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タクトの世界

1タクト:2007/06/15(金) 09:24:44
初めまして
皆さん、初めまして。指揮者の形態模写を永年やり続けています好田タクトです。
このたび、オフィス・ライスの米田社長、といっても彼一人だけでやっている私設プロダクション兼マネージャー、の尽力を得て、長年の願望でした私のホームページを開設する運びとなりました。
手作りページですので、なかなかシッタモンダしていますがどんどんおもしろく、そして出演情報を充実させていきますので、訪問された皆様、長い目でかわいがってやってください。

さて、私の所属する、オフィス・ライスという会社名は、気づかれた方も多いとは思いますが米田君の米からとって名づけました。
社長は、プロダクションの主力商品であるDVD製作のために、ハイヴィジョンの業務用のカメラを大枚はたいて先週購入しました。
そしてそれにともない、編集の為のパソコン、ソフト、印刷システム、デザイン製作も出来るよう設備も整えました。本気です。
芸人さん、演芸場関係の方、音楽、演芸、講演、演劇など、公演・イベント関係者、結婚式、式典などをテレビ並みのきれいな映像で記録を望まれる方は、どこよりも安くきれいに丁寧に編集までいたしますので、ぜひご相談ください。

では、げんきくん時代の合言葉「ゆうきリンリン、パワーぜんかい、あしたもげんき!」でこれからもよろしくお願いします。

2タクト:2007/06/15(金) 10:18:48
本のお話です
自分が以前書いた「クラシック音楽夢レース」の話をしますね。

あの本を出した時は、すごい怪本が出たということで自分で言うのもなんですけど、評判になり「エノキドイチロウの意気揚々」や「吉田照美のやるきまんまん」のゲスト出演して、ラジオ番組なのに指揮者の物まねをさせられたり、共同通信社や毎日新聞に一面に取り上げられたり、なんか普段では味わえない体験をさせてもらいました。
三省堂本店やブックファーストなど各本屋や百貨店でサイン会をするのですが、普通にやってもおもしろくないということで、芸をして人を集めようということになり、本屋側も宣伝になるわって快諾されて、まず親友のシベリア文太が最初に芸をやって5分ほどで「限界です」と下がってきて、指揮者芸を5人ほどしたらビックリするほど人が集まってきてきて、「では今から本を買ってくださーい!」といったら蜘蛛の子を散らすみたいに皆去って行ったなあ。
店長には「台風後みたいに見事に散りましたなあ」
難波のNGKの前にあるジュンクドウでやった時には、以前所属してた時にお世話になった吉本芸人、めだかさんや内場さんなどが大挙応援にかけつけてくれたので、警官まででてきて「何がありましたんや」って大騒ぎになりました。
でも肝心の本は表紙が僕が朝比奈隆の真似で馬にのって指揮をしてる写真なので、クラシック音楽本のなのに競馬コーナーに平積みされたりしてたから、それを僕が勝手に戻したりしてました。
数年前はクラシック音楽は一部の愛好のジャンルのように言われてましたから、「のだめカンタービレ」の貢献は大きいですね。
先日、新日本橋亭で行われた「三遊亭遊吉の会」に今度6月29日に横浜関内ホールでゲスト出演することもあって、見に行ってたら久しぶりに「クラシック音楽夢レース」の担当編集者と会いました。
それだけでも懐かしくてうれしかったのに、今度執筆依頼を頼まれている出版社の方と懇親ということがわかっって2度びっくり。
業界って狭いなあと思いました。
また、がんばって執筆してみようかな、という気になっています。

3yゆ〜こです:2007/06/15(金) 11:00:06
祝HPアップ
以前何度か浅草の東洋館におじゃましていました。
タクトさんのパフオーマンスには音楽と指揮者に対する愛にあふれていて心惹かれます。
今度はコンビのお二人の新しい芸風を是非観たいです。
HPもなかなかわかりやすくて直球の想いが伝わってきておもしろいです。
暑くなりますが、お体きおつけてタクトさんだからできるパフオーマンスを繰り広げていってください。

4:2007/06/15(金) 21:34:07
開設おめでとうございます
ホームページ開設おめでとうございます。ゆうきりんりんパワーぜんかいのNHK教育テレビ「あしたもげんきくん」のときから、ずっとタクトさまのファンです。東洋館の舞台のときは、何度か指揮者のパフォーマンスを拝見しました。東京ユニットのコントもおもしろくて、日頃のストレスが一気に吹っ飛んでしまいます。5月5日には、銀座のヘブンアーティストのイベントにも出かけました。それぞれの指揮者の特長を生かしていて、感動しました。今後のご活躍を期待しています。

5タクト:2007/06/16(土) 00:04:58
ミー子の話
今日このホームページ開設の告知をして、一日で150件以上のアクセスがあって正直ビックリクリクリクリックリ(浜根兄さん、ギャグ使わさせてもらいました)です。
「好田タクトの世界」でワード検索申請しているので10日後ぐらいには載るでしょうから、アクセス数もまた増えるかもしれません。
改めて、インターネットの告知力には驚いています。

ところで、わが家のアイドル、パンダ猫のミー子が思わぬ人気でブレークの予感です。
前から猫を飼いたいと思い、周りに言っていたら、浅草で芸人がよく飲みに行く「金華園」の方の紹介で、生後2ヶ月のミー子と出会いました。
「どんな猫が希望?」と聞かれたので、「白い子猫」と言ったんです。
最初は本当に白くて、でも父親がシャムだからいずれ色は出てくるかなと思ってたんですが、みるみるうちにパンダみたいになってきました。
ミー子の名前は、「ミー、ミー」と泣くからです。
芸があって、風太もビックリ、長時間2本足で立つんです。
相手してやったら、一緒にカンフーみたいに踊るので、「これは売れる!」と直感したんですが、なんせ人見知りが激しいのです。
よく、キーボード漫談の牧田博さんが家に遊びに来てネタの練習をするのですが、「くだらない、くだらない」と得意のフレーズを劇場でする時以上に激しく1階でするもんだから、ミー子はずっと2階の物陰に隠れてブルブル震えています。
しかし、来客がない時はミー子の天下です。
2メートル近い蛍光灯の紐にも飛びつくし、僕にもアタックしてきます。
「げんきくん」の時などは、僕の赤い服の背中には猫のアップリケが縫い付けてあってルルちゃんと呼んでいたぐらい、僕は前から猫好きだったので今は幸せです。
でも猫って、あんまり抱きしめられたくないんですね。
そのくせ寝てる時は平気で人の胸に乗ってくるので、金縛りにあったのかと目が覚めたら、よく猫が僕の目の前で「フー」って唸っています。
でも、このパンダ猫って珍しいですよね。
世に出せば、僕より売れるでしょう・・・。

6タクト:2007/06/16(土) 02:06:54
ギャラの話
とは言っても、もう今は週刊誌やテレビとかであからさまにギャラや収入、賞品の内訳を記事にしたり、話をする人が多いので、皆さんの方が詳しいぐらいだと思います。
そこで、僕は笑える話や、運のない自分の体験をちょっと書いてみようと思います。

僕が最初にテレビに出たのが、1984年2月、TBS「ビートたけしのお笑いサドンデス」というお笑い勝ち抜き番組です。
豪華な賞品に目がくらんでの応募でしたが、当日、司会の三田寛子さんが
「本日からチャンピオンの賞品が変わりまして、今までは車とか海外旅行でしたが、本日からはビートたけしさんからすばらしい芸名がもらえます」
何すんねん。でもそこで画用紙に書かれた芸名を今も使わさせてもらっています。

1985年6月29日 読売テレビ 「百万円 爆笑エンターティナー全員集合」
予選を勝ち抜いた8組での決勝大会。
私は相も変わらず「指揮者物まね」で出場。対戦相手はトミーズさん。
審査員の香川登枝緒さんが、
「かたや正統派漫才、かたや音楽ネタ。どちらも甲乙つけがたい戦いやわなあ」
司会者の巨人さんが、
「では会場の100人の一般審査員のみなさん、点数をどうぞ!」
「トミーズ92点、好田タクト8点」
きっちり甲乙ついてるっちゅうねん!
この番組でダウンタウンさんが、浜田さんがSMの格好でムチを振ってビシビシやっているところに、ハゲカツラでステテコ姿の松本さんが出てきて「ビシビシ言うな!」 というネタをやったら、審査員の藤本義一さんが文句をつけた。
松本さんが怒って、
「こんな番組二度と出るか、ボケー!」
生放送なので、スタッフがあわてた、あわてた。
お陰で僕はドサグサにまぎれて弁当4つも食べれた。
夜、事務所の社長(当時僕はKAプロにいた)が、
「タクト、ようがんばった。飲みに連れてったる」
てなことで、ごちそうしてくれた。
しかし社長の支払いを横目で見ながら、ギャラが6千円だったので「ギャラより高い飲食代」を実感。
「あーあ、飲むより現金に換えてギャラにしてくれた方がよっぽどええのに・・・」

僕は大阪時代は4畳半の安アパートに住んでいました。
「貧乏数珠つなぎ」という番組(貧乏芸人がさらに貧乏な芸人を紹介していく)では、僕で数珠が切れたこともあった。
フジテレビの「さんまのテレビの裏側全て見せます」に出た時は、
吉本の社員から、「好田くん、明日全国放送に出したるわ」と言われ、
「それお笑いですか?お芝居ですか?」
「いや、貧乏・・・」
なんかいやな予感するなと思いながら、母親に、
「明日、全国放送のゴールデンの生番組に出れるで」「じゃあ、親戚中に言うとくわ」
で、当日、司会のさんまさんが、
「今、吉本にはこんな悲惨な芸人がいます」
続いて僕が住んでいる阿倍野のアパートがドアップで映し出され、
「ここが大阪で一番安いアパートです!」
翌日、同じアパートの住人から、
「あの番組見たけど、あんたが恥じかいたんちゃうで。私ら全員恥かいたんやで」と言われ、親戚から責められた母親は、
「誠一君にもうそんな世界やめさせって責められたわ」
とひんしゅくを買いまくり、しかもギャラが振り込まれていない!
会社に文句を言いに行ったら、
「あほ! お前を映したんやない。お前のアパートを映したんや」

テレビ朝日の「貧乏芸人グランプリ」に出た時は、ギャラはなし。
しかし賞品がワープロとかカメラとかで思いのほかよかった。
大川興行さんや電撃ネットワークさんは、そんな番組でもきっちり笑いを取っていたなあ。

その類では、友達のシベリア文太なんかは双璧でしょう。

7タクト:2007/06/16(土) 11:08:59
東京国立博物館の話
僕のここ数年はまっていることの一つに、国宝や仏像を見ることです。
国宝とは、文化庁が国内にある重要な文化遺産と認定した重要文化財12561点から特に国の宝になる最重要な文化財、1073点を指定したものをいいます。指定率はわずかに9パーセント。
だから国宝は、なかなか見れる機会が少なくしかも公開時期も数年に一ヶ月間程度というのが多いので、それを逃すと一生見損なう可能性があります。
もちろん僕も全ての国宝を見たく、日夜東奔西走しているわけですが、そんな文化遺産を積極的に保存し公開する博物館が国立博物館です。
寺院や個人の所有している美術品もよく国立博物館に管理を委託しているケースもあるので、ここは京都や奈良の寺院を除けばまとまって見れるすごい場所なのです。
ここには、年間パスポートという優れものがあって一年間4千円、前までは3千円だったのに・・、で購入すれば東京、奈良、京都、九州の国立博物館が出入り自由なのです。
しかもだいたい1500円する企画展が6回まで入れます。
僕みたいに、演芸場やジェグザーの行き帰りにぶらっと寄るものからすれば元どころか、数十倍のお得感覚です。
それに日本美術、とくに絵画などは照明に弱く、せいぜい一ヶ月展示すればまた数年間はお蔵入りです。
照明に平気な油絵の西洋美術とは、展示期間も全然違います。
一ヶ月ぶりに訪れても、入れ替えた美術品がけっこう見れます。
だから、マニアの間では「東博で会いましょう」となるわけです。
東博を把握すれば、秋口は東洋館(寄席ではなく谷口氏設計による東博無いの建物)ではアジア至宝展があったり、新しく指定された重要文化財・国宝を定期に公開してたり、講演会も無料だったり、とにかく素晴らしい時間が過ごせます。
芸人はよく舞台が終われば飲みに行きますが、僕はチャリンコで東博通いです。
では、皆さん「東博で会いましょう」

東京国立博物館
http://www.tnm.jp/jp/servlet/Con?pageId=X00/processId=00

文化庁・文化遺産
http://bunka.nii.ac.jp/Index.do;jsessionid=6358870A44EE9648D4EB3F96123DB0FC

8キチダくん:2007/06/17(日) 11:08:48
HP開設おめでとうございます!
好田タクト様
ご無沙汰しております。
HPが開設されたのを知りました。心からお祝い申し上げます。
長いこと連絡が取れずにいましたので、
本日開設を知り、早速投稿させていただきます。
インターネットで活躍の情報をときどき見せていただきながら
東洋館にお邪魔したこともあります。
ご挨拶に行くことはできませんでしたが。。。
私も現在東京にて生活しております。
初心を忘れることなく、がんばっていらっしゃるタクトさんに敬意を評し
私もがんばっています。
東博に行けばいつかは会えますかね?

9タクト:2007/06/17(日) 12:27:43
げんきくんの話
もう10年以上前になりますが、私はNHKで「あしたもげんきくん」という番組に出ていました。
日本中を旅するちょっとマヌケな発明家、というキャラクター設定で、けっこうハチャメチャな番組でした。
かなりエピソードは多いのですが、今日は今まで秘密にしていたちょっと危うい話を「祝ホームページ開設記念」として解禁しますね。

前から私を知っていたらしいディレクターから話があり、番組のオーディションを受けた。
課題と自分のネタをやった後、スタッフが質問してきた。
「タクトさんの生活状況はどうですか?」
「家賃が2万5千円、健康保険とか合わせても4万円で生活できます」
「あっ、それなら大丈夫だ」
えっ? 何が大丈夫なん? と心に思いながら、しばらくして「げんき君決まりました」。
そしてギャラをもらった時に、言われた意味がわかった。

当初私は大阪弁がどうしても抜けず、しかも標準語を一生懸命使うので一種キテレツな言葉になり、番組の中でよく子供たちに言われた。
「げんきくん、なまっとるべ」
読売新聞の放送塔に、「おもしろい方言を使うお兄さん出現!」と載ってしまった。
注目されて私はまんざらでもなかったが、NHKが黙っていなかった。
「標準語に直させよう」
ついに私は恵比寿にある「アナウンスアカデミー」となるところに強制収容させられてしまった。アナウンサーを目指す若者たちと一緒に地獄の特訓を受けさせられのである。
アナウンサー、それは女性の憧れ。しかも私の基礎クラスは女29人に男1人(私)。
やがて私の華麗な関西弁は、教室に愛と笑いをふりまき、教官は頭を抱えて歓喜した。
3ヶ月後、逞しく成長した私の言語は見事に成果が見られず、NHKの人に、
「げんきくんを学校に行かせたのは、NHKにとって、お金をドブに捨てたようなものだ」
そのことを学校に言ったら、
「じゃ何かね、うちの学校はドブかね?」
「でももう僕は卒業です。どうしたら標準語になりますか」
「きみの場合は、東京で彼女でも作って毎日話すればいいんじゃない?」
「なるほど! で、どうすれば彼女ができるんですか?」
「そんなのは自分で考えろ!」

番組も2年目に突入する頃には町で歩いていてもママさんや、親子連れには顔をさす様になってきた。
あるとき、近所にある中野のレンタルビデオ屋に行ったら、借りたい映画がもうレンタル中。魔がさして、アダルトコーナーの「人妻、口内暴力」(こんなんだったと思う・・)をとって、恥ずかしいから一般映画のビデオに挟んで受付に行った。
2人スタッフがいて、お兄さんの方に並んでいたが、もう一方のママさん風の女性受付に「こっちぇどうぞ」と言われ、しぶしぶレンタル手続きをしたら、目が合って、
「げんきくん?」
「・・・はい」
「へ〜、げんきくんも見るんだ」
「・・・・夜もげんきくん・・」

NHKさん、ごめんなさい。

10タクト:2007/06/18(月) 01:45:23
滝の話
私は自称「滝博士」です。
訪れた滝は400以上で、そのことが週刊誌の記事になったこともあります。
ちょっとした名のある滝なら、高さとか言い当てることも出来ます。
20歳から乗り始めたスーパーホークRというバイクに寝袋を荷台にくくりつけて、暇を見つけては気になる滝を見に行き、行ったらよく滝口まで登ってしまってました。(刈谷俊介か)
なぜ、滝か?と聞かれてもうまく答えられませんが、若い時は金もないし休みも人とは逆で孤独な貧乏旅をするのにはバイクはうってつけで、ぶらりと当ても無くまわるうちに、滝を見てビビッときたのでしょう。
日本は降水量が多く、地形の高低差があるので名瀑が生まれやすいのです。
当時の吉本新喜劇は、10日間ごとの興行で、上席、中席、下席と呼んでいて、一年目はそれこそ365日休みが無かったのですが、そのうちに京都花月がなくなり、新喜劇の縮小傾向もあって、出番のない席も出てきました。
そんな時は梅田花月の進行の原くんと彼の車で旅に出たりもしたのですが、彼は進行という仕事があるため、いつも休みが重なるとは限りません。
私はバイクでソロツーリングを大好きな滝探検に使っていたのです。
20年以上前は滝の本や写真集は皆無で、実は日本100名滝やグリーン運動などはここ15年ぐらいの前から言われ始めたことなのです。
だから地図を見たり、沢登り記録などを図書館で捜して、ここは絶対いい滝がありはずだとめぼしをつけて、何時ごろに家を出れば滝に着くかとか予定を立てて、夜明け前から家を出るのです。
よく滝の名所や3大瀑布とか言われますが、滝に関しては看板と実力はずれがあります。
「華厳の滝」などは、たしかにかっこいい人気滝だけど、まわりの岩盤は崩れてきて111メートルあった高さも97メートルに落ち込んだし、コンクリートで周りを固め、上の中禅寺湖には水をためる力もなくなってきたので人工調整したりして、ぼくらマニアからは評価を下げざるをえません。
逆に「三条の滝」などは水量日本一を誇るだけあって、地響きがすごいのなんの。

タクトが薦める滝は、
・称名滝(高さ350メートルは世界第8位、もちろん日本一。雨に日に行けばすごい)
・笹の滝(那智の滝より感動する。バイクで行けばアプローチは簡単)
・飛竜賀老の滝
・苗名滝
・不動七重滝(手前にちゃちな滝がるので、勘違いしないで奥へ進もう。とにかく美瀑)
・大杉谷(日本の秘境だ!)の一連の滝群
・鈴鹿流ヶ滝
・千尋の滝

NHKの「げんきくん」が、日本中をまわるのでロケ日程が月から金まででだいたい一日予備日があるので、よく担当ディレクターを引っ張りまわしたり、自由時間をもらったりしていっぱい滝を見回ったなあ。中野D,堀内D,高橋D,松原D,小畠D,三宅D・・・、本当に皆さん、滝めぐりにつき合わさせてすみませんでした。

残念なこともありました。
僕は10年ぐらいかけて滝の写真集を何冊も自家製で作っていたのですが、井筒和幸監督が「東方見聞録」という映画を作るのに滝のロケ地を決めるのに参考にしたいとかで、僕は滝の写真集を全部監督に貸してあげたのです。
しばらくして監督が所属していた監督集団の会社「ディレクターズ・カンパニー」が倒産して、写真集がどこにいったかわからなくなってしまったとのことです。
原宿の事務所に行ってももう中がむちゃくちゃで、一緒に木下ほうかが探してくれたのですが見つからず、それ以降、自分の緊張感が途絶えて、滝の写真を録らなくなりました。
本当に貴重なめずらしい写真がいっぱいあったのに・・・。
で、後にはビデオを録るようになったのですが、もうそれも最近はやっていません。
世間には滝のDVDとかも出だしたしね。

ま、それでも今でも国内をウロチョロするときは滝巡りはしますけどね。

11タイコ屋さん:2007/06/18(月) 02:27:31
遅ればせながら…☆
HP開設おめでとうございます!!
開設告知のメールありがとうございました。

しばらくタクトさんの舞台を見てないので、近々にまた遊びに行きます!!

12りこ:2007/06/18(月) 21:14:02
私も・・・
 東博大好きです。毎週月曜日に東博から届くメールマガジンを楽しみにしているくらいです。東博にあるお宝の数々、企画展の充実した展示は、もうヨダレが出ちゃうくらい魅力的ですね〜。
 魅力的といえば、好田さんの指揮者物まねですよねっ。東洋館でナマの好田さんを拝見したことがあります。客席がとても盛り上がって、好田さんの熱演に男性ファンがおたけびをあげていたような・・・ファン層の幅広さを実感した瞬間でした。
 待望のホームページができて、うれしいです。また、おじゃましま〜す。

13タクト:2007/06/18(月) 23:53:47
今日の北海道新聞に出ました
本日付け、6月18日の北海道新聞朝刊に、記事掲載されました。
記事を書かれた岩野裕一氏より、8日の東洋館で行われた「おもしろ音楽会」を見に来られ、その時の事を含め僕のことを記事にしますとの連絡をメールでいただきました。
そして、今日出番のため浅草東洋館の楽屋にいたところ、野菜吹き漫談のはたのぼるさんから「あんたのことが、北海道新聞に載っているらしいよ。今、原一平さん(寅さん物まね)が北海道に行っていて、連絡があったよ」と教えてくれました。
ただ、記事の内容はまだ見ていません。
が、すごくいいように大きく取り上げられているそうです。楽しみ、楽しみ・・・。

ここで、我が恩人で、キューピットでもあります岩野裕一氏のことを本人の了解なしにちょっと話させていただきます。
岩野さんは、クラシック音楽の解説者として、また熱烈な朝比奈隆さんのルポライターとして著作物も多く、テレビでの解説でも活躍されています。
今もBSフジで毎週木曜日の午後1時から「日本フィルコンサート・よみがえる幻の映像」
のわかりやすい解説でもおなじみです。
実は某出版社の編集長でもあります。

岩野さんとの出会いは、去年の3月「東京のオペラの森」で東京文化会館ロビーで開催されていた写真展「ヴェルディの旅」の写真家の木之下晃さんとともに現れました。
僕はヴェルディの格好をして案内していたのです。
僕は前から岩野さんのことを知っていたので、そこで挨拶できたのはすごくうれしかったのですが、その後交流はありませんでした。
僕のような芸はクラシック音楽の愛好家、演奏者からはおふざけのように写って嫌がる人もいるから、岩野さんにも嫌われたのかなあと勝手に思い込んでいたんです。
ところが岩野さんのほうはしっかり僕のことを憶えておいてくれていて、あるとき急に連絡があって、しかも3月に滋賀県栗東で指揮者の秋山和慶さん、大阪フィルの人達と共演する話を持ってきたのです。
え、えっ!? 小澤征爾と並ぶ斎藤秀雄門下、世界的指揮者の秋山和慶さんと共演!?
まじで緊張しましたよ。
でも心配をよそに、当日は大成功。舞台も盛り上がって主催者もお客さんも出演者もみんな喜んですばらしい一日になりました。
そして何よりも秋山和慶先生にすごく仲良くしていただき、ストコフスキーが来日した時に秋山先生が世話をしたせいもあって指揮者のくせやエピソードも教えていただき、最後にはお笑い部門・特例として、なんと弟子を名乗っていい(ま、しゃれだろうけど)とまで言ってくれました。
その後、先生の演奏会にはちゃっかり楽屋に遊びにいく我が厚かましさ。
ここだけの話、秋山先生は、実はむちゃくちゃ鉄道マニアでかばんから出るわ出るわ、鉄道雑誌が・・・。
だから秋山先生を招聘したければ、鉄道コンサートにすれば一発ですよ。クライバーが車とすしと舞妓で落ちたように・・・。こりゃ失礼。
また大阪フィルの打楽器とヴァイオリンの中谷夫妻は、大フィル辞めても吉本行って音曲夫婦漫才で喰っていけると確信しました。

そんなこんなで、岩野さんともすっかり仲良くなり、しかも神奈川フィルの指揮者、マルティン・シュナイトというクラシック界の幻の至宝まで教えてくれて、もう新しい追っかけまで作ってくれました。
そして僕の方は、岩野さんを演芸界、しかもテレビとは無縁の名人たちの世界へ引き込みつつあります。
岩野さんには、ぜひ現代のディアキレフ、つまり稀代の興行師になってもらいたいものです。
またすごく顔が広くて、各オーケストラとの交流も凄いんです。
おかげで、またコンサート通いが増えそうです。
ちなみに、岩野さんの大学の後輩の井坂さん(音楽プロデューサー)にも凄く僕はお世話になっています。
井坂さんの夢は東京に定席の歌劇場をつくることだそうです。
井坂さんは「のだめカンタービレ」の漫画本の後ろにアドバイザーとして名前が載っていますね。

なんか、いっぱいばらしちゃいました。
僕はこの方たちと、これから世の中を驚かすようなことを仕掛けていきたいと思っています。
ブラボー!

14タクト:2007/06/19(火) 03:12:51
声優の話
先日、田中真弓主演の「へっぴり腰で行こう」を見に銀座・博品館劇場へ行ってきました。
真弓さんから直筆で案内をもらったからにゃ、行かないわけには行きません。
実は、僕は田中真弓さん主宰の「おっ、ぺれった」に出ていた頃があるんです。

声優としての田中真弓さん、元気な少年役で主人公を演じることが多く、そのジャンルでは野沢雅子さんと双璧でしょう。
出会いは、ぼくがなべやに所属しててしばらくして真弓姉さんが事務所を移ってきたんです。
それで真弓さんのイベントを司会で手伝ううちに、真弓姉さんに特にかわいがってもらうようになり、途中からNHKのお兄さんをやることもあいまって、竹田エリさん(元NHK歌のお姉さん)、寛孝さん(演出家兼)が中心になっている「おっ、ぺれった」に入れてもらってお芝居を一緒にするようになりました。
なんせ声優中心のメンバーなので、永井一郎さん(波平の声でおなじみ)や仲村秀利さんもいたので、本読みの段階でもう完成されてました。
目をつぶって聞いていると、あ、あの声、この声とおなじみの贅沢な世界でしたね。
真弓姉さん、寛孝さん、エリさんと4人ではコントもしました。
渋谷ラママのコント大会では、肝心なところで音響がでなくなりみんなが右往左往してたところに、僕がとっさに「おっぺれった、ピーンチ!」と叫んだら館内大爆笑。
逆に、永六輔さんがその年に見た劇団ベスト2に選んでいただき、そのお披露目で永さんの会でジャンジャンでコントをした時は大すべりしたこともありました。みんなすごい力んでました。永さんは「こんなはずじゃ、ないんですよ、ほんとに」と言ってました。
その後、僕はげんきくんも事務所も辞め、大道芸で海外に行ってしまったので「おっ、ぺれった」とはお別れしてしまったんですが、何かと3人にはずっと気にかけていただき、今でも交流が続いています。

野沢雅子さんとは、埼玉の川越サンバ祭りで川越市長とともに審査員をしたことがありました。当時、川越ケーブルテレビで「タクトの川越ぶらぶら」という番組を持ってたから呼んでくれたのでしょう。
その時に、年輩のスタッフの方が野沢さんを知らないものだから、
「おばさんがこんなとこに入ってきちゃダメだよ!」
「あら、ごめんなさい・・」
で、実際に司会者が野沢さんを呼んで、野沢さんが、
「ぼくゴクウ、ぼく鬼太郎!」と、いつもの声でしゃべると、何千人もの観客が、
「ウワーッ!!」 (大歓声)
野沢さんを注意したおじさんが一言、
「あのあばさん、すごいんだ・・」

今思うのは、ベテランの声優さんはあくまでも本業は役者、舞台で演技することをすごく大切にしているように思えます。
永井さんが言ってました。
京大出て広告代理店で働いた後、けっこう遅くになって役者になって、それでも食うのが大変で、声優は食べるためにやった。あくまでも僕は役者って。
真弓姉さんに今までのなかで特に気に入っているのは?と聞いたことがあった。
「天空の城ラビュタ」のバスーって言ってましたよ。

真弓姉さん、博品館劇場で6千円で満席なんて、凄いですね。

15キチダくん:2007/06/19(火) 08:34:46
Re: チケットのお願い
タクトさんへのお返事です。7月9日は行けそうです!チケットはどのように購入すれば良いのでしょうか…?お知らせ下さい!

16タクト:2007/06/21(木) 17:45:57
タクト音楽祭開催の話
「タクト音楽祭」開催です。

前からやりたかった生楽団(オーケストラ)を寄席の板に乗っけて、タクト流おもしろコンサート「タクト音楽祭」を開催することにしました。
ひょうんなことから出会った、小林クロードさん率いるアンフィニ・オーケストラと私、タクトが浅草東洋館というベタベタな寄席小屋でやるミスマッチコンサートです。
目指すは、50年代からイギリスで流行った面白コンサート・「ホフナング音楽祭をぶっつぶせ!」
ホフナングを超える世界一ユニークなものにしたいと思います。
実は、1988年5月、吉本時代に「もう旧難波花月つぶして、NGKつくるから若手でも花月でなんかやりたいやつは申し出ろ」てなことで、
「タクトフィルハーモニーコンサート・イン難波花月」というのを間寛平さんとか吉本新喜劇若手とミュージカルやバレエなど大挙出演して伝説のジョイントコンサートを一度したことはあるんです。
もちろん、今回はそれに負けないものにします。
東京ユニットでの相方、森はじめさんにも手伝ってもらいます。
地方からでも来やすいように、日曜に開催します。
11月4日(日)6:00開演を考えています(約2時間・休憩15分位)。
文化庁・芸術祭の参加公演にするつもりですので、明日締め切りまでに書類をいっきにしあげて文化庁に持って行きます。

がんばります。来てね。

アンフィニ・オーケストラのH.P
http://infini-jp.org/

17キル美:2007/06/25(月) 10:07:35
麻布十番寄席
タクトさん、どうもお疲れ様でした♪
もっと色々お話したかったですね。

HPスゴイですね!ちょくちょく覗いてまーす♪

http://blog.goo.ne.jp/kilubi2006/

18タクト:2007/06/26(火) 15:18:46
シベリア文太の話
先日、シベリア文太から電話があってので、彼の家へ遊びに行って泊まって翌日に麻布十番寄席に直接行きました。
シベリア文太とはもう20年以上の付き合いなのです。

文太は僕の数ヶ月後に当時崩壊寸前だった吉本新喜劇に入ってきたので、ちょっとだけ後輩になります。
僕はその後吉本を離れ、彼はそのまま吉本にいて、九州吉本に行ったり(カンニングの竹山さんやヒロシさん、博多華丸大吉さんたちと一緒にやってた)、その後東京にきて寛平さんの付き人を7年ほどやってました。
芸名のシベリアはネタが寒いので、シベリア、文太は当初、菅原文太の物まねをよくやっていたからです。その前は、「越後屋文太」福井県出身だから、そう名乗ってました。

文太は、本名が玉村輝彦(なんか言いにくいたいそうな名前)なので、僕は彼のことを玉ちゃんと呼びます。
玉ちゃんは僕のことを、もう20年以上の付き合いなのにいまだに「兄さん、兄さん」と呼んでくれます。
でも、僕がしょっちゅう「いらんことを言う」「いらんことをする」らしく、すぐに関係が逆転して「もう!」とか言われながら偉そうにされます。
玉ちゃんに限ったことではないのですが、僕はどうも先輩らしくできないので、どこの世界でも後輩や年下から「言いやすいわあ」と、すぐ偉そうにされます。
特に玉ちゃんは、普段は無口で他の芸人からは言われっぱなしなのですが、僕だけには、「言いやすいねん」と僕は彼のサンドバックになり、彼のネタ練習から遊びまでストレス発散相手になります。

その玉ちゃんが、15年ぐらい前に九州吉本を離れ間寛平さんの付き人になることになり、東京に住む為に、中野にある僕の目先にあった6畳一間の安アパートに引っ越してきました。
僕は当時、「げんきくん」のおかげで風呂付に引っ越せてましたから、お風呂も洗濯も僕のところでできるからです。。
合鍵を渡していたので出入り自由にしてたのですが、玉ちゃんは僕に悪いと思ったらしく、「風呂や洗濯するときは、100円払いますわ」
「じゃあ、これに入れて。玉ちゃん資金にしょう。僕は手をつけへんから、もし玉ちゃんが生活に困った時にこれを使うことにしよう」
と取り決めたのですが、だんだんルーズになっていきます。
玉ちゃんは、100の代わりに付き人で取ってきたテレビ局の弁当を持ってきて、
「これでええやろ。あ、汁がもれてるがな」
と言いながら、幾つもの弁当を持ってきてくれます。僕も
「しゃあないなあ」
「東京のテレビ局の弁当は違うわ」
「げんきくん」のロケは4泊5日なので、金曜日に帰ってくるのですが、時々早まって木曜日に帰ってきます。
夏の時期にロケ先から帰って来て家の鍵を開けたら、中からすごいクーラーのきいた冷気とともに、僕のベットで気持ちよく寝てた玉ちゃんがガバッと起きて、
「明日帰ってくるんとちゃうん!」
玉ちゃんは東京に来てからも、貧乏芸人を扱った特番にしょっちゅう出てました。
普段はしないのに、公園の蛇口で水を飲んだり、僕の家にも取材に来てました。

また玉ちゃんは、カミカミ芸人(口跡が悪く訛っている上によくカム)なので何を言っているかわからない。
玉ちゃんが、「めし食いに行こう」と言ったら、
「虫くいに行こう」と聞こえたり、
バイトが電話でのクレーム処理をしているのですが、一番のクレームが、
「今話をした人が何を言ったかわからない」
このエピソードは、ココリコがさんまさんの番組で言ってました。

シベリア文太、寒空はだかさん、冷蔵庫マン(ワハハ本舗の飯塚俊太郎さん)、僕は3人とも仲がいいのですが、その3人が集まって風呂屋で営業したのですが、さぞ見ているお客さんは湯冷めしたことでしょう。

お互い言い合っているのですが、この世界で一番心の許せる仲のいい間柄です。
2年前に玉ちゃんは結婚式を挙げたときも、司会をした僕以外の芸人の出席者は師匠である間寛平兄さんだけでしたから。
しかもお互い売れません。
ところが最近、玉ちゃんが関西中心にブレイクの兆しが見えるのです。
人のいい玉ちゃんは、島田しんすけさんからかわいがってもらうようになり、「しんすけクラブ」でレギュラーになって、顔が知られるようになってきました。
そして、去年の「寒い芸人ナンバー1決定戦」という特番で、(第一回の優勝者はトミーズ健さん)、並みいる吉本芸人を抑え第二回チャンピオンになってました。
その番組のDVDを泊まりに行った時に見せられたのですが、もう全然年季と(すべりかたの)実力が違うわ、と思いました。

「シベリア文太」 近いうちに必ずあなたのお茶の間へ笑いの宅急便を届けることになるでしょう。
しかもクール便で。

19タクト:2007/06/27(水) 01:50:54
シベリア文太より物言い
(大相撲の土俵下の審判部長、九重親方風の言い方で)
「前回のシベリア文太の話について、本人より物言いが出ましたのでご本人よりご説明いた します。
 兄さん、アパートは 四畳半で、大阪の番組は「クイズ紳助くん」でっせ!
 (玉ちゃんからのメールをそのまま貼り付け)
 よって、行事差し違えで、シベリヤマ文太の勝ち〜!」

お詫びにいくつか、相撲ネタを書きます。

「貴乃花は右利き、輪島は左利き、では武蔵丸は?」
「・・・・ワイキキ」

幕内力士に両国国技館の席を取ってもらうように頼んだら、満員だからって断られた。
そんなはずないやろ、セキトリなのに・・。

二日酔いの力士に対して、行事がいう言葉
「はきけよい、残った、はきけよい、残った・・」

千代大海のように太ってきた妻に言う言葉
「やせたいかい?」

相撲取りがミュージカルに挑戦したら、当然やる演目は、
「ウエスト・サイド・フトーリー」

ちなみに、僕の友達が両国のローソンでバイトをしていますが、夜になると何人もの相撲取りが大量に食べ物を買っていくそうです。

20タクト:2007/06/27(水) 04:28:15
アルト君の話 1
いよいよ大御所、アルト先生の登場です。

アルト君は僕の漫才時代の相方です。
正式には「千田アルト」と言います。(こう言うとアルト君は嫌がります)
前回、シベリア文太との付き合いは20年になると言いましたが、アルト君との付き合いはもっと古くかれこれ23年になります。
僕が20歳の頃、お笑いの世界に入りたかった時に、松竹で名をはせた漫才師「のるかそるか」の船にのるか師匠の口添えでKAプロ(作家秋田実が作った老舗プロダクションで、関西では吉本、松竹、KAが劇場も持っていた)に入りました。
その時に、漫才がしたかったので会社で引き合わされたのが17歳の橋口君でした。
最初、「女の子?」と思うほど両性的な不思議な印象を受けましたが、同時にプライドが凄く高い人でした。
それもそのはず、もう彼は中学生の時から松竹のお笑い学校に通っていて、横山たかし師匠の弟子でしたから一端の芸人意識を持っており、僕のようなアマチュアと組まされること自体が納得できなかったのでしょう。

僕はKAプロに入ることが決まったと同時に自分で応募したTBSの「ビートたけしのお笑いサドンデス」でチャンピオンになり、現在の芸名をもらいました。
その時、セット裏でお笑いの世界に入りたいことを太田プロの財津敏郎さんという方に打ち明けたら「たけし軍団に入る?」と言われ、「もう先約が・・・」 今となってはその時が僕の最初の分岐点だったんだろうなあ。
とにもかくにもその番組でもらった芸名をそのまま使うことになり、僕は「こうだタクト」で決定。相方の橋口君の芸名はそれに合わすことになり、
KAの藤井社長がいきようようと、
「わしゃ、昨日寝ずに考えた。これじゃ!」
と、紙に書いて差し出したのが、
「千田アルト」
「好田タクト・千田(せんだ)アルト、アルトタクトの誕生じゃ!」
アルト君の顔がみるみる曇り、2人になった時に、
「俺、もう芸名考えていたのに・・・」
「どんな芸名?」
「みよしの右京・左京」
「・・・・」
「なんか俺、タクトさんのおまけみたい。俺の方が漫才知ってるのに・・」

てなことで、アルトタクトは船出しました。
そして感じたのです。アルト君は漫才の天才だってことを。
アルト君は35キロしかありません。
鼻筋も通っていて声も高いので女の子みたいです。
彼が喋ると会場の女の子が
「かわいい〜!」もう大騒ぎ。ネタにいけません。
実際アルトタクトは本当によく受けました。
組んですぐにお笑い勝ち抜き番組・MBSの「笑わなあかん夜」の出場が決まりました。
その番組では、一週合格するごとに一万円賞金が上積みされていく。
5週合格すると毎日放送からレギュラーがもらえる。
岸さん(松尾貴史さん)、山田雅人さん、森脇健児さん、吉本のヤンキースさんなどとともに合格し続けていったが、誰も5週合格する前に番組は終わってしまった。
玉造奉納寄席があって、その翌日に番組の収録があったから、
「一週目はスーツやったから、明日はラフなかっこうで行こうな」
と取り決めておいたのに、アルト君はそのまま友達の家に遊びに行き、翌日そのまま局に入ってきた。
「アルト君、何でスーツなん?」
「昨日、帰ってへんねん」
「どうすんのん」
「大丈夫や、アンバランスがおもしろいねん」
番組で漫才終わった後、司会のべカコさんが、
「それにしても衣装バラバラやなあ。こっちはスーツで決めてるのに、きみは普段着やな」
「そうです、こいつ汚れですわ」(会場大爆笑)
なんでやねん、約束破ったのお前やろ・・・
今考えれば、「そうです、ぼく汚れです、コラっ!!」と笑いで切り返すぐらいの余裕があればいいのですが、とにかく相方のやることにいちいち腹立てていました。
桂米朝さんから、
「5歳と7歳の漫才やな」
それでも小浜さんや米朝さんからお褒めの言葉を頂いていたのです。

ある時、日テレの「お笑いスター誕生」のオーディションの通知が事務所にあった。
会社は事務所の先輩芸人、数組を推すつもりだったが、自信のある自分たちは
「僕たちにも受けさせてください」「おまえらまだ早いやろ」「とにかく受けさせてください」と、強引に割りこまさせてもらい、
実際にオーディション会場での僕たちの漫才は最初から最後まで爆笑の渦。
最初は他の会社の芸人から気にもとめられなったのに、漫才終わった後は僕たちを見る皆の目が明らかに変わってました。
赤尾さんというプロデューサーから、
「たしかに一番受けてたけど、荒削りだな」
心の中では、受けりゃいいんちゃうん、と思いながら、
「次回がんばります」

でもアルトタクトは半年しか続かなかった。
僕がビジネスとして割り切れば、もっと大人になればよかったのだけど、両方とも漫才のイニシアチブを取りたがったためうまくいかなかった。

コンビというのは、組んで5年以内はまだ完成してないけれど割とチャンスが巡ってくるものなんです。
おそらく、完成していない危うさ、勢い、パワーというものがけっこう魅力となっておもしろく出るものなのでしょうか。
しばらくして上手になったんだけど、息も合っているんだけどなんかおもしろくなくなったって言われることってけっこうあるんです。

アルトタクトの一番最初の仕事は着ぐるみでした。
現場に行って、かわいいパンダとブサイクな犬のぬいぐるみが用意されていた。
どちらもパンダに入りたがったので、ジャンケンして勝った僕がパンダ、アルトが犬。
あんのじょう、パンダは大人気。
通りすがりの親子が、
「ねぇパパ、パンダは何を食べるの?」
「笹とか草とか食べるよ」
次の瞬間、のぞき口、空気孔でもあるパンダの口に、子供が草を入れてきた。
前が見えず且つ息苦しく、かといって手で取ることもできず、もがきくるしむ私に、
「パンダちゃん、おいしい?」

次回は、吉本、そして東京に出てからのアルト君との話をしますね。

21タクト:2007/06/28(木) 14:04:42
出演時間のお知らせ、代演の話
今わかっている分の、僕の出演時間を書いておきます。

6月29日
「三遊亭遊吉の会」
横浜・関内ホール(小)開演6時50分
僕の出番は7時40分ごろだと思います。
まだ席が余っています。ぜひ来て下さい。20分めいいっぱいします。

6月30日
浅草東洋館・特選寄席
指揮者芸:1時20分(15分間)
コント東京ユニット:2時40分(15分間)
この日は、夕方から同劇場で若手の雷ライブがあるため、開始・終演が一時間繰り上げ。

7月9日(月)
「東京演芸協会・夏祭りお笑いフェスタ」
三宅坂 国立演芸場 開演6:00
   僕は指揮者芸で6:10分ごろで15分間します。
チケットまだまだ残っています。買ってチョ。

7月10日(火)
浅草東洋館・特選寄席
指揮者芸とコント東京ユニット、両方入っていますが、
コントはこの日のトリですので、4時過ぎになると思います。(時間未確定)
東洋館に関しては、スケジュールにリンクしている「東洋館HP」で確認してくださいね。

7月11日(水)
上野公園五條天神前 12時から2時まで、ヘブンアーティストの活動として大道芸をします。

7月15日(日)
東洋館中席 コント13時30分
  16日(月)
東洋館中席 コント13時

7月18日(水)
東洋館中席 コント13時
そのまま、上野に走って、
「夏祭 お笑い大行進 8時間スペシャル」
上野・水上音楽堂みずどりのステージ(開演午後12:00 終演午後8:00)
コント東京ユニットで、6時に(6分間)出ます。
チケットまだまだ残っています。買ってチョ。

7月19日
「馬車道おき楽シアター」
横浜・関内ホール(小)
オオタスセリさん、だるま食堂さんがやっている会です。
僕は昨年末のクリスマススペシャルに次ぎ、2度目の出演です。
時間はまだ未確定ですが、6時半ごろの出番ではないでしょうか。

7月20日(金)
浅草東洋館・特選寄席
指揮者芸のみで、12時から1時ごろの間の出番になるはずです。
そのまま、西新宿に走って、
「アンフィニオーケストラ演奏会」
アンフィニオーケストラを指揮します。
会場は、西新宿三井ビルディングです。(新宿三井ビルとはまったく違う建物です)
この日は5時30分です。

7月21日(土)
「アンフィニオーケストラ演奏会」
3時開演
アンフィニオーケストラを指揮してのおもしろ演奏会です。
会場は同じく、西新宿三井ビルディングです。(新宿三井ビルとはまったく違う建物です)
会場のH・P
http://www.mitsuifudosan.co.jp/home/jan_company/news/1999/990427.htm
ちなみに、アンフィニオーケストラの主催者の小林クロードさんのホームページは、下記です。
日本サロンコンサート協会
http://salonconcert.com/salon/

7月29日(日)
上野広小路亭・演芸協会定席
東京ユニット 13:30(15分間)

7月30日
特選寄席・時間未定

7月31日(火)
余一会(東洋館の方は未定・コントと指揮芸両方)
余一会・浅草演芸ホール 6時35分(コント・15分間)

「余一会」とは、演芸場は10日間ごとにプログラムを組む為、31日のある月は、その31日に特別番組の興行を組む為、そう名づけられるようになったそうです。

8月以降のほぼ決定の予定
8月3日
仙台での地元オーケストラを指揮
8月4日から6日まで3日間
仙台での寄席に出ます。コントとピン芸両方です。
8月17日
四谷「こたん」でのライブハウスでの初リサイタル 共演:寒空はだかさん、東京ガールズ
9月9日 江戸川雑学大学 講師として講演
9月23日 町田森野住吉神社奉納寄席

実はこれ以外に僕はまだけっこう寄席の出番があるんです。
それは「代演」(だいえん)です。
本来の出演者が何らかの理由で急に出れなくなり、主催者の許可を得てピンチヒッターを頼んでくるのです。
それも前日か当日にいきなり頼まれることが多いんです。
理由は、「子供の参観日と重なった」(前からわかっているだろう・・)
「急に仕事が重なった」(営業をとるんかい・・)
ま、いろいろです。
先日も演芸協会の定席で丸山おさむさんから代演を頼まれました。
トリ前と深い出番で、しかも使っている音源が急遽出なくなるおまけ付き。
満員の寄席は大爆笑でしたけど・・・。
代演を頼まれるには理由があります。
住んでいる所が墨田区なので、自転車ですぐに浅草や上野に行ける事、
適度に受けること、
でも一番の要因は僕はニコニコしてるので芸人や寄席側から頼みやすいことでしょう。
(そういえば「げんきくん」をやっているころには週刊誌に「なぜ受ける人畜無害の人」として紹介されたことがあったなあ。人はともかく畜はないだろう・・・)
前にもキセル漫談のひびきわたるさんから言われました。
「タクト、よく出てるなあ」「全部、代演ですよ」「・・・・」

このホームページのスケジュールに載っていないのに、僕が演芸場やお笑いライブで見かけたら「代演」だと思っておいてまちがいないです。

22タクト:2007/06/30(土) 01:58:22
親知らずの話
今回は、親知らずを抜いた時のトホホの話です。

おとつい、親知らずを抜きました。
約束の時間に近くの町の歯医者に行きました。
今は医療も進歩しているから、痛くないだろう・・、と気持ちを強く持って。
治療が始って一時間半ぐらいしてから、医者が、
「無理だわ・・」
  えっ?
「好田さん、もう根っこから別れてるから、うちでは抜歯は無理です。紹介状かくから、医科歯科大の口腔外科に行ってくれます?」
「こうくう?」
たらいまわしって、15年ぐらい前に親知らず抜いた時と一緒やんけ・・・。
とにかく、急ぎ指定された口腔外科のある医科歯科大に行きました。
連絡がついていたので早速医療室に通され、そこには教授らしき偉い先生一人とその周りに生徒?と思われる若い医者が数人僕を待ってました。
レントゲンを撮って、その現像をみて何やらボソボソ相談。
偉い先生が、
「好田さん、痛かったでしょう。もう大丈夫ですから。さ、早くやって」
若い助手の一人が、早速僕の親知らずの治療にかかりだした・・。
  おい、おまえがやるんちゃうんかい。若い方がやるんかい?
助手は明らかに不慣れで、それを見た教授は、
「おい、早くやってやれよ。患者も困ってるよ」
「ばか、そこじゃないだろう!」
  えっ、ええっ??
助手はどんどん汗だくになり、時折、
「あっ!」
  おいっ、あっ、て何だよ!
幾ら麻酔がきいているといっても・・・
「もういい、俺がやるよ」
最初からやれよ!
それでも一時間ほど格闘して、最後に教授は晴れやかに、
「無事終わりましたよ」
・・・何が、無事だよ。
「好田さん、今歯を抜いたところがボコッと穴が開いてて鼻の奥の空洞までトンネルになっ ている状態なんです。
 5日ぐらいしたらカサブタが出来て自然とふたになります。
 で、注意して欲しいのは、この5日間ほど風船を膨らましたり、楽器を吹いたりしない  でほしいのです。かさぶたがとれちゃうから・・」
「あの、吹かなきゃいけないのですが・・・」
「トランペットか何か?」
「いえ、ホース」
「ホース?」
「それとじょうご・・・」
「・・・・・」

だから、今日の「遊吉の会」でのゲスト出演と、明日の東洋館の特選寄席のなかで吹く、ホースとじょうごの演奏は、僕にとって命がけの演奏なのです。

23タクト:2007/06/30(土) 04:08:05
吉本新喜劇の話
僕は1986年3月に吉本新喜劇へ入団した。

その前の2年間は、阿倍野にあるKAプロに所属して、向かいにある「酔虎伝2号店」(店長は元KAのマネージャーで海原千里万里担当)でバイトをしながら年に1,2回事務所に来るテレビのオーディションでチャンスを掴むというあんばいだった。
KAの社長が時々、「タクト、昼間ひましてるなら花月に行って勉強してこい」と言うのだが、劇場は見るもんやなしに出るもんやろう・・・という気持ちが日に日に強くなってきた。
なんで、吉本入らずにKA入ってもたんやろか?
吉本って入るの、難しいのかなあ・・・
一度吉本にダメもとで尋ねてみよう、といきなり何のつてもなしに当時心斎橋の横、心斎橋2丁目劇場がまだ南海ホールって名乗っていて、その8階にある吉本の本社に行ってみた。
受付で、「すみません、吉本の芸人になりたいんですが・・・」
と女性に言ったら、戸惑った表情で、
「ちょっとお待ちください」
奥から、背の小さい男性が現われて、
「きみ、タレントなりたいの? うち養成学校つくっているから、そのNSCに行き」
「はあ」
「なんか、テレビでも出たことあるん?」
「・・・はい。これその時の台本です」
僕が見せたのは、前年、85年6月29日に読売テレビで4時間半の生放送で行われた
「百万円 爆笑エンターティナー全員集合」
全国から予選を通過して8組の決勝戦で日本一のお笑いを決める、吉本以外では松竹も全滅して、僕は無名のダークホースで出場した特番。
その男性は、富井さんっていう吉本の実力者で、しばらく台本見た後、
「きみ、いまどこか所属している?」
「はい、KAプロにいます」
「吉本に移ってこれるん?」
「大丈夫だと思います」
「で、うちで何がしたいん?」
毎日劇場に出れると思い、「吉本新喜劇に入りたいです」
「あかん、あかん。あんなとこ行ったら10年出遅れるでえ」
「はあ」
「まあええわ、影山君、この子、吉本に入れたって」
やはり吉本の社員の影山さんを紹介されて、
「いつから来れる?来れるようになったら言いに来て」

その後、KAプロに行って、藤井社長に
「吉本に行きたいんです」
「なんでや、なにが不満や」
「毎日バイトするより、毎日劇場出てる方がいいと思います」
他のマネージャーから、
「うちにいた方がチャンスがあると思うけどなあ」
夜、社長が酔虎伝に来て、
「わかった。今はもうテレビ押さえている吉本の時代やろ。がんばってやってこい」
「ありがとうございます」

その月に、KAプロをやめて、酔虎伝のバイトも辞めて吉本に移った。
その時はまだあった旧難波花月の進行(舞台袖にいて、舞台の準備や補助をする)を10日間やったあと、吉本新喜劇の研究生として舞台に立った。
影山さんに、
「とにかく我を出すな。大人しくして先輩たちにかわいがってもらえ」
僕は言われるまま、極力自分のピン芸を封印して、新喜劇に慣れようとした。

当時の新喜劇は、20代はほとんどいなく、40代以上の役者さんが主流で花紀京師匠、岡八郎師匠が座長、平師匠、原師匠、寛平兄さん、木村進兄さんなどが中心のそうそうたるメンバーがバリバリで出ていた。
普通、芸人になるのは養成学校に行くか(吉本だったらNSC),誰かの弟子になって食い込んでいくかのどちらかだが、僕みたいなお笑い番組あがりは、岡八郎師匠から見れば気にいらないらしく、かなり強くあたられた。
逆に、将棋ができることがもう一人の親分格の花紀京師匠にはまり、花紀師匠は僕をつかまえては、
「待っとんたんや。はよ将棋しょう」
先輩たちの化粧道具、スポンジ洗いをするため新喜劇開始の2時間ぐらい前に若手は楽屋入りして来るのだが、花紀師匠は僕と将棋がしたいために、もう劇場開始時間から将棋盤を並べて待っている。
「師匠、いろんな用事をしなきゃいけないんで・・・」
「そんなん、他の奴にまかしたらええ」
芝居が始まるまで、将棋を何番も指し、
「もたれ降りました。トリ(新喜劇の前の演者)あがります」
「花紀師匠、もう芝居の準備を・・・」
「まだ大丈夫や、ううん・、そう来るか・・・」
周りの先輩も気を使って、本来僕がやるべき芝居の準備や用事をやってくれる。
「好田は将棋をやっとったらええ。僕らも花紀師匠が機嫌がええからその方がありがたい」
「はあ・・」

知ってます?
当時は、難波花月は朝日放送で、梅田花月は毎日放送からの中継で、テーマ音楽も違っていた。
皆がなじんでいる、トランペットのフンワカ、フンワカ・・は難波花月のテーマ音楽です。

そんな新喜劇は、もう古いと、しだいに会社からも世間からもスポイルされ、お客さんもその前の漫才が終わったら帰ってしまい、新喜劇の緞帳があがったころには、千人入る劇場に50人ぐらいしかお客さんが残っていなかったことも多かった。
逆に当時の吉本の若手芸人は「4時ですよーだ」のダウンタウンさん中心に若い人達に圧倒的な人気を誇っていて、南海ホールは、心斎橋2丁目劇場となって若者のお客でごった返していた。

こんなこともあった。
梅田花月でのこと。
芝居までまだ時間がある。新喜劇の団員各自のんびりくつろいでいたところへ、お茶子(楽屋を切り盛りするおばちゃん)のアナウンス、
「サブロー・シローさんがまだ入ってきてません。新喜劇、先、お願いします」
「エエーッ、急に何やねん!」
芝居の楽屋は大あわて。
気持ちよく寝ていた浜裕ニ(チャーリー浜)さんは、準備が大変な役。
「せわしないなー、もう!」
しばらくして、お茶子、再びアナウンス、
「サブロー・シローさん、入られました。新喜劇、あとでお願いします」
切れた浜兄さん、
「ええかげんにせぇ! わしら、いったいなにしてん?」
横にいた木村あきらさんがポツリ、
「なんもせぇへんかったから、こうなったんちゃいまっか」

吉本新喜劇は、再編成の道へ確実に進んでいた。
そんな時に僕はいたんです。
              (以下、次回へ)

24タクト:2007/07/02(月) 09:12:18
エッセイ形式にしました
「タクト通信」は私のエッセイ形式にしました。
皆さんに楽しんでもらえるように、一生懸命書き込んでいきます。
問い合わせ、感想は「問い合わせ」のページのメールでお願いいたします。
これからもどうぞよろしくお願いします。

25タクト:2007/07/04(水) 11:19:49
問い合わせのアドレスが変わりました
好田タクトへの「問い合わせ」先のアドレスが変わりました。

 メール:office-rice@apost.plala.or.jp

 TEL:03-3619-2577

 FAX:03-3614-4649 (僕のギャグが寒いので、サムイヨ ヨロシク)

私に出演依頼をご希望の方、出演公演のチケットをご購入希望の方、その他なんでも、お気軽にメールかFAX(いたずらはダメよ)でお問合せください。
また、「好田 タクト」「東京ユニット」のDVDも近いうちに作製しますので、こちらも出来たらこの連絡先で承りますね。

チケット手配方法は2通りです。
前もってチケット郵送の場合は、メールかFAXで内容をお知らせください。
住所、名前、電話番号、公演名、希望枚数を明記して送ってください。
チケットだけ前もって郵送します。
お金は当日、終演後僕を呼び出すか、受付に渡してくださいね。
もう一つの方法は、名前と枚数だけ事前に教えていただいて、当日会場受付で渡す方法でも構いません。

7月5日のFM浦安『ファイヤーダンスの木曜どうでさ〜す!』
にゲスト出演して、暴れてきます。
浦安市内では20時〜20時58分生放送!インターネットのWEBラジオでは翌日より随時聞けます。

7月20日、21日の「アンフィニオーケストラ演奏会」では指揮しますが、入場は無料ですので、遊びに来てね。
今回は小規模編成で、もちろん僕は指揮者形態模写でおもしろコンサートになる予定です。(演目の真ん中20分ぐらいかな)
会場は、西新宿三井ビルディングです。(新宿三井ビルとはまったく違う建物です)

20日(金)は5時、21日(土)は3時開演です。

会場のアクセス H・P
http://www.mitsuifudosan.co.jp/home/jan_company/news/1999/990427.htm
ちなみに、アンフィニオーケストラの主催者の小林クロードさんのホームページは、下記です。
日本サロンコンサート協会
http://salonconcert.com/salon/

8月24日の代々木国立オリンピック大ホールでの指揮は、大きな編成のオーケストラを振ることになります(楽しみ・・)

11月4日の東洋館でのコンサート「タクト音楽祭」に向けて、本の執筆、ネタ作りと積み上げていきます。

8月31日はトリプルヘッダーですが、夜の四谷こたんというライブハウスの老舗でのライブは、こういうライブハウスでは自身初の冠ライブなので、ぜひ皆さん来て下さいね。
もちろん、今月の9日の国立演芸場、18日の上野水上ステージのチケットも割り引きますので時間がある方は連絡ください。

23日の日テレでのパフォーマンスは無料です。

追伸:このタクト通信を読み返せば、けっこう誤字脱字がありますね。でも修正方法がないので、あとはみなさんの想像力でフォローしてくださいね。

では、会場でお待ちしています。遠慮なしに僕に声をかけてください。 楽屋にも案内しますね。

26タクト:2007/07/06(金) 07:06:04
リニューアル「ミー子の部屋」
ホームページの中にある「ミー子の部屋」をリニューアルしました。
「ミー子曼陀羅」の各ミーコ仏はクリックすると、ありがたい拡大写真が拝めます。
「南ミャ阿ミャ陀仏・・、ナミャーホウレンゲキョ・・、」とミー経ではお唱え下さい。
カーテンよじ登りミー子とか、拝みミー子など珍しい写真もありますが、秘仏になっておりますので、時期がきましたらご開帳いたします。
では、皆さんご唱和ください。
「1、2、3、ミー!」

27タクト:2007/07/06(金) 15:18:18
吉本リーグの話
今度は芸人になってからの野球の話をします。

僕が吉本に入ったころぐらいから、どんどん芸人の数が増えてきました。
確か当時所属タレントが177名いる、なんてことが本で書かれてました。(今はもう千名ぐらいいるんじゃないでしょうか)
で、芸人で野球好きな人はかなりいます。
ほとんどは平日の朝9時ごろにプレイボールです。
金がかからない上に、終わった後で喫茶店やサウナでウダウダ言うのも楽しみです。
またそれがみんなの貴重な情報交換の場だったりします。
梅田での田園、サウナだったらニュージャパンは昼までだったら半額の400円。難波だったらロマンス。
喫茶店でウダウダやってるときに、
「あ、もう花月いかなあきません。先輩のスポンジ洗いですわ」
「なんや、売れっ子やな」

芸人で売れると自らの球団を持つようになります。
それが群雄割拠のとき、丁度僕が新喜劇入った頃に「吉本リーグ」が発足されました。
6チームが総当たり戦。
外人枠は2名まで。
この場合の外人は、芸人でない人(確かに外の人だけど・・)
甲子園経験者とかで戦力補強しています。
さすが吉本。八方師匠の深夜番組でちゃっかりシーズン経過を放送してました。
ちなみに僕はオール巨人師匠の弟子の三浦君によりき球場で場外ホームランを打たれたところが放送されました。

僕の所属チームはWヤングさんとこの「チョットキーターズ」。
平川師匠のネタで「ちょっと、聞いた〜?」から名づけられたのでしょう。
実際には相方の丸兄(まるにい、佐藤武志兄さん)が仕切っていました。
丸兄には公私とも本当にお世話になって、その関係は今もずっと続いています。
僕は野球経験者なので、ほとんどキャッチャー。
ピッチャーは岡ゆうた兄さんの横手投げのすしボール、よくベース上でワンバウンドするので捕りにくかった・・・や、中野兄さん、丸兄も投げましたが、エースは早田真平兄さん。
KAプロ時代からの先輩(漫才で鉄平・真平)です。
真平兄さんは日大付属の野球部でしたから、すばらしい球を投げ込んできました。
しかも左腕で牽制球もうまい。
まあ、調子のいいときは本当に気持ちのいいピッチングでしたが、ノミのような心臓なので、ランナーが出たりすると突如みだれる。

ボタン師匠&八方師匠の(アホナーズって名前だったかな)チームはヤンキースさん、はじめけいすけさんなど師匠を慕う若手、弟子の30名ほどで構成されていて層が厚く厳しいのが自慢です。
試合開始前からも江坂球場横のバッティングセンターで打ち込みをやってくるほど気合十分です
かたやうちらは人数ギリギリでのびのび野球。
芸人として活躍しているのも丸兄のぞけば、ゆうた兄さんぐらいです。
ショートの貴志さん(物まねのトリュフ)、サードの永田君(作家)も他球団では出番がなく無償トレードでわがチームにきて花が開きました。
うちはみんなが一発狙い。
新喜劇の先輩で花紀師匠の弟子の武内兄さん、間寛平兄さんの弟子の一平兄さん、歌手のおかさんも2ストライクからでもブンブンバットを振り回してましたから。
(僕は一応4番でした。エヘッ)
その2チームが結構いい試合をするから野球はわかりません。

強かったのがほとんど9名丁度で来るさんま師匠のチームです。
Mr.オクレさん、村上ショージさん、ジミー大西さんが劇場で見せない真剣な表情で本気で野球をやります。
ジミー大西さんは野球経験者だったので、確かにうまかったです。
僕はちなみに2盗しようとするジミーさんを刺したことがあります。
僕は芸人としては影が薄かったので、よく外人だと思われてたと思います。
ちゃらんぽらんさんの大西さんもいい球を投げます。
落語家チームともよく対戦しました。
なんかキーターズとチームカラーが似ていて、気を使わなかったのを覚えています。
照明の桜木さん、としろうさん、音響の斉藤さんはじめ進行の青山くん、ピノッキオくん、原くんなど主に劇場スタッフで構成されている梅田花月チームには助っ人でよくいきました。
吉本新喜劇のチームもあります。
新喜劇チームは集まりが悪く、野球はたまにしかしないのですが、やるときは滋賀県とかにも遠征します。
寛平兄さんがピッチャーをしたのですが、まっすぐないい球を投げるのにはびっくりしたのを覚えています。

ま、野球は本当に楽しかったです。
朝早くバイクで野球道具を乗っけて球場に向かい、昼に劇場に入る。
吉本時代の一番の思い出ですね。

28タクト:2007/07/12(木) 12:32:01
吉本新喜劇やめよっかなキャンペーンの話
私論になりますが、お笑いから見る「売れる」現象について話してみたいと思います。
売れない自分が言うだけに説得力はないでしょうけど。

僕は1986年3月に吉本新喜劇に研究生として入って、2年間は365日休みがありませんでした。給料は定額で何ぼ舞台に出ても税込み月8万円。(先輩たちはもうちょっと条件がよかったです)
僕の生活費は家賃は安く、花月へは自転車か中型バイクで行くし、飯は楽屋にいる限り先輩たちが奢ってくれるので困ることもなく、無駄使いをしないので、むしろ貯金ができたぐらいです。
ただ、困ったことは僕はNSC出身者でもなく誰かの弟子でもないので、新喜劇の先輩達が僕に目をつけ、半分食べかけてた後のラーメンを僕に「食え」とよこし、その奢ってくれた(!?)ラーメンを食べている僕の耳元で、
「どや、俺の弟子にならんか?」
普通、弟子入りはなりたい者が申し出て、師匠が許可するもんやろうに・・。
当時の吉本新喜劇は団員数は40名ぐらいで、20代は数名で、その上はいきなり40代以上で平均年齢が高く、人気もなく過渡期でした。
10日間ごとの興行は上席、中席、下席と呼んで内容とメンバーが変わる。10日目のそれぞれでの花月での最終公演が終わると、すぐに次の花月への稽古に各自が向かう。
本読み一回、舞台立ち稽古一回、研究生はその後、楽屋に行って先輩達の衣装確認などを徹夜でやる。そして翌日初日に早めの楽屋入りしてもう一度全員で読み合わせ。そして本番。みんながもう台詞を覚えている。もちろん初日は舞台袖には作家がプロンプター的な意味も含めてデンと腰掛けている。
「なんですぐ台詞おぼえられるんですか?」と先輩に聞いたら、
「何回もやってると、だいたい流れがわかってくるんや。あの先生の本(脚本)はこんな台詞回し、こういう流れ。あ、またこのパターンか、と」
だから時々、活性化のために外部の人気劇団、例えば南河内万歳一座の内藤先生とかがきて脚本・演出するともう新喜劇は大パニック。よう揉めてたなあ。「新喜劇わかってへん」なんて言われてた。変えるために呼ばれたのにね。
テレビ録画取りは、6日目ぐらいにあるのでそれまでは割りと忠実に芝居を固める。録画取りが終わるとどんどん遊びだす。
それでも当時は、吉本もライバル会社の松竹新喜劇も人情劇をベースに出演者も作家も芝居心、役者魂を持っていたので、筋のしっかりした笑いもある感動的な舞台を作っていました。でも人気は、漫才やダウンタウンさんたちの2丁目人気に押されて、片隅に追いやられてました。
そうこうするうちに、京都花月がなくなり、難波花月も取り壊しが決定し、朝日放送の収録もなくなり、新喜劇の一演目の出演者も20名近くから13名ぐらいに縮小されたりして、若手、ベテラン関係なくみんなの出番がどんどんなくなってきました。
僕も給料が3年目からは定額8万円が廃止され、出演ごとの払いに変わりました。
そして梅田花月でのある日、
「吉本新喜劇やめよっかなキャンペーン? おい、俺達のことが載ってんで! 新喜劇なくなるんやて、なにー!」
スポーツ新聞を読んでいた先輩が急に叫びだした。
そうです。吉本本社は新喜劇の劇団員には知らせず、メディアにリークして「吉本新喜劇やめよっかなキャンペーン!」を展開し始めたのです。
吉本新喜劇を続けるかどうかは、皆様のアンケートで決めます。ということで、解体、改革、再編成を外的要因の手法に求めたのです。
実際、新喜劇は花紀京師匠、岡八郎師匠が座長として意見も強く会社も気を使ってましたから、劇団内からの自浄努力では改革は難しいと判断したのでしょう。
すぐに肩たたきは始まりました。
「今辞めたら、給料3か月分出すぞ」
劇団が潰れるかもしれない。もし残っても自分達の出番は?
漫才するもの、松竹新喜劇に行くもの、廃業するもの。
僕も選択を迫られたので、アルト君を吉本に呼んで漫才をしようかという気になってました。
実際に僕も暇になってきたので、すごく仲良くなった内場勝則兄さんと僕のバイクの後ろに乗っけて泊りがけのツーリングに行ったり、けっこう貧乏遊びをしてました。
で、僕は吉本をその期に辞めたのですが、そのいきさつは後日話すとして、その後の新生吉本新喜劇は、見事再生したのです。
メンバーの3分の2を入れ替え、勢いのある心斎橋2丁目スタッフと出演者、ダウンタウンさんや今田・東野さんたちを大挙新メンバーに加え、旧メンバーは脇を固めて、藤井隆さんや山田花子さんなども入ってきました。
内場兄さんは新座長です。
そして「ギャグ百連発」など、テレビを最大限に活用してブームを起こしました。
劇団の変化を見ていて思いました。
  芝居も役者も前の方がしっかり作っていたと思う。でも、元気が違うわ。動物園みたいな感じでも、とにかく若さと勢いがあるわ。吉本、いや大崎さんって上手やなあ。

どこの組織でも大企業でもそうでしょうが、吉本のような大きなところにも例外なく派閥、グループというのがありました。
それぞれのマネージャー(会社の制作部の社員)には、お気に入りのお抱え芸人、タレントがいて、そのタレントが売れるとマネージャーの評価もあがり、出世につながるわけです。
お抱えの芸人への興味がすぐに変わったり、使い捨ててとっかえひっかえする社員もいれば、まったくの新人時代から原石のように大事に面倒を見てあげながら一緒に夢を実現していく社員もいます。
「おまえ、けっこうええと思うけど、○○さんの息がかかっとるしなあ」
なんてことをあからさまに言う人もいました。
クリエーターにとっても情熱のある社員(パートナー)と出会えると意気にも感じるし、自分の気づかない能力を引き出してくれたりします。
編集者と作家との関係にも似てて、才能ある芸人とセンスのある社員がタッグを組んでこそ大きな業績が残せていけるものだと思います。
(逆の悲劇もあるでしょうけど)
正直、最初の頃は芸人は仕事を選べないし、確たるヴィジョンも持っているわけでもありません。
ギャラや売り込みも芸人が自らやるよりも、餅は餅屋で交渉ごとはマネージャーや会社がやる方が値打ちも下がらず、相手からも足元が見られず、強気な交渉でいい形になることがおおいと思います。
「ギャラ? 何ぼでもええです」
  ああっ、本気にせえへんかなあ。いっぱいくれるやろかなあ・・・。
それにそんなことに長けている出演者は、組織に頼らずすぐに独立して自分でやりたがると思います。
ただ、海外では自分を演出する、交渉する、ヴィジョンを持つというのはめずらしくない、むしろ大切な才能の一部になっているとも思うし、日本でもこれからそういうことが必要になっていく気がしますが。
俯瞰的に物事を見るということが、感性で仕事をやる人が多い芸ごとの世界では意外と欠けている人が多いんです。
いい物を作ることと、やっていることをビジネス化、世の中の需要と結びつけて商品化することは別の次元です。
江戸時代から明治にかけての日本美術の世界、芸術品から大量生産の工芸品に変わっていったように。
才能ある人が一人(一組)飛び出すと、周りも引っ張られます。
ダウンタウンさんもそうですし、その前の漫才ブームの時も、そのまた前のやすきよ、コメディーNo.1、カウスボタン・・・。
よくお笑いでは10年ごとにブームが来ると言われますが、ブームじゃなしに面白いことに世間が気づかなかっただけなんです。
お笑いだけではありません。
クラシック音楽のピアノの世界での「ハンガリー三羽烏」コチシュ、ラーンキ、シフ。
プロレスでの馬場、猪木、大木。又はアントニオ・ロッカとブルーノ・サンマルチノ。
プロ野球での王、長島、野村。
ビートルズ・・・・。
傑出した才能とは、どの世界でも割りと同じ時期に同じ場所で生まれるものなんです。
才能が才能を刺激させ、ライバルになり、質が高まっていく。
よく吉本の笑い話で、ちょっと売れかけた芸人に社員が、
「おまえらみたいなん、なんぼでもふって沸いてくるんじゃい」
また、ある大物芸人は、
「最後は人間性や」
とこの世界でトップでいる心構えを言ってました。
吉本はいつの時代にも売れっ子が複数はいて、ますます層が厚くなっています。
あれほど人気がなかった吉本新喜劇も、「吉本新喜劇やめよっかなキャンペーン」を経て、ギャグ百連発で仕掛けて、今やブランド化しています。
吉本新喜劇などは、それこそ売れっ子は次々と出てくると思います。
それは歌舞伎やオペラ、タカラヅカと同じように形式美が支持されているのだと思います。
だからイレギュラーはだめなんです。
客のイメージする、期待する範囲の中で、それでもって少しだけリアル感を持たせていく。
だから脇を固める9人がきちっと振ってこそ、一人のボケが生きてきます。

内場兄さんによく言われます。
「好田は、一番しんどいときにおまえがおったんや」
ま、でもあの時に上京したから、「げんきくん」にも出会えたし、海外での活動もチャレンジできたのでしょう。

「才能」という言葉は好きではないし、定義もあいまいですが、ひとつ言えることは、「売れっ子」の近くにいてかわいがられることも今のテレビ全盛時代には「才能」のひとつなのでしょうね。

29タクト:2007/07/12(木) 18:07:32
初漫才のネタの話
アルト(以下ア)「アルトです」
タクト(以下タ)「タクトです」
ア・タ「よろしくお願いします」
ア「僕、最近、スランプやねん」
タ「スランプ?」
ア「そう、スランプ」
タ「あぁ、郵便局でペッタン押すやつかいな」
ア「それは、スタンプ」
タ「じゃあ、土を掘るやつ?」
ア「それは、スコップ」
タ「タラッタラッタラッタ、うさぎのダンス〜」(踊る)
ア「それは、スキップ」
タ「ううぅ、わがしもべを出て来〜い」(壷をこするまね)
ア「それはアラジンと魔法の、ランプ」
タ「なんもやる気おきひんわ〜」
ア「それはスランプや!」(怒るように)
ア・タ「それでええねや、名コンビ!」(2人で見合わせて、ガッツポーズ)
ア「とにかくスランプやねん」
タ「そんなもん、歌、歌ったら一発や」
ア「歌を歌うの?」
タ「気が晴れる」
ア「どんな歌?」
タ「山寺のおしょうさん」
ア「童謡かいな」
タ「山寺の〜」(歌いだす)
ア「ポポポ」
タ「おしょさんが〜」
ア「ポポポ」
タ「マリはつきたし、マリはなし〜」
ア「ポポポ」
タ「猫をかんぶくろに蹴っこんで〜」
ア「ポポポ」
タ「ポンとけりゃ」
ア「ポン」
タ「にゃんと泣〜く」
ア「ニャン」
(ア・タ2人揃えて)「ポンニャポニャポニャ、ポンニャポン」
ア「ポン、俺、ポンとニャンばっかりや」
タ「気、晴れたやろ」
ア「晴れへんわ! 俺が先に歌うわ」
タ「どうぞ」
ア「やまでらの〜」
タ「ポポポ」
ア「おしょさんが〜」
タ「ポポポ〜マリはつきたし、マリはなし」
ア「ポポポ」
タ「猫をかんぶくろに蹴っこんで〜」
ア「ポポポ」
タ「ポンとけりゃ」
ア「ポン」
タ「にゃんと泣〜く」
ア「ニャン」
(ア・タ2人揃えて)「ポンニャポニャポニャ、ポンニャポン」
ア「やめさせてもらうわ」


どうです? これがアルトタクトの初漫才の時の台本です。
そしてそれからも、困ったらすぐこのネタに入ります。
最初に作ったネタを、ずっと使うなんて本当に進歩ないわ。
東京ユニットの森さんにこのネタ、やりませんかと言ったら、怪訝な顔をされました。
ポイントは、アルト君側の「スタンプ、スコップ、魔法のランプ」と語尾をピッ、ピッと切って歯切れよく盛り上げていく。
歌は振りをつけて楽しく。
ま、2分もないので宴会とかでどうぞ。
誰もやらんとは思うけど・・・。

30タクト:2007/07/12(木) 19:50:52
痴漢専用車両の話
通勤時間帯限定だけど、都心の列車の一番前車両は「女性専用車両」になっています。
それは、通勤ラッシュの混雑時には痴漢も多くて、その車両を設けることで痴漢防止にしようということらしいのです。
「ダメだよ、大騒ぎしちゃあ。ちょっと触られたぐらいじゃ、我慢しなきゃ。痴漢は我慢できないんだから」という森さんの小言が聞こえそうです。
そこで、今度の参議院選でのマニュフェスト。

「みなさま〜、私が当選したあかつきには、都心の電車には一番前は女性専用車両、一番後ろは痴漢専用車両を設けます。車両も同じピンク色です。萌え系です。金八先生は言いました。腐ったみかんは排除されても、また新しいところで周りのみかんを腐らす。それじゃあ、本当の解決にはなりません。痴漢を排除するんじゃなしに、痴漢を積極的に受け入れる。痴漢車両にはバイトでやとったきれいどころの姉ちゃん「コンパニオン」を適度に配置します。お客5人にコンパニオン1人ぐらいがいいのではないでしょうか。自由に触らせますが、指名が多い(この場合は触られる回数、エロポイント)コンパニオンは給料がアップします。時にはハーフもいて、知らずに触ったら「当たり〜!金賞よ」と言われます。18歳以上専用で、60歳以上は半額です。敬老の日は老人が、成人の日は20歳が、勤労感謝の日はサラリーマンが無料開放デーです。8(エッチ)のつく日は半額です。車内にはリラックスして痴漢に励める音楽、ベートーベンの交響曲第3番「エロイカ」を流します。また、朝のラッシュ時でのコンパニオン勤務は、夜しか働けない水商売の姉ちゃんの雇用促進にもつながります。お客の常連者には痴漢テクニック認定制度があります。トイックならず、ドイック(どう行く?のしゃれ)です。高得点者は手に職をつけたということで、国が責任を持ってその指先を活かした職業に斡旋します。マッサージやエステ、マジシャンです。ミスター・エロックの誕生です。乗車には普通乗車切符とは別に、特急券が必要です。駅を飛ばすからです。特急券をお持ちでない方はエロリストとして即刻逮捕です。痴漢車両の売り上げは、年金問題に充当します。どうか、どうか、その清き、清き一票をこの痴漢専用列車導入をマニュフェストに掲げる、自由淫手党にお入れください!」

どうでしょう、今度の参議院の比例選挙で通らないかしら。
えっ、非礼だって? こりゃまた、失礼しやした。

31タクト:2007/07/13(金) 00:41:51
寒空はだかさんの話
(かしまし娘の登場唄の替え歌で)

こちら小粋な寒空はだか〜、
誰が呼んだが知らないが〜、
いろんなライヴで見かけます〜、
力の抜き方、素敵です〜。
ベリー・グッド〜、ベリー・グッド〜・・・。

粋な芸人さんを紹介します。
寒空はだかさんです。
僕がはだかさんを最初に見かけたのが、ワハハ本舗の稽古場で、『喰始のショービジネスの作り方』のネタ見せを喰始さんにしているときに、喰さんの横でずっと楽しげに話しているので、「あ、関係者か?」とちょっと警戒をしたのを覚えています。
で、その回は寒空さんは舞台をしなかったのですが、後で芸人だとわかって、そのうちにいろんなところで一緒に出る機会があって、話をするようになりました。
噛めば噛むほど味が出るという感じで、どんどんはだかさんのスタンス、力の抜き加減に魅力を感じるようになり、興味を持つようになりました。
まあ、無口です。
柔らかいです。
飄々としてます。
僕の昔の漫才の相方、アルト君にすごく似ています。
(これには正直びっくりした)
醸し出す空気が芸人というより、ミュージシャン、いや、旅人かな・・・。
でも実は落研出身なんですよね。
オペラとか誘うと意外と見に来ます。
僕の知人にも、熱狂的な寒空ファンが数名います。
歌も出しています。
名曲です。
なぜかいろんなライブでゲストとして呼ばれるときに一緒に呼ばれます。
舞台はよう受けます。
汗水たらしての熱演!ではなしに、粋に勤めます。
今年の2月に寒空さんのソロライブにゲストで呼ばれたときに、
「タクトさん、普段演芸場でしゃべっているしゃべりは一切いりませんから、淡々と指揮者の物まねだけいっぱい演りきってください」
こういう注文はまずありません。
でも本質を突かれたなあ、と思いました。
僕は大道芸、特に海外でやるときは一切しゃべりはなしで(まあ、フランス語とかしゃべれないけれど)、装飾なしで淡々と指揮者物まねに徹するんです。
だから、お客さんに感じ取ってもらうしかないんです。
マイクがある寄席は、今はもう半分以上はしゃべりっぱなしですから。
今月、7月19日も一緒です。

●07/7/19.木「おきらくピープル音楽会
〜とびっきりのB級ライブ〜」
出演:山田晃士、寒空はだか、好田タクト
時間:19:00開演
場所:関内ホール・小ホール
料金:予約2500円、当日3000円
問:045-640-6633サウスピア
http://www.south-pier.com/okiraku/okiraku.html
http://www.south-pier.com/comingsoon/comingsoon.html

とにかく、魅力のある「寒空はだか」さんです。

◆寒空はだか私設ウェブサイト<第一阿房結社>
http://www.geocities.jp/hadasamu/

♪たわー、たわー、東京タワーにのぼったわー。「東京タワーの歌」♪VSCD283

今度は、押上にできる「新タワーの歌」も披露してね。

32タクト:2007/07/15(日) 10:40:49
世界指揮者人名辞典の話
ついに、私のホームページで指揮者芸の動画を短い時間ですが採り入れる事ができました。
「タクトの夢シアター」がそれです。
今年の6月8日の「おもしろ音楽会」と10日の「特選寄席」からの舞台でどちらも浅草・東洋館で収録したものです。だから背景が屏風なのです。
指揮者芸は本当は生のオーケストラでやるほうが、演奏解釈も楽団との反応も含めて全然おもしろくなるのですが、そういう機会は最近でこそ増えてきましたが、なかなかありません。
寄席やテレビ、大道芸でやるときは録音した音楽に合わせて一人で演じるのですが、ときどき音響さんとのタイミングがずれたり、寄席小屋では袖で音のスイッチを押すはずの落語家さんがいなくて(おそらく師匠とかが来て、お茶だしとかの為に楽屋に行っているのでしょう)、指揮棒を振り下ろした時に音が出なくて、「あれれ?」とか言いながら自分で袖に行って音響のスイッチを入れに行ったりします。もちろん客席は爆笑ですけど、まあ、これも寄席の面白さのひとつなんでしょうね。
そこで今回は、私の指揮者芸とその指揮者の話です。

レパートリーは30人ぐらいは作ってきたでしょうか。
同じ指揮者でも、レバインとか小澤征爾はいくつかの曲を使い分けますし、テレビなどでは、「5分で4人ぐらいやってくれ」とか言われたりしますので、フックト・オン・クラシックスのようなテンポある名曲数珠つなぎのような曲でオムニバスのようにやるときもあります。
でも原則的にはその人の演奏録音を使っています。
その中で何人かの指揮者を紹介しましょう。

「カルロス・クライバー」・・・音楽をまるで子供のように扱う。表情豊かで楽しそうな指揮ぶりは、大道芸にうってつけ。ファンは熱狂するが、一般の人は「この人誰?」 ベートーヴェンの交響曲第7番でこの20年やってきたのだか、最近「のだめ」ブームのせいでまたやる機会が増えてきた。

「小澤征爾」・・・有名指揮者なのでよく「トリ」に登場させる。困るのは同じ曲でも演奏や指揮ぶりが毎回違うこと。コツはストローを吸うみたいに口をすぼめる。

「ヘルベルト・フォン・カラヤン」・・・即席カラヤンふう指揮の仕方。?頭はリーゼント。?背筋を伸ばし顎をひき目をつむる。?風呂のお湯をかき混ぜるみたいに。?時には激しくひじを曲げずに空手チョップ。

「ジェームス・レヴァイン」・・・1998年、関口宏さんが司会をするTBSテレビ「はばたけペンギン」の最終回でシティ・ボーイズが薦める芸人として(他はモロ師岡、ユリオカ超特Q)出演したとき、レヴァインの物まねが一番受けてたなあ。コミカルで分かりやすいからかなあ。

「レオポルド・ストコフスキー」・・・1994年、横浜野毛大道芸で作家の筒井康隆さんとジャズの山下洋輔さんに一番気に入ってもらい、平岡正明さんの本でも紹介してもらった物まね。タクト通信の「北海道新聞に載りました」の回で書いたように指揮者の秋山和慶先生(一応私は特例の弟子)からストコフスキーが来日した時に秋山先生が世話をしたせいもあって指揮者のくせを教えていただき「もっと指先を揉むように・・」とアドバイスをもらいちょっとリニューアルした。観客に肩を借りて登場するが、かなりデフォルメして演じている。一度静岡で夜の大道芸でパッフェルベルのカノンでしっとり演ったら、それを前で見ていたばあちゃんが泣き出して「感動した」と3万円も投げ銭してくれた。ごめんなさい、本当はこんな指揮者じゃないかもしれないんです・・と複雑な気持ちになった。パリでお気に入りの彼のカツラを盗まれたので(いったい何に使うねん?)、今はアルノンクールやカール・ベーム、ゲルギエフと同じカツラを使っている。

「朝比奈隆」・・・神戸フィルハーモニックみ知人がいたので遊びに行ったとき、指揮者の朝比奈千足(ちたる)さんの前でやったら、「うちの親父はそんなに円運動ばっかりしてない」と怒られた。大フィルの人に直接聞いた話ですが、「屋台の焼きそばをかき混ぜるよう」にするといいそうです。晩年は勘違いも多くてブルックナーの交響曲などでも平気で繰り返しするところをしなかったり、ある意味で楽団員は目を離せず緊張したらしいです。

「エフゲニー・ムラヴィンスキー」・・・巨匠タイプは個人的には好きだが受けない。激しい曲でも崩さないムラヴィンスキー、途中で腕組みするスヴェトラーノフ、マタチッチ、ベームなど愛着あるが客は散る。だがたまに熱狂的なファンがいて、どこかで私のことを知って、私のチェリビダッケの物まねを見たいが為に静岡の結婚式に呼んでいただき、すごく盛りあがったこともありました。

僕はそれぞれの指揮者のカツラを手に入れたくて、笹塚にある丸善かつらで働いたことがあります。二期会の助演をやっていたときに、そこのカツラ屋さんを知ったのです。だから劇団四季の「美女と野獣」のあごひげや胸毛をつくったこともある。そういう小道具集めも大切です。
以前のように2,3時間もぶっ通して何十人もの指揮者を続けてパフォーマンスすることはなくなりましたが、この指揮者芸は、並行してコントや「げんきくん」などの活動をしているときでも、ずっとやり続けてきました。そしてこれからもやり続けます。
最近ではNHK交響楽団の齊籐 真知亜さん(さいとう まちあ・ ヴァイオリン)とも懇親にしていただくようになったので新たな知識も取り入れていきます。イッセー尾形さんの「都市生活カタログ」のように、それぞれの人間味みたいなものを感じてもらえる舞台を目指していきます。
今度みなさんが演奏会などに行くことがありましたら、ぜひとも指揮者の動きにも注目してください、とはいえ、肝心の音楽もお聴き忘れなく。


追伸:今、Wヤングの丸兄から電話があって、今日の「笑点」に出るそうです。(もちろん収録)。若い方が丸兄(佐藤武志)です。見てあげてね。僕は今日は浅草東洋館の出番があるのですが、丸兄は今日、東洋館に見に来ます。その後、丸兄の方の吉本の舞台が終わったら一緒に遊びに行きます。

33タクト:2007/07/16(月) 07:15:54
花月の素敵な人たちの話
僕は吉本には4年ちょっとしかいなかったし、全然実績も残さなかったので僕自身のおもしろい話はありません。でも、ホームグランドである劇場、花月(かげつ)にはずっと出入りしていたので、僕の目の前で出くわしたエピソード、素敵な師匠、芸人、スタッフの話はけっこうあります。
今回はそのいくつかを。

「高石太兄さん」・・・吉本新喜劇の先輩で、かなりの太っちょで舞台の端から端までヘッドスライディングをして、滑って摩擦したおなかを出して「あつあつあつ!」というカルトなギャグをする兄さん。僕は太兄さんにたいそうかわいがられた。ある時、兄さんに「うなぎ弁当買ってってくれ」と言われ、急ぎ花月の近くの店から弁当を買っていったら、「これどこのうな弁や」「いず○やです」「アホ!うな弁はたに○わがうまいんや。買いなおせ」と言われ、最初から店名を言ってくれたらええのにと思いながら、今度はたに○わのうな弁を買って来て、両方の包装紙を開けてお茶を入れてたら、太兄さん、興奮しながらいず○やのうな弁をとって食べながら、「やっぱりたに○わや。見てみい、米の立ち方かて違う」。あの、それいず○やなんですけど、とも言えず、「おまえはそっち食え」と僕はたに○わのうな弁をいただいた。またある時は、太兄さんが芝居の稽古でいつものようにアツアツギャグをしようとしたら、花紀師匠が、「太、それ芝居に関係あるか?芝居の邪魔になるからやめ」と言われて、シュンとなって僕の近くに来て「京やんと一緒やったら、やりたいことできひん」。が、若手の僕らがギャグでも入れようものなら「まだ早い」と真っ先に注意してた。アツアツ音頭というレコードも出して、僕らはアツアツ隊として横で踊らされたし、一度赤川きくお兄さんとコンビを組みかけた時は、コンビ名が「高石太のアツアツショー」。赤川兄さんが「僕の名前はどこにありますの?」と聞き返したら、「の、がそうや」と言われコンビ結成は幻となった。

「滝あきら師匠」・・・当時でも結構な年配で、(一人でしゃべる話芸)漫談家でした。出番が早いので、まだ僕以外誰も来ていない新喜劇の楽屋にしょっちゅう遊びに来て、気さくにしゃべってくれるんです。最初こそ緊張しましたがすぐにやさしい師匠のファンになりました。ネタが、「三船敏郎、ビールのCMで下唇についたビールの泡をふっと吹いて、テロップが男は黙ってサッポロビール。このギャラがなんと一億円でっせ!泡吹いて1億円。うちの親父、泡吹いて死んだがな」とか、「神田正輝と聖子ちゃんの結婚式よろしおましたな。聖子ちゃん抱きかかえられてましたわ。あれで集まった祝儀、3億円やて。正輝、かわいい聖子ちゃん抱いて3億円。わて、ソープで姉ちゃん抱いて3万円取られた、いやそのあのね・・」 その滝師匠がヤングオーオーに出たらしい。そのことを梅田花月の楽屋で僕に言うので、僕も「師匠もメジャーですね」「そやろ、そやろ」そして滝師匠の出番、僕は3階の新喜劇の楽屋横にある照明室から師匠の舞台を見る。いきなり「ヤングオーオーでおなじみの滝あきらです」一回出ただけやのに・・・。

「レオナルド熊師匠」・・・花月では時々、東京の芸人さんを招聘することがある。そんな時は、なぜか僕に世話係が回ってきました。「もう、かえろうよ」の松鶴屋千代若・千代菊師匠にも10日間ついたし、レオナルド熊師匠が新喜劇にゲストで来たときもお手伝いをしました。実は初日、熊師匠はすごく緊張してました。そしておとなしかったんです。でも3日目あたりからどんどん自分の台詞を面白くしていって、楽日には本当に大爆笑にしてました。「いやあ、東京にはこんなのはないわ」とか舞台で言って、お客さんの自尊心もくすぐった笑いも取ってました。その時に楽屋のテレビで「お笑いスター誕生」のサバイバルシリーズでコントらぶこ〜るが優勝した模様が流れていて、らぶこ〜るの森はじめさんを指差して「これはオレの弟子だ」。まさかその森さんと20年後にはコンビを組んでコントすることになろうとは。

「パーレカズさん」・・・ジャグリングやバランス芸を一人でするおじさんパフォーマー。胸元にピンマイクをつけて激しい芸をするのだが、途中一回舞台を引っ込むところがある。その時にピンマイクがオンなのに、「あ〜、しんど」 その声が花月中に響き渡ったのはいうまでもない。

「一陽斎蝶一師匠」・・・マジックの大御所で、「せっしょやな」が口癖。僕はある時から一時期、後見(こうけん・舞台に一緒に出てマジックのお手伝いをする係)を頼まれるようになりました。新喜劇の出番もなくなってきたし、師匠から頂くギャラが新喜劇よりもいい。でも、そんなに必要かな、と思えるぐらいたいしたお手伝いはしなかったです。なにせ、アシスタントの女の子もいるんですから。ロマンスの喫茶店で師匠が「好田くん、今度使うマジックは大掛かりやでえ。アメリカからすごい高い金払って買ってきたんや」 で、実際の舞台でいよいよ佳境に入ってその大掛かりなマジック、人が入れる箱の中に棒状の蛍光灯がいっぱい刺のように仕掛けられている。そこにアシスタントの女の子がわずかな隙間に入って戸を閉めてふたをする。師匠が箱の横のハンドルを回す。中から女の子が「あかん、あかん、いたい、いたい」って言っているのに、蝶一師匠、汗びっしょりしながら無理やりハンドルを回す。パリンという音がした。そして一度、扉をあけると女の子が消えている。そしてまた扉を閉めてハンドルを回すと女の子が無事生還。横にいる僕は見逃さなかった。女の子の脇から血が出ているのを。

「マジカルたけし師匠」・・・枝雀さんの兄弟のマジシャン。壷に仕掛けられている水をいたずらな芸人が捨ててしまった。それを知らないたけし師匠が舞台で「さあ、これで水が出てくれば拍手喝さい・・、水が、水がでえへんがな!」

「原くん」・・・当時、梅田花月の進行をやってた原君としょうっちゅうプロレスごっこをしていた。KWA(カゲツ・レスリング・アソシエーション)というチャンピオンベルトまで作ってた。「好田はん、早よ降りてきてえな」と原君に言われたら、「トリあがりました」と他の劇団員に知らせてすぐに上手舞台裏手へ。12分一本勝負。青山君も加わることもあった。新喜劇が始まる前に板付けなので舞台につくのだが、先輩達に「なんや、芝居始まってないのに、汗びっしょりやな」と不思議がられた。部隊の最後になる新喜劇の先輩達の後片付けの為に最後まで楽屋に残っているので、お茶子(楽屋の世話をするおばちゃん)とはすごく仲良くなった。なんば花月のお茶子さんには、「好田くんはやさしすぎるわ」と、ほめ言葉でもないようなことをよく言われたなあ。僕、まだやめんとやってますよ・・・。

NGKができたての時、外人大道芸人が来ました。「アホンダラ ミーンズ サンキュウ」、坂田師匠のアホ歩きを覚えさせて「ジャパニーズ トラディショナル フォーマルウォーク」・・・。

確かに、個性の強い芸人さんは多いですけど、みなさん懐に入ればやさしい方ばかりでしたね。それに、寄席小屋は第二の家みたいな拠り所になっている人たちも多いと思います。今の吉本は正直わかりませんけど。

34タクト:2007/07/16(月) 17:34:51
上京の話
本人がブログに書き込む内容なんてものは、自慢か愚痴か言い訳(謝罪)ぐらいなもんだって寒空さんのブログに書かれていたけれど、なるほどって思いますね。自分もできるだけ俯瞰的に書き込みができればと思いながら、読み返してみれば結構恥ずかしくなって書き直したくなります。
ま、めげずに今回は上京するきっかけのことを思い出しながら、正直に書いてみようと思います。

新喜劇の出番が減ってはきましたが、まだ次の選択が決まったわけではなく、杉本美樹姉さんを座長に、僕、木下ほうか(今映画界で名バイプレーヤーとして活躍中)、玉村輝彦(シベリア文太)、岡貴敏、堀田正子、野村明美の新喜劇若手のメンバーで「ウディガ」というユニットも結成していたがその活動もじょじょに先細り。
僕は最初に新喜劇に入る時に、「できるだけ、今までやってきた自分の芸のことは封印して、新喜劇の中でおとなしくしながら先輩達にかわいがってもらえ」と言われたことも、あんまり意味を感じなくなってきていた。
 よく花月では売れっ子の漫才さんが仕事を掛け持ちするので出番になってもまだ劇場入りに間に合わないことがある。そんな時は急遽、誰か緞帳前でつなぐのだが、僕は先輩芸人をとっさにつかまえて積極的に出て即席漫才とかをしたりした。
「動物何匹言えるか勝負しょう。先輩から、せ〜の」
「犬、猫、虎、うさぎ、いのしし、パンダ、恐竜・・」
「ブー。10秒でたった8匹?僕なんか3秒で50匹言えるわ」
「3秒で?よっしゃあ、せ〜の」
「犬25匹、猫25匹、合わせて50匹」
とか、
「一年生でもできる足し算問題ね。バスが花月から発車しま〜す。最初は5人乗ってます。次の停留所で3人乗ってきて2人降りました、次の停留所では1人乗ってきて4人降りました。・・・(いくつかくり返す)」
「大丈夫?」
「わかった、はい、はい!」
「慌てないな。さて問題です。とまった停留所はいくつでしょうか?」
こんなんでもじっちゃんばっちゃん中心の花月の客は充分笑うのです。僕はこんなネタを山ほど整理して知ってました。だから、即席の漫才でもわりとクイズネタなんかで客を笑かすことができるのです。でも緞帳前でつないだ後、新喜劇の楽屋に戻ったらベテラン先輩からは「もう芝居やめてピンしたらええねん」と嫌味を言われる。劇場支配人なんかは一度受けるのが分かると、「好田くん、つないでくれるか」と次から次へよく頼んでくるのだが、そのつど芝居の中では「芝居もできんくせに」と白い目で見られる。
若者のメッカになっている2丁目劇場にも出たりしたが、変に受けたりして、袖でいる作家さんは「もっとやれ」と煽られ、次から次へオリジナルネタをやり切ってしまって、玉ちゃんに「兄さん、調子乗ってやりすぎや。次からどうしますねん」と言われる始末。
それになんとなく、新喜劇に在席していることで2丁目の芸人と距離を感じ、それでも木村君(今、活躍しているキム兄)とか何人かは話が合うのだが、逆に給料を保証されて新喜劇にいる僕たちは「K軍団」とか呼ばれ、ハングリーの2丁目芸人たちから見れば違う派のグループのようにとらえられていたと思う。
 また自分と会社の嗜好の違いも感じていた。社員の人と好きなお笑いの話をした時に、「僕はルイド・フェネスやモンティ・パイソン、ベルギー・コントが好きですねん」「誰やそれ?」って言われるし、吉本のベタベタな笑いが一番みたいな会社の風潮に、
  ほんとうにおもしろいんかなあ、吉本って。テレビがあるから、才能ある芸人が集まってきているだけちゃうかなあ。
と生意気にも思うようになっていた。
 なんば花月を借り切って、オーケストラとお笑いのコラボをやった時に、例えばバレエネタで「風呂屋のボレロ」(ベジャール風)ジョルジュ・ドンのように手をくねくねしながら皿を回しながら出てきたりしても「なにわけのわからんことを」って感じだった。
 ある時、ネタ見せを梅田花月でやることになった。持ち時間一組5分で、上位4組には花月の10日間の出番がもらえる。もう自分を抑えるのは嫌だと思い、新喜劇の担当社員に「出たいんですけど」「好きにせえ」。
  久しぶりにピン芸ができる!
エントリーはピン、漫才、落語など合わせて3,40組はいたでしょうか。月亭かなめさんの司会のもと、僕までの10組ぐらいは固くて客席にいる芸人や関係者達を起こすことはできない。
  もっと、明るく楽しんでやらんと、伝わらんのに。
僕はネタ自体は、ウルトラマンとゾフィーの会話とか、銭形平次の歌を同じところをくるくる回る、たわいもない内容だったが客を巻き込むのはうまかったので、大爆笑の連続。5分間が沸きに沸きっぱなしだった。
翌日、みんなから「すごかったなあ」とか、原君にも「好田はんには負けたなあ」、ハイヒールのモモコさんにも手をたたいて誉めて頂いた。
  どうみても、ぼくが一番受けてたやろう。
で、結果発表が数日後にあって驚いた。最優秀賞は原君で、僕は上位4組にも入っていない。めったなことでは怒らない僕だが、さすがに担当のKさんに噛みついた。
「どうして、僕の名前がないんですか?」
「おまえ、新喜劇におるやろ。だからおまえは除外や」
  もう嫌だ。派閥で評価が決められるなんて、たまったもんじゃない。花月でもどこでも、じっちゃんばあちゃんでも若者相手でもどんな状況でも絶対受ける自信はあるのに・・・。
 他の多くの社員から「好田は評価されとる」と励まされても僕はもう吉本でがんばることには、急速に気持ちが冷めていった。

その後、アルト君を吉本に呼んで漫才を再結成したりしたが今ひとつだったり、アルト、シベリア文太、原君と4人で島流しみたいと思いながら九州の大衆演劇に一ヶ月参加したり、(お世話になったのは「葵好太郎劇団」)、なんか惰性で時間をすごすようになっていた。まだその頃は九州吉本はなかった。
それでも大衆演劇の参加はそこそこ楽しかった。毎日、芝居の演目が変わる。だんだんと僕も要領が分かってきて、ちょっとした舞台での遊びもした。
僕達は4人セットが多かったのだが、ある芝居の場面で、相手の親分役に、「ちょっと待った!そこの4人、ここを通すわけにはいけねえ」と足止めを食う場面なのだが、ここで僕は、
「ちょっと待っておくんなせぇ。あっしはともかく、ここにいる3人はあっしのかわいい子分でさぁ。ここは子分だけでも見逃しておくんなせぇ」 いきなり僕の子分にされた3人は顔を真っ赤にして、舞台降りた後で僕に「いつから俺ら子分になった?」

ある時、テレビガイドを読んでいたら東京のお笑いライブの記事を見た。
第3金曜日に渋谷のラママというところで「コント大会」というのがやっている。
試しにネタ見せに受けに入ったら、すぐ舞台に立たせてもらって、そこでむちゃくちゃ受けた。
主催者のコント赤信号のリーダーこと渡辺正行さんが、「うちに来ない?」
このひと言で、

  東京かあ・・・、どんなとこやろ。

35タクト:2007/07/17(火) 07:32:44
コント大会の話
  どこでお笑いするねやろ?
新宿西口の高層ビル群を見上げならその無機質なコンクリートに冷たさを感じ、大阪だったら北と南しかない猥雑さがそれこそ山手線の各駅にあるメガロポリスの迫力に圧倒される。
ただため息しか出てこない。
  えらいとこに来てもたなあ。

 毎月一回行われる渋谷のラママの「コント大会」に毎回出るようになって半年。そのつど青春18切符とか夜行高速バスで通いながら、ついに渡辺正行さん(以下リーダー)の事務所、なべやにお世話になることになった。
「吉本やめたい」
「芸人やめるんか?」
「いえ、東京でやってみたいんです」
「じゃあ、東京吉本もできたし紹介したろか。吉本辞めるのもったいないで」
吉本辞めるって言ったら、わりといろいろな社員や芸人さんにひき止められたのには意外な気がした。
  吉本って去るものは追わず、みたいなとこあるし、僕なんかなんの実績もない端っこ芸人やのに。それでも少しは買ってくれている人がいたんやなあ。
 結局、きちんと挨拶して吉本を辞めるのに半年かかってしまった。事務所移るの3回目や。もう、これで最後にしよう。
 住むところは中野坂上の4畳半の風呂なしアパート。自転車で中野ブロードウェイとか新宿にも行けて、町自体には住み心地のよさを感じた。
早速、バイトを見つけて、毎日事務所に電話をかけて「なんかないですか?」と予定を聞いていく。
なべやに入って驚いたことは、事務所の所属タレントの多さ。劇団七曜日に30人ぐらいの団員がいるし、お笑いタレントもけっこういる。後には田中真弓さんなど声優さんも入ってきた。同じ時期には、今ではバナナマンとして活躍している日村君も当時は高校出たてで同級生と「陸上部」というコンビで入ってきていた。後にはバツグンや長井秀和君も入ってきた。
リーダーはコント大会でめぼしい芸人を見つけると、声をかけていくので、「なんや、僕だけじゃなしに、けっこういろんな人に声をかけているんや」と思った。それでもリーダーは当時はレギュラー10本ぐらいかかえる超売れっ子だったのでテレビとのパイプが深く、いろんな仕事が事務所に入ってきていた。
バラエティやドラマのちょっとした役や観客として盛り上げるひな壇などもあった。僕もマジカル頭脳パワーの人文字君や出題者役はよくやった。「どうなってるの」の再現フィルムや2時間ドラマ、お笑い番組なども経験させてもらった。テレビの現場で勉強させようという事務所の考えもあったのだろう。
「じつは僕、漫才やっているんです」とリーダーには言っていたので、アルト君にも上京してきてもらい、なべやに所属してもらった。住む所も同じ中野坂上。ただし、彼は生活レベルを落とさないので、家賃8万円以上もする新宿の夜景が見えるマンションに引っ越した。
「人間、ブランディ傾けながら夜景を見るぐらいの余裕がないと」と言ってたけど、バイトが僕と同じ新宿ニューシティホテルのフロント夜勤だったし、高い家賃を払うために馬車馬のごとくバイトをしていたので、結局は新宿の夜景を見てゆったりなんてほとんどできてなかったけど。
 アルトタクトの東京での漫才の再スタートは、最初は順調でした。
コント大会のネタ見せは野方にあるなべやの稽古場でするのだが、それこそ100組ぐらい受けに来る。しかし超ハードなスケジュールであるはずなのにリーダーができるだけ見てアドバイスもする。これには頭が下がった。どうしても来れない時は、植竹さんという作家の先生が代わってみていた。僕達はなべや所属だったせいもあって、ネタ見せで落とされることはなかった。
コント大会の構成は一本ネタと呼ばれる制限なしにしっかり自分のネタができるコーナーと、ゴングショーと呼ばれる会場の客が5人以上手を上げるとその場で退場の2つに分かれる。一本ねたは爆笑問題とかピンクの電話などのレギュラー組や、ゲストで呼ばれた芸人が多かったが時々ゴングショーからの抜擢もあった。
アルトタクトはゴングショーでの扱い。アルト君が最初に「アルトで〜す」とかん高い声で話すと会場の女の子がいっせいに「かわい〜」となってあとは何を言っても爆笑の渦。人気も出てきて時には一本ネタにも抜擢されることもあった。会場外ではアルトはサインをねだられることも多くなった。しかしだんだんと拒否反応をしめす客も出てきた。アルトのキャラクターだけで客がざわつきネタが前に進まず前に陣取っているミーハーな女の子だけがキャーキャー喜んで後ろで立っている男性客が覚めた目で「またこれか」という表情が感じられてきた。漫才でコント大会に出るようになって1年ぐらいたつ頃には、僕らが出てきて「アルトでしゅ」「タク・・」もうこの時点で5人以上の客が手を上げている。2人が舞台に出るか出ないかのうちにゴングが鳴らされて退場する様子にまた客が笑う・・・。僕らはたまったもんじゃない。せっかく練習してきたのに。
「俺、タ、しか言ってないわ」
「アルト君、その声をやめて普通に出てよ」
「これが俺の声や!」
アルトの個性を抑えるようにしたら、今度は漫才に迫力がでない。もともと横山やすしを大師匠に持って芸風をも尊敬しているアルトは本当はすごく男っぽい性格なのだ。だから両性的な部分にばかり注目が集まり漫才そのものを評価されないことに一番悩んだのは彼自身だったと思う。ご意見番の元ひょうきんディレクターの永峰先生から「アルトを活かしきっていない」と言われたこともあった。そんなこんなでまともにネタまで行く前に退場させられ続けるコント大会にしだいに2人は嫌気がさしていった。
特にアルトはべじたぶるでテレビ演芸5週勝ち抜いてチャンピオンにもなってことがあるから、なんでこんな扱いをという自負もあったはずだ。
それと僕自身が感じることがあった。中高生の女子が大半を占めてちょっとしたギャグにもキャーキャー言う客席に、
  お笑いライブなのになにかアイドル探しみたい・・・
コント大会の打ち上げはラママでそのまま行われる。華やかで売れっ子の芸人達はリーダーの周りに集まってワイワイやっている。僕らは関西から来たということもあってなんか溶け込めず、端っこでチビチビやっている。近くにいたのはカッポレポッケ(後のピロキさん)、ドグラモグラ、金谷ひでゆきさん、男同士(江頭さんは後に売れっ子。すごく腰の低い人だった)、アインシュタインウエズさんなど地味でホッとするような人たちばっかりだった(ゴメン、僕がそう感じていたので)

コント大会は4時間近くの長丁場。
その日も自分の出番が早くに終わってラストまでまだまだ時間がある。キャーキャーいっている会場を背中に、冷めながら夜の渋谷をぶらついた。ハチ公前に人だかりがある。見るとふんどし姿で裸で芸をやっている。
  大道芸か・・・
「人間美術館」 その白塗りの芸人は均整の取れた体でいろいろな美術作品を模写している。モナリザ、ミロのヴィーナス、考える人、ゲルニカ・・・
何もしゃべらないのだが、客を引き込んでの迫力は誰一人その場を離れない。そしてすごく受けている。投げ銭にはすごいお金が集まっている。テレビの世界とは180度違う、なんのレッテルもなしに裸一貫で芸だけで多くの人を集めている。

  かっこええな。

36タクト:2007/07/17(火) 12:13:26
アルト君の話 2
いよいよアルト先生の話、第2回です。

「久しぶり〜、元気にしてた?」
「そっちこそ」
僕がKAプロを辞めて吉本に行ってから、アルト君とはしばらく会っていなかった。僕も新喜劇に入っての2年間は休みなしだったし、アルト君の「ベジタブル」という新しい相方での漫才も見る機会がなかった。ただ住んでいるところは同じ阿倍野の2丁目と4丁目なのでお互い目と鼻の先だから、こうしてばったり道で出くわさない方が不思議なぐらいだった。
「タクトさん、久しぶりにうち来うへん?将棋しょう」
「将棋?」
  アルト君が将棋するんか?僕がしょっちゅう新世界の通天閣下の将棋センターへ指しに行ってることを、おじんくさいって冷やかしてたくせに。確かに僕以外は日雇い人夫とかブラブラしてるおっさんしかおれへんし、そこは名人坂田三吉をお膝元におくケンカ将棋の世界だったからな。
「タクトさん見て見て、生恵幸子師匠が歩いてはるわ」
「僕のアパートの斜め前に住んではるねん」
「ほんまあ」
「このドロガメー!」
「あははは、好きやなあ」
視力が悪くて時計が見えない人生幸朗師匠に、終了30秒前の合図の幸子師匠お決まりフレーズをうれしそうに聞くアルト君。

「アルト君、いつから将棋好きになったん?」
僕より少しだけ広いアルト君のボロアポートの部屋で将棋を指しながら聞くと、
「タクトさんにできるぐらいやったら僕にもできるやろ。あれ見て」
壁に飾られてあるのは将棋連盟から授与されたアマチュア4段の認定賞状。
「すごいやん!」
  そうか、前に僕に負け続けたんがよっぽど悔しかったんやな。でも4段はすごいな。本も相変わらず多いなあ。呉智英、本多勝一・・・。評論ばっかりや。
「タクトさん、文章うまくなりたかったらこの「日本語の作文技術」一冊読んだらもうええわ」
「漫才はどない?」
「・・・・。今度、ABC新人コンクールに出るわ」
「すごいやん!」
「これ見る? 「テレビ演芸」。テレビ朝日のお笑い番組や」
ピンクの電話に負けるまで、5週連続勝ち抜いている。審査員の糸井重里さんも高信太郎さんも絶賛している。
「すごいやん!」
  いつのまに。僕なんか新喜劇でくすぶっているのに。でもなんか元気ないなあ。

もともと仲はいいし、お互い尊敬もしているのでまたちょくちょく遊ぶようになった。ほとんどは将棋で、もう僕はめったにアルトに勝てなくなった。
ベジタブルの漫才も見に行った。松竹系のライブでトリをとっていた。
「どうやった?」
「おもしろかったで」
「ネタは?」
「ネタは・・・、あんまり印象ないなあ」
「そうやろ」
  順調にいっているんとちゃうん、漫才。
「もの足りひんねん」

アルト君はいつも猫を飼っていた。
「ミューミュー借りるで」
「いじめんといてよ」
ミューミューと散歩をする。外に行くのが恐いらしく震えている。公演で前のベンチにミューミューを座らして向かい合った。
「ミューミュー、こわい? はい、こっちに飛び込んで」
と、僕のひざに抱きつけるようにひざを突き出した。
「ミャー!」
ミューミューは僕のひざではなしに、顔に飛び込んできた。僕は後頭部からバックドロップのように後ろにひっくり返った。
ミューミューに子猫が生まれた。
「タクトさん、むっちゃ赤ちゃん、かわいいねん。もらいに来て」
もらいに行ったら、アルトがくれようとしたのはミューミュー(親猫)だった。

アルト君に聞いた。
「となり、どんな人が住んでるん?」
「どろぼう。本物やで」

しばらくしたら、アルトは水商売(スナック)で働くようになった。すぐに雇われ店長になってすごく景気もよくなっていた。高そうなブランドバックを常に持っていた。

「もう一度、アルトタクトやろか」
  もう一度、アルト君と漫才をやれる。でも天才アルトの良さを僕が引き出せるかな。ただアルトが好きなのは横山やすしさん。アルトの大師匠。だから本当は舞台で相方とがっぷりよつにぶつかりあえる激しい漫才をしたいはず・・・。

アルト君の師匠の横山たかし師匠に挨拶に行った。
僕の顔を見て、「まじめそうやなあ」
アルト君が、
「そうやねん。タクトさん、まじめすぎるねん。バクチとかもっとしい。芸の肥やしになるから」
たかし師匠が、
「バクチなんかせんほうがええ」

「吉本、いややなあ」というアルト君を説得して吉本に引き込んだ。丸兄の「丸ちゃん劇場」にも参加させた。漫才は全然やれる機会がなかった。練習しようと集まっても、「開店までに準備しとかなあかんねん」とずっと店のお金の計算をしていた。たまに吉本へアルト君が行くと、けっこう顔が売れているのでしょっちゅう他の芸人とケンカしてた。ますますアルト君は会社に行くのを嫌がった。
大崎さんの前で漫才をする機会があった。
練習もしていないからかみ合わない。
「がっかりしたなあ」と言われ、
アルト君は「もう吉本、ほんまにいやや」

フラワーショーが大好きで、粋な生き方を好むアルト君。三味線を習いに天王寺村にもいっている。そしてむちゃくちゃな金銭感覚。
一ヶ月、九州の大衆演劇に参加することがあった。中間温泉劇場と博多劇場に泊り込みで行ったのだが、最初に行ったパチンコ屋で熱くなり、2日で一か月分のギャラをすってしまった。いつまでも一発終了台を打ち続けるアルト君に店の人が「もうやめたら。出えへんよ、ここ」

東京のなべやに行くことになった。
アルト君には悪いと思うが、どんどん勝手にこっちが決めていった。実は東京行きは、アルト君に水商売を辞めてもらってもう一度本気で漫才をしてもらいたい、という気持ちも僕にはあった。
しばらくして、アルト君は東京に来た。
なべやの中では、僕よりもいろんな人と仲良くなりかわいがられるようになった。

37タクト:2007/07/26(木) 15:18:28
野崎村の話
「本当に急な話で恐縮なのですが、今日(7月24日火曜日)国立劇場大劇場での歌舞伎公演にもしよかったら、一緒に行きませんか?「新版歌祭文」の上演で、タクトさんが言っていた中村松江さんもご出演です」
「行く、行く、タクト、行きまーす!」(アムロ風に)
二つ返事でいざ、国立劇場へ。

  おお、神様、日頃の行いがいいと、こんなサプライズ・プレゼントをくれるのね。ぼくのスケジュール、空いてたし、ま、けっこう空いているけど。でも、玉太郎さん、いや昨年の4月に六代目「中村松江」に襲名されたから、今は松江さんだ。玉太郎と言う名はそのとき息子さんが襲名したんだ。その松江さんともう2年近く話してないなあ。日頃は歌舞伎を見に行っても大向うからしか見ないし、楽屋はなんか遠慮があって行かないけど、今日は挨拶に行かないわけにはいかないだろう。誘ってくれた方も紹介したいし。
そういえば職人倶楽部の集まりも最近ないなあ。

ぼくが以前、クラシック音楽本を出させていただいた出版元に大平さんという方がいた。大平さんは多才な方で、今は保険代理業などの会社もつくり、自身はミュージシャンやマラソンなどもチャレンジする。その太平さんから、
「ぼく、こんな集まりを作っているんですよ。タクトさんも入らない?」
それが、「職人倶楽部 元気座」だ。ふれこみは、
「自らの世界を探求し歩みつづける“職人”たちの集まり」
メンバーは、その後に大変お世話になっている落語家の三遊亭遊吉師匠、日本人初の大リーグ審判員を目指して渡米している平林岳さん(西武の東尾監督を初退場させたことでも有名)、イッセー風靡セピアと同行してニューヨークでも演奏した津軽三味線ブームの草分け的存在紺谷英和(こんや ひでかず)師匠、そして歌舞伎の中村玉太郎(現松江)さん、名優六代目中村東蔵さんの息子さんだ。
「すごいメンバーですね。ぼくが入るの気後れするなあ」
「そんなことないない。それにみんな、シャイなのでぼくがいろいろ応援も含めてまとめてあげたいんですよ」
それからは、太平さんの音頭のもとよく集まって飲み会しながらお互いの交流をした。遊吉師匠や紺谷さんと一緒に仕事もさせていただいた。その大平さん自身が忙しくなってきて、最近では遊吉師匠の落語会で偶然一緒になるぐらいで、なかなかみんなが以前のようには集まれなくなっていた。
  今日は、いい機会だわ。

そんなことを思い巡らしているうちに、半蔵門駅に着いた。駅横のヴェローチェで待ち合わせた方と一緒に国立劇場へ歩く。
「やっぱり子供が多いわね」
「夏休み入ったしね」
今日の公演は、国立劇場が定期的に催している歌舞伎鑑賞教室なのだ。大劇場に入った。
  いい席じゃない!
目の前に花道がある。時間が来て まず解説「歌舞伎のみかた」が始まった。花道の「七三」の位置にある「スッポン」と呼ばれる小ぶりのセリ穴から解説する役者が出てきた。
  あ、松江さんだ!
「ようこそ、みなさん、本日は国立劇場へおこしくださいました」
十二支を元に、歌舞伎の決まりごとや江戸時代の風習などをわかりやすく実演して解説していく。途中からは客で来ていた小学6年生2人を舞台に上げて、馬に乗せたり、猪に化けさせて演技指導したり、松江さんのソフトな語り口とアドリブもあいまって一時間の解説は場内大爆笑。
「演芸場よりおもしろいわあ」
「こんなのを、特番でやったらいいのに」
最初松江さんが登場した時はこっちがドキドキしたのに、盛り上がる観客を見ながら心の中で、
  松江さん、ほんま、かっこええわ!
  よ、加賀屋!

休憩の後、近松半二作、義太夫狂言の世話物の名作「新版歌祭文・野崎村」(しんばんうたざいもん・のざきむら)の上演が始まった。この時に配られた「親子で楽しむ歌舞伎教室・新版歌祭文・野崎村」に書かれたあらすじ。

 ここは(大阪郊外)野崎村。お百姓さんの久作の家では、娘のお光、うれしそうにそわそわ。今日は、大好きな久松との結婚式の日なのです。
 ところが久松の恋人のお染が、久松を探してやってきました。
お光は、お染のことを久松の彼女に違いないと思って、意地悪します。
 何も知らずに別の部屋から出てきた久松と久作。久作のために、久松は肩をもみ、お光はお灸をすえて親孝行。
 その時家の外のお染に、久松が気が付きました。目と目で互いに合図をする二人に、お光はやきもちを焼きます。
 久作も、お染が来ていることに気が付きます。久作は、久松とお染を、二人だけにしてあげようと、嫌がるお光を別の部屋に連れて行きます。
 二人きりになったお染と久松。お染は、久松が勤めるお店のお嬢様です。お互いあきらめられない二人は、一緒に死のうと相談するのでした。
 二人の相談を聞いていた久作が出てきて、何とか二人の決心を思いとどまらせます。その時、奥の部屋から花嫁姿のお光が出てきました。
 花嫁の綿帽子を取ると、なんとお光は、髪を短く切り、晴れ着の下は尼の姿です。お光も、久松とお染の相談を聞いていて、二人の命を助けるために、自分の幸せをあきらめる決心をしたのでした。
 家の外でこの様子を全部聞いていたのは、お染を追ってきていた、お染の母親のお常でした。お常は、お光の思いやりに感謝して、お染と久松を連れて帰ることにしました。
 せめてものけじめに、今はお染と久松を別々に帰すことに。
 お染は船で。
 久松はかごで。
去っていう二人を見送るお光は、悲しさに、泣きくずれるのでした。

最後のクライマックスの場面、舞台中央の土手にのお光、上下の両花道に久松とお染。この三角形のなかでかかる「野崎村」の曲をご存知ですか? もし知らない方がいたら、今すぐ図書館へGO!
借りてきたCDかカセットの中の「野崎参り」の曲を聞きながら、この場面を創造してください。

  なんと、日本人の作る曲の美しいことか!

こんな悲しい場面に、こんな明るさを混ぜあわせた曲調。
私はいまだに、クラシック音楽をも含めた古今東西の名曲の中でも最も美しい曲のひとつがこの「野崎村」の曲だと思っている。演芸場でも、自分の出囃子にたまにこの曲をかけてしまう。以前は、ある大名人の落語家の出囃子だったんだけどね。

もうひとつ参考に、昔、インフルエンザのような感染症の強い風邪を「お染風邪」と呼んだことがあった。よく「伝染」って言う言葉があるでしょう。それぐらい、「お染久松」の話はみんなにお馴染みだった。だから風邪(お染風邪)が流行ると、家の玄関や軒下には「久松るす」という貼り紙をした。

また、「野崎村」にやられちゃった・・・。少し流れる涙を照れくさく感じたので、トイレで顔を洗ってしゃきっとした。
今回の歌舞伎に誘ってくれた方は、NHK「芸能花舞台」の司会アナウンサーなので劇場のあちこちで関係者やお客さんに挨拶をされている。ぼくが「終わったら楽屋に行きましょう」と言ったことが、かえって気を使わさせてしまったかなあと思いながら、松江さんの楽屋部屋へ。
「玉太郎さん、いや、松江さん、ご無沙汰してます。タクトです」
「ああっ・・、えっ?」
すぐにぼくの横にいる方に気づかれて、丁寧に挨拶されてた。

帰りにおいしい欧風カレー屋で食べながら、
「お染役をやった芝のぶさんて美しいわ。要チェック」
そんな声を聞きながら、
  ほんま、死ぬほどの恋って一回ぐらいしたいわ。でも、そういうのに出てくる男って、色男やし美男子やからなあ。俺みたいに「大盛り」注文するやつは論外やな。

38タクト:2007/07/27(金) 00:01:04
追悼 たんごしんさんの話
たんごしんさんが死んだ。

東京ユニットの相方である森はじめさんのマンションで、今まで自分達がやってきたネタをDVDで一緒に見てたら、森さんの携帯が鳴った。
「はい、はい・・、きっと、演芸協会でまとめてやると思うよ。はい、はい」
「何か、あったんですか?」
「たんごしんが死んだ」
「えっ? えっ!?」

農村漫談「たんごしん」
昭和42年、栃木県より上京。デン助劇団座付き脚本家・青砥四郎師の弟子となる。 そして師の身の回りの世話をする傍ら、通行人の役などで舞台経験を数多く踏み、その後、浅草東洋劇場にてコントを勉強、お笑いの世界に入る。
 昭和56年、テレビ朝日『ザ・テレビ演芸』の2代目チャンピオンに輝き、漫談の座を築く。
 舞台では栃木訛りの《農村漫談》として、ピンクのつなぎの服に、黒の長靴、サンローランのスカーフといった、個性豊かなスタイルで、一躍お茶の間の人気者となり、NHKTV《演芸広場》の司会やTBSTV《街かどテレ11:00》のレポーター、またテレビ朝日《ゲラゲラ45》のアイキャッチャー等でレギュラーとして出演。
 その他、演芸バラエティー番組やドラマ・CM等にも出演し、現在は芸の幅を広くするため、タキシードに長靴(?)という独特なスタイルに変身。なおかつ、栃木訛りに都会的なセンスも身につけ司会に漫談に活躍(東京演芸協会の紹介文)。
 「さなぎとかたつむりが相撲をとって、負けたかたつむりは勝ったつもり」 「勝ったさなぎはもっと偉くなって町長になる」。
 「ブタがテニスをやっていてびっくりした。わけを尋ねた・・・」「隣の家でブタが二匹テニスやってんだ。ブタにテニスを仕込むのは大変ですよ。びっくりして隣の旦那にきいたら・・・」「ブタじゃねえ、おらんちの嫁と娘だ」
 「ばあちゃんと二人で冬道を歩いていたら、手袋が落ちていたの。思わず拾おうとすると『ばしっ』てばあちゃんがはたいて『いくら貧乏だからって、心まで貧しくすんな、一生懸命生きていこう』って」「しばらくすると、また手袋が落ちていたの。するとばあちゃんが『おい、さっきの手袋拾ってきな』」
 「皆様と楽しく過ごして来ましたが、もうお別れの時間となりました。それでは皆さんさようなら・・・・。帰ろう」
 この寂しそうな「帰ろう」でまた客席が笑う・・・。

ぼくは浅草の演芸場に出始めた頃、なぜかたんごしんさんとよく出番が連なった。
たんごさんは舞台袖に早めから来て、イスに座ってぼくの舞台を見ている。
  たんごさんって、背が高くてすらっとしてるなあ。でも無口で厳しそうな人だなあ。
その最初の印象はすぐに消え去った。ある日、ぼくとたんごさんの出番の間にあるベテラン芸人が出た。その芸人の舞台を袖で一緒に見ながら、たんごさんがポツリ。
「こいつ、みんな人の真似ばっかり。自分というものがないんか。受けないしさ」
「・・・ぼくもあんまり受けないです」
「おまえは自分の世界を持っているから、ええ」
当初、ぼくは全くしゃべりを入れず、大道芸と同じスタイルで20分間(7年前は20分か25分が持ち時間)淡々と6人ほどの指揮者を模写していた。そして寄席でのスタイルに悩んでいた。  えっ? ほめられたの?
たんごさんは、ほとんどネタらしいことをしない。ただ、笑っている。
「なに、な〜に、なんで、そんなにおかしいんよ」(栃木弁で)
それなのに、どんどん客席の笑いが増幅していく。
  すごい芸風や・・・。
それから時々話をするようになった。意外と気さくな人だった。そして、しばらくはたんごさんとは出番の日が合わなくなったので、姿を見なくなった。
昨年、久しぶりに東洋館でたんごさんと会ってびっくりした。ぼくはコントをするようになっていたので、森さんに、
「たんごさん、やつれましたね」
「家庭が大変みたいよ。病人みたいでしょ。ま、うちの協会の芸人は病人っぽいのがいっぱいいるけどね」
でも森さんはたんごさんの芸をすごく高く評価していた。

人が死ぬって、どういうことだろう。
ぼくは、身近な人が亡くなるという体験がほとんどなかった。小さい時に父を亡くしたこと以外は。
父が亡くなった時に、鮮明に記憶している心情。
「全然、悲しくないやん」
ぼくは父は大好きだった。でも、忙しく毎日朝から晩まで働いていたので、ほとんど遊んでもらった記憶はない。覚えていることは、テレビでコメディーNo。1の坂田師匠が出てきたら、「アホがうつる」とチャンネルを変えられたことぐらいだ。
父の葬式の時、和尚さんが、
「では、家族の方からご焼香をしてください」
ぼくは慣れない正座をして足が痺れていたので、立とうとしたとき全然足がいうことが利かず思わず前のめりに倒れてしまった。
その事情を知らない親戚の人たちは、涙ぐみながら、
「まあ、誠一君、かわいそう。よっぽどつらいのね・・」
学校では、しょうもないことを言って友達を笑かしていたら、先生がしんみりと、
「好田君を見習いなさい。お父さんがいないのに、こんなに明るく振舞って・・」
  えっ? ぼくはそんなに不幸なのか?

ところがここ数年、身近な人の死に立て続けに出く会わすようになった。先輩、知人、恩人、身内・・・。
たんごしんさんの死にも、不思議と落ち着いて聞いた。
死の世界ってどんなだろう。
ヒエロニムス・ボッスの「快楽の園」みたいなのか。
入り口は恐山、仏が浦、浄土が浜、高野山、熊野、高千穂のどこかにあるのか?
自分自身が強烈に死を意識するようになった。

  最近、頭が痛いし、高血圧で下が120切れないし、父がぼくと同じぐらいの時に脳溢血で倒れたし。 絶対、体のあちこち悪いはずや。
でも、今倒れたら、世の中に何も残さずに死んでしまうことになるなあ。せめて、芸だけでもやり切ったといえるぐらい、燃焼しょう。いつ死ぬかわからへんし。
その点、画家や音楽家はええなあ。作品が後世に残っていくし。芸は・・・、残るがな、DVDで。
よっしゃあ、コントや指揮芸をDVDに記録して売ったろ。他の芸人にも、「生きているうちに、あなたの素晴らしい芸をDVDに残しませんか?」と誘って、うちでDVD作らせてもらおう。 儲かるがな。こりゃ、簡単には死に切れんわ。

39タクト:2007/07/29(日) 07:36:08
アルト君の話 3
さあ、アルト君の話、最終回(副題:アルト、新たなる旅立ちの巻)です。

「行く? もう行かなあかん時間やで」
「ほんまやなあ・・・」
将棋を指してる2人の横には、アルト君のミッキーマウスの時計の針が、今日のコント大会ネタ見せ開始の時間を指していた。
「ネタは?」
「ネタは・・・すし屋に聞いてくれ」
「あかんわ、ほれ」
「あっ、ずる〜」
「タクトさん、いつもここ、悪手やで。一回銀ひかな」
「もう一丁、なんでやろな」
   また、コント大会すっぽかしてしもた・・・。

「アルト君、東京でやっているコント大会以外のお笑いライブや。興味あるやつある?」
ぼくが書いてきたリストを見ながら、
「この見番寄席ってのは?」
「これ、もとKAプロの人が仕切ってやっているんや。ええ会やとは思うけど・・。じゃあ大川興行さんのは?」
「ううん・・。こうしてみると意外とないなあ」
1991年当時は、まだお笑いのライブは少なかった。今は各事務所の主催するライブも多く、ブームの影響からか芸人の数も相対的に増えたので、それこそ寄席も含め毎日のようにどこかでお笑いライブをやっている。会を続けていくのは大変だろうけど。
東京・吉祥寺でやっている「アーバン寄席」に出た。ブッチャーブラザーズさんが主催、高信太郎さんご意見番のライブ。
お笑い好きならご存知の方も多いとは思うけど、ブッチャーブラザーズさんは若手芸人を育てるのがうまく、数年前にはサン・ミュージックでダンディ坂野さんや、九州吉本から来たカンニング竹山さん、ヒロシさんなどを見事に再生させて売れっ子にした。
当時からも面倒見がよく、来るものは拒まず親切に各芸人にアドバイスしてあげていた。そのブッチャーブラザーズさんから、
「うちのライブで、初出場が最優秀とるのは快挙だよ。おめでとう」
高信太郎さんはアルト君を見るなり、
「懐かしいねえ。どうしているのか心配してたよ」
しかし、2回目からはブッチャーブラザーズさんにも、
「キャラクターばっかりで、ネタが全然できていない」
と、冷淡に言われた。
起死回生にやったネタが、水泳ネタ。アルト君が、
「ぼく、水泳苦手やねん」
「練習したらええやん」
「どこで?」
「ここで」
「ここで? どうやって?」
「こうするんじゃあ」
と、アルト君をぼくがひょいと持ち上げ、ぼくの胸前に両手で持ち上げられたアルトが手を伸ばして横たわり、
「何さすねん」
「いくぞ〜、まずはクロール」
「はっ、はっ、」
「息継ぎして〜、波が来た〜」
「ぷは〜」
軽いアルト君が、まるで人形のように前後するものだから観客が大笑い。
最後の落ちが、アルト君が「もう、練習じゅうぶんや」
「そうか」と言って、ぼくが手を離してアルト君が地面にバタンとたたき落ちる。
「痛、痛〜!ええ加減にせえ!」
久しぶりの大爆笑を背中に聞きながら、舞台を降りたぼくはうれしそうにアルト君に、「アルト君、ようがんばったなあ。迫真の演技や」
「ほんまに痛いねん!」
診断の結果、腕の骨が折れていて全治2ヶ月。それからしばらくはギブスをはめる生活を送ることになった。
バイトもできないし、本当にアルト君は生活に困ったと思う。

ちょうどその頃、NHKの「あしたもげんきくん」のげんき君役がぼくに決まった。月の半分がロケに拘束される。
「アルト君、ごめんなあ。活動思うようにできんで」
普通は怒っても当然なのに、アルト君は、
「漫才、やめようか。タクトさん、最近大道芸の方がおもしろく感じられているみたいやし」
  見抜かれていた。自分が漫才に限界を感じ、指揮者芸で大道芸することにやりがいを持ち始めていることを・・・。
「ぼくのことは心配せんといて」

  ほんまにぼくと出会って、アルト君はよかったんか? ほんまにアルト君の才能を閉ざしたのはぼくと違うやろか。 違う相方と漫才やっていたならもっと売れっ子になっていたんとちゃうやろか・・・。ごめんなあ、アルト君。

自責の念をすごく感じながら、アルトタクトは解散した。

しばらくして、ぼくはなべやも辞めた。アルト君は漫談をやっていたが、ぼくは事務所を離れてしまったのでアルト君のその後の音沙汰を聞かなくなった。

一年ぐらいたって、アルト君から急に連絡があり会うことになった。
「タクトさん、げんき?」
えっ? スーツ?
「ぼくなあ、今、出版社に勤務してんねん。編集の仕事やってんねん」
名刺を渡された。
「けっこう大きそうな出版社やん。簡単には採用されへんやろ。どうやったん」
「新聞に募集広告が載ってたんや。凄い競争率やったわ。採用されたの、ぼくだけや。これ、ぼくが手がけた本」
「将棋界がわかる本!?」
「島朗(しまあきら)八段と作った本や。もう5刷やで。むちゃくちゃ売れてるわぁ」
パラパラめくる。棋士の給料から遠征のしくみ、奨励会の入会方法、全国棋士マップ、各タイトルの歴史としくみなど、各ページすごくおもしろい。ほんとこれなら将棋のしくみや不思議にこたえる本やわ。
「これ、おもしろいなあ」
「そやろ。他にも幾つもの企画が進んでるわ。なあ、タクトさん、今度、原稿書く気ない?」
「ぼくが? できるやろか」
それで、アルト君の薦められるままに共著として出したのが、『もうひとつの上方演芸・吉本以外のタレント名鑑付』だ。
 本によっては、ほとんどがアルト君が書いたものもある。その後もつぎつぎとヒット作を連発するアルト君。
しかし理想を追求するアルト君は、その出版社と袂を割った。そのため、ぼくはアルト君から第二弾として、クラシック音楽本を頼まれ執筆していたが、宙に浮き、「どうしてくれるん?」と聞いたら、
「大丈夫や。これだけユニークな内容やったら、出版社に直接飛び込んでいき。どこか乗ってくれるから」
実際、講談社などはK部長が内容を気に入っていただき、親切な対応と応援をしてくれたけど、結局最終会議で、他からの意見がちょっとユニークすぎるということで見合わされた。でもその時、すごく励まされたので自分は意を強く持った。ただ、やっぱり出版社がキングベアー出版に決まるまでは、書上げから3年かかってしまった。この時、尽力してくれたのがブッチャーブラザーズのリッキーさんだった。
 アルト君は、その後作家として独立し「右尾祐佑(みぎおゆうすけ)」のペンネームでミニコミ誌を発行したり、ルポライターとして精力的に今も活躍中である。

とまあ、ここまでは比較的かっこいい部分のアルト伝説だったが、本来の気質が横山やすし師匠を尊敬し、その行き様を地でいく破天荒なアルト君。いっぱいエピソードがあります。そのいくつかを最後に公開。

?家賃滞納大王
 半年家賃滞納を3回くり返している。そのつど、ぼくが深夜に借り出されレンタカーで本当に「夜逃げ」を決行する。

?仕切り大王
 元来が男っぽく、輪の真ん中で仕切りたがる性格。HISの新宿店オープニング記念特価で、一人往復3万円でロサンゼルスにぼくたち仲間4人で行くことになった。英語もしゃべれないのに意気揚々と先頭を切って進むアルト君。エスカレーターに乗った。他の3人が見たいものがあったので、乗らずに見ていたら、
真っ赤な顔してアルト君が戻ってきて怒鳴った。
「何してんねや! 恐いやろ、一人やったら! よそ見せんと、ちゃんとついて来い!」

?やりすぎ大王
 実はアルト君は双子。KAプロ時代に事務所から素人として、兄貴と「カルーセル・マキの相談部屋」というちょっとエッチなテレビ深夜番組に出た。「悩み事があったらお姉さまに相談しなさい」というカルーセル・マキを真ん中に挟んで、両方から攻める双子。エンジン全開のアルト君、「お姉たま、お姉たま」といいながら胸に顔を埋める。「やめ、やめ〜!こいつら、もう嫌だ〜」と胸にしがみつくアルト君にカルーセル・マキは激怒した。

?いたずら大王
 兄貴とその恋人のエッチ場面を聞かしてくれと頼むアルト君。兄貴は「じゃあ、押入れに隠れとけ」。暗闇のなかでアバンチュールを楽しむ2人。我慢しきれなくなったアルト君はそっと押入れから抜け出し、兄貴と一緒に触りだす。「えっ、えっ!? 手が3つあるー!」急いで電気をつけてまたびっくり、「顔が、顔が2つあるー!」 そこには恋人と同じ顔が2つ並んでいた。


※お断り・・・今回の「アルト君の話 3」は、アルト君の沽券にかかわる内容を含んでいるため、本人から「こんなん書いて、反則やわ」と申し出があったら、すぐに削除しなければいけません。閲覧はお早めに。

※参考・・・前回の「アルト君の話 2」で出てきた「フラワーショー」とは、松竹芸能所属のゆり、ばら、ぼたんによるトリオ名です。今はゆり、ばらのお2人で活躍されています。

「アルト・タクト」時代のプロフィール写真です。(向って左がアルト、右がタクト)

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000060.jpg

40タクト:2007/07/29(日) 11:00:30
東京ユニットの動画が「夢シアター」に追加!
私が森はじめさんと組んでいるコント「東京ユニット」。
いくつか持ちネタがありますが、その中で「万引きコント」と「柔道コント」の2編を、ほんの一部ですが動画プログラムとして「タクトの夢シアター」に追加しました。
ホームページ全体の中に取り込めるデータには限界がありますので、「世界指揮者人名事典」から2作品、「東京ユニット」から2作品、それぞれ一部ですが4本立てで「タクトの夢シアター」は当分上映していきます。

「東京ユニット、もっとちゃんと見たいなあ」
という方は演芸場へ。
「そんなの暇ないし、遠くて行けないなあ」
という方には、DVDをついに完成しましたので、私のホームページの「お勧め商品」のページから「ハジメワールド・へらずぐち」をご指定してご購入ください。
今なら、一枚2,000円です。
このDVDの中には、「万引きコント」15分、「柔道コント」22分がカットなしで入っています。他には森さんの放談など。(収録は今年6月東洋館)

近日中には、私、好田タクトのDVDも出来上がる予定です。

41タクト:2007/07/29(日) 21:22:36
今日の「オーケストラの森」を見よの話
皆さん、ほんとに急ですが今放送(2007年7月29日午後9時10分)しているNHK教育テレビ「オーケストラの森」をぜひ見てください。

神奈川フィルハーモニー管弦楽団 指揮ハンス=マルティン・シュナイト
(神奈川フィルハーモニー管弦楽団 音楽監督)
このコンビは今、奇跡的な音楽を作っています。
もし番組を見られたら、あなたも奇跡の生き証人になるでしょう。

http://www.kanaphil.com/

もちろん、このコンサートは収録当日に岩野さんと永岡さんとぼくは見にいっています。
現存する団体では、オスロフィル&マリス・ヤンソンスやバーミンガム市交響楽団&サイモン・ラトル、ミュンヘン・フィル&セルジゥ・チェリビダッケなどの歴史的コンビを越える可能性が一番近いコンビです。

再放送はひょっとしたら、数ヵ月後の土、日曜日の午後あたりにあるかもしれませんが、今、NHKオンラインを見たかぎりではわかりませんでした。

絶対、見たほうがいいですよ。

http://www.geocities.jp/butsuzou28/index.html

42タクト:2007/08/01(水) 23:53:37
神様が死んだ 2. ゴッチイズム
「みなさん、カールと言えば、」(カールコールをご一緒に)
「カール、カール、」
 (ひじを垂直に折って陸上短距離を走るマネ)
「それは、カール・ルイスや!」※オリンピック9個金メダリスト
「カール、カール、」
 (禿げヅラ、黒メガネでヨボヨボ指揮者のマネ)
「それは、カール・ベームや!」※20世紀後半の世界最高指揮者
「カール、カール、」
 (お菓子のドアップ)
「それは、カールや!」
「カールと言えば、わからんか?」(と言いながら、つま先を立てたジャーマンスープレックスをする)
「みなさんご一緒に、神様、カール・ゴッチや!!」

カール・ゴッチさんが亡くなった。享年82歳。

《カール・ゴッチ》(プロレスラー)
関東芸人がブッチャーブラザーズの子供達と呼ばれるように、アントニオ猪木を祖とする新日本プロレス系のほとんどのプロレスラーはゴッチの子供達と言われている。しかしゴッチ自身は団体の拘りはなく、フロリダ州タンパにある自宅を訪ねてくるレスラー達には誰にでも熱心に指導(馬場門下の全日本プロレスの渕正信など)、逆に弟子たちの多くはゴッチを利用して有名になるとゴッチの下を訪れなくなったため、ゴッチ先生は寂しさのあまりインタビューでかつての弟子たちにいやみを言った。晩年は「教え」という名目のもと、酒のつまみに過去の自慢話をいっぱい聞かされるので、鈴木みのるなどは西村修と2004年ドーム対決時には「ゴッチイズム追求−原点−なんて言っているけど、あいつはただ、おやじのしゃべり相手になってただけじゃねえか」。(かくいう私も昨日、浅草演芸ホールの出番のあと、白山雅一先生に付き合えと言われ、2人で浅草のミスター・ドーナツで閉店12時までコーヒー2杯だけで延々と先生の過去の話を聞いた。神様とはそういうものである)
また指導力を買われ、日本のいくつものプロレス団体にコーチや顧問として招聘されるが、けっこう気難しいので意見が食い違うと文句を言ってすぐおさらばした。ギャラの要求も高くて貪欲だった。苦労したからねえ。
ゴッチ式のトレーニングはほとんど器具を使わず苛酷なので、ビリーズブード・キャンプよりダイエット効果が高い。生前のDVD作っておけばよかったのに。
ゴッチのファイトスタイルは、レスリング技術を主体とする「正統派」で、派手さが無く、興行が盛況に至らないため、プロモーターには「売れない」と煙たがられていた。「独り善がりでプロレスを理解していない人間」か「妥協無き真のプロレスラーでありシューター」という風に、プロレスラーとしては評価が真っ二つに分かれていた。
レスリング技術の高さは群を抜いており、インドのクシュティ、日本の柔道、ロシアのサンボを含む世界中のあらゆるレスリングに精通、「朝目覚めてから夜眠るまで常に『素手でいかに効率良く人を殺せるか』を考え続けている」と言われていた。地味なスタイルと言われるが、ゴッチのジャーマンスープレックスホールドはもっとも軌道が美しいと称えられており、ミスタージャーマンのスープレックスは広重の「亀戸天神」の橋のように反りぐあいが芸術品である。
またゴッチは宮本武蔵を尊敬しており、五輪書を愛読し、武蔵の心境に近づくために、プロレスラーとして試合をすることがなくなってもトレーニングを欠かさず、食えないときは清掃の仕事などで食いつないでいた。その孤高の生き様と美意識と気難しさは、前回のエッセーで書いた指揮者のチェリビダッケと酷似している。
欧米よりも日本での評価が圧倒的に高く、いまなおゴッチは「プロレスの神様」、その教えは「ゴッチイズム」として継承者を名乗るレスラーは多数いる。

「では、ただいまよりタクト流、カール・ゴッチの輪廻転生、はじまり、はじまり〜」 コン、コン、とアホダラ教みたいに唱えてください。

「神様カール・ゴッチ。しかしその神様ゴッチは鉄人テーズに勝てずじまい」 ※鉄人ルー・テーズはバックドロップの名手で20世紀最強のレスラー。そのテーズにゴッチは1963.9.〜1964.11.の間に9回対戦、全てNWA世界戦でテーズの6勝(反則ふくむ)3分けだった。

「テーズは言いました。リング上での殴り合いではダニー・ホッジを除けば誰にも負けない、と」 ※鳥人ダニー・ホッジ、伝説的な職人で国際プロレスではテーズに4連敗した日本人レスラーに代わりテーズを破りTWWA王者になった。しかもジュニア・ヘビー級。

「ホッジが一番恐れた相手、それは、ヒロ・マツダ」 ※アメリカではダニー・ホッジとマツダのNWAジュニアヘビー級王座戦は史上最高のジュニアの試合と称され、各地でメインイベントを張った。ヘビー級がメインを張るのが通常だった当時のマット界では革命的な出来事である。

「マツダに猪木は卍固め、マツダ散る」 ※プレ日本選手権・優勝決定戦・昭和53年12月16日(東京・蔵前国技館)60分1本勝負 A猪木(23分6秒 卍固め)マツダ 闘魂アントニオ猪木が優勝を飾る。しかし猪木が本当に強かったのは、豊登の東京プロレスに参加した22歳ごろで120キロの体はキングコングみたいな鋼鉄の体で、今の藤田和之も真っ青。新日設立後は実は糖尿に苦しめられていた。

「猪木は馬場に16連敗」 ※東洋の巨人ジャイアント・馬場は猪木に16連勝。昭和38年8月16日東京・リキ・スポーツパレスでの3本勝負は2-0のストレート勝ち。馬場はプロ野球あがりであの巨体だから、プロレス入団時の身体能力は群を抜いていた。馬場の全盛期も実は日プロ時代で海外遠征時(世界3大タイトル連続挑戦時期)だと思う。

「PWF連続防衛の馬場の足元をすくったのは、なんと流血大王キラー・トーア・カマタ」 ※ゴッチの影に隠れていたが、カマタさんも今月23日に心臓発作で、カナダ・サスカチュワン州サスカトゥーンでなくなっていた。70歳だった。

「カマタを破ったのは、人間風車ビル・ロビンソン」 ※ビル・ロビンソン、人間風車の異名をとり、特に日本プロレス史上において最高の人気と実力を備えたレスラーの一人。当時無敵を誇っていた猪木との60分フルタイム1−1の引き分け。翌年1976年7月、鶴田との60分フルタイム1−1の引き分け。24日のジャイアント馬場とのPWFヘビー級選手権はほとんど見せ場を作れないまま完敗(スコア2-1)。猪木がようやく引き分けた相手に完勝することで、全日自らのステイタスを守ったといわれている。そしてこれが日本におけるロビンソンの初2フォール負け。U.W.F.スネークピットジャパンのヘッドコーチとして来日、高円寺に引越しするところを1999年8月放送の「タモリ倶楽部」で挨拶回りをする様子に笑った人も多いはず。

「ロビンソンが勝てなかった相手、ドン・レオ・ジョナサン」 ※モルモンの暗殺者、人間台風とも呼ばれ怪力を生かしたハイジャックバックブリーカーを得意技とし来日時も日本勢を大いに苦しめた。196センチ、140キロなのにトンボも切り、本気でやったら世界最強のシューターだと言われていた。往年の人気レスラー。現在海運会社社長。

「そのジョナサンを破ってチャンピオンになったのが、我らがゴッチ先生」
1962年9月14日オハイオ州コロンバスにおいてドン・レオ・ジョナサンを破りオハイオ版AWA世界ヘビー級王者を獲得。

私自身のプロレスにまつわる話はいっぱいあります。
吉本時代の「モーレツしごき教室」に来ていたレスラーにチョップをもらったこと、JWPの山本社長はお笑い出身(永井寛考さんの仲良し)から裏方に入ってバイトをしてたこと、北尾光司のマネージャーのSさんからビガロとの裏話など面白い話はけっこうある。でも、今回は「神様」の話です。

ゴッチについて思うこと。じつはゴッチはパワー・ファイターだと思う。アーム・ロックを片手で持ち上げたり、打撃を評価しなかったり。ボクの家には他のプロレスファンと同じく膨大なプロレス映像がある。DVDだけでも300枚は越える。後の初代タイガーとなる佐山聡がデビュー一年目で裸足でマーク・コステロとの格闘技戦、前田対アンドレなど。その中でも流智美さんのや国際プロレス、AWA映像、60年、70年代のアメリカンプロレスなどの映像の中でゴッチの試合を見ていると、ゴッチは本当はパワー・ファイターだと確信できる。そして不器用な選手でもあると。
ゴッチイズムとは、相手にあわさない、時代に惑わされない、頑固イズムではないだろうか。

その、「神様」が死んだ。
今、ご冥福のテン・カウントが打ち鳴らされる。

43タクト:2007/08/03(金) 10:49:23
11/4は文化庁芸術祭参加公演に決定
告知が6つあります。

8月4日(土)、5日(日)、6日(月)の3日間、仙台で行われる地域寄席に出ます。
「荒町喜楽亭 落語長屋」
場所:宮城県仙台市若林区荒町 宮城文化服装専門学校4F(毘沙門天すぐそば)客席は約60席
入場料:前売券2,000円、当日券2,500円 チケットのお求めは幸洋堂(荒町小学校向かい) ?(市外番号)266−3331 ぼくのH.Pを見たと言ってくださいね。
時間:4日(土)、5日(日)午後2時と午後5時、
   6日(月)午後2時と午後6時 開場はいずれも30分前
出演者:伊達春風(声帯模写)、青年団(コント)、田辺俊之介(講談)、立川三四楼(落語)、好田タクト(指揮者形態模写)、森はじめ(放談)、東京ユニット(コント)、地元からティーライズ、吉原亭遊鶴 です。 一日2回公演ですので、コントとピン芸をそれぞれ一日2回(コントは万引きと柔道の2種類用意)ずつやらないといけません。がんばります。

11月4日、東洋館(6:30開演)で行います「タクト音楽祭」(オーケストラと演芸のコラボ)が、芸術祭審査委員会の審議の結果、平成19年度(第62回)文化庁芸術祭参加公演に決定しました。他の参加公演を見ているとすごい師匠たちの公演ばかりですが、ボクのほうは気にせず、力まず、世間が見たことのないような公演にできればと思っています。チケット売れるといいのですが・・・。ぜひこの日はお友達お誘いのうえ見に来て下さいね。

その前哨戦というわけではないのですが、今月8月24日(金)に国立オリンピック記念青少年総合センター大ホールで、午後7時開演で行われる「CABARET」(キャバレー仕立ての楽しめるクラシックコンサート)に指揮者としてオーケストラを相手に数曲ふります。もちろん、世界指揮者人名事典です。
入場料は3,000円です。チケットが手元にありますので、ぜひボクから買ってください。広告はホームページのスケジュールにリンクしています「アンフィニオーケストラ」でも出てきます。
http://clainfiniproject.blog103.fc2.com/blog-entry-5.html

8月31日は四谷コタンでのライブです。
そこのマスターから「タクトさんたちのライブをしましょう」と言っていただきました。が、題名すら決まっていません。
でも、寒空さんたちとの自分たちの手作りライブですので、いい会にしたいです。夏休み最後の思い出に、ぜひ。
四谷こたん
http://www5f.biglobe.ne.jp/~YotsuyaKotan/

オオタスセリさんと、また夢の競演が実現します。

○10月18日〜21日 下北沢 小劇場楽園(約90席)
    『日替わり☆スセリ劇場 』《予約開始9/11》
   前売り2500円 当日2800円  開場各30分前   全6ステージ予定ですが、ぼくが出るのは19日です。
19日19時半「クラシックの夕べ」ナビ 永六輔・ゲスト齋藤真知亜・好田タクト
齋藤真知亜(まちあ)さんは、ご存知NHK交響楽団の第一ヴァイオリン奏者です。前回の赤坂でのスセリの会で、ボクは初競演しました。楽しみです。席が少ないので、売り切れが予想されます。
予約はボクよりも、直接スセリさんのブログやメールからのほうが確実だと思います。
 ♪ご予約はこちらに→ suseri524@yahoo.co.jp
スセリさんのブログは、http://suserin.exblog.jp/

先ですが、12月28日に銀座で行われる、福岡詩二師匠のプロデュース「おかしな音楽空間」に今年はでれると思います。
おそらく、オオタスセリさんもご一緒です。
昨年は、12月は国際フォーラムで「のだめフェスティバル」(一日3ステージ×10日間)で大忙しで、「おかしな音楽空間」は断りましたが、今年はそんなバブルはもうないでしょうから、バッティングもないでしょう・・・。

「タクト通信」でこまめに書き込んでいます私のエッセー、いかがでしょうか? エッセー(小説も)は「・・・の話」、告知はそのままの題名で書いています。例外は7/6の「パフィーの世界」(小説なのに、題名だけにした)。実際15年以上前のお笑い事情など、若い人はぴんと来ないかもしれませんができるだけ当時の状況をわかりやすく書いたつもりです。
次回からは、大道芸や海外での話なども書いていきますね。なんせ私は19カ国72都市をぶらぶらしてましたからよろず話はいっぱいあります。
ま、いろんなジャンルをタクト流切り口でどんどん書いていきます。

44タクト:2007/08/10(金) 22:36:37
芸人DVDショップオープン!
遂にショップがオープンしました。
私のホームページの中のお勧め商品(DVD)のページから、一番下のりんご「芸人DVDショップ」をクリックしてください。

http://6928.teacup.com/tact/shop

出たでしょう。遂にオフィスライス制作のDVDが。
「森はじめ」さんのが1枚と、「牧田博」さんのが2枚、計3種類のDVDがここから購入できます。
特にわが相方、森さんのDVDは最初「2008年元旦発売!」の予定が、もう出来上がってしまったため緊急先行発売しちゃいました。記録はハイヴィジョン映像です。
「こりゃ、来年からは定価は2,500円にするつもりだけど、今年いっぱいはサービス期間で2,000円にするわ!」
と、森さんは出来たてのDVDを見ながら、すごく嬉しそうに叫んでいました。最初面倒くさがっていた仙台での寄席出演もDVDが売れるとなると大はりきりで、舞台も全力投球、帰りのお客様へのDVD販売も全力投球でした。だから何十枚も売れてホクホクでした。
評判もいいです。コントも2つ入っています。
これからもどんどんいろんな幻の芸人にアプローチして、商品の種類を充実させていきますので、楽しみにしていてください。


それから、私のミクシィがあります。
http://mixi.jp/show_profile.pl?id=4680451

ノブ兄さんが作ってくれた「好田タクトふぁん倶楽部」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=939892

こちらもぜひ遊びに来てくださいね。

45タクト:2007/08/12(日) 19:28:56
或る『タクト日記』伝
一日、一日、何か体験しながら過ぎていきます。
そんなたいした出来事はないのですが、ちょっとつぶやいてみました。

自分のことを前から知っている人に最近、よく言われる言葉。
「げんきくん、やっているときは爽やかだったのに・・・」
そして避けられないメタボ症候群。
以前は何ぼ食べても太らなかったのに、最近は・・・。
ということでメタボ改善のためにも一念発起。
「ジェグザー」というフィットネスクラブの会員になりました。
ちょうどその頃、友達から、
「好田、今、何やってる?」
「息」
「ええねん、そんなんわ。売れない芸人まだやってるん?」
「うん」
「ふだん暇やろ。ちょっと助けてくれ」
ということで友達の経営する会社の営業を空いている日に手伝うことになりました。
朝タイムカードを押して「営業に行ってきま〜す」と言いながら、その足で毎日ジェグザーに行っていました。
が、それがばれて、友達から「助けにならん」ということで身を引くことになり、ジェグザー代も払うの大変だから辞めたら、リバウンドしました。
今だったら、レナード・バーンスタイン作曲の名作ミュージカルに出演できます。
 『ウエスト 再度 太ーリー』(ウェスト・サイド・ストーリー)

一週間ぐらい前からユーチューブに私の指揮者ネタをいくつか入れてみたら、世界中からすごくたくさんのアクセスがありました。
おそらく指揮者のスペルを入れて検索してきた熱狂的な音楽愛好者の方たちなのでしょう。
「バッド・ムービー!」
「ファック!」
など、励ましのコメントが寄せられました。
会ったこともない世界中の人たちにこんなに喜んでもらえるなんて、ユーチューブやミクシーって凄い、凄い!

毎月、10のつく日(10,20,30)と31日は東洋館では特別メンバーによる興行『特選寄席』の日。
ボクは指揮者芸15分と、コント15分、ほとんどがこのパターンでの出演依頼です。
同じ寄席に違う芸で2度出るのは、僕と相方の森さんだけです。
もう何十回、いや百回以上は出たでしょうか。
出番を組むKさんにも「タクトさんはおそらく、東洋館の特選寄席に一番出ていると思いますよ」と言われたことがありました。
こんなにいっぱい出て、しかも指揮者芸は変わり映えもしないから客も飽きるかなと思っていたら、どっこい最近は「見に来たよ」と声をかけられ、やってるときも「感激したらブラボーって声援してくださいね」「ブラボー!」「まだ、早い」てな感じでなんか身内みたいになってきました。
特に東京ユニットでは、「待ってました!」と声もかけられます。
ただ、寄席で何ぼ受けてもテレビからの出演依頼はありません。
それは、もう演芸担当のテレビ屋は寄席に見に来ないからです。
先週、仙台での寄席で一緒になった稲井さんというテレビ東京の演芸プロデューサー、もう一線を引かれたのですが、その稲井さんが「寄席に実際に足を運ぶ最後のテレビ制作者がボクだ」と言っておられました。
ま、今のテレビは吉本や在京プロダクションとべったりだから、外野の芸人はなにを言っても遠吠えのようにしか思われないけれどね。
その稲井さんが、一度「テレビ嫌いの寄席芸人」という番組を作ったらしいんです。
早野凡平さんとか出たんだけど、こんな骨っぽいテレビ屋ともっと前から知り合いたかったなあ。
まあ、これからも地道に全力投球していきます。
しかしボクはともかく、相方の森さんは糖尿を患っているから出番が重なるとしんどいらしいのです。
東洋館は若手もいますがベテラン芸人が多い劇場です。そんなベテランは森さんと同じ持病の方がかなりいます。
しかしみなさんプロです。舞台に命を懸けています。
師匠たちが劇場に来て、ため息混じりに言う言葉。
「今日も無事来ちゃったよ。糖尿館」

寄席あがりで、東京国立博物館に行ってこようかなとも思いますが、今日はペルセウス座流星群が出現のピークを迎える日です。晴天に恵まれれば、1時間に30個を超す流星が見られる可能性があります。国立天文台(長野県と山梨県境野辺山)は、
「13日明け方が狙い目になる。今年は13日がちょうど新月で、月明かりに邪魔されない最高の条件で観察できる」
 ペルセウス座流星群は、スイフト・タットル彗星が軌道上に残したちりが、地球の大気圏に飛び込んで光るために起こる現象です。ペルセウス座にある「放射点」を中心にして、四方八方に飛び出すように見えます。
世界的には日本時間の13日昼が活動の最盛期になると予想されますが、その前後数日は出現が続きます。
明石の天文科学館のふもとに住んでいたボクは、けっこう地学っ子です。共通一次試験も習ってもいない地学で受験しました。だから今日のような夜はワクワクします。
国立天文台は、同流星群に合わせ「夏の夜・流れ星を数えよう」キャンペーンを実施しているみたいだから、青春18切符でも使って行ってこようかな。行ったらガキばっかりだったらいやだな。
そういえば、流れ星が流れている間に願い事を3回唱えればかなうって言いますよね。
無理だわ、とも思えますが、
「金くれ金くれ金くれ」とか、「彼女彼女彼女」
こんな感じだったら一気に言えますよね。
何を願おうかな、と自分の欲望をニタニタ考えてたら、テレビでスケートの岡崎朋美さんが宿坊で修行する番組が流れていました。
和尚さんが、「あなたの願い事はなんですか?」
岡崎朋美さんいはく。
「みんなが幸せになることです」

また、一日一日、ダラダラと過ぎていきます。

46タクト:2007/08/15(水) 19:01:16
場所をわきまえろの話
森はじめさんのところへ行って打ち合わせ。
それが終わって帰ろうとしたら、森さんが、
「一緒に出よ。タバコ買いに行きたいから」
森さんは清澄白河駅のすぐ上に住んでいて、家の前は赤札屋。2人して入った。
「お兄さん、明日の出番、なんのネタします?」
「万引きやろうか。暑いから動くネタ、しんどいし」
「ボクも万引きだと助かります。指揮芸と衣装重なるから荷物楽やし」
「万引きやろう、万引ききちんとやろう。受けええよ」
「ボクも万引きやっていておもしろいですわ。万引きしましょう」
「万引き、万引き・・・」
周りの人たちがジロジロぼくらを見る。
はっ、とした。ここはスーパーのど真ん中。
大きな声で「万引きしょう」の連呼はまずかった・・・。

47タクト:2007/08/22(水) 13:16:04
私のDVDが完成しました。
前に話してました、私のDVDが完成しました。
ホームページ内にある「お勧め商品」から下にありますりんごのマーク「芸人DVDショップ」をクリックしてください。
「牧田博」さんと「森はじめ」さんと私「好田タクト」の欄が表示されます。
「好田タクト」の「商品一覧へ」をクリックすると、3種類商品が出てきます。

http://6928.teacup.com/tact/shop/01_01_01/

「詳しい説明」をクリックすると、あまり詳しくはないと思うのですが説明がでます。
一つは完成したばかりのDVD  2,000円です。
あとは、押入れに眠っていた著者割引で買っていた「クラシック音楽夢レース」(本)と、1990年に自主制作したVTR(ビデオテープ)。内容は出演者に”木下ほうか”や”シベリア文太”など豪華キャスト(?)でやった1990年5月21日ビブランシアター・ライブ、それに1988年5月14日難波花月(旧)でやった(もちろんほうかと文太も出ている)「ふろ屋のボレロ」計115分の「お宝ビデオ」(すべて私の演出)です。だって、世に出ていないシロモノですから。
かなり笑える内容になっていると思います。
本とビデオは各1,000円で、無くなり次第終了です。

どうも自分のことを宣伝するのは苦手です。
よろしくお願いします。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000087M.jpg

48タクト:2007/08/22(水) 23:41:24
美術好きの旅人にはこの一冊の話
今年のお盆は、なんでも史上最高の海外旅行ラッシュだそうで6万人近くの人が海外へ脱出したそうな。
日本では多治見と熊谷では40.9度という、体温よりはるかに高い国内最高気温を記録したそうな。
暑さに逃れて海外へ行きたい。しかし、金がない。
そんな雰囲気を楽しめる涼しいところは・・・!!
「そうだ! 美術館に行こう!」 (JRのCM「京都へ行こう!」みたいね)
というわけで、今、日本は世界的に見ても美術館の動員力はすごいんです。だから、西洋絵画の企画展がそこらじゅうで催されるんです。
でも、ちょっと今だけ夢をもってください。


前にも話したことがありますが、私は1995,96年と2回、ヨーロッパで半年間ずつ、昼は指揮者形態模写の大道芸、夜は歌劇場かコンサートに通うという旅をしました。
とは言っても、 実際は大道芸がしやすい街は限られていて、普通の街では日曜以外はなかなか大道芸は出来ません。日曜は宗教上の理由で本当に多くの店が休むので、街が自由な雰囲気の歩行者天国になります。それに雨が降ったときも大道芸はできません。
で、大道芸ができない時はどうするか?
美術館に行くんです。 しかもヨーロッパは安いんです。
その時に、この本は本当に役に立ったなというのがあります。

『ヨーロッパ美術館ガイド』(書籍情報社)

B6サイズ302ページだからポケットにも入る。ヨーロッパ中の美術館のどの部屋にどの絵があるか端的に説明していて情報量がすごい。
他に館内の見取り図、開館日時場所、巻末には用語と画家・彫刻家の詳細小事典が載っていました。
今でも発刊されているのかどうかわかりませんが、本当にコンパクトな名ガイドだと思いました。
この本が指針となって、今まで気にも留めなかった美術の世界にのめりこみ、もう全てと言っていいぐらいヨーロッパの美術館へは行きました。
日本に帰っても美術好き熱はますますヒートアップして、図書館で美術本を見まくり、ついでに日本美術も大好きになってしまった、この本が全ての源なんです。

さあ、この『ヨーロッパ美術館ガイド』をめくって、ヨーロッパの美術の旅をしてください。
ムリーリョ、ゴッホ、ルノワール、マネ、モネ、ボッス、フェルメール、ダリ、カラヴァッジオ、ダ・ビンチ、ラファエロ、ティエポロ・・・、みんな、あなたが来るのを待ってますよ。

美術好きで旅が大好きなあなた、役に立ついい話でしょう。
でも、この話には大きな欠点があるんです。
それは、“落ち”がないんです・・・。 (そんなん、いらんてか)

49タクト:2007/08/24(金) 01:46:11
タクトの美術得々情報の巻
8月22日の『美術好きの旅人にはこの一冊の話』の反響がわりとあるので、もう一発美術の話をします。
ただし今回は、エッセーでもなんでもないただの『タクトの得々情報』なのであしからず。


オルセーの裏技をひとつ。

オルセーはもちろん入場ゲートがあるのですが、右手側に荷物預け場所があるんです。
そこは中からも預けられるんです。
端的に言えば、入場ゲートを通らずに荷物預かり場所から素通りすれば館内へ入れるんです。
「えっ!?」という感じでした。もう10年前だけどね。

それから、お得な美術館パスがあります。

まずは、パリ パリのカルト・ミュゼ(ミュージアム・パス)

http://www.parismuseumpass-japon.com/

ルーブル美術館やヴェルサイユ宮殿などの人気の高い観光スポットでは、入場券を買うために切符売場に並ぶことが少なくありません。
その不便を解消するのが、「パリ・ミュージアム・パス」。
これは、パリとパリ郊外にある60カ所の主な美術館・博物館や史跡で有効なフリーパス券。
ぼくの時は1,3,5日間各パスがあって、ぼくは5日間コースで日本円で当時で2700円ぐらいで購入しました。
今は、2,4,6日各コースになっているみたいですね。
このパスを入場時に提示するだけで、お好きな施設に何度でも入れます。
ぼくはパリでルクサンブール宮殿横のユースホテルを拠点にしてまる3週間かけて、リストの美術館全制覇しましたよ。(自慢が入っている)
アラブ博物館とか凱旋門、世紀末画家のモロー美術館、においを集めた博物館(名前忘れた)などマニアックなのもありましたね。
そしてこのパスには、秘密の使い方があるんです。うふふ・・、3週間つかえる技が・・・おっと、これ以上話せません。

日本では、まずは、東京「ミュージアム・ぐるっとパス2007」

http://www.museum.or.jp/grutto/index.html

この「東京・ミュージアム ぐるっとパス2007」は、都内56の美術館・博物館や動物園・水族園などが入場無料です。(たまに企画展や一部では割引扱い)
これは便利でお得です。なんせ有効期限が2ヶ月ですから。
もう、4つぐらい行けば元を取れるでしょう。上野なんかは密集してますしね。
料金は一冊(チケット束になっている)2,000円
「ぐるっとパス2007スタンプラリー」も実施していて、グッズがもらえます。ぼくは一昨年版で5点セットをもらいました。ここのリストの美術館、博物館、水族館、動物園はほぼ制覇しました(2個ぐらい遠方は残した)が、正直子供向けの博物館もあるんです。そんなのは適当に。休みに行ったら大変よ、ガキの歓声で。
でもこのパスは2ヶ月有効なので暇人にはかなり遊べます。

関西もあります。

http://www.museum.or.jp/gruttoKANSAI/index.html

「ミュージアム ぐるっとパス・関西2007」がそれです。
パスには、無料入場券22枚、割引券59枚がついています。
大阪・京都・滋賀・兵庫・奈良・和歌山にある博物館施設、65館(博物館、美術館、ギャラリーなど)を利用できます。
一冊 1,000円  (3ヶ月間有効)
【参加施設内訳】
大阪エリア 22施設/京都エリア 18施設
滋賀エリア 4施設/兵庫エリア 9施設
奈良エリア 10施設/ 和歌山エリア 2施設
(合計 65施設)

確かに、美術好きにはたまらないパスだけど、暇人でないとちょっとこれらのパスはね。

当日急にというのなら、やっぱり格安チケットでしょう。
または新聞屋から主催の美術券をもらうか。ぼくの場合はアルト君。
これらの中にある、デパートの美術展は侮れませんよ。
ぼくは3年前に、東京の三越日本橋店で開催された「琳派展」を300円ぐらいで購入(定価は900円ぐらいだった)して行ったら、内容の充実ぶりにびっくりたまげた。
特に驚いたのは入り口に入ってすぐ左に、一双屏風で俵屋宗達作、『雷神図屏風』があったんです。これは、有名な国宝『風神雷神図屏風』とはまったくの別物で、雷神図だけの絵なのですがすごい堂々とした迫力ある絵だったんです。
どうも最近発見されたので、まだこんなすごい絵が、国宝にも重要文化財にも指定されてません。
あらゆる図書を探してもその絵はまだ載っていません。
こんな未知との遭遇もあるんですね。

以上がタクトの美術館・得々情報でした。
それと、前回薦めた本、『ヨーロッパ美術館ガイド』(書籍情報社)はもう廃刊みたいですね。良書なのに、残念!

えっ? また、“落ち”がない?
いいんです、パリに行けばミレーが代わりに『落ち穂拾い』してくれますから。

50タクト:2007/08/25(土) 03:22:52
ぶら〜ぼの話
最近、ミクシィの日記の書き込みを小まめにやっていて、その内容が『タクト通信』と重なることが多いと思います。
どちらかしか見れないという人のことも考えてしまって、両方に掲載することが多いですが、必ずしも内容がすべて一緒というわけではありません。
時々はこちらの『タクト通信』でしか書かないエッセイも入れていきますのでよろしくお願いします。
ただし、今回の「ぶら〜ぼの話」はエッセイではないのでミクシィの日記にも載せました。

昨日、国立オリンピック記念青少年総合センター大ホールで催された、「CABARET」(キャバレー仕立ての楽しめるクラシックコンサート)で世界指揮者人名事典として生オーケストラを相手に指揮してきました。
けっこう、この日を迎えるにあたりプレッシャーがありました。実際、アンフィニオーケストラとは過去3回共演して指揮はしていますが、今回は規模も倍になり、かなり達者なプロ(ドイツのオーケストラで首席フルートを5年やっていた新谷しのぶさんやトランペットの壽山忠身さん)も加わっているし、新しいメンバーも多いので協力してくれるかなと心配していたんです。
でもそんなのは杞憂に終わりました。
プログラムを見て、「あっ、最後の出番だ。もう腹をくくるしかない」
ボクの指揮する演奏は3人の指揮者でのトリッチトラッチポルカをやった後、最後はワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。
演奏中、ぐんぐんスウィングしていくのがわかり、最後の音がホールに鳴り響いた後、少しの静寂があって、最後、お客さんのかなりの方々が、
「ブラボー!」
と叫びながらスタンディングオベーション(お客が立って拍手をする)してくれました。
(これはビデオにも撮っているので、いずれは皆さんの前にお見せする機会もあると思います)
帰りでの大雨で、讃岐うどん「はなまる」で105円のかけうどんに天かすとカツオ節を山ほどかけて店員に怪訝な顔をされながら、1時間半粘って雨がやむのを待つのも、心地よい高揚感が残っていたので苦になりませんでした。
お忙しい中、来ていただいた皆様(本当に忙しい人は来れないと思うけど)、どうもありがとうございました。
こちらからも、お礼の意味をこめて、
「ぶら〜ぼ!!」

森さんの入院の件で、皆様に心配をしていただいて本当にありがとうございます。
森さんの話だと、8週間入院予定だということです。
ボクは、時々見舞いに行って、この際だから「東京ユニット」の新ネタを幾つか作って、復活した暁には、「復活ライブ」が出来るぐらいに仕込んでいきたいと思います。
だから、皆様、森さんの退院を心待ちにしておいてください。

51タクト:2007/08/25(土) 13:00:21
うれしいコメントの話。
ぼくの高校時代のブラスバンドで一緒にやっていた、その時はクラリネットを吹いていた女性で、今は「いきものがかり」のボーカルとだいたひかるの区別がつかないようなチャーミングな友達がいるんですが、ほんとうにうれしいコメントを送ってくれたので、今回はそのまま彼女が書いてくれた文をコピーして貼り付けます。
ぼくは気が小さいので、ちょっとした批判めいたことでも落ち込むし、こんなことを書いてくれたら俄然元気がでます。自分だけで楽しめばええやん、と思われますよね。でもうれしいんです。

(以下、友達のコメント文)

先日、偶然ネットで発見しマイミクに承認しあった高校時代の友人好田タクト氏が出演されるというのでコンサートに行って来ました。
たまに東京に出てくるという関西人はいても、案外阪神間から東京に移住している友達は少なく、東京在住の友達を見つけると嬉しいものです。

好田氏とは学生時代、そんなに話をいっぱいしたという記憶はないのですが、今でいう「不思議くん」系のキャラだったと思ってました。
あんまり怒ったところも見たことないし人の悪口を言ってるところも見たことないし女の子にもてているところも見たことがない(笑)。
高校出たあとでお笑い系に進んだと聞いたときは正直ちょっとびっくりしたという感じ。あんまり目立つポジションよりも隅っこの方でニコニコ笑って全体を見ている感じだったっけ。

最後に直接会ったのは高校の部活の顧問の定年退職飲み会だったかな。
そのあとは上の子がテレビで見ていたNHK教育番組の「あしたもげんきくん」という、教育番組なのか深夜放送ネタ番組なのかよくわからないわりと変な番組。

現在は指揮者の形態模写という、クラシック音楽の中でもごく一部のマニアにしかわからないであろう芸をするという、おそらく世界でただ一人のジャンルの芸人。
何年か前に彼が出した本を夫が見つけて買ってきました。
「クラシック音楽夢レース」
うちの夫ですら(ハードなオタ)よくぞこんな指揮者を…と言うものまで紹介されていて、変な本です。マニア向け。

んで、参宮橋の国立オリンピックセンターの大ホールで棒を振るというので行ってきました。

正直、学生券も出ているコンサートなんでレベルはそんなに期待してませんでしたが、なんとこれが思いもかけずハイレベルな楽団で少人数なのにホールをガンガン鳴らしておりました。
でもNPOなんですかね、この母体が。だから宣伝あんまりしてないのか入りが悪くて三分の一くらいでした。もったいない。
そんな感じで好田氏は2曲を振りました。
私は詳しくないんでイマイチですが、トリッチトラッチポルカでは3人の指揮者の形態模写メドレー。会場からは笑いが沸きますが、よく考えると有名な指揮者ってわりと雰囲気だけで棒を振ってるなという部分が見事に表現されていて、つまり楽団員は「指揮者なんてイラネーよ」と「のだめ」にあったようなことを思っているのかなと思わせる感じが出ていました。
2曲目がニュルンベルグのマイスタージンガー。
こんな小編成(めいいっぱい集めて30人くらい)でワーグナーできるんか?と思いましたが、これができるんだね。上手いオケだと。
最晩年の朝比奈隆で、これは本人の熱烈なファンが見たら怒るだろうけど、そうでない人間が見たらあまりの芸達者に笑えるものでした。
曲の中盤くらいになると気がゆるんで自分のスタイルが出そうなもんですが、一貫して「朝比奈隆」が振っておりました。
お見事!
ああ、一流の芸人やなぁと思ってしまいました。
音楽室の隅っこでチューバ抱えて大人しくしていた彼とは思えぬ雄弁なステージになんか、お母さんの心境にすらなってしまいました。


出演依頼はどうぞご本人に。

52タクト:2007/08/27(月) 02:11:35
ボクの感覚がずれているのか・・・の話
26日になっても、暑さが続く。
中学校の時、お盆の頃、夕方、半そでで外に出たらすごく寒い思いをした。

  あ、お盆を境に夏は終わるんやな・・・

その時に覚えた確信は、この温暖化の現代では完全に崩れさってしまった。

暑い中、秋葉原までカートリッジ用詰め替えインクキット6色セットを買いに自転車で行く。
DVD自主制作などのためにプリンター機で印刷をするのには、このタイプが一番安上がりだ。
シベリア文太から「兄さん、ほんま、ドケチノフ・セコセコビッチやな」という声が聞こえてきそうだ。
しかし、ない。どこにも、ない。
インターネットで調べて来たつもりだったのに。

  もう、暑くてたまらんがな!

結局、ヨドバシカメラにあるのは分かっていたので、散々安い店で探した挙句、ヨドバシでそれを買った。
そして急ぎ、次の目的地へ。


「遅いなあ、ちゃらんぽらんの冨好君、お前と会うの楽しみにしとったのに・・」
と、Wヤングの丸兄に毒づかれながら5656会館5階の浅草花月のなかへ。
ボクは招待券で入ったので席は一番後ろ。
満席ではないがわりと埋まっている。はとバスコースにもなっているのだろう。
なにげなくチラシに書いてある入場料の金額を見てびっくり。
  4,500円? 高っ!
浅草花月の興行は2時間。一日3回興行を打つ。もちろん入れ替え制。
最初は若手漫才が4連発だ。10分づつ演じる。テレビで見る顔も一組いた。

  おもろないなあ。ボクの感覚がずれているのかなあ。

Mr.マサヒロさんのマジック。ここから各自持ち時間15分。

  懐かしいなあ。そう言えば、新喜劇の今岡まきこ姉さん、後見やってたなあ。

ちゃらんぽらんさんが出てきた。テンポのある漫才で、客席がかなり起きてきた。

  昔、よく世話になったなあ。大西さん、7月の上野ミズドリ水上ステージで行われた東京演芸協会の総出演のイベントにひょっこり来て言うてたなあ。「東京で勝負かけるねん」 今から勝負かけるんかあ・・。 確か今、両国に住んでいるんちゃうかなあ。

Wヤングさんの登場。迫力ある漫才に場内大爆笑。

  先日、日テレで放送された『笑点』でのネタとちゃうなあ。さすがやなあ。考えて見ればWヤングって、やすきよと並ぶ漫才の横綱やってんもんなあ。丸兄は2代目の相方でそれでももう組んで23年たつんやなあ。平川師匠にもさっき挨拶しといてよかった。「東京きたら、ずっとキミがいるなあ」って言われたなあ。そして師匠は「さっき東洋館に前に行ったんや。懐かしい名前が並んでたなあ」やっぱり、浅草ってベテラン芸人が似合う町なのかなあ。ボクはなんやろ。

ネタの中で、丸兄が平川師匠に、
「ほんま、ええ人ですよ、このアホは」「ええ声してるなあ、死にぞこないやのに」 けっこう遠慮なしだ。
散々暴れまわった挙句、「うちら正統派漫才やのに」 どこがや!

ぼんちさんの漫才、桂三枝師匠の落語と続いて興行は終わった。
帰り、丸兄を待っていたら吉本の社員と出てきた。
「新喜劇にいた好田ですねん」と、丸兄が社員に言ったら、
「あの時は、かわいらしい顔しとったなあ」
丸兄に、後で、
「あの方、どなたでしたっけ?」
「忘れたんかいな。○○さんや」
  18年という歳月はおそろしいなあ。

浅草の居酒屋に丸兄と入った。
「冨好君も東京に来るみたいや」
「家族いるんでしょう?」
「ちゃらんぽらんは両方奥さんおるよ。子供もおるわ」
続けて丸兄は、
「東京はええわ。好田がおるし。東洋館の看板見たで。忙しそうやな」
「いいように見えるだけですよ。みんな、全然暇ですよ」
「じゃあ、来月も頼むわ。野球見に行きたいなあ」

丸兄といい、今や吉本新喜劇で一番偉いと言われる内場勝則兄さん、スーパー座長と人は言うけれど、どうしてこう内弁慶なんだろう。ほんま、ようボクを誘うわ。
他に会う人おらんのかいな。
内場兄さんなんて、奥さんの未知やすえ姉さんから、
「好田君、あんまりウッチーに酒飲まさんといてよ。好田君とやったら遠慮なしやから」

ま、誘われるうちが花なんでしょうけど。

53タクト:2007/08/30(木) 19:33:56
森さんの病室が変わりました。
先日、コント「東京ユニット」の相方の森さんが緊急入院されたのを話しましたが、その病室が変わりました。

B棟460号室(相部屋)です。

ただし、9月4日は手術の日なので、この日は面会に行っても会えないと思います。

入院先の病院は、JR京葉線新浦安駅(東京ディズニーランド舞浜駅の次)ちかくにある順天堂大学付属病院。
(住所 )千葉県浦安市富岡2丁目1番1号   047(353)3111

面会時間は、午後2時から8時までです。
暇を持て余していますので、見舞いに行かれたら喜ばれると思います。
ボクは見舞いに行く時は、チャリンコで行ってます。

明日8月31日は、「四谷こたん」でのライブです。
東洋館の出番の後、コタンに向います。
夜7時開演です。おもしろいです。ぜひ来てね。

執筆活動もいよいよ本気モード、しばらくは「タクト通信」のエッセイはお休みです。

54タクト:2007/09/01(土) 01:58:53
とりあえず、ホッ・・・の話
「四谷こたん」でのライブ、無事終わりました。
思った以上のお客さんがきてくれて、ほっとしています。

昼は東洋館の出演、夜がコタンとダブルヘッダーでした。
コタンでは50分間、いつもとは違う形でめいいっぱい演じました。
共演の寒空はだかさん、東京ガールズさんも熱演されてよく受けられていました。

これからも、四谷コタンでの活動も、大切に頑張ってやっていきたいと思いました。

55タクト:2007/09/01(土) 13:19:14
『タクト音楽祭』のチラシ公開中。
『タクト音楽祭』のチラシが私のホームページのトップページで公開しています。

http://www.geocities.jp/butsuzou28/index.html

チケット受付開始は、まだ未定です。
後日また詳細します。

56タクト:2007/09/08(土) 09:34:12
『江戸川雑学大学』講演
最近、部屋で缶詰になって執筆に追われていますので、書き込みがおろそかになっていて申しわけございません。
それなのに、告知だけはしっかりします。

9月9日(日)に「江戸川雑学大学」で2時間、講演します。
大道芸もすることになると思います。
観覧は自由ですし、無料ですのでお時間がある方はぜひ聞きに来てください。
おもしろい内容になると思います。
以下は「江戸川雑学大学」のホームページに記載されていた内容です。

お問い合わせ先

【事務局】

江戸川区一之江6-17-16

代表 小棚木隆光

Tel03-3651-4562

Fax03-3652-4693

日 時:9月9日(日)Pm2:00〜Pm4:00
会 場:都営新宿線「一之江駅」西出口駅前広場
テーマ:「クラシック音楽をもっと楽しく」<大道芸と講演>
講 師:東京都認定・東京都ヘブンアーティスト 好田タクト先生
○演芸番組・NHK教育TVの出演や吉本新喜劇に入団経験をもち、浅草東洋館や都内の寄席に定期的に出演されている。フランス、パリでのノンテール国際演劇祭にも招待されており、世界各地で大道芸をやりクラシック音楽の魅力を伝えたいとオーケストラの指揮者を形態模写で本物のように汗だくで熱演されます。
わざわざ一之江に来てくださり大道芸の披露と講演に出演してくださいます、お楽しみに

57タクト:2007/09/09(日) 19:43:32
きょうの講演のお礼と、タクト音楽祭の出演者・プログラムについて
今日の「江戸川雑学大学」に、来ていただいた方々、ありがとうございました。
「ホームページとか見て、来た人」って話をしたら、何人か手があがったので、改めてネットパワーに脱帽。
そして、わざわざ来ていただいて私の2時間の講演を拝聴していただいた方々、江戸川雑学大学のスタッフの皆様にも心から感謝いたします。
ありがとうございました。

11月4日の「タクト音楽祭」のチラシ、ポスターのデザイン作りが最終段階に入っています。
そこで、出演者のプロフィールと、プログラムを原稿から抜き出してご案内します。

<出演者>

・名和美代児(なわみょうじ) 日本一の名司会者。水前寺清子、三橋美智也、村田英雄、大月みやこなどの専属司会をつとめ、昭和のテレビ・ラジオでも活躍した。今回は、司会と、神業ともいえる「汽車音まね」でオーケストラと対峙する。東京演芸協会理事。

・森はじめ コントの神様。コントらぶこ〜る時代には、日本テレビ「お笑いスター誕生」でチャンピオンになった。師匠のレオナルド熊譲りの円熟味のある芸風は今がまさに旬。好田タクトとのコンビ「東京ユニット」は、寄席ではトリ(最後)での出番が多い。

・福岡詩二 ヴァイオリン・パフォーマー。浅草の芸をずっと守り続けてきた一人。大道芸の名人としても知られ、野毛大道芸の草分けでもある。大正演歌の顔も持つ。東京演芸協会理事。東京都認定へブン・アーティスト。

・京本千恵美 世界的に活躍している、日本有数の女性コメディアン。パントマイム等の身体的なコメディーは、各方面の評価も高く、ブレーク中のオオタスセリさんのライブでも、欠かせないキャラクター。東京都認定へブン・アーティスト。

・大飼道雄 テノール歌手。クラシックからポップスまで幅広い活動。日本人離れした歌唱力にどぎもを抜かれてください。

・クロード小林 アンフィニ・オーケストラの音楽監督。ベルリンでのプロオーケストラ演奏活動を経て、帰国後、1900年初頭からヨーロッパで流行った、サロン型オーケストラの普及に努め、観客とより近くになる演奏会を目指している。好田との出会いは、寄席通いをしていた小林氏が、「なんだ、これは」と、声をかけたことから始まった。

・アンフィニ・オーケストラ 海外オーケストラ在籍経験者や、国際コンクール入賞者を演奏者に揃える、サロンスタイルのプロオーケストラ。好田は何回か指揮をしたことはあるが、クラシック音楽側のオーケストラが寄席の舞台に上がって演奏するのは画期的なこと。アウェイ状態で、どんな演奏会になるのか、団員でもわからない。

・好田タクト 世界で唯一、著名な指揮者の形態模写を永年やり続けている。東京演芸協会会員。東京都認定へブン・アーティスト。著書「クラシック音楽夢レース」(キングベアー出版)、「もう一つの上方演芸」(たちばな出版)。今回、この音楽祭にあわせて、新たな本が出版されるという噂が・・・?

<メニュー>

・世界指揮者人名辞典 小澤征爾、朝比奈隆、カラヤン、ジェームス・レヴァイン、カルロス・クライバー、ストコフスキーもどきが多数登場。曲はワーグナー「ニュルンベルクのマイスタージンガー」、パッヘルベルのカノン等。
・京本千恵美の白鳥の湖、他
・迷ヴァイオリニスト カーネギーホール演奏再現。
・ホースとじょうごとオーケストラのための狂騒曲
・天国と地獄 JR編
・東京ユニット「万引きコントとその後」生オーケストラ入りバージョン
・名人対決 汽車音楽は発車できるのか?
・ラデツキー行進曲、星条旗を永遠なれ、お客様参加協力型。
・オペラーマン参上 プッチーニ「誰も寝てはならぬ」、タイム・ツー・セイ・グッドバイ、大阪弁の魔笛。          Etc・・・

・開場時間の6時から、オープニング演奏で皆様をお迎えいたします。
音楽祭は約2時間 終演は8時半の予定です。

       (なお、メニュー、出演者は変更の場合もおおいにございます)

58タクト:2007/09/21(金) 08:49:57
脱稿しました。
しばらく、BBSの書き込みができなくてすみませんでした。
依頼されていました原稿が、なんとか脱稿しました。

この20日間、演芸の仕事以外はずっと缶詰。
睡眠時間も3時間に抑えて、特にこの3日間は不眠不休でした。

おそらく、出版は11月の「タクト音楽祭」には間に合わせてもらえると思います。
各書店の店頭にも並ぶと思いますので、どうぞ楽しみにしていてください。

今回、勉強になることが多々ありました。
ひとつには、エッセイ集などを短期間で書く方法のひとつを編集者から教わったことです。

まず、内容が予想される目次の題名を細かく立てる。
50とか100とか。
MDなどに口頭で録音し、あとで口頭筆記を自分でする。
実際、口頭筆記はしなかったが、全体の目次を立てるのはかなり効果があった。
目次を立てないと、書き始めは順調でも必ず詰まる。
目次を立てると、書くことが浮かばなかったら飛ばして、書きたいところから書く。
パズルみたいに、徐々に全体が埋まっていくようにする。
ずっと目次を意識していると、書きたいことがあるとき、ぱっと浮かんでくるものです。

どうです。これから何か書こうとしている方、ぜひ一度、お試しあれ。

本に関しての詳細は、また後日書き込みます。

59タクト:2007/09/21(金) 08:53:44
さあ、再始動。
眠い目をこすって、いざ東洋館へ。
劇場スタッフに、早速「タクト音楽祭」のポスターを何枚か貼ってもらい、チラシを置く。
楽屋に入って、ニュースペーパーさんと挨拶。
安倍退陣で、安倍、小泉、麻生、福田物真似の政治ネタで今、テレビの出演、新聞の取材とすごく忙しい。風が吹いている。
舞台をつとめ、ロビーでお客としばし歓談。
帰りに浅草のいくつかの店に置きチラシを頼む。

家に帰り、しばらく相手できなかった猫と、ねこじゃらし。
西新宿に行って、アンフィニと打ち合わせ。
「絹16・ぎゅっと渦」をやっている下北沢空間リバティに行って、音楽祭のチラシ入れ。
会場で木村まりさん、寒空はだかさん、だるま食堂さん、スタッフと挨拶。
25日は私の出番だ。オオタスセリさんも一緒。気合が入る。

夜、新宿で大阪からルミネ出演に来ている吉本のWヤングの丸兄と、シベリア文太と3人で魚民で飲み、麺通団のうどんで締め。
夜中、昼間あれだけ眠たかったのに、目が冴えてしまっている。
完全に生活サイクルが変わってしまった。

今日から、「タクト音楽祭」に向けてチラシを配りまくつもり。
いいものを提供したい。

60タクト:2007/09/23(日) 13:02:22
♪『タクト音楽祭』チケット受付開始
♪『タクト音楽祭』のチケット受付を開始します。

日時:11月4日(日)6:00PM開場

場所:浅草東洋館(浅草演芸ホール右隣入口)

料金:3,000円

チケットの申し込み:03−3368−2043、E−mail:ticket@art-music.net

今回は、日本サロン・コンサート協会のチケットシステムを利用しています。
公演名、お名前、人数をお知らせください。
振込先をお聞きの上、振り込んだ時の控えを会場にお持ちください。それでチケットと交換の照合になります。
もしくは、チケットを郵送します。
わからない点がございましたら、ホームページにあるオフィスライスからのメールか、私に直接(メールでもかまいません)ご連絡ください。
ご返事いたします。

チケット買っていただける方や、告知していただける方がいらっしゃったらぜひご紹介ください。
どこへでもかけつけます。

生オーケストラと浅草芸人のミスマッチ。文化庁芸術祭参加公演。

<出演者>

・名和美代児(なわみょうじ) 日本一の司会者
・森はじめ コントの神様。好田タクトとのコンビ「東京ユニット」の相方
・福岡詩二 ヴァイオリン・パフォーマー
・京本千恵美 日本有数の女性コメディアン
・大飼道雄 テノール歌手。
・クロード小林 アンフィニ・オーケストラの音楽監督
・アンフィニ・オーケストラ サロンスタイルのプロオーケストラ。
・好田タクト この音楽祭にあわせて、本が出ます。

<公演メニュー>

・世界指揮者人名辞典 小澤征爾、朝比奈隆、カラヤン、ジェームス・レヴァイン、カルロス・クライバー、ストコフスキーもどきが多数登場。曲はワーグナー「ニュルンベルクのマイスタージンガー」、パッヘルベルのカノン等。
・京本千恵美の白鳥の湖、他
・迷ヴァイオリニスト カーネギーホール演奏再現。
・ホースとじょうごとオーケストラのための狂騒曲
・天国と地獄 JR編
・東京ユニット「万引きコントとその後」生オーケストラ入りバージョン
・名人対決 汽車音楽は発車できるのか?
・ラデツキー行進曲、星条旗を永遠なれ、お客様参加協力型。
・オペラーマン参上 プッチーニ「誰も寝てはならぬ」、タイム・ツー・セイ・グッドバイ、大阪弁の魔笛。          Etc・・・

・開場時間の6時から、オープニング演奏で皆様をお迎えいたします。
音楽祭は約2時間 終演は8時半の予定です。

みなさまのご来場を心からお持ちしております。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000105.jpg

61タクト:2007/09/25(火) 09:48:38
東京国立博物館の熱い日
昨日、出版社のかたと打ち合わせ。
書き上げた原稿が没の嵐。うっっ・・・。
手直しもけっこうあって、まだ数日は地獄の日々が復活。
でもこだわりの中でのプロセスなので、これは当然、さあ最後のがんばりだ。

23日(日)は町田森野住吉神社で、奉納寄席に行ってきた。
二つ目になられた談奈さんの司会のもと、講談の貞秀さん、福岡詩二さん、だるま食堂さんとご一緒。
みんな気心知れた人ばかり。
お母様のあとを引き継がれた美人の娘さんが、東京プロデュースセンター(興行会社)を仕切っていくことになりそうだ。
だるま食堂さんは、いまや女性コントとしては日本一の貫禄。10月下旬にはお芝居もされます。

今日は、下北沢にあるしもきた空間リバティで「絹16・ぎゅっと渦」の本番。
オオタスセリさん、寒空はだかさんも出る。私もがんばります。まだ、当日券も出ると思いますので、ぜひ来てね。開演8時です。

これからは、美術に興味のない方はスルーしてください。

いま、東京国立博物館は一年で一番熱い時期です。
それは、今年も、秋の中国美術の名品展として「中国書画精華」と「東洋の名品―唐物」が開催されているからです。

日本には古くから中国の書画、名画が舶載され、それらは日本美術にも大きな影響を与えてきた。
それらはもう中国には伝わることがなく、今日、日本においてのみ伝世しているものも少なくない。
中国の芸術の神髄、唐・宋・元・明・清の歴代の書画が東洋館で(寄席小屋ではない)、「東洋の名品―唐物」は本館で陳列されている。
期間は2ヶ月だが、入れ替えがあるので1ヶ月だけの展示もある。

はっきりいって、ラインアップがすごすぎる。

梁楷の三幅対のほか、伝胡直夫の夏景山水図(久遠寺蔵)、伝毛松の猿図、青磁下蕪瓶(アルカンシェール美術財団蔵)、青磁茶碗(銘 馬蝗絆)など、唐物の名品がおしげもなく出展されている。展示作品は以下のとおり。

国宝 夏景山水図 伝胡直夫筆 南宋時代・13世紀 山梨・久遠寺蔵
国宝 雪景山水図 梁楷筆 南宋時代・13世紀
国宝 出山釈迦図 梁楷筆 南宋時代・13世紀
国宝 雪景山水図 伝梁楷筆 南宋〜元時代・13〜14世紀
国宝 青磁下蕪瓶 中国・龍泉窯 南宋時代・13世紀 東京・アルカンシェール美術財団蔵
重要文化財 二祖調心図 伝石恪筆 南宋時代・13世紀(2007/9/30まで展示)
国宝 十六羅漢図(第三尊者) 北宋時代・10〜12世紀 京都・清凉寺蔵(2007/9/30まで展示)
国宝 十六羅漢図(第五尊者) 北宋時代・10〜12世紀 京都・清凉寺蔵(2007/10/2から展示)
重要文化財 寒山拾得図 伝顔輝筆 元時代・14世紀(2007/9/30まで展示)
国宝 紅白芙蓉図 李迪筆 南宋時代・慶元3年(1197)(2007/10/2から展示)
重要文化財 山水図 李在筆 明時代・15世紀(2007/10/2から展示)
重要文化財 四万山水図 文伯仁筆 明時代・嘉靖30年(1551)(2007/10/2から展示)
国宝 瀟湘臥遊図巻 李氏筆 南宋時代・12世紀(2007/10/2から展示)
花卉雑画巻 徐渭筆 明時代・万暦3年(1575) 高島菊次郎氏寄贈(2007/10/2から展示)
国宝 碣石調幽蘭第五 唐時代・7〜8世紀
国宝 古文尚書巻第六 唐時代・7世紀
国宝 世説新書巻第六残巻  唐時代・7〜8世紀
国宝 王勃集巻第二十九・三十 唐時代・7〜8世紀
行書虹県詩巻 米ふつ筆 北宋時代・崇寧5年(1106)
王史二氏墓誌銘稿巻 黄庭堅筆 北宋時代・11世紀
楷書玄妙観重脩三門記巻 趙孟ふ筆 元時代・14世紀

いまでこそ、日本の国宝(絵画)は雪舟や俵屋宗達、狩野永徳、尾形光琳などが幅を利かせているが、幕末まではなんといっても、梁楷や牧谿、李迪が第一位だった。

今回のなかでも、『紅白芙蓉図 李迪筆』と『雪景山水図 梁楷筆』は特に秀逸だ。
これを見ることができれば、いつでも死ねる?

しかも、常設会場での展示だから、600円。(先日の敬老の日はただだった)。パスポートを持っていればもちろん何回も行ける。
しょうもない、美術展に多くの人にまみれていくよりも、はっきり言って全然価値がちがう。

この期間は、東京国立博物館が秘かに勝負をかけている、「熱い時期」なのだ。

62タクト:2007/09/28(金) 06:14:53
没原稿供養。第二回「コンバットマーチ」の話
没原稿の第二弾です。
時間のない方は、スルーしてください。
なお、母校の明石南高校はいまは吹奏楽の名門で、普門館(吹奏楽の甲子園)にしょうちゅう出ています。


      コンバットマーチ


コンバットマーチ・・・《(和)combat+march》野球で、応援団が味方のチームや選手のために吹奏する応援曲。

私たちの世代は、少年時代には梶原一騎作・川崎のぼる画の「巨人の星」というスポ根野球漫画がテレビで3年間放送されたこともあって、すごく人気があってその影響でまわりでもかなり野球少年が多かった。
私も中学時代は野球部だったが、明石南高校というところに入学して一年生のときの担任が音楽の高橋先生だった。
その高橋先生から勧誘を受けた。
「好田、音楽好きやったらブラスバンドに入れへん?」
「じゃあ、僕はフルートが好きやから、フルートやりたいです」
「よっしゃ、よっしゃ」
中学時代の野球仲間からは、
「好田、高校でも一緒に野球やろうや」
「あかん、あかん。兵庫県なんか滝川とか報徳とか東洋大姫路とか強い私立がいっぱいあんのに、公立が甲子園いけるわけない。
僕は好きな音楽するわ」
で、私はブラスバンドに入り、野球部は私が2年生のときに夏の甲子園に出てしまった。

ブラスバンドに入ったら、高橋先生は、
「好田、フルート経験者でいっぱいやねん。
 運動やってた好田にはこれがええわ。合奏では大事な楽器や」
と与えられた楽器がチューバ。
うつぼかずらのような形で最低音を受け持つでかい楽器だ。
しかも写真撮られたら、広島の古葉監督みたいに顔が半分隠れる。
そして野球部を応援するときには、ミッキーマウスの絵などが張られたスーザフォーンというむちゃくちゃ重たい楽器を肩から担いで演奏することになる。
後ろの女の子から、
「好田君、見えへんやないの!」
「無理ゆうなよ。俺、こういう楽器やねんから・・・」

県の予選であれよあれよと勝ち抜いていく野球部をアルプススタンドから応援しながら心の中で、

  もう充分やろう。楽しんだやろ・・・

願いむなしくわが母校の野球部は、後のドラフトで巨人に一位指名された好投手林を擁する市立尼崎を決勝戦で1−0で破ったのだった。
なんでも県立高校が甲子園に出るのは60年ぶりだとかで(古くは明石ー中京の延長25回があった)、明南(母校の愛称でめいなんと呼ばれている)は大騒ぎ。
「いよいよ甲子園や! 応援頼んだで!」
「吹奏楽コンクールと日にちが重なってます・・・」
「アホ! 甲子園とコンクールどっちが大事や!」

明南は1回戦は不戦勝。
2回戦は東北ナンバーワンの安積(あさか)商業。
もうこれまでやろう・・・。
奮闘する野球部。しかも真夏の炎天下。延長14回・・・
アナウンサーが、
「甲子園球児は大変ですねえ」

  俺のほうがもっと大変じゃ・・

僕の楽器は本当に大変なのでいつも汗ダクダク。
今だったら「ハンカチ王子」だ。
もう何百回吹いただろう。心のこもっていないコンバットマーチを。
アルプススタンドからの僕の願いもむなしく、明南はまたも勝って3回戦へ。
そこで日大山形に敗れて、やっと私の夏も終わったのだった。

二学期が始まって、野球部で大活躍した同じクラスの細田君が、しょっしゅう私を家に呼んで、しばらく遊んだ後、お菓子が出てきて、
「じゃあ、そろそろあれ見よか」
いつも見せられるのは、甲子園で3塁打を打った細田君の雄姿が写ったビデオだった。
そこには私の吹く心のこもっていないコンバットマーチも、しっかりと録音されていた。

63タクト:2007/09/29(土) 14:10:17
10月30日に実業之日本社から私の新刊が、800円で発売
★10月30日に実業之日本社から私の新刊が、800円で全国書店にて売り出されます。

本のタイトルは火曜日に決定します。
「タクト音楽祭」は、新刊お披露目コンサートにもなります。
ちょっと、今から急な展開でドキドキしています。

「タクト音楽祭」のチラシ、またはチケットご希望の方は、お問い合わせのメッセージ欄に住所と名前を書いて送ってくださいね。
ちなみに、東洋館や上野広小路亭など、お世話になっている寄席にはチラシはもう置いています。

64タクト:2007/09/30(日) 17:23:16
『世界一楽しい タクトのクラシック音楽館』
今度でる本のタイトルです。
これでいくと、編集長が言っていました。

実業之日本社
じっぴコンパクト(新書のシリーズ名)

好田タクト著
『世界一楽しい タクトのクラシック音楽館』
税込定価800円
2007年10月31日全国書店にて発売予定

立ち読みだけせずに、買ってね。

11月4日の『タクト音楽祭』でも販売予定ですが、混雑するとどうなることやら。

65タクト:2007/10/02(火) 22:03:27
『お笑い大行進』あります
今度の日曜日に目黒で催される東京演芸協会の『お笑い大行進』、自分の『タクト音楽祭』のほうに必死で、告知しそこなっていました。

★「東京演芸協会創立四十五周年記念特別公演」
  秋祭り
 『お笑い大行進』

 平成19年10月7日(日)
 目黒区民センター(JR目黒駅(西口)、東急目黒駅より徒歩10分)
 開場 12:00 開演 12:45 終演 20:00(出入り自由)

 東京演芸協会の芸人総出の記念演芸です。ウクレレ漫談「あ〜、いあんなっちゃった、おどろいた♪」の会長の牧伸二はじめ、野菜漫談はたのぼる、松鶴家千とせ、原一平、ミスター梅介、サムライ日本、ぶるうたす、あさひのぼる、三増紋也など、はっきり言って「懐かしい味」オンパレードです。
7時間もありますので、日曜の午後はたまには、「昭和のレトロ」、名人芸(?)オールウェーズに浸りませんか。なんせ東京演芸協会60名の芸人が一堂に揃って出るのもそうそうありません。
私は今回は、「東京ユニット」の相方の森さんが入院中ですので、ピン芸の指揮者芸「好田タクト」で出ます。出番は、13:50頃だと思います。いつもはこういう会は、芝居とかにも駆り出されて忙しいのですが、今回は『タクト音楽祭』の告知だと割り切っています。
出番以外は、『音楽祭』の前売りなどの受付をするためにロビーで暇していますので、どうぞ会場に来た方は私と遊んでやってください。

出演者は、10枚ずつチケットを持っています。
入場料は3,000円ですが、私はまるまる券を残してしまったので、半額の1,500円でいかがでしょうか。メッセージでお知らせください。取り置きチケットにしておきますので、会場でそのまま券を受け取って入ってください。あとでロビーで私と会いましょう。
しかし、日にちが過ぎるのは早いなあ…。
「大行進」、なんかすごい、行進やなあ。
どうぞ御慈悲あるお笑い好きのみなさま、よろしくお願いします。

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66タクト:2007/10/02(火) 22:16:23
『日替わり☆スセリ劇場』・第二幕「クラシックの夕べ」に出陣
ごぞんじ、いま、ブレーク中のオオタスセリさんのライブに、出させていただきます?

『日替わり☆スセリ劇場』

10月19日(金)19:30開演 (開場30分前)

下北沢小劇場 楽園 (本多劇場 裏向かい 地下一階)?03−3466−0903

前売 2,500円  当日 2,800円 全席自由 日時指定

ご予約 絹産業・きむら 03−5856−3200 suseri524@yahoo.co.jp

第二幕 「クラシックの夕べ」

ゲスト 永六輔、NHK交響楽団第一ヴァイオリン 齋藤真知亜、好田タクト

永さんのナビで、N響の齋藤さんの演奏、私の指揮(?)、オオタさんの歌とコントが合体。
この出演は、すごく名誉なことです。だから、少しでも応援団がいて、アウェイ状態じゃなくなるとうれしいのです。でも私には友達が…。
ぜひ、怖いもの見たさでお越しください。
いまから、プレッシャーと期待でワクワク、ドキドキです。
予約はしていったほうが、いいと思います。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000118.jpg

67タクト:2007/10/11(木) 11:13:36
斉藤れをさんの話
斉藤れをさんが死んだ。
日曜日の東京演芸協会の「お笑い大行進」の楽屋で、「変死だってさ、れを変死」とニュースのように言っている芸人がいた。
なんでも、今月2日に死んでいたところを介護人が発見したらしい。
インターネットで、れをさんのプロフィールを見つけた。

「斉藤 れを」
1935年10月27日、東京都世田谷区生まれ。
昭和35年、新宿ミュージックホールにコメディアンとしてデビューし、初舞台を踏む。
その後、軽妙な芸風でコメディー・軽演劇・ボードビルをこなし、
浅草・新宿・池袋などの各劇場で大活躍をする。
また、「大坊・小坊」の名で漫才コンビを組み、大いに名を
馳せる。
しかし、昭和53年に志すところあり、大道芸を研究し、そ
の芸の深さに心酔し「バナナの叩き売り」、「ガマの油売
り口上」などを軸として、現在関東はもちろんのこと、
全国的に各種イベントで大活躍中である。

しかし、実際は活躍中ではなかった。
芸人仲間で、「れをさん、ボケてる」という人が多くなり、ここ2年ほどは演芸場にも出なくなった。
ぼくはけっこう仲が良かった。というよりかわいがられた。
それは、れをさんがクラシック音楽大好きだったからだ。
僕の指揮芸を見て、「いいねぇ、いいねえ!」
でも、演芸場出たてのときはぼくはしゃべりも入れなかったので、それほど受けていたわけではなかったのだが、楽屋で「勉強になる」なんて、れをさん、牧会長の前で言ったりするものだから、逆に「れをさん、もうやめて」と心の中で思ったりもした。
れをさんは、「今度、ブルーノ・ワルターをやってくれ」
「そんな、マニアックなリクエスト、客にもいないですよ」
「いいんだよ、わからないやつぁ、俺が見たいんだ」
でも、話が長くなるから、はい、はいと生返事していた。
数年たって、話をしていたら急にれをさん泣き出したりしたから、
  あれ、れを師匠、精神的にもろいのかな
と、思うようになった。
しばらくして、演芸場で見なくなった。協会も辞めたと最近知った。そして、先日知ったれをさんの死。
世間は誰も知らない。

東京ボーイズのリーダーの旭 五郎さん(あさひ・ごろう、本名大内重昭=おおうち・しげあき)が8日に亡くなった。63歳。
テレビでも歌謡漫談グループとして活躍してたし、ボーイズバラエティ協会副会長も務めていたので、こっちはけっこう大きなニュースとしてとり上げられている。

 11月は、4日が「タクト音楽祭」、6、8、10日が国立演芸場定席(私の出番は1:15から15分間指揮者芸)、20日が舞踏家に呼ばれてゲスト出演、25日が【第5回 GO!ヒロミ44’の帰ってきた漫談日本一決定戦】出演:GO!ヒロミ44’、元気いいぞう 、みつまJAPAN’、殿方充 、好田タクト、マキタスポーツ(未定)、猫ひろし(未定)
なんと、一貫性のない出演プログラムなんだろう。
もちろん、合間には寄席も出るし、大道芸もするし、東京ユニットのコントも少しづつしていきます。
たぶん、出版イベントも入っていくので、全国の書店に回ることになると思います。前回の出版の時もそうだったので。そのときは、シベリア文太に手伝ってもらって全国をまわった。もう、玉ちゃんは売れっ子になってきたから、無理やろうな…。

「あなたのことを永六輔さんと木村まりさんが、先日のラジオで話してたわよ。それもかなり長く」って何人かの人に言われました。でも、ぼくそのラジオ聞いていないのです。少しでも、「タクト音楽祭」につながるとうれしいのですが…。

68タクト:2007/10/11(木) 12:00:56
「みゃあ」の話
朝、ブルータスさんから電話がかかってきて、
「タクト、きょうの東洋館、俺の代わりに出てくれない?」
「えっ? ぼく今日出番ですよ。東京ユニットで中入後に出ますよ」
「だから、そのあとにピンで出てよ」
「えっ? 続けてですか…? そんなこと、していいのですか?」
「いいよ、いいよ。おまえ、コントとピン、やっていることかなり違うし、劇場とか協会の変更手続きはやっとくから、頼むよ」

急きょ、3時から東京ユニットのコント(森さん入院していたから2か月ぶり)と、そのあとすぐ、3時15分から指揮者芸。そのあとには、牧伸二会長の出番が続く…。
着替えどうするんだろう。
それに、お客もびっくりしないかな?
寄席に出たい芸人、いっぱいいるのにこんな連チャン、みんなに何か言われないかな…。
ま、僕の責任ではないけどね。
そして東洋館が終わったら、急ぎ、国立小劇場、それからオペラシティでオーケストラの鑑賞。昼には、浅草の各お店へ「タクト音楽祭」のポスター貼り…。ハードだなあ。


昨日の夜は、アンフィニ・オーケストラのクラシック寄席の日でした。
楽団のみなさま、お疲れ様でした。
第二水曜日は浜松町の「サン・ミケーレ」というイタリアンレストランで、クラシック寄席をやっていて、ぼくもよく出ます。昨日の夜も満席で、お客さんの予約申し込みを満席のためにかなり断っていました。

猫のミー子がテンションが高くて困っています。
壁に爪とぎをするから、怒ろうとしたら手に持っているスパゲティをひっくりかえしてしまい、ノートパソコンがスパゲティだらけになってしまった。
その様子を見ていたミー子は、つぶらな瞳で、
「みゃあ?」

69タクト:2007/10/12(金) 09:43:20
(無題)
きのうの上岡敏之指揮(ピアノも弾いた) のヴッパータール交響楽団は、すごい演奏会でした。
演奏終了後も、スタンデヒングオベーションが鳴りやまず、一度引っ込んだオーケストラも再度出てきて、指揮者とともに定位置でカーテンコール。アンコールもないのにだ。
私は長らくクラシックのコンサートを見てきたが、再度オケが登場して並びなおしてカーテンコールにこたえるなんて見たことがない。
それだけ、お客が熱狂したのだ。
まさしく朝比奈隆の再現だった。
上岡さんも、自分の手兵の楽団だけに本当に上岡の世界を作り上げていた。特に「悲愴」交響曲。
音楽関係者も多数きていたので、おそらく上岡争奪戦は熾烈を極めるだろうが、私はマルティン・シュナイトが22年かけて礎を築いたこのオーケストラと、上岡のコンビでいつまでも一緒に歩んでほしいと思った。
「タクト音楽祭」の案内を音楽関係者やご招待したど真ん中猫さんたちに、しまくった。

東京ユニット復活。
すごくよく受けた。
森さんも幸せそうだった。
ぼくは指揮者芸もあったので、楽屋から出るのが遅くなったが、森さんはずっと待ってくれていて、待っている間すごく饒舌だった。
よっぽどコントができたのがうれしかったのだろう。
ぼくもうれしかった。

内藤が亀田弟を破って防衛した。
終わってのコメントをテレビのニュースで聞いていて、清々しさを感じた。

朝ドラの「ちりとてちん」が早くも面白くなってきた。
朝ドラはいつも、エンジンがかかるのが遅いのに。

今日の日記の結論。
「地道の積み重ねが、すごい世界を作る」

私も、きょうも地道に「音楽祭」と新刊の案内状を書きまくります。
新刊の本の装丁、素敵ですよ。
近々、アップしますね。

70タクト:2007/10/13(土) 13:08:54
新刊の装丁
昨日、シュナイト指揮・神奈川フィルの演奏会を聴きにみなとみらいホールへ実業之日本社の編集長と行ったら、「今度の『世界一楽しい タクトのクラシック音楽館』の装丁、こんな感じだよ」とデザインをコピーしたのをもらいました。
巷より一足早く公開します。
本屋に行ったら、この表紙の本を見つけてくださいね。

きのうの演奏会の感想?
音楽評論家の宇野功芳(うのこうほう)ばりに言えば、

「上岡敏之指揮・ヴッパータール交響楽団も凄かったが、私はシュナイト指揮・神奈川フィルをとる!」

そうです。きのうは歴史的な演奏会でした。
一緒に行った人も、「マタチッチの演奏会以来の感動!」と本気で涙を流しておられました。
もう、筆舌には尽くせません。
ほんとうに、すばらしい演奏でした。
気になったのは、シュナイトは譜面台の上に写真らしきものを置いていたこと。
なにか意味があったのでしょうか。
それと、いつもは柔和な表情でシュナイトは指揮をされるのですが、いつもいじょうに厳しい姿勢で緊張感を持って指揮をされていたような気がします。
ソリストの松田奈緒美(ソプラノ)さんもすばらしかったですね。
おそらく年末の年間音楽評論では、評論家の方々は上岡敏之指揮・ヴッパータール交響楽団の来日演奏を上位に押して、今回のシュナイト指揮・神奈川フィルのは気にもとめてくれないのでしょうが、ほんとうのいい演奏がこんな身近にあることを私たちは感謝しないといけないと思いました。(生意気言ってすみません)
シュナイトを新刊のなかに書いておいてよかった、とつくづく思いました。

同行の方が音楽ジャーナリストなので、今度の新聞記事に書くからということで一緒に楽屋に行きました。
なんと、きのう見たヴッパータール交響楽団の方々が来ているではありませんか。
考えてみれば理解できます。
ヴッパータール交響楽団はシュナイトが22年間手塩に育てた楽団ですから。
空き日でかつての師匠を訪ねにきたのでしょう。
ヴッパータール交響楽団のコンマスは、白い髪の女性なので一発でわかります。
同行のジャーナリストがうれしそうにシュナイトさんと話をされていました。
私はぽつんと廊下の後ろで待ってました。
最後に神奈川フィルの事務局の方を紹介されて、
「えっ? 好田タクトさん? 私、あなたの『クラシック音楽夢レース』愛読してますよ」
ですって。
よかった、本を出しておいて。
もちろん、今度の本もおもしろいですよ。

きのうは心地よい気分で午前様帰りになりました。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000125.jpg

71タクト:2007/10/20(土) 01:42:29
凄まじいスセリライブの話
『日替わり☆スセリ劇場』の「クラシックの夕べ」に出た。
凄まじかった。
感激した。

午後5時に劇場入りだったので、4時半に入ったのだが、入った瞬間すごい緊張感。
ギリギリまで、スセリさんと永六輔さん、齋藤真知亜さん、それに永井寛孝さんが舞台を詰めていたのだ。
「えっ? ぼくは遅れてきたのか?」 と思ってしまったほど。
じつは、この日まで自分が何をするのか知らされていなかった。
こんな感じでと、全体の流れと自分のやることを聞き、齋藤真知亜さんに一回だけ音楽を打ち合わせて本番。

90分間、お客さん笑いっぱなし。沸きまくる客席。
キャーキャー、ミーハーな客ではもちろん、ない。

  なんだこれは。こんな受けてるライブ、最近見たことないな。

と思えるぐらい、客を休ませない。
正直、思った。

  こんな受けている舞台に自分が出ていって沈まらせたらどうしょう…。

私は舞台に出る前はプレッシャーを受けないのだが、今日は緊張した。
しかし杞憂だった。
永さんまでもが、ブラボ−!と叫んでくれた。

私はそんなに舞台を出たわけではなかったが、それでもこんな素敵な舞台に出れたことを誇りに思った。

オオタスセリさん、ありがとうございました。
永六輔さん、ありがとうございました。
齋藤真知亜さん、ありがとうございました。
スタッフだった木村まりさん、永井寛孝さん、WAKAさん、すべてのスタッフの皆様、ありがとうございました。
お客様として来ていただいた声優の田中真弓姉さん、指揮者のどまんなか猫さん、寒空はだかさん、ヒロよっしーさん、すべてのお客様、ありがとうございました。

私は思った。
私は今日一日だけ、それも一部の参加だったが、スセリさんは日替わりで、5回もこんな舞台を創るのか。
なんとすごい、迫力のある、素敵な舞台人なんだろう。

凄まじいスセリライブ。
これは、お笑いの金字塔になるかしれない。

72タクト:2007/10/21(日) 08:45:38
1976年のアントニオ猪木 狂気の源
きのうの昼は、前日舞台に立った下北沢小劇場「楽園」で観客席から「スセリ劇場☆新作発表」を見た。
ぶっちゃーさんも来ていた。
ぼくは一番後ろから見ていたのだが、笑ってしまった。
一生懸命演じるオオタスセリさん、それを腕組みしながら微動だにせず見つめるブッチャーさん、その2列後ろがぼくの席。

  なんか、ネタ見せしているみたい…
  ぶっちゃーさん、若手芸人をたくさん育ててきた時のように、またダメだししているかな…。

ライブが始まる前に隣の席の男女の年輩のお2人が話をしている。
「森はじめさん、保険に入って一ヵ月後に骨折したんですよね」
森さんの話だ。どうやら、ぼくのことに気がついていないらしく、まさか相方が隣の席にいるなんて思ってもいないのだろう。
思わず、耳がダンボになってしまった。
ぶっちゃーさんが帰り間際に挨拶をしていたので、作家の○○さんだわかった。

スセリ劇場はきょうが最終日。
新作発表のときこそ、ほんとうのスセリさんの狂気が見れる。
その最後のチャンス。
当日来た人をまず断ることはないと思うので、休みの人は行かれてみてはいかがですか。一応電話してみたほうがいいかも。
楽園の電話番号03−3466−0903(本多劇場隣、地下。北沢2−2−6)

下北沢を久しぶりに歩いてみた。
劇場も増えている。
前は3つの劇場、駅前→スズナリ→本多劇場が劇団の階段みたいなものだったが、もう8つぐらい劇場があるそうだ。
店も随分増えて、かなり奥まで賑やかだ。人も多い。
活気あるなあ。率直な感想。

夜は前日競演したN響の齋藤真知亜さんがオーケストラを指揮をするので、池袋にある芸術劇場大ホールに行った。
2千人近く入る劇場が満席だ。
すごいなあ。
軽妙でソフトな語り口の齋藤真知亜さんの解説が入って、おおいに盛り上がる。
しかし指揮は静かながら狂気のマエストロに変身。
コンサート終りで楽屋にいったら、やさしいパパ真知亜さんに戻っていた。
帰りしなに、指揮者の津田先生と中華料理屋へ入る。
執筆活動をしていて、夜食を重ねることで一気にリバウンドしたのに、こう毎日人と食べていいのだろうか…。
でも、津田先生の勧めてくれた店はうまかった。
津田先生に指揮を習うことを約束して、JRに乗った。

車両故障かなにかで遅れが生じていたので、ホームのベンチで読みかけていた「1976年のアントニオ猪木」を読みふけった。
リアルタイムでこの時代のプロレスを熱く見ていた私は、この本を読みながら記憶が鮮明なことに我ながら驚く。
そして、猪木の狂気ぶり。

きょう、日曜は赤羽劇場。
森さんと「東京ユニット」でコント2本。
森さんは怪我をしているから、動きの負担をかけないようにしないと。

そういえば、吉本新喜劇の内場勝則さんから電話があった。
「今、静岡に来ているけど、こっちで大道芸ワールドカップいうのやるんやな。好田でているんか、と思ったんやけど」
「ぼく数年前まで、6年間ぐらい続けて出てたけど、今は行ってません」
「そうか、また来月そっちに行くから、会おうな。音楽祭もやるんやな。シベリア文太からチラシもらったで」
「じつは、文太は音楽祭に出てもらうんです。客入れとかも含めて…」
てな感じで、私の周りはもう古い人ばかりです。
内場兄さんは、凄く仲良くて吉本新喜劇ではスーパー座長とか呼ばれてもう一番偉くなってしまったけれど、じつはすごくシャイで趣味は山登りです。
Wヤングさんの丸兄、内場勝則さん、オオタスセリさん、シベリア文太、ぶっちゃーさん、田中真弓さん、寒空はだかさん、相方の森はじめさん、牧田博さん、齋藤真知亜さん、津田さん、クロード小林さん…。
ここ2日間、お話した私の尊敬する人達。
みなさん普段はシャイな人達ばかり。
その静けさが狂気となって舞台に転化されるのでしょうか。

73タクト:2007/10/22(月) 03:29:02
予感…
NHKのBS1で放送される「世界のドキュメンタリー」は秀逸な作品があって、時々見ているのだが、おもしろそうな予感のする番組が10月25日(木)午前0:10〜1:00に放送される。

<シリーズ世界の子どもたち>
ヘラクレス 初めての休日

ポーランドのバイトム、炭鉱の町では閉山後、失業者が増大し、ストリートチルドレンが急増した。その一人、ヘラクレス少年は失業中の両親を支えるため鉄くずを拾って生計を立てていた。
そのいたいけな少年にワルシャワのある夫婦が休日をあげたいと申し出、初めての都会生活を楽しむ。
夢のような休日の後、ヘラクレス少年が失業中の家族のもとに帰るまでを追ったドキュメント。

なんと罪つくりなことをするのだろう。
しばらくはテレビを見ないつもりだが、この番組だけは気になるのでチェックしている。

74タクト:2007/10/24(水) 09:13:37
謙虚な話
きのう、墨田区の青色申告会のイベントで、『花形演芸会』というのに出た。
会場の曳舟文化センターは、自転車で5分で行けるところ。
神田きらりさんが最初に出て、私、最後がペーソスさんの順。
持ち時間がそれぞれ25分間。
私の最後の指揮者、朝比奈隆が終わったらお客さんのかなりの人がスタンディングオーベーションをしてくれて拍手喝さいをいただいた。
出口で「前のスセリさんの会で見て気に入って、あなたをまた見に来たよ」という人がいて、名刺をもらうと放送作家の人だった。
楽屋でペーソスさんと久しぶりに話をした。
8月に「横浜関内おきらくシアター」でご一緒して以来だ。
ペーソスさんは50代の2人組のミュージシャンで、出版社の編集者の顔を持っている。
そのお一人の集英社の方は、物静かな人なのだが、私の「世界一楽しい〜」の本を読んで、「この本は…、売れると思う。いま、クラシック音楽本はコーナーも設けられているから、いい場所に置いてもらえれば、手に取った客は買うと思う」と言われた。
もう一人のボーカルの方は、「家内がタクトさんを気に入っていて、世田谷にも見に行ってたよ」とうれしいことを言っていただいた。

すごい人ほど謙虚だという話を2つします。

以前、吉本にいたときに九州の大衆演劇に、シベリア文太、アルトら4人で参加した。
正直、島流しにあった気分もあいまって、大衆演劇をバカにしていた部分があった。
その座長の葵好太郎さんが、普段は物静かなのだが芸と演技が凄いのなんの。
お客を沸かし、納得させる力をまざまざと見せつけられた。
「世の中には、ほんとうに達者な人が知らないところにいるものだな」と思った。
それでも芸では食えないので、夜の店を経営していた。

NHKの「あしたもげんきくん」をしていた時、カメラマンが一斑、ドラマ班から来る。
なぜか「げんきくん」は、ドラマ班から巨匠が息抜き気分で来ていた。
普段は大河ドラマや朝ドラを撮っているチーフカメラマン、名人たちだ。
偉そうにする人もいるのだけど、たいていは「普通のオッサン」だ。
吉田秀夫さんという、佐々木昭一郎作品で数々の国際賞、特に「ユートピアノ」では、イタリア賞、国際エミー賞、ギャラクシー賞、テレシネ最優秀撮影賞、ニューヨーク世界テレビ祭・INPUT、ベネチアテレビ祭などその年の世界の賞を独占した名カメラマンが来たことがあった。
ほんとうに楽だった。
「げんきくん」は子供と探検したりする番組なので、若いカメラマンは15分番組なのに150分ぐらい撮影する。保険をいっぱい撮るのだ。
しかし、吉田さんは2ロール(30分ぐらい)で、あとで見直したら全部使える。拾い絵もちゃんと撮っている。絵を見ていてもぶれないから全然酔わない。
こちらの動きを前もって察知して、リテイクを繰り返させない。
本当に名人だった。
でもふだんは普通の人だった。むしろ謙虚な方だった。

今、演芸場とかに出ていて、時々テレビタレントが来る。
楽屋で、けっこう自慢気に話をしている。
で、舞台を出るとテレビの与太話をするぐらいであまり受けない。
なんぼ偉そうにしていても、本番になればはっきりするのに。
自分も逆にそういう風に見られないように、謙虚に生きていきたいものだ。

75タクト:2007/10/25(木) 05:40:49
追悼、ピーチク師匠。
晴乃ピーチク師匠が亡くなった。

先日の齋藤れをさんに続きこのような話をするのは、すごくつらいものがあります。

晴乃ピーチク師匠は、仕事も一緒によく行きました。
一番最初は、もう数年前で浦安にある健康センターで、漫才の順子・ひろし師匠などと一緒でした。
東洋館でもよくかわいがってもらいました。
「エンタメ・特選寄席」にぼくはよく出ていて、晴乃ピーチク師匠も出番が多く、出番も前後することが多かったです。
「きみの芸は、ほかにないから、絶対いい」っていつも励ましてくれました。
コント「東京ユニット」をぼくがすることになり、その舞台を見るためにピーチク師匠は、早く来たり、自分の出番が終わってもぼくたちの舞台を見るために残ってくれたり、ほんと恩人でした。
舞台袖でいすに座って見てくれて、楽屋や帰りの劇場のロビーでもよく話をしました。
いろいろな業界の裏話も楽しく教えていただきました。
話好きのやさしい師匠でした。
新宿でのピーチク師匠の展覧会を見に行ったら、ほんとにうれしそうでした。
ほんとは大師匠なのに、まるで仲間のように接していただきました。

なんか、つらいなあ。

晴乃ピーチク氏(はるの・ぴーちく、本名・直井利博=なおい・としひろ=漫談家)。23日、肺がんで死去。82歳。
1954年、漫才の「晴乃ピーチク・パーチク」を結成し、「見たかや聞いたかや」のギャグで人気を集めた。73年にコンビを解消し、似顔絵を即興で描く漫談家として活躍した。90年、文化庁芸術祭賞を受賞。

76タクト:2007/10/27(土) 09:11:41
英会話学校の話
英会話学校最大手のNOVAが、会社更生法の適用を申請した。
負債総額は439億円。全国に約900の教室を展開し、生徒数は約41万8000人(今年3月末)。語学学校の破綻(はたん)としては過去最大となった。

じつは、私はヨーロッパの大道芸の旅から帰ってきたあと、8ヶ月間執筆活動をしたがすぐには本(前の本がそれ)にはならず、貯金もなくなり、芸人とサラリーマンの2足のわらじを履いていたことがあって、ラド・インターナショナルカレッジ日本校という英語学校の広報をやっていたことがあるのです。
隠すつもりも無いのですが、あまり自分から話すことも無い過去の経歴です。

お恥ずかしい話ですが、芸人として出世しないぶん、営業成績はよかったです。
独協大学に始まり、国学院、中央大学、東海大学、青山学院など、32大学の生協やお店にNOVAやECCなど大手英会話学校から私の学校に提携契約を変えていただいたり、加盟していただいたりしました。
また自分のお金でマイ・レッスンやニュース・ウィークに広告を打ったので、私の関連した売り上げは億単位にまでなって、あっというまに管理職までいったのですが、それがまちがいのもとでした。
どんどんサラリーマンのほうが忙しくなり、接待とかで60キロしかなかった体重もみるみる太ってきて、芸事がなおざりになりました。
人にも騙されて、あるとき6年間勤めた学校を、4年前にスパっと辞めて貧乏農場に逆戻りしました。
その後、ほとんどの大学生協は、「好田くんがいなくなったから」ということで提携を解除したらしいのです。

しかし、入ってみて思ったのですが英会話業界は問題があるな、と思いました。
ラドは、NHKのお兄さんをしていた時に、NHKの契約指定校にもなっていたのでディレクターが通っていて学校名は知っていたのですが、入社してびっくり。
広報には男性がほとんどいなくて、8割以上が女性。
しかも女性のほうが営業成績がぜんぜんよく、離職率も高く、強烈な勧誘がはびこっていました。
「どうして、こんな強い勧誘をしないと、成り立たないのだろう」
それはNOVAとかの大手が、安さとCMイメージ戦略拡大路線を敷いていて、多くの小さな学校は駆逐されていき、生き残りのために強い勧誘をする悪循環が生まれていました。
大手スーパーの地元進出と似通っているのかもしれません。
「入学しても、満足しなかったら、辞めるのは目に見えてる」
と、途中解約が可能となった消費者保護法がひかれた時点で私は強く感じていたのですが、古い体質の会社上層部は私の意見には耳を貸してもらえませんでした。
「それだったら、必要な人にそのまま提案できる市場をつくろう」
と思い、みんなが個人成績を追いかける中で、大学や企業、書店そのものにターゲットを変えました。
「そんなの、無理に決まっている」と他の社員からは白い目で見られたのに、実際に市場が開くと社長含め、いろんな営業所の管理職が擦り寄ってきました。
私の営業哲学は、押さない、勧誘はしない、提案をする、でしたが、この考えはこの業界には浸透させることは無理でした。
幾つもの大学でトラブルを起こし、クレーム処理に追われ、自浄能力がないと感じて、私を信じて契約してくれた大学側にももう迷惑をかけるのは嫌だと思ってこの業界を辞めました。

NOVAは、一時1レッスン1050円、1〜3人の少人数制ってやっていたでしょう。(3人揃っても4千円にもいかない)
そんなやり方で、講師料や家賃、光熱費、広告、会社の運営費が捻出できるわけない。
講師の質も問題でした。
ただ英語を喋れることと、英語を教えるノウハウを持つことは別問題なのに、外国人は全てオッケーという低賃金で集めるやり方も、世間から見ればベルリッツなどの優秀な先生との質の差を見分けるのは、テレビ大好きの日本人相手には、CM戦略のNOVAから見れば「日本人にはテレビCMでオッケー」という舐めた発想はあったと思います。
実際にNOVAの隆盛をみればそうなったし。
とにかく生徒を集めて、他のライバル校を駆逐していき、市場独占になったらイニシアチブを握れるという発想があったと思います。
また、NOVAはお互いがもしもの時に助け合う、全外協や民外協にも入らない独自路線をひいていたから、倒産した学校の生徒の他の学校への受け入れもないのが基本。
業界では、「NOVAはやばい」とは囁かれていました。
でもNOVAが潰れると、英会話業界に世間の拒否感が広がり、生徒が集まらなくなるという杞憂があって、みんな目をそむけていました。

亀田問題も、もし亀田が勝っていたらいまだに持ち上げられて、内藤は悔しさだけが残る形になっただろうし、NOVAのテレビCMでイメージ戦略に踊らされていたときもそう。
テレビ局は一番儲けたのだろう。
ダメになった時点で攻撃側にまわる。
本当の問題は、テレビを絶対視する日本の生活にあると思う。


『タクト音楽祭』へカウントダウンが始まった。
全力でいくしかない。

77タクト:2007/10/28(日) 10:43:22
役に立てば…。
前回、NOVAを含めた英会話学校のことを書いたら、ミクシィのほうに一日で千件のアクセスと、メッセージでの問い合わせが幾つもあって答えていくのが困難なので、もし、お役に立つ情報になればと、再度、英会話学校の倒産時の対処法を書いてみます。
ただし、ぼくは法律家(弁護士や消費者センター)でもないので、ここに書いたことは自信が持てないし、絶対と思われても困ります。
あくまでも、NOVAで困っている人達の少しでもお役に立てれば、その参考にという程度で捉えてください。
大切なのは、回りに同じ状況の人を見つけて相談して、区や市の無料法律相談室や消費者センター、また被害者の会などに行かれるのがいいと思います。
そして、質問やメッセージをもらってもこの件には答えられませんので了承してください。
なんかおせっかいなことを自分でもしていると思います。

パンフレットや入会のしおり、クレジット契約の控え、入会申し込みの裏など、英会話学校の案内があれば、それを見てください。
そこに「(社)全国外国語教育振興協会(略称:全外協)」もしくは、「民間語学教育事業者協議会(略称:民語協)」加盟と書いてあったら、もし倒産した時に生徒を救済して、ほかの英会話学校がお互いにレッスンを継続させるみたいです。
最近ではNCBがわりと大きな倒産で、その時にこの両協会が生徒を受け入れましたよね。
ほとんどの英会話学校はこのどちらかに加盟しています。
ただ、NOVAはこの全外協や民語協にも入らない独自路線をひいていたから、倒産した学校の生徒の他の学校への受け入れもないのが基本。
ただNOVAみたいな大きすぎる学校が潰れると、英会話業界に世間の拒否感が広がり、生徒が集まらなくなったり、中途解約者が広がるのを恐れて全体で救済する、という発想が起きるかもしれません。
前の銀行の不良債権問題みたいに。でも、ちょっとだけの望みですが。

レッスン料は何十万円もするので、返還されなければそれこそ大変です。
分割でクレジットで組んでいる場合は、抗弁権が使えるので、支払いを急いでクレジット会社に言って停止したほうがいいと思います。
閉鎖されたのに、お金だけが引き落とされるなんて、おかしいでしょう。
一括だと戻らない可能性があります。
でも分割時のあの利率は高すぎるので、特に説明員は一括を勧めるので、こういう状態になったらその説明員はけっこう罪だと思います。
大学の生協や企業でクレジットを組んだ場合は、そこのお店が肩代わりしてくれる場合があるかもしれません。(NCBやトーザはそう)
でもNOVAの生徒は多いので、そこの店の体力の問題や、被害の規模にもよるかもしれません。
書店や広告、テレビCMなんかは、おそらく逃げ口上が、
「うちはあくまで場所や枠を提供しただけ。それからのことは責任は負えない」と逃げるでしょう。
でも、考えてみれば、
「おたくが宣伝しているから信用したのに。いっぱい広告料もらっておいて。全然しらんぷりはひどいんちゃう?」
ぐらいは言いたいですよね。
宣伝するぐらいだったら、中身の商品ぐらい責任を一緒に持て。もうそちらの言うことは信用せんぞ!ぐらい言いたいですね。

実際に今回のNOVA問題で動かれた方がいますので、それが参考になると思います。以下はその内容です。

消費生活センターにまず電話をしたら、「NOVA」と聞いただけですぐ「書類はありますか?それを持っていらしてください」といわれると思います。それだけ向こうも問い合わせが多いみたいです。

必要なのは、クレジット契約をした時の控え、印鑑、クレジット会社から送付された支払い明細書(ハガキでした)です。あとは手元に残っているレシート、領収書の類を全部持って行きます。
集められる書類すべてを持って行くということです。
書類を確認してもらい、支払い停止依頼をする為に抗弁書(フォームが用意してありました)を書きます。一つずつ確認してもらいながら書き、コピーをとって、契約書の控えのコピーと一緒に封筒に入れ、宛名を書き、封をするところまで一緒にやってもらいます。
週明けには配達記録で(記録を残すため)送ります。
ニュースでクレジットの会社に自動引き落としを中止するよう呼びかけがあった話をしましたが、確実ではないので次のことをするように言われます。(クレジット会社の電話も繋がるかどうかわからない、クレジット会社によって対応が異なるとの理由からです)

1.抗弁書を配達記録でなるべく早めにクレジット会社に送る。
2.口座をカラにする。もしくは引き落とせない位の残高にしておく。
3.銀行に行って、引き落とし停止手続きが出来るか相談してみる。

ただし、3の銀行の場合は、場合によっては断られる場合もあるようです。同口座でたくさんの引き落としがある場合などが考えられるようです。ですが、このNOVAのニュースは金融機関にも知れ渡っていることなので、「断られることはないと思いますが」とセンターの方の対応。
とりあえず、NOVA関連のローンであることを証明するために、契約書の控えを持って銀行へ行く様に言われます。

人によっては、来週が引き落とし日だったら、おそらく間に合わないだろうから、口座の残金をなくすことが一番安全だと思います。

とにかく、まずは全国どこにでもある消費生活センターに相談してください。ただ、今後のことはNOVAの動き次第なので、手を打ったらあとは見守るしかないようです。でもクレジット会社から何かあればすぐ連絡をセンターとすることになります。

倒産となった場合、お互い請求も支払いもナシ!といった形で終わるか、ちゃんと清算して終わりとなるか…全ては今後のNOVAの対応次第になります。


NOVAが前から指摘されていた問題は入学時においてしなければならない、途中解約と倒産時の説明不足です。
最初900レッスンで60万ぐらいで契約させて、
「1レッスあたり1500円ぐらいよ」と説明しながら、100レッスンぐらい使って辞める時には、
「100レッスンは、30万円コースだから、解約手数料と合わせて20万円が返ってきます」でしょう。
普通、使ったレッスンが9分の一だったら返ってくる金額もそれ相応に、9分の8ぐらい返って来てほしいのにね。
入学時に学校がもしおかしくなったら、という説明義務も訪問販売法とかでしなきゃならないけれど、してないない可能性があると思います。
意外とそういう情報の役割は、2チャンネルが内部告発も含めて役割があったのでしょうけど、企業にとったら耳の痛い話は困るから、2ちゃんねるも萎みましたしね。
おそらく、学校内部はみんな意欲のあふれた人達の環境だったと思います。
そういう情報って、一番生徒や現場の先生に流れてこないのですよね。不安がるから。


先生も被害者だと思います。
ほんとうに責任があるのは、そのコマーシャルを流したテレビ局や入学時や継続時に説明に不足があった会社側だと思います。
金額も高いから、迷惑をうけるのは生徒さんたち。
債権の問題も、銀行や取引業者から先で生徒への返還はいつも最後で、結局は一番つらい思いをする。
なんか、日本の構図っておかしいなあと思います。
英語を学ぶことは、すごく意義があるのに、これでみんなの気持ちが萎えてしまうのは不幸なことです。

78タクト:2007/10/29(月) 13:52:40
フェルメールと「ボクは五才」の話
画家の話。

先日、久しぶりにNHKのディレクターを訪ねた。
私がNHKのお兄さん時代にお世話になったディレクターだったが、、もうりっぱなプロデューサーになっていて、新日曜美術館や世界美術館紀行、美術の時のNHKスペシャルを作っていた。
昔話や、今度の新刊の話、そしてもちろん美術の話で盛り上がった。
いま、国立新美術館に「フェルメール 牛乳を注ぐ女とオランダ風俗画展」という作品が来ているオランダの画家、フェルメールの話にもなった。
なんせ、フェルメールは世界に34点しかない。
私は10年前、ヨーロッパで大道芸の旅をしていたときに偶然にオランダで「大フェルメール展」、ほとんどのフェルメールの作品を集めた二度とない展覧会を偶然見て、この画家に魅了され、感動したのを覚えている。
日本でも、フェルメールはかなり人気が上がってきている。

映画の話。

「ボクは五才」という映画をご存知だろうか?
今の40才台の人は、映画館や小学校の体育館などで見てけっこう感動した人も多いのではないだろうか。
私も小さい時、母に連れられて町の映画館で「ボクは5才」を「ママいつまでも生きてね」と同時上映で見て、両作品に感動した。
そして今も、ミクシィのプロフィールにも『好きな映画』の欄に書き込んでいる。
たしか、ダウンタウンの松本さんも一番好きな映画のはずだ。
私たちの世代の珠玉の名作なのだが、いまはほとんど存在自体知られていない。
もちろん、DVDなんかにもなっていない。
その「ボクは五才」が上映される!

【ダイニチ映配特集】
・2007年11月4日(日)〜12月15日(土)
・ラピュタ阿佐ヶ谷(東京)にて
http://www.laputa-jp.com/laputa/program/dainichi/
・アクセスマップ
http://www.laputa-jp.com/annai/index.html#3

「ボクは五才」の上映は11/7(水)〜13(火)のみみたいだ。

『ボクは五才』

・製作/大映(京都撮影所)
・配給/ダイニチ映配
・公開/1970.09.23
・カラーワイド/90分

・製作/永田秀雄
・監督/湯浅憲明
・脚本/高橋二三
・撮影/森田富士郎
・音楽/菊池俊輔
・美術/上里忠男
・照明/美間博
・編集/菅沼完二
・出演/岡本健 宇津井健 左卜全 北林谷栄 ほか

*キネマ旬報さんによる解説ページ
http://www.walkerplus.com/movie/kinejun/index.cgi?ctl=each&id=19368

この日記を見た95%の人達は、この映画を知らないと思う。
でももしこの映画を見たら、そのうちの95%の人達が気に入ると思う。

79タクト:2007/11/02(金) 09:14:19
本が出ています。
私の本が、10月31日から発売されています。

実業之日本社

じっぴコンパクト(新書のシリーズ名)

好田タクト著

『世界一楽しい タクトのクラシック音楽館』

税込定価800円


前回は8ヶ月間、今回は20日間の執筆期間でした。
どのページからでも読めるようになっていますが、真ん中ぐらいからだととっつきやすいと思います。

この本で、みなさまが元気になってもらえれば最高です。
一切難しいことは書いていません。
人物に焦点をあてながら、お笑いの要素をふんだんに入れているので、寝ころびながらゲラゲラと笑って半日で読めます。

感想を聞かせてね。
そして、おもしろかったらレビューにも推薦してね。
ああ、ドキドキする…、てなことはなくなってきたかな。



追伸:

11月1日発売の「週刊新潮」11月8日42号に、私の記事が写真付きで載っています。
138ページの下半分に、
『浅草「東洋館」でオザワセイジを振る「好田タクト」』という題名で、新刊のこと、今度の「タクト音楽祭」のこと、東洋館のことが載っています。
ちなみに、上半分は『「東宮御所」職員を感激させる「愛子さま」の記憶力』というので、皇太子妃殿下ご夫妻、長女愛子さまが写真付きの記事で載っています。
皇太子妃殿下と愛子さま、ぼくの記事も読んで「タクト音楽祭」を見に東洋館に来てくれないかなあ…。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000139.jpg

80タクト:2007/11/02(金) 16:19:54
足が動かん! 一時、大ピンチ!
昨日のリハーサルは、出演する芸人も楽団員も、お互いが知らない領域だったから、みんな目を白黒しながら一気に作品を仕上げていった。
「迫力あるねぇ」
「贅沢だね〜」
と、みんなの声と表情を見て、私も手ごたえを感じながら稽古場を出たのだが、どうも左膝に違和感がある。
「(怪我をしている)森さんのが、移ったわ」
と軽口を言っていたが、夜になると痛みが増してきて、左足がまったくゆうことがきかない。
階段の上り下りもほとんどできない。
ほとんど眠れない。
「時間がたてば、元通りになるやろ…」
朝になれば、もう完全に足がおかしい。
こんなの初めて。
頭真っ白。
大パニック。
「シャレにならん…。音楽会中止になるのか…」

  大ピンチ!

朝9時に急ぎ、墨東病院など総合外科にかけつけるが、先生が足りなくて3つ目の病院に行って、初めて診察してもらった。
レントゲンをとって、左膝を見ながら、先生は、
「膝の関節炎にかなり水が溜まっている。そりゃ、歩けんわ」
「とにかく、4日に足が動かせるようにしてください!」
と、緊急小手術。
かなりの黄色い水が私の左膝から、抜き出された。
痛み止めの座薬をもらって、いまは徐々に回復している。
足は引きづるかもしれないが、なんとか舞台には立てそう。
こんなこと初めて。
けがで舞台や仕事を休んだことなんてない。
かなり動揺したが、もう大丈夫のはず。

新刊の感想があまり聞かれない。
面白くないのかなあ…。
売れてないのかな…。
でも、こればっかりは神様のみぞ知る。

『タクト音楽祭』は、いよいよ明後日です。
来られる皆様は、おのおの好きなペットボトル(中身入り)を持参してください。
たしかに、東洋館は乾燥しているし、館内で買えば高い。
でもそれではないんです、本当の目的は。
中身は全部飲んでしまわないで、演奏会の最後まで少しとっておいてください。
約束ですよ。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000140M.jpg

81タクト:2007/11/04(日) 10:26:38
タクト音楽祭開演です
英語と日本語の場内アナウンスが終わった後、幕前でシベリア文太が宣言します。
「ただいまより、タクト音楽祭開演です」

今宵一夜限りの宴。
この2時間に、いままでやってきたすべてを出します。
ロビーには、すでに出版社から新刊が300冊届いています。
昨日も、日刊スポーツ、テレビ東京、NHKと新たに取材の申し込みを受けました。
永六輔さんも急きょ、見に来られることになりました。
当日に来た人もすべて入っていただきます。
会場に来ていただいた、すべての観客に刺激と驚きと感動をお見せします。
小さな空間が、宇宙に変わります。

「ただいまより、タクト音楽祭開演です」

82タクト:2007/11/05(月) 04:19:24
ありがとうございました。
『タクト音楽祭』無事終わりました。
みなさん、ほんとうにありがとうございました。
勇気を出して、公演をやってよかったと思います。
何人かのお客様には、立ち見になって申し訳ありませんでした。
昨日の皆様との出会いを大切に、これからも自信を持ってがんばっていきます。

83タクト:2007/11/05(月) 13:12:11
きょうのサンスポ、日刊スポーツ…
きのうの「タクト音楽祭」の記事が、きょう5日付のサンケイスポーツの25面に、写真付きで大きく取り上げられています。

日刊スポーツにも写真付きで記事が出ています。

かなりのプレスが来てましたので、きっと他にもあるはずです。

yahhoニュースに出てます。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071105-00000000-sanspo-ent

点が広がっていくみたいで、みなさんに感謝します。

84タクト:2007/11/06(火) 21:49:16
種明かし…
きょうは、国立演芸場の出番でした。
ワハハで仲良くなった勝丸さんの代演(まだ数日ある)でしたが、何回もあがっている国立なのに、ちょっと感覚がつかめなかったです。
劇場関係者は、よかったとは言ってくれたのですが、自分でまだまだと実感しました。

取材が続きます。明日は週間朝日と朝日新聞、それからひょっとしたら日曜の「ザ・サンデー」という番組に、音楽祭の映像が流れるかもしれません。
こういうのでテレビ嫌い(出るほう)が少しでも、なくなればいいのですがね。
ま、一時の騒ぎに振り回されることなく、私は地味に生きていきます。
8時半になれば、スーパーの半額弁当を買いに行くし、浅草や秋葉原までは自転車で動きます。
ただ時間がなくて、今回の音楽祭に来ていただいた方へのお礼のメールがなかなかできなくて、今晩、ちょっと夜更かししてやろうかなと思っています。

ひとつ、今回の『タクト音楽祭』の種明かしというか、裏事情をお話ししましょう。
よくみなさんに「練習たいへんだったでしょう」と聞かれます。
じつは、芸人と演奏者の合同練習は11月1日の3時間だけなんです。(しかも詩二師匠は1時間遅れてきた。本番の日も30分遅れてきて、さすがに切れかけた…)
演奏側は小林さんとの事前での曲目選定、長さ、解釈などを2人で詰めていき、芸人の出し物は全部だんどりを私がとってあげたので、出演者(音楽・芸人両方)たちはどんな形でそれぞれの作品が出来上がるか、1日までイメージがついてなかったと思います。
だって、芸人は練習しないもの。
アンフィニも練習日を設けたら、その費用がかさみますから。
自分だけが、ジグソーパズルを組み立てるみたいに出来上がりは初めから想像できていました。
あとは、本番、私の言ったとおりにやってくれたら私の思い通りの作品になるはず。
だから、芸人さんにはみんなに、
「なんぼ受けても、絶対伸ばしてはダメ。増やしてもダメ」と徹底させました。
詩二師匠が、もう一度子守唄を繰り返そうとした時も、袖でダメだしだしましたから。
プロデュース的な部分は、思い描いた通りでした。


そういえば映画「ボクは五才」が、明日から上映でしたね。
行きたいな…。

85タクト:2007/11/07(水) 03:19:16
みなさんにお願いがあります。
みなさんにお願いがあります。

今回、『タクト音楽祭』を開催して痛切に感じたことがあります。
それは、メディアの影響力の大きさです。
開演日ギリギリまでチケットは全然売れませんでした。
出演者にはノルマ一切なしにしていたら、本当に出演者みんな、まったくチケットを売ってくれなかったんです。
私一人の手売りには限界があります。
「客席の半分も埋まればいいだろうな…」
と覚悟をしていたら、永六輔さんが、この会が面白くなるような予感をされたんでしょうか、ラジオで何回も大きく取り上げてくれたり、直前になって週刊新潮や幾つかの雑誌、新聞が記事にしてくれたので、本当に当日が伸びたのです。
連動で他のメディアも興味を持ってくれて、当日に取材申し込みがすごく多かったのです。
『タクト音楽祭』は終わりましたが、私の新刊『世界一楽しい タクトのクラシック音楽館』(実業之日本社)は、いままさに勝負の真っ只中なんです。
本のサイクルはすごく早くて、今は私の新刊は平積みされているみたいですが、話題にならずに売れなかったらあっという間にジェット返品(封を開けずにそのままニッパンやトーハンに返品されること)です。

みなさんにお願いというのは、私の自著『世界一楽しい タクトのクラシック音楽館』を読まれた方は、正直な感想でけっこうですから各ネットのレビューに載せていただきたいのです。
私みたいな有名人でない人間は、いまの日本ではなかなか振り向いてくれません。
それだけ日本は他人の評価から、物事が動き出す国なのです。
ぜひこの短い期間に、本をまず読んでいただいてから正当な評価をみなさんから受けたいのです。

どうぞよろしくお願いいたします。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000147.jpg

86タクト:2007/11/08(木) 22:48:55
参戦! 【第5回 GO!ヒロミ44’の帰ってきた漫談日本一決定戦】
きょうの国立演芸場は、前日とうって変わって違和感もとれてほんとうによく受けました。
お客さんは団体が入っていなかったので、それほど多くはなかったのですが、何人もの人が「ブラボー!」と叫んでくれたし、ツボは全部はまって笑っていたし、先輩の師匠方にもお褒めの言葉をいただき、ここちよかったです。
寄席小屋は、どこも一緒かなと思ってしまいました。
今回の舞台の出番の順序は、漫才の笑組さん、落語の五明樓 玉の輔師匠、そして私、そのあとが柳家 小満ん師匠、ボーイズの灘康次とモダンカンカン師匠、落語の桂 ひな太郎師匠、奇術の松旭斎 すみえ師匠、トリが落語の春風亭 正朝師匠。
考えてみれば、すごいメンバーの中でやらさせていただいてます。
楽屋でも親しく接していただきますし、お茶を自分で入れようとしたら、「前座さんの仕事」って入れてくれます。
お茶このお姉さんもやさしく、表に出ようとしたら私の靴(999円の黒靴!)まで揃えてくれます。
正直、小心者も私は落ち着きません。
舞台に出ているときが、一番ホッとします。

しかし、ホッとしていられません。
今月後半には、お笑いの異種格闘技戦に出ます。
これは、かなり強敵です。
2ヶ月ぐらい前でしょうか、久しぶりに、GO!ヒロミ44さんと交流を持ったときに、「タクトさん、私のライブに出ません?」と言われ、GO!ヒロミ44’さんには興味があったので、申し出を受けてしまいました。

3年ぐらい前に、ワハハ本舗の「喰始のショービジネスの作り方」というお笑いライブに出ました。
初出演なのに、いきなりトリを任されて、しかも受けがよかったのでそれ自体は気持ちのいい体験でしたが、この時に生で GO!ヒロミ44’さんと出会いました。
「こんな凄い芸風を持った人がいるんだ」
私はめったに笑わないし、他の芸人にも惚れることも少ないのですが、このアングラで強烈なGO!ヒロミ44さんの芸風に、かなり惹かれました。
みなさんは、下半身露出する部分や、宗教ネタなど平気でするGO!ヒロミ44’さんの狂気の部分に目がいきがちでしょうが、この方は凄い高度なしゃべりのテクニックを合わせ持っています。
声の高低や間が天才なんです。
たぶん、私が東京に来て一番興味を持った芸人の一人かもしれません。
生き様もすごそうです。
ただし、『タクト音楽祭』に見に来た人は、腰を抜かして私まで嫌いになる可能性があるので、ユーチューブや、GO!ヒロミ44’さんのホームページから無料配信の映像を見て、それで免疫を作れる人なら大丈夫だと思います。
では、そのライブの告知です。
私の芸は、この会に限ってはまったく通用しない気がします。
楽しみ半分、ドキドキ半分でしょうか。


【第5回 GO!ヒロミ44’の帰ってきた漫談日本一決定戦】

2007年11月25日(日)

(会場)池袋手刀(03)5951−1127
(地図)http://www.chop.jp/

(開場)18時〜*(秘蔵DVD鑑賞会あり)
(開演)19時〜

(前売)2千円
(当日)2200円*別途1ドリンク

(メール予約)info@chop.jp
*必ず氏名・連絡先・希望枚数・目当ての芸人名を明記の上、お申し込み下さい。

(CAST)

GO!ヒロミ44’

元気いいぞう
みつまJAPAN’
殿方充

好田タクト

マキタスポーツ(未定)
猫ひろし(未定)

87タクト:2007/11/10(土) 19:15:21
柳家小満ん師匠の時そば
朝、文化庁に郵送する芸術祭参加公演後の写真、提出資料を作成する。
雨の中、前かご上にいつものことながら大きな荷物となる指揮者芸の衣装・小道具の入ったボストンバックを乗せ、片手に傘をさしてマイ自転車でよたよたと浅草に向かう。
途中、オリンピックというスーパー前で、ママチャリの前と後ろにガキンチョをのせたおばさんがブレーキをかけずに、「あぶない、あぶない!」と叫びながらこちらへ突進し、危うくこっちが転倒しそうになる。
「危ないのは、そっちやろ!」と言うこともできずに、気を持ち直して東洋館へ。
東洋館へ入ろうとしたら、入場するために並んでいるお客さんに「タクトさんでしょ」と声をかけられる。ちょっとうれしい。
11時10分という超浅め(早め)に出番を変えてもらった。
まだ客入りの少ない中、めいいっぱい舞台をつとめ、急ぎ、国立演芸場へ。
チャリンコは浅草におきっぱなしで、地下鉄でむかう。
楽屋口から入り、神棚に手を合わせ、自分の名前の書かれた木札をかえす。これは楽屋入りしたという証拠。
勝丸さんの代演の楽日だ。
今回の代演依頼はボクはテストされているのだと思う。
国立演芸場に出るのに値するかどうかという。
出番前に、3月30日の仕事依頼をされた方が、偶然ぼくがここを出るのを知って、楽屋に訪ねて来た。
そうか、もう来年のスケジュールを考える時期なのか…。
この仕事依頼は、ボクのあるマイミクがその方を紹介してくれたのだ。ありがたいことだ。

15分間、いつもの指揮者芸をする。
ここではボクが指揮するときに、ピンスポットに照明を変えてくれる。
贅沢なことだ。
客はかなりの反応。
ブラボーの声援も飛ぶ。
最後の朝比奈隆が終わった時に、拍手が手拍子に変わり、なんと客席がアンコールになった。
自分でもビックリ。
でも持ち時間を越えるわけにもいかないので、スゴスゴと指揮者道具をのせたカートを押しながら、舞台をはける。
袖で、お囃子のお姉さんが拍手をしてくれ、楽屋に戻ったら、笑組さんには
「アンコールに答えればよかったのに」と言われ、怖いと思っていた柳家小満ん師匠にも、
「今度はベートーベンのかっこをして、耳が聞こえないので、音楽とずれた指揮をしてみれば」と笑顔で話しをしてくれた。
劇場関係者にもみんなに喜んでもらい、担当の方には「次には音を…」なんて言ってくれるから、また呼んでくれるかなと思ってしまった。
『タクト音楽祭』にも来ていただいた方なので、「コントのほうの東京ユニットもよろしくお願いします」とは言ったが、まずは指揮者芸からみたいな感じだった。
なんとか森さんと二人で、食えるようになりたい。
旧難波花月のときもそうだったけど、ここの劇場スタッフもけっこう厳しい感じがしていて、その職人のような方々に話かけられると、なんか認められた気がしてうれしいものだ。
担当の方が言いにくそうに、「ちょっと受けすぎかな。ここは落語中心の劇場なので…」
「ボクは、まだ受けを調整できるほど技量はないです。もう必死です」と言ったが、たしかにこういう話は聞いたことがある。
落語は聞かせる芸だから、ひざ(前)で受けすぎるのは具合が悪い場合があるらしい。

じつはオペラにも同じような考えがある。
モーツァルトやヴェルディなどのオペラは、歌手中心だったので一曲一曲歌うごとに、声援や喝采をもらっていた。
そのつど、芝居は止まり、歌手は観客に応えていた。
それにごうを煮やしたワーグナーは「楽劇」という、芝居中心で演目の間には一切観客の拍手をいれさせない音楽を作った。
「ちゃんと聞いて、芝居の世界に入って」というわけだ。
お客が起きるのを嫌う。
落語を聞く空気が変わるのを嫌う。
ただ僕の場合は、客をいじるわけでもないし、荒らすわけでもないから落語の師匠方はすごく好意的だ。
だからきっと独演会にも、ときどきひざで使ってくれるのだろう。
担当の方に言われて、逆になんか気分が高揚した。

柳家 小満ん師匠が「時そば」を25分かけて演った。
ほんとうに、おそばがおいしそうだ。
おなかがなった。
お囃子のお姉さんが、「ね、名人でしょ」と僕に言った。
ほんとうにそう思った。
そば一つ食べる演技に、こんな感動をしたのは初めてだ。

浅草に戻って、自転車で家に帰った。
浮かれた時には落とし穴があるものだ。
6時になって、ピッチが鳴った。
「兄さん、5時半に待ち合わせやろ!」って、この前、タクト音楽祭で幕前で開催宣言してくれたシベリア文太からだった。
「ごめん!すっかり忘れてた。もう、家に帰ってもたわ」
悪いことをしたなあ。
今までは、スケジュールなんて詰まっていなかったから、記憶していても大丈夫と思っていたが、ここのところ一日に複数の予定が入りだしている。手帳を買わなきゃ。
でも、あしたは何もない。
「ボクは5才」を見に行こうか、美術館に行こうか、音楽にしょうか…。
こんなときに、一緒に出かける女性もいない。情けない。
ま、この年で女性と一緒になんて言っているほうが、情けないか。

音楽祭でもらった花で、部屋が埋め尽くされている。
幸いミーコも花にはいたずらをしないので、すごく花に囲まれて幸せ。
ちょっと自慢げに思われるかなあ、きょうの日記。

88タクト:2007/11/12(月) 12:15:32
史上最高の映画「ボクは五才」
ついに「ボクは五才」をラピュタ阿佐ヶ谷に見に行った。
1970年公開だから、37年ぶりに見たことになる。

感動した。
もう説明はいらない。
けっこう入っていたお客さんも、みんな泣いていた。

この映画は、「母を訪ねて3千里」の日本版で「父を訪ねて4百キロ」という人が多いけど、全然、こっちのほうが上を行く。
こんな素晴らしい映画を作れる日本人の感性に改めて脱帽。
しかし、こんな珠玉の名作が保存の状態が悪く16ミリフィルムでしか再演できない、もうほとんど闇に葬り去ろうとしている現実に愕然。
日本のトキのように、この映画をなくしたとき日本の大きな財産が消え、人々は初めて失ったものの大きさに気づくことになる。

89タクト:2007/11/12(月) 12:40:03
対談・ミュージカル・ソウの名手!都家歌六(みやこやうたろく)師匠
今回、本を出すにあたって、原稿で採用されたのと没になったのをあとで冷静に見てみると、やっぱり没にされたのは、何かが足りなかったりそれなりの理由があったのだと思っています。
また私は国語の通知書はずっと3だったし、一回2をとったこともあった(これは、先生に反発して期末試験をボイコットしたため)。それでも本が出せるのだから、必ずしも本が出ることと学校の成績とは別の次元なのかもしれない。

一時、削除しましたが、のこぎり弾きの名手、歌六師匠との対談を今回のBBSに載せようと思います。


     対談・ミュージカル・ソウの名手!

私がよくお世話になっている師匠、都家歌六(みやこやうたろく)師匠が、演奏するために使う楽器はなんと「のこぎり」。実は海外では「ミュージカル・ソウ」と呼ばれ、ハチャトリアン、オネゲル、ミヨー、ヘンシュ、黛敏郎らがこの楽器のために曲を書いているぐらい、のこぎりは楽器としてりっぱに認知されている。
 現在、この楽器のみを独立して寄席芸にした第一人者、都家歌六師匠にのこぎり音楽の魅力についてうかがってみた。

好田タクト(以下タクト)「師匠は実は、落語家なのですよね」
都家歌六師匠(以下歌六)「そうだよ。昭和二十六年、二十歳のときに三代目桂三木助師匠(故人)に入門したんだ。そのあと故四代目三遊亭円遊門に移って、昭和四十四年に八代目都家歌六で真打になったというわけ」
タクト「じゃあ、なんでのこぎりを」
歌六「家族を持ったのが大きなキッカケだな。もう三十歳過ぎて、自分一人ではないし、なんとか嫁せがなきゃいかん。しかし当時、上には名人級の師匠連中が大勢いた。個性を出さないことには商売にならない。そんなとき、こののこぎりと出会って習うことにしたんだ」
タクト「えっ、先生がいたんですか?」
歌六「もう亡くなられたが、高島巌さんという方。高島先生は、のこぎり音楽における我が国のパイオニア的存在だった」
タクト「のこぎり音楽の起源と歴史について教えてください」
歌六「この楽器の起源に対する説はいくつかある。北米インディアンの土着楽器説、十九世紀初めにスカンジナビアで演奏された説。最も有力視されているのは一八五〇年頃、南米の部族が歌の伴奏としてのこぎりをマレット、つまり木づちで打ち鳴らしていたのを、ドイツの行商人が応用して「歌うのこぎり」として売り出し、ヨーロッパやアメリカに流行らせた説。この頃に、のこぎりを弦楽器の弓で弾く奏法が考えられて定着したみたいよ」
タクト「当時はどんなところで演奏されていたのですか?」
歌六「サーカスやバラエティ・ショーでの需要が多かったみたい。特に一九二〇年代のアメリカでは、ボードビリアンと呼ばれる寄席芸人の人気芸の一つだったんだよ。ミュッセール&ウエストフアル社の演奏用のこぎり、『ミュージカル・ソウ』は、年間に三十万挺以上が売れたらしい。おもしろい記録では、一九二八年にクライバーというのこぎり奏者がベルリン国立歌劇場管弦楽団と共演しとる」
タクト「へぇー、それはすごい。では、現在活躍中ののこぎり奏者を教えてください」
歌六「のこぎり奏者のことをソウヤーと呼ぶんだよ。ロサンゼルス・フィルハーモニーのメンバーで世界的なソウヤー、ギド・ラメル、デビット・ワイズ、モーゼス・ジョシア、ミュージカル・ソウの本『スクラッチ・マイ・バッグ』を出したジム・レオナードなど。ちなみにジムの本には、私が写真入りで載っとる」
タクト「日本でののこぎり音楽の人気はどうなのでしょう。師匠はテレビでよく見かけますが」
歌六「最初のうちは奇抜な珍芸としておもしろく見られていたけど、今や、見るだけでなくやってみたいという人が増えたね。特に若い人が習いたがる。新鮮で刺激があるんでしょう」
タクト「協会を設立されていますね。師匠はそこで教えているのですか?」
歌六「平成五年に「日本のこぎり音楽協会」を創って初代会長にはなっているけど、教えるのはあとの者にまかせている。実は、私は楽譜から覚えたんではなしに、もっぱら自分の耳を頼りに体で覚えていったんだよ。でも、今の人は楽譜にも強いし、教え方にもメソッドやシステムを確立したいと思っているんで、その作業はまかせているんだよ」
タクト「古典芸能や大衆演劇、落語の世界では、口伝えや先輩の芸を盗むという習慣がありますよね」
歌六「私は自分の耳には絶対の自信を持っているんだ。小さいときから音楽が大好きで、この耳が納得できる域まで自分ののこぎり音楽を高めていきたい。妥協もしたくないし」
タクト「音曲芸についてどうお考えですか?」
歌六「確かに寄席やイベントで演奏するのは、客あっての仕事だから喜ばすことも大切だろう。笑いも必要。でも、そのために音楽がおろそかになってはいけないと思っとる。音楽的にも高いレベルのものをやりたいんだよ、私は」
タクト「師匠は大のクラシック・ファンでもありますよね。収集と研究もすごい」
歌六「落語レコードの収集では、テレビ『開運!なんでも鑑定団』で超高値がついたぐらい有名になっちゃったけど、実は、落語に劣らずクラシックに関するレコードや資料の収集も、金に糸目をつけずにやってるよ」
タクト「師匠にはトスカニーニをはじめ、貴重なビデオや録音テープを送ってもらいありがとうございました」
歌六「あんたの芸の参考になると思ったからね。実際、クラシック音楽の世界はエピソードがたくさんある」
タクト「では、師匠の一番好きな音楽家は誰ですか?」
歌六「ハイフェンツ。私ののこぎりもハイフェンツの域に近づければ」
タクト「話は変わりますが、ちなみに古今東西を通じて、最高の落語家は誰だと思いますか?」
歌六「『魚売人』の収録が残っている、大正元年に死んだ四代目橘家圓喬!」
タクト「落語からのこぎり演奏へ芸のジャンルを変えるとき、抵抗がありませんでしたか?」
歌六「逆だよ、逆。落語をしているときのほうが苦痛だったよ。私は人一倍観察力があったから、先人たちの名人芸と自分の芸を比べて、落語に対して頭打ちを感じていた。その点、のこぎりは全く新しい世界だった」
タクト「のこぎり音楽のどの部分に一番魅せられました?」
歌六「やっぱり音色だな。あの哀愁を帯びたビブラートはなんともいえない」
タクト「師匠のレパートリーはクラシックからポップスまで幅広いですけど、歌曲やアリアが多いですね」
歌六「音色がソプラノやテノール域に近いんだろうね」
タクト「ぼくなんか、ポルトガルの民謡『ファド』を連想します。切なくて、もの悲しくて・・・」
歌六「でも、明るい曲も多いんだよ。まあ、これからも何でも挑戦していくけどね」

  (新宿三丁目末広亭近くの居酒屋にて)

90タクト:2007/11/15(木) 13:20:39
賞味期限の話。
賞味期限の問題があちこちで起きている。

私の近くの激安スーパーはすごい。
2階の端っこに8割引ぐらいの投売りコーナーがあるのだが、そのキャッチフレーズが、

「賞味期限が過ぎていますが、大丈夫です」

この言い切る潔さ。
廃棄処分にするより、よっぽど良心がある。

91タクト:2007/11/18(日) 07:53:16
新聞配達の話。
ぼくの家は、母子家庭だったのでぼくと妹は奨学金もらいまくり兄弟だった。貸与型の日本育英奨学金(いま問題となっている未返済の人とは違って、大変だったけどちゃんと30歳までに返しましたよ)以外に、ライオンズクラブ奨学金、竹中育英奨学金(以上2つは支給型)ももらい、それに県立高校在籍時は授業料免除生徒で、免除制度利用者としては兵庫県では第一号でもあった。
でもそれらは生活費や学費に消えてしまい、レコードを買ったりするためのこずかいがほしいときは、学校に見つからずこそっとバイトするのには新聞配達はうってつけだった。
その後も読売新聞奨学生をやって進学したので、新聞配達はのべでしたらかなりやったことになる。
ちなみに19歳の時の関西の読売新聞奨学生が参加する、新しいお客さんを開拓する「夏休み拡張コンクール」は、ぼくは200件の新規契約を達成し(関西一位)、それまでの当時の記録を塗り替え、その報奨金で中型バイクを買った。

でも実際はこの仕事はきれい事の世界ではなく、荒っぽさと孤独もともなう割の合わない仕事でもあった。
朝、というより夜中午前3時に起きて本社からトラックで持ってくる朝刊の新聞3千部を受けて、バイトのおばちゃんたちに手配し、自分の区域や代配をし、不配があれば持って行き、朝8時ごろまでは販売所にいた。
夕方も午後3時に販売所に行き、夕刊を配り、そのあとは翌日の朝刊に差し込むためのチラシ準備、25日過ぎからは夜には集金と、一日中新聞配達業務に携わっていた。
ぼくが配備された直売所は、オーナーはなまけもので現場には出てこず、専業員もいなかったので学生のぼくらがし切ってやっていた。ちょっと大人びた気になって、5千円ほど割り増しされた特別手当でごまかされて…。
ぼくも本業の学業はおろそかになり、お金の入るおもしろさにどんどん生活は流されていった。
奨学生の女の子(数は少ない)なんかは、最初は純粋に地方から出てきて学業との両立にがんばるのだが、運悪く劣悪な販売所の環境だったりするとどんどん生活が乱れる子もいた。

ただ個人的には、この仕事は性に合った。
闇夜から静まり返る、眠っている町の中を動く孤独な感覚が好きだった。
四季の季節感を直接肌で感じる、鋭さが何か研ぎ澄まされている感じがした。
犬にも吠えられるし、マンションから投身自殺した死体を発見したこともあったが、自然と語らいながら、星空の中を駆け巡り、やがて朝焼けの光の中に自分が立つのが気持ちよかった。
夏は上半身裸で、冬は凍った地面にバイクがスリップしないように、マンションの階段から滑らないようしながら、駆け抜ける。
(今だったらダイエットにもいい。当時はぼくは55キロしかなかった)
その頃に読んだ中上健次の小説が、この新聞配達青年を題材にしており、のちの映画化にもなった「19歳の地図」に無性に共感した。

今、夜中の3時4時に目が覚める。まだ2時間ぐらいしか寝ていない。
でもそのまま起きて動いてしまう。

闇夜に孤独な中で作業するのが、すごく楽しい。

92タクト:2007/11/19(月) 08:41:17
カリスマたちの舞台裏 オペラ編
  カリスマたちの舞台裏 オペラ編 練習初日の稽古の一喝

 その日の彼は少し緊張していた。歌劇「蝶々夫人」の練習の初日だったからだ。新人の彼は、もちろん早めに稽古場に着いた。今回の公演の演出家が、すでに腕組みしながらイスに座っていた。
  噂どおり、恐そうな先生だなあ。失敗しないようにしよう。
 しばらくして、「おはようございます」という声とともに、メンバーが集まってきた。コレペティトールと呼ばれるオペラの稽古をするときの下稽古を担当するピアニストもいた。
 なにやら演出家が事務局の人に怒っていた。
「そんなことで「蝶々」が振れるか、わしゃ帰る!」
 演出家はいきなり大声で怒鳴ったかと思うと、ものすごい剣幕で稽古場を出ていった。
 彼はびっくりした。事務局の人の話では、手違いで指揮者の隠田さんが今日の練習に来られないらしい。それが演出家には気に入らなかったのだ。
「時々やるのよね、こうやってみんなの気を引き締めようとするんだから」
 さして動揺もしていなかった、ソプラノ歌手がぽつりと言った。
「稽古は明日からにします」と事務局の人のひと言で稽古は解散になった。

 次の日、稽古場には談笑する指揮者と演出家の姿があった。しかし、歌手たちの間には今度いつ自分たちが怒られるかもしれないと常に緊張感が張りつめていた。彼はなぜかカリスマの指揮者、レナード・バーンスタインの言葉を思い出していた。
「感情を露にする、怒りを見せることは時には必要なことです。大変だと分かっていても奏者にそれを厳しく要求する。彼らは何とかしようとがんばるだろう。そしてチームワークは生まれ、私に対しては慎重になる」
  そ、そうか。カリスマとはいきなり怒ることなんだ。それも無理難題で・・・。
 そういえば、喜劇役者の大御所、花紀京さんも岡八郎さんも急に怒ってたなあ。さっきまで笑っていたというのに。

93タクト:2007/11/21(水) 06:22:05
「レコード芸術」の12月号に掲載中。
クラシック界の権威ある雑誌「レコード芸術」の12月号(発売中)の383ページの下に、私の新刊のことが掲載されていただいています。

94タクト:2007/11/22(木) 08:34:46
八大悪女伝説の話。
きょうは午前中は、毎水曜日行っている予定をこなして、昼過ぎにいったん家に帰る。
夜は、アンフィニ・オーケストラと「クラシック寄席」の日。
いつもは第二水曜日だが、今月だけは第三水曜日。
アンフィニ・オーケストラの楽員たちと何人かの芸人と世界中を回って、世界中の人達を笑いに包むのが夢。
実現できそうな気がする。
『タクト音楽祭』や『クラシック寄席』はその試金石。
というわけで、アンフィニやクラシック音楽にちなんだ、オペラのエッセイを載せますね。
オペラには、悪女がたくさん登場しますよ。
女性は怖いですね〜(タラ〜)。


??????????    八大悪女伝説


 演劇、音楽、美術など多分野の才能が終結して作り上げられるオペラは、総合芸術だと言われている。しかし、「名曲」と呼ばれている作品の中には、文学的完成度から見ると稚拙で矛盾だらけの「何じゃ、こりゃ」と思えるものもけっこう多く存在する。台本が弱いのに、なぜみんなから支持されるのか。
 答えは「音楽」にある。うまい歌手がすべてを帳消しにしてくれるとまでは言わないが、セリフや動き、心理描写、ドラマ展開までが「歌と音楽」に集約されているのだ。オペラは、音楽への依存度が高く、だからこそ「音楽劇=歌劇」なのだ。音楽がすばらしいとそれだけで聴き手の心を揺さぶり、ましてや音楽と歌手とドラマが見事に溶け合った舞台を見たならば、あなたの心は間違いなしに、オペラの魔力に引き込まれるだろう。

オペラによく登場する悪女。そのなかでも選りすぐりの悪女が出てくるオペラを紹介しよう。題して、「八大悪女伝説」。きみも彼女たちに近づいたらやけどをするよ。

アドリアナ・ルクブルール(チレア作曲)

パリの人気女優アドリアーナの恋人マウリッツオは、社交界のブイヨン公爵夫人からも迫られている。嫉妬と侮辱に燃える侯爵夫人は、花に毒薬を仕込む。恋人からの贈り物だと思ったアドリアーナは絶息。登場人物は実在した。女二人の闘いが見所だ。侯爵夫人、毒を仕込むのはやり過ぎだぞ。

カルメン(ビゼー作曲)

スペインのセビリヤにある工場に勤めるカルメンは自由奔放な情熱女。気まぐれな彼女は、竜騎兵伍長で純情なホセを誘惑し、悪の道に誘い込む。闘牛士を新恋人にするカルメンを、逆上したホセは刺し殺す。世界一ポピュラーなオペラ。アグネス・バルツァというカルメン名人が健在している。

サムソンとデリラ(サン=サーンス作曲)

ペリシテ人の英雄サムソンの怪力を封じるため、ヘブライ人は美女デリラを差し向ける。サムソンは彼女の色仕掛けで捕らえられるが、最後の力で神殿を破壊する。第二幕第三場の「あなたの声に心は開く」は、歌劇史上屈指の誘惑アリア。

サロメ(リヒャルト・シュトラウス作曲)

ユダヤ王女で少女のサロメに欲望を抱くヘロデ王は、「七つのヴェールの踊り」を踊らせ、望みのものを与える。サロメが望んだものは、恋心を抱く預言者ヨカナーンの首だった。その首にキスをする。マリア・ユーイングはサロメ役でほんとうに全裸になった。

タンホイザー(ワーグナー作曲)

愛欲の女神ヴェーヌスの世界から帰還した騎士タンホイザーは、清純なエリーザベトと出会う。過去を悔いるタンホイザー。エリーザベトの死がタンホイザーを肉欲地獄から救い出した。悪女ヴェーヌスの官能場面は、ストリップ顔負けの過激演出が多い。サロメと並んで、おやじが双眼鏡片手に勝負を賭けるのはココだ!

ポーギーとベス(ガーシュイン作曲)

1930年代のアメリカ。困っていた情夫ベスをかくまい、看病したり、元気づけたりする献身的なポーギー。彼が留守中には、前夫と寝たり、麻薬に手を出し売人と駆け落ちするベス。さんざん世話になり愛を確かめ合ったポーギーを裏切る、寂しがり屋さんのベス。「サマー・タイム」の歌は有名だ。

マノン(マスネ作曲)

十八世紀パリ。天使のように美しいマノンは、騎士デ・グリューと一緒になるが、贅沢と自堕落ゆえに、売春はするわ、警察に追われるわで、最後は北米で死ぬ。

ルル(ベルグ作曲)

踊り子ルルが画家と戯れるところを見た夫は発作で死ぬ。ルルの実態を知った画家は自殺する。ルルと結婚した博士は、ルルに撃たれる。博士の息子と一緒になったルルは売春婦になり、息子は客に殺され、ルルも殺される。ルルを愛した男たちの悲劇のオペラ。


ね、悪女もいろいろでしょう。困ったことには、本人に「悪女」という自覚が全くないということだ。

95タクト:2007/11/22(木) 09:43:49
好色八人男の話
最近は夜空を見上げると、星がすごく多くてきれい。
月の光も思いっきり輝いている。
まだ街の明かりで少しさえぎる部分はあるけれど、都会の夜空もずいぶん透き通って星が輝いて見えるようになってきた。
では、今回は前回の逆でオペラの「好色八人男」の出番です。




         好色八人男



 夜の淑女たちには不思議ともてる、スケベでしゃきっとしない男たち。不幸はいつも女性側。惚れなきゃいいのに。そんな色恋ざたの名作オペラを紹介する。

カヴァレリア・ルスティカーナ(マスカーニ作曲)

 恋人のトゥリドゥが、前の恋人ローラと仲の良いことを嫉妬したサントッツァはローラの夫アルフィオに告げ口してしまう。ミサのあと、アルフィオと決闘して殺されたトゥリドゥ。彼は死を覚悟していた。

蝶々夫人(プッチーニ作曲)

ほんま、ピンカートン、無責任な遊びはあかんで。淫行罪で逮捕する!

椿姫(ヴェルディ作曲)

 パリの高級娼婦ヴィオレッタに、愛の告白をする田舎貴族アルフレード。純粋さに惹かれた彼女は一緒に暮らすが、財産は減っていく。アルフレードの父に息子と別れるよう請われ、再びパリに戻る。肺の病で床に臥しているヴィオレッタ。真実を知ったアルフレードが駆けつけたとき、彼女は静かに息を引きとる。

トスカ(プッチーニ作曲)

 歌姫トスカに欲望を抱く警視総監スカルピアは、トスカの恋人カヴァラドッシを難癖つけて捕らえ、拷問する。恋人の命と引き換えに貞操を要求されたトスカは、スカルピアを刺殺したが、恋人も殺され城壁から見を投げる。「トスカ」、「椿姫」、「カルメン」は世界三大オペラなんだって。登場する建物は今もローマに実在している。

ドン・ジョヴァンニ(モーツァルト作曲)

 希代の女たらしドン・ジョヴァンニ。ある夜、娘にイタズラしたことに怒った父親の騎士長を殺してしまった。彼は懲りずに、従者とつるんで次々と女を誘惑。復讐を誓う女たち。最後は、殺した騎士長の石像が、彼を地獄に連れ去る。ドン・ジョヴァンニが関係した女性はなんと二〇六四人! 1%分けてくれ。

ファウスト(グノー作曲)

 悪魔メフィストフェレスに魂を売って若さを得た老博士ファウストは、美しい娘マルグリードをもてあそび、身ごもらせ捨ててしまう。兄も殺され、わが子を殺したマルグリードは神に救いを求め息絶える。美女と乱痴気から戻ったファウストは悪魔と地獄へ落ちる。
最後には救いがある。宝石の歌など名曲多い。

フィガロの結婚(モーツァルト作曲)

 主人であるアルマヴィーヴァ伯爵は、従僕フィガロとの結婚を控えた侍女スザンナを狙っていて、初夜権の行使も考えている。それは大変と、おませな少年、長い独り暮しに悩む伯爵夫人、実の息子とは知らずフィガロの結婚を企む女中頭などが種々入り乱れての大騒動珍解決。古今東西歌劇中一、二位の人気。

リゴレット(ヴァルディ作曲)

 町の領主マントヴァ公は大の女好き。日夜一緒に乱交する道化リゴレットをよく思わない公爵の家来たちは、道化の愛娘ジルダを誘拐。公爵から辱めを受ける。復讐を誓うリゴレットは、公爵殺しを殺し屋に依頼。しかし、公爵への思慕を捨てきれず、ジルダは身代わりとなる。リゴレットは娘の死骸を見て絶望する。

 先頃、名テノールのパヴァロッティ氏が亡くなった。パヴァロッティが歌うマントヴァ公爵の「女心の歌」、風の中の羽のように〜♪の高らかな歌声が今も私の耳から離れない。追悼。

96タクト:2007/11/23(金) 11:44:36
すてきな一日。
17年前に、NHK教育テレビの「あしたもげんきくん」のげんきくん役に無名のぼくを抜擢してくれたプロデューサーと15年ぶりに会った。

一度、名古屋に転勤されて、また本局勤務になった。
今月初めに、偶然NHK内の本屋で出たばっかりのぼくの著書「世界一楽しい タクトクラシック音楽館」を偶然見つけ、即買って、読んで涙が出たそう。
それでネットで検索してぼくのホームページを見つけ、そこからメッセージが送られてきて、連絡を取り合いきのう15年ぶりに会うことになった。
「ぼくは、その日の夜は三遊亭遊吉師匠の落語会に聞きに行くんです」
「三遊亭遊吉さん?私の隣に住んでいる人です。一緒に行きましょう」
なんでも、隣に噺家が住んでいて、家族の団欒がよく聞こえてくるのだが、きちんと会って挨拶したことがなかったので、前から会う機会を望んでいたそう。

午前中からの2つの取材を終え、3時半にNHKエデュケーショナルへ。
ぼくは本当に自分でも良くないと思っているのだが、げんきくんで数年間お世話になった各ディレクターとほとんど連絡が途絶えていた。
海外に行ったり、年賀状を出さなかったりで不義理をしてしまう。
それらの人達の近況を教えてもらったり、久しぶりに会ったりして、またありがたいことに新番組のお話も打診された。

夕方に局を出て、遊吉師匠の会がある新日本橋亭に行った。
師匠の落語をニ題、合間にはボクが好きで舞台も一緒になったことがある桧山うめ吉さん(美しい女性)も出ていた。
遊吉師匠の奥さんも来ていたので、プロデューサーとの交流ができた。

帰りに2人で居酒屋に入った。
こうしてお酒まで飲んで、じっくり話をしたのは初めて。
「好田くんにげんきくんをやってもらって、ほんとうによかったのか、恨んでいないのかとずっと思っていた」
と言われたので、
「とんでもない。あの番組との出会いはぼくには財産ですよ。あれで、自分の次に進むべき道が開けましたから。やっていた内容も、どこにも負けない自信がありました。ほんとうに感謝しているんです」
そうです。世間から見れば小さいことかもしれませんが、ぼくが「げんきくん」をやっていなかったら、途中で息切れして芸人をやめていたかもしれない。
ぼくの大切な恩人。

遊吉師匠の落語を聞きながら、朝「ちりとてちん」を見ながら実感した。
15年以上の時の隔たりが、点が線となって結ばれていき、新しい出会いが生まれて輪が大きく広がっていく。

地味な出来事かもしれないけれど、ぼくには2007年11月22日はすてきな一日。

97タクト:2007/11/25(日) 05:48:38
先哲の言葉
?????????????????? 先哲の言葉


一、努力のないところには幸福はない、決断のないところには解決はない。

一、賢い人は知っていることしか言わぬ、愚かな人は知らないところまで口を出す。

一、他人の短所を責めてはならぬ、自分の欠点を許してはならぬ。

一、知ることがむずかしいのではない、おこなうことがむずかしいのである。

一、善の芽は育てねばならぬ、悪の芽はたやさねばならぬ。

一、苦しみが残していったものを味わえ、苦難もすぎてしまえば甘い。

一、涙とともにパンをたべた人でなくては人生はわからない。

98タクト:2007/11/26(月) 07:23:19
日本一になったの話
きのう、池袋手刀で行われた【第5回 GO!ヒロミ44’の帰ってきた漫談日本一決定戦】に初参戦した。
なんとお客さんが選ぶという方式で、私が日本一(!)になった。

素直に、うれしー!


会場となった池袋手刀(ちょっぷ)は満席。
ここんところはGO!ヒロミ44’ のカリスマ人気も手伝って、ずっと満席が続いているとのこと。
GOさんのいっぱい用意されたCDやDVDも早々と完売していた。
GOさんに誘われての初めての参加だったが、不安が的中した。
ぼくの前に出ていた演者を見ていて、ありきたりのネタではまったく通じない異常で独特の雰囲気、目の血走った真剣な客たち。
まるで、GOヒロミ教の信者たちの集会みたいだ。
「こりゃ、苦戦するかも…。ま、いつもどおりやるだけ」

でも、実際に舞台に立ったら作り物のトークは受けないが、本音のトークはほんとうに客席の反応がよく、またライブハウスなので音響がすごく響いて指揮者芸も演じやすかった。
とはいっても、それほど受けたとは思えず客も「誰?この人」って感じだった。
このライブに合う合わない芸風というのがあるのだろう。
GOさんのライブは以前は長井秀和君(なべや時代に一緒)や鳥肌みのるさん(東洋館で一緒)、もちろん猫ひろしさん(今回はインフルエンザ)も参戦していたり、今回の出演者も一筋縄ではいかない強者ばかり。
第3回、第4回とGO!ヒロミ44’さんが連続チャンピオンになっているそうだ。
で、今回の結果は…、なんと私が日本一。
終りの打ち上げでは、芸人ともお客さんとも仲良くなれて、何人かには「すごくおもしろかった」とか「感動した」とか言ってもらえて、マイミク同士になることも約束しあった。
なかには、「タクトさんの書いた『もう一つの上方演芸』をすごく愛読してます」なんて言ってくださった方もいて、さっそくマイミクになっていただいた。
編集者のアルト君(マイミク)もさぞうれしいことだろう。

今回、参加してよかったなあ、とつくづく思った。
それにしても、GOさんの芸はやはりすごかった。
ぼくはほんとに一ファンになってしまう。
狂気もネタも迫力あるが、歌も声のトーンも間もすごく達者だ。
ほかの出演者で、ぼくが好きになった芸人さんの何人かの感想。
元気いいぞうさん、いいなあ。すべておもしろく聞かせる歌。
みつまJAPANさんのあい変らずの狂気ぶり。
みつまさんが芸風で悩んでいることを言っていたが、このままやればすごい世界ができるからがんばってと言ってしまった。
だって世間が気づかないだけだもん。
ま、みつまさんに限らず今回の芸人はみなそうだけど。
殿方充も切れ味あったなあ。
初めて殿方さんと一緒になるので期待していたらその通りの方でした。
原田16才さんも明るかった。
本人は「ぼくだけがテレビに出るのを意識している」なんてシャレで言っていたけど、どうみても僕たちと同じ種類の芸人だろう。
チャーリー東京さんが77歳なのはビックリした。

GOさんに第六回も出てと言われてしまった。
新しいネタ、そんな簡単にできないのに…、でも言われてちょっとうれしい。
GOさんとは12月7日のワハハ本舗の「喰始のお葬式」で一緒になる。ま、今回の出番はネタじゃなさそうだけど。

GO信者のみなさん、これからもよろしくね。


月末まで寄席の出番がないから、京都や奈良に仏像を巡る旅にでも行ってこようかな。
それと、今日か明日の「週間朝日」に著者紹介でまる一ページ出るので、みなさん今度こそ中を確かめて見てね。

99タクト:2007/11/26(月) 07:50:16
ウルトラマンの矛盾
日曜は午前中も夕方もいまも男の子たちを喜ばせる特撮ものが放送されていますね。
また、仮面ライダーやウルトラマンなどは懐古ブームもあってDVDレンタルも大人気ですね。
しかし、前からあの手の番組の内容に矛盾な箇所がいくつもあって気になっていたのです。
今回は「なんか違うだろ・初代ウルトラマン」です。

早田隊員がウルトラマンに変身して、カラータイマーが鳴った時、石坂浩二が大学時代にバイトでやっていたナレーションの声で、
「ウルトラマンの太陽エネルギーは地球上では3分間しか生きられない。がんばれウルトラマン!」
てなことを言ってますが、ぼくは全作品ウルトラマンの出ている時間を計りました。
なんと、第7話の「ベラージの青い石」のアントラーでは、番組開始19分20秒から22分54秒まで3分34秒かかっていることを発見。
第28話「人間標本5.6」のダダのときに至っては、番組開始18分38秒から24分40秒まで、6分2秒も地球にいます。
ちなみに短いのは、怪獣最強といわれるレッドキングの出る第8話「怪獣無法地帯」で、開始22分40秒から24分26秒でわずか、1分46秒。決め技も首投げ一発でレッドキングは失神。スペシューム光線を出すまでもなし。
レッドキングの着ぐるみは頭部を取り替え、体色を青く塗り直して怪獣アボラスとして第19話「悪魔はふたたび」で再利用されたのち、もう一度頭を作り直して第25話「怪彗星ツイフォン」に再登場しています。
再登場のときは健闘して、番組開始19分33秒から21分59秒までウルトラマンと戦っており、2分26秒かかって最後は八つ裂き光輪の餌食になっています。
しかし、なんで怪獣ナンバー1がレッドキングなんでしょう。
2位はゴモラ。
ちなみに、ゴジラにえりまきを巻いて襟巻怪獣ジラースというのもあるし、ウルトラマンが宇宙に行って、回転したらまわりの星まで回転していました。
ちなみに着ぐるみの中に入っていたのは、ウルトラセブンの天城隊員の役の人です。
顔は広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像がモデルで、きたないのときれいな顔など3種類があり、4人の脚本家が交互に作っていました。

ちなみに仮面ライダーにも納得できない流れが。
ライダーが番組前半に出てきて、ショッカーに箱に閉じ込められ爆破されたのに、番組最後に出てきて、怪人が、
「ライダー、おまえ死んだんじゃなかったのか?」と聞かれ、
「ばかめ、ライダーは不死身なのだ! トォー!」って復活したのも納得できなかったなあ。

100タクト:2007/11/27(火) 07:15:52
「週刊朝日」(12月7日号)の109ページに載っています。
きょうから発売されている「週刊朝日」(12月7日号)の109ページ「ひと」に、著者インタビュー記事として、私と著書『世界一楽しい タクトのクラシック音楽館』(実業之日本社)が、まる一ページ紹介されています。

見てね。

101タクト:2007/11/28(水) 17:28:59
交響曲第5番の隠された思い ショスタコーヴィチ
ショスタコーヴィッチの交響曲五番には人一倍思い入れがあって、ソロモン・ヴォルコフ編の『ショスタコーヴィチの証言』(中央文庫)は偽書というレッテルは貼られているけれど、バーナード・ハットン著の『スターリン その秘められた生涯』(講談社学術文庫)とともに読んでから、この曲を聴くとこれまでの聴いていたものとは全然違って聴こえてきました。
この曲に限らず、ショスタコーヴィチの曲はほんとうに奥が深くおもしろいです。
不遇な環境の中で、逆に才能が開花した特異な例だとも思えます。
今回は、そんな思いをもって12年前に書きあげたエッセイです。




   交響曲第5番の隠された思い ショスタコーヴィチ

 大工は家を作り、八百屋は野菜を売り、画家は絵を描く。作曲家はもちろん音楽を作る。どれもお客さんあっての商売だ。今の世の中、自由競争が当たり前となっている。好きなものをつくり、それが売れれば食っていける。
ところが、ついこの間までの社会主義大国、ソ連では状況は違っていた。
 時は一九三〇年からの約三〇年間。作曲家のお客様は政府。政府にお気に召す曲を作れば、与えられる報奨は「スターリン賞」という名誉。お気に召さなければ待ち受けるのは、最悪「死」というおそろしい賞。とりわけ気を使わなければならないのはスターリンの側近エジェーフ。彼が一九三六年に内務人民委員に就任して以来、芸術家は政府の機嫌をとらざるを得なかった。
 怖がる者、耐えられない者は祖国を捨てた。
それでも何人かの芸術家は祖国にとどまり、作品を作り続けたのだ。自分の本当に表現したいこと、内面にある抑えがたい衝動を、政府高官の目をうまくごまかしながら曲の中に盛り込んでいった。
 あるとき、ショスタコーヴィチの交響曲を山ほど振り続けた、指揮者のムラヴィンスキーがこう言った。
「彼の交響曲第五番の輝かしいフィナーレは、勝利の音楽です」
 この言葉を耳にした作曲者は、
「ばかな、彼はなにも分かっちゃいない!」
 一九三七年十一月二十一日 レニングラード・フィルハーモニー大ホール。ムラヴィンスキー指揮による初演で、この曲は人々の前に現われた。親友のグリークマンや、ヴォルコフはこのときの模様をこう述べている。
「ラルゴ(第三楽章)の途中で多くの聴衆が、
男も女も泣き始めた。最後の音符が響き終わったとき、場内は大混乱となっていた。多くの人々が泣き続けていた・・・」
 荒れ狂うエジェーフシチナに恐れ、おののき、人生を歪められていた人民たち。聴衆たちは、この時代に生きなければならない自分たちの運命とショスタコーヴィチの音楽との間に深い関わりを感じとり、泣くことでしか自分を表現できなかったのであろうか。
 ショスタコーヴィチ自身は、第四楽章が歓喜の終楽章であるとする考えにはこう反論している。

「第五交響曲で扱われている主題は誰の目にも明白である、と思う。あれは『ボリス・ゴドノフ』の場面と同様、強制された歓喜なのだ。それは、鞭打たれ、『さあ、喜べ、喜べ、それがおまえたちの仕事だ』と命令されているのと同じだ。そして鞭打たれた者は立ち上がり、ふらつく足で行進をはじめ、『さあ、喜ぶぞ、喜ぶぞ、それがおれたちの仕事だ』
という」(水野忠夫訳から引用)

 ショスタコーヴィチのいくつかの交響曲、オラトリオ『森の歌』など、歴史と時代に迎合した壮大で分かりやすい大曲は、作曲家自身の本意ではない、ご機嫌とりの音楽などと安易に評価してはいけないと思う。彼の隠された本当の悲しみが、華やかな響きの裏に隠されているのだから。
 そう考えると、ハチャトリアンやプロコフィエフの交響曲も、悲劇のクライマックスに聴こえないだろうか。


※ショスタコーヴィチ 1906年レニングラード生まれ。69年間の生涯に、十五曲もの交響曲を書いた。第五番は関西ローカルの長寿番組『部長刑事』のオープニングでも使用。

※ヤーコダとエジェーフはスターリンに毒殺を教え、数百万人を粛清したとされる恐怖政治の中枢者。当時はエジェーフシチナと呼ばれ、恐れられた。最後、彼らは自らスターリンに処刑される。

102タクト:2007/11/29(木) 08:03:32
藤本 有紀
『藤本 有紀』


誰だかわかりますか?
この名前を聞いて、ピンときたらあなたはかなりのドラマ通。
いまの朝ドラの「ちりとてちん」の脚本家です。
「ちりとてちん」は原作がなくて、書き下ろし脚本だから作家の実力が伺えます。
きのうまでNHK−BSで再放送された「人生はフルコース」(全3回)もほんとうにすばらしい、すてきなドラマでした。(舞台は料理界)
まさか、テレビドラマを見て何回も泣くことになろうとは。
劇団「カクスコ」の脚本も手がけていた。
ぼくがずっと、見続けていた唯一の劇団。
男たちばっかりのメンバーで心温まる舞台を見せてきたのに、「メンバーの一人でも欠けたら解散」という宣言を有言実行して2002年に解散した。
新宿シアター・トップスによく見に行ったなあ…。
いまのトレンディ・ドラマは見る気もしないけど、藤本さんの書くドラマだけは見続けてみよう。同県人(兵庫県)だし。
下記は、藤本有紀さんが脚本を担当したテレビドラマのリストです。

テレビドラマ

・鬼の棲家 (1999年1月12日-3月23日 フジテレビ系列)
・二千年の恋 (2000年1月10日-3月20日 フジテレビ系列)
・JJママ (2000年 BSフジ)
・ラブ・レボリューション (2001年4月 - 2001年6月 フジテレビ系列)
・天才柳沢教授の生活 (2002年10月16日〜12月11日 フジテレビ系列)
・ソナギ 〜雨上がりの殺意〜 (2002年11月1日 フジテレビ)
・東京ラブ・シネマ (2003年4月14日 - 6月30日 フジテレビ系列)
・ミニモニ。でブレーメンの音楽隊 (2004年1月10日 - 3月27日 NHK教育)
・愛と友情のブギウギ (2005年3月28日〜5月5日 NHK総合)
・花より男子 (2005年10月 - 12月 TBS系列)
・名探偵 赤富士鷹 (2005年12月29日・30日NHK総合テレビジョン)
・ギャルサー (2006年4月15日 - 6月24日 日本テレビ系列)
・人生はフルコース(2006年7月、NHK)
・ちりとてちん(2007年10月-2008年3月、NHK(NHK朝の連続テレビ小説))

103タクト:2007/11/30(金) 07:23:14
きょうの「日刊スポーツ」の裏一面にドーンと掲載。
きょう11月30日発売の日刊スポーツ(朝刊)の、芸能・文化欄の一番最後の26ページの番組欄の上半分以上のページにわたって、ドーンと載ってます。

扱いの大きさに自分でもぶったまげました。
これだけ大きく載ったのは、この前のサンスポと2000年2月の毎日新聞第一面以来の大きさですわ。

これは見ごたえがあります。
期待して見てください。
でも、読んだ人の大半は思うでしょうね。

「好田タクトって、誰?」

104タクト:2007/12/01(土) 11:48:57
12月の告知
寄席とアンフィニ以外で、12月の出演告知がいくつかあります。


・四谷コタンで「笑って笑って笑いましょう vol.2 」をやります。

12月20日(木)7;00pm開演です。
ほかでは見れない、それぞれたっぷり演ります。

出演者は、好田タクト 東京ガールズ 寒空はだか 弱つよむ です。
年忘れ、クリスマスを楽しむつもりでいかがですか。
きっとこのメンバーですから暖かい気持ちになれるライブになると思います。

場所は、四谷駅から新宿よりに徒歩7分です。
〒160-0011 東京都新宿区若葉1-9 金峰ビル101  ライブハウス 四谷コタン
? 03-3357-7093

一人でも多くの人に来てもらいたいです。
会場が30人でいっぱいになるので、予約をぼくのメールでも承ります。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~YotsuyaKotan/


・年末恒例「おもしろ音楽会」が開催されます。
文祥堂イベントホール(銀座)
12月28日(金)午後1時半開場、2時開演。
出演順:福岡詩絵(ジュカ)、好田タクト、 福岡詩乃里、オオタスセリ、こと(笛吹き)、山口とも(おもしろ打楽器)、福岡詩ニ。
前売り2,000円、当日2,500円。
素敵な達者なメンバーで、このお値段です。

来られる人はタクトにメッセージでお申し込みください。
タクトがチケットを持っております(10人限定)。


・ワハハ本舗祭「喰始の大生前祭」
12月7日(金)18:30開演 新宿シアターアプル 前売香典5,000円。
ワハハの人総出演(司会は久本雅美・柴田理恵さん)をはじめ、芸能人や業界人が多数ご列席するそうですが、なんとぼくは喰さんが僕の芸を気に入っているからとのことで、ありがたいことにネタをさせてもらえることになりました。
朝比奈隆をやって、まだぼくを見たことがない人を驚かしてやろうかな。


・きょうから2日間、東京ユニットとして千葉県の「若葉の湯」に出ます。
コントを2つ持っていきます。
明日は『タクト音楽祭』で名パントマイムを見せた京本千恵美さんも出ます。
1日 16:15分と19:45分
2日 午後1時と5時の毎日2回出番。

http://wakabanoyu.jp/

105タクト:2007/12/04(火) 09:20:37
かれーなる賭け
最近は大食いタレントなども多数出てきて、ちょっとした「大食い」ブーム。
ボクの後輩でひらおくんという、いまはフィリピンのセブ島に留学している男の子がいるんだけど、そのひらおくんに3年前に、
「好田さん、好田さんの年であれ食べ切れたら尊敬しますよ」
彼が指さしたのは、カレー屋のココ一番館の店前にデーンとある、「大食いチャレンジ! ライス1300グラムのカレーを20分以内で食べると無料!」。
「尊敬する? よし、やったるわ」
ということで、辛さを4倍にしてチャレンジ。
なんとか17分で食いきった。
店の人の話によると、達成率は20%弱で、ぼくは達成者のなかでは最高齢だったらしい。
そして、ココ一番館新宿西口ガード下店の店内には、大食いチャレンジ達成者の写真のなかに、私の苦しそうな写真が年と達成時間も記載されてしばらく貼り付けられていて、なんとなく恥ずかしかったのを憶えている。
「かれーなる賭け」(映画とちゃうよ)。
賭けに勝って、人生損した気がした。


★ちなみに、東京に来て一番最初の仕事が「貧乏芸人グランプリ」というテレ朝の特番で、そのまんま東さんが司会で、電撃ネットワークの南部さん、大川総裁、ワハハ本舗のタレントさんなど10人から貧乏芸人ナンバー1を決めるやつにぼくもなべや代表として出て、高井戸の「地獄ラーメン5人前」(とにかく辛いらしい。ボクは感じなかった)を唯一ぼくが完食したりしたこともあって、準優勝したことがある。
それはもう16年ぐらい前の出来事なんだけどね。
若い時は、大食いはけっこう平気なんだけどな。

106タクト:2007/12/08(土) 10:40:37
ワハハ本舗の底力の話
『喰始の大生前祭!』に出た。
ボクの出番は、ワハハに出た外部の芸人たちが、喰さんに芸をして弔辞の代わりをするコーナーで出たのだが、一緒に出た芸人は何人いただろうか。
40組ぐらいはいたのではないだろうか。
ぼくはトップバッターで、朝比奈隆の指揮者芸でベートーベンの『合唱』を演じた。
ま、こんな感じかなという感じでしたが、喰さんが「立って、立って」とお客さんに言ってくれたこともあって、スタンディングオーベーションにはなった。
楽しみのGOヒロミ44さんの喰さんへの危なっかしいインタビューにも笑ったし、会場にきて弔辞も述べられた唐沢俊一さん(『音楽祭』に来ていただいた)にも挨拶ができた。
ワハハの方々にも、けっこう久しぶりの人もいて交流が暖められた。
楽屋が喰さんと同じで構成に大変そうだったので、ずっと舞台裏に逃げていた。
お客さんは、ぼくが指揮者の格好で舞台に出たので素顔が知らなかっただろうな。

こういうので時々思うのだが、偉そうに思われるのを承知で言うと、ゲスト扱いで出られるテレビタレント的な落語家や講談師と、普段地道にやっている芸人とどう差があるのだろうか。
そんなにおもしろいともすごいとも思わないし、落語やったら滝川鯉昇(たきがわ・りしょう)師匠や三遊亭遊吉師匠の方が全然うまいのに。
ゲスト格の扱いがちがうけど、なんか感動しないので舞台裏でふっと思ってしまった。
浪曲師の国本武春師匠と楽屋でけっこう話ができたのはうれしかった。

舞台の最後のほうで、セクシー寄席のメンバーが舞台にかける思いを語りながら歌を歌うのだが、本音で今の貧乏や苦労を洗いざらい告白する話に客が吸い込まれているのがわかった。
その時は客席に回って見ていたので、喰さんの演出ってうまいなあ、人を引き出すのって上手だなあと感心すると同時に、こういう感動の部分を笑いと下品と芸術を平気でまぜごちゃにする、ワハハ本舗の底力を見たような気がした。

今日の夜は、森さんがやはり足が痛くてバイトを休んでいるので、森さんの家でコントの新作の稽古をする予定。
ああ、いつ花が開くのだろうか。

107タクト:2007/12/10(月) 17:13:22
本で決まるの話。
ドラマのTBSが苦戦しているらしい。

http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=10&id=358626

視聴率は「ジョシデカ!」が平均9.6%、「歌姫」が8.1%、「ハタチの恋人」は8.5%と揃って1ケタ台に低迷。

「どのドラマもまずキャストありきで、脚本がひどすぎる」と、放送評論家の松尾羊一氏は言っていた。

正直、連ドラは全然見ないし、朝ドラの「ちりとてちん」だけしか見てないけど、芝居はやっぱり本で決まるよね。
今回の脚本家もきっと局の方針があって、意に沿わぬまま書いていることもあるんだろうけど、やっぱり脚本や演出って大きいと思う。

ウルトラセブンやあしたのジョーってよかったなあ。
吉本新喜劇も中村進先生のときはよかったなあ。

オオタスセリさんや永井寛孝さんが書いたら、どんなドラマになるんだろう。
テレビってよくわからない世界だから、きっと上のほうで事務所とかとの力関係で決められて、作られていくんだろうな。
役者にも木下ほうかって素敵な名バイプレイーヤーがいるんだけどな。
映画関係者はみんな知っているわな。

とにかく、こんなおっさんが見てもおもしろいというドラマ作ってほしいなあ。
佐々木昭一郎の「ユートピアノ」みたいなやつ。
ぼく、アイディアや構想はあるんだけどお呼びかからないしなあ。
直接、シノプシズ書いてどこかの局に持っていったろうか。
門前払いかなあ。

108タクト:2007/12/11(火) 20:41:31
後人の言
1.出る杭が打たれるならまだしも、出る前に打つのはやめて


2.石の上にも3年、石の下には丸虫。(もうボクは25年)


3.目の中に入れても痛くない、ものはない。(目薬ぐらいか…)


4.早起きは3文の得。100円やるからずっとゆっくり寝かしてくれ。


5.犬も歩けば棒に当たる。ってそんな犬見たことない。犬も歩けば疲れるだろう。


6.芸人の挨拶「おはようございます」って、夕方に会えばおそうございます。


7.猫にこんばんわ。(わかるかな〜)


8.前に岡八郎師匠のギャグで、「俺は空手習ってたんやぞ。と言っても通信教育やけどな」で、ドテッとまわりコケル。というパターンがあったが、今、お笑いを通信教育で習う時代にはコケれない。


9.「おまえは秘密兵器や」。しばらくして「秘密のままで終わってくれ」


10.「古池や 蛙飛こむ 水のおと」 バショ〜ン(芭蕉〜ん)


11.『古き洋画シリーズ』

・「ローマの休日」巣鴨に行けば「ローバの休日」

・「シェーン、カムバッ〜ク!」時間がたてば「シェーン、カミバッ〜ク!」

・「カサブランカ」霧の立ち込めた空港。コートを着たハンフリー・ボガードがイングリッド・バーグマンにトランクを手渡す。そして一言。「この荷物、カサバランカ?」


12.小さい時、母親が毎朝ボクを起こすのだが、なかなかしゃきっと起きないので、ついに、
「ダウン、ワン、ツー、スリー…」とカウントを数え始めた。
効果はてきめん。
テン以内に本能が目覚め、体が起きてファイティングポーズをとる。
しかし、時々「その数え方早い。ワ〜ン。ツゥ〜、スリ〜〜、とスローモーションみたいに数えて」とか、「エイト、あたりで、立て、立つんだ、ジョー!って言って」とか、また寝て「3回まではTKO負けちゃうねん」と注文をつけるようになった。
いつも思う。目覚ましベルの代わりに、こんなカウントを数える目覚まし時計ってけっこう売れるんちゃうか?(特許とろうかな)

109タクト:2007/12/13(木) 07:36:17
鶴光師匠に誉められた!の話。
きのうは第二水曜日だから浜松町のイタリアンレストラン「サン・ミケーレ」で「クラシック寄席」の日。
アンフィニオーケストラがここで寄席のように、笑いをふんだんに取り入れながら食事をしながら楽しく聴いていただく、まさしくサロンコンサートにうってつけの企画コンサート。
ぼくもほぼ毎月、いろんな出し物をやってきた。
昨日もあいかわらず、満席だ。
見ると、一番前の席に笑福亭 鶴光(しょうふくてい つるこ)師匠がいらっしゃるじゃありませんか[m:76]。

鶴光師匠はぼくたちの世代の憧れの落語家。
オールナイト・ニッポンで「雨、コーヒー、ライター」(続けて言えばわかる)など、下品連発のラジオでほんとうに一番人気があった。
一時期は、13本ぐらいレギュラーを抱えていたが、しっかり落語を東京と上方両方でやり続けてきた、落語界の橋渡しの師匠でもある。
それにラジオをよく聞いていたぼくは、本当に好きな芸人だった。
だって、おもしろいもん。
その鶴光師匠が、ぼくの指揮者芸を見て笑っていただいたあと、コンサートが終わってから挨拶しに行った。
「小澤征爾、おもろかったわ。そうか、東洋館に出ているんか。下の浅草演芸ホールに私、しょっちゅう出ているから遊びにおいで」
もう、こんなうれしいことはない。
きのうは、ちょっと早めの神様からのクリスマス・プレゼントでした。

110タクト:2007/12/15(土) 09:44:49
哀愁のペーソス
きのうは浅草木馬亭にペーソスさんのライブを聴きに行った。
ペーソスさんとは、今年二度共演させていただいた。
関内おき楽シアターと、墨田区の青色申告「花形演芸大会」(講談の神田きらりさんも一緒)。
楽屋でかなり仲良くさせていただいた。
しかも、ボーカルの島本慶さんが下北沢に住んでいて奥様が「絹16」で僕を見て「ファンになった」なんてうれしいことをおっしゃっていただいていた。
その島本さんの小椋けいさんみたいな甘い哀愁のおびた歌声に酔った。
もちろん歌詞と、ギターの岩田さん、司会のスマイリー井原さんを含めたトリオがおもしろいので爆笑なのだが、ペーソスさんのほんとの持ち味は55歳と54歳の島本さんと岩田さんの哀愁を帯びた雰囲気だと思う。

帰りに半村良の「小説浅草案内」で一部に有名なお店でさらに酔う。
行く前に「いまの」で食事をしたので、本当の意味での浅草らしさを3つもこの夜は堪能。

きょうは、いまから某テレビ番組の収録。
テレビは苦手でずっと逃げていたのだが、知人に「もっと顔売らな」と言われたので、今回は受けることにした。
でも力を入れてもしょうがないので、楽に楽しんでこようと思う。

111タクト:2007/12/17(月) 20:32:24
クリスマス・プレゼントにいかが?
きのうは浜松町のイタリアン・レストラン「サン・ミケーレ」でクリスマス・コンサート。
クロード小林さん率いるサロン・オーケストラのメンバーに加え、歌手の日向由子さんもご一緒。
家も近所だし、なによりもボクは日向さんの歌声が好きなので、予期せぬ共演にうれしい。
今回は昼・夜の2回演奏会があったので、なんか一日中、サン・ミケーレの入っているビルの中にいた。
指揮者物真似、特に小澤征爾のところで天才少女ヴァイオリニストのお母さんに涙を出すほど受けまくったので、なんか昨日のテレビ収録のタレントやアナウンサーに「よくわからない」と理解されなかったことを思い出し、クラシック音楽好きな人とこうも違うものかと、改めて自分の芸の置き所の微妙さ、難しさを感じた。

ボクの自著「世界一楽しい タクトのクラシック音楽館」が、唐沢俊一先生の朝日新聞書評欄の年末版用の“今年の三冊”のひとつに選んでいただけるみたいです。
「贔屓目抜きに本当に面白い本だと思った」とおっしゃっていただきました。
すごくうれしい。
なんかがんばって書きあげてよかった。
朝日新聞とろうかな。
でも、年明けには東京新聞にも大きく取り上げられるし、あ、朝日新聞の文化部や産経新聞「モーストリークラシック」、「レコード芸術」の1月号(パウゼ・2ページカラー)からも取材を受けたんだ。
ほんとうにありがたいこと。
無名のぼくにスポットを当てていただけるなんて感謝しないといけません。

前に出した共著「もうひとつの上方演芸・吉本以外のタレント名鑑付」も、自著「クラシック音楽夢レース」も、出たときはいろんなメディアに取り上げられて話題になり一部の熱狂的な読者も生まれたけど、実際は世間には受け入れられなかった…。
それどころか、ほとんどの人に本屋で手にとって立ち読みさえされなかった。
今度こそは、大きな波になるとうれしいのですけどね。

いかがですが、大切な人へのクリスマス・プレゼントに「世界一楽しい タクトのクラシック音楽館」は。
800円というのもお手頃ではないでしょうか?

私がサンタになって届けましょうか?(もう必死)。ごめんなさいね、宣伝しちゃって。

112タクト:2007/12/19(水) 01:16:35
タクト10大ニュース2007
そういえば、去年の今頃は有楽町国際フォーラムの「のだめフェスティバル」で指揮芸を一日3ステージを10日間、やらされまくっていたなあ。
今年は…、まあ、仕事がないというか、落ち着いていると言うか、そんなところで、今年の私の十大(ほんとうに大か?)ニュースを振り返ってみました。


        『タクト10大ニュース2007』



?世界的指揮者、秋山和慶さんに弟子として認めてもらえる(ただし、お笑い部門として)3月24日

?飼い猫ミーコ、避妊手術をする。2月13日

?クロード小林さん率いるアンフィニ・オーケストラと出会い、数多くの共演を重ねる。私の音楽芸の幅が大きく広がった。

?寄席の舞台をかなりこなす。浅草、上野、国立演芸場、下北沢、麻布、地方など100ステージ(一日重複もある)以上はやった。

?とりあえずバイトを辞める。当然ながら私のような芸は食えません。でも5月以降はバイトをせずに芸だけでがんばってみた。もちろん食えなければバイト復活の危険性はあり(泣)。

?私の3冊目の本、★新刊が出ました
実業之日本社  じっぴコンパクト(新書のシリーズ名)
『世界一楽しい タクトのクラシック音楽館』
税込定価800円 2007年10月31日から全国書店にて発売しています。

?6月よりホームページを開設する。が、来年早々には一旦閉じて、リニューアル予定。
「好田タクトの世界」
http://www.koda-tact.com/
「タクト通信(エッセー)」BBS
http://8130.teacup.com/tact/bbs

?8月よりミクシィにも本格参戦。
マイミクも210名になり、いまはいい状態。
のぶ兄さんが『好田タクトふぁん倶楽部』も作ってくれた。http://mixi.jp/view_community.pl?id=939892

?『タクト音楽祭』♪が11月4日浅草・東洋館にて開催。大盛況のうちに幕を閉じる。ほんとだよ。
その後、メディアにけっこういっぱい取り上げられる(自分でもビックリ。取材・反響はいまも続く)
そして、芸術祭を受賞! ウソ!なればいいなあ…、だって鶴瓶さんや由紀さおりさん、石川さゆりさん、中川家などテレビでの有名人ばっかりの公演の中にぼくの『タクト音楽祭』がポツンと芸術祭参加公演に認定されたから、それだけでも喜ばないとね。でも内容は負けていないと思っているんだけどな(強気)。賞の発表は来週だそうです。

?新しい出会い、懐かしい再会の共演がドラマチックにいっぱいあった。
オオタスセリさん、寒空はだかさん、永六輔さん、木村まりさん、ワハハ本舗の皆様、三遊亭遊吉師匠、コンタキンテさん、GOヒロミ44さん、東洋館に集う芸人…、唐沢俊一さん、6月のドリーム・フォーリーズの芸人さんたち、前の吉本の芸人、齋藤真知亜さん(N響第一ヴァイオリン)、仙台荒町。その他スタッフ、劇場関係者、NHK時代にお世話になった方々、岩野さん、井坂さん、マイミクのみなさん、あおいくま関係者…、いっぱい出会えたり再会があった。
私を励まし支えてくださったみなさま、本当に一年間ありがとうございました。
ああ、数え上げればきりがない…。

この10番目が一番の財産であり、ニュースかなあ。

113タクト:2007/12/21(金) 03:34:30
俺たちにはわかる。
吉本ルミネに大阪から内場兄さんが来てたので、会うことになり、ついでに7−9時というのも招待されたので見た。
ちゃんと払えば4,500円ぐらいするらしい。高っ!
新喜劇は後半なので最初の1時間は6組ぐらい、テレビでよく見る若手中堅が出ていた。
相変わらずボクは笑えない。(一回も笑えなかった自分にちょっとショック)
客はギャルが多いので笑っている。
エンタがどうのこうのと横で言って、手を叩いて喜んでいる。
しかし、僕が出る寄席とこの違いはなんなんだ。
上野広小路亭なんか、千円でも客は埋まらないし、おっさんは芸人出ていても競馬新聞読んでるぞ。
4番目ぐらいにほっしゃんが出てきて、ネタにシベリ○文太の滑舌の悪さのネタを3つほどやったので、それだけがちょっとおもしろかった。

後半に新喜劇。
もちろん内場兄さんは座長なので、ずっと出て芯で演っている。
終わってちょっとゆっくりしていると、ピッチに内場兄さんからかかってきて「楽屋にきて」と言われ、飲みに誘ったシベリ○文太とともに楽屋へいった。
共演していた末成由美姉さん、島田一の介兄さんに
「やあ、好田くんや。懐かしいなあ」と言われ、一の介兄さんにも「太ったなあ」と懐かしそうに声をかけられた。
楽屋で、古いメンバーだけ盛り上がっていて、ほかの人は僕を見て「誰?」って顔されてた。
だいぶメンバー変わったもんね。
みんなが内場さんとかに丁寧に挨拶されるのを見て、なんか、心の中で

なんか凄い扱いやねんなあ、俺、いっぱい秘密知ってるのに…。

結局飲み会は、内場兄さん以外に文太と末成由美姉さんたちと6人でもんじゃ焼を食べに行った。
いろいろ昔話の花が咲いた。
以前ぼくが新喜劇にいたとき、混乱期で新喜劇の出番がなくなって暇していた内場兄さんとぼくは、2人で旅に出ようということになり、ボクの250ccのバイクに内場兄さんが後ろに乗って2人乗りで三重の宇賀渓の滝を見にバイク旅をしたことがあった。
最初は晴れてたが、台風か近づいていて国道25号線(前は有料道路だったから気持ちがいい)では暴風で、命からがら宇賀渓の国民宿舎についた。
もう2人ともへとへと。
よく事故らんかったなあと思った。
もちろん滝なんて見に行けない、台風だから。
一晩泊まって、翌日の帰りは雨上がりの虹の中を2人で大阪に帰った。
内場兄さんはしっかりボクにしがみついて。
2人とも20代で貧乏だったから、こんな無茶もしたんだろうな。
そのことを、もんじゃ焼食べながら話をしたら、由美姉さん笑ってた。
玉ちゃん(シベリ○文太の本名は玉村なので、玉ちゃん)が「兄さん、昔話ばっかりうれしそうにする」
他にもいっぱい突っ込んでくるから、
「なんでそんな偉そうやねん!」
「言いやすいねん!」
と切り返され、ぼくと玉ちゃんが相手の欠点を言い合い、そのやり取りを見ていた由美姉や内場兄が、
「滑舌わるい2人の会話は、横で聞いていてもさっぱりわからん」と言われたが、ぼくら2人はちゃんとお互いわかる。

114タクト:2007/12/21(金) 03:39:31
でっかく載った。
♪今日ぐらいから発売されている『レコード芸術』1月号(音楽之友社)の226,227両ページにカラーで私が載っています。
「PAUSEパウゼ」という欄です。

でかいでしょう、ページいっぱいの小澤征爾もどきの顔が。


話は変わって、昨日はグリーンホール相模大野へ第九を聴きに行った。
指揮者は今度、二期会で「ワルキューレ」を振る名人、飯守泰次郎さん。演奏は神奈川フィル。
第九独特のパワーなのか特質なのか、曲を聴きながら

「この一年、けっこういろんなことがあったなあ…」

自分の一年を振り返ってしまった。
「ゆく年くる年 ありがとう」みたいな。
なんか、日本人的だな。

しかし、ここの神奈川フィルのティンパニーとトランペットは思いっきり音を出すのでほんと楔(くさび)を打つみたいに心に響く。
ミュンヘン・フィルのペーター・ザドロもこうだったわ。
他の楽団では両パートとも演奏に溶け込まそうとするのだが、気持ちいいほど解放的で力がある。
この楽器はほんとうはこういう演奏が大事なんじゃないかな、と思わせてくれる。

ふだんは行かないのだが、一緒に来ていた方が飯守先生と懇親で楽屋に行くことになった。
ちょっと緊張。
飯守先生に紹介され、僕の自著を先生に手渡すと楽しみに読んでくれるみたい。
メゾ・ソプラノの池田香織さんにもご挨拶できたし、福井敬さんは以前にボクが毎日新聞からの寄稿文を依頼されたとき(「21世紀に期待する音楽家」という正月版)、福井さんを紹介させて頂いたので、ここできちんとご挨拶できてよかった。
二期会の事務局の方とも挨拶して、なんかボクのことが噂になっているらしく、こりゃ、二期会の秘密兵器から脱皮するのかな。
やっぱり飯守先生のワーグナーを聴きたいな。
二期会の2月公演「ワルキューレ」が今から楽しみだ。
ちなみに飯守先生の稽古はけっこうおしゃべり好きだそうだ。

昨日聴いて改めて思ったことは、メゾの池田香織さんはすばらしいディーバだった。

115タクト:2007/12/21(金) 10:01:00
すごいことが起きている。らしい。
パソコンのメールに二期会の人から、
「好田さま
モーストリー誌が選んだ今年のベスト20入り。すごい。」
と入っていたので、何のことですか?と聞き返したら、
「モーストリークラシック新春特大号(2月号)今朝の参詣新聞長官1面(産経新聞朝刊1面のことだと思う)に宣伝もでています。定価1000です。
なんと沼尻の次でアラン・ギルバートに誌上表紙にも貴兄のお名前でております。」

どうりで、きのうからミクシィに知らない人からアクセスが急にすごく増えたはずだ。
クラシック音楽が好きな方だったら、この事件(!)の意味がお分かりだと思う。
まったく無名の音楽家でもないボクの名前が、クラシック界の権威ある所に急に世界的なすごい人たちと並んで出ているのだから。
じつはボクはまだ内容を見ていないので、あした探して楽しみながら読んでみようと思う。


四谷コタンで「笑って笑って笑いましょう vol.2 」に出演した。
だから、ほんとはこんな事件がなければBBSのタイトルも「マイミク祭り」ってしたかった。
だって、多くのマイミクが見に来て頂き、店長もマイミク、出演者もマイミク…、だからミクシィの話もけっこう受けた。
舞台は、40分近く演らさせていただいて、いつもと違う指揮者、曲で演じたけど、前にスセリさんの会で見てたり、演芸場で見てた方がけっこういらっしゃったので好評だった。
その後のみなさんとの交流会も楽しかった。
帰りは最終電車に間に合うよう、四谷駅まで寒空はだかさんと2人で話しながら歩いた。
ここで水野晴郎(みずの・はるお)ばりに一言。

「いや〜、マイミクってほんとにいいですね」

116タクト:2007/12/22(土) 12:05:30
『2007年の20人 時代を読む』に選ばれた。
モーストリー誌が2007年を代表する20人を選出。
『2007年の20人 時代を読む』にボクも選ばれました。
以下はその20人です。

・大野和士(指揮)
・堤剛(チェロ)
・ルネ・マルタン(ディレクター、?ラ・フォル・ジュルネ)
・新井満(作家、作詞作曲家、?千の風にのって)
・上野樹里(のだめ)
・さそうあきら(漫画家、?神童、マエストロ)
・細川俊夫(作曲)
・宮本亜門(演出)
・井上道義(指揮)
・イル・ディーヴォ(世界的なヴォーカル・グループ)
・宮本文昭(オーボエ奏者を今年引退)
・茂木健一郎(脳科学者)
・沼尻竜典(指揮)
・好田タクト(芸人)
・アラン・ギルバード(指揮、ニューヨーク・フィル次期監督)
・畑中良輔(バリトン、グレート・マスターズ)
・高嶋ちさ子(ヴァイオリン)
・ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(チェロ・追悼)
・ルチアーノ・パヴァロッティ(テノール・追悼)
・羽田健太郎(ピアノ、司会・追悼)

http://mostly.sankei.co.jp/topic/index.html

117タクト:2007/12/24(月) 00:24:52
唐沢俊一さん書評と若葉の湯ステージの話。
マイミクのレイラWさんから私の日記に以下の書き込みが。
レイラWさん、ありがとうございます。そのまま、貼り付けます。

「今日(23日)の朝日新聞10面の読書コーナーに、
唐沢俊一さんが、お薦め今年の本3点で、
タクトさんの、「世界一楽しい タクトのクラシック音楽館」を
薦めてましたよ!

軽めの新書ではあったが、クラシックの紹介にボブ・サップを
持ってくるといった工夫と語り口が新鮮でかつ的確。
お笑い芸人にしてクラシックマニアという著者の面目躍如な好著。
来年はこの人のブレイクの年かも。

と、講評されてましたよ〜!
良かったですね〜 」


きょうは千葉市の「若葉の湯」でクリスマス・お笑い&コンサート。
午後から1時、4時、7時と3ステージ。
アンフィニのクロード小林さんがかわいらしい女性ヴァイオリニストお2人を連れて、おなじみパントマイムの京本千恵美さんとボクと合わせて5人で40分間の内容。
特に最後のステージは満員のお客さんから惜しみない拍手をいただき、これがほぼ数百円のおふろ代(十数種のお風呂にサウナ、シュンプー、自由に休憩を含む)だけですむのだから、かなりお得。
毎日出し物をプログラムすれば、かなり人気があがるのでしょうね。

118タクト:2007/12/25(火) 09:41:58
マリア・ママ
最初にお断りしておかなければなりません。
You Yubeに入れていた私の指揮者芸の幾つかは、アクセスが何万件となって反響が凄くなってきたので消しました。
クライバー、カラヤン、小澤征爾などはもうありません。
ウィーンで活躍していた幻の大指揮者クナパーツブッシュに日本のファンが招聘をしょうとしたら、
「聞きたかったら、お前らが来い」
そこまで強気なことは言えませんが、心境はそうで、自分の芸はテレビとかネットではなしに生で見てもらいたいのです。
それに指揮者芸は実際の楽団をバックに演じた時のほうが、解釈や迫力も含めて質の高い芸に仕上がっていると思いますので、アンフィニとの共演したものをいずれ再アップできたらと思っています。
個人的には8月の代々木国立オリンピックセンターでのアンフィニ公演、40人近いオケで演じた朝比奈隆のワーグナーなんかが納得していて、今見てもほんとうにいい舞台で演奏も魂がこもっていて涙が出てきます。


さて、きょうは12月25日です。
母の誕生日でもあります。
ぼくたち兄妹が小さい時の話をします。
母はよくぼくに「きょう私の誕生日やから、私はマリアさんや。あんたはイエスちゃんやで」って言っていたけど、今考えればおかしいやろ。
きょうはキリストの生誕日やで。
ま、家は汚かったから馬小屋みたいなもんだったけど。
だいいち、マリアさんはそんな下着姿で部屋うろちょろせんやろ。

しかし女性は怖いわ、外づらと内づらが全然違っていて。
たまに家に電話かけたら、妹が明るく柔らかい高めの声で、
「はい、好田です。…なんや、お兄ちゃんか」
おい、2オクターブ声が下がっとるやないか!(ボーイフレンドだと期待したんかい)
妹はある時から一緒に街を歩くのも嫌がった。
「離れて歩いて。彼氏と思われたらかなわん」
結婚式にも、ぼくがお笑いやっていることを隠し続けた。
一言もぼくには喋らせなかった。
司会はアルトくんがただ同然でやってくれたので、おかげですごい危なっかしい式にはなっていたけど。

家ではメリーという雑種犬を飼っていた。
メリーには当時八百屋をやっていた店の売れ残りの食べ物をなんでもあげていた。
クリスマスには、ケーキが売れるだろうと大量に仕入れるのだが昔はまだ裕福な家は少ないので、けっこう売れ残る。
聖夜の夜のメリーの餌はケーキだ。
ケーキの上にはロウソクがいっぱいついている。
なにもわからないメリーはケーキとロウソクを一緒にハフハフしながらがっついて食べる。
しばらくして、メリーはもだえながら訴えている。
きっと言葉が喋れればこう言っただろう。

「メリー、クルシミマス…」  (ちょっときついなあ)

119タクト:2007/12/29(土) 09:46:23
自分で押す。
きのうは福岡詩ニ師匠主催の「おもしろ音楽会」に出た。
昨年は「のだめフェスティバル」の仕事があったので出れなかったけど、詩ニ師匠の音楽会はぼくが東京演芸協会が入る前後からほとんど欠かさず出ている。
年に2回するから、もう15回ぐらい出たのかな。
銀座の文祥堂に入って音のチェックをしょうとしたら、詩ニ師匠が「音を使うのタクトだけだから、音の担当はいないよ」
「えっ? …どうしましょうか」
「どうする? このリモコンで遠隔操作できるんだけど…」
結局、舞台から自分でリモコンのボタンを押すことになった。
舞台で、「では、これが世界の小澤征爾です」と言って小澤のかっこをしたボクが指揮を構えて棒を振り下ろす。
その時に自分でリモコンのスタートボタンをピッ。
その姿がものすごく間抜けで、舞台袖でオオタスセリさんが大笑いしていた。
おまけに曲はまちがって出るわ、全然関係ないところでいきなり曲が流れるわで、てんわわんや。
なんか変な受けかたをしていたなあ。

じつは自分で音のスタートボタンを押すことは、演芸場でもたまにある。
東洋館や浅草演芸ホールは舞台袖で若手の落語家さんが音の係りをしてくれるのだが、さあ指揮をしょうと思って指揮棒を振り下ろしたら音が出ない。
袖に目をやると、いるはずの落語家がいない。
しかたなく、自分でボタンを押しに行くのだ。
あとで落語家さんから、「すいません、(落語の)師匠が来られたので楽屋でお茶だしてました」
お茶と舞台、どっちが大事やねん!と言うこともできず、「いろいろ大変やねぇ」って、ニコニコこたえるしかない。

きのうは年末だったので、朝比奈隆はベートーベンの「合唱」を、小澤征爾は新春ウィーンコンサートにちなんで「ラデツキー行進曲」をやった。
客も手拍子してくれたので、こういう曲もいいのかなあと思った。
ゆうこりんさん、しんしんさん、わざわざ遠いところから来ていただいてありがとうございました。
素敵なプレゼントもありがとうございました。大切に使います。
おもしろ打楽器奏者の山口ともさんと「来年はぜひ一緒に舞台をつくりましょう」と誓い合ったのもうれしい出来事。

年末年始、1月7日まで出番や予定で埋まっている。
しかし年賀状は全然書いていない。買ってもいない…。

120タクト:2007/12/30(日) 17:02:34
小さなことにくよくよする。
よく「小さなことにくよくよするな」と言われますが、ボクはよく「小さなことにくよくよする」のです。
これは治りません。
いや、心底では治そうとしていないのかもしれません。

「千円札は拾うな」では、千円が道端で落ちていたらたいていの人は拾う。
目先の欲に心が奪われた為に、その先にある万札の存在を見逃してしまう。
優先順位をつけることは効率がいいだろう。
大局に物事を見るのも現代では特に必要だろう。
ぼくもその心がけは大切にしている。
大きな仕事が控えていたらあれこれ準備して、いろんな場面も想定していっぱい用意して、現場に行ったら「これでいいの?」ってことはめずらしくない。
でも準備はする。いろんなことも想定する。
でも一番に心がけているのは、
「とにかく体を持っていけば、なんとかなる」
そしてもう一つ、確信をもつようになってきたことは、、
「どんな大きな予定でも、その時間が過ぎれば、終わっている」
そして、家に帰ってずっと、小さいことにくよくよする。
布団の中に潜り込んで「なんで、あんなことを言ったのだろう。なんてアホなんやろ」と一人嘆く。
その反省は次に活かされることなく、日々は過ぎていく。
小さいことに悩んで、大胆に決断。

121タクト:2008/01/01(火) 17:17:52
   謹賀珍年
               謹賀珍年


旧年中はみなさま、大変お世話になりました。
昨年は地味に種をまいてきたことが、後半になって少し芽を出してきたかな、と思っています。
今年はそれらの芽に花がつくよう、いつもと違う年、珍年になるように、つつしんで喜びを申し述べながらさらに邁進していきます。
今年もどうぞよろしくお願い申しあげます。


★昨年11月に催した『タクト音楽祭』。その模様をハイヴィジョンカメラで完全収録したDVD(2枚組)が制作されました
税込3000円 下記のネットショップから購入できます。
http://6928.teacup.com/tact/shop/01_01_01/K-0005/
全国の書店にて発売しています『世界一楽しい タクトのクラシック音楽館』(実業之日本社の新書・税込800円)ともども、どうぞよろしくお願いいたします。(ごめんね、宣伝しちゃって)

122タクト:2008/01/08(火) 15:50:06
今朝、1/8日の東京新聞に載りました。
今朝の東京新聞(朝刊)に、先日取材を受けた私の記事が載っています。
あわせて指揮者芸の写真が掲載されていますが、それぞれ小澤征爾、朝比奈隆、カラヤンの物真似と、私の素の写真を新聞社で撮っていただきました。

<15>面に紙面の3分の2ほど割いて載せていただいていました。ありがたいことです。


http://www.tokyo-np.co.jp/article/entertainment/news/CK2008010802077806.html

123タクト:2008/01/12(土) 23:38:49
素朴な暮らしの中にあるもの。
1931年に映画『街の灯』を発表して、世界的な人気を不動のものにしたチャップリンは1年半もの世界旅行をする。
特に強い印象を受けたのが、イギリスを訪れていたガンジーとの出会いだ。
ガンジー「イギリスの機械による大量生産が、インドの経済を支配し人々を苦しめている」
チャップリン「機械は便利なものではないのですか?」
ガンジーは静かに答えた。「素朴な暮らしの中にこそ、ほんとうの幸せがあるのだ」

今年の芸の課題はこの2つ。
人に自分を見て、理解してではなく、人を好きになる、愛する。
これが意外と難しい。

つねに近くから自分を見る。分析できる。コントロールできる。
これもなかなか難しい、が心がけよう。
文楽の吉田玉男さんもよく似たことを言っていた。

告知があります。

『馬車道おきらくシアター Vol.15』に出ます。

◇日時◇2007年1月17日(木) 開場18:30/開演19:00

◇会場◇関内ホール・小ホール(http://kannaihall.jp/)/JR京浜東北線、市営地下鉄「関内」下車

◇入場料◇予約2,500円/当日3,000円(全席自由・税込)

◇出演◇
遠峰あこ(アコーディオンと唄)
あべあきら(ギターと唄)
ケーシー・ランキン(ギターと唄)
好田タクト(世界指揮者人名辞典)

◇主催◇関内ホール/サウスピア

◇後援◇馬車道商店街協同組合/(財)横浜市芸術文化復興財団/tvk

今回は新春ということで、ウィーン・ニュー・イヤーの曲目でニュー・イヤー特集で演じてみたいと思います。
だから、ワルツ中心。
今考えているのは、歴代のニュー・イヤーの指揮者列伝みたいなもの。
カラヤン、クライバー、小澤征爾、ムーティ、マゼール…(用意するカツラが大変)
しかし今年のプレードルの抜擢にはびっくりしたなあ。(確かにオペラは振っているけれど…)

http://www.south-pier.com/comingsoon/comingsoon.html


明日は3時から東洋館。
中入り後の出番で、東京ユニットでのコント。
持ち時間はなんと30分。(これは異例。ふつうの倍。出番を組んだブルータスさんの策略?)
白山雅一先生とボクの「クラシック音楽館」と吉川潮先生の「浮かれ三亀松」をサイン入りで交換することになっている。(実は大の仲良し)

そのあと、急いで移動して午後6時から若葉の湯(千葉市)。
14日も若葉の湯(6時)だから、泊まり。
時間があるから新ネタの稽古ができる。

先の話ですが、2月11日(月・祝)にぶっちゃあさんがプロデュースされる『お笑い音楽祭』があります。
出演:だるま食堂、はだかの王様(すわ親治&石倉直樹)、こ☆まいけいる、JP、朝倉・小松崎、好田タクト、(MC)三拍子。
場所:野方区民ホール(野方WIZ)
料金:1,500円(中高生1,000円、小学生500円)
キャッチフレーズがすごいです。
「考えられない破格値を実現! 248名様限定! この値段で、これだけのメンバーがご覧になれるのは、間違いなく最初で最後です!」
日にちが近くになったら、再度告知します。
東洋館はじめ各場所にもチラシを置きに行きますので、見に来てね。

京阪神地区、特に兵庫県の皆様、朗報です。
ボクではないのですが、今ブレーク中の「オオタスセリさんの独演会」が2月8日から3日間各地で催されます。

オオタスセリ・ライブ
2月8日(金)サロン・ド・あいり(三宮近く)078-241-1898 19時開演。
2月9日(土)神戸新聞松方ホール・ホワイエ(神戸駅) 078-362-7191 14時開演。
2月10日(日)サマンサ・ムム(加古川)079-438-5969 19時開演。
ボクの故郷、明石はないのか? 地元の人は行ってね。
スセリさんのブログです。
http://suserin.exblog.jp/

8日に東京新聞で載ったぼくの取材記事と同内容が、1月9日水曜日の中日新聞夕刊第9面に載っている。
同じ東京演芸協会の腹話術の夢太郎&花子さんが浜松に住んでいるので、同紙をわざわざボクの所に送って知らせていただいた。

朝日新聞の夕刊になると思うが、「道具」シリーズのどこかにぼくが出ると思います。(もう出たのかな?)。
朝日は、というか新聞はとっていないので図書館に行かない限りはぼくはよくわかりません。

「笑い」は「期待と裏切り」だ、とか「緊張と緩和」とか、「突っ込みとボケ」とかいろいろ言われるけれど、極めていない僕にはよくわからない。
ただ、素朴な暮らしの中にこそ、ほんとうの笑いがあると信じてやっていきたい。

124タクト:2008/01/25(金) 04:35:59
コトバランキング
gooランキングというのがあって、先日は『実は…間違えて音読していたコトバランキング』でした。


順位

? 依存心
? 間髪をいれず
? 徒となる
? 野に下る
? 幕間
? 異にする
? 市井
? あり得る
? 御来迎
? 河川敷
? 祝詞
? 詐取
? 猛者
? 重複
? 凡例
? 諸刃の剣
? 黙示録
? 女王
? 既出
? 建立
21 祝言
22 巣窟
23 一段落
24 茨城
25 柔和
26 警鐘
27 月極
28 順風満帆
29 遂行
30 責任転嫁

どうです。
意外と間違えて音読していると思います。
少なくともぼくはそうでした。
優秀な人はほとんどちゃんと読めるみたいですが。
使い方もじつは、けっこう間違っていたりします。
2位の《間髪をいれず》は辞書で「かんぱつ」と引いてもこの言葉が出てこないのは、《間髪をいれず》は正しくは「間、髪を容れず」からきており、読み方も「かん、はつをいれず」と読むため。使うときにも必ず否定形で使う言葉なので、「この前、間髪入れてさ〜」なんて言うのはダメだそうです。
では、正解です。

?〜?位

依存心
正解:いそんしん

間髪をいれず
正解:かんはつをいれず

徒となる
正解:あだとなる

野に下る
正解:やにくだる

幕間
正解:まくあい

異にする
正解:ことにする

市井
正解:しせい

あり得る
正解:ありうる

御来迎
正解:ごらいごう

河川敷
正解:かせんしき

?〜?位

祝詞
正解:のりと

詐取
正解:さしゅ

猛者
正解:もさ

重複
正解:ちょうふく

凡例
正解:はんれい

諸刃の剣
正解:もろはのつるぎ

黙示録
正解:もくしろく

女王
正解:じょおう

既出
正解:きしゅつ

建立
正解:こんりゅう

21〜30位

祝言
正解:しゅうげん

巣窟
正解:そうくつ

一段落
正解:いちだんらく

茨城
正解:いばらき

柔和
正解:にゅうわ

警鐘
正解:けいしょう

月極
正解:つきぎめ

順風満帆
正解:じゅんぷうまんぱん

遂行
正解:すいこう

責任転嫁
正解:せきにんてんか

ちなみに?位の「黙示録」ですが、以前吉本新喜劇にいた時に台本でボクのせりふが「地獄の黙示録を見てな…」というのがあって、ぼくは「もくしろく」と読んだら、先輩に「アホ、もくじろく、やろが」と言われ、まわりにも笑われ、10日間(テレビも含めて)「じごくのもくじろくを…」って言わざるをえなかったことがありました。
芸人の世界は白のものでも先輩が「黒」と言われたら、そう言わなければいけないんですねえ。

では、せっかくですから『実は…使い方を間違えていたコトバランキング』もいきますね。
一気に?位から?位まで、答えと一緒です。

順位

役不足
意味:能力に対して、役目が軽すぎること。

情けは人の為ならず
意味:情けを人にかけておけば、巡り巡って自分によい報いが来るということ。

気が置けない
意味:気遣いする必要がない。遠慮がない。

なし崩し
意味:物事を少しずつ済ませていくこと。

半時(はんとき)
意味:1時間

檄(げき)を飛ばす
意味:自分の主張や考えを広く人々に知らせて同意を求めること。

ぞっとしない
意味:感心しない。うれしくない。

憮然(ぶぜん)
意味:失望してぼんやりしているようすの意味

しおどき
意味:物事を行うのに最も良いとき

セレブ
意味:名士。有名人。

失笑する
意味:おかしさをこらえることができず吹き出すこと。

さわり
意味:話の中心となる部分。聞かせどころ。

奇特な人
意味:おこないが感心なさま。けなげなさま。

一姫二太郎
意味:最初が女の子、次に男の子が生まれるのが理想

閑話休題
意味:横道にそれた話を本題に戻す

煮詰まる
意味:議論や考えが出尽くし、結論の出る状態になること

すべからく
意味:「ぜひとも」「当然…すべきである」

世間ずれ
意味:実社会で苦労を重ね、世間の裏表を知り尽くして悪賢くなったことを表す

敷居が高い
意味:不義理・不面目なことなどがあって、その人の家に行きにくい。

やおら
意味:静かにあるいはおもむろに動作をするようす。


説明には下記のことも書いてありました。
おもしろかったので、合わせて貼り付けます。

あなたの日本語、間違ってませんか?
 古くは清少納言が『枕草子』で若者の言葉の乱れを嘆いたように、日本語はその長い歴史の中で、時代に合わせて幾度となく姿を変えてきました。被害者と同様の意味で使われている “犠牲者”が、もともとは「神の怒りを鎮めるために身をささげる者」という意味を持つ言葉であったように、現在では正しいとされている言葉でも、昔は別の意味で用いられていたという例は少なくありません。とはいえ、このような別の意味として定着してしまった言葉でもない限りは、本来の意味をきちんと覚えておきたいものですね。
 「実は…使い方を間違えていたコトバランキング」で1位になった《役不足》は、「その人の能力に対して役目が軽すぎること」というのが本来の意味ですが、「その人には荷が重い」という全く逆の意味で使用されることがしばしばあります。《情けは人の為ならず》もよく間違われる言葉で、「他人に情けを掛けるのはその人のためにならない」ではなく、正しくは「他人に情けを掛けておけば、巡り巡って自分に良いことがある」「他人に尽くすことは、結局自分のためになる」という意味の言葉です。
 上位に入った言葉は正しい意味を教えられると「ああ、なるほど」と納得してしまうものがほとんどですが、5位の《半時》などは、1時間を意味すると言われても「なぜ?」と首をひねってしまいますよね。これは、明治時代の初期までは1日を12等分しており、今の2時間にあたる “一時(いっとき)”が最小単位であったためで、12等分された時間は“子(ね)の刻”“丑(うし)の刻”といった 十二支で表現されていました。昼の12時を“正午”と呼ぶのも、午後0時を意味する“午(うま)の刻”の名残です。
 平成15年に 文化庁が行った “国語に関する世論調査”によると、5位の《檄を飛ばす》などは70%以上の人が本来の意味である自分の考えを広く人々に知らせて同意を求めるとは異なる意味で理解していたそうです。このように誤った意味で使われている言葉がいつの間にか正しい言葉として浸透してしまうのは、“あいまいさ”が特徴と言われる日本語ならではの現象なのかもしれませんね。

「鳥肌」とか「貴様」も本来の使い方から変わってきているそうですね。
日本語は奥が深いわ。

125タクト:2008/01/26(土) 13:53:54
走り抜けた7番
昨日、横浜のみなとみらいホールに神奈川フィルハーモニー管弦楽団の第241回定期演奏会を聴きに行った。
指揮はゲルハルト・ボッセ。
1922年生まれだから、もう85歳になられるのか。
演目は前半がJ.C.バッハのシンフォニア、ハイドンの交響曲第94番「驚愕」。
後半がベートーヴェンの交響曲第7番。

特に後半の曲、ここのところどこでもベートーヴェンの交響曲第7番がよく演奏されるけど、近年では一番感激した演奏だった。
マタチッチやプロムシュテットのN響、クライバーのバイエルン国立歌劇場管、マズアのケヴァントハウス、小澤、秋山、シュナイトetc…、日本で演奏されたこの曲の名演は数多い。
聴きながら感じたことは、曲自体にも魅力がある。
ボッセが楽章の合間に休みをおかなかったせいか、ほんとうに4つの楽章が一つの流れになっていて、頂上に向かって駆け抜けていくみたいだった。
奮闘していたオーケストラの皆さん、神奈川フィルにもブラボー!
楽屋ではボッセさんは、ハイドンは日本でももっと注目されるべきだと力説していた。
元気でかくしゃくとしているのは、きっと理由があるのだろう。

毎日が新しいネタのことで頭がいっぱい。
今、何か創れそうな気がする。

「ちりとてちん」の脚本家・藤本さん(関学出身)は本質を知っているような気がする。
裏も表も上方も東京もいろいろ見てきたからか。
芸界を扱ったのでは昔、「2丁目のドン・キホーテ」という漫画もいいとこついていたなあ。

明日はNHK−BSで夢の美術館「世界の名建築100選」が8時間かけて放送される。
福島県会津若松市にある、江戸時代後期の特異な建築様式の仏堂である、栄螺堂(さざえどう)もとりあげられるかなあ。
番宣でちらっと見たらアンガールズが訪ねていたような気がする。

126タクト:2008/01/28(月) 02:18:39
ディズニー・ランドよりすごい年間パスポート
半年前の2007/6/16のBBSの書き込みで、僕のここ数年はまっていることの一つに国宝や仏像を見ることで、日本に4館ある国立博物館の年間パスポート(一年間4千円)を購入していることを書き込みました。
http://8130.teacup.com/tact/bbs?OF=100&BD=16&CH=5

それで昨日は東京国立博物館(以下東博)の年間パスポート(もちろん奈良・京都・九州4館共通)の更新と常設展示を見に東博へ行きました。
そこでおもしろいものをやっていました。
ミュージアムシアターです。

「バーチャルリアリティ(VR)は、コンピュータで生成された3次元空間の中を移動しながら、あたかもその場にいるかのような感覚を体験できるデジタル表現技術。
ハイビジョンの約4倍という超高精細の映像が映し出され、圧倒的な臨場感で文化財や文化遺産の迫力を伝えます。近寄った際には細部まで高精細のCGで再現。作品の細やかな線や表情を楽しむことができます。
東博収蔵の国宝「聖徳太子絵伝」のように、保存上の観点から長期にわたっての公開が不可能な貴重な文化財を公開する手法として、研究・公開します。
およそ1000年の時を越えて鮮やかに蘇る伝説の物語絵。息がかかるほどの臨場感でお楽しみください」

なんて言っていましたが、確かに映像はむちゃくちゃきれいでした。
これは見ごたえありましたね。
上映日: 金・土・日・祝日・振替休日 や、定員30名と制約がありますから、事前に調べて行かれたらいいと思います。
ぼくは別に東博の回し者ではありませんが、純粋に感動したので書き込みました。

この日は他に国宝では、日本絵画史上の傑作、雪舟の秋冬山水図(しゅうとうさんすいず)がきょうまでの展示、片輪車螺鈿手箱(かたわぐるまらでんてばこ)、そしてなぜか本館の“茶の美”コーナーに飾ってあったのが国宝“青磁下蕪瓶”(南宋13世紀、龍泉窯、アルカンシェール美術財団蔵)。これは日本に伝わる青磁花生のなかでも、名品中の名品として知られています。が、東博のホームページには本日の名品には載っていませんでした。委託だからか展示最終日なのか理由はよくわかりませんが。
一階には重文だが野々村仁清の色絵月梅図茶壺(いろえげつばいずちゃつぼ)が堂々と置かれていました。

そして昨日、ぼくはとんでもない本を本屋で見たのです。
それはネット書き込みを扱った雑誌なのですが、その中でネット難民のおじさんが昼は東博の前の上野公園で炊き出しをキリスト系の団体からもらいながら、東博パスポートを持っているので東博のなかで暖をとっている漫画です。
「4千円でこりゃ、天国だなあ」
これは人事ではないな、とゾクッとしました。

東博を把握すればかなり楽しめます。
所蔵や企画の文化財の観覧はもちろん、新しく指定された重要文化財・国宝を定期に公開してたり、演奏会、映画、解説、講演会も無料だったり、とにかく年間を通じて素晴らしい時間が過ごせます。
芸人はよく舞台が終われば飲みに行きますが、僕はチャリンコで東博通いです。

では、皆さん今年も「東博で会いましょう」

東京国立博物館
http://www.tnm.jp/jp/servlet/Con?pageId=X00/processId=00

文化庁・文化遺産
http://bunka.nii.ac.jp/Index.do;jsessionid=6358870A44EE9648D4EB3F96123DB0FC

127タクト:2008/01/30(水) 13:36:18
女子ハンドボールを見に行った。
昨日は午前中に指揮者のゲルハルト・ボッセ先生とお話しする機会を得ました。
先日指揮されたベートーヴェンの交響曲7番などの興味深いお話をされて、改めて音楽は奥が深いしおもしろいと思った。
日本人の奥様が幾つかの音楽雑誌でボクの記事を見てたらしく、ボッセ先生の指揮者真似もやりたい旨を伝えると、逆に喜んでいただきすごくうれしかった。
ボッセ先生はもっと多くの方にクラシック音楽が広がることを期待されています。それでぼくにもやさしく接してくれたのでしょう。
85歳なのに気さくでお元気で真摯な姿勢に、ぼくもいっぺんに好きになり久しぶりにそそられる指揮芸の対象者に巡り合えた気がしました。
よく「今活躍中の指揮者で新しく物真似をしないの?」と聞かれるのですが、一昔前の20世紀の巨匠に比べて、正直そそられないのが現実なんです。
生意気かもしれませんが、追いかけたい、真似したいと思う指揮者は最近はいません。
絵的にも見栄えがあって、人間的にも魅力があって、個性があって、尊敬する部分があって、「惚れ」なければなかなか真似したい気にならないのです。
指揮者芸は一人芝居と捉えているので、自分がやっていておもしろくないと迫力や楽しさが見ている人にも伝わらないと思います。
そんな中でボッセ先生やハンス=マルティン・シュナイト先生、秋山和慶先生、下野竜也さんなどはやってみたいし、その方たちを除けば新しくレパートリーに加えてみたいと思う指揮者はほんと少なくなりました。

午後はルミネ吉本に大阪から来ているWヤングの丸兄と会って、「4時半に舞台終わるから、それからどっか行こう」というので、格安チケットで女子ハンドボールの北京五輪アジア予選再試合が行われる国立代々木競技場の日韓戦のチケットを、アリーナA席3,000円を2,000円で2枚買って見にきました。
前売りが売り切れで入るのが難しい、というのは男子の方で、女子は当日券も売り出していましたが、それでも4千人以上の観客を集め、熱気は凄かったです。
特に韓国側の応援の団結力。
まとまりがあって、人数も多く、音物も鳴っていて応援席から一団となった「テーハミングック(大韓民国)」の大声援。
一方日本側は、青い服を着た応援の方は多かったのですが、男子のエース宮崎選手(ボクのアリーナ席の右上に男子チームが陣取っていた)が来ていると知るとキャーキャーそっちに目はいくわ、アテネ五輪で銀メダルを取った韓国代表の活躍を描いた映画「私たちの生涯最高の瞬間」に出演した女優、ムン・ソリさん(33)らスター選手を探しに行くわで人数以外は応援パワーも大きな差があったわな。

「男子より女子の方が可能性があるらしい」という声も始まる前には聞こえていましたが、実際にはここ6大会のオリンピックが金2個、後は銀という韓国チームとここ20年予選で負けている日本とは、差があったと思いました。
どんどんシュートを打ってゴールを決める韓国と、デフェンスの上からしかシュートが打てないので決まらない日本の攻め、体格の差、速攻がない日本…。
戦術も反則すれば2分間退場させられて、一人少ない5人(キーパーを除く)で戦わなければいけないのだが、そういう時韓国はボールを持っても攻めない、味方が6人揃うまで時間を稼ぐのだが、日本は無理に攻めてボールをとられて一人少ない間にどんどん点を取られていく。
15番の谷口という選手が気を吐いていましたが、やっぱりせっかく全国のみんなが注目している中でハンドの面白さを知ってもらういい機会なのに、10点以上の差のつくゲームは、なんかその場にいて悔しかったですね。

きょうの男子には、ぜがひでも勝ってほしいと思っています。

128タクト:2008/02/01(金) 14:03:22
丼の背い比べ、丼勘定、丼コロコロ…。
丼ものチェーン店の競争は似たり寄ったり。
まさに「丼のせいくらべ(背比べ)」、
後先考えずに安易に値段を下げるのを「丼勘定」、
そしてそのつけが回って坂道を転がり落ちるように店が傾くのを「丼コロコロ」。
ラーメン屋で思わずくしゃみをしたら、タンがラーメンにポチャンと入った…「タンメンになってもた…」。
またくしゃみが出たらタンがポチャン、ポチャンと2度入った。「今度はタンタンメンや」。
思わず「ごめ〜ん」。
この麺食い!
食べ終わったら丼の底に「当たり」と書かれていた。
牛ドンの「吉野家」「松屋」だからおいしそうだけど、これが「くず肉屋」だったら食べる気する?
「東京ディズニーランド店」は「千葉県浦安遊園地店」に、「帝国ホテル店」は「有楽町駅前ホテル店」に店名を変えないと偽装表示だわな。


丼ものチェーン店、総合力1位は「吉野家」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=396245&media_id=40

確かにおいらのような独り者は、丼ものチェーン店はよくお世話になる。
昨日も浅草演芸ホールの出番終りで、牛丼を食べた。
これからもよろしくね。

129タクト:2008/02/04(月) 20:31:15
ドラマより劇的! 残り35秒での大逆転。
アメリカン・プロフットボール(NFL)の年間王者を決める第42回スーパーボウルがいま終わった。
ニューヨーク・ジャイアンツが劇的勝利で頂点にたった。
相手のペイトリオッツはレギュラーシーズン無敗。
プレーオフも安定して勝ち続け18連勝で、1972年シーズンにドルフィンズが達成して以来となるシーズン全勝、パーフェクト優勝の期待がかかっていた。(レギュラー・シーズン16試合制になってからは初)
とにかくペイトリオッツは強い。
ここ7年でも3回NFLを制覇している。
しかしさすがスーパーボウル、いつものようにはペイトリオッツのパスが通らない。
とにかくジャイアンツの攻めのデフェンスがすごいのだ。
一進一退で両者に点が入らず、第1Qでジャイアンツが3点。
第2Qでペイトリオッツが7点とり、第3Qは両者に点が入らず、第4クォーターを迎えるにあたっても7−3という近年まれにみるかなりのロースコアの展開。
それでもペイトリオッツリードで最終クォーターに入っていった。
最終局面で試合が逆転、また逆転。
ジャイアンツのイーライ・マニングのパスが通りだし、ジャイアンツが勝ち越して10点になれば、残り2分42秒でまたペイトリオッツがパスを通して再逆転の14−10。
残り39秒。
もうペイトリオッツのパーフェクト優勝まちがいないと誰もが思った瞬間、マニングの浮かせたロングパスが通り勝ち越しのタッチダウン!
残り35秒での大逆転。
兄のベイトン・マニングも観客のジャイアンツファンもみんな歓喜している。
これでジャイアンツのマニングが兄弟で2年連続スーパーボウルMVPを獲得することになった。
昨年はコルツのQBで兄のペイトンが優勝を飾り、今年は弟のQBイーライ。4点を追う第4クオーター残り35秒で13ヤードの逆転TDパスを決め、歴史的な逆転勝利のパスが決めてだった。
ついに無敵のペイトリオッツが最後の最後に負けてしまった。

なお、この模様は夜の日本テレビ系やNHK−BSでも放送されると思います。
かなり見ごたえありますよ。
しかしこんないいスタジアムが大学(フェニックス大学)の持ち物なんてすごいね、アメリカは。

130タクト:2008/02/06(水) 14:32:35
『お笑い音楽祭』〜音ネタ芸人のスペシャリストたちの饗宴〜
2月11日(月・祝)に芸人ヒットメーカーのぶっちゃあさんがプロデュースされる『お笑い音楽祭』〜音ネタ芸人のスペシャリストたちの饗宴〜が野方WIZで催されます。

出演:だるま食堂、はだかの王様(すわ親治&石倉直樹)、こ☆まいけいる、JP、朝倉・小松崎、好田タクト、(MC)三拍子。

場所:野方区民ホール(野方WIZ) 西武新宿線野方駅下車徒歩3分

料金:1,500円(中高生1,000円、小学生500円、未就学児無料・同伴同席) 大人チケットはローソンチケットで取り扱い中Lコード31835

開場:17時30分、開演:18時

お問合せ:野方区民ホール・?03-3310-3861

このライブのキャッチフレーズがすごいです。
「考えられない破格値を実現! 248名様限定! この値段で、これだけのメンバーがご覧になれるのは、間違いなく最初で最後です!」

みなさん、ぜひ来てくださいね。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000224.jpg

131タクト:2008/02/07(木) 18:56:08
余波…。
中国製冷凍ギョーザによる中毒事件で、日本も中国も大騒ぎだ。
おいらは関係ないかな、と思っていたらそうでもなくなってきた。

今回の事件で、加ト吉と日清とJTの合併案が解消されたり、スーパーの冷凍食品コーナーが全品5割引でもほとんど売れなかったり、代わりに餃子の皮とニラが飛ぶように売れて、「ギョーザ手作り器」が注文殺到している。
おばちゃんいわく「だって、テレビで餃子が写っているのを見てたら、おいしそうになっちゃった」だって。
それでも人事だと思っていた私。
じつは昨年末に音楽雑誌と新聞で掲載されたボクの記事を見て、直接ある地域の生協が5月に仕事を依頼してきたのだ。
けっこう大きな内容で、今後にも繋がる感じだったのだが…。
内容を決める段階で、生協自体がこの事件でてんやわんやでそれどころではなくなった。
打ち合わせも一旦保留。
もちろん仕事をやることはかわりはないけれど、早くこの冷凍餃子事件も解凍、いや解決してほしいなあ。

また、こんなことも表沙汰になりましたね。

中国製ギョーザの中毒問題で、ギョーザが製造された「天洋食品」で2007年、蒸し器のある施設に閉じ込められた19歳の従業員女性が蒸気をかけられ、死亡する事故があったことがわかった。
友人の女性が証言した。
事故死した女性の友人は「彼女は工場の設備の中に入った。現場に入っていったのよ。蒸すところに。生の肉よ。肉を入れて蒸すの」と話した。
女性は、蒸し器のある施設に忘れた携帯電話を取りに入ったのだという。
そして、中に女性がいたことに気づかず、蒸し器が稼動された。
事故死した女性の友人は「彼女が中に閉じ込められて、出られなくなりました。
そこに蒸気がかけられ、翌日ドアを開けてみたら、彼女はもう死んでいたんです」と話した。

天洋食品側は遺族に賠償金を支払い、表ざたにはならなかったのだという。

でも、今回の事件で「蒸し返され」て表ざたになってしまった…。
餃子事件がなかったら、天洋食品側は死亡事件はずっと冷凍保存する気だっただろう。

132タクト:2008/02/08(金) 13:48:51
今月(2月)の予定
今月(2月)の東京演芸協会の出番表をもらって見たら、13日がピンの指揮者芸で中入り後になっている。(中入り前はこまの三増紋也師匠)。
普通、協会の出番は年功序列になっているので、僕みたいな若手(これでも東京演芸協会ではぼくは若手。年寄り、いや師匠連中がかなり多いので)は、もっと出番が浅いのだが、出番を組む理事が抜擢してくれたらしい。
それがちょっとした波紋になっているらしい。
ぼくが意図したことではないので、どうすることもできないけど。
誉める人もいれば、それがおもしろくない人もいるわけです。
13日がピン芸、14,15日はコントで東洋館。
16,17日は新潟の十日町の奥にある日本の超秘境、鉢での雪まつりでの演芸。
鉢は「げんきくん」時代のロケでお世話になった所。
全員が「尾身」という名前で、風習「鳥追い祭り」が残っている。
以前はシベリア文太とこの雪祭りにいったことがある。
近いのでは11日にぶっちゃあさんプロデュースの「お笑い音楽祭」に出る。
23日は上野広小路亭
24日は麻布十番寄席。
他にもちょこちょこあるので、貧乏暇なし状態かな。
それもほとんどコントで出番を取ったので、指揮者芸はちょっとお休みかな。
3月になったら川治や熱海のホテルにも泊まりがけで行くのでもっと忙しくなる。
もちろん好田タクトのピンとしての出番もある。
じつは東京ユニットはぼくがほとんど仕事をとっている。
森さんは足を怪我してからバイトがつらいらしく、なんとかお互いバイトをせずにやっていけるようにしたいので、無理にでもホテルや若葉の湯など営業の仕事を3月からかなり入れた。
それで森さんは1月いっぱいでバイトを辞めた。
だからユニットのマネージャーみたいなこともやっているかな。
今年一年でコンビの芽が出なかったら、浮き目がないと思っているので新ネタを作ってどんどんチャレンジして馬力をあげないといけないな。

133タクト:2008/02/09(土) 23:06:49
がんばり屋さんには、幸せが舞い降りる。
ああ、寒い。
雪も降ってきた。
あちこちで氷も張っていることだろう。
こんな日は、氷をも溶かす暖かい話の出番だ。

先ほど行われた2008年全米選手権で復帰を果たし、2位となったフィギュアスケートの井上怜奈さん。
下記は井上選手のことを書いた記事(http://www.1101.com/kariya/2006-06-29.html)から抜粋。

井上選手はリレハンメルとアルベールビルに
15歳と17歳で出ているんですが、
その後3回めのオリンピックを目指すとき、
長野オリンピックのシーズンの始めに
お父さんが肺ガンで亡くなってしまうんです。
お父さんの応援が井上選手のスケートの
大きな支えだったものですから、
そのお父さんがいなくなったショックで
彼女は長野オリンピックの代表争いに
まったく力を発揮できずに破れてしまう。
そこで彼女は一回スケートをやめちゃうんです。
お母さんとしては、
もうやめて当然だなと思っていたらしいんですが、
ある日、突然、井上選手が
スケート靴を持って練習に行くんですって。
どうして彼女がスケートをもう一度
はじめる気になったのかということが
お母さんにはずっとわからなかった。
それが、今回、全米の代表になって
いろいろなインタビューに
彼女がこたえていくなかで、
「お父さんがいなくなって
 落ち込んでいるお母さんを
 元気づけようと思ったから
 もう一度、はじめようと思った」
ということがわかった。
お母さんはそこではじめてそれを知るわけです。
だから、お母さんはトリノに
応援に来てるんですけど
もう、ぜんぜん演技を観られない。
で、その後、スケートを再開した彼女は
ペアを求めてアメリカに行くと言い出す。
アメリカでとにかくがんばってらっしゃいと
送り出すんだけれども、お金がないんです。
それで彼女がアメリカで何をやったかというと
日本のお土産売り場でアルバイトをしながら
そこからレッスン代と生活費をやりくりする。
なにしろ、競技に出るにも衣装が買えないですから
布を買ってきて、自分で縫っていたそうです。
自分で縫ってると、たとえば、ある大会では、
ビーズをつけるのが間に合わなくて
ショートプログラムのときには
半分のビーズをつけて滑って、
その翌日にはビーズが増えてる、
そんな状態で試合に出ていたんです。
そういうふうに試合に出てるときに
彼女は肺ガンにかかるんです。
幸い、当時のアメリカには、
最先端の抗ガン剤があったので、
その病院に行って、とにかくその
抗ガン剤をうってくれと言って治療をはじめた。
ただ最先端とはいえ、強い抗ガン剤だったので
ものすごい副作用があったらしいです。
でもその副作用に耐えながら練習を続けた。
しかも、入院はしていないんです。
通いで抗ガン剤をうったんです。
その抗ガン剤をうちながら
アルバイトをして、レッスンをしてという
くり返しだったんですって。
そんなわけでフラフラしてるから練習中に
落下して頭蓋骨を骨折して、
前歯がほとんどなくなってしまうような、
5時間くらい意識不明になる大けがをして。
そのときに落ちた後遺症で
心的外傷後ストレス(PTSD)にかかって
わけもなく突然涙が出たりだとか
そういうことにずっと苦しんで。
それが治ったと思ったら
今度は、落ちたショックで
卵巣を片方破裂させて卵巣摘出を受けて。
そこから治って、
ようやくペアがうまくいってきて
最後のチャンスというか
オリンピックをかけたショートプログラムで
4位と出遅れてしまう。
もう絶望的ななかから
はじめてのスロー・トリプル・アクセルを
フリーで決めて、
大逆転で全米チャンピオンになって、
トリノオリンピックに出場してきたんです。
‥‥すごい話でしょう?
これほどすごい話が実話としてあるのかという。

その井上選手が氷上でプロポーズを受けた。
先月26日の全米選手権ペアで2位だった井上怜奈(31)組。
演技後、パートナーであるジョン・ボルドウィン(34)がひざまずき、井上の両手を握って「残りの人生を一緒に過ごしたいのは君なんだ」と熱いプロポーズ。涙ぐみながら、「はい」と答えた。

 兵庫県出身の井上は日本代表でも活躍。肺がんを乗り越え、米国籍を取得し00年から正式にペアを組み、米国代表で出場した06年トリノ五輪は7位に。
2007年世界選手権を最後にアマチュア引退を発表したが、引退を撤回し現役続行を宣言。
2008年全米選手権で復帰を果たし、2位となった。

「彼女のことをすごく尊敬している」とボルドウィン。
いつもは冷静な井上も「こんなこと知らなかったし、最初は何が起きたか分からなかった」。

「プロポーズ」は、2人が何度もドラマを演じてきた氷の上だった。

134タクト:2008/02/11(月) 00:56:41
『タクト音楽祭』のブログが完成。
クロード小林さんが『タクト音楽祭』のブログを作ってくれました。

http://tactmusic.blog103.fc2.com/

『タクト音楽祭』開催記録
第1回 1988年5月14日なんば花月
第2回 1990年5月21日ビブランシアター
第3回 2007年11月4日東洋館
これからも、世界ツアーを目指して活動していきます。
ちなみに来月3月13日に新宿歌舞伎町 アシベ会館B1F で、チャージ 1,000円(チケット)+飲食代で後半に『タクト音楽祭』番外編をします。

ハイドンは、休暇が与えられずに不満を持っていた楽団員のオーナーへのアピールに、交響曲第45番「告別」というのを作曲して演奏者を一人ずつ去らせ、最後に二人だけにするというのを考えた。
ぼくは、アンフィニ・オーケストラには美人奏者が多いので、「もっとお客さん、たくさん来て。でないと私たち、服も買えないのよ」と、楽団員は全員演奏しながら服を一枚一枚、オペラ『サロメ』のように脱いでいき、最後にはセパレーツビギニの水着になってしまう。
もちろん演奏する曲はドリフターズの加藤茶が「ちょっとだけよ」で使ったラテン音楽の「タブー」。
後半はその水着姿で演奏をする。
これを『音楽祭』の新しいネタにクロードさんに提案しましたが、残念ながら却下されました。

135好田タクト:2008/02/12(火) 14:58:53
『お笑い音楽祭』報告記
昨日、ぶっちゃあプロデュース『お笑い音楽祭』〜音ネタ芸人のスペシャリストたちの饗宴〜が無事終わった。
ぼくは20分の持ち時間だったので、4人の指揮者でちょっと曲も変えてみた。
感想? 正直、やり終えてほっとしている。
出来は悪くはなかったと思う。
「ブラボー!」という声もけっこういただいたし。
でも始まる前は、あのお世話になったぶっちゃあさんのプロデュース公演ですから、なんとかいい舞台にしたい、若い客が多かったらボクの出し物が通じるかな、とプレッシャーもあった。
でも満席のお客さんが楽しそうに帰るのを見て、心配も杞憂に終わった。
自著の本も完売したし、『タクト音楽祭』のDVDも「タクトさん、初めて見たけどおもしろかったから」なんて親娘が買ってくれたのには感激。
それにも増して、うれしいことがあった。
それは前から尊敬していたり、気になっていた人といっぱい話ができたこと。
だるま食堂さんは仕事とか一緒になるけど、じっくり話したことはなかった。
それが帰りの電車も含めてすっかり意気投合してしまった。
ほんとに女性コントでは日本一だと思う。
ドリフターズに16年ついてテレビに出ていたすわ親治さん、元笑パーティーの石倉直樹さん、こ☆まいけいるさん、JPさん、MCの三拍子さんとも楽屋と打ち上げで仲良くなった。
恩人のぶっちゃあさんにも喜んでもらえた。
サン・ミュージックの若手芸人たちも多数来ていて、みんな礼儀正しく、目が輝いている。この中から未来の小島義雄やダンディー坂野が出てくるのだろうな。
ぶっちゃあさんは二次会にも繰り出していて、若手たちや劇場の関係者にもすごく気配りをされていた。
さすが親分肌は違うな。
ほんとうにプロデュース公演は大変だから。
打ち上げでびっくりしたのは、あの物真似の葉月パルさんが来ていたことだ。
25年ぶりの再会。
読売テレビ主催『エンターティナー大集合』と言う4時間半の生放送で、予選を重ねて日本一のお笑いを決めるという番組。
いまのRー1とちょっと似ていて、決勝大会でぼくはトミーズさんに負けたが、東京代表のパルさんは当時もお笑いスター誕生などで活躍していたから勢いがあって、一回戦はまるむし商店、二回戦ダウンタウンに勝って、決勝でトミーズさんに負けたのだか準優勝。
その番組でしゃべる言葉が「なんや、関西弁やん」と思っていたので、ずっと気になっていた。
そのパルさんと打ち上げでずっとしゃべっていて、
「お兄さん(パル)、出身どこですのん?」
「俺か、兵庫や、兵庫の明石や」
「高校は?」
「明石西や」
「ぼく、明南(通称めいなん、明石南のこと)ですよ」
「ええ?」
聞けば中学も大蔵と衣川で隣同士。
すっかり故郷話で盛り上がってしまった。
Mr.オクレさんはじめ、明石出身、同じ中学・高校の芸人がかなり多いことがわかった。
「前、芸名、パルコでしたでしょ。なんでパルになったんですか?」
「パルコがあるから、ライバル会社がスポンサーになっている番組から降ろされそうそうになって、芸名変えたんや」

この日、一日でいっぱい気になっていた人と話ができて、謎が解けた。

ああ、尊敬している人とお話ができるって、なんて心地がいいのだろう。

136タクト:2008/02/13(水) 23:41:31
職人倶楽部 元気座
じつは私はあるグループに入っています。
それは、『職人倶楽部 元気座』です。
メンバーの一人、メジャーリーグ審判を目指している元パリーグ審判の平林岳(西武の東尾監督を初の退場処分にした)さんが日本に帰って来ているので、その集まりといっても飲み会なのですが、久しぶりに昨日(13日)ありました。
このグループはユニークなので、ここで紹介させていただきます。

職人倶楽部 元気座…自らの世界を探求し歩みつづける“職人”たちのページです!(ブログより)

様々なジャンルで、独自のやり方でがんばっている人を応援しようということで、主催者の大平さんが声をかけて集まった、もう座になって10年ぐらいになるのでしょう『職人倶楽部 元気座』。
僕が入るきっかけは、前著『クラシック音楽夢レース』というのを『7つの習慣』で有名な出版社から出したのですが、そのキングベアー出版に大平さんが当時いて、「こんな会があって応援しているので、タクトさんも入りません?」と誘っていただいたからです。
では、メンバーを紹介しましょう(ブログ記載順)。

元気座の職人

・好田タクト…指揮者芸を長年続けている芸人。

・紺谷英和…津軽三味線横川流家元。上妻宏光や吉田兄弟より早くこのジャンルを大衆化し、海外公演をした。津軽三味線の可能性を求め、一世風靡とともにN.Y.タイムズスクエア―、ワシントンスクエア―等での路上パフォーマンス、アポロシアターにて東洋人初リ単独公演を敢行。N.Y.タイムズ誌や国内の数々のマスコミに取り上げられる。

・三遊亭 遊吉…落語家。名人。落語芸術協会員。

・鈴木弘子…日本人初のアメリカ女子プロアメリカンフットボール選手。

・関口 治…探検家。幌馬車で家族でアメリカ横断したりした。

・中村 松江…歌舞伎役者。改名前は中村玉太郎さん、人間国宝で名優六代目中村東蔵さんの息子さん。

・平林 岳…元パリーグ審判で、今は日本人初のメジャーリーグの審判を目指して渡米中。テレビや新聞でも多数取り上げられているのでご存知の方も多いはず。今年の秋にはそのドキュメントがテレビで放送されるので、ブレークは必死ですね。

・本宮 誉泰…放送作家。

今回は来られなかったが、三志郎さん、花川 梅蝶さん、風楽(ふら)さんなど各ジャンルの人たちがいる。先日、日本人女性で初の南極踏破された続さんも一時いた。

ま、こんな集団です。
みなさん、生き方が下手なので苦労しています。
なんかイベントや、講演、ワークショップの仕事があったらください(ちゃっかり宣伝)。


今日は東洋館で指揮者芸をした。
トリの牧伸二会長が最後に「浅草音頭」を歌ったので、はっぴを着て一緒に舞台で踊った。
会場にはおとつい、ぶっちゃあさんの「お笑い音楽祭」でお会いしたサン・ミュージック顧問の名作・編曲家竹村先生が来てたので、ちょっとびっくりした。
物真似の田原しげるさんと友達みたい。都はるみさんつながりだから、そりゃそうだわな。

137タクト:2008/02/15(金) 11:56:39
カティン
今年もアカデミー賞の授賞式が近づいてきた。
気になる映画が外国語映画賞にノミネートされている。
ポーランドのアンジェイ・ワイダ監督が撮った「カティン」だ。

もう20年ぐらい前になるだろうか。
NHKスペシャルで「カチンの森」というのをやっていた。
衝撃を受けた。
録ったビデオも何回も見た。
こんな悲劇はもう繰り返したくない。

1939年にドイツとともにポーランドを分割占領したソ連が、連行したポーランド軍将校ら約2万名を銃殺しナチスのせいにして、証拠を隠滅した舞台が、カティンというポーランドの森だ。

その時に死体の山を呆然と見つめる遺族たちの写真が、ネットにも出ている。

ポーランド、ソ連、ドイツ、自国の尊厳と民族を絶対視し、生き延びる為に互いに自分とは異なるものを排除しようとしたために生まれた戦争。そしてカティン事件。
アウシュビッツや広島・長崎の原爆投下が表に出た第二次世界大戦の悲劇なら、このカティン事件はペレストロイカになる1990年までタブーにされ闇に葬られてきた悲劇の象徴だ。

ワイダはこの悲劇で父親を亡くしている。

「私は、開戦以来、父の姿を見ていません。父は、1940年にソ連領内のカティンの森で数千のポーランド軍将校とともに虐殺されていたのです」(『ワイダの世界』岩波ブックレット、1988年)

吉永小百合や山田監督が渡欧しているベルリン国際映画祭では、この「カティン」が上映されて反響を呼んでいる。
しかし日本では配給が決まっていない。
でも見るべき映画だと思えてしかたがないのだ。

138タクト:2008/02/18(月) 13:24:45

昨日の夜、新潟の奥地、十日町の吉田地区の鉢から帰ってきました。
集落の六十数世帯全員が「尾身」という名前で、永六輔さんも愛した風習「鳥追い祭り」が残っている日本の秘境です。
最近は3年に一度夏に催される「大地の芸術祭」の会場村として、世界的に有名になっている所でもあります。
やはりすごい豪雪で、ぼくたちが泊まった晩にもすごく降って、「3階建てだったら窓から外が見れるけど、2階までの家だったら雪下ろししないと出れねえなあ」だって。
道の両サイドが積雪で4メートルぐらいの壁になっていた。
ぼくはここに、NHKのお兄さん時代の「あしたもげんきくん」の「雪の中で」という回で14年前にロケをして、その時に村の人たちとすっかり仲良くなり、今でもずっと交流が残っているんです。
今回は雪祭りで演芸をするために、東京ユニットで行ったのです。
あのときの子供たちは、もう20歳前後の立派な青年(女性も多いよ)たちで、都会に出ているものも少なくない。
それでもこの雪祭りには、鉢へ帰ってきます。
みんなに「げんきくん、太ったなあ」と言われ、それでもみんな暖かく迎えてくれて、すごく幸せな気分になりました。
もちろん、2本のコントは40分間大受けでしたよ。

139タクト:2008/02/20(水) 12:37:22
今、そこにある危機
運慶が、運慶の作が、海外に出ていってしまう・・・。

廃仏毀釈やフェノロサ時代に、大量の貴重な日本美術品がボストン美術館、ギメ(パリ)、メトロポリタンなどに出て行ってしまった過去があるのに。

なんで運慶作とわかっていて、いくら所有者の同意が得られなかったとはいえ、文化庁は重文に指定できなかったのだろう。
落札見込み価格は150万〜200万ドル(約1億6000万〜2億1000万円)って、そんな低い価格なの?

ミケランジェロより秀でていると信じているおいらには、ほんとにお金があったら、全財産を投じてでも流出を食い止めたいよ!

東博の年間パスポートを持ち続けて6年、こんなドキドキしたニュースはないな。

ほんと、なんとかならないかな。


(以下、毎日新聞ニュースの記事)
運慶:大日如来坐像が米オークションに 海外流出の恐れ

競売に出品される運慶作とみられる木造大日如来坐像=東京都銀座の「クリスティーズ ジャパン」で2008年2月20日午前10時42分、兵藤公治撮影 鎌倉時代に活躍した仏師、運慶(生年不詳、1223年没)が制作したとみられる「木造大日如来坐像」が、米ニューヨークで3月18日に開かれるクリスティーズのオークションに出品される。オークションには国内の美術館も関心を示しているが、「国による入札参加は困難」(文化庁美術学芸課)などの状況から、国宝級の仏像が海外に流出する恐れが出ている。

 オークションに先立ち、東京都内のオークションプレビューで20日、仏像が公開された。落札見込み価格は150万〜200万ドル(約1億6000万〜2億1000万円)。

 03年に所有者からの依頼で調査を行った東京国立博物館の山本勉教育普及室長(当時、現・清泉女子大教授)によると、仏像はヒノキ材で表面は金色に仕上げられており、高さ約66センチ。仏像の顔つきなどの作風、内部に納められた木札や水晶から運慶作と確認した。

 文化庁によると、運慶の作品、または運慶作と推定される作品はこれまでに13件が確認されており、うち12件が国宝または重文指定を受けている。指定を受けると国外に持ち出す際に国への届け出が必要になるが、今回の仏像は所有者の同意が得られなかったため指定に至っていない。【手塚さや香】

140タクト:2008/02/22(金) 15:59:56
猫の日
今日は猫の日。というわけで日記も世界でいちばんパンダに似ていると自負しているミーコの写真を貼り付けます。
(2月22日は「ニャンニャンニャン」ということで猫の日になったらしい)

東京二期会オペラの『ワルキューレ』(リヒャルト・ワーグナー)を見てきた。指揮者の 飯守 泰次郎さんは調子はいいみたい。
ワーグナーを振る日本人指揮者の中では、ぼくはやっぱり飯守さんがいいな。
じつは飯守先生、ぼくの自著を持ってくださっています。
二期会の事務局に挨拶をして、帰りにマイミクの「とおるさん」と会いました。
とおるさんは、田辺とおるさんのこと。
ドイツの歌劇場で長年活躍されて、NHKのドイツ語講座、声優としてもおなじみですが、なんといっても日本を代表するオペラ歌手です。
そのとおるさんが、今度ショスタコービッチのオペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」を主催されます。
日時:2008年5月4日、5日 14時開演
場所:サンパーク荒川大ホール
7千円〜1万円ですが、あの20世紀を代表する問題作「ムツェンスク郡のマクベス夫人」を日本で見られるのですから、これは要チェックです。
問い合わせ?:03-3809-9712 チケットぴあでも売っています。
ぼくはラ・フォレ・ジェルネの仕事と重なっているけど、なんとか調整をつけたいと思っています。

東京国立博物館で開催中の陽明文庫創立70周年記念特別展「宮廷のみやび―近衞家1000年の名宝」 を見てきました。
新日曜美術館での予習もバッチリで、勇んで入ったら、お客の多さにあんぐり。
ほんと、日本の企画美術はなんでこんなに人が多いのだろう。
やっぱり開催してすぐ行かないとだめかな。
それでも5時間ぐらい過ごして、国宝、重文三昧。
あの大きな平成館全体に名品ぞろいのわけだが、残念に思ったのは第6章の「伝世の品?」のところだけが人が少ない。
聞こえる声が「あら、ここは国宝や重要文化財の品はないのね。たいしたことないんだわ」
違うやろ! おばはん!
ここは近衛家が皇室に贈呈した品だから、皇室の所蔵は文化庁の指定を受けない、宮内庁三の丸尚蔵館蔵になっているだけで、超国宝級の品だらけなんや!
どう考えても、平安時代に書かれて紀貫之や藤原定家、菅原道真(ひらがなを作った人)、空海、小野道風、藤原行成、佐理、西行、古今和歌集などがたいした品じゃないわけないやろ。
しかも20点ぐらいはあったかなあ。
それにしても、国宝『大手鑑上・下』は圧巻だったなあ。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000237.jpg

141タクト:2008/02/24(日) 12:27:40
風が吹けばタクトが儲かる、か?
きのう、昼前に出番のため自転車で上野広小路亭に行くときは、ポカポカ暖かくて手袋いらないやん、と思っていたら帰るときは強風になっていた。
帰りに寄った秋葉原でも、看板とか商品が飛ばされまくって、埃がすごくてみんな目を押さえていた。
きょうも強風は吹いている。
いまから麻布十番地域寄席に行かなきゃいけないけど、こんなんで客が来るんだろうか。
ま、だるま食堂さんとかも出るから、楽屋での楽しみはあるけど。

ところで「風が吹けば桶屋が儲かる」というのがある。
江戸時代の浮世草子『世間学者気質(かたぎ)』や『東海道中膝栗毛』からきていて、当初は「桶」のかわりに「箱」だったらしい。

1.大風で土ぼこりが立つ
2.土ぼこりが目に入って、盲人が増える
3.盲人は三味線を買う(当時、三味線は盲人が弾いた)
4.猫皮が必要になり、ネコが殺される(三味線には猫皮が使われる)
5.ネコが減ればネズミが増える
6.ネズミは箱を囓る
7.箱の需要が増え箱屋が儲(もう)かる

という流れだが、ご都合主義の私はこう考えた。

1.大風で土ぼこりが立つ
2.土ぼこりが目に入って、盲人が増える
3.盲人はテレビが見れないので、ラジオを買う
4.『エンタ』系などテレビタレントは仕事がなくなり、話芸中心の古い寄席芸人への出演依頼が急に増える
5.年よりは量をこなせないので、頼みやすくて暇な私に代演を頼む
6.世間は「こんな芸人知らんかった」と驚愕する
7.私の需要が増えタクト(&東京ユニット)が儲(もう)かる


そんなうまいこといかんやろうな。
もう、風やんできているし。

142タクト:2008/02/24(日) 22:27:12
今、平林さんが出ている!
先日の日記で書いた、大リーグの審判にチャレンジしている平林岳さんが、今、丁度NHKのスポーツニュースで特集をされている!

見て!

143タクト:2008/02/27(水) 13:56:24
2年ぶりのトーク・セッション
ヤングジョブスポット東京っていう、NPO団体があります。
ここはユニークで、いろいろな方の講演会なんかも頻繁に催されています。
じつは、ぼくは2年前に頼まれて2006年2月にもここでトーク・セッションをしました。
なにやら好評だったらしく、また頼まれてしまいました。
芸をしたり、ヨーロッパでの大道芸の話をしたり、お笑いやバイト、NHKのお兄さん時代の話をしたりしながら、2時間お互いが意見を出したりして元気になりましょう、という催しです。
しかも無料。ただし、35歳未満(年は偽ってもばれないとは思うけど…、偽装表示?)。
楽しいイベントにしますので、みなさんふるって応募ください。

下記はそのヤングジョブスポットのトップページの概略です。


ヤングジョブスポットは、将来のこと働くことについて、自分を見つめ直し新しい一歩を踏み出す準備をする場所です。 多くの人が集まり、利用者同士でのフリートークも盛んに行われ、仲間を発見したり、自分とはちがう価値観を持った仲間に出会うことでしょう。 ガンガン活用してみて下さい。 今だからできること、今だからこそやらなくてはならないこと、真剣に考えてみませんか? ヤングジョブスポットがそのお手伝いをします。

http://www.ehdo.go.jp/tokyo/yjs_tokyo/

そして、ぼくの回の告知はこちら。

http://www.ehdo.go.jp/tokyo/yjs_tokyo/event/200703/20080321.html

日時:3月21日(金)15:00〜17:00
お申し込みは直接受け付けへ、またはTELにて!

ヤングジョブスポット東京

住所 : 東京都渋谷区神南1-21-1 日本生命渋谷ビル4F
TEL : 03-6415-4510
OPEN : 10:00〜18:30(土・日・祝日は休館)


3月の出演が確定しているのは、3日が浅草まつり湯
6日:川治温泉ホテルらんりょう
12日:若葉の湯寄席
13日:タクト音楽祭番外 歌舞伎町あしべ会館
15,16日:若葉の湯寄席
17,18日:東洋館
22日:若葉の湯(orらんりょう)
23日:四谷コタン(笑って笑って笑いショー。共演:弱つよむ、寒空はだか、森はじめバンド)

このほかに、テレビ収録、寄席の定席出番、営業、日経新聞取材(掲載は5日間に分けられる)、執筆依頼などが入ります。
それぞれの告知は、近づいたらします。
4月になったら恒例の「東京のオペラの森」でチャイコフスキーになります。

144タクト:2008/03/01(土) 17:05:41
3/3発売の週刊大衆に掲載されます
「3/3発売の週刊大衆に掲載されます。エッチな記事とスキャンダルの記事に紛れて、一服の清涼剤のようなページになりました。」
と、記事にしていただいた方からメールをもらいました。
ただし、どのように載せていただいているかわかりません。
ご興味もたれましたら、コンビニや本屋にあると思いますので立ち読みしてください。


先日、東京演芸協会の研修旅行がありました。
3次会で、会長の牧伸二師匠(ウクレレ漫談で、あ〜いやんなっちゃた、驚いた♪)から隣に座るよう言われ、小一時間ほどいろいろアドバイスをしていただきました。
「いつも見てるよ〜。息の長い芸人になれよ」
ぼくは決まった師匠がなく、独自でこの芸風を創ってきたので、なんか会長の心遣いにはすごくうれしくなりました。
日頃は師匠のいる芸人が羨ましく思っていましたが、この日の会長の励ましで「がんばろう。会長の期待に応えたい」と心底思いました。
横から口挟んでくる先輩には閉口しましたけど。

145タクト:2008/03/03(月) 01:18:33
千とせの肉吸いが…
なんか「千とせ 肉吸い」がコンビニで販売されているらしい。
でもそれは違うだろう。
ぼくはNGKができる前のなんば花月の世代だから、ほんとに肉吸いにはお世話にはなったけど、あれはあの「千とせのおっちゃん」が持ってきてくれるから、味があったわけで…。
決して抜群にうまいとは思わなかったし、でも、あの千とせのおっちゃんの「毎度〜」というけだるい出前の声と、お茶子のおばはんの「はよ、帰りいなあ」、大槻衣装のノブ兄さんが新しい新喜劇の衣装を用意してくれる、そんなのがなんば花月の楽屋の匂いだったんだよなあ。

おとつい、大阪から来てたWヤングの丸兄と、久しぶりに岡けんたゆうたのゆうた兄さんと飲んだので、相方の森さんも呼んだ。
なんでも森さんとゆうた兄さんは、日テレ「お笑いスター誕生」の時、すごく仲良かったらしい。
(森さんはコントラブコ〜ルで優勝している)
ゆうた兄さんも岡けんたゆうたで、上方漫才大賞も取られている。
やっぱり寄席はいいなあ、って話で盛り上がり、森さんは昔、花月に出てた時、この肉吸いを勧められて楽屋で食べたそう。
「そんな言うほど、おいしいの?」って感想を持ったそう。

コンビニで肉吸いを食べる、そんな時代なのかな。
なんかちゃうと思ってしまった。

146タクト:2008/03/05(水) 00:12:37
Hなページに挟まれて、載ってます。
3/3発売の週刊大衆3/17号の70ページにぼくが載っていました。
けっこう、写真大きくのっけてくれてますね。
3月13日の歌舞伎町アシベ会館のコンサートの告知もしていただいています。
他に載っている芸人さんは、楠美津香さん、だるま食堂さん、松元ヒロさん、前田隣先生、それに昨年の国立演芸場でご一緒させていただいた柳家小満ん師匠など錚々たる顔ぶれでした。
そのなかに、ご一緒させて載せていただくなんて光栄ですから、「330円、高いなあ」と思ったのですが、買いました。
せっかく大枚をはたいたので、世俗の勉強のためにも他のふんだんにあるエッチなページもしっかり読み込みますね(鼻血ブー)


告知があります。
「日経WagaMaga」に4月ごろぼくが掲載されます。
「NIKKEI NET」内にある「日経WagaMaga」は、1日に1500万ページビュー(見られたページ数)、ユーザー数700万人という国内最大級のアクセスを誇るニュースサイトらしいです。
「Yahoo! Internet Guide」が選ぶ「Web of the Year」ではニュース部門で第1位(2007年度)に評価されており、ニュースサイトとしては飛び抜けて多くのユーザーを抱えていることでも知られているそうです。
そんな由緒あるところに全5回に分けた連載形式で、掲載週の月曜〜金曜まで、1日分が400〜600字でインタビュー記事と写真が載るそうです。

エロの次は経済か…。
何でもありやな、ぼくの扱いは。

147タクト:2008/03/05(水) 03:43:48
引き込まれた’ポアンカレ予想”
偶然に見た番組が、むちゃくちゃおもしろかった。

●数学者はキノコ狩りの夢を見る〜ポアンカレ予想・100年の格闘
[BShi]3/4(火) 前10:00−11:50
宇宙はどんな形をしているのか?このなぞに迫る数学上の難問が証明された。「ポアンカレ予想」。百年の間、誰も解くことができなかった難問に挑んだ天才たちを描く。

ポアンカレ予想とは、端的に言えば、宇宙って球体じゃない?
たとえば任意の一点から長いロープを結んだロケットが宇宙を一周して戻ってきて、ロープの両端を引っ張ってロープを全て回収できたら、宇宙の形は概ね球体(=ドーナツ型のような穴のある形、ではない)と言えるんじゃないか、という問いかけだ。

この問いは、1904年にフランスの天才数学者アンリ・ポアンカレによって提出された。
以来ほぼ100年に渡り未解決だった。
この「ポアンカレ予想」の研究は、数学者にとってはとても魅力があるらしく、とても盛んに行われてこれに一生をかけてしまう学者がたくさん出てきた。
でもその人たち、スティーヴン・スメイル、マイケル・フリードマン、ドナルドソン、ガンティアン博士、ウィリアム・サーストン(彼は幾何化予想というかなりいい線までいった)、リチャード・ストレイト・ハミルトン…。
彼ら天才数学者はこの問いに果敢に挑み、いい所までいくのだが結局は証明できずに敗れ去る。
三次元を多次元で置き換えて証明を試みたり、物理学から挑んだり、トポロジーという連続性の幾何学の発想が生まれたり。
そしてそれぞれが頭がおかしくなったり、引きこもったり、その仮説自体が間違えなのではないかと疑うものが出てりで、100年が過ぎていく。
この人間ドラマがじつにおもしろい。
がついに、2002年から2003年に掛けてロシア人数学者グリゴリー・ペレルマンはこれを解決したとインターネットに発表して証明した。
そしてその論文内容は落ち度がなく、ポアンカレ予想はここに証明することに成功したと考えられている。
ペレルマンはこの業績によって2006年、最も権威あるフィールズ賞を与えられ懸賞金100万ドルを受け取れるはずなのに、彼はなぜか受賞を辞退した。
社交性のあるベレルマンは、証明に成功することと引き換えのように人が変わったように、人嫌いになり部屋に閉じこもってしまう。

このドキュメンタリーは、数学という分野をじつにわかりやすく描いていると同時に、「ポアンカレ予想」の研究に携わった数学者たちの人間模様を実に上手に追いかけている。

どうも昨年の10月22日(月)にNHKスペシャルとして1時間番組で放送されたみたいだ。(今回のBSは1時間50分編成)
「100年の難問はなぜ解けたのか
〜天才数学者 失踪の謎〜 」
うかつにも、ぼくはそれは見損なった。
下記は、NHKスペシャルのホームページから当時の番組について書かれたもの。

宇宙に果てはあるのか?宇宙は一体どんな形なのか?
人類が長年、問い続けてきた謎に大きく迫るヒントが去年見つかった。百年もの間、誰も解けなかった数学の難問「ポアンカレ予想」が証明され、宇宙がとりうる複数の形が初めて明らかになったのだ。世紀の難問を解いたのはロシアの数学者グリゴリ・ペレリマン(41)。その功績により、数学界最高の栄誉とされるフィールズ賞の受賞が決まったが、彼は受賞を拒否し、数学の表舞台から消え去ってしまった。その真意をめぐって様々な憶測を生んでいる。「ポアンカレ予想」にはこれまで、幾多の天才たちが魅了され、人生のすべてを賭けて挑み、そして敗れ去ってきた。ペレリマンがその栄誉に背を向け、姿を消したのはなぜか。そもそも数学者はなぜ難問に挑み続けるのか。番組は、ポアンカレ予想が解けるまでの百年にわたる天才たちの格闘のドラマを追い、ともすれば取りつきにくい純粋数学の世界と数学者たちの数奇な人間模様を描いていく。CGと実写の合成を駆使し、“天才の頭の中”を映像化する知的エンターテイメント番組とする。

だって。


ぼくはきっと、こんな理屈がわかった気になって、面白く感じるんだろうな。
そういえば高校のとき、大学入試共通一次の数学の試験に必ず出る幾何学問題が、あっという間に解ける魔法の定理、ユークリッド幾何学のハッブスの定理、メラネウスの定理を友達に教えられてショックを受けて、当時の数学の先生に、
「なんでこんな便利なもの、教えてくれないんですか?」
「これは高校の教える範囲やないんや」
「予備校に行っているやつ、こんな反則技知ってて得やわ」
って、噛み付いたことありましたわ。

148タクト:2008/03/11(火) 15:52:27
『ななしの会』最終回
平成6年の第一回から数えて114回、落語芸術協会の7人の落語家で開催されてきた『ななしの会』が、昨日をもちまして最終回、お開きとなりました。

ほんとうによく聞きに行かさせていただきました。
江戸落語のおもしろさを堪能、とは言っても純粋な江戸出身者はいなくて宮崎や青森出身者もいるそうですが…、それでもほんとうに落語のおもしろさをこの会で教えていただいた気がします。

前座さんの瀧川鯉八さんの「転失気」から始まり、

桂歌春師匠の「たらちね」

三遊亭遊吉師匠の「人形買い」

桂小文治師匠の「長屋の花見」

瀧川鯉昇師匠の「千早振る」

ここで一旦仲入り。

桂小南治師匠の「写真の仇討ち(指切り)」

柳家蝠丸師匠の「勘定板」

桂南なん師匠の「笠碁」

いま確かに落語ブームだそうですが、日頃からこのような地道な会を続けられてきた師匠方が、落語のファン層を開拓してきたからこそ、今日の落語の隆盛があるのだと思います。
ここ数年はお客さまもずいぶん増えられました。
長い間、おつかれさまでした。
そして、ありがとうございました。


なお、三遊亭遊吉師匠は4月4日(金)に午後6時半から上野広小路亭にて、木戸銭2千円で恒例「遊吉の会」が催されます。

149タクト:2008/03/11(火) 15:59:38
四谷コタン「笑って笑って笑いましょう vol.3 」
四谷コタン「笑って笑って笑いましょう vol.3 」

開催日時 2008年03月23日(7;00pm開演)
開催場所 東京都(四谷コタン)

四谷コタンで「笑って笑って笑いましょう vol.3 」があります。

3月23日(日)7;00pm開演です。¥2.000 +飲み代

出演は、(好田タクトと森はじめの)コント東京ユニット、寒空はだか、弱つよむ、昔少年団バンドの4組です。

今回はぼくはピンネタではなく、東京ユニットとしてコントを2つします。
そのうちの一つは新作です。(おそらく占い師ネタ。ひょっとしたら医者コントもするかもしれないので新作は2作するかも)。

前回から弱つよむさんが参加され、今回は森さんのバンド昔少年団も出て、ますますパワーアップした「笑って笑って笑いましょう 」。
今回は日曜日ですので、お仕事帰りで慌てて行かなきゃということもないです。

場所は、四谷駅から新宿寄りに徒歩7分です。
ファミリー・レストランを左に折れます。
〒160-0011 東京都新宿区若葉1-9 金峰ビル101  ライブハウス 四谷コタン
? 03-3357-7093

一人でも多くの人に来てもらいたいので、どうぞお友達とお誘いのうえ楽しんでいただけたらうれしいです。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~YotsuyaKotan/

舞台が終わったら、出演者と和気あいあいと一緒に歓談タイムになります。

150タクト:2008/03/11(火) 16:05:24
歌舞伎町ライブミュージックプロムナード ・コンサート
新宿歌舞伎町 アシベ会館B1F で『 歌舞伎町ライブミュージックプロムナード コンサート』があります。

2008/3/13木 18:00開場 18:30開演

チャージ 1,500円(チケット) + 飲食代
後半で「タクト音楽祭・番外版」があります

出演 ●好田タクト、京本千恵美、アンフィニ・スタジオ・オーケストラ
   ●古川琴子 ほか

会場は新宿歌舞伎町 アシベ会館B1F です
参考地図 こちらはB2のアシベホール
チケット予約は、こちらのブログから。

http://otomo.info/y_mail.cgi?id=tact

「タクト音楽祭」ブログ オープン!
http://tactmusic.blog103.fc2.com/
音楽祭は楽しいクラシックを提案します!

151タクト:2008/03/12(水) 22:16:48
寝不足で生活習慣病になる。
ぼくはこの20年、睡眠時間が3時間あるかないかです。
なんか、睡眠時間が短いと食欲抑制ホルモンのバランスが崩れて、夜間でも食べるようになり、寝ていても無呼吸状態ができて眠りが浅くなり、ますます眠らなくなるらしい。
寝不足(寝過ぎも)は、動脈硬化につながる高脂血症、高血糖、肥満といった生活習慣病になりやすいんだって。

それでか!

前までは60キロちょっとで自分には絶対太ることなんか関係ないと思っていたのに。
今は時々一念発起してフィットネスクラブに入るのだが、その後にはウィスト・サイド・フトーリー(ウエスト・再度・太ーりー、つまりリバウンド)になるし、なんでやろ、と思っていたら、睡眠不足が原因だったのか。
でも、寝るのもったいないんだよな。
いつも朝5時ごろにいつの間にか寝てしまって、NHKーBSの「ちりとてちん」(最近面白くなくなってきてちょっと不満。風林火山の最後もそうだった)が始まる7時半ごろに目が覚めてうとうとテレビを見るのが日課になってしまった。
夜中には何をやってもはかどるし、夜に起きてごそごそしているのは楽しいのは確か。
でもこれからは、ちゃんと布団にはいって寝床で寝よう。

寝れないときは、ひつじが一匹、ひつじが二匹…、
あれ? ひつじってどんな動物だったっけ? どんな顔してたっけ?
ヤギとの違いはなに?
ますます目が覚めて、やっと寝たのが朝のひつじ(7時)…。

152タクト:2008/03/15(土) 10:28:10
生楽団を振れる醍醐味
今年の3月13日は木曜日。
キリストの磔刑は13日の金曜日って言われているけど、ちゃんと計算したら13日の木曜日というのが真相。
その13日に新宿歌舞伎町のアシベ会館地下一階で、『歌舞伎町ライブミュージックプロムナード』があり、後半で「タクト音楽祭」が出演した。
演奏はアンフィニ・スタジオ・オーケストラ。共演は京本千恵美。

いい演奏会だった。
一緒に出演していたバイオリンの女の子も「すごい盛り上がったね。東洋館の時のタクト音楽祭を思い出したわ」って言ってくれてたし、クロード小林さんも「やっぱり、このメンバーでこの出し物が一番いいね」と満足そうだった。
ぼくも無事終えてホッとした。
最初の「トリッチ・トラッチ」ではレヴァインで、途中お客さんは乗って手拍子、ぼくはホースとラッパも吹いて最後はレヴァインのかつらを取ったらはげかつらが出てきてストコフスキーに大変身。
場内大笑い。
京本さんの「白鳥の湖」も「愛の賛歌」も受けがすごくよかったし、「ハンガリー舞曲5番」では、カラヤン、チェリビダッケ、小澤征爾の3パターンで、風邪をひいて熱が38度2分ある小林さんも無理をしながら僕との掛け合いもバッチリ、楽団も昼間の練習以上にいい演奏でお客さん大盛り上がり。
ラストのワーグナーの「ニュルンベルグのマイスタージンガー」の前奏曲では、朝比奈隆の指揮芸で振る。
途中、感激したお客さんたちが演奏途中なのに拍手が出て、終わったら「ブラボー!」の嵐。
スタンディングオベーションをしてくれたお客さんも多くいて、会場は「アンコール」の連呼。小林さんと相談して朝比奈で「トリッチ・トラッチ」をもう一度やってしまった。
会場は必ずしもいい条件の場所ではなかったけれど、みなさんの暖かい気持ちがほんといいコンサートになりました。
お客さんにはなんと、ペーソスさんも来てくれていた。
出口では「今度、どこであなたたちを見れるの?」「名刺ちょうだい」なんて言われた。
打ち上げで主催者が「ヤクザとネオンの歌舞伎町から、生の音楽、ライブを発信して3年。イメージ払拭を願いながら、今回ほんとうに一番いい形ができた」と感激されていた。
ずっと一緒に尽力してきた小林さんたちの苦労も並大抵ではないが、着実に花が開いているような気がする。

ピアノを弾いている女性は国際コンクールに何度も入賞している。
コントラバスの男の人は、芸大卒業後ベルリンのフィルハーモニーでも留学されてすごくうまいので「オーケストラに入らないの?」って聞いたら「オーケストラに入るの嫌なんです」
こんな侍もいるんだ。
フルートの浜浜さん(あだ名)はじめ、団員のみなさんが積極的にアイコンタクトをとってくれる。
指揮者によって、団員の弾きわけや演技もしてくれる。指揮者がチェリビダッケだったらミュンヘン・フィル風、カラヤンだったらベルリン・フィル風に。実はぼくとのけいこはそんなことをしている。
ここにはみんなで一緒に同じ方向へ音楽を作ろうという気持ちがある。
このような達者な生の楽団を、アカデミックな教育も受けていないぼくが思う存分指揮させていただけるなんて、ほんと、アンフィニのメンバーとそれを支持してくれるお客さんに感謝しなければいけない。

153タクト:2008/03/15(土) 11:49:32
銀河に乗って遠くへ行きたい。
昨日の14日の金曜日はなんかつらい一日だった。

朝から、前から痛み出していた右奥の歯、じつは親知らずでその治療。
過去に2回の親知らず、左の上と下は口腔外科や大学歯科までたらい回しされた大掛かりなもの。
またそれだったら嫌だなと、ゲンナリしながらとりあえず今回はやれるところまでやるとのことで、40分ほどの治療。
残りは来週。

昼はぼくの持っているシャープのDVDレコーダーの修理。
ぼくのHR−450は、海外でつくった機種らしく故障が多くてすぐにフリーズ。しばらくしたらDVDのソフトが取り出せなくなってしまう。
過去にも何回も修理工場の人が来て、「ここで治すのは無理」と言われて機械を修理工場へ持って行ってしまう。
修理に出している2週間は、レコーダーがないので録画ができない。
今回もそのパターン。
20日にはNHK−BSの「夢の音楽堂」に出演するのに、自分の出演番組が録れない。

夜は打ち合わせ。
行ったらいきなり「じゃあ、コントやって」
「どこでですか?」「ここで」「えっ?」
事務所で関係者たちがいる前で、親子コントをやらされた。
なんでもダンスの振付家に見せるとのこと。
「東京ユニットは、若者にキャーキャー言われるようにしょう」
森さんと顔を見合わせてしまった。
ぼくらのコンビはどう見ても昔ながらの味、今はほとんどやらなくなった軽コントなので、舞台でじっくりやる芸風なんだけど…。
なんか大衆演劇、ヒップホップ、中国雑技団の演出家の方々とコラボレーションする企画が進行中で、森さんと「ぼくたち、どうなるんだろう…」。
森さんも予定が狂って、浮かない表情。
その顔合わせが食事会まで予定されていたので、前から絶対行きたいと思っていたハンス=マルティン・シュナイト指揮の神奈川フィル定期演奏会、「ブルックナー/ミサ曲第3番へ短調」も行けなかった。

雨の中、シュナイトさんの演奏会も行けず、足の悪い森さんを送ったあと、ついにこの時がきてしまった。
寝台急行「銀河」がついに、ラストランを迎えてしまった。
よくお世話になったな。
金がないときで期間中だったら青春18切符を利用したけど、ちゃんとした仕事や気分を味わいたい時は、故郷に帰るときもこの寝台列車を利用。
ここで、よく鉄道好きの人と友達になったりした。
でもぼくが利用するようになったここ20年は、けっこうガラガラだった。
ホームはすごい人だったよ。
新幹線とかでなんぼ輸送が便利になっても、高速バスが安上がりでも寝台列車は残してほしいなあ。

きょうから2日間、若葉の湯寄席のために泊まりで千葉まで。
その後、月曜から東洋館の出番。
その月曜には朝日新聞の取材も楽屋で受ける。
なんでもぼくの著書を読んで、興味を持ってくれたらしい。
音楽雑誌の原稿締め切りも迫っている。
ひとつひとつ、着実にこなしていこう。

(ニュース記事の一部)

春のダイヤ改正(15日)で姿を消すJR西日本の寝台急行「銀河」が14日、ラストランを迎えた。戦後間もない1949年から深夜の東京−大阪駅間を結び、出張サラリーマンの貴重な足として活躍。特別なセレモニーはなかったが、東京駅に鉄道ファンら約2000人が詰めかけ、高度経済成長を支えた往年の名列車に別れを告げた。

154タクト:2008/03/17(月) 18:42:58
海外へ行くのには、今はチャンスかも。
アメリカがおかしくなって、円がどんどん強くなっている。
止まらない円高で、一時は1ドル95円台もつけた。
1995年に円が1ドル79.75円という時があって、ぼくは半年ほどヨーロッパを大道芸をしながら周遊した。(翌年も、その時は90円台ぐらいになっていたけど)。
ほんま、何を買っても、食べても安かった。
しかもケチケチ旅行を敢行。
3箇月ユーレイルパス13万円とユーロパスの組み合わせにユースホステルで宿泊したりして19カ国を回り、今じゃ考えられない安さのアエロフロート・ロシア経由で海外にいった。(確か、180日往復フィックスで5,6万円)
出発直前の1995年4月19日、東京市場で円は史上最高値となる79円75銭を記録したときに一気に50万円分をドルやマルク、フランのトラベラーズチェックに換金したのだが、その50万円ほどのトラベラーズチェックは大道芸の収入もあり、実際は日本円で20万円ぐらいしか使わなくて、その間の日本のアパートの空家賃のほうが高くついたぐらい。
ヨーロッパ各地で食べれるケバブなんて150円で腹いっぱいなるし、バーガーキングもキャンペーン中で1,99マルク(1マルク60円)のセット価格だったし、ウィーン国立歌劇場の一階平土間立ち見ステップパラテレは30オーストシリング、約300円だった。
最近まで、イタリアやイギリスに行った友達たちが、「外食のごはん代高いわ。日本の方が全然安い」って言っていたけど、これだけ円が高くなると、今は旅行に行くのにはいいかもね。

ただし企業の方々は、大変な時代になってきたけど。

155タクト:2008/03/17(月) 19:02:55
タクト『夢の音楽堂』に出る!の巻。
3月20日(木)にNHK−BSハイビジョンで7時間特番として放送される「夢の音楽堂 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団〜世界最高のオーケストラ〜」に出ます。
世界最高峰のオーケストラの特別番組にボクみたいなの出ていいのかな、と思いながら、ベルリン・フィルにゆかりのある指揮者5人の模写芸をやりました。
始る前に、前から交流あるアナウンサーのNさんが楽屋に訪ねてくれました。
そのNさんが、「タクトさんの名前、見つけたから来ましたよ。今回の司会の高橋美鈴さんもタクトさんの本、自分で買っておもしろい!って言っていたから出演で会えるのを楽しみにしてましたよ」とうれしいお言葉。
Nさんに元気をもらい意を強くして収録に望んだら、同じくゲストに出ていた作曲家の吉松隆さんと元ベルリン・フィルのヴィオラ奏者土屋邦夫さんもいたく気に入っていただいて、「カラヤンと小澤は特に似ている」とその後のトークが僕のことを中心にしばらく続く。

なんと、ベルリンフィルの土屋さんにお墨付きをもらってしまったよ!

心の中で、ベルリンフィルと寄席芸人か…。なんかごった煮みたいで愉快だなと思ってしまった。
そのまま放送されれば、かなり面白くなっていると思います。
なお、放送は午後1時から8時までの7時間みたいだけど、ボクの出番は後半なので、午後5,6、時ぐらいからじゃないでしょうか。
テレビ用にネタも構成、セットも作っていただいて、巨匠の台詞も入れたのでかなりいい感じで出来ました。(V見てみんな大笑い)
とにかくぼくも放送を楽しみにしています。

ただこの期間、ぼくのDVDレコーダーが修理に出されて自分の出演番組が録画できません。
誰か録って頂ける方いらっしゃいませんか?

またこの日は、4月5日(土)にNHK−BSハイビジョンで11時間番組として放送される『まるごとカラヤン 〜生誕100年記念・その人と音楽大全集〜』の収録日でもあります。
指揮者芸はやはり5人ほどやるのですが、やる曲もコメントも違うので、こちらも違う形で面白くできると思います。

156タクト:2008/03/19(水) 08:21:04
3月31日は朝日の朝刊を見てね。
ぼくが朝日新聞に出ます。
朝日新聞本紙の掲載日は、3月31日(月)の朝刊です。
「あの人とこんな話」というタイトルの連載記事です。
(「朝日求人」というタイトルの面(求人情報がたくさん載っているページ)に入ります)

同じ日のうちに、朝日新聞社のニュースサイト「Asahi.com」の「就職・転職」ページにも掲載されます。
http://www.asahi.com/job/
こちらはバックナンバー化されることになります。
http://www.asakyu.com/anohito/

これは、17日の浅草・東洋館の楽屋で取材されたものです。

昨日は寄席の出番が3時に終わって、みんなに飲みに誘われて行ってしまった。
夜11時まではしごしてしまったよ。
ある音楽雑誌の創刊準備号の原稿提出のために、ここ2日間全然寝てなかったのに。
おかげで帰ってからいつの間にか寝てしまって、猫にほっぺたをペロペロ舐められて、今、目が覚めたよ。
ミーコ、ごめん。餌やるの忘れてたわ。

157タクト:2008/03/19(水) 12:14:12
もう少し、静観しましょう。
先月の20日のBBSに、運慶の作がニューヨークのオークションでかけられることになり、海外に流出しそうで大ピンチって書いたけど、そのオークションがさっきあった。
アメリカの個人と日本の百貨店三越が最後まで競り合い、主催者が予想した推定落札額150万ドル(約1億5000万円)から200万ドル(約2億円)の6倍の1280万ドル(約12億5000万円)で三越が落札した。

三越、よくやったよ!(と、その時は思った)

この国宝級の作品「木造大日如来坐像」の海外流出を阻止しようと署名運動も起きて、全国から約1万2000人分の署名が文化庁に提出されたりして、仏像愛好者などはやきもきしてたけど、これで国外流失の可能性はなくなった。
よかった、友達からお金を借りまくってオークションに参加しなくて(ウソウソ)。
海外の競売で落札された日本の美術品としては過去最高額なんだって。
出品者がおおもうけしたのはちょっと解せなかったけど、とりあえずほっ。
 文化庁によると、運慶の作品は推定を含めて12件が国宝か重文指定を受けている。しかし、この仏像は個人が所有し、同意が得られなかったため、文化財指定の対象になっていなかった。

三越、運慶の仏像を見に行くよ。
えっ、呼んでないって?。

しか〜し、ことはそんな単純ではなかった。
その後のニュースを各社も含めてよく読んだら、簡単には喜べないかもしれません。

以下がその記事です。


▽三越では「お客様からの依頼で落札を代行した。日本人のお客様だが、詳細は言えない」と説明している。

(2008年3月19日11時10分 読売新聞)

▽三越広報担当の話 日本の顧客から依頼を受けて落札した。顧客の詳細は個人か法人かも含めて明かせないが、海外流出を防ぐことができたのは確かだ。

(毎日新聞)


ということは、結局は本当の所蔵主は三越じゃなくて、個人か法人か全然わからないということですよね。
愛好者が大切に保管してくれたり、展示してくれたらうれしいのだけど、投資目的かもしれないし、ただ海外流出が防げただけでこの先はまだどうなるかよくわかりません。

他の方の日記もコメントも「三越」賛美一辺倒ですが、オークションに参加資格がたまたま三越があっただけで、もう少し事の成り行きは静観する必要があるかもしれません。

158タクト:2008/03/19(水) 14:36:46
『BaBa de night vol.5』に出演しまっせ。
今、テレビの演芸番組でひっぱりだこの柳家紫文師匠と東京ガールズさんのライブ『BaBa de night vol.5』に、緊急ですがゲスト出演することになりました。
ぼくは20分間、めいいっぱい指揮者芸をします。
以下は、そのライブの告知内容を東京ガールズさんのホームページから貼り付けたものです。
どうぞみなさん、お誘いの上ぜひ見に来てくださいね。


来週のBaBa de night vol.5、ゲストにあのカリスマ指揮者形態模写の好田タクトさんが出演決定!まだまだお席に余裕ございます!沢山の皆様のお越しをお待ち申し上げげま〜す。

柳家紫文と東京ガールズの高田馬場定例ライブ
おしゃれなちょっと大人の空間で江戸前ライブ
ぜひお越しください!

日 時 3月25日(火)
出  演 柳家紫文/東京ガールズ
    ゲスト・好田タクト(指揮者形態模写)
ラ イ ブ 19:30〜21;00
チャージ 2000円プラス飲食代
場  所 PLAZA STAGE
     18:00〜23:00
     新宿区高田馬場2−18−6
     03−3232−6616
     高田馬場駅から徒歩1分
http://plazaplaza.jp/enter/

ご予約お問い合わせ
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東京ガールズさんのHPは
http://www.yanagiyasimon.com/tokyogirls/index2.html

159タクト:2008/03/22(土) 09:45:09
「これで検査が終わりました」
アホな事件があるもんだ。

どんな検査や。
しかも市議(27歳、若い! )
コントにもならんわ。
16歳の娘の母が35歳にもちょっと驚き。
どこまでが事実か知らんけど、春の甲子園が始った西宮には笑えない事件だわな。


(ニュースから)

「アスベストの検査」と言って訪れた家で応対に出た少女(16)の胸を触ったとして、兵庫県警は21日、強制わいせつと住居侵入の容疑で、同県西宮市議で学習塾経営坂野成志容疑者(27)=同県西宮市天道町=を逮捕した。「知人宅を訪れただけ」と容疑を否認しているという。

 調べによると、坂野容疑者は21日午前11時半ごろ、同県尼崎市の電気工事士(36)宅を「アスベストの検査」と言って訪問。玄関に入り、応対に出た高校1年の長女の服の中に手を入れて胸を触った疑い。

 女子生徒が「何でそんなことをするんですか」と聞くと、坂野容疑者は「これで検査が終わりました」と言って立ち去ろうとしたという。帰宅した電気工事士と鉢合わせし、女子生徒からの電話を受けた母親(35)が110番した。

160タクト:2008/03/24(月) 12:47:14
タクト『まるごとカラヤン』に出る!の巻。
4月5日の『まるごとカラヤン 〜生誕100周年記念・その人と音楽大全集〜』 に出演します。
放送時間帯:午前9:00〜午後0:00 午後4:00〜7:00 午後8:00〜午前1:00

     出演者:石坂浩二
         黒田恭一
         吉田恭子
         好田タクト
      司会:岩槻里子

指揮者・ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908年4月5日生まれ 1989年7月16日逝去)。20世紀後半のクラシック音楽界に君臨した「帝王」がオーストリア・ザルツブルクに誕生したのが1908年。2008年4月5日は、カラヤン生誕100年のアニバーサリー。
NHK BSハイビジョンではカラヤン生誕100年のアニバーサリーを記念して、長時間の特集番組「まるごとカラヤン 〜生誕100周年記念・その人と音楽大全集〜」を放送します。
スタジオにはクラシック音楽の大ファンである俳優の石坂浩二さん、そして大のカラヤン・ファンでもある音楽評論家・黒田恭一さん、世界的ヴァイオリニストの吉田恭子さん。
吉田さんいわく「タクトさん、桐朋でけっこう噂になってますよ」だって。お世辞でもそんなこと言ってもらえるなんてうれしいですね。
司会は岩槻里子さん。ぼくの本読んでくれていました。
あ、ぼくは第一部でちょこっとですが指揮者芸をしたりトークに参加しています。
共演者やスタッフのみなさんには、すごく親切にしていただきましてほんとうに感謝しております。
放送日が楽しみです。


NHKといえば朝ドラの「ちりとてちん」の放送がラスト一週になりました。
作者で脚本も担当されていた藤本有紀さんは、最初の共著で一緒だった人。
終わってしまったらちょっと寂しいな。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000266.jpg

161タクト:2008/03/24(月) 14:09:06
感動の最終回
先日、21日は渋谷でのヤングジョブスポット東京のトーク・セッションの講師として2時間半講演してきました。
このトーク・セッションは約4年間、100回近くを数えるそうですが、なんとぼくの回が最終回だったのです。
主催者は最終回だから、タクトさんに頼みましたとのこと。
これは気合が入る。
会場では定員を大幅に上回る入りで、予定終了時間が終わってもみなさんからの質問が途切れず、30分も余分に2時間半もの長時間みんなで盛り上がってしまいました。
みなさんからのアンケートも、最高の「満足した」ばっかしですごくうれしかったです。
主催者も感激されていたので、こっちまで幸せな気分になりました。
みんなで最後に記念撮影をとってお開きになりました。
写真は、講演時での朝比奈隆の指揮芸の模様です。

23日は四谷コタンの「笑って笑って笑いましょう vol.3 」でした。
店長からいきなり「タクト君、がっかりしたなあ。ぼくはタクト君に関しては客が来ようと来まいと気にすることなしに、ここでやり続けてほしい。それを応援したいと思っていたのに」と言われてしまいました。
実は数日前に、単独ライブの打診を受けたのですが客を集める自信がなく、予定も読めなかったので断った経緯があったのです。
でもこうやって応援してくれる方がいるんですから、もういちどチャレンジ精神を持ってがんばってみることも大切かもと思っている。
舞台は弱つよむさんの後で、今回はピンではなしに東京ユニットとしてコント3題(新作2本)をやりました。
ネタ自体ではさほど受けず、横道にそれた所で大爆笑なんて、お笑いは奥が深いというか、難しいなあ。
舞台が終わったら、和気あいあいとみんなで歓談しました。

追加の告知があります。
29日はFM浦安さんから青空イベントに呼ばれているので、浦安で大道芸をすることになりました。
30日は地域寄席に出ます。
原稿締め切りと、ねじり鉢巻状態が月末まで続きます。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000267.jpg

162タクト:2008/03/24(月) 21:34:31
☆カフェテラス in 境川 〜桜まつりでひとときを
29日(土)にFM浦安さんから青空イベントに呼ばれました。
浦安で青空の下で大道芸をすることになりました。

☆カフェテラス in 境川 〜桜まつりでひとときを
 日時 : 3月29日(土)・30日(日) 午前10時〜午後4時
 昨年は博物館広場で行われましたが、今年は境川周辺が会場となります。FMうらやすも参加いたしますので、どうぞお楽しみに!
◇FMうらやすの出演時間と出演者は以下のとおりですが、更に追加の可能性もあります。また、出演順や時間等は、確定次第、追記いたします。
 29日(土) 12:00〜13:00 と 13:30〜14:30
 ・弱つよむ 【コミックソング】
 ・黒木真理 【シンガーソングライター】
 ・ストレート松浦 【ジャグラー】(特別ゲスト)
 ・好田タクト 【指揮者の形態模写】(特別ゲスト)
 ・S I R I U S 【ロックバンド】〔14:00〜〕
FMうらやす
http://www.fmu.co.jp/

163タクト:2008/03/24(月) 23:28:11
「ああ播磨灘」みたいで、素敵!
春場所で22回目の優勝を果たした朝青龍について、横綱審議委員会(横審)内館牧子委員(脚本家)が「朝青龍問題は終わっていない。力士は『歩く文化財』の要素を持っている。力士全体を再教育する新システムを作るべきだ」と言っている。
でも朝青龍って、漫画の播磨灘みたいでおもしろいじゃない。
相撲は国技だ伝統だと言っても、格闘技なんだから強さは絶対条件でしょう。
やることなすこと、とんでも力士で見ていておもしろい。
白鵬とも両極端みたいなタイプでいい感じ。
こりゃますますはじけて、まわりも困らせて、仮面をかぶって土俵入りして、双葉山の69連勝を破って無敗のまま異種格闘技にも参戦してほしいな。
実際、シュートをやっても少しの技術と対策をすれば朝青龍に勝てる格闘家っていないんじゃないかなあ。
そして、今後一度でも負けたらその場で引退することを宣言して相撲協会の怒りを買い、全幕内力士を敵にまわして、朝青龍の快進撃が始まってほしい。
大鵬時代から相撲を見続けているけど、今の朝青龍は歴代と比べてもほんとうに強いし魅力がある。
平成14年11月場所の初優勝から数えて、出場場所30場所中22回の優勝はむちゃくちゃすごいじゃない。
得意技も、呼び戻し・吊り落としだったし。
あんまり外野にとやかく言われて、丸く収まらないでほしい。
二場所謹慎中の横綱は痛々しかったし、心配で自転車で高砂部屋まで見に行ったよ。(見れなかったけど)

164タクト:2008/03/25(火) 12:20:25
「第七回 浮世亭 お好み寄席」
「第七回 浮世亭 お好み寄席」 に出ます。
会場:大田区文化の森ホール
    JR大森駅or東急池上駅から東急バス「大田文化の森」下車1分
日時:3月30日(日)
開場:12時   開演:午後12時40分(終演予定4時)
入場料:1500円  当日券:1800円

お問い合わせ:チケット販売 浮世亭 03−3753−5117

<演目>
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一、落語(壷算) 軽内家 はん栄
一、クラウンジュカ
一、落語(長屋の花見) 喜楽亭 笑吉
一、落語(おかふい)   みそか家 越さん
     〜お仲入り〜
一、落語(愛宕山)   茂手亭 小丸
一、世界指揮者人名辞典 好田タクト
一、講談  神田昌味
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

165タクト:2008/03/25(火) 13:57:50
ト ー ク セ ッ シ ョ ン ア ン ケ ー ト 集 計 表
どうぞ今回は、興味のない方はスルーしてください。

先日のヤングジョブスポット東京でのトークセッションのアンケートが送られてきました。
手前味噌ですが、ここに掲載させていただきます。

> ありがとうございました。
> アンケートの結果を集計しましたのでお送りいたします。
> アンケートを集計していて、皆さんの感動が伝わってきました。
> 就職活動で不安な毎日を送っている参加者が笑うことで元気になり、
> さらに勇気付けられて帰っていったように思います。
> 「やりたいときがやりどき」の言葉が印象に残った人が多かったですね。そして「自分の気持ちに正直に」「すぐ成果を求めるな」「続けることの大切さ」等…、私自身もこれからの生き方として、大事にしていきたいと思いました。
> お忙しい中、ご協力いただきまして、心より御礼申し上げます。
> 今後ますますのご活躍をお祈りいたしております。
> ありがとうございました。

> ヤングジョブスポット東京


平成 20年 3月 21日 ト ー ク セ ッ シ ョ ン ア ン ケ ー ト 集 計 表
テーマ : わがままで、いいじゃない?!
――まわり道して得られたものとは…… 東京演芸協会 会員 好田 タクト 氏
●アンケート回答者数 24 名
Q1 今日のイベントはいかがでしたか? 回答数
1 満足 21
2 やや満足 2
3 どちらともいえない
4 やや不満 1
5 不満

Q2 今日のイベントで一番印象に残ったことは何ですか? (学んだこと、参考になったこと)
回答

・歳を重ねても「成果が見えないこともある」と言われて、今「成果が見えない」自分にとって安 心する言葉だった。先が見えないこと、今までやっていないことをやることは、とても勇気の いることだけど「やってみないと分からない、近づこうと思うこと」と言われ、今、一歩踏み出 せない私にとって「やってみよう」という勇気をもらった。
・こんなに近くで芸人さんを見れたのは初めてでした。
・やりたいことに、自分の思いに素直に 「やりたい時がやりどき」。その世界に一歩でも近づくこと、その環境に身を置くこと!! 「やりたいことをやる」信じてやるってことが印象に残りました。 自己責任をとりながら、わがままになる。難しそうだけど、できたら素敵な人生になりそう。
・やりたい時がやりどき。 最後はとても楽しいイベントで良かった。自己責任で後始末も自分で行う事で、人との関わり で良い方向にも進んでいくんだという事がわかりました。
・やりたいことをやってみようと思った。 自分の軸となる考え方を持つこと。物事を辞める時に辞める理由ばかり探さない事等。
・お金にこだわらない、生きがいとしての働き方。行動力、前向きな考え方が必ず次に繋がっ ていくんだと感じた。
・ 指揮者のものまねを生で見られて面白かったです。私達と同じ立場で話をされていて、とて もリラックスして聞けました。
・まわり道をしながらでも好きなこと、進みたい道を自分を信じて頑張ってきた講師の生き方 にふれ、「やりたいことをやろう!」という気持ちになりました。
・笑うことは、元気、活力の源になると感じました。忙しい時辛い時は、笑うことで前向きに進 んでいけるのだと思いました。 好きな事をやり続ける。やりたいけど難しい。それをやり続けてる人はすごいと思った。
・"これとこれを準備してからこうしよう"…ではなくて、"こうするために何をすればいいか"とい う考え方が大切だということ。やりたい時がやりどきだということ。その時に気づかないで きてしまったように思う。お金や地位にとらわれないで、やりたいことをやり続けることがとて も素敵だと思った。
・ 講師のお話、そして指揮者芸とても楽しかったです。まわり道をしても自分の気持に正直に 生きたいと思いました。
・自分の中の「志」が大事だという言葉に感銘を受けました。
・柔らかい関西弁が親しみやすかったです。
・話しが苦手とおしゃってましたが、熱の入ったお話で楽しく聞けました。
・好きな事をあきらめないこと。継続していく心持ちがすごいと思いました。
・「きっとそうなんだろうなぁ」と思ってた事を話してくれたことにより、自分の中で再確認が できた事が良かった。
・ 講師の生き方、考え方そのもの。 「すぐ成果を求めるな」など大切な言葉を色々聞けて良かったと思います。私もクラシックに 興味があり、TVで演奏を見たり幾つかテープも持っていますが、よほど特徴がない限り実は 指揮者にはほとんど意識が向かないのですが、あの様なものまねは面白かったです。(お 笑いには興味がないはずなんですけど。)思い当たるものまねもありましたし。
・ 続けることが大切だとわかりました。「やりたい時がやりどき」という言葉が印象に残りまし た。準備とかをととのえてからということではなく、やりたい気持からということが一番であ ると思いました。

166タクト:2008/03/28(金) 09:41:09
名脇役
「おかしな人間が一生懸命生きとる姿はほんまにおもろい」
NHKの朝ドラ「ちりとてちん」でおじいちゃんがいう台詞。
その「ちりとてちん」の放送が明日で終了する。

「なくなって初めてわかるお箸のありがたみ。お箸は食卓の脇役や。そやけどどんなご馳走が並んどっても、お箸がないと食べられん。お箸はなくてはならん名脇役や」
番組で母親役の和久井映見がいうセリフ。
このドラマの核心がここにあり、主人公の行く末も暗示している。

ここに来て番組終了を惜しむ声が多く聞こえ、続編やスペシャル版もあるみたい。
なぜこの番組がおもしろかったのか。
ぼくの最初の共著で一緒に執筆した(これ少し自慢)藤本有紀さんの脚本力?
適役だった多くの出演者?
スタッフの尽力、落語界や地域産業が題材のタイムリーな話?。
すべてこの番組を支えた力であり、時には主役になりながら、すべてが名脇役だったと思う。
しかし敢えて脇役のMVPをあげるとしたら、ぼくは音楽だと思う。
ほんとうに音楽がいい。

最近の映画やドラマを見ていてつくづく思うのは、うしろの劇音楽のうるさいこと。
とくにトレンディ・ドラマ(見ることも少なくなったけど)。
大切な場面で常にうしろでうるさく流れる音楽に、「また音楽に頼って…」と、後ろに流れる音楽が気になってしょうがない。
それが耳について逆に内容に感情移入ができずに醒めてしまう。
音楽流しすぎやろう。
いい場面にバックの音楽はいらんだろう。
でも上手に流してくれれば、場面と音楽が相互作用をおこしてますます効果的。
そういえば名作と言われる日本の過去の作品群、「タイガーマスク」や「ウルトラセブン」、小津安二郎や黒澤明、溝口健二の作品は、場面場面でかかる音楽は、ほんと上手な使い方、場面に合ったいい音楽だと感心させられる。

「ちりとてちん」で素敵な音楽を提供してくれた佐橋俊彦さん。
それをほんとうに効果的に使ったスタッフのセンス。
オープニングのピアノ演奏、自身が美人女優でもある松下奈緒さんもいい。挿入歌のカノンさんの歌声も素敵。
いい作品には、いい音楽がついているものだ。

「落語」と並んで、もうひとつのキーポイントになっている「はし」。
こんなニュースが出ていた(下記参照)。
ぼくもよく行った大阪の天神橋筋商店街に、福井県小浜市のはし製造会社から巨大なはしが贈られた。
関係者は「これがほんまの“はしわたし”やな」だって。

ぼくの日課は、一日家にいる日は朝7時半からBS−2、7時45分からハイビジョン、8時15分から地上波、12時45分の再放送、夜7時30分のBSでの再放送とまさに「ちりとてちん」づくし。毎回収録もしているので、気に入った回はそれも見る。

きょうもいつものように8時15分からの本放送を見終わった。
そしてそのまま、8時半のニュースが始った。
「明日の最終回もお楽しみに。ではニュースをお伝えします…」
すごいね、森本健成アナウンサー。
ニュースの冒頭で、なかなかこんなセリフ言えないだろう。
これも見事な「はしわたし」だね。
さりげないけど、こんなのは好きだなあ。

■連ドラが縁で“はしわたし”、福井から大阪の商店街に
(読売新聞 - 03月25日 15:02)

長さ日本一と言われる大阪市北区の天神橋筋商店街(全長2・6キロ)に25日、福井県小浜市のはし製造会社から木製6ぜん(長さ2・6メートル)と厚紙製6ぜん(同)の巨大なはしが贈られた。

 NHK朝の連続ドラマ「ちりとてちん」の放送を機に、同商店街と、若狭塗が特産の小浜市との交流が始まり、さらに親交を深めようと、はしがプレゼントされた。

 木製ばしは商店街近くの大阪天満宮に奉納。厚紙ばしはアーケードにつるされた。関係者は「これがほんまの“はしわたし”やな」。

167タクト:2008/03/30(日) 08:46:19
明日の朝日新聞で会いましょう
前に教育テレビのお兄さんをやっていた頃、同級生の女の子がちょうど子供と一緒にテレビを見てたらぼくが出ててびっくりした、って田舎に帰ったらよく言われました。
そんな出会いも、おもしろいでしょう。

またみなさんと出会えそうです。
それは明日、31日の朝日新聞朝刊です。

朝日新聞本紙の3月31日(月)の朝刊に掲載されます。
「あの人とこんな話」というタイトルの連載記事です。
(「朝日求人」というタイトルの面(求人情報がたくさん載っているページ)に入ります)

同じ日のうちに、朝日新聞社のニュースサイト「Asahi.com」の「就職・転職」ページにも掲載されます。
http://www.asahi.com/job/
こちらはバックナンバー化されることになります。
http://www.asakyu.com/anohito/

今回の朝日の取材は、17日の浅草・東洋館の楽屋でされたものです。

今回の朝日新聞掲載は、求人のページの中の特集みたいなので関東や東日本だけかもしれません。
西にお住まいの人は、朝日新聞社のニュースサイト「Asahi.com」でがまんしてちょ。

ちなみに、「日経WagaMaga」にも4月中ごろにぼくが掲載されます。
「NIKKEI NET」内にある「日経WagaMaga」は、1日に1500万ページビュー(見られたページ数)、ユーザー数700万人という国内最大級のアクセスを誇るニュースサイトらしいです。
「Yahoo! Internet Guide」が選ぶ「Web of the Year」ではニュース部門で第1位(2007年度)に評価されており、ニュースサイトとしては飛び抜けて多くのユーザーを抱えていることでも知られているそうです。
そんな由緒あるところに全5回に分けた連載形式で、掲載週の月曜〜金曜まで、1日分が400〜600字でインタビュー記事と写真が載るそうです。
日にちと詳細がわかったら、また告知いたします。


テレビの方は、4月5日NHK−BSハイビジョンで放送される『まるごとカラヤン 〜生誕100周年記念・その人と音楽大全集〜』 に出演します。

     出演者:石坂浩二
         黒田恭一
         吉田恭子
         好田タクト
      司会:岩槻里子


ぼくは第一部、放送時間帯:午前9:00〜午後0:00 の中で指揮者芸をしたりトークに参加しています。


きょうは、「第七回 浮世亭 お好み寄席」に出ます。
会場:大田区文化の森ホール
    JR大森駅or東急池上駅から東急バス「大田文化の森」下車1分
日時:3月30日(日)
開場:12時   開演:午後12時40分(終演予定4時)
入場料:1500円  当日券:1800円

お問い合わせ:チケット販売 浮世亭 03−3753−5117

<演目>・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一、落語(壷算) 軽内家 はん栄
一、クラウンジュカ
一、落語(長屋の花見) 喜楽亭 笑吉
一、落語(おかふい)   みそか家 越さん
     〜お仲入り〜
一、落語(愛宕山)   茂手亭 小丸
一、世界指揮者人名辞典 好田タクト
一、講談  神田昌味
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


またどこかでぼくと出会ったら、声をかけてくださいね。

168タクト:2008/04/01(火) 11:36:53
BIGが当たった!
どうしょう、宝くじ、当たっちゃった。

ふだんはそんなの買う人間じゃないのだけど、相方の森さんが、
「今、キャリアオーバーすごいから、タクトも買ってみれば?」
と言われるままに、BIGという宝くじを買ってみた。
今日、当選かどうか確認してみたら、なんと6億円が当たってたよ。

こんなの初めて。
税金対策って、必要なの?
こういうこと、あまりネットとかで言わない方がいいの?
なんかピンとこないけど、とにかくうれしい。




                          ウソ!




        だって、きょうはエイプリルフールでしょう。




ウソは午前中に言わないといけないって聞いていたし。
人を傷つけるウソは言えないし。
あんまり、ほんとっぽいウソは波風立てるし。
意外とウソって、難しい。

でも、当たればいいな、宝くじ。
まず買わないと、当たらないけど。


今から書く内容は、ウソはございません。

みなさん、きのうの朝日新聞の掲載に対してのお電話、メールありがとうございます。
コツコツやっているぼくにとって、いい励みになります。
わりと大きく載っていましたね。
なんかまじめに喋る自分の写真って、ちょっと照れくさい。
取材をしていただいたカメラマンの方(じつはマイミク)は、小澤征爾の物まね写真の方が大笑いするので、そっちを推したらしいのですけど、さすが朝日、品格(?)だけは失いませんね。
ちょっとぼくの物まね写真は、キワモノですからね〜。
幼児は泣くし。

下記の写真は、きのうできたてのぼくの新しい名刺。
裏表ですけど、住所などの詳細情報は裏のほうを重ねて隠しました。とりあえず。
じつは、名刺安かったんですよ。
表白黒、裏カラーで100枚945円でした。
じつは、ぼくはここのピクト東京営業所で昨年の5月までバイトしていました。

http://www.01meishi.com/

印刷業界が少しわかったので、いかにここの名刺が安いか実感していたんです。


エイプリルフールじゃなかったら、ほんとうは今日の書き込みのタイトルは「恩人との再会」っていうので書くつもりだったのです。

じつは、3月30日の「浮世亭寄席」で思わぬ人と再会したんです。
演技を終え、楽屋に戻ろうとしたら入り口で、
「よう、ぼくわかりますか?」
「えっ…と、どなたでした?」
「西岡だよ」
「学長!」

大阪音楽大学の学長だった西岡信雄先生でした。
あいかわらず、白髪の髪が長くてゲゲゲの鬼太郎みたい。
でもスーツ着ていて、ビシッとしているからわからんかった。

西岡先生は、ぼくの恩人なんです。
ぼくは以前は秋には静岡大道芸ワールドカップというのに毎年出ていたのですが、もう12年ぐらい前でしょうか、やたらとぼくをカメラ映像に収録するグループに出会ったのです。
なんかのテレビかな、でもぼくなんて物好きだなと思っていたら、演技終了後に挨拶されて「ぼくは西岡って言いまして、きみのユニークな芸に関心を持ったのでぜひ収録させてほしい」
「へ〜、音楽大学の学長さんですか? ご自由にどうぞ」
ぼくって言われても、先生はもう今は6、70歳ぐらいになるのでしょうか。
そんなに偉い人だとは思わなかったのですが、あとでわかったら凄い人だったんです。
大阪フィルハーモニーのフルート奏者を経て、独自の生き方なのでその後、百科事典などを売って食いつないで、世界の民族楽器を研究、演奏する、そして近年では日本の音楽教育のドンみたいな存在になって、特にクラシック業界では超有名な方だったのです。
その方にやたらと気に入ってもらえて、ぼくの収録した映像は後には音楽の先生達の研究会の全国大会で、池袋サンシャイン大ホールで流されたり研究の材料になったり(ぼくが!)、また日経新聞の第一面「交友抄」や音楽教育(本)などいろんな雑誌、新聞に先生はぼくを紹介してくれたり、西岡先生の著書にもぼくが出ていたりで、西岡先生のおかげでかなり知られるようになったことがあるのです。
2冊目の本「クラシック音樂夢レース」を出す時、出版社から西岡先生に表紙の推薦文を書いてほしいと言われ、実現もしました。(だからぼくの2冊目の本を持っている方はわかりますよね。あとがきも書いてもらっています)
西岡先生のお父様も「トイレット博士」として有名なんですよね。

そんな恩人である西岡先生と、10年ぶりぐらいの再会でしょうか。
びっくりして、あまり喋られなかった。
なんでもこっちに来る用事があって、寄席の関係者に知り合いがいてプログラムを見たらぼくを見つけたそう。
気に入ってもらえたかな。
舞台は「ブラボー!」とか出て、スタンディングオーベーションも出たけど、西岡先生はぼくの大道芸のスタイル、全く喋らずにストイックにやるほうに関心があったんじゃないだろうか。
でもやはり、恩人との再会はうれしい。
先生も再会を喜んでいただいた。

その日の打ち上げ会場で、ぶっちゃーさんの「お笑い音楽祭」で一緒になったこ☆マイケルさんと会った。
神田昌味さんとも仲良くなった。
もちろんクラウンジュカちゃん、浮世亭のみなさんともすごく親しくしていただいた。
出会いと再会っていいですね。

先日の柳家紫文師匠と東京ガールズさんのライブ『BaBa de night vol.5』の出演のときも、スタンディングオーベンション(最後にお客から立って拍手をもらう)にはなったので、最近はその形で終われるようにはなってきて手ごたえは感じている。
でもなぜか、足が急に痛くなって歩けない。
骨が折れているのかしら。
今日医者に行こう。依頼原稿も脱稿したし。

長い書き込みになって、ごめんなさいね。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000276.jpg

169タクト:2008/04/02(水) 07:58:49
風が吹いてたよ、 痛い風が…
きのう、ある人から、「今、「好田タクト」に、いい風が吹きはじめているね! 」というメッセージをもらった。


    吹いてたよ…

           痛い風が…


                   痛風だって。



きのう、あんまり足が痛いので近くの整形外科にいった。
レントゲンを撮ったら、骨には異常なし。
先生が、「こりゃ、痛風だろうな」 笑顔で言われたよ。
そんな病気、よく知らない。
「それって、足、切断とかなるんですか?」
「大丈夫、ちゃんと薬を飲んで療養すれば治るよ。でもしばらくは、歩くのも大変だろうな」

ショック。
薬を飲んで、寝た。
今朝、起きたら確かに痛みはひいている。
すごい医学の力。
でも、こんな風は吹いてほしくない。




痛風に関する記事。
http://r25.jp/magazine/ranking_review/10008000/1112008011709.html?vos=nr25mn0000001

170タクト:2008/04/03(木) 10:26:20
メールでのお問い合わせでの、お願い
お仕事のご依頼やお問い合わせは、このホームページの「お問い合わせ」にあるメールアドレス office-rice@apost.plala.or.jpから内容を送られていることが多いと思います。
じつは、使っているプロバイダーが「迷惑メール」の選別がしっかりしすぎていて(!)、大切な依頼メールまで「迷惑・スパムメール」扱いになってしまっています。

もし、メールを送られてもこちらからの返事がない場合はぼくが見ていない可能性が大きいので、お手数ですが下記の?&Faxまで直接ご連絡をいただけないでしょうか。
きのうも地方オケからの出演依頼のメールを、2月から「迷惑メール」に振り分けられていた為に気づかずに一ヶ月半もの間放置していました。
もちろん、急ぎの場合とかは直接電話されても構いませんのでぜひよろしくお願いします。
メール、電話のご依頼、お問い合わせは必ず返事をするようにしています。

      電話 03−3614−4649

(僕のギャグが寒いので、サムイヨ ヨロシク)

171タクト:2008/04/03(木) 13:09:03
チャイコフスキーに変身!
今年もやります「東京のオペラの森」のおもしろ解説。
今回はチャイコフスキーに変身します。(おととしはヴェルディ、昨年はワーグナーに変身した)
ちなみに昨年は小澤征爾さんがいきなり来て、緊急公開リハーサルをやってびっくりした。

さあ、11日は2500人を愛と笑いで包んで、オペラのおもしろさをよい子に伝えますよ〜。


●こどものための音楽会「エフゲニー・オネーギン」

日時: 4月11日(金)18:00開演(約90分)東京文化会館 大ホール

指揮: ピエール・ヴァレー

出演: 東京のオペラの森管弦楽団・合唱団

司会: 好田タクト

曲目: チャイコフスキー:歌劇「エフゲニー・オネーギン」より抜粋

料金: 無料《事前応募制→お申込み方法はこちら》[応募締切:3/18(火)消印有効]
対象: 小学生〜高校生(小学生のみ保護者同伴可)

主催:東京のオペラの森実行委員会
協力:Sony Music Foundation / 東京文化会館

H・P
http://www.tokyo-opera-nomori.com/program/event_week/index.html#02

「エフゲニー・オネーギン」のあらすじ
http://www.tokyo-opera-nomori.com/program/child/index.html

172タクト:2008/04/03(木) 14:33:05
ラドミル・エリシュカ
どうしても、気になる公演があります。
今年77歳となったチェコの指揮者、ラドミル・エリシュカが見参します。
じつは私もこの指揮者をじかに聴いたことはありません。
でも、‘予感”がするのです。
すごい演奏会になるのではないかと。

エリシュカは共産政権時代は西側に殆ど出られなかったため、国際的にはまったく無名の指揮者でした。、
日本には2006年12月に札幌交響楽団にきました。
札響では2日連続の定期公演を指揮しましたが、初日はガラガラだったにもかかわらず、2日目はクチコミで聴衆が殺到してチケットが完売したそうです。
直接演奏会に接した人の話だと、
「とにかく凄かった。札響の能力を十二分に引き出したダイナミックかつ暖かい演奏を聴いて、その偉大なる存在感に驚嘆した」
楽員の支持も絶大だったらしく、札響は首席客演指揮者のポストを用意、この4月に就任披露演奏会が札幌で開催されます。
(参考情報:http://www.janacek-jp.org/

そのエリシュカさんが、札響の公演に先立って4月5日(土)に東京デビューを果たします。
この日はシュナイトさんの公演もあるのですが、ぼくはこの‘予感”を信じて今回だけは「エリシュカ」をじかに感じて見ようと思います。
曲目には、ぼくの大好きなヤナーチェクの組曲「利口な女狐の物語」もラインアップされています。
自分の著書には必ず絶賛して紹介する、隠れた名曲です。
後半は大人気曲のチャイコフスキー(今回の東京のオペラの森は、チャイコフスキーがテーマだからでしょう)の交響曲第5番です。
演奏は円熟期にある東京都交響楽団です。

公演の詳細は次の通りです。

日時: 4月5日(土)14:00開演(13:15開場)
会場: 東京藝術大学奏楽堂
    http://www.geidai.ac.jp/facilities/sogakudou/access.html
指揮: ラドミル・エリシュカ
演奏: 東京都交響楽団
曲目: ドヴォルザーク:交響詩「野鳩」 op.110
    ヤナーチェク(ターリッヒ編曲):組曲「利口な女狐の物語」
    チャイコフスキー:交響曲 第5番 ホ短調 op.64
入場料:3000円(全席指定)

春の休日ですから、上野の森で散り際の桜の粉雪を肩にかけて、東博で「国宝薬師寺展」で色っぽい日光・月光菩薩を拝んで、エリシュカ&都響を感じてみてはいかがでしょうか。

「おおっ、なんと贅沢な一日」

近々、音楽業界はこういう言葉が飛び交うのではないでしょうか。

「きみは、もうエリシュカを見たか?」

173タクト:2008/04/05(土) 09:40:54
タクト春のお笑い祭り
「ヤマザキ春のパン祭り」みたいな題名ですみません。
ぼくの4月のわかっている分の出演予定を書いておきます。

今、9時から始っているNHK−BSハイビジョンで放送中の『まるごとカラヤン 〜生誕100周年記念・その人と音楽大全集〜』 に出演しています。 (今、テレビをつけたら映るよ)

     出演者:石坂浩二
         黒田恭一
         吉田恭子
         好田タクト
      司会:岩槻里子

ぼくは第一部、放送時間帯:午前9:00〜午後0:00 の最後のほうで指揮者芸をしたりトークに参加しています。

11日は「東京のオペラの森」でチャイコフスキーに変〜身して、よいこのみんなに「エフゲニー・オネーギン」のおもしろ解説をします。
2500人をあいてに愛と笑いで、オペラのおもしろさを伝えます。
●こどものための音楽会
日時: 4月11日(金)18:00開演(約90分)東京文化会館 大ホール
出演: 東京のオペラの森管弦楽団・合唱団
司会: 好田タクト
曲目: チャイコフスキー:歌劇「エフゲニー・オネーギン」より抜粋
http://www.tokyo-opera-nomori.com/program/event_week/index.html#02

演芸場はちょっとセーブをしているので、東洋館のみの出演にしています。
10日 指揮者芸 (エンタメ特選寄席)この日は楽屋で共同通信社の取材を受けます。(なんでもボクの芸に関心をもっているらしい)
14日 コント東京ユニット(東京演芸協会定席)
15日 コント東京ユニット(東京演芸協会定席)
20日 コント東京ユニット(エンタメ特選寄席)
30日 指揮者芸     (エンタメ特選寄席)

千葉の若葉の湯で演芸をやっています。
■東京ユニット「お笑いオンステージ」(以下告知の貼り付け)

演芸場育ちのコテコテコンビ「東京ユニット」が若葉の湯に帰ってきた!!
ほのぼのとしたボケに懐かしさすら感じさせる「森はじめ」と著名な指揮者のモノマネで有名な「好田タクト」のデコボココンビ。
東京ユニットによって繰り広げられる、若葉の湯オリジナルのスペシャルステージをお楽しみください。

公演日程:2008円4月の予定
12日(土)1部 17時〜 2部 19時〜
13日(日)1部 13時〜 2部 16時〜
26日(土)1部 13時〜 2部 16時〜 3部 19時〜
27日(日)1部 13時〜 2部 16時〜 3部 19時〜
28日(月)1部 15時〜 2部 18時〜
29日(火)1部 15時〜 2部 18時〜
追加公演決定!!
マジシャン「ダーク史郎」によるアメージングマジックショー!!
4月26日・27日の2日間限定。
http://wakabanoyu.jp/event/index.html

4月中ごろには「NIKKEI NET」内にある「日経WagaMaga」というユーザー数700万人という国内最大級のニュースサイトに、全5回に分けた連載形式で、掲載週の月曜〜金曜まで、1日分が400〜600字でインタビュー記事と写真が載るそうです。(詳細後日)

未確定ですが、国際フォーラムでの「ラ・フォレ・ジュルネ」、川治温泉「らんりょう」、コンサートでのゲスト出演、お笑いライブ、寄席(代演も含む)、営業などが入る可能性があります。
また、いくつかの取材を受けたり、原稿を書いたりしたのでそれらの新聞、書物の発行が決まったらまた告知します。
でも、16日から25日までゴボッと暇になっていますので、旅に出るかどこかのライブに出るかもしれません。
出演依頼があったらこの時期、呼んでください。


きのうは、指揮者の個性的な写真が有名な音楽写真家の林喜代種さんの写真展を杉並区役所に見に行き、そのあと、上野広小路亭で「遊吉の会」を聞きに行きました。
先日知り合ったヘブンアーティストのオオツカタカシくんや、NHK関係者、職人クラブの人たちと一緒になりました。
遊吉師匠の「大工調べ」はよかったなあ。
今からぼくは東京藝術大学奏楽堂にラドミル・エリシュカ指揮の演奏会に聴きに行きます。
あすは、プロコフィエフ交響曲第6番の演奏会等、4月はいくつかの演奏会、美術館、、舞台、スポーツ観戦、仏像見物のためにお寺、ヘブンアーティストのための大道芸活動など、あちこちでウロチョロしていると思います。

さあ、桜の散り際、ピンクカーペットのど真ん中を歩きましょう。

174タクト:2008/04/08(火) 08:51:56
3つのオンガクの恋
4月5日から7日までの3日間、ぼくはそれぞれのコンサートで出会った音楽に不覚にも恋をしてしまった。

5日は、エリシュカの世界を初めて体験するために上野へマイ・バイシコー(自転車)を走らせた。
先日この演奏会は、すごい‘予感”がするって書いたが、じっさい‘予感”は見事にあたった。
チェコ出身の「幻のまだ見ぬ強豪」の指揮者ラドミル・エリシュカは、ベールを脱ぐと圧倒的な世界で我々を魅了した。

「世界は広い。まだこんな実力者がいたんだ!」

口々にその場にいた人たちは、みんなつぶやいたことだろう。
いち早く首席客演指揮者というエンゲージュリングを贈ることで、この鬼才マエストロと婚約した札幌交響楽団は、ほんとうに素敵な選択をしたと思う。
ぼくは完全にエリシュカに「一目惚れの恋」におちいってしまった。
曲目には、ぼくの大好きなヤナーチェクの組曲「利口な女狐の物語」もラインアップされていたが、この組曲版はボクの大好きな部分、オペラのなかで第二幕4場の最後、二匹の狐の結婚をまわりの動物たちが祝福する音楽が入っていないのが玉にキズだったけど、ドヴォルザークの交響詩「野鳩」と合わせ珠玉の名品で、そういう意味では前半のプログラムが素晴らしかった。
「これ、日本のオーケストラが奏でているの?」
と思いたくなるぐらい東欧特有の曇った哀愁のある響きがエリシュカのタクトから引き出されていた。
後半のチャイコフスキーには定番よろしく、ブラボーの声が盛んに飛び交わされていた。
会場には歌手の井原直子さんや新聞社、評論家、指揮者、演奏家、オーケストラ関係者など有名な方々がごっそり来ていた。
チケットが伸び悩んでいるって聞いていたけど、当日かけこみ組がかなり多く、満席の観客の熱狂に、この指揮者の今後の日本におけるブレイクの予感を感じた。
すでに大フィルなどいくつかの主要な楽団を振ることになっている。
きっとこれからはこう言われるのだろうな。

「さあ、エリシュカを見まシュカ」

日時: 4月5日(土)14:00開演(13:15開場)
会場: 東京藝術大学奏楽堂
指揮: ラドミル・エリシュカ
演奏: 東京都交響楽団
曲目: ドヴォルザーク:交響詩「野鳩」 op.110
    ヤナーチェク(ターリッヒ編曲):組曲「利口な女狐の物語」
    チャイコフスキー:交響曲 第5番 ホ短調 op.64


6日は、「3つのオレンジの恋」の作曲者プロコフィエフの隠れた名曲、交響曲第6番が演奏されるということで、またしてもマイ・バイシコーで錦糸町に出動した。
ここの楽団の代表者は、ぼくの著書「世界一楽しい タクトのクラシック音楽館」の編集者と大学時代に一緒に大学オーケストラでやっていた方だと偶然知った。
なんと世間は狭いのだろう。
しかしこのプロコフィエフの交響曲第6番。演奏頻度はかなり少ないけれどぼくはこの曲の第3楽章が大好きだ。
チューバをやっていたので、オケとチューバの掛け合いに魅かれ、もう学生時代、何百回と聞いただろう。
青春時代の一ページ。
またまた、この第3楽章との「恋が再燃」してしまった。

■ オーケストラ・ディマンシュ 第27回演奏会
 2008年4月6日(日)13:30開場/14:00開演
 すみだトリフォニーホール 大ホール
 グリエール :バレエ組曲『青銅の騎士』Op.89a
 プロコフィエフ:交響曲第6番変ホ短調 Op.111
 指揮;金山隆夫(常任指揮者)


きのうは、西山恵子(ソプラノ) & ブルーノ・プラティコ(バリトン) ジョイントコンサート、
<心躍るイタリア>に聴きに行った。
ブルーノ・プラティコは世界最高のバッソ・ブッフォ。
バッソ・ブッフォとは、喜歌劇的な性格を持つバスの役のことで高度な歌唱力と演技力両方を要求される。
プラティコはイタリアのペーザロで催されるロッシーニ・オペラ・フェスティバルでも常連で、ほんとうに音楽が体から溢れ出ているみたいだ。
コミカルな演技も素敵で、会場はつねに大笑い。
西山恵子さんも素敵で美声に酔いしれた。
感心したのは、ピアノ伴奏のステファノ・コンティチェッロのじょうずなこと。
ボローニャ歌劇場のコレペティを努める出すぎず、それでも歌手達と息もぴったり溶け合って、最上の音楽を作り出していた。

この夜はほんとうは日本にいるのだけど、イタリアに瞬間移動して「異国で大人の恋」をしてきたみたいだった。
(じっさいは、外国人と恋なんてしたことはないので想像でしかないけれどね)


公演日 2008/04/07(月)
会場 紀尾井ホール 19:00
内容 共/ステファノ・コンティチェッロp
曲/ロッシーニ:歌劇「セヴィリアの理髪師」より/ベッリーニ:歌劇「海賊」より/モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」より/ドニゼッティ:歌劇「ドン・パスクワーレ」より 他

175タクト:2008/04/08(火) 10:03:10
きょうは荒れるかも…
すごい天気ですね。
まるで、台風みたい。
じつはきょうは、11時から東京演芸協会の一年に一度の総会があります。


      毎年、荒れるんだよな〜



お金の問題、選挙の問題、出番の問題、いろいろ…。
みんなプライドを持った芸人さんたちだから、一度言いたいことを言い出すと大変。もう止まらない。
ぼくは一応若手(これでも、だってみんな10歳以上の人たちばっかりだから…)なので、端っこで出された昼食を食べておとなしくしています。
でも総会が紛糾して泥沼化したら、
「タクトも黙ってないでなんか言え!」
ってくること必至。


3時から東京文化会館で11日の「東京のオペラの森」●こどものための音楽会の解説の打ち合わせ。

夜は四谷コタンに行ってライブを楽しむ予定。

明日から休みなしになってくるので、モードを切り替えないと。
きのうの夜から、依頼された原稿を手直ししだしたら徹夜になってしまった。
でも見直してよかった。
やっぱり発表する限りは、とことん納得したものを出したいからね(ベートーヴェンか、俺は)

176タクト:2008/04/09(水) 08:40:49
小澤征爾さんに会う!
いくらきのうの天気が荒れても、東京演芸協会の総会が荒れても、ぼくはぜんぜん気にならない。

   それは……、


    小澤征爾さんと会えたから♪



きのう、やっぱり荒れた総会。でもそれは一部の人たちだけ。ここにミスター梅介さんと牧田博さんが参加していたら、もっと大変なことになっていたかも(なぜか今年は両者とも来ていなかった)。
総会が終わった後、いそいで上野の東京文化会館へ11日の「東京のオペラの森」●こどものための音楽会の解説の打ち合わせのために、自転車で向かった。
風の強い天候に傘は折れ、雨で服が濡れた。

着いていきなり、ロビーで小澤征爾さんを見かけ思わず、ドキッ。
大ホールへ行ったら、毎年お世話になっている舞台監督の八木さんがぼくに「みんなに紹介するから、」てなことを言われ、すぐさまオケや歌手の皆さんに、
「今回も司会をするタクトさんです」
「こんにちは…」
300人近い人にいきなりびしょ濡れの姿で挨拶なんて、血糖値があがったなあ。
続いてドイツ語でもなんやら紹介されてしまった。
客席に行って、ゲネプロを見ようとしたら小澤征爾さんがぼくに近づいて来て「よろしくね〜」
「よ、よろしくおねがいします…」
あ、もったいないことした。
もっとしゃべりたかったのに。
昨年のワーグナーのときも勇気がなくて挨拶ができなくて後悔したのに。
いすに座りながら舞台で行われている「エフゲニー・オネーギン」を見ながら、小澤征爾さんとちゃんと挨拶できなかった後悔の念がふつふつと沸いてきた。
ぼくの前に座っていた野球帽をかぶっている人が声をかけてきた。
見ると小澤征爾さんにそっくり。
小澤征爾さんの弟さんで小澤幹雄さんだ!
「ぼく、あなたのことを知ってますよ。この前のテレビのベルリンフィル特集のあなたも見たしね」
「ありがとうございます。さっき小澤征爾さんに挨拶されたのですけど、緊張して何もしゃべれなかったんです。ちゃんと挨拶したいです」
「あにきもあんたのこと、知ってるんじゃあないかなあ。じゃあ、挨拶しにいく?」
「行きます、行きます」
てなことで、2幕と3幕の間にロビーで小澤征爾さんをつかまえようとしたけど、いそがしそうで結局無理だった。
その間に幹雄さんは、ずっとぼくとお話をしてくれた。
なんてやさしい方なのだろう。
ぼくも小澤幹雄さんが以前、ラジオのFM東京で「小澤幹雄のやわらかクラシック」 略して「やわクラ」という番組(1988年ごろ)をやっていたり、落語をされているのを知っていたので盛り上がった。
そして幹雄さんは声帯模写の白山雅一さんの大ファンでもあることがわかり、
「ぼく、さっきまでお会いしてましたよ。きょう、演芸協会の総会でしたから」
そして幹雄さんは、自慢げに着ている服と帽子をぼくに見せて、
「これ、松坂のレッドソックスのだよ。なんせ兄貴はボストンでは名士(小澤征爾さんはボストン交響楽団の音楽監督を四半世紀以上やっていた)だから、フェンウェイパークでは始球式もするしね。ただ、ブルージェイズに3連敗して、きょう松坂だから気になるんだよなあ」
ずっとロビーで幹雄さんとしゃべった末に、
「あしたも来るんでしょ。もう一度、兄貴をつかまえて挨拶してみたら? 兄貴も喜ぶと思うよ」
「そうします!」

夜は四谷コタンに行ってライブを楽しんだ。
いつもは出る側。
今回は見る側。
マイミクの柏原はねみさんを聴くのが目的。
オオタスセリさんもいるじゃないですか。
はねみさんののびやかな歌声は透明で素敵だった。
稲野真人さんの「みんなのうた」もよかった。
佐藤亮さんのピアノ、中村健太郎さんも熱演されていた。


よ〜し、きょうはちゃんと小澤征爾さんに挨拶するぞ。
幹雄さん、松坂は好投しましたよ。
もちろん、結果は知っていますよね。
たしか幹雄さんは、11日の本番も来るようなことを言ってらしたなあ。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000286.jpg

177タクト:2008/04/10(木) 23:11:32
氷上の舞姫、再び
きょうは昼は東洋館で指揮者芸の日。
そのあと、楽屋で共同通信社の取材を受けて「カラヤンと朝比奈隆について」を、指揮者芸をしている芸人の立場から話をしてほしいということでした。
両巨匠は、1908年生まれで今年は生誕100年。
再度クローズアップされて再び人気がぶりかえしているとのこと。
共同通信社だから、全国の新聞に記事が出ます。
詳細がわかったらまた書き込みますね。

あと1時間でNHK−BSの熱中夜話では「ウルトラマン・セブンを語る、第二弾」ですが、きょうはこの番組の話をしましょう。
ぼくは、この方に再び元気をもらったので、あしたの「チャイコフスキーにへんし〜ん」もがんばれそうです。

さてその番組とは「NHKクローズアップ現代」です。
井上怜奈さんの特集でした。

4月10日(木)放送
がんに負けない・あきらめない

今年1月リンクの上の劇的なプロポーズで、感動を集めたフィギュアスケート・ペアの井上怜奈選手。彼女は今、がんなど、病と闘う人たちにとって、大きな心の支えとなっている。井上さんは、父親の命を奪った肺がんに自分自身、20代で襲われた。その後も練習中の事故で頭蓋骨骨折などの大けがをする。しかし、競技生活を大切にしたいと自ら抗がん剤による治療を選択し、異国の地で出会ったパートナーと信頼関係を築きながら、一つ一つ、困難を乗り越えてきた。「がんになっても何一つあきらめることはない」と、日々できること、やりたいことに挑戦してきた井上怜奈さん、そして、その姿に勇気や元気をもらった人々の姿を見つめる。
(NO.2564)

スタジオゲスト : 鎌田 實さん
    (医師)
  : 山口 雅子さん
    (フリーライター)


じつはぼくは井上選手の生き様に感動して、今年の2月9日に「がんばり屋さんには、幸せが舞い降りる」というのを書いたことがあります。
読んでいただいた方にも好評だったので、みなさんが元気になっていただけて、井上怜奈選手のことをもっと知っていただけると思い、再度その内容を掲載しょうと思います。
(以下2月9日のBBS再掲載)

先ほど行われた2008年全米選手権で復帰を果たし、2位となったフィギュアスケートの井上怜奈さんをご存知でしょうか。
下記は井上選手のことを書いたNHKアナウンサー刈屋富士雄さんのインタビュー記事(http://www.1101.com/kariya/2006-06-29.html)から抜粋。

井上選手はリレハンメルとアルベールビルに
15歳と17歳で出ているんですが、
その後3回めのオリンピックを目指すとき、
長野オリンピックのシーズンの始めに
お父さんが肺ガンで亡くなってしまうんです。
お父さんの応援が井上選手のスケートの
大きな支えだったものですから、
そのお父さんがいなくなったショックで
彼女は長野オリンピックの代表争いに
まったく力を発揮できずに破れてしまう。
そこで彼女は一回スケートをやめちゃうんです。
お母さんとしては、
もうやめて当然だなと思っていたらしいんですが、
ある日、突然、井上選手が
スケート靴を持って練習に行くんですって。
どうして彼女がスケートをもう一度
はじめる気になったのかということが
お母さんにはずっとわからなかった。
それが、今回、全米の代表になって
いろいろなインタビューに
彼女がこたえていくなかで、
「お父さんがいなくなって
 落ち込んでいるお母さんを
 元気づけようと思ったから
 もう一度、はじめようと思った」
ということがわかった。
お母さんはそこではじめてそれを知るわけです。
だから、お母さんはトリノに
応援に来てるんですけど
もう、ぜんぜん演技を観られない。
で、その後、スケートを再開した彼女は
ペアを求めてアメリカに行くと言い出す。
アメリカでとにかくがんばってらっしゃいと
送り出すんだけれども、お金がないんです。
それで彼女がアメリカで何をやったかというと
日本のお土産売り場でアルバイトをしながら
そこからレッスン代と生活費をやりくりする。
なにしろ、競技に出るにも衣装が買えないですから
布を買ってきて、自分で縫っていたそうです。
自分で縫ってると、たとえば、ある大会では、
ビーズをつけるのが間に合わなくて
ショートプログラムのときには
半分のビーズをつけて滑って、
その翌日にはビーズが増えてる、
そんな状態で試合に出ていたんです。
そういうふうに試合に出てるときに
彼女は肺ガンにかかるんです。
幸い、当時のアメリカには、
最先端の抗ガン剤があったので、
その病院に行って、とにかくその
抗ガン剤をうってくれと言って治療をはじめた。
ただ最先端とはいえ、強い抗ガン剤だったので
ものすごい副作用があったらしいです。
でもその副作用に耐えながら練習を続けた。
しかも、入院はしていないんです。
通いで抗ガン剤をうったんです。
その抗ガン剤をうちながら
アルバイトをして、レッスンをしてという
くり返しだったんですって。
そんなわけでフラフラしてるから練習中に
落下して頭蓋骨を骨折して、
前歯がほとんどなくなってしまうような、
5時間くらい意識不明になる大けがをして。
そのときに落ちた後遺症で
心的外傷後ストレス(PTSD)にかかって
わけもなく突然涙が出たりだとか
そういうことにずっと苦しんで。
それが治ったと思ったら
今度は、落ちたショックで
卵巣を片方破裂させて卵巣摘出を受けて。
そこから治って、
ようやくペアがうまくいってきて
最後のチャンスというか
オリンピックをかけたショートプログラムで
4位と出遅れてしまう。
もう絶望的ななかから
はじめてのスロー・トリプル・アクセルを
フリーで決めて、
大逆転で全米チャンピオンになって、
トリノオリンピックに出場してきたんです。
‥‥すごい話でしょう?
これほどすごい話が実話としてあるのかという。

その井上選手が氷上でプロポーズを受けた。
先月26日の全米選手権ペアで2位だった井上怜奈(31)組。
演技後、パートナーであるジョン・ボルドウィン(34)がひざまずき、井上の両手を握って「残りの人生を一緒に過ごしたいのは君なんだ」と熱いプロポーズ。涙ぐみながら、「はい」と答えた。

 兵庫県出身の井上は日本代表でも活躍。肺がんを乗り越え、米国籍を取得し00年から正式にペアを組み、米国代表で出場した06年トリノ五輪は7位に。
2007年世界選手権を最後にアマチュア引退を発表したが、引退を撤回し現役続行を宣言。
2008年全米選手権で復帰を果たし、2位となった。

「彼女のことをすごく尊敬している」とボルドウィン。
いつもは冷静な井上も「こんなこと知らなかったし、最初は何が起きたか分からなかった」。

「プロポーズ」は、2人が何度もドラマを演じてきた氷の上だった。

178タクト:2008/04/11(金) 10:32:03
御礼、一万件突破!
細々と昨年の6月から運営してきたこのホームページのアクセス数が、1万件を越えました。
最初は数件だったアクセスカウント数が、最近は一日に百件を越える日もあってうれしいかぎりです。
同じように、BBSも読んでいただいているみたいです。
みなさま、どうもありがとうございました。
これからも楽しんでいただけるように、BBSにはこまめに書き込んでいきますね。

179タクト:2008/04/11(金) 22:24:35
ついに、小澤征爾さんと…!
ついに、やったよ!


     小澤征爾さんと夢の対面。



きょうは、「東京のオペラの森」でチャイコフスキーに変〜身して、「こどものための音楽会」の本番。
ぼくは打ち合わせがあるので、3時間前に東京文化会館へ。
先日、マネージャーさんが言っていたように小澤征爾さんが本番前に来た。
昨年みたいに、公開リハーサルするのかなと思ったらそうでもないみたい。
マネージャーさんが「小澤さん、なんかタクトさんのこと知ってますよ。前にも会ったことがあるって言ってました」
たぶんそれは、昨年までのぼくのオペラ解説を見ていただけのことじゃないのかな。
でもマネージャーさんは、ぼくが先日朝日新聞に載っていたことも知っていた。
恐るべし朝日!

そして、ついに対面。
ぼくがずっと指揮者芸をやっていることも伝えた。
本番。
今回は2幕と3幕の間も20分間かかる転換があって、幕の間に解説をしてつながなければいけない。
だから始まる前と、幕間、終わり、いつもの倍、しゃべらなければいけないが、逆に燃えた!
ギャグ入れまくり。
受けまくったよ〜、2500人大爆笑!
関係者の話だと客席にいた小澤さんもすごく笑っていたらしい。
髪の毛があれだから、うしろからでもよくわかるらしい。
ホースとジョーゴの演奏もとり入れた。
NHKのお兄さんの経験が大いに活かされた。
出てくる登場人物名をシャレで紹介してストーリーを説明。
「オリガはオリガ。ここにはオネーギン。おまえ俺の許婚に言い寄るなんて、おまえとはやっとらレンスキー。決闘だ! なんやかんやで時間がタチヤーナ。最後まで見てグレーミン…」
好きなようにやらしてもらった。
舞台袖や楽屋でみんなから「ブラボー!」
関係者の喜ぶ顔がすごくうれしい。
きょうは人生で一番幸せな日のひとつかもしれない。


写真はチャイコフスキーに変身している私と、小澤征爾さん。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000289.jpg

180タクト:2008/04/25(金) 15:17:24
「こどものための音楽会」の来場者の感想
「こどものための音楽会」を親子で実際に見られた方の感想が、ミクシィにコメントされています。


実際にタクトさんの舞台を拝見しました!会場大入り満員で、しかも大人と子供がミックスという複雑なお客さん構成でしたが、タクトさん、見事に観客の心をとらえていましたね。チャイコフスキーの解説に始まり、他の作曲も紹介して下さいました。うちの娘は「くるみ割り人形」が好きなので、より親近感をもって見られたようです。この娘、最初タクトさんが登場したら「ママ、あの人、本物のチャイコフスキー?」と言っていました。次にストーリーの紹介を少々、じょじょに観客の「いったいどんな舞台が始まるんだ?」という気持ちを高めたところでスッと退場する、その絶妙なタイミング。舞台は素晴らしかった!子供ってわかるんですね。オペラはむずかしいかな、と思っていたのですが、十分楽しんでいたようです。帰り、お客様の様子を観察。「あの司会の人、面白かったね」「また次も来たいな」という親子の会話が聞こえました。クラシック、オペラの魅力を伝える架け橋になりたいとおっしゃっているタクトさんの思いが一番伝わったステージでした。


昨日の「こどものための音楽会」、とても楽しかったです。
私は小澤さんとは本当に近距離だったので、ちょくちょく小澤さんを見ていたのですが、ものすごくうけていらっしゃいましたよ。
「マエストロー」の時なんて特に(笑)
私たち親子も笑わせて頂きました。
そうそう、あのホースで作った楽器。
どうやって作ったのかとても子供が興味を持っていました。
オペラは文句なくよかったのですが、好田さんのギャグも、もっともっと見たかったです。
ブラボ〜でした。


ダジャレの連発に、子どもたちが大笑い。帰ってから真似してましたよ。
ホースのラッパも作る気満々でいます(笑)


チャイコフスキーさん
2年生の下の子にはちょっと難しい作品でしたが、それでもところどころで「どうなるんだろう?」と見入っていたのが嬉しい発見。
4年生の娘は、解説と字幕で、「日本語で歌ってるみたいにわかったよ」
ダジャレ大好きの5年生の息子は、深刻な恋愛物語を味わったかどうかは疑問ですが、チャイコフスキーさんには大うけでした♪
去年オペラに出たときに間近で見て「指揮者ってカッコイイね!」と言うので、「指揮者になってお笑いオケを作るとか、人のやらないことをやったらいいんじゃない?」なんて言っていたのですが…
すでに好田タクトさんという芸人がいらしたとは…
ホースを上下させての演奏、すばらしかったですよ!ちょっと感動ものでした。
早速、島忠でホースとジョーゴを探してこなくちゃ!と子ども達も興味津々です。


「東京のオペラの森2008」の企画のひとつ、「こどものための音楽会」へ、午前授業だった子ども3人を引き連れて、上野の東京文化会館へ。
司会(チャイコフスキー役)の好田タクトさんが「日本人にもすばらしい指揮者がいて…」と説明しながら顔を向けた客席には、小澤征爾さん♪
息子1も、世界のオザワとなれば、名前くらいは知っているので、「偶然、来てたのかな〜?」


小さいお子さんは、好田さんのお話が楽しめたのではないでしょうか。
大人も楽しめました。親父ギャグも嫌いではないので。
どんなに良い演奏で、目を見張る舞台でも、子供たちの気を引き続けることは、とても難しいと思います。
好田さんの存在は、子供たちと、とっつきにくい芸術を見事につないだと思いました。
これからも、ご活躍ください。


昨日のオペラは、本編はもちろんですが、タクトさんの司会があってこそ、より楽しいものだったと思います。
これからも頑張って下さいね!


※13日には小泉元首相も見に来られていました。
先々月の二期会の「ワルキューレ」公演には、美智子妃殿下もお越しになられていました。
いろいろな客層が一緒に自由に楽しまれている昨今、日本のオペラも大衆化してきている感じはしますね。

181タクト:2008/04/25(金) 15:23:49
関西こてこて日記   第一夜
    4月16日「ぼくとオカンと玉子焼き」


オカンが緊急手術することになった。
ぼくは15日まで寄席の出番、その夜は上野でオペラ「エフゲニー・オネーギン」を見るので、それが終わって夜行格安バスで大阪まで行って、電車で病院がある明石まで帰ることにした。
オペラを見るまえに、上野の格安チケット屋でその日の大阪行きバスのチケットを六千円で買った。
あとでわかったが、もういまは東京ー大阪間は3,700円ぐらいから独立シートの格安バスがある。
ネットでも買えるし、企画バスも数社ある。
JRのドリーム号や私鉄会社が運営する夜行バスは八千円台だか、この企画バスはとにかく安い。しかもじゅうぶん寝れる。
しかし怪しい。
集合場所が路上で、JRや私鉄バスのような待合室もない。
大阪の集合場所なんか毎日新聞本社西横なんて、夜は殺人事件でも起きそうな妖しい場所だ。
こんな新興勢力が安さを売りにいっきに幅を利かせたから、寝台急行「銀河」が駆逐されてしまったのだろうな。

16日の朝六時に梅田に着き、電車で明石に行き、八時に県立がんセンターに着いた。
ぼく、この辺り、高校通うときにしょっちゅう自転車で通ったはずだけど、こんな立派な病院あったっけ?
オカンは前日に手術をしたので、集中治療室、ICUに放り込まれていた。
面会は十時からだが、東京から来た息子だと受付で言うと、ICUに通してくれた。
え、これが、オカン?
むちゃくちゃ小さいやん。
もう、がい骨みたいになってるやん…。
昨年の二月に滋賀の栗東で秋山和慶さんと一緒に仕事をしたあと、田舎に帰ってオカンと会った時はもっと元気やったのに。
オカンは起きていて、ぼくに気がついて、
「よう来てくれたなあ」
「だいじょうぶなん?」
若くてやさしそうな医者が近づいてきたので、ぼくは頭を下げた。
医者はオカンに、
「好田さん、ようがんばったなあ。なんか気になることはありますか」
「気になることは…、息子が結婚できんでねえ…」
アホか? その天然ボケぶりに、オカンはまだいけると確信した。

いったん外に出て、高校時代の一年先輩で同じチューバを吹いていた藤原さんの建材店に行った。
藤原さんは今も神戸フィルでチューバを吹いていて、全国の鉄道を常に完全制覇をし、種村直樹さんの本にもしばしば登場しているおもしろい人だ。
いつもぼくの顔を見ては、「はよ、売れ〜。出世返しや」と言いながら飯をおごってくれる。
「好田、何日間かおるん? あさって哲ちゃんと安留呼んどくわ」と、讃岐うどんの釜玉三人前をぼく一人のために作りながら言ってくれた。

病院に戻り、相部屋に戻されたオカンと再び面会した。
ぼくの記事のいくつかの新聞のコピーを見せると、
「これ、ほんまかいな。わたしを喜ばそうと細工したんちゃうか?」
そんなめんどくさいことするか! ペール・ギュントやあるまいし。
相部屋のほかの患者さんや看護婦さんがぼくのことを知っていた。
なんでもオカンが、ぼくの本や記事が出ている音楽雑誌をみんなに見せびらかしているらしい。
恥ずかしいこと、やめてくれよ〜。
ま、オカンがそれがうれしいのなら別にええけど。
2時ごろオカンが眠たそうにするので、「また、あす夜来るわ。それまで? 京都行って、お寺や仏像見てくるわ」
「それが目的ちゃうか?」
う〜ん、ちょっと当たっているかも。

「明石で一番うまい玉子焼き屋や。地元はみんなここで食う」という「ふなまち」に行った。
たこ焼きのことを明石では玉子焼きと言って、だし汁で食べる。たこ焼きよりもっとふんわり焼く。
その玉子焼き屋は魚の棚に集中しているのだが、このふなまちはもっと西で港寄り、材木町の岩屋神社の横、長林寺の斜め前にある。
看板もなく、ひっそりとのれんだけがかかっている。
こりゃ、わからんわ。
店内も八人も入ればいっぱいになるぐらい小さい。
しかし焼く方はすごく忙しそう。
電話と通りすがりの地元の人からひっきりなしに注文が殺到し、言われた時間に取りに来る。
店内には「追加注文お断り」。
でも店のおばさんたちは愛想がいい。
二十個で五百円。
安っ!
しかも、むちゃくちゃうまっ!!
いまはたいていの店は、十五個で五、六百円だし、大阪には十個で八百円の店もあった。
「ふなまち」は知る人ぞ知る史上最大の玉子焼き屋だ。

明石公園をぶらついていると、ピッチに妹から電話がかかってきた。
「今、どこにおるん? 三時になったら来てって言うたやん! 祐花が、げんきくんまだ?って五分おきに電話がかかってくるから仕事ができひん! すぐ行って! わたしも五時には仕事終えて会社出るから」
きょうから三日間、妹夫婦の家で泊まる。
オカンの部屋が寝場所だ。
しかし妹の子供二人がぼくを休ませない。
子供二人は「げんきくん」のビデオをずっと見せられて育ったため、げんきくんが来るのを今や遅しと待っているのだ。
神戸の妹夫婦のところに五時についたら、小学三年生になる祐花ちゃんが、思いっきり泣いて怒っていた。
「遅い!」

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182タクト:2008/04/25(金) 15:37:17
関西こてこて日記   第二夜
    4月17日「Kyosai」



京都をまわるときは、ぼくのやり方は朝九時ごろには駅前に着いたらまっさきにバス共通一日券を五百円で買う。
格安店だと四百八十円で買えるのだが九時には店が開いてなかったりするので、とにかくそれを早く手に入れて、くまなくバスで目的地をまわるのだ。
京都の町はご存知のように網の目になっていて、バスが頻繁に走っていて、このバス路線図をうまく読み込むとほんとうに効率よく回れる。
しかしきょうはその必要がないかも、と一瞬思ったが、実際その予感は的中した。

お目当ての京都国立博物館に行った。
国立博物館四館共通の年間パスポートを使って、人生の大勝負が待っている。
「河鍋暁斎」に会うためだ。
暁斎の全貌をつたえる大規模な展覧会が、没後百二十年にして初めて催された。
結論から先に言おう。

「河鍋暁斎(かわなべきょうさい)こそ、日本画壇のモーツァルトだ!」

作品量も膨大、どれもが傑作。
しかもピカソのように、変幻自在に画風がとどまることを知らず常に変転していく。
時にはまじめにシュールな仏画『観世音菩薩像』、ぼくはこの種の菩薩絵では日本最高傑作だとおもっている。
おなら合戦を延々と描いた「放屁合戦絵巻」のようなユーモア。
十メートル以上もある巨大な引き幕を画面いっぱいに当時の歌舞伎役者を妖怪に見立てて描き、お客はあの役者だがどの妖怪かを楽しんで見上げていた。しかもなんと四時間で書き上げたあっと驚くパフォーマンス。
あの足のない幽霊の絵は、円山応挙とともに暁斎の独断場だったし、暁斎の描く幽霊画の恐ろしさは、古今東西のこの種の作品の中でも突出している。
その極めきった死生観。
暁斎にかかれば絵画で表現できないことはない。
ものの本質、真理や世界がここにはある。
天才少年として早くから突出したかと思えば、酔狂で描くことでも有名だ。
生き様も破天荒で、描いた風刺画が官憲にとがめられて逮捕・投獄され、笞打ち五十で放免というトンデモエピソードも持っている。
1881年には「古木閑鵜図」が第二回内国勧業博覧会で当時の日本画での最高賞を受賞した。
ほんとあっさりとしたカラスの絵だ。
暁斎はこの絵に当時では超破格の値段百円で売りに出したら、なんと日本橋の菓子商が実際に買いとった。
そして世間にはカラスの絵が一大ブームとなった。
なぜこれほどの天才が、海外で高い評価を受けてきたのに日本では冷遇されてきたのか。
本物を見てもらうのが一番なのだが、インターネットでも図書館でも、書店でも映像でもなんでもいい。
「河鍋暁斎」を調べてその作品に触れてほしい。
ほんとうに打ちのめされる。
京博にいますぐにでも見に行きたくなる。
こんな「奇才」が近代日本の画壇にいたことを誇りに思い、その低評価に愁い、邂逅できたことにあなたは感動するだろう。

ぼくが特に見入ったのが「九相図」。
九相は日本古来からある考えで、京都市左京区の浄土宗安楽寺の平安時代の絶世の美女だった小野小町をモチーフにした「小野小町九相図」(三幅)という名作もある。
九相(くそう)とは 盛者必衰、死生観で、どんなに華やいだ生活を過ごした絶世の美女も、いずれは死を迎え土に帰る、人の世のはかなさや、無常観を絵にした、絵のお経だ。
下絵も含めて迫真に迫る暁斎の「九相図」を見ていると、きのうの母とオーバーラップして、ああ、オカンもあのがい骨のあとには屍となってカラスとかについばめながら土に帰るのだなあ、と思ってしまった。

気がつくと、もう四時。
六時間以上もここにいるよ〜!
ぼくはバカだ! でもしょうがない。
バカの絵を見ていると、こっちもバカになって見てしまう。
常設展で国宝を見まくり、ほんと京博はいいのを持っているなと感心しつつ、結局この日はここだけになってしまった。
せめて近くにある養源院の宗達の絵でも見ていきたいと思いながら、それもかなわず急ぎオカンのいるがんセンターへ戻ったのであった。
「お母さん、土に帰るんやなあ」と言ったら、
「なんで土山に帰るんや? 明石に帰るんや」と言い返された。


   ※土山とは明石市の西を越えた加古川にある地名。JRの駅もある。母は土日曜日には一人住まいしている明石のアパートに帰るのを楽しみにしている。

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183タクト:2008/04/28(月) 13:14:02
共同通信社から配信されました
先日、共同通信社の文化部から「今年、生誕100年になるカラヤンと朝比奈隆について、指揮者芸人の立場から述べてほしい」という取材を東洋館で受けました。
その記事が無事、22日に配信されました、と担当の記者の方からメールを受けました。
実際、どのような内容になっているのかぼくにもわかりません。
でも共同通信社ですから、全国の地方紙に載る可能性があります。
出る時期は場所によって多少ずれるかもしれませんし、もう出ているかもしれません。
もし気に留めていられたら、どこかで見つけてくださいね。

184タクト:2008/05/02(金) 20:33:41
関西こてこて日記   第三夜
    4月18日「親孝行川柳」


「親孝行 したい時には 親は無し」

これより、タクト10選。
「親孝行 するもしないも 親しだい」
「親孝行 するもしないも 金しだい」
「親孝行 期待するのは 親ばかり」
「親孝行 期待するなら 金をくれ」
「親孝行 したくなくても 親はいる」
「親孝行 したい時には テレビなし」
「親孝行 する気はあっても 金がない」
「親孝行 出戻り娘が いうセリフ」
「親孝行 たまに帰って したり顔」
「親孝行 娘婿の マニュフェスト」

ぼくが「どう?」と聞いたら、「今一やなあ」と母が答える。
母は川柳が大好きだ。
よく川柳の寄り合いにも行っているらしい。
そこで看病がてらにぼくが作った「親孝行」で始まる川柳を、即席で10編ほど母に披露した。
最初の「親孝行 したい時には 親は無し」はご存知、親孝行川柳の名作。誰が作ったのだろうか。
しかし、金が絡む句になるとどうも下品になってしまうね。
最後の「親孝行 娘婿の マニュフェスト」は、妹夫婦が結婚する時、妹のだんなが母にそう約束したらしいので、この句を作った。
「出戻り娘」は、今は離婚も多いし、特にぼくと同年代は離婚している人もチラホラいて、こんなセリフを「お父さんのことが気になってね」と言いながら実家に出戻って、余裕のある親のすねをかじりながら悠々自適の人もいるんじゃないかな。またその親も娘の戻りを喜んでいたりして。
「子を持って 初めて知る 親の恩」とか「子育てを 親に任せて 共稼ぎ(荒稼ぎ?)」と妹に言ったら、「お兄ちゃんこそ、「親孝行 たまに帰って したり顔」や」とどやされそう。
「いつまでも あると思うな 親と金」も、世間ではそうかもしれないけれど、うちは「いつまでも あるのは親で 金はない」か。
ぼくはいっとき、NHK−BSの松山局が制作している「俳句王国」をよく見ていた。
いつでもお呼びがかかれば大丈夫なように、季語にあわせて作れるよう鍛錬してきたが、お呼びがかからない。
「親孝行 したい時には テレビなし」は、そんなぼくが以前、NHKのお兄さんとして毎週全国の子供と楽しそうにテレビに出ているのを、母がたいそう喜んで見ていたと妹に聞いたいたのでそれを思い出して、今はテレビとは無縁の生活なので「ごめんね、頼りない息子で」という意味の句。
きょうは午後からお世話になっている親戚が来るので、朝から病院にいて母とこんなことをしながら、しゃべっていた。

午後二時に予定より早く、母のお兄さんが野の池から車で来た。
もう八十七歳なので、きょうで自動車運転をやめて廃車にするそう。
ぼくや妹は父が早くに亡くなった分、この母のお兄さんには陰からぼくたち母子を支えていただき、ほんとうにお世話になった。
でも恩返しがいまだにできていない。
ぼくが20歳の時にお笑いの世界に入ろうとしたときも、母のお兄さんは「誠一君は、親不孝や」と反対していたなあ。くしくもそれは当たっていたかも。
母とお兄さんがたおやかに話をされて、ぼくにもお兄さんはやさしい言葉をかけてくださって、きょうで最後になる愛車で家に帰っていった。
それからまた、しばらく母と話をしたあと「あすは、奈良でお寺を見に行くから、きょうでお母さんとはお別れや」と言って病院をあとにした。

夕方五時過ぎに、藤原さんところで昔懐かしいメンバーと再会した。
藤原さんと哲ちゃん、安留(やすとめ)君。
みんな明石南高校の吹奏楽部で一緒に吹いていて、藤原さんは一年先輩でぼくと同じチューバ。その後、神戸フィルで今も吹いている。朝比奈隆さんのご子息で神戸フィルの指揮者の千足(ちたる)さんと仲良しだ。
あるとき、ぼくが神戸フィルへ遊びに行ったとき、千足さんの前で朝比奈隆さんの物真似をすることになってしまった。焼きそばをかき混ぜるみたいにやったら、
「うちの親父はそんな円運動ばかりやってない」って言われてしまった。
哲ちゃんは作家。「大久保町の決闘」や「大久保町は燃えているか」など住んでいた明石市大久保町を近未来にした、大久保町三部作を出版し、いまも書いている。
頭もよく、トランペットもうまく、しょうゆ顔なのでかなり持てるのだがいまだ独身。神戸フィルでも長らく吹いていた。
じつは吉本新喜劇にぼくがいたとき、「哲ちゃん、いっしょにやらへん?」と吉本に誘った経由がある。
ぼくが吉本を辞めてもしばらく吉本にいて脚本を書いていたはずなのだが、いつのまにか辞めていた。
今回、なんで吉本を辞めたのか聞いたら、「○○兄弟とか、××とかこんなセンスない奴が売れるんか、と業界に失望して辞めた」。
じつはもう一人、ぼくは吉本に作家として誘った同級生がいる。彼は中学時代の野球部仲間で、東京ボードビルショーで作家をやっていたのだが、「吉本で一緒にやらへん?」と誘った。今、どうしているのだろう。
安留君はクラリネットを吹いていた。
今はクラリネットを治している。つまり楽器を修理する職人だ。
けっこうかっこいいじゃない。
ぼく達の高校時代の演奏をCDにして持ってきてくれた。
聞くのが怖い。というか、怖くていまだに聴けない。(でもちゃんと聴くからね、安留君)
ぼくと哲ちゃんは独身。藤原さんは奥さんがいる。安留君は奥さんと子供までいる。
ここで遊び人と手堅い人との差が如実に出てしまった。
ぼくら4人を中心に明石南吹奏楽OB連中は1988年5月にはなんば花月を借り切って「タクトフィルハーモニー イン なんば花月」というリサイタルまでやってしまった。
久しぶりに再会し、バカ話に花が咲き、ついには「女の子中心に電話をかけまくろう」ということになってしまった。
いきなり平日の夜に電話がかかってきて、「ぼく好田、哲ちゃん…、覚えてる? あんまり楽しそうにしゃべったら、だんなに怒られる? はよ、別れぃ!」なんて言っているのに、みんなけっこう楽しそう。
飲んで、しゃべって、まだまだ宴会は続けたいのだがみんなと違ってぼくは妹夫婦の神戸に帰らないと行けないので、最終電車に間に合うように藤原家を出た。

夜遅くに妹の家に着いたら、外で妹や祐花ちゃんがかわいがっているオオサンショウウオのような猫、姿と名前がとても一致しない「リカ」が家へ入れてくれいとばかりに泣いていた。
妹が「祐花や俊介が、げんきくんとまたダウトをやりたいって言っていたのに。もう寝てもたわ。なに?あした奈良へ行くん? 朝早いの? お母さんの見舞いは? もう終わり? この親不孝もん!」と毒づかれた。
寝るときに、母が読んだ川柳を思い出した。

「親孝行 親より長く 生きること」

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185タクト:2008/05/04(日) 00:33:43
5月の予定
5月の出演予定です。

2日から6日まで『ラ・フォレ・ジュルネ・オ・ジャポン』という音楽祭で クラシックソムリエ(案内役)をやっています。
場所は有楽町国際フォーラムの地下一階です。
下記はそのホームページの告知です。

今から買えるチケットで、私の好みに合うおススメ公演はどれ?
とりあえずチケットは買ったけれど、これってどんな曲?いつ拍手するの?
そんなあなたの疑問に、クラシック音楽の専門家「クラシックソムリエ」が、レストランでソムリエがワインを選ぶのと同様にアドバイス致します。
どうぞお気軽にご相談下さい!
また、毎朝カウンターのオープン時には、好田タクト氏が指揮パフォーマンスを行いますのでお楽しみに! 開催日程 5月2日(金)〜6日(火・休)
よろしければ、ぜひ見に来てください。今回は大道芸のスタイルでしますので、しゃべりは入れません。5人ほど指揮者芸をします。
会場 地下1階 フロントオフィス内(チケットカウンター隣)
参加方法 無料
ぼくのスケジュールは、5月2日(金) 10:30〜12:00 好田タクト 5月3日(土)から6日(火・休)まで、 9:00〜10:30 好田タクト
http://www.lfj.jp/lfj_2008/event/sub_05.php

10日(土)は仙台こーぽで『タクト音楽祭出張公演・50分版』です。
アンフィニの演奏者と大飼さんと一緒に仙台へ行きます。
会場では、本やDVDも販売する予定です。

浅草東洋館は、15日(木)が東京ユニットのコント、12時45分。
       16日(金)が指揮者芸、1時から15分間です。

若葉の湯寄席は、11日(土)、17日(土)、18日(日)、24日(土)、25日(日)、31日(土)、6月1日(日)です。24,25日はゲストに相撲漫談一矢さんが一緒に出ます。GWの5,6日は『ラ・フォレ・ジュルネ・オ・ジャポン』の方にぼくは出ていますので、若葉の湯はぼくは出ません。森さんとゲンゴロウさんが出ます。
http://www.wakabanoyu.jp/event/index.html

浅草演芸ホールの余一会に。31日(土)に12時過ぎごろ、東京ユニットで15分間でます。

執筆や、大道芸、他にもちょこちょこあるので、ちょっと忙しすぎました。5月は少しセーブしましたが、お笑いライブにいくつか出るかもしれません。何か決まりましたら、またここで告知します。

186タクト:2008/05/04(日) 07:46:18
ちょっと待ってね(ジャスト・モーメント・プリーズ)
連日、『ラ・フォレ・ジュルネ・オ・ジャポン』でシューベルト三昧です。
クラシックソムリエ(指揮者芸と案内役)を10時半までやったあと、公演を聴きまくっています。
昨日もラストの夜の11時半まで8公演を見ました。おかげで睡眠3時間。
公演レポートは、ちょっと待ってね(ジャスト・モーメント・プリーズ、はな寛た・寛大より)

187タクト:2008/05/06(火) 08:07:07
今日の夕方6時に、OTTAVA参戦
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2008のオフィシャルラジオとして、インターネット&デジタルラジオのOTTAVAがサテライトスタジオから公開生放送を行っていますが、急遽、今日の夕方6時からぼくが出ることになりました。
ちょっくら、暴れてきます。

http://www.lfj.jp/lfj_2008/event/sub_13.php

※OTTAVAとは、昨年4月に開局した日本初のコンテンポラリークラシックステーション。クラシック音楽をシンボルとしたライフスタイルを提案する新しい感覚のラジオステーションで、好きな番組を無料で聴くことができるインターネット&デジタルラジオです。
詳しくはこちらをご覧ください。
OTTAVA 公式サイト : http://ottava.jp

さあ、「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2008」のクラシックソムリエとしての指揮者芸と案内役、今日で最後です。
名残惜しいですが、連日黒山の人だかりで大盛況だし、いろんな方とも出会えたし、きょうも元気でがんばってやってきます。

188タクト:2008/05/10(土) 03:26:52
関西こてこて日記   第四夜 (最終夜)
    4月19日「上方の黄昏」


「十一面観世音菩薩、出動せよ!」
「マン!」
もし地球がピンチの時、こう叫べばジャイアント・ロボのように正義の味方となって、平成16年に国宝となった本堂がパカッと開いてかの仏様はお姿を現してくれるはずだ。
奈良の長谷寺にある本尊十一面観世音菩薩立像は、像高三丈三尺六寸(1018.0cm)。
10メートルを越える背丈は我が国で最も大きな木造の仏さま。他のどの仏像より群を抜いているその堂々としたお姿は、全国に広がる長谷信仰の根本仏像としての威厳を十分に伺わせ、室町時代の天文七年(1538)に大仏師運宗らによって造立された、我が国の重要文化財にも指定されている巨大で美しい名仏だ。
NHKの「にっぽん 心の仏像100選」では、歌舞伎役者の市川亀治郎さんも一押ししていた。
ぼくもこの仏像が大好きだ。だって、でかいんだもの。かっこいいんだもの。
それに雰囲気もいい。
本堂の奥にその姿があり、お参りした我々からは上半身しか見えなく、それも高いから仰ぎ見るようになってしまう。
まさにジャイアント・ロボやニセウルトラセブン。
ウルトラセブンの第46回「ダン対セブンの決闘」でサロメ星人が基地で精巧に作ったニセウルトラセブン、セブンと死闘を演じたやつだ。
きっと実相寺昭と特撮の高野がここを撮影すれば、下からすばらしいカメラアングルで写してくれるだろう。
まさに威容、いや異様だ。
ここ奈良の長谷寺は、桜井の先にあるのでかなり不便な場所なのだが、見に来る価値はじゅうぶんある。いや、昭和や平成に出来たただばかでかい100メートル級の巨大仏より、よっぽどオーラがあり、雰囲気があり、美しく、その仏を守る国宝の礼堂や本堂、導く重文の登廊なども合わさって聖地みたいな所だ。
まだ来たことがない人は、このボタンが美しい今の時期にはぜひ来てもらいたい。
ぼくも関西時代からバイクでよくここには来た。そしてびっくらしていた。まだ仏像に全然興味なかった頃だったが、この仏像の凄さだけはじゅうぶんわかっていた。
じつはこの驚きとそっくりな思いを、4年前に中国の石家庄(せっかしょう)で味わった。
世界最大級の木造仏、20メートル以上はあろうかという千手観音立像、しかも建物に入っているを見たときだ。

朝早くから長谷寺に来ていたので、桜井にある聖林寺にも行った。
もう仏像ファンならお分かりだろう。
日本の奇跡「国宝十一面観音」に会うためだ。
明治二十年、アメリカの哲学者フェノロサによって秘仏の禁が解かれ、人々の前にその美しい姿を初めて現した仏様。
「なんて美しいのだ。これほどの美しい芸術品は見たことがない」
廃仏毀釈から日本の美術品を守ることに専心し、国宝制度を我が国に根付かせ、貴重な仏像を発掘し、そしてアメリカに持ち出してしまったフェノロサ。
フェノロサと岡倉天心は、我が国の近代美術の先導者なのだ。
そのフェノロサが惚れ込んだ聖林寺の十一面観音菩薩立像。
この時、フェノロサの驚きは尋常でなく、門前から大和盆地を指してこう言い放った。
「この界隈にどれ程の素封家、大金持ちがいるか知らないが、この仏さま一体にとうてい及ぶものでない」
もちろん明治三十年に、旧国宝制度ができるとまっさきに国宝に指定された。さらに、昭和二十年六月、新国宝制度が発足すると第一回の国宝に選ばれた。この時指定された国宝仏はわずかに24を数えるに過ぎない。
まさに日本を代表する仏像の一つなのに、ぼくが訪ねたときはなんとぼく一人だけ。
受付から離れているところに、この宝仏殿があるのでぼくはこの御仏とずっと二人きりになれた。
国宝仏はガラス戸(ぼくが大阪にいたときはこのガラスはなかった)に守られてはいるが、母の快方の願いはしっかりした。

桜井は吉本時代に仲のよかった原君一家が住んでいるのだが、今回は時間がないので、急ぎ奈良に行った。
奈良国立博物館をパスポートで入り、「ここも国宝三昧だなあ。仏像に関したら京都博物館の上をいっているかも。絵画の京都、仏像の奈良かもしれない」と思ってしまった。
ほんとうに仏像マニアが見たら涎が出そうな名品が多く展示されていた。
興福寺に行って阿修羅像や旧山田寺の仏頭、慶派の仏像群を見た後、東大寺に行き南大門で金剛力士、仁王さま開口の阿形(あぎょう)像と、口を結んだ吽形(うんぎょう)像を見上げて、「運慶と快慶が指示したとされるのは、じつは逆なんだなあ」と思ったりした。
さあ、最後の締めは戒壇院にある四天王像の広目天だ。
ぼくの最も好きな仏像、東大寺戒壇院四天王の広目天。特に眉と目がゾクゾクする。怖いときの朝青龍の眉と目にちょっと似ている。
ここでも訪問者はぼく一人。
これが東京国立博物館にでも来ようものなら、今の薬師寺展以上に長蛇の列になるだろうに。
手を出せば、それこそ触れるよ。係りのおじさんもぼく一人だからどこかに行ってしまったし。
五時を越えてしまってもうどこにも入れないので、国宝の天害門を見に行ってから大阪に帰ることにした。

夜のなんばの街を歩いた。
心斎橋二丁目劇場がないので、いそいでシベリア文太に電話したら、「兄さん、なに言うてんねん。とっくにないわ。今はもうNGKとかの中に吸収されているわ」
NGKに行ったらすごい人だ。
妹の伝言を思い出したので、Wヤングの丸兄に電話をした。
「あ、丸兄? 妹家族が行きたい言うてNGKの招待券ほしいんですけど」
「アホ、今は大人気で芸人も手にはいらへんのや。席も指定席で○千円もするんやで」
ぼくが吉本新喜劇にいたときは、終了間際に6百円にしても客がガラガラやったのに。
もうそんなオシャレで人気があるのか…。
そう言えば8年前に「クラシック音楽夢レース」でサイン会した本屋がNGKの前にまだあるなあ。あの時はめだか兄さんや吉本の芸人さん、照明のトシロウさんが来てくれたおかげで警察までくるぐらいパニックになったなあ。
吉本ってすごく人気があるんや。
NGKの前のワッハ上方とか、法善寺横町、千日前通り、道具や筋をぶらぶらしてたら腹が減ってきた。
ほうからがバイトしていた金龍ラーメンを食べることにした。
ご飯が食い放題なので、キムチとニラを合わせ山ほど食べ、閉店が決まった食道楽の人形の写真を撮り、おしゃれになった道頓堀川が工事中を覗き込んで、昔バイトをしていたミナミの街を歩いた。
「こんなきれいな街やったっけ。もっと汚い、エゲツナイ街やったのに…」
なんか、大阪が大阪でなくなってしまったみたいだ。
カラフルで整理されていて、人もなんか東京の若者が歩いているみたい。
どこのたこ焼きやもお店も商売っ気を出している。
なんか街に緊張感がない。怖くない。
なんか寂しくなって、無性に東京に帰りたくなって、急ぎ妖しい西梅田のバス乗り場の集合場所、毎日新聞本社の西に向かった。

ぼくの知っている大阪が変わってしまった。
ぼくが変わってしまったのか。
ぼくにはもうここには戻れない。
ケバケバしい大阪は、もうなくなっていた。

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189タクト:2008/05/10(土) 19:49:53
今日の朝日新聞朝刊「カラヤン記事」にぼくの話が載っています
きょうは仙台こ〜ぽ(生協)で「好田タクトのクラシック音楽館」がありました。
そこで見にきていたお客さんの何人かに「タクトさん、きょうの朝日新聞にあなたの話が載っていましたよ」と言われました。
家に帰ったら、声帯模写の大御所白山雅一先生から「タクトが載っているぞ!」と電話がありました。
ミクシィでもマイミクからこの記事のことについて、メールが何通かきていました。
「カラヤン生誕100周年」について、先日朝日の記者の方から話を聞かせてほしいと言われたので、それだと思います。
先日の共同通信社とは別の記事です。
ぼくはまだその記事を見ていないので、今から急いでコンビニに買いに行ってきます。(あるかなあ〜)

190タクト:2008/05/12(月) 13:07:02
カラヤン
今年は指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンの生誕100年にあたります。それとは別に2年ほど前から「のだめ」効果もあって、クラシックブームが来ているとも言われています。
そのせいでしょうか、今、すごく「カラヤン」が再注目を浴びています。
各音楽雑誌だけではなく、一般紙、週刊誌、テレビなどでも「カラヤン」記事や特集が組まれて、おかげでなぜか音楽家でもないのに指揮者芸を細々としているぼくにも意見を求められたり、出演が相次いだりしています。
NHK−BSハイビジョンでは、3月20日に『ベルリンフィルのすべて』でカラヤン中心の構成で7時間、4月5日のカラヤンの命日には『まるごとカラヤン 〜生誕100周年記念・その人と音楽大全集〜』ではカラヤンづくめで11時間も放送していました。

ぼく自身も指揮者芸をやり始めた頃はカラヤンははずせないネタでしたが、カラヤンも亡くなりだんだんとカラヤンはしなくなりました。でもここ最近は「カラヤンは入れてね」と芸のリクエストが絶えません。

なぜまた「カラヤン」なのか?
なにがそんなにすごいのか?

改めて「カラヤン」について考え直すようになりました。そういう点では新聞社の方々にはキッカケをつくっていただいて感謝をしないといけません。そこであまり音楽評論家のみなさんが指摘しないことで、ぼく自身がカラヤンについて思っていることを述べます。

カラヤンがメディア戦略を重要視し、それが功を奏して「帝王」になったことはよく言われています。
そのカラヤンがメディア戦略で有利に働いた要因に、身長の低さを挙げたいと思います。

よく、カラヤンの名前が「ダダダン」だから売れやすい、カリスマ性のあるリズムの音だ、とか、カラヤンは初来日時にテレビのニュースで流れたおかげで、全国のどこの会場に行っても自分のことをみんなが知っているのでメディアの重要性に目覚めたとか、自宅に編集機を置いて、ソニーの大賀さんとも組んで死ぬまで自分の映像にこだわったとか、歌手陣を選ぶのにも見栄えがするように身長が揃うように選んだとか、斜に写すようにした、リハーサルでアマチュア楽団で照明リハーサルをした、「カラヤンはなぜ目をつぶるのか」などに指摘される自己演出…、それはすべて言えると思えますしまちがいないとは思いますが、じつはぼくはカラヤンの身長の低さが逆に自己演出にプラスに働いているんじゃないだろうか、と密かに思っていたんです。

どのインターネットから検索しても、正式なカラヤンの身長、体重を表示している記事は見当たりませんでした。
でもまちがいないしにカラヤンはかなり背丈が低いです。おまけに顔も大きい。
じつはこの身長の低さは、目をひく重要な武器なんです。
古今東西のすばらしいコメディアンはほとんどの人はかなりチビです。
チャップリン、エノケン、花紀京、レオナルド熊、ビートたけし、タモリ…。この背の低さはみんなの求心力を呼びます。
本人は大きく見せようとして、手を大きく、動きをコミカルに切れ味するどく、そしてけっして普段は他の人と並んで写真を撮りたがりません。
自分の身長や体重も公表しないし、かかとの高い靴をはいている人さえいます。
でも舞台で大勢の中で、一段と低い人は逆にすごく目立つんです。
まして指揮者は、100人のオーケストラを真ん中で大きく動かして、大きな音を出させて、観衆の耳目を一心に集めているわけでしょう。
身長が低いと、ちょうど座っている弦楽群から頭一つ抜け出した感じで、絵の見栄えがすごくいいのです。
背が高すぎたり体がでかすぎると、腹や腰、ひざ辺りに奏者の頭がきて、指揮者の絵が冴えません。
奏者がちょうど目線の少し上あたりにマエストロがいるようなので、カラヤンの160センチぐらいでしょうか、ひょっとしたらもっと低いかも、とにかく西洋人の中でも、また著名なマエストロの中でもカラヤンはかなり低く、それが逆に映えています。
カラヤンがすごく尊敬して目指していたトスカニーニも背が低かった。トスカニーニはかなり長い指揮棒を持って鞭を打つように棒を振る、軍隊の「統率型」でしたが、カラヤンは逆に短い指揮棒で、手を大きく伸ばして、スポーティに振ることで「流麗な見栄え」を目指したといえます。
きっとカラヤンはコンプレックスを持っていたと思いますが、この背の低さがすごくカリスマで求心力を発揮する上で役に立ったと思います。
背が低いカリスマと言えばメディアを巧みに操ったヒットラーや喜劇王チャップリンも、なんかカラヤンとすごく顔も言動も雰囲気も似通っていると思いませんか?
モーツァルトやアシュケナージなどもかなり低いですね。でも舞台では大きく見えます。

カラヤンが有名すぎるせいでこの指揮者芸もやりやすさがあります。
やっぱり形態模写ですから、そのもの、物真似する素材が知られているというのは、かなり利点なのです。まして、指揮者でしょう。世間からすれば高尚で、寄席なんかでは「なにわけのわからんことを」となりますが、カラヤンという固有名詞(名前)は、指揮者やクラシック音楽のジャンルを越えて有名人として世間に浸透しています。
昨年の11月に国立演芸場に指揮者芸で出ることになった時に、演芸担当者から、
「もっと有名な指揮者を。落語好きの人が、誰でも知っている人を…」
「小澤征爾より有名なのですか?カラヤンとか?」
「そう!そのカラヤン!」ですから。
たぶんカラヤンが実際どんな指揮振りをするのかは、クラシックを興味ない一般の方は知らないと思います。でも目をつむり、手を柔らかく(お風呂のお湯をかき混ぜるみたいに)、そして猪木のように激しく空手チョップで見得を切る。
もう極端に言えばクラシック音楽、ベルリンフィルをバック音楽にしたストイックなパントマイム役者みたいなもんでしょう。もちろん指揮者ですから、実際に重要視しているのは通常の3日間のリハーサルでしょうし、音楽を掘り下げて指揮の決め事は押さえていると思いますが、それでも本番のカラヤンは自由な指揮ぶりで見栄えは重要視していたはずです。
それはもう「カラヤンだから許される」という指揮ぶりでした。
前田日明が「猪木だったら何をやっても許されるのか!」と対抗戦で叫んでいましたが、カラヤンだったら許されるのです。客は「カラヤンの世界」を期待しているのですから。

それにもうひとつ、ぼくが指揮者の真似をするときに意識していることがあります。
指揮を始める前と終わってから退場するまでの一連の動作です。
カラヤンの場合は、ストイックに登場する。指揮台に立って、目をつむり、数秒間手をブラブラさせながら、振り下ろすまで精神統一をする。
これはスポーツ選手、アスリートが試技をする雰囲気です。棒高跳びや、サーブを打つ卓球選手みたいに。体操選手にも似ているかな?
カラヤンはひょっとしたら指揮をスポーティに捉えていたかもしれません。終わった後も、それほど客に媚びることもなく、雰囲気は崩さない。常に人に見せるということを意識したアスリート・カラヤン。
賛美も批判もすべて含めてマエストロ「カラヤン」が、クラシック音楽界のど真ん中に今でもいるのはまちがいありません。

この「小さな巨人」の再評価をきっかけに、ぼくの指揮者芸にも注目が集まればうれしいのですけどね…。

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191タクト:2008/05/12(月) 15:08:13
四月下席桜日記
演芸の世界では、一ヶ月を大きく三つに分けて上席(1〜10日)、中席(11〜20日)、下席(21〜月末)と呼び香盤(出番)を変えていく。
ぼくたち東京演芸協会は浅草の東洋館という演芸場を主戦場としているが、中席が定席となっている。ちなみに上席は漫才協会、下席はボーイズ協会でお客様もそれぞれの好みで楽しんでいるわけだ。
しばらく仕事に追われて、日記を書き損ねた。そこで母の見舞いから戻ってきた20日から30日まで一気に日記を書こうと思う。
題して「タクトの四月下席桜日記」(なんか歌舞伎みたい)。

20日(日) 昼は東洋館の特選寄席の出番。コント東京ユニット。新ねた「占い」をかけた。ここのところ新ネタ「政治家と工場長」「占い」「面接」などをかけていっているが、演芸場はお客がよく笑ってくれる。これが「若葉の湯寄席」なんかだと、けっこう苦戦するんだな。
だから最近、若葉では漫才口調。寄席ではしっかりコントから入る。ま、新ネタに模索はつきものだけど。
夜は、東京文化会館で歌劇「エフゲニー・オネーギン」を見た。「東京のオペラの森」の最終公演だが、15日に見たときと演出が変わっていた。凄い、最後の最後まで舞台がよくなるように工夫していくのだ。リハーサルやゲネプロ、「子供のための音楽会」での司会、本公演などどっぷり小澤先生指揮のウィーン国立歌劇場共同制作版の「エフゲニー・オネーギン」を見続けたわけだが、最初正直よくわからないオペラだった。
「なんで主人公のオネーギンはタチヤーナを振っといて、友達のレンスキーも決闘で殺しといて、再会したらタチヤーナに惚れなおして、よくもずうずうしく告白できるな!」とストーリーにぜんぜん共感もてなかったのに、何回も見るうちに、「プーシキンの原作もチャイコフスキーの音楽もよく出来ているじゃない!」と、すっかりこのオペラが好きになってしまった。
この日、びっくりしたのは座った席。
隣の席が二期会の栗林義信理事長で、その隣がソニーの大賀典雄さん。当然向こうはぼくの事なんか知る由もなく、「秋には二期会でもこれをやるんですよ」とか、グレーミン役の歌手に「ブラボー!」とつぶやいていたりわきあいあいしている。
ぼくの耳が舞台と隣にステレオのようにダンボになってしまった。
大賀さんに「ぼく、SONY1080iHDV,ハイビジョンカメラ大枚はたいて買ったんですよ。ちょっとぐらいまけてほしかったな」なんて、そんなことも当然言えなかった。

21日、22日、23日と続けて打ち合わせや、コントの練習、何人かのお話を聞いたりして日が過ぎていく。秋ごろにある地域で音楽祭をやりたいので協力できないかとかの話も来ていた。早いなあ、一年。

24日(水) 『国宝・薬師寺展』を東京国立博物館へ見に行く。人ごみが嫌なので朝早くから行ったのだが、それは正解。今は入るのにも一時間待ちだそうだから。
日光・月光(がっこう)菩薩立像が初めて寺外に出たとかで話題となっている。というか、主催者のNHKがやたらとテレビであおっている。確かに薬師寺の金堂にある日光・月光菩薩立像は日本仏教彫刻の最高傑作のひとつだとは思うが、真ん中の薬師如来坐像を寺に置いてけぼりにして2体だけ来るなんて、なんか医者を忘れて看護婦だけ来たみたい。
ま、日光が日勤だったら月光は夜勤だな。
光背をはずして来ているので、うしろにまわると日光は男性的、月光は女性的だというのがよくわかる。
それに腰まで下がっている布がなんともなまめかしい。今のへそだしギャルは、このセンスを見習ってほしい。
ぼくが見ごたえあったのは聖観音菩薩立像(国宝)。これは名仏像だ。
慈恩大師像(国宝)、吉祥天像(国宝)などの絵画も涎がでる。
あの吉祥天像の絵! これはほんとうに日本の宝だ。
しかし最後の方に展示しているので、たいがいの人たちはばててしまってスルーしている。特にお年寄り。
「なんか暗くて、よくわからないわ」
「教科書とか切手でよく見るやろ、おばはん!」 とアドバイスする親切心はぼくにはない。
本館、東洋館、法隆寺宝物館、表慶館なども見たので、あっという間に閉館の5時になってしまった。
その後は雨が降ってすごかった。

25日(金) この日の夜は三遊亭遊吉師匠のお宅に初めてお伺いして、庭に咲いている桜を花見しながら歓談する日。これはじつは、遊吉師匠の隣が、ぼくを「あしたもげんきくん」に抜擢してくれたNHKのプロディーサーの方のお宅があって、この半年で一気に三家(とはいってもぼくは一人だが)の交流が始まったわけ。

遊吉師匠には長らくお世話になっているけど、まさか庭に桜がある家に住んでいるとはなあ。だいたい落語家の名人いうたら、貧乏長屋と相場が決まっているんちゃう。ぼくの墨田の立花のすぐ近くには、あの名人五代目古今亭志ん生のなめくじ長屋もあるんやし…。

と、落語家名人は貧乏というぼくの妄想は見事に打ち砕かれた。遊吉師匠一家はまさしく貴族だった。
遊吉師匠の娘さんたちのダンス、お爺さまのヴァイオリン演奏、奥様のピアノ演奏、プロデューサーさん夫婦のリコーダー演奏などを聞きながら、プリン体を気にしてビールをやめてワインに舌鼓すれば、もう、
「あ〜、家族っていいなあ。サザエさんか花輪君とこにいるみたい♪」
ほろ酔いながら坂を降り、最終電車でミーコが待っている家に帰っていった。

26日(土)〜29日(火) 若葉の湯寄席。ゲストがマジックのダークしろうさん。マジックはいいわあ。こういう健康ランドの舞台に映える。森さんと3人で夜も楽しく、コンビニで買ってきたつまみとお酒で宴会。

30日(水) 東洋館での特選寄席の日。きょうは指揮者芸。
前日に小澤征爾さんの楽屋前で知り合った方が急遽見にきたいということで寄席にこられた。誉められた。

            ????   以上、タクトの四月下席桜日記でした。

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192タクト:2008/05/12(月) 17:06:54
こ〜ぷ文化鑑賞会『好田タクトのクラシック音楽館』
またひとつ、幸せな仕事をさせていただいた。
みやぎ生協が主催した、こ〜ぷ文化鑑賞会『好田タクトのクラシック音楽館』が5月10日に仙台の泉区で催された。

昨年末に発売された『レコード芸術』1月号(音楽之友社)の226,227両ページ「PAUSEパウゼ」という欄に、私のページいっぱいの小澤征爾もどきの顔がカラーででっかく載った。
由緒ある音楽雑誌にこんなお笑いが出ていいの? と思いながらも、出た時は迫力で自分でも吹き出してしまった。それをみやぎ生活協同組合の文化事業部で文化会館館長の須藤さんが見られて、
「ねえ、今度の文化鑑賞会、こんなのもいいんじゃない?」
ということから、『タクト音楽祭・仙台出張公演』が実現した。
あいだに入って尽力してくれた野口さんと何度も打ち合わせた。今までは本格的ないろんなジャンルのプロの演奏家とか、落語家とかを呼んでいたらしい。でも今回はちょっと新鮮なのを望まれたみたい。
よく公演の企画は持ち上がるが、あいだに入る仕掛ける人がほんとうに本気で話を詰めていかないと、よく流れてしまうことがある。かんたんな営業だったらいいのだけど、『タクト音楽祭』みたいな規模になると予算や準備、根回し、いろんなことを想定してクリアして初めて形になる。
でもぼくはそういう作り方は好き。
その際にはあいだに入って裏方に徹していただいた方が、がんばってくれるからこそ初めて企画が実現して成功するのだ。

公演前にこんなメールを仙台こ〜ぽからもらった。
「現在のこちらの状況をお知らせいたします。会員への総会の案内をしておりましたが、4月10日現在、大変な数の申し込みになっています。これに運営委員約30名も入ります。当日の参加は2割減と予想してはおりますが、はたして会場に入りきるだろうかと嬉しい悲鳴を上げております…」

じっさい、本番は11時半から。最初からすごい盛り上がり。座りきれなくて立ち見の人もぎっしりだ。何をやっても喜んでもらえる。
クライマックスは朝比奈隆の物真似でワーグナーの「ニュルンベルグのマイスタージンガー」。
この曲だけは大曲なので昨年夏に代々木国立オリンピックセンターでアンフィニをぼくが振った時、金管や打楽器がフルに揃っているのをCDに入れて、その録音と今回きたメンバーの生演奏を重ねて迫力を出して指揮者芸をやった。
振りながらなぜか涙がとめどなく出てきた。

ほんと、いい曲。

終わるとお客様ほぼ全員が、スタンディング・オーベンションをしてくれた。
大飼さんの歌も絶好調。
1時間の公演も、前々日にリハーサルをしたおかげで予定時間ぴったりに終了。
しかしアンコールが鳴り止まない。
浜川さんたちとどうする?と見合わせながら、もう一度ハンガリー舞曲第5番を演奏した。
お客さんやスタッフの方々の喜ぶ顔がすごくうれしい。
来年の3月には石巻市民会館で、地元の仙台フィルと共演することになっている。今回のように素敵な演奏会になるといいな。

もうひとつうれしいこと。
今回の仙台行きの切符は、「土・日切符」を主催者が用意してくれていた。
JR東日本線の特急(新幹線含む)・急行列車が載り放題じゃない!
メンバーにいかにこの切符が有効で遊べるかを力説して、ぼくも公演後は思いっきり動き回った。
日曜日も若葉の湯寄席が終わったら、千葉駅で森さんと別れて特急で銚子まで行ってうまいものを食って、折り返し長野新幹線でぐるっとまわって帰ってきた。
鉄ヲタの血が騒いだ2日間でもあった。


こ〜ぷ文化鑑賞会

『好田タクトの形態模写と生演奏を楽しむ 好田タクトのクラシック音楽館』

   出演:好田タクト
      朝原 望 (ピアノ)
      浜川 慎司(フルート)
      岩谷 優子(ヴァイオリン)
      大飼 道雄(テノール歌手)

  とき/2008年5月10日(土)11:30〜12:30
  ところ/みやぎ生協文化会館ウィズ

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193タクト:2008/05/13(火) 03:12:25
『ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2008』コンサートレポート
『ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2008』が無事終了しました。
私は連日クラシックソムリエとして、5人の指揮者芸と案内役を朝の10時半までB1でやったあと、ラストの午後11時半まで公演を聴きまくりました。
あの、一応、ソムリエという立場上、いろいろな公演を知っておかなければいけない、という仕事の一環でもありまして…でも正直うれしかった。

クラシックソムリエの仕事については、担当者からも
「キッズ・プログラムの整理券取得後の家族連れや海外アーティストに大ウケで、日に日に観客が増えて朝から賑やかで嬉しい限りでした。朝の時間帯の相談は「子供と楽しめる公演はどれか?」といった内容が多く、好田氏にぴったりでした。
来年までに是非コルボ氏等をマスターして頂きLFJ出演者もレパートリーに加えてのパフォーマンスを行って頂きたいと思っております」
ムフフ、ということは…来年もアリ!かもね。
しかしLFJの象徴でもあり合唱の神様でもあるコルボ先生の指揮者芸となると、あの御茶ノ水博士のようなはげに周りが白髪のかつらを見つけ出さなければなりません。
実際に今回のソムリエを通じて発見することも多く、例えばお客様が何を望んでいるのかとか、ルネ・マルタン氏の「一流の演奏を低料金で提供することによって、明日のクラシック音楽を支える新しい聴衆を開拓したい」の意味、クラシックコンサート初体験者や子供たちにシューベルトの音楽知識や良さを噛み砕いて伝える準備など、まだまだ自分は一人前のソムリエではないなと痛感しました。
それでもこの音楽祭は非常に魅力があり、参加させてもらえるなら来年もぜひソムリエをやりたい、指揮者のパフォーマンスもやりたいと心底思いました。それにランチもディナーも帝国ホテルの料理だし…(食いすぎた)。
今回、他のソムリエの皆様、スタッフ、お客様の暖かいサポートと声に支えられてなんとか5日間無事乗り切れました。みなさまに心からお礼を述べたいと思います。
ほんとうにどうもありがとうございました。

公演は朝から晩まで5日間、400ものコンサートがありましたが、ぼくは31公演を聴きました。
まさに「熱狂の日」の名にふさわしく熱い演奏の数々でした。
その中から特に印象に残ったいくつかの公演のレポートをしたいと思います。

☆バーバラ・ヘンドリックス(ソプラノ)・ルーヴェ・デルヴィンイェル(ピアノ) シューベルトの女性リートのベスト・ハイライト。公演番号:5/3-235,5/4-237
バーバラ・ヘンドリックスが以前、N響でマーラーの交響曲第4番で歌った時に生で聴いたことがあった。そのときは伸び盛りって感じだったが、今回、ほんとうにすばらしかった。感動した。まさしくデューバ、女神、美声の人間ポンプ。こんな美しい歌声がこの世にあるとは。今まで人の声を生で多く聴いてきたけど最も美しい声の一つだった。こんな素敵な声が250人の席で聴ける。連日行ってしまった。特に感動したのが「愛らしい星」D861 、「夜と夢」D827 、「君こそ我が憩い」作品59-3 D776 、「トゥーレの王」 D367、アンコールの「ます」と「アヴェ・マリア」。
昔、カラヤン指揮のウィーンフィルでレオンタイン・プライスが歌った「アヴェ・マリア」1300円を宝物のように持っていたのを涙流しながら思い出した。2日目はさらにすばらしくなった。

☆ミシェル・コルボ(指揮)
ご存知LFJの象徴でもあり合唱の神様。率いるのは手兵ローザンヌ声楽アンサンブル、シンフォニア・ヴァルソヴィア、谷村由美子(ソプラノ)他。
・シューベルト:スターバト・マーテル 「十字架につかせ給いしイエス・キリスト」ヘ短調 D383 ,公演番号:243
・ロッシーニ:小荘厳ミサ 公演番号:347
・モーツァルト:レクイエム ニ短調 K.626、公演番号:514
・シューベルト:ミサ曲第6番 変ホ長調 D950 公演番号:542
ほんとうに柔らかく、透明感に溢れ、敬虔な気持ちにさせてくれる演奏だ。今回シューベルトのミサ曲は3番から6番まで全部聴いたのだが、やはり6番は群を抜いてすばらしいと思う。シューベルトは美しく、モーツァルトは厳しい音楽だった。ロッシーニもオペラとは全然ちがう曲だった。

☆プラメナ・マンゴーヴァ(ピアノ)
ブルガリア出身の27歳の女性ピアニスト。エリーザベト国際コンクールで第2位となり、仏音楽誌で「早熟の奇跡」と高い評価を受けた人。ソムリエの皆さんが「タクトくん、絶対聞いたほうがいいよ」って言うから、よく知らなかったが聴いて腰ぬかした。凄すぎる〜。ベートーヴェンの「熱情」がダムが決壊したみたいに、スタン・ハンセンみたいな体格とパワーから繰り出されるラリアートばりの怒涛の演奏だ。こんな解釈許されるのか、というぐらい自由で豪快で時には繊細。アンコールのスカルラッティなんかほんと美しく細やか。メリハリがいいのだ。芸人で言えば芋洗坂係長みたいで、太いが切れがある。これは買い。
・ベートーヴェン:6つのバガテル 作品126 、シューベルト:ピアノ・ソナタ 第4番 イ短調 作品164 D537他、 公演番号:162
・シューベルト:即興曲 変ロ長調 作品142-3 D935 、ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番 ヘ短調 作品57「熱情」 公演番号:464

☆白井光子(メゾ・ソプラノ)
ぼくたちの世代は白井光子は憧れの人。ずっとドイツ・リートを海外で第一線で牽引し続け、元旦那のハルトムート・ヘル(ピアノ)とも1973年からリート・デュオとして35年間活躍したまさにドイツ・リートの第一人者。2年前に難病のギラン・バレー症候群にかかり、復帰コンサートとして期待がかかった。しかし、風邪をこじらせ歌うのが本当につらそう。プログラムを変更し、前半は前日のシューベルト歌曲。後半の「冬の旅」は、ヘルのピアノ伴奏を横で聞くことになった。
歌いたいのに歌えない。見ているぼく達も泣かずにはいられない。そして白井は堪らなくなってきたのか、無理をして「冬の旅」を後半から歌いだす。
そんな、無理をしないで…。
次回には体調を整えて復活すると力強く誓ってくれた。
ありがとう。ぼくたちはいつまでも待ちます。
・シューベルト:歌曲集「冬の旅」D911 公演番号:455

☆ハンス・イェルク・マンメル(テノール)、レ・シエクル 、フランソワ=グザヴィエ・ロト(指揮)
・シューベルト/ツェンダー:「冬の旅」D911(管弦楽版)公演番号:328
今回、一番そそられたのがこれ。入る時に同じソムリエの山野 雄大さんと会った。山野さんも熱心でよくいろんな公演で会う。その山野さんが「今回、これは2回目の来日だけど衝撃を受けますよ」と言われた。
じっさい、衝撃を受けた。あの名曲「冬の旅」が拡声器で歌うわ、演奏者はゾロゾロ観客席を徘徊するわ、奏法も楽器も変わったことばかりやって、現代音楽に近いのだが「冬の旅」はちゃんと踏襲してくれているので音楽はじゅうぶん聴き応えある。しかしまるで演劇のような舞台はけったい。拒否反応を示す客は早々と立ち去り、終わったら賛否両論、すごい雰囲気になっていた。これはそそるわ。すごく『タクト音楽祭』で応用してみたいネタがいっぱいあった。いや〜、楽しかった!

☆トリオ・ショーソン 05年ヨアヒム室内楽コンクール優勝など数々の受賞歴を誇り、ウィーンはじめ欧米各地での評価も高い。
フィリップ・タレク(ヴァイオリン)、アントワーヌ・ランドウスキ(チェロ)、ボリス・ド・ラロシュランベール(ピアノ)、井上典子(ヴィオラ)、池松宏(コントラバス)
・ シューベルト:ピアノ五重奏曲 イ長調 作品114 D667 「ます」公演番号:151 純粋に素敵だった。「ます」っていい曲だなと思った。

☆シャオ・メイ・シュ(ピアノ)
上海生まれで、若くして音楽教育を受けたが、文化大革命で数年間地方で過ごし、その後北京で勉強を再開した。1979年にアメリカへ、そして1985年にはパリへ移住し、世界各地で演奏活動。
・シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D960 公演番号:227
シューベルトの最後で一番の名曲と言われる21番。今回の音楽祭もいろんなピアニストの21番を聴いたが、ぼくはこの人が一番よかった。

☆北村朋幹(ピアノ)
1991年、愛知県生まれ。2005年第3回東京音楽コンクール、で優勝、全部門共通の審査員大賞を受賞。翌年第6回浜松国際ピアノコンクールで3位入賞。まだ10代。
・シューベルト:ピアノ・ソナタ第7番 変ホ長調 作品122 D568 、ウェーバー:舞踏への勧誘 作品65 、他 公演番号:266
「舞踏への勧誘」はすごく北村さんに合っていると思った。けっこうためて演奏する。

☆仲道郁代(ピアノ)
・シューベルト名歌曲集 「ガニュメート」「のばら」、即興曲 変ホ長調 作品90-2 D899-2 、「ます」「春のあこがれ」他 天羽明惠(ソプラノ) 公演番号:172
・シューベルト:ピアノ・ソナタ第13番 イ長調 作品120 D664 他
お昼のランチ開始が11時半からだが、ぼくがソムリエを終わって早く行くと、仲道さんも早く来ていて斜め前で食べていた。もちろん喋れるわけはない。きっと演奏が9時半だったから朝早くておなかが減っていたのだろう。

☆小山実稚恵(ピアノ)
・ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番 ト長調 作品58 フランス国立ボルドー・アキテーヌ管弦楽団、クワメ・ライアン(指揮)公演番号:513
今回、5千人収容のホールAの2階席の一番後ろに座った。さすがにピアノまで遠い。この角度、この距離、どこかで見た覚えがあるなあ、思いだした! 須磨浦公園のロープウェイの山頂の駅から海側の駅を見下ろした感じとそっくりだ。「ドレミファ噴水パレス〜♪、パファ〜♪」

☆コレギウム・ヴォカーレによる男声合唱
1970年、あのフィリップ・ヘレヴェッヘが創設。NHKでもベートーベン交響曲全集が流れたね。今回の合唱も非常によかった。
・シューベルト名合唱曲 フランク・ブラレイ(ピアノ)公演番号:433

☆東京都交響楽団、アンサンブル金沢、児玉姉妹、海老彰子・裕子(ピアノ)、 NHKでレッスンを放送でもおなじみのミシェル・ダルベルト、ベレゾフスキー、バル=シャイなどみんな素敵でした。紹介し切れなくてごめんなさい。

☆フランス国立ロワール管弦楽団、ペーテル・チャバ(指揮)
なんと、ナントの楽団。しっかりした演奏が持ち味。指揮者はネルロ・サンティばりの貫禄さ。
・シューベルト:交響曲第7番 ロ短調 D759 「未完成」他 公演番号:242
・メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64 、シューベルト:「ロザムンデ」序曲 D644、樫本大進(ヴァイオリン) 公演番号:348
樫本さんは前は緒形直人みたいだったのに、いつのまにか巨匠みたいになってた。ここのオーケストラは、けっこううまかった。

☆ 林美智子(メゾ・ソプラノ)、フランス国立ロワール管弦楽団 、ペーテル・チャバ(指揮)、 晋友会合唱団
・シューベルト:劇付随音楽「キプロスの女王ロザムンデ」作品26 D797 公演番号:447
ぼくの自著『世界一楽しい タクトのクラシック音楽館』の中のディーバ・ミチコのご本人、林美智子さん。本を出したあと、手紙が林さんからきて「楽屋にきてください」と書かれていた。どうしょうかなと思ったが、「プレス」としてバックステージにも難なく行けそうだし、今回は他の面会もいなさそうだから、思い切って楽屋に挨拶に行くことにした。マネージャーの方が先に現れて、これまた林さんによく似ている。しかも音大時代の同級生で仲良しだそう。思わず「2人で漫才したらいいのに」と言ってしまった。写真を撮ってもらったが、ぼくはカチコチに緊張しているなあ。音楽は序曲も聴きなれた曲だが、7曲めの「間奏曲第3番」がむちゃくちゃ有名で美しい曲。もちろん林さんも美しい(なんのこっちゃ)。

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194タクト:2008/05/14(水) 22:33:34
きょうの『その時歴史は動いた』を見て!
ぼくが一番大好きな地上波の番組、NHKの『その時歴史は動いた』はすべての回を録画しているので、きょうも安心して見始めたのだが、きょうはなんと、

       第324回
日本人の心を守れ
〜岡倉天心・廃仏毀釈からの復興〜

です! これは一見の価値あり!

ぜひ今すぐにでも、チャンネルを合わせてください。おもしろいですわ。
放送日:平成20年5月14日(水)22:00〜22:43 総合
  一週間後に再放送あり。各地域で放送時間違う。

<きょうの番組内容>大勢の観光客でにぎわう古都・奈良。人びとが手を合わせる先にたたずむのは、千年を超える時を経て伝わる仏像の数々である。しかし今から140年前、それらは壊滅の危機に瀕していた。きっかけは明治維新のさなかに起きた仏教排斥運動・廃仏毀(き)釈。仏像は次々に破壊された。そうした仏像を救おうと立ち上がったのが近代美術の発展に大きな功績を残した岡倉天心だった。
天心は、文部官僚として全国21万点の仏像や文化財を調査。その中で、仏像が美術品であると同時に信仰の対象でもあり、日本人の心のよりどころとなっていることに気付いていく。しかし、その保護の訴えは、当時、西洋化に走る日本では容易に受けいれられなかった。さらに西洋美術派からも妨害を受け、公職を追われていく。
野に下った天心は一民間人として志を貫き、みずから仏像の保護を手がけることを決意する。仏像修理を行う民間団体をたちあげ、天平彫刻の傑作である、東大寺の不空羂索(ふくうけんさく)観音像の修理に挑む。天心は「信仰を重視した修理か、それとも美術的価値を重視した修理か」という問題に直面する。
文化財保護の礎を築いた岡倉天心の知られざる闘いを描く。


5月10日の朝日新聞の「カラヤン」の記事は、全国掲載でした。
(写真は奈良の長谷寺にある、わが国で最も大きな木造仏、10メートルを越える本尊十一面観世音菩薩立像。本堂の外の礼堂から撮った。奥のように上半身だけうっすらと仏様が見えるでしょう)

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195タクト:2008/05/15(木) 11:25:45
驚愕!『ピーターと狼』〜2008年アカデミー賞受賞作品
2日続けてテレビの話で恐縮です。
でもすごい素敵な番組に出会えたのです。
それはきのう、NHKハイビジョンで放送された、第80回(2008)アカデミー賞・短編アニメーション部門 受賞作品『ピーターと狼』です。

ほんとう、すごい世界が作れるものだ。
人形の表情がすごい、感情がビンビンこちらに伝わってくる。すごいレベル。

打ちひしがれた!
感動した!
ごめんなさい!

NHKハイビジョン
5月14日(水) 午後8時放送(放送は1時間15分)
5月22日(木) 午後2時再放送
シリーズ 世界の人形アニメーション 1
ピーターと狼〜今年のアカデミー賞から〜

人形を微妙に動かしながら、1コマ1コマ撮影を行う膨大な作業。そしてそこに執念を燃やす映像作家たち。人形を使う実写アニメーションは、19世紀にヨーロッパで生まれ、その独特の質感と表現力によって、世界中のファンを魅了してきた。
コンピューターグラフィック全盛の現代にあって、作家たちは、なぜ人形アニメの表現にこだわり続けるのか。作品そのものに加え、作品が完成するまでの「メイキング映像」を盛り込み、人形アニメーションの魅力に迫る。

ピーターと狼
第80回アカデミー賞・短編アニメーション部門 受賞作品

番組データ
・原題:Peter and the Wolf
・制作年:2006年
・制作会社:BreakThru Films (イギリス)

ある日ピーター少年は、小鳥と協力して、アヒルを飲み込んだ狼を捕らえようとする…。
プロコフィエフの交響的物語「ピーターと狼」を、新進気鋭のユーロ人形アニメ作家が映像化。ユニークな人形キャラクターとオーケストラの演奏が織り成す世界は、物語としても、クラシック作品としても楽しめる。(本編30分)

きょうから演芸場です。日曜日までがんばります。
そのあとは、少しプレッシャーのかかっている執筆依頼原稿を仕上げなければいけません。
でもコンサートや舞台、美術は見まくります。

浅草東洋館での東京演芸協会定席のチケットが必要な方は、メッセージいただけたらお渡しします。他にもご案内できるものがあれば、告知しますね。

196タクト:2008/05/16(金) 10:45:05
コンサートへの招待
以前は頻繁にオペラやコンサート、演芸の招待券を告知できたのですが、最近はオペラも売りゆきがよく、クラシック音楽やお笑いの人気もすごくてなかなか招待の依頼がきません。
久々の「タクトプレゼンツ・コンサートへの招待」です。


メキシコが生んだ情熱の歌手、マウロ・カルデロン氏のコンサートです。
当日はメキシコ外交官も来られます。
マウロはオペラ歌手として出発し、世界一周クルーズ「飛鳥」の花形ゲスト歌手としての顔もありますが、日本での再コンサートが実現しました。

S席7,000円、A席6,000円のどちらかの席をご招待します。
希望者はメールでぼくのところに、人数、氏名、連絡先を書いて送ってください。
人数に達し次第、招待枠は締め切らさせていただきます。
チケットは当日受付、もしくはぼくが直接会場で会場時間にお渡ししょうと思っています。


マウロ 再び!

昨年11月に初来日し、大好評だったメキシコ人テノール歌手 マウロ・カルデロン(Mauro Calderon)氏が再び日本にやってきます!

日時:2008年5月30日(金)18:00開場/18:30開演
会場:ヤクルトホール (新橋駅徒歩5分)

後援:メキシコ大使館 /在日メキシコ人協会
協賛:株式会社グローバル・コメルシオ

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197タクト:2008/05/20(火) 13:01:20
ノーヒット・ノーラン試合を見た
作業をしながらタラタラと大リーグを流していたら、レッドソックスのレスター投手がノーヒット・ノーランをやってのけた。
相手は日本ハムの監督だったヒルマン率いるロイヤルズ。薮田も8回には投げていた。
リアルタイムでノーヒット・ノーラン試合をテレビで見るなんて、そんなに経験しないな。
最近だったら昨年の日本シリーズで中日が優勝した試合、山井大介だったっけ、8回までノーヒットだったのに手の指の豆をつぶして降板したのを見ていたぐらいかな。野茂のノーヒッター試合(レッドソックス在籍時)も、ニュースで知ったし。
アナウンサーの声のトーンがやたらと高くて、解説の金森さんと微妙にかみ合っていないのが、なんかボケ老人とやりとりしているみたいでおかしかったけど、回が進むにつれ、観客がスタンディングで応援しているのを見て大変なことになっているんだと思った。
レッドソックスのノーヒッターは18人目らしいけど、左投手は初めて。
しかもレスターは一度ガンになって治療に専念している。
2006年6月にメジャーデビュー。2カ月で7勝(2敗)を挙げたものの、血液のがん、悪性リンパ腫が見つかって戦列を離れた。昨年7月に復帰した。
そんな感動的な復活劇だし、ま、いい男だし、若いし、先発3本柱(松坂、ベケット、ウィックフィールド)は右だし、これからまた見る楽しみの投手が一人増えたかな。

指揮者の小澤征爾さんが心配。
5月19日(月)ザ・シンフォニーホールで予定していた「小澤征爾指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団 特別演奏会」が指揮者の体調不良により中止(翌日も)となったそう。
16日の「悲愴」交響曲が熱演で無理がたたったのか。そういえば「東京のオペラの森」でも熱演されていたけどなんとなく顔色が悪くて、マエストロ無理されていなければいいのに、と思っていた。
下はその時の写真。主役オネーギン役の歌手に一生懸命アドバイスする小澤先生。横でチャチャいれているチャイコフスキー(ぼく)

個人的なのも含めていいニュース、心配な出来事が多いけど、神様はちゃんと見守ってくれていると信じて生きていきたい。
アーメン
「メン」といえば…、亀戸駅南口に『香園』という中華料理屋が開店して、18日から6日間麺類が半額だ。
「お客さん、昼間も来られましたね」
きのう、たどたどしい日本語で中国人の女性店員に指摘されてしまった。

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198タクト:2008/05/24(土) 00:35:52
お笑い社会主義
なんかみんな、吉本芸人ばっかりですね。

以前は店頭(テレビ局)に並ぶ商品(芸人)は、お客さんの反応や要望に応えて、また店の人たちが自分たちの目で確かめていろんな町工場(寄席)に捜しに行ったり、お客と一緒に商品開発(しゃぼん玉ホリデーみたいに局が制作)をしたりしてたのですが、今の時代はお店に並ぶ商品は、ほぼ寡占状態にある大手の工場(吉本と幾つかのプロダクション)から送られる商品をただ並べるだけ。
ノウハウも下請け制作会社に任して、気にするのは売り上げ(視聴率)のみ。
工場に任せれば安いし便利だし、文句でも言おうものなら工場から商品供給をストップされてしまうし、ほしい商品も供給されないから言いなりになるしかない。
お客さんもその味(主に関西風味)しか知らないから、考えることもできない。
「商品に関してはうちに任せておけばいいから。新しい商品、次から次送るから。パック(売れっ子と新顔)で使っていってな」とのたまう工場主。

 これはまさしく社会主義ではないじゃろか。


   きっとこんなことを言ったら、ひがみにしか聞こえないしYKG(吉本公安委員会)から目をつけられてしまうかな。


(以下ニュースより)
未だ衰えることを知らないお笑い人気。最近では、女性芸人の電撃結婚や熱愛報道などがちまたをにぎわせているなか、オリコンでは“好きな女性芸人ランキング”を発表。1位に輝いたのは、子供から大人まで幅広い支持を集めた【エド・はるみ】。プライベートに注目が集まった友近やハリセンボン、森三中もランクインした。 (2008年4月17日〜21日、自社アンケート・パネル【オリコン・モニターリサーチ】会員の2,000人にインターネット調査したもの)

199タクト:2008/05/25(日) 21:19:03
お笑い社会主義(未来編)
ついに吉本は、2008年年商500億円を突破した。
500億円ですよ、500円置くんちゃいますよ。(わかってるわ!)

(読売記事より)「お笑いブームで吉本「笑い止まらず」売上高500億円超。吉本興業が23日発表した2008年3月期連結決算は、売上高が前期比7・6%増の501億円と過去最高になり、初めて500億円を超えた。吉本は4月からヤフーと共同でネット上での動画配信を始めている。吉野伊佐男社長は記者会見で、「ヤフーなど強力なパートナーと協力して成長基盤を築きたい」

もうじゅうぶん、成長基盤を築いているやん!

「お笑い社会主義」未来編を仮想小説で作ってみました。
あくまで想像ですので、吉本ファンは怒らないで下さいね。

1980年代初頭に起こった空前絶後の漫才ブーム。
吉本がこれを機に大企業として認知され、株式一部に上場することになる。しかしその屋台骨を支えたのは実は純吉本芸人だけではなかった。
太平トリオの弟子であった太平サブローシロー(以下敬称略)、かつては松竹系で新花月に出ていたが吉本に移籍してブレイク。ざ・ぼんち、西川のりお(吉本→松竹・角座で緞帳にぶら下がって登場3ヶ月出入り禁止→KA→吉本に戻る)、横山やすし…。
その後もビッグブラザーズ、ちゃらんぽらん(大西氏は最近画家に転進)、まるむし商店、海原小浜師匠のお孫さん姉妹も最終的に吉本にとりこまれた。
そして東京進出。吉本の勢いはますます加速。
プロレスや水、不動産、旅行業にも食指を伸ばす。
タレント調達からスタジオ、放送機材、番組すべてを制作し放送するシステムを完成した吉本は、テレビ局より優位に立っていた。
「タレントに関してはうちに全部任せておけばいいから。
新しい芸人、次から次、ピュッピュピュッピュ送るから。
パック(売れっ子と新顔)で使っていってな」
「M−1やR−1で、何年かに一度外部から覇者を出ささなあかんで。生放送やからごまかしがきかへんと世間は思うやろ。そこがわが社の懐のでかいところを示す作戦や。コンテストのブランド力もあがるし、しょせん最後にはわが社にみんな入ってきよるから」
と豪語する幹部。

201×年。
かつては松竹の売れっ子落語家だった笑福亭鶴屁が日本に戻ってきた。
親の事業を継ぐために泣く泣く芸人をやめ海外に行く。引き継いだ会社は見事に再生、軌道に乗った。
52歳になった鶴屁は後進に会社のあとを託し、自分は人生のやり残したこと、芸人として30年ぶりにナニワの地に戻ってきた。
しかし、もうこの地は変わってしまった。

大阪は夕張に続き自治体倒産をしてしまい、救いの手を差し出したのは吉本。
1980年代から10年で10倍ペースで年商を増やしていき、この年には年商は5兆円に達した巨大企業吉本。
いまやトヨタと並ぶ世界トップ企業だ。
吉本はさっそく自治令を発した。

「吉本にあらずんば、芸人にあらず」

数年前には5千億円で、国民のNHKの受信料を肩代わりしてNHKを買収、YHKとしてメディアを操作。
大河ドラマ「吉本せい」を作るなど番組は吉本色一色。
ヒットラーごとく吉本お笑いファシズムが浸透し、吉本のお笑いで笑わなかったり、横山たかしひろしの「金があったらホラ吹くか〜」で笑ったら政治犯として逮捕される。
前任の社長が「平成版生類憐れみの令」を出し、吉本以外の芸人を認めたら悪令として退任させられた。
鶴屁は自分の過去を明かさず、関東から流れてきた中堅落語家のふりをして道頓堀近くの吉本の劇場に立った。
「寄席を大事にして、テレビの仕事が入っても融通利かせず出番も変えず寄席芸を大事にして没落した松竹。テレビ最優先をしてテレビが入れば平気で代演をたてて成功した吉本。もうすべて過去のことだったんだなあ」
と浦島太郎気分の鶴屁。
自分の舞台を終え、ふと舞台地下の大道具部屋をのぞいてみた。
そこには「お笑い大行進。太平トリオ、フラワーショー、横山ホットブラザーズ、笑福亭鶴屁…」
その埃まみれになった古い看板を見て呆然となった鶴屁。

「なんてこった…、俺は…、俺は、角座に帰って来てたんだ…」

200タクト:2008/05/29(木) 13:10:11
ミーコが代演
みー、みー、ミーコです
ずいぶんお久しぶりです。
今、ご主人は依頼の原稿が締め切り間近で四苦八苦しておりますので、きょうは私が代筆いたします。

とは言うものの、ご主人をよく見ておりますとミクシィには気晴らしでしょっちゅう覗いておりますし、おとついの昼間は目黒まで行ってニューヨークのメトロポリタン歌劇場から衛星中継オペラでブリテンの「ピーター・グライムズ」は観ておりましたし、夜はラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンの慰安パーティに参加しておりました。
きのうもメキシコ大使館で、マウロ・カルデロン氏のレセプションパーティ&コンサートの司会をしたそうです。
え、にゃに? 全部仕事絡み?
それから、30日のマウロ・カルデロン氏のヤクルトホールでのコンサート、まだまだ招待チケットがあるそうです。
オペラだったらあっという間になくなるんですけどね。

そうそう、なんか茨城では橋本昌知事が2010年3月開港の茨城空港について、「トウキョウメトロポリタン・イバラキエアポート」に名称変更する考えを示し、波紋を呼んでいるらしいにゃ。
なぜ「トウキョウメトロポリタン」になるのか――って。

そんなん言うたら、東京ディズニーランドは「千葉県浦安遊園地」になるし、東京国際大学は「埼玉西部大学」、東京交響楽団は「川崎交響楽団」になるにゃん。

ま、帝国ホテルを「有楽町駅前ホテル」、中央大学を「中央からうんと離れた多摩動物園横大学」というとイメージ変わるから名前は難しいニャ。
名前の「?」はいっぱいあるにゃ。新宿の映画館は「ミラノ座」と「スカラ座」がそれぞれにあるけど、ほんとうはミラノ・スカラ座でひとつの立派なオペラハウスなんだけど。「新日本プロレス」も設立して30年もたっているから「新」ではないし、「二期会」は二期になって50年もたってるにゃ。週刊誌の「サンデー毎日」はサンデーなのか毎日なのかどっちにゃんや?
ただ名前でブランド力あげようとしても、いずればれるわにゃ。

なんやかんやでこれからも、よろミーコ。

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201タクト:2008/05/30(金) 16:18:11
脱稿…
なんとか、原稿書き終えた。

直しがあるかもしれませんが、とりあえず、ほっ 。

ミーコの代演も終わり。

    ごくろうさん。

そう言おうと思ったら、網戸を勝手にあけて外に出ている!(2階だからいいけど)。
最近はいろんな戸を自分で開けるし、外にもすずめなどがいるから興味を持ち出した。

   「おまえ、一人、いや一匹では生きていけんやろ〜」

意地悪してちょっと網戸を閉めたら、ニャーニャー泣いて、急いで入ってくる。

写真はミーコの「ごめんなさい」しているところ。


きょうのマウロのコンサート、まだ余裕あります。
いきなりでもいいですから、興味ある人は新橋のヤクルトホールに来てね。
5時半から6時10分ごろまで受付にぼくもいます。
おとつい大使館で聴いた時は、やっぱりマウロさん、うまいと思ったけどね。
なかなか人に聴きに来てもらうって大変なことですね。
その時、小澤幹雄さん(征爾さんの弟さん)と再会しました。
きょうもおそらく来られるでしょう。

明日から2日、仕事で家を空けます。
そのあと、ちょっとのんびりできるかな。

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202タクト:2008/05/31(土) 11:16:14
第14回 おかしな音楽空間
恒例の福岡詩二さんのプロデュース『おかしな音楽空間』が今年も開催されます。


♪『第14回 おかしな音楽空間』

2008年6月13日(金)

浅草東洋館(浅草演芸ホール4F)

開場6:00 開演6:30

出演順:(第一部)福岡詩絵、やまけいじ、こと、田中悠美子、福岡詩乃里、オオタスセリ 〜休憩〜 (第二部)好田タクト 山口とも 福岡詩二 全員。 終演は9時予定。

料金 当日2,500円 前売2,000円

チケットはぼくが持っていますので、ぜひメールでご要望ください。
もちろん当日とり置きでも、前売価格でお渡しします。
このメンバーでこの価格は、けっこうぜいたくだと思います。

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203タクト:2008/06/02(月) 16:18:36
ジューン・スケジュール
6月は梅雨の季節でちょっと憂鬱な人も多いかと思いますが、ジューン‐ブライド【June bride】の季節でもあるので、この月に結婚されるカップルも多く、ある意味で忙しい月でもあります。
なぜ6月に女性は結婚したがるのか?
辞書で調べると「6月の花嫁。6月はローマ神話の女神で結婚と女性の守護神ユーノー(ジュノー)の月とされ、この月に結婚する女性は幸福になると伝えられる」だって。
ぼくはよく結婚披露宴やパーティの司会を頼まれます。ついでに芸もして祝福します。ぼくはけっしてスマートな司会ができるとは自分でも思っていないのですが、きっと頼みやすいし、知り合いのほうがなんか温かみがあるのでしょう。ぼくも友達に感謝されるのは嬉しいし。
もうかれこれ30組近くの結婚式の司会をしてきたと思いますが、考えてみれば、人の幸せばかり祝って自分の幸せは程遠い人生。
ところが今年はめずらしく6月の結婚式での司会や芸の要請がありません。
そんなこんなで、6月の予定<ジューン・スケジュール>です。

★寄席は今月は一館のみ、浅草東洋館だけ出演します。
浅草東洋館中席 東京演芸協会定席
13日 13:15 (ピン芸・世界指揮者人名辞典)この日は夜も「おかしな音楽空間」に同劇場で出演(下記詳細)
16日 14:15 (ピン芸・世界指揮者人名辞典)
18日 13:30 (コント東京ユニット)

http://www.asakusatoyokan.com/timetable/?id=1206682326-158758

★『第14回 おかしな音楽空間』♪
2008年6月13日(金)
浅草東洋館(浅草演芸ホール4F)
開場6:00 開演6:30
出演順:(第一部)福岡詩絵、やまけいじ、こと、田中悠美子、福岡詩乃里、オオタスセリ 〜休憩〜 (第二部)好田タクト 山口とも 福岡詩二 全員。終演は9時。
料金 当日2,500円 前売2,000円
チケットはぼくが持っていますので、ぜひメールか直接ご連絡ください。

★若葉の湯(千葉市若葉区)■東京ユニット「お笑いオンステージ」
公演日程:2008年6月の予定
5/31日(土)1部/16時〜 2部/18時〜(浅草演芸ホール終りで駆込み)
6/1日(日)1部/15時〜 2部/17時〜
7日(土)1部/17時〜 2部/19時〜 3部/21時〜
8日(日)1部/16時〜 2部/18時〜
14日(土)1部/17時〜 2部/19時〜
15日(日)1部/15時〜 2部/17時〜 3部/19時〜
21日(土)1部/18時〜 2部/20時〜
22日(日)1部/16時〜 2部/18時〜 3部/20時〜
28日(土)1部/17時〜 2部/19時〜
29日(日)1部/15時〜 2部/17時〜 3部/19時〜
スペシャルゲスト公演!
・6月7日(土)・8日(日) 「ぶるうたす」による筋肉漫談
・6月28日(土) 「伊藤夢葉」によるマジックショー
・6月29日(日) 「マギー隆司」によるマジックショー

http://www.wakabanoyu.jp/event/index.html

★四谷コタン『笑って笑って笑いましょう vol.4』
6月27日(金) 四ッ谷駅徒歩7分ぐらい
PM7:00スタート チャージ料¥2.000
出演:寒空はだか、東京ガールズ、弱つよむ、好田タクト(たぶんこの4組)
恒例3ヶ月に一度の四谷コタンライブ。ここでは30分たっぷりできるので新ネタ、マニアックな指揮者芸が許される。ムラヴィンスキーとかキラー・カーンの歌とかやろうかな。ぜひ怖いもの見たさで来てね。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~YotsuyaKotan/

★都のヘブンアーティストのしての活動で、おそらく空いている日のどこかで大道芸をします。場所は東京都美術館前か江戸博あたりかな。

主な出演は以上です。執筆したのがいくつか出ます。

★某大手新聞社から新媒体(こういうの、具体的に言っていいのでしょうか。とりあえず、媒体名は伏せますね)が出ます。その中で6月の二期会公演『ナクソス島とアリアドネ』について寄稿しています。
3人で語る音楽プレビューの欄らしいです。他の執筆者は音楽評論家の片山杜秀さん、アナウンサーの八塩圭子さんです。
ひょっとして、もう発売されているのかしら??

★『トンデモ音楽の世界』(小学館クリエイティブ)6月29日発売予定。
唐沢俊一さんが音頭をとり、何名かの著者での共著です。ぼくの担当は『名作曲家たちのトンデモエピソード』です。今回はわりと大人向け(つまり下ネタもある?)に書きました。CD付きです。
書店に行ったら手にとって見てくださいね。もちろん売れ行きが苦戦して出版社からハッパをかけられている実業之日本社の新書『世界一楽しい タクトのクラシック音楽館』もよろしくね。

★掲載が伸びていた「NIKKEI NET」内にある「日経WagaMaga」(国内最大級のニュースサイト)に、今月のどこかで全5回に分けた連載形式で、掲載週の月曜〜金曜まで、1日分が400〜600字でインタビュー記事と写真が載るそうです。


事務所に入らずずっとフリーで細々とやってきたこんな零細芸人に、ありがたく仕事を頼んでくれる方々、本当に感謝しております。
なんとかタクトは生き延びております。『タクト音楽祭』を今年もやろうかどうか迷っています。
他に夏から秋にかけてのいくつかの指揮者芸をするコンサートの稽古や準備があります。
7月に川崎ミューザで開催される音楽祭<フェスタ・サマーミューザKAWASAKI 2008>についても素敵な報告が近いうちにできると思います。
お笑いライブも出るかもしれませんが、じつは母が再度がんセンターに一ヶ月入院することになったので、いつ田舎に帰らなければいけなくなるかもしれないので、出演をちょっと控えようと思っているんです。
また今月の中で緊急の告知があったら、書き込みます。

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204タクト:2008/06/03(火) 10:32:48
そう思うのは、ぼくだけ?
★「せんと・まんと」って、漫才師みたい。
    ※奈良「せんとくん」対抗キャラは「まんとくん」。「平城遷都1300年祭」のマスコットキャラクター発表

★「クルム伊達公子」って、なんかおいしそう。
    ※テニス伊達復活。

★「オマーン、コーナーキックだ!」を聞くと、鶴光師匠のオールナイトニッポンを思い出す。※サッカーワールドカップアジア第3次予選で、実況アナが叫んでいた。

★今のロシアの大統領名がパッと思い出せない。
    ※プーチンの後任として、2008年03月03日 にメドベージェフ第一副首相が新大統領に選ばれた。もう3ヶ月たつ。

★「他人事」は「たにんごと」と読むよな、普通は。
    ※ほんとうは「ひとごと」と読む。80%がまちがって読んでいる。

★中川緑アナ、高橋美鈴アナ、岩槻里子アナのほうがぜったい素敵だ。
    ※高島彩アナが4年連続1位。女子アナ人気ランキング。ベスト10を民放が占めていた。

★「ゴジラは今年は結婚したから、体調がいい」と言われているのは、なんか意味深だ。
    ※現在大リーグで首位打者になっているヤンキースの松井秀喜

★実績を考慮?谷亮子がオリンピック代表には、なんか納得できない。
    ※五輪選考試合として4月6日に行われた全日本選抜柔道体重別選手権大会女子48kg級で、決勝で山岸絵美に完敗。準優勝

★長嶋茂雄名誉監督は、五輪の野球の成績を3位だと予想している。
    ※長島さんに全日本の五輪での予想は?「さあ、どうでしょう」(銅でしょう?)と言っていた。


   ????????????以上、テレビを見ていてぼくが思ったことでした。

205タクト:2008/06/03(火) 19:03:34
そんな南海が好きだった…
もう23年ぐらい前だけど、吉本新喜劇にいたとき、なんば花月の横が高島屋裏の大阪球場で、8時過ぎの劇場の出番が終わって大阪球場に駆けつけると、だいたい7,8回まで試合が進んでいて外野席の入り口が解放されている。
つまり係員がもういないので、ただで入れた。
球場内に入ると、穴吹時代で10−1とかで負けていて(当時万年最下位だった)、ライトの山本選手が
「また負けてるやん」
「きょうも来たんか? あかんで、うちは」
と選手とよく直接話ができた。それだけ客が少なかった。
なんば花月の楽屋にもホークスの選手がしょっちゅう遊びに来て、ホークスのロゴの入った靴下とか若手のぼくにもいっぱいくれた。
西武には清原とか秋山とか工藤など人気選手がいっぱいいて、かっこよくホテルからバスで来て女性ファンにキャーキャー言われながら球場入りするのに、地元の南海は門田とか試合前にパチンコしてるし、香川は自転車でウロチョロしてる。
そんな門田は背も低い(170cmあるかないかだと思う)し豆タンクみたいだけどホームラン王だったからね。
エラーもするし、金もなかった貧乏球団だったけど、そんな土着性たっぷりの南海がぼくは大好きだった。
九州に行って、ダイエーが後ろ盾するようになっておしゃれになり強くなったけど、ぼくはやっぱりホークスと言えば南海なんやな。緑の電車に緑のユニホーム。

そんな南海ホークスが復活する!。

ソフトバンクは2日、復刻ユニホーム着用試合の追加日程を発表した。追加されたのは「南海ホークス復刻版ユニホーム」着用の日程で、当初の6日の阪神戦(甲子園)に加え、8月3、4日のオリックス戦(京セラドーム大阪)の2試合。ファンからの要望を受け、決定した。
なのに、なにゆえ東京ドームでは着れない?。
交流戦最終カードでは、巨人戦という絶好の舞台があるのに。
読売はまだ杉浦の4連投を恨んでいるのか?

長嶋茂雄(セコムしてますか?とCMで言いながら泥棒に入られた)、本屋敷錦吾(阪急ブレーブス)と三人で「立教三羽ガラス」と呼ばれた杉浦忠。
1959年に南海に入団した杉浦は一年目27勝、二年目には38勝してわずか4敗という驚異的な成績で南海のリーグ優勝に貢献し、シーズンMVP(投手5冠)。迎えた日本シリーズでは巨人相手に第1戦から第4戦まで血豆をおして4連投して4連勝の大活躍で南海を初の日本一に導き、シリーズMVPに輝いた。
それとも王監督に後楽園で南海のユニホームを着させたくない?

南海ホークス最後の戦士といえば、プロ21年目のベテラン、巨人に移籍した大道典嘉外野手(38)。ほんまがんばってるわ。
できたらその期間だけソフトバンクにレンタル(出戻り?)で来て、南海の緑のユニホーム姿で大道が、いぶし銀のような流し打ちをするのを見てみたいなあ。

206タクト:2008/06/05(木) 13:48:00
この勝負、私の負け?
「本日の降水確率は20%ですから、傘は必要ないでしょう」
というホステス風な女予報士の言葉を信じ、傘を持たずに出かけたらどしゃ降りにあった。
びしょびしょになって腹が立ったので、テレビ局に電話をし、
「今朝、あんたとこの女が、傘が必要ないって言ったのに、びしょ濡れになったじゃないか! どうしてくれるんだ!」
と語気を強めて電話に出たおじさんにクレームしたら、その人も売り言葉に買い言葉だったのでしょう。
「あんな女の言うことを信じたあんたが悪い!」
とガチャンと電話を切られた。
はっきり言って、この勝負、私の負けだと思いますがいかがでしょうか。


【ニュースより】
 「帰宅時の降水確率予報が何%だったら傘を持っていくか」の判断基準を尋ねたところ、「30〜40%以上」が27.5%、「50〜60%以上」が39.5%と、降水確率が「30%〜60%」で7割近くの人が傘を持っていくと回答。「70〜80%」の20.5%と合わせると、ほとんどの人が天気予報を参考にしながら、傘を持っていく・行かないといった判断を下しているようだ。


     <注>この書き込みはネタです。本気にしないでね。

207タクト:2008/06/06(金) 01:48:40
みぎわさん
素敵な芸人さんを紹介します。
みぎわさんです。

http://migiwa.info/blog.html(みぎわさんH.P)

今、MAKOTOシアター銀座というところで、パントマイムウィークというのが開催されています。

http://www.hitorimatawafutarishibai.com/(劇場H.P)

http://pantomimeweek.com/(イベントH.P)

きのうはその4演目め、前半がなななさん、後半がみぎわさんの舞台を見てきました。
タイプが違う2人で両方見ごたえがありました。

みぎわさんはアコーディオンを弾いたり、オペラのように歌ったり、マイムをしたり、客と小芝居をしていましたが、エンターティナー性が抜群で客を笑いの渦に巻き込んでおりました。
見ながら、これを生オケでやったらどんなにかっこよくなるだろう、と想像が膨らんできました。

この秋に『タクト音楽祭』をするなら、山口ともさん、京本千恵美さん(前回の音楽祭にも出た。パントマイムウィーク2演目めにも出ていた)、福岡詩ニさん、下道唯さん、そしてみぎわさんを芸人側から誘いたいなあ。
今回はもう少し大きな規模の編成のオーケストラで、円形劇場で、タイトルは「下町浅草のマイスター・ボードビリアン」。
これはワーグナーの「ニュルンベルグのマイスター・ジンガー」から取っていて、ワーグナーの楽劇は、職人(親方)の称号を得るのに歌合戦をするけど、今回は芸合戦をするというわけ。
冒頭で「ニュルンベルグのマイスター・ジンガー」の曲に合わせて、客席の四方八方から旗を持った芸人が出てきたら壮観でしょう。

ぼくは人の舞台を見ても笑わないから、芸人にとってはちょっとぶっきらぼうに見えたかなあ。
でもちゃんと拍手や手拍子はしましたから。
ほんとうに素敵ないい舞台でした。
きょうもやっていますからお時間がある人は問い合わせて見に行けば、すごく楽しい時間を過ごせますよ。

208タクト:2008/06/07(土) 02:24:05
LRの水着で、ロゴをミズノにすれば?
ロゴだけミズノを入れれば?
着る水着はLRで。

企業は有力選手と契約するのは、宣伝媒体になってもらってイメージをあげて、売り上げに結び付けたいからでしょう。
きのうの水泳でスピード社の水着「レーザーレーサー(LR)」を着用した北京五輪代表選手のうち、5人が日本新記録をマークした。
五輪代表の選手たちもみんな記録の出る水着が着たいはず。
それに今、契約企業を優先して五輪で負けたら絶対後悔するはずです。
じゃあ、いっそうのこと割り切って、LRの水着を着て、スピード社のロゴを消して、ロゴだけ契約会社を入れて宣伝とわりきっちゃえば?
マラソン選手でも、よく胸に会社名を入れて宣伝してるでしょう。
そのマラソン選手の服までみんな何製か気にしないでしょう。
水泳もあくまで選手を広告塔とみなして、自社のロゴを入れて宣伝してもらう。着ている水着は問わないと日本の契約3会社に納得してもらうしかないと思う。
北島がミズノと契約しているなら、LRの水着にロゴがミズノ。
いくら記録がでるからって、普通の人が泳ぎに行くのに締め付けのきついLRを買いにいくとは思いにくいし。

それがダメなら、いっそうのこと水着着用を禁止にして裸で泳がして、プールの水はバスクリンを入れて首だけ見えるようにするしかない。

209タクト:2008/06/10(火) 07:23:31
そりゃ、ないぜよ!
以前の書き込みで、運慶作の大日如来像が海外に流出してしまいそう(2月20日)だったのが、日本の真如苑が買い取ってくれて流出を防いだ(3月19日)ことを書いたが、その仏像が今日から東京国立博物館(以下東博)で展示される。
それは、うれしいしありがたいことだけど、重要文化財(国宝も含めて)に指定するかどうかは、再調査をしてまちがいなければそれから、って東博がのたまわっている。

おいおい、ちょっと待ってくれよ。

あんた(東博)が前個人購入者から鑑定を依頼されて運慶作って言ったから、これだけの騒ぎになったし、真如苑は予想の6倍もの大金12億円で買い取ってくれたんだろうが。
それがもう一回再調査?
それで運慶作じゃなかったり、伝運慶になったら、真如苑や仏像ファンの立場はどうなるんじゃい!

頼むわ、東博。

以前にも展示してたとき、運慶作って東博は言い切っていたじゃない。
さっそく、ぼくはちゃりんこで年間パスポートで見に行くけどさ。
NHKなどテレビで早速報道していたから、人が多く来るかもね。


【毎日新聞ニュースより】

運慶作とされる「大日如来坐像」が、東京都台東区上野公園の東京国立博物館で一般公開される。9日、報道陣に公開された。

 「大日如来坐像」は今年3月、ニューヨークのオークションで競売にかけられ、東京都立川市の宗教法人「真如苑」が約12億8000万円で落札。全体の作風などから運慶作の可能性が高い。真如苑が像の公開と研究に協力するため先月末から数年間、同館に寄託。同館は、最新のエックス線装置などを使って調査にあたる。「運慶作であることを確実にできれば」と話している。

210タクト:2008/06/14(土) 14:39:01
13日の金曜日と、その翌日
きのう、『第14回 おかしな音楽空間』(浅草東洋館)に出た。

素敵な出演者に囲まれた舞台。

尊敬するオオタスセリさんと山口ともさんに挟まれての出番。

スタンディングオベーションのみならず、舞台袖まで何人ものお客さんが駆け込んできて、朝比奈隆に扮したぼくに握手を求める。

打ち上げも芸人や友人たちと交流を深め、模索していたぼくに神様は元気と喜びをプレゼントしてくれて、うれしさで満ち溢れた夜だった。

地震警報でNHKは他局を圧倒していた。

今朝もいつものように朝ドラ『瞳』を見て、その後もテレビをそのまま流していた。
秋葉の事件や韓国の拉致問題をやっていたら、急に画面が切り替わって「緊急地震速報【気象庁】」が流れた。
時間を見たら8時40分。
「今から東北地方に大きな地震がおきます。家具や棚の近くは避けて、机などにもぐってください。火を…」
ええっ!?
今まで、地震が起きた後、ワイワイ騒ぐニュースはよくやっていたけど、起きる前の警報は初めて聞いた。
他局はどうなっているのだろうと思い、急いですべてチャンネルを切り替えたが警告をしている局はなかった。
そして、8時43分の震度6強の東北地震。

すごい、NHKの報道レベル!

地震のおきたあとは、他局も含め必死で報道していたし、9時20分に再び震度5レベルの余震のときは、他局も気象庁発信の緊急地震速報を流していたけれど。

いつもはせっかくのクラシック番組や映画の録画中に割り込んでくるNHKの緊急報道の多さに閉口していたが、今回の英断とスピードには見直した。

ぼくの指揮者芸を十年以上前から見て応援してくれているマイミクのロベルトさん、今はドイツに在住している方が、こんなことを教えてくれた。
以下は、そのままの分。

「デュッセルドルフでは、きょう「Japan-Tag」が開催されます。この「日本デー」は日本文化の紹介をテーマにしたイベントで、花火を日本からもってきて行う、ライン河畔での花火大会などが大変な人気で、毎年100万にを越える人出となります。

http://www.japantag-duesseldorf-nrw.de/index.php?id=305&amp;L=5

ライン川沿いには特設舞台が作られます。今年は、サックス奏者の坂田明も出演しますし、盆踊り、太鼓演奏、日本人学校生徒の合唱、さらに柔道、剣道、空手などのパフォーマンスなどが繰り広げられます。もちろん、市内の日本レストランは屋台を出して、ビール、ヤキトリ、寿司などが楽しめます。このイベントにはデュッセルドルフ市内だけからでなく、ドイツ国内、あるいはオランダなどからもバスツアーで人が集まっています。

そして、何より最近の人気は、日本のマンガ・アニメおたくが数千人集まるというコスプレ大会です。昨年もこのコスプレは大人気で、日本のマンガから抜け出してきたようなドイツ人が多数ライン川のあたりを歩いていました。一度驚いたのは、セーラームーンの格好そのままのドイツ人の女の子にあった時です。ほとんど、アニメそのままでした。

まあ、これは人口の1%が日本人で、日本人のコミュニティの存在感のあるデュッセルドルフならではのイベントです。これだけのイベントなのに、デュッセルドルフに日本の新聞社が事務所をおいてないので、日本では記事にもなっていないのはちょっと寂しいと言う声も聞かれます。

主要な日本企業、数百社が事務所を置くデュッセルドルフですが、日本の新聞社は、連邦政府のあるベルリン、欧州中央銀行のあるフランクフルトに駐在員をおいていても、デュッセルドルフには事務所すらありません。まあ、ニュースバリューのある記事はあまりデュッセルドルフには転がっていませんので、やむを得ませんが」

日本でも2試合ライブ中継をやっていたサッカーヨーロッパ選手権の魔のC組。
イタリアに3−0で完勝したオランダが、今度はフランスを圧倒し、なんと、4−1で勝ちました。 若いオランダが2年前のドイツワールドカップの優勝と準優勝チームに圧勝です。最終戦を待たずに「死のグループ」、C組の1位勝ち抜け決定!
2年前のドイツワールドカップの優勝と準優勝チームがともに予選敗退が現実味を帯びてきた。
日本デーと合わせて、熱いヨーロッパ、日本も暑い。

ちなみにキリストの磔刑は、計算したらほんとうは13日の木曜日らしい。

211タクト:2008/06/16(月) 08:14:13
ジョーク
ある船に火災が発生しました。
船長は乗客に海に逃げるよう指示しました。



イギリス人には
「紳士はこういうときに飛び込むものです」

ドイツ人には
「規則では海に飛び込むことになっています」

イタリア人には
「さっき美女が飛び込みました」

アメリカ人には
「海に飛び込んだらヒーローになれますよ」

フランス人には
「海に飛び込まないで下さい」

ロシア人には
「最後のウオッカのビンが
 流されてしまいました。今追えば間に合います」

中国人には
「おいしそうな魚が泳いでましたよ」

北朝鮮人には
「共和国に帰らなくて済みますよ」

ポリネシア人は黙ってても喜んで海に飛び込む。

日本人には
「みんなもう飛び込みましたよ」

212タクト:2008/06/21(土) 11:53:23
死刑は犯罪抑止力に効果があるのか?
鳩山法相が朝日新聞に「死に神」呼ばわりされて、不快感を示している。
これは朝日新聞は言い過ぎだと思う。
こんなことを言われたら、鳩山法相のみならず死刑を求刑する裁判官や執行する人たちは、すごくつらい思いをするだろう。

ただ、死刑そのものにどんな意味や効果があるのかといったら、事情が変わってきたような気がする。

ひとつには犯罪抑止力への期待。
「悪いことをすれば、こんな罰を受けますよ」という観点から、死刑があるおかげで凶悪犯罪が起こりにくいと言われてきた。
でも昨今の無差別殺人の動機を見ていると、
「もう死にたい。夢も期待も持てない、こんな世の中が悪い。一人で死ぬのは嫌だから、人を道連れにしたい。誰でもよかった。人を殺せば死刑になれる」
こんな動機で殺人を犯す人たちは、被害者への謝罪もなければ、死刑を望んでいる節もある。
死刑を望んで殺人を犯す人たちに、死刑をそのまま執行しても罰にはならんだろう。
きっと彼らにとってつらいのは、死刑ではなしに無期懲役、生殺し状態でずっと被害者へ償うための労働、労役だろう。
ただ、同じ人間が人間の尊厳を認めない、そこまで非道なシステムを作り出していいのかどうかは問われるかもしれない。

残された被害者の遺族の心情の問題。
『山口県光市母子殺人事件』のご主人のメディアへの懸命な訴え。
『オウム事件』のような未曾有な大量殺人計画。
先日死刑が執行された宮崎勤被告による『連続幼女誘拐殺人事件』で4人の幼児が犠牲になった事件。
これらの被害者の遺族の心情は、被疑者を死刑にしても溜飲は下がらないぐらい悔しい思いをされていることだろう。
その遺族たちのことを思うと、死刑はやむなし、とも思える。

捜査手法の難しさや冤罪の可能性。
規定では死刑確定から半年で執行のはずが、平均8年かかってきた刑執行までのかかりすぎる時間。今回の宮崎勤被疑者への刑執行は2年半、それでも刑確定から2年半かかった。死刑が確定している罪人が百人以上はいるとされている、執行待ちの飽和状態。
凶悪犯罪者の再犯率の高さ。
アメリカみたいに刑務所には入れないぐらい、重罪犯罪者が多すぎるのは嫌だけど、確かに世の中が普通に生きにくくなってきて、安易に犯罪に走る傾向は増えていくかもしれない。

秋葉原事件で加藤被告は、ネットにやたらと「予告」を書き込んでいた。
トラックで歩行者天国に突っ込むときは、秋葉に着いてから45分たっていたし、4回もためらった。それでも実行した。
自分だけの胸のうちで判断したことは、時間が経過するうちに確信が揺らぎ思いとどまることも多いのだけど、書き込みという不特定多数者に宣言することで、実行力が非常に高くなる。
営業の研修でよく使われるので有名な話だが、ドイツの心理学者(ごめんなさい、名前が今思い出されない)はこう言っている。
「人は心の中で決めたことは、3日たてばネガチェックが入って迷いが生じ、30%しか実行されない、または結論を覆す。しかし宣言すると70%まで実行率があがる。大切な人や不特定多数に書いて約束すると、90%の人がそれを実行する(これは自分の身分を明らかにしている場合の数字だが)」
ネットへの書き込みは、それだけ人を大胆にさせるし、書いた約束を守らせようとする、つまり犯罪においても発生率を高める危険性を伴っているのかもしれない。

よく死刑判決の決める要因で、精神状態や病気、動機、年齢などが挙げられるが、人を殺めたという事実の上では、それを問うて刑が軽くなるようでは、世の中救われないと思う。
飛躍しすぎるが、戦争という名のもとで、大量殺人を平然と犯すのが普通になってしまうことだけは避けていきたい。

213タクト:2008/06/21(土) 14:08:46
池田香織さん、オオタスセリさん、女性が元気な時代
ホームページを開設して1年、ミクシィに本格参戦しだして10ヶ月たった。
以前はよっぽど時間が取れないとき以外は、こまめに書き込みをしていたのだが、ここのところちょっと見るだけにしていた。
それでもネット中毒なのかけっこう楽しい時間をすごせるので、時間を食いすぎて困っている。

なんか巷では、秋葉原事件とブラジル人のジュセリーノ予言とか、6月14日の東北地震と手塚漫画『ブラックジャック』の17巻158話に「6月14日午前8時ごろ東北一帯にマグニチュード7.5の地震発生」と書かれていて、それらの予言が的中って騒がれている。
(写真参照)
でもなんか、前みたいにこの手の話題にはそそられなくなってきた。

12日(水)はサントリーホール小ホールに『二期会Week in サントリーホール 愉しみの刻(とき)』の第四夜『オペラ嫌いに襲いかかる めくるめくオペラの愉しみ』を聴きに行った。
出演:ソプラノ 大隅智佳子 ソプラノ 森 美代子 メゾソプラノ 池田香織 バリトン 与那城 敬
ピアノ 山田武彦 監修・司会 樋口裕一(作家) ゲスト さそうあきら(漫画家)
ぼくは池田香織さんを注目し続けているので、今回も堪能させていただいた。
池田さんは演技力と歌唱力が抜群で容姿も端麗なので、コンサートでもすごくオペラのそのシーンが目に浮かぶ。
よく歌手の中には目をひん剥いて、正面立ちになってくどい方が多いのだけど、香織ディーヴァは激しく動くわけでもなく、逆にそれがオルトルートなどは圧巻の迫力があり、『フィガロ』のケルビーニなんかは軽〜くやってくれるので、ほんと華やか。
マルセ太郎さんじゃないけれど、眼力があるのだ。
それにしても5つも違うオペラを歌うと、さぞかし着替えが大変だったでしょう。
二期会の事務局の方に挨拶をして、すなおに帰宅。

13日は昼夜ともに東洋館での舞台。夜は「おかしな音楽会」
ここでもスセリさん、ことさん、詩乃里さん、ジュカちゃん、田中悠美子さんなど女性芸人(スセリさんは役者?)が元気。

16日(月)の演芸場の定席の出番に、マイミクの方が何名か来ていただいた。
なんと佐賀かららいかさん、ご家族でいらっしゃったまにこさん。
客層も女性が多いなあ。
まにこさんはご自身の日記にもぼくの感想を書いてくれている。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=841039284&amp;owner_id=4932684

16日の夜はオオタスセリさんの一人舞台を見にいった。
リハを見たかったので早めに会場の「楽園」に入ったら、監修しているカンコウさん、木村まりさん、永六輔さん、スタッフになっているマイミクの方々とも久しぶりに挨拶ができた。
スセリさんの舞台はやはり、独特の雰囲気で大盛り上がり。
カンコウさんは、舞台を見るときも隣にいたが、途中で足がつってつらそうだった。ぼくのわき腹をつかんで遊ぶので閉口した。

他にもいろんなことがあったが、最近ほんとうに寝むれない。2日も3日も起き続けるから、腹だけがやたらと減る。ひょっとしたらナルコレプシーかなと心配になってきた。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000340M.jpg

214タクト:2008/06/21(土) 14:10:58
『笑って笑って笑いましょう vol.4』♪
四谷コタンで『笑って笑って笑いましょう vol.4』をやります。

6月27日(金) PM7:00スタート チャージ料¥2.000

恒例3ヶ月に一度の四谷コタンでのお笑い音楽ライブ。ぼくは直接音を出すわけではないけれど、ここでは30分たっぷりできるので新ネタ、マニアックな指揮者芸が許されます。
ちょっと今回は変わったことをやろうと思います。
昔、作った歌ネタ。
キラー・カーンの歌とか、同じところをぐるぐるまわる歌、ウルトラマンの最終回の再現、日頃絶対他ではやらない(やれない?)ネタや話をやろうと思っています。
指揮者芸も、ムラヴィンスキーとかマニアなのをやってみようかな。
他の3組がしっかり笑いを取るでしょうから、ぼくは実験をしてみるつもりです。怖いもの見たさの人は足を運んでね。

出演者:弱つよむ 好田タクト 寒空はだか 東京ガールズ

場所は、四谷駅から新宿寄りに徒歩7分です。
ファミリー・レストラン【ジョナサン】を左に折れて、10歩ぐらいで右折れ、また10歩ぐらいで左折れです。

〒160-0011 東京都新宿区若葉1-9 金峰ビル101  ライブハウス 四谷コタン
? 03-3357-7093

http://www5f.biglobe.ne.jp/~YotsuyaKotan/

舞台が終わったら、出演者と和気あいあいと一緒に歓談タイムになります。

215タクト:2008/06/21(土) 15:24:44
私の十冊
<私の十冊>はこれです。

?『孤高の人』新田次郎著

文庫本で上下巻。山岳小説の最高峰で、実在の加藤文太郎をモデルにしている。単独行に厳しさと崇高さを感じる。ぼくの地元神戸が舞台。加藤文太郎自身の山岳記の本もある。ぼくは人に贈りものをする時にはこの本を贈ることにしている。

?『虚空遍歴』山本周五郎著

歴史小説の巨匠。周五郎作品はどこか物悲しく、でも人間味があって大好き。『青べか物語』や『さぶ』など下町ものもいいし、大作も読みごたえがある。司馬遼太郎が大きな峰だったら、周五郎は銭湯かな。これは浄瑠璃師の話。なんか自分とだぶってしまう。山田風太郎も好きな作家。

?『森のうた』岩城宏之著

山本直純との芸大青春期。2人とも亡くなってしまった。ショスタコーヴィッチの作品になぞらえた題名も素敵。

?『ガリヴァー旅行記』ジョナサン・スウィフト著

第一篇 リリパット国渡航記、第二篇 ブロブディンナグ国渡航記、第三篇 ラピュータ、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリッブおよび日本への渡航記、第四篇 フウイヌム国渡航記
どんどん人間が崩壊していく。ほんとうに深い話。本の世界っておもしろいと心底思わしてくれる。通常のガリバーのイメージで読んだら、いい意味で期待を裏切ってくれる。

?『十九歳の地図』中上健次著

暗い。でもおもしろい。新聞配達青年の話。十九歳のとき、新聞配達をしていてこの本に出会った。中上の世界にのめりこんだきっかけ。映画化され、それもいい。

?『日本語の作文技術』本多勝一著

相方だったアルト君に「タクトさん、文章うまくなりたかったらこの本一冊読み。他はいらんわ」と言われ、それはほんとうだった。これを読むと、いかに大江健三郎の文が悪文が手に取るようにわかる。続編もある。本多勝一シリーズはどれも読みごたえがある。

?『国宝の旅』講談社

国宝全1059件を完全網羅。2001年6月現在だから今は改訂版が出ているかもしれない。ほとんどが写真付き。これを見ながら寝るのがすき。3800円もする。これでぼくは国宝をほとんど把握した。見ていて国宝の旅をしているみたいでほんと楽しい。

?『クラシック音楽夢レース』好田タクト著

反則技かもしれないがリストに入れた。ほんと一年間睡眠3時間で毎日、私の全精力を込めて書いた怪著。「15万字のボリュームと、音楽へのこだわりに圧倒された」と西岡信雄元大阪音楽大学学長の帯推薦もいただいたし、かなりいろんな人が「すごいトンデモ本が出た!」と騒いだのに、一部でしか売れなかった。音楽本なのに全然関係ないキングベアー出版から1999年11月に出版。

?『いつもポケットにショパン』くらもちふさこ著

漫画からも一冊。ぼくは『のだめ』よりこっちの方が好き。

?『ヨーロッパ美術館ガイド』(書籍情報社)

B6サイズ302ページだからポケットにも入る。ヨーロッパ中の美術館のどの部屋にどの絵があるか端的に説明していて情報量がすごい。
他に館内の見取り図、開館日時場所、巻末には用語と画家・彫刻家の詳細小事典が載っている。もう今は廃刊になっているだろう。でもほんとうにコンパクトな名ガイドの美術案内書。この本が指針となって、今まで気にも留めなかった美術の世界にのめりこみ、もう全てと言っていいぐらいヨーロッパの美術館へは行きまくった。
日本に帰っても美術好き熱はますますヒートアップして、図書館で美術本を見まくり、ついでに日本美術も大好きになってしまった、この本が全ての源の本。ムリーリョ、ゴッホ、ルノワール、マネ、モネ、ボッス、フェルメール、ダリ、カラヴァッジオ、ダ・ビンチ、ラファエロ、ティエポロ…楽しすぎる。

選考はほんとうに迷った。『敗れざる者たち〜〜敗者礼賛と勝負事の鉄則の狭間で〜』沢木耕太郎著や『浮かれ三亀松』吉川潮著、『タクシー・ドライバー』、『ソフィーの世界』、三島由紀夫作品などどれもすばらしい。
でも今の私は、この十冊です。

あなたは、どんな<私の十冊>ですか?

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216タクト:2008/06/24(火) 16:04:00
古城で見るオペラ
暑くなりましたね。もうすぐ夏ですね。
みなさんはもう夏の予定はたてているのでしょうか。
私は貧乏なので、どう過ごすかというよりどう乗り切るかなのですが。
北京オリンピックも大きな楽しみですが、じつはこんな素敵なサマー・オペラフェスティバルが北欧でやっているんです。


  ???????? 古城で見るオペラ


 ディズニーランドのシンデレラの城のモデルは、「ノイシュヴァンシュタイン城」。ドイツのフュッセンにあって、あのメルヘン王ルートヴィヒ二世が造った。白雪姫の城のモデルは、スペインのセゴビアにあるアルカサル。城から見える荒涼とした景色は絶対お薦め。ドラキュラ伝説で有名な「ブラン城」は、ルーマニアのブラショフ郊外の絶壁上にそびえている。
 真打ちは「オラヴィンリンナ城」。森と湖、白夜の国フィンランド。南にある首都ヘルシンキから北東へ、列車で途中乗り換えて六時間、サヴォンリンナという湖に囲まれた小さな町がある。
 七月の一ヶ月間、サヴォンリンナ・オペラ・フェスティバルが開催される。期間中ニ○万人を越す観衆を集める北欧を代表するフェスティバルだ。会場となるのがフィンランド三古城の一つオラヴィンリンナ城、通称オラヴィ城。テレビゲームで有名な「ドラゴンクエスト」のモデルにもなった神秘的な古城だ。

 私は1996年に「マクベス」と「タンホイザー」をここで見た。湖に幻想的に浮かぶオラヴィ城。オペラの開始時間が近づくと薪火が炊かれ、雰囲気はもう格別だ。城の中で上演されるので、演目がよっては本当に感動的。ただ、七月なのにけっこう寒い。北欧は物価も高いのでふところも寒い。
 このフェスティバルに日本の二期会が、一九九〇年に「春琴抄」と「お蝶夫人」(蝶々夫人)で招かれている。聞けば、歌手たちは大変みたいだ。地下の天井の低い狭い牢屋みたいなところが化粧室。人がすれちがうのも四苦八苦。舞台袖もほとんどないので、舞台裏から上手から下手へ移動する時など、城を駆け巡り城の外へ出て、湖畔から再度入城するそうだ。

 チケット代は当時で5000円から12000円の四段階だった。一番安い席からでも充分満足できる。人気が高いので、半年前の2月から東京の帝国ホテル本館内にあるフィンランド政府観光局(Tel.03−3501−5207)で、パンフレットと申込用紙をもらって郵送で申し込む。券は人気のあるものはすぐ売り切れるが、意外とギリギリでもキャンセル券が出たりもする。行くと決めたら早めの決断が大事。
 宿泊はツイン・タイプのユース・ホステルが二ヶ所ある。なんとか歩ける距離だし、年配も多く泊まっている。ほかの宿泊施設は値段が高いからダメ。
 ヨーロッパの夏の音楽祭はいっぱいあるが、私の一番のお薦めはここ。だっていいと思わない?

 「古城で見るオペラ」 今夜は最高。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000343.jpg

217タクト:2008/06/25(水) 03:03:30
生涯にわたっての疑問。誰か教えてください。
じつは小さい時から解決できない疑問がぼくにはあるのです。
アニメ版の『タイガーマスク』ってご存知でしょうか。
そこでどうしても知りたいことがあるのです。
キングタイガーや最終回でのターガー・ザ・グレートでの戦いで、最後のクライマックスでかかる劇的な音楽の作曲者を知りたいのです。
チェロの悲しいメロディから始まり、ホルン、弦楽器と繋がれていき、合唱とティンパニーが加わってほんとうに感動的な曲なのです。
タイガーマスクだけではなしに、『魔法使いサリー』やアニメの最終回にはよくこの音楽が使われます。
でも『タイガーマスク』の作曲者はあの菊池俊輔氏でしょう。
『魔法使いサリー』の作曲者は小林亜星氏、と表向きはなっています。
と言うのは、昭和47年に放映された「魔法使いチャッピー」では、「魔法使いサリー」のBGMが多数使用されています。音楽担当は、「魔法使いサリー」は小林亜星氏、「魔法使いチャッピー」は筒井広志氏となっています。筒井広志氏は広瀬健次郎氏の弟子で、その後小林亜星氏の事務所で作曲活動をしており、「魔法使いサリー」のBGMは実際は筒井広志氏が作曲したのではなかろうか、との推測も出来ます。もちろん「魔法使いチャッピー」のBGMには新曲もあり、全部が全部流用ではないでしょうけど。
また、「魔法使いサリー」でも他作品(サイボーグ009など)の音楽が使われたと言う話もありますが、詳しいことはわかりません。
巷にある「タイガーマスク」や「魔法使いサリー」のCDやLPを全て聴きまくっても、この最終回に流れた劇的音楽は収録されていません。
だからほんとうのところ、誰がいつ作ったのかはわからないままなのです。
しかしこの曲は、ほんとうに名曲です。
浄瑠璃の「野崎参り」やモーツァルト作品などすばらしい音楽は世に多数ありますが、クラシック音楽を含めた古今東西の音楽の中でも、この曲は最も感動的な音楽の一つです。
しかし誰が作ったのか、どうして伊福部昭先生の音楽みたいに見直されないのか、世に評価されないのか、どこにいけば聴けるのか…。
もう生涯解決できないぼくの大きな疑問なのです。
2ちゃんねるで聞いても、いくつかのホームページでもこの音楽について答えてくれるところはなかったのです。
ここで聞けばひょっとしたら、どなたかご存知の方がいらっしゃるかもと期待しています。
どうぞよろしくお願いします。
ああ、この事を考えると今夜も眠れない。

218タクト:2008/06/25(水) 18:32:40
疑問のその後…
前回で書き込んだぼくの長年の疑問、テレビアニメの『タイガーマスク』や『魔法使いサリー』など多くのテレビアニメの最終回によく使われる、クライマックスの場面でかかる劇的な音楽の作曲者を知りたいという質問に対して、「その曲について調べてみたいので、もう少し詳細データがないものか」という返事をいくつかいただきました。
今、わかっていることを書いてみます。

アニメ『タイガーマスク』では冒頭の歌「タイガーマスク」では製作者や声優のレコードは記されず、終りの「みなし児のバラード」で記録がありました。
最終回でのデータは以下の通りです。

編集:本山収
録音:神原広巳
効果:大平紀義
記録:大橋千加子
選曲:宮下滋
演出助手:小湊洋市、佐々木正広
製作進行:竹村?三
演出:勝間田具治

この『タイガーマスク』は当時の梶原アニメ『巨人の星』や『あしたのジョー』と同じく、テレビアニメの放送が原作の漫画を途中からストーリーが追いついてしまい、かなり原作漫画と違っています。
全放送データも合せて記します。

アニメ版タイガーマスク 作品データ

 放映期間  昭和44年10月2日〜昭和46年9月30日
 放映時間  毎週木曜 午後7:00〜7:30
 放映局  よみうりテレビ系
 原作者  梶原一騎(ストーリー) 辻なおき(作画)
 企画  斉藤侑
 製作  江藤昌治
 演出  田宮武・白根徳重・矢吹公郎・永樹凡人・勝間田具治・岡崎稔・田中亮三・新田義方・設楽博・黒田昌郎・及部保雄・西谷克和・蕪木登喜司・山口康男
 脚本  辻真先・三芳加也・安藤豊弘・柴田夏余・鈴樹三千夫・八木啓・市川久・近藤正
 音楽  菊池俊輔
 協力  日本プロレス協会

当時の関係者も事情を知る人もかなり少なくなっています。
声優の田中真弓さんや(作曲家でもある)竹田えりさんと一時期、一緒に「おっ、ぺれった」という舞台をやっていたので、知り合いから手がかりを掴めないかとえりさんが気にしてくれています。ただ音監という名でのデータは記されていないので、難しさはありますが。

『タイガーマスク』では「猛虎激突」「敗北の予感」「血戦!虎の穴」のラスト、そして最終回「去りゆく虎」でこの曲がかかります。
タイガー・ザ・グレート対戦時、第105話最終回<去りゆく虎>では音楽がかかるのはグレートを痛めつけているところで触りが流れ、ルリコ先生が子供たちに「直人さんはもう来ません」と言うところから音楽が本格的に流れます。そしてほんとうに最後、伊達直人が空港でタラップから飛行機に乗るところまで流れています。
その前の回、第104話<決戦!!「虎の穴」>では、タイガーの必殺技ウルトラタイガーブリーカーを繰り出したらグレートがタイガーの頭の上に両手で降り開脚姿勢で乗っかり、健太君たちが衝撃を受け、そのあとグレートの死の攻撃を受け、ロープで首を挟まれ殴打され絶命寸前のところまで、5分半延々と曲が流れます(そして最終回に続きます)。
音楽的にはカットがなく、第104話のほうが聴きやすいかもしれません。
キングタイガーの時<猛虎激突>では、親友の大門が息を引き取るところで曲が流れています。

そしてこの『タイガーマスク』の劇音はどうやら東映アニメでの流用曲というのがわかってきました。
「ちびっ子レミと名犬カピ」などに流用されていて、2万5千円で『東映動画創立40周年企画・東映動画長篇アニメ音楽大全集』日本コロムビア発売の10枚組(COCC-13501〜10)というのが売り出されています。

タイガー流用曲は、<トラック19・家なき子レミ>最終回・グレイトにマスクを剥がされる直前の「貴様のマスクを剥いで、惨めな姿を観客の前に晒してやるっ!」の曲→直人の反則絵巻〜健太「・・もの凄い反則だ」の曲(ウルトラタイガーブリ−カーの敗北、キングタイガーの目潰し)〜Aパートのラスト、若月「ルリ子は直人君がタイガーマスクだと知っていたんだ」の曲)。

<トラック23・苦難の旅路>軋むライト・直人「虎の穴の断末魔を見届けてやるっ!」〜落下するライトの下敷きになるグレート(実況アナ「殺人鬼と化したタイガーザグレート!これはもう試合とは申せません!」)の曲。

<トラック27・再び母の胸に〜エンディング>
ということは、ぼくが長年捜していた曲か!
しかし収録されていたのは、アニメで放送されていたあの荘厳なバージョンではなく、もう少しやさしい感じにアレンジされている音楽なのでした。

どうやらやはり作曲者は菊池先生みたいです。
そしてぼく以外にもこんな声を聞きました。
「仮面ライダーの原点にして菊池先生の最高傑作(断言)!木下先生他の流用曲をボーナストラックに纏めた『タイガーマスク・サントラ完全盤』の発売を、みなさん声をあげて叫ぼうではありませんか!!」
ほんと同感です。

ほんとうは曲を聴いてもらいたいのですが、著作権の問題もあるのでここではご了承ください。

219タクト:2008/06/26(木) 17:33:49
疑問ほぼ解決
きのう、「『タイガーマスク』や『魔法使いサリー』など東映系アニメの最終回に、最後のクライマックスでよくかかる劇的な音楽の作曲者を知りたい」という個人的な問いかけに、あっという間に貴重な情報や意見が集まり、どうやら1970年に放送されたアニメ『ちびっ子レミと名犬カピ』からの流用曲で木下 忠司(きのした ちゅうじ、1916年4月9日− )先生が作曲されたらしいということがわかってきました。
ほんとうにありがとうございます。
長年の疑問がほぼ解決されたこともそうですが、なによりも感動したのはネットの力です。
たった一日で、これだけのことが知りえるなんてすごいですね、ネットからの情報収集力は。

最初は菊池先生が作った音楽だと思っていたのですが、その後、 「ちびっ子レミと名犬カピ」(1970年放送)の流用曲だとわかり、その作曲家木下忠司先生みたいということです。
木下先生は「特捜最前線」のエンディングの「私だけの十字架」や水戸黄門など、テレビ・映画界のモーツァルトです。また名匠・木下恵介監督の実弟なんですね。
しかも90歳を越えて存命!

『ウィキペディア(Wikipedia)』から引用。
木下 忠司(きのした ちゅうじ、1916年4月9日− )は、作曲家。
浜松市生まれ。映画監督・木下惠介の弟で、妹は脚本家の楠田芳子。浜松第一中学校を卒業後、1934年に上京、諸井三郎に音楽理論を学び、武蔵野音楽学校で声楽を学ぶ。1940年卒業、新交響楽団(現NHK交響楽団)の機関誌『フィルハーモニー』の編集に携わるが、応召し、敗戦まで内地および支那で軍隊勤務。

戦後復員、兄の紹介で松竹映画の音楽部員となり、同監督『わが恋せし乙女』(1946年封切)の音楽を担当、1949年の同監督『破れ太鼓』には自ら俳優として出演、作曲家を志す若者の役で、ピアノを弾きながら自ら作った主題歌を歌った。1951年同監督で日本で国産カラーフイルムを使って最初に作られた総天然色映画「カルメン故郷に帰る」で,同名の主題歌の作詞,挿入歌「そばの花咲く」の作詞・作曲を担当する。1954年『女の園』と『この広い空のどこかに』(小林正樹監督)の音楽で毎日映画コンクール音楽賞受賞。1957年の惠介監督『喜びも悲しみも幾歳月』の主題歌は映画とともにヒット曲となった。1969年から放送されている『水戸黄門』の主題歌「ああ人生に涙あり」も広く人口に膾炙している。1974年にはテレビアニメ『カリメロ』の主題歌も作曲。

マーチ風の曲で名高いが、ゆったりした歌曲も多い。藍川由美『喜びも悲しみも幾歳月−木下忠司作品集』(カメラータ)、『木下忠司の世界』(プライエイド)などがある。後者に「chuji」とあるように、「ちゅうじ」が正しく、「ただし」は誤読。

諸井三郎先生に師事されたんだあ。
諸井三郎先生の交響曲第3番は不滅の名作です。
じつはぼくは、日本の音楽でも一番気に入っている作品のひとつです。
なるほどなあ。
だから木下音楽が素晴らしいのかなあ。

220タクト:2008/06/26(木) 17:35:22
京本千恵美さんが東京交響楽団と共演!
さてぼくの仲のいい京本千恵美さん、コメディアンヌでもありパントマイマーでもある彼女があの東京交響楽団と共演する。

2008 7/20(日) 2:00p.m 東京芸術劇場
東京交響楽団特別演奏会
すかいらーくグループ ファミリーコンサート2008
〜オーケストラストーリーズ「となりのトトロ」〜 S:4.000円(おとな) 3.000円(こども)A:3.000円(おとな) 2.500円(こども)

http://www.tokyosymphony.com/concert/20080720special.html

じつはこのキッカケは、昨年の11月に『タクト音楽祭』を東響の方が見に来られて京本さんを気に入っていただき、直接依頼されたのです。
京本さんは打ち合わせの時には、2000人キャパの大ホールに少々戸惑ったらしいのだが、すぐにアイディアを出し合って楽しいステージになりそうだということだ。
京本さんとぼくは、大道芸人7名で結成した『横浜グルグル』のメンバー同士で、その後何かにつけて一緒に舞台をやっている。(グルグルの他のメンバーはマサヒロ水野さん、ジュカさん、カズ片山さん、新堂さん、サブリミットさん、一輪車の栗原一さん)。ぼくは横浜に住んでいないのになぜかグルグルのメンバーに入れていただいた。ただしグルグルの活動はもうない。
京本さんもぼくも事務所に入らずコツコツやっているのだが、こういう機会があるのはうれしいものだ。招待状をいただいたのだが、ぼくは千葉へ仕事なので見に行けない…。

きょうは今から東京文化会館へ二期会の『ナクソス島のアリアドネ』を見に行く。田辺とおるさんが出るが、楽屋には挨拶にいくかどうかは決めていない。なんせごった返しているでしょうしね。某媒体に音楽レビューを書いた公演でもあるので、しっかり確かめねば。

最近行ったコンサートの中では、浜離宮朝日ホールで23日(月)に行なわれたアリョーナ・バーエワ(第3回仙台国際音楽コンクール・ヴァイオリン部門優勝)の披露コンサートがよかった。プーランクやプロコフィエフのヴァイオリンソナタ(プロコは第1番)もいいが、この人の奏でたベートーヴェンのヴァイオリンソナタ第9番イ長調 op.47「クロイツェル」が、すごい繊細な音作りで感銘した。
生後2ヶ月のお子さんがいらっしゃるので、演奏の合間には母乳をしていたらしい。欧米では人気があって、再来年までスケジュールが埋まっているそう。

巨人軍のイベントを指揮っている方で、元吉本新喜劇の先輩にあたる武内さんにいつもよくしてもらっている。その方に「勇気を出して外に出ろ」と言われ、ちょっとがんばらねばという気になっている。
そうだな。一人で住むのには借家とはいえ一軒家はちょっと広すぎるからね。
外に出ねば。

221タクト:2008/06/27(金) 14:25:35
決めた、きょうのネタは…!
決めた!

きょうの四谷コタンでのネタ、急遽作成、『タイガーマスク最終回音楽秘話・木下 忠司の世界を解く』でいきます。

  え、落ち?

         落ちは…ありません。


でもちゃんと感動します。
20分、あーだこーだとこれをやって、最後の10分は世界指揮者人名辞典です。
    ナイス・構成!(ほんとうかな…)


さっき、Wヤングの丸兄にもこんなメールをもらいました。

「あーだコーダいうたらあかん、ちゃんと誠一」

あ、誠一というのはぼくの本名です。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000349.jpg

222タクト:2008/06/28(土) 10:54:47
共著『トンデモ音楽<ミュージック>の世界』が出ました!
唐沢俊一さんからお声をかけていただき、執筆に参加した本が出版されました。
私が担当したのは、「名作曲家たちのトンデモエピソード」です。ちょっと今までより過激に書いたかな。
本屋で手にとって、気に入ったら買ってね。



トンデモ音楽<ミュージック>の世界


トンデモミュージックノセカイ
■出版社: 小学館
■著者名: 編/唐沢俊一・著/と学会+α
■ISBNコード: 9784778037017

■判型/頁 : 4−6 /224頁

■定価: 1,785円(税込)
■発売日: 2008/06/26




と学会が音楽の世界に斬り込んだ画期的著作

 サブカル界で大人気の「トンデモ」本・最新刊。しかも強力コラボの特別付録CD付! 「トリビア」で有名な、雑学界の案内人・唐沢俊一と、「トンデモ本」シリーズの「と学会」が、音楽の世界を面白おかしく分析・解説。クラシックトンデモ話から音楽と科学の関係、そしてアイドル歌謡、アニメ主題歌、マンガの中の変な歌、「初音ミク」や「ニコニコ動画」まで幅広く取り上げて、“え?”と驚くような音楽に関する話を集めてみました。ブレーク中のお笑い芸人・好田タクトも「と学会」本・初参加、さらに人気急上昇のクラシック界の異端児デュオ「杉ちゃん&鉄平」の新作ミニアルバムCDも付いた、読んでも聴いても楽しい本です。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000350M.jpg

223タクト:2008/07/04(金) 00:24:36
7月の予定
早いもので、もう7月の告知時期です。

★寄席

・浅草東洋館中席 東京演芸協会定席
14日 13:45 (コント東京ユニット)15分間
15日 12:40 (ピン芸・世界指揮者人名辞典)10分間のみです。

じつは今、演芸協会の会員が増えてきて持ち時間が若手(これでもぼくは若手?なんせ平均60歳の協会だから)は少なくされる傾向があるのです。だから協会の寄席の出番は今はほどほどにしています。しっかりぼくの指揮芸を見てやろうという方は、ライブの方に来てね。
http://www.asakusatoyokan.com/

・浅草演芸ホール 余一会
31日 13:25  (コント東京ユニット)15分間

★若葉の湯(千葉市若葉区)■東京ユニット「お笑いオンステージ」
毎週土日はこちらでコントや司会をやっています。これも大変ですわ。
・7月5日(土)・6日(日) 「愛うえお」による爆笑漫談
・7月19日(土)・20日(日) 「やまけいじ」による音楽漫談
・7月21日(月・祝日) 「泉水亭錦魚」による落語
7/5日(土)1部/18時〜 2部/20時〜
6日(日)1部/15時〜 2部/17時〜 3部/19時〜
12日(土)1部/18時〜 2部/20時〜
13日(日)1部/16時〜 2部/18時〜
19日(土)1部/18時〜 2部/20時〜
20日(日)1部/15時〜 2部/17時〜 3部/19時〜
21日(月・祝)2部/17時〜 3部/19時〜
26日(土)1部/18時〜 2部/20時〜
27日(日)1部/16時〜 2部/18時〜
http://www.wakabanoyu.jp/event/index.html

★いきいき演芸会
老人ホームでの演芸大会。無料ですが、まったりしていると思います。
7月11日(金)13:30開演 指揮芸を10分弱、あとコント。
http://www.ikiikiplaza-eiwa.jp/event/ev_20080711.html

★アンフィニ・オーケストラで指揮者芸
21日・代々木オリンピックセンター・ロビー 13:50〜14:00
ハンガリー舞曲5番を4指揮者で数珠つなぎ(10分ぐらい)。


★8月以降の出演予定。

★8月9日(土) 鎌倉のお店・佐助「こまめ」甘味処でライブをします。
 『真夏の夜の夢ライブ』〜世界の指揮者芸と楽しいクラシックの話〜
出演:好田タクト
場所:鎌倉市佐助1−13−1 佐助「こまめ」甘味処
予約先・TEL: 0467−23−8334
席料:2,200円(ビール一本とおつまみ又はお茶と甘味付き)
時間:7時〜8時30分
遠くからでも、また退社時間を気にせずにということで、土曜日開催になりました。20人限定のお店です。もうすでに8人の予約が入っているそうですが、これから何人予約者が増えて最終的にいっぱいになるかどうかが大切になってきます。鎌倉の街並みとともに、夏の夜の楽しみにいかがですか。単独ライブ(90分ぐらい)ですので当然気合が入っています。指揮芸はもちろんですが、先日四谷コタンでかけた『タイガーマスク最終回音楽秘話・木下 忠司の世界を解く』が、寒空さんに「完成度の高いネタですよ。これはもっとやるべきだ」とお墨付きももらっているので、ここでもやってみようかと思っています。どんなことができるのか、今から楽しみになってきました。お客さん、いっぱい来るといいな。

9月にはあるオーケストラと小学校周りをします。
9月19日 代官山で単独(?)ライブ(予定)
10月11〜19日「おっ、ぺれった20周年記念公演」出演決定。


★共著が出ました。6月26日に小学館クリエイティヴから『トンデモ音楽<ミュージック>の世界』で、ぼくはその中の<名作曲家たちのトンデモエピソード>を担当しています。杉&テツさんのCD付きで、1,785円(税込)です。(前回の書き込み参照)

♪『フェスタサマーミューザKAWASAKI2008』のパンフレット曲目解説をなんとぼくが書いています。
9つのオーケストラ公演の曲目解説です。
(N響、東響(オープニング&フィナーレ公演)、新日本フィル、日フィル、読響、都響、神奈川フィル、東京フィルの各公演)
このフェスティバルでオーケストラ公演に聴きに来られた方に、パンフレット冊子(100ページぐらい)が配られるので、その中に「好田タクトの曲目解説」てな感じで、ぼくの9人の指揮者写真とともにおもしろ解説(?)が載っています。

http://www.kawasaki-sym-hall.jp/festa/f_about/about_top.html

他にも大道芸やライブなど、チョコチョコやっていくと思います。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000353.jpg

224タクト:2008/07/04(金) 00:36:47
<こまめライブ>8月9日の土曜日に変更です
前回の日記「7月の予定」で告知しました鎌倉のお店・佐助「こまめ」甘味処での単独ライブ、8月9日の土曜日に変更になりました。前回の書き込みも8月9日(土)に訂正しました。というのも、金曜日よりも土曜日の方が都合がいいという声をけっこういただきましたので、お店と交渉して変更できました。これなら遠くからでも、また退社時間を気にせずにお越しになれます(なんか脅迫的ですね)。
20人限定のお店です。もうすでに8人の予約が入っているそうですが、これから何人予約者が増えて最終的にいっぱいになるかどうかが大切になってきます。鎌倉の街並みとともに、夏の夜の楽しみにいかがですか。


8月9日(土) 鎌倉のお店・佐助「こまめ」甘味処でライブをします。
 『真夏の夜の夢ライブ』〜世界の指揮者芸と楽しいクラシックの話〜
出演:好田タクト

場所:鎌倉市佐助1−13−1 佐助「こまめ」甘味処

予約先・TEL: 0467−23−8334(20名で満席になるので予約がいっぱいになり次第、受付終了だそうです)

席料:2,200円(ビール一本とおつまみ又はお茶と甘味付き)

時間:7時〜8時30分

単独ライブ(90分ぐらい)ですので当然気合が入っています。指揮芸はもちろんですが、先日四谷コタンでかけた『タイガーマスク最終回音楽秘話・木下 忠司の世界を解く』が、寒空さんに「完成度の高いネタですよ。これはもっとやるべきだ」とお墨付きをもらったので、ここでもやってみようかと思っています。どんなことができるのか、今から楽しみになってきました。リクエストの指揮者とかありますか?変奏道具が揃えば、今回はマニアックな指揮者も遠慮せずにやりますよ。ゲルギエフとかムラヴィンスキーとかスヴェトラーノフ(途中で腕組みをする)とか。なんかロシアの指揮者ばっかりになってもた。「トンデモ音楽の世界」の出版に合わせて笑える音源も持っていきますね。ああ、お客さん、いっぱい来るといいな。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000354.jpg

225タクト:2008/07/05(土) 12:34:44
タクトハウス
 引越し魔のベートーヴェンは生涯に八十回以上引越し、そのため、いたるところに「ベートーヴェンハウス」がある。

ベートーヴェンに限らず世に認められた偉人達だからこそ、その生家や住んでいたところも博物館になったり観光地になったりして後世でもあがめられている。
ぼくみたいにどこの馬の骨かわからぬ輩は、その住み家も「さよか」扱いである。でも日記やBBSはある意味、自己顕示欲の吐露だから自分の住み家も少しはスポットをあててやろうと思う。
今回は「タクトハウス」のエピソードだよん。

ぼくは家を持ったことがない。すべて借家だ。
兵庫県の明石時代は生家も含めて3箇所に住んだ。最初の山下町と小学4年生まで住んだ人丸町の貸家は、もう家はなくて駐車場になっている。父はぼくが生まれる前は刑事だったらしいが、張り込みのために明石港で淡路島からきたヤクザ数人を捕まえた(表彰もされて新聞にも出た)ときに、血を見てビビッて警察を辞めたそう。母はいつもそのことを笑っていた。だからぼくは八百屋の子。とはいってもなんでも売っていた。よく父は「発明や」とか言って、食パンの余った耳を揚げて砂糖をまぶして、10円で店でお菓子として平気で売っていた。が、それは全然売れなくて、いつもぼくら兄妹が食べさせられていた。背中がトゲトゲの亀やトカゲ、犬や猫などなんかいっぱい家裏で飼っていた。
 あんまりボロイので、立ち退きを迫られ近所のアパートに移った。そこは今でも母が借りていて、平日は妹夫婦の東灘で一緒に住んでいるのだが、土日になると嬉々として明石のアパートに帰る。
「お母さん一人のために、土日だけ住むなんて効率悪いから、もう引き払ったら」とぼくや妹が言うと、
「地元には友達がおるねん」
と、明石のアパートを出るのを嫌がる。まあ、理解できるわな。
しかし最近、長期入院することが多くなって、母も真剣にアパートを出ることを考え始めている。

 お寺に住み込んで毎日ムカデに悩まされたり、新聞奨学生で浜村純さんとこへ朝刊配りに行ったら、ある日、そこの棟入り口で飛び降り自殺者を発見したりして暗い青春時代を送った後、お笑いの世界に入った。
阿倍野で1万3千円の4畳半のボロアパート「三福荘」に住んだ。

ある日、吉本の社員から「好田くん、明日全国放送に出したるわ」と言われ、
「それお笑いですか?お芝居ですか?」
「いや、貧乏・・・」
なんかいやな予感するなと思いながら、母親に電話で、
「お母ちゃん、明日、全国放送のゴールデンの生番組に出れるで。フジテレビの「さんまのテレビの裏側全て見せます」という奴や。いつもみたいに、うどん食べてドテッとコケてるのとちゃうで」
「じゃあ、親戚中に言うとくわ」
で、当日、司会のさんまさんが、
「今、吉本にはこんな悲惨な芸人がいます」
続いてぼくが住んでいる阿倍野のアパートがドアップで映し出され、
「ここが大阪で一番安いアパートです!こっちが共同トイレ、こっちが共同炊事場、家賃はなんと1万3千円!」
テレビのスタジオから、「おおっ、今にも潰れそうだ!」
翌日、同じアパートの住人から、
「あの番組見たけど、あんたが恥じかいたんちゃうで。私ら全員恥かいたんやで」と言われ、親戚から責められた母親は、
「誠一君にもうそんな世界やめさせって責められたわ」
とひんしゅくを買いまくり、しかもギャラが振り込まれていない!
会社に文句を言いに行ったら、
「あほ! お前を映したんやない。お前のアパートを映したんや」

「貧乏数珠つなぎ」という番組(貧乏芸人がさらに貧乏な芸人を紹介していく)では、僕で数珠が切れたこともあった。

ある時、近くの不動産で「6畳、3畳、キッチン3畳、3階。日当たり良好。2万6千円」という「丸山住宅」の空き部屋の告知を見つけ、そこに移ることにした。昔、NHKの朝ドラ「ふたりっ子」の舞台になったとこで、近くが天王寺村があるし、高台に丸山住宅が建っているので、夕方になると住んでいる部屋の窓をあけると西に夕日が沈むのが見えたりして、いたく気に入ってしまった。
そこでは炊事場にある湯沸かし器で、流し台に乗って頭や体を洗うという荒業も覚えた。もちろん時々は風呂屋にも行ってたけど。
ある夏の日、いつものように中型バイクで帰ってくると、家の前の草むらから「みー、みー」という声が聞こえる。見ると目が見えないぐらいの赤ちゃん猫がよちよちしている。
「親は? 親と離れたんか? 腹減ったるの?」
その白黒猫があまりにかわいいし、おなかもすいているみたいなので、部屋でミルクをあげた。おいしそうに飲んでいる。
しばらくすると、ぼくを母親と勘違いしているのか、わきのところをペロペロなめておっぱいを吸いたいみたいにまさぐってくる。
しばらく自由にさせていたら、ぼくは疲れていたのか眠ってしまった。
ハッと目が覚めたら、子猫がわき下にいる。なんかぐったりしている。

下敷きにしてしまったらしい…。

近くの公園でお墓を立てて、弔った。
「ぼくと会ったばっかりに、ごめんな…。化けて出んといてな…」
シベリア文太がよくぼくを「猫殺し」と言うのは、この事件があったからだ。
丸山住宅はいたく気に入っていたのだが、東京に行くことにしたので、半年ぐらいしかここには住めなかった。


中野坂上の宝不動産で見つけたのが、中野本町の2万5千円のアパート。中野坂上に引っ越してきて、地下鉄を出るとお祭りみたいなのを駅前でやっていた。
「さすが東京。にぎやかやなあ」
そのお祭りで踊っていたきれいな姉ちゃんたち、頭に象さんの帽子を被っている人たちから、カレーの無料券と漫画をもらった。家に帰ってその漫画を読んだ。ストーリーは男前のひげをはやした男性が、超能力で世界を変えるというものだった。オウム真理教だった。
アパートの2階にぼくは住んでいて、大家さんが下の階に住んでいる。老人なので、寝るのが早い。ぼくが夜8時半ごろ電話をしていたら、戸をコンコン叩かれて「好田さん、今、何時だと思っているの!」と怒られ、朝3時ごろには大家さんがうたう詩吟を聞かされる。
しかし家賃が安い、生活費がかからないというのは、思わぬメリットもある。
東京へ来て3年目ぐらいにNHKの「あしたもげんきくん」という新番組のオーデションを受けた。課題と自分のネタをやった後、スタッフが質問してきた。
「タクトさんの生活状況はどうですか?」
「家賃が2万5千円、健康保険とか合わせても4万円で生活できます」
「あっ、それなら大丈夫だ」
えっ? 何が大丈夫なん? と心に思いながら、しばらくして「げんき君決まりました」。
そしてギャラをもらった時に、言われた意味がわかった。

「げんきくん」の一回あたりギャラが安いとはいえ、週に2回全国放送されると小さい子供達中心に知られるようになり、営業が入るようになった。それでぼくは風呂付のアパートに引越しすることができた。家賃は6万8千円。けっこうきれい。28歳の時。場所はやはり中野。だって中野は生活しやすいんだもの。
ちなみにそれまで住んでいた中野坂上のアパートは、今はもうない。

しばらくしたら、シベリア文太、本名が玉村なのでぼくは彼を「玉ちゃん」と呼ぶのだが、その玉ちゃんが九州吉本を離れ間寛平さんの付き人をすることになり、中野にあるぼくの目先にあった「八郎食堂」の2階、4畳半の安アパートに引っ越してきた。
お風呂も洗濯もぼくのところでできるからだ。
合鍵を渡していたので出入り自由にしていたのだが、玉ちゃんはぼくに悪いと思ったらしく、「風呂や洗濯するときは、100円払いますわ」
「じゃあ、これに入れて。玉ちゃん資金にしょう。僕は手をつけへんから、もし玉ちゃんが生活に困った時にこれを使うことにしよう」
と2人で約束したのだが、だんだんルーズになってくる。
玉ちゃんは、100円の代わりに付き人で取ってきたテレビ局の弁当を持ってきて、
「これでええやろ。あ、汁がもれてるがな」
と言いながら、幾つもの局の弁当を持ってきてくれる。ぼくも
「しゃあないなあ」
「東京のテレビ局の弁当は違うわ」
ぼくは「げんきくん」のロケは4泊5日なので、金曜日に帰ってくるのだが、時々早まって木曜日に帰ってくる。
夏の時期にロケ先から一日早く帰って来て家の鍵を開けたら、中からすごいクーラーのきいた冷気とともに、ぼくのベットで気持ちよく寝ていた玉ちゃんがガバッと起きて、
「明日帰ってくるんとちゃうん!」
その玉ちゃんは東京に来てからも、貧乏芸人を扱った特番にしょっちゅう出ていた。普段はそんなこと絶対しないのに、公園の蛇口で水を飲んでいる映像がテレビで流れて、スタジオではワハハの久本雅美さんがそれを信じて「かわいそう」と泣いていた。

阪神大震災を機に「げんきくん」を辞め、少し神戸でボランディアをしたあと、海外に行くことにした。日本での空家賃を払うのは痛いので、倉庫代わりにと安アパートを探した。
野方に2万8千円というのを見つけた。不動産屋さんが「あんたも芸人? 前まで住んでいた人も落語家だよ。快楽亭ブラックさんと言う人で、子供ができたから引越したみたいよ」
実際に見に行ったら、なんかアパートにオーラというか、怨念が漂っている感じがして躊躇していたら、中野の方の大家さんが「ヨーロッパに行っている間、5万円でいいよ」と言ってくれたので、引っ越さないことにした。
木下ほうかとこみたいに前の住人がサザンの桑田佳祐だったら、もっと興味もったのだけどね。
2年ほど海外と日本をうろちょろしていたら、芸人の仕事がほんとうになくなってきた。そしてさらに1年、ここに閉じこもって「クラシック音楽夢レース」の原稿をずっと睡眠3時間で1年間書いていた。原稿をしあげたが出版社が決まらない。とにかく家賃を稼がなくてはいけなくなり、サラリーマンと芸人の2足のわらじを履くことにした。
収入が増え、芸人活動はおろそかになった。
西新宿にある会社の前のビルの中に、住都公団の説明案内所があった。もう中野のアパートに住んで8年もたつし、アルト君が住んでいた住都公団がよかったので、冷やかし半分でそこへ行った。
何人かいたカウンターの女性の一人が、「次の方、どうぞ」と言われ席に着いたら、その女性が、
「史ちゃんのお兄さんでしょ!」
「えっ!? 誰?」
「わたし、タケダです。史ちゃんと同じ陸上部やった。でも確か、NHKのお兄さんやってましたよね。なんでネクタイしているんですか?」
状況を説明して、希望の高い階を言ったら、
「高い階ね…。ここどうですか。一回、見てきてください」
「わっ、ちょっと家賃きつそうやなあ」
でもじっさいに見にいったら、すごく気に入って結局そこに引っ越すことにした。
小松川にある住都公団33階建ての29階に住んだ。ま上の階はプロレスラーで格闘家の藤○和之が住んでいた。びっくりしたのは、高山戦。テレビで生であれほどの激闘をやっていたのに、その夜中にガチャンガチャン、ベンチプレスをやっていた。
会社の人たちもよく遊びに来た。
「すごい夜景ですねえ。好田さんはどうでもええけど、この東京の夜景が一望できるのは価値ありやわ」なんて言われ、何時間もベランダから眺めている子もいた。
しかし自分にとってはここは贅沢。いつまでもこんなのが続くわけはなかった。芸人中心の生活に戻そうと、会社を辞め、ちょうどその頃に中学時代の同級生が、「神戸は仕事がない。好田とこいくわ」ということでしばらく一緒に暮らすことになり、今の墨田の一軒家を借りたというわけだ。それが約4年前。
その同級生も今は人生建て直しをなんとか果たし、今は違うところに住んでいる。

今住んでいる一軒家は少し構造が変わっていて、同じ家なのに住所が2つある。30−3と30−4だ。前が寮だったらしく、貸家にすることで中をぶち抜いたからそうなったみたい。だから玄関も2つあり、ひとつは完全に閉じきっている。風呂も前は部屋だったので、広さが4畳半もある。2階が2部屋、1階が6畳2部屋に台所と風呂。これを一人で住むのはちょっと持て余し気味。みーこがノビノビ走り回っている。冷蔵庫マンさんとこみたいに、家でお笑いライブやろうかしら。部屋をつらねて寄席にできないかな。なんか、いい使い道ないでっしゃろか。

「タクトハウス」。ぼくは必ずしも引越し魔ではないと思うけど、けっこういろいろなところに移ってきたかも。でもほんとうは雨露さえしのげればそれでいいんだけどね。ただ、前に住んでいた所がなくなって駐車場とかになっていたら、やっぱり寂しいね。

226タクト:2008/07/08(火) 11:54:34
ドラマは硬派でなくちゃね
今、土曜日にやっているNHKドラマ「監査法人」にはまっている。塚本高史が主役の公認会計士・若杉健司役を好演しているし、なによりも話がおもしろい。
この土曜ドラマ枠は2005年に復活したのだが、正攻法の作品が多く、佐藤浩市主演の「クライマーズ・ハイ」に始まり「氷壁」「マチベン」「ハゲタカ」、今年に入っても「刑事の現場」「トップ・セールス」などずいぶん楽しませてもらった。
いや、土曜ドラマだけではなくNHKのドラマはやっぱりいいのが多いわ。

大河ドラマ「篤姫」も25週連続高視聴率で記録を塗り替えているらしいけど、じっさいどんどんおもしろくなっている。13代将軍家定役の堺雅人がすごく魅力ある役作りをしているし、篤姫(天璋院)役の宮崎あおいも力むことなく自然で、迫力もあってすばらしい。
来週で夫の家定は死んでしまうし、養父の島津斉彬(高橋英樹)も亡くなってしまう。いよいよ中間部の山場だ。
ただ史実から言えばちょっと気になるところもある。家定は乳母である歌橋にしか心を開かなかったみたいなので、ほんとうは本寿院役の高畑淳子さんより、歌橋役の岩井友見がもっとクローズアップされないといけないし、実質大奥の実権を握っていたのも歌橋とされているしね。また滝山(稲森いずみ)なんかは、ほんとうはワイロ攻勢で篤姫寄りになっていったらしいしね。
家定と篤姫はちょっときれいに作られ過ぎているかな。 なんせ、幕末時代の写真とか残っているし。史実の観点から見るならば、「その時、歴史は動いた」や日テレの「日本史サスペンス劇場」などと比べて見ればもっと時代がおもしろく見れるかもしれない。
ちなみに、7月9日は「日本史サスペンス劇場」の2時間スペシャル。大奥最後の女帝篤姫…本当にあった4大サスペンスを解き明かせ!(1)将軍家定急死の真実連続毒殺疑惑の容疑者(2)嫁…和宮替え玉疑惑と秘められた嫁姑愛憎(3)江戸を火の海にはしない…篤姫最後の決断(4)西郷隆盛&勝海舟…偉人たちとの(秘)関係…だって。6月に放送された高橋かおり役の篤姫もおもしろかったので、これも見逃せないかも。
大河ドラマに話を戻そう。前回の「風林火山」は途中までは見入っていたが、途中から出演した上杉謙信役のミュージシャンのGacktが漫画になってしまっていて、ぼくにとっては冷めたなあ。しかし脇の板垣信方役の千葉真一や宇佐美定満役の緒形拳、村上義清役の永島敏行たちの渋い抑えた演技が番組を締めてくれて、やはりよかった。
ちなみに上杉謙信はぼくと同じAB型だって(そんなの聞いてない?そりゃまた、失礼しやした)。

朝の連続ドラマ「瞳」もいい。
主人公の瞳(栄倉奈々)のダンスに打ち込みながら成長するのを縦糸に、里親という立場からほんとうの家族愛とは何かを気づいていくのを横糸に絡ませながら物語は展開している。
東京都の里親制度、「養育家庭制度」で「養育家庭」をしている祖父・勝太郎(西田敏行)がいる月島の一本木家に上京してきた瞳。若い里親として3人の里子たちと向き合い、心を通わせる中で、「家族は与えられるものではなく作るもの」だと気づいていく。
先週から今週はいよいよ母親のネグレクト(育児放棄)のため保護され一本木家で生活している小学校3年生の将太(中村咲哉)のもとへ、実の母・美紀恵(小池栄子)が現れ、将太を引き取りたいと申し出てきた。家族それぞれの複雑な気持ち。

じつはぼくはこの手のテーマにすごく魅力を感じている。
藤山寛美がいた松竹新喜劇や大衆演劇にこんなお芝居がある。
 男手ひとつで愛情いっぱいに育てられた年頃の娘。じつはほんとう親子ではない。しかしその事実を娘は知らない。
 そこへ生みの両親が現われ、金持ちになったから娘を引き取りたいと申し出てきた。育ての父は、
「金持ちのところに行った方が娘も幸せになるだろう。」
泣く泣くつらく娘にあたって、娘を突き放そうとする。
娘はそんな父にむかって言う。
「あたしの親はお父ちゃんしかおれへん。血はつながってなくても、わたしのお父ちゃんはひとりだけや」
 長い年月をかけて育まれた愛情は、そう簡単に引き離されるものではない。

朝ドラもやはり宮崎あおいがヒロインの「純情きらり」以降、おもしろいのが続いている。
おもしろく感じるドラマって、どんなだろう。
必ずしも、命の危機や派手な展開がなくても、身近なことにある素朴な幸せを気づかせてくれれば、また悲劇に真正面に向き合えれば、人間が描かれれば無理なストーリーは必要ないと思う。
はっきり言ってしまうが、ぼくはどうも民放のトレンディドラマが苦手だ。感情移入ができないし、いつもうるさくかかる劇音楽、途中によく入るCM,こぼし、NG集、ジェットコースター的なストーリー、暴力、激しく動き回るカメラワーク…。
最近(?)で民放で楽しく見れたのは「タイガー&ドラゴン」と「のだめカンタービレ」ぐらい。
ドラマに限らず、音楽、ドキュメント…。やっぱり、ぼくはNHKに共感かな。
しっとりと丁寧に撮ってくれるNHKは、役者にとってもすごく幸せだろうな。
よく木下ほうかがいろんなドラマに出てくるので、ドキッとしてしまう。たいしたものだなあ。
なんかぼくだけ取り残されてしまったみたいで焦りは感じるけど、こればっかりはしょうがないわな。

土曜日にメールで岩野さんに「NHK−BSで明日から毎週、朝比奈隆特集をしますよ」って送った。日曜の夜、家でその番組を見ていたら、解説が岩野さんだった。
なんか、それもすごいと思った。
次回はその岩野さんが出された新著『朝比奈隆すべては「交響楽」のために』(春秋社)の話。

227タクト:2008/07/08(火) 14:12:24
『朝比奈隆 すべては「交響楽」のために』岩野裕一 (著)をぜひ!!
私の恩人、岩野裕一さんが渾身の朝比奈本を出された。
岩野さんとの出会いは2年前、東京文化会館で催されていた「東京のオペラの森」で、写真家の木之下晃さんとご一緒に講演のために来られていた。
何冊も朝比奈本を出されていて、私もその著書を持っているので一目見て、「あ、あの岩野さんだ!」とわかり、ヴェルディの格好をしているのにもかかわらず挨拶をして、私の「クラシック音楽夢レース」や名刺もお渡しした。
それから交流が始まった。
指揮者の秋山和慶さんとの仕事のチャンスをくださったり、多くの方を紹介していただいたり、演芸にも見に来ていただいたが、なんといっても『世界一楽しい タクトのクラシック音楽館』を書かせていただいたことが一番の大きい出来事。
「誰もが楽しまれる、クラシックの音楽本を書きませんか?」という熱心な誘いをいただき、自信がない私を励ましてくれてなんとか出すことができた。
もちろん編集は岩野さんで、出版は岩野さんのいる実業之日本社だった。
私にとっては岩野さんは大恩人であり、手厳しい先生(本当にはっきり弱点を指摘する)であり、音楽ジャーナリストとしても文筆家としても人間としても尊敬する友である。
その岩野さんが、待望の朝比奈隆本を出された。
朝比奈先生はカラヤンと同じ、今年が生誕100周年。そのため、最近またクローズアップされているのだが、その朝比奈隆先生が公私共に信頼されていた岩野さんだからこそ書ける内容、氏への愛情溢れる本、といっても感情に流されることはなく俯瞰的に氏を事実を捉えている本に仕上がっている。

みなさん、ぜひこのすばらしい本を買ってください。お願いします!


『朝比奈隆 すべては「交響楽」のために』DVD付 (単行本)
岩野 裕一 (著)

単行本: 232ページ
出版社: 春秋社
発売日: 2008/6/14
税込価格 : \3,150 (本体 : \3,000)

その人生は日本のオーケストラ史そのものであった−。朝比奈隆の生涯と指揮者としての足取りを、晩年のマエストロを熟知する著者が活写する。CDのライナーノート、フォトアルバムなども収録。朝比奈隆生誕100年記念出版。


商品の説明

内容紹介
2008年生誕100年記念出版。
朝比奈隆の人生は日本のオーケストラ史そのものといっても過言ではない。世界中のどの指揮者とも違う、絶対的な個性を持っていたマエストロ。その生涯と指揮者としての足取りを俯瞰しつつ、ハルビン訪問とシカゴ交響楽団へのデビュー、べートーヴェン、ブラームス、ブルックナー、マーラーと朝比奈、文章家としての朝比奈、唯一の弟子林元植たちをはじめとする朝比奈の周辺領域などから、近代日本最良の具現者を多角的に活写する。
また、1988年から1996年にかけて、新日本フィルハーモニー交響楽団の発案により、映像界の鬼才・実相寺昭雄監督の演出で収録した公演映像からハイライト盤(116分)を付す。
朝比奈ファンのみならず、その太くおおらかで豊穣な人生に、心奪われる読者も多いはずである。人の心の奥深いところを刺激してきた指揮者朝比奈隆。その人と音楽を知る王道の一冊である。

出版社からのコメント
 2008年生誕100年記念出版。
朝比奈隆の人生は日本のオーケストラ史そのものといっても過言ではない。世界中のどの指揮者とも違う、絶対的な個性を持っていたマエストロ。その生涯と指揮者としての足取りを俯瞰しつつ、ハルビン訪問とシカゴ交響楽団へのデビュー、べートーヴェン、ブラームス、ブルックナー、マーラーと朝比奈、文章家としての朝比奈、唯一の弟子林元植たちをはじめとする朝比奈の周辺領域などから、近代日本最良の具現者を多角的に活写する。
 また、1988年から1996年にかけて、新日本フィルハーモニー交響楽団の発案により、映像界の鬼才・実相寺昭雄監督の演出で収録した公演映像からハイライト盤(116分)を付す。
 朝比奈ファンのみならず、その太くおおらかで豊穣な人生に、心奪われる読者も多いはずである。人の心の奥深いところを刺激してきた指揮者朝比奈隆。その人と音楽を知る王道の一冊である。

★DVD収録内容

指揮 朝比奈隆
管弦楽 新日本フィルハーモニー交響楽団

ベートーヴェン 交響曲第6番「田園」第1楽章
ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」第2楽章
ベートーヴェン 交響曲第7番 第4楽章
チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」 第1楽章
ブラームス 交響曲第3番 第4楽章
ブルックナー 交響曲第4番「ロマンティック」 第3楽章
ブルックナー 交響曲第7番 第2楽章

著者について
岩野裕一(いわの・ゆういち)
1964年東京生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業。実業之日本社で書籍の編集に携わるかたわら、日本のオーケストラ史をメインテーマに執筆活動を続けている。主な著書に『王道楽土の交響楽 満州----知られざる音楽史』(音楽之友社、第10回出光音楽賞受賞)、『日本のピアノ100年』(草思社、前間孝則氏との共著、第18回ヨゼフ・ロゲンドルフ賞受賞)など。

抜粋
朝比奈の創り出す音楽を絵画になぞらえれば、それは西洋の伝統や文化の延長線上にある油絵では決してなかった。だが、筆の運びや一本の線、すなわち肉体から発した動きですべてを表す東洋の墨絵としてはおそらく超一流のものであったはずだ。......そして、鑑賞者である日本人もまた、水墨画や書のようなシンプルなものから壮大な宇宙や神の存在を感じ取ることができるだけの深い感性を持っており、聴衆と演奏者の共同作業の結果、朝比奈という世にもまれな芸術家が生まれたのではないか、と私は考え始めている。いずれにせよ、私の朝比奈隆を考える旅は、まだ始まったばかりだ。私にとってこの本は終わりではなく、始まりである。(あとがきより)



5日の土曜日に私は岩野さんに、「NHK−BSで日曜の夜の「クラシック・ロイヤルシート」、あしたから毎週「朝比奈隆の芸術」を放送しますよ」というメールを送った。日曜の夜、家に帰ってその番組を見ていたら、解説が岩野さんだった。
なんか、それもすごいと思った。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000361.jpg

228タクト:2008/07/09(水) 15:38:32
『楽園』に『後楽園ホール』と同じ匂いを感じた
きのう、7月8日 オオタスセリ企画☆楽園ライブVol.5「スセリ☆おひとりさま劇場」を見てきた。
会場には、演出を手伝っていると思われる永井寛考さん、二人三脚の木村まりさん、永六輔さん、ヒロよっしーさん、元ジョークアベニューの原武さんなど、おなじみの顔ぶれも含めて超満員だ。

劇場は下北沢の「楽園」。
ここのつくりはちょっと変わっている。
説明しずらいのだけど、舞台が正方形でその2辺が右手と左手(上手と下手)の客席に分かれている。その2つの客席もやはり正方形の大きさで60人づつ計120名ぐらいだろうか、座れるようになっている。舞台正面、角になっている真ん中は大きな柱があって、客席はない。
渋谷ジャンジャンにそっくりな劇場だ。
あいかわらず、スセリ・ワールドがパワー全開だった。ご本人は「ちょっと暗かったかな〜。きょうの出し物」って言っていたけど、その暗さ(?)が逆にストイックに作り込まれた舞台となって、その迫力を感じながら、ふと変なことを思ってしまった。

どこかで見た風景だなあ。
あ、この前、6月30日に見た「後楽園ホール」のボクシングのリングにそっくりじゃない。
黒が基調となった劇場は、舞台が四角。リングも四角。
熱気を帯びた客席が息を詰めている。そして勘所でわっと沸く。
90分間闘っているスセリさんは、まるでメインエベンターのボクサーそのもの。
演目と演目のあいだにはインターバルが、音楽が次回へのラウンドの期待感を高める。
そしてコーナー、下手幕から、時には扉や後ろ席から息を吹き返したスセリさんが新しいキャラクターで出てくる。
当のスセリさんもボクシング大好きみたいだし。
いやあ、笑いに来たというより、スポーツを見終わった清清しさ。

帰りにマイミクのLazybonesさんと新宿で一杯引っ掛けて帰宅。
猫シャンプーしたてで毛並みがきれいになったみーこが、怒って待っていた。
餌やるの、忘れていたわ、ごめん。



じつはきのう、ミクシィの動画に8つほどアップしました。全体公開を4つ、友人(マイミク)公開を4つ入れて試しています。
ホームページも動画が復活しましたので、東京ユニットのコントとかも見れます。
しばらくの間、反響をみて、好評でなければ削除しょうと思います。
ただ、朝比奈隆さんの指揮真似はやはり生誕100周年記念ということで多くの人に見てもらいたいなあ。

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229タクト:2008/07/10(木) 04:27:21
いきいき演芸会
『いきいき演芸会』(題名がすごいね)があす、11日金曜日に麹町・いきいきプラザ一番町であります。

無料ですが、平日の午後なのでまったりした感じでの演芸会になると思います。 来場はご自由にどうぞ。
このビルのなかに老人ホームがあるので、その方たちも見に来られると思います。(だからまったり?) 東京演芸協会の会員である青空遊歩さんがプロデュースしている隔月の演芸会です。
ぼくはホールに関心があるので、今後、ここで自分達のライブができるのかどうか、じっさいに舞台に立って見てみたいと思っています。

7月11日(金)13:00開場 13:30開演
ぼくは指揮芸を10分。あと東京ユニットで柔道コントをします。高田京子さん親子のコンサート(演歌)がメインになります。

会場 いきいきプラザ一番町 B1F
   カスケードホール (200名収容)

 最寄り駅
  地下鉄「麹町」「半蔵門」5番出口徒歩5分
 JR、都営「市ヶ谷」徒歩13分

主催:社会福祉法人 東京栄和会
後援:東京演芸協会
出演:高田京子、名和美代児、あとぼくたち東京ユニット(好田&森)。


http://www.ikiikiplaza-eiwa.jp/event/ev_20080711.html

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000364.jpg

230タクト:2008/07/10(木) 13:57:46
ニャーと鳴くパンダ??
日常の書き込みから離れてちょっと閑話休題。
猫好きには癒されるニュースです。

7月9日、アムステルダムの動物園で、母親に育児放棄されたレッサーパンダの赤ちゃんが家ネコに育てられている。動物園が発表した。

 赤ちゃんは6月30日に生まれたが、生後間もなく母親に拒絶された。現在、子猫ほどの大きさで、ネコは自分の4匹の子と一緒に面倒を見ているという。撮影日不明。Artis Zoo提供(2008年 ロイター)


こんなニュースを知ると、ひょっとしたらうちのミーコの親はやっぱりパンダなのかしら、と思ってしまう。
というわけで、パンダの子供説の疑惑が再浮上したミーコ。
しばらく未完のままになっていた、『ミーコの部屋』の<ミーコ曼荼羅>の写真を再アップしました。
親ばかだねえ、おいらは。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000365M.jpg

231タクト:2008/07/12(土) 14:11:34
言い訳と決意
ホームページに併合されている、このBBS『タクト通信』を公開しだして一年少しになります。
今やネットには、個人のブログやホームページはかなりの数が開設されています。他の方が開いているそれらに比べて、このBBS『タクト通信』やH.P『好田タクトの世界』のアクセスカウント数はまだまだ少ないと自分では思っているのですが、いろいろな方が「読んでるよ」と言ってくれるので、それらの声にはほんとうにうれしく思っています。

さてこのBBSですが、レイアウトとかデザインとか写真取り込みとかもっと工夫すればより見やすくなるのでしょうが、まだぼくはパソコンが詳しくないので、現時点ではこれが精一杯の運営です。
エッセイは初期の頃はほんとうによく書きましたが、最近は少ないと思っています。これからはもう一度、告知や日記だけではなしに、エッセイや小説などもBBSにどんどん書き込んでいきたいと思います。
それとみなさんが読まれていて気づかれるでしょうが、ぼくの文には誤字、脱字、表現の陳腐さ、不適切さなどがかなり多いのです。読み物として不完全なのです。あとで間違いを気づいたり、もっとこう変えたいなと思うのですが、ブログやミクシィ、ホームページの書き込みと違い、BBSでは編集ができないのです。もしどうしても文章を変えたいのであれば、いったん削除してもう一度書き直す、つまりコピーして訂正して再度アップするしかありません。
ただし、次のエッセーや告知を書いてしまったら順序が変わってしまいます。
間違いを気づいたり、訂正や書き直ししたい気持ちが起きたらどうするか。
ぼくは削除から書き直して再アップするより敢えてそのままにしています。
そのときの書いた気持ちを大事にしていきたいと思っているのです。
表現者として恥ずかしいことかもしれませんが、きれいに書くことより書いている時の正直な気持ちを具現化、文章化することに意味を感じています。
どうしても書き直すときに新たな感情がおきてしまう。
書き直したものは別作品になってしまう、というぐらいの気持ちがあるのです。
どうぞみなさん、それを承知の上でこれからも愛読していただけましたらうれしいです。

「見よ! この決意(=ケツ意)」(吉本新喜劇の桑原和男兄さんのように、尻を突き出しながら歩いて舞台袖に立ち去る)


では最後に、われらが牧伸二会長と、イェ〜イ!

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000367.jpg

232タクト:2008/07/14(月) 00:47:17
みーすけを見に行こうかな
また猫ニュースに釣られてしまったよ。
家から近いし、今度見に行こうかな。
我が家のみーこと、みーすけくんは名前も似ているから友達になってくれるかな。
でもみーこは猫見知りするからなあ。なんせ、避妊手術以外、我が家からこの2年間一歩も出たことがないから、2階の網戸外に近所の猫が来ても、思いっきり尻尾を膨らませて「フー!」と唸り続けるだけだからなあ。たぶん、自分を猫だと思っていないんでしょう。


<ニュースより>千葉県船橋市の東葉高速線飯山満(はさま)駅に、12年間にわたって駅の顔になっているネコがいる。名前は「みーすけ」(オス、12歳)。地域ネコならぬ「駅ネコ」として愛されている。

下の写真は、改札の上でリラックスしているみーすけと岸さん=飯山満駅で2008年7月10日、袴田貴行撮影

同線が開業した96年4月に現れた。グレーの雑種で、ねぐらが近くにあるらしい。通勤客らが餌を与えるうちに、毎日顔を出すようになり、駅員や売店の店員からもかわいがられるようになった。

 売店の雑誌の上に乗って怒られることもあるが、ネコの手も借りたいほど忙しい時には、カウンター前で一緒に店番することも。手伝いこそしないが、きょうも多忙な利用客らの心を癒やし続ける。


さあ、我が家のみーこも『タクト通信』を読みに来たみなさまを存分に癒してくれ??。<みーこの部屋>
http://www.geocities.jp/butsuzou28/sub2.html

★なお、ミクシィのフォトにはみーこの写真を50点ほど掲載しています。(ミクシィに入っている方は、ここから訪問して他のフォトへ廻ってください)
http://mixi.jp/view_album.pl?id=4368230&amp;mode=photo
http://mixi.jp/view_album.pl?id=4367649&amp;mode=photo

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000371M.jpg

233タクト:2008/07/14(月) 03:14:49
わが巨人軍は永久に不倫です
「二岡のバットが火を噴けば、モナのミットにストライク!

 女性セブンがスチールすれば、二岡はアウト! モナは退場。」

仕事で千葉の宿泊先でテレビを見ていたら、二岡ーモナのゴシップ話ばかりなので思わずこんなくだらない句を作ってしまった。
ライバル球団の監督のコメントがおもしろい。

・楽天の野村監督
「二岡は普段だまっとるけど 、ああいうやつほどスケベなんや」

・阪神の岡田監督
「山本モナはすごいわ!」   岡田監督、何がすごいん?

234タクト:2008/07/15(火) 17:25:21
こんなこともあるのね。
合コンで出会う男女のエピソードには、こんな不思議な出会いもある。これは岡山であったお話。


A子は友達に合コンに誘われた。
気乗りがしないのに、「女性側の人数が足りないから。A子はいるだけでいいから」と言われ、しぶしぶ合コンがある居酒屋へいっしょに行った。
もともとA子はおとなしいし、こういう形で男の人と出会うのは性に合わない。それでも女友達は合コン慣れしているのか、楽しそうにやっている。王様ゲームとかやっても気乗りしないから、A子だけが浮いている。そのうちにA子を除くほかの女性群はみんなカップルが出来上がったみたいだ。
いやいや二次会にも付き合わされて、飲みなれない酒も飲んでいつの間にかカラオケ店で寝てしまったA子。起こしてくれたのは同じくカップルになり損ねた冴えない男の子。
「あれ? みんなは?」
「みんなはカップルになって出て行った。残っているのぼくたちだけ」
「えっ!? あっ、最終電車終わってる…」
これ以上いてもしかたがないので、店をその男の子と一緒に出た。
「A子さん、家どこ?」
「私はそれほど遠くないけど、どうして?」
「ぼく、家むちゃくちゃ遠いねん。金もないから行くとこないねん。今晩だけ泊めて」
「えっ? 嫌や…」
「絶対なにもせえへんから。朝なったらすぐ帰るから。お願い!」

あ〜、最悪。人生の不覚。
よりによってこんな冴えない男の子と何で?
神様、いったい私、何か悪いことした?

男の子を泊めるのはすごく抵抗があったが、友達の知り合いがこれほど一生懸命頼んでることだし、ムゲに断るのも忍びない。ま、悪いことはしなさそうだし、今晩だけがまんしょうか…。
「わかった。泊めるけど朝なったらすぐ帰って。絶対何もせんといて」
家が近かったのが良かったのかどうかわからないが、とりあえず2人でA子のアパートへタクシーで急ぎ帰った。

「きれいにしてるなあ、女の子の部屋って」
「ジロジロ見んといて。もう寝るわ。あんたはそっちで寝て」
A子はベットで、男の子はフローリングの床でタオルケットで寝ることになった。
「電気はつけとくわよ。気色悪いから」
「わかった…」
しばらくしたら、男の子がむくっと起きて、
「A子さん、腹減った。おにぎり食べたい」
「えっ? 我慢してよ。私、今から作るの嫌や」
「近くにコンビニない?」
「あるけど。行く道は…」
「いっしょに付いて来て。お願い!」
もう、最悪。
結局、男の子が強引にA子を外へ連れ出し、コンビニへいっしょに行くことになった。
A子のアパートを出てコンビニに向かおうとしたら男の子が、
「コンビニはええわ。警察近くにある?」
「警察? 警察はすぐ近くにあるけど」
男の子に強引に誘われるまま、警察に行った。

男の子の説明によると、ベッドの下に男が鎌を持って潜んでいるらしい。とにかく自然にA子を外に連れ出して、警察にかけこんだというわけ。
鎌を持った男はすぐに駆けつけた警察に逮捕され、A子は無事だったそう。
A子はじつは全然知らないストーカーにずっと悩まされていて、その夜が犯人の凶行日になっていた。たまたま男の子がストーカーを見つけて事なきを得た。
でもA子とストーカーを見つけた男の子がその後付き合ったかどうかは定かではない。



実話のように流布されてきたこの話は、確証する記事は見当たらない。真意のほどはともかく、身近に起きそうなリアル感は下手な怪談より怖さがある。
東京は一人住まいの女の子が多い。
以前、女友達に電話でこの話をしたら、ほんとに怖がられ大ヒンシュクを買いまくったことがあった。

夏だから、この手の話をいくつかしていくかもしれませんよ〜。

235タクト:2008/07/16(水) 02:17:49
時は来た
時は来た。

いよいよ9時間後に、錦糸町にある都立墨東病院の歯科口腔外科で親知らずを抜く。
ぼくは今まで親知らずを2本抜いてきた。いずれも歯科大学病院とか昨年の墨東病院で大治療だった。
今回もあまりにもうずいて我慢できなくなったので近くの歯科クリニックに行ったら、そこでは対処できないので紹介状をもらって、昨年に続き墨東病院にいくことになった。
ここはすごく混んでいて、予約してから三週間もかかってやっと今日、治療日を迎える。
なんでぼくの時だけ、こんなたいそうなんだろう。相方の森さんも同じように先日親知らずを抜いたのに、近くの歯科医院ですぐ終わったそうだ。

正直、嫌だ。
昨年のようなたいそうな治療になるのはゴメンだ。

なぜ嫌なのか、昨年の6月に治療した実況中継(過去のBBS)をここに再現しょう。
そして、そのあとにおまけの映像もつけた。橋本が猪木とタッグでぶつかった時に試合前に言った名セリフ(?)「時は来た」←蝶野爆笑こらえる、だ。


『親知らずの話』:2007年 6月30日(土)

?? 今回は、親知らずを抜いた時のトホホの話です。

おとつい、親知らずを抜きました。
約束の時間に近くの町の歯医者に行きました。
今は医療も進歩しているから、痛くないだろう・・、と気持ちを強く持って。
治療が始って一時間半ぐらいしてから、医者が、
「無理だわ・・」
  えっ?
「好田さん、もう根っこから別れてるから、うちでは抜歯は無理です。紹介状かくから、医科歯科大の口腔外科に行ってくれます?」
「こうくう?」
たらいまわしって、15年ぐらい前に親知らず抜いた時と一緒やんけ・・・。
とにかく、急ぎ指定された口腔外科のある都立病院に行きました。
連絡がついていたので早速医療室に通され、そこには教授らしき偉い先生一人とその周りに生徒?と思われる若い医者が数人僕を待ってました。
レントゲンを撮って、その現像をみて何やらボソボソ相談。
偉い先生が、
「好田さん、痛かったでしょう。もう大丈夫ですから。さ、早くやって」
若い助手の一人が、早速僕の親知らずの治療にかかりだした・・。
  おい、おまえがやるんちゃうんかい。若い方がやるんかい?
助手は明らかに不慣れで、それを見た教授は、
「おい、早くやってやれよ。患者も困ってるよ」
「ばか、そこじゃないだろう!」
  えっ、ええっ??
助手はどんどん汗だくになり、時折、
「あっ!」
  おいっ、あっ、て何だよ!
幾ら麻酔がきいているといっても・・・
「もういい、俺がやるよ」
最初からやれよ!
それでも一時間ほど格闘して、最後に教授は晴れやかに、
「無事終わりましたよ」
・・・何が、無事だよ。
「好田さん、今歯を抜いたところがボコッと穴が開いてて鼻の奥の空洞までトンネルになっている状態なんです。5日ぐらいしたらカサブタが出来て自然とふたになります。
で、注意して欲しいのは、この5日間ほど風船を膨らましたり、楽器を吹いたりしないでほしいのです。かさぶたがとれちゃうから・・」
「あの、吹かなきゃいけないのですが・・・」
「トランペットか何か?」
「いえ、ホース」
「ホース?」
「それとじょうご・・・」
「・・・・・」

だから、今日の「遊吉の会」でのゲスト出演と、明日の東洋館の特選寄席のなかで吹く、ホースとじょうごの演奏は、僕にとって命がけの演奏なのです。


★おとついと昨日東洋館の出番だったのですが、友達が2日とも見に来てくれました。
みなさん、ぼく達芸人は、東京演芸協会の定席(11〜19日)だったら、招待券を500円で手に入れることができます。
もしこれからお越しになるときがありましたら、遠慮なしにぼくに言ってください。招待券をお渡しします。
そしてできましたら、ぼくの持ち時間が15分の時、しっかりやれるときを見ていただきたいです。
これからもみなさん、どうぞよろしくお願いします。


<おまけ映像>橋本「時は来た」←蝶野爆笑こらえる

http://jp.youtube.com/watch?v=d17c_E7OhMM

236タクト:2008/07/16(水) 23:43:13
プライドが邪魔をするのか?
M-1、R-1に続いて吉本が主催する第3のお笑いコンテスト、コント日本一決定戦『キングオブコント2008』に、相方の森さんに出ません?って聞いたら、「嫌や」という返事。

考えてみれば森さんは以前コントらぶこ〜るで、日テレ『お笑いスター誕生』の第1回オープントーナメントサバイバルシリーズ(1984年1月〜4月)で優勝している。当時のお笑い界を走り出した人たち、ダウンタウンやウッチャンナンチャンたちと戦い、勝ったりしたという自負がある。今回司会するのが後輩のダウンタウンというのも二の足を踏ませている。
でも今は寄席でなんぼ受けてもトリをつとめても、いつまでもテレビに背を向けていたらコンビとしての上がり目がないと思う。特に森さんは、師匠であるレオナルド熊さんの芸風を唯一無二引き継いでいるし、ストリップ上がりだからコントもよく知っている。コントレオナルドも本は森さんが書いてきた。ほんともったいない逸材だと思う。

ぼくも森さんの気持ちがわかるから無理は言えないけど、森さんのプライドが邪魔をして外に打って出る気持ちになれないのか、足をけがしてあきらめムードが漂っているのか、ほんとこのままでいいのかと思ってしまう。

http://jp.youtube.com/watch?v=sfYbbuG6rWM
万引きコント

http://jp.youtube.com/watch?v=P5NO5cTj5Jc
柔道コント

もうネタもずいぶん作ってきた。他のコントも含めて、これらが世間に見てもらえる機会は果たしてくるのだろうか。事務所に入らないのはもう時代遅れなのだろうか。

東京ユニット

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000379.jpg

237タクト:2008/07/18(金) 01:15:55
おめでとう
ついにこの日が来てしまった。
日本と米国球界で通算201勝を挙げた野茂英雄投手(39)が現役引退を決意した。
一番よく見ていた選手だった。近鉄で鈴木啓示監督とぶつかって、メジャー行きを決意する。95年、海を渡ったトルネードは、大リーガーを凌駕し、その年のオールスターではアメリカンリーグの先発投手として快投する。
クリントン大統領はこう言った。
「野茂は日本の最高の輸出品だ」
いつも衛星放送で野茂の試合は釘付けになった。ストレートとフォークで三振を取りに行く「トルネードK」の野茂の投球術は、かけひきなしの真っ向勝負。肝心なところではよく打たれた。155敗という数字は、彼のもうひとつの勲章。マウンドの「16」は孤高の侍でもあった。
二度のノーヒット・ノーラン。相次ぐトレード。ここ3年間はマイナーでの生活。でも負けなかった、あきらめなかった野茂。ほんとうに記憶に残る名選手。

小さい頃にテレビで見た江川卓の豪速球に憧れ、野茂は高校野球強豪高の近畿大学付属高等学校の野球部セレクション受験に挑戦する。自信があったが結果は不合格。
進んだ成城高校での専攻が機械工学だったこともあり、機械関係の求人覧をかたっぱしから見漁って就職活動をしていた野茂は、鉄鋼会社の大手「新日鉄化学」の野球部から同社野球部へ入部してくれないかという誘いに大喜びする。
「自分はプロになんかいけないと思っていた。10年ぐらい社会人野球をやって、その後は働かせてもらおうと思っていた(週刊朝日1990年8月31日号)」。

社会人での3年間で野茂は開花する。ソウルオリンピックでの銀メダル、世界大会での最優秀投手など、社会人野球投手ナンバー1の称号を得た野茂に、即戦力となる投手が欲しいプロ野球各球団のスカウントマンが触手を伸ばし始め、ドラフト会議を前に、野茂のもとに連日、挨拶と称して足を運んできた。
だが、記者会見を開いた野茂の口から出た言葉は意外なものだった。「技術的に納得いくレベルにいない。僕はプロでは通用しない」と、プロ野球入り辞退の意向を表明したのだ。しかし、野茂獲得に意欲を見せる各球団は、そんな辞退表明などお構いなしに野茂を1位指名(当時史上最多の8球団が野茂を1位指名)。結果は、のちにイチローの才能を見出した当時の近鉄バファローズ監督の仰木彬氏が、当たりクジを引き当て野茂との交渉権を獲得した。仰木氏は、野茂が出した、「フォームなどを直すことなく自分のペースでやらせていただければ」という条件を飲み、野茂の近鉄入団が決定した。

史上最短での1,000奪三振。プロ入り4年連続の最多勝利と最多奪三振王。近鉄の看板であり、日本を代表するピッチャーとして活躍していた野茂だったが、近鉄時代のコンディショニングコーチだった立花龍司・ロッテヘッドコンディショニングコーチは「絶対にトレーニングを休まない野茂を見て、トレーニングをする選手が増え、選手寿命を長くしてくれた」と野茂の野球に対する姿勢を評価。野茂が入団した時に仰木彬監督(当時)から「あいつは腰をひねって投げることで(ドラフト)1位で入ってきた。(フォームは)直させないから、壊れるかもしれん。しっかりトレーニングさせてくれ」と言われたという。投手の練習といえばキャッチボールとランニングくらいの時代。「日本で初めてトレーニングしながら投げた」と振り返った。
作新の江川、大府の槙原、阪急の山口高志、そして日米で活躍した大魔神佐々木。豪腕と言われた投手は数多いが、野茂の存在と実績は抜きん出ていた。
95年、意を決して大リーグ挑戦を表明。そしてその後の活躍…。

江夏のチャレンジが失敗し、野茂がパイオニアとなって後塵の日本人選手のメジャーでの活躍を導く。イチローや松井、松坂の前に偉大な野茂がいたことを、我々野球ファンは記憶にとどめておきたい。
野茂はきょうの引退表明でこう言っている。
「よく、悔いのない野球人生とか言う人が多いけど、ぼくは悔いが残る」
野茂の近鉄時代の先輩、吉井・日本ハム投手コーチは「本当にやめるのなら『おめでとう』と言いたい。あれだけ成功したのだから」。

   野茂投手、長い間、おつかれさまでした。

     そして、ありがとう。

           おめでとう。

238タクト:2008/07/18(金) 03:16:01
鈴木其一
ついに来る。
あさって20日のNHK『新日曜美術館』は鈴木其一の特集をやる。
ぼくの一番好きな画家の一人(もうナンバー1と言い切ってもいい!)が江戸の琳派、鈴木其一(きいつ)だ。
担当はH内ディレクターなのかな。もう電話かけちゃおうかな。
とにかくうれしい、ありがとうに尽きる。
いつもは『新日曜美術館』はSP(標準モード)で録画しているけど、今回はXP(最高モード)で録画しょう。地上波ではなしに、衛星ハイヴィジョンでの録画をするべきだろう。

今回取りあげられるのは「朝顔図屏風」らしいけど、ぼくは根津美術館に所蔵されている「夏秋渓流図」に一目ぼれしている。もっとも美術館は今、改装工事中だけど。
「夏秋渓流図」は無断転用できないが、根津美術館のホームページに入って、所蔵品データベースの「絵画」の一番下、「近世諸派」の「夏秋渓流図」をクリック、もしくは美術館名と題名をコピーして検索して見ていただければこのすばらしき屏風絵(六曲屏風 1双 各148.5×363.3 紙本著色)が見れる。
この渓流の青の色の鮮やかなこと。
本当に奇跡の絵画とはこのことだ。
ちらっとでも、今回の番組でも出てこないかな。
破壊、革新、踏襲、異端、驚異、其一の前ではこれらの言葉は薄っぺらく感じてしまう。

【番組案内】 教育テレビ日曜あさ9時〜10時、(再)よる8時〜9時。

2008年7月20日放送

『踊る朝顔
江戸の絵師 鈴木其一の挑戦』

うねるように踊るように、朝顔だけを、六曲一双の金地大画面に描いた「朝顔図屏風」。
江戸時代後期に活躍した鈴木其一(すずききいつ・1796〜1858)の傑作である。
それまで朝顔といえば、秋草の一つとして他の草花とともに描かれるのが一般的だった。
それを其一は、大胆奇抜な着想で、朝顔のみ、それも150を越す大輪の花々が躍動するかのように表した。
従来の花鳥画の伝統にはない異色の作品はなぜ生まれたのか。
テレビ初公開の其一の旅日記からは、自然の姿に目をこらす中で新しい絵画を追求しようとした、ひたむきな姿が浮かび上がってきた。
其一の生き様を見つめながら、「朝顔図屏風」誕生の秘密を探っていく。

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239タクト:2008/07/19(土) 15:09:09
タクトの明るい子供相談室
          (テーマ音楽が20秒ほど流れる)

「タクト先生の明るい子供相談室〜♪。
さあ、よいこのみんな、元気にしてたかな? いよいよ夏休みだね〜。休みっていいねえ。先生は一年中、夏休みだよ〜。さあ休みに入る前は恒例、タクト先生による明るい子供電話相談室を開催するよ。
この番組は、シャレが嫌いな人は聞かないほうがいいよ。腹が立つから。でもヴェルディの歌劇『ファルスタッフ』でも「世の中すべて冗談だ」って言ってます。明るく解決しましょう。
前ね、先生、TBSラジオの本家『子供電話相談室』を聞いていたんだ。番組始まっても誰も電話かかってこないから、司会の平野市子さんと永六輔先生が二人でずっとくっちゃべってたんだ。それはつらいから、どんな質問でもいいよ。先生が真摯で明快な答えをピュッ、ピュッ、ピュッ、ピュッ出すからね。では、質問いってみようー!」


Q1.「遺体と死体の違いは何ですか?」

A.「遺体(痛い)は女、死体(したい)は男。おばちゃんは痛くないらしい…。次!」

Q2.「大相撲人気が復活してきて、なかなか席が取れません。誰に頼めばいいのですか?」

A.「それはやっぱり力士本人に頼むべきでしょう。関取だから」

Q3.「パチンコに負けない方法は?」

A.「パチンコするな」

Q4.「美しい自然を守るには、どうすればいいのでしょう」

A.「何もするな。自然は自然にしておくのが一番」

Q5.「ぼく地域は水不足です。泳ぐところがありません。どうやったら泳ぐことができますか?」

A.「悪いことをしなさい。万引きでもなんでもいいから。そして警察に捕まった時に、「ぼくには仲間がいます。その人の指示で動いています」と言うと、警察はすぐに泳がしてくれます」

Q6.「ただで飛行機に乗る方法は?」

A.「パイロットになれ」

Q7.「ただで船や電車などに乗ったり、遊園地に入る方法は?」

A.「入り口で自分のお母さんぐらいの人を見つけて、お母ちゃ〜ん、待って〜といいながら、追いかけて素通りしなさい」

Q8.「うちのお爺ちゃんは「幸せになる壷」を、300万円で買いました。でも幸せになってません。どうしてでしょう」

A.「売った人は幸せになっています」

Q9.「やせる石鹸というのを買って使っているのですが、全然やせません。うそですか?」

A.「石鹸はやせていってます」

Q10.「先生は地球をきれいにしてますか?」

A.(おもむろに地球儀を取り出しながら、雑巾でゴシゴシ磨く)

Q11.「釜なくして、ご飯を炊く方法は?」

A.「鍋で炊け」

Q12.「悪いことをしたら、刑務所に入るんですよね。刑務所はひどい所ですよね」

A.「刑務所はいい所です。中はいい人ばっかり、セキュリティは万全だし、三度のメシもついている。酒もタバコもダメだから、健康にいい。家賃もただ。だけど長いこと入っていると、一般社会になじめない体になるんですね。風呂に入ろうと思って銭湯に行っても誰も笛を吹いてくれないから、いつ湯船に入っていいか分からない。散歩してても号令がないと足をどっちから出していいかわからない。夜眠れない…。
えっ、ここでCMですか? ではコマーシャル!」

       〜(CM30秒流れる)〜

A.「はい、では続いて質問どんどんいきましょうー!」

Q13.「消えた年金問題、困りましたね」

A.「チャンスです。証拠がありません。社会保険庁に行って「払ったんですよ」と真剣に言えば、人柄で判断されます」

Q14.「ぼくはがんばって勉強して、偉い人になって金持ちになりたいです」

A.「がんばると疲れる。疲れると体に悪い。がんばってもダメな人はダメ。がんばった友達についていきなさい。金持ちになろうとしてはいけません。金持ちについていきなさい。上を見てはいけません。下を見て安心しましょう」

Q15.「そんな弱い考え方でいいのですか?」

A.「弱い人には国から金が出ます」

Q16.「友達のお父さんはスリをやっています。スリは悪いことですよね」

A.「スリはいいことです。強盗は悪いです。脅かして金を取るんだから。スリはカモが知らない間に取ってしまう。取られた方は、あ、金がない。明日からがんばって働こう、という労働意欲が沸く」

Q17.「家族が風邪をひいてウンウン唸って死にそうです。どうしましょう」

A.「旅に出なさい。うつっちゃいけないから。旅から帰ったら、だいたいは治っています」

Q18.「ハトに100円あげている人がいました。どうしてですか?」

A.「ハトの餌100円、と書いてあったのです」

Q19.「駅のアンケート箱に一生懸命しゃべっているおばあちゃんがいました。どうしてですか?」

A.「あなたの声をお聞かせください、と書いてあったのです」

Q20.「親は無職なんです。家業はなんですか?と聞かれたら、どう答えればいいですか?」

A.「かきくけこ」  (カ行)

Q21.「桃太郎のほんとうの話を教えてください」

A.「ある時、川から桃がどっぷらこと流れてきた。その桃を見ておじいさんはムラムラして、おばあさんと桃太郎を作った。だからおじいさんとおばあさんではなく、お父さんとお母さんなのだ。教訓、やればできる。江戸時代はほんとうに桃太郎はこういう話だった」

Q22.「浦島太郎の真相を教えてください」

A.「太郎は亀を助けた。亀は恩返しに竜宮城へ案内しょうとしたが、太郎は人間なので海の中へは行けない。しかたなく、熱海にある竜宮城別館へ誘われた。そこでは飲めや歌えやの大騒ぎ。鯛の活き造りに乙姫さまのエロ接待。最後に玉手箱を渡され、家へ帰って開けてびっくり玉手箱。すごい高い金額の書いた請求書が入って、ショックで白髪になった」

Q23.「人魚姫はいい話ですか?」

A.「悪い話です。上半身を裸で誘っておいて、下半身が魚だなんて。これが逆だったらまだいいのに…」

Q24.「電車で痴漢にあって困っています。今度あったらどうしたらいいですか?」

A.「触らせなさい。ハムラビ法典の教え「右のほほをぶたれれば、左を出せ」それと同じです。「右の胸を揉まれれば、左も出せ」。そして犯人に言うのです。モミジ饅頭ー! 毎度ありがとうございました。お会計10万円です。揉みじ、まんじゅう(十万)。正当な報酬です」

Q25.「親知らずを抜いて、痛くてたまりません。なんとか歯の痛さを忘れる方法がありませんか?」

A.「目を突きなさい。そっちに痛みが移って、歯の痛さは忘れてしまいます」

Q26.「生き物の数え方がよくわかりません。猫や馬やイカはどう数えるのですか?」

A.「猫は1匹2匹、馬は1着2着、4着になるとダメなんだ。イカは1パイ2ハイ、たくさんになるとまたいっぱい」

Q27.「お父さんに日曜日に動物園に連れてってもらいました。そこには馬しかいませんでした。入り口で予想屋が「7番来るよ、7番の馬が来るよ!」と言っていたので、お父さんはそれを信じて7番の馬券を買いましたが、一着になりませんでした。予想屋はウソつきですか?」

A.「ウソはついてません。何とか来たでしょう、ゴールまで」

Q28.「うちの親は携帯で電話をかけるのをすごく嫌がります。お金がかかるからです。公衆電話を利用しなさいって言うんだけど、公衆電話は前に誰がしゃべったかわからないから、口のところから嫌な匂いがプ〜ンとするんです」

A.「だから、口臭電話なんです」

「あっという間にお時間になりました。よいこのみんな、疑問は解決できたかな。来週もどんどん質問とお仕事の依頼をタクト先生に送ってくれ。待ってるよ。では、また来週〜♪」

            〜(エンディングテーマ流れる。FO)〜


タクト先生の写真

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240タクト:2008/07/25(金) 04:12:05
暑中お見舞い申し上げます
いや〜、梅雨明け宣言出されてから、連日暑いですね。
ビールのおいしい季節となりましたが、ぼくはナイターに見に行った時しかビールは飲まなくなりました。(ヤクルトファンではないが、親戚から毎年ヤクルト株主招待年間カードをもらうので、神宮球場にはよく行く。全試合2名までOKなので行きたい人はぼくに言ってね)。
みなさんはこの暑い夏をいかがお過ごしでしょうか?
すかっと暑さを吹き飛ばしたいのは、セイイチ(ぼくの本名誠一)もセイウチ(北極に生息)も同じ。

【清涼ニュース】水族館「鴨川シーワールド」のセイウチ一家4頭に19日、重さ150キロの氷柱4本が暑中見舞いとして届いた。氷が大好きな末っ子の雌「ミナ」(1歳)は、プールの中に落とした氷の塊にしがみついたり、クルクル回したりして、大はしゃぎだった。

さあ、こんな涼しい話題でみなさんの心を癒してちょうだい。ちなみにぼくの電話番号も(サムイヨ ヨロシク)だけどね。

氷と戯れるセイウチ一家

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241タクト:2008/07/25(金) 04:20:24
三つのお願い聞いて〜♪
 【告知が3件あります】

★今年も汐留でやっている「日テレART DAIDOGEI」に出ます。出番はきょうです。場所は「GO!GO!ステージ」という所らしいです。
http://www.ntv.co.jp/shiodome/event/2008jamboree/index.html
○25日(金)の出演者
13:30〜 ガンジスインダスドーダス
15:00〜 好田タクト
15:30〜 ガンジスインダスドーダス
17:30〜 好田タクト
             (いつも急な告知ですみません)

★今、ミューザ川崎シンフォニーホールで首都圏すべての楽団を一堂に会した『フェスタサマーミューザKAWASAKI2008』(7月19日〜8月9日)が開催されています。そこで配布されるパンフレット小冊子に、なんとぼくが曲目解説を書いています。
9つのオーケストラ公演の曲目解説です。
(N響、東響(オープニング&フィナーレ公演)、新日本フィル、日フィル、読響、都響、神奈川フィル、東京フィルの各公演)
冊子(100ページぐらい)パンフレットの中に「好田タクトの曲目解説」てな感じで、ぼくの9人の指揮者写真とともにおもしろ解説(?)が載っているはずです。じつはぼくも今日の公演、新日本フィル演奏会で初めてパンフレットを目にするので、不安半分、期待半分なのです。ドキドキ。
土日祝は営業でこれには聴きに行けないのですが、 平日の7公演は聴きに行きます。
安いし良質な公演ばかりなので、みなさんも聴きに来て、ぼくの解説を笑いながら読んでね。
http://www.kawasaki-sym-hall.jp/festa/f_about/about_top.html

★お恥ずかしい話ですが、鎌倉のお店・佐助「こまめ」甘味処での単独ライブの席が数席売れ残っています。
この日、ちょっとタクトに会ってやろうかという奇特な方はぜひお越しください。ちなみに席は完全電話予約制です。8月9日の土曜日ですので、遠くからでも、また退社時間を気にせずにお越しになれます(なんか脅迫的ですね)。20人限定のお店です。
お昼は鎌倉の街並みやお寺をぶらついて、『こまめ』という小さな空間で夏の夜を楽しみませんか。

8月9日(土) 鎌倉のお店・佐助「こまめ」甘味処でライブをします。
 『真夏の夜の夢ライブ』〜世界の指揮者芸と楽しいクラシックの話〜

出演:好田タクト
場所:鎌倉市佐助1−13−1 佐助「こまめ」甘味処

予約先・TEL: 0467−23−8334(お店で一括予約管理。もし当日席が余っていても、必ず電話一本ください)

席料:2,200円(ビール一本とおつまみ又はお茶と甘味付き)
時間:7時〜8時30分


以前海に潜った時に写した人魂のような魚の写真。ね、涼しそうでしょ。

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242タクト:2008/07/25(金) 05:37:11
前のグループが全然受けなかったから?
21日にアンフィニ・サロンオケと代々木国立オリンピックセンターロビーでのイベントで久しぶりの競演をした。
いつもどおり指揮者芸をするつもりで行ったら、クロード小林さんが手薬煉(てぐすね)を引いて待っていた。
「タクトさん、喜んでください。出番がひとつ増えました。「シンコペーテッドクロック」という曲を演奏するんですが、タクトさんはこれをやってください」
結局、その曲のなかのウッドブロックとトライアングルを担当することになった。おかげでお昼返上で猛特訓。演奏は無事終了。
会場は親子連れで超満員。わが指揮者芸&アンフィニ演奏会も良く受けた。主催者からも賛辞がいっぱい。クロードさんが、
「今回の勝因は、前のグループが全然受けなかったから」とわけのわからないことを言いながらも、うれしそうだったのでこちらも満足。
クロードさんいわく、「お客さんの顔がタクトさんと一緒に百面相になっていくのが面白かったですよ! 」
その後、営業のため急ぎ千葉の若葉の湯へ行った。

DVDレコーダーに「ニッポンの沢を登る」(日本の4大沢登り、超必見!)「朝比奈隆・ブルックナー交響曲第5番シカゴ交響楽団演奏会」「新日曜美術館・鈴木其一」(しかもあの「夏秋渓流図」番組では「夏秋山水図」の題だったが、その屏風絵も取りあげられて言及。なんと鮮やかなこと!)「核の時代」「奇跡の映像1〜9」「篤姫」「監査法人」、黒澤明など映画数本…この2日間に予約した番組がパンパンに貯まっていた。RWにダビングしていくの一苦労だけど、いいのばっかり録画できたのでうれしい悲鳴。


ウッドブロック

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243タクト:2008/07/26(土) 02:13:41
タクトは見た!(市原悦子風に)
昨日25日は、汐留(降車駅は新橋駅)であった「日テレART DAIDOGEI」の出番だった。そこに行く途中、JR新橋駅前でけったいなものを見た。ボウリングのピンに見立てた巨大な氷柱だ。どう見てもエロアートに見えて、ピンとこなかった。

昨日は久しぶりに橋本(隆平)さんとも会い、都美術館以来のガンジスインダスドーダス(カナールペキノワ)さんとも再会し、話に花が咲いた。
橋本さんいわく、「きょうの出演者2人は「日テレART DAIDOGEI」一番のシュールな芸人の組み合わせですよ」だって。ぼくは万人受け芸人なのに(ほんまか!)
大道芸はまあまあかな。やっぱりまだ人が少ないらしい。
しかしこの暑さ。
こっちは厚手の燕尾服でのめいいっぱいの演技だし、なんか灼熱のインドで修行させられているみたいだったわ。
列島全体が猛暑で、東京都心でも34.5度あったらしい。

夜は、ミューザ川崎シンフォニーホールへ行って午後8時開演の新日本フィル(プロレスちゃうよ)の演奏会を聴きに行った。『フェスタサマーミューザKAWASAKI2008』(7月19日〜8月9日)の公演なので、いよいよ自分が書いた『好田タクトの曲目解説・ここが聴きどころ!』が載っているパンフレットを初めて手にとって、読むこととなった。
いいんじゃない?
パンフレットの巻末にはぼくの紹介もしてくれているし。
これを読んでくれたお客さんが、今発売中の2冊の本にも興味を持ってくれるといいなあ。
写真は曲目解説のひとつ、N響のページです。

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244タクト:2008/07/27(日) 22:38:59
御礼! こまめライブの予約打ち止め
8月9日(土)に鎌倉のお店・佐助「こまめ」甘味処でするぼくのライブ、『真夏の夜の夢ライブ』〜世界の指揮者芸と楽しいクラシックの話〜ですが、予約でいっぱいになりました。

みなさま、どうもありがとうございました。
あとはその日のライブに向けて、準備をしていくのみです。
素敵な夢のライブにするために…。

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245タクト:2008/07/29(火) 12:28:49
シュナイトとブレハッチ
 ラファウ・ブレハッチというピアニストをご存知だろうか。5年ごとに開催されるピアノコンクールの最高峰ショパンコンクールに2005年度優勝を果たしたピアニストだ。
彼のキャリアは日本で行われた2003年浜松国際ピアノコンクールで一位無しでの第二位(ゴブリンと分け合う)になったことから始まった。しかし、彼はこのコンクールでは一度書類審査で落選している。しかしウィーンでの敗者復活戦で注目され、全く無名のまま浜松を制覇した。
2年後の最高峰のショパンコンクールの覇者に上り詰めたブレハッチは、今、最もチケットが取りにくいピアニストの一人と言われている。
彼はこう言っている。
「ぼくは何も変わっていない。変わったのは周りの見る目」

ハンス=マルティン・シュナイト。現神奈川フィルハーモニー音楽監督。1930年ドイツ生まれ。ベルリンフィル、ミュンヘンフィルなど主要なオーケストラを指揮したのち、ミュンヘン・バッハ合唱団、管弦楽団の芸術監督になる。指揮者としてはほんとうに地味だが、音楽を探求する厳しさは有名で、神奈川フィルも彼の元でめざましい成長を遂げている。

音楽も人間の作る世界。肩書きや権威も分かるけど、必ずしもそれだけで私たちを感動の世界へ連れて行ってくれるわけではない。いくら評判がよくても準備していなかったり、心がこもってなければそこで生まれるのは空虚なもの。逆に人間の持てる力をふるに引き出してくれれば、今まで私たちが気づかなかっただけで、すごい質の高い世界が生まれることは想像に難くない。
大河ドラマ「風林火山」を作曲した千住明さんは言っている。
「音楽は人に聴いてもらって初めて命が吹き込まれるのです」

私たちはもうそろそろ自分たちの目で、自分たちの耳で判断して音楽家を見てもいいのではないだろうか。ほんとうに頑張っている人が、いいものを提供している人が、正当な評価を受けるように。そして育っていくように。



前々回で話したボウリングのピンに見立てた氷柱(写真=JR新橋駅前)。ピンときます?

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246タクト:2008/07/30(水) 20:08:21
ホルスト・シュタイン死去
世界的指揮者、ホルスト・シュタイン氏が亡くなった。

言葉が見つからない。

この名匠がいかに愛され、この訃報がいかに音楽を愛する人たちを悲しませていることか。

容貌も最初は「たこ坊主」みたいと思っていたが、演奏に接するうちに神様に見えてきた。
もちろん自分の指揮者物真似の主要なレパートリーに入れている。
もう12年前ぐらいだが、ウィーン国立歌劇場のステップパラテレ通いをしていたとき、劇場関係者と仲良くなり、その人も、
「わがウィーンスターツオパーは、ホルスト・シュタインが振る時は気合満々だ!」と力説していた。

エピソードもいっぱい。
N響の鶴我裕子さんの著書「バイオリニストは肩が凝る―鶴我裕子のN響日記」にも、ホルスト・シュタインの人柄に惚れ込んでバイロイト音楽祭まで追っかけていき、シュタインこそ理想の男性だったと書かれている。もっとも著者は「私は面食い」とのコメントも入っている。
ウイーンの「薔薇の騎士」の冒頭のホルンが上手くなかったので、本番で3度もやり直させたという話。
ピットで指揮をしていても舞台の歌手やオケの演奏がつまったら、平気で自ら歌って難を乗り切った(?)話。それも歌手顔負けのかなりいい声だったそう。

ワーグナーなどドイツ物の演奏が定番の巨匠だったので、もちろんぼくも手兵バンベルグ響やN響のそれらの演奏は惚れ惚れしていたが、ぼくが一番気に入っているのはじつはボロディンの交響曲第2番。
氏の指揮で生でこれを聞き、「この曲、こんないい音楽だったんだ。なんかドイツの名交響曲みたい」と驚嘆したのを鮮明に覚えている。

きょう、ミューザ川崎で読売日本交響楽団・下野竜也指揮の演奏会に行ってきた。
曲目がフンパーディングの『ヘンゼルとグレーテル』、ワーグナーの『神々の黄昏』より「夜明けとジークフリートのラインの旅」、シューマン交響曲第3番『ライン』というドイツもの。
自分の心の中では、ドイツの歌劇場の叩き上げ職人(カペルマイスター)の称号にふさわしいシュタインさんの追悼コンサートのつもりで聴きに行った。
アンコールの曲、弦楽合奏に編曲されたシューマンの『トロイメライ(夢)』が流れた時、ぼくは目をつぶりながらシュタインさんを思い出していた。
目頭が熱くなり、涙が溢れそうになった。


ホルスト・シュタインを含む指揮者芸のダイジェスト版
http://jp.youtube.com/watch?v=WqiOsoZVCHw

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000398M.jpg

247タクト:2008/07/31(木) 02:14:32
勘違い
最近、よく「忙しそうね」と言われる。
BBSやミクシィ日記をこまめに書いて、スケジュールもなんとなく詰まっているように見えるから、そう思われるのだろう。

それは大きな勘違い。
はっきり言って暇。
先の大きな予定も、レギュラー的なものもなにもない。
今の世の中で、業界からみれば、的外れな生き方をしている俺。
でも気持ちは負けない。
もうこの年になれば、コツコツやり続けるしかない。
よそいきのことなんかできるわけない。

プレッシャーのかかる仕事でも、遅刻せずに体を持っていけばなんとかなる。
一生懸命準備しても徒労に終わることもある。
意外とテンションと集中力を高めればいい結果が生まれることもある。でも準備はギリギリまでやる。

疲れたら休んだっていいじゃない。許される範囲ならば。
冥土にはお金も名誉も持っていけないし。
でも生というものを与えられた限りには、何かをやり遂げたい。
自分自身が納得できるために。
最後には土に帰るのだから。

248タクト:2008/08/01(金) 02:40:32
8月の予定
7月は記録的な猛暑でした。
8月も暑くて死にそう?
そんなときには、タクトの舞台がお奨め。
なんせぼくはギャグも電話番号も、サムイヨ ヨロシク、ですから。

★寄席

・浅草東洋館中席 東京演芸協会定席
12日 12:45 (ピン芸・世界指揮者人名辞典)10分間
13日 13:45 (コント東京ユニット)15分間
http://www.asakusatoyokan.com/timetable/?id=1206682326-158758

★若葉の湯(千葉市若葉区)■東京ユニット「お笑いオンステージ」
こちらではゲストの演芸を中心に、ぼくたち東京ユニットはホスト(司会・進行)をやっています。

・8月2日(土)・3日(日) 「サニム」によるチャンバラコント
2日(土)  1部/18時〜 2部/20時〜
3日(日)  1部/15時〜 2部/17時〜 3部/19時〜
・8月15日(金)・16日(土) 「ジギジギ」による夫婦音楽ショー
15日(金)  1部/17時〜 2部/19時〜
16日(土)  1部/15時〜 2部/17時〜 3部/19時〜
・8月17日(日) 「マギー隆司」によるマジックショー
17日(日)  1部/15時〜 2部/17時〜 3部/19時〜

★8月9日(土) 鎌倉のお店・佐助「こまめ」甘味処でライブをします。
 『真夏の夜の夢ライブ』〜世界の指揮者芸と楽しいクラシックの話〜
出演:好田タクト
場所:鎌倉市佐助1−13−1 佐助「こまめ」甘味処
予約先・TEL: 0467−23−8334
席料:2,200円(ビール一本とおつまみ又はお茶と甘味付き)
時間:7時〜8時30分

おかげさまで予約完売となりました。ありがとうございました。

★ただいまミューザ川崎シンフォニーホールで催されている夏の音楽祭『フェスタサマーミューザKAWASAKI2008』(7月19日〜8月9日)で、ぼくが曲目解説を書いています。
小冊子パンフレットに『好田タクトの曲目解説・ここが聴きどころ!』という形で、9つのオーケストラ公演(N響、東響(オープニング&フィナーレ公演)、新日本フィル、日フィル、読響、都響、神奈川フィル、東京フィル)を担当しています。
公演に聴きに来られた方、演奏と同時にぼくの間抜けな9人の指揮者芸写真とともに書かれているおもしろ解説(?)もお楽しみください。

東京都ヘブンアーティストライセンス更新のために、どこかで大道芸をします。まだ日時場所は決めてないけど。

♪共著が出ています。小学館から『トンデモ音楽<ミュージック>の世界』で、ぼくはその中の<名作曲家たちのトンデモエピソード>を担当しています。杉&テツさんのCD付きで、1,785円(税込)です。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=852482221&amp;owner_id=4680451
自著『世界一楽しい タクトのクラシック音楽館』(実業之日本社・新書)と合わせてよろしくお願いします。税込定価800円。


9月以降の予定

9月にはあるオーケストラと小学校周りをします。
9月19日(金)豆風ライブハウス代官山「晴れたら空に豆まいて」で単独ライブをします。
http://www.mameromantic.com/
9月26日(金)四谷コタン「笑って笑って笑いましょう vol.5」
10月11〜19日 歌って踊る「おっ、ぺれった」に、歌えない踊れないぼくが16年ぶりに出演します。
「おっ、ぺれった20周年記念公演」出演決定。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000400.jpg

249タクト:2008/08/01(金) 14:41:42
続々と顔が挿げ替えられる。M・ラミレスはドジャーズ、I・ロドリゲスはヤンキース…
テレビでイチローの試合をなにげなしに見ていたら、びっくりしたなあ、もう。

アナウンサーが、
「きょうが大リーグのトレード期限日です。続々と各球団のトレードが発表されています。マニ―・ラミレスがドジャーズへ…」

えっ
さらっと言うなよ、アナウンサー。
確かにマニーはいつもチームの処遇に不満を漏らしていたから、トレードの噂は常にあった。それにこの年末には契約も切れる。
でもチームの顔だよ。
おもしろいよ。
通算510本塁打を記録し、オールスターにも12度選出されているレッドソックスの看板選手だよ。
今年のMLBオールスターでもファン投票の獲得数がイチロー(マリナーズ)が 2,012,912票に対し、ラミレス(レッドソックス)は3,428,577票もあったんだよ。

昨年までヤンキース監督で今シーズンからドジャーズの監督になっているトーリ監督も皮肉なものだ。まさか今率いているチームが、かつてライバルだったレッドソックスの元スターメンバー、 ラミレス、ガルシアパーラ、ロウとBOSTON出身者が集まることになるとは。
ま、ガルシアパーラはかつてのおもかげは全然ないけど。
有名女子サッカー選手のミア・ハムと結婚し、米国の「スポーツセレブリティーの顔」とまで言われた花形遊撃手だったのに、今はほとんど試合に出ていない。
そのガルシアパーラも、4年前の7月31日に放出されていた。

ほかに、14度の球宴出場を誇る名捕手イバン・ロドリゲス(36)がヤンキースへ(ポサーダはどうなんねん?)、引退までブレーブスでプレーすることを希望していた大砲マーク・テシェイラ一塁手(28)がロサンゼルス・エンゼルスへ、今季600号ホームランを達成したレッズのケン・グリフィーJrがシカゴ・ホワイトソックスへ、パイレーツからジェーソン・ベイ外野手がレッドソックスへ緊急移籍した。
そしてもう新しいチームで試合に出ている。なぜかユニフォームもちゃんと用意されている。引越しセンターが来ても立ち会う暇もない。

イチローや松井秀喜、アレックス・ロドリゲスのトレード話もたんなる噂と言い切れなかったかもね。

移籍した彼らはみんな球団の「顔」だった選手。そんな顔たちを簡単に挿げ替える。
やることがすごいねえ、メジャーリーグって。
そして7月31日って、見逃せないな。大リーグファンには。



マニー・ラミレス

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000401M.jpg

250タクト:2008/08/04(月) 00:40:32
「対決−巨匠たちの日本美術」観覧記
8月1日、東京国立博物館(以下東博)でやっている特別展「対決−巨匠たちの日本美術」を見てきた。
なぜ金曜日を選んだか? それは金曜は夜8時までの夜間開館日。そしてその選択は正しかった。
あれだけ昼は多くいる観客が6時以降なるとぐっと少なくなり、7時以降はほとんど人がいなくなる。これは見やすかった。

午後3時ごろ東博に着くようにした。
チャリンコを入り口左に置いて、ツッカケでパスポートを提示して堂々と入館。まるで銭湯にいくみたい。ま、美術の洪水につかるから同じようなものか。
じつはこの時間に行こうとしたのにはわけがある。
東博は今年から資料館でミュージアムシアターという超高画質の拡大映像が楽しめる。これはすごくいい。もう何回見ても感動する。
金土日限定の午前10時から午後4時まで(1時はなし)各20分間、一日6回上映する。この日からプログラムが変わって篤姫と徳川宝物らしい。ホームページに案内が載っていないから、さては有料にするためにいったん打ち切ったかと心配したが、電話で問い合わせたらやっているとのこと。
「3時に行けば4時の回は楽勝だろう」作戦。
作戦は失敗した。
楽勝ではなかった。
予約受付に行ったら、「予約終了・満席」の札が貼られている。思わず係りの中田有紀似の姉ちゃんにぼやいた。
「えっ、終了ですか? そんなに人気あるんですか?」
「きょうはもう2時の時点で4時の回は予約で埋まったんです。最近急に人気が出ましてね。午前中に来られたらどうですか?」
なんでやねん。ゆっくりみるために夜間開館狙って3時ごろに来たのに、朝から来いなんて一日中東博におれってか?

気落ちして、軽く常設展見てから特別展に行くことにした。
仏像コーナーでは特集陳列「六波羅蜜寺の仏像」をやっていた。
念仏を唱える口から六体の阿弥陀が現れたところを写実彫刻したあの有名な空也上人立像(重要文化財)はさすがになかったが、あるわあるわ、いい仏像がわんさか。
目が怖い平清盛坐像、落語家みたいな運慶坐像、空也が造営した四天王像のうちの持国天立像など重文だらけ。こんないっぱい六波羅蜜寺の宝物館に陳列されている作品を持ってきたら、むこうの宝物館はどうなっているんやろ。そんなに彫刻多く所蔵していなかったと思うし。
気になったのは地蔵菩薩立像が巨匠定朝の作ってなっている。
えっ? 定朝って現存する確実な遺作は平等院本尊の木造阿弥陀如来坐像(国宝)だけなんちゃうん?
9月21日までこの「六波羅蜜寺の仏像」は展示するって、贅沢なこっちゃ。

次の部屋は特集陳列「二体の大日如来像と運慶様の彫刻」となっていて、「運慶様」の彫刻群。
先日話題となってぼくもそのことについて書き込んだ、真如苑が買い取った運慶作品と考えられるものと、光得寺のと二体の大日如来像大日如来坐像があった。さすがにニュースとなった仏像なので、真如苑蔵のほうは何人かの人が熱心に見ていた。
空海直筆の国宝「風信帖」や、野々村仁清の色絵月梅図茶壺(いろえげつばいずちゃつぼ)、国宝「海賦蒔絵袈裟箱」などいいものが出ていたが、非常に気になったのが、今回初出品もの。
本館2階の「禅と水墨画 ―鎌倉〜室町」の部屋に「中国真景図巻」雪舟等楊筆というのがサラリとあった。
何? 雪舟? すごい絵じゃない。
これは常設に限らず特別展「対決−巨匠たちの日本美術」でも多く見受けられたが、なんで新しい発見が急に多く出てきたのだろう。
エレベーターで気になることを耳にした。
「また何億とかついたら、売ろうとして…」
と苦笑いしながら男と女の人が話ししていた。東博の人かしら。
そうか、近年、お宝ブームも手伝って、先日の運慶作品じゃないけど東博に真贋を依頼している人が多いのかも。
そういえば先月も『源氏物語』の写本完全版が、東京や京都などで相次いで発見され、美術界ではビッグニュースとなっている。
なんか驚くことがまだまだ起きそうな。
こりゃ小説書けそうだな。

平成館に入って創刊記念『國華』120周年・朝日新聞130周年・特別展「対決−巨匠たちの日本美術」を見た。
『國華』って朝日新聞が出し続けてきた、月刊の美術研究誌らしい。そりゃ力が入るわな。
きっと朝日新聞の拡張員もこの券を拡剤としておおいに使っていることだろう。
ちなみになぜ拡剤って言うのか。それは新しく新聞を取ってもらうために洗剤をサービスでつけていたから、拡張するための洗剤で「拡剤」。
まあ、どれも見ごたえじゅうぶん。

■ 運慶 vs 快慶 ?人に象る仏の性?
両巨匠の地蔵菩薩坐像がライバルのように対峙している。兄弟弟子でありながら持ち味の違う両仏師。リアリズムの厳しさを持つ運慶と、達観した境地のようなおだやかさが特徴の快慶。しかし今回の運慶作品は本来の迫力は陰を潜め、なんか両作品がかなり似通っている。

■ 雪舟 vs 雪村 ?画趣に秘める禅境?
雪舟の国宝「慧可断臂図」や「秋冬山水図」はいうまでもなし、横綱級の画。
かくがくとした直線的な雪舟に対し、優しさを感じる雪村(せっそんと読む)。中国に行ったことのない雪村が私淑している雪舟を真似て創造で描いた「風涛図」「金山寺図屏風」が、なんかすばらしかった。中国以上に中国的、いや桃源郷かな。
シャングリアもしくは鍾乳洞を抜けると理想の山里雲南省バーメイ村かな。
南国に行ったことのないルソーが、現実より迫力あるすばらしい南国調の絵を描いたのとイメージがだぶった。

■ 永徳 vs 等伯 ?墨と彩の気韻生動?
ぼくが行った時、ちょうど「松林図屏風」が入れ替わっていて展示されていなかった。ま、よく見てきたからいいけど。代わりに展示していた初出品もの「四季柳図屏風」がすごくよかった。個人蔵だって。
江戸琳派の鈴木其一の「朝顔」や光琳の「燕子花図」なんかより先に、同じ種類の草花をデザインのようにかく発想が桃山時代からあったのかと思った。
永徳は武骨だなと思っていたが、「松に叭叭鳥・柳に白鷺図屏風」を見て見方が変わった。もっといっぱい永徳の作品が残っていたらよかったのに、時代ってむごいな。

■ 長次郎 vs 光悦 ?楽碗に競う わび数寄の美?
本阿弥光悦はやはり不出世の天才だ。国宝のなかの国宝「舟橋蒔絵硯箱」が出ていた。本阿弥光悦が文を書いて、後ろの鶴の絵を俵屋宗達が担当した「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」を久しぶりに見た。震えた。展示作品数も多く、両者の比較がかなり見てとれる。巨匠光悦に対峙することで長次郎へのスポットもおおいにあてられている。

■ 宗達 vs 光琳 ?画想無碍・画才無尽?
2つの「風神雷神図屏風」、俵屋宗達筆の国宝「風神雷神図屏風」と尾形光琳の重文「風神雷神図屏風」はラスト一週間だけ展示するんだって。さてはその次の「大琳派展」のために出し惜しみしてるのかな。
京都の養源院に日頃ある「松図襖」なんて誰も見向きもしないのに、こんなときだけ一生懸命見られるなんて、宗達先生も複雑な気持ち?
宗達の「秋草図屏風」は絶品。
この2人はじつはだいぶ気質は違うだろうなあ。

■ 仁清 vs 乾山 ?彩雅陶から書画陶へ?
仁清の「色絵吉野山図茶壺」はほんと鮮やか。「色絵月梅図茶壺」を常設展に置いたのは東博の英断。拍手。他の作品もおおいに見ごたえあり。ぼくは仁清ファンかな。

■ 円空 vs 木喰 ?仏縁世に満ちみつ?
かわいかった。ほっとした。

■ 大雅 vs 蕪村 ?詩は画の心・画は句の姿?
2つの国宝「十便帖」と「十宜帖」をよく貸し出してくれたなあ。国宝「楼閣山水図屏風」を今回ここで展示作品として選んだ力眼に拍手。ほんとすばらしい。

■ 若冲 vs 蕭白 ?画人・画狂・画仙・画魔?
奇才で破天荒さでは最大級の若冲と蕭白。
「群仙図屏風」はこの前重文になったばかりだけど、すぐ国宝に指定されるんちゃう。みんなこの絵をみて「気色悪い」って言っていたけど、ぼくは非常にここちいい。この2人の天才に関しては、これだけでじゅうぶん観客を動員できる対決。いい絵がたくさん出ていたが、若冲の点描技法はのちのヨーロッパで大ブームになる、スーラに代表される点描の先人をなす。

■ 応挙 vs 芦雪 ?写生の静・奇想の動?
芦雪の「虎図襖」はとにかくでかい虎だけど、なんかみーこに似てる。まるで猫。かわいい。応挙のもっといい絵あっただろうに。「海浜奇勝図屏風」はわざわざアメリカのメトロポリタン美術館から借りたんだ。迫力あるね。「保津川図屏風」もいい。

■ 歌麿 vs 写楽 ?憂き世を浮き世に化粧して?
この2人、ほんとうは同一人物じゃないのかなあ。

■ 鉄斎 vs 大観 ?温故創新の双巨峰?
どうなんだろう。なんかおまけみたいな展示になっていない?
鉄斎の「富士山図屏風」は締めにふさわしい迫力。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000403.jpg

251タクト:2008/08/04(月) 05:58:36
『おっ、ぺれった』予約受付開始
歌って踊る『おっ、ぺれった』に、歌えない踊れないぼくが16年ぶりに出演することになってしまったことは、先日お伝えしました。
その『おっ、ぺれった(人知れず)20周年記念公演 ちょっとノゾいて見てごらん 2008』は、本番が10月11日(土)〜10月19日(日)だし、稽古も8月後半ごろからだから、告知もそのくらいからでいいかなと思っていたら、そうはいかなくなりました。

じつはこの『おっ、ぺれった』はかなりの人気劇団なのです。この前に見に行った銀座の博品館劇場での公演『ご都合主義で行こう!』も、6,000円(全席指定・税込)もするのに7公演すべてが早々と完売していました。
そして今回の公演の前売り開始が8月11日(月)から、Yahoo!チケットやぴあなどで発売されるわけですが、その前にチケットが必要な方は前もって予約してほしいと言われました。8月9日までに予約してもらわないと、日時によってはチケットが出演者といえども確保できないみたいなのです。
ぼくは久しぶり(16年ぶりだから、超がつくけど)の出演だし、やっぱり多くの人に見てもらいたいです。おもしろいのはまちがいありません。なんせ全国ツアーをしょっちゅうしているぐらいですから。今回は特別公演なので東京だけだと思いますが。

「今、東京で一番面白いミュージカル」(故)マルセ太郎氏・芸人)
「馬鹿馬鹿しくて、品がある」(永六輔氏・この場合劇評家)
「ミュージカルを超えた軽演劇」(並木成夫氏・元小劇場Beフリーオーナー)と、マニア好みの方々からは絶賛されています。


<公演概要>

●公演タイトル:『おっ、ぺれった(人知れず)20周年記念公演 ちょっとノゾいて見てごらん 2008』

●公演期間 : 2008年10月11日(土)〜2008年10月19日(日)全12回

●【開場:13:30開演:14:00】は、12(日)、13(月)、15(水)、18(土)、19(日)。
【開場:18:30開演:19:00】は、11(土)、12(日)、14(火)、15(水)、16(木)、17(金)、18(土)。

●会場   : SPACE107(東京都新宿)

●座席・金額: 全席指定:4,500円(税込)

●キャスト :永井寛孝 田中真弓 竹田えり 並木佳道 そのだやすたか
    <ダブル>Aキャスト 釘宮由稀 飛塚ちとせ 竹田佳央里 しのはらともみ
         Bキャスト 篠原あけみ  瀧沢千秋 新田綾香 田中荘子
    <ゲスト>石原慎一 いまむらのりお 好田タクト サミー関口 園部啓一 弘中くみ子 松野太紀(50音順)
    <アクション>遠藤誠 玄也 細川晃弘

●[出演・劇作・脚本・演出]永井寛孝/[出演・音楽]竹田えり/[振付]田村連

みなさん、見てやろうと御慈悲の溢れる方はぜひ私タクトまでお知らせください。もちろんここのコメント欄に書き込んでいただいても結構です。その際は希望日時、人数、お名前(屋号、芸名なんでも可)の3点を漏らさず教えてください。どうぞよろしくお願いします。


ではこの『おっ、ぺれった』についてはそのH.Pから、そして声優さんについては以前ぼくがBBSに書き込んだことがあるので、それを紹介します。

【『おっ、ぺれった』ホームページより】

「おっ、ぺれった」とは1988年、売れない俳優である永井寛孝(脚本。演出)と田中真弓(制作)、そして同じく売れない歌手の竹田えり(作曲)が、自分たちを舞台に立たせるために、結成された、歌入り踊り入り芝居を創作、上演するグループです。
小劇場にこだわり、コメディーにこだわり、生演奏にこだわる、こだわりの集団で、「細く長く」をモットー?としています。
3人とも、自分が役者として出たいので、

永井「俺が出ない舞台なら、脚本は書かない」
田中「私が出ない作品なら、制作はやらないわ」
竹田「私が出ない芝居なら、音楽は作曲しません」

と、この一部例外作品を除いて、この3人は必ず出演します。

「おっ、ぺれった」の3人の紹介です。

★田中真弓(たなかまゆみ)

タレント、声優として活躍中。
声優人気投票では常に上位にランキングされる
小柄な体にパワー溢れるおっぺれったの主催者。
TVアニメ「OnePiece」「ドラゴンボールZ」「中華一番」「忍たま乱太郎」他多数。映画「天空の城ラピュタ」(パズー)「銀河鉄道の夜」(ジョバンニ)CMソング 「金鳥どんと」「こてっちゃん」他。CDシングル「あたしアマリリス」(キング)アルバム「ラターニャの鏡」(ビクター)他。本「ぶさいくに生きてそこそこ幸せをつかむ法」「ぶさいく子育て日記」

★永井寛孝(ながいかんこう)

テアトルエコー出身の俳優で、おっ、ぺれったでは脚本・演出担当。
限りなく垂直に近くたれた愛敬のある目を中心とした、怒っても泣いても笑って見えるというファジーなフェイスを持つ。
TV フジ「どうなってるの?」「もりもりぼっくん」他。CDシングル「なっとうをおいしくたべるには」ポニーキャニオン。脚本・演出劇団俳協ファミリーミュージカル「船乗りクプクプの冒険」環境庁ミュージカル「地球はつらいよ」サンリオピューロランド「リトルキッズの大冒険」他

★竹田えり(たけだえり)

歌手&声優&作・編曲家 おっ、ぺれったでは音楽を担当。子供番組の歌のおねえさん出身で何歳になっても子供たちに「おねえさん」と呼ぶことを強制する。黙っていればそうでもないのにしゃべって動くと「変」といわれる。
TV NHK教育「うたってゴー」日テレ「ルックルックこんにちは」他。TVアニメ「超時空要塞マクロス」「マクロス7」ミリア・ファリーナ役。ステージ「ヤマハポケットコンサート」他。CMソング 手間なしブライト 明治ラブ 首都高速 バーミヤン アニメソング「愛の学校クオレ物語」「パタリロ」エンディングテーマ「美しさは罪」他。


【声優の話 BBS『タクト通信』:2007年 6月19日(火)より】

声優としての田中真弓さん、元気な少年役で主人公を演じることが多く、そのジャンルでは野沢雅子さんと双璧でしょう。
出会いは、ぼくがなべやに所属しててしばらくして真弓姉さんが事務所を移ってきたんです。
それで真弓さんのイベントを司会で手伝ううちに、真弓姉さんに特にかわいがってもらうようになり、途中からNHKのお兄さんをやることもあいまって、竹田エリさん(元NHK歌のお姉さん)、寛孝さん(演出家兼)が中心になっている「おっ、ぺれった」に入れてもらってお芝居を一緒にするようになりました。
なんせ声優中心のメンバーなので、永井一郎さん(波平の声でおなじみ)や仲村秀利さんもいたので、本読みの段階でもう完成されてました。
目をつぶって聞いていると、あ、あの声、この声とおなじみの贅沢な世界でしたね。
真弓姉さん、寛孝さん、エリさんと4人ではコントもしました。
渋谷ラママのコント大会では、肝心なところで音響がでなくなりみんなが右往左往してたところに、僕がとっさに「おっぺれった、ピーンチ!」と叫んだら館内大爆笑。
逆に、永六輔さんがその年に見た劇団ベスト2に選んでいただき、そのお披露目で永さんの会でジャンジャンでコントをした時は大すべりしたこともありました。みんなすごい力んでました。永さんは「こんなはずじゃ、ないんですよ、ほんとに」と言ってました。
その後、僕はげんきくんも事務所も辞め、大道芸で海外に行ってしまったので「おっ、ぺれった」とはお別れしてしまったんですが、何かと3人にはずっと気にかけていただき、今でも交流が続いています。

野沢雅子さんとは、埼玉の川越サンバ祭りで川越市長とともに審査員をしたことがありました。当時、川越ケーブルテレビで「タクトの川越ぶらぶら」という番組を持ってたから呼んでくれたのでしょう。
その時に、年輩のスタッフの方が野沢さんを知らないものだから、
「おばさんがこんなとこに入ってきちゃダメだよ!」
「あら、ごめんなさい・・」
で、実際に司会者が野沢さんを呼んで、野沢さんが、
「ぼくゴクウ、ぼく鬼太郎!」と、いつもの声でしゃべると、何千人もの観客が、
「ウワーッ!!」 (大歓声)
野沢さんを注意したおじさんが一言、
「あのあばさん、すごいんだ・・」

今思うのは、ベテランの声優さんはあくまでも本業は役者、舞台で演技することをすごく大切にしているように思えます。
永井さんが言ってました。
「京大出て広告代理店で働いた後、けっこう遅くになって役者になって、アングラ劇団では食うのが大変で、声優は食べるためにやった。でもぼくはあくまでも役者だ」
真弓姉さんに今までのなかで特に気に入っているのは?と聞いたことがありました。
それは「天空の城ラビュタ」のバスー役だそうです。


もうひとつ、声優に関心のある方なら耳寄りな情報を書きます。
前回の書き込み『「対決−巨匠たちの日本美術」観覧記 』は、最初の書き込みからかなりの加筆、訂正をしたのですが、もう一つ付け加えたいことがあります。

美術館にはよく500円を払って借りる音声ガイドがあります。この東博も例に漏れず音声ガイドを貸し出していました。ぼくは入場料以外に新たにお金を払ってまで借りる気はしないのですが、あなたが声優好きならじゅうぶん借りる価値はあるでしょう。なぜなら今回のガイドは有名声優たちの対決になっているんです。

 ■ 運慶 vs 快慶
〜櫻井孝宏vs森久保祥太郎

 ■ 雪舟 vs 雪村
〜飯塚昭三vs古川登志夫

 ■ 永徳 vs 等伯
〜内海堅二vs斉藤茂一

 ■ 長次郎 vs 光悦
〜槇大輔vs中村正

 ■ 宗達 vs 光琳
〜小林清志vs窪田等

 ■ 仁清 vs 乾山
〜平野義和vs田中信夫

 ■ 円空 vs 木喰
〜近石真介v野島昭生

 ■ 大雅 vs 蕪村
〜若本規夫vs清川元夢

 ■ 若冲 vs 蕭白
〜根岸朗vs玄田哲章

 ■ 応挙 vs 芦雪
〜稲葉実vs森川智之

 ■ 歌麿 vs 写楽
〜野沢那智vs羽佐間道夫

 ■ 鉄斎 vs 大観
〜池田秀一vs加藤精三

例えば池田秀一vs加藤精三なら、赤い彗星vsメガトロン(星一徹)。
ほかにもボルテスVvs諸葛亮孔明(or奥様は魔女)とか、近石真介v野島昭生なら、悟空の大冒険vsガンダムになるわけです。
小林清志さんは次元、009と002の若手対決もあります。

ま、好きな人ならたまらない企画でしょうが、会場にいたおじちゃん、おばちゃんはほとんどわかっていなかったでしょうね。ぼくは借りなかったし。

252タクト:2008/08/07(木) 15:42:06
川崎の熱い夏『フェスタサマーミューザKAWASAKI2008』
梅雨明け宣言されてからの7月は連日の猛暑だったのに、ここ数日は雷雨で荒れまくっている関東の天気。特に5日は記録的な豪雨で、ニュースによると「午後1時10分ごろには、川崎市多摩区の1万3800回線で電話が通じなくなり、約3時間半後に復旧した。落雷が原因とみられる」だって。
しか〜し、そんな暑さとうっとうしさを吹き飛ばす熱演がミューザ川崎シンフォニーホールで連日行なわれています。
この真夏の祭典『フェスタサマーミューザKAWASAKI2008』(7月19日〜8月9日)は、ぼくが『好田タクトの曲目解説・ここが聴きどころ!』という形でパンフレットの曲目解説を担当している縁もあって、仕事で行けない日以外の演奏会は聴きに行くようにしています。
その鑑賞レポートを、印象が新鮮なうちに書いておこうと思います。
会場展示室には、今回のポスターも担当されたきたむらさとしさんの『動物たちの謝肉祭』『おんちのイゴール』の原画約50点も展示されています。


■ 7/25(金)
新日本フィルハーモニー交響楽団
指揮:クリスティアン・アルミンク
ソプラノ:市原 愛
○ モーツァルト: 「どうしてあなたを忘れられましょう…恐れないで愛しい人よ」K.505
○ モーツァルト: 歌劇「イドメネオ」K.366より「親しい孤独よ…暖かいそよ風よ」
○ ベートーヴェン:交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」

アルミンクと新日本フィルが出会って10年、音楽監督になってもう5年。37歳のアルミンクはかっこもよく音楽作りも誠実なので、ますます人気上昇中。ぼくは一年前までトリフォニー会員だったので、けっこうな数の新日本フィルの演奏と公開リハーサルを聴いてきたけど、こうしてホールが違うとやっぱり違った響きに聴こえる。前にもまして透明度が増したような感じ。爽やかアルミンクが振る「運命」は、すっきりくっきり、あっさり味の「旨い(うんめい)ラーメン」のようだった。
市原愛さんも好演。


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■ 7/29(火)
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
指揮:矢崎彦太郎
朗読:中井美穂
○ プーランク:音楽物語「ぞうのババール」
○ プーランク:演奏会用組曲「模範的な動物たち」

かなりおもしろく聴けた演奏会。
プーランクはフランス6人組のひとり。
中井美穂さんのナレーションは感情をそれほど出すことなく丁寧だったけど、「子象」が「小僧」に、「ババール」が「ばばあ」に聞こえて、それでストーリーを想像していたら心の中で一人吹き出してしまった。
最後の音と同時に朗読部分が「Fine」となっているのだろう、中井さんが「おしまい」と言ったところで、初めてほのぼのとした笑いが起きた。
いつもながら感心したのは東京シティ・フィルの細やかな演奏。ほんと、うまいって思った。 この楽団は飯守泰次郎さんと矢崎彦太郎さんが両輪で蜜月関係を築き上げてきて、飯守さんはドイツもの、数々のワーグナーの名演をこの楽団で連発して、矢崎さんはフランスもので定評がある。楽団もおのずとドイツものとフランスものの弾き分けをしている。
こんな野心的な企画プログラム、それに応える上質の演奏。正直、もっと多くのお客さんに聴いてもらいたいと思った。確かに今の日本では、この曲はお客を呼ぶのに難しさがあるのかも。音楽は大人のクラシック音楽好きの嗜好に合うかもしれない。「ピーターと狼」ぐらいの通俗曲でないと夏休みの親子を会場にまで足を運ばせられないのかな。
会場には飯守泰次郎さんも来られてました。ぼくは今回は挨拶できなかったけど。(ぼくは前にマエストロとお会いする機会に恵まれ、自著を渡したことがある。もう読んでくれたかしら…)


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■ 7/30(水)
読売日本交響楽団
指揮:下野竜也
○ フンパーディンク: 「ヘンゼルとグレーテル」より“夕べの祈り”“夢のパントマイム”
○ ワーグナー: 楽劇「神々の黄昏」より“夜明け”“ジークフリートのラインの旅”
○ シューマン:交響曲第3番 変ホ長調 作品97「ライン」

最近とみに人気と評価があがっている下野竜也さん。熱狂的なファンもいて、下手な批評でもしようものなら書き込みが炎上しかねない。でもその人気ぶりは、今回の演奏を聴けば納得できる。
読響という日本屈指の歴史と機能を持ったオーケストラが、いかにこのマエストロを敬愛し、一緒にいい音楽を作ろうとしているのかが顕著に見えた演奏会。けっして演奏するのには易しくないこのプログラムを、難なく構築させ、私達に見事にドイツのイメージを彷彿させ酔わせてくれた、真昼の贅沢なひとときだった。
そしてこの日の演奏会は、ぼくにはもうひとつ意味があった。
前日に世界的指揮者、ホルスト・シュタイン氏の訃報(亡くなったのは27日)を知った。自分の心の中では、ドイツの歌劇場の叩き上げ職人(カペルマイスター)の称号にふさわしいシュタインさんの追悼コンサートのつもりで聴いた。
アンコールの曲、弦楽合奏に編曲されたシューマンの『トロイメライ(夢)』が流れた時、ぼくは目をつぶりながらシュタインさんを思い出していた。
目頭が熱くなり、涙が溢れそうになった。
フライング拍手が出たのには残念だったけど。


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■ 8/4(月)
NHK交響楽団
指揮:梅田俊明
司会:高橋美鈴(NHKアナウンサー)
○ ブリテン:「マチネミュージカル」よりマーチ
○ ボロディン:だったん人の踊り(オーケストラ)
○ ビリック:ブロックM
○ ヴォーン・ウイリアムス:イギリス民謡組曲
○ ラヴェル:ボレロ

この日、つくづく感じたことは「ミューザ川崎シンフォニーホールってほんと、よく響くホールだな」。
本公演の前にプレ・コンサートがあった。ブラームス弦楽五重奏第2番ヘ長調作品111から第1楽章と、マリンバ・ハープ・チェロの三重奏で、グラズノフ「スペイン・セレナーデ」、カザルス「鳥の歌」、ファリャ「《恋は魔術師 El amor brujo》より〈火祭りの踊り〉」。
一本のチェロのピアニッシモの音だけでも、会場の隅々にまで繊細に聞こえる。ちょっと聞こえ過ぎ、響き過ぎにも思える。メロディーラインのきれいな曲や歌曲、小編成なんかには他のホールを圧倒する残響音でここちよい響きなのだろうけど、ショスタコーヴィチのような魂の叫び、乾いたデッドな音が逆に望まれる音楽にはなんかこのよ過ぎる響きが命取りにならないかな。そう言えば、昨年のこの音楽祭のオープニングで聴いた東響のプロコフィエフ交響曲第5番が、なんか機械音で荒々しくあってほしいのに、武骨さが陰を潜めまとまりのいい音楽になって違和感を感じたのを思い出した。もちろん今回のプレ・コンサートはそれだけでもじゅうぶん感動的で聴いた人も満足したことだろう。
さてN響の本番。やっぱりN響は横綱かもしれない。
演奏も機能性を問われるボレロもすばらしく仕上がり、ほんと安心して聴けた。前までのN響だったら、ボレロは金管のソロなんかこっちも手に汗握ったのに、なんかほんと、大人の演奏だった。パワーも桁が違う。「だったん人の踊り」も余裕で客を魅了していた。
またもうひとつの意味で、全体の進行がすばらしい。
オケ→吹奏楽→大編成オケ。どうするんだろうと思っていたら、NHKのアナウンサー高橋美鈴さんが出てきた。ぼくは3月にNHK−BSの「ベルリン・フィルのすべて」で共演させていただいたので、なんかうれしい。さすが仕切りの上手な高橋さん。手馴れた感じで転換をわかりやすく説明し、演奏者にインタビューし、笑いも興味も誘う。この構成はもう、NHKの経験からくる横綱コンサートだ。
高橋美鈴さんはさすがに花形人気アナウンサーで、会場から万雷の拍手をもらっていた。


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■ 8/5(火)
東京フィルハーモニー交響楽団
指揮:尾高忠明
ピアノ:小山実稚恵
○ ラフマニノフ:ヴォカリーズ<オーケストラ版>
○ ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲
○ ラフマニノフ:交響曲第2番 ホ短調 作品27

この日の都内は朝から記録的な大雨で、さすがにJRも遅延運行だ。ところが川崎に着いたら、地面も濡れておらず昼間の落雷での電話不回線が信じられない明るさ。そしてその熱気がそのままホールに乗り移った感じだ。ぎっしり最上階まで超満員にびっくり。確かに、早々とチケットが売り切れたコンサートだったとは聞いていたが。
「すごい人気だ。客はこの日のコンサートを、そうとう期待している」
そしてその期待は熱狂へ見事に昇華した。
いや〜、びっくりするぐらいいいコンサートだった。
関係者に「忠さん」と親しまれ尊敬されている本日のマエストロ尾高忠明さん。ちょうどNHKでは尾高さんがウィーン時代を振り返る旅番組も何回か再放送されている。札幌交響楽団を刷新された事務局とともに見事に立て直し(それはニュースにもなった)、エリシュカという天才指揮者をも掘り起こし招聘し、その手腕が買われて報道が先行する形で2010年9月から新国立劇場オペラ部門の芸術監督に就任する模様。
尾高さんは今、日本の指揮者では一番最盛期のひとりかもしれない。
感情を前面に出し、音楽にもかなり色づけをする指揮者が持てはやされる昨今の日本の音楽界にあって、感情を前には出さず、誠実な音楽作り。一見すごく地味に思われるが、本当の熱さがここにはある。それがすごく感じる。そういう指揮者では秋山和慶さんと双璧だろう。
そしてこの2人はぼくにはすごく、テンポ感が合う。
秋山師匠(ぼくは私淑)が大阪で新日本フィルで振った「幻想交響曲」と、尾高さんがN響で振ったマーラーの2番「復活」。出会った演奏が自分にピッタリきたら、もうその指揮者への信頼は揺るぎない。ぼくは断然この2人が日本の指揮者ではピッタンコなのだ。
そして今回の演奏。オール・ラフマニノフという必ずしも定番ではないはずなのにこの期待。
冒頭の「ヴォカリーズ」からして会場の空気がいつもと違う。ピアノの小山実稚恵さんが白いワンピース(ぼくは男なのでよく服はわからない、だぶんワンピースだと思う)で登場し、超技巧のはずなのに安定感のある演奏は、「パガニーニの主題による狂詩曲」という音のふりかけが、ホールを宇宙にいるようなロマンチシズムに変える。演奏後の拍手が鳴り止まず、5回も小山さんはカーテンコールされ、場内が明るくなってはじめて休憩に入れた。
後半の交響曲第2番。ぼくは曲目解説で「第3楽章は音楽史上最高の美しさと惚れこむ人続出だ」なんて書いたから、みんなの反応が気になったが、最後の最弱音が聴こえなくなるまで2千人の会場が息をつめ一体となった感じは、あながちオーバートークではないかもと安堵した。そして終楽章のたたみかけ。
演奏が終わった瞬間、怒涛のような「ブラボー!」の嵐。
いやあ、尾高さんと東フィル、ラフマニノフの底力を見た。


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■ 8/6(水)
日本フィルハーモニー交響楽団
指揮とお話:沼尻竜典
ピアノ:若林 顕
○ ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番ニ短調 作品30
○ ストラヴィンスキー:「ペトルーシュカ」(1911年版)

きょうは暑かったので、洗濯をしてから出かけようとしたら、全自動のふたを閉め忘れ思わぬ時間をくい、開演3時ぎりぎりの入りになった。いよいよあと2公演でこのフェスタも終りだと思ったら、ちょっと寂しくなった。
最初に沼尻さんが一人出てきてお話をされた。指揮にピアノ、しゃべくりもする沼尻さんは、日本のレナード・バーンスタインみたい。トークの後に楽団員、若林さん沼尻さんが登場していよいよ演奏。最も難曲だと言われるラフマニノフのピアノ協奏曲第3番を自在に演奏する若林さんを見て、前日の小山さん、最終日の小川さんも含め日本ってクラシック音楽ではもう世界から巨匠を呼ばなくても、じゅうぶんやっていける人材の宝庫なんだなと心底思った。スケールの大きな演奏に加え、指揮者と演奏者の信頼関係もすごく感じられて、40分間があっという間に走り去った感じだった。ずっと叩きまくったピアノの楽譜って、いったいどれだけの音符が書き込まれているのだろう。
20分の休憩を挟んで後半。演奏を始める前に沼尻さんが曲の解説をしてくれる。これは実にわかりやすかった。「ペトルーシュカ」の登場人物のテーマや、場面の描写などを実演をして説明してくれるのだ。例えばオーケストレーションと頻繁なリズムの変更は、祭日の喧騒とざわめき、ドラムは老魔術師のお出まし、ムーア人がペトルーシュカに追いついて斬殺するところはタンバリンを床に落とす、各場面の転換ははけたたましい太鼓連打など。逆にこの説明がなければ、初めて聴く人はおもしろみがわからないかもしれない。元々はバレエ音楽なのだから。演奏は1911年版だったので4管編成と大きい編成で、さすがに豪勢。演奏は大変だっただろうけど。
『のだめカンタービレ』でのだめがコンクールで弾いたため、楽譜を取り扱う店舗ではこの曲のピアノ版『ペトルーシュカからの3楽章』の楽譜が、売り切れる店が続出した。とこんなことをパンフレットの曲目解説に書いていたのはぼく。
気になったのは、曲の後半辺りから席を立って急いで出て行くお客さんがけっこう見受けられた。そしてぼくの横の親子4人連れも関西弁でなにかしゃべっている。曲が終わると同時に「新幹線が間にあわへん!」と大急ぎで出て行った。パンフレットを見ると終演予定が16:40となっている。しかし「ペトルーシュカ」の演奏がじっさいに終わったのは17:10ぐらい。アンコールのヴォカリーズ<オーケストラ版>を含めると17:25ぐらいになっている。これは次の予定を入れているお客さんにとってはちょっと気の毒。沼尻さんと日本フィルの試み「ペトルーシュカ」の実演解説がよかっただけに、それも含めた終演時間をもう少し正確に記載してほしかった。若林さんは後半もピアノ部分を引き受け、アンコールのヴォカリーズも昨日の東フィルとは違ってピアノが存分に入って、出ずっぱりの大忙しだった。



さあ、演奏会も残すところあとひとつ。そしてきょうから北京オリンピック。ぼくの単独ライブも鎌倉である。洗濯ものはすぐ乾く。みーこは夏ばてのわりには、よく食べる。こよみではきょうは「立秋」だが、熱い夏はまだまだ続く。


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■ 8/9(土)
東京交響楽団 フィナーレコンサート
指揮:ユベール・スダーン
ピアノ:小川典子
○ グリンカ:「ルスランとリュドミラ」序曲
○ ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18
○ ドヴォルザーク:交響曲第8番 ト長調 作品88

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000406.jpg

253タクト:2008/08/07(木) 16:22:24
2つのオーケストラと競演
2つのオーケストラと競演させていただきます。

9月に横浜国立大学オーケストラ部と一緒に、神奈川県下のいくつかの小学校を日にちを分けて訪問する移動コンサートをします。「愉快なコンサート」という感じで約90分(2時限)、ぼくはいろんな指揮者に変装したりして音楽の楽しさ、すばらしさを国大オケ(80名ぐらいいるのかしら)とともに学生のみなさんに伝えられたらと思っています。今から楽しみです。

来年の3月には仙台フィルハーモニーと競演します。

第43回例会仙台フィルと好田タクトの
「楽しくクラシック」

オーケストラ: 仙台フィルハーモニー管弦楽団
お話&世界指揮者名鑑:好田タクト

○とき:2009年3月5日(木)18:30開演
○ところ:石巻市民会館
仙台フィルハーモニー管弦楽団の名曲コンサートです。クラシックの本も出しているクラシックお笑い芸人好田タクトがご案内します。オーケストラの指揮者体験コーナーや、好田タクトの世界的に有名な指揮者の物まねなど文化鑑賞会ならではの例会です。おなじみのクラシックの名曲もたっぷり楽しみます。

仙台フィルはバリバリのプロオケなので、プレッシャーを感じていますが、今年5月の仙台でのコンサートの時のように盛り上がって喜ばれるようにがんばります。


オケとの競演ではないのですが、来月9月20日(土)に、「クラシックをもっと身近に」をコンセプトに、ヴァイオリニスト高嶋ちさ子さんとフジテレビアナウンサー軽部真一氏がプロデュースしている「ギンザめざましクラシックス」に呼ばれることになりそうです。指揮者特集ということだからみたいです。場所は東京・銀座にある王子ホールです。詳細が決まったらまた告知します。


もちろん、懇親にしてもらっているアンフィニ・サロンオーケストラとも競演する機会はこれからもあると思います。
『タクト音楽祭 Vol.4』もやりたいし。

みなさん、きょうは暦では「立秋」ですよ。でもまだまだ夏真っ盛りですね。お体に気をつけてね。

254タクト:2008/08/08(金) 08:24:50
最近の2つの記事から
漫画家の赤塚不二夫さんが亡くなった。
前半生は楽しんで、後半生は苦しんで作品を作っていたような気がする。

住み込ませるなどして公私とも赤塚さんにお世話になったタモリさんが弔辞を述べた。赤塚不二夫さんに最後の別れに言った言葉は、
「私もあなたの作品の1つ」
時代から望まれた二人のお別れ。

赤塚さんの座右の銘は「人生はギャグ」。
ヴェルディの遺作歌劇<ファルスタッフ>も最後はみんなで、「世の中すべて冗談だ」。
本気で遊ぶから、ギャグも人生も作品もおもしろいんだろうな。


グーグルのストリートビュー、住所を入れると都市部は写真画面がでてくる。そしてボタンをクリックするとその住所の建物の写真が正面から(人の目線で)見える! 画像をドラッグすれば滑らかに視点の向きが変わる。見上げたり、左右を見たり、見下ろしたり──と、実際にその場に立ったようにして町並みを360度確認できる。写真に重ねて表示される矢印をクリックすればその方向に進むことができ、実際の町並みを散歩しているような感覚だ。

なんでも、360度を撮影できるカメラを積んだ車が走って撮影しているらしい。
人の姿も、ペットもゴミだしも、看板もみんな写っている。一応、個人の顔が写っていたらぼかすなどの対応はしているみたいだけど、全部には追いついていないみたい。そして映像処理のミスで変な画像もあるらしい。
それを逆手にとって、「上半身だけのおじさんがいるのはどこだ」など「ウォーリーを探せ」みたいなクイズやゲームをしているサイトも流行っているらしい。
プライバシー侵害とかの意見も出ている。
いろんな使い方があるだろうけど、なにか生活スタイルにこのグーグルのストリートビューが大きな影響を与えそうな気がする。

http://maps.google.co.jp/maps

確かにこれは遊べる。

255タクト:2008/08/09(土) 01:31:42
本日90分一人勝負
さあ、きょうは「こまめ」で単独ライブです。
しゃべりがうまいわけではない。
芝居ができるわけでもない。
でも、でも、他では見られない世界にみなさまを誘います。

演目は『世界指揮者人名辞典』(クライバー、ムラヴィンスキー、ロストロポーヴィチ、カラヤンなど見てのお楽しみ)、『タイガーマスク最終回音楽秘話・木下 忠司の世界を解く』、『ワーグナー物語』これは前からやりたいと思っていた作曲家の生涯を語る、マルセ太郎さんの一人シネマみたいな世界ができればいいな、まだまだ遠いかもしれないけれど…、その作曲家版みたいなものです。第一弾は地獄と天国を見た男「ワーグナー」です。この3本柱で構成します。
今必死で音を作っています。ギリギリまで練ります。


『真夏の夜の夢ライブ』〜世界の指揮者芸と楽しいクラシックの話〜
出演:好田タクト
場所:鎌倉市佐助1−13−1 佐助「こまめ」甘味処
予約先・TEL: 0467−23−8334
席料:2,200円(ビール一本とおつまみ又はお茶と甘味付き)
時間:7時〜8時30分

おかげさまで予約完売となりました。どうしてもということで急遽補助席を4つ用意したらしいのです。でもその後の希望者(けっこう来たらしい)はすべてお断りしたとのことで、ほんと満杯みたいでみなさまには感謝いたします。どうもありがとうございました。
がんばります。
昼はぼくが曲目解説を担当『好田タクトの曲目解説・ここが聴きどころ!』した、『フェスタサマーミューザKAWASAKI2008』(7月19日〜8月9日)の最終公演なので、東京交響楽団のファイナルコンサートを見て、関係者に挨拶してから鎌倉に駆けつけます。


ああ、今回は行けないなという方に、下の映像を見て一緒にライブにいるつもりで溜飲を下げてください。
http://jp.youtube.com/watch?v=8tyMnj2ajlU


ホルスト・シュタインの追悼映像が今度のNHK−BS『ロイヤル・シート』(11日0:40〜4:00)で放送されます。

きのう、仙台フィルの事務局と渋谷でお話をしました。もう来年の相談をするんですね。

A新聞社の取材を来週演芸場で受けます。かなりいい扱いで載せていただけるみたいです。

みなさまにお詫びです。来月19日の豆風ライブハウス代官山「晴れたら空に豆まいて」でのライブ、最初単独でお願いされたと思ったら、ホームページを見たら3組出演しますね。ひょっとしたらぼくの聞き違いかもしれません。詳細がわかったらまたちゃんと告知します。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000410M.jpg

256タクト:2008/08/10(日) 13:00:46
ありがとうございました
【こまめライブのお礼】

きのうは「こまめ」ライブでした。
お越しくださいましたみなさま、ほんとうにありがとうございました。
90分の予定が2時間になってしまって、帰りが慌しくなって一人一人にちゃんとお礼が言えなくて申し訳なかったです。
メールで「指揮者の形態模写をメインに据えるべし。10分に一人は出てきてほしいな。さらに、その指揮者の持っているパーソナリティ、エピソードを盛り込んでほしい。その上で、クラシック音楽の魅力、指揮者の仕事の謎の解き明かしをしてほしい」とか、「寄席なら仕方ないかもしれないけれど、ライブに来るお客さんはいまのタクト君が何をするのかを期待しています」と忌憚のない意見もいただきました。
そうですね。やっぱりぼくは指揮者形態模写を真ん中において、それをぶれずにどんどん開発して、アレンジして、指揮芸は地道にやり続けることが大切と再認識しました。
芸人の性なのか、コネタで笑いを追い求めるうちにあっという間に時間がたっていき、ちょっといろんなことを昨日はチャレンジしすぎたかも。

遠くから(県外からも多数)、また他の予定が重なったかもしれないのに、わざわざ来ていただいたみなさま。お店の方はじめ、今回のライブを企画していただいて、準備して、助けてくださったスタッフ。問い合わせが遅れて来れなかった方々。
みなさんの応援があって、支えがあってこそ、こういう舞台は実現できるものだと信じています。
本当に感謝しております。
まだまだ足らないことが多いぼくですが、みなさまに喜んでもらえるよう、そして自分自身が納得できるよう、これからも精進していきたいと思います。



【きのうの日記】

「こまめ」ライブの音入れなど準備のために、前日は一睡もできなかった。そのあと、夏の祭典『フェスタサマーミューザKAWASAKI2008』(7月19日〜8月9日)が最終日なので、ミューザ川崎シンフォニーホールへライブのために道具や衣装をいれた大きなバッグを抱えながら急ぎ駆けつけた。

■ 8/9(土)
東京交響楽団 フィナーレコンサート
指揮:ユベール・スダーン
ピアノ:小川典子
○ グリンカ:「ルスランとリュドミラ」序曲
○ ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18
○ ドヴォルザーク:交響曲第8番 ト長調 作品88

もう賛辞の余地はなし。「ブラボー!」三昧。
曲良し、演奏良し、超満員の雰囲気、盛り上がり良し。
途中の休憩でぼくが書いた『好田タクトの曲目解説・ここが聴きどころ!』を何人ものひとが読んでいるので、反応が気になってしょうがなかった。
終演には東京交響楽団の事務局や、フェスティバルの運営の方にやっと挨拶ができた。
アンコールは、小川さんがラフマニノフの練習曲「音の絵」39-1、後半ではスダーンさんが笑いをとりながら、オッフェンバッグ・ローザンタール編曲オペレッタ「パリの喜び」より第6,22番、川崎フロンターレの勝利の歌などサービス満点の3曲。おかげでこのあとライブのために鎌倉に行くのに焦った、焦った。


ライブの後、総武線で鎌倉駅からいっきに錦糸町駅へ一時間で行く。
なんか特急みたいに早く感じた。不思議な高揚感。
夜、初めてこの日食事となる讃岐うどんの店で食べた釜玉うどんを食べてひと言。

「う〜ん、マンダム」

昨晩はよく寝た。8時間も寝た。いつもの3倍。

よし今日も元気出していきましょう。エーザイ。

きょうは【江東オペラ ハイライトシリーズ vol.3 グノー「ロミオとジュリエット」&ベッリーニ「カプレーティ家とモンテッキ家」】
14:00開演 を角筈区民ホールへ見に行く。
チケットはすでに入手。
おっと今からもう行かなきゃ。
オリンピックも始まったし、忙しくなってきたな(えっ? 仕事は忙しくないよ)。

257タクト:2008/08/10(日) 13:03:13
認識! 水道水は売れています
『水道水「そのまま飲む」4割弱…内閣府調査』というニュースを見た。少ないんじゃない?

数年前、ぼくが水道水はまずいと言ったら牧田博さんが「今の東京の水道水は、金町浄水場がオゾンと生物活性炭を使った高度浄水処理を導入しているからかなりうまい」というので、ほんとうかなと飲んでみたら、かなり飲める。それもけっこううまい。

吉本時代に大阪の阿倍野に住んでいた頃は、大阪の水はほんとまずかった。琵琶湖が汚れすぎてるんちゃうかと水道水を毛嫌いしていた。
東京に引っ越しても同じで、水道水はまずいという認識は崩れなかった。
教育テレビのお兄さんで全国の小学校を回っていたときに、山形とか新潟とかで水を飲むとかなりうまい。全国には名水百選など、湧き水が無料で飲める地域があることも知った。
これほど水には差があるのか。
その後、ヨーロッパを周遊していたときも、硬水でしかも水道水は危ないという認識があって飲めなかった。水は買うものなんだ。しかもワインとかミルクより高く。
日本に戻ってしばらくペットボトルとかも買ったりしていたときに、牧田さんの言葉に刺激されて水道水を見直し始めた。
しばらくすると、「水道水が格段にうまくなった。今や駅のキオスクなどで全国の水道水が、ペットボトルで競って売れている」というニュースやドキュメントを、テレビでやたらと目にするようになった。
石原都知事も率先してPRに努めていた。なんでも広島県の水道水が一番売れていて(当時)、東京の水道水も3番目ぐらいの人気で、新幹線で地方に帰るお客さんがお土産に買って帰るそう。

友人のなかには「備長炭を買って一晩ポットに水道水と一緒に入れただけで、東京の水道水が、見事に甘い水に変身する。この水で淹れた珈琲はまじでうまい。顔を洗う水も備長炭水。その水だと肌も潤う」と一工夫している人もいる。
今の水道水は従来の浄水処理に、生物処理・オゾン処理・粒状活性炭処理を加えた『高度浄水処理』を取り入れるようになって、かなりうまくなっていると思う。逆に今まで人気のあった「○○の水」みたいなのは、少し以前に某有名メーカーの水が、表示されている湧き水ではなしに、近郊のただの水に鉱分を混ぜて販売して指導を受けたことも、世間が「○○の水」ってそうやってできるのか、と思い始めたことも水道水には追い風になっているかも。

写真は「大阪の水はまずい」との先入観を一掃しようと、大阪市水道局が売り出しているペットボトル入り水道水「ほんまや」。500ミリリットル入りで100円。地下鉄梅田駅とかの売店で買える。
ちょっとどぎついピンクのパッケージが大阪らしいかも。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000412M.jpg

258タクト:2008/08/12(火) 05:12:40
厳重注意処分って何?
きょうのニュースで『大食い水増し 日テレ局長処分』という見出しがあった。
【毎日新聞のニュースより】日本テレビが1月23日に放送したニュース番組「NEWSリアルタイム」の中で、大食いタレントが食べた皿の数を水増しして伝えていたことが分かった。11日付で足立久男報道局長やプロデューサーら番組担当者を厳重注意処分としたほか、直接取材・編集した制作会社との契約を解除した。大食い女性タレントが対決するコーナーで「48皿食べた」と放送されたが、週刊誌の取材を受け、映像で確認したところ39皿しかなかった。


「日テレ局長らを厳重注意処分」と報道されていたけど、この厳重注意処分ってどんな処分なの?
解雇や停職されたり、給与が下がったり降格人事されたりということはないのでしょう。
それに「厳重」って、どの基準あたりから厳重と言えるの?
けっきょく、強めに注意したというだけなのでしょうね。
YAHOOでこの「厳重注意処分」というのをネット検索してみた。
出るわ出るわ、約2,130,000件。
不倫・二岡や教育関係、企業不始末までけっこう世間を騒がせた事件も、この「厳重注意処分」で世間の目をごまかしてきたのかもしれない。
ま、イエローカードみたいなもので、今度やったらかばいきれないよということなのかな。
処分じゃないよね、これ。

それに水増しって報道しているけど、皿増しじゃない?

ほんとうに問題なのは皿の枚数より、食べ物なのにこういうことを題材にした番組を作っておいて、間のCMでは「世界では、何億人もの人が飢えで苦しんでいます」を流す、2枚舌を平気で使い分けるテレビ局の制作姿勢だと思う。


みーこも怒るよ!

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259タクト:2008/08/12(火) 17:44:54
ああ、可朝師匠はどこへ行く…
もう20年以上前になるが、吉本がまだなんば、梅田、京都の3つの花月を持っていた時代に、月亭可朝師匠はバリバリ活躍していた。
そのときぼくは新喜劇にいて、梅田花月の進行をしていた原君と話をして意見の一致をみたことがあった。
「なあ、一番切れてる芸人(師匠)って誰や思う? やすし師匠? (笑福亭)松之介師匠? ボタン師匠?」
「やっぱり、あの人やろ」
「可朝師匠!」

表向きはやすし師匠が生きながらの芸人ぽく言われて、まわりも気を使っていたけど、意外と人を見て態度を決めているような感じもした。それより、可朝師匠は根っからぶっ飛んでいたように思えた。

「好田はん、知ってる? 花月のもぎりは可朝師匠に気をつけろって言われているやて」
「?」
「前にな、可朝師匠がもぎりのところに来て、「売り上げ本社に持って来い言われた」って言ってそのまま売り上げ持って、住之江競艇に行ったらしいわ」
「豪快やな」

最近になってアルトくんから、
「可朝師匠、いまケーエープロにいるらしいわ」
「えっ、吉本ちゃうん?」
可朝師匠がケーエープロ(ぼくとアルトくんが最初にいた事務所)に移籍していたのを、その時知った。吉本で何かしたのかなと思いながら。

その可朝師匠が大阪府警淀川署に逮捕された。
元交際相手にストーカー行為をしたとのことで、ストーカー規制法違反の疑いで…。

エピソードは事欠かない。知っていたのもあるし、今回調べてみて初めて聞いたのもある。ほんとかうそかわからないのもあるが、可朝師匠ならば、というものばかりである。(Wikipedia抜粋)

●3代目染丸に師事したが、短期間で破門されている。これは師匠の愛人に手を出したためと言われているが、事実無根であり全くの誤解、濡れ衣である。

●見かねた米朝が預かるつもりで声をかけたところ、勝手に自ら「桂小米朝」と改名し、正式に入門する。なお丁度この頃、腹話術師をしていた斎田けんじ(のちの桂米紫)が米朝に弟子入りを志願し米朝の内諾を得て、落語家に転向すべく前の師匠の説得にかかっていた最中であった。このため後年両者のどちらが一番弟子となるのかで揉めに揉め、ようやく朝丸(現在の桂ざこば)が間に入り、年長者の米紫を一番弟子とする事で収拾した。なお、「桂小米朝」を名乗った理由は、字画が良かったからである。

●小米朝時代、現在の小米朝である師匠の息子を平日午後に預かったとき、大阪・千日前の大劇アルバイトサロン(現在のキャバクラに似たような風俗業)に連れて行ったという。これは閑散期である平日日中に入場したため安く飲食できた事と、子供を連れてくる事でホステス達のウケも良く、また店より玩具を貰える(=玩具代が浮く)事がその理由。
米朝一門であるが、兄弟弟子の多くが米朝事務所に所属しているのに対し、長い間吉本興業に所属していた。

●吉本時代、後輩芸人が「ギャラが安い」とぼやいたので、吉本興業に掛け合いギャラのつり上げ交渉を行った。曰く「ワイは日本の月亭可朝や。」これに対して吉本側は「日本の月亭可朝ならば、他所でも通用するでしょう。どうぞ他所へ移って貰って結構です。」と突き返した。これには可朝も完敗し、「このまま吉本に居させて貰った方が。」と譲歩。結局交渉前よりギャラが下げられた。

●借金とワンセットで語られることの多い「スッポンメガネ」であるが、発売当初は黒字の収益を上げていた。赤字→借金になったのは、国鉄のキヨスクでの発売が内定していたが、売価に関して国鉄(鉄道弘済会)側が難色を示し話がご破算になり、全国のキオスクに出すためにあらかじめ大量に生産(契約してから生産すると間に合わないので、事前に生産しておいた)したメガネがダブついたのが原因である。この商品を思いついたのは、「欧米には鼻メガネがあるが、日本にはそれがない」という理由から。しかし、1987年に松原市にある「サンクストーン」と言う眼鏡製造会社が発売していた「ローガングラス」のCMに出演し、関西を中心に発売された。

●京都の旅館で中田ボタンらとトランプ賭博に興じていたところを警察に踏み込まれたが、咄嗟にトランプを裏返して「神経衰弱」に偽装し、事なきを得た。が、警察はそのまま隣の部屋に踏み込み、池乃めだか、日佐丸(平和ラッパ・日佐丸、4代目)、Wヤングの平川幸雄が一時拘引された。うどんの代金を賭け金と間違えられたためである。

●エイプリルフールで「家が焼けてるねん」と言い続けていたら、自宅の仏壇の蝋燭が原因で本当に焼けてしまったことがある。しかもその仏壇は、ギャンブルで勝ったお金で買ったものだったという話をテレビで暴露されていた。
たまに彼がテレビに出るときに彼の曰く、その昔、春木競馬場でバカ勝ちして、すでに仏壇が家にあるのに構わず、シャレで購入したという。またそれを、魂も何も入れていないのに、蝋燭をあげたりなど供養じみたことをしていた。そうしたら、ある日、その供養していた蝋燭が倒れ、火事になった。その日彼は外で呑んでいたのだが、夫人から連絡があったとき運悪くエイプリルフールで、彼(および、一緒にいた取り巻き)はまるっきり信じなかったのだが、電話の応対に出た花紀京がしつこく言い、さらに花紀が知るはずもない可朝宅の隣人の名前を出したことから仰天し家に帰ったら、家が丸焼けであったと言っている。

●「ほんまにほんまでっせ」だけを言い続け、爆笑を取る。遂には、それしか言わず、高座を降りた。 これはぼくも見た。なんだこの芸は、お客さんむちゃくちゃ笑っているやん、これだけでと度肝を抜かれた。

●出前で注文したうどんを高座で食べて出番が終わったことがある。また、高座で寝転がり本当に寝てしまい、それだけで出番が終わったことがある。

●空港で預け荷物受け取りのベルトコンベヤーの上に乗っかり、荷物(自分のギター)と一緒に出てきたことがある。知人に「あれに乗って出てきたら1万円やる」と言ったところ「そんなん出来るか!あんたこそ乗って出てきたら1万円やるわ」と言い返され、「そうか!」と乗って出てきて約束通り1万円貰ったとのこと。

●無類の賭け事好きから、友人の立川談志をして「あいつの人生そのものが博奕だ。」や、「落語界の横山やすしだ。」と言わしめる。

●1971年、第9回参院選に全国区から無所属で出馬(同じく出馬した談志の応援演説が予定されていた日に、気が変わって立候補届を出した)。“一夫多妻制の確立と、風呂屋の男湯と女湯の仕切を外すこと”を公約とするが、落選。当時の選挙戦で選挙カーを高速道路で走らせ、そのまま演説していたというエピソードもある(のちの参院選で落選した島田洋七にも同様の話がある)。2001年には第19回参院選に自由連合公認で比例代表区から出馬したが、再度落選。大阪市議選にも出馬歴あり。なお、最初の参院選出馬の影響で、当時レギュラーだった「新婚さんいらっしゃい!」など多数の番組を降板し(公職選挙法の規定による)、そのまま復帰することはなかった。

●実はギターを弾くことができず、調律は楽屋に居合わせた芸人に頼んでいる。(これは気づかなかった)

ヒット曲はかなりあるが、なんといっても1969年に大ヒットした「嘆きのボイン」が有名。そのときの歌詞で「ボインは赤ちゃんが吸うためにあるんやで〜♪」と師匠は歌っていたのに。

可朝師匠はこれからどこへ行くのだろう。

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260タクト:2008/08/12(火) 17:52:49
朝日新聞に22日掲載されます
8月22日の朝日新聞の夕刊に、ぼくが掲載されます。
きょう寄席小屋で取材を受けました。

なんでも毎年恒例の芸人さん特集らしく、タイトルは未定ですが、イメージとしては暑い夏をさらに暑苦しく(?)する『熱い芸人さん』ということらしいです。
ぼく以外はかなりの大物の師匠がたみたいで、ほかには落語家、奇術師、講談師の計4名が紙面いっぱいを飾るそうです。
かなりいい扱いみたいなので、ぼくも期待しています。(前回のをきょう見せてもらったので)。
みんなもよろしかったらぜひ見てください。
日にちは前後する可能性はあります。

261タクト:2008/08/18(月) 18:50:15
恒例「笑って笑って笑いましょう vol.5」があります
四谷コタンで3ヶ月に一度の恒例「笑って笑って笑いましょう vol.5」があります。

「笑って笑って笑いましょう vol.5」

9月26日(金) PM7:00スタート チャージ料¥2.000

出演者:弱つよむ ストレート松浦 東京ガールズ  好田タクト(今回はぼくがトリです。少し多めにやれるかな。35分ぐらい?)

場所は、四谷駅から新宿寄りに徒歩7分です。
ファミリー・レストラン【ジョナサン】を左に折れて、10歩ぐらいで右折れ、また10歩ぐらいで左折れです。

〒160-0011 東京都新宿区若葉1-9 金峰ビル101  ライブハウス 四谷コタン
? 03-3357-7093

一人でも多くの人に来てもらいたいので、どうぞお友達とお誘いのうえ楽しんでいただけたら一同うれしいです。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~YotsuyaKotan/

舞台が終わったら、出演者と和気あいあいと一緒に歓談タイムになります。
8月22日の朝日新聞には四谷コタンのライブが告知されると思いますので、ひょっとしたら一見さんが何人か来られるかも。このライブは予約制ではありません。
ライブが近づいたら、またひつこく告知させていただきます。


写真はコタンの舞台

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262タクト:2008/08/23(土) 07:02:11
次にブレイクするのは…
迷惑かどうかしらないが、せんとくんが暴れまわっている。
奈良県の平城遷都1300年祭の公式マスコット「せんとくん」の着ぐるみが、奈良市で披露された。

これはひきょう! なんかすごくブレイクしそう。

デザインに賛否両論が起きたせんとくんだけど、「イベントに招きたい」という申し入れが県内外から40件以上あるらしい。
こんなのが暴れまわられたら、お笑い界は大変だわ。
このキャラを採用した奈良の英断は、ホームランもんかもしれない。
着ぐるみのなかに入っている人は、時給なんぼなんだろう。

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263タクト:2008/08/24(日) 00:44:57
2つの涙
不安が的中した。初戦でキューバに完敗したときにmixi日記にこう書いた。

「星野ジャパン、初戦完敗した。しかし「金しかいらない」なんて言っていて大丈夫かな。
WBCでもじっさいは韓国に2連敗、アメリカにも負けてある意味運が良くて決勝トーナメントにいけたわけだし、オリンピックでもここ数大会は力負けし続けているし、もっと謙虚にならないと、相手がいいピッチャー出してくると、米韓どころかカナダや台湾にも足元すくわれると思う。
前回のオーストラリア戦で阪神のウィリアムスに手が出なかったのを思い出して、もっと繋げる野球をしないとほんと怖い。そのオーストラリアが出てこれないほど、厳しい大会でもあるんだから。
無造作にボーンフライとダブルプレーを繰り返していた初戦のキューバ戦、その前のセ・リーグ代表チームとの壮行試合を見ていると、敵は己自身と工夫のなさにあるんじゃないかなと思う。

パフォーマンスはいらないから、がむしゃらに泥臭く勝つ野球をしてほしい。」
                         (8月14日のmixi日記より)

しかし、根本的なチームの姿勢は変わらなかった。
確かに第二戦以降は慎重さが出て、カナダ戦の接戦は逆にチームを引き締めるかなと思ったけど、やっぱり受身、チャレンジャーではなかったと思う。
それが如実に表れたのが、きのうの準決勝、韓国と日本の試合が終わって両チームが健闘を讃え合うときに、韓国の選手、監督はみんな帽子をとって頭を下げ星野監督に礼をしているのだけど、星野監督はよっしゃ、よくやったという態度は崩さず帽子も取らなかった。けっして上から目線の姿勢は変えないのだ。
宿泊もプロ集団と呼ばれる野球とサッカーだけ特別扱いで、選手村には居留せず、アメリカのバスケットボールチームと同じく北京市内の三ツ星ホテルに宿泊してるらしい。プロが本気で闘う集団になっていたのだろうか。
勝負事は捨て身でチャレンジャーの気持ちを持たないとダメだと思う。
女子ソフトボールを見て、どうみてもアメリカチームの方が強い。3本柱も健在。打線もすごい。でもシドニーオリンピックの予選のときでも、ミラクルな内容でアメリカの112連勝をストップした試合同様に、必死で捨て身でかかれば難攻不落の王者にでも勝つことがある。だから、スポーツはおもしろく感動的なのに。


北京オリンピックで金メダルをとって日本中を涙させた女子ソフトボール全日本チーム。
斎藤春香監督(38)は「縁があれば、結婚願望はあるが、今は金メダルが先」と、北京に乗り込んだ。きっと結婚して得る金より、今回の金が一番うれしいはず。金に頬擦りしてキスしていたから。 (微妙な下ネタ)

勝利の瞬間、ネット裏の放送席では元全日本監督で上野の所属しているルネサス高崎の監督でもある宇津木妙子氏(55)が涙を流していた。その55歳の宇津木氏は、験担ぎで下着をピンク色に統一。師弟は一緒に萌(燃)えて闘っていた。

準決勝から3連投し、2日間で413球を投げ抜いたエースの上野由岐子。彼女はけっこう挫折している。
北京オリンピックが始まる前に、NHKでドキュメントスポーツ大陸「最速から最強へ 女子ソフト 上野由岐子」という番組をやっていた。
シドニー五輪の前年、福岡・九州女子高2年の1999年夏。世界ジュニア選手権で優勝した直後に体育の授業で腰椎(ようつい)を骨折した。「あのけががなければ選んでいた」と宇津木は打ち明ける。高校生の五輪代表は幻となった。
その九州女子高時代の監督だった平島広昭氏は、アテネ五輪を翌年に控えた2003年12月にくも膜下出血で倒れた。同高の先輩で日本代表の内野手、内藤恵美と病院に駆けつけ、意識不明の平島に「一緒にアテネに行きましょう」と声を掛けた。手に握らせたボールには「また元気な顔を見せて下さい」と記した。その祈りも通じず、訃報が合宿先のオーストラリアに届く。上野はトイレで号泣した。
そのアテネ大会。調整が失敗し大切な場面でも信頼を得られず、オーストラリアとの3位決定戦でも登板の機会を与えられなかった。
「信頼される投手になりたい」
再起をかけアメリカまで行って教えを請う。
孤高のエース上野に強力な仲間が戻ってきた。
アテネ五輪後に引退してスポーツ用具メーカーに勤め、ソフトボールの指導で全国を回っていた坂井寛子が現役復帰をした。中学生にドロップを教えながら、逆に生徒の投げ方にヒントを得た。北京五輪を最後にソフトボールが五輪競技から除外されることを知り「次の世代に何かを残したい」との気持ちからだ。上野の心身ともに強力な支えとなった4学年上の29歳の坂井の復帰は、チームとしても2大エース存立として闘える体制を作った。
新ユニホームは上野の強い要望でベルトのないズボンに変更。変化球を投げる際に腕が当たるためだった。

上野の高校の先輩で、2000年シドニー五輪銀メダリスト、2004年アテネ銅メダリストのチームの要、遊撃手の内藤恵美が6月23日の練習中に左アキレス腱を断裂し、北京オリンピックの代表から外れた。内藤の分までがんばろうとチームは燃えた。内藤からさずかったお守りを首にかけながら。内藤もスタンドから一緒に闘っていた。験担ぎでピンク色の下着を着ていたかどうかはわからないが。

予選はシビアな戦いが続いた。好機で打てない。
オーストラリアに4−3、台湾に2−1、僅差での勝利。他のチームとも接戦が続く。王者アメリカには5回7−0でコールド負け。この試合で日本はわずか1安打。
そして準決勝、アメリカ戦と夜のオーストラリア戦はともに延長戦。上野が一人で投げぬく。とくにオーストラリア戦は最終回2アウトまで勝っていて、ベンチも「あと一人」コールで盛り上がっていての同点ホームラン。この一日で318球を投げ、翌日の決勝でのアメリカ戦も連投、3連投で413球、北京五輪で上野が投じた球数は681球。
どんなピンチでも、味方の拙攻でも表情を変えない上野。
上野はこういう。
「守りは最大の攻撃」
点さえ与えなければ負けることはない。
決勝戦でのアメリカの最後のバッターは、センターのケイトリン・ロー。前日の準決勝で上野からホームランを打っている、超美人2番打者。彼女の打球が3塁から一塁へ送られたとき、日本は世界選手権、オリンピックの両大会で無敵を誇った王者アメリカを下して初めて優勝した。
キャッチャーで同じルネサス高崎女子ソフトボール部の乾絵美が上野を肩車し、上野は連投で豆がつぶれた人差し指を天に指し、一番を示した。
優勝インタビューで上野は、「みんなを信じて、自分を信じてここまでこれた。みんなに感謝したい。そしてテレビで見ている子供達に夢を与えたい」
それは上野が柏原中を卒業する前にテレビで見た長野五輪で、金メダルを獲得したスピードスケートの清水宏保に感動し、「目標は五輪に出場して金メダルを取ることです」と卒業式で述べた答辞を実現し、今度は自分がテレビを見ている未来の金メダリストに送ったメッセージだった。

表彰式のあと、日本、アメリカ、オーストラリアのメダリストの3チームがみんなで、ボールで「2016」をグラウンドに作った。
ソフトボールは今回を最後に五輪競技ではなくなるけれど、2016年の大会にはまた復活することを願って。

K−1の武蔵にそっくりな上野由岐子。世界最速のストレートに緩急を織り交ぜた変化球で「K」(三振)の山を築き、日本チームを「1番」に押し上げたチームの大黒柱。まさに彼女こそ「K−1」ではないだろうか。
そして斎藤春香監督は、今後両手に金を持つのであろうか。


女子ソフトボール金メダルとメダルを逃した星野ジャパン、日本人は2種類の涙を連日にわたって流すことになった。

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264タクト:2008/08/24(日) 03:34:06
どこにあるかわかる?
ベラルーシ

私にとっては未知なる国。
どこにあるのかもよくわからない。
小さいときから地図を眺めるのが大好きな私でも、ベラルーシは遠い、遠い、謎多き国。

北京オリンピックもいよいよ終りに近づいた。
連日の熱戦の北京オリンピック。
なぜか(?)仕事もない私は、アクオス32型をつければ「BSは全部やる」のNHKじゃないけれど、「タクトは全部見る」の勢いで北京五輪を見まくった。BS−1,ハイヴィジョン、地デジ総合、時々民放も織り交ぜながら。
「世界中から集まってくるオリンピックは、まさに民族の祭典や〜」
彦摩呂さんよろしく、いろんな国の選手たちの活躍を見ながらのたまう私。しかし、ふと気になる国がある。

ベラルーシ

どこや、これ。
やたらと活躍しているな、ここの選手。
美人も多いし、なんや、このメダル獲得の多さは。

東ヨーロッパに位置するベラルーシは、ロシア、ウクライナ、ポーランド、リトアニア、ラトビアと国境を接する。首都はミンスク。
ベラルーシの北京五輪のメダル獲得数は、8月23日時点で金4個、銀5個、銅9個の合計18個で、国別メダル獲得数でもどうどう13位だ。これはオランダ、スペイン(計16個)、ブラジル(計14個)の上を行く。 日本も今回も前回同様健闘していて25個ものメダルを獲得しているが、国別では11位だからあんまり変わらない。
でもベラルーシの人口は971万人(2007年1月現在)なので、日本の1億2776万人の13分の1程度。それなのに柔道、バスケット、卓球、陸上、カヤック、重量挙げなど多くの競技にトップ選手を揃えている。
なかでも20日に行なわれた陸上女子ハンマー投げの決勝戦、76m34の五輪新記録で金メダルを獲得したアクサナ・ミアンコワ選手は一躍時の人となった。
ベラルーシは金メダル獲得者に報奨しているが、その報奨内容は10万ドル(約1102万円)の報奨金のほか、一生分の“ソーセージ”だ。
そんな報奨聞いたことない。
画家のマルク・シャガール、K−1のアレクセイ・イグナショフ、1992年のバルセロナオリンピックで合計6つの金メダル(男子団体総合、個人総合、あん馬、つり輪、跳馬、平行棒)を獲得した史上最高の体操選手ビタリー・シェルボ、そして今回のアクサナ・ミアンコワ。
すごい人たちを輩出するベラルーシ。
アメリカのブッシュ大統領が「悪の枢軸」(イラク、イラン、北朝鮮など)だと言っているけれど、私には訪れてみたい「謎多きロマンの国」なのだ。



写真は一生“ソーセージ”を食うことになった陸上女子ハンマー投げの金メダリスト、アクサナ・ミアンコワ。

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265タクト:2008/08/24(日) 23:35:11
ホームページのギャラリーを充実させてみた
取材を受けるときや自分のキャリアを説明するさいに、「参考にしたいので昔の写真や映像、記事がありますか?」と聞かれる。
「すみません。ないんです」
たいていの芸人やアーティストはそんな場合に備えて、きれいに自分の資料になるものを保存、整理しているものだが、ぼくは横着だからどこに何を残しているのかよくわからない。
ネタ番組も吉本新喜劇の出演映像も、上京してよく出たマジカル頭脳パワーの人文字くんも、再現ドラマなどもテレビ映像類はまず残していない。かろうじて数年間やっていた「げんきくん」の映像が担当ディレクターからVHSでまとめていただいたので、それをDVDにダビングしているぐらいか。
記事もそうだ。せっかく取りあげていただいたのに週刊誌や新聞を取り置きする癖がない。イベントや舞台、海外での出演したものもパンフレットや写真がどこにあるのかないのか、それすらわからない。
今回、痛切に反省することがあり、いろいろ押入れなどをかき混ぜていたらいくつか懐かしいものが出てきた。
今の時代、紙媒体はパソコンやホームページに取り込むことができる。機械に弱いぼくだがちょっとチャレンジしてみたら、四苦八苦しながらも思いのほか楽しい。
今回、このH.Pのギャラリーにいくつかの自分に関する記事を新たに取り込んでみた。クリックすると拡大するので、記事内容が読むことができると思います。

http://www.geocities.jp/butsuzou28/sub3.html

下記はおとついの夕刊で出たぼくの最新記事。
2008年8月22日朝日新聞夕刊『残暑も飛ばすアツイ芸』。
「…(略)…一見無駄に髪振り乱す架空指揮者。芸にいそしむ彼らの姿は、暑苦しくも、目が離せない。いつまでも続く残暑を、その、うだるように畳みかけてくる暑苦しい芸で吹き飛ばしておくれ!」
この見出しで4人が紹介されている。橘家円十郎(落語家)、沢竜二(剣劇役者)、北見マキ(元日本奇術協会会長)。そしてぼく。ほかの方はけっこう大御所。記事が出た翌日、東京演芸協会の白山雅一顧問(御年84歳の声帯模写の大家)から祝いの電話をいただいた。うれしかった。これで仕事がくれば、バイトせずにすむかな? そうはいかんやろう。異端の画家田中一村じゃないけれど、ぼくのような異端な芸人は芸では食っていけないのが今の世の中。崖の上のタクトだけど、反発しながら事務所に入らず踏ん張り続けるぞ。

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266タクト:2008/08/25(月) 19:52:16
富士総合火力演習は…、怖かった
何十枚もの観覧希望はがきを出しても当たらない人もいる人気の「富士総合火力演習」。国内では最大規模の陸上自衛隊の実弾射撃訓練で、戦闘車両や火砲などによる実弾射撃(演習弾を含む)、輸送ヘリコプターからの空挺降下などが、目の前で迫力をもって実演される。
21日の晴天の日に、家を朝5時半に出て見に行った。

正直、怖かった。

90式戦車の射撃、砲弾がこんなに迫力があるとは。
戦車が砲弾すると、地響きがして砲弾の風がぼくたちの顔に吹きつける。雷鳴など足元にも及ばない大きな爆音が空気を裂く。
的に確実に当てる的確さ。
アナウンスでやたらと「敵が前方より…、敵の後方を…、敵が、敵が!」って司令官が叫ぶ。
敵ってなに?

クライマックスでかなりの数の輸送ヘリコプターが晴天の空を覆ったとき、昔の人が「B29の襲撃がほんと怖かった」と言うのが、少しわかるような気がした。
どんなジェットコースターでも怖くないぼくが、これは人の命なんて木っ端微塵だと、心底命の危険を戦闘車両や火砲に感じた。

96年はパリ祭を現地でむかえた。バスティーユの前に並んでいたのは、ベートーベン「合唱」をベジャールが振付けたバレエを無料で観覧できるからだ。その並んでいる前を戦車がパレードし、空には戦闘機が空遊した。目の前で初めて見る動く戦闘車両。それだけでも圧倒された。
しかし今回はそれらの実演だ。
海外に出て初めて気づくパワーバランス。危機意識。戦争。国境での緊張状態。日本に対する冷ややかな目。
防衛とはなんだろう。
自衛隊とは。
久しぶりにそんなことを考えながら、目の前の大迫力の実演を見ることになった。

ユーチューブにある「火力演習」の映像(他にもいっぱいある)

http://jp.youtube.com/watch?v=VUqMDnSTkOE&amp;NR=1

http://jp.youtube.com/watch?v=a_TcdGifwi4

演習には隊員約2400人と、戦車・装甲車など車両約475台、火砲約40門、ヘリコプター約20機などが参加。約1時間30分の演習で、約44トン(約3億6000万円相当)の弾薬が使用された。戦車やヘリなどの燃料費は約5800万円で、原油高騰の影響で昨年比1500万円増だった。
今年は21日をのぞくと天候が荒れたので、一番あたりの日に見れたらしい。

この日はほんと暑かった。
途中の休憩で、自衛隊音楽団が團伊玖磨作曲の『祝典行進曲』を演奏してくれた。1959年の当時皇太子と美智子妃の成婚を祝したこの曲は、瀬戸口の『軍艦行進曲』と並ぶ日本の名行進曲だ。演奏もさすがにうまい。
これが一服の清涼剤になった。

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267タクト:2008/08/26(火) 07:44:18
全路線制覇
全国のJR線の普通・快速列車に乗り放題の期間限定きっぷ「青春18きっぷ」(18歳じゃなくてももちろん使える)。
ちょうど国鉄からJRに民営化する24年前ぐらいから、この切符を使い始め、あしかけ8年ぐらいかけて全路線制覇したことがある。種村直樹さんの本によく出てくる母校で一年吹奏楽の先輩、藤原さんのように私鉄・JR合わせて全路線常に完全制覇とまではいかないけれど。
おかけで東京から西鹿児島まで当時643駅そらで自然に言えて、のちにオッフェンバック「天国と地獄」に合わせて一気読みのようなネタも作れたし(これは映像もある)。
吉本新喜劇が10日間ごとの興行でやたらと当時は暇だからできたのだろうな。マネージャーに「おまえはいつも休みになったらどこにおんねん。仕事入れられへんやろうが」と毒づかれながら。
当時は10,300円(消費税が3%だったので)で、一日ごとに5枚に分けられていて、それがバラバラでよく格安チケットに流れていた。
最近も記念発売で8千円のときがあったね。
趣味だけでなく、移動でもほんとよくお世話になった。
名古屋なんかは東京から5時間で行けるから、仕事しても日帰りで帰ってこれる。
福岡や高松への仕事の時でも、渡された新幹線のチケットをすぐ手数料だけ払って換金して朝6時からでて24時までかけて東京に帰ってきて2万円ほど浮かせたり、夜行鈍行(以前はムーンライトといわずに、ただ大垣行きとか、今みたいに元特急車両じゃなかった)も各線利用した。天王寺から新宮行きとか山陰の最長夜行(もういまはない)、けっこうあった。
今みたいに東京大阪間の夜行バスが4千円内まで安くなっていなかったので、これは助かったなあ。利用路線も東海道だけではなく、中央本線を利用したりして好きなように楽しんだ。時刻表とにらめっこするのが楽しくて。
上手な使い方は、新快速とか特別快速とかを間に挟むこと。
今はグリーン車にもお金を出せば乗れるんだね。
姫路ー岡山間とか、岡山ー広島間がやたらと長く感じたり、東北に行けば特急を使わないと2時間ぐらい連絡がなかったり。
魅力的なローカル路線もいっぱいあった。大糸線、五能線、小海線、高千穂線、北海道の各路線…。けっこう廃線になった。第三セクターにもなった。でも今でも人気があるね。指定券を買えば、SLにも乗れるし。
ああ。青春18きっぷはほんと、青春させてもらったな。
これがのちのヨーロッパ、トーマスクック時刻表推薦20路線制覇につながっていくのだろうな(あしかけ2年、3ヶ月ユーレイルパスを2回利用)。

268タクト:2008/08/27(水) 10:50:29
信じられない、世にもくさ〜い物語(実話)
今からお話する事件は、奇妙で、くさくて、いつあなたのまわりで起きても不思議じゃない出来事です。しかも実話。
しかし勇気を出してお話します。きっと披露する私だけでなく、その親戚まで著しく名誉と品位が傷つけられることでしょう。
そして親戚一同から、私とY子さんは「いらんこと、言うな。恥ずかしい」と罵られるかもしれません。
勇気ある私と親戚Y子に拍手。パチパチ。
それとあなたが食事前なら、この話は聞かないほうがいいでしょう。

まずは私の親戚、超美人のY子嬢の話を聞いてください。きのう(2008年08月26日21:26)あなたがmixiに書いた日記をそのままお話ください。

「ただいま紹介のありました、誠一君からみた三等親の親戚Y子です。ああ、誠一君、ほんとうにこの話を言っていいのね。あ、ここでは芸名のタクトではなしに、あえて本名の誠一君で呼ぶよ。
これは私の住んでいるマンションで起きた事件です。題して『連続「脱糞」事件発生。・・・防犯カメラは見た!! 』。

ついに、犯人が判明しました。
私は、このマンションに引っ越してきて二度目の夏を過ごしています。
一階には掲示板があるのですが、そこで管理人さん直筆の貼り紙を頻繁に見かけました。

『○月○日、マンション敷地内の砂場で「糞」が発見されました。
住民の皆様にはマナーを守ってくださいますようお願い申し上げます』

ウソーーーッ ウ○○ーーー信じられなーい。

ここはペット可のマンションで、全体の1/3のお宅は犬・猫のペットがいるといわれています。特に大型犬を飼っているお宅が多いのです。
この脱糞事件で、ただでさえ住民同志のトラブルの絶えないマンションの中は お互いに疑心暗鬼の雰囲気となりました。
問題のブツは、砂場だけでなく、植え込み、駐車場周辺と繰り返され発見されるのです。
ついに今年、マンション管理組合理事会に於いて、防犯カメラの設置の話が持ち上がりました。
脱糞事件の他にも、駐車場内に置かれた住民の車からカーナビが盗まれるなどの車上荒らしもありました。
不審者がマンション内をうろついたり、双眼鏡でこのマンションを覗いていたという気味の悪い報告もありました。
なのに、防犯カメラ設置に関してなぜか多数の反対者が出たのです。
しかし住民の安全を確保するために、結局防犯カメラは敷地内のあらゆる場所に設置されました。
そして、八月上旬のある日、またもや砂場に問題のブツが残されていたのですッ!!

さっそく、防犯カメラの出番です
管理組合が確認を行った結果、犯人はここに朝夕出入りしている『 新 聞 配 達 員 』であることが分かりました。
(夜明けにウ○○してるとこが映ったの)

住民のペット達ではなく、人間の、しかも新聞配達員のモノだったとは驚きです。
管理組合はすぐにその新聞店に連絡をしたのでした。
しかーし。いつまでたっても新聞店からは返事がありません。
再度強く追及したところ、やっと責任者である社長から
「このことは、住民の皆さんにはどうか内緒に・・・」
という返事が来たそうです。
これだけ騒がせといて、内緒にできる訳がありましぇん。
そして今日、管理組合の報告文と共に、新聞社からのお詫びの文書が各戸の郵便受けに入っていました。
新聞販売店は この辺りには三つほどあり、客の取り合いで熾烈な争いをしています。
もし、この不祥事が周辺住民にバレたら この地域のその営業所は潰れかねないでしょう。

犯人である配達員は、即刻クビ。そして砂場や植え込みの土を、同種へ入れ替えをおこなうことを約束させたのでした。
本来ならば、新聞の三面記事に載るのですが、載っていないということは 警察に被害届を出していないという事なんでしょうね

やっぱり静○人は甘いなぁ。
(この○は、私の判断で地域の皆さんの名誉が傷つかないよう、地名がわからないように入れさせていただきました)

    一件落着の巻〜〜〜」

Y子さん、長々とくさい話ありがとうございました。

じつ〜は、私も同じような奇妙な体験をしておりました。
では私の青春時代の話を聞いてください。

私は十九歳のとき、新聞奨学生でした。

ある日、いつものように朝刊を配っていると、なにやら車の上にY子さんの事件と同じように○がちょこんとのっかっている。
タクシーみたいに、乗っかっているんです、あれが。
そのくさい事件は毎日のように頻繁に起きました。
ほどなくして私は見たのです。
朝早く、というよりまだ日があけていない暗闇の中で、車の上できばっているライバル直配所の配達員のおっさんが…。
私はこそっとおっさんに忠告しました。
「そんなところでするの、やめたら?」
おっさんはその行為をやめ、そのくさい事件は謎のまま迷宮入りとなりました。


みなさん、もう一度言います。
この話は実話です。
そしていつあなたのまわりで起きても不思議じゃない出来事なのです。

全国の新聞配達員の名誉のために言います。
こんなことはふつうしません。
まして女性、おばさんの配達員は絶対しないでしょう。車のボンネットの上に乗るのも怖いだろうし。
ほとんどの配達員は汗水たらして配達しまくっている、いい人ばかりです。
だからこんな事件は二度と起きてほしくないのです。
疑われた猫や犬も迷惑だろうし…。


「十九歳の地図」時代の私

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269タクト:2008/08/30(土) 19:14:43
ポニョと林正子とテレビ台の上のミーコ
『崖の上のポニョ』が28日(木)、ついに公開41日間で観客動員1000万人を突破したことが発表された。
ぼくは28日に『ポニョ』を映画館へ見に行ったから、ひょっとしたらぼくが1000万人目だったかも。東京国立博物館だったらなんか記念品をくれるのに、全国一斉だからそんなサービスはないのね。
興行収入も同日(8月28日)120億円を突破した。ちゅうことは、一人あたり1200円で見ているわけ? 映画代が1800円するんだけど、映画の日やレディースDAY、子供や格安チケットでの入場も考えられるからかな。ぼくみたいに、アルト君が運営している新聞社の地域ミニコミ誌の原稿料代わりにせしめた券で見に来た輩もいるしな。
混んでいるかなと思って行ったけど、予想に反してすいていた。幼児とその保護者ばっかり。平日の昼間だし、もう小学校も始まっているか、夏休みの宿題で家族総動員法が適用されたりして、小学生以上はそれどころじゃないのかも。

横の4歳児ぐらいの女の子が、「ポーニョ ポーニョ ポニョ さかなの子〜♪」って歌っている。歌も流行っているんだ。なんでも藤岡藤巻と大橋のぞみが歌う主題歌は売れまくっていて、10歳未満の日本人アーティストがシングルランキングトップ3入りをするのは、『山口さんちのツトムくん』以来の31年ぶりの快挙らしい。
しかしここで注目してほしいのは、同映画の冒頭で流れる楽曲『海のおかあさん』。“もう一つの主題歌”として反響を呼び、作詞を宮崎監督、作曲を久石譲が手掛け、歌っているのはなんと林正子さん。オペラファンならご存知の二期会会員でジュネーブ在住のソプラノ歌手だ。しかもかなりの美人。
透き通るような伸びやかな林さんの歌声は、ほんと素敵。
『海のおかあさん』の出だしは、おしゃべりクラシックの「どこか似ているぞコーナー」に推薦されそうな、有名なクラシック音楽になんか似ている。

林さんには思い入れがある。
林正子さんが演じた「ニュルンベルクのマイスタージンガー」エーファ役(2002年二期会・ベルギー王立歌劇場との共同製作)。じつにすばらしかった。公演そのものも名演で、ぼくは確か友人60人ぐらいを東京文化会館に連れて行った。ワーグナー作品はオペラ初心者には怖いし、公演時間も5時間近いから大丈夫かなと思ったけれどみんな「すごくよかった。感動した。オペラってかっこいい」と言ってくれた。あのヒロインが林正子さんですよ。
2005年の二期会「フィレンツェの悲劇」ビアンカ役では、ここまでしていいのというぐらい妖艶で色っぽい体当たり演技を披露。Wキャストで同役は菅有美子さんだったから贅沢な布陣。その後も「神々の黄昏」(これもやっぱりワーグナー作品で指揮はゲルト・アルブレヒト)、 2006年「交響曲2番 復活」(マーラー/指揮:ゲルト・アルブレヒト)、「エグモント」(ベートーベン/指揮:ゲルト・アルブレヒト)、ハンブルグ国立歌劇場と二期会製作「皇帝ティトの慈悲」(モーツァルト/演出:ピーター・コンヴィチュニー)ヴィッテリア役。
この年の「コジ・ファン・トゥッテ」(モーツァルト/演出:宮本亜門)では林美智子さん(同じ林さんでややこしいね)も出ていて涎もんのキャスティング。そして同公演はその年の文化庁芸術祭大賞も受賞している。
2007年には「カヴァレリア・ルスティカーナ」のサントゥッツァ役もしたが、ぼくにはワーグナーの名演が鮮烈で、「ドイツものなら井原直子さんの次に追いかけるのはこの人!」とばかりに、ぼくも林さんにははまった。 年末の『合唱』も林さんが出るから、毎年読売日本交響楽団の「第九」を聴きに行くし。またサッカー日本代表試合でも国歌斉唱とかしている。

ところがその林さんが新たな境地を開拓し始めた。
2006年に『FANTASMA vol.II』という60、70年代のロックの名曲をアレンジして歌ったCDを出した。ボヘミアン・ラプソディ(作:フレディ・マーキュリー)クイーン、悲しみのバラード(作:バーニー・トゥピン、エルトン・ジョン)、ストロベリー・フィールズ・フォーエバー(作:ジョン・レノン、ポール・マッカートニー)、天国への階段(作:ジミー・ペイジetc)レッド・ツェッペリンなど、まさにロックの黄金時代の代表作を、林さんは原曲をインスパイアしながらも、ストリングスな雰囲気を醸し出して歌っている。
ぼくはトリフォニー会員になっているので、自転車で墨田トリフォニーホールによく行く。そこを本拠地にしているのは新日本フィルハーモニー。同フィルのポップス的なコンサート、久石譲と新日本フィル ワールド・ドリーム・オーケストラの全国ツアー「There is the Time」にも林さんはゲスト出演した。

あれ、林さん芸風を広げたのかな?
久石譲さんと仲良くなるなんて、そのうちにジブリ作品を歌うようになったりして、なんて思っていたら、ほんとにそうなった。

8月31日(日)にはNHK総合放送で午後5時から【久石譲in武道館〜ナウシカからポニョまで・宮崎アニメと共に歩んだ25年間〜】が放送される。内容は、久石譲が、25年間にわたる盟友・宮崎駿監督のアニメ作品の音楽を一挙演奏するというもの。もちろん藤岡藤巻と大橋のぞみや林正子、新日本フィル、栗友会合唱団、東京少年少女合唱隊も出演する。

確かに日本中の子供が歌う『崖の上のポニョ』もいい曲だけど、裏で歌われている『海のおかあさん』、その林正子さんにもぜひ注目してほしい。なぜなら彼女は瞬く間に日本を代表するデューバに駆け上がるでしょうから。ワルキューレの騎行のように。

この映画ではワーグナーの影響をすごく感じる。
あいだにやたらとかかる音楽は、まさに『ワルキューレの騎行』そっくりだし、ポニョもほんとうの名前はブリュンヒルデ(ワルキューレに出てくるヒロインの名)。『ワルキューレの騎行』の音楽がかかると人はアドレナリンが出るから、煽り立てるのには効果があるだろうな。ほかにもワーグナーっぽい音楽がいっぱい。『ワルキューレ』を含むオペラ4部作『ニーベルングの指環』のラスト『神々の黄昏』では、最後には神々は火災と洪水で滅び、新たな人間界の誕生を予見させるというもの。この映画でも洪水や破壊、死と再生、男女や近親の契りなどがテーマにあるようにぼくは思える。ポニョの母親はオフィーリアがモチーフとなっているグランマンマーレ。海の観音様だから『さまよえるオランダ人』『トリスタンとイゾルデ』的でまさにワーグナーの世界観と見るのは深読みしすぎかな。
そういえば、前に宮崎作品の『千と千尋の神隠し』(2001年公開)のベースはほんとは遊郭、人身売買だと言ったら「考えすぎ」と笑われたことがあった。宮崎アニメに表の温かみ、裏に非情と冷酷さを感じるのはぼくだけか。

また上映時間も「ポニョ」は101分と比較的短い。
宮崎監督の長編アニメは2時間近いのも多いのだが。
「風の谷のナウシカ」(1984年3月11日公開)上映時間/116分27秒、今度10月に一緒に舞台をする田中真弓さんが主人公のバズー役の声をやった「天空の城ラピュタ」(1986年8月2日公開)上映時間/124分04秒、「もののけ姫」(1997年7月12日公開)上映時間/133分24秒、「千と千尋の神隠し」(2001年7月20日)上映時間/124分35秒、「ハウルの動く城」(2004年11月20日公開)上映時間/119分…。
上映時間が短いと、一日5回の上映時間を6回にできたりして配給映画館にもメリットがある。ジブリ自体はそんな思惑はなく、たんにいい物を作ろうとした結果が、無駄を省きコンパクトにこれだけの長さになったのだろうけど。逆にそれがいい印象になっているようにも思える。
声もいい。山口智子、長島一茂、所ジョージ、子役などみんな専門(声優)でない役者がやっているため、それが逆に感情過多になっていなくて新鮮だ。

一番見ていて感心したのは、シーンのカットカットの目線が子供目線、つまり主人公の宗介、五歳児の見た低い目線での絵なのです。
子供が見る風景と、大人の見る目の高さの風景は、現象を捉える印象がかなり違う。
子供だから発見できる。
上手な子供番組(学校放送・教育テレビ)はやはりカメラアングルが低い。ぼくがやっていた「あしたもげんきくん」はそれはすごくスタッフもぼくも意識したよ。日本の児童映画の傑作「ボクは五才」(1970年大映)も、アングルは太郎ちゃん目線だったし。
子供目線だから、見ている子供も大人も共感するのだ。


題材となっているのは人魚姫。おじさんなら「上半身を裸で誘っておいて、下半身が魚だなんて。これが逆だったらまだいいのに…」と言いそうだ。NGワードになりかねない「半魚人」「人面魚」という言葉も堂々と出ている。
映画のキャッチコピーは「生まれてきてよかった」。
口の悪い人はこう言っている?
他の映画会社にとっては「生まれてこなけりゃよかった」、宮崎吾朗はお父さんに「生まれてきてごめんなさい」。


余談だか、この秋の二期会の公演に『マクロプロス家の事(こと)』が予定されている。作曲と台本はもちろんレオシュ・ヤナーチェク。
前にヤナーチェクの『イェヌーファ』という超名演を残しながら集客に苦労した二期会。懲りずにまたヤナーチェク。
渋い、渋すぎる!
この勇断に拍手。ついでに『利口な女狐の物語』もぜひやってほしい。


写真は崖の上のポニョならぬ、テレビ台の上のミーコ。ちょっと邪魔!
でもポニョもミーコも、じつはぼくたち人間の方が癒されて、教えられているんだよな。

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270タクト:2008/08/30(土) 19:59:20
おっ、ぺれった20周年公演、顔合わせ
きのう、『おっ、ぺれった』の顔合わせが北赤羽であった。
まだいらっしゃらないゲストの方も何人かいたけど、久しぶりに会う人たち、真弓さんやエリさん、カンコウさんは時々会っていたので違和感はなく、久しぶりの並木さんには「タクちゃん、幸せ太り〜?」と冷やかされる始末。音響の稲垣さんとも久しぶりにご挨拶。しかし出演者、スタッフはほとんどが初めて。久しぶりの方も私生活が劇的な変化(?)を遂げた人たちが多かったので、なんやら浦島太郎状態。
そりゃあ、16年もたてばいろいろ変わるわな。
そんなこと知らないから「嫁さん、元気〜?」とか余計なことも言ってしまった。

懐かしい顔合わせが済んで、休憩の後、読み合わせをした。
パソコンで打たれた美しい台本が、脚本・演出のカンコウさんから渡されるのだとばかり思っていたら、渡されたのは手書きだらけの手作り感覚の台本だった。以下はカンコウさんの言い訳です。

「ワープロ使用時代のデータはフロッピーに保存してあり、それをパソコンにコピーする方法もわからず、結局手書きでナオシを入れたものをお渡しするという、申し訳けのない稽古初日となった。
これを「あったかくていい」と励ましてくれるものもいたが、多くは言葉には出さないものの『なんだかなあ』くらいは思っていたのではなかろうか。
思えばベータテープももう見られず、VHSテープも再生機が壊れて見られず、ポケベルは部屋の片隅で埃をかぶり、テレビも映ったり映らなかったりと、時代に翻弄されるまま生きている。
だが負けてはいられない。これからはもっと積極的に翻弄されてやる!
時代の流れよ、目にもの見せてやる・・・。
こうして、新メンバーも加わり2000年以来の再演となる『ちょっとノゾいてみてごらん』の稽古はスタートした(?)」
だって。

カンコウさん、ぼくはけっして「なんだかなあ」なんて思わなかったですよ。
さすが美しい心の持ち主が書かれた台本は、美しいセリフが散りばめられて、それは美しい舞台が期待されるものに感じられました。
確かに手書きで書かれていた文字は判別もしにくく、→や↑の矢印があちこち出現し、消去線と手直しのオンパレードでしたが。

そのあと、地下鉄駅前の『和民』で軽く決起大会。
真弓さんの息子さんがもう22歳になって、ジャグリングの石川健三郎さんところへ親子で習いに行ったり、カンコウさんとずいぶん話したり、まわりの共演者のガンガン行け行けトークに圧倒されたりで驚くことばかり。
おっぺれった、『久しぶりにノゾいてみてみたら』、けっこう変わっていましたわ。もちろんぼくもそう見られていただろうけど。
なんやら、ぼくは小学生の役みたい。
どうなることやら。
稽古は来月1日から始まる。

『おっ、ぺれった(人知れず)20周年記念公演 ちょっとノゾいて見てごらん 2008』チラシ表(真ん中の○は穴です。そこから覗けってことかな?)

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271タクト:2008/08/31(日) 05:24:46
福祉を食い物にする人は確かにいる
福島県いわき市の無届け老人ホームが「夜逃げ」をして、入所者は放置されたらしい。
しかしこのニュース記事を読んでいても、なんだか実態がよくわからない。

無届けで有料老人ホーム「シルバーレジデンス」を運営し、経営陣が入所者を置き去りにして、電気料金が滞納されたので社員が止めに行ったら、男が出てきて「電気を止めないでほしい。生命維持装置を付けた人がいる」


市内で病院を経営する院長(51)が、訪問介護などの居宅サービスを目的として設立した。
??

実質経営者は取締役(59)だった。主に80〜90年代、新潟市の弁天橋病院(当時)など経営難の病院乗っ取りを繰り返した人物。院長との関係は10年以上前、「病院経営のことで相談を受けて縁が出来た」という。
???

入居者の要介護度は平均4。1人当たりが利用できる介護保険サービスの限度額は毎月30万6000円(自己負担1割)で、(中略)介護報酬は一時、月500万円にも上ったという。
だが、院長が昨春ごろから、「サービスが劣悪になった」として、施設を利用していた患者を引き揚げ始めた。最大約20人いた入居者は激減、従業員の給料も支払えなくなった。本当の理由は双方の言い分が食い違い、藪の中だ。
????

「法律(老人福祉法)が変わったから、老人ホームでなくアパートにした。届け出は必要ない。行き場のない人を低家賃で入れた。それが問題なら、なぜ罰せられなかったのですか」
?????

「医療介護経営アドバイザー」の名刺を持つ取締役は、法律を知り尽くしている。「県は有料老人ホームだと認定して調査に入ったが、その届け出がない以上、相手が『老人ホームではない』と主張すれば、行政の不作為になってしまう」
 置き去りにされた6人は別の施設に移った。結局、誰も責任を問われることはなく、老人ホームは既に閉鎖され、ビルは今、競売にかけられている。
??????

厚生労働省の集計では昨年7月現在、31都府県で501の無届け有料老人ホームが確認されている。
有料老人ホームは07年7月現在、全国に2846施設あり、法改正前(05年7月現在)の1418施設から倍増した。
????????


結局、「福祉」はずる賢い人から見れば、食い物にできるということだね。
ぼくの知っていた人も「福祉は儲かるよ〜」と言って、身障者のケア会社を経営している人がいる。
当時、知っている限りではその人のやり口は、身障者のケア申請したら国から24万円が会社に支給されて、「彼らはケアなしでも生きていけるんだよ」と言いながら、18万円を自分のものに、6万円を口止め料として身障者にあげていた。
ぼくはその人からだまされて嫌な思いをしたので、もう大嫌いなので今は近づかないんだけど、表向きは教育者のふりをして、裏では2000万円のスポーツカーを乗り回し、悪どく金儲けしていろんな悪さをしている犯罪っぽい人なんだけど、のうのうと生きているんだよな。
ぼくが区の法律相談室や警察に行って相談しても、「この人はプロだ」と言ってさじを投げられ、相談したぼくががっかりした。
つい、嫌な人を思い出してしまった。

272タクト:2008/08/31(日) 13:18:18
【9月の予定】芸術の秋到来。3大ライブ+大学オケとの移動コンサート
10月の『おっ、ぺれった20周年記念公演』に出るので、スケジュール以外はほとんどその稽古に取られるため、9月はかなり忙しい月になりそう。
芝居ってほとんど金にならず、稽古も大変で、今回は稽古場も遠く、終われば「夢のあと」なのに…。だけど、時々、無性にやりたくなる…。下手なのに、横好きなのかな、ぼく。
スケジュールもけっこうプレッシャーのかかるもの多し。とくに3つあるライブのうちの2つと、横浜国立大学オケとの小学校への移動コンサートは、新しい試みなのでなんとかいい形にもっていきたい。
ま、いくら大変でも10月19日を過ぎれば、すべては終わっているから、それまで「ガンバ」。

《9月は3大ライブ》

★渋谷区代官山豆風ライブハウス「daikanyama 晴れたら空に豆まいて」での「BLOOM GLOBE vol.5」に出演します。

2008年9月19日(金)
BLOOM GLOBE  vol.5
BLOOM GLOBE=満開の惑星 - 21c flower children -

場所:豆風ライブハウス「daikanyama 晴れたら空に豆まいて」
〒150-0034 渋谷区代官山町20-20モンシェリー代官山B2
http://www.mameromantic.com/
[出演] KING  / 好田タクト /  くものすカルテット
[料金] 前売3000円 当日3500円(共にドリンク代別)※学割あり¥1500(1ドリンク代別)
[OPEN] 18:00 [START] 19:00
予約受け付け電話03-5456-8880  FAX:03-5456-8881
チケット予約のコーナー http://www.mameromantic.com/cgi-local/form2/index.html
初めての「晴れ豆」出演です。見に来てもらえたらすごくうれしいです。

★ギンザめざましクラシックスVol.45
Produced by ちさ子&軽部

2008年9月20日(土) 王子ホール(銀座4丁目)
18:00開場 / 19:00開演
\5,500 (全席指定・税込)

〈 出 演 〉
高嶋ちさ子(ヴァイオリン)
軽部真一(フジテレビ・アナウンサー)
ゲスト:好田タクト
協賛:ブルボン  公演:フジテレビジョン  企画制作:ジェイ・ツー
[ お問い合わせ ]
キョードー東京 03-3498-9999 各プレイガイドでも売っている。
指揮者特集らしい。かなり大きなコンサートなので、来られる方はぜひ来てぼくを助けてください。お願いします!

★四谷コタンで3ヶ月に一度の恒例「笑って笑って笑いましょう vol.5」があります。

「笑って笑って笑いましょう vol.5」
9月26日(金) PM7:00スタート チャージ料¥2.000

出演者:弱つよむ ストレート松浦 東京ガールズ  好田タクト(今回はぼくがトリをつとめます)
〒160-0011 東京都新宿区若葉1-9 金峰ビル101  ライブハウス 四谷コタン  四谷駅から新宿寄りに徒歩7分。ファミリー・レストラン【ジョナサン】を左に折れて、20歩ぐらいで右折れ、また20歩ぐらいで左折れです。
? 03-3357-7093  (注)ここは予約制ではありません。直接来ていただくことになります。なお、今回のライブは8月22日の朝日新聞夕刊でも告知されました。「じゃあ、満杯?」そんなことはないはず(!)です。ぜひ来てください。終わればみんなで歓談タイムです。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~YotsuyaKotan/

《横浜国立大学オーケストラ部と移動コンサート》

★横浜国立大学オーケストラ部と一緒に、神奈川県下のいくつかの小学校を日にちを分けて訪問する移動コンサートに参加します。「ゆかいなコンサート」という感じで約90分(授業で2時限分)、ぼくはいろんな指揮者に変装したり、曲のすべてを指揮したりして音楽の楽しさ、すばらしさを国大オケ(80名ぐらいいるのかしら)の皆さまとともに小学生や関係者に伝えていけたらと思っています。

練習日:6日(土)、27日(土)
本 番:29日(月)、30日(日)

★寄席

・浅草東洋館中席 東京演芸協会定席
11日 12:52 (ピン芸・世界指揮者人名辞典)
16日 12:37 (ピン芸・世界指揮者人名辞典)
  今回は2日とも7分半しか持ち時間がありません。見に来られても物足りないと思います。10月にはエンタメにも出ますので、その時は通常の15分間芸をやりますので、寄席でしっかり見ようという方はこちらへどうぞ。

★若葉の湯(千葉市若葉区)■東京ユニット「お笑いオンステージ」
こちらではゲストの演芸を中心に、東京ユニットはホスト(司会・進行)をやっています。

【ゲスト】・9月13日(土) 「大和屋さん休」によるチンドン芸
・9月14日(日)・15日(月・祝) 「昔少年団」によるライブ
・9月21日(日) 「名和美代児」による音まね漫談
・9月23日(日) 「おばどり姉妹」による歌謡デュオ
■公演時間 13日(土)  1部/17時〜 2部/19時〜
14日(日)  1部/15時〜 2部/17時〜 3部/19時〜
15日(祝)  1部/13時〜 2部/15時〜 3部/17時〜
21日(日)  1部/15時〜 2部/17時〜 3部/19時〜
23日(祝)  1部/16時〜 2部/18時〜

★小手指の健康センターで東京ユニットのコントをします。
9月17日(水) 詳細がわかればまた記載します。


★11日はある音楽事務所からの依頼で屋形船で指揮者芸をします!
しかも紫文師匠と一緒。いや〜、どうなることやら。あ〜、酔いそう。
他にもライブ出演依頼や大道芸のイベントの話が来ていますが、「おっ、ぺれった」の稽古の進行具合を見て受けるかどうかの判断をしょうと思います。


10月の予定

・10月5日(日)東京演芸協会全体公演「秋祭お笑い大行進」(目黒区民センター)ぼくは指揮者芸をする
・『おっ、ぺれった(人知れず)20周年記念公演 ちょっとノゾいて見てごらん 2008』(10月11〜19日・12回公演・新宿SPACE107)「おっ、ぺれった」はチケットが売れます。いつも足りなくなります。しかも今回は指定席。行くと決めたら、ぼくへメッセージGO!その際は希望日時、人数、お名前(カタカナでフルネーム)の3点を漏らさず教えてくださいね。http://mixi.jp/view_event.pl?id=33811839&amp;comm_id=939892
・10月20日、31日浅草東洋館エンタメヒットパレード
・本も絶賛(?)発売中。小学館から『トンデモ音楽<ミュージック>の世界』、実業之日本社から『世界一楽しい タクトのクラシック音楽館』。




H.Pにあるスケジュール&お知らせも参考にしてください
http://www.geocities.jp/butsuzou28/sub4.html


写真は代官山の「晴れ豆」内部

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273タクト:2008/08/31(日) 21:26:11
ひいた?
気の毒に、北京五輪野球日本代表の星野監督が風邪をひいてダウンしたらしい。
口の悪い人は「このさい、監督の身も引いたら」とか「布団ひいてずっと寝ていてください」と言うとか言わないとか。
「金しかいらない」なんて言うから、3位決定戦で負けて「ほんとに、金しかいらなかったんだ」と、日本中の期待したファンからも引かれてしまった星野監督。
星野の娘はピアノをひいて、島野は田淵や山本に遠慮してコーチをひいて、阿部は韓国の左ピッチャーに腰が引いて、五輪をテレビで見ながら喫茶店のマスターはコーヒー豆をひいて、トライアスロンでは自転車で選手をひいて、柔道の石井の発言に斎藤監督がひいて、シンクロでは足がプール底に着いて点数がひいて、中日の落合はWBCの監督要請を引いて、外ではダンボールおじさんがリヤカーをひく。
ああ、引きまくりの人生。
ではここで円広志さんに歌ってもらいましょう。
「ひいてひいてひいてひいてひいてひいてひいてひいて〜♪」
こんなニュースで注目をひいた闘将星野監督は、これから「どうしょう?」。



                たまにはこんなダジャレもいいよね。 えっ!? 引いた?

274タクト:2008/09/01(月) 13:14:33
わしゃ、止まると死ぬんじゃ
間寛平(59)さんが8月31日、都内で「前人未到? 間寛平 世界一周に挑戦!!」の記者会見を開いた。12月17日に大阪をスタートして、陸上2万キロ、海上1万6000キロをランニングとヨットで約2年半かけてノンストップで地球を横断する。

このことは、まわりの人には緘口令がひかれていた。
マネージャーのHさんがサポートするみたい。その献身的なこともすごいこと。
もう20年以上前だけど当時の吉本新喜劇はほんと悲惨で、みんなが夢を持てずにダラダラと毎日を過ごしている中、「きのう、急に夢の中で走れ!言われた」といきなりもくもくとランニングし始めた。
その後も、東京で忙しくなられてもランニングはやめず、「わしゃ、止まると死ぬんじゃ」とマグロみたいなことをギャグか本音かわからず言って走り続けていた。
飛行機で羽田空港に着いても、ベンツで迎えに来た弟子を車で帰らせ、自分は走って下北や局まで行っていた。
ぼくが吉本を辞めたあとでも、何かと気にかけていただきごちそうしてくれた寛平兄さん。
弟子の結婚式にも家族ぐるみで東京まで来てお祝いされて(ぼくは司会。芸人はぼくたちだけ)、ほんとハートの熱い人。
いつまでも何かにチャレンジする寛平兄さんは、ぼくの憧れの芸人。
弱音を吐いていると、こっちが恥ずかしくなってくる。
「がんばってください」って言ったら、「おまえが、もっとがんばれ!」と言われそうだ。

このチラシは、ぼくが1988年5月14日なんば花月にて初企画・演出した舞台。間寛平兄さんにゲスト出演していただいた。もちろんギャラなんて兄さんは受け取らなかった。

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275タクト:2008/09/04(木) 00:57:22
ママは悪くない。ママに会いたい
最近、ニュースネタが続いて申し訳ないと思いますが、どうしてもこのニュースは見過ごせませんでした。
いろいろな気持ちが交錯しますが、残った子供たちの幸せを切に願うばかりです。
今回はニュースをそのまま記載します。

さいたま地裁は3日、幼児3人を住宅に約10日間置き去りにし、2歳の次男を死亡させたなどとして保護責任者遺棄致死傷罪に問われた埼玉県三郷市早稲田、無職、島村恵美被告(30)に、懲役6年(求刑・懲役8年)を言い渡した。中谷雄二郎裁判長は「親としての自覚や愛情に欠け、人間性にも疑問を抱かせる。あまりにも冷酷で非人道的だ」と述べた。

 判決によると、島村被告は3月3日ごろから約10日間、間借りしていた三郷市内の祖父母宅の一室に、次男健太ちゃんと双子である長女と、長男(6)を十分な食事を与えずに放置。このうち、健太ちゃんを栄養不足や脱水症により死なせ、長女にも10日ほどの入院が必要なけがを負わせた。

 弁護側は「家族や内縁の夫らが子育てに協力してくれず、孤独感を深める中で育児放棄してしまった」と主張していた。

 8月の初公判で検察側が読み上げた長男の供述調書によると、長男は「ママからきちんと面倒をみろと言われたのに、僕がお菓子を食べさせなかった。本当に僕が全部悪い。ママは悪くない。ママに会いたい」などと話し、島村被告をかばっていたという。【小泉大士】

別の記事では、動機については、検察側が「交際相手と同居生活を送るため」としていたが、裁判長は「自分の時間が欲しいとの思いから育児放棄した」とした。
 島村被告はグレーのトレーナーに、紺のジャージー姿。量刑が言い渡されたときも、表情を変えず、裁判長を見詰めていた。

テレビの報道では、お兄ちゃんは寂しくて、お母さんの携帯に毎日何十回も電話をしたそうです。
弟は血を吐いて死んでしまったそうです。

もう涙なしではいられません。
この記事内容には脚色はないと思います。


「おっ、ぺれった」の稽古が本格的に始まりました。けっこう四苦八苦している私。
なのに9月はスケジュールがいっぱい。
それにも懲りず、きょう新たにげんしじんさんのライブに出ることになりました。

第5回「爆笑あまにゃま寄席」
日時:2008年9月25日(木)18:40 OPEN 19:00 START
場所:なかの芸能小劇場 03-5380-0931
料金:前売 ¥800 当日 ¥1000(全席自由)
出演者
ベテラン・中堅コーナー
・げんしじん
・笑組
・好田タクト
・Wコロン
他(シベリ○文太やなべやかんさんにも交渉中らしいですよ)

若手コーナー
・ぐたく ・いけないパラダイス ・ホンキートンク ・永野
他、超若手コーナーもあり。

メール予約:g-jim@genshijin.com
問合・チケット予約:げんしじん事務所 03-5945-8077
※メール予約の方は、ライブ名、名前(フリガナ)、枚数を明記の上送信して下さい。こちらから2〜3日以内に返信メールをお送り致します。
万が一返信メールが来ない場合は、お手数ですが事務所まで連絡ください。なお御予約後、キャンセル又は枚数の変更がある場合はメールを頂けます様お願い致します。

ということです。
もちろん指揮者芸ですが、時間は短めになっていますのでコンパクトにまとめればいいかなと思っています。久しぶりに笑組さんとも一緒になるし、9月はひとつひとつ確実に気合を入れてこなしていこう。

次回の書き込みは、ずっと書く書くと言いながら先延ばししてきた「タクト流★よくばりヨーロッパの歩き方」を書きます。
楽しみにしていてください。

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276タクト:2008/09/06(土) 03:22:18
タクト流★よくばりヨーロッパの歩き方(3ヶ月ユーレイルパス活用術)Vol.1
最近は出国する日本人数が減っているらしい。燃油サーチャージの値上げや収入の頭打ちなどで海外旅行を控える人が増えているんだって。逆に訪日外客数は、先々月の7月現在、29か月連続で月別過去最高を記録している。
もうぼくも海外には行かなくなってきた。だから格安旅行の本やパンフレットも久しく見ていない。時々、電車で「H.I.Sがグー!」とエドはるみが下唇を突き出した車内刷りポスターを見るぐらい。
でもやっぱり海外には行きたいな。
シベリア文太に「ドケチノフ・セコセコビッチ」とあだ名されたぼくは、じつはかなりせこいヨーロッパ周遊旅行を、もう12年も前になるがしたことがある。
しかしそれは今振り返っても、すごく効率よくまわった旅だったと自負できる。とくに96年の夏、3ヶ月ユーレイルパスを使った計画を立て、ふるに動き回った期間。
もちろん、じっさいに住んでいる人や仕事、留学で現地の生活を体験した人からすれば、「まだまだ甘いな」って言われそうだけど、ここはひとつ、「3ヶ月ユーレイルパス活用術」に絞って、これからヨーロッパを周遊してみたいな、その計画のモデルケースにしょうかな、欧州旅行をしている気分になれるなという感じで読んでいただければうれしい。

ぼくは32歳まで海外に行ったことはなかった。
別に日本でもいいとこいっぱいあるし、言葉ができるわけでもないし、怖いし、生活に必要ないわと興味じたいそれほどなかった。なんやかんやと日常が忙しかったし。
ところが95年の1月、実家が阪神大震災にあい、今までかっこよく建っていたビルも家も街並みもみんな崩壊してしまった。NHKの「げんきくん」を辞め、神戸にいったん戻ってボランティアをしながら、
「もうなんもないなあ。人間は財産持って死ねないんやな。よ〜し、こうなったら海外に行ってぼくの芸が本当に通じるかどうか試してみよう。人間、生きているうちにやりたいことせにゃ」
「おまえ、じゅうぶんやりたいことやってるで」
と友達に言われながら、ほんと急に海外に行くことに決めた。
アメリカは銃持っている人がいて殺されたら嫌だけど、ヨーロッパはおしゃれで大道芸もやれそうだ。ぼくのやっている指揮者芸は本場ヨーロッパで演じるほうがいいんちゃうか。
かってにそう決め付けて、初めていく海外はヨーロッパ。95年はそれこそ無鉄砲にまわった大道芸の旅だった。
持ち物は「地球の歩き方・ヨーロッパ編」「ヨーロッパ1500円の宿・欧州30ヶ国ユースホステルガイド」「トーマスクック時刻表」「ヨーロッパ美術館ガイド」(ポケットサイズ)「オペラ・オペレッタ名曲選」の本、それにトラベラーズチェックとユーレイルパスとユーロパス、大道芸の道具、あと服を少し。カセットデッキが意外と大変で、また現地でも乾電池の値段が高くて閉口したけれど。
「ヨーロッパ美術館ガイド」(ポケットサイズ)の中身 (1)

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277タクト:2008/09/06(土) 03:25:21
タクト流★よくばりヨーロッパの歩き方(3ヶ月ユーレイルパス活用術)Vol.2
荷物も多く、大道芸をするのが大きな目的だったので、気に入った場所があればけっこう長くそこに滞在した。それはそれで人とも出会い、手ごたえも感じていい思い出もいっぱいできたが、初めて行った海外の土地や文化に触れるうちに、それ自体に俄然興味がわき、
「今度来る時は、もっと計画を立てて、ほんとうに各国の隅々まで、あまり日本人が行かなさそうな所も行きたい!」
と痛切に思い、もう翌年の欧州周遊を考えるまでになっていた。

この頃のぼくは、毎年春は「野毛大道芸」、秋は「静岡大道芸ワールドカップ」というのに出ていた。だから95年も11月からあとは日本にいた。
この冬はバイトも最小限に押さえ(ほとんどしなかった?)、図書館に閉じこもって欧州に関する本を読みまくった。
西洋美術、鉄道、音楽、格安旅行術、有名なお祭り、あらゆる本が図書館にはある。それで予習し、96年度のオペラやクラシックコンサートのスケジュールをチェックした。金のかからないようにラジオ講座で独・伊・仏・スペイン・英語も聞き、しかしそれは録音されたカセットテープだけやたらとたまっていったが…。
そして各国の観光協会に行って情報を集め、超人気の「サヴォンリンナ祭」など夏のオペラ祭は売り出した3月には購入を済ました。
前年に宿泊でけっこう苦労したので、日本にいるあいだに各国のユースホステルの宿泊券をIBNという予約システムを使って購入した。やれる準備はだいたいやってみた。

もうこういうことを一日中調べて、計画するのがすごく楽しい、遅れてやってきた青春だった。

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278タクト:2008/09/06(土) 03:27:49
タクト流★よくばりヨーロッパの歩き方(3ヶ月ユーレイルパス活用術)Vol.3
96年、春の野毛大道芸が終わって、さっそく日本を出た。
前年の95年はロシアの「アエロフロート」でモスクワ経由でパリに行った。帰りはローマからで、そのときにみんながあまりに自由に席に着くので聞いたら「この航空会社は早いもの順。好きな所に座って」。熊みたいなスチュワーデスは機内食もお酒も遠慮なしにバンバンくれる。ほんまええかげん。このときの半年間FIX日本ー欧州往復代金が7万円弱で、「もうこれ以上安いチケットはないだろう」と思っていたら、あった。
中華航空。
しかも羽田発。
なんか海外に出発する感じが全然しない。
でも日本ー欧州往復が5万8千円。
時々、墜落する。
でも落ちたあとしばらくは、慎重になるので比較的安全らしい。どうも他の航空会社の払い下げの飛行機を買うので性能に限界があるという噂も。
ぼくが乗る少し前にも死者をかなり出す墜落事故を起こしているので、このときは安全だったそうだ。それにこの安さは代えられない。
96年はこの中華航空で羽田をあとにした。

この年、パリ郊外のノンティールフェスティバルに呼ばれていて、交通費を現金でもらっていたのでかなり浮いた。一緒に出演したのはカムチャッカ有田さん。野毛大道芸で懇親にしていただいている、バランス芸の大家で大道芸の神様みたいな人だ。
フェスティバルが始まるまでの4月、5月のあいだ、前年の経験から大道芸がやれそうな場所、パリのポンピドーセンター前やバルセロナのランブラス通り、オスロのカール・ヨハン通りなどで大道芸をやっていった。同時にオランダのフェスティバルに出たり、各地で取材なども受けたりした。この2ヶ月は前年と同じような生活を送る。そしてノンティールフェスティバルの終えた6月途中からは大道芸はほどほどに、美術や音楽、お祭りを体験する旅中心に切り替えた。

利用した鉄道パスは、欧州17ヶ国の鉄道(一等車特急)を乗りまくれるユーレイルパス3ヶ月(6月19日〜9月18日使用)148,200円と5日用ユーロパス(5カ国・使用日はバラバラでもいい)33,500円×2枚を6月前半と9月に3ヶ月ユーレイルパスを挟むようにして使った。
今インターネットで調べたら、ユーレイルパスは「ユーレイルグローバルパス Eurail Global Pass」といって20カ国、新たにルーマニア・クロアチア・スロベニアも使えるらしい。値段はさすがに高くなって、3ヶ月用が大人246,600円、二人同時使用だと210,100円、25歳以下だとユース(二等車利用)160,400円になっていた。もちろん3ヶ月乗り放題。このパスで特急列車や船はもちろん、欧州にはすごく多い夜間(特急)列車にも乗れて、寝台やクシェットを利用しなくてもコンパートメントでじゅうぶん寝れる。座席を引き出せば簡易ベットみたいになるからだ。しかも翌朝には目的地に着いている。これで宿泊費と移動時間がかなり浮き、ユースや安宿と組み合わせれば、かなりの節約になる。

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279タクト:2008/09/06(土) 03:41:07
タクト流★よくばりヨーロッパの歩き方(3ヶ月ユーレイルパス活用術)Vol.4
【6月1日】5月終りからベルリンに滞在して音楽三昧をした。ウィーン・フィルと並ぶ世界最高のオーケストラ、ベルリン・フィルハーモニーがある。本拠地となっているフィルハーモニーの隣に、JGHベルリンという大きなユースホステルがあって、年配でも利用している。オリンピックの選手村だったのを改装してユースにしているところに泊まる。この日は、昼はベルリンフィルの定期で15マルク(900円ぐらい)で小澤征爾指揮の「アルプス交響曲」が聞けた。夜はベルリンドイツオペラのヴェルディ「アイーダ」を見た。人数削減なのか「アイーダ」は凱旋もほとんど人が出てこなく、音楽も軽くてけっこうちゃちだった。しかし2000円でけっこういい席が当日で入ったので文句は言えないかなあ。
宿泊で注意したいのは、ドイツでもバイエルン州のユースは27歳以下は不可らしい。ここはベルリンなので大丈夫。お年寄りもいた。朝食はバイキングなので昼のサンドイッチもこっそり作った。よく見ると、朝食券をチェックイン時に購入するのだか、朝食会場ではほとんどチェックされておらず、ぼくも2日目から券なしで朝昼食べれることができた。

【6月2日】朝9時にベルリンドイツオペラの当日半額券を狙った。
約3000円で「トリスタンとイゾルデ」のむちゃくちゃいい席が手に入った。真ん中の席は両サイドの人が立って待ってくれているので、早めに着席しないと迷惑をかけることになる。
ベルリンは「ベルリンの壁」が取り壊されて、東西ドイツが結びついて一番変わったと言われる町。プロ・オーケストラは8つあって、東京みたいにいつでもどこかで演奏会がある。オペラは3つ。本格派のベルリン国立歌劇場、過激な演出が売りのベルリン・ドイツ・オペラ、演劇に定評があるコミッシェ・オパー。どれも持ち味が違って見ごたえがある。ベルリン・ドイツは、朝の当日チケット売り出しを狙えば定価の半額で買える。国立歌劇場は、安い価格の公演日を何日かに一回設けている。町は白熊が人気の動物園、美術館、スポーツ観戦、歴史遺産、ショッピング街など、首都だけに見所はいっぱい。
昼は動物園でに行って、サソリやタランチュラなど世界一の昆虫館に目を白黒させられた。

【6月3日、4日】ミュンヘンに移る。チェリビダッケ最後の演奏会を連日にわたって聴いた。ミュンヘン・ガスタイク大ホール。前半はベートーベンのピアノ協奏曲。ピアノはアルフレッド・ブレンデル。ベートーベン交響曲第2番。手兵ミュンヘンフィル。

何かにせかされるように、思わずシャッターを押したチェリビダッケ最後の演奏会(詳細はぼくの本を読んでね)

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280タクト:2008/09/06(土) 03:44:28
タクト流★よくばりヨーロッパの歩き方(3ヶ月ユーレイルパス活用術)Vol.5
ミュンヘンはバイエルンとも呼ばれているドイツ第二の町。ここの歌劇場、オーケストラもすばらしい。特にオーケストラはミュンヘン・フィルとバイエルン放送交響楽団、それに歌劇場管弦楽団がライバル関係で切磋琢磨している。ワーグナーに惚れて、国の財政が傾くぐらい音楽の具現化に費用を費やしたルードヴィヒニ世の遺産が(主に城だが)、近郊の町を含めてあちこちに点在している。
泊まるのは常宿にしていたアム・マーケット。市庁舎前では大道芸もした。

【6月5日】バイエルンオペラでヴェルディ「椿姫」を見る。
昼はアルテ・ノイエ各ピナコテーク(州立美術館)に行く。

【6月6日〜10日】パリへ戻る。この時期、パリ郊外のノンティールフェスティバルに呼ばれていた。飛行機代(交通費)を現金でもらっていて、ぼくだけ中華航空できたのでじっさいはかなり浮いた。一緒に出演したのはカムチャッカ有田さん。野毛大道芸で懇親にしていただいている、バランス芸の大家で大道芸の神様みたいな人だ。
6日に日本から来たみなさんと合流してクリスチャン・タゲさんのサーカス団と行動をともにし、タゲさんのお城のような家で生活をした。フェスティバルが終わると日本に帰るカム有田さんたちと別れ、またいくつかの場所で大道芸をした。

【6月10日】ド・ゴール空港へ有田さんを送ったあと、バステーユでパリ・オペラ座の「ノルマ」を見る。

【6月11日】バスチーユ管弦楽団のマーラーの交響曲第2番「復活」を聴く。指揮はジェームス・コンロン。オルセー美術館にも行く。

【6月12日】オランダのアムステルダムに行き、アムステルダム国立美術館を見て、昼のコンセルトヘボウ無料公開リハーサルを聴く。フェルメールの大回顧展、ゴッホ美術館、レンブラントの家、市立美術館(現代)などにいく。
ユースへの帰りアムステルダムの夜はなんかこわかった。麻薬が合法だし。ユースもあまりきれいではなかった。

【6月13日】好田はゴーダに寄ったあと、フェルメールの故郷デルフトへ行く。
ヨーロッパの夏は日がなかなか落ちないので、けっこううろちょろしてしまう。

【6月14日】デンハーグのマウリッツハウス美術館、ロッテルダムのボイマンス美術館、質の高いゴッホ収集で有名なクレラー=ミュラー美術館などにいく。夜はキリアンのバレエを見る。

【6月15日】ドイツのハンブルグでノンマイヤー(バレエ月間)のバレエを観る。トーンバンドなので音楽はテープだった。ヴェルディ「椿姫」を振付けていた。意外にすいていた。昼はハンブルグ美術館に行ってフリードリッヒ、ルンゲなどを見て感動する。

【6月16日】日曜なので街全体が華やか。ちなみにヨーロッパはキリスト教が中心だから、安息日はしっかり休むので店も閉まって歩行者天国になることが多いから、大道芸もしやすくなる。
昼は北ドイツ放送響のプロムシュテット指揮のシベリウスの交響曲を聴き、アルスター湖や運河を船で遊覧したあと、夜は再びハンブルグバレエ。マーラー交響曲第9番。きょうはオーケストラの生演奏だ。
ではここでハンブルグについて。
北ドイツ放送交響楽団が人気がある。特にヴァント時代。ハンブルグ国立歌劇場は、よく批評家ランキングでドイツナンバーワンになったりする。そしてここの歌劇場に併設されているバレエ団が大人気。ノンマイヤーという希代の振付家が斬新な作品を発表するからだ。おかげで毎年シーズン終了の5月か6月は、一ヶ月間、劇場はバレエ月間となってオペラは追い出される。ちなみに、オペラをはじめヨーロッパの音楽シーズンは、通常毎年9月に始まり翌年の6月に終わる。夏休みが2ヶ月あるなんて、日本の学生と一緒だね。もちろん、バイト(夏の音楽祭に出演)に精を出す楽団員は多い。町は港町なので、夜の駅とかは荒くれ野郎が多くて怖い。運河の観光船巡りはけっこう楽しい。

【6月17日】パリに戻り、バスティーユでパリ・オペラ座の「ノルマ」をもう一度見る。昼にルクサンブール宮殿近くでいい雰囲気の所があったので、大道芸していたらやたらとみんなが見る。しばらくしたらぼくの背にあった店から店員が出てきて「やめてくれ」と言われた。どうやらルイ・ヴィトンの本店の前だったみたい。

【6月18日】ミラノに行って、スカラ座で「フェドーラ」を見る。ここの立ち見は有志が仕切っていて、朝8時までに受け付けないと見れない。特にこの日はドミンゴ、バルツァ揃い組みだったから、前日の夜行で早朝に着くように動いた。受付のあとは開演まで時間がたっぷりあるので、ブレラ美術館のマンテーニャ「死せるキリスト」やサンタ・マリア・デル・グラツィエ聖堂のダ・ヴィンチ「最後の晩餐」、スフォルツァ城内のミケランジェロの遺作「ロンダニーニのピエタ」など、ミラノの主要な美術は全部見てまわった。

【6月19、20日】ベルリンに戻り、19日はベルリンフィルの定期、マズア指揮のドヴォルザーク交響曲第8番他を、20日はベルリンドイツオペラの「トゥーランドット」を見た。トゥーランドット姫はギネス・ジョーンズ。さすがに豪快で迫力があったが、大きな玉が上から降りてきてパカッと割れてトゥーランドット姫が出てきたあかつきにゃあ、思わず「桃太郎か?」と叫びたくなった。やっぱり経費節減か出演者が少なくて、最後の華やかなフィナーレも、なんか向こうに栄光の太陽に見立てた光の丸に姫とカラフ王子が向かっていくのだが、早く太陽に着きすぎてしまい、そこで足踏みしながら必死で歩いているフリをしていた。とにかくここのオペラの演出は笑える。
昼はダーレム美術館や東ベルリン美術館の島、現代美術館など主要な美術館はすべて行きまくった。今はベルリンの美術館群は再編成されているのだろうな。

【6月21日】この日は早朝からドイツ、スイス、オーストリア周辺のトーマスクック時刻表推薦の鉄道路線を行きまくった。もちろんICEという新幹線にも乗りまくって。黒い森とかライン川周辺とか、いい景色がけっこうある。夜はベルリン国立歌劇場で「フィデリオ」を見る。

【6月22日】スイスのチューリッヒ歌劇場で「サムソンとデリラ」を見る。バルツァとカレーラスの競演。チューリッヒ近郊も探索。

【6月23日】夜行に乗ってきて早朝ウィーンに着く。日曜朝9時の恒例礼拝堂のミサに間に合う。ウィーン少年合唱団の天使の歌声と演奏はウィーン国立歌劇場のメンバー。しかも無料(少しの献金は強要されるが)。ただしモニターでしか演奏姿を見れない。昼はウィーン美術史美術館とオーストリア・ギャラリーに行く。夜は国立歌劇場で「リゴレット」を見る。

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281タクト:2008/09/06(土) 03:47:33
タクト流★よくばりヨーロッパの歩き方(3ヶ月ユーレイルパス活用術)Vol.6
【6月24日】この日は月曜なので主要な美術館はお休み。でも国立歌劇場がバレンボイム指揮でドミンゴが歌う「ワルキューレ」をやるので、早くから行かないとステップパラテレのいい位置での席が取れないかもしれない。と思い、朝早くからYHを出て国立歌劇場に行く。
やっぱり何人か並んでいる。でも思ったより少ない。心配していたことが…。
実は前年、ここウィーン国立歌劇場での「神々の黄昏」を見た。ちょっとがっかり。ぼくの隣の朝早くから同じように並んで仲良くなったドイツから来た老夫婦も「残念だ。ここは世界一のオペラハウスだが、ワーグナーの舞台は必ずしも世界一ではない」と言っていた。
しかしこの日の「ワルキューレ」は思った以上にいい舞台だった。ドミンゴにワーグナーは歌えないなんて口の悪い人がいたら、陳謝しないといけないかも。でも争奪するほどのものでもないかもしれない。

【6月25日】きょうも国立歌劇場の平土間後ろの立ち見ステップパラテレ(なんと300円!)の席のために並ぶ。今日の演目はヴェルディの「ドンカルロ」だ。この日の舞台は一転、すばらしかった。さすがウィーン国立歌劇場だった。昼はロンドン交響楽団の演奏会がコンツェルトハウス・グロッセザールで当日返し券2000円でやっていたのでこれも聴いた。曲はR・コルサコフ「シェヘラザード」他。

【6月26日】この日は国立歌劇場はお休みして、テアターでやるムーティ指揮の「コシ・ファン・トゥッテ」を見た。
じつはここウィーンには、史上最大の幻想画家ヒエロニムス・ボッスの「最後の審判」がウィーン美術アカデミー付属美術館にある。これは隠れた超目玉。
他に分離派館、オットー・ヴァーグナー派の設計した駅舎などの建物群、プラター遊園地、マジョリカハウスなど見所が多いし、音楽の都だけあって作曲家ゆかりの観光地がいたるところにある。それに稀代の建築家フンデルト・ヴァッサーの地元で、設計したアパートや焼却炉がある。日本でも大阪市環境局舞洲工場を設計したことで有名な人。(上の写真がそう)。
ぼくは昨年から国立歌劇場で立ち見をしているうちに、ここで音楽の勉強をしている日本の若者の何人かと仲良くなり、いろんなところを案内してもらったり、ご飯を一緒に食べるようになった。ぼくはウィーンではDON BOSCOという一泊700円の格安YHを常宿としていた。

ではここで、タクト流【海外格安チケット入手術】を伝授するね。

 クラシック音楽をベースにした旅行本や紀行本は、写真集も含めればかなりの数が書店に並んでいる。どれも華やかで、セレブが好みそうな内容だ。お金がかかりそうな旅ガイドはそちらにまかせて、ここでは、超格安で済む、ユニークなガイドを目指している。

海外格安チケット入手術 【その心得】

1.《体力少々必要。》 現地会場での当日券(返し券も含む)に勝負をかけるので、午前中からの早出、並び、立見など体力と時間が必要。靴などは楽な格好でよい。おしゃれは気にしない。
2.《現地での出会いを大切にせよ。》 旅先で出会った人に、いろいろと助けてもらうことは多いはず。最新の情報が得られたり、ちょっとその場所を離れる時でも見ていてもらえたりすることもある。邦人も含めて、チケットを買うのに並んでいる時や、ユースホステルなんかで気の合う人と出会ったら積極的に友達になろう。常連を敵に回すとその歌劇場ではあとあと大変だよ。
3.《なせばなる。》 「チケットは必ずどこかにある」という信念を持って絶対あきらめない。たとえ本番が始まっても。
4.《学生になれ。》 ヨーロッパは学生にやさしい。コンサートも美術館も学生なら格安か無料。また会場当日チケットが優先的に売り出されることも多い。半年以上の日本人長期旅行者は、たいていバンコク経由で偽のIDカード(国際学生証)を造っていた。しかも日本人は若く見られる。ただし見つかっても知らないよ。
5.《明日はないと思え。》 有名歌手のキャンセル、プログラム変更は日常茶飯事。見られるときに見るのが鉄則



ウィーンと言えば、国立歌劇場の音楽監督は小澤征爾さん。でももうすぐ退任しちゃうんですよね。オーストリアと日本は仲もいいのに。残念。

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282タクト:2008/09/06(土) 03:51:14
タクト流★よくばりヨーロッパの歩き方(3ヶ月ユーレイルパス活用術)Vol.7
【6月27日】この日のウィーン国立歌劇場のプログラムはバレエだ。ストラヴィンスキーの「春の祭典」だ。「なんだバレエか」なんて言わないでほしい。ウィーンはオペラだけではなしにバレエにも精鋭が集まっているのだ。しかも演奏はウィーン・フィル(厳密には国立歌劇場管弦楽団なんだけどね)。やっぱり見ごたえあった。ユーレイルパス期間中なのに5日間も長居をしてしまったウィーンを夜行で離れ、一路スイスのサン・モリッツへ。

【6月28日】世界の車窓で常にベスト5に数えられるベルニナ線。なんと鉄道では世界で3路線しか認定されていない世界遺産にもなっている。先日8月29日には「世界不思議発見」でも取り上げられていた路線。そのベルニナ線、ベルニナ急行に乗った。95年にこの路線に圧倒され、一年中憧れ続けての再会。スイスのサン・モリッツからイタリアのティラノまで約2時間少しのあいだに1800メートルの高低差がある。そのあいだにめまぐるしく出てくる風光明媚な景色。いくつかの湖はすべて水の色が違う。白だったり、青だったり、黒っぽく濁っていたり。これは高さによって湖に流れる水の成分が違うからだそうだ。石灰、氷河、森林…。もちろん氷河、アルプスの眺めも最高で、できるだけトンネルを作らず、ループ的にまわるように線路を引いたから景色が途絶えることがない。鉄橋、陸橋の数々。しかもユーレイルパスで乗れるから、氷河急行のように余計なお金がかからない。最高でただ。
オードリー・ヘプバーンやカラヤン、チャップリンが愛したサン・モリッツも素敵。セガンティーニ美術館も必見。
ティラノからミラノに5時半に着いた。YHにチェックインして、オペラに行くことを言ったので帰りが午前様になる可能性があるのでYHの扉の暗証番号を教えてもらう。
スカラ座ではドニゼッティの「連帯の娘」を見る。もちろん天井桟敷。チケットはちゃんと残っていた。イタリア人は好き嫌いがはっきりしているね。

【6月29,30日】とにかく朝早くから動けば、かなり多くをまわれる。フィレンツェでウフィツィ美術館、ピッティ美術館、国立パルジェロ美術館、アカデミア美術館、サンマルコ美術館、サンロレンツォ聖堂にいく。イタリアの美術館はけっこう早く閉める。
この時期、フィレンツェ五月祭をやっているので、ヴェルディの「アイーダ」メータ指揮を29日に2,500円ぐらいで見た。翌年に日本でこの演目で来たが、15倍ぐらいの値段がしてた。
合間には近郊のピザにもいって、斜塔を見た。

【7月1日】サンジミニャーノへバスで行く。前は「塔の町」として沢山の塔が建っていた。一番多かった時期は72本もあったらしいが、今では13本を残すのみとなった。ここは知る人ぞ知る、人気の町なのだ。なかなか日本のガイドブックには載っていないけど。おいしいジェラート屋さんがあった。夜はアッシジに移ってきれいなYH(ユースホステル)に泊まる。

【7月2日】午前中はアッシジでサンフランチェスコ教会でジョットの壁画を堪能する。まさか数年後にあんな大震災が起きて崩壊するとは。
すぐ近くの中田がいたペルージャに行く。前年にバス代をケチって駅から街中へ行くのにえらく歩いたことがあったので、今回はおとなしくバスで移動。すぐに着く。美術館に行った後、急ぎシエナに移動。街の広場で行なわれる競馬祭り「シエナ祭」を広場の真ん中から見る。すごい迫力。事前にYHを予約していたのでここで泊まる。
トスカーナ地方の古い町並みは、どこか懐かしさを感じる。夜も歩いていると、石畳に街燈がなんか中世にタイプスリップしたみたいだ。

【7月3日】シエナ散策後、ボローニャに移動。宮殿やヨーロッパ最古の大学、教会などを見る。
6時ごろ電車に乗って遠くベルギーへ向かう。

【7月4日】ベルギーのブリュッセルに着く。ベルギー王立美術館を堪能する。小便小僧、小便小娘などを見た後、お目当ての中世絵巻が繰り広げられる歴史祭り「オメガング祭り」を見に行く。午後6時ごろが最高潮。予約していたジーニョン・ユースホステルに泊まる。

【7月5日】フランス・コルマールのウンダーリンデン美術館にいく。ここにはグリューネバルトが描いた《イーゼンハイム祭壇画》がある。
パリに戻り、ブルゴス〜オリテ〜パンプローナ行きの夜行列車に乗り込む。

【7月6日、7日】スペインのパンプローナに着く。ここは普段は何もない小さな町だが、この時期、世界的に有名な牛追い祭り『サン・フェルミン祭』が開催される。文豪ヘミングウェイが「日はまた昇る」でパンプローナを舞台とし、この祭を世界中に知らしめた。牛にタッチすれば幸せになれると、危険な牛に触れようとして牛の角で毎回死者が出る、あのお祭りだ。初日は正午に市庁舎前でトマト投げから始まる。衣装は白に赤のスカーフ。ぼくは遠くから見ていたのだけど、このトマト投げも翌日からの牛追いも、すごく迫力があっておもしろかった。
人はお祭りにこうも命がけになれるものなのか。
泊まりはなかなかなくて、隣駅のオリテのパラドールという古城に泊まった。もちろん事前に日本から予約していって。野宿でもいいんだけど、やっぱり怖いしね。じっさい、若者は駅とかでかなりのものが野宿していた。

【7月8日】スペインのサン・セバスティアンやフランスのボルドー、トゥールーズ、マルセイユなどに寄る。

【7月9〜11日】フランスの「アヴィニヨン国際演劇祭」がこの一ヶ月間、古都アヴィニヨンで催されている。演劇、大道芸と町が芝居一色になる。ぼくなんかゲリラ的に大道芸をやってしまうが、じつは事前の申し込み制。雪竹太郎さんが毎年ここで一ヶ月やっている。

【7月12日】世界遺産モン・サン・ミッシェルに行く。なんかイメージでは満ち潮になると海の孤島のように思っていたが、じっさいは砂が堆積されて満ち潮でも完全に「島」にはならない。でも雰囲気はある。

【7月13、14日】13日はガルニエ座でモニク・ルディエールの引退興行をやっていた。「コッペリア」「ジゼル」。日本のファンが大量に押寄せ、フランス語の後、日本語で注意アナウンスされていた。撮影禁止って言っているのに、バシャバシャ撮られていた。なんでもパリ・オペラ座は定年があって、女性は40歳なんだって。
14日は「パリ祭」。バスティーユではベートーベンの「合唱」交響曲にベジャールが振りつけたバレエが無料で観覧できた。入り口で開場まで待っている間、表では戦車や飛行機がパレードしたり、空遊していた。バレエは3時開演なので、夜行でミラノに向かった。

【7月15日】ミラノ・スカラ座でガーシュインのオペラ「ボーギーとべス」を見る。昼はトリノやジェノバを散策。この日も天井桟敷は余裕、と言うより、客がスカラ座なのに入っていない!

【7月16日】パルマにいって美術ざんまい。ぼくはイタリア絵画がすごく好きなので、ここのパルマ派の画家はこたえられない。パルミジャミーノ、コレッジオ、カラッチ一族、マニエリムスの画家たち…。東京の国立西洋美術館でも2007年5月29日(火)〜8月26日(日)に「パルマ―イタリア美術展」を大盛況のうちに開催していた。沢口靖子などがナビしたテレビ特番もあった。

【7月17日】ヴェローナに着く。1世紀に作られた古代円形劇場でのヴェローナ野外オペラ。この日はヴェルディの「ナブッコ」。途中から雷が鳴り始めて、第三幕のイタリア第二の国歌といわれる「行け、わが思いよ、金色の翼に乗って」が歌われる頃には空が真っ暗になり、雰囲気バツグン。雷の演出のもと、恒例の2回この歌が繰り返されたあとにどしゃぶり。じつはここは野球と一緒で、半分が終わると途中雨が降っても雨天コールド成立なのだ。お客さんも不満を持ってないみたい。昼はパドヴァを散策。

【7月18日】きょうもヴェローナ野外オペラ。ヴェルディの「アイーダ」を見る。チケットは当日で買うことに決めていたので、さっそくダフ屋が近づいてきた。言葉がわからず言い値に首を縦に振らなかったら、あまり時間をかけたくないのかどんどん値が下がっていく。かなり安くダフ屋からチケットを買った。そんな安い席なのに、なぜか後ろからみんなに押されてどんどん前に行けて、気がつけば目の前が舞台という舞台袖。本番、前で馬が暴れて怖かった。そして大きな糞を舞台上でしていった。大迫力だった。「ばふ〜ん!」


「ヨーロッパ美術館ガイド」(ポケットサイズ)の中身 (2)

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283タクト:2008/09/06(土) 03:55:29
タクト流★よくばりヨーロッパの歩き方(3ヶ月ユーレイルパス活用術)Vol.8
【7月19日】前日のヴェローナ野外オペラの終演が午前1時なのには閉口した。宿とってないし。しか〜し、電車が動いている。行き先もあまり考えずに、とりあえず宿代わりに乗る。早朝新幹線ディレッマシオに乗り換えてかなり南に来る。アルベロベッロ、マテーラという2つの世界遺産都市を散策。

【7月20〜22日】ヴェネチアへ向かう。途中、ぺスカラかアンコナあたりできれいな砂浜が見えたので地中海で初めて泳ぐ。ヴェネチアのYHに泊まる。この都市は珠玉の歌劇場「不死鳥」があったのだけど放火にあって、このときはトロンケット新島で仮テントでオペラをやっていた。プッチーニ「蝶々夫人」を見る。
「ベネチア祭り」なので、仮装行列やゴンドラ競争をやっていた。
日本人は欧州に行きたい都市を3つあげるなら「ローマ、ロンドン、パリ」らしいけど、外国人は「フィレンツェ、ヴェネチア、プラハ」これにブルージュが加わるそう。さすが水の都。温暖化の影響で沈むことが懸念されている。飲食は高いので、スーパーで買い込んでYHの炊事場で作って食べる。YHの場合はそこで食事を取るか自炊がほとんど。
夜は大花火大会だった。ビスコンティの映画「ベニスに死す」で有名なリド島やムラーノ島など近郊の島にも足を伸ばす。ここは車がなくて移動は船。アカデミア美術館などいい美術館が多いので堪能。ヴェネチア派の画家ティッツィアーノ、ティントレット、ティエポロなどがふんだん。

【7月23日】イタリア、オーストリア、ドイツの鉄道路線を乗りまくる。イタリアの風光明媚コモ湖、マジョレー湖にも行く。車窓を楽しんだあと、夜はバイエルン国立歌劇場で「セルセ」を見る。

【7月24日】フィッセンにいってノイシュヴァンシュタイン城にいく。城下の湖を歩いて一周。バスでリンダーホフ城にも行く。この日はルードビッヒ2世がワーグナーに憧れて狂気で作った世界を堪能。城の地下の人工池などをみる。帰りのバスをまちがい途方にくれていたら、金持ちらしきドイツ人夫婦が助けてくれてフュッセンまで車で送ってくれた。

【7月25日】ロマンティック街道の観光バスに乗る。日本から予約済み。このときはユーレイルパスでただだったが、今は20%がいるみたい。でも安いわな。ディンケルスビュールなど中世都市が目白押し。ローテンブルグで泊。

【7月26、27日】聖ヤコブ教会など精力的に観光。古城にも行った。ヴェルツブルグ、バンベルグ、マインツ、ニュルンベルグなどドイツの古都を散策。ディセルドルフ、ハノーバーなども行きながら、昔猪木はローラン・ボックにドイツでやられたなあ。ハノーバートーナメント(プロレス)やってないかなあと思ってしまう。26日はフランクフルト泊。27日夜行移動。

【7月28日】北欧の旅開始。デンマークのコペンハーゲン一日観光券を購入。ここは見所多し。国立美術館、ニー・カールスベア、トルヴァルセン、ルイジアナ近代など主な美術館、チボリ公園、人魚姫なども見る。夜行移動。

【7月29日】ノルウェーのオスロに朝着。ここは前年もカール・ヨハン通りで大道芸をしたりして愛着ある町。この日は「ノルウェー祭り」白夜なので北欧はこの時期、日が沈まない。最近ムンクの絵が盗難されたことで有名な国立、ムンク、ヴァーゲラン美術館。公園全体が人体の彫刻で埋め尽くされているフログネル公園は必見。ガイドなどにはバスって書いてあるが、歩いてでもじゅうぶん行ける。30分ぐらいなので思い出にもなる。夜行移動。

【7月30日】オスロ〜ベルゲン間の車窓は世界屈指。途中に見える氷河群は、月面みたいでスターウォーズのロケ地にもなった。ベルゲン朝市で鮭を食う。グリーグの家、船でのソグネフィヨルド観光、フロム鉄道(このときは無料)、駅のうしろが大瀑布のヒューム滝など見所目白押し。ぼくはヨーロッパ鉄道の車窓では、ベルニナ線と二分する見ごたえ路線だと思っている。

【7月31日】スウェーデンのストックホルムから超豪華客船シリアライン(ユーレイルパス有効)にのってフィンランドのヘルシンキへ。船に乗る前に8月のドロットニングホルム宮殿のコンサート券を買っておく。18時船出発。船の中はカジノやショー、プールなど別名「動く豪華ホテル」。

【8月1日】シベリウスの国に到着。前年にお世話になったシートネンさんの所へ行く。さっそく、アイノラの里やシベリウス公園、生家などを車で再び行く。いったんシートネンさんと別れてサヴォンリンナへ。

【8月2,3日】「サヴォンリンナ・オペラ・フェスティバル」を見に行く。ヘルシンキから電車で6時間。森と湖に囲まれた幻想的なオラヴィー城がある。フィンランド3古城のひとつでゲームドラクエのモデルになった城。世界的に人気のある夏のオペラ祭。2日はヴェルディ「マクベス」。3日はワーグナー「タンホイザー」を見る。夜、薪で催される城のオペラは雰囲気満点。昔は二期会も招聘された。他宿は高いのでYHに泊まる。

【8月4、5日】ヘルシンキに戻り、シートネンさんと車でいろいろ案内してもらう。本格的なサウナも体験。4日はシートネンさん所で泊。ムーミン谷にも行く。

【8月6日、7日】シリアラインでストックホルム着。世界遺産の宮殿で行なわれる「ドロットニング音楽祭」を見る。6日「アンネ・ゾフィー・フォン・オッターリサイタル」、7日オペラ「オフィーリアとエウリディーチェ」値段は3千円ぐらいだったと思う。市内観光。ストックホルム国立、近代両美術館を見る。6日はエアチャップマンという船のYHで泊。この日は「ストックホルム祭り」で夜は花火が打ち上げられ、ここのYHからの眺めは最高。
古都ウプサラに行く。大学にも行った。西洋で二番目に大きい教会、さすがにでかかった。7日夜行移動。


手作りの計画表(1)

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284タクト:2008/09/06(土) 04:00:08
タクト流★よくばりヨーロッパの歩き方(3ヶ月ユーレイルパス活用術)Vol.9<最終回>
【8月8日】ルツェルン着。アルプスの旅開始。オルセーと並ぶ質を誇る近代美術のバーゼル美術館に行く。船でルマン湖など湖巡りもパスがあればただ。YH泊。

【8月9日】グリンデルヴァルトを基点に、ユングフラウ周遊。世界一の急勾配ピラテゥス鉄道など車窓ざんまい。ブリエンツ〜インターラーケンは定期船利用。超人気のYH泊。

【8月10日】スイスからフランス、ショモニへ移動。ここの路線も低いところから高いところへアプト式であがる素晴らしい路線。さらにロープウェイでモンブランへ。クリスタルパノラマ急行にのる。ショモニへの車窓も素晴らしい。モンブランのYH泊。

【8月11日】スイスのツェルマット着。ゴルナーグラードでマッターホルンを眺めたので、アルプス3大山岳を制覇した。YHで泊。

【8月12日】氷河急行など乗る。正直ベルニナ線の方がいい。トンネル多いし。ブリッグで乗り換え、スイスのお勧め路線をほとんど行きまくる。ガイドにはほとんど乗っていないが、クールからアロッサの路線はすごくいい。イタリアのドモッドソラ〜ロカルノの路線も素晴らしかった。これらはパスが使えるが、氷河急行やヨーロッパ最初の登山鉄道フィッツ・ナウ鉄道、ブリエンツ・ロートホルンSLなどの私鉄は別料金か割引(ユーレイルパスはほとんど割引なので、とにかく提示すること)。チューリッヒ美術館、ベルン美術館、ホドラーやベックリン(死の島)の絵は必見。夜行泊。

【8月13〜15日】ローマに向かう。新幹線ディレッマシオに乗る。「ローマは一日にしてならず」と言われるように、フォロ・ロマーノやシスティーナ礼拝堂、ヴァチカン博物館、サンピエトロ大聖堂、国立絵画館、コロッセオなどを見まくる。「聖母被昇天祭」があった。イタリアは法律で絵画を海外に出せないので、いい絵がすごく自国に残っている。カラヴァッジオ、ラファエロ、ミケランジェロなどは必見。教会にも名画が多く、金がなくなってきた時代に「絵でごまかそうか」というだまし絵もある。特に好きな画家はアンドレア・ポッツォ。遠近法を用いたイリュージョン的な建築的絵画技法を駆使し空想的な空間を構成した、サン・ティニャーツィオ聖堂(街の中心部にある)の天井画『聖イグナティウス・デ・ロヨラの栄光』は世界一のだまし絵だ。しかも美しい。吸い込まれそうだ。これ見たさにローマ、いやヨーロッパに来たようなもの?。主要なのはバチカンにあるが、それ以外でもボルゲーゼ、パラッツォ・バルベリーニ、国立近代、ドリア・パンフィーリの各美術館は必見。アッピア街道に行こうとして迷子になった。近郊のムッソリーニが作ったエウルにも行った。泊まったのはYHで前はオリンピック村だった。

【8月16日】ナポリに行く。カプリ島に行って「青の洞窟」でビショ濡れになる。昼からのナポリの町はほんと素敵。危ないと言われるが駅周辺の方が詐欺が多くて、下町まで行くとそれほどでもない。女性は誰か友達と歩く方がいいのかな。180円(2000リラ)の窯で焼きたてのピザを歩きながら食べ、洗濯物が頭上に干している迷路のような街並みを歩く。国立考古、カポディモンテなどの美術館に行く。夜はサンカルロ劇場でモスクワ放送響のコンサートをやっていたので聴く。卵のような古城があった。夜行泊。

【8月17日】朝のシチリアからブリンティッシュに向かう。ライン社のフェリーでアドリア海を越えてギリシャのパトラへ。20時発→翌13時着。パスがあるので乗船無料。デッキで寝る。

【8月18〜20日】ギリシャ三昧。パトラからアテネ移動。意外と時間がかかる。日曜は美術館が無料。19日は一日エーゲ海クルーズ。一番安いツアーをさらに交渉して参加。しかし代理店が違うだけで乗る船は一緒。最後の島はヌーディスト・ビーチだったがぼくは水着を着て泳いだ。アクアポリスの丘、パルティノン神殿、考古学博物館、リカビトスの丘など観光する。スニオン岬の夕日がきれいと聞いていたので、それを狙っていったら正解だった。夜のアテネで人が刺されていた。この頃、ちょっと旅疲れをする。

【8月21日】地中海のアドリア海を航海してイタリア・ブリンティッシュに戻る。東から西へ抜ける。

【8月22,23日】気になる鉄道路線を行きまくる。ポンペイ、アマルフィ、ソレント、ジェノバ、トリノに行く。モナコ、ここでは水族館を見る。男性バレエやカジノで有名だが見れなかった。ニースではマティス、シャガール、マセナの各美術館に行く。またニースは海岸では女性はトップレスで肌を焼く。それを東洋人の男性がカメラで収めている。ぼくも。コート・ダジュールやプロバンスではレジェ、ピカソの各美術館に行く。南フランスの鉄道路線も行く。夜行でバルセロナへ。

【8月24、25日】バルセロナ。ガウディゆかりのところを行く。ダクラダ・ファミリア、グエル公園、グエル邸、ミラ邸。ミロ美術館、ピカソ美術館。感動したのはカタロニア美術館。12世紀の奇跡の絵画「栄光のキリスト」がある。ルオーの原点がここに。ここは民族が違うのでスペインとは切り離していいかも。街は活気があってすばらしい。

【8月26日】ヨーロッパでは中世最大の城壁都市フランスのカルカソンヌに滞在。すごくいい所。特に夜。タイプスリップした感じ。城壁内のYH泊。

【8月27日】アンドラ経由でフェゲラスのダリ美術館に行く。夜行移動してマドリッドに朝着。

【8月28日】スペインのマドリッド。一日中美術三昧。プラド、ソフィア王妃、王立サン・フェルナンド、ラサロ・ガルティアーノ、ティッセン=ボルネミッサ、ソローリャ、セラルボなど気になる美術館は全部行く。バールなど物価が安くてホクホク。ヒエロニムス・ボッスの「快楽の園」、ムリリョ、ベラスケス、ピカソの「ゲルニカ」は必見。

【8月29日】マドリッドを基点にトレド、セコビアにいく。トレドはエル・グレコの絵、セコビアは白雪姫のモデルの城アルカサルが有名。両都市とも世界遺産。

【8月30日】セビーリヤ。見所が多いがなんといっても県立美術館。大好きなムリリョなどがふんだん。バルデル・レアル、リベーラなどプラドにも劣らない質と量。隠れた目玉美術館。いろんなオペラの舞台になっている町。闘牛も見た。

【8月31日】コルドバ。メスキータが素敵。白い街並みもいい。先日、NHKの「世界ロマン遺産」で高橋美鈴アナが訪ねていたのを懐かしく見る。

【9月1日】グラナダ。アルハンブラ宮殿。裏のダクラモンテの丘のジプシーたちの洞穴生活に衝撃。タプラオでフラメンコを見る。

【9月2〜4日】ポルトガルのリスボン。国立古、グルベキアン各美術館に行く。天界の楽園と言われるシントラにも行く。じつはシントラのYHを予約していたのだが、行ったら雷が落ちて燃えてなくなっていた。しかたなくペレン城をみたあと、リスボンのYHに事情を説明して泊まる。4日は「火宅の人」の檀一雄(だんかずお)が愛した街、ナザレ、コインブラ、ボルドーに行く。岩手県みたいなゆったりした空気が流れる港町。

【9月5日】スペインのマラガ、ここの県立美術館にもムリリョの絵が。カサレス、アルヘシアスからモロッコのタンジェへ日帰り。バックパッカーでいっぱい。もう9月なのに。モロッコは衝撃。喧騒がエネルギーを感じる。じつは海を隔てて目の前同士の町。大陸は違うのに。

【9月6日】マドリッドへ戻る。美術館ざんまい。オペラも見る。

【9月7日】フランス、リヨンへいく。フランス第2の街だけあって、もう都会。前衛的な「カルメン」を見る。ここの美術館は非常に充実。

【9月8〜10日】コルンゴルドの「死の都」の舞台となっているベルギーのブルージュで一泊。運河堪能。メムリンク、市立グルーニンゲ美術館に行く。アントワープに移動して王立美術館のアンソールに感動。大聖堂ではネロがパトラッシュと見て死んだルーベンスの絵がある。ゲントに移りシント・バーフ大聖堂でファン・エイク兄弟の「神秘の子羊の礼拝」(ゲントの祭壇画)に感動。ゲント美術館ではボッスの名画「十字架を担うキリスト」もそうだが、なにゆえかフリューゲルの「バベルの塔」の試作と思われる絵が印象に残った。近くの小都市にも行く。

【9月11〜19日】ユーレイルパスの有効期限が切れるまでのあいだ、トーマスクック時刻表での推薦路線で行きそびれたところをくまなく行く。ハンガリーのブタペストやその先のバラトン湖も一周する。ここは「ハンガリーの海」と呼ばれていて温泉が湖の中にある。もちろんブタペストも温泉で、ぼくはホモに襲われそうになった。小都市にも足を伸ばす。
日が沈むまでは主に鉄道と美術館、夜はコンサートに明け暮れた。この数ヶ月で同じようにユーレイルパスを使ってオペラ三昧をしている人、例えば静岡からきた高校の社会の先生を退職されたうんてん先生などと仲良くなり、情報を交換するようになる。
行ったコンサートは、ミュンヘン・ガスタイクでミュンヘンフィルの演奏では、「チェリビダッケ追悼コンサート」としてメータ指揮のブラームス2番とチョン・ミュンフン指揮のサン=サーンス交響曲第3番を、ベルリン国立歌劇場で「魔笛」「カヴァレリア・ルスティカーナ、道化師」を、ゼンパーオパーで「トリスタンとイゾルデ」を、ケバントハウスでプロムシュテットのベートーベンの交響曲第7番を、ベルリン交響楽団でカルロ・マリア・ジュリーニのマーラー9番を、ギュンター・ヴァント指揮ベルリンフィルでブルックナー交響曲第8番を、バイエルン国立歌劇で「椿姫」を聞く。

ドレスデンの滞在のあと、バスでチェコのプラハに行く。ここは中世の面影を残したすごく素敵な町。ここではサッカーのチェコ対スペインも見た。美術館ではアンリ・ルソーの絵があった。
9月24日ぐらいからウィーンに2週間ぐらい滞在してオペラ三昧。毎日国立歌劇場で、たまにフォルクス・オパー。
それからパリに移動して、A.E.P.Pという伝説の格安YHに滞在して3週間ぐらいいて、ミュージアムパスを駆使してパリの美術館すべてを見まくった。ルーブルには5日間べったり通った。オルセーやポンピドー、ピカソ、オランジェリー、マルモッタン、プティ・パレ、ロダン、モロー、ベルサイユ宮殿などパスで記載しているところは全部行った。裏技を使って。
そしていよいよ旅も終り。
日本で秋に行なわれる「静岡大道芸ワールドカップ」出演のため、フランクフルトから中華航空で日本に帰った。

ざっとこんな感じです。
旅の参考になりましたでしょうか。
こういう旅は、行く前の下調べの期間がけっこう楽しいのでしょうね。


手作りの計画表(2)

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285タクト:2008/09/06(土) 04:03:32
軽部さんはバーンスタインがお好き
きのう(5日)、20日に出る「ギンザめざましクラシックスVol.45」の打ち合わせに行ってきた。
フジテレビの軽部さんともけっこうお話ができた。
名刺をもらったら「部長」ってなっている。
すごい。
朝の「めざましテレビ」はフジの部長の訓示なんだな。
すごい優しい方で、「好田タクトさんとぼくは同い年なんですよ。しかも11月生まれでしょう。ぼくは10月なんです」
って、ぼくの生年月も知っている。
ぼくも前に、フジの深夜にやっていた「オペラリリカ」、軽部さんが出られていた番組を熱心に見ていたな。
「今回、軽部さんの推薦って聞いたのですが、なんでぼくを知っているんですか?」と聞いたら、
「じつは、1年半前の暮れに有楽町国際フォーラムでフジ主催の「のだめフェスティバル」をやっていたでしょう。そこで好田さんの芸を見て、強烈に印象に残っているんです」

そうか…。あの時は10日間ほど毎日3ステージ分、フォーラムのあっちこっちで指揮者芸をしっかりやらされていたからなあ。馬車馬のように。
お客がすごく集まって盛り上げる時もあれば、全然いない時もあったけど、どんな時でも手を抜かずに一生懸命やることは大切だ。

いやいや、芸ってどこで誰が見ているかわからないんだなあ。

「それからけっこう新聞でも見ましたよ。だから楽しみにしていたんです」
なんて誉め言葉を言っていただけるから、こちらも緊張がほぐれ、打ち合わせも楽しくできた。
テープで芸をやるかと聞かれ、「せっかく演奏者がいるから、生演奏で指揮芸をさせていただければ…」ということになった。
高嶋さん相手に指揮をする?? ま、こっちは会場に向いて振るパフォーマンスなんだけどね。
「ぼくは芸人なんですけど、今まで芸人で出られた方っているんですか?」
「芸人さん? 一人出られました。いっこく堂さん」
ヒエ〜!
「もう一人ゲストの方が出られるってお聞きしてましたが、どなたが出られるのですが?」
「ソプラノ歌手の鈴木慶江さん」
ヒエ、ヒエ〜!(冷蔵庫マンじゃないよ)
鈴木慶江さんて言えば、世界的な歌手じゃない。ジャパンアーツ所属の。第29回 イタリア声楽コンコルソ第1位ミラノ大賞受賞。第31回 V・ベッリーニ国際声楽コンクール(イタリア)にて最高位受賞。日本でも数々のテレビに出て、2002年には、第53回NHK紅白歌合戦に出場している。 しかも美人。

ええんかい、俺なんか出て?

チケットの売り状況を聞いたら、「おかげさまで、もうほとんど完売状態なんです」
ヒエ、ヒエ、ヒエ〜! 5,500円もするのに。
なんかどうも、バリバリのクラシック音楽の客層じゃないみたい。けっこうセレブや楽しみながら音楽を聞く客層みたい。
談笑しながら軽部さんは最後に、
「タクトさんの本を読みましたけど、ぼくの大好きなバーンスタインはひと言も出てきませんでしたね。バの字も」
「いえ、あの、それは…。ぼくもバーンスタインは大好きな指揮者で、前はよく物真似をやっていたんです。前回の本にはいっぱい取りあげているし…(しどろもどろ)。」

いやいや、本もどこで誰が読んでいるかわかりませんわ。

きょうは横浜国立大のオーケストラ部と初練習。これも緊張するなあ。
おっ、ぺれったの稽古もあるし、他の出番も多いけど、ここの書き込みも滞らないようにしないと。
どこで誰が見ているか、わからないから。

★ギンザめざましクラシックスVol.45
Produced by ちさ子&軽部

2008年9月20日(土) 王子ホール(銀座4丁目)
18:00開場 / 19:00開演
\5,500 (全席指定・税込)

〈 出 演 〉
高嶋ちさ子(ヴァイオリン)
軽部真一(フジテレビ・アナウンサー)
ゲスト:鈴木慶江(Vo・ソプラノ歌手)
    好田タクト

協賛:ブルボン  公演:フジテレビジョン  企画制作:ジェイ・ツー
[ お問い合わせ ]
キョードー東京 03-3498-9999 各プレイガイドでも売っている。


ブルボンのお菓子、もらえるといいな。

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286タクト:2008/09/09(火) 04:16:05
まともに入っているやん、うち!
政府もえらいこと発表してくれよった。

【ニュースより】政府の中央防災会議専門調査会は、荒川が大規模な洪水ではんらんした被害想定をまとめた。墨田区の堤防が決壊した最悪のケースで、死者数が約7500人に上る。〜(略)〜、堤防決壊の可能性が比較的高く、特に大きな被害が予想される東京都墨田区、北区、埼玉県川口市の計3カ所で、同区全域と江東区東北部で大規模な浸水が発生するんやと!(写真参考)。

まともやん、うち。
さすが0地帯。
前はすごく浸水が多かったんやって。
そんなん知らんと、高層階から今の一軒家に引っ越してきてもたわ。
しかも最深5.6メートルって、

         …足届かんわ。

               シンクロやったら減点されへんけど。


怖い話は終えて、いよいよ東京国立博物館で秋恒例、中国書画の名品をあつめた特集陳列「中国書画精華」が開催される。

【主な出品ラインアップ】
国宝 十六羅漢図(第四尊者) 北宋時代・10〜12世紀 京都・清凉寺蔵(2008/10/5まで展示)
重要文化財 蓮池水禽図 於子明筆 南宋時代・13世紀 京都・知恩院蔵(2008/10/5まで展示)
重要文化財 二祖調心図 伝石恪筆 南宋時代・13世紀(2008/10/5まで展示)
重要文化財 六祖截竹図 梁楷筆 南宋時代・13世紀(2008/10/5まで展示)
重要文化財 寒江独釣図 伝馬遠筆 南宋時代・13世紀(2008/10/5まで展示)
重要文化財 草虫図 元時代・14世紀(2008/10/5まで展示)
重要文化財 雛雀図 伝宋汝志筆 南宋時代・13世紀(2008/10/5まで展示)
国宝 寒山拾得図 因陀羅筆 元時代・14世紀(2008/10/5まで展示)
国宝 紅白芙蓉図 李迪筆 南宋時代・慶元3年(1197)(2008/10/7から展示)
重要文化財 李白吟行図 梁楷筆 南宋時代・13世紀(2008/10/7から展示)
重要文化財 洞山渡水図 馬遠筆 南宋時代・13世紀(2008/10/7から展示)
重要文化財 竹鶏図 蘿窓筆 南宋時代・13世紀(2008/10/7から展示)
重要文化財 寒山拾得図 伝顔輝筆 元時代・14世紀(2008/10/7から展示)
重要文化財 四万山水図 文伯仁筆 明時代・嘉靖30年(1551)(2008/10/7から展示)
国宝 瀟湘臥遊図巻 李氏筆 南宋時代・12世紀(2008/10/7から展示)
花卉雑画巻 徐渭筆 明時代・万暦3年(1575) 高島菊次郎氏寄贈(2008/10/7から展示)
国宝 王勃集巻第二十九・三十 唐時代・7〜8世紀

今年もやってくれました、国宝、重文の名品の数々…。
でもちょっと待てよ。
下記は昨年(2007年度秋)の出品ラインアップ。
国宝 夏景山水図 伝胡直夫筆 南宋時代・13世紀 山梨・久遠寺蔵
国宝 雪景山水図 梁楷筆 南宋時代・13世紀
国宝 出山釈迦図 梁楷筆 南宋時代・13世紀
国宝 雪景山水図 伝梁楷筆 南宋〜元時代・13〜14世紀
国宝 青磁下蕪瓶 中国・龍泉窯 南宋時代・13世紀 東京・アルカンシェール美術財団蔵
重要文化財 二祖調心図 伝石恪筆 南宋時代・13世紀(2007/9/30まで展示)
国宝 十六羅漢図(第三尊者) 北宋時代・10〜12世紀 京都・清凉寺蔵(2007/9/30まで展示)
国宝 十六羅漢図(第五尊者) 北宋時代・10〜12世紀 京都・清凉寺蔵(2007/10/2から展示)
重要文化財 寒山拾得図 伝顔輝筆 元時代・14世紀(2007/9/30まで展示)
国宝 紅白芙蓉図 李迪筆 南宋時代・慶元3年(1197)(2007/10/2から展示)
重要文化財 山水図 李在筆 明時代・15世紀(2007/10/2から展示)
重要文化財 四万山水図 文伯仁筆 明時代・嘉靖30年(1551)(2007/10/2から展示)
国宝 瀟湘臥遊図巻 李氏筆 南宋時代・12世紀(2007/10/2から展示)
花卉雑画巻 徐渭筆 明時代・万暦3年(1575) 高島菊次郎氏寄贈(2007/10/2から展示)
国宝 碣石調幽蘭第五 唐時代・7〜8世紀
国宝 古文尚書巻第六 唐時代・7世紀
国宝 世説新書巻第六残巻  唐時代・7〜8世紀
国宝 王勃集巻第二十九・三十 唐時代・7〜8世紀
行書虹県詩巻 米ふつ筆 北宋時代・崇寧5年(1106)
王史二氏墓誌銘稿巻 黄庭堅筆 北宋時代・11世紀
楷書玄妙観重脩三門記巻 趙孟ふ筆 元時代・14世紀

昨年の9月25日の書き込みは、ぼくはこんなことを書いている。
「いまでこそ、日本の国宝(絵画)は雪舟や俵屋宗達、狩野永徳、尾形光琳などが幅を利かせているが、幕末まではなんといっても、梁楷や牧谿、李迪が第一位だった。今回のなかでも、『紅白芙蓉図 李迪筆』と『雪景山水図 梁楷筆』は特に秀逸だ。
これを見ることができれば、いつでも死ねる?
しかも、常設会場での展示だから、600円。ぼくのようにパスポートを持っていればもちろん何回も行ける。宣伝過多のしょうもない美術展に、多くの人にまみれていくよりも、はっきり言って全然価値がちがう。
この期間は、東京国立博物館が秘かに勝負をかけている、「熱い時期」なのだ。」

こんなことを今年も書こうかなと思ってたけど、ちょっと、東博、ことしは勝負してへんのちゃう?
さすがに横綱格『紅白芙蓉図 李迪筆』は出してきているけど、なんか出し惜しみしているんちゃうかな。
画像貼り付けるのは無理やけど、リンクは自由って書いているから、 http://www.tnm.jp/jp/servlet/Con?pageId=D01&amp;processId=02&amp;event_id=5720&amp;event_idx=1&amp;initdate=2008/08/01&amp;dispdate=2008/09/09  で『紅白芙蓉図』を見てね。
東博よ〜、集客エネルギーを10月に行なわれる特別展「大琳派展−継承と変奏−」に温存しているんけ。

ちなみに、敬老の日(9月第3月曜日。2008年は9月15日(月・祝))は、平常展のみ無料です。(タクトの得々情報)。ぼくは仕事で東京にいましぇ〜ん。


写真は荒川のはんらんで浸水する地域

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287タクト:2008/09/10(水) 01:55:23
【NIKKEINET】日経WagaMagaに掲載中
前に告知させていただいた日経の取材記事、今週アップされています。「NIKKEI NET」内にある「日経WagaMaga」(国内最大級のニュースサイト)に、ぼくへの取材記事が全5回に分けた連載形式で月曜〜金曜まで、インタビューと指揮者形態模写の写真が載っています。
きのう火曜日までに2回分はアップされています。
掲載は9月8日から5日間に分けて5回分。
以下のサイトからご覧いただければ幸いです。

http://waga.nikkei.co.jp/hobby/hobby.aspx?i=MMWAi2000004092008

この記事はバックナンバーとしてずっと載せていただけるそうです。
大きな扱いでありがたいし、うれしいです。

288タクト:2008/09/11(木) 01:44:51
うちのミーコはペットショップに無縁の野生のパンダ、いや猫でございます
ニュースで知ったのだが、ペットショップで売られる血統書つきの犬・猫の繁殖商売が繁盛している。特に日本は子犬、子猫が売れる。かわいいからだろう。その陰で、けっこうな数の商品(ペット)として売れなかった動物たちが、業者によって処分つまり"淘汰"されているらしい。

嫌だねえ。

★うちのみーこは、ペットショップ出身のような華麗な経歴は持ち合わせておりません。
★血統書もございません。
★避妊も野生のふりをして、区から補助をもらって、避妊の証として耳にハサミが入れらております。
★以前、mixiのパンダコミュニティに「パンダそっくりな猫」としてトピックを立てたら、すごい数のアクセスがついて賛否両論が渦巻き、炎上しそうになって撤退したことがございます。
★ミーコに関する書きこみをしたり、ミーコの写真を掲載したら、ふだんのぼくより圧倒的にアクセスの数が増えます。
★いまだに人見知りがすごいので、家から一歩も出れません。宅急便が来ても怖気づいて冷蔵庫の裏に隠れます。
そのくせ、おもちゃのネズミには強いです。
★うちに来るキッカケは、浅草の寄席出番帰りに金華園で飲んでいて、店の人に「ぼく、引っ越してからネズミが出るんです。猫飼ったらネズミ出なくなると思うねんけど…」「タクトさん、どんな猫飼いたいの?」「まっ白な猫」
それで2年前に生後2ヶ月の雌猫、父がシャムで母が黒猫の子をもらったのですが、最初白かったのに、少しづつ目の周りが色づきパンダみたいになって、一部で人気急上昇。
しかし最近はアライグマみたいになってきた。
もし家が豪雨で浸水しても2階に逃げ込んで「アライグマ・たすかる」になるはずです。
★長時間立って、指揮真似ができます♪。ご主人から弟子の称号をもらいました。
★ホームページ内の「ミーコの部屋」には、けっこうな数のミーコの写真がございます。
★ミーミー泣くから、ミーコと名づけられました。

そんなミーコですけど、これからもよろミーコ。

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289タクト:2008/09/12(金) 02:44:05
紫文さんといっしょ
きのうは昼間は浅草・東洋館の出番。
これは東京演芸協会の定席で、持ち時間はなんと6分。なんでもこの日は出演希望者が多く、できるだけ意向を汲んだらこんな香盤になったそう。
しかし、さすがに6分はやる気がそがれるなあ。
ぼくの前のやまさんも、後の芸人さんもブーブー言っている。
ここのところ、協会の定席ではこんな持ち時間が多くなってきた。
2000年頃、東洋館はフランス座から色物演芸ホールとして新装開店した。そのころは客も入っていなかった。文化庁の助成金もなかったし、協会の芸人の数も少なかった。当然、一回あたりの出演料は少なく、持ち時間は20分、多いときは25分あった。4時半までの出演者も13組とか9組。年輩者の多い協会にあってぼくはこれでも一番若手だったのに、自転車で浅草に来れるので、当時は10日間あった協会の定席で、ぼくは多いときは5日も寄席に出ていた。
ぼくみたいな若手は、中入りの協会の資金源である色紙・手ぬぐい売りのお手伝いもしていたから、一日中寄席に縛られる。そんな冬の時代を経て、今はお客も入るようになり、割り(出演料)も増え、並行して協会の芸人も増え、出演希望者も増えたから、こんな状況になった。
出演の香盤は何人かの理事が持ち回りで決めるのだか、ここ3,4年で新会員になったベテランの芸人たちは、深い出番を望みたがる。そのために理事に取り入ったり、文句を言ったりして理事もめんどくさいのでそんな人たちは得をして、レギュラー的な15分枠の深い出番が確保される。昔の名前だけで、それほどおもしろくもなく集客能力もないのに。
お客さんの芸の支持より、人間関係で香盤が決まっている東京演芸協会の定席は、後ろへ行くほど笑いの量は減っている。
考えて見れば、何も事情を知らないお客さんには失礼な話。
いずれ揉める材料になるような気がする。
ぼくは協会の自浄能力には期待していないし、言い争う気持ちもないので、外に向けて活動していこうと改めて再決意している。
幸い、いくつかの新しい展開が起き始めている。それに東洋館の劇場プロデューサーからの出演依頼も強くあるので、土日の千葉の営業が期待できなくなってきた分、10月以降の10日ごとのエンタメでは15分の舞台が復活しそう。

夜は大手音楽事務所の慰安会に呼ばれていて、屋形船で芸をすることになっていた。
寄席がはねて、屋形船の出発7時15分までには3時間ぐらいある。夜の仕事の用意も持ってきていたが、気になっていたことがあったのでいったん家に帰ることにした。
「タクトさんの指揮者の物真似、うちに所属している小林研一郎さんのもやってくださいよ」
そうメールがあったので、前日から「小林研一郎さんかあ…」と思いながら氏の映像を見直し、カツラを探した。
「あった…」
小林研一郎、ムーティ、若い時の小澤征爾などで使っていたカツラが押入れの奥から見つかり、10年ぶりぐらいに日の目を見た。
今回やろうと決めた小林研一郎の映像をまた見るために、寄席のあと、家に自転車で帰る途中、変なことを思い出した。
テレビを見ながら「なんやこの、しわくちゃのおばさん」と思っていたら、だんだんカメラが引き、じつは小林研一郎さんだった…。それを思い出し、一人笑いながら自転車をこいでいた…。
家で小林さんのいくつかの楽団での「幻想交響曲」を見て確認したあと、再度自転車に乗って蔵前の乗船場に向かった。
今回、一緒に呼ばれたのは柳家紫文(やなぎやしもん)師匠。
三味線を弾きながらの語りは、ここ数年とみに人気が高まり笑点からNHKの邦楽番組までかなりの出演経験がある。ぼくの周りでも熱狂的な紫文ファンが多いし、ぼくも大好きな芸人だ。
そしてぼくが師匠と呼ぶのをすごく嫌う。
会えば「一緒にやりましょう。全国をまわりましょう」って言ってくださる。

ヒヤ、憧れの紫文師匠といっしょだし、あの音楽事務所の人たちの前で仕事なんて気合入るなあ。

紫文さんと会ったら相変わらず凛としている。
先に乗船して準備をする。社員の方々が乗リ終えると船は蔵前を出発してお台場方面に向かった。
紫文さんはさっそくマイクを持って、周辺の歴史ガイドをおもしろく説明している。
あの時もそうだったな。

今年3月25日に紫文さんのライブ『BaBa de night vol.5』にゲストで呼ばれた。開場になった。お弟子さんたちは舞台裏で準備をしたりネタ合わせをしているが、紫文さんは入り口に立ち客入れをして、来た人たちと談笑したりしながらエスコートしている。
ぼくははっきりわかった。
ぼくと同じ考えの人だ。
舞台が始まる前には、芸人や役者はお客に顔を見せないのがいいと考える人は多い。むしろ主流だ。
でもぼくは客を迎え入れたい。サービスしたい。仲良くなって芸をやるときにより親しみを持ってもらいたい。

ぼくも近くにいた人たちと談笑したりした。
船がお台場あたりで止まって、いよいよ芸をやることになった。
楽しくやれた。
音楽事務所の目の肥えた人たちの前で、小澤征爾、「炎のコバケン」こと小林研一郎、朝比奈隆をやった。いろいろしゃべったので、25分ぐらいやったかな。
ぼくのあと、紫文さん。
すごくしっとりした入り。
屋形船の構造上、ぼくは一番前に座ることになっていたので、目の前で紫文さんの芸をしっかり見ることができた。
きれい。
音が、語りが、芝居が洗練されている。
さすが、先日も吉本の総本山NGKでも関西の人たちを唸らせた芸だ。
ぼくと紫文さんの芸が終わって、みなさんに「よかったよ。楽しかった」と言ってもらえ、喜んでもらえ、暖かい気持ちになった。

自転車での帰り道、ポツポツ降り始めた雨さえも心地よく感じた。


今、保険会社のCM、ガンを克服したフィギュアスケートの井上怜奈さんですね。以前、ぼくが井上さんのことを2008年2月9日(土)の書き込み「がんばり屋さんには、幸せが舞い降りる。」で書き込んでいます。まだお読みでなかったら読んでみてください。元気が出ますよ。

今月、来月とハードルがいくつもあるけれど、ひとつひとつ昨日みたいにクリアしていこう。

290タクト:2008/09/13(土) 23:01:38
それでもおばちゃんはあめちゃんを口にほおばる
美しい旋律が静かに流れる。
ホールいっぱいを包みこむ甘い豊穣のメロディー。
陶酔する観客。
クラシックコンサートによくある風景。

カサカサ…、カサカサ…。

どこからともなく聞こえるあってほしくない音。
おばちゃんが飴を頬張るために、包みを破る音。
おばちゃんは自分の口にいとおしい「あめちゃん」を放り込んだあと、また包みを破った。

カサカサ…、カサカサ…。

今度はとなりのおばちゃんに飴ちゃんを薦めた。
友達であろうとなりのおばちゃんも、当たり前のように口に飴ちゃんを放り込んだ。

カサカサ…、カサカサ…。

次は、逆側のとなりに座っているおばちゃんに渡す。
友達に広げようあめちゃんの輪?
なにも、今なめなくても。
寄席や芝居を見に来ているんじゃあるまいし。たしかに寄席や芝居は演じている途中でも、平気で幕の内弁当を食べてるけど。

カサカサ…、カサカサ…。

おばちゃん、二つ目の飴ちゃんを口に放り込んだ。
おばちゃん、今なめなきゃいかんのか?
何日も山奥で遭難して、もうこれ食べなきゃ死んじゃうというわけでもあるまいし。

カサカサ…、カサカサ…。

静けさを破るその音に業を煮やしたおじちゃんが、シッ! とやってくれた。
あらま、という顔をするおばちゃん。
カサカサ音はなくなった。
おじちゃん、ありがとう。

休憩になった。
おじちゃんはすぐに席を立ちあがり、どこかへ行った。
3人組のおばちゃんはそれを見届けたあと、
「嫌ねえ。せっかく楽しんでいるのに」

演奏会の後半が始まった。
しばらくするとおばちゃんは動き出した。
おじちゃんに注意を払いながら、すばやい動きで包みを破き、あめちゃんをまた口にほおばった。

おばちゃんは負けていなかった。

291タクト:2008/09/20(土) 10:56:40
タクト、世界のマエストロたちに挑戦状を叩きつけられる!?の巻
ある音楽関係者から、こんなメールを受け取りました。

「タクトさん、昨日、大野和士さんからいきなり勝負を挑まれてましたよ(爆笑)。
以下、マエストロからの伝言です。
「あのですね、好田タクトさんって人知ってます? じゃあ是非お伝えください。あの人ね、一度勝負を挑まないといけないと思ってるんですよ。だってですね、私だってこの芸(つまり指揮マネ)20年やってきたわけですから。まあオフィシャルにではなく、こっそりとですけど。とはいえ、そうそう簡単にこの座を譲るわけにはいかないんですよ」
広上さんも、松本でタクトさんにライバル心燃やしてたなあ。広上さんは、小澤征爾さんと大野さんのマネが得意みたいですよ」

これは事件です!
大野和士(おおのかずし)氏と広上淳一(ひろかみ じゅんいち)氏と言えば、小澤さんの次世代の世界的な大指揮者です。そんなマエストロから挑戦状(?)が…。
プロレスで例えるなら、こつこつ海外でフリー活動をしていたヒロ・マツダに、アントニオ猪木とジャイアント馬場が挑戦状を叩きつけて潰しにくるようなものです。
ま、ぼくはヒロ・マツダほどの人気もない無名選手ですけど。
また違う情報筋では、日経の取材でぼくのあとが、「題名のない音楽会」の司会者で活躍中の佐渡裕(さど・ゆたか)さんで、なんかぼくの話になったらしく、「ぼくも指揮者の真似は得意ですから!」と言われていたそうです。

エヘへ…、どないしょう。
でも笑いの量なら負けないですよ〜。
なんせぼくは、この芸で地下活動25年ですから。
エリートとは違って、積年の恨み、いや蓄積は「いぶし銀」ですから(自分で言うな)。
ただ、音楽の土俵に行ったらボクなんかひとたまりもないですけどね。

ああ、くわばら、くわばら…。

292タクト:2008/09/20(土) 11:05:19
出会いがあるからおもしろい
この仕事(正直、仕事という感覚はないのだけど)をしていて、幸せだなと思えるのはいろいろな人と出会えること。

共演者、スタッフ、お客様。

今月だけでもおっ、ぺれったの共演者とスタッフ(数え切れない)、津軽三味線の太田家元九郎さん、神奈川フィルのコンマス石田泰尚さん、フジテレビの軽部アナウンサー、くものすカルテットの7名の皆さま、KINGのメンバー、チンドンの豆太郎さん、横浜国立大学のオーケストラ部の皆さま、出演した各場所で出会ったお客様。
芸をして出会うわけだから、皆さんも興味を持って接していただけるのですごく温かい関係になれる。
名刺もすぐなくなるわけだわ。

きのうは初めて「晴れ豆」というライブハウスに出て、40分間指揮者芸をびっしりやった。クライバーや小林研一郎などマニアックなのも演じた。「幻想」交響曲で真似た炎のコバケンの受け方が大きかったのは意外。朝比奈をその後にやったら、恒例になりつつあるお客さんブラボーとスタンディングオーベイションが起きたので、その後のカラヤン、レバイン、ストコフスキー、小澤征爾も各指揮者ごとにお客さん、ブラボーとスタンディングオーベイションをする雰囲気になって気の毒に繰り返してやってくれた。
ボクの芸はお客様参加型?
司会をしていただいたチンドンの豆太郎さんは、ハートの熱い芸人さん。「人との触れ合いが好きだから」とテレビより大道芸に指向が傾いているのは昔の自分を見るよう。
共演者のKINGとくものすカルテット。びっくりした。すばらしいアーティスト。
世界は広い。こんなすごいアーティストが世の中にいらっしゃるなんて。ぼくももっといろんな方に出会わないと、人生がもったいない。

きょうは「ギンザめざましクラシックスVol.45」。
また新しい出会いが待っているかもしれない。

293タクト:2008/09/21(日) 09:54:06
アニバーサリーな「ギンザめざましクラシックス」
「ギンザめざましクラシックスVol.45」の出演、無事に終えることができた。
ホッとした。

定刻より一時間ほど早く銀座の王子ホールに入った。
個室の楽屋に案内されそうになったが、ぼくはせっかくの一日が楽屋に入ってしまうのがもったいないので、楽屋は使わないことにした。音楽監督でヴァイオリンの今野均さんがいらっしゃったので挨拶をして、いろいろ教えていただいた。
主催者より、来てすぐに申し訳ないけれどすぐにリハーサルを先にやってくれないかと言われた。
早く来ると、こういうことは意外とよくある。
いいですよ、と答えすぐに変装小道具を揃え舞台に向かった。
初めて高嶋ちさ子さん、三木章子さん(ビオラ)、堀内詩織さん(チェロ)、安宅薫さん(ピアノ)とお会いした。
演奏者側はお願いしていた「ラデツキー行進曲」と「ハンガリー舞曲第5番」をもう仕上げてきていらっしゃたので、演出上の段取り、物真似する各指揮者によってぼくは音楽を変えたいので、その要望を伝え気になるところを修正していただく。
結局ぼくのリハーサルは20分で済んだ。
本番まで3時間暇なので、楽屋の廊下に連なっているここで演奏してきた出演者のサインと写真を見る。何百とあるだろうか。さすが音楽の殿堂だけあって超一流の演奏者ばかりだ。ほんとうに博物館で見学しているみたいな気分。

本番。
ぼくは第2部に出るので、第1部は関係者が見るバルコニーから舞台を楽しんだ。横には高嶋ちさ子さんのだんなさんが座られて、話をした。かっこいい人で今度、週間文春にモデルとして出られるそう。
5500円する席がぎっしり満員になった。友達からも「好田を応援しに行こうとしたら、チケット売り切れていたよ」と言われたが、それはほんとうでかなり前から完売していた。
軽部さんと高嶋さんが出てきた。
「今回は早くからお客さんの出足がいい。もう空いているところが…、あ、あの空いている2席、誰が遅れてくるのでしょうね」と笑いを誘っていた。
ソプラノの鈴木慶江(のりえ)さんが出てきて、美声を聴かせてくれた。
さすが数々の国際コンクールで優勝して、軽部さんが出演を待ちに待ち望んだ歌手だ。私情を挟んで感激の面持ちの軽部さん。それを冷淡につっこむ高嶋さん。
トークで鈴木さんが「私、紅白に出演依頼がきたときはまだ事務所に入っていなかったので…」というおもしろいエピソードを披露していた。

なんか、すごいコンサートだなあ。
ぼくなんか出ていいのかしら…。

第2部。
スタンバイしていたら、先日慰安会に呼んでいただいて芸をしたジャパン・アーツの方から声をかけられた。そうか、鈴木さんはここの事務所だからな。
プレッシャーを感じながら芸を滞りなくやったら、お客さんはみんなスタンディング・オーベイションをしてくれた。
軽部さんが「めざまし始まって以来のお客さん全員のスタンディング・オーベイションだね」と言っていただいた。
トークで「ぼくも事務所に入っていないので、紅白呼んでくれないかな」なんて言いながら、あっという間に出番が終わった。
寄席とは違う感じだったので、いつも受けるところがやや受けで、思わぬところに反応があったりしてまた発見があった。

打ち上げ。
前に芸人と2足のわらじを履いていた英語学校、その銀座校があったビルに行ったのには驚いた。もちろん誰にも言わなかったけど。
軽部さんが総括で、「今回のテーマは、カラヤン、バーンスタインも…〜めざクラ アニバーサリー2008は大賑わい、と言うことだったので、カラヤンと言ってもどうしょうか…、そのときに好田タクトさんを思い出して、出演をお願いした」と言っていただいた。
その軽部さんは鈴木さんの隣で幸せそうだった。ぼくにはストコフスキーは95歳のお爺ちゃんバージョンではなしに、若い時の颯爽としたのをやってほしいと言われた。
ぼくが打ち上げ会場でおとなしくしていると、高嶋さん始めみなさんがやさしく話しかけてくださる。高嶋さんはさすがに素敵で華があるけれど、なんといっても話がおもしろい。
「今の音楽家はしゃべれることも必要」と言っていたけど、メディアを意識した場合、本音かもしれない。

みんな12時近くでも歓談している。今野さんにきいたら、みなさん車で来ているそう。
さすがにぼくは途中で退席させていただいて、ブルボンの社長からもらったお菓子と仕事道具とお花を抱えて地下鉄東銀座駅に着いた時は、最終電車が出る2分前だった。

チラシ、右下にぼくがいるでしょ。

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294タクト:2008/09/22(月) 10:35:33
じゃあ、これできる?
ニュースで「小2の算数複雑すぎ」というのがあった。
「くふうしてけいさんしましょう」というもので、たとえば、以下の「52-8」という問題、「くふうしてけいさん」すると…、<12から8をひいて4→40と4で44>、<52から2をひいて50→50から6をひいて44>。
これ、2年生でも暗算ですぐ計算できてしまうもので、大人ならなおさら瞬時に答えがわかるだけに、「なんでそんなめんどうくさいことを?」と思ってしまう。
「これをくふうというのか」「わかりにくすぎ」などの意見が多く出ているらしい。

しか〜し、小2の算数は手強いよ。
嘘だと思う人は今から出す足し算をパッと答えて下さい。両手の指を使っていいですから。

【問題?】

「バスが発車します。バスの中にはお客さんが3人乗っています。
次の停留所、あ、停留所はバスの駅のことだよ。その停留所では2人乗ってきて1人降りました。
次の停留所では、4人乗ってきて3人降りました。
次の停留所では、1人乗ってきて2人降りました。
次の停留所では、誰も乗ってこなくて2人降りました。
次の停留所では、5人乗ってきて2人降りました。
次の停留所では、1人乗ってきて誰も降りませんでした。
次の停留所では、2人乗ってきて2人降りました。
だいじょうぶ? 続きいくよ。
次の停留所では、2人乗ってきて3人降りました。
最後の停留所では、誰も乗ってこなくて誰も降りませんでした。

さて問題です。止まった停留所はいくつでしょうか?」

【問題?】

「1+1は?」(子供達に答えさせる)「2〜!!」「ダメダメ、こんな簡単な問題、すぐパッと答えてね、もう一度いくよ。1+1は?」
「2+2は?」 「4」
「4+4は?」 「8」
「8+8は?」 「16」
「16+697は?」 「???」

【問題?】

「今度は理科の問題ね。動物を何匹言えるかの勝負だよ。きみから、せ〜の」
「犬、猫、虎、うさぎ、いのしし、パンダ、恐竜・・」
「ブー。10秒でたった8匹? ぼくなんか3秒で50匹言えるわ」
「3秒で? よっしゃあ、せ〜の」
「犬25匹、猫25匹、合わせて50匹!」

これらのネタは、以前ぼくが小学生低学年を対象にしたNHK教育テレビのお兄さん『あしたもげんきくん』(91〜95)をやっていたときに、テレビ収録とは別でイベントに行く時に使うために、作ったりかき集めたネタです。
こんなのが100個ぐらいあります。
ま、演芸場ではあまり使うことはないですけどね。


さてさて、きのうは若葉の湯で「お笑いオンステージ」の司会でした。
きょうは昼はおっ、ぺれったの稽古、夜はオオタスセリさんと奥山コーシン先生(シャボン玉ホリデー、アッコにおまかせなどを書いた放送作家)と札幌でのライブの打ち合わせ。
明日はまた千葉で「お笑いオンステージ」の司会。
24日は終日おっ、ぺれったの稽古。
25日は第5回「爆笑あまにゃま寄席」 19:00 START なかの芸能小劇場で、シベリア文太や笑組さん、げんしじんさんと再会できる。なべやかんさんとは初めて会う。
26日は四谷コタン「笑って笑って笑いましょう vol.5」この日はトリで19時スタート。
27日からは横浜国立大学オーケストラと月末まで小学校へ移動コンサートです。
10月は11日から「おっ、ぺれった20周年公演」新宿SPACE107がいよいよ開演しますが、その前に5日に東京演芸協会全体公演「秋祭お笑い大行進」が目黒区民センターであります。ぼくは指揮者芸をなんと3分間だけします。この日のぼくは出番を終えたらおっ、ぺれったの稽古のために北赤羽へ行きます。
そこでタクトがいつも応援してくれている皆様へ、日頃の感謝を込めて、10月5日の東京演芸協会全体公演「秋祭お笑い大行進」のチケット定価3千円を、ドーンと招待、つまりプレゼントします。30枚分先着です。
この日の興行は8時間ありますから、ディズニーランドのパスポート気分で、「おじん芸人ランド一日パスポート」のつもりでいろんな芸人を見てください。
ご希望はメール等でぼくに知らせてください。

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295タクト:2008/09/23(火) 09:52:36
秋の夜半 ウェーバー
台風が去って、昨夜はやっと秋月らしさの漂う夜空になっていた。
スーパーでは汚染米の影響からか、お彼岸のおはぎが2個60円で70%OFFで売られていても、誰も手に取ることはなく大量に売れ残って、山となっていた。
愛猫ミーコと三日月を眺めながら、おはぎを片手に今宵はお月見といこうか。
遠い彼方の故郷を思い出しながら。


   秋の夜半 ウェーバー

「これ、秋の夜半やんか」
「あきのよわ?」
 レコードから流れているウェーバー(1786〜1826ドイツ)の曲を指して母が言った。そして歌いだした。
「秋の夜半の〜、み空澄(す)みて〜」
「ちゃうで、お母ちゃん。これ、外国人が作った音楽やで」
「でも秋の夜半やで、この曲」
私はレコードのジャケット裏にある解説を読んだ。
 ドイツの有名なオペラ「魔弾の射手」序曲。その中間部分に流れるメロディーに、佐々木信綱が詩をつけて「秋の夜半」として日本では親しまれている。くにを離れ、都に学び、秋の夜に独りふるさとを思う気持ちが切々と歌われている。
「あんた、夜9時からいっつも市役所から流れてるやん」母の言葉で気がついた。

  そうか、それで聞き覚えがあるんや。

「今、ママさんコーラスでこの歌、練習してんねんよ。家をはなれ〜、くにをいでて〜」
「わかった、わかった。ここで練習せんでええ」

 私の小学校時代、もう30年以上前になるが、その頃は小学生は運動場に残ってドッジボールとかして夕方遅くまで遊んでいた。
 音楽室からは有志たちによるママさんコーラスの「秋の夜半」の歌声が聞こえてくる。
 小学校のある丘の上から前に見えるのは淡路島。明石海峡が間に挟まれている。右を向けば沈む太陽が瀬戸内海を赤く染めている。人丸山から聞こえるのは、月照寺の鐘の音。頭の上には赤とんぼ、その上には鳥たちが夕日に照らされながら群れをなして山に向って飛んでいた。
 夜になると、虫の声があちこちで聞こえ、9時になると市役所から「秋の夜半」が流れる。あぜ道を青白く照らして道案内してくれるのは十五夜のお月さん。
これが私のいなかの風景。

 もう「秋の夜半」という歌は多くの人が知らないだろう。でも、人にはそれぞれの思い入れのある歌があるはずだ。私はこの「秋の夜半」のメロディーを聴くと歌詞が出てきて、子供の頃に見た明石の秋の風景が目に浮かぶ。

 秋の夜半の み空澄みて
 月のひかり 清く白く
 雁(かり)の群れの 近く来るよ
 一つ二つ  五つ七つ

 家をはなれ くにを出でて
 ひとり遠く 学ぶわが身
 親を思う  思いしげし
 雁の声に  月の影に



実家の目の前にある天文科学館

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296タクト:2008/09/26(金) 12:48:36
世界中が涙した映像
   たった二分二十二秒の映像に、世界中が涙した。

20世紀最高のピアニストであるウラディミール・ホロヴィッツが、六十年ぶりに祖国ソビエトに戻り演奏会を開いた。一九八六年四月二十日モスクワ音楽院大ホール。演奏会自体は二時間ぐらいあって、そのすべてが収められたDVDも発売されている。
ぼくが気に入っているのは演奏会の終わりに、ホロヴィッツが弾くアンコール曲。
シューマン(1810〜1856ドイツ)作曲
〈トロイメライ〉
なにがすばらしいか。それは演奏そのものよりも聴いている観客たちの表情がいいのだ。
なぜホロヴィッツが六十年ものあいだ、祖国を離れることになってしまったのか。
 カメラは最初に弾き始めたホロヴィッツを写す。すぐに場面は観客たちの表情に切り替わり、クローズアップされていく。

ある者は目をつむり、ある者は天を仰ぎ、ある者は大粒の涙をほほにつたえながら。

【YouTubuの映像】
http://jp.youtube.com/watch?v=qq7ncjhSqtk

〈トロイメライ〉は小学生でも弾ける簡単な曲。しかし、ホロヴィッツの弾く〈トロイメライ〉は、世界中の人を涙に誘う。
映像監督のブライアン・ラージは淡々と観客を映し出し、ホロヴィッツも淡々と弾いているだけなのだが。

この「シューマン ホロヴィッツの弾くトロイメライ」の映像については、ぼくの自著「クラシック音楽夢レース」(1999年キングベアー出版)と『世界一楽しい タクトのクラシック音楽館』(2007年実業之日本社)にも取りあげているが、YouTubuに映像があることを最近知った。
みなさんも気に入ると思いますよ。


きのうはなかの芸能小劇場で開催された第5回「爆笑あまにゃま寄席」に出た。
この出演には思い入れがある。
この主催者はげんしじんさん。
じつはぼくが85年頃から吉本新喜劇にいた時に、梅田花月で進行で入ってきた。ちょうど木村君(キム兄)が進行をあがって、原君(トカゲマン)と清水君(漫才のピノッキオ、故人)と一緒に舞台袖でぼくたちをサポートしてくれて、仲良くなった芸人。
その後、げんしじんさんは坂田師匠につき、91年に上京してからはNHK教育の「天才テレビくん」とかでレギュラー出演していた。
「なんじゃそりゃそりゃわけわからん!」のフレーズからなる不条理ネタ、こっちがわけわからんわ!と言いたくなるパワー溢れる芸人兼げんしじん事務所社長、つまりお笑い仕掛け人。
きのうもげんしじんさんを慕う30組以上の芸人が出ていた。
それでぼくとシベリア文太が出たので、フィナーレの舞台挨拶もげんしじんさんと文太と3人でその話でぼく達だけ(?)で盛り上がってしまった。
じつは前からげんしじんさんから出演依頼が来ていたのだが、ぼくがなかなかスケジュールがつかず、今回ぼくが出るならと文太(玉ちゃん)も出てくれて、舞台を3人揃って出るのが実現した。
玉ちゃんに「兄さん、なんで後輩に「…さん」つけるねん」と言われるが、ぼくは人に対しては年齢に関係なしにさんをつけてしまう。癖だから治らないけど、きのうは舞台もその後の3人での飲み会も楽しかったな。


さあ、きょうはいよいよ四谷コタンで3ヶ月に一度の恒例「笑って笑って笑いましょう vol.5」の本番です。
今回はぼくがトリです。40分間熱演します。炎のコバケンもします。
先月、朝日新聞にぼくが載った時はこのライブの告知をしてもらいました。予約はいりませんが、かなりコアな舞台なので、仕事終りででも、ぜひ見に来て下さい。待ってます。
写真は四谷コタンの舞台。狭いので指揮棒がよく壁に当たるんだよな…。

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297タクト:2008/09/29(月) 05:17:36
きょうから横浜国大オーケストラと移動コンサート
26日(金)の四谷コタン「笑って笑って笑いましょう vol.5」、ご来場いただきました皆さま、本当にありがとうございました。
朝日新聞に告知されても、やはりコタン。お客様はいつも常連の方中心に、入れないことはまったくなく、いつもどおりほどよい満席近い状態だった。
ぼくは40分間、集中して指揮者芸をしましたよ〜!
いつもの喋りは控えめにして、指揮者8名をめいいっぱいやった。炎のコバケンも「幻想」でやりました。指揮棒が案の定、天井にあたりながら。
あとの懇親会で意外と評価されたのが、ムラヴィンスキー。淡々とチャイコフスキー交響曲5番で演じたのですが、感情を出さない気品さが逆におもしろかったのか。
アンコールも起きて、「コタンでアンコールが起きてるよ」と言われてうれしかった。もちろん時間の都合でアンコールはできなかったけど、もう一度舞台に戻ってご挨拶。
10年に一度のテンションの低さと豪語する弱つよむさんが今回はトップバッター。なんか顔が赤ら顔だし声も辛そうなので、弱さん風邪引いているのかなと思ってしまった。しかしさすが弱さん。歌う曲はすべておもしろく、なんか「早野凡平に捧げる歌」なんかはペーソスが溢れていた。
ジャグリング界の貴公子、ストレート松浦さんはすべてが受けていた。特に場内を暗くしてディアボロだけが電飾で光る演出は幻想的。ちなみにディアポロとは別名中国独楽(こま)と言われていて、お椀を2個つなげたようなコマを、2本のハンドスティックに通した糸でまわすことにより安定させ、操る芸のこと。
東京ガールズも明るく華やかな舞台。さすが3人の音曲は今はほとんどいないので映えるなあ。テレビにも出演されるらしい。
待ち時間が長いので、弱さんの「出たくない病」がうつりかけたが、なんとかやり切れた。出来は良かったと思う。熱い夜だった。


さあ、きょうから横浜国立大学のオーケストラ部100名近くと、移動コンサート。
ここのオケはうまくて、プロのオーケストラのトレーナーもいっぱいいて、年末には毎年プロの指揮者で大きな演奏会をする。今年は現田茂夫(げんだしげお)さんで新世界交響曲をするそう。
今月初めに行なわれた初日の練習で、「パイレーツ オブ カリビアン」という曲が、小節ごとに3拍子になったり4拍子になったり、テンポがこまめに変わったりしてうまく振れず、演奏するみなさんを戸惑わせてすごく落ち込んだ。
きのうの練習でなんとかみなさんに迷惑をかけながら取り繕い、いよいよきょうから山元小学校や戸出小学校など、だいたい2時限、90分のコンサートをやりに行く。
曲は他にみんなで歌う「威風堂々」や「ラデツキー行進曲」「ドレミの歌」「さんぽ」などおなじみのものばかり。
すごく子供達にも刺激を与えるだろうし、地味な活動だけど、こんな温かいニュースこそ新聞社やマスメディアは取りあげてほしいと思う。横国オケはこの移動コンサートを毎年やっているのだけど、きっとこっちからプレスリリースしないとメディア側は存在自体知らないのかもね。
急に寒くなって寒気もしたので、こんな大事な時に風邪引いたかなと思ったけれど、薬を飲んだら緊張しているのか風邪も吹っ飛んだ。
緊張もして寝れなかったけど、もう待ったなし。
さあ、気合を入れて、世界一楽しい演奏会を横国オケと一緒にするぞ。もちろん指揮者芸やみんなでやる「ウィーンの紙の物語」もするよ。

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298タクト:2008/09/29(月) 19:57:36
世界一楽しいコンサート
今、気分が高揚しながらパソコンのキーボードを打っている。
きょうは横浜国立大学オーケストラ部のみなさんと一緒に、移動コンサートの指揮者として横浜の山元小学校に行ってきた。
満員電車に揺れながら、使う小道具がいつも以上に入って大きくなったボストンバッグを抱え、朝8時20分に小学校正門に到着。教職員に挨拶したあと、演奏会が行なわれる体育館へ行きリハ、注意事項を確認していたらあっという間に本番10分前の10時20分。
いったんオケ団員は廊下にはずれて、小学一年生から六年生まで全児童がにぎやかに体育館に入ってきた。ビニールのシートが引かれた上に体育座り。後ろには保護者の大人たちがパイプイスに座っている。平日にもかかわらず、今回は例年に比べ大人の鑑賞者がすごく多いとのこと。

10時30分、本番。
オケ団員から男女の2人が選抜された司会者が注意事項を言ったあと、オケのメンバーを呼び込んで楽員が入場。
最初の曲はぼくにとって難敵の「パイレーツ オブ カリビアン」。でも子供達は大好きだ。
続いて同じ曲でも指揮者によってこれだけ違うということで、レバイン、ストコフスキー、小澤征爾の物真似でブラームスのハンガリー舞曲5番の前半をかなり極端に演出。会場大笑い。児童はたんにモジャモジャ頭からカツラをとったら、いきなり禿げヅラに変身なので「加藤茶ペッ!」みたいにおもしろいのだろう。音楽を思い切り揺らすのだが、会場の反応がじつにいい。
ここで教育テレビのお兄さん時代によくやった掴みを一発。ドカン!
続いてカラヤンと朝比奈隆という生誕100年コンビが、「運命」という扉が叩かれて200年のベートーベンの「運命」の冒頭を極端に変えてやる。
ぼくの前半のパフォーマンスはこれで一端終了。
続いて各楽器の紹介と演奏。弦楽器、木管楽器、金管楽器、打楽器とテンポよく進んでいく。さすが教育実習をこなしている大学生が多いだけあって、上手に説明する。子供目線に降りて楽しく解説。そしてみんなが知っているディズニーやジブリのメロディーなどを演奏してあげるから児童は大喜び。
各楽器の紹介が一通り終わったあと、すべての楽器が活躍する「ドレミの歌」をオーケストラ全体で演奏。ぼくも楽しく指揮。
この次がじつにユニーク。
「各楽器を実際に触って、演奏してみよう」コーナー。演奏者全員が楽器を持って児童のところへいき、全児童が好きな楽器のところで自由に触れ演奏する。ほんとうに自由。もちろん「楽器は壊れやすいので、オーケストラの人にちゃんと言ってやさしく触ってね」という最低限の約束はするのだが。
みんな初めて触る楽器に目が白黒、じつに楽しそう。
金管のファンファーレが鳴って、次の指揮者体験コーナーへ。各学年から一人ずつが「カルメン」にチャレンジ。ぼくはそばにいるけど、できるだけ自分たちの思うとおりに振ってもらう。会場が後押しして手拍子が起きる。さすが上級生になるとコツをつかんでくる。今や業界と同じくここでも女の子が活躍して振っていた。
そしてぼくのホースとジョウロの演奏とホルンを比べたあと、「ウィーンの紙の物語」を全児童と一緒にする。
「威風堂々」を子供達と一緒に歌い、拍手が鳴り止まない中、アンコールは全員手拍子の「ラデツキー行進曲」。
最後に先生からひと言を求められ、ぼくが喋ってもいいのかなと思いながらとっさに、
「きょうの演奏会の主役は、音を出しているオーケストラの人たちです。そしてこの演奏会を聞いて、音楽が好きになってくれたら、身近な楽器でいいですから音楽をやりはじめてください。そのきっかけになれれば、ぼくたちはうれしいです」みたいなことを答えた。
全然コメントなんて頭になかったので、気の利いたことが言えたかどうか。
ピッタリ予定通りの正午にすべてが終わる。
最後はぼくたちが出口に花道を作って児童たちを送る。みんなじつに楽しそう。ハイタッチを求める子、握手を求める子、涙ぐむ子。

かつてこれほどまでに笑いのあるコンサートがあったであろうか。
これほどまでに子供達が喜び、楽しみ、参加するコンサートが。

演奏終了後の後片付けをしながら、演奏者の一人に聞いてみた。
「ぼくはパフォーマンスし過ぎていない? これは横国の伝統ある移動コンサートでしょう。もっと控えめにしたほうがいいんじゃない?」
「なに言ってんですか。こんなに子供達が喜んでいるのに」
横国オケのみなさん、ほんとうにありがとう。こんな頼りない指揮者としては欠点だらけのぼくなのに。(笑いの部分は大丈夫だと思っているんだけど)
保護者がこんなコメントを寄せてくれた。
「山元小学校の子供達はとっても喜んでいたそうです!6年生の子供達が、毎年鑑賞会で音楽聴いたり、劇見たりしたけど、今回が一番面白かったと話していた」

控え室の会議室に戻って涙が溢れそうになった。
まだみんながいる。がまんしょう。
横国オケの演奏した「威風堂々」が耳から離れない。
こんな年になっているのに、涙が止まらない。
もう帰りの電車の中ではかっこ悪くて、ずっと目をつむっていた。
今もキーボードが涙で霞んで打てなくなってきた。
横国の今回の移動コンサートの委員長をしていた大学生の言葉が耳によみがえった。
「みなさん、きょうは飲まないように。あしたもありますから。酒臭いと児童に嫌われますよ」
そりゃそうだ。
きょうが世界一なら、あしたは宇宙一楽しいコンサートにしないとね。

299タクト:2008/10/01(水) 10:33:04
記憶に残る日
○年の○月○日って、いったい何したっけ?
数十年がたって鮮明に覚えている日って、いったいどれだけあるだろうか。
いろいろな出来事がけっこう多く起きていたはずなのに。
しかしきのう、おとつい、2008年9月29日、30日に横浜国立大学管弦楽団とご一緒して2つの小学校へ訪問して行なった計3回の「移動コンサート」は、ぼくにとっては永遠に忘れることの出来ない思い出になりそうだ。ボケが始まらないかぎり。

きのうは戸出小学校に行った。ここは児童数が前日の山元小学校より倍以上多くて、午前中は低学年、午後は高学年に分けて体育館で「移動コンサート」が2公演催された。
ますます精度があがる演奏。
目を輝かして聴いてくれる児童たち。
若さいっぱいに演奏する横国オケの団員。
準備してくれたスタッフの皆さま。
幸せなひととき。
みなさん、ほんとうにありがとうございました。

その横浜国立大学管弦楽団が、年末に第91回定期公演をします。
ぜひみなさん、お誘いの上、ご来場ください。
ぼくもこの日は、銀座で年末恒例福岡詩二プロデュース「おかしな音楽会」の出番があって、いつもここで打楽器アーティストの山口ともさん、一人芝居のオオタスセリさんと共演するのを楽しみのしているのですが、今回限りは無理をして、出番をやりくりしてこの演奏会には見に駆けつけたいと思っています。

【横浜国立大学管弦楽団第91回定期演奏会】

日時:2008年12月27日 13:30開場 14:00開演
場所:鎌倉芸術館 大ホール
曲目:ヴェルディ 歌劇「シチリア島の夕べの祈り」序曲、チャイコフスキー 幻想序曲「ロミオとジュリエット」、ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」
指揮:現田茂夫
チケット取り扱い:ぴあ、H.Phttp://www.ynuorch.com/index.html

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300タクト:2008/10/01(水) 10:35:52
【10月の予定】10月はおっ、ぺれった月間
8月の始めには9月は不毛の月だと覚悟していたのに、こんなにも新しい試みの舞台を多くこなす月になるとは思いもしなかった。
よく人は、ひとつのことを終えてから次へって言うけれど、ぼくはやりたい事、おもしろそうな事、困難なことも全部とりあえずやってみようと、どんどん予定を重ねる主義。
人はしょせん器以上の事はできっこないので、がんばって無理しているつもりでも自然とMAXになっている。あえて自分で壁をつくって制限するなんて、限界を決めているみたいでもったいない。
よく一芸を秀でている人は万事に通ずみたいに言われるけれど(ぼくはちゃうよ)、あれはきっとコツをつかむのがうまいのだろう。スポーツも芸術も遊びも趣味も、どんどん重ねれば相乗効果を生んで、メリハリが出来て、次に移ったときはリフレッシュできる。余裕ができてきたら、自然と次へ気持ちがいくものだ。だから困難そうなことも、ワクワクしながらなんでもやってみる。いつのまにかなんとか全部できていた、なんてよくある。
そんな「いつ、いかなるときも、誰の挑戦でも受ける」気持ちが具現化した9月だったが、10月は逆にいたってシンプル。
19日までは16年ぶりに出る「おっ、ぺれった」の稽古と本番に集中。


★芝居

●公演タイトル:『おっ、ぺれった(人知れず)20周年記念公演 ちょっとノゾいて見てごらん 2008』
●公演期間 : 2008年10月11日(土)〜2008年10月19日(日)全12回
●【開場:13:30開演:14:00】は、12(日)A、13(月)B、15(水)B、18(土)A、19(日)A。
【開場:18:30開演:19:00】は、11(土)B、12(日)B、14(火)A、15(水)A、16(木)B、17(金)A、18(土)B。
     A…Aキャスト、B…Bキャスト
●会場   : SPACE107(東京都新宿)
●座席・金額: 全席指定:4,500円(税込)
●キャスト :永井寛孝 田中真弓 竹田えり 並木佳道 そのだやすたか
    <ダブル>Aキャスト 釘宮由稀 飛塚ちとせ 竹田佳央里 しのはらともみ
         Bキャスト 篠原あけみ  瀧沢千秋 新田綾香 田中荘子
    <ゲスト>石原慎一 いまむらのりお 好田タクト サミー関口 園部啓一 弘中くみ子 松野太紀(50音順)
    <アクション>遠藤誠 玄也 細川晃弘
●[出演・劇作・脚本・演出]永井寛孝/[出演・音楽]竹田えり/[振付]田村連

「今、東京で一番面白いミュージカル」(故・マルセ太郎氏)
「馬鹿馬鹿しくて、品がある」(永六輔氏)
「ミュージカルを超えた軽演劇」(並木成夫氏・元小劇場Beフリーオーナー)
おもしろさはまちがいありません。しかも今回は20年前の原点に戻って「息の届く距離」というかなり小さな劇場で、しかも指定席。ぼく今回限りの復帰出演のつもりですので、「おっ、ぺれった」の出演者として見てもらえるのが最後だと思います。ぜひご覧ください。観覧希望の方は希望日時、人数、お名前(カタカナでフルネーム)の3点を漏らさず書いてメールください。すでに予約をしてもらった方も含め、責任を持ってその希望日公演の席を確保していますので、当日受付取り置き清算になります。なおすでに売り切れている日もあります。

★寄席

・浅草東洋館中席 東京演芸協会定席
16日(木)(ピン芸・世界指揮者人名辞典)
17日(金)(ピン芸・世界指揮者人名辞典)
両日とも、15分たっぷりします。出番終りしだい、「おっ、ぺれった」の夜公演のために急いで新宿に向かいます。

・浅草東洋館エンタメヒットパレード
20日(月)(ピン芸・世界指揮者人名辞典)15分間
30日(木)(ピン芸・世界指揮者人名辞典)15分間
31日(金)(一人コントに挑戦。内容は見てのお楽しみ)15分間

・10月5日(日)東京演芸協会全体公演「秋祭お笑い大行進」
(目黒区民センター)ぼくは指揮者芸を3分間だけする。
チケットは通常3千円しますが、希望者はただでさしあげます。メールください。

★大道芸

・ヘブンアーティストイベント
24日(金)
「上野公園大道芸大会」 上野公園で催されるヘブンアーティストがかなり出る大きなイベントです。ぼくの出番は12時と1時半ごろです。

★若葉の湯(千葉市若葉区)「お笑いオンステージ」司会。ゲスト演芸はコント青年団 10/26日(日)1部/16時30分〜 2部/18時30分〜。


以上です。合わせてホームページのスケジュールでも書き込んでいます。参考にしてください。

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301タクト:2008/10/03(金) 12:05:56
ぼくは落ち着いたけど、ミーコは落ち着かない
おっ、ぺれったの本番が間近に控えて、稽古が佳境に入ってきているのに「落ち着いた」って言うのもへんだけど、じっさい気持ちは怒涛のような9月を無事に終えて、気持ちはホッとしている。
今も北赤羽にあるブリングアップの稽古場に、毎日昼から9時までいるので、ほとんど寝るだけの家だから、ミーコにはほとんどかまってあげられないせいか、家に戻るとミーコのテンションが高くて。
右や左、一階二階のかけっこから始まり、舞台でいただいた花瓶に飾っている花に興味津々、ペンやゴムなどあたり構わず遊んで口に入れて、ゴホゴホしている。
なんかしゃかしゃか聞こえるなと思ったら、ぼくの所にものを咥えて持ってきて、「ほれ、こうやって取るんじゃ。おまえも取ってきてみろ」とばかりに、パソコンのキーボードの上にその噛みまくられたネズミのおもちゃをポコっと置いて、胸を張って出て行く。
蛍光灯の紐に興味が移れば、ぼくの肩に乗って、それから頭によじのぼってジャンプ。

   無理やろう、それは。

最近は急に寒くなったせいか、胡坐をかいているぼくの膝に上にも乗ってくる。そして丸まる。

   重い…。

おまえ、ご主人に似てけっこうずっしりしてきたな。
ま、ほとんどぼくが留守にしてしまうから、しっかり餌と水を用意して出るので必要以上に食べてしまうのかも。

そのミーコにライバルが出現。
先々月あたりから、やたらとぼくの家の周りに妹が飼っているリカとそっくりな野良猫が出現。オオサンショウウオのような毛並み。どうも以前飼われていたらしく、懐いて人を怖れない。ひょいと持つと軽い。けっこうおばあさん猫かも。かわいそうだから、ちょっと餌をあげたらすごい食いつき。
   そうか、おなかが減っていたんやな。
それから、毎日ぼくの行き帰りを玄関で見送ってくれる。そしてそのつどぼくは、ミーコと同じ餌を玄関先であげる。
   大家に知られたら、猫飼っているみたいに思われるなあ。(ほんとうには、家でミーコを飼っているんだけど…)
この名無しの野良を、ミーコは気に入らないのだ。
ある時、玄関を開けていたら野良が玄関に入ってきた。ミーコが「シャー!」と威嚇する。野良は平常。ちょっとおもしろいので、嫌がるミーコを抱えて野良に近づけてみた。
ガシャーン!
ミーコが暴れて野良の餌の茶碗を割ってしまった。もうテンヤワンヤですごい勢いで暴れるミーコは、これでもかと思うぐらい、尻尾が膨らんだ。
それ以来、野良を玄関には入れないようにして、玄関先で餌をあげている。ぼくにはミーコだけで手いっぱいだしな。

あさって5日(日)は、東京演芸協会の芸人総出演、年に一度の全体公演「秋祭お笑い大行進」(目黒区民センター・開演13:00.終演20:00予定。JR&東急「目黒駅」より徒歩10分)があります。
ぼくは指揮者芸を3分間だけします。
チケットは通常3千円しますが、希望者はただでさしあげます。メールください。
と前に告知したのだけど、ほとんど来ません。
人気ないなあ、うちの協会とぼく。
けっこう演芸番組に出る芸人も多数出るのに。
この日はぼくは幸いにも、おっ、ぺれったの稽古が休みなので 出番以外は一日中ここか、その周辺でのんびりして打ち上げも出ます。よかったらお話しましょう。5日のチケット、紙くずにしてしまうのももったい無いので、無料だし、秋の一日、味わいある演芸はいかがですか?
おっ、ぺれったは逆にチケット申し込みもすごくて、最終日なんかはぴあはすぐに完売したんですけどね。
さ、きょうも練習練習。
それにしても、おっ、ぺれったの公演が終われば、仕事の予定も寄席以外全然ないし、超暇になるんちゃうかしら。

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302タクト:2008/10/10(金) 10:41:46
初日がおもしろい
ぼくは人の舞台、お芝居を見に行く時は極力初日を見に行くことにしている。
回を重ねれば無駄もそぎ落とされ、役者同士も間合いもわかり、演出側も客の反応がわかるので洗練されていうのは当然だ。
だから純粋に質を求めるなら中日や後半の舞台の方がいい舞台を見れるわけだが、逆を言えば初日はほんとうに出演する側の力量が問われる、感性を練習したことをそのまま出すしかないわけだから、実力が問われる。
だからぼくは初日が好きなのだ。
吉本新喜劇のテレビ収録が5日目の中日にあるのも、そういうこと。
楽日はお祭りになるのもうなずけるでしょう。もうこれで終りだから。
というわけで、まだ「おっ、ぺれった」どの日に行こうか迷っている方はあすの初日いかがですか?
まだ席は若干残っています。平日はまだあります。
土日祝はもう席ほとんどないから、ひょっとしたら補助席をだすかもしれないけれど。

今ぼくは小学5年生の役をやっているので、昔のことを思い出した。
かき氷楽しみに食べに行って、贅沢をしょうと思ってミルクかけを頼んだら、おばちゃんが練乳のカンカン、二つ穴が開いているんだけど簡単に練乳が出ない。おばちゃんはかたっぽの穴に口をつけて息を吹きかけて、もう一方から練乳を押し出すのだけど、嫌だったなあ。
お好み焼きを食べに行って、贅沢をしょうと思って卵入り、真ん中に目玉のように焼いているのが好きだったのに、たまにそれを知らないおばちゃんが焼く時、卵かき混ぜて焼かれたのも悔しかったなあ。
土地がないといいながら、電車が通るのを見て、電車が通らない時線路の上は何も有効に使われていないから、もったいないなあと思っていた。
そんなガキの思い出。

芝居を終わったら東博の「大琳派展」や滝を見に行きたいな。
というわけで滝の写真を一発。
ぼくの好きな不動七重滝。(高さ80メートルある)

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303タクト:2008/10/11(土) 02:43:31
さあ、幕を開けよう〜♪
いよいよきょうから『おっ、ぺれった(人知れず)20周年記念公演 ちょっとノゾいて見てごらん 2008』が、SPACE107(東京都新宿)で始まります。
かなりのナンバーがありますが、その中のひとつに「ウエルカムハッピータイム」というのがあります。
最後はこんな歌詞で終わります。

「もうこれっきりかも、一抹の不安〜。
ドンマイ、ドンマイ、そんなの〜、気にしない。
明日を信じてハッピータイム♪
明日を信じて、明日を信じて、ハッピハッピー、ハッピハッピー♪
さあ幕をあけよう〜♪」

ぼくが入っている男性楽屋は、7人なのに化粧前が5人分しかない。
そこでただでさえ狭い楽屋なのに、テーブルを真ん中に置いて、そこに演出家兼主演の永井寛孝さん、通称カンコウさんとぼくが追いやられている。
なぜか「課長・永井寛孝、係長・好田タクト」という安直に紙で作った三角の立て札が置かれて。

牛丼の松屋が1日から8日まで80円引きセールをやっていて、それとバトンタッチするかのように8日から吉野家が80円引きセールをやっている。
おかげで牛丼10連チャンだったけど、きょうから弁当がでるので、牛丼生活とはおさらばだ。

「明日を信じてハッピータイム♪
明日を信じて、明日を信じて、ハッピハッピー、ハッピハッピー♪
さあ幕をあけよう〜♪」

304タクト:2008/10/14(火) 16:17:17
まるで同窓会のような、きのうのおっ、ぺれった
きのうは体育の日の祝日だったが、連日出演している「おっ、ぺれった」公演は昼の1回だった。
見に来てくれた方々の中に、16年前に一緒に「おっ、ぺれった」で出た千崎亜紀さん、金子恭子さん(今はお二人とも素敵なママになられて、苗字は旧姓)たちも来られて、楽屋にも来たので、出演者みんなも大感激。
この『おっ、ぺれった(人知れず)ちょっとノゾいて見てごらん』の8年前の初演時の清志役のケースケさん(漫才でせーじ・けーすけさん・ボーイズ協会)も楽屋に見えられて、ぼくに「タクト兄さん、今回はほんとすいません」とぼくの腹をさすりながら言っていただく。またけーすけさん、おっ、ぺれった復活すればいいのに。みんなも待っていると思うのに。ま、芸人は自分の活動と集団との両立は頭の痛い問題だわな。ぼくに会って腹をさするのは金恭さんも一緒。「何ヶ月?」だって。
さながら同窓会のような昨日の楽屋だったが、きょうもいろんな人から電話がかかってきた。
来住さんという、関西大学在住中にお笑い番組あらしを経て、松竹、吉本と物真似の芸名トリフュさんとして、松村邦あきさんもファンの人から電話があった。お互い吉本になじめず、ずっとWヤングの「ちょっとキーターズ」で野球ばっかり一生懸命やっていた。今はサラリーマンとなってぼくが結婚式の司会もした。その来住さんからめずらしく電話。
「ちゃらんぽらんの冨好さん、三善英じさんと組むの?」って。そうかもしれん。大西さんが画家に転進したからなあ。
「ぼく、今、おっ、ぺれったという芝居に出ているんですよ」
「おれ、16年前に狛江ビーフリーで嫁はんと一緒に見たがな。あれ、ほんとおもしろかったわ。どこでやっているの?」だって。16年前のぼくがおっ、ぺれったに出ていた時を見てくれた人からまた電話がかかってくるなんてなんたる偶然。
村田さんというシャンソン歌手から、「新聞にまた出ていたね」という電話など、なぜか電話がいっぱい。
いろんな方がおっぺれったを見たいと言っていただくが、正直、土日はもう満席で、ひょっとしたら補助席でよければ取れるかも。平日は10席ほど余っているかも。でもそれもすぐ埋まるでしょう。なんせ全国から来て12回全部の公演を見ている方もいるのですから。終演時の田中真弓さんに並ぶファンの多さを見ていると、さすが声優で主人公役を数多くやっている田中真弓さんって人気抜群なんだと改めて実感。クイズ「ヘキサゴン」なんかも真弓さんの声だよ。他の出演者も、とくに声優業界では有名な方ばかり。劇団四季出身の人も出ている。ぼくだけ出所が変わり者だけどね。

305タクト:2008/10/17(金) 07:31:56
やっと完成!清志役
連日、おっ、ぺれった公演に出演しているわけだが、どうも本番に入っても自分の演じる清志役がピタッと掴めなくて、毎回セリフを変えながら四苦八苦していた。
そして昨日、ドッと受けて、これで行けるかなというメドが立った。

ぼくが芝居、特に喜劇に関して、大切にしていることは2つ。
?役になりきって、守備範囲を守りながら全力を尽くす。
?生きたセリフを言う。相手のセリフを聞く。気持ちで反応する。

?に関してはギャグとか素に戻させて笑いを取っても、それは大きな意味で芝居の流れを壊し、全体のおもしろさを損ねる。この安易な笑いのとり方は吉本新喜劇なんかでは典型的にこの手法を今でも使っている。セリフをわざと噛んだり、それぞれの持ちギャグを言ったりして、その場では笑いが起きるが、客は意識、無意識に「あ、今、俺たちは舞台を見ているんだ。いつも見ている○○が、いつものギャグをやってる」と感じさせてしまっている。もうこれは芝居ではない。コントなのだ。
コントと喜劇の大きな違いは何か。
コントは客との距離を意識しながら、じつは客とのやりとりを楽しんで笑いをとっている。芝居は芝居の世界に客を引きずりこんで、そのストーリーの中で共感させて笑かしたり、泣かせたりしている。
これは落語でも同じ。たまに下手な落語家が高座をつとめると、「お客さん、今、これ笑うところですよ」なんて言う。そりゃ客は笑うよ。でもこの瞬間、客は醒(さ)めるよ。現実に引き戻されてしまう。
昔、吉本新喜劇にいたときこんな場面に出くわした。
ある日、本番前の練習で、高石太さんという太っちょの先輩がいつものように芝居の流れとは関係なしに持ちギャグ、舞台狭しと腹で滑って、おなかを出して「アツアツアツ!」をやった。そのときの座長の花紀京さんが、「太、それ芝居に関係あるか?やめ!」と、そこでそのギャグをすることを禁止した。
太兄さんはぼくにコソっと、「京やんがおったら、ギャグができひん…」と嘆いた。藤山寛美率いる松竹新喜劇でも、個人のギャグは許さない。レオナルド熊さんもこれは使い分けている。
今のテレビに慣れてしまった若い人たちは、じつはこれには気がつかない。笑いは全部いっしょくたに捉えているし、ほんとうの大きな笑いを知らない。今でもたまに内場兄さんやWヤングの丸兄、シベリ○文太に誘われてルミネとかで吉本新喜劇を見るけど、あ、全然変わってないなと思う。内場さんがなぜ凄いか。それは?を守りながら、盛り込んでいくから。内場さんの本好きが俯瞰的に芝居を捉えるのに生かされているのだろう。寛平兄さんもじつはこの守備範囲を守るのがすごくうまい。

?に関しては、今出演している「おっ、ぺれった」に照らし合わせて言うことは、「生意気言うな」と出演者なんかには思われるのでここで述べるのは勇気もいるけど、あえて言うと、けっこうもったいないことをしている気がする。
ゲスト格の人はこれは出来ている。きっと本人は無意識なんだろうけど。声優という職業がつねにセリフを生々しく自然に喋るのは長けているのだろう。
ただ若手はやはりなぞっている、相手のセリフを聞いて反応していない、どこかでセリフや動きを待っていたり準備したりしている。ほんとうはこの?を作りこめば、もっと受けるのに。
ここでこのセリフを強く言ってしまうと、ここで相手に強く出てしまうと、相手との立場、人間関係が変わってくる、見ているお客さんはその関係性、人物に共感しない、というのはいくつかある。ただこれは演出家の権限。音楽で言うと指揮者の仕事。カンコウさんはその辺に関しては敏感で、ほんとうに気にしながら演出されていると思う。ぼくとは違う見解もあるけれど。
ただ1幕で大きな盛り上がりのナンバー「ほとばしり」などを含めて、なんか「内から出てくる熱情」がまだ感じられない。じつはぼくはここは出番を控えているため、袖から見ていていくつか発見もしている。
3日目ぐらいから緩くなってきている。
みんなもっと笑顔を出せばいいのに。
歌いたい、踊りたいという気持ちを出せばいいのに。
表情や動きに繊細さとエネルギーが少なくて、ただがなっているだけで粗くて、中低音が聞こえなくて、熱いメッセージが塊のエネルギーとして袖にいるぼくにも届いてこないから、客もそれは感じているかも。
ただ立場上、劣等生のぼくからは言えないけれど。
演出家のカンコウさんも出ているから、俯瞰的に誰か見て言ってあげればいいのに。
いくつか言いたいことを言ってしまったが、これだけははっきり言える。
この芝居は、前半の1時間半弱が無駄のないいいネタ振りになって、後半の2幕の45分間で大爆発して受けまくっている、喜劇作品としては超名作とまちがいなしに言い切れる。吉本新喜劇よりもぜんぜんおもしろい。


休話閑題。

かすみ「カステラ!」
清志「はちみつと卵のハーモニーや〜(彦摩呂風に)。ちゃうちゃう、カステラとちゃうで。リストラ。ま、たまにはリストラも、ええで(右手挙げて)、ええで(左手挙げて)、ええで〜(グリコのように両手挙げて)、シ〜ン(あっけにとられる生徒達に)。このシ〜ンが大事や(がっくりうなだれる)」※この一連の動作を客席にやってしまうとコントになってしまう。
和歌子「どこに引っ越すの?」(あとに続く…)

ラストでも、
和歌子「あ、大阪弁」
清志「大阪弁も、ええで、ええで、エエデ〜。シ〜ン(カンコウさんたちに向けて)」

舞台が終わって怪優の原武さんに、「客の心理をつかんだ、上手なやり方だね」と言っていただいた。逆に今までの7公演がうまくいかなかったので、もっと早く、清志役の落としどころに着きたかったなあ。
もちろん、園部さんや和歌子役には受け渡しのセリフは伝えている。

きょうも昨日に引き続き、昼間は東洋館で指揮者芸。そしてその時に劇場で出演依頼が来た「テレビ朝日 大胆MAP」の内容を担当者から聞いて、出るかどうか判断する。
その後、おっ、ぺれった公演のために新宿に行く。
きのうまで見ていたNHKドラマ「トップセールス」の再放送が終わってしまって、ちょっと楽しみがなくなった。

306タクト:2008/10/18(土) 11:41:56
恋ひ恋ひて 逢へる時だに 愛しき 言尽くしてよ 長くと思はば
  恋ひ恋ひて 逢へる時だに 愛しき 言尽くしてよ 長くと思はば

               大伴坂上郎女 (巻4・661)


恋しくて恋しくて、やっと逢えたそのときぐらいは、くりかえしくりかえし「愛してる」と言って。
ずっと私と長くいたいと思うなら、くりかえしくりかえし、君だけと言って。

NHK−BSで毎日、5分間だけ放送される「日めくり万葉集」。
ついにぼくの好きな歌が出た。
しかも選者は「いもたこなんきん」のモデルの田辺聖子さん。

女性にとんと縁のないぼくが、なぜがこの歌には惚れている。
なんの飾り気もない恋歌。
この歌に憧れながら、大和路を一人バイクで駆け抜けながら、古に想いを馳せ雲を眺めていた20代。


※万葉集とは、7世紀後半から8世紀後半にかけて編まれた、現存するわが国最古の歌集。全20巻からなり、約四五〇〇首の歌が収められている。

307タクト:2008/10/19(日) 11:40:09
大ハプニングの夜、そして楽日御礼!
きのうのおっ、ぺれった公演。来た人はビックリしたでしょう。
ぼくもビックリしました。
あんなことは、おそらく二度とないでしょう。
出ている人も「こんなの初めて!」とみんな、口々に大興奮。
たしかに前説でカンコウたちさんがみなさんに、言い訳をしぇねおさんの役のようにギャグ切れのように、「こんな状況は他では絶対ありえません。ほんとうにラッキーです、きょうのみなさまは!」と苦しまぎれに言っていましたね。
おかげでオープニングから大受け、大爆発。
ネタばれになるので、ぼくは今は言えませんが。

そして、ラスト、ぼくの出る場面。
そのハプニングの嵐はぼくに襲いかかってきました。
ぼくもあんなことは初めてです。
共演者の石原慎一さんが、「舞台で何が起きたの? むちゃくちゃ受けてて気になってしょうがなかった」と言われてしまった。
とにかく、楽日前のきのうの夜公演は、「史上最大のハプニング公演」でした。

今朝は朝帰りしてしまいました。
きのうのおっ、ぺれったの飲み会で、カンコウさんと最後まで残ってしまい、そのあとも2人で路上で立ち話したので、別れた夜中の1時半には電車がなく、いったん漫画喫茶に入り始発まで過ごしてたわけです。
みなさんの意見、カンコウさん自身の思い、真弓さんの夢も想いもじゅうぶんに分かるので、ちょっと複雑な気持ちになりました。
また時間をとってゆっくり書き込みたいと思います。
ぼく自身、正直な話、久しぶりにおっ、ぺれったに出れてそれだけでも幸せでしたね。
また明日から自分自身を追求する活動に戻ります。

さあ、きょうの楽日も最後までがんばります。

308タクト:2008/10/21(火) 20:16:16
大団円を迎えたおっ、ぺれった。ハプニングの真相も
19日の千秋楽公演を終えて、『おっ、ぺれった(人知れず)20周年記念公演 ちょっとノゾいて見てごらん 2008』の全12公演はめでたく大団円となりました。
観客とすごくスウィングしたときもあれば、テンポが悪くなんか盛り上がりが欠けた舞台もあったと思います。紆余曲折と悩みと喜びでつくりあげた舞台。賛美と批判が入り混じったお客様の反応。それでもみんな「おっ、ぺれった」が好きで愛しているんだとつくづく感じたこの公演。
ぼく自身も本番に入っても清志役に試行錯誤が続き、いくら食い抜きっぽい役とはいえ、じっさいに役が固まってきたのは後半の5公演でした。
ぼくは必ずしも必要な役ではない。でも意味のある役。大阪弁を使うことと、廃校の危機状況を作り出すこと、そして短い出番でもお客様にも共感を持ってもらうキャラクターをなんとか作り出したい。守備範囲を意識しながら、めいいっぱい工夫した役でした。
9月はぼくのスケジュールがいっぱいで稽古もほとんどできず、10月に入ってからの駆け込み稽古だったから、このような食い抜きっぽい役はありがたかったのですが、それでもみんなでするダンスや歌は四苦八苦。そのつど共演者の人たちに所かまわず、振りや歌を何度も個人的に聞いたのに、嫌な顔もせず熱心に教えてくれた若手のみなさん。
初めてご一緒になるゲストの方も多くて、人見知りのするぼくはかなり無口だったのに、楽屋でもやさしく接していただいた共演者のみなさま。
おっ、ぺれったのファンからすれば「誰、この人?」的だったのに、公演が終われば暖かく声をかけてくださったお客様。
ボランティアで参加した方も多い、すべてのスタッフの皆さま。
ほんとうにみなさま、ありがとうございました。
やはり中日が過ぎ、楽日が近づくと愛着が沸いてきて、もう千秋楽は幕が開く前からウルウル状態になりそうでした。
お客様も連日超満員で、2200人以上来られたそうです。席が170席で12公演だから、補助席や階段臨時座布団席になった方もかなり多かったはずです。
ぼくはおっ、ぺれったを16年ぶりに「ちょっとノゾいて見て」幸せでした。

さてかなりの人から、18日の夜公演 「史上最大のハプニング公演」ってどんなだったの?って聞かれました。
公演も終わったので、ここに噂の真相を公開します。
今回の公演は最初はいつもの通り前説を真弓さんとカンコウさんが10分ほどします。舞台には『おっ、ぺれった(人知れず)20周年記念公演 ちょっとノゾいて見てごらん 2008』と書かれた赤い大幕がバトンに吊らされていて、その後ろに出演者全員13名が見えないようにスタンバッています。前説が「ではお待たせしました。おっ、ぺれった、人知れず20周年記念公演 ちょっとノゾいて見てごらん 2008の開演です!」と言ったら、「ちょっとノゾいて見てごらん」の音楽が華やかに流れ、赤い幕がパッと落ちて、照明に照らされたみんなが全員でかっこよく(!?)踊るのです。
ところがこの夜は…!

冒頭で激しく流された音楽は2幕で使う「ウエルカムハッピータイム」でした!
しかし赤い大幕は約束どおりバトンから落とされ、音楽は数秒ほどでストップし、出演者は冒頭のポーズのままフリーズ状態…!
わけのわからない観客。いそいで言い訳する真弓さんとカンコウさん。
ま、例えが悪いかもしれませんが、好きな人の前で体に巻いていたバスタオルがいきなりパラリと落ち、隠す間もなく凍りつく。そんな状態でしょうか。
とりあえず、バトンに赤い大幕をもう一度吊り、状況を理解した観客に大笑いされながら、もう一度オープニングをやり直したのでした。

その出演者の凍りついた様子が下記の写真に載っています。

とにかくこの冒頭のおっ、ぺれった史上(演劇史上と言えないのは、まずこんなことは他ではありえないので)最大のハプニングのおかげで、この夜の観客と出演者のテンションは異常に高く、まれに見る爆笑・感動ジェットコースターの2時間半でした。
ぼくのハプニングですか?
自分の恥になるので言いたくないけれど、ま、いいか。
ぼくはラストに出て「…(セリフ中略)、オトンの仕事が落ち着くまで、こっちにおることになってん」というセリフを、何を勘違いしたのか「オトンの仕事が落ち着くまで、こっちで働くことになっ!」
このときにシマッタ!と思い、急いで言い直そうとしたら、カンコウさん始め共演者が鬼の首を取ったみたみたいにうれしそうに、「小学生が働くのか!」とか「たまにしかでないのに、大変ねえ」とか、突っ込む、突っ込む。客も大笑いして、前にぼくは書き込みで噛みまくったり、いい間違えて笑いを取るのは最低(でもワザとじゃないからね!)と書きながら、ほんとうに自分がそんなことになろうとは。
もうセリフがぼろぼろになり、最後は被っていた野球帽で顔を隠したのでした。
あ〜、ほんとうに恥ずかしかった。
しかもこの公演で、ぼくが一番受けたのがここというのも、なんともはや…。


あ、タイトルで終りの意味で「大団円」ってつけたけど、「大円団」って思っていた人、わりといるんじゃないですか? ぼくだけかな? まちがって覚えていたのは。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000484.jpg

309タクト:2008/10/22(水) 14:59:19
おっ、ぺれった公演チラシ裏
少し前にこの「タクト通信」BBSを、誰がいつ読み返されても見やすいように、同内容になっているもの中心にかなりの書き込みを削除したので、その時に『おっ、ぺれった(人知れず)20周年記念公演 ちょっとノゾいて見てごらん 2008』のチラシの裏を貼り付けた書き込みも消してしまいました。
記念に残しますね。
今回の公演でお世話になった共演者、スタッフの皆さまの名前が載っています。
声優業界では有名な方がかなりいますよ。
田中真弓さんはドラゴンボールのクリリンとかワンピースのルフィーとか金田一少年とかアニメで元気のいい男の子役、それもたいてい主人公役を数多くこなしていますが、クイズ「へキサゴン」とかCMの「こてっちゃん」「まるこめ味噌」の声もやっておられます。ぼくはその業界は全然詳しくないけれど、それでも毎日必ずどこかのテレビで真弓さんの声は流れていますね。NHK教育TVもよく出ているし。
真弓さんに一度、真弓さんのイベントの司会をぼくがしていた時に聞いた事があります。「一番気に入っている役はなんですか?」と。それはジブリの宮崎作品「天空の空ラピュタ」の主人公パズーでした。
他にも松野太紀さんのトッポジージョとか、園部さんとかもネットで調べれば、出るわ出るわ。
けっこう達者な人たちと共演したんだなあと思います。
前回の書き込みにおっ、ぺれったの写真が貼り付けていますが、出演者の集合写真でぼくがどこにいるかわかりますか?
一番後ろの列の真ん中で、赤い服を着て体を右にひねって右手を挙げているのがぼくです。見にくかったらクリックしたら拡大されますから。
ほんま、おっ、ぺれったは、ええで(右手斜め前に出して)、ええで(左手斜め前に出して)、ええで〜(グリコのように両手挙げて)、シ〜ン。このシ〜ンが大事や。(シュン)

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310タクト:2008/10/23(木) 14:52:31
ついに出る
おっ、ぺれった公演が無事終わって気が抜けそうだったけど、翌日の月曜日は演芸場の出番があった。
この日は東洋館のエンタメで一年ぶりぐらいかな、エンタメに出るの。
客はなんと19名。いや〜、こういう少人数のときはぼくは燃えます。ぼくの前までみんな苦労していたけど、ぼくはもう舞台に上がったときから宴会気分。
「好田タクトです。と言っても、ぼくのこと知らんでしょ。ぼくもみなさんのこと知りません。一期一会ですから、楽しく行きましょう」ってな感じ。
「ところで、きょう遅くに来た人はテレビのニュースで見て知っているかもしれませんが(深刻に言う)、今、民主党の小沢さん、切られましたよね。え、知りません?(場内ざわつく)。新宿西口で演説していて、次の会場に行こうと思って、大江戸線を利用したんですわ。駅の改札でね、しかも見ず知らずの人にいきなり切られたんですよ…、切符をね。え? 今は自動改札?」って、もう居酒屋でしゃべるのりだった。
そんな感じでやるから、客もぼくに平気でしゃべりかける。
指揮している途中に「ま、ええからこれ飲んで」って缶ビールをくれる、握手はされる。おそらく19名、途中から何人か入ってきたけど、みんな楽しんでくれたと思う。
だってロビーで作業していたら「あの指揮者の人、おもしろかったね」とおばちゃんたちの声が聞こえる。それを聞いて「ボクですよ」「ひやぁ〜!」。
エンタメは全部有料入場者だから、お客の目も厳しい。
楽屋でテツ&トモさんや、あっちくん、だるま食堂さんなど他の出演者に挨拶して帰る。今年は若葉の湯との兼ね合いで出演を断ってきたけど、これからまたエンタメの出番は、依頼を多く受けるので、出番も増やしていこうと思う。

免許の更新に行ったら、眼鏡必要で不合格。
目と顔と運は悪いけど、メガネは日頃からしたことない。
錦糸町でメガネを作りに行ったら、5250円で作れた。安いなあ。
しかもすごくよく見える。でも更新のためだけで、やはりメガネはかけないだろうな。ましてコンタクトなんて怖くてとんでもない。ぼくはタクトだけど。

半額に弱いぼくは、スーパーで「大勝軒」のつけ麺が期限が迫って半額だったので数個買ってしまった。こういうのに幸せを感じるなんて地味な人間だな。

阪神タイガースが中日に負けた。
7月には2位に13ゲーム差もつけてぶっちぎりだったのに、まさかのこういう形で今シーズンが終了するとは。
この試合はじつに見ごたえがあった。息を飲んだ。
藤川はあの場面はやはりストレートを投げたいわな。ウッズは待ってましたとばかりに打った瞬間にばんざい。
岡田監督は泣いていた。
残酷だなと思った。
なにが残酷だって?
それは今のテレビ界に。
こんな大一番に、地上波で中継していないんだもの。
なんかお笑いタレントの歌とか流していて、みんなほんとうにそんなの見たいのかな。こんなシーズンの最後の一番大切な山場を中継しなくてどうするの。なんかテレビや世の中ってほんと残酷で冷たいと思った。

東京国立博物館で『大琳派展』をやっている。先日の新日曜美術館では琳派の特集もやっていた。
世間の最大の見どころは10月28日(火)〜11月16日(日)まで、4つの「風神雷神図」を同時に見れることだろう。京都・建仁寺蔵の俵屋宗達のは国宝。そっくりに模写した尾形光琳筆は重要文化財、またそれにそっくりな酒井抱一筆・出光美術館蔵も合わせて見れる。よく見るとけっこう違うけどね。
しかしぼくはなんといっても鈴木其一。東京富士美術館蔵から借りた其一の「風神雷神図」が見れる。
ぼくはこの画家がことさらに好きだ。
そして一番好きな絵は今は改装中で閉鎖されている根津美術館にある『夏秋渓流図屏風』。
今回の「大琳派展」の展示作品一覧をなにげなしに見ていたら、あった!!!!

「夏秋渓流図屏風」が!

展示は11月5日から。
まったくノーマーク。
なんで古今東西最高傑作のこの絵が、こんなに世の中に注目されないのだろう。
奇跡の青なのに。
絵の画像は無断転用できないので、そのページのアドレスを貼り付けておくね。
http://www.nezu-muse.or.jp/syuuzou/kaiga/10348.2.html

ほんと、「ついに出る」って感じ。
他にも国宝や重文など琳派の本阿弥光悦・俵屋宗達・尾形光琳・尾形乾山・酒井抱一・鈴木其一の6人の優品が数多く出ている。

ちょっとドキドキしてきた。

311タクト:2008/10/25(土) 05:31:05
素晴らしき芸人たち。そして「居残り佐平次」
24日の金曜日は「ヘブンアーティストTOKYO」出演の日。
これは上野恩賜公園内8ポイント&東京都美術館を舞台に、大道芸のライセンスを都から認定されたヘブンアーティストの中から124組のパフォーマーとミュージシャンが、24〜26日の中から希望日に大道芸をするフェスティバル。出演料も多くはないが出る。

前日の23日の夜、声優で有名な野沢雅子さん率いる劇団ムーンライトの公演を、おっ、ぺれった公演と同じスペース107で見た。この音楽を作ったのが半野りかさんで、おっ、ぺれったでも初期の頃にはピアノ伴奏をしていた方。ぼくは彼女の作る音楽に興味があったので、この公演を見に行ったというのが本音。じっさい音楽は、クラシック音楽をベースにして素敵で効果的だったと思う。ストーリーはウルトラマンの誕生秘話。創作は入っているが制作者の悲喜こもごもを、ボロアパートで展開していく感じはペーソス感が満ち溢れている。それを見終り、家に着く9時半頃にはパラパラと雨が降り始めた。

翌朝(24日)にはけっこうな雨が降っていた。天気予報も一日中雨マークだ。
「こりゃ、中止だな」
でもギャラはほしい。
とりあえず実行委員会のところに電話をする。すると雨でもギャラを渡さなければならないので、演技が出来る準備を持って予定の時間に会場に来てほしいとの事。
めんどくさいな。でもギャラはほしい。
のんびりと朝からレイズ対フィリーズのMLBワールドシリーズをテレビで見ていた。もうそろそろ行かなきゃまずいな、でもとりあえず「大勝軒」のつけ麺を2玉作ってたいらげ、朝シャンをして出かけようとしたら、雨が止んでいる。おまけに自転車の前輪がパンクしている。これでは上野公園に自転車で行けない。おまけに大道芸をする時間は迫っている。みーこが餌がないと泣いている。
シャレにならん。
とりあえず最低限の荷物だけバックにつめて、いつも使うジョウロとホースも組み立てるケースも重いからカット。印鑑と小道具をつめたバックを我が体とともに上野公園に大急ぎで運ぶ。
上野に着いたら雨が降っていた。ますます強くなる雨。傘は忘れた。
本部のテントに行った。いろいろな芸人から「好田さん、orタクトさん、久しぶり」と声をかけられる。
そりゃ、みんなからすれば「久しぶり」だわな、ぼくは。
ほんとここ数年大道芸をしてないし、大道芸のイベントやフェスティバルにも行かなくなった。ぼくみたいな変わった芸は、こっちが希望すればけっこう快く出番を組み込んでくれるのだけど、ついつい舞台に走っているかも。大道芸をおざなりにしていることに深く反省。
ま、反省はそこそこに、とりあえずもらうもんはもらわんと。
大道芸人の多くは雨を嫌う。大道芸ができないからだ。野毛の大道芸でも、特に春秋年に2回あった頃はそれぞれニ日間あるのだけど、必ず一日は不思議と雨で中止になる。大道芸人は稼げないから悔しがる。
でもぼくは違う。それほど投げ銭は多くないし、第一何もしなくても所定の出演料がもらえるから雨はホクホクだ。
印鑑を契約書に押して所定のギャラを受け取り、それじゃあ、と帰りかけると、「タクトさんは場所を変えて、ひさしがある東京文化会館の横で一回パフォーマンスをやってもらいます」「えっ?」
文化会館の地下一階にある芸人控え室に行った。
今回、絶対会いたかった石川健三郎さんと10年以上ぶりだろうか、話ができた。
石川健三郎さんはトップクラスのジャグラー。
そしてもうひとつ驚くべきことに、健さん(もう言い方がそうなってしまった)さんはつい先日までぼくが出ていたおっ、ぺれった、その主催者の田中真弓さんとその息子のこうすけくんにジャグリングを教えていた先生でもあるのだ。今回のおっ、ぺれった公演にも見に来てくれていたみたいだが、そのときは会えなかった。
ぼくは健さんにはマサヒロ水野さんと3人でイベントで一緒だったときに、その技に舌を巻き「すごい芸の持ち主がいるもんだ」と、ジャンルは違うのに、尊敬する芸人になってしまった。

ジャグラー石川 健三郎
http://www2.gol.com/users/kenchan2/
http://ken-juggler.cocolog-nifty.com/blog/

12時半に健さんの舞台を見て、その後のダメじゃん小出さんの舞台も見ておおいに笑い、控え室に戻っていろいろな芸人さんと話がはずんだ。静岡ワールドカップのチャンピオンになったサンキュー手塚さんや、トムらっはいさん、おじゃるずさん、加納真実さん、江戸糸あやつり人形の上條さん、TOMIさん、同じ東京演芸協会でもある源吾朗さん、やまけいじさん…。
雪竹太郎さんと会えなかったのは残念だったけど。
考えてみたらみんな、すごい技の持ち主ばかり。
今、大道芸シーンは2002年から始まったヘブンアーティストの芽が開いてきて、新旧交じり合ってきて円熟期にさしかかってきているのかも。よく「あらびき団」でもしょっちゅうヘブンの芸人たちが借り出されているし。
結局、ぼくは当初は12時の出番の予定が、2時半から一回だけ指揮者芸を大道芸スタイルで5人やることになった。
こんなんじゃできない、とやらないで帰った芸人もけっこういたけど、ぼくはやってよかった。それはぼくを待っている人が何人かいたから。
投げ銭も札が入った。他の芸人ははなから投げ銭を期待していなくて、都が支給している、石原知事がデザインしたセンスのない投げ銭専用のケースを開けていなかったけど。
隣のパフォーマンスが近くて、おまけにぼくのときは大音量を出していたけれど、気にしない。「よく、あんな状況でできるね」と仲間から言われたが、ぼくはけっこう平気。帰りには何人かにサインを頼まれた。
「タクトさんがやるのを知って、やってきたんです。本読みました。サロネンを今度やってください」「サロネン? 今、来日中でしょう」「きのう見てきました」。すごいうわて。マイミクではないけれど、よくぼくのページに訪問される東京芸大の2人組の女子も見に来てくれた。
芸をする環境は悪かったけど、集中力を持って一生懸命やってよかった。

下記の写真は、今回のパンフにあるアーティスト紹介で、ぼくや健さん、手塚さんが載っている部分。クリックしたら拡大して文字も読めます。


夜は荷物を持ったまま、日本橋亭に行った。
「遊吉の会」を見に行くためだ。
しばらく師匠の落語、聞いていなかったな。でも師匠とはよく会っている。それはぼくが横国大オケで小学校に移動コンサートに行った時に、師匠の娘さん2人がいる小学校を訪問したので、そのコンサートを見に来ていたのた。おまけに長女は指揮者体験コーナーで指揮までしていた。
ぼくが寄席に入ったときは、遊吉師匠の一発目の高座だった。
そのあとは、色気だけでなく迫力とテンポで歯切れのいい神田紅師匠の女流講談。
自身がクイズマニアで「アタック25」の出演歴もあり、それらを上手に新作落語にした古今亭今輔さんの楽しい高座が続く。めったなことでは笑わないぼくも、この話にはプッと噴出してしまった。
もたれは三味線片手に長唄の松乃家扇鶴師匠。粋で艶のある音曲で、江戸情緒を見事に醸し出す。ほんと寄席にはなくてはならぬ芸だ。この扇鶴師匠のちょい粋で艶ぽいおもしろさに、ぼくの仲のいい芸人の詩介さんはぞっこんだ。
そしてトリは再び、三遊亭遊吉師匠。
「居残り佐平次」をかけてくれた。
「めったにかけられない演目。それはおもしろくないから…」なんて言われるが、とんでもない、むちゃくちゃおもしろかった。
フランキー堺の名作映画「幕末太陽傳」の原作でも有名で、この噺はいろいろな名人のCDをぼくは持っているが、遊吉師匠の「居残り佐平次」がいちばんいい。
ここに出てくる与太者、佐平次もある意味「芸人」。
芸は身を助ける、とは言うものの、今の時代はほんとかな。
「居残り佐平次」のストーリーはこう。
佐平次というお調子者は、金もないくせに品川のちょいといい店へ上がり、芸者を呼んでどんちゃん騒いだ上に、たらふく飲み食いをする。結局店に居残り、布団部屋で軟禁されてしまう。しかし佐平次は蒲団部屋を這い出して、若い衆の手伝いをやり始めた。「醤油(したじ)がないよ!」「へぇ、お待ち!」 「早いじゃねぇか…お前さん、誰だ?」「エヘヘヘ、騙されて、居残りしている馬鹿でござい。お醤油をどうぞ…」「あんがと…自棄に甘い醤油だな」「すいません。これ、隣の部屋で使っていた、お蕎麦のツユの余りなんです」「おいおい…」なんていう具合。器用で弁が立ち、おまけに幇間顔負けの座敷芸まで披露するものだから、たちまちどの部屋からも「居残りはまだか」と引っ張りだこ。
金三十両に上等の着物まで主からせしめ、最後には痛快な落ち。
どんな落ち?
落語の落ちまで言ったら、芸がないってもんだ。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000488.jpg

312タクト:2008/10/28(火) 18:32:58
コンサートへご招待
日頃のみなさまの御愛顧に感謝いたしまして(?)、久しぶりのタクトの「コンサートへの招待」です。
ご興味ある方は、30日までにメール・メッセージか電話で、お名前・希望人数を知らせてください。
チケットの受け渡しは会場入り口でしましょうか。18:30分ということで、ぼくを見つけてください。
31日はぼくは昼間は浅草・東洋館の出番なので、それが終わり次第直接銀座線で渋谷へ行きますので、もうみなさまからのメールを見ることができません(携帯ではメールやネットをやらないため)。だから締め切りは30日いっぱいにしました。

10/31(金)
★川井郁子 CONCERT TOUR 2008 〜新世界〜

【開催場所】Bunkamuraオーチャードホール(東京)
【開演時間】開場18:30 開演19:00
【料金】全席指定 6,500円 (これをご招待します)

考えてみれば今年みなさまをご招待できたのは、メキシコ人テノール歌手 マウロ・カルデロン(Mauro Calderon)氏の来日コンサート(5月30日(金)18:30開演、会場:ヤクルトホール・過去の書き込み参照)と、今月5日の東京演芸協会の全体公演「秋祭お笑い大行進」(目黒区民センター・開演13:00)ぐらいでしたよね。
前までは招待券はよくオペラやコンサート、スポーツ、演芸など関係者からよくまわって来たのですが、今はオペラもすごくお客さんが入るし、寄席も落語愛好者が増えているので招待じたいがなくなりつつあります。また何かありましたら、告知しますね。

25日の土曜日は、昼はサントリーホールで日向由子さんの歌を聴いた。彼女の歌うイタリアオペラ、特にロッシーニは絶品だ。
「これだったら誰にも負けない」という言い方をすれば、「ロッシーニだったら日向由子さん!」というレベル。もっと世間に存在を知ってもらいたい。特に今は世界的にもロッシーニ・オペラは再興しているし。もちろんぼくはずっと彼女の歌声を応援している。日向さんは二期会ではなく藤原のほうによく出る。
夜は久しぶりにアルト君、そして以前所属していたKAプロの社長さんと会った。会ったのは東京タワー裏のスタジオで、行った時には所属の月亭可朝さんが記者会見と「キミハブレイク」という番組内の「失敗者から学ぶいい話」(?)そんなようなものを収録をしていた。収録中、ぼくのマネージメントの話が出た。ただKAは東京には事務所がないので、動き方は今までどおり自分で仕事をとって調整していくのが基本だろうけど。アルト君も東京演芸協会に入って、芸人活動を本格的にするみたい。

26日にはコント青年団さんと仕事が一緒だった。
青木さんはホープさんのお弟子さんなので、今回のユートピア騒動の事情も少し聞いた。レオナルド熊一門は森はじめさんも含めて、みなさん大変な時期に来ている。朝ドラでは石倉三郎さんは活躍しているけど。
朝ドラといえば「だんだん」は順調な感じ。
よく近年の朝ドラの視聴率が悪いと言われるが、今は7時半からNHK−BSで2回やって8時15分から地上波でしょう。楽しみに見ている人はまっさきにBSで見るもの、そりゃ視聴率悪くなるよ。「瞳」もおもしろたかったのに、けっこうな言われようだったしね。
今は毎日BSで夜11時から土曜ドラマの再放送を毎日2回分づつ2時間流している。良質だし楽しみに見ながら録画している。
今夜はWヤングの丸兄とシベリ○文太と九州から中川一美兄さんがくると言うので飲む。きのうもシベリ○文太から電話がかかってきて「今から丸兄と会うけど」「そんなん、今からは無理や」と断った。それできょうはみんなと思っていたら、一美兄さんが稽古がなくなって来れなくなった。一美兄さんと会うのは二十年ぶりぐらいなのに、ちょっと残念。急遽ボーリングに変更になった。出不精のぼくには呼び出されるぐらいがちょうどいいかも。

最近は少し疲れ気味かな。
しばらくのんびりしょうと思っていたら、自分にとっては大きな仕事が12月に来そうな感じになってきた。

313タクト:2008/10/30(木) 12:18:29
Uの源流を探る〜那嵯涼介さん渾身の寄稿『GスピリッツVol.9』より
プロレスファン必見!

ぼくの友人である那嵯涼介さんの寄稿が掲載された雑誌が出版されています。
2ヶ月前に出版された『Gスピリッツvol.8』でその中の[特別企画]Uの源流を探る(前編) カール・ゴッチとキャッチ・アズ・キャッチ・キャン “蛇の穴”ビリー・ライレー・ジムの実像 欧州時代の足跡――ベルギーのカレル・イスタス、その後編が今発売中の『Gスピリッツvol.9』で出ています。

まずはこの『Gスピリッツvol.9』の内容。
『王道』とは何か? 王者たちの知られざる実像、異端児から見た功罪、現役選手の苦悩…。全日本スタイルの正体に迫る!
【特集】
“王道”を深く掘り下げてみたら、かなり面白い話が聞けました。
■ザ・グレート・カブキ
「全日本の歴代トップを斬る!」
■丸藤正道 「NOAH所属の世界ジュニア王者」
■諏訪魔 「馬場も三沢も知らない次代のエース」
■秋山準 「『格の時代』と『三沢革命』」
■北原光騎 「鶴龍時代のシュート事情」
■池田大輔 「純プロレスの是非を問う」
【クローズアップ】
■柴田勝頼 「バックボーンはプロレス」
■岩釣兼旺 「馬場に真剣勝負を挑んだ柔道家」
【特別企画】
■Uの源流を探る(後編)
カール・ゴッチとキャッチ・アズ・キャッチ・キャン
■渋澤恵介の世界ふしぎ再発見 「ブロディ刺殺事件の現場を訪ねて」
【付録DVD】
■伝説のスーパースター特集 “怪人”ザ・シーク、“殺人狂”キラー・コワルスキー、“生傷男”ディック・ザ・ブルーザー、“野生児”バディ・ロジャース、ほか。
付録のDVDは内容を一新、「流智美の黄金期プロレス50選」より、ハイライト場面を抽出した黄金期プロレスのダイジェスト映像で、流さんの名解説つき。

全体もじゅうぶんおもしろい。とくにぼくは20代の馬場が、身体能力もクレバーさも含めて一番強いと思っていたので、すごく納得した。とくにカブキさんの話。

さていよいよ、那嵯涼介さんの寄稿「Uの源流を探る(後編)カール・ゴッチとキャッチ・アズ・キャッチ・キャン」ですが、計6本の記事で構成されています(全24ページ)。 49Pから72Pまで。
■危険で野蛮なレスリング−キャッチ・アズ・キャッチ・キャンの起源−
■JU-JUTSUは果たして敵なのか?−日本柔術とキャッチ・アズ・キャッチ・キャンの遭遇−
■ゴッチが勝てなかった男−バート・アシラティ評伝−
■『イスタス』から『ゴッチ』へ−カール・ゴッチ アメリカ時代の足跡−
■カール・ゴッチが出会ったアメリカン・キャッチの偉人たち−オールド・シューター発掘−
■史上最強の三大フッカー−ゴッチとテーズ、ロビンソンの複雑な関係−
辰巳出版より10月22日発売、定価1,300円です。
ぼくは水道橋のプロレス専門店で買いましたが、けっこう売り切れていました。ネットでも買えます。

ここ数日、この本に首ったけです。
ほんとうにおもしろい。
特に最後の「史上最強の三大フッカー」は泣けます。ここに書いてコメントしたいぐらい(でも発売中なのでそれはしません)。
那嵯涼介さんの達筆さにも感心。
内容と文、ゴッチよりに偏らず、俯瞰的な見解で読みやすいし説得力があります。
ぼくもこんな方と友達になれて、誇りに思っています。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000491.jpg

314タクト:2008/11/21(金) 03:25:31
【11月の予定】
11月は主だったものはなにもない。
7月の終わりごろにも「9月は何もない」ってぼやいたら、まさか9月が1日も休みのない月になるとは思いもしなかったから、芸人は正直先のことはわからない。それでも仕事や舞台の依頼は、告知期間も必要だからだいたい一ヶ月以上前に打診されるので、ほんとうに今月は暇な月になりそう。ちょっと不安だけど、ま、その先には予定もあるのでどっしりと構えていこう。こういうときにこそ、準備や勉強をやっておくべきなんでしょうね。

★寄席

・浅草東洋館中席 東京演芸協会定席
19日(水)(ピン芸・世界指揮者人名辞典)
12時45分出番で、15分間舞台をつとめます。

・浅草東洋館エンタメヒットパレード
20日(木)(ピン芸・世界指揮者人名辞典)15分間
30日(金)(ピン芸・世界指揮者人名辞典)15分間

★若葉の湯(千葉市若葉区)「お笑いオンステージ」の司会をしています。

・11月1日(土) 「矢口美香」によるダンス&マジックショー
・11月2日(日)・3日(月・祝) 「ストレート松浦」によるジャグリングショー
・11月16日(日) 「千田かおり」による演歌
・11月23日(日)・24日(月・祝) 「田原しげる」によるものまねショー
■公演時間 11/1日(土) 1部/16時30分〜 2部/18時30分〜
11/2日(日) 1部/17時00分〜 2部/19時00分〜
11/3日(月・祝) 1部/16時00分〜 2部/18時00分〜
11/16日(日) 1部/17時00分〜 2部/19時00分〜
11/23日(日) 1部/16時30分〜 2部/18時30分〜
11/24日(月・祝) 1部/16時00分〜 2部/18時00分〜


昨年の今頃は「タクト音楽祭Vol.3」の公演で大変でした。「タクト音楽祭Vol.4」は来春の実現へ向けて企画中です。同時期に出版した『世界一楽しい タクトのクラシック音楽館』(実業之日本社)も、メディアにかなり取りあげてもらって、読まれた方々にも「おもしろい」と言っていただき、読後レビューもなんと5点満点中4.73点(平均/15人)だった。またなにか書きたいな。
そういえば、ここでも今年の2月に取りあげたフィギュアスケートの井上怜奈さん、アフラック(生命保険)のCMで流れていますね。

YouTubeにあったその決定的な映像です。
http://jp.youtube.com/watch?v=Ai9lTZENvUg
(実況ノーカット版)
http://jp.youtube.com/watch?v=dO73fF3K67Y

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000493.jpg

315タクト:2008/11/21(金) 04:09:18
みーこは膝上で丸くなる〜♪
「猫はこたつで、丸くなる〜♪」って歌があるけれど、うちのみーこはぼくの膝の上で丸くなる。
きっと寒くなってきたからだろう。
しかも喉をゴロゴロいわせて、ほんとうに不動岩のように動かない。
動かそうとすると、体を平たくして「いやだ!」姿勢で抵抗する。
こちらもなんか動かすのがかわいそうになって、そのまま膝に乗っけてテレビとかを見る。
しかしみーこももう2歳。大人の猫。

はっきりいって重い。

それから、寝ているとなにやらほっぺたとかを舐めてくる。
映画とかのシーンで、彼女に目覚めのキッスをされて「イヤ〜ン」と幸せそうに起きるダンディ野郎を見たことがあるけれど。

はっきりいってイヤ。

だって猫の舌ってザラっとしているもん。
第一、なにかの催促だろ。
こっちはひやっ〜、と起こされるわ。

みーこは缶詰の餌が嫌いだ。
いつも残すのでもっぱらドライフード。
先日、オリンピックで猫の缶詰の餌が半額で投げ売りしてた。迷いに迷ったが、大量に買った。缶を開けてあげると、食いきった。

はっきりいってうれしい。

みーこはおてんばだけど、はっきりいってかわいい。

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316タクト:2008/11/05(水) 16:30:21
ぼくの夢(Beautiful Dreamer)
好奇心と刺激が磨耗してしまっておる。
夜も全然眠れん。
こりゃ、いかん。

家賃、更新してきた。
ぼくの貸家は一軒家できれいじゃないけれど一階二階合わせて4部屋あるから、ぶち抜いて寄席にできないものか。なんか一人で住むのはもったいない。ま、シェアを希望する人はこれからも出てこないだろうけど。
3年後のスカイタワー(すぐ近所)が建つ頃には、ぼくの貸家も周りのように立ち退きを迫られて再開発されるかも。ポストにはやたらと不動産のチラシ「求む土地!」が入っているし。
ただぼくは、大家には気に入られているんだよな。寄席でぼくの舞台を見て感激されたから。だから芸人ってばれているのに、きょうの更新の時、手続きは管理不動産屋でするので書類の職業欄、思わず「○○会社勤務」って嘘書いた。

ぼくの夢。
ニューヨークの「アポロシアター」みたいな、そこに行けばいつでも音楽や演芸やボードビルやオペラをやっている、ワクワクする常設ホールを創りたい。だけど、夢のまま終わるのだろうな。
小室哲哉さんみたいな大きな金を動かせる器量もないし。
下記の本は、ぼくのような夢を実現した人の話。

『トニーとサリーの小さな小さなオペラハウス―世界一幸福な夫婦の物語』

講談社 佐山 透著
今はもう図書館でも置いてあるかも。涙もろい人はハンカチは必要です。

【本の内容】
NY(ニューヨーク)の片隅で見つけた心温まる夫婦愛のストーリー!!

イタリア移民としてアメリカに渡った2人が出会い、小さなオペラハウスづくりという、大きな夢を追う。殺伐とした大都会にも、こんなほのぼのとした実話がある!

ニューヨークの街角にぽつんとある、小さなオペラハウスにご案内しよう。
もう50年以上も、その場所で、数え切れないほどの回数のオペラが上演されているのだが、不思議なことに、あまり知られていないらしく、私たちが手にするプレイガイドや、観光案内所には、ほとんど紹介されていない。
とはいっても、小さな劇場なので、すぐに満員になってしまうから、チケットは早めに手配しておくに、越したことはないだろう。
席を選ぶ必要はない。あまりに狭すぎて、いい席も悪い席もないからだ。あえていえば、全部いい席であり、全部悪い席といえるかもしれない。
プレミア・ショウ、つまり特別な公演以外、入場料は一律28ドル。商業演劇ではなく、いわば学校に近い形のNPO、非営利団体なので、実費程度しか徴収できないのだ。観る方としては、大いに助かる。
ま、堅苦しく考えず、気が向いたときに、気ままな服装で、気楽に出かけてみよう。――(本文より)

ちなみに「夢路より(夢見る人)/Beautiful Dreamer」は、フォスターの死後まもなく発表された彼の遺作。きれいな曲だよ。

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317タクト:2008/11/07(金) 14:52:45
一人で生きていくこと
ぼくは一人で生きてきて、それが当たり前で自然で心地よくもあったし、芸に夢にエネルギーを集中させるのにはこれしかない環境だと思っている。

「指揮者形態模写」
これをやり始めたときから何故か世間には受け入れられないだろうなと思ってきた。売れっ子芸人がテレビの力を借りて裏芸でやれば、少しはこういうジャンルも認知されるかもしれないが、これを創ってこれでいくと決めたときから、覚悟はしている。

「結婚」
稼ぎのいい売れっ子の芸人だったらともかく、ぼくみたいな世に受け入れられない芸人は自分が生きていくのにせいいっぱいで、家族を持てば不幸にしてしまうと思い込んでいる。今も。
ワハハ本舗の「久本雅美の大天才サーカス」という公演に参加していたとき、代表者の喰さんに言われた。
「タクト君、きみみたいな芸人は世間並の幸せを求めちゃだめだよ。結婚なんて考えてないよね」
「考えてません」
ぼくにとっては極当然の答え。そして喰さんはわかっているなとも思った。
ほんとうに結婚はありえなかった。考えてもいなかった。
女性をそれほど好きになることもなかったし。
人生でプロポーズをしたこともなかったし。
素敵に思える女性はたいてい結婚している。ぼくには手に届かない暖かい家庭があるのだろう。

「母」
悪いことをした。孫の顔を見せてあげられなくて。
ずっと女手ひとつで育ててもらって感謝はしているのに、母を喜ばせてあげられなかった。「げんきくん」のときは毎週テレビで見れるので楽しみに見ていたらしい。しかし今はもう東京へ来ることも困難になってしまった。
そしてこれから先、母と自分には「何が」おきても覚悟はしている。

「奇跡」
同世代のメンデルスゾーンやベルリオーズなどライバルの作曲家たちはみんな成功する。しかしワーグナーは貧乏、借金、破産と身も心もズタズタの毎日。
「なぜ俺の才能を認めようとしないのだ。世の中が悪い。ああ、力がほしい。私の音楽を認めぬ社会など、つぶしてしまえ」
いつしかワーグナーは政治犯になって、革命を扇動するリーダーになっていく。しかし革命は失敗に終わり、ドレスデン警察はワーグナーを指名手配する。捕まれば死刑はまちがいない。
五十歳になったワーグナー。自分の墓石に刻む言葉を考えていた。
「人生の逆行のどん底。ものにならなかったワーグナー、ここに眠る。今、奇跡が起きなければ私はおしまいだ」
しかし、奇跡は起きる。ある日、一人の男が訪ねてきた。
「ぜひ我らが王のもとへお越しください」
ワーグナーに手を差し伸べたのはバイエルン(今の南ドイツ)の若き国王、十八歳のルードヴッヒ二世。
ワーグナーの人生は、王の出現で百八十度変わった。ワーグナーは王から借金をすべて肩代わりしてもらい、膨大な援助も受け、自分の楽劇だけを上演する専用劇場をバイロイトに建設してもらった。王がワーグナーに与えた金額は、じつにバイエルン王国の国家予算の一割にも及んだ。ワーグナーは最も成功した作曲家になった。
ぼくは心のどこかでこの「奇跡」が起きるのを信じている。


自分は弱い。
ネガティブなことを口にしてはいけないとわかりながら、吐露してしまう。ほんとうは一人では生きていけるわけないのに、一人でいるような気になっている。捻くれてもいるし、焼きもちもする。
さ迷いながらも、自分勝手な思いにとらわれながらも、決意は揺るがない。
「たとえ宇宙の藻屑となろうとも、生きている間に心の中にあるものを表現していく」


ぼくと出会ったばっかりに、一人、いや一匹で生きていくことになったみーこ。避妊したし家猫だから。今も力強く、興味あることしか関心を示さなく、自分の気持ちに正直に生きている。

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318タクト:2008/11/07(金) 17:29:04
第8回 年忘れ演芸音楽会
かなり先の会ですが年末恒例、福岡詩二さんのプロデュースによります『第8回 年忘れ演芸音楽会』(〜エコ音楽で地球を救おう〜)が今年も開催されます。
今回は場所が浅草の木馬亭です。
じつはぼくは木馬亭の舞台にたつのは初めてなので、ちょっとワクワクしています。

日時:12月27日(土)午後1時開場、1:30開演。

場所:浅草 木馬亭

出演:司会・ピエロ 福岡詩絵
笛吹き こと
義太夫三味線・唄 田中悠美子
世界指揮者人名辞典 好田タクト
一人コント・唄 オオタスセリ
打楽器コメディアン 山口とも
ベジタブルミュージシャン はたのぼる
大正演歌 福岡詩二

じつはこの日は、9月にお世話になった横浜国立大学管弦楽団の第91回定期演奏会(ドヴォルザーク交響曲第9番「新世界より」他、指揮・現田茂夫さん)が鎌倉芸術館大ホールであるので、ぼくは出番を早くしてもらっています。だからひょっとしたら出演は2番手ぐらいになるかもしれません。(横国オケ定演は見に行くだけです。出ません)。

料金 当日2,500円 前売2,000円

チケットはぼくが持っていますので、ぜひメールかここのコメント欄でご要望ください。
もちろん当日とり置きでも、前売価格でお渡しします。
このメンバーでこの価格は、かなりのぜいたくだと思います。
みなさん、年忘れにこういう音楽会はいかがですか?


きのうはねんど大介さんがやっているラジオに電話で出た。番組は九州からの放送で、日本シリーズ後で生放送だった。だから出たのは10時25分ぐらいから。
おとついピッチにねんどさんからかかってきて、「タクト兄さん、ラジオに出てください。電話でいいから」
「いつ?」「あした!」
ということで、新しいコーナー「発掘 あるある大芸人」(そんなタイトルやったと思う)の第一回目として出た。
ぼくなんか一発目にもっていったら、コーナー潰れるで。
最初にねんどさんが「今はまだ世に知られていないが、すごい芸の…(なんか誉めてるのか落としているのかわからない紹介のされ方で)では今回は、栄えある一発目ということで好田タクトさんです〜」
音楽が流れて…いきなりQ。
「え、ネタすんの? では、タクトの世界指揮者人名辞典〜! カラヤン〜、小澤征爾〜、サイモン・ラトル〜って、ラジオやから伝わらんがな! 急遽変更、タクトの子供相談室〜…」
ネタもやって滑って、いいたいこといっぱいしゃべって、とりあえず騒ぎまくった。
「ワハハ本舗の芸人出したら、事務所からギャラ請求されそうやから、ぼく出したんやろ」とか「ラジオもええで、ええで、ええで〜。シ〜ン。このシ〜ンが大事や」「ゆうきリンリン、パワー全開、あしたもげんきくんだよ〜。全国の子供だまして回ってたよ〜」とか。
あとでねんどさんから「ブース、大爆笑でしたよ」というメールがきたから、とりあえずホッ。
でも電話って便利ですね。こんな形ででも番組に参加できるから。

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319タクト:2008/11/13(木) 05:09:02
おかしな言葉
今、思い出せるもので、ぼくが「これはおかしいんじゃないか?」という言葉、題名を挙げてみますね。

「遠くへ行きたい」

ご存知TBSの看板番組。最初は永六輔さんが旅をしていたらしい。テーマ音楽も永さん作詞だし。
やたらと僻地を紹介するけど、考えてみればそれらは東京から見れば遠いだけで、地元の人からすれば「近くに来た」だけじゃないかな。
東京って言っても、人口は全国の13分の1だし。
ちなみに永さんが先月、明石で講演やったとき、うちの母が「息子がいつもお世話になってます」って羊かんもって挨拶しにいった。羊かんは旅のじゃまになるから「タクトくんに送れば」と丁重に返されたそう。

「古今東西」

なんで「南北」が入ってないの?

「かみそりまけ」

ひげを剃ったときなどに、はだがカミソリの刃に負けて荒れること。でも勝ったのはカミソリの刃なので、正式には「かみそり勝ち」もしくは「かみそりに負け」じゃないのかな。

「最後の攻撃」

野球中継を見ていると、アナウンサーが負けているチームが9回を迎えたとき「さあ、いよいよ最後の攻撃になりました」って言うけど、同点で追いついたら延長の回があるやん。最後って失礼ちゃうか。

「いい天気」

「明日は雲ひとつない、秋晴れのいい天気でしょう」って天気予報士がにこやかに言うけど、農家の人にとったら干ばつの晴れはよくないでしょう。農家や傘屋さんから見れば「悪い天気」のはず。

「同時多発エロ」

エッチな世界にはユニークな造語がいっぱい。
昼に「同時多発テロ」のドキュメントを見てしんみりなったあと、夜におさわりパブに行って、店長の笛の合図でまわりがいっせいにおっぱい触りだしたのを見てひと言「同時多発エロ」。
「校内暴力」が「口内暴力」に、「写生」や「NOVA」、サッカーの選手名をもじったものなど、品位が疑われるのでここではとても書けません。ちなみに大阪には牛丼一杯9,800円「ちちの屋」がある。きっと歌舞伎町には「ちちをたずねて3千円」という呼び込みもしているのだろう。「3千円ポッキリ!」という言葉に誘われて怪しい店に行き、出る時にとんでもない金額を請求されて文句を言ったら、「てめえ、ほんとうに3千円で済むと思うのか!」と怖いお兄さんに腕をポッキリ…なんてことのないように。
弁明するようですが、ぼくはお金がないので風俗には行ったことはありません。

「ご利用は計画的に」

計画できる人は借金しません。

「大チャンス! 3億円の億万長者が100人も!!」

宝くじ購買意欲をあおるCMが派手に宣伝されるが、そもそも配当金は売り上げの41%って決まっているから、チャンスというのはおかしいんじゃない。競馬などの公益ギャンブル75%に比べても低いし。「売り上げは道路整備に役立ってます」っていうのも、なんだかなあ。

「ぐずぐずした天気」

「きょう何着て行こうかしら。これ、いやこれかな、いや〜ん、迷っちゃう〜」。だんな「何ぐずぐずしてるんだ。日が暮れちゃうじゃないか!」

「ミラノ・スカラ座」

「ミラノ・スカラ座」でひとつです。新宿の「ミラノ座」と「スカラ座」、別個に分けるのはまちがっています。

「教育テレビ」

10月10日「芸術劇場」の放送『コンテンポラリーダンスの現在』の「SHOKU」が、女性が女性を踏んだり、互いに胸を触りあったり、靴を食ったり、脱いだり、パンツに靴を入れてライトを当てたり、パンツに手をつっこんだりという表現が過激だと一部で騒がれた。でも前にもイリ・キリアンの埼玉県での来日公演の放送(はやり「芸術劇場」)はもっと過激だったし、歌劇「タンホイザー」や「サロメ」「ダフネ」「フィレンツェの悲劇」などは乳首モロだし、トップレスは当たり前。だから歌劇(過激)なのか。
これらの芸術をエッチだという人には、「教育テレビ」の前に「性」でもつければ納得するのだろうか。

「サンデー毎日」

サンデーなのか毎日なのかはっきりしろ。第一、サンデーに売り出してないし。

「職業安定所」

職業が安定しない人が来るところです。

「セレブ」

「セフレ」と混同しそう。

「日替わり弁当」

近所の「Dick」という弁当屋は、日替わりといいながら内容が変わったのを見たことがない。同じようなのに「いつも半額」というスーツ屋があるが、それは定価だろう。

「電気あんま」

近所のマッサージ屋さんにあるコース。どんなのか気になってしょうがない。

「メリハリ」

「メリ」は雰囲気が伝わるけど、「ハリ」ってなに?
ちなみに漢字で書くと、めり‐はり【▽減り張り/▽乙張り】なので、強弱・伸縮というのが理解できる。

「出てこいやー!」

高田総統がブッキングしたい相手に言う言葉。しかし高田が選手として出たのを見たことがない。「出てこいやとは言ったが、自分が出るとは言ってない」ってか。

「空弁」

のり弁や駅弁ならわかるけど、「空弁」とはこれいかに。
カラの弁当箱を売るのか??
第一、なんで飛行機に乗るのにご飯食べなきゃ行けないのだろう。

「踏んだり蹴ったり」

厳密には「踏まれたり蹴られたり」ではないかと…。

「負けず嫌い」

勝ちたいのか負けたいのか、どっちだ?

320タクト:2008/11/13(木) 05:11:40
ありがとうございました
ぼくは友達の結婚式の司会も、喜んでもらえるのがうれしいのでけっこうやります。
どんなお祝いでも、相手が喜んでもらえるのはうれしいものです。
でも自分のこととなると照れくさいかなと思っていたのですが、やはりうれしいものでした。
きのうは妹と母に電話をもらいました。2人とも同じセリフでお祝いを時間差でくれました。
「どうせ、誰も祝ってくれへんねんやろ。かわいそうに」

きのうお祝いメールを送ってくれたみなさま、ほんとうにありがとうございました。

321タクト:2008/11/14(金) 15:42:34
ついに出た
10月23日の書き込み「ついに出る」の題で紹介した琳派の系統でありながらそれだけに収まり切れない、破壊者でもある天才画家鈴木其一。代表作『夏秋渓流図屏風』が、今東京国立博物館で開催されている「大琳派展」に合わせて根津美術館から貸し出されて展示されている。
この『夏秋渓流図屏風』はぼくが個人的に特に好きな絵で、プラド美術館にあるヒエロニムス・ボッスの《快楽の園》やバルトロメ・エステバン・ムリーリョ《エル・エスコリアルの無原罪の御宿り》、ルーブルにあるレオナルド・ダ・ヴィンチの《モナ・リザ》など西欧絵画の名画と競っても負けない、1,2位を争う傑作絵画だと信じている。
こういう企画展はいつもすごい人だけど、閉館間際になるとかなりすく。ぼくは今回は途中展示替えがあるので2回行った。金曜日の夜間開館日と日曜に行ったが、昼間は凄い人ごみでも、閉館時間のラスト30分になるとほとんど人がいなくなっていた。狙い目はこの時間に人気の絵をじっくり見る。なんてたって今回はこの『夏秋渓流図屏風』以外にも国宝級がずらり、特に4つの「風神雷神図」が一度に見れる。
京都・建仁寺蔵のは俵屋宗達の国宝。そっくりに模写した尾形光琳筆のは重要文化財。それを柔らかくした酒井抱一筆・出光美術館蔵。そして鈴木其一の幻想的な4点が同時展示。
他には本阿弥光悦の「舟橋蒔絵硯箱」や尾形光琳の「八橋蒔絵螺鈿硯箱」など超国宝ものも出ていたが、これらは普段、東博の本館1階の工芸室・常設展示されているときは見向きもされないのに、こういうときにはすごい人だかりになる。なんだろうな、この差は。
まあ、琳派三昧でした。

過去の書き込みでも「ついにでる」10月23日、「鈴木其一」7月18日で鈴木其一、『夏秋渓流図屏風』、今回の展示のことを取りあげて書いている。よろしければ合わせて読んでください。

今月4日の火曜日は市谷にある防衛省を見学する機会を得た。
入るとき入り口で、街頭車が多数集まり、すごい大音量で演説していた。田母神氏発言問題で田母神氏を責めているのかなと思ったらそうではなかった。田母神氏は正しいことを主張しているのに、なぜ自衛隊や浜田大臣は田母神氏を辞めさせたかと怒っていた。
田母神氏の立場から考えると適切な発言ではないという意見が多数占めているが、発言内容は正論とも思える。隣の靖国神社にある遊就館で見た「国のために戦死していった」戦没者を思うと、国とは、自衛とはなんだろうと自問してしまう。
ぼくは無神論だし決まった宗教を持っているわけでもないが、こういうことに目を背けて、平和に暮らすことに慣れてしまっている日本に、なにか大きな災いが起きなければいいがと思う。

兵庫県知事が「東京にもしものことがあればチャンス」と発言した。正直な人だか、言っちゃったという感じ。でも本音ではそう思っている人はかなりいるだろうな。

NHK−BSの「熱中夜話」の「戦国武将ナイト」第2夜でやった、「大河ドラマで主役をやってほしい知られざる戦国武将ベスト10」はおもしろかったなあ。
なるほどとかなり自分が好きな武将とランキングが合っていた。
それぞれの武将は歴史文学作品、漫画、小説になったりしてけっこう紹介されている。読まれると歴史に翻弄される人生、悲劇、かっこよさ、人間の変わっていく様子など、それぞれの生き様に感動する。
以下は会場の人たちが選んだベスト10

1位 長宗我部元親(役者はキムタクがいいんだって)
2位 本多忠勝
3位 前田慶次
4位 石田三成
5位 大谷吉継
6位 立花宗茂
7位 北条氏康
8位 島津義弘
9位 宇喜多秀家
10位 黒田官兵衛


下記は買ってきた絵葉書なので、肉筆とは根本的に色の彩色表現方法(印刷は4原色(RGBH)の粒の集合体)が違うけれど雰囲気は伝わるだろうか。根津美術館にあるデータは転載が不可なのでこれで勘弁してちょ。
鈴木其一『夏秋渓流図屏風』。上が夏、下が秋(東博「大琳派展」絵葉書より)

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000504.jpg

322タクト:2008/11/14(金) 17:06:55
「げんきくん」もリストアップされていた…
「おーい!はに丸」や「コレクター・ユイ」など、NHK教育テレビで再放送して欲しい番組のリクエストを今募集しています。
http://cgi2.nhk.or.jp/etv50/request/index.cgi

エヘヘ…、ぼくが95年まで出ていた「あしたもげんきくん」も生活科の学校放送番組としてリストアップされてました。

「げんきくん」を95年に辞めたあと、ぼくは阪神大震災で被災した実家の神戸でボランティアをして、それから2年間ほどヨーロッパへ大道芸の旅をしに渡欧しました。
2代目「げんきくん」のオーディションは、今の芋洗い坂係長(元テンション)と欽ちゃん劇団の吉田栄作に似ていた星山くんが最後まで残り、結局「初代がはちゃめちゃでアホだったから、二代目は爽やかで行こう」ということで星山さんが二代目げんきくんとして引き継ぎました。
星山さんは今、業界を辞めてサラリーマンをされています。
ちなみにぼくのときのオーディションは、東くん(元カラーズ)とぼくが最後まで残り、NHK近くの小学校でじっさいに子供を扱うテーマを出され、ぼくが子供を扱うのがうまかったから採用されたのでしょう。
それにぼくは小ネタを一杯持っていたので、発明家という設定は、ぼくのホース芸や変装芸が使えるという理由もあったからだと思います。
東くんは同時に放送開始された「この町大好き」(3年社会科「探検ぼくの町」の後番組)のシラベルくんになりました。すごく仲良くなったのですが、東くんは2年で番組を辞めて、今はたぶん大阪に戻ってミュージシャンをされていると思います。
げんきくんをやっていた頃はぼくはもう吉本は辞めていたのですが、昔の吉本の芸人からは、「東京でなんか爽やかな仕事してるな」と言われたものです。
主題歌は相原勇さんが歌っていました。夏休みや冬休みにはまとめて再放送をするのですが、すごい視聴率(8%を越える)になったりもしてました。
このNHK子供番組の関係で他の出演者たち、田中真弓さん、ワクワク(久保田)さん、竹田えりさんとかとも懇親になりました。

でも映像って、残っているものなのかなあ。
今回の「ETV50リクエスト」ではこう紹介されています。
「あしたもげんきくん」
活動や体験を通して子どもたちにチャレンジ精神を呼び起こすことがねらい。失敗にめげず、失敗の中からヒントを得て、次なるチャレンジをする主人公や子どもたちの活動力に焦点をあてました。
http://cgi2.nhk.or.jp/etv50/request/genre/index.cgi?genre_id=2

「げんきくん」のロケの写真、貼り付けておきますね。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000505.jpg

323タクト:2008/11/17(月) 00:45:25
報告
東京ユニットは解散いたしました。
今までご声援ありがとうございました。
結果を残せなくてごめんなさい。

324タクト:2008/11/18(火) 12:06:46
美しい花にはガスがある?
「ユリア・ティモシェンコ」

この名前を聞いて、ピンと来たらあなたはかなりの国際通?
ウクライナの現首相。
下記の写真を見ての通りむちゃくちゃ美しい。
ウクライナ人女性の伝統的な髪型である三つ編みを巻いた金髪がトレードマークのティモシェンコ(1960年11月27日生れ)は、2004年のウクライナ大統領選挙で野党陣営のリーダーだったヴィクトル・ユシチェンコの勝利の大きな原動力となり「オレンジ革命のジャンヌ・ダルク」と言われた。
20歳の時に生んだ娘さんも美人で、その動向は親子で世界のニュースになるぐらい。

しかしこのユリア・ティモシェンコという女性、なかなか「とんでも戦士」みたいだ。

ウクライナは黒海に隣接した肥沃な土地で、ヨーロッパの穀倉と言われているし、天然資源にも恵まれて鉄鋼業を中心に重化学工業も発達していた。サッカーのシェフチェンコ、棒高跳びのブブカも輩出している。
だがソ連時代にチェルノブイリ原子力発電所事故があったぐらい、いい加減な国の体制は、ロシアから独立後、ロシアとEUとの関係に挟まれ政治的混乱が続き、今は経済的にも危機に瀕している。

が、このティモシェンコは女性実業家として違法とも不正ともささやかれるやり方で海賊版ビデオの製作と販売を手始めに、ガソリン販売、そしてガス事業に進出して大富豪となった。
別名「ガスの女王」。
ドニプロペトロフスクに地盤を置くティモシェンコの会社「UESU」とグループの総収益は「110億ドル」もある。日本円で1兆2千万円!
女の細腕一つで1兆円以上稼ぎ出し、その全てが彼女のポケットマネーと化していた。なんでもロシアに依存している天然ガスの輸入・卸売権利を一手に押さえたからできた離れ業。
そして政界進出。
彼女の手腕は瞬く間に国民の支持を得、人気政治家になった。盟友ユシチェンコ大統領とも次期大統領選を巡って対立しており、彼女に追い風になっている。
そのティモシェンコ首相は13日、世界銀行からの金融支援を希望すると述べた。首相は銀行システムに対する世界銀行の支援が必要だと強調。その要請に、国際通貨基金(IMF)はウクライナに1兆円を超える緊急融資をすることになった。ハンガリーとアイスランドも最終調整に入り、トルコも検討に乗り出す姿勢を見せている。ウクライナへの緊急融資が決定すれば、今回の金融危機ではIMF初の支援となる。
そのIMFに麻生首相は10兆円を拠出する。

ちょっと、ガスの女王、ちょっとは自分の懐から出すべきちゃう?
ガス抜きをさせないで、自分ばっかり貯めていると世界が怒るよ。
美しい花にはガスがある。


笑顔で一兆円儲けてま〜す♪

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000507M.jpg

325タクト:2008/11/20(木) 06:00:36
北の大地からの贈り物(札響演奏会)
18日(火)は東京オペラシティで札幌交響楽団の演奏会を聞いた。

指揮 尾高忠明(音楽監督)
ヴォーン=ウィリアムズ/タリスの主題による幻想曲
ディーリアス/楽園への道
エルガー(ペイン補作)/交響曲第3番
【アンコール】エルガー/「エニグマ変奏曲」〜「ニムロッド」

指揮者は今、最も充実期に突入していると思われる尾高忠明さん(愛称ではチューさんと呼ばれている)。BBCウェールズ響の桂冠指揮者でもある尾高さんならではのオール・英国もののプログラム。
この演奏会の期待の高さだろうか、ほぼ満員の客席。
透明感漂う弦楽群、バランスを保ちながらもまっすぐな音が伸びる金管群、北の静謐さと懐かしさを感じさせる木管群、解けこましながらもしっかり支え、楔を打つ打楽器群。
ほんとうに素敵な演奏会だった。
ラハティやオスロの北欧や、バーミンガム市響の英国じゃないけれど、オーケストラって寒い地域だとうまくなるのかなと思ってしまう。
「この曲を演奏するといつも涙がでる」とマエストロがいうディーリアスの「楽園への道」。尾高さんだけじゃなしに、この日はその場にいたみんながそう思って聴いていたはず。自分の本に書き込んだディーリアスの話を思い出しながら、目頭が熱くなってきた。

感心、いや感動したのは観客の姿勢。
最初の「タリスの主題による幻想曲」でも次の「楽園への道」でもけっして短くはないのに、誰も咳ひとつたてない。
聴き入っている満席のホールは、ほんとうに静寂感が漂っている。
演奏が終わっても、指揮者が手を下ろして力を抜くまでフライング拍手が起きない。
ほんとうに心地よい、素敵な演奏会だった。(また言うか!)
尾高さんがアンコール時に、来年の告知をした。エニグマをオペラシティでやるとのこと。

懇親にしていただいている札響の事務局の方に挨拶をした。ロビーでは何人かの知人と会った。岩野さんもいた。
ここ半月、ショックなニュースが2つあった。
ジャン・フルネ氏が11月3日に逝去した。享年95歳。
17日のNHKーBSの「クラシック ロイヤルシート」ではさっそく予定を変更して「追悼 ジャン・フルネ ラストコンサート」をやっていた。 解説は岩野さんだった。芸人のぼくより多くテレビに出ているなあ。
神奈川フィルハーモニー管弦楽団は来年四月、第四代常任指揮者に金(きむ)聖響(せいきょう)さん(38)が就任すると十一日に発表した。音楽監督のハンス・マルティン・シュナイトさんは健康上の理由などにより、来年三月に任期を終えて退任する。
あのシュナイトさんが辞める。
神奈フィルの2009年度の定期演奏会253回〜261回にもシュナイトさんの名前はない。

帰るときにはみんなにお土産が配られた。
スポンサーのホクレンから北海道産「てんさい糖(甜菜糖)」だ。
寒い大地から暖かい贈り物。

人生いろいろ、何が起きるかわからない。ぼくも東京ユニット解散したしなあ。それでも音楽は流れる。
今から東洋館の出番だ。なんでもマイミクが知人を連れて6人で見に来る。牧伸ニ会長も出るから最後までいるらしい。チケットは用意済み。
さあ、がんばりますか。

★追伸:東京演芸協会の定席(毎月11日〜19日)に見にこられる方は、ぼくが招待券をさしあげます。券は一枚500円(入場料は通常2,500円)で芸人が買えるのです。ただ新聞屋が配る招待券と一緒に入場になるので、11時ごろに来て開場前に並ばなければ最悪満員で招待券での入場は断られることがあります。それほど最近は客が多いのです。万一その場合は必ずぼくのピッチに電話ください。奥の手を使います。寄席に入れないことは絶対ありませんから。


写真は前回の書き込みで貼りたかったユリア・ティモシェンコ

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000509.jpg

326タクト:2008/11/20(木) 07:44:13
眠れなカタール
日本がカタールに3−0で勝ったW杯予選、夜中の1時過ぎにキックオフだったから、おかげでその後ぜんぜん眠れなかった。
どうしょう。
ま、勝ってよかったけど。

「見たカタール、カタール戦。
岡田監督はカタール(語る)。
カタールには絶対カタール(勝たーる)!
じっさいにカタールのはよカタールけど、おかげで眠れなカタール」

327タクト:2008/11/21(金) 12:09:36
仲間がメジャーに!
【ニューヨーク19日(日本時間20日)】米大リーグで日本人初の“メジャー審判”が誕生する可能性が出てきた。今季2Aに所属していた元パ・リーグの平林岳審判員(42)が来季、日本人初となる3Aに昇格濃厚であることが分かった。2軍に相当する3Aで好ジャッジを続けて、来季中にも夢のメジャーデビューを果たす。

ついに同じ「職人倶楽部 元気座」のメンバーの平林さんが、日本人初のメジャー審判になるみたい。
これはぼくら「職人倶楽部 元気座」にもビッグニュース!
平林さんは昨年にも増して、日本のメディアに注目されるだろうな。
では久しぶりに平林さんや「職人倶楽部 元気座」について(2008年2月13日の書き込みより)紹介しますね。

【職人倶楽部 元気座】
自らの世界を探求し歩みつづける“職人”たちのページです!(ブログより)

ブログhttp://blog.livedoor.jp/genkiza/

様々なジャンルで、独自のやり方でがんばっている人を応援しようということで、主催者の大平さんが声をかけて集まった、もう座になって10年ぐらいになるのでしょう『職人倶楽部 元気座』。
僕が入るきっかけは、前著『クラシック音楽夢レース』というのを『7つの習慣』で有名な出版社から出したのですが、そのキングベアー出版に大平さんが当時いて、「こんな会があって応援しているので、タクトさんも入りません?」と誘っていただいたからです。
では、メンバーを紹介しましょう(ブログ記載順)。

元気座の職人仲間

・好田タクト…指揮者芸を長年続けている芸人。

・紺谷英和…津軽三味線横川流家元。上妻宏光や吉田兄弟より早くこのジャンルを大衆化し、海外公演をした。津軽三味線の可能性を求め、一世風靡とともにN.Y.タイムズスクエア―、ワシントンスクエア―等での路上パフォーマンス、アポロシアターにて東洋人初リ単独公演を敢行。N.Y.タイムズ誌や国内の数々のマスコミに取り上げられる。

・三遊亭 遊吉…落語家。名人。落語芸術協会員。

・鈴木弘子…日本人初のアメリカ女子プロアメリカンフットボール選手。

・関口 治…探検家。幌馬車で家族でアメリカ横断したりした。

・中村 松江…歌舞伎役者。改名前は中村玉太郎さん、人間国宝で名優六代目中村東蔵さんの息子さん。

・平林 岳…元パリーグ審判で、今は日本人初のメジャーリーグの審判を目指して渡米中。テレビや新聞でも多数取り上げられているのでご存知の方も多いはず。2007年の秋にはそのドキュメントがテレビで放送されたので、今年はブレークは必死ですね。

・本宮 誉泰…放送作家。

みなさん、生き方が下手なので苦労しています。
なんかイベントや、講演、ワークショップの仕事があったらください(ちゃっかり宣伝)。

今年も何名か新たな仲間が加わってます。今年の1月に新年会で平林さんや遊吉師匠と飲みいった席ですばらしい芸を披露してくださったオオツカタカシさんも入ってますね。ま、大平さんが誘ったのでしょう。ぼくはマイミクだけど。

平林さん、ほんとうにおめでとう。
0から出直してバイトしながら遠いアメリカでチャレンジして、花を咲かせつつあります。
昨日までの浅草演芸ホールでは、遊吉師匠は主任(トリ、一番最後)をつとめていたし、松江さんも歌舞伎ではすごく活躍されている。
ぼくもメンバーの一人としてがんばらないとね。


ちなみに平林さんは本も出してますよ。写真を貼るね。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000511M.jpg

328タクト:2008/11/22(土) 05:57:45
自衛隊音楽まつり、そしてN響
きのう21日(金)は、昼は平成20年度『自衛隊音楽まつり』を聴きに、武道館へ行った。
毎年この時期に行なわれて、2日間で計4公演。1963年(昭和38年)に始まり、2008年で44回目を迎えた自衛隊の音楽イベント。全国各地から参加する陸海空の自衛隊音楽隊。総勢100人を越す自衛太鼓(和太鼓)。海外から各国軍楽隊のゲスト出演。防衛大学校のファンシードリル。まさに自衛隊ならではの一大イベントで、総勢約1,000名で演奏される。

いや〜、よかった。感動した。
ぼくは第2回公演の14:15分開演のを見たのだけど、休憩なしの1時間40分があっという間だった。
また演奏がうまい。プロだから当然だけど。
マーチングも最高。
やっぱり生の迫力ってすばらしい。
次への移行もテキパキして、演出もほんとうによく出来ている。
こりゃ、無料だけど入場チケットは抽選で10数倍もの倍率というのもうなずける。
すべてに満足なのだけど、希望はもっとクラシックのマーチをやってほしかった。ま、大好きなスーザの行進曲「海を越える握手」、この曲は1988年に「タクトフィルハーモニー・inなんば花月」でもやった思い入れの曲をやってくれたので満足だけどね。

ほかほかした気分で武道館をあとにし、せっかく背広を着ているし、久しぶりにコンサートに行くか、と「ぶらぼお」を取り出し思案。
曲目と出演者に興味があったN響の定演に決定。ヴァイオリンの真知亜 さんにも挨拶したかったし。

第1633回定期公演 Cプログラム

ドヴォルザーク / 交響詩「真昼の魔女」作品108
ドヴォルザーク / ヴァイオリン協奏曲 イ短調 作品53
★アンコール イザイ/ 無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番〜第1楽章
ショスタコーヴィチ / 交響曲 第9番 変ホ長調 作品70
指揮|イルジー・コウト
ヴァイオリン|ヴェロニカ・エーベルレ

このエーベルレという17歳の女性ヴァイオリニストは美しく可憐なのだけど演奏は骨太だったわ。常に体全体でリズムをとって、体当たりの演奏は堂々として、弓の馬の毛が何本も切れていた。
なんかムターの再来という人がいたけどうなずけるな。こういう人はもうコンクールは関係ないだろうね。ベルリンフィルとも共演して話題になったし。
ぼくはP席という、ほんの数メートル前に出演者がいる席で聞いたのだが、この席にはほとんど人がいなかった。少し離れて女性が4名いるぐらい。70席近くあるのに。テレビ収録日だから、みなさん後頭部が写るのを嫌がったのかな。
ぼくは真知亜さんを間近で見たいからここに座ったのだけど、この日は真知亜さんは出ていなかった。他の団員はどなたも知り合いがいなかったので、楽屋に行くこともなかった。

ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲は32分という大作で、メロディーも美しく、民族的な雰囲気もあり、ソロの見せ場も多く一部で熱狂的に支持されているけれど、正直おもしろみがない気がする。このあたりが、この曲が今一ポピュラーにならない理由かなと思ってしまった。
しかしさすがN響。ボヘミアの雰囲気満載で名演。こりゃ来年2月の定演ラドミル・エリシュカが振るスメタナの交響詩「わが祖国」(全曲)が楽しみだわ。
この日はテレビ収録日だったから、近いうちにぼくの後頭部も出演する。

演奏会前にNHKホール2階北側ロビーで行なわれた室内楽は、<出演>永峰高志(vn.)、船木陽子(vn.)、飛澤浩人(va.)、藤森亮一(vc.)
<曲目>ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲 第7番 嬰ヘ短調 作品108でした。この室内楽も収録されていてで、放送は来年2月28日にラジオでするそう。これ、いい曲ですね。演奏もよかった。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000512.jpg

329タクト:2008/11/24(月) 23:39:55
男ってやつぁ…
ぼくは一年半前まで、ジェグザーというフィットネスクラブに通っていました。
そこは水泳も出来て、インストラクターが丁寧に指導してくれます。
ある美人インストラクターが受け持つ初心者クラスは、いつもすごい人気。
この人のレッスンだけ2コース使うぐらい、100人近くもの受講者で溢れる。
理由があるんです。

 この美人、着ている水着の食い込みがすごいんです。

???????? ほんと男ってやつぁ。

    ????    もちろんぼくも受講してましたが。


    なんかNHKのテレビ体操も、出演者がレオタードだと視聴率が上がるそうです。NHKの人が言ってました。

では海外編です。ぼくが12年前にじっさいに目にしてきたことです。

ギュスターヴ・クールベという有名が画家がいます。そのクールベが1866年に発表した「世界の起源」という絵が、パリのオルセー美術館によく展示されています。
これは女性器をかなりアップにした、ある意味日本人には免疫のない(?)絵です。
ぼくがオルセーに行ったときも、デ〜ンと展示していました。
その絵を前にして、一瞬ぎょっとし、それから長時間熱心に見るのはいつも日本人。しかも男。
「うむ、うむ、そうか…」
と、なにやら腕組みしてうなずいている。

  これが本場の芸術か…

     きっとそう心の中で叫んだのでしょう。

フランスの南にはニースという避暑地があります。
海岸では女性がトップレスで、気持よさそうに体を焼いています。
それを熱心に写真を収めるのはいつも東洋人。しかも男。

   男ってやつぁ…

      ぼくもちゃっかり撮った。(証拠写真がこれ)

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000514.jpg

330タクト:2008/11/25(火) 02:00:20
終了
きのう24日(月)で、千葉の『若葉の湯』での仕事は終わった。
若葉の湯は最近日本中で流行っているスーパー銭湯。
舞台があり、風呂上りのお客さんは飲み食いしながら演芸が見れる。入湯料もこの種の健康センターだったら都内では2千円以上するのだが、その3分の1(場合によってはそれ以下)程度。
一年前の『タクト音楽祭』を見たここのオーナーが、「ホテルなどを手広くグループで持っているから、きみにいろいろ演芸をやったり、芸人の手配をして盛り上げてほしい。まずは手始めに若葉の湯で、毎週土日は演芸大会をやろう」と直接ぼくに頼んできた。
当時、ぼくは東京ユニットをなんとかしたいと思っていたし、相方の森さんが骨を折ってバイトもままならず、なんとか食わさなきゃ潰れてしまうと思っていたのですごくこの申し出はありがたかった。
でも好事魔多し。
最初は順調にいっていたのだが、グループ会社側の状況の変化、ライバル銭湯との過当競争、経費削減から条件がかなり変わってきて、それに伴い当初一日3回で月23ステージぐらいあった舞台も徐々に減ってきた。
毎回ゲストを日替わりで入れて、なんとか話題づくりをとテコ入れをはかったりして、じっさい演芸を楽しみにするお客さんも増えて盛況になっていたのだが、ついに「若葉の湯お笑いオンステージ」は終わった。
最後のゲスト、物真似の田原しげるさんが「すごく演芸の雰囲気ができているのに、終わるのもったいないね」と言ってくれた。
マイミクのMC RALLYさんの店で、最後の理髪もした。
23,24日と続いたので近くのいつも泊まるグループホテルで、朝最後の朝食バイキングを食べた。森さんは24日の昼に浅草のまつり湯の営業を入れていたので、いったん23日に家に帰り翌日「祭り湯」の仕事を終えて午後3時に来た。
ぼくと田原さんはホテルを出たら、千葉国際駅伝を前の道路でやっていて、雨の中、第一走者が走っていたので応援した。思わず機種変したてのPHSで写真を撮ろうとしたら、慣れていないので手の指がレンズを塞いでいた。
たんたんと舞台をこなし、お客さんに喜んでもらい、雨の中家路した。

ほんとうに若葉の湯で出会ったみなさんはいい人ばかり。支配人、従業員、スタッフみなさん、よく来るお客さん、一年近くいると情がうつってしまう。正直、笑顔で別れの挨拶はちょっとつらかった。
なんか一通り終わってしまった感じ。
東京ユニットも解散。
きょうの書き込みは、なんか寂しい独白になってしまった。

いちおう来月の23日に「おばどり姉妹」の特別公演が若葉の湯であるので、これが実質最後のぼくらの仕事になる。
たぶん柔道コントをすると思う。

燃え尽き症候群ぎみだけど、テレ朝「題名のない音楽会」でいろいろな指揮者芸を収録するという大きな仕事を12月に控えているので、後ろを振り向いてばかりはいられない。


終了した「若葉の湯お笑いオンステージ」のチラシ。11月分。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000515.jpg

331タクト:2008/11/27(木) 01:20:00
笑って笑って笑いましょう vol.6
今年最後の四谷コタン『笑って笑って笑いましょう vol.6』があります。

12月12日(金)  ぼくは一番目出番の予定
PM7:00スタート チャージ料¥2.000
恒例3ヶ月に一度の四谷コタンでのお笑い音楽ライブ。
今回はぼくは順番で一番目。だから早く来てね。
出演者はいつものメンバー。
舞台が終わったら、出演者と和気あいあいと一緒に歓談タイムになります。

出演者:弱つよむ 好田タクト 寒空はだか 東京ガールズ

〒160-0011 東京都新宿区若葉1-9 金峰ビル101  ライブハウス 四谷コタン ? 03-3357-7093
http://www5f.biglobe.ne.jp/~YotsuyaKotan/
では場所案内を、弱つよむさんのナビで。
「場所は、四谷駅から新宿寄りに徒歩7分です。 新宿方面にしばし歩きファミリー・レストラン【ジョナサン】を左に折れて、20歩ぐらいで甘栗屋さんを右折れ、突き当たりを左折れ 20メートルほどの左側にひっそりとある。
うっかりすると見落とすぞ!」

怖いもの見たさの年忘れ、タクトサンタからのクリスマスプレゼントだよ(と言いながら、入場料はしっかり取る)


来年の話になると鬼が笑うのですが、2月4日に札幌で芸をします。何名か北海道のマイミクがいらっしゃって「北海道での出演はないのですか?」と言われていたので、うれしいです。放送作家で地元ラジオのパーソナリティを長いことつとめていらっしゃいます奥山コーシンさん主催のライブで、コーシンさん、オオタスセリさんと一緒に出ます。最低3日から5日までは北海道にいて食べつくします。札響の演奏会が前後にあればもっと滞在するかも…。
他に来年で決定しているのは、
1月16日(金)深川福祉センター講演
  18日営業
  20日営業
2月 20日 お笑い音楽会(中野)
3月 4.5日 仙台フィル指揮 (石巻)
5月 3日 国立演芸場(ひょっとして、『ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2009』の出演と重なる?)
競輪場や大阪(第三金曜日)からの出演のお話もいただいております。詳細がわかりましたらそれらも告知しますね。
最近はmixiのマイミクから仕事や出番をいただくことも多いです。ありがたいことです。

みーこに思いっきり噛まれ引っかかれました。左腕が傷でミミズ腫れしています。外出が多くて相手をしてやれないので、ストレスが溜まっているのかなあ。ふだんは1階のデスクトップ型パソコンの上が暖かいので、そこでぐっすり寝ているんだけどな。

下記の写真は即身仏になろうとするミーコ。いつもこのぐらいおとなしいと助かるのだけどな。明日も泊りがけ。ごめんねミーコ、寂しい思いをさせて。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000516.jpg

332タクト:2008/11/27(木) 04:20:43
小さな思い出
もう13年ぐらい前の出来事を、ある映画を見ながら思い出した。
その出来事は…。

上京してまもなく二期会というオペラ団体で、助演というエキストラの仕事をしていた。同時に指揮者形態模写の芸をやり続けていたぼくは、オペラで使うカツラが本格的なので、いつしかその舞台用のカツラを手に入れたくて、笹塚にあるこのカツラ屋へ通うようになっていた。
何年も通うようになるうちに、カツラ屋の職人さんたちとも仲良くなった。ぼくはその間に「あしたもげんきくん」というNHKの教育テレビのお兄さんになったので、オペラは出なくなった。
ある時、店の女性の職人さんに相談された。
「うちの息子、不登校なの。げんきくんを家でずっと見ているのよ。会ってくれない?」
「喜んで」
小学2年生ぐらいになるその子供と会って遊んだ。
うれしそうにいろいろ聞いてきた。
「げんきくんは、いつもどこで寝ているの?」
「発明品はきょうはないの?」
「ホンキー博士はげんき?」(ホンキー博士はげんきくんのお父さんで、じつはぼくが2役していた)
楽しそうに息子が話をするのを見て、ぼくに会うのを頼んだ女性が涙ぐんでいた。

その出来事を思い出させてくれた映画は、きのうのNHK−BSで放送された『Dear フランキー』(2004英)。
あらすじはこう。
リジー(エミリー・モーティマー)は一人息子で難聴の男の子フランキーと街を転々とする生活。フランキーの唯一の楽しみは船旅に出ている父親と手紙でやりとりをする事。実はその手紙は父になりすましたリジーがずっと書き続けたものだった。引越し先のグラスゴーで彼女がウソで書いた父の乗る船が実際に街に寄港する事になり、彼女は素性の判らない男(ジェラルド・バトラー)に1日だけ父親の役を頼む。

これ以上書くとネタばれになる。素敵な映画なので、レンタルでDVDを借りて見ていただくほうがいいと思う。
小さな出来事だけど、ぼくには大切な思い出。

https://img.shitaraba.net/migrate1/8130.tact/0000517.jpg

333タクト:2008/12/01(月) 01:47:28
【12月の予定】
一年最後の月「師走」。
師走の語源を調べると、いくつもの諸説が出てくる。
師匠の僧は年末にはお経をあげるのに東奔西走するので「師が馳せる」→師馳す(しはす)という、平安末期の「色葉字類抄」の「しはす」からきた説。
いや、書生たちが師のもとに出かけて、1年間お世話になったお礼を言う、あっちの師、こっちの師とお礼まいりに走るので慌しいから「師走」。
「年が果てる」から「年果つ(としはつ)」の変化形。
「四季の果てる月」の意味する「四極(しはつ)」だから。
「一年の最後になし終える」意味の「為果つ(しはつ)」。
「しわす」とは「しねはつる」のことで、「しね」とは年貢として納める穀物。それが「果てる」ので、物事が終わったという意味。古代においては秋に収穫した穀物の年貢を納めきるのが年の最後の月。年貢納めの月