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お花が咲いてて軽やかで、水いっぱいのすごい場所のようです

1名無しさん:2020/05/24(日) 19:37:05 ID:VyKnzV6I0

☆内藤レンタカー☆


ζ(゚ー゚*ζ「こんにちは、いらっしゃいませー」

ハハ ロ -ロ)ハ「レンタカーください!」

lw´‐ _‐ノv「ください」

(;゚∀゚)「じゃなくて! 貸してくださいだろ、お前ら!」

ζ(゚ー゚*ζ「ええと、ご予約はされていますか?」

ハハ ロ -ロ)ハ「えっ」

lw´‐ _‐ノv「予約……?」

(*゚∀゚)「……」

ハハ ロ -ロ)ハ「行けば貸してもらえるものとばかり……」

ζ(゚ー゚*ζ「……お父さんかお母さんは来てるかな?」

2名無しさん:2020/05/24(日) 19:38:55 ID:VyKnzV6I0

(;゚∀゚)「突然すみませんでした! ほら、出よう!」

lw´‐ _‐ノv「私が保護してるっ、……いえ、してます」

(*゚∀゚)「敬語にしてもダメなんだって! もう行くぞ!」

ζ(゚ー゚*ζ「またのご利用をお待ちしております」

ハハ;ロ -ロ)ハ「ノー ウェイ! ウェイト ア ミニット イフ ウィ……」

lw´‐ _‐ノv「お姉さん、私たちお宝を拾って……」

(*゚∀゚)「ハロちゃん、シュー! 行くぞ!」

lw´‐ _‐ノv「わー。つーちん、腕が取れちゃうよー……」

ハハ ロ -ロ)ハ「私はもう腕取れましたー」

(*゚∀゚)「くっついてるだろ! それより早くしないと……」

3名無しさん:2020/05/24(日) 19:39:37 ID:VyKnzV6I0

ζ(゚ー゚*ζ「……」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとうございましたー」

ζ(゚ー゚*ζ「……」

ζ(゚ー゚;ζ「なんだったんだ、今の子どもたちは……」

4名無しさん:2020/05/24(日) 19:40:24 ID:VyKnzV6I0


 *:,.:.,.*:,.:.,.*:,.:.,.。*:,.:.,.。*:,.:.,.。*:,.:.,.。*:,,..:.,


 お花が咲いてて軽やかで、水いっぱいのすごい場所のようです

 *:,.:.,.*:,.:.,.*:,.:.,.。*:,.:.,.。*:,.:.,.。*:,.:.,.。*:,,..:.,



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5名無しさん:2020/05/24(日) 19:41:32 ID:VyKnzV6I0


lw´‐ _‐ノv「このカブリナンって、どういう味ですか?」

<_プー゚)フ「ドライフルーツが入ってますよ。ココナッツの香りです」

lw´‐ _‐ノv「じゃあ、これを……」

<_プー゚)フ「ありがとうございます」

 駅前のこじんまりとした輸入雑貨店で、ナンを購入した。
真空パックに包装された、3枚入りのナン。

 仕事を終えて閉店間際に駆け込んだものの、店主は優しく気長に応してくれた。

<_プー゚)フ「雨が止んで良かったですねえ」

lw´‐ _‐ノv「はい」

 会計が済み、店主と一緒にお店の外まで歩いてゆく。
店頭に出ているパスタやトマトの缶を、店主は仕舞い始める。

 私は店主に一礼をして帰路に着いた。
お昼ごろまで降った雨のおかげで、夜の市街地は冷めた水気を帯びている。

6名無しさん:2020/05/24(日) 19:42:47 ID:VyKnzV6I0

 もう20時を過ぎているのに、たくさんの人が駅周辺を歩いていた。
私のように家に帰るサラリーマン、お酒の匂いを纏った大学生。

 ナン入りの紙袋を掲げて歩いているのは、きっと私だけだろう。

lw´‐ _‐ノv「……」

 駅前から住宅街まで続く商店街を通り、着々と自宅へ向かって歩いてゆく。
バーや居酒屋、コンビニ以外のお店は、どこもシャッターが降りている。

 人通りはあるにも関わらず、私はこの通りをどこか寂しく感じていた。
あるいは単に、何の発見もない見慣れた帰路だからかもしれない。

lw´‐ _‐ノv「……ふー」

 雲に覆われてほとんど星の見えない夜空に、満月だけが顔を覗かせている。
私はふと、月の陰影がロバに見立てられている国があることを思い出した。

lw´‐ _‐ノv(ロバには見えないなぁ……)

lw´‐ _‐ノv「……」

7名無しさん:2020/05/24(日) 19:43:54 ID:VyKnzV6I0

lw´‐ _‐ノv(だけど、私の頭のなかはロバでいっぱいだ)

lw´‐ _‐ノv(……んん? 月を見てロバでいっぱいなら)

lw´‐ _‐ノv(月はロバってことに、……ならないか)

 考えるままに考えると、その果てがどこなのか自分でも分からないことがある。

 それは眠りに落ちる寸前の、混沌として行き場のない思考に似ていた。
明日のことを考えては昔のことを思い出し、気づけば何故か、Tシャツの値段を考えている。

 その考えの回遊を、悪くは思っていなかった。
それはときに私を驚かせ、新しい発見と小さな明るさをもたらしてくれる気がするだ。

 けれど社会人としての生活は、長い通路の一本道のようだった。
迷うのを楽しむには、あまりに整然とし過ぎていた。

 これから帰宅して、レンジで温めた晩御飯を食べる。
それからシャワーを浴びて、明日の仕事に備えて眠る。

 責任のある大人として生きていくということは、そういうことなのだろう。

 小さかった頃に戻れたらいいのに、なんて思いはもう消え慣れた。
それでも時折、子どもの頃の懐かしい記憶はふと蘇る。

 どこに行き着くのか分からないと言えば、あの日もそうだった。

8名無しさん:2020/05/24(日) 19:45:05 ID:VyKnzV6I0


(*゚∀゚)「……でなー、そのヘアピン体育館に落としちゃってさ!」

ハハ ロ -ロ)ハ「オー、それでドクオが拾ってくれたんですね!」

(*゚∀゚)「クーには秘密な!」

ハハ*ロ -ロ)ハ「イエス、二人の秘密ですね」

(*゚∀゚)「ドクオと何話してたんだ、ってあいつうるさいからな!」

ハハ ロ -ロ)ハ「つー、あそこにいるのって、シューですか?」

(*゚∀゚)「んっ? ……ほんとだ! 座り込んで何してるんだ?」

ハハ ロ -ロ)ハ「お腹が痛いのかも知れません」

(*゚∀゚)「給食何度もお代わりしてたもんなー」

ハハ ロ -ロ)ハ「ご飯のときはいつもですよ」

9名無しさん:2020/05/24(日) 19:46:11 ID:VyKnzV6I0

(*゚∀゚)「おーい、シュー! 何してんのー?」

lw´‐ _‐ノv「……うん?」

ハハ ロ -ロ)ハ「ハイ、シュー!」

lw´‐ _‐ノv「あっ、つーちんにハロハロ」

(*゚∀゚)「よっ! お腹痛いのかー?」

lw´‐ _‐ノv「ううん。道端に置いてあるの見てる」

(*゚∀゚)「へー、何があるの?」

lw´‐ _‐ノv「シャケの切り身みたいなの……」

ハハ ロ -ロ)ハ「ワット!? 見せてください!」

(*゚∀゚)「えー!? シャケ落ちてんのー!?」

lw´‐ _‐ノv「ほら、これ……」

10名無しさん:2020/05/24(日) 19:46:51 ID:VyKnzV6I0


☆*★゚*:,    ,      ☆*。゚*・
    ゚'・:     ・。,☆゚'・:*゚':

  /三三三ミ、 
 ,ノ///////ヾ三三三三三ヽ、
 // / ////// //_//_/_ノ
 `\_____/

+ 。・゚・。  キラキラーン!   ・*゚.:。+゚・*


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11名無しさん:2020/05/24(日) 19:47:53 ID:VyKnzV6I0

(*゚∀゚)「な、何これすっげー! 光ってるじゃん!」

ハハ*ロ -ロ)ハ「シャイニー! イッツ ソー シャイニー!」

lw´‐ _‐ノv「やっぱり、まぼろしじゃなかった。良かった」

(*゚∀゚)「シュー、どうするのこれ!?」

lw´‐ _‐ノv「んー……」

(*゚∀゚)「売る? スーパーに売れるよ、これ!」

ハハ ロ -ロ)ハ「食べたら、どんな味なんでしょうか」

lw´‐ _‐ノv「……これってさ、ここにあるものなのかな」

(*゚∀゚)「えー? ここにあるから、ここにあるんじゃん?」

12名無しさん:2020/05/24(日) 19:48:52 ID:VyKnzV6I0

lw´‐ _‐ノv「もっと別の、キラキラスーパーシャケがあるとこにあるものな気がする……」

ハハ ロ -ロ)ハ「キラキラスーパーシャケ」

lw´‐ _‐ノv「こんな道端じゃ、キラシャケがなんかかわいそう」

ハハ ロ -ロ)ハ「キラシャケ」

(*゚∀゚)「確かにそうかもしんないな!」

lw´‐ _‐ノv「だけど、どこがふさわしいんだろう」

ハハ ロ -ロ)ハ「ふさわしい場所……」

(*゚∀゚)「うーん……」

ハハ ロ -ロ)ハ「……あっ、分かりました!」

lw´‐ _‐ノv「私も!」

13名無しさん:2020/05/24(日) 19:50:04 ID:VyKnzV6I0

ハハ ロ -ロ)ハ「それはきっと、たくさんのお花が咲いている場所でしょうね!」

lw´‐ _‐ノv「ふんわり軽やかなところだといいな」

(*゚∀゚)「じゃあアタシは、ざざーって水がいっぱいのところ!」

lw´‐ _‐ノv「みんな別々……」

ハハ ロ -ロ)ハ「ノー、違いますよ!」

(*゚∀゚)「そうだぞシュー!」

ハハ*ロ -ロ)ハ(*゚∀゚)「「お花が咲いてて軽やかで、水いっぱいのところ!」」

lw´‐ _‐ノv「ハロハロ、つーちん……」

ハハ ロ -ロ)ハ「はい?」

(*゚∀゚)「なんだ、シュー?」

lw´‐ _‐ノv「びっくりしたよ、すごい考えだ……!」

(*゚∀゚)「へへへ! そういう場所見つけて、キラシャケ置いてこようぜ!」

lw*´‐ _‐ノv「うん、……うん!」

14名無しさん:2020/05/24(日) 19:51:29 ID:VyKnzV6I0


 道端のシャケの切り身を恐る恐る掴み、優しく握ったあの瞬間を鮮明に覚えている。
指の隙間から輝きが漏れ、まるで生きているかのように温かかった。

 今考えれば、それは幼少特有の錯覚で、何もかも間違えていただけなのかもしれない。
路上で日差しを受けて生温かくなっていた、単なるシャケの切り身。

 それならそれで構わないと私は思う。
認識を改めたところで、優しく透き通った過去が変わるわけではないのだ。

lw´‐ _‐ノv「おっと……」

 思い出にふけって歩いていたため、目当てのコンビニの前を通り過ぎてしまった。
ナンは休日に食べるとして、本日の夕飯を手に入れなくてはならない。

 私は身をひるがえし、夜の通りに明るい光を提供するコンビニへと立ち入る。

15名無しさん:2020/05/24(日) 19:52:45 ID:VyKnzV6I0

 店内の輝きとは逆に、この時間帯のコンビニはそこにいる誰もが無関心だ。
店員は客のことを気にせず、客同士にも見える以上の精神的な距離がある。

lw´‐ _‐ノv(見たことないスイーツだ)

 スイーツコーナーを前に、ふと足が止まる。

 新発売の和風パフェが目に留まった。
緑色のクリーム上に、粒あんやミカンなど、色々な甘味が添えられている。

 社会人には自制心が必要であることを、私は日頃から痛感している。
平日に夜更かしなどできないし、食べ慣れない物を食べてお腹を下すなんて好ましくない。

 加えて私は、これらのスイーツの輝く空しさを知っていた。
色取り取りの未知なる選択肢は無数あるように見えて、本当は限られている。

 この日常を続けている限り、売っているものしか選べないのだ。
南アフリカの現地でしか味わえない果物を、私は一生食べる機会もないのだろう。

lw´‐ _‐ノv「……」

16名無しさん:2020/05/24(日) 19:53:41 ID:VyKnzV6I0

 結局私はお弁当だけを購入し、コンビニを後にした。
片手に傘と通勤バッグ、反対の手にはナンの入った紙袋とコンビニのビニール袋。

 どうにも荷物が多くなってしまった。
ナンの入った紙袋が、その持ち難さで自己主張している。

 思えばつい先ほどは、どうして衝動的にナンを買ったのか、自分でも分からない。
あるいはそれは私なりの、限られた自由への抵抗なのかもしれなかった。

lw´‐ _‐ノv「……」

 いっそディストピアめいた社会で、夢を追う生き方ができたら良かったのにと思う。
成功しないことを誰でもない社会のせいにして、あらゆることから無責任に生きるのだ。

 人生の折り合いをうまくつけられないまま大人になって、ずるずると生きてゆく。
そこにはきっと子供染みた幸福があり、今よりもっと笑っていられるのだろう。

lw´‐ _‐ノv(黄砂で分断された町で)

lw´‐ _‐ノv「……」

lw´‐ _‐ノv(そう、漫画家を目指すんだ……)

17名無しさん:2020/05/24(日) 19:54:47 ID:VyKnzV6I0


(*゚∀゚)「何を目指す?」

lw´‐ _‐ノv「えっ」

ハハ ロ -ロ)ハ「まずは、どっちの方に行きますか?」

lw´‐ _‐ノv「ちょっと待って……、ちょうどいい石ころあった」

(*゚∀゚)「蹴るんだなー? 道路の広い方行こうぜ!」

ハハ ロ -ロ)ハ「オー、ラッキーガールの私の出番ですねー!」

lw´‐ _‐ノv「ヨロシク タノムヨ」

(*゚∀゚)「誰の声?」

lw´‐ _‐ノv「シャケ君だよ コンニチワ」

(*゚∀゚)「あはは! ボクヲ ケラナイデ!」

ハハ ロ -ロ)ハ「石ころ君は大人しくして下さい、レディ……セット、ゴー!」

18名無しさん:2020/05/24(日) 19:55:29 ID:VyKnzV6I0

 
  Go!   
      ノノノノヾ〟 
      ハロ- ロ)ハ
     ~/l ><_(ヽ
  о   ∠__ゝ 
    ミ ._/ヽ


lw´‐ _‐ノv(*゚∀゚)

.

19名無しさん:2020/05/24(日) 19:56:38 ID:VyKnzV6I0

(*゚∀゚)「あっちだ!」

lw;´‐ _‐ノv「あわわ、つーちん、走ったら危ないよー」

ハハ ロ -ロ)ハ「風になりましょう、シュー!」

lw;´‐ _‐ノv「ハロハロまで……。ランドセル重いんだよ〜」

(*゚∀゚)「アヒャヒャ!」

ハハ ロ -ロ)ハ「アイ アム ウィンド……」

lw´‐ _‐ノv「もー、待って〜」

(*゚∀゚)「あっ、忘れてた!」

lw´‐ _‐ノv「やっと追いついた……、つーちんどうしたの?」

(;゚∀゚)「今日、歯医者だった……」

20名無しさん:2020/05/24(日) 19:57:34 ID:VyKnzV6I0

ハハ;ロ -ロ)ハ「オー、それは怒られちゃいますねー」

lw´‐ _‐ノv「つーちんのママって優しそうだけど、怒ることある?」

(*゚∀゚)「怒るよ、昨日も漢字ドリルやらないでテレビ見てたら怒られたし」

ハハ ロ -ロ)ハ「今日は帰りますか?」

(*゚∀゚)「んー、……帰らない! ハロちゃんとシューだけだと、見つからないからな!」

lw´‐ _‐ノv「そうなの?」

(*゚∀゚)「そー! 三人じゃないとだめ!」

lw´‐ _‐ノv「そういう場所なんだ」

(*゚∀゚)「そういう場所ー!」

21名無しさん:2020/05/24(日) 19:58:38 ID:VyKnzV6I0

ハハ ロ -ロ)ハ「……二人とも、見てください! レンタカーショップがあります!」

lw´‐ _‐ノv「あるけど……、どういうこと?」

ハハ ロ -ロ)ハ「車に乗って探したら、すぐ見つかるハズです!」

lw´‐ _‐ノv「おおっ、確かに……!」

(*゚∀゚)「いやー、大人の人がいないとダメじゃないかー?」

ハハ ロ -ロ)ハ「カード作ったら借りられるんだぜ! 図書館みたいに!」

ハハ ロ -ロ)ハ「って、ドクオが言ってました」

(*゚∀゚)「うそくさー!」

lw´‐ _‐ノv「ふふっ。つーちんが運転ね、ショボンカート上手いし」

(;゚∀゚)「ええーっ、無理だと思うけど……」

ハハ ロ -ロ)ハ「ほらっ、入りましょー!」

22名無しさん:2020/05/24(日) 20:00:02 ID:VyKnzV6I0


(゚、゚トソン「……入りました?」

lw´‐ _‐ノv「えっ、どこに?」

(゚、゚トソン「何とぼけているんですか。ペン入れに、ですよ」

lw´‐ _‐ノv「……ふふふ、これは私が先に完成してしまうかな」

(゚、゚トソン「残念。こちらもすでにペン入れしています」

 線と線が重なった迷い線だらけの下描きに、水性ペンを入れてゆく。
0.05mmの細いペン先は、私の思い描いた物語を、ゆっくりと形あるものへと変えてゆく。

 今回の漫画の設定も、私の好きな不思議な世界の物語だ。
不思議な世界の良い点は、フライパンやサモア諸島を、脈絡もなく自由に登場させられることだ。

 こたつテーブルの正面では、トソンも彼女自身の漫画を描いている。
私たちはそれぞれの世界に浸り、やがて何も聞こえなくなった。

23名無しさん:2020/05/24(日) 20:01:15 ID:VyKnzV6I0

 正方形の夜、明滅する芳香、苺の浮いたコーヒーカップ。
描いたものが動いているかのような錯覚に陥り、指先が軽やかに踊る。

lw´‐ _‐ノv「……」

(゚、゚トソン「……」

 しばらくして、私はおもむろに立ち上がった。

 黙々と机に向かっていることに、軽い疲れを感じたためだった。
正面に座っていたトソンも原稿用紙から顔を上げ、私の様子をうかがっている。

 居間を離れてキッチンへと、私はのそのそと体を運ぶ。
トソンも少し休憩をと考えたのか、その場で両腕を伸ばしていた。

 私はキッチンを物色しながら、何度も再考しているセリフを口ずさむ。
会話の言葉選びの細かな部分は、ペン入れを始めた段階でも悩ましかった。

lw´‐ _‐ノv「匂いに慣れることを、順応というんだって」

lw´‐ _‐ノv「そのうち、この景色にも慣れちゃうのかな」

24名無しさん:2020/05/24(日) 20:02:24 ID:VyKnzV6I0

lw´‐ _‐ノv「……」

lw´‐ _‐ノv「慣れちゃう。うーん……、慣れてしまう、のかな」

 慣れかぁと、空っぽの戸棚を眺めながら思う。

 自由気ままな漫画を描いているものだから、どうしても現状との比較を考えてしまう。
トソンと私が暮らすこの部屋のキッチンには、食品が少なすぎる。

lw´‐ _‐ノv「とそりーぬ、カップ麺ないよ」

 私はキッチンのシンクの上から、ひょいと顔を出す。
首を傾けてストレッチをしている同居人と、目が合った。

(゚、゚トソン「スーパーに行っても、まだ入荷していないと思いますよ」

lw´‐ _‐ノv「お米もないよ、とそりーぬ」

(゚、゚トソン「それは前からありません。そして……」

lw´‐ _‐ノv「うん?」

25名無しさん:2020/05/24(日) 20:03:53 ID:VyKnzV6I0

(゚、゚トソン「いい歳して、変な愛称で呼ぶな」

lw´‐ _‐ノv「酷い……、ただ私は場を明るくしたくて」

(゚、゚トソン「……」

 私は細い目をさらに細めて、今にも泣き出しそうなふりをする。

 長年同居している彼女には、私のそれは演技だとバレているのに違いない。
けれども私も同様に、トソンが生真面目な性格であることを知っている。

 恐らく彼女は僅かな可能性として、本当に傷付けてしまったかもしれない、と考えていることだろう。

(゚、゚トソン「すみません、強く言い過ぎたかもしれません」

lw´つ_‐ノv「……うう、ぐすん」

(゚、゚;トソン「……あの」

lw´つ_‐ノv「しくしく……」

(゚、゚;トソン「ごめんね。……し、しゅーにゃん」

lw´‐ _‐ノv「えっ? なんて?」

26名無しさん:2020/05/24(日) 20:04:56 ID:VyKnzV6I0

(゚、゚トソン「……やはりそうでしたか」

lw´‐ _‐ノv「さっきの聞こえなかったんだけど、もう一回」

(゚、゚トソン「はぁー。本当にシューは子どもですね……」

 確かに年齢的には、私たちはお釣りが返ってくるくらいには十分に大人だ。
余ったお金でお寿司も食べられることだろう。

 けれど私は、子供の自分を引きずってここまで歩んできたような気がする。
まるでそうするのが正しいことであると、半ば私は盲信していた。

lw´‐ _‐ノv「スーパー行ってくーる」

(゚、゚トソン「いえ、私が行きますよ。前回行ったのはシューでしたし」

 そう言ってトソンは立ち上がり、壁に掛けてあったマウンテンパーカーを羽織る。
玄関へと向かう彼女に、私はゴーグルと使い捨てマスクを手渡した。

lw´‐ _‐ノv「気をつけてねー」

27名無しさん:2020/05/24(日) 20:06:13 ID:VyKnzV6I0

 トソンを見送った後、カーテンを開いて窓の外に目をやる。

 砂煙が空を覆い、立ち並ぶビルや住宅の影は、ぼんやりとしか見えない。
まるで町ごと流砂の中に飲み込まれてしまったかのようだ。

 砂に埋もれ、閉ざされてしまった地域が実際にあることは聞いている。
あるいはこの町もどうなるか分からない。

lw´‐ _‐ノv「ああ、景色がやがて埋もれてゆくのは」

lw´‐ _‐ノv「……」

lw´‐ _‐ノv「埋もれて。うーん……、腐ってゆくのは」

 シューは危機感が足りないと、トソンに言われたことがある。
確かにそうなのかもしれないが、トソンはトソンで心配症だ。

 私たちの人生は、映画や漫画のように区切られてはいない。
幸せな結末もバッドエンドも過程に過ぎず、お布団で眠って迎える明日を繰り返す。

 ずっとこうしてお互いを支えあい、流れに任せて生きてゆければいい。
そんな漠然とした気持ちが、私を先へ先へと促していた。

28名無しさん:2020/05/24(日) 20:07:25 ID:VyKnzV6I0


ハハ ロ -ロ)ハ「車、借りられませんでした……」

(*゚∀゚)「やっぱドクオ嘘ついてたじゃん!」

lw´‐ _‐ノv「もう一押しだったね」

(*゚∀゚)「いやいや、無理だったよ!」

ハハ ロ -ロ)ハ「今度はどっちに行きましょう?」

lw´‐ _‐ノv「あの木に登って、辺りを見てみる」

ハハ ロ -ロ)ハ「では、シャケを預かりましょう」

(*゚∀゚)「気をつけろよー」

lw´‐ _‐ノv「うん。……向こうに川が見える!」

29名無しさん:2020/05/24(日) 20:08:21 ID:VyKnzV6I0

ハハ ロ -ロ)ハ「オー! お花が咲いてて軽やかですか?」

lw´‐ _‐ノv「うーん、水だけかなー?」

(*゚∀゚)「じゃあ、一つ近づいたってことだな! シュー、降りてきなよ!」

lw´‐ _‐ノv「うん、今降りるよー」

ハハ ロ -ロ)ハ「確かに川沿いに歩いていけば、見つかるかもしれませんね!」

lw´‐ _‐ノv「よっと。ハロハロ、シャケありがとう」

ハハ ロ -ロ)ハ「ユアーウェルカム!」

(*゚∀゚)「シュー、木の枝に何か引っ掛けたままだぜ?」

lw´‐ _‐ノv「……あっ、でぃ猫。取れちゃったんだ」

30名無しさん:2020/05/24(日) 20:09:32 ID:VyKnzV6I0

(*゚∀゚)「でぃ猫?」

lw´‐ _‐ノv「うん。ランドセルにつけてた猫のキーホルダー」

ハハ ロ -ロ)ハ「取ってきますか?」

lw´‐ _‐ノv「……うーん、いいや。また登るの大変だし」

(*゚∀゚)「じゃあ、ここ世界遺産にしよーぜ!」

lw´‐ _‐ノv「世界遺産かあ……」

ハハ ロ -ロ)ハ「でぃ猫ツリー世界遺産に認定!」

lw´‐ _‐ノv「観光料、10億円頂きます」

(*゚∀゚)「よーし、川に向かって進むかー!」

ハハ ロ -ロ)ハ「行きましょう!」

lw´‐ _‐ノv「えっ、10億円は?」

(*゚∀゚)「……待った! 二人とも見て、なんかいる!」

31名無しさん:2020/05/24(日) 20:10:18 ID:VyKnzV6I0


     _,,..,,,,_
    / ,' 3  `ヽーっ
.   l   ⊃ ⌒_つ
    `'ー---‐'''''"

(*゚∀゚)ハハ ロ -ロ)ハlw´‐ _‐ノv

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32名無しさん:2020/05/24(日) 20:11:19 ID:VyKnzV6I0

ハハ ロ -ロ)ハ「ソーキュート! 猫でしょうか?」

lw´‐ _‐ノv「あれは……、アラマキ! 荒巻シャケが好物なんだ」

ハハ ロ -ロ)ハ「ノー、アラマキ! これは、キラシャケ!」

/ ,' 3 ……

(;゚∀゚)「アラマキ、めっちゃこっち見てるじゃん!」

/ ,' 3 ……

lw´‐ _‐ノv「ど、どうしよう」

(*゚∀゚)「シューのランドセル、アタシが持つから貸しな!」

lw´‐ _‐ノv「えっ、……うん?」

(*゚∀゚)「よし! せーので走るぞ! ……せーの!」

lw;´‐ _‐ノv「わあああー!」

33名無しさん:2020/05/24(日) 20:12:28 ID:VyKnzV6I0

ハハ ロ -ロ)ハ「あっ、シューの見た川はっ、あれですね!」

(*゚∀゚)「川沿いにっ、行こう!」

lw;´‐ _‐ノv「ランドセルなくても……ハァッ、走るの、重いよ〜……」

ハハ ロ -ロ)ハ「ワット? シューは私より、痩せているじゃないですか」

(*゚∀゚)「アハハ! 体力つけろ、シュー!」

lw;´‐ _‐ノv「アラマキ、追ってきてるー?」

(*゚∀゚)「あ、追ってきてない!」

ハハ ロ -ロ)ハ「フー、助かりましたね」

lw´‐ _‐ノv「のどが渇いた……」

(*゚∀゚)「自販機で飲み物買ってくるから、ちょっと待ってな!」

lw´‐ _‐ノv「いいの? つーちんありがとう」

34名無しさん:2020/05/24(日) 20:13:35 ID:VyKnzV6I0

(*゚∀゚) スタスタスタ……

lw´‐ _‐ノv「つーちんは元気だ……」

(;゚∀゚) トボトボ……

ハハ ロ -ロ)ハ「元気、ロストしたみたいですね」

(;゚∀゚)「お金足りなかった……!」

lw´‐ _‐ノv「あっ、ランドセルの中に30円あったかも」

ハハ ロ -ロ)ハ「私も20円ありますよ、ドーゾ」

(*゚∀゚)「よし、缶のなら買える!」

(*゚∀゚) スタスタスタ……

35名無しさん:2020/05/24(日) 20:14:32 ID:VyKnzV6I0

(*゚∀゚)「買ってきたぞ! ほら、飲め!」

lw´‐ _‐ノv「つーちん、ありがとう」

(*゚∀゚)「いいからいいから」

lw´‐ _‐ノv ゴクゴク…

lw*´‐ _‐ノv「くぅぅー……」

ハハ ロ -ロ)ハ「フフッ、変な声出ましたねー」

lw´‐ _‐ノv「飲んだらハロハロもなるよ、はい」

ハハ ロ -ロ)ハ ゴクゴク……

ハハ*ロ -ロ)ハ「クゥゥー……」

lw´‐ _‐ノv「やっぱり」

(*゚∀゚)「アハハ!」

36名無しさん:2020/05/24(日) 20:15:30 ID:VyKnzV6I0


lw´‐ _‐ノv「ただいまー」

 帰宅した私は真っ先にコートを脱ぎ捨て、照明のスイッチを押す。
朝出勤した時のままの、物が散らかった部屋があらわになった。

lw´‐ _‐ノv「すいすい〜」

 倒れている掃除機を避け、ゴミ出しの日を逃してしまった雑誌の束を跨ぐ。
さすがに週末には片付けなくてはと思いつつ、すでに気持ちは明日までの短い余暇を満喫していた。

 コンビニで買ったお弁当を電子レンジに入れて、タイマーをセットする。
レンジの回るジーッという音は、セミの鳴き声のようだ。

 ジュースの缶を片手に居間のイスに座り、私はお弁当が温まるのを待った。

lw´‐ _‐ノv「……」

 あの日私たちが捜し求めた、牧歌的な夢のような空間。
結局そんな場所は、私たちには見つけられなかった。

37名無しさん:2020/05/24(日) 20:17:11 ID:VyKnzV6I0

 正直に言えば、あの時の私はドラマチックな何かを期待していた。
シャケの切り身の楽園や、魚の神様がお礼に現れることを思い描いていた。

 けれど何も起こらず、シャケは通学路の道端に戻し、そのうちになくなってしまった。
きっとアラマキか何かに、食べられてしまったのに違いない。

 それでもあの日の記憶を、挫折と捉えられないのは何故なのだろう。

 缶のプルタブに爪を引っ掛けて、カシュッと鳴る乾いた音と共にフタを開ける。
普段飲まない炭酸飲料は、ゴロゴロと喉を刺激しながら胃へと流れていった。

lw*´‐ _‐ノv「くぅぅー……」

 そういえばあの時もそんな声が漏れてしまい、三人で笑っていた。
自然と浮かび上がる思い出は、キラシャケのように虹色に輝いている。

lw´‐ _‐ノv「……あっ」

 ふと私は、今更気付いてしまった。
段々と実感が湧き始め、思わず口元が緩む。

 お花が咲いてて軽やかで、水いっぱいのすごい場所。
あるいはそれは、あの頃のことなのだろう。

 見つけたことで何かが変わるわけではない。
それでも私は新しい発見に喜び、小さな幸せを感じていた。



.

38名無しさん:2020/05/24(日) 20:18:34 ID:VyKnzV6I0


(゚、゚トソン「ただいま」

lw´‐ _‐ノv「おかえりー、黄砂どうだった?」

 トソンの声にそう答え、私は玄関へと向かう。
彼女は食料品を詰めてきた袋を床に置き、衣服に付着した砂を払っていた。

(゚、゚トソン「いつも通りですよ。あー、口の中に砂が……」

 そう言い残して洗面台に向かった彼女の言葉に、私はどこか違和感を受けた。

 普段から私は、ぼーっと口を開けていることが多い。
が、いつ見てもトソンの唇は、キュッと結ばれている。

 黄砂の降る中を、歌でも歌いながら行ってきたのだろうか。
そういえば彼女は、出かけるときにつけていったマスクもしていなかった。

39名無しさん:2020/05/24(日) 20:19:45 ID:VyKnzV6I0

lw´‐ _‐ノv「あれ、マスクどうしたの?」

(゚、゚トソン「あたふたしているうちに、どこかへ飛んでいきました」

lw´‐ _‐ノv「あたふたしてたんだ」

(゚、゚トソン「木の枝から虫か何かが、ちょうど私のパーカーの中に落ちてきたんです」

lw´‐ _‐ノv「何の虫だったの?」

(゚、゚トソン「それが違ったんですよ」

(゚、゚トソン「水で洗ったら、だいぶ綺麗になりました」

 洗面所から戻ってきたトソンは、手に何かを持っていた。
彼女にしては珍しく、まるで子供のような笑顔を浮かべ、手のひらをこちらに差し出す。

(゚、゚*トソン「見てください! 可愛いでしょ?」

40名無しさん:2020/05/24(日) 20:20:53 ID:VyKnzV6I0

 見るとトソンの手のひらには、小さなキーホルダーがのっていた。
安価なアクリル製の、猫をモチーフとしたキーホルダー。

lw´‐ _‐ノv「これって……」

(゚、゚トソン「猫らしきキャラクターなんですけれど、知ってます?」

 野ざらしのまま、長年風雨に打たれたためだろう。
ストラップは赤土色に錆び、アクリル樹脂の表面は傷が付いてボロボロだった。

lw ´; _ ;ノv「……知ってる、知ってるよ」

(゚、゚;トソン「わっ、どうして泣いているんです?」

 何も考えることができなくなり、私はその場に立ち尽くした。
予期せぬノスタルジーの急流が、心地よい温かさで胸を締めつける。

 滲んだキーホルダーを、私はじっと見つめ続ける。

(゚、゚;トソン「そんなに好きなんですか? 良かったらシューにあげますよ」

lw ´; _ ;ノv「ありがとう、トソン……」

41名無しさん:2020/05/24(日) 20:21:58 ID:VyKnzV6I0

(゚、゚;トソン「……変な呼び方しないなんて。いつの間に大人になったんですか」

lw´つ_ ;ノv「……うん、今だよ」

 涙を手で拭い、子どもの頃の思い出を受け取る。

 トソンが持ち帰った物は、恐らく彼女の想像したよりも遥かに私を驚かせてしまった。
むしろそういった予測不可能は、私の取り柄なのに。

lw´‐ _‐ノv「トソンはズルいなぁ……」

(゚、゚トソン「何言ってるんですか。ほら、食品しまうの手伝って下さい」

lw´‐ _‐ノv「……そうだ、漫画にでぃも登場させよう」

(゚、゚トソン「でぃ? でぃって、どなたです?」

lw´‐ _‐ノv「えー、とそりーぬ、でぃ猫知らないのー?」

(゚、゚トソン「またその呼び方……。はぁー、短い大人タイムでしたね」

 ある日シャケが夢に見た鮮やかな理想郷は、この世界に必ず存在している。
予測不可能な、この先の未来にきっと。




.

42名無しさん:2020/05/24(日) 20:22:38 ID:VyKnzV6I0


おしまい




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43 ◆O0krtulOz.:2020/05/24(日) 20:23:53 ID:VyKnzV6I0


以上です、ありがとうございました!


☆感謝☆
テストスレでシャケの切り身のAAを貼って下さった>>78さん
ニワトリタクシー、浴室奇譚の感想を呟いて下さった方
全てのブーン系の民

44名無しさん:2020/05/24(日) 20:28:56 ID:umdmWpZ60
乙!

45名無しさん:2020/05/24(日) 21:04:52 ID:LIe.4IEM0
lw´‐ _‐ノv たちの世界遺産巡りたい

46名無しさん:2020/05/24(日) 21:40:26 ID:wU4kbFKQ0
乙乙乙

47名無しさん:2020/05/25(月) 06:50:08 ID:Pu1fnWhk0
ほっこりするいい話だった


48名無しさん:2020/05/25(月) 14:09:13 ID:N2JK7JPs0

胸にくる話だった

49名無しさん:2020/05/27(水) 23:03:06 ID:ZNXdkrOM0
好きだ。乙


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