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北海道支部

162創価に買収されたぜ:2008/11/17(月) 18:37:31 ID:iZMm.OtM0
 ある意味、全ての宗教は必然としての死とどう対峙するかが出発点とも言える。
死と相対する形での生を受けている時間をいかに過ごすべきか、
というところから戒律などなど様々な生活習慣なり行動規範が生まれてきた。

 どんな宗教も、発足時点、教祖の存命時にはストイシズムが行き渡っており
教義の純粋性は保たれているのだが、これまたどんな宗教も
代が下っていくに連れて未知なる死に対する人の本能的な恐怖心につけ込んで
末端信者を利用して世俗的な功名心や金儲けなどの俗欲を満たそうとする
けしからん幹部が登場してくる。

 では教義の純粋性を保とうとすればどうなるかと言えば、
教祖の開いた悟り(人間観や世界観)は大抵非常にストイックなものであるからして
大概の信者がついてこれないので組織として発展できない。
とどのつまり、ある宗教の教義によって真の意味で救われるのは教祖だけともいえるのでは。


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