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139竜と竜と白の巫女:2007/03/22(木) 17:26:29
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それは日も昇りきらぬ早朝のこと。
社から本殿へと繋がる渡り廊下から外を見ると、白い霞みがゆっくりと消えていくのが見られる。
―――鋸山の山麓に位置する竜神の社では巫女衆に禊を課していない。
ケガレを清めるという考え方は東方大陸独自のものであるが、大海を隔てた本大陸にあるこの祖国にもその風習は伝わっている。
東方信仰―――浅見流の流れを組む竜神信教もまた「ケ」や「ハレ」といった概念を持ち合わせるが、精神性を重んじる傾向があり、禊や清め、払いなどが実践されることは少ない。
しかし、西洋的志向を強く残すこの社の中で真っ先に起き出し、本殿の東、礼水殿で禊を行う少女がいる。
少女に名前は無い。竜神信教が第一神、界竜ファーゾナーに仕えることを決定された時より、【界竜の巫女】としての生を与えられた少女から名前は消滅した。
黒色の簡易礼装に身を包んだ巫女は長い回廊を進む。真夏の朝、爽やかな風が吹き込み、少女の細い黒髪が肩のあたりでたなびく。
わき目も振らずに真っ直ぐに進む彼女が、ふと何かに気を取られたように横を向いた。
白い霞みがかかり遮られていた視界が開き、社の奥に広がる広大な荒野が眼に映る。
薄く砂塵を吹き上げる広漠な荒野の中央に、奇妙な痕跡がある。
荒野を真っ直ぐに横断する、巨大な溝。
途方も無く巨大な窪みは、まるで馬鹿でかい鉄球を転がしたようである。
視界の端から端へ、地平線の彼方へ何処までも続くこの溝は、大陸のほぼ全土に広がっているゼオート神話の神、球神ドルネスタンルフが通った跡だと云われている。
祖国は本大陸でも少数派である非ゼオーティア教圏の国家である。
竜神信教の教義はゼオートの教え―――引いては大神院の意向に敵対するものではないが、周辺諸国からの反発は避けられない。総本山たる【御社】の存続も危ぶまれているというのが現状だった。
少女はこの巨大な跡―――ラバルバーと呼ばれるそれを見る度に、複雑な気分に陥る。 彼女は竜神を信じ敬い、そして主神、界竜の巫女たる自分に向けられる信頼に応える為には努力を惜しまない。 強烈な責任感と巫女としての自負、そして信仰心が彼女の強靭な精神を構成する主要な要素だ。
しかし現実は暗い。 ゼオーティア教圏が主張する聖地や罪の教えの拡大解釈は留まる事を知らず、竜神信教に対する攻撃は勢いを増すばかりだ。
かの教義を支える根幹の一つであるこの【跡】を見るたび、彼女の心はささくれ立つのだ。 憎しみという【醜さ】を良しとしない彼女は溢れ出そうになる感情と、煮え立つような想いを押し隠そうと足掻くはめになる。
竜神の教えは、ゼオートの神々の教えを否定しない。 彼女が竜神を信じるならば、ゼオートの教えを憎んではならない。
頭で理解してはいても、感情は云う事を聞かない。 濁った泥のような感情が胸の奥に沈殿していく。
ふうと息を吐き、界竜の巫女は本殿に目を向けた。彼女が禊を行うのは、こういった自分の感情を自覚しているからだった。
―――この醜い思考を、水とともに洗い流す。
気持ちを鎮め心機を一転させるため、界竜の巫女は本殿を通り、礼水殿へと向かった。


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