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死の淵に漂うブルース

1 ◆NH012PSOJc:2010/12/13(月) 04:15:06


「犯罪には恐怖がつきまとう。それが刑罰である」
                           ――ヴォルテール


「罪とは消極的なものではなく、積極的なものだ」
                           ――キルケゴール


「盗んだ蜜を味わったからには、金で無実を買うわけにはいかない」
                           ――ジョージ・エリオット


「罰せられるなら、子羊より親羊を盗んだ方が良い」
                           ――イギリスの諺


 1 SO BLUE

 男が死にかけていた。
 息絶え、力尽き、人としての最期を迎えるにはあまりに無惨な姿で、静かに朽ち果てようとしていた。
 11月18日未明、小雨の振る横浜、中華街。曇天に包まれた空の下、彼は野晒しとなっていた。何者かの暴
行を受けたのだろうか――その肢体は徹底的に痛めつけられ、弄られ、葬られるかのごとく路地裏に棄てられて
いた。傍らにはダンボール、薄汚れた木箱にポリバケツ。地面には散乱した生ゴミと、いくつかのビール瓶。ど
れもが雨に濡れ、この場にふさわしい饐えた匂いを醸し出す。
 血と泥で汚れたコートはすでに彼の肌を守る役目を果たしていない。衰弱し切った指先はぴくりとも動かず、
瞳は虚ろ、口元からは唾液をしたたらせ、まるで彼自身が一個のゴミのよう。
 なぜ、そんな男を気にかけたかは分からない。
 だがこの獣は偶然、あるいは気まぐれによって男の前に姿を現し、その死を看取ろうとしていた。もの言わぬ
異形の獣。赤と黒の斑の体毛。狼のような体躯に煙草の匂いが漂っている。そして……この獣がもっとも特異だ
ったのは、その四肢が半ば、自らの影に沈み込んでいたところだ。
 錯覚ではない。比喩でもない。本当に影に潜ませているのだ。


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