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もしカミーユ、Zキャラが種・種死世界に来たら(避難所)

1 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/11(土) 00:46:45 ID:5rLNNbJA0
2ch本スレ↓
http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/shar/1219033525/


規制が解けそうにないので使わせていただきます

2 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/11(土) 00:47:36 ID:5rLNNbJA0
  『戦士たち』


 メサイアの観測レーダーが、異常を察知した。それは、ミノフスキー粒子による電波障害。言い方を変え
れば、連合軍の艦隊が迫ってきていることの証明だ。
 既に、ザフトは連合軍の侵攻に対する迎撃準備を済ませた状態で、臨戦態勢が整っている。作戦通り、
メサイアの正面を手薄に配備し、囮とすることでその空白を挟み込むようにして艦隊が布陣されていた。
左右両翼に分け隔てられた艦隊にはそれぞれ、ミネルバとエターナルが配備されている。連合軍に対する
挟撃の準備は万端の状態だ。
 メサイアへの道筋を作るように、デブリが撒き散らされた宙域の中でひっそりと息を潜めて佇む艦隊。
エターナルはその左翼へと配置され、連合軍の動き出しを見極めるかのように静観していた。
 キラの乗るストライク・フリーダムは、エターナルに寄り添う形でミーティアとドッキングし、静かに出撃の
時を待っていた。

 オーブ艦隊は、事前の協議の通りに不審な廃棄コロニーへの調査へと向かっていった。ユウナもそれに
同行する形でトダカの指揮するクサナギに乗り込み、出撃していった。その際に、キラはユウナからある
提案を持ちかけられていた。
 “万が一の事態の時には、アプリリウスに居るカガリを連れ出して、オーブ艦隊に合流して欲しい”――
それは、まるで最初からザフトが敗北する事を見越した上での催促だったように思える。手渡された極秘
のデータ・チップにはランデブー・ポイントが記録されていた。
 デュランダルがオーブの裏切りを防止する為にカガリを人質にとっていると言わんばかりのユウナの言
は、キラには易々と受け入れがたい事だ。キラ自身、ここでザフトが敗北するような事は考えていないし、
オーブ艦隊も無事に戻ってくる事を信じている。しかし、ユウナはデュランダルやザフトの戦力といったもの
を、完全に信用し切れていないようだ。だからこそ、カガリの実弟とされているキラに頼んだのだ。しかも、
その事を内密にするように言い含まれて。

「ユウナさんの心配も分かるけど…でも、やっぱりこんな事――」

 キラは手渡されたデータ・チップを手に見つめながら、1人ごちる。憂いを帯びた瞳は、ユウナから言い渡
された頼み事と自らの感性の狭間で揺れている証拠。何かを犠牲にして何かを得るような気持ちは、キラ
は持てなかった。目的と手段の間に理想を挟みこむ彼だからこそ、悩む。

 プラント防衛に残ったのは、エマ、カツ、レコアを除いたミネルバのクルー、そしてエターナルのキラであ
る。他の所謂“異世界”からの参戦者たちは、アークエンジェルに乗って廃棄コロニーの調査へと向かって
いった。パイロットだけを見れば、ちょうどU.C.世界の住人とC.E.世界の住人が分かれた事になる。
 そして、ミネルバとエターナルにも、ちょっとした人員の配置換えが行われていた。突出した火力を持つ
ミーティア装備のストライク・フリーダムとインフィニット・ジャスティスを両翼にそれぞれ配置することで、そ
のサポートとしてエターナルにはシンのデスティニーが廻されて来たのである。アスランのサポートには、レ
イのレジェンドが付き、それはレイが自ら志願してアスランのサポートに廻ると言ってきたためでもある。
 ストライク・フリーダムの傍には、デスティニーが佇んでいる。デストロイをインパルス単機で撃墜した、心
強いシンである。チラリとその姿を見やると、まるでキラの視線を感じ取ったかのようにデスティニーの双
眸が瞬いた。

3 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/11(土) 00:50:31 ID:5rLNNbJA0
『キラさ――、そのお手並拝見させて――すよ』
「僕の方こそ、頼りにしているよ」

 キラは視線を横に向けながら、片手をヘルメットに添えてスピーカーの声に耳を傾けた。電波状態が著し
く低下している。どうやら、徐々に周辺の宙域がミノフスキー・テリトリーに変質しつつあるようだ。ザフト艦
隊もそれに気付いたらしく、一様に緊迫した空気に包まれていた。
 連合軍の攻撃が、近い。核兵器装備のウインダムが、連合軍の核攻撃部隊である。俗に“ピース・メー
カー隊”と呼ばれる彼等は、地球至上主義者であるブルー・コスモスの構成員であり、コーディネイターに対
して核兵器を使用することに毛ほどの感傷も抱かない。それは、前大戦で核の炎に包まれたボアズで実証
されている。
 デブリの高密集宙域から見つめる先に、メサイアへ迫ろうかというバーニア・スラスターの光の尾びれが
幾つも輝いている。艦隊の光だ。そこから更に細かいバーニア・スラスターの光が飛び立っていくのが見え
た。恐らくはピース・メーカー隊の出撃、そしてその砲身には核弾頭が納められているはずだ。
 キラは事の推移を、固唾を呑んで見守っていた。その途端、激しい稲妻のような閃光が迸り、一瞬にして
核ミサイルが爆発を始め、ピース・メーカー隊をその熱球の中に飲み込んでいった。
 急に明るくなる宇宙、そして鮮やか過ぎる光にキラは一瞬我を忘れそうになり、しかし直ぐに作戦開始の
合図を耳にしてハッとした。ニュートロン・スタン・ピーダーの発射、それがザフトの総攻撃の合図だった。

 一斉にスペース・デブリの中から姿を現すザフト艦隊。核兵器を所持するという自信から、正直に真正面
から挑んできた連合艦隊を一気に包囲し、砲撃を浴びせた。その攻撃は激しい嵐の如く、宇宙に幾筋もの
煌きを放ち、閃光を生み出した。

 ザフト艦隊の中で、突出するのはミーティアを装備したストライク・フリーダム、そしてそれを護衛するデス
ティニー。ミーティアの圧倒的火線が連合軍のMSを次々と焼き、残像を残して舞うデスティニーが或いは
MSを、或いは戦艦を薙ぎ払っていく。
 右翼から攻めるアスランのミーティアも、レジェンドのドラグーンとの共同砲撃であっという間に連合艦隊
の一部を壊滅させていた。
 先制攻撃は、成功。作戦通り、連合軍の出鼻を挫く事には成功した。しかし、連合軍の売りはその圧倒
的な物量にある。ザフトがいくら砲撃を仕掛けたとしても、流石はコーディネイターの本拠を攻略しようという
だけの事はあり、与えた損壊は連合艦隊の10%にも満たなかった。つまりは、これからが本番なのであ
る。連合軍の核兵器が底を尽いたという確証もないし、ザフトとの戦力を拮抗させようにも、もう暫くの辛抱
が必要になる。
 まるで蜂の巣を突付いたような反応に、シンは一つ舌を鳴らした。何処にそんなに潜んでいたのか、次々
と増殖するように姿を表す敵MSの大群に、左背部にマウントされている高エネルギー砲を抱えて薙ぎ払う
ように攻撃を仕掛ける。その一方で、サポート対象であるストライク・フリーダムのミーティアを探した。

「本物は初めて見たけど、凄いんだな、ミーティアって……」

 感嘆の吐息を漏らし、シンはまるで土砂を排除するブルドーザーの如く敵MSを駆逐していくミーティアを
片手間に観察していた。その存在は、アカデミーの教科書の中で知っている。その中では文字でその性能
をつぶさに語っていたが、実物はやはり違うものなのだと、実際に目にしてみて思う。
 機体の性能もさることながら、あれだけのサイズを誇る大型MAを、いとも簡単に操って見せているキラ
のパイロット・センスが凄い。正確にMSを射抜く射撃のテクニックは、アスランですら霞んで見えてしまう程
の圧倒感をシンに与えていた。あれと同じ事やれと言われても、絶対に出来る気がしない。それだけキラ
の敵に攻撃を当てるテクニックというものは卓抜していたし、敵の攻撃を避ける反応の鋭さも凄まじかっ
た。果たして、彼に比肩し得るパイロットが存在するのかを疑問視するほどに。アスランに認められ、キラを
意識し始めたシンであったが、その戦いを初めて生で目の当たりにし、純粋に気圧されていた。
 2年前のオーブ。フリーダムの姿は、その時に初めて見た。それは、同時に家族を失った瞬間の悲しい
思い出でもある。流れ弾による犠牲で運が無かったとしても、最初は諦める事は出来なかった。しかし、そ
れをアスハへの憎しみへと転換することで、何とかシンは心の均衡を保つ事が出来た。

4 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/11(土) 00:51:12 ID:5rLNNbJA0
 本当なら、その場で戦いを繰り広げるフリーダムを恨む事も選択肢の中にはあっただろう。実際に、見上
げた空で最初に目に入ってきたのはフリーダムの姿だった。しかし、シンはその選択を選ばなかった。元
凶を辿れば、本土を戦場にしたアスハが一番悪いのであると解釈したからだ。後に、冷静にそう考えられ
るようになった時、シンはフリーダムの戦いを非難する気にはなれなかった。フリーダムは、ブルー・コスモ
スの攻撃からオーブを守っていただけ。対処法を違えたオーブの対応が、悪かっただけなのだと。
 一歩間違えば、シンはキラの敵になっていたかもしれない。ただ、何処で運命が組み変わったのか、今
は同じ仲間として一緒に戦っている。そして、純粋にMSパイロットとして尊敬する気持ちすら抱けるように
なっていた。
 自分は、いつかキラよりも凄い戦士になってみせる――そのシンの誓いは、近い将来に実現することに
なる。

 シンの決意は彼のモチベーションとなり、MSの動きにも表れる。美しい背部大推力バーニア・スラスター
の光と、ミラージュ・コロイドが生成する残像が織り成す一種のアートとも取れるデスティニーの戦いは、嫌
でもキラの瞳に強烈なインパクトとなって飛び込んでくる。
 とにかく、動きが爽快だった。見るものを全て魅了するような美しさと、何者をも寄せ付けない荒々しさ
が同居する、一見すれば矛盾した光景に見えるのだが、それがまたデスティニーの美しさを際立たせる。
それは、戦いの美しさを表現しているかのようだった。

「デスティニー…イケてるじゃないか――」

 呟いてから、おかしな事を言っている自分に気付く。ハッとして、キラは軽く首を左右に振った。

「イケてるって――かっこいいって言ったのか、僕は? MSが大して好きでもない僕が……?」

 キラは、MSがあまり好きではなかった、というよりも、戦争の道具としてのMSにはどうにも嫌悪感を抱い
てしまう。それは、彼の穏やかな性格から導き出されたMSというものに対する一方的な見方でしかないの
だが。
 キラは所謂平和主義者で、戦いに対しては悲観的な思考を持っている。戦争に参加した動機も、仕方な
かったと言うのが最初で、今でも基本的には戦いは嫌いだ。キラは、必要だと判断したから戦っているに
過ぎなかった。
 しかし、シンのデスティニーはどうだろうか。そんな非戦論者でもあるキラでさえ魅了するシンの戦いぶり
は、キラの戦いに対する哲学をも揺るがしかねない妖しい魔力を秘めていた。そして、その強さも半端では
ないのである。
 効率を重視するキラの戦法は、常に一撃必殺を狙う、極めて単純なものだった。その反面、正確な命中
技能を要求されるが、キラはそれが出来るだけの実力を兼ね備えている。シンプルで地味だが、確実な
戦法だった。
 それに比べデスティニーは、動きこそ荒削りながらも、その機動力を最大限に活かし、神速の如き勢い
で次々とMSを切り刻んでいく。反応も、早い。敵機との距離もお構い無しに突っ込んで強引にねじ伏せて
いく様は、さながらバーサーカーだ。だが、敵はデスティニーに攻撃を当てるどころか接触することすら出来
ていない。接近されたかと思えば、その瞬間には既に斬撃を受けた後なのである。一見、無鉄砲な戦い方
に見えても、シンには確信があってそれをやっているのだ。それを証明するように、遠距離タイプのMSに
対しては、しっかりと射撃で応戦している。
 荒削りなのに、強い。その不安定に見えるのに強力無比なデスティニーとシンには、魅力がある。それ
は、キラが決して持ち得ない燃え滾る情熱の成せる業だろうか。こんなMSも、悪くはない――キラの頭の
中に、ほんの少しだけ戦うMSの良さが芽生えた。
 シンは、いつかきっと自分を越えていく――そのキラの予感は、近い将来に現実のものとなる。

5 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/11(土) 00:51:48 ID:5rLNNbJA0
 最上位機種であるデスティニーに、並みの連合軍MSは敵ではない。ミーティアはその火力を存分に披露
し、敵陣にめり込むようにして進撃を続ける。快進撃はシンの気分を高揚させ、表情にも余裕の色が浮かんでいた。
 しかしその時、後続のMSの1機が、何処からか放たれたビームの直撃を貰って撃墜された。モニターに
警告の文字が浮かび上がり、シンはハッとして後ろを振り返った。

「何だ?」

 デスティニーとミーティアを先頭にして突き進むザフトMS隊の横合いから、更に数発のビーム攻撃が襲い
掛かる。何機かはその攻撃で戦闘不能に陥らされ、途端に黄色の塊のようなものが乱入してきた。それは
全身からスラスターの光を噴出させながら、あっという間に後続のザフトMSを切り刻んでいく。その尖塔の
様な頭部らしきものが回頭し、モノアイが不気味に光り瞬いた。
 その圧倒的な運動性能、シンは思わずデスティニーを振り返らせ、足を止めた――止めざるを得なかっ
た。その様子に気付いてか、ミーティアも制動を掛けて立ち止まってしまった。

『――はジ・O!』
「ジ・O?」

 ノイズで汚れたキラの声を耳にし、シンはMSを見つめながら眉を顰めた。かつて、アークエンジェルがア
ルザッヘル基地に仕掛けた時、キラの乗るフリーダムがまるで赤子の手を捻られる様にして完敗を喫した
という話を聞いた。そのお陰でフリーダムは大改修を行い、現在のストライク・フリーダムへと生まれ変わっ
たのだと言うのだが――確か、そのMSの名前がジ・Oであったとシンは記憶している。
 キラのパイロット・センスを知っているからこそ、ジ・Oの脅威が分かる。シンは一つ喉を鳴らし、ミーティア
に向けて接触回線用のワイヤーを伸ばした。

「ミーティアは先へ。こいつは、俺が食い止めます!」
『でも、それは――』

 煮え切らないキラの返答。戦争をする人間にしては、気が優しすぎる。シンはキラをパイロットとしては認
めていても、その辺りの優柔不断さはあまり好きではなかった。
 迷っている間にも、時間は過ぎていく。敵がこちらが判断を吟味している暇を与えてくれるわけも無く、容
赦なく攻撃を放ってくる。デスティニーが籠手からビームシールドを展開し、敵の攻撃からミーティアを防御
した。そうしてから、決断を鈍るキラを苛立ちをぶつけるように睨み付ける。

「何の為のフリーダムとミーティアなんですか! ここは俺に任せて、早く!」
『――済まない!』

 ようやく理解してくれたのか、キラは一言述べると、ミーティアを敵艦隊の中心に向けて加速させた。
 ミーティアの高出力バーニア・スラスターが火を噴く。ジ・Oのパイロット、ブラン=ブルタークはその姿を追
いかけようとスロットル・レバーを押し込もうとした。その時、それを阻害するようなエネルギーの奔流が彼
を襲い、咄嗟に反応してレバーを後ろに引いた。鼻を鳴らして射線の方向を見れば、大砲を小脇に抱えて
いるガンダム・タイプのMS。

「フリーダムを先に行かせようとするザフトの新型……エースか。しかし――」

 本格的に衝突を始めた両軍。あちこちの宙域で、MS同士が交戦を繰り広げ、ビームの軌跡と爆発の閃
光がひっきりなしに瞬いていた。デスティニーとジ・Oの周辺も例外ではなく、ザクやウインダムが入り乱れ
て混戦の様相を呈している。
 乱戦ともなれば、数に勝る連合軍が圧倒的に優位である。懸念はミーティアのようなMAが自陣中枢に食
い込まれる事だが、連合軍とてそれほど甘くは無い。ブランはデスティニーを睨んで口元に笑みを浮かべた。

「そんな華奢なMSで、ジ・Oを止められるものかよ!」

 ブースト・ペダルを一足飛びに踏み込み、ジ・Oを加速させる。仕掛けてきたザクをビームライフルで一撃
の下に粉砕し、サブ・マニピュレーターを含めた3本のビームサーベルを掲げて、突き破るようにしてゲイツ
Rを撃破した。そして、そのままの勢いでデスティニーに襲い掛かる。
 カタパルトから打ち出されたような急加速に、接近されたシンは何の判断も出来なかった。ただ、それま
で培ってきた戦いの経験が本能に危険を報せ、殆ど無意識にビームシールドで防御した。突風が吹き荒
れたような異様な衝撃と揺れるコックピットに、シンの表情が苦々しげに歪む。只者ではないプレッシャーを
身体全体でひしひしと感じ、デスティニーが力で押されていることに驚愕する。

「――けど、そんなものでッ!」

6 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/11(土) 00:52:28 ID:5rLNNbJA0
 プレッシャーに抗うように気を吐くシン。スライドさせるようにジ・Oのビームサーベルを受け流すと、今度
はデスティニーが腕を伸ばし、ジ・Oに襲い掛かった。デスティニーの掌に内蔵された、ゼロ距離武装パル
マ・フィオキーナで、ジ・Oの脇腹を突き刺そうと試みる。
 しかし、直前でジ・Oが前蹴りを突き出し、デスティニーを引き剥がす。重い一撃をコックピット付近に受
け、シンは低く呻いて堪えた。

「まだまだぁッ!」

 気合を入れるように叫び、固く操縦桿を握りなおす。キッとジ・Oを睨みつけ、バランスを崩しながらも高エ
ネルギー砲を小脇に抱え、撃ち放った。太いエネルギーの奔流がジ・Oに襲い掛かる。
 距離は離れていない。もし、シンが堅実に照準を合わせ、ジ・Oを狙っていたならば、或いは致命傷を与
えていたかもしれない。しかし、カウンター気味に放たれた高エネルギー砲の照準は殆ど勘であり、ジ・Oの
コックピットの中でせせら笑うブランには、そのいい加減さは分かっていた。

「ハッ! そんな曖昧な照準で、当たるかものよ!」

 笑うブラン。AMBAC制御も使わず、単純なスラスターによる体重移動だけであっさりとデスティニーの高
エネルギー砲を避ける。ブランにとっては、あくびが出るほどイージーな攻撃だった。
 ブランには、デスティニーに乗っているシンの若さというものが分かっていた。新鋭のエース機を任される
辺り、確かに強い事には強いのだ。しかし、その感情が先行するような青い動きは、ブランにとっては非常
に読みやすい。突っかかれば反発するような分かりやすい攻撃は、対処しやすいのである。何をすればど
ういう行動に出るかが、パターンとしてありがちなのである。
 シンはセンスで戦うパイロット。いわゆる天才と呼ばれるカテゴリーに属している。対し、ブランは経験で
戦うパイロットである。だからこそ、パターンに陥っている今のシンにとって、ブランは天敵であった。

「いくら装備が多かろうと、使いこなせなければ宝の持ち腐れってもんよ」

 ビームライフルでデスティニーを追い捲るブラン。反撃でデスティニーが高エネルギー砲を返してくるが、
それも嘲笑うように岩陰に隠れてやり過ごす。そうして再び姿を表し、小突くようにビームライフルを撃つ。
デスティニーは手にビームライフルを持たせ、遮二無二に接近戦を仕掛けようと躍起になっているように見
えた。明らかにパイロットが苛立っている事が分かる。ブランはにやりと口の端を吊り上げた。
 インパルスの3つのシルエットを、単機で表現するというコンセプトで設計されたデスティニー。ブランの目
に、デスティニーの装飾のような武器の数々は、装備量過多に見えていた。
 武器のバリエーションを多くするという発想自体は、悪くない発想だ。それがパワー・バランスに見合うだ
けのものであったならばの話だが。しかし、もしMSの機体バランスを崩しかねないようなありったけの装備
を積んでいるのだとすれば、それは単なるデッド・ウェイトに過ぎない。少なくとも、ブランにはそういう見識
だった。
 見れば、デスティニーは単機で遠・中・近距離の全てに対応させているような、一見無茶のある武装配
置。そういうMSは、得てして中途半端に扱い辛い、欠陥品として成り立っている可能性が高い。だからこ
そ、ブランにはデスティニーが欠陥品に見えたのかもしれない。
 しかし、そのブランの目測はあっさりと裏切られる事となる。デスティニーが左マウント・ラックに装備されている高エネルギー砲をパージしたかと思うと、徐に右マウント・ラックに装備されている大剣を引き抜き、
背中の高推力スラスターから大きな光の翼を広げたのである。そして、一瞬加速したかと思うと、その姿に
残像を残して一気に詰め寄られてしまった。そしてベース・ボールのバッターのように大きく横に振りかぶっ
て薙ぎ払ってくる攻撃を、すれすれで避けるジ・O。内心、ブランは肝を冷やした。
 尚も距離を詰め、アロンダイトを振り回してくるデスティニー。大振りな分だけ、慣性モーメントによって斬
撃が鈍ってブランは回避できているが、これがもし小振りのビームサーベルだったとしたら、非常に恐ろし
い事である。並みのMSであったならば、あっという間に切り刻まれていた事であろう。ブランは背筋に冷た
いものを感じながらも、デスティニーのパイロットの青臭さを笑った。

7 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/11(土) 00:53:01 ID:5rLNNbJA0
「派手な形(なり)をして、よくもピンシャカ動く」

 アロンダイトであれば、攻撃の筋を読みやすい。デスティニーの高速機動に一瞬だけ虚を突かれたブラン
であったが、ジ・Oは3本のビームサーベルを同時に操る事が出来る、どちらかといえば格闘戦に主眼が置
かれたMSである。攻撃の瞬間さえ見切ってしまえば、そこから煮るも焼くもブラン次第。
 果たして、アロンダイトの一撃をかわし、ジ・Oの3本のビームサーベルがその刀身を切り刻んだ。シンは
細切れになったアロンダイトの残骸を目にして、歯を食いしばる。シールドを構え、アロンダイトの爆発から
身を守って即座に後退するデスティニー。追撃を逃れるようにフラッシュ・エッジを投擲し、ジ・Oの動きを警
戒する。しかし、そのフラッシュ・エッジもジ・Oはビームソードで弾き飛ばし、間合いを詰めてきた。
 シンはもう一本のフラッシュ・エッジを取り出し、ビームサーベルにしてジ・Oの攻撃を防ぐ。輝度を増す2
振りのビーム刃の眩しさからか、シンは目を細めて眉間に皺を寄せた。

「凄い、コイツ……! 特別な装備は何にも無いのに、基本性能の高さだけでデスティニーと渡り合っている!」

 隠し腕こそあるが、デスティニーのように豊富な武装を持っているわけでもないし、幻惑するような残像を
発するわけでもない。ストライク・フリーダムのような無線誘導兵器を持つわけでもなく、インフィニット・ジャ
スティスのように全身に凶器が内蔵されているわけでもない。更にΖガンダムのように変形機構を備えてる
でもなく、非常にシンプルに纏められたMSであった。
 それでも、ジ・Oは高次元でバランスの取れた機体であり、それにブランの技量が合わさってシンとデスティニーのコンビを圧倒するような相乗効果を生み出していた。シンはそこに感心するよりも、果たして今
の自分に抗うだけの力量が備わっているかどうかを不安に思ってしまった。
 しかし、直ぐに首を横に振り、弱気になりかけた自分の気持ちを発奮させる。

「い…いや、弱気になっている場合か、俺! コイツを勝手にさせる訳にはいかないんだろうが!」

 フロント・スカート・アーマーから、ビームサーベルを持つサブ・マニピュレーターが飛び出してくる。シンの
目がクワッと見開き、デスティニーが左腕を伸ばした。そのマニピュレーターが隠し腕に添えられ、掌に内
蔵されているパルマ・フィオキーナが火を噴いて爆砕する。

『そんな事で!』

 スピーカーからブランの声。忌々しげに発する声に手応えを感じたが、しかし、サブ・マニピュレーターは
もう一本ある。即座に間合いを取ろうと後退するものの、左半身を舐める様に下から切り付けられた。
 装甲は間違いなく斬られた。その程度であれば、人間に例えれば皮を切られたようなものである。しか
も、MSであれば修理ですぐに直す事が出来る。問題は、どの程度の損傷の深さか。シンが神業のようなパ
ネル・タッチでダメージ・レベルを確認する。多少、内部にもダメージは入っているようだが、戦闘に支障を
来すような深刻なものでは無い。

「こんなもの! かすり傷だ!」

 ショートによる僅かな放電を残し、鳥が羽ばたくかのごとく光の翼を広げ、デスティニーは高速で後退す
る。そして、二本目のフラッシュ・エッジも投擲し、時間を稼いで間合いを拡げた。
 デスティニーはビームライフルを取り回し、ジ・Oの接近を避けるように牽制を放つ。見方によっては、弱
腰に見えるだろう。しかし、デスティニーの武器は既にこのビームライフル一丁と両掌に内蔵されているパ
ルマ・フィオキーナのみ。対するジ・Oが接近戦に強さを見せるならば、近付くのは自殺行為にしかならない。
 ブランがデスティニーの動きの変化に気付いたのは、瞬きをするよりも早かった。シンのような青二才の
力量を推し量る事など、ブランには造作も無い事なのかもしれない。だからこそ、シンの焦りが透けて見え
たような気がした。
 高機動力に伴う残像で幻惑するように舞い、間合いを詰めさせようとしない。その動きが、あたかも蝶が
リンプンを撒いてこちらを誘惑しているかのように見える。それは、デスティニーがジ・Oとの戦い方を意識
的に変えたという事。ブランがシンのつたない誘いの意図を見抜けないわけが無かった。

8 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/11(土) 00:53:49 ID:5rLNNbJA0
「あの動きは、奴が本命では無いという証明になっている。だが、敢えてコイツの作戦に乗る事で、フリーダ
ムに対するジェリド達の動きを隠せると考える事も出来るか――ならば!」

 シンの目論みを分かっていても、敢えてその誘いに乗るブランには余裕がある。ニュートロン・スタン・
ピーダーや挟撃による急襲を受けても、連合軍の戦力はまだ十分であるからだ。ジ・Oを機動させ、逃げる
デスティニーに対して追撃を掛けた。


 シンやキラが戦っている左翼とは対極の右翼戦線でも、同様に混戦が展開されていた。後方に位置取る
艦隊の援護射撃を潜り抜け、突破してくる連合軍のMSの数はそれ程多くは無い。右翼の最前線では、ま
るで双頭の番犬のようにミーティア装備のインフィニット・ジャスティスとレジェンドが立ち塞がっているからだ。

「全軍、このまま押し込めるぞ! ラインを押し上げて、左翼の艦隊と一緒に連合艦隊を囲い込むんだ!」

 ミーティアを装備したインフィニット・ジャスティスは、正に鬼人の如き活躍を見せていた。通常の状態で
あれば格闘戦に特化した殲滅戦に向かないMSでも、まるで巨大な兵器コンテナのようなミーティアとドッキ
ングする事で、無類の砲撃戦能力を得る。そして、アスランもキラほどではないが、その正確な射撃能力に
は誰もが認めるセンスを持っていた。ミーティアから放たれるビームとミサイルのオンパレードは、次々と連
合軍のMSを葬っていった。
 そのインフィニット・ジャスティスに随行するレジェンドは、宇宙に出た事でその性能の全てを解放する。
戦場が無重力帯に移ったことで、遂にその最大の特徴であるドラグーン・システムを使用可能になったの
である。
 バック・パックに装備された、やや大きめのドラグーンのマウント・ラックから、一斉に解き放たれる8基の
ドラグーンたち。火線の多さは、まるでビームが拡散をしているかのようにシャワーを浴びせ、インフィニッ
ト・ジャスティスに勝るとも劣らない戦果を挙げていた。

 そんな彼等に最前線を任せ、ルナマリアはミネルバの傍で敵を叩いていた。ブラスト・シルエットで武装
し、両肩部に乗せた砲身からミサイルを吐き出すと、そのまま即座に弧を描いて反転させ、小脇に抱えて
今度はケルベロスを発射する。ミサイルの炸裂で散り散りになった敵MSを撃ち漏らすことなく撃墜する彼
女は、もはや射撃が苦手であった頃の面影は無い。冷静に戦場を見つめ、絶えず瞳を動かすその目は精
悍に表情を引き締めていた。

「当てられちゃいる、けど――」

 誰に話しかけるでもなく呟く。唯一の懸念が、消費の激しいブラスト装備の消費電力。勿論、インパルス
のバッテリー容量は並みのMSに比べれば格段に大きいが、ケルベロスは多大なるエネルギーを消耗す
る。近くにミネルバを置いているとはいえ、エネルギー残量を気にしながら戦わなければならないのはスト
レスになる。ルナマリアは戦闘に意識を集中させながらも、インパルスの残エネルギー量は常に気に掛け
ていた。
 チラリとコンソール・モニターに視線を落とす。エネルギー・ゲージは十分、ルナマリアはグッと操縦桿を握
る手に力を込めると、インパルスをミネルバの靴底のような先端の下に潜り込ませた。敵はミネルバの上
方から仕掛けてきている。MS群をキャッチしたミネルバからはビームやミサイルが飛び交い、弾幕を形成
する。ルナマリアの目は、それを抜けてくる敵の存在を掴む事に集中していた。
 果たして、ミネルバの弾幕を運良く突破できたウインダムが現れた。ミネルバの影で、戦闘ブリッジから
送られてきたカメラの映像を受信すると、ミネルバに繋いでいたワイヤーを収納してそこから躍り出る。

9 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/11(土) 00:54:28 ID:5rLNNbJA0
「そこまでよ!」

 弾幕の薄いミネルバの底を潜り抜けて攻撃を加えようかというウインダム。しかし、インパルスがそうはさ
せじと立ち塞がる。両小脇に抱えたケルベロスとレール・ガンを一斉射すると、ビームジャベリンを取り出し
てウインダムに躍り掛かった。
 ウインダムはインパルスの一斉射で右肩を抉られる様にして被弾し、面食らっている。インパルスはビー
ムジャベリンを両の腕で保持し、突き上げるようにしてウインダムの胴を突き破った。
 そしてビームジャベリンを引き抜いて爆発から避難する。その時、ルナマリアの視界の端に、激しくなる光
の明滅が微かに見えた。

「何?」

 首を振り向けるルナマリア。俄かにアスランたちの向かった前線の方の戦火が激しくなった。それも、どう
やらアスランやレイの快進撃による光では無さそうである。あまり良い予感はしない。
 ルナマリアは再びワイヤーを飛ばして、確認の為にミネルバと通信回線を開いた。小型のモニターに妹
のメイリンの顔が映ると、タリアに取り次いでもらうように告げる。すると、殆ど間を置かずにタリアが顔を覗
かせた。ルナマリアはヘルメットのバイザーを上げ、呼びかける。

「艦長、前線の方で動きがあったようです。ザラ隊長の攻撃ではない様なんですけど――」
『見えたの?』
「確認をお願いしたいんです」
『分かりました。なら、その間あなたは甲板で待機。状況が判明したら、あなたにも援護に向かってもらうか
もしれないから』
「了解です」

 くいっとワイヤーを手繰り寄せ、収納するとルナマリアはインパルスをミネルバの甲板の上に着艦させた。
 多分ファントム・ペインだろうと直感した。その理由は、いつも因縁を吹っ掛けてきた相手が、ベルリンを
最後に遭遇する事が無くなったからだ。ヘブンズ・ベースにも、ジブラルタル基地の時にも姿を見せなかっ
たのである。これだけ長いスパンを経ているのだから、そろそろ遭遇したとしてもおかしくは無い。しかも、
確認した前線での光の増大が連合軍によるものだとすれば、それをやってのけているのは精鋭揃いのファ
ントム・ペインしかありえない。
 正直、ルナマリアはファントム・ペインが苦手だ。どのパイロットも一線級の腕前を持ち、あの英雄アスラ
ン=ザラですら手を焼くほどの相手。ただ、その敵の実力に畏怖を抱けるようになっただけの、ルナマリア
の成長もあった。以前までの彼女ならば、必死に戦う事だけで頭の中は一杯になっていただろう。しかし、
今ならば冷静に相手の実力を分析する事が出来る。それは、MSパイロットとしての確かな成長の証とし
て、ルナマリアに刻まれているものだった。

 アスランが異常に気付いたのは、ルナマリアが異変に気付く少し前だった。突き進むインフィニット・ジャ
スティスの後方で、後に続いて来ているはずの味方MSが続々と閃光の中に消えていく現象が起こり、アス
ランはサブ・モニターで後方を確認した。それは、連鎖的に爆発の光を瞬かせ、次第にこちらへと迫ってくる。

「何だと――」

 砲撃の光がアスランを襲った。ミノフスキー粒子の干渉のせいで、相手の位置を特定するには至らない。
それを証明する様に、砲撃の光は曖昧にインフィニット・ジャスティスをすり抜けていった。アスランにとっ
て、その程度の脅しは脅威にならない。
 しかし、面倒な敵が現れたという認識はあった。そこで今度はアスランが向きを変え、襲ってきた射線元
へ向けて一斉にミーティアの火力を発散させた。それは敵を誘い込む為の呼び水になる。アスランは自ら
を囮とすることで、総合的な損害を抑えようと考えていた。敵が上手く誘いに乗ってくれれば、作戦に大きな
支障は来さないはずだ。
 敵が誘いに乗ってくるかどうかは未知数。しかし、ヤキモキする必要は無かったようで、睨んだとおりに姿
を現してくれた事には感謝するべきだろうか。おびき寄せられた事と、嫌な敵が現れた事がアスランの表情
を複雑なものにさせていた。

「やはり、ファントム・ペイン!」

 予想通りといえば予想通り。この戦場にファントム・ペインが存在している事は余りにも当然であり、こうし
て戦っていればいずれ遭遇するであろう事は必然であった。ただ、彼らと相見えるのは久しぶりで、アスラ
ンは挨拶代わりとばかりにミーティアの前回射撃を見舞った。
 しかし、ファントム・ペインのMS達は一斉に散開してアスランの攻撃を回避した。その軽やかさに、忘れも
しない彼等の脅威を感じ、自然とスイッチを押し込む指に力が入った。

10 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/11(土) 00:56:05 ID:5rLNNbJA0
「上か!」

 浴びせられるのは、シャワーのような拡散メガ粒子砲。ミーティアの大きな形では、加速してかわすしかな
い。アスランの指が高速でミーティアの簡易セッティングを行い、加速重視に変更する。スロットル・レバー
とブースト・ペダルを同時に押し込み、急加速を始めるとシートにめり込むような重圧を受け、全身に力を
込めた。

「今度は左!」

 続けざまに多数の砲撃が襲い掛かってくる。それは、フリーダムのフル・バースト・アタックと比べても遜色
が無い。再びアスランはスラスターのバランスを変更し、今度は旋回能力に重点を置くセッティングに変更
させる。そうして、数多降り注ぐ砲撃の嵐の中を、大きく旋回してやり過ごした。

「――正面!」

 息つく暇も与えない連携攻撃は、ファントム・ペインならば当然だろう。ギリギリの勝負のところでアスランは更にミーティアのバランスを変更し、今度は運動性能重視に。腕を掲げ、掌の砲口からメガ粒子砲を見
舞ってくるMSに対し、突撃を敢行した。そしてミーティアをロール回転させて砲撃をかわすと、大型ビーム
ソードで威嚇して進路上から強制的に退去させる。それを切り抜けて、ようやくアスランは敵の数と機種を
確認させてもらえた。
 ファントム・ペインのMS隊は、パラス・アテネとアビス、バイアラン――ライラとアウル、カクリコンだ。疾風
の如きスピードで過ぎ去っていったミーティアを追いかけて合流を果たし、接触回線を開いていた。
 ライラが先程のミーティアの映像を静止画像で確認し、不敵に笑みを浮かべる。

「2人とも、見えていたな?」
『あぁ、ありゃ大物だぜ!』
『MAだな。コア部分に、赤いガンダムのようなシルエットが見えた』

 ミーティアの出現にやや興奮気味のアウルと、現実的に見つめるカクリコン。子供のように喜々とするア
ウルを鼻で笑い、カクリコンの指摘にライラは一つ頷いた。

「反対側のエリアでもそれらしきMAがもう1機確認されている。ブラン少佐やジェリドも、星を挙げたがって
いるだろうな」
『あれだけのMAだ。落とせりゃ、昇進出来るかも知れんな?』
「だったら、あたしらだけ遅れを取るわけには行かない、掛かるよ!」
『了解だ!』

 ライラが号令を掛けると、3機は3方向から攻め立てるように散開し、旋回して接触を図ろうかというミー
ティアへと襲い掛かった。
 それを受けて立つアスランとしては、出来ればミーティアは捨てたい。確かに加速力や火力といったもの
は圧倒的を誇るが、3機のエースを相手にこんなコンテナを背負ったままでは戦い辛い。何とかして身軽に
なりたいのはやまやまだが、貴重なミーティアは既にキラが1基潰してしまっていて、易々と放棄するわけに
は行かないのが現状だった。
 ミーティアをパージできない状況と襲ってくるライラ達。両方に対して苛立ちをぶつけるように、アスランは
一つ舌打をした。
 ライラ達のMSが、螺旋を描くように絡み合って突出し、ミーティアを護衛するザフトのMSを次々と撃破して
いく。息の合ったコンビネーションで踊るように繰り出される攻撃に、ザフトの兵士達は浮き足立っているよ
うに見える。
 相手は百戦錬磨のファントム・ペイン。ザフトのエース部隊として活躍し、その名を轟かせているミネルバ
隊や同じく無敵を誇っていたアークエンジェルとも幾度と無く刃を交え、時には圧倒する事もあった彼等で
ある。MSの性能さもさることながら、並みのパイロットではその快進撃を止める事が出来ない。

「戦場で足を止めるな! 的になりたいのか!」

 アスランの檄が、果たして味方のMS隊に届いているかどうかは分からない。電波の波長を整えようと先
程から何度も調整を加えてはいるが、ミノフスキー粒子はアスランの努力を嘲笑うかのごとく電波障害を起
こし続けている。
 これ以上の損害は、面白くない。アスランはコンテナからミサイルを放ち、ライラ達の注意を引き付けるよ
うに機動した。
 ミーティアの砲撃は、戦艦よりも激しく虚空を彩る。それは、ライラ達にしてみれば実に不愉快な現実だ。
アスランはライラ達の出現に苛立っているが、それは彼女達も同じ事だった。
 ミーティアには、既に一つの艦隊を壊滅寸前にまで追い込まれている。そこで導き出したライラの判断
は、先に仕留めるべきはインフィニット・ジャスティスであるという事だった。先ずは、あの膨大な火力を誇っ
ているコンテナを何とかするべきだと決断するのに、ライラは躊躇いが無い。アウルとカクリコンにもカメラ・
アイでの光コードで示し合わせて、目標をミーティアへと絞った。

11 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/11(土) 00:56:56 ID:5rLNNbJA0
「カクリコンは後続の部隊に、MAを孤立させるようにザフトを分断しろと伝えろ」
『了解だ』
「アウルは、あたしとあのコンテナ付きを追撃だ。付いて来い」
『りょ〜かいっ!』

 パラス・アテネが腕で合図を出すと、バイアランがモノアイを一つ瞬かせて離脱する。それを見送ると、ラ
イラはアウルと共にミーティアを追った。

「――ん?」

 ミーティアに追撃を掛けると、思いの外、容易く接近できた事にライラは眉を顰めた。しかし、少し考えて
すぐにその意図を理解する。

「フッ、なるほど。奴も、同じ事を考えても不思議ではないということか」

 ミーティアの機動力はパラス・アテネやアビスの比ではないのに、ワザと追い付かせたのには理由があ
る。相手もこちらを待ってくれていたという事で、どうやら、互いに潰すべき相手は一致しているようだ。その
アスランの態度は余裕と受け取ったが、ライラは望むところとばかりに、ミーティアへと一気呵成に攻め込
んだ。
 ミーティアを反転させながら、アスランは襲い来るパラス・アテネとアビスの姿を捉えていた。その2機を相
手に何とかできるという確たる理由があるわけではない。ただ、客観的に考えて彼等に対抗しうるのは、自
惚れでも何でもなく、自分だけだろうと思ったからに過ぎなかった。
 だからこそ、重火力MSである2機を相手にした時、自分の考えが甘かったという不覚を意識せずには居
られない。ミーティアの性能だけで何とか出来ていたそれまでの敵とはまるで違い、アスランは無理矢理な
加速と制動の繰り返しと、岩を利用しながら機動する事で辛うじて攻撃から逃れられているだけである。そ
んな綱渡りがいつまでも続けられない事はアスラン本人にしても百も承知のことで、何とかして突破口を切
り開けないものかと思案を重ねるものの、内臓をシェイクされている様な加速と制動の肉体的に掛かるスト
レスのお陰で、考えは中々纏まらない。苦しくなる一方の展開に、食いしばる歯だけがギリギリと音を立て
ていた。
 そんな時、紛れ込んできた数基の小型端末が、追い縋るパラス・アテネとアビスをビームで襲った。すうっ
と編隊を整えるように並んだ小型端末から、規則正しく格子状のビーム攻撃が注がれる。

「え、あっ! ドラグーン!」

 決して突飛な出来事ではなかったが、アスランは目を丸くして間抜けに叫んだ。ミーティアの護衛にレジェ
ンドが存在しているという事は、作戦前の編成の時点で分かりきっていた事。レイはアスランに他の部隊の
フォローを命令されていたが、彼がピンチに陥ると独自の判断で援護に入ってきた。
 そのレジェンドの存在を何故か忘れてしまっていたのは、ミーアに自慢できるような良い報告を持ち帰り
たいアスランの浮かれた気分のせいかも知れないが――
 6基のドラグーンに弾幕を張らせ、一回りほど大きい残りの2基はビームスパイクとなってそれぞれにパラ
ス・アテネとアビスを追い捲る。レイの卓抜した空間認識能力が成せる業だ。空間を立体的に把握してドラ
グーンを操作する。まるで、一つ一つのドラグーンの全てにレイの意識が宿っているかのように、それは有
機的に敵に襲い掛かった。
 レジェンドはバック・ステップしてミーティアにマニピュレーターを接触させた。

『ザラ隊長は進撃ラインの確保を。ファントム・ペインの足止めは、俺がやります』
「だが、敵は――」

 レイに声を掛けられて、ようやく集中力を取り戻すアスラン。それまで弛緩していた気を引き締めるよう
に、或いはレイにだらしない自分を悟られないようにと、周囲を見回した。
 そして、頭を冷やして判断する。周囲の味方の数の少なさを確認すると、とてもレイの言うとおりに先行し
ようとは思えなかった。最悪、自分が単独で本隊と分断されかねないし、敵陣に食い込んだならば、いくら
ミーティアであろうともそれは不味い。アスランはライラ達を警戒しながら続ける。

「駄目だ。逆にファントム・ペインに攻め込まれると、ザフトの防御が薄くなる。こいつらはここで叩いておく
必要がある」
『しかし、ミーティアとドッキングしたままでは――』

 そこまで言葉を交わして、彼等を砲撃が襲った。ライラ達は流石で、ドラグーンの砲撃の中を潜り抜けて
こちらに攻撃を仕掛けてきたのである。強制的に接触回線を打ち切られ、アスランは苦渋に表情を歪めた。

12 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/11(土) 00:57:36 ID:5rLNNbJA0
 後ろから突っつかれるようにパラス・アテネのビーム攻撃、正面からは横合いから合流するようにバイア
ランが手にしたビームサーベルで切り掛かってくる。アスランはミーティアの姿勢制御用バーニアを噴か
せ、機体を傾けさせて斬撃を回避した。しかし、その際にビームサーベルの切っ先がミーティアの装甲を掠
り、僅かであるが損傷を受けた。問題ない損傷ではあるが当てられた事が問題である。

「くそッ!」

 後方から迫るパラス・アテネにドラグーンの横槍が入る。レイの援護でパラス・アテネは離脱して行った
が、バイアランはミーティアの下に潜り込んでいた。バイアランのモノアイが笑うように瞬くと、差し向けられ
たメガ粒子砲の光が、ミーティアの大型ビームソードの発生器を片方、貫いた。慌ててそれをパージし、爆
発から逃れる。

『火力と機動力がいくら凄かろうと、取り付いてしまえばただのデカブツだろうが!』

 乾いた男の声。接近した事で電波が繋がり、アスランの耳にカクリコンの言葉が届けられた。その言葉に
反論できないからこそ、苛立ちが募る。苦し紛れに気を吐いたところで、それは負け犬の遠吠えに過ぎな
いのだから。
 一見、無敵のMAに見えるミーティアも、こと白兵戦に限って言えば欠点が顔を覗かせる。小回りが重視
されるMS同士の白兵戦に於いては、その大きな機体サイズが邪魔をして一転して不利に陥ってしまう。一
応、格闘能力として大型のビームソードが装備されてはいるが、それも対艦装備としての側面が強い。対
MSに使うには取り回しが難しく、カクリコンのような手練には当たる気がしなかった。
 アスランの不快指数が高まってくるのを分かっているように、バイアランは追撃を掛けてくる。しかし、そん
な時またしてもアスランを援護するビームの軌跡が割り込んできた。レイか――そう思ったが、彼はパラ
ス・アテネとアビスとの交戦でこちらに構っている余裕は無いはず。ならば誰が、とアスランは射線元に視
線を向ける。

「インパルス!?」

 そこに姿を現したのは、フォース・シルエットに換装して急行してきたインパルスだった。ミーティアにしつ
こく絡み付こうかというバイアランに向かって、何発もビームライフルを撃ち、引き剥がそうとする。
 そこへ、更に彼女が引き連れてきた小隊規模の増援部隊が、集中砲撃浴びせてバイアランを追い払っ
た。ルナマリアはその間にミーティアに接近し、ワイヤーを飛ばして接触回線を開く。

「隊長、バイアランはあたしに――」
『ミーティアを頼む』
「へ?」

 目を丸くして驚いているルナマリアを尻目に、インフィニット・ジャスティスはミーティアから離脱して後続の
部隊がバイアランを追い捲って行った彼方に加速していった。まるで反論を許す間も与えられず、放置され
たルナマリアは唖然とするしかない。ほんの数瞬考えて、これがどういう事なのかを理解じたら、急に腹が
立ってきた。

「――た、隊長がやる事!? 戦場ではしゃごうとするなんて!」

 アスランを援護する為に駆けつけたのに、ルナマリアの気合は空回り。バイアランを相手にしても、今なら
そこそこ良い戦いが出来るだろうという確信を抱いていただけに、アスランの勝手な命令に不満と残念な
気持ちがない交ぜになって行き場の無い怒りを露にしていた。
 しかし、そんな軽い気持ちも直ぐに冷めた。連合軍も、ミーティアの危険性は十分に理解しているところ。
コア・ユニットのインフィニット・ジャスティスが離脱したのを見ると、ここぞとばかりにミーティアへと集まって
きた。

「甲斐性無しのアスラン=ザラは、女の子を囮にするような人なのね!」

 勿論、アスランはそこまで考えてなど居ない。逆に考えればアスランの行為はルナマリアに対する信頼の
証左なのだが、彼女自身はそうは思わなかった。
 まるで、花の蜜に群がってくる蜜蜂のように一斉に襲ってくる連合軍のMS群を目の当たりにし、目を白黒
させる。今自分が居る宙域が、一番危険な場所ではないだろうか。そう思いたくなるほど、ルナマリアは
焦った。直ぐにマニピュレーターの指関節から信号弾を上げ、付近の味方部隊に対して援護の要請を出す。
 程なくして、直ぐにザクやゲイツRの援護部隊がやってきてくれた。

「各隊、防衛目標はミーティアでお願いします。――ったく、フェイスの称号は伊達なのかしら? 英雄と呼
ばれるような人なら、ミーティア付きのままでもやって見せなさいよ」

 援護に駆けつけたMS隊に指示を出すと、ルナマリアは一言アスランに対して愚痴って溜息をついた。

13 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/11(土) 00:58:06 ID:5rLNNbJA0

 豪雨のようなビームの光が、ひっきりなしにヘルメットのバイザーに反射する。キラはその輝きに目を細
めながら、ミーティアで突き進んでいた。キラが通ったルートを後続が拡幅しながら続く。少しずつである
が、前線は押し上がっていた。
 流石に敵の陣営の奥深くまで突っ込んでくると、抵抗が激しい。特に相手になるような敵も見当たらない
が、如何せん数が多くて隙間が見つけられないといった状況なのだ。その表現は決して大袈裟ではなく、
ミーティアの機体サイズの大きさもあって、数箇所に被弾の痕が残されていた。

「敵は、流石にミノフスキー粒子下での戦い方を心得ているみたいだ。一掃出来ないのが――」

 そう呟きながらも、キラの表情にはまだ余裕があった。電波障害によるレーダーの無能力化で、2年前ま
でのような正確な一斉射撃は不可能になった。しかし、ミーティアの火力は未だ当代随一であり、乱暴に一
斉射させるだけでも抜群の効果を発揮する。常に最前線で戦っていたキラにとって、常識的に危機とされ
る状況は最早危機ではなくなってしまっているのかもしれない。
 戦争を知らなかった頃に比べ、自分はまったく以って戦闘マシーンのようになってしまった。そんな自分を
悲しく思える感性が、彼を最後の一歩のところで踏み止まらせているのかも知れない。ただ生き残る、そこ
から始まったキラの戦いは、彼の防衛本能を肥大化させ、今、正に襲いかかろうとする敵の動きをキャッチ
した。
 ジェリドの目が、脅威を振り撒くMAを察知した。ミーティアの姿は、初めて見る。まるで、巨大なコンテナ
に大推力のブースターを装備して無理矢理機動させているかのようだ。試しにフェダーイン・ライフルで小
突いてみるものの、ネズミのようにはしっこく逃げる。

『先の方に、フリーダムがくっついているぜ』
「見えるか、スティング?」

 いつの間にやらカオスからの接触回線が開かれ、全天モニターのワイプ画面にスティングの顔が表示さ
れている。その言葉に感心したように頷いて見せ、続いてそのワイプ画面の上に新たにワイプ画面が表示
された。今度はマウアーだ。

『どうやら、正体がハッキリしたようね。フリーダムの火力を、あのコンテナで強化しています』
「そう考えれば、ここまで食い込まれたことの説明も付くか」

 目線をワイプ画面から正面に戻し、嘆息気味に吐き捨てる。ストライク・フリーダムの能力はオーブで確
認済みであり、感情を抜きにすれば納得する事は出来た。ただ、それを許したままで居たのでは特殊部隊
の名折れ。ジェリドはカメラの拡大映像を消すと、操縦桿を握りなおした。

「これ以上はやらせられん。2人とも、掛かるぞ!」
『了解!』

 ジェリドのガブスレイから2本のワイヤーが離れると、3機はMA形態に変形し、散開して取り囲むように
ミーティアへと襲い掛かった。
 乱れるレーダーに接近する光点が3つ。レーダーが一瞬消えるうちに、驚くほどのスピードで距離を詰め
てくる。キラがその3機の接近に気付いた時、既に目視でその姿を確認できるところにまで詰め寄られていた。

「さっきの攻撃はガブスレイだったのか!」

 U.C.MSには重力下で自由飛行できる機体が少ない。だからこそ、空間戦でのガブスレイの動きを見るの
は初めてであり、その初動の鋭さにキラは我が目を疑った。明らかに先鋭化されたガブスレイの機動力
に、オーブでの交戦の経験は意味を成さないと思い知る。キラはオーブでの戦いを忘れるように頭の中を
切り替えた。

14 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/11(土) 00:58:55 ID:5rLNNbJA0
 カオスの一斉射を軽くかわすと、正面上からガブスレイが左右から挟みこんでくる。甲殻類のようなMAス
タイルが機敏に振り向き、フェダーイン・ライフルからビームをクロスさせるように放ってきた。キラはミー
ティアに急制動を掛け、細かく姿勢制御を行うも装甲を被弾する損傷を負う。そのダメージにチッと舌打ち
をすると、2丁のビームライフルでそれぞれを牽制し、急加速をかけて駆け抜けていった。
 傍目から見れば、それはキラの苦戦を意味しているように見えるかもしれない。しかし、それも全てはキラの計算の上に成り立った一連の流れだった。それは、ダメージを受けたという事よりも、かすり傷程度の
損傷で済ませられたと言い換えることで、その本質を表現する事が出来る。つまり、並みのパイロットが
乗っていたとすれば、今のジェリドとマウアーの攻撃で終わりなのである。それをやり過ごせたのは、パイ
ロットがキラだからという理由が全てだった。
 その事を理解できないほど、ジェリドは愚かでは無い。キラがパイロットとして自分よりも格上である事を
理解して小癪に思いながらも、それに対して怒りを露にするのは単細胞のすることであると戒めを働かせ
る。それはマウアーも同じだろうか、ジェリドの気持ちに同調するようにして、接触する。

「マウアー、的の大きさは十分だ。だが、あれを止めるにはどうしても一撃で黙らせる必要がある」
『スティングに任せるつもりですか?』
「カオスのカリドゥスを使わせる。あれなら俺達のライフルよりも火力がデカイし、コンテナを潰せる」

 手短にそれだけ告げると、ジェリドはガブスレイを機動させてカオスの下へと向かっていった。マウアーは
それを一寸見送り、凶暴な力で暴れまわるミーティアを見た。
 どれだけの物資を積んでいるのかは知らないが、圧倒的過ぎる。吐き出されるミサイルはまるで回遊魚
の如く巨大な群れを作り、次々と連合軍のMSを葬っていく。接近戦を仕掛けようと突撃を敢行するものもい
たが、殆どは接触する前に撃ち落され、よしんば近づけたところでフレキシブルに取り回されたビームライ
フルによって撃破される。あれだけの怪物を止めるとなれば、大仕事だ。血気盛んな若年の兵士が功を
焦り、ミーティアを付け狙う気持ちが良く分かる。あれを仕留めて帰還すれば、確実に昇進が待っている。
それだけの脅威を、振り撒かれているのだから。
 しかし、スティングに任せられるのか――彼の実力を侮っているわけではないが、エクステンデッドだから
なのか若いからなのかは分からないが、スティングは精神的にムラッ気のある性格をしている。ライラに
懐いているアウルほど無鉄砲ではないが、感情が先行する節は否めない。ジェリドを若くすればスティング
の性格に似るかもしれないが、その感情の迸りを抑制するだけの理性が足りていないようにマウアーには
思えていた。土壇場でドジを踏まれたのでは、次の一手が無くなってしまう。

 一方、傷だらけのミーティアは、しかしその機能はまだ十分に働いている。ミーティアが受けた損傷は装
甲を傷付ける程度のものでしかなく、キラはそれを全て織り込み済みでワザと受けた傷もあった。機体の
サイズを把握し、完璧にコントロールできている証拠である。
 ファントム・ペインからの攻撃が弱くなった事に、キラは気付いていた。相変わらずウインダムやストライ
ク・ダガーといったMSの集中砲火の的にはされているが、それも徐々に前線を押し上げてきた後続のザフ
ト部隊と協力して制圧しつつある。懸念は、その中で仕掛けてこないガブスレイとカオスである。彼等がこの
程度で諦めたとも思えないキラは、常に警戒心を持ち続け、注意を配っていた。
 そんな時、突然正面に躍り出てくる2機のガブスレイ。一機はMA形態で砲撃を浴びせてきて、もう一機は
ビームサーベルを手に襲い掛かってきた。

「隙を突いたつもりかもしれないけど――!」

 焦りなど一切無かった。極限にまで研ぎ澄まされたキラの集中力は、まるで全身を神経の塊に変質させ
たような凄まじい反応速度を体中に要求する。そして、それに応える肉体を持つキラは、どんなに急な攻撃
にも対応できてしまう。マウアーのガブスレイが放つ援護射撃も、牽制と分かって簡単に機体を傾けさせる
だけで回避する。その上で切り掛かってくるジェリドのガブスレイにビームライフルで牽制し、ミーティアの加
速力を活かして即座に彼等の目の前から消え去って見せた。

15 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/11(土) 00:59:50 ID:5rLNNbJA0
 しかし、ジェリド達が攻撃を仕掛けるのには理由がある。どんなに凄まじい力量を持ったパイロットでも、
敵を察知できる範囲外、つまり射程距離圏外の攻撃からは逃れる事が出来ない。それは、流石のキラも
そうだ。問題となるのは、そんな距離から狙撃できるのかどうかという事だけ。ジェリドはスティングにその
役割を任せられると信じていた。

「マウアー、もう一度だ!」
『了解』

 ミノフスキー粒子が干渉するレーダーは、使い物にならない。だからミノフスキー粒子下の戦場では、目
視による索敵が最も有効な手段になる。そして、ビームの光とバーニア・スラスターの光は、暗い宇宙空間
の中では一際目立つ光を放つ。スナイパーにとって、それが目印となることもある。
 先程、スティングはジェリドに見えなかったミーティアとドッキングしているストライク・フリーダムの姿を確
認している。彼は目がいいのだ。それはミノフスキー粒子下に於いて、最大の武器になる。果たして、カオ
スは絡み合うミーティアとガブスレイから離れた位置に陣取り、スティングは目を凝らして彼等の光の軌跡
を追っていた。
 カリドゥス、それはカオスの最大の武器であり、その威力はメガ粒子砲すら上回る。スティングの目が光
を追うたびに、操縦桿を持つ手が僅かなターゲット・マーカーの修正を促す。スティングには、ミーティアが
見えていた。

「チッ、中々動きを止めやがらねぇ。奴の呼吸は、読めるんだけどな」

 少しずつ、ストレスが溜まっていく。こうしてスナイパーの様に息を潜めてジッとしている事が苦手なスティ
ングである。ジェリドとマウアーが必死に戦っている事も思い浮かべると、どうしても気が逸ってしまう。次第
に、多少の妥協は止むを得ないとさえ思えるようになってきた。

「じれったいぜ……ッ! 2人とも、まだなのか……?」

 ミーティアの光は、先程から元気一杯に動き回っている。それを追いかける2条のビームの軌跡が確認
できている以上は、彼等は無事な証拠だろうが、しかしいい加減に我慢が辛くなってきた。
 そんな時、ミーティアのバーニア・スラスターの軌跡に微妙な変化が現れた。スティングは敏感にその変
化を感じ取り、目を凝らした。

「旋回している? 狙うなら、ここしか――!」

 ミーティアとガブスレイの戦闘機動に、他のザフト部隊はまるで付いて行けていないのが分かる。ミーティ
アは孤立するような格好になり、一斉砲撃に晒されていた。そのせいか、ミーティアの軌道が不安定に揺
れ、攻撃から逃れるような旋回運動を行った。小回りに動く事を意識してか、スピードはがた落ちである。
 その瞬間を、スティングは見逃さない。カッと目を見開き、トリガー・スイッチに添える親指がピクッと反応
した。

「そこだッ!」

 勢い良く確実にトリガー・スイッチを押し込む。スティングの渾身の一撃が、火を噴いた。カリドゥスの複相
ビームの軌跡が、真っ直ぐにミーティアへと向かって伸びる。
 しかし、運が無かったのだろうか。スティングの狙い済ました一撃は、不幸にも残骸となったザフトのMS
に当たって、キラはその爆発に気付いた分だけ早くカリドゥスの狙撃を察知し、ビームソード発生器を一本
犠牲にする事で難を逃れられた。
 作戦は完璧だった。スティングの腕が悪かったわけではない。ただ、最後の最後でキラにツキがあったと
いうだけの話であり、ジェリド達の作戦が破られたわけではなかった。しかし、たった一度のチャンスを逃し
たツケは大きい。ジェリドの表情が苦虫を噛み潰したように苦悶に歪むのは、当然であった。

「ゴミが邪魔して失敗しただと!?」
『フリーダムがカオスの存在に気付いた――ジェリド!』

 マウアーが叫ぶのとほぼ時を同じくして、ミーティアは火線元のカオスへと機首を向けた。ジェリドは動揺
を落ち着けるのに精一杯で、瞳の動きに落ち着きが無い。それでもマウアーの声に反応し、操縦桿を傾け
させる。ジェリド機が機動を始めると、マウアー機が続いた。

「カオスの援護に回る! スティングと合流だ!」
『ハッ!』

 確かに、スティングの目は良かった。今のカリドゥスのタイミングならば、間違いなくミーティアは潰せてい
ただろう。しかし、そのスティングの目にも、残骸となって光を失っているものまでは見ることは出来なかっ
た。それは、天がキラに味方したと言う事だろう。その運の良さに、薄幸のジェリドが嫉妬しないわけが無
かった。

16 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/11(土) 01:00:27 ID:5rLNNbJA0
 以前、ジェリドはティターンズ総帥ジャミトフ=ハイマンに運が良いと褒められた事があった。その時は畏
まって謙遜して見せたが、冗談ではない。次々と戦友を失い、復讐を果たすために最後まで生き延びてい
たかと思ったら、結局は返り討ちだ。そんな自分は、常に不幸を身に纏っていたとしか思えない。その不幸
が、スティングに伝染してしまったのではないかと言う考えが、一瞬だけ頭の片隅を過ぎった。
 いや、そうではない、そんな不幸な人生を変えるために――ジェリドは一人、頭を振り、ガブスレイを加速
させた。



 同じ頃、別の宙域ではオーブの艦隊が目的地へ向けて航行中だった。オーブ艦隊と言っても、その数は
僅か十数隻程度の比較的少ない規模の編成。オーブから脱出してきたオーブ軍だったが、やはりプラント
への道のりの中で連合軍の追撃に遭った艦は少なくなかった。だから、今その宙域を航行している艦隊
が、オーブ軍の全てであった。心細ささえ感じさせる小規模の艦隊――かつて恐れられたオーブ艦隊の姿
ではなかった。
 オーブ艦隊旗艦クサナギ級一番艦のクサナギは、トダカ一佐が指揮する艦である。総司令にユウナを戴
き、しかし実際はその補佐官を務めるソガが実質上の艦隊司令だった。2人とも、ユウナが磐石の信頼を
置く士官だ。
 ブリッジの大型モニターには、航宙図が映し出されている。明滅する光点はオーブ艦隊の現在地を示し、
その進路上には2つの大きな目標物が存在している。どちらも、これから向かう怪しい廃棄コロニーだ。

「この艦隊の規模だと、易々と分隊させるわけには行かない。さて、どっちへ行こうかねぇ」

 ゲスト・シートに足を組んで座り、手を顎に当てて腕を組むユウナは、気の抜けたような声でそう呟いた。
いや、緊張感に欠ける声であるが、本人は至って真面目なのである。ただ、シリアスな自分を表現するの
が苦手なだけで、聞く人によってはふざけているように聞こえてしまうのだ。その辺りの事情を知っているの
は、彼と親交が深い一部の人間のみ。だが、今は総司令官のユウナに口答えをする人間は、その場に存
在し得なかった。軍に所属する以上、上官に対する口答えは御法度だからだ。

「君達なら、どっちを選ぶ?」

 ユウナが振り向き訊ねたのはソガでもトダカでもなく、エマとカツだった。ユウナの問い掛けに、ブリッジ・
クルーの目が一斉に彼女達に集中する。僅かに戸惑ったように目を泳がせるエマとは対照的に、カツはピ
シッと背筋を伸ばしたまま毅然としていた。
 ユウナがエマとカツに訊いたのは、ほんの気まぐれだったのかもしれない。単純に、異世界からの人間
の意見が訊きたいだけで、特に深い意味など存在しなかった。しかし、そのユウナの気まぐれが、カツの
意見を通す事となってしまう。

「僕は、このまま真っ直ぐの方が良いと思います」

 カツが、口ごもるエマよりも先に口を開いて意見した。ユウナは、ふうん、と言って少し思案した後、ソガ
に視線を移す。

「ソガ、距離的には大差は無いはずだよね?」
「はい。ただ、廃棄コロニーの正体がハッキリしない以上、時間はなるべく掛けない方が賢明であるように
思われます。ですから、カツ=コバヤシの意見は現状で最も無難な線であると考えます」
「――だとしてだ」

 再びカツへと視線を戻す。カツが一瞬、ウッといった感じで身体を硬直させた。しかし、ユウナはそんな細
かい彼の反応をまるで気にしない。

17 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/11(土) 01:01:09 ID:5rLNNbJA0
「何故、君はこちらの方を選択したんだい? 出来れば、理由を教えてくれれば決断しやすいんだけど」

 訊かれ、カツは少し視線を泳がせた。特に、エマを気にする素振りをひた隠そうとする仕草が、エマには
堪らなく気になった。カツは、気まぐれで選択をしたのではない。何か特別な理由があって、わざわざ近い
方を選んだのだ。
 とは言うものの、ユウナの今の質問に、本人の特別に意図するところは無い。単純な興味だけでカツが
困惑するような質問が飛び出したのは、彼の理詰めの頭がそうさせただけに過ぎない。
 そのユウナの探究心から出た質問がカツには詰問に感じられ、思わず視線を逸らした。

「少しでもプラントに近い方を警戒するのは、おかしい事ですか? もし、スクラップ・コロニーが本当にプラ
ントの脅威になるものならば、できるだけ早急に叩くべきだと思ったまでです」
「中々生意気な口を利いてくれるね――でも、尤もな理由であるとも言える。ソガの意見との齟齬も少ない」

 カツの言う理由に、ユウナは軽く頷いた。良くカツを観察すれば、その仕草に不自然な点が幾つもあった
というのに、ユウナの頭はその言葉の合理性ばかりに目が行き、結果的に見逃していた。それは、ユウナ
の失敗であったのかもしれない。

「廃棄コロニーを使っても、そんなに大それた事が出来るとも思えないけど、君の言う事にも一理あるかも
しれない。じゃあ、そっちにしようか」

 こうして、あっさりとカツの意見が通り、オーブ艦隊は一路、廃棄コロニーへと向かう事になった。プラント
への侵攻作戦を展開中の連合軍も、まさかその合間を縫って廃棄コロニーへと進軍されるなんて事を考え
ないだろう。例え駐留軍が居たとしても、今のオーブ艦隊の規模でも十分渡り合えるはずである。
 しかし、この選択がカツの個人的な感傷によるものである事を、まだ誰も知らなかった。

18 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/22(水) 22:22:15 ID:PMBlvqis0
  『カツはサラに』


 クサナギのブリッジを出た後、エマは先を流れるカツの肩を掴んで制止した。癖のある黒髪を微かに揺ら
しながら、つぶらな瞳の顔が振り向く。その表情には、不信が込められていた。

「どうしたの、カツ? あなた――」
「サラもこちら側に来ているんでしょ? スクラップ・コロニーには、サラが居るんです」

 衝撃的だった。カミーユに言われたとおり、エマはカツにサラのことは一切話していない。それどころか、
レコアにもサラの事はカツに知られないように口裏を合わせてもらい、彼に知られるような機会は絶対に
無かったはずなのだ。
 思わず肩を掴んだ手を放し、エマは少し慄いてカツの顔を凝視した。そのエマの態度が面白くなかった
のか、カツは不遜に顔を顰めて軽い溜息をついた。
 腰に手を当て、肩越しに振り返ったその顔の口元を、立てた襟が覆っている。その分だけ、彼のつぶらな
瞳の光を強くしているようだった。

「あなたが、どうしてサラの事を――!」

 困惑気味に訊ねるエマ。カツはフイと前に向き直ると、無視して無言のまま先を行く。
 艦内には、第2種戦闘配置の合図が告げられていた。アナウンスで、エマ達MSパイロットは搭乗機にて
待機の命令が出されている。パイロット・スーツに着替え、エマが1人MSデッキにやってくると、少し遅れて
カツがやってきた。エマが駆け寄ると、少し煩わしそうに顔を背ける仕草を取った。

「カツ……」

 更衣室でもまったく姿を見なかった。恐らく、エマと顔を合わせるのが嫌で個室で準備を済ませてきたの
だろう。ただ、その様子を鑑みるに、こうして再び鉢合わせになってしまった事を面倒に思っているようだ。
 普段であれば、即修正ものである。しかし、サラのことで隠し事をしていたエマはカツに気後れする気持ち
を持っていて、いつものように叱る事は出来なかった。カツはそれを分かってか、仏頂面をそのままにツン
と顔を振ってガイアに向かい、床を蹴った。
 しかし、ここで放置するわけには行かないエマは、それを追って同じ様に床を蹴った。カツがチラリとエマ
を見ると、器用に身体ごと反転させて振り向く。表情は相変わらず険しい。

「サラが僕達と一緒にこの世界にやってきている事は、知っていました」
「それに気付いたのは、いつ?」
「最近、ソラに出てからです」

 最初こそ仰天していたが、今は至って冷静にカツの言葉を受け止められる。エマは険しいカツの表情とは
対照的に涼しげな視線を投げかけていた。
 カツは、ニュータイプだ。そう思わせる場面も何度かあったし、カミーユほどではないにしても素養は十分
にあった。事、サラに関してのカツの勘の良さというものは、特筆すべき点でもある。彼のサラに対する青
臭い感情を知っているからこそ、カツの告白を納得する事は出来た。

「中尉は、ずっと前からご存知でいらっしゃったんでしょ? カミーユから聞いて」
「聞いちゃいたけど……」
「やっぱり」

 頷くエマ。カツはポツリと呟き、ガイアのコックピットの中に入っていった。その入り口にエマも取り付き、
中で出撃の準備を進めるカツを見た。暗がりの中に、こちらと顔を合わせようともせずに黙々と点検を続け
ている。そんな彼に対し、エマは何も言葉を発することが出来なかった。

「パイロットはMSの中で待機ですよ、中尉」

 辛辣に、突き放すように言われ、いよいよエマの目が泳ぎ始めた。軍人として、新人の教育には手馴れ
た感のある彼女だが、俗事となる色恋沙汰となれば途端に舌の回りが悪くなる。カツは、眉を顰めて困惑
続きのエマをチラリと見やり、しかし何も声を掛けなかった。
 ガイアのコックピット入り口で佇んでいるエマに、早くガンダムMk-Ⅱに乗り込めと急かす声が響いた。首
を落ち着き無く回し、言葉を選ぶように口をパクパクさせている。

19 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/22(水) 22:22:56 ID:PMBlvqis0
「ごめんなさい、カツ……騙すつもりは無かったのよ……」

 慎重に言葉を発すると、エマは手でガイアを押して、ガンダムMk-Ⅱへと流れていった。エマが視界から
消えるのと同時に、カツはガイアのコックピットを閉める。
 一瞬暗くなったコックピット内が、直ぐに明りを灯して光に溢れた。モニターにMSデッキの様子が浮かび
上がり、カツはエマの姿を追う。こちらを気にするように何度も振り返りながら、ガンダムMk-Ⅱへと向かう
エマ。その仕草が癇に障り、エマを捉えるワイプを消してヘルメットを被る。

「そんな事だから、大人って子供の言い分だって聞こうとしないんだから……!」

 そう吐き捨てると、歯を食いしばって怒りに肩を震わせ、強くコントロール・レバーを握り締めた。


 アークエンジェルでも、出撃の準備は進められていた。ブリッジではクサナギとの連絡が行われていて、
ラミアスの正面にはユウナの姿が映し出されるモニターがある。

『――というわけで、僕達がこれから向かうのは正面の近い方の廃棄コロニーって事になったから』
「了解です」
『それと、連合軍の駐留部隊が存在するかもしれないらしいから、廃棄コロニーの調査自体はそちらに派
遣したエリカ=シモンズにやってもらうよ。アークエンジェルには、敵陣に食い込んでもらうことになると思う
けど、よろしく』
「はい」

 ラミアスがトントン拍子に応えると、ユウナは少し首を捻って何事か考えている様子だ。軍の総司令という
役職に慣れていないのか、締めの言葉を捜しているように見受けられる。そんなに考え込むようなことなの
だろうか、ラミアスは怪訝に首を傾げた。

『――じゃ、じゃあ、そういう事で』

 結局、そんな程度の言葉しか出てこず、ユウナは隠れるようにして通信を遮断した。
 誰かが、はぁ、と溜息をつく声が聞こえた。本来なら、弛緩した気合を引き締める為にも一喝すべき場面
であるが、溜息をつきたくなる気持ちはラミアスにも分かる。だからと言って注意しない理由にはならないの
だが、とりあえずは気を取り直し、ラミアスはミリアリアに視線を投げた。

「それじゃあミリアリア、デッキに確認を入れてちょうだい」
「わっかりましたぁ」

 ミリアリアの気の抜けた様な返事が、更に場の空気を弛ませる。まるでユウナの御気楽な空気が伝染し
てしまったようだ。どうにも気合抜けしていて、ラミアスは背もたれに身体を預けた。
 緊張感に欠けているのはユウナのせいか、はたまた厳しく出られない自分のせいか。目を閉じ、余計な
懸念を払拭するように無意味な問答を始めた。

 先程から、妙にそわそわする。艦隊が目標進路を確定させた辺りからだろうか、カミーユは胸騒ぎが止ま
らず、そこから感じるプレッシャーと対峙していた。
 誰かが待っている。感じる気配は、まだ距離があって誰のものとも知れない。だが、ある程度の見当はつ
いていた。素性が見えなくても、そこに込められた悪意までは隠せていない。カミーユにとって、最も看過で
きない敵が待ち構えていると感じた。
 アークエンジェルのMSデッキ――意気揚々とギャプランに乗り込むロザミアと、平静を取り繕い、普段
どおりにΖガンダムに乗り込むカミーユ。未だ十分な調整結果が出ておらず、多少の不安はあった。しか
し、今回はこれで戦い通すしかないと腹を括り、シートに腰を埋めた。

 ブリッジからの、ベルが鳴る。出撃前ということもあり、メカニック・クルーは誰も応答に出ようとしない。
ヘルメットを小脇に抱えたレコアが、そんな様子を見ながら受話器を手に取った。

「こちらMSデッキ、レコアです。出撃前ですよ?」
『あ、すみません』

20 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/22(水) 22:24:44 ID:PMBlvqis0
 ミリアリアの声が、可愛らしく謝辞を述べた。レコアはヘルメットを首の後ろのアタッチメントに取り付ける
と、腰に手を当て、出撃準備が進む風景を眺めながら通話越しの声の主に対して尋ねる。

「何か?」
『一応確認なんですけど、アークエンジェルがコロニーの調査に向かう話は聞いていますよね? それで、
エリカ=シモンズさんに協力をお願いするんですけど、それを誰が送るのか、教えておいて欲しいんです』
「あぁ、それなら――」

 視線を動かしていき、レコアの視界の中に紅いMSの姿が納まった。それは、エマがガンダムMk-Ⅱへと
乗り換えるに当たって、アークエンジェルへと廻されてきたセイバーだ。
 ザフトの機体を預けた辺り、オーブに対する餞のつもりだろうか。これ幸いとばかりに、ちょうど乗る機体
が無かったレコアがそれに乗ることになった。

「私がセイバーでやることになっています」
『そうですか、分かりました。御武運を』
「ありがとう」

 そう言って受話器を置くと、エリカがレコアの様子に気付いたのか、コンテナを蹴ってこちらに流れてきた。

「コックピットを圧迫する事になるかもしれないけど、よろしくお願いするわ」

 ノート型のパソコンを小脇に抱え、ノーマル・スーツで着膨れしているエリカがレコアに対して片手を上げた。
レコアもそれに応えて手を上げ、にこやかに笑って見せた。

「大丈夫ですよ。セイバーを見せてもらったけど、あなたのようなスタイルの良い方なら、一人くらい、どうっ
て事ないですよ」
「それはどうも」

 とてもではないが、ノーマル・スーツを着たエリカはお世辞にもスタイルが良いとは言えない。レコアなり
の冗談だが、それを分かっていてもエリカは少しむっつりした表情で視線を斜めに上げた。


 オーブ艦隊が廃棄コロニーへと進軍を続けている。その様子を傍観するように、ガーティ・ルーを中心とし
た連合軍艦隊はスペース・デブリ帯に紛れて佇んでいた。
 その艦長室、モニターの画像に行軍を続けるオーブ艦隊の姿を傍目で眺めながら、シロッコは正面ディ
スプレイの老齢の男と正対していた。深く刻み込まれた皺が、男の経験値を覗わせる。

『ジブリールの好き放題は、大西洋連邦内でのクーデターの兆候であると大統領閣下はお考えでいらっ
しゃる。君は、軍人というよりも政治家志望だと、私には見えるのだがね』
「滅相もございません。私は、世界をより良くしようと思っているだけに過ぎませんので――その為の最良
の選択を、適宜取捨していくまでの事です」
『うむ。地球軍の立場としては、戦争に勝ててプラントを屈服させられればそれでいいのだ。何も国の財政
を圧迫してまでコーディネイターを滅ぼす必要は無い。ジブリールの暴走は、止めなければならん。やり方
は、君に任せる』
「ハッ、拝命いたしました。――それでは、これから我が艦隊は戦闘行動に入りますので」
『ん……さすれば、君の要望どおり、次期のブルー・コスモス盟主にはパプテマス=シロッコを指名するよ
う、大西洋連邦の立場からロゴスに推すとの大統領閣下のお達しだ。頑張ってくれたまえ』

 シロッコの、腹に一物を抱えたような顔、それ以上にディスプレイの中の老人は瞳に光が無く、シロッコを
しても何を考えているのかは知れなかった。こういう人間が存在しているから、政治の舞台というのは伏魔
殿などと形容されたりもする。そこに足を踏み入れた自分も、俗人と同じだろうかと密かに内心で自嘲した。
 シロッコは背筋を伸ばして奇麗に敬礼を決めた。ディスプレイから大西洋連邦高官の老顔が消えると、シ
ロッコはなだらかに床を後ろに蹴ってブリッジへと向かった。

「それにしても、またアークエンジェルか? 良く良く縁があるものだ」

 先程のオーブ艦隊の中にその姿を見つけたのを思い出し、含み笑いをしながら呟く。自動ドアから戦闘ブ
リッジに入室すると、一同が一様に振り返り、シロッコに対して敬礼をした。シロッコは軽く手を上げて収め
ると、颯爽とシートに腰を埋めた。
 幾度目かの遭遇に、うんざりしているのだろうか。傍らに寄り添うサラが、そんなシロッコの心情を察して
か、急ぎ反転してMSデッキへと駆け出そうとした。

「サラ」

 ドアを潜ろうかという所で、徐にシロッコに呼び止められた。手すりを掴み、体の流れを止めて振り返る
サラ。何事かと怪訝そうに首を傾げた。腕を組み、振り向き加減でシロッコがサラを見つめる。

21 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/22(水) 22:26:24 ID:PMBlvqis0
「あれは、もしかしたら君が呼び寄せたのかもしれないな」
「私が――ですか?」
「そうでなければ、この巡り合わせをどう説明できようか」
「はぁ……」
「あれがレクイエムの中継ステーションと気付かれれば、ジブリールの次に打つ手が不発に終わる可能性
がある。そうなった時の、奴の顔を見てみたい気持ちもあるものだが」

 意図が見えない。てっきり叱られるのかと思ったが、そういう口調でもない。懸念を口にしているようでも
あるが、そういう風には見えない。口元に湛えた笑みが、全てが計算どおりであると物語っているようであ
り、しかしサラにはまったく見当がつかなかった。

「も、申し訳ありません……」

 とりあえず謝って置く。そうすると、シロッコは意外そうに眉を吊り上げ、まるで子供をあやす様に鼻で笑っ
て見せた。反応を間違えたのだろうか、そんな仕草を見て、サラは急に恥ずかしくなって頬を赤らめた。

「いや、それで良かったのだよ。もう一方に向かわれていた方が、厄介だった」

 言うと、シートからふわりと浮き上がり、柔らかく天井を手で押してサラのところへと舞い降りてくる。白い
制服が無重力に弄ばれるように揺れ、その整った顔立ちと相俟って、さながら神話世界の天使のような印
象を受けた。もしかしたら、サラの目にはシロッコの背に純白の翼が見えているのかもしれない。
 サラの目はシロッコに釘付けにされた。崇めるような目で見つめる彼女の肢体を、シロッコの両腕が回り
こんで抱き寄せる。突然の事にサラはシパシパと瞬きを繰り返し、硬直してしまった。爽やかな匂いが鼻腔
をくすぐり、頬に燃えるような熱を感じた。

「これで、我々の勝利はより確実なものになるだろう。君が私の傍に居てくれて、本当に良かった」
「パ、パプテマス様――」

 シロッコのプレイボーイっぷりは、今に始まった事ではない。サラだけでなく、彼は女性一般に優しい。
ガーティ・ルーに配置された女性クルーも、シロッコの包容力に骨抜きにされている状態で、男性のクルー
もそんなシロッコの手癖を不思議と不快に感じて居なかった。そもそも、ガーティ・ルーを始めとするシロッ
コの艦隊は、それ自体がシロッコのシンパの集まりであり、そこにジブリールの干渉は殆ど存在しない。つ
まり、艦隊の構成員は、一部を除いて、須らくシロッコの思想に同調した者達だった。
 シロッコの腕が、ゆっくりと解かれる。その繊細にして柔和な手つきに、サラは抱擁の終わりを名残惜し
んで瞳を震わせた。そんな自分の紅潮した頬を撫でるシロッコの指は、まるでシルクそのもののような触れ
心地であった。

「ヒルダのハンブラビ隊を先行して出す。サラもメッサーラで出撃だ」
「ハッ!」

 シロッコが薄青紫の髪を翻して背を向けると、サラはピシッと勇ましく敬礼を決めてみせる。先程までの弛
緩した表情から一足飛びに引き締まった顔に変わり、反転してMSデッキへと急いでいった。


 廃棄コロニー防衛部隊の出現は、オーブ艦隊司令部の大方の意に反して、背後からの急襲であった。
バック・アタックを受けた事で、オーブ軍はMSの緊急発進を余儀なくされた。
 ユウナ率いるオーブ艦隊の規模はシロッコ率いる大西洋連邦艦隊よりも規模は大きい。しかし、背後を
襲われたオーブ軍は焦りからてんやわんやになり、艦隊の回頭に梃子摺る始末。完全に出鼻を挫かれた
格好となり、敵MS部隊の出現で艦隊の火力をまるで活かす事も出来ずにMS同士の白兵戦へと突入せざ
るを得なかった。
 しかし、ソガの統率力がそこからの建て直しを迅速にさせた。オーブ艦隊はクサナギを中心に隊列を整
え、シロッコすら感心するほどの立ち直りを見せた。MS隊の展開も素早く、バック・アタックの奇襲による混
乱からは、早くも抜け出そうとしていた。
 オーブ軍の先陣を切るのは、勇ましく3機編隊を組んで戦場を駆け抜けるムラサメ小隊。イケヤ、ニシザ
ワ、ゴウのオーブ・ムラサメ隊エースを張る、華麗なコンビネーションが武器の精鋭部隊である。彼等はトラ
イアングル・フォーメーションを組み、3方向から囲い込んで確実に一機ずつ仕留めていく。そこに派手さは
無いが、連合軍のMS隊がそれに対応できていないのが、彼等の高い能力の証明となっていた。

「ならず者にオーブを奪われてしまったのは、我らが不甲斐なかったからだ。ここで武勲を挙げ、亡き英霊
達に報いを――ゴウ、ニシザワ!」
『ハッ!』
『了解です!』

22 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/22(水) 22:26:56 ID:PMBlvqis0
 彼等のモチベーションは高い。慣れない空間戦闘に最初は戸惑いがあったが、それは気合で身体に馴
染ませた。単純な精神論だが、オーブは元来、大和魂を受け継ぐ国である。旧世紀時代の“ニホン”と言う
国は、気合で数多の困難を切り抜けてきたという逸話が残されている。人間の底力を表したものだが、
オーブは特にその精神が色濃く引き継がれた国柄を持っていた。そして、今日に至った現在、彼等の精神
的支柱として、大和魂は生き続けていた。
 まるで、人間の精神力が機体を通して発散させているかのように、彼等のムラサメは気迫に満ちていた。
決して目に見える現象ではないが、それは確実に存在し、彼等が咆哮を上げる度にその輝きを増す。破竹
の勢いをそのままに、ムラサメ隊は獅子奮迅の活躍を見せた。
 彼等の気迫に引っ張られるように、戦況はオーブ艦隊が有利に押し進めているように見えた。ところが、
そこへ接近するガーティ・ルーからの刺客。同じく3機で編隊を組んだMSが、ムラサメ隊を目指して進んで
いた。
 大型MAが隆盛の連合にあって、そのMAは些かサイズが小さい。普通のMSと同程度のサイズだが、そ
の機動力はどのMSよりも高かった。全身を黒で統一し、本来の青とはまた一味違った印象を持たせる。シ
ルエットは海生生物の“エイ”にそっくりな外見をし、背部に2門の砲塔と、四足動物の前足のようなカギ爪
を持っていた。槍のような先端を持った頭部には、上下に分かれた三日月状の“目”があり、そこからモノ
アイを覗かせていた。
 球体のコックピットの中で、違和感に煩わしさを抱きながらも、そのずば抜けた性能に喜びを噛み締める
のは、離反してシロッコの元へと降ったヒルダ。星の瞬きが高速で流れていく景色をものともせずに、ハン
ブラビを加速させていた。付随する左右の僚機にチラリチラリと目を向け、通信回線を開く。

「ヘルベルト、マーズ。操縦系の違いには慣れたかい?」
『ヒルダはどうなんだ? 俺はまだ駄目だ。このリニア・シートの感覚は、どうも苦手だぜ』

 ヘルベルトの苦笑交じりの声が聞こえる。それもそうだろうと、ヒルダは心の中で呟く。彼女とて、リニア・
シートの感覚にはまだ不慣れなのである。シートに腰掛けたまま宇宙を飛んでいるような感じが、どうにも
違和感を覚えて仕方なかった。こればっかりは慣れでどうにかするしかないと笑う。

『俺も同じだ。サラとかいう女にレクチャーしてもらったが、ありゃあ教官には向いてない。自分達で考えて
修練した方が、よっぽど早く習得できる』

 マーズが、愚痴を零すように言う。視線を左へ投げかけながら、それもそうだと、同じ様にヒルダは一つ
頷いた。
 サラは年下という事もあって、かなり気を遣ってくれていたようだが、MSの修練にその様な情けは無用で
ある。MSの修練には、命が掛かっている。中途半端な確信で戦場に出れば足元を掬われるという事を、ヒ
ルダは良く理解している女性だった。

「そうとなれば、やる事は分かっているね、2人とも? この機会に、あたし達はハンブラビの錬度を上げて
おく。被弾した奴は、後でペナルティだ」
『望むところだ! ヒルダこそ、後で泣きを見るようなへまはするんじゃねーぞ!』

 不敵にヒルダが告げると、ヘルベルトが景気良く返事をした。その挑戦的なヘルベルトの言に、ヒルダは
頼もしいものだと、顎を上げて鼻で笑った。

「上等だ。――アークエンジェルの実戦部隊はまだお出ましじゃない。手始めに、調子に乗っているあのム
ラサメ隊を叩く。ハンブラビが、実戦でどの程度できるのかを良く確認しておきな」
『合点!』
『了解。俺は、海ヘビを使わせてもらう』

 ハンブラビが更に加速し、イケヤ達のムラサメ隊へ襲い掛かった。
 その反応は、今までの連合軍のMSとは全く違う事に、イケヤは即座に気付いた。戦場のミノフスキー粒
子濃度は比較的薄く、付近の様子程度はレーダーで確認する事が出来る。そのレーダーの有効索敵範囲
の中に、凄まじいスピードで侵入してくる敵が居た。イケヤの目がレーダーからカメラ・モニターに移り、周
囲を警戒する。

「ニシザワ、ゴウ、察知できているな?」
『3機編隊ですね。我々と対抗しようと言うのでしょうか?』
「わからん――が、油断はするなよ。今までの敵とは、一味違う」

 カメラを振り向けると、果たしてそこから黒い“エイ”が3匹、まるで宇宙という大海原を泳ぐようにして高速
で接近してきた。一種異様なその姿に、目視した瞬間は意表を突かれた。こんなふざけた外見のMSに負
けてなるものかと、握る操縦桿を思い切りよく押し込む。

23 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/22(水) 22:28:11 ID:PMBlvqis0
 背負った2門のビーム・キャノンを連射し、イケヤ達を散開させてくる。敵も、自分達を厄介に思っている
のだろう。今の攻撃でそう悟ったイケヤは、散開させて戦力を分断させようかと言うハンブラビの目論見に
舌打をした。

「新型の出方が分からん! どのような攻撃を仕掛けてくるか判明するまで、迂闊に近寄るなよ!」

 見慣れたMSとは一線を画す機動力を発揮するハンブラビに、イケヤ達は苦戦を強いられた。3対3という
数の上では対等な立場でありながら、敵の方が上手なのである。ましてや同じ可変型、同じトリオ。この、
能力で劣っている屈辱的な現実を目の当たりにし、イケヤは歯を軋ませた。
 ハンブラビの出現で、完全にそれまでの勢いは止められた。しかし、考えようによってはここで増援のハ
ンブラビを殲滅することで、再びオーブ軍は勢いに乗ることが出来る。ある意味、モチベーションによって趨
勢が左右されるオーブ軍の事を、イケヤは良く分かっていた。
 ところが、ハンブラビの性能は予想している以上に高かった。高速で機動するハンブラビはまるで黒い流
星の様にイケヤ達を翻弄し、ムラサメではその動きを捉える事が出来ない。そうこうしている内に、何もさ
せてもらえないままニシザワのムラサメがハンブラビのワイヤーに絡め取られた。

『電流を食らえ!』

 ニシザワのムラサメを捕えたのは、マーズのハンブラビ。海ヘビを飛ばし、ムラサメの腕を絡め取る。そ
してそのワイヤーがスパークを迸らせたかと思うと、一挙にパイロットのニシザワを襲った。

『うわああああぁぁぁぁ――ッ!?』

 ニシザワの目には、世界が激しく揺れているように見えていた。全身を駆け巡る激痛は、身体をまるで自
分のものでは無いかのように痙攣させ、激しく悶絶して絶叫する。
 回線越しに聞こえてくる尋常ではない叫び声に、イケヤは流石に動揺した。ニシザワの断末魔のような悲
鳴が、イケヤのこめかみから冷や汗を流させる。慌ててイケヤは操縦桿を傾けた。

「ニシザワ!」

 即座にイケヤはムラサメのビームライフルを取り回し、ニシザワのムラサメに向かってトリガーを引いた。
連射するビームが、何発か掠めたところでニシザワのムラサメの腕ごとワイヤーを切り離し、庇う為に急い
で自機を急行させる。ハンブラビは、そんな彼を嘲笑うように優雅に泳いでいる。

「大丈夫か、ニシザワ! ――ゴウっ!」
『ハッ!』

 僚機を呼び寄せ、応戦させる。イケヤはその間にニシザワに呼びかけるも、彼からの応答はまるで無
かった。接触回線でニシザワの様子を覗いてみると、そこにはコンソールに突っ伏して倒れている彼の姿
があった。

「ニシザワ、聞こえていないのか、ニシザワ! ――まるで応答が無い……死んでしまったのか……?」

 ハンブラビの攻撃は、容赦なく襲う。行動不能のニシザワ機からイケヤは離れるわけには行かず、ビーム
攻撃によって脚部の爪先を貫かれた。応戦してビームライフルを撃つも、ハンブラビはヒラリヒラリとかわ
す。逆に焦りを募らされるばかりで、イケヤは苦悶の声を上げた。
 このまま固まっていたままでは、袋のネズミと一緒だ。どうにかしてニシザワを起こさねば、全滅してしま
う。イケヤの声が、焦りに上擦る叫びを上げる。

「ニシザ――むっ!?」

 何度か声を掛けると、モニターの中のニシザワがピクッと身体を動かした。どうやら気絶していただけの
ようで、詳細は分からないが、とりあえず大丈夫だと安堵する。
 それと時を同じくして、ゴウのムラサメが被弾して片腕を失った。安堵している場合ではない。ニシザワが
生きていた事は幸いだが、まだハンブラビが見逃してくれたわけではないのだ。状況が不利な以上は、ここ
は後退したいところであるが――

「くぬっ! せっかく押し上げた戦線を後退させては――」

 ハンブラビの脅威は、折角拮抗している両軍のパワー・バランスを崩しかねない。ここで退いてしまえば、
一気呵成に大西洋連邦軍に押し込まれてしまう。その分だけ味方の士気は下がるし、戦力の低下にも繋
がるだろう。
 イケヤは判断に迷った。後退すれば戦況に影響を与えるし、退かなければムラサメ隊の壊滅は免れな
い。既にニシザワは戦闘不能に陥り、ゴウのムラサメもパフォーマンスが低下している状態だ。ハンブラビ
はこちらを捕捉したまま。どうする――小隊長として判断を下しかねているイケヤ。
 しかし、その時、徐にハンブラビ隊がバーニアを吹かして飛翔した。まるで子供が玩具に飽きたような態
度の急変に、イケヤは怪訝そうに眉を顰める。見逃すと言うのだろうか、いや、違う。

24 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/22(水) 22:28:41 ID:PMBlvqis0
 ヒルダはまともに機能しなくなったムラサメ隊から目を逸らした。ハンブラビの基本性能の高さは理解でき
たし、海ヘビの使い道も大体分かった。収穫は十分であったし、戦力の低下した彼等を始末する事など朝
飯前だった。ところが、止めを刺そうかと意気込んだヒルダは、そうもいかなかった。彼女達はイケヤ達を
見逃したのではなく、新たな敵の増援に向かってハンブラビを機動させたに過ぎなかった。
 ミノフスキー粒子で曇るレーダーの視界。しかし、ヒルダの目はハッキリとその姿を捉えていた。パチパ
チッとリズム良くスイッチを押し、操縦桿を握りなおす。

「確認した、ヘルベルト、マーズ。新手が2機、迎え撃つよ」
『良く見えるな? レーダーも碌に働きやしないってのに』
「ミノフスキー粒子下で、機械に頼ろうってのが間違いなんだよ」
『それにしたって、大したもんさ』
「フッ、何の為のMSだと思っている? この戦場で信じられるのは、自分の目だけさ」

 感嘆するヘルベルトに対し、ヒルダはさも当然と言わんばかりに笑って見せた。しかし、敵の接近を感じ
取ると、途端に表情を引き締め、眉間に皺を寄せた。

「だから、白兵戦ができなけりゃ、そいつはパイロット失格って事なんだよ!」

 ヒルダが声を上げると同時に、3機のハンブラビは螺旋を描くように絡みながら、新手の敵MSに対して
ビーム・キャノンを連射した。ヒルダの目に見えている新手の光が2つ、奇麗に左右に展開する。

「敵もこちらの動きを見ていたな。――2人とも、編隊は崩すんじゃない。このまま迎撃に入る」
『了解だ』

 ヒルダを先頭に、ハンブラビは新手の敵MSとすれ違うように機動し、そのまま反転して背後を取った。
 すれ違いざまに、ヒルダは敵MSの姿を確認していた。彼女の目の良さだから出来る芸当。しかし、前線
の援護に駆けつけたカミーユにも、ハンブラビの姿は見えていた。カラーリングこそ既存の印象とは違う黒
だったが、その独特のシルエットと幾度も苦戦させられた記憶は決して忘れられるものではない。

「ハンブラビ? でも、この感じはヤザンとかいうティターンズの男のものじゃない……これは――!」

 プレッシャーのようなものは感じない。ヤザンにも感じなかったニュータイプ的なプレッシャーだが、彼には
純粋な強さを感じた。果たして、今すれ違ったハンブラビには、同じ強さを感じることが出来なかった。しか
し、どこか引っ掛かるような感覚を抱かせる敵である。
 カミーユがハンブラビの存在を気にして考え事に耽っていると、全天モニターの横からギャプランが顔を
覗かせた。

『お兄ちゃん、後ろよ!』
「はっ――!」

 3機で編隊を組み、背部のビーム・キャノンで砲撃を浴びせてくる。かなり組み慣れたチームだ。一糸乱れ
ることの無い隊列で、僅かにタイミングをずらしながらこちらを翻弄するような砲撃を放ってくる。
 カミーユはΖガンダムをMS形態に戻し、ヘルメットのバイザーを下ろしてビームライフルを構えさせた。し
かし、ハンブラビは急接近すると変形を解き、ビームサーベルを振り下ろしてくる。咄嗟にロング・ビーム
サーベルで事無きを得て、カミーユはハンブラビを睨み付けた。

『動きに脆さが出ているようだね。貴様、まだそのMSをモノに出来ていないな!』

 ハンブラビとぶつかり合って既視感を得る。そして声を聞いて確信に変わった。宇宙に同化せんばかりの
漆黒のボディから赤いモノアイを覗かせた時、カミーユの中での違和感が全て払拭された。思わず前のめ
りになり、目を剥く。その女の声が、余りにも意外だった。

25 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/22(水) 22:30:04 ID:PMBlvqis0
「そうか! ヒルダっていう――」
『カミーユだってんだろぉ!』

 ヒルダの声に、驚きを隠せないカミーユ。まさか、生きているとは思わなかった。衛星軌道上での戦いで
は、半ばうやむやにする形で彼女達の捜索を断念した。とても、あの宙域で生き延びられるとは思えなかっ
た。ところが、こうして生きていて目の前に姿を現し、尚且つ何故か敵として立ちはだかっている現実に、カ
ミーユはかつてレコアに対して見せたような動揺を露にしていた。

「あなた、冗談やってる場合じゃないでしょ!」
『これが冗談に見えるってのかい?』
「本気なのか!? 黒いハンブラビなんかで!」
『あたし達が使うものなのだから、黒くもなる!』
「MSが日焼けをするものかよ!」

 ハンブラビの黒は、ヒルダ達のパーソナル・カラー。それ以上の意味は無いし、彼女達自身も気に入って
いる。しかし、カミーユの目に、そのドス黒さは裏切りを行った人間の根本を表現しているかのように見えて
いた。カミーユがハンブラビの色に反応したのは、そんなヒルダに対する苦言であったのかもしれない。
 勿論、ヒルダがカミーユの過去や心情を知るわけがなく、冗談のような生意気を突っかけてくる態度を快
くは思わない。かつてはラクスに絡んでいざこざを起こしていただけに、その時のラクスがカミーユを庇うよ
うな叱責を自分達に浴びせてきた事を鑑みるに、ヒルダにとって彼の存在といったものは決して面白いも
のではなかった。
 MSの完成度としては、ハンブラビの方が高い。ヒルダが振り回すビームサーベルを、四苦八苦しながら
捌いているΖガンダムを見れば、容易に察する事が出来た。両の腕で保持するロング・ビームサーベルを
弾き上げれば、万歳をしてあられもない無防備なΖガンダム。そこへ、ハンブラビが左腕のクローを伸ばした。

「串刺しに――ッ何!?」

 しかし、そこへビームの光が2機を分断するように劈いた。ヒルダがその光に慄いて背中をシートに押し
付けると、それに連動してハンブラビがバック・ステップをする。そして、威嚇するようにギャプランが凄まじ
い速度で駆け抜けていくと、それを追ってヘルベルトとマーズのハンブラビが続いて通過していった。ヒルダ
は視線でギャプランの軌跡を追い、2機のハンブラビの攻撃をヒラリヒラリとかわすその動きに驚嘆の色を
顔に滲ませた。
 まるで翻弄されている。ヘルベルトとマーズの実力を知るヒルダだからこそ、この現実に驚きの色を隠せ
なかった。確実にΖガンダムのカミーユよりも手練のパイロットなのだろうと確信する。

「2人を相手にしながら援護もする? ――器用な真似を!」

 舌打ちをするその余裕も、カミーユの実力を侮っているからに他ならない。正面からの敵接近を告げるア
ラートが鳴るも、まるでそれが分かっていたかのようにヒルダは操縦桿を引く。果たして、ビームライフルで
牽制して左手に握らせたビームサーベルを逆袈裟に切り上げてくるΖガンダム。それに合わせて上から叩
きつけるようにしてビームサーベルを交錯させ、激しい光の拡散に微かに目を細めた。

『どうしてあなたがそんなものに乗っている! ハンブラビのコックピットは、ヒルダさんの様な人が座る場所
じゃないでしょう!』

 事情も知らない少年の声で、偉そうにも説教を垂れようとしている。大体、元から気に入らなかったのだ。
カミーユは、少年だから仕方ないという理由では済まされないまでに、礼儀作法というものを知らなさ過ぎ
る。それは、オーブでのラクスに対する態度一つをとってもそうであった。
 ヒルダは頭がひり付く苛立ちを押さえ、感情を誤魔化すように含み笑いをした。

「ラクス様の為だってね、シロッコがそう言うのさ!」
『シロッコ!?』

 カミーユの声が揺れた瞬間、肩部のビーム・キャノンが前を向く。2門の砲口からメガ粒子砲が連続で吐
き出され、しかしΖガンダムはバランスを崩しながらも、僅かに体勢を沈ませる事で回避する。よくも今の
攻撃に反応して見せたとヒルダは小ばかにした感じで内心で褒めるも、即座に反撃のビームライフルで
ビーム・キャノンの左門を破壊され、それまでの賞嘆を撤回するようにキッとΖガンダムを睨み付けた。

26 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/22(水) 22:35:22 ID:PMBlvqis0
 シロッコという名前、まさかそれをヒルダの口から聞く事になるとは思いもよらなかった。いや、裏切りの
原因があるとすれば、それしかないだろうと即座に考えを改める。恐らく、彼女もシロッコの掌の上で踊らさ
れているだけに過ぎないのだ。確かにカミーユもヒルダ達の事は好きではなかったが、看過してしまえば彼
女達を信じていたラクスが傷つく。
 ハンブラビが、一旦、間合いを取り直そうとバックで引き下がる。カミーユはそれを逃すまいと、スロット
ル・レバーをグイと押し込んだ。ロング・テール・バーニア・スタビライザーとフライング・アーマーのスラス
ター・ノズルが点火し、青白く発光してΖガンダムを加速させる。

「疑うって事を知らないのか、あなたは! 奴がそんな事を本気で考えているなんて!」

 ハンブラビが腕部ビームガンで牽制するも、カミーユはものともしない。侮っていたヒルダの迂闊なのか、
僅かずつだが身に馴染ませてきたカミーユの努力の賜物なのか、再度ビームサーベルでぶつかり合うΖ
ガンダムとハンブラビに、当初ヒルダが思っていたような差は殆ど見られなかった。
 そんな展開に、苛立ったようにハンブラビのモノアイが激しく明滅する。まるでヒルダの苛立ちを表現して
いるようであったが、カミーユは居に介することなく真っ直ぐにハンブラビを見つめた。

『デュランダルのところに置いておいて、ラクス様は戦後のプラントの頂点に立てるのかい? 戦争のような
汚い事はデュランダルにやらせておけばいい。でも、このまま奴にトップを張らせて置いちゃ、ラクス様は
利用されるだけ利用されて使い捨てだ。お可哀想だと思わないのか?』
「だから、シロッコのところに抱かれに行ったのか! 女を使って戦争しようって考える男に、利用されて殺
されるだけだって何で分からない!」

 衝突していたビームサーベル同士が反発して弾かれる。互いに僅かにバランスを崩すも、先に動いたの
はハンブラビだった。こういう場面で、調整不足のツケが回ってくる。僅かな反応の遅れに、カミーユは軽く
舌打ちをした。
 振り上げられるハンブラビの腕。煌く腕部のクローが、Ζガンダムのボディに突き立てようと降ろされる。
しかし、Ζガンダムはシールドを装備した左腕を薙ぎ払ってハンブラビのクローを弾き壊した。
 破片となって飛び散るクローの残骸。ヒルダは圧迫されるような威圧感を覚えて、思わず身体をシートに
押し付けた。だが、気合負けしてなるものかと気を吐く。

「あの男の何を知っているか知らないが、随分と好き勝手な事を言うじゃないか。だが、例え貴様の言うと
おりだとしても、あたし達がシロッコを排除すれば何の問題もない。そうすれば、全てはラクス様の為にな
るというもの!」

 ヒルダは純粋にラクスを信奉して行動している。今回、こうして裏切って見せたのも、デュランダルのラク
スに対する扱いがあまりにも御座なりになり過ぎていたからだ。あまつさえ偽者としてミーアを用意し、ラク
スがプラントの味方と確定した後も、プラントでさえ彼女は素性を隠さねばならない。だのに、こんな冷めた
待遇をされて、オーブの世界放送のような時だけ力を頼ってくる――ヒルダには、その都合のいいデュラン
ダルの身の振り方が気に喰わなかった。気に喰わなかったどころではない、一発ぶん殴ってやりたいほど
だった。
 だから、シロッコにラクスを褒められ、頂点に戴くという理想を持ちかけられた時、ヒルダは嬉しくなってし
まったのだ。良く言えば献身的、悪く言えば狂信的な彼女は、シロッコの言葉の真意が真実であっても嘘で
あっても関係ない。その理想を実現させる事そのものが重要なのであって、もしシロッコが裏切るようであ
れば、それを排除する事も厭わない。シロッコがヒルダ達を利用しているように、彼女達もシロッコを利用し
ているに過ぎないのだ。
 カミーユは、しかしそんなヒルダ達の理想など知った事ではない。シロッコは、諍いを傍観して喜んでいる
ような男だ。その無責任極まりないスタンスは、余りにも人の命や人生を軽んじたもの。それを助長するよ
うなヒルダ達の裏切りは、許せるものではなかった。

「出来るつもりで居るのか、あの人は? 調子に乗って張り切って見せたところで、シロッコを倒せる確約に
などなるものか!」

 ハンブラビのビーム・キャノンの牽制。カミーユにとって、何でもない程度の攻撃だった。しかし、Ζガンダ
ムはカミーユの反応に僅かな遅れを見せ、その分だけ接近に手間取った。

27 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/22(水) 22:36:03 ID:PMBlvqis0
 整った環境で製造されたハンブラビは、さすがと言うべきだろうか。錬度不足なヒルダでさえまともに扱え
てしまうバランスの良さは、機敏性をまざまざと見せ付ける。ビームサーベルで切り付けようかというΖガン
ダムの腕を掴み、不敵にモノアイを瞬かせた。それが癪で、カミーユは反発して歯を食いしばる。

「聞き分けの無い女! あなた達が裏切る事でラクスがどう思うのか、考えられないのか!」
『全てを終えた後で、誤解は解くさ。ラクス様は、きっと我等の想いを分かってくださる。お前には、分からないだろうがね!』
「そんな勝手な思い込み! ――なら、彼女に知られる前にあなた達を倒します! 裏切りなんて、どんな
理由があろうとも許されるはずが無いでしょう!」

 カミーユの叫びが、衝撃波のような波動となってヒルダを慄かせる。まるで突風を身に受けたような衝撃
だった。思わずヒルダは操縦桿を握る手に力を込め、後ろに吹き飛ばされないようにと身体を踏ん張らせ
た。反射的にそうしてしまうほどの圧迫感に、バイザーの奥の額にはうっすらと脂汗が浮かんでいる。

『何で彼女の表面だけを見て、中身を見てやろうとしない! こうなっちゃった事で彼女が傷つくって、何で
考えられないんだ! 信じていた人に裏切られるのって、とても辛いんだぞ、苦しいんだぞ!』
「コ、コイツ――ッ!?」
『ラクスはあなた達の神様でも仏様でもない、同じ人間なんだ! 酷い事をするんじゃないよ!』

 人間の気迫が、物理的な圧迫感を得るまでに具現化されるものなのか。しかし、ヒルダの身体は現に強
張りを見せており、それが外部からの影響である事を強く意識する。非現実的ではあるが、何らかの金縛
り状態に晒されている様にしか思えなかった。
 ヒルダの額に浮かんでいた汗が、身を捩じらせた振動で玉となってバイザーの内側に浮遊する。その瞬
間、Ζガンダムの腕がハンブラビの制止を振り切ってビームサーベルを振り下ろした。ビーム刃はその
切っ先をハンブラビの肩に食い込ませ、鋭くその腕を断ち切った。

「クッ!? ――後退する、ヘルベルト、マーズ!」

 まさか、こんな無様な結果になるとは思わなかった。MSが気合で強くなるなどと考えられないが、Ζガン
ダムがそれを体現しているかのような動きを見せた。これは、ヒルダにとっては屈辱的な出来事である。
 溶断された腕が無残にも切り飛ばされると、即座に残された腕のマニピュレーターを伸ばす。コックピット
ではモニターの電源を一旦、落として備えた。そうすると、ハンブラビのマニピュレーターの指の付け根から
眩いばかりの閃光が発せられた。ヒルダは至近距離で閃光弾を炸裂させたのである。

「な、何だ!?」

 その眩い光に、カミーユは両腕を顔の前で交差させて凄まじい光に呻き声を上げた。ヘルメットのバイザーは目の防護性を備えているが、至近距離での閃光弾の炸裂は流石に堪える。一瞬、目を眩ましてい
たカミーユが再び目蓋を上げた時、既にヒルダのハンブラビはスラスター・ノズルから尾を引いて彼方に消
え去ってしまった後だった。

「仕留め切れなかった……。今度出てきても、エターナルには近づかせられないな、あの連中」

 ヘルメットを脱ぎ、まだ少し眩んでいる目を擦りつつ、カミーユは呟く。目がチカチカして不自由この上ない
が、時間が直してくれるだろう。
 出来れば、ヒルダ達はここで倒しておきたかった。仲間に知られる前なら、無かった事に出来る。そうした
かったのは、レコアが裏切った時の事を知っているからだ。裏切りは人を残酷に傷付ける。世の中、知らな
い方がいい事もある。
 ヒルダの撤退が残りの2機のハンブラビの後退を促したのは、間違いないようだ。ギャプランが無事な姿
を現し、Ζガンダムに寄り添うように接近してくる。優しくアポジ・モーターで機体を制御するその柔らかさ
は、ロザミアの気性を考えれば随分とおしとやかである。それだけ、彼女の情緒が安定しているということ
だろうか。

『お兄ちゃん、大丈夫?』
「ロザミィこそ――大丈夫で安心した」

 機体が接触する振動を感じ、カミーユはワイプの中のロザミアに向かって笑顔を投げかけた。彼女の顔
に似合わず可愛らしい声が耳に心地よく響くと、噛み締めるように深々と頷く。そうすると、ロザミアも笑顔
でVサインを返して見せた。どうやら、彼女の方は苦戦していたカミーユとは対照的に、大分、余裕があった
らしい。

28 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/22(水) 22:36:38 ID:PMBlvqis0
 カミーユは再び視線を前へと向けた。焦点は、特に定めていない。徒然なるままに宇宙空間を見通し、意
識をその空間へと溶け込ませるように目を閉じた。そして大きく深呼吸をすると、いよいよ身体から力が抜
けていく。
 まるで裸で水面を漂っているようだ。それはとても孤独で、宇宙での人間のちっぽけさと無力さを思い知
らされる。全てに手が届かないこの宇宙空間で、初めてそこへ飛び出した人類はどれだけの人恋しさをそ
の心に刻んだのだろう。それが他人との繋がりを求めるニュータイプの開花へと繋がったのだと、カミーユ
は信じられる。カミーユは絶望的に広大な宇宙空間にあって、他人の存在というものを感じる事が出来た。

「邪な、モノを感じる。1人のじゃないけど、シロッコが大部分を占めていると思えるな」

 呟きながら、ゆっくりと目蓋を上げた。その青い瞳は漆黒にして深遠なる大宇宙をも見透かそうかという
透明感を湛え、カミーユの思惟が、拡がっていく。それはシロッコの放つ刃のような攻撃的なものではなく、
カミーユの波動は羽毛布団のように優しく、心地よい。触れ合いを求めるかのように発散されていく波動
は、しかしまだ成長の途中だった。

 レコアとエリカを感じた――彼女達は廃棄コロニーへ向かっている。
 ヒルダを感じた――彼女は悔しそうにしながらも2人の男を引き連れ、母艦へと後退中だ。
 ラミアスを感じた――彼女は何かを忘れようと、アークエンジェルで奮闘している。
 ユウナを感じた――彼は戦闘の光に怯えながらも、必死に戦場から目を逸らさない。
 シロッコを感じた――彼はどこかで、その妖しげな目を光らせている。
 エマを感じた――彼女は何かに焦っている?

 そして、カツとサラを感じた――


 エマの目には、先行するカツのガイアが焦っているように見えた。戦闘宙域は、ビームとミサイルの応酬
が盛んに行われ、その合間を縫って進むだけでも多大なる神経を磨り減らす。現に、カツは既に何度か被
弾しており、それがフェイズ・シフト装甲で完封できる物理的な攻撃だったから良かったものの、エマの瞳に
は非常に危なげに映っていた。
 しかし、それを叱るようなテンションをエマは持てていなかった。カツは明らかにサラの事を黙っていたエ
マに対して怒りを露にしており、また、エマ自身もその事に負い目を感じていた。カツの態度が宇宙に出て
から急に変わったのも、全ては自分で知ってしまったからだった。やはり、カツにサラのことは知らせておく
べきだったのだろうかと臍を噛んでみるも、もはや手遅れ。後悔先に立たずとは、昔の人はよく言ったもの
である。
 エマは、黙ってカツの行方を見守っている事しか出来なかった。サラから遠ざけていたという事は、彼の
青春を殺すような意味を持っていたのだ。最近のいざこざでカツがヘンケンの名前を持ち出してきたのは、
エマにその事を分かってもらおうとする彼なりの、ささやかな抵抗だったのかもしれない。

 計器類には一切目もくれず、カツは目と勘だけで戦場を駆け抜けていた。後方に援護するようにエマのガ
ンダムMk-Ⅱ、味方のオーブ部隊は、少し遅れているようだ。今、最も敵陣に食い込んでいるのは、恐らく
自分とエマの2人だけ。忙しなく目を動かし、出来るだけ全方位をカバーするように注意を配る。
 いくつもの光芒が瞬く宇宙にあって、カツのガイアは単独で進む。吸い込まれるようにして突き進んでいる
先から、懐かしいものを感じた。咄嗟に片手をヘルメットに添え、左右を一度確認してから正面を見る。そ
して閃きが迸ったかと思うと、宇宙を切り裂くようにして2条のビームが襲ってきた。轟音が聞こえてきそうな
程の強力な光は、メガ粒子砲だ。それは牽制攻撃だったのか、ガイアとガンダムMk-Ⅱの間を掠めて消え
ていった。

「サラだ…サラなんだな!」

 見覚えのあるMAが、高速で向かってくる。すれ違いざまにメガ粒子砲を何発か放ち、まるで威嚇するか
のようにガイアを牽制している。反転して過ぎ去っていったMAにエマがビームライフルで応戦するものの、
それは縦に翻って簡単にいなして見せた。
 カツから見て上下反転したそのMA――メッサーラは、連続でメガ粒子砲を速射し、追随しようかというガ
イアをまるで近づけさせない。拒否反応を示しているかのように、アウト・レンジからの攻撃を心掛けている
様が、カツにはパイロットの意志としてハッキリと感じ取れた。

29 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/22(水) 22:37:27 ID:PMBlvqis0
「サラは僕を接触させまいとする! ――でも、君に話は無くても、僕にはあるんだ!」

 お互い、惹かれるようにして遭遇したのに、メッサーラはまるでカツの接触を嫌うように機動する。――と
言うよりも、実際にカツは嫌われているのかもしれないという事は考えなければならない。事の経過はどう
であれ、サラに止めを刺したのは他ならぬカツ本人なのである。今さら、どの面下げてサラと顔を合わせる
というのか、そういった不安もあった。
 しかし、こうして戦場で見えられたのは巡り合わせであるとしか言えない。この千載一遇のチャンスをもの
に出来なければ、カツはサラに呪われたままだ。きりっと顔を引き締め、全身の毛を逆立てるほどの意気
込みを見せた。
 カツの目がメッサーラの動きを追う。一向に立ち去る気配が無い事から、恐らくはシロッコの艦はその先
にあるのだろう。ガンダムMk-Ⅱが突破しようとすると、メッサーラは脊髄反射の如く即座にそれを妨害した。
 それが嫌味に感じられたのだろうか、ガンダムMk-Ⅱはパルカン・ポッドで激しく追い立てるも、メッサーラ
の機動力の前では嘲笑われるだけで、バーニア・スラスターの軌跡をなぞるだけだった。コックピットの中で
青筋を浮かべているエマの顔が、容易に想像できる。ガンダムMk-Ⅱがビームライフルを取り回したとき、
カツは徐にその砲身をガイアのマニピュレーターで押さえつけて下げさせた。そのカツの行為にガンダム
Mk-Ⅱの頭部が振り向き、怪訝そうにその双眸が2度ほど瞬く。接触回線が繋がり、サブ・モニターにエマ
の顔が映し出された。

『何をするの!』
「エマさんが僕に負い目を感じて下さっているなら、メッサーラの相手は僕に任せて下さるはずです!」
『今のが、そうだと言うの?』

 感度の鈍いオールドタイプとはこの程度だ。宇宙を飛び交う人の意志というものを受信するアンテナが無
いものだから、敵を倒す事だけしか考えられず、無闇に武器を振るう事しか知らない。それでは余計な誤
解を生むだけだと、カツは眉間に皺を寄せた。
 ――尤も、エマの感性の持ち方が大多数の常識であり、カツはそんな常識を持ち合わせていなかった。
そのカツの感想がエゴに過ぎない事に気付けるだけの余裕を持てていないのは、サラの存在がそうさせて
いるのかもしれないが。

「その通りです。任せてもらえないのなら、僕は絶対に中尉やカミーユを許しませんよ!」
『戦争をやっています。好き勝手させるわけに行かないのは、あなたにも分かるでしょ?』
「中尉ッ!」
『――けど、私だってチャンスくらいは与えるわ。カツも男の子なら、それをモノにして御覧なさい』

 エマがそう言うと、ガンダムMk-Ⅱはガイアのマニピュレーターを振り払ってビームライフルのエネルギー
カートリッジを交換した。そうしてからスラスター・ノズルに火を入れてガンダムMk-Ⅱが機動していくのをカ
ツが見送ると、ガイアも別方向へと動き出す。素早い敵には、複数方向からの同時攻撃が常識。エマと連
動して動き、挟み込むのが手っ取り早い。

「分かってるさ、僕だって。いつまでも中尉たちにおんぶに抱っこじゃ、サラは僕の言う事も聞いてくれやし
ないって……!」

 エマに言われるまでも無かった。敵同士で、戦場で巡り合うのも奇跡と呼べるのに、こんな機会など滅多
に転がっているものではない。カツはたった1度きりのチャンスと言い聞かせ、集中力を高めた。

 一方のサラは、オーブ軍の進撃部隊を牽制しつつ、後方から迫ってくるガンダムMk-Ⅱを気にしていた。
あれに乗っているのは、カツではない――サラも同じくカツの存在を感知しており、ガンダムMk-Ⅱがカツ
の乗る機体でない事を知ると、怪訝に首を傾げた。
 カツは、自分を追って来たがっているのは間違いない。サラの直感が正しければ、カツは態々サラに会う
為に敵陣の懐まで飛び込んできたのである。それなのに、不思議なことにカツの姿が先程から見えない。

「カツはまだ近くに居るはずなのに。――何だ、さっきからのこの違和感は?」

 シロッコのものであったならば、感じ慣れたサラには無害に等しい。だが、この戦場を包み込むような違
和感は、彼のものではない。柔らかく暖かい、馴れ馴れしいそれが不愉快で、それが先程からサラの勘を
鈍らせていた。
 身体に纏わりつく粘膜のような感触が苛立ちを募らせ、サラの操縦桿を握る腕も鈍らせる。集中力が欠
けていたのだろうか、後ろからしつこく追撃を掛けてくるガンダムMk-Ⅱの攻撃が、メッサーラを掠めた。

30 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/22(水) 22:39:36 ID:PMBlvqis0
「プレッシャーも持たずにこちらを狙うというの?」

 チリチリと粉のように舞うビームの粒子。装甲には焼け焦げた1筋の跡が残された。しかし、それは狙撃
されたと言うよりも、偶然掠めてしまったという様な感じだった。ガンダムMk-Ⅱからは攻撃的な意志は感じ
られず、その曖昧な照準の意図をサラは測りかねていた。

「しかし、Mk-Ⅱが私を追ってくれるなら、パプテマス様の所へは近づけさせないで済むというもの。――あ
れを利用するか?」

 サラの目に留まったのは、MSよりも2回りほど大きい岩石が集積しているデブリ帯。そこへガンダムMk-
Ⅱを誘い込むことで、足止めをしようと考えた。
 果たして、サラは操縦桿を傾けてメッサーラをデブリ帯へと向ける。ガンダムMk-Ⅱは機動力の差でメッ
サーラとの距離に大きく水を開けられてしまったものの、エマの目はメッサーラのバーニア・スラスターの光
が大きく曲がったのを見逃さない。その先にデブリ帯がある事をコンピューターの画面で知ると、徐にマニ
ピュレーターの指関節から閃光弾を発射した。

「カツ、気付きなさいよ!」

 炸裂する閃光弾。鮮やかに白い光を放ち、メッサーラが紛れ込んでいったデブリ帯を照らす。
 それは、エマのカツへの合図。先にそのデブリ帯の中に紛れ込んでいたカツは、こちらへ向かってくるメッ
サーラの姿を視認した。メッサーラの青紫は宇宙では視認が難しいが、カツのガイアは黒が基本色であ
り、更に保護色的な意味合いが強い。果たして、デブリの陰に隠れていたガイアを飛び出させ、遂にメッ
サーラの正面へと躍り出た。

「サラ!」
『カツ!?』

 唐突なガイアの出現に度肝を抜かれたのか、メッサーラは咄嗟にMSへと変形させた。その変形モーショ
ンの隙をカツは見逃すはずも無く、素早くガイアを飛び掛らせると、メッサーラのビームサーベルを持つ手
をガイアの腕で掴んで、完全に密着するように抱きつかせた。睨みつけるように一点を見つめてくるメッ
サーラのモノアイに対し、ガイアのデュアル・アイは触れ合いを求めるかのようにゆっくりと優しげに瞬く。

「本当にサラなんだろ! 2人で話したいんだ!」
『2人で……?』

 サラの声を久しぶりに聞いた。これまでどんなに会いたいと焦がれても、決して交わる事がなかった。ここ
に来てようやくサラと出会う機会を得られて、カツは本当に嬉しかった。スピーカー越しのノイズ混じりでも
良い、サラの声をたった一言聞いただけで、カツは喜悦の吐息を漏らした。
 しかし、再会を喜んでいる余裕など無い。エマが与えてくれた折角のチャンス、これを活かせないでは、自
分が結局、何をしたいのかが分からなくなってしまう。弛緩しかけた表情を引き締め直し、サラへと呼びか
ける。

「もうこんなことは止めよう! シロッコのところに居たって、いい事なんか何もありゃしないよ!」
『何を言っているの?』

 サラの声が不機嫌に低くなった。シロッコを中傷するカツに明らかな不快感を示している事がありありと
伝わってくる。カツは一寸臆する自分を意識しながらも、負けるものかと気を張る。

「シロッコは危険な男だ。アイツは――」
『それはカツの考えている事であって、私に指図する事では無いわ!』
「シロッコは、君を利用して戦わせているじゃないか! 僕は、利用されているだけの君をあんな男の所に
置いておきたくないだけなんだ!」

 今の一言が余計だったというのか。純粋なパワーでバッテリー仕様機が核融合炉搭載機に勝てるわけが
ないのは自明であったが、それでもチューン・アップされたガイアであればもう少しまともにメッサーラを掴ま
えて置けるだろうとカツは思っていた。しかし、早くも押し返されている現実に、カツの頬を汗が伝った。ガイ
アの腕の駆動関節がギシギシと音を立てているように軋んでいるのが、カメラ越しでも分かる。

『甘っちょろいカツの言う事! 私は、カツの恋人でもなければ友達でもないわ。ただ戦場で知り合っただけ
の、そして、敵同士! 馴れ馴れしく恋人を気取るなんて、馬鹿にするのも大概になさい!』

 そんなつもりで言ったのではなかった。カツはただ、サラの身を案じて忠告しただけのつもりであった。そ
れが存外に激しく捲くし立てられ、激昂する。そんなサラの態度に、完璧に対話の道は閉ざされてしまった
のだと激しく落胆してしまった。

31 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/22(水) 22:41:04 ID:PMBlvqis0
 メッサーラが岩にガイアを押し付けて引き剥がすと、メガ粒子砲を構えて狙いをつけた。カツは慌ててペ
ダルを踏み込み、バーニア・スラスターを噴かして緊急離脱すると、メッサーラのメガ粒子砲から放たれた
ビームが数瞬先までガイアが引っ掛かっていた岩を粉々に砕く。命辛々やり過ごせたと思ったのも束の
間、メッサーラがMA形態で急接近し、再び変形を解いてビームサーベルで切り掛かってくる。

「サラは、本気で僕を斬ろうって言うのか!?」

 鬼気迫るその動きに、カツの反応が間に合わない。メッサーラの持つビームサーベルの刀身が微かに揺
らいだかと思うと、鋭い太刀筋がガイアの右肩口を一閃、鮮やかに右腕を切り飛ばした。
 カツの目の前のコンソール・パネルがダメージを表示し、警告音がけたたましく鳴り響く。カツはバルカン
のスイッチを固く押し込みながら、操縦桿を一息に引っ張り込んだ。ガイアがその要求に反応し、バルカン
をばら撒きながらメッサーラを蹴って再度緊急離脱する。
 モノアイを明滅させながら、ぐらりとバランスを崩すメッサーラ。しかし、そのマニピュレーターの指関節か
ら接触回線用のワイヤーが伸びた。それに絡め取られた時、そのメッサーラの不可解な行為に、カツの頭
の中で閃きが迸った。

『あっ……』

 思いもよらなかった自分の行為に動揺するサラの声。その声を耳にした時、カツの脳がフル回転を始
め、一瞬であり得ないほどの思考を廻らせた。それは、殆ど閃きであり、その閃きが何重にも重なってカツ
にサラの根底にある本当の気持ちというものを理解させた。
 拒絶するような素振りを見せておいて、こうして対話の道を残しておく。この矛盾は、サラが迷っている
証拠だ。逃げようとしたカツを引き止めるために接触回線用のワイヤーをガイアに絡めさせたのは、何度も
呼びかければ、サラは自分の言葉を聞いてくれるようになるかもしれないという、可能性だった。
 サラの中で、カツの存在は決して小さなものではない。それを分かればこそ、カツは諦めずに必死にサラ
に呼びかけることが出来る。そして、この状況は彼にとって途轍もない喜びに満ちた出来事であった。
 カツは、ヘルメットのバイザーを上げた。少しでも鮮明に、サラに自分の言葉を届けるためだ。

「サラ! サラ、君は僕と話したがっているじゃないか! だったら、そんな突き放すような言い方じゃなく
て、僕の言う事も聞いて!」
『カツは私に拘りすぎるのよ。そんな視野の狭い人を、私は好きになどなれない』
「それはシロッコのことだ。シロッコは自分の目で見る世界しか信じない、狭量な男だ」
『憶測を! あなたなんかに、何が判るって言うの?』
「僕がシロッコを倒す事でそれを証明できるのなら、やっても見せるという事!」

 自説の証明の為に敵を倒そうとするカツの気骨は、サラの反発を強めただけだったのかもしれない。カツ
の愚かなところは、それがサラに対して逆効果にしかならないことを考えられなかったところだ。カツは、正
しくサラの言うとおりで、サラに拘りすぎるきらいがある。自分の気持ちを伝える事に精一杯で、相手のリア
クションを考えて言葉を発するという事をしなかったのだ。
 サラの操縦桿を握る手が震えている。憤りの震えだ。わなわなと震える身体を、自らの腕で包み込んだ。

「そんな事、カツなんかに出来るはずないじゃない!」
『やってみなけりゃ、分からないだろ!』
「戯言を! ――万が一、シロッコが倒れるようなことがあれば、私もそれを追って死ぬわ! あなたはそ
れで良いって言うのね、カツ!」

 出撃前の抱擁が、サラをそうさせたのか。思わず“シロッコ”と呼んでしまった背景には、サラのシロッコに
対する深い敬愛の念がある。それらが重なって、サラの頭の中の想像力を逞しくしてしまっていた。単純に
言ってしまえば、サラは舞い上がっているのである。だから、妄想の中の2人は既に恋人同士なのである。
残念ながら、そこにカツの入り込む隙は皆無だろう。
 ただ、サラにも誤解があった。今のサラの言葉に触発されて、今度はカツが怒りに肩を震わせた。顎を引
いていたガイアが顔を上げると、双眸が燃えるように光り輝く。サラの目には、そのガイアの頭部にカツの
憤りに歪む険しい顔が見えたような気がした。

『そんなのは卑怯だ! いくらサラだって、やっていい事と悪い事がある! そんな事も分からないくせに、
無条件でシロッコの全てを鵜呑みにしようとするなんて!』
「減らず口を――!」

32 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/22(水) 22:42:22 ID:PMBlvqis0
 苛立ちを覚えた。カツがどこまでも生意気で――違う、カツの言葉に反論できないからだ。カツの言って
いる事を認められる心があるから苛立つのだ。その迷いは、シロッコを信じて戦う自分の信念の弱さを露
見させた。サラは悔しくなって、キッとガイアを睨み付ける。
 カツは攻撃の意志を見せない。まるで無防備なガイアに、サラは容赦なくビームサーベルを振り上げた。
それは不器用に振るわれる刃。感情的になったサラの一太刀は、カツの見透かしたような往なし方でかわ
され、逆にガイアの左手に逆手に握られたビームサーベルで肘を狙われる。果たして、ビームサーベルを
持つ腕を切られてしまい、サラは苦汁の声を漏らした。
 ガイアは続けて、抱きつくように体当たりでぶつかってくる。岩に押し込まれて接触すると、コックピットを
衝撃が襲った。リニア・シートのアームが衝撃を吸収しようと揺れる。その揺れに耐えながら、サラはギュッ
と両目を瞑った。

『自分と他人を一緒くたにして、頭の中だけで生も死も共有しようとするなんて、そんなのおかしいよ! 僕
なら、絶対に君をそんな風にしない!』

 シートから落とされまいと、全身に力を入れて踏ん張る。揺れはすぐに収まり、パッと目を開けばガイアの
顔。組み付かれていることには違いないが、その組み付かれ方が縋りつかれているように感じられ、サラ
は腹立たしさのあまり、身体を前のめりにさせた。

「なら、戦いを止めて! そんな風にしてカツが敵になるから、私だって戦わなくちゃならないんじゃない! 
それは、お互いを遠ざけるだけよ! ニュータイプのやることではないわ!」
『そうやって僕をニュータイプと言って煽てたって、2度も騙されるもんか! 目を覚ませ、サラ!』
「煽てるって、そんなつもりじゃ――」

 サラに動揺が表れた。彼女のカツに対しての負い目――アーガマを脱出する為に、カツが自分に気があ
る事を知っていてそれを利用した。純情そうな少年は、得てして英雄への憧れが強い。その憧れを刺激す
る為に、サラはカツに対してニュータイプではないのか、と訊ねた。甘える女として、少年の発起心を呼び
覚まして利用し、そして裏切って逃げた。
 正直、カツの純粋さと優しさが、サラは嫌いではなかった。単純に、出会った順番である。サラはシロッコ
と先に邂逅を果たしていたが、もし、その順番が逆であったり並の男が相手であったならば、カツにもチャ
ンスはあったのかもしれないのだ。
 しかし、カツの運が悪かったのは、相手がシロッコであった事。完璧超人とも称したいほどの天才的頭脳
とカリスマ性を併せ持ち、処世術や話術にも長けている。これ程の才能を持つ相手に比べ、カツの才能は
平凡と言わざるを得ない。だから、遅れてサラの前に立候補したカツに、勝ち目は殆ど無かったのである。
ただ一つの点に於いて以外は――
 サラがカツを拒むのは、カツに魅力を感じないからではない。寧ろ逆に、カツに惹かれる部分が自分の心
の中にあると気付いているからこそ、意地になってそれに抗おうとしている。それがシロッコに対する裏切り
であると意識するからこそ、素直になれない。

 カツはサラの心の内を知ろうとし、サラはそれを知られまいとひた隠す。メッサーラがガイアを蹴り上げて
逃げ出すと、カツはそれを追って操縦桿を押し込んだ。先程から漂っている絡みつくような感触が、サラの
心にモザイクを掛けている様に干渉して煩わしかった。

「これ、カミーユじゃないのか? 邪魔するんじゃないよ、カミーユ!」

 ヘルメットに手を添え、カツは違和感の正体を割り出そうと意識を集中させた。それは決して悪意のある
ものではなく、寧ろ心地よさを与えてくれるものであったが、それが強力すぎて逆にジャミングを掛けてし
まっているように感じられた。お陰で、妙に勘が鈍って調子が出ない。
 サラも、同じなのだろうか。メッサーラの動きが、存外に鈍い。迷いもあるのだろうが、間違いなくこの妙な
感触も影響しているのだろう。
 そうとなれば、いつまでも悲観している場合では無い。カツはガイアに鞭を入れ、もう一度メッサーラに飛
び掛かった。

 一方、メッサーラを追い込んだエマは、カツが説得を続ける合間に敵MSの掃討をしていた。カツの邪魔
をさせないという配慮と、戦線の維持をするためだ。先程、イケヤ率いるムラサメ小隊が後退した事によ
り、オーブ軍の中心が不在となった。その代わりといっては何だが、ガンダムMk-Ⅱは十分に高性能なMS
であり、エマもザフトから出向している身とはいえ、本来は指揮もこなす優秀な人材なのである。戦線を押し
上げてきた後続の部隊に指示を出しながら、自身は既にMSを5数も撃墜していた。

「カツはうまくやれているのか?」

33 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/22(水) 22:42:56 ID:PMBlvqis0
 ウインダムが果敢にビームサーベルで飛び掛ってくる。エマはそれをひらりと横にかわすと、背後を取っ
てビームライフルを一閃、一撃でコックピットに直撃させ、撃墜数を更に増やした。
 しかし、ここは最前線。ミノフスキー粒子下に於いて、一番被弾の可能性が少ない場所ではあるが、見方
を変えれば敵の懐に最も潜り込んでいる場所でもあるのだ。危険が少ないわけではなく、浴びせられる砲
撃の数は熾烈を極めた。
 堪らずエマはバックして少し身を引き、後続の部隊と合流して一斉に敵部隊に対して砲撃を加えた。そし
て、敵の攻撃が緩くなると、ワイヤーで一機のムラサメに接触回線をまわす。

「伝えて。ここまで前線を押し上げられれば、陣容を崩されるような事も無い。戦線の維持を最優先に考
え、作戦の終了まで持ち堪えろと。こちらの目的は、あくまで謎の廃棄コロニーの調査である事を、もう一
度全軍に確認させて」
『了解です』

 ワイヤーを引っ張って収容すると、今のムラサメがワイヤーを飛ばし、他の友軍に対して接触回線を繋げ
た。それが次々とリレー方式で伝えられていく。ミノフスキー粒子が蔓延する状況では、こうした地道な作業
も必要になったりもする。

「カツは――」

 目を凝らし、エマは先程カツが紛れて行ったデブリ帯を見た。大きく伸びるバーニア・スラスターの光と、
細かく姿勢制御するアポジ・モーターのとっ散らかったような光が、絡み合うようにして流れていく。
 ガイアとメッサーラの性能差を考えれば、カツが易々と説得に集中できるような状況にない事は分かる。
付け加えてカツには油断をするという悪癖を持っている事を併せて考慮すれば、援護に入る必要性は十分
に認められた。
 複数機のウインダムが、ガンダムMk-Ⅱに攻撃を仕掛けてくる。エマはそれに向かってシールド・ラン
チャーからミサイルを射出し、牽制を掛けた。それによって出足を挫くと、ガンダムMk-Ⅱをガイアとメッ
サーラが絡む方向へ向けて機動させた。

 同じ頃、カミーユもまた、引っ張られるような勘を頼りにカツの元へ向かっていた。ウェイブライダー形態
のΖガンダムとMA形態のギャプランのスピードは、並大抵のMSの機動力とは一線を画する。それに付け
加え、2人は理論以上に勘が働くタイプのパイロットである。臨機応変なその動きが、いかなる攻撃をも寄
せ付けなかった。
 果たして、2人はメッサーラとガイアのもみ合いの現場に辿り着く事が出来た。バーニア・スラスターの光
が2つ、拡大画像がワイプに表示されると、ガイアとメッサーラの機影を確認した。

「サラはあれか」
『カツが危ないわ!』

 ロザミアが叫ぶのと同時に、組み付いたガイアが振り落とされる。ふらりと流されるガイアは損傷してい
て、姿勢制御にも苦労しているように見える。そこを狙ったように向けられたメッサーラのメガ粒子砲が、ガ
イアの頭部を吹き飛ばした。
 カツはメイン・カメラを失って焦ったのか、慌てて回避運動を取ろうとしたガイアは、無惨にもスペース・デ
ブリの岩に衝突した。目隠しをしているようなものなのだから仕方ないとして、完全にコントロールを失った
ガイアは格好の的だ。メッサーラの砲口は、そんなガイアに対しても容赦なく砲撃を加えた。
 しかし、おかしい。メッサーラの照準は酷く曖昧で、グロッキーなガイアに掠りもしない。特にイレギュラー
な動きをしているわけでもないのに、まるで直撃を躊躇っているかのようだ。

「サラはシロッコのMSに乗りながらにして、カツを撃墜する事に迷っているんだ……!」

 カミーユは瞬時にそう悟り、Ζガンダムを2人の間に割り込ませた。Ζガンダムの登場に驚いているの
か、メッサーラは挙動を乱し、慄いたようにして僅かに後ろに下がった。その迷走振りが不愉快に感じら
れ、カミーユの歯がギリッと音を立てた。

「そういう情けを掛けるくらいなら、敵になる事を止めろ!」

 カミーユがシールドを前面に押し出して、メッサーラに体当たりする。虚を突かれたのかどうかは分からな
いが、余りにもあっさりと接近を許すサラ。目の前のメッサーラのモノアイが、動揺を表すように上下左右に
落ち着き無く揺れている。本人も同じようにして目を白黒させているのだろうと想像できる。

34 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/22(水) 22:44:18 ID:PMBlvqis0
「サラ! カツをどうするつもりだったんだ!」
『カ、カミーユ? 2人で話したいって言ってたのに――カツは、私を騙したの!?』
「何を言っているんだ?」

 気が動転してしまっているのだろうか、サラの声は揺れていた。カミーユに言われ、ハッとして我を取り戻
す。首を振り、周囲を確認して孤立しつつある事に気付いた。

「この、私に集中する意識の固まりは、私を生け捕りにしようとしている……!」

 そうはさせじと、無理矢理にΖガンダムを殴り飛ばして後退した。こんな事で捕まって堪るかと懸命に逃
げようとするも、援護に駆けつけてきたガンダムMk-Ⅱが正面を塞ぐようにして躍り出し、慌ててサラは進
路を変えた。ところが、その先に今度はギャプランが現れて、メガ粒子砲で威嚇してくる。いよいよ以って危
機意識が高まってくると、サラは恐怖に喉を鳴らして眉を顰めた。
 万事休す――サラは苦渋に顔を顰め、取り囲むカツ達の事をにらみ付けた。
 メッサーラが諦めて動きを止めると、ガイアがゆっくりと接近してきた。左肩口と頭部の損傷部分をスパー
クさせながら、包み込むように左腕を回してきた。まるで、MSで抱き合うように、僅かな接触による振動を
感じると、コックピットの中のカツの呼吸が聞こえてくる。
 止めて欲しかった。辛く当たったのに、カツはそれを許そうとするかのように優しさをぶつけてくる。恐ら
く、ここでカツに重傷を負わせたとしても、彼はそれを許してしまうのではないだろうか。そう思わせるほど
に、ガイアから聞こえてくるカツの呼吸は柔らかく、穏やかだった。

『サラ、僕の声を聞いて欲しいんだ……』
「な、何を――」
『シロッコは、優しい人かもしれない――』

 それは、カツの敗北を認める一言のはずだった。先程の敵意むき出しの恨み節に比べ、今の言葉はそ
の自分の意見を覆そうというものだ。サラは驚き、息を呑んでカツの声に耳を傾ける。

『――けど、その優しさは君を戦争をする人に変えてしまった。それは、君のような純粋な女の子にしては
いけない事なんだ。だから、僕はシロッコが君に対して投げかけている優しさが、許せないんだ』
「カツ……それは違うわ。私は、あの方の為に戦う事を決意したのよ。それは、私の意志でやった事――
パプテマス様のせいではないわ」
『でも、サラは戦いで何かを得ようと考えるような人ではないだろう?』

 カツの声が震えている。ほんの少し鼻を啜るような音が、機械的なノイズの音に混じってサラの耳に届け
られる。先程までの激情任せのカツの声色ではない。ひっきりなしに投げかけられるカツの自分に対する
優しさに、サラは狼狽した。
 カツの問いに応えられないで、少しの間だけ沈黙が包んだ。カツはサラの反応を待っている。サラはどう
答えて良いのか分からず、答えを探すように視線を泳がせる。

「……カツは、私をどうしたいの?」

 考え抜いて出した答が、それだった。自分に価値を見出して必要としてくれたシロッコ、その彼とは違う印
象を受けるカツは、それまでのサラの価値観を崩壊させてしまうかもしれない。ただ、ここまで一所懸命に
なってくれるカツの、どうしようもない拘りが、サラに聞く耳を持たせた。サラは、カツの一所懸命に応えなけ
ればならないと感じていた。

『僕は、君にMSから降りて、戦いから身を引いて欲しいだけなんだ』
「本当に、それだけなの?」
『ああ、僕の事を好きになってくれなくていい、君がそうしてくれるって言ってくれるのならば、僕はもうシロッ
コを憎んだりはしない。――約束するよ』

 サラはシロッコに使役される事で充足感を得ていた。しかし、カツはサラに安らぎを与えようとしている。
それは、人には目に見えない精神的な信頼関係だけでなく、生身で触れ合えるような肉感的な感触も必要
なのだと訴えているように聞こえた。

「カツ……」

 カツがどこまでも優しくしてくれるのは、彼が正直だからだ。自分の気持ちを包み隠さず、全てさらけ出す
事で他人に理解を求める。中には、そんなカツの正直さを甘い事だと唾棄する者も居るだろう。ただ、サラ
としてはカツの正直な優しさにならば抱かれても良いとさえ思った。それは理屈なんかで考えた事ではなく、
自分の根底にある感性で導き出した結論だった。だから、いつの間にか自然と涙が浮かんでいても、それ
は当然の事なのだと理解できた。

 ガイアとメッサーラは、暫く組み付いたままで動かなかった。カミーユはそれを眺めながら、何か重要な事
を2人に教えてもらったような気がしていた。カミーユの意識の中で、2人が抱擁を交わすイメージが湧き上
がった時、観念的であったニュータイプの定義に一つの答が導き出されたように感じた。

35 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/22(水) 22:45:36 ID:PMBlvqis0
『カツ、優しいんだ……』

 Ζガンダムに、ギャプランがそっと接触してくる。ロザミアが蕩けた声色でそう漏らすと、そうだな、と一言
返した。あのロザミアを、まるでマタタビを嗅いだ猫のようにしてしまったのは、それだけカツとサラの感応
が真に迫っているからだと思う。
 やっと、心を通じ合わせたカツとサラ。敵同士――それは、自身のフォウとの体験談をも思い起こさせ
る。分かり合うということは、お互いの心を裸にし、現実的な温もりを求める事に他ならない。それは、時に
対立を生むような事もあるだろう。しかし、それを乗り越えて理解を深めた先に、答が待っている。サイコ・
ガンダムのコックピットの中、フォウはそれを分かってくれたからこそ抱いてくれたのだと、カミーユは思い
たかった。
 しかし、世の中というものは中々上手くいかないものであった。それは試練と呼ぶには余りにも禍々しく、
バラの棘が全身に食い込むような痛々しいプレッシャーを感じて、カミーユの顔からドッと汗が噴き出した。
間違いなく、今この場に最も近づけてはならないニュータイプの存在を察知した。

『お、お兄ちゃん――ッ!』

 ついさっきのロザミアの穏やかな声色は、その瞬間に消え去った。聞こえてきたのは、強気な彼女が放
つ珍しく弱気な声。接近するニュータイプの危険性が、分かっているのだ。カミーユは思考を中断させ、ガ
ンダムMk-Ⅱにワイヤーを繋げた。

「エマ中尉! あっちから――あの岩の向こうから敵が来ます!」
『敵って――来るの?』
「シロッコです! 今、奴をここに近づけちゃいけない!」
『分かったわ。やってみる』

 ガンダムMk-Ⅱが腰のウェポン・ラックからハイパー・バズーカを取り出すと、カミーユに指定された方向
に向かって構え、装填している全ての弾頭を吐き出した。それは暫く直進したところで拡散し、数多の礫と
なって虚空の宇宙の中に染み込んでいった。
 見開くカミーユの目が、虚空を見つめる。微かなバーニア・スラスターと思しき光が、一瞬だけ光って消え
た。そうすると、先程カミーユが指差した岩がビームに貫かれ、塵となって砕け散った。そこから煙を引き摺
るように飛び出してきた白亜の大型MSが、漆黒の宇宙に敢然と姿を現した。

「シロッコめ!」
『見えたッ!』

 カミーユが直感するのと同時に、ギャプランがΖガンダムの前に躍り出て、メガ粒子砲を速射した。しか
し、タイタニアは岩を巧みに利用して難なくかわして見せると、待ち構えるカミーユ達には目もくれずにガ
イアとメッサーラのところへと加速して行った。

『生意気!』
「行かせるかよ!」

 ロザミアの苛立ち、カミーユはそれに構わずにΖガンダムをタイタニアに追随させた。

「エマさん! 何とかシロッコの足を!」

 分かっていると言わんばかりにタイタニアの正面に回りこむガンダムMk-Ⅱ。それで少しは時間を稼げる
と思ったのも束の間、タイタニアの肩から射出された1基のファンネルが威嚇してガンダムMk-Ⅱのバルカ
ン・ポッドを吹き飛ばし、胸部付近に膝蹴りを食らわせて簡単にあしらってしまった。
 しかし、ギリギリ追いつけるだけの時間は出来た。カミーユがΖガンダムをタイタニアに横付けすると、
ビームライフルをかざして威嚇射撃を放つ。タイタニアは風に揺れる木っ端の如く上下機動して意に介す様
子も見せない。ビームライフルでは駄目なのか。ならばとビームサーベルを取り出し、縦に切り掛かった。
 それを待っていたのか、タイタニアは肩部サブ・マニピュレーターのビームサーベルで斬撃を受け流すと、
一足飛びに加速してΖガンダムを振り切ってしまった。コックピットでは軽く後ろを振り返りながらほくそ笑
むシロッコ。子供の単純な思考を嘲笑うように鼻で息を鳴らす。

「感情でサラを洗脳しようとしているようだが、そうは行かん。彼女は私にとって必要な存在なのだ」

 これで、もう障害は無い。タイタニアの肩部から数基のファンネルが飛び出してくると、あっという間にガ
イアを取り囲んでしまった。そして放たれるビームが正確にガイアの四肢を射抜き、メッサーラを傷付ける事
なく引き剥がす。

36 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/22(水) 22:46:40 ID:PMBlvqis0
 突然の衝撃に、カツは夢見心地の世界から一気に現実へと引き戻された。ファンネルの砲撃は致命傷と
は行かないまでも、ガイアを沈黙させるには十分な損傷を与えていた。ハッとして機体の損傷状態を確認
してみるも、既に胴体部を残してガイアはダルマ状態になっており、制御が利かなくなってしまっている。あ
くせくとコントロールを呼び戻そうと色々弄ってみるも、モニターにはビームライフルの砲口をこちらに向け
ている、くすんでいるようで純白のMS。

「こ、このままじゃ――」

 焦ってガイアをコントロールしようと操縦桿を何度も押し引きするが、一向に反応する気配が無い。どうや
ら、今の損傷で操縦制御に異常を来してしまったようだ。
 こんな棺桶に入れられたまま成す術もなくやられてしまうのか、カツは警告で真っ赤な光が明滅するコッ
クピットの中、必死に手を尽くそうと抗いを見せていた。その表情に、まだ諦観は無い。
 シロッコは、そんな最後まで抵抗を見せているカツの姿勢は、悪あがきであると断じる。もはや何をしよう
と無意味であると分かっている状況での往生際の悪さは、品性に欠けると考えるからだ。だから、そんな人
間がサラをかどわかそうとしていたという事実が、余計に不愉快で仕方なかった。

「往生せい、小僧」

 シロッコがにやりと口の端を吊り上げて、トリガー・スイッチを押し込もうとした時だった。不意にメッサーラ
が間に飛び出してきて、胴体部のみのガイアにビームサーベルで切り掛かったのである。お陰でシロッコ
はスイッチを押そうとした指を寸前で躊躇い、カツに止めを刺すチャンスを逸してしまう。

『私を惑わす敵はぁッ!』
「サラ!?」

 表情に驚きの色を見せたシロッコ。サラは口ではそう言うが、このタイミングでの飛び出しは、あたかもガ
イアを庇ったようにも見える。それはデジャヴではなく、以前にもレコアが似たような行動を取った事があっ
た。その時の出来事と、非常によく似通っているのだ。
 しかし、驚いている場合ではない。戦いは常に流動的なものなのだから、タイタニアをビームが襲うという
状況は、必ず訪れる事である。一つ舌打ちをして顔を振り向ければ、Ζガンダムとギャプランが追い立てる
ようにしてビームライフルを撃ってくる。シロッコは、ガイアに止めを刺さずしてそこから離脱するしかなかった。

 タイタニアの代わりにメッサーラが飛び出して来た時、カツはサラの情けを感じた。操縦桿を遮二無二、
動かしていると、一瞬だけスラスター・ノズルが点火し、背中を押されたようにガイアが飛び出した。
 当然、メッサーラはガイアを動けないものとして飛び掛ったものだから、その突然の動きにサラの咄嗟の
対応が間に合わず、再度抱きつくような形で接触した。

37 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/22(水) 22:47:15 ID:PMBlvqis0
 ガイアはカメラの殆どが死んでいるのだから、カツには今の接触が岩にぶつかったのかメッサーラにぶつ
かったのかは分からない。光源が弱くなりつつあるコックピット、薄暗がりの中で手を弄って何とか生き残っ
ているカメラでを復活させる。そうすると、モニターには至近距離で捉えたメッサーラの顔のアップが映し出
され、モノアイを柔らかく光らせていた。カツの耳に、接触回線が繋がった事による砂をかじった様な音のノ
イズが聞こえる。

『カツ、私との事は全部、夢だったと思って』
「えっ?」

 内緒話をしているかのような囁き声。カツは思わず聞き返した。

『夢だったと思って。――夢は、いつか醒めるもの。それならば、私との事だって、きっと忘れられるわ』
「忘れられるって……そんな――!」

 カツが問い詰める暇もなく、メッサーラはガイアを突き放した。その次の瞬間、メッサーラを追い捲るビー
ムの光。ガンダムMk-Ⅱがカツの危機を救おうとビームライフルを構えていた。
 途端にガイアのボディ・カラーが石灰色に染まっていく。エネルギーが危険域に突入した事によって、フェ
イズ・シフト装甲への電力供給がストップしたのだ。
 サラはスイッチを弄ってワイプでガイアの姿を確認した。灰のようなガイアの胴体部が、ガンダムMk-Ⅱに
抱きかかえられている。すぐにそのワイプは消し、サラは俯いて目蓋を閉じた。

「カツ、あなたのような優しい人は、私みたいな女に囚われてはいけないのよ。私は、パプテマス様と戦うと
決めてしまった。今更その生き方を変えてしまったら、それは私ではなくなってしまう。だからカツ、あなたは
私と関係の無いところで生きて。そして、出来ればもう二度と私の前には――」

 不器用なサラなりの、精一杯の思いやり。カツと心は通わせた、しかし、サラはカツと共に歩む事を拒否
した。それは、カツにさよならを告げる事と大差ない。サラは、シロッコと先に出会ってしまったのである。そ
れは決して覆る事の無い結果で、カツにはどうしようもない事だった。

「駄目だ、サラ! 君は、戻るべきじゃないよ!」

 人と出会った順番が、人生を決めてしまう。それは、奇しくもカツの憧れるアムロ=レイが通った道と同じ
だった。いくら心を通わせても、過去までは変える事はできない。カツの虚しい叫びが、薄暗いガイアのコッ
クピットの中で響き渡っていた。

38 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/22(水) 22:48:41 ID:PMBlvqis0
今回は以上です。長丁場、ご苦労様でした。


こちらは、カツ向上委員会ですw

39 ◆x/lz6TqR1w:2008/10/23(木) 01:44:06 ID:5Aaw3J.E0
今回は以上です。長丁場、ご苦労様でした。


こちらは、カツ向上委員会ですw

40 ◆x/lz6TqR1w:2008/11/01(土) 22:51:13 ID:spgZDcBE0
  『シロッコの掌』


 戦闘が開始されて直ぐに、レコアとエリカの乗るセイバーは廃棄コロニーへと進路を向けていた。リニア・
シートに座り、目の前のコンソール・パネルは静かに光を湛えている。ミノフスキー粒子の影響で乱れてい
るレーダーは役に立たず、レコアはその視界にMSの機影を捉えた。

「MSが出てきた? ――唯の廃棄コロニーなら、MSを守りに置いておくなんてことはしないはずだわ」
「やはり、あのコロニーには何かあるのよ」

 戦闘に集中しているレコアとは対照的に、エリカは後ろのサブ・シートでずっとパソコンの画面と睨めっこ
したままだ。そのしなやかな指がキーを叩くたびに、乾いた音がコックピットの中に鳴り響く。
 よくも戦闘状態の中で冷静にコンピュータなんか弄る事が出来るものだ。レコアは純粋にそのエリカの
冷静沈着さに感心していた。技術者という輩は、得てしてそういう側面が強いものだと思うが、仮にも女性
である。自分も他人をとやかく言える立場ではないが、民間の女性技術者にしては、かなり肝の据わった
女傑と感じた。チラリとエリカを見るが、レコアの視線にも気付かぬまま、無心にキーボードを叩いていた。

「どうします? 敵の守りが薄いのが気になりますけど」

 気掛かりは、ある。エリカの言うとおり、廃棄コロニーに何らかの仕掛けが施されていたとしても、守りに
入る敵部隊の数が少なすぎるのだ。ともすれば、敵の侵入を誘い込んでいるようにも見える。罠が待ち伏
せている可能性は十分に考えられた。
 シロッコにしては軽率すぎやしないだろうか。レコアは純粋に廃棄コロニーの防御の薄さを怪訝に感じ
た。油断のならない彼が、敢えてミスを犯すような計算が働いている時は、得てして何らかの策謀が渦巻い
ている時である。とてもではないが、守備隊の少なさそのままを額面どおりに受け取るつもりは無かった。
 しかし、エリカはそんなシロッコの事情などお構いなしだ。

「敵の数は、厳しい?」
「いえ、やって見せます」
「なら、コロニーへ。もっと接近できれば、詳しい事が分かるかもしれないから」

 任務としてなのか、単純に技術者としての興味なのかは分からないが、エリカは疑いもせずにそう言って
退ける。少しは恐怖といったものを感じて欲しいものだが――

「了解」

 気にしたら負けだ。所詮は畑の違うエリカなのである。レコアとエリカに言い渡された任務は、廃棄コロ
ニーの調査。今はそれを果たすだけだ。
 レコアはコントロール・レバーを押し込むと、セイバーを加速させた。


 幾筋もの光が絡むようにして降り注がれる。カミーユ達には、ファンネルがしつこく纏わり付いていた。
ファンネルによるオール・レンジ攻撃――宇宙空間を縦横無尽に飛び交う小型無線攻撃端末の砲撃は、
回避するだけで多大な神経を磨り減らす。使用者であるシロッコのニュータイプ能力の優秀さは元より、何
よりも調整が煮詰め切れていないΖガンダムではどうしても反応が遅れる。ギャプランのロザミアは対応で
きているようだが、カミーユは思うように行かない現状に苛立ちを募らせていた。
 チラリとガンダムMk-Ⅱを見る。メッサーラに放り投げられたカツはエマによって救出され、警戒しながら
後退を開始していた。

「エマ中尉がカツを回収してくれた――ロザミィ!?」
『やるわ!』

 カミーユの制止も無視して、突出するギャプラン。MAに変形してロール回転でファンネルの砲撃をかわす
と、凄まじい加速で一気にタイタニアに肉迫する。そして、接近すると同時に変形を解き、両腕のメガ粒子
砲を構えた。
 ギャプランの砲口から洩れる光がタイタニアを照らす。ところが、それを邪魔するようにメッサーラからの
メガ粒子砲が襲い掛かり、弾き飛ばされるようにしてタイタニアから後退せざるを得なかった。

「後ちょっとだったのに!」

 緊急離脱で崩れたバランスを、AMBACとアポジ・モーターの併用で立て直す。先程の光塵の先にロザミ
アが視線を振り向けると、その動きを封じようとメッサーラがギャプランに組み付いてきた。腕で押し付ける
ように頭部を鷲掴みにし、ロザミアの目の前には一杯の鋼鉄の掌が広がった。

41 ◆x/lz6TqR1w:2008/11/01(土) 22:52:53 ID:spgZDcBE0
「何――どうしてあなたがこんな事をするの!」

 自然と飛び出した言葉は、純粋なロザミアの疑問だった。
 カツとの精神的な交わりによって、それに傾倒していくかに見えたサラ。しかし、彼女はそれを払い除
け、カツを拒絶し、まだ敵のまま。己の気持ちに気付きながらもそれを否定し、それまでの自分であろうと
抗う。その窮屈さが、ロザミアには理解できなかった。
 やたらと大写しになるメッサーラのマニピュレーター。ロザミアが軽やかにスイッチを押し、続々と複数の
サブ・カメラに別視点の映像をワイプに表示させると、その耳に接触回線で応えるサラの声が伝わってくる。

『私はカツを分かったわ。だからこそ、カツとは一緒に居られない』

 何かの決意を秘めたような声色だった。それは、何らかの意志に逆らって搾り出したかのような声で、勇
ましさの中に見苦しさを感じた。ロザミアの純粋な感性は、サラの声質の矛盾に気付く。良く分からないが、
義憤のような苛立ちがロザミアの歯を食いしばらせた。

「強がるのはお止しなさいよ! 素直になるって、いけないことなの!?」

 我慢する事に、どれ程の意味があるのだろうか。ともすれば、カツはサラにとっての“カミーユ”に成り得
た。それは、安らぎを得られる瞬間だったはず。だのに、サラはそれを捨てようと意地を張る。このあからさ
まな矛盾は何だ――ロザミアには、サラの決意は強がりにしか聞こえなかった。

『私は自分に正直に生きているだけ!』
「嘘だ! それが泣きながら言う事か!」
『泣きながら……?』

 サラはロザミアの言葉に動揺した。ふと気付くと、ヘルメットのバイザーの内側では、自分の流した涙が
浮かんでいたる。それは、どうした事だろう。空涙を流した覚えは無い。と言うよりも、涙を流すつもりなど
毛頭無かったのである。
 カツに宣告した絶縁宣言がその理由だとは、考えたくなかった。それを認める事は自己の否定に繋が
り、自分の言葉が嘘であるという証明をする事になってしまうからだ。しかし、サラは既に自らの矛盾に気
付いてしまっているのかもしれない。

《君は、自分を変えたがっているんだ》

 バイザーを上げ、目障りな涙をヘルメットの内側から排斥している時、不意に誰かの声が頭に鳴り響いた。
 誰のものとも知れない声。知っているようで、知らない。カミーユなのか、カツなのか、或いはもっと別の誰
かなのか。鳴り響いた声に、サラは首を横に振った。
 サラは、カツを巻き込みたくないから――死なせたくないから距離を遠ざけようとした。それは、サラの精
一杯の思いやりで、二度とカツと関わらない事で彼の業を払ってやりたかった。
 しかし、サラの本能はその自らの行為を否定しているというのだろうか。自分でも気付かぬ内に涙が出て
いたのは、本心ではカツと一緒に行きたかったからという気持ちが、心の片隅にあったからなのかもしれない。
 いや、そんな事は無いはずだ。自分は決して間違ってなど居ない。サラにとってシロッコは特別な存在で
あり、カツもまた特別な存在だった。その2択に結論を出さなければ何時までもカツを苦しめる事になり、そ
れが結果的に大きな不幸を呼ぶような気がしたからこそ、カツを拒絶するしかなかった。そして、それで全
てが丸く収まるはずだと思っていた。

「クッ!」

 組み付いたギャプランが身を捩じらせ、メッサーラを引き剥がす。流石に、片腕を失っている状態では、
ガイアはともかくとして、同じ土俵に立つギャプランまでは押さえ込めない。メガ粒子砲の砲撃に晒され、光
線が眩くコックピットを明滅させる。反撃しながら周辺のデブリを利用して身を隠しつつ、追撃で砲撃を放っ
てくるギャプランから距離を開いた。

「パプテマス様……」

 ギャプランから注がれるビーム攻撃。メガ粒子砲の光に目を細めたサラは、思い出したようにバイザーを
下ろしてシロッコの方を見た。その表情は、まるで救いを求める人生の迷い子のようだった。

 シロッコは、サラを理想の世界に導いてあげるつもりだった。絶対者によって統治される、真に安定した
世界。それが、シロッコの最終的な目標であった。サラは、その時代に生きるに相応しい資格を持った少
女だと思っていた。そんな彼女がここで妙な思想を吹き込まれ、心変わりしてしまうのは余りにも忍びない。
自分の思想に同調する、数少ない聡明な人材である。サラのような賢い人間は、自分の傍に居るべきだと
シロッコは思う。

42 ◆x/lz6TqR1w:2008/11/01(土) 22:54:29 ID:spgZDcBE0
 しかし、聡明とはいえ彼女は未熟。カツにサラの心を動かせるだけの力があるとは思っていなかったが、
それはどうも誤算であったようだ。見くびっていたと言うのは、しょせん言い訳に過ぎないのだから、ここは
素直に自らの非を認めるしかない。その尻拭いをするという意味で、シロッコは出撃するつもりが無かった
この戦闘への介入に踏み切った。
 とりあえず、サラの心変わりは未然に防げたと言ってもいいだろう。しかし、その一方で新たな疑問がシ
ロッコの中で生まれつつあった。
 サラを惑わせるカツの存在、それ自体はシロッコは認識していた。彼女は、カツの攻撃からシロッコを
守って散っていったからだ。しかし、それがサラの心変わりに繋がるとは思えない。カツに靡きかけたサラ
の変化が、シロッコには思いがけなかった。
 この、奇妙な出来事は一体何なのか――考えるシロッコの前に、ロング・ビームサーベルを振り上げて向
かってくるMSが一機。全ては、そのMSに乗っているパイロットが起こしている様にも思える。先程から不快
に纏わり付く感覚が、シロッコにそう告げていた。

「感情を丸出しにして、貴様はどこまでも私の邪魔をするつもりか」
『何!?』
「不愉快なのだよ。その低俗さは、これからの世界に必要の無い代物だ。故に、貴様は排除されなければ
ならない」

 サブ・マニピュレーターのビームサーベルを交差してロング・ビームサーベルを防ぐタイタニア。ファンネル
を周辺に展開させ、Ζガンダムの四肢を狙う。
 咄嗟に、カミーユの頭に閃きが迸った。危険を察知したと言い換えた方がいいかもしれない。それは、殆
ど条件反射に近かった。危険の理屈を考える前に、Ζガンダムは斥力が働いたかのようにタイタニアの正
面から離脱した。瞬間、タイタニアの正面、Ζガンダムが寸前まで存在していた空間に幾筋ものファンネル
のビームが交錯する。
 息が詰まりそうな攻撃に、カミーユは思いっきりシートに背中を押し付けて息を吐き出した。少し遅れてい
れば、今頃はファンネルに針の筵にされていたところである。その中で、至近距離でのファンネルの使用で
自らに誤射しなかったタイタニアに驚かされる。それは、シロッコがファンネルを完璧に操れているという証
拠であり、既にハマーン=カーンの領域に達していると評してもいいかもしれない。シロッコの恐るべき才
能の顕現に、カミーユはギリッと歯を鳴らした。

『逃がさん!』

 声と同時に、突風が吹いたかのようなプレッシャーを身に受ける。眉間に皺を寄せ、目を細め歯を食いし
ばりながらも、カミーユはウェイブライダーに変形させて襲い来るファンネルから逃れようと試みた。しかし、
シロッコの思惟を受けて動くファンネルは、そのカミーユの思惑すらコントロールしようとする。ファンネルの
ビーム攻撃に、誘導されるがままにウェイブライダーを旋回させると、果たしてタイタニアが再びΖガンダム
の前に躍り出た。

「うわっ!」

 誘導されていたからとは考えられない。タイタニアの脅威に直面したカミーユは精一杯で、ウェイブライ
ダーの加速がタイタニアに負けたのではないかという錯覚を抱かされた。
 反射的にMSに戻しバルカンで牽制するも、全て腕で防御される。四方をファンネルに囲まれたと感じ取る
や、嵐のようなビームの軌跡。バイザーに反射する目まぐるしい光の洪水にカミーユは圧倒されたまま、無
我夢中でビームライフルを連射してタイタニアの傍から逃げるしか出来なかった。

「クッ――ウッ……!」

 息もつかせぬ追撃に、カミーユは呻きながら必死にΖガンダムをコントロールする。コントロールするが、
タイタニアの猛撃は余りにも容赦ない。否応無しに、カミーユは無意識にビームサーベルを引き抜かせる。
光刃が伸びると、それに回転を加えて放り投げ、即座にビームライフルを構えた。ビーム・コンフューズ、カ
ミーユの発想が生んだ、対オール・レンジ兵器の必殺技だ。シロッコのファンネルも、一度はその攻撃に
よって憂き目に遭っていた。
 しかし、2度も同じ手に引っ掛かるシロッコではない。今度も上手く行くだろうと感じたのは、カミーユの認
識の甘さでしかなかった。シロッコは、まるでカミーユが必ずそうしてくる事を見越していたかのように目を
光らせ、瞬時にタイタニアにデュアル・ビームガンを構えさせたのだ。

『やはりな――そこかッ!』

 癪に障る声が聞こえてくると、タイタニアはファンネルを収容し、Ζガンダムが投擲したビームサーベルに
向かってデュアル・ビームガンを発射したのである。

「何だと!?」

43 ◆x/lz6TqR1w:2008/11/01(土) 22:55:56 ID:spgZDcBE0
 驚愕に目を丸くするカミーユ。考える暇すら与えてもらえず、双方から放たれたビームは共に回転する
ビーム刃と干渉して互いを襲った。ひらりと余裕を持ってビームウェーブをかわすタイタニアとは対照的に、
Ζガンダムは紙一重で回避する。ビームの粒子が装甲を掠め、ジリッと焼けた。カミーユは苛立ちを抑え
ながら、尚もビーム・コンフューズを狙う。タイタニアもそれに対抗するようにビーム・コンフューズを狙って
いた。

「横取りビーム・コンフューズかよ! ――だが、シロッコがやる事にしてはセコイ!」

 それは単なる中傷にしか過ぎず、カミーユが出来る事をシロッコも出来るのは、当然の道理だった。余裕
の無いカミーユとは対照的に、余裕綽々のシロッコ。本来ならば、タイタニアまでビーム・コンフューズを狙う
必要は無かった。だのに、わざわざもったいぶって弄ぶようにしているのは、カミーユに対してプレッシャー
を与える為である。力が圧倒的に上である事を直接的に示して、カミーユの焦りを誘おうという目論見。そ
の回りくどいシナリオを描いたのも、彼にとってはΖガンダムとの戦いも単なる余興に過ぎなかったから
だった。
 精神的に追い詰められるカミーユに、そんなシロッコの悪趣味な意図に気付けるはずも無く、ただひたす
らにプレッシャーに抗うだけだ。しかし、強攻策がいつまでも続けられるわけも無かった。苦しい姿勢を維持
しながらも、奇跡的なバランスで反攻していたカミーユであったが、遂にタイタニアのビームがΖガンダムの
ビームライフルに命中したのである。

「しまった! ライフルを――」

 カミーユは首を横に振り、無残にも破壊されたビームライフルを見る。それを手にするマニピュレーターに
被害こそ及ばなかったものの、ビームライフルのエネルギー・パックを直撃しており、それを目にした瞬間
慌ててそれを投棄した。
 メイン・ウェポンを失ったのでは、もうビーム・コンフューズを撃つ事は出来ない。悔しさと苦汁の感情が、
脂汗の滲むカミーユの顔面に皺となって浮かび上がる。不利と悟ったカミーユは、後退するしか道は残され
ていなかった。ウェイブライダーに変形させ、両手の操縦桿を思い切り奥に押し込む。

『フッ! 逃がさんと言っている』

 声と一緒に目が眩むような波動が送られてくる。それがタイタニアのサイコミュ・システムが増幅させたシ
ロッコのプレッシャーであるのかどうかは、今のカミーユにはどうでもいいことであった。ただ、何とかしなけ
ればならないという焦りが、カミーユを突き動かしているだけに過ぎない。
 その焦りを楽しんでいるかのようなシロッコの嘲笑が、カミーユには悔しくて仕方なかった。


 時間は交錯し、一方のレコアとエリカ。セイバーの機動力もあって、無事に廃棄コロニーの付近にまで
接近に成功していた。道中、片手で数えられる程度の交戦はしたが、特に梃子摺るような事は無く、今は
異様な光景の前に息を飲んでいるところだ。
 間近で見るコロニーは、やはり威圧感がある。それはプラントのような特殊な形ではなく、レコアも知って
いるごく一般的な円筒形のコロニーだったが、その巨大さは流石に圧倒的だった。そこに人が数百万単位
で暮らせる施設だけあり、巨人型のセイバーですらノミのようなものであった。万が一これを潰せというよう
な指令があれば、コロニー・レーザーのような決戦兵器でも持ち出さない限り、不可能だろう。

「見た感じでは、見事にスクラップ・コロニーのようね」

 エリカは相変わらず仕事熱心。コロニーの大きさも、彼女にとってはただの数字で表せるだけのもので
しかないのだろう。圧倒的な存在感にすら、微塵も感心を示さないように見える。
 レコアは、改めて冷静にコロニーを見た。確かにエリカの言うとおり、唯の廃棄コロニーのようである。解
体の途中だったのか、両端は見事にくり貫かれていて、まるで巨大なトイレット・ペーパーの芯であった。

「こんなのを守る……連合の感性は、理解できないわね」

 レコアには、何の変哲も無い廃棄コロニーに見えた。こうして現物を見てみれば分かるが、これはどう
見てもハッキリとゴミだと分かる。こんなものを守るために、連合軍は防衛部隊を置いていたのだろうか。
ともすれば、このコロニーはダミーで、もう一方が本命だったのかもしれないという懸念さえ湧いてくる。
 いや、寧ろその方が自然だ――そう考えるレコアだったが、先程から解析を続けているエリカの目はまる
で違うものを見ているかのように鋭かった。その作業が進んでいくにつれ、次第に険しい顔つきに変わって
くる。見た目では分からない何かが判明したのだろうか。

「どうです? ゴミである以外に何かありそうですか?」

44 ◆x/lz6TqR1w:2008/11/01(土) 22:57:04 ID:spgZDcBE0
 怪訝そうに尋ねるレコアに対し、少し待って、と一言返すとエリカは一心不乱にパソコンのキーをひたすら
叩いていた。何を入力しているのかは、レコアには分からない。単純に専門外だからというわけではなく、
エリカの指使いが驚くほど早く、モニターに次々と表示される文字も、レコアには読み取れないほどだった
のだ。果たして、エリカにも分かっているのかどうか――しかし、エリカの眼球は全てを見通すかのように
運動し、その表情には一切の焦りは無い。彼女は、全て把握しているのだ。
 やがてリズミカルにキーを叩いていた指が止まると、徐にエリカは顔を上げた。そしてキョロキョロと顔を
振ると、肩口から顔を覗かせてきた。レコアは顎を少し上げ、視線を上に向ける。

「シモンズ博士?」
「確かめたい事がるわ。セイバーをコロニーの中に入れて」
「あ、はい」

 何か、気になることでもあったのだろうか。エリカが解析を続けている間にレコアは廃棄コロニーを一周
グルっと廻ってみたが、特に注目すべき点は見当たらなかったように思えた。やはり、コンピューターで
なければ分からない秘密でもあるのだろうか。
 レコアは、簡単に返事をすると廃棄コロニーの内側へとセイバーを侵入させた。

 コロニーの内側に、最早、人が暮らしていた形跡は残されていない。目に入ってくるのは、無機質な鉄板
の合わせ目と、僅かに明滅する赤いランプの光。360度を見渡せるように、クルクルと緩やかに回転しなが
ら進んで行くも、敵MSの追いかけてくる気配は感じられなかった。
 謎過ぎる――ここまで静かだと、逆に何かあると疑ってしまうのは、エリカでなくともそうだ。レコアにも、こ
の廃棄コロニーの不自然さがようやく分かってくる。これは、一体何なのだろうか。自然と、自分も注意深く
廃棄コロニーの様子を覗うようになっていた。

「月の方角はこっちだから――だとすると曲げられたビームが出口から向かう先は――」

 難しい顔をして、エリカは何やらブツブツと呟き始めた。何度もパソコンのモニターとコロニーの出入り口
を確認し、何かを計算しているようだ。レコアがシート越しに身体を捻ってエリカに振り向くと、彼女は更にも
う一台のノート型パソコンを取り出し、それまで使っていたパソコンを手放してコックピットの中に浮かせた。
レコアがそれを手に取りモニターを覗き込んでみたが、そこには宇宙図が表示されていて、細かい文字や
数字が所狭しと躍り出ていて、とてもではないが彼女には理解できない代物であった。

「それでこのコロニー、何かがあるとは分かりますけど何があるって言うんです?」

 そろそろ、エリカの意見が聞きたい。手にしたパソコンの画面は見なかったことにして、レコアはセイバー
を制止させ、エリカに訊ねた。少し間をおいて、エリカは一旦指を止めると、レコアに振り向く。

「あなたは、ここ以外にも同じ様な廃棄コロニーが存在しているのは知っていて?」
「えぇ、それは知っていますけど――」
「ザフトの諜報部のデータを拝借して、各コロニーの向きを表示したのが、今あなたが手にしていたものよ」

 ばれない様にしたつもりだが、しっかりと見られていたようで、レコアは少し恥ずかしい。しかし、それもお
構い無しとばかりにエリカが浮遊するパソコンを手にとって、そのモニターをレコアに見せた。そこに描かれ
た宇宙図には、それぞれ4基のコロニーと月、そしてプラントが表示されていた。

「これが、どうかしたんですか?」
「説明します。先ずは、あっちに向かってビームか何かを撃ってみて」

 エリカが指差した先は、ぽっかりと空いた円筒の口の部分。何のことかは分からないが、レコアは取り
敢えず言われるままにビームライフルを一発、撃った。

「えっ!?」

 レコアが見たビームの軌跡は、真っ直ぐに進まずに途中で急に曲がった。まるで、光が屈折するように
ビームの軌跡が曲がったのである。驚きに目を丸くするレコアは、即座にエリカに視線を戻した。

45 ◆x/lz6TqR1w:2008/11/01(土) 22:57:35 ID:spgZDcBE0
「やはり、この反応はゲシュマイディッヒ・パンツァー……」
「げしゅま……何です?」

 口元を覆い隠すように顎に手を当てるエリカ。ゲシュマイディッヒ・パンツァーが何の事やら分からないレ
コアは、エリカの口にした名詞と思われる単語のややこしさに、問い返す。エリカは頷くと、顎に当てていた
手をパソコンのキーボードに戻した。

「ゲシュマイディッヒ・パンツァー。簡単に言えば、ビームの屈折装置みたいなものよ。普通は、連合のフォ
ビドゥンのようなMSに搭載されているバリアの様なものなんですけどね。それをこんな巨大なコロニーに使
うなんて――」

 深刻な顔をしてキーを叩くエリカが、レコアにはいまいち良く分からない。小首を傾げて再度エリカに視線
を向ける。

「だとして、それが何だって言うんです?」
「先程の続きよ。もう一度、これを見てちょうだい」

 再びレコアにパソコンのモニターを見せてくるエリカ。レコアは、画面に注目する。

「これは、各コロニーと月、そしてプラントの位置を簡単に表したものなんだけど、コロニーの向きが問題
なのよ。このコロニーはプラントに一番近い場所にあるんだけど、先程のゲシュマイディッヒ・パンツァーの
曲がり具合と廃棄コロニーの角度を計算すると、ちょうど月とプラントを結ぶコースが出来るの」
「本当だ」

 エリカがシミュレーター・プログラムを起動させると、それまで平面だった宇宙図が立体的に描画され、月
と各廃棄コロニー、それとプラントを線で結んだ。レコアはまだ要領を得ていないながらも、エリカの説明に
一度は頷く。

「でも、これは? ここと並行するコロニーは、コースから外れているわ」

 しかし、良く見ると月とプラントを結んでいる廃棄コロニーは、ここを含めて3つだけである。つまり、ここと
並行するコロニーが1つ浮いているのである。何故1つ余っているのか、レコアは素人考えながら単純に疑
問に思った。
 エリカもそこは気になっているのだろう。レコアの疑問は尤もで、指摘されて首を捻った。

「スペア、と考えるしかないわね」
「そんな単純で、いいの?」

 それまで論理的に展開していたエリカの、らしくない台詞を聞いて、レコアは急に不安になった。エリカ自
身も、今の台詞が如何に科学者として軽率な発言であったかを分かっているらしく、そのレコアの疑問視か
ら逃れるように顔を伏せた。

「……悔しいけど、そう推測するしかないのよ。手遅れになる前に手を打たない限りはね」
「手遅れに――って……」

 レコアにも、薄々とエリカの言わんとしている事が見えてくる。エリカは一つ溜息をついて間を開けると、
月の詳細地図を表示し、ある一点にマーカーを表示させた。そこに記されているのは、“ダイダロス”という
名前。

「私の推論を述べるわ。ジブリールは月からプラントを直接狙い撃つ何らかの決戦兵器を所有していると思
われます。それが、多分ダイダロスにある。今プラントに攻撃を仕掛けている連合軍の艦隊は、もしかした
らザフトの目を逸らす為の囮なのかもしれない」
「まさか、コロニー大のビーム攻撃を行おうって腹積もりなの、連合は? じゃあ、このままだとプラントは――」
「直撃を受ければ、コロニーの5つや6つ、訳が無いでしょうね」

 可能性の話だが、廃棄コロニーを丸々ゲシュマイディッヒ・パンツァーとして使用する程の大掛かりな兵器
ならば、その威力も並ではないはず。それこそ、エリカの言うような破壊力を秘めた強力な武器なのだろ
う。エリカの話は大袈裟ではなく、深い現実味を帯びている。
 ようやく事の深刻さを理解したレコア。表情に焦りの色が浮かぶ。

「何か、手立ては無いんですか?」

 レコアが訊ねる。エリカは少し思案顔で、しかし無策と言うわけでは無さそうだった。

「あるにはあるけど……でも、理論上での話よ」
「そんなに難しいんですか?」
「とてもシンプルでイージーな問題よ。でも、それが出来るかどうかは五分五分」

 インテリといった人種は、いくらか面倒くさい言い回しを好む。本人に意識があるのか無いのかは分から
ないが、聞いている方は得てしてまどろっこしく思えてしまうのは仕方の無い事だった。
 少しヤキモキする気持ちを心の奥にしまいこんで、レコアはエリカに回答を求める。

46 ◆x/lz6TqR1w:2008/11/01(土) 22:59:31 ID:spgZDcBE0
「言ってください。出来る事なら、何でもしますから」
「このコロニーの角度を変えればいいのよ。そうすれば、プラントとダイダロスを結ぶコースは分断される」

 シンプルでイージーとは、良く言えたものである。そんな大それた作戦が、そう易々と出来るのならこの
世の中はもっと便利になっていただろう。無茶や空想を実現させるのが科学者のやることだが、状況が
それを許してくれるかどうかはまた別問題である。レコアは呆れたように操縦桿を握り、セイバーを機動さ
せた。

「また、随分と大雑把な作戦を立案をしてくれますね。そのゲシュマイディッヒ・パンツァーとかいうのを破壊
するだけでは駄目なのですか?」
「コロニーの詳細をつぶさに解析していられるほどの時間が残されているとは思えないわ。ここは、力押し
で何とかしなければ、手遅れになった時に目も当てられないもの」

 流れる景色。レコアはそう言いながらも、セイバーでゲシュマイディッヒ・パンツァーの破壊は不可能だと
理解しており、言葉とは裏腹にセイバーを廃棄コロニーから離脱させていた。エリカが後ろの座席からレコ
アのシートに掴まり、見下ろしている。

「了解。じゃあ、アークエンジェルでも使いましょうか」
「クサナギもね」

 言葉を交わしている間にも、レコアはセイバーをアークエンジェルへと向けた。エリカの言う作戦、廃棄
コロニーの角度を変えるためには、勿論ローエングリンが必要になってくる。アークエンジェルだけで足りる
のか、という疑問もあるが、その可能性に賭けて見るしか方策は無いのが現実であった。

 その頃のダイダロス基地では、指令本部でジブリールがシートに腰掛けて笑みを浮かべていた。彼が
来るプラントとの決戦に備えて用意していた反射衛星砲“レクイエム”。廃棄コロニーのゲシュマイディッヒ・
パンツァーでビームを屈折させる事により、自由自在に着弾点を操作できる。レクイエムが発射されれば、
プラントのコロニー群はそれでお終い。まさに、一撃必殺の兵器だった。
 主力であるザフトは、レクイエムの存在に気付かず、愚かにも核兵器で迷彩を施した侵攻艦隊の相手に
躍起になってしまっている。オーブの残党軍が廃棄コロニー付近に出現したようだが、それもシロッコが押
さえている状態だ。ジブリールにとって、邪魔となる存在は既に存在しないかに思えた。
 しかし、彼はまだ気付いていなかった。彼の周りに敵が存在しなくなった時、新たなる敵は身内から顔を
覗かせるという事を――

「レクイエムの発射は、予定通りに行えるのだな?」
「ハッ、あと半刻ほどお待ちいただければ」
「フッフ……楽しみだな」

 アーム・レストに肘を乗せ、頬杖を突くジブリールは恍惚に表情を歪め、レクイエム発射の瞬間を心待ち
にする。しかし数十分後、彼の表情は激憤に彩られた悪鬼羅刹の如き形相へと変化を見せることになる。


 レコアのセイバーと入れ違いになるように、カミーユは廃棄コロニーへと逃げ込んできた。シロッコのプ
レッシャーを肌で感じ、慎重に物陰に機体を滑り込ませる。
 影に身を潜ませ、ようやく一息つける。カミーユはヘルメットを脱ぎ去り、首元を緩めて大きく深呼吸した。
まるで、今まで深海に潜っていたかのような感覚。タイタニアの猛攻とシロッコの押し潰す様なプレッシャー
に、カミーユは精神的にも肉体的にも疲労感を感じていた。

 まさか、相手もビーム・コンフューズを使ってくるとは思わなかった。これは、完全にカミーユの失念であ
る。良く考えてみれば、ビーム・コンフューズとはビームサーベルのビーム刃にメガ粒子砲を干渉させるだ
けの、意外とシンプルな攻撃なのである。見た目こそカマイタチが無差別に舞い散る様は派手だが、実際
はそれだけのことだった。だとすれば、敵だってそれを利用して同じ事をすることが出来るのは道理。シ
ロッコがそこを狙ってくることは、余りにも当然な事だったのかもしれない。
 シロッコは、強い力を持つニュータイプだ。そのプレッシャーがオールドタイプである人間にさえ感じられる
ほどに。しかし、彼の思想や考え方といったものは、ニュータイプの本質とはまるで正反対に位置するものだと
カミーユは感じていた。
 ニュータイプの本質は、カツとサラが見せてくれたような抱擁的なものであるはずだ。シロッコはそれを引
き裂くような感性しか持っていない。本当にニュータイプというものを理解しているならば、彼等の仲を引き
裂こうなどとは思えないはずなのだ。

47 ◆x/lz6TqR1w:2008/11/01(土) 23:00:15 ID:spgZDcBE0
 そして、それに傾倒してカツを拒絶したサラもまた、不幸を背負っていく身となるようにカミーユには見えて
いた。どうして、カツを拒むような事しか出来なかったのか――その理由には、シロッコの存在といったもの
があるはずだ。間逆の性質を持つカツとシロッコだからこそ、サラの気持ちに矛盾が生まれ、単純な格付
けだけでシロッコを選んでしまった。それは、カツと正面からぶつかり合う機会が殆ど無かったサラの最大
の不幸でもある。

 全てがシロッコに翻弄されているようにカミーユには思えた。このしがらみを打ち払うためには、シロッコ
の浄化を行うしかない。しかし、たった一人で立ち向かえるのかという不安があった。

「は――ッ!」

 プレッシャーが迫ってくる空気を感じた。振り向けば、ビームソードを振りかぶって襲い掛かってくるタイタ
ニア。まるで透視能力を持っているのでは無いかと疑うほどに、シロッコは正確にカミーユの居場所を特定
してみせた。そういう、ニュータイプの超能力的な部分に関しては、シロッコは恐ろしいまでの鋭さを見せる。
 タイタニアの振りかぶったビームソードは虚空を切り、Ζガンダムは間一髪で逃れられた。廃棄コロニー
の内壁を背に、なぞるように機動して背後からタイタニアにシールド裏のミサイルを発射する。煙を噴いて
襲い掛かるミサイルは、しかしタイタニアのデュアル・ビームガンによって容易く撃ち落されてしまった。
 まるで隙が見当たらない。白亜のMSは宇宙空間では輝いているような存在感を示し、誰も寄せ付けない
強い斥力を働かせているように思える。それを象徴しているかのような無線誘導兵器の存在だが、カミー
ユは気付いてしまった。
 何かを確かめたくて、ビームサーベルを握らせる。デュアル・ビームガンで牽制を掛けながらビームソード
をかざして突っ込んでくるタイタニア。簡単に間合いを詰めさせないように適度にバルカンで攻撃し、タイタ
ニアの変化に注意を配る。タイタニアのビームソードが空振りし、更にΖガンダムに追撃を掛けてきた時、
カミーユは確信した。

「ビットを使わないのは、このコロニーを傷つけたくない理由が奴にあるからだ。――そうだろう、シロッコ!」

 逆水平に薙ぎ払われるΖガンダムのビームサーベルを、タイタニアの3本のビーム刃がシールドのように
模って防いだ。接触する瞬間を見計らって、カミーユの確信に満ちた声がシロッコを“口撃”する。
 確かに、廃棄コロニーに戦場を移してから、タイタニアは最大の特徴でもあるファンネルを使わなくなっ
た。相手に背後を取らせないようにコロニーの内壁を背にしていたカミーユは、余りにも慎重に接近戦を仕
掛けてこようとするタイタニアの不可解さに気付き、その理由が廃棄コロニーにある事を看破した。ファンネ
ルの制御にいくら長けていても、廃棄コロニーの内壁を背にして逃げるΖガンダムだけを正確に狙う事は
不可能に近かったからだ。
 苦々しげに眉を顰めるシロッコ。しかし、口元に湛えた笑みだけは消える事は無かった。

『フッ、偶然しては出来すぎだと思うが――しかし、前の世界での様な偶然は期待しないことだ』
「偶然かどうかッ!」
『試してみればいい。一方的な力の差というものを、見せ付けてやる』

 シロッコの性格を考えれば、リスクを背負ってまでファンネルを使おうとは思わないだろう。それでなくと
も、タイタニアの基本性能だけでΖガンダムを凌駕する事が出来ると思い上がってくれているならば、カ
ミーユにも勝機は残されているはずである。
 ただ、シロッコの台詞がただの強がりであるとは思えなかった。ファンネルを封じたことで勝利へのモチ
ベーションは上げられたが、些かも動揺を見せないシロッコの余裕に、何故かカミーユの方が焦らされてい
た。展開は有利に傾きかけているはずなのに、背筋を凍らせるような悪寒と冷や汗が止まらない。しかし、
カミーユはそういった不安を打ち消すように自らに発破を掛け、タイタニアを睨み付けた。

「そうやって人を見下して馬鹿にする!」
『奇跡は2度も起きんよ。その程度のMSが、ファンネルを封じたくらいで、このタニアと互角に渡り合えるな
どと思うなよ!』

 Ζガンダムが袈裟切りを繰り出すと、目の前から消えるようにしてタイタニアが飛翔した。その加速たる
や、並ではない。一瞬だけカミーユが目に出来たのは、タイタニアのフロント・スカート・アーマーから大量の
白光が噴出されている瞬間だけだった。そのタイタニア影を追いかけて顔を上に向けた時、タイタニアは既
に次の攻撃態勢に入っていた。

48 ◆x/lz6TqR1w:2008/11/01(土) 23:02:39 ID:spgZDcBE0
 まるで、白い弾丸が襲ってくるようだ。肩部のサブ・マニピュレーターがビームサーベルを交差させ、視界
が霞むような加速で突撃してくる。握る手に篭る熱を気に掛ける余裕も無く、カミーユは辛うじて身を低くさ
せることで回避を試みたが、上方に伸びたロング・テール・バーニア・スタビライザーが切り飛ばされた。Ζ
ガンダムの機動力と運動性能の根幹を成すそれを損傷した事で、一気に苦しくなる。

「クッ――!」

 タイタニアの背後に回りこむような位置になる。バルカンで攻撃するも、堅牢なガンダリウム・ボディを貫く
事は出来ない。カミーユは舌打ちし、廃棄コロニーの内壁を蹴った反動を利用して間合いを開いた。その
衝撃で捲れ上がる鉄板と飛び散る破片。タイタニアは意に介す様子も無く反転して、更に攻勢を強める。
 機体の性能の差か、はたまたパイロットとしての技術の差か。カミーユとΖガンダムは絶望的なまでに追い
込まれ、タイタニアとシロッコのコンビに先程の言葉どおりの実力の違いをまざまざと見せ付けられてい
た。抵抗するカミーユが放ったグレネードも、一笑に付されるようにしてあっさりと切り払われる。その爆煙
が切り裂かれると、その向こうから姿を現したタイタニアに蹴りを入れられ、背中から内壁へと押し付けら
れた。コックピットのカミーユは衝撃で首を前後に激しく揺さぶられ、苦悶に呻き声を上げる。その上へ、間
髪を入れずに圧し掛かるように降り立つタイタニア。デュアル・ビームガンの砲口をコックピットに向けら
れ、カミーユは息を飲み込んだ。
 タイタニアのモノアイが、不気味に瞬く。それはシロッコの怨念なのか、敗れるはずが無い相手に負けた
事に対する陳腐な復讐心といったものとは違う。彼の志が正反対のニュータイプであるカミーユに半ばにさ
れたことへの恨みなのだろうか。それはほの暗く、たった一人の傲慢が全てを支配しようかという深い執念
のようにも感じられた。

『ここまでだな。いくら強い力を持っていても、感情をコントロールできんような子供には、MSを動かす事は
できても世の流れを洞察する事などできん』

 機体のフレームが軋んでいる音が聞こえてきそうな錯覚を覚えるほどにタイタニアの圧迫感は強烈で
あった。目の前のデュアル・ビームガンの砲口が、今にもビームを吐き出しそうに煌々と光を湛えている。
挑発するようなシロッコのせせら笑いを聞きながら、この危機を抜け出せる手立てが無いものかと、目を白
黒させるカミーユ。

「――かと言って、お前にできる事でもない!」

 自らを奮い立たせようと、必死に声を振り絞る。しかし、そんなカミーユの焦りがシロッコに伝わってしまっ
ているのか、何とか抵抗して見せた一言にも鼻で笑われて返された。

『それはどうかな? 普通の人間にできない事をするのが、天才だ』
「それが――」
『秩序が、必要になる。ならば、人の心もコントロールして見せなければならないと考えるのが、私の使命だ』

 自らを天才と称するシロッコ。その根拠がただの傲慢にしか聞こえないから、カミーユは反発を示す。人
を駒や道具のように扱おうとする語り口が、カミーユに歯軋りをさせた。とても人類の明日を憂えているよう
な思想だとは思えなかった。

「人の心も判ろうとしない男が! お前のやっていることは、人を道具にして弄んでいるだけだろう! そん
な男が教導を口にするなどと!」
『俗物め。愚民共を天才の手によって導けなければ、真に安定した世界の構築など出来よう筈もない。個
人の感情など、世界のバランスを崩すだけの不純物でしかないのだよ』
「違う!」

 歯を食いしばり、操縦桿を握る手に力を込める。Ζガンダムが蹴り上げた脚がタイタニアのデュアル・
ビームガンを弾き、一瞬タイタニアが怯んだ隙を突いて、カミーユはΖガンダムを壁際から離脱させた。

「カツとサラが見せてくれたモノが、本当に人類の明日に必要なモノだって――」

 Ζガンダムの輪郭が、歪む。その姿はオーラを纏ったように宇宙空間に揺らぎを発生させ、胸を張って
威風堂々の佇まいを見せるΖガンダムの姿を大きく見せた。そして、陽炎のように揺れているオーラがや
がて燃え上がるようなハッキリとした紅い光になった。シロッコはかつて、その幻のような光景を目にした事
がある。
 カミーユにとって、カツとサラの交感は大切な事だった。それに対してシロッコは、2人を引き裂くような事
しかしなかった。だからこそ、そんなシロッコの思想はカミーユの中で憎しみを抱くまでに反感となる。

49 ◆x/lz6TqR1w:2008/11/01(土) 23:03:14 ID:spgZDcBE0
「分かれ! 一握りの人間が支配する世界がもたらすのは安定じゃない、偏重だ! お前のその独り善が
りは、権力主義に凝り固まった、地球の重力に魂を引かれた人間のする事と同じだろう!」
『私が俗物どもと同じだと? ――ほざくか!』
「自分だけを高いところに置こうとする偏執に気付きもしないで! 人の心の大切さも分からないお前に、
何を導けるって言うんだ!」

 カミーユの感情が、力になる。解放される力はバイオ・センサーを通し、強烈なプレッシャーとなった。Ζ
ガンダムが内から出でるエネルギーを放出するように腕を伸ばすと、いよいよ以って光を増す。迸る光が
拡散し、タイタニアを飲み込まんとせんばかりに包み込んだ。
 シロッコは怒れるカミーユのプレッシャーをその身に受け、指先が痺れるような感覚を抱く。その感覚が、
ジ・Oが動かなくなるという悪夢を呼び覚まし、シロッコの揺るぎない精神に僅かな歪みを生じさせた。

「これは、あの時と同じか? ――しかし!」

 コントロール・レバーを握る手に、じっとりと汗が滲む。異様なプレッシャーを受け、自分が狼狽している
事に気付いて、まさかと思う。ただ、それでもシロッコの強靭な精神力は辛うじてカミーユの精神の侵入を
拒み、ジ・Oの時のような制御不能状態へは陥らずに済んでいた。
 やはり、カミーユは危険な相手だ。俗な精神を持っていても、そのニュータイプ能力といったものは驚嘆に
値する。特に優れた能力を持つシロッコだからこそ、カミーユの危険性は手に取るように分かる。

《その、傲慢さと共に消えろ、シロッコ!》

 通信回線を介した声ではない。幻聴と聞き違えるような不思議な感覚である。ゆめまぼろしではないこと
を辛うじて意識しながらも、シロッコはまやかしに挫けない自分の精神力といったものに感心した。
 Ζガンダムが、ビームサーベルを片手に突撃してくる。その動きは、ロング・テール・バーニア・スタビライ
ザーを失っているとは思えないものだった。振り下ろされるビームサーベルは、若干の出力アップを果たし
ているのだろうか。交錯するタイタニアのビームソードが、Ζガンダムの細いビームサーベルに対して力負
けしているようにも見える。

「ソードが歪む!? ΖのオーラがIフィールドに干渉しようとは!」

 凄まじいプレッシャーをその身に受け、シロッコは信じられないパワーを発揮するΖガンダムに対して瞳
を見開いた。妖しげに光を放つシロッコの双眸も、Ζガンダムの不可解なオーラのような光の前では妖艶
さを失う。まるで全身を巨大な手に鷲掴みにされているような圧迫感を受け、シロッコの腕が震えた。
 Ζガンダムの瞳となるデュアル・アイが瞬く。それを切欠としたように、益々ビームサーベルの刀身が太く
なった。それは出力を強化してあるタイタニアのビームソードの太さを上回り、長さ自体も伸び始めている
かに見える。常識では考えられないスペック以上の力を発揮するΖガンダムに、流石のシロッコも焦りを感
じた。

「――だが!」

 人間は、未知なるモノに対して畏怖を抱く。怖れを抱く反面で、興味を持つ事もある。その探究心が働い
たからこそ、シロッコは冷静にカミーユの思惟を感じることができたのかもしれない。激しく呼吸を乱すよう
な感情の流れが、シロッコに伝わってくる。それが、明らかに無理をしていると読み取れた。Ζガンダムの
パワー・アップは、謂わば諸刃の剣。カミーユの精神を多大に磨り減らす、自壊覚悟の行為であるとシロッ
コは確信を持った。
 しかし、それが分かったところでパワーを増したΖガンダムをどうこう出来るという訳ではない。カミーユの
精神力が尽きるまでは、一時的にタイタニアのパワーすら上回る。先程とは打って変わって、今度はタイタ
ニアが内壁に押し込まれる形になる。ビームサーベルとビームソードの干渉によって迸るスパークがシロッ
コの目を細めさせた。
 明らかに格下のΖガンダムに苦戦している状態に、シロッコは鼻で笑って自らの無様を自嘲する。何とか
気張ってビームサーベルを弾こうにも、まるで強固な石像のようにΖガンダムはビクともしなかった。シロッ
コのこめかみから汗が流れ、頬を伝う。

「このままでは、ここをレクイエムの光が通過する……! 少し早いが、仕方あるまい」

 これまで封印していたファンネルを、遂に展開させる。タイタニアの肩部から放出されたファンネルは機敏
に動き、あっという間にΖガンダムの周囲を取り囲んでしまった。
 カミーユの視界の端に、狙いを定めるファンネルの砲口が見える。突然の事に、目を丸くして思わず張り
詰めていた気を弛緩させてしまう。

50 ◆x/lz6TqR1w:2008/11/01(土) 23:04:57 ID:spgZDcBE0
「何ッ!?」

 ファンネルは使えないはずではなかったのか――高を括っていたカミーユは、突然のシロッコの行為に
驚きを隠せなかった。いくら押さえられているとはいえ、壁際でファンネルを使えば間違いなく廃棄コロニー
に傷が付く。そんな事をすれば、それこそ彼の面目は丸潰れのはず。権力を欲しがっているシロッコのや
る事とは、到底思えない。
 一瞬、ほんの一瞬の気の緩みであったが、シロッコはそのカミーユの隙を見逃さない。ファンネルを脅威
と感じてくれていたお陰で、その瞬間だけΖガンダムの気勢が削がれた。タイタニアがバーニア・スラスター
を全開にしてΖガンダムを押し返すと、シロッコは時間を気にして一目散に廃棄コロニーの出口へと機動
させた。
 一瞬の隙を突かれ、むざむざとタイタニアを逃がしてしまったカミーユ。その追撃を阻止せんとファンネル
がビームを浴びせてくる。それをシールドで弾いて、再びタイタニアに目標を定めてバーニア・スラスターを
噴かした。
 その追撃してくるΖガンダムを、舌打ちがてら見やるシロッコ。苛立ちは、固執するカミーユと一向に動き
を見せないオーブ艦隊に向けられていた。

「アークエンジェルはまだ気付かんのか? こんな単純な仕掛けにも気付けないとは――」

 早くしなければ、レクイエムが発射されてしまう。シロッコが業を煮やしかけていた時、廃棄コロニーを大
きな衝撃が襲った。下に潜り込むように追いかけてくるΖガンダムにデュアル・ビームガンで牽制を掛ける
と、シロッコは衝撃の起こった方向に目を向けた。

「始まったか!」

 衝撃の元に視線を向けると、そこには僅かな残光が廃棄コロニーの破片とともに散っていた。考えられる
可能性は、アークエンジェルのローエングリン。ようやく、廃棄コロニーの角度を変えるために動き出したよ
うだ。
 それならば、最早カミーユにかまけて遊んでいる場合ではない。ホンネを言えばここでカミーユを葬って
おきたかったが、シロッコにとって優先すべき課題は他にある。ファンネルを呼び戻して肩部に収容する
と、タイタニアを後退させた。
 ファンネルの軌跡が、タイタニアに吸い込まれるようにして消えていく。カミーユは我が目を疑い、シロッコ
の後退を怪訝に思う。自信家の彼が、この程度の事で尻尾を巻くことなどあり得ない。何か裏があると考え
るのが筋だが、今のカミーユはそれを考える余裕が無かった。
 打倒シロッコ。それだけを反芻し、廃棄コロニーを出ようとしているタイタニアの背を睨みつける。

「逃がすか!」
『小僧が! しつこい!』

 追撃を掛けるΖガンダム。タイタニアのデュアル・ビームガンの砲口の動きをトレースし、シロッコの狙い
を読んで先に回避準備をしておく事で反応の鈍さを補う。しかし、シロッコはカミーユの読みの更に上を行
き、Ζガンダムが動きを見せるまで決してトリガーを引かない。秒針が時を一つ刻むような僅かな時間で
あったが、互いの我慢比べであった。
 先に堪えきれなくなったのは、カミーユ。微かに噴出するアポジ・モーターの白光を見逃さず、シロッコは
照準に僅かな修正を加えてデュアル・ビームガンを発射した。砲口から伸びる黄金の軌跡がΖガンダムに
襲い掛かり、回避運動を行っていたその背を掠め、フライングアーマーのバーニアが損傷を受けて小破す
る。しかし、コントロール・レバーを握るカミーユの瞳は見開いたまま、敵を見据えていた。
 Ζガンダムはいよいよ機体のスペックを越え始めて、最早受けたダメージすら問題にしていないかのよう
に見られた。その姿は異常で、確かにダメージは通っている筈なのだとシロッコは狼狽を見せた。
 Ζガンダムのコックピットの中にも、当然、損傷を告げるアラートは鳴り響いていた。しかし、カミーユの耳
にその音は届かない。無我夢中で追い縋り、Ζガンダムのビームサーベルが、タイタニアのビームソードと
再び接触して激しい光を放つ。

「人の可能性をエゴで押し潰そうとするキサマは――」
『かしこぶる愚民は、己の力を過信して狡猾になるだけだ!』
「勝手に決めるなぁッ!」

 くわっと見開く瞳。身を前に乗り出して、激昂する。内側にあるシロッコに対する義憤の感情を吐き出す
ように、カミーユは全ての精神力を解き放とうとしていた。理性を繋ぎとめている繊維の糸が、プチプチと
音を立てて切れていく。激情に我を失い、自分がキレかけている事にも気付けない。カミーユはシロッコを
許せなかった。

「はあああぁぁぁぁッ!」
《あなたは――》

51 ◆x/lz6TqR1w:2008/11/01(土) 23:05:33 ID:spgZDcBE0
 輝きを増すビームサーベル。タイタニアのビームソードに同化する様に食い込んでいき、やがて貫通する
かに思われた。しかしその時、カミーユの意識の中に聞こえてくる声があった。それは酷く懐かしく、魂を揺
さぶるような――

《もっと他人を大切に出来るはず、カミーユ=ビダン》

 心の奥底から聞こえてきた声に、カミーユはハッとした。短い、それでいて一瞬のお告げ。しかし、それは
カミーユに正気を取り戻させるのには十分だった。なぜなら、その声の言わんとしている事はカミーユには
瞬時に理解できるからだ。
 Ζガンダムのビームサーベルがタイタニアのビームサーベルを貫通して、肩口から左腕を切り飛ばす。
その瞬間にΖガンダムのオーラが消失し、反撃で放ったデュアル・ビームガンの一撃がΖガンダムのビー
ムサーベルを保持するマニピュレーターを破壊した。そして肩で突き飛ばすと即座に反転して廃棄コロニー
の影へと消えていった。

『その力、考えられなくは無いが――しかし、ナンセンスだ』

 去り際に残したシロッコの呟きは、ノイズが混じっていたせいでハッキリとは聞こえなかった。

 気付けば、廃棄コロニーの外。その威容を見れば、丁度ローエングリンの光が廃棄コロニーに着弾する
場面が見えた。あれだけ巨大なエネルギーの奔流も、コロニーの巨大さの前では些細なものである。
 カミーユは、大きく息を吐き出した。それは、磨り減った精神的な疲れを少しでも和らげる為の付け焼刃
的な行為だったのかもしれない。カミーユの精神は、筆舌に尽くしがたい疲労感を覚えていた。

「こんな事じゃ駄目だ。このままじゃ、俺は――」

 声は、カミーユに見失いかけていた可能性を思い出させてくれた。それを、二度と忘れまいと心に誓う。

「ありがとう、フォウ……僕に思い出させてくれて……」

 まるで、自分の半身の様だった女性。今はもう戻れない過去に失った彼女に対して、カミーユはポツリと
感謝の言葉を述べた。


 ギャプランとメッサーラ――機体の性能に大きな差異は見受けられない。しかし、明らかにサラのメッ
サーラの方が劣勢に立たされていた。操縦しているパイロットの差だとは、思いたくない。サラとて、ニュー
タイプのパイロット候補生として訓練を受けた身である。エリート組織で戦果を期待されたサラにも、MSパ
イロットとして優秀であるという自負や誇りといったものはあった。そして、それを捧げるシロッコの為には、
ここで強化人間風情に負けるわけには行かない。

「このッ!」

 メッサーラのメガ粒子砲が、短いスパンでギャプランに注がれた。狙われたギャプランであったが、軽や
かに旋回してサラを嘲笑うように砲撃をすり抜けると、MAからMSに変化してビームサーベルを振りかざし
た。縦に横にと振るわれるビームサーベル。光の刃の残光が滑らかなラインを描き、サラを圧倒するような
プレッシャーを与えた。
 ビームサーベルを振るギャプランと後退しながら避けるメッサーラ。まるでワルツを踊っているように2機
がもつれ合うバーニア・スラスターの光が、宇宙に流れ星の如く煌いていた。
 次々と繰り出されるギャプランの斬撃。一瞬の隙を突いてメッサーラのメガ粒子砲を撃つが、ギャプラン
は凄まじい反応速度でそれをかわす、かわす。逆に内臓型ビームライフルで牽制を仕掛け、メッサーラの
動きを封じようとしてくる。
 メッサーラは、ガイアのビームサーベルによって腕を一本失っている。距離を詰められれば、ギャプラン
の格闘能力に対抗する事はできない。メッサーラのコンテナが開き、牽制するようにミサイルが放たれた。
粉塵の尾を牽いてギャプランに迫るミサイルの一群。

「召しませぇッ!」

 即座にメッサーラが機動してギャプランの側面に回りこむと、メガ粒子砲の砲撃を加えた。加粒子砲と実
体弾の弾速の差を利用した、時間差による一人十字砲火。しかし、ギャプランは予め決めていたように即
座にMAへと形態を変化させると、狂ったような加速でその場から消えた。虚しく宇宙を切り裂くのは、サラ
が渾身の力を込めて仕掛けたミサイルとメガ粒子砲の光。ギャプランのバーニア・スラスターの軌跡を見せ
付けられ、愕然とさせられた。

52 ◆x/lz6TqR1w:2008/11/01(土) 23:06:20 ID:spgZDcBE0
 強化人間とは、ここまでの戦闘能力を発揮するものなのだろうか。ニュータイプの特性を、戦闘面に絞っ
て付加された強化人間――肉体改造も施されているだけあって、サラが考えているよりも遥かに強靭で、
強い。食いしばる歯に力が込もり、ギリっという鈍い音が鳴った。

「ここで少しでも障害となるものは倒しておかなければ、私はパプテマス様に――ッ!」

 サラの思惟は開きっぱなしの毛穴のように冴えていた。それは、カツとの交感がもたらした、サラの新た
な境地だったのかもしれない。皮膚が視神経に変わったようにロザミアのプレッシャーを感じ、高速で機動
するギャプランの動きを逐一目で追う。背後に廻られても、即座に振り向く。
 サラは、ニュータイプという以外には取り立てて突出した才能を持っているわけではない。だからこそ、才
能の塊のようなシロッコに憧れるのかもしれないが、しかし、ここに来てサラの感性は鋭い煌きを見せていた。
 ロザミアも、そんなサラの覚醒を肌で感じていた。彼女の場合、頭で理解するというよりも感覚で把握する
といった感じなのだが、とにかくサラのプレッシャーを強く受けていた。それはまるで、全身から触覚を伸ば
しているかのようだ。その触覚は糸が絡みつくようにロザミアを縛り、いくら死角に潜り込もうとしても、何処
かでサラの視線を感じる。メッサーラの全身にサラの目がついているような、そんな感じだった。

「あたしの心の中を覗き込むようなこの感じ――気のせい?」

 纏わり付く不快感に首を振り、ロザミアはお構い無しにメッサーラの背後からビームサーベルを掲げて
飛び掛った。
 瞬間、サラのエメラルド・グリーンの瞳が光った。機体を反転させれば、迫るギャプランの姿。メッサーラ
のバーニア・スラスターが唸りを上げ、ギャプランの下方向に潜り込んだ。驚かされたのは、ロザミアである。

「えっ!?」

 ロザミアはメッサーラを見失った。身体を捻って下を見るが、ちょうど死角になっていてメッサーラの姿を
確認する事はできなかった。
 それは、ギャプランの全天モニターに宿命付けられた欠陥。360度見回せるはずの全天周モニターだが、
ギャプランのそれには死角が存在していた。サラはそれを思い出して、ギャプランの死角となる下方向に
潜り込んだ。
 見えないところから攻めてくる事は、ロザミアには分かっている。ギャプランが制動を掛け、下に向きを変
える。しかし、その時には既にメッサーラは肉薄していて、接触は避けられそうに無い。反応して何とか斬
撃を与えようとするも、抱きつかれるようにして組み付かれ、ビームサーベルは虚しく真空を切った。

『いくらショート・レンジのビームサーベルでも、近付き過ぎれば!』

 組み付いたメッサーラは、そのままギャプランの腹部を蹴り上げ、柔道の巴投げの要領で後方へと投げ
飛ばした。投げ飛ばした先には、岩が浮かんでいる。そこまで考えた上での、サラの作戦だった。
 背中から岩に叩きつけられるギャプラン。衝突の衝撃で全天モニターには“CAUTION”の文字が躍り狂
い、ロザミアは苦悶に目を瞑る。そして、考える間もなくメッサーラが圧し掛かるようにギャプランに突っ込
んできた。

「きゃあッ!」

 激しく揺さぶられるリニア・シート。背中のバック・パックがシートと繋がっているから転げ落ちるような事は
無いが、激しい揺れにロザミアの頭は前後左右に激しく揺さぶられた。ヘルメットのアタッチメントによって
首が保護されていなければ、間違いなく筋を痛めていただろう。
 メッサーラは尚も、マニピュレーターで殴りつけてくる。がくがくと首を揺らしながら、ロザミアは激しい苛立
ちで歯を食いしばった。

「く、首がもげちゃう!」
『も――何? 命乞いなら、相手を間違えている!』
「痛いって――」

 ギャプランの腕が伸びる。左のマニピュレーターがメッサーラの引き絞った腕を掴み、カウンターで右スト
レートを顔面に食らわせて突き放した。

「言ってんじゃないのさ! ――おまけよ!」

 体勢を崩しているメッサーラに対し、追い討ちで加えた蹴りが突き刺さり、今度はメッサーラが別の岩に
衝突した。お返しとばかりに、ギャプランが圧し掛かる。マニピュレーターの指をワキワキとさせ、不敵に微
笑むようにモノアイを瞬かせた。

「よくもやってくれたわね! お返ししちゃうんだから!」
『そうやってかしましい声を上げる! こっちはさっきから耳が痛いのよ!』
「失礼な! あんたの声だって、十分うるさいわよ!」
『蓮っ葉の声と一緒にするんじゃない!』

53 ◆x/lz6TqR1w:2008/11/01(土) 23:09:08 ID:spgZDcBE0
 メッサーラがバーニア・スラスターを吹かし、ギャプランを押し返す。負けじとギャプランもバーニア・スラス
ターを全開にし、繰り出されるのはパンチ、キックの応酬。武器があるのを忘れているかのように、2人は
ロボット・プロレスを始めた。
 MSの肉弾戦は、本来ならば繊細なマニピュレーターを酷使するだけの愚行である。しかし、色々言い
たい事のある2人にしてみれば、それは最も都合の良い喧嘩の仕方だった。コントロール・レバーをきつく
握り締めたまま、動物の咆哮のように大きな口を開いてロザミアが怒鳴る。そして、それに負けじとサラも
怒鳴り返す。

「聞きなさいな、カツに優しくない女! 好きだって事、分かってるくせにあんたは――」
『ニタ研のニュータイプが気にする事ではない! そういうあなたこそ、カミーユなんかのフェロモンに惑わされて!』
「カミーユはあたしのお兄ちゃんだ! だから、一緒に居るんだ!」
『教えてあげる! カミーユは、敵である私にも色目を使ってくるプレイ・ボーイなのよ。そういう男に纏わり
付くあなたって、とっても汚らわしい。恥をお知りなさい!』
「あんただって、シロッコとかっていう胡散臭い男に腰を振ってるんでしょうが!」
『腰を!? ――下劣なッ!』
「ほら、動揺した! 自分のやましさ、分かってんじゃない!」
『卑猥な表現で私の口を閉ざしておいてぇッ!』
「いやらしいんだ?」
『どっちがよ!』

 飛び散る破片、剥がれ落ちた塗装。装甲がへこんだ跡には打撃の強さが垣間見られる。それは飽く事無
く続けられるパンチとキックの応酬。互いに罵声を浴びせる姿は既に、MS同士の戦いでは無くなっていた。
傍目にはマシーンによる取っ組み合いだが、その実は女2人の意地のぶつかり合い。罵り合うその様は、
最早キャット・ファイトでしかなかった。
 果てしなく続くかと思われた格闘戦。どちらかが屈服するか戦闘不能に陥るまで終わりそうに無かった。
しかし、そのもみくちゃの争いを止めるものが何処からか舞い込んでくる。それは降り注がれるビームの
嵐、咄嗟に気付いた2人は一挙に散開する。サラがデブリにマニピュレーターを引っ掛けてメッサーラを制
止させると、今しがたのビーム攻撃はギャプランのみを狙っていた。

「この、四散する意識の感じは――ファンネル?」

 サラの直感。仰ぎ見れば、タイタニアの姿。ギャプランが彼方に去っていくと、シロッコはファンネルを呼び
戻して収納した。

『サラ、私と一緒に帰ってくれるな?』
「は、はい。そりゃあ、勿論です」

 タイタニアは片腕を損傷していた。カミーユがやったのだとサラは気付き、接触回線から聞こえてくるシ
ロッコの声に微塵も抵抗を見せなかった。少しサラを気に掛ける素振りが、超人然としたシロッコの人間的
な面を垣間見られた気がして、それがまたサラにとっては“良い”のである。ホッとしたような鼻笑いが聞こ
えてくると、キュッと胸が締め付けられたような思いがした。

『なら、後退だ』
「しかし、オーブの残党は――」
『核パルス・エンジンの1つに火を入れてきた。奴らにはステーションの向きを変える役割を演じてもらう必
要があるから、こちらが仕掛けていたのでは、集中できんだろう?』

 タイタニアがメッサーラの背を押した。サラは腑に落ちないまでも促されるままに帰途へとつく。

「どうして、ステーションの向きを変える必要があるのです? レクイエムが使えるのならば、プラントの首
根っこを押さえたようなものではないですか」
『ザフトに対してだけ使うのなら良いのだがな。ジブリールは、それをコロニーに対して使おうとしているのだ』
「まさか!?」

 シロッコの言葉を聞き、サラは驚いて声の調子を上げた。
 基本的にサラは一般市民への被害を嫌う。バスクの考えたグラナダへのコロニー落としとて、それに反
発して、勿論シロッコの為でもあったが、アーガマに密告した経験があった。他にも、フォン・ブラウンシティ
で爆弾テロを仕掛けた事もあったが、結局はカミーユと遭遇して計画が明るみになり、爆弾の処理を最後
まで手伝った。
 それは、サラが個人的に一般人への被害を好ましく思っていなかった証拠であり、彼女が普通の感性を
持った人間である事を示している。グラナダへのコロニー落としにも、涙した事があった。それが、サラの
本来の気質なのである。
 シロッコがサラの声に少しの間を取ると、続けた。

54 ◆x/lz6TqR1w:2008/11/01(土) 23:11:02 ID:spgZDcBE0
『コーディネイターを殲滅したがっているジブリールだからな。しかし、それをやってしまえば、戦後の地球圏
を一つに纏める事などできん。虐殺など、反感を煽るだけでまるで生産的ではない』
「パプテマス様は、コーディネイターも纏めようとしていらっしゃる?」
『後々の世の為である。憎しみといった激しい感情は、対立という不協和音を生むだけのものでしかない。
ジブリールには、それが世界をより深い混沌へと落とし込む事になると分からんのだ』
「おっしゃる通りです。戦争を単なる虐殺ゲームと勘違いするような男の考える事。全く以ってパプテマス様
の思慮深さに及びません」

 ジブリールに対する嫌悪感を口にして、シロッコの言葉に同調した。それからチラリと遠目に映る廃棄コ
ロニーの威容を視界に捉える。数多のビームの光が輝いており、オーブ艦隊が必死にステーションの角度
を変えようとしているのが分かる。
 後退を続けるサラの視界の中に、ガーティ・ルーの船体が入ってきた。タイタニアの発光信号が輝くと、
ガーティ・ルーから撤退信号が打上げられた。

 遂にシロッコが本気で行動を開始しようとしている――サラは、そんな予感を胸に秘めていた。今はまだ
ジブリールの命令に従っている素振りを見せているが、シロッコが動く為の準備は整いつつある。
 そろそろだろう。シロッコの言う“刻の運”とやらは、着実にその針を進め、決着の時に近付きつつある。
これで、ようやく本当に安定した世界が訪れる事になるのだ。戦乱に塗れた歴史は、パプテマス=シロッコ
という一人の天才の出現で、ようやく平和を取り戻す事ができるのである。
 その世界に、カツは居るのだろうか――ふと、サラはそんな事を考えてしまった。しかし、それも今更であ
る。自分は、カツを拒否してシロッコを選んだのだ。その選択に、迷いなど持ってはいけない。後悔しないた
めに歩む道なのだから。

 撤退命令が発令され、次々と帰還するMS。バーニア・スラスターの光が幾つもの筋を放ち、流星を思わ
せる光景を描き出していた。


 シロッコ艦隊の撤退で、周辺宙域から戦闘の光が消えていく。そんな中でも、アークエンジェルを含む
オーブ艦隊に安息が訪れる事は無い。戦闘が終わっても、それよりももっと大きな仕事が残されているのだ。

「ローエングリンのチャージは?」
「発射可能になるまで、あと15秒」

 身を乗り出して訊ねてきたラミアスに、チャンドラは至極冷静に応答した。その時、別の陽電子砲の光
が、廃棄コロニーへと伸びていった。

「クサナギのローエングリンがコロニーに直撃――貫通しました」

 モニターをジッと見つめたまま、サイが報告をする。そんなサイの報告に、ブリッジで腕を組んで佇んで
いるエリカは表情を険しくさせた。

「ミリアリア、クサナギに通達。出力の絞り方がなってないって、伝えてちょうだい」
「は、はいっ」
「――ったく、貫通させてちゃ駄目だというのに。チャンドラ、分かってるわね」
「さっきもやったでしょ」

 まるでエリカがアークエンジェルの艦長のような振る舞いを見せていた。苛立ちを見せるエリカの機嫌が
ブリッジ内の空気を伝染し、ぴりぴりとしたムードが漂っていた。普段、穏やかで控えめなラミアスが指揮し
ているだけあり、クルー達もどうにもやり辛そうにしているのは気のせいではなかった。
 エリカは確かに苛立っている。それはチャンドラの口答えが気に喰わなかったというのもあるが、本当に
廃棄コロニーの角度を変えさせる事ができるのかという不安が少なからずあったからだ。確かに理論上は
同じ箇所に砲撃を加えることで運動エネルギーを与える事が出来る。しかし、それはじっくりと時間を掛け
た場合の話で、果たしてこの作戦にどれだけの時間が要されるのかは依然として未知数のまま。残された
猶予も分からず、事態を一番把握しているエリカの危機感は、尤もであった。

「クサナギの開けた穴を避けて、照射時間はできるだけ長く、且つコロニーを貫通しないように」
「注文の多さなら、ラミアス艦長とどっこいどっこいかな」

 エリカの指示に、チャンドラがボソッと呟いた。その緊張感の無い呟きに、ずっと緊張状態のエリカの耳
が反応した。即座にキッと見据える。

「無駄口は叩かないで。プラントの命運が掛かっているのよ。ひいてはオーブの命運も掛かっているんだか
ら。真面目にやってもらわなければ困ります!」
「了解!」

 厳しい叱責を受け、しかしチャンドラはエリカに顔を向けることはできなかった。振り向けば、鬼の形相を
向けられていることが想像で分かっていたからだ。

55 ◆x/lz6TqR1w:2008/11/01(土) 23:11:35 ID:spgZDcBE0
 そんな時、パイロット・スーツから着替えたレコアがブリッジに入室してきて、すうっとエリカの横に流れて
きた。

「按配はどんな感じですか?」
「このタイミングでの敵の不可解な撤退と言い、不安は尽きないわね。状況は芳しくないと言うのが、正直な
ところかしら」

 視線も合わせず、腕組みをしたまま佇んでいるエリカ。その険しい横顔を見て、一瞬だけ目を逸らす。
 レコアはエリカの事を自信家であると思っていた。見た目そっくりなムラサメを改造してΖガンダムをでっ
ち上げてしまうような天才肌の彼女なのだから、多少の過信はつきものであると勝手に想像していた。しか
し、エリカの額には脂汗が滲み出し、そんなレコアの人物像とは掛け離れた人間らしい一面が覗いている。
 レコアはエリカの肩に手を置くと、モニターに釘付けになっていたエリカが顔を振り向けた。レコアが慰め
るように頷くと、困惑したように顔を俯ける。
 その時だった。廃棄コロニーを映しているモニターに、閃光が現れた。何事かと一斉にクルーの目がモニ
ターに集中すると、エリカは1人、サイを睨みつけるように視線を投げかけた。

「何が起こって!?」

 エリカの質問にも応えず、サイの指がけたたましくコンソール・パネルを叩く。カメラが拡大していき、コン
ピューターが静止画で閃光をピック・アップして解析を始めた。それが表示されてから、ようやくサイが振り
返る。

「核反応らしき光です。恐らくは核パルス・エンジンの光だとは思いますが――」
「核パルス・エンジンですって?」
「こちらの砲撃先の反対側の裏側から、手前に押し出すようにして運動エネルギーを発生させています。ま
るで、こちらの砲撃と連動しているような――」
「誤作動を起こしてくれた? いえ、それにしては余りにも――」

 出来すぎだと感じた。例え核パルス・エンジンが間違って作動してしまったとしても、こんな幸運あり得な
い。誰かの意志によって弄ばれているような気味の悪さを感じ、肌寒さを覚える。

「姿勢制御用のため、大きなエンジンでは無さそうですが、こちらの砲撃と合わせれば直ぐにでも予定角の
変更は可能かと思われます」
「そうね……」

 あまりに都合が良くて、誰かの掌の上で踊らされているような気がする。エリカは腕を組みなおして、その
気味悪さを払拭するかのようにサッと髪をかき上げた。

 アークエンジェルの格納庫では、帰還したカミーユたちパイロットも含め、メカニック・クルー全員が外の様
子を映すモニターに釘付けになっていた。誰が操作したのかは分からないが、ブリッジのやり取りの様子も
ライブで聞こえてくるようになっていた。
 MSデッキでも核パルス・エンジンの光は見えていた。カミーユはその時になって、ようやくシロッコの不可
解な言動の理由が、おぼろげながらに分かったような気がした。

『コロニーに運動エネルギーを確認。プラントと月を繋ぐコースの分断に成功しました』

 不明瞭さに騒いでいた声が、一気に歓声に変わった。その瞬間、艦全体が安堵の空気に包まれ、それま
で緊張し続けていたクルー達の体から力が抜けていった。
 しかし、その中でカミーユとロザミアだけは緊張感を解いていなかった。

「お兄ちゃん……」
「分かってる」

 何かが来る――そんな予感が、カミーユの脳に警告を与え続けていた。恐らく、クサナギに帰還したカツ
も同じ様な予感を抱いている事だろう。
 キュッと縋るように袖を掴んでくるロザミアの手を自分の手で包みながら、尚もカミーユはモニターから目
を離さなかった。

 それは、廃棄コロニーの角度が変わったほんの数秒後の出来事だった。安堵に沸くオーブ艦隊の目の
前で、強烈な輝きを放つ巨大な光が宇宙を劈いていった。

56 ◆x/lz6TqR1w:2008/11/01(土) 23:13:24 ID:spgZDcBE0
今回は以上です
調子に乗って危うくカミーユをプッツンさせてしまいそうになったのは内緒ですw

57 ◆x/lz6TqR1w:2009/03/02(月) 23:09:12 ID:N/PaNF8o0
  『いのち煌く』


 敵の抵抗は思ったよりも強くなかった。それは、誰かの思惑が働いているというのではなく、単純に、ダイ
ダロス基地の防衛部隊がこちらの陽動に乗ってくれているお陰であった。
 後方にギャプラン。カミーユはレコアに言われたとおり、ステーションの真下を目指す。彼女の指し示した
空には、おぼろげにコロニーらしき影が見えていた。
 ステーションを通り過ぎたレクイエムの光を、思い出す。映像越しであったが、コロニーを改造した中継ス
テーションを通過した光のインパクトは、月のグラナダに落下しようかというアクシズの軌道を変える程の威
力を示したコロニー・レーザーの印象と重なる。そういう超兵器を、敵は使おうとしているのだ。
 ロード=ジブリールという人物が噂どおりとすれば、それはプラントを直接狙ってくるだろう。それは、何と
してでも阻止しなければならない。

 やがて、巨大な竪穴らしき窪みが見えてくる。恐らく、あれが反射衛星砲の本体なのだろう。それと同時
に、1体の巨大機動兵器の影も確認した。いや、影では無い。黒く見えるのは、黒い機体だからだ。ぼうっと
モノアイが光ると、嵐のようなビームが放たれた。
 ビームをかわし、ハイパー・メガ・ランチャーで反撃するも、バリアに弾かれて効果は得られない。

「ゲーツはデストロイを持ち出す。――まったく!」

 類稀なるニュータイプの資質を秘めたカミーユの閃き。デストロイに乗っている人物を、一瞬で看破してみ
せる。
 厄介な事になったと思う。デストロイは強固な装甲、それに陽電子リフレクターを併せ持つ上に、豊富な
火器による膨大な火力をも有している。サイコ・ガンダムを彷彿とさせるそれは、カミーユにとって苦手な敵
だった。
 不意に、ギャプランが前に出る。デストロイにゲーツが乗っていることを、ロザミアも分かっているはず。

「ゲーツの事は、僕に任せればいい!」

 1人で向かわせるのは、危険と感じた。カミーユは操縦桿を一番奥まで押し込み、ウェイブライダーを加速
させた。

 オーブでカミーユに撃墜された後、味方に回収されて生還したゲーツ=キャパは、そのあまりのロザミア
を求めすぎる傾向が問題視され、再調整を施す為に強化人間の研究機関へと送られた。そこで「ゆりか
ご」による記憶操作を施され、シロッコの部隊へと派遣されてきた経緯があった。
 戦いに不必要な記憶を排除し、情緒の安定化を図られたゲーツは、強化人間としてほぼ完成されてい
た。彼にとって自らの存在意義は戦う事であり、またその為に生まれてきたのだと思い込んでいた。その一
方で、大切な事を忘れてしまったとも気付かずに。

 ゲーツは不思議な感覚に包まれていた。戦闘が開始されてから、どの位経つのだろうか。いや、時間は
問題ではない。敵が攻めてきてからこの方、妙な懐かしさを覚えていたのだ。それは、記憶にぽっかりと穴
が開いているような感じで、こちらへ向かってくる敵に知っているような人間がいるような気がした。

「パプテマス=シロッコが、このデストロイのシステムにニュータイプ用のサイコミュを仕込んでいるという事
実は知っている。しかし、この妙な違和感は何だ? サイコミュが私にフィットしていない感覚だぞ」

 デストロイのコックピットは、ゲーツに使い易いように全天周モニターとリニア・シートに造り替えられてい
た。それ故に、シートの座り心地は悪くない。操縦桿の重さだって、適度に重量感を感じてゲーツの鍛えら
れた腕に良く馴染む。フィジカルに受けるデストロイの操縦感覚には、何ら不満は無い。なのに、機体との
メンタルな部分でのリンクを司るサイコミュ・システムだけが、変にゲーツに違和感を与えるのである。
 シロッコがサイコミュ・システムの調整に手を抜いたのではないだろうか。そう疑いたくなるほどにゲーツ
は煩わしさを感じていて、ヘルメットの上から擦るように頭に手を当てた。しかし、そのゲーツの印象はまる
で逆で、サイコミュ・システムがしっかりと機能しているからこそ、煩わしさを感じるのである。
 頭の中をかき混ぜられるような不快感。その不快感はΖガンダムとギャプランの出現と同時に増し、ゲー
ツの表情を一段と険しいものへと変えた。

「私を苛立たせるのは、貴様らか! この、不愉快さは!」

 ゲーツが操縦桿を動かす。それと連動して、デストロイが、ゆっくりと一歩を踏みしめた。巨体ゆえに鈍重
であるが、それが逆に存在感を誇張する。足底が月面に下りると、乾燥した砂が大きく巻き上げられた。ま
るでデストロイの重量感を過剰演出しているようだ。

58 ◆x/lz6TqR1w:2009/03/02(月) 23:12:42 ID:N/PaNF8o0
 向かってくるΖガンダムとギャプラン。デストロイが腰を落として中腰の構えになると、背部の巨大な4門
の砲身が一斉に肩越しから前に向いた。戦艦の主砲をも凌駕するデストロイの最強兵器、アウフプラー
ル・ドライツェーンである。

「こいつで!」

 地獄の業火が4本、月の空を穿った。メガ粒子砲すら歯牙にかけないそれは、真っ直ぐに敵へ向かって
伸びていく。
 宇宙を焼くような4本の光。まともに受ければ、恐らく跡形も無く消滅させられてしまうだろう。
 カミーユ達は左右に散開してやり過ごした。サイコミュ・システムがビームにパイロットの意思を乗せてい
るのか、その一撃から突風のようなゲーツのプレッシャーを感じる。敵は、本気だ。
 カミーユはΖガンダムをMSへ戻して一旦、月面へと着地させる。視線を感じ、デストロイを見上げれば、
その頭部がジッとこちらを見つめていた。威風堂々とその存在感を誇示するかのような佇まい。周囲を旋
回するギャプランを、片手間にマニピュレーター兼用のビーム砲で追い払う。明らかな余裕を見せ、まるで
こちらを挑発しているかのようだった。

「こっちを見ている?」

 妙だと思った。ゲーツの性格を考えれば、ロザミアの方に意識を集中させるだろうと思っていた。それな
のに、意外にも彼はカミーユを意識していた。――単に邪魔者であるカミーユを先に排除しようと考えてい
るだけなのかもしれないが。しかし、これは逆に都合が良かった。ゲーツの意識が自分に向いている分、ロ
ザミアへのリスクが低減されるからだ。

「なら、このまま!」

 Ζガンダムが月面を蹴って跳躍した。ハイパー・メガ・ランチャーの砲身を抱え込んで、デストロイの正面
から飛び越すような軌道で伸び上がる。狙いは、メイン・カメラでもある頭部。接着射撃を叩き込もうと画策
していた。
 しかし、そのΖガンダムの跳躍をなぞるようにデストロイの頭部が動く。顎を上げ、直上のΖガンダムを
睨みつける双眸のモノアイが、鋭く光を瞬かせた。

「――来る!?」

 カミーユは直感する。デストロイの口腔部が輝きを灯し、今にも吐き出さんばかりにエネルギーを蓄えて
いた。刹那、カミーユはブースト・ペダルを思いきり踏み込み、更にもう一段のブーストをかけた。
 直前までΖガンダムの存在していた場所を、ツォーンの光が切り裂く。間一髪、それをかわし、Ζガンダ
ムは翻ってデストロイの背後へと回り込んだ。上下逆さの体勢でハイパー・メガ・ランチャーの構え。ズドン、
と重く撃ち出したビームは、しかしデストロイの表面で攪拌するように弾け飛ぶ。ダメージは皆無、バリアの
内側から撃つ事が出来なかったのだ。

「間合いが甘い! ――駄目か!」

 反動で持ち上がるハイパー・メガ・ランチャー。後ろへ引っ張られるような反動を利用し、その動きの流れ
の中で、振り向くデストロイの視線から逃れるように即座に後退した。
 デストロイは陽電子リフレクターで完全防御されているとはいえ、物理的な衝撃までは無効化できない。
強烈なハイパー・メガ・ランチャーの一撃は石柱を叩きつけられたようなもので、コックピットではリニア・
シートが振動の吸収しようと前後に揺れていた。
 しかし、それでもゲーツは即時離脱して行ったΖガンダムの姿をその目で捉えていた。サイコミュ・システ
ムのお陰か、引っ張られる意識が自然とΖガンダムを追っていた。

「雑魚がちょこまかと!」

 振り返りざまにミサイルを発射。次いで5本指のビーム砲で狙い撃つも、Ζガンダムは木っ端が風に揺ら
れるかのごとくヒラリ、ヒラリとこちらの攻撃をかわす。その流れるような動きの中で左腕を上げ、続けざま
にシールド裏のミサイルを撃ち込んできた。
 鈍重なデストロイに、運動性は皆無と言って良い。だからこそ、鉄壁の防御が施されているわけで、遠、
中距離からの攻撃に対しては完全に無効化することが可能であった。しかし、ビーム兵器と違ってミサイル
などの実体弾は炸裂すると粉塵を伴う。
 果たして、ミサイルの炸裂の煙霧によって視界が汚されると、苛立ったゲーツは思わず自分の腕を横に
薙いだ。

「えぇい、敵はニュータイプの猿真似をやってくるのか! ――いや、違うな……そのものか?」

 脳がひりつく感覚がする。自分の目論見が悉く見透かされているようで、どうにも面白くないのだ。それ
が、カミーユのニュータイプとしての強大な才能を予感させ、強化人間としての劣等感が、本能的に潜在す
るニュータイプへの敵愾心へと繋がった。

59 ◆x/lz6TqR1w:2009/03/02(月) 23:13:54 ID:N/PaNF8o0
 敵は、天然物である。実験と称される拷問のような日々の果てにしか得られなかった自分の力を、生ま
れ持った才能だけで凌駕していく。そんな恵まれた本物の才能が、今、目の前に現実として存在していた。
 ゲーツが、その現実を許せるわけがなかった。研究対象として身体を弄られ続け、時に、人間として扱わ
れるのを諦めたりもした。そんな惨めな思いをしてようやく手に入れた力を、嘲笑うかのように凌駕するの
だ。ならば、それを倒して超越して見せなければ、真に自らの存在意義を見出すことなど出来ないのではな
いか――追い込まれたゲーツが出した結論は、それだった。
 デストロイが、その巨大な腕を薙いで煙を吹き飛ばす。あっという間に煙霧を振り払うと、その双眸がΖ
ガンダムの姿を探した。

「何処だ! 独りでに存在を主張するニュータイプならば、サイコミュに引っ掛からない訳が無いだろう!」

 感情の高まりが、ゲーツから冷静さを奪う。闇雲にサーチを掛け、自身もやたらと首を回した。しかし、ミノ
フスキー粒子が介在するこの戦場で、レーダーの類が役に立ちはしない。コンソール・パネルにERRORの
表示が出ると、「役立たずが!」と憤って拳を叩きつけた。
 そんな時、コックピットに響く僅かな振動。モニターにCONTACTの文字が浮かぶ。いつの間にか背後に
回られ、接触を許してしまったというのか。手玉に取られていると感じる。ギリッと歯で音を立てた。

「貴様ぁッ!」

 カメラがその物体をキャッチ。肩口に抱きつくようにしてしがみ付いているそれは、しかしゲーツの思った
通りのMSではなかった。
 それは、深緑色のMS。紅のモノアイを光らせている。

「ムッ……! 頭が……?」

 途端、ゲーツの頭を違和感が襲った。そのMSに乗っているパイロットも、ニュータイプだというのか。叩
きつけるようにして頭に手を添え、違和感に苦悶の表情を浮かべる。

『お停まり!』
「この、脳が痺れるような生っぽい感覚……私にサイコ・バインドを仕掛けていたのはコイツだったのか。
――女ッ!」

 頭蓋の内側に、針を刺したような痛みと羽で擽られるようなくすぐったい感覚が混在する。この、妙な感触
を与えてくるテレキネシスの持ち主は、何者だというのか。

『こんなおっきなMSまで持ち出して、何をしようってのさ!』

 耳にノイズ混じりの女性の声。その口調は、声質から受ける印象よりも大分、幼く感じた。

「まるで攻撃の意志を見せない。こちらを懐柔しようって算段か? ――甘っちょろい事を!」

 独り言を口にしながら、それが的を射ていない推察なのだと気付いている矛盾。ゲーツの思考は、敵対し
ながらも交戦の意思を見せないギャプランの態度そのもののように戸惑いを見せていた。

「ガンダムに行かれるわけには――」

 肩口に組み付いたギャプランは、振り落とそうとするデストロイの動きに対し、決して負けまいと必死にし
がみ付く。その周囲を、機を覗うようにして旋回するΖガンダムを見て、ゲーツは舌を鳴らした。

「――戦う意志を持たぬものが、戦場(ここ)に何をしに来た!」

 語りかけながら、目はΖガンダムを追っていた。サイコミュ・システムの不調の原因がギャプランのパイ
ロットにあったとしても、Ζガンダムのパイロットが危険な存在である事には変わりない。ギャプランにかま
けている間に本懐であるレクイエムの防衛が御座なりになってしまったのでは本末転倒である。敵の侵入
を許してしまえば、強化人間である自分の存在意義に疑問を持たれてしまう。そんな事態だけは、絶対に
避けなければならない。
 デストロイの腕部が、切り離されて独りでに動き出す。シュトゥルム・ファウスト――本来は量子通信のドラ
グーン・システムによって制御される無線攻撃端末だが、ニュータイプの特性を持つゲーツ専用にサイコ
ミュ・システムによる制御が施されていた。それを、プレッシャーを感じる方向に向けて飛ばす。

60 ◆x/lz6TqR1w:2009/03/02(月) 23:15:54 ID:N/PaNF8o0
「戦場に出るという事は!」

 少し、慌てたようにギャプランのモノアイがシュトゥルム・ファウストの行方を追った。
 ゲーツの頭の中で思い描くΖガンダムの姿。それにシュトゥルム・ファウストの動きを重ねて、攻撃の指令
を送る。

「敵とあらば倒す! 戦わずして死にに来る様な奴が、どうして戦いを止める事など出来る! 貴様は非戦
論者的な得手勝手で平和を語ったつもりになっているのだろう!」

 背後で5本指のビーム砲が光を放つと、睨みつけるようなギャプランの視線を感じた。いや、ギャプランの
パイロットの思念波と言った方が妥当だろうか。女性の、鋭い視線。呆れるほど鬱陶しい。

『なに言ってんの? そんなこと言ってると、一生、仲良くしてやらないんだぞ!』

 命のやり取りの場である戦場で、これ程、場にそぐわぬ台詞を聞く事になろうとは、想像だにしなかった。
最初におバカさんの微笑ましさを感じ、それから直ぐに腹立たしさがこみ上げてくる。一つ鼻を鳴らして嘲
ると、腹の内の怒気を吐き出すようにモニターのギャプランに視線をぶつけた。

「私は貴様たちとの馴れ合いなど望んで居ない!」
『嘘つくな! あたしが靡かないからって作戦を変更して、わけ分かんないこと言って気を引こうったって』
「何だと……?」
『そんな薄っぺらい策(て)に引っ掛かるもんか! バカにして!』
「先程から何を言っている、この女? いきなり現れて、身に覚えの無い事で私に説教をしたぁ!?」

 聞きようによっては、いかがわしい内容。これではまるで自分が、求愛を拒絶された情けない男のようで
は無いか。そんな記憶は持っていないし、勿論、ギャプランの女性の事など全く以って存じ上げていない。
 自分の記憶に違い無いとすれば、考えられるのはギャプランの女性の思い違いだろうか。若しくは、気が
触れているかである。様子を鑑みるに、後者である可能性が高いが――とにかく、こういう手合いはまとも
に相手しない事が肝要だ。

『敵になるばっかでちっとも素直になろうとしない頭でっかち! だから、“子供だ”って言いたくもなるんだ!』
「笑止! “子供”が私に向かって“子供”と言ったか!」
『最初に誘ってきたのはそっちでしょうが、不埒者!』
「在りもしない事をよくもべらべらと――女って生き物は!」

 煩わしさだけが募る。加えて頭痛の原因であるとすれば、これ以上の接触は精神衛生上、よろしくない。
 もう一つのシュトゥルム・ファウストが、起動した。マニピュレーターも兼務するそれは、デストロイにしがみ
付くギャプランを引っぺがそうと、その背後から襲い掛かった。

『そんな子供みたいな意地――』

 ギャプランのモノアイが、鋭く瞬いた。その瞬間、ゲーツは気付く。ギャプランは、シュトゥルム・ファウスト
の動きを、自分の思考を読んでいると。
 果たして、シュトゥルム・ファウストが指を広げて掴みかかろうかという寸前で、ギャプランが素早くその身
を翻した。

「――めぇーッでしょおッ!」

 ギャプランが、デストロイの肩部を踏み台にして跳躍。素早く腕部からビームサーベルを抜刀し、シュトゥ
ルム・ファウストの掌の中央へとその焔の刃を突き立てた。
 チリッと頭に火花が飛び散る感覚。シュトゥルム・ファウストとのミノフスキー通信が途絶した事を告げる感
覚に、ゲーツの表情が苛立ちに歪む。ギャプランの女性も、自分よりも優れたニュータイプの資質を有して
いるというのか。その事実に、ただ腹立たしさを覚えた。
 ギャプランはビームサーベルを引く抜くと、そのまま飛翔した。シュトゥルム・ファウストは一寸、スパークを
放った後に爆散。デストロイの頭部が、忌々しげにギャプランの姿を追った。
 ゲーツは苛立っている。剥き出しになった感情は、激しい敵意を伴って無意識に発散される。ロザミアに
してみれば、ゲーツの考えている事など丸分かりのお見通しだった。
 しかし、以前と比べてゲーツの様子が余りにも違うように感じる。芝居をしているにしても不自然で、まるで
本当にロザミアの事を知らないような――
 思わず、ロザミアは接触回線用のワイヤーを飛ばした。鈍重なデストロイ、命中させるのは造作もない。

『接触回線? ――私に拘るこの阿婆擦れ、何だと言うのだ?』

 ロザミアを求めたがっていたゲーツの台詞とは思えない。素っ気無い振りをして気を引こうにも、赤の他
人の振りをする必要など無いのだ。寧ろ、その方が余計に話が拗れて効率が悪い。まさか、本気で自分の
事を知らないとでも言うつもりなのだろうか。ロザミアは怪訝に眉を顰めた。

「あたしを知っている風だったくせに、しらばっくれるの?」

61 ◆x/lz6TqR1w:2009/03/02(月) 23:17:41 ID:N/PaNF8o0
『だから、誰なんだ貴様は! このサイコ・バインドと言い、貴様は私を惑わせる事しかしない!』
「え……? 話が違う――前と違うの!?」

 デストロイのアウフプラール・ドライツェーンの砲塔が、ギャプランに狙いを定めた。自由奔放、天真爛漫
なロザミアが珍しく見せる動揺。放心したように動きを止め、まるでデストロイの攻撃を回避する素振りを見
せない。
 一方、陽電子リフレクターに砲撃を弾かれながら、シュトゥルム・ファウストに対応しているΖガンダム。カ
ミーユの意識にきらりと光る閃きが迸った。
 自然と、吸い込まれるように目線が向かう。その先に、身動ぎしないギャプランと攻撃を加えようかという
デストロイの構図があった。

「何……!?」

 当惑するロザミアと怒気を孕むゲーツの思惟を感じ取った時、危険と判断したカミーユはハイパー・メガ・
ランチャーをその場に投棄、Ζガンダムの身を捩じらせて一足飛びにギャプランへ向かって飛翔した。

「間に合え!」

 アウフプラール・ドライツェーンの砲口からは光が洩れている。ロザミアは何故か避けようとしない。しか
し、その理由を考えている場合では無い。目一杯、腕を伸ばさせた。
 紅が、視界の隅から襲い来る。カミーユに、アウフプラール・ドライツェーンの発射を確認している暇など
存在しなかった。ギャプランだけを見つめ、必死にその場から押し出す。
 背後で巨大な紅の奔流が通り過ぎた時、カミーユの背中がゾクリと悪寒を覚えた。

「ロザミィを躊躇無く攻撃した……? ゲーツのやる事か!」

 ダメージ・コントロールパネルを展開し、機体の損傷を確認しがてら呟く。何とか間に合ってくれたようで、
損傷は見当たらなかった。しかし、これが少し前までのΖガンダムであったならば、今頃は致命的なダメー
ジを受けていた事だろう。エリカの提案からであったが、仕上げを急いだ事が幸いした。
 首を振り、デストロイを警戒してからギャプランを見る。未だロザミアは困惑気味のようで、挙動が落ち着
かない。カミーユは彼女の動きをフォローする為、ギャプランと添い合わせるようにΖガンダムを接触させた。

「ロザミィ?」
『どうしよう、お兄ちゃん……。あの人、あたしのこと知らない!』
「知らないって――えぇっ!?」

 強化人間など、悲劇の温床でしかない。研究所では人間を戦闘マシーンに仕立て上げる為に、精神操作
や記憶操作は恒常的に行われていた。例外は、カミーユは知らない。C.E.世界の強化人間であるエクステ
ンデッドとて、ロドニアの研究所から引っ張り上げた資料によれば、何らかの記憶操作装置によって改竄が
為されているという事である。ロザミアの言葉が真実だとすれば、ゲーツにも同じ処置が施されている事に
なるだろう。
 平気で他人の人生を弄ぶ強化人間研究――泡立つような憤りが身を震わせる。
 視線の先では、アウフプラール・ドライツェーンを外し、方向転換に手間取っているデストロイ。ゆっくりと
波打つように機体が上下し、カミーユ達へ正対しようと砂煙を上げる。

「ゲーツ……本気でロザミィの事を忘れてしまったのか?」

 振り向いたデストロイの頭部。黒く塗りつぶされたカラーリングが悪魔的で、凶暴なデストロイの表情を、
より残忍な風に際立たせている。その双眸がΖガンダムとギャプランを見つけ、獲物を駆る狩猟者のよう
に不気味に瞬いた。
 どうしようもないのか――ふと、ギャプランのマニピュレーターがΖガンダムの腕を掴んだ。

「あっ……」

 つい先程、決めたばかりではないか。自分がニュータイプとして驥足であると信じるしかない。そうでなけ
れば、この難関を切り抜ける事など出来ない。これは、試練なのだ。カミーユは、心の中でそう決めた。


 敵、味方、敵――これが、レコアとサラの関係の簡単な遍歴である。彼女達の関係には常にシロッコの
影が付き纏い、そして縛られていた。特にサラのシロッコを絶対的な存在として崇拝する行動原理は、まる
で鳥の雛が最初に見た動くものを親と認識するような刷り込み的な単純さを孕んでいた。だからこそ、彼女
はカツの気持ちに応える事が出来なかったのかもしれない。
 その一方で、レコアはサラとは少し事情が違う。彼女はシロッコに従順でありながらも、絶対的な存在とし
ているわけではなかった。彼女の行動原理はサラよりももっと単純で、抽象的に言えば寄りかかれる柱が
欲しかっただけなのである。手前勝手な言い分ではあるが、レコアはエゥーゴの男性達では満足できな
かったのだ。だから、女として扱ってくれるシロッコは、レコアにとっては都合のいい男だったのである。

「サラ!」
『その声はやはりレコア……レコア=ロンドか!』

62 ◆x/lz6TqR1w:2009/03/02(月) 23:20:39 ID:N/PaNF8o0
 呼びかけたレコアに答えて、サラの声。その声色から、若干の驚きと憤りを感じた。元々は同じ男に付き
従っていた同士、ライバル関係であったが、同時に同じ夢を見ようかという同志でもあった。それが今や再
び敵同士。サラの怒りは、尤もであった。
 レコアは少女のような自分の青臭い行動が、時に思いがけない負の影響を及ぼすという事を、考えもしな
かった。それが廃人になってしまったカミーユと再会した時、自分はとんでもない事をしたのだと気付いた。
直接的な原因は無いかもしれないが、レコアの裏切りがカミーユの心に傷を付けてしまった事には違いな
いのだから。
 繊細な少年を傷付けたという激しい罪悪感――それ以来、レコアは少しでも年輩の責任を果たそうと償っ
てきたつもりであり、今もそれは継続中であった。

『よくも抜け抜けと――不幸しかもたらさない女がッ!』

 苦しそうに目を細め、ヘルメットの耳元の辺りに片手を押さえつけるように添えた。怒鳴り声がうるさかっ
たわけではない。ただ、サラの言う通りで反論できないから、耳が痛くて仕方なかったのだ。
 元々、敵対していたとはいえ、再度の裏切りは彼女にも少なからずの傷を負わせたかもしれない。メッ
サーラの鋭い攻撃は、彼女の怒りの咆哮のようにも思えた。輝くメガ粒子砲の光が目に痛く、レコアに慰謝
を迫っているかのよう。

『裏切りに裏切りを重ね、敵にも味方にも裏切り者の汚名を着せられて!』

 メッサーラが腕を上げる。グレネード・ランチャーに装填されていた弾頭が吐き出され、セイバーを襲う。
レコアは操縦桿を傾け、回避運動を行った。

「……ただのグレネードじゃない!?」

 目に入ったのは、弾頭の尾から伸びるワイヤーである。それはΖガンダムのグレネード弾のバリエーショ
ンとしてのワイヤー弾と同じであり、セイバーの腕がそれに絡め取られて急激に手繰り寄せられた。
 唯でさえバッテリー動力と核融合動力の決定的な差がある。その上、メッサーラは木星圏での運用を想
定されてあり、馬力の差は明らかであった。抵抗する間もなく、吸い寄せられるようにしてメッサーラに手繰
り寄せられた。
 振りかざされるビームサーベルの刃。ゆらりとその切っ先が揺らめくと、レコアは咄嗟にセイバーの肩か
らビームサーベルを引き抜かせ、構えさせた。
 横に構えたセイバーのビームサーベルに、縦に切り下ろされたメッサーラのビームサーベルが十字形に
重なる。途端、化学反応を起こしたように一層輝きを増した。

『そんな女が、どうしてカミーユ達のところに戻る!』
「サラ……?」

 激情を吐き出すサラの声が、普通ではない事は直ぐに分かった。元ライバルの手前とはいえ、これ程の
感情を露にする彼女を、レコアは知らない。
 
『パプテマス様を見初めて、満足してたくせに! 何でよりによってカツの居るところなんかに――大人を気
取ってぇッ!』

 セイバーの腕が、軋む。メッサーラはサラが語気を強めるとそれに応えるようにしてジリジリとビームサー
ベルを押し込んでくる。パワーで劣るセイバーが、いつまでも拮抗させられるわけがない。ジリ貧。レコアの
前歯が、下唇を噛んだ。
 腕に絡むワイヤーは短く持たれ、これを何とかしない限り活路は開けない。かと言って、窮状を打開する
策がレコアにあるわけでもなく、気持ちは焦るばかりである。サラの気迫が、或いは裏切りに罪悪感を抱く
自分の心が、このような結果として現実に表れてしまっているのだろうか。それは、仕方が無いと諦められ
るものか。二度の裏切りを重ねたレコアに、果たして救いがあるのか。

『パプテマス様に仇を為す者は!』

 メッサーラのビームサーベルがセイバーのビームサーベルを弾き飛ばした。そして、返す刃でセイバーの
胴体を自身のワイヤーごと逆水平に薙ぎ払う。
 咄嗟に構えるシールド。ビームコーティングを強化されたそれがメッサーラのビームサーベルを防ぎ、寸
でのところでレコアは命を繋いだ。しかし、叩きつけられた衝撃までは防ぎきれない。殴られたようにしてセ
イバーは薙ぎ飛ばされ、大きく体勢を崩した。
 モニターの景色が、目まぐるしく変わる。きりもみしながら吹っ飛ばされたレコアは、メッサーラのメガ粒子
砲の砲門がこちらを捉えている事に気付いた。その砲口が輝きを放つと、数度の砲撃でセイバーが激しく
揺れる。モニターにメガ粒子砲の残光である光の微粒子が煌くたびに、レコアは死を覚悟した。

「こんな、何も出来ないままで――」

 しかし、おかしい。いくら砲撃を受けても、直撃を受ける気配が無い。それどころか、どうもメッサーラの攻
撃は微妙に掠めただけで、セイバーにダメージらしいダメージは無かったようなのである。

63 ◆x/lz6TqR1w:2009/03/02(月) 23:23:05 ID:N/PaNF8o0
 訝しげに眉を顰めるレコア。月面に落着しようかという寸前でセイバーのオートバランス・システムが作動
し、体勢を立て直して再び飛翔した。

「躊躇ってくれた?」

 メッサーラのモノアイが、激しく揺れている。そしてサラの動揺を表すように、僅かに後ずさりした。
 それは迷いを断ち切れて居ない証拠。レコアを激しく罵倒しておきながら、内心では彼女を敵として完全
に認め切れていないのだ。
 トリガー・スイッチに親指を添えたまま、サラはセイバーに直撃を加えなかった自らの愚に慄いていた。
 理想は、シロッコの理想に殉じる事。例え道具のように扱われようとも、シロッコの為の礎になれるのなら
ば、自分の命など惜しくないとさえ考える。その異常性をカミーユに指摘されながらも、彼女は自分の生き
方を決して変える事は無く、最期はカツの攻撃からシロッコを守って散っていった。その自分が、信じられな
い事に、再び裏切りシロッコの敵となったレコアを倒す事に躊躇いを見せている。

「何と言うこと……!」

 自分の行いが信じられなくて、操縦桿を固く握り締める。それと呼応するように奥歯がギリッと音を立てた。
 サラは、レコアが好きでもなければ嫌いでもない。かと言って、全く興味が無いというわけでもなかった。シ
ロッコを求めてエゥーゴから転身したいけ好かなさを不愉快に思いこそしたものの、グワダンでのハマー
ン、ジャミトフとの三者会談でのシロッコの護衛をサラに任せたという出来事が、レコアに対する印象を微
妙なものにしていた。
 争いを望まなかったレコア。サラの嫉妬心を感じていたからこそ、レコアは身を引いた。それは、サラのレ
コアへの頑なな態度を軟化させ、シロッコの従者として、共存が可能なのではないかと考えさせた。
 だからこそ、再び寝返ったレコアの態度が、サラには理解できないのである。共に歩める資質を持ちなが
ら、敢えてそれを捨てるように敵として立ちはだかるかつての仲間――サラを悩ます葛藤が、僅かにメッ
サーラのトリガーを引く手を鈍らせる。それは、また同じようにして歩めるのではないかという淡い期待感が
サラを縛っているからだった。

「レコアはシロッコを知り、裏切った!」

 その台詞は、レコアに対する批難ではなく、自らに言い聞かせるものだった。レコア(敵)を討てない自ら
の甘さを排除するように。

「自分が居るべきところも分からず、子供のように!」
『それは違う、サラ!』
「何っ!」

 ビームサーベルを片手に、セイバーに躍り掛かろうとした時だった。直前をアッパーカットのようにビーム
が劈き、間一髪でメッサーラを制止させる。
 ノイズ混じりの音声。今のサラにとって、一番聞きたくない声。聞けば、心を揺り動かされそうになる自分
を抑えるのが苦痛で、さよならを告げた筈の同い年くらいの少年。その声は突然で、割り込まれるようにし
て聞こえてきた。
 セイバーに対してミサイルをばら撒き、牽制。小癪な不意討ちを掛けてきた火線元へ視線を流す。

『君こそ、何も見えていないじゃないか? シロッコしか見ないから、自分の世界を小さなものにしてしまって――』

 月面でビームライフルを構えているガンダムが居た。それはカメレオンのように擬態した灰色の機体で、
一瞬だけ見たのでは判別できなかったであろう。今まで存在に気付かなかったのは、そのせいだったのか
も知れない。――或いは、気付いていたのに本能的に気付かない振りをしていたか。
 途端、ガンダムの石灰色が鮮やかに染まりだした。眩しいまでのパール・ホワイト、蒼穹のようなコバル
ト・ブルー、灼熱のクリムゾン・レッド。平和、自由、愛を意味するトリコロール・カラーがガンダムを彩る。
最後にグリーンの双眸が光を放つと、月面を蹴って飛び上がってきた。

「カツ! あなたと出会わなければ、私は――」

 迷う事など無かった。ひたむきな姿勢が、純粋で優しかった彼の性格が、サラのシロッコに殉じようという
心を一瞬、曇らせた。
 メガ粒子砲で迎撃。しかし、ストライク・ルージュはカツらしからぬ動きでその砲撃を掻い潜ってくる。手に
したビームライフルが火を噴くと、メッサーラのメガ粒子砲を一門、吹き飛ばした。
 驚きに竦むサラ。対照的に確信的な表情を浮かべるカツ。奇跡や偶然なんかではない。勿論、キラがカ
ツ専用にストライク・ルージュを完璧にセットアップしてくれた事も少しは影響しているが、しかし、一番大き
な要因は、サラへの執念だった。それが、カツに実力以上の力を引き出させる。

「恨み言を言えば、君の悩みが解決するのか!」
『カツのくせに!』

64 ◆x/lz6TqR1w:2009/03/02(月) 23:24:19 ID:N/PaNF8o0
 構えるビームライフルに、牽制以上の目的は無い。カツはストライク・ルージュに加速をかけると、一息に
メッサーラの懐に潜り込んだ。ビームサーベルが振り下ろされるが、マニピュレーターでその腕を掴んで食
い止める。

「くっついた! 止まれよ、サラ!」

 ビームライフルの砲口を、メッサーラに接着させる。チェック・メイト。抗おうとするサラの身動きを封じる。
 サラの感じるカツの意思に、こちらを撃墜しようという攻撃的なものは感じられなかった。ビームライフル
を突きつけているのも、見せ掛けだという事は分かる。だとすれば、カツの目的は前回の続きということだ
ろうか。それはサラが今、最も恐れている事。

「私の前には出て来ないでって言った筈よ!」
『僕は承服しちゃ居ない!』
「駄々を! これはあなたの為なのよ!」

 カツはメッサーラを撃墜する気が無い。分かってしまえば、ビームライフルの脅しなど何も怖くない。股下
から蹴り上げて、ストライク・ルージュを後ろへ逸らす。
 メガ粒子砲を傾けて、照準を合わせる。狙いはエール・ストライカーパック。機動力の根幹を成しているそ
れを潰せば、素体のストライク・ルージュは無力化したも同然である。
 しかし、それを阻害するようにビームが降り注がれた。ジリッと腕を掠め、ビームの残光と削れた装甲の
破片が煌いて消える。キッと睨み付けた先には、セイバーがビームライフルを構えていた。

『――少尉はカミ――の支援を!』
『どうし――がこんな所に――!』

 ミノフスキー粒子が希薄化しつつある。カツとレコアが言い合う傍受音声が、聞き取れた。

「カツはイレギュラー? だとしても、このメッサーラなら2人を相手取る事くらい!」

 連絡を取り合う2人に向けてメガ粒子砲を撃つ。サラにとって、今、最も厄介な2人。
 ストライク・ルージュが、こちらを向いた。性懲りも無いカツの諦めの悪さ。サラがメッサーラを伸び上がら
せると、倣うようにしてストライク・ルージュも追随してきた。

 カツの乱入により、レコアは呆気にとられている場合ではなくなった。何よりも作戦を無視したカツの独断
専行は久しくエマの懸念していた事であり、当事者としてそれに巻き込まれたレコアは頭を抱えた。
 彼は、この作戦がどういうものなのか分かっているのだろうか。そう考えるだに、カツの行動原理といった
ものは彼女にとっては全くの理解の範疇を超えていた。

「カツがメッサーラに絡み付いちゃって――ん? 動くものがある」

 ストライク・ルージュとメッサーラが絡んでいる向こう、ダイダロス基地の守備部隊とオーブ・ザフト軍が攻
防を繰り広げている彼方から、一際多くの爆発の光が一つの軌跡となって連なってきていた。カメラを拡大
して目を凝らせば、スラスター・テールが3本。瞬く間に大きくなってくるそのシルエットは、ブラック・カラーと
あって機種を特定するまでに時間が掛かってしまった。そのMSの容姿をもっと早くに認識できていれば、レ
コアはもっと迅速に対応に出ていただろう。
 その3機編隊のMAは、背部に搭載されている2連のビーム・キャノンを一斉砲火して、我が物顔のように
戦場を乱してきた。

「ハンブラック! あれが、カミーユが言っていた例の3人組……」

 レコアはハンブラビの砲撃をひらりとかわし、凄まじいスピードで過ぎ去っていくMAに振り返って砲撃を加
えた。しかし、セイバーの照準はハンブラビの猛スピードに追随できず、まるで当てる事など出来なかった。
 ハンブラビは上昇して高高度まで辿り着くと、そこで素早く変形を解き、MS形態となって再び戦場へと舞
い降りてくる。先頭の隊長機と思しきハンブラビのモノアイが、レコアのセイバーを睨んだと思いきや、その
ハンブラビだけ編隊から離脱して向かってきた。

「一匹こっち来た! ――そう簡単には!」

 右のマニピュレーターには海ヘビ。MSを外部から破壊するような武器ではなく、内部からパイロットもろと
も破壊するようなえげつない装備である。あれに、誰もが苦労した。勿論、レコアとてその事は承知済みで
ある。
 肩部からビームサーベルの柄を取り出し、ビーム刃を伸ばす。ハンブラビが警戒するように左腕のビー
ムガンを撃つも、レコアは一瞬たりとも海ヘビからは目を離さなかった。

「狙いはやはり、電流攻撃!」

 果たして、振りかぶった右腕から、竿から伸びる釣り糸のようにして海ヘビが襲い掛かってきた。
 その瞬間を、レコアは見逃さない。軽快に身をかわし、ビームサーベルで海ヘビのワイヤーを切りつける。

65 ◆x/lz6TqR1w:2009/03/02(月) 23:26:00 ID:N/PaNF8o0
 まさかの展開に、ハンブラビのパイロット――ヒルダ=ハーケンも我が目を疑った。よもや、狙って放った
海ヘビがあれほど鮮やかにかわされるとは思わなかったからだ。

「かわされたとしても、もっとバランスを崩すなり何なりしてくれなければ可愛げというものがない。――セイ
バー如きが!」

 忌々しげに舌打ちするヒルダ。生意気にも、セイバーはビームサーベルを構えて立ち向かってきたので
ある。U.C.のMSとC.E.のMSの性能の違いをシロッコのタイタニアに思い知らされたヒルダにとって、無謀と
も言えるセイバーの突貫には眉を顰めた。
 しかし、レコアにとって、いかにハンブラビと言えど、初めて見るようなMSではない。特性は頭の中に入っ
ているし、最も厄介な海ヘビも早々に攻略した。テールやクローと言った格闘装備に恵まれているハンブラ
ビだが、ビーム兵器に対抗できるものでは無い。そして、何よりも基本的に物理攻撃を完全にシャットアウ
トできるフェイズ・シフト装甲のセイバーにとって、それらの装備は意味を成さないのである。
 ハンブラビは、その特性の殆どを失った。基本は同じ可変機同士。セイバーの方が有効的な武装が多い
となれば、動力炉の違いを差し引いても互角に渡り合えるはずである。純粋なMS同士の勝負となれば、後
はパイロットの腕の問題だった。

『バッテリー機でハンブラビに挑んでくるとは、良い度胸をしているじゃないか? えぇッ!』

 セイバーの斬撃に対抗してハンブラビもビームサーベルを抜く。ビーム刃が重なって閃光が弾けると、レ
コアの耳に喧しい声が聞こえた。

「女の声!」
『セイバーのパイロット、アスラン=ザラではないな。――誰だ!』
「寝返った女が新型を与えられてはしゃいでいる……。堪んないわね。昔の私を見ているみたいで!」

 正面モニターにはヤリイカの様なMSの頭部。それは、レコアにとっての亡霊か。過去の自分と同じ様にシ
ロッコに走り、新型を与えられてかつての味方に刃を向ける。そのような行為を、レコアは改めて逆の視点
から見せ付けられている。
 カミーユ、エマ、ファ――どんな気持ちで自分を見ていたのだろう。ハンブラビの黒は、そんなレコアの感
傷を掻き消すかのような禍々しさを醸し出していた。

『フン。その口ぶり、レコア=ロンドらしいな。――聞いているぞ!』
「私の名前を? レコア=ロンドは、ハンブラビに乗るような女が知る名前ではない!」
『よく言う。自分の女性性に従順で、男を求めて敵に寝返った売女という話だ』
「おのれ!」
『事実だろうが!』

 磁力と斥力が同時に働いているかのように何度も切り結ばれるビームサーベル。まるで演劇の殺陣を演
じているかのように互角の切り合いを繰り広げているが、馬力はハンブラビの方が数段上である。ヒルダ
の攻撃に対応しながらも、徐々に押し込まれていることがレコアにもハッキリと分かった。
 流石はコーディネイター。パイロットとしても、彼女の方が自分よりも優れているだろう。何とかなると思っ
ていた目測は誤りで、レコアは早々に接近戦を諦めて距離を置く他に無かった。
 ハンブラビがビームサーベルを大きく振りかぶった瞬間、レコアは目一杯操縦桿を引いてセイバーを下
がらせた。ビームサーベルが空振りをすると、後退するセイバーを足止めするようにハンブラビのビーム・
キャノンが発射される。咄嗟にしては、狙いが正確だ。頭部のブレード・アンテナを削られ、レコアの耳を金
属を削ったような不快なノイズ音が襲った。

「アンテナをやられた!?」

 いくらミノフスキー粒子が希薄化しているとはいえ、通信機能が著しく低下したこの状態ではカツとの交信
は不可能。レコアは苦汁の吐息を漏らしながらハンブラビを睨み付けた。
 左腋に砲身を抱え込ませ、アムフォルタスの光をハンブラビに向かって伸ばす。ハンブラビはそれを螺旋
を描いて絡みつくようにロール回避し、今度はヒルダの方からビームサーベルでの交戦を仕掛けた。格闘
戦に持ち込んだ方が有利だという事を、先程のやり合いで分かっているのだ。

『シロッコは、異世界での出来事を土産話のように語る男だ。ティターンズでは、毒ガス作戦で随分とご活
躍だったそうじゃないか』
「あれは――」

 伝え聞いただけで小癪な、と思いつつも事実である。レコアはバスクにティターンズへの忠誠を試され、毒
ガス作戦を指揮していた過去があった。エゥーゴが蜂起する契機となった30バンチ事件――それと同じ事
をやらされたのは、彼女にとって最大の皮肉だったのかもしれない。
 ハンブラビのモノアイが光る。レコアの行った事に比べれば、自分たちの裏切りなど大した事では無いと
主張しているかのように。

66 ◆x/lz6TqR1w:2009/03/02(月) 23:28:25 ID:N/PaNF8o0
『あたし達のやっている事は、裏切りではない! 全てはラクス様の理想の為であるのだ。貴様の様なビッ
チと一緒にされては困るな!』

 再び眩く光を増幅させるビームサーベル。セイバーはアムフォルタスの砲身をハンブラビの腹部に突きつ
けるも、ヒルダの高い反応速度がレコアの常識を上回る。即座にセイバーのビームサーベルを弾き飛ばす
と、有無を言わさぬ早業でアムフォルタス砲の砲身を切り飛ばしてしまったのである。慌てたレコアは後退
しながらもう一本のビームサーベルを引き抜き、切られた砲身をパージしてハンブラビに投げつけた。

「見苦しいねぇ!」

 歯牙にもかけず、ヒルダは投げつけられた砲身をビーム・キャノンで破壊する。後退するセイバーの姿
が、ヒルダの迫力に圧されて萎縮しているように見えた。好機と見るや否や、ヒルダは戦いの流れを手繰り
寄せるかのように追撃を敢行した。
 対し、セイバーはCIWS、ビームライフル、残された片門のフォルティス砲を駆使して、ビームサーベルを
片手に迫ってくるハンブラビの追撃から逃げる逃げる。過去の負い目を穿り返されたから気合負けしてい
るのだろうか、レコアの顔は冷や汗に塗れていた。
 2つのスラスター・テールが、多角的に軌跡を描いては接近と離脱を繰り返す。先行して逃げるセイバー
の必死の抵抗も、ハンブラビは絶妙のマシン・コントロールで被弾を許さない。ヒルダは、この短期間の訓
練でハンブラビのコントロールを手中に収めていた。

「サラ=ザビアロフ、聞こえているか――チッ、この距離ではまだ駄目か。シロッコの言うとおり、どっかの
バカがミノフスキー粒子を撒き過ぎたせいで、部隊間の連携行動にまで支障を来して――」

 ヒルダには、戦場がとっ散らかっているように見えていた。ここまでオーブ・ザフト同盟軍に押し込まれた
のも、先見性の無いミノフスキー粒子の無駄使いのせいだと、舌打ちがてら愚痴を零す。

「ヘルベルトとマーズをサラのところにやっておいて正解だった。――ったく、新しい物好きのチンパンジー
どもが! だからナチュラルは数に頼るだけで質を向上させようとしない」

 悪態をつき、周囲に首を振り、その上でセイバーを追い込む。精一杯のレコアに対して余裕を見せるヒル
ダは、パイロットとしてのセンスがレコアよりも遥かに優れていた。
 短期間でハンブラビを自らの手足とした手並み、状況への適応力、そして常に全体を見渡せる視野の広
さ。行動原理に難こそあれど、MSのパイロットとして此れほど高い能力を持つコーディネイターも珍しい。キ
ラやシン、アスランなどの例外を除けば、彼女もまた特別な資質を有するコーディネイターであった。
 セイバーの必死の抵抗、それを嘲笑うかのごとく掻い潜り、接近を試みる。フリーダムほどではないにし
ろ、射撃武器の充実しているセイバーと、態々、撃ち合いに付き合ってあげる義理も無い。そうでなくとも格
闘戦を得意分野とするハンブラビである。
 身体を寝かせ、脚部の膝を逆間接に折り曲げるだけのシンプルな変形機構を持つハンブラビ。変形の際
の所要時間は極めて短く、操縦感覚もMS形態時と大差が無い。機動力のあるセイバーやΖガンダムと比
べても、更にワン・ランク上の性能を持っていた。

「分かる。分かるぞ。あんたの怯えが手に取るように分かる!」
『何を!』

 シロッコから聞かされたニュータイプのこと。概念を聞いた限りではエスパーのようにしか思えず、その存
在も半信半疑であった。しかし、セイバーの慌てふためくサマを見れば、大体こんな気分なのだろうかと想
像する事が出来る。
 冷静さを失しつつあるセイバーの攻撃など、ヒルダにとって何の脅威にもならない。簡単にビームサーベ
ルのレンジ内にセイバーを捕捉すると、途端に変形を解き、横殴りにするように右腕に握らせた刃を逆水
平に薙ぎ払う。
 ミットを構えるように右腕を添えてシールドで防御姿勢を作るセイバー。しかし、既に何度かメガ粒子砲を
受けているシールドの耐久度は著しく低くなっていた。サクっとハンブラビの斬撃がシールドに食い込む感
触を感じ取ると、レコアは即座にシールドを捨ててその場を離脱する。
 ハンブラビのビームサーベルが放棄されたシールドを一閃する。小爆発を起こして軽い爆煙がモニターを
覆うが、そんなものはヒルダの障害になりはしない。セイバーが離脱した時の残像――それを頭の中で再
生して、自らの位置を特定し、操縦桿を傾けた。

「そこだッ!」
『くぅッ!?』

67 ◆x/lz6TqR1w:2009/03/02(月) 23:32:05 ID:N/PaNF8o0
 煙幕を振り払うように手をかざし、ビームガンを撃った。ビームが穿った煙の隙間からセイバーの姿を覗
えたが、想像していたよりは位置にズレがあったようだ。直撃は出来ず、バランスを崩す程度の効果しか
得られなかった。しかし、それでも「まぁいいか」とヒルダは舌なめずりをする。

「交信できなけりゃ、連携を取る事も出来ないだろう。お仲間のストライクは、ヘルベルトとマーズを含めて3
対1だ。退けられるものかよ!」
『カツが!?』

 少し揺さぶりを掛ければ、簡単に乗ってくれる。セイバーが注意を逸らしたのは、それだけ自分たちの置
かれている状況が逼迫していると認識しているからだ。
 その、ほんの一瞬の隙に、ハンブラビが加速をした。レコアがそれに気付いてビームライフルを構えよう
とした時には、既にハンブラビは直前にまで接近を終えていた。そのビームライフルを持つ腕を掴まれ、瞬
くモノアイが不敵に笑っているようであった。

『仲間を信頼してこそ、連携というものが生まれる。足を引っ張り合っているだけのお前たちに、これが解る
かい?』
「裏切り者が、信頼を口にするなどと!」
『裏切り者が、裏切りと誹る方がおかしいのさ!』

 ハンブラビを振り解こうかというセイバーが、身を捩じらせる。しかし、パワーで勝るハンブラビの腕はまる
で放す気配は無く、逆に反対の腕も掴まれて、いよいよ身動きが出来なくなった。そして、ハンブラビの肩
越しからビーム・キャノンが顔を覗かせると、レコアは遂に観念する時が来たのかと、目を閉じた。

「ここまでか……!」

 しかし、次の瞬間、ハンブラビは何故か掴まえたセイバーを突き飛ばして後退した。その振動に、何事か
と目を開けば、一寸前までハンブラビが居たところをビームが通過した。残光の粒子の散り具合から、そ
れがメガ粒子砲によるものだと分かる。

『フッ、――りな。しかし、こう――は面白く――』

 ヒルダの声が、激しいノイズに乗ってレコアの耳に届けられる。それからハンブラビを追い捲るように、更
にメガ粒子砲の砲撃。視線をその火線元にやれば、月面を滑りながら対空射撃を繰り返すガンダムMk-Ⅱ
が居た。

「エマ!?」

 逃げるハンブラビが反撃でビーム・キャノンをガンダムMk-Ⅱに撃つ。それを左右に機体を振って回避。
着弾で砂煙が舞い上がる中から、煙の尾を引き摺りながらガンダムMk-Ⅱが抜けてくる。そして素早く付近
の岩場に身を隠すと、消耗したビームライフルのエネルギー・パックを交換した。

『本隊の突入が始まっています。レコアは、私とあのハンブラビを』

 ハンブラビを警戒しながら、岩陰から覗くガンダムMk-Ⅱ。左腕を上げ、ワイヤーを伸ばしてセイバーと接
触回線を結んだ。

「けど――」
『カツのところには、キラを向かわせたわ。彼なら、上手くやってくれるはず』

 レコア1人では、ヒルダに撃墜されていただろう。しかし、裏切りを繰り返した自分にも、救いはあったの
だ。レコアにとって、これほど嬉しい事は無かった。

「――了解、エマ中尉」

 レコアは自分を笑うようにフッと鼻で笑い、そしてエマに返した。
 彼女がガンダムMk-Ⅱで援護に駆けつけてくれたことで、状況は一転した事になる。あわよくば、この場で
ヒルダを撃墜して後顧の憂いを断つ事も出来てしまうかもしれない。
 クッと腕を引いてワイヤーを収容すると、ガンダムMk-Ⅱが岩陰から身を躍り出した。それに合わせて、
レコアもセイバーに加速を掛ける。
 今しがた、ヒルダはレコアに向かって連携を説いた。裏切り者の自分には、信頼が無いから連携など不
可能だと彼女は豪語する。しかし、過去の過ちを償えば、信頼は取り戻す事は出来るし、連携だってやっ
てやれないことは無い。それを、あの女に証明してやるのだ。
 レコアはキュッと唇を噛んだ。先程の悔しさに対する雪辱を果たしてやろうと言うのではない。こうして、エ
マと再び肩を並べて戦えるという事の嬉しさを噛み締めたのだ。

 メッサーラを追うカツに、迷いなど無かった。しかし、戦場は常に流動的で、タイマンで戦い続けられるほ
ど暇なものではない。流れ弾というものもあるし、拮抗していれば援護だって入る。サラに集中したかったカ
ツであったが、接近する機影に気付いた時、その身を岩陰に隠さざるを得なかった。
 サラが自分への増援に気付いたのは、カツが岩陰に隠れるよりも前であった。だから、ストライク・ルー
ジュが隠れるのは理解できるし、カツを薄情であるとは思わない。
 やがて、2機のブラック・ハンブラビが連れ立ってやってくると、メッサーラを挟み込むように接触してきた。

68 ◆x/lz6TqR1w:2009/03/02(月) 23:33:25 ID:N/PaNF8o0
『サラ=ザビアロフ、援護に入らせてもらう』
「要りません」
『そうは行かない。こりゃあ、シロッコの要請なんだ』
「パプテマス様が私を?」

 何を考えているのか、拘束するようなやり方に、サラは露骨に不快感を露にした。しかし、ヘルベルトの
口からシロッコの名が飛び出すと、サラは怪訝に首を傾げた。
 始めから思っていたが、ヒルダを含む3人組にシロッコの様なスマートさは皆無である。シロッコならこんな
粗雑なやり方はしないし、この粗野な振る舞いは野獣と称されたヤザン=ゲーブルに通ずるところがある。
サラは、そんな獣臭い下品な輩は嫌いで仕方なかった。

「打算で寝返った割には、随分と殊勝なんですね」

 ハッキリと分かる皮肉を口にすると、回線の向こうからバカの様な下品な笑いが聞こえてきた。思わず片
目を瞑って顔を顰める。

『受ける恩恵の分は尽くさせてもらう。その辺が、俺達のイカスところさ!』
『ふぅ』

 マーズは多少なりとも知性を持ち合わせているのか、そんなヘルベルトの能天気に呆れて溜息をつい
た。しかし、そのマーズもシロッコの言葉をこの様なやり方で解釈するような男なのだ。ヘルベルトよりもマ
シかもしれないが、同じ穴の狢である事には違いない。

『仕掛けるぜ!』

 単細胞はいい気なものだ。今の自分が抱える苦悩などとは、一生縁が無いのだろう。変形して、バカ正
直にストライク・ルージュの隠れる岩場に真っ直ぐに加速すると、それをフォローするようにマーズのハンブ
ラビが別の軌道を辿って加速を開始した。

「パプテマス様は、奴らを飼い慣らすつもりでいらっしゃる。確かに利用のし甲斐のある女達だとは思うけ
ど、獣の臭いが移ってしまわれることだけが心配かも……」

 シロッコの配下に据えるにしては、余りにも似合わないような気がする。粗野な人間は高貴な人間の傍に
居るだけでその品位を落とす。サラは、ヒルダ達の事をそういう人間として見ていた。

 ハンブラビが向かってくる。黒いカラーリングは視認が難しく、バーニア・スラスターの光がカツにとっての
目印であった。
 相も変わらずハンブラビの機動力は高い。MA形態時の旋回性能は極めて高く、運動性も十分である。そ
れが2機、今回はヤザン隊の時のようなエマと2人での対応ではなく、自分1人でやらなければならない。そ
れはとても厳しいことで、乗機がいくらガンダムであっても、嬲るようにしてガリガリと岩を削ってくるハンブラ
ビに対抗するのは、ほぼ不可能であった。

「弄ばれている……? ――こいつら!」

 また1発、ハンブラビのビーム・キャノンがカツが身を隠す岩場の岩を砕いた。熱で溶け切らなかった破片
が飛散し、カツの目の前のモニターを岩の破片が凄まじい勢いで通り過ぎる。
 状況は圧倒的に不利。メッサーラはメガ粒子砲を一門失っているが、ハンブラビが手に持つ海ヘビが厄
介だ。ストライク・ルージュの耐電性能は決して高くない。あれに捕まれば、即戦闘不能に追いやられてしま
うだろう。

「サラを説得している場合じゃない……それは分かってるんだけど――」

 口ではハンブラビを警戒しながらも、頭の中はサラの動向が気になって仕方が無かった。集中すべき事
は目の前の事態だと言うのに、カツの目は自然とメッサーラの姿を探してしまう。意識が、カツの意思に反
してハンブラビへの警戒心を緩めさせる。
 そんな警戒心の緩んだカツなど、ヘルベルト達にしてみればカモ同然である。岩陰から僅かに顔を覗か
せているだけのストライク・ルージュでも、ヘルベルトはその微かな変化を見逃さない。

「戦場で余所見をするバカが何処に居る!」

 ヘルベルトは虚仮にされた気分。しかし、それは同時に好機であった。3人の中では、ヒルダやマーズに
比べれば理性が低いヘルベルトであるが、闘争本能という点に関してはピカイチであった。
 ハンブラビの手に持った海ヘビのワイヤーがストライク・ルージュに伸びる。それが右上腕部に絡みつく
と、ストライク・ルージュのコックピットの中にアラートが鳴り響いた。

「しまった!?」

 一番避けなければならない事態が起こってしまった。カツが動揺して首を回すと、続けて頭部にも同じ様
に海ヘビが巻きついた。
 ヘルベルトの突拍子もないタイミングに合わせたマーズのものだった。そんな彼のハンブラビのモノアイ
が、叱るようにしてヘルベルトのハンブラビへと向けられる。

「ヘルベルト!」
『捕った!』
「タイミングは言え!」
『いいからライトニング・ボルト、行くぞ!』

69 ◆x/lz6TqR1w:2009/03/02(月) 23:35:27 ID:N/PaNF8o0
 まるで反省の色を見せないヘルベルト。しかし、ワイヤーでしかない海ヘビは、MSの力に掛かれば直ぐ
に引き千切られてしまう。スピード勝負だと、渋々マーズは電流のスイッチを入れた。
 一瞬にしてワイヤーを伝い、ストライク・ルージュにまで届く電流。迸る電気の波が、コックピットに座って
いるカツにも襲い掛かった。

「うぅ…うわああぁぁ――ッ!」

 全身を焼くような衝撃。血管の中を針金が駆け巡っているかのような、激しい痛みに絶叫しながらのた打
ち回った。まるで自分の身体では無い様な激しい痙攣が起き、目の前の世界はグルングルンと巡り廻る。
 正気を保っていられたのは、ほんの数秒だった。ストライク・ルージュのメイン・モニターは一時的なシステ
ム・ダウンを起こし、カツの手は操縦桿から離れた。
 海ヘビの効果は覿面だ。ストライク・ルージュの双眸は光を失い、頭から岩に項垂れ、がっくりと膝を突い
た。ストライク・ルージュは戦闘不能状態に陥った――ヘルベルトは確信した。

「よっしゃ! このまま止めを刺す!」

 機能停止寸前のストライク・ルージュに向かって、ヘルベルトはビーム・キャノンを構えた。その親指がトリ
ガー・スイッチに添えられ、今、正に止めの一撃が放たれようとした。
 その瞬間だった。突如、けたたましくアラートが鳴り響く。ヘルベルトがその音に一瞬だけ慄き、親指の動
きを止めた。
 その一撃は突然で、アラートが鳴るとほぼ同時に飛来した。光り輝く一閃はビーム攻撃で、それが2発、
正確に海ヘビのワイヤーを狙い、切断した。

「な、何だ!?」

 得体の知れない攻撃。思わずヘルベルトは動揺を露にし、ハンブラビを後退させた。
 ミノフスキー粒子は希薄化しつつあるが、影響力がなくなったわけではない。だからハンブラビのセン
サー能力も、スペックよりも遥かに制限されている状態であるが、それでも常識的なビームの射程範囲よ
りはずっとか広いはずである。
 そこへ、今の一撃。状況を考えれば、完全に射程圏外からの攻撃であると思われ、更に減衰率を考えれ
ば、かなりの高出力のビームであった事が分かる。それを正確にワイヤーだけを狙撃したというのか。信じ
られないような射撃のテクニックだ。

『もう来た! この速さは、フリーダムなのか!』

 続けてようやくハンブラビのレーダーに引っ掛かる。冷静なマーズが珍しく慄きの色を含んだ声を漏らす
が、その口から出てきたMSの名を聞けばそれも納得だった。
 ストライク・フリーダムの参入は、それ自体が戦略級に比するものであり、戦術レベルの戦場では当たり
前のように状況が一転する。ヘルベルトもマーズも優秀なパイロットであったが、キラはそれすらも歯牙に
かけないような驚異的な戦闘能力を持っていた。加えて、ストライク・フリーダムはキラ専用にカスタマイズさ
れたフリーダムである。隙と呼べるものは存在せず、出くわしたが最後、見逃してくれなければやられるの
を待つしかないのが典型的なパターンだった。
 ヘルベルトは自分からマーズのハンブラビとの接触を図った。ストライク・フリーダムの参戦に、判断に
迷ったからだ。

「どうするマーズ? フリーダムだぞ」
『ヒルダの指示を仰ぐまでも無い。やるぞ、ヘルベルト』
「キラでもか!?」
『――でなければ、やられるのを待つしかない』

 鉄砲水のような砲撃が、2人を襲う。ストライク・フリーダムの規格外の火力は、一度飲み込まれればそこ
から這い上がることは不可能。氾濫した大河のようなものである。逃れる為には、ひたすら大きく回避運動
を行って少しでもストライク・フリーダムから遠ざかるしかない。
 2人で纏まっていれば、いっしょくたにやられてしまうだけだ。少しでも的を分散させ、キラの選択肢を増や
すべきである。2機のハンブラビは素早く散開した。
 ヘルベルトに、緊張が奔る。ストライク・フリーダムとキラの最強の組み合わせに、ヒルダ抜きで対抗でき
るのか。
 二の足を踏むヘルベルトとは対照的に、マーズは腹を括っているのか積極的にフリーダムの迎撃に取り
掛かった。それを見て、臆している場合では無いと気合を入れる。ヘルベルトも覚悟を決めて続いた。

 マーズの視界に、随所に金色を散りばめるMSの姿。白を基調とし、その金色は紛れも無く輝いていて、
まるで存在を見つけてくれと言わんばかりに主張する。そのMSは華奢なシルエットを持ちながら、異様に巨
大に見えた。それは背負いもののドラグーンの羽がそう見せているのではなく、機体から立ち上るオーラの
様な幻影が彼にそう錯覚させていた。

70 ◆x/lz6TqR1w:2009/03/02(月) 23:36:23 ID:N/PaNF8o0
 しかし、マーズはそこで一旦冷静になって考える頭を持っていた。そして、思う。この錯覚が、本当に格の
違いによるものなのだろうか、と。ストライク・フリーダムが最強のMSでキラ=ヤマトが最強のパイロットで
あると言う先入観が、そう見せているだけなのでは無いか。マーズは、その推測の真偽を確かめたくて、単
独で立ち向かっていった。
 万能のストライク・フリーダムに、格闘戦が得意なハンブラビで射撃戦を挑んでも何の参考にもならない。
手っ取り早く結果を求めるなら、直に刃を交わしてみるのが一番だ。ビームサーベルを抜き、ビームライフ
ルで応戦するストライク・フリーダムへと切り掛かった。

「ううう……ッ!」

 恐怖。絶え間ない低い唸り声は、我慢をしている証。全身が痺れるような恐ろしい思いをしながら、マーズ
は震える腕でストライク・フリーダムへと接近を続けた。近づいてしまえば、ストライク・フリーダムの火力も
気にならないだろうからだ。それまでが勝負と、何故か聞こえる縮み上がった心臓の鼓動を聞きながら、必
死に操縦桿を動かした。

『抜けてきた!?』
「キラ=ヤマトォッ!」

 血走った目で、マーズは渾身の一撃を振り下ろす。ストライク・フリーダムが、少々意外な振りを見せ、僅
かばかりの動揺を見せた。簡単に排除できると思っていたのか。それは思い上がりだと、メット・バイザー
の奥の眼鏡が煌いた。
 途端、ストライク・フリーダムの左腕がブレて残像となった。マーズの目では捉え切れなかった、速すぎる
動き。一寸の後、水面に掌を叩きつけた時のような光の拡散が正面ディスプレイに広がった。

『あなた達は!』
「これを防ぐか! 流石は!」

 凄まじい反応速度と対応力である。光の広がりが落ち着くと、その様子が見えてくる。ストライク・フリーダ
ムはいつの間にかビームサーベルを抜き、その焔の刃をハンブラビのビームサーベルと重ね合わせてい
たのである。

『ラクスを裏切ってシロッコの野心に乗る! 一体、何を考えているんですか!?』
「知りたければ、俺たちと一緒に来ればいい。ラクス様を想うお前なら、理解できるはずだ」
『僕を取り込もうって言うのか!? 正気か!』
「解からんとはな。やはり、所詮はその程度。――ならば、俺はキラ“キラー”にでもなって見せようか!」
『そうやって図に乗る!』

 ビームライフルを取り回し、突きつけてくる。マーズはストライク・フリーダムのその動きに敏感に反応し、
宙返りをして離脱。驚くほど正確なビームライフルの射撃に晒され肝を冷やすも、横合いからのヘルベルト
の援護攻撃で何とか事無きを得ることが出来た。

『1人でフリーダムに挑もうとは――マーズ!』
「やれるぞ、ヘルベルト!」
『何ぃ?』

 数年ほど寿命が縮んだかもしれない。しかし、それだけの価値はあった。今の接触で、マーズはストライ
ク・フリーダムと渡り合えるという確信を得られた。――勿論、ヘルベルトとのコンビネーションがあればこ
そであるが。

「俺とお前のコンビネーションならば、このハンブラビでフリーダムを相手取る事も出来る!」
『そうかもしれないが……だが奴はラクス様の――』

 津波のような砲撃の嵐が、2人を襲った。慌てて回避してストライク・フリーダムを見れば、遂にドラグーン
を解放して本格的な戦闘モードへと入っていた。

『今ならまだ間に合います! ラクスの為にも戻ってきてください!』
「お前こそ良く考えろ。どちらが正しいのかをな!」
『まだ、そんな事を言うのか!? ――なら、容赦しませんよ!』

 憤怒の声。MSを降りている時の軟弱そうな青年の声色とは思えない。これが、彼の本性であろうか。た
だ、どちらが彼の本当の姿にしろ、キラの懐柔は不可能かもしれないが。

「見ろ、ヘルベルト! 奴は聞く耳というものを持たない! 到底、ラクス様と釣り合う男ではなかったのだ」
『そ、そうなのか? しかし――』

 歯切れの悪いヘルベルトの返事。マーズは苛立ったように奥歯を鳴らした。

「俺達がやられたら、誰がラクス様をお守りする? 地球圏に平穏をもたらす為には、シロッコの様な男も
利用して見せなければならないのは、分かり切った事だろう! お前は、デュランダルに浪費されていくだ
けのラクス様を見捨てると言うのか!」

 ストライク・フリーダムが、いよいよ狂ったような機動力を発揮し始めた。薄い膜のような光の羽を蝶の様
に広げて、縦横無尽に動き回って攻撃を加えてくる。派手な身形のお陰で攻撃の出所を見失うような事は
無いが、ドラグーンが相俟って余裕は無い。申し訳ない程度の反撃でビーム・キャノンを使うも、牽制以上
の効果は見込めそうに無かった。

71 ◆x/lz6TqR1w:2009/03/02(月) 23:37:52 ID:N/PaNF8o0
『そうか……そうだな。フリーダムだとかキラだとかは関係ねぇ。ラクス様の為にはやらなきゃいけねぇっ
て、それだけは分かり切った事じゃねぇか!』
「そうだ。その通りだ!」

 ヘルベルトは計算が苦手な男だ。だからこそ純粋で気のいい男なのだが、その分、情に脆い部分があ
る。キラを相手に戸惑いを見せたのも、怖じける心があったというのも事実だろうが、本音は彼がラクスと
恋仲であるという事が、ヘルベルトに二の足を踏ませていたのだろう。
 確かに、キラを倒せばラクスは傷つくだろう。しかし、それよりももっと大きな目的の為に、自分たちは動
かねばならない。
 その背中を後押しするように、ヘルベルトの言葉に大きな声で同意した。これで、迷いは吹っ切れただろ
う。彼のハンブラビの活発な動きを見れば、それは一目瞭然だった。

 メッサーラはハンブラビとの連携を組まない。サラは彼らとの連携訓練は受けていないし、実際にシロッコ
から何か言われていたわけではない。それに、サラはヒルダ達のことが嫌いだった。
 オブラートに包まずそう言い切れる背景には、やはり寝返った人間だからという理由があった。レコアと同
じ様に再度、寝返る可能性は、考慮する必要がある。
 そもそも、ヒルダ達はシロッコの思想に賛同して参加した訳では無い。彼女達にとっての主はあくまでラク
スであり、シロッコに近付いてきたのも、彼女に地球すらも平定してもらおうという打算があったからだ。そ
れ故、サラはヒルダ達に嫌悪感を抱いていた。だから、援護を受けたくも無かったし共闘しようとも考えな
かった。
 しかし、それでも見せかけは共闘しているように見せなければならないのが辛いところであった。適当に
支援攻撃を行うも、連携訓練などしていないから、大した効果も見られない。ストライク・フリーダムはメッ
サーラの支援攻撃を意に介している様子は見られないし、中途半端な支援にハンブラビは苛立っているよ
うにも見えた。
 怒りたければ怒れば良いと思う。ただ、だからと言ってサラは態度を改める気はさらさら無かった。

「獣が野蛮人の堰となっている。――ん、何事?」

 ピピッと機械音が鳴る。コンピューターが、動く物体をキャッチ。音に反応してボタンを弄り、ワイプで球壁
に表示させると、意外な場面がサラの目に飛び込んできた。

「ガンダムがまだ動く? カツ……」

 そこにあったのは、岩にしがみ付くようにして起き上がろうとするストライク・ルージュの姿だった。しかし、
その動きは酷く鈍重で、ストライク・ルージュ自体が機能不全に陥っているようにも、カツ自身が瀕死である
ようにも、或いはその両方であるようにも見える。そんな状態でも、カツは戦おうというのだろうか。ストライ
ク・フリーダムを援護しようと、油の切れたブリキ人形のように軋んだ機体でビームライフルを構え、ハンブ
ラビに狙いをつけている。
 本来なら、カツの動きを阻害しなければならない。しかし、そんな立場にありながらサラは何もしようとはし
なかった。それは、ハンブラビが排除される事でサラの懸念が払拭されるかもしれないという打算が働いて
いたからだろうか。

「敵であるカツを攻撃できない……! 私は、そんなに甘い女なの……?」

 計算高さを誇りたくは無い。情に脆い甘さも誇りたくは無い。サラの気の迷いは、彼女自身の迷走を深め
ていく。まるで、深い森の中に迷い込んだように。

 幾つかのモニターは未だ復旧していない。ただ、メイン・モニターが復活してくれたのは、幸運だった。カツ
は朦朧とした意識の中で、画面の中のターゲット・マーカーと格闘していた。
 電撃のダメージは、残っている。額には大量の汗を浮かべ、肩で息をするくらいに呼吸も荒い。体中の痺
れは大分おさまったが、何分、意識がハッキリとしていなかった。視界は霧に包まれたように霞んでおり、
必要以上に瞬きを繰り返さなければ手元のコンソール・パネルさえ、まともに見ることも出来なかった。
 しかし、カツはグロッキーであろうが無かろうがやらなければならないと思っていた。それは使命感などと
言う格好の良いものではなく、独断専行に対する贖罪としての意味合いが強い。許しを請うわけではない
が、命令を無視した分だけは、挽回するくらいの結果を挙げなければならないと思っていた。

「寝ていられるか……こんな事で……!」

72 ◆x/lz6TqR1w:2009/03/02(月) 23:39:14 ID:N/PaNF8o0
 英雄に憧れる気持ち――それはアムロ=レイを間近で見てきてしまったせいであろう。1年戦争当時に乗
艦していたホワイトベースが挙げた数々の華々しい成果も、アムロ抜きでは考えられなかった。多くのジオ
ンのエース・パイロットとの戦い、その中でニュータイプ部隊と呼ばれるまでになったホワイトベース部隊。
幼少時の記憶が、カツの脳裏にアムロを理想のヒーロー像として焼きつけていた。
 しかし、もう目は醒めた。どうあっても自分はアムロになる事は出来ないとようやく認めることが出来たの
だ。憧れは、時に自分自身を勘違いさせる。抱き続けた、アムロのような英雄になりたいという願望――そ
れを捨てた時、自分が為すべき事がハッキリと見えた気がした。
 サラをシロッコの呪縛から解き放つ。それが、自分が出来る精一杯の事なのだと理解した。

「僕だって……僕だって……!」

 バイザーを上げ、目を擦る。結局、独断専行を犯しながらもサラの説得は叶わず、何も出来ないで居る。
せめて、窮地を救ってくれたキラを援護する事だけでもやって見せなければ、自分はただのお荷物となって
しまう。そんな体たらくでは寝食の時間を削ってこのストライク・ルージュを仕上げてくれたキラに申し訳が立
たないし、ましてやサラを説得するなど以ての外、出来っこない。
 身体の自由は、思い通りとは程遠い。痺れの残る腕は細かい操縦桿の操作が出来ないし、霞んだ目で
は碌に照準を合わせることもできない。しかし、そんな状態であるはずなのに、カツは普段よりも集中して
いる自分に気付いていた。

「目に頼るな。敵の息吹を感じるんだ……」

 身体が不調ならば、目に見える現実を当てにする事は出来ない。それにプラスした、直感的な勘が必要
である。今のカツには、普段は弱くしか感じられない敵のプレッシャーが、その位置を特定できるほどに強く
感じられていた。
 それは、才能の開花だったのか。極限の状態で得られたそのニュータイプ的感性は、所詮は火事場の
馬鹿力に過ぎないのかもしれない。しかし、カツは得られたこの感性を大事に咀嚼し、自らの体に馴染ませ
るように深呼吸をした。

「見えるぞ……!」

 おぼろげにしか見えないメイン・モニター。目で見る光景だけならば、ハンブラビとストライク・フリーダムを
辛うじて区別できる程度だ。しかし、そこに自らの頭で描いたイメージを重ね合わせる事で、カツは敵の位
置を特定して見せた。
 カツの勝手なイメージで、キラは青い光、ヘルベルトとマーズは赤い光である。その赤い光が1つ、青い光
へと接近した。そして2つの光がぶつかって動きが止まると、もう1つの赤い光が青い光の背後へと回り込んだ。
 ピンチとチャンス。キラが背後を狙われて危機的状況に陥っているとなれば、カツの汚名返上の機会はこ
こしかない。突如、その時になってカツの腕の震えが止まり、手動のターゲット・マーカーが吸い寄せられる
ようにハンブラビを中心に収めた。

「今だッ!」

 カツのベスト・ショット。ストライク・ルージュが両手で構えたビームライフルから放たれた光は、味気ない
月面の景観の中に吸い込まれるようにして美しい軌跡を描いていった。

 背後にハンブラビが回り込んでいる事は、キラは知っている。しかし、予想外だったのはビームサーベル
で切り掛かってきたハンブラビが、ストライク・フリーダムの動きを止めるほどのパワーを有していたという
事実だ。お陰でキラの対応は遅れ、被弾は免れない事態に陥っていた。

「クッ! 今さらドラグーンを使おうにも――」

 恐らくキラのドラグーン制御能力では、間に合わないだろう。ここは、覚悟するしかない。
 ところが、キラがそう覚悟を決めた瞬間だった。突如、背後で爆発が起き、目の前で刃を交わすハンブラ
ビのモノアイが不規則に揺れた。

「何だ!?」

 即座にボタンを弄り、サブ・モニターで背後の様子を確認する。すると、そこには右腕を二の腕から失った
ハンブラビが月面へと墜落していく場面があった。

『あいつか!』

 不規則に動いていたハンブラビのモノアイが、横を向く。キラが釣られてそちらに視線を向ければ、射撃
姿勢のまま固まっているストライク・ルージュの姿。途端、片膝を突いてしゃがみ込んだ。まともに戦えるよ
うな状態ではなかったのだ。

『あんの死に損ないがぁッ!』
『待て、ヘルベルト!』

 先走る男と制止する男の声。カツに狙撃されたハンブラビが体勢を立て直し、殆ど死に体であるストライ
ク・ルージュへと矛先を向ける。

「させるか!」

73 ◆x/lz6TqR1w:2009/03/02(月) 23:40:23 ID:N/PaNF8o0
 今、カツのところに敵を向かわせてはならない。彼に抵抗する力は残されておらず、悪戯に的にされるだ
けだ。キラは力任せにハンブラビのビームサーベルを払い除けると、蹴りを突き入れて追いやった。
 即座にもう1機のハンブラビを追う。背後からビームライフルの照準を合わせたが、位置が悪すぎた。スト
ライク・ルージュ、ハンブラビ、ストライク・フリーダムは、ちょうど一直線で結ばれている。下手に撃って回避
されたら、最悪、誤射になってしまう。キラはビームライフルの構えを解く他に無かった。

「撃てない! ――カツ……何でそんな無茶を!」

 大人しくしていれば良かったのだ。確かに独断専行は批難されるべき事だが、それをまともに動けないス
トライク・ルージュで挽回しようなどと、以ての外だ。――その考えは強者の特権なのかも知れない。キラ
は、わざわざ命を粗末にするようなカツの行為が、まるで理解できなかった。
 キラの脳裏に、2人の男女の面影が過ぎった。トール=ケーニヒ、フレイ=アルスター。2人とも、自分の
手の届くところで死んでいった。その記憶が、今の現実と重なる。
 キラの顔が凍りついた。それは、戦闘開始直後の彼の懸念が、不幸な事に現実となった事を意味していた。

「やめろおおおぉぉぉッ!」

 キラは思わず操縦桿から手を離し、モニターの先に居るハンブラビを止めようと目一杯に腕を伸ばした。
しかし、それは空しい抵抗。ハンブラビは容赦なく背部のビーム・キャノンを、動けなくなったストライク・ルー
ジュに向けた。


「動いてくれ! アムロさんのガンダムは、この程度じゃ――」

 ガチャガチャと操縦桿を目茶苦茶に動かす。しかし、先程のビームライフルの一撃を最後に、ストライク・
ルージュは急に動けなくなった。駆動系の回路がショートしたのか、コンピューターやカメラは生きているの
に、ストライク・ルージュ自身はどうやっても動かなかった。
 ピピッと警告音が鳴る。顔を上げれば、向かってくるハンブラビがビーム・キャノンの砲口をこちらに見せ
ていた。そこから光が溢れ出すと、その眩しさにカツは思わず目を閉じた。
 最期というものは、意外なほどあっけないものだ。前の時だって、隕石に衝突して最期を迎えたのだ。こ
んなものなのだろうと、カツは思う。
 しかし、無念は残る。それは勿論、サラの事である。宿願が果たされずして退場する事になるのが、非常
に心残りであった。

 耳が静かになった。もう、自分はあの世に召されたのだろうか。カツはそう思って、閉じていた目を開いた。

「――えッ!?」

 生憎、そこは天国とか極楽浄土とかいう場所ではなかった。カツは未だストライク・ルージュのコックピット
シートに納まっている。そして、正面モニターの映像に、視線を釘付けにされた。
 それはMSの背中。カツは、そのMSが何であるかを知っている。事態を把握した時、身体が徐に震えた。
 居ても立っても居られなくなる。緊急のハッチ強制解放スイッチを押し、ノーマル・スーツ用のバーニアを
装着してストライク・ルージュのコックピットから飛び出した。体調は万全とは程遠いが、気力で言う事を聞
かせる。

『何でサラ=ザビアロフが敵を庇うんだ!?』

 傍受した回線から、野太い男の狼狽した声が聞こえた。軽く顔を上に上げると、上方を駆け抜けていくハ
ンブラビを追って、ストライク・フリーダムがビームライフルを連射しながら追い捲って行くのが見えた。それ
から改めてMS――メッサーラの背中を見た。
 後ろからでは、詳細が分からない。カツは跳躍し、低重力の中をバーニアを使って舞い上がった。

「サラ、これが君の……」

 メッサーラの正面に回り込んだ。胸部の辺りを2箇所、撃ち抜かれていて、そこからパリパリっと放電が起
こっていた。頭部のモノアイは既に光を失っていて、彫刻のように固まって動かない。恐らくは、致命傷で
あったのであろう。時間は、あまり残されていない。カツはコックピット付近へと取り付き、外部ハッチ解放ス
イッチを押した。
 メッサーラのコックピット・ハッチがぎこちなく開く。中からは煙が噴出し、コックピットの全天周モニターは
全滅して無機質な白色の球壁へと戻っていた。カツが入り口から縁に手を添えて中を覗き込むと、その真
ん中でリニア・シートに座る少女の姿を見つけた。ぐったりとシートに身体を預け、弱々しく呼吸をしているの
が胸の膨らみの動きで分かった。

「サラ」
「カ、カツ……」

74 ◆x/lz6TqR1w:2009/03/02(月) 23:41:05 ID:N/PaNF8o0
 そのままメッサーラのコックピットの中まで入り込み、自分のヘルメットのバイザーとサラのヘルメットのバ
イザーをこつんと接触させた。全身の痛みに苦しそうに目を閉じるサラ。名前を呼ぶと、彼女も名前を呼ん
でくれた。
 サラの肩を掴んで抱きしめるように自分の身体を近づける。心臓の距離が近いほど、サラの考えている
事が分かるような気がした。

「どうして、来たの……? 私は、あなたを――」
「分かってる。それ以上、言わなくていいんだ、サラ」
「私は、あなたとシロッコを……」

 消え入りそうな声で懺悔のように呟くサラ。それを優しい言葉で遮ろうとするカツ。それはサラを自分のも
のにしたいという独占欲的な格好付けではなく、何もかもを受け入れようという慈愛的なものであった。
 ますます溢れ出る煙に、2人は覆われていく。死の淵に立たされている状況にもかかわらず、カツは不思
議と落ち着いている自分が居る事にも気付かず、目の前のサラに夢中になっていた。

「僕は君の敵じゃないよね?」
「そ、そりゃあ……けど、私はあなたにとって毒婦にしかならないわ……」
「そんな事は無い。君は僕に男としての気概を与えてくれた。君のお陰で、僕はここまで来れたんだ」
「私なんかが……? それで満足なの……?」
「勿論さ。そういうサラを、僕は好きになったんだもの」
「ああ……じゃあ、私もカツを好きで居て良いんだ……」

 自然と、正直な言葉が漏れた。2人の本心、今さら隠す事では無い。流す涙は、サラの心の壁が取り払
われた事を意味していた。
 まるでお互いの心が溶け合っていくような官能的な感触が胸の内で一杯になり、カツとサラの心臓の鼓動
は限界を知らないかのように高まっていく。パイロット・スーツを着ているのに、まるで裸で向かい合ってい
るような錯覚さえ抱いた。
 サラが、くすくすと喉の奥を鳴らした。力の無い表情が、微かに口の端を上げて笑みを作り出している。カ
ツも口元では笑いながら、しかし目元では困ったように眉尻を下げ、小首を傾げた。

「どうしたの?」
「カツは、正直すぎるのね……」
「でも、サラはそれを美しい事だと言ってくれた」
「そうね。――私は、カツを理解したから…カツを遠ざけようとした……」
「それは違う。理解できたなら、一緒に居るべきなんだ。それはニュータイプだからとかじゃなくて、恋心を感
じられる大切なものだろう? 人を愛せないだなんて、そんなの、寂しいだけだもの」
「分かっていたはずなのに……人は1人では居られないって……」

 カツは優しくサラを抱き上げ、決して逞しくは無い腕でサラを包み込んだ。お互いの身体が密着すると、
心臓が最も近くに感じられる。自分の心臓でサラの心臓の鼓動を確かめているような感覚。思惟までもが
混ざり合う感覚が、自分は孤独では無いのだとハッキリと意識させてくれる。それは、とても幸福な事だった。
 小さな爆発が起こり、メッサーラが仰け反るように倒れ始める。コックピットは激しく揺れたが、カツは決し
てサラを離そうとはしなかった。

 カツ、これからどうなるの?
 大丈夫。後はカミーユが何とかしてくれる。サラは、僕と一緒に居ればいい。
 そうか。なら、安心なんだ。

 直後、メッサーラはストライク・ルージュを巻き込んで大きな閃光となった。

75 ◆x/lz6TqR1w:2009/03/02(月) 23:41:42 ID:N/PaNF8o0
 パプテマス=シロッコは、ダイダロス基地のレクイエム・コントロール・ルームで戦いの情勢に目を光らせ
ていた。士官シートに鎮座するシロッコは深く目蓋を下ろし、まるで迷走をしているかのように身動ぎ一つし
なかった。
 その様子を怪訝そうに眺める一人の管制官。シロッコはコントロール・ルームに入ってきてから何一つ指
示らしい指示を出しては居なかった。唯一、ハンブラビ隊の出撃のタイミングを告げただけで、その後は
至って今のような状態だ。
 戦況は、小癪にもオーブ艦隊がダイダロス基地防衛軍と互角に渡り合っており、報告にはレクイエムの
付近にまで敵の侵入を許してしまっているとあった。そういう状況にあってこの様な落ち着きを見せている
シロッコは、余程の大物か唯の愚か者だ。
 そんな風にして視線を向けていると、徐にシロッコの目蓋が上がった。そして人差し指と親指で軽く目と目
の間を抓むようにしてマッサージをすると、立ち上がって遠くを見るような瞳で窓の外を見据えた。管制官
には、それが何処を見ているのかが分からなかった。

「サラが連れて行かれたのか? あんな小僧に……」

 口調も声の調子も普段と変わらなく聞こえるのに、何故か今のシロッコの言葉が憂いに満ちているように
感じられた。
 その管制官も密にシロッコの派閥に属する者であったが、時々シロッコが理解出来ないような不思議な
雰囲気を醸し出す事は、肌で感じていた。

「……レクイエムの状況はどうなっているか」

 胡散臭い霊能力でも発揮していたのだろうか。数瞬の間、何かを見送るような目をしていたかと思うと、
急に態度を変えていつもの感じに戻った。

「ハッ。ゲーツ=キャパのデストロイが奮戦してくれているようです。まだレクイエムに敵の侵入を許しては
居ません」

 応える管制官。シロッコは、レクイエムを使うつもりで居た。報告に一つ頷いて腰を下ろすと、優雅に足を
組んで指揮棒で掌を叩き、音を立てて遊ばせる。

「各ステーションに、ザフトは取り付いちゃ居ないな?」
「勿論です。それだけの戦力を割けるほど、ザフトには数的な余裕は無い筈です。ターゲットは、随時修正
を入れて常に捕捉しております」
「よろしい。ステーションの角度修正には、核パルス・エンジンの使用も視野に入れて行うように伝えろ」

 シロッコの瞳が、妖しく光った。その瞳は、魔性の瞳だ。女性を虜にするようなチャーム能力だけではな
く、男性をも従属させるようなカリスマ性をも秘めている。
 もう直ぐ、新たな風が吹き込まれるときが来る。その風を巻き起こすのがパプテマス=シロッコという男で
あると、誰もが信じて疑わなかった。

「今頃はジブリールがプラントを攻めている頃だ。なら、もう少し時間を稼がなければな」

 口の端を吊り上げると、シロッコは不敵に虚空を睨み付けた。

 同時刻、カミーユは身体を突き抜けるような波動を感じた。

「カツ……サラ……?」

 戦争によって命を吸われたとは思えなかった。ただ、彼等は既にこの世界に目に見える形として存在して
いないという事実だけは、ハッキリと理解できた。

76 ◆x/lz6TqR1w:2009/03/02(月) 23:48:14 ID:N/PaNF8o0
今回は以上です。
退場する事になりましたが、カツにはこういう結末があってもいいと思いました。

次回からは一旦話をぶった切ってシンたちのターンになります。
っつーか次回はほぼシンとアスランのお話です。

77名無しさん:2009/03/13(金) 19:41:50 ID:29RDBg1gO
GJですが気づいた点があります…ドムトルーパーのパイロット、ヘルベルトとマーズが逆になっています。眼鏡がヘルベルト、リーゼントがマーズです

79名無しさん:2013/07/17(水) 16:51:57 ID:Sorg75aI0
テス


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