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八鹿高校事件ホームページのために

64葉寺覚明 </b><font color=#FF0000>(WuRV/fU6)</font><b>:2003/12/18(木) 00:08
ご無沙汰しております。「八鹿」とは趣が異なりますが、
解同内内ゲバ記事です。

「解放の道」(1973/8/10)より。

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朝田一派が分裂騒ぎ
「京都大会」で大乱闘
駒井一派が襲撃 裏切者の醜態さらす

 【京都】朝田一派は七月十五日、「京都府連大会」なるものを京都市中京区・府立勤労会館でひらきましたが、昨年来、ますます深刻化している朝田一派の内部矛盾と分裂騒ぎを反映して、会場まえは早朝から大混乱。乱闘服に身を固めた二個大隊の機動隊が装甲車と共に出勤。「朝田出てこい」「分派かえれ」のどなりあいがつづき、三回にわたって衝突するなど、裏切り者の醜態を京の町にさらけ出していました。
 混乱の原因は、朝田善之助に造反、「府連再建」と称してさる六月十七日、京都大学で「大会」なるものをいらいて、「新分派」結成にふみきった駒井昭雄一派が三百人をひきいて大会阻止のピケをはって、実力行使に出たことによるもの。
 朝田と駒井の対立は、朝田一派内のセクト間の利害や勢力争いに端を発したものですが、三月の「全国大会」で朝田が「委員長」の権威を利用して統制処分を強行したため、矛盾がいっそう激化。その後、暴力沙汰を再三ひきおこしながら「私腹を肥やす朝田、国府の右派融和主義者」「暴力集団の新分派」などと、たがいに新聞やビラで悪ばを投げつけあい、朝田は三月中旬に「府連大会」なるものをひらいて、駒井らの除名を強行しようととしましたが、勢力が弱いために果たせず、「府連拡大委員会」でようやく除名を「朝田解同」に承認させました。これにたいして駒井は大阪の反共暴力分子、泉海節一、西岡智らとの野合を背景に反撃、六月十七日には中野孫四郎を「委員長」にした「第三解同」を結成するなど、朝田一派の矛盾をいっそうエスカレートさせました。
 この日の「大会」は、機動隊の援助をうけ、会場裏口から約四百人を入場させたものの、鉄パイプなどの凶器をもって襲撃する駒井一派の暴力による妨害で負傷者が出るありさま。多くの者が入場できず、ようやく夕方になって駒井、中野ら三十四人の除名確認と運動方針の承認を一時間あまりですませてごまかしてしまいました。
 ところで、駒井らの除名には、朝田一派の親分衆、松井久吉、川口正志、上田卓三らが反対しているといわれています。さらに朝田は委員長でありながら「朝田解同」の主張する「解放研全国集会」や「中央行動」に出席できなくなるなど、朝田一派内部の矛盾は、想像以上に激化しています。
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