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【クロス統合】もし種・種死の世界に○○が来たら

1名無しさん:2009/06/08(月) 16:50:33 ID:JFJTHWVs0
クロススレだけなかったんで立てました。



まとめサイト
ttp://arte.wikiwiki.jp/

2ch内スレ&2ch内兄弟スレ
【もしも】種・種死の世界に○○が来たら【統合】
http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/shar/1196339764/
【IF系】もし種・種死の○○が××だったら【統合】
http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/shar/1196438301/

58【機動戦士ΞガンダムSEED Destiny (17)】(12/18):2010/09/25(土) 23:38:28 ID:mCnjWMRs0
更にはターミナルが独自に加えた改良点として、ハサウェイ達マフティーの面々であっても多少目を剥くかも知れないこの世界ならでは技術の最先端の結晶たる、ビーム・シールド――
ザフトから技術研究の成果をコピーして盗み出すと共に、そちらの開発進行に遅延を招く様な妨害工作も同時に実施して、先んじて実用配備品を完成させていた
――をも装備しており、防御面においても不安は無いと言うことで、文字通りに海賊的と言ってもよい今回のこの任務にデビュー戦としての白羽の矢が立てられていたと言うわけだ。

かくして、本来ならばと言うのとは異なる形で邂逅を果たしたザフトの最新鋭艦へと接近をしたターミナルの最新鋭MSたちは、
目標も最新鋭艦であるだけに、自分達の有するやや古いザフトのIFF信号パターンが認識されずに「不明機」と見なされて、近接自動防御火器に迎撃されるかも知れないと言う可能性への警戒をしていたのだったが、
それも杞憂に終わり、何らの妨害も受けるもことなく巨艦のその舷側にと取り付く事に成功し、それを確認して接近して来たシャトルと共に、虚空へと向けて解放されたままの超巨人宙母の第1デッキの中へと進入を果たす。


『よし、さっさと済ませるぞ!』
『了解!』
キャプテン以下、シャトルから降りて来たターミナルの面々がノーマルスーツを着込んだままに、先程までイザークとその部下達が詰めていたメガラニカのブリッジへと乗り込むと、各々手近なオペレーター席へと腰を落ち着けて一斉に作業にと取りかかり始める。

『まずはこの耳障りな警報を、さっさと止めちまってくれよ』
自身も手近なシートにと着いて作業にと加わりながら、ヒルダが言う。

『ヒルダの言う通りだぜ。こう五月蝿くてかなわないんじゃ、落ち着いてデータも拾ってられん』
彼らの艦内への侵入後も変わらずに、主達無き後の(無人である筈の)艦内にと流れっぱなしの警告のアナウンスに顔をしかめ気味にそう言う、三重星と呼ばれたドムトルーパーパイロット達の一人であるマーズ・シメオンもヒルダの言葉に頷く。
無論、口ではそんな事を言いつつも、淀みなく自身の手元のコンソールの画面を確認し、キーボードを叩く手も止めずにせっせと艦のコンピューターから様々なデータのコピーを取る(盗る)作業を行っているのだけれども。

『ええ、勿論です。すぐにロックプログラムの……解除キーを流します』
オペレーター席にと取り着いている女性兵士が、ヒルダやマーズの催促にもそう応じて手元のコンソールから「とある文句」を打ち込み始める。

その一文で形作るコマンドの入力が実行されるや、一拍の間を空けて、耳障りに騒ぎ立てる警報音と自動警告アナウンスとがピタリと止まり、非常灯の赤光も通常の照明にと順次復旧をし出して行く。

パージさえ出来れば他への影響は最小限に食い止められる一ブロックに仕掛けた時限爆弾の爆発をきっかけに作動する様にと、彼らターミナルが
この艦全体の制御を統括するメイン・コンピューターにと密かに事前に〝仕込んであった〟フェイルセーフ系全システムの反応凍結と、機関系を自壊へと「暴走させる」プログラムが、それによって解除されたのであった。

「ふん。どうやら成功した様だな」
それまで閉じたままにしていたパイロットスーツのヘルメットのバイザーをようやく上げて。
左の額には縦に一筋走る縫合痕を持つ四角い顔をしたもう一人のドムパイロット、ヘルベルト・フォン・ラインハルト
――流石に今はそうしてはいないが、普段はボルトを禁煙パイポの様によく口にくわえていると言う癖とも相まって、眼鏡をかけたフランケンシュタインをイメージさせる男である――が呟く。

「ああ、これで吹っ飛ばした区画だけパージしてやれば、後はこいつを回航するだけだ」
同様にヘルメットのバイザーを上げての肉声でヘルベルトにと頷いて、キャプテンが自分達ターミナルの手で爆破した右舷第7ブロックの、強制パージの操作コマンドを実行する。

ややあって彼らが占拠する発令所にも微かな振動が届く――爆発ボルトの一斉作動により、破損したブロックが丸ごと艦本体から切り離された証だ。

作戦成功!
ターミナル〈自分達〉が仕掛けた策略によりまんまとザフトを出し抜き、その〝過剰な武力増強〟の象徴を芽の段階の内で未然に摘み取りつつ、
それもただ単に除去するだけでは無く、同時にそれをターミナルの更なる戦力の充実にも利用する――
こんな大巨人も、心悪しき者達の戦争の道具として使われるより、それに抗う「唯一正しき〝力〟である我ら」の為の戦力として尽くす方が、遙かに幸せであろうと言うものだ。

59【機動戦士ΞガンダムSEED Destiny (17)】(13/18):2010/09/25(土) 23:40:45 ID:mCnjWMRs0
そんな意識を共有する彼らターミナルの面々の表情には、一様に笑顔が浮かぶのだった。

「よし、それでは……」
回航を始めよう。キャプテンがそう言い掛けた、その途中で彼の言葉は中断を余儀なくされる事になった。

「ッ!?」
その瞬間、不意に異変が彼らを襲う。
つい先程、彼らが〝復旧させた〟筈の状況――通常の照明が落ちて薄明るい非常時用の赤色灯への切り替わりと、再び各スピーカーから一斉に流れ出す警告の自動音声とが、再び始まったのだ。

「どういう事だ!?」
流石に驚いた様子でそう声を上げながら、周囲のオペレーター席にと着いている同僚のヘルベルトやキャプテンらの同志達に問いを投げるマーズ。

「待て……」
そう言ってマーズ――また彼が先にそうしたが故に、自身は黙ったままに顔を向ける仕草だけで同様に問うて来るヒルダも――をそう言って制し、ヘルベルトはキャプテンらと共に再度の異常発生の原因を探り始める。

「…………くっ、こいつは!」
ややあって再び口を開いたヘルベルトの声には、珍しく舌打ちする様な感情が露わになっていた。

どういう事だい?とヒルダが尋ねる前に、先程も打ち込んだ「解除キー」を再度入力していた女性兵士が声を上げる。
「駄目です!解除プログラム、機能しません!」

「何だと!?」
そう驚きの声を上げるキャプテン達の耳に、〝ヘルメットの骨伝導マイク越しに〟のヘルベルトからの通信――いち早く、彼が開けていたヘルメットのバイザーを再び閉じたと言う事だ――が届く。
『まさか、こうなるとはな……。流石に想定の範囲外だ!』
いつもの様な冷静さはすぐに取り戻しつつ、若干の自虐を感じさせる様な皮肉げな口調で黙って説明を待つ同志達へと、把握した状況を伝え始めるヘルベルト。

本来ならば、先程打ち込まれた解除キーで「異常」は全て復旧し、この艦は彼らターミナルの下に制御を取り戻す筈だった――何しろ一連の制御不能と暴走とは、全て彼らが仕組んで仕掛けた人為的なものであったのだから。
実際には何らの異常が無いにも関わらず、異常有りと言う偽りの情報を出して送り続ける事で、動作する本来はフェイルセーフ用の非常体応のシステムを逆手に取る事での、言わば演出された「暴走」である。
その〝誤信号〟の送出を止めさせ復旧させる事の出来る唯一のツールである、(仕掛人の)彼らだけが知る解除キーを送る事で、そこから容易に復旧させる事が出来る。

その筈であった。
いや、事実そうして一度は彼らの眼前で実際に復旧はしていたのだ。

それが、何故また?
と言うその理由とおぼしきものに見当を付ける事が出来たヘルベルトの説明に、愕然とさせられるターミナルの面々。

異常検知の制御信号系プログラムへの復旧は、確かにちゃんとかかってはいた。
ただし、実際のそこに現出する事となった「想定外の状況」のその理由とは、簡単に言えば、
彼らが仕掛けた偽りの異常発生と言う状態が、制御システムの大本の部分にまでそう認識させると言うところまで行ってしまっていたと言う事なのだった。

そういう風になってしまっていれば、制御系システムの構成上で従属する下位の部分で幾ら復旧をかけた処で、大本の方では異常を〝感知し続けて〟おり、それを保持したままでいると言う状況には何ら変わりが無いのだから、
状態は彼らがイザーク以下のザフト将兵を総員退艦へと追いやる事にさせた、その時のものへと再び回帰するだけである。

60【機動戦士ΞガンダムSEED Destiny (17)】(14/18):2010/09/25(土) 23:42:25 ID:mCnjWMRs0
ひどく大ざっぱに言えばだが、要はそう言う事が起きてしまっているのだろう――無論、精査すれば本当の処は違うのかも知れないが、悠長にそれをしている時間は無いのは言うまでもない――と言うのを理解して、一様に苦虫を噛み潰した様な表情にとなるターミナルの面々。

「要するに、このデカブツは――動かしてた連中だけでなく、〝その中身〟の方も急造の粗製だったって事かい?」
呆れたもんだと言う声を上げるヒルダ。

マーズやキャプテンら、大半の者が同感と言う感じで頷くが、そこでヘルベルトにと倣って自らのヘルメットのバイザーを再び下ろして、ヒルダはきっぱりと言う。
『ま、そういう事なら仕方がないね。奪取したこいつを手土産にして帰って献じる事で、ラクス様にも喜んで頂きたかったけどさ……。
それでも、少なくともザフトの奴らの過剰な軍備増強の野望の実現そのものは挫けるんだ。このまま沈むに任せる!』

それでいいね?
〝主目的〟それ自体は問題なく果たせるんだからねと、未練を断ち切る様にきっぱりと言うヒルダの決断に、マーズもヘルベルトも、そしてキャプテン以下他の同志達も揃って頷く。

「そうと決まりゃ話は早い。頂くものだけは頂いて、とっととずらかろうや?」
そう言って、マーズも立ち上がりながらヘルメットのバイザーを下ろす。
『そうだな』
『データのコピーの方は、後10秒もせずに終わります!』
ドムトルーパーパイロット三人組に従うキャプテン以下のシャトルクルー達にも、否やも抜かりもなかった。

かくして巨人超空母強奪作戦を企図したターミナルの面々は、その作戦目的を前半分(ザフトの手にはこの戦略級兵器を渡さない)のみの成功だけでよしとする事にして、乗って来たシャトルにと再び駆け込んでメガラニカを後にする――
普段であれば、自分達の手で自沈させる様に爆弾を仕掛けたり、去り際に一撃をくれてやっている処なのだが、流石に相手がでかぶつに過ぎるのと、
放って置いても間もなく爆沈する筈の代物であり、そのでかぶつさ故に、一刻も早く自分達も安全圏へと逃げないと巻き込まれかねない危険性がある為に
――三十六計逃げるにしかず!の勢いで遁走して行くのだった。


やがて、全力で遠ざかりつつある彼らの後方で、まるで虚空に咲く巨大な花火を思わせる様な大爆発の光芒が宇宙空間にと広がって――そして消えた。
超巨大宙母〈メガラニカ〉が、極端に短いその生涯を終えたと言う事だ。


手に入れ損ねた大物を惜しむ気持ちと、しかし戦略レベルで悪しき軍事力〈ちから〉の膨張を挫いてみせたと言う達成感とをない交ぜに、
いつも通り通常の航路を避けて帰還の途につく彼らには予想だにしない〝二つの作戦〟が、実は今この瞬間にも、彼らの敵手とその協力者達によって密やかにと進行し始めていたのだったが、
さしものターミナル〈彼ら〉も、それには全く気付く事は出来なかったのである……。



地球、黒海沿岸都市ディオキア市街 ホテル・グランシャリオ

超高級ホテルのメイン・ダイニングのフルコースディナーなどと言う、元の世界にいた頃の感覚からすれば目を剥きそうな贅沢を享受させられながらの会食は、そう言う意味での〝緊張〟はやや見せながらも和やかな雰囲気のままに進んでいた。

デュランダル議長からの招待を受ける格好で、ハサウェイとイラム以下マフティー実戦部隊側の首脳陣はディオキアでの上陸休暇の宿にと提供されたホテルのレストラン内の個室で、晩餐の卓を囲みながらのトップ同志の会談を行っているところだった。

これからちょうどメインディッシュが運ばれて来ると言うタイミングで、一度席を外した秘書官のサラが僅かに微笑を隠しきれない様子で戻って来ると、そのまま議長にと近付いて何事かをささやいた。

「そうか」
それを聞いたデュランダルも小さくそう呟き、その表情にも同様の小さな微笑が浮かぶ。

朗報であろう事だけは感じ取る他の列席者達にと向けて、デュランダルは自らの口でその表情の理由を告げる。
「ちょうどいい、祝杯と行きませんか? たった今、宇宙のウェッジ船長より連絡が届きました。文面は、『テティス海を見ゆ』です」

61【機動戦士ΞガンダムSEED Destiny (17)】(15/18):2010/09/25(土) 23:45:06 ID:mCnjWMRs0
(!)
その符丁の意味する処に、ハサウェイ達マフティーの面々もやはり同様の表情にとなって。
そうして一同はデュランダルの音頭通りに、作戦成功を祝する新たな乾杯を交わすのだった。

「しかし、……豪儀と言うか、議長も思い切った事をされますね」
驚嘆とある種の呆れ感とをない交ぜにしながら、そう水を向けるイラム。

戦略級の兵器だと言っても過言ではないゴンドワナ級の最新鋭艦を丸々1隻、惜しげもなく手放す格好で実行されていた極秘作戦――
ザフト側は議長とその僅かな側近(イザークとその副官格二人は、もちろんその内に含まれている)のみが知るだけで、作戦実施の主体は宇宙にと上がっていたブリンクス・ウェッジ船長達マフティーの後方支掩部隊の面々が担っている
――すなわち、その姿をじっと潜めたまま容易にその尻尾も掴ませない獅子身中の虫たる〝ターミナル〟なる連中へと、
出て来ないと言うならば、こちらから出て来る様に仕向けてやればいいと言う事で、その眼前へと無視しておくには余りにも大き過ぎ、美味しくあり過ぎそうな餌をどんと置いてやり、
そしてまんまとそれに釣られて出て来て食らい付いた悪食共を、確実に捕捉しその尻尾を掴む為の契機にする。

そんな意図でもって実行されていたのが、完成したばかりのゴンドワナ級超大型宇宙母艦二番艦メガラニカと言う豪儀な撒き餌――にして、実は毒饅頭なのだが――を用いての、今回の誘い出し作戦だったと言うわけなのだ。

「なに、それもあなた方のガルナハンでの作戦でも実践されていた、大物を釣りたければその為の餌は惜しむべきではないと言う教訓に従わさせて貰えばこそのものですよ。マサム参謀」
そう応じて微笑の度合いをやや深めるデュランダル。

先だってのガルナハンでのローエングリンゲート要塞攻略作戦においてマフティー側が立案した作戦の一部。
即ち地球軍の誇る「陽電子」砲ローエングリン〈最強の矛〉とリフレクター搭載MA〈無敵の盾〉のその両方を引き付け、釣り上げる為に同じ「陽電子」砲を持つ二隻の戦艦、ミネルバとディアナを繰り出して撒き餌にと使ったその戦術。
敵〈相手〉の心理を読んで嵌めると言うそれに、倣ってみましたとあっけらかんと言われてしまっては、イラムも苦笑するしかなかった。

「それに、〝現場レベルでの欺瞞手法〟のヒントについては地球軍――正確にはロゴスの尖兵であろう、ミネルバではボギー1と呼称を付けた、アーモリー・ワンを襲った謎の部隊の母艦である敵艦が与えてくれました……」
と、デュランダルが言うのは、今次の戦争のきっかけとなったユニウス・セブン落着事件にと先立つ、アーモリー・ワンからのザフトの新型ガンダム〈セカンドステージシリーズMS〉強奪事件の実行犯部隊を追うべく緊急出撃したミネルバが、
捕捉して攻撃しようとしていた敵母艦〈ボギー1〉が切り離した増設推進用プロペラントタンクをその鼻先へとぶつけられる格好で爆発させられ、まんまと出し抜かれて逃げられた時の経験――
その時、デュランダル自身も襲撃の混乱下にあったコロニー内から避難して来たミネルバがボギー1追撃の為にとそのまま急遽実戦デビューとなったが為に、退艦する暇もなく状況をその艦橋内で見届ける格好にとなっていたのだ
――を分析して倣ってみた結果である、メガラニカが爆沈したと思わせる為の爆発の〝演出〟についてである。


一目散に遁走するターミナルの連中が自身の探査も不可能になる圏外まで遠ざかった事を確認した後に、〝仕込まれていたプログラム〟にと従ってモジュール構造を採用している艦尾側の1ブロックを、メガラニカは自動的に切り離していた。
そして空荷の筈のその区画にと密かに搭載されていた、廃棄艦数隻から流用して来た元々不安定だった機関ブロック〈融合炉〉群――実は二度目の「暴走の警報」は、そこが出元だった――を過負荷状態にしたまま、切り離して宙空へと放出。
そしてそれらを自壊爆発させる事によって、遁走しながら後方を観測中のターミナルの連中の遠目には、動力系統の誤暴走により艦が爆沈したと見える様に演出すると言う、計画通りに事態は推移したと言う事だった。

62【機動戦士ΞガンダムSEED Destiny (17)】(16/18):2010/09/25(土) 23:48:03 ID:mCnjWMRs0
そして、彼らの側が逆に仕掛けを開始した作戦はむしろ、そこからが本番だと言えるのだ。

ガルナハン作戦とやはり同様に、現場レベルでの絶対無二の切り札〈ジョーカー〉となるのは異世界の懸絶した技術装備を有するマフティーの存在である。

確かにその神出鬼没ぶりを担保している意識の証左でもあろう、ターミナルの連中の「見つからない様に」の動きっぷりそのものは、相当に用心深いものではあった。
しかし、ミノフスキー粒子と言う妨害因子が存在しないこのコズミック・イラの世界においてはその本来の性能をフルに発揮出来る、マフティーが持ち込んだ宇宙世紀世界製の装備の持つ探査能力は文字通りに〝非常識〟と言う以外に無い代物で。
この世界の現有技術力ではとうてい感知できない〝大遠距離〟から、受動式〈パッシブ〉探知だけでほぼ完璧に捕捉し、一方的に監視を続ける事が可能なのだった。

そういう前提を踏まえたその上での話だと言う事だが、幾ら相手が神出鬼没なやっかいな連中であるとは言え、
初めからそこに来ると判っているならば――無論、そうなる様にと自ら誘い込んでいたからこそのものでもあるわけだが――幾らでも仕掛けようはある。

自分達が常に謀略を仕掛ける側であり、まんまとザフトを(時には敵である地球連合軍等に対してもだが)出し抜いていると言う自負を強烈に持っている事は疑いないであろうターミナルの連中であればこそ、
まさかそんな自分達の方が実は相手の掌の上で踊らされているなどとは、そんな可能性はまず夢にも思わない事であろう。

デブリ帯に近い宙域に、ミラージュコロイドで身を隠しながらメガラニカの到来をじっと待ち伏せていたターミナルの尖兵達にとっても、
そんな自分達には感知不可能な遙か遠方より、自分達の事をじっと監視している者達がまさか存在しようなどとは、全く想像の範疇外であった。

宇宙世紀世界ではお馴染みのアイテムの一つだとも言える、微小惑星〈岩塊〉に見せかけたダミーバルーン(と、適宜散布するミノフスキー粒子の薄いベール)の陰から
ターミナルのメガラニカ強奪作戦の顛末を、この作戦の為にと準備された二隻の高速スループにと分乗した、ブリンクス・ウェッジ船長以下のマフティー後方支掩部隊の面々の目がじっと見続けていた。

そして嵌めたつもりが逆に嵌められた(とは当の本人達は気付いてもいないのが滑稽でもあるが)ターミナルの連中がメガラニカから泡くって逃げ出した処から。
待機していた彼らの作戦も、本段階のスタートとなる。


彼らが分乗するザフトより提供された二隻のスループには、彼らマフティー後方部隊が宇宙へと上がるに当たって一緒に持ち込んだ、カーペンタリアにと置いてきた二隻の支掩船のものだった各種の装備を載せ替えている。
――それもあって彼らは、この宇宙における新たなフネたちにと、この世界へと彼らを運んで来た老嬢〈支掩船〉たちの名をそのまま引き継がせていたのだった。

そして彼らマフティーの新たな二隻の支掩船は、かねてからの作戦プラン通りにここで二手にと分かれた。

指揮官格のウェッジ船長率いる〝ヴァリアント〟はそのまま密かにターミナル実働部隊の連中が乗るシャトルを追跡し、その監視に当たる――かなり本気で、その秘密拠点をも探し出すつもりだ。

一方〝シーラック〟の方は、ここで再び無人となったメガラニカへと接舷し、巨艦を三度有人の制御下に置きにかかる。
但し、そうして再びその道行きを正常なものにと戻した後の巨艦の向かうその先は、プラントが領有する宙域のいずれかではなく、
前大戦の戦火が生み出した負の産物の一つでもある無数のデブリが特に集まり滞留する暗礁宙域――
良くも悪くも逞しい事だけは間違いないジャンク屋〈ハイエナ〉共ですら近付かない。いや、近付きたくとも近付けないと言う方がより正確なのだが
――内の一角にと設定された、秘密拠点に向けてと言う事になるが。

63【機動戦士ΞガンダムSEED Destiny (17)】(17/18):2010/09/25(土) 23:50:43 ID:mCnjWMRs0
ジャンク屋達ですら近付けないと言うのには、無論れっきとした理由があるのだが、
〝ヴァリアント〟がターミナルの尖兵達を密かに監視追尾出来るのと同じ理由で、この世界の技術レベルでの「航行不能」は彼らに対してだけは当てはまらない。

彼ら自身、もしくは直接的に彼らの支援が受けられるものだけが「航行可能」であると言う前提条件が成立すると言うわけであれば、
そこはまさに、半人為的な〝天然の防壁〟にと守られ隠蔽された、聖域と化す。

モジュール化されている各ブロックを組み替えさえすれば、ゴンドワナ級の巨体は戦闘用の宙母から、
そのまま移動も可能なミニマムコロニーとでも言うべき、内部で一通りのサイクルが完結した研究・試作工場としても運用する事が可能であった。

現状では、〝事故で自沈した〟筈の――いずれ(戦後に?)「事実を明らかに」出来る日が来たならば、実は〝ターミナルのテロ〟だったと言う事になるだろうが――メガラニカは、
このまま彼らマフティーの手によってその聖域まで運ばれ、既に準備されていた改装用のモジュールブロックへの組み替えを行って、
彼らと、議長が厳選したプラント側の科学者や技術者達の共同作業で宇宙世紀の技術を基にした各種の研究開発や試作、初期量産を行う為の、外界とは隔絶した、極秘独立拠点へと生まれ変わる事にとなるのだ。

「確かに、一戦力単位としてのゴンドワナ級1隻は大きいですよ。数字上でならば〝あくまで1隻〟とは言え、その重みが違いま〈戦略級の代物なので〉すからね」
軽い微笑を浮かべていた表情を真面目な顔へと戻して、そう言うデュランダル。

「しかし、例え戦略級の代物ではあろうとも、単にそのスケールが馬鹿でかいと言うだけで、それ自体はあくまでこの我々の世界の技術力の範疇内に留まる存在であるに過ぎません。
お恥ずかしい限りの話ではありますが、それに対するのにこの様な策を弄さざるを得ない様な、得体の知れない〝獅子身中の虫〟達の暗躍〈跳梁跋扈〉を許してしまっていると言う現状がある以上は、
その中で『あなた方マフティーが保有され、我々に対しての提供開示をも頂いている技術や知識』と言う〝とんでもない代物〟こそが、そんな連中に対してその一断片すら渡してしまう事を絶対に許してはならないものであるのは明らかです」
そう言い切るデュランダルの言葉は、現在のザフト――プラントが密かに抱え込んでいる確かに憂慮すべき状況を説明され理解しているマフティー側としても納得の行くものだった。

もっとも、その〝憂慮すべき状況〟と言うものの実態そのものに関して言えば、無言で天を仰いでしまいたくなってしまいそうな、「彼ら異世界人の感覚」からすれば到底信じられない様な現実であるとしか言い様が無いのだが……。

しかし、彼ら異世界人の目と感覚上においてどう見えようとも、それが「この世界の〝現実〟(の一つの形)」であると言う事実はそのまま受け入れるしかないのである。
そして彼らがとりあえずこの世界にと適応し得たのも、そんな真理が感覚的に理解し得たからであるのは間違いない処であったのだ。

成程、勇断と言うよりは蛮勇と言うべきかも知れない、豪快すぎる割り切りぶりで見事にターミナルを手玉にとって見せたデュランダルの今回の「策略」は、法理的な意味合いから言えば間違いなくアウトと言える行為ではあるだろう。

しかし、そもそもそう言う事をあえてしなければならないと言う事情もまた一方の現実として有るその中で、時にはあえて確信犯でそれを犯すと言う決断が求められる――矛盾と言えば矛盾だが、それこそが政治と言うものでもある。
そして今、現にデュランダルはそういう立場にといる人物であるのだ。

64【機動戦士ΞガンダムSEED Destiny (17)】(18/18):2010/09/25(土) 23:53:30 ID:mCnjWMRs0
その辺りの〝現実〟と言うものが理解できなければ、また理解しようともしないでいるくせに、
自分達の物差しだけを勝手に相手に対して当てはめて、その行動だけを見て「野心家!」だの「腹黒い陰謀家」だのと非難罵倒し、危険視する。
否、口で非難しているだけならば直接的には無害だが(但し、世論と言うものへの負の影響まではどうしても皆無と言えないだろうが)、ターミナルと言う連中の場合はそれを実際の行動として直接的に妨害工作や機密奪取と言った形で現出させているわけなので。

ブルーコスモス強硬〈凶行〉派と同様に、全くもってやっかいな精神病理の持ち主達であるとしか言いようが無い。

無論、そうであるからこそ野放しにはしては置けないし、またそうしてはならない手合いであるが、言うまでもなくそれをあぶり出すのも容易ではないのだけれども……。

だからこそ、ここでもまたそれらに対する為の切り札たり得るのはやはり、そう言ったしがらみが一切無いマフティーと言う究極の(隠し)切り札なのだった。

そして最初から、実はこうする予定にしていたゴンドワナ級の二番艦に、あえて幻の南方大陸〈メガラニカ〉の名を付していたのはつまり、
それを狙ってくるターミナル――〝自分達が見たがっている〟ありもしない幻を見ている連中――に対してのデュランダルなりの皮肉のスパイスを効かせた諧謔だと言う事なのだ。
無論、だからと言って「ムー」だの「レムリア」と付けるのでは流石に露骨に過ぎるからでもあったわけだが。

それを踏まえてデュランダルは譲渡相手たるハサウェイ達に問いかける。
「さて、〝消えた筈の艦〈フネ〉〟を譲渡させて頂きましたので、今度はあなた方マフティーの手で彼女に、仮の名〈メガラニカ〉に変わる真名を与えて頂きたい処ですが?」

その問いに対して、微笑を浮かべながら互いに顔を見合わせ合うその場に居るハサウェイ以下のマフティーの面々。
宇宙での足として提供されている二隻の高速スループには、彼らをこの世界へと乗せて来た支掩船の名を付していたわけだが、今回新たに(大々的な芝居まで打って極秘裏にと)譲渡された代物に対しては――
その性質を考えれば、この場にはいない多くの同志達の大多数もおそらくは同じであろうが、彼らの脳裏にと浮かぶ名は一つしか無かった……。


かくして、極秘裏に〝メガラニカ〟改め〝ロドイセヤ〟として新生した巨艦はこの後、彼らマフティーと、彼らが協力するデュランダルらにとっての梁山泊となる。
今はまだ誰にも予見し得ない話ではあったのだけれども。ここに於いて打たれていたこの布石は、後々まで彼らに取っての大きなアドバンテージとなるのであった。
――それこそ、当初の想定をも遥かに超える意味合いまで。

自らの意志と力とで運命を切り開いて行き続けている強かなクロサギ達の会合は、かくして終始和やかな雰囲気のままに夜が更けるまで続いて行ったのであった。

65166:2010/09/25(土) 23:58:58 ID:mCnjWMRs0
こんばんは。どうもお久しぶりでございます。
機動戦士ΞガンダムSEED Destiny筆者の166です。

酷暑の中、仕事の方がずーっと繁忙期で、夏のお祭りに落ちて良かったとか
初めて思ったくらいに創作活動の方もにっちもさっちも行かない状況だったのですが、
その中で亀の歩みで書き溜めて、ようやく〜と言う感じではありますが(苦笑)
秋の気配の訪れと共に、やっとのことで続きの(17)の方の投下に来させて頂きました。
かなり長いことお待たせさせてしまいまして、誠に申しわけありません。

ちょうど仕事の絡みもあり北の都へと飛べることになったおかげで
涼しさに比例するかの様に終盤の執筆ペースは結構上がってくれましたので
予想よりも若干早まって今月中に仕上げられました(笑)
帰りは奮発して穴のP席にして、新千歳の空港ラウンジで書いてたら興が乗ってしまって
危うく飛行機に乗り遅れるとこだったとか言う笑えないオチまで付けてしまいましたよ・・・。
※なまじ出張とか行かされる方が(移動中に)落ち着いて執筆できると言うのが一番笑えませんが;

ここしばらくの間の投下は規制ばっかりで避難所の方に〜と言うのが続いてしまい
今回もまた同じ状況になっちゃっておりますね・・・(苦笑)
もし出来ましたら、お手数ですがどなたか代理投下の方をお願いさせて頂けますでしょうか?

今回のお話は、反撃の狼煙を上げる
幕間的な主人公サイドの裏側(一方その頃デストロ・・・もとい、宇宙では〜)の方で
起きていた出来事を、この物語上での設定とも併せて描いて行きましたが、締めを見て頂ければ
一応はそのままディオキア編の進行継続中ですと言うことで納得頂けるのではないかなとは思います。

これまでの展開も踏まえて、ディオキア編は今後へのターニングポイントになって行く章ですので
このままもうしばらくお付き合い頂ければ幸いです

それではまたです。

67代理:2010/09/27(月) 20:16:13 ID:NJqWNOV60
すまん、さるった。今晩はもう用事があって九時過ぎにはPC使えないんで、
誰か代理の代理してくれるとありがたい。
誰も居なかったら明日やります。

68名無しさん:2010/10/01(金) 23:32:11 ID:f6mKOTrMO
投下乙、代理の人々も乙
詐欺師供めwまことにGJ。次が待ち遠しい

69名無しさん:2011/01/17(月) 16:35:11 ID:XEfZ0dtgO
年越して尚過疎…

70名無しさん:2011/05/05(木) 23:46:12 ID:VKzXQBq.0
作者様方は無事でいらっしゃるでしょうか?
心配ですね

71名無しさん:2011/06/03(金) 22:41:59 ID:zSN9F19wO
クスィーの作者の無事を願いながら保守

72【機動戦士ΞガンダムSEED Destiny (18)】(1/13):2011/08/26(金) 10:17:27 ID:1eRsjnWg0
アスラン・ザラは当惑していた。

半分以上は広義の「公務の一環」だと言っても差し支えなさそうな、ミーア・キャンベル演ずる〝ラクス〟との会食の一時を終えて。
そのメイン・ダイニングから出て来たホテルの中。一緒に出て来たミーアが隙あらば腕を組もうと狙いながら、ずっとまとわりついて離れない。

彼女には本当の事――実際には彼とラクスはもう婚約関係にはない、普通の友人同士に過ぎないのだと言うのを教えてやれれば良いのだろうが、
あくまで「芝居」(それも二重の意味で)だと言う意識である彼と、あくまでも〝本当の自身〟の感覚上にイメージされる「二人の関係」で認識している彼女〈ミーア〉とでは、同床異夢な齟齬が生じるのはある意味必然の話なのだった。

会食中の一時には、芝居の枠を越えてのよき雰囲気にと確かに踏み込んではいたが、基本的な相互の齟齬自体が解消されたわけでは無いのだから。
こうして再び彼女なりに「周囲の人々の目」と言うものも意識しての(同時に個人的にも役得とばかりに、それにとちゃっかり便乗してもいるわけだが)振る舞いを再開する様にとなれば、
また会食に入る前の構図へと回帰するのは自明の理と言う事だ。

いや、先程の場合はそれを目にする人々が(〝ラクス〟自身の事は本物だと疑ってはいないものの)彼女〈ラクス〉とアスランが、実際にはもう婚約者同士では無いと言う事を知っている「限られた人々〈戦友〉」達だったから、まだいい。

議長や〝ラクス〟らも宿泊する――と言うよりは、そこへと彼ら戦功者が招かれたと言うべきだが――場所であるだけに、大多数の一般将兵達の目に直に晒されているわけでは無いのがまだ救いだが、
それでも「本当の事」は知らない多くの人々の目から逃れられると言うわけではないのだ。

ましてや、無論必要であり、またやむを得ないだろう務めであるとは言え、先程デュランダル議長本人から直々にお膳立てをされる様な格好にとなってしまっていたと言う事もある。

何だかんだ言っても、性格的には元来他人に対してはあまり邪険には出来ない性質〈たち〉である上に、逆に成長して視野を広げた結果として、
その辺りの事も考慮しなければならないと言うのも判らないではなくなって来てもいるだけに尚更……と言う部分もあったと言うのは、アスランにとっては些かならず皮肉な話だったと言えよう。

一方、そんなアスランの困惑ぶりには気付く事もなく、彼は大いに気にしている行き交わすプラント政府関係者やザフト軍人の人々に対しては、むしろより関係を見せ付けるかの様に彼へのアプローチを仕掛け続けるミーアであった。

「アスランは、もうお休みになられますの?」
通りすがりに思わず聞こえてしまった他者がドキリとしそうな一言を、ミーアはさらっと口にしてみるが、この場合は相手が悪かった。
「ああ……」
当のアスランから返って来たのは、言外に含ませた秋波には全く気付いてもいない、どこか上の空の様な生返事だけだった。

どだい、相手が朴念仁な事には定評があると言ってしまっても過言では無い様な処があるアスラン・ザラである。
ましてや、様々な事情故のこの状況にかなり当惑している最中なれば。

こう言っては酷なのかも知れないが、そんな彼の様子に気付いてやれもしないと言う意味では、その点においてはミーアにもやはりある意味では
「自分の物差し」だけを無自覚無意識なままに、勝手に相手へ期待し〈押し付け〉てしまっている。と言う部分は有るのだと言えるのかも知れない。

とは言え、無意識にしている事なればこそ、自覚もまた期待するのは難しいと言う意味で、彼女はめげずにそれを続けようとする。
「じゃあ、後で……」
お部屋に――と、彼女がそう言い掛けた処でアスランのその眼前にその人物の姿が現れたと言うのは、ミーアにしてみれば実に間の悪いお邪魔虫。逆にアスランにとっては恰好の渡りの船と言うところであったろう。

73【機動戦士ΞガンダムSEED Destiny (18)】(2/13):2011/08/26(金) 10:19:32 ID:1eRsjnWg0
「ハイネ!」
中庭を見下ろす回廊のバルコニーの手すりに、正面からもたれ掛かる様にと佇んで夜風に当たっている、オレンジの髪のザフトレッドの青年士官はその声にと振り返る。
「お、アスラン」

そうして不意にアスランに水を入れられた格好のミーアは、思わず一瞬の渋面を浮かべそうになるが、
実際にそうするよりも早くハイネから続けて声を掛けられて、嬉しそうな表情で敬礼されてしまっては、そんな内心の本音など脊髄反射的にどこかに吹っ飛ばして、〝ラクスらしい〟満面の笑顔を浮かべる――
「これは、ラクス様も。今日のライブは本当に素晴らしかったであります!」
――などと言われてしまっては、仕方が無いではないか!

もちろん、そうした素直な感謝や賛美の念を向けられると言う事自体は、彼女自身にとっても嘘偽り無く大きなやりがいと喜びになってもいるのだけれども。

「二重の芝居」の裏の方――より重大な、〝ラクス〟の正体――について、無論の事この時点でハイネが知っているわけでは無く、
普通のいい意味でのそつの無さのあらわれに過ぎない応対だったのだが、それだけに裏表の無い率直なものでもあり、故にミーアの側も正面からそれを受けとる以外に無かったと言う事だ。

そしていささか過剰過ぎな、婚約者に対しての〝ラクス〟の「芝居」に露骨なくらいに辟易〈持て余〉しているアスランの様子がハイネの目にはありありと見えていた。故に――
(助け船を出してやるか?)
そんな風に思って、ハイネはせいぜいお邪魔虫をやってやるかねと言う感じにアスランを誘う。
「そうだ、アスラン。ちょうど良かった。向こうで皆が集まって飲んでるぜ。お前も来ないか?」

そう水を向けられて、アスランの反応は実に迅速だった。
「ああ、そうだな。ぜひ行こう!」
過ぎるくらいに大きく頷いてそう言うや、さっと一足飛びに〝ラクス〟の圏内から飛び出すと、ハイネと肩を組んで競歩選手の如くに足早にその場から遠ざかり始める。

「…………」
あまりにも見事すぎる飛び出しに、流石のミーアも完全に虚を突かれた風情で為す術なく見送るしかなかったくらいだ。
それこそ、誘い水を送った側である筈のハイネまでもが、思わず「いいのか? 婚約者なんだろ?」と口に出してしまわないといけなくなる程に。

それに対しては、「いいんだ!」と実にシンプルに断言して。
アスランは脱兎の勢いのままに視界から消えて行き、きょとんとした顔のままの〝ラクス〟だけがぽつんとただ一人、その場にと残されたのだった……。

――確かにこの場はそれでどうにか切り抜けた。
しかしそれが逆にこの後刻、更にとんでもない方向へと化学反応を起こす事に繋がろうなどとは、(様々な意味合いで)まだ若きアスラン・ザラには想像する由も無かったのである。



ハイネの言う通り、バーカウンターを併設したラウンジの一つを丸々占拠する様な格好で、
同じく今宵はここへの宿泊をあてがわれた彼らの戦友達が、めいめい小グループを形成しながら集まってそれぞれに寛いだ雰囲気で歓談している。
ハサウェイとイラム達、マフティーの首脳陣とレイだけは議長と会席中の為に姿が無かったが、
それ以外のガルナハン作戦からこちら、戦いの道行きを共にして来たミネルバとディアナに乗艦のザフトとマフティー、両軍のパイロット陣の面々があらかた顔を揃えていた。

74【機動戦士ΞガンダムSEED Destiny (18)】(3/13):2011/08/26(金) 10:21:57 ID:1eRsjnWg0
「おお、アスラン。待ってたぞ!」
ハイネと共に姿を現した彼の姿を目にして、異口同音の歓迎の声が上がる。
〝婚約者〟としての務めは務めとして、戦友達との付き合いもまたおろそかにはしませんよ?と言う態度を、ちゃんと示してもいると見なされたと言う事なのだが。

――もっとも、夕刻のやり取りを目の当たりにしていた〈事情を知る〉その中の一部の者達は、いささかげんなりとした風情を漂わせてもいるアスランの姿に気付いてそっと声をかける。
「お疲れさま。あちらは上手く行ったのかしら?」

そう尋ねて寄越す、ジェスと共にこの場に加わっていたルルーに、とりあえずは……と微苦笑を浮かべながら頷き返すアスラン。
日に日に打ち解けて行きつつある戦友〈仲間〉達と共に居る方が、やはりずっと気楽と言うものだった。

「とりあえず、改めて乾杯と行こうじゃないか」
ハイネも戻ったし、アスランもやって来たと言う事でと。
ハイネ隊No.2のグロスが音頭を取って、座の一同はもう何度目かになる互いのグラスを響かせ合う。

そうして再び和気あいあいと始まった場の雰囲気を、遅れてやって来た格好のアスランはハイネと並んで座るカウンターの丸椅子を後ろに回して、黙って眺めやる。

ようやくアスランもこの場にとやって来たわけなので、シンやメイリン達はアスランの方へと行きたい処ではあったのだが、彼らは彼らで一緒の卓を囲む相手とのやり取りの最中でもあったのと、
連れだって来たわけでもあるし、まずはヴェステンフルス隊長と同じフェイス同士で始めたい処なんだろうなと言う遠慮をした。
その両方の理由でそういう格好にとなっていたのだった。

それはアスランの方も似たようなものだったが、それはそれとして、確かにハイネともこうしてじっくり飲んでみたいと言うのもまた間違いのない処ではあったので、別段困ったりはしていなかったのだけど。


「慣れない事をして、やっぱり疲れたか?」
無言でグラスの中身を一口呷って、ふうと一つ息を付いたアスランに、ハイネがそんな声をかける。

「ん? ああ、そうだな。確かにちょっと……いや、それなりに疲れたかもな」
相手が気さくなハイネであればこそ。と言う部分は間違いなくあっただろうが、当のアスラン自身も遅れて内心で軽く驚くくらい、意外にもそんな感じの軽口が自然と出て来る。
いちいち自覚をする程でも無いような事ではあるのかも知れないが、そういう小さな変化をもたらす源となるものこそは彼の内で確かに育まれつつあるものの湧出であったのは間違いなさそうだった。

そういうものを直感的に感じ取って、ハイネはこの年少の戦友に対して若干の苦笑も交えて微笑する。
「ま、そうは言ってもな。むしろ本番は〝明日の夜〟だろ? 気疲れとか言ってる暇はあんま無いかもしんないぜ」

「まあ、そうだよな。確かにそうなんだよな……」
と、アスランが苦笑と共に応じて言うのは、デュランダル議長を迎えたこのディオキアで明晩に予定されている、「この地域の解放を祝う」と言う触れ込みの祝宴への出席の事だ。

それに先だっての、昼間の市議会でのデュランダル議長の演説や、市内の大学への視察と講演。そしてディオキア市長をはじめとする、この地域の要人達との会談などの一連の行事全てをひっくるめての話であるが、
このディオキアの様な、地球連合側に三下り半を叩き付けてプラントとその友好勢力の陣営入り〈助け〉を希望するこの地域の都市や小勢力。
それに本音では地球連合側のやり方には辟易していて、その力をなお恐れはしつつも、積極的に解放者たるプラント側に味方する道を選択したガルナハンやディオキアにと倣うべきか?を天秤に掛けているであろう者達も、
その辺りを見極める為の密使の任を帯びた立場の人間を、それぞれ送り込んで来る筈だ。

75【機動戦士ΞガンダムSEED Destiny (18)】4/13):2011/08/26(金) 10:23:32 ID:1eRsjnWg0
ある意味ではそれ自体が地球連合――そのバックにいるブルーコスモス・ロゴス達への心理戦の側面も持つ、紛れもない政治的なメッセージともなっているわけなので、
その場にこの地域の解放の立役者ともなった彼らザフトの特務隊とマフティーの面々も出席するのは、むしろ当然必須な話でもあるわけだった。

本音を言えば、未だにそうやって作って演じても見せる必要に対しての若干の躊躇が無くなっているわけでは無いのは、性分とは言え
アスラン自身にとっても「我ながら、情けない話だよな……」と言う事になるのだが。

そして脇で聞いていてそれを思いやれないではないハイネだからこそ、そんな戦友の気持ちへの配慮もして見せるのだった。
「とは言え、変に溜め込むくらいならさ、そうやって吐き出しちまった方がいいんじゃないの? 変に無理するって事もないだろうしな」
そうしていいとこ悪いとこのTPOってもんだけ判ってりゃさ……。
言外にそんな風に示してくれる気遣いは、嫌みも感じさせなければ押しつけがましくもなく気負いをほぐしてくれる様なもので。

そういう配慮が自然に出来ると言う処がハイネと言う青年の美点なのだなと、アスランはかなわないな……と言う無条件降伏の態度で、どこか羨望を抱きつつもありがたくそれを受けさせて貰うのだった。


そうしてアスランは黙したままでしばし、じっと自らの視界の内にと広がるものを眺めやる。
そこには大きく変わった彼自身の有り様と、その居場所とを象徴するかの様な情景が広がっていた。

ミネルバにと成り行きから乗り込んで、どこか懐かしくもありながら同時にある種の距離感をも感じてしまった、シンやルナマリア、メイリンの姉妹達〝新しい世代〟のザフトの少年少女兵と出会ったのが始まりで――。

身を隠していたオーブの一市民と言う立場から、ザフトへの復隊を決意し着任したミネルバで再会するシン達と、そしてハサウェイ総帥以下の異世界から紛れ込んで来た客人〈マフティーの青年〉達との新たな出会い。

再び身を投ずる事にとなった戦いの道行きを共に歩む事となった、そんな彼らの存在がその周囲はもちろんの事、アスラン自身にも予想だにする事が出来なかった様々な善き影響を与え続けてくれていた。

自分自身をも変えてくれたそんな大きなうねりのただ中にと身を置いて、自身もまたそれが拡大し〈広がり〉続けて行く様を同時に感じていられると言う事実から得られる充足感とでも呼ぶべきものは、まさに例えようの無いものだった。

今や名実共にミネルバの仲間として完全に同化した感のある旧ニーラゴンゴ空戦MS隊のパイロット達――インド洋会戦を共に生き延びた面々がいて。
マハムールからこの黒海沿岸に至る広大な地域の解放戦を共に戦った、ハイネ達がそこに加わって。

そしてナチュラルとコーディネーターの区別無く、真の自由と平和の為の戦いだと言うその有り様を間近にて見届けんとやって来た、
自身がそんな垣根などあっさりと踏み越えてもいるジャーナリスト達、ジェスとルルーの二人もが現れた(そのジェスには同時に、腕ききの傭兵であるコーディネーターの相棒も付いて来ている)。

様々な異なる立場にいた者同士が、今こうして垣根を超えて共に集い、大きな義の為にと想いを重ねて和している。
かつての大戦の終盤に加わっていた、キラやラクス達と共にあった(俗に言う)「三隻同盟」にも匹敵する――否、それ以上にもまばゆく感じる様な現実だと言えよう。

しみじみとそんな情景を眺めやっていたアスランの横顔に、ハイネが笑いながら声をかける。
「なんて言うかさ、嬉しくなって来る様な光景だよな……」
「え?」
思わず彼の方へと向き直って聞き返すアスランに、苦笑気味に応えるハイネ。
「恥ずかしい話だけどさ、ついこないだまでは俺にもやっぱりどこかにあったんだよなぁ……。『コーディネーター〈俺達〉は、ナチュラル共とは違うだろ?』って感じの、〝差別感覚〟って言うの?」
「ハイネ……」
彼らしいと言えば、やはりらしいと言えるかも知れない率直な物言いで軽めに嘆じて見せるその横顔は、口調以上に真摯なものだった。

76【機動戦士ΞガンダムSEED Destiny (18)】5/13):2011/08/26(金) 10:25:36 ID:1eRsjnWg0
「ま、それも今回こうして地球へと降りて来て、ハサウェイさん達マフティーの人達や、ガルナハンなんかの俺達に助けを求めて来たこの地域に暮らしてる人々と実際に会ってみるまでだったけどな。
俺自身も、俺の隊の皆も、遅まきながらもそれでやっと気付いたんだよな。俺達はそれまでただ〝敵としてのナチュラル〟しか知らなかった――現実はそんな単純なものじゃないって事を、ホントの意味で知りもせずに判ったつもりになってただけだった……ってさ」

「……ああ」
ハイネが漏らした素直な述懐に、自身も同様に頷くアスラン。
ナチュラルに対しての優越感情と言う、プラント生まれの世代のコーディネーター達の大多数が〝刷り込まれてしまっている〟宿痾から、かつての大戦を通しての出会いと体験によって解き放たれる事が出来たアスランには、
ハイネが口にする彼らが新たに抱く様にとなったと言うその想いも、我が事の様に既視感も伴った共感として受け取れるものだった。

「苦しい状況下にあるラドル隊〈友軍〉の支援に〜と言うつもりだけで降りて来た地球でな。むしろ、本当の意味で助けて貰ったのは、俺達の方だったかも知れないよなって……今は、そんな風にさえ思えるかな」
そう言って微苦笑するハイネの横顔に、アスランは自分自身の想いを鏡に写して見ているかの様な想いにさせられる。

「判るよ。俺も、そうだったから……」
どこか遠くを見るように――かつての大戦の時の自身や、仲間達の姿を同時に思い起こしながら頷きを返すアスランに、ハイネの浮かべた表情から苦笑の成分だけが消えて行った。
「……そうか。なら、こうやって俺達が戦っているのにも。少しは意味はあるって事なんだろうな」

けして深刻ぶってはいないのだけど、戦争と言う行為そのものはどう見たとて誰かには悲劇や破壊をもたらさずには無い、悲劇的なものであると言う事実を承知してもいる。
そうであるからこそ、そんな業を背負う者の一人としてその只中にと身を置いて。けれどもやはり一方でそれだけではない「何か」をも、同時にそれによって残せるのなら。それを通して見つけられるなら。
戦うと言う道を選んだ者として、それこそが何よりも報われる真実であるのかも知れない。
それをもう一度確かめる様にと、ハイネは自身も一つ頷いてから続けた。
「そうだよな。だったらそれも、必然って事かね……」

(?)
当然ながらそんな彼の呟きを訝しむアスランに、ハイネは告げる。先程、議長から受けた内示の事を。
「ああ、さっきな。議長から打診を受けたんだ……」
「内示を?」
「そう。俺達の隊に、解散と異動の打診をさせて貰えないだろうか? と言う事だったよ」

「それは……」
そう言われたアスランの方も驚いた。
フェイスでもある隊長のハイネ率いる彼の隊と言えば、現在のザフトMS隊の中でも間違いなく指折り級のエース部隊である。
瑕疵もなしにそれをわざわざ解隊させようと言うのは、些か尋常で無い話ではあった。

そして、ハイネが受けたと言う内示の後半分――解散をさせての異動と言うのは――も、一体どこへ? と言う疑問が浮かんで来るのも当然の成り行きだと言えよう。

そんなアスランの浮かべている、ある意味では当たり前とも言える疑問の表情に対して、ハイネはしばしの逡巡を伺わせる微苦笑を返し、やがてそれを深化させながら答えた。
「んー、まあ……そのな、アスラン。この話も、お前さんにも関係あると言えば間違いなく有る話なんだけどな」

「俺に?」
予想通りの反応を示すアスランに、ハイネは微苦笑を浮かべたまま頷く。
「ああ。その場合の俺の新しい配属先は、ミネルバになるって言われたよ」

「こっちにか!?」
その答えにもまた、アスランは予想もしなかったと言う驚きを与えられる。
元よりグラディス艦長と自分の二人のフェイスが鼎立すると言う、ザフト全軍を見渡しても他に類を見ないであろう特殊な構成を見せる格好となっていた〝ミネルバ隊〟に、更に三人目のフェイスを加えようと言うのだから。

77【機動戦士ΞガンダムSEED Destiny (18)】6/13):2011/08/26(金) 10:27:12 ID:1eRsjnWg0
そんなアスランに、ハイネは今度は明確に苦笑を浮かべて応じる。
「まあな。お前さんさっき議長に、この先は単なる一軍人の枠を越えた、政治的な部分での働きもさせて欲しいって志願しただろ?」
「あ、ああ……」
頷くアスランに、それが理由だよとハイネは告げた。
「そうするとさ、そっちの+αの部分も入って来る分だけ負担も増えて、〝隊長〟としての純粋な軍務の面では、遂行に支障が出る可能性も有る。なんで、その分も手当てしとこうって話だな」

そう語られて、アスランはようやくハイネが言う「自分にも関係が有る話だ」と言う所以に得心が行った。
それでなくとも、謎多き驚異の同盟軍〈マフティー〉と共にの最前線での連戦を重ね、いみじくも議長の言う通り
今やザフト――プラントのみならず、反地球連合の立場や意識を抱く人々にとっての抵抗と解放のアイコンたる存在と化しつつある〝ミネルバ隊〟の立場と言うものを考えてみれば、
ここで更にその構成を強化しておくと言うのは、確かに定石だとは納得の行く話ではあった。

(それで、どうするんだ?)
と言うのを表情のみで問い返すアスラン。
軍人である以上は、本来ならば命令一本で済む話であり、否やも何も無い筈ではあるのだが――そこはやはり、特別待遇のフェイスに対してならではの事と言えよう。
フェイス直卒のエース部隊などと言う代物をわざわざ置く意味合いなどの面から考えても、例外的に与えられている拒否権を行使して断る事も出来る筈なので。

しかし、ハイネから返ってきた答えは何の迷いも躊躇いも無い、その声音も表情も実に晴れやかなものだった。
「そりゃあ勿論、全隊一致で了解さ。反対する理由は何処にも無いからな」
あまりにもあっさりと断言されてしまって、そうなる原因を造ってしまった立場だとも言えなくもない当のアスラン自身の方が逆に(いいのか?)と、戸惑ってしまいさえするくらいに。

「ま、ウチの隊はそこそこ大所帯だからな。今度の地球上での戦いで俺達の隊も、今まではほとんどお前らミネルバ隊だけの独占状態だった、
〝マフティーさんとの共同戦闘で、異次元のMSとその運用や戦術〟ってものを、実際に身を持って学ばせて貰ったろ?」
「ああ」
ハイネの言葉に頷くアスラン。

ガルナハン戦後も結局そのまま、なし崩し的にミネルバに再配属のままの格好で来てしまった旧ニーラゴンゴ空戦隊の面々や、交代で共同戦闘や訓練に派遣されて来るマハムール基地(ラドル隊)所属の各隊もいはしたが、
マフティー側のハイレベルな運用や戦術をミネルバ隊と互せるレベルにまで対応して学び取れているのは、やはりエース級揃いのハイネ隊だけだった。
――もっとも、そんな両フェイス直卒のエース部隊でも、まだまだマフティーに本気を出させる処まではとても行けてはいないと言う辺りに、逆に彼らは異世界人達のその凄みと言うものをより深く感じさせられもするのだが。

「そんな画期的な戦術・運用面はもちろんだがな――それだけじゃなくて、当の俺達自身が今回の事で目から鱗を落とさせて貰った〝ナチュラル達との在り方〟って事までも含めての、あらゆる意味でだよな。
それを持ち帰ってザフトの中に――ひいてはそれを通してプラントそのものにも、これからはそういうのをこそ広げて行かなきゃ行けないだろう? って話さ」
だから、お前さんが何か気にしなきゃいけない様な事なんて何一つ無いんだぜ?
屈託無い朗らかな表情を浮かべながら言うハイネは、言外にそう示していた。

「…………」
それを聞かされて、アスランは無言を返す事でもって自身もそれを首肯する。
コーディネーター〈自分達〉――プラント社会の側にもやはり色濃く存在している、「対立と不和の要因」を希釈し中和する為に。必要な為すべき手を、たゆまず繰り出し続ける事。

「戦争を終わらせ、平和を希求すると言うその思いが本物であるならば。ではそれは、一介の戦士としてただ〝(戦場でのみ)戦う〟と言う事、それのみで果たして本当に叶え得る事なのか?」

初めてハサウェイ達に会って投げかけられた、その際には答える事が出来なかった問いの言わんとする処への理解とそれ故の納得感が、アスラン自身の中でまた一つ深化する。

78【機動戦士ΞガンダムSEED Destiny (18)】7/13):2011/08/26(金) 10:29:41 ID:1eRsjnWg0
ハイネも言う通り。問題の真の解決法とは、表層の事象への対処療法――もちろん、それはそれで必要不可欠なものではあるけれど――のみで止まるものではなく、
同時にその症状の原因となる内なる〝病根〟への処置を考えると言う事が行われなければ意味がないのだ。

「例えその想いは同じでも、〝ミーアの声〟はただの一人の声でしかないわ……。でも、それがもし〝ラクスの声〟だったなら?
それは現実に沢山の人達に届いて、同じ思いを呼び覚ます事が出来るわ。そしてそんな大勢の人達の抱いた想いを繋いで大きなものにまとめ上げる事が出来る、そんな〝力〟を備え持っているんだもの」
つい先程まで向かい合っていたミーアが口にした述解を、アスランはもう一度自身の内で思い返して頷く。

(ガルナハンで〈あの時〉も、そうだったよな……)
圧制下にあった住民達による地球連合軍将兵への報復を、押し止めようとして果たせなかったシンと、それを止めさせてのけたハサウェイの、その始終を間近に見て思い知らされた事。

真の意味で平和を希求する。その為ならば、心情的な抵抗や躊躇はなお強くとも、(否応なしに)自身もまたそれを期待され得る立場に在る人間なのだと言う事実を認め、受け入れて。
〝実際に他者に影響を及ぼし得る立場〟へと、自分自身も腹をくくって踏み込んで行く以外には無いのだと。

自らの意志で選ぶ事にしたとは言え、苦しい困難な途となるであろう事は明白だった。
けれどもそれは、決して孤独なだけの途行きでは有り得ない。
かつての大戦の時とはまた違う、思いを同じくする多くの仲間達と共に確かに歩んで行く道であるのだと言う事。今のアスランにはそれが確信出来た。

「そうだな……。こうやって俺達自身が現に変わって行けたんだ。今度は俺達が、それを自分達自身でも広げてかないといけないよな」
ふっと微笑みを浮かべるアスランに、ハイネも同様の笑みを返す。そうしてそのまま一つ頷くと、促すようにと続けた。
「ならさ、きっともう〝お前ら〟も大丈夫だな」

「え?」
不意にそう言うや、ハイネは椅子からさっと立ち上がる――少々アルコールが効いていると言う事なのか? ほんの僅かだけ足元が泳いだのは、見えなかったことにしておこう――
釣られる様に目線でそれを追ったアスランの目に、いつの間にかこちらにと近付いて来ていて、声を掛けようかどうかと迷っている風情のシンの姿が映った。

「おう、シン。待たせて悪かったな。俺はもういいから、後はゆっくりやってくれ」
そんなシンに声をかけながら肩を叩いて促すと、そのまま彼方へと歩み去って行くハイネ。

恐縮する様にぺこりと一礼をして彼を見送りはしたものの、やっぱり遠慮感と躊躇感をない交ぜに突っ立ったままのシンの姿に微苦笑を浮かべて。
アスランは空いた隣席を指し示しつつ、(来ないか?)と言うジェスチャーを送るのだった。



差しで飲み交わす。その片割れを入れ替えてからこちら、それまでとは一変して互いの間にはただ沈黙だけが落ちていた。

「…………」
自分からやって来た筈のシンが一言も発さなければ、それを待つ立場となるであろうアスランの方もまた、音無しの構えでいると言う形であったから。

端から見ている方がむしろ、じれったいとさえ感じてしまいそうな格好ではあるだろうが、
もちろん当のシン自身とて、そんな自分に戸惑いを覚えてはいるのだった。

(隊長とこうやってゆっくり話せる機会が来たら、話してみたいと思っていた事は沢山有った筈なのに……)
そんな風には思いはしながらも、けれど不思議とそんな沈黙に居心地の悪さこそは互いに感じてもいなかったのだ。

79【機動戦士ΞガンダムSEED Destiny (18)】(8/13):2011/08/26(金) 10:32:01 ID:1eRsjnWg0
客観的に考えてみれば、ある意味それも当然の話で――
ローエングリンゲート要塞攻略戦のその前夜に持つ事が出来た一時の語らいを通して、
それまでは自身の胸の内にとだけ秘めたままでいた過去の境遇〈痛み〉と、そこにと根ざした現在〈いま〉の自身の抱く想い、戦う理由と言うものをもう一度見つめ直していたのだけれど。
同時にそれによって、今までは知る事の無かった相手の境遇やその抱く想いをも知らされ、そうして相手をより理解する事から始まる自身への振り返りが、また違った意味で自らを成長させる事にと繋がっていたのだから。

その上、そんな想いを更にもう一ステージ(それ以上かも知れないが)高める結果となった、先程までのデュランダル議長に招かれての会談の一時の事もあった。

そうやってもう、互いに相手に対して心を開ける様にとなっていればこその状況であったのだと言えるかも知れない。

――とは言え、流石にいつまでもそうやっているわけにも行かないと、シンは意を決して口を開く。
「隊長」
「うん」
呼びかけられて、改めて彼の言葉を謹聴の構えになったアスランへと、シンは語りかける。

「隊長。……ありがとうございます」
絞り出す様にしてどうにか、ようやく口に出して言えた一言。
ほんの一言だけのごくごく短かなそれにはしかし、言い尽くせない様々に去来する感謝の想いが込められていた。

ザフトに戻って来てくれて。
ミネルバに――自分達の隊長として来てくれて。
こんな自分を見捨てずに、教え導き、支え励ましてくれて。
自分に本当の意味での戦う者としての覚悟と意義とを気付かせる、そのきっかけまでもを与えてくれて。

(アスラン・ザラと言う青年〈あなたと言う人〉と出会えて、本当に良かった……)
それが今のシンの中に有る、偽らざる率直な想いだった。

そんな存在と出会えたと言う事もまた、一つの運命みたいなものだったのかも知れない……。
現在のシンは自身の隊長に対して向ける心情を、そんな域にまでに持って行っていた。

縁あってアーモリー・ワン緊急出撃後のミネルバの艦内で出会い、その後の地球へと落ち行くユニウス・セブン破砕を巡る一連の流れの中で
文字通りに身体を張っているその姿に、敬意に値する人だと感じさせられればこその、「あなた程の人が、なんでオーブなんかに?」と言う疑問も同時に抱かされもしたその人が、
やがて自分達の指揮官として出戻って来た。

考えが足りなくて視野も狭い自分には、そんな彼の豹変的な立場の変化の経緯がろくに想像も出来ないで
――と言うより、そんな事をしようとすらしていなかったわけだけど――
その結果、一パイロットとしての技量自体は認めながらも、上に戴く存在としては反感と反発を強く抱いてしまっていた。

そんな形で始まった上官としての彼との関係は、マフティーの人達の存在と言う中和要素が在っても当然ながらしっくりとは行く筈もなく。
今でもなお心に刻んで忘れえぬ痛恨事である、インド洋での会戦で犯してしまった大きな過ちと言う最悪の結果をも呼び起こしてしまいさえした。

だが、そんな誰からも見捨てられても文句は言えない様な最低の自分を、叱りつつも諭し、あるいは支えてくれた共に戦う仲間達のその中に――それも大事な時に、大事な所に、彼もまた居てくれた。
そんなアスランが向けてくれていた気遣いにも、自分はそれとは知らぬまま確かに救われていた。助けられていた。

80【機動戦士ΞガンダムSEED Destiny (18)】(9/13):2011/08/26(金) 10:34:16 ID:1eRsjnWg0
そうしてどうにかもう一度立ち上がる事が出来た、ガルナハンの戦いの前夜。
思いがけずも聞かせて貰った、アスラン〈彼〉と言う人の過去と現在〈いま〉、そしてその胸中に抱いている想い。
それらを知った時、自身の内でそれまで彼に対して抱いてしまっていた疑問やわだかまりの念のその根本は、自然と全て氷解して行った。

いや、それだけではない。そんな氷解は彼に対しての事だけでなく、自分自身がこれまで嵌り込んでいた自らの心の内にと張っていた不可視の壁をも同時に溶かし去ってくれていたのだ。
だから自分も言えたのかも知れない。ルナマリアの温もりが初めてそのきっかけを与えてくれた、ずっと自身の想いの内に凍り付けさせたままで来ていた慟哭〈痛み〉を。

そうして生まれ変わった様な目で見てみたならば、これまで気付かなかった、気にもしなかった様な事までも。全てが違って見えて来た。

シンは今、決して帰らぬ過去にとただ捕らわれるだけの状態から脱し、生き残った者としての責務でもあるかも知れない「新しい生き方」と言うものを日々探し始めている。
自身の心境がそんな状況〈ステージ〉へと移りつつあるのだと言う事を、理屈では無しに実感している――またさせられもしているが――そんな日々を過ごしている処だった。

アスランに対しても、もう素直に心を開ける様にはなれては来ていても、弁舌の面で内なるそんな想いを上手く口に出しては言えないのだけれど……それでも――
そんな想いが込められた短く、けれども本当に深い、「ありがとうございます」の一言であったのだ。

「…………」
そんなシンの率直な――それ故に深く真摯な想いを受けて、アスランに出来る事は一つだけだった。

(た、隊長?)
そう戸惑いを覚えるシンの目の前で。アスランはその上体を彼の方へと
はっきりと傾けて、そのまま身じろぎもせずにじっとそうしていた。

「シン。本当に……すまなかった」
そしてそのまま詫びの言葉を口にするアスランに、逆にシンの方が驚かされる。

何で、あなたが……?
それを言うのなら、詫びなきゃいけないのはむしろ自分の方なのに。
予想だにしなかった事態を目の当たりにして、シンは少々狼狽え気味にさえなっていた。
「よ、止して下さい隊長! 貴方が俺に、そんな事をしなきゃいけない理由なんか……」

(こうする筈の〝約束〟が今までかかってしまったのは仕方がない事なのだし……)
自分の方が狼狽えながらアスランに顔を上げさせようとするシンは、彼のその謝罪が何に対してのものであるのかを取り違えていた。
そのまま続いたアスランの言葉に、シンは彼の真意を悟らされる。

「いや、違うんだ。シン。……俺は、君に謝らなければならない。ミネルバで君と初めて出会った時の事。あの時、俺は……君に対して公正では無かった」
そう謝られてシンは自身でも思い返す。アスランが言う、カガリ〈アスハ〉を間に挟んでのほとんど睨み合いにも近かった、ミネルバでの彼らの最初の出会いの事を。

「いえっ! でも、あの時の隊長の立場じゃ、それはむしろ当たり前の事で……」
様々な感情が同時に惹起されて、シンは言葉もその表情も複雑に入り交じったものを浮かべてしまう。

81【機動戦士ΞガンダムSEED Destiny (18)】(10/13):2011/08/26(金) 10:36:14 ID:1eRsjnWg0
アスランがそうして気にしてくれていたと言う事実と、こうしてその時の自身の気持ちに対してわざわざ詫びて理解を示そうともしてくれたと言う誠意に嬉しい驚きも感じつつ、
今ならば判るし自身でも認められもするけれど、確かにあの時の自分の〝アスハ〟に対する態度は、公的な意味で指弾されるのは仕方がないものであったのは間違いないのだから。
――もちろん、(為すべき義務は何一つ果たしてすらもいないと言う意味で)そんな資格も無いくせに、その対価である筈のそうした公的な特権にだけはしっかり守られて恥じない〝アスハ〟自身を認められると言うわけではないにせよ、だ。

それはそれ、これはこれ。と言う意味で。
相手がどうなのか?と言う事と、翻って自身の方はどうなのか?と言うのは別の話であると言う事をシンは悟り、その辺りの分別を付けられる様にとなって来ていたのだとも言えるだろう。

そんなシンの様子に、アスランはようやく上体を戻すと、ほんの僅か苦笑を浮かべて応えた。
「そうだね。確かに今でも、もし目の前でああ言う態度をされるのなら、やっぱり同じ様な事は言わなきゃいけないだろうし、言うだろうけど……」
そこまで言うと、再びその表情は真摯なものにと戻る。

「――それでも、な……」
義務や責任と言っても良いだろう、立場としての為すべき事が有るのは当然ではあるけれど。
それでも同時に、〝一人の人間としては〟やはりそうした他者の痛みや想いと言うものへの配慮や共感も抱いていなければ、抱ける様でなければならない筈であるのに。
あの時の自分には、そんな事さえ本当の意味では判っていなかった。

たまたま接点を生じた処から、シン・アスカと言う個人としての形でもって浴びせられたカガリ――彼女が自ら背負う事を決めた筈の、オーブの理念〈アスハと言う名が背負うもの〉――への糾弾の声。

そうした「向き合わなければならなかった筈の現実〈もの〉」(それも、本来ならばもっと早くにだ)と、その心に何の準備も無しにいきなり向き合わされてショックを受け、ただ打ちひしがれているだけだった彼女を慰めようと自分は言った。
「考えてもしょうがない……カガリ。わかっていた事だろ? あんな風に思ってる人間もいる筈だって」
などと言う、それこそ判っている〝つもり〟でなければ言えない様な、無自覚の――それ故にこそ傲慢な言葉を。

そんな言葉を口に出来た自分の、その脳天気さと無神経さは、我が事ながらただただ恥ずべきものだと言うしかない。
ガルナハンの戦いの前夜、シンの口から自身の辛い過去の記憶を直に語って聞かされて。それでようやく思い知らされた、〝そんな風に思っている人間〟の抱く慟哭〈痛み〉。それは自身にも同様の覚えがよくよく有る筈のものなのに……。

幾ら特別な好意〈感情〉を抱いていた相手に対しての事だからと言って、その時の自分はただ目の前の〝ひとりぼっちで泣いている彼女〟の事だけをしか、実質的には見ていなかった――いや、それに対する相手の立場の事など、見ようとすらもしていなかったのだ。

「……そして、もう一つ――」
そう続けるアスランの表情に陰りが混じる。
あるいはシンに――そして、彼と同様の立場に追いやられた幾多の人々に対しても――詫びるのならば、こちらの方がより比重は大きくなるのであろう事にも触れねばならなかったから。

「君の家族が亡くなった――いや、〝殺された〟二年前のオーブでの戦いの時。俺自身もまた、君達のその頭上で戦っていた人間の一人なんだ……。
あの時、そこで戦っていた〝俺達〟の目に、その意識の中に。自分の足下で、君達一家の様なただ必死に戦火から逃れようとしていただけの人々の存在は、欠片さえも〝見えて〟はいなかった……」
(………………)
アスランの沈痛な表情を、シンもまた同様に、無言で受け止めていた。

「だから、そうして直接的な意味で君から家族を奪った仇は――きっと、〝俺達〟なんだ……」
「…………」

〝俺達〟と言う、その物言いにこそ、アスランのその真情がありありとにじみ出ていたと言えるだろう。
あの時――オーブ側に立つ格好で戦闘に介入した彼のジャスティスガンダムと、その前から地球軍の新型GAT〈ガンダム〉・タイプMS3機と戦っていたキラの駆るフリーダムガンダムは、オノゴロ島の上空を舞っていた。

82【機動戦士ΞガンダムSEED Destiny (18)】(11/13):2011/08/26(金) 10:38:41 ID:1eRsjnWg0
シンから聞かされた、その時の彼らの状況からすれば、島の地上と上空、その両面に展開して攻撃を仕掛けて来ていた地球軍ガンダム達へのキラからの反撃の火箭が
避けられるか流れ弾となって、運悪くその先にいたシンの家族を着弾に巻き込んでしまった可能性が高い。

飛行可能な機体特性を活かして常に上空にいたあの時の自分達と、それにずっと頭を押さえられる格好のまま空と地上の双方から押して来ていた敵機地球軍ガンダム達それぞれの展開位置を考えれば、
地上の敵機を狙っての攻撃を放つと言うのは「自分達の側」にしかあり得ない射角だった。

無論の事、アスカ一家を狙って撃ったなどと言う事はある筈もないけれど、結果的には同じ事で。
そうやってそれに〝巻き込まれた人達〟の事を、考えた事が有るのか!? と言う、今にして思えば(遅ればせながらどころの話ではないけれど)当たり前の、シンからの糾弾。
そんな事に何一つも気付いてすらいなかったと言う意味では、誰が直接的にやったかなどは問題ではない。

偶々そこではキラによるものにとなったのかも知れないけれど、ほんの小さな運命のボタンのかけ違えがあれば、それはアスラン自身の手によってのものとなっていても何らおかしくは無いのだし、
あるいはそれは地球軍ガンダム達のいずれかによって起こされた事であったのだとしても、やはり同じ事である。

そんな状況の――〝その場所を戦場にして戦ってしまった〟と言う事実。
罪だと言うのならば、その事自体がそうなのだから。

だから、自分にも間違いなくその時の事に対しての罪が有る。
なにも親友〈キラ〉を擁護する為にと言うのではなく、今へと至るミネルバに戻って来てからこれまでの幾多の経験を通して学び、変化し始めた自身の認識と想いのままにアスランは
シンに――そしてその背後にいるであろう、彼ら一家と同じ立場へ追いやられた幾多の人々へも――じっと頭を下げていたのであった。

(隊長……、あなたは…………)
そしてそれを受ける側であるシンもまた、何も言えなかった。

二年前の喪失の記憶が余りにも重過ぎるが故に。
ましてやそんな、傷を負ったままの心へと更に塩を擦り込むが如き、〝アスハの娘〟〈バカ〉が何らの反省や後悔も見せずに声高に叫び立て続ける上っ面だけのきれいごとを聞かされれば、やっぱり心には憤怒の衝動が激しく湧き上がる。

それは仕方がないし、当然の事だとは思う――けれど、同時に今のシンはもう、そうして〝自身の内なる怒りをただひたすらに燃え上がらせるだけの自分〟では、いられなくなっていたのだった。

それが自身にとって許せるか、許せないか? 納得が行くのか、行かないのか? と言う物差し自体があるのは言うまでも無い事ながら、
自らもまた多くの血を流させる存在〈罪人〉となり、その事で自身も深く傷付いてようやく実感した、「その中身の是非はあるにしても、相手には相手なりの言い分や理由が有るのだ」と言う客観的な事実に接した経験。

そして何より、自分にとって恨み募る存在であり、否定すべき対象である〝アスハ〟だが、
同時にそのアスハ――正確に言えばウズミ本人ではなく、そいつを盲目的に全肯定し、その思想・施政面〈愚行〉の後継者たらんとしているその娘だが――は、
自分自身が今や認め、相応の敬意を払う存在となったアスラン〈隊長〉が、
互いの立場を微妙なものへと変えた今でも、なお心を残し、大切に思っている存在でもあると言う事もまた、否定できない一つの現実だった。

そう言った要素にも目を開けるくらいに。やはり日に日に成長をしつつあるからこそ、シン自身もまた、かつてのままの自分ではいられなかったと言う事なのかも知れない。

だから、シンはそこで言えたのだ。
明らかに変わりつつある、現在〈いま〉の互いの間だからこそ言える――逆に言えば、少し前までならば絶対にあり得なかった筈の――事を。

83【機動戦士ΞガンダムSEED Destiny (18)】(12/13):2011/08/26(金) 10:41:22 ID:1eRsjnWg0
「……ありがとうございます、隊長。もう……充分です」
アスランが示してくれた誠意へと、逆に自らの方が軽く頭を下げ返してそう応じるシンに、アスランの表情にも僅かな驚きの想いが浮かぶ。
「シン……」

あなたの、そんな気持ちだけで……もう――
そう言いたげな表情で、シンはアスランへと呟いた。ここでもまた、彼に対してより開ける様にとなったその心が言わせる想いを、率直に。

「隊長、例えもし隊長が言った通りだったのだとしても……俺にはもう、あの時の隊長や、フリーダムのパイロット――友達だったんですよね?――を恨んだり、憎んだりする事はできません……」
シンは自分自身でもはっきりと自覚できる、静かな心境〈想い〉のままに応じていた。

「だって、そんな俺自身がもう、そうやってこの手で血を流している人間になってるんですから……」
(そんな資格がもし有ったとしたって、俺はもうそんなものはとっくに自分で投げ捨てちゃってますよ……)
口にはしなくとも、その先に続く自嘲混じりの想いはアスランへとはっきりと伝わって来る。

「変な話かもしれないけど、俺も自分でそう言う側にと廻ってしまったからこそ、判る様になってしまったんですよ……」
大きな過ちを犯してしまったインド洋での会戦の後の事から思い知らされた、被害者だった筈の自分が、いつしか加害者にもなっていたと言う現実。

遅すぎると言うしかないけれど、自分自身がそうなってようやく気が付く――そうならなければ、決して理解する事が出来なかっただろう事も有るのだ。
戦うと言う道を選ぶとは、そういう事なのだと。

単なる無力な、一方的な被害者のままならばあるいは、誰かをただ責めるだけの立場ではいられるのかも知れない。
けれど彼らはもう、選んでしまった。
圧倒的な理不尽に突然踏みにじられ、大切なものを奪われる痛みを、悲しみを味わわされて。それに対する怒りと、そしてそんなものに抗おうとせずにはおられないと言う生き方を。
だからこそ……。

「今なら俺にも判ります。いえ、判る様な気がします……。さっき、デュランダル議長に招かれて皆で話し合わせて貰った事――本当に、こんな事をいつまでも繰り返したくないと思うなら、ただ何にも考えずに戦ってるだけじゃ駄目なんだって。
だから、それ以外の方法で俺なんかにも出来る事がもし何か有るんなら……俺も、隊長と同じくその為にも精一杯、やってみようと思うんです……」
「シン……」
どこか吹っ切れた様な表情を浮かべて言うシンをまじまじと見つめて、やがてアスランの方も、そうだなと言う様に頷いた。

「隊長、すみません。こんな事を言ってしまって申しわけないですけど……」
あなたの気持ちを知っていながら……。そんな想いの前詫びの言葉を付けて、シンは言う。
「正直、俺は今でも〝アスハ〟の事は許せないし、納得は出来ません……」
「…………」
無理もない事だものなと、黙ってそれを受けるしかないアスランに、しかしシンは示してみせて来てくれるのだった。
今現在の彼に出来得る、最大限の譲歩〈誠意〉を。

「でも、俺は今、隊長の事は本当に信じられるし、尊敬しています。〝アスハ〟は、そんな隊長〈あなた〉が今でも変わらずに大切に思っている存在でも有るって言うのも、やっぱり事実で……。
そうだとするなら、もしかすると俺が気付いてもいなかったり、まだ見えて無かったりするって言うだけで、〝アスハ〟にもアスハなりの、何かしらの真実ってものは、少しは有るのかもしれない……。
それでも、やっぱり納得は出来ないかもしれないし、どうしても許す事は出来ないかもしれないですけど……。少なくとも、俺自身今まで全くそんな事をしようともしてなかった、そういう事にも目を向けてみる。その努力くらいは……してみようと思います」

84【機動戦士ΞガンダムSEED Destiny (18)】(13/13):2011/08/26(金) 10:43:43 ID:1eRsjnWg0
そうして、殺したからって殺されて。殺されたからって殺し返して、それで最後は平和になるのかよ!?
――アスランから聞かされた、彼の原動力の一つともなっていると言うその問いかけは、それが憎い〝アスハ〟が口にした言葉であるものなのにも関わらず、その言葉にだけは、シン自身にとっても否定し得ない共感を覚えさせられる力が有った。
自らが戦う側――殺す側にと転じた今だからこそ判る、判る様にといつしかなってしまっていた哀しい真実として。

「すみません。今の俺にはまだ、これが精一杯です……」
そんなでも、いいですか……? と、言いたげに。すまなさそうな表情で言うシンに、アスランはふっと微笑み返す。
「充分以上だよ……。ありがとう、シン」

(やっぱり、俺達はどこか似た者同士なのかも知れないな……)
そんな内心の想いがにじみ出た微笑に、シンもようやくその表情をゆっくりと微笑へと変える。
そして、互いに背負った心の重荷をまた一つ。前へと向かって下ろす事が出来たと言う実感にと導かれる様に、軽やかな音を立てて互いのグラスを重ね合う。

それは、シンにとってはどうしたって複雑な感情を抱き続けたままにはならざるをえない、アスハ〈過去の象徴〉との向き合い方を自ら変える――一歩を踏み出すきっかけの象徴の様なものだったし、
アスランにとっても、今こうしてザフトのフェイスとして――結果的には、〝それ以上〟の先へも向かう事にとなったわけだけど――の道を選ばせた理由の一つたる、
カガリが抱き大事にしたいと思っている「理想」を真に現実のものとする為に、必ず向き合わなければならないシンの様な人々の事を伝える、その橋渡し役をいつか務める事が自分の使命でもあるのだと言う決意を、新たにさせられるものでもあった。

どこか相手に自分と似ているものを感じるからこそ、共感し〈引かれ〉合うものを感じ、時には反発し合う事もあった互いの関係を、こうしてまた一つ確かなものとして。
それを通して同時に、自身の内に有る決意をもより強くする二人だった……。


――そんな彼らの間に満ちる静かな緊張がふっと失せて、代わりにその前よりもより深みを増した和やかさが戻って来たのを確かめて。
一つの山とも言うべきものを越えられて。その心地よい余韻をしばし味わっていたアスランとシンの下へと、待ちかねていた突撃をかけて来る尖兵が現れる。

「ちょっとシン! それに隊長も! いつまで二人だけで難しい顔付き合わせてるんですか?」
そう言って割り込んで来たルナマリアの顔は赤らみ、何と言うかもう、すっかり出来上がっていると言う雰囲気だった。

ほぉーら、行こうよぉ〜!
と言う感じに、恋人の袖を取ってぐいぐいと引っ張って行こうとしているその先では、すっかり打ち解けて寛いだ雰囲気で彼らの方へと注目している「仲間たち」の姿があった。

「って、ルナ! お前ちょっと飲み過ぎじゃないのか!?」
ルナマリアに半分腰を浮かせかけられているシンの肩にと、先に立ち上がったアスランの手がぽんと置かれる。
「隊長」

振り返ったシンへと、アスランは笑いかけた。
「行こう、シン」
「……ええ!」
シンもそれにと頷き返して、立ち上がる。

吹っ切れた表情で、アスランとシンは彼らを待つ仲間達の輪の中へと入って行く。
戦友同士の宴の盛り上がりは、まだまだこれからが本番だった。

85166:2011/08/26(金) 10:47:29 ID:1eRsjnWg0
こんにちは。お久しぶりでございます。
機動戦士ΞガンダムSEED Destiny筆者の166です。

本当に長い間お待たせしてしまいましたが、久しぶりの投下となります
(18)の方をお届けさせて頂きました。

前回の投下が昨年の9月下旬でしたから、実に約1年近く経ってしまいましたね・・・
間に震災も挟みましたし、長いことお待たせさせてしまうだけでなく
ご心配まで頂いてしまいまして大変申しわけありませんでした。

昨冬は仕事がデスマーチ状態。
今夏も思いっきり仕事をバッティングさせられてしまい
夏冬のお祭りも不戦敗状態が続いてしまう様な状況下にありましたもので、
オンライン上のこちらの方も、このまま1年以上更新できなくなっちゃうんじゃないか?
とか自分でも結構あせる様になってしまいましたが・・・(汗)
どうにか続ける事が出来ましてほっとしております(苦笑)

前回は主人公サイドの裏側での出来事を絡めての強かなペテン師達(褒め言葉)を描きましたが
今回はそれと同時に展開していた良くも悪くもまっすぐな連中の姿を描くターンとなりました。
キャラによってはこの章での山場を越えた者も出て来まして、このディオキア編もそろそろ
終わりが見えて来る処までは進みつつあります。

最近は友人の手伝いで、TRPGのリプレイの執筆等にも手を出したりもし始めたもので
リアル事情+αのそちらに時間を割かせて頂く場合も出てきてしまう分の影響は
どうしても出てきてしまうとは思いますが、こちらも決して止めるとか言う事はありませんので
気長にお付き合いを頂けましたらと思います。

それではまたです。

86名無しさん:2011/09/01(木) 07:13:26 ID:b.nPahmYO
>>85
デスマーチ…アリアンロッドですね、わかります。

87名無しさん:2012/04/21(土) 19:40:06 ID:3TOQ9Ok20
ここってクロスはなんでもありなのか?

88名無しさん:2012/04/24(火) 23:34:28 ID:EUrSxpSY0
クロスの統合だから個別でまだ続いてるの以外ならここでいいと思う。

89名無しさん:2012/07/03(火) 23:32:28 ID:2IBzzLGcO
前々回が9月、前回が8月。7月に入ってそろそろΞ(クスィーのつもり)の続きが読めるかな
お待ちしてますぞ

90名無しさん:2012/07/25(水) 02:45:40 ID:/aC1uk3M0
早く続きが読みたいけど・・・焦りは禁物か
読みたいものを書くのもひとつの手か?

91名無しさん:2012/09/28(金) 23:43:59 ID:mSwB/vXcO
無理やりクスィーの続きをでっち上げる訳にもいかんだろ
あそこまで文才も無いしな
だからあえて言う、マダー続きホシイ

92名無しさん:2012/09/29(土) 00:31:24 ID:jCx9kWxAO
オマージュで本筋から外れた外伝的なSSならありじゃね
まあ166氏の許可があるならだが

93名無しさん:2012/10/04(木) 00:42:52 ID:VRFqfUpEO
とにもかくにも続きホシイ、クスィー

94166:2012/10/04(木) 20:21:58 ID:sTr0evzo0
こんばんは。冗談抜きどうもお久しぶりでございます。
機動戦士ΞガンダムSEED Destiny筆者の166です。
一応、どうにか生きております(苦笑)。

震災で停滞してた分が一気に〜って感じの仕事の状況がありまして
なかなか執筆ができるだけのSAN値が……と言うドツボでした(泣)

仕方がないので、そんな中でも出来る事を――と言うわけで
ディオキア編に続く次の章の最終話までの(長短は別にして)10話分の
プロット組んだり〜と言うのをちまちまやっておりました。

忙しいのは変わらないのですが、今の時期になってようやくちょっとだけ
一時的に余裕が持てる状況になりましたので、短いおまけエピソードですが
18.5話を遅くとも今月中にはこちらに上げられそうですので、
見捨てないでやって頂けましたら幸いです。
取り急ぎ近況まで。

95名無しさん:2012/10/05(金) 18:49:52 ID:jIK3jv4c0
>>94
おお! 気長にお待ちしております!!

96名無しさん:2012/10/09(火) 17:02:19 ID:A/nE7hEIO
とにもかくにもご壮健なようでなによりです

97名無しさん:2012/10/09(火) 18:55:32 ID:KWTfnQF60
>>94
僕はまたΞDestinyを読めるんだ……こんなに嬉しい事はない……!
ともかくご無事で何よりです!

98【機動戦士ΞガンダムSEED Destiny (18.5)】(1/6):2012/11/03(土) 00:21:56 ID:EFU5zq120
 アスラン・ザラは、再びの当惑の中にいた。

(――確か、戦友同士〈みんな〉との飲み会で、大いに盛り上がっていた筈だったよな……)
 本当に久しぶりだと、掛け値なしに言えるくらいの楽しい酒を飲むことが出来て。
 ついつい深酒をし過ぎてしまった酔いと火照りが相応に響いている目にと映ったのは、すっかり誰もいなくなり、照明も常夜灯を残して落とされてしまったほの暗いバーラウンジの天井だった。

 いったいどれ程の時間が経ったのか? 長椅子の端寄りの位置に一人腰掛けたままで、アスランの記憶はぷっつりと途切れていた。

 ……いや、「誰もいない」と言うのは、実際には正確な表現ではなかった。
 普段とは比較にもならない亀足ぶりでだが、覚醒して行きつつはあるアスランの意識は、そんな自身にともたれ掛かって来ている〝誰か〟の存在にと気が付く。

 そちらへと目を向けてみると――
そこにはつい今し方までの彼自身と同様、完全に酔いつぶれてしまったらしいメイリンが、その上体を彼にともたれかけさせながら静かに寝息を立てている。
 そのあまりの近さに、思わず驚いて上体を跳び退らせたり〝させなかった〟のは、上出来……などと呼べるものではなく、
ただ単にアルコールの影響による鈍化がもたらしてくれた、いわば怪我の功名の様なものだったわけだが。

 この場にいるのは彼ら二人だけであり、一緒にと飲んでいた筈の他の仲間達の姿はもう、誰も見えなくなっていた。

(置いて行かれたのか……)
 やはり亀足なままでの思考で状況をその様に認識し、そんな自らの置かれた状態に驚いたりするでもなく不思議と素直に納得をしてしまったと言う辺りは、
流石にいい具合にアルコールの酔いも回っていて、アスラン自身の思考も平常とは違う動きをしていたと言う事であったのかも知れない。

 つまりは、その後にと続くアスランの一連の行動もまた、その様な「普通でない状態」の産物と言う事になるのだろうが、
自分達だけ置いて行かれてしまったみたいだなと思った彼がとりあえずした事はと言えば――
自らの傍らで寝入ってしまっているメイリンを抱き上げて、彼女ら姉妹の部屋へと連れて行こうとすると言うものであった。

 そんな状況それ自体が、一斉に姿を消した他の面々が実は仕組んだものであるとも知らずに……。


 流石に遅い時間のせいか、幸い他の誰かに出くわす様な事もなしに、
アスランは所謂「お姫様抱っこ」の格好にしたメイリンと共にエレベーターにと乗り込んで、彼女ら姉妹の部屋があるフロアへと昇る事が出来た。

 目的の階にと到達して分厚い絨毯の敷かれた廊下にと出、ホーク姉妹にと割り当てられた部屋のドアが見える廊下の角を曲がった処で、
アスランはこの場合、間違いなく最も丁度いい相手だと言える人物――ルナマリアの背中を視界の端にと収め、声を掛けようとして……
 寸前で、それを呑み込んだ。

 その背中が見えたルナマリアはちょうど、互いに腕を絡め合うシンと並んで共にその部屋へと入って行く処であったからだ。

99【機動戦士ΞガンダムSEED Destiny (18.5)】(2/6):2012/11/03(土) 00:24:45 ID:EFU5zq120
 いかな朴念仁のアスラン――まあ、眼前の情景を見るまで想像だにしてもいないと言う辺りからもそれは瞭然だとも言えるわけだが――であっても、流石に改めて気付かされる。
(ああ、そうか。あの二人はもう、そう言えば〝そういう仲〟なんだったな……)
 と言う事に。

 しかしながら、そうして結局声を掛けそびれてしまったが故に。
 その眼前で、メイリンを送り届けるべき筈の部屋の扉は無情にもパタンと閉まってしまう。

 さながら天の岩戸の如き、閉じてしまった部屋の扉を前に。腕の中にメイリンを抱え上げたままアスランはただ立ち尽くすよりなかった。


 一方、彼にとそんな状況をもたらしたその〝岩戸〟の中では――
当のシンとルナマリアの二人が部屋の内扉を潜ってから、互いに顔を見合わせてにんまりとしていた。

「隊長、来てたわよね?」
 無論のこと部屋の防音性は折り紙付きなのだけれど、それでも心理的な無意識に声を潜め気味にして確かめるルナマリアにシンも頷き返す。
「うん、来てた来てた。ちゃんとメイリンも連れてたよ」

 どうやら上手く行ったみたいだと。そう言い交わして人が悪いものではなしにほくそ笑むこの二人もまた、もちろん仕掛人達の内だった。
 それも、ある意味一番重要な役目を担っての。

 副官役としてアスランの身近にと接し続ける日々の中、そんな彼にと本気で惹かれて行きつつあるメイリンの様子は周囲の面々の目には明らかで。
 ザフト側からすると、この世界においては超越的な戦闘力を有するマフティーの面々と一緒にいる以上は無自覚に「その手の緊張感」も薄れそうな危険性も逆に有るくらいなのだが、
それでも戦争のその最前線にと身を置いている以上、「明日は誰にも判らない」と言うのはやはり、確かな事でもあるのだ。

 だからこそ……と言う思いで見た場合の、いいタイミングじゃないか? と言う状況――更には(悪い人物ではないにせよ)幾ら芝居だとは言ってもいささか露骨過ぎな〝ラクス〟の介入と言う事態も、
マフティーとザフトの面々をして、「いいからさっさとあの二人に既成事実作らせてしまおうぜ!」と言う方向へと舵を切らせる動機となっていたわけなので。

 まずはアスランを酔い潰れさせて、メイリンとの二人だけでその場にと放置して。他は示し合わせてさっさと撤収。
 なんとなれば、アスランならきっと下心なしにメイリンを連れて来るだろうから、ルナマリアはシンと共にそれを待ち受けて、こうして声を掛けられなくさせると言う形を作りあげてしまう。
 そうする事によって外堀を埋めてしまおうかと言う格好であった。

 ――まあ、とは言えそのメイリンの方も、芝居ではなくて本気で寝入ってしまったと言うのはいささか誤算でもあったのだが、とは言えこの企みを彼女自身には内緒でいたわけだから、それもまたやむを得ない事ではあっただろう。

100【機動戦士ΞガンダムSEED Destiny (18.5)】(3/6):2012/11/03(土) 00:28:11 ID:EFU5zq120
「メイリン〈あの子〉もあれで、やっぱり奥手だものねぇ……」
 シンへと身体を寄せながら。姉として、心配半分気遣い半分と言う顔で言うルナマリア。

「うーん、けど相手はあの生真面目な隊長だしなあ……。ま、なるようになるだろって事かな?」
 シンも二人の事を気遣ってもいれば、同時にそんな二人にはやっぱり微苦笑も覚えるなと言う感じで応える。

 あの二人もうまく行けばいいねと言う願いを共有しながら。
 仄暗い部屋の中、寄り添う二つの影はそっと重なるのだった。


(しかし、困ったな……)
 扉〈岩戸〉の向こうのそんなやり取りなどは知る由もなく。

 結局、声を掛けそびれてしまってそのまま眼前で閉じられたルナマリア達の部屋の扉と、お姫様だっこにしているメイリンとを交互に見ながら、しばしの間廊下にと立ち尽くしてしまっていたアスランだったが、
だからと言って、このままメイリンを放置するなどもちろん出来る筈もない事で。

 そのままの状態でしばし考えて――
 その結果出した結論が、彼女を自分に割り当てられた部屋にと連れて行って代わりに寝かせ、自らはその足でミネルバに戻ると言うものだったのは、
その時点で自覚は全くないわけだが、やはり平常でない頭ならではの状態の産物だったと言う他あるまい。

 そうして戻って来た、一つ上の階にある自身の泊まる部屋の表扉を開けて、アスランが室内へと踏み込んだタイミングで。
 抱き上げたままのメイリンがちょうど目を醒ましかけたのか、「ん……」と、微かな声を上げて小さく身じろぎをした。

 それでうっかり彼女を落としたりしてしまわない様にと、そちらに気を取られていたせいでアスランは気付く事が出来なかった。
――その状態で潜った内扉の影の中から、「アスラン!」と言う声と共に背後から勢いよく抱きついて来たミーアの存在に。

 完璧な奇襲だった。
 アスランにしてみれば、ほとんど背中にタックルをくらった様なもので。
「うわッ!?」
 思わずそんな声を上げさせられながら、そのままもつれ合う様に彼らはベッドの上へと倒れ込む――もちろん〝三人〟一緒にだ。

 そしてそんな状況に、奇襲を仕掛けた側である筈のミーアもまた、戸惑っていた。
 抱きついたその相手の身体ボリュームがやけに大きく、同時にそこから伝わってくる半分ほどが、明らかにアスラン――と言うより一般男性のそれではない柔らかな感触もあるとなれば、戸惑うのもある意味当然だとは言えようが。

「き、君は……ッ!」
 と、まだ上擦った意識を残したまま、ほとんど半射的にベッドの上で上体を跳ね起こして声を上げるアスラン。
 通常の反射的に当然の動きではあるが、この場合は更に体勢的な必然としてメイリンを組敷いてその上に覆い被さる格好にもなってしまっていた分も加味されて、
多分に酔いの残っているその状態で考えるならば、その動きは奇跡的なくらいに迅速だった。

 そんな彼に対しての奇襲を仕掛けた側のミーアの反応はと言えば――
「えーと…………お邪魔だった?」
 と言う、何とも微妙な雰囲気の驚きと苦笑とが入り交じった複雑なものだった。

101【機動戦士ΞガンダムSEED Destiny (18.5)】(4/6):2012/11/03(土) 00:38:50 ID:EFU5zq120
 そう言ったきり無言のままのミーアの視線の先は、アスランの背後にと向いていた。
 じわじわと湧き上がって来る嫌な予感を必死に押さえながら、それを辿って自身の後背を振り返り――アスランは思わず天を仰ぎたくなる。
 そこには流石に半覚醒状態なのは明らかながら、今の衝撃で目を醒ました様子のメイリンが、彼と同様にその上体を起こしていた。

(……その子、〝お持ち帰り〟して来ちゃったのよね?)
 再び目をやったミーアのその表情が、明らかにアスランに向かってそう言っていた。

「誤解だ!」
 そう叫びそうになって、危うくそれを喉元までで踏み止まらせたアスランは、一つ息をつくと、「そうじゃなくて!」をようやくミーアに問い詰める。
「何で、君はこんな事するんだ!?」
 ついつい大きくなりそうな声を、意識的に控えめに抑えようとするのには結構な忍耐が必要だった。

「え? 何でって……だって、普通離ればなれの恋人同士が久しぶりに逢ったらぁ……」
 本人にしてみれば全く予想外のアスランの反応に、きょとんとした様子で答えるミーア。
 もちろんその声は、眼前のアスランの努力になど気付いてもいないのだろう、抑えるとかは一切ない普段通りのボリュームだ。

「〝ラクス〟は、そんな事しないッ!」
 それを受けたアスランはアスランで、彼にしてみれば当然の反応をミーアにと返す。
 もちろんさっきまでの努力など、どこかにすっ飛ばした大き目の声にとなってしまうのを防ぐのは無理だった。

――結局の処、初めから互いの立場と意識とが違いすぎていて、その実全く会話が噛み合っておらず、しかもその現実に気が付いてもいないと言うことなのだ。

 だから、ミーアにしてみれば更に疑問もいや増すと言うわけで。
「えぇーっ!? しないの? …………なんで?」
 故に重ねてそう聞くのも、それはそれで自然な反応であるのも確かなのだが。

 そしてそう聞かれてしまうと、答えに詰まってしまうアスランだった。
 当然ながらほとんど知られていない、普通に友人同士で、既に彼女には別のパートナー〈キラ〉がいる――
と言う、ラクスと自身の「現在の実際の関係」を、例えそれが影武者たる彼女〈ミーア〉にであっても、ペラペラとしゃべってしまって良いものか? と言う意識があるが為に。

 そうした〝立場が故に言えない本当の事〟と言うファクターこそは、この場に限らず
いずれ対峙の再会をする事になるキラ達との関係においても、アスランに苦しい思いをさせる原因ともなって行くわけなのだが……。

 しかし、アスランが躊躇したそれも、ことこの場においては意外な方面からあっさりとクリアーされる事になる。

 無言の内に向き合う格好となっていたアスランとミーアの間に、不可視の仕切りをするかの如く、
「ラクス様!」
 と言う、決して大きくはなく、鋭いわけでもないながら、妙に強力な制圧力を有したメイリンの声が不意に割り込んだ。

102【機動戦士ΞガンダムSEED Destiny (18.5)】(5/6):2012/11/03(土) 00:44:06 ID:EFU5zq120
 その静かな迫力で、アスランのみならずミーアの視線までも引き寄せるメイリンは、そのミーアをひたと見据えて言った。
「ラクス様。幾らザラ隊長とお二人して、今でも外向けには婚約者同士として振る舞う事にしていらっしゃるとは言っても、〝お芝居でここまでする〟のはちょっとやり過ぎなんじゃありませんか?
それにこんな事、『ラクス様の本当の恋人さん』だって、きっといい気持ちはされないんじゃないかと思います!」

 アスランと同様に、メイリンもまたアルコールの強い影響下ならではの(良くも悪くも)平常ではあり得ないモードに入っていたからだと言えよう。
 完全に目が据わっている。
 静かな、しかしだからこそ、今のメイリンには気圧される様な迫力が満ちていた。

 そして、思いがけない形で暴露されてしまった「真実」に、アスランは無言で額を押さえ、
「えっ!? ええぇっ!! そ、それ、どういう事!? ねえ、どういう事?」
 と言う、(無理からぬ話だろうが)理解力がオーバーフロー気味になってしまったミーアだけが、一人戸惑いの声を上げるのみだった。

 かくして、万事休したアスランは、ミーアにも「真実」を話して聞かせてやらねばならない仕儀にとなったかと、意を決して口を開く。
「いや、どういう事も何も、メイリン〈彼女〉の言うその通りの意味だ、ミーア。本当はラクスと俺の間ではもう、婚約はとっくに解消してるんだ」

 そう言われて、ぽかんとした表情になるミーア。
「あ……そ、そうなんだ……」
 とは言うものの、それは明らかに感情が置き去りにされた脊髄半射的なだけの理解でしかなかった。

「そ、それって……やっぱり、貴方のお父さんとラクス様のお父様が〝ああなっちゃった〟せいで……?」
 衝撃に打ちのめされながらも、必死でそれにと抗おうとする作用にも背を押されて、ミーアは彼女なりに思い浮かんだ婚約解消の「その理由」を問う。

「いや、それは直接には関係無いんだ。今でもラクスとは互いに普通に友人同士なのは変わらないし……」
 ミーアが想像した〝理由〟は確かに心情的には納得出来る落とし所であっただろうし、事実そう見えても自然ではある筈なのだろうが、
そこでその心情に上手く便乗して、そう言う事にしてこの場を済ませてしまおうなどと言う様な、とっさの腹芸が使える人間では無いアスランは、
(例え不本意であったにしても)一度腹を括ってしまったからには、あくまでも真っ正直に「真実」を、話せる範囲内での全てを包み隠さずに話して聞かせていた。

 果たしてそれが正しかったのか? それとも間違いだったのか? については判断が難しい処ではあろうが、
少なくともこの場においての即効性と言う意味合いでは、残念ながらそれは裏目となった様だった。

 アスランが語って聞かせた「表には出てこない真相」の内容の中でミーアが食いついたのは、
メイリンも口にしてしまった今のラクスの「本当の恋人」――流石にその名前までは出さないキラ・ヤマト――の事だったからだ。

「え? じゃ、じゃあ、あの戦争の中、ラクス様と〝その人〟と……それにあなたとで、三角関係だったのぉ?」
 何というか、完全にゴシップニュースをすっぱ抜きで知ったかの様な興奮を見せ、ミーアは明らかに目を輝かせていた。

103【機動戦士ΞガンダムSEED Destiny (18.5)】(6/6):2012/11/03(土) 00:49:04 ID:EFU5zq120
(なんでそうなる!?)
 思わずそう叫びそうになってしまったアスランだったが、もう一つの要素〈ファクター〉たるカガリの事を知らないミーアに向かって、
彼自身の説明もその存在がすっぽり欠けたものになっていたのだから、それもまた然りな帰結である筈だよね? と、客観的にはそう言うより他にあるまいとなる以外無い状況ではあっただろう。

 そして、やはりアルコールの影響下の故にアスラン以上に平常とは異なる諸々の判断力、理解力が低下の状態にあるとは言え、
流石に眼前でここまで〝ちぐはぐなやり取り〟を演じて見せられ続けてしまっては、その事に気付かずにはいられなかった「もう一人」が、そこで再びの介入をする事になる。

「あの、隊長……? それにラクス様も。さっきから、会話がちょっとおかしくありませんか? ラクス様もご自分の事なのに『ラクス様は〜』ってまるで他人事みたいに言われてますし、隊長はずっとラクス様に向かって『ミーア』って……」
(どう言う事ですか?)
 実に自然な帰結でそう聞いて来るメイリンが、そもそもの始まりだとも言えるわけだが、
とは言えミーアを相手にすると素面〈普通〉でもだいたいアスランはペースが狂うのも間違いない事で。
 あまりにもミーアの行動が斜め上過ぎて、そちらへの対応と噛み合わなさ気味も相当のミーアとのやり取りに引きずられまくって、明らかにメイリンも脇で聞いていると言うのをうっかり失念していた。

 今更遅いが、アスランはしまったと言う思いで自らのドツボへのはまり過ぎっぷりにがっくりと肩を落とし、
そんな状況の元凶でもあり、同時にもう一方の当事者でもあるミーアもまた、「ラクスとして」やらかしてしまったと言う事にやっと気付いて、(あちゃー……)と言いたげな表情で口元を押さえた。


 結局、「副官として〜(知っておいて貰うべきだとは思う)」と言う理由を捻り出して
秘密の真実〈ミーアの事〉のあらかたを聞かされたメイリンもそれでようやく納得し、とりあえずの修羅場はひとまず落ち着きはした。

 とは言え、幾ら広くとも同じ一室内に〝合意したわけでも無しに〟男女三人が一緒だと言う、複雑で奇妙な状況である事には何も変わりは無かったわけだが。

 その結果――ミーアとメイリンとが背中合わせに同じベッドでとそのまま眠り、アスランは離れたソファーで横になる事にと落ち着いたのだった。

 メイリンはやはりアルコールの影響もあって再びの〝おねむ〟な状態が揺り戻して来てしまっていたが、
部屋に戻ってからこちらの一連のやり取りで精神的にごっそりとやられた後では、流石にアスランにもミネルバまで戻るとか、ロビーで過ごそうなどと言う気力も枯渇しきっていたし。
 逆説的な話だが、この状況下ではむしろミーアにも一緒にいて貰った方が、むしろ安心〈いい〉と言う事になっていたわけだ。


 全く、散々な夜になってしまったなと、電池切れになりそうな意識の中でひとりごちるアスラン――とんだ女難の散々な〝オチ〟はまだ、この先〈その朝〉にこそ控えているのだったが。
 この時の彼に、そんな事を想像する余地などある筈もなく。

(なにこの状況……?)
 と言う想いだけは三者それぞれに共有はしながらの、〝同床〟と〝異床〟の異夢がそれぞれ同居する「奇妙な一夜」は、かくして過ぎて行くのであった。

104166:2012/11/03(土) 00:55:20 ID:EFU5zq120
お久しぶりでございます。
機動戦士ΞガンダムSEED Destiny筆者の166です。

とうとう1年以上、何にも出来ないままになってしまいまして申しわけないです。

先日の近況報告でもちょっと書かせて頂きましたが、仕事が忙しいのは勿論の事、
その絡みで個人的に厄事も結構いろいろと重なってしまう状況におりまして;
軽く事故ってしまったのは、状況的に色々と目が悪い方にと重なって行っていたら、
危うく冗談抜きで「もう二度と続きが書けなくなる」とか言う事態になる可能性もあったんだよなぁ……(´・ω・`)
と、後で改めて怖くもなりましたが(汗)。


そんなこんなもあって、ついに1年以上も空けてしまったよ……;;
と言う事である上に、余話の位置付けに当たる短い物で心苦しくもありますが、
(18.5)の方をお届けさせて頂きました。


アルコールのせいで〜
と、何というか主要当事者の2/3が〝中途半端に頭が悪い〟状態にあると言う、
特殊な状況をシチュエーションとして設定しているため、
逆に書くのが難しかったのも確かなのですが、いかがなものでしたでしょうか?(苦笑)。

原作にも有りました「アスラン女難編」の基本展開はなぞりつつ、
こんな風に適度に壊れる事でもって、それで漸く進む〜
と言う様なものも有るのではないかと考えての、ディオキア編夜話〈余話〉と言う形になりました。

アスランにと待ち受けているオチついてはまあ、だいたい予想は出来るかと思いますが(笑)、
本当はディオキア編の最終話となります次の(19)と合わせての投下の形が本来であればベストだったのですけれども、
現状から考えるとそれをやるとますます間が空くのが先送りになるのは明白なため、
単独での先行投下させて頂きますと言う形で、今回はお許し頂ければと言う事でひとつ。


そんなディオキア編もいよいよ次の(19)でもって一段落。
その先の章以降にと向けての仕込みの方も、更に進んで行きます。

これから年末、年度末へと突き進んで行きますので
中々時間の捻出も厳しくはなって来るかとは思いますが、
拙作を楽しみにして下さっている皆さんの温かい言葉を励みに頑張って続けて行きたいと思いますので、
よろしければ気長にお待ち頂けましたら幸いです。

それでは、またです。

105名無しさん:2012/11/06(火) 08:26:27 ID:TfPdIHsw0
投下GJでした!

あー、ここでメイリンにミーアの正体バレたか……

106量産型牛:2013/05/02(木) 12:40:18 ID:1aYd7MW60
回線変えたらアクセス規制入って本スレに書き込めない状況が続いてます。
対応策どうしたもんかと考え中です。こちらに書き込むのが良いのかわからないので、
とりあえず、放送コミュニティの所でも告知は出しておりますが……。

107名無しさん:2016/08/25(木) 02:20:12 ID:pMTEt8IoO
Gガンダム世界に幻想郷キャラが現れたようです

とか


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