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131メクセトと魔女 4章(2):2007/02/23(金) 01:56:54
 群衆の中から一人の少女が飛び出したのはその時だった。
 彼女は刑場の柵を超え、静止する兵士たちを押しのけ、そして地面に転がったメクセトの首をその手に抱え上げた。
 彼女が覗き込んだその顔には既に双眸は無く、鼻も無く、唇すら削がれていた。だというのに、その顔は笑っていた。彼女の記憶に残る、あの日と同じ笑顔がそこにはあった。
「馬鹿よ……馬鹿よ、貴方」
 少女は自分の声が震えていることに気付いた。
 ……あれだけ憎んでいたのに……あれだけ「殺してやる」と誓っていたのに……あれだけ死を願っていたのに……今はただこの人の死が心に痛い……この人が私を変えてしまったから……
「馬鹿!、馬鹿!、馬鹿ァ!」
 彼女はメクセトの首を抱いて泣きじゃくった。
 もう人目も何も関係がなかった。
 ただ感情の赴くままに泣いた。
「おい、娘」その彼女に処刑吏は横柄な口調で咎める様に言う。「その首をこちらによこせ」
「嫌よ」
 少女は俯き、メクセトの首をその胸に抱いたまま答える。その声には怒りすら篭っていた。
 不幸にも処刑吏はそのことに気付かなかった。
「絶対に嫌」
「もう一度言うぞ、痛い目に遭う前に……」
「煩い!」
 怒ったように少女が手をかざすと、鋭い閃光が一瞬煌き、次の瞬間には処刑吏は灰になって消し飛んだ。
「『魔女』だ!」
 その光景に呆然としていた群衆の一人が叫んだ。
「メクセトの囲っていた『魔女』だ!」
「噂は本当だったのか!?」
「恐ろしい……忌まわしい」
 人々は口々に囁き合い、やがてそのうちの一人が「忌まわしい『キュトスの姉妹』め!」とその手にした石を彼女に投げた。
 石は彼女の額に当たり、彼女の額から一筋の赤い血が流れた。
 やがて、一人、また一人と人々はその手に石を取り、彼女に向けて投げ始める。
 石つぶての雨の中、「何よ、貴方達……」と少女は呟くように言った。
「貴方達だって熱狂したじゃない……『被創造物が創造主より解き放たれるのだ』という言葉に酔いしれたじゃない……この人を二度と引けない所まで追い詰めたじゃない!」
 彼女の言葉に恥じ入るところがあったからか、一瞬群衆は黙った。
「貴方達だって同罪じゃない!この人を責める権利なんてないじゃない!」
「黙れ『魔女』!」
 再び石つぶての雨が降る。
「お前達が俺達を唆したんだ!。騙したんだ!。裏切らせたんだ!」
 「そうだ、そうだ」と人々は彼女に罵声と石つぶてを浴びせた。
 もちろん彼女の言うところも少しは分かっていたに違いない。だが、己が罪を認めぬようにするためには、そうするしかなかったのだ。しかし、その人の脆さが彼女には分からなかった。
「許せない……貴方達許せない」
 彼女はゆっくりとその俯けていた顔を上げる。
 美しい顔を怒りに歪め、血塗れのその顔は正に彼らが心の中に思い描き、恐れていた『キュトスの姉妹』に他ならなかった。
「無くなればいいのよ……こんな世界、無くなれば良いのよ!」
 彼女はゆっくりとその右手を上げた。
 突然、空が曇り、地面がゆっくりと、しかし確実に震え始めた。
 人々には何が起きたか分からなかった。だが、恐ろしいことがこれから起きるのだ、ということは察することができた。
 もし、かなり高度な魔力を持った人間がいたのならば、空から、いやもっと高い場所から純粋な破壊の力が、まるで滴り落ちるように地面を目指して迫っていることに気付いたはずだ。
 それは世界を滅ぼすに、いや掻き消してしまうに足りる力だった。
 メクセトが生前彼女に教えた魔法……『きっとお前は使わない』と自信を持って言った魔法……彼自身、例えその身が敗北に繋がろうとも決して使わなかった魔法……全てを台無しにしてしまう魔法。
 しかし、彼女は一時の感情に任せてそれを使おうとしていた。
「無くなっちゃえ!。全部無くなっちゃえ!」


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