20節は英語で言えば within the reach of みたいな感じですかね
「あなたがたの心の中にある」とか「あなたがたの間にある」とか「すでにある」というのは
現代人にとっては自分の心さえ変えれば、あるいは人間関係を変えれば、もうすでに
そこは神の国なのである的な解釈というのは馴染みやすいのだと思います
しかしイエスは人々に悔い改めを求め、悔い改めて生きることが救いへとつながると説いているわけですし
神の国というのは単に個人や社会といった単位のことではなく、大げさに言えば宇宙的刷新といった
スケールのことを言っていたのかも知れませんから、差し迫った終末観とも合わせると
「手の届くところに」というのは適切な解釈のように思われます
ただ他の解釈もそれなりに納得できてしまいそうなので、これだけ長く議論が続いているのでしょうね