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36カーズガンの死(4):2006/07/29(土) 19:08:35
【カーズガンについての伝承 カーズガンの死】(4/4)
「ハルバンデフ!」
 全ての感情を込め、彼はその名を口にする。
 しかし、ハルバンデフは何も答えない。
 代わりに返してきたのは、手にした槍での心臓を狙った一撃だった。
 あわやの所でその一撃をかわし、彼は戦慄する。
 ハルバンデフの一撃には躊躇いが無かった。
 間違いなく、こちらを殺す気なのだ。
 ……あぁ、私は
 未だにまだ躊躇いがあるのだ、ということを彼は改めて思い知った。
 躊躇いがあってはこの魔王は倒せない。
 敵は、あの仲の良かった旧友ではなく、草原を制し、諸国を蹂躙した魔王なのだ。
「ハルバンデフ!」
 もう一度その名を叫んだ時、ようやくカーズガンから全ての躊躇いが消えた。
 二人は互いに、その首、その心臓、その急所を狙って激しく攻防を繰り広げた。
 防御をし損ね、攻撃を受けたほうが死ぬ……それはそういう戦いだった。
 最早、そこに兄弟のように仲が良かった親友同士の姿は無い。
 そこにいたのは生き延びるために互いを殺そうとする二匹の雄だった。
 何度目かに繰り出された槍先をはじいた時、その槍先はカーズガンの太腿に突き刺さった。
「がっ!」
 思わず苦痛の声を漏らし馬上で体勢を崩すカーズガン。
 そしてその首を取ろうと手を伸ばすハルバンデフ。
 しかし、カーズガンはそれを待っていた。
 彼は自分に伸ばしたハルバンデフの手を掴み、そして足に刺さった槍を掴むとそのまま力任せにハルバンデフを馬上から地面に押し倒した。
 その間にも槍は彼の腿に深く突き刺さったが、もはや彼の口から苦痛の悲鳴は漏れなかった。
 地面に落ちた拍子に、彼の肉を深く抉りながら槍が彼の腿から外れたが、それでも彼の口から悲鳴は漏れない。
 最早痛覚など、彼にとって無駄な感覚でしかない。
 最早彼は人ではない。
 最早彼は手段にして道具だ。
 人の身で『魔王』と畏れられた、ハルバンデフという存在を破壊し、殺し、消滅させるための道具だ。
 自分に振り下ろされるのだろう剣に備えて、掴んだその槍を、カーズガンはハルバンデフの右手ごと踏みつけた。
 力んだ拍子に、太腿から血が噴き出す。
 残った片足をハルバンデフの胸において押さえつける。
 魔王ハルバンデフは今や地に伏せられた飛べない鳥だ。
 腰に下げたもう一つの剣を抜き、カーズガンがその首を取れば全てがい終わる……はずだった。
 だが、カーズガンが振り下ろす剣の速度が一瞬だけ鈍った。
 昂ぶった殺意の奔流によって押し殺していた過去の郷愁……それが彼の腕を鈍らせたのだ。
 それが彼の命取りになった。
 そして昂ぶりすぎた感情も命取りになった。
 もし彼が何時ものように冷静ならば、彼がハルバンデフの右手ごと踏みつけている槍の先が無かったことに気付いたはずだ。
 それは僅か一瞬の出来事だったが、勝敗を決するには十分な時間だった。
 結局、カーズガンの振り下ろした剣は地面まで届かなかった。
 何時の間にか姿を消していた槍の先は、ハルバンデフの左手にあり、そして彼はそれを投擲してカーズガンの喉を貫いていた。
 それはカーズガンに致命傷を与えるには十分な一撃だった。
 カースガンは口から血の泡を吐き、そして剣を落として仰向けに倒れた。
 渾身の力を振り絞って立ち上がろうとはしたが、彼に出来たのはようやっと一度閉じた瞼を開くことだけだった。
 見開た瞼の奥のその瞳には空に輝く銀の月が映っていたが、もうそれが何であるかカーズガンには分かるはずもない。
 なぜなら、もうカーズガンには何も見えていなかったからだ。
 カーズガンには、もう見えない。
 ハルバンデフが立ち上がり、自分が落とした剣を手に近づいてくることも
 自分が討ち取られたそのことを、ハルバンデフの部下達が触れ回っていることも
 自分に従った部下達が次々に討ち取られ、最早草原に屍をさらしていることも
 屍と化した自分の身体から、曝すために首を切り離そうと敵の兵達が近づいてくることも
 全ての終わった草原を、月の銀色の光が照らし出していることも
 だからカーズガンには分かるはずはなかった。
 胴から切り離されたその首を掴んだハルバンデフのその両手が震えていたことも
 そして、その月光の中で、誰にも知られずに密かに、ハルバンデフの流した一筋の涙も……
 
 この日、草原の勇者であるカーズガンは死んだ。
 だが、同時に、ある意味において、ハルバンデフもまた死んだことを誰も知らない。
(ラダムストン著「カーズガン」終章より)


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