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アメリカ軍がファンタジー世界に召喚されますたNo.15

1名無し三等陸士@F世界:2016/10/03(月) 01:41:59 ID:9R7ffzTs0
アメリカ軍のスレッドです。議論・SS投下・雑談 ご自由に。

アメリカンジャスティスVS剣と魔法

・sage推奨。 …必要ないけど。
・書きこむ前にリロードを。
・SS作者は投下前と投下後に開始・終了宣言を。
・SS投下中の発言は控えめ。
・支援は15レスに1回くらい。
・嵐は徹底放置。
・以上を守らないものは…テロリスト認定されます。 嘘です。

100ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2016/11/15(火) 23:51:54 ID:MFm28Pfg0
それでは、SSを投下いたします。

101ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2016/11/15(火) 23:53:06 ID:MFm28Pfg0
第282話 鍵のカケラ

1485年(1945年)12月30日 午後11時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル

ウェルバンルは26日から天候が崩れ、今では雪が降っていた。
夜も深くなり、帝都は真冬の冷気に覆われてより寂しい雰囲気を醸し出している。
特に、12月初旬からは、米軍の2回にわたる首都襲撃の影響で首都の人口が加速度的に減り、12月30日までには70万人が
帝都より脱出したと言われていた。
このため、ただでさえ人通りの少なかった夜間の大通りは、完全に人の姿はおろか、明かりの付いた家もかなり少なくなっている。
区画によっては全く明かりの灯っていない場所もあるため、ゴーストタウンと化していた。

その人の少なくなった首都を抜け、1ゼルド北に離れた森林の中に、古めかしい小屋があった。
その小屋の側に、今しがた、1台の馬車が横付けし、そこから慌ただしく1人の男が降りてドアの前に立った。
暗闇で分かり難いが、一目見れば明らかに高級とわかる毛皮に身を包み、帽子を目深く被った男は、小屋のドアを2度ノックした。
軋み音と共に、ドアがわずかに開かれる。
掌ほどの広さに開かれたドアの間から、口ひげを生やした痩身の男が姿を現す。

「こちらへ」

男が小声で言うと、ドアを更に大きく開く。
毛皮を着た男は、頷きながら中に入っていった。
痩身の男は、馬車の御者と目を合わせ、こくりと頷いてからドアを閉める。
御者はドアが閉められたのを確認するや、小屋の側から離れてどこかに走り去ってしまった。

小屋は、中に地下へ繋がる隠し階段があった。
毛皮の男は、痩身の男と共に階段を下りていくと、地下室に到達し、痩身の男が目の前のドアを重々しそうに開いた。

「ウリスト侯爵。お待ちしておりました」

中には、眼鏡を付けた中年の男がおり、彼は席から立ち上がると、毛皮の男に対して、恭しく頭を下げながら挨拶を送る。

「ホーウィロ導師、久しいな」

102ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2016/11/15(火) 23:53:40 ID:MFm28Pfg0
コホヴモ・ウリスト侯爵は、渋面を浮かべたまま、挨拶を送ったオルヴォコ・ホーウィロ導師に言葉を返す。
彼は、身に纏っていた毛皮を、室内で待機していたホーウィロ導師の従者に預ける。
従者は毛皮コートを部屋の隅にあったハンガーにかけた後、香茶を淹れて2人に振舞った。

「ありがとう」
「その様子では……10貴族会議は、貴方にとってよろしくない物になられたようですな」
「よろしくないも何も……大多数が腑抜けになっておる」

ウリスト侯爵は不快感を露わにしながら、ホーウィロ導師に言う。
ウリスト侯爵は、シホールアンル10貴族と呼ばれる帝国内有数の大貴族の1つである、ウリスト家の当主である。
今日の夕方から、帝都では10貴族会議と呼ばれる、帝国内の有力貴族当主や随員を集めた会議が開かれた。
シホールアンル帝国には、皇帝であるオールフェス・リリスレイが当主を務めるリリスレイ家を始めとして、エルファルフ、モルクンレル、
ハーヴィンエル、トレンツォス、ウリスト、バイケラ、ピルッスグ、ロイスコ、カリペリウ家がある。
この10の貴族は、過去に大臣や、皇帝を輩出した名門中の名門であり、ウリスト家は建国当初よりシホールアンルの国政に携わってきた伝統ある貴族だ。
500年前にはウリスト家出身の皇帝が即位し、凡庸ながらも堅実な政治で国内を安定させた実績を持つ。
そのウリスト家当主である彼は、他の10貴族の当主達と共に今日の会談に臨んだ。
ウリストは、皇帝陛下であるオールフェスと共に、主戦派として国体の維持や、徹底抗戦を声高に唱えた。
ウリストとオールフェスの意見には、カリペリウ家やロイスコ家の当主が賛同したが、残った6貴族のうち、3貴族の当主たちは、逆に停戦すべしと
明確に言い放った。
その急先鋒はバイケラ家当主である、ヴリヒルド・バイケラ侯爵であった。
バイケラ侯爵は、シホールアンル本土中部に領地をもつ大貴族だが、その領都であるランフック市は、今年8月30日に行われた、アメリカ軍の
無差別戦略爆撃によってかなりの被害を出しており、12月初旬に出された最終報告では、空襲時に死亡、並びに、空襲に関連する死者は11月末時点で
7万2千人、負傷者18万人、罹災者数83万人となっている。
死者、負傷者、罹災者を含めた被害者数は100万人以上にも及び、市街地の損害も甚大となり、バイケラ家の財政も大打撃を受けた。
無差別戦略爆撃の恐ろしさを間近に体験したバイケラ侯爵は、

「もはや、敵の爆撃による被害は、帝国南部、中部領のみならず、首都にまで及んでおります。これまで分かっただけでも、敵の戦略爆撃の
犠牲になった帝国臣民の数は、実に15万人にも及び、負傷者、罹災者を含めた被害人員は700万に上る勢いです!陛下……陸海軍の主力が
壊滅したうえに、対抗不可能な爆撃機が現れた以上……我が国の敗北は必至かと思われます。かくなる上は……連合軍に対して、和議を請うしか
道は無いと、私は確信致します!」

と、皇帝であるオールフェスに向けてそう力説した。

103ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2016/11/15(火) 23:54:22 ID:MFm28Pfg0
バイケラ侯爵に続き、トレンツォス家やハーヴィンエル家の当主も同様の意見を述べた。
モルクンレル家の当主であるモヴェスト・モルクンレル侯爵(リリスティの父である)と、エルファル家当主ルナリア・エルファルフ女爵は、
明言こそしなかったものの、言下には、やはり終戦を匂わす様な意見を述べた。
ピルッスグ家当主、メリヴェ・ピルッスグ女爵は中立的な意見を述べるだけで、停戦か、または継戦に賛同する否かすらも判断せず、
ただ静観しているだけであった。
3時間にも及ぶ会議の結果、オールフェス自身が皇帝の権限を利用し、徹底抗戦を押し通す形で決まってしまったが、講和派や、講和派寄り
とされる貴族は依然多いままである。
ウリストはこの状況が全く気に入らなかった。

「帝国本土は広い。陸軍は確かに痛手を被ったが……敵の進撃を遅らせることぐらいはできるであろうが。その間に戦力を立て直し、
進撃する連合軍を皆殺しにすればよい事だ!」
「閣下の仰るとおりであります」

早口でそうまくしたてるウリストに、ホーウィロは相槌を打つ。

「ですが、先の決戦では痛手を被りすぎたのもまた事実のようです。噂では……陸軍の主力部隊が丸ごと包囲殲滅されるか、南部領に
閉じ込められてしまった……と」
「やられて当然だ!あんな、すぐに撃破されてしまうようなヤワな兵器しか持たん現状ではな!」
「そのための……ですな」

ホーウィロは満面の笑みを浮かべる。

「うむ。貴公を読んだのはそのためだ」

ウリストは真顔でホーウィロの目を見つめる。

「いつまでに投入できそうか?」
「3月下旬には何とか間に合いますな。今のままでも、戦場に立たすことはできますが」
「兵器としてはまだ使い物にならんのだろう?」
「ええ。幾分、調整中ですので」
「それだけではない」

ウリストが首を横に振りながら付け加える。

104ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2016/11/15(火) 23:54:54 ID:MFm28Pfg0
「移転地にある施設の建築がまだ途中だ。私としては、今の場所から早く移動させたい」
「閣下……本当にあの場から移動されるのですか?あそこは天然の要塞であり、守備も万全です。閣下が秘密裏に備えさせた沿岸要塞も
機能しておりますぞ」
「……先日の首都襲撃さえなければ、わしも君と同じ気持ちでいられたのだがな」

ホーウィロは、ウリストが見せた表情に対し、幾分驚いてしまった。
ウリストは常に自信に満ち溢れた熱血漢でもあり、弱味らしい物を見せた事も無ければ、弱音を吐いたことも無かった。
その彼が弱音を吐こうとしている。

(閣下も、この戦争で大分参られてしまったか?)

ホーウィロは心中で疑問を抱く。

「施設は首都よりも北に遠く離れた僻地にあるから、敵の目も向いてはいないとは思う。だが……東の海を隔てれば、そこにはアリューシャン列島が
ある。わしらがミスを犯せば、敵はこちらにも監視の目を向けるかもしれんぞ」
「ご心境、お察しいたします。しかしながら……」

ホーウィロはウリストを見据えながら自らの心境を打ち明けた。

「施設の備えは万全であり、守備兵力も揃っております。それに加えて、施設は“口の中”にあるため、どのような攻撃も受け付けませぬ。連絡に
使う魔法通信も、細心の注意を払い、昨年より配布の始まった軍の暗号を基にして行い続けています。皇帝陛下すら知らない程にまで施された隠蔽……
敵が見破る事は不可能でありますぞ」
「余計な心配はせんでほしい、と言っておるのだな?」

ウリストはホーウィロに尋ねたが、彼は無言のまま頷いた。

「貴公の言う通りだ。だが……移転の準備は続ける。これも、カケラを大々的に運用可能にするための布石だ。山の顎の中であれば、
例のコンカラーとやらが来ても歌を歌いながらやり過ごす事ができよう」
「閣下の意思は固いようで……とはいえ、これも計画の内ですからな」
「鍵計画の遺産はしっかりと引き継いだ。ただの戦術兵器にしかならぬのが問題ではあるが……むしろ、前よりも前線向きになった分、
使いやすいと言えるだろう」
「そういえば、今日は施設で調整が行われております。今頃は、調整も終盤にさしかかっておるでしょう」

105ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2016/11/15(火) 23:55:26 ID:MFm28Pfg0
ウリストはそれ聞くなり、小さな笑みを浮かべる。

「材料をよく調達できたな」
「今は戦時です。材料なぞいくらでもあります。それに……閣下のご尽力の賜物でもあります」
「苦労したぞ。だが、これも一重に、偉大なる帝国の為だ」

ウリストの笑みは、自然に怪しげなものに変わっていく。

「1人で1個大隊……それを量産すれば……必ず、帝国は勝てる。そう、この大戦争に勝てるのだ」
「いずれは、南大陸をも飲み込む事ができますかな」
「無論だ!」

ウリストは即答する。

「何が戦略爆撃だ。何が機械化師団だ……そんな烏合の衆が作ったガラクタは、我が偉大なる帝国の魔法技術が作り上げた最強の魔導兵によって、
全て無に帰してくれるわ。そして、いずれは、アメリカ本土をも……」
「アメリカ本土は流石に、無理があるのではないですかな?」
「……やはりそう思うかね」

ウリストは途端に、乾いた笑いを浮かべた。

「調整が済んだ魔導兵といえど、海を渡る事は不可能だな。それを行うには、やはり海軍力が必要になる……か」
「その前に、まずは連合軍の地上戦力を一掃する事です。海軍の再建等は、その後の話です」
「ふむ。それもそうだな」

ウリストは自信ありげにそう答えた。

(うむ。やはりこのお方はこうでなければ……)

ホーウィロはそう思い、帝国の前途は明るいと確信した。
だが、彼は再び、意外な物を目の当たりにする。

106ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2016/11/15(火) 23:56:02 ID:MFm28Pfg0
「……と、なれば、どれほど幸せであろうか」
「……閣下?」
「導師……現実を嫌というほど見せつけられると、自信という物は大きく揺らいでしまう物だ。先ほどの話も……今の帝国の状況では……」

ウリストは、両手で自らの顔を覆う。

「ただの妄想にすぎんものだ」
「か……閣下……」
「せめて……せめて、講和にさえ持ち込めば」
「閣下は……弱気になられたのですか?」

ホーウィロは、ウリストに恐る恐る尋ねた。

「貴公がそう思うのなら、そうなっているのだろう」

ウリストは答える。そして、勢いよく椅子から立ち上がった。

「だが、この偉大なる帝国に対する気持ちは、何ら変わらぬ!導師、何としてでも、鍵のカケラ計画は完遂させるのだ。敗北が必至であろうが
もはや構わぬ……最後まであがき、シホールアンル帝国の底力を世界に示してやろうぞ!」
(そして、いずれは皇帝の座を……)

ウリストは僅かな間、自らが抱く野望の成就に思いを馳せた。

107ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2016/11/15(火) 23:57:09 ID:MFm28Pfg0
怒号と悲鳴があがり、直後に床に液体が飛び散る音が響く。
目の前を全身傷だらけになり、慢心創痍となった男がこちらを睨みつけている。
連合軍の捕虜であるその兵士は、右腕と左足が無くなっているにもかかわらず、闘志だけはなんら衰えていない。

私は……それを壊してしまうのが好きだ。

剣を振りかぶり、そして、力いっぱい振り下ろす。
男の胸に剣の先が深々と突き刺さり、そこから赤黒い血が迸る。
それが全身に振りかかった時……私は体の奥から熱い物を感じた。

「ああ……いい……」

体にかかった血を両手でふき取り、それを顔に塗りたくる。
そして、体中に血を塗っていく。
程よく鍛えられ、引き締まったお腹と、施設の男達が羨ましげに見る突き出た双丘にも。

「もっと……もっと…」

たまらない。
獲物をもっと狩りたくてしょうがない。
周囲からは、悲鳴と共に人が次々と殺されていく。
仲間達が私と同じように“調節”を行っているのだ。

「もっと……えぇ、もっとぉ」

不意に、後ろから殺気を感じ取る。
瞬時に向きを変え、私は右の掌を、後ろから迫ってきた材料に向け

「もっとぉ!!」

それを材料……捕虜の男の腹に向けて赤黒い光を放った。
光は男の腹を貫き、反対側に飛び出る。
隙を衝いたはずの敵は、血を吐きながら両膝を付いたが……直後、体を貫いた光が男の体を取り巻いたと思いきや、縦横に動き回り、
一瞬にして無数の肉片に変えてしまった。

108ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2016/11/15(火) 23:58:23 ID:MFm28Pfg0
大量の血しぶきと共に、肉片や臓物の欠片が周囲に撒き散らされた。

愉しい……

闘技場に放置された男女300人の捕虜……施設の者が言っていた“材料”達は、私を含む5人の特殊魔導兵によって一方的に虐殺されている。
誰もが、この凄惨な光景に顔を顰め、中には目を背ける物すらいる。
でも、私は楽しい。
そう、実に楽しい。

「ああ……いい……ふ、ふふ」

逃げようとする若い捕虜を、ゆっくりと歩きながら追い詰めていく。
捕虜は、武器を持っていた。

「ねぇ。何してるのー?」

私は笑いながら聞いた。
捕虜は、手に持っている拳銃を向けたまま腰を抜かし、片手で必死に這いずり回っている。

「使わないの?」

捕虜は罵声を放ちながら拳銃を撃ってきた。
それをわかっていた私は、瞬時に術式を暗唱し、防御結界で銃弾を弾き飛ばす。

「ふ……ふふ」

捕虜は目を丸くし、そして、叫びながら拳銃を撃ちまくった。
でも、銃弾は残らず結界に弾かれ、捕虜の拳銃は弾切れとなった。

「終わりィ……?なら……」

私は捕虜の間合いを詰めると、相手の首を掴む。

109ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2016/11/15(火) 23:59:09 ID:MFm28Pfg0
「今度はこっちの番……ね?」

囁くようにして相手に言ってから、私は首をへし折った。

「ふふふふ……はは」

首をへし折り、そして、引き千切り、体を切り刻んで血を噴出させる。

「ははははは!楽しくてたまらない!こんなちっぽけな弾じゃ結界を弾くなんて無理!せいぜい、大砲でも持ってくる事ねぇ!」

言いようのない高揚感に身を任せ、私は高々と笑う。
頭を何度も上下させ、長い赤髪を振り乱す。

「ハハハハハハ!あああああああ!たまらないいいいいいいィィィィィ!」

笑う…笑う…そう、殺人を楽しめる事に笑い、それを与えてくれたヤツラに笑い…




そんな取り返しのつかないことをした自分を……



「う…んぐ……ぶっ」

唐突に、彼女は嘔吐した。

110ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2016/11/15(火) 23:59:46 ID:MFm28Pfg0
「またか……不調ばかり起こすものだな」

闘技場の隅に置かれた観測室で、施設長のナリョキル・ロスヴナは渋い表情を浮かべながらそう吐き捨てた。

「ですが、成績は3番が一番良いですね。確認殺害戦果72は特筆すべきかと」
「奴は前回の“調節”でも正気に戻りよった……志願してこの任務に就いたというのに、何とも不器用な奴だ」
「それでも、前回は38人で、今回は72人です。調節の甲斐はあったかと」

副施設長は、ロスヴナに意見する。

「その点は認める。だが……私はまた“不調”を出している事が気に入らんのだ。あれではただの不良品にしかならん」

ロスヴナは、堀の深い痩せ顔に苛立ちを滲ませた。

「まぁ……今回の調節はもう終わりだ。ちょうど、殺しつくしておるし……あとは闘技場の掃除を行い、連中を部屋に戻すとしよう」
「了解いたしました。それでは施設長……帝都のウリスト卿にはどのように報告いたしましょうか?」
「ふむ……調節自体は上手く行ってはいる」

ロスヴナは、施設の守備兵に連れていかれる黒い戦闘服の5人……今は返り血で赤黒く染まった志願兵達の1人に注視しながら、ウリスト卿に送る言葉を考える。
志願した魔導兵5人のうち、2人は女性兵だ。
その中の、長い赤髪の女性兵はこの5人の中で一番の戦果を出していた。
そして、功労者である彼女は、顔を真っ青に染め、口元を抑えながら、守備兵と共に闘技場を後にした。

「こう送ろう。第4回目の調節は無事成功。魔導兵に少しばかりの不安を残るも、目的はおおむね達成。戦力化は予定通り行える見込み……とな」
「了解いたしました」

副施設長は、ロスヴナの言葉をメモに書き記すと、隣に待機していた魔導士に通信を送るように命じた。

111ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2016/11/16(水) 00:00:43 ID:MFm28Pfg0
また私は……ろくに抵抗のできない人々を殺してしまった。
なぜ、こんな地獄の苦しみを味わうのか。



帝国のため?
最初はそうだった。



自分のため?
最初はそうだった。




空襲で死んだ家族のため?
それもそうだった。


ランフックで家族を失った復讐がしたかった。
だからあたしは、自らの体を掛けてもいいと、あの男の誘いに乗った。

「その結果が、この地獄……復讐を願う人間としては、妥当な姿……という訳か」

でも、受け入れるしかない。
本当はいやだ。
だが……それでも、あたしは前に進むしかない。



ああ……なんて事だろうか。



血と臓物から発せられるむせ返るような死臭に、私はもう慣れてしまった。
そして、それだけ……ヒトという生き物から離れてしまった。
今度の調節では、何を得て、何が失われるのか?




あの急な吐き気が無くなれば……わたしは人間では無くなるだろうか?

112ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2016/11/16(水) 00:04:20 ID:MFm28Pfg0
1485年(1945年)12月30日 午後8時 カリフォルニア州サンディエゴ

アメリカ太平洋艦隊司令長官を務めるチェスター・ニミッツ元帥は、年末が迫るこの日も、太平洋艦隊司令部において、
幕僚と共に定例会議を開いていた。

「長官。第3艦隊としては、来年の1月上旬頃に、再びシホールアンル帝国東海岸沖に展開し、残存する沿岸部の工場地帯、または軍事施設等を叩くようです」
「第3艦隊は先のウェルバンル空襲の損失は既に補充済みであり、次の作戦においても、十二分にその力を発揮できることでしょう」

太平洋艦隊参謀長を務めるフォレスト・シャーマン中将と、航空参謀のウィンクス・レメロイ大佐がニミッツに説明する。

「第5艦隊はどうかね?」

ニミッツは、最も気がかりであった、第5艦隊の状況について問うた。
それにシャーマン中将が答える。

「第5艦隊は既に戦力の再編を終え、今は艦載機の補充を行っておる最中ですが、これは1月初旬までには完了する見込みです。ただ、西海岸沖も
天候不良が続いており、機動部隊が行動に移れるのは、早くても来年の1月下旬からになるようです」
「ふむ。幾ら世界最強の艦隊とは言え、自然の前には無力……あとは、お天気頼みをするしかないという訳か」

ニミッツは腕組みしながら、そう独語する。
第2次レビリンイクル沖海戦に大勝し、後のシェルフィクル工場地帯潰滅も成功させた第5艦隊は、リーシウィルムに帰還後は戦力の再編に当たり、
現在では正規空母8隻、軽空母7隻、航空兵力1300機を有している。
正規空母8隻のうち、2隻は大損害を免れた大型装甲空母リプライザルとサラトガⅡであり、残る6隻はエセックス級正規空母だ。
軽空母7隻はインディペンデンス級であり、こちらは第2次レビリンイクル沖海戦前と同様、全艦が健在である。
第5艦隊はこれらの母艦戦力を基に、4つの機動部隊を編成し、損傷した空母が修理を終えて戻るまでは、第58任務部隊はこの4つの空母群を率いて戦う事になる。
第58任務部隊は、1つのタスクフォースとしては依然巨大な戦力を誇る物の、最盛期と比べると幾分、見劣りを感じてしまう。
とはいえ、先の決戦で敵主力をほぼ全滅させた今となっては、TF58を遮る物は天候以外にないと言っても過言ではなかった。
その第58任務部隊は、第3艦隊が有する第38任務部隊と同様、今後しばらくは天候不順のため出撃できず、行動を再開するのは来年の1月下旬からとなる。
太平洋艦隊司令部としては、北大陸西海岸沖の第5艦隊と、東海岸沖の第3艦隊を連動させて、シホールアンル側にさらなる圧力を掛けようと考えている。
だが、それが実行に移されるのは、まだしばらく先になりそうであった。

113ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2016/11/16(水) 00:05:31 ID:MFm28Pfg0
「陸軍は今のところ、前線での動きを止めておりますが、早くても1月3日までには行動を再開すると思われます」
「地上部隊は冬季装備が行き渡っているからな。戦力の再編と補充が済めば、すぐに行動ができる点に関しては、陸軍が羨ましく感じるな」
「長官、機動部隊はすぐに動けませんが……その代わり、潜水艦部隊は既に、次の行動に移りつつあります」

作戦参謀を務めるヤン・ウィルキンソン中佐が、壁に掛けられた地図の一点を指示棒でなぞる。

「シホールアンル帝国西端から西に900マイル離れた場所にあるルィキント列島、ノア・エルカ列島からは、同地で生産される魔法石を始めとした
各種資源や軍需物資が帝国本土に向けて運ばれています。ロックウッド提督指揮下の潜水艦部隊の一部は、既に出撃を終えており、1月の初旬には、
アイレックス級潜水艦2隻を含む18隻が、ルィキント、ノア・エルカ列島の航路に布陣し、敵輸送艦の捜索、並びに、攻撃を行い、この海上交通路の
遮断を狙います」

現在、太平洋艦隊は西海岸沖に28隻、東海岸沖に26隻の潜水艦を投入している。
第2次レビリンイクル沖海戦時には、西海岸沖に68隻の潜水艦を投入していたが、大半の艦は第2次レビリンイクル沖海戦時に救出したパイロットを
リーシウィルムに送り届けるか、整備や補給のため散開線から離れている。
ちなみに、第2次レビリンイクル沖海戦では、潜水艦部隊は89名のパイロットを救出しており、この働きは艦隊司令官であるフレッチャーやニミッツのみ
ならず、キング提督をも大いに喜ばせていた。
地味ながらも、大任を果たした潜水艦部隊の新たな任務は、ウィルキンソン中佐が述べた通り、今まで手付かずとなっていたルィキント列島、ノア・エルカ列島
の海上交通網の遮断となる。
その手始めとして送られたのが、アイレックス級潜水艦2隻、バラオ級潜水艦16隻の計18隻だ。
派遣される潜水艦の数はローテーションを行いつつ、今後は漸増される見込みであり、計画では32隻の潜水艦が、先述の海上交通路に展開する予定だ。
また、状況次第では、第5艦隊所属の第58任務部隊がルィキント列島、ノア・エルカ列島の根拠地に空母艦載機でもって攻撃を仕掛け、同地の在泊艦船の
殲滅を実行する事も検討されている。

「この交通路の遮断が成されれば、シホールアンル側の窮状がより深刻な物になる事は、ほぼ確実かと思われます」

ウィルキンソン中佐がそう言うと、ニミッツも顔を頷かせた。

「魔法石は、魔道銃を扱う敵にとっては必需品だ。ただでさえ、帝国本土はB-29の戦略爆撃によって国力を削がれつつある。つい先日、新型機である
B-36も登場してからは、シホールアンル本土は、国土のほぼ全てを、B-36の作戦行動半径内に収められている。そこから辛うじて逃れられていた
ルィキント、ノア・エルカからの資源輸入も断たれれば……敵地上部隊はまともに戦う事すら難しくなるだろう」

114ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2016/11/16(水) 00:06:20 ID:MFm28Pfg0
「ただでさえ、制空権を失われているというのに、そこに魔法石の供給不足か……敵とはいえ、いささか同情してしまいますな」

シャーマン参謀長が哀し気な口調で言う。

「仕方ありません。ありとあらゆる手段を用いて敵を弱体化するのも、戦争のやり方の1つです。シホールアンル軍には、たっぷりと弱って頂きます」
「作戦参謀の言う通りだ。シホールアンル海軍主力が壊滅したとはいえ、太平洋艦隊にもまだまだやるべき仕事はあるという事だ。これまで通り、堅実にこなしていこう」


同日、午後9時。太平洋艦隊情報部

太平洋艦隊情報副参謀兼、戦闘情報班指揮官を務めるジョセフ・ロシュフォート大佐は、司令部地下にある情報部のデスクで、ミスリアル側から派遣された
ダークエルフの士官と共に幾つかの本を見ながら会話を交わしていた。
室内には幾つもの無線機が設置されており、そこに係の兵や、同盟国から派遣された特殊補助員である魔導士官が詰めて情報の分析に当たっている。

「大佐。やはり、この本からも符号しそうな言葉は見つかりませんな」

ミスリアル海軍の魔導士官であるヴェンス・レンティオ少佐は、最後のページを捲りながらロシュフォート大佐に言う。

「うーむ……フェミス・レイヴァーン族は諜報においては右に出る物がないと言われていたようだが、その氏族出身の君ですらヒントを見つけるに至らずか」
「そもそも、敵の暗号が思った以上に難解なのも、我々手古摺る原因となっています。ただ単に書物に出てくる内容を当てはめたのかと思いきや、そうでもない。
では、敵の魔法用語やそれに付随する物から付けたと思いきや、それも違う……」
「カイトロスク会戦では、我々連合軍が勝利したとはいえ、奇襲を許してしまったのは顕然たる事実だ。それを今後も起こさぬためには、敵の暗号を
解かねばならんのだが……そう簡単に行かんものだ」
「大佐。ここらで小休止と行きませんか?かれこれ5時間はこうして暗号解読のヒントを探しております。本国で鍛えた私でも、流石に応えてきましたね」
「おお、もう夜の9時なのか。思えば、夕食もまだ食べてないな」

ロシュフォートは、今更ながら感じ始めた空腹感に苦笑を浮かべる。

「何か食べる前に、コーヒーでも淹れましょうか?」
「そうだな。では、いつもの奴を頼む」
「了解です」

115ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2016/11/16(水) 00:07:05 ID:MFm28Pfg0
レンティオ少佐は微笑みながら席を立ち、コーヒーを淹れに行った。

「それにしても、ここに着任当初はやたらに頭が固くて融通の利かん印象が強かったが……どうしてどうして、奴さんはあっという間にここの環境に
順応してしまった。本当、世の中は面白い物だ」

ロシュフォートは、レンティオ少佐がこの太平洋艦隊司令部に着任した当初を思い出しながら、半ば微笑ましい気持ちになった。

ミスリアル王国はアメリカ合衆国と同盟を結んでから早3年以上が経つが、エルフ族国家であるミスリアル国内には、未だに人間蔑視の風潮を残す
氏族が少なくないと言われている。
レンティオ少佐の属しているフェミス・レイヴァーン族は、その傾向が最も強いとされており、米軍内でも同氏族出身の者には最大限の注意を払うように
と通達が出ているほどだ。
レンティオ少佐も、渡米前まではそういった派閥で幅を利かせていた人物として知られていたため、太平洋艦隊司令部では何らかの軋轢が生まれる事を恐れていた。
だが、レンティオ少佐は司令部に着任するや、当初の予想を大幅に裏切る形で任務に励んだ。
着任当初こそは、その口ぶりからしてガチガチのエルフ至上主義者と思われた物の、人間蔑視を公言することも無く、それどころか、分らぬところは
素直に言い伝え、ロシュフォートらと相談して問題の解決を試みるなど、実際は聞き分けが良く、性格も良い好青年というのが、皆がレンティオ少佐に
対して抱いた印象である。
そんな彼が一番気に入っているのが、コーヒーである。
最初は差し出されたコーヒーを見るなり、

「何か仕込んだのですか?」

と、あからさまに怪しんでいたが、一口飲むと、彼はその味が気に入ってしまった。
それ以来、レンティオはコーヒーの虜となっており、今では、休日にサンディエゴ市内でコーヒー豆を探す彼の姿がたびたび見られる程になっている。
やや間を置いてから、レンティオが両手にコーヒーの入ったカップを持って戻ってきた。

「大佐。コーヒーが入りました。どうぞ」

レンティオはロシュフォートにカップを差し出し、ロシュフォートはそれを受け取る。

「ありがとう」

116ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2016/11/16(水) 00:07:42 ID:MFm28Pfg0
レンティオは席に座り、淹れたコーヒーを一口すする。

「はぁ……このほろ苦い味わいがなんとも言えませんな。特に、仕事の合間に飲むコーヒーは格別です」
「少佐もすっかり、アメリカ文化に染まってしまったな」
「ええ。最初の頃が恥ずかしく思えます。エルフも人間も、しがらみを捨てて吹っ切れた方が、色々と得になる物が多いという事を学びましたよ」
「そりゃそうだ……そうやって学び続けていく事で、初めて理解できる事も多い。人生は死ぬまで勉強の連続だよ」

ロシュフォートはそう言ってから、コーヒーを啜った。

「失礼します!」

小休止を取る横から、警備兵の張りの良い声が飛び込んできた。
声のした方向を見ると、入口に警備兵が立ち、その横に1人の青年がこちらを向く形で立っていた。

「バルランド王国よりカーリアン魔導士がご到着されました。どうぞ、こちらへ」
「おお、来たか!」

ロシュフォートは顔に喜色を滲ませながら、席を立った。
室内に入室してきた青年は、そこで立ち止まってから室内の一同に向けて着任の挨拶を行った。

「申告します。バルランド王国海軍魔導技術部より参りました。ヴェルプ・カーリアン少佐であります。本日をもって、アメリカ太平洋艦隊司令部へ
出向した事を、ここにお伝えします。以後、よろしくお願いします」
「ご苦労」

ロシュフォートは幾分固い口調で返した後、破顔してからカーリアン少佐に握手を求めた。

「ロシュフォート大佐。しばらくですな」
「君も元気そうで何よりだ」

2人は互いに握手を交わした。

「クレーゲル魔導士もそうだったが、君もやはり軍に入る事になったのかね」

117ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2016/11/16(水) 00:08:19 ID:MFm28Pfg0
「はい。階級が付いていた方が何分やり易いであろうと言われ、及ばずながら、海軍少佐の位を承った次第です」

ヴェルプとロシュフォートは、魔法通信傍受機を合衆国海軍艦艇に配備する際、専用の通信員の事で協議するため幾度か顔を合わせており、互いに
見知った間柄となっていた。

「紹介しよう。こちらはミスリアル軍から派遣されたヴェンス・レンティオ少佐だ」
「レンティオです。よろしく」
「カーリアンです。私の事はヴェルプと呼んで貰っても構いませんよ」
「君がバルランド王国で暗号魔法の提案をしたという魔導士か……かなり若いな」
「よく言われますよ」

ヴェルプは苦笑しながらレンティオに返す。
彼は、他のメンバーと一通り自己紹介を終えた後、ロシュフォートに頭を下げた。

「大佐。この度は予定の時間に遅れてしまい、申し訳ありませんでした」
「飛行機のトラブルで遅れたんだろう。それは仕方ない事だ。むしろ、私としては、まだ離陸しないうちにエンジントラブルが発生した事が、不幸中の
幸いだと思っている」

ロシュフォートはヴェルプの肩を叩く。

「この状況を打破するきっかけとなる重要人物が、飛行機ごと海にドボンとなっては非常にまずいからな」
「まだ私がきっかけになるとは限りませんよ」

ヴェルプは頭を掻きながら、苦笑いを浮かべる。

「ですが、出来る限りの事はやります」
「いい返事だ。君の机はここだ」

ロシュフォートは、開いていた机を掌で叩いた。

「ありがとうございます。では、早速ですが、本題に入ってもよろしいでしょうか?」

118ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2016/11/16(水) 00:08:50 ID:MFm28Pfg0
「今から晩飯にしようかと思ったが……君の話を聞いてからにしよう」

ロシュフォートはレンティオと共にヴェルプの近くに椅子を移動する。
腰を下ろした2人に、ヴェルプは説明を始めた。

「私がバルランド本国で魔法通信の暗号化という提案を持ち出したのは、バルランド軍増援部隊の派遣が2カ月後に迫った1477年の事でした。
当時、若輩ながらもバルランド王国魔導院において新たな魔法の開発に携わっていた私は、近い将来、魔法通信を傍受する魔法が出てきた時に備え、
魔法の暗号化を提案し、実用化に向けた準備も行っておりました。当時、私の直属の上司であったイボルィス・ヴェイロイ魔導士は実質的に暗号化の
責任者として私を含めた魔導院の魔導士と共に、精力的に術式の開発に励みました。ですが、軍の上層部からは魔法の暗号化は手間がかかる上に、
現状では実用的ではないと判断され、暗号魔法の開発は3ヵ月で中断してしまいました」
「そういう経緯があったのか……初耳だな」
「何分、かなり昔の話でしたので、本国の魔導士も殆どが暗号魔法を開発していたことを忘れていました。ですが、シホールアンル側が暗号魔法を用いて、
前線部隊へ攻勢計画の通達を行った事が明らかになると、本国の上層部も事態の重大さを認識するようになりました」
「ふむ……確かに、事は極めて重大ではある。だが、君の口ぶりからすると、バルランドは何かしら、慌てているようにも思えるが」
「は……実は、先の話は続きがあるのです」

ヴェルプは、真剣な眼差しで2人に説明を続ける。

「私の上司であったヴェイロイ魔導士は、その2ヵ月後に軍部隊と共に北大陸へ派兵されましたが、結果はシホールアンル軍に敗北し、ヴェイロイ魔導士は
戦闘中に負傷し、殿部隊と共に最後の戦闘を行った末に行方不明となりました。軍上層部では戦死したものと見なされており、私達も酷く悲しみました」
「だが……シホールアンルは君の恩師が死ぬ前に、聞きたいことは全て聞き出した。という事かな」
「まだそう判断する事はできません。あれから7年以上も経っています。ただ、まさか……と、思う事はあります」
「敵が魔法通信の暗号化を実用した結果は、そのヴェイロイ魔導士から情報を聞き出し、そこから本格的に術式の開発を行った……と言う事だな」

ヴェンティオが言うと、ヴェルプはやや顔を俯かせた。

「本国では……そう認識する者も少なくありません。自分達の技術がきっかけで、あの大苦戦を生み出してしまったのではないか……と」
「だが、ちょっと待ってほしい」

暗澹たる表情を浮かべるヴェルプに対し、ロシュフォートが右手を上げながら言う。

119ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2016/11/16(水) 00:09:37 ID:MFm28Pfg0
「情報を聞き出して、暗号魔法の実用化に至るまで7年。新技術の実用化には手間がかかるとはいえ、7年は幾分長いな。もしかしたら、
今使われている暗号通信は、連中が独自に開発した技術かもしれんぞ」
「確かに、大佐の言われる通りかもしれません……ですが、いずれにせよ、私は暗号魔法の基礎を作った魔導士の1人です。暗号魔法を作成するには、
必ず越えなければならない難関があり、その特徴は暗号文の文面に出る事もあります」
「難関だと?それに特徴とは一体……?」
「まず、暗号には平文とは異なった文字の羅列を組み込み、それを引き当てて解読していきますが、魔法通信には異なった魔法波というのも組み込み、
同時に発信しています。これは送り先の味方魔導士に暗号の“答え”を同時に送り込んでおり、受信した魔導士は暗号文と、その答えを同時に頭の中で
照らし合わせて、その内容を口頭で伝えるようになっていました。そして、文面にも一定の間隔を開けたり、または古代語に因んだ文字を不定期に組み込むなど、
敵が傍受した際に解読を困難にさせる工夫を凝らしています」

ヴェルプは、持ち込んだ鞄を開けると、そこから何枚もの紙を取り出した。

「これは、連合軍情報部より譲り受けた例の暗号文の写しです。ご覧のように、昔ながらの言葉等が組み込まれたり、文字の間隔があいたり、所によっては、
脈絡のない頭文字を一字だけ書いて、それを何行も書き続けているのもあります。英語で言えば、A、B、Cで始まるアルファベットが、Z、R、A、P、
O、I、Q、Gと、デタラメに並べているような物です」
「その訳のわからん文面も多いな。こいつも、暗号解読が一向に進まない原因の1つだよ」

ロシュフォートが忌々し気に言い放つ。
だが、彼は同時に意味ありげな笑みも浮かべた。

「だが、これも暗号解読を行うに当たっては、避けては通れない道だ。簡単に解ける暗号なぞ、暗号とは呼べんからな」

それにヴェルプが相槌を打とうとした時、背後にあった魔法通信傍受機が急に作動し始めた。
隣にいたバルランド軍所属の特殊補助員が慌てて魔法通信傍受機に取り付く。
やがて、傍受機からは細長い紙が吐き出された。

「大佐。シホールアンル本土から新たな魔法通信を傍受しました。暗号文です」

それを聞いたロシュフォートは、ヴェルプに顔を向ける。

「噂をすれば何とやら、だ」

120ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2016/11/16(水) 00:10:23 ID:MFm28Pfg0
ロシュフォートはバルランド軍の魔導士から紙を受け取ると、その内容を読み始めた。

「ホイロンスの悪魔は悪魔のままにありけり。さりとて、成長への過程に点、また点が在する物なり。しかして、点を穿ち抜くのは、それ次第でしかあらず。
われ、尚も悪食に身をゆだねる。贄は未だに豊富にありけり」

ロシュフォートは読み終えると、ヴェルプとレンティオの顔を交互に見やった。

「分かりやすい文面だと思うが、こういうのでも解読ができんのが現状だ」
「なるほど……確かに難解です」

ヴェルプは、表情をやや暗くする。
本国上層部からは、暗号の解読は想像以上に難しいであろうと伝えられていたが、実際に傍受した暗号魔法を見ると、その難しさが改めて分かってしまった。

「ですが……やらなければなりませんね」
「その通りだな」

ヴェルプはそれでも、この困難な任務に挑むつもりであった。
彼の固い意志を感じたレンティオはそう相槌を打ち、更に、ロシュフォートから紙を受け取って、それをヴェルプの前で伸ばした。

「それに……シホールアンルの連中もこうして、君の着任を“歓迎”しているじゃないか」
「歓迎というよりは、挑発とも受け取れるな。さあ、解読してみろという暗然たる挑発だ」

ロシュフォートが幾分おどけた口調で言うと、彼らは思わず失笑してしまった。

「ならば……やっちまうしかないな」

ロシュフォートは笑みを浮かべつつも、鋭い目付きで紙片をじっと見据えた。

「大佐、先ほども申しましたが……私も出来る限りの事をやらせていただきます。必ずや……敵の暗号を解読し、シホールアンルの度肝を抜いてやりましょう」
「無論だ。敵の企みを叩き潰し、この戦争を必ず終わらせてやる」

ヴェルプの決意を耳にしたロシュフォートは、そう返答しつつ、この暗号を必ず解読してやると、沸き起こる闘志を感じながら、ヴェルプ同様、固く決意したのであった。

121ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2016/11/16(水) 00:12:09 ID:MFm28Pfg0
SS投下終了です。
あ、言い忘れていました。
今回はグロテスクな表現が大分混じっているのでご注意ください。

一応、その後にクッションは敷いてあるので大丈夫だとは思いますが。

122名無し三等陸士@F世界:2016/11/16(水) 00:46:41 ID:.PfcUBbU0
乙です

123名無し三等陸士@F世界:2016/11/16(水) 01:54:54 ID:RevGeKwI0
乙&10周年おめでとうございます!
暗号解読…ノイマン博士の出番だ!

しかし生体兵器に捕虜虐殺…これは裁判のネタが増え(ry

124名無し三等陸士@F世界:2016/11/16(水) 02:35:08 ID:9R7ffzTs0
投下乙
そして10周年おめでとうございます
自分で書いても納得いかず途中でやめてしまう人も多い中で
この長期間投稿できることはすごいと思います
全く関係ありませんが実は星がはためくときの地図をHoi2の世界に入れようとしたことがありました
またやってみようかな

>「1人で1個大隊……それを量産すれば……必ず、帝国は勝てる。そう、この大戦争に勝てるのだ」
これは量産できないフラグ
こういった方法はオールフェスが嫌いだったような?
バレたらヤバそう

終末の○ゼッタとエルフェン○ートを混ぜたような感じの魔法強化兵
彼らは戦場で活躍することが出来るのか
はたまた歴史の影に消えていくのか

暗号通信の登場で思ったように解析が進まないアメリカ
魔法送信機があればデタラメな文を送り続けるジャミングしてとにかく妨害するなんてことも出来たろうに
米軍は無線が基本だから混戦する心配もないし

次の投下も楽しみにしています

>>123
ENIAC「もうすぐ私も正式お披露目されます」1946年2月

シホールアンルがアメリカの暗号解読するのも頭を悩ませてそうだ
まず受信するところからだけど
しかしシホールアンルがある程度力を残した状態での
アメリカとのIF戦後って面白そう

125名無し三等陸士@F世界:2016/11/16(水) 10:09:24 ID:UeCivR/w0
オールフェスだって鍵計画に大いに関与してその威力をアテにしてたんだから言わずもがなじゃないかな
首謀者が秘密にしてるのは自分の野心の為だしね

狂った足掻きを暗号解読で止めれるか止められないのか
ばれたらばれたでルメイが「こんな奴らに文明は要らねぇ石器時代に戻そう」とか言いそうで……
終戦後にどれだけダークな兵器開発の系統が陽のもとにさらされるのやら
以前飛行兵器の開発禁止の小話があったけど、魔導系列はより厳しく制限されそうで……

126名無し三等陸士@F世界:2016/11/16(水) 20:14:21 ID:grkVvGho0
最新話投下乙&祝10周年!

帝国内部も何かとキナ臭くなって来ましたね。
「鍵」の存在が米国世論を戦争継続へと導いたように、
今回の件、仮に戦力化されても
「強化兵は活躍したが、対する帝国本土への戦略爆撃の苛烈さは
それに増して凄まじく…強化兵の存在は結果的に連合国世論を逆撫でする事になった。
そして、それは戦後処理にも影響した。」
みたいになりかねない…

127名無し三等陸士@F世界:2016/11/16(水) 20:48:26 ID:xcPdu0fk0
ヨークタウン氏乙でした
戦略爆撃により痛めつけられるシホールアンル帝国で増えてゆく講話派
だがオールフェスはまだ抗戦の意志を捨ててない…そして僻地で密かに進められる非人道的な計画
しかしウリストとホーウィロ、皇帝にも秘密でこんなことを行い、あまつさえ帝位まで伺うとは
アメリカ側も同盟国と協力してあれこれと動いているようですが、展開次第では厄介なことになりそうだ

そしてマンハッタン計画が行われていないのなら、それに加わってた優秀な科学者たちは何をしているのだろう、とふと思った
有名所ではオッペンハイマー、フェルミ、ボーア、そしてフォン・ノイマン…いずれも錚々たる人物だ
総力戦下のアメリカが彼らを放っておく筈が無いのは間違いありませんから、何らかの研究に従事してはいるのでしょうけど
この世界で彼らの能力を発揮できるような研究って何があるのだろう…

とりあえず、天才であり変人であるリチャード・ファインマンはこの世界でも色々とやらかして
お偉方を困らせているような気はします
(史実でもロスアラモスで色々とやらかしてます、よくもまあ研究所から追い出されなかったものだ…)

128名無し三等陸士@F世界:2016/11/17(木) 10:44:46 ID:vGRPwVu60
作者超乙


試作魔導兵「劣勢の戦場にアテクシ登場」

T28&T29&T30「まずはオラ達と勝負だ!」

129名無し三等陸士@F世界:2016/11/17(木) 12:46:47 ID:iGUq2.lEO
B-32「制空権ないのに出て来るとか、ちと頭が足りんのと違うか?(旋回しながら砲弾、機銃弾乱射」

130名無し三等陸士@F世界:2016/11/17(木) 20:45:16 ID:CUVgi81g0
>T28&T29&T30「まずはオラ達と勝負だ!」

オラ達ワロタ

史実より伸びてるから、もう量産に入ってる時期だもんな

131名無しさん:2016/11/18(金) 10:36:22 ID:UeCivR/w0
>>129
「これで対地攻撃とかあぁ^〜いいっすねぇ^〜」
「おっそうだなっ(制空権の無い南部孤立地帯死亡フラグ」

12.7mmを阿呆みたいに積んだB-25Hとか良いですよな
これって75mm砲を積んでるマ◯キチ仕様なんですよな
白兵戦用の拳銃やライフルの弾なら弾けてもこれはどうかなー?

132名無し三等陸士@F世界:2016/11/18(金) 13:57:07 ID:enFffyUE0
乙ですー なんだか怪しげな兵器がでてきましたね、大量投入できそうにないから用途はスネークみたいな破壊工作員とか
ゴルゴのような暗殺任務ぐらしか思いつかないけど今度の展開が楽しみです。
でもあんまり泥沼戦争続くと帝国にマンハッタン計画の成果が投下されそうで危ういような気がしてきました。

133名無し三等陸士@F世界:2016/11/19(土) 09:29:36 ID:xr.c91hY0
>>128
マジノ線がないからT28は無さそうだけどね

134名無し三等陸士@F世界:2016/11/19(土) 09:40:21 ID:CUVgi81g0
>>133
T28開発スタート時には既にマジノ線なんぞ存在しない訳ですが・・・・
開発途中でコンセプト変更により駆逐(対ボス戦特化)になったしな

135名無し三等陸士@F世界:2016/11/20(日) 12:48:32 ID:KGpH0YNE0
マジか!
ずっとマジノ線突破と重戦車対策に開発されたと思ってたわ

136名無し三等陸士@F世界:2016/11/20(日) 14:50:49 ID:iGUq2.lEO
ヨークさんは今頃、サラトガ確保に躍起になってそうだなぁ

137名無し三等陸士@F世界:2016/11/20(日) 17:46:46 ID:JP1PKs4Y0
マジノ線じゃなくてジークフリート線だよと真面目に突っ込んだ方が良いのかな。

138名無し三等陸士@F世界:2016/11/20(日) 20:46:31 ID:Pbx6.li60
10大貴族の中にもまだ徹底抗戦路線な人もいるんだなぁ
我々からみたら非人道兵器(彼らからしたら人道なにそれですが…)に一抹の願いを託して、
皇位簒奪も狙うも果たしてうまくいくのか…
たいていこういう決戦兵器てうまくいかないことが多いんですよね…
終戦間近と見られてますがもうひと波乱ありそう!

139名無し三等陸士@F世界:2016/11/22(火) 00:40:10 ID:8B7uzcsA0
やー、もうドイツ末期戦記みたいな鬱展開が続くのかと思ったら
ところがどっこい作者殿 楽しませてくれる・・・

140名無し三等陸士@F世界:2016/12/02(金) 15:40:25 ID:9R7ffzTs0
>>125
鍵であるフェイレってヒーレリ人だったはずだから
兵器の必要性はわかっていても自爆攻撃とか
残虐というか生き残る可能性のない低い役に自国民であるシホールアンル人は割り当てたくないのかなあと思って
ランフック爆撃なんかはオールフェスの精神にかなり打撃を与えたわけだし
ヘタにアメリカを刺激して再び惨劇が起こるのを恐れてそう


映画のフューリー見たときにすごい印象に残ったシーンを見つけたのでちょっと貼ってみる
同じ光景がシホールアンルにも
ttps://www.youtube.com/watch?v=so5w-h7GFEc

141名無し三等陸士@F世界:2016/12/04(日) 15:54:22 ID:qIpfC8nQ0
ttp://ux.nu/pzUdz

マスク美人

142名無し三等陸士@F世界:2016/12/06(火) 15:16:23 ID:qIpfC8nQ0
ttps://is.gd/GvNTrM

ここはお前のブログじゃねーんだw

143名無し三等陸士@F世界:2016/12/10(土) 18:02:16 ID:w2nCsok60
暗号化された魔法通信の解読に初期のコンピュータ(電子式)は利用できない
ものだろうか・・・。
ENIACは史実では1946年の発表(ローンチ)になっているけれども、電気計算機
としてはENIACより前にも実用的な製品が出てきている時期でもあるし。
例えば英国製だけれどもColossus(コロッサス)と似たような物が米国でも
造られていても不思議ではないとは思う。
同時期の計算機であればHarvard Mark Iもある。
ただ、ENIACと違い上2つの計算機はチューリング完全じゃない。

144 ◆3KN/U8aBAs:2016/12/14(水) 19:32:12 ID:zU2dDR3c0
ホスト規制テスト

145 ◆3KN/U8aBAs:2016/12/14(水) 19:33:27 ID:zU2dDR3c0
ご無沙汰してます。嵐のとばっちりでホスト規制がかかってました。
ホスト規制等の事情がない限り、NATO軍の物語を土曜日あたりに投下できるかと。

146名無し三等陸士@F世界:2016/12/15(木) 02:11:35 ID:lEy5xQPg0
NATOの人ktkr

147名無し三等陸士@F世界:2016/12/15(木) 09:22:30 ID:mY4vpw5s0
おまちしていましたー

148名無し三等陸士@F世界:2016/12/15(木) 10:59:02 ID:ZGTTPISs0
おお!楽しみです

149 ◆3KN/U8aBAs:2016/12/18(日) 10:16:47 ID:0xR8NsRQ0
トラブル発生につき来週に延期いたします…

150名無し三等陸士@F世界:2016/12/18(日) 14:12:37 ID:ZAkhsEYY0
ttp://ux.nu/BUXbG

ねばっくだいすき

151外パラサイト:2016/12/23(金) 18:03:26 ID:aAVaobf60
年末イラスト支援

ttp://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=60504968

152名無し三等陸士@F世界:2016/12/23(金) 22:51:11 ID:OSvAK6TE0
>>151

ワロタ
いいぞもっとやれ

153名無し三等陸士@F世界:2016/12/24(土) 07:45:01 ID:zo6RNBpc0
皮膚病にかかった犬の治療やぞ

154名無し三等陸士@F世界:2016/12/26(月) 13:00:43 ID:ZAkhsEYY0
htp://ux.nu/qLYUx

これでむりなら、もうw

155名無し三等陸士@F世界:2017/01/03(火) 11:45:57 ID:fvyoHNpY0
あけましておめでとうございますm(_ _)m
今年も皆さんの作品を楽しみにさせていただきます

156 ◆3KN/U8aBAs:2017/01/08(日) 20:18:13 ID:PoTorK9M0
どうも、ご無沙汰してました。
また規制かかってたよ(呆れ)

あけましておめでとうございます。今年も自由と正義のために蛮族をつるしながら過ごしましょうね
早速投下します。

157 ◆3KN/U8aBAs:2017/01/08(日) 20:22:32 ID:PoTorK9M0
11月1日 テンペルホーフ空港 格納庫
1989年の事件の後、テンペルホーフ空港はアメリカ軍が軍用として完全に接収し、物資・兵員の空輸や臨時の兵舎などとして利用されていた。
この日、空港の格納庫には第3歩兵師団の指揮官が集められていた。

「さて、これまでの訓練と準備の成果を見せる時が来たぞ。すでに把握していると思うが、今回の作戦はブランデンブルク門から異世界に突入、門を確保しベルリンの安全を確保することである。
突入に際し、我々の大隊が先鋒を務めることとなった。それに伴い、我が第2中隊は異世界に最初に突入する。」

テンペルホーフ空港のドイツ第4装甲擲弾兵旅団の臨時指揮所にて、ミハイル大尉が隊長である中隊のブリーフィングが行われていた。
偵察で作成された簡単な地図(軍用としても粗末なものだったが・・・)を基に部隊の展開や陣地の配置について討議を重ねる。
と言っても地図によれば周辺はただの平原のため、教本に忠実な配置となるまでそれほど時間はかからなかった。
こちらの火力を十分に発揮すればほぼ確実に勝利するとわかっていても、小隊長や分隊長の表情は真剣そのものである。

11月9日 テーゲル空港
「大統領の演説だ。政治屋さんもご苦労なことだな。」
「まったくだ。自由だの権利だの言ってるが連中がそんな言葉を理解してるとも限らねえからな。」
拡声器から響き渡る大統領の声を聴きながらイギリス軍の兵士は悪態をついていた。
「ブラック、ルイス、口を慎め。我々も連中と戦うことになるんだぞ。」
「しかし軍曹殿、交渉する気があるなら出会って早々こんにちWarしたり『歩兵師団』を先頭に立てる必要もないでしょうよ。」

アメリカ第3歩兵師団は名前こそ「歩兵師団」であるが、その編成は国によっては機甲師団と言っても差し支えない編成となっている。
5個の歩兵大隊、戦車大隊を主力に、当面は投入されないが砲兵、ヘリコプター旅団を持ち、そのほか防空などの各種大隊を保有する。
このような重装備の編成なのはソ連の戦車軍団の突撃を正面から迎え撃つためであるが、ただし、今回の作戦では主に兵站の都合から戦車大隊を1個削り、
代わりに旧ベルリン防衛部隊を中心とした軽歩兵大隊(IFVやAPCではなくトラックやハンビーで行動する歩兵)が追加されている。
それでも、その強力な火力は異世界でも十分に発揮されるであろうと期待されていた。
しかし、門に最初に突入することになっていたのはアメリカ軍ではなくドイツ装甲擲弾兵旅団である。
これは「ドイツのベルリンを守るための行動」である建前から、まずドイツが事態の収拾を図り、その過程でNATO各国に助力を乞う、という体裁にしておくためである。
もっとも、アメリカ側としては自国軍を先頭に立たせないことで「異世界のリスク」を軽減する目的もあったのだが。

態度の悪いイギリス兵が軍曹にしごかれていたころ、その歩兵師団はすでに準備を整え命令を待っていた。
そして、大統領の演説が終わり、マスコミのカメラがブランデンブルク門を映しているところを確認すると、指揮官はその命令を下したのである。

ミハイル大尉の中隊のマルダーを先頭にドイツ軍の車列は次々と異世界に侵入していく。異世界の草原に入った部隊は事前の計画に従い車両や歩兵を展開させて周囲を警戒する。
幸いなことに、異世界に突入した時点で、敵との接触は起こらなかったが、それでも次の部隊のために道を守らなければならないことに変わりはないのである。

158 ◆3KN/U8aBAs:2017/01/08(日) 20:24:19 ID:PoTorK9M0
NATO軍が本格的な動きを開始して数時間が経過したころ、門の周りにいるNATO軍本隊から離れた場所にある森で動く影があった。

「ジミー、ビンゴだ。長い間監視しておいたかいがあったな。」
「ああ。半年も全く家畜の動きのない遊牧民のテントがあるわけがないだろ。ウィル、報告しろ。」
「センター、こちらクォーターバック、ブラウンズのコインは表、ダイブを継続・・・」

先行して異世界に侵入し、門の北部にある遊牧民のテントを監視していたSEALsの部隊はテントの間を動き回る統一化された衣装や鎧をまとった兵士たちが動き回るさまを確認していた。
そしてこの光景は他の村落や遊牧民の宿営地などで同様に見られていた。

「どうやら連中はこっちが斥候を送ってることには気づいてたようですね。兵士を遊牧民のテントに隠すとは・・・いや我々が異世界人だからこそテントでごまかせると思っていたのか・・・。」
「どちらにしろ、連中の偽装はよろしくない。外見は遊牧民を装っても肝心の家畜がいないんじゃあどのみちばれるだろうさ。」

センターことNATO軍本隊の前線指揮所では部隊の取りまとめや周囲に散らばる特殊部隊からの通信で喧騒に包まれていた。
「現在地周辺の村落などで、敵武装勢力が活動を開始したとの報告あり。偽装された野営地のようです。現在各部隊が監視を継続中です。」
「地図に敵対勢力の村や野営地を書き込め。あと展開した部隊の陣地構築を急がせろ。下手をすると明日にでもやってくるぞ。」

11月13日 0930 シエラ・ポイント指揮所
「こちらシエラ、現在多数の敵兵が接近中、人間の兵士及び多数のモンスターを確認、指示を乞う。」
『こちらホテル・シックス、敵航空戦力は確認できるか?』
「シエラ、こちらは10機以上のドラゴンを確認している。」
『こちらホテル・シックス、了解。交戦を許可する。ただし発砲は防空部隊の攻撃を待ってから行え。現在戦車1個小隊がそちらに向かっている。』
「了解した。交戦を開始する。」

門から見て南側にあるシエラ・ポイントに展開したミハイル中隊は現在の状況を司令部に送っていた。
現状では2個大隊と先行投入された戦車中隊しかなく、戦力も潤沢にあるとはいいがたかったし、肝心の陣地も歩兵用のタコツボがある程度で鉄条網といった障害物もほとんどなく、
また陣地として使えるような地形や地物もほとんどない。陣地とその背後にある門を除けばただひたすらに平原が広がるのみである。
後方から発射されたローランドミサイルが敵のドラゴンに炸裂した。

159 ◆3KN/U8aBAs:2017/01/08(日) 20:27:42 ID:PoTorK9M0
とりあえずここまで。
次回は異世界側の軍隊からNATO軍を見る予定。

この時代のヨーロッパは兵隊の数も装備の質も贅沢極まりないものですね。

160名無し三等陸士@F世界:2017/01/08(日) 21:29:32 ID:hWFIE.hw0
乙でした
>この時代のヨーロッパは兵隊の数も装備の質も贅沢極まりないものですね。

当時の我が国のそれとは比べ物にならないレベルでしたなあ
そして異世界での初の大規模戦闘は戦場が平原なので火力に勝るNATOが有利かな?
ただドラゴンの能力次第ではNATO側もただでは済まないような…

161名無し三等陸士@F世界:2017/01/09(月) 22:17:10 ID:in4VDZn.0
久しぶりに来ました 何年ぶりかな・・・

星がはためくときだったかな?
今どうなりました?

162名無し三等陸士@F世界:2017/01/09(月) 22:53:52 ID:3him67MY0
>>161
2016年は更新多かったため進みました。
シホールアンル帝国の帝都空爆
シホールアンル帝国の制空権と制海権はアメリカが完全に抑えてる状態
シホールアンル帝国は旧日本軍の末期状態でマジやばい。

163ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/01/11(水) 21:45:27 ID:X3jR6OQc0
皆様、新年あけましておめでとうございます。
遅ればせながらレスをお返しいたします。

>>122氏 ありがとうございます!

>>123氏 ありがとうございます!いやー、10年も続いてしまったと言った方が正しいですね……
毎年毎年「目標は完結!」と一念発起するんですが……ここ数年は特に浮気癖が酷くなってるのがアカンですね

>ノイマン博士
彼も加われば鬼に金棒ですな!

>裁判ネタ
死刑待ったなしでしょうなぁ

>>124氏 ありがとうございます。長い間書いてないと、SS作成なんて・・・と思ってしまう事もありましたが
やはり自分はこの作品を書くのが一番好きなので、気が付いたらまた書いている、と言うのが多いですね
今年こそは完結に持っていきたいですが……はてさて(ヲィ

>星がはためくときの地図をHoi2の世界に
おお……それはまた…ありがとうございます。
機会があれば見たいですね。

>終末の○ゼッタとエルフェン○ートを混ぜたような感じの魔法強化兵
彼らは戦場で活躍することが出来るのか
はたまた歴史の影に消えていくのか

アメリカが暗号を解読できなければ、前線での味方部隊の被害がどえらい事になりますね。
解読できるか否かは、彼ら次第です。






デ・モイン級三銃士「その仕事!わしらにや(ry」

おっと、意味不明な電波が入ったのでここまで〜(平気で攪乱情報を流すSS作者の屑

164ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/01/11(水) 21:46:07 ID:X3jR6OQc0
>>125氏 オールフェス自体、フェイレの能力を利用する気満々でしたからね。

>魔導系列はより厳しく制限されそうで……
間違いなく制限されます。いや、場合によっては軍用魔法の使用自体を禁止する事もあり得ますね

>>126氏 ありがとうござます!ちょいと情けない10周年になってしまいましたが、これからもよろしくお願いします。

帝国内部も一枚岩ではないですからなぁ
ですが、強化魔導兵が前線で暴れ、それでシホールアンル軍が態勢を立て直しでもしたらアメリカ側としても不味い事になります。
特に、47年以降は、アメリカの経済的にそれまでのように行けないですから……

>>127氏 首都に対する相次ぐ攻撃は講和派の拡大を確実に助長する物となっていますね。
ですが、未だに抗戦を主張する声が少なくないのも事実。
ホーウィロとウリストは、シホールアンル継戦派の急先鋒と言っても過言ではないでしょう。
なかなか厄介な物です。

>あの科学者たちは今
電子兵器開発等の軍事部門に協力する者もいれば、民間で活動している者もいますね。
オッペンハイマー博士やアインシュタイン博士等は、魔法通信傍受機の開発がきっかけとなって、魔法技術の研究を行っており、
時折、南大陸各国の名門魔導院や魔道学校等を訪れて日々研究に励んでおります。

まぁ……その裏ではこっそりと、ある研究も進められていますけどね(ニヤリ


>>128>>130氏 うーむ、パーシングでも無双状態なので、T29も前線に配備されるか微妙な所です
シホールアンル兵「パーシングで白目状態なのに、更に新しいの送るのはやめろぉ!(絶叫」

>>129氏 131氏 やっぱり制空権奪取は……最高やな!(ヘブン状態
なお、雨が降られるとヤバい模様

とはいえ、常時雨と言う事は無いですから、魔導兵が無双しても、それは結果的に連合軍側の進撃を鈍らせるだけで、押し戻す事は
非常に難しいでしょうな

>>132氏 現状では工作員としてしか使えないですが、完調状態だと大隊規模の部隊でもヤバイので、発覚が遅れれば遅れるほど
不味い事になります。

>>133-135氏 そもそも、突破目標としていた場所すら無いですから、開発すらされてないです。
ロマンに欠けててスンマセンした!

>>136氏 無事GETしました!サラトガはいいですぞ(ヤメイ

>>137氏 言ってやってもいいんですぞ

>>138-139氏 勿論、この後も色々と出てくる予定です。
まだあの兵器やあの兵器の活躍も書いてないですからな……
いやはや、シホールアンル軍の苦しむ姿でめしが上手い!(鬼

>>140氏 シホールアンル南部領や中部付近ではすっかり馴染みとなった光景ですね。
今や帝国臣民にとって、上空に多数の白い雲を引き延ばしながら飛行する戦略爆撃機は恐怖の象徴です。

>>143氏 アメリカ海軍の要請で、初期型コンピューターを用いて解読を試みようという話は出ています。
2月初旬あたりからはコンピューターが使用できますが……それを用いて解読できるかどうかはまだわかりません

>>外伝氏 イラスト支援ありがとうございます!

ハルゼー「という訳の分からん夢見たんだが……あり得んよなぁ?」
ラウス「あー……あのネコ女王ちゃんならガチでやりかねんですから注意っすよ」
ハルゼー「ヒェッ」

>>153氏 あながち間違いとも言い切れんのがw

>>155氏 あけましておめでとうございます。
今年も更新していきますので、ごゆるりとお楽しみください。

>> ◆3KN/U8aBAs氏
投稿お疲れ様です!
尖兵を務める事となった独軍が遂に戦闘開始ですな。
火力の差は歴然としていますから、敵軍は酷い事になりそうです…

>>161氏 おお、数年ぶりに来られたとは
拙作を覚えていただきありがとうございます。
>>162氏の言われる通り、昨年は幾分話を進める事ができました。
自分がいらん浮気さえしなければ、今年中には必ず終われますね。
今後とも、このしがないSSをどうぞよろしくお願いいたします。

165 ◆3KN/U8aBAs:2017/01/14(土) 23:24:27 ID:fWfJXzYU0
>>160 >>164
NATO軍の「火力」をどうにかしないと平野部での戦いは一方的になりますね。
まあこれから色々と試行錯誤を始めるわけですが。

あと80年代の軍用機はレーダーや赤外線装備で夜中や悪天候でも飛べるのでシホールアンルのように吹雪に乗じて決戦、というわけにもいかなかったり。
あとヨークタウン氏、「年内に終わる」と言って出征した兵士たちはどうなりましたかね・・・?

166ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/01/16(月) 18:53:16 ID:X3jR6OQc0
◆3KN/U8aBAs氏

>80年代の兵器
冷戦期に限らず、GATEやルーントルパーズを見ていると、武器の性能が良すぎて本当に羨ましいなと思いますね。
1940年代型軍隊を中心に活躍するSSを書いていると、特にそう思ってしまいます。
ですが、その分、艦隊決戦等にも注力できたのでそこは±0かなと思ってたりも……

>「年末消化」
アカン、その言葉は呪われてますぞ……

167名無しさん:2017/01/20(金) 12:35:59 ID:.95/zsvg0
オロシヤ産のゲーム「You are Empty」とかやってると、生体強化兵なんて滅亡の片道切符だと思える
パワードスーツみたいなのとか装備して強化兵なら兎も角、人格も身体もアレな感じにされたのを見てどう感じるかと
自国の兵士達ですら壊して兵器にしちゃう政府に、何時まで従えるかという事です
そしてそんな兵器を創り出す国に対して、敵対国が殺るべき事は文字通りその国を焼きつくして徹底的に粉砕する事です
追い詰められた軍事国家が倫理観の崩壊しきった兵器を作るのはある意味お約束ですが、同時に滅亡フラグなんですよね……
自ら落とし所を消してしまうわけですので

168名無し三等陸士@F世界:2017/01/21(土) 22:51:14 ID:Pbx6.li60
論理感すら失った状態で勝ってどうするつもりなんでしょうね…
政府への不信感もありますし

169外パラサイト:2017/01/23(月) 19:24:59 ID:lbvRe/9E0
あけましておめでとうございます(今更)
投下させていただきます

170外パラサイト:2017/01/23(月) 19:26:15 ID:lbvRe/9E0
ニポラ・ロシュミックが司令官から呼び出しを受けたのは新品のドシュダムの慣らし運転を済ませた直後だった。
ニポラが所属する第653飛行戦隊は12月9日から断続的に続いた首都防空戦で搭乗員の半数と機材の3分の2を失う損害を出した後、人員と飛行挺の補充を受けて再び最前線拠点に派遣されていた。
ちなみにドシュダムの配備数は定数の八割強、補充されたパイロットの大半は養成所を出たばかりのヒヨコである。
実際あらゆる物資の補給が滞っているなか、いくら生産効率を重視した簡易飛行挺とはいえドシュダムだけはなんとか損失に追いつくペースで補充の機体が―しかも改良型が―供給され続けているというのはちょっとした奇跡である。
「どうですか調子は?」
「悪くないわね」
寄ってきた機付き整備員に手渡された書類に書き込みをしながら答えるニポラ。
彼女がテストしていたのは補充として届いたドシュダムの中でも最新モデルのタイプ31で、この型は性能向上よりも生産工程の省力化に主眼が置かれている。
言うなれば“大概な安物”から“究極の安物”への進化。
あえて言おう、シン・ドシュダムであると。
具体的に説明すると、従来のドシュダムは金属フレーム―金網で編んだネズミ獲りのカゴを連想していただきたい―に合板製の外殻を貼り付けるという方法で製造されていた。
この方式なら機体だけなら町の家具屋レベルの設備で充分製造出来るワケだが、タイプ31では機体の外板に更に安価で加工の容易な段ボールに似た厚紙を採用している。
紙といっても魔法で強化されているので耐熱・耐過重性能において合板に比べさほど劣ることはない。
そのうえ構造材の変更によって機体重量が10%ほど軽減されているので機動性もいくらか向上している。
引き替えに曳光弾で簡単に火が着くという弱点が追加されてしまったが。
「残りの機体の試運転をお願いね」
「了解しました」
「了解しました」
ニポラは新しく配属されたちょっと―というかかなり―特殊な生い立ちをした二人の部下に、滑走路に並んだ最新式“紙飛行機”の試験飛行を代行するよう言いつける。
どちらも15〜6歳にしか見えない初々しさと枯れた雰囲気が奇妙に同居した二人の少女飛行兵のうち、茶髪のショートカットで変なヌイグルミを集めていそうなのが「55号」、灰色の髪をセミロングにしたハンバーグが好きそうなのが「69号」という。
二人とも元は捨て子であり、物心ついた時には軍の特務兵養成機関に居た。
そして飛行挺部隊に出向を命じられるまでひたすら殺しの訓練と上官の“夜の接待”をやらされていたという。
新しい部下と打ち解けようと身の上話を振った際にそんなエピソードを聞かされたニポラはかなり真剣に(もうやだこの国)と思ったものだった。

「ニポラ・ロシュミック少尉、出頭しました」
「ご苦労さま、ちょっと待ってて」
第653戦隊司令フラチナ・カルポリポフ中佐は机の上を占拠した書類の山陰から顔を覗かせ、トレードマークの瓶底メガネを光らせながら手近な椅子を指さした。
まだ二十代前半でかなりの美人といっていいフラチナは、積み重なった心労と睡眠不足の相乗効果で奇妙な色気を発散している。
もとはケルフェラクのエースパイロットだったフラチナは被弾した愛機から脱出する際に頭部を強打し、後遺症として空間認識力に深刻な障害が残ってしまった。
今は感覚補正の魔法が掛けられたメガネのお陰で日常生活には支障ないが、それでもちょっと気を抜くと何も無いところで転んでしまう。
そんな訳で再編された653戦隊に新指揮官として二週間前に着任したばかりのフラチナとニポラ以下古参搭乗員の関係は、幸いなことにおおむね良好である。

171外パラサイト:2017/01/23(月) 19:27:12 ID:lbvRe/9E0
「よっこいせっと」
書類との戦いに一区切りを付けたフラチナは年寄り臭い動きで机から離れると部屋の中央に置かれたテーブルに地図を広げ、ニポラを呼び寄せた。
「新しい任務があるんだけど」
「今度はスモウプみたいな事はないでしょうね?」
そう言い返されてフラチナは、“チーズと思って口に入れたら黄色いチョークだった”と言わんばかりの表情になった。
4日前、ニポラ率いる小隊はカレアント軍が侵攻したスモウプの街を爆撃した。
事前情報では街には敵軍しかいないはずだったが、実は味方の第108師団の一部が後衛として街に残っていただけでなく、情報の混乱からドシュダム隊に攻撃目標として指示されたのは味方の立て籠もっていた工場だった。
そして昨日、街を脱出した生き残りが私用で基地を出たニポラを襲い、あわやというところで駆けつけた55号と69号が初代プリティでキュアキュアな二人組のごとき大立ち回りを演じて暴徒と化した敗残兵の一団を撃退したのである。
「ホント二人が来なかったら埋められて殺されて犯されてましたよ」
「正直スマンカッタ」
頭を下げるフラチナ。
「まあいいです、済んだことですから」
負けが込んで来てからのシホールアンル軍は万事につけ余裕が無い。
朝出された命令と正反対の命令が夕方に下されるなんてことは当たり前。
司令部の理不尽な命令に理路整然と反対意見を述べた前線指揮官が抗命罪に問われて裁判抜きで処刑!なんてケースも少なくないことを知っているだけに、ニポラも中間管理職の重圧に身が細る思いをしている―実際顔は良いが顔色はあんまりよくない―飛行隊司令をそれ以上追求する気にはならなかった。
「それで任務というのは?」
ニポラが話題を変えたことで露骨にホッとした顔になるフラチナ。
「目標はミウリシジの鉄橋よ、ここを取られると北部戦線の側面に大穴が空いてしまうの」
両軍の配置が書き込まれた地図で見てみると、なるほど敵にとっては格好の侵入路である。
「攻撃目標の鉄橋ですがドシュダム用の小型爆弾で破壊できますかね?」
「まず無理ね、そこで今回は海軍の対艦用爆裂光弾を使うわ」
ニポラは露骨にイヤそうな顔をした。
ドシュダムはそれなりの出力を持つ魔道機関と小型軽量な機体の組み合わせによって比較的良好な運動性能と加速性能を持ち、アメリカ製の戦闘機と互格とまではいかないがある程度は戦える実力を有している。
が、所詮は間に合わせの簡易飛行挺であり、対艦爆裂光弾のような大型兵器を搭載して飛び上がった場合、妊娠した雌牛のように鈍重になってしまう。
「わかってるわ、本来ならケルフェラクかワイバーンがやる仕事だけどケルフェラクの123飛行隊もワイバーンの99空中騎士隊も連日の防空戦闘で大損害を出しているうえに新しい部隊を手配する余裕は無いのよ」
いかにも済まなさそうにフラチナが言う。
「やるしかないワケですか」
「そゆこと」
司令官はハアッと重い息をつくと自分に気合いを入れるかのようにパンと膝を叩いて立ち上がった。
「今度の作戦では私も飛ぶわよ!」
「でも司令は……」
「大丈夫、ケルフェラクに比べればドシュダムは乳母車みたいなものよ」
ちなみに戦後ドシュダムをテストした米軍パイロットは「サルでも飛ばせる」と証言している。
「書類仕事はもうウンザリ!大空が私を呼んでいる♪」
フラチナは両手を広げてクルリと一回転し、次の瞬間、盛大にコケた。

172外パラサイト:2017/01/23(月) 19:28:22 ID:lbvRe/9E0
その日の正午過ぎ、第653戦闘飛行隊から選抜された6機のドシュダムが前線飛行場を飛び立った。
対艦爆裂光弾が6機分しか用意できなかったのだ。
最近のシホールアンル軍は何事もこんな具合である。
「遅すぎる、そして少なすぎる」そう恨み言を吐いて死んでいく兵士が一日に何人いるかは神のみぞ知るといったところか。
よたよたと離陸する飛行挺の主翼には一斗缶を連結したような爆裂光弾の発射筒が吊り下げられている。
今回は鉄橋が標的なので生命探知魔法の術式は解除してあり、使い方は無誘導のロケット弾と変わらない。
6機の特別攻撃隊は第一小隊の3機をフラチナが、第二小隊の3機をニポラが指揮し、小隊長機を先頭にした二つの逆V字隊形を上下に重ねた形で進撃する。
ニポラの小隊で一緒に飛ぶのは55号と69号である。
ドシュダムでの飛行時間は55号が7時間、69号が10時間しかないが、適正を認められて暗殺部隊から転属してきただけあって、二人とも無難にドシュダムを乗りこなしている。
フラチナが指揮する第一小隊には公認撃墜3機と4機のベテランがいて、撃墜数は二人を足した数より多いものの、イマイチ飛びっぷりが心配な戦隊司令に寄り添っている。
樽めいた太短い胴体にほとんど上反角の無い分厚い主翼を組み合わせた飛行挺が特徴的なエンジン音を唸らせて飛ぶ様は、航空機の編隊というよりは羽虫の群れを連想させる。
幸い―と言っていいのかどうか―敵の航空隊は東部で行われているバルランド軍の攻勢にまとめて投入されているらしく、敵戦闘機との遭遇はない。
特別攻撃隊がミウリシジの鉄橋に到着し、攻撃の前に上空を旋回して周囲の確認をしていると、普段はぽややんとしているくせにここぞという時にはニュータイプ並に勘が働く55号が線路上を南下してくる列車を見つけた。
高度を下げて列車の上空をフライパスすると、その列車は前線から負傷兵を後送してきたものらしく、無蓋貨車に寿司詰めにされた包帯姿―赤い染みが広がっているもの多数―の兵士たちが盛んに手を振っている。
特別攻撃隊のドシュダムを自分たちの上空援護に来たものだと思っているのだろう。
『司令――』
『分かっている、列車が通過するまで攻撃はしない』
だが現実は非情である。
『敵です!』
69号が反対の方角から道路を北上してくる戦闘車両の一群を見つけた。
「ドチクショーッ!」
品の無い罵声が口を突いて出るのも致し方なし。
傷病兵で満杯の貨車を引いてノロノロと線路上を進む列車より、道路上をすっ飛ばす機械化部隊の方が鉄橋に先に到達することは確定的に明らか。
彼らは戦線に突破口を穿つため快速車両で編成されたカレアント軍の偵察/襲撃部隊であり、全員が某狂せいだー乗りに勝るとも劣らないスピード狂である。
『第一小隊、敵車列を攻撃!第二小隊は上空で待機!』
三機のドシュダムはV字編隊を解き、緩やかな角度で降下しながら道路を爆走する車列に襲いかかる。
フラチナのドシュダムが先頭を走るM18戦車駆逐車に狙いを定めて射撃開始。
タイプ31の装備する重魔道銃は実体弾換算で25ミリ級の威力がある。
対して高速だが軽装甲のM18は主砲防楯の厚さが1インチ(≒25.4ミリ)であり、その他の主要部は0.5インチしかない。
あわれM18はブリキ缶のごとく撃ち抜かれて爆発炎上!

173外パラサイト:2017/01/23(月) 19:29:49 ID:lbvRe/9E0
攻撃を終えたフラチナ機が機首を引き起こすと同時に二番機が射撃開始、さらに三番機が後に続く。
第一撃でM18二輌とハーフトラック三台、機関銃と装甲板を追加した強襲用ジープ一台が炎に包まれた。
だがカレアント軍は諦めない、燃える車両を体当たりで道路から突き出してひたすら橋を目指す。
『列車は!?』
上空で旋回を続けるニポラが答える。
『いま鉄橋を渡り始めたところです!』
『くっ!』
フラチナは唇を噛んだ。
すでにカレアントの車列は川に沿った堤防上の直線道路に達している。
「あああもう!」
フラチナは堤防に向けて対艦爆裂光弾を発射した。
爆発によって路肩が崩れ、カレアントの戦車は急停車を余儀なくされる。
堤防の右側はかなり流れが急なカナリ川、左側もぬかるんだ湿地になっている。
道路を迂回して橋に向かうには1マイル近くバックして回り込むしかない。
そのとき一人の兵士がM6装甲車から飛び降りた。
堤防道路は川側が長さ6メートルに渡って崩落しているが完全に不通になったわけではなく、陸側にギリギリ車一台通れるだけの道幅が残されている。
徒歩の兵士に誘導され、旋回砲塔に37ミリ砲を装備した重装甲車はそろそろと今にも崩れそうな土手道を進んでいく。
『続けて攻撃!』
フラチナの命令を受け、第一小隊二番機が降下していく。
当然カレアント軍もやられっ放しではなく、車両に搭載された火器だけでなく、ライフルや拳銃まで動員して撃ちまくる。
激しい対空砲火が浴びせられるが、両翼にかさばる荷物を吊り下げたドシュダムの動きは鈍い。
二番機を仕留めたのは砲塔を失ったスチュアート戦車に不時着したP-39から取り外したオールズモビルのM4機関砲を載せた改造自走砲だった。
37ミリの榴弾が魔道エンジンを直撃し、パイロットが脱出する暇も無くドシュダムは爆発四散!
『三番機逝け!』
非情なる命令!
だが兵士は黙って従うのみ。
三番機は撃ち落とされる前に対艦爆裂光弾を発射し、堤防道路は完全に不通となった。
『列車が渡り終えました、これより鉄橋を攻撃します』
ニポラ率いる第二小隊は横一線になって川下から接近し、それぞれ右端、中央、左端の橋桁を狙って対艦爆裂光弾を発射する。
発射された6発のうち2発が橋を直撃、残りも至近弾となって鉄橋は大きく揺らいだ。
だがそれだけだった。
『……ダメみたいですね』
『まあ最善は尽くしたわ、引きあげましょう』
軍用列車の通過に耐えられるよう特に頑丈に作られた鉄橋を完全に破壊するには、ドシュダム三機分の爆裂光弾では火力が足りなかったのだ。。
橋に到達したカレアント軍はまず軽装備の歩兵を渡らせて対岸に橋頭堡を築くとともに橋の修理と補強を迅速に行い、翌朝の日の出とともに最初の戦車がカナリ川を渡った。
飛行場に戻ったフラチナとニポラ、55号、69号はドシュダムから降りると同時に武装した兵士に取り囲まれた。
「貴様等を叛逆罪でタイホするのである」
ハゲでヒゲで脂ぎった中年太りの大佐が横柄な口調で宣言した。
「待ってください話を――」
一歩踏み出し小石一つ落ちていない滑走路でコケるフラチナ。
その背中をハゲヒゲ固太りが踏みつける。
「黙れ罪人」
それを見て飛び出そうとした55号と69号が鳩尾に銃床を叩き込まれて膝を折る
「司令部に連行してじっくりねっちょり尋問するのである」
どこか背徳的なポーズで緊縛された四人は囚人用の馬車に乗せられ、基地を後にした。

その後、特別攻撃隊が渡河を援護した列車に皇族の親戚筋に当たる某陸軍大将の跡取り息子が乗っていたことが判明し、あっちこっちで圧力の掛け合いやら裏取引やらがあって最終的に四人は放免されるのだが、監禁されている間ナニが行われていたのかはご想像にお任せする。

174外パラサイト:2017/01/23(月) 19:30:26 ID:lbvRe/9E0
投下終了

ttp://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=61077160

175名無し三等陸士@F世界:2017/01/23(月) 21:33:04 ID:ZszJvMjg0
外伝超乙
いい話であった

176ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/01/28(土) 01:05:07 ID:X3jR6OQc0
>>167-168氏 国の上層部が視野狭窄に陥ると、本当にろくな事にならんものです

>>169-174
遅ればせながら、外伝氏投稿お疲れ様です!
こちらこそ、あけましておめでとうございます。

ただでさえアレなドシュダムがより進化(退k…げふんげふん)しているのがなんとも
そして、劣勢な状況下でも必死に目標にかじりついて行く様勇敢ですが、せっかくのベテランがまた
消えていくのは何とも悲しいところです

そして……ニポラ達が分からず屋共にアレやらナニやらが行われている最中に無罪放免になりましたが、
その時の妄想が捗りますn(検閲されますた

177名無し三等陸士@F世界:2017/01/28(土) 02:17:47 ID:9R7ffzTs0
色々投下乙

>>157
ヨーロッパで一番強いのはアメリカ軍なんて話もありますが
冷戦当時からそうだったのかな

>>163
Hoi2で星はたの世界をとりあえず表示しようと色々やってうまくいかなかったんですよね
持ってるバージョンが一番厄介な手法が必要なやつだったぽいので
もう少し粘ってみるか別のバージョン買って試してみようかな

シホールアンル上層部は国家総力戦が初体験だからね
色々あるのは仕方ないねと
国が消えるならどうせとヤケになるのが一番怖いという

>>170
ドシュダムのT-34化が激しい
モスキートなんて目じゃない紙製の奇跡(悪い意味で)かな?
橋を狙って壊すのは難しいですからねWW2の誘導爆弾AZONなんかも橋に向けて使われたし
ベトナム戦争では無駄に頑丈に作った橋(タンホア鉄橋とロンビエン鉄橋)がハリネズミと化して大変な被害を与えたりと

現代のアメリカ空母なんかは女性兵士も乗っていることもあり航海の途中で妊婦になるなんてことがありますが
妊娠して戦線離脱を狙う人も出てきたりして、そして子どもたちが戦後のシホールアンルを支えていきます
しかし現実世界ではソ連で兵士が死にすぎて人口ピラミッドおかしくなったけど
女性兵士が多いと将来的にどれ位影響が出たものか

178名無し三等陸士@F世界:2017/01/28(土) 19:17:50 ID:hWFIE.hw0
乙でした
新型ドシュダム、魔法で強化してあるとはいえ金属フレームに紙張りとは…うーむ
史実では似たような構造(紙じゃなく布ですが)のハリケーンやウェリントンなんかがWWⅡを戦い抜いてましたが
彼らは途中から新型に役目を譲って第二線に下がることができた
でもドシュダムはケルフェラクとともにこの戦争の最後まで第一線で戦わなければならないことはほぼ確実…
過酷な扱いを受け続け、挙句の果てにそんな機体に乗せられて戦わせられるうら若きパイロットたちの苦労はいかばかりか
そしてカレアント軍、あんたらどんだけ37ミリ機関砲が好きなんだ(呆れ)
この調子だと前線の航空隊がビーラーから23ミリを取っ払って37ミリを無理やり取り付けた魔改造機なんかを作ってそうだ

179 ◆3KN/U8aBAs:2017/01/29(日) 12:43:14 ID:m2j84wJc0
>>170
新型機はエンジン付きのモックアップだ、というジョークが生まれそうですね・・・
個人的にはドシュダムの新型よりスチュアートとP-39の合体技SPAAGのほうが気になります

>>177
参考
ttps://togetter.com/li/317542
戦いは数だよ兄貴!と言わんばかりの圧倒的戦力差。少なくとも当時のNATO軍の戦術が「核ありき」だったのはこのためです。
あと地味に(西ドイツ戦域内では)戦車やヘリの数では西ドイツがアメリカと拮抗し、火砲の数では優越しています。
ただし装備の質や予備戦力考えるとやはりアメリカに軍配が上がるかと。

結論:ソ連最強(ちがうそうじゃない)

180名無し三等陸士@F世界:2017/02/17(金) 22:39:56 ID:9R7ffzTs0
>>179
やっぱりヨーロッパ最強軍(西側)は昔からアメリカなのか
本土から戦線までの距離を考えると陸戦はソ連が有利な感じがあるし
とりあえず航空戦力を使って陸上戦力をまとめて叩き潰そうとすると核だらけになるのはわかるけど

冷戦が冷戦のまま終わってくれてほんとに良かった

全面核戦争を避けるために段階的抑止で最初は通常戦力でなんとかしようっていう戦略もあったけど
あんなとこで戦火が飛び交ったらもう停められないの前提の核にも見えるし

181名無し三等陸士@F世界:2017/02/19(日) 19:15:43 ID:XiyVDv5E0
35:54

10:40
ttps://www.youtube.com/watch?v=WTdY7h129Mk

ttps://www.youtube.com/watch?v=8R0luOy8ce8

182ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 16:50:37 ID:VAFeLvik0
皆様お待たせいたしました。これよりSSを投下いたします。

183ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 16:51:10 ID:VAFeLvik0
第283話 海上交通路遮断作戦(前編)

1486年(1946年)1月1日 午前0時5分 シェルフィクル沖南西390マイル地点

「ハッピーニューイヤー!」
「イェア!めでたい年明けだ!!」

狭い艦内のあちこちで、新年を迎えた事に歓声を上げる声が響き渡る。
配置についていた強面の兵曹が、淹れたてのコーヒーの入ったカップを部下に手渡し、はにかみながら新年の挨拶をしていく光景は、
なんとも微笑ましい。
潜水艦キャッスル・アリス(S-431)の艦長であるレイナッド・ベルンハルト中佐は心中でそう思い、横目でその光景を見つめながら
クスリと笑った。

「皆も、無事に新年を迎えられた事を喜んでいるようですな」

ベルンハルト艦長の隣にいた、副長のリウイー・ニルソン少佐が話しかけてくる。

「そりゃそうだ。乗員の中には、万が一にも撃沈されたら……と考える奴もいる。それだけに、生きて新年を迎えられる事は実に喜ばしいもんだ」
「艦長の言う通りです」

ニルソン副長は相槌を打ってから、右手を差し出す。

「コーヒーのおかわりを頼みますか?」
「うむ、頼むよ」

ベルンハルト艦長は頷きながら、空のコーヒーカップをニルソン副長に手渡した。
ベルンハルト艦長は、ドイツから移民した父と母の間に生まれたドイツ系アメリカ人である。
頭の金髪は短く刈り揃えられており、顔つきは堀がやや深い物の、理知的ながら、柔和な雰囲気を醸し出している。
今年で35歳になるベルンハルト艦長は、開戦時には潜水艦学校の教官として後進の育成に当たっていたが、1942年4月からはガトー級潜水艦
2番艦であるグリーンリンクの艦長に任命され、43年初旬まで大西洋方面の哨戒任務に従事し、43年初旬から44年12月までは太平洋方面で
哨戒任務に当たった。

184ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 16:52:15 ID:VAFeLvik0
この間、ベルンハルト艦長のグリーンリンクは5隻の艦艇を撃沈している他、敵駆逐艦の攻撃を何度も受けたが、その度に生き延びてきた。
44年12月からは、本土で休養を取った後、翌年1月には最新鋭の潜水艦であるアイレックス級5番艦、キャッスル・アリスの初代艦長に任命され、
それから4カ月の完熟訓練を経て、艦の特性や、その独特の癖を掴む事ができた。
キャッスル・アリスの第1回哨戒任務は1945年7月より始まり、それ以降は3度の哨戒任務に就いている。
12月初旬の第2次レビリンイクル沖海戦時には、キャッスル・アリスはリーシウィルムの浮きドックにて機関部の修理を行っていたため、
この大海戦に参加する事はできなかった。
12月14日に修理を終えたキャッスル・アリスは、2日間の試験公開の後、所属部隊である第64任務部隊司令部より、シホールアンル帝国北西海岸から、
ルキィント、ノア・エルカ列島間の哨戒任務を命ぜられ、各種消耗品を慌ただしく積み込んだ後に、未だ足を踏み入れた事のない新海域へと向けて出撃した。
そして、出撃から2週間が経った今日……ベルンハルト艦長と、彼の指揮するキャッスル・アリスのクルー達は無事、1946年を迎えるに至った。
(この世界では1486年であるが)

「艦長、コーヒーです」

部下の水兵が淹れたコーヒーを、ニルソン副長が受け取り、それをベルンハルト艦長に渡す。

「ありがとう」

ベルンハルトはにこやかに笑みを浮かべてから、カップを手に取り、ミルクコーヒーを一口啜る。
片手にカップを持ったまま、彼は後ろの海図台で海図を見据えながら部下と話す航海長の背後に近付いた。

「やあレニー」
「これは艦長。あけましておめでとうございます」
「おめでとう。去年は何とかくたばらずに済んだな」
「はは。今年も去年と同様、無事に生き残りたいものです」

キャッスル・アリス航海長を務めるレニー・ボールドウィン大尉は、伸びた無精ひげを撫でながらベルンハルトに答えた。

「今はどの辺だ?」
「この辺りですな」

ボールドウィンは、海図の一点をコンパスで指す。

185ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 16:53:03 ID:VAFeLvik0
キャッスル・アリスは、シェルフィクル沖を通り過ぎ、西に向かって航行しつつある。
位置はシェルフィクルより方位260度、南西390マイル。
目標海域であるポイントDまでは、あと400マイル(640キロ)はある。
キャッスル・アリスは、昼間は潜行し、夜間は浮上しながら航行しているため、一日に平均200キロ。調子の良い時には、300キロほどは移動している。
このまま何事もなく進み続ければ、早くて明後日。遅くても4日以内には作戦海域に到達できるであろう。

「シホットの連中は、主力部隊が壊滅したとはいえ、警戒用の哨戒艦や駆逐艦はたんまり残っているようで哨戒網は未だに厚いですが、シェルフィクルを
過ぎた辺りからは警戒も手薄になっていますな」
「敵はどうやら、シェルフィクルから東側付近を重点的に警戒しとるようだ。哨戒艦の数からして、第5艦隊所属の空母機動部隊への警戒か、あるいは、
俺達潜水艦部隊に対する対潜哨戒だろう。沿岸航路は是が非でも守り通さんと行かんからな」
「とはいえ、敵さんも遠洋哨戒を行うほど余裕が無いのか……沿岸から300マイル近く離れた沖には哨戒艦がおりませんね」
「情報によると、シホールアンル海軍は少なからぬ数の哨戒艦艇を北方航路沿いに東海岸へ向けて回航したとあった。沖まで哨戒網を張ろうにも、
艦艇不足で満足に哨戒出来ない事は、確かにあり得る話だ」
「出航前に伝えられた敵状報告では、12月15日から16日未明にかけて、駆逐艦を主体とした小型艦多数がシェルフィクル沖を通過し、シュヴィウィルグ運河へ
向けて航行中とあります。シホールアンル海軍の意図は不明ではありますが、敵はその数日前に、第3艦隊所属の空母機動部隊によってシギアル港所属の艦艇に
多大な損害を受けているため、その補填として本土領西岸部に駐留する海軍部隊の一部を、東海岸防衛に転用した事は容易に想像できますな」

ボールドウィン航海長が言うと、ベルンハルト艦長も無言で頭を頷かせた。

「とは言え、油断は禁物だ。今まで通り、警戒を厳としつつ、目的地に向かうぞ」

ベルンハルトが自分を戒めるかのようにそう言った時、背後から別の士官に声を掛けられた。

「これは艦長。明けましておめでとうございます」
「やあ飛行長。無事に新年を迎える事ができたな」

振り向いたベルンハルトは、キャッスル・アリスの飛行長を務めるウェイグ・ローリンソン大尉にそう返した。

「機体の調子はどうだね?」
「今の所、異常はありません。パイロット達も無事に年を越す事ができて喜んでおりますよ」
「ふむ。意気軒高といったところか」

186ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 16:53:55 ID:VAFeLvik0
ベルンハルトはローリンソン大尉に返事を送りつつ、2名の艦載機搭乗員の顔を思い出した。
キャッスル・アリスが搭載するSO3Aシーラビットを操る2名のクルーはいずれも若く、実戦経験も豊富だ。
今度の哨戒作戦では、キャッスル・アリスと、同型艦であるシー・ダンプティの艦載機が重要な役割を担う事になる。
作戦開始時期が近い事もあって、次第に士気も高まりつつあるようだ。

「遅くても、明後日には作戦海域に達するだろう。その時には、よろしく頼むぞ」
「承知しております。うちのクルーは必ず成し遂げますよ」

ローリンソン大尉は自信満々に答えた。

「飛行長がああ言うのならば、次の作戦は楽勝でしょうな」
「そうなるといいんだがね」

ベルンハルトがそう言うと、ローリンソンとボールドウィンは互いに顔を見合わせて苦笑し合った。

「潜水艦乗りは常に慎重に……だ。何しろ、防御力に関しては最も脆いからな。慎重に過ぎる事はないさ」
「その通りですな」

艦長の戒めの言葉に対し、ボールドウィンが相槌を打った。

「おっと…年始早々無駄に緊張させてすまんな。そういえば、飛行長の所の部下達は今どうしてるかね?」
「飛行科員は総出で新年の祝いをやっとる所です。耳をすませば聞こえてきますよ」

ローリンソンは、耳を傾ける仕草を交えながらベルンハルトに答えた。

「皆、概ね楽しんどるようだな」
「酒が飲めん事に関して、少しばかり不満を言っていましたが、それ以外は充分に満足しているようです」
「そこは仕方ないさ。合衆国海軍は禁酒だからな。今ある物で我慢してもらおう」

ベルンハルトはそう言うと、海図台から離れた。

「ひとまず、飛行科員の宴席に顔を出してみるか」

彼はニヤリと笑みを浮かべつつ、飛行科員のいる居住区画に向けて足を進めていった。

187ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 16:54:39 ID:VAFeLvik0
1月3日 午前9時40分 ノア・エルカ列島ロアルカ島沖東方60マイル地点

第109駆逐隊の属する駆逐艦フロイクリは、同じ隊に所属する僚艦3隻と、輸送船30隻、他の護衛艦8隻と共に
帝国本土西岸部にあるホーントゥレア港に向けて8リンル(16ノット)の速力で航行していた。
フロイクリ艦長ルシド・フェヴェンナ中佐は艦長席に座って、副長と会話を交わしていた。

「今の所、本土西岸部は天候不順のままのようですな」
「こっちとしては好都合の状況と、言いたいではあるが……空母機動部隊に襲われなくても、海中の敵潜水艦からの
攻撃は十二分に考えられる。私としては、もっと多くの護衛艦が必要だと思うのだがな」
「やはり、12隻では足りませんか?」

副長のロンド・ネルス少佐は眉をひそめながら聞いてくる。

「足りんな。アメリカ軍の潜水艦は、同盟国の魔法技術のお陰で隠密性に優れている。その影響でこちらの生命反応探知装置が
役立たずになってしまった。そうなると、護衛艦を増やして海の見張りを強化する必要がある。30隻の輸送船を護衛するなら……
せめて、護衛艦は16隻。欲を言って20隻は欲しいところだ」
「本国では、新式の金属探知魔法の開発に成功し、順次実戦配備が予定されているようですが」
「前線に行き渡るには、最低でもあと半年か1年は必要と言われているぞ。急場には間に合わんよ」
「半年か1年ですか……」
「とにかく、俺達は今ある物でやっていくしかない。出航前にも言ったが、特に対潜警戒は厳となせ」
「はっ。重ねて通達いたします」

副長はそう答えてからフェヴェンナの傍を離れた。

「それにしても……レーミア湾海戦から今日に至るまで、よく生き残れたと思ったが……こうして見ると、生き残れた事が
良かったかどうか分からなくなるな」

188ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 16:55:16 ID:VAFeLvik0
駆逐艦フロイクリは、1483年12月にスルイグラム級駆逐艦の14番艦として竣工し、以降は竜母機動部隊の護衛に従事した後
、昨年1月のレーミア湾海戦では第109駆逐隊の一員として米駆逐艦部隊と激しい砲撃戦を行った後、撤退中の味方戦艦部隊の
援護を行い、追撃するアイオワ級戦艦2隻を相手に、僚艦と共にシホールアンル海軍初となる水上艦による統制雷撃を行い、魚雷を
複数命中させて2隻とも大破させるという戦果を挙げた。
その後は再編に取り掛かった第4機動艦隊の護衛艦として任務をこなし続けたが、第2次レビリンイクル沖海戦が始まる前、機動部隊と
共に出航する直前になって機関不調となり、フロイクリは修理のため港に留まった。
その後、第4機動艦隊はアメリカ第5艦隊との決戦に敗北し、港には傷ついた竜母や護衛艦群が帰ってきた。
12月16日に、機関の修理が完了したフロイクリは、僚艦と共にノア・エルカ列島-本土西岸の航路護衛の任を受け、一路ロアルカ島に
向けて出港した。
同駆逐隊は12月20日にロアルカ島のリヴァントナ港に入港した後、護衛対象である輸送艦がロアルカ島に集結し、同島にて生産された
各種物資を積み込むまで洋上にて訓練を行った。
第109駆逐隊は、第2時レビリンイクル沖海戦で壊滅した同部隊を再建したものであり、元々は最新鋭のスルイグラム級で構成されていたが、
海戦後はガテ級駆逐艦やマブナル級駆逐艦といった比較的旧式の駆逐艦と共に隊を編成しているため、文字通り寄せ集めの部隊となっている。
このため、艦隊運動に関しては幾分不安が残っており、敵の攻撃を受けた場合、効果的に迎撃できるか分からなかった。
とはいえ、各艦とも就役してから数年は経ち、実戦経験も積んでいるため、連携さえ取れれば何とか任務をこなせると考える者も居る。
第109駆逐隊の旗艦である駆逐艦メリヌグラムに座乗するタパリ・ラーブス大佐はそう確信しているが、フェヴェンナ中佐はそれでも
不安を拭えなかった。

「しかし、敵さんは今後、この航路にも多数の潜水艦を派遣するかもしれませんな」
「ラーブス司令は出港前の会議で、敵潜水艦の襲撃は、少なくとも1月中旬までは行われないであろうから、それまでは気楽に護衛任務を
こなせられるが、それ以降は気を引き締めてかかろうと言われていた」

ネルス副長に対して、フェヴェンナ艦長は眉間に皴を寄せながら言う。

「だが、司令は楽観的過ぎると私は思っとるよ」
「そういえば、司令は今回がこの戦争での初の実戦でしたな……」
「一応、実戦経験が無い訳ではないのだが、それも北大陸統一戦の頃の経験だ。ラーブス司令はアメリカが戦争に加わる直前になって本国の
地上勤務に転属され、それが昨年の12月中旬までずっと続いていた。対米戦に関して言えばただの新米に等しい。着任前には色々と資料を
見て勉強したようだが、私からしてみれば全く足りんと思うな」

フェヴェンナ艦長はそう言うと、深く溜息を吐く。

189ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 16:56:25 ID:VAFeLvik0
「既に海軍の主力部隊を失った帝国は北岸以外、すべての制海権を敵に奪取されたに等しい。それはつまり、敵はいつでも、各地の航路を
襲撃できる態勢を整えたという事だ。この航路だって、敵の潜水艦部隊が進出を終えて俺達を待ち伏せているかもしれんぞ」

ネルス副長は艦長の言葉を聞いた後、しばし黙考してから口を開く。

「確かにそうでしょうが……潜水艦の襲撃だけで済みますかね」
「………済まんだろうな」

フェヴェンナは自虐めいた笑みを浮かべながら、副長に返した。
帝国本土西岸部の制海権を失った以上、潜水艦の襲撃のみで済むはずがない。
むしろ、潜水艦の襲撃は破局の手始めに過ぎず、その後は、主力部隊を葬った敵の高速機動部隊が周辺海域に跳梁し、航路を往来する護送船団を
片端から食らい尽くしていくであろう。

「せめて……残りの竜母が使えればな」
「第4機動艦隊の残存竜母に戦闘ワイバーンを満載してくれれば、せめて防衛だけは出来そうなものですが。上層部はいったい何をしているんですかね」

ネルス副長は眉をひそめながら不平を言うが、フェヴェンナは頭を振りながらそれを否定する。

「竜母はあっても、使えるワイバーンと竜騎士が絶対的に足りんのだ」

フェヴェンナは人差し指を上げながら言う。

「12月の決戦前、第4機動艦隊のワイバーンは960騎あったが、海戦後は270騎にまで減らされている。その損失を首都や後方に
待機していた予備部隊で補う筈だったが、その予備の一部が首都攻防戦でほぼ壊滅して、第4機動艦隊のワイバーン戦力は400騎しかおらん。
そして、海軍全体で保有しているワイバーンは、育成中の個体も含めて800騎にも満たない。そして何より……」

彼は人差し指を収めた後、両腕でバツ印を描いた。

「練度が圧倒的に足りない。今や、海軍ワイバーン隊はその大半が素人で、玄人なんかほんの一握りしか残っておらん。腕のいい奴は、
大半が戦死したか、再起不能にされてしまったよ」

190ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 16:58:45 ID:VAFeLvik0
「と言う事は……出したくても出せないという訳ですな」
「そういう事さ」

フェヴェンナは諦観の念を表しながらそう返す。

「それに、残存竜母が総力出撃し、全力で護衛してくれたとしても……強大なアメリカ機動部隊の事だ。圧倒的な艦載機数でもって味方竜母を
全滅させようとし、現に全滅するだろう」
「……負け戦ここに極まれり、ですか」
「認めたくないが、そうなってしまっているな。でなきゃ、艦隊型駆逐艦として作られたフロイクリが、輸送艦の護衛に付くはずがない。
船団護衛には哨戒艦で事足りる事だ」

フェヴェンナは再びため息を吐きながら、ネルスにそう語った。

「とはいえ……任務はこうして与えられた訳だ。敵はこうしている間にも、手ぐすね引いて待っているかもしれん。愚痴を言っている場合ではなさそうだ」
「確かに……あ、そう言えば」

ネルスは何かを思い出した。

「航海長が今後の道程について意見を申し述べたいと言っておりました」
「ふむ……航海長はいつもの場所か?」
「はい」
「よろしい。会って話をするか」

フェヴェンナは艦長席から立つと、航海艦橋に向かった。
程なくして、彼は海図台の上で航路を確認する航海長に声を掛けた。

「航海長」
「艦長……副長からお話は聞いたようですな」

駆逐艦フロイクリ航海長を務めるハヴァクノ・ホインツァム大尉はあっけらかんとした表情でフェヴェンナの顔を見据えた。
ホインツァム大尉は今年で29歳になる海軍士官だ。
顔は年齢の割に皴が多く、目が細くて小さいため、傍目では常に目を閉じていると思われている。

191ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 16:59:24 ID:VAFeLvik0
しかし、実際には柔和な表情を浮かべる事が多く、実戦経験も豊富なため、とても頼りになる士官でもある。

「今後の事で相談があるようだな」
「ええ。そうです」

ホインツァム航海長は、ずれた略帽を直しながら、海図上にペン先を向けた。

「現在、我が船団は帝国本土西岸部にあるホーントゥレア港に向けて8リンル(16ノット)の速度でジグザグ航行をしております。
現在の速度で行くなら、予定では4日後の1月7日夜半にホーントゥレア港に到達できます。ただし、それは……敵潜水艦の妨害を
受ける事無く、順調に進んだ場合の話です」

ホィンツアム航海長は、無言でペン先を右に走らせる。
そして、航路の中間海域で止め、そこに大きな丸い円を描いた。

「もし敵の潜水艦が進出した場合、恐らくは、この辺りの海域まで進出し、網を張っている可能性があります」
「…この辺までか。となると、明日の夜半頃からは対潜警戒を厳にして備えるべきか」

フェヴェンナはそう言いつつ、顔をホィンツアム航海長に向ける。

「それで、君は私に意見を申し述べたいそうだな。となると、私に艦隊の針路を変えるよう、意見具申を行うようにと言いたいのかね?」
「いえ、私が懸念しておりますのは、もっと別の問題です」
「別の問題……それはどういう事だね?」

ホィンツアムは目線を海図に移しながら質問に答え始める。

「我々は、海の中だけではなく、空も警戒するべきではないでしょうか」
「空……だと?」
「艦長は出港前におっしゃられていましたな。アメリカ海軍は、偵察機を搭載した新型潜水艦を就役させたと海軍情報部から前線部隊に
通達があった……と」
「ああ……確かにそう言ったが」

192ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 17:00:11 ID:VAFeLvik0
フェヴェンナは、ロアルカ島の西方方面艦隊司令部で行われた出港前の会議で、司令部の魔道参謀より米海軍の動向や敵新型艦の
配備状況などを一通り聞かされた。
その中に、

「米海軍は航空機搭載の新型潜水艦を複数就役させ、完熟訓練を行っている模様」

と、素っ気ない一文が混ざっていた。
それをフェヴェンナは艦の主要幹部らにも伝えたが、フェヴェンナ自身は通達しただけで、その未知の新型艦の存在をすっかり忘れていた。

「だが、例の新型艦は前線で発見されたという報告が上がっていないと聞く。それに、新型艦は完熟訓練の真っ最中のようだから、俺達が
その艦の心配をする必要はないと思うが」
「本当にそう思われているのですか……正直申しまして、私はその情報を真に受ける事はできませんな」

ホィンツアムは険しい表情を浮かべながら、艦長の言葉を否定した。

「海軍情報部は時折、情報分析が満足にできていない事があります。艦長も知っとるでしょう?リプライザルショックの事を」
「それなら無論知っているよ。エセックス級のガワだけ大きくしたと思われていた新型空母が、実際はガワだけではなく、戦艦顔負けの
驚異的な防御力を有していた事。そして、それを知った竜騎士の一部が出撃を拒否した事もな」
「表には出ていませんが、竜騎士達の衝撃と憤慨ぶりは凄まじい物だったと聞き及んでおります。そんな情報部がもたらした情報を完璧に
信じ込むのは危ないのではありませんか?」
「しかしだな、航海長。情報部も常に間違った情報を伝えている訳ではないのだ。そう目くじらを立てる事もあるまい」
「……確かに、そうでしょうな」

ホィンツアムは顔を頷かせてそう返すが、尚も言葉を続ける。

「ですが、その新型艦が前線に出ていないとしても……そういった類の新型艦は存在するのです。航空掩護の無い護送船団にとって、
これは非常にきつい事だと思いませんか?」
「……言われてみれば。確かに」

フェヴェンナは、ホィンツアムの言わんとしている事を理解し始めた。

193ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 17:00:50 ID:VAFeLvik0
「元々、護送船団を監視する潜水艦は、海中からこちら側の陣容を確認しているようですが、それは潜水艦が襲撃地点に到達するやや前の海域で
行われる事。それはつまり、直前までこちらの数は把握できていないという事です。ですが……航空偵察が事前に行われてしまえばどうなります?
敵は襲撃を行う遥か前から、航空偵察によって船団の艦数をほぼ正確に突き止める事が可能になり、それによってある船団は駆逐艦が多いから
襲わなくていい。ある船団は護衛が少ないから襲撃に最適……と言う事を予め判断できるのです。これは大事ですよ」
「ああ……よくよく考えてみたら、とんでもない事になるな」
「しかも、これは敵が制空権を持っていない海域でも、こちら側に航空掩護が全く無ければ、その新型艦1隻混じるだけで、先ほど言った事が
間違いなく可能になります。今日のように、複数の護衛艦を付けて船団を形成する事を、我が帝国は毎時のようにできる訳ではありません。
時には護送船団を送り出す傍ら、輸送艦数隻だけで同時に外洋へ送り出す事もありますから……」

ホィンツアムは無意識のうちに頭を抱えていた。

「下手すると、敵機動部隊が暴れ込むまでもなく、輸送艦は片端から沈められてしまう恐れがあります」

彼はそう言いながら、持っていたペンの後ろで海図を数度叩く。

「この航路は、敵の新型艦の性能を試すには最適な航路と言っても過言ではありません。もし敵が新型艦を実戦投入していた場合、我が軍の
対潜作戦はより厳しい物になります」
「潜水艦に偵察機を搭載……か。まったく、とんでもない国と戦争をおっぱじめやがったもんだ」

フェヴェンナは渋面を浮かべたまま、顔を海図に近付ける。

「……航海長。もし、敵が新型潜水艦を投入していた場合、我が艦隊はどの辺りから対空警戒を行った方がいいかね?」
「すぐに行うべきです。今から1分後……いや、1秒後にでも」

ホィンツァムは、海図上に書き込んだ敵潜水艦の予想位置を中心に、コンパスで円を描いた。

「敵潜水艦が搭載している艦載機の性能は判明しておりませんが、機体の形状からして敵機動部隊が搭載しているアベンジャーやヘルダイバーを
ベースにして作られていた場合、航続距離もそれと同等か、やや劣る程度と考えた方がよろしいでしょう。となりますと……この円の中範囲内が
敵偵察機の行動半径内であると推定できます」
「半径250ゼルド(700キロ)……護送船団は、間もなく敵の索敵範囲内に入る、と言う事か」
「そうなります。私が即座に対空警戒を行うべきと申したのも、こういう推測に基づいているからです。艦長……」

194ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 17:01:36 ID:VAFeLvik0
ホィンツァムはフェヴェンナの横顔をまじまじと見つめる。

「ラーブス司令に意見具申を」
「しかしだな、航海長。君の意見も理解できる。だが、敵新型潜水艦は前線に投入されたという情報は入っておらんのだ。もしかしたら、
この情報は敵の欺瞞工作であり、見えぬ新型艦の情報を流して我が方を混乱させることを考えているかもしれない」
「情報部が新型潜水艦の実戦投入に気付けていない可能性もあり得ますぞ」

フェヴェンナはホィンツアムに翻意を促そうとするが、ホィンツアムは頑として譲らない。

「我々は満足に敵状把握を行えず、煮え湯を飲まされ続けてきています。そして、それは今も続いているかもしれないのですぞ。恐れながら……
司令に意見具申を行い、全艦に対空警戒を促す事が、これから予想される敵潜水艦部隊の襲撃を回避、あるいは、損害軽減に繋がるかと、私は思います」
「………」

ホィンツアムの口調は異様に鋭い。
フェヴェンナはしばしの間黙考する。

(ホィンツアムは、開戦以来、アメリカ海軍と戦い続けた数少ない猛者の1人だ。これまでの経験でホィンツアムの培った勘が、この護送船団に
危機が迫っていると確信させているのだろう。最も、多少怯えすぎのようにも思えるが……)

「艦長……意見具申はできませんか?」

フェヴェンナは、ホィンツアムの怜悧な声で思考を止めた。

「そこまで言うのであれば、いいだろう」
「では……」

ホィンツアムの引きつり気味であった表情がやや緩んだ。

「ラーブス司令に、私の名で意見具申を行おう」
「ありがとうございます!」

195ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 17:02:37 ID:VAFeLvik0
フェヴェンナが了承すると、ホィンツアムは張りのある声音で礼を言った。
だが、そこでフェヴェンナは右手を上げた。

「ただし……司令が私の具申を聞き入れてくれるかは分からんぞ。もしかしたら、その必要はなしとして一蹴されるかもしれん。私もやれるだけ
やって見るが」
「聞き入れてくれないのならば、致し方ありません。そこは覚悟の上です」
「よろしい。それでは、私は旗艦に意見具申を行う事にする。あとは任せろ。引き続き頼むぞ」
「はっ!」

フェヴェンナはホィンツアムの肩を軽く叩き、ホィンツアムも短く返事をしてから、元の任務に戻った。


魔導士に自ら起草した通信文を送らせた後、フェヴェンナは艦橋に戻りながら、航海長が海図に記した円を思い出していた。

「敵の潜水艦部隊が航路の中間地点に居座った場合……例の新型潜水艦……航空潜水艦と呼ぶのが正しいだろうが、そいつが同行していれば、
半径250ゼルドの範囲が敵索敵期の範囲内に収まる。それはつまり、450ゼルドに渡る本土との連絡線、その半分以上が敵航空機の監視下に
置かれるという事か……」

フェヴェンナは、その冷徹な現実の前に、本気で憂鬱になりかけていた。
海中の潜水艦部隊も恐ろしい。
そして、圧倒的な破壊力を有する敵機動部隊は更に恐ろしい。
だが……一番恐ろしいのは、数少ない安寧の航路さえも、たった1機の偵察機で白日の下に曝け出す例の新型潜水艦ではないのだろうか。
安全海域だと思い、安心して航行していた輸送船は、唐突に表れた偵察機にその素性を調べられ、その情報を基に、敵潜水艦部隊は、より自由に活動できる。
そして、敵潜水艦の魔の手は、いずれは北岸付近にも及んでしまうかもしれない。
彼はそう思うと、背筋が凍り付いてしまった。

「それでも……それでも続けねばならんのか。この戦争を…」

フェヴェンナの諦観の混じった声は、艦体に吹き上がった波しぶきの音で搔き消された。

196ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 17:03:42 ID:VAFeLvik0
1月5日 午前6時30分 ノア・エルカ列島東方600マイル地点

ベルンハルト艦長は、潜望鏡で周囲の海域を慎重に眺め回していた。
やがて、周囲に敵影が無い事を確認すると、ベルンハルトは頷きながら潜望鏡を収めさせた。

「浮上する!メインタンク・ブロー!」
「メインタンク・ブロー、アイ・サー!」

ベルンハルトの指示の下、クルーが手慣れた動きで各種機器を操作し、キャッスル・アリスの艦体を海面へと誘っていく。
海面に長い艦首が現れると、そこから瞬く間に艦体が波飛沫を受けながら洋上に姿を現す。
キャッスル・アリスはその黒い船体を完全に浮かび上がらせると、10ノットの速度で洋上を走り始めた。
艦橋に装備されている対空レーダーと対水上レーダーはひっきりなしに電波を飛ばし、視認範囲外に脅威となる物が居ないか探る。
甲板には我先にと見張り員が躍り出て、艦橋や甲板に陣取って索敵を始めた。

「艦長。対空レーダー、対水上レーダー、共に敵の姿は映っておりません」

報告を聞いたベルンハルト艦長は、微かに頷く。

「よし。索敵機を出そう。飛行科員は直ちに発艦準備にかかれ!」

ベルンハルトが命令を下すと、飛行科員が待ってましたとばかりに、航空機格納庫に取り付く。
程無くして、格納庫の扉が左右に開け放たれ、中から折り畳まれた水上機が、カタパルトの上に押し出された。
小振りながらも、ほっそりとした機体に、5名の機付き整備員が機体の各所を点検していく。
点検が一通り終わると、ある者は燃料タンクに燃料を入れ、ある者は機銃弾を装填していく。
操縦席に座った整備員はエンジンを始動し、暖機運転を始めた。
アイレックス級潜水艦の艦載機であるSO3Aシーラビットは、胴体の燃料だけで最大1800キロの飛行が可能だが、今回は両翼に2個の
増槽タンクを取り付けている。
増槽を取り付けて飛行した場合、航続距離は2400キロまで伸びるため、パイロットは余裕をもって索敵に専念できる。
浮上から2分後に、艦橋に上がったベルンハルトは、空と洋上の波を交互に見て満足そうな表情を浮かべた。

197ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 17:04:59 ID:VAFeLvik0
「ほほう、これは絶好の索敵日和ですなぁ」

すぐ後ろに付いてきたローリンソン飛行長が、顔に満面の笑みを表しながらベルンハルトに言った。

「多少は荒れた天気が続くかと思っていたが、素晴らしいほどの冬晴れだ。空気がかなり冷たい事を除けば、満点の天気と言えるだろう」
「これなら、索敵もやりやすいでしょう。お、来たか」

ローリンソン大尉は、艦橋のハッチから上がってきた2人の飛行服姿の部下に顔を向ける。
部下2人は、ベルンハルト艦長とローリンソン飛行長に対して敬礼を行う。

「うむ、ご苦労」

ベルンハルトは、短くそう返してから答礼する。

「ロージア少尉、クライトン兵曹長。待ちに待った出番だ。今日はしっかり働いてもらうぞ」
「「はい!」」

キャッスル・アリス搭載機の機長を務めるニュール・ロージア少尉と、パイロットを務めるトリーシャ・クレイトン兵曹長は、気合いの
籠った口調で返事をする。

「先ほど、僚艦であるシー・ダンプティも艦載機の発艦準備を終えつつあると通信が入った。諸君らは、先の打ち合わせ通り、母艦から
西方300マイル(480キロ)まで進出し、洋上を航行していると思しきシホールアンル軍輸送船団を発見し、その詳細を母艦に伝えて
貰いたい。万が一、敵船団に竜母が居た場合、または、機位を見失った場合は即座に索敵を中止し、母艦へ戻って貰う。機体に何らかの
トラブルが発生し、索敵に支障が来す場合も同様である。いいか……必ず帰還するんだ。決して、変な気は起こすなよ?」
「無論です!何しろ、このロージアが指揮しますからな。飛行長……そして艦長。必ずや、敵船団を発見し、母艦へ戻ります」
「私も、機長と同じであります」

ローリンソンから出撃前の訓示を受けた2人の搭乗員は、自信に満ちた口調でローリンソンとベルンハルトに強く誓った。

「よろしい。では、かかれ!」

198ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 17:05:50 ID:VAFeLvik0
2人は無言で敬礼を行うと、足早に艦橋を下り、整備員に取り囲まれた愛機に向かっていった。
整備員から機体の状況を確認したロージア少尉とクレイトン兵曹長は、何度か顔を頷かせてから機体に乗り込んでいく。
ロージア少尉は偵察員席に、クレイトン兵曹長は操縦席に座ると、機付き整備員が一斉に離れ、整備班長がローリンソンに合図を送った。
カタパルト上のシーラビットが、エンジン音をがなり立てる。
整備の行き届いた機首の1350馬力エンジンは快調な音を鳴らしていた。

「いやぁ、遂に発艦ですか」

唐突に、後ろから別の声が聞こえてきた。
振り返ると、フード帽を被った臙脂色の服を着た男性士官が立っていた。

「やぁロイノー少尉。君も艦載機の発艦を見に来たのかね?」
「それだけならまだ良かったんですが」

ロイノー少尉は頭のフード帽を取る。すると、そこから白い犬耳が湧き出てきた。
フィリト・ロイノー少尉は、カレアント海軍から送られてきた魔導士で、相棒のサーバルト・フェリンスク少尉と共にキャッスル・アリスに
搭載されている生命反応探知妨害装置の管理と操作を任されている。
年は22歳と若く、その長い白髪とカレアント人特有の獣耳はキャッスル・アリス乗員にとってある種の癒しとなっているが、本人はいたって
生真面目であり、暇な時は他の乗員の手伝いもするため、頼りになる居候という地位も確立していた。
ベルンハルトは、ロイノー少尉の含みある言葉が気になり、すぐに問い質そうとしたが、

「艦長、発艦準備完了しました!」

飛行長の報告で、ロイノー少尉との会話が途切れてしまった。

「OK。風も良し、波も良し。発艦に必要な条件は全て揃ったな」

ベルンハルトは、周囲を見回しながらそう呟く。
キャッスル・アリスの艦首に波が飛び散り、前部甲板が濡れるが、波はさほど高くなく、揺れも許容範囲内だ。

199ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 17:06:31 ID:VAFeLvik0
「索敵機、発艦せよ!」

ベルンハルトは命令を下した。
甲板にいた飛行科員がフラッグを振る。その次の瞬間、小さな爆発音と共にカタパルト上のシーラビットが前部甲板を駆け抜ける。
一瞬のうちにシーラビットは大空に舞い上がり、機体を載せていた滑車台が甲板前縁部よりやや離れた位置に落下して水しぶきを上げた。
発艦を終えたシーラビットは、キャッスル・アリスの上空をゆっくりと旋回する。
両翼の下と、胴体下部に付けられた大小3つのフロートが、シーラビットの飛行する姿をより一層、優雅な物へと引き立たせていた。

「これはまた……気持ちよさそうに飛びますねぇ」

発艦風景を見つめていたロイノー少尉は思わず感嘆し、無意識のうち尻尾を左右に振っていた。

「いいだろう、飛行機ってモンは」

ローリンソン飛行長が、ロイノー少尉に向けて自慢気に語り掛けた。

「飛行長の言われる通りですよ。自分もまた乗ってみたいものです」
「お、そう言えばロイノー君」

ふと、先ほどの含みある言葉を思い出したベルンハルトが、ロイノー少尉に顔を向けながら問い質す。

「ここには、発艦風景を見守る目的で来た訳ではないだろう?」
「ああ、そうでした。危うく忘れる所だった……」

彼はすまなさそうに頭を下げてから、ベルンハルトに話し始めた。


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