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あ艦これ文藝部

589, ◆xbIVZZ4e4A:2015/08/11(火) 17:01:48 ID:xGZR40IM
湯面に視線を落とすと、胸の谷間の奥から、鼓動に合わせた細波(ささなみ)が、
同心円系の波紋を打って、澄んだ湯に広がり、溶けていく。
「さて? フタマル頃に入った気がするなぁ。そこから考え事したり、うつらうつら船を漕いだり」
提督は眠たげな半目で、首をユラユラさせながら答えた。
「フタマル!? もうフタサンサンマルだぞ!?
随分長い時間見てないと思ったが、三時間以上湯に浸かっていたのか!?
いくら、司令部要員専用浴場とはいえ、限度というものが……」
「まあ、いいじゃないか。秘書艦も優秀だし、
その秘書艦なら余裕で片の付く程度の残務しか置いてこなかったのだ。
故に、君はここにいる」
「貴様が手を貸してくれたら、もう少しゆっくり出来たものを」
口を尖らせ那智は詰るも、提督は痛痒も無い様子で、
「ああ、見立てより十六分から十八分ばかり遅かった。
これは私も、少し見立てを改める必要があるだろう」
「改める必要は無い。次には、その期待に応えてみせよう。
否、期待以上の働きをしてみせる」
「これは、頼もしい」
提督は声を立てずに、肩だけを揺らして笑った。
湯面に小さな波の山脈が立ち、船縁に当たって、小さな音を立てて砕けた。
「それで、艦娘寮の大浴場ではなく、
わざわざこんな小さな司令部要員浴場に、わざわざ何のご用かね?」
露骨に見透かした物言いで、提督は那智に尋ねた。
「姉と妹達が、お世話になっているようでな」
那智は、自分の心臓の打つ細波が、
さっきより明らかに大きくなってきていることに気付いた。
「ああ、お世話になっているのはこちらの方だよ。
妙高さんはよく気が回るし、足柄さんはエネルギッシュ。
羽黒さんは気こそ小さいが、強い芯の持ち主だ。
那智さんも優秀だが、それにも劣らぬ良い御姉妹に恵まれているな」
「そういう一般的な話をしているわけではない!」
湯気で模糊とした室内気を、鋭い声が抉り、撥ねた。
湯面が大きく乱れる。湯船の縁に跳ね返った波が、
後から来た波と重なり、綾の紋を織り上げる。
「妙高に、足柄に羽黒に、貴様は良い様に猫にしてくれたようだな」
「猫、とは?」
提督は既にその意味するところを把握しているはずでありながら、
相変わらず人を食ったような、とぼけた顔で首を傾げる。
「皆まで私に言わせるつもりか!
妙高も、妹達も踏まえるべき最低限の慎ましさは踏まえているがゆえ、
一々事細かに語って聞かせたりはしないが、
態度を見ていれば貴様と『何か』があったことは、姉妹である私には分かる!」
「興味深い。客観性こそ欠くが、姉妹艦同士の感応現象の一事例として、
非常に貴重なデータになる」
「話を逸らすな!」
那智は湯面に拳を叩きつける。
跳ねた大きな飛沫が提督の顔を濡らしたが、
まさに蛙の面に雨滴とばかりに、顔色を揺るがせなかった。
提督は顔を一撫でして、切り返した。
「私は話に合わせているだけだ。
話を逸そうと、搦手に回ろうとしているのは、君の方ではないかね、那智さん?」
「な、何を!?」
那智は意図せぬうちに腰が退け、提督から距離を置こうとした。
「待ち給えよ」
そう言うなり、提督の腕が敏捷性や力強さとは無縁の、
極めて普通の、それでいて邪視にも似た麻痺性の挙動を以って、那智の首と腰に回される。
那智は、それに全く抗うことが出来ぬままに、その身を捕らえられた。
提督は那智と紙一重、吐息の感じられるほどの距離まで、額を詰めた。
「自分から仕掛けて来ておいて逃げを打つとは、君らしくもない。
あまり聡い手とは言えないな」
生気の乏しい、玉眼めいた眼差しとは裏腹に、口元は三日月型に釣り上がり、
那智にまるで人喰いザメのような恐怖を惹き起こさせた。
「とどのつまりは、姉妹皆餌食にされておきながら、
自分だけが取り残されていることに、不満があったと?」
「違う! 私はそんな、卑しい女ではない!」
語気こそ強いが、既に声は震えていた。
下方に逸らした視線は、落ち着くこと無く揺れ続けている。
逃れようと身をよじるが、提督の腕は鋼の箍のように固く、身動きがとれない。


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