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agama@chs-1 第四章 【壊れ行く呆け教祖】
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だから今の信者さんは薄々ながらわかってきている。阿含宗が何かおかしいぞ、と。
だけどはっきり欺瞞を知らないので、自分をどこかで納得させている。
それが先ほどいった「阿含宗には何かある」という思い込みです。
教祖が如何にだらしなく適当人間のようでも信仰をしているのはそこにあります。
普通なら教祖が信用できないだけで十分辞めるだけの動機は完成します。
ところがそうは行かないのが恐ろしいところなんですね。盲信というのはここにあるわけです。
また自らが中々現実というものを認識するに浅さがあったりする。
だから外部の人や他人様が見て「あんた騙されているよ」といわれても歯向かったり反発するのはそこです。
どこかに一分の魂や一縷の望みではないが期待するわけです。
確かに阿含宗には多くの矛盾があるが「○○だけは真実があるはずだ」とか言い出して辞めない。
ところが検証したり精査すると出てこないわけです。このショックは非常に大きかったですね。
だから簡単に批判意見を信じない人がいるのはよくわかります。
まして教義がそのように出来ている。現実を見ず妄想の中に埋没するようなものばかりです。
本当の仏教の内容や釈尊が説いてないぞと教えても、聞き入れない。
それこそ盲信している人の中には「お釈迦様も関係ない」という人がいるのです。
これには恐ろしいほど呆れますね。
幸い自分は釈尊を尊んでいましたから、そのことがひっかかりとなりストッパーが掛かった。
自分はオカルト要素も好きな輩ではあったが、仏教といえば釈尊。釈尊が説いてないことを阿含宗はやっているぞ。
それを聞けたのは本当に良かったと思っています。
ただそれすらない人は怖い。突っ走ったままです。止まるきっかけがないわけです。
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