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人物

1 NAME :2016/11/27(日) 00:53:43
人物

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【カストロ前議長死去】
カリブ海の「赤い植民地」に君臨…反米にのめり込み、あまりに重い負の遺産 
2016.11.26 23:43更新
http://www.sankei.com/world/news/161126/wor1611260061-n1.html

ヒゲ面に軍服姿。「社会主義か死か」というスローガンそのままの姿で、カリブ海の革命政権を率いたキューバの前国家評議会議長フィデル・カストロが死去した。 農園主の家庭に生まれ、弁護士となりながら、親米バティスタ政権の打倒に身を投じて頭角を現した。蜂起の失敗、投獄、メキシコ亡命という苦節を経て、チェ・ゲバラらと祖国へ再上陸し、キューバ革命は成功した。

 カストロを反米の闘士と持ち上げる声は根強い。だが、英国の歴史家リチャード・ゴットは、著書「キューバ-新たな歴史」で、「キューバはスペイン、米国、そしてソ連による植民地支配を経た世界でもまれな国」と言い切る。 20世紀初頭のキューバ独立からバティスタ政権崩壊まで、米国は首都ハバナの政治と精糖業などの主要産業を支配した。革命政権は60年に米国資産を接収。米側は61年の国交断絶やピッグズ湾事件などの政権転覆工作、そして長期にわたる経済封鎖を打ち出し、厳しい対立を続けた。

 反米主義にのめり込むあまり、カストロはモスクワの対米戦略に祖国を差し出した。ソ連の弾道ミサイル配備に端を発したキューバ危機(62年)はその典型であり、東西冷戦下の代理戦争となったアンゴラ内戦への派兵も同様だ。 2001年9月、カストロは演説を「祖国か、さもなくば死か。われわれは勝利する」という情熱的な言葉で締めくくった。だが、その長期独裁政権はソ連への忠誠と引き換えに約束され、冷戦崩壊後は反対勢力を抑えることで走りきったにすぎない。本質はカリブ海の革命家というより「赤い植民地」の総督ではなかったか。

 大量のキューバ難民という「棄民」を生んだ国内運営の行き詰まりにも、カストロは在任中、政治の民主化を拒んだ。実弟の現国家評議会議長、ラウル・カストロへの権力移譲は血縁主義との批判を免れない。カリスマ性なき後継政権は、積み残された政治、経済の改革に取り組まざるを得ない。カストロの負の遺産はあまりにも重い。=敬称略 (元ワシントン支局長 山本秀也)


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