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フェイク『男』のチラシの裏

1フェイク『男』:2005/11/21(月) 00:33:20 ID:Xekm5jMQ
私の鑑定文の中にたまに出てくる前置きのジョジョ考察だとか一口メモなど、
自分自身でも何を書いたか把握してない文章の数々を保存するためのスレ。

その他、私への質問などがあれば受け付ける予定。

2フェイク『男』:2005/11/21(月) 00:33:35 ID:Xekm5jMQ
535 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/11/17(木) 00:32:41 ID:aJzvm/km
どこの鳥類学者の言葉かは忘れたが、「鳥は本心では地上を歩きたい」のだそうだ。
翼による飛行には凄まじくエネルギーが必要となり、またそのためには肉体を極限まで軽量化しなければならないからだ。
その証拠に、天敵のいない島で生きる鳥類などは次第に飛ばなくなるのだが、
ドードー鳥やヤンバルクイナなど、人間のもたらす環境の変化に対応できないような種族も発生する。

531 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/11/17(木) 00:27:22 ID:aJzvm/km
「時を止める」能力が、光速を超える……すなわち、極まりきったスピードの果てに得られた能力であることは言うまでも無いが、
DIOと承太郎はなぜ同じスタンド能力を有しているのか? それは彼らの精神性が「真逆」であることに理由の一端がうかがえる。
DIOはとても欲深く、全てを望んだがゆえに逆に半端な「超能力」を得ることはなく、スタンドの身体性能を極めた。
承太郎は意志が強く、自らのスタンドに何も望まなかったがゆえに「超能力」を得ることはなく、スタンドの身体性能を極めた。
その結果、能力を得ることなくスタンドの性能を極めたがゆえに光速を超えることが出来たのだ。

524 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/11/17(木) 00:18:44 ID:aJzvm/km
あまり知られていない考察だが、高いスピードの自由操作型スタンドを有する者は、
その思考速度や反射神経、動体視力などを、スタンドのスピード同様にまで高めることが可能だ。
パワー型スタンドはしばしば銃弾を叩き落したりするが、これには当然、
銃弾に追いつくだけの本体の思考速度・反射神経・動体視力といった『精神の速度』が必要となるからだ。
スタンドの影響で超鋭敏な嗅覚を手に入れた噴上裕也と同じような効果だと言える。

3フェイク『男』:2005/11/21(月) 00:34:44 ID:Xekm5jMQ
836 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/10/25(火) 05:51:40 ID:RWcLfCkx
「だめだ……やはりこの俺がここに逃げるわけにはいかない……!
 『誇り』が消える……ここでこいつから退いたら!
 俺は『帝王』だ。俺が目指すものは『絶頂であり続けること』だ。
 ここで逃げたら……その『誇り』が失われる。次は無いッ……!」
(ディアボロ、五部ラストバトルにて)
ディアボロの直接の敗因は、上記の時点で逃げ出さなかったことにある。
結果論だが、ジョルノのレクイエムは「向かい来るものを無力化する」能力であり、逃げる相手には働かない。
ディアボロは「矢」が複数あることを知っているのだから、世界中を逃げ回って別の矢を手に入れればよかった。
とはいえ、この考え方はディアボロの精神性を全く考慮していないものだ。
時を飛ばし運命を消し去る、すなわち自分以外の全てを否定する能力を有するディアボロにとって、
肯定できるものは必然的に自分自身のみとなる。
だからこそ、自身がこの世の頂点、すなわち『帝王』であることが、彼の唯一の心のよりどころだったのだろう。

835 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/10/25(火) 05:50:02 ID:RWcLfCkx
「血こそ命なり」
モーゼ「申命記」第十二章二十三節より。

4フェイク『男』:2005/11/21(月) 00:35:11 ID:Xekm5jMQ
830 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/10/25(火) 05:28:14 ID:RWcLfCkx
凄まじいパワーと遠大な射程を併せ持つ反則的なスタンド能力、ウェザー・リポート。
その能力の本質は、本体ウェザーの脳内に存在するミクロなカオスである「感情」と、
自然界のマクロなカオスである「天候」を直結させることだ。
「感情」と「天候」はどちらも確かに因果が存在するものの、
それが多項目かつ複雑すぎるために人間の論理では把握しきれず、結果から原因を類推するしかないという面で共通している。
ウェザー・リポートのスタンド像は「雲」、すなわち小さな水滴の一つ一つであり、
これがウェザーの感情の揺らぎを自動的に反映して周囲超広範囲の空気に干渉し、
様々な極小の原因の積み重ね、気象学で言うところのバタフライ効果の末に特定の天候を発生させるのだ。
この原理によって、本体ウェザーの悲しみは風雨となり、その怒りはオゾン層を歪ませカタツムリ現象を引き起こす。
(また、これは感情のままに怒りを撒き散らすウェザーと、理性を重んじるプッチ神父との対比にもなっている)
そしてこの理屈を知れば、強大なパワーを誇るウェザー・リポートの弱点も判る。
即ち、その人生までもが己の感情と深い因縁に縛られているということだ。

554 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/09/15(木) 23:32:22 ID:sxgw3zfs
時間や運勢、運命などに関わるスタンド使いの再起不能率は驚くほど高い。
空条承太郎、ボインゴ、DIO、吉良吉影、辻綾、ディアボロ、ケンゾー、プッチ神父……
スタンド使い以外では、五部に出てきたジプシーの占い師までもしっかり死亡している。
例外は、スタンドが暴走していたり自分ですら能力の全容が掴めない、スコリッピとジョルノだけだ。

729 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/09/09(金) 00:37:28 ID:4npVkRVD
ジョセフが評するところの「着かず離れず戦うタイプ」のスタンドには、
バステト女神、メタリカ、スカイハイなどが存在し、これらにはいくつかの共通点がある。
1、相手に確実な致命傷を与えるには時間がかかる。
2、敵からの攻撃に対する本体の防御力はほぼゼロ。
3、従って、いかに敵の行動を阻害して時間を稼ぐかが重要になる。

5フェイク『男』:2005/11/21(月) 00:35:50 ID:Xekm5jMQ
726 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/09/09(金) 00:33:52 ID:4npVkRVD
所有するスタンドを見ても判るとおり、プッチ神父とウェザーリポートは実に対照的な双子だった。
プッチ神父のホワイトスネイクは生物の肉体や感情といった穢れた要素を拝し、その純粋な知性だけを抽出するという能力だし、
メイド・イン・ヘブンは、「未来」の宇宙にもたらされた運命という絶対的な「調和」によって、
全生物の「理性」によって感情を抑え、天国を実現するという能力だった。
それに対して、ウェザーリポートは本体の悲しみの「感情」が、ヘビーウェザーは本体の怒りの「感情」が原動力であり、
全生物を人種差別も男女差別も無いカタツムリとすることで、「過去」の地球に存在したであろう、
「混沌」とした状態へと人々を陥れるという能力だった。
(細かい説明は以前にした覚えがあるので省略する)
ここで重要なのは、理性と感情、過去と未来、調和と混沌のどちらか片方だけを重要視しても物事はうまくいかない、
大切なのは一見相反するこの双方を両立させるということだ。

723 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/09/09(金) 00:29:18 ID:4npVkRVD
ジャンケン小僧と岸部露伴の勝負や、C−MOONの重力逆転による物体裏返し攻撃の描写などから見るとおり、
ジョジョの世界では「運勢」や「引力」の影響は、現実世界よりもずっと強く描写されている。
これは漫画的なハッタリとしての意味合いも強いが、それ以外にも、作者があえてそうしているという考え方も出来る。
細かい話は省くが、ジョジョの世界において「引力」は「精神力」に連なる、材料とでもいうべき重要なエネルギーであり、
現実に存在しない「スタンド」が存在するということは、それだけ人間の精神力=引力が強く描写されてしかるべきだからだ。
また、人間の精神力を現実よりもハッキリと描写できるということは、人間の精神を肯定する=人間賛歌の描写もしやすくなる。

6フェイク『男』:2005/11/21(月) 00:36:14 ID:Xekm5jMQ
716 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/09/09(金) 00:18:15 ID:4npVkRVD
強いスタンドには、それなりの理由があるものだ。
例えばアナスイの「ダイバーダウン」は物質の分子間に潜り込んで対象を変形させ、
全身で防御不可能攻撃を繰り出すという極悪なスタンドだが、これが彼の患う分解症候群の産物であることは想像に難くない。
この世に存在するあらゆるものは、知性ある人間から愚かな獣まで、
金銀宝石から石ころ塵芥まで、究極生命体からヌケサクまで皆一様に「同じようなもの」で出来ている。
分子、原子、あるいは素粒子などだ。バラバラにすれば全てが塵に還る。
恐らく彼は子供の頃から、無形の感情や精神を「物質」の付属物として、無意味なものとしか思えなかったのだろう。
そしてその心の空虚さ、それに伴う世の中への憤りが、ダイバーダウンの強さの源だったと考えられる。
だが彼は刑務所で徐倫と出会い、彼女を愛し守る中で、物質以上の無形の存在、引力=愛に目覚めた。
死の間際、自らの空虚な精神から生まれたダイバーダウンを「他者を庇うために」使うことが出来たのが、彼の成長の証だと言えよう。

465 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/08/26(金) 00:42:14 ID:1iwmjhnQ
ジョジョ各部にそれぞれ一体は登場するという、幸運を呼び込むタイプのスタンドにはいくつかの共通点がある。
1、幸運を呼び込むには、何らかの努力を必要とする。
  (漫画の予知通りに動く、30分ごとに口紅を塗る、石を破壊する、安全な位置を保ち続ける)
2、この努力自体に幸運は味方しない。従って、この努力は必ず成功するとは限らない。
  (自分の持ってる時計が狂っていたり、口紅を塗るのを思わずサボってしまったり、鏡のトリックに騙されたりする)
3、努力が失敗すれば幸運は去り、その反動として不幸が訪れる。
4、幸運を保ち続けるには、努力し続ける必要がある。
  しかし「努力」は成功する保証のないものなのだから、連続的に幸運を呼び込み続ければいつかは必ず失敗する。
5、以上のことから、幸運を呼び込むスタンドはほどほどのところで使用を終了することが望ましい。
  しかし、「30分だけの幸福」で満足できなかった山岸由香子のように、それが出来る者は少ない。

7フェイク『男』:2005/11/21(月) 00:36:57 ID:Xekm5jMQ
メチャクチャ多い。残りはまた今度。

464 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/08/26(金) 00:40:52 ID:1iwmjhnQ
スタンドとは本体の精神が形となって発現するものなのだが、
その中には『本体の抱える心の矛盾を解消する』タイプのものがある。
例えばスーパー漫画家・岸部露伴は、その超絶的な漫画執筆技術のために、様々なものを切り捨てている。
そのために生じた、家族や友人をも何とも思わず、どんな人間でも心の中では小馬鹿にしている彼の我侭さや傲慢さは、
逆に、読者が何を望んでいるのか判らない、他人に対する取材も満足に出来ないという、漫画家として決定的な弱点となった。
漫画家としての究極技術を得るがために漫画家としての本分を満たせなくなるというこの『矛盾』を解消するのが『天国の扉』だ。
『天国の扉』は、優れた芸術が人の心を開かせ、その精神を解放させるという現象を原理として発現する。
(余談だが、この原理は『自由人の狂想曲』にも通じる)
神が人心を操るかのように、そして漫画家が作中の登場人物の精神までをも掌握するかのように、
『天国の扉』は岸部露伴に現実世界の人々の精神を閲覧・操作させ、
彼は自らの『孤高ゆえの完璧さ』を保ったまま、他者の心を知ることが出来るようになったのだ。

458 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/08/26(金) 00:32:13 ID:1iwmjhnQ
スタンド能力には、各部においての傾向というものがある。
四部では非日常たるスタンドが日常に近しくなり、五部では戦いに近しくなり、六部では精神世界に近しくなる、という具合だ。
人の精神も場所と時代によって変化するものなのだから、舞台の異なる各部でスタンド能力に差異が生まれるのも順当な話だ。
そしてSBR、七部は現代より百年ほど昔の時代、場所は開拓者の集うアメリカ大陸、今よりも奇妙が身近だったころのことだ。
回転する爪、喉から出てくるフック付きワイヤー、恐竜化など、非スタンド使いに理解しやすい能力が多いのも、そのためだろう。

8名無しさん:2005/11/21(月) 02:49:27 ID:UV5.pv56
今まで何体くらいの鑑定をしましたか。
2000いってます?

9名無しさん:2005/11/22(火) 17:26:49 ID:163.BjTs
MtGではどんなデッキを愛用してますか?

10フェイク『男』:2005/11/22(火) 20:35:04 ID:3./VCccM
422 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/08/11(木) 23:25:53 ID:EvAF0OQb
超能力モノの漫画や小説などに頻出するわりには、ジョジョにはあまり登場しない能力として「概念操作」系のものが挙げられる。
恐らく、概念そのものに関わるという能力は、超能力を視覚化・具象化するというコンセプトの「スタンド」には合わないのだろう。
また、概念操作系の超能力というものは、あまりに物事の根本に関わりすぎているために、何でもありになりがちだと思われる。
これらの問題を解消するためには、対象概念を補足する段階において、何らかの特殊な条件を設定することが望ましい。

550 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/07/31(日) 13:52:53 ID:trZansl3
「『脅威』……それは『謎』があるゆえだぜッ! なぜ探知できるのか?
 謎さえわかりゃあ、てめーの能力なんざあ虫の『蚊』ほどの事もないぜッ!
 ナランチャよォーー!!」(ジョジョ五部、ホルマジオ)
どのような脅威や謎であっても、答えを解き明かすことさえできれば、問題の半分は無くなるものだ。
逆にいえば、真の『問題』とは誰にも謎を認識できず、解明も出来ないものに他ならない。
例えば『運命』は、この世の誰に対しても不可知であるがゆえに、解明されることも無く、永遠に問題であり続けるだろう。
そのような納得の得られない脅威を前に、人は心を痛め、もがき続けざるを得ない。

547 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/07/31(日) 13:49:09 ID:trZansl3
本体の精神が有する凶暴性をスタンドに引き写した能力として、シアーハートアタックやパープルヘイズなどが挙げられる。
これらのスタンドがどれだけ本体の手を離れて勝手に動いているかは、本体が自身の精神をどれだけ制御できているかに拠る。
すなわち、吉良は自らの理性と衝動を分けて考え、その高い知能によって殺人癖をうまく飼い慣らしているがゆえに、
そのスタンドの一部を自動操縦として切り離し、利用することが出来ている。
その一方、フーゴは自身の激情を全く抑えられず、更に(恐らくは)彼自身、自分のカッとなる性分を疎んじているがために、
そのスタンドの能力・殺人ウィルスは全く制御できず、それどころか自身を害することすらもありえる。

11フェイク『男』:2005/11/22(火) 20:35:24 ID:3./VCccM
661 :フェイク『男』:2005/07/10(日) 13:35:27 ID:QB+XmUTo
荒木飛呂彦の世界観において、「蝿」は死の象徴であるそうだ。
死体にたかる害虫の中でも、とりわけ無機質さを感じさせるからだろうか。

619 :フェイク『男』:2005/07/10(日) 08:02:17 ID:QB+XmUTo
西洋の伝説やファンタジーで有名な「ドラゴン」が火を吹くのは、
その原型である蛇の毒が、焼けるような痛みを伴うことが起源だそうだ。

617 :フェイク『男』:2005/07/10(日) 07:59:02 ID:QB+XmUTo
タロットカード二十番目、最後の一つ前である「審判」は、キリスト教における「最後の審判」を意味する。
黙示録によれば、この世の全ての死者は「審判の日」に天使がラッパを吹くことで土の中から呼び覚まされ、
天使から裁きを受けることで、善人は天国へ、悪人は地獄へと送られるそうだ。
ジョジョ三部の「審判」は勿論のこと、六部の「アンダーワールド」もまた「審判」を暗示としているスタンドだと言える。

615 :フェイク『男』:2005/07/10(日) 07:54:59 ID:QB+XmUTo
タロットカード一番目の「魔術師」は、物事の始まり、無限に湧き出すエネルギーを暗示している。
宇宙の創世、生命の誕生などより判るとおり、何かを始めるには凄まじい活力を必要とするのだ。
そしてこの無限に等しいエネルギーは、タロットカード二番目の「女教皇」が暗示する、
「冷静な判断力」や「深い考え」によって正しく使われることとなる。

12フェイク『男』:2005/11/22(火) 20:36:09 ID:3./VCccM
853 :フェイク『男』:2005/07/02(土) 00:35:54 ID:mpgIuZi3
スタンドが精神力の発現である以上、精神を操作する能力というのは非常に危険なものだ。
特に「ヘブンズドアー」や「ホワイトスネイク」のような万能の精神操作ともなれば、強いという以上に傲慢ですらある。
そしてそれは、本体が神のごとく擬似的に一つの世界を作り出す「漫画家」であったり、
人の法ではなく神の法によって人々を導くという信念を持った「神父」であるがゆえであろう。

849 :フェイク『男』:2005/07/02(土) 00:31:53 ID:mpgIuZi3
神の名を意味する「王の中の王」DIO、悪魔を意味する「帝王」ディアボロなどより考えるところ、
人間の出自でありながら、それ以上の視点から人間を統べる存在、それが「帝王」ではなかろうか。

848 :フェイク『男』:2005/07/02(土) 00:30:40 ID:mpgIuZi3
巷には「人間は手を動かすことで脳を発達させた」という学説があるらしいが、多くのスタンドも手を使う運動の方が得意なようだ。
人型のスタンドの場合、まずは拳によって能力を発動させるのが常道だと言えるだろう。

847 :フェイク『男』:2005/07/02(土) 00:29:32 ID:mpgIuZi3
「群体スタンド」というものは総じて強いと思われがちだが、必ずしもそうだとは限らない。
強い群体スタンドといえば断然「ハーヴェスト」だが、あの格闘能力は物を運び集めるという能力の応用だと考えることも出来る。
攻撃対象の肉をえぐるような攻撃だとか、頚動脈に穴を空けるようなパンチも、単純な腕力ではなく能力を利用したものだということだ。
それでもハーヴェストが強いことに変わりはないが、群体スタンド全てがあれほど強いわけではなく、
むしろ一体一体の小ささから、自分の能力に関わらない分野ではとりわけ無力なものだ。

13フェイク『男』:2005/11/22(火) 20:36:23 ID:3./VCccM
353 :フェイク『男』:2005/06/26(日) 02:10:35 ID:7Ss4MKBY
「素数は1と自分自身でしか割れない孤独な数字……私に勇気を与えてくれる」(プッチ神父)
上記の台詞から推測するに、プッチ神父の「素数を数える癖」は、彼が孤独を紛らわせ勇気を奮うためのものであるらしい。
神父は誰にも理解されない目的を抱え、ずっと一人で戦ってきたからだ。しかし、これは彼に限った話ではない。
素数が1と自分自身でしか割れない数字であるように、自分の心を理解できる(割り切れる)者は自分自身だけ、これは普遍のことだ。
そしてこの場合「1」とは「神」を意味する。

553 :フェイク『男』:2005/06/17(金) 14:45:47 ID:Lpee2eT+
擬音を実現化する「エコーズAct2」は、いったいどのような原理であれほど様々な効果を再現しているのだろうか。
IDスタンド変換の一覧表では、このスタンドは「精神変化系」となっている。
擬音に触れた相手へ幻覚を見せて効果を再現しているのなら、確かに何でも出来るような表現にも納得がいくのだが、
「ボヨヨン岩」の例など、これにそぐわない事例もある。
ここからは私の想像なのだが、あのスタンドは音から派生した「振動」を介し、
様々な運動エネルギーを再現することで、色々な音の感覚を再現しているのかもしれない。
「ドッゴーン」は衝撃、「ドジュー」は摩擦熱、「ボヨヨン」は衝撃吸収と反射といったような具合だ。
何にせよ、擬音を張り付ければありとあらゆるどんなことでも再現できる万能の能力というわけではないのだろう。

549 :フェイク『男』:2005/06/17(金) 14:42:15 ID:Lpee2eT+
自動操縦の頃のハイウェイスターは、スタンドの始動射程が異様に広い──
つまり「出したり消したり」を異様な広範囲で出来るのだが、
これは本体が意識不明の状態であることによる、集中力の散漫さによるものだと推測できる。

14フェイク『男』:2005/11/22(火) 20:36:40 ID:3./VCccM
796 :フェイク『男』:2005/06/10(金) 11:44:07 ID:kAsYHWsA
グレイトフルデッド(自分自身を自由に老化)、メタリカ(鉄分による迷彩)、
グリーンデイ(カビで肉体断面を保護)、ウェザーリポート(本体周辺が濡れないよう雨を降らせる)など、
無差別攻撃型のスタンドでも、自分自身に対してだけは精密な作業が可能なタイプがある。
普通のスタンドが近距離でパワーを発揮できるように、これらのスタンドは近距離でこそ精密さを発揮できるのだろう。

344 :フェイク『男』:2005/06/05(日) 07:53:37 ID:Huf1sl3Q
君は病に冒されている。
その病は今のところ致死率100%で、治るためには死ぬしかない。
『命』という名の病だ。

338 :フェイク『男』:2005/06/05(日) 07:42:28 ID:Huf1sl3Q
トト神、シンデレラ、竜の夢など、運勢を操作する能力には、必ず幸運を手にするための努力が必要となる。
また、この努力の達成自体には幸運は味方しないらしく、油断すれば幸運は去り、その反動として不幸が訪れるようだ。

333 :フェイク『男』:2005/06/05(日) 07:12:36 ID:Huf1sl3Q
ジョジョとは全く関係ない話だが、海外版ドラクエ6ではスライムベホマズンは「Slime Behemoth」と訳されているそうだ。
Behemothといえば、聖書において一匹なのに複数形で呼ばれるほどの巨体を備えた怪獣であり、
来るべき「最後の審判」の日には世界中で復活した人々の食料になる予定として神に創造されたそうだ。
己自身の巨体から来る生命力を、戦いよりも他者の癒しに専門化したスライムベホマズンにふさわしい名称だと言えよう。

331 :フェイク『男』:2005/06/05(日) 07:09:29 ID:Huf1sl3Q
モンスターの語源は『警告』──奇怪な生物を神の警告としたことより

15フェイク『男』:2005/11/22(火) 20:36:58 ID:3./VCccM
330 :フェイク『男』:2005/06/05(日) 07:08:22 ID:Huf1sl3Q
「考えるな、感じろ」とは、ブルース・リーの映画「燃えよドラゴン」の台詞だ。
拳法をマスターするためには、それを理論的に考えることではなく、
身体の感覚で判るようにまで鍛えなければならない、という意味で出てきたらしい。
これは確かにとても大切なだろうが、更に先に進みたいならそれだけでは足りない。
つまり「感じたなら、考えろ」の姿勢だ。

329 :フェイク『男』:2005/06/05(日) 07:06:54 ID:Huf1sl3Q
ムーディーブルースのリプレイ能力が、本体アバッキオの過去への悔恨から発生していることは言うまでもないが、
このスタンドがリプレイ中、他の行動は全くできない無防備状態になってしまうのは、
本体の「絶対の支配者にただ従っているときだけは平穏を保てる」という心の現れだと考えられる。
とすれば、ムーディーブルースの最期、リプレイ中でありながらリプレイには無い行動、
石の壁面にデスマスクを押し付けて刻み込むことが出来たのは、
このときをもって、ようやく彼の心の闇は晴れ、絶対の支配者にただ従うだけではなく、
自分の意志を持って動き出すことが出来たということなのかもしれない。

490 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/05/27(金) 00:59:32 ID:slQZ2Rp8
「テルビューチェ」という珍妙な武器が、オセアニアの辺りに存在するそうだ。
これは短めの木刀に鮫の歯をいくつも埋め込んだもので、ノコギリにも似た凶悪な見た目と、恐るべき鋭さを有するものらしい。

16フェイク『男』:2005/11/22(火) 20:37:12 ID:3./VCccM
483 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/05/27(金) 00:52:16 ID:slQZ2Rp8
メイド・イン・ヘブンによって数巡した後の世界にも、アイリンやアナキスなど、以前の世界と似た人物が登場する。
ここで注意しておきたい点は、彼らが徐倫やアナスイと魂が同一である存在、いわゆる「生まれ変わり」とは異なるという事だ。
プッチ神父の解説の通り、加速する時の中で死亡した者は、その魂すらも「次の世界」に到達することは出来ないからだ。
しかし、この世の運命が同じような形で進行し、同じような宇宙、太陽系、地球、大地や歴史が紡がれるなら、
そこに生まれる人々もまた、同じようなものとなるという理屈がある。
つまり、徐倫やアナスイの魂が「復活」したのではなく、新たに「再現」されたものがアイリンやアナキスであるということだ。
彼らは悪しきDIOの因縁から離れて再現されたがゆえに、刑務所に収監されるような罪を負わず、恐らくはスタンド能力も持たない。
だが「星の痣」は失われなかったように、悪しきものたちも形を変えてこの世界に再現されようと不思議ではない。

202 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/05/23(月) 23:06:34 ID:QUMVUC7y
キングクリムゾンの「時飛ばし」は射程に制限があるかのように思われているが、
原理的にはあの能力は全世界に影響を及ぼしていると考えられる。
ただ、本体ディアボロからあまりに離れすぎている者はその精神が飛ぶことも無く、なんら異常に気づかないのであろう。
(というよりも、本体ディアボロに近い位置に居る者は、時を飛ばす能力の影響を強く受けて意識が飛ぶと言ったほうが正しいか)

198 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/05/23(月) 23:00:52 ID:QUMVUC7y
人間の精神というものは脳だけで形成されるものではなく、肉体の影響も大きいそうだ。
聞くところによると、心臓を他人から移植した人物が、体内のホルモンバランスの変化によって、
その食べ物の趣味だとか、性格まで別人のように変わったということもあったらしい。
一部、六部の回想から三部初期、三部後期でやたら性格が変遷するDIOも、
恐らくジョナサンの肉体が馴染むにつれて、その性格にも影響を受けてしまったのだろう。

17フェイク『男』:2005/11/22(火) 20:37:28 ID:3./VCccM
197 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/05/23(月) 22:59:26 ID:QUMVUC7y
スタンドの体格が立派なわりにはパワーを持たない異色のスタンド「C−MOON」
このスタンドは、恐らくホワイトスネイクからメイド・イン・ヘブンへと変異する「途中」をスタンド化したものだと思われる。
つまり水瓶の中の水を全て抜き出した後であるかのように体格に反してパワーは無く、
またパワーがゼロであるがゆえにこの世でもっとも微小な力である「引力」を操るに至ったのだろう。

193 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/05/23(月) 22:54:50 ID:QUMVUC7y
ジョジョにおいて、時の流れや運命というキーワードが非常に重要な意味を持っていることは言うまでも無い。
そこで考えるに、それらを扱う時間・運命操作系のスタンドは以下の三種類の属性に分類することが出来る。
1:「神」…時間の流れや運命を認めた上で、自分だけがそこから完全に自由になるもの。(星の白金、世界、メイド・イン・ヘブン)
2:「悪魔」…時間や運命を否定し、消し去るもの。(バイツァ・ダスト、キング・クリムゾン)
3:「人間」…時間や運命に対してそこそこに折り合いをつけるもの。(トト神、シンデレラ、ローリングストーンズ、竜の夢)

588 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/05/16(月) 23:14:13 ID:7qNQAQAG
ジョジョ本編で明示されることではないが、スタンドというものは基本的にそれ単体で存続している主体的なものではなく、
あくまでも本体なり、憑依対象なりを介して存在する従属的なものと見なされているようだ。
いわば「物体」よりも「エネルギー」とか「現象」と言うべき存在であり、
そのせいか、スタンドのみを対象に能力を発揮するスタンドというものはあまり見当たらない。
また、存在する「対スタンド用のスタンド」というものは、その能力の目的が非常に判りやすいという一面もある。
スタンド使いが他者のスタンドに干渉する場合は、スタンドの主体たる精神への攻撃を兼ねることが多いようだ。

18フェイク『男』:2005/11/22(火) 20:37:44 ID:3./VCccM
586 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/05/16(月) 23:10:56 ID:7qNQAQAG
直接戦闘力を持たないスタンドの中には、他者と共生関係を築こうとする者もある。
亀のスタンド「ミスター・プレジデント」もその一つで、
飼い主に対して快適な空間を提供する代わりに、飼い主に自分をも守ってもらうという理屈だ。

583 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/05/16(月) 23:06:11 ID:7qNQAQAG
ジョジョの世界では全ての物体やエネルギー、あるいは人間の精神に至るまで、全ては「引力」より形作られている。
宇宙の始まりである「特異点」からは最初に「引力」が誕生し、その他の物理的な全てに先立った。
また、この「引力」は人間の知性と精神をも導き出し、全ての霊的な物事の大元となった。
これを名づけるなら「唯力論」とでも言ったところか。

581 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/05/16(月) 23:04:02 ID:7qNQAQAG
架空の生物ロッズを操るスカイハイ、その能力の射程距離は「視界内」となっている。
これは本体リキエルの精神の二つの側面、即ち、
アポロ11号のごとくどこまでも遠くまで自分の精神を到達させてやるという「成長志向」と、
その一点に集中するがゆえに生じる「視野の狭さ」を表していると言えるだろう。
このことは、視覚を捨てて星の痣による感知能力を研ぎ澄まし、
それによってリキエルを撃破した徐倫との対比にもなっている。

19フェイク『男』:2005/11/22(火) 20:40:37 ID:3./VCccM
これだけの文を見ていると、俺自身でもいったい何を書いているんだって気分になってくる。
残りは後だ。

>>8
昔は数えていたが、面倒なのでやめた。2000は超えてるだろうな。

>>9
カードゲームか? 名前しか知らない。

20名無しさん:2005/11/22(火) 23:22:17 ID:2x/74O/6
『倉庫』や『新手』に対して一言。

21フェイク『男』:2005/11/24(木) 23:08:18 ID:Jz5jun06
91 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/05/10(火) 23:24:42 ID:qimGsMxB
スタンドのパラメータの中では軽く見られがちな「持続力」だが、これは長期戦においては重要な力となる。
ほとんどのスタンド使いが短期決戦向きであり、また本体が生物である以上は、食事や睡眠などの生理現象も起こり続けるものだ。
それらの隙をチクチクと攻めるような攻撃ならば、パワーなど関係なく強者を圧倒できることだろう。
ただ、残念ながらこの戦法はジョジョには似合わないらしく、マライア戦くらいしか例が無い。

445 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/05/02(月) 20:18:29 ID:MjK4I0dq
湿地帯で生まれたフー・ファイターズは、聖書における「アダムとイブ」を暗喩している。
つまり、ホワイトスネイク(神)のDISK(生命と知恵の実)を守るために存在する彼らは、
徐倫(蛇)にそそのかされて何も考えずに暮らしていける湿地帯(楽園)を去り、
それによって人間性に目覚めていく(原罪を背負って生きていく)こととなったという具合だ。
なお、最初に二体出現したフー・ファイターズは、それぞれが「アダム」と「イブ」を意味しているとも捉えられる。

440 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/05/02(月) 20:11:45 ID:MjK4I0dq
当然のことだがあえて説明すると、∞という能力値はすぐさまに無限大の力を振るうということを意味しない。
単に能力値がどこまでも変動できるというだけのことだ。

22フェイク『男』:2005/11/24(木) 23:08:38 ID:Jz5jun06
435 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/05/02(月) 20:02:32 ID:MjK4I0dq
「ホワイトスネイクについての考察Ⅳ」
ホワイトスネイクはスタンド像自体をドロドロに溶解させることで、遠近両用型の特性を得ている。
本来は「純粋ではない肉体や物質」を溶かすための溶解効果が、何故ホワイトスネイク自身に適用されるのか。
それはこのスタンドの本体プッチ神父が、このスタンドを「自身の心の穢れ」であると認識しているからだ。
詳しい話はまた別の機会にするが、プッチ神父は人間の精神のうち「理性」を尊び、「感情」を否定する論理の持ち主だ。
自分の妹の記憶を保存したいという利己的・感情的な目的によって発現したこのスタンドは、
プッチ神父自身にとって自分の心の浅ましさの象徴だと思えたのだろう。
またこのことは、聖職を志す彼が自分の能力に「蛇」と名づけていることや、
彼の心の迷い、天国への不安を反映した「C−MOON」がホワイトスネイクと似た姿をしていたのに対し、
完成した「メイド・イン・ヘブン」がホワイトスネイクの特徴を全く無くしていることからも窺える。

434 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/05/02(月) 20:01:15 ID:MjK4I0dq
「ホワイトスネイクについての考察Ⅲ」
ホワイトスネイクの能力は基本的に「接触発動」であるが、
このスタンドは溶解した自分自身を「空気中に舞い散る微粒子」に乗せて散布することで、
自身の溶解・DISK作成・DISKを介した幻覚の各能力効果をある程度の空間全体に影響させることが出来る。
例えば「面会室の戦い」ではタバコの煙を、「湿地帯での戦い」ではウェザーの作った霧を利用していた。

23フェイク『男』:2005/11/24(木) 23:08:52 ID:Jz5jun06
433 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/05/02(月) 20:00:11 ID:MjK4I0dq
「ホワイトスネイクについての考察Ⅱ」
本体の近距離では強力なパワーを有し、また離れた距離でもそこそこの活動が出来るという、
いうなれば遠近両用型とでもいうべきスタンドが存在する。
これらのスタンドは「自らのパワーを強くも弱くもすることが出来る」ことにより、これを成立させている。
例えばスタープラチナのような強力なスタンドは、その強さゆえに本体の近距離でしか存在できない。
一方でラバーズのような非力なスタンドは、その非力さゆえに遠距離でも活動できる。
そして遠近両用型のスタンドは近距離では強く、遠距離では弱くなることでこれを両立させるのだ。
本編では鉱物全般と同化・実体化している変身スタンド「ハイプリエステス」などに加え、
自身をドロドロに溶解させることでそのスタンドパワーを落とし、
本体の近距離でのみ自身の本来の固いパワーを発揮する「ホワイトスネイク」もこれに該当する。

431 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/05/02(月) 19:58:33 ID:MjK4I0dq
「ホワイトスネイクについての考察Ⅰ」
ジョジョの中でも能力の不明瞭さについてはトップクラスとも言えるスタンド、ホワイトスネイク。
DISK作成、幻覚、溶解と様々な能力効果を有し、巷では他者のスタンドDISKを奪ってこれらの能力を得ているとの見方もある。
だが、私が考えるところでは、これらの効果は全てホワイトスネイクの能力の一部であると見なせる。
ホワイトスネイクの能力とは「穢れた肉体を洗い流し、純粋な精神のみを固めて保存する」というものだ。
あのドロドロに溶かす能力は、純粋には成り得ない物質の類の全てを洗い流すことを意味している。
また、溶解効果を通じて対象の頭部に生成される「DISK」に対して記憶の改竄を行えば、
相手は現実でない出来事を事実として捉えてしまう、つまり「幻覚」を見ることになる。

24フェイク『男』:2005/11/24(木) 23:09:04 ID:Jz5jun06
788 :フェイク『男』:2005/04/24(日) 19:00:00 ID:3XSaoMXc
「繋いだ手錠の振動の感覚か……?
 違う、『凄み』だ……こいつ『凄み』で私の攻撃を探知したんだ……
 刑務所に来た頃は、メソメソしていたただの小娘だと思っていたのに……」(プッチ神父、徐倫との交戦中にて)
上記の台詞は、一見は根性バトル系の強引な展開を認めるようにも思えるが、実際はそうではない。
この戦闘を考察するなら、理論としては一行目の「繋いだ手錠の振動の感覚」で正解だと思われる。
だが、たとえ理論上は可能であろうとも、極限の状況、一瞬でそのような綱渡り的行動を行える徐倫の精神力の方が、
技術そのものよりも注目に値するとプッチ神父は判断したのだろう。
ジョジョの戦闘は理屈ばかり先に立っていると思われがちだが、理屈ばかり達者ならそれでいいというわけではない。
そしてもちろん根性さえあれば何でも出来るというわけでもない。その両方が必要だということだ。

433 :フェイク『男』:2005/04/20(水) 16:53:57 ID:9Z39l8Sh
「運命」に肉体や実体を求めるなら、それは「世界」だと言える。
運命とはこの世に起こる因果の総計であり、この地球、太陽系、更には宇宙全体をも巻き込んで存在しているものだからだ。
そして我々人間もこの世界の中に生きるものだが、我々は他の知性の無い動物とは異なり、運命に悩み、苦しむ立場にある。
それは、我々人間に対して、この世界があまりに巨大だからだ。そして世界は「知性」を持っていない。
少なくとも人間の誰も世界に「知性」を見い出すことなんか出来ないだろうし、理解も出来ない。
言葉の通じる人間同士ですら争いあうというのに、話の通じない世界を制御することなどとても困難なことだ。
だからせめて、人は「世界」に自分たち以上の「知性」があると仮に認め、その意志に適うような人生を送ろうと思うのだろう。
「運命」に意志や精神性を求めるなら、それは「神」だと言える。

25フェイク『男』:2005/11/24(木) 23:09:16 ID:Jz5jun06
431 :フェイク『男』:2005/04/20(水) 16:47:50 ID:9Z39l8Sh
ジョジョ本編のスタンドバトルでは、あまり集団での戦闘というものは見られない。
漫画作劇上の問題として、あまりに大人数がいくつもの超能力を扱い、
それら一つ一つを描写しきることなど出来ないのだろうが、一応、作中にもその理由を見い出すことは出来る。
敵キャラあたりによく見られる理由は、彼らが集団行動を酷く苦手とするということだ。
彼ら敵キャラはせいぜいコンビでしか行動しないし、同僚にも自分の能力を教えていないということも珍しくない。
このせいで、彼らはしばしば各個撃破される。これは恐らく、スタンド使い全般に偏在する性格的な問題なのだろう。
(三部の花京院もそれに思い悩んでいた描写がある)
一方の味方キャラ……つまり、ジョジョとその仲間たちは、相互に協力し合う体勢を取っている。
彼らは例えどんな状況でも仲間を見捨てず、一人のために全員が危険に立ち向かう。
そこのところを逆に利用され、人質を取られて一網打尽にされることもよくある。

430 :フェイク『男』:2005/04/20(水) 16:46:43 ID:9Z39l8Sh
たとえスタンドであっても、強力なパワーを振るえばそれに応じて『反作用』が発生する。それを受け止めるのは本体の精神力だ。
近距離パワー型のスタンドがラッシュを放ち凄まじいパワーを発揮するということは、
それだけの破壊力を発生させる本体の精神の荒々しさを意味するだけでなく、
その反動を自身で受け止めきるという精神のたくましさ、頑丈さをも意味する。
ただし、例えば本体が自動車などに乗っているときに外部にパワーを振るおうとするなら、
その反動は本体の精神力よりも弱い自動車に伝わってしまうというような現象も起こる。(「運命の車輪」戦を参照)

26フェイク『男』:2005/11/24(木) 23:09:29 ID:Jz5jun06
422 :フェイク『男』:2005/04/20(水) 16:34:01 ID:9Z39l8Sh
スタンド使いはあまり「武器」を使わない。
これは純粋に漫画作劇上の問題であり、超能力バトルに現実の武器を持ち込み、それが充分に有用とあっては、
超能力の面白さが失われるというそれだけの問題なのだが、これを無理矢理に作中の事情で説明付けるならば、
外部の兵器に頼ればそれだけ自身の精神力が失われ、スタンドパワーは弱まるとでも解釈できる。
例外は、武器の存在がスタンド能力に関連する場合だ。このケースには二種類ある。
一つは「セックス・ピストルズ」や「マンハッタン・トランスファー」のように、特定の武器を使うことを前提としたスタンド、
もう一つは「エニグマ」「ジェイル・ハウス・ロック」「C−MOON」のように、
その武器の使用がスタンド能力の応用の一つとして活用できている場合だ。

815 :フェイク『男』:2005/04/11(月) 18:24:24 ID:qP2IR9Sm
「スタンドに強い弱いの概念は無い」とはDIOの言葉だが、これは確かにその通りだ。
もしもあるスタンドを「強い」と感じるのなら、それはスタンドだけを見ているからだ。
スタンドとは本体の精神性が形となったものあり、人間の精神性とはその人生によって構築されるものだ。
つまり強いスタンドを有する者は、それだけ「非凡な」人生を背負い、またこれからも「過酷な」運命を歩んでいくものと考えられる。
「長所と短所は表裏一体、ままならぬもの」──スタンドが強ければ、それだけ本体の人生も苛烈となるということだ。

27フェイク『男』:2005/11/24(木) 23:09:45 ID:Jz5jun06
811 :フェイク『男』:2005/04/11(月) 18:20:43 ID:qP2IR9Sm
ジョジョ三部の段階では、スタンド能力はタロットカードによる暗示によって分類されていた。
これは漫画的には超能力の元ネタをタロットから引っ張ってきたというだけの話だが、
作中の理論では恐らく、タロット占いやカードの暗示を通じて「スタンドの鑑定」をしていたのだろうと思われる。
人間の性格や精神を人間自身の理屈によって完全に解き明かすことが出来ないように、
スタンド使いといえども能力の本質を、自身の力だけで全て見通すことは出来ないものだ。
「スタンドの神秘」はスタンドでは明かせないがゆえに、タロット占いという別分野の知識を用いたのであろう。
(なお、四部以降では、精神を支配し他者の能力を見破るようなスタンドもいくつか登場したものの、
 例えば岸辺露伴はジャンケン小僧やチープトリックに不意討ちを受けたし、プッチ神父はロッズの一撃を食らったりした。
 「スタンドの神秘性」をスタンドそのもので解き明かすのは、やはり危険なことなのだ)

447 :フェイク『男』:2005/04/07(木) 00:18:31 ID:dVrREvBv
スタンドというものは「個人」の精神力を周囲に投影するという、極めて身勝手な代物であり、
これは個人の枠を超えて存在する「社会」に対して明らかに反する存在だ。
多くのスタンド使いが集団行動せずに単独で戦闘し、奇抜な髪型や服装を好んだり、
良識あるスタンド使いは自らの能力を隠して生活していることからも明らかであろう。
(ジョジョに限らず、「社会から隠れて活動する超能力者」というのはよくあるモチーフだ)
ジョジョの場合、スタンド能力が個々によって全く異なるという事情もあり、
このような先端化された異能力が社会的に認められるということは無いだろう。
なお、ジョジョ六部においては「緑色の赤ん坊の誕生」「ボヘミアン・ラプソディ」「ヘビーウェザー」など、
社会的な騒ぎになるであろう事件が数多く起きたが、全ては宇宙の一新によって無かった事にされた。

28フェイク『男』:2005/11/24(木) 23:10:20 ID:Jz5jun06
443 :フェイク『男』:2005/04/07(木) 00:14:44 ID:dVrREvBv
ジョジョのテーマである人間賛歌とは人間の精神を尊ぶ姿勢であり、またスタンドとは生物の精神から生じるエネルギーだ。
ジョジョ本編において、相手の精神を扱う能力、特に精神を完全掌握する能力は、人の技ではなく神の領域であるとして描かれている。
例えば「岸辺露伴」は自らが創造主として漫画を描き、またそのスタンドは実在の他人をも漫画のキャラクターのように捉える能力だ。
あるいは「プッチ神父」は神に仕える聖職者であり、そのスタンドは崇高な目的のためだけに使用される。
彼らのような「神」に通じる偉大さ、及び傲慢さが無ければ、精神掌握などの能力はとても扱い切れるものではないのだろう。

29フェイク『男』:2005/11/24(木) 23:10:40 ID:Jz5jun06
808 :フェイク『男』:2005/04/01(金) 00:09:00 ID:KRi+7HgO
ジョジョは人間と人間以外のものの闘いを通じて表現される「人間賛歌」の物語だ。
これまでのラスボスをざっと見てみるだけでも、一部は人間を超えた吸血鬼、二部はあらゆる生物を超えた存在と、
人間を遥か離れて超越し、人間たちを自在に操ろうとした存在だったし、
三部以降については更に「運命」という巨大な問題までもが加わってくる。
三部のDIO(イタリア語で「神」)のスタンドは、時と運命の止まった世界で自分以外の全てのものを自在にする、
まさしく運命を操り天上から人々を見下ろす神のような能力であり、
それに対する五部のディアボロ(イタリア語で「悪魔」)のスタンドはは、自身へのあらゆる運命を無効化し、
神の定めた運命も人々の努力も吹っ飛ばして結果を手にする、地底より神と人々を引きずり落とすような悪魔の力だった。
四部の吉良(Killer)が人でありながら己の悪魔的欲望によって人を殺す「殺人鬼」、
その最後に得たスタンド能力が己の過去の暴露を打ち消すための「運命の巻き戻し」ならば、
六部のプッチ神父は人でありながら人の法より神の法に従う「神父」、
その最後に得たスタンド能力は全人類に未来を知らしめるための「運命の早送り」だった。
何故これほどまでに、人は運命と戦うのだろうか。それは「成長」のためだ。
不可能を可能にしようとすること、人間が自分以上のものを超えようとすることこそが、
始めは獣同然だった人類をここまで発展させてきた要素だからだ。
人間の「本性」より出でるこの挑戦心を見事達成した者の伝説は、それこそが「英雄譚」として語り継がれる。

30フェイク『男』:2005/11/24(木) 23:13:21 ID:Jz5jun06
>>20
面白そうだとは思う。
だが、あのような大勢の人間の協調を必要とする楽しみ方には、
私のような一人で突っ走る作風は合わないだろうな。

31フェイク『男』:2005/11/29(火) 21:04:14 ID:T3TywN96
708 :フェイク『男』:2005/03/30(水) 20:27:33 ID:omP/cVzX
無差別攻撃型のスタンド能力というものは、それ自体が自分の思想を周囲に押し付けようとする本体の精神性を表している。
そんな中、「ザ・グレイトフル・デッド」というスタンドは無差別型の能力にしてはかなり紳士的な性質を備えていると言える。
老化の能力は派手に動いて体温を上げた者に大きな効果を発揮するということは、
逆に言えば巻き込まれた一般人などもじっとしてれば助かるかもしれないということだし、
記憶力が老化するために事件の後は人々の記憶も薄れ、異常事態への恐怖も長くは残らない。
また、老化という能力自体や本体の言動からは、彼の生と死に関する厳格ながらも筋の通った考え方を見ることが出来る。
ザ・グレイトフル・デッドの本体プロシュートは、非情ではあるが決して非道な人物ではないということだ。

703 :フェイク『男』:2005/03/30(水) 20:21:29 ID:omP/cVzX
「逃げるんだよォ! スモーキーーーーッ!!」(ジョセフ)
「ジョースター家には伝統の戦い方が一つあってな……それは『逃げる』」(承太郎)
「オレと、このオレの愛馬は生まれついての『逃げ馬』だ」(ジャイロ)
ジョジョ(やSBR)では、「逃げる」という行為それ自体は否定的には描かれていない。
戦いそのものを放棄するのではなく、戦術の一環としてならば充分認められた戦法として捉えられているようだ。
ひょっとしたら、この世に「運命」のような真正面からでは決して勝てない相手があるからこそ、
力任せではなく小細工で何とかしてしまおうという荒木の心意気なのかもしれない。

32フェイク『男』:2005/11/29(火) 21:04:47 ID:T3TywN96
500 :フェイク『男』:2005/03/28(月) 18:57:35 ID:hrqmLlJt
ファンタジーなRPGとか、最近の漫画の中では、しばしば「氷属性」とか「闇属性」などという設定を見かける。
だが現実においては、冷気や闇などは主体的に存在しているわけではなく、ただ熱や光の無い状態をそう呼んでいるに過ぎない。
それと同様に、精神というものもそれ自体が自立的に存在しているわけではなく、肉体や生命活動から発生する「現象」であるだけだ。
従って、「肉体の無いところで動き回る幽霊」だとか、「精神エネルギーで発動する超能力」なんてものは、
「光とは無関係に存在して動き回る闇」などと同様、現実には存在しないものだ。
(ここまでは俺の主観だが、まあ、同意してくれることを望む)
だがジョジョの世界は、基本的には現実同様「魂は肉体の影のようなもの」として設定されているものの、
時として精神が肉体から解放され、肉体とは無関係に、自立的・主体的に活動することがありえる。
それが「魂」や「幽霊」といった実体であり、「スタンド」というエネルギーだ。

33フェイク『男』:2005/11/29(火) 21:05:02 ID:T3TywN96
966 :フェイク『男』:2005/03/24(木) 07:40:30 ID:h+WJJro5
このたびのSBR再開にて、ジャイロの父親の詳細が語られていた。以下ネタバレ注意。
彼の人生は「思い出」を抱えることを避け、なるべく感情を排除しようというものだった。全ては重大な任務のためだ。
彼ら一族の生き方は立派だし、非難されるいわれは無い。だが、いつまでもこれを後世に伝え続けることは出来ないだろう。
人間賛歌の原動力は「思い出」の中から生まれる。(詳しくはジョジョ六部、フー・ファイターズの独白を参照)
彼らの生き方は任務のためとはいえ、人間原理を否定してしまうものである以上、いつかは革新されてしまうと思われる。
(彼らのやり方はネアポリス王国の当時の「法」に沿ったものだ。恐らく「法」の近代化に伴い、ツェペリ一族も変わるだろう)
そしてこのように、グレゴリオ・ツェペリは、SBRのストーリーにおいて「乗り越えるべき運命」の象徴として描かれている。
今までの運命が無ければここまではこれなかったが、時代に合わないものはいつかは断ち切られるだろう。
子が親を乗り越えるべくあるように、ジャイロにとってグレゴリオとはそのような立場にあるようだ。
(ちなみに、若き日のグレゴリオがプッチ神父に似ているのはそのせいなのかもしれない。あの顔は運命を感じさせる顔なのかも)

34フェイク『男』:2005/11/29(火) 21:05:15 ID:T3TywN96
783 :フェイク『男』:05/03/20 06:45:58 ID:1GSTBZfg
「自由人の狂想曲」は地球上のあらゆるファンタジーキャラクターを実体化させるスタンドだ。
それらのキャラクターは原作と同じように行動するため、
ケンシロウとラオウの戦いで壊滅した西新宿のように、実際の被害が発生する危険性がある。
だが、例えばドラゴンボールなどのように、地球を破壊するほどの被害を描いた漫画も多く存在する。
ドラゴンボールでは最終的に地球は無事だが、地球が破滅して終わりの漫画も少数は存在するのは確かだ。
自由人の狂想曲は何故そのような破滅的出来事を再現できなかったのだろうか。
これは、自由人の狂想曲のスタンドパワーが弱いとかいうような問題ではない。
自由人の狂想曲は作者の「創作エネルギー」を実体化させるスタンドなので、
地球破壊が成されなかったのは、単に「地球を破壊する描写をした作品」のどれもが、
真に地球を破壊するようなパワーは無く、創作エネルギーが不十分だったというだけのことだ。
作者が魂を削って発揮する「創作エネルギー」というのはそれだけ重要で稀なものであり、
それを伴わない、単なる漫画もどきの妄想にパワーなどは無い。
(なお、この考察に他の漫画や漫画家をけなすような意図は無い。
 地球で一番のベストセラーである「聖書」も、全人類の半数ほどしか知らないし、
 例えば、その全人類が皆一斉に「星の白金」並みのラッシュを地球に放ったとしても、地球そのものにダメージは無いだろう。
 地球一つというのはそれだけ馬鹿でかい存在だというだけのことだ)

35フェイク『男』:2005/11/29(火) 21:05:30 ID:T3TywN96
617 :フェイク『男』:05/03/16 01:19:35 ID:Dtvo8hYr
確か五部中盤辺りでのジョジョ十周年記念の作者インタビューで読んだ話なのだが、
「波紋」能力が二部までで終わり、三部から「スタンド」能力に移ったのは、
ジョジョの「人間賛歌」のテーマを踏まえてのことだそうだ。
「波紋」の設定では人間の精神性を追求することが出来ず「肉体賛歌」になってしまっていたので、
人間の精神を視覚化した「スタンド」能力を設定したのだという。
人間の精神を尊ぶという「人間賛歌」の視点から見れば、相手の精神を操る能力というものは最も「酷い」能力だといえる。
人の身でありながら神のごとく人心を規定しようというのだから、傲岸不遜もいいところだろう。

616 :フェイク『男』:05/03/16 01:18:27 ID:Dtvo8hYr
「星の白金」と「世界」が同じタイプのスタンドであるのならば、
「星の白金」にも「天国へ行く方法」を宿すことは出来たのだろうか。
恐らくそれが出来ると考えたからこそ、承太郎は邪悪極まりない「天国へ行く方法」を封印したのだろう。
それはつまり、承太郎は自分のスタンドに存在する更なる可能性を自ら閉ざす選択をしたということになる。
だからこそ「星の白金」の成長性は「完成」したのだ。

615 :フェイク『男』:05/03/16 01:17:09 ID:Dtvo8hYr
スタンドというものは個々の能力ごとに様々な違いがあるものだが、
その最たる相違点の一つが「スタンド能力を自分自身に適用できるかどうか」だ。
自分には効かない能力、逆に自分には効果を能率よく調整できる能力、あるいは自分にも他者と全く同じ効果がある能力、
ごく珍しい所では、スタンド能力の対象が自分自身だけであるというものもある。
ここで一つ重要なのは、良かれ悪しかれ、スタンド能力とは「外側に向かう力」であるということだ。
スタンドというものは自分の精神を外側に向けて解き放つ力であり、内側に篭る精神性のままではまともに扱えない。
自分自身に発動させるようなスタンドでも、その意志は常に「外側」へと向けられている筈だ。

36フェイク『男』:2005/11/29(火) 21:05:43 ID:T3TywN96
227 :フェイク『男』:05/03/06 22:06:44 ID:qfXQ02LH
「スタンドは一人一つ」だとか「一人一能力」だとか言われているが、これに疑問を感じさせるような能力も多い。
だが、スタンドとは生物の欲望と精神力から発現し、意志と想像力によって駆使されるものなのだから、これはむしろ当然のことだ。
一つの道具にどれだけ多くの利用法が生み出せるかは、昔から続いてきた人間の工夫というものだ。
とはいえ、一つの道具では当然出来ないことも出てくる。そこで重要なのは何を「目的」とするかだ。
一つの道具があるなら、それを全く異なる目的のために使おうとするより、
同じ目的の、異なる状況において使い方を見出す方が、遥かにやりやすいはずだ。
スタンドもそれと同様であり「一人一目的」だ。
一つのスタンドは一つの目的(それがはっきりと言い表せるものとは限らないが)をもって誕生する。
スタンドとは本体の精神の全てを託されたものなのだから、その「人生の目的」を達成するために存在しているのだ。
そして一人に目的が一つだけと限定されているのは、それはもう、その「一人」が一つだけの人生を過ごしているからに他ならない。

739 :フェイク『男』:05/02/24 19:04:52 ID:c7gw1Csf
「これからみんな、わしを再び教祖と呼び始めるじゃろう……
 ここを出獄できずとも、囚人全員が皆、わしの後をついてくる!」(ケンゾー)
ジョジョ六部において、刑務所は「運命」を、囚人は「運命に囚われた人間」を暗示する。
ケンゾーのスタンドは「運命を乗り越える」ことは出来ないものの、
「限られた運命の中で最大限の幸福を掴む」ことが可能であり、それによって他者をも幸福に導けるということだ。

37フェイク『男』:2005/11/29(火) 21:06:01 ID:T3TywN96
737 :フェイク『男』:05/02/24 19:02:09 ID:c7gw1Csf
ジョジョにおけるスタンドの戦闘は、多くの場合が「接戦」である。
戦闘では勝者も敗者も、善人も悪人も死力を尽くし、余裕の決着などは滅多に見られない。
これは単純に戦いを盛り上げるためであるし、また両方のキャラクター性や信念などを描き切るためでもある。
つまりは漫画を面白くするための都合だ。漫画的な都合の為に、あまりに一方的な展開は存在しないことになっている。
この単なる都合を、例えば「スタンド使い同士が引かれ合うという引力は、まるで真空に流れ込む空気のように、
互いに自らを高める相手、良くも悪くも自らにピッタリの相手に対してこそ最も効果を発揮する」などという理屈を考え出すのは、
これは丸っきり考察というよりは妄想の類である。こんな妄想を許すならどんな無理矢理なことだってこじつけられる。
だが、時にはこうしたこじつけが時にアイデアになることもあるので油断ならない。ビバ妄想。

539 :フェイク『男』:05/02/19 19:02:31 ID:wbKEiaUb
スタンド能力にはいくつかの「形式」がある。
ヴィジョンがある、本体がいるなど、これらの「形式」は絶対の規則ではないが、多くのスタンドが共有しているものだ。
この「形式」を外れたスタンドは、それゆえの長所と短所を併せ持ち、そのトータルは大概の場合マイナスとなる。
何故なら、多くのスタンドが「形式」通りなのは、それが総合的に見て有利だからだ。

535 :フェイク『男』:05/02/19 18:57:40 ID:wbKEiaUb
芸術とは、人の心を現実より幻想へと解放する働きがある。
「ヘブンズドアー」は優れた漫画によって生物の心を本体・岸辺露伴へと解放する能力であるし、
「ボヘミアン・ラプソディ」は具現化したファンタジーキャラクターが人々の精神を夢の世界へと解き放つ能力だった。
これらのように、制御の出来ない幻想は時に現実を侵食する。

38フェイク『男』:2005/11/29(火) 21:06:13 ID:T3TywN96
280 :フェイク『男』:05/02/14 15:45:44 ID:ZHwfTJB/
「光陰矢のごとし」と言うように、素早く過ぎ去る時間の中で、人が充分に考え、また行動できる事柄など非常に少ない。
思考時間の不足は不注意によるミスを誘発し、また動く時間が少なければそれだけ人が外部に与える影響も小さくなる。
人間がこの世の「運命」に太刀打ちできないのはまさにこの点だ。人間個人の力は世界に対してあまりに小さい。
しかし「あらゆることに対し充分に考えるだけの思考時間」と「時期が過ぎ去る前にあらゆることに手を打てる行動能力」があれば、
その人物は、まさにこの世界全体の運命すらも自分の思うが侭に動かせるのではなかろうか。
(この点で、DIOと「世界」は運命の支配者に最も近い存在だったといえる。
 吸血鬼としての肉体は人間の寿命を越えた思考時間を与え、時を止める能力は「時間より早く」自分の行動を終える)

278 :フェイク『男』:05/02/14 15:41:53 ID:ZHwfTJB/
「ある日、時の歯車がガッシリと『世界』と噛み合ったのを実感した。
 暗闇に光が差し込むような、実に晴れ晴れとした気分だった……」
DIOが時間停止の能力を得た際に抱いたこの感覚は、いわゆる「悟り」の状態に当たる。
この感覚は世界中の宗教で様々な解釈が成されているが、それらには、
「自分と世界とが一体化する感覚」「時間的・空間的な制限を無視する」「至上の幸福である」などといった共通点があるそうだ。

39名無しさん:2005/11/29(火) 23:14:55 ID:xl0nGSXg
愛してます。 結婚してください。 (28歳OL)

40フェイク『男』:2005/12/07(水) 02:25:42 ID:3wg7wY9A
957 :フェイク『男』:05/02/07 17:26:39 ID:2u/H0BcY
己のスタンド能力が害となる者には二通りある。直接的に生命の危険がある場合と、長く苦しみ続ける事例だ。
多いのは後者のタイプで、四部や六部には顕著に見られる。これらの部が人の心の弱さを描いたものだからであろう。

956 :フェイク『男』:05/02/07 17:25:35 ID:2u/H0BcY
荒木は女性を描くのが昔から苦手だったそうだ。これは本編に登場するスタンド使いの大半が男性であることからも判る。
ならば、わざわざ女性であると設定されているスタンド使いの能力には、どのような特徴があるのだろうか。
以下、女性スタンド使いの能力を書き出してみる。
・三部:女帝、正義、女教皇、バステト女神、ホリィ・ジョースターの呪縛
・四部:ラブ・デラックス、アクトンベイビー、シンデレラ
・五部:スパイスガール
・六部:ストーンフリー、グーグードールズ、キッス、マリリン・マンソン、ジェイルハウスロック
ざっと見るに、大別して「柔軟な変形を行うもの」「対象の心身を支配・制限するもの」の二系統、及びその混合だと言える。
そして、上記の二種に当てはまらない例外は、アクトンベイビーとキッスとなる。

694 :フェイク『男』:05/02/01 21:40:49 ID:PsCFduWx
ニーチェは宗教を「衛生学」と呼んだ。それは宗教ばかりではない。道徳や経済も「衛生学」である。
それ等は我々におのずから死ぬまで健康を保たせるであろう。(芥川龍之介「西方の人」より)

551 :フェイク『男』:05/01/29 18:35:24 ID:a5Q/P9MB
タロットカードにおける「愚者」は、原始以前の何もかもが未分化な混沌、生まれる前の状態、無限の可能性を暗示する。
また、タロットカードの番号の順序には、無限の可能性を示す「愚者」が、
始まりを象徴する「魔術師」と出会い旅立つことで、やがて完成を意味する「世界」に目覚めていくという意味合いがあるそうだ。
余談だが、作中の愚者イギーが魔術師アブドゥルに捕まえられたり、
世界DIOの姿を真似たりしたことも、これを表現している。かもしれない。

41フェイク『男』:2005/12/07(水) 02:26:19 ID:3wg7wY9A
944 :フェイク『男』:05/01/19 00:38:16 ID:tYB9Glqa
「C−MOON」という単語には「聞き分けのいい奴」という意味があるそうだ。
重力逆転のスタンド「C−MOON」は、確かに本体に忠実に従っているように見えた。
だがもう一つ、更なる意味を考えるなら、これは本体プッチ神父のことをも指していると思われる。
プッチ神父はDIOの言いつけに忠実に「天国へ行く方法」を実践し、重力逆転の能力を得た。
そして彼が「天国へ行く方法」に背いて、「新月が来る前に」自ら新月の重力影響の位置を探そうとしたとき、
彼と、彼のスタンドは「C−MOON」では無くなったのだ。

551 :フェイク『男』:05/01/12 19:02:24 ID:BscWPqM8
この現実でも、オカルトを信じる人間というのは意外に多い。例えば「前世」というのはその一つだ。
心理学の一説によると、人が「前世」の存在を夢想してしまうのは自分の心を後押しするためであるという。
自分のプライドの高さが現実に釣り合わないために、誰も邪魔できない「前世」を持ち出して自分を納得させるというのが、
彼らの心の作用であるという。筋は通っているが、実に夢の無い話だ。
ちなみに、デッドマンズQの世界観では死んだ人間の魂は「掃除屋」によって別の生物の魂へと分解されてしまうため、
魂が直接他の生物に生まれ変わるという意味での「前世」は存在しないようだ。

549 :フェイク『男』:05/01/12 19:00:06 ID:BscWPqM8
人類学で提唱されている魔術の法則の一つに「感染魔術」というものがある。
これは「一度接触したものは、離れた後も互いに影響を及ぼしあう」という考え方だ。
例えば葬式の形見分けとか、女性の陰毛がお守りになる、というような風習がこの「感染魔術」に分類される。
この概念は現代でも社会に色濃く残っており、「あいつに触ると○○菌がつくぞー」などという子供のイジメにも見て取れる。

42フェイク『男』:2005/12/07(水) 02:26:38 ID:3wg7wY9A
195 :フェイク『男』:05/01/06 14:30:03 ID:CphJywZW
相対性理論だか何だかによれば、この宇宙の時間や空間というものは一定ではなく、それらの絶対基準は「光速」であるそうだ。
つまり、光速こそが距離や時間経過を図る際の最小の「目盛り」であり、それ以下の単位は存在しないということだ。
何かと物議をかもし出す「光速を越えて時を止める」とは、
時空間の絶対単位たる光速度を引き降ろすことで自らが新たな時空間(時の止まった世界)の原点となるということに他ならない。

194 :フェイク『男』:05/01/06 14:29:04 ID:CphJywZW
「あなたは、あなたの神、主の名を、みだりに唱えてはならない」(モーセの十戒より)
キリスト教における唯一神の名は、あまりに畏れ多いため、不用意に口にすることを禁じられている。
そのため現在では神の名の読み方が失われ、何通りかの解釈があるとか。

193 :フェイク『男』:05/01/06 14:28:30 ID:CphJywZW
六部主人公・空条徐倫が刑務所に投獄されたのは、彼女が父親の愛を知らずに育ち、
口先だけの彼氏に騙されるような性格であったからであり、元はといえばジョースター家とDIOの因縁が原因であった。
このことを証明するかのように、二巡目の刑務所面会室に居た偽の徐倫は、
プッチ神父やDIOには直接の因縁が無いにも関わらず投獄され、
神父やDIOの邪悪な因縁の無い世界に生まれたアイリンは、刑務所に投獄されずに過ごしている。
エンポリオが刑務所脱出後にアイリンやアナキスに出会えたのは、彼ら自身の保有する良き「引力」によるものであろう。
このように、人間の「精神性」と「運命」には、密接な相関性がある。

192 :フェイク『男』:05/01/06 14:27:56 ID:CphJywZW
人類学にて提唱されている魔術の法則の一つに「類感魔術」というものがある。
これは「形の似ているものは互いに影響を及ぼしあう」という考え方であり、
日本の「丑の刻参り」やハイチのブードゥー人形など、世界中に様々な例がある。

43フェイク『男』:2005/12/07(水) 02:26:58 ID:3wg7wY9A
586 :フェイク『男』 :04/12/22 18:03:10 ID:ZNFvxdAZ
樽一杯の汚水にスプーン一杯のワインを注ぐと、樽一杯の汚水となる。
樽一杯のワインにスプーン一杯の汚水を注ぐと、樽一杯の汚水となる。
(ショーペンハウエルのエントロピーの法則)

585 :フェイク『男』 :04/12/22 18:02:26 ID:ZNFvxdAZ
存在が一定の性質をもつのは、一見すると、他のものと関係するからこそで、
その運動も外から押しつけられるかに見えるが、実は、他との関係は、
その存在のもとに生じる自己運動であって、存在が単一の思考だというのはまさにそのことなのである。
(ヘーゲル『精神現象学』より)

583 :フェイク『男』 :04/12/22 18:00:19 ID:ZNFvxdAZ
とあるサイトからの引き写しなのだが、「トーキング・ヘッド」は元々本体自身が使うための能力だったという説がある。
それによると、スタンドの本体ティッツァーノは性倒錯者であり、
この能力は自分の女性的な言動を矯正するために使っていたということだ。
相手の舌に引っ付くというやたらと難しい発動条件も、これなら納得だ。

437 :フェイク『男』 :04/12/19 15:32:52 ID:O4RgXvGn
「吸血鬼」と一口に言っても、古代西洋の伝承の妖怪から有名小説の貴族風怪異、
更には二次・三次創作へと利用されるうちにまるっきり原型を留めなくなった超存在まで様々だ。
荒木漫画に関連するところでは勿論ジョジョ一部・二部の吸血鬼が有名だが、
それ以外にも「デッドマンズQ」に出てくる「幽霊のルール」の一つ、
「他人の了解を得なければ個人の家や部屋の中には入れない」という制限が、吸血鬼の伝承に見られる。

435 :フェイク『男』 :04/12/19 15:30:40 ID:O4RgXvGn
ピーターパンには「早死にした子供の魂をネバーランドに運ぶ案内人」だという説があるそうな。

44フェイク『男』:2005/12/07(水) 02:27:15 ID:3wg7wY9A
433 :フェイク『男』 :04/12/19 15:27:47 ID:O4RgXvGn
「地球」は場所によって直径は一定しておらず、その全体は洋ナシのように窪んだ形をしているのだそうだ。
また、その表面には山脈や海溝のような凹凸が存在するのは周知のことであろう。
しかしそれでも、この「地球」は驚くほど精密な球形をしており、
今の人類が有する科学力でも「地球」ほどに正確な「球」を作り出すことは出来ないそうだ。
広大な宇宙、もしくは人類の英知をもってしても「真の球形」は描かれないが、我々はそれを想起することは出来る。
これが「イデア」という概念だ。

98 :フェイク『男』 :04/12/12 17:33:16 ID:jqI647/u
「ブードゥー教」とは、カリブ海の島国ハイチなどで信仰されている宗教の一種だ。
西アフリカからアメリカへと連れてこられた黒人たちが自分たちの宗教を一つに統合し、
更にはキリスト教をも取り込んだことで出来上がった。
怪しげな呪術のイメージがある宗教だが、本来は奴隷たちが自身の心を強く一つに纏めるためのものだったようだ。
ブードゥー教の司祭は聖霊に祈りを捧げることで、他者の病を癒したり願いを叶えることが出来るという。

97 :フェイク『男』 :04/12/12 17:32:27 ID:jqI647/u
スタンド能力とは個人の精神力から発生する超能力であるが、全く好き勝手な出来事が起こるわけではない。
この宇宙に物理法則が存在するように、スタンド能力にもそれ相応のルールが存在するからだ。
人間の精神もまたこの宇宙の法則の中で生まれたのだから、超能力にも法則があって当然の話だと言えるだろう。
人間の精神は本能的に法則を体現する。

649 :フェイク『男』 :04/11/29 02:21:04 ID:dFe4yXCZ
「道がひとつしかなくても、それにかすかでも考えがあるなら、それはきっとうまくいく道」(空条徐倫)
この台詞はアナスイの言葉への返答であると同時に、「運命論」に対する徐倫なりの回答でもある。

45フェイク『男』:2005/12/07(水) 02:27:30 ID:3wg7wY9A
647 :フェイク『男』 :04/11/29 02:18:42 ID:dFe4yXCZ
引用、オマージュ、リスペクト、換骨奪胎、本歌取り、パロディ、パスティーシュ……
様々な言い方が存在するわけだが、これらはパクリや盗作と何が違うのだろうか。
一つにはオリジナリティがある。例え他の作品の表面を真似たとしても、
そこの本質が自分の独創性によって成り立っていれば、それは立派な創作行為だろう。
だが、オリジナリティだの独創性だのと言っても、読者の視点は様々なのだから、そう簡単に共通認識は得られない。
ただ、恐らく確かであろうことは、パクられた作品にはオリジナリティがあるということだ。
自身が多くの作品を引用しつつも、また自身の作品が多く引用されているのだとしたら、
それは同業者に認められた「独創性」なのだから、良いものなのではなかろうか。

373 :フェイク『男』 :04/11/22 00:17:23 ID:Cb9PTRT6
「アヌビス神」は、どんな攻撃でもそれを乗り越えるための技術を修得して上回る、まさに最強のスタンドだ。
このスタンドは最終的にマヌケなミスを重ねた挙句に「自滅」するわけだが、これは何故なのだろうか。
その答えは恐らく、アヌビス神自体の「成長性」、より具体的に言えば「記憶容量」の問題だろう。
アヌビス神はいくらでも肉体を取り替えることが出来るが、その「戦いの記憶」はスタンド自体が処理するしかない。
そして、有限のスタンドパワー、つまり有限の記憶力で無限に増え続ける「戦いの記憶」を処理し続けることは不可能だ。
「戦いの記憶」が増えるにつれて、容量の足りないパソコンが処理落ちするように、思考力などが低下するのだろう。
アヌビス神の成長性は「C」、これは適当に作られたデータのようにも見えるが、
連戦の結果、判断力を失って自滅するという本編の描写と一致しているとも言える。

46フェイク『男』:2005/12/07(水) 02:27:44 ID:3wg7wY9A
911 :フェイク『男』 :04/11/13 10:28:33 ID:16YGBXbc
ジョジョに登場する「主人公」のスタンド能力、その特徴は以下のように書き出せる。
一つ、近距離パワー型である。
(近距離パワー型は攻守のバランスに最も優れ、一般的に受身になりがちな主人公側のキャラに適する)
二つ、シンプルな能力である。
(主人公の能力からして難解だと漫画的に厄介だし、様々な状況に対応するにはシンプルなほうが良い)
三つ、応用力、すなわち成長性に長じている。
(これも様々な状況に対応するため。そして主人公クラスともなれば困難を乗り越えるための精神的成長は必須)
四つ、若干の回復能力を有する。
(スタンドバトルはとにかく怪我しやすいもの。精密な指先で肉芽を抜いたり、糸で縫ったり)

744 :フェイク『男』 :04/11/09 10:06:15 ID:O8OgmYcR
スタンド全般が備える性質の一つとして「不変性」とでもいうべきものがある。
スタンドは道具、あるいはプログラムのようなものであり、それ単独では変質したり強化されたりはしない、という特徴だ。
この性質から考えれば、スタンドそのものが何かの情報を記憶したり、エネルギーを蓄えたりはしないということになる。
スタンドが変化する際には、例えば本体の心身が成長・進化するとか、
スタンドそのものが他の物質に取り付くというような、何らかの「媒介」が必要となる。

494 :フェイク『男』 :04/11/03 06:00:43 ID:mLc8L2lV
手話を教えられて、親が死んだときの気持ちを人間の語るゴリラなんてのが実在するそうだ。
だが、私の主観で話をするなら、このゴリラはまだ『知性』を得たとは言えないだろう。
人間の『知性』とは、独力で、また一代限りで誕生したものではない。
長い歴史の中で少しずつ親から子へと受け継いだ精神性、それが蓄積されて『知性』となったのだからだ。
もしもこのゴリラが自分の力だけで自らの子孫に手話を伝達し、自分たちの『歴史』を構築できたなら、
そのときは彼らに知性を認めざるをえないだろうな。

47フェイク『男』:2005/12/07(水) 02:28:13 ID:3wg7wY9A
248 :フェイク『男』 :04/10/29 00:08:09 ID:fV81R8CK
「タントラ」とはインドに端を発する世界最古の宗教の一つだ。
その思想は「人間の持つ欲望や肉体自体の中に神が宿る」としてそれらを否定せず、
全てのものが有する「男性原理」と「女性原理」を合一化させれば、「神と一体化」するかのように幸福になれるという。
彼らの中には随分とマニアックな性的儀式を行う一派もあったそうだ。

771 :フェイク『男』 :04/10/23 03:09:54 ID:0sFFENhT
三つ以前の過去の記憶を失わせる「ジェイル・ハウス・ロック」が「刑務所の真の看守」の能力なのは何故なのか。
このスタンドの能力特徴が囚人を従わせるのに便利であるという理由がまず一つあるが、更なる見方もある。
ジョジョ五部のアバッキオの同僚の台詞、あるいは死んだ仲間の意志を継いだジョルノの言葉などからして、
「大切なのは真実に向かおうとする意志」であり「死者の意志を生き残ったものが継ぐ」ことは、
死すべき定めの人間がただ運命に流されるばかりでなく、自分たちの行動を真実へと繋げていく重要な出来事である。
しかし、長い時間の流れなどでその死者の意志が忘れ去られてしまったら、それは人間の、運命への敗北だ。
そして、六部の副題「ストーンオーシャン」は「刑務所」の比喩であり、この「刑務所」とは「運命」の暗示でもある。
(「罪を犯した囚人が刑務所に収監される」という図式が、「知恵の実を食べた者の子孫であるという原罪を背負った人間たちが、
 その知恵によって運命の存在を認識し、その認識に閉じ込められて苦悩する」ことを示している)
つまり、ジェイルハウスロックはまさしく、効果対象を「刑務所=石造りの海=運命」に閉じ込める能力であるのだ。
また、「連続性」の象徴である徐倫の「糸」の能力がこれを打ち破るというのは、精神の連続性が運命を乗り越えることにも繋がる。
……これだけの長文考察を披露したんだから、それに免じて、あれがメメントのパクリだなんていうのは勘弁願いたい。

48フェイク『男』:2005/12/07(水) 02:28:27 ID:3wg7wY9A
768 :フェイク『男』 :04/10/23 03:06:56 ID:0sFFENhT
「「法」は法! 法の審議には関わるな!
 「納得」などというものは超越している、全ては神の御意志!」(ジャイロの父親)
↓↓↓
この世の物理「法則」は「法則」、人間の意志を超えて存在しているものであり、
その挙動を疑ったり、逆に無闇に信じたりすることに意味は無い。
運命の存在は人間の精神とは無関係な、神の世界の話だ。

617 :フェイク『男』 :04/10/20 20:40:07 ID:4mtFKMeB
物理の世界がそうであるように、精神やスタンドの法則にも『作用・反作用』が存在する。
例えば近距離パワー型のスタンドが大型トラックを吹き飛ばすくらいのラッシュを放った場合、
その反作用はスタンド自体が脚で踏ん張り、地面に受け流すなどして処理しなくてはならない。
従って、自動車や馬などに乗りながら近距離パワー型のスタンドを振るうのは危険な行為だ。

542 :フェイク『男』 :04/10/19 21:13:24 ID:bPFRB3/G
荒木飛呂彦の「ヒーロー観」には、陰ながら正義を行う人、のようなイメージがあるそうだ。
名誉とか金銭のためではなく、誰にも見向きされず、もしかしたら野垂れ死んでいるかもしれない、
見返りを求めず、それでも自らの正義を貫く、という姿だ。
思えば「バオー来訪者」の橋沢育朗から、仗助を救った不良、ジョルノを助けたギャングにも通じることだ。

49フェイク『男』:2005/12/07(水) 02:28:42 ID:3wg7wY9A
540 :フェイク『男』 :04/10/19 21:11:23 ID:bPFRB3/G
スタンドとは「精神力を形にしたもの」であるが、この説明には具体的により深い捉え方がある。
精神力を形にするとは、はっきりとした強い意志をもって、確実な行動を行うということだからだ。
仮にもスタンド使いであるのなら、その人生によどみや迷いがあったりしてはならない。
一時の迷いの感情ならともかく、人生全てにおいてそのような不確かさを抱く者は、その精神性、
ひいてはスタンド能力自体も不確かで、制御できないものになるに違いないからだ。
スタンド使いは怒り狂って力任せに暴れたり、根性を入れてパワーアップしたりする次元の戦い方は出来ない。
そういう精神のパワーは当然備えた上で、素早く、正確に、何より頭を使って行動しなければならないからだ。
とはいえ、そんな芸当が出来るのは並み居るスタンド使いの中でもトップクラスの一握りでしかない。
人間は不確かな感情に惑う生き物だが、それでも精神の強さをもって心の「確かさ」を成すことが、
「絶対確実な運命」だとか「絶望」などに対する勝利への道であろう。「凄み」とはそういうことだ。

539 :フェイク『男』 :04/10/19 21:10:27 ID:bPFRB3/G
「風の「動き」は予測できないと博物学者は言う。一理ある。だが決して読めないわけではない。
 この「蝿」は気まぐれな動きで飛行しているのか? 違う。ただよう臭いだとか風の流れを感じて飛んでいる。
 風が「蝿」の動きだ」(ホワイトスネイクの幻覚の中のジョンガリ・A)
↓↓↓
「量子力学などの科学の分野では、運命は予測できないといわれている。だが決して未来が不透明なわけではない。
 この世界に生きる人間たちは、全くランダムな感情だけで生活しているのだろうか?
 そうではない。周囲の雰囲気だとか環境の変化に対応して活動している。
 人間の動きを知れば、運命の動きも判る」

538 :フェイク『男』 :04/10/19 21:09:39 ID:bPFRB3/G
厳密に考えなくてもいい話だが、自我所有型のスタンドは本体が「迷い」を抱いたときに喋りだす傾向がある。
本体がスタンドを用いた行動に不慣れな場合、あるいは本体の深層意識の代弁として、このような状況が発生する。
つまり「自問自答」という形だ。

50フェイク『男』:2005/12/07(水) 02:28:58 ID:3wg7wY9A
537 :フェイク『男』 :04/10/19 21:08:58 ID:bPFRB3/G
この世の「運命」と人間の「精神」は、たびたび対立し合うものとして認識されている。
しかしこの二つは元々どちらも「引力」から分かたれた同種の存在であるはずだ。
両者はどちらがどちらを支配しているとかいう性質のものではなく、これらは「連動」している。
世界の大きさと一個人の小ささから来る「物量」の違いは問題点だが、それなら数を集めれば済むことではないか。

156 :フェイク『男』 :04/10/13 17:42:36 ID:RrhJx1gd
キリスト教が地動説を阻んだり、クローン技術が人間の倫理観を脅かしたりというように、
人間の「理性」と「感情」はよく対立しあうものだ。
だが、この二つは独立して存在しているわけではなく、一対の車輪のように連動して存在しているものだ。
人間の感情とて、結局は脳内で処理された無意識の理屈の集合に過ぎず、
人間の考え出した理論にも、感情が全く入り込まないことはないからだ。
一方を他方で無理やりに押さえつけようとしても、歪んだ結果をもたらすのみとなる。

155 :フェイク『男』 :04/10/13 17:40:57 ID:RrhJx1gd
「スタンド使いとスタンド使いは引かれ合う」という現象が「引力」によって起こるということは言うまでもない。
つまり、スタンド使いの精神力は一般人のそれより遥かに巨大で、宇宙の星々が引き付け合うように衝突し合うという考え方だ。
一方で、スタンド使い同士はその日常の端々に「異能者」としての無意識の挙動が存在し、
それによって知らず知らずのうちに互いに注目し合う、という捉え方も出来る。
(ジョジョ好きな人間が日常生活で無意識にジョジョ立ちして、同類がそれを感知する……
 なんてことが現実に起きてるのかどうかは知らんが、例えればそういうことだ)
上記二つの考察は相反するものではなく、前者は概念的・抽象的に、後者は具体的・理論的に同じ事を言っている。
「引力」はジョジョの世界では絶対的な力だが、だからといって目的に向けての努力を放棄する理由にはならないということだ。

51フェイク『男』:2005/12/07(水) 02:29:12 ID:3wg7wY9A
300 :フェイク『男』 :04/09/29 14:18:49 ID:ybXHJjxh
「ライフル」という種別の銃は、銃身の内部に溝を彫ってある。
この溝は弾が銃身内を通る時に右回転を加え、弾がまっすぐ飛ぶようにする効果があるそうだ。

46 :フェイク『男』 :04/09/23 23:46:58 ID:tInmQZo1
デッドマンズ・クエスチョンズに登場する幽霊の暗殺者・吉良は、
ジョジョ四部に登場する吉良と少し異なる考え方をしている。
例えば「稼ぐ金額は他人よりも多い数字」「成績の順位は他人よりも少ない数字」という考え方は、四部の吉良はしていなかった。
だが、全く無関係というわけでもなく、四部の吉良とD・Qの吉良では繋がっている部分はある。
この両者で異なっているのは、「殺人鬼としての精神性の有無」及びそこから派生する「スタンドの有無」だ。
四部の吉良から殺人鬼としての「本性」や「世間との折り合いのつけ方」を取り除けば、D・Qの吉良のようになるのだろう。
鼻を無くしたゾウさんは、鼻のある頃の考え方では生きられないということだ。

808 :フェイク『男』 :04/09/20 03:17:45 ID:VcRZnQP6
六部ラスボス、プッチ神父は敬虔な聖職者だ。
その彼が自分のスタンドに「蛇」などと名づけたのは何故なのだろうか。
キリスト教の世界観では、蛇はアダムとイヴをそそのかした「誘惑者」であり、忌むべき悪魔の象徴だ。
そして、ホワイトスネイクは人心を操り、使いようによってはどんな卑劣な行為も可能な、まさに「蛇」の名に相応しい能力。
恐らく彼は、自分の心に存在する「独善」や「エゴ」を自らのスタンドに見い出し、
自分の能力に「蛇」と名づけて、これを自分自身に対する「誘惑者」であると捉えることで、自らへの「戒め」としたのだろう。

52フェイク『男』:2005/12/07(水) 02:29:25 ID:3wg7wY9A
807 :フェイク『男』 :04/09/20 03:16:58 ID:VcRZnQP6
スタンドの格闘戦というのは、人間が行うそれとはかなり異なる部分がある。
スタンド像には重量が無く、またスタンドの怪力は本体の精神力からダイレクトに発揮されるものなので、体勢を整える必要も無い。
(例えば、パンチを打つ際に「腰を入れる」必要も無い)
拳を使えば充分な破壊力と手数が得られるため、「キック」による攻撃などは奇策の部類となる。

227 :フェイク『男』 :04/09/10 19:08:43 ID:vOopI37P
船の速度の単位「ノット」は、縄の結び目のことだ。
一定の間隔を空けて縄に結び目を作り、それを走る船から流す。
一定時間内に流れた縄の結び目の数を数えることで船の速度を計ったのが語源だ。

226 :フェイク『男』 :04/09/10 19:08:00 ID:vOopI37P
──スタンドのルールの話──
例えば、「銀の戦車」は凄まじいスピードを誇るスタンドであり、本体の技術と組み合わさることで、
「銃弾」を切り捨てるほどの超絶的な剣術を発揮することが出来る。
しかし、本体のポルナレフ自身はいかに長年の修行をこなしたとはいえ普通の人間に過ぎず、
その反射神経や動体視力なども人間の域を超えるものではないはずだ。
何故、普通の人間に過ぎない彼が、最低でも時速700kmはあろう「銃弾」を見切り、「銀の戦車」を繰り出すことが出来るのだろか。
「銀の戦車」は視覚の無いスタンドなので、スタンドの視覚で銃弾を見切っているわけではない。
俺の考えたその答えは、「スタンドのスピードは本体の精神速度を強化する」という、知られざる新たな事実だ。
スタンドは精神力の現れであり、スタンドが凄まじいスピードを有するなら、それに応じて本体の「精神の速度」も上昇するはずだ。
その結果、動体視力や反射神経、思考速度などが引き上げられ、生身のポルナレフが銃弾を見切れるというわけだ。
「精神の速度」さえ追いつけば、精密動作性の無いスタンドでも銃弾を「バント」の要領で防ぐことが出来るので、
君とは直接関係ない話ではあるが、覚えておいて損は無い話だろう。(例:サーレーの「クラフトワーク」)
ただし、自我所有型や自動操縦型のスタンドには当てはまらないこともあるので注意すること。

53フェイク『男』:2005/12/07(水) 02:29:53 ID:3wg7wY9A
225 :フェイク『男』 :04/09/10 19:07:20 ID:vOopI37P
5、6年前だったか、natureにサーペントの目撃メカニズムの仮説がのってたな。
たしか、急激な低気圧が近づく直前、ほぼ晴天で無風状態になることがある(嵐の前の静けさ)。
無風状態だと海面近くの水蒸気がプリズムの役割を果たし、蜃気楼が生じやすい。
昔の船は船縁が低く、水面に近いところに目線がある。よって蜃気楼を見やすかった。
そんな条件の時にアザラシとかが水面から頭を出すと、試算では30cmの頭が2mぐらいに見えることがある。
これがサーペント(日本では海坊主か)の目撃メカニズムだ、ってな感じ。
サーペントとか海坊主が出ると嵐が来る、っていう言い伝えとも合致する。
要は逆な訳だけど(嵐が近づいてるから蜃気楼が見える)。
最近目撃談が無いのは、近頃の船は船縁が高いからだって。
(以上コピペ)

54フェイク『男』:2005/12/07(水) 02:30:09 ID:3wg7wY9A
222 :フェイク『男』 :04/09/10 19:05:32 ID:vOopI37P
スタンドは個人の精神力の発露であり、一人一人の精神性が異なるようにスタンドも全て異なるものだ。
それなのに、DIOと承太郎が「同じ能力」を持っているのは何故なのだろうか。
それを考えるには、まず両者の精神性を分析する必要がある。しかし奇妙なことに、この二人の性格は全く「逆」だ。
承太郎は基本的に「こらえる」性分だ。自分のエゴとか負の感情を無闇に吐き出すことはなく、溜め込んだ感情を一気に爆発させる。
暴走しかけたスタンドを抱える承太郎が他人に迷惑をかけないよう留置所に一人引き篭もる場面、
あるいは対ラバーズ、対DIOとの決着のシーンがそれを表している。
一方のDIOは全く我慢しない。戦闘の最中でも相手を挑発し、どんな悪事や卑怯なことも躊躇しない。こらえない性格だ。
さて、何故この両者が全く同じ能力を身に付けたのか、だが……
「星の白金」及び「世界」は超絶的なスピードの末に、光速を超え、ついでに相対性理論をも飛び越し、
時を止めているかのように動ける、という能力だ。(と、ここではそのように解釈する)
つまり、この能力はひたすらに極まりきった身体能力の末に身についた、と考えられる。
スタンドで剣を振るったり、念写したり、炎を操ったり、そういうことを一切望まずに一心に肉体を鍛えたがゆえの能力だ。
承太郎は自分のわがままを外に撒き散らさない、つまりスタンド能力に対し「何も望まなかった」から、肉体を極め、時止めに至った。
一方のDIOはあらゆる欲望を抱き、「全てを望んだ」からこそ、凄まじい身体能力の果てに時止めに到達したのだろう。

55フェイク『男』:2005/12/07(水) 02:30:23 ID:3wg7wY9A
220 :フェイク『男』 :04/09/10 19:03:33 ID:vOopI37P
スタンドは「本体の精神を形にしたもの」であり、本体の精神力によってスタンドはパワーを振るう。
ならば、自分の精神を自在に操ることが出来れば、理論上スタンドのパワーを最強レベルにまで強めることも出来そうなものだ。
しかし、ある種のスタンドは……特に精神を操るようなタイプのスタンドは、自分自身に影響を与えることはほとんど出来ない。
これが何故かといえば、スタンドそれ自体が精神の産物であることそのものが答えだ。
「自分の右手で自分の右手を殴ることが出来ない」ように、スタンドで自身の精神を改変することは出来ない。
スタンドは超能力ではあるが、論理に反する自己参照的、自己増殖的なことは起こらない。

96 :フェイク『男』 :04/09/09 02:07 ID:QfngtTWY
スタンドは人間の精神力から発生する有限のパワーなのだから、出来ることには限りがある。
下手に色々出来るより、一つの技能にパワーを集中させるほうがいざというとき頼りになるものだ。

93 :フェイク『男』 :04/09/09 02:05 ID:QfngtTWY
「スタンド使い」というものは人間の突然変異のようなもので、これが公に認められることはまず無いだろう。
だから、スタンド使いは人間社会に混ざり暮らすことになるのだが、彼らは得てして精神に異常を抱えるケースが多い。
中には、人間社会に対する不満や怒り、鬱屈がスタンドと化した者もいるようだ。
自分の世界を作って引き篭もるだけならまだしも、周囲の環境そのものを変えるために、自分の邪念を外部に撒き散らす奴もいる。

176 :フェイク『男』 :04/08/23 11:03 ID:RRbWlhYy
磁力の篭る血液、ロープを伝う肉体、回転する爪、爆裂する皮膚……
SBRの「立ち向かうもの」は、本体の肉体の延長としての超能力という描写をされているようだ。
かつて「傍に立つ」スタンドは、肉体賛歌に偏ってしまった波紋の代わりとして設定されたそうだが、
今回の設定は、肉体を使った格闘戦でも精神への賛歌をも描けるという作者の自信によるものだろうか。

56フェイク『男』:2005/12/07(水) 02:30:38 ID:3wg7wY9A
697 :フェイク『男』 :04/08/16 00:56 ID:zL4WdqOx
一見はバステト女神やメタリカの二番煎じ、三番煎じに思われるブンブーン一家の能力だが、
彼らのスタンドは「血」を介する能力であるという点が、独特の興味深い部分だ。
能力を最初に身に付けたベンジャミンの「血筋」の繋がる息子たちにも同じ力が発現し、
「血液」を相手に付着させることで、相手(の、恐らくは血中)に磁力を発生させる。
「血中」に磁力が発生するから、最終的には血液に引っ張られて内臓が爆裂するというわけだ。
人間の血液には「鉄」が多く含まれており、これが彼らの「血液」と「磁力」を結びつける要素なのだろう。

558 :フェイク『男』 :04/08/13 12:05 ID:bRo1Yg1N
『粉塵爆発』という現象がある。
空気中に撒き散らされた粉塵が適度に酸素と混ざり合うことで、
少しの火種によって粉塵全てが一斉に燃え出し、爆発が発生するという仕掛けだ。
現在では技術的に利用されたりもするが、昔は炭坑などでの深刻な事故を引き起こすものであった。

375 :フェイク『男』 :04/08/10 06:52 ID:G2zZdlIA
(現実の)物理学において、引力というのは電磁力などに比べてかなり微弱な力だ。
地球ほどの質量を有する物体でも僅か1Gの重力しか発生させることが出来ず、
もしも地球が丸ごと磁石で出来ていたなら、そのパワーは凄まじいものになっていたことだろう。
ただ、引力は「弱い」かわりにとても遠くまで届く力でもある。
小規模な視点では僅かな力だが、宇宙的な観点で語るなら「引力」は重大な力だ。

57フェイク『男』:2005/12/07(水) 02:30:58 ID:3wg7wY9A
374 :フェイク『男』 :04/08/10 06:50 ID:G2zZdlIA
原則的に、あらゆることには理由があり、法則がある。
(現実がどうなのかは知らんが、少なくともジョジョの世界はそうだ)
もしも法則を破るものがあったとしても、そこには更に高次の理由と、法則があるだけだ。
スタンドの能力にはしばしば物理法則を真っ向からブチ破るようなものが存在するが、
これは単に、物理法則より「スタンドのルール」の方が高位の法則であるということに過ぎない。
とはいえ、常に力ずくで何とかなるとは限らないものだ。
法則を破るばかりではなく、都合のいい部分をうまく利用することで自らの目的を達成するのが良い姿勢だろう。

137 :フェイク『男』 :04/08/05 05:49 ID:Ud3rQJVA
「我思うと我思うがゆえに、我ありと我思う」(A・ビアス「悪魔の辞典」)

136 :フェイク『男』 :04/08/05 05:48 ID:Ud3rQJVA
「我思う、ゆえに我あり」(デカルト)

70 :フェイク『男』 :04/08/03 06:06 ID:OuwPILsg
数学における「カオス」という概念は、「決定論的な方程式から生じる不規則運動」を指す。
一つ一つの方程式は確実に解決することが出来るが、それが幾つも集まると僅かな初期条件の違いから結果が大きく変動する、
というような現象を指し示す言葉であり、元々は気象学から発見されたそうだ。(有名な「バタフライ効果」というアレだ)
さて、スタンド使い同士の戦いというのは正にカオス的なもので、一対一ならどっちが勝つ、という考察もそれなりに可能だ。
とはいえ、戦う時間帯や周囲の環境などの初期条件によっては、単純な一対一の戦闘ですら結果は予測困難となる。
ましてや、多対多の戦闘になると不確定要素が多すぎて、誰が何をしてもおかしくないような状態だ。
ジョジョでもそのことは当然計算に入っているようで、スタンド使い同士が戦う場合はせいぜい二対二程度に抑えている。
(現在のブンブーン戦でも、敵三人は全員同じ能力として、状況の単純化が図られている)
スタンド使いの集団戦は戦況が極端に不安定なものだが、それでもあえて考察するなら、
いかに「地の利」を掴み、相手を一網打尽にするかが勝利の鍵だ。
(相手の人数を減らせば、それだけ戦況の確定も楽になるだろうからだ)

58フェイク『男』:2005/12/07(水) 02:31:19 ID:3wg7wY9A
69 :フェイク『男』 :04/08/03 06:05 ID:OuwPILsg
死刑囚ケンゾーとプッチ神父は、和洋の哲学を体現する対比的なキャラクターをしている。
簡単に言えば、ケンゾーは与えられた運命の中でいかに幸福を得るか、
プッチ神父はどのように運命を克服し、不幸を跳ね除けるかを追求する精神性を有していた。
この二人の対比はそのスタンド能力は元より、その外見・名前にも表れている。
ケンゾーのスタンドは見ての通り「東洋の竜」で、プッチ神父のスタンドは「蛇」だ。
「蛇」は取り分け「イヴとアダムをそそのかし、禁断の果実を食べさせた蛇」を意味し、
これはキリスト教における「西洋のドラゴン」の起源でもある。
つまり、ケンゾーとプッチ神父は「竜」と「ドラゴン」ってことだ。

68 :フェイク『男』 :04/08/03 06:04 ID:OuwPILsg
犯罪者にはスタンド使いとしての素質を持つ者が多いそうだが、これは何故だろうか。
一つには、自分の欲望を満たすために罪を犯した者は、それだけ「欲望の発現」たるスタンドに適するということがある。
つまり、犯罪者が己の欲望から法律を破るように、スタンド使いは己の欲望からこの宇宙の物理法則を破るのだ。
このように、スタンド能力というものは決して手放しで褒められるものではなく、人間の精神の闇の部分をも反映している。

59フェイク『男』:2005/12/07(水) 02:31:48 ID:3wg7wY9A
>>39
28歳OL……射程範囲内ではあるが。

60フェイク『男』:2005/12/11(日) 23:00:26 ID:f2y.L6io
836 :フェイク『男』:2005/12/07(水) 02:20:21 ID:eeN5HQpU
「神」という概念を運命を司るものであると考えるなら、
漫画や小説などの世界における「神」とは、それを創作する作者であると言えるだろう。
作者がその作品の登場人物を使いストーリーを展開させていくありさまは、まさしく神が人々の運命を定めるかのようだ。
しかし、ジョジョの作者である荒木飛呂彦は、六部最終巻の作者コメントで興味深い言葉を残している。
「登場人物が作者の意を離れて勝手に動くことがある」「絵にも、描かざるを得ない絵というものが出てくる」というこの事柄は、
(荒木に限らず、多くの漫画家や小説化がこれと同じような体験をするそうだが)
完全なる神に程遠い一人の人間が創造を行う際の、作家としての限界が生み出した単なるつまらない予定調和なのかもしれないが、
あるいはひょっとしたら、人間が神の定めた運命にただ従うばかりでなく、
真に自らの力で何かを成し遂げることが出来るのだということを示しているのかもしれない。

825 :フェイク『男』:2005/12/07(水) 02:04:03 ID:eeN5HQpU
DIOのスタンドには三つの段階がある。
一番目は「隠者の紫」によく似た茨型のスタンド。JOJO A GOGOで言うところの「ジョナサンのスタンド」だ。
二番目は「世界」。そして三番目は、崩壊する「世界」が36名以上の極罪人の魂を吸収し、
そこから新たな存在を生み出すための、あの植物のスタンドだ。
この内、一番目と三番目が同じ植物型の姿であるのは興味深いところだ。
また、この各段階は並立する時期がありつつも、変化が不可逆であるという点も共通するようだ。
もしかしたら「世界」は、あの初期の茨型スタンドが寄り集まって固まった姿なのかもしれない。
そして「世界」はその確立されたパワーゆえ茨型に戻ることは出来ず、
己の命を捨て、スタンドが崩壊するさなかにようやく後期の「植物型」状態に到達できたのだろう。

61フェイク『男』:2005/12/14(水) 19:54:01 ID:hFskKqWU
431 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/12/14(水) 19:50:37 ID:/AnK/iWG
当然のことだがあえて説明すると、∞という能力値はすぐさまに無限大の力を振るうということを意味しない。
単に能力値がどこまでも変動できるというだけのことだ。
判りやすい例では、他の物体の運動に食らいついてどこまでも同等の運動性能を発揮する「ノトーリアス・BIG」や、
全宇宙の引力を利用して、その力の限りどこまでも加速を続ける「メイド・イン・ヘブン」がある。
また「星の白金」や「世界」の時間停止能力も、一種の無限大のスピードと見なすことが出来るが、
これも「世界」が時の歯車とガッチリ噛み合ったというDIOの体験の通り、現実世界との調和なくしてはありえないものだ。

429 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/12/14(水) 19:48:28 ID:/AnK/iWG
DIOは己の欲望と用心深さゆえに足元を掬われ、吉良は殺人衝動を抑えられず、
ディアボロは自らが帝王たらんとするために反逆者から逃げることが出来ず、
プッチ神父は弟に情けをかけて生かしていたがために敗北した。
このように、スタンド能力によって運命を支配できようと、己の内側に存在する因果、すなわち「宿命」は回避できないものだ。
宿命による被害を防ぐには、己の心に愛と正義を携え、宿命より生じる因果を善きものに誘導することしかないのかもしれない。
しかしこれは回りくどい手段であり不確実だし、しかも真の正義や本物の愛などこの世にそうそう存在するものではない。
それでも腐ることなく、見切りをつけることもなく、真実に向かい続けようとする意志は、
己のみならず他者にも良い影響を与え、救いとなることだろう。それこそが「黄金の精神」だ。

62フェイク『男』:2005/12/18(日) 00:13:25 ID:KnD8EbzA
30 :フェイク『男』 :04/08/02 08:35 ID:ClPtDfYE
ジョジョ五部には、様々な「生と死」のスタンドが存在する。
殺人ウィルス、鏡の中の死の世界、老化ガス、親殺しの子の生誕、絶対零度の熱的死、エントロピーの化身、食人カビなどなど……
この物語は生命を与えるスタンドから始まり、死をもたらすスタンドで終わるわけだが、
時間軸上では「死をもたらすスタンド」の次が「生命を与えるスタンド」であり、エピソードはここでループする。
生ある者全てはいずれ必ず死ぬのだが、今を生きる者が死者の遺志を継ぎ、
一貫して真実に向かい続けるなら、時に真実に辿りつき、運命に勝利することもありえる。
ジョジョ五部は、そのような人間たちの活動の縮図であると言えるのではなかろうか。
全ての努力家が真実に辿りついたり、運命に勝利できるとは限らないかも知れないが、
人々は無意味に生と死を繰り返すものではなく、その最中には「熱狂」がある。

841 :フェイク『男』 :04/08/01 03:25 ID:jn51kobD
かつてパンドラの箱の中からはあらゆる厄災が飛び出し、最後に箱の中には「未来」が残ったという。
この伝承は、「未来」とは人間にとって無数の厄災を退ける「希望」である、という見方なのだが、
これは「未来」とは人間にとっての厄災の一つであり、箱の中に「未来」が留まったことによって、
人間は「未来を知りながら生きる」という厄災を逃れることが出来た、という考え方とも繋がっている。
しかし、「未来を知りながら生きる」ことを人間にとっての幸福と考えるなら、
箱の中に「未来」が留まったこと自体が人間たちにとっての厄災だったと、まるっきり逆のことも言える。
「未来」を知らないことによる「恐れ」を克服しようとする、その人間の「勇気」が生命のダイナミズムを生むことは事実だ。
しかし、「恐れ」が未来に存在する限り、未来を知らぬ人間が「恐れ」を完全に消し去ることが出来ないのも事実となる。

63フェイク『男』:2005/12/18(日) 00:13:45 ID:KnD8EbzA
723 :フェイク『男』 :04/07/29 03:26 ID:leFE9wWn
「竜の夢」は「中立ゆえに無敵」のスタンドだが、何故「中立」だと「無敵」なのだろうか。
考えるに、恐らく竜の夢は風水理論による「安全な方角」を完璧に体現した存在であると思われる。
1センチ、1ミリ、分子1個分の狂いも無く「安全な方角」を厳守するがゆえに、竜の夢は一切の攻撃を受け付けない。
しかし、「安全な方角」を常に実践し続けるがゆえに他者に攻撃をすることも出来ず、
本体ケンゾーにアドバイスを出すに留まっているのだ。
つまり、「安全な方角」を体現するがゆえに「中立」であり「無敵」だということだ。
このように、説明を思いっきり省略した描写というのはこの漫画に結構存在している。
何かと「凄み」やら「引力」やらと揶揄されることが多いが、
話の勢いを保つためにいちいち長文の説明を入れないだけで、割と筋の通っていることもあるので注意するべし。
(そんなことを言って、やっぱり筋の通っていないこともあったりするのだが)

493 :フェイク『男』 :04/07/22 00:39 ID:crtgF+uE
「漫画の中に漫画家が出てきた場合、その作者は相当な悩みを抱えている」……という判別法がある。
自分の悩みですらも作品として昇華できるようでなければ、創作活動など務まらないということなのだろう。
ジョジョの作者・荒木もまた、自らの暗い苦悩を岸部露伴というネタと化すことで、それを乗り越えたのだろうか。

491 :フェイク『男』 :04/07/22 00:37 ID:crtgF+uE
キング・クリムゾンのちょっとした元ネタの話……
多重人格の人物は、人格が入れ替わった際に「時が飛んだ」という感覚を抱くそうだ。

232 :フェイク『男』 :04/07/16 01:14 ID:1xzRva+F
アクトンベイビーは「外敵や危険から身を守るために透明になる→誰からも世話されなくなり、余計に身の危険を増す」
という矛盾を有するスタンドだが、これは現代日本の引き篭もりに通じるものがある。
つまり「ストレスから身を守るために家に篭もる→誰にも会えなくなり、ますますストレスに弱くなる」という図式だ。

64フェイク『男』:2005/12/18(日) 00:14:01 ID:KnD8EbzA
231 :フェイク『男』 :04/07/16 01:14 ID:1xzRva+F
一時は運命すらも味方につけたプッチ神父の敗因は、神父自身が感情を捨てられなかったことにある。
「下らない感情で動いてるんじゃあないッ!」「無償の愛とは天国へ行くための見返り」「人は恥のために死ぬ」
などの台詞の通り、神父の性格は「人間の感情を否定すること」に一貫している。
しかし、神父自身が単なる感情から来る「情け」をかけた弟の能力が、結果的に直接の死因となってしまったからだ。
人々が自分の未来を全て知っている「天国」においては、
未来に起こる出来事が全て判り、あらかじめそれに対して心構えが出来るということになる。
これはつまり、悲しみや苦しみといった負の感情の否定であるとともに、激しい喜びや楽しみといった良い感情も否定している。
プッチ神父が目指した「天国」は、そういった「人間から感情を排した世界」だったのだろう。
(あるいは、吉良の言うような「植物のように平穏な感情」かもしれない)

171 :フェイク『男』 :04/07/14 01:04 ID:1Iox3Zxn
ケンゾーのスタンド「ドラゴンズ・ドリーム」は、東洋的な哲学を伴う能力だ。
聞きかじりの知識だが、西洋の科学が「謎の原因を追求し、それを解き明かすこと」を重要視するのに対し、
東洋の科学は「自分が何故それを謎と考えるのか、それを謎でなくするためにはどうすればいいか」を重視するのだそうだ。
「ここを出獄できずとも囚人全員がみなワシの後をついてくる!」という台詞からも判るとおり、
彼は自分に降りかかる「運命」を超えようとは考えず、与えられた状況の中で最上の幸福を手に入れようとする。
「知性」というものは人間に備わった素晴らしい性質だが、それは絶対的なものではないし、一面的なものでもないということだ。

65フェイク『男』:2005/12/18(日) 00:14:16 ID:KnD8EbzA
170 :フェイク『男』 :04/07/14 01:03 ID:1Iox3Zxn
「キラークイーン」と「シアーハートアタック」は、一つのスタンドでありながら二種類もの利用法があり、
しかもその二つを併用できるという能力を有している。
この理不尽ささえ感じられるほど便利なスタンドが、何故にこのような二つの形態を身に付けたのか。
その理由は本体・吉良の「性質」にある。
知っての通り吉良吉影は平穏な生活を望む殺人鬼だが、彼は理性的な部分ではその殺人癖が平穏を得るに
非常に邪魔なモノであることに気づいている。気づいてはいるが抑えられない。
そこのところの対立する「理性」と「感情」が、そのまま「キラークイーン」と「シアーハートアタック」に引き継がれているようだ。
彼は理性は理性、感情は感情と分けて考え、感情的な「殺人癖」を満たすために理性的な計算を働かせて、殺人と平穏を両立させる。
つまり、自らの精神の感情的な部分全てを「シアーハートアタック」にひっくるめることで、
スタンドの中心である「キラークイーン」の方を極めて理性的に、完成度の高い状態へともっていったのだろう。
理性と感情は人間の生活において常に争い、極限の状況ではしばしば感情が危険な暴走をもたらすのだ。

820 :フェイク『男』 :04/07/09 00:47 ID:tnK/8vY7
SBRのキャラクターの一人、ポコロコは「異常な幸運の持ち主」として、あの奇々怪々な連中と張り合っている。
ポコロコの「幸運」は彼のスタンド(とは本編では呼ばれていないが)によるものなのだが、
何故わざわざスタンド(らしきもの)を持ち出す必要があったのか。それは一言で言えば「理由付け」だ。
あらゆることには「理由」がある、だから理不尽なほどの「幸運」にも理由が必要なのだ。
体内に虫を飼ってそれを操る、程度なら適当な「技術」をでっち上げることも出来るだろうが、
「幸運」は超能力でもなければ説明が付かない。
そして、どんなに理不尽な出来事にも必ず「理由」はある。
理由が無ければ、究極的な話、全てはあやふやでデタラメな混沌に堕してしまうだろう。

66フェイク『男』:2005/12/18(日) 00:14:31 ID:KnD8EbzA
657 :フェイク『男』 :04/07/04 23:52 ID:6dYMi1sc
基本的に、形の無いものには攻撃できず、形の有るものは攻撃できるものだ。
例えば、ヘブンズドアーやホワイトスネイクは本来無形の記憶だとか魂に、
文字やDISKという形を与えることで、それに干渉することが出来る能力となっている。
また、「正義」は無形の霧の姿ゆえに剣や銃で倒すことは出来ないが、霧の姿ゆえに吸い込むことは出来る。

656 :フェイク『男』 :04/07/04 23:51 ID:6dYMi1sc
かの陰惨なる「バイツァダスト」が他者に憑依するスタンドなのは何故なのか、これには二つの意味合いがある。
一つは、憑依対象を「地雷」とすることで、自身が危険を冒すことなく追っ手を始末するという側面。
もう一つは、自分の「外部」にスタンド能力を設置することで、本体自身をも巻き込んで「運命」を支配するという意味合いだ。
いかに運命を操る能力であろうと、自分が力を振るえば、自分自身だけは例外の存在となってしまう。

655 :フェイク『男』 :04/07/04 23:50 ID:6dYMi1sc
ある鳥類学者が言うには、鳥は本心では地上を歩きたいのだそうだ。
鳥は空を飛ぶのに徹底した減量とエネルギーの効率化を図っており、かなりの無理をしているらしい。
その理由に、天敵のいない島などに暮らす鳥類は空を飛ばなくなる。
しかし、飛べなくなった鳥の末路は、ドードー鳥だとか、ヤンバルクイナだとかが証明する通りだ。
少なくとも鳥類のように博打的な生き方を選んだ者にとっては、進化と発展は義務であり、それを怠った者は滅びるのだろう。

67フェイク『男』:2005/12/18(日) 00:14:48 ID:KnD8EbzA
652 :フェイク『男』 :04/07/04 23:47 ID:6dYMi1sc
プッチ神父の目指した「天国」は元々DIOの考案したものだったが、彼は最後までDIOの言いなりだったのだろうか。
少なくとも、彼はDIOの言いつけを破り、新月を待たずして「メイド・イン・ヘブン」を完成させたことは事実だ。
俺が注目するのは、神父が宙に浮かび天国発現のための重力影響の位置を探している最中、彼が「素数」を数えていたことだ。
プッチ神父が「素数」を数えるのは、素数が孤独な数字であり、彼に勇気を与えてくれるからだそうだ。
妹、弟、親友を立て続けに失ったその体験を鑑みるに、彼は自分の人生に強烈な「孤独」を感じており、
それを癒すために素数を数えるのだという見方が出来る。
DIOの生まれ変わりである「緑色の赤ん坊」と同化した後、孤独なんか感じるはずも無い状況の時も、
彼は二回ほど素数を数えることがあった。
一回目は、ウェザーに追い詰められて自分の天命を疑った時、つまり自分が運命から見捨てられたという孤独を感じた時だ。
ならば二回目の、宙に浮かぶ神父が素数を数えたのは何故か。
C−MOONの頃の神父は度々DIOの名を口に出しているが、メイド・イン・ヘブンを得てからは一回もその名を口にしていない。
神父はこのときよりDIOの呪縛を脱し、自分の意志で天国を発現させたと考える次第だ。

421 :フェイク『男』 :04/06/26 19:37 ID:???
かの悪名高い「クリーム」は、まるっきりこの世から消え去る能力を持っている。
あのスタンドが暗黒空間に自らを飲み込んだとき、クリームは1ミリも1ミクロンも存在せずに消滅するのだ。
この現象は、手袋の表と裏を思い浮かべると判りやすい。
手袋を裏返せば、やがて表地の部分は全く無くなり、全部が裏地になる。表地が「クリーム」、裏地が「暗黒空間」だ。

419 :フェイク『男』 :04/06/26 19:34 ID:A8csvAHO
「戻し切り」という技術がある。
斬り口の組織を全くつぶさずに斬る事によって対象を再び元通りにできてしまう、という信じられない特殊技能で、
日本では明治時代の流浪人が包丁で大根を戻し切りしたことがあるという。
スタンド使いが「戻し切り」をしたという記録は無い……
……と書いて気づいたが、ブチャラティのジッパー攻撃がコレに近いな。

68フェイク『男』:2005/12/18(日) 00:15:05 ID:KnD8EbzA
417 :フェイク『男』 :04/06/26 19:31 ID:A8csvAHO
スタンド能力の原理の一つに「限界の突破」というものがある。
スタンドがその身体能力を極め、それ以上の進化の余地が無くなった果てに、その代わりとして特殊能力に目覚めたというケースだ。
代表的なところでは、あまりに凄まじいスピードの果てに時間よりも速く動けるようになった「星の白金」がある。
そして更に、恐らく「クレイジー・ダイヤモンド」もこれと同じような原理であると思われる。
どんな物体でも修復できるということは、どんな物体よりも上回ったエネルギーを有しているということだからだ。
クレイジー・ダイヤモンドはパワーにおいて限界を突破したスタンドだといえる。
(CDが星の白金のガードを打ち崩したことからも、パワーにおいてCDは突出したものを持っていることが判る)

414 :フェイク『男』 :04/06/26 19:29 ID:A8csvAHO
「スタンド」とは「そばに立つ者」の意だが、最近ではヴィジョンの無いスタンドも多い。
とはいえ、ヴィジョンが無いということにも、それなりの理由があるものだ。
例えば、他人を自殺に引きずり込むスタンド「ハイウェイ・トゥ・ヘル」の場合、
これは本体の性格に問題があると思われる。このスタンドの本体・マックイイーンは、
「自分は他人に何も働きかけないが、他人は自分のことを気にして欲しい」
という「かまってちゃん気質」とで言うべき性癖があって、それはスタンドの性質にも合致している。
他人に何もしないのでヴィジョンは必要なく、まるで真空に空気が流れ込むように自殺に引き込まれるというわけだ。

69フェイク『男』:2005/12/18(日) 00:15:22 ID:KnD8EbzA
413 :フェイク『男』 :04/06/26 19:28 ID:A8csvAHO
ジョジョ五部の主人公、ジョルノとブチャラティは「ボン・ジョルノ」と「アリーヴェデルチ」のコンビだ。
それが暗示するように、ブチャラティはこの世から去り、ジョルノが新参者として現れるわけだが、
ここで重要なのが、死者の意志を生き残った者が継ぐ、という点だ。
先輩から後輩へ、師から弟子へ、そして親から子へと意志や精神性が伝えられ、受け継がれていく。
それがあるからこそ、死すべき運命の人間がここまで来ることが出来たのだ。
ジョジョの中では「ジョースターの血」とか「血統」というものを重んじる表現が度々出てくるのだが、
別に血が繋がっていれば何でもいいというわけではなく、重要なのは『精神の連続性』なのだ。

257 :フェイク『男』 :04/06/22 20:01 ID:l745rDZv
大体において、近距離パワー型のスタンド使いは拳銃程度の攻撃は軽く防御できるものだ。
人間の反射神経が銃弾に追いつくはずが無いので、これはスタンド自体の反射神経が優れていると解釈できる。
とはいえ、いかに近距離パワー型のスタンドといえど、手数の多すぎるマシンガンや、
遠距離から急襲するライフルでの狙撃は防御しきれないらしい。

227 :フェイク『男』 :04/06/22 01:47 ID:EHzm7+Co
少年漫画雑誌であるジャンプでは、政治や宗教、あるいは過度なエログロのネタはタブーであるそうだ。
だからなのか、ジョジョの「スタンド」の設定そのものには、あまりグロさやエグさを直接的に現したものは少ない。
むしろ、スタンドを利用する本体の姿、スタンドとその本体の関連性、
そういった直接には見えない部分に、強いエログロを感じたりするものだ。

70フェイク『男』:2005/12/18(日) 00:15:37 ID:KnD8EbzA
223 :フェイク『男』 :04/06/22 01:43 ID:EHzm7+Co
ジョジョ五部の亀のスタンドは、連載当時の作者インタビューでは「T.レックス」と名づけられる予定だったが、
後のJOJO A GOGO!では「ミスター・プレジデント」と命名されていた。
この理由は、恐らくボスのスタンド「キング・クリムゾン」との対比であると考えられる。
「レックス」とはラテン語で「王」を意味する単語であり、一方「プレジデント」は「大統領」だ。
あの亀のスタンドは五部の仲間たちの(たった一週間ほどの)旅の結束の象徴であり、
一行の重要なアドバイザー・幽霊ポルナレフの居場所でもある。
その亀の能力に「王」ではなく「大統領」と名づけることで、
ボスの独裁支配だった旧来のパッショーネに革命を起こし、新たな時代を築いたことを示したのだろう。
(とはいえ、忘れっぽい作者の気まぐれという可能性も充分あるのが油断ならないところだ)

218 :フェイク『男』 :04/06/22 01:38 ID:EHzm7+Co
「盲の国では、片目の者が王になれる」という言い回しがある。
スタンド使いを盲の国の片目に例えるなら、レクイエムの所有者は盲の国の健常者といったところか。
めくら(何故か変換できない)の国で両目の見える者は、王の中の王になれるだろう。

71フェイク『男』:2005/12/28(水) 02:50:50 ID:s3hwtcm.
689 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/12/28(水) 02:43:33 ID:wNK+5Sle
世の中「結果が全て」だ。それは確かな事実だ。
人がどんな立派なことを考えていようと、どんな努力を陰でしていようと、形に出来なければそれらに意味は無い。
形の無いものは誰にも伝わらず、後に残ることは無いからだ。
だが、過程それ自体も結果であることに注意しなければならない。
結果のためならどんな過程を経てもよいと邪悪な行いに走るなら、その邪悪な過程そのものから別の負の結果が生じる可能性がある。
邪悪な行いのせいで理不尽な苦しみを味わった者が復讐を企てるかもしれない。
あるいは、邪悪を行った者が無意識のうちにそれを慢性的に繰り返すことで、当人の性格が歪み、それが不幸を呼び込むかもしれない。
負の結果は思わぬところから当人を害し、そしてそれらは当人には防げないし、自分になぜそのような不運が訪れるかも判らない。
「形の無いものには意味が無い」ように、因果は目に見えず、捉えられないからだ。
自分の行動の全てを分析し、結果を完璧に操作し、一片の因縁も残さない「完全犯罪」など狙って出来ることではない。

686 名前: フェイク『男』 投稿日: 2005/12/28(水) 02:41:13 ID:wNK+5Sle
現実問題として考えると「皇帝」のような形状の銃はまともに撃つことは出来ない。
シリンダーと銃口が明らかに合っておらず、銃身が曲がっていなくてはあのデザインはありえないのだ。
勿論、「皇帝」の弾丸は軌道を自在に操れるのだから問題ないのだが、
そもそも何故、このスタンドの本体であるホル・ホースは「軌道を自由に操れる銃」を能力として望んだのだろうか。
ひょっとしたら、彼は元々本物の拳銃による射撃の腕前自体は下手糞であり、
それを補うために射撃技術を必要としない「皇帝」を身に付けたのかもしれない。
(なお、銃の名手であるミスタやジョンガリ・Aのスタンドは、実在の銃器を用いて実際に射撃を行い、
 その銃撃を能力によって補強・サポートするという仕組みになっている)

72フェイク『男』:2006/01/06(金) 01:11:03 ID:/YlMvTlI
396 名前: フェイク『男』 投稿日: 2006/01/06(金) 01:02:25 ID:ObRv76K/
少々ネタっぽい話なので読み飛ばしてくれていい話なのだが……
スタンドとは本体の精神から生まれ、精神とは生物の頭脳に宿るものだ。
つまりこれが、スタンド使いの多くが異常な髪型であることの原因だ。
なお承太郎が帽子を脱がないのは、なるべくスタンドによる被害を一般人に及ばないように、
スタンドの存在を秘密裏にとどめておこうという、彼の決心を意味している。

393 名前: フェイク『男』 投稿日: 2006/01/06(金) 00:57:59 ID:ObRv76K/
「オイラは無敵だ! 無敵で賢いってことが証明された!
 これでみんなから認められる! 認められてのし上がっていけるってワケだぜ!」
(ポーク・パイ・ハット小僧、聖人の遺体左腕を手に入れた直後)
SBRの敵キャラ「ポーク・パイ・ハット小僧」の設定は、あれで意外とアメリカ的開拓者精神に通じている部分がある。
「小僧」であることや上記のセリフから、彼が大統領の手下たちの中では下っ端の部類であることが判る。
また、そのスタンド「ワイアード」は「喉から手が出るほど」という形容の通り、何でも手に入れてやるという強い欲望を象徴し、
入手したものは熱いコーヒーだろうがインクだろうが飲み、折れた自分の歯をも齧ってみようかというほどの食欲や好奇心もある。
更に、「ギィーガッシャン!」など自分の肉体を機械に見立てる擬音は、
彼が今までの自分を超えた存在になりたいということを意味している。
ジャイロを人質にジョニィを脅すなど、人道に反する卑怯な一面もあるが、それも含めて、
彼もまた己の成長を目指す挑戦者の一人であり、「人間賛歌」の物語に描かれるキャラクターだと言えよう。

392 名前: フェイク『男』 投稿日: 2006/01/06(金) 00:56:21 ID:ObRv76K/
新年早々からこんな話をするのも何だが、「エコーズ」の頭部は
男性器が包茎からズル剥けに成長するまでの様子を模しているとか。
特にAct1〜Act2あたりに注目。

73フェイク『男』:2006/01/06(金) 01:11:56 ID:/YlMvTlI
391 名前: フェイク『男』 投稿日: 2006/01/06(金) 00:55:03 ID:ObRv76K/
「数秘学」において、「7」という数字は「飛躍」を意味する。
一つの完成された状態や周期「6」の終わりを示し、次の変化への更なる跳躍を現すこの数字は、
雑多なもので溢れかえる混沌とした世界の中から完璧なものを見つけ出すという
宇宙の理の発見、予言、瞑想、真理などを象徴しており、エジプト九栄神の七番目「トト神」はこれを暗示とする。

390 名前: フェイク『男』 投稿日: 2006/01/06(金) 00:53:42 ID:ObRv76K/
「数秘学」において、「8」という数字は「秩序」を意味する。
日本においては末広がりを意味し、横に倒すと無限大を示す記号となるこの数字は、
肉体と精神のバランスが保たれることで、物事が万事うまくいき、果てしなく無限に広がる力を現すとして、
統率、繁栄、活力、実現性、富や名声などを象徴している。
しかしそのパワーを誤用すれば、バランスは崩れて物事は崩壊するともされている。
これらの点において、エジプト九栄神の八番目「アヌビス神」はこれを暗示とする。

389 名前: フェイク『男』 投稿日: 2006/01/06(金) 00:52:45 ID:ObRv76K/
「数秘学」において、「6」という数字は「調和」を意味する。
数学における最初の完全数であり、測量(度数)や時間計測(時分秒)などにも多用されるこの数字は、
あらゆるものを結びつけて調和させるものとして、集団におけるチームワーク、奉仕活動、献身を象徴とし、
弟の能力のために己の身を呈するという点において、エジプト九栄神の六番目「クヌム神」はこれを暗示とする。

74フェイク『男』:2006/01/06(金) 01:12:12 ID:/YlMvTlI
386 名前: フェイク『男』 投稿日: 2006/01/06(金) 00:49:53 ID:ObRv76K/
「数秘学」において、「2」という数字は「相対」を意味する。
この数字は唯一絶対の存在「1」に並ぶもの、次のもの、反するものなどを象徴とし、
宇宙創生の際の熱エネルギーに相対する冷気と氷の能力として、エジプト九栄神の二番目「ホルス神」はこれを暗示とする。

385 名前: フェイク『男』 投稿日: 2006/01/06(金) 00:48:33 ID:ObRv76K/
古代バビロニアで発生し、数学者ピタゴラスが形成した「数秘学」は、
エジプトの神官から伝授されたカバラ(タロットとも繋がりのある秘儀)によって更なる完成に至ったという。
この「数の神秘」を研究する学問において、「1」という数字は「絶対」を意味する。
この数字は全ての数の基本であるとして、一切の物事の始まり、自立、革新性、独創性を象徴とし、
スタンドに頼らず己の才能と実力で戦うという点において、エジプト九栄神の一番目「オシリス神」はこれを暗示とする。

75フェイク『男』:2006/01/06(金) 01:12:42 ID:/YlMvTlI
911: フェイク『男』 :04/06/14 21:03 ID:6lLn3Vmk
何でも、プッチ神父はDIOのことをキリストだと思っていたという説があるそうだ。
プッチはDIOのことを「王の中の王」と呼んだが、これは聖書においてキリストを指して出てきた呼称であるらしい。
他にもDIOは「悪の救世主」なんて呼ばれていたし、差し詰めエンヤ婆が聖母の役割か。酷い話だ。

628: フェイク『男』 :04/06/07 18:44 ID:rxNp7WYJ
ジョジョ六部の舞台は「刑務所」だ。これは「運命」の隠喩であると考えられる。
つまり、罪を犯した者が刑務所に収容されるように、原罪を背負う人間たちは「運命」という檻の中に居るということだ。
徐倫はこの刑務所を「石の海」と例えた。地球の全ての生物は「海」から生まれたが、今の人間たちは海の中では生きられない。
「運命」もそのようなものだ。

76フェイク『男』:2006/01/06(金) 01:13:00 ID:/YlMvTlI
625: フェイク『男』 :04/06/07 18:40 ID:rxNp7WYJ
「世界」と「キング・クリムゾン」はどっちが強い? ……という他愛も無い遊び話がある。
このフェイク『男』としては、戦闘能力でそれを考えるのはつまらない話なのだが(そんなものは状況次第だ)、
そのスタンドの本体がどれだけ「運命」を克服できるのかという観点での考察には興味がある。
時間を扱うスタンドというものは、そのままその本体にとっての「運命対処法」でもあるからだ。
さて、具体的に上記の二者のどっちが強いかについてだが、これを考える際に重要な「問題点」が一つある。
それは、「運命に干渉するスタンド能力」といえど、スタンド使い自身の運命には干渉できないということだ。
運命の変更は対象の存在の変更であり、スタンド能力で自身にこれを行うことはスタンドの「自己否定」に繋がるからだ。
(例えば、時を止める能力でも「自分自身の時間」は動き続けたままで、自身の運命には干渉できない)
この問題を乗り越える方法の一つが、バイツァダストのように「二人掛かり」で運命に干渉することだ。
「キング・クリムゾン」自体もそうだし、その本体であるディアボロとドッピオはまさしく「二人掛かり」での生活だった。
それに対して「世界」はたった一人で運命を自在にする能力であり、これは大きく評価したいところだ。
(とはいえ、その本体であるDIOが究極の多人数スタンド「メイド・イン・ヘブン」を望んだのが皮肉なところなのだが)

498: フェイク『男』 :04/06/04 01:30 ID:nG6gEATN
スタンドを使った戦いでの注意点として、直線的な動きは見えやすく、不規則な動きは見えにくい、というものがある。
前者は銃弾だとか移動中の「吊られた男」、後者は「灰の塔」やロッズ、加速中のプッチ神父などだ。
いくら速くても直線的・単純な動きのものは、軌道を読まれて攻撃・撃墜される危険性を伴う。

77フェイク『男』:2006/01/06(金) 01:13:20 ID:/YlMvTlI
497: フェイク『男』 :04/06/04 01:29 ID:nG6gEATN
ヘビーウェザーは太陽光線にカタツムリのサブリミナルを混ぜ込むという技なのだが、
いくらなんでも、思い込みで人間がカタツムリになるものだろうか?
いくら精神への影響があるからといっても、肉体の細胞があそこまで変化するはずが……
……待てよ、肉体の細胞……太陽光線……! そうか、判ったぞ!
どうやら俺は完全な思い違いをしていたようだ。
ヘビーウェザーのカタツムリ変化をスタンド攻撃と考えるのがそもそもの間違いだった!
考えてもみろ、太陽光線、肉体の変化……これらのキーワードから連想されるものを!
そう、「波紋」だ!
ヘビーウェザーは太陽光線を通じて生物の体内に波紋力を発生させ、それを暴走させて肉体をカタツムリ化する技だったんだよ!

464: フェイク『男』 :04/06/02 18:21 ID:cbJdgOLO
六部の「アース・ウィンド・アンド・ファイアー」が「プラネット・ウェイブス」に変更されたことから考えて、
「同名の別能力」は存在しない、という解釈が成り立つ。(そりゃまあ、そんなものがあったら漫画として成り立たんからな)
しかし、あらゆる法則には例外があるのも事実。確かな理由があるのなら、同名の別スタンドが存在したって構うまい。

463: フェイク『男』 :04/06/02 18:20 ID:cbJdgOLO
人間の「知性」の始まりは「言葉」である、という考え方がある。
人間が単に感情で動くだけでなく、その理性や精神を確立させるその大元に必要なのが「言葉」であるという説だ。
人間に「言葉」が無ければ、考えることは出来ず、感情や本能より上のものは何も生まれないということになる。
聖書には「始めに言葉ありき、言葉は神とともにあり」とあるが、
人間は言葉により知性を獲得し、神という概念に思い至ったと言えよう。
上記の聖書の記述は「全てのものは言葉と共に成った、言葉によらずに成ったものは何も無かった」と続くが、
つまり、人間の思考は言葉で成り立つ以上、人が何かを認識するには、それを言葉で呼び表さなければならないことを意味する。
要するに「何にでも名前はある」ということだ。

78フェイク『男』:2006/01/06(金) 01:13:44 ID:/YlMvTlI
462: フェイク『男』 :04/06/02 18:18 ID:cbJdgOLO
地球上の生物を全て同じサイズにした場合、その肉体性能においての最強の生物は『昆虫』だそうだ。
アリは自分の体重の何十倍の餌を運び、ノミは自分の身長の何百倍もの高さを跳ぶ。
しかしこの思考実験には穴がある。それは、生物の体重と筋力の比率を計算に入れていないことだ。
生物の体重はその体積(肉体サイズの三乗)に比例し、筋力は筋繊維の表面積(肉体サイズの二乗)に比例する。
昆虫の肉体性能はあの小さなサイズだからこそ成り立つのであり、例えばアリが人間サイズになったとしても、
彼らは自分の体重が重すぎて動くことすら出来なくなるだけだ。

461: フェイク『男』 :04/06/02 18:18 ID:cbJdgOLO
「人は何故出会うのか、その答えこそが最強のパワーであり真理」
「人と人が出会うのは、引力があるから」
「引力即ち愛」
上記の展開から、愛=最強のパワー・真理、となる。
つまり、そういうことだ。

366: フェイク『男』 :04/05/30 18:22 ID:Zq9EvXNA
「DIO」がイタリア語で「神」という意味の単語であることはそれなりに知られた話だが、
聞くところによると「ディエゴ」という人名の語源は「日曜日」だそうだ。
神は六日間で世界を作り、七日目に休息を取ったという聖書の逸話が「日曜日」の起源となったわけだが、
さしずめDIOは六部に渡って世界を作り、七部(SBR)においてディエゴとして休みについたというところか。

79フェイク『男』:2006/01/06(金) 01:20:32 ID:/YlMvTlI
なお、ディエゴという人名の語源が「日曜日」だというのは誤りだったようだ。
この人名の正確な語源は不明だが、古い聖人の名前が変化して出来たものだとも言われており、
少なくとも「日曜日」では無かったようだ。

80フェイク『男』:2006/01/06(金) 01:21:14 ID:/YlMvTlI
365: フェイク『男』 :04/05/30 18:22 ID:Zq9EvXNA
解釈の難しいスタンドの一つに「ヘブンズドアー」がある。
時速70kmで人間を吹っ飛ばす、イタリア語を覚えさせるなど、不可能なことは無いのではないかというほどの便利さだ。
これに対する解釈や考察は何通りかあるが、重要なポイントが一つある。
ヘブンズドアーに限らず、スタンド全般に言えることなのだが、それは「無から有は作り出せない」ということだ。
(つまり、時速70kmだろうと、イタリア語だろうと、既に存在するものを応用して実現したということだ)
プッチ神父がスポーツ・マックスに語った話から、魂の世界にも「質量エネルギー保存の法則」があることが読み取れる。
ジョジョの世界にはスタンドが実在し、精神や魂の力が実際に物理的な影響を及ぼすのだが、そこの所は現実と変わりない。

364: フェイク『男』 :04/05/30 18:21 ID:Zq9EvXNA
「ドラゴンズ・ドリーム」によって安全な方角に入った者はあらゆる攻撃を防げるはずなのだが、
ケンゾーは鏡のトリックに引っかかってしまった。これは何故なのか。
その原因は、鏡のトリックがまさに、相手の方向感覚を攻撃するという性質のものだったからだ。
「安全な方角」に居る者はあらゆる攻撃から身を守れる代わりに、「安全な方角」には自分の足で到達しなくてはならない。
だから、鏡のトリックは「安全な方角」による防御は出来なかったのだ。
これは「ドラゴンズ・ドリーム」に限った話ではなく、スタンドというものは自己増殖的な利用法は出来ないものだ。

81フェイク『男』:2006/01/06(金) 01:21:34 ID:/YlMvTlI
363: フェイク『男』 :04/05/30 18:19 ID:Zq9EvXNA
スタンドのパラメータには「成長性」という項目があるが、
これはほとんどの場合、そのスタンドがどれだけ応用性に優れているかを示す。
つまり、新しい使い方を多く見つけられるような能力のスタンドは「成長性が高い」と判断できる。
一方、スタンドが本当に成長・進化し、全く新たな能力を身に付けたりするのは、非常に稀なことだ。
と、いうのも、スタンドとは精神から発する非常に感情的・衝動的なものである一方、
理論だった法則に乗っ取って活動する理性的なものでもあり、かなり細やかなバランスの上で成り立っているからだ。
たとえスタンドに変化が訪れても、感情が先に立てばスタンドは暴走してしまうだろう。
自らの意志でスタンドの成長を果たす、という行為は、理性で感情を押さえ込むような努力を要する。

361: フェイク『男』 :04/05/30 18:17 ID:Zq9EvXNA
三部の小説によると、スタンドを用いた会話は超高速で行われるそうだ。
DIOや承太郎が時間停止の一秒間に長ったらしく喋りまくるあの現象も、これで説明がつく。
……とはいえ、一般人が数秒の間に長い会話をするケースもあるので、これだけでは済まないが。

183: フェイク『男』 :04/05/26 22:40 ID:MimSX4uM
タロットカードの一番目「魔術師」は、物事の始まりを意味している。
「宇宙の始まりは炎に包まれていた」というのが「魔術師の赤」の由来だが、
この「炎」とは、宇宙のそれ以前の状態を一新する「創造の炎」であると共に、
現在この世界に存在している物体を「原始」の状態に戻してしまう「破壊の炎」としての側面もある。
つまり、炎とは「創造と破壊」の暗示だ。

82フェイク『男』:2006/01/06(金) 01:21:49 ID:/YlMvTlI
762 :フェイク『男』 :04/05/19 23:17 ID:w1i0d+Us
タロットカードの一つ「死神」は、死と再生、大きな変化、出産などを意味している。
この暗示を持つスタンド「死神13」は、現実世界では無力である代わりに、夢の世界では万能の力を持った能力だ。
「死神13」の有するこれらの特徴は、本体が赤ん坊であることに大きく関係している。
赤ん坊は、現実的には何の力も持たない代わりに、全く精神的にも何の制約も課せられてはいない。
「幼児ゆえの万能感」「赤子だからこその無限の可能性」がこのスタンドの本質だ。

761 :フェイク『男』 :04/05/19 23:16 ID:w1i0d+Us
「本体装着型」のスタンドがある。黄の節制、ホワイトアルバム、オアシスのように、スタンドを身に纏うタイプだ。
このタイプの能力はスタンドの発現と同時に本体が自動的に防御されることになるので、戦闘ではかなり有利な形式だ。
とはいえ、本体の身体能力は(当然)人間並みなので、本来、そのままでは近距離パワー型のスタンドとは張り合えない筈だ。
つまり、本体装着型のスタンドが接近戦に長じるには、スタンドで本体の肉体を強化する必要がある。
しかし、スタンドは一人一能力であり、全く無関係な能力のスタンドで、本体の肉体強化をついでに行うなどということは不可能だ。
結果、スタンドの能力それ自体に本体の身体性能を強化するような応用性が無ければ、本体装着型は務まらないと言える。

760 :フェイク『男』 :04/05/19 23:14 ID:w1i0d+Us
生物に限れば、細胞一つが偶然に出来る確率は10の1000乗分の1程度だそうだ。
とある唯心論者によれば、この宇宙が誕生する初期の特異点が偶然に発生する確率は10の123乗の更に10乗分の1の確率で、
「弱い力」「電磁力」「重力」「宇宙の膨張率」などが今よりもほんの少しでも違っていれば、現在の宇宙は無かった。
我々は、本当にそのような途方も無い偶然の内に誕生したのだろうか。
無限に等しいほどの時間経過の中でそのような偶然が生まれたとする説が、唯物論だという。
結果から確率を計算するのもおかしな話だが、そういうことだそうだ。

83フェイク『男』:2006/01/06(金) 01:22:06 ID:/YlMvTlI
759 :フェイク『男』 :04/05/19 23:13 ID:w1i0d+Us
「唯物論」という考え方がある。
この宇宙の大元は「独立して存在する物質」であり、人間の精神だとかは物質が組み合わさることで発生したものだ、とする理論だ。
DIOはモナリザやミロのビーナスを「時空を越えたスタンド」と評したが、それら芸術品とて元々は単なる物質の集まりに過ぎない。
単なる物質を組み立てることで、人々の精神に多大な影響を与えるモノを作り出したのだから、
それは確かに「魂に形を与えたもの」、つまり物質から作られた「魂」であると言える。
これは、魂の本質とは物質の組み合わさり方による「複雑さ」だという考え方だ。

755 :フェイク『男』 :04/05/19 23:10 ID:w1i0d+Us
タロットカードの一つ「審判」は、黙示録における「最後の審判」を示すカードだ。
聖書によれば、この世の終わりには天使がラッパを吹き鳴らし、全ての死者が土の中から呼び戻されるそうだ。
そして、全ての人々は己の過去を映す鏡の前に立たされ、己の過去それ自体によって裁かれるという。

755 :フェイク『男』 :04/05/19 23:10 ID:w1i0d+Us
スタンドを手に入れられる人間と、そうでない人間の違いは何か?
スタンドを生み出して操るには、その本体に強い「精神力」が必要であることは既に知られている。
では、その強い精神力というのはどのようなものなのか。一つには、「目的意識」というものがある。
それが善であれ悪であれ、何らかの「目標」を掲げることで養われる「決意」は、強い意志と精神力を生み出すということだ。
明確な「目的意識」の無い人物は、たとえスタンドを身につけたとしてもうまく扱えないだろう。

751 :フェイク『男』 :04/05/19 23:07 ID:w1i0d+Us
「唯心論」という考え方がある。
この宇宙の大元は「(人間の)精神」であり、物質だとかはそれを観測する精神から生まれたものだ、とする理論だ。
(FFが語った天文物理学者フレッド・ホイルの説がこれに当たる)
ジョジョの世界観それ自体は唯心論を積極的に肯定している訳ではないのだが、
その中でも「スタンド」というものの存在は「唯心論」的な視点にあるといえる。
例えば、この世に「精神」を持つ者がたった一人しかいなければ、世界はそいつの思うがままだということだ。

84フェイク『男』:2006/01/06(金) 01:22:22 ID:/YlMvTlI
520 :フェイク『男』 :04/05/15 19:33 ID:fBrZX3eh
世の中には「結果」を出さなければ無意味だという考え方があって、それは確かに正しいと言える。
いくら努力したり、苦労したという過程があっても、それが結果に繋がらなければ何にもならないということだ。
しかし、何が「結果」に繋がるかははっきりと判るものではなく、ときには無駄だと思えるようなものが役に立つこともある。
努力したり、苦労したという「過程」もまた、それ自体が独立した「結果」に成りうる。出来るかどうかは当人次第だ。

519 :フェイク『男』 :04/05/15 19:32 ID:fBrZX3eh
スタンドの操作を『修行』するスタンド使いはあまり見られないが、
ならば彼らの凄まじい戦闘能力はどこから湧き出てくるのだろうか?
スタンドの原動力は本体の精神だ。そして、人間の精神を育むのは日々の生活そのものがもたらす「記憶」であり「思い出」だ。
ならば、スタンド使いにとって人生の全てがスタンドの修練になると考えられる。
スタンドは本体の人生をまるまる背負い、それをパワーに転化させるからこそ強い。
(勿論、より良い人生を過ごしているほど、そのスタンドも鍛えられるだろう)

518 :フェイク『男』 :04/05/15 19:31 ID:fBrZX3eh
スタンドというのは本体の能動的な意志によって発現するものなので、
例えば「他人に見られると能力が発動」とか「他人が何かするとそれに応じて発動」といった受動的な能力はほとんどない。
そのような数少ない「受動型」能力の代表例は、ヘブンズドアーとボヘミアンラプソディだ。
どちらも、鑑賞されることでその芸術性を通じて相手の無防備な精神を露出させ、そこを攻撃するという仕組みになっている。
受動的な能力だからこそ、本体がハッキリとした能動的な意志を持たなければならないというのは、
上記の二つのスタンドの本体を見比べてみればよく判ることだ。

85フェイク『男』:2006/01/06(金) 01:22:38 ID:/YlMvTlI
517 :フェイク『男』 :04/05/15 19:31 ID:fBrZX3eh
「生物に影響を与えるスタンド」の中には、その衣服にまで効果を及ぼすものがある。
これは、人物の魂が衣服を着ている描写を踏まえて、「人物の魂」にはその衣服も含まれていると考えるのが妥当だ。
マン・イン・ザ・ミラーの能力説明文からもそれが読み取れる。

413 :フェイク『男』 :04/05/13 18:34 ID:rY+Tzo2e
古代中国では亀の甲羅を焼き、そのひび割れの形から吉凶を占ったという。
『兆』という漢字は、亀の甲羅に出来たひび割れの形から作られたそうだ。

329 :フェイク『男』 :04/05/12 02:06 ID:nLwZjm8+
科学全盛の現代でさえ、オカルト満載の迷信を真に受ける人間は少なくない。
特に、幽霊だとか、祟りだとか、そういう精神的な分野では顕著な現象だ。
しかしそれは仕方のないことだ。人間には理性だけではなく、感情が存在するからだ。
人は誰しも、自分の存在に「プライド」を持っており、その起点は「知性」と「精神」だ。
人間は精神があるがゆえに自分を保てるのだから、精神の分野に多くの期待と迷信を抱くのは仕方の無いことだといえる。
これからの脳科学の発展具合によっては、人間の精神というものが脳の中の化学物質と電気信号によってのみ成り立ち、
「不滅の霊魂」なんてものはない、と断定される日が来るのかもしれない。
しかし、ここで気をつけなくてはならないのは、科学者は傲慢であってはならないということだ。
いかに合理的で確実なものだとしても、人間の尊厳を不用意に脅かすことがあってはならない。
特に、他人の精神性を勝手に断言し、それをあげつらうような真似はいけない。
君のスタンド能力は『〜〜』だ、それは君の〜〜という精神性から発現する、などという言動は、
他者の精神を勝手に決め付け、見下すという最低の行為に繋がる。素人にはお勧めできない。

86フェイク『男』:2006/01/06(金) 01:22:52 ID:/YlMvTlI
327 :フェイク『男』 :04/05/12 02:04 ID:nLwZjm8+
例えば、ここに水で満たされたコップがあるとしよう。この水はコップのどの部分も同じ温度だ。
しかし、その水を構成する水分子の中には、激しく動く(温度の高い)もの、ゆっくり動く(温度の低い)ものが存在する。
これらがランダムに混ざり合って動くことで、コップの中の水はどの部分も同じ温度となるのだ。
もしもその水分子のうち、温度の低いものだけが一箇所に集まったとしたら、コップの中のその部分だけが低温となるだろう。
こんなことは宇宙の始まりから終わりまでコップを観察し続けても起こらないくらいの確率の話だが、理論上はありえることだ。

326 :フェイク『男』 :04/05/12 02:03 ID:nLwZjm8+
群体型のスタンドは、その一つ一つに本体から命令を与えて操るわけにはいかない。
人間の意識は一つしかないので、一度に集中できる対象はそんなに多くないからだ。(聖徳太子ほどになれば別だが……)
例えば、バッド・カンパニーは群れを軍隊として規則正しく動かすことでこれに対処し、
セックス・ピストルズはメンバーそれぞれに自我を与えることで、自立的に行動させている。

165 :フェイク『男』 :04/05/09 02:17 ID:Z8eLvzyO
スタンドの中には、本体の精神力以外のものから力を得るタイプのものがある。これを仮に『パワーソース型』と名づけよう。
パワーソース型のスタンドには、レッド・ホット・チリ・ペッパー、竜の夢、自由人の狂想曲、C−MOONなどが存在する。
これらのスタンドは総じて強力だが、能力の行使にはパワーソースの性質に応じた制限が加わるというのが弱点だ。

86 :フェイク『男』 :04/05/07 01:55 ID:LTASsHDW
「ディアブロ」とは英語で「悪魔」という意味だ。
キリスト教において悪魔とは、アダムとイヴに禁断の知恵の実を食べさせた「蛇」を代表格としている。
また、神の行動を疑う天使たちが神に反逆した結果、地獄に落とされて「悪魔」とされたものもある。
総じて共通なのは、彼らが、自分が神を超えた存在であるかのように勘違いした、小賢しい存在であるということだ。
「知性」とは人間にとって欠かすことの出来ない大切な要素だが、人間は知性があるがゆえに傲慢になりうる。
この「知性」の持つ暗黒面を、宗教的には「悪魔」と解釈できる。

87フェイク『男』:2006/01/06(金) 01:23:08 ID:/YlMvTlI
86 :フェイク『男』 :04/05/07 01:55 ID:LTASsHDW
誰が言った言葉だったか……「母と子の断絶は、生れ落ちたときより始まる」

85 :フェイク『男』 :04/05/07 01:54 ID:LTASsHDW
私は今までに1000を超える数のスタンドを鑑定してきた。
その経験をもって断言するのだが、スタンドに『不可能』は無い。
スタンドとは個人の欲望の現れであり、人の欲望には限りがないからだ。
どこかで歯止めをかけなければ、それはきっと暴走してしまうだろうが……

925 :フェイク『男』 :04/05/02 23:00 ID:F/H+LjW1
遠隔自動操縦のスタンドには大なり小なり、本体がスタンドにあらかじめ「命令」を与えておくことが出来る。
しかし、あまりに大量の命令を与えてしまうと、スタンドのパワー自体が低下する事態を招くだろう。
例えば、シアーハートアタックは「相手を全滅させたら本体の元に帰還」という単純な命令がなされている。
一方、ヨーヨーマッは高い知能によって複雑な命令をこなすが、その分(遠隔自動操縦にも関わらず)パワーの低いスタンドだ。

782 :フェイク『男』 :04/04/28 23:04 ID:+z64ufaw
スタンドのルールの一つに、スタンドに起こる出来事は本体にも影響する、というものがある。
例えば、星の白金は超光速により「時の止まった世界」で動くことが可能となるが、
超光速になれるはずのない本体も共に「時の止まった世界」で動けるのは何故かというと、上記のルールが原因であるわけだ。

781 :フェイク『男』 :04/04/28 23:03 ID:+z64ufaw
能力の内容がそうであるように、スタンドのヴィジョンもまた、本体の主観が大きく影響して形作られている。
例えば、ゲブ神が無形のスタンドなのは本体が盲目であることと無関係ではないだろう。

88フェイク『男』:2006/01/06(金) 01:23:25 ID:/YlMvTlI
674 :フェイク『男』 :04/04/25 23:08 ID:27cGyvuR
『知性』というものは人間にとって欠かせない特質だが、これが人間の弱点になることもある。
例えば、動物は知性を持たず常に愚かだが、人間は知性があるからこそ動物より愚かな行動を取ることがある。

673 :フェイク『男』 :04/04/25 23:07 ID:27cGyvuR
「超ひも理論」によると、この宇宙が始まったときには十の次元があり、
そのうち我々の知覚出来ない六の次元が10の-35乗メートルの空間に折り畳まれたそうだ。
私は『緑色の赤ん坊』のスタンドがこれを利用したものであるという壮大な説を考えたが、このレスはそれを書くには狭すぎる。

517 :フェイク『男』 :04/04/22 18:19 ID:PVGOUGBO
日本の神話にある、八百万の神の中で最も徳の高い神は『便所神』であるそうだ。
何でも、誰もが嫌がった「便所を司る役目」を自ら志願した彼の献身が評価されているらしい。

515 :フェイク『男』 :04/04/22 18:17 ID:PVGOUGBO
スタンドの能力が『本体自身』に特殊な性能を発揮することがある。
例えば、精密性の極端に低いスタンドでも、自分自身にだけは細やかな能力作用を及ぼしたりする。
(グレイトフル・デッド、メタリカ、グリーン・デイ、C−MOONなど)
逆に、自分自身には能力を行使できない、という例も多い。
何故このような現象が起こるのか、個々の事情は色々とあるのだが、まず大前提として一つ言えることがある。
それは(当たり前のことだが)人間にとって『自分自身』とは特別な存在だということだ。

89フェイク『男』:2006/01/06(金) 01:23:37 ID:/YlMvTlI
440 :フェイク『男』 :04/04/20 19:15 ID:l8x9fz+h
「『魂』なんてありませんよ。メルヘンやファンタジーじゃないんですから」
などという冗談はさておき、魂とはいったい何なのか? 私はそれを『肉体の影』であると考える。
生物の肉体には頭脳があり、その脳細胞の活動により感情や記憶が蓄積される。その情報が自分自身を観るときの姿が『魂』だ。
つまり『魂』は架空の概念であり、肉体の下位に位置するものだということだ。
人はその精神活動によって肉体を動かしていると考えられているが、同時に、その魂は肉体に影響され、従属しているとも言える。
(以上のことは『魂』の実在がハッキリしているジョジョの世界でも同じことだ)

41 :フェイク『男』 :04/04/07 18:58 ID:oIDx4uMZ
「壁は、それを打ち破れる者の前にしか現れない」という言葉がある。
これが正しいのかどうかは判らんが、少なくともこの言葉からは『認識する』ということの重要性を見いだすことが出来る。
人間が自分の弱点とか欠点とかを克服し、成長を果たすためには、まずそれを自覚する必要があるからだ。
壁を壁だと認識することが出来れば、それへの対策も打ち立てることが可能となるだろう。

90フェイク『男』:2006/01/11(水) 22:56:50 ID:9aarlDwg
887 :フェイク『男』 :04/04/02 19:06 ID:MdET9R8q
一部には成長したり、能力が変化したりするスタンドも存在するが、ほとんどのスタンドは生まれたらそのままだ。
邪悪な性根を持つ者は邪悪なスタンドを身につけるものだが、彼らには更生の機会は無いのだろうか。
私はそうは思わない。スタンドは変化しないかもしれないが、重要なのは本体の考え方だ。
例えば、自らを苦しめた分解癖の塊であるスタンドを、仲間の身代わりにするという使い方をしてみせたアナスイのように。

886 :フェイク『男』 :04/04/02 19:05 ID:MdET9R8q
スタンドとは闘争心の現れであると言われている。
ここでいう『闘争心』とは単純な殺し合いだけのものではなく、人間の積極的な精神活動全般を指すのだろう。
自分の仕事への飽くなき挑戦だとか、哲学的な思索なども『闘争心』の一つの形だ。

720 :フェイク『男』 :04/03/27 22:20 ID:814N5O34
人は天国に行きたいと思い、動物はそうは思わないらしいが、これは何故だろうか。
端的に言えば、人間には『知性』が存在するからなのだろう。
人間には知性が存在するがゆえに、運命の存在を強く認識し、それを克服したいと願う。それが『天国に行きたい』ということだ。
動物にはそれが無い。彼らは自分が運命に支配されているなんて考えもしないだろう。動物は無知だからこそ自由だ。
これを体現するのが愚者とストーンフリーだ。この『自由さ』の象徴である二者の能力は、そのまま人間と動物の違いを示している。
ストーンフリーの『糸』は愚者の『砂』に比べて不自由であるように見えるが、
これは人間が運命、即ち世界の『連続性』を知るがゆえの不自由さだ。『糸』は連続性の象徴だといえる。
『連続性』を否定的に捉えれば『運命』になるが、肯定的に考えることも可能だ。
例えば、『思い出』や『親子の絆』は人間に生きるエネルギーを与える。知性の無い動物には本能しかない。

91フェイク『男』:2006/01/11(水) 22:57:08 ID:9aarlDwg
719 :フェイク『男』 :04/03/27 22:19 ID:814N5O34
(それが正しいかどうかはともかくとして)時を止めるには超光速のスピードで動かなくてはならないらしい。
そうすると「時の止まった世界」で意識を保つには、精神も超光速でなくてはならないことになる。
つまり、自分の精神が超光速に対応してなければ、身体が動いてても意識がついていけなくなるからだ。
そう考えると、黄金体験の「感覚の暴走」の能力効果が父親DIOの能力と繋がってくるわけだ。

694 :フェイク『男』 :04/03/26 19:22 ID:cQldAHor
スタンドの基本的な特性の一つとして、『透過』がある。
スタンドは自ら影響を与えようとしない物質に対しては、透き通って移動することが可能だ。
(そうでなければスタンドの発現のたびに服が破れてしまうことになる)
原作の描写からして、この透過能力は精密な作業のようだ。例えるなら針の穴に糸を通すようなものか。
普通のスタンドでは厚い壁を透過することは出来ないし、戦闘相手の心臓を握りつぶすことも不可能だ。
(それよりも殴りつけたほうが素早く確実だ)
しかし、一部のスタンドはこれらの透過の性質を能力にまで高めたものもある。

684 :フェイク『男』 :04/03/26 19:11 ID:cQldAHor
『マクスウェルの悪魔』という架空の概念がある。
この悪魔はこの宇宙の全ての粒子の運動を自在に操り、宇宙全体に無限のエネルギーを与える存在だ。
これは熱力学第二法則(エントロピーの法則)に反するものだが、この悪魔は存在し得ない。
悪魔が粒子の運動を操る限り、それによって得られるエントロピーの減少以上のエネルギーを消費しなくてはならないからだ。
何かのエントロピーを減少させる(=エネルギーを与える)には、それ以上のエネルギーを使わなければならない。
即ち、悪魔は外部に全く影響を与えることなく自分自身のエントロピーを減少させることは出来ないということになる。
余談だが、クレイジー・ダイヤモンドが自分自身を治せない理由もこれだ。

92フェイク『男』:2006/01/11(水) 22:57:21 ID:9aarlDwg
683 :フェイク『男』 :04/03/26 19:09 ID:cQldAHor
ジョジョにはスタンド以外にも、優れた設定として『波紋』が存在する。
『波紋』とは、生命活動から太陽のエネルギーを作り出し、それによって闇の生物に立ち向かうという『正』の力だ。
不正に強大な力を手に入れた『負の生物』に対し、真っ当な『正の生物』が放つ正当な攻撃方法だといえる。
しかし、科学技術によって地球の支配者となった昨今の人類を見るに、彼らと『負の生物』の間に何の違いがあるだろうか。

301 :フェイク『男』 :04/03/14 00:09 ID:bIUKE14Q
ポルポのスタンド『ブラックサバス』の能力パラメータについて。
パワー:E(押さえつける力:A)というのはどういう理屈なのかと考えていたが……
これはどうやら、ブラックサバスが相手のスタンドや魂に対して攻撃する際にのみ、パワーAだということなのだな。
つまりエニグマやダービー兄弟のスタンドと同様に、一定の条件を満たした相手にのみ絶大なパワーを誇るということだ。

259 :フェイク『男』 :04/03/12 18:39 ID:Rix/3++z
スタンドが自我を所有していることがあるが、これは主にスタンド能力が本体の手に余るときに発生する現象だ。
つまり、スタンド自体が判断力や行動の意志を受け持つことで、本体への負担が少なくなるということだ。
一方、本体とスタンドの意思疎通のために行動が遅れたり、視聴覚の感覚を共有できないといった弱点も存在する。
これが行き過ぎると、スタンドが暴走したり、一人歩き型になったりする危険性もある。

258 :フェイク『男』 :04/03/12 18:38 ID:Rix/3++z
『スタンド』の語源は「そばに立つ」という意味であり、基本的にスタンドにはヴィジョンがある。
しかしなぜかヴィジョンの無いスタンドも存在する。その理由の内の一つが「本体の依存性」だ。
自分自身は何も作り出せないから他のものを利用しよう、という発想のスタンドにはヴィジョンが無いことがある。
『バーニング・ダウン・ザ・ハウス』や『ボヘミアン・ラプソディー』などがこのタイプのスタンドだ。

93フェイク『男』:2006/01/11(水) 22:57:34 ID:9aarlDwg
688 :フェイク『男』 :04/02/22 11:04 ID:/TWNwB3K
アブドゥルとディオは「魔術師」と「世界」の暗示を有するスタンドを持つ。
これはタロットカードにおいて「始まり」と「終わり」を意味している。
その彼らが今回の連載に出てきたのは、ジョジョの世界が終わりSBRの世界が始まったということを示しているわけだ。
砂男の能力がイギーに似てるのも、彼が「愚者」(魔術師と世界を繋ぐ存在)の暗示を担っているからだろう。
オカルト的な仕掛けを好む荒木らしい演出だ。

455 :フェイク『男』 :04/02/14 21:48 ID:u4X+a3IN
『スタンド使い同士は引かれ合う』という現象が『引力』によるものだとするなら、
スタンド使い一人の魂の重さは『星一つ』に匹敵するのではなかろうか。
それを裏付けるかのように、スタンド使い同士の出会い・戦いの中には、それに巻き込まれて被害にあう一般人の姿がある。
人間が足元の蟻を気にしないように、スタンド使いが戦闘中に一般人を気にかけることは殆ど無いし、そんな暇も無いのだ。

189 :フェイク『男』 :04/02/05 21:57 ID:VL12HebY
フレッド・ホイルという天文学者は「『知性』という力は生命の起源以前から存在している」という説を唱えた。
つまり、知性という力はビッグバン以前から存在しており、これが全ての物質や生物を誕生に導いたという。
──とフー・ファイターズが言ってたが、これも今思い返すに『天国』の複線だったんだなぁ。

84 :フェイク『男』 :04/02/01 19:18 ID:9RlzPEqC
『ドッペルゲンガー』というモノを知っているだろうか。
オカルトの概念において、自分の霊魂の一部が外に抜け出し、自分そっくりの人物として周囲を徘徊するという現象だ。
理由は諸説あるが、ドッペルゲンガーに出会ったものは近いうちに死んでしまうという。

94フェイク『男』:2006/01/11(水) 22:57:48 ID:9aarlDwg
52 :フェイク『男』 :04/01/31 22:57 ID:zl1t5cZB
どこかで見た覚えがあるのだが、荒木飛呂彦の座右の銘は『全てを疑え』というものだそうだ。
つまり、一つの結果には、何かしらの原因があるという考え方だ。
あのスタンドがあんなに強いのも、あのキャラクターがあんなにヘタレなのも、必ず理由がある。
そして理由が判れば、未来への対策も立てられるというものだ。

963 :フェイク『男』 :04/01/25 00:30 ID:/NvwZkse
通常、スタンドのパワーと射程距離は両立しないとされている。これは何故か?
例えば、本体がスタンドを維持するための『集中力』が遠距離まで届きにくいからだと考えてみよう。
そうすると、遠隔操作型のスタンドは、遠距離まで届くだけの集中力でスタンドを維持しているからパワーが弱い。
あるいは、自動操縦のスタンドは本体が命令しなくていいので、その分の集中力が節約できるという解釈になる。

962 :フェイク『男』 :04/01/25 00:29 ID:/NvwZkse
子供のころ、自分以外の全てがまやかしだと思ったことはあるだろうか。
自分が見ていないところでは、自分以外の人間や物体は存在しないか、全く別の姿になっている……
心理学的には、子供ならではの客観性の欠如といったところだろう。だが面白い発想だ。

883 :フェイク『男』 :04/01/11 18:42 ID:iVfe87Nc
『個人の精神は醜い』とか『心の中には怪物がいる』という話をしたのだが、
ここで重要なのは『人間の精神は成長する』ということだ。これは大変な美徳だ。
しかし、全ての人間に成長の機会が与えられるとは限らない。
運命に翻弄されるがままに引き返せないところまで行ってしまう者も数多い。
特にそれが『スタンド使い』の場合は深刻だ。邪悪なスタンド使いは死ぬか、再起不能になるしかない。

95フェイク『男』:2006/01/11(水) 22:58:02 ID:9aarlDwg
882 :フェイク『男』 :04/01/11 18:41 ID:iVfe87Nc
スタンドの鑑定をしていると、人間の『精神の構造』について考えざるをえなくなる。
スタンドとは生物の精神から発生するものなのだから、それは当然の話だ。
私は心理学などに詳しいわけではないが、一つ言えることは、
人間は心の中に多種多様な『怪物』を住まわせ、閉じ込めているということだ。
様々な欲望や感情、それらが形を成して人の心の牢獄から飛び出したとき、怪物は『スタンド』となる。

880 :フェイク『男』 :04/01/11 18:40 ID:iVfe87Nc
『世界のありようを憎んでいる奴にスタンド能力を与えてはいけない』という言葉がある。
そいつらはしばしば、世界を変革しようと身の程を越えた能力を身につけ、世界を混乱させるからだ。
この世界は確かに矛盾に満ちているし、醜いものも多い。世界を思うがままに支配したいという気持ちも判る。
だが、個人の精神でそれを変化させたとしても、更に矛盾に満ちた、より醜い状態になるのがオチだ。
この世界は歪んでいるが、世界の中に住むどの個人よりも美しく正しいと俺は思う。

853 :フェイク『男』 :04/01/08 19:13 ID:b+eI8Fvy
私の自説の一つとして……『物臭なヤツはスタンド能力を持つべきではない』というのがある。
スタンド能力というのは元来、自分の精神力を像として具現し外界へと影響を与えるという、非常に能動的なものだ。
精神に種々の欠陥を抱えた者でも、自分の望みを叶えるためならどんな無茶でもする、
スタンド使いというのはドイツもコイツもそんなのばかりだ。

784 :フェイク『男』 :04/01/02 08:27 ID:szRfF+je
オカルトの世界では、人間の肉体は多層構造になっているそうだ。
一説では、肉体の内側に幽体(いわゆる幽霊のようなもの)、更にその内側に霊体(霊そのもの、人間の本体)があるのだという。
この考え方は、ジョジョの世界にも応用できる。つまり、肉体の内側に魂があり、更にその内側にスタンド体があるのだ。
一般人のスタンド体は魂の内側で眠っており、基本的に表に出てくることは無い。

96フェイク『男』:2006/01/11(水) 22:58:16 ID:9aarlDwg
783 :フェイク『男』 :04/01/02 08:26 ID:szRfF+je
スタンドというのは『超能力の視覚化』という観点から生まれたそうだ。
では、何故ヴィジョンの無いスタンドが存在するのだろうか。
個別のスタンドごとに色々と事情はあるのだが、その中でも『幼形成熟』というケースがあると私は考える。
スタンドの像を不完全にしか出せない、確固とした形を築けないという未成熟な精神のままで、
それがスタンド能力として成り立ってしまった、というケースだ。

914 :フェイク『男』 :03/09/25 18:18 ID:eX3cJuKH
この宇宙は『真空のゆらぎ』によって誕生したといわれている。
そもそも『真空』とは完全な無ではなく、絶えず電子と陽電子が発生と消滅を繰り返しているそうだ。
その電子や陽電子が、あるとき偶然にも互いに消滅することなく離れてしまった。
そこに生じたエネルギーが他の電子や陽電子を刺激し、ビッグバンが起こり、宇宙が始まったらしい。
このように、真空にも一種のエネルギーのようなものがあり、宇宙の始まりは真空のエネルギーの高い状態にあったという。

913 :フェイク『男』 :03/09/25 18:17 ID:eX3cJuKH
スタンドが『一人一能力』なのは何故なのか。それは、スタンドとは明確な『目的』をもって誕生するものだからだ。
原作からも窺い知れることだが、スタンドの能力はその本体の願望が元になっている。
現実には叶わない欲望を、精神力から発生する超常現象でもって叶える。それがスタンドという存在だ。
しかし、現実の法則を超えた存在であっても、それが個人の精神に根ざしている以上、発揮できる力には限界がある。
限りあるエネルギーを一つに纏め上げ、一つの願望を叶えるのに全てのパワーを注ぎ込むからこそ、スタンドは一人一能力なのだ。
では、全能のスタンドというものは存在しないのだろうか。
一つの出来事を望めば一つの可能性を切り捨てなければならない。ならば、全てを望むなら全てを捨てなくてはならない筈だ。
即ち、全能のスタンドとは無能な存在であるに違いないといえる。

97フェイク『男』:2006/01/11(水) 22:58:48 ID:9aarlDwg
855 :フェイク『男』 :03/09/21 19:30 ID:cRsew+xS
『永遠の存在』について考えたことはあるだろうか。
人間は他の動物とは異なり、知性を有するがゆえに、運命という概念を理解し、
自らが最終的に至る『死』という宿命を強く意識するようになってしまった。
そして死や老いから逃れようと、昔も今も、人は様々な事柄に手を出しているが、その結果はいまだ完全なものにはほど遠い。
この宇宙ですら始まりと終わりがあり、万物は流転する以上、永遠の存在などそうやすやすと手に入るものではないのだろう。
ただ少なくとも、安易に『永遠』を望む行為ははっきりと邪悪であるといえる。
吸血鬼しかり、究極生物しかり、永遠の絶頂を追い求めた二重人格者しかり、
『永遠』を追い求める存在は、実は誰よりも強く『死』という結果に囚われ、生きる過程を見失っているのだ。
そして、この世に存在している以上、他者との関係性を捨て去る事は出来ず、周囲に不幸をもたらすこととなる。
(たとえ仙人のように山奥に篭っていても、永遠の存在である以上、いつかは誰かに出会わざるを得ない)
永遠の存在でありながら邪悪でない者など、私は今のところはアンジェロ岩くらいしか知らない。

854 :フェイク『男』 :03/09/21 19:28 ID:cRsew+xS
『胎内回帰願望』というものがある。
母親の胎内において、胎児は何一つ苦しみも悲しみも無く、ただ安らぎのみがあった。
この世に生まれ落ち、色々な苦境を経験するたびに、人はその究極の安心に帰りたいと無意識に感じるのだそうだ。
一説には、人が持つ様々な意志や欲望というものは、全てその願望を満足させるためだという話もある。
人は手を変え品を変え、その願望を擬似的にでも満たそうとするのだが、もとより、胎内回帰そのものが果たされる筈は無い。
人はいつだって、究極の安心が手に入る『楽園』へと帰りたがっているのだ。

98フェイク『男』:2006/01/11(水) 22:59:01 ID:9aarlDwg
853 :フェイク『男』 :03/09/21 19:27 ID:cRsew+xS
この地球上では、生命はどのように誕生したのか?
一説では、原始の海に雷が落ち、生命の元となる何種類かのアミノ酸などの成分が合成されたという。
これらの原始生物は太陽光からエネルギーを得て活動し、徐々に繁殖していった。
つまり、生命の誕生には太陽光や天候、更にはそこまで至った偶然という『天』の要素が絡んでいたのだ。
生命はこの世に発生してから後、互いに殺し合い、繁栄と絶滅を繰り返して現在まで至る。

596 :フェイク『男』 :03/09/11 19:20 ID:fbsX/Pfz
四次元の世界とは、いかなるものなのだろうか。
二次元の正方形を展開すると、一次元の直線4本となる。
三次元の立方体を展開すると、二次元の正方形6面になる。
そのように、四次元の立方体を展開すると、三次元の立方体8個になるらしい。
我々は四次元の世界を頭の中に思い描く事は困難だが、それは我々の図形への認識能力が、視覚に頼るものであるからだそうだ。
聞くところによると、生まれつき盲目の人間は、頭の中に四次元の世界を思い浮かべることも楽に出来るという。

592 :フェイク『男』 :03/09/11 19:16 ID:fbsX/Pfz
突然の話だが、この世には『因果』というものがある。つまり、原因があるから結果があるのだ。
一つの原因は一つの結果を生み、それが次の原因となる。その繰り返しからなる『連続性』は、確実にこの世に存在するものだ。
この世の『連続性』に属さないもの、例えば、原因の無い結果だとか、全くのランダムさといった概念は、
少なくとも我々の認識するマクロな視点には存在しないし、つまり我々には無関係だ。
人間の精神もまた、その『連続性』から発生したものであり、それを逃れえるものではないのかもしれない。
しかし人間は、その命がただ『連続性』に運ばれるままではなく、その存在自身と周囲の世界を見つめることが出来る。
人間の精神は我々が今こうしているという因果を読み解き、そこに意味や希望を見出すことが可能なのだ。
この世には『原因と結果』だけが存在するのではなく、人間の知性はその『過程』を読み取ることが出来る。
そこに何を見つけ、己の物とするのかが、人間の精神の本領といえる。

99フェイク『男』:2006/01/11(水) 22:59:14 ID:9aarlDwg
590 :フェイク『男』 :03/09/11 19:14 ID:fbsX/Pfz
宇宙の終焉とはいかなるものなのだろうか。現在では二つの学説がある。
宇宙は誕生の直後から膨張を続けている。それがある時点で収縮に転じ、また一所に全てが集まるという説が一つ。
そして、宇宙は永遠に膨張を続け、やがて宇宙全体のエネルギーが完全に無くなってしまうという説だ。
何にせよ、この宇宙がどのように終わるかも現時点では判らないし、終わった後に何が起こるかも定まったことではない。

588 :フェイク『男』 :03/09/11 19:13 ID:fbsX/Pfz
デッドマンズ・Qを読んでいて考えた事なのだが、どうやら幽霊には『居場所』が必要なようだ。
例えば、普通の人間が入って来れないような『幽霊の小道』とか、自分の能力で造りだした『写真の中』だとか、亀の中とかだ。
そういった『居場所』を持たない幽霊は、この世では非常に脆弱な存在となる。
例えば、他の生物にぶつかっただけで身体が千切れてしまったりするのだが、
この世が生きている者のための『現実世界』である以上、それは当然の成り行きといえるだろう。
この『現実世界』に、実在の無い幽霊ごときが存在し続けられる道理は無いというわけだ。
それでも、そこに存在し、これからも存在し続けたいと思うのなら、幽霊はまず『安全な居場所』を探すべきだといえる。
そして、そこまでして存在し続ける『理由』や『目的』も考えておくといい。

297 :フェイク『男』 :03/08/30 18:43 ID:7ne7Mxgf
スタンド使いの間では、血統に特別な力があるとされている。
スタンド能力の素質は親から子へと遺伝するし、親族がスタンドに目覚めた影響によってスタンド使いとなった者もいる。
そして、スタンド使いの親族は互いにその位置を感じあったり、肉体の状態を大まかに読み取ったりもするのだ。

100フェイク『男』:2006/01/11(水) 22:59:33 ID:9aarlDwg
118 :フェイク『男』 :03/08/25 18:32 ID:6rc5BxSr
かつて人間は手が四本、足が四本で丸い身体をしており、回転しながら移動する生物でした。
しかしある日、神によって男と女とに分けられてしまいました。
恋をして互いの身体を求め合うのはその頃の名残といわれています。
なので、二次元しか愛せないこの板の住人はかつて
半分が三次元、もう半分が二次元で、回転しながら移動する生物だったのでしょう。
(某板のコピペより)

116 :フェイク『男』 :03/08/25 18:24 ID:FGzTtg1+
ある蟻の巣では、働きアリのうちの実に20%が常に怠けているという。
そのアリたちから80%の働き者だけを選別しても、その中の20%は怠けだし、
逆に、20%の怠け者を選別したところ、その内の80%は働き出すそうだ。
これは、構築されたシステムを保つための『ゆとり』であるらしい。
100%の働きアリがフルに稼動していると、突発的な不意の事態に対処できなくなるというワケだ。

114 :フェイク『男』 :03/08/25 18:24 ID:FGzTtg1+
人が、ある人を好きになることに、理由はあるのだろうか?
あらゆるものに因果が存在するのなら、感情にも理由があって然るべきだ。
──人間の抱く『感情』には、その人間の今までの経験が無意識の内に影響しているという説がある。
『感情』とは、人間がその『知性』で計算することが出来ないほどの膨大な情報を、
ブラックボックス化した脳内の機構で処理することで、情報処理の効率化を計ったものだとする話だ。
つまり、人が『感情』を抱くには、それ相応の因果が存在するのだが、
人間の脳、すなわち『知性』ではそれは分析できないということになる。
そうなると、人が人を好きになるのに、いちいち頭で理由を考える必要はなさそうだ。


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