格などない。許しを頂く権利もない。
 承知の上で、詫びさせてほしい」

 カエルは目を閉ざし地に膝をつき、頭を垂れる。
 たとえアナスタシアが見てはいないとしても。
 深く深く、頭を垂れる。

794罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 20:59:17 ID:PdHDn0qw0
「ほんとうに、すまなかった」

 謝罪を口にするということは、即ち。
 左腕の傷跡を、純然たる罪の証であると、認めるということだった。
 信念のためと、国のためと、そう言った信仰で覆っていた罪を曝け出し、逆に、罪によって覚悟を包むということだった。
 許しが与えられない罪をずっと、両肩に担っていくということだった。
 
 いつしか風は止んでいた。剣戟と魔力が奏でる音は止まっていた。
 けれど、開いた距離を埋める言葉はやって来ない。
 カエルはゆっくりと立ち上がる。膝に付いた土を、払いはしなかった。 

「邪魔をしたな」
 
 アナスタシアに背を向け、荒野に足跡を刻む。演習の音が消えた世界では、微かな足音さえも響く。
 同じように。

「……待って」

 声だって、届くのだ。
 距離を隔てた向こうからであっても。
 背中合わせのままであっても。
 押し殺したような声であっても。
 よく、届くのだった。
 だからカエルは足を止めて振り返る。
 開いた距離の一歩を戻りはしないままで彼女を見る。
 相変わらずアナスタシアは背を向けていた。
 けれど欲望の獣の双眸は、じっとカエルを見つめていた。
 
「何を言われても。どんなことを想われても。何度謝られても。わたしは、あなたを許さない。
 それは、ぜったいに、ぜったいよ」

 息を詰まらせたかのようなアナスタシアのその言葉に、カエルは頷きを返す。
 それでいい。
 重い咎人となったこの身が、簡単に許されてよいはずがない。
 
「だから生き抜きなさい。ずっと、ずっと。
 ずっとずっとずっと、罪を握り咎を抱いて生き延びなさい。
 そして、必ず」

 アナスタシアは続ける。
 流暢に淀みなく、有無を言わさぬような口調で。
 
「そして、罪を離すことのないまま」

 静かに刻むように呼吸をして、言い渡す。

795罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 20:59:47 ID:PdHDn0qw0
「必ず、幸せになりなさい。
 その目で幸せを探しなさい。
 その足で幸せへ向かいなさい。
 その手で幸せを掴みなさい。
 その身を幸せで包みなさい」

 冷酷さと残酷さと、
 
「拭えぬ罪を抱えたまま生きて、幸せになるの。いいわね」
 
 ほんの少しだけの甘美さを練り込んだような声で、言い渡した。

「言いたいことはそれだけ。それだけよ」

 告げるだけ告げると、刃を眼前に突き付けるかのようにして、アナスタシアが会話を打ち切ってくる。
 だが元はといえば、カエルが一方的に話し始めたのだ。途中で打ち切られなかっただけマシだっただろう。

「……幸せ、か」

 それは、縁遠さを感じる単語だった。
 口にしてみても、その言葉は、遥か彼方で揺らめく幻のようにしか感じられない。
 そんな幻想のようなものへ至れと、アナスタシアは言うのだ。
 マリアベルだけでなく、仲間をも手に掛けたこの手で、幸せを手にしろと言うのだ。
 覚悟の証であり、同時に罪の証である傷痕が疼く。
 幸福を望むなどおこがましいと。
 どの面を下げて幸福を求めるのだと。
 苛むように疼く。
 奪ってきた全ての命が、潰えたあらゆる未来が、刈り取られた無数の可能性が、傷跡を掻き毟ってくるようだった。
 責め立てるようなこの痛みは障害消えはしない。赦されることなどありえない。
 幸せという単語を転がすだけでも疼くのだ。
 幸せの実態に近づけば近づくほど、痛みは激しく増すに違いない。
 だからこそ。
 
「その言葉、確かに刻み込んだ」

 傷痕を晒すようにして、カエルは。
 その左腕を、掲げる。
 
「癒えぬ傷跡と共に、確かに刻み込んだ」
  
 言い残し、カエルは地を蹴る。
 話すべきは話した。
 対する答えも受け取った。
 だからカエルは地を蹴る。
 止まぬ疼きを、そのままに。

796罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 21:01:08 ID:PdHDn0qw0
 ◆◆
 
 カエルの気配が遠ざかっていく。
 背後の空白を感じ取り、アナスタシアは深々と息を吐き出した。
 ちょこの話に次いで、今度はマリアベルの話ときた。
 デリカシーのない奴らばかりだと思う。少しくらいはこのわたしを見習うべきだと、独り肩を竦める。
 ルシエドを抱き、その熱を感じ取りながら、アナスタシアは膝を立てる。
 物憂げな表情なのは、カエルの詫びが耳の奥で響いていたからだ。
 なにも静かになってから言わなくてもいいのにと、アナスタシアは思う。
 目を覚ましてしまうほどにうるさいドンパチに紛れて言ってくれれば、風の行くままに流してしまうことだってできたのに。
 カエルは、自身の行為を――マリアベルの命を奪ったことを、許されざる罪だと認識していたようだった。 
 罪悪感に満ちた彼の詫びを聴き、アナスタシアが真っ先に感じたのは羨望だった。
 その罪は他人に背負わせたいものではない。罪のかけらひとつすら、誰かにくれてやるのは嫌だった。
 ほんとうは。
 ほんとうは、その罪科は。
 マリアベルの親友である、アナスタシア・ルン・ヴァレリア自身が背負いたかったものなのだ。
 自分がしっかりしていなかったから。
 護られることを由とし、自分の足で立っていなかったから。
 マリアベルが好きでいてくれて、マリアベルと対等でいられる『わたし』でいなかったから。
 そういった後悔や慙愧の念に根差す罪を抱えていたかった。
 けれどアナスタシアは、その願いを叶えることはできない。罪を握って行くわけにはいかない。
 過去に囚われないと決めたから。過去に逃げないと決めたから。
 マリアベルとアナスタシアの間を繋ぐものが、罪などであってはならないから。
 罪を感じてしまっては、彼女と出逢い、彼女と過ごした全ての時が穢されてしまう。
 それでは、『わたしらしく』生きられない。
 だから、想うのだ。
 この手が握れない罪を持っていくと言うのであれば受け渡そう、と。
 抱かれてしまったその罪は決して消えはしない。アナスタシアの意志が消させはしない。
 消えない罪は、死を得たイモータルの元へと至る。罪の担い手は、マリアベル・アーミティッジのことを忘れずにいられる。
 たった独り取り残され続けたノーブルレッドを覚えてくれる人がいるのであれば、それは、アナスタシアにとっての幸いだった。
 血塗られた手だとしても、マリアベルへと繋がるのならば口づけを捧げよう。
 カエルに伝えたのは祈りの祝詞でしかなかった。
 我儘で独善的で一方的な、それでいて心からの祝福だった。
 アナスタシアは幸せを願う。
 そこに至るまでに、如何なる辛苦があったとしても。 
 マリアベルに至る全ての道には、幸せが咲き誇っていて欲しいと願う。
 
 ――そう、だから。
 
 寂しがりなノーブルレッドを、泣かせたりしたくはないから。
 
 ――わたしは、幸せになるの。
 
 やさしい夜の王の親友である自分を誇りたいから。
 
 ――誰でもない、わたしのために。
 
 くすんだ空の下であっても。
 刺のようなしんどさが抜けなくても。
 
 ――わたしは、幸せになるのッ!
 
 幸せに近づけば近づくほど、決して埋めることのできない空虚さが浮き彫りになっていくとしても。
 逢いたくて逢いたくてたまらない人たちにもう逢えないと、痛感するとしても。
 
 ――わたしはずっと、幸せを求め続けて生きるのッ!!

797罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 21:02:12 ID:PdHDn0qw0
 それでもアナスタシアは、水の入ったボトルを手に取るのだ。
 乱暴に蓋を開け、一気に煽る。
 ほぼ垂直となったボトルから、生ぬるい水が勢いよく零れ落ちる。
 唇を濡らし舌を滑った水は、滝のような勢いで喉を駆け落ちていき、
 
「――ッ!? ――ッッッ!!」

 盛大に、咽返る。
 声にならないえづきと共に、涎混じりの水が口端から垂れ落ちる。
 喘ぐような呼吸を繰り返すうちに、瞳にはうっすらと涙が浮かび上がった。
 水も涎も涙もぜんぶ、強引に手の甲で拭い取る。グローブのごわついた触感が肌を擦る。
 ひりつく痛みも構わずに、跡が残ることも厭わずに拭い取る。
 そうして。
 空になったボトルを思い切り投げ捨てて、アナスタシアは。
 ラストリゾートを御守りに、改めて首輪と工具を引っつかむのだった。

【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 日中】

【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:瀕死:最大HP90%消失 精神ダメージ:小 覆面 右手欠損 左腕に『罪の証』の刺傷
    疲労:中 胸に小穴 勇気:真
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:幸せになれと、その言葉は刻み込んだ。ならば痛みにこの身を晒し、幸せを探して生きるのもひとつの道かもしれんな。
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)

【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:首輪解除作業中 ダメージ:中 胸部に裂傷 重度失血(補給中) 左肩に銃創 精神疲労:中
[スキル]:せいけんルシエド 
[装備]:アガートラーム@WA2
[道具]:ラストリゾート@FF6
[思考]
基本:生きて幸せになるの。ぜったいよ。それは、ぜったいに、ぜったいなのよ。
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:ED後

<リザーブ支給品(全てC-7とD-7の境界(C-7側)に集められている)>

【ドラゴンクエスト4】
 天空の剣(二段開放)@武器:剣 ※物理攻撃時クリティカル率50%アップ
 毒蛾のナイフ@武器:ナイフ
 デーモンスピア@武器:槍
 天罰の杖@武器:杖

【アークザラッドⅡ】
 ドーリーショット@武器:ショットガン
 デスイリュージョン@武器:カード
 バイオレットレーサー@アクセサリ

【WILD ARMS 2nd IGNITION】
 感応石×4@貴重品
 クレストグラフ@アクセサリ ※クイック、ハイパーウェポン
 データタブレット×2@貴重品

【ファイアーエムブレム 烈火の剣】
 フォルブレイズ@武器:魔導書

【クロノトリガー】
 “勇者”と“英雄”バッジ@アクセサリ:クリティカル率50%アップ・消費MP半減
 パワーマフラー@アクセサリ
 激怒の腕輪@アクセサリ
 ゲートホルダー@貴重品

【LIVE A LIVE】
 ブライオン@武器:剣

【ファイナルファンタジーⅥ】
 ミラクルシューズ@アクセサリ
 いかりのリング@アクセサリ

【幻想水滸伝Ⅱ】
 点名牙双@武器:トンファー

【その他支給品・現地調達品】
 海水浴セット@貴重品
 拡声器@貴重品
 日記のようなもの@貴重品
 マリアベルの手記@貴重品
 双眼鏡@貴重品
 不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
 デイバック(基本支給品)×18*食品が現在アナスタシアが消費中

798 ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 21:02:47 ID:PdHDn0qw0
以上、投下終了です

799SAVEDATA No.774:2013/09/26(木) 21:13:51 ID:tfdYJrXk0
投下乙です。
最後まで涙腺耐えてたのに、状態表の思考で耐えられんくなった。
あえてそこをひらがなで表記された辺り、どっかちょこのことを思わせて不意打ちだった。

800SAVEDATA No.774:2013/09/26(木) 21:18:31 ID:0ap1TOZ20
投下乙です!
やばい、そういう考え方すんげえ好きだ
マリアベルとの思い出を悲しいだけのものにしたくない、単なる罪にしたくない
それは自分自身のものだけじゃなくて、大切な親友にいたる全ての人の道が幸せなものであって欲しい
刻んだ、俺も確かに刻んだ!
アナスタシアが言うと一層胸に響くわ、幸せも、生きるも

801SAVEDATA No.774:2013/09/26(木) 21:42:10 ID:9d/6NX5Q0
投下お疲れ様でした!
>>799さんので気づいて見返してやられた…!
本当に、本当に祝福の話だこれ。罪を裁くでも雪ぐでも禊でもなく抱いたまま幸せになってくれとは。
カエルが回想したとおり、こいつは早々に覚悟を決めてしまって、いろいろやらかしてる。
正直こいつは罪を雪ぐことはできても救われることはないだろうと思ってたけど、
それでも今この瞬間は、理屈抜きに幸せになってほしいと思った。

それはきっと、聖女と呼ばれる行いだろうよ。

>信仰で覆っていた罪を曝け出し、逆に、罪によって覚悟を包む
こういう文章…っていうか着眼点ってどうやったらでるんですかね、パネェ。

802 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:49:59 ID:8eyvrRuY0
ストレイボウ、カエル、ジョウイ、(メイメイさん)投下します。

803さよならの行方−trinity in the past− 1 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:50:57 ID:8eyvrRuY0
手頃な岩に腰掛けながら、空を見上げる。
疎らな雲は数え始めたらすぐに終わってしまいそうなほどに少なく、
陽光は汗ばんだ額を照りつけていた。
光は誰の下にも等しく降り注ぐ。ただ2人の魔王を除いて。
俺<私>は、今此処に生きている誰よりもその2人をよく知っていた。

ストレイボウは、空を見上げながらぼうっとしていた。
先ほど遠間から遠雷のような戦音が聞こえたが、心にさざ波は立たない。
誰かが鍛錬でもしているのだろう、と断じていた。
読みかけのフォルブレイズの頁が風でパラパラとめくれる。
彼ら戦士の鍛錬と違い、魔術師の準備とはかくも地味なものだ。
奇跡か神の御業と錯覚するほどの絢爛豪華な術法を支えるのは、気が遠くなるほどの下準備。
故に、異界の魔術の最高峰『業火の理』を修める術もまた、その魔導書の読解以外にはない。
火属性魔術の強化触媒にするだけならばともかく、その書を行使するにはその理を解するしかないのだ。
水筒の水で唇を少し湿らせる。腹三分目に留めた空腹感は心地よく、脳漿は澄み渡っていた。

ピサロと分かれたストレイボウもまた、己ができることを模索し始めていた。
既に辿り着く場所を定めた彼は他者に比べその道程も明確で、為すべきこともより具体的となる。
己が立つべきその場所にたどり着くまで、彼らの為したいとする願いを、願えるようにすること――――彼らの力となることである。
己が目指す其処は全ての屍に立って到達するべき場所であってはならない。

その準備として、彼は既にアナスタシアの下に赴き、集められたアイテムの中から必要なものを見繕っていた。
神将器フォルブレイズを筆頭に、天罰の杖とクレストグラフを装備する。
生き残りの中で純正の魔術師はストレイボウしかいないので、
魔術師向けの装備を回収するのに他の者に気兼ねをする必要が無かったのはありがたかった。
攻撃用のクレストグラフが無いことは気づいたが、
ほぼ全ての属性に心得を持つストレイボウには不要であったため、さほど気にはしていない。
むしろ、補助魔法の手管が増えることが、彼にとっては好ましく思えた。
たった一人に勝つ為だけに磨き抜いたこの術理が、誰かの力になれるということが嬉しかった。

装備を改めるに当たり、ストレイボウはアナスタシアへの了解を取らなかった。
正確には、了解を得ることが出来なかった。
工具を手に首輪の向かい合いながら佇むアナスタシアを目の当たりにして、声をかけることなど出来なかったのだ。
ルシエドに背中を預け、邪魔にならぬよう髪をまとめ、顎の縁から”つう”と汗を滴らせる彼女に、常の道化めいた気配は微塵もなかった。
視線で首輪に穴をあけてしまいかねないほどの集中を以て、彼女は首輪に相対している。
アナスタシアは首輪に触れることもなくただ首輪を見つめていた。
その様だけを見れば、時間もないのに何を悠長にと思う者もいたかもしれないが、ことストレイボウに限っては違った。
彼<私>には理解できる。彼女は取り戻そうとしていたのだ。
遙か昔に置いてきた指の記憶を、技術者<アーティスト>としてのアナスタシアを。

804さよならの行方−trinity in the past− 2 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:51:45 ID:8eyvrRuY0
寝そべったまま、ストレイボウはフォルブレイズの横に置いたもう一つの書をみる。
そこにあった手帳のような1冊の書。それこそはマリアベルの遺した土産に他ならない。
気づいていなかったのか、気づいて捨て置いたのか、なんにせよストレイボウはアナスタシアに咎められることなくそれを手にした。
その内容は絶句としかいいようもないものだった。
(無論、序文の傾いたケレン味あふれる文章に、ではない)
真の賢者というものがいるのならば、それあマリアベル=アーミティッジをおいて他にはいないだろう。

その真なる序文をざっと読むだけで、アナスタシアの放送後の行動は納得できる。
彼女の周りには、無数のメモの切れ端があった。
マリアベルが遺した首輪の解除方法の記されたメモだった。
イスラやアキラ、果てはニノやヘクトルのサックにも分散して入っていた様子。
アナスタシアがサックや支給品を一カ所に集めさせたのもこれが理由なのだろう。

そして、そのメモを横目に見た彼<私>は確信する。これでほぼ正解だ。
この通りに分解できれば、少なくとも首輪は無力化できると“今の”ストレイボウは理解できる。
故に、アナスタシアに求められているのはそれを寸分違わず実行できる精度。
だから彼女は取り戻そうとしている。未来に向かうために、記憶の遺跡に預けた過去を。
それはさながら、小さな鑿一つでただの石材から精細な石像を作り上げるようなものだ。
図面も手本もない。あるのは忘却にまみれ、錆びついた指の記憶のみ。
それを以て、錆を少しずつ払い、恐る恐る削りながら、
かつての、聖女になる前のアナスタシア=ルン=ヴァレリアを形成していく。
やり直しなど出来ない。作りだそうとしているのが自分自身の過去である以上、
誤謬があったとしてもその真贋を裁定することはできない。
脳は、平気で嘘をつく。記憶に曖昧なところがあれば、一時の納得のために簡単に適当な想像で欠落を埋めようとする。
だからアナスタシアは、慎重に慎重に、薄氷を踏むように遺跡に潜っている。
嘘などつかぬように、真実だけを求めて、記憶に向かい合っている。

だから、ストレイボウ<私>は何も言わずその場を去った。
理解できるから、何も言わない。これは彼女にしか出来ない戦なのだ。
指の精度は技術者にとって命運を分かつものなのだと知っているが故に。

ストレイボウは、空に翳した自分の指を見つめてため息をついた。
オルステッドや、ヘクトル達ほど太くはない指は、それでもアナスタシアに比べれば大きい。性別の差だった。

(悪いな。俺じゃ、首輪の解体はできない。歯痒いだろうが、許してくれ)

指を見つめながら、此処にはいない誰かに、記憶<ココ>にいる彼女に、謝罪した。
ストレイボウがいずれ来る時に向けて備えていたのは、3つの書物を読み明かすこと。
業火の理、マリアベルの遺言、そして――“彼女の記憶”を。

805さよならの行方−trinity in the past− 3 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:53:35 ID:8eyvrRuY0
瞼を閉じて、己の内側へと深く深く沈んでいく。肺から空気が抜けきったあたりで、瞼の内側の色が変わる。
自分の知らない風景の光、自分の出会ったことのない人の音、自分が触れることのなかった命。
やがて、その色彩は収束し、自分の知る世界へとたどり着く。
ストレイボウが看取ったその残響を名を、ルッカ=アシュティアと言った。

戦いの中では生き延びることに無我夢中で、その事実の意味に気づく暇もなかったが、
この凪いだ空の下で一呼吸を置けば、改めて自分の中にルッカ=アシュティアの記憶があることを認識できる。

原理は理解できないが、その事実を認められないほどストレイボウは青くはない。
おそらくはあの石――考え得るルッカとの唯一の接点――が、もたらしたものなのだろう、と予測していた。
未経験の記憶が自身に混入するという異常事態を前にしても、ストレイボウは平然――とまではいかなくとも受け入れている。
“封印した記憶を統合する”ならばともかく“まったく新しい記憶を入れる”のならば、その負荷は尋常ではない。
二十年しか生きていない精神<コップ>には、二十年分の記憶<水>しか注げないのだ。
無理に注げば、本来入っていたはずの水が零れてしまう。
だが彼の魂魄は、死してなお心の迷宮で滅んだルクレチアを眺め続けてきた。
気が遠くなるほどに、永遠とすら錯覚するほどに。罪の意識に狂いかけながら。
彼の心は確かに弱かったが、逆に言えばその弱い心は永遠の時間に晒されながらも壊れなかった。
皮肉にも彼は常命の人間では得られない強靱な精神性を有していた。
その広がったココロ全てを飽和させていた罪の意識が僅かでも改まった今ならば、
二十年にも満たない少女の記憶は広大な図書館の書架に納められた一冊の新しい古書にすぎない。
ストレイボウは見るものから見れば異常とも言える自心の剛性を自覚することなく、ルッカという名の古い本を読んでいく。
虫食いもあり、水に濡れて頁が合わさってしまっている場所もある。下手な観測は対象を歪めてしまう。
それでもアナスタシアのように慎重に慎重を重ね、ストレイボウはこの島でのルッカ=アシュティアの記憶までは読み終わっていた。

ルッカ=アシュティアがどのような人物だったかは、カエルに聞いてその触りは掴んでいる。
その際、ストレイボウは彼女の記憶についてカエルに伝えなかった。
聞かれたカエルは多少訝しんでいたが、どうやらアナスタシアとのけじめをつける覚悟を決めたあとだったらしく、深く追求はされなかった。
もっとも、その事実を告げたとしても、ストレイボウはルッカ=アシュティアではない。
魂の欠片があるわけでもない、記憶に付随する生の感情があるわけでもない、
纏う骨と肉の大きさも違うから工具を扱う経験も再現できない。
本当にただの記録。ストレイボウが持っているのはそれだけでしかないのだ。
マリアベルを殺めた罪をアナスタシアが許すことができたとしても、
ルッカを殺めたカエルの罪を赦す資格は己にはないのだ。

(だからこそ、彼女の記憶を無駄にするわけにはいかない)
ストレイボウは背を起こし、対面の岩に壁掛けた2つのアイテムをみる。
ゲートホルダーと、ドッペル君。この島に喚ばれる前の彼女の記憶を喚起する触媒として持ってきたものだった。
それを見つめれば、完璧にとは言わないまでも、朧気に彼女の歩んだ冒険の軌跡が浮かぶ。
このゲートホルダーは、きっと彼女の冒険の中心にあったのだろう。
そして、この人間そのものとしか思えない人形に、ストレイボウは思う。
クロノ。彼女の冒険の記憶には、常にこの少年がいた。どの時代にも彼がいた。
きっと、彼は、彼女の中心に限りなく近い場所にあったのだろう。
三人の誰が欠けても始まらなかった。彼と、もう一人の王女と、彼女がこそが……きっと時を越えて星を救う冒険の核だったのだ。

806さよならの行方−trinity in the past− 4 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:54:28 ID:8eyvrRuY0

(まるで、俺たちと同じ…………いや、邪推か)
彼女の立ち位置に自分を観るなど、彼女に失礼だ。
不意に生じた妄想を振り払い、クロノとゲートホルダーを符丁として彼女の冒険を読み進める。
海底神殿、死の山、太陽石に虹色の貝殻、そして黒の夢。
冒険の終わり、その果てに――『大いなる火<ラヴォス>』はいた。
(ラヴォス……星を喰らうもの……そんな化け物までも、お前は敗者として喚んだというのか、オルステッド)
国一つを滅ぼしたストレイボウとは言え、星というスケールには流石に面を食らう。
だが、いつまでも惚けている暇はなかった。
マリアベルの警告に拠れば、ラヴォスがこの島の中枢に組み込まれている可能性が高いのだ。
カエルがあの雷の刹那に識った事実も、それを補強している。

(戦力として使う……違うな、そんなモノ使わなきゃいけないほど、お前は弱くない。やっぱり、省みさせる為か)
オディオはーー否、オルステッドは完璧だ。力が足りないだとか、
力を欲するという発想から一番遠い場所にいる彼が戦力を喚ぶとは考えられない。
全ては、墓碑に銘を刻むために。
誰もが自分が立つ場所を省みるようにと、祈りを込めて地下墓地を創ったのだ。

(今、それを考えても仕方ない。全てはあいつの前に立ってからだ。だが――)

オルステッドの行為の是非について巡り掛けた想いを、ストレイボウは頭を振って押さえ込む。
それ、に関して論じてはならない。その始まりを作ったのは、他ならぬ自分自身なのだから。
だからこそ、ストレイボウは考えるべきことを考える。
オルステッドにラヴォスの力を得ようとする思惑はないだろう。
だが、彼はどうだろうか。

「…………分かっているのか、ジョウイ。お前が何を手にしようとしているのか」

ジョウイ=ブライト。あの混戦の中で、カエルの持つ紅の暴君を奪い去った少年。
彼はカエルと魔王が潜伏していた遺跡にいるのだろう。
あの遺跡に巨大な力が眠っていることは、雨夜の時点でカエルが告げていた。
恐らくは、そこに行くまで含めて彼の絵図だったのだ。そう思わずには居られないほど、あの逃散は鮮やかすぎた。
10人近い戦力を前に敵対し生きて逃亡できるほどの魔剣の力では飽きたらず、遺跡に眠る力を手に入れようとしているのだろう。
だが、恐らくはジョウイはその力が何であるかを知らないはずだ。
ルッカがジョウイにラヴォスの情報を伝えていない以上、彼がラヴォスについて知る手段はほぼないのだから。
星に寄生し、根を張り、あらゆる生命・技術を吸収し、進化する鉱物生命体。
確かにその力は絶大だ。だが、赤い石に魅せられたものがどうなるかを、ストレイボウ<ルッカ>は古代で知っている。
アレは与えるものではない。奪うものだ。一度魅せられれば、何もかもを奪い尽くされ、下僕とされてしまうだろう。

「そんな力で、理想を形にするというのか」
対峙した時、魔剣で変貌したジョウイは己が目的を告げた。
ストレイボウの憎悪で揺るがない理想の国を、憎しみのない楽園を創るため、オディオを継承する。
そこに一切の虚言は無い。本当に、本気で、それを創るために、彼は力を求めている。
そしてその赤い石と紅い剣の力で、俺たちを討つ心算だ。
人の身に過ぎた力を得たジョウイには時間がない。
ピサロの見立てでは、日没まで。必ず、それまでに彼は動かざるを得ないのだ。

(ならば、俺たちがするべきは……)
1.首輪を外し、日没まで耐え切る。
2.首輪を外し、遺跡に向かいジョウイを倒す。
3.首輪を外し、ジョウイを無視してオディオを探す。

ストレイボウは持ち前の論理性で、自分達が取り得る行動を3つにまで絞り込む。
枝葉末節はさらに分派するだろうが、大凡この3つだ。

807さよならの行方−trinity in the past− 5 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:55:07 ID:8eyvrRuY0
1は文字通りジョウイの自滅を待つというもの。
現在ストレイボウたちは禁止エリアによって包囲されているが、アナスタシアが首輪を解除出来ればその囲みはなくなる。
いくらジョウイが正体不明な力を持とうが、6人が連動的に動ければ逃げ切りは不可能でもないはずだ。
ジョウイが持て余した力に潰されてから、ゆっくりオディオの居場所を探せばいい。
それに、ジョウイも決して殺人快楽者ではない。殺しきれないと悟れば、無駄を避けて協力する目もあるはずだ。
懸念があるとすれば、ジョウイが復活させる力が自律型――たとえばモンスターのような――であった場合、
ジョウイが死しても動き続ける可能性くらいか。それでも、ジョウイがいなくなれば対処の仕様もあるだろう。

2は先手を取ってジョウイを討つというもの。
ジョウイの懐に飛び込む格好になるが、引き替えにラヴォスの復活を阻止できる可能性がある。
魔王をしてオディオ以上やもと警戒するほどの力、それを復活させることは愉快な状況ではない。
万に一つ――ラヴォスをオルステッドが“終わった後に使う”可能性を考えれば、
ジョウイが罠を張って迎え撃ってくる危険性を差し引いても釣りがくる。

3は、完全な電撃戦。ジョウイもラヴォスも無視してオディオに対面し、この催しそのものを終わらせてしまうこと。
最悪、ジョウイとオディオを二正面で相手にすることになりかねないが――決着は最も早いはずだ。

「尤も、肝心要のアイツの居場所が分からんことには、画餅に過ぎないか」
苦笑を浮かべながらストレイボウは仰向けになった。
詰まるところ、気が急いているのはイスラ達だけではなかったということだろう。
何を話せばいいのかも定まっていない癖に、向かい合いたいという気持ちだけが鞘走っている。

無理もない、と溜息を吐く。
友として、恋敵として、仲間として、宿敵として、罪人として、
生まれ、死に、そして今に至るまでの道の向こうには常にオルステッドがいた。
どれだけ近づいても届かないと思ったその背中。
その背中に、今までにないほど近づいているという確信がある。

俺は、どうすればいいのだろうか。
アイツと向かい合い、その先にあるものをどうしたいのだろうか。
近づく約束の時に向けて、俺は目を閉じ、話したいと思う相手を思い浮かべた。

808さよならの行方−trinity in the past− 5 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:57:10 ID:8eyvrRuY0
1は文字通りジョウイの自滅を待つというもの。
現在ストレイボウたちは禁止エリアによって包囲されているが、アナスタシアが首輪を解除出来ればその囲みはなくなる。
いくらジョウイが正体不明な力を持とうが、6人が連動的に動ければ逃げ切りは不可能でもないはずだ。
ジョウイが持て余した力に潰されてから、ゆっくりオディオの居場所を探せばいい。
それに、ジョウイも決して殺人快楽者ではない。殺しきれないと悟れば、無駄を避けて協力する目もあるはずだ。
懸念があるとすれば、ジョウイが復活させる力が自律型――たとえばモンスターのような――であった場合、
ジョウイが死しても動き続ける可能性くらいか。それでも、ジョウイがいなくなれば対処の仕様もあるだろう。

2は先手を取ってジョウイを討つというもの。
ジョウイの懐に飛び込む格好になるが、引き替えにラヴォスの復活を阻止できる可能性がある。
魔王をしてオディオ以上やもと警戒するほどの力、それを復活させることは愉快な状況ではない。
万に一つ――ラヴォスをオルステッドが“終わった後に使う”可能性を考えれば、
ジョウイが罠を張って迎え撃ってくる危険性を差し引いても釣りがくる。

3は、完全な電撃戦。ジョウイもラヴォスも無視してオディオに対面し、この催しそのものを終わらせてしまうこと。
最悪、ジョウイとオディオを二正面で相手にすることになりかねないが――決着は最も早いはずだ。

「尤も、肝心要のアイツの居場所が分からんことには、画餅に過ぎないか」
苦笑を浮かべながらストレイボウは仰向けになった。
詰まるところ、気が急いているのはイスラ達だけではなかったということだろう。
何を話せばいいのかも定まっていない癖に、向かい合いたいという気持ちだけが鞘走っている。

無理もない、と溜息を吐く。
友として、恋敵として、仲間として、宿敵として、罪人として、
生まれ、死に、そして今に至るまでの道の向こうには常にオルステッドがいた。
どれだけ近づいても届かないと思ったその背中。
その背中に、今までにないほど近づいているという確信がある。

俺は、どうすればいいのだろうか。
アイツと向かい合い、その先にあるものをどうしたいのだろうか。
近づく約束の時に向けて、俺は目を閉じ、話したいと思う相手を思い浮かべた。

809さよならの行方−trinity in the past− 6 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:58:01 ID:8eyvrRuY0

 ――――・――――・――――・――――・――――・――――


                      [アナスタシア]


    ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆       『カエル』 《グレン》
    話し相手を              △
     選んでください     「???」
    ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆            ▽
                   [アキラ]

                               「ピサロ」
                      [ストレイボウ]



 ――――・――――・――――・――――・――――・――――

810さよならの行方−trinity in the past− 7 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:58:37 ID:8eyvrRuY0
「――――そうだな。まだ、お前の話を聞いちゃいない」

自分自身を省みるようにして、ストレイボウが思い浮かべたのは、一人の少年だった。

ジョウイ。
何が彼を其処まで駆り立てているのか、ストレイボウには見当がつかない。
ただ、皮肉にもルッカの記憶には、ジョウイを知るものが多くいた。
リオウ、ナナミ、ビッキー、そして最後に魔王との闘いに闖入してきたビクトール。
純粋に出会ったと言うだけならばルカ=ブライトも。
話をする時間などほとんどなく擦れ違いのようなものばかりだったが、ルッカはジョウイに所縁ある全ての人物に出会っていた。
誰一人として、ジョウイを警戒していたものはいなかった。
ルカ=ブライトを警戒こそすれ、ジョウイを敵だと思っていた者はいなかったはずだ。
一体、ジョウイ=ブライトというのは“何”なのか。
ビクトールという男がジョウイとルッカを逃がしたということは、少なくとも信ずるべき何かはあったということか。
(そういえば辛うじてルッカとまともに会話できたビッキーだけは、言葉を濁していたな)
ふと、ルッカの記憶を眺めながらストレイボウは思った。
ルッカに自身の知る者を説明するとき、リオウとナナミとビクトールの情報量は多いのに、ルカとジョウイの情報量が極端に少なかった。
知らなかったのか、あるいは“語りたくなかった”のか。

何にせよ、はっきりしていることが1つ。
ルッカの記憶を継承したストレイボウは、この場の誰よりも残る2人の敵対者に縁深い者になっていた。

なにより、あのカエルとの決着の時、怯んだ自分の背中を押しとどめてくれたのは、他でもないジョウイだった。
たとえそれが紅の暴君を手に入れるための演技だったとしても、あの血塗れの叫びが嘘だとはストレイボウには想えない。
「一方的に吐かれた言葉で、何が分かる。一方的に聞いた言葉で、何が伝わる。
 俺はまだ、オルステッドとも、お前とも会話しちゃいない」
ストレイボウの望みは、彼らにしたいようにあってほしいということ。
そしてそれは、ジョウイさえも例外ではない。

一方の視点にだけ立って全てを断じてはならない。
真の決断とはそんな安易なものではない。
ジョウイの願い。それを理解せずして、決断も何もない。

だから、願った。距離も、禁止エリアも、己を取り巻く状況全てを省みずただ純粋に想った。

――――果たして、それは奇跡だったのか。

ヴン、と僅かなノイズが耳を穿ち、ストレイボウは背を起こして目を開く。
其処には、ほんの小さな、本当に小さな『穴』があった。
蒼くどこまでも蒼く渦巻く穴は、次元の底まで届くかと錯覚するほどに深い。
そして、その穴を、ストレイボウ<私>は知っていた。

「ゲート……?」

811さよならの行方−trinity in the past− 8 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:00:06 ID:8eyvrRuY0
ゲート、時間と空間を越えて通じる世界の穴。ルッカ達の運命を大きく変えた扉が、そこにあった。
「なんで、いきなりここに……」
目の前の光景に、ストレイボウは驚きを隠せなかった。
ついさっきまで無かったものが、いきなり目の前に現れたのだ。
まるでストレイボウの話を聞いていたかのように。
だが、驚嘆の時間などないとばかりに、ゲートはその形を歪め始めた。
傷口をふさぐようにして、ゲートが収縮していく。
「くっ」
ストレイボウはとっさにゲートホルダーを起動させ、ゲートを励起状態へ引き戻す。
だが、イレギュラーなゲートであるが故か、保持力を越えて収縮をしようとしている。
「くそッ、出力限界解除! おい、皆――――うおぁああああ!!!」
ストレイボウは手慣れた所作でゲートホルダーの力を限界以上に引き出し、ゲートを固定させようとした。
だが、それが逆にゲートを過剰励起……暴走させ、ストレイボウを飲み込もうとする。
「なんで暴走――ん、首輪が3つ光って――4つ……?――ああッ!!」
参考までにと拝領した、アナスタシアが分解し終えた首輪の中の感応石を見て、ストレイボウは気づく。
ゲートを安定させるゲートホルダーではあるが、それには条件がある。
それはゲートに入れるのは『3人』までということ。4人以上で入ればゲートは安定を失いまったく別の場所へ飛ばされてしまう。
感応石、人の意志を伝える石を持っていたストレイボウは、図らずも1人であり4人だった。

「くそ、俺は、こんなところで死ぬわけには……ッ!!」

叫ぶこともままならず、がむしゃらに装備をかき集めながら、ストレイボウはゲートに吸い込まれていく。
行く先は時の最果てか。そうであろうがそうでなかろうが、今はまだ死ねないのだ。

今は、まだ。

812さよならの行方−trinity in the past− 9 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:00:44 ID:8eyvrRuY0
長い長い時流に曝されて散り散りになった精神が浮上する。
一瞬とも永遠とも思える時の狭間を抜けたストレイボウの視覚に映ったのは、町だった。
「ここは…………」
整備された石造りの街路、整然と並んだ民家。
「こ、こは…………」
ストレイボウの両脇には、鳥の形をした噴水が水を湛えている。
「こ、こ、は…………ッ!?」
落ち着いたはずの呼吸を再び乱れさせながら、ストレイボウは目を泳がせて正面を向く。
そこに聳えるは、白亜の城。城と呼ぶにふさわしい荘厳な意匠をストレイボウは知っている。
忘れるわけがない。忘れていいはずがない。この手で終わらせた王国の名前を。

「―――――――ルクレチアだとォッ!!」

ルクレチア王国。魂の牢で永劫見続けたあの地獄が、寸分違わぬ姿でそこにあった。
ストレイボウは唾を飲み込み、目を見開く。
錯覚ではない。これは、紛う事なきルクレチアだ。
膝が笑い、歯の鳴る音が止まらない。立つことすらままならず、
ストレイボウは広場の中央で――あの武闘大会の会場だった――尻餅をついてしまう。
無理だった。頭がいくら否定しようとしても、全神経が屈服している。

「な、なんで、あそこに、戻ってきたって」

己の罪そのものを前に、正常な判断など叶うべくはずもなかった。
だが、ほんの僅か、あの島で経たほんの僅かの何かが、ストレイボウに気づかせる。
空がどこまでも黒く、噴水はどこまでも濁り、城壁は骨のように白い。
余韻すらない。ここは、どうしようもなく『死んでいる』のだと。
「いったい、此処は――」
そう言い掛けたストレイボウの口を止めたのは背中を引く妙な感触だった。
マントの裾を引かれたような感触に、ストレイボウが背中を向く。

手だった。小さな、小さな子供の手が、街路から生えていた。
生えた手が、無邪気に、母のスカートを引くようにしてストレイボウを引いている。
「あ、あ――あああああ”あ”ッ!!!」
それにあわてて多々良を踏みながら飛び退き、家の壁にぶつかる。
だが、そこには石の堅さは無かった。抱き留めた腕の柔らかさだけがあった。
「うあ、く、来るな、来るんじゃないッ!!」
理解も納得も超越して、ストレイボウは子供のように腕を振って飛び跳ねる。
鳴り叫ぶ心臓と呼吸にかき乱されながら、ストレイボウは広場の中央に立って周囲を見渡す。
何が家だ、何が町だ、何が城だ。これは肉だ、これは血だ、これは骨だ。
城壁が変化し、身を鎧った兵士になる。町が変生し、人間になる。
ストレイボウは知っていた。覚えてしまっていた。
オルステッドを勇者と讃えた兵士達、オルステッドの出陣を見送った国民達。
オルステッドを捕らえようとした兵士達、ストレイボウに扇動されてオルステッドを魔王と蔑んだ国民達。

彼の憎悪が生み出した全ての結果が此処にあった。

813さよならの行方−trinity in the past− 10 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:01:27 ID:8eyvrRuY0
ストレイボウは確信する。
ここはルクレチアですらない。ルクレチアという形に鋳造された死そのものだ。
彼らはストレイボウをじっと見つめ、ゆっくりと歩いてくる。抱き留めるように手を広げながら、何の敵愾心もなく。
当然だ。彼らは真実を知らない。否、真実は死したときに決している。
彼らにとって、彼らを殺したのは魔王オルステッドで、
ストレイボウは魔王に殺された哀れな“同胞”――――共にこの宇宙を構成する細胞なのだ。
だから、何の敵意もなく、何の恨みもなく、ただ同じものであるが故に、ストレイボウを迎え入れる。
あるべき場所へ、我らと同じ場所へ、帰るべき場所へと。

「すまん……すまない……ごめんなさい……ッ!!」

もはや立つこともままならない有様で、ストレイボウは尻餅をついたまま後ずさる。
アレに抱かれたら、取り込まれる。そう分かっていても、ストレイボウは何も出来なかった。
彼らに何が出来る。何も出来はしない。何も出来はしまい。
心をどれだけ改めようが、自分を改めようが、彼らは変わらない。
今ここで全ての真実を暴露しても、彼らに何の意味も付加できない。
自分を変えることはできても、彼らを変えることは出来ない。
自分は今“生きていて”彼らは“死んでいる”からだ。自分は勝者で、彼らは敗者だからだ。
死せるものに、終わってしまったものに、生あるものの手は届かない。故に報いることはできない。

――――強奪者どもよ。
    ――――屍の頂点で命の尊さを謳う滑稽さを自覚せよ
        ――――なれの果てとなった“想い”を足蹴にして、自身の“想い”を主張するがいい

震え砕けかけた頭で、ストレイボウはオディオの、オルステッドの言葉の真を理解した気がした。
勝者が敗者に出来ることはただ一つ。共に敗者として墓碑に名を刻むこと。
死して共にあることだけだ。

「でも、でも…………た、頼む……」
だが、ストレイボウは震える唇を動かし、辛うじてつぶやく。
「もう少し、待ってくれ…………俺は、俺は…………まだ、まだなんだ……」
死に包囲された中で、このまま墓碑に沈む訳には行かないと、哀願する。
自分はまだ何にも成れていないのだと。このまま其処に戻るわけには行かないのだと。
身の程を知り尽くしてなお、そう懇願した。
死都はその願いなど無視してストレイボウを取り込もうとする。
それはもう本能――否、ただの機構なのだ。生あるものの声で死は変化しない。
それでもストレイボウは叫びながら、死に沈みゆく中で手を伸ばす。

「俺は、まだ、オルステッドに何一つ応えていないんだ……ッ!!」

814さよならの行方−trinity in the past− 11 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:02:44 ID:8eyvrRuY0
その時、その手を掴むものがいた。ストレイボウの片手を握る小さな両手の感触を、ストレイボウは感じていた。
「!?」
驚愕と共に、ぐい、と引っ張られ、ストレイボウはルクレチアへと浮上する。
「い、いったい、って、うああ!」
何事かと口にするよりも早く、再び腕を引かれ、ストレイボウの体は南に送られる。
よろよろと足をもつれさせながら、手を引かれたストレイボウは無数の住人が遠くなっていくのを見ていた。
彼らはストレイボウを追おうとはしていない。“してはならないと命令されたように”。
だが、そんなことよりもストレイボウは、手を握った誰かを確認しようと前を向こうとする。
「き、あなたは――」
【サルベージポイント1500mpz――――繋がったッ! 正門から出て下さいッ!!】
そう声をかけようとすると脳裏に直接声が響き、前方の正門が、オルステッドと共に旅立った始まりの門が眩い光を放った。
掴む誰かの姿は影すら映さず、ストレイボウの意識は門の向こう側へと送還される。
残ったのは、その手に伝わった冷たい柔らかさだけだった。


「ぶはぁ!!」

ストレイボウが泥の中から顔を出す。
息も絶え絶えに周囲を見渡せば、そこはルクレチアなどではなく、無限に広がる碧き泥の海だった。
「い、今のは幻か?」
夢でも見ていたのかと一瞬頭をよぎるが、すぐに首を振って否定する。
あの否応のない死の感覚と、手の感触が残っていた。

「K――QPpZQKKQuuuuqZiziGxuZoooppZqqqxuiii!!!!」

それ以上の思考を遮るように、鳴き声のような流動音と共に泥が戦慄く。
異物を検知した、あるいは同胞を捕捉したのか。
どちらにしてもやるべきことは同じと、本能に従って泥に飲み込もうとする。
「ラ、ラヴォス!?」
その形態の多様性に、ストレイボウは無意識にそう叫んでいた。
ラヴォスはその鈍重な外見に反し、あらゆる進化の方向性に適応できるようになっている。
ならば、この無形の泥は、ラヴォスの肉としてこれほどふさわしいものは他にない。
だが、そんな思考はストレイボウの命を長らえさせるのに少なくとも今は何の役に立たない。
触手と化した泥が、ストレイボウめがけて疾走する。
が、突如ストレイボウの眼前を横切った黒い何かが、その泥を阻害する。

「た、盾ッ!?」
「外套<マント>――輝きませんが」

ストレイボウと泥の間に立つはジョウイ=ブライト。
白貌と片目を覆う銀髪――抜剣の証を携えながら、かの男を守るようにして黒き外套を靡かせている。
「呼ばれて刃を押し取り来てみれば……何をしているんですか」
否、比喩ではない。武器も紋章も携えず困り顔をしてみせるジョウイの代わりとばかりに、
その身を鎧った魔王ジャキの外套が泥を弾いているのだ。
「その魔力――魔剣の力を、徹しているのかッ!?」
「抜剣覚醒の余録です。児戯のようなものですが、生まれてすらない子供にはこれで十分」
ただの布であるはずの外套を満たす異常の魔力を感じ取ったストレイボウに応えるように、
外套がストレイボウとジョウイを中心とした周囲を一気に薙払う。
血染めのような外套が、その白き内側へと踏み入らせぬとするように。
泥が形状を喪った瞬間を見抜き、彼の外套はその裾を泥に突き立てる。
そして、その接触を介してジョウイは泥と共界線を接続した。
「――――ッ! ……餓えているんだろう……僕、モ、同ジだ……ッ……
 もう少し、もう少し待ってくれ……もうすぐ、“揃う”かラ……」
喉を裂いた穴から漏れるような声で、ジョウイは泥の想いを汲み取る。
脂汗を流し血管を浮き立たせながら、その飢えを、その渇きを、抱きしめるように共有する。

「必ず、あなたを、連れて行く、から……ッッ!!」

815さよならの行方−trinity in the past− 12 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:03:17 ID:8eyvrRuY0
その宣誓と共に、泥は力を失ったように海へと形を変えていく。
泥の意志など、想いなど最初から無かったかのように。
想いの果てに凪いだ海で佇む外套の少年のその有様に、ストレイボウは、言いようもない悪寒を覚えた。

「……何故、いや、そもそもどうやってここに?」
呆然とするストレイボウの前で魔力が霧散し、抜剣覚醒が解除される。
息を荒げながら、ジョウイは横目でストレイボウを睨んだ。ストレイボウはたまらず息をのむ。
抜剣の変身を差し引いても、あの乱戦の中で別れてからジョウイの姿は一変していた。
魔王の外套こそ変わらないものの、その中の装束は青年のそれから明らかな軍服――士官級のそれへー―と変わっていた。
そしてもう一つ、布で縛られた右眼が視線を引く。まるで、何かを封じているかのように。
「あ、いや、いきなり俺の目の前にゲートが開いて、ああ、ゲートと言うのは……」
突然の質問に、ストレイボウは半ば反射的に答える。
杖を握らなかったのが自分でも不思議だった。状況に比べて、ジョウイの殺気がそれほど感じられなかったからか、あるいは。
「……真逆、な」
突然のゲート発生と暴走による転移について聞いたジョウイは目を細める。
だが、思考を切り替えるようにして再び凍った視線でストレイボウを射抜いた。
「いずれにせよ、丁重に帰す理由はないのですが」
ジョウイの一言で、外套が再びざわめく。
彼がここにいるということは、ここは遺跡の中、ジョウイの陣地ということか。
ならば、敵陣にノコノコと一人現れた間抜けを見逃す必要など無い。
じわりと香る戦闘の空気を前に、ストレイボウは言った。

 ・戦いになると言うなら容赦はしないッ!
 ・あのルクレチアはいったい何だ?
 ・そんなことより焼きそば食べたい。

→・あのルクレチアはいったい何だ?

その言葉に、ジョウイの目が見開かれる。
それは確かな動揺であったのか、今にも刃と化さんとしていた外套がジョウイへと収束する。
「一体、何の話を……」
「とぼけるな! あの町並み、城壁! 何もかもがあの時のままある癖に、何一つ残ってないあの死んだ町は、なんなんだ!!」
一瞬しらを切ろうとしたジョウイに食い下がり、ストレイボウが先ほどまでの動揺を塗りつぶすような剣幕で問いつめる。
明確な死の具現。何処までも熱のないあの地獄が、錯覚であるはずがない。
あれを問わずにいることは、ジョウイと戦うよりも恐ろしかった。
「……やはり、見たんですか。そうか、泥に沈めた僕の感応石と通じたのか……」
忘れてくれていれば良かったのに、そう顔に滲ませながらジョウイは唇を噛む。
「貴方が知る必要は、ありません」
だが、ジョウイは何も言わない。口を噤むジョウイに、ストレイボウは言った。

 ・……ラヴォス、なんだろう?
 ・答えろ、ジョウイ!
 ・下の口に聞いてやろうか?

→・……ラヴォス、なんだろう?

ジョウイの肩がびくりと震える。それはほんの一瞬であったが、ストレイボウに確信めいたものを抱かせるには十分だった。
「マリアベルは、この島の中心にラヴォスがいると考えていた。
ラヴォスは人を自然を喰らい、その情報を蓄積する。あのルクレチアは、蓄積されたモノそのものじゃないのか?」
思考を纏めながら、ストレイボウはその仮説をジョウイに提示する。
ルッカの記憶にあった、ラヴォスとの最終決戦。原始から未来に至る全てが集積したような空間の感覚を、あのルクレチアに覚えたのだ。
「ラヴォスについて……知っているのですか?」
ストレイボウの問いに、初めてジョウイは意外そうな表情を浮かべる。
ラヴォスについて知っているのは当然としても、ラヴォスそのものについてストレイボウが知っているはずが無いはずだからだ。
「お前は知らないんだろう、ラヴォスを。アレは、人の手で制御できるようなものじゃない。あれは……」
ジョウイがラヴォスに対する知識がないことを見て取ったストレイボウは、
自分が読み解けた限りのラヴォスの生態・性質をジョウイに伝える。
自分が如何に不味いモノを蘇らせようとしているのかを伝えるために。

816さよならの行方−trinity in the past− 13 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:04:15 ID:8eyvrRuY0
「……そういうことですか。星を喰らうもの……やはり獣の紋章以上か」
説明を聞いたジョウイは漸く得心いったという様子を見せる。
唯一欠けていたピースをパズルにはめ込んだような様子だった。
ジョウイはしばし考え、やがて意を決したようにストレイボウへと向き直ると、その右手の紋章が輝き出す。
『マリアベルさんの仮説は概ね当たっています』
ストレイボウの脳裏に声ならぬ聲が伝わる。ストレイボウが握った首輪の感応石を経由して接続された思念が、ストレイボウに伝わる。
『ラヴォスの幼体――プチラヴォスの亡霊を憑依させたグラブ・ル・ガブルによる新生ラヴォス……
 それが、死を喰らうもの。死せるルクレチアの夢を見るモノであり、僕が蘇らせようと、否、誕生させようとするモノです』
そうして、ジョウイは感応石を用いたオディオに届かぬ思念話にて死喰いについて語り出す。
ラヴォスについての情報の対価か、あるいは……目の前の人物ならば、仕方がないというかのように。

『そんなものが、この島に……そうか、だから墓標<エピタフ>……』
ジョウイの説明を聞いて、ストレイボウは理解と共に立ちくらみを覚えた。
首輪などを通じてこの島で生じた怒り、嘆き、憎しみ――想いを喰らったラヴォスの亡霊が、
星の命そのものであるグラブ・ル・ガブルを肉として再び誕生する。
正負問わず、どのような想いも生と死の刹那に最大の輝きを見せる。
この島で戦い、惑い、そして死んだ者たちは、並々ならぬ想いを抱いて死んだだろう。
その輝く想いを喰らいて生まれるが故に――――『死を喰らうもの』。
敗者の存在を世界に刻みつけるそのモニュメントの存在に、ストレイボウは改めてオルステッドの憎悪の深さに気が遠くなる。
その慟哭に比べれば、生前にストレイボウが抱いた憎悪など無に等しいではないか。

『その想いをこの泥の中に留めたのが、あのルクレチア……はは、意趣返しにしちゃ上出来すぎる』

泥が静かに流れる海に、笑いが漏れた。
そうとしか言いようが無く、そう振る舞うより無かった。
オディオが――オルステッドがやろうとしていることは、そう難しいことではない。
つまるところ、ストレイボウが閉じこめられたあの牢獄を8つの世界にまで拡張したということだ。
それを、勝者に見せつける。勝者に敗者の存在を刻みつける。
「変わらないな、俺も、お前も……」
その笑いは、果たして何が生じさせたものだったか。ストレイボウには理解できなかった。

『で、お前はそれを誕生させようとしているわけか』
『……ええ。僕の目的を達するために』

ひとしきり体内の不明確な感情が吐き出された後、ストレイボウは改めてジョウイに向かい合う。
乾いた血のように赤黒い外套と、真白い軍服。相反しながらも相似する衣を纏う少年の返事に、ストレイボウは意を決し、手の中の感応石を握りしめた。

817さよならの行方−trinity in the past− 14 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:04:51 ID:8eyvrRuY0
『ここに――ここが分かっていた訳じゃないが――来たのは、お前とも話をしたかったからだ』
ジョウイは無言のまま、ストレイボウを見据える。
『ラヴォスがどんなものかはこれで分かったはずだ。お前の――いいや、誰の手にも収まるものじゃない。
 だが、それでも死喰いを力にしようとするんだろう。そこまでして願うお前の意志を、改めて聞かせてほしい』
『……言ったはずです。理想の実現。そのために、オディオの力――憎悪を継承する。それが僕の願いです』
ストレイボウの問いに、ジョウイが答える。その眼には険こそ無いものの、目を逸らすことはなかった。
『そのために、勝者となるつもりだった、ってことか。いつからだ?』
『……いつからと言われれば、最初から。それこそ、この島に呼ばれる前から。
 改めて名乗りましょう。僕の名はジョウイ=ブライト。ルカ=ブライトの義弟であり、ビクトールさん達の敵です』
揺らめく泥の輝きの中で淡々と告げられたその真実に、ストレイボウは、ああと納得した。
ビッキーの違和感、ビクトールとジョウイのやりとりの真意。
ジョウイは、ジョウイ=ブライトはルカ側の人間――ビッキーやナナミ達の敵陣営だったのだ。
『なのに、義兄を、ルカを殺そうとしていたのか』
『彼女の記憶があるのなら分かるでしょう。アレは殺しすぎますから』
なるほど、とルッカ越しにルカの姿を垣間見たストレイボウは唸った。
この世全ての人類を鏖殺しても飽き足らないルカの殺意は、道具として用いるには劇薬過ぎる。
だからお前達の中に隠れていたのだと、ジョウイは言外にそう含めた。
ルカや魔王のような強大な殺戮者と相喰らわせて数を減らし、最後に勝つためにいたのだと。

『……その最後に勝つための力が、あの魔剣であり、死喰いか』
『ええ。その力を以て貴方たちを倒し、オディオの力を手に入れる。
 世界を越えて通じるあの力、こんな無駄な催しなんかに使うのは宝の持ち腐れです。
 アレに使わせる位なら、僕が貰う。あの力を以て、僕達の理想の楽園を創る』

そう言ってジョウイは右手の紋章を翳してその野望を示す。
それはジョウイ=ブライトがこの島に呼び出された時から抱いた祈り。
ルカ=ブライトよりブライト王家を簒奪し、ビッキー達のいた都市同盟に破れた国王が、
オディオの力に魅せられ、今一度理想を再興するべく暗躍していたのだと。
間違ってはいない、とストレイボウは思う。
ピサロの話に拠れば、ジョウイはセッツァー達と接触していたらしい。
形の上ではセッツァーに出し抜かれた格好であるが、ことが全て明るみになった今では、自身が裏舞台に潜み続けるために立てた役者に過ぎないのは明らかだ。
間違ってはいない。嘘はついてはいない。理解は出来る。
そんなジョウイの回答に、ストレイボウは再び口を開いた。

 ・そこまでして優勝したいのか?
 ・……何故死喰いを動かさない?
 ・ああ、うん。お前疲れてるんだよ。お薬飲もっか。黄色いの。

→・……何故死喰いを動かさない?

『……どういう、意味ですか?』
ストレイボウの再度の問いに、ジョウイは眉をひそめた。表情には明らかな警戒が浮かぶ。
『言葉通りの意味だ。此処までの話を考えると、お前は今にも死喰いを誕生させられるはずだ。何故しない?』
ジョウイが語ったその目的と行動。ストレイボウがいぶかしんだのは動機ではなく、その行動だった。
今までのストレイボウならば、その動機についてさらに尋ねていただろうが、脳裏の歯車を刻む砂粒の違和感が、それを翻した。
『簡単ですよ。言ったとおり、死喰いは死を喰らってより完全なものとなる。
 ならば、より死を喰わせれば誕生したときにより強い力となる。
 なら、先に僕が貴方たちをある程度殺した上で誕生させれば、より確実に優勝できるじゃないですか』
何のことはない、とジョウイは理由を語る。死喰いを完全なものに近づけて、より強大な力を得る為なのだと。
『……ああ、そういうことか』
ストレイボウは改めて納得したように頷き、そして理解した。


『――――完成させた死喰いで、オディオを殺すつもりか』
ジョウイの答えの、裏側の真実を。

818さよならの行方−trinity in the past− 15 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:05:28 ID:8eyvrRuY0
『……なに、を』
『お前がただ力を盲信している奴なら、それでも納得できたさ。
 だが、そう考えるには頭の回転を見せすぎた。なんというか、科学的じゃないんだよ』
そう、ストレイボウが感じたのは違和感――ジョウイの行動の整合性のなさだ。
『もうセッツァーも魔王もいない今、待っていてもお前より先に俺たちが死ぬ可能性は限りなく低い。
 死喰いを成長させるには、お前が殺しに動くしかない。
 だけど、俺たちを殺すための武器を鍛えるために、俺たちを殺しに来るってのは明らかにおかしい。目的と手段の順番が違う』
そう、この順番こそが違和感の正体。ジョウイが優勝を狙うのであれば、
とにかく自分以外の誰かを生き残りにけしかけ、自分が動くのは最後でなければおかしい。
ならばとにかく不完全だろうが、死喰いを誕生させてストレイボウ達にけしかけ、弱らせたところを襲えばいいのだ。
先に生き残りを殺せば、より死喰いは強くなるかもしれないが、
生き残りを殺せば殺すだけジョウイが有利になり、死喰いそのものが不要になる。
あの立ち回りを見せたジョウイならばその程度の計算が出来ないわけがない。
その計算を破棄してまで完成を優先させ、待ちかまえている理由。

それがあるとするならば、ストレイボウ達全員を殺してなお、
完全なる死喰いの力を使うべき相手が残っているということに他なら無い。

『お前が死喰いを誕生させようとしてるのは、俺たちに向けてじゃない。オディオとの戦いを見据えてだ』

順番が逆なのではなく、順番に続きがあった。
優勝した後のことまで含めてジョウイは状況を見据えている。
それこそが、矛盾しかけたように見えるジョウイのロジックの正体だ。
『……本当に、混じってるんですね。手厳しさが違う』
そこで観念したようにジョウイは額に頭を中てた。
『ここに来るまでは、最初の予定通り、すぐに起動させてけしかけるつもりでしたよ。
 ですが、オディオと会話してこの墓標を知り、確信しました』
やはり当初の予定ではストレイボウの看破した通り、乱戦収束後に速やかに死喰いによる攻撃を仕掛ける腹積もりだったのだろう。
ジョウイ自身にも時間は無く、なにより彼の偉大なるオスティア候の死を奪ってまで得たものに報いることが出来ない故に。
だが、死喰いを知り、その本質を知り、ジョウイは方針を変えざるを得なかった。

『オディオは絶対に願いを叶えません。ことに、僕の願いだけは』

オディオが、ジョウイの願いだけは叶えないと知ってしまったが故に。

『どういうことだ?』
『僕の願いとオディオの願いは、本質的に相容れない。
 今、優勝すれば願いを叶えると口では言えても、必ず最後には否定する。否、そうせざるを得ない。
 それは絶対に絶対――“ユーリルが、救われぬものを救わないようなもの”なんですよ』
自嘲するように、ジョウイは細めて空洞の天井を見つめる。
それが、オディオを見つめていることはストレイボウにも理解できた。
『素直に渡して貰えるならば構わない。ですが、その備えを怠るほど莫迦にもなれない。
 そう思わせるほど、僕の願いは奴と致命的に相容れない』
ストレイボウが知らない何かを知ったその瞳が、明らかな敵意を湛えていることも。

819さよならの行方−trinity in the past− 16 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:06:08 ID:8eyvrRuY0
「……止めろ」
ストレイボウの言葉に、ジョウイはぴくりと眉を動かす。
「優勝したいというだけなら止めやしない。だけど、無駄死なら話は別だ。
 オディオには、アイツには勝てない。お前がどれほど策を練り、力を得ても、ダメだ。
 戦った俺だからわかる。アイツはそういうものじゃないんだよ」
自分が何を言っているのか、ストレイボウは言いながら気づいたが、言葉は止められなかった。
策を弄し、力を集め、どれほど絶望にたたき落としてもアイツは――オルステッドは立ち上がった。
その眩いばかりの光をどれだけ呪い、どれだけ疎んだか、ストレイボウは誰よりも知っている。
だからこそ、先駆者としてジョウイに諭す。
お前が今歩んでいる道は、紛れもなくかつて自分が歩んだ道なのだと。
だから往くな、その先には断崖しかないのだと。

「……なぜ分からないんだ……だからじゃないか……」
ぼそりと呟かれた言葉を最後に、会話が途切れる。
しばし、否、それなりの静寂の後、ジョウイがゆっくりと念を伝えた。
たっぷりの逡巡の後に、覚悟を決めたように“諸刃の剣を差し出す”。


『……貴方たちのいるC7の遙か上空。そこに隠れた八面体のモニュメントに、オディオは居ます』
「!?」


ストレイボウが驚くよりも早く、ジョウイは告げる。
『文化体系から見て恐らくは、ちょこちゃんの世界の構造物――奇怪な作りではありますが、城でしょう。
 ウィザードリィステルスか何かで位相をズラしてはいますが』
告げられたのは、オディオの居場所。ストレイボウが喉から手が出るほど知りたい情報だ。
そして、情報はそれだけではない。
『その空中の城には――最初から傷がありました。そして、其処に船があります。
 銀色の翼を持った船が2つ……彼女は、この名を知っているんじゃないんですか?』
ジョウイが、核識を通じて観た映像をストレイボウの脳裏に送る。
「し……ッ!」
突然浮かんだ光景は、あまりに不鮮明。周囲は暗がりに包まれ、整った石畳と怪しげな赤い文様。
そしてその一部に腫瘍のように白い船がめり込んでいる。
このモニュメントに突撃したのだろう。飛行船として要となる骨が幾つも破砕しており
一目見ただけでこれが使用不可能であることは想像に難くない。
だが、そんなものなどたちまち脳裏からはじき出される。目の前に見えたそれに比べれば。
叫んでしまいそうな言葉を慌てて口元を塞いで止める。
問題は壊れた船ではない。その格納庫に収められた翼だ。
そこに映ったのは、白銀の鳥のような機械――それをストレイボウ<私>は知っていたのだから。

『シルバード、だとぉ……ッ!?』

820さよならの行方−trinity in the past− 17 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:07:34 ID:8eyvrRuY0
操縦席も、装甲も、ジェット装置も、何一つ疑う余地もなく、彼女の知識がその存在を肯定する。
まるで方舟の代わりとばかりに置かれたのは、時を越える翼に他なら無かった。

『やはりですか。ですが、座標データがなければ航行もままなりません。それらはデータタブレットによって――』
『ちょ、ちょっと待て!』
続けて説明しようとするジョウイを、ストレイボウは手で制する。
『なんでそんなことを知っているか……はこの際置いておく。
 この局面でそんな嘘をついてもお前にメリットがないのも分かる……何故そんな話をする?』
沈黙するジョウイに、ストレイボウは言葉を続けた。
『お前は、俺たちを殺すつもりじゃないのか?』
『……したいように、あってほしい。それが貴方の願いでしたね』
ストレイボウの問いに、ジョウイは顔を歪めてそう応じた。
『貴方たちを皆殺して死喰いを真に完成させてれば、五分の勝負に持ち込める……僕はそう観ています。
 逆に言えば、そこまでいって漸く五分。今の不完全な状態で誕生させても、
 そこに“僕がかき集めたもの”を足しても……ゼロが幾つ付くか分かったものじゃない』
死喰い、始まりの紋章、魔剣、蒼き門、核識、亡霊、そして魔法。全てを擲ってジョウイが背負う力は絶大だ。
それでもなお、ジョウイとオディオの差は開いている。残る6人の屍を積み上げて、漸く剣が届くかどうかの距離だ。
『――――ですが、ゼロではない。それは努力次第で無限に広がるということ』
そのジョウイの言葉に、ストレイボウは黒鉄の英雄の背中を錯覚した。
彼ならば言いそうな言葉で、彼のような無表情で淡々と告げた。

『貴方たちを殺さずに済むのなら、奇跡に賭けてもいい』

本当に、阿呆のような素直さで、ハッピーエンドを目指してもいいと告げた。
唖然とするストレイボウの無言を肯定と受け取ったか。ジョウイは話を続ける。
『貴方たちにとっても、決して悪い条件ではないはずだ。
 ……というよりも、そも前提として貴方たちがオディオと戦う意味がない』
二の句を継ぐことすらできず押し黙るストレイボウに、ジョウイは言葉を続ける。
『アキラはヒーローになりたい。ピサロはロザリーの意志を継ぎたい。
 アナスタシアさんは生きたい。カエルは闇の勇者として闇の中の者の標になりたい。
 ……これらの願いは、オディオの有無に関係がない。
 オディオが王座にある時――日常<きのう>に帰れば出来ることです』
ジョウイは生き残った者達の願いを告げ、その共通性を語る。
これらは彼らの内側よりわき出た尊き祈り。オディオによって押しつけられたものではない、オディオと関係のない純粋な祈り。
故に“それは、オディオの統べる世界でも叶う祈りだ”。

『オディオに言わせれば、屍を積み上げた醜い祈りだというのでしょうが……そんなの言わせておけばいい。
 オディオにとって醜かろうが、貴方たちが光と信じるならばそれで十分じゃないですか。
 アシュレー=ウィンチェスターならば、恥じることなく言うでしょう。それこそが、自分が帰るべき場所なのだと』

821さよならの行方−trinity in the past− 18 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:08:06 ID:8eyvrRuY0
そう、たとえこの世界がオディオの言うおぞましき争いの世界だとしても、
それが今まで彼らが生きてきた荒野であるならば、そこで咲き誇ることになんの咎があろうか。
オディオが闇と言うもの、彼らが光と仰ぐものは“同じ”なのだから。
『故に、オディオと彼らが相対することに意味はない。
 彼らが言祝ぐモノも、オディオが呪うモノも同じなのだから』
故に無意味。道が同じで、進む方向も同じなのだ。
ただ、道が青く見えるか赤く見えるかという認識の違いだけでしかないのなら、衝突する道理がない。

「ならば、貴方たちがこれ以上戦う理由もないはずだ」

ジョウイは書物をそらんじるような平坦さで事実を告げる。
オルステッドが勝ってオディオを続けようが、ジョウイが勝ってオディオになろうが、世界は残る。
ジョウイの楽園か、オディオの地獄か――残った方の世界で生きていけと、ジョウイはにべもなく言っていた。

『ただ、シルバードで脱出するには、この世界の座標データが必要です。
 そしてそのデータは、データタブレットを3つ揃える必要がある。
 オディオなりの様式美でしょう。そしてそのうちの1つは――』

(何を、何を考えていやがる)

続くジョウイの言葉が、遠くなっていく。
もはや、ジョウイの言葉の整合性・信憑性を疑う気にすら起きない。
“なぜそこまで複数の世界の知識を掌握できているのか”
“なぜこの場にいながらそれを把握できるのか”
――そんな、本来ならば気にかけるべきことさえも、気にならなかった。
多分、ジョウイは本当のことを言っている。自分で調べ上げた情報を提供している。
だからこそ理解できない。それほどまでに、目の前の存在は真っ直ぐに歪んでいた。
ふつうに考えれば当然だろう。
ここまでの事をしておいて、戦うのを止めてもいい、などと言った人間を誰が信じられるか。
まだ、嘘をついてくれていた方がマシだ。
(なんでそんなに、甘くいられる)
だが、ストレイボウは分かってしまっていた。
こいつはは嘘をつけない。自分を偽れないから、こうなってしまっているのだから。
なにより、ジョウイが、本気でこちらの身を案じていることが否応にも分かってしまったから。
ジョウイは本気だ。本気で“妥協してもいい”と言っているのだ。
ストレイボウ達を逃がせばオディオ殺しが難しくなると承知して、現時点で最高のハッピーエンドを狙ってもいいと言っているのだ。

『貴方たちがオディオに向かわず、まっすぐシルバードに向かってくれるなら、僕はそちらにタブレットを転送しましょう』
(もし、もしもそれが出来るのなら……)

ジョウイから差し出された提案を、知らず脳内で弄んでいる自分がいたことに気づいた。
もし、ジョウイの提案を受け入れられるなら、話は早い。
ジョウイから送られた空中城の座標は脳内にある。アキラを介せばピサロに座標を送れるだろう。
つまり、ルーラかテレポートが使える。
次元をズラされているらしいが、聞くところによればアナスタシアのアガートラームは次元に干渉できる。

この2つを重ねれば空中城に行けるだろう。
後は真っ直ぐシルバードに逃げ込めば、ジョウイが最後のデータタブレットを渡してくれる。
それが手に入れば、後は俺<私>がシルバードを動かせる。脱出できるのだ。

822さよならの行方−trinity in the past− 19 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:08:39 ID:8eyvrRuY0
脱出。生還。生きて、帰る。
言葉にすればこれほど容易いはずの言葉は、ここまでの死線を潜り抜けたものにとって甘美なる至上の福音にすら聞こえる。

その差し出された掌を拒む道理など、あるわけがない。
ピサロは生きなければならない。ロザリーより受けた心を、生きて謳うために。
アナスタシアは生きなければならない。ユーリルに、ちょこに、そしてマリアベルに、生きて欲しいと願われたのだから。
イスラは生きなければならない。その英雄達より受け継いだ明日の為に。
カエルは生きなければならない。死を罰とするのではなく、闇の勇者として生きることこそが償いであるが故に。
アキラは生きなければならない。伝わった心を取りこぼさぬ、真のヒーローになるために。

そうだ。死んでしまえば、やり直すことすら出来ないのだ。
もう帰れない奴らだってたくさんいる。その事実は否定できない。
だが、否、だからこそ、生きなければならないのだ。

だから――

 ・提案を受けて脱出を目指す
 ・みんなで、生きて帰ろう!
 ・――――――――どこに?

→・――――――――どこに?

生きねば。生きて、帰らなければ―――――――どこに?

(あ……)

気づいた。“気づいてしまった”。
ジョウイの祈りが、あまりに真っ直ぐ過ぎて、その裏側に気づいてしまった。
「オルステッドは、どうなる?」
生きてほしいと願うジョウイの祈りには、1人、含まれていないと言うことを。
俺が帰るべき場所――が、ジョウイの楽園にはないということを。
ジョウイは無言のまま、眼を細める。
つくづく隠すことも嘘も下手なのだと、常ならばストレイボウも苦笑の一つでも見せただろう。

だが、その無言の肯定に、ストレイボウの血の気が喪失した。
これだけ人の死を忌む奴が“そいつだけは必ず殺す”と言っていたのだから。

「……もし、ここに来たのが貴方じゃなければ、こんな話はしませんでした。
 貴方が、ただ自分のことを願ってくれたなら、僕は迷わず踏みつぶせたのに」

823さよならの行方−trinity in the past− 20 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:09:10 ID:8eyvrRuY0
ジョウイは、観念したように溜息をつき、膝を地面に下ろした。
念話ではなく、言葉で告げられたのは、紛れもない謝意。
ハイランドの白装束が蒼き泥に汚れる。死喰いは今は鳴りを収めているらしく、
グラブ=ル=ガブルの美しい輝きの泥だった。

『シルターンという場所では、これが最上級の請願法と聞きました。
 細部は正式なものではないでしょうが、不作法は許してほしい』
何かの攻撃動作かとストレイボウはいぶかしんだが、殺意は感じられなかった。
そのままジョウイはそのまま尻を踵に下ろし、指を地面につけた。
『貴方の想像通りです。僕はオディオを、その玉座を奪う。
 それ以外は譲っても良い。戦略的優位も、この後の筋書きも。
 幸せも、勇気も、希望も、愛も、欲望も、未来だって投げ捨てても構わない。だから』
たゆたう泥が、鼻先にふれるかどうかというところまで頭が下げられた。
マント越しにも、その背中からわき上がるものが否応無く伝わる。
すまない。すまない。すまない。

『――――オディオを、譲って貰えませんか。貴方が傍らに立たんとするその場所は、僕が戴く』

貴方の願いだけは、僕の楽園では満たされない。

「なんだよ……なんだそれ……」
三つ指をつき額を泥にこすりつけて懇願するジョウイを見て、ストレイボウの唇がわなわなと震えた。
今から雌雄を決そう、あるいは殺そうとしている相手に頭を垂れられる性根に対する恐怖か、
オディオを――オルステッドを殺せると確信しているジョウイに対する怒りか、
あるいはその両方が彼を震わせていた。
胸から湧き出た衝動が言葉となって喉を逆流する。
許せなかった。許容ができなかった。こいつの願いにではない、その願いに対する姿勢にだ。
欲しい場所があって、どうしようもなく欲しくて、奪ってでも欲しい。
そんなジョウイの、持たざる者の渇きを、ストレイボウは理解できる。
だが、ストレイボウが最後まで言えなかった一言を、目の前の鏡は言い切ったのだ。

「……なあ、もうやめろ。お前1人でそこまでする必要なんて、どこにもない。
 お前の狙いがオディオだというなら、なおのこと俺たちと戦う必要なんてない。一緒に、アイツを止めよう」

座礼を崩さないジョウイに、ストレイボウは利かん坊をあやすように手を差し伸べた。
だが、それは同時に親に駄々をこねるかのような児気に溢れていた。
「そりゃあ、あいつが悪くないなんて言わない。この墓場を作るのに、あいつは殺し過ぎた。
 その中にはジョウイ、お前の大切な人がいたんだろう。それくらいは分かる。
 でも、でも! お前は生きている。楽園じゃなくても生きていけるんだ!!」
死にに行くなと、ストレイボウはジョウイの裾を引いた。
ジョウイが往けば十中八九、ジョウイが死ぬからであった。
ストレイボウは自身を真に恐れさせているのが十中八九がはずれてしまった場合であることに気づいていない。
気づかぬまま、生を尊び生を勧める。ほかの皆がそうしたように。
それこそが光だと信じて。憎しみこそが人を魔王にすると信じて。

「生きているなら、何度だってやり直せるんだッ!!」
「だったら、豚と蔑まれて死んだ者にはその機会すらないということだッ!!」

824さよならの行方−trinity in the past− 21 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:09:51 ID:8eyvrRuY0
だから、此処に来て初めての怒声に面食らう。

「貴方は間違っていない…………だけど、それでは足りないんだ」
ぞくり、と泥の海全てが震え上がる。死喰いが再び動いたのかと一瞬思いかけたが、直ぐに破却される。
この島が、震えているのだ。たった一人の想いによって。
「止めるだけでは、いずれ始まる。いずれオディオは蘇える。争いは再び始まる。
 そしてまた死ぬ。大切なものが、守りたいものが、温かったものが、消えて果てる」
背中を覆い隠す魔王の外套が黒く戦慄く。ぎちぎちと蠅声のように立ち上がるのは、彼が背負った声なき声か。
そんな凶音と共に、ゆっくりと、ジョウイが立ち上がろうとする。

「止めるだけじゃ足らない。終わらせる。勇者も英雄も、番人なんて残さない。
 全部終わらせて、暖かな平穏を、楽園を創る」

血と闇に満ちた外套の裏側で、闇が渦を巻く。
「欺瞞です。身勝手な理想だなんて、百も承知している!
 悲劇を生まない理想の前提として、僕は無数の悲劇と犠牲を強いてきた!」
ジョウイが奪って来たもの、魔王が奪って来たものが形を作って狂っている。
「未来を夢見て、今を壊して、そうして実現した理想が賞賛される訳がないッ!
 怨恨、憎悪、嫌悪、怨嗟、遺恨――あらゆる負の感情と悪意に満ちた視線に晒されるッ!」
この祈りのために、どれだけの血肉と怨嗟を捧げてしまったか。
憎悪と繋がってしまったジョウイはそれをハッキリと知ってしまった。
魔剣に集う想い出はイミテーションオディオと結びつき、若き魔王を責め苛む。
「当然だ。それだけ多くのものを、多くの人から奪ってきたんだから、当然だ」
その重みを耐えて背負い、その上体をゆっくりと押し上げていく。
押し潰されそうになりながら、泥に塗れながらそれでもギリギリのところで踏みとどまっている。
 
「だけど、この痛みの代わりに、理想が叶えられるのなら。
 戦争による悲劇が、二度と生まれないのなら。
 自分だけが傷つき怨まれ憎まれることで、他の誰も傷つかない世界が作れるのなら。
 温かな平穏の中で―――――――“あの子が、泣かずに済むのなら”」

立ち上がったジョウイの端正に整った相貌は泥に塗れていた。
だが穢れなど構わず泥の隙間から見つめる左眼は強い意志を湛えてストレイボウを射抜く。
その視線を前に、ストレイボウは一歩下がる欲求に耐えた。
脳裏をよぎるのは亡候の闘気。あの亡骸を満たしていたものに近い『何か』。
ストレイボウたちと共にいた時には無かった『何か』が、
どれだけ穢れても輝く『何か』が今のジョウイを満たしている。

「この道を往くことを惧れはしない。どんな汚名も恥辱も背負う。
 たとえもう一度敗北したとしても、後悔はしない。
 たとえこの身を焼き尽くそうと、自分出した答えを信じて進む道の為なら、天になっても構わない」

ジョウイが、眼帯代わりに巻いていた布を解き顔を拭う。
そして泥に崩れた布を捨て、その右眼を見たストレイボウは、嗚呼と嘆息して理解した。
きっと、ジョウイはこの泥の底で『答え』を得たのだ。
二度と揺るがぬ『答え』を。ユーリルが『答え』を得たように。

「覚悟はできている。 アナベルさんを手にかけたときから。
 自分が汚れ罵られる覚悟も、全てを背負う覚悟も、
 そして――貴方たちを、貴方の親友を殺す以上のことをする覚悟も」

瞼を削り取ってしまったかのように、その眼は真円を描く。
その周囲は頬から額にかけて、ひび割れたように亀裂を生んでいた。
その、人間以外の何かに変貌してしまった黄金の瞳で、ジョウイ=ブライトは誓いを謳う。
絶望の黄金に呑み込まれながら、それでも忘れえぬ誓いをストレイボウに突きつける。
槍の向かう先は示した。それでもこの道の前に立ち塞がるのなら、容赦はしない、と。

825さよならの行方−trinity in the past− 22 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:10:29 ID:8eyvrRuY0
「貴方たちを否定はしない。ただ進む道が違うだけだ。
 それに、貴方たちではオディオを終わらせることはできない。
 “まだオディオを魔王だと思っている”貴方たちでは。あの雷光に盲いた貴方たちでは」
「おい、それはどういう――――!?」

独り言のように呟かれたジョウイの言葉に、ストレイボウが聞き返そうとするが、
ストレイボウの上空に蒼き門の紋章が刻まれ、彼の身体を吸い込み始める。

「く、ジョウイ、お前……ッ!」
「じきに“始めます”。その時には、賢明な判断を望みます」

言葉を遮るようにジョウイが右手をかざすと、蒼き門は更なる輝きを放つ。
吸引力を強めたその送還に、ストレイボウもまた踏ん張ることもままならず、
持っていたデイバックすら手放し手近な岩を手でつかんだ。
だが、魔術師であるストレイボウの細腕ではそれも時間の問題だった。


 ・もう止められないのか……
 ・待ってくれ!

→・待ってくれ!


既に体を浮かせたストレイボウの両腕が、岩を握りしめる。
爪はひび割れ、唇を切るほどに歯を食いしばり、それでもその手を離さない。
ここまま去るわけにはいかない。絶対にそれだけは許されない。

「なんでだ、なんでそこまでアイツを、オルステッドを憎むんだッ!?」
喉を裂くほどの絶叫が、門の吸引を破ってジョウイを打つ。
ジョウイの殺意をそのままにはしておけなかった。何故オディオが、否、オルステッドが討たれなければならない。
「リオウが死んだからか? ナナミが殺されたからかッ!?
 言っただろう、全ては俺が始まりだ! 俺のせいでこうなったんだ。憎まれるべきは俺なんだッ!!」
ああ、今ならば彼<彼女>は理解できる。
きっと、彼らがジョウイを愛していたように、ジョウイも彼らを愛していたのだろう。
それを引き裂いたのは、この墓場を作り上げたオディオ、オルステッドかもしれない。
だけど、それを言うならば、そもそもの始まりはこの自分のはずだ。
だから、償うべきは俺だ。悪いのは俺だ。死ぬべきは俺だ。
「なのに、なんで俺を助ける! さっきルクレチアから逃がしてくれたのはお前だろう!?
 救われるべきは俺じゃない、あいつだ。あいつなんだッ!!」
だからどうか、どうか“オルステッドを”。


「――――友に自分を殺させることが罪ならば、僕たちは最初から咎人だ」

826さよならの行方−trinity in the past− 23 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:11:00 ID:8eyvrRuY0
それでも、どれほどに懇願しても、目の前の魔王はただ一欠けらの憎悪も恵んでくれなかった。
代わりに与えられたのは、崩れ落ちてしまいそうなに柔い懐旧。
「ストレイボウさん。僕が貴方を本当に許せたのはね、貴方が羨ましかったからです」
ストレイボウを繋ぎとめていた最後の一欠けらが砕け、虚空へと再び吸い込まれる。
渦に呑まれながらストレイボウは、粒子と消えていくジョウイの左眼と視線を交えた。
「“僕達は、あの丘で殺し合うことしか選べなかった”。
 でも貴方は、僕が本当に欲しかったものの名前を失う前に言えたんだから」
その虹彩に映ったのは、遥かなる過去。
憎悪に満たされた右眼の黄金よりも輝く、小さく、儚く、しかし確かに暖かな何か。
ついに宙に浮き、ゲートに吸い込まれるストレイボウは諦めずジョウイに手を伸ばす。


「貴方は楽園で生きて下さい、ストレイボウ。“たとえ『全て』を失っても”、そこでなら、もう何も失わない」


しかし、その手が何かと繋がることは無かった。

827さよならの行方−trinity in the past− 24 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:11:39 ID:8eyvrRuY0
煌々と輝き続ける虹色の感応石の前で、ジョウイの意識がグラブ・ル・ガブルより浮上する。
ストレイボウと出会ったジョウイは、ジョウイが死喰いに干渉した時同様、感応石を介して送った精神体であった。
だが、ジョウイの肉体に全くの変化が無いわけではない。
体内ではちきれんばかりの憎悪はついにその右眼は黄金に染め上げ、先ほどストレイボウが見たそれと同じになっている。
形状も人間というよりは獣のそれに近い。ストレイボウを拾い上げて送還するのに、力を酷使した代償であった。

「づづづ〜〜〜〜〜〜っ。おっかえりー」

右眼を押さえながら声の方に振り向くと、其処にはいつもと変わらぬ占い師がいた。
いや、少しばかり様子が変わっている。顔の前に湯気が立ちこめ、眼鏡は真白に曇ってい。
手に持っていたのが杯ではなく椀であり、その中に入っているのは酒ではなく蕎麦であったか。
「……なにをしてるんですか?」
「見りゃわかんでしょーよ。八つ時よ八つ時。おやつの時間」
そう言いながらメイメイは目の前でぐつぐつ沸く鍋から箸で高く蕎麦を持ち上げ、
一度椀かけ汁にくぐらせてから喉で味わうようにずずいとすすり上げる。
蕎麦と唇の間をすり抜けられなかったかけ汁が飛沫とはねる。
「みんな休んでるし、私だけ水晶玉にらめっこしてるのも寂しいし。
 幕間の内に食べておかないとねぇ。……別に上に対抗した訳じゃないからね。
 地上も莫迦よねえ。米が余るならお酒つくればいいし、麺麭<パン>が余るなら麦酒<ビール>つくればいいのよ」
そう言いながら、眼鏡を曇らせたまま椀をおいてメイメイは酒を再び煽る。

「……」
「なに、欲しいの?。どぉーっしようかにゃー。支給品以外で食事させるのもルール違反っぽいしー。
でもまあ現地調達扱いだったらいいのっかなー。どーしても欲しいっていうなら〜」
「いえ、いらないです」
「即答、ですって……!?」

まったく興味を示すことなく傍を通り過ぎたジョウイに、メイメイは唖然とする。
「あかなべ印の蕎麦断る人初めて見たわ……あ、らーめんもあるわよ」
このままでは出落ちになると焦ったか、メイメイは指で鍋を指す。
よく見れば円形の鍋は上下を波打つ金属板で仕切られており、
蕎麦を茹でていたのはその半分で、残りの半分は醤油の芳しい香りとともに黄色い麺が茹で上げられていた。
「リィンバウムじゃ最新の料理なんだけど。名も無き世界じゃ298何某でこれが食べられるらしいけど、すごいわよねえ」
「それは――――」
どこの世界のごちそうデスか、と言おうとしたジョウイの言葉が内側からせき止められる。
突然で強烈な嘔吐感がせり上がってくる。だが、碌に何も食していないジョウイの体内からは吐き出るものはなく、
血混じりの胃液が口の中を濯ぐだけだった。

「っ、っは、がぁ、はぁ…………」
「――――もうそこまで感じるようになってる、か。
 せめて水だけでも飲んでおきなさい。そのうち、水のコトまで分かるようになったら、それもできなくなるわよ」

あきれたような表情で、メイメイは麺をもぐもぐと噛んで味わう。
蕎麦にしろらーめんにしろ、いや、干し肉にしろパンにしろ、
全ては加工されたものだ。茎を切り刻まれ種を鋤かれ、石臼ですり潰され、釜の湯で熱されるか猛熱で焼かれるか。
もしもそれが、自分の立場だったらどう思うか……それを人が理解することはできないし、してはならない。
だが、ジョウイはそれを識ることができてしまう。そういうものになってしまった。
犠牲とすら思われないもの達を、敗者にすらなれないもの達の想いまで、認識してしまう存在となった。
知ってしまえば、人間のままではいられないものを知ってしまったのだ。

「いえ、結構です。あの味を、忘れたくないんですよ……」

828さよならの行方−trinity in the past− 25 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:12:33 ID:8eyvrRuY0
両手を押さえ、胃からわき出たものを無理矢理戻す。
何一つ吐き出したくなかった。僅かでも外に漏らしてしまえば、あの焼きそばパンすら、消え失せてしまいそうだったから。

「それで、メイメイさん、さっきのこと……」
「にゃは? なんのこっとかしら?」

メイメイはとぼけたようにジョウイに聞き返す。
ジョウイが言い掛けたのは、当然ストレイボウとの邂逅だ。
万一を考えて感応石を介してストレイボウと会話したから会話内容までは分からないだろうが、
彼処での邂逅はそうはいかないだろう。特に、この傍観者の千眼からは誰も逃れられない。
だからこそ、どこまで見たのかと確認しておきたかったのだが……

「今、地上が熱いのよ。もう青春ドラマもびっくりの青臭いのが乱れ飛んでるのよ。
 そのくせ貴方、ずーっとそこに座って何もしてないじゃない。
 そんな放送事故みたいなの観てるくらいならおもしろい方を観るに決まってるじゃない。
 新米魔王なんて後回しよ後回し。にゃは、にゃははは」

らーめんをすすり終えたメイメイは再びぐいと酒を煽った。
そのわざとらしさにジョウイは少しだけ緊張を緩めた。
つまるところ、メイメイなりの気休めということだ。
オディオのこと、メイメイの眼に頼り切っている訳もないだろうが、多少の時間稼ぎにはなるかもしれない。

「ありがとうございます」
「……勘違いしないでよね。食べにくいものを後回しにしているだけよ。
 英雄の故事に曰く『十割より二八の方が喉越しがいい』ってね」

ぷい、と顔を背けるメイメイに、ジョウイは苦笑する。
なるほど、ならばジョウイの理想はさぞ喉越しが悪そうだ。
ならばそれを食わせるのは、料理人の手腕ということだろう。

ずん、と空が揺れ、メイメイが上を仰ぐ。
当然、この地下71階で空の揺れが分かるはずもなく、それはつまり上の階層の振動ということだった。
「……もう少し調練を続けたかったけど、潮時だな。なら……」
当然のこととばかりに呟くと、ジョウイは蒼き門を開く。
そこから出てきたのは、騎兵に跨がったクルガンだった。
金眼白貌、モルフそのものの姿であったが、ジョウイは彼が役目を果たしていたことを識っている。
クルガンが持った布袋をみる。人一人収まりそうな大きさだった。
ジョウイはそれを名状しがたい表情で見つめた後、微かに頷いた。
クルガンは何もいわずにそれをしかるべき場所へ安置しに向かった。
彼が生命の泥と模倣の未練で創られた人形<モルフ>であることをジョウイは忘れてはいない。

「国交は上手くいった。徴発も、この短い時間を考えれば十分だろう。
 この後の配備に時間を食うとしても……うん、ぎりぎり3時か。悪くない」

829さよならの行方−trinity in the past− 26 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:13:10 ID:8eyvrRuY0
ジョウイは算盤を弾くような明瞭さで、己の状況をまとめ上げていく。
まるで牢屋から抜け出す悪戯を考えつくかのように、その計算機は駆動していた。
あれだけの葛藤が、嘘であるかのように。

「…………実際、なにやってたのよ、本当」
「いろいろしながら、いろいろ考えていました。
 イスラ、カエル、アナスタシアさん、ピサロ、アキラ、そしてストレイボウさん。
 誰一人として弱い人なんていない。僕がまともに勝つ絵がまるで浮かばない。
 まともにぶつかったら、それこそ10分保たずに消し炭になるような気がします」

相手はこの死線を潜り抜けてきた強者6人、それぞれが一騎当千の英雄だ。
対してこちらはオディオより何枚も格落ちの新米魔王。勇者に討たれる存在だ。
しっぽも取れない赤子の蛙が、蛇を前に慢心などできるはずもない。

「だから、こっちのできることをします。
 僕が一番したくないことだけど、僕ができることはこれしかないから」

憎悪に染まった右目が蠢き、ジョウイの唇が吊り上がる。
ストレイボウに逃げて欲しいと言っておきながら、こんな準備をできる自分の人間性を笑いたくなったのだ。
あの土下座に、彼らに逃げて欲しいと思ったことに偽りはない。
だが、それと同時に、彼らを殺す算段を冷徹に編み上げてしまっている自分がいる。
本当に彼らが逃げると信じられるならば、こんなことをする意味はない。

死んでほしくないと想いながら、凶器を手放せない。
殺さなければいけないと分かっていながら、その手を振り下ろせない。
この中途半端、この不完全。反吐が出るほど最低だ。

「それでも、歩みだけは止めはしない」

だが、その顔は自分をあざ笑う諧謔の笑みすら浮かべることを許さなかった。
その全てを傷つける甘さすら背負って進む以外に、ジョウイは術を知らないのだ。
究極的には、力で他人を傷つけることしかできないと知りてなお、
そんな自分だからできることがあると信じて進む以外に。

蕎麦とらーめんの太極鍋からわき上がる湯気で眼鏡を曇らせたまま、
傍観者は目の前の役者を見つめて、その一言だけ告げた。

「貴方って、最低のクズだわ」

その言葉に、遺跡の震えが止まる。
そして、三人でいられなかった少年は感謝するように応じた。

「もっと早くそう言ってくれる人がいたら、きっと救われたいと願えたよ」

830さよならの行方−trinity in the past− 27 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:13:41 ID:8eyvrRuY0
【F7 アララトス遺跡ダンジョン地下71階 二日目 午後】

【ジョウイ=ブライト@幻想水滸伝Ⅱ】
[状態]:クラス『伐剣王』 ダメージ:小 疲労:極 金色の獣眼(右眼)
    首輪解除済み 腹部に傷跡 『魔王』としての覚悟
    紋章部位 頭:蒼き門の紋章 右:不滅なる始まりの紋章
[スキル]:紋章術・蒼き門(Lv1〜4)、不滅なる始まり(Lv1〜3)
     フォース・クレストソーサー(Lv1〜4)
     アビリティドレイン、亡霊召喚、モルフ召喚
     返し刃のダブルアタック 盾の鼓動は紅く輝く 
[装備]:キラーピアス@DQ4 絶望の棍 天命牙双:左 ハイランド士官服 魔王のマント
[道具]:賢者の石@DQ4 不明支給品×1 基本支給品
[思考]
基本:優勝してオディオを継承し、オディオと核識の力で理想の楽園を創り、オディオを終わらせる。
1:地下71階で準備を完了させる
2:参加者を可能な限り殲滅し、その後死喰いを完全な形で誕生させる
3:ストレイボウたちが脱出を優先するなら見逃す
4:優勝しても願いを叶えない場合、死喰いと共にオディオと一戦行う
5:メイメイに関してはしばらく様子見
[参戦時期]:獣の紋章戦後、始まりの場所で2主人公を待っているとき


[備考]
※ルッカ、リルカと参加している同作品メンバーの情報を得ました。WA2側のことは詳しく聞きました。

※無色の憎悪の『始まり』を継承し、憎悪を限定的に制御できるようになりました。
 ただし、毒性はそのままのため、日没までには憎悪に喰われます。

※マリアベルの欲望の残滓を魔剣に取り込んだことで、アビリティドレインが使用可能。
 無色の憎悪を介して伐剣王が背負った(魔剣に想いを取り込んだ者)の能力を限定的に使用できます。
 ただし、その為には死の痛みも含めた全てを背負う必要があります。
 また、ロードブレイザーのようなジョウイの理想に全く繋がらない想いは背負えません。

※アビリティドレインにより『災いを招く者』の力と誓約しました。
 その力とグラブ・ル・ガブルにより、亡霊騎士をモルフ化しました。
 この2体のみ維持のための魔力コストがなくなりましたが、破壊されれば再召喚はできません。

※放送時の感応石の反応から、空中城の存在と位置を把握しました

※ロザリーが見たのは、死喰いに喰われたルクレチア@LALでした。
ルクレチア以外の場所(魔王山等)が死喰いの中にあるかは不明。
※召喚獣を使い、遺跡ダンジョンの地下1階〜地下70階までを把握しました。
※メイメイが地下71階に待機し、オディオにも通じる状態でジョウイを観察しています
※死喰いの誕生とは、憎悪によって『災いを招く者の闇魔道』を起動させることで、
グラブ・ル・ガブルとプチラヴォスの亡霊をモルフとして再誕させることです。
ただし、現在は闇魔道の半分がジョウイの魔剣に封じられたため、
現時点ではジョウイにもオディオにも不完全な形でしか誕生できません。

831さよならの行方−trinity in the past− 28 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:14:20 ID:8eyvrRuY0
「おい、大丈夫かストレイボウッ!!」
必死な叫び声に、ストレイボウは目を覚ました。
開いた瞼の向こうには、覆面越しに安堵の溜息をつくカエルがいた。
「叫び声がしたと思って来てみれば、寝こけやがって。悪いユメでも見ていたのか?」
こめかみを押さえながら上体を起こすストレイボウに、カエルは水筒を差し出す。
それを反射的に受け取りながら、ストレイボウは周囲を見渡した。
澄み渡った青空に乾いた大地。何一つ転移する前と変わらない光景があった。
「なあ、ストレイボウ。アナスタシアのところに言ったついでに装備を見繕っていたのだが、
 俺の得物――天空の剣とブライオンがダブってしまった。
 どちらも馴染むからいいのだが、ガルディア騎士団は盾を商うから二刀流はあまり経験がない。
 お前はどっちが――おい、ストレイボウ?」
服の着こなしを確認するかのようなカエルの言葉もストレイボウには上の空だった。
空を見上げる。澄み渡ったはずの青空の上に、不可視の空中城が存在する。
大地に触れる。乾いた荒野の最下層に、死を喰らうものが存在する。
空から伝わる光は全てオディオの視線で、地面に感じる拍動はジョウイの心音。

「なあ、カエル。クロノとマールとルッカって、仲が良かったのか?」
その天地の狭間に立ちながら、ストレイボウはカエルにぼそりと尋ねた。
カエルはその質問の意味を推し量ろうとしたが、すぐに無意味と判断したのか、数秒間考えて答えた。
「……そうだな。時代の違う俺にはあいつ等の関係はよくわからん。
 だが、どれだけの時代を経ても、あいつ等が決別する光景は思い浮かばん」
たとえ、死でさえも、本当の意味であの『三人』を断ち切ることはできないのだろうと。

その答えにありがとうと言いながら、ストレイボウは右手を見つめた。
握り締めたゲートホルダーはひび割れて煙を吐いており、もはや修理の処方もないほどに機械としての命を終えていた。
壊れたそれを見て、あの世界での出来事が理想<ユメ>ではないということを思い知らされる。

散乱したバックから時計を取り出し、針をみる。
すでに、放送から2時間が経過していた。約束の時は確実に近づいている。
オディオの所在、脱出方法、死喰い、ジョウイの狙い、方針。
考えるべき、伝えるべきは山ほどある。だが、この瞬間何よりもストレイボウの頭を占めたのは。

(俺は、俺はどうする……?)

あのルクレチアで握られた両手の感触を思い出しながら、ストレイボウは手を摩る。
リオウとジョウイ。オルステッドとストレイボウ。
『三人』でいられなかった対極の2人を前に、己が為すべきコト。
定まったはずのストレイボウの『答え』は、未だ天地の間を揺蕩っていた。

832さよならの行方−trinity in the past− 29 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:15:10 ID:8eyvrRuY0
【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 午後】

【ストレイボウ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ:中、疲労:中、心労:中 勇気:大
[スキル] ルッカの知識(ファイア、ファイガ、フレア、プロテクト)*完全復元は至難
[装備]:フォルブレイズ@FE烈火 天罰の杖@DQ4 マリアベルの手記@貴重品
[道具]:クレストグラフ@WA2(クイック、ハイパーウェポン)
[思考]
基本:“オルステッド”と向き合い、対等になる
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
2:とりあえずジョウイから得た情報を皆に伝える
3:俺はオルステッドを、どうすれば……

[参戦時期]:最終編
※アキラ以外の最終編参加キャラも顔は知っています(名前は知りません)
※ルッカの記憶を分析し
【バトルロワイアル開催以降の記憶】と【千年祭(ゲーム本編開始)以降の記憶】を復元しました。
※ゲートホルダー及び感応石×4は過剰起動により破損しました
※ジョウイより空中城の位置情報と、シルバードの情報を得ました。


【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:瀕死:最大HP90%消失 精神ダメージ:小 覆面 右手欠損 左腕に『罪の証』の刺傷
    疲労:中 胸に小穴 勇気:真
[装備]:天空の剣(二段開放)@DQ4 パワーマフラー@クロノトリガー バイオレットレーサー@アーク2
[道具]:ブライオン@武器:剣 
[思考]
基本:幸せになれと、その言葉は刻み込んだ。ならば痛みにこの身を晒し、幸せを探して生きるのもひとつの道かもしれんな。
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)


<リザーブ支給品(全てC-7とD-7の境界(C-7側)に集められている)>


【ドラゴンクエスト4】
 毒蛾のナイフ@武器:ナイフ
 デーモンスピア@武器:槍

【アークザラッドⅡ】
 デスイリュージョン@武器:カード

【WILD ARMS 2nd IGNITION】
 データタブレット×2@貴重品

【クロノトリガー】
 “勇者”と“英雄”バッジ@アクセサリ:クリティカル率50%アップ・消費MP半減
 アクセサリ
 激怒の腕輪@アクセサリ

【ファイナルファンタジーⅥ】
 ミラクルシューズ@アクセサリ
 いかりのリング@アクセサリ

【幻想水滸伝Ⅱ】
 点名牙双@武器:トンファー

【その他支給品・現地調達品】
 海水浴セット@貴重品
 拡声器@貴重品
 日記のようなもの@貴重品
 
 双眼鏡@貴重品
 不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
 デイバック(基本支給品)×18*食品が現在アナスタシアが消費中

833さよならの行方−trinity in the past− 30 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:15:42 ID:8eyvrRuY0
【用語解説:空中城と白銀の方舟】

空中城――技術大国ロマリアの技術の粋を結集して作り上げられた浮遊する城塞。
ロマリア国王ガイデルが世界征服のために建造した文字通りの切り札。
この世界において飛行技術は最先端の技術であり、そのほぼ全てはロマリアの掌中である。
その状況下で空対地攻撃が出来る機動城塞は、文字通り世界を一変させる兵器であった。
相手からの攻撃は届かず、こちらは一方的に攻撃可能という特性も、
ガイデル王の気質に見事合致した、まさにロマリアのための最終兵器と言えるだろう。
だが、その本質はロマリアを新世界に導く希望ではなく、
ガイデル王を通じてロマリアを操っていた闇黒の支配者が、文字通り世界を破滅に導くための絶望であった。
空中にそびえ立つ殺戮兵器は全世界の人間を絶望を一身に浴び、闇黒の支配者を封印から解き放ついわば負の象徴になる存在だったのだ。

だが、その奸計は新たなる七勇者達とその仲間達の手により打ち砕かれることとなる。
遙か上空に行かれてしまっては打つ手なしと判断した彼らは、彼らの母船【シルバーノア】による突撃を敢行。
多数のロマリア空軍の火砲をかいくぐりながら見事その城壁を貫き場内に進入。
場内のあらゆる罠や最後の将軍ザルバドを打ち破り、見事闇黒の支配者を封印した。

しかし、その結果として2人の勇者と聖母は命を落とし、墜落した空中城の二次災害によって大災害が引き起こされ、
さらに湖底に眠った空中城は異世界の魔王オディオの手によって再び殺戮の玉座として浮上したのだ。

“空中城に突撃したシルバーノア”とともに。

無論、勇者達を王城に送り届けた方舟は飛行船としての寿命を終えている。
だが、方舟の本質は絶望的な災害から、その船の中の希望を守ること。
船長以下乗組員を含め、人員に死傷者が確認されなかったことが、
シルバーノアが如何に堅牢であったかを物語っている。

そしてそれは人命に限らず、船内に格納された小型艇も同様である。

ゴッドハンター・エルクの所持するヒエンは空中城崩壊の際にシルバーノアから落ちてしまったが、
墜落後も修理すれば運用可能な程度の被害に留まっている。
ウェルマー博士の改修効果もさることながら、
それほどまでにシルバーノアの内部耐久性は高く、小型艇ドックは形状を維持しているのだ。

そしてオディオの手によって浮上した今、そこにはもう一つの翼が存在する。
ジール王国三賢者ガッシュの手によって作り上げられた、時を渡る翼【シルバード】である。
なぜそこにそれがあるのか、矮小なる人の身では魔王の思惑など推し量れないが、
朽ちた方舟に守られた銀の翼が、性能を維持しながら存在していることは確かである。

ただし、優れた船と操舵手がいたとしても海図とコンパスがなければ航海が出来ないように、
この催しが行われている場所の絶対次元座標<ディメンジョン・ポイント>が判別しなければ、航行は難しい。
そのデータは断章<フラグメント>として3つのデータタブレットに収められている。

現在所在が確定しているのは、元魔族の王ピサロの持つ2つだけである。
ジョウイ=ブライトは最後の1つを所持しているというが、それは所持している可能性を含め未だ確認されておらず、
それが某かの謀略に基づく詐称である可能性も否定できないのだ。
参加者所持の支給品の中にあったのか、あるいはどこかの施設に残されているのか。
最後の鍵は未だ闇黒の中にあると言って過言ではないだろう。

しかし、たとえどこにあろうともそれは確かに光への鍵だ。
その全てを揃えてシルバードに組み込むことで、銀の翼は真の方舟として帰りたいと願う者達を帰るべき場所へ送り届けるであろう。

異なる世界の二つの白銀は、王城の玉座よりもっとも遠い場所で、家に帰るべき命を待っているのだ。

834 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:16:28 ID:8eyvrRuY0
投下終了です。いろいろ食い込んでいるので、質問、指摘有ればぜひ。

835SAVEDATA No.774:2013/10/31(木) 18:02:40 ID:4./e3A2M0
投下お疲れ様でした!
まさかの邂逅が納得のルートで行われた!?
逃げてしまえはナナミルート思わせる幻水らしさ
でもストレイボウだけはそれじゃしたいことをできないんだよなー、ほんと

そしてちょいちょい混ざってるシンフォギアネタに吹いたw

836SAVEDATA No.774:2013/11/25(月) 08:25:18 ID:TPT.Xp/Q0
遅くなりましたが、執筆と投下、お疲れ様でした。
なんかもう、何度も読み返してて我慢出来なくなったんで、直近の話も絡めて感想いきます。

アナスタシアとアキラ・ピサロとイスラ、そして今回のストレイボウとジョウイ。
どの話もディスコミュニケーションというか「ケンカ」したり「相手のことが理解できない」という
気持ち(これは、瓦礫の死闘でのセッツァーとかもだったなと)が目立つなあ、と思いながら読んでいました。
そして、各々の話で出てきたこの要素に、少なくとも自分は強く惹きつけられた。
いくら絆をつくろうとしても、過去の想い出にすがろうとも、理解し合えないものはある。
そして、当たり前だけどちょっとしんどいだろう事実を前にしたって、全員が行動を諦めないところがたまらない。
序盤、ストレイボウが自分の指は女性のそれでない(だからルッカの記憶を活かして、首輪を解除することを
助けることは出来ない)と思う場面でも「男女」という境界が提示されて、けれどもルッカの記憶からサイエンスを知った
「今のストレイボウだからこそ」ジョウイの答えを引き出す理合いの流れ方が脳みそに嬉しくてたまらなかった。
ストレイボウとルッカのラインは、これまでにもカエルとの繋がりで活かされたりしてきたし、ジョウイのところに行くなら
ストレイボウだろうなとは「親友と対決した」繋がりで思っていたけれど、このタイミングで『クロノ・トリガー』の「三人」に触れられた点には
思考の死角をつかれた。それを想起させた根が、三人のうち、他の二人から離れた場にいたルッカなのが絶妙すぎてどうしよう、と。

>「もっと早くそう言ってくれる人がいたら、きっと救われたいと願えたよ」

で……だけどそういう言葉を、誰にも言わせなかったのがお前だろうが……!
ある意味では誰よりも他者のもつ<他者性>を考慮しながら、つらぬくと誓った理想の「そのまま」に進めるようになれたから
他者をダメにしてしまいかねないジョウイはたしかにクズで、だからこそいとおしいキャラクターだと思っています。
世界のあり方を憎みながらも、それでも世界には変革する価値があると思えるから、ここまでやれる。
掲げた「理想」自体が半端といえば半端で、だからダメな部分も出まくるのに惹かれたのだろうと……このジョウイにかぎらず、
原作ゲームをやっていた頃に覚えたモヤモヤする感じと再び向き合うように文章をなぞる時間が楽しいです。

そして、こういう面倒そうな側面をもつキャラクターたちを、面倒さを残したまま書いていく。
自分と相手の間には違いがあるのだ、という当たり前のことを、当たり前のように書いていく。
基本的に後戻りがきかない(リレー)SSだからこそ、今回の話で描写されたアナスタシアの姿勢のように、派手で
面白いことを魅せていきつつも「当然」を慎重に描き出していく筆の強靭に、胸が熱くなりました。
もう言いたいことがバラバラですが、端的に言って、自分は、氏の話やRPGロワのSSが好きなのです。
この感想がいいものか、悪いものか、喜んでもらえるものなのかは分からない。
ただ、これだけは伝えさせてください。いつも、「この話」を読ませてくださって、ありがとうございます。とても面白かったです。

837SAVEDATA No.774:2013/12/08(日) 22:31:37 ID:4KOmgTkM0
新予約きてたー!

838 ◆wqJoVoH16Y:2013/12/09(月) 01:06:11 ID:k26VvPGg0
アナスタシア、イスラ投下します

839イスラが泉にいた頃… 1 ◆wqJoVoH16Y:2013/12/09(月) 01:07:06 ID:k26VvPGg0
「あんたも水浴びかい?」

目の前に差し出された右手(の手拭い)は―――

(いやなにこの黒髪むっちゃ綺麗なんですけどっていうかえ?これナニ男性女
 性男女女ぽいってでも胸ゼロ?ステータスなのかしらてってか待ってまって
 OKOKBeCoolCoolCoolッ!ラジカセ片手に氷の計算機めいて整理しよわたしッ
 ようやく余りの首輪完全に改造できるようになって息ついたら背中も頭も髪も汗塗れのぐっちゃぐちゃであー黒髪きれーだなーって
 集中切れたら気持ち悪い汗がへばりついてて動きにくいし砂むっちゃ額にべたりんぐるんだもん
 そりゃ洗いたくなるっつーか顔の一つでも濯ぎたくなるでしょ空気読め?うっさいンなもん読めてたらこんなルートつっこんでないっつーの
 バカですかバーカバーカルシエドのオタンコナースアンタが先に周辺見てくれてたら
 こんなショボローグしなくてすんだよの気づいたら勝手に散歩なのかいないしどんだけ我が儘なのよ誰に似たのかしら
 飼い主見たら右ストレートでぶっ飛ばすと思わせて左ストレートでぶっ飛ばすから世界取れるからねわたしの左)

正確にアナスタシアの意識を捕らえ思考を揺さぶり典型的なテンパり状態を作り出した――――

(さすがにありったけボトルぶちまけてその場で洗うのもボトラーみたいで負けっぽいし
 ニートじゃないから、なんか誤解されてるみたいだけど生きたがりだけどニートじゃないからただいい男
 欲しいなあって思うだけで1000ギャラ貰える法律出来ないかなってちょっと思ってるだけだし
 肌白いなあマジ女の子みたいで地図見てたらここから北に泉があってしかも
 ギリ端っこが禁止エリアから抜けてるしこれは洗うしかないでしょマイハートッ!ってそりゃ
 行くわよあくまでも髪を洗いにあったりまえでしょいくら何でも野獣のような野獣が
 あと6匹もいるのよそりゃさすがの私だって自制無理でしたドッボーンッ!!)

「見栄切って時が来たらまた会おうって言っておきながら……? あれ……?」
そうだと予測した人物ではなさそうと気づいたイスラは
水に濡れて顔に張り付いた髪をかき分け――――

(ンギッモチイイイイイイイイッ!!!ってヌるってた汗が溶けてヘバりついてた砂が散って
 いいぞ私が純化されていくってくらい悦ってたこの身体がぁ!トロ顔でぇ!
 しかたないじゃん、女の子よ私!そりゃ男子は一週間くらい服も変えず垢まみれ汗塗れで
 ちょっとちびっても凍傷にならなければそれでいいんだろうけど無理、生理的に無理!
 半径20m以内に近づかないで!その臭気が肺胞<なか>に着床するとか耐えられないからッ!!
 でもまあかわいい女の子ならそれはそれでって、横向いたら柳のやうにひつそりと起つて居たのだ)

「あんた、カエルじゃない……?」
眼と眼が出会う瞬間、身体を濯いでいたイスラの怪訝な視線はアナスタシアをさらなる遠い世界に連れ去り――――

(濡れそぼつた髪は黒〃としながらも太陽に燦々輝き、肌は白磁のやうに艶やかなりけり
 数多の傷も霞けるいいぞ私はお前がうらやましいって女? 女の子? この島で?
 残り7人の中に女は私だけなのに? 未知の8人目だったら最高なんだけどそういうことにしたいんだけど、
 これ、やっぱ、つまり男でわたし今装備品フルリセットしちゃったんだけどえーあーうー、
 所謂一つのサムプライム演歌吽斗? ファイナル末法ワールド? サツバツ? っていうかやっぱモ)

「いやあああああああああああああああ!!!!!!!!!
 痴漢よぉぉぉぉおおおぉぉぉぉあおをぉおおぉおあおおそおおっっ!!!!」
「なんでだおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

(イスラの社会的人生の)全てを終わらせたッ!! その間実に2秒ッッ!!
乳房を腕で覆い、湖に勢いよく水没するアナスタシア。
異端技術を取り戻したベストコンディションの姿である。

840イスラが泉にいた頃… 2 ◆wqJoVoH16Y:2013/12/09(月) 01:08:18 ID:k26VvPGg0
「もぅマヂ無理……どぉせゥチゎ覗かれてたってコト……お嫁ィけなひ……入水しョ……」
「間違っても僕に責任はないし謝らないからな!」
湖の縁で湖面から赤らめた顔の上半分だけを出してうなっているアナスタシアは、
すでに水着に着替えていた。
心底面倒くさそうに応ずるイスラはすでに体を拭き、シャツを着ていた。
ただし、まだ熱が抜けていないのか、膝から下はズボンを捲り、湖に浸らせている。
「っていうか、なんで湖が元に戻ってるのよ……確かピザが枯らしてたでしょうが」
「略し方に悪意が籠もってない? ここはどうやら集いの泉らしいからね。
 4つの水源から集う泉だから。干上がっても、時間さえあれば集うさ」
そう説明するイスラもまた、それを見越してやってきたのだ。
ピサロとの訓練(?)の後、某かの踏ん切りをつけたイスラもまた、己に纏う汗の不快を感じ、この泉を求めたのだった。
カヴァーとはいえ帝国軍に属していた以上、我慢が出来ないほどではなかったが、
そのままでいることを良しと出来ぬほどに、雨上がりの真昼の太陽は彼らを照りつけていた。
(といっても、こんな早く溜まるものとは思ってなかったんだけど。
 せいぜい、その近くにある伏流が残ってるくらいしか期待してなかったのに)
何にせよ、大量の水があるのならばわざわざケチくさい真似をする理由はないとイスラは行水を選択した。
かつて心を閉ざしていたころならば、無意識にも出なかった選択肢を選んだのは、
ともすれば、ここに残る5人に対して知らず警戒心を薄めていたのかもしれない。
緩やかなる、しかして温かい変遷。

「へーん、やっぱデブピザロも大したことないのね」
(やっぱり警戒しておけよ僕ッ!)

それがこのざまである。
掌で鼻をかみながら臆面もなくこの場にいない者をけなす、この精神性。
イスラもまたカエル、そしてピサロと言葉を、刃を交え、少なくと分からない何かがあることを理解できたというのに。
やはりこいつだけは理解できないと思うには十分だった。

841イスラが泉にいた頃… 3 ◆wqJoVoH16Y:2013/12/09(月) 01:08:56 ID:k26VvPGg0
「そういえば、首輪はどうしたのさ。まさかあれだけ大見得切っておいて、できませんでしたとかいうんじゃないだろうね」
「わー、信じてないんだぁ。イスラ君に信じてもらえなくてしょっくだわぁ。しょっくすぎて手元が狂ってしまいそうだわぁ」
これ以上ないほどの棒読みで泣き言を言いながら、アナスタシアは首をすくめて湖面から手を出してやれやれと手を振る。
その小さな無数の傷を見てもなお悪態を言い返すほど、イスラはかつてと同じではない。
「……不思議なものね。貴方とまた話をするなんて思ってなかったわ」
イスラの微妙な変遷に気づいたか、皮肉げな瞳はそのままで、アナスタシアは指を絡めて腕を伸ばす。
「話が出来ると思わなかった、かな。早々死んじゃうと思ってたから」
「……ああ、そう思ってたよ僕も」
「そっか。今は違うか……うーん、そっちの予言は当たっちゃったわね」
青空に伸ばされた掌から零れた滴が、うなじを通り脇を伝い泉へと還っていく。
「“生き残るために足掻いて周りの人を苦しめて――殺してしまって本当に一人ぼっち”……どう、このペルフェクティっぷり」
「嘲笑ってほしいだけなら余所でやってくれよ」
「あら、それが君の生計(たっき)でしょう?」
コロコロと笑いながらアナスタシアは空を見上げていた。目を刺す陽光に瞼を絞りながら。
イスラはその様に言いようもない不快感を覚えながら、知らず言葉を紡ぐ。
「あんまり棘は見せないほうがいいんじゃない? もうちょこ…だっけ? も、マリアベルもいないんだ。誰も庇っちゃくれないよ」
「そうね。あの時は、ちょこちゃんがいたから」
どぷりと頭まで水につけた後、アナスタシアはゆっくりと浮かび、水の上で仰向けになる。
「もう、誰もいない。新しく手を伸ばしてくれた子も、まだ伸ばし続けてくれていた友達もいなくなって。
 それでも、私はこうして生きている。濁った未来、欠けた明日しか待ってなくても、私はこうして生きていく……君と同じね」
その結びに、今までのような険は無かった。どちらかと言えば、そうするのも億劫なほどに衰えていたと、イスラは感じた。
思考は、思想は、これほどに隔絶しているのに、境遇だけがやけに似通ってくる。
「そうでもないさ。僕には、今のアンタはくすんで見える」
「意外ね。私の値打ちなんて、君の中じゃ最安値だと思ってたわ」
「だって、アンタは言ってたじゃないか」
「何を?」
「かっこいいお姉さんになりたいって」

ちゃぷり、と波紋が揺蕩う。心臓の音まで波に変わってしまいそうな静寂だった。
「そういって、カエルに向かっていったときは、その、なんだろう。少しはマシに見えたよ。
 少なくともあの時アンタは、生きることに“上等さ”を求めていたように思った。僕が死に貴賤を求めたように。
「でも今のアンタは、ただ生きてる。前より酷い。“自棄になって生きている”違う?」
「……イスラ君、あなた一生に一度くらいはいいこと言うのね。死ぬの?」
「生憎と、今ここに生きているの意味を越えるくらいの死ぬ意味を探してるところさ」

ちゃぷちゃぷと足で水面を荒立たせながら、イスラもまた空を見る。
汗を落し小ざっぱりした形で見る空は、少し高いようにも思える。

「あぶ、足攣った!! アブアブアブアブアブアブゥゥゥゥゥ!!!!」
「アンタは空気読めよ本当にッ!!」

842イスラが泉にいた頃… 4 ◆wqJoVoH16Y:2013/12/09(月) 01:09:46 ID:k26VvPGg0
センチメンタルを弄んでいるうちに気づけば腕だけになっていたアナスタシアに、イスラは半ば反射的に手を差し伸べる。
だが、触れようとしたその瞬間、湖の中で頬が裂けそうなほどに笑っていたアナスタシアを見た。
まるで『待っていたわ……この瞬間<とき>をッ!!』と言わんばかりの悪魔もびっくりの笑顔だった。
気づいた時にはぐいと引っ張られ、全身が水の中に叩き落とされる。
如何な手際か、浮上したときには水着を脱ぎ捨ていつもの装束を纏ったアナスタシアが泉の淵で見下ろしていた。

「なーに偉そうなこと言ってんのよバーカバーカ水でもかぶって反省しなさい反省」
「こいつ本当に……ッ!」
「あ、そうだ。あの時の私がマシって言ったたけど、どこら辺がよ」
「……それは」

言いかけたイスラの言葉を、第三者の声が遮った。ストレイボウとカエルの声だ。
その息には感情が込められており、どうにも聞き流せるものではないらしい。
「ん、続きはまた後で聞かせて頂戴な。まあ、何よ。死にたがりよりはマシだと思うわよ、私も」
梳いた髪をまとめ上げたアナスタシアは聖剣を背中に、先に進む。昨日よりもほんの少しだけ歩調を速めながら。
その背中を、聖なる剣をイスラは見つめ続けていた。

死に価値を見出したイスラと生を渇望し続けるアナスタシアはどれだけ近づけど永遠の平行線だ。
なぜマシだと思ったのかは、自分でもよく分からない。
そう思ったのは後にも先にもあの一瞬だけだ。ただ。

生と死の境目に独り立ち、全ての災禍をそこより徹さぬと構えた女傑の姿は、
どこか、どこかあの紫を思わせたから。それはきっと、病床の小さな世界でも知っていた一番かっこいいものだったから。

交わらない平行線を貫くか細い共界線が、観えたような気がした。
例え交わらなくても、生きているのならば、いつか繋がるときがあるのかもしれない。
この空は2人だけでは広すぎるから。

843イスラが泉にいた頃… 5 ◆wqJoVoH16Y:2013/12/09(月) 01:10:38 ID:k26VvPGg0
【C-7 集いの泉湖畔 二日目 午後】

【イスラ=レヴィノス@サモンナイト3】
[状態]:びっしょり ダメージ:小、疲労:小
[スキル]:心眼 勇猛果敢 フォース・プリズナー№666(Lv1〜4)
[装備]:魔界の剣@DQ4 ドーリーショット@アーク2 44マグナム@LAL*残弾無し
[道具]:召喚石『天使ロティエル』@SN3 召喚石『勇気の紋章』@RPGロワオリジナル
[思考]
基本:今はまだ、したいことはないけれど。“いつか”を望み、したいことを探し続けよう
1:『その時』は近い
[参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている)


【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:こざっぱり ダメージ:中  胸部に裂傷 左肩に銃創(いずれも処置済み) 精神疲労:小
[スキル]:せいけんルシエド 
[装備]:アガートラーム@WA2
[道具]:ラストリゾート@FF6
[思考]
基本:生きて幸せになるの。ぜったいよ。それは、ぜったいに、ぜったいなのよ。そして。
1:『その時』は近い
[参戦時期]:ED後

*海水浴セットはそのまま湖の淵に置き捨てました


<リザーブ支給品(全てC-7とD-7の境界(C-7側)に集められている)>

【ドラゴンクエスト4】
 毒蛾のナイフ@武器:ナイフ
 デーモンスピア@武器:槍

【アークザラッドⅡ】
 デスイリュージョン@武器:カード

【WILD ARMS 2nd IGNITION】
 データタブレット×2@貴重品

【クロノトリガー】
 “勇者”と“英雄”バッジ@アクセサリ:クリティカル率50%アップ・消費MP半減
 激怒の腕輪@アクセサリ

【ファイナルファンタジーⅥ】
 ミラクルシューズ@アクセサリ
 いかりのリング@アクセサリ

【幻想水滸伝Ⅱ】
 点名牙双@武器:トンファー


【その他支給品・現地調達品】
 拡声器@貴重品
 日記のようなもの@貴重品
 双眼鏡@貴重品
 不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
 デイバック(基本支給品)×18*食品が現在アナスタシアが消費中

844SAVEDATA No.774:2013/12/09(月) 01:11:40 ID:k26VvPGg0
投下終了です。

845SAVEDATA No.774:2013/12/09(月) 07:56:35 ID:kES8jEgs0
執筆お疲れ様でした。
ああ……これはもう、『“イスラ=レヴィノス”と生きたがりの道化』だなあ……。
誰もが、たとえ穏やかな話であってもシリアスになりがちな局面において、
笑いの種を提供してくれるアナスタシアの、その立ち位置こそが見ていてつらい。
もちろん、そうした位置に立つ経過も納得がいくし……原作的にも、記憶の遺跡っていう
「外側」から他の人物の行動を見て、茶々入れしながら引っ張っていく役は適任ではある。
この状態で、しんどいと言えば「生きたさ」がさらに濁るだろうってのも分かるんだよなぁ。
だけど、そうした「外側」から見た情報を持っていてさえモヤモヤする今の彼女に、
イスラはよく言葉をかけてくれたものだと思う。
内容がどうであれ、誰かと繋がれるかもしれない自分を想像出来ていたり、空に広さを覚えたりして、
だけどそれを嘆くだけにとどまらなくなったコイツは、たしかにマシになった……というか、
フォースを受け継いだOTONA(ブラッド)とも近くて遠い道を歩けそうだと思える。
それが、RPGロワの足跡のひとつだと思えるのがまた感慨深いなと。
……そして、そういうイスラがアナスタシアに目を向けたからこそ、地味に書き足されてる
アナスタシアの思考欄に気付いたときのため息は深かった。
首輪に向かっていてさえ空虚の輪郭が浮き彫りにされるってのも皮肉だけど、しんどいとさえ
言われなけりゃ頑張れとも言ってやれない。すくえないなあ、と思えばジョウイのことが思い出される。
怒涛のパロディから始まって、想い出と記憶に絡め取られる過程で覚えた感覚がたまりませんでした。

846SAVEDATA No.774:2013/12/11(水) 23:21:43 ID:at./ZTug0
投下乙です!
イスラがすっかりノリツッコミをマスターした!
アシュトカ時空を思わせるこのノリはWA2に関わったものの必然か……
でもあのイスラがアナスタシアとこんな会話できるというのも彼が生きようとする余裕みたいなものを得たからこそなんだよなー

847SAVEDATA No.774:2013/12/25(水) 17:10:26 ID:3NfFHQkI0
しかし今の予約、オディオ“など”なんだな
フォビアたちが書かれるのだろうか

848SAVEDATA No.774:2014/01/02(木) 11:09:58 ID:74XnPy1.0
RPGロワ本スレ初書き込み一番乗りは貰ったァーッ!

はい、年を越してしまい、クソ遅くなって申し訳なく思いながらの感想でございます

>さよならの行方−trinity in the past−

コレ、ジョウイの狂いっぷりがすごいわ
理性的で賢しくて冷静なのに、行動と思考のネジの外れっぷりが尋常じゃなくてゾクリとした
こいつが見てる理想の楽園に導けるのは、他の誰にもできやしねーって実感するね
こんな、突き抜けるほどの優しさを下地にした歪みを抱けるのって、弱さを抱えたジョウイくらいだろ
なにやってんだよ。もっと手はあるだろうに、なんでこんなことやってんの
そんなことも思うんだけど、それでもジョウイはひたむき過ぎる
ほんと、頭回る癖にバカで、夢見がちで人間臭いから、こいつは魅力的なんだよな

しかしこれ、ストレイボウはどうするのかな
死のルクレチアへと迷い込み、選択肢をつきつけられ、ジョウイの抱える深淵に触れてしまって
一度道を定めても、こんなものを見て、知ってしまったら惑って当然だよな
この話で得た知識と感情が、どこに辿り着くのか楽しみだわ


>イスラが泉にいた頃…

ここにきてサービスシーンきた!
イスラが羨ましいと思わないのは、アナスタシアの自重しない思考のせいだろうかw
アナスタシアとイスラ、交わらない位置にいる二人の、確かな変化を感じられて心地よかった

>生憎と、今ここに生きているの意味を越えるくらいの死ぬ意味を探してるところさ

このセリフと、、イスラが空を見上げるところが特に好き
歩いてるんだなって、生きてるんだなって感じられた
ただ生きたいと思うコトも、死に価値を見出そうとするコトも、きっと尊いんだろう
たとえ交わらなくても、そういうのを互いに感じ取ってるような気がしたわ
『剣の聖女と死にたがりの道化』を読み直したくなりました

849SAVEDATA No.774:2014/01/05(日) 00:12:10 ID:D7ww6E6w0
そういえばまだ言ってなかったかw>本スレ

あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします!

850魔王への序曲 1 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:21:25 ID:9qS70r1M0
――――はじまりは、何だったのでしょう?
――――運命の歯車は、いつまわりだしたのでしょうか?

夕暮れも深まった森道は朱く染まっていた。
風はなく、夕日に照らされた緑は暖かさだけを湛えている。
整備されているとは世辞にも言えないが、荒れ道というほどでもないその道を、一人の少年が歩いていた。
その衣類はすり切れており、本来は輝いていたであろう金の髪はくすんでいる。
だが、その足取りと表情には明確な精気が満ちていた。彼は――ジョウイは帰途にあったのだ。

犠牲にしたものの為、失われてしまったものの為、彼は魔王となる道を選んだ。
ありとあらゆる備えをし、勇者達を撃滅するつもりだった。

だが、ジョウイは、それを全て捨てた。
イスラの、アナスタシアの、アキラの、カエルの、ピサロの――――そして、ストレイボウの懸命な説得を受けて、目を覚ましたのだ。
亡くしたものは帰らない。だから私たちは生きなければならないのだと。

すでにねじ伏せたはずの言葉は、十重二十重と編まれより強靱な想いとなり、
ジョウイの魔剣を――“理想”を貫いたのだ。
当然、そこに何の感情もなかった訳ではない。
この島に来るまでに犠牲にしてきた人達。この島で彼を生かした者達。
己が魔法にて死を奪った英雄達。背負うと決めたそれら全てを擲つことがどれほどに恐ろしいことか。
だがその恐怖をジョウイは乗り越えた。否、ジョウイ達は受け止めると決めたのだ。
一人で背負うのではなく、ともに分かち合うのだと。彼らと繋いだ手が救ってくれたのだ。

争いを回避した彼らにもはや障害はなかった。
イミテーション・オディオを内包した魔剣は首輪の中にあった魔剣の欠片と共鳴し、
オディオの支配を遮断、首輪の効力は悉く無効化されて解除された。
そして、理想から解放されたことで黒き刃と輝く盾を失い戻った紅の暴君を手にしたイスラは、
それをグランドリオンの代替としてプチラヴォスを核とした死喰いの封印を行う。
後顧の憂いを絶った彼らは、すでに空中城への座標を突き止めていたこともあり、
聖剣にて貴種守護獣の力を束ね、参重層術式防護<ヘルメス・トリス・メスギトス>を突破。
ルーラとテレポートでオディオの元へたどり着いた。

死闘だった。
一歩手順を誤れば全滅、差配が滞れば誰かが死んでいただろう戦いだった。
なによりもオディオ――勇者オルステッドの憎悪こそが、どんな力よりも恐ろしかった。
だが、彼らは勝利した。今こうして歩く中でその戦いを追想しようとしても、
無我夢中で戦っていたジョウイには抜け落ちたように思い出せない。
だが、懸命だった。魔剣を喪い、ただの紋章使いになってしまったとしても、
自分に出来ることをしようと決意し、楯と刃を以て彼らのサポートに徹し、
オディオの最後の言葉とともに光に包まれ、気づけば終わっていたのだ。

851魔王への序曲 2 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:22:07 ID:9qS70r1M0
夕日が落ち掛け、暗くなりそうになったころ、
森が開かれ、仄かな明かりが目に映る。漂う夕餉の臭いが、目的地の到達を教えていた。
ハルモニアの辺境、誰の手も届かぬ辺鄙な場所に建つ家屋。
ジョウイはその扉の前でわずかに逡巡した後、扉をノックした。
木の床を叩く音が近づいて止まり、ゆっくりと玄関が開かれる。
その前にいたのはジョウイに残されたすべて、落日の王国で皇王が最後に残した愛と希望だった。

小さな希望が、目を大きく見開き、そして花のように顔をほころばせ、ジョウイの胸に飛び込んでくる。
その背中を抱き留め、その温もりを優しく撫ぜる。その小さな肩の先には、確かにこんな自分を愛してくれた妻がいた。
そう、たとえ経過が曖昧であろうとも、決め手に関われなかろうと、彼は生きてここにいる。
二度と帰るまいと思った世界へ、それでも帰るべき場所へ、帰ってきたのだ。

「ねえ、おとうさん」

ようやく収まりつつあった嗚咽の代わりに、子供が訪ねてくる。
あやしながら、ジョウイは先を促した。

「ナナミお姉ちゃんは……リオウお兄ちゃんは一緒じゃないの?」

日が落ちて、あたりは夜に包まれた。
もうなにも見えはしない。何も映ることはない。
そう問いかけた花の色も、そう問われた愚者の顔も。


――――時の流れのはるかな底からその答えをひろいあげるのは、
――――今となっては不可能にちかい……

852魔王への序曲 3 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:23:02 ID:9qS70r1M0
「お目覚め?」
瞼をあけて見上げた世界には、真っ赤に染まった酔っぱらいがいた。
まだ人間の形を保っている左眼で眼鏡の奥の瞳を見つめながら、ジョウイは仰向けになったまま尋ねる。
「どのくらいここにいました?」
「上階に上がったきり戻ってこないから見に来たのよ。15分くらいってとこかしらねぇ」
ジョウイはこめかみを押さえながら状態を起こす。
眠っていた、という実感はない。頭の中の回路がブツリと切れてしまっていた感覚だった。
その顔は精気が抜け落ち、白蝋のように窶れている。墜ちてしまったゴゴと同じ黄金の右眼だけが、爛々と輝いている。
「ずいぶん無茶をしたみたいね」
杯の酒を飲み干したメイメイは眼鏡を外し、玉座から正面を一望する。
血のように紅い絨毯は黒と白に染まっていた。
虻もわかぬほどに栄養を失った腐肉や、水気も残らぬ白骨が海のように敷き詰められている。
魔族が夢見た楽園としらず、ただ宝の山と勘違いした野盗ども。
わずかな楽園を侵させまいと王墓を守り続けた墓守の残骸。
遺跡ダンジョンに偏在する兵どもの夢の址。
なぜここにそれが集められているのか、どうやって集められたのか。
メイメイは敢えて観ていない。観る必要もなかったからだ。
「で、なにしてたのよ」
だが、それはジョウイが50階に上がる理由とは全く関係がない。
抜剣していない状態では歩くことも不自由するだろう消耗だろうに、なぜ本人が上がったのか、メイメイは尋ねた。
ジョウイはそれに答えるようにして、二枚の封筒を渡す。
丁寧に封蝋されたそれは上質な紙に華美な装飾が施されていた。まるでどこかの国書のごとき装丁の封書だった。

853魔王への序曲 4 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:23:49 ID:9qS70r1M0
「……なにこれ?」
「いろいろ考えたのですが、2つと思いました。1つは、彼らに。もう1つは」
「あなたは特殊なアホなの? アタシをポストか何かだと勘違いしてない?」
メイメイは叱るような目つきでジョウイを睨む。
「貴方は自分が何をしたのかを分かっている。あのギャンブラーの言葉を借りれば、
 貴方は“他人の金も場に乗せた”のよ。もう貴方は負けられない。
 いいえ、負けるという発想さえ烏滸がましい。その上で、保険でもかけようっての?」
遙かな空より見下ろす龍の如き天眼でメイメイはジョウイを見据える。
だが、ジョウイは困ったように頭を下げるだけだった。
誰よりも恥じているのだろう。
何もかもを使い潰そうとしながら、それを遺さずにいられなかった自分自身に。
あのときから何も変わっていない自分自身に。
「ねえ、一つ最後に聞かせて」
眼鏡を外して眉間を揉みながら、メイメイはジョウイに問いかける。
詰問する調子はもうない。女性のやわらかさと神の厳かさを併せ持った、静かな問いだった。
「そこまで悩むくらいなら諦めちゃえば? あるいはいっそ、あたしに手伝ってほしいっていえば?」
静寂の遺跡の中で、ジョウイは黙ってメイメイを見つめていた。
「負けが怖いんだったら、ズルしちゃえばいいのよ。
 あたしが手を貸せばオル様を倒すにせよ、彼等を殺すにせよ、1時間もあれば片づくわよ。
 ヒトカタでよければ人手の補充だってできる。あたしが本気を出せば、それくらいは朝飯前ってね」
にゃはは、と乾いた笑いがひとりきり木霊する。その音が止むころに、メイメイは一つ小さなため息をついて、杯に酒を注いだ。
「信じられない、か」
「いいえ、信じますよ。貴女の力を今更疑いはしません」
なみなみと注がれた杯から滴がこぼれる。ジョウイはゆっくりと首を横に振った。
「この魔剣を得たからでしょうか。貴女がどれほどの力を持っているのかは分かります。
 おそらく、やろうと思えばできるのでしょう。ですが、それはダメだと思うんですよ」
「どうして?」
「僕たちの戦いを、苦しみを、願いを――神や運命なんて言葉で片づけたくないから」
この剣を手にしたのは、紋章の呪いなどではない。抱いた魔法はジョウイ自身の祈りだ。
故に部外者に邪魔はさせない。
たとえレックナートであろうが守護獣であろうが幻獣であろうがエルゴであろうが精霊であろうが竜であろうが星であろうが。
この戦いは人間の、誰しもが持つ感情から始まった。
ならばその終わりまで、人間の手に委ねられるべきなのだ。たとえ、どのような結果になろうとも。
(だからこそ、私、か。観測者としてではなく、手出し無用の立会人として)
メイメイはジョウイの答えを含めるように酒をあおり、しばし虚空を見上げる。
実際は、運命を変えるほどの力が自分にあるとは思わない。
それほどまでに魔王オディオは、世界の憎悪は強大なのだ。
好き勝手に振る舞っているように見えるのは、その実なにもしていないから。
観る以上に直接的に干渉すれば、簡単に支配されてしまうだろう。
やはりメイメイには、何もできない。それはとっくの昔に分かっていたことだ。
ならば、なぜこうも苛立つのか。分からないまま、酒を再び煽る。
一人で全てを背負う、その在り方が、心の内側をかきむしる。

「それに、信じたいんですよ」


――――ですが、たしかにあの頃わたしたちは――――

854魔王への序曲 5 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:24:28 ID:9qS70r1M0
それに口を付けたとき、ジョウイが小さく呟いた。
「僕の魔法<りそう>は、がんばればヒトの手でちゃんと叶えられるものだって」

蒼白になった顔に、ほんの僅かな笑みが浮かんだような気がした。
だが、メイメイが瞼をしばたいた時にはすでに、乾ききった無表情で、そうであったという証すら残らない。
「……真なる理想郷、か」
ふいに口ずさんだ言葉と納得を、そのまま酒で流してしまう。
全てを一人で背負い、理想の楽園を祈る王。
やり方は異なれど、それは確かにあの日見送った背中だった。
ならば此度の自分の在り方も変わらない。ただ信じ、見届けるだけだ。

――――おおくのものを愛し、おおくのものを憎み……
――――何かを傷つけ、何かに傷つけられ……

「とりあえず、預かるだけ預かっておくわ。渡すかどうかは……この後の見物料にしておきましょう?
 ……そういえば貴方の“それ”、名前は決めたの?」
封書を胸の谷間にしまい込みながら、メイメイは玉座から下手を見つめて尋ねた。
ジョウイは何のことかとしばし首を傾げ、ややあってああ、と気づいた。
「必要もないと、考えていませんでした。そうですね……だったらオレンジ「ヴァカなの?」

ジョウイが言おうとした名前を、メイメイはばっさりと切り捨てる。
「名前っていうのはね、物事の本質を決定する重要なファクターなの。
 真名、魔名。言祝にして呪詛。名前一つでその人の運命が決まっちゃうことだってある。
 召喚獣にしたって概念にしたって、それは同じ。
 もし勇者が“ああああ”とかそういう名前だったらどうなると思うの?
 命名神もムカ着火ファイアーでへそ曲げるってもんよ」
「僕のセンスはああああ以下なんですか……」
熱っぽく語るメイメイに、ジョウイは無表情のまま答える。
だが、そのトーンはガクリと落ちて、明らかに気分が落ち込んでいた。
「そうねえ……じゃあメイメイさんがサービスで改名相談に乗ってあげる」
とん、と柏手を打ちながらメイメイは朗らかに歌った。
一瞬、いやオレンジとジョウイが言い掛けたのを敢えて右から左に流しながら、腕を組むことしばし。

「――――ってのはどう? 名も無き世界にて“旧き輪廻を断つ剣”っていう意味。
 少し歪つだけど、その方が貴方らしいでしょう」
「……なるほど、確かに“僕たちに相応しい”。ありがたく頂戴しますよ」

855魔王への序曲 6 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:25:04 ID:9qS70r1M0
ジョウイはメイメイから授けられたその真名の意味を噛みしめた。
それだけで、魔剣の中の力が活性化したような気がする。
召喚獣に名をつける際に、相性のよい名をつけることで召喚獣の力を引き上げるように、
名前もまたその力を決定づける要素なのだ。“どんな召喚獣であろうとも”。

「どったの?」
「……いえ、少し」
思案に耽るジョウイにメイメイが声をかけたとき、カンと靴音が響きわたる。
シードとクルガン、ものまねによって追想された未練。
モルフと化してなおジョウイに従う懐刀達だ。
その来訪に全ての準備が終わったとしり、ジョウイは二人から装具を戴く。
一つは紅黒き外套、一つは絶望の鎌より刃を落とした棍。
いずれも彼が奪い取り、同時に受け継がれた魔王たる証。
それらを背負い、彼は再び楽園へと降りた。

「それじゃあ、始め<おわらせ>にいこうか」

もう二度と魔王<これ>を脱ぐことはないと知りながら。


――――それでも風のように駆けていたのです……青空に、笑い声を響かせながら……

856英雄への諧謔 1 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:25:59 ID:9qS70r1M0
「……と、言うわけだ」

乾ききった荒野。太陽だけが降り注ぐその大地の上に沈黙が訪れる。
それはアナスタシアが定めた午後3時よりも僅かに早かった。
招集をかけたストレイボウが語った内容は、彼等を召集させ、また沈黙させるのに十分だった。
「死喰い、か。俺が識ったのは、そんなデタラメな存在だったとはな……」
「グラブ・ル・ガブルの墓碑か……因果かしらね、本当」
カエルが覆面ごしにぐぐもった笑いを漏らす。
工具の最終確認をしながら、アナスタシアが表情を陰らせた。
島の遙か下、星の中心で参加者の死を喰らい目覚めの時を待つ『死喰い』。
この島での殺戮が意味するところは、その墓碑の完成だったのだ。
「ンで、死んだ奴らが液体人間みたくモグモグ混ぜられてるのを、お空から見物してやがるってのか……オディオ……ッ!」
そのおぞましさに自分が戦った隠呼大仏を想起し、そのおぞましさを怒りに変えてアキラは空を見つめる。
たとえ見えずとも触れられずとも、オディオがこの殺し合いを天覧している『空中城』がそこにある。
「ご丁寧にそこに帰還の術を用意してあるとはな。嘗めているというべきか、あるいは……」
手に持った2種のデータタブレットを弄びながら、ピサロはその存在を反芻する。
空中城の中に存在する脱出のための乗り物、『シルバード』の存在を。
バトルロワイアル開催の意味、オディオの居場所、脱出の方法。
彼等が知ること叶わなかったほぼ全てが、齎されたのだ。
だが、その表情に憂いはあっても喜びは微塵もない。

ガン、と岩に拳が打ち付けられる音が響く。
その場の全員の茫洋とした感情を束ねるようにめいっぱいに叩きつけられた左腕の先には、
歯も折らんとばかりに食いしばるイスラの鬼気めいた表情があった。

「何が、妥協してやってもいいだ……ジョウイッッッ!!!」

目尻も裂けんとばかりに見開かれたイスラの瞳が見据えるのはジョウイ=ブライトの姿だった。
そう、これらの重要な情報をもたらした最後の敵であるはずのジョウイに他ならない。
そしてこともあろうに、オディオに手を出さず脱出するならば支援するとまで提案してきたのだ。
紅の暴君に適格したのであれば、おそらく情報自体に誤りはない。
そしていくら考えてもそれらの情報を伝えること自体に、ジョウイ側にメリットが感じられない。
つまり、本気でこちらのことを慮って停戦勧告をしているのだ。
あとはこっちでうまくやるから、君たちは逃げなさいと。
(ふざけるなよ、ふざけるなよジョウイッ! ここまでのことをしておいて、今更どんな面をするっていうんだッ!?)
ヘクトルの死を奪ったこと自体を責めはすまい。
だが、そこまでのことをしてしまった以上、あいつには今更聖人ぶっていいはずもない。
それはイスラがもっとも唾棄する偽善そのものだ。
(立ち位置を壊して、ふらふらして、みんなに害を振りまいて、まるで、まるで……ッ!!)
なにより、その在り方が否応無く思い出させるのだ。
築いたものを自分で壊し、避けられぬと分かっていながら甘い道を求め、
それでも願ったものを止められない――――まるで、どこかの誰かのように。
しかし、それだけならばここまで胸を締め付けられることはなかっただろう。
想起されるのが魔剣使いの背中なのは、先を行かれたという思い。
嘘と笑顔で自分自身を含めてごまかした自分とは違い、どれほど苦しもうが嘘だけは吐かぬと律した伐剣者。
先を行くものに、空を見上げる余裕を得た今でさえも、イスラは苛立ちを覚えずにはいられなかった。

857英雄への諧謔 2 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:26:44 ID:9qS70r1M0
「で、どうするんだ、ストレイボウ。正直切って捨てるには大きすぎる弾だぞ、これは」
「……本気で言っているのか、カエル」
イスラの葛藤に気づいてか気づかぬか、カエルはその情報を持ち帰ったストレイボウに尋ねた。
ストレイボウはその真意を読み切れず、思わずそう口をついてしまう。
死喰いの存在が事実であるのならば、彼の仲間ーー魔王やルッカたちの死も喰われてしまったということだ。
それを放置したまま逃げ出すことなどできるのかと。
「逸るなよ。確かに業腹ではあるが、ここであいつらの死を解放するために死喰いに挑めば死ぬかもしれん。
 それをあいつらが望むと思うか?」
「それは……」
「話を聞く限り、ジョウイもオディオも死喰いを消そうとはしていないのだろう。
 ならば一度元の世界に戻り、準備を整えて死喰いに――ラヴォスに挑めばいいだろう。
 それに、死喰いが完全な形で目覚めなければジョウイが負ける公算が高いのだろう?
 ならば時間をおけば、どう転んでもジョウイは自滅だ。おまえの望みにも叶うんじゃないか?」
 最後の言葉尻に、蛙特有の嫌らしさをたっぷり乗せながら、カエルはストレイボウに問いかける。
 その皮肉に、ストレイボウは顔をしかめる。否定する要素が見つからないからだ。
 目先の状況だけを考えれば死喰いを倒したくもなるが、正確に言えば死喰いは死せる者達の想いを喰っているのだ。
 死喰いを倒せば死者が蘇るというような話ではない。
 ならば危険を冒して死に、あのルクレチアで再会するほうが死者に無礼というものだろうと。
 撤退が最善と理性で分かっていながら、それを認めることができないのは、一抹の不安。
 オディオ――オルステッドとジョウイがぶつかるということについて。
別れ際にジョウイは言った。自分は友に殺されたかったのだと。
親友と殺し合う、その意味を知るジョウイがオディオを終わらせると宣言した。
そんなジョウイがオルステッドが交差したとき、何が起こるのか。
(何か、見逃している気がする……)
僅かに残った引っかかり。ルッカのサイエンスを会得した今でも、それは読めなかった。
逃げることが皆にとって最善であろうとも、
ストレイボウにとって致命的な何がが起きてしまうのでは……そう考えてしまうのだ。
(あ、そういうことか……)
そこまで思い至って、ストレイボウはようやくカエルの言いたいことを理解した。
皆の最善と自分自身の最善は異なる。その事実を敢えて指摘した理由はただ一つ。
“だから、お前はお前の望むように考えろ”と、不器用に教えてくれたのだ。
「……すまない、カエル」
「なんのことか分からんな」
ストレイボウの謝辞に、カエルは知らぬ顔で向こうを向き、覆面ごと頭からボトルの水をかける。
火傷まみれとはいえこの酷暑は両生類には厳しい。

858英雄への諧謔 3 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:27:14 ID:9qS70r1M0
「……正直、俺には理解できねえよ」
「それでいいと思うわよ。ジョウイ君は、私や貴方じゃ多分一生理解できないもので動いてるから。
 私が貴方を理解できないように、貴方が私を理解できないようにね」
アキラのつぶやきに、アナスタシアは嘲るようにして言った。
はっきり言えば、わざわざ死ぬ可能性の高い方向に進もうというだけで彼等にとってはナンセンスなのだ。
ジョウイを突き動かすものは磔の聖人――――殉死、犠牲のそれに近い。
ならばそれはユーリルが囚われた勇者像であり、アナスタシアが呪った英雄観であり、
アキラが吐き捨てた間違ったヒーロー像であるからだ。
それに対してアナスタシアが皮肉を発しないのは、魔王ジャキを討つために一時はともに戦ったからか。
あるいは、たとえ異なる価値観であろうとも、否定するだけが答えではないと知ったからか。
背中から走る暖かみを覚えなから、アナスタシアは背伸びをした。

「まー何にしても首輪解除しなきゃどうにもならないでしょ。
 準備できたし、そろそろ始めましょうか……どうしたの、デブ?」
「……次にその名で呼べば首を落とすぞ。おい、ストレイボウ」
ついに生者の首輪解除に取りかかろうとしたアナスタシアが、怪訝な表情を浮かべたピサロに気づく。
ピサロはそれをあしらい、ストレイボウに尋ねた。
「あの小僧は“始める”といったのか? “仕掛ける”でも“迎え撃つ”でもなく」
「あ、ああ。そうだ、確かに始めるといっていた」
その返事に、ピサロは眉間の皺をより一層に深めた。
ここまでジョウイが攻撃を仕掛けてくる兆候はいっさい無かった。
だから遺跡ダンジョンという中枢を押さえた以上、その地の利を生かした籠城を狙うものだと考えていたのだ。
(あの小僧が、あの乱戦の絵図を描いたのだとしたら――そこまで気長に待つか?
 あれの性根は、おそらく守勢よりも攻勢。ならば、奴はこの3時間何をしていたのだ?)

ジョウイの策略の一端を知るピサロは訝しむ。
悠長にこちらを待ちかまえるような可愛げのあるものが、あそこまでの大仕掛けを打てるはずがない。

――――出すのは早ぇし将来の後先は考えねぇ。とにかく当てることしか考えねぇ。
――――だから普通は早々潰れるが、女神はチェリーも嫌いじゃあない。
――――ビギナーズラックが回ったら…………一荒れくるぜ。

だから活きのいい新人<ルーキー>は性質が悪いのだと。
そのギャンブル評を思い出したとき、じゃり、と荒野を踏む音がした。
陽光燦々と輝く中、一つの陰と共に――――始まりが来訪した。

859英雄への諧謔 4 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:28:19 ID:9qS70r1M0
それは、まるで砂漠に立つ一本の枯れ木だった。
全身を襤褸布で覆い尽くした人間大の影。
他には何もない、ただ残ってしまったから立っていただけ。
生気は欠片もなく風さえ吹けばたちまち折れてしまいそうな、朽ちるのを待つだけの影だった。

この距離に至るまで全員がその存在に気づけなかったのも無理はなかったかもしれない。
形式的に各々戦闘の構えこそとれど、意識のギアを上げることもできなかった。
それほどまでに、目の前の存在は稀薄でこの世の存在として頼りない。

「……あの2人か? ジョウイに従った、あの」
「ヘクトルの骸を思い出せ。死せるとて存在の密度は変わらん。
 あの2人も、ここまで薄くはなかった……はっきり言って、弱いぞコイツ」
怪訝に思うストレイボウに、カエルは目を細めて否定した。
亡将も、あの双将も戦士として忘れがたいほどの重みを持っていた。
だが、目の前の存在はそれに比べ何枚も格が落ちている。しかもそれがたった1人。
いったい何なのか――――

【……ジョウイ様からの……】

そう疑問に思ったタイミングを見計らったかのように。襤褸布なかから音がする。
壊れかけた蓄音機が無理をして回転するように、ひび割れた音がボロボロこぼれる。

【ジョウイ様からの伝言を……お伝えします…………僕は、遺跡の下で待っている……】

機械じみた音律で告げられたのは、彼等の煩悶の中心に立つ人物からの伝言だった。
ジョウイ=ブライトはここにいると、高らかに宣言するためか?
否、ジョウイという男がそのためだけにメッセンジャーを用意するか?
【ジョウイ様からの伝言をお伝えします…………】
その襤褸布から手だけが現れる。誰もが息を呑んだ。
蝋のように真白い、人形の手に握られたのは魔力で形成されたであろう黒き刃。
共に戦う中で何度も見た、ジョウイ=ブライトの紋章の刃。
それが意味することは――――

【――――始めます。賢明な判断を望みます】
「ッ!?」

860英雄への諧謔 5 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:29:02 ID:9qS70r1M0
その時が来たということだ。
影が、ぬるりと前進し切り込んでくる。速い。だが、神速とまではいかない。
振り抜かれた剣を受け止めたのはカエル。たとえ燃え滓の身であろうともこの程度の剣戟捌けぬほどではない。
「この振るい……剣者ではないな。
 あの亡候を失って急拵えで用意したのかは知らんが、役者不足だ。
 伝言が済んだのならあの双将でも呼んで――――ぬぅッ!!」
本命を喚べと言おうとしたカエルの言葉が止まる。
ぶつけ合った刀身から、毒のような痺れが走る。
迎え撃った黒い刃から、紫の雷が蛇のようにカエルにまとわりつく。
「何処の誰か知らんが……貴様如きが、クロノの真似事とは烏滸がましいッ!!」
覆面の下で憤怒の形相を浮かべたであろうカエルは、痺れが全身に達しきる前に強引に剣で弾き飛ばす。
胴を薙いだその一閃が、襤褸布の下半分を切り裂く。細い足と軍靴が露わになった。
「……ッ!?」
その一瞬“彼”は固唾を呑んだ。その動揺を表に出さぬようにするので精一杯だった。
「大丈夫かカエルッ!」
「問題ない、が。気をつけろ。あいつ雷を使うぞ。威力は大したこともないが、麻痺させてくる」
駆け寄るストレイボウを心配させまいと声を張るが、カエルの膝は筋肉を失ったかのように痺れが這いずり回る。
雷撃を刀身に纏わせる攻撃法にクロノを思い出すが、カエルは首を振って雑念を払った。
威力が頼りない分、敵の雷は麻痺性に重きを置いている。
非道に手を染めた自分ならばともかく、そのような卑近な技にクロノを想起するなどあってはならない。
「とにかく、アナスタシア、この麻痺を回復して――」

命には問題ないと、判断したストレイボウがステータス異常治癒をアナスタシアに請おうとした瞬間だった。
影は吹き飛ばされた際の土煙の中から立ち上がる。それと同時に、影の周囲に浮かんだ雷球がいくつかの蛇となって彼等に襲いかかった。
これらも威力は見た目からしてなさそうに見えるが、ユーリルの雷に比べ禍々しい――というより薄汚い毒彩は、
見るからに触れれば麻痺を付与してくると伝えている。
体力の回復はともかく、状態異常回復の術が限られる現状では食らうことは好ましくない。

「小賢しいな、その程度の雷で怯むと思ったか。害したくば地獄より持ってくるか――その薄汚い魂の全てでも懸けてみろ」
接近戦は面倒。そう判断したピサロは引き金を引いた。
込めたのは小規模のゼーハー。当然のように全力ではないが、手加減と言うよりはこの程度でも十分破壊できるという目算である。
爆ぜた魔力が弾丸となって影――影であるべき何かの頭部へと迫る。
【ジョウイ様からの伝言をお伝えします……始めます……賢明な判断を望みます……】
しかし、影はするりと回避した。そのフードの闇の向こうから、しかと弾丸の流れ・速度を『見切』って。
余った襤褸布の一部が破れ、胴が晒される。その陣羽織はボロボロであったが明らかな軍装だった。

861英雄への諧謔 6 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:30:05 ID:9qS70r1M0
「嘘だろ……」
彼の中にこみ上げた不安を見透かすように、その装束に刻まれた瞳が見つめてくる。
その軍装を“彼”はよく知っていた。この島でそれをつけている可能性があるのは2人だけだった。

「……あの服、どーっかで見たような……」
不思議そうに目の前の影を見つめるアナスタシア。
その視線を感じたか、どこかの軍隊に所属していたであろう影は、
黒刃を握らぬ方の手で懐をまさぐり、神速の所作で抜き放つ。
放たれるは投げ刃。黒き刃ではない、しっかりとした実体を持つ忍びの投具。
それらが意志を持ったように彼女に向かって襲いかかる。
「危ないッ!」
寸でのところで形成されたストレイボウの嵐が、壁となって刃を弾き飛ばす。
あまりに慣れた手つきに、その影が投具使いであることは疑いようもなかった。

「チマチマチマチマ……うっとおしいぜッ!!」
投具を投げた瞬間を見計らい、アキラが突貫する。その表情には明確な苛立ちがあった。
雷、麻痺、投げナイフ、ひょろい外見。何もかもがアキラの疳に障った。
とりわけ最悪なのが戦い方だ。最初に麻痺を大袈裟に見せておいて、自分の雷に触れると不味いと刷り込む。
直撃しても致命傷にはならないものを、大きく見せたのだ。
そして、遠間から雷撃と投げナイフ。自分は傷つかない位置からちまちまといたぶっていくやり口。
どんな奴かは知らないが、心を読むまでもない。アキラの世界で吐き捨てるほどいたような輩だ。
暴力を無意味にちらつかせ、有りもしない器を大きく見せ、誰かを見下さなければ自分の立ち位置も定まらない屑野郎。
ジョウイのような理解不能な存在とは違う。この拳をぶつけるのに何の衒いもない。
怒りの正拳が布の向こうの顔面に直撃する。完全なクリーンヒット。これが人間であれば鼻骨は完全に砕けていただろう。
(なんだ、これ……“気持ち悪ぃ”!!)
だが、アキラの拳に伝わったのは骨の砕ける小気味良さではなかった。
まず粘性。ぶちゃぁ、とかぐちょ、とか。プリンを全力で殴ったような感覚だった。
そして、この気色悪さ。耳に舌をつっこまれたような、内股を頬ずりされたような……
とにもかくにも名状し難い不快感が蟻のように這いずり回り、殴るために込めた力が霧散していく。

――――イヒ、イヒヒヒヒヒッッ、ゲ、レレッ、ゲレレレレッッッ!!

弛緩してしまったアキラをあざ笑うように、影は黒き刃を構えた。
自然と読心してしまった、夏場の蠅の羽音ような下卑た笑い声が脳内を満たす。
脳の皺に植えられた白い卵が、孵化する。そして眼から口から――――

「気持ち、悪いんだよクソがァァッ!!!」
「アキラ、そいつに触れるな」

862英雄への諧謔 7 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:31:16 ID:9qS70r1M0
一発の銃弾が、アキラを斬らんとした黒き刃をそらした。
その瞬間を見逃さずになんとか影との『憑依』を切り離したアキラはたたらを踏んで後退する。
その手に影の襤褸布をほとんどつかんで。

「……なんでだ。なんでよりにもよってそいつなんだ……」

向けたドーリーショットの銃口からフォースの光が拡散していく。
銃を向けたまま、イスラはその影から目をそらす。
だが、もはや偽る余地はなかった。その軍服は、帝国軍海戦隊のもの。
そして、それをこの島で纏う可能性があるものは2人しかいない。
一人は、アズリア=レヴィノス。第六部隊長にして我が姉。
もしも、彼女がジョウイの外法にて蘇ったのであらば。怒りこそすれ――――“まだ救いがあっただろう”。
それならば心おきなくジョウイを憎める。
よくも、よくもと、これまでの全てを擲ってあの外道を殺戮する機械になれただろう。

「他にいただろ、もっと使える奴がさぁ……」

もはや影を纏っていた布は、頭部くらいしかなかった。
だから分かってしまう。あの装束は隊長のそれではない。というより、女性のそれではない。
一般的な、男性の軍装。そして、それを纏うものは一人しかいない。

【ひ、いひひひひッ、ギヒヒヒヒヒヒヒッ……】
「あの笑い声、あれもしかして……」

蓄音機から壊れた言葉が響く。ジョウイからの伝言ではない。
もはや言葉も紡げぬほどに奪い尽くされた死の残響。
亀裂から漏れ出すはどうしようもないほどの妄念。
そこまで来て、ようやくアナスタシアが気づく。
あの服装を知っている。なぜなら、彼女たちを一番最初に襲った奴の装束だったのだから。
その名前も知っている。確か――――

「ビジュ、君……?」
「なァんでそいつを喚びだした、ジョウイ――――ッッッッッ!!!!」
【イヒ、イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッッッ!!!!!】

薄汚い嘲笑と、張り裂けそうなほどのイスラの叫びが真夏のような空に響く。
それは、未来を向こうとするイスラの最大の汚点。
決して拭い落とせぬ両手の色彩だった。

863英雄への諧謔 8 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:32:21 ID:9qS70r1M0
何もない真っ黒で真っ白な街の中で、それは思う。
どれくらい経ったであろうか。よく分からない。
どうしてここにいるのか、なぜこうなっているのか。よく分からない。
一日のような気もするし、千年たったような気もする。が、やっぱりよく分からない。
もし、最初、があるとすれば。確かに最初は喚いた気がする。
いやだ、くわれる、たすけて、と泣き叫んだかもしれない。
だが、たぶん……そんなものは何の足しにもならなかったのだろう。

そういうものだと知っている。なぜなら、あのとき、あのとき縛られて、
殴られて、蹴られて、鞭をうたれて、眠りそうになったら水をかけられて、
口にやわらかい何かをつっこまれて“あつくてあつくてたまらないものを頬にこすりつけられた”ときに、そう知った。

この世には奪う側と奪われる側しかいない。どんなに綺麗事を言っても勝者と敗者が存在する。
だから奪ってやると決めた。奪う側に回り続ける。そうすれば何も奪われない。
そうきめた、そうきめたはずなのに。もうなにものこっていない。
だからいまも奪われた。いたみも、なげきも、どうしてと思うこころさえも。

なぜだ。なぜだ。なぜなにもない、なぜなにものこっていない。
だれかをきずつけたからか、だれかからうばったからか。

ふざけるな、ならなぜおれはうばわれた。だれもおれにあたえてはくれなかった。
だからうばったのだ、それがわるいなら、なぜおれはうばわれた。
いみがあると、かちがあると、さけんだのに。きかいのひとつさえあたえられなかった。

――――君が役に立たないことはよく知ってるよ。

そうけっていされたからか。むかちだと、むのうだと、おまえはさいしょからだめなのだと。

――――■は死ね♪

おまえは■だと。
うまれたじてんでそうあれかしときまっているのか。

――――志も力もない君が生きていても迷惑なだけだよ。

ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。
だれもそんなものくれなかった、めぐんでくれなかった。
だからうばったのだ、ちからを、かねを、おんなを。
うばうことがわるいのなら、さいしょからもってるやつだけしかだめなのか。
おれがごうもんをうけたのも、うらぎられたのも、■のまねをさせられたのもさいしょからだめだったからか。

なぜそうなったのかはもうわからない。だれがいっていたのかももうわからない。
とっくのむかしにうばわれた。このまちのおおきなものにたべられた。
いまさらとりもどしたいなんておもわない。

だけど、だけど。せめておしえてほしい。おれは、■だったのか?

864英雄への諧謔 9 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:32:59 ID:9qS70r1M0
――――違う。

こえが、きこえた。はっきりと、たしかなこえでそういった。

――――干渉できたのは、あなただけか。しかも、置き去られた喰いカス。
    これ以上は死喰いを刺激する……とてもじゃないが、他の人たちは無理だな。

なんだ、おまえはだれだ。いや、そんなことはどうでもいい。
おれはなんだ。■じゃないのか。

――――■と言われたのか。あの男以外に、そんなことをいう奴がいたのか。
    なら答えよう。違う。貴方は人間だ。

ならばなぜおれはこうなった。
なにもできず、なにものこせず、みすてられ、まけた。
しんだらおわりではないのか。むかちなのではないのか。

――――それでも、貴方の生に意味は確かにあった。“そうでなくてはならない”。
    貴方もまた犠牲であり、その敗北<いのち>が無価値などとは認めない。

だが、おれはひつようとされなかった。つかわれなかった。やくにたたなかった。
うばうことしかしらない、よわいものをたたくしかできないおれは。

――――ならば僕が貴方を必要とする。オスティア候の穴を埋めよう。
    どれほどに非道であろうと、どれほどに弱かろうと、そんな理由で拒むような世界は楽園などではない。

それでもいいのなら。■でなくなれるのならなんでもいい。
みじめでもくそでもいい、ただおれは、おれさまは――――■のままおわれない!

――――誓約を結ぶ。残滓と言えどこれで貴方の死は僕のものだ。もう何処にも行けはしない。
    だが、その犠牲<そうしつ>に意味を与える。“絶対に、僕は貴方を忘れない”。

そのてがおれをつかむ。こうしておれはうばわれた。
そのてはつめたくていたくておぞましかったが、ふれられないよりはよほどましだ。
だって、だれもてをさしのべてはくれなかったのだから。

865英雄への諧謔 10 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:33:57 ID:9qS70r1M0
【イヒ、イヒヒヒ……ジョウイ様からの伝言を伝えます……
 安心してほしい、イスラ。“君が彼に何をしたのか”を一々喧伝するつもりはない】
フードの中でぐぐもった笑いを浮かべる影――ビジュであろうものが再び投具を構えながらイスラに声をかける。
イスラはその声に、背中を震わせた。蓄音機越しの言葉で、感情も乗っていないのに、
自分が敵意を向ける人物が、どんな思いでそう言っているのかが分かってしまう。
敵意ではない――――失望だ。
漏らしたおしめを隠していることを一々言いふらすほど子供ではない。そんな値すらお前にはないと。
その失意に、イスラの心が砕けかける。褒められた、撫でてくれた感触さえ霧散しかけてしまう。
自分に価値があったと思ったことなどついさっきまで無かったのだ。
敵と思った相手に、敵とすら認められないことが、ここまでのダメージであるなどと知らなかった。
初めての体験に、イスラは膝を落としてしまう。それを十字架は見つめ続けていた。
その表情は洋として知れないが、影から漏れ出す嘲笑が全てを物語っている。
どんな気分だ、胴を解体して首を落として海に投げ捨てた奴が舞い戻ってくるのはどんな気分だと、そう言われている気がした。
価値がないと言われることがどれほどつらいかわかるかと。
「あ、ああ……!!」
「イスラ、おい、しっかりしろッ!!」
その事情を知らないストレイボウが声をかけるが、イスラの耳には嘲笑がこびりついて届かない。
変われると思った。そう信じられた。
だが……どうしても変わらないものがある。それこそが死だ。
生きていれば変えられる。だが、死はもう変えられない。
だから忘れた、都合のいい思い出で満たして、都合の悪いものを忘れようとした。
だが、決して死は変わらない。敗者は戻らない。
殺してしまえばそれで終わり――――その十字架は一生消えはしない。

【ジョウイ様からの伝言を伝えます……代わりと言っては何だが、彼は僕が奪わせてもらう。いらないのなら、異存はないだろう】

自分が捨てたものに捨てられるがいい、と言うように、投具がイスラに向かって放たれる。
銃で打ち落とそうとイスラは構えるが、視界が鈍る。見たくない、見せるなと標的を定められない。
だが、眼を背けようが聞かせてやろうと、そう示すかのように、十字架は彼岸の音楽を奏で続けている。
無意味にさせぬ、忘れさせないと――――ジョウイがそう呪っているかのように。

イスラに当たるべき刃は、しかし、一陣の風が吹き飛ばす。
影狼ルシエドの突進は、ただそれだけで風を生み、イスラを守ったのだ。

「はいはーい、そこまでー。見ないうちにずいぶんサドっ気があがったんじゃない?」

866英雄への諧謔 11 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:34:47 ID:9qS70r1M0
軽々とした声を響かせるのは、アナスタシア=ルン=ヴァレリア。
その背後には清浄なる波動を受けて麻痺を和らげているカエルがいた。
「貰うだとか奪うとか……おねーさんちょーっと失望しちゃったかな。
 ジョウイ君、そういうこという子だったんだ、って」
ルシエドまで使って前にでてしまったことを、少し後悔する。

なんとなく、であるが、最初に出会って情報を交換したときに気づいてしまっていた。
イスラ=レヴィノスはあの時点で既に手を血に染めていたことを。
それは情報の違和感であり、腐臭漂う後ろめたさであり、漠然でありながら確信するのに十分だった。
だから、この状況にある程度の納得を感じていた。
どんな風に殺したかは知らないが、イスラがこうなってしまうレヴェルのことをしたのだろう。
だが、アナスタシアは何故か口を出さずにはいられなかった。
聖剣を握る手を震わせるのは確かな怒り。
人をモノのように扱ったことか。人のトラウマを抉る真似をしたことか。
違うな、とアナスタシアは思った。アナスタシア=ルン=ヴァレリアはそんな聖人めいた理由で怒らない。
イスラなど関係ない。ただ猛烈なまでの喪失感。大切な所有物が穢されたのだという感覚。

「死んだ人まで蘇らせておいて、何が理想よ。死んだら帰ってこない、帰ってこないのよ。
 そんなに叶えたければ、生きた自分の手でつかみ取りなさいッ!!」

聖剣を突きつけ、アナスタシアは吠える。
それは人形を操るジョウイに向かって、というより自分自身に言い聞かせるようだった。
蘇ってはならない。もう帰ってこない。失ったらもう帰ってこない。
その喪失を超えて幸せを掴もうとしている彼女にとって、目の前の存在は毒の蜜だった。
うらやましい、と内側で響く声を押さえつけるように、彼女は自分を奮い立たせたのだ。

【イヒ、イヒヒヒ、ギヒギ、ゲベ、ゲゲゲゲゲ】

だが、それだけは言ってはならなかった。
ビジュであろう影の中から走る嘲笑が変化する。それは嘆きだった。
なぜダメなのだと、一方的に壊され、為す術なく奪われたのは自分たちのせいではないのに。

【ゲ、ゲレ、ジョウイ、レ、様からの、ゲレ、伝言をお伝えします……
 蘇らせることは、ゲ、できません。彼の死はもうほとんど喰われていて、
 モルフ1つ構成できるほどの残っていなかった。だから――“補いました”】

残った頭部の襤褸布がずるりと落ちる。
ならば刮目しろ馬の骨、お前が何を救って、何を救わなかったか。
お前が何を断じてしまったのかを。

【散った想いの、ゲレレ、破片を集め、レンッ、ガーディアンの、ゲレッ命にて形と為した。
 ゲレッ、ロザリー姫を再構成した貴女と同じです、レレン、アナスタシア=ルン=ヴァレリア―――ゲレレレレレレッ!!!】

867英雄への諧謔 12 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:35:31 ID:9qS70r1M0
その場に全員の表情が凍り付く。イスラとアナスタシアはそれを知っていた。
金の眼、白磁のような肌、漆黒の髪はことなれど、それは確かにビジュの顔だった。

だがそれは“半分”だけだった。アンパンをむしって開けたようにその顔は“虫食い”で、
代わりにそこにあったのは、饅頭のような何か。
霊界サプレスの召喚獣タケシー、道化にエサと喰われ、
死喰いに二度喰われ、参加者でなかった故に半端に喰い捨てられた亡魂だった。
右半分左半分などという規則的なものではない、
福笑いをまじめにやってしまったかのようにその破片がちぐはぐに乱雑にくっついている。
その糊の役割を果たすかのように、接合面からは泥が、生命そのものたるグラブルガブルの泥が垂れ流しになっている。
涙のように汚物のように血のように、ただただ零れている。

分かたれた召喚師と召喚獣は、死してなお共にあることができたのだ。
そう言えば美談になるかもしれない。このような形でなければ。
だが、そう言うには目の前の人形は余りに醜悪に過ぎた。死者の尊厳を蹂躙してすりつぶしてもこうはなるまい。

そんなものを創った奴に、同類だと言われたアナスタシアの胸中はあらゆる想像を絶していた。
あの愛に包まれた世界で起こした愛するもの達の逢瀬の奇跡、それがこれと同じだと言われれば無理もない。
違う、と口をつきたかった。だが、影の向こう側で魔剣を掴むジョウイの姿を想像して噤んでしまう。
ジョウイの魔剣もアナスタシアの聖剣も、本質は同じ感応兵器――想いを力と変える剣だ。
アナスタシアは届かぬ想いを形に変えて、ジョウイは幽けき嘆きを形に変えた。
自分ではできないから死者に縋ったのだ。そこに本質的な違いはない。
この島には、未練など、叶わなかったことなど星の数ある。
その中からアナスタシアは選んだのだ。救えなかったものを選んだのだ。
きれいなものをえらんで、きたないものをすてたのだ。

かっこよくありたいと願っておきながら、馬の骨だと自分を認めてしまった。

ならばいずれ、選んでしまうのではないか。理想の楽園を、失わないものを。
次元を超えるアガートラームを以て、未来に待つ餓えを満たすために、過去<うしなったもの>を喚ぶのではないか。

【ゲレ、イヒッ、ゲヒヒヒヒヒヒヒッ!!!!】
「ッ!!」

その逡巡が致命的な遅れを呼ぶ。吹き飛んだ投具はまだ死んではいない。
タケシーの招雷能力を得たビジュですらないものは、その雷を吹き飛んだ投具に吹き込む。
雷の力で生まれた磁力が、散った刃に再び殺傷能力を吹き込んで、アナスタシアを狙う。
死にはしないだろう。だが、もし手に怪我を覆うものならば、もう首輪の解除は出来はしまい。
弱く、しかし確実に急所を狙った見事なまでに最悪の一撃。

868英雄への諧謔 13 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:37:00 ID:9qS70r1M0
「……フン、だからどうした」
だが、それは再び吹き荒れた風によって阻まれた。
ハイヴォルテックの一撃が、アナスタシアに迫る投具を全てはたき落とす。
「……ピサロ……」
アナスタシアは己の側に立ったピサロを見上げる。
常と変わらぬ傲岸不遜な表情に、なにを言えばいいのか。
「なにを迷う。お前は――――」
「――――ピサロ、後ろだッ!!」
だが、その逡巡はストレイボウの叫び声と、ピサロの背後から飛びかかる汚物の存在でかき消された。
遅れて気づいたピサロが、振り向きざまに銃剣を振り抜く。
ぐしゃ、と蠅が潰れるような音と腐汁のような泥をまき散らして人形の脇腹に深々と刃がめり込む。
「仮にも魔王を名乗るなら詰まらん細工はするな。こんな人形一つで覆る戦況ではないことは分かっているだろう。何が狙いだ」
ピサロは淡々と人形の主に問いかける。玉座を降りたとはいえ、その威容は何も損なわれてはいない。
その問いは至極当たり前のものだった。確かにこの駒ならばイスラとアナスタシアの精神を削ることはできるかもしれない。
だが、それまでだ。そんな相性を剥いでしまえば、ただのゴミで創った工作物に過ぎない。
尊厳だとかそういうものは差し置いて――この場を動かす駒としては圧倒的に不足している。

【ゲヒ、ゲヒヒヒ……ジョウイ、様、からの……伝言をお伝えします……
 無駄なものなど一つもない。彼は役割を果たしています。貴方からそれを拝領するために】
「!!」

その時だった。虚空に闇が集い、一本の黒き刃が射出される。
それはピサロと人形の間を過たずに貫き、その僅かな隙をついて人形はピサロから距離を置く。
その一撃は紛れもないジョウイの紋章術。ならば近くに潜んでいるのか。
いや、そもそも今の一撃ならば動けぬピサロを討つ絶好の好機ではなかったのか。
ならば、なぜ人形を助けるために――――否、そうではない。
この敵は、真っ当な論理で動いていない。

飛び退いた敵を見据えたピサロは、そのものが何かを握っているのをみた。
この戦場に不似合いな可愛らしい赤色の傘。ついで、自分の得物が僅かに軽くなったことを知覚する。
人形が持っていたのは、彼が狙っていたのは――銃剣に内蔵されたそのパラソルだった。

「ジョウイ様からの伝言をお伝えします……クレストグラフは貴方たちにも必要でしょうから妥協します。
 ですが、これだけは……“巻き込みたくなかった”。だから……」

その一言だけは、不思議な感情が込められている気がした。
その意味を理解できるものはここには誰もいない。
ただ、分かるのは――ジョウイが今から始めようとしていることは、それを巻き込むことであったということだ。


「――――――これでようやく、布陣できる」

869英雄への諧謔 14 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:38:25 ID:9qS70r1M0
その一言と共に、地面が震え上がった。精神的なものではない“物理的に大地が鳴動している”。
「ルシエド、アナスタシアを乗せろ! 絶対に傷つけさせるな!!
 残ったアイテムを拾えみんな! 仕掛けてくるぞッ!!」
「え、ちょっ」
ストレイボウの叫びに応じ、ルシエドがアナスタシアに有無をいわさず自身の背に乗せる。
何が起こるかなど分からない。だからこそ、絶対に首輪解除の要を傷つけさせるわけには行かない。


いつからだったか、眼下に広がる領地がやせ衰えたのは。
最初からだったか、大地より恵みが消え果たのは。
雲一つ無き蒼空に燦然と輝く太陽は砂を灼く。
広がり行く砂海は星を侵す症候群か。
照り続ける太陽は砂食みに沈めという裁きの光か。


「何が起きてやがる……!?」
「これは、真逆……ならこの異常な暑さは、その結果かッ!?」
何とか転ぶことだけを避けながら、異常に戸惑うアキラの横で、カエルがある可能性に気づく。
考えてみれば、ここまで昨日は暑くはなかった。
もし天候を操作するのであれば、オディオはそう宣言しているのだろう。
ではないとすれば、誰かがコレを操作している。
誰がしている――――決まっている。
何のため――――具体的には分からないがそれ以外にはない。
そんなことが本当にできるか――――理論上出来る。魔剣に触れたカエルには直感的に理解できてしまう。


それがどうした。
裁きの光よ来るがよい。
百度来たれど、百に意を加えて蘇ろう。
千度砂喰まれようと、千と銃を携えて舞い戻ろう。

たとえ土地に恵みがなくとも、我らには熱がある。
国を愛する心の熱が、鉄を鋳する窯の熱が。
我らは自然(おまえ)になど屈しない。
ここは人の世界。自然に打克てし技術の機界。

おお、讃えよ、王の名を冠せし、砂に輝く機械の城を。

870英雄への諧謔 15 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:40:02 ID:9qS70r1M0
震えが、どんどんと大きく――――近づいていく。
怒りのように、嘆きのように、狂うように。
小さな声が集い、淀み、大流になるように。


だが、双玉座に二度と兄弟が座ることは二度とない。
歯車に流れるは愚か者どもの流血のみ。
口惜しや、水が枯れども途絶えぬ血脈はここに潰えた。
慙愧に耐えぬ。玉無き王城に何の意味があらん。

国王を殺した人間(おまえ)を許さない。
玉座を穢した世界(おまえ)を許しはしない。
世界よ我らと共に震えて沈め、しかる後その上に楽園は建てられる。
ここは死の世界。恵みも人も無く歯車だけが回り続ける鋼の骸。

おお、畏れよ、お前達が滅ぼした、鉄と蒸気の墓碑銘を。


「そういうことかよ、ジョウイ……成る気か、お前……」
目の前の乾ききった大地がせり上がり、ひび割れていく。
その力の名前をイスラは知っている。
狂える怨嗟を束ね、共界線を繋ぎ、力と変えるもの。

「核識に……この島の主にッ!!」

其は島の意志――――狂える核識<ディエルゴ>の魔力。


争う者たちよ、この城を穢す者たちよ。我が歴史を終わらせし者たちよ。
一人残らず、この黄金の大海原にダイブするがいい!!


吠え叫ぶイスラ達の前にそれは現れる。
地質を変えて、水脈を操作し、ここまで通る道を造ったとはいえ、本来は砂漠航行用。
しかも一度遺跡にまで動かされている以上、2度の無茶な潜行によって外装も駆動部も少なくない損傷を負っている。


【ゲヒ、ゲヒヒヒヒ……ジョウイ様からの伝言をお伝えします……
 最後のデータタブレットは城に置いた。欲しければご自由に……ゲヒヒヒ、ヒヒヒッ!!】

取れるものならな、と嘲笑う声と共に、
悲鳴のような自壊音を奏でながら城は側面をアナスタシアたちに向ける。
地中潜行時には城内へ収納されるべき、空中回廊が向けられる。
それがどうした。
そんな痛みなど、血を、世界を失ったことに比ぶれば無に等しいとばかりに、
叫ぶように歯車が回転し――――左回廊が、復旧<とば>された。

ミスティック――――キャッスル・オブ・フィガロ

その崩れかけた左腕に血を纏いながら、亡城は嘆き続ける。
其は、その世界の最後の残滓。“敗者にすらなれなかった”残骸である。

871勇者への終曲 1 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:41:54 ID:9qS70r1M0
遺跡ダンジョン地下71階に門の力でビジュが得たパラソルが召還される。
ジョウイはそれに手を取り、しばし眼を閉じた後、それを咲き誇る花の中に優しく置いた。

「勇者とは、全てを救うもの――――ならば続けて問わねばならない。“救う”とはなんだろう」

そして、ジョウイは虹色に輝く巨大感応石に目を向ける。
この島にある全てと死喰いを繋くターミナルポイント、それはつまり、この島の全てと繋がる場所だ。

「傷ついたものがいたとしよう。そのものを救えるだろうか――――救える。痛いと言えばいい」

その感応石に右手を翳す。魔剣と始まりの紋章を取り込んだ右手ならば、この感応石を通じてこの島そのものに干渉できる。
接触の瞬間に、膨大な意識が右手を通じて膨れ上がる。

「ならばそのものが口が利けなかったとしよう。救いを求められない。
 そのものを救えるだろうか――――救える。その場にいる誰かが助けてと言えばいい」

西から嘆きが聞こえる。狂える皇子の無慈悲な一閃で、私たちは焼き尽くされた。
北から叫びが聞こえる。突如現れた隕石によって、僕たちは抉られた。ただ邪魔だと欠片も残さず焼き尽くされた。
南から悲鳴が聞こえる。壊れた道化師と、それを倒そうとしたもの達の戦いで砕け壊れ何も残らない。
島の中心で怨嗟が聞こえる。蒼い災厄が、紅い災厄が描いた軌跡が我らの半身をもぎ取った。
島が泣いている。燃やされ、地獄と冥府にすりつぶされ、天から降り注ぐものに全て滅ぼされた。
救いの雷さえも、その癒しにはなりはしない。私たちは、救いを求められないから。
遺跡が狂う。この楽園に、ささやかなる魔界に帰るべき王女はもういない。

「ならば、そのものがその状態を当然だと思っていたならどうだろう。
 貧困でも欠損でもいい、その傷は生まれたときからあって、そうであることが当然だと思っている。救いを求める動機がない。
 そのものを救えるだろうか――救える。とにかくそれを見た誰かにとってその状態が異常であればいい。
 本人の意思がどうかではない。誰かにとってその状態が不足であれば――こうではないのだと救いを求める理由に足る」

幽けき声が響き渡る。意図して行ったものも、意図せず行ったものも、
彼らを傷つけた原因は、もうこの世にはいない。彼らよりも大きなものが食べてしまったから。
もはや糾弾すべきものは誰もいない。そもそも彼らに責める資格などない。
彼らはあくまで道具であり、創造物であるから。

ならば、その声は何処にいけばいい。名も亡き声は、聞こえぬ叫びは、最初から無いものと同じなのか。
この嘆きに、意味など無いというのか。

872勇者への終曲 2 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:42:30 ID:9qS70r1M0
「ならば、解決策が見つからなければどうだろう。救われた後の状態が誰も想像できない。
 こうなればいいのに、という指向性がない。
 それならば救ってほしいと祈れるだろうか――――祈れる。
 帰る場所は分からないけど、ここは私のいるべき場所ではないのだから。だから帰してほしいと」

否定する。その声を聞く魔剣の王が否定する。
意味のない死など無い、喪失を無価値になどしない。
“僕は貴方を忘れない”

「つまり、その前提として、私はここではない何処かから来て、
 ここは私のいるべき場所ではないのだという確信が存在しなければならない。
 そして祈る――――あるべき場所へ帰りたいと。それが救いだ」

その声に全ての叫びが集う。
勝者敗者という前に、敗者にすらなれなかったもの達が集う
その存在を無意味にしないために、この嘆きに、確かな意味があったのだと信じたいがために。

「帰る場所――――そんなものは、ない」

その島の全てを背負<うば>ったジョウイは感応石を通じてその魔力を送る。
地下50階、玉座の間に集めた――集まった骸に、黒き刃を注ぎ込む。
ガタガタと骨が動き出す。ずるずると肉が脈動する。つぎはぎのそれらが一人分に集まっていく。
死骸を依代に、未練と憎悪だけで駆動する亡霊兵、その数50が一時の眠りから目覚める。

「僕たちは最初からここにいる。ここで失って、ここで死んで、ここで亡くし続ける。
 そんな場所に、最初からいるんだ。帰るべき場所なんて、ない」

ジョウイ=ブライトには何もない。
剣才はなく、紋章術の才はなく、棍とて一級ではあっても達人ではない。
あるのはただ理想一つ。数多の想いを染め上げて、束ねる狂気のみ。

「だから行くぞ僕は。
 ここではない場所へ、何も失わない場所へ、誰もが平穏にあれる楽園へ。
 たとえその果てに僕が、何もかもを失うとしても」

真なる27の紋章、その真に恐るべきは“戦争を引き寄せる力”。
戦争。何よりも忌み嫌うその行為だけが、ジョウイ=ブライトに残された術だった。

873勇者への終曲 3 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:43:09 ID:9qS70r1M0
空中城。遙かな高みに存在するオディオの城から見下ろされる光景は、悪夢そのものだった。
フィガロ城――だったものが突如浮上した。
その上、その中から50もの亡霊やアンデッドモンスターが現れればそうも思いたくなるだろう。
ましてや、それが規則正しく半分に分かれ、それぞれ行動を取り始めれば。

ビジュ――であったものの方についた半分の兵は、
その指示のもと、荒れ野となった大地に散乱する石礫を拾い、投げつけている。
それだけを見れば、子供の喧嘩のようだがミスティックが付与されたとあっては話が違う。
ジョウイを介し魔力と怨念を注がれた石は、それだけで凶器となる。
致命傷だけは喰らわぬ位置で、亡霊の隊長と収まった人形は、嘲笑を上げ続けている。

残る半分は対照的に、積極的に6人に襲いかかっている。
いや、襲いかかるというのは語弊があるだろう。彼らはとにもかくにも彼らにまとわりつき、動きを封じにかかっている。
それも当然。呪いのように蒸気を噴かせながら前進する城塞を見れば否応にも理解できるだろう。
自分たちが攻撃する必要など無い。ただ彼らの前を通過するだけで、彼らの死は約束されるのだから。

とはいえ、彼らとてここまでの死線をくぐり抜けた勇者たち。
まとわりつくグールも、石を投げ過ぎ逃げ遅れたスケルトンも、一太刀二太刀浴びせれば簡単に崩れさる。
だがそこはお約束と言うべきか、砕かれた死骸に力が注がれ、再び形をなす。
その核は、かつて一振りで何千もの兵士の傷を癒した輝く楯の紋章の輝き。
尽きせぬ傷つけられたこの島の嘆きが魔力となって疑似的な不死を形成している。

亡者が笑い、亡城が進撃し、嘆きが人の形を取って歩き続けるそれは、軍勢というよりは――――

「まるで葬列。喪主を気取るか、ジョウイ=ブライト」

墓場からあぶれたものを墓場まで連れて行こうとするような、その光景を見下ろし
オディオは淡々とそう吐き捨てた。
ジョウイの狙いなどオディオには分かっていた。それは読み合いのような小難しい話ではなく、
放送直前にフィガロ城が動けば、空からは一目瞭然というだけの話だった。
この葬列を構築しているのが、なんであるかも、オディオには検討がついている。
死喰いに死を喰わせるシステムを利用して、ディエルゴの真似事をしているのだろう。

驚くにも値しない。制裁を加えるにも値しない。だが、ただ。

「……お前は、何だ?」

不意に口ずさんでしまったのは、疑問。
制裁を加えないのは、余裕でも油断でもない。必要がないからだ。
ジョウイ=ブライトが今何をしているのかをオディオは正確に理解している。
ならば、ジョウイはとうの昔に死んでなくてはならないのだ。

驚きではない。ましてや恐れでもない。ただ不意に浮かんだ疑問。
空中城の感応石越しに見る、廃人間際の人間へのわずかな感情。


【――――――僕は、魔王だ。お前と違って】


だから、その想定外の返事に僅かに――虚を突かれた。“感情の手綱を外してしまった”。

874勇者への終曲 4 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:43:51 ID:9qS70r1M0
地下71階の楽園、その場所に突如4つの影が現れる。
クラウストロフォビア、スコトフォビア、アクロフォビア、フェミノフォビア。
オディオが来るべき来訪者を迎え撃つために用意した手駒ども。
腕や魔力を構えるその様は、明らかな攻撃意志を示している。
当然、オディオはそんなことを命じていない。
彼女たちが感じたのは、オディオが一瞬だけ、しかし確かに抱いてしまった殺意。
それを汲み取ってしまった彼女たちは、ジョウイに向かい攻撃を仕掛けようとする。

「勇者とは救われぬものを救うもの――――ならば問わなければならない。
 その対立者としての魔王とは一体なんだろう」

オディオがそれを制し、引き戻そうとする。
だが、それよりも一歩速く、フォビア達の動きが止まる。
まるで、より強い糸に絡め取られたように。
フォビア達に背を向けながら、ジョウイは淡々と語る。
その背のマントの一部が刃を形成し、フォビア達に触れていた。

「救われぬものを救う。ここにいるべきではない人を、ここではない場所に帰す。
 ならばその勇者に対立するのは――――彼らの居場所を変えてしまう奴のことなんだろう」

島の意志とは、文字通り島にある全ての意志を取り込むもの。
完全な形であれば、その島に存在するもの全てを意のままに操るという。
有線接続とはいえ、ジョウイが行ったのはまさにそれだった。
無論、確固たる意志を持つストレイボウ達に通じるわけもなく、
フォビア達にも通じるはずもない――――オディオが渡したくないと想いさえしてくれていれば。

「勇者が、人の想いを以て世界をあるべき場所に帰すのであれば……
 魔王とは、己の想いを以て誰かを……世界を変える者に他ならないッ!!」

フォビア達に干渉しながらジョウイは歌い続ける。
規模は関係がない。自分以外の何かを変えようとする者は須らく魔王。
変革者という意味では、オスティア候ですら魔王。
世界征服だろうと、姉だろうと、魔界だろうと、英雄と認める世界であろと、楽園だろうと。
自分の外側にあるものをここではない何処かへ変えてしまう者。

魔法<おもい>を以て、王<せかい>に至る――故に魔王。
変わりたくない、帰りたいと願う人の祈りを汲む勇者と敵対するもの。

875勇者への終曲 5 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:44:46 ID:9qS70r1M0
「ならばお前はどうだ、オディオッ!
 ルクレチアの全てを憎悪し、殺したお前は何故ここに止まっている?
 愚かさを知らしめる? そんなこと最初から分かっているッ!
 なぜそれを改めようとしない。お前は僕なんかよりずっともっときっと、力を持っているだろうッ!!」

今ならばオディオがフォビアを取り戻すのは簡単だ。
オディオとジョウイが真っ当に綱引きをすればどうなるかなど見えている。
だが、オディオにはそれが出来ない。なぜなら、彼女たちを呼んだのは裏切らないからだ。
裏切られるかもしれないから、そうならないように努力をするという人として当たり前の発想が、根本から抜け落ちている。
留めておきたいという想いがない力と、奪ってでも欲しいという狂気の籠もった力では、決定的な差が生まれる。

「答えられないなら教えてやるッ!
 お前には何もない、憎悪だけはあっても、殺意も、敵意も、願望もない。
 世界にこうあってほしいという想いが――魔法がないんだッ!!
 だからお前は全てを失った! 失っても取り戻すそうとさえ思えないッ!!」

力の差は歴然。だが、それでもこの綱引きでジョウイが負ける理由はない。
魔王を魔王たらしめる唯一にして絶対の核が、オディオには欠けている。
だから絶望するほどに試行錯誤をしたのに全ても徒労に終わった。
数多の敗者に機会を与えながら、何一つ満たされなかった。あたりまえだ。



「お前は、“お前に魔王であってほしい”というルクレチアの人々の祈りを叶えた――――“勇者でしかないからだ”ッ!!」
憎悪する<すくう>ことしか知らない勇者オルステッドでは、何かを変えることなど出来はしないのだから。


その一言が楔となったか、フォビアの腕が完全に垂れ下がる。
ジョウイによる支配が完了した証だった。

「言祝げオディオ、いや勇者オルステッドッ! 
 僕は弱いけど、吹けば飛ぶような存在だけど、それでも魔王だッ!!
 お前がいないと嘆いた魔王が、ここにいるッ!!」

ジョウイは迷うことなく門を開き、彼女たちを戦場へ飛ばす。
そこには、戦場で何千の兵を死地へと送ってきた第四軍の将の顔があった。

「だからそろそろ退けよ勇者――――お前がそこにいると、あの子が泣き止まない……ッ!!」

全ての欺瞞を奥歯で噛み潰すようにして、ジョウイは全てを奪い続ける。
奪った全てを積み上げて、偽りの魔王が座すその場所にたどり着くために。

876勇者への終曲 6 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:46:14 ID:9qS70r1M0
「やっちゃったわねえ。案外内心でマジギレしてるかもよ、オル様」
「……遅かれ早かれこうなっていたことです。それに、ちょっとすっきりしました」
後ろからその光景をずっと見ていたメイメイがジョウイに声をかける。
吹き出た鼻血を拭いながら、ジョウイは答えた。

「それに、遅かれ早かれ僕は僕でなくなる。なら制裁もなにもないでしょう」
「まあ、そうでしょうけどね」

今のジョウイは核識――――死喰いを除けば文字通りこの島の全てだ。
この島に刻まれた傷がジョウイの傷であり、
ビジュのダメージも、破壊される亡霊兵も、フィガロ城を動かした結果の大地の損耗も、全てがジョウイのダメージだ。
ひとえに肉体が滅んでいないのは、魔剣がジョウイを生かしているからに過ぎない。
何せ死を背負った今、現在の魔力はこの島の全て――致命傷ぐらいならば死ぬ前に甦る。
当然、それは肉体だけの話。精神は何度も死に、常人ならばとうの昔に砕けている。

「でも、僕はこれでよかったと想っていますよ。人を殺して感じる痛みで、死ぬことなんて無い。
 でも今は、それをちゃんと理解できるのだから」

それを好しと思えるのは、優しさか、あるいはもっとおぞましい何かなのか。
分類としては、間違いなく狂人のそれだろう。
壊れているものが、もうこれ以上壊れることがないように。

「でも、何で数で攻めることにしたの? そこがよく分からないわね」
「……今更陣形がどうだ、伏兵がどうだ、ということがしたいわけではありません。
 ただ……戦闘では勝ち目が見えないので、戦争にする必要があった」

戦争が本格化すれば、負荷はこれまで以上になるだろう。
そうなるまえに、ジョウイはメイメイの問いに答えた。
魔王対勇者、その構図では絶対に負けるとジョウイは確信している。
だが、魔王軍VS勇者軍という構図ならば、負ける“かなあきっと”程度には変わる。
その曖昧さこそにジョウイには重要だった。

「それに、僕もひとりじゃ、ありませんから」

ジョウイは右手を見つめながら、ぼそりと呟く。
その右手に集めた破片はどれも小さく、たよりないものだけど。
魔女の力も、核識も、冥府も、真紅も、モルフも。
それでも託されたもので、信じてくれたもので、決してなくしてはならないものだ。

877勇者への終曲 7 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:47:10 ID:9qS70r1M0
「貴方達をルカ以上と評価する。それが6人ならば、これが最低限だろう」

100の葬列、将が4人、フォビアが4体――――宿星<ほし>になれぬ屑石の群。
日没とともに諸共消える陽炎の如き軍勢。それがジョウイ=ブライトが賭けた全て。

逃げるならばそれでもいい。だが、この身は最早止まらない。
メイメイから伝えられた名前を告げる。
この剣にて死喰いへの扉を開き、偽りの魔王を玉座から叩き落とす。

「Sword murdering reincarnation antiquated―――――――」


偽りの楽園の片隅に、一つの腕があった。
そして、その掌の中には、汚れた頭飾りが一つ。
それらを背に、最後の魔王は世界で一番優しい地獄<らくえん>を創る。


「S.M.R.A――逆しまのARMS<ネガ・アームズ>――この一戦を以て英雄の輪廻を断ち切り、楽園を切り開くッ!!」


訪れるのは昨日か、明日か。齎されるのは、救いか、導きか。
勝者も、敗者も、そうでないものも。この島の全てを巻き込んで。
勇者と、英雄と、魔王を巡る、最後の決戦が切って落とされた。











RPGロワ159話「みんないっしょに大魔王決戦」


CAUTION!―――――――――――――――――戦争イベントが開始されました。リーダーを選定して部隊を編成してください。

878勇者への終曲 8 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:47:43 ID:9qS70r1M0
【イスラ=レヴィノス@サモンナイト3】
[状態]:ダメージ:小、疲労:小
[スキル]:動揺(極大)心眼 勇猛果敢 フォース・プリズナー№666(Lv1〜4)
[装備]:魔界の剣@DQ4 ドーリーショット@アーク2 44マグナム@LAL*残弾無し ミラクルシューズ@FF6
[道具]:召喚石『天使ロティエル』@SN3 召喚石『勇気の紋章』@RPGロワオリジナル
[思考]
基本:十字架に潰される
1:???
[参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている)

【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:動揺(大) ダメージ:中  胸部に裂傷 左肩に銃創(いずれも処置済み) 精神疲労:小
[スキル]:せいけんルシエド 
[装備]:アガートラーム@WA2
[道具]:ラストリゾート@FF6 いかりのリング@FF6 日記のようなもの@貴重品
[思考]
基本:私が、ジョウイ君と……同じ……
1:???
[参戦時期]:ED後

【ストレイボウ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ:中、疲労:中、心労:中 勇気:大
[スキル] ルッカの知識(ファイア、ファイガ、フレア、プロテクト)*完全復元は至難
[装備]:フォルブレイズ@FE烈火 天罰の杖@DQ4 マリアベルの手記@貴重品 “勇者”と“英雄”バッジ@クロノトリガー
[道具]:クレストグラフ@WA2(クイック、ハイパーウェポン)
[思考]
基本:“オルステッド”と向き合い、対等になる
1:???
2:俺はオルステッドを、どうすれば……

[参戦時期]:最終編
※アキラ以外の最終編参加キャラも顔は知っています(名前は知りません)
※ルッカの記憶を分析し
【バトルロワイアル開催以降の記憶】と【千年祭(ゲーム本編開始)以降の記憶】を復元しました。
※ジョウイより得た空中城の位置情報と、シルバードの情報をほかの参加者に伝えました。

【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:瀕死:最大HP90%消失 精神ダメージ:小 覆面 右手欠損 左腕に『罪の証』の刺傷
    疲労:中 胸に小穴 勇気:真
[装備]:天空の剣(二段開放)@DQ4 パワーマフラー@クロノトリガー バイオレットレーサー@アーク2
[道具]:ブライオン@武器:剣 
[思考]
基本:幸せになれと、その言葉は刻み込んだ。ならば痛みにこの身を晒し、幸せを探して生きるのもひとつの道かもしれんな。
1:???
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)

【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:クラス『ピュアピサロ』 ニノへの感謝 ロザリーへの純愛 精神疲労:小
[スキル]:魔封剣、デュアルショット、アルテマバスター*いずれも要バヨネット装備 ミーディアム:ラフティーナ
[装備]:バヨネット@RPGロワオリジナル
[道具]:ミーディアム『愛の奇蹟』@WA2 クレストグラフ@WA2※ヴォルテック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック
    データタブレット×2@貴重品
[思考]
基本:すべての命が、自らの意志で手を取り合える世になるよう力を尽くす
1:???
[参戦時期]:5章最終決戦直後
 ※バヨネットからパラソルが無くなりました。魔導系コマンドはそのまま使用可能ですが、魔力補正がなくなりました。

879勇者への終曲 9 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:48:31 ID:9qS70r1M0
【アキラ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ:中、疲労:大、精神力消費:大
[装備]:デーモンスピア@DQ4 激怒の腕輪@クロノトリガー
[道具]:双眼鏡 不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
[思考]
基本:本当の意味でヒーローになる。そのために……
1:???
[参戦時期]:最終編(心のダンジョン攻略済み、ストレイボウの顔を知っている。魔王山に挑む前、オディオとの面識無し)
[備考]:超能力の制限に気付きました。テレポートの使用も最後の手段として考えています。
※カノンの名をアイシャ・ベルナデット、リンの名をリンディスだと思っています。
※松のメッセージ未受信です。
※自由行動中どこかに行っていたかどうかは後続にお任せします


*以下のアイテムは城出現の際に破壊されました

【ドラゴンクエスト4】
 毒蛾のナイフ@武器:ナイフ

【アークザラッドⅡ】
 デスイリュージョン@武器:カード

【幻想水滸伝Ⅱ】
 点名牙双@武器:トンファー

【その他支給品・現地調達品】
 拡声器@貴重品
 


【SMRA隊】

【反逆の死徒@???】
[状態]:クラス『モルフ崩れ』 軍服黒焦げ 
[装備]:蒼流凶星@幻想水滸伝2@城に投げ捨てられたもの 黒き刃@幻想水滸伝2 亡霊兵(25名)
    副将:フェミノフォビア(抜け道付加)、アクロフォビア(飛行付加)
[スキル]:暗器・凶毒針 状態付加・麻痺
     遠距離攻撃・召雷 ゲレハラスメント(憑依:攻撃力防御力20%減少)
     再生能力(毎ターンHP25%回復)俊敏、逆襲、狙い撃ち
[思考]
基本:ただ導かれるままに
1:皆殺し
部隊方針:距離をとって投石攻撃 ※周囲の石はミスティック効果にてアーク1相当にまで強化されています

[備考]
*部隊は亡霊兵@サモンナイト3、スケルトン系@アーク2、グール系@アーク2、リッチ系@アーク2の混成です。
 ステータスはいずれも雑魚相当。残る参加者のレベルなら普通に戦闘すれば1、2撃程度で倒される程度です。
 ただし、輝く盾の紋章効果にて時間復活します。
 部隊長を倒せば配下兵力の復活はありません。また、副将を倒せば更に弱体化します。

【反逆の死徒】
 かつて裏切り、裏切られたもの。死喰いに喰い尽くされたその残り滓に泥を与えられたモルフ未満の生命。
 特に欠損を補填するために融合させられたタケシーとの親和性から、タケシーの召喚術・特性を行使できる。
 また、亡霊兵を駆動させるエネルギー中継点となっていることから、再生能力もある。
 しかし所詮はそれだけ。並み居る英雄達には敵うべくもない。
 だからこそ掬われる。楽園を形作る礎となるために。

880勇者への終曲 10 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:49:28 ID:9qS70r1M0
【砂喰みに沈む王城@???】
[状態]:クラス『大魔城』外壁損傷 駆動部中破(スペシャルボディにて無効化)
[装備]:亡霊兵(25名)データタブレット@自由行動中にジョウイ(正確にはクルガン・シード)が捜索したもの
    副将:クラウストロフォビア(石化攻撃付加)、スコトフォビア(HP吸収付加)
[スキル]:ハードボディ、スペシャルボディ
[思考]
基本:ただ導かれるままに
1:皆殺し
部隊方針:敵に張り付き、移動を制限する

[備考]
*部隊は亡霊兵@サモンナイト3、スケルトン系@アーク2、グール系@アーク2、リッチ系@アーク2の混成です。
 ステータスはいずれも雑魚相当。残る参加者のレベルなら普通に戦闘すれば1、2撃程度で倒される程度です。
 ただし、輝く盾の紋章効果にて時間復活します。
 部隊長を倒せば配下兵力の復活はありません。また、副将を倒せば更に弱体化します。

【大魔城】
 王位継承者を喪い廃絶の決定した王国の城。それを良しとできない未練から伐剣王に終わりを奪われる。
 その蒸気はあらゆる物を灼き、左右の回廊は一撃必殺の腕。
 その城塞はあらゆる物理ダメージを半減させ、あらゆるステータス異常を無視する。
 ゴーストロード同様、ミスティックで強制的に能力を引き上げられため、動くたびに、進むたびに崩れゆく。
 だが城は止まらない、止まる必要がない。この城が守るべき国は、もうどこにもない。



【F7 アララトス遺跡ダンジョン地下71階 二日目 午後】

【ジョウイ=ブライト@幻想水滸伝Ⅱ】
[状態]:クラス『伐剣王』 ダメージ:計上不能 疲労:計上不能 金色の獣眼(右眼)
    首輪解除済み 腹部に傷跡 『魔王』としての覚悟
    紋章部位 頭:蒼き門の紋章 右:不滅なる始まりの紋章
[スキル]:紋章術・蒼き門(Lv1〜4)、不滅なる始まり(Lv1〜3)
     フォース・クレストソーサー(Lv1〜4)
     アビリティドレイン、亡霊召喚、モルフ召喚 返し刃のダブルアタック 盾の鼓動は紅く輝く 
[装備]:キラーピアス@DQ4 絶望の棍 天命牙双:左 ハイランド士官服 魔王のマント 亡霊兵×50
    副将:クルガン、シード(主将にしてユニット化可能)
[道具]:賢者の石@DQ4 不明支給品×1 基本支給品
[思考]
基本:優勝してオディオを継承し、オディオと核識の力で理想の楽園を創り、オディオを終わらせる。
1:残る6人を殺害し、オディオを奪う。
2:部隊を維持し、六人の行動を見て対応
3:攻撃の手は緩めないがストレイボウたちが脱出を優先するなら見逃す
4:メイメイに関しては様子見
部隊方針:待機

[参戦時期]:獣の紋章戦後、始まりの場所で2主人公を待っているとき

*部隊は亡霊兵@サモンナイト3、スケルトン系@アーク2、グール系@アーク2、リッチ系@アーク2の混成です。
 ステータスはいずれも雑魚相当。残る参加者のレベルなら普通に戦闘すれば1、2撃程度で倒される程度です。
 ただし、輝く盾の紋章効果にて時間復活します。
 部隊長を倒せば配下兵力の復活はありません。また、副将を倒せば更に弱体化します。


[備考]
※無色の憎悪の『始まり』を継承し、憎悪を限定的に制御できるようになりました。
 ただし、毒性はそのままのため、日没までには憎悪に喰われます。

※マリアベルの欲望の残滓を魔剣に取り込んだことで、アビリティドレインが使用可能。
 無色の憎悪を介して伐剣王が背負った(魔剣に想いを取り込んだ者)の能力を限定的に使用できます。
 ただし、その為には死の痛みも含めた全てを背負う必要があります。
 また、ロードブレイザーのようなジョウイの理想に全く繋がらない想いは背負えません。

※アビリティドレインにより『災いを招く者』の力と誓約しました。
 その力とグラブ・ル・ガブルにより、亡霊騎士をモルフ化しました。
 この2体のみ維持のための魔力コストがなくなりましたが、破壊されれば再召喚はできません。

※メイメイが地下71階に待機し、オディオにも通じる状態でジョウイを観察しています
※死喰いの誕生とは、憎悪によって『災いを招く者の闇魔道』を起動させることで、
 グラブ・ル・ガブルとプチラヴォスの亡霊をモルフとして再誕させることです。
 ただし、現在は闇魔道の半分がジョウイの魔剣に封じられたため、
 現時点ではジョウイにもオディオにも不完全な形でしか誕生できません。

881みんないっしょに大魔王決戦 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:50:40 ID:9qS70r1M0
投下終了です。意見、指摘有れば是非。

882SAVEDATA No.774:2014/01/05(日) 04:24:58 ID:xTqqe5.Y0
執筆と投下、お疲れ様でした。
幻水ったら戦争イベントだけども、。
ああ……「始まりの傷や痛み、夢を知って、それを自身の終点にはしない」。
これが氏の書く話の根幹にあるものだなあ、と思っているのだけど、
手筋というか、他の書き手さんへの問いかけとしても十二分に機能するなあ……。
そして、『みんないっしょに』。このタイトルには色々な意味で胸を衝かれる。
これだけ真剣で、なおかつこれまでのリレーで拾ったものと拾われなかったものとを
丁寧に見きったうえで「いま答えを出せ」と言わんばかりの白刃を振りかざすような問いをかけられて、
このSSやこの答えを導いた流れもだけど、リレー自体がどうなるか気になってしょうがない。
氏はこれまでも「さあ、みっつのパートに分かれて戦ってみようぜ!(瓦礫の死闘)」
みたいなフリをするコトはたくさんありましたし……今回にしても敵陣営の陣容などがきっちり整理されてる
点を差し引いても、ここまで身を切られるような「みんないっしょに」ってのは、そうそうないんで。
だから、どうしよう。ひとと遊ぶゲームが苦手な自分には良い話を読んだ、言いたいことを
言ってくれた、クロノ・クロスの要素やオレンジ隊、ハッピーエンドの先のコトをよく拾ってくれたッ!
……みたいなことを言えても、「分かった、今から編成画面(メモ帳)開くわ」とは言えない。
リレーであるかぎり、それが不向きだと分かった自分には、どうしても言ってやれない。
いい話を読んで、莫迦みたいにありがとうと返すことしか出来ない。それを、本当に申し訳なく思います。

でもそんな湿っぽい感想が一発目じゃあ悪いので、もう少しだけ。
魔王オディオの終曲は、自分にはよくやったとしか言えないくだりでした。
世界を変えるとの宣言に、「じゃあ自分はこうする」とすら言えないどころか、
原作からして主人公たちの答えを聞いて納得しちゃうし、SSでも何度か言及されたように
魔王を生み出す要因となった憎悪についてもどうにかしようとしないものなあ。
で、勇者ならば魔王を倒しうるか。それとも……と考えていくのも面白い話でした。
書き手でなくとも、考えることへの面白さを感じることが出来る。ゲームのプレイングを
とおして、ヘルプメッセージやシステムから「考える楽しみ」を知った自分にとって、
氏のSSを読んでいる間に感じるこの感覚も正しくゲームやってるようで好ましいのです。

883SAVEDATA No.774:2014/01/05(日) 04:31:41 ID:xTqqe5.Y0
熱くなって書き足してたら二文目がない、だと……?
戦争イベントだけども、状態表で色々整理してるとはいえその規模でくるか。
そういうコトを脳内で書いた気持ちになっておりました。
後半で書いてますが、だからこそこのフリは凄いなー、だったんですよね。
構図が魅力的すぎるのが分かってなお、このフリを選べる心胆が凄い、と感じたのです。

あと、せっかくなので、新年あけましておめでとうございました。
昨年から展開も最終盤に入って、一話一話が本当に重たいところにあると思いますが、
皆様の努力で楽園のように続いてきたこの企画と、それを支える方たちにとって、
今年がよい年でありまますように。微力ながら祈りつつ、可能な範囲で感想つけるなりはします。

884SAVEDATA No.774:2014/01/05(日) 12:29:32 ID:khVW4KmE0
執筆&投下おつかれさまでしたッ!
戦争イベント来たー!?
これは予想外だったが、27の真の紋章の特性を考えるとなるほどと思わされた!
ジョウイすげぇよ。まともじゃない。こいつが背負うものは底なしか……
反逆の死徒と化したビジュの再登場も驚いた
イスラに汚点を突き付けるだけじゃなくて、ロザリーを呼びだしたアナスタシアと同じって表現には唸らされた

>きれいなものをえらんで、きたないものをすてたのだ。

この一文は、ぐぁー、そう来たかぁ、と思ったね
あの場にあったものは、ただ綺麗なものであっただけで、本質は反逆の死徒と同じかぁ、うーむ、考えさせられるね

885SAVEDATA No.774:2014/02/03(月) 10:23:30 ID:FuUnUz/gO
予約来たか!!

886 ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 19:18:50 ID:mMVbeUhI0
投下いたします

887 ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 19:24:43 ID:mMVbeUhI0
と、すみません
ちょっと所用によりすぐに投下ができなくなってしまいました
今日中には投下いたしますので、一旦>>886を撤回させてください

888 ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:18:13 ID:mMVbeUhI0
先ほどは失礼いたしました
今度こそ投下いたします

889 ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:19:15 ID:mMVbeUhI0
 ――何も抱けないものは、どうすればいい。
 ――求めても手を伸ばしても希っても望んでも。
 ――そうやって足掻いても、何ひとつ手に入れることができないのならば。
 ――いったい、何ができるというのだ。
 
 ◆◆
  ______
 |部隊編成 |
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ・キャラクター選択
   __________  
  | アキラ  
  | アナスタシア  
  | イスラ  
  | カエル  
  | ストレイボウ  
  |→ピサロ  
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ・部隊メンバー
   __________  
  |
  |
  |
  |
  |
  |
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   ___
  |決定|
    ̄ ̄ ̄
 ・キャラクター選択
   __________  
  |→アキラ  
  | アナスタシア  
  | イスラ  
  | カエル  
  | ストレイボウ  
  |  
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ・部隊メンバー
   __________  
  |☆ピサロ
  |
  |
  |
  |
  |
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   ___
  |決定|
    ̄ ̄ ̄
 ・キャラクター選択
   __________  
  | アナスタシア 
  | イスラ     
  | カエル     
  | ストレイボウ  
  |         
  |          
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  
 ・部隊メンバー
   __________  
  |☆ピサロ
  | アキラ
  |
  |
  |
  |
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   ___
 →|決定|
    ̄ ̄ ̄

890其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:20:05 ID:mMVbeUhI0
 ◆◆
 
 もうもうと立ち昇るのは、煙と蒸気だった。灰色の煙は空を舞う。蒸気は高熱の霧となる。
 そうして大気は、煤臭さと油臭さが孕まされ、熱を帯びていく。
 壊れゆきながら嘆きを叫ぶ、たったひとつの異様を中心として、だ。
 内燃機関が悲しみを吼え、駆動部各所が虚しさを訴え、無数の歯車が痛みを叫喚する。
 狂騒たる音の集合は、つまるところなきごえだった。
 顧みられることなく滅びるはずだった、異様たる偉容――砂喰みに沈む王城が上げる、矜持を掛けたなきごえだった。
 王城は往く。
 傷ついた外壁に構うことなく、壊れた駆動部を酷使して、嘆きのままに行進する。
 岩石が合成された人形と、下半身を黒球に埋めた人形と、倒れることを知らない不死の兵を率いて。
 ただただ王城は進む。その身が砕けても、崩れたとしても、止まることなどありはしない。
「城を手にし王を気取るか。成り上がったものだな」
 滅びゆく王城と対峙するのは、かつて魔族の王として君臨していた男だった。
 もはや王たる身ではないとはいえ、その高潔さは喪われていない。そんなピサロにとって、王城など恐れるものではない。
 城など所詮、王の所有物でしかないのだ。
 ならば止める。未だ潰えぬ誇りに掛けて止めるべく、ピサロはこの場で武器を取る。
「気に入らねェよ……」
 そのピサロの隣で、アキラが、絞り出すように吐き捨てる。
 彼は、灼熱する感情を宿した瞳で、真っ直ぐに軍勢を睨みつけていた。
「なんだよアレは。なんなんだよアイツらは……ッ!」
 アキラの拳は、わなわなと震えていた。
 掌に爪が食い込むほどに握り込んでも、その震えは止まりはしなかった。
 アキラの網膜に入ってくるのは、自壊しながら迫る王城と、そして。
 王城と共に進撃し、王城の移動に巻き込まれて潰される亡者たちの姿だった。
 屑のように潰された亡者たちは再生し、もう一度進軍を開始する。
 けれどその一部はまたも王城によって破壊され、再度蘇り、行軍を繰り返す。
 歪に狂い、圧縮された輪廻を思わせるその光景は、地獄としか思えなかった。
「この果てにッ! こんな地獄の果てにッ! お前の望んだものがあるのかよッ!!」 
 返答などあるはずもない。
 それでもアキラは、叫ばずにはいられなかった。
「認めねェ。俺は絶対に、こんなものは認めねェッ!」
 アキラを震わせるのは怖れではない。
 疲労もダメージも焼き尽くすほどに、激しく燃え盛る怒りだった。
「猛るのは構わん。だが、愚かにも吶喊だけはしてくれるな。我らの目的はあの城の足止めだ。奴らがケリを付けるまで、あれを止める」
 亡霊城より先行し、まとわりついてくる亡霊兵を駆逐しつつ、ピサロは告げる。
 その声は冷静で、熱くなる感情をいくらか冷ましてくれた。
「……ああ、気をつける。ここで突っ込んで死ぬなんざ、御免だからな」
「死にたくなくば自分の身は自分で護ることだ」
 冷たい言葉に、アキラは頷きを返し、ふと呟く。
「それにしても、あんたが足止めを買って出るなんて意外だったぜ」
 そんなアキラの感想に、ピサロは不機嫌そうに息を吐いてみせた。
「腑抜けた奴らを連れてはあの城を止められまい。奴らにはさっさとケリをつけて貰わねば困る」
 その手に握るバヨネットに魔力が装填されていく。
「演習の際に見せた意地が仮初でしかないのも」
 その横顔からは、感情は読み取りづらい。
「ロザリーの想いを形にした行為が、“あれ”と一緒にされるのも」
 ただその声音からは、失望の色は見て取れなかった。
「不愉快極まりないのでな……ッ!」
 だからやってみせろと。
 この場にいないものたちを、挑発するように告げて。
 そうしてピサロは、迷うことなく引鉄を引いたのだった。

891其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:20:43 ID:mMVbeUhI0
 ◆◆
  ______
 |部隊編成 |
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ・キャラクター選択
   __________  
  | アナスタシア 
  | イスラ     
  |→カエル     
  | ストレイボウ  
  |         
  |          
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  
 ・部隊メンバー
   __________  
  |
  |
  |
  |
  |
  |
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   ___
  |決定|
    ̄ ̄ ̄
 ・キャラクター選択
   __________  
  |→アナスタシア  
  | イスラ    
  | ストレイボウ   
  |   
  |  
  |  
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ・部隊メンバー
   __________  
  |☆カエル
  |
  |
  |
  |
  |
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   ___
  |決定|
    ̄ ̄ ̄
 ・キャラクター選択
   __________  
  | イスラ
  | ストレイボウ     
  |  
  |   
  |         
  |          
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  
 ・部隊メンバー
   __________  
  |☆カエル
  | アナスタシア
  |
  |
  |
  |
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   ___
 →|決定|
    ̄ ̄ ̄

892其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:21:13 ID:mMVbeUhI0
 ◆◆
 
 ぐしゃりとした手応えと、べちゃりとした手応えと、薄布をなでたような手応えが、刃を通じてまとめて感じられた。
 投石をアガートラームで弾き敵陣へと真正面から突っ込んだアナスタシアの一閃により、アンデッドたる兵が数体、まとめて薙ぎ払われて崩れ落ちる。
 すぐに、アナスタシアは振り返る。
 離れた箇所に展開した亡霊部隊によって投擲された石礫が、アナスタシアへと迫っていた。
「ルシエドぉッ!」
 跳躍した魔狼が石礫を叩き落とす。
 だが、ミスティックによってチカラを引き出された石は、貴種守護獣にさえも手傷を負わせる。
 石を迎撃した前脚には傷がつき、爪が割れ、血液が飛び散った。
 亡者とは思えない統率された動きで、兵士は、機を得たりというばかりに次々と石を投げてくる。
 たかが石ころ。されどその一つ一つが、致命傷となり得る武器だった。
 まるで、路傍の石として顧みられず朽ちることを良しとしないかのように。
 まるで、見向きもされなかった石ころが、その意地を見せつけるかのように。
「ルシエド、下がってッ!」
 アナスタシアが叫んだ直後、ルシエドの姿がかき消える。
 ルシエドを呼び戻したことで、投石部隊がアナスタシアへと狙いを済ませる。
 そうして狙いを変える隙を付き、一気に距離を詰めるべく地を踏みつける。
 その足が、掴まれた。
 白骨の五指が、アナスタシアの足を掴み取る。
 それは先ほど、アナスタシアがなぎ払った兵のうちの一つだった。
 それを中心として、倒した兵が起き上がる。
 忘れるなというように。目にもの見よと、いうように。
 その様に、アナスタシアは、心の底から嫌悪感を覚えた。
「こン、のッ!」
 アガートラームを振りかざし、蘇った兵を容赦無く砕く。
 それでは足らないといように、戻したルシエドを聖剣として顕現させる。形状は短剣。
 小さい分、数を増やしたそれを、頭上に浮かばせるようにして呼び出して、降り注がせる。
 流星のように流れ落ちる聖剣は、亡霊兵たちを刺し、突き、貫き、砕き、壊し、破壊し破砕し貫通する。
 アナスタシアが思うままに、望むままに、亡霊兵を執拗に攻撃する。
 蘇ってくれるなと、二度と起き上がってくれるなと、そう願うように聖剣が降る。
 そうだ。
 死者は蘇るものじゃない。どんなことをしても、帰ってくるものなんかじゃない。
 決して、ぜったいに、なにがあっても。
 戻ってくるものなんかじゃ、ない。
 そうでなくては困る。
 そうじゃ、なきゃ。
 過去<うしなったもの>に手を伸ばしてしまう。
 だからアナスタシアは否定する。目の前で蘇り続ける亡者を否定する。
 そんなアナスタシアを嘲笑うように、亡者の群れは蘇る。我らはここにいると見せつけるように蘇生する。
 刮目せよと。
 貴様が起こした奇跡は、この光景と同質なのだと。
 亡者どもは、アナスタシアの否定以上に執拗に、囁いてくるのだ。
 故にアナスタシアは剣を握る。
 蘇りの果てへと至るべく、剣を振るう。
 そして。
 それだけの時間は、狙いを定め直された石つぶてが、アナスタシアへ飛来するには充分だった。
 生存本能が危機を察知するが、遅い。
 不死者を破壊し尽くすことに意識を割き切っていたせいで、プロバイデンスもエアリアルガードも、回避や防御でさえも間に合わない。
 その身は、完全にガラ空きだった。
 見開いた瞳に、大きくなっていく石つぶてだけが映り込む。

893其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:21:45 ID:mMVbeUhI0
 その石つぶてが、アナスタシアの目の前で。
 まとめて、弾き飛ばされた。
 横合いから、弾丸のように飛び込んできた剣によって、だ。
 その剣は弧を描くように大気を薙ぎ、アナスタシアを狙っていた投石部隊を急襲し、逃げ損ねた不死者たちを沈黙させる。
 剣の柄には、両生類の舌が巻きついていた。
 その舌が、まるでゴムのように、主へと戻っていく。
「落ち着け」
 覆面の奥に舌を戻し、カエルは剣を手にする。
 その様子は安っぽい怪奇小説に出てきそうなくらいには不気味であったが、それに言及する余裕を、アナスタシアは持ち合わせていなかった。
「助かったわ」
 ただそれだけを告げて、アナスタシアは、聖剣ルシエドの連撃を受けてなお立ち上がろうとする、足元の骨を苛立たしげに踏み潰した。
「落ち着けと言っている」
 カエルはアナスタシアの側まで跳んでくると、先の斬撃で仕留め損ねた兵が投げた石を迎撃する。
「放っておいたらまた復活するでしょ。だからこうして、動ける敵を減らさないと……ッ!」
「守りも固めずにか?」
 カエルに弾き飛ばされた石が、地面を穿った。
「たかが石と侮るな。これはもう、弾丸だ」
「わかってる。わかってるわよそんなことはッ!」
 当たり散らすように怒鳴りつけるアナスタシアに、カエルは溜息混じりで返答する。
「分かっているならば冷静になれ。苛立ちを抱えて勝てる戦ではない。戦に勝てなければ生き残れない」
 カエルは淡々と告げる。
 その淡白さが、当然の事実であると如実に表していた。
「生きるのだろう?」
 アナスタシアの奥歯が、ぎりっと音を立てた。
「……生きたいわよ」
 絞り出すようなその声は弱音めいていた。
「生きたいの。生きたいわよ! けど、だけどッ!!」
 その欲望に揺るぎはない。生を求める衝動に偽りはない。
 なのに、アナスタシアは揺れていた。彼女の内で揺れているのは、生き方だった。
「わたしは、弱いのよ……」
 そう零すアナスタシアの目の前で、亡霊兵が何度目かの蘇生を果たす。
「わたしは死者に縋った。想いを集めて、戻ってくるはずのない命を、一時的とはいえ、かえしてしまった」
 けれどアナスタシアは亡霊たちを見つめるだけだった。
「ジョウイくんと、同じように」
 くすんだ瞳で、見つめるだけだった。
「否定できなかった。違うって、言えなかった」
 距離を取る亡霊兵たちを、アナスタシアは、翳る瞳でぼんやりと追う。
「だって、いいなって思うんだもの。うらやましいなって、思っちゃうんだもの」
 遠ざかった亡霊兵が、石を拾い上げる。
「また逢いたいって、望んじゃうのよ」
 その更に向こうに、哄笑を上げるビジュだったものが目に入った。
 死んだはずの人間が、人とは思えぬ姿となりながらも、確かにここで嗤っていた。 
「新しい“わたし”をはじめるって、そう決めたのに」
 鼻の奥が、やけに湿っぽかった。
「なのに。ねえ、どうして――」
 胸の底が、いやにかさついていた。
「つよく、なれないの? かっこよく、なれないの?」
 呟いた直後、投石が殺到する。
 身体が動くままにそれを弾く。だが、アナスタシアは駆けられなかった。
 投石を繰り返す敵の元へと、駆けることができなかった。

894其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:22:31 ID:mMVbeUhI0
 ◆◆
  ______
 |部隊編成 |
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ・キャラクター選択
   __________  
  | イスラ      
  |→ストレイボウ   
  |          
  |          
  |         
  |          
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  
 ・部隊メンバー
   __________  
  |☆ストレイボウ
  |
  |
  |
  |
  |
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   ___
  |決定|
    ̄ ̄ ̄
 ・キャラクター選択
   __________  
  |→イスラ  
  |    
  |   
  |   
  |  
  |  
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ・部隊メンバー
   __________  
  |☆ストレイボウ
  |
  |
  |
  |
  |
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   ___
  |決定|
    ̄ ̄ ̄
 ・キャラクター選択
   __________  
  |
  |    
  |  
  |   
  |         
  |          
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  
 ・部隊メンバー
   __________  
  |☆ストレイボウ
  | イスラ
  |
  |
  |
  |
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   ___
 →|決定|
    ̄ ̄ ̄

895其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:23:16 ID:mMVbeUhI0
 ◆◆
 
 笑い声が、耳の奥でこだまする。
 厭な声だった。
 下卑ていて品がない、その声は、聞くに耐えないものだった。
 もう聞くことはないと思っていた。聞かなくてもいいと思っていた。
 そう思い込むことで、蓋をしてしまおうといていたのかもしれない。
 けれどそれは破られた。
 不意打ちで、蹴破られたのだった。
【ゲヒ、ゲレ、ゲイヒヒヒヒヒレレレレッ!!】
 記憶でもない。幻聴でもない。
 今この耳が、この嗤い声を捉えている。
 粘性の液体から湧き出てきたような人形と、鳥と爬虫類を掛け合わせたような人形を侍らせて。
 そいつは、嗤い続けている。
 その耳障りな声に合わせ、亡霊兵が組織立った動きで投石する。
 ストレートに飛んでくる豪速の石が来る。放物線を描き頭上から石が落下する。曲線軌道を描き、側面から襲ってくる石がある。
 速度も軌道もまちまちながら、投げられた石らは決して互いを食い合わない。
 統率された遠距離攻撃は緻密に精密に、イスラとストレイボウを狙い撃ってくる。
 亡霊兵は疲労を覚えず、攻撃は乱れない。
 故に、その統率を乱すには、打って出る必要があり、
「レッドバレットッ!」
 そのための魔力が、ストレイボウから膨れ上がった。
 紅の火球が複数、枷から解き放たれた獣のように飛び上がる。
 火球は石を迎撃し撃ち落とし、そのままの勢いで亡霊兵へと突っ込んだ。
 爆ぜる。
 陽炎を立ちめかせながら燃え盛る業火に灼かれ舐められ、亡霊たちは崩れ落ち、投石の壁が薄くなる。
 それは、駆け抜けるには充分な空隙だった。
「走るぞッ!」
 ストレイボウの叫びに後押しをされるようにして、イスラは地を蹴った。
 得物を銃に持ち替え、荒れた土を踏み抜く。火炎から逃れた兵の投石を避けて駆け抜ける。 
 耳元に突然、生温い気配が現れた。
【ゲレレレレッ……ヒヒ、ゲレレレ、レレヒッ!】
 その気配が放つ耳障りな哄笑が、真横から響き渡った。
 背筋を猛烈な悪寒が駆け抜ける。それは危機感であり、嫌悪感であり、そして。
 十字架の重さだった。
 その重さは、イスラの意識を強引に引っ張っていく。
 ダメだと、見るなと、そういった気持ちを軒並み押し潰して、イスラの顔を隣へと向けさせた。
「っ!」
 ぐずついた泥を固定剤にしてバラバラに捏ね合わされた、ビジュのようにもタケシーのようにも見える、顔と呼ぶには余りにも冒涜的な物体が、視界いっぱいへと飛び込んでくる。
 あり得ない場所に接合された目が、泥を零しながらギョロギョロと動き回る。
【イヒッ、イヒヒヒヒヒヒッ……ヒヒ、ゲレレレ、イヒヒラララ!】
 その瞳が、イスラの視線と交差した。

896其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:23:58 ID:mMVbeUhI0
【ゲラゲレレレレレヒヒヒヒ、ゲレレヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒイヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!!!!】
 かろうじて口の形を保った裂け目が開き、泥を撒き散らしながら声をあげる。
 そのおぞましさに、意識が灼きついた。
 足が止まり手ががたつく。目が見開かれ冷や汗が滲む。喉がかさかさになって胃が締まる。酸味めいた臭いがせり上がる。
 大きな背中が、撫でてくれた手が。
 笑えるかもしれないと想った、オスティアの幻想が。
 かけがえのない、想い出が。
 翳り、崩れ、遠ざかり。
 全身が、虚脱する。
「イスラッ!」
 崩れ落ちそうになる寸前で、ストレイボウの声がイスラを支えた。
 残っている力を意識し、取り落としそうになったドーリーショットを握り締めて銃口を突き付ける。
 笑いながら離脱する反逆の使徒に狙いを定め、引き金に指をかけて。
 ビジュを斬った記憶が、鮮明にフラッシュバックした。
 体から落ちる首。
 溢れ出る鮮血。
 むせ返るように濃厚な、ちのにおい。
 そして。
 楽しそうな、笑い声。
 あのとき、あの瞬間。

 ――どうして、僕は、笑っていたんだ。

 指が凍りついたかのように動かない。
 銃を握るその手には、ビジュを殺したときの感触が、生々しく蘇っていた。

 ――役立たずだと、どの口が断じられた?

 ビジュだったもの<笑いながら殺した相手>に向けた銃が、震える。
 もう一度殺すのか。
 こんな身になってまで、それでも願ってここにいるこの男を、もう一度殺すのか。
 そう願わせたのは、だれだ。

 ――いま、僕は。いったい、どんな顔をしている?

 想像した瞬間、怖くなった。
 銃口を、向けていられなくなった。
 そうしていることが、拭えない罪のような気がした。
 悠々と距離を取った反逆の使徒が、これ見よがしに手裏剣を取り出すのが見える。
【イヒ、ゲレヒヒ……】
 構える。
【ゲラゲレレレレレヒヒヒヒ、イヒヒヒヒヒヒヒッ】
 投擲される。
 その一連の動作を、イスラは呆然と眺めていた。
 イスラの意識は、もはやこの場所にはなかった。
 だから、気付かなかった。
 周囲に、冷気が立ち込めていることに、だ。
 その冷気は導かれるように収束し固形化する。
 空気にヒビを入れるかのような音を引き連れて分厚い氷が現れ、イスラを囲う。
 投具や投石から、イスラを守るように。
 イスラと反逆の使徒との間を、遮るように。
 氷壁の表面は、鏡のように顔が映り込んでいた。
 蒼白となったイスラの顔が、映り込んでいた。
「イスラ! 無事かッ!?」
 掛けられた声で、その氷壁がストレイボウの魔法によるものだと、ようやく気付く。
 瞬間、イスラの足から今度こそ力が抜けた。武器を、取り落とす。
 焦点がぼやけ、何を見ているのかが分からなくなる。
「僕は、僕は……ッ!」
 うわごとのように呟くイスラを嘲笑うように。
 へたり込むその姿が、見られているかのように。 
 氷壁の向こうからは、笑い声が響き続けていた。

897其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:24:46 ID:mMVbeUhI0
 ◆◆
 
 不死なる兵どもは、雑兵と切って捨てられる程度の実力だった。
 その程度の者がどれほど集まろうと、ピサロの足は一切止まらない。
 纏わりついてくる敵をバヨネットの一振りで斬り伏せ、真空波で吹き飛ばして疾走する。
 進路上に立ちはだかる兵へと走る勢いのまま刃を突き立てる。その身を貫いて引鉄を引く。
 光線のように収束した魔力が射出され、背後に並んだ敵を射抜き切る。
 機械部品が展開し排熱の蒸気が立ち上る。その蒸気を払うようにしてバヨネットを横に薙ぎ、側面からの襲撃者を討ち取る。
 パラソルの魔力補助がなくなり機械側の負担が大きくなった分、近接武器としての取りまわしやすさは向上していた。
 そうしてピサロは雑魚を蹴散らし到達する。
 バヨネットとは比べ物にならないほどの蒸気を上げる、巨大な敵将に攻撃が届く、ギリギリの射程圏内に、だ。
 そしてそこは、敵将の攻撃がピサロに届く場所でもある。
 副将を控えさせて前に出るその敵将の左腕<左回廊>が、唸りを上げて縦回転する。
 鋼鉄の外壁がへし曲がり擦れ火花が散り、蒸気が溢れ返る。
 左腕<左回廊>を支点にし、挙げるように。
 地に付いていた左手<左塔>が、跳ね上がった。
 猛烈な砂塵が巻き上がる。それは蒸気で吹き飛ばされ、悪夢めいた砂嵐を作り出す。
 だがそれは、攻撃の副産物でしかない。
 本命の一撃は、左手<左塔>による突上打だ。
 ピサロはバヨネットの砲口を左に向け、右へ跳躍する。跳ぶと同時に発砲、爆風に乗って距離を稼ぎ、亡霊城の外側へ。
 直後、轟音と共に左手<左塔>の突上打が眼前を通過した。
 復活を果たしピサロへとまとわりつこうとしていた兵を軒並み潰して、左手<左塔>が天を衝く。
 スケルトンが粉々になりグールが肉片と化し亡霊兵が空へと消える。
 それは、必殺の一撃と呼ぶことすら生ぬるかった。
 熱っぽい湿り気を帯びた砂嵐がピサロを襲う。咄嗟に左手で庇うが、蒸気を帯びたそれは皮膚を侵していく。
 そこへ、長い影が落ちる。
 鉄と鉄が擦れ合う不快な轟音を重ねて、摩擦による火花を撒き散らして、亡霊城は旋回する。
 鉄塊と呼ぶにはあまりにも巨大すぎる左手<左塔>を挙げたままで、だ。
 次の動作など、予測するまでもなかった。
 だからピサロは即座にバヨネットを掲げる。その指に魔力と、絶えぬ想いを注ぎ込む。
 魔導アーマーのパーツにチカラが流し込まれる。回路が励起し光を帯び、バヨネットの砲口に輝きが収束する。 
 その輝きは蒼。究極の名を冠する魔力光。絶えぬ想いをエネルギーとする、極まった力の奔流。
「アルテマ――」
 それを前にして、王城は動く。
 左腕<左回廊>の回転を逆にし、悲痛な軋みを迸らせ、打ち上げた左手<左塔>を動かす。
 単純な話でしかない。
 挙げた左手<左塔>を、今度は振り下ろすだけだった。
 超重量の一撃の初動。それを前にしても動じず、ピサロはトリガーを引く。
「――バスター」
 究極光が、解き放たれる。
 球状に広がるエネルギーは、左手<左塔>と正面からぶつかり合う。
 鋼鉄の腕を受け止め、その外壁を引っぺがし、もはや使う者のいない内装を吹き飛ばし、壁を床を柱を食い尽くす。
 左腕<左回廊>から左手<左塔>までの居住スペースが完全に吹き飛ばされ、錆びた内部フレームと砂を噛む駆動機構が露わになる。 
 王城のなきごえが、ひときわ大きくなった。
 剥き出しになった内部機構の各所で、無数の火花が舞い踊る。それは、いのちを燃やしているかのようだった。
 アルテマバスターの輝きは、フレームをひしゃげさせて歯車を砕く。
 それでも、左手<左塔>は止まらない。止まるはずもない。
 ボロボロになりながらそれは、重力を味方につけて、光の奔流を割って来る。
「ち……ィッ!」
 止め切れないと判断したピサロはバヨネットを下げる。
 手を掲げ力を込め、心に満ちる“想い”を意識し、ラフティーナの力を呼び起こそうとして。

898其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:25:46 ID:mMVbeUhI0
 左手<左塔>の軌道が、ブレた。
 ピサロを真上から狙うコースだったはずのそれが、アルテマバスターの光を斜めに斬るようにして、滑って行く。
 左手<左塔>が、空を切って地を叩く。鋼鉄の巨腕に打撃された大地が、怯えるように揺れた。
 ピサロを潰すはずだった左手<左塔>が岩石を破砕し地面を引き裂き痕を刻みつける。跳ね上がった石片が歯車に噛み潰されて砂礫と化す。
 いつの間にか城は、ピサロに背面を向けていた。
 ピサロの口角が、吊り上がる。
 この場で戦っているのは、ピサロだけではない。
 城の背面に、再度バヨネットを突き付ける。
 トリガーに指を掛けて、ピサロは、それが引けないことに気付く。
 魔力の増幅と制御を行っていたパラソルなしで放ったアルテマバスターは、莫大な負荷をバヨネットに掛けていた。
 機械部品が完全にオーバーロードしており、魔力を流しこめそうにはない。
 これを利用して魔力を射出するには、時間が必要なようだった。
 舌打ちをし、稼働する王城を睨む。
 かなりのダメージを与えたとはいえ、まだ左腕<左回廊>の駆動部は生きている。
 この程度では、じきにあの城は嘆きのままに進撃を再開するだろう。
 思案する。
 なにせ相手はあの巨体。この身では近寄ることすらままならない。
 だが、手はある。
 要は、蒸気の熱に耐えきり、真正面からぶつかることが可能な身があればよいのだ。
 そのような身体に変異させる呪文を、ピサロは心得ている。
 リスクは大きい。
 変異中は闘争本能が肥大化し思考力が低下する。インビジブルも使えないだろう。
 耳に届くなげきの声が、思考に混じる。敵は、すぐ側にいる。
 ピサロは、息を吐いた。
 迷っている時間が惜しい。
 だからピサロは決意する。
 王城の一撃を滑らせたあの思念を、無意識のうちに当てにして。
 ピサロは、詠唱を開始した。

 ◆◆

「畜生ッ!」
 倒しても倒しても蘇る兵どもに、もう何度目かわからない肘鉄やローキックを叩き込み、アキラは悪態をつく。
 何度でも起き上がる兵への苛立ちではない。この地獄絵図と、それを描いた者へ、アキラは憤っていた。
 アキラは感じ取る。
 この場に満ちる感情を、その心で感じ取る。
 特段心を読む必要もない。そんなことをするまでもなく、叫びは痛いほどに伝わってくる。
 それは声になどはならない。そんな風にかたちを規定できるほど、この嘆きは薄くない。
 城がさけんで兵が湧く。兵がなげいて城が啼く。
 止みはしない。その軍勢はもはや、他のことなど知りはしない。
 だから止まらない。
 究極光を受け止めて、悲痛な姿を晒しても。
 王城は、止まらない。
 たとえその身が砕けても。
 王城は、止まらない。
 その様は、アキラに思い起こさせた。

899其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:26:26 ID:mMVbeUhI0
「ちがうだろ……」
 自壊することも厭わずに戦い抜いた、義体の英雄の姿を思い起こさせた。
「そうやってさけんで」
 彼女の渇きを思い出す。
 彼女の望みを思い出す。
「叫びだけを残して」
 彼女の、死に顔を、思い出す。
「そうやって逝きたいわけじゃあ、ねェだろッ!」
 アキラが吼えた、その瞬間。
 軍勢を構成するすべての意識が、アキラへと集中した。
 叫びと嘆きと恨みと妬みと慟哭と。
 そして、大いなる絶望が、まるで集合体のように、アキラを睨みつけた。
 その集合意識は、重くくらく粘っこい。
 毒沼のようなそれは、アキラを沈めてしまいそうなほどに深かった。
 声にならない声がする。
 かたちにならない感情が、酸性の液体を馴染ませた暴風のように吹きつける。
 それは純粋が故に暴力的で、もはや精神攻撃の域に達していた。
「なめンな……」
 けれどアキラは俯かない。屈しない。膝をつかずに拳を握る。
「負けるかよ……ッ! 負けて、たまるかよッ!!」
 歯を食い縛り絶望の睥睨を睨み返し足を踏む。
 どくり、と。
 アキラの心臓が、一際大きく拍動する。いのちの底で輝くかけらが、そこにはある。
「お前らは、なんのためにここにいるッ!!」
 スケルトンの憎しみを拳の一撃で割り砕く。
「こんなことで晴れるのかッ!!」
 グールの怨みを肘鉄で叩き潰す。
「こんなことを繰り返して、満足なのかよッ!!」
 亡霊兵の嘆きを念で弾き飛ばす。
 それでも叫びは止まらない。それどころか、アキラが猛るほどに亡者の声は増していく。
 王城が、アキラへと迫る。
 黙れと、目障りだと。
 そう嘆くように、その威容は駆動音を鳴り響かせて吶喊してくる。
 壁に亀裂が走っても。黒煙がもうもうと立ち昇っても。剥き出しになった駆動部から、砕けた歯車が零れても。  
 そいつは、砂埃を纏いただその身だけを武器として、アキラへと迫る。 
 その城の、ボロボロになった左側面へ。
 アルテマバスターを受け、それでも動き続ける左手<左塔>へ。
 突っ込んで来る巨体が、あった。
 その巨体は、鋭い爪の伸びる両手を、進撃する王城へと突き出した。
 城の進撃が、押し止められる。それでも進もうとする城を、巨体は逞しい二本の足で踏ん張って止める。伸びる尻尾が、大地を擦った。
 王城が灼熱の蒸気を噴出させるが、美しい紅の鱗には火傷一つ負わせられなかった。
 巨体の頭部からは、天を貫くような雄々しい角があり、その背には一対の翼が生えていた。
 それは、王城に負けぬほどの威容と威厳を誇っていた。
 そいつが、アキラを一瞥する。
 その紅玉色の瞳には、見覚えがあった。
「ピサロ……?」
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!」
 その口から、雄叫びが上がる。
 音圧はびりびりと大気を震わせ、近場にいた亡者を伏せさせるそれは。
 龍<ドラゴン>、だった。

900其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:27:29 ID:mMVbeUhI0
 ◆◆
 
 身体を龍へと変異させ、その圧倒的身体能力を得る呪文――ドラゴラム。
 ピサロは、龍の力と闘争本能を以って、王城と相対する。
 左手<左塔>のフレームを握り潰す。ひしゃげて折れたフレームを投げ捨て、歯車の群れへと腕を叩き込む。
 力任せに突き出した腕は歯車を一気にぶち抜いて破砕させる。部品の欠片が雪のように降り注いだ。
 黒煙がぶすぶすと沸き上がる。構わず龍は顔を突っ込んだ。
 口を、開く。
 鋭利な牙と赤い舌の奥で、火炎が逆巻いていた。
 息を、吐き出す。
 枷を解かれた灼熱の炎は鋼鉄の部品でさえも融解させる。それは、一兆度もの超高温を彷彿とさせた。
 左手<左塔>が爆砕する。発生した爆発は誘爆を呼ぶ。群れとなって連なる炸裂は左手<左塔>を壊していく。濃くなった黒煙が空を汚す。
 左手<左塔>が崩壊する。悲鳴を上げて崩壊する。
 破砕音に交じり、がぎん、と。
 硬い音が響き渡った。
 その音は、連なる破壊の音の中にあって、あまりにも異質だった。
 爆発の向こうで火花が散る。黒煙の彼方で蒸気が上がる。
 硬質の音を上げたのは、王城の意思だった。
 左手<左塔>はもう、動けずに滅びゆく。なればこそと王城は、左手<左塔>をパージしたのだった。
 本体が爆発に巻き込まれないようなどと、そのような温い意思ではない。
 捨てられた左手<左塔>に込められるのは、苛烈な叫びの結晶だった。
 眩い閃光が迸る。断末魔を思わせる爆音が、世界を揺るがせる。
 龍の至近距離で、大爆発が発生した。
 爆発の熱量など火龍の身には児戯に過ぎない。ただ、その衝撃波と吹き飛んだ残骸は、龍鱗を抉っていた。
 龍が、たたらを踏む。衝撃のダメージと、猛烈な閃光と爆音が、龍の感覚を奪っていた。
 吐き気そうな煤臭さと濃厚な黒煙が立ち込める。
 それを引き裂いたのは、王城の一撃だった。
 船が海を掻き分けるように砂礫をぶち割って、城が滑ってくる。 
 龍に左腕<左回廊>を突き立てるべく、城が駆動する。
 それは、左腕<左回廊>が潰れることを厭わない一撃だった。
 龍の本能が意識を覚醒させる。
 だが遅い。
 龍の身体は、その一撃を避けるには大きすぎる。
 だが龍は、危機感など覚えなかった。
 悲しみとにくしみと絶望の沼の真ん中で、熱く燃える思念を、感じ取っていたからだ。
 その思念は、王城の突進軌道をねじ曲げる。
 龍の真横を、左腕<左回廊>が突き抜けた。
 空を切ったそれを両腕でホールドし、根元に牙を突き立てる。
 へし折る。
 引き千切った左腕<左回廊>を、龍は握り締めて水平に構え、闘争心の赴くままに叩きつける。
 鋼鉄の亡霊に、龍のフルスイングが直撃する。
 鋼が衝突する撃音が鳴る。龍が握った左腕<左回廊>が砕け散り、王城のバルコニーが破壊され、それでも。
 それでも王城は停止することなく、愚直な突撃を繰り返すのだった。

901其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:28:25 ID:mMVbeUhI0
 ◆◆
 
「悪い、ことなのか」
 弾かれ割れて転がり落ちた石片の中心で、カエルが呟いた。
 その隣にいるアナスタシアは黙ったままで、止まない投石を、ただ身体が動くままに弾いていく。
 それはまるで、“生きる”という命令を淡々とこなすだけの人形のようにも見えた。
「死者に逢いたいと望むのは、悪いことなのか」
 隻腕であっても、体力のほとんどを消耗していても、カエルの剣閃は精確で淀みがなく、投石一つさえ先には通さない。 
「俺は……そうは思わない」
 統率こそされており、石の威力は侮れない。その反面、兵自体の錬度はそれほど高くない。
 だからこそ、こうして語ることができる。
「俺は――俺たちは、死者を蘇らせたことがある」
 カエルは語る。
 先刻、イスラと話をしたときのように。
「死者を、“死ななかったこと”にしたこともある」
 カエルが弾いた石が、アナスタシアの弾いた石と衝突し、砕ける。
「シルバード。ストレイボウが――ジョウイが言っていたその翼で、俺たちは時を超えてきた」
 砕けた石は何処かへ弾け飛び、見えなくなる。もう一度と望んでも、きっとその石は見つからない。
「そうして俺たちは死した仲間を蘇らせた。仲間の母親を――死んだはずの人間を、救った」
 探しても探しても、きっともう、見つからない。仮に見つかったとしても、砕けた石はもう、戻らない。
 けれど、歴史を変えさえすれば。
 石が砕ける直前に戻ることさえできれば。
 もう一度、砕ける前の石は見つけられる。
 たとえその結果、カエルかアナスタシアが、傷ついたとしても。
「……反吐が出るわ」
 吐き捨てるアナスタシアに、カエルは苦笑を返すだけだった。
「それでも俺たちは、後悔はしていない。間違ったことをしたとは思っていない。身勝手だと、そう思うか?」
「思うわね」
 斬って捨てるような返答からは、深い苛立ちが感じられた。
「貴方達はそれでいいわよね。けれど、過去を変えたいって願う人がどれだけいると思ってるの」
 アナスタシアが、アガートラームを振り上げ、
「過去は変えられない。変えちゃいけない。そんなのは当たり前なの。そうじゃなきゃ、現在<今>を大切になんてできないじゃない」
 地を割りかねない勢いで、荒っぽく叩きつける。
「死んだ人<過去>は戻しちゃいけないの」
 飛んできた石が、まとめて砕け散った。
「いけない、のよ……ッ」
 それは、血が滲むような呟きだった。
 死者の“想い”を形にしてしまったアナスタシアが、血を流しているようだった。
「正論だな。ならば――」
 カエルはすうっ、と呼吸をし、目を細めて亡者を見る。
「悔いているのか?」
 アナスタシアは答えない。
 食い縛るように、耐え抜くように、彼女は押し黙って身を守る。
 晒される石礫に反撃をせず、されるがままに身を守る。
「悔いるなとは言えん。お前とジョウイが違うと、否定してやることは俺にはできん」
 カエルは言葉を区切り、ただな、と続け、
「ヒトは、多かれ少なかれ身勝手だ。だから俺たちは行動した。そうでなければ生きられん。
 そうでなくても生きられるのは、生粋の“勇者”くらいだ」
 あのとき、遺跡ダンジョンの地下で、共界線を通じて感じた“救い”と。
 アナスタシアに寄り添っていた魔狼を想い浮かべて、カエルは問うた。
「それは、お前もよく分かっているだろう?」

902其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:29:23 ID:mMVbeUhI0
 ◆◆
 
 覆うような氷壁の中で、イスラはへたり込んでいた。
 そんなイスラの前に、ストレイボウはしゃがみ込む。その細い肩にそっと手を乗せると、震えが伝わってきた。
 血の気を失い俯くその姿は、よく似ていた。
 罪に苛まれ、苦しみ喘ぐストレイボウと、よく似ていたのだった。
「落ち着くんだイスラ」
 ストレイボウは、努めて落ち付いて語りかける。
 氷壁を外から叩く投石の音から、気を逸らせるように。
 氷壁の向こうで喚き散らすような笑い声を、意識から引きはがすように。
 時間に余裕があるわけではない。
 だがストレイボウは、ゆっくりと、子どもに話しかけるように、言葉を紡いだ。
「俺が、分かるか?」
 俯いていたイスラの顔が、上がる。
 瞳は見開かれていた。唇は戦慄いていた。顔色は、真っ青だった。
 見るからに痛々しい様子で、イスラは、ストレイボウを見つめ、そして、小さく頷いた。
「そうか、よかった」
 ストレイボウの顔に笑みが浮かぶ。
 まだ終わっていない。まだイスラは、堕ちていない。
 それでこそイスラだと、ストレイボウは安堵する。 
「イスラ。俺の罪を、憶えているか?」
 その問いに、イスラは呆然としたまま、首を縦に振る。
 それを見届けてから、ストレイボウは口を開く。
 胸の底の疼きを堪えながら、だ。
「俺の罪は、決して許されるものじゃない。たとえみんなが許してくれたとしても」
 忘れてはならない罪科が痛む。心に刻み込まれた咎が、ストレイボウを締め付ける。
 それでいい。この疼痛は、決して忘れてはならない。癒してはならない。
「罪は、決して消えない」
 その痛みと、ストレイボウは向き合う。
 誤魔化さず、逃げ出さず、真正面から立ち向かう。
 消すためではなく、受け止めるために。
 そうすることができるのは、胸に灯る、確かな“想い”があるからだ。
「その重さに関係なく、犯した罪は、消せないんだ」
 それは、独りでは得ることができなかったもの。
 それは、オルステッドを昏い瞳で眺めていたかつての自分では、決して手にすることができなかったもの。
「だから自分で、付き合い方を決めなきゃいけないんだと、俺は思う」
 そして、それは。
 イスラの心にもまた、灯っているはずなのだ。
「こうするべきだとか、そんなことは言わない。俺は、お前に答えを与えてはやれない」
 だけど、
「お前が自分で見つけた付き合い方なら、俺はそれを否定しない。それが、どんなものであってもな」
 イスラの肩から右手を離して握り拳を作る。
 その手を軽く、イスラの胸へと押し当てた。
 鼓動を感じる。
 イスラの鼓動を、その温もりを、イノチを、確かに感じる。
 あのとき、ジャスティーンを召喚した力は、きっと今も宿っている。
 だから大丈夫と、ストレイボウは思うのだ。
 それは信頼だった。
 たとえイスラが十字架に捕われて自分自身を信頼できなくとも。
 信頼する人間はここにいると、伝えるように、告げる。
「答えを、出しに行こうじゃないか」
 ストレイボウは立ち上がり、手を差し伸べた。
「俺も、俺の罪の証と――フォビアたちと、向き合いに行くよ」

903其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:31:03 ID:mMVbeUhI0
 ◆◆
 
 砂埃が巻き上がり、蒸気が噴き出し、黒煙が吹き上がり、火炎が舞い踊り、炸裂が連続する。
 激しさを増す龍と王城の闘いは、命を掛けた舞踏のようだった。
 王城の損傷は激しい。左腕<左回廊>から先を損失し、半分以上の外壁が壊れ、駆動部は異音を立て続けている。
 されど王城は死を恐れない。
 その身が砕けても、壊れても、苛烈なる攻撃の手が止むことはない。
 その事実は、龍に防戦を強いていた。
 目的は足止めであり、時間が経てば城は自壊する。故に防戦自体は不利な要素ではない。
 ただしそれは、戦術的な目線で見れば、だ。
 これは、戦争なのだ。
 局所的な戦闘での勝利が、最終的な勝利に繋がるとは限らない。
 たとえば。
 時間を掛けた末に勝鬨を上げても、その瞬間に首輪が爆発してしまえば、それでおしまいなのだ。
 王城ほどではないが、龍も無視ができないくらいの傷をいくつか負っている。
 それでも龍は、致命的な一撃を受けていない。
 その状態を維持できているのは、アキラのサポートがあってこそだ。
「ら、あぁァ――ッ!!」
 アキラの念力が王城を惑わせる。
 龍を叩き潰すはずだった右手<右塔>が、地面だけをブッ叩いた。
 息をつく暇はない。
 スケルトンの斬撃が、すぐ側へ迫っている。
 避け切れないと判断したアキラは身を仰け反らせて防御する。皮膚の表面を刃が走り、血が噴き出した。
 脳が痛みを知覚する。その痛みに反応し、防衛本能が天使の幻像<ホーリーゴースト>を生み出す。
 天使の幻像<ホーリーゴースト>が、斬りつけてきたスケルトンを爆ぜさせた。
 セルフヒールで回復を行って体勢を立て直す。嘆きを呻かせて、亡霊兵どもがアキラに群がって来る。
 火の思念<フレームイメージ>でそいつらを焼き払い、逃れた敵にエルボーを叩き込む。
 矢継ぎ早に意識を王城へと移し、その攻撃を逸らさせるべく念を飛ばす。
 太い右手<右塔>が龍の片翼を掠める。その翼膜が、破かれた。
「糞……ッ!!」
 失敗したわけではない。
 念が、効きにくくなっているのだ。
 あらゆる状態異常を無効とするスペシャルボディであっても、アキラの“想い”が乗った強念による一時的な幻惑は防げない。
 意識が――感情があるのであれば、その思念を止めることなどできはしない。 
 そしてアキラの強念は、王城が抱く感情の対極にあるものだ。
 故にそれは効果的であり、同時に。
 抗いの意思を、呼び起こす。
 軍勢を突き動かす感情に、アキラが反発し続けるように、だ。
 軍勢が、力を増す。
 悲しみが、嘆きが、絶望が、より大きくなる。
 その様子は、酷く歪だった。
 アキラは、歯が食い込むほどに唇を噛み締めた。
 スケルトンを一体割るたびに悲しみが増える。
 グールを一体焼くたびに嘆きが大きくなる。
 亡霊兵を一体倒すたびに叫びが強くなる。
 そうして、絶望はぶちまけられる。アキラが輝けば輝くほど、この場に陰は落ちていく。
 それでもアキラは王城へ念を向ける。 
 負けられないのだ。負けたくないのだ。
 こんな、つめたい悲しみだけが満ちるものを。
 こんなつめたさの果てに、在るものを。
 アキラの想い描く“無法松”<ヒーロー>は、絶対に、ゆるさない。

「止まれ……!」

 念じる。
 王城の一撃は揺るがない。それを龍は、紙一重で回避する。
 
「止まれ……ッ!!」

 念じる。
 王城の攻撃は止みはしない。それを龍は、腕一本で受け止める。
 
「止まれェッ!!」

 念じる。
 王城は踊る。その衝撃で自身を破壊しながら、蒸気と火花を散らして舞う。

「止まり……」

 強く果てない“想い”を乗せて、心の底から念じる。

「やがれえぇェ――ッ!!」

904其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:32:50 ID:mMVbeUhI0
 しかして。
 王城は、止まる。

 耳を覆いたくなるような、痛々しい音と同時に、だ。
 王城は、停止していた。
 その右手<右塔>を、龍の身体を深々と突き破って、停止していたのだった。
 言葉を失うアキラの視線の先で。
 龍の身が、縮んでいく。
 角と翼と尻尾が、折りたたまれるように細くなり小さくなる。
 全身を包んでいた紅の鱗が、肌色に変わっていく。
 戻っていく。
 龍の姿から、戻っていく。
 右手<右塔>に引っ掛かり、屋上の端を掠め、王城にもたれかかるように倒れて。
 龍は――ピサロは、小さくなっていく。
 微動だにすることなく。
 声を上げることもなく。
「く、あ……」
 ピサロは小さくなって、アキラの目には、見えなくなった。 
 
「――――――――――――――――――――――――――………………………………………………………………………………ッ!!!!」

 アキラの口から、絶叫が迸る。
 それに呼応するように。それを、嘲笑うように。
 歯車が鳴る。駆動機関が声を上げる。
 王城が、再度動き出す。
 音を立てて、緩慢に。
 王城は、旋回する。
「……嘘、だろ」
 そう零さずには、いられなかった。
 右手<右塔>にべっとりと付着した龍の――ピサロの血液が、右手に浸透していく。
 まるで、啜るように。
 こぼれた命を、吸うように。
 すると。
 龍によって砕かれたはずの、バルコニーが。
 超過駆動によって吹き飛んだ、歯車が。
 直っていく。王城の破損箇所が修復されていく。
 そうして城は、千切れた左腕から先を除いて回復を果たし、アキラへと向きなおった。
 進撃が、再開される。
 直り切らなかった左腕<左回廊>から、火花を散らして。
 変わらぬ悲しみをあげながら。
 修復された外壁を、再び壊しながら。
「やめろよ……」
 壊れる痛みを知っているくせに、他の方法を知らないかのように。
「もう、やめろよ……」
 城は、自分を傷つけていく。
 悲しみの荒野にたった独り取り残され、未練を燻らせ憎しみを淀ませた果てに。
 たった一つだけ残された方法が、それだと主張するように。
 それしかないのだと、言うように。
 それこそが、絶望の深淵でみつけた、最後の最後の。
 ほんとうに最後の、たった一つだけ残された、“希望”だというように。
 そんな亡者たちから、王城から、軍勢から。
 伝わってくるものは、つめたいのだ。
 伝わってくるものは、苦しみを引き剥がそうと胸を掻き毟り、その結果自分を引き裂いてしまうような痛みなのだ。
 
「これが、こんなものが、“希望”だっていうならさ」

 どくり、と。
 アキラの心臓が、高鳴った。

「誰が、笑えるんだよ?」

 どくり、どくり、と。
 アキラの鼓動が加速する。

「どこで、誰が、笑えるんだよ?」

905其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:33:44 ID:mMVbeUhI0
 空を見続けたギャンブラーが手にした、希望と欲望のダイス。
 夢見るギャンブラーが潰えても、その力となった“希望”は、一万メートルの夢の果てで息づいている。
 アキラの血となり肉となり、胸の中で脈打っている。
 どくりどくりと。
 強く雄々しく激しく、鼓動<ビート>を刻み続けている。
 軍勢の中に蔓延する、暗く冷たく悲痛な“希望”めいたものではなく。
 アキラだけが抱く“希望”が、胸の奥に確かに在る。

「なあ、あんた」

 それに突き動かされて、アキラは呼び掛ける。

「あんた、今――」

 アキラは投げ掛ける。
 かつて、ここではないどこかの、顔も名前も知らない誰かへ向けた問いと、同じ問いを。
 この声の届くすべてのものへと、投げ掛ける。

「――幸せか?」

 悲しみが、膨れ上がった。
 くず折れ、重なり、霧と化していた亡者の兵が、音を立て、一挙に立ち上がった。
 蒸気が溢れ、すべての歯車が轟音を立てて回り出す。
 アキラの問いを押し流し引き潰そうとするかのように、軍勢が動き出す。
 突進が来る。
 それは、部隊全ての未練と憎悪を集めて殺意とした突進だった。
 濃厚で濃密で膨大で、底なしの殺意。触れた瞬間に消し炭にされてしまうほどの、圧倒的な暴力。
 過ぎ去った後には何も残らない、荒廃だけを呼ぶ、酷くつめたい悲しみの突撃。
 一片の幸せだってありはしないと、そう宣言するかのような進軍を、アキラは、真っ向から睨みつける。
 たった一人ながら、その身から揺らめく意志は、軍勢に劣るものでは、決してない。
 それどころか。
 アキラの意志は、軍勢を突き動かす巨大な感情と拮抗するほどに、強いものだった。
 認められない。
 そんなものが、“希望”だと。
 決して、認められない。
 アキラは、ただ鼓動を感じる。
 自分の中で確かに脈動する、その熱を感じ取る。
 それは力強さを増していく。
 目の前の絶望を前にして、果てないように強く拍動する。
 抗いのリズムを刻む。

906其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:35:21 ID:mMVbeUhI0
「ざけんなよ……」

 だからアキラは逃げない。
 こいつらに、背を向けるわけにはいかない。

「たとえ、たとえもう、ボロボロになって、壊れちまうことになったとしてもな……」

 目を、逸らさない。
 こいつらを、このまま進めさせるわけにはいかない。

「ほんとうに、ほんとうの“希望”を抱いていられるのなら……」

“希望”というのは、あたたかいものだと。
 それを分からないまま突き進み、勝手に逝かれるのは、我慢がならなかった。

「いつかきっと、笑えんだよ……」

 あたたかさを拒絶して、逝った先にあるものが。
 ほんとうに楽園である、はずがない。
 だから、アキラは叫ぶ。
 
「なあ」

 たったひとり、荒野の果てを彷徨って、ボロボロになっても闘って。
 それでも消せない“希望”を抱いていたから。
 今際のときに微笑っていられた、英雄の名を。
 アキラは、叫ぶのだ。
 それは、当の本人すら捨てた名前。
 捨てられても朽ちてはいない、確かな名前だった。

「――そうだろ、アイシャッ!!」

 轟音を立てて。
 西風が、吹き荒れた。

907響き渡れ希望の鼓動 ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:36:40 ID:mMVbeUhI0
 ◆◆

 歯噛みしてカエルの言葉を聴くアナスタシアの髪が、雄々しい突風によってはためいた。

 ◆◆

 ストレイボウの手を取れるのか、取っていいものかと逡巡するイスラの頬を、強烈な風が撫でていった。

 ◆◆

 心臓が破裂しそうなほどに暴れている。沸騰しそうな血液がアキラの体中を駆け巡る。
 体が熱い。
 心が熱い。
 湧き上がる熱に果てはない。高まる熱量は風を起こす。
 突風に等しい西風を、巻き起こす。
 その熱に、風に、カタチを与えるべく。
 アキラは“希望”を思い描き、ヒーローをイメージする。
“希望”の鼓動<ファンタズムハート>が、思念に血を通わせる。
 
「アクセス……ッ!」
 
 想い出が、形になっていく。
 アキラに宿り融合したミーディアムが、アキラの念と血によって具現化する。

「PSY-コンバインッ!」

 太い金属の二足が、アキラの背後に着地した。
 それに支えられるのは、紅の模様が刻まれたメタリックボディ。
 その背にはミサイルのようなスラスターがマウントされている。
 無骨な両手が握り締められ、鋼の拳が作られる。
 その天辺、頭部には、黄金の冠が輝いていた。
 その姿は、“希望”の貴種守護獣とは似ても似つかない。
 当然だった。
 これは文字通りに、アキラが心血を注いで生み出した“希望”なのだ。
 アキラの中で、燦然と燃え盛る“希望”なのだ。
 故に吹く西風も、そよ風<ゼファー>には収まらない。
 荒々しく雄々しい西風が生み出す“希望”のカタチは、アキラが描くイメージに他ならない。
 もはや、その“希望”は。
 かけらなどでは、ない。
 それは、巨人だった。
 それは、王城と同じく、この島で朽ち果てるはずの巨人の姿だった。

「ファンタズム・ブリキングッ!」

 巨人の瞳に光が灯る。鋼鉄が唸り駆動する。
 その身を誇示するように、巨人は高々と両腕を突き上げた。
 眩い輝きを湛え、巨人が咆哮する。
“希望”の雄叫びを、咆え猛る。

 絶望の王城よ、悲しみの軍勢よ。
 よく見ておけ。
 お前らに心があるのなら、その底の底まで焼き付けろ。
 これこそが血の通った“希望”であり、そして。
 大王の、凱旋だ。

「ブリキ大王――我とありッ!!」

908響き渡れ希望の鼓動 ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:37:24 ID:mMVbeUhI0
 ◆◆

 吹き荒ぶ風音が、ピサロを覚醒へと導いた。
 瞬間、左腕と胴体に激痛が走る。零れ出る血液によって衣服は汚れ、肌にべっとりと貼り付いていた。
 骨が完全に折れているらしく、左腕は動かせそうになかった。
 ともすれば命を落としかねない重傷だった。
 それでもまだ動けるのは、龍鱗が堅牢であった故か、あるいは、未だ衰えぬ矜恃故か。
 あたりを見渡すと、視線が高いことに気づく。
 激しく揺れる足元からは、耳障りな歯車の音が響いてくる。
 ここは、屋上だった。
 未だ動き続ける亡霊城の、屋上だった。
 ピサロは立ち上がる。
 異変に、気付いた。
 足が、随分重いのだ。
 失血のせいとも負傷のせいとも異なる違和感が、足にあった。
 歩く。
 やけに硬い足音がした。
 まるで、石で地面を叩いたかのような足音だった。
 傷よりも厄介な状態異常が、その身を蝕んでいるようだった。
 顔を、顰める。
 ピサロの身が、徐々に石化し始めていた。
 即座に石にならなかったとはいえ、看過するには重い問題だ。
 ひとまず傷を癒そうと、回復魔法を唱えようとした、そのとき。
 ピサロの前に、二つの影が舞い降りる。
 一つは、下半身を漆黒の球体に埋めた人形だった。緑色の髪からは角が伸び、その背からは翼が生えている。
 一つは、桃色の髪をした四本腕の人形だった。その腕のうちの二本と両足は、岩石と一体化していた。
 どちらも美しい顔をしており、それ故に、化物然としたその身はひどくおぞましかった。
 
「……控えていた副将か。好機とみて討ち取りに来たか?」

 人形どもは答えない。
 喋ることを知らないかのような無表情で、人形はピサロの前に立ちはだかる。
 虚ろさを漂わせるそいつらを、ピサロは鼻で笑い飛ばす。
 
「舐めてくれるな人形ども。貴様らのような持たざる者どもに、くれてやる命など微塵もない」

 断続的に襲い来る激痛と、失血によるふらつきと、這い寄って来る石化というハンディキャップを背負いながらも。
 ピサロは、まだ動く右手でバヨネットを握り締める。
 その瞳は、死にゆく未来を見つめてなど、いなかった。

 ◆◆
 
 ――分かるまい。持たざる者の気持ちなど、持っている者どもには分かるまい。
 ――故に、貴様らでは答えられまい。
 ――持たざる者<わたしたち>に答えなど、与えられはしまい。
 ――故に我々は求めない。貴様らなどに、求めたりはしないのだ。

909響き渡れ希望の鼓動 ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:38:09 ID:mMVbeUhI0
【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 日中】
【イスラ=レヴィノス@サモンナイト3】
[状態]:ダメージ:小、疲労:小、動揺(極大)
[スキル]:心眼 勇猛果敢 フォース・プリズナー№666(Lv1〜4)
[装備]:魔界の剣@DQ4 ドーリーショット@アーク2 44マグナム@LAL*残弾無し ミラクルシューズ@FF6
[道具]:召喚石『天使ロティエル』@SN3 召喚石『勇気の紋章』@RPGロワオリジナル
[思考]
基本:十字架に潰される
1:伸ばされた手を、僕は、取れるのか……?
[参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている)

【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:動揺(大) ダメージ:中  胸部に裂傷 左肩に銃創(いずれも処置済み) 精神疲労:小
[スキル]:せいけんルシエド 
[装備]:アガートラーム@WA2
[道具]:ラストリゾート@FF6 いかりのリング@FF6 日記のようなもの@貴重品
[思考]
基本:私が、ジョウイ君と……同じ……
1:今更になって何を言い出すのよ、何を……ッ
[参戦時期]:ED後

【ストレイボウ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ:中、疲労:中、心労:中 勇気:大
[スキル] ルッカの知識(ファイア、ファイガ、フレア、プロテクト)*完全復元は至難
[装備]:フォルブレイズ@FE烈火 天罰の杖@DQ4 マリアベルの手記@貴重品 “勇者”と“英雄”バッジ@クロノトリガー
[道具]:クレストグラフ@WA2(クイック、ハイパーウェポン)
[思考]
基本:“オルステッド”と向き合い、対等になる
1:イスラの力に、支えになりたい
2:罪と――人形どもと、向き合おう
3:俺はオルステッドを、どうすれば……

[参戦時期]:最終編
※アキラ以外の最終編参加キャラも顔は知っています(名前は知りません)
※ルッカの記憶を分析し
【バトルロワイアル開催以降の記憶】と【千年祭(ゲーム本編開始)以降の記憶】を復元しました。
※ジョウイより得た空中城の位置情報と、シルバードの情報をほかの参加者に伝えました。

【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:瀕死:最大HP90%消失 精神ダメージ:小 覆面 右手欠損 左腕に『罪の証』の刺傷
    疲労:中 胸に小穴 勇気:真
[装備]:天空の剣(二段開放)@DQ4 パワーマフラー@クロノトリガー バイオレットレーサー@アーク2
[道具]:ブライオン@武器:剣 
[思考]
基本:幸せになれと、その言葉は刻み込んだ。ならば痛みにこの身を晒し、幸せを探して生きるのもひとつの道かもしれんな。
1:伝えるべくは伝えた。あとは、俺にできることをやるだけだ
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)

【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:クラス『ピュアピサロ』 ニノへの感謝 ロザリーへの純愛 精神疲労:やや大
    左腕骨折、胴体にダメージ大、失血中、徐々に石化
[スキル]:魔封剣、デュアルショット、アルテマバスター*いずれも要バヨネット装備 ミーディアム:ラフティーナ
[装備]:バヨネット@RPGロワオリジナル
[道具]:ミーディアム『愛の奇蹟』@WA2 クレストグラフ@WA2※ヴォルテック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック
    データタブレット×2@貴重品
[思考]
基本:すべての命が、自らの意志で手を取り合える世になるよう力を尽くす
1:退け人形。貴様らでは役者不足だ
2:ダメージと石化の治癒はしておきたいが……
[参戦時期]:5章最終決戦直後
 ※バヨネットからパラソルが無くなりました。魔導系コマンドはそのまま使用可能ですが、魔力補正がなくなりました。

910響き渡れ希望の鼓動 ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:39:37 ID:mMVbeUhI0
【アキラ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ:中、疲労:大、精神力消費:極大
[スキル]:PSY-コンバイン
[装備]:デーモンスピア@DQ4 激怒の腕輪@クロノトリガー
[道具]:双眼鏡 不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
[思考]
基本:本当の意味でヒーローになる。そのために……
1:この俺の希望を、見せてやるッ! 見せつけてやるッ!
[参戦時期]:最終編(心のダンジョン攻略済み、ストレイボウの顔を知っている。魔王山に挑む前、オディオとの面識無し)
[備考]:超能力の制限に気付きました。テレポートの使用も最後の手段として考えています。
※カノンの名をアイシャ・ベルナデット、リンの名をリンディスだと思っています。
※松のメッセージ未受信です。
※自由行動中どこかに行っていたかどうかは後続にお任せします

【PSY-コンバイン】
 アシュレーの命に宿り、セッツァーの夢に応えたミーディアム『希望のかけら』は一万メートルの夢の果てで、アキラと融合し血肉となった。
 それはもはやアキラの一部であり、アキラの超能力と溶け合い、希望のイメージを体現する。
 ブリキ大王の姿を取るそれは、アキラが希い望む力を原動力として駆動する。
 希望が絶えない限り、バビロニアの王はヒーロー技さえ使いこなせよう。
 他でもないアキラ自身の力。それ故に、その負担は肩代わりなどできはしない。
 変身亜精霊の力を借りないコンバインは、莫大な集中力と想像を絶する莫大なエネルギーを要する。
 他の超能力にリソースを割こうものなら、それは即座に露と消える。
 仮に無茶な稼働や乱用をしたとすれば、アキラの意識は二度と戻らず、希望は潰えてしまうだろう。

911響き渡れ希望の鼓動 ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:40:16 ID:mMVbeUhI0
【SMRA隊】

【反逆の死徒@???】
[状態]:クラス『モルフ崩れ』 軍服黒焦げ 
[装備]:蒼流凶星@幻想水滸伝2@城に投げ捨てられたもの 黒き刃@幻想水滸伝2 亡霊兵(25名)
    副将:フェミノフォビア(抜け道付加)、アクロフォビア(飛行付加)
[スキル]:暗器・凶毒針 状態付加・麻痺
     遠距離攻撃・召雷 ゲレハラスメント(憑依:攻撃力防御力20%減少)
     再生能力(毎ターンHP25%回復)俊敏、逆襲、狙い撃ち
[思考]
基本:ただ導かれるままに
1:皆殺し
部隊方針:距離をとって投石攻撃 ※周囲の石はミスティック効果にてアーク1相当にまで強化されています

[備考]
*部隊は亡霊兵@サモンナイト3、スケルトン系@アーク2、グール系@アーク2、リッチ系@アーク2の混成です。
 ステータスはいずれも雑魚相当。残る参加者のレベルなら普通に戦闘すれば1、2撃程度で倒される程度です。
 ただし、輝く盾の紋章効果にて時間復活します。
 部隊長を倒せば配下兵力の復活はありません。また、副将を倒せば更に弱体化します。

【反逆の死徒】
 かつて裏切り、裏切られたもの。死喰いに喰い尽くされたその残り滓に泥を与えられたモルフ未満の生命。
 特に欠損を補填するために融合させられたタケシーとの親和性から、タケシーの召喚術・特性を行使できる。
 また、亡霊兵を駆動させるエネルギー中継点となっていることから、再生能力もある。
 しかし所詮はそれだけ。並み居る英雄達には敵うべくもない。
 だからこそ掬われる。楽園を形作る礎となるために。

【砂喰みに沈む王城@???】
[状態]:クラス『大魔城』外壁損傷 駆動部中破(スペシャルボディにて無効化) 左腕<左回廊>から先を損失
[装備]:亡霊兵(25名)データタブレット@自由行動中にジョウイ(正確にはクルガン・シード)が捜索したもの
    副将:クラウストロフォビア(石化攻撃付加)、スコトフォビア(HP吸収付加)
[スキル]:ハードボディ、スペシャルボディ
[思考]
基本:ただ導かれるままに
1:皆殺し
部隊方針:敵に張り付き、移動を制限する

[備考]
*部隊は亡霊兵@サモンナイト3、スケルトン系@アーク2、グール系@アーク2、リッチ系@アーク2の混成です。
 ステータスはいずれも雑魚相当。残る参加者のレベルなら普通に戦闘すれば1、2撃程度で倒される程度です。
 ただし、輝く盾の紋章効果にて時間復活します。
 部隊長を倒せば配下兵力の復活はありません。また、副将を倒せば更に弱体化します。

【大魔城】
 王位継承者を喪い廃絶の決定した王国の城。それを良しとできない未練から伐剣王に終わりを奪われる。
 その蒸気はあらゆる物を灼き、左右の回廊は一撃必殺の腕。
 その城塞はあらゆる物理ダメージを半減させ、あらゆるステータス異常を無視する。
 ゴーストロード同様、ミスティックで強制的に能力を引き上げられため、動くたびに、進むたびに崩れゆく。
 だが城は止まらない、止まる必要がない。この城が守るべき国は、もうどこにもない。

912 ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:40:56 ID:mMVbeUhI0
以上、投下終了です
何かありましたらご遠慮なくー

913SAVEDATA No.774:2014/02/11(火) 22:44:31 ID:lLRLLgU2O
投下お疲れ様です!
ついに戦争始まったな。フィガロ城怖いよフィガロ。

914SAVEDATA No.774:2014/02/11(火) 23:04:46 ID:Z6CnFU2.0
投下乙です。
ジョウイが亡霊達に与えた希望もまた良いものだ、って思っていました。
だけどそれに対してこういう風に答えを返せるのは、"ヒーロー"だなって。
この場にいる中で一番一般人に近い能力しかないアキラだったけどやっぱりカッコイイ。

915SAVEDATA No.774:2014/02/11(火) 23:27:56 ID:rD8i29EM0
乙でした!
島本泣きで叫ぶアキラが幻視できるようでした!
この局面で未だモヤモヤを抱えるアナスタシアとイスラに、希望の西風が吹く描写がたまらなく良かった!
あと何度も思ったことだけど、今回も言わせてもらおう。
ストレイボウ…お前、ほんとにキレイになったなあw

916SAVEDATA No.774:2014/02/17(月) 09:21:50 ID:MSer4OvUO
修正吹いた。サモンナイト過ぎるw

917SAVEDATA No.774:2014/02/17(月) 12:17:48 ID:fLQ6oJhQ0
投下乙でした!
城は進撃してきて轢殺するだけかと思ったら格闘戦してやがるー!?
ピサロドラゴラムといい、ブリキングといい、実にダイナミックなお話でしたw
希望の西風いいなー、ほんとにw

918SAVEDATA No.774:2014/03/09(日) 17:59:18 ID:ZTwsuBUc0
ひとまずうちのWIKIは流出外だった

919 ◆wqJoVoH16Y:2014/07/21(月) 22:01:18 ID:VTWE.qHQ0
アキラ投下します。

920Beat! Beat the Hope!! 1 ◆wqJoVoH16Y:2014/07/21(月) 22:02:00 ID:VTWE.qHQ0
潮騒の音だけが揺蕩っている。
寄せては返す波が、砂に刻まれた足跡をかき消していく。
まるで、命のように。人が生きた証なんて、時の流れに呑まれてしまうだけなのかもしれない。
そんな大きな大きな海を、アキラは砂の上で見つめていた。
海の中にそれでもその存在を示し続ける、ブリキ大王を見つめていた。

「こんなところに、あるなんてなぁ……」

アキラは年老いた馬を見るような気持ちで、感慨深く呟いた。
アナスタシアと話をしたのち、自分の中にあるもやもやとしたものがどんどんと膨らんでいって、
アキラの足は自然と北に――座礁船へ向かっていった。
その理由を意図的に無視して、枯れ果てたはずが既に満たされた泉を横切ってたどり着いた場所には、何もなかった。
船の残骸さえも、海の底に沈んでしまったのか。焦げ臭い潮風が、鼻につくだけだった。
あの漢の生きた証など何一つないこの場所に留まる必要などなく、アキラが踵を帰そうとした時、
アキラは、西から棚引く線香のように細い煙をみたのだ。
天に延びるように真っ直ぐに伸びる煙につられ、アキラは海岸を歩き続けた。
そして、左手に村が見えたあたりでアキラは煙の根本をみた。
浅瀬に横たわる、大王の遺骸を。

水筒を逆さにして、喉に直接水を流す。
すぐ近くで補充したそれは、アナスタシア達が持っていた物よりも冷えており、この汗ばむ暑さには有難かった。
セッツァーがブリキ大王を操ってアシュレー達と戦ったことは、ゴゴとピサロから聞かされていた。
そのまま西へ流れて行ったそうだが、そのままここまで来て落ちたようだ。
よりにもよってここ、というのは何の因果だろうか。
アキラは口を手で拭いながら、朽ちた大王を見つめる。
酷い損傷だった。金色の憎悪――オディオを模倣したゴゴの手によって穿たれた傷は
構造の要まで達している様子で、いつ自重で壊れてもおかしくない。
天を飛翔する翼は、ぶすぶすと煙を上げ続けるだけだ。
かつて栄華を誇ったバビロニアの魔神とて、今や飛べもせず、ただこの海に浚われ沈んでいくだけの存在だった。

「お疲れさん、ブリキ大王」

その存在を労り、別れを告げるように言うと、アキラの中にどっと疲れがわき上がった。
肉体と言うよりは、心因によるものだろう。アキラはたまらず砂浜に尻を沈めた。
「……なんも残ってねぇなあ」
アキラはガムをうっかり飲み込んでしまったような表情で、ぼつりと呟いた。
もし他の誰か……アナスタシアでもいようものなら、絶対に見せない表情だった。
ごそごそと、ズボンのポケットから一枚のカードを取り出す。
それは、その村にあったちびっこハウスにあった、微かに輝いていたカードだった。
アキラが守れなかった一人の女性が最後に引いたカードだった。

「『塔』……っへ、ドンピシャ引いてくれるじゃねえか、ミネア」

『塔』のカードを見つめながら、アキラは力無く笑った。
ジジイ上がりの科学知識はあるが、世辞にも学があると言えぬアキラが、大アルカナの意味を知っているはずもない。
だが、そのカードを引いたミネアの心から、それがろくでもないカードであることは理解できた。
破滅、崩壊、全ての喪失……なんにせよ、ろくでもない未来を指し示すカードだ。
だが、それを引いたミネアを責めるつもりなどさらさらなかった。否、責める資格などなかった。
実際に当たっているのだし、なにより、その破滅の中には、ミネアも含まれているのだから。

921Beat! Beat the Hope!! 2 ◆wqJoVoH16Y:2014/07/21(月) 22:03:32 ID:VTWE.qHQ0
アイシャ、ミネア、リン、ちょこ、ゴゴ……そして、無法松。
救いたい、と願ってきた。世界なんてもやっとしたものではない、
自分が守りたいと思う人たちを守れるような、そんなヒーローになりたいと願ってきた。
だが実際はどうだ。ルカに、シンシアに、ジャファルに、セッツァーに、彼を取り巻く理不尽を前にして、アキラは何ができただろうか。
触れ合えるのはいつだって手遅れになってからで、巻き込まれるばかりで当事者の位置からは程遠くて。
守りたいと言っておきながら、いつだって守られているのは自分だ。
守りたいといいながら何一つ守れていない……それで、何がヒーローか。

「すげえよ、ユーリル。お前は、救いきっちまったんだからよ」

カード越しに見上げる蒼天に、勇者の背中を垣間見る。
かつて罵倒した少年は、その言葉を歯が折れるほどに噛みしめて、それでも答えを出した。
救いたいから救ったんだ、文句あるか、と。
痛快に過ぎて笑いしか出てこない。見返りも感謝も要らず、望みはただ救われること一つ。
そのついでに結果として世界が救われるのなら、何も言うことはない。
それは、紛うことなき“ヒーロー”に他ならなかった。

ならば自分は? 救いたいものすら救えず、こうして生きながらえている自分はなんなのか。
アナスタシアと話してから、その意識がこびりついて離れない。
まるで自分が穢らわしい何かになったみたいで、
その汚れを皮膚ごとむしり取りたくてたまらない衝動に駆られるのだ。
その穢れこそが、アナスタシアが耐え続けているものだと気づかず、
アキラは立ち上がり浅瀬に座礁するブリキ大王へ近づいていく。

自分はどうするべきなのだろう。ストレイボウの問いが心に渦巻く。
守りたい物もほとんどなくなった今、この拳は、足はどこに向かえばいいのか。
オディオやジョウイを殴り飛ばす為か。そこまでのモチベーションが自分にはあるだろうか。
さまよう祈りは、吸い込まれるように大王の元へ行く。
既に腰下まで身体は海に浸かっていた。足跡など何もなく、そこにアキラが歩んだ痕跡など何もない。
これまでどおり、大きな流れに呑まれて、掻き消えていくだけなのだろう。

胸まで浸かった時、ブリキ大王はアキラの手の届く場所にいた。
生き残りの中でも、単純な戦闘力では自分が下位の部類に入るのは分かっている。
頼みの綱であるこの巨神すらこの手に零した今、アキラにはもう何もない。
「なあ……どうすりゃいいんだよ、俺は……なあ――――」

922Beat! Beat the Hope!! 3 ◆wqJoVoH16Y:2014/07/21(月) 22:04:24 ID:VTWE.qHQ0
――――ンなこと知るか。

バンッッ!!と背中を強く叩かれる。
跳ね上がった波か、それにしては強すぎるほどの力に、アキラはたまらずバランスを崩した。
肺の空気が漏れ出て、海水が体内を満たす。
海面に伸ばした手が掴みたかったのは、命か、光か。アキラには分からなかった。

――――死に恥晒して無様に待ってりゃ、なんだそのザマ。

そのアキラの後ろから、海底から吠えるように何かが聞こえた気がする。
記憶の底の魂に刻んだ、忘れられるはずのない幻聴<こえ>だった。

――――カスい死人に聞いてんじゃねぇぞ。どぉしても聞きたかったら、ここに聞けやァァァァァッッ!!

その声に振り向くより先に、再び撃ち抜かれた衝撃が背中に走る。
拳大にまで濃縮された何かが、心臓を貫く。血液の刻む鼓動が上がっていく。
ただのポンプなはずなのに、血液以外の何かが駆け巡っている。
心臓<ここ>に、命<ここ>に、俺<ここ>に、確かなものがあるのだと示すように。

(ああ、そうか……そうなんだな……)

伸ばした手を胸に添えながら、アキラは知る。
何も掴めていないこの手は、だからこそ何かを掴むことができる。
そしてそうあれるのは、他ならないみんながいたからだ。

アイシャが、ミネアが、リンが、アシュレーが、ちょこが、ゴゴがいてくれたからこそ、
この手のひらは鼓動を感じることができて、
アンタがいてくれたからこそ、
この血潮の熱さを、感じ続けられている。

何も残っていない? そんなわけがない。
この血潮の熱こそが、生命こそが、
何もこの手に掴めていない俺が、
それでもヒーローを目指せる俺こそが、確かに残っているものなんだ!

(そうだろ……なあ……)

その言葉をいうよりも前に、その背中を支えてくれていた掌の感触がなくなる。
満足そうに、これで十分だというように、消えていく。
その願いは、きっとこの海に消えていく。
後には何も残らず、そう、人の命のように、時の流れに浚われていくだろう。
だか、それでも。この鼓動が響き続ける限り、きっと忘れはしない。

忘れない限り、きっとそれは、確かにありつづけるのだ。

923Beat! Beat the Hope!! 4 ◆wqJoVoH16Y:2014/07/21(月) 22:07:15 ID:VTWE.qHQ0
「ん、うぁ……」
瞼を開くと目尻から塩水がしみ込んできた。アキラはたまらず上半身を起こし、首を振る。
揃えた髪の毛からびしょびしょと海水が飛び散る。
どうやら溺れはしたものの、幸運にも浜側に引き寄せられたらしい。
一歩間違えれば、死に直結していたはずだが、アキラはへへらと笑った。
そして傍には、あの塔のカードがあった。もう一度それを見る。だが、そこには自嘲も自虐もなかった。
何もないかもしれないが、何もない自分が確かにここにいるのだから。

その意志に満足したかのように、タロットは淡く輝く。
直後、ブリキ大王に雷が奔った。雷が落ちたようにも、雷が昇ったようにも見えた。
救いに似た光と共に、巨神の体が崩れていく。
溺れる間際、ブリキ大王に触れたアキラには分かっていた。
本当は、もうとっくの昔に崩れ落ちているはずだったのだろう。刻まれた憎悪はそれほどだったのだ。
それでも、遺り続けていたのかもしれない。最後の最後まで、あの鋼に込められた思いを届けるために。

「伝わったよ。ありがとな、ブリキ大王」

その言葉を聞いて満たされるように、大王は完全に崩れ、海の四十万に消えてゆく。
寄せて帰す波と一つになる。どのように偉大なものとていつか終わりが来るように。
その崩御を、アキラは最後まで見続けた。悲しみはない。その心臓に、また一つ熱が籠ったのだから。
「っと、もうそんな時間か。そろそろここもやべえか。びちゃびちゃだけど……ま、戻るころには乾いてるだろ」
アキラは髪を掻き上げ、ポケットに手を突っ込んでゆるりと歩いていく。
孤児院<はじまり>と、ブリキ大王<おわり>に背を向けて、明日へ歩いていく。

「行ってくるぜ、みんな」

彼は何も変わらない。ヒーローになる。その想いはここに来る前と何も変わらない。
それでも、その祈りは、決して揺るぐことはないだろう。
あの雷のように、その心に燦然と輝き続ける巨神が息つく限り。

924Beat! Beat the Hope!! 5 ◆wqJoVoH16Y:2014/07/21(月) 22:07:54 ID:VTWE.qHQ0
あなたの 運命を示すカードは塔の 正位置。

すべてを失います。けれど――――――

その中から やがて希望も見えてくるでしょう。



  アキラ は PSY-コンバインを覚えたッ!!



ラッキーナンバーは 5。
ラッキーカラーは 真紅。


失ったものに こだわらないで。
希望<あなた>の目の前には、こんなにも青い空が広がっているのだから。




……そして今、輝ける希望を以て、永久に満たされぬ絶望に、挑む。




【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 日中】

【アキラ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ:中、疲労:大、精神力消費:極大
[スキル]:PSY-コンバイン
[装備]:デーモンスピア@DQ4 激怒の腕輪@クロノトリガー
[道具]:双眼鏡 不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
[思考]
基本:本当の意味でヒーローになる。そのために……
1:この俺の希望を、見せてやるッ! 見せつけてやるッ!
[参戦時期]:最終編(心のダンジョン攻略済み、ストレイボウの顔を知っている。魔王山に挑む前、オディオとの面識無し)
[備考]:超能力の制限に気付きました。テレポートの使用も最後の手段として考えています。
※カノンの名をアイシャ・ベルナデット、リンの名をリンディスだと思っています。
※松のメッセージを受信しました。かなり肉体言語ですので、言葉にするともう少し形になるかもしれません。
※自由行動中に、座礁船・村(ちびっこハウス)に行っていました。

925 ◆wqJoVoH16Y:2014/07/21(月) 22:08:40 ID:VTWE.qHQ0
投下終了です。繋ぎのようなものですが、意見質問等あればぜひ。

926SAVEDATA No.774:2014/07/25(金) 20:41:45 ID:64XYs5wU0
投下お疲れ様でした!
遂に松の声が届いた!
背中をどんってのが実に松らしい
下手に姿現したりしなかったのがなんか好きです
そしてほんとにブリキ大王お疲れ様!
というかWA2のガーディアンロードイベントっぽくていいなー、うんw

927 ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 22:48:07 ID:JmVc2pRQ0
投下します。

928錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 22:49:58 ID:JmVc2pRQ0
魔王オディオによって作られし死の島……
このゲーム巣食わんと、憎悪さえ奪った伐剣王ジョウイが、オディオの座を狙って最終戦争を開始した!
その尖兵となりしは、島の憎悪を注がれた骸と、何一つその身に残せなかった砂漠の王城。
しかし、嘆きと未練のままに全てを破壊せんとする哀しき魔城の前に、敢然と立ちふさがるヒーローがいた!!
今は昔のバビロニア、
そして、新生したブリキ大王を駆る日暮里のヒーロー、男・田所晃ッ!

これは、己が全てをかけて戦う、ヒーロー達の物語であるッ!!

929錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 22:50:54 ID:JmVc2pRQ0
太陽が天頂より降り始めた空の下、朽ちし巨神の遺志を継いで光り輝く幻想希神<ファンタズム・ブリキング>、
繰り手たるアキラはその19mもある体躯の目線にて世界を見渡した。
本来のブリキ大王ならばコックピット越しに見るべきヴィジョンは、アキラの瞳に直接刻まれた。
それだけではない。
天を衝く鋼のこぶしの感触が、大地を踏みしめし両足の感触が、その装甲を撫でる西風の感触が、アキラには自分のように感じられた。
否、それこそが真実。これはバビロニアの機械魔神にして機械魔神にあらず。
アキラの想いがミーディアムの欠片とブリキ大王の祈りを通じ、チカラというカタチをとったもの。
その存在の輝きを以て、見るものの心に『灯火』宿す『希望』の体現――――『ヒーロー』そのもの。
故にアキラと『ヒーロー』の個我境界は限りなく零であり、この巨神こそがアキラなのだ。

ヒーローと化した今だからこそ分かる。
この島全てが今、悲鳴を上げていることが。
傷痕が痛いのだ、爛れて苦しいのだと。もがき苦しみ、悪念を叫び、狂い始めている。
物言わぬ嘆きは模倣する憎悪を得て狂気となり、その狂気のまま、彼らはこの大地の中心に集い始めている。
ことりと落とされた角砂糖に群がる蟻のように、砂漠の中で唯一のオアシスを見つけた者たちのように。
唯一の『希望』めいたおぞましいものに集まっていく。
砂浜が崩れ、崖はボロボロと岩を海に落とし、町並みは風化し、森の木々は枯れ始めている。
災厄の戦いなどで抉られた場所だけではなく、まだ形を保っている場所も崩れてゆく。
(待っててくれてありがとよ、ブリキ大王。ギリギリまで粘ってくれたんだろ)
潮が満ちるように、島の外側からその身を崩しながらイノチが集まってゆく。
砕けた骸に、朽ちた亡城に注がれてゆく。まるで、誰かが“奪っている”ように。
もし、アキラがあの浜までブリキ大王に出会わなければ……あの雄姿さえも“奪われていた”のだろう。

(それが、希望だなんて……楽園だなんて、反吐がでらあッ!!)

はっきり言って、アキラにはジョウイの理想なんてこれっぽっちも理解できない。
学がないだとか、先見がないだとか言われればああそうだと首肯しよう。
だが、そんな奴にだって分かることがある。
これは絶対に許してはならないということなのだ。
形はどうであれ、それが誰かの笑顔を踏みにじって作る世界であるならば、
それは陸軍とシンデルマン博士がやろうとした理想郷<全人類液体人間化>と何一つ変わらない。

「そのためだったら……男アキラ、無理を通してみせるッ!」

城がその輝きを押し潰さんと再び迫る。破損した駆動部から蒸気の血と軋む歯車の悲鳴を上げながら。
故にアキラは拳を握る。その身を以て魔王の楽園を否定するために。
その冥き希望に魅せられ、囚われてしまったあの城(もの)たちを解き放つために。
加速からの、残された右回廊が亡城から射出される。
故障というステータス異常を無視した一撃は、この状況に置いても最速の攻撃となった。

だが、それをアキラは避ける。その眼で、風切る拳を鋼の肌で感じながら、
人間のような滑らかさで、巨体同士の戦いとは思えぬ紙一重で見事に避けきった。

「先ずは挨拶代わりだッ!!」

930錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 22:51:32 ID:JmVc2pRQ0
そのまま流れるように、左腕を城の側面にアッパーを繰り出す。
王城はその破損した地下潜行機能の残骸を駆動させ、緊急的に沈み込むことでその腕を
かろうじて避けた。そう見えた。
だが、拳が空を切るその瞬間、その左腕に刃の煌めきが輝く。

「“我斗輪愚”ゥゥゥゥゥゥ―――― 一本義ィッ!!」

幻想希神・機巧ノ壱――左腕に内蔵されたブレードが亡城の煉瓦の隙間を切り裂く。
ぶじゅりと、煤混じりの黒い蒸気を吹き出しながら、城は――或いは、その向こうにいる魔王は――驚愕するように震えた。
“ブリキ大王の情報はあった”。だが、このような機構は存在しないはずだ。
「終わるかああああああッ!!」
アキラはアッパーの推力を生かし跳躍する。その様は、もはや機械の駆動というよりというより人間の武技だ。
だが、我唯人に非ずというように、脚部に強烈なエネルギーが集い、
アキラは自身と城を結ぶ線を軸として敵を穿つ螺旋となって城の外壁を削り、
着地の衝撃を脚部から背を通じて腕部へ導通させ、刃の威力へと転じて薙払う。
幻想希神・機巧ノ弐と参――螺旋状に束ねたエネルギーを纏いての急降下攻撃と巨大ブレードによる薙払いが、
本来前進しか出来ぬ亡城を、無理矢理に退かせる。

「メタル、ヒィィィィィィィットゥッッ!!!!」

その開いた間合いの中で、十分に加速する距離を得たアキラの右拳が、亡城の正面城壁を打つ。
亡城は衝撃に揺れながら、ようやく収納した右回廊を構えるが、アキラは既に軽やかに距離をとっていた。距離が離れ、亡城の正面に出来た拳大の大穴が陽光に晒された。
戦術プログラムを遙かに越えた、流れるような連続技からの右ストレート直撃。
自壊はあっても、竜の攻撃でも魔砲によっても削れども破れなかった城壁が初めて貫かれた瞬間であった。

心臓にぽっかり空いた虚空を晒すように棒立つ亡城に、感情を定義するのであれば2つ。
ありえない。ありえない。この城壁が徹されるなどありえない。
この鋼の躯<ハードボディ>を唯の刃、唯の拳、唯の物理攻撃が害するなどありえないのだ。
「わかんねーのかよ」
その心を見透かすかのように、目の前の希神は左拳を天に翳す。
「わかんねーよな。本当に守らなきゃいけないもんが、わかってねーんだからよ」
その様に、亡城のもう一つの感情が膨れ上がる。
許さない。許さない。この身を、この躯の内側を害したな。
彼らが帰るべき場所を、安息するべきだった、そうあるはずだった場所を、害したな。
守るべきもの? それを守れなかったからこそ、この骸はここにいるというのに!

「それが分かってねえってんだよ――――――“我斗輪愚”・日暮里ィィィィッ!!」

931錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 22:53:29 ID:JmVc2pRQ0
希神に輝きに満ちる。超能力と似て非なる意志の力――フォースが充填され、アキラの、希神の左腕がその機構を変化させていく。
「お前が守りたかったのは、その誰もいない城かッ!?」
五指は収納され、手首は太くなり、そこから出たのは雄々しき勇者の螺旋。
螺旋は動き始め、瞬く間にその溝も見えぬほどの高速で回転し始める。
「違うだろうがッ!! なんもない、空っぽの夢を追いかけて……
 ボロボロになって、それでも戦って、朽ち果てて、それで笑える訳、ねえだろがッ!!」
怒声とともに、夢を形に変えし幻想希神・機巧ノ肆――有線式螺穿腕が発射される。
次は徹さぬと、城は収納した右回廊を楯として己が躯を、誰もいない城内を守る。
「オラァッ!」
だが、腕に食い込んだ螺旋より繋がるそのワイヤーが逆巻き、亡城をアキラまでぐいと引っ張り上げる。
「辛かっただろうさ、苦しかっただろうさ。てめえらも、ヒーローがいなかったんだろ。
 だけど、それに負けちまったら……誰かの守りたいものを奪うようになったら……
 英雄の敵に……“魔”になっちまうんだよッ!」
どれほど自分を傷つけても充たされることなく、永遠に喘ぎ続ける虜囚。
そんな怪物に墜ちてしまった城を引き寄せ、アキラは両足に力を込める。
「だから、俺が祓ってやるッ!!」
今のアキラは、脳の全てをこの希神の具現に費やしている。
イメージはおろか、心を読むことさえもままならない今、彼らの持つ未練に触れることさえ出来ない。
だが、繰り出された機巧ノ伍――刃の如き踵落としと続けて穿たれた宙返蹴り上げは確かに亡城に確かな傷を与えていた。
「最後まで、魔に、憎悪に抗い続けたアイツのように」
この希神は、アキラの抱く夢の形。アキラがこうありたいと希うヒーローの顕現。
この世の憎悪全てを凝縮した狂皇子に立ち向かうように、
己の脳の領域全てで呼び起こした希神は、どこまでもアキラの祈りに忠実だった。
「最後の最後には、温かいものを掴めた、アイツのように」
宙返りの体勢から、再び脚部を城に向ける。だが、今度は両足ではなく片足で、回転などしない。
其は偉大なるバビロニアの一撃。古代より現代を貫きし、神の一撃。

「バベルノン・キィィィィィィィッックゥゥゥッッ!!」

雷のように落ちた神撃は、僅かに逸れて左の城壁のほとんどを破壊する。
アキラの抱くヒーローに確かな形を持たせた紅き英雄。
そのイメージが、希神のつま先から王冠までを紅く充たしている。
モンスターを刈る為の人間暗器に過ぎなかった機巧は、ブラウン管越しに焼き付いた憧憬となって真なるイメージを宿した。
故にその武装、その一挙手一投足全てが、凶祓いの属性を備えているのだ。
ならば新たなる魔王の導きにて『魔』に墜ちた亡城を相手どれば如何なるか。
その答えこそがこの光景――攻撃全てが特効<クリティカル>となるッ!!

最悪の相性の敵を前に、魔城はかつてないほどの損傷を刻まれていた。
それを窮地と見るや、死兵どもは希神に殺到する。リッチのような飛行可能なものたちは希神の周囲へ、グールや亡霊兵などは希神の足下へ殺到する。
だが、希望を漲らせたアキラにとってはもはやものの数ではない。

「手前らもだッ!!――――――“我斗輪愚”・三宮ッ!!」

932錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 22:54:06 ID:JmVc2pRQ0
再びドリルと化した左腕を上方に突き上げると、
機巧ノ陸――その回転が生んだ風が錐揉みのように旋風となって、周囲の兵どもを花びらのように巻き込んでゆく。
「あんたらの『魔』を、『邪悪』を、『穢れ』を『呪い』を『厄』を『禍』をッ!」
希神の纏うフォースが、真紅にまで輝いたとき、その胸に赤い光が収束する。
この技は、アキラが見たことのない機構だ。だが、アキラの心臓は識っている。
希望のかけらを生んだ一人の男、紅の英雄の半身たる男の想い出が、欠けた機構を十全に駆動させる。
渦に巻かれた屍たちが、渦の中心に集まっていく。
そこに向けられる光は、炎の集合体。だがそれは災厄の焔に非ず。
アキラがその目に焼き付けた炎。全ての魔を焼き祓い清める、浄化の炎。

「全部纏めて、祓ってやらああああああああ!!!!!!」

機巧ノ漆――胸部極熱収束砲が放たれ、旋風を炎の嵐に変えながら、一直線に突き進んでいく。
さらにだめ押しとばかりに、藤兵衛印のジョムジョム弾を各部から射出。
渦の外側を爆破していき、幸運にも渦から飛び出ようとしたものたちを撃破していく。
その魂、天へ届けと手を伸ばすように、赤線が空へと突き抜けた。

「何度でもいってやるッ! これが、本当の希望<ヒーロー>だッ!!」

その強さ、一機当千。偽りの希望なんとする。
幻想希神・ファンタズムブリキング――――此処に有りッ!!


「これが、とっておきたいとっておき、って奴か……?」
天を駆ける炎嵐を見つめながら、ストレイボウは呆然としていた。
アキラにあんな隠し玉があると思っていなかった、という思いも無論あるが、
なによりも、真っ向から闇に立ち向かい、祓っていく輝く機械神の偉容に圧倒されていた。
揺らめく天秤を弄んでいたところに、極大の重石を載せられたような感覚だった。
「俺の時に出していなかったということは、アキラも自覚はないのだろう。
 全く、見せ場というものを心得ている奴だな」
口にくわえた半紙で天空の剣に付いた腐肉を拭い落としながら、カエルは皮肉気味に答えた。
ストレイボウと胸中は同様だった。自分の中のあらゆる葛藤が白日に曝され、断罪されていくようだ。
許せぬものは許せぬ。悪いものは悪い。正しいものは正しい。
魔を問答無用で祓い続ける希神は、その善性の体現だ。
もしも、あの神をもっと早く見つめていたのならば、自分の人生の右往左往の半分は省けたかもしれない、と思う。

933錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 22:54:38 ID:JmVc2pRQ0
「なんにせよ、これで形勢は逆転したか」
そんな妄想を振り落とし、カエルは現状を見つめた。
アキラの想いを核にコンバインされた希神の登場によって戦局は大きく反転した。
ほとんどの兵があの巨大な希神に注力しており、こちらへの攻め手は牽制以下のものになっている。
そのおかげでストレイボウとカエルは合流し、一呼吸を置くことができた。
「しかし、いきなりすぎて考える暇もなかったが……あの兵士たちは一体……?」
「兵隊どもは地下の遺跡で見た覚えがある。おそらく遺跡に転がった骸に魔力を与えて動かしたのだろう。ビネガーでもあるまいに」
「……確かに、あの亡霊騎士たちのように全て魔力で実体化させるより効率はいい。
 だが、それにしても50も動かすなんて……」
魔術師の見地からジョウイが行った外法にあたりをつけるが、ストレイボウはそれでも驚愕を隠せない。
だが、カエルはその認識の過ちを正す。
「その数は適切ではないな。奴はおそらくこの島全てを掌握しているはずだ。
 歩兵が百万人が固まって俺たちに向かって行軍している姿を想像しろ。今見えている50は、その先端だ」
紅の暴君を通じて、この島に流れる憎悪に触れたカエルだからこそ理解できる。
ここまでの戦いを通じて蓄積され、共界線を通じて島の中枢に集う怨念ども。
ジョウイが掌握しているのがアレならば、ジョウイの兵力とはこの島全てに等しい。
それが一歩ずつ確実に進軍し、この戦場に送られ、最前線の兵が死ぬ度にそれを踏み越えて次列が蘇っているのだ。
「そんな魔力、一体どこから……」
砕けた骨が接がれ、散った腐肉が再び集って兵を構築していく光景を見て、ストレイボウは顔をしかめる。
憎悪する亡霊たち、届かなかった叫びは傷つけられたこの島のものだとしても、
それをに形を与え蘇らせているのはジョウイだ。都合6人で100、200は確実に破壊し、そして蘇っていた。
「……奴は、絶望の鎌を持っていたな」
今はもうない右手を見つめながらカエルはつぶやく。
「ああ、だがアレは仲間の死と引き替えに力を……真逆」
「“味方が死せる瞬間に力が手に入る訳だ”。どうやって武具から魔力を引き出しているかはわからんが……最悪だな」
ジョウイが鎌を振りかざし亡者を指揮する姿を思い浮かべ、カエルは蠅を食らったような顔をした。
刃を失った絶望の鎌の行き場のない力を軍勢の維持に利用しているのだろう。
死して得た力が、屍を動かして死を作る。背負われた死が、ジョウイの誓いを、魔法をより強固にする。
アキラをして歪んだ輪廻といわしめたこの光景の一翼を、魔王の冥力が担っている事実はカエルにとって、業腹以外のなにものでもない。
もしも本気で全滅させるならば、この島全てを滅ぼすしかないだろう。
(もっとも、俺の考えが正しければ、亡霊が亡ぶ度に死ぬほどの苦痛を味わっているはずだが……とてもではないが、正気とは思えん)
紅の暴君と厄災の焔に乗っ取られたカエルだからこそ、ジョウイの行動に空恐ろしさを覚える。
カエルが紅の暴君の交感能力を生かして戦っていた時、大地が傷つけられただけで自分の身が斬られた痛みを覚えた。
それを支配能力にまで引き上げたとすれば、今ジョウイが受けている苦痛が如何ほどか。
それを僅かなりとも想像できるカエルは、覆面の中で舌を巻くしかなかった。

「……だが、いくら何でも50もの屍を暴走させるならともかく、
 兵隊として統率するなんて……そうか、だからあのモルフと城が必要なのか。
 やつらは指令の中継局であり、本陣までの兵站路を兼ねている」
カエルの経験談を聞き、ストレイボウは魔術師と技師特有の論理的思考を以て、この軍勢の輪郭をつかむ。
50体以上の屍をジョウイが直接操作すれば、操作がもつれて必ず破綻する。
それを回避するためジョウイは部隊長となる存在を置き、
そこを経由させて『部隊ごとへの命令』を行うことで、制御を簡素としているのだ。
加えて、これならば亡霊復活のための魔力供給の効率もよくなる。
途中で増員されたフォビアたちは、そのサポートのためだろう。
命令系統と補給路の確立。まさしく軍人の発想だった。
此処まで見せてこなかったジョウイの裏の顔を想像すると同時に、
ストレイボウは否応なく思い知らされてしまう。今行われているのが、戦闘ではなく戦争だということを。
そして、そうしてでも理想を叶えようとしているジョウイの覚悟を。

934錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 22:56:18 ID:JmVc2pRQ0
だが、そんな機略は質量差の前には無意味とばかりに、希神はフォースチャージを完了させて駆動し始める。
依代の屍に大きく損傷を受けた亡霊たちの蘇生は完了しておらず、希神の拳を妨げるものはなにもない。
「それならば話は早い。頭を潰せば、兵隊どもは蘇生出来ん。
 アキラがあの城を潰せば、少なくともこの戦場は終わる……のはずだが、浮かない顔だな、ストレイボウ」
「……1つは、ただの感傷だ」
決着を見つめるカエルからの問いに、ストレイボウはゆっくりと答える。

現れた闇を、勝負の場にすら立てず烙印を押された敗者たちを、ヒーローのより強大なる正義の光で焼き祓う。
この光景を見下ろしてオルステッドはどう思っているのか。
これこそが、オルステッドのいう勝者と敗者の構造と何も変わらないのではないか。
しかし、この光が正しくない訳がない。この光は正真正銘、真実だ。
ならば、誰が間違っているのか。何が間違っているのか。
本来あの光に焼かれるべきストレイボウは、迷わずにはいられない。

「……もう一つは、ジョウイだ」
そして、あの魔城を率いる魔王のこと。
音に聞こえしルカ=ブライトならば、この段階であの魔城を使えぬと切って捨てるだろう。
だが、敗者を想い過ぎるあの少年が、この状況を看過するとは思えなかった。
「アイツは、ジャスティーンの存在を知っているはずだ。
 だったら、あの城を引っ張ってくれば貴種守護獣との勝負になることは分かっていたはず。
 いや、最初から織り込み済みだろう。だったら……」

ジャスティーンはあの亡きオスティア候の骸が全てを賭けて得た情報。
それを識るジョウイが、誰も見捨てないあの魔王が、ここで手を差し伸べない道理がない。
違和感の核を掴んだストレイボウは、ここまで気配を見せていなかったもう一体の部隊長……反逆の死徒を見た。
希神の攻撃に反応できるほどの距離をあけ、希神が城に迫り来る姿を見つめ続けている。
まるでタイミングを計るかのように。

――サポート能力発動ッ! 直接火力支援ッ!!――

希神の拳が構えられた瞬間、綺羅星のような蒼光が、青空の向こうに光った。
それにストレイボウとカエルが気づいて見上げた空は、真っ二つに割れていた。
そう表現するよりなかった。真白い光の束が、空の果てから希神に降り注ぐ。
「さ」
遙かな高みから混沌とした下界に秩序を示す、神の杖のように。
「衛星攻撃<サテライト>だとォォォォッ!?」
未来世界でも実用段階とはいえぬ、超々高度からの砲撃に、ストレイボウは愕然とする。
ギリギリでその一撃に気づいたのか、希神は振り上げた拳を退き、胸を反らせて上空へハロゲンレーザーを発射する。
天地の狭間で衝突した2つの輝きは、太陽の光さえもかき消す。
全力と全力の砲撃は五分。
だが、絶妙なタイミングで攻めの枕を崩され反応を遅滞させた分、アキラは不利な体勢で踏ん張るしかなかった。
そして、空からの光束が細くなって安堵した瞬間を、弱者が狙わない道理はなかった。
かろうじて体勢を整えた魔城が、機構を振り絞って右拳を構える。
噴煙は黒く噴き出し、油は血のように爛れ落ちている。
撃てば自壊もやむなしの一撃。だが、魔城には自らが砕け散ることへの怖れなど微塵もない。
あるのは、目の前の光に対する怒り、嘆き、嫉妬。
抱くことかなわなかった光を惜しげもなく晒し、
あまつさえ幸せの有無を問う巨神に、それ以外の何を想えというのか。
彼らは“幸せになれなかった”者たち。“もうやり直せない”者たち。
そうであることすら誰にも知られることなく、餓えて枯れて朽ちていく者たち。
ただ一つ与えられた“導き”に縋り、忘れられた滅びに意味を求めた者たち。

935錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 22:56:59 ID:JmVc2pRQ0
確かに彼らは『魔』だ。憎悪にまみれ、化外に墜ちた存在だ。
だがその祈りさえも『魔』と否定するのか。
弱さを悪と貶め、持たざるを罪と弾劾し、その光で裁こうというのか。

その判決に対する反逆を載せた回廊が、発射される。
ついに深刻な域に達した破損のせいで速度は鈍り、威力は十全にならないだろう。
それでも、振り上げられた拳は収まらない。
失ったものを背負い進む城に、歌が響く。

なげかないで。
いらないものなんてないよ。
おちこぼれなんていないよ。
げんきをだそう。

それは、地より響く歌。己の弱さを嘆き、それでも前を向いた少女の歌<イノリ>。
故にその歌は、持たざる者にどこまでも染み入り、神秘のチカラとなる。
毒のように甘い魔女の呪い<イノリ>は、敗者であればあるほどにチカラに変わる。

この城に向けてドリルとは片腹痛い。
いいだろう。ならば刮目しろ。
もう続かない歴史をその身に刻め。

射出された右回廊が音を鳴らして蠢く。
オディオによって参加者が使用できぬようバラバラにされた『商品』が、壁や機関に組み込まれてゆく。

だいじょうぶ。魔法はなんでもできるチカラ。
だいじょうぶ。あなただけの魔法をしんじて。
だいじょうぶ。どんなときだって、あなたは、ひとりじゃない。

だから――――へいき、へっちゃら。

先ほどのドリルへの返礼とばかりに、回廊が先鋭化し、けたたましく回転する。
希神ドリルとは真逆の回転を成すドリルが、希神の脇腹を無慈悲に蹂躙する。
そんなに自慢するならその光を寄越せとあざ笑うように、振動とともに輝きが廃油に解け合い、魔城へと吸われていく。
これが本物のドリル――――機械大国フィガロの、技術の総算也ッ!!

936錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 22:58:01 ID:JmVc2pRQ0
ストレイボウたちは絶句したまま、希神の脇腹に大穴が開く瞬間を見ていた。
上空からの射撃が止まったことでアキラはとっさに距離を取り追撃を回避することには成功した。
しかし、希神の輝きを吸って城塞の機構を復旧する魔城は、息吹を得たりと歯車と蒸気の音をけたたましく鳴らす。
全快とは世辞にも言えないが、最低限の機構を取り戻した魔城は退くことなく右の回廊を回して希神へと果敢に攻める。
だが、迎え撃つべく精神力をさらに注いでボディを復元したアキラの拳は先ほどに比べ僅かに鈍っていた。
「無理もない。あの魔城、突撃こそすれど拳は残していやがる。
 こちらの大技にカウンターで差し違えるつもりだ」
カエルは苦々しげに唸る。人間並みの精度と駆動で動く希神相手では
魔城のドリルなどあたりはしない、アキラの拳が魔城に届く瞬間以外には。
故に、魔城は己が軍勢の吸収能力だけを頼りに、差し違えようとしている。
それが分かっているからこそ、アキラは反撃を回避できるよう余力を残した攻撃しか出来ない。
「それに、あの戦場外からの砲撃――――あれを見せつけられたら、もうアキラは動けない。封殺だ」
ストレイボウがつぶやく。希神がその威勢を鈍らせた最大の理由――それはあの戦場外からの砲撃支援に他ならない。
大気圏外から撃たれたあの一射。もしもアキラが全力のハロゲンレーザーで相殺していなければ、
この戦場の相当な領域が何度目かの焦土になっていただろう。
そして、希神と一つになっていないアキラ以外の者たちがどうなっていたことか。
何発撃てるのか、制限はあるのか、再射撃に何分かかるのか。最悪、もう二度と来ない砲撃かもしれない。
しかしその確証もない以上、アキラは常にあの射撃を警戒し続けなければならないのだ。

「折角の反撃の機会をこんな形で潰されるなんて、あの砲撃さえなければ……」
「いや、むしろ厄介なのは――――ッ!!」 

カエルが何かを言おうとした矢先、怨嗟を轟かせながら蘇った亡霊たちが突貫してくる。
依代となった遺体さえも損傷しているが、それを補うかのように鬼気を迫らせている。
「カエルッ!!」
「ちぃッ、合わせろよッ!!」
目配せもせずに、カエルとストレイボウはそれぞれに魔法を展開した。
カエルは印を組んだのち、口の中に発生させたウォータガをぴゅうと亡霊たちの前列に吹き付ける。
そこで進軍が止まった瞬間を見逃さず、ストレイボウが魔術をふるうと、
カエルのウォータガが、兵ごと凍り付き、巨大な氷壁を成した。
既に突撃の勢いの付いていた兵たちは止まることもかなわず、壁にぶつかり、
後ろからさらにぶつかった兵によって潰れてゆく。

「間一髪か」
「でも、なんでいきなり……しかも、さっきまで投石をしていた奴らまで」
「今だからこそ、だ。兵と俺たちを混交させることで、実質的にアキラからの広域攻撃を封じてやがる。
 しかしこれで確信した。この差配は、明らかに現場の指示だ……あの小物、もしやそこそこ優秀だったのか?」
潰れてもなお壁を破らんとばかりに襲いかかる兵たちは、先ほどまでの倍以上に膨れ上がっていた。
投石を行っていたものたちも、魔城の随員だった兵も全てがこちらに投入されている。
ストレイボウたちは破れそうな壁に魔力を注いで繕いながら、その差配をしたであろう反逆の死徒を睨みつけた。
その視線すら心地いいのか、卑猥な嘲笑を浮かべながら敗者は口の下の瞳をぐるぐると回していた。

937錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 22:59:19 ID:JmVc2pRQ0
「どうみる、ストレイボウ」
「……控えめに言って最悪、としかいいようがないな」
ストレイボウは冷や汗を浮かべながら応じた。
頼みのブリキ大王は敵の連携網に絡め取られて拘束された。
敵の軍勢はこちらに集中し、水際での防戦一方。
しかも、兵たちをいくら倒しても島全てが兵力たるジョウイには致命傷になり得ない。
このままでは泥沼に嵌まり続けることになる。
抜け出すためにはこちらの体勢を整えなければならないが、こちらの体勢はガタガタに崩されてしまっている。
ストレイボウはちらりと後ろを向いた。その視線は、カエルたちの後ろで呆としている2人へと向いていた。
イスラは未だ顎を下げず軍勢を見続けるのが精一杯で、アナスタシアは髪を垂らせ俯いている。
どちらもピサロや亡将を相手取った時ほどの気迫はなく、とても戦域に晒せる状態ではない。
逃げるにしても首輪が、空中城に行くにしても亡城のデータタブレットが問題となる。
(イスラとアナスタシアはまだ動けない。アナスタシアには首輪を解除するという仕事が残っている。
 ピサロは竜化が解けて行方不明。実質戦力は半分――埒が開くはずもない)
拳を振り上げる余力もなく、そも拳を向ける先も見抜けない。
故に泥縄。遙か先の禁止エリアで軍勢を維持するジョウイに主導権を取られ続けてしまう。

(……せめて、ブラッドか、ヘクトルが、マリアベルがいてくれればまだ……いや、いないからこその戦争か)
ストレイボウは三人の人材を思い浮かべ、すぐに打ち消した。
この状況が生み出している最大の不利は、彼らに大規模な集団戦闘の経験が圧倒的に不足していることだ。
6匹の獅子は、50の羊などもとのもしないだろう。
だが、そこに1人の人間が混ざることで1つの群れとなった今、ただの6匹は羊の群れに追いつめられている。
もしもここに彼らのようなリーダーとなりうる存在が居たならば、6人が1つに纏まれればこうはならなかったかもしれない。
だが、現実的に彼らは集ったばかりの烏合の衆であり、それ故に、ジョウイが狙うべき唯一の弱点となった。
もはやこの戦争を突破するより、勝利はないのだ。

「……やれることをやるしかない、か」

ストレイボウは深呼吸をして酸素を脳漿に澄み渡らせる。
焦るな、焦るなと言い聞かせ、状況を組み立てて優先順位をつけていく。
「何にせよ先ずはピサロの安否だ。だが、どこにいるか……」
「見つけるのは存外容易いかもしれんな」
カエルの視線の先には、空を飛んで魔城に向う2匹が居た。
希神と魔城の戦いに、奴らは直接的な意味を持たない。ならば考えられる理由は一つ。
「狙いは城の中のピサロかッ! 俺が行くッ!!」
「確かに膠着状態に入った今こそが城に入る好機……が、何か考えがあってだろうな」
「ああ、あの城が機械だとすれば、この場は俺しか行ない」
迷いなき瞳で魔城を見つめるストレイボウに、カエルは嘆息を付いた。
そこまで確信を持たれてしまっては反論も野暮で、自ずとやるべきことも定まる。
「全く……なら、いっそ全員で中に入ってしまうというのはどうだ。
 少なくともあの城からの攻撃はなくなるぞ」
「生き埋めにされるだけでしょう」
冗談のつもりで言ったカエルの軽口に予想外の方向から反応が返ってくる。
狼に戻したルシエドを侍らせたアナスタシアだった。
俯いたままの彼女の表情は分からなかったが、代わりにルシエドがトコトコと
ストレイボウの側まで行き、背中の毛並みを見せつけてくる。
「アナスタシア……」
「わかんないわよ。どうすればいいのか、どうしたいのか。
 頭ン中ぐっちゃぐっちゃで、もう訳わかんないのよ」
アナスタシアは手袋のまま、少し濡れた髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。
「だから、分かってる奴に貸しとく。この子も、迷ってる私といるよりはいいでしょ……」
進む道が闇に覆われ、進めずとしても。その手だけでもその先を望み僅かに伸ばす。
憔悴した彼女の精一杯を受け取って、ストレイボウとカエルは互いに頷いた。
「道を作る。合わせろよストレイボウ」
「カエル、お前……」
腰溜に剣を構えるカエルに、ストレイボウはその意を察する。
この状況に相応しい二人技。だが、その技は、カエルと彼女の。
「あれだけ見せられて気づかんとでも思ったか。理由は問わんさ。
 だが、確かにお前の中に彼奴は、ルッカはいるのだな」
精神を研ぎ澄ますカエルに、ストレイボウは言葉を返すことなく、フォルブレイズをめくり詠唱を開始する。
「ならば、採点してやる。俺が捨てたものが、俺以外の誰かに確かに息づいているのだと……見せてくれッ!!」
「ああッ! 彼女の炎が、彼女の思い出が、まだ此処にあることを示そう――――ラインボムッ!!」

938錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 23:00:27 ID:JmVc2pRQ0
神将器から放たれた焔を天空の剣に纏わせ、カエルが城めがけて一閃を放つ。
氷壁を割り、一直線に延びる炎は、不死なる者たちに触れた瞬間に爆ぜて道を造る。
炎が止めばすぐに蘇り、閉ざされるだろう道は、しかし魔狼が駆け抜けるには十分な道だった。

「……ルッカとは、昨日出会った。もう、会ったときには、死ぬ間際だった」
ルシエドに跨がるより前に、思い出したようにストレイボウは言った。
「そのとき、彼女を背負っていたのが、ジョウイだった」
ストレイボウはクレストグラフを翳し、カエルにクイックを駆けながら世間話をするような調子で語る。
「あの時、あいつは確かに彼女を生かそうとしていた。打算でも何でもなく、零れ落ちる生命を抱き留めようとしていた」
「……ルッカの最後は、どうだった」
続けてハイパーウェポンを重ね掛けされたカエルは、ストレイボウに尋ねる。
今此処でこの話を切り出された意味を薄々感じながら。
「泣いているんだと思った。理不尽な死に、未来が潰えたことに。
 でも今なら、生い立ちを、死に様を、名前を知った今なら……
 最後の想い出は、碧色の輝きに包まれていたから、きっと――許されていたんだと思う」
最後にプロテクトをカエルに掛けながら、ストレイボウはそう結んだ。

あの優しい碧光を放つ左手を思い出しながら、ストレイボウはさも今思い出したように虚空に呟いた。
「ああ……そうだった。あの時だった。あいつも、
 真っ正面から誰かの死を受け止め過ぎて、押しつぶされそうになっていた」
ジョウイの名に反応したか、イスラは僅かにストレイボウに視線を上げるが、
ストレイボウは省みることなく、ルシエドに跨がる。

「だから――――お前も立ち上がれるって、信じてるよ。イスラ」

不意に呼びかけられ、イスラが頭を上げた時、欲望の狼は瞬く間に魔城に向けて駆けだしていた。
何かを言おうとしていたはずのイスラの口は、半分開いたままだった。

「彼奴の言いたいことが分かったか、適格者」
天空の剣を素振りしながらカエルはイスラに尋ねた。
答えを返すより先にカエルが二の句を継ぐ。
「有り様はどうであれ、あの核識もお前と同じくらいに死を想っている。そうでなくばこれほどの死を背負えまい」
ヘクトルも、あの城も、島の亡霊たちも、そしてイスラの罪たるあの死徒も、全てを背負うが故のSMRA。
そこに、イスラを意図的に貶めようとする浅慮があったなら、たちまちジョウイはこの群れに呑まれていただろう。
割り切れないから、流せないから、真正面から受け止めるしかなくて、死を背負った。
かつて笑い、割り切ったはずのビジュの死を、真っ直ぐに苦しみ続けている今のイスラのように。
同じくらいに不器用なほど、2人は死を想い続けている。

「そんな奴にお前は負けるはずがないと、彼奴は言ったんだよ」

イスラが俯いたまま、時間切れの怨嗟が響く。
ラインボムの爆破が止み、氷壁の割れた部分へと兵たちが再び殺到し始めたのだ。
「俺から言えるのは此処までだ。後は自分で考えろ。なに――――」
だが、カエルは天空の剣を振るい亡霊兵を薙払い、ベロで掴んだブライオンを一気に振り回して遠くの敵を両断する。
カエルにのみ許される、歪な勇者剣二刀流だった。

「その時間は稼いでやる。何分でも、何時間でも、何日でも――――たとえ、十年だとしてもッ!!」

ありったけの補助魔法を受けて、カエルは修羅と化した。
ストレイボウへ敵が行かぬよう、アナスタシアとイスラの下へ行かせぬよう
氷壁の開いた部分に殺到する兵たちを蹴散らしてゆく。
屍体に込められたミスティックが天空の剣で祓われいくが、
一人二人分が解除されようが他の兵たちと分け与えることであっという間に戻されてゆく。
しかし、補助効果が途切れればたちまち粉砕されるであろうカエルは、なんとも軽やかに敵を屠っていた。
弱きものとして、闇にあるものとして、欲望をもつものとして、清濁を合わせ呑んで目の前の敗者を裁いていく。

アナスタシアは見つめる。永遠にでも持ちこたえそうなほどに思えてしまう背中を。
イスラは俯き、感じる。大地に突いた両手に感じる戦場の振動を。
その遙か遠くで、卑しく嘲笑う声を聞きながら。

939錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 23:02:07 ID:JmVc2pRQ0
希望を纏いし巨人と激突する魔なる王城。その最上階、双玉座の間で銃声が響く。
少量の魔力によって散弾のように放たれた弾丸が部屋の壁を抉っていく。
だが、その中に金属の擦れる音が混じる。
銃口の先、巌の如きの手のひらが、射線を塞ぐようにそびえ立っていた。
否、それは巌めいているのではなく、真正、岩石でできた掌壁であった。
その衝立の上から飛翔して迫る影が一つ。一条の光とて戻ることなき暗黒物質を纏った女が射手へ襲いかかる。

応射は間に合わぬと舌打ちをし、射手は一言二言呪文を刻んで手を大地にたたきつけた。
滑らかな石畳と掌に生まれた空隙から風が爆ぜるように吹き上がり、術者たる射手を大きく跳躍させて女の攻撃を回避させる。
女の死角を取る格好となった射手は中空で銃口を向ける。
だが、そうすることが分かっていたかのように、着地地点に回り込んでいた岩石の拳を供えた女が射手の着地と同時に拳を振り抜く。
これほどの質量を振るわれれば、射手の貌など爛熟した果実のように弾け落ちるだろう。
「無駄だ、お前たちでは我が身体を――我が愛を侵すことなど出来ん」
しかし、射手の貌は何一つ傷ついていなかった。
拳は皮膚と外気の境界より先で止まり、くすんでなお美しい銀髪が、女の腕を優しく撫ぜる。
女の手如きで男の肌を害せない――などという次元ではなかった。
幽霊が生者を害せないように、2次元が3次元を害せないように、その拳と内と外は存在の強度が違いすぎる。
これこそが、彼がこの地獄で手にした愛の奇蹟。
たった一つの不朽不滅の愛を以て、己を絶対防御せしめるインビシブル。
これがある限り、射手は勝ちは無くとも負けは無い――はずだった。

振り抜かれなかったもう一つの拳が、射手に触れる。
じゅう、と焼き鏝を当てるような不快な音と共に、拳が射手の頬に触れる。
直立のまま、彼は驚きその拳をみる。威力はなく、蠅が触れた程度の感触しかない。
だが、その感触があるということが問題だった。
この技は、彼の持つ愛の体現。それに干渉したということは、彼の愛を侵したということ。
そして、干渉が出来るならば――“彼奴”のように障壁ごと吹き飛ばすこともできる。

拳を振り抜かれた彼は玉座に吹き飛ばされる。
驚きでインビシブルを解除してしまった彼は、背中を強く打ち付けられたが、痛みに惑う余裕はなかった。
とっさにクレストグラフを構え、風の壁を作って2人の女を遠くへ押しやり、その隙の裏へと隠れた。
すぐさま別の部屋へと移りたかったが、それは叶わない願いだった。

息を乱し、青ざめた肌に汗と砂と埃が張り付く中、彼はじっと足をみる。
最初は足だけだった石化が、膝のあたりまで進行していた。

「まったく……これでは奴らになんと言われるか分かったものではないな」

省みるまでもない2体の化外に追いつめられ、衝立の裏で息を切らす。
泥まみれの頬を擦るこの無様こそが、かつて魔王と呼ばれたピサロの現状だった。

「しかし、なぜインビシブルが破られる。もしやこの泥が関係しているのか」
『それこそは、創世の泥。星の原型<アーキタイプ>たる泥のガーディアン――グラブ=ル=ガブルだ』
「……ラフティーナか。貴様の鎧も存外当てにならんものだな」

脳裏に響く声を感じ、ピサロは懐から金色のミーディアムを取り出す。
その間も、銃だけを玉座か跳びさせて、適当に魔弾をばらまいている。

940錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 23:06:05 ID:JmVc2pRQ0
『……ガーディアンの権能とは即ち想いの力だ。汝も知っての通り、此処は憎悪という想いに染められし異界。
 我ら貴種守護獣はミーディアムを具現するだけでもファルガイア以上に消耗を強いられる。
 故に、同位――同じ貴種守護獣に達するほどの想いであれば、我が守りとて十全ではない』
「あの女のように、か。ならばあの小僧も何か守護獣を得たというのか」
『より性質が悪い。あれは我ら貴種守護獣……否、全ての守護獣の母たる“始まり”の守護獣の一部。ならば……』
「子が親に勝てる道理はない、か? 下らん」
ピサロは忌々しげに舌打ちをし、玉座の後ろから女たちを見つめる。
命無き人形が城が、生命の泥を纏って、ヒトの輝きを奪いにくる。
その皮肉に、人形の主たる魔王の性根の悪さを感じずにはいられなかった。

「しかし、どうするつもりだ。その足は我でも治せんぞ」

しかし、劣勢であることに疑いはなかった。
回復魔法はあれど状態回復魔法無き今、石化はすでに歩行もままならぬほどに進み、
呪文はろくに唱える暇さえ与えられず、
絶対防御は絶対ではなく、敵の不自然なほどの連携で、一撃必殺を狙うこともままならない。
有り体に言って絶対絶命だった。

(しかし、力押しで命を取りに来ることもできるはずだが、連中何を待って……)
『上だッ!』

ラフティーナの声に反応し、上を向いたピサロが見たのは天井を滑るように現れた流液と爬虫の女たち。
新たに現れた増援に唸りながら、ピサロは弾幕を張りつつ後退する。
だが、もはや杖無しでは歩けぬ足では如何ともしがたく、すぐに壁に追いつめられてしまう。
敗者が、生命を持たぬ人の形か、勝者を、命あるものを追いつめていた。
「4人の雌に囲まれるというのは、人間の雄共ならば興趣尽かぬ状況であろうな。
 だが、私には無用。消えよ端女ども。貴様等共に食わせる肉などないと知れ」
それでも己が高貴を曇らせることのないピサロに、疎むように4人が殺到する。
ピサロは銃を構えた。最後の最後まで己が性を貫くために。

「ピサロッ!!」

掛けられた名とともに、豪炎が石畳を走る。
炎はたちまち女共――フォビア達の周囲をまとわりつき、彼女らの足を止める。
その瞬間、月が閃く。研ぎ澄まされた狼爪の軌跡を、女の血が彩った。
ストレイボウと影狼ルシエド、ある種この場で最も安定した援軍だった。

941錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 23:07:11 ID:JmVc2pRQ0
フォビア達の姿が、狼の背に跨がったストレイボウの背中に遮られる。
アナスタシアの眷属であるはずの魔狼と共にある姿は、不思議と違和感がなかった。
突如の乱入に、フォビアは4人と集まり、ストレイボウを見つめ続けている。
「退いていろ、貴様では――」
勝てぬ、とまるで気遣いのようなこと言おうとしたのは、太陽の下で少なからず会話をしたという事実故か。
だが、ストレイボウの背中から迸る何かが、ピサロに恥をかかせなかった。
手負いとはいえピサロを追いつめるほどの者たちを前にしたストレイボウの表情は伺えない。
しかし、あの矮小の極みだった背中が大きく見えるのは、決して狼上にあるだけが理由ではないだろう。
決意、というよりは……歓喜にも似た高揚に、ピサロには思えた。

「「「「―――――――――――」」」」
「なっ!?」

だが、ストレイボウの期待を裏切るように、流すように、フォビア達はわずかな膠着の後、素早くバルコニーから逃亡する。
鮮やかとさえ言える遁走に、甲高い一歩が響く。
フォビアに向けて踏み出したストレイボウの右足は小刻みに震え、そして何とか収まった後、ピサロへ向き合った。

「大丈夫……だなんて言うなよ」
「まさか、貴様に助けられるとはな……」

ストレイボウの視線がピサロの足に向く。この応酬の間も石化は進行し、もはやピサロは直立もままならない有様だった。
ひとまずストレイボウは肩を貸し、ピサロは玉座に身体を預けながら、互いの状況を確認し合う。
「まだ奴らはくすぶっているのか」
苛立つようなピサロの感想に、ストレイボウは苦笑いを浮かべた。
「だけど、立ち直るって信じてるんだろう」
「……当然だ。こんな持たざるもの共如きに砕かれる程度なら、とうに私が砕いていた」
図星を突かれたピサロはそっぽを向いてそう答える。だが、ストレイボウは逆に目を細めた。
「持たざる者、か」
回復魔法を自分に施すピサロは、彼の寂寥な声色に眉根を潜めた。
屍に人形たち。小者の残骸で出来た小兵に、王を気取るように示された誰もいない廃城。
そんな有象無象をかき集めて急造された魔王の軍勢に、いいように追いつめられている。
そこに不快こそあれ、噛みしめるようなものなどピサロには無かった。
「……多分、今もこの城はアキラと戦っている。その割りには静かだと思わないか」
ストレイボウは城の内壁を撫で、指先に苛烈な振動を感じながらひとりごちる。
「この城がどれほどに未練を抱いたかなんて想像もつかないが、この城が凄いってことは分かるよ」
ルシエドと共に城内を駆け抜けたストレイボウの、技師としての感想はその一言につきた。
耐候性、居住性を持たせながら、これほどの大規模な構造物に砂漠潜行機能を持たせる。
落成から相当な年数を経ているだろうに、機能としてのかげりを微塵も感じさせない。
おそらくは、作られてから幾度も修繕と改良と試行錯誤を繰り返していたのだろう。
ルッカの視点から理解できるこの城の想い出に思いを馳せれば、
この城が愛されていたことと、この城のある国を愛した者たちと、そしてこの国を束ねた国王を思わずにはいられない。
この城は王を飾るためでも、国の威光を示すものでもなく、きっと砂漠に生き続けた彼らの……“家”だったのだ。

「フィガロ。名は聞いていたが、きっと素晴らしい国だったんだろうな」

942錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 23:07:56 ID:JmVc2pRQ0
ルクレチアのように、国民全員が未練を抱えて亡霊に堕ちるような国ではなく、
と苦笑いするストレイボウの背中に、ピサロは慄然とする。
己を誰よりも敗者だと思うストレイボウは、それ故この場で誰よりも公平に敵と味方を想えている。
翻って自分はどうか。
力によって絶対の順列を決する魔界の秩序では、城など王の付属物に過ぎなかった。
それ以外のものなど、想像すら出来なかった。
それは彼が高潔で、世界に匹敵する個我を持つがゆえの皮肉だった。
彼が知ったものこそが世界で、それ故に、彼の世界は完結している。
愛を知ったのではなく、彼女を愛する自分を知っただけで、
人の愚かさを悟ったのではなく、愚かな自分を知っただけで。
魔族の願いで、邪神官の計らいで、誰かの命を懸けた魔法で、聖剣と愛が起こした奇跡で、
誰かが触れなければ、誰かが与えなければ、永遠に変わることはない彼は。

「……自分を省みることはできても、奴らを省みることはできんということか」

自らが口ずさんだ言葉で我に返り、ピサロはストレイボウへと視線を向ける。
あわよくば、とピサロは思ったが、ストレイボウの耳はその言葉を拾っていた。
「……そんな大層なことじゃないさ。俺だって、何が変わったわけでもない。
 偉そうなことを言ったって、ただの妄想に過ぎないかも知れないんだ」
ストレイボウの唇が咎人の諧謔に卑しく歪む。今更に聖人を気取っている己の姿に自嘲が無いはずもない。
「結局のところ、どこまで言っても俺は一番の罪人だ。だから、誰も呪えないだけなのかもしれない。
 あるいは……俺が許されたいだけなのかもな。
 俺がお前を許すから、俺を許してくれって、浅ましく思ってるだけかもしれない」
誰よりも罪深く、許しと償いを乞い続ける原初の咎人。その煤けた笑顔に、ピサロは唇を強く結んだ。
他者を想い、罪を思い、償いを為す。それは彼女がピサロに願ったこと。
それを体現する男は、それでもまだ罪深いと十字架を背負い続けている。
「ならばどうすれば、許される? お前が立ちたいと願うあ奴への傍らに、いつたどり着ける?」 
「許されないかもしれない。たどり着けないかもしれない。
 それで当たり前。俺がしたことは、それくらいのことなんだ」
薄々と予感していた答えを先駆者に言われ、ピサロは押し黙るしかなかった。
ピサロとストレイボウでは罪の認識が根本的に異なる。
自分が背負うものを、”彼女が罪だと言うから罪”だと思っていた程度の罪だと、思っていなかったか。
たどり着けない道を永劫に歩き続ける覚悟が自分にあっただろうか。
「それでも歩き続けられるのは……なぜだ」
「……“聖者のように、たった一言で誰かを悲しみから救うことはできない”。
 俺たちは、軽いんだ。それでも俺たちは、一言で全てを解決してしまうような……
 そう、“魔法”みたいな何かを期待する。俺もそうだった」
 懐かしむように紡がれた答えに、ピサロは面食らう。
「そうしたら、こう言われたよ。でも、だからこそ――――」
変わりたいと思っても変われない自分に苦しむ姿が、かつてのストレイボウとピサロに重なる。
そこに、暖かな木漏れ日のような言葉が染み渡る。

「『でも、だからこそ、私は何度でも言葉を重ねることしかできません」』
渇き苦しむ罪人に、両の小指を沿わせて掬った水を差し出される。
仄かに甘く薫るその水が、喉を潤してゆく。
「『たとえ一晩中でも、夜明けまで重くなる瞼を擦りながら……欠伸を我慢しながらでも話したいと思います……」』
頭を上げた先の、その聖人の顔を、罪人が間違うはずがなかった。
「それでも、歩き続けるしかないんだ。
 たった一歩で届くことはなくても……歩かなきゃ、絶対にそこには辿り着けないんだ」

全てを理解したと察したストレイボウは、先駆者としてそう言葉を締めた。
たどり着けるからではなく、たどり着きたいから。
何度でも語り続けよう、何歩でも歩き続けよう。
その意志の果てに叶わない夢はないのだから。

「そうか……君は……生きているのだな……」

943錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 23:09:20 ID:JmVc2pRQ0
何かを噛みしめるようなピサロの呟きに満足したストレイボウは、この後について考える。
ピサロの石化をどうにかしなければならないが、回復手段はアナスタシアのリフレッシュしかない。
とすればピサロを彼女のもとまで運ぶ必要があるが、ここに来るまでに見つからなかった以上もう一つ仕事が残っている。

「しかし、何でフォビア達は退いた? 
 ここで分断された俺たちを見逃す手は無いはずだが……それよりも重要な攻略点なんて――――」
フォビアが4体まとめてピサロを攻めたのは、ピサロが弱体化した上で孤立したからのはずだ。
増援があったとはいえ、依然としてピサロ崩しの好機だったのは間違いない。
それを見逃す理由はいったい何か? まるで、ストレイボウがここまで来た時点で目的を達したかのような――

「真逆ッ!?」
「リレミトッッ!!」

ストレイボウの気づきよりも僅かに早く、呪文を唱える暇を漸く得たピサロが光となって飛翔する。
ルーラを応用したその呪文は、ピサロを光に変えて城から脱出させつつ、一直線に兵士たちの密集区へと向わせた。

「……俺のバカ野郎が……ッ!」
自分の肺を握りつぶすように息を吐きながら、ストレイボウは弾かれたように階下へと降りていく。
『どこに行くつもりだ』
「今から俺たちが行っても間に合わない! 初撃はあいつらに任せて、その後に供えるッ!!」

ルシエドの問いに、ストレイボウは自分に言い聞かせるように答えた。
ルシエドは一瞬考えた後、ストレイボウを背中に乗せる。
『俺が行けばお前は何も出来まい。
 それに、お前を助けた方が結果的に助けになるのだろう? 敢えて聞かせろ、敵の狙いは?』
ルシエドに感謝を込めて毛並みを撫でながら、ストレイボウは地下に目を向けながら走る。

「頼んだ、みんな。敵の狙いは、狙いは――ッ!!」

944錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 23:10:19 ID:JmVc2pRQ0
アナスタシアの頬に、鮮血が降りかかる。噎せ返るほどの血と泥の匂い。
豊かな髪にまで透った血の中で、かろうじて血を浴びなかった左目が、
氷の壁に見えた、わずかな亀裂をくっきりと映し出す。
壁の向こうで、両生類が叫んでいるが、上手く聞き取れない。
遠く遠く、私たちを嘲笑い続けていた声も聞こえない。

ぼすり、と業物の苦無が地面に刺さる。
禍々しい毒の色と、ばちばちと纏う雷の色が地面で赤色と混ざる。

暗器・凶毒針。かつて彼女を裏切った男の、障害を抜いて狙い撃たれた奥の手が完了する。

ルシエドという最後の守りすらも手放した莫迦な女は、きっと格好の餌食だったのだろう。
たとえ死に至らずとも、このか細い腕を害せば、もう首輪は外せないのだから。

そしてそれは、私に向けて冷徹に実行され、炸裂した。
兵を運動させて混乱させ、人形を遣い兵力を誘引し、火力支援を利し、
弱者たる彼女に向けて、完璧に、誰にも読ませないまま完璧に穿った。

「……無事?」

ただひとつ、たったひとつ狂いがあったとするならば。
この世界を覆う血が、私のものではないということ。

左目が、目の前の黒い何かを見つめる。
線の細い左半身と、きめ細かい女のような黒髪。

「そう……なら……」

舌の上で脂以外の触感がする。
粉々に、弾け飛んだ、肉の柔らかさと、骨の硬さ。
ねえ、イスラ君。また私に私以外の何かを失えというの?
ねえ、イスラ。なんでお前の腕がないの?


「よか―――――――――――――」


欠けた腕から鮮血を散らせながら、安堵そのものの吐息を漏らして少年は崩れ落ちる。

私は血塗れた手を伸ばすけれども、繋ぐ手は届かなくて。
倒れたイスラに、かける言葉が見つからなくて。

ただ、幽か、聖剣から稲妻の奔る音がした。

945錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 23:15:04 ID:JmVc2pRQ0
【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 日中】
【イスラ=レヴィノス@サモンナイト3】
[状態]:左腕完全破壊 麻痺 ??? 
[スキル]:???
[装備]:魔界の剣@DQ4 ドーリーショット@アーク2 44マグナム@LAL*残弾無し ミラクルシューズ@FF6
[道具]:召喚石『天使ロティエル』@SN3 召喚石『勇気の紋章』@RPGロワオリジナル
[思考]
基本:???
[参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている)


【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:血塗れ 動揺(極大) ダメージ:中  胸部に裂傷 左肩に銃創(いずれも処置済み) 精神疲労:小
[スキル]:せいけんルシエド(※現在ルシエドがストレイボウに同道中のため使用不可)
[装備]:アガートラーム@WA2
[道具]:ラストリゾート@FF6 いかりのリング@FF6 日記のようなもの@貴重品
[思考]
基本:???
1:――――――――イスラ……?
[参戦時期]:ED後

※現在ルシエドをストレイボウに貸しているためせいけんルシエドは使用できません。
 使用する場合はコマンド『コンバイン』を使用してください。
 ただしその場合、ストレイボウからルシエドが消失し、再合流まで貸与はできません。

【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:瀕死 最大HP90%消失 精神ダメージ:小 覆面 右手欠損 左腕に『罪の証』の刺傷
    疲労:中 胸に小穴 勇気:真 ステータス上昇付与(プロテクト+クイック+ハイパーウェポン)
[装備]:ブライオン@武器:剣  天空の剣(二段開放)@DQ4 パワーマフラー@クロノトリガー バイオレットレーサー@アーク2
[道具]:
[思考]
基本:幸せになれと、その言葉は刻み込んだ。ならば痛みにこの身を晒し、幸せを探して生きるのもひとつの道かもしれんな。
1:イスラ、アナスタシアッ!!
2:伝えるべくは伝えた。あとは、俺にできることをやるだけだ
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)


【アキラ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ:大、疲労:大、精神力消費:極大
[スキル]:PSY-コンバイン  フォース・バウンティハンター(Lv1〜4)
[装備]:デーモンスピア@DQ4 激怒の腕輪@クロノトリガー
[道具]:双眼鏡 不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
[思考]
基本:本当の意味でヒーローになる。そのために……
1:クソッあんな空からの攻撃だとッ!? 防ぐしかねえってのか!
2:この俺の希望を、見せてやるッ! 見せつけてやるッ!
[参戦時期]:最終編(心のダンジョン攻略済み、ストレイボウの顔を知っている。魔王山に挑む前、オディオとの面識無し)
[備考]:超能力の制限に気付きました。テレポートの使用も最後の手段として考えています。
※カノンの名をアイシャ・ベルナデット、リンの名をリンディスだと思っています。
※松のメッセージを受信しました。かなり肉体言語ですので、言葉にするともう少し形になるかもしれません。

946錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 23:16:28 ID:JmVc2pRQ0
【SMRA隊】

【反逆の死徒@???】
[状態]:驚愕 クラス『モルフ崩れ』 軍服黒焦げ 
[装備]:蒼流凶星@幻想水滸伝2 黒き刃@幻想水滸伝2 亡霊兵(25名)
    副将:フェミノフォビア(抜け道付加)、アクロフォビア(飛行付加)
[スキル]:暗器・凶毒針 状態付加・麻痺  
     遠距離攻撃・召雷 ゲレハラスメント(憑依:攻撃力防御力20%減少)
     再生能力(毎ターンHP25%回復)俊敏、逆襲、狙い撃ち
[思考]
基本:ただ導かれるままに
1:皆殺し
2:一番弱くて弱い奴を嬲る
部隊方針:アナスタシア、イスラ、カエルに突撃。フォビア4体も到着後投入。


[備考]
※部隊は亡霊兵@サモンナイト3、スケルトン系@アーク2、グール系@アーク2、リッチ系@アーク2の混成です。
 ステータスはいずれも雑魚相当。残る参加者のレベルなら普通に戦闘すれば1、2撃程度で倒される程度です。
 ただし、輝く盾の紋章効果にて時間復活します。
 部隊長を倒せば配下兵力の復活はありません。また、副将を倒せば更に弱体化します。


【砂喰みに沈む王城@???】
[状態]:クラス『大魔城』外壁損傷(大) 駆動部中破(スペシャルボディにて無効化) 左腕<左回廊>から先を損失
[装備]:亡霊兵(25名)データタブレット@WA2
    副将:クラウストロフォビア(石化攻撃付加)、スコトフォビア(HP吸収付加)
[スキル]:ハードボディ、スペシャルボディ コマンド:きかい(どりる)
[思考]
基本:ただ導かれるままに
1:皆殺し
2:あの鋼の光は破壊する
部隊方針:フォビア含めて反逆の死徒の指示に従う


[備考]
※部隊は亡霊兵@サモンナイト3、スケルトン系@アーク2、グール系@アーク2、リッチ系@アーク2の混成です。
 ステータスはいずれも雑魚相当。残る参加者のレベルなら普通に戦闘すれば1、2撃程度で倒される程度です。
 ただし、輝く盾の紋章効果にて時間復活します。
 部隊長を倒せば配下兵力の復活はありません。また、副将を倒せば更に弱体化します。

947錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 23:17:35 ID:JmVc2pRQ0
【フィガロ城内部 二日目 日中】

【ストレイボウ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ:中、疲労:中、心労:中 勇気:大 ルシエド貸与中
[スキル] ルッカの知識(ファイア、ファイガ、フレア、プロテクト)*完全復元は至難
[装備]:フォルブレイズ@FE烈火 天罰の杖@DQ4 
    マリアベルの手記@貴重品 “勇者”と“英雄”バッジ@クロノトリガー
[道具]:クレストグラフ@WA2(クイック、ハイパーウェポン)
[思考]
基本:“オルステッド”と向き合い、対等になる
1:みんな、アナスタシアを頼む……ッ!
2:イスラの力に、支えになりたい
3:罪と――人形どもと、向き合おう
4:俺はオルステッドを、どうすれば……

[参戦時期]:最終編
※アキラ以外の最終編参加キャラも顔は知っています(名前は知りません)
※ルッカの記憶を分析し
【バトルロワイアル開催以降の記憶】と【千年祭(ゲーム本編開始)以降の記憶】を復元しました。
※ジョウイより得た空中城の位置情報と、シルバードの情報をほかの参加者に伝えました。


【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:リレミト中(ルーラ同様移動に時間がかかります)
    クラス『ピュアピサロ』 ニノへの感謝 ロザリーへの純愛 精神疲労:やや大
    左腕骨折、胴体にダメージ大、失血中、徐々に石化@現在膝上まで進行中
[スキル]:魔封剣、デュアルショット、アルテマバスター*いずれも要バヨネット装備 ミーディアム:ラフティーナ
[装備]:バヨネット@RPGロワオリジナル
[道具]:ミーディアム『愛の奇蹟』@WA2 クレストグラフ@WA2※ヴォルテック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック
    データタブレット×2@貴重品
[思考]
基本:すべての命が、自らの意志で手を取り合える世になるよう力を尽くす
1:……まったく、世話のかかる……
[参戦時期]:5章最終決戦直後
 ※バヨネットからパラソルが無くなりました。魔導系コマンドはそのまま使用可能ですが、魔力補正がなくなりました。


【用語解説:謎の衛星攻撃】

優勢だった幻想希神へと狙い撃たれた超々高度からの光学射撃。
ストレイボウとカエルは未来時代の知識から衛星攻撃と類推しただけであり、詳細は不明。
上空からの攻撃となると天空城からの攻撃とも疑えるが、
この戦いに干渉の動きを見せないオディオの仕業とは考えられない。
とすれば、ジョウイの仕業と見るのが妥当だろう。
核識として島の状況を知ることのできるジョウイならば、タイミングを計ってピンポイント攻撃も不可能ではない。
肝心の攻撃方法だが、紋章にも遺跡にもこのような技はないため、ジョウイが持つ最後の支給品の可能性が極めて高い。
ただ、それはちょこが所持した「アナスタシアから見て生き残るのに役に立たないモノ」であるため、
単純に兵器を所持しているとは考えにくい。ひょっとすれば、鍵のようなそれと理解できなければ使用できないものかもしれない。

いずれにせよ、巨大兵器戦をジョウイが想定していたことは疑う余地もないだろう。

948SAVEDATA No.774:2014/11/02(日) 23:19:50 ID:JmVc2pRQ0
投下終了です。途中までのテキストを再構成していますので、
?と思うところもあるかもしれませんが質問疑問意見あればどうぞ。

この後も書くつもりではありますが、続きがあればぜひどうぞ。

949SAVEDATA No.774:2014/11/02(日) 23:49:50 ID:GJuZNHBc0
投下おつでした!
おお、すごいところで続いた―!
巨大ロボ決戦はアイシャパワーによる仕込み武器がかっこ良かったり、空からなんか降ってきたりすごいことになってるw
というか衛星攻撃はWA1思い出した。アースガルズ、アースガルズ助けてくれ!
ピサロはひとまず危機を脱した上で、ここでストレイボウ越しにロザリーの言葉届いたんだけど。
ジョウイからすれば本命なアナスタシアたちが代わりにピンチに陥ってしまったか……
果たしてどうなってしまうのか、楽しみです!

950SAVEDATA No.774:2014/11/03(月) 13:32:12 ID:JD4L8OJg0
執筆・投下お疲れ様でしたッ!
ブリキングかっけー!
アキラが見たヒーローの技が、アシュレーの心臓によってカタチになって、すごく眩い!
でもだからこそ、持たざるものやオルステッドが認められるものではないんだよなー…
そんな持たざるものどもへ囁かれる魔女の囁きがヤバい。持たざるものの気持ちが、あの子は理解できてしまう
へいき、へっちゃら
このフレーズがここまで魔性を帯びて見えたのは初めてだ
んでもって、ストレイボウの安定感が半端ない。ここまで頼もしく見えるストレイボウもまた初めてである。カエルとのやり取りもいちいちカッコいい
そう、カエルといえば、今回の作品で一番印象強かったのは、

>「その時間は稼いでやる。何分でも、何時間でも、何日でも――――たとえ、十年だとしてもッ!!」

このセリフ
燻り続けてきたカエルが言い切るからこそ、このセリフは熱い
さらにその後の、

>ありったけの補助魔法を受けて、カエルは修羅と化した。

この一文がすごく感慨深かった
かつて、シュウの前で修羅への道を踏み入れたカエルとの対比がすごく上手いなと

ただ、そんなカエルがいても衝撃の展開を防ぐことはできなかったわけで
続きがどうなるか気になります!

951SAVEDATA No.774:2015/01/01(木) 00:38:28 ID:vZTgRqKY0
あけおめー。今年もよろしくお願いします。
お年玉とばかりに予約が来てますね

952SAVEDATA No.774:2015/04/01(水) 22:20:11 ID:SMANe6Rw0
エイプリルおつー

953SAVEDATA No.774:2015/05/01(金) 06:56:40 ID:uXOmCGWc0
予約はいってた!

954SAVEDATA No.774:2015/06/17(水) 22:42:37 ID:KwNT20wQ0
祝・LAL配信

955 ◆wqJoVoH16Y:2016/01/01(金) 02:40:26 ID:Yaty2s.60
RPGロワをここに読みに来られている方々、あけましておめでとうございます。

そして同時に謝罪をば。
2014年の末に話を分割して以降、何とか2015年内にはせめて残りは仕上げたかったのですが、
個人的の事情と展開内の理由から作業が遅れ、叶わず1年を逸したこと本当に申し訳ありません。
(気にせず他の書き手諸氏も好きに書いてくれ、とは申しましたが、
 あんなブツ切りでトスされてもはっきり言って難しいとは思います)

とはいえ、このままエタらせるつもりは更々にありません。
中盤の末の頃、奇縁とはいえ、このロワの先駆けられた方々のSSに惹かれ筆を執り、
これこそはというものを書きたいと書いてきました。
この素晴らしい物語をしゃしゃりでてきた自分のせいで閉塞させてしまうなんて、何より自分が一番嫌です。

本当はこんなながったるい情けないことを書きたくないし、
ンなもの書く暇あったら1日でも早く投下せえやと言われればホントそうだと思いますが、
新年の節目を逃したらいかんと喝を入れるべく、長文を書かせてもらいました。

というわけで、状況を進めるべく、現在作業しています。
予約というわけではないのですが、少なくとも今月の出来る限り早い段階で、
少なくとも何かしら成果物を投下をできるようにしたいと思ってますので、もう少しお待ちください。
今年も皆さんにとって素晴らしい一年でありますように。

956SAVEDATA No.774:2016/01/01(金) 09:49:03 ID:8Lm9mkIY0
あけましておめでとうございます

◆wqJoVoH16Y氏、楽しみに待ってますよ

957SAVEDATA No.774:2016/01/03(日) 12:35:05 ID:7QFs3KS20
楽しみにしています。

958SAVEDATA No.774:2016/01/10(日) 00:57:05 ID:r2RIyr5g0
おお、これは新年早々嬉しい通達。楽しみに待っていますが、重責と思いすぎぬよう。

959SAVEDATA No.774:2016/02/18(木) 06:08:26 ID:0eQI/jUM0
RPG始まったのが2008なの思い出し、驚いている。もうそんな前か

960SAVEDATA No.774:2016/04/01(金) 02:55:08 ID:svedp7uo0
LALの配信以上に驚くことは早々無い>4月1日

961 ◆iDqvc5TpTI:2016/04/01(金) 16:24:32 ID:svedp7uo0
企画が止まったままなのは寂しいのでお目汚しかもですが仮投下スレにエイプリルフールネタを投下しました

962<ワタナベ>:<ワタナベ>
<ワタナベ>

963<ワタナベ>:<ワタナベ>
<ワタナベ>

964<ワタナベ>:<ワタナベ>
<ワタナベ>

965 ◆Rd1trDrhhU:2017/05/03(水) 08:49:22 ID:acJp2N7I0
反応が遅れて申し訳ありません。
対応しました。


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