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94夜のハルバンデフ:2006/09/25(月) 02:44:19
「ふん、また今晩も現れたか」
幕舎の中、一人ハルバンデフは呟く。
それは、毎晩、ハルバンデフが独りになると現れる。
「毎晩、毎晩よく飽きないものだ。お前には感心すらする」
彼はそれに対して言った。
「余が怯えるのを待っているのか、だとしたら見当違いも甚だしいな。もう余には怖いものなど無い。いや、怖がることなど許されないのだよ」
彼の言葉に、それは無言だった。
「それとも自分の恨みを余に伝えようとでも言うのか?理解はしてやろう。だが、だからと言って余は公開などせぬぞ」
ふん、と鼻で嘲笑うようにして彼は言う。
いつも部下達の前で無口な彼には考えられないほど、その時のハルバンデフは多弁だった。
「それが証拠に、今日も戦で多くの敵を殺してやった。命乞いをするものもいたが、聞き届けてはやらなかった。思いつく限りの非道をもって殺してやったわい」
無言と静寂
しかし、それでもハルバンデフは己が非道を誇るようにしてそれに語った。
それでも無口なそれに対し、とうとうハルバンデフは感情を爆発させる。
「言いたいことがあるのだろう!だったら言え!恨みでも、呪詛でも、何でも言えば良いではないか!。なぜ無言のままなんだ、カーズガン!」
その時になって、やっとそれ、カーズガンの幽霊はハルバンデフに語りかける。
「お前を恨んじゃいないよ、ハルバンデフ。お前に殺されたことも、部族を皆殺しにされたことも、何も恨んじゃない」
「俺はお前の妻を殺したんだぞ!、俺自身がかつて愛していた女をこの手にかけたのだぞ!。それを恨まないとでも言うのか!?。だったら余程の馬鹿かお人よしだよ、お前は!」
「殺したのはお前じゃない。彼女は自害だった。他の男に辱められることを、そしてきっとこれ以上俺に抱かれることすら拒んで自らの死を選んだんだろうな。死んでからやっと分かったよ」
「だったら、なぜ俺の前に現れる!」
ハルバンデフは床に敷かれた高価な絨毯を乱暴に、そして踏みにじるようにして蹴りながら叫ぶ。
「俺の前に現れるんだったら俺を責めろ!、苛め!、恨め!、呪え!、今の俺は諸国から恐れられる、そして恨まれて呪われる「魔王」だ!。きっとこれからも、未来永劫そうだ!」
「だからだよ、ハルバンデフ。だからお前が哀れでこうして現れるんだよ」
激高したハルバンデフは、やにわに腰の剣を抜き、そして渾身の力でそれに対して投げつける。
しかし、剣は実体を持たないカーズガンの幽霊を通り抜け、幕舎の壁を切り裂いただけだった。
「お前は本当はそんなことができる人間じゃない。だが、今やお前にはその生き方しかできない。周りが、そして世界がその生き方しか許さない。だから、それがあまりに哀れでこうして現れるんだ。せめて俺だけがお前を分かって、許してやろうと思ってね」
「五月蝿い!、許しなどいらない!、必要ない!。去れ、消えろ!」
彼が叫ぶと、それは消え、幕舎にはまた彼一人だけが残された。
「今更……もう、遅いんだよ」
彼は両拳を握り締め、わなわなと身体を震わせながら呟いた。
「陛下?」
幕舎の外を警護していた兵士が恐る恐る幕舎の中を覗き込みながら言う。
「何か?」
「いえ、今幕者の中で何事かが起きたのかと……」
「何も起きてはおらん」
「しかし……」
「何も起きてはおらん。余がそういうのだからそうに決まっておろうが」
兵士は「はぁ」と答えて、警護に戻ろうとした。
下手にこの「魔王」の逆鱗にふれては、たとえ自分が何者であれ、自分の命、いや下手をすれば関係者全員の命が危ういことを知っていたからだ。
「待て」
しかし、自らの職務に戻ろうとしたこの兵士をハルバンデフは呼び止めた。
「今日落とした城の姫君を捕虜にしていたな」
「はい、王族の娘と言うことですが……」
「連れて来い」
「は、しかし……」
「余に意見するのか?」
 ハルバンデフに睨まれ、兵士は慌てて、王族の娘を連れてくるためにその場から離れた。
 ……無茶苦茶にしてやる、犯してやる、種を植え付けてやる、その身体に、心に敗北を刻み込んでやる
 ハルバンデフは思った。
 だが、彼は知っていた、きっとそれらを行っても自分の気が晴れないだろう事を、そしてまた翌日になればカーズガンの幽霊が現れ、彼のその行為を哀れむだろう事を。
「……世界が、俺をそう生きるようにしか許さない、か……」
 彼はカーズガンの言葉を思い出して呟いた。
 切り裂かれた幕舎の壁からは、わずかに月の光が差し込んでいた。
 その月の光は、彼が戦いの末にカーズガンを殺めてしまったあの晩の月と同じ月の光だった。


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