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F世界との交流その6

1reden:2013/01/14(月) 20:24:19 ID:Gpzc7RXM0
異世界と接触して起きそうな事態を、日常のレベルから適当に
妄想してみるスレです。

エルフ〜癒しの森の音楽集〜とか、コロポックルの「ご家庭用
フキノトウパック」とか、そんなもんが売られたらどうなる
だろ。ってな感じでネタや議論・考察してみませんか?

・荒らしは華麗に異世界へ転送。
・SSでもネタカキコでもなんでもあり。
・息抜きが目的のスレなので、リアルを求めずともよし。

2reden:2013/01/14(月) 20:45:35 ID:Gpzc7RXM0
 スレ立てさせていただきました。
 遅くなりましたが、前スレのレス返しをさせていただきます。

>>前スレ991‐992さん
自分たちが既に詰んでる状況と理解できている者もいますが、事ここに至っては後戻りのしようが無い状態ですね。
心理的には追いつめられた鼠といったところでしょうか……

>>前スレ993さん
ちょうど、WW2でのドイツにおけるナチ党のような扱いになるでしょうね。
一切合財の責任を主戦派に被せることで王国政府に対するソ連の制裁を僅かでも緩和しようとするかと。
宰相たちにしても王家の存在をどうにか護持しようと思えば、対ソ戦の責任を主戦派のごり押し&暴走と位置付けたほうが戦争責任追及を回避しやすいですし。

>>陸士長さん
>>前スレ996さん
仰る通り、主戦派の心理状態はまさに窮鼠といった感じですね。
しかし死傷者に関しては……まぁ独ソ戦クラスの損害を出したりしたら、戦後の収奪が期待できない分、ソ連自体が一気に傾きかねませんしw

>>前スレ995さん
今回の空挺作戦自体が政治的要求から立ち上がった、かなりの博打です。
相応の損害は発生するでしょうが……しかし数においては優ってますし、講和派も現状ではまだ抵抗を続けていますから、全体としてみればやはりソ連側が優勢かな…

3名無し三等陸士@F世界:2013/01/15(火) 00:29:15 ID:B.rs.Hi20
投下乙です

>>白い人工の華が無数に咲き乱れるのを
その次は地上で両軍と民間人の赤い血の花が咲き乱れるのですな・・・

今回の作戦で反乱軍は王党派と赤軍の両方に挟まれる形になりましたな

4陸士長:2013/01/15(火) 13:51:26 ID:VnbxNAXM0
reden様
多少大きな会戦レベルでという範囲ですw
戦史を見ると一回の会戦で死傷者20〜30万人はざらですからソ連は。
圧倒的優位な筈のバグラチオン作戦ですら死傷者は70万人近く逝ってますしね。

5名無し三等陸士@F世界:2013/01/15(火) 21:22:20 ID:zvdxqyhE0
なんだろう、この陸自mad↓のせいか空挺シーンがMGS2のop曲で再生される…w
ttp://www.youtube.com/watch?v=8Za8m9Mpd1k

6reden:2013/01/16(水) 23:40:35 ID:0JUd.wh.0
>>3さん
叛乱軍としては外から救援が駆けつけて来る前に勝負を決したいところでしたが…まさか政府が敵国の軍隊を引き込んできたのは予想外でしたw


>>陸士長さん
ですねw
いわゆる【圧勝】した戦いでも敵より死傷者数が多かったりしますし……
そういう損害にもかかわらず、最終的に物量で敵側を圧倒してしまえるのは、まぁ人口の多さもありますが、やはり国家体制の成せる業でしょうか。


>>5さん
良MAD紹介感謝です。
ちなみに赤軍のイメージ曲というと、私の中ではこんな感じ↓ですねw

ttp://www.youtube.com/watch?v=4I-JEU5RUeE

7F世界逝き:F世界逝き
F世界逝き

8F世界逝き:F世界逝き
F世界逝き

9名無し三等陸士@F世界:2013/01/27(日) 19:14:07 ID:6IV0Utpk0
前スレ誘導くらいはしてもバチは当たらんぞ

F世界との交流その5
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/movie/4152/1246308177/

10reden:2013/01/28(月) 17:06:34 ID:0JUd.wh.0
>>9さん
乙です。というか済みません、スレ立てのときに入れとくべきでした(汗



それでは続き……ではなく閑話をp投下します。
まだ戦争終わってないのにアレですが、時間軸的には戦後の話になります。

11reden:2013/01/28(月) 17:07:11 ID:0JUd.wh.0
 1941年12月20日
 ソヴィエト連邦 モスクワ

 灰色の空から微かに雪のちらつく中。
 モスクワ市街の中心地たるクレムリン宮殿より、南へ6街区ほど跨いだ先にあるクズネツキー・モスト通りの道路脇に、一台の公用車が停車した。
 後部のドアが開き、中から厚手の灰色コートに身を包んだ青年が降り立った。
 厳冬の曙光に染め上げられたような艶やかな金髪。そして透き通った碧緑の瞳が印象的な、何処となしに典雅な雰囲気を漂わせた青年だった。
 
「それでは同志。後ほどお迎えにあがります」

「ありがとう。ヴォロージャ」

 運転席から顔をのぞかせた運転手の言葉に小さく笑みを浮かべて礼を言うと、青年―――クラウス・クリッツェン・ハウスヴァルドは走り去っていく車を見送ると、踵を返した。
 そのまま迷いのない足取りで、通りに面じたひとつの建物に向かう。
 コートに付着した雪を払い落してから、クラウスは扉をくぐった。

(いつ来ても、見事なものだね)
 
 建物内の印象を一言で表すなら、それはさながら小宮殿といったところだろう。
 磨き抜かれた大理石の床を踏みしめ歩きつつ、クラウスはここに来て何度目になるか分からない同じ感想を抱く。
 この建物がつくられたのは、今から70年ほど前。異世界人たちにとって、この場所は重要な憩いの、そして社交の場でもある。
 モラヴィア東部属州の都市ブルーノでNKVDに徴募された後、モスクワでクラウスの職場として用意されたのはモスクワ大学地質学部における研究員としての席だった。
 もっとも、正規の研究員とは待遇も自由度も大きく異なる。
 高官用のアパート。運転手付きの車―――代わりに行動の自由という点で制限もあるが、もとよりクラウスにとっては監視付きで有ろうと無かろうと、自分の見たい異世界の技術を好きなように見聞させてもらえるのならば不満などない。
 元々、モラヴィア諸侯であったころから社交そっちのけで、研究者として屋敷に籠っていることのほうが多かった男である。
 今では魔法銀(ミスラル)、虹魔鉱(イェローリル)、緑輝石(リライト)などといった魔鉱石の特性や分布、利用法、製錬法などをロシア人に教える一方で、自身はソ連が有する先進的科学技術や自然科学の理論を学び取ることに夢中になっていた。
 そして、一人のテクノクラートとしてソ連邦の内情を知れば知るほどに、その桁違いの国力・技術力に圧倒されていく自分がいることをクラウスは感じ取っていた。
 恐らく大陸列強国すべて、いや、この世界の人類国家全てを合わせたとしても半分にすら届かないであろう桁違いの鉄鋼生産能力。国民すべてを対象とする厳格極まりない兵役制度。
 知れば知るほどに、この国に降った己の判断は誤っていなかったのだと認識させられる。
 頭の回転の悪い男ではないから、このソヴィエトという国家が厳格な監視国家であるということを薄々感じとってはいた。
 それでも未知の知識の宝庫という魅力は些かも色褪せる事はなかったし、投降すること無く抵抗を続けていた場合に自分や妹、領民たちが見舞われたであろう災厄を思えば選択の余地などなかったのだ。
 吹き抜けのエントランスを通過し、2階へと続く階段を登りながら、モラヴィアの有力貴族であった青年は、周りを見てふと眉を顰める。
 
「今日は人が多いな…」

 そして気づく。
 今日は金曜の夕刻。
 施設は仕事帰りの労働者や役人たちで多いに賑わう時間帯だ。
 彼がいつも通っている早朝の時間帯ならまた違っただろう。 
 階段を登りきり、大勢いる客たちの中でもおよそ一握りの人々が利用する一等の区画へと足を踏み入れる。

12reden:2013/01/28(月) 17:07:42 ID:0JUd.wh.0
 気を取り直し、クラウスは手続きを済ませると脱衣室に入り、コートを含めた衣類全てを脱ぐと、部屋の隅に積まれたバスタオルと白樺の枝の束をとり、目的地へと続く扉を押し開いた。
 この国に来て、彼が学んだことがひとつ…宿酔覚ましと冬の暖を取るにはこれが一番効くのだ。

 開くと同時に、扉の先から真っ白な蒸気が溢れ出て、クラウスの全身を包み込んだ。
 ―――モスクワ・サンドゥノフスキー浴場。
 【蒸し風呂】それは、異世界人たちの生活習慣のなかでクラウスが諸手をあげて賛同したいものの代表格であった。

「………―――ぅぁ〜」

 端整な顔をすっかりだらしなく緩ませて、クラウスは蒸し風呂の片隅の椅子に腰掛けた。
 自身がかつて領有していた土地も相当な寒地ではあったが、ロシアの冬も負けず劣らず長く、そして厳しい。
 平均的な最低気温は零下10度。酷い時には零下40度近くにも達するのだ。
 モスクワに住居を移して、はや3ヶ月。この青年貴族にとって、スチームサウナはほとんど欠かせぬ日課となっていた。
 蒸し風呂内の温度は70度、湿度は100%近い。
 ふと周りを見れば、クラウス以外にも数人の先客がいた。
 プールで冷水を浴びながら大声で政治の議論をしている年嵩の男たち。 
 一方で、サウナの椅子に腰掛けながらぼそぼそと会話している者もいるが、濛々と立つ蒸気の音によって詳しい内容は聞き取れない。
 クラウスは気にすることなく、身体の力を抜いてサウナの片隅にある椅子に背を凭せ掛けた。
 手に握る白樺の枝からは水滴が滴り、爽やかな樹の薫りが鼻腔を擽る。 
 全身から吹き出る汗が肌を伝い落ちていくのを感じ、クラウスは手に握った枝で自身の肩を、背中を叩く。
 その姿を見て、この青年がモラヴィア東部属州有数の大貴族の当主であったなどと察せる者はまずいまい。

「おや、これはお珍しいですな同志」

 ふと、横から声がかけられる。
 目尻に伝った汗の粒を指先で払いつつ顔を向けると、常連客らしい30代半ばの男が隣の椅子に腰かけたところだった。

「ああ、どうも。今日は少しばかり仕事が早く片付きましてね。あなたはいつもこの時間に?」

(たしか、ヴァレンティン・ペトローヴィチ……なんとかいったな)

 弛緩した思考でぼんやりと、以前聞いた男の名前を思い出そうとする。
 いつもは出勤前にこの蒸し風呂に寄るクラウスが、朝方によく顔を合わせる男だ。
 然して親しいわけでもないが、軽く世間話をする程度の間柄ではある。

「ええ。といっても、この後は直ぐに職場に戻って仕事ですがね」

「大変ですね」

 タオルで顔を軽く拭いつつ、クラウスは男の言葉に相槌を打った。
 詳しく話したわけではないが、言葉の端々から、どことなく研究者らしい雰囲気が感じ取れる男だ。
 クラウスがあたりをつけたところでは、恐らく軍の研究機関かなにかではなかろうかと思っている。

13reden:2013/01/28(月) 17:08:13 ID:0JUd.wh.0
 もっとも、お互いに各省の守秘義務もあるから、みだりに仕事の話などすることはない。
 熱を上げていたボリショイバレエのジゼルがどこぞの工場長とくっついただの、何処そこで食べたボルシチがこの世のものとも思えぬほどに不味かっただの…他愛のない雑談が殆どだ。
 ロシアの事に詳しくないクラウスは大概は聞き役に回っているが、どんな些細な話題でもモラヴィア人のクラウスには興味深いものが大変に多く、けっこうこの雑談時間を楽しんでもいた。
 どんな話題を振ってもしきりに頷いたり、相槌を打ったり、あるいは驚いてくれるクラウスは世間話の相手としては最高の人物だったらしく、最初は軽く挨拶を交わす程度だった男のほうも、今ではクラウスを見かけるたびに親しげに声をかけてくるようになった。
 二人揃って椅子にだらりと腰掛けながら、今日も今日とて他愛のない世間話に花を咲かせていると、入口の扉が開いて従業員らしい男が顔をのぞかせた。

「どなたか、飲まれる方はおられますか」

 大声で室内の客たちに聞く。
 いる!と室内に居る男たちの半分以上が手を挙げて言った。
 おや?とクラウスは首をかしげた。
 確か、ここの規則では…

「浴室での飲酒は禁止されているのでは?」

 自分は手を上げることなく些か戸惑ったように隣の男に聞くクラウスに、隣の男―――こちらも手を上げてはいない。仕事があるからだろう―――は腕を組んで顰めつらしく頷いた。

「その通りです同志。しかし私はこうも思うのですよ。こういった規則は、かえってウォトカの味を良くする効果しかないのではないかとね」

 あまりにも大真面目な顔でのたまうものだから、クラウスは思わず吹き出してしまった。
 二人の会話が聞こえたのか、酒を頼んだ男たちがクラウス達を見てにんまりと笑みを浮かべた。

「あなたは飲まれないのですか」

 男に聞かれ、クラウスは少し考えてから首を横に振った。

「この後、自宅の荷物をまとめなくてはなりませんのでね。あまり酒が入っているのは宜しくない」

 実のところ、クラウスが此処に通うのは以後暫く無くなるだろう。
 今日、鉄類金属人民委員部からの通達があり、ソ連南部の特別研究施設に移ることになったのだ。
 今日・明日中に荷物を纏め、明後日にはヴヌコヴォ空港からソ連南部のスターリングラード市行きの便に乗らなくてはならない。 

「引っ越しですか」

「ええ。暫くモスクワを離れることになりそうです。アパートは残しておいてもらえるそうなので、いずれは戻ってこられると思いますが」

 頑張ってください、と男は言い、クラウスも当たり障りのない礼を返した。
 自分を徴募したNKVD大佐の話では、どうやらモラヴィアの秘跡魔術を解析するための研究施設が漸く形を整えたらしい。
 モラヴィア戦役が終結し、戦時中・戦後でソ連側に降った魔術師達をどう扱うかについては、政治局でも意見が分かれていた。

 ソ連において、能力と同じかそれ以上に重要視されるのは政治的信頼性だ。
 そういった意味で、大量のモラヴィア人魔術師を国の枢要に近い部分とどこまで関わらせるべきかについては、今もって政治局でも意見が分かれている。
 だが、モラヴィアの秘蹟魔道に限らず、魔術とは生来人間がもつ魔力がものをいう技術であり、魔力を持たないロシア人がこれを運用することは不可能。
 とはいえ、此の世界における軍事を含めた様々な技術が魔術の力によって成り立っている以上、その能力をソ連邦が持たないというのは国防上無視できない問題だった。

【透視】

【遠見】

【洗脳】

14reden:2013/01/28(月) 17:08:46 ID:0JUd.wh.0

 更には召喚魔術による物質の瞬間転移など。
 魔道技術のなかには、ソ連邦の科学技術では現在どころか将来に渡ってさえ実現できる目処の立ちそうもない技術が多数存在する。
 そして、現在のソ連邦がそれらに対抗しようと思えば、必然、魔術を頼らざるえないのだ。
 こうした事情から、モラヴィア人魔術師のうち、かなりの数がソ連への半ば強制的な移住を余儀なくされ、以後、将来長くに渡って国内各地に造られた秘密都市―――地図上にも記載されず、内外の出入りを厳しく制限された閉鎖行政地域―――において、ソ連の国益のために魔術研究に従事させられることとなる。
 もっとも、現段階では魔術師を囲いこむための都市というほどに大規模なものはなく、クラウスが赴こうとしているのもNKVD軍が警備しているスターリングラード郊外に新設された研究施設である。
 
(ここに通えなくなるのは、少し残念かな)

 少しばかり名残惜しむように、クラウスは周囲を見渡し、次いで雑談相手となってくれた男を見た。

「そろそろ、出ることにしますよ。また、機会があればお会いしましょう」

「ええ。お元気で、同志」

 最後にそれだけ言葉を交わすと、クラウスは椅子から立ち上がり、来る前より幾分軽くなった身体でサウナをあとにした。 
 7年後、二人はカザフスタンの閉鎖都市レニンスクで再開を果たすことになる。

 一方は鉄類金属人民委員部における魔鉱石の権威として。

 一方はロケットエンジン設計の権威として。

15reden:2013/01/28(月) 17:09:26 ID:0JUd.wh.0
投下終了です。

16名無し三等陸士@F世界:2013/01/28(月) 17:37:57 ID:B.rs.Hi20
乙です
ロシア名物バーニャ(サウナ)での微笑ましい会合ですなw

死霊魔術や専従魔術が効かない等のように、相手の体内の魔力を利用した魔術には
滅法強いので、それらを利用した魔術師や種族には最悪の天敵になりえそうですが、
透視や遠見など国防に関わるものはモラヴィア人に頼らざるを得ないのが辛い所
ですね>ソ連人

いかに持ち前の科学と技術と革命でこの問題を乗り切るか・・・

17名無し三等陸士@F世界:2013/01/28(月) 18:46:39 ID:1mPodNWE0
投下乙です。

完全に馴染んでますね>クラウス
妹君の生活の方も是非!

旧モラヴィアの魔術師の登用、痛し痒しですね・・・・
クラウスみたいに有意義に協力している者はいいですが、反骨心溢れすぎると・・・・

18名無し三等陸士@F世界:2013/01/30(水) 00:31:51 ID:8v7u8K3U0
投下乙。
>モラヴィア人魔術師を国の枢要に近い部分とどこまで関わらせるべきか

至急モラヴィア人に代わる、より信頼性があり、より共産党及びソ連人民に対し忠実で、
より革命精神に満ちた、模範的かつ向上心溢れる魔法世界の同志が必要になってきますな。

ちょっとそこら辺の奴隷商ブッ飛ばして、保護した奴隷をオルグ(ry

19reden:2013/01/30(水) 23:34:19 ID:0JUd.wh.0
>>16さん
魔術師とMrヒドラジンの出会いのお話でした。
そのうち魔鉱石素材を使ったスカッドでも開発してくれるやもしれませんw
まぁ、ドイツのV2をはじめとした外国からの技術情報がないので、史実通りには行かないかもしれませんが…


>>17さん
ロシアならではのご当地ネタを閑話で出していきたいですね。
蒸し風呂は今回やったので…後はウォトカとかロシア料理とか……
ブルーノで投降した人々などは、焦土戦や屍兵投入を行った王国中央政府への反発とも相まって比較的ソ連に協力的ですが、やはり面従腹背な方々も中には……


>>18さん
共産主義とか、まさに劇薬に等しい思想ですからねw
階級社会の下層に位置する人々から見れば良いことづくめ……に見えますし。

20reden:2013/02/07(木) 18:34:11 ID:8aRvpqr.0
では、次話投下します。






1941年9月17日
モラヴィア王国 王都キュリロス 東部城壁



 
 モラヴィア王都キュリロス。
 その東側城壁を守備していたのは、叛乱軍側に寝返った王都守備軍の大隊に軽武装の衛視隊を加えた2000名程度の混成部隊だった。
 小規模の砦や城塞都市の警備ならば問題のない兵数と言えるが、人口90万、城壁の直径70平方kmに達する大都市の側面防御を担うには到底足りぬ。
 もとより、叛乱軍が城壁を占拠した目的は、王都全域に張り巡らされた結界とともに王国政府と外部の通信・伝令を物理的に遮断するためであり、それ以上のものではなかった。
 モラヴィア魔道軍の主力は対ソ国境付近に張り付けられており、王都近辺に残された僅かな予備戦力を決起部隊によって撃破してしまえば、叛乱軍側にとって目的の妨げとなるような障害はなくなる。
 言ってみれば、王都の内側に向けて監視の目を光らせるのが目的であり、王都の外から―――しかも空挺降下によって、万単位の大軍が目と鼻の先に突如送り込まれてくるなど想像の埒外であった。
 只でさえ数の少ない兵力は、王都からの脱出を図る講和派を警戒して小部隊ごとに城壁上の望楼へと散っており、敵機襲来を受けて彼らが防御施設へと配置に着く前に、ソ連側の攻撃が始まってしまった。
 
 ソ連赤軍のうち、真っ先に戦闘を開始したのは都市外に降り立った主力ではなく、城址内へ降下した中隊規模の先遣部隊だった。
 防禦結界が展開される暇もなく、城門の内側に降下した落下傘兵によって迫撃砲が門扉へ、衛視隊屯所へと撃ち込まれ、たちまちのうちに城門周辺は混戦状態となる。
 城門の内側に降下したソ連兵はせいぜい中隊規模と少数であり、兵数的にはモラヴィア側が勝っていたが、その半ばは剣や槍で武装しただけの衛視隊であり、しかも広域に分散していた。
 慌てて駆けつけてきた少数の魔術師たちが火炎弾、魔力弾で応戦し、数人を吹き飛ばしたが、たちまち短機関銃の掃射を受けて薙ぎ倒されてしまった。

「ええい、狼狽えるな!侵入した敵は寡兵だ、四方から押し包んで塵殺せよ!」

 叛乱軍指揮官の怒声に近い命令が飛び、守備兵たちは数の優位を頼みに四方から侵入者たちを取り囲むように動くと、槍の穂先をそろえて一斉に突きかかり、城壁の上からは配置についた弓箭兵の矢が降り注ぐ。
 不意を打たれたとはいえ、見通しの良い城壁上に陣取った弓兵たちからは地上の落下傘兵を好きなように狙い撃ちにできるうえ、準備さえ整えば防御塔の魔道槍をはじめとした対軍用の魔道兵器による援護も期待できる。
 たちまち数人が矢衾に射抜かれて地に倒れる。
 一方の赤軍も負けておらず、地上からの応射を加える一方で、事前情報をもとに城門の防御施設を制圧すべく一斉に動き出した。
 使用する武器の威力において、ソ連兵のそれは守備軍を圧倒しており、寡兵にもかかわらず優位に戦闘を進めていくが、モラヴィア側もただやられているばかりではない。
 城門の防御施設という強固な【トーチカ】を有し、弓兵にしても見晴らしの良い城壁上から矢を撃ち下せば脅威となる。
 ましてや、赤軍将兵が身に着けている軍服は、防御力という点でこの世界の甲冑より遥かに劣るのだ。
 自軍に数倍する損害を敵に与えながらも城門上からの矢衾と魔術師による攻撃でだんだんと討ち減らされていく赤軍だったが、それも迫撃砲の榴弾によって門扉が破壊されたことで形勢逆転した。
 十分な数の結界魔術師を配し、結界防御が万全に行われていたならば重砲の破甲榴弾すら防いでのけるモラヴィア式城塞も、肝心の結界がなくては本来の防御力を発揮することはできない。
 防禦結界の展開も成されていなかった門扉は完全に破壊され、そこから城外の空挺軍主力が雪崩れ込むと、形勢は一気にソ連側に傾いた。
 破られた城門から城址へと乱入したソ連空挺部隊は、小隊ごとに素早く分かれると城址内へ突入し、この世界の歩兵の基準からすれば異常というしかない手際の良さで次々と防御施設を無力化していく。

21reden:2013/02/07(木) 18:34:45 ID:8aRvpqr.0


 
 このとき、城門周辺の守備隊を城壁上から指揮していたのは王都守備軍に所属するマリオン・グライフス准男爵という魔道兵少佐だったが、突然現れた敵によって瞬く間に自分の部下たちが駆逐されていく光景に顔面蒼白となっていた。

 ―――――なんだ、これは。

 空から地上に降り立つや、忽ちのうちに小部隊ごとの集結を済ませ、まるで何処に何があるかを把握しているかのような手際の良さで守備隊の屯所を叩いていく異界軍。
 こちらが城壁上から矢を射かけようとすれば、素早く遮蔽物に身を隠し、場合によっては―――俄かに信じ難いが、地面を這いながら進んでいく。それも集団ごとの統制を崩さずにだ!
 この世界の歩兵が一般的に取るであろう横隊陣形とはまるで違う。
 秩序だった隊列も、指揮官の喇叭や号令による統制もないそれは、戦の知識を持たぬものが見れば一見して無秩序にさえ見えるかもしれない。
 だが、仮にも王都守備軍の魔道兵―――つまりは常備軍有数の精鋭であるグライフス准男爵には、それが恐ろしいまでに統制された戦術行動であることが直観的に理解できた。
 事実、敵の降下地点付近からバラバラに駆けつけようとした衛視隊の兵は、まともな損害を敵に与えることもできずに次々と異界軍の鉄礫によって撃ち倒され、いまやその敵は城門近辺にまで進出しつつあった。

「馬鹿な……これが只の歩兵の戦い方か!?いったい異界人は―――」

 異界軍のそら恐ろしいまでの練度を前に、愕然と呻くグライフス。
 その胸中に、得体のしれないモノに対する恐怖の感情が急速に広がっていく。
 これほどの統制がとれた戦術行動。
 同じことをモラヴィア魔道軍の歩兵が行おうとして、果たして出来るだろうか?
 理屈の上では、できるだろう。
 数人単位の小班にまで魔道兵を配し、そのうえで上位部隊が各小部隊を統制できるだけの強力な指揮通信機能を持てば――――馬鹿馬鹿しい。
 そんな無茶苦茶な編成をやろうと思えば、どれほど金と魔術師があっても足りるものではない。
 小部隊を有機的に機動させ、上位部隊が魔力波通信によって統制する。
 陣形に頼ることなく幅広い戦術を可能とするその発想自体は、この世界にもないわけではない。
 しかしそれは、実験的な試みの域を脱するものではない。
 いま、異界軍がやっているような戦術をこの世界で実現しようと思えば、通信手段である魔力波通信技術を有した魔術師を歩兵隊に大量配備し、そのうえで兵自体も十分な訓練を受けた精鋭で固めなくてはならない。
 それらのうち後者を実現するだけでも膨大な資金が必要となるであろうし、ましてや貴重な魔術師を、大量消耗を覚悟しなくてはならない歩兵部隊に多数配備するなどできるわけもない。
 魔法王国と呼ばれるモラヴィアであっても、それは同じことだ。
 
「くっ、弓箭兵は城門に近づく侵入者を狙い撃て!防御塔は結界を魔力遮断から物質遮断に切り替えろ。通信は決起軍本営に増援の要請を――!」

 陣頭に立って声を張り上げるモラヴィア貴族将校。
 さらに言葉を続けようとしたところで、足元を揺るがす轟音が轟き、グライフスは体勢を崩して前につんのめった。
 壁に手をついてどうにか転倒を免れた准男爵の目に映ったのは、魔道槍の直撃でも食らったように、無残に吹き飛ばされた城門の門扉だった。

(ま、ずい…!)
 
 崩れた体勢から身を起こし、旗下の守備兵たちに迎撃を命じようと口を開きかけるグライフス。
 しかし、その言葉が口をついて出ることはなかった。
 胸に何かが当たる衝撃。
 視線を落とせば、自身の軍衣――その胸元に赤い点が穿たれていた。
 傍らで控えている自らの従卒。その、まだ少年と言ってよい年頃の顔には信じられないといった表情が浮かんでいた。
 何かを言おうとして、言葉が出ない。

22reden:2013/02/07(木) 18:35:58 ID:8aRvpqr.0
 代わりに喉を突いて出てきたのはごぽり、というくぐもった音と、大量の鮮血だった。
 四肢の力が抜け、地に崩れる准男爵が最後に目にしたのは、手にした異様な武器で駆けつけてくる守備兵たちを殺戮しつつ城址内へと雪崩れ込んでいく異界軍の姿だった。









 ■ ■ ■









 同刻
 王都キュリロス 国防庁舎



「莫迦な」

 口をついて出た第一声は、呻きにも似たそれだった。
 王立魔道院議長として、魔法王国モラヴィアの頭脳たる高位魔導師たちを束ねる大魔術師―――ヴェンツェル・エッカート子爵は愕然とした面持ちで、その報告を受け止めた。

「す、既に異界軍の一部は城市内への降下侵入を果たし、外門は内と外より挟撃されつつあります」

「―――――!!」

 叛乱軍将校の報告。その極めつけの凶報を前に、ヴェンツェルは眩暈すら覚えながらも司令部の机に広げられた王都全域の地図に視線を落とした。
 王都の外縁をぐるりと囲む長大な城壁。ヴェンツェル達の決起と共に、彼らに内応した王都守備軍の決起部隊によって奪取された城門周辺が、突如出現した異界の軍勢によって瞬く間に攻めとられようとしている。

「何故だ?」

 なぜ異界軍がここにいる?どうして?―――どうして!?
 空中から続々と降り立つ異界の軍勢。
 その様相は市街の中心部に近い国防庁舎からも見て取ることができた。
 異界軍は既に、クラナ大河以西に広大な縦深を確保しつつあり、すでに本国中央領の都市がいくつも失陥の憂き目にあっている。
 だが、一時的な停戦状態にある現在の勢力境界は王都より700kmは離れており、そこから歩兵を空中輸送によって送り込んでくるなど全く想像の埒外というしかない。
 いくら勢力を減じたとはいえ、道中には飛竜騎士隊による防空戦力が配備されていたはずだし、前線で異界軍と対峙する魔道軍主力があんなものを見落としたとは思えない。
 そこまで思考が進んだところで、ヴェンツェルは悟った。

 ――――つまりは、異界軍の侵犯を故意に見逃したということではないか?

(……内通!)

 その考えが閃くや、凄まじい怒りの衝動がヴェンツェルの心中を貫いた。

「おのれ売国奴ども!!異界人を王都に招き入れおったな!!」

 異界人との講和そのものですらモラヴィアの誇りを汚す行為であるというのに、よりにもよって自国の内紛に際して異界人相手に助勢を求めるなど到底許されるものではない。
 激昂し、椅子を蹴って立ち上がったヴェンツェルはひとしきり講和派への罵声と呪いの言葉を吐き散らすと、叛乱軍の指揮官たちを睨み付けて命じた。

「宮城の攻略部隊からキメラ隊を引き抜いて異界軍にあてよ。かなうならば宮城は無傷で手に入れたかったが……やむを得ぬ。攻城用の魔道槍を使用して売国奴どもを焼き払え!」

 ヴェンツェルの命令に、指揮官たちは顔色を変えた。

「危険すぎる!王城に対して魔道兵器を撃ち込むなど…下手をすれば陛下の御身にも危険が及ぶぞ」

 守るべき王家にまで危害を及ぼしかねない命令に、強硬派の将校たちも拒絶反応をしめすが、ヴェンツェルは取り合わなかった。

「このまま我らが敗れれば、王国の未来そのものが閉ざされるのだ。もはや、手段を選んでいられる状況ではない」

23reden:2013/02/07(木) 18:36:43 ID:8aRvpqr.0
 【継戦】という共通の目的を掲げる叛乱軍だったが、その集団を構成する魔道院と軍部主戦派のあいだには、微妙な温度差が存在した。
 軍部にとって、何をおいてもまず守るべきは国王であり、王家であった。
 対ソ講和派に対して軍部主戦派が反対する最大の要因は、どういう形であれ、追い詰められた戦況での講和は、国王がスケープゴートとして異界人に首を差し出さねば事が収まらぬためであった。
 各属州や地方に地盤を有する地方軍の将兵と異なり、常備軍である魔道軍の中堅将校たちは、その大半が王家の禄を食む魔術師―――ネウストリアなどでいう騎士階級の者たちだ。
 とりわけ、国王の膝元を守護する王都守備軍は王家への忠誠心が高いことで知られており、今回の叛乱もそこからくる講和派に対しての若手将校たちの反発心を魔道院に利用された部分が大きい。 
 
 一方で、魔道院にとって守らねばならないのは、何者にも干渉されない自立した魔法王国としてのモラヴィアの存続だった。
 そこには、異界人という己の手で召喚した所有物に対して、上位者である己が膝を屈してなるものかというプライドも多分に関わってくるし、保身の問題もある。
 今次戦役の発端となった異界召喚―――すなわち救世計画は、魔道院議長であるヴェンツェルによって立案され、魔道院が全面的に主導した計画なのだ。
 仮にソ連優位の講和が成ったとき、一切合財の罪を背負わされるのが自分たちであろうことを、魔道院導師たちは自覚していた。
 王国最高の頭脳集団、そして政策集団として縦横に権勢をふるってきた高位魔導師達にとって、それは二重の意味で屈辱だった。
 自らの召喚した奴隷を前に跪き、あまつさえ、これまで自らの叡智によって導いてきた祖国から罪の象徴として糾弾され、切り捨てられる。
 どちらも耐えられるものではなかった。
 魔道院の高位導師たちにとって、この戦争は完全な勝利か、最悪の場合でも対等の講和によって終えなければ意味がない。
 自分たちの手で導いてきた魔法王国モラヴィア。
 その存続こそが魔道院の命題であり、国王の生命は守られるべきものではあるものの、究極的な目標を前にしては切り捨てもやむを得ないと考えていた。

(万一…不測の事態がおき、陛下が身罷られるようなことがあれば……そのときはクリストフ殿下に立っていただくよりあるまい)

 これまで魔道院を長らく重用し、多くの支援を与えてくれたマティアス王は魔道院にとっても得難い君主ではあったが、こと此処に至っては切り捨てもやむを得ないとヴェンツェルは考えた。
 畏れ多くも国王の生命を天秤にかけるなど、臣下として不敬極まりないことは理解していたが、その罪はこの戦いを終えたのちに購うよりない。
 先年、病によって落命したデトレフ王太子の忘れ形見、王孫クリストフは未だ4歳。
 政務など執り行えるような歳ではないが、そこは魔道院が後ろ盾となって支えてやれば良い。
 いま何よりも優先すべきは、売国奴から王家を奪還し、そのうえで異界人を王都より叩き出すことだった。
 ゆえに、ヴェンツェルは叛乱軍将校たちに重ねて命じた。

「陛下の身にもしものことがあれば、その時にはクリストフ殿下に立っていただく。今は何より、異界軍撃退を優先すべきなのだ」

「なっ―――」

 ヴェンツェルの言葉に絶句したのもつかの間。
 叛乱軍将校たちはたちまち殺気立ってヴェンツェルを睨み付けた。
 王家を至上と考える叛乱将校たちにとって、国王を代えの利く道具のように評し、切り捨てようとするヴェンツェルの物言いは失言で済ませられるものではない。

「貴様、陛下のお命を何と心得るか!」

 ある者は佩剣の柄に手をかけ、ある者は短杖(ワンド)を握り、殺気立つ将校たちとヴェンツェルはしばしの間睨み合った。
 室内を張りつめた空気が満ちる。
 ややあって、最初に視線を逸らしたのはヴェンツェルだった。

「……まぁ、よい。ようは現状の戦力で異界軍を撃退できれば問題ないのだからな」

 こちらの案を蹴る以上、当然できるのだろうな?と言外に問うヴェンツェルに、叛乱軍将校は胸を聳やかして答えた。

「当然だ。王家の藩屏として任を果たすまでのことよ」

24reden:2013/02/07(木) 18:37:45 ID:8aRvpqr.0

 しばらくの間、大言を吐いた将校をじっと見つめていたヴェンツェルは、ややあって嘆息とともに首肯した。

「ならば、やってみるがいい」

 その一言を切欠に、ピリピリと張りつめていた空気が少しばかり弛緩した。
 魔道院の導師たちが無表情に見守る中。
 ヴェンツェルは好きにしろとでも言うように、大げさに肩を竦めた。
 それを見た将校たちは己の杖や剣から手を放し、臨戦態勢を解くと、小さく鼻を鳴らして踵を返す。
 そのまま部屋を後にしようとする将校たちの背に、ふと、声がかかった。

「この部屋を出たら、な」

 感情の籠らない呟きと、閃光が奔ったのは同時だった
 音ひとつ立てることなく、一条の光線が部屋を退室しようとする将校たちの胴を横一線に薙いだ。

「――――――ぁ?」

 間の抜けた、呟きとさえ言えないような声が、一人の将校の口から零れる。
 自分たちの身に何が起きたのかすら認識できぬまま。

 ずるり。

 将校たちの上半身と下半身がずれる。
 呆気にとられたような表情のまま、将校の一人は瞳をしばたたかせた。

 直後。

 断ち切られた上半身と下半身。
 そこから溢れ出る臓物と血液が生々しい音とともに床に撒き散らされ、叛乱軍将校たちは【ただ一人を除いて】全員が物言わぬ肉塊となって大臣公室の床に散乱した。

「………」

 ただ一人生き残った将校。
 その男は暫くの間思考停止したかのように凍り付いていたが、起こった事態を脳が認識するとともに、徐々にその顔色を土気色に染めていく。

「貴官らに、勝手に動かれては困るのだ」

 何事もなかったように、ヴェンツェルは硬直している将校の背に語りかける。

「我らの志に賛同し、ここまで付いてきてくれたことには礼を言おう。だが、まだ君らに抜けられては困る」

 そういうと、ヴェンツェルは部屋の隅に控える導師の一人に目配せした。
 その導師―――従属魔術の最高導師である老魔術師マンフレート・シャイベは、好々爺然とした笑みを表情に張り付かせて固まる将校に歩み寄り、その瞳を見つめた。
 違えようもない恐怖の表情を浮かべながらも、身じろぎ一つできない将校を前に、シャイベは優しく将校の肩を叩くと、その眼前に己の長杖(スタッフ)を翳した。

「心配せずとも、痛みなどはない…すぐに終わる。おわったら、部屋を出て行動に移りたまえ。君の思うように、な」

 俗人を諭す隠者のように穏やかな面持ちで、老魔導師シャイベは将校に語りかけた。

「こ、の…狂人どもめ…!」

 絶望に精神を飲まれつつ、叛乱軍将校はその呪詛を最期に意識を断絶させた。

25reden:2013/02/07(木) 18:38:25 ID:8aRvpqr.0
以上、投下終了です。

26名無し三等陸士@F世界:2013/02/07(木) 19:37:59 ID:1mPodNWE0
投下乙です。

いよいよ赤軍無双始まりましたね。
犠牲をものともせず、じわりじわりと傷口を広げるように進撃するさまは、モラヴィア軍にとって脅威でしょうね。

埒外の赤軍空挺部隊の奇襲に足並みが乱れる反乱軍・・・・

27名無し三等陸士@F世界:2013/02/07(木) 22:05:43 ID:B.rs.Hi20
投下乙です

史実スターリングラードでも見せた、後の特殊部隊の手本となる赤軍の拠点制圧戦
が本領発揮

叛乱軍は内ゲバで戦力を減らしている中、王城の結界は果たして持つか?

28名無し三等陸士@F世界:2013/02/09(土) 08:18:15 ID:/57eFG7E0
投下乙です。乙です……。

何故でしょう、「日本の一番長い日」を思い出して目から汗が……。
作品と関係ない話をしてしまい、申し訳ありません。

29reden:2013/03/12(火) 18:05:35 ID:8aRvpqr.0
>>26さん
赤軍が圧倒的多勢で練度も良いのですが、今回は空挺部隊のみの参加というのもあり、お得意の火力戦が半ば封じられています。
その点で言えば、今までのような一方的な展開は難しいかもしれません。


>>27さん
モラヴィア側は兵数に劣るものの、新型キメラという新兵器があり、一方の赤軍は数と歩兵装備・ドクトリンで大きく勝ってますので…
それなりの勝負になりそうです。


>>28さん
あれは名作でした。
軍人・政治家・官僚と様々な立場の方々が、自身の欲望などではなく祖国のために何ができるか、どう行動すべきかについて真剣に論じる姿は、何度見ても色々と考えさせられます。

30reden:2013/03/12(火) 18:06:20 ID:8aRvpqr.0
それでは続き投下です。











 空路、モラヴィア王都キュリロスへと侵攻したソ連赤軍と、これを迎え撃つ叛乱軍。
 通常であれば外からの攻撃に対してこの上ない守りとなるはずの城門は、赤軍の空挺降下による奇襲によって為す術も無く突破されてしまい、戦場は早くも都市の内部へと移っていった。
 城門が突破されたのを見て取った叛乱軍は、すぐさま手持ちの戦力から市街戦の切り札ともいえるキメラ部隊を宮城攻略部隊から引き抜き、これに歩兵2個大隊と魔道院の高位魔術師たちをつけてソ連軍迎撃に向かわせる。
 未だ都市外で空挺降下後の集結・再編を行っている部隊も含めれば、ソ連側が今回投入しているのは1個空挺軍団――3個旅団にも上るのに対し、叛乱軍が用意できた戦力は余りにも寡兵。
 もともと、王都守備軍から離反した2個連隊に軽武装の衛視隊を加えた程度の戦力しかもたず、さらには宮城攻略のために戦力を割き、加えて城門を警備していた大隊をなすすべなく殲滅されているのだ。
 赤軍と叛乱軍。彼我の戦力差は絶望的に開いていたが、モラヴィア側将兵は王都防衛―――それも売国奴に引き入れられた侵略者が相手ということもあって士気は高く、もう一方のソ連側も戦争終結をかけた戦いという明確な目的を与えられており、もともと精鋭揃いの空挺軍団が出張っていることもあって、士気は充実していた
 両軍は市街の中ほどで激突し、双方とも退くことなく凄まじい消耗戦が繰り広げられることとなる。

「槍隊、前へ!」

 白鎧に身を包んだ叛乱軍魔道兵将校の命令が響き渡り、モラヴィア戦列歩兵の中隊横列は槍の穂先を揃えて槍衾を形成すると、一糸乱れぬ動きで前進を開始した。
 王都の目抜きであるアルトリート中央通り。2頭立ての馬車が3台並んですれ違えるだけの幅を持った大通りを塞ぐように、頑強な甲冑に身を包んだ重装歩兵が横一線に並び、その背後には第2列、第3列と後続の横隊が並ぶ。
 さらにその後方には火力支援と結界防御を担当する魔術師たちが配置され、これが指揮官の号令を受けて一斉に動き出した。
 魔術師の詠唱を背に、モラヴィア重装歩兵の横列は長槍の穂先を揃えると、前方に展開するソ連軍を威圧するように真っ向から突進していく。
 
 この攻撃に直接晒されることとなったのは、本隊に先行して市内に浸透を図っていたソ連側の偵察小隊だった。
 拓けた大通りをいっそ無防備なまでに堂々と突っ切ってくる叛乱軍に対し、小隊指揮官を務める空挺軍少尉は落ち着き払って迎撃を命じた。
 たちまち軽機関銃の猛烈な弾幕がモラヴィア戦列歩兵の横列に襲いかかる。 
 しかし、銃弾が鎧甲冑もろとも歩兵の肉体を引き裂かんとする間際、ソ連側にとっては信じ難い光景が彼らの視界に飛び込んできた。

 モラヴィア歩兵のやや前方の空間が一瞬歪んだかと思うと、連続した火花が弾け飛び、発射される機銃弾の弾幕は不可視の壁によって悉く跳ね返されていく。

「くそ、あれが防御結界か?ふざけた手品を…!」

 状況をみてとった少尉は忌々し気に罵声を吐き捨てると、傍らに控える軍曹に視線を向ける。
 少尉と同じように苦い表情を浮かべた軍曹は、少尉の視線に気づいて迷わず首を左右に振った。
 結界魔術。すでに幾度も実戦において遭遇している技術であるだけに、その突破法は赤軍において既に確立されている。
 やり方は単純明快。大火力の集中によって結界とその基点に負荷をかけ、純粋な力押しで打ち破るというのがそれだ。

31reden:2013/03/12(火) 18:06:54 ID:8aRvpqr.0

 もっとも、このような方法で結界を攻略しているのは魔道技術を持たない一方でこの世界の常識を覆す規模の砲兵火力を有している赤軍くらいのものであり、この世界での一般的な軍が結界魔術に対する場合、それは同じ魔術師による結界解呪という手法が大概用いられる。
 そして、赤軍式の結界突破法を用いるにしても小隊の最大火力である軽機が完全に封殺されている現状では成功は覚束ない。

(やむを得んか…)

 少尉は後退と口にしかけ、軍曹の横に立つ政治将校の存在を思い出してすぐに表現を変える。

「…まずは中隊本部に伝令を。最悪の場合、本部の対戦車小隊と共同で片付ける。先ほど通過した2ブロック手前の交差路まで奴らを誘引するぞ。」

「了解しました、同志」

 指示を受けた兵が後方へ向けて走り、敵の迎撃に当たっていた他の空挺隊員たちも手榴弾を投擲すると牽制の射撃を行いつつ整然と後退していく。
 自身も後方へ向かって駆けながら、少尉は軍曹に呼びかけた。

「先行して狙撃兵を配置につかせろ。前列の歩兵より、後ろに控えてる連中を片付けるのが先決だ」

「了解(ダー)」

 軍曹は手近の兵4人を指名して大通りから逸れた脇道へと走り去った。
 

  
 ■ ■ ■



「敵は後退するようです」

「……思い切りが良いな。それに兵の動きも素早い」

 赤軍と接敵した王都守備軍魔道兵連隊の将校であるフレドリク・ヘーゲル魔道兵大尉は、己の眼前から波の引くような素早さで撤収していく赤軍の動きに内心で舌を巻いていた。
 ソ連側の動きを観察していた彼は、統制のとれた動きで退いていくソ連兵の動きを忌々しさと賛嘆の入り交じった複雑な面持ちで見やると、傍らに立つ幕僚のひとりに命じた。

「恐らくは斥候だろう。奴らを逃すな。魔道兵、弓箭兵に射掛けさせよ」

 指示が伝達される合間。ヘーゲルは先程のソ連兵の動きについて考えていた。
 
(散兵かあれは?しかし、それにしたところで動きの統制が取れ過ぎている。かなりの精鋭だな)

 内紛のただ中とはいえ、敵中奥深くの首都攻略に送り込んでくるほどの者達である。
 異界軍のなかでも選りすぐりの精鋭と考えるべきだろう。
 それに、あの鉄飛礫を放つ飛び道具も凄まじい。
 威力もそうだが、なにより脅威的なのは連射能力と面制圧力だ。
 結界なしにあの弾幕の中に飛び込もうものなら、中隊どころか大隊であっても瞬く間にすり潰されてしまうだろう。
 貴族将校の内心をよそに、叛乱軍の弓箭兵が攻撃を開始した。
 弓兵たちの背後には魔術師が陣取り、短杖(ワンド)を手に詠唱を行う。

32reden:2013/03/12(火) 18:07:53 ID:8aRvpqr.0

 勢い良く放たれた矢は銀色の雨となって赤軍将兵の頭上に降り注ぎ、幾人かの不運な兵を射殺したが、半数以上の赤軍兵士は離脱に成功する。
 弓隊による曲射というのは、いってみれば赤軍の多連装ロケット部隊と同様に戦場の面制圧を行うためのものなので、ある程度纏まった大部隊を投入しなくては十分な効果を発揮できないのだ。
 モラヴィア軍の場合、これらの命中率や威力を高めるために弓兵隊に魔術師による支援部隊を随伴させて運用しているのだが、今回の場合、魔術師たちが十分に活動できない理由があった。
 後退する赤軍に追い縋ろうとする槍兵隊。その横隊に続く魔術兵部隊が通りの交差路に差し掛かったとき。
 建物の物陰で閃光が瞬き、詠唱を始めようとしていた魔術師の上半身が横殴りに仰け反った。
 白い軍帽が宙に舞い、銃弾によって穴のあいた側頭部から噴水のように脳漿の飛沫がしぶく。
 撃たれた魔術師の死体は、その真横を進んでいた別の魔術師に向かって投げ出され、互いにもつれ合いながら倒れた。

「!?て、敵襲!魔道兵が狙われているぞ!後衛にも結界を――」

 うわ擦った命令が再び響いた銃声によって掻き消され、たったいま命令を発しようとした魔導師が糸のきれた人形のように崩折れた。
 
「くそ、一体どこから狙ってる!?」

「結界だ!後衛にも結界を展開しろ!」

 立て続けに将校、魔導師を狙撃され、モラヴィア軍の隊形がたちまち乱れたつ。
 慌てて結界の展開範囲を広げようと詠唱を始める魔術師達。しかし、その詠唱がつづく間にも不吉な銃声が次々と木霊し、その度にモラヴィアの将兵たちが倒れていく。
 倒れるのは、いずれも将校、あるいは魔術師といった部隊の基幹となる者たちばかりだ。
 姿の見えぬ敵によって将校、指揮官達が次々に狙い撃ちされていく光景を前に、叛乱軍将兵の間に混乱が広がっていく。
 兵たちの動揺を鎮めようにも、それをなすべき指揮官自身が集中的に狙われているのでは思うに任せない。

「おのれ、悪辣な…!」

 旗下の部隊の惨状をまえに、叛乱軍指揮官は憎々しげに歯ぎしりした。
 このまま無理押しすれば、前進と引き換えに魔道兵が全滅しかねない。

「弓兵隊の支援魔術師に結界を張らせろ!」
 
 語気荒く指揮官が命じるが、詠唱が完了する前に狙撃される魔術師が続出し、中隊は潰滅こそ免れたものの進軍速度は大きく低下することとなった。

 このような光景は、赤軍と交戦にはいったモラヴィア軍歩兵部隊の多くで見られた。
 勇敢だが、しかし同時に無謀ともいえるモラヴィア軍の突撃をソ連軍がいなし、市の各所に散った狙撃兵たちによって指揮官や魔術師が次々に倒されていくと、次第にモラヴィア軍の動きは精彩を欠くものへと変わっていき、やがては指揮系統を完全に破壊され、軍隊としての体をなさなくなる。
 強引に接近戦に持ち込もうと無理押しした結果、将校・下士官が狙撃によって皆殺しにされてしまった隊などは指揮系統が完全に崩壊し、四散しはじめている有様である。
 そうなってしまえば、もはや兵がどれだけ生き残っていようとも脅威にはなりえない。
 しかし、モラヴィアの歩兵を赤軍が圧倒する一方で、赤軍の本隊も難敵による攻撃を受けていた。


 ■ ■ ■


 このとき、王都へ突入した赤軍空挺軍団の最前衛に位置していたのは、先遣隊含めて第一陣として降下を行った第9空挺旅団の4個大隊であり、これらの隊が目標地点である宮城を目指す一方、第10、第201の2個旅団がそれぞれ城門近辺の軍事施設、魔道院にむけて隷下諸隊の展開を開始していた。
 その軍団司令部は制圧した城門付近の守備軍営舎に置かれた。

33reden:2013/03/12(火) 18:09:53 ID:8aRvpqr.0
 総兵力1万、砲迫36門を有する赤軍側の兵力は、これまでの戦闘で消耗したモラヴィア側叛乱軍の3倍近くに達しており、最も有利に戦えるであろう城門の防御施設が既に抜かれていること、未だに宮城にこもる政府軍を排除できていないことも考え合わせるならば、既に叛乱軍に勝ちの目はほとんど残されていなかったといえる。
 その事実はソ連空挺軍団司令部も認識していたが、ソ連指揮官たちの表情には油断の色は無い。

「敵の進路は?」

 占拠した守備隊屯所の一室。
 その中央に設えられた長机に地図を広げ、第9旅団第2落下傘大隊のエドゥアルド・ミーシン少佐は部下に訊ねた。

「まず、王都中央の通りから歩兵大隊1個。こちらは我が偵察小隊が確認しました。編成に魔術師を含んでおるようで、こちらの最初の攻撃は失敗に終わっています……例の、防御結界ですな」

 幕僚のドロズドフ中尉が答え、地図の1点―――市街中央の大通りを含めた周辺3街区を指でなぞった。

「先に模擬戦で実施しましたように、まず周辺に埋伏した狙撃兵に魔術師を始末させます。幸い、連中の歩兵は古代ローマのファランクス宜しく隊形を組んでの横隊突撃が基本戦術のようですからな。まだ対処のしようがある」

 赤軍が今回の作戦に際して抱いていた最大の不安要素は、火力の不足だった。
 これまでの開戦で遭遇したモラヴィア軍は、いずれも自軍の防御に結界魔術を駆使しており、その性能はこちらの砲兵師団の攻撃にも耐え抜くほどである。
 もし、これらを王都のモラヴィア軍が使用してきた場合、最悪こちらの攻撃一切が跳ね返される恐れすらあった。
 通常、ソ連の空挺軍団は3個空挺旅団を基幹として編成される。
 各旅団は落下傘兵4個大隊に加えて対空・通信・偵察中隊を各1個、さらに砲や迫撃砲各6門程度を有する旅団砲兵隊を擁している。
 また、軍団司令部直轄として観測小隊、装備小隊、さらにT−26を50両ばかり配備された軽戦車大隊が加わるのだが、輸送機のペイロードの問題から戦車の空輸はできず、本作戦には投入されていない。
 この程度の火力で、王都守備軍の精鋭が展開するであろう結界を突破できるものか、という不安は常に付きまとっていた。
 それでもなおこの作戦が実施されたのは、政治的な要求もさることながら移動目標に対して施術する結界と、静止目標に対して施術する結界では、その強度に大きな差があることがわかっており、前者であれば大口径の機関砲でも突破は可能であることがクラナ大河突破戦において空軍によって証明されていたためだ。
 無論、それであっても防御結界の存在が脅威であることに変わりはない。なにしろ、施術を受けた歩兵一人ひとりが装甲車輌並の防御力を有しているのだ。
 ゆえに、まず赤軍が行うべきは結界術者である魔術師の排除だ。

「現在、狙撃兵により魔術師を漸減しつつ、敵集団を旅団砲兵の射界まで誘引しております。…モラヴィア人の結界は大きな脅威ですが、兵器・歩兵戦術双方の後進性に助けられました」

 ドロズドフ中尉の言に、ミーシン少佐は頷いた。

「建物の密集した市街地にあの横隊陣形では進路も自ずと絞られる。敵の動きは15分おきに旅団本部に報告を―――」

 ミーシンは、ふと妙な違和感を感じて言葉を止めた。

(―――なんだ?)

 突然、鼻についた獣の匂い。
 ごく微かな違和感。しかし、何かが彼に警告した。
 地図から顔を上げかけた矢先、少佐の視界の隅―――陽光の差し込む窓の外を黒い影が掠めた。
 
 背筋を貫くぞくりとした悪寒。
 直後、部屋の入り口横の窓がけたたましい音とともに破られ、飛び込んできた黒い鞭のような長い尾が扉の脇で立哨していた兵士を横殴りに叩き据えた。
 反応する暇さえ与えられなかった。
 空中を切りもみして吹っ飛んだ兵が壁に叩きつけられてグシャリと潰れる音を響かせるのと、屋内に飛び込んだキメラが床に着地したのはほぼ同時だった。
 窓が破られると同時に、幕僚たちが一斉に窓の方を振り返り、兵が吹き飛ばされる光景に幾人かがホルスターの拳銃に手をかける。

34reden:2013/03/12(火) 18:10:26 ID:8aRvpqr.0

 だが、彼らが反撃に移るより、キメラが動くほうが早かった。
 獅子、狼、鷲の三つ首をもった異形の怪物――その獅子の首がぱっくりと裂けるように大口を開き、ヒュゥッと空気を吸い込むような音が辺りに響く。
 ソ連将校たちが拳銃を引き抜き、狙いを定めるまでに2秒。そして引き金が引かれる間際に、キメラの口から放たれた青白い炎がミーシン達を飲み込んだ。



 ■ ■ ■




 大隊本部の置かれている建物から響いた爆発音は、当然ながら周辺に展開する本部付き小隊にも聞こえた。
 部下と共に駆けつけた小隊指揮官のアントン・プレハーノフ少尉は破られた窓から青白い焔を吹き上げる石造りの建築物を見て一瞬呆然と立ちすくみ、続いて建物周辺に転々と転がる付近警戒にあたっていた兵の屍を見つけて顔色を変えた。

「くそっ!なんてこと―――」

 大隊本部を見舞った大惨事に引き攣った呻きを漏らす少尉だったが、それも建物の入り口の扉が吹っ飛び、そこから黒い固まりを口にくわえた異形の獣が飛び出てきたことで中断された。
 小隊員達の短機関銃が一斉に火蓋を切り切り、7.62ミリ弾の弾幕が怪物の総身を縫い上げる。
 耳を塞ぎたくなるような絶叫を三つ首から同時に放ち、魔獣は地面にのたうったが、直ぐに強靭な四肢で飛び上がると、近くに放置された馬車の荷台を踏み台にして燃えさかる建物の屋根に飛び乗り、そのまま屋根から屋根へと飛び移って瞬く間に兵士たちの視界から駆け去った。
 しばらくして、怪物の消えた方角から散発的な銃声が聞こえ、付近の哨戒に当たっていた小隊軍曹が数名の部下を引き連れて駆けてきた。

「同志小隊長殿、先ほどキメラに遭遇しましたが、大隊本部が襲撃を?」

「何故分かった」

 俯き、感情の抜け落ちた声音で短く訊ねる少尉に、軍曹は一瞬言いづらそうに口篭もってから、ややあって答えた。

「死んだ将校の首を加えておりました。……その、パダーエフ大尉殿の」

 軍曹が口にしたのは政治担当の副大隊長の名前だった。
 少尉の記憶通りならば、今頃は大隊長以下の将校たちと共に建物内にいたはずだ。
 軍曹の言葉に応えることはせず、少尉は乾ききった己の唇を軽く湿らせると、大きく息を吐いて顔を上げた。
 
「まず、生存者の確認をしろ。それから全員を集める、ここにだ。通信班の安否を確認し、無線機を含めてここに移動させろ。キメラが屋内戦にも対応しているならば、建物内はかえって危険だ」

 頭の中の情報を整理しつつそこまで命じた少尉は、そこでふと、先ほど遭遇したキメラのことを考える。
 

 ――――キメラが…屋内戦に対応している?


 キメラ。赤軍の戦車・騎兵に相当するモラヴィアの陸戦兵器。
 機動戦においては比類なき打撃力を有し、その強靭な生命力は小銃弾の弾幕に対してもある程度の耐久力を有する。
 事前情報、あるいは第9旅団が以前に遭遇したことのあるバルト方面での防衛戦では、大型のヒグマもかくやという巨体だったが、今回目にしたそれは、以前見たものよりも幾分か小さい。
 そう。一般的な家屋内でもどうにか動き回れる程度には…

 そこまで考えが至ったところで、少尉の背筋を冷たいものが滑り落ちる。

「軍曹。通信班のすぐに呼び寄せろ。旅団本部に至急報告する。急げ!」

35reden:2013/03/12(火) 18:18:14 ID:8aRvpqr.0
投下終了です。

36名無し三等陸士@F世界:2013/03/12(火) 18:40:37 ID:1mPodNWE0
投下乙です。

手強い防御結界も、誘因後退と狙撃兵との連携で撃破しつつ・・・・

一転、屋内戦に特化?のキメラ投入で部隊の頭狩り!?
火力不足の中、対キメラ戦術は?

37F世界逝き:F世界逝き
F世界逝き

38名無し三等陸士@F世界:2013/03/13(水) 12:11:21 ID:FziWXH1Q0
投下乙です
新型キメラは中々の強敵なようですな
空挺軍のエアボーンに呼応した、機械化軍団が間に合うかどうか・・・

39F世界逝き:F世界逝き
F世界逝き

40F世界逝き:F世界逝き
F世界逝き

41F世界逝き:F世界逝き
F世界逝き

42F世界逝き:F世界逝き
F世界逝き

43名無し三等陸士@F世界:2013/03/25(月) 13:49:05 ID:6jXqg7vQ0
空挺部隊がこれからどうなるか…
キメラに対応できる部隊が来るまでどう対処するのか…。

44名無し三等陸士@F世界:2013/04/06(土) 23:04:44 ID:Hc.ENflk0
ソ連は魔法対策の為、閑話にもある通りモラヴィア魔術師を多々取り込んで魔術の解析にあたるだろうけど、
それ以上に「何故この世界の生物は魔術を使用できるのか」、「我々にも独自に魔術を使えるようにする方法」の解明に力を入れるでしょうね…

幸い、モラヴィア本国の「開放」の暁には、大量のモルモッ(ry 生体実験への協力者が手に入るでしょうし、
史実での生物兵器開発のように、ソ連の好奇心旺盛な研究者とNKVDの同志達は、彼らを心置きなく歓迎するでしょう

クラリッサやソフィア嬢のような協力的で模範的な魔術師達が知ることの無い、辺境の秘密都市で…

45名無し三等陸士@F世界:2013/05/06(月) 16:26:58 ID:gAbJokYQ0
ここって、朱き帝國さん以外が投下していいんでしょうか?
元々本スレでやっていたんですが、規制が解除される気配が全くなくて……

46名無し三等陸士@F世界:2013/05/06(月) 17:08:37 ID:oNtHR7I.0
>>45
「規制が解除されそうにないのでここに投下します」と一言断っておけば投下してもいいと思うよ。
ここはreden氏専用のスレじゃないんだし

47名無し三等陸士@F世界:2013/06/08(土) 17:22:55 ID:3gjiruUE0
こっちじゃもう投下しないのかな

48名無し三等陸士@F世界:2013/09/03(火) 02:49:29 ID:gAbJokYQ0
>>46
すごーく、亀になりました。答えてくださってありがとうございます。
あともうちょっとで2章まで完成しそうなので、自分に発破をかけるために投下予告宣言を
させていただきます。

9月4日、もしくは7日に
『そらのいくさ 第1部:空っぽの戦い』のプロローグと第1章をこのスレにて
投下したいと思います。非常に稚拙な作品かと思いますが楽しんでいただけたら幸いです。

49名無し三等陸士@F世界:2013/09/07(土) 23:37:06 ID:gAbJokYQ0
あと十数分で今日が終わろうとしている(汗

予告していた「そらのいくさ」のプロローグの投下を始めます。

50名無し三等陸士@F世界:2013/09/07(土) 23:41:43 ID:gAbJokYQ0

  そらのいくさ

  プロローグ


 ロシア連邦政府公式発表より引用。
『――人類史に類を見ない最も奇妙な大戦争の時代』
中華人民共和国外交部公式記者会見より引用。
『――中華の夢。我々はただそれを追い求めるだけの事』
侵略的行動大国に対するASEAN諸国共同宣言より引用。
『――我々は前時代的な中華帝国の復活を認めない』
EU加盟諸国より、アラブ・イスラム共同連合体に対する第3次平和要求宣言より引用。
『――アラブ諸国は、今こそ、近代化の道筋をつけ、国際秩序とその世界平和実現に向けて諸国融和を成し遂げるべき』
アラブ・イスラム共同連合体より、ヨーロッパの独善に対する公式反論文より引用。
『――21世紀の十字軍は、自らが十字軍であることがわからないほどに落ちぶれている』
ブラック・アフリカ大動乱に対し、南アフリカ共和国大統領のコメントを求めるBBC報道より引用。
『――ローデシア復古闘争など、認めず。ましてやイスラム帝国、そしてイスラエルが存在している以上、半世紀前の亡霊の建国など認められるわけがない』

すべての始まり、2019年9月のアメリカ宣言より引用。
『――世界のみなさん。国際社会のみなさん。そして自由と正義のアメリカ国民の皆さん。今日は悲しい発表をせねばなりません。先ほど、クーデターが発生、反乱軍が……ワシントンD.C.を制圧しました。南北戦争集結より155年。再び、アメリカ合衆国は内戦状態に陥りました』


再びロシア政府公式発表より引用。
『――東洋の中国とそれ以外。西洋のヨーロッパ対それ以外。新大陸の争い。これら一連の戦いを我々はあえてひとまとめにこう呼ぶことにしました。「WORLD WAR 3」と』
日本国内閣府発表より引用。
2020年現在、世界で発生している大規模な武力衝突および戦争の一覧。
『アメリカ内戦』  『第6次中東戦争』  
『イラン・シリア連合と英仏軍事介入』  『トルコ・イスラエルによるシリア軍事介入』  
『エジプト内線』  『プルトランド独立紛争』
『タリバンの大攻勢』  『中華の夢、国土統一戦争』  
『南シナ海紛争』  『東シナ海有事』  
『朝鮮戦争の再開、第2次朝鮮戦争』  『ロシア・ポーランド制裁行動』
『インドネシア、東ティモール侵攻』  『メキシコ内戦』
『ブラック・アフリカ大動乱』  『第2イスラエル建国闘争、アフリカ・シオニズム運動』


  ――「そらのいくさ」 第1部:空っぽの戦い


『――警告する。あなた方は日本国の領空を侵犯している。速やかに退避されたし。警告、速やかに退避されたし』

51名無し三等陸士@F世界:2013/09/07(土) 23:42:57 ID:gAbJokYQ0
スクランブルのかけられた航空自衛隊のF−15 制空戦闘機。傑作要撃機として世界中で運用されているこの機体を操る西宮二等空佐はお決まりの文句を敵機に対し、かなり離れた距離より打電していた。
軍隊ではない自衛隊という側面から大戦勃発後もその歪なROEは時折所々改変される程度で大きく改定される気配は今、現在ない。
と言うよりも我が国の国防をめぐる政治的混乱は空前の規模でありROEという細かな部分を軍事知識の基礎部分すら触れる気もなかった大多数の国民にとってどうでもいいことであった事が原因だ。
と言うか、今頃になって大学教育の場で地政学や安全保障が人気になっているらしい。ついこの間まで悪魔の学問扱いされていた地政学が日の目を見ることになったことに対し、日本国内の数少ない地政学の学者たちが涙を流しているそうだ。


西宮二佐ははっきり言えば歪なROEを運用する上での囮だ。さすがに歩兵を有する陸上自衛国軍を中心にROEの改善がわずかながら進んでいると言っても専守防衛の観点から、戦争中であっても相手が国籍不明であればまず警告を――聞き入れなければまったく別の方向への威嚇射撃後再び警告を。
それでもだめなら今度は当てるつもりで威嚇射撃を。それを無視して初めて撃墜が可能。つまり相手が撃って来るまでの間何もできないのが空自だった。
だからこそ遠距離から囮が警告を。攻撃があれば囮は離脱し、隠れているF−35AJが攻撃を実行する。そういう段取りが自然とできてきた。
『――ッ! 攻撃を確認、攻撃を確認! 敵機だ!』
『――了解した。反撃を開始せよ』
チャフにフレアを射出し、いわゆるマニューバ機動――バレルロール――をすぐさま実行し、敵の長距離空対空ミサイルからの回避と離脱を目指す。

鳴り響くロックオン警報。

通常スクランブルは2機編成で行われるため同僚のもう1機は上昇しての離脱と回避に出たようだ。

西宮は追加の燃料タンクを切り離し、速度を上げる。



速度上昇――すなわち、アフターバーナー。



青い光と赤い光がエンジン後部の排気口より噴出、紫の輝きを見せ、慣性の法則はGと呼ばれるものになって西宮の体を縛る。

52名無し三等陸士@F世界:2013/09/07(土) 23:44:27 ID:gAbJokYQ0
空力が突如増した為か、機体が持ち上がろうとする。
だが、バレルロールを中途半端にやめるわけにはいかない。
敵の誘導弾、いわゆるミサイルを回避する手段としてはチャフやフレア、そしてミサイルの燃料切れまで粘ると言うさまざまな方法が考案されている。
ミサイルは誘導ロケット弾だ。そして、それに搭載できる燃料は非常に限られている上に、誘導を見失えば無意味だ。故にバレルロールをはじめとする各種マニューバ機動は意味がある。
まるで銃身のライフリングのように――回れ――螺子の様に――回れ。
遠心力に振り回されるな。
そして、捻れ。限界点ギリギリで操縦桿を倒せ。倒して立て直せ。
体中がGに振り回される様な方向感の喪失とそれを無理やり押しとどめるベルトの圧迫感。どこまでも青い青空が迫ってくる。
真っ青な世界が視界一杯に迫ってくる。まるで壁のように――!
年齢は既に壮年に入る坂上一等空佐が発射ボタンを押したのと言葉を発したのはほぼ同時であった。
『――フォックス1』
中距離空対空ミサイルがF−35AJより放たれ一気に敵機へと空気を切り裂いて飛んでいく。
AAM−4という日本製の空対空誘導弾は確実に敵機を捕らえていた。

「はぁ……」  「おいおい、禁煙分煙時代に逆らってヘビースモーカーか?」
「なんだ、藤原か」
二宮二佐はやっと訪れた仮眠の時間のその前に一服といった感じでわざわざ屋外で煙草に火をつけ始めていたところだった。
もう時間は深夜11時を回ったあたり。
「……これでも、もうとっくにやめてたはずなんだがなぁ〜?」
「とにかく、もう寝ろ」  「ああ、そうするよ。ったく、税金がたけぇなぁ〜」
たばこの箱を軽くたたく。今日は大変だった。ひと箱千円になる時代も遠くないかもしれない。
「俺は、特に大事にされるべき多重納税者だとおもうんだがねぇー?」  「血税で食わしてもらってる奴が何言ってんだ。ほら、さっさと寝るぞ。火を消せ」
藤原と呼ばれた人物がそう言って一歩歩き出した瞬間――――大空が明るくなった。

海上自衛隊の第2護衛隊群に所属するイージス艦 「ちょうかい」はそれをとらえていた。
東風3号こと、DF−3Bが多数発射された瞬間を――。
陸上自衛隊のパトリオットが動き出す。
そしてそれをほぼ同じ時刻、日本列島とその付属諸島は、大空を真っ赤なオーロラに支配された。

53名無し三等陸士@F世界:2013/09/07(土) 23:47:01 ID:gAbJokYQ0
プロローグ終了です。
近いうちに第1章も投下します。

自衛隊の出番はたぶん第3章くらいかなー? 
稚拙な作品ですが、楽しんでいただければ幸いです。

54名無し三等陸士@F世界:2013/09/07(土) 23:53:25 ID:B9/x8R4E0
乙でした
次回にも期待してます

55名無し三等陸士@F世界:2013/09/12(木) 22:41:51 ID:gAbJokYQ0
投下予告です。

今度の日曜日、もしくは20日に『そらのいくさ』第1章を投下します。
思ってたよりも分量が増えたために2、3回ほど分けて投下するかもしれません。

中々自衛隊の出番にならない……

56名無し三等陸士@F世界:2013/09/20(金) 02:35:57 ID:gAbJokYQ0
すいません。本日、いや昨日か。
20日に投下予告した『そらのいくさ』第1章でしたが
身内に不幸があった為、投下する暇の確保が非常に難しいため
投下は延期させていただきます。

楽しみにしていただいた方は申し訳ございません。

57「そらのいくさ」:2014/01/02(木) 23:43:37 ID:gAbJokYQ0
もう……新年か!

と、自分でも驚きますが……今更帰ってきました。
投下予告です。

今度の4日、もしくは10日に投下します。長い間お待たせしました。

58名無し三等陸士@F世界:2014/06/08(日) 20:36:42 ID:Ao8AupFQ0
待ってます…

59F世界逝き:F世界逝き
F世界逝き

60名無し三等陸士@F世界:2015/03/29(日) 22:43:33 ID:Y66GGs1Q0
そらのいくさの更新はもうないのか……
また年が明けてしまって既に3か月が経とうとしている……

61名無し三等陸士@F世界:2015/05/18(月) 22:07:39 ID:EYA8Wyeo0
映画/テレビ関係についてジャンル・場所・自分の属性別に語り合う仲間がほしいならここがおすすめかと。
よかったら、見てみて。
ttps://blngs.com/

62名無し三等陸士@F世界:2015/05/27(水) 19:10:28 ID:Iwq6NwQI0
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read_archive.cgi/movie/4152/1108496819/

63名無し三等陸士@F世界:2015/05/27(水) 19:13:23 ID:Iwq6NwQI0
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/movie/4152/1108496819/

64名無し三等陸士@F世界:2016/03/27(日) 01:12:48 ID:gAbJokYQ0
【投下】そらのいくさ【予告】

いっそ、作品スレでも作ったほうがいいんでしょうかね?
2016年3月29日、30日 第1章です。

65名無し三等陸士@F世界:2016/03/30(水) 00:19:24 ID:gAbJokYQ0
長らくお待たせしました。そらのいくさ第1部 第1章投下します。

66名無し三等陸士@F世界:2016/03/30(水) 00:21:41 ID:gAbJokYQ0

  そらのいくさ
  第1部 第1章 「スタンド・オフ・ディスフェンサー ――202X.08前編」

  1.
 異世界の列島と日本列島が入れ替わった前代未聞の事件より2ヶ月の月日が過ぎた。
産業は新列島開発で息を吹き返しつつあるとはいえ、燃料と食糧事情は悪い。アメリカの正統政府からは
自称正統USA『おう、日本、テメェとんずらこえてんじゃねーぞ! 異世界に領土が転移しましたぁ? そんでもってまだ、旧世界とつながっています。大規模な軍を派遣できる程度にはつながっています。そんでもって日本列島と入れ替わった異世界の列島も日本国領土にしますねー? 旧世界に土地があるから自衛隊を派遣するわ……だから大戦に参加できませーん……なんて通用すると思ってんのカァ! 本土が無事、おまけに入れ替わった旧列島を領土として接収! そして実は資源が一杯でしたーなんて認められるか!』
JAPAN『認めてね☆ お願いアメリカちゃーん』
自称正統USA『絶対に認めん』

さて、情報を整理しよう
『異世界』の『列島』  『旧世界』の日本列島
これが
『異世界』の『日本列島』  『旧世界』の『列島』
になって
『異世界』と『旧世界』は北太平洋にゆらゆらと浮かぶ『カーテン』によって行き来できる状況にある。
つまり?
「彼の地は……旧世界の新規列島……暫定呼称『新列島』はれっきとした我が国の領土であります」
総理大臣の答弁となるのだ。
「それで? 政府はこの異常事態をどうするおつもりか? 転移現象について政府は何も知らなかったというのですか? この大戦の真っ只中に本土が……それも中国本土より飛来したIRBMの群れの迎撃に失敗して核が我が国に着弾する直前に入れ替わると言う現象を知らぬと言えるのですか?」
タイミングがよすぎる。それが日本に対する不信感だ。
SDI理論はまだ完全には機能しない。技術的に問題点がある事を証明する羽目になった中国のIRBMとICBMによる数の暴力。
技術的にはIRBMの迎撃は確実とはいかないもののかなりの高確率で可能であると今まで言われていた。けれどもICBMとの組み合わせと、発射基地を移動してでの数の暴力。
MDによって大部分が撃墜されはしたものの敵の空海連続攻撃により疲弊していた護衛艦隊にすべてを迎撃するミサイルは残っていなかった。
当たり前だが、陸自の対弾道弾迎撃能力ははっきり言って日本本土全土を守る事は出来ない。
そもそも論として、パトリオットの数が足りないのだ。南北に細長い日本国家全土を寸土たがわず守るなど。主要都市などを守るのが精いっぱいだし、それだって海自や米軍との共同で守りきるといった話だ。
そして――日本本土に着弾する直前、転移現象が発生した。
「何度も繰り返しますが、われわれの感知するような物理現象ではないと言うことです。未だ転移のメカニズムは解明出来ていないのが実情でありまして、そのような事を言われましても答え切れません」
藤上総理大臣はそう答えた。
69歳、政治家になってより20年自主党と共に歩んできた大物政治家は一気に老け込んでいた。ふさふさな黒髪が自慢であったはずだがどうやら69になってようやく色素が消えてきたようでおまけに毛根も弱り始めたようだ。
「あれじゃ、長く持たないな」
そんな非情なおしゃべりがマスメディア関係者から出てくる中、彼は一国の総理大臣として答弁を続けていた。
「そういえば、全国のお寺やら神社やらで頻発してた超常現象が起きなくなったそうだ」
「へぇ……そういえば転移直前に全国の神社の御神体が光ったとかそういう話が一時期はやったな。もっとも転移の混乱でみんな忘れてるけど」
「どこぞのカルト宗教ではこの話を持ち上げて、我が国は神の国だ。神が異界に転移させたのだ。なんて言ってるらしいぜ?」
「へぇー。ひょっとしたらあたってたりして。なんてな」
「神様仏様、ありがとうございますーってか?」
小さな声とはいえ「がはは」なんて声が出ての会話である気になる人はいる。
そんなおしゃべりを気にも留めず藤上総理大臣は答弁を続けていた。
「先の『憲法中途改正問題』に関しまして、総理にはいつ衆院での再採決に移るのかお聞きしたのですが?」
「現在、我が国はいわゆる非常時の真っ只中と言うこともあり、折を見てとしかいえません」
「では、何時行うのか! こうしている間も自衛隊は不安定な身分で戦いを行っているのですよ」

67名無し三等陸士@F世界:2016/03/30(水) 00:22:57 ID:gAbJokYQ0

憲法中途改正問題。世界が大戦争に向かうさなか、日本はさまざまな防護策をとったが最大のハードルたる憲法改正がなされる直前に大戦が発生したのだ。
そのために憲法改正に向けて衆議院の3分の2の決議を取ろうとしたところで事が止まってしまっている。つまり、改正案の憲法は国会の途中で止まってしまった。
日本国憲法は、衆参両院で3分の2の議決とその後の国民投票で決まるというのに、いきなりしょっぱなの衆議院の決議で止まってしまったのだ。
結局改正憲法案は事実上廃案となった。
勇み足を踏んだのは自衛隊の一部と本を書く人たちだろう。
もはや目前の憲法改正に向けて着々と準備をしていたのにこの事態である。転移によって憲法改正のめどはさらに遠くなりそうだし、決議を取れなかったのだ。
改正案はとっくに流れてしまった。それでも、虎視眈々と改正案をまた出そうとする人々がいる。
それが『憲法中途改正問題』だ。

68名無し三等陸士@F世界:2016/03/30(水) 00:24:18 ID:gAbJokYQ0
  2.
 ウニヴェルスム神聖連合帝国。日本が転移した異世界の大陸の覇権国家にして、いわゆる剣と魔法のファンタジー世界観なゴンドワナ大陸において最大の文明レベルを誇っている超大国だ。
そんな連合帝国が大陸統一を唄って大戦争を起こすのはある意味、必然であったかもしれない。
旧世界における国際法の始まりを知ってる人は思い出してほしい。三十年戦争の講和条約として結ばれたウェストフェリア条約によって明確な国境線が引かれ、同時に国家間の商取引が生み出す利益の大きさによって戦争がビジネス化した事が国際法の始まりである。
そもそも、ウニヴェルスム神聖連合帝国の始まりは、『空の帝国(カウエル)』と言うかつての軍事超大国による大陸統一戦争に対抗するために4大国が結んだ軍事同盟に由来する。いまから150年以上前の事だが、今ではすっかり立場が逆転していた。
今や、かつての軍事超大国、カウエルこそが連合帝国の侵略を受けていた小国の数々にとっての希望の星だった。もっとも、そのカウエルも150年にわたるウニヴェルスム神聖連合帝国の圧力を前に、その国力を著しく疲弊させていたのが現実なのだが。
そんなカウエルの最大の懸念事項。それは戦時であるにも関わらず非常識な、食糧を大量に買い込みまくる謎の『国家』の存在であった。
「して、その国が要求した食糧はそれほどの物か?」
「我が国で1年に取れる食糧……その2倍を半年分と商人は語ったそうだ」
「それでも足りぬらしい。彼らの言う旧世界とやらからの輸入まで途絶えればどうなる事かだとか……」
「……で、何故そんなに食糧が無いのかね? 今年は特に不作とか? あるいは……」
「我ら魔道院が推測するに、おそらくは彼らは都市国家の連合体なのでしょう」
「自由都市同盟が国家を名乗っていると言った所かね?」
カウエルの皇城で、皇帝と宰相。そして元老院と魔道院、近衛騎士団と枢密院のトップはそんな会話をしていた。その他の閣僚も存在はするが、6人が主役となって会話している会議に口ははさめない。この国ではそういうものだった。
「魔道院長、そして枢密院長。仮にもしだが、彼らと敵対、あるいはそれに近い事態になったとして、我が国はどのような行動がとれるであろうか」
「まず、彼らの領土の大きさ、そして人口、政治的な権力は誰が握っているのか、と言った情報が足りませぬな、そのうえで枢密院としては――」
白髪に日本人がイメージする魔法使いが飛び出たような長い髭とローブを身にまとう枢密院のトップはそこでいったん口を止め、深呼吸の後に再び言葉を紡いだ。
「枢密院としては情報を得るためにも彼らをこの戦争に引っ張り込む必要があるかと」
「何?」
宰相の立場にある若い男は顔の向きを変えず、ただ目玉だけを動かして枢密院長を見る。まるで烏帽子を思い浮かべるような青い帽子をつけ、真っ白なローブに身を包んだ宰相はただ、低い声で小さく言葉を紡ぎだす。
「理由を申しましょう。間諜を送り込むのは現状、至難の業です。彼らの本国の場所が分からない事、そして何よりも我らと彼らでは人種が違う事。そして、最大の懸念事項。我らと彼らではどうも価値観が違うようなのです。少なくともこのあたりのすり合わせが行われぬ限り、間諜を送り込むのは不可能に近い」
「魔道院としても枢密院の意見に同調いたします。彼らと我らの魔道技術の差異が分からない」
「近衛騎士団と致しても国軍の殆どが連合帝国との戦いで疲弊している現状、無理です。可能な限り敵対は回避願いたい」
情報と作戦を司る――枢密院
技術と外交を司る――魔道院
地方と軍事を司る――近衛騎士団
政治と貴族を司る――宰相府
そして、国家を司る――皇帝
カウエルはこの5つの組織と権能によって長きにわたって運営されてきた。
『戦争』を作戦と軍事と外交の3つの分野に分けることで、それぞれの組織がいらぬ派閥争いに興じぬ様と祖先が考えた仕組みは時々機能不全に陥る事はあったが、少なくとも、今現在、機能不全は起きていない。ひとえに宰相と皇帝の2人の有能さと連合帝国が引き起こした大戦争と言う異常事態によるものだった。
とは言え、その異常事態が長引くのは困る。カウエルがいかにかつて軍事超大国であったとしてもそれは150年前の事、徹底的にボロボロに敗退した後の今、連合帝国との戦争はもはや限界に達しようとしていた。
「だが、いかに連合帝国とかの国をぶつけるのかね?」
「――考えがあります」
枢密院長はそういい、何かを取りに退出していく。

69名無し三等陸士@F世界:2016/03/30(水) 00:26:24 ID:gAbJokYQ0
連投規制が怖いので、今日はここまで
続きは明日の夕方から投下を始めます。

可能な限り明日で第1章の投下を終わりたいとおもっています。

作者「やっと、ここまでこぎつけた……リアル世界情勢が凄い勢いで変わったり、何故かインド軍ドクトリンを
調べたりと、色々と大変だった……」

70そらのいくさ第1部 第1章:2016/03/30(水) 17:14:20 ID:gAbJokYQ0
投下を始めます。

71名無し三等陸士@F世界:2016/03/30(水) 17:20:23 ID:gAbJokYQ0

  3.
 木箱が開かれる。

「あっ、腐ってる」
農水省の役人と税関の役人たちは箱の中の農作物を見てそういった。

「……ぼったくられたみたいですね」
「いや、腐りものの数はそう多くはない。たぶん、これがこの世界の……標準なんだろう。水につけるか塩漬けにするか……これは酢か? これにつけるしか保存法が無いんだろうな」
「すいません」
総合商社の岡部は冷や汗が噴き出る思いがした。
俺に恥をかかせやがって。

「岡部さん、これは?」
「あっ、その現地の商人たちが進めてきたんです、リンゴみたいな形をしているでしょ? サンプルと思いまして……」
「……岡部さん。精密検査しましょう。それからあなたを隔離します」
「えっ」
「不用意な接触は内閣府閣議決定、厚生省省令、新世界衛生管理条項に違反します。
実際、2か月前、我々が新大陸に踏み込む際、宇宙人の様な防護服をつけ、装甲車にのり、完全武装で降り立ったのは同行していたあなたも分かっているはずでは?」
ちなみに現地の人にたいそう怖がられた。
ちなみに上陸第1歩目は自衛隊員と警察官の4人組でした。
幸い、上陸ポイント周辺に危険な動植物、そして細菌類がいないことが確認されたため、重装な防護服は脱ぐことになっているが、それでも、船に乗り込む際、アルコール消毒として手を洗う事、作業着を脱ぐことが義務となっている。
日本に新種の病原体でも持ち込まれては困るからだ。同時にそれはこの世界の人に対して日本側の病原体を持ち込まない為の措置でもある。
第1次新大陸調査の際、日本国が誇る各省庁の官僚たち――1府12省庁より、最低でも2名出された。ところで、財務省の役人は百歩譲っていいとして、会計検査院の役人は何のために来たのだろう――と自衛官、そして警察官と科学者、民間代表でいくつかの総合商社の人間が上陸した。
岡部はそのときからずーと、ここで日本に輸入する農作物を扱っている。

「そういわれましても、現地の人と話さないと状況というものはよくわからないでしょ? 
特に市場の人間が一番そういうことには目ざといんですよ」
総合商社に勤める岡部にとって役人の頑なな態度は分からなくもないが商売する気を微塵にも感じられない非商売的かつ非合理的だった。
彼らは2×10の計算をわざわざ足し算で計算している。
それが岡部の官僚への評価だった。
(勿体無い……せっかくいいキャリアを持っていい能力があるのに)
優秀な人間は民間に行くべきである。行けないものが国に勤める。国は優秀な民間人出身者が率いるといった、ある意味アメリカ的な思考を岡部は持っていた。
だからこそ、異世界の新大陸上陸の切符を手に入れたのかもしれないが。
けれども行政機関と民間のそれも商売を基本とする商人とでは担当する分野の本質がまるで違うものという事を認識できていなかったという意味ではある意味「若い」商社マンなのかもしれない。

72名無し三等陸士@F世界:2016/03/30(水) 17:22:32 ID:gAbJokYQ0
「分かりました、分かりました、隔離を受けますよ。けれど、これから商談の時間なんです。どうせ隔離されるならここでやらなきゃいけない仕事を全部果たしてからでいいですか?」
「それはいけません規定では――」
「ですが、お国に関わる事ですよ! どうせ、隔離されるなら、ここでやれる事全部やった後でいいのでは!」
「しかし、万が一の病気の際の責任は」
「そんなものはとっくに、国に責任を求めないって誓約書を書いて遺書まで提出しています。別にいいでしょ」
「……まぁ、いいでしょう。ですが、規定された時間には帰ってくださいね」
「はい、分かりました。では、行ってまいります」
岡部はやっと開放されたと思いつつも、またこれを切るのかと『規定』された消毒済み作業服を見る。

――自衛隊の高機動車は使い勝手がいい。
岡部が勝手にタクシーと評価している高機動車とそのドライバーは岡部の護衛だ。いや、厳密には車両隊の護衛か。
岡部には2人の警官の護衛とさらに護衛の陸自分隊が、ひっついた大所帯で移動することになっている。ちなみに岡部以外にも岡部のサポートの名目で会社から派遣された長谷川という白髪交じりの優しそうな顔立ちをした中年男がいた。
「ってわけでして、別にええでしょうに」
「そういうわけにもいかんのだよ岡部君。君一人の問題ではない。ここにいる全員の問題だ。君の接触時は我々も何だかんだでいたのだ。つまり我々全員の責任であり問題だ」
「すいません……上官は問題ないと判断したようであちらのほうに報告は言っていなかったようで……岡部さんのお陰です」
ここにいる全員が仕事終了しだい隔離決定である。
が、自業自得であるという考えからなんだか空気が重いのだ。

「で……どうなんですか?」
護衛の警官、山花。いかつい顔に似合わないほど優しい上に、山花の苗字からYAMABANAファミリーと同期にからかわている人物であったりする。
そんな山花が聞くこれからについて
「決まってるでしょ。領主様って奴がなんかでかい商会とやらに便宜を図ってくださる……こんなおいしい話、今逃したら商売は出来ないよ」

――領主様。その単語からやたら豪華なお城をイメージする人はいるかもしれない。もし、すべての領主様とやらに対しそう思っているのであれば、訂正するべきだろう。
――豪華絢爛の定義を大きく外れたボロ屋に城壁がくっついたような屋敷。
ちなみに領主様いわく、戦争の際における屋敷の防衛はとっくに放棄しているそうだ。
長崎湾を思い浮かべるような天然の良好。それがゴンドワナ大陸の小さな港町とその港町を領地とする国家、ペセルウゥ公国、バーミンガムの町。
とはいえ、内装は豪華である。もっと具体的にいえば家具だけは立派だ。
どれもこれも一級の芸術品に近い。緊急時の換金財産だから、当然ともいえるが。
そんな一級品に囲まれ、高機動車や運んできた『商品』への見張り自衛官たちに任せ岡部と長谷川、そして山口をはじめとする警官組み計4名は領主様の出すお湯割りのワイン――水は貴重品の上に雑菌が混じっているため、消毒の意味でアルコールを混ぜる。貴重品の水をいっぱい出すのも大変という事から中世ヨーロッパだと地域によっては水よりもワインが飲まれたらしい――片手に商談である。
ちなみに、自衛官たちは炎天下の中、水筒の水で我慢である。
仕方ないとはいえ

「格差社会だ」
自衛官の一人が思わずつぶやいた皮肉の一言が炎天下のもとで仕事している自衛官のうんざりした気分を表していた。

さて、そんなこんなで商談である。

73名無し三等陸士@F世界:2016/03/30(水) 17:23:32 ID:gAbJokYQ0
「なるほど――小麦の量が減っていますね」
「今は、何処、モ、戦争でね。むしろ常識はずれノ注文の量ニ担当者が狂乱ノ末、抱腹絶倒……お聞き、日本国なる国の人口?」
「前も言ったはずですが、約1億2千万人です」
「い、で誇張、なく」
「ですから、誇張ではなく、うちの国は約1億2千万人の人口がいるんですよ」
「……聞ガ、それ、本当、自由民ノ数? 奴隷ハ?」
「我が国にそのようなくくりはありません。ありていに言えば国民は全員、市民権を有した立派な自由民だけで構成された国家です」
警官の一人、谷垣はそう怒ったように口を開く。
奴隷のあたりに反論したい気持ちが抑えられなかったのかそれとも純粋に怒っていたのか。

「……では聞く、これだけノ食料要求か? 何故自活できないのか……理解ガ出来ませ。それだけ人口、自由民? 御伽噺だ」
「あなた方のその懸念も分かります。ですが、人口の話は事実だ。実のところ、自活しようと思えば出来なくはないのです。ただし、それでも1億2千万人全員を養うことは出来ない。かつて、うちの国は増え続ける人口を自活できる範囲に収めようと海外に人を捨ててきたことがあるくらいです」
「捨ててはいない、移民だ、岡部」
「はいはい。とにかくうちの国はそういう国で、今じゃ貿易することで手に入れた金銀財宝で各国の食料を買い捲るってやり方で1億2千万人を養っているんです。というわけで、よほど足元を見た値段じゃない限り払いますから、何とかなりませんか?」
「……事情わかりましたが、無理。そもそも、今は各国何処モ戦争……むしろあなた方を無駄飯、批判、余所ノ領主がたの所領から買い付け……手間を必要ト」
岡部は頭を抱えたい気持ちになる。
(何で、俺ばかり頭を抱えねばならんのだ!)

「双方疲れた、会食どうカ?」
領主の声で商談は一時終了となった。
互いの言語はまだまだ不十分。それでもここまで意思疎通できる程度には理解が進んだことに感謝しよう。
おかげで、お互いうんざりしていることが声の調子で分かるようになったから。

「……はぁ……」
ため息とともに、岡部はボールペンをだし、紙に状況を事細かに書き込む。日本のすごさを見せつけようと、過去にタブレットを使用しようと考えたが、それはやめた。電気が貴重品だから。
そして、この状況で、堂々とメモを書きだす行為に対して、周辺が興味を持つが、どうせ日本語は読めないのだ。
ここでの状況を新鮮なうちに文字にすることで、後につなげようという考えでの行動。
と、ここで視線を感じた彼は視線の主を探して、相手の商人たちを見つけ出す。彼らは自分が持ち込んだ日本の文房具に目が向かっているようだ。
(……そうだよな。当然だな)
実のところ、日本は新世界との取引で『現金』やそれの代わりに使われる様な貴金属(金銀など)を一切使用していない。
何しろ、日本は物々交換で新世界つまり、この新たな大陸から食料を輸入しているのだから。
何故そうなったかというと、正直新世界ってめぼしいものないし、旧世界から輸入したほうが安心安全じゃね? という事情からだ。
旧世界の第3次世界大戦という事情がどうにかならない限り、日本は別に新世界に積極的にコミットメントしなくてはならない理由も大義も特にない。
むしろ、安全な本国という立ち位置を生かして、旧世界のほうにコミットメントをしていかねばならない状況だ。
台湾海峡のシーレーンを完全に寸断されればすさまじいことになるのは日本だが、新世界のほうには、シーレーンと呼べるものがない。
日本列島があった地点を中心に、風に吹かれるように移動しては舞い戻ったりするそれ、北太平洋にゆらゆらと浮かぶ奇妙な、超常現象、赤いオーロラの様に見える『カーテン』。それをくぐると旧世界側からだと新世界に出るし、新世界側からなら旧世界に出る。
この状況下なら、外貨準備やら万が一の貴金属やらなんやらを元手に新世界に手を付けていられない。そもそも現代の貨幣形態と新世界のそれが違いが多すぎる。
実物通貨と管理通貨では、経済的な価値観が全く違うし、国家基盤だっていろいろと異なりすぎる。
今更、かつての金銀本位制など戻れやしない。
仮に戻ったところで、実物通貨が当たり前の封建制だったり部族制だったりする国家とうまく取引できる保証がない。近代的な銀行制度がないのだから。
だが、安心してほしい。歴史の授業で『租庸調』という単語を学んだはずだ。

74名無し三等陸士@F世界:2016/03/30(水) 17:24:07 ID:gAbJokYQ0
「……わいろも必要かな?」  「またかね? そろそろ効きにくくなってくるのでは?」
「……追加のタオルをとってきましょう」  「……はぁ……わかった。まっさか、こんな何処の家庭に余ってそうな贈呈品タオルみたいなもので銀貨と交換できるとは、思ってもみなかったよ」
昔は『布』が通貨代わりに使われた歴史がある。
そんな『布』が通貨代わりに使われる空間に、現代の様に『弱い』代わりに丈夫できれいで、衛生的で、真っ白な布地は革命的なものだろう。
まぁ、『弱い』といっても量が重なれば強いし、布の需要はいくらでもあるのが古今東西の人間社会だ。
日本全国のアパレルメーカーの在庫がすさまじい勢いで新世界への通貨として政府や総合商社が買い込んで消えていくのをメーカーは最初こそうれしい悲鳴を上げていたが、次第に在庫の減少の激しさに今度は
『大戦で、海外の工場から持ってくるのが大変なんですよ!』と、泣き付いてきているそうだ。
とはいえ、全国的に物不足が深刻になりつつある昨今。まるでオイルショックが如く、『なんでも買占めロー』的なノリもいたりして、アパレルショップの店員がこのままでは売れるものが一つもなくなるのではないかと危惧しているらしい。
『国際海峡保全協力法』という名の、事実上の日本版台湾関係法の元、日本は台湾海峡を保持するための後方支援についているが、それだって日本のシーレーンを守るためだ。
シーレーンを守るためにあれこれと動かざる負えない日本にとって、新世界は正直、お荷物に近いのだ。
だからこそ、現状『金銀』をはじめとする貴金属や日本円を新世界で使う気はさらさらない為のタオルでの取引。
現地の有力者に渡せばそれだけで取引成立なのだから、ありがたい話である。贈呈品タオルみたいな布きれ渡すだけでいいのだから。

「上の方では最低限の事務所だけ開いて、一時撤収というのを本気で考えているらしい」  「まぁ、まともな儲けが今のところ出てるわけじゃありませんしね」
野菜は塩漬け、あるいは酢につけられたもの。
現代の飽食日本人がどこまで我慢できるかの勝負である。
ファイ!
ちなみに、岡部は早々にギブアップした側である。ああ、日本の米は素晴らしい。缶詰めなんかは最高だ。
持ってきてよかった。缶切りとかいう神道具。
というわけで、暑くてやってられんと小さくため息をつきながら、車両隊に戻り、タオルが詰まった段ボール箱を取り出す。
ちなみに段ボール箱も物々交換用の売り物である。なんか調度品として使われているらしいよ。
(これが、調度品ってあたり……なんか価値観が違うよなぁ……)
アフリカの後進国でも段ボールは段ボールとして普通に使われる道具であることを、駐在員の経験を持つ岡部としては知っているがゆえに――
(――やっぱり、新世界って根本が違うなぁ……)
そんな考えに耽りながら周りを見渡す。ああ、あれは以前の取引の段ボールだなーとか思ったり、ああ、あそこにボールペンが転がっているなぁーとかかわいい刺繍の入ったハンカチーフを使用人の女性に華麗な女性へのお土産ですと渡したりとしながら、商品をいくらか、運び入れる。
何度もこういうやり取りを行えば、大なり小なり腰に来るものがある。
湿布薬を自分のカバンから取り出して――
(――あっ、これも売れるな)
そんな考えをもとに湿布薬の包装を眺めてしまう。
日本の湿布薬は問答無用で世界に通用して売れる! なわけがない。
人種的な問題や各種法令上の問題、そして文化の違いから、例えそれがどんなにポピュラーなもので日本人が安全と思っても薬物は簡単に売っていいものではない。
たとえば、大戦前、日本の薬局で売られている薬は『効果が薄い』だの『効かない』だのとアメリカ人をはじめとする人々から大変扱いが悪かった。
だが、中国人をはじめとする近年急速に豊かになっていっていた東アジア人たちなどはいわゆる『爆買い』のターゲットに日本の市販薬を入れていたくらいである。
日本の薬は安全で確実によく効くのだと。
アメリカ人をはじめとする人々にとっては『いったい何を言っているのか』といった感じであろう。だが、少なくとも爆買いしてた中国人たちはそういって買い込んでいくのだ。
……まぁ、身もふたもない言い方をすれば、そもそもアメリカで売られている市販薬は日本のそれよりも『薬効成分』の分量が多かったりする。
ぶっちゃけ、多くの日本人には副作用的な意味で危険な量かもしれない薬効成分が詰まり詰まっているのがアメリカで売られている市販薬だ。これで効かないほうがむしろおかしい。
そして、日夜そんな薬しか知らないアメリカ人の体に日本の市販薬を投与したところで、どこまで効果があるか。

75名無し三等陸士@F世界:2016/03/30(水) 17:24:52 ID:gAbJokYQ0
「……ここには、製薬会社や研究所があるようには思えないなぁ……」  「なんだ? 岡部。……ああ、湿布薬ね、やめとけやめとけ」
「……何故です?」  「少なくとも民間が関与できるような状態じゃないよ、今の新世界は。それに今はよくても後で面倒なことになる。旧世界の大戦だっていずれ終わるんだ」
長谷川は岡部から1枚の湿布薬をもらいながら、ここには主権国家がある、だからいずれ知的財産権の問題や人種問題が出てくると答える。

「日本が『聞かれてないから答えなかった』みたいな感覚で、不平等条約っぽいものを結んだとする。知的財産権やらなんやら関連でな。そしたら、きっと旧世界の他国は日本を攻撃するぞ。日本の権益を自分たちが奪うためにな。
そうは、なりたくなかったら、必然的に知的財産権に関する条約やらなんやらを結ぶ必要も出てくる。だが――――」
長谷川の言葉は岡部にとって、驚きでもなんでもなかった。それでも、彼は思わず自分が酷評したはずの日本の役人たちや官僚たちに思いをはせる。彼らは確かに優秀だなっと。
――――『この世界に、知的財産権を管理する行政システムやノウハウがあるのか?』
著作権、商標権、特許権、意匠権、実用新案権やその他いろいろ。

「この世界は未知の遺伝子プールが眠っている。遺伝子という名の生物資源が膨大だ」
そうなれば、必然的に薬害特許の問題は嫌でも絡んでくる。日本にその気がなくても。

「インドみたいな実例もある、他国が……多国籍企業が絡めば面倒なことになるぞ」  「インドですか?」
「インドは製薬大国として今でも知られているし、それが経済成長の起爆剤にもなっていた。だが、そもそもインドが製薬大国になったのは薬物に関する国際的な知的財産権をある程度の範囲とはいえ、無視していたからだ。この新世界にインドみたいな知的財産権無視国家が出来たとして、どんな事態が起こると思う?」
だから、薬物である『湿布薬』は売れない。例え、今はよくても将来、面倒な引き金になる可能性がある。

「個人が、2、3個売る程度ならまだしも、俺たちが動けば下手すれば国ぐるみだ。そして何か起きたとき――――」
――会社は責任をとると思うか。
長谷川の言葉は岡部に溜息を吐かせるに十分だった。
そんな面倒事にかかわるつもりはない。出世に響く。
しがない商社マン2人を生贄に責任を回避できるとすれば、自分が本社重役の立場でもやる。
仕方ないといわんばかりに、湿布薬の包装を丸め、ポケットに突っ込む。
が、つっかえたのか、入ってはくれない。そうしてポケットを見るために地面を見て――
――シャーペンの芯? なんでこんなものが、捨てられるように転がって……。
唐突に、彼は今までを思い出す。アレ? なんだか、変だぞ。
あんな量の段ボール、売りさばいたっけ? 刺繍のついたハンカチは渡したが、メイドさんたち、あんな清潔そうなハンドタオルを持っていたか?
ボールペンはなぜ流通している? 文房具は売ったっけ?

「……長谷川さん……ちょっと調べなきゃいけないことが出来たみたいですよ」  「ん? どうした?」
「俺たちって、何時『文房具を流通ルートに流しましたか?』」

76名無し三等陸士@F世界:2016/03/30(水) 17:25:23 ID:gAbJokYQ0
  4.
 事実上の統制経済。経産省曰く、財務省判断でひょっとしたら3か月後あたりに、一時証券市場を閉鎖する可能性があると。ただし、1か月後に市場は再開するとのこと。
その瞬間、せっかく上がっていた日本株は暴落する。けれども、わずかに生きる国際投資家たちの熱は止まらない。
『シティ・オブ・ロンドン』くらいしか後に残るまともな国際市場は存在しない。下手をすればそれさえなくなる。だからこその安全な本国という立地の日本が投資の対象となる。けれども、金があるからといって万能でないのは当たり前のことだし、そもそもそれは政府が使えるお金ではない。
しかし、取引が再開されたところで、その間の補償の話はまだない。一部の王手総合商社はすでに異世界交易を官僚機構の監視下のもと始めたり、自衛隊の庇護のもと、必死に貿易船を動かしたりすることで何とか生き延びていたりするが。
中小の企業だと……どれだけの人が首を吊る覚悟を固めただろうか。

「この際、戦争特需でもなんでも引っ張ってこんかい! WW3で旧世界需要が半端ないんやぞ! 安全な工業地帯っていうのはそれだけでステータスなんや!」
大阪の町工場に構える中小企業、『クロクロ』。実は、新興の銃器メーカーである。WW3に向かう過程で世界的な武器需要に対して、日本政府が武器輸出3原則の見直しのどさくさに紛れて銃器市場に乗り出した技術者たちが作った中小企業だ。

「白峰さんはどないでっか?」  「そうですね……正直、このままでは……」  
「でも、白峰さん、本来畑違いのもんで頑張っているじゃないですか、プラチナとかタングステンとか」  「ほんと、畑違いですから、正直赤字に近くて」
白峰商事、主に九州沖縄地方で活動している王手よりは小さな総合商社である。主に農業系の輸出輸入で儲けていた企業であり、ラオスやカンボジアといった東南アジアの農業国を主要な活動国として、動いていた。
ラオスやカンボジアでの企業利権を守るために海外用の特殊警備員(傭兵)を20名から40名ほど雇ったということで、一時期ニュース番組に出ていた企業である。
そんな白峰と町工場、双方の従業員たちの会話を聞きながら景山は写真を撮っていく。
閑散とした街並みと覇気のない人々の群れ。
旧世界の大戦は間違いなく日本を追い込んでいる。間違いなく日本の国力をゴリゴリと削っている。
かの核搭載IRBMより生き延びたこの国であったが、新世界に来てもなお、状況は変わらない。
むしろ悪化してきているかもしれない。
新列島の開発が進めば状況は変わる。
けれど、新列島はもともとは新世界にあった無人の列島だ。日本列島と比べれば小さく島の数も少ないが、れっきとした大きな列島だ。
いかに文明力の低い新世界と言えど、資源豊かで豊饒な大地の広がる列島のはずなのに、無人だったのにはそれなりに理由がある。新世界特有の物理法則無視しすぎじゃね? って言いたくなるほどの巨木が立ち並ぶ『大森林』と何故だか、沿岸部に異常に多い放射性物質の鉱脈が原因だ。
そして、当然だが、新列島はレーダーサイトをはじめとするもろもろがあるわけではない。
つまりだ、かつて日本本土侵攻は間違いなく大出血であった。けれどもかつて日本列島があった場所に収まった新列島はそうじゃないのだ。
もはや、かつての抑止力は機能しない。下手をすれば列強切り取り放題の旧世界最後のフロンティアとなりかねないのだ。
それに、新世界由来の情報を精査するに、アレらがいて大暴れする可能性があるし。

「あっ、お話終わりましたよ、景山さん」  「あっ、そうですか、教えてくれてありがとうございます」
フリージャーナリストを名乗る景山は今、日本の中小企業や今の国際情勢に悩む地方スーパーを巡ってあちらこちらを取材している。
あるところでは、2、3日ほどお休みすると張り紙をしたスーパーに入っていくと店長が首をつろうと準備している真っ最中だったこともある。
あの日、日本は核ミサイルから救われた。でも――――

77名無し三等陸士@F世界:2016/03/30(水) 17:26:18 ID:gAbJokYQ0
「――なんか、ただ、延命しているだけみたいな感じだな……」
「はい?」  「あっ、いえ、何でもないっす」
延命治療。機械的な延命治療の果てに、病院につながれたぼろぼろの病人。
ただ、生きているだけ。そんな病人。
国がそういう存在になるのって、どういう事なんだろう。そして――――どうして、そう感じるのだろう。

「白峰さんは、大丈夫なんですか?」  「ははっ、クロクロさんとのお話を聞かれてしまいましたか」
そう白峰の従業員は笑う。

「日本には、後進国からの輸入に関して、ある程度関税を免除する制度があるんです。専門用語では『特恵関税』っていうんですけどね」
その特恵関税の制度を生かして、後進国から安く農作物や乳製品を仕入れ、売る。もっと言えばこうした後進国の『輸入品』は

「うちが……白峰が何らかの形で関与している土地や農家で作った農産物や乳製品なんですよ」
構図としては単純だ。後進国に日本の先進的な農業技術や畜産ノウハウを持ち込み、場合によっては日本の『品種』を持ち込んで現地の農家と提携する。
提携農家は日本からやってきた『指導協力員』と共に、商品を作り、日本の特権関税制度を用いて安く日本で売りさばく。
だからこそ、白峰は事実上、白峰の『農場(プランテーション)』を保持しており主に東南アジアで勢力を広げいていた。
もともとは沖縄の小さな貿易会社だったらしいのだが、とある人物が2代目社長となり、今では本社を福岡に配置し、九州全域に活動を広げている。
九州の農家たちや畜産業者などが、『指導協力員』として、白峰側の人間として東南アジアで働くのである。気候帯からして本州や四国・北海道の農家よりは確実性が見込めるし、国内のブランド牛肉やそのもとになる子牛などは、大体九州地方で作られることが多い。
だから、九州に基盤を置く、白峰は大きくなってきた。
そう、大きくなってしまったのだ。中途半端に。
数か月なら耐えられる。けれど数年は耐えられない。
数日なら、問題なく抱える込める。けれども数か月も抱え込めない。
契約する地方スーパーたち、かつてとは違い、数多くの従業員たち、そして――国外の『農場(プランテーション)』。
大戦がまだ、大戦と呼ばれていなかった頃、戦乱が激化する中、なけなしの資金をつぎ込んで、武装警備員という名の傭兵を雇い入れて国外の農場を守ろうとしたくらい、現状に忌々しいい思いを持っていた白峰だが、そんな白峰以上に苦しい立場の人々。

「お願いします! 商品はまだ、なんですか!? ジャガイモ、かぼちゃ、小麦に醤油! 卵もなければコショウやショウガもない! これでは店はやっていけません!」
白峰の従業員に涙ながらにそう土下座するスーパーの店員に対し、自分たちも国内で確保できるものは頑張って確保するので、頑張ってほしいと説明する。いや、説得する。
今、スーパーの店員が挙げたものは、原材料だったり、生産地が限られていたりして、結果的にいわゆる自給率が半分から極端に少ないもの代表だ。ジャガイモは大戦前まで年々生産量が減っていたといわれている。
輸入品の安さに北海道産のジャガイモが部分部分で負けていたのだ。それは『環太平洋自由市場提携条約(TP-EPA)』で加速した。少なくともそう叫ぶ人間たちは確実にいる程度には影響を与えた。
誰だって、負けるとわかっているもので勝負をかけたりはしない。それは農家も同じだ。
勝ちもしなければ負けることもない一部の保護された作物を除いて、日本の食料生産など、そうした部分がいっぱいある。
かつての時代なら、負けとわかっていてもそれを作らねばならない自転車操業の様なやり方をしてた時代もあっただろう。
だが、現実にはそうはいかない。
21世紀という時代においては、誰だって知識の海にアクセスし、専門家の意見をうかがう事も出来れば、銀行をはじめとする資金源がある程度なら資金を提供してくれる。
故に、例え、どれだけ背水の陣であっても折れない限り、戦うチャンスだけはそこにある。だからこそ、負けるような作物は作らない。
そんな、時代と世界――――。

「――――本当に、何ともならないんですか?」
地方スーパー店員の言葉に、返される言葉は存在しない。
そんな彼らの間に鳴り響く、サイレン。
行政の広報車がそれを流しながら走っている。
『――今週の電力規制が始まります。間もなく今週の電力規制が始まります。市民の皆様は、帰宅し無駄な電力を使わず静かに過ごすことをお願い申し上げます』
この国は、間違いなくただの、病人だ。景山はそう思いながら広報車に向けてシャッターを切る。

78名無し三等陸士@F世界:2016/03/30(水) 17:27:21 ID:gAbJokYQ0
  5.
 例え、どれだけ背水の陣であっても折れない限り、戦うチャンスだけはそこにある。
1人の男が写真立てを片手に思い出にふける。

「諦める……という事だけは常に諦めてきたのだ……」
どれだけ戦力に優劣があっても、念密なプランと団結力があれば、戦いは出来る。それが彼のモットー。
そして、だからこそ、
「団結のために、安易な切り捨てはやってはいけない。僕らは、それで拡大してきた、たとえ外部の人間でも」
一人の男が、改めて決意を固めなおすその時間、午後2時31分。
同時刻。
ああ、なんて巨大なんだ。
旧世界、新列島に足を踏みしめる、その男。
その男はいわゆる軍服と呼ぶにふさわしい服装、戦闘服を身に着けていた。
彼の足元にはダイバースーツが……。

「上尉、準備が整いました」
彼らはこの世のものと思えないような巨木が立ち並ぶ森へと足を踏み入れていく。
そして、再び同時刻の違う場所で――――
――どう見ても堅気の人間ではない高級スーツに身を包んだ人間は、上陸する。

「『商品』はそろえたな?」  「はい、確かにィ全部、そろってまっせェ……兄ィ」
「じゃぁ、行くぞ」
2時31分。それは神様がまるで仕込んだように至る場所で、何かがうごめいていた。

79名無し三等陸士@F世界:2016/03/30(水) 17:28:56 ID:gAbJokYQ0
  6.
 適当に着けたTVで、厚労大臣が真剣な表情でお刺身を食べている。
もう、初老に入ろうとしている男は、何度目かわからない溜息をついた。
長崎県五島列島の小さな漁村。自宅で男性は、もう何十回目かわからない溜息をついていた。つくくらいしか暇をつぶすことが出来なかった。
TVでは、厚労大臣が真剣な表情でお刺身やお寿司を食べて一言。
『――国民の皆さん。このように現在流通している新世界のお魚は安全で美味です。全部政府と関係機関が全力で安全を確認したうえで流通に乗せております!』
真顔で刺身を食われてもおいしそうに見えない。
何よりも安全性の確認のために、ほぼすべての鮮魚が鮮魚ではなくなってしまう。
新世界産のお刺身は今や高級品だ。最も、積極的に食べる人がいるとすれば。
だからこそ、漁師仲間は赤字覚悟でカーテンに突入して旧世界で漁を行う。
その分だけ燃料代もかさむし日数もかかる。そして、旧世界はどこもかしもの物騒な状況。
それでも、まともな海路もなければ、万が一の救出手段も十分にあるといえない新世界で、食べられるのかもどうかすらよくわからない魚目当てに働く漁師は少ない。
新世界で働く漁師の半分以上が、政府の政策で雇われた漁師たちだ。では、選考から外れた漁師たちは?
燃料代を負担しきれない負け組だ。
『――巨大で発達した熱帯低気圧「らしき」ものが3つ、九州・沖縄地方全域に広がりつつあり、気象庁はこれからの天気に警戒するように注意を呼び掛けて…………』

「…………」
男はふとテーブルの上に目をやる。そこには膨らんだ茶封筒がある。

「……大丈夫。法律で禁止されてるわけじゃない。ただ、お役人が叱ってくるだけで、まだ2〜3回程度だ」
まるで、自分を安心させるように吐かれた言葉。膨らんだ茶封筒に手を伸ばし、開くと中から出てくるのは福沢諭吉が印刷された特殊な紙束。

「まだ……2〜3回程度なんだ。今更4回目に行っても……問題はないよな」
家に鳴り響くチャイム。
震える足で立ち上がり、玄関扉を開く。スーツを着た4人組。2人は明らかに堅気の人間ではないとわかる気配を充満させている。
残る2人はこれまた、普通の一般人とは呼べない空気を持っている。何処の世界に褐色肌でサングラスをつけているくせに大学の構内で延々と何かを研究しているようなインテリの様な気品を出す人間がいるというのだろうか。

「……4回目、お願いできませんか? 燃料代は全部こちらで負担しますし、ちゃんと報酬も支払います」  「……わかりました……」
「本土の方で、『商品』を船に積み込みますので、一度長崎港の方に……」
そうだ、大丈夫。法律で明確に禁止されているわけじゃない。お役人から叱られるだけだ。
どうせ、役人は俺の苦労なんてわかりはしないのだと……彼は、暗い表情で、船の準備を始める。
大丈夫、初めて行くときはすごく不安だった。でもちゃんとコンパスは機能した。燃料もたりた。
日本政府が国民を安心させるために積極的に発行し、日夜更新している日本近海と新世界地図(暫定)はよくできている。
今度もうまくいく。そして、帰ってこれる。帰ってこれるのだ…………。

80名無し三等陸士@F世界:2016/03/30(水) 17:29:36 ID:gAbJokYQ0
  7.
 岡部の目の前で積み上げられていく金貨。
正確にはアルスベルラーヌ金貨という。アルスベルラーヌ金貨10枚で、アルスベルラーヌ大判金貨1枚の価値があるといい、アルスベラーヌ大判銀貨はアルスベラーヌ銀貨10枚分の価値があるという。それゆえに、アルスベラーヌ金貨、および銀貨には計数通貨にありがちな、金や銀の含有量と貨幣価値の一致が完全にはなされていない。
というよりは、大判金貨・銀貨で価値を保証しているのだ。金貨10枚で大判金貨1枚、銀貨10枚で大判銀貨1枚という風に。

「もともとは、我々の敵、ウニヴェルスム神聖連合帝国の経済政策によって、ここ20年ほど流通している主要通貨」
「は、はぁ……」  「いかに、敵と言えど、連合帝国の力はすさまじく、そして先進的。学ぶべきとこ、学ぶ必要ある」
すぐそばの場所で、日本が誇る官僚集団とその医師団、そしてメイド集団と近衛兵の集団がいろいろともみくちゃになっていたりするが、岡部はそれを無視して、目の前の人物に集中する。
岡部が必死に集中を切らせまいと奮闘するすぐ横で、厚生労働省所管の医官で占められる衛生班はあきらめない。
必ずしや、あの女の身体検査を成し遂げて見せる! お姫様だろうと特別扱いせず、必ずしや検疫検査を行って見せると燃えに燃えていたところで――――
――やはり、メイド集団と近衛兵集団がそれを押しとどめようとする。
特に、メイドの中でも特に目立つ銀髪に小さなサーベルを何本も腰に差している人が強烈だ。
銀髪を含めるメイド集団や近衛兵たちも自分たちの目の前で自分たちを検査することは認めても、よりによって岡部が自衛隊駐屯地に連れてきてしまった『お姫様』の検査は認めようとしない。
そう、岡部が必死に周りの官僚団たちの白い視線の中、集中しようとする人物は、ウルクゥ公国第2皇女。日本的な皇室用語でいう内親王殿下である。
いろいろあって……というよりは、現地権力者層とのコネや顔を広げようとあれこれ、動き回った結果、領主の館で出会い、領主の館に商談に毎度訪れること、ここ1か月の間に、彼女とそれなりに仲良くなってしまったのだ。
本来ならば、素晴らしい成果なのだが、ここで予想外。
なんと、皇女殿下が反対を押し切ってついてきてしまったのだ。商品を乗せた車両は商品を下したことでスペースが出来てしまったことも運のつきかもしれない。

「……ドうら、私ガ来たことデ……いろいろと大変とお見受け、、sした。私は何をすれバいいノだろう?」  
「えっと……すいません、疫病とかが船に、そして本国に持ち込まれるのを避けるために医学的な検査をしてもよろしいでしょうか?」
「そうか、わかった」  「「「!?」」」
厚生労働省が誇る新世界衛生班の努力が天に通じた瞬間であった。

81名無し三等陸士@F世界:2016/03/30(水) 17:32:05 ID:gAbJokYQ0
「私はそれほド、大事な身ではない。とっくに商品価値も下ガっている」  「はぁ……」
「これでも20を超えているのダ。婚姻の適齢期は過ギている。大公の地位は兄様が継グことや、次女デあることからいろいろとお目こぼしをもらっていたガ、そろそろ限界ダろう」
そう言い、検査を終えながら出てくるお姫様。

「もとは連合帝国ノ帝立魔道学院デ『導師号』を取りたかったガ、見ての通り、今や我ガ公国にとって、連合帝国は憎き敵国となってしまった。もう限界」
「何を言いますKA 殿下 あなたは公国のために日夜魔術研究に励MI――」  「よい、爺や。ここはそういうやり取りをする場デはない」
岡部としては愛想笑いを浮かべ、嵐が過ぎ去るのを待つしかない。
そもそも、何故こんなことになったのだろう。
確か、この美人さん(お姫様)に自衛隊の船や高機動車をはじめとするそれらが、『どうやって動いているのか』を手始めにタオルを『どうやってこれほど白く、たくさん生産しているのか』だったりなんだったりを延々と質問されたのが始まりだ。

「連合帝国ノ通貨ガすゴい勢いデ減っていると減ってると聞く。書記*長ガ最初、高笑いしてた。……我ガ国ノ保有金貨まデガ減った勢いには倒れたようガ」
何だろう、激しくクレームをつけられている気がする。
岡部は長谷川さんに目線を向けるが、目をそらされた。

「連合帝国ガ、新たに、アルスベルラーヌ貨幣を発光する前は、『ルチューラランス』や『ディポーンアス』といった貨幣ガ大陸デは普遍的な通貨ダった。青銅や黄銅デ作られた奴のほうが多かったこともあって、ルチューラランスの大判金貨は、我が公国の大公家でも年に数十枚程度見る程度ダったりした。
それガ、もう……『無い!』」
やっぱり、クレームをつけに来たのではないだろうか。岡部はクレーム係りになったつもりは毛頭ない。

「まっ、まぁ……牛丼でも食べましょうや。僕らの国の料理でしてね。おいしいですよ! お腹が減ってもよい話は出来ないでしょう!」
何故牛丼だと岡部は自分でも言ってて怒鳴りたくなったが、今すぐ用意できて手軽で、自腹が出来て安全なもの、すなわちレトルト食品のうち、カレーは見た目が悪い。ラーメンは下手をすればあのズーズー音が失礼に当たるかも知れない。
5分以内に用意できそうなものは電子レンジでチンな牛丼くらいしか思い浮かばなかったし、そもそもこの状況を打開したかったが故の食事である。
が、これが地雷であることに気が付いたのはメイド軍団の「テメェ殺すぞ」視線が突き刺さってから。

82名無し三等陸士@F世界:2016/03/30(水) 17:32:40 ID:gAbJokYQ0
「……これ、骨ガ付いていない」  「岡部。現代の様に骨が付いてない肉が当たり前になったのは第2次世界大戦後、アメリカの食文化が世界に広まる様になった結果だったりするぞ」
「長谷川さん! 気が付いていたなら言ってください!!」  「そんなこと言っても、ここに、骨付き肉なんてあるか?」
「つか、どうして骨付きじゃないとダメなんですか!?」
岡部の涙声に対し、長谷川はだって、骨がついてないとどんな肉かわからないだろと答える。
何でも、第1次世界大戦が勃発する前まで、アメリカでも骨がついてない肉は『安全が保障されていない労働者階級のゲテモノな食べ物』とされ、避けられるものだったという。
だが、1回目の大戦で、最前線に肉……つまり良質なたんぱく質を補給する手段として、アメリカは国家予算をつけて軍事研究の一つの画期的な成果を出したのだという。

「それが、『成型肉』。骨から肉を削り取って、内臓肉やくず肉をひとまとめにブロックにしたような肉だ。そして、2回目の世界大戦でアメリカは勝利した。そしてその頃には米軍の兵士として成型肉を食った連中が当たり前の用に社会に出ている。
もう、そいつらにとって、肉を選ぶ基準に骨なんて関係ないし、実際スパミーはおいしいだろ?」
「別に沖縄県民心の味とやらに興味はないので」
ともかく、そうした事情があるからこそ、現代では骨付き肉とやらにこだわる世の中ではなくなった。
だが、旧世界と違い、そうしたバックグラウンドを持たない、新世界の人間たちにとって、牛丼は明らかに骨が付いていない『安全かどうかも知らない下層民の肉』をどう扱うか。
「せめて、ソーセージ類にしとくべきだったかも……」
長谷川が思わずそういう中、
「……おいしい」
お姫様はメイド軍団の視線の中、匙でそれを本当においしそうに食べていた。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

「…………おかわりは?」
!?

「……研究中は格式バった食事なドあまり出来ないから」  「あはははは……」
そう笑いながら、岡部はスマホを取り出し、すごい勢いでメッセージを入力する。
いわゆるSNSという奴だ。画面に流れる無数のチャットメッセージ。
> 岡部『長谷川さん、これって、サンドイッチのレシピが売れませんかね!?』
> 長谷川『そういえば、サンドイッチ伯爵の子孫がベガスでサンドイッチ屋さんを開いているぞ。さっきのはなしじゃないが、知的財産権は大丈夫か?』
> 岡部『えっ?』
※とっくに切れてます。
※2:というか、時代的にそんなもんは最初からない。
※3:ベガスの奴は閉店した。

83名無し三等陸士@F世界:2016/03/30(水) 17:33:50 ID:gAbJokYQ0
「あの、で……本題は……」
「……クレーム半分見学に来た。やはり実物を見ないとドのような魔道デ動いているノか、判別デきない。それと、やっパりクレームに来たハズ」
…………ハズ?
「あの、あなた、大公家の御息女であってますよね?」  「間違いない。家は兄上ガ継ぐ、姉上はとっくに輿に乗っていった。ダから、私ガお父様ノ娘で間違いない」
……日本語を頑張ったおかげで、御領主様より話せる人であるが、それでもなんだか、隔絶したものを感じるのはなぜだろうか。
「で、クレームとは?」  「さすガに流通した金貨をまとめて持っていくような取引は少し控えてほしい。またいくらそちらにも事情ガあるとはいえ、我ガ公国の敵との取引は出来れバやめてほしい」
「は?」
流通金貨の件はわからないでもない。だが、我が公国の敵?

「また、膨大な量ノ『魔道資源』を連合帝国の商会から仕入れているようダガ、用途は?」
「い?」
「仕入れている『魔道資源』ノ内訳、私ガ把握した限り、、みたとこ……これは戦争において、よく使われる資源類。貴国、旧世界とやらデ戦争中と聞く。これは、そのためノ資源?」
いきなりなーんのお話をしているのかわからないという経験の中で苛立つ事になるのはこれが一番だ。岡部はのちにこの場面についてこう回想したという。
「これらノ資源とこれほドの量を見るに、貴国は国内デ、これらを自活出来ないのかと問いたダす必要ガあると同時に用途を聞かねばならない。そして、直ちにこれらノ資源を我ガ公国に変換し、私ノ研究ノ役に立てるべき」
「ファッ!?」
どうやら、話がきな臭い方向に進んでいるようだ。

「失礼を殿下HA 要するに敵国と膨大な魔道資源を取引するくらいなRA 時間をかけてでもこっちで用意するのDE 一度魔道資源を返還……いE 我が公国の方に引き渡してはいただけないかとというお話でSU」
「は、はぁ……」  「何しRO 戦争中ですのDE どこもかしこも魔道資源の消費量などが跳ね上がっておりまSU 我が国としてもこれ以上の価格高騰は避けたいのでSU」
「可きゅ的速やかなさしせまた理由ガないノデあれバ、我ガ国に返還をお願いする」
「殿KA 返還ではありませんYO 我々が渡したわけではないのDE」
言葉は難しいと現地語でぼやくお姫様をほっといて、岡部はスマホであれこれと連絡を取るが
(……本当に、何の話だ?)
いや、わかるのだ。おそらくは
(密輸業者……どこぞの貿易業者、あるいはヤクザやマフィア関係……)
だが、『何のために?』
王手総合商社ですら、こうして勇み足を踏んでいる新世界との交易。密輸にまともな利益が一体どれだけあるのか……?
国家のまともな支援も受けられず、ましてや国家から時に目の敵にされ、当局から追われる。
そういう状況にあるからこそ一般国民からの支持はもちろんの事、表の明るい世界では決してまともな取引が期待できない。
それでも、闇にまみれた取引の利益が得られるうちはいい。だが、闇の世界だからこそ、表の世界では起こりえない異常な価格競争や暴力の切り売りが行われ、はっきり言って長期的な利益を見込めるようなことじゃない。
それが、安定した法治国家における密輸という物だ。
最も安定とは言い難い状況では時にそうした非合法取引が国民生活を支えることとなってしまったりするのだが。
そう、たとえば第2次世界大戦後初期の混乱期において、闇市は文字通り一部の人間たちにとって生命線だったように。

「……失礼ですが、その取引者から、名刺をもらってはいませんか?」  「品詞?」

84名無し三等陸士@F世界:2016/03/30(水) 17:34:28 ID:gAbJokYQ0
  8.
 事務所で、彼はそれを広げていた。
羊皮紙とかいう紙は非常に使いにくいが実際、それをもらったのだから仕方ないことだ。
タングステンやプラチナ。これらの鉱物資源はある一定の文明レベルを持たないとそもそも加工すら難しく使う当てに困る鉱石だ。
そればかりか、戦争という異常状況の旧世界では、下手すれば軍事介入(という名の開戦)の口実になりかねないほどの代物だ。
何しろ、現代文明の根幹たる化学触媒や様々な最先端の軍事兵器など、様々なものや軍需品に使用される素材だからだ。
プラチナを『偽の銀』と日本語ではない言葉で書いてあるらしい羊皮紙。
そう、これは新世界との取引で手に入れたプラチナ関連の契約書。

「……やはり、正規ルートでは思うようにさばけないな……。金銀を鋳つぶしてインゴットに変えても正規の手続きで作られたインゴットではない以上、まともな業者には納品できない」
彼はため息をつくしかない。広域指定暴力団……つまりヤクザの手を借りなければまともに動かない現状に。
日本国内最王手『川花組』。そして、その『川花組』の執行政権へ反逆したことで誕生した『新撰川花組』。
その抗争はしばらく休戦中だというが、それは表向き。彼らの影響はじわじわと組織を悪い方向に傾けている。

「……立て直しの一時的な応急策の一つだったが――」
(――もう、これ以上は無理かな)

(――無理そうやな)
いかにもな、怖い顔した坊主頭の男が、部下からの報告書を見ながらそう判断する。
『黄金三角地帯(ゴールデン・トライアングル)』が合法勢力による経済的政治的軍事的攻勢を受け、徐々に衰退していた時期があった。
それは問題ない。北朝鮮の『39号室』がいる限り商品のルートは少なくとも一つ、常に確保できたし、ロシアと取引すればいいという話でもあった。
ただ、第3次世界大戦の影響で、『39号室』とまともに連絡が取れない。そもそも北朝鮮では『メタドン』という元々はモルヒネに変わる鎮静剤としてドイツが開発した麻薬が大流行しており、民衆が薬漬けで腐っていっていた。
元々外貨獲得の国策で大量の麻薬を作り続けていた為か、住民たちの麻薬に対する認識が日本人と比べると甘かったこともこの状況に拍車をかけた理由だろう。
そのためなのか、第3次世界大戦の混乱でまともに接触すら出来ないのだ。互いに燃料不足な北朝鮮軍と韓国軍の射撃ゲームの的にはされたくない事もあって、直接出向いて接触する……という事が出来ない。いや、覚悟と事前調査したうえで進めば直接接触は可能かもしれないが……。
そして、ロシア……。例のクーデターの影響なのか、取引先との連絡が取れない。
そんな状況下、その存在感が急復活してきた『黄金三角地帯(ゴールデン・トライアングル)』。だが、肝心の今までの密輸ルートが使えない。
裏社会にも第3次世界大戦や日本本土転移をめぐる地政学的変化が洪水のように押し寄せている。
彼の横で、小さな音がする。誰かがライターを使っているようだ。回転するフリントロック式の着火音。
煙草に火をつける部下を睨み付ける。変な話だが、彼は煙草が大嫌いだった。非合法な中毒物質を売りまくっている肝心の彼は酒や煙草が好きではなく、煙草に至っては激しい憎悪を感じてしまう。だが、それでもこの業界にいる限り、煙草と縁が切れることはないだろうとも思っている。
諦めだ。それでも、せっかく煙草から離れられる状況をある程度なら用意できるというのに、部下がこれでは話にならない。
彼の視線を受け、出ていく部下。起動される空気清浄器。
報告書を放り投げて出てくる溜息。溜息も清浄されりゃいいのに。
新世界に新たな『黄金三角地帯(ゴールデン・トライアングル)』を人工的に作り出すことで生産ルートを抑え、可能であればそれを新旧両世界に売りさばく……。
という壮大な夢のためにも『農場(プランテーション)』と貿易、その両方のノウハウを持つ、彼らの力がほしかったが、彼ら側が及び腰だ。

85名無し三等陸士@F世界:2016/03/30(水) 17:35:51 ID:gAbJokYQ0
「……ヤクってーのは、小さな組織が手を出していいもんやない……。だから、ヤクだけは売りさばかんとか、漫画任侠みたいなもんが出てくるときは出てくる……あればかりは合法非合法関係なしにあらゆる勢力と利害関係を無尽蔵に広げてしまう上に、当然お上が黙ってへん。女子供ハジキは売りさばいても言い訳することはいくらでも可能やが……ヤクはそうはいかんからな」
麻薬戦争で有名な国々の麻薬関係マフィアの重武装っぷりは平和な第3国にとってネタの領域に達しているといえるだろう。
曰く、逮捕に向かった警官たちは、その日のうちに家族が人質に取られた。
曰く、制圧しようとした警察署が、逆に制圧された。
曰く、今度こそ制圧に向かった陸軍特殊部隊が奴らの側になった。
Etc.etc...
だが、逆に言えばそれだけの武装をしないと自らの権益を守り、そしてその生存を維持できないという事でもある。
『麻薬』という物は、力を持った大組織だけが扱える代物……という事だ。

「…………あかんなぁ……」
計画はつぶしたほうがよさそうだ。新世界に人為的に『黄金三角地帯(ゴールデン・トライアングル)』を作る計画は……現地の権力機構との軋轢が現状では想定できない。
彼は報告書をシュレッターにかけながら、スマホを取り出し電話を掛ける。
そろそろ、現在進めている物品搬送が完了するころだ。あの変な『依頼』の。状況はどうなっているのだろうか?

固定電話で呼び出す。
事務所で羊皮紙を広げていた彼は、事務所の固定電話で相手を呼び出す。
新世界側から頼まれたあの案件。
『最大10日間ほど、人とモノを日本で預かってほしい。報酬は払う。10日過ぎてこちらから何も言わない場合処分してよい』
あの変な案件。最終便がそろそろ到着するはずだが、どうなっているだろうか? しかし、電話に出てこない。
おかしいな、電話に出ないなんて……

((この大事な時に、何をしている?))
離れた2人の人間の心の声が重なった。

86名無し三等陸士@F世界:2016/03/30(水) 17:37:38 ID:gAbJokYQ0
  9.
 警察密着取材。
こうしたTVプログラムは古今東西、それなりの人気と視聴率を確保できる。
誰だって勧善懲悪な物語が好きだ。少なくとも嫌いと言い張る人間はそう多くはない。
それどころか、こうしたTV番組で映し出される場面は本物なのだ。一定の支持層が出てこないはずがないのだ。
にもかかわらず、毎日のように放送しないのは、そもそもこれは警察の協力がないといけないという点。そして、映像映えするド派手な事件など毎日起きるわけではないからだ。
結果として年に数度の特番という形で放送される。少なくとも日本においてはそうであった。

「『移動後』と『移動前』……。今年初の放送になるな」  「ですね、先輩」
番組スタッフたちは迫る放送日に向けて本格的に編集を行っていた。とはいえ……まだまだ映像が足りない。
何故ならば今回の放送のメインディッシュがまだ取れていないのだ。
「ヤクザと取引する不正な企業グループ……!」
日本移動後初の大規模広域捜査にして厚生労働省地方厚生局麻薬取締部と財務省関税局長崎税関の職員まで参加する連合での一斉取り締まり……が行われるのだという!
おまけに支援組織として、農林水産省水産庁がかかわっているのだという。
日本国家機構がこれほどまでに勢ぞろいしている。それだけじゃない。まだまだある。
関連法を1000ほど改定してようやく通した、第3次世界大戦化していく世界に対応するべく制定された『治安維持と後方防衛作戦要員のための自治体戦力保持許可法』こと、『自治体戦力法』によって全国の都道府県が10〜100人規模の武装した特別警備員をおいている。
今回はそれの初の実戦配備である。30人規模のサブマシンガンとゴム弾を詰め込んだ上下二連式散弾銃、ガス弾、盾で武装した彼らがすぐ近くで待機している。
ひょっとしたら、機動隊の大規模な出動風景まで見られるかもしれない。

「オーラ真実教以来の、大規模操作の取材になるかもしれないぞぉー!」
さすがにそれはないのだが、取材班のテンションは天元突破なのだった。

「あれですね。捜査員たちが動いていますよ、先輩。たぶん、あれが例の最後の積荷?」  「よし、10分後、強制捜査開始や! 最高の絵が取れるぞ!」
その言葉と共に、カメラを構えて――――

「――え?」
これは何だ? 矢?
何故、矢があるのか。なぜそれが突き刺さっているのか。そして、何故――――
――自分は、倒れている?

「量や種類から推察されるに、これらノ魔道資源は主に『転移術式』に使われると思われる。このことに貴国側は何も知らないと申すか」
王女殿下のご質問。
しかし、誰もそのことには答えられない。当たり前だ、だって――――。

「踏み荒らせ、蹂躙せよ。われら『ウニヴェルスム神聖連合帝国未明征夷先遣軍団』。未知の蛮夷に我らの偉大さを見せつけ文明の光を照らせたもう!」
勢ぞろいするは、槍と剣の軍勢。
この日、九州地方全域で吹き荒れる、『同時多発テロ』は数時間と立たないうちに被害を拡大させていった。

87そらのいくさ第1部 第1章:2016/03/30(水) 17:42:33 ID:gAbJokYQ0
第1章「スタンド・オフ・ディスフェンサー ――202X.08前編」
はこれで終了と言う事になります。

第2章では、時計の針を戻して、第1章のような状況が成立するまでの間に行われた様々な事柄を取り上げた前編と
(まぁ、1章ラストの急展開を強引にでも成立させるための言い訳回的な?)
第1章ラストの状況が発生した事で巻き起こる各所の大混乱の後編……の前後編? を思わせる構造のお話となっています。

自衛隊の活躍は……えーと……第3章に出番がちょっとで……うん本格反攻が第4章なので、第4章をお待ちください!
以上です。

88名無し三等陸士@F世界:2016/04/08(金) 01:49:56 ID:gAbJokYQ0
そらのいくさ 第1部:からっぽのたたかい
第2章 「ウォールアイ ――202X.09後編」

今度に日曜日に投下しまーす

89名無し三等陸士@F世界:2016/04/08(金) 11:31:25 ID:tk6H77NE0
乙です。

90そらのいくさ第1部 第2章:2016/04/10(日) 23:40:11 ID:gAbJokYQ0
やっべ、そろそろ今日が終りそう。

そらのいくさ第1部 第2章「ウォールアイ ――202X.09後編」
の投下を始めまーす。

91そらのいくさ第1部 第2章:2016/04/10(日) 23:40:50 ID:gAbJokYQ0

  そらのいくさ
  第2章 「ウォールアイ ――202X.09後編」

  1.
 ウルクゥ公国軍には大きな問題点がいくつも存在する。
たとえば、補給組織がないといった点。そもそも地球におけるヨーロッパの中世では、補給という行為に重大な意義を見出した者たちは実に少ない。
プロイセンのフリードリッヒ大王が大国、オーストリア帝国やフランスと戦えたのはイギリスの支援もそうだが、それ以上に彼が、近代的な補給組織と制度を構築したからといえる。
それまでの、補給制度は各地の街に蓄えられた倉庫から運び出したり、御用商人がその場その場で買い集めたり、民間の商業業者の隊列を流用というものだった。
こうすれば、前線を進む軍勢にわざわざ補給用の大部隊を用意する手間がいらないし、そもそも、略奪したり、商人を引き連れ、兵隊を並べたうえで小銭を使って進むのが当たり前の時代だ。
相手の街に入れば、兵隊用の倉庫がある。もしくは味方の町に入れば味方用の兵隊用倉庫がある。そこに兵糧は蓄えられているはずで――。
ローマ帝国の歩兵が全部工兵かといいたくなるほどの高度な土木技術をもち、最前線を突き進む兵士たちの最大の任務が道路建設だったり、その道路をまた敵地侵攻軍第2陣が補強して、第3陣という名の大規模な補給部隊が道路を走って――というのからだいぶ退化したものである。
だが、フリードリッヒ大王はそこまでのものではないが、大規模な補給部隊とその効率運用をローマ帝国崩壊以後のヨーロッパ世界において最初に確立させたといえなくもない。
そして、それと同じことが起きようとしていた。いや、すでに起きていたのである。
ウニヴェルスム神聖連合帝国4人の竜王。
『火の竜王(イグニス)』 『水の竜王(アクア)』 『土の竜王(テッラ)』 『風の竜王(ウェントス)』
その一人、謀略王『火の竜王(イグニス)』。彼は有り余るウニヴェルスム神聖連合帝国の国力を使い、効果的、効率的な補給制度と補給部隊を配置、旧来の貴族たちと徴兵された農民たち、そして傭兵という名の山賊どもからなる貴族軍を上回る文字通りの『国軍』を創設した。
もちろん、以前からウニヴェルスム神聖連合帝国には国軍組織が存在した。何しろその始まりは当時の軍事超大国『空の帝国(カウエル)』の第1次大陸統一戦争において、4つの大国が手を結んだ軍事同盟がもとになった連合国家である。
だが、それも長い歴史とともに形骸化していく。そもそもウニヴェルスム神聖連合帝国の現在の政治体制は封建制で、地球の歴史でいう『神聖ローマ帝国』の様な存在である。
選帝侯たちが強い権力を握り、歴代の皇帝たちはその権限を弱らせていた。
4か国の王統、皇統と有力な大諸侯や竜王たちから構成される選帝侯は、お互いの中から、誰が一番皇帝にふさわしいのかを判断する。
皇帝になれるのは選帝侯の身分を持っているものであり、選帝侯たちによって選ばれたもののみ。
それが、ウニヴェルスム神聖連合帝国の帝位。
にも関わらず、選帝侯にして、竜王イグニスは圧倒的な権力者として君臨する。数多の政敵を駆逐し、自らの閥を作り、派閥内部で無数の政略結婚を仲人という形で結びつける形で派閥の力と結束を強化し、時に、別の派閥に恩を売り、政略結婚を仲人し……。
いつしか、軍権はイグニスに掌握され、連合帝国内部の最大の商会が掌握され、連合帝国の帝位を持つものが彼の閥の一員になり、今日、この日がある。
だが、そんなことウルクゥ公国軍の人間にとっては知ったこっちゃないという奴だ。
精々、イグニスという男のせいで、ただでさえ巨大だった連合帝国がより進化し挙句の果てに大陸統一というバカバカしい大義名分を掲げて、東進、西進、南進をしているという事だ。
やるべきことはただ一つ。

92名無し三等陸士@F世界:2016/04/10(日) 23:41:43 ID:gAbJokYQ0
「命に従い、連合帝国に立ち向かう! ……事が出来そうな奴らはどれくらい確保できそう?」  「はい、ランスが200を超えればいいほうかと!」
封建制社会万歳。国家なんぞクソくらえ、自分大好き自己中万歳。
そんなのがある意味当たり前の時代である。国家の危機とやらで立ち向かう正義の兵士たちを確保することから公国軍にとっては戦いであった。
ちなみにランスとは、西欧封建制社会で用いられてきた軍事単位だ。似たような単位がこの世界にもあるらしい。
騎馬1つに対し、2〜5の武装従者が引っ付いている状態をランスと呼び、このランスをいくつ確保できるかがウルクゥ公国にとって勝負の分かれ目であった。
なお、鎌倉時代から戦国時代初期にかけての日本においても似たような単位が存在しており、これを「一騎」と評した。
一騎打ちなどと呼ぶ言葉は言ってみれば一対一の勝負とかではなく、最小の軍事単位たる、騎馬1、武装従者2〜5の激突の事を言うのであり、たった1人同士がぶつかるわけではない。
まぁ、一騎という単位はたいていの場合、一個の「家」単位でぶつかるわけだから、ある意味では一対一なのだが。

「とまぁ、こんな感じですね」
通訳から説明され、てんてこ舞いの公国軍人たちの風景を見た新世界に派遣された自衛官、坂上は思わずつぶやく。

「……で、俺にどうしろっていうのよ」
所詮はただの陸士長に何を求めているのだろうか。
商社の岡部がこっちを見ている。

「プロの視点からいろいろとみてこっちの質問に答えてほしくてですね」  「あの、自衛官だからって戦略単位の事があれこれわかるわけじゃないんですよ!? 幹部でもないし!」
「それでも、所詮はただの民間人に過ぎない俺よりは見方を知っているだろ? どこに注目とか、あれはたぶんこういう事だろうとか。俺がほしいのはそこらへんなんだよ」
「だとしても、俺に言えることは、一つです。こいつら、たぶん使えません」
近代国民国家の軍人と、封建制社会の騎士たち。
『基礎戦略・戦闘教義(ドクトリン)』どころか、何もかも根本から土台が違う。
武器も心構えも、そして、戦術から戦闘の仕方まで何から何まで。
戦列歩兵が当たり前時代の人間に、そんなものは無意味だ、散開しろと言ったところで耳を貸すはずがない。何故ならば戦列歩兵にするだけの理由がその時代にはあるから。
どんなドクトリンにもその成立には必然的かつ合理的な理由がある。
ましてや、銃のないのが当たり前だった人々だ。彼らの戦い方には彼らなりの必然性と合理的理由がある。
それを無視して、動いたところで、膨大な時間と資源のロスであり、大量出血以外の結果が出るはずもない。
だから――

93名無し三等陸士@F世界:2016/04/10(日) 23:42:22 ID:gAbJokYQ0
「――――何をどう考えても、こいつらと俺たちは違う。無理やり混ぜようとしたら大流血だ。使い物にならない」
その結論に行きつくのだ。

「ですけど、彼らも一応軍人ですよ? 助言とか」  「そんなのは無理です」
陸士長、坂上は己が持つライフル、89式小銃を簡単に掲げる。

「たとえば、こいつには弾倉という技術が使われています。薬莢が使われています。セミオートが出来て、フルオートが使えます。有効射程は100メートルを超えます。万が一に備えて突撃できるナイフ、銃剣が付けられます。ライフルグレネードが使えます」
続いて、現地の言葉でごめんなさいと一言言いながら、そばに騎士たちがおいている短剣を手に取る。

「こいつのは切ることができます。叩くことができます。打つことができます、投函することができます」
そして、ライフルと短剣を一度手放し、テーブルに両者をおく。

「俺に、短剣は使えません。何故ならばそのための訓練も受けてなければ技も見たことない。そして、それはここの人たちにとっての小銃がそうです。俺は小銃を使うための訓練を受けている。小銃をどうやれば使い物になる武器になるか、そういう訓練を日常的に受けているし、今や映画とかでも匍匐前進で進むシーンとかは普通に出てくる。
一般人でさえ、形だけでも見たことはある……。でも、ここの人たちにはそういうのがない。そして、その逆で俺たちも短剣を持った相手にどうすればいいかなんか知らない。精々、必死に引き金を引くことだけ。
つまり、俺たちはライフルで戦う事を前提に訓練を受け、敵もまた同種の武器を使う事を前提に戦術を組み立てる……教育を受けた。彼らは彼らで短剣で戦うことが前提の訓練に戦術の中で……生きてきたんです。そもそも、俺は剣を持った相手に戦う方法を知りません」

「えっ、剣で銃を相手なんて――――」  「――その剣を持った相手に、明治政府軍は一度敗退したんですぞ? 西南戦争と日露戦争で」
突然会話に参加してきた男の名は、石川というとある大学で政治学を教える准教授だ。
新世界の政治構造や政体研究のために高名なとある教授先生がねじ込んだといわれる悪名高い人だ。

「岡部さん探してましたよ」  「えっ、あっ、はい。ごめんなさい。で、その……剣を持った相手にって……」
「……よく、大日本帝国陸軍を現した話で、銃剣突撃万歳な連中という話がありますでしょう? あれって、帝国陸軍にとっては必然的かつ合理的、そしてそれ以上に選択肢がないという結果なんですよ。そう――――たとえば、日露戦争で、帝国陸軍はロシア軍の『銃剣突撃』で文字通り壊走寸前まで追い詰められたことが何度かあるというトラウマがあるんですよね」
「はい!?」  
「銃の性能の問題もあるが、それ以前に西南戦争で反乱を起こした侍たちの突撃に徴兵されたばかりの兵士たちは簡単に戦線を維持できなくなった……。まぁ、もちろん、そういう事が今の陸自に起こるとは思えないけど……。その陸自の『性能』や『特性』を異文化・別文明の人間に当たり前のように求めるのは違うんじゃないかねぇ」
石川の言葉。
仮にも准教授を名乗るのだから、少なくともあからさまな嘘ではないのだろうなと思いながら、岡部は考える。
つまるところ、色々と違いすぎて、お互いお互いが使えない。
(今はよくても将来、ウルクゥ公国を拠点に新世界の新大陸への商圏大進出が始まったとき、この違いは困ったことにならないか?)
もっと言えば、公国の敵、連合帝国相手に公国は戦いになるのだろうか?
正直言った話、公国の主権とやらはともかくとして、連合帝国と反連合帝国同盟の戦争とやらの結果には全く興味がない。
新世界の遅れた国同士勝手にやってろというのが基本スタンスである。何しろ、旧世界事情というまさに別世界の事情があるのだから。
つまり、新世界とやらには旧世界の核攻撃から守ってくれたことは感謝するが、それだけであり、壮大な邪魔者に過ぎない。
少なくとも今現在は。というのが、基本的なスタンスである。
だが、その後は? 旧世界の騒乱が終わり、日本の状況が安定化したらどうなるか。新世界は文字通りフロンティアだ。

94名無し三等陸士@F世界:2016/04/10(日) 23:43:27 ID:gAbJokYQ0
「ところで、岡部さん。ちょっとだけ、付き合ってもらえます?」 
岡部と石川が場所を少し離れ、石川が懐に手を入れて「はぁ……」と、あからさまに溜息をつき、あと2本しか入っていない煙草を取り出す。

「……今更でしょうけど、禁煙……したほうがいいんじゃないですか? 今、とんでもない値段でしょ?」
移動現象とも呼ばれる新世界への転移によって価格が暴落したり以上に高騰したものは数多い。特にそういった値段の乱効果の直撃を受けた代表格は各種嗜好品だろう。
特に、禁煙や分煙が進み各種規制や税金がかけられた煙草はすさまじいスピードでその直撃を食らった。

「ニコチンガムさえ、数が足りてないの……。このままだと煙草欲しさにいろいろとやらかしそうでよ……」
石川の弱った表情。おっさんの本当に弱った表情は正直気持ちいいものではないので、若者日本男性岡部としては、早く話を進めてほしいところである。
とはいえ、煙草について話題を振ったのは自分であるため、はっきり言ってその手の批評は的がずれているといえるだろう。

「それで、話とはなんでしょうか?」  
「んー。新世界の主流政体についての研究をしているんだが、ウルクゥ公国のお姫様に聞きたいこと……というかそっちにお願いしたいことがあるんだ。お前さん、お姫様と仲がいいんだって?」
家系図から、公国の独立に関する正確な歴史書などなどの注文。

「あとは、こっちの世界で高名な政治、歴史、経済学者の皆様を2、3人ほど」
それが、石川の望み。

「別にいいですけど、具体的に何を研究しているんです? それによっては集める資料の性質とか違ってきません?」
「んー? 比較制度……比較政治学って言う分野の研究だよ。だからこの新世界の新大陸……えーと暫定呼称ゴンドワナだっけ? この大陸の政治制度に関する代物なら何でもいいぞ」
「……はぁ……そういう事を研究なさって……そういえば、一ついいですか?」
ちょうどいいので、岡部は彼にいろいろな事を聞く。気が付けば一つのはずが二つ、三つと四つと増えていく。
旧世界勢力の進出がこの世界に与える影響から、商圏拡大の際に最大の問題点。
そして、旧世界と新世界の……もしもの衝突。

「基本は旧世界側の圧勝とみていいだろう。戦闘だけに限定すれば」  「つまり、戦闘以外なら圧勝にはならないと?」
「我々はこちらの世界について、何も知らな過ぎるという事ですよ。今のところわかっているのは火薬のない14世紀中世ヨーロッパを思わせる世界観をしている新大陸があるという事だけ。それに本当に火薬がないのか確証はどこにもない。
おまけに、我々はこの世界の生態系について何も知らない。確かに人口規模でいえば旧世界のほうが大きいがゆえに様々な病原体を持っているのは旧世界サイドと言えるだろうさ」
そのうえでと一言だけと前置きして――――

95名無し三等陸士@F世界:2016/04/10(日) 23:44:08 ID:gAbJokYQ0
「――――エイズの様な病気は人が今までいなかった自然いっぱいの空間を開発した結果人に広まったんだぞ」
人はいまだ、エイズの特効薬を作れてはいない。治療薬は作れても、ほぼ確実にエイズを完治出来るような方法や薬剤はまだ見つけていない。
石川が、煙草の火を消して、大事そうにまたとっておくのを見ながらも岡部は、石川のセリフがなぜか強く心に響く自分に驚いていた。
自分たちは新世界について、知ってることは少ないのだと。
そんなこんなで、 岡部たちがあれこれ悩んでいる中、一人の美女が自室でお茶をたしなんでいた。
まぁ、美女というよりは少女に近いのは彼女の体系の問題として、ここはわきに置いておこう。
ちなみにこのお茶は日本側がお近づきのしるしに渡した嗜好品(本国では超貴重品になりつつある)である。
紅茶らしきものもあることはあるのだが、本家本元の王族(正確にはウルクゥ公国の支配階級氏族である大公家)は絶対に飲むことはない。
誰が、馬糞や人糞、藁で水増しされた紅茶(笑)を飲むというのだろうか。
ちなみにこのことを石川が知ったら、「そんなとこまで旧世界の中世か!」と叫んだだろう。
中世期から近世にかけて、ヨーロッパで出回った紅茶とやらは商売人たちがいろいろ混ぜ込んで水増ししたものである。
なお、現代人が飲むことは断じてお勧めできない。
そんなわけで、日本から供給された正真正銘の高級茶葉は今や王族ご用達(なお、供給量と友好関係からウルクゥ公国に限る)である。
そして、彼女は贅沢にもそれをふんだんに使っていた。
彼女宛に、送る人がいたからである――例えば、賄賂もどき間隔で岡部が自腹で出すとか――。

「大河ベルトレスを利用した運河河川交易とゴンドワナ多島海との中継貿易……公国はそれで成り立っている」
彼女が思い浮かべるのは、日本との取引で得られる『損失』の事。

「にほんとの取引は考えなおすべきかもしれない」
正直言った話、日本はやたら『食料』にこだわって請求する。それでいて、いざ食料取引となれば途端に要求したものと違うだの水準がどうのこうの規格外だのうるさいのだ。
それどころか、最近は魔道資源を大量に買いあさってる日本人が出没している。
確かに日本がもたらすものは非常に高価に売れる素晴らしいものばかりだ……今が戦時でなければ。
戦時の時、食料は黄金よりも誰もがほしがるものだ。
それを望む日本は戦争でもしているのだろうか? だが、特に彼らの言う『旧世界』なる空想の様なお話は意味がよくわからない。
奇しくも、この時、岡部とお姫様は同一の結論を出さざる得なかった。
『世界のごたごたが収まるまではお互い、不用意な接触はただの邪魔者に過ぎない』と。
とはいえ、日本との取引において気が付いたことがあった。
彼らは高度な度量法を持ち、さらには統一単位でもって商品を製造、販売しているという事実だ。 
それに関する技術は間違いなくウルクゥ公国の将来の……そして、今の戦時の補給体制完備に重要な事だ。問題なのは

「……どうすれば、原器を分けてもらえるだろうか?」
お姫様がそんなことを考えているとはつゆ知らず、そこから数百メートルほど離れた場所で、岡部は庭園のきれいな花々を見る。
そして、一言。

「……そういえば、この花の名前一つ、何も知らないんだな」
花の種……はすでに確保している。重要な『遺伝子資源』だ。だが、安易に持ち帰っていいものでもない。
何らかの形で、話を公国側とつけておかねば、後々面倒なことになる可能性はいくらでもある。
けれども、公国側はこのことを説明されても認識できるだろうか? 理解できるだろうか。
そこら辺の話をきちんと詰めないといずれ旧世界の騒乱が終了し、旧世界資本が大量に入ってくれば大いなる面倒事になるだろう。
長谷川に言われたあの言葉が、そして石川との会話で得られた話が……岡部に新世界交易のめんどくささを広げていた。

96名無し三等陸士@F世界:2016/04/10(日) 23:44:40 ID:gAbJokYQ0
  2.
 旧世界の日本新列島にて、一つの観測所から2人の人物が出てきた。2人はいわゆる制服自衛官。ほとんど開発の進んでいない領域に建てられた気象観測所という名称の――『自衛隊情報本部(D.I.H.)』の支部がここだった。
シギントと呼ばれる偵察衛星をはじめとする電子的偵察手段やらなんやらは旧世界で無いと行えない。
それゆえに公安調査庁や公安警察と違い、DIHは新世界に居場所がない。故に彼らが求めた活路は旧世界での諜報活動(インテリジェンス)だった。
何しろ、軍隊とは究極の官僚機構といった側面がある。いかに憲法解釈で軍隊ではないと言い張っても諸外国から見れば自衛隊は立派な軍隊だ。
むろん軍隊ではないという方便のために自衛隊は厳密には軍隊といいにくいいくつかの組織的欠陥を抱えていると見える人もいたりするが、そういうのを抜いても戦車に戦闘機、軍艦を運用し非常時には真っ先に動員される彼らを軍人と外の人間たちが見るのはある種あたりまえかもしれない。
DIHはその自衛隊の一部機関であり、アメリカ合衆国でいうNSAである。ただ、本場のNSAが実は何をやっているのかよくわからない組織であるように、DIHも徐々にその傾向を帯び始めている。
特に転移以降は。
もともと国内防諜に特化していた公安調査庁――北朝鮮関連は除くが――や公安警察と違い、DIHは積極的に、そう、物理的に国境線を超えようと動き始めているのである。
…………とまぁ、ここまでは真面目な話なのだが

「やはり、潜入部隊の名称は『FOX』で!」  「ゲーオタが……ここは007に決まってるだろ……」
建物から出てきた2人の制服自衛官の話なんぞこんなものだ。
真面目な話なのか、それとも自衛隊に蔓延る謎の流行病『OTAKU化』の影響なのか……。
さらにはこの2人の後姿を見ながら建物の中に入っていく一人の左官クラスの自衛官は

「馬鹿者が……ダイスに決まってるだろ」
……ゲーオタ、イギリス映画オタの次は小説、あるいは特定の小説作者オタの登場である。
だが、そんな2人の会話も徐々に真面目方面に行くにつれて声が小さくなっていく。曰く
『新世界で妙な電波を発見した』  『新世界ではUFOの目撃情報が相次いでいる』
『そして、それらは全部事実である』

「……だが、新世界には電波を使う文明なんてないんだろ?」  「無線なんか知らない国が圧倒的だ。少なくとも報告書にはそう書いてある」
「じゃぁ、どういう事だ?」  「公安調査庁やら警察やらは……正直、何もしないようだ。どうも、それどころじゃないという事らしい」
「なるほど……」
だから、DIHが介入する。官僚組織において、優秀な官僚とは多くの予算をぶんどってくる人間の事だ。これに官僚組織特有の組織病、『セクショナリズム』が結びついた結果縦割り行政だの無駄な出費だのが行われる。
かつての旧帝国陸軍と海軍が同じ兵器に対して別々にライセンス生産の料金を払うように。
むろん、縦割り行政は悪だとは言ってはいけない。ただ、問題が多い事が多いという話であり、縦割り行政が時に人を助け守る役割を果たすこともある。
たとえばの話、市立病院と県立病院。同じ地域に2つの病院。これは代表的な縦割り行政である。
縦割り行政=悪であると断罪するならば、どちらかの病院を閉鎖するのが予算的に善であるはずだ。
だが、患者にとって、そして地域にとって、病院が減るという事はいいことだろうか? そりゃぁ、多すぎるのは問題だろうが、安易に減らせばいいものだろうか。
とはいえ、まさにそれが発揮されようとしている。
『公安がやらないのなら』  『我々がやる』
『仕事が増えることはいいことだ』  『何故なら予算が取れるから』
DIHは旧世界どころか新世界にも一定のプレゼンスを発揮しようとしつつある状況だった。最悪なことに日本の新たな統合インテリジェンス・コミュニティーである『日本内閣府国防戦略情報庁(N.I.N.Ja)』の設立がDIHの巨大化に一役買っているという笑えない話がこれに追加されている。
縦割り行政とセクショナリズムの競争相手が増えたのだ。

97名無し三等陸士@F世界:2016/04/10(日) 23:45:47 ID:gAbJokYQ0
「で、どうすんだ?」  「うちの課長は……エス連中を使って新世界の新大陸に上陸させて、電波の発信源を特定するべきだといってるよ」
「そっちではそうか……こっちでは、E-767を新世界で使って、電波送信言を特定するべきだとよ」
どちらも自衛隊の誇る能力を使おうとしている事がいえる。
そんな2人の話をパラボラアンテナの様な集音マイクを用いて聴く者たちが――。
……実のところ、日本のおける情報組織というのはいくつも存在する。
組織規模的かつ能力的に関して公安調査庁と公安警察が二本柱として君臨しているが、その上で別組織として次の組織が存在する。
それが――いわゆる内調、内閣情報調査室と呼ばれる組織だ。
日本における公式上の『情報機関』の総元締め。それが内調の立場である。
内調に情報を上げる部署・機関という意味では日本にはこれって、意外と多くない? と言いたくなる程度には優秀な情報組織が無数に存在する。
例えば、IAS(外務省・国際情報統括官統率組織)を近年拡大再編した『外務省・国際情報統括本部(I.A.S.S. 通称:「国情」)』、そして形式上警備警察に属する公安警察。
自衛隊情報保全隊という『影の部隊』などとたたかれた米軍CIC(ガーゲット機関)由来の自衛隊公安組織。
公安調査庁に『自衛隊情報本部(D.I.H.)』。そして、陸自情報部と別班や中央情報隊、海自情報部に空自情報部。
そして、それぞれの組織内に無数の部署、部局が控えている。
諜報の世界で有名なイスラエルが『モサド』、『IDI』、『ISA』の3つでほぼ統一・統合されている事とかを考えると一丁前に組織と人員をそろえた十分にそろえた情報大国である。
であるはずだ……でも、現実は?
内調は日本の情報組織の元締めであり、でも、元締めとしては予算及び人員が足りておらず、また警察関係者の人事上の独断場。
国情はDIHによる介入行動を危険視している。外事課警察からすれば同組織である公安警察以外で対外諜報を担う組織は全部組織の敵というような価値観がどこかにあってもおかしくはない。
ここら辺のセクショナリズム前回なのが日本の組織の特徴なのかもしれない。
だが、それが常に悪いことではない、セクショナリズムが健全な競争の範囲、あるいは互いの暴走阻止のための監視活動に従事するのなら問題はない。
何しろ、諜報部隊やら情報機関が絶賛本気大暴走を始めれば、誰も止めようがない。政治家に止められるだろうか? 官僚になら止められるのだろうか?
最終的には権限を持った政治家の指揮のもと、官僚によって勝利が飾られるかもしれない。だが、逆に言えばそういう状況が作られなければ勝利は出来ないのではないだろうか?
予算などでいう事を聞かせるったって、限度はある。諜報機関がもしも、法律も組織の枠組みも何もかも無視すれば終わりだ。
だから、競争させる。諜報機関同士で監視させる。諜報機関だろうが軍隊だろうが結局は官僚機構だ。
その官僚機構の暴走を防ぐ最善の手立ては同じ官僚機構と競争させ、監視させればいい。
だから、セクショナリズムは絶対に無くならない。

「ゼロはどうなっている?」  「イズの連中のほうが今じゃ支配的になってきてるよ」
「クソッ、つかえねーな。俺らは、ゼロの方にはコネがあるが、イズの連中には正直なんもないからなぁ……」  
とはいえ、セクショナリズム全快でそれぞれの組織・機関、部署や部局が分断され重要情報の共有化がなされなければそれはそれで大きな無駄とトラブルしか招かない。
だから現場で、あるいは幹部級で、非公式な横の繋がりが生まれることがある。 
こうした横の繋がりが上下左右あらゆる方面に伸びて、一塊のグループになったとき、それは一種の『秘密結社』の様な集団となる。
日本における情報系の公的秘密結社……その一つ『ゼロ』。
母体は、公安警察……正確には警視庁警備部警察と警視庁公安部、そして都道府県警察警備部に属する警察官僚たちの秘密の指揮系統だ。
秘密の任務とかをする際、表だった指揮系統を使うのは、出来れば避けたいという人間的な欲求と、すべてを記録に残す官僚機構最大の特徴にして短所長所を避けようとすればそうするのが一番だ。通常とは違う秘密の指揮系統を構築することが。
そして、通常とは違う秘密の指揮系統だからこそ、時に組織や部署の垣根を超えることがある。
そうして出来上がったのが『ゼロ』。
もっとも、時に組織や部署の垣根を超えるといっても、完全には超えられないのが、秘密のつながりの限界点。
ましてや、世代が変われば世代交代を組織全体で図らねば、新勢力に取って代わる。いや、そうなりかねない。
そうして、再び公安警察内部の警察官僚たちを母体として出来上がった新世代の新勢力、それが『イズ』だ。

98名無し三等陸士@F世界:2016/04/10(日) 23:46:25 ID:gAbJokYQ0
「ゼロ連中はもう頼りになりそうにないなぁ……」  
「だが、イズは正直俺らが望むような連中じゃないぞ? ゼロは良くも悪くも国内防諜専門だが、イズは政治家共の権力闘争用に作られた連中だ」
ゼロは良くも悪くも国内防諜のための秘密の指揮系統が始まりであり、ある意味国防を最優先目標として生まれたつながりだ。
けれど、イズはそういうのとは別だ。
元々は政治家の周辺を調査し、場合によっては政治家を守るために動く部署の人間たちが中心になって出来た組織だ。
そう、何時しか政治家の動きを監視する組織へと変化した。
理由は簡単。政治家の情報を握るという事がどれだけ大きなことが出来る様になるか……。
そして、それを一番欲する人間もまた、政治家であるという事と、官僚とは政治家に使われる存在であること。
政権与党の政治家たちはそうやって『 』に求める。権力闘争において自らが有利に働く情報の収集と分析を。
当然苦しめられた野党、あるいは敵対派閥の政治家たちは逆の立場になれば、『 』への復讐を考えて――――逆に彼らを利用することを優先する。
政治家ならば、有益なほうを選ばなければならないから。
それは、政治屋でも然り。
こうして、時間が過ぎて――『 』は『イズ』と呼ばれる組織となった。
言ってみればそう、こういう簡素な事実。
『ゼロ』は国防の盾。
『イズ』は権力闘争の刃。
「イズは俺たちの目的とはずれている……そして、ゼロはかつてと違ってその力を弱らせている」  「役立たずが……」
「やっぱり、俺らが……DIHとして最初から最後まで全部やるのが一番か」
我らは護国の担い手。国民の生命と財産を守りし守護者の任を与えられしもの。  
やらぬというのなら我らがやる――――やれば、仕事になる。仕事は出世と給与となる。
いびつな使命感と野心。

「――お前らがそうやって、偉い顔してやれるのも今のうちだぜ……」
小さなつぶやき声。
集音マイクで集められたこれらの会話音声を集める人間たちの一人がそうつぶやく。
彼らの名前は――――『法務省外局公安調査庁・調査第1部』

「公調ごときが、偉そうに動いてんじゃねーよ」
公安調査庁のこの動きを完全に把握するもう一つの組織が存在した。
公安調査庁が使う暗号回線を完全に解読し、そのまま盗聴しているのだ。
彼らはこう呼ばれている。
――『警察庁警視庁公安部・公安第2課第8係』……通称『マルジ』と。

99そらのいくさ第1部 第2章:2016/04/10(日) 23:47:48 ID:gAbJokYQ0

連投規制的な物が怖いので、続きは明日!
明日で第2章は全部投下終わりたいと思いまーす

100名無し三等陸士@F世界:2016/04/11(月) 23:47:35 ID:gAbJokYQ0
すいません
そらのいくさ 第2章続き

投下遅れそうです。明日の10時半ごろに投下する事で時間をずらさせてください

101名無し三等陸士@F世界:2016/04/13(水) 00:59:30 ID:gAbJokYQ0
やっべ、寝るまでが今日だよ! と言う超理論を駆使させてもらおう!

そらのいくさ 第2章続き投下します。

102名無し三等陸士@F世界:2016/04/13(水) 01:00:15 ID:gAbJokYQ0

  3.
 およそ1か月半もの期間。連合帝国の進撃は停止されている。
岡部はそう聞いていた。

「…………」  
最前線が見てみたい。そう公国の役人に言ったところ、条件付きでそれが認められることになったのだ。

「ウニヴェルスム神聖連合帝国という国は、ゴンドワナ大陸において、最大ノ存在。
非常に発達しており経済も軍事も政治も進んでいる……。我らはそれを見習わなけれバ連合帝国に文字道理飲み込まれかねない」
だが、まさか、例のお姫様がついてくるとは全く思ってもおらず、自衛隊の護衛分隊でも頭を抱える。

「連合帝国を学ビ、連合帝国に対抗する姿勢を作らねバならない」
連合帝国が大陸を統一するべく始めた大戦争は、東西南北あらゆる領域へと大軍を進めることになった。
普通に考えれば、二正面作戦ってレベルじゃないこの戦争だが、連合帝国の圧倒的な国力とそして国力に似合わないほど慎重な姿勢と先進性でもって次々と小国や、軍事大国を名乗った国々が飲み込まれていっているのが、実情だ。
何しろ、戦争が始まって2年がたつというのに、国力に合わないほど牛歩の歩みでしか進軍しないのだ。
一応地域などに進軍速度が由来するようだが、西方では比較的に破竹の勢いで進撃しているのに対し、当方では非常に歩みが遅い。
最もゆっくりと、だが、確実に大陸を飲み込もうとしている。
だからこそ、ウルクゥ公国の様な小さな国がまだ、飲み込まれずにいる。
一応、ヴァルハレンの残骸がウルクゥ侵攻の障害物になっているのも理由だろう。

「かつて、『非公式』ノ大国であったヴァルハレン王国ガ王位継承をめグって割れに割れてしまった。その時ノドさくさに紛れていろいろな国ガ独立していったガ、我ガウルクゥもそんな1国に数えられる。元ヴァルハレン王国ノ領土だった分離独立地域。
そして、ヴァルハレン王国の継承国家を名乗る勢力が2つ、今も激しくやりあっている。それが王政ヴァルハレンと王政アジシアの2勢力」
(――『非公式』の大国?)
岡部が、お姫様の言葉に違和感を覚える。大国に公式も非公式もあるものだろうか。
ともあれ、王政ヴァルハレンと王政アジシアの2つの勢力は、ヴァルハレン王国の残骸として周辺諸国に知られており、この2つの勢力が連合帝国によるウルクゥ侵攻への最大の障害物として機能している。
要するに、緩衝地帯となっているのだ。 
ちなみに「なんとか王国」ではなく「王政なんとか」なのは、この新世界(というよりゴンドワナ大陸?)の流儀では、国家承認が降りていないが、君主制っぽい「何か」の事をそう呼ぶのだ。
それゆえに、つい最近まで日本もまた「王政にほん」とかあるいは「帝政にーほん」、「評議ニホン」とか呼ばれていたりした。
なお、これらの事を考えると、かつて大国として名をはせたらしい、ヴァルハレン王国の継承国家を名乗る2つの国家は周辺諸国から国として認められていないかわいそうな勢力。 
かつての大国がこのありさま……という事になる。悲しいものだ。祇園精舎のかねの……何たらという奴である。

「あれが……大河ベルトレスですか? 都市の近くで見た奴とは違うな……」
岡部たちの目の前に広がるのはまるで湖を思わせるほど、巨大な川。
同時に巨大な森林地帯に囲まれたそれはまるでアマゾン川の様に見える。
これが、大河ベルトレス。
無数の支流があり、ゴンドワナ大陸北東部における巨大な自然運河。
当然それは、ウルクゥ公国の領域外のほうがはるかに巨大な広がりを見せている。

103名無し三等陸士@F世界:2016/04/13(水) 01:00:48 ID:gAbJokYQ0
「ウルクゥは、こノ大河ベルトレスとゴンドワナ多島海、そして南部ノ大河トラフィックを利用した河川交易、運河貿易なドで反映している。
それゆえに、騎士こそ少ないガ、それなりに信用の出来る海賊衆を連れている」

「か、海賊衆!?」  「……ああ、いわゆる水軍の事か……。ちゃんとした近代海軍が整えられる前の状態ってわけね」 
海賊という言葉に大げさに反応した岡部に対して、なんだかんだでベテランの商社マンである長谷川は今の会話だけでウルクゥの戦況や状況を把握する。
おそらく、連合帝国は大河ベルトレスの大部分のエリアを制圧しているわけではないのだろう。
大河ベルトレスは巨大な運河でありながら、ウルクゥを守る海の防壁の役割を果たしているのだ。
連合帝国がウルクゥを侵攻するにはベルトレスを越えねばならない。ベルトレスの支流は無数にあり、その支流の一つがウルクゥ公国の首都へとつながっていたり、あるいはウルクゥ公国の沿岸部の港町、スタッフラーズ半島にあるバーミンガム(なお、日本側拠点がある)近くへとつながっているのだ。
こうした無数の支流は置いておくにせよ、本流と呼べる巨大な河川。
それこそが、ウルクゥ公国の防衛線であり、北から押し寄せる連合帝国の軍隊を押しとどめるラインなのだ。
そして、同時に、ウルクゥ公国を長年貿易で富ませてきた運河であり、連合帝国にとっても重要な補給線となっている。

「もしも、連合帝国軍ガ渡河を強行するならバ、我々は応戦する。今なら海賊衆たちガ、渡河を強行する敵部隊を撃破出来る」
「艦隊決戦ってわけね……」  「……けれドも、連合帝国軍はそういう無理をせズ、要所要所に補給用兼大河封鎖用ノ要塞を建設する戦略をとっている」
「「「…………」」」
思わず護衛の自衛官たちが思い浮かべるのは第2次世界大戦において、米軍の機雷封鎖によって食糧危機が発生した日本の様子。

「……我ガ公国は少しズつ、その富を減らしていっている……海賊衆を雇い入れる富ガ……消えていく。連合帝国によって脅かされた王政アジシアや王政ヴァルハレンは分離独立した、いわバ旧ヴァルハレン王国ノ裏切り者デある我々にさえ、頭を垂れ、助けを求めている……。
大河ベルトレスがなくても、大河トラフィックと多島海がある。でも、その多島海もまた、連合帝国に飲み込まれようとしている。北も東も……奴らの世界に……」

「…………」
小国の悲哀と言ってしまえばそれだけだ。

「ああ、そうそう……あなたノにほんでも指折りノ大商会ノ人間と聞く」  「えっ? はぁ……そういう事になるらしいですね」
「……あなた方ガ使用している度量法ノ原器を頂きたい。よろしいか?」  「はい?」
いまいち話がよくわからないが、よく聞いてみるともともとそれを要求したくて、今回の岡部たちのわがままにわざわざお姫様がついてきたようであった。
メートル原器やキログラム原器がほしい……というお話なのだが……。

「……どうします? 長谷川さん……うちで予備保管されてます?」  「……いや、聞いたことない。困ったな。今の時代だとメートルはレーザーで地球を測定して産出するし」
キログラム原器も2018年に制定されたCGPM26新SI規定で今ではブランク定理なる方程式を用いて産出されている。
そんな日本勢のざわつきに、お姫様サイドでも、困った表情をしてしまう。これは予想外だ。ひょっとして、自分たちは大変な間違いを犯したのだろうか?
『原器を持たぬ野蛮なる小国』と手を組んでしまったのかと。
つまりは双方で悲しい勘違い。
技術が発達したことで、原器を持たなくてもよくなった文明と原器がなければまともな文明生活を送れぬ2つの文明の擦れ違いである。
と、同時に、長谷川は気が付く。そして岡部に自分の懸念を口にする。

「……なぁ、今日本本国は新世界に移動したことになるわけだろ? レーザーで地球を測定して産出するメートル法は……この新世界でも通用しそうか?」
「あっ」
なお、この後いろいろあって誤解は解けるが、ウルクゥ公国側も日本側も大変慌てふためくことになる。  
何故ならば――――

「――私はにほんに行く予定なノダガ……」
ウルクゥ公国側は日本の国力を図り、そしてもしも可能であれば連合帝国との戦争に引っ張り込もうと考えていた。 
公国にしてみれば、1国でも味方がほしい。ましてやそれが『大国?』と思わしき国であればだ。
が、それが、まさか原器も持たぬ蛮国だなんて……という嘆きだったり。

「レーザー? 何やら興味ガわく。新たな魔道か何かか?」
お姫様が、技術おたくで助かった。

104名無し三等陸士@F世界:2016/04/13(水) 01:01:54 ID:gAbJokYQ0
  4.
 新左翼系過激組織『前進』。

「つまり?」  「学生運動時代に端を発する過激派……要するにテロリストですよ」
あの有名な『腹腹時計』を書いてばら撒いた「狼の牙」などは、あえて学生運動を由来にしてはいなかったが、実態として『過激派』はどこも似たようなものである。

「その『前進』のアジトが市内に出来たようなんです」
福岡市の公務員である但馬はそういわれて「はぁ……」と小さく相槌を打つしかなかった。
ネット上の遊びじゃないが、福岡はなんだかんだでヤクザなどが多い。人口も増えまくったりするので、今更過激派組織が一つ増えましたなどと言われたところでそう答えるしかないのだ。
ただの小役人の感覚として。
県警の偉い人たちが怖い顔してやってきたと思えばそういう話である。

「それが、何か?」  「強制捜査を狙いますので、ご迷惑をおかけします。具体的には――――」
――何やら書類仕事が増えるらしい。
彼が話を聞きながら見た時計の針は2時31分。


「急げ! 急げ! 新世界から要人が本国にはじめてくる記念すべき時だぞ!」  「ええ、ですから検疫の手続きを――――」
「――検疫なんざやって外交問題になったらどうするんですか!?」  「検疫しねえほうが外交問題でしょ!」
外務省 VS 厚生労働省 ファイ!
何せ、新世界関連での検疫はいろいろと厳重となっている。
手続きも複雑だ。
だが、その基準を仮にもウルクゥ公国第2皇女殿下に当てはめようとすれば。

「仮にもお姫様の体を……それもこちらの常識が通用しない世界の体をまさぐると……?」  「まさぐるとか、その言い分何考え点だ。血液検査と体温を測るだけってことでもあるんだよ」
「でも、実際にはそうならないんでしょ?」  「…………だって、人種とか……そもそも俺らの知ってる人間かどうかも知れないし……」
「じゃぁ、やっぱだめじゃん!」
困った話である。

105名無し三等陸士@F世界:2016/04/13(水) 01:02:56 ID:gAbJokYQ0
そして、ここでも困った話し合いが――――

「――姫様ぁ……本当に? 本当に行くのですかぁ?」
ウルクゥ公国側にしてみれば、大切なお姫様を出すのだから、相手にもそして自分たちにも失礼や威厳を損なわないようにしないといけない。とはいえ……  

「相手は、姫様に何のお肉がわからない下級肉を提供するような蛮国ですよ! 本当に行くんですか?」
銀の髪色。そして、サーベル。
一人のメイド『ヘンリエッタ・ライッエ』は、にほんとかいう国にお姫様が旅立つことに反対だった。
彼女たちは儀式場にいた。お姫様の研究用に用意されている奴だ。
魔力炉から供給される魔力は伝達系の魔道資源の代表格である『魔法銀(ミスリル)』で形作られた魔法円の効果によって増幅される。
厳密には物理学だのなんだのの化学法則に基づく加速器の原理に似た効果によって増幅されているように勝手に魔法使いや魔術師たち、魔導師たちが思っているだけなのだが。
粒子加速器には様々な方法があるが、よく加速器といわれて多くの人が思いつくであろう円形のあれは磁場によりローレンツ力を発生させて……まぁ、特定の層、SFとかが好きな人向きにいうとレールガンやらコイルガンといったガウスカノンみたいな原理で加速している方式が多い。
まさにあんな感じで『魔力』なる粒子なのか波動なのかわからぬエネルギーを加速させているのがこの魔法円の本質だ。
ただし、メイドである彼女にはそんなことはわからない。
お姫様もおんなじだ。いかに彼女が研究者と言えど、ただ、古来より研究されてきた魔法、すなわち魔道の技。
その研鑽の果てに導き出された一つの『結果』を利用しているだけなのだから。とはいえ、魔術師である以上いつかは、この原理を解き明かさなければならないのかもしれない。
姫様が行おうとしている魔道の技、すなわち魔法。
魔道の原理法則の事を魔法と呼び、それを操るすべの事を魔の術。魔道の原理原則をただ使う事しか知らない魔法使いどもと違って彼女は良くも悪くも誇り高かった。
この大規模な設備の目的はただ一つ、彼女の魔法研究に公国の祖国防衛がかかっているからだ。彼女は一気に連合帝国軍相手に痛手を与えると同時に反撃の糸口を生み出す大魔法を完成させようとしていた。具体的に言えば、彼らが使用している補給人員運搬用に使われている敵の転移術式に干渉して、転移術式を暴発させること。
それが狙い。いわば転移術式への干渉魔法。
転移術式に規定量以上の魔力を注ぎ込んで暴発させる。ではどうやって魔力を注ぎ込むか。転移術式が起動した瞬間の空間のゆがみを経由して転移術式に大量の魔力を流し込む。
余剰エネルギーの暴発を狙っての設備。それでもって連合帝国軍の足を少しでも鈍らせるとともに大きな一撃を与えるというものだ。だけれども……

106名無し三等陸士@F世界:2016/04/13(水) 01:03:46 ID:gAbJokYQ0
「……そんな機能は……もう無理か……」
実現不可能、少なくとも姫様の持つ能力や魔道技術では到底無理であり、そればかりか彼女は失敗している。
だから、前回の攻勢が行われた。いかに彼らが運河としても利用されている大河バレントレンスを利用しているといっても一気に20万の軍勢が丸3日間も休まず進軍できるわけがない。本当は20万ではないのだ。
もっと多くが参加している。ただ、20万と誤認するのは戦闘のために最前線で戦う兵士たちの数が大体、そのくらいだろうという事である。
となれば、いったいどれだけの組織的、国家的戦争動員が行われている事だろうか! とんでもないことだ。もはや――
『――連合帝国は時代が違う』
そう多くの国に言わしめるほどだった。連合帝国の総人口は、6千5百万。その時点で自力が違うのだ。それに時代の違いまでプラスアルファされれば、所詮は弱小国家でしかない祖国、ウルクゥは滅ぼされるしかない。
彼女は――彼女なりにこの祖国の危機を救わんと研究してきた。だが、タイムオーバーだ。
この設備はもう壊すべきだろう。
そして、この設備に使われている魔力炉や魔道資源はこんないつになっても結果を出さない研究などよりも祖国防衛のための資材として使われたほうがはるかに有意義だ。
祖父が作ったこの国。私たちの国は――これから滅びることになるだろう。
連合帝国は発達した国だ。ある意味、この国の民草たちもそのほうがいいのかもしれない。ウニヴェルスム神聖連合帝国のもとにひざまずいたほうがはるかに――民草にとって有意義なことになるかもしれない。
どのみち、彼らの軍勢が攻めてくるのはもう目に見えている。何故ならば彼らが目指さんとしている場所はわかっているからだ。そしてその場所はこの国を通った向こう側にある。そう
『聖都:ウル・イール』がある。
大陸の統一を望む彼らは必ずあの場所をとらなければならない。大陸の中心にして、四大宗教の2大宗教の一大聖地。そして交易の中心。
何よりも大陸を支配しようとする者はあの場所の権利を持たねば誰も認めない。
いかに力があろうと、教皇猊下と枢機卿たち、そして――法印大僧正と僧正たちを支配せねば竜王だって供給されはしないのだから。
そんな気概を持つお姫様だったからこそ日本行きの話を承諾し、可能であれば日本の力を戦争に利用できないかと画策する。
ただし、もしも日本が戦争に参入すれば――――

「――私が考えたあまり関わりにならないほうがいい……とはいかないか」  「そうですよ! 姫様が行く必要は!」
ヘンリエッタは何としてもお姫様の日本行を阻止したかった。
日本から提供された時計が2時31分を指し示す……。

107名無し三等陸士@F世界:2016/04/13(水) 01:04:19 ID:gAbJokYQ0
  5.
 外事課。公安警察の中にある外国のスパイやテロリスト対策の部門である。
そして、その外事課が潜ませたスパイが捕まった。
公安調査庁に。

「なぁにしてんだ、あのクソどもがぁぁぁ!」
ちなみに逆のパターンもあったりするため、五十歩百歩である。
自衛隊情報本部のスパイもこの件に関わっていたりとカオスな状況になっていくのだが、このカオスの状況を何とかするために双方の高級官僚たちがそれぞれの省益をかけて熾烈な交渉を始めることになる。
だが、厄介なことにこの交渉ごとに首を突っ込む省庁が増えた。
一つは厚生労働省、一つは外務省、一つは国土交通省、最後は農林水産省の4つの省庁である。

「なんでそいつら? 外務省はわかるけど」
これが、この事件にかかわった公安警察に属する多くの人間たちの疑問である。
だが、この話にヤクザや過激派組織、さらには新世界までかかわってくるとは、この時は誰も思わかなった。
そんな混乱をしり目に裏稼業とは別の部署、刑事警察や厚生労働省の麻薬取締部は動き出していた。

「白峰への強制捜査――――」  「――『前進』への強制捜査」
「「「いけます」」」
彼らが踏み込もうと最後の準備を固め、TVカメラが付いてくる中、歩き出す時刻は2時31分。

  6.
 食われた。喰われた。食い殺された。みんな喰われた。食い殺された。食われた。喰われた。食い殺された。みんな喰われた。食い殺された。食われた。喰われた。食い殺された。みんな喰われた。食い殺された。
なんでだろう? 痛い。痛いっ! 痛い――! でも、叫んでもその咀嚼をやめてくれない。
体全身に這い上がる嫌悪感。
何かが、体内に侵入してくる。血が、大量に…………。
どうして、どうして――――?
                ――『ゾンビ』なんて、そんな馬鹿な事が起きているんだ……?

動員された兵士はおよそ三千ほど。たった三千で一つの未知の国家を蹂躙する。
それが――

『――ああ、なんて、素晴らしい感覚だ! 魔物どもを放て! 放て! 足りぬ兵力は現地で調達する! 死蟲を放て!』
強制捜査に訪れた刑事が聞いた最後の言葉は意味不明な外国の言葉だった……。

108名無し三等陸士@F世界:2016/04/13(水) 01:05:01 ID:gAbJokYQ0
  7.
 目の前に広がる大海原。そしてそれを背に向けて振り向いてみれば、灰色の大地。

「自由都市連合体……」
派遣された先遣軍団の将軍の一人、エミル・ライオーノフはそうつぶやく。
見たことがない……までに発達した謎の都市。城壁らしきものも見えず、どこまでも続く街道。

「いや、違うな……これは、我々が目指すべき……いや、我々の子孫が到達すべきウニヴェルスム神聖連合帝国の形だ……」
数十年単位では達成できない百年単位の未知の大国。
将軍というより、学者であるエミル・ライオーノフは震えた。
そんな国相手に三千で戦い、あろうことかそんな国家をこれより蹂躙するのだと……。
不安も高揚感も何もかもを内包した奇妙な思いを胸に体が震えた――――――。
――そして、それはきっと軍団の兵士たち皆に共通する何か……。

109名無し三等陸士@F世界:2016/04/13(水) 01:06:58 ID:gAbJokYQ0

 そらのいくさ 第1部
 第2章 「ウォールアイ ――202X.09後編」

 全部の投下を終了しました。
ちょっと意表をついて、ゾンビパニック風味にしています。
自衛隊の本格参戦は第4章となりますので、第3章で描かれる大混乱の様子、
そして、連合帝国がこんな事態を引き起こした手段についてはそちらにて!

110名無し三等陸士@F世界:2016/04/13(水) 01:23:23 ID:uM3pHPRI0
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111名無し三等陸士@F世界:2016/04/18(月) 00:38:16 ID:Htiy0goUO
うお乙です!
投下に気付かなかった…

112名無し三等陸士@F世界:2016/04/22(金) 12:58:53 ID:rgKk31xs0
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113名無し三等陸士@F世界:2016/04/28(木) 12:57:38 ID:rgKk31xs0
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114名無し三等陸士@F世界:2016/05/09(月) 22:01:57 ID:Y3GSVRLE0
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115名無し三等陸士@F世界:2016/05/12(木) 06:31:25 ID:DRqsEcc20
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116名無し三等陸士@F世界:2016/07/10(日) 22:48:32 ID:A.D1FtvU0

 そらのいくさ 第1部「からっぽのたたかい」
 第3章 「九十七式重爆――202X.10第1週目・前編」

 7月12日 投下予告!

 ウニヴェルスム神聖連合帝国 VS 日本 開幕!

 なお、旧世界では人民解放軍との死闘が待ち受けている模様。以上予告でした。

117名無し三等陸士@F世界:2016/07/13(水) 00:04:00 ID:A.D1FtvU0
ほい、投下を始めます。

ちなみに遅れております。
Civ6がでると聞いて、久しぶりにCiv4BtsとCiv5BNW
ついでに、発売したHoi4をやってたら(ry

118名無し三等陸士@F世界:2016/07/13(水) 00:04:53 ID:A.D1FtvU0

  そらのいくさ
  第3章 「九十七式重爆――202X.10第1週目・前編」

  1.
 次々と、光の粒が膨らんでいく。
膨らむ光の粒の分だけ、弾けたとき、激しい光に包まれていく。
光の渦。光の泡。
中心点に輝く光の柱。

「おおおおおっ!」
誰かが、そう口にした。誰かがつぶやいた。誰かが――――

「――皆の者! 動いたぞ! 飛び込め!」
ウニヴェルスム神聖連合帝国の軍勢が光へと流れ込む。
『転移術式』。距離も時間も関係なく移動する『最高の長距離連絡手段』として利用される世界最高至高にして至上の大魔道工学の結晶。
膨大な魔道資源を稼働している限り消費し続け、おまけに転移物の質量によって、消費する資源量がさらに増える。
おまけに、送信側と受信側、双方に巨大な魔法施設と燃料である魔道資源を大量に用意してなければ稼働しない。
その性質とコストパフォーマンスから、通常の大国でも自国内での城塞都市防衛戦に限ってのみ、軍勢の移動に使用するそれ。
軍勢といってもせいぜい、転移物質量の関係から多くても千人ほどのそれ。
にもかかわらず、プラスアルファをつけたうえで三千の兵員を送り込む。それも侵攻作戦に使用する。
それが示すことはただ一つ――――!

「圧倒的な国力! 圧倒的な戦力! 圧倒的な敵の油断! 圧倒的に我らの方が敵地を調べている!」
これこそが! ウニヴェルスム神聖連合帝国!
ゴンドワナ大陸の覇者! 世界秩序の管理者! 
我らはその先兵なり! 覇者の軍勢なり! 王者の兵隊なり! 我らは大陸の統率者!

119名無し三等陸士@F世界:2016/07/13(水) 00:07:04 ID:A.D1FtvU0
「さぁて、行きましょう。我らが全力出して暴れることが出来るのはせいぜい3日。現地での略奪がそれ以上の行動を可能にする唯一の方法です。故に、2日で一定の目的が果たせるようにお願いしますよ」
「分かっている」
今回の軍団は、混成部隊だ。連合帝国に属するいろいろな軍隊の『はみ出し者』が集められた混成部隊。
エミル・ライオーノフ。
ザスティン・ハフレリオ・ダー・グジュラナード。
グラディス・フラドベラーグ・ラーフ・シュタインブリュック。
3人の将軍たち。2人は同格、1人はまとめ役。
ただし、エミル・ライオーノフは間違いなくいわゆる平民階級出身故に、結果的には一番下っ端の将官ということになる。
たった3千の軍勢に3人の将軍。それこそが、軍団の内情をきわめて簡潔に示しているといえるのかもしれない。
そもそも、連合帝国という国はもとが、4か国の大国を中核に出来た巨大な軍事同盟が一つの連合国家となったのが始まりである。
それゆえなのか、ウニヴェルスム神聖連合帝国の軍制は――なかなかにいびつだ。
5人一組の『伍』、その主である『伍長』、10人一組である『火』とその主である『火長』、そして100人一組である『百人隊』と『隊長』そして、3個以上の百人隊を『軍団』と表現し、軍団を指揮するものを『軍団長』と呼ぶというのが――連合帝国の「一部地方軍制」だ。
そもそも連合国家であるがための欠点といえるのかもしれない。地域ごとによって軍制に違いがあるのだ。
あるところでは10個の『大隊(コルホス)』からなる5000〜7千人規模ので1個軍団となるくらいである。
同じ『1個軍団』でも300人から軍団と呼ぶ地域があれば、5000人の兵力でもって軍団とする地域。これほどまでに違いがある。
それでもなお、連合帝国が大陸諸国すべてを相手に戦争を行えるのはバカみたいな過剰な国力とそれ以上に、軍師組織『軍配府(ウィクトール・ヴィア)』という名の参謀本部的存在によるものの影響がきわめて大きいといえるだろう。
『勝利者への道(ウィクトール・ヴィア)』はもともと、軍師たちを育成し、そして軍師たちの考えた作戦実行のサポートを行う組織だった。
かつての時代、世界を相手に覇を唱えた軍事超大国『空の帝国(カウエル)』。そして、それに立ち向かった軍事同盟。
カウエルとの10年以上にわたる大戦争で統一された指揮系統や補給体制、そしてそれを支える根本的な生産力と適切な交通管理の有無が戦争の勝利につながると理解した対カウエル軍事同盟だったが、所詮は同盟軍。ではどの国の指揮官が統一指揮官になるのかともめにもめた。
言葉だって違えば、長年の係争を抱えた者同士というパターンだってあるのだ。そういう選定は厳密に行わないといけない。
とりあえず1か月交代で統一指揮官を各国が務めることになったのだが、いきなりこれでうまくいくはずないという事は各国ともにわかっていたのである。
そういう事から、将軍の選定以上に必要とされたのが恒常的に組織だった作戦計画立案集団である。それが『勝利者への道(ウィクトール・ヴィア)』と名付けられた軍師組織、軍配府である。
それゆえに『軍配府(ウィクトール・ヴィア)』の本義は、多種多様な違いを当たり前としたうえで効果的かつ合理的に勝利得るために準備を行う事。すなわち補給戦の実施と遂行。
そして、将軍たちの補佐と確実な勝利を得るための計画性。
何時しか、作戦の軍師、決断の将軍と呼ばれるようになる体制がここに完成した。

120名無し三等陸士@F世界:2016/07/13(水) 00:08:43 ID:A.D1FtvU0
『軍配府(ウィクトール・ヴィア)』の軍師は必ず2つ以上の選択肢を将軍に提示し、提示したときにはどんな選択肢であろうとも実施に必要最低限の準備をすべて終えている。
将軍はそれを選ぶという決断を行う。そして、軍師の作戦道理に物事は進められ、もしも軍師の作戦にない事態が発生すれば軍師ではなく将軍が事柄を決断する。
それこそが、連合帝国。ウニヴェルスム神聖連合帝国という巨大な戦争機械を動かす仕組み!
庶民でも将軍となりえる国。貴族を将軍とする国。ただの貴族ではなく領主貴族、可能であれば大諸侯と呼ばれる者こそが軍事の本懐であるとする国。
エミル・ライオーノフ。
ザスティン・ハフレリオ・ダー・グジュラナード。
グラディス・フラドベラーグ・ラーフ・シュタインブリュック。
3人の将軍。それらにあてがわれる軍師たちもまた内情を示してるような身分階級であったり出自であったりと様々だ。
『多様性』。それは制御できれば巨大な力となる。繁栄をもたらす唯一無二の種となる。
だからこそ、多様性を尊ぶ声は尽きないのだ。純粋性は確かに強靭だが、何か別の力が外から加われば脆い。
とはいえ、多様性とやらは制御を間違えればただの混沌に過ぎない。
秩序を尊び、純粋性を選ぶか、そして硬直化と外圧の脆さに苦しみながらも繁栄を謳歌するか。自由を尊び、多様性を選ぶか、そして軟弱性と内圧の混沌に苦しみながら繁栄を謳歌するか。
それぞれのお国事情とは深いものがある。
新旧両世界、どこの世界に限らず。

「ライオーノフ卿……と言って大丈夫かな?」  「ハフレリオ卿、お戯れを。ライオーノフでよいですよ」
「ふむ、では、セノー・ライオーノフ。君とはこの作戦に参加するにあたって色々と話をしていたが、それでも立場の違いというのは大きく、色々と見識の違うところがあったからね。だが、今は少しばかし仲良くやっていこうじゃないか。こうも未知の大地だとな」
彼らが見るのは灰色の大地。広大な都市。
『軍配府(ウィクトール・ヴィア)』から派遣された女軍師の一人、エレナ・アビラは覚悟はしていたが、あまりにも現実的とは思えぬ風景にめまいを感じてしまう。
報告は受けていた。常識が通用しないと。だが、こうして建物一つ見ただけでそれを実感してしまった。
だから――――

「――これより、この地を蹂躙し、一時占領地を得るのだ。本国が本格的に動くまで、さて、我らはどこまでやれるかな?」
将軍ザスティンがジョッパーブーツで踏みつけるもの。血に汚れた髪。かつて、この国に秩序を守るものとして存在した命。
刑事さんと皆に呼ばれ、憧れる人。
その、頭蓋――――――――

                   ――守るべき秩序は破られた。
後に残るのは、反秩序の権化たる征服者の雄たけび…………ただ、それ……のみ。

121名無し三等陸士@F世界:2016/07/13(水) 00:09:25 ID:A.D1FtvU0
  2.
 中華人民共和国、人民解放軍北海艦隊。
中国海軍の事実上の主力は前々から南海艦隊と南海第2艦隊であるといわれていた。確かに首都北京を守る様に控える北海艦隊には毎年莫大な予算が与えられ最新の艦影も次々と出ている。だが、中国初の空母――といっても廃棄予定の中古以上のボロ、ワリャーグ――は南海艦隊に配備されたし、そのあとに続く国産空母も真っ先に南海艦隊に配置された。
中国が海洋で起こす国境紛争のあれこれはほぼすべてが南海艦隊が受け持つ範囲である。故に――事実上の主力は南海艦隊と、国産空母を中核に新編成中の南海第2艦隊であるといわれていた。
だが、そんな言葉を言われて黙っている北京軍区と北海艦隊ではない。中華思想というのは大雑把に説明すると中央から離れれば離れれるほど文明の光は薄れ、野蛮な世界が広がっているという価値観だ。
その価値観がまだ強く息づく中華人民共和国。
別にこういう中央万歳な価値観は世界中で見かけるものだ。中には国単位でそういう価値観や偏見を持つものだっている。
一昔のフランス人にしてしまえばフランス文化こそが文明であり、そこから離れれば離れるほどフランス文化という文明の光が薄れ世界は野蛮になっていくという考え方がよくあるものだったし、平安時代の日本を見れば京の都より遠い東北地方の人たちは悪鬼呼ばわりである。
さらにさらに、今の日本国内においてもそうした、価値観が絶対に欠片も残っていないと、誰が言えるだろうか?
首都東京が大都会であり、その経済力やその他さまざまなものがいかに優れていようと、東京の外の人間にとって全国放送、都内でレストランめぐりがどうのこうのゴールデンウィークで都内から距離が云々と、どーでもいいことと、周りの都道府県民は思っていないだろうか。そんな都道府県民の考えを知ったことかと東京都民は持っていないと絶対に言えるだろうか。
他にも都道府県の県庁所在地とそこから離れた小さな村落。さて、彼らを田舎者と言い出す地方都市人。これは自らが優位な存在だという思いだといわれて、どこまで強く否定できるだろうか。
こうしたものは、どこの国でも大なり小なりあるものである。だが、同時に時代や文明の進みによっておおむね都会と田舎の区別程度に収まっていく。
だが、その価値観の強さが中華人民共和国の現指導部は半端ではない。彼らには華夷秩序を再びという野望がどこかにあるのかもしれない。
中国内部の政争は今や銃撃戦が日常的に行われるようになりつつある。ある者が曰く、共和国は事実上の内戦状態だという。中国は今では台湾、ベトナム、インド、インドネシアにフィリピンを敵に回し下手をすればオーストラリアにロシアも中国の敵になりかねない状況になりつつある。
日本ともすでに交戦している。
まさに全方位が敵となり、彼らが目指していた『真珠の首飾り』は明らかに破綻していた。
中国は決定的な弱点を保持している。そう――石油と食べ物がないのだ。
一応油田が全くないわけではない。有名な大慶油田をはじめにカラマイ、勝利、遼河、タリムなど様々だ。だが、それらを一生懸命とっても今の中国には油が足りない。そもそも、それらの油田は質が悪いが故に精製にひと手間かかったり、掘りすぎて出る量が、もう少なかったりとしている。
そのために中国は2010年ごろにはすでに世界でも有数の石油輸入国となっていた。石油だけではない。飢餓は革命を呼ぶ。
今の中国に13億人の人口を抱える食料生産能力はない。
だからこそ、中国は油と食べ物を求めて海の進出を図り、様々な国との軋轢を発生させたわけだが――――。
――――さながら、18世紀、19世紀の植民地帝国主義全快のヨーロッパ諸国のように……。

「だからか……」
転移現象にも巻き込まれず、星の海に取り残された日本による日本国のための日本国の人工衛星から送られてきた画像を前に防衛省の人間はそうつぶやく。

122名無し三等陸士@F世界:2016/07/13(水) 00:10:53 ID:A.D1FtvU0
「三等国(無主地)は先に力で制圧したものが己の領土となるッ! 大昔の国際法理屈を振りかざすつもりかっ!」
「――それだったら、先に発見した我が国のものだ、奴らは何を考えている?」
分かっている事だ、奴らの狙いは新列島の自噴するほどの大油田と肥沃な大地。

「……所詮、野蛮人共か! 中国人どもは!」
人工衛星には、それが移っている。
北海艦隊の揚陸大部隊の姿が――――。
――既に陸上自衛隊西部方面隊の12式地対艦誘導弾を運用する第5地対艦ミサイル連隊が新列島には展開しつつある。新列島は今までの日本列島と若干形状が異なり、「く」の字を逆に、そして3つほど重なったような形状をしている。
そこに様々な付属の島々が並んでいる形状だ。
とはいえ、今までの日本列島を考えるとちょうど中国地方と新潟のエリアに中国軍は上陸を図っている。
既に上陸第1陣が降り立っているが、そこから先は既に現場に到着していた陸上自衛隊の奮闘によって何とか食い止めている。だが、この状況で第2陣が降り立てば拮抗は崩れることはだれの目にも明白だった。

123名無し三等陸士@F世界:2016/07/13(水) 00:12:36 ID:A.D1FtvU0
「分かっていると思いますが、いったいいつになったらいつも威張っている人たちは活躍するんでしょうかね?」
「…………」
何処の国でも陸軍と海軍というのは仲が悪いのが結構ふつうである。それでも国防のために団結し、優秀な数々の政治家たちの導きにより陸海空は祖国を守るために邁進する――というのがあるべき形のはずであるのだが……

「すでに第4護衛隊群が出発いたしました。問題はないはずです」
旧帝国陸軍と旧帝国海軍の再来かといいたくないほどの険悪なムードが陸自と海自の幕僚たちの間に流れていた。
最もすべての陸海幹部がそういう状況というわけではないが、それをおいてもという奴である。
その間をおろおろする空自幹部の幕僚が1人。ほかの空自幕僚はもうどうにでもなれ〜といった態度で溜息をついていた。
旧世界の海ならともかく新列島周辺の海底地形やらなんやらの情報は急ピッチで進められているが、それ以上に、赤いオーロラの向こうに広がる旧世界と新世界と2つの世界で詳細かつ安全な海図を作るのには少々手間暇がまだかかる。
そもそも海上自衛隊第1護衛隊群は中国の潜水艦が跋扈する東南アジアを経由して入ってくる日本のタンカーを防衛するために出払っている。第1護衛隊群に所属する艦船はローテーション? 何それ、食えんの? といわんばかりに横須賀より出払っている。
というよりも、新世界の未知の海、新列島以外は既存の知ってる海である旧世界のアジアの海。どちらが安心して航海出来るか――という問いに対し旧世界という答えが真っ先に出るが所以である。
それが結果として、旧世界の外洋では積極的に活躍するくせに、日本国領土にはなかなか近寄らない海上自衛隊といういびつな構造が発生した。
そもそも、海軍の役割は現代においては大雑把に三つ。
一つ目は『沿岸防衛』、二つ目は『上陸作戦』、最後に『核抑止力』。
日本が非核保有国なので、三番目の核抑止力に関しては仕方ない。日本には海外領土があるわけでも大規模な海兵隊的組織があるわけでもないので上陸作戦に関してもある程度限定的な規模であるのは仕方ない。
となれば、必然的に海上自衛隊が目指すものは一つ目、『沿岸防衛』。
だが、

124名無し三等陸士@F世界:2016/07/13(水) 00:14:09 ID:A.D1FtvU0
「あなた方はいったいいつになったら、日本領土の海を守ってくれるんでしょうかね?」
その嫌味な陸自幕僚のセリフが海上自衛隊側の自衛官たちに突き刺さる。もしも、これが第3次世界大戦の真っ最中でなければ、おそらくそんな責め立てるようなセリフは出なかっただろう。
だが、あいにく今は戦時であり非常時であり有事なのだ。
新列島の海域はまだわからないことだらけだ。自信満々に出港して座礁などしたくない。新世界の海は何があるかわからない。本当の日本列島を取り巻く海がちゃんと安全な海底地形をしているのかもわからない。
何もかもがわからないからこそ、海上自衛隊は動けない。
というより、自衛艦隊よりも地方隊所属の掃海艇やミサイル艇以外ろくに使い物にならないのが現状である。海上自衛隊の花形であった自衛艦隊などよりもはるかに国民の目には地方隊の頑張る姿が映っている。
だからこそ――――活躍が――――
――千葉県の鉄道車両基地から、続々と出発する電車があった。それらに乗せられているのは国内の精製プラントで持って生成されたガソリンやガス、そして大量の5.56mmNATO弾。
アメリカが役に立たない今、日本の補給は日本がやるしかない。鉄のレールの上を走る鉄の車両が向かう先――そこには赤いオーロラに覆われた場所。
地上にまで降りてきて、いまだに消えぬ赤いオーロラは太平洋北半球に広がっている。
しかし、一部のオーロラが房総半島太平洋側に突き出ているのだ。常時。
それを利用した。本当は鉄道などではなく、アスファルトの舗装道路を通すべきなのだろうが、あいにく2か月で新列島への道のりのすべてを舗装する事など、かなわず、ましてや戦時の影響で資源統制が加わっている現状。
新列島そのものの舗装だってまだまだ進んでおらず、砂利道レベルなのだ。
そもそも、まだまだ未踏エリアのほうが圧倒的に多い。全体の90%はいまだどんな空間なのか把握できていない。
そういう状況下、軍事的な物資やらなんやらを鉄道という安くそして確実性の高い手段での輸送に行きつくのはある意味仕方ないのかもしれない。
だが、遠からず舗装は行われるだろう。それまでの代替手段だ。
そして、鉄道車両に行先は決まっている。
そう――『反撃の補給所』だ。
陸上自衛隊は新領土に侵入してくる愚か者どもを撃破するために牙を磨く――――。
――ところで、今、日本が相手をしている戦線はいくつあるのだろう?
東シナ海や南シナ海におけるシーレーン防衛と台湾海峡、そして、旧宮古海峡防衛のために活動していた、第4護衛隊群に属する艦艇が次々と北上を開始する。
松島で、百里で、横田で航空エンジンが唸り声をあげ、その独特な金属音を振り撒きながら、飛び立っていく。
『空自補給本部(AMCH)』のおかれた十条では、次々と幕僚や幹部たちが書類を持って走り回る。日本全体が、戦争を遂行するべく動き回るその中で……。

「失礼します。九州各地で異常事態が発生したという一報が――――」
――武力攻撃事態法。日本国有事の法律でありそれに基づき、中国軍の新列島への侵入を排除する。
それが閣議決定したのとほぼ同時刻に交わされた会話はのちに情報公開された議事録によって国民から大きな失笑を買うことになる。
あきれ半分、戸惑い半分といったものだ。
同時に、当時は仕方なかったという援護の声もいっぱい出ることになった。その会話というのがこうである。

125名無し三等陸士@F世界:2016/07/13(水) 00:14:45 ID:A.D1FtvU0
「謎のコスプレ武装集団ごときに、自衛隊の派遣など! 何の意味があるのですか! 第一彼らは外国の武装勢力と決まったわけではない」  「しかし、彼らは刀剣類で武装し!」
「銃に大砲! 戦車に軍艦と戦闘機! 下手をすれば何万の兵士がやってくる! ゾンビメイクの群衆、武装といっても、弓矢と剣! 精々数百程度! 早急に対処すべきなのはどちらか、明らかでしょ! みょうちくりんなコスプレ連中なんて警察で対応が十分可能なはずです!」
そう、この時点では連合帝国軍の軍勢は、『謎のコスプレ武装集団』という扱いでしかなかったのだ。
実際、目の前に強盗がいる状態で遠くの場所で妙な伝染病に苦しんでいる人が倒れている風景など気に留めることは出来ない。
潜在的な脅威度では伝染病のほうが高くてもだ。
だが、そんな理屈。真正面切って戦う警官たちにしてしまえばクソ食らえだろう。
村松巡査部長は赤黒く染まっていく鮮血の海に沈むかつての部下の姿を発見する。

「……ッ…………」
だが、どうすることも出来ない。何故ならば彼自身、腹に大穴をあけろくに呼吸もできないからだ。
村松の睨みつける先には――――全長2メートル以上はある真っ赤な目をした真っ黒い犬の様な生き物が鎮座していた。
『死を告げる妖大犬(ヘルハウンド)』。
連合帝国軍の妖術師が操る魔物たちが、そのつながれた鎖のくびきからすべて放たれようとしていた――――。
――旧世界の摂理に従い、旧世界の戦いに動く日本。しかし、足元に新世界の戦理が転がっている……。

126名無し三等陸士@F世界:2016/07/13(水) 00:17:30 ID:A.D1FtvU0
今日はここまで! 日本VS連合帝国と言いながら、本格交戦とはまだ言えない状態ですねぇ……

ちなみに最後の瞬間は派手に吹っ飛ばすつもりですので……






民主主義大東亜共栄圏で対ソ戦プレイをしようと思って、経験値稼ぎに軍閥殴ったら予想外に泥沼化してんじゃねーよ!
少し、次回遅れます。

127F世界逝き:F世界逝き
F世界逝き

128名無し三等陸士@F世界:2017/02/10(金) 15:34:35 ID:PYGWWUS20
h ttp://ux.nu/zxhL2

129F世界逝き:F世界逝き
F世界逝き

130名無し三等陸士@F世界:2023/03/03(金) 19:09:25 ID:ElezjSws0
日本とF世界が戦争になる理由を考えてみた


日本国領事館の前で、様々な服装の男たちがマスケット銃や手斧などの武器を手に殺気立った怒声を浴びせる。
「この1年で魚の値段が4割も下がったんだ!」
「商売あがったりだ!」
「日本のお役人はワシらに死ねというのか!」

対して、領事館を警備する領事館警護官の海兵隊員は自動小銃を抱えて“衛兵の如く”静かに佇んでいる。
もう、このような抗議活動が毎日のように、3ヶ月以上も続いている。
領事館へ向けての直接的な発砲こそ無いが、石やら何やらを投げてくるものは大勢居るし、拳銃で自決するものは居た。

日本の民間船舶が多く出入りし、日本軍が錨泊地としても活用する港町であるので、地元住民の日本国や日本人への憎悪は日に日に強くなっている様子だ。

市場では値崩れが問題になっているが、実は日本は“法外に高い”魚介類を主に輸出している。むしろそちらが主力だ。
水産庁や経産省は、日本の高品質な輸出品をブランドとして確立させたいので、安価な製品の輸出には慎重である。
日本の品質管理基準で漁獲から加工までされた新鮮かつ美味な魚介類は、この世界の美食家をして「私は今まで本当の魚の味を知らなかった」と言わしめたほどだ。

一方で高価なブランド製品でないもの。日本国内では商品にならない規格外の魚介類も比較的安値で輸出している。
魚を食べているのか金貨を食べているのかわからないと言われるほどの法外な値段に比べれば安値という意味で、決してこの世界の相場に比べて安値というわけではない。
それに日本国内では商品にならないといっても、冷凍冷蔵設備を備えた近代的な漁船による漁獲だ。この世界の既存の漁船によるものに比べれば品質は段違いに良い。
輸出したもので何かあれば安かろうとブランドに傷つくのだから、基本的な品質管理は当然で、それまでなら缶詰にするようなものを一尾単位で売っているだけだ(缶詰自体は物珍しもあって銀貨や金貨で取引される。鯖缶1個1万円は冗談ではない)。
しかも漁獲量も桁違いに多い。日本側からすれば比較的少量の輸出であっても、現地の物価を乱すには十分すぎる量だ。
日本側としても、水産関係者が今までどおりの収入を維持するには、半分押し付けだろうが売らないわけにはいかないので、自由貿易という名の下に輸出を強行している。
実際日本産の食品は値段の割に高品質なので需要はあり、自由な貿易という意味ならばもっと多く輸出しても買い手はつくだろう。
水産業の場合は内需が主力なので輸出量が元々それほど多くないというだけだ。

現地の市場に並ぶ魚介類の量が急に3割増えて、しかもその3割が今までより少し高いくらいの値段で今までより遥かに高品質となれば、新たな3割の人気と反比例して既存商品が値崩れするのは当然の成り行き。
質で対抗できないから価格で対抗するしかなく、薄利多売の値引き合戦から、遂に赤字確定でも売るという段階まで来ている。
ライバルが廃業して供給が3割4割減れば価格がある程度落ち着くだろうという過酷な消耗戦である。

しかも、困ったことにこのような事態は別に水産関係者だけの話ではない。
ほぼ全領域の産業で似たような事態が起きている。

日本国内での内需が主で輸出品の量が相対的に低い農業や漁業はまだいい方なのだが、それでも自動車や半導体、化学製品などの輸出がほぼ封じられた分を、食品や軽工業製品の輸出で支えようとすらしているのだから、財務省や厚労省まで輸出圧力をかけてくるのは当然と言えた。

転移初期の、燃料が無いから操業できないという苦から、燃料事情が安定してきたら現地への供給過剰で不満噴出という苦へ。

今に……。
この実弾が込められたマスケット銃が領事館に向けて火を噴く日が来るかもしれない。
標的は門番として立つ自分かもしれない。

そんな不安が的中するのは、それから暫く経った日の事だった。

131名無し三等陸士@F世界:2023/09/12(火) 19:29:32 ID:0VKeZKa60
面白そうなスレだけど、ここって止まってるっぽい?
稼働してる時に来たかったな

132名無し三等陸士@F世界:2023/12/25(月) 09:47:55 ID:zhzU3pYE0
再稼動を期待してage

133名無し三等陸士@F世界:2024/01/03(水) 23:58:23 ID:ukOAuRgg0
ちょっとした短編を思いついた時とかに使えば人が集まってくるかも?

134名無し三等陸士@F世界:2024/01/07(日) 23:46:11 ID:V6RiJjsg0
ああ、ここでそらのいくさ連載していたのか
久しぶりに作品名見た気がする

135名無し三等陸士@F世界:2024/04/05(金) 17:20:38 ID:fWZ.Msk20
投稿サイトが充実してるから掲示板に投稿する人が減ってきたのかもな


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