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さよなら、そしてまた会おう

1名無しさん:2018/11/10(土) 19:00:02 ID:Pxf6q6QM0



And the LORD said unto him,

Therefore whosoever slayeth Cain, vengeance shall be taken on him sevenfold.

And the LORD set a mark upon Cain, lest any finding him should kill him.



主はカインに言われた、

「いや、そうではない。だれでもカインを殺す者は七倍の復讐を受けるでしょう」

そして主はカインを見付ける者が、だれも彼を打ち殺すことのないように、彼に一つのしるしをつけられた。



――――「創世記4章15節」より



.

2名無しさん:2018/11/10(土) 19:01:03 ID:Pxf6q6QM0
     +++


俺はいったいどのような人間なのか。

自分についてのそのような問いを、
誰でも一度はしたことがあるだろう。

俺にはその答えが、ひとつに固まるきっかけがあった。

まだ俺は幼稚園児で、誰でも同じだと思うけど、
自分の意志など当時はまだ、ほとんど持っていなかった。

名前は思い出せないが、印象深い奴がひとり記憶に残っている。
そいつは人の足を踏みつけるのが大好きだった。

送迎バスの中や、クラスでみんなが集まっているときに、
人と人との合間に無理矢理押し入って、足の甲を踏み潰す。

踏まれた側は大声で泣き出す。
その声を聞いて悦に浸る、そんな変わり者だった。

3名無しさん:2018/11/10(土) 19:02:03 ID:Pxf6q6QM0
もう少し年を経ていたら、クラスのみんなで寄ってたかって、そいつを無視したりできたのかもしれない。
だけど、園児の俺たちは、周りと協力するなんて発想が思い浮かばなかった。
足を踏むという脅威に対し、ただただ自分に白羽の矢が立たないように祈るだけだった。

祈る、なんていうと大袈裟かも知れないが、ちょっとした事情がある。

その幼稚園の園長が、どうやらキリスト教にご執心だったらしく、
園内の時間割として、はっきりと祈りの時間が設けられていた。
一日一回、5分程度の時間だった。


無事でいられますようにと、願っていたことは事実だ。
だが、当時の俺は果たして、"神"を信じていたのだろうか。

今の俺ならはっきり言える。
神なんてものは存在しない。
もしいるとしても、よほど人間のことが嫌いなのだろう。
どこをどう見ても人間は、憎み合うようにプログラムされているようにしか思えない。

4名無しさん:2018/11/10(土) 19:03:03 ID:Pxf6q6QM0
俺の祈りは届かなかった。

ある日、外遊びから戻る途中で、足踏み少年は俺に狙いを定めた。
踏まれた感触に、俺は咄嗟にそいつを押し倒した。
それがいけなかったのだろう。
少年は、執拗に俺を狙うようになった。

俺は泣かなかった。
元々泣くということが苦手だったし、
そいつの思い通りになるものか、という気持ちもあった。

だから、他の園児と比べて格段に、いつまでも足を踏まれ続けた。

周りの子たちは安心したようだった。
誰も俺に気を配らなかった。
名前も思い出せないので、どうせ大した奴らじゃないのだろうが
それでも、多少は傷ついた覚えが、感触として残っている。

5名無しさん:2018/11/10(土) 19:04:03 ID:Pxf6q6QM0
俺は次第に幼稚園に行くのが億劫になった。

送迎のバスが来ても拒絶したかったが、
自分の気持ちをうまく言葉にできなかった。

今なら、自分が不甲斐なかったからだとわかる。
逆らうことのできない俺に、自分で憤っていた。
それを誰にぶつけたらいいのかもわからずにいた。

ある日、帰りの時間に、珍しく父が車で迎えに来た。
いわゆる高級車のそれに、周りの保護者たちからは熱い視線が注がれていたと思う。
俺は父の登場にすっかり驚いていた。送迎はいつも、母の仕事だったからだ。

父は俺の名前を呼んだ。
たまたま休みが取れた、とかなんとか、言っていた気がする。
俺は素直に頷いて、周りの目を恥ずかしがりながら歩き進んだ。

6名無しさん:2018/11/10(土) 19:05:07 ID:Pxf6q6QM0
その途中で、近づいてくる足音が聞こえてきた。

はっきり耳に届いていたし、よけることもできた。
だが、俺は、何もしなかった。

突っ立って、そのうちに脇から足踏み少年が現れ
スキップをする形で俺の足を踏んだ後、
得意げに鼻を鳴らして、去って行った。

俺は、父に自分の姿を見せたかった。
ほんの少しの軽い気持ちだ。

誰かが現状を察してくれたら、いくらか心が晴れる気がした。

7名無しさん:2018/11/10(土) 19:06:04 ID:Pxf6q6QM0
あのとき見た父の顔は忘れない。

父は少年の後ろ姿に視線を注いでいた。

人を見る目ではなかったと思う。
氷の刃のような睨み方だった。

その後、どうやって帰ったのかは憶えていない。
どうにも記憶が曖昧だ。
父の顔つきが怖くて、ずっとそのシーンだけが印象に残っていた。

あのときの父は本当にたまたま居合わせたのだろうか。
もしかしたら誰かが父に、足踏み少年の話を垂れ込んでいたのかもしれない。
そう考えると、父のあの鋭い目線は、まさしく目標を捕捉した猛禽のそれと酷似していた。

8名無しさん:2018/11/10(土) 19:07:03 ID:Pxf6q6QM0
それからしばらく経った、朝のことだ。

騒ぎが聞こえて、俺は寝床で目を覚ました。
怒声が聞こえた。父の声だ。

温厚な父が、そのような声を出すのは珍しかった。
湧いてきた好奇心は、無邪気に俺の背中を押してくれた。

玄関に父と、知らない大人の男がいた。
その人は上がり框に土下座をして、必死に叫んでいた。

許してください、悪ぎはなかったんです。
そんなようなことだ。

9名無しさん:2018/11/10(土) 19:08:08 ID:Pxf6q6QM0
「お前、俺が誰だかわかっとらんようだな」

父の言葉に、震えた呻き以外の返事はなかった。

父は革靴を履いた足を男に乗せると、
一気に、体重を加えて踏み込んだ。

鈍い音が響く。

男は昏倒して、横に倒れた。
その腹に目がけて父が爪先を打ち込んだ。
何度も蹴り込まれ、男の呻き声は次第に小さくなっていった。

10名無しさん:2018/11/10(土) 19:09:17 ID:Pxf6q6QM0
男はよろめきながら、再び土下座をしたが、父は背を向けた。

俺は自分の姿が見られる前に、自室に引っ込んだ。

静かになり、本来の起きる時間が迫っていても、
ベッドには戻らず、扉の前で体育座りをしたままでいた。

心臓が高鳴って、苦しいほどだった。
頃合いを見計らって部屋から出ると、男はいなくなっていた。

父もすでに外出していた。
出張だとかで、朝早くに出たと母は言っていた。


その日から、大きな変化があった。

11名無しさん:2018/11/10(土) 19:10:05 ID:Pxf6q6QM0
足踏み少年は俺に近寄らなくなった。
むしろ、あからさまに俺を避けるようになっていた。

今まで無理矢理接してこようとしていたのが、一転して
俺が近づくと声を上げて逃げるようになったのだ。

あのときの男は、少年の父親だった。
クラスの参観日で、それがわかった。

少年はたまたま俺の近くにいたのだが、
そこへあの男が現れて、少年を連れ去っていった。
遠く離れた部屋の隅で、強張った顔をして、男は少年に教え諭していた。

俺に近づいてはいけないこと。
何をされるかわからないこと。
最後には、男は涙声になっていた。

12名無しさん:2018/11/10(土) 19:11:06 ID:Pxf6q6QM0
困惑した少年が、俺に視線を向けてきた。
悦楽の欠片もなく、怯えきっているように見えた。

そのときだ、俺が自分を理解できたのは。

俺は怖がられる存在なのだ。

誰も、本気になって俺を傷つけることはできない。
なぜなら父が、力を持っているからだ。

暴力的でありながら、普段はその姿を決して人前には見せない父。

俺は、そんな父の息子だった。



     +++

13名無しさん:2018/11/10(土) 19:12:08 ID:Pxf6q6QM0



さよなら、そしてまた会おう

(探偵モララーシリーズ 完結作)




第一作:( ^ω^)は嘘をついていたようです
http://cloudcrying.blog.fc2.com/blog-entry-43.html


第二作:( ・∀・)探偵モララーは信じていたようです
http://cloudcrying.blog.fc2.com/blog-entry-339.html


本編には第一部、第二部に関する重大なネタバレが含まれています。



     +++

14名無しさん:2018/11/10(土) 19:13:03 ID:Pxf6q6QM0



第一話


   始まりを告げる叫び



     +++

15名無しさん:2018/11/10(土) 19:14:04 ID:Pxf6q6QM0
国民的な音楽が現れにくい世の中になった、
という言説をモララーはふと思い出していた。

テレビの音楽番組が減ったことや、
そもそもテレビ自体を見なくなってきていること、
個人的に楽しめればそれでいいという考え方が広まったこと、
理由はそれこそ、述べる人によりけりだ。

今の音楽が昔のそれと比べて劣っている、とはモララーは思っていなかった。
様々な人がいる中で、皆の嗜好が同じであるわけがない。

16名無しさん:2018/11/10(土) 19:15:04 ID:Pxf6q6QM0
それでも、非難の声は必ず現れる。
昔から、それは変わらない。
耳慣れない音楽に、まずは眉を顰めてしまう人はいる。

今この車内に流れている音楽に、もしも非難が寄せられるとすれば、
「何が言いたいのかわからない」だろうな、とモララーは思った。

抽象的な歌詞が続き、文章としても切れ切れで、意味が単純には繋がらない。
この歌からどのような感情を想起すればいいのか、
正直なところモララーにもわからなかった。

17名無しさん:2018/11/10(土) 19:16:06 ID:Pxf6q6QM0
しかし、聞きがたいわけではない。
その理由は、伸びやかな声にあった。

安定した音程とリズム感で、澄んだ声が耳に届く。
たとえ言葉がわからなくても、聴き入ってしまう。力のある歌だった。

久城デレ、というのがその歌手の名前だ。

この車を運転する青年、ドクオは、
歌の盛り上がりに合わせ、毎度律儀に息をのんでいた。

( ・∀・)「ノリにノってアクセル踏み抜くなよ」

(;'A`)「わっと」

18名無しさん:2018/11/10(土) 19:17:08 ID:Pxf6q6QM0
車体が尋常でなく揺れて、かえってモララーは肝を冷やした。

('A`)「モララーさん起きてたんですか?」

( ・∀・)「寝てたよ。そして起きた。まだ着きそうにない?」

('A`)「……ご覧の通りですよ」

紛うことなく、渋滞だ。車はほとんど動いていない。

モララーたちも、周りの車も皆、目の前のホールに向かっていた。
先ほどから歌が流れている久城デレ、そのコンサートが、
あのホールで三時間ほどの後に行われようとしていた。

19名無しさん:2018/11/10(土) 19:18:06 ID:Pxf6q6QM0
(;'A`)「やっぱり電車で行った方がよかったですかね」

( ・∀・)「それじゃ車の練習にならないんだろ?」

('A`)「すいません、俺のわがままに付き合わせてしまって」

言って、ドクオは頬を綻ばせた。

(*'A`)「それにしても、久城デレの人気もここまでとは。
     渋滞の中で難ですが、やっぱり嬉しいですね」

(;・∀・)「はは、そうかい」

20名無しさん:2018/11/10(土) 19:19:03 ID:Pxf6q6QM0
モララーはヘッドレストに頭を押しつけて、苦笑いしたまま目を閉じた。

分手モララーは探偵であり、ドクオはその助手である。

夏、とある事件をきっかけにしてモララーと知り合ったドクオは、彼の助手となった。

あくまでもアルバイトという形を取っていたが、
探偵事務所に通い詰め、依頼を受けて行動を共にし、
時間のあるときは過去の事件の整理や消耗品、予算の管理まで、いつしか引き受けるようになっていた。

久城デレのCDを事務所に持ち込むようになったのは、夏のピークが去った頃のことだ。

経緯はある。それを思えば、モララーはドクオの嗜好を無碍には否定できなかった。

21名無しさん:2018/11/10(土) 19:20:04 ID:Pxf6q6QM0
( ・∀・)「しかしこのCD、もう三週目に入るんじゃないか? 流石に飽きない?」

('A`)「ええ? これからコンサートですよ? 久城デレ以外の誰を聞くって言うんですか」

( ・∀・)「いや、これから聴くわけだし……」

('A`)「だからこそ、耳を慣らしておかないと」

妙に強気になったドクオに言えることは何もなかった。
ふとモララーがの外に目をやると、周りでは平気な顔をして歩いている人が見えた。

( ・∀・)「なあ、ここで変わろうか。お前、先に行って並びたいだろ」

22名無しさん:2018/11/10(土) 19:21:05 ID:Pxf6q6QM0
('A`)「え、いいんですか?」

( ・∀・)「一応俺も免許あるし、レンタカー借りるときにも
      お前と一緒に申請しておいた。手続き上は問題ないよ」

(;'A`)「……そうですか。迷惑掛けっぱなしなのは心苦しいですが」

辺りの歩いている人に、ドクオ自身も気づいたらしく、モララーを今一度振り返った。
ドクオが頭を下げると、モララーがひらひらと、手を振って返した。

前の車のブレーキランプが消えないうちに、ドクオは助手席側に移動し、
モララーも悠然と外に出て、ドクオが出た扉を潜って難なく運転席に座った。

('A`)「ほんとすいません。帰りは手伝いますから」

23名無しさん:2018/11/10(土) 19:22:05 ID:Pxf6q6QM0
( ・∀・)「別に気にするなよ。俺も適当に休んでいるから。
      コンサートが終わったらなるべく会場の近くに寄せるよ」

('A`)「それなら……また携帯で連絡します」

最近買い換えたばかりというスマートフォンを、ドクオは指差して言った。

対してモララーは未だにガラケーだが、
メールを送ったり、通話をするだけなら支障はなかった。
まだ数年は大丈夫だろうとモララーは高を括っている。

(*'A`)「載せといたCD、いくらでも聞いて良いですからね」

(;・∀・)「もう散々聞いたっての。じゃあ楽しんでくれ」

24名無しさん:2018/11/10(土) 19:23:03 ID:Pxf6q6QM0
ドクオは申し訳なさそうな顔のまま、車から遠ざかっていった。

最初から、コンサートに参加するのはドクオだけであり、
モララーはドクオの運転の付き添いにきただけだった。

仕事が粗方片付け終わり、ぽっかり空いた冬の休日。
長い冬休みを利用して免許を取ったばかりのドクオは、
練習を兼ねて、久城デレのコンサートに行くことを提案したのであった。

モララーはしばらくして、渋滞から、一方通行の脇道へ抜けた。
コンサート会場へ向かう人の波は遠くからでもうんざりするほど確認できた。

モララーにも、好きな歌くらいはある。たまには羽目を外してカラオケに行くこともあった。
だがコンサートにまで足を運ぶほど、誰かひとりの歌手に熱中した経験はない。

25名無しさん:2018/11/10(土) 19:24:06 ID:Pxf6q6QM0
何度も繰り返された久城デレの歌声は、CDをかけずとも、頭の中に響いていた。
叙情的な歌詞に、僅かながらも、励ましの言葉が耳に残る。

久城デレの歌への感想で多いのは、共感と激励だ。
個人主義の時代といいつつも、繋がりがあれば、人は安らぐ。
抽象的な歌詞を拡大気味に解釈して、人気の理由をモララーは自分なりに思い描いていた。

ドクオは疲れていたのかもしれない。
あるいは今も。

行きすぎた想像に、モララーは自重しつつ、駐車場を見付け、そこに車を止めた。
駅前から歩いて10分ほどの位置にある、手頃な値段の場所だった。

26名無しさん:2018/11/10(土) 19:25:03 ID:Pxf6q6QM0
駅から延びる商店街に出て、チェーンの喫茶店に入り、
安い珈琲を注文してノートを開いた。

仕事は落ちついている。書くべきことは少ない。
それでも、開けるときにノートを手に取るのが、職業柄の癖になっていた。

モララーが探偵業を初めて、約15年の月日が経っていた。
長い間、様々な事件を追ってきたモララーは、
世の中が決して綺麗なことばかりでないことを既に悟っている。
あからさまに醜い人を見て、溜息をためいきをつきたくなることもあった。

このような悟りが人々に共通のものだとしたら、
綺麗な歌声に縋りたくなる気持ちもわかる。
澄んでいるということは、それだけでも珍しく、価値のあることだ。

27名無しさん:2018/11/10(土) 19:26:13 ID:Pxf6q6QM0
夏にあった事件のことを、モララーは思い出していた。

とある死刑囚が拘置所内で自殺したこと。
その事件に関連して、ドクオは、ジョルジュという青年と知り合うことになった。

そして、ジョルジュは罪を犯した。
彼の罪がまだ審議中であった時期、留置所にて、ドクオはジョルジュとの面会に臨んだ。

探偵事務所に戻ってきたドクオは、結果は何も言わなかった。
だが、悄げた顔を見れば、起きたことはおおよそ推測できた。

留置所では、接見禁止の通達が成されない限り、
比較的自由に外部の人が面会できる。
しかし、犯罪者本人が拒否した場合は別だ。

28名無しさん:2018/11/10(土) 19:27:05 ID:Pxf6q6QM0
事件の協力者ではあるが、ドクオは逮捕されなかった。
見方によっては、直前でジョルジュを裏切ったような形だった。
ジョルジュが格別にドクオを気に掛けているのでもなければ、
顔を合わせたくないと思うのも無理のないことだった。

ドクオが久城デレの歌を聴くようになったのは、その面会の日からだった。
新しい曲が売り出されたばかりだったらしく、
偶然それを聴いたドクオは、気がつけばCDを買っていたらしかった。

仕事場ではあるものの、久城デレの歌が流れる状況をモララーは黙認していた。
それがドクオの立ち直りのために必要ならば、好きにしておけばいい。
むしろ、彼にそのような思いをさせてしまった責任さえ感じていた。

29名無しさん:2018/11/10(土) 19:28:04 ID:Pxf6q6QM0
考え事に乗じて、筆圧が強くなる。
古びたノートに、文字が細かく刻まれていった。

今抱えている依頼はない。
どのように宣伝をするか、また今ある予算をどう割り振るか。

思いつくことが出尽くした頃には、外がすっかり暗くなっていた。
もうコンサートは始まっているはずだった。

喫茶店内はいつしか客の歓談する声で賑やかになっており、
壁にはめ込まれたテレビでは、夕方のニュースが始まっていた。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「さて、いよいよ明後日のオープンが決まった、中部地方N市のスカイブリッジ。
      空の橋というその名のとおり、高架を通じて他県まで接続する
      巨大建造物が間もなくお披露目されます。N市のハセガワ市長は明後日の式典で――」

今日一日、大したニュースもなかったらしく、
当たり障りのない話題について、コメンテーターたちが緩やかに意見を交わしていた。

30名無しさん:2018/11/10(土) 19:29:03 ID:Pxf6q6QM0
そこへ、速報が入る。

久城デレ。

その名前が映し出された。

嫌な予感が、モララーの身体を駆け巡った。

( ・∀・)「コンサート会場?」

モララーが呟くと同時に、サイレンの音が近くを通り過ぎていった。



     +++

31名無しさん:2018/11/10(土) 19:30:04 ID:Pxf6q6QM0
画面の中央、奥にある舞台に久城デレは立っていた。
歌い終えた直後らしく、顔は上気している。
衣装は明るく華やかだが、顔つきは至って真剣だ。
狙いを定める狩人のように、光る瞳を会場に向けていた。

デレが謝辞を述べ、それに合わせて盛り上がりの声が掛かる。
音声だけとはいえ、画面の揺れから振動が伝わる。
まるで地面そのものが響いているかのようだった。

(´・ω・`)「熱いな」

所部ショボン警部が呟いたのは、もちろん気温のことではない。
久城デレのコンサート、それを取り巻く熱気が、
映像からはっきりと伝わってきたのであった。

32名無しさん:2018/11/10(土) 19:31:05 ID:Pxf6q6QM0
映像は続く。
そもそも、は捜査資料として提供されたものだった。

突如として会場に響き渡る悲鳴。これは、観客の誰かがあげたものらしい。

歌い手と演奏者だけが立つことを許される舞台の上に、突如として一般人が現れた。
大柄のフードを被り、ぶっきらぼうに立ち尽くしている。
腰の高さには、ナイフが、照明を受けて怪しく光っていた。

久城デレが口元に手を当て、舞台袖に逃げていく。
男はそれを追いかける。演奏者が止めに入ろうとするが、ナイフを振り回されて敢えなく避けた。
ナイフを腰元に戻すと、デレと同じように、フードの男が走り去っていく。

33名無しさん:2018/11/10(土) 19:32:04 ID:Pxf6q6QM0
(´・ω・`)「ん、もうひとり?」

画面の端から、別の一般人が現れた。
細い体つきの、若い男だ。
演奏者が止めに入るが、それを振りきり、画面を横切っていく。


==(#'A`)


赤ら顔が、画面にはっきりと映っていた。

(´・ω・`)「嫌な予感がするなあ」

そして悪い予感こそ、殊更よく当たるものなのだ、ともショボンは思った。

34名無しさん:2018/11/10(土) 19:33:03 ID:Pxf6q6QM0
(´・ω・`)「この映像は厳重に管理したいところだが、もうダメなんだろ?」

映像を見せてくれた部下をショボンは振り返った。

(゚、゚トソン「これもすでにヨウツーベにアップされたものですし」

(´・ω・`)「だよねえ。それじゃあマスコミもとっくにニュースに使っているんだろうね。
       嫌な時代になったものだ。何もお茶の間を賑やかせるために
       事件が起こるってわけじゃないってのに」

愚痴ったところで栓のないことだと、ショボンにもわかっていた。

電子機器の発達したこの国で、情報統制は困難を極める。
溢れ出た情報は不安をまき散らし、犯人を警戒させる。
警察にしてみたら、メリットは何もない。

35名無しさん:2018/11/10(土) 19:34:03 ID:/pPxo9.o0
支援

36名無しさん:2018/11/10(土) 19:34:06 ID:Pxf6q6QM0
ショボンたちは、当のコンサート会場に到着していた。
会場は、映像が撮影された数分前とは、別の意味でざわついていた。

観客は、全員をがロビーに集められており、
客席では集まった刑事たちが、犯行現場の痕跡を漁っていた。

舞台の中央、一段高い場所で、
ショボンは部下の津村トソン刑事から報告を受けていた。

(´・ω・`)「犯人の移動経路はわかっているのかな」

言われて、トソンは素早く、掌サイズのメモ帳を取りだした。
何事にも俊敏なのが、彼女の特技だった。

(゚、゚トソン「舞台袖から裏手に回り、楽屋や会議室の並ぶ通路を抜けたものと思われます。
     突き当たりである倉庫前ではカーペットの乱れが発見されています。
     もみ合った証拠と考えて差し支えないかと思います」

37名無しさん:2018/11/10(土) 19:35:13 ID:Pxf6q6QM0
(´・ω・`)「もみ合い……久城デレと犯人が?」

(゚、゚トソン「いえ、日嗣オサム。このコンサートの主催である
     ファイナルプロの者で、久城デレのプロデューサーです。
     負傷しておりましたので、今は医療班に付き添わせてあります」

(´・ω・`)「まさか、切られたのか」

(゚、゚トソン「軽傷ですが、腕に赤い筋が見受けられました」

(´・ω・`)「ふむ……久城デレは」

(゚、゚トソン「日嗣オサムと一緒に保護されました。
     オサムとは別室で、やはり医療班に付き添わせています」

38名無しさん:2018/11/10(土) 19:36:03 ID:Pxf6q6QM0
ショボンは今一度、スマホで撮られた映像を確認した。
フード男の持ったナイフは、軽く見積もっても刃渡り15センチはあるだろう。
目の前に突き出されれば、誰だって恐怖する。
軽い傷で済んだのは幸いだったのかもしれない。

(´・ω・`)「で、犯人は確か、逃げたんだってね?」

ショボンは一際声を低くしてトソンに尋ねた。

(゚、゚トソン「そのようです。倉庫の窓が内側から破壊されておりました」

(´・ω・`)「……」

39名無しさん:2018/11/10(土) 19:37:03 ID:Pxf6q6QM0
(゚、゚トソン「警部?」

(´・ω・`)「何故だろうな」

ショボンは、独り言としてのように呟くと、舞台を見回した。

(´・ω・`)「わざわざ舞台に登るということは、犯人は相当の覚悟があって襲撃したのだろう。
       舞台裏の奥にある倉庫まで追い詰めて、日嗣オサムを切りつけておきながら、
       軽傷で済ませ、最後には逃げた。何故だ? そのままデレを襲えなかったのか?」

(゚、゚トソン「……切りつけて、怪我をさせてしまったことで目が覚め、怖くなったとか、ですか?」

トソンは首を傾げながら言った。

(´-ω-`)「犯人に訊かないとわからないな、こればかりは」

40名無しさん:2018/11/10(土) 19:38:07 ID:Pxf6q6QM0
ショボンは目を伏せ、嘆息を漏らした。

最初に事件の発生の報せを受けたときは、犯人が舞台裏へ行った段階だった。
恐怖を感じた観客のひとりが即座に通報してくれたのだ。

捜査すれば、あっという間に犯人は捕まると踏んでいたのだが、現実は甘くなかった。
長引き、複雑化すると考えると、初期の段階での捜査は極めて重要になる。
慎重に行動せねばならない、とショボンは内心で意気込んでいた。



( ・∀・)「それか、後ろから追っ手が来たことも逃げた一因かもしれませんね」


(´-ω-`)「……来たか」

思わぬ横やりが入りこんで、ショボンは眉をひくひくさせた。

41名無しさん:2018/11/10(土) 19:39:03 ID:Pxf6q6QM0
( ・∀・)ノシ「よっ」

(´・ω・`)「おい、部外者がいるぞ。つまみ出せ」

(゚、゚トソン「はいでは外へ」

(;・∀・)「待て待て、そんな。推すなって。
      刑事達に挨拶したら普通に会場に入れたんだってば」

観客を移動させる際に、滞らないように入り口は全開とした。
だが、入口には見張りが必ず立っている。

(´・ω・`)「本当に? 普通に?」

42名無しさん:2018/11/10(土) 19:40:04 ID:Pxf6q6QM0
( ・∀・)「おう。お前の知り合いだと言ったら納得顔だったぞ」

ショボンは痛恨という顔で、天井を仰いだ。
大方、夏の事件のときに、現場にいた刑事だろう。

あのとき現場にいたモララーだから、素直に招き入れた。
おそらくショボンの呼んだ関係者とでも思ったのに違いない。

( ・∀・)「それに、その動画の青年は俺の助手だ」

ショボンが見つめていた画面の、舞台に上った青年のシーンを指して、モララーは言った。

( ・∀・)「というか、お前はドクオのこと知ってるだろ、ショボン」

43名無しさん:2018/11/10(土) 19:41:03 ID:Pxf6q6QM0
(´・ω・`)「さあてね、忙しくて、四ヶ月前のことなんかすでに忘れたよ」

( ・∀・)「まあまあ、そんなこと言わず」

Σ( ・∀・)「って、月まできっちり憶えているじゃねえか」

(´・ω・`)「ちっ」

(゚、゚トソン「そろそろスマホ返してもらっていいですか」

トソンのスマホを素っ気なく戻すと、ショボンは咳払いをしてモララーを睨んだ。

44名無しさん:2018/11/10(土) 19:42:07 ID:Pxf6q6QM0
(´・ω・`)「確かに映像にはドクオくんが映っている。しかし、君はやはり部外者だ」

ショボンの物言いにモララーが口を挟む前に、ショボンは鋭く釘を刺した。

(´・ω・`)「ドクオくんは事件現場にはいなかったんだ」

(;・∀・)「……はい?」

モララーは飄々とした顔から一転、目を丸くさせた。

(;・∀・)「そんなまさか、あんなにはっきり追いかけているのに」

45名無しさん:2018/11/10(土) 19:43:04 ID:Pxf6q6QM0
コンサート会場は広い。だが、舞台裏が複雑かといえば、そんなことはない。
この後、モララーもショボンに会場の構造を教えてもらう。

舞台裏は、楽屋や会議室の並ぶ通路が続いており、
一つ曲がれば舞台装置の置かれた倉庫へと繋がっている。
たとえどんな方向音痴であろうとも、迷うことなどありえない。

(´・ω・`)「それどころか、ドクオくん自身、まだ姿を見せていないぞ。
       いったいどこに言ったんだか、まあこちらとしては関係ないことだがな」

追い打ちを掛けるように、ショボンは言葉を重ねた。
モララーは言葉を失った。

46名無しさん:2018/11/10(土) 19:44:04 ID:Pxf6q6QM0
ドクオが犯人を追いかけているならば、事件にも関わっている。
彼の関係者として乗り込めば、事件のあらましも教えてもらえる。
そう踏んでここまで来たのだが、当てが外れてしまったことになる。

ショボンはモララーを冷ややかに見つめ、踵を返した。

( ・∀・)「待ってくれ」

その背中に向けて、モララーは言った。

( ・∀・)「ドクオはロビーにいる観客の中にもいないんだな?」

ショボンは流し目でモララーを振り返って頷いた。

47名無しさん:2018/11/10(土) 19:45:03 ID:Pxf6q6QM0
( ・∀・)「それなら、どこにいなくなったっていうんだ。
      帰りは俺が送る予定だったし、コンサート用のチケットと、
      強いて言えば服、それ以外に手荷物はなかったはずだけど」

(´・ω・`)「そんなことは我々にはわからんよ。
       いなくなったんだとしたら、我々が通報を聞きつけてくる前だろうしな」

( ・∀・)「ってことは、失踪か」

(´・ω・`)「子どもじゃあるまいし、そんな大事になるかアホ。
      足がないといってもここは一応都市部、歩いていればどこへでもいけるだろ」

( ・∀・)ゞ「いやあ、無事に帰らなかったらツンに怒られるからさ」

ツンとは、ドクオの母親の名前であり、モララーの幼馴染みでもあった。

48名無しさん:2018/11/10(土) 19:46:06 ID:Pxf6q6QM0
(´・ω・`)「知るかっての、勝手に怒られてろ」

吐き捨てるように言って、再びショボンはモララーから目を逸らし、足早に去ろうとする。
だが、その前に舞台袖からひとりの男が姿を現した。


( ゚ゞ゚)


骨張った顔つきに、少し乱れたオールバックの髪。
ダークグレーのスーツは舞台の暗幕と同化していたが、
右袖だけが捲れており、白い包帯が巻かれていた。

49名無しさん:2018/11/10(土) 19:47:08 ID:Pxf6q6QM0
(゚、゚トソン「オサムさん、身体の方は?」

トソンは先に声を掛けた。
男は先ほどショボンへの報告の中に出てきた、
久城デレの専属プロデューサーだった。

( ゚ゞ゚)「問題ないです。ありがとう。
    それより、あなたがこの場の責任者ですね」

ぎょろっとした双眸をオサムはショボンに向けた。

(´・ω・`)「ええ、そうです。申し遅れました。県警捜査一課警部のショボンと申します」

胸のポケットから手帳を取り出すと、オサムはじっとそれを見つめ、ショボンと見比べた。

50名無しさん:2018/11/10(土) 19:48:07 ID:Pxf6q6QM0
( ゚ゞ゚)「生憎厄介になったことがないので知らなかったのですが、
    警部さんというのは部下の後にやってくるものなのですね」

言葉に棘を感じ、ショボンはそれとなく背筋を伸ばした。

(´-ω-`)「責任者がおらず、不安にさせてしまったようですね、すいません。
      私のような警部は、連絡を受けて署から出動します。
      先に動くのは現場近くの刑事たちです。これは是非、ご理解頂きたい。
      むしろ、彼らが率先して動くことで現場の安全を早急に確保できるのです」

ショボンはなるべく早めに言い終えるつもりでいたが、
淀みない言葉の途中からすでに、オサムは鼻白んだ様子だった。

51名無しさん:2018/11/10(土) 19:49:04 ID:Pxf6q6QM0
( ゚ゞ゚)「もうわかりました。責任者としてお願いがあります。
    ロビーに集まっている観客たちをすぐに解放してください。
    すでに不満の声が上がっており、このままでは私どもへの心証が悪くなる一方です」

オサムは高圧的な調子で言う。
対してショボンは、今度は卑屈にならずに胸を張った。

(´・ω・`)「さすがにそれは了解できませんな。最低限、手荷物検査を終えてからです」

( ゚ゞ゚)「会場に入る前に警備の者がやっていたはずですが?」

(´・ω・`)「それは民間の警備会社でしょう? 一般的なコンサートの犯罪対策ならそれで十分かもしれませんが
      我々は事件の捜査できているのです。観客優先の曖昧な捜査などしたら、それこそ大問題ですよ。
      重ねて言うようですが、どうかご理解ください」

ショボンは腰を90度に曲げて頭を下げた。

52名無しさん:2018/11/10(土) 19:50:04 ID:Pxf6q6QM0
( ゚ゞ゚)「……なら、できる限り、早く、お願いします」

言葉にアクセントを加えながら、オサムは言い放ち、肩を怒らせて去って行った。
腕を負傷しているはずだが、包帯以外には何も異常は見受けられない。
舞台裏に入るやいなや、部下に指示を出す鋭い声が聞こえてきた。

( ・∀・)「不満が一番溜まっているのはあの人みたいだな」

モララーが含み笑いを浮かべて言った。

(゚、゚トソン「プロデューサーですからね、人一倍、評判には注意しているのでしょう。
     今日みたいな事件は当然不測の事態ですが、そのようなときでも、
     対応が杜撰だと、人間は平気で主催側を叩きますからね。
     主催側も被害者であるのに変わりはないのに」

53名無しさん:2018/11/10(土) 19:51:13 ID:Pxf6q6QM0
(´・ω・`)「だからといってルールを曲げるわけにはいかないな」

ショボンが舌打ちすると、トソンはバツの悪そうに口に手を当てた。

(゚、゚トソン「ま、そういう意味では一番非難が集まるのは警察ですけどね」

声を潜めて、トソンはモララーに言った。

( ・∀・)「安全のため、といってもダメですかね」

(゚、゚トソン「まあ、上手くいった他者を褒める人はめったにいないものですから。
     まして何かヘマをやらかしたら、もう目も当てられない。特に最近は」

と、トソンはスマホに目を落とす。
世の中全体が、他者の視線に敏感になっているらしい。

54名無しさん:2018/11/10(土) 19:52:06 ID:Pxf6q6QM0
(´・ω・`)「おい、当たり前のように居座るな探偵」

ショボンはモララーに矛先を向けた。

(´・ω・`)「さっきから言っているように貴様は部外者だ。早いところおうちへ帰れ」

言い終えて、また背を向ける。
モララーは若干顔を引きつらせて、言い分を考えていたが、
その隙に今度は、ショボンを呼ぶ声が被さってきた。

刑事が舞台の裏手から走り寄ってくる。

(´・ω・`)「なんだ、どうした?」

55名無しさん:2018/11/10(土) 19:53:05 ID:Pxf6q6QM0
刑事はモララーの方を一瞥して、ショボンに耳打ちをした。
部外者と警察官を峻別する、ショボンの指導方針がよく伝わる所作だった。

しかし、その配慮もすぐに意味のないものとなる。

( ゚ゞ゚)「おい、警部! いったい全体どうなってやがる!」

再び姿を現したオサムは、大きく足を踏みならして躙り寄ってきた。



( ゚ゞ゚)「どうして久城デレがいなくなっているんだ!」

56名無しさん:2018/11/10(土) 19:54:42 ID:Pxf6q6QM0
会場中に響く大声で、オサムは言い放った。
その場にいた誰もが彼の声を耳にした。

( ・∀・)「ほお……」

もちろん、モララーもそのひとりだった。



その叫び声を以てして、このただならぬ事件は始まりを迎えるのであった。


     +++

57名無しさん:2018/11/10(土) 19:56:06 ID:Pxf6q6QM0



   Next>第二話 守るべきもの


.

58名無しさん:2018/11/10(土) 19:56:49 ID:Pxf6q6QM0
今日はここまで。

続きは明日。

59名無しさん:2018/11/10(土) 20:23:23 ID:/pPxo9.o0

明日も楽しみ

60名無しさん:2018/11/10(土) 21:35:08 ID:FYwp7ZVM0
マジか!!!!!!!!!期待

61名無しさん:2018/11/11(日) 20:00:08 ID:mh0QlN.o0
     +++



俺の家系が代々守り続けてきた土地を、父は次々と企業へ貸した。
まだ世間が潤っていた時代に、貸し賃を資金にし、株を駆使して利益を上げた。
そうして膨れ上がった財産が、ゴミに変わる前に巧く回収した。

詳しいやり方はわからないが、あのどこもかしこも冷え込んでいた時代に
父が権力者として生き延びられたのは並外れたセンスがあったってことだろう。

62名無しさん:2018/11/11(日) 20:01:05 ID:mh0QlN.o0
時折、カリスマと呼ばれる人間が現れる。
すぐれた頭脳も体力も余計だ。必要なのは勘、勝負運だ。
父には、それがあった。人を惹きつける才能のようなものだ。

だから、その息子である俺にも、羨望の目が勝手に向けられてきた。

穏やかな生活というのがあったとすれば、小学生の頃だろう。
もっとも、健全な意味じゃない。
俺を邪魔する者がいなかった、というわけだ。

それがいつから始まったのかも覚えていなければ
自分がどうして疑問に思わなかったのかもわからない。

63名無しさん:2018/11/11(日) 20:02:06 ID:mh0QlN.o0
クラスの男衆の結構な割合が俺についてくるようになっていた。

腕っ節の強い奴、信じられないくらい狡い奴、
あるいは俺に何とか取り入ろうと工夫してくる奴。

どいつもこいつも、今にして思えば全員、俺を見てはいなかった。
見ていたのは、俺の父、その権力だ。
そこのところを俺は、すっかり勘違いしていたと思う。

その付き人どもは、俺の言うことは何でも聞いた。
気にくわない奴を俺が言えば、次の日には標的にしてくれたし、
教師が俺を叱ったりすれば、その日の午後には教師の車をパンクさせていた。

楽しかったのは、最初だけだ。
俺は面倒になり、その付き人どもを避けるようになった。

64名無しさん:2018/11/11(日) 20:03:04 ID:mh0QlN.o0
面と向かって言うのは難しかったけれど、
吹っ切れて、思いっきりシカトしてやれば、少しずつ離れていってくれた。
しつこい奴は、適当な理由をつけて殴りつけてやった。

俺はひとりが好きだったんだ。
それは今も変わらない。

幸い、父の威光は、孤独になる際にも助力になってくれた。
たとえ俺がいけ好かない野郎だとしても、
いじめの標的にするわけにはいかなかったのだろう。

65名無しさん:2018/11/11(日) 20:04:06 ID:mh0QlN.o0
小学校生活が終わる頃には、学校で俺に話しかける奴はいなくなった。
下手に手を出したら噛みつかれる。だから話しかけない。
俺から接してきたときにだけ関わる。
実に合理的で、好ましかった。

中学校は私立を選びたかった。
取り巻きどもが軒並み勉強していないから、
顔を見なくてすむ、と思ったのがその理由だった。

だが、父がそれを許さなかった。
地元の関係はしっかり築け、ともっともらしいことを言っていたが、
俺がその土地から背を向けるという状況が、父の体面上よろしくなかったのだろう。

66名無しさん:2018/11/11(日) 20:05:16 ID:mh0QlN.o0
薄暗い中学校が、俺の母校になった。
後に廃校になり、壊されたその校舎は、当時、そこら中が落書きに汚れていた。
それでも父の名を聞いて寄ってくる奴がまだいたのだから、良くも悪くも大したものだ。

周りの連中に俺は愛想がついていた。
人の肩書きしか目に入らないような奴らを、
散々見過ぎて、アレルギーを起こしていたんだ思う。

学区に従い、他の小学校出身の奴らが集まってきても、
その諦観は変わることがなかった。

名前も内容も思い出せないくらい、適当な部活を選び、
幽霊部員となって、練習時間の合間に街中をうろついた。

67名無しさん:2018/11/11(日) 20:06:03 ID:mh0QlN.o0
俺は相変わらず、ひとりになろうとしていた。
それなりに世の中が見えてきて、父の威光って奴の正体もわかり始めていた。
自我が芽生えた、ってところだろう。

初めは繁華街を歩いて、五月蠅いから辞めた。
森の方は藪蚊が多かった。
川沿いは、夏の間は気持ちよかった。
秋になって、肌寒くなると、別の場所を探そうと思った。

俺の耳に歌声が聞こえたのは、中学二年生の、秋のある日だった。


     +++

68名無しさん:2018/11/11(日) 20:07:03 ID:mh0QlN.o0


第二話


   守るべきもの



     +++

69名無しさん:2018/11/11(日) 20:08:05 ID:mh0QlN.o0
警察による持ち物検査が終わり、観客たちは全員解放された頃には、
日は沈みきっていて、夜空には弱々しく星が光っていた。

中止になったコンサートへの不満や、チケット代の返還希望などでしばらくざわついていたが
譲歩しない警察の様子を見ると、騒ぐ人々もいなくなっていった。

久城デレが行方知れずとなったことは、その場の観客達には言い渡されず、
深夜のニュースに合わせる形で、報道陣相手に発表されることとなった。

ニュースの内容は、フード男による襲撃と、デレの失踪についてのみだ。
他のことには一切触れられていなかった。

もっとも、捜査の早い段階では、警察にも迷いが生じていた。

70名無しさん:2018/11/11(日) 20:09:03 ID:mh0QlN.o0
(´・ω・`)「犯人と一緒に久城デレを追いかけ、犯人より先にいなくなった。
      久城デレが失踪した今、ドクオくんが怪しいとみるのが基本か」

コンサート会場の裏手、搬入口付近の駐車場で、ショボンはメモを突きながら呟いた。

駐車場にはファイナルプロ関係者の車が並んでいた。
機材セット用の大型車は搬入口近く、小型になるにつれて遠く、
機能的に並べられた駐車場の、たった一つがぽっかりと空いている。

なくなったのはデレの車であるという情報が、
事情聴取をしていたトソンよりショボンに届けられていた。

( ・∀・)「違うね」

車の影に身を屈めていたモララーが、立ち上がりざまに否定した。

71名無しさん:2018/11/11(日) 20:10:03 ID:mh0QlN.o0
(´・ω・`)「断言するとは、よほど信頼があるらしいな。
      言っておくが、彼の性格や度胸が相応しくないとか言うんじゃないだろうな」

( ・∀・)「そんな抽象的なものじゃねえよ。
      もっと単純に、ドクオには計画的な誘拐はできないんだ」

モララーはショボンに向き合った。

( ・∀・)「あいつが免許取ったの、昨日なんだよ」

ほう、とショボンは息をのんだ。

(´・ω・`)「事前に免許の交付が決まっていて、計画に組み込まれていた、ということは?」

( ・∀・)「ないな。免許は試験を受けたその日に発行された。
      仮にナイフの奴がドクオの共犯者だとしても、
      無事に免許を取れるかどうかもわからないドクオを仲間にするメリットはない」

72名無しさん:2018/11/11(日) 20:11:03 ID:mh0QlN.o0
(´・ω・`)「運転したのがフードの男なのかもしれないぞ」

( ・∀・)「だとしたらドクオが舞台に上る理由が立たねえよ。
      観客が撮影しなくても、ライブ映像は後の配信用に記録されている。
      公衆の面前に顔を出して、わざわざ注目を浴びて、それで犯人だったらただの馬鹿だ」

言い切ると、モララーはショボンを睨み付けた。

( ・∀・)「だから、事件の発表にドクオの名前を出すな。
      あいつはただの民間人だ。下手なことしたら名誉毀損で訴えるぞ」

強気な口調で言うのは、それだけドクオに容疑がかかるのを避けたかったからだった。
ただでさえ、この国の報道では、容疑者がほとんど犯人と同義であるかのように扱われる。
一介の大学生に、そのような噂が立てば、多大な影響があることは火を見るより明らかだった。

73名無しさん:2018/11/11(日) 20:12:09 ID:mh0QlN.o0
(´・ω・`)「せめて倉庫の入口に監視カメラでもあれば迷わずに済んだのにな」

駐車場へ向けて口を開いた倉庫の鉄扉に、ショボンは目を向け、溜息をついた。
鉄扉のすぐそばには、今も監視カメラが回っている。
左右に一台ずつ、高さを変えて設置してあり、
外からの侵入者ならば決して逃さない。

だが、倉庫の中には、通路からの出入り口を含め、監視カメラは設置されていなかった。
効率性を上げるためか、鍵も普段から開け放してあったらしい。

搬入用の鉄扉以外には、監視の目は届いておらず、
フードの男が誰なのかも、ドクオが何処に行ったのかも不明だった。

(´-ω-`)「確証が無い以上、報道陣には黙っていよう。約束する」

ショボンはモララーを宥めるように、落ちついた声色で言った後、
だが、と前置きして、正面からモララーを見据えた。

74名無しさん:2018/11/11(日) 20:13:04 ID:mh0QlN.o0
(´・ω・`)「私個人としては、まだ疑いを晴らしたわけじゃない。
      計画性は認められないにしろ、警察として、事件に無関係と考えるのは無理だ。
      フード男であるという可能性を捨てずに、捜査はする。理解できるな?」

ショボンに真顔で詰め寄られ、モララーは笑わずに鼻だけを鳴らした。

ショボンが法を遵守することは、モララーにだってわかっている。
民間人の主張に流されるようであれば、それこそ警察失格だ。

( ・∀・)「俺も俺で、ドクオについては調べてみるよ」

モララーは、対抗するように言い放つ。

ショボンがほっと息をつく、が、その安堵もつかの間だった。

( ・∀・)「ところで、計画的犯行に拘るのは、何か証拠があるのか?」

75名無しさん:2018/11/11(日) 20:14:11 ID:mh0QlN.o0
モララーは一転して笑みを見せた。

(´・ω・`)「食えねえ野郎だ」

舌打ちしつつ、ショボンもまた口角をつり上げた。

(´・ω・`)「久城デレあてに犯行声明があったんだ。
       来たときに依頼してくれれば早かったんだがな」



――ファイナルプロ 久城デレ様


   過去の痛みをこの場所で、私は今も忘れない。


   12月のコンサート会場にて、あなたを殺す――

76名無しさん:2018/11/11(日) 20:16:42 ID:mh0QlN.o0
簡素な文面だ、とモララーはまず思った。
"過去"というのが気になるくらいだ。
調べるには、情報が少ない。

(´・ω・`)「ファンサイト会員向けに配布された、特製の葉書をわざわざ使用していたらしい。
      普通サイズのそれの裏面に、新聞の切り抜きで一文字ずつ貼られていた。
      一文ずつ、行間をかなり空けて計三行だ」

( ・∀・)「送り主は、未記入だろうな」

(´・ω・`)「いや、書いてはあったよ。
       調べてみると、ただの荒れ地だったけどね」

ショボンは苦笑いを浮かべた。

77名無しさん:2018/11/11(日) 20:18:05 ID:mh0QlN.o0
( ・∀・)「差出人はファンの誰かか」

(´・ω・`)「そう思える。ただ、会員登録は500円もあれば誰でもできるうえに、
      一ヶ月在籍すれば退会も自由にできるようになる。
      そちらの方向から絞るのは厳しいな」

(´・ω・`)「ちなみにドクオくんはファンサイトに登録していたか」

( ・∀・)「さあて、そこまではわからないな」

( ・∀・)「本当だぞ?」

(´・ω・`)「疑ってねえよ。まあ、そんなもんだろう」

ショボンは白い息を吐いた、そのとき、搬入口の方から呼び声があった。
警察の調査はまだしばらく続くらしかった。

78名無しさん:2018/11/11(日) 20:19:06 ID:mh0QlN.o0
( ・∀・)「じゃあな、警部。貴重な情報ありがとうよ」

モララーはしたり顔で言うと、返事を待たずに歩き出した。

(´・ω・`)「探偵」

ショボンは呼びかけた。

(´・ω・`)「今度の事件は、誰も傷つかずに済むと良いな」

歩き始めた二人の空隙は、止まることなく広がっていった。

79名無しさん:2018/11/11(日) 20:20:10 ID:mh0QlN.o0
翌日の朝早く、ショボンからモララーあてに内密な連絡があった。

久城デレからファイナルプロへ、「明日の仕事には必ず出ます」と電話があったらしい。
従業員が安否を尋ねると、デレは快活に無事と伝えたとのことだ。

発信場所はわからないが、言えることはひとつある。

( ・∀・)「フード男と、デレの失踪は無関係。
      犯行声明との関連がない以上、デレは追跡できない、か」

ファイナルプロ側からも、デレについては捜査の打ち切りたいと申し出があった。
事件性がなければ、警察は捜査することができない。

80名無しさん:2018/11/11(日) 20:22:03 ID:mh0QlN.o0


――あくまでも"警察"の立場からは、な。

探偵事務所に備え付けの、固定電話の受話器に向けて
モララーが呟くと、ショボンは不満げに溜息をついた。

(´・ω・`)「相場を言え」

( ・∀・)「残念、掛かった分だけ請求するぜ」

(´・ω・`)「……それでいい」

ショボンの返事を、モララーは満面の笑みで迎えた。


     +++

81名無しさん:2018/11/11(日) 20:24:08 ID:mh0QlN.o0
激しいギターの前奏が波のように引いていく。
やがてそれが途絶えると、静かに声が浮かび上がる。

水面に浮かんだ波紋のように、ひとつひとつの音が確かな広がりを持つ。
鳴り始めていたギターと合わさって、曲が盛り上がりを見せていく。

久城デレの、デビュー当時の曲だ。

歌詞の意味は、やはりよくわからない。
それでも、特にデビュー間際の曲の中に、
モララーは気になる曲を見つけていた。

そのうちの一曲が、探偵事務所の中で鳴り響いていた。

82名無しさん:2018/11/11(日) 20:25:22 ID:mh0QlN.o0
( ・∀・)「これが、最近ドクオのよく聴いていた歌手のものなんだけど」

lw´‐ _‐ノv「久城デレだよね、知ってる」

古びたソファに身を縮めて座りながら、少女は当たり前のように答えた。
名前はシュール。ドクオの地元のアパートで暮らす大学生であり、
縁あってドクオと知り合いになり、恋仲となった少女だ。

( ・∀・)「やっぱり?」

そうだと思ったんだよね、などと呟きながら、モララーはパソコンのプレイヤーを止めた。
音楽がはたと止まり、静けさが耳を打つ。

83名無しさん:2018/11/11(日) 20:26:05 ID:mh0QlN.o0
分手探偵事務所は都心部にあるが、中心街からは奥まった場所にある。
平日の昼間ともなれば、周りにはあまり人気がなくなる。
外から見れば、本当に営業しているのか疑ってしまうと、ドクオが指摘したこともあった。


ドクオがいなくなってから、一晩が経過していた。

モララーは昨夜のうちに、先回って、ドクオの母親、ツンには連絡を入れておいた。

ξ゚⊿゚)ξ「あんたまたうちの息子を事件に巻き込んだね?」

話の途中でモララーは刺々しくツンに言われていた。

ξ゚⊿゚)ξ「何かあったら損害賠償」

(;・∀・)「えっ」

84名無しさん:2018/11/11(日) 20:27:04 ID:mh0QlN.o0
ξ゚⊿゚)ξ「ま、支払う以前に、早く見つけなきゃ、ただじゃおかないけどね」

(;・∀・)「いやまあ、そりゃ当然探すけど。
      おたくの息子さん、割と自分から巻き込まれている予感が大だぞ」

ξ゚⊿゚)ξ「そりゃあ、探偵の助手なんてやってれば事件に遭遇したりするでしょ」

(;・∀・)「まあ、んー、ん? ……そうか??」

ξ゚⊿゚)ξ「とにかく、もう警察も動いているってわけでいいのよね?
      そのうえで、あんたも探してくれるってことで」

( ・∀・)「ああ」

と、息を吐くように嘘をついた。

85名無しさん:2018/11/11(日) 20:28:04 ID:mh0QlN.o0
ξ゚⊿゚)ξ「なら、約束しなさい。無事に連れ戻すって」

( ・∀・)「……約束する」

ξ゚⊿゚)ξ「よし」

その後、ドクオの動向のヒントを得るべくツンと話し合い、
恋人であるシュールを探偵事務所に呼ぶことに成功した次第だった。



( ・∀・)「やっぱりシュールさんも久城デレは聴くの?」

コーヒーを勧めながら、モララーは尋ねた。
久城デレの、心の内面に潜るような歌詞は、
物静かなシュールにはよく似合うように思われた。

86名無しさん:2018/11/11(日) 20:29:08 ID:mh0QlN.o0
lw´‐ _‐ノv「それなりに。ドクオほど入れ込んではいないけど」

シュールは首を微かに横に振った。

lw´‐ _‐ノv「カミツレ」

( ・∀・)「ん?」

lw´‐ _‐ノv「さっき流してくれた、久城デレの歌のタイトルです。
       久城デレはこの中で、カミツレのように生きてって、歌うんですよ」

言われてみれば、とモララーは唸った。

シュールは淡々と続けた。

87名無しさん:2018/11/11(日) 20:30:03 ID:mh0QlN.o0
lw´‐ _‐ノv「カミツレの花言葉は忍耐です。
       人生は耐えることなんだと、そういう意味だと思うんです」

シュールはほんの少し頬を綻ばせた。

lw´‐ _‐ノv「私には、その意味がわかります。
       たぶん久城デレも、私の同じようなものを感じていたのかもしれません」

( ・∀・)「……」

かつて、シュールは生きづらさを感じ、自殺を図ったことがある。
その行為を止めに入ったのがドクオだった。
二人の出会う、きっかけとなった事件である。

88名無しさん:2018/11/11(日) 20:31:16 ID:mh0QlN.o0
シュールの感じたことを鵜呑みにするならば、
久城デレは、やはり生きづらさを感じていたのだろうか。

深い思索を巡るような歌詞だけで、それを判断するのは早計だが、
記憶に留め置こう、とモララーは心の中で頷いた。

lw´‐ _‐ノv「あの変態、今度はどんな事件に巻き込まれたんですか?」

どうやら詳細について、ツンは話していないらしい。
ちなみに変態とは、シュールがドクオを呼ぶときのあだ名である。

89名無しさん:2018/11/11(日) 20:32:12 ID:mh0QlN.o0
今ここでも、まだドクオの失踪については話していなかった。
CDを流したのは、昨日のコンサートのことに軽く触れて、
自然と試聴する流れになったにすぎなかった。

ドクオが怪しまれていると、直接伝えるのは気が引ける。

モララーはしばらく間を置いてから口を開いた。

( ・∀・)「昨日、久城デレのコンサートがあった。
      妙な事件があったことは、多分ニュースとかで知っていると思う。
      その騒ぎの裏で、ドクオがいなくなったんだ」

90名無しさん:2018/11/11(日) 20:33:04 ID:mh0QlN.o0
lw´‐ _‐ノv「失踪?」

( ・∀・)「どうだかな。俺が知っているのはここまでだ」

言葉を切り、シュールの反応を待った。

lw´‐ _‐ノv「それで、探偵さんはあの変態を探しているってわけですね」

( ・∀・)「もしシュールさんが、思いつくことがあれば訊きたくてね」

lw´‐ _‐ノv「そうか、うーん」

91名無しさん:2018/11/11(日) 20:34:03 ID:mh0QlN.o0
シュールは小さな手を顎の下に当てて、低い声で唸った。
長く、沈み込むような声が続き、やがて顔を上げた。

lw´‐ _‐ノv「ドクオが、久城デレを連れ去った」

(;・∀・)

真顔で言うシュールを見ながら、モララーは生唾を飲み込んだ。

lw´‐ _‐ノv「……なわけないか」

シュールが鼻で笑うのをみて、モララーは張り詰めた顔を無理矢理崩した。

92名無しさん:2018/11/11(日) 20:35:03 ID:mh0QlN.o0
(;・∀・)「できないって思うのは、やっぱり性格的に?」

ドクオは人を傷つけられるような男じゃない。
その直感は、この数ヶ月一緒にいただけでも、モララーにはよくわかっていた。

lw´‐ _‐ノv「というより、うーん」

また、長い間を置いた。言葉を選んでいるらしかった。

lw´‐ _‐ノv「歌の話に戻るんですけど」

シュールがうかがうような視線を向けてきたので、モララーは先を促した。

93名無しさん:2018/11/11(日) 20:36:05 ID:mh0QlN.o0
lw´‐ _‐ノv「久城デレは、人生をつらいものだと喩えます。
       苦しみがあって、どうしても解消できないしがらみとともに
       生きている人がこの世界にいることを歌います」

lw´‐ _‐ノv「そして、最後には祈るんです」

( ・∀・)「祈る?」

lw´‐ _‐ノv「はい。耐えて、それが報われる世界を、彼女はひたすら祈るのです」

抽象的と、久城デレの歌に対してモララーが感じていたのは、どうやらその祈りのことらしかった。
ストレートには言わずに、仄めかすように、人々の安寧を祈る。
それが久城デレの感性であり、シュールやドクオが感じ入ったところであるらしい。

94名無しさん:2018/11/11(日) 20:37:03 ID:mh0QlN.o0
w´‐ _‐ノv「久城デレの歌を聴くとき、変態の表情はいつでも真剣そのものでした」

いつも逸らし気味だった視線を、シュールはモララーに珍しく向けた。

lw´‐ _‐ノv「久城デレは、見た目は可愛い感じですし、
       声とか、仕草とか、惹きつけるところのある人です。
       よほど歪んだファンならば、ほしいままにしようとするかもしれません」

lw´‐ _‐ノv「でも、変態に限ってはそうではありません。
       あいつは久城デレという人が好きなんじゃなく、
       彼女の歌を聴くべきだと思ったから、聴き入っていたんだと思います」

祈りの歌を。

シュールは瞬き一つせずに言い切った。

95名無しさん:2018/11/11(日) 20:38:07 ID:mh0QlN.o0
( ・∀・)「なるほど……」

すべては推測の域のことだ。
しかし否定できない。
そのような雰囲気が、シュールの言動から感じられた。

( -∀-)「よし、それじゃ俺はもうちょっと頑張ってみるよ」

シュールがやってきてから、そろそろ30分が経とうとしていた。
午後からは大学の授業があると聞いている。
それ以前に、このまま拘束し続けるのもよくないと、モララーは察した。

96名無しさん:2018/11/11(日) 20:39:15 ID:mh0QlN.o0
lw´‐ _‐ノv「なんだかすいません。お役に立てなくて」

( ・∀・)「いやいや、十分だよ」

モララーは微笑みながら、途中で「あ」と呟いた。

( ・∀・)「そうだ、大事なこと忘れてた。
      久城デレのファンクラブ、シュールさんかドクオは入ってた?」

lw´‐ _‐ノv「ファンクラブ? それならドクオが入っていたと思うけど」

( ・∀・)「それなら、特製はがきについて何か知りません?
      何でも、秋頃にファンクラブ会員全員に配られたって話なんだけど」

97名無しさん:2018/11/11(日) 20:40:44 ID:mh0QlN.o0
lw´‐ _‐ノv「ああ、これ?」

突然シュールは、鞄に手を突っ込み、葉書を一枚撮りだした。
青い縁取りの中に、ドクオのものらしい無骨な字が並んでいる。
まさか持っているとは思わず、モララーは目を丸くさせた。

(;・∀・)「あるのか! 見せてもらってもいいかな?」

lw´‐ _‐ノv「いいよ、返してくれるなら」

もちろん、と言い置いてモララーは特製葉書を手に取った。

98名無しさん:2018/11/11(日) 20:42:09 ID:mh0QlN.o0
まず気になったのが、青い縁取りの中の文字だ。
数行の短い文面が、どういうわけか葉書の真ん中集中していた。

( ・∀・)「なんでこんなせせこましい感じに」

lw´‐ _‐ノv「ああ、それはですね、ちょっと葉書を光に透かして見てください」

シュールに言われるまま、モララーは葉書を上にする。
白地だった場所に、模様が浮かび上がった。

( ・∀・)「透かし画、か」

99名無しさん:2018/11/11(日) 20:43:06 ID:mh0QlN.o0
小さなカミツレの花々が、幾重にもなって、
葉書の長辺の端に、帯のように並んでいた。

その葉先の一部は細い線となり、久城デレの小さなサインを象っている。
デビュー曲にあやかっての演出なのだろう。
ファンならば、確かに喜びそうだ。

( ・∀・)「ありがとうございます」

葉書の裏表を確認してから、モララーはシュールに返した。

100名無しさん:2018/11/11(日) 20:44:03 ID:mh0QlN.o0
内容については読んでいないが、大事な私信だったらしく、
葉書の文言を見つめて、シュールは柔らかな笑みを浮かべていた。

( ・∀・)「……最後にひとつ訊いてもいい?」

長引かせるのは悪いと思いつつ、浮かんだ質問をモララーはそのまま口にした。

( ・∀・)「もしもドクオが、本当に久城デレの誘拐犯だったら、どうする?」

可能性は捨てきれない。

ショボン警部に言われた言葉が、モララーの頭の中にあった。

101名無しさん:2018/11/11(日) 20:45:04 ID:mh0QlN.o0
lw´‐ _‐ノv「私は……」

時間を置く、と思いきや、シュールはすぐに言葉を繋げた。

lw´‐ _‐ノv「理由を訊きます。絶対に理由があるはずです。
       何かきっと、譲れないものがあるんですよ。彼らしい、理由が」

シュールは珍しく、強い口調で言った。

( ・∀・)「安心したよ。今日はありがとう」

事務所の外へ出て行くシュールを見送って、モララーは急ぎ、支度を始めた。


     +++

102名無しさん:2018/11/11(日) 20:46:02 ID:mh0QlN.o0
芸能プロダクションというのが、忙しい職場であることはモララーにも察しがついていた。
昨日、ひとりの所属タレントがいなくなったというのに、ファイナルプロは通常運転だ。
オフィスの合間を駆け抜ける従業員たちには、華やかさはなく
血走った目で電話とパソコンの合間を往復し続けていた。

電話連絡が一応あったとはいえ、
所属タレントのひとりが失踪したことなど
まるで誰も気にしていないかのようだ。

( ゚ゞ゚)「騒がしい場所では難がある、外にしよう」

オサムはぎょろ目をモララーに向けた。
相変わらずの鋭い目つきだ。
しかし、声音は昨日ほど鋭くはなかった。

103名無しさん:2018/11/11(日) 20:47:11 ID:mh0QlN.o0
ほんの一時間ほど前、久城デレの話をしたいと、モララーから会社側へ連絡をした。
断られることを覚悟で電話したのだが、返事は存外良好だった。

( ゚ゞ゚)「このような話は職場の中ではできないからな」

職場からやや離れた位置にある、個人経営の古風な喫茶店に入った。
昼過ぎだというのに、柔らかな暖色の灯りが点り、
まるで隠れ家のような雰囲気を醸し出していた。

( ・∀・)「心配をかけるから、ですか?」

104名無しさん:2018/11/11(日) 20:48:05 ID:mh0QlN.o0
( ゚ゞ゚)「まさか」

高い鼻をひくつかせて、オサムが引きつった笑みを見せた。

( ゚ゞ゚)「今日は久城のことを聞きに来たのだろう?
    とすると彼女のプライベートな面についての話がでるかもしれない。
    どれほど真面目な人であろうとも、弱みがどこかにあるものだ」

( ゚ゞ゚)「我々の業界は蹴落とし合いが常なんだよ。
    抱え持ったタレントを育て上げてスターにする、それが評価となって後に影響する。
    しかし、他人の評判なんてものは曖昧な基準でしかない」

105名無しさん:2018/11/11(日) 20:49:03 ID:mh0QlN.o0
( ゚ゞ゚)「ライバルのプロデューサーが抱え持つタレントの悪評や非難を
    通俗な芸能誌に垂れ込んだり、一般のファンのフリをしてSNSに大量に流したり、
    そんなことがしょっちゅう行われている場所で、つけ込む隙を見せるわけにはいかない」

オサムは饒舌に語り終えると、お冷やを一気に半分飲み干した。

( ゚ゞ゚)「私が今言ったことは、くれぐれも職場ではいわないでくれ」

途端に、トーンを落としてオサムは言った。
よほど鬱憤が溜まっていたらしい。
気圧されて、モララーは「はあ」と気の抜けた返事をした。

106名無しさん:2018/11/11(日) 20:50:04 ID:mh0QlN.o0
つらいと思うなら、どうして仕事を続けているのだろう、と頭の中で疑問が湧いた。
とはいえ、社会人ともなれば辞めるに辞められない事情はいくらでもある。
詮索したくなる気持ちをモララーは抑え込んだ。

( ゚ゞ゚)「もっとも、久城はうちのタレントの中でも一際潔白だと思うがね。
    色めいた噂も、遊び歩いているといって話も聞かない。
    ライブ中でもない限りは、大人しい質素な子だよ」

オサムは腰を深く椅子に下ろした。
見た目はほとんど変わらないが、この店はお気に入りであるらしい。

モララーはメモを広げ、いくつか質問を重ねた。

107名無しさん:2018/11/11(日) 20:51:33 ID:mh0QlN.o0
襲われたことや、失踪したことについて、思い当たる節があるか。
いずれについても、オサムは首を横に振った。

( ゚ゞ゚)「そもそも、事件になっているのはフード男だろ?
     失踪の方まで調べるのか?」

と、オサムは逆に質問をしてきた。

( ゚ゞ゚)「久城がいなくなったことは、事件ではなくなったはずだが」

108名無しさん:2018/11/11(日) 20:53:01 ID:mh0QlN.o0
オサムの言うことは、正しかった。
警察が捜査しているのは、あくまでもコンサートを襲った男についてのことだ。
デレの行方について、ショボンは気に掛けているが、それは警察の総意ではなかった。

警察は事件がないと動けない。
もっと広く言えば、社会がそれを望んでいないと動けない。

家出人捜しや浮気相手の捜査など、探偵が主に請け負うこれらの仕事は、
当人にとっては重要でも、警察などの組織、引いては社会からみれば取るに足らないことだからだ。
そして、社会の要請から外れた事件こそが、探偵のもとへと舞い込んでくることになる。

( ・∀・)「ええ、だからあのショボンっていう警部が私に依頼した形になってます」

109名無しさん:2018/11/11(日) 20:54:03 ID:mh0QlN.o0
( ゚ゞ゚)「なるほど……あんたも大変だな」

( ・∀・)「いえいえ、好きでやってますから」

モララーはにやっと笑って、コーヒーを啜り、苦さに少し咳き込んだ。

( ・∀・)「久城さん、ご家族は心配されていないんですか?」

( ゚ゞ゚)「いや、彼女は親と絶縁状態で、結婚も同棲もしていない。
    今までも、少なくとも会社には、親しい人からの連絡はなかったよ」

( ・∀・)「それは……何だか淋しいですね」

言い淀んだ末に結んだ言葉は、特に拾われることはなかった。

110名無しさん:2018/11/11(日) 20:55:03 ID:mh0QlN.o0
それ以後、質問は続いたが、目新しい情報はほとんどなかった。
久城デレは、プライベートをほとんど仕事に持ち込まない人だったらしい。
オサム自身、彼女の住まいや、その生活圏内に近づいたこともなかった。

コンサートや、楽曲の収録、雑誌の撮影、決められた仕事は的確に熟す。
その代わり、業務時間外の集まりには一切顔を出さない。

弱みを見せるべきではないと、オサムは先に言っていたが、
その言葉どおり、久城デレの内面は几帳面に隠されていた。

( ゚ゞ゚)「探偵さんが聞きたいのは、これで終わりかな」

オサムは細腕に巻き付けた腕時計を見下ろしながら言った。
指先が軽く机を叩く。快くはない、急かす音だった。

( ゚ゞ゚)「ないならこのあたりで、いい休憩になりましたよ」

猫背気味の身体を折って、オサムが立ち上がろうとする。

111名無しさん:2018/11/11(日) 20:56:05 ID:mh0QlN.o0
( ・∀・)「あのとき現場にいた警部、俺とちょっと縁がある人でしてね」

突然のモララーの言葉に、オサムは眉をつり上げた。
半開きの口が不満を吐く前に、モララーは続けた。

( ・∀・)「初めて会ったのは学生のときで、そのときから厳格な男でした。
      まだ青かった俺は、その厳しさがとても邪魔っ気でした」

( ゚ゞ゚)「いったい何の話を」

( ・∀・)「まあ、聞いてください。休憩の延長だと思って」

オサムはあからさまに溜息をついたが、
口をへの字に曲げたまま椅子に腰掛けてくれた。

112名無しさん:2018/11/11(日) 20:57:05 ID:mh0QlN.o0
( ・∀・)「再会したのは今年の夏です。相変わらず厳しい奴でしたが、
      事件に立ち向かう姿勢は、とても真面目で、正直安心できました。
      口にすると何だか気恥ずかしいですけどね、はは」

乾いた笑いに、反応はない。
モララーはすぐに口を結んだ。

( ・∀・)「ショボンは平穏な世の中を、何より自分の手で守りたいんだと思うんです。
      だから警察機構の中枢での出世ではなく、警部として現場で駆けずり回る方を好んでいる。
      夏が終わる頃にそれに気づいて、俺は少しだけあいつを許せる気がしました」

113名無しさん:2018/11/11(日) 20:57:23 ID:Btij80K.0
支援

114名無しさん:2018/11/11(日) 20:58:04 ID:mh0QlN.o0
モララーが時間をかけて言い終えても、オサムの渋面は変わらなかった。

( ゚ゞ゚)「だから、これは何の」

(  ∀ )「あんたもさあ!」

痺れを切らしたオサムの声を、モララーは遮った。
大きめの声音に、オサムの肩がびくついた。

店内には二人と、店長しかいない。
その店長は隅で舟を漕いでいる。

邪魔する者は、実質的には誰もいなかった。

115名無しさん:2018/11/11(日) 20:59:10 ID:mh0QlN.o0
(  ∀ )「守りたいものがあるんでしょう? 日嗣オサムさん」

( ゚ゞ゚)「……」

視線を泳がせるオサムに対し、モララーはトーンを落として声を掛け続けた。

( ・∀ )「教えてくださいよ、あんたが」

( ・∀ )「妙な嘘を吐いてまでして、守っているそれが何なのか」

絶句するオサムの前でモララーは、コーヒーをそっと舌に転がした。


     +++

116名無しさん:2018/11/11(日) 21:00:08 ID:mh0QlN.o0



   Next>第三話 慰めの歌声


.

117名無しさん:2018/11/11(日) 21:01:16 ID:mh0QlN.o0
今日はここまで。

続きは11月17日。

118名無しさん:2018/11/11(日) 21:34:52 ID:Btij80K.0


119名無しさん:2018/11/11(日) 22:10:53 ID:8X4txXIw0
おつです

120名無しさん:2018/11/12(月) 00:09:54 ID:OnKndJ7U0
懐かしい!今回はドクオでてくるんだな

121名無しさん:2018/11/13(火) 20:26:11 ID:xcym.MXo0
いやー、一日で過去作と今まで全部読んできたわ
なにこれ面白い

122名無しさん:2018/11/17(土) 20:00:02 ID:FqQ/FLjg0
     +++


河原での過ごし方は主に、土手に寝転んで本を読むことだった。
草の生い茂っていた時期は、それがクッションになっていて、
寝心地も良く、気になるようなこともなかった。

近くにはホームレスのじいさんがいて、
居座っていた俺は目をつけられ、
段ボールハウスに招かれることもしばしばあった。

じいさんと妙に仲良くなって、放課後になると、
そのハウスに入り、勝手に過ごすことも許されるようになっていた。

そのじいさんの名前は知らない。
翌年、俺が中学三年生のときの冬に、小火騒ぎがあって、
一旦は死んだという噂もあった。いずれにしろ、それきり会っていない。

123名無しさん:2018/11/17(土) 20:01:04 ID:FqQ/FLjg0
段ボールの機密性は想像以上で、小雨ならものともしなかった。
どこから手に入れたのか、料理道具一式が揃っていたが、
洗い場が川しかないのがいかにも不衛生だったので、手はつけなかった。

俺は結局本を読んでいた。
それが一番、時間が潰れてくれた。

夏が過ぎ去り、秋になると、水に気温が吸い取られるのか
やたらと寒くなって、たとえ段ボールハウスといえども快適とは言えなくなった。

学校の図書館か、寂れたカラオケボックス。
だいたいはそのどちらかを選んで、冬を過ごそうと思っていた。

124名無しさん:2018/11/17(土) 20:02:06 ID:FqQ/FLjg0
中学二年生の秋、俺は続き物の本を段ボールハウスに置き忘れたことに気がついた。
放っておくことがどうしてもできず、寒いとわかっていながら、久しぶりの川へ赴いた。

秋雨前線の影響か、水かさが増し、勢いも強かった。
川に流されるなんて馬鹿なことにならないよう注意しながら、橋を目指した。

高架下、日陰になった場所に人影が見えた。
俺は物陰に隠れて、その人がいなくなるのを待つことにした。

例えばそれが男女の影だったら、うざったい発情シーンでも始まるのではと焦ったが、
近くで見てみるとどうみても、たったひとりしかいなかった。

125名無しさん:2018/11/17(土) 20:03:06 ID:FqQ/FLjg0


ζ(゚-゚*ζ

豊かな髪の女だった。
見た目は華やかなのに、顔だけが異様に無表情で、浮き上がってみえた。

女ひとりくらいなら、怒鳴ればどくかもしれない。
そう考えた俺は、物陰から出ていこうとした。

ζ(゚ο゚*ζ

そのとき、女が口を開いた。
俺の方ではなく、川へ向かってだ。

昔、どこかで聞いたことがある。
どこかの国の教会では、聖歌が、天井に反響して、ある一点に音が集中するという話だ。
それがまるで神の歌であるかのように耳に届くのだという。

126名無しさん:2018/11/17(土) 20:04:04 ID:FqQ/FLjg0
このときの俺は、似たようなものを経験したように思われる。

高架下の、鉄の柱を反響して、川の雑音を潜り抜けて、
女の歌声が俺の鼓膜を震わせた。

駆け出そうとした格好のまま、俺は固まって、
女が振り向いていることに気づいても、動けなかった。

ζ(゚-゚*ζ「……誰」

女は俺と同じように制服姿だったが、学校は異なっていた。
当時の彼女は隣り合った学区の中学校に通っていた。

127名無しさん:2018/11/17(土) 20:05:03 ID:FqQ/FLjg0
突然、女は俺に駆け寄ってきた。

ζ(゚-゚*ζ「……言わないで」

消え入るような声を、息を切らせながら発していた。

ζ(゚-゚*ζ「誰にも言わないで。わたし、誰かに聴かせるつもりなかったから」

女はそう言って、俺に背を向けようとした。

――まてよ。

咄嗟に、俺は彼女を呼び止めた。

128名無しさん:2018/11/17(土) 20:06:05 ID:FqQ/FLjg0
――名前は。

返事はなかった。
流し目で睨まれて、変な誤解をされているんじゃないかと思った。

俺は最初は、彼女の見た目に惹かれたわけじゃない。
もちろん、綺麗な人だった。だけど、初期衝動は歌にこそあった。

彼女の歌は切実で、胸に迫る種類のものだった。
後に様々な彼女の歌を聴いて、俺はそれを確信する。

俺は、彼女の歌をまた聴きたいと思い、そのとおりに伝えた。

129名無しさん:2018/11/17(土) 20:07:03 ID:FqQ/FLjg0


ζ(゚-゚*ζ「……」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう」

そして俺が真に彼女自身に惹かれたのは、
その微笑みを垣間見たときからだったように思う。


     +++

130名無しさん:2018/11/17(土) 20:08:04 ID:FqQ/FLjg0


第三話


   慰めの歌声



     +++

131名無しさん:2018/11/17(土) 20:10:54 ID:FqQ/FLjg0
(´・ω・`)「借りパクの常習犯みたいな口ぶりだな」

モララーがオサムと会う一時間前、
県警察署のロビーにて、ショボンは嘆息を漏らした。
他の人に見咎められないように、視線を飛ばしまくりながら。

( ・∀・)「仕方ねえじゃん、あと一時間で会う、なんて突然言うんだから。
      動画は絶対に必要なんだ。あとで必ず返すから」

(´・ω・`)「そうしてもらわないと困る。
       トソンも怒るだろうからな」


少しの間、スマホを借りる。
ショボンは一応、その旨をトソンに伝えておいた。

仕事で忙しくしていたトソンは
頷いて、流されるようにどこかへ行ってしまっていた。

132名無しさん:2018/11/17(土) 20:12:02 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「パスワードは××××だな」

迷うことなく指が動き、丸っこいウサギの画が現れた。

(´・ω・`)「こわっ、きもっ」

( ・∀・)「前に操作してたのを見ていたんだよ」

起動できることを確認したモララーは
スマホを鞄にしまい、ショボンに礼を言った。

( ・∀・)「それと、もう二、三確認したいことがある」

133名無しさん:2018/11/17(土) 20:13:05 ID:FqQ/FLjg0
(´・ω・`)「あんまりここでは話したくないがな」

好き好んで警察署のロビーを選んだわけではなかった。
仕事の手が空かないため、署から離れられなかったのだ。

( ・∀・)「はいかいいえで十分だよ。
      首を縦に振るか、横に振るかだけでいい。
      俺も気をつけるから」

捜査情報を民間人に教えることは、通常なら御法度だ。
たとえ私的な契約関係でも、周りにはあまり見られていいものではない。

モララーが事情を弁えていると、ショボンにもわかり、渋々頷いた。

( ・∀・)「じゃあ、まずは」

モララーはいつものメモを左手に持ち替えた。


     +++

134名無しさん:2018/11/17(土) 20:14:03 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「あんたの腕の傷は、右手の内側、
      親指の根元から、5センチほど離れた位置から始まり、
      手首を半分巻くような形で延びていたそうだな」

テーブルの上に右手を差し出す形にして、
モララーはオサムの負った傷跡を指でなぞった。

( ゚ゞ゚)「そうだが、現場にいなかったにしては詳しいな」

( -∀-)「しつこすぎるって怒られたよ」

( ゚ゞ゚)「?」

135名無しさん:2018/11/17(土) 20:15:47 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「ああいや、こっちの話だ。
      その傷には、もう治ったらしいな」

オサムの右手には、包帯もすでにない。

( ゚ゞ゚)「血管の集中する場所だったせいで、勢いよく血が出たんだ。
    こちらも慌てたが、実際にはほとんど掠り傷だったよ」

( ・∀・)「そりゃ結構。
      で、その傷はいったいどうやってついたんだ?」

136名無しさん:2018/11/17(土) 20:17:45 ID:FqQ/FLjg0
( ゚ゞ゚)「……ナイフから身を守ったに決まっているだろう」

あからさまに見下した様子でオサムは答えた。

( ・∀・)「ですから、どんな格好で」

( ゚ゞ゚)「はあ、興奮していたからちょっと曖昧だが
    普通に考えれば、こんな具合だろうな」

オサムは右手を目の上の辺りまで持ってきた。
傷痕の位置はちょうどオサムの目の高さ、モララーの正面だ。

137名無しさん:2018/11/17(土) 20:19:03 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「……ふうん」

モララーはしげしげと眺め、顎をさすった。

( ゚ゞ゚)「なんだ、その顔は。不満か?」

( ・∀・)「まあそうだな、気になる」

そう言って、モララーは自分の鞄を開き、
ピンクのカバーのついたスマホを取りだした。

( ・∀・)「知り合いのだ。私の趣味じゃないよ」

( ゚ゞ゚)「そんなことは気にしてない」

138名無しさん:2018/11/17(土) 20:20:03 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「で、もう用意はしてあるから」

モララーがキーを入力すると、すぐに動画の再生画面になった。
ここに来る前から仕込んでおいたものだろう。

映像は、昨日の事件の様子を観客の誰かが撮影したものだ。
静止画面では、ナイフ男が壇上に登っている。

再生ボタンを押し、動画が映像が動き出す。
壇上で尻込みするデレに向かって、ナイフ男は躙り寄る。

( ・∀・)「このナイフ、ずっと腰高にあるんだよね」

139名無しさん:2018/11/17(土) 20:21:04 ID:FqQ/FLjg0
言われて、オサムは無表情のうち、眉だけをつり上げた。

ナイフ男は歩き出す。
ナイフは常に、高さが変わらない。

( ・∀・)「そもそもナイフって、竹刀みたいに構えるものじゃない。
      振り下ろすよりは、突き刺すか、横向きに振って使う方が都合が良い」

モララーが解説している間に、映像ではバンドメンバーがナイフ男に接近する。
組み伏せようとした瞬間、ナイフ男は凶器を振り回し、それを許さなかった。
その斬撃も、すべて横に振り回す形だ。

( ・∀・)「そして男は消えていく」

デレが舞台袖に消えるとともに、ナイフ男は追いかける。
やや時間を置いて、観客席からはひょろりとした青年、ドクオが登場した。

140名無しさん:2018/11/17(土) 20:22:17 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「この青年はたまたま俺の知り合いでしてね、背丈は俺より少し高いくらいだ。
      そして舞台袖の幕を見た限りでは、青年よりもナイフ男の方が高い。
      ちょうど、あなたと同じくらいに」

返事はなかった。

映像は、ドクオがいなくなったところで終わりを迎えた。

( ・∀・)「腕の傷、おかしいだろ?」

モララーはにやりをし、それでいて視線を真っ直ぐオサムにぶつけた。

141名無しさん:2018/11/17(土) 20:23:06 ID:FqQ/FLjg0
( ゚ゞ゚)「は? なにが」

( ・∀・)「あんたの言ってた体勢じゃ、相手に向けて腹ががら空きなんだよ。
      腰高から迫るナイフを防ぐのに、それじゃガードにならねえよ」

飄々とした声色が、一転して鋭さを帯びた。
二人の間は拳一つ分しかない。

(;゚ゞ゚)

( ゚ゞ゚) スゥッ

( ゚ゞ゚)「勘違いだ」

オサムは真面目な顔で、端的に答えてきた。

142名無しさん:2018/11/17(土) 20:24:02 ID:FqQ/FLjg0
( ゚ゞ゚)「さっきも言ったように、俺は興奮していたんだ。
    俺はナイフを取り押さえようとして、手を下に向けた。
    そのときに反撃に遭い、切りつけられたんだ」

( ・∀・)「やってみろ」

間髪入れずにモララーは返した。
オサムは身をひきながら、おもむろに立ち上がった。

( ゚ゞ゚)「だから、こうやって」

腰を落とし、腕を前へ伸ばしていく。
その途中で、オサムの動きは止まった。

(;゚ゞ゚)

開かれた指が微かに震えている。

143名無しさん:2018/11/17(土) 20:25:04 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「そうだな、ナイフをつかもうとするなら、普通、親指は上側になる。
      ナイフが相手の腰の位置にあるとすれば、その刃からもっとも離れた場所だな。
      ましてその内側となると、なおさら遠い。よほど変な体勢にならない限り、相手には向かねえよ」

(;゚ゞ゚)

( ゚ゞ゚)「……些末なことだろう。こんな掠り傷」

( ・∀・)「いや、傷跡は確かに存在している。それは否定できない。
      "できないはずの傷"ができている、これはおおごとだろ?
      だってさ――」

――もしも"ナイフによる傷"が嘘ならば、
"ナイフによって襲われた事実"そのものが嘘になる。

144名無しさん:2018/11/17(土) 20:26:03 ID:FqQ/FLjg0
オサムは動きを固めた。
青白い顔が、僅かに、だが確実に、苦々しく歪んでいる。
静かにテーブルに戻ろうとした、その途端、

( ゚ゞ゚)「な、なにを……!?」

モララーはカップを握りしめた。

(  ∀ )

飛びかかってきたモララーにたいし、オサムは、
座る姿勢から、慌てて腕を前にしてガードする。

目をきつく閉じた、その耳にモララーの声が届いた。

( ・∀・)「もしも、取り押さえようとした、ってのも勘違いで、
      本当に腕を上にして防いでいた、っていうんなら、
      それがありえないことを先に説明しておいてやるよ」

145名無しさん:2018/11/17(土) 20:27:05 ID:FqQ/FLjg0
振り下ろす直前に止めたカップをモララーが指で弾く。
オサムは怖々といった様子で目を開いた。

( ・∀・)「上から下への打撃は必然的に強力なものとある。
      筋力に加え、物体の重さ、腕の重さ、全てが加味されるからだ。
      大きすぎる力は、その分コントロールも難しくなる」

( ・∀・)「もしも俺が本気でこのカップをお前に振りかぶっていたら、
      このカップがお前の頭をかち割るか、カップが先に壊れるか、
      いずれにしても、意図しない限りは必ず衝撃を与えていたはずだ」

( ・∀・)「もしもお前が今みたいに、腕を目の上にして防いだっていうなら、逆に教えてほしい。
      犯人はどうして、お前の腕にかすり傷だけを残す、なんて妙なことをやったんだ?」

146名無しさん:2018/11/17(土) 20:28:05 ID:FqQ/FLjg0
( ゚ゞ゚)「それは」

オサムが口を開いた直後、モララーは「まだだ」と声を挟んだ。

( ・∀・)「現場は防犯カメラの死角だった。
      これは俺も、コンサート会場で確認している。
      舞台側から倉庫への入り口には防犯カメラはない。
      そして、警備員を含め、スタッフが駆けつけたとき、
      すでに犯人は窓から逃走していた」

( ・∀・)「あんたは犯人ともみ合った、しかし、それを証明できるのは
      その腕の傷と、あんたと久城デレの証言だけだ」

( ・∀・)「それが嘘だとすれば、真実はただひとつ」

147名無しさん:2018/11/17(土) 20:29:03 ID:FqQ/FLjg0
モララーはそこまで話すと、一呼吸置いた。

周りには客はいない。

それを確認したうえで、なお一層モララーは声を落とした。

( ・∀・)「ナイフ男は、お前だ」

モララーの言葉はオサムの耳朶を打った。
無表情が崩れ去り、苦い顔つきになったと思いきや
次の瞬間には、はっきりと敵意を込めた睥睨に変わった。

(#゚ゞ゚)「お前の言っていることは証拠がひとつもない。
    すべて机上の空論だ。まして、私を疑うなど……
    こちらは被害者なんだぞ!」

148名無しさん:2018/11/17(土) 20:30:03 ID:FqQ/FLjg0
オサムは掌でテーブルを叩いた。
遠くで店主が、いびきを途切れさせる。
モララーは一瞥するが、店主はふたたび、大人しく眠りについた。

( ・∀・)「葉書だ」

( ゚ゞ゚)「は?」

( ・∀・)「脅迫状として送られてきたあれだ。
      ファンサイトの会員に配られた、特製の葉書らしいな」

( ゚ゞ゚)「……そのはずだ」

149名無しさん:2018/11/17(土) 20:31:12 ID:FqQ/FLjg0
――ファイナルプロ 久城デレ様


   過去の痛みをこの場所で、私は今も忘れない。


   12月のコンサート会場にて、あなたを殺す――


( ・∀・)「一文ごとに、三行に分かれて書かれていたらしいな。
      新聞の切り抜きを使って、一文字ずつ」

オサムがじっとしているのを、肯定とうけとめてモララーは話を進めた。

( ・∀・)「あの特製の葉書は透かし文字が入っていた。
      長辺にはカミツレの花畑。そこにはサインが隠れていた。
      葉書を使用するときは普通、真ん中の何もない空間を使っていたらしいな」

150名無しさん:2018/11/17(土) 20:32:07 ID:FqQ/FLjg0
( ゚ゞ゚)「はは、だから葉書の文字はおかしいってか?
    バカバカしい、犯人がそんな飾りを気にするわけないだろう」

オサムは不意に、唾が跳ぶほど鋭く罵倒した。
敵意は明らかだ。それに対し、モララーは笑みを絶やさなかった。

( ・∀・)「さっきの葉書の文章、最初の一文を思い出してみろ」


――ファイナルプロ 久城デレ様――


( ・∀・)「宛名は表面に書いてあるのに、わざわざ書くのはなんでだ?」

151名無しさん:2018/11/17(土) 20:33:07 ID:FqQ/FLjg0
( ゚ゞ゚)「だからそんなのわかるわけが」

( ・∀・)「次、真ん中の文章」

(;゚ゞ゚)「……」


――過去の痛みをこの場所で、私は今も忘れない――


( ・∀・)「この文章だけだとしたら、脅迫状とは読まれなかっただろうな。
      脅迫状として読み取れたのは、最後の一文のせいだ」

152名無しさん:2018/11/17(土) 20:34:03 ID:FqQ/FLjg0
――12月のコンサート会場にて、あなたを殺す――


( ・∀・)「この葉書が脅迫状であるかのように感じられる。
      だが、新聞の切り抜きなんて、後からいくらでも付け足せる。
      だから、こうも考えられるんじゃないか」

( ・∀・)「最初に貼られていたのは、真ん中の一文だけだった。
      その後、最後の一文が加えられ、
      バランスを取るために、最初の一文が添えられた」

( ゚ゞ゚)「……この期に及んで、まだ推測を並べ立てるとは恐れいったよ。
    お前の言いたいことはつまりこうだろ? あの葉書は元々怪文書だった。
    それを俺が利用して、脅迫状に偽造した。わざわざ本当の犯人を演じたりまでしてな」

153名無しさん:2018/11/17(土) 20:35:03 ID:FqQ/FLjg0
( ゚ゞ゚)「動機もわからなければ根拠の欠片もない。
    俺から言えることはただひとつ、ノーだ。俺は何も案じちゃいない」

( ゚ゞ゚)「くくく、どうだ、これでお前が頭の中で必死に妄想したお話は、
    全て無駄になった! そうだろ? ざまあ」



( ・∀・)「お前なに勝手に話変えてんの?」



( ゚ゞ゚)「は、変えて……?」

( ・∀・)「誰も動機の話なんかしてねえよ。
      お前がないって言っていた証拠の話、まだその途中だ」

154名無しさん:2018/11/17(土) 20:36:09 ID:FqQ/FLjg0
いいか、とモララーは付け加えた。

( ・∀・)「新聞紙って、新聞社の特注品なんだぜ?」

( ;゚ゞ゚)「――ッ」

オサムは開きかけた口を片手で隠した。
しかし、滲み出ている汗だけは、どうにも拭いきれなかった。

( ・∀・)「一般の紙とは違い、超軽量かつ、一方向へのひっぱりに強い紙質だ。
      最低限の規格はあるが、例えばページ数の多い新聞社ではさらに薄かったり
      逆に地方紙などでは地元産の紙を進んで採用したりする」

155名無しさん:2018/11/17(土) 20:37:04 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「もっとも、この国に新聞社は大小合わせて約100社。
      どこの新聞かを調べるのは、難しいかも知れない。
      だけど、真ん中の行だけが上下の行と紙質が違うってことは調べればわかるんだよ」

( ・∀・)「俺は警察じゃない。だから捜査の状況は知らない。
      でもな、これは言える。警察はその違いに気づかないほど愚かじゃない」

( ・∀・)「お前が俺の妄想だと言い張ったストーリーを警察はやがて本筋と考え始める。
      あの脅迫状が後付けのものであるとすれば、コンサート会場に登場したナイフ男は何者だ?
      それに襲われたっていう奴がいる、だがその傷をよく見てみれば――」

156名無しさん:2018/11/17(土) 20:38:13 ID:FqQ/FLjg0


( ・∀・)


( -∀-)「――ここまでの全てを俺の妄想だと、思いたければ思うが良いさ。
      最初の新聞が全く同じ新聞の切り抜きであればそもそも疑う余地もないしな」


( ;゚ゞ゚)「ぐ……」

歯噛みして、オサムは呻いた。

( ;゚ゞ゚)「それがどうした。調べれば証拠になる?
     つまり結局、今はまだ証拠はないってことだろうが。
     私に嫌疑が掛かっていないのに、私を疑う理由はない」

( ゚ゞ゚)「貴様のくだらない推理に付き合うのもここまでだ。
     気分が悪い。今日のところはもう帰らせてもらう」

157名無しさん:2018/11/17(土) 20:39:15 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「軽犯罪法第1条第16号」

コートを手に、席を離れようとしたオサムに向けて、モララーは呼びかけた。

( ・∀・)「虚構を公務員に申し出た者は、これに従い罰せられる。
      ただし、その嘘で警察が出動していたら、
      それは偽計業務妨害罪に繰り上げだ。より重い罪になる。
      いずれにしろ、警察への虚偽申告は裁かれる」

( ・∀・)「つまり、嘘は立派な犯罪行為で、捜査対象だ。
      あんたがどうして嘘をついたのか、警察はやがて調べるだろう」
      行き着く先は久城デレだ」

158名無しさん:2018/11/17(土) 20:40:20 ID:FqQ/FLjg0
モララーはオサムに目を向けた。

( ・∀・)「それが一番困るんだろ?
       久城のために、狂言を仕込んだことがバレてしまうから」

言い放った言葉が、店内に広がっていく。

オサムは目を見開いていた。
固まっている身体が、軋んだような音を立てて、ゆっくりと席に戻った。

(;゚ゞ゚)「……なぜ、デレのためだとわかった」

159名無しさん:2018/11/17(土) 20:41:36 ID:FqQ/FLjg0
コートを手に持ったまま、抱えるようにして座る。
ぎょろついた目は、もはや憤りはなく、純粋に驚いているようだった。

モララーは追求のときの真面目な顔を、一挙に綻ばせた。



( ・∀・)「ごめん、勘」


(;゚ゞ゚)「な、――ああッ!?」

愕然としたオサムの悲鳴に、店長が弾けるように顔を上げた。


     +++

160名無しさん:2018/11/17(土) 20:43:18 ID:FqQ/FLjg0
( ゚ゞ゚)「全部嘘にしてしまえば、葉書の意味が軽くなると思ったんだ」

店長に頼んだ、二杯目のコーヒーに、オサムは手をつけた。
出来たての薫り高い湯気が二人の間を揺れ動いていた。

( ゚ゞ゚)「最初に届いた葉書は確かに真ん中の一文だけだ。
    過去への糾弾、その意味は私にはわからなかったが、
    嘘にしろ、真実にしろ、久城デレに後ろ暗い過去があると
    他人に悟らせるのは避けたかった」

蹴落とし合いの業界、とオサムが評していたことをモララーは思い出した。

161名無しさん:2018/11/17(土) 20:44:06 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「だから、葉書のことは警察に伝えず、
      まんまと事件が起きてしまったかのように見せかけた?」

( ゚ゞ゚)「ああ。殺人未遂が起きて、その相手に全く心当たりがないと言い張れば、
    世間の目からは、葉書の内容は悪質なファンのイタズラとして見える。
    そうすれば、内容自体への注目が薄れるだろうと思ってな」

久城デレと、オサムだけで描いた、言ってみれば狂言殺人未遂。
何も邪魔が入らなければ、ナイフ男は見つからず、事件は迷宮入りしたかもしれない。

( ・∀・)「つまり実際には、久城デレの過去に追求した奴がいるってわけだ。
      その文字を見たとき、久城はどんな反応をしてたんだ?」

162名無しさん:2018/11/17(土) 20:45:06 ID:FqQ/FLjg0
( ゚ゞ゚)「固まっていたようにも思えたが、どうかな。
    彼女は普段は表情豊かなのに、
    自分のことを全く明かさないからな」

( ゚ゞ゚)「他人に干渉されるのが極端に嫌いなのだろう。
     仕事のときも、意地のように自分の車で通い詰めるくらいだ。
     それくらい、久城デレは謎めいている」

( ゚ゞ゚)「とはいえ、何かしらあったのだろう。
    そして、それを誰にも知られたくないと思っている。
    私にも、結局教えてはくれなかった」

オサムの嘆息が終わるまで待ってから、モララーは質問を続けた。

( ・∀・)「葉書の主に心当たりは、本当にないんだな?」

163名無しさん:2018/11/17(土) 20:46:03 ID:FqQ/FLjg0
ノートにペンを軽く押しつけながら、モララーはオサムに尋ねた。
オサムは申し訳ないと言わんばかりに目を伏せた。

( ゚ゞ゚)「言ったとおりだ、久城のプライベートまでは知らない。
    久城自身が知らないと言うならば、信じる他なかったよ」


( ・∀・)「それなら、久城デレは、いったい何者なんだ?
      音楽業界は、素性のわからない一般人が、
      易々とデビューできるほど楽なものじゃないでしょう?」

164名無しさん:2018/11/17(土) 20:47:03 ID:FqQ/FLjg0
モララーの問い掛けに、オサムは首肯する。
やや時間を置いてから、オサムは話し始めた。

( ゚ゞ゚)「5年ほど前、私の担当していたひとりの歌手が引退をした」

( ゚ゞ゚)「表向きには一身上の都合として、円満に退職したことになっている。
    だが、実体は大荒れだった。言い訳じゃないが、精神的にも弱い人だったんだ。
    人前に出るのは嫌だと散々言っていたのに、私は聞く耳を持たなかった」

( ゚ゞ゚)「ライブも成功していたし、評判も上々。
    私はすっかり、金脈を掘り当てた気になっていた。
    そうしたら、最後にはその歌手が事務所に直接乗り込んで俺を殴ってきた」

痛みが残っているはずもないのに、オサムは頬を自然と擦った。

165名無しさん:2018/11/17(土) 20:48:14 ID:FqQ/FLjg0
( ゚ゞ゚)「事務所全体に知れ渡った末に、引退。俺はしばらく閑職として倉庫番になった。
    他の歌手への衣装や、スタジオに搬送されるセット部品を眺めながら、
    自分の過ちをひたすら後悔する毎日だった」

( ゚ゞ゚)「事務所としては、俺が辞表を出すのを待っていたんだろうな。
    引退騒ぎの前まで持っていた、上昇志向のようなものはすでに潰えていた」

( ゚ゞ゚)「だが、たまたまそのとき、他の奴らが俺のことを話しているのを聞いたんだ。
    あんなふうにはなりたくないと、ただそれだけのことを、豊富な嘲り言葉とともに繰り返していた」

( ゚ゞ゚)「初めはその同僚を憎むようになった。それが、友人や上司にまで広がり、
    最後には社員全体が俺を蔑んでいるような気がしてきた。
    私は反省するどころか、恨みばかりを胸に溜め込むようになった」

166名無しさん:2018/11/17(土) 20:49:09 ID:FqQ/FLjg0
オサムは心持ち首を上げ、コーヒー混じりの吐息をついた。

( ゚ゞ゚)「ある日、私はナイフを持って街を何度も練り歩いた。目的地はない。
    誰かが肩にでもぶつかってくれたら、難癖をつけて刺そうと思っていた。
    鞄の中には会社への恨み言を連ねた手紙を入れてあった。
    それが自動的に、私の動機として認められるだろうと思ってな」

( ゚ゞ゚)「寒い冬の晩だった。歩いていると、歌がきこえてきた。
    駅前にアコギを手にした少女がいた。その声は冷えと、
    緊張に震えきっていて、弱々しく、だけど耳に染みいってきた」

それが久城デレだった、とオサムは繋げた。

167名無しさん:2018/11/17(土) 20:50:03 ID:FqQ/FLjg0
( ゚ゞ゚)「不思議な気分だったよ。歌詞も聴き取れないくらい繊細で、
    歌い方も、決して巧いとは言い切れなかった。
    それなのに、耳をついて離れなかったんだ」

( ゚ゞ゚)「歌を最後まで聞き終えたら、すぐに久城の元に駆け寄った。
    職場を恨んでいたはずなのに、気がつけば私は、彼女を育てる気になっていた」

それからの日々のことを、オサムは詳しくは話さなかった。
ただ、峻厳な顔つきに浮かぶ笑顔が、その内容を物語っていた。

( ゚ゞ゚)「無駄話だったな、すまん」

モララーは首を横に振った。
話を聞くことは、むしろ好きなことだった。

168名無しさん:2018/11/17(土) 20:51:08 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「人を魅了する歌声だった、それがデレのデビューの経緯か」

( ゚ゞ゚)「魅了……魅了か」

オサムは言葉を口の中でいくらか転がした。

( ゚ゞ゚)「むしろ、許し、あるいは、慰めかもしれない。
    統計をとっているわけじゃないが、彼女のファン層を見ているとな。
    聴くことに救いを求めている、そんな気がしてくるんだ」

( ・∀・)「なるほど」

モララーは相槌を打ちながら、頭の中でドクオの顔を思い出していた。

169名無しさん:2018/11/17(土) 20:52:03 ID:FqQ/FLjg0
数年前の、都内某所でのライブのことだ、とオサムは話し出した。
立ち上がり掛けた身体を、モララーは再び席に戻す。

( ゚ゞ゚)「ライブが始まって数分後に、入り口付近に不審な男がいると、連絡が入った。
    時間に遅れたファンかと思い、警備員が声を掛けたが、
    なぜかすぐに逃げ、それでいて木蔭に隠れて離れなかった」

( ゚ゞ゚)「久城デレのような女性歌手には、特に変な虫がつきやすい。
    今後のことも考えて、私はそいつを取り押さえるつもりで現場へ向かった。
    しかし、向こうも私を見ると、事情をすぐに察したらしく、あっという間に逃げ出した」

( ゚ゞ゚)「だが、実は遠くから顔だけは撮影しておいたんだ。
    今後、どこかの会場で現れたときにしょっ引くための理由付けとしてな」

( ・∀・)「その、写真は」

答える代わりに、オサムは自分の鞄からスマホを取りだした。
画面をスライドさせ、時系列に並べられた写真を遡り、一枚を拡大する。

170名無しさん:2018/11/17(土) 20:53:15 ID:FqQ/FLjg0


(   ν)


望遠のため、画質は悪い。
それでも、特徴的な口元ははっきりと見て取れた。

( ゚ゞ゚)「名前も、素性もわからない。
    だが、調べてみる価値はあるだろう。
    助力というには、あまりにもわずかだが」

( ・∀・)「十分だ」

そう言って、モララーは立ち上がった。
オサムは会釈をする。ところが、モララーはすぐには去らなかった。

171名無しさん:2018/11/17(土) 20:54:06 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「お礼というと誤解を招きそうだが、この電話番号を控えておくといい」

モララーは、ピンクのスマホに登録されていた番号を表示させた。

( ・∀・)「あのとき現場にいた警部、ショボンに繋がる。
      事情を話せば、聞いてくれるはずだ。厳しいけれど、甘い男だから」

オサムは目を丸くして番号を眺めた。

( ゚ゞ゚)「いいのか? 私は、罪を犯したのに」

172名無しさん:2018/11/17(土) 20:55:03 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「俺は警察じゃない、探偵だ。
      ルールや秩序が守ってくれない人々を
      地道に救い上げるのが俺の仕事さ」

モララーの言い回しに、オサムは口角をつり上げた。

( ゚ゞ゚)「言い方次第か……いや、まあいい。恩に着る」



数分後、モララーは店の外に出ていた。
すでにオサムとは別れ、その姿は見えなくなっていた。

173名無しさん:2018/11/17(土) 20:56:03 ID:FqQ/FLjg0
久城デレについて、わかったことは少ない。
不鮮明な彼女の半生は未だに謎めいたままだ。

そして失踪したドクオについて。
シュールの家を尋ねたは、彼の行方についての
ヒントを探すはずだったが、めぼしいものは何も無かった。

ドクオと久城デレとの間に、ただのファン以上の関係があるのだろうか。
ドクオを舐めているわけではないが、モララーにはどうしても、そのイメージが湧かなかった。

174名無しさん:2018/11/17(土) 20:57:04 ID:FqQ/FLjg0
しかし、現実問題として、二人は同時に消えた。
ただの偶然だとして、未だに連絡を寄越さないのはどうしてだろう。
まさか俺に怪しまれないとは思っていまい、とモララーは推測する。

デレからファイナルプロあてに電話があり、事件性は消えた。
だが、ドクオはいまだ行方不明。電話を掛けても返事はない。
あからさまに避けられている、その理由は――

( ・∀・)「!!」

不意に、携帯電話が鳴った。
ショボンから借りたスマホではなく、自分のガラケーからだ。

175名無しさん:2018/11/17(土) 20:58:04 ID:FqQ/FLjg0
( ・∀・)「ドクオ?」

出るとすぐに、モララーは尋ねた。

返事はない。だが吐息はきこえてくる。
相手には繋がっている。

( ;・∀・)「ドクオか? でなきゃだれだ、返事をしろ」

可能性はいくらでもあった。
ドクオ本人、久城デレ、全くの第三者。
最悪の場合も想定して、情報を引き出したいところだった。

「……モララーか」

相手が言う。

176名無しさん:2018/11/17(土) 20:59:13 ID:FqQ/FLjg0
ドクオではない、女声だった。

( ;・∀・)「……久城、いや」

歌に聞いていた彼女の声ではない。
それなのに、引っかかりがある。

すぐには思い出せない。
心の奥底に、その声色が仕舞い込んである気がする。


「モララーだな」

声が、再確認する。

177名無しさん:2018/11/17(土) 21:00:03 ID:FqQ/FLjg0
聞き覚えのある、懐かしい声。

記憶の中にあるそれと、符合する。

( ;・∀・)「そんな、まさか」

言葉にはならなかった。
息をのんで、電話を両手に持ち、顔の前に持ってくる。
もはや、迷いはなかった。




( ;・∀・)「……ハイン?」

178名無しさん:2018/11/17(土) 21:01:04 ID:FqQ/FLjg0
「おう」


从 ゚∀从「久しぶり」



何年ぶりに、その名前を口にしたのだろう。


焦りながらモララーは、そんなことを考えていた。


     +++

179名無しさん:2018/11/17(土) 21:02:04 ID:FqQ/FLjg0



   Next>第四話 話すわけにはいかない彼ら


.

180名無しさん:2018/11/17(土) 21:03:07 ID:FqQ/FLjg0
今日はここまで。

続きは11月24日。

181名無しさん:2018/11/17(土) 22:37:32 ID:MF.dZJLg0
乙!

182名無しさん:2018/11/20(火) 21:00:29 ID:Ly1rcdEs0
あれこれ2作ほど関連作品あるやつ?

183名無しさん:2018/11/24(土) 19:58:07 ID:r04Hoi3o0
>>182

>>13

184名無しさん:2018/11/24(土) 20:00:06 ID:r04Hoi3o0
     +++


俺の家は街中からやや外れた、小高い場所にあった。
家の周囲は、大人でも見上げるほどの塀に囲われていて、
内側は父の趣味でちょっとした庭園が造られていた。

今では、管理する人もいなくなり、荒れ地になってしまったらしいが、
自分で言うのも難だが、当時では目を引く場所だった。

周りの民家からは離れていたため、夜になると、とても静かだった。
人の話し声や車の走る音なども、みんな庭木が遮ってしまった。

俺は夜が嫌いだった。

静かなのが怖いわけじゃない。
耳をすますと必ずと言って良いほど、
得体の知れない音が混じるのが嫌だったのだ。

185名無しさん:2018/11/24(土) 20:01:06 ID:r04Hoi3o0
それは梁の軋むような音と、誰かの呻いているような声だった。
途切れ途切れに、低く聞こえてくるその音はまるで、
誰かが今にも死のうとしているかのような印象をもたらした。

その音について、俺は母に何度も尋ねたことがあったが、
母はいつも、お化けが出ているから寝ようとか、そんなはぐらかし方をしていた。

そんな嘘がいつまでも通じるわけはない。
嘘を吐き続ける母に向けて、俺はいつしか憤りを覚えていた。
だが、今にして思えば、母の気持ちそのものに思い至らなかったことが悔やまれる。

俺はいったいいつ頃から察していただろうか。
中学生に上がって、周りが急に色めきだして
成人向けの雑誌を便所で回し読みしてくだらない遊びに興じていた頃に、ようやくわかった。

くぐもったあのうめき声は、抑え込んだ嬌声だってことに。

186名無しさん:2018/11/24(土) 20:02:07 ID:r04Hoi3o0
当時、俺の父は地域の権力者で、多くの人がその威光に預かろうとしていた。
余裕のアル奴は率直に金をくれた。
そうでないものは、別の角度から父の欲望を満たすしかなかった。

今でも、俺は不思議に思う。
どうしてあの父から俺が生まれてきたのかと。

年端もいかないようなガキの身体のどこに情欲を掻き立てられるのか、
気色が悪すぎて、そのような感性の人間がいると考えるだけでも吐き気がする。

あの男が、権力者としてのさばるこの世界も、等しく狂っている。
この思いは今でもまったく変わっていない。

187名無しさん:2018/11/24(土) 20:03:03 ID:r04Hoi3o0
時折、知っている声が混じる声もあった。
俺と同じクラスの中に、貢ぎ物にされた奴がいたのだ。

次の日に、その女子に話しかけたこともあったが、
名前を言い切る前に、その子はすぐに逃げてしまった。
決して目を合わせてくれなかった。

思い返せば、それが普通の反応だ。
俺はあの醜い生き物の息子なのだ。
誰が会いたいなどと思うものか。

俺は次第に、父と距離を置きたいと思うようになった。
昔は俺を守ってくれた、あの力は、ルールを外れた、おぞましいものでしかなかったのだ。

ある晩のこと、いつものようにうめき声がきこえてきた。
呆れ果てて、自前の耳栓をつけようとした俺は、ふと手を止めた。

188名無しさん:2018/11/24(土) 20:04:05 ID:r04Hoi3o0
声は、長く響いた。
か細く震えつつも、伸びゆく歌声、
それは、特に聞き覚えのあるものだった。

胸の鼓動が速まり、いてもたってもいられなくなった。
寝惚けている母の制止をものともせず、俺は寝室を飛び出した。
毎日歩いているはずの廊下が薄暗く、遠くにほのかな灯りが漏れていた。

父の書斎。そこがいつものうめき声の発生源だと、俺は初めて知った。
板張りの床を踏みならし、わざと音を立ててやった。
反応はない。嬌声も消えた。俺はほとんど突っ込む形で扉を開けた。

白い靄があがる。
やがてそれが、俺の口から漏れる吐息だと気づいた。

189名無しさん:2018/11/24(土) 20:06:06 ID:r04Hoi3o0
靄の先に裸の姿があった。
間抜け面の父の下に、冷めた顔があった。


ζ(   *ζ


河原の女だった。
覆い被さった影の下で、一糸まとわぬ姿でいる。
脇にある服はどう見ても制服だった。

父が喚いている。
怒声だとはっきりわかった。
空気を震わせるようなそれを聞いて、
どうしてか、俺の胸の内は逆に冷え込んでいった。

190名無しさん:2018/11/24(土) 20:07:05 ID:r04Hoi3o0
幼稚園児のときの、父の暴力を目にしたときから、
漠然と、父に刃向かったら悪いことが起こると思っていた。

父に対する、そうした恐怖が、一瞬の後に消えていた。

俺は父の名を呼んだ。
父が睨みを利かせてきた。
それが癪に障り、唾を吐き飛ばしながら蹴り飛ばしてやった。

お洒落を気取った虫みたいな蛍光灯に向けて
父の差し歯が放物線を描いて飛んでいった。

191名無しさん:2018/11/24(土) 20:08:05 ID:r04Hoi3o0
口元を片手で押さえて、父は血を垂れ流していた。
赤い瀟洒なカーペットにしたたり落ちて広がっていく。

俺は父を見下ろしていた。
彼女、後にデレという名前を知るその少女を俺の後ろに庇った。

知っているはずもないのに、
デレが俺の名を呼んでいるような気がした。

父は涙目になって、俺に尋ねてきた。
どうしてこんなことをするのか、とかなんとか。


( ^ν^)「こいつは俺の女だ。手を出したらてめえを殺す」

192名無しさん:2018/11/24(土) 20:09:04 ID:r04Hoi3o0
全身が火照って、思考が定まらなかった。
ただ、目の前に横たわる男が、俺の親であることを
憎んで、その気持ちが頭の中を満たしていた。

その後、どうしたのかは憶えていない。
気がついたら俺は家の裏口で、デレを送り出していた。

さよなら、と一言告げると、デレは潤んだ瞳を向けてきた。

( ^ν^)「また会おう」

言わざるを得なかった。
それで彼女が満足するならば、いいと思った。

そうして俺は、後戻りできなくなったんだ。


     +++

193名無しさん:2018/11/24(土) 20:10:03 ID:r04Hoi3o0


第四話


   話すわけにはいかない彼ら



     +++

194名無しさん:2018/11/24(土) 20:11:07 ID:r04Hoi3o0
('A`)「もしかして、久城デレさんですか」

そこは都内某所の、駅から若干離れた場所にある大型書店だった。

12月の初旬、
事件のあったコンサートが始まる、およそ2週間前のことだった。

ζ(▼▼*ζ「えっ、あ」

細長い指の合間から、薄いハードカバーの本が滑り落ちる。
背表紙は床に落ち、静かな店内に水を打つような音を立てた。

195名無しさん:2018/11/24(土) 20:12:06 ID:r04Hoi3o0
ζ(▼▼*ζ「……」

デレは慌てて身を屈めようとする。
ドクオはそれを制し、自分で本を拾った。

('A`)「どうぞ」

ζ(▼▼*ζ「……」

本を受け取ったデレは、口元に手を添え、声を潜めた。

ζ(▼▼*ζ「ありがとう。ファンの方、かな。よくわかったね」

('A`)「そのサングラス、この前のライブで見ましたから。
    会場に少し遅れて、慌ててやってきたとき、
    つけていたやつですよね」

196名無しさん:2018/11/24(土) 20:13:04 ID:r04Hoi3o0
言われてデレは、自然とサングラスに触れた。
エッジのきいたサングラスは、目立つと言えば目立つ代物だ。

ζ(▼▼*ζ「……これでもわかっちゃうのか。怖いなあ」

呟くデレに、ドクオは慌てて首を振る。

(;'A`)「あ、で、でも普通の人はそんなのわからないと思います。
     俺、ライブの映像とかここ最近ずっと見ていたからってだけで」

しーっ、とデレは口に指を当てた。

ζ(▼▼*ζ「あんまり話すと、目を引くから」

197名無しさん:2018/11/24(土) 20:14:14 ID:r04Hoi3o0
ドクオがわざわざ掌で顎を覆うのを見て、デレは微笑した。

ζ(▼▼*ζ「本を拾ってくれたお礼に何かしてあげたいところだけど
        サインとかは事務所を介さなきゃって言われているんだよね。
        ごめんね、素っ気なくて。これからもよろしくね」

あくまで声を抑えながら、デレは会釈して、会計に向かおうとした。

(;'A`)「あ、あの」

ドクオはその背に声を掛けた。

('A`)「もしもお時間あれば、でいいんですけど」

――いくつか質問をしてもいいですか?

使い古したノートをドクオはすでに手にしていた。

198名無しさん:2018/11/24(土) 20:15:17 ID:r04Hoi3o0
ζ(゚ー゚*ζ「……ねえ、君」

('A`)「はい、なんで、しょう、か」

ペンを動かしながら、ドクオじゃ途切れ途切れに言葉を返した。

二人は書店から場所を移して、
価格帯の高い、チェーンの閑静な喫茶店に入っていた。

ζ(゚ー゚*ζ「私からも質問していい?」

('A`)「ああ、はい。どうぞ」

ζ(゚ー゚*ζ「君、私のファンじゃないでしょ」

199名無しさん:2018/11/24(土) 20:16:03 ID:r04Hoi3o0
(;'A`)「……え?」

愕然としながら、ドクオはノートから顔をあげた。

ζ(゚ー゚*ζ「違うっていうなら、最近出た私のアルバムの名前を言ってみてよ」

(;'A`)「最近、か」

冷や汗をかきながら、いくつか名前を口にする。
訝り顔でいたデレは、突然堪えきれなくなったように笑い出した。

ζ(゚ー゚*ζ「それはシングルの曲名ね。
       私、まだアルバム出したことはないよ」

(;'A`)「なんですと!?」

200名無しさん:2018/11/24(土) 20:17:03 ID:r04Hoi3o0
素っ頓狂な声が店内に響いて、怪訝そうな視線がドクオに刺さった。
一瞬静まりかえった店内は、少しずつざわめきを取り戻していった。

(;'A`)「……」

ζ(゚ー゚*ζ「不思議だなあ、どうしてファンでもない人が
       私のことを知りたがるんだろう」

ζ(゚ー゚*ζ「それに質問も、好きな食べ物とか、嫌いな動物とかだったし」

(;'A`)「い、嫌でした? すいません」

ζ(゚ー゚*ζ「別に嫌ってワケじゃないけど、なんでこんなこと訊くのかなって。
       素朴すぎて、毒にも薬にもならない感じ」

201名無しさん:2018/11/24(土) 20:18:03 ID:r04Hoi3o0
質問のことを思い出したのか、デレは声を立てずに笑った。
弧を描いた瞼を片方だけ薄く開き、小さな溜息をついた。

ζ(゚ー゚*ζ「で、どうして訊いたの?」

顎を引いたドクオを、デレは覗き込んでくる。

(;'A`)「それは」

冷や汗は未だに、ドクオの頬を伝っていた。
膝の上に載せられた拳に視線を落とした後、首を横に振った。

('A`)「ごめんなさい、それは秘密にしたいです」

202名無しさん:2018/11/24(土) 20:19:03 ID:r04Hoi3o0
顔を上げると、視線がデレのと鉢合わせした。
ドクオは慌てて首ごと横に向けた。

('A`)「気分を害しましたよね、すいません。
    俺のことは忘れてください。あの、これからも活動を」

ζ(゚ー゚*ζ「口が堅いんだねえ」

立ち上がって、早口で捲し立てていたドクオの耳に、間延びしたデレの声が届いた。

ζ(゚ー゚*ζ「ねえ、座ってよ」

(;'A`)「……」

困惑したまま、ドクオは促されるままに席に着いた。

203名無しさん:2018/11/24(土) 20:20:05 ID:r04Hoi3o0
ζ(゚ー゚*ζ「実はね、私、命を狙われてるかも知れないの」

(;'A`)「ゴフッ」

冷めたコーヒーに手を伸ばしていた、ドクオの言葉を待つまでもなく、話は唐突に始まった。

ζ(゚ー゚*ζ「つい1週間前、私の事務所に手紙が届けられたの」

犯行声明文。
一段と低い声でデレは言う。

ζ(゚ー゚*ζ「私のことを殺すってはっきり書いてあった。
       でも、プロデューサーは大事にしたくないからって黙っている」

204名無しさん:2018/11/24(土) 20:21:03 ID:r04Hoi3o0
(;'A`)「そんな、隠すなんて!」

ζ(゚ー゚*ζ「世知辛いんだよ、芸能界は。
       でもね、もうひとつ理由があると思っているの。
       あの手紙、多分芸能関係者が出したんだと思うんだよね」

デレは流暢に、それでいてちいさな声で話を続けた。
自然とドクオはデレの方に顔を寄せた。

ζ(゚ー゚*ζ「だから、芸能界の人は頼れない。そしてファンを巻き込んだら
       プロデューサーの言うように大事になってしまうかもしれない」

ζ(゚ー゚*ζ「そこで、あなたよ」

デレは指の先をドクオの鼻の真ん前に向けた。

205名無しさん:2018/11/24(土) 20:22:04 ID:r04Hoi3o0
(;'A`)「僕う?」

ζ(゚ー゚*ζ「そう、私から見ればまったくの赤の他人。名前も知らない。
       たまたまオフの日に話したことがあるだけの人」

ζ(゚ー゚*ζ「でも、コンサートは来てくれるんでしょ?」

('A`)「ええ、まあ。とりあえず次のコンサートはチケットを取りましたよ」

ζ(゚ー゚*ζ「上々」

デレは居住まいを正し、深々と頭を下げた。

206名無しさん:2018/11/24(土) 20:23:03 ID:r04Hoi3o0
ζ(-ー-*ζ「お願いします、私のボディーガードになってください。
       何も無かったらそのままでいいです。
       何か起きたら、とにかく私を追いかけてほしいのです」

ドクオは半ば放心した様子で聞き終えると、顔の前で腕を振るった。

(;'A`)「か! 顔あげてください! 目立ちます」

ζ(-ー-*ζつ▼▼τ

ζ(▼▼*ζ「サングラス、新調するから」

デレはにやりとしてみせた。
ドクオはその姿をしげしげと眺めたのち、「あの」と声を掛けた。

207名無しさん:2018/11/24(土) 20:24:07 ID:r04Hoi3o0
('A`)「……髪も結構目立ちますよ」

ζ(▼▼*ζ「そう?」

自分の髪に手を当ててる。
豊かな栗毛がふわりと揺れた。

ζ(▼▼*ζ「切るか」

(;'A`)「え、ちょ、それはダメです!
     せめてなにか、ニット帽とかで」

それが二人の、初めて出会った日だった。


     +++

208名無しさん:2018/11/24(土) 20:25:05 ID:r04Hoi3o0
目の前で何が起きているのか、ドクオには咄嗟にわからなかった。
デレと出会って2週間後のコンサート。
観客でごった返す会場からフード姿の何者かが突然壇上に現れた。

叫び声があがったのは、男がナイフを持っているからだ。

男を見て、デレは後退った。
視線がドクオを一瞥した。

ドクオはようやく動こうとした。
震えている足を何度も拳で叩いた。
歩き出せた頃には、すでにデレは舞台袖に隠れていた。

フード男が、デレの後を追いかけていくのが見えた。

209名無しさん:2018/11/24(土) 20:26:03 ID:r04Hoi3o0
(;'A`)「あ……あ」

あれを見逃したら、約束が果たせなくなる。
動き出すなら今しかない。

(#'A`)「――!」

ふと、足が軽くなった。

跳び上がるようにして、ステージに上る。
悲鳴の音が遠くなった気がした。

観客を後ろに、バンドマンや関係者の制止も全て無視をして
ドクオは舞台袖へと掛けていった。

210名無しさん:2018/11/24(土) 20:27:02 ID:r04Hoi3o0
扉を抜けると通路になり、楽屋や打ち合わせ室が続いていた。
騒音は、ステージから遠ざかるにつれて小さくなり、
代わりに足音がはっきりと耳にきこえてきた。

音を頼りに突き進み、角を曲がって、
突き当たりの先にある倉庫の入り口に男がいるのを見た。

(#'A`)「まてこら!」

タックルするつもりで、扉に激突する。
すんでのところで閉められてしまい、代わりに痛みが全身に跳ね返ってきた。

カーペットの上に転がって悶絶した。
頭も変な形で打ったらしく、視界が明滅した。

211名無しさん:2018/11/24(土) 20:28:03 ID:r04Hoi3o0
数分、ドクオは悶えていた。

ζ(゚ー゚;ζ「君!」

やがてデレの声がして、ドクオは顔から手を離した。

(;'A`)「あ、デレさん……ナイフの男は」

ζ(゚ー゚*ζ「あの人なら大丈夫、もういないよ。逃げたから。
       でも、もしかしたら仲間が潜んでいるかも知れない」

一瞬安堵したドクオは、デレの言葉に真顔になる。

腕を引っ張られて、ドクオは呻きながらそれに従う。
その途中で、掌に冷たい金属の感触があった。

212名無しさん:2018/11/24(土) 20:29:04 ID:r04Hoi3o0
ζ(゚ー゚*ζ「私の車の鍵」

口早に言うと、デレはおおよその駐車場所を教えてくれた。

ζ(゚ー゚*ζ「いい? この通路脇の窓から外に出ることができる。
       それで、駐車場についたら私の車に乗って、待っていて。
       私もすぐに君に追いつくから」

(;'A`)「ほんとに、逃げるの?」

ζ(゚ー゚*ζ「期待してるよ、ボディーガードくん」

率直に言えば、ドクオはこのとき前後不覚になっていた。

それでもデレを守らなければならない。
痛む身体と頭を庇いながら、ドクオは彼女の指示どおりに窓を抜けた。

213名無しさん:2018/11/24(土) 20:30:03 ID:r04Hoi3o0
垣根がクッションになって、まるで建物から吐き出されたかのように横になり、
芸能関係者の車の中からデレの車を見つけ出した。

鍵を何度か確かめて、ようやく入ることができ、
シートに腰掛けるとしばらく目を閉じた。

どくどくと脈打っていた頭が、多少なり休めたからか、次第に落ちついてきた。

痛みは引いた。
ポケットのスマホで時間を確認すると、
コンサートが始まってまだ三〇分も経っていなかった。
休めていたのはほんの一〇分といったところか。

(;'A`)「連絡を」

214名無しさん:2018/11/24(土) 20:31:05 ID:r04Hoi3o0
と、スマホを操作した瞬間、扉が開いた。

ζ(゚ー゚*ζ「お待たせ」

('A`)「デレさん!」

ζ(゚ー゚*ζ「よかった、顔色はだいぶ良くなったね」

デレは微笑んで、運転席側に座る。

ζ(゚ー゚;ζ「あ、やば」

シートベルトを締める途中で、デレは目を見開いた。
視線を追えば、駐車場の入り口に黒服の男が立っていた。

215名無しさん:2018/11/24(土) 20:32:03 ID:r04Hoi3o0
('A`)「警察、通報されて来た巡査ですかね。まずいんですか?」

ζ(゚ー゚;ζ「それは」

言い淀むデレを、ドクオは数秒見つめた。

('A`)「……デレさん、後ろに寝てください」

ドクオは咄嗟に指示を出す。

ζ(゚ー゚;ζ「え、でも」

('A`)「見られたくないんでしょう?
    事情はわからないけど、大丈夫です、巧くやります」

デレはドクオの顔と警備員の影を見比べて、こくりと頷き、後部座席に座った。

216名無しさん:2018/11/24(土) 20:33:03 ID:r04Hoi3o0
('A`)「顔を隠すものは」

ζ(▼▼ζ「あるよ」

(;'A`)「……同じ型じゃないですか。それに髪」

言いながら、デレの手ぶらを確認し、
ドクオは自分の頭に手をやった。

('A`)「これ、使ってください」

自分が使っていたニット帽を、ドクオはデレに投げて寄越した。

車を発進させると、警察がすぐに気づいた。
寄ってきた彼らに向けて、ドクオは窓を開けた。

217名無しさん:2018/11/24(土) 20:34:04 ID:r04Hoi3o0
('A`)「すいません、急病人なんです」

タイミング良く、デレが咳をしてみせる。

警察官は、まだ初動に来て間もないらしく、お互いに顔を見合わせている。
検問と思ったが、どうもその前段階の準備だったらしい。
上司はまだ来ていないと踏み、ドクオは強気で応じた。

('A`)「コンサートに入る前からトイレに籠もっていたのをようやく連れ出したんです。
    なんで警察が来ているのかはわかりませんけど、関係ないでしょう?」

まごつく警察は、見た目にもドクオと年が変わらなかった。
ドクオはずいと身を乗り出して、声を荒げた。

(#'A`)「これで病気が手遅れになったらあんたらのせいっすよ」

218名無しさん:2018/11/24(土) 20:35:03 ID:r04Hoi3o0
最後の上ずった怒鳴りが予想以上に効いたらしく、
警察官たちは苦い顔をして身をひいた。

ζ(゚ー゚*ζ「……すご」

遠ざかる会場を見て、デレがぼそりと呟いた。

ζ(゚ー゚*ζ「警察怖くないの?」

('A`)「うーん、慣れ、かな」

ζ(゚ー゚*ζ「え……?」

緩やかに走っていた車は、車道に出るとスピードを上げた。
すっかり日の落ちていた都内の道は、光が多くて目に痛い。

('A`)「とにかく、今は警察署ですよね。
    事件の証言をしなきゃいけないわけだし」

219名無しさん:2018/11/24(土) 20:36:03 ID:r04Hoi3o0
相も変わらず渋滞気味の道を見て、若干苛立ちながらドクオは尋ねた。

('A`)「デレさん?」

返事がないのに対し、ドクオは今一度呼びかけた。
だが、デレは何も言わない。
バックミラーで確認すると、デレは俯いていた。

ニット帽を既に外し、それを口元に抱えている。

(;'A`)「まさか、本当に気分悪くなったんじゃ」

言いかけたドクオの言葉は、デレの声に掻き消された。
笑い声、それも哄笑といえるような、振りきった笑い方だ。
下手したら車の外にまできこえていたのかもしれない。

220名無しさん:2018/11/24(土) 20:37:05 ID:r04Hoi3o0
(;'A`)「デレさん!?」

半ば真面目に、ドクオはデレの体調を心配していた。
次の瞬間、顔を上げたデレが思いっきり笑っているのを見るまでは。

ζ(゚ー゚*ζ「ごめん、こんなにうまくいくと思っていなかったの!」

言葉の意味がわかるまで、しばらくかかり、
その間に車は渋滞に捕まって、微動だにしなくなった。


     +++

221名無しさん:2018/11/24(土) 20:38:04 ID:r04Hoi3o0
(;'A`)「狂……言?」

灯りが遠く、三色に輝いている。
郊外の、やたらと広いコンビニの駐車場で
ドクオは背もたれにずり落ちかけていた。

ファイナルプロあてに届いた、妙な葉書のこと。
その葉書を見てプロデューサーが狂言を思いついたこと。

(;'A`)「あ……浅はかな」

普段から警察に触れているドクオは、その実効性の低さに愕然としていた。

ドクオの様子をどう誤解したのか、デレは手を合わせて頭を下げた。

ζ(゚ー゚*ζ「うん、ごめんね。巻き込んじゃって」

222名無しさん:2018/11/24(土) 20:39:04 ID:r04Hoi3o0
(;'A`)「いやごめんねじゃないっすよ。どうするんですかこれから」

言いながら、ドクオはスマホの電源を入れた。
着信履歴がたくさん届いていることはわかっていた。
全てモララーのものだ。約束していたのだから、
いなくなったことに気づかないはずがない。

だが、今は履歴を無視してニュースアプリを開く。
デレのコンサートの件はトップニュースに上がっていた。

('A`)「ばっちり報道されてますよ」

ナイフを持った男の乱入と、デレの失踪。
今日話題のニュースとして、会場で撮られた映像が取り上げられていた。

223名無しさん:2018/11/24(土) 20:40:04 ID:r04Hoi3o0
ζ(゚ー゚;ζ「え? 私の方も?」

デレはドクオの傍に寄り添う形で、スマホの画面を覗き込んでくる。
合わせてドクオが素っ頓狂な声を上げた。

ζ(゚ー゚;ζ「おっかしいな。家出人は家族しか捜索願だせないってミステリーで読んだのに」

('A`)「ミステリーって……」

ζ(゚ー゚;ζ「ファイナルプロも事件にはしたくないはずだし、大々的に報道されるとは思わなかったな」

('A`)「ナイフ男と絡めて、事件との関係性が高いって思われたんじゃないですかね。
    その、イタズラ? で届いたっていう犯行予告の葉書も、
    事件が計画的なものであると裏付ける証拠になっているし」

ドクオは言いながら、自分についてはニュースで言及されていないことに安心し、また不思議に思った。

224名無しさん:2018/11/24(土) 20:41:04 ID:r04Hoi3o0
映像には明らかにドクオ自身が映ってる。
それでいて、事件現場にはいないドクオのことを警察が不審に思わないはずはない。

('A`)「モララーさんか」

事件現場にすでにモララーは辿り着いている、とドクオは推測した。
その途端、デレの「そうだ」という声が被さってきた。

ζ(゚ー゚*ζ「とりあえず、まだ警察の捜査も疑惑段階ってことよね。
       それなら私の方からファイナルプロへ電話をするっていうのはどう?
       明後日に大きな仕事があるから、それまでに必ず復帰するとか、
       どうにか言いつくろえば、事件性は消えるでしょ?」

('A`)「……良い考えだとは思うけど」

225名無しさん:2018/11/24(土) 20:42:02 ID:r04Hoi3o0
警察の捜査は事件性をもって始められる。
人が殺されれば一目瞭然。たとえ見た目でわからなくても、
被害があったという申告があれば捜査を始めることができる。

被害の申告がない。つまり今回のケースでいえば、デレが現場から去ったことに対し、
その失踪が事件と関係ないと主張されてしまえば、警察の捜査はひとまずナイフ男だけに絞られる。

ただし、その場合でも警察の取り調べ中に失踪したデレの身分は怪しい。
仕事に復帰した途端、厳しい尋問に遭うことになるだろう。

それにくわえて。

('A`)「悪いけど、明日には全部バレると思うよ。
    向こうにはモララーさんがいるから」

226名無しさん:2018/11/24(土) 20:43:04 ID:r04Hoi3o0
ζ(゚ー゚*ζ「モララー? 誰、それ」

('A`)「僕の上司で、探偵です」

ζ(゚ー゚*ζ「……」

ζ(゚ー゚;ζ「探偵!?」

デレが大声で叫び、ドクオは肝を冷やした。
月明かりでもわかるくらいにデレの顔が青ざめる。

ζ(゚ー゚;ζ「え、じゃあ君も探偵?」

227名無しさん:2018/11/24(土) 20:44:04 ID:r04Hoi3o0
'A`)「見習い、バイトですよ。前にちょっとモララーさんに厄介になったんだ。
    それからしばらく、あの人についていっている」

ζ(゚ー゚;ζ「へー……そうなんだ。格好いい、ね」

ぎこちなく、デレは言葉を繋いでいった。

ζ(゚ー゚;ζ「探偵って、あれでしょ。事件とか
       警察が手出しできないようなものを解いちゃうあれ」

('A`)「そんな格好いいものじゃないですよ」

デレの反応が大袈裟すぎて、ドクオは思わず頬を緩めた。

('A`)「探偵の仕事は普通、地味なものです。
    ドラマみたいにしょっちゅう事件を解決しているってわけでもない」

でも、とドクオは続けた。

228名無しさん:2018/11/24(土) 20:45:08 ID:r04Hoi3o0
('A`)「でも、モララーさんは別格です。あの人の執念深さは並じゃない。
    警察が手を掛けないような、どうでも良さそうなところから
    しつこくほじくりかえして、人の裏側を覗き込んで、
    散々嫌な目に遭わせた揚げ句にいつの間にか真実を掴んでいる。そんな人です」

ζ(゚ー゚*ζ「……最悪じゃない?」

('A`)「うん。実際、初めてあの人と出会ったら誰でも一度は最悪だと思うだろうね。
    でも実力は本物だ。僕もそこは尊敬している。だから、明日にはバレる」

同じ言葉を繰り返して、ドクオは腕を組んだ。

元より、デレが本当に襲撃を受けるかどうかもわからなかった。
だから、約束とは別問題で、車の練習の付き添いをモララーに頼んでいた。

229名無しさん:2018/11/24(土) 20:46:05 ID:r04Hoi3o0
それに、たとえ何らかの事件が本当に発生したとして、自分がそれに巻き込まれた場合、
モララーが外にいるならば、きっと怪しんで、調査をしてくれる。

車の免許の取得自体は偶然だったが、
モララーに付き添いを頼んだのはそのような打算もあった。

それがまさか、裏目に出るとは。


('A`)「はっきり言って、僕も気が進まないよ」

ハンドルを指で叩きながら、ドクオは言った。

('A`)「狂言の手伝い。警察を相手にするだけでも大変なのに、
    ましてモララーさん相手じゃ分が悪すぎる。
    正直に警察に、嘘ついてましたって言うのが一番な気がするよ」

230名無しさん:2018/11/24(土) 20:47:04 ID:r04Hoi3o0
ドクオに向けて、デレは何度か口を開いた。
言うべき言葉を探して、なかなか見つからない、そんな仕草だった。

ζ( ー *ζ「……いやなら帰って良いよ」

やがてデレは目を伏せて言った。

ζ( ー *ζ「巻き込んじゃったのは完全に私のせいだし、忠告もそのとおりだと思う。
       でも、ごめん。これは辞められないの。こんな機会、きっと他にないから」

('A`)「機会って、いったい何をするつもりなんですか」

話の流れで、ドクオは尋ねた。
デレは伏せていた目をわずかに上げて、それから唇を噛みしめた。
言うつもりはない、と顔が語っていた。

231名無しさん:2018/11/24(土) 20:48:03 ID:r04Hoi3o0
('A`)「……教えてくれないんですね」

ζ(゚ー゚*ζ「それはお互い様でしょ?」

('A`)「……」

ドクオは窓枠に肘掛けをして頬をついた。
そろそろ時間帯は深夜にさしかかる。
郊外の道路は疎らで、車の音よりも、虫の鳴き声の方が遥かに元気だった。

('A`)「さっきスマホで調べたんだけど、高速の入り口の手前にカプセルホテルがある。
    明日は平日だし、辺鄙な場所だから、一泊はできるはず」

ζ(゚ー゚*ζ「それって」

('A`)「車がないと、俺も帰れないんですよ」

232名無しさん:2018/11/24(土) 20:49:04 ID:r04Hoi3o0
いつもは『僕』を使っているドクオが、『俺』と自称するときは
自分の中で意を決したときだけだった。

('A`)「送るところまでですけどね」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう!」

文字通り飛びついて、デレの腕がドクオに絡まる。
息苦しく思いながら、ドクオは首を捻りだした。

('A`)「……あと、宿代と電車賃も頼みます」

ζ(゚ー゚*ζ「……お金ないの?」

('A`)「うん」

コンビニには立ち寄らずに、彼らの車は車道へと躍り出た。


     +++

233名無しさん:2018/11/24(土) 20:50:07 ID:r04Hoi3o0
宿場に決めたビジネスホテルに辿り着き、翌朝は無事に迎えることができた。
来るときは気にしなかったが、海沿いの街らしく、窓を開けると潮の香りが気持ちよく漂ってくれた。
朝食と会計をデレの所持金で済ませると、高速道路に入り、延々と走った。

暖かい時期ならば景色を楽しめたかもしれないが、季節は真冬だ。
海は寒そうな灰色をしていたし、それを越えると、木枯らしの吹き荒ぶ山裾を走り抜けた。

パーキングエリアに辿り着くと、ドクオが買い出しに出かけた。
軽食と、それからテレビニュースの確認だ。
変装しているとはいえ、デレ一人で歩かせるのは危ない。
そのような判断から、ドクオが率先して動く側に回った。

234名無しさん:2018/11/24(土) 20:51:04 ID:r04Hoi3o0
デレの事件は、昨日と比べたら扱いが小さくなっていた。
狂言なので、犯人も見つからず、捜査も難航しているらしい。

デレがいなくなっていることについて、言及しているニュースもあったが、
事務所自身が事件との関連性を否定しているとのことで、それきり触れられなかった。

デレの推測どおり、ファイナルプロ側もあまり表立った騒ぎにはしたくないらしい。

(;'A`)「指名手配とかされてなくてよかった」

思ったことをそのまま口にだして、ドクオはデレの待つ車へと戻った。

235名無しさん:2018/11/24(土) 20:52:09 ID:r04Hoi3o0
今度はデレが外に出る番だった。
ドクオがコートを貸し、人目を避けて、
ドクオが見える範囲の公衆電話に向かわせる。

ファイナルプロへの連絡。
失踪はコンサートのナイフ男と関係がないという知らせだ。

上手く、ことが運んでくれればいい。
祈りながら、戻ってきたデレとともにパーキングエリアを後にした。

山々を抜け、開けた大地に辿りつき、またしばらく走り続ける。
助手席にいたデレはすっかり眠りに落ちていた。
宿は取ったものの、疲れが溜まっているらしかった。

デレを起こす気にもなれず、ドクオは黙々と運転し続けた。

236名無しさん:2018/11/24(土) 20:53:03 ID:r04Hoi3o0
およそ300キロを、休みを挟みながら進む。
邪魔が入ることもなく、次第に景色に人が増え始めてきた。

空に太陽が高く昇り、反対側へと降りていこうとする頃に、

('A`)「N市、か」

中部地方の中核となるその都市の名が、看板で確認できた。
来たこと自体はなく、まして車で来ようなどと思ってもみなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「私の故郷」

いつの間にか目を覚ましていたデレがつぶやいた。
とはいえまだ起きたばかりらしく、声には不思議と覇気がない。

ζ(゚ー゚*ζ「何もない街だよ」

静かに、つけたされたその言葉が、生々しくドクオの耳に残った。

237名無しさん:2018/11/24(土) 20:54:04 ID:r04Hoi3o0
ジャンクションを降りて、デレの指示を受けながら、
二人はやがて湾の望める街に辿り着いた。


ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう、本当に」

最終到着地は銀行の駐車場だ。

ζ(゚ー゚*ζ「はい、電車賃と、その他諸々」

('A`;)「こんなに」

ζ(゚ー゚*ζ「迷惑掛けたし」

そういって、デレは髪をニットから引き出した。

238名無しさん:2018/11/24(土) 20:55:03 ID:r04Hoi3o0
ζ(゚ー゚*ζ「そうだ、これ」

と、ニット帽を手に取る。
それを、ドクオは押し返した。

('A`)「あげますよ。まだ使うでしょう? 宿代と食事代、
    それ以上にお金もらったし、そのお返しってことで。
    それ結構伸びますし、髪を隠すのにぴったりでしょう?」

デレはしばらく時間を置いて、素直に頷いた。

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう、大事にする」

239名無しさん:2018/11/24(土) 20:56:03 ID:r04Hoi3o0
それじゃ、とドクオは去ろうとする。

ζ(゚ー゚*ζ「あ、待って!」

車の窓から、デレが顔を覗かせた。

ζ(゚ー゚*ζ「君、名前は?」

半日も一緒にいながら、一度も名前を尋ねられなかったことを
ドクオは今更のように思い出した。

隠すような事情はない。

('A`)「……ドクオです」

240名無しさん:2018/11/24(土) 20:57:19 ID:r04Hoi3o0
ζ(゚ー゚*ζ「ドクオくんか、よし。
       覚えておくよ。この恩はきっと忘れない」



さよなら、そしてまた会おう。



躊躇わずにそう言って、デレは車を走らせていった。


('A`)「……」

('A`)「また会おう、か」

銀行の封筒に入れられた紙幣を、ゆっくりと二つ折りにして、
ドクオはズボンのポケットに押し込んだ。


     +++

241名無しさん:2018/11/24(土) 20:58:15 ID:r04Hoi3o0
一人になって、ドクオは眩暈を覚えた。
文字通り半日を費やしての旅路に、純粋に疲れが溜まっていた。

休憩が取れる場所をと探し回ったのだが、お昼時だからかどこも混んでいた。
人混みを見るのすらうっとうしく思えて、人通りの少ない、路地の裏手に回り込んだ。

('A`)「『猫の足音』……か」

そこに、小さな看板が立っていた。
木枠に囲われたブラックボードに、手書きの文字が描かれている。

バーが一番大きな文字で、その頭に噴き出しでカフェ・レストランと付け足されていた。

(;'A`)「なんか、節操ないな」

乾いた笑いをしつつ、冒険心を煽られて、
ドクオは狭いビルの階段を地下に降りていった。

242名無しさん:2018/11/24(土) 20:59:03 ID:r04Hoi3o0
店内は案外広かった。

窓がないが、何故か窓の形をした厚紙が貼ってある。
青い色合いは空のようにも、海の中のようにも見えた。

淡い暖かな色合いの照明に照らされて、
カウンターやテーブルは飴色に輝いていた。

往年の有名なジャズが、まるで小川のせせらぎのように流れている。

ドクオ自身にバー通いの趣味はなかったが、
その道の人がいるのに相応しい場所のような気がした。

「いらっしゃい」

呼びかけてきたその女性のことを、ドクオはもちろん知らなかった。

243名無しさん:2018/11/24(土) 21:00:03 ID:r04Hoi3o0
('A`)「やってます?」


だから、



从 ゚∀从「もちろん」



ここにドクオが居合わせたのは、文字通り奇跡というほかない。



ドクオはカウンターに座り、メニューの中から一品を選ぶと
女性はキッチンへと入っていった。

244名無しさん:2018/11/24(土) 21:01:08 ID:r04Hoi3o0
ようやく腰を落ち着けて、座り心地の良さに感服しながら
ドクオは内装をぼんやりと眺めていた。

カウンターの奥には酒が飾られている。
種類について、ドクオは詳しくはない。
モララーに聞けば講釈をしてくれるだろうか、
などと考えているうちに、ある写真に目が留まった。

コルクボードに止められているその写真は

('A`)「逆さまの、鴨。それと並木道……」

よくわからない組み合わせだ。
写真が趣味というわけでもないだろう。
見栄えのある風景とも思えない。

245名無しさん:2018/11/24(土) 21:02:06 ID:r04Hoi3o0
从 ゚∀从「暗号だよ」

女性はキッチンから顔を出して、お冷やを運んできた。

从 ゚∀从「昔の自分がさ、金庫に大事なものを入れたんだ。
      ちょっとしたことがあって、長いことほったらかしにしちゃってさ。
      押し入れにしまってるのを掘り起こしたら、あれが一緒に混ざってたんだ」

言われてみれば、写真は古びている。十年か、あるいはもっと前のものか。
同じ頃に撮られたと思わしき写真がコルクボードに並んでいるが、
そのうちの、ドクオが注目した二枚は、特別に大判で印刷されていた。

从 ゚∀从「ヒントだったと思うんだが、肝心の数字は忘れた」

从 ゚∀从「だから、新しく来たお客さんにはまず聞くことにしているんだ。
      この暗号、何か、ピンとは来ないかいってね」

246名無しさん:2018/11/24(土) 21:03:06 ID:r04Hoi3o0
推理ゲームか。
思いつつ、ドクオは首を横に振った。

('A`)「僕は推理の才能はないですから」

モララーさんならできるだろうか。
などと思っているうちに、引っかかりを覚えた。

('A`)「あれ?」

並木道の写真の方だ。

人が歩いている。誰もカメラの方をみていない。
こっそり撮られた写真なのだろう。
そのまばらな人のひとりに、見覚えがある。

247名無しさん:2018/11/24(土) 21:04:39 ID:r04Hoi3o0
(;'A`)「これ、もしかして」

写真の中央に、その人は立っている。
むしろどうして気づかなかったのか不思議だった。

(;'A`)「モララー……さん?」

放心しているドクオの呟きに、
ハインは目を光らせた。


     +++

248名無しさん:2018/11/24(土) 21:06:03 ID:r04Hoi3o0



   Next>第五話 真実はいつも笑顔の裏に


.

249名無しさん:2018/11/24(土) 21:07:14 ID:r04Hoi3o0
今日はここまで。

続きは明日。

250名無しさん:2018/11/24(土) 22:01:06 ID:AVrSQAqU0
お疲れ!

251名無しさん:2018/11/26(月) 19:20:15 ID:zUB.UeDw0
乙!
続き楽しみにしてる

252名無しさん:2018/11/27(火) 17:11:03 ID:3uwr3OA20
otu

253名無しさん:2018/11/27(火) 18:00:13 ID:eaVoFikc0
明日とはいったい…

254名無しさん:2018/11/27(火) 18:03:34 ID:5FR6Tnzs0
明日って今さ

255名無しさん:2018/11/27(火) 18:04:34 ID:eaVoFikc0
つまり今から投下されるのか!

256名無しさん:2018/11/27(火) 18:56:41 ID:wKWA89.A0
作者無事か?
本体に何かあったのか?

257名無しさん:2018/12/10(月) 20:27:00 ID:BIN2XcsY0
手直しや現実逃避で時間が思いのほか経ってしまいました。
お待たせしました。本体は無事です。投下を始めます。

258名無しさん:2018/12/10(月) 20:27:57 ID:BIN2XcsY0
     +++


心地よいときは、無視されているとき。
こう言うとなんだか変な性癖のようだな。
言い方を変えよう。

他人のことを考えるのが、俺はとても面倒なのだ。

誰も俺に注目していないときは、
他人は自分の好きなことをしていればいい。
そこに俺が割り込む必要はない。
実に気楽で、無理がない。

小学生の時点で余計な他人をはねのけて、
父親を怒鳴り散らしたら、もう怖いものはなくなった。

縛り付けるものも、寄りつくものもない。
これでようやく楽になれる。
そんな甘い想像は、すぐに掻き消された。

259名無しさん:2018/12/10(月) 20:28:24 ID:BIN2XcsY0
ζ(゚ー゚*ζ「ニュッ君!」

その頃のデレは帰宅時にいつも、
校門で待っていて、俺を見ると飛びついてきた。

腕で抱きつくなんていう、日本人離れした所作に、
周りの生徒どもが調子に乗って、好機の目や口笛なんかを飛ばしてくる。

( #^ν^)「うるっせえ! 黙れてめえら!」

俺が怒鳴っても、何が楽しいのか笑い続ける。

( ^ν^)「お前もだよ、デレ」

260名無しさん:2018/12/10(月) 20:29:11 ID:BIN2XcsY0
胸元にあったにやけ面を押しのけた。
掌に、柔らかい頬の感触が残った。

デレはふらつきながらも、やはり顔を綻ばせていた。

ζ(゚ー゚*ζ「へへ」

どいつもこいつも、何が楽しいんだか。

俺は特殊な環境で育った。
思い上がるなと言われそうだが、この実感に嘘はない。

ずっと独りでいた。
寄ってくる奴らも遠ざけてきた。
苛められることもなく、代わりに威圧することばかりに長けてきた。

261名無しさん:2018/12/10(月) 20:30:09 ID:BIN2XcsY0
だから帰りに毎日横をひっついて歩かれる、
当時の状況をどう扱って良いのかわからず、なすがままになっていた。

夏は過ぎ、秋が深まっていた。
地方都市とはいえ、郊外だ。ひとたび歩けば緑地に行き当たる。
夕方にもなれば、コオロギの声が目立ち始める。

デレと初めて出会った河原を眺めながら、土手沿いの道を、ゆっくりと歩いた。


俺の暮らしている街を抜けて、デレの暮らしている街まで。
無事に送り届けたら、俺はUターンして自宅に帰る。

一緒に歩きたいというデレと、
俺の家に近づけさせたくないという理由を、
摺り合わせると、遠回りせざるを得なかった。

262名無しさん:2018/12/10(月) 20:31:15 ID:BIN2XcsY0
途中は会話を交わしていたが、
今にして思えば、黙っている方が好きな俺の分を
補うかのように、デレは途切れることなく声を発してくれていた。

それは決して歌声とは違う。
ごく普通の女子の声だ。

高すぎず、甘ったるいこともなく、快活で耳辺りの良い声。

内容は、悪いがほとんど覚えていない。
ただ、どうしてこんなに楽しそうに話すんだろうと
奇妙な感慨を抱いたことは覚えている。

ζ(゚ー゚*ζ「それでね、せっちゃんにまた笑われちゃって」

263名無しさん:2018/12/10(月) 20:32:06 ID:BIN2XcsY0
ζ(゚-゚*ζ「……あっ」

そのときも、会話の途中だったはずなのに、
デレは不自然に声を途切れさせた。

すでに土手沿いを離れ、住宅地に入っていた。
デレの家が見えてくるはずの四つ角だ。

ζ(゚-゚*ζ「今日は遅くなるって言ってたのに」

デレの家は低い塀に囲まれており、そのときは、
入り口のそばに軽自動車が二台止められていた。
つまり、デレの両親の分だ。

ζ(゚ー゚*ζ「ごめん、今日はここまで。
       あんまり近くにいくとニュッ君のこと見られちゃうから」

264名無しさん:2018/12/10(月) 20:33:03 ID:BIN2XcsY0
デレの父親と、一度だけ出くわしたことがあった。
そのとき受けた、湿り気のある暗い視線は、よく覚えている。

決して強い感情ではない。暗く、冷えた、錆びた釘のようなそれが
俺の胸に入り込んでくるような感触だった。

俺はデレの両親から倦厭されていた。
俺が父の息子だから、というわけではない。むしろ、逆だ。

俺がデレを庇ったことで、父は、デレの両親を自分の権力の傘から外したのだ。

だから避けられていると、デレから教えてもらって、
いったいどんな感情を抱けば良いのか皆目見当がつかなかった。

265名無しさん:2018/12/10(月) 20:33:44 ID:BIN2XcsY0
落胆も罵倒も意味がないし、そんなことをする義理もない。
胸に残る気持ち悪さを軽減するには避けるに限る。
だから俺は、デレの家には近づかなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、これで」

手を振って、デレは去っていく。
名残惜しいのか、足並みはゆっくりだ。

いつもなら見逃していたかもしれない。
たまたま、俺はデレを見つめていた。

だから、彼女の足の震えにも気づいた。

その震えの意味を、詳しく聞くのは野暮だと思った。
俺から何か、手を伸ばしたとして、解決できるようなことばかりじゃない。

266名無しさん:2018/12/10(月) 20:34:38 ID:BIN2XcsY0
独りになるために得た力は、使い物にならない。
それでいて、せめて少しでもデレを救いたかった。
慣れないことをしてでも、その震えを止めてやりたかった。

( ^ν^)「勉強してた、とでもいえば何とでもなるだろ。
      どこかで休もうや」

クラスの人気者の口調を真似てみたんだ。
きょとんとしたデレの顔が、一気に明るくなっていった。

デレに街を案内されて、駅前まで歩いた。
学校からそれまで休み無しで歩いたけれど、疲れは全く感じなかった。

デレの街には港があり、俺の暮らしている郊外と比べたら遥かに栄えていた。
隣町といっても、その差は歴然としていた。

267名無しさん:2018/12/10(月) 20:35:11 ID:BIN2XcsY0
駅前の賑わいの中はデレが先導してくれた。
表通りは人混みだからと、裏に回り、
一軒の店を見つけ、デレは指し示した。

『猫の足音』

( ^ν^)「バー?」

ζ(゚ー゚*ζ「お昼は食事も出すし、この時間ならコーヒーも出るんだよ。
       店主さんが凄く優しい人で、お気に入りなの」

いつ来てもガラガラだし、とデレは言い添えて笑った。

明るい髪色に、華やかな笑顔。
客観的に見ても、デレは人気が出そうな女子だった。

それなのに、俺と同じように独りでいることを好んでいるのは、不思議だった。
もっとも、当時の俺は、デレにそれ以上の深入りはしなかった。

268名無しさん:2018/12/10(月) 20:35:44 ID:BIN2XcsY0
ζ(゚ー゚*ζ「こんにちは」

階段を降り、デレが扉を開き、呼び鈴がちりりと鳴らされる。
シックな内装が目に入ってきて、中に入ると小さな音楽がきこえてきた。
古めかしいジャズの音が、雰囲気を作り上げていた。

カウンターの掃除をしていた従業員は
くすんだ金髪を振り上げ、こちらに向けて、にっと笑った。



从 ゚∀从「おう、久しぶり。お嬢ちゃん。
      今日は男を連れてきたのか。やるなあ」

269名無しさん:2018/12/10(月) 20:36:32 ID:BIN2XcsY0

デレははにかんで、店主の女性はますます口角をつり上げた。

俺の苦手そうな人だな、というのが第一印象だ。
派手な髪色も、濃いめの化粧も、俺の苦手な人種の好きそうなものだ。

ただ、店の中で過ごしているうちに、印象は緩和されていった。
その人は、デレと俺の一緒にいるところには無理に割りいってこなかったし、
時折サービスと称して、コーヒーを出してくれたりもした。

心地よい距離感だった。
店を出る頃にはすっかり印象が変わっていた。

从 ゚∀从「君も、また来てくれよな」

最後に、俺に向けて言ってくれたことも、素直に受け止められた。
その人の名前はハインと言った。

270名無しさん:2018/12/10(月) 20:37:16 ID:BIN2XcsY0
数日後、俺は隣町をひとりで歩いていた。
デレを送ったあとの暇潰しに、またあの店に行こうとしたのだ。

路地で迷いながら、どうにか辿りついたとき
店の前に主婦のたむろしているのが見えた。
邪魔っ気に毒づいて、俺は無理矢理階段を降りた。

「よく入るわね。ここってさ――」

ひそひそと噂話が続いた。
振り向けば、目を見開いて、逃げていった。

聞きたくなくても聞こえてしまった。

从 ゚∀从「お、今日はひとりか」

店主はいつもの、つり上げた笑みで迎えてくれた。

271名無しさん:2018/12/10(月) 20:38:15 ID:BIN2XcsY0
( ^ν^)「……どうも」

从 ゚∀从「なんだよ、元気ないな。淋しいのか?」

ケラケラと笑うその人が、犯罪者だという噂を
確かめる気には、このときはならなかった。

( ^ν^)「そんなんじゃねえよ」

固まっていた足をポケットの中からつねって、俺はカウンター席に腰掛けた。

ハインが怖いとは思っていなかった。

どっちかというと噂そのものに憤っていた。
デレと俺の過ごしていたあの店に、ケチのつくのが嫌だったのだ。


俺とデレとの交際は、およそ一年間続いた。


     +++

272名無しさん:2018/12/10(月) 20:39:03 ID:BIN2XcsY0


第五話


   真実はいつも笑顔の裏に



     +++

.

273名無しさん:2018/12/10(月) 20:39:39 ID:BIN2XcsY0
――1994年12月24日
L教団という、新興宗教団体に警察の目が向けられる事件が起きた。

麻薬取締法に始まり、県中の密輸や暴力団関係者との接点など、
多くの後ろ暗い事実が白日の下にさらされた。

きっかけとなったのは、宗教団体が秘密裏に開発していた地下空間で起きた爆発事件。
これにより、元警察官であり、かつ宗教団体の関係者でもあった高岡ハインは逮捕された。

モララーが最後にハインを見たのは、現場で手錠を掛けられる瞬間だ。
それ以来、モララーは一度もハインとは会っていない。

从 ゚∀从「ドクオくん、っていうのか。へえ」

電話口の相手はそのハインである。
いくつかの言葉を交わしても、確信は揺るがなかった。

274名無しさん:2018/12/10(月) 20:40:18 ID:BIN2XcsY0
( ・∀・)「知らなかったのか」

从 ゚∀从「お客の名前は聞かないだろ、普通」

ハインの説明によれば、彼女は今、
個人経営の飲食店で従業員として働いており、
今日の昼過ぎに、ドクオが来店したということらしかった。

( ・∀・)「……ドクオは今どこにいるんだ」

当時のことや、ハインの今に至る経緯。
訊きたいことは山ほどある。
その中で、今一番知りたい情報をモララーは厳選した。

从 ゚∀从「言えないよ」

返事は端的だった。

275名無しさん:2018/12/10(月) 20:40:57 ID:BIN2XcsY0
( ・∀・)「はい?」

从 ゚∀从「あの子と約束したのさ。
      居場所について、あんたに聞かれても言わないってな」

( ・∀・)「……」

モララーは、視線を上に泳がせた。

( ・∀・)「じゃあ、一体どうして俺に連絡を寄越すんだ」

从 ゚∀从「ああ。無事でいるから安心してくれ、だとさ。
      あとレンタカー返しておいてくれとも」

( ・∀・)「それだけ?」

短い肯定の返事に、モララーは眉を顰めた。

276名無しさん:2018/12/10(月) 20:41:36 ID:BIN2XcsY0
ドクオが居場所を隠す理由は、判然としない。

通話状態のまま、モララーは人通りの多い通りを避けて、
車も入れないような建物の隙間に入り込んだ。
寝床を荒らされた黒猫が、目を光らせながら睨み付けてきた。

壁に背を凭れさせ、モララーは携帯を握り直した。

( ・∀・)「じゃあ、お前の店はどこにあるんだ」

从 ゚∀从「同じだろそれ」

( ・∀・)「場所そのものがタブーなのか」

返事はない。
モララーは白い吐息をついた。

277名無しさん:2018/12/10(月) 20:42:10 ID:BIN2XcsY0
( ・∀・)「あいつは昨日、久城という歌手のコンサートに行った。
      コンサートホールで起きた事件のことは知っているか?」

从 ゚∀从「ああ、デレのコンサートにナイフの男が乱入してきたっていう奴か。
      今朝のニュースで言っていた気がするな」

( ・∀・)「そう。その事件のあと、久城は行方を眩まし、なぜかドクオまでいなくなった。
      現場には久城の車が消えていた。一時は、ドクオが犯人じゃないかという話だってあったんだぜ」

从 ゚∀从「そこまでは知らなかった」

( ・∀・)「あ報道されていないからな。二人の接点もわからないし、
      結局は久城から連絡があって、捜査そのものがなくなった」

278名無しさん:2018/12/10(月) 20:42:56 ID:BIN2XcsY0
言い終えると、しばらく間を置いてから、「ん?」とハインが言ってきた。

从;゚∀从「じゃあどうしてドクオはお前から身を隠しているんだ?
      何かしら追われる事情があるのかと思っていたんだが」

ハインは本気で困惑している声色だった。

( ・∀・)「さあ、俺にもそのあたりはさっぱりだ。
      もしもここで情報共有ができれば、何かわかるかもしれないがなあ」

返答を待ったが、またもハインは黙っていた。
気になるだろう? と畳みかけても同じだった。

( ・∀・)「じゃあ、ドクオのことは置いてだな。
      次はお前のことを訊こう」

279名無しさん:2018/12/10(月) 20:43:34 ID:BIN2XcsY0
从 ゚∀从「昔のことか」

即座に言葉が返ってくる。
先ほどまでの歯切れの悪い感じとは異なっていた。

ハインは身構えているのかもしれないと思い、
モララーは見えもしないのに首を横に振った。

( ・∀・)「お前、久城とどういう関係なんだ」

今度の沈黙は長かった。

从 ゚∀从「なんで関係があると思うんだ」

( ・∀・)「『デレ』と名前で呼んだからさ。俺は『久城』としか呼んでいないのに」

疑問に大して、即座にモララーは言い放った。

路地の奥から風が吹き込んでくる。
ハインが答える間、モララーは通りを歩く人々の寒そうな背中を眺めていた。

280名無しさん:2018/12/10(月) 20:44:27 ID:BIN2XcsY0
从;゚∀从「歌手の名前くらい私だって知っているさ。
      ニュースでもフルネームで呼んでいるし」

焦りを帯びた声音にモララーは思わずしたり顔をしてしまう。
クライアントやドクオから、度々悪魔のようだと言われる顔だ。

( ・∀・)「そういったものの中では、普通フルネーム呼びだろ。
      歌手の『久城デレさん』って感じでな」

( ・∀・)「それなのに『デレ』だけの呼び方をわざわざしたのは、
      お前が久城とプライベートで関わりがあるから、だろ?」

――それが、ドクオとお前の接点なんじゃないか。

最後に言い添えると、ハインが「はーっ」と呻いた。

从#゚∀从「昔から変わらず、突然推理を突きつけてくる奴だな。
      どうせしたり顔してるんだろ? 腹立つぜ」

281名無しさん:2018/12/10(月) 20:45:13 ID:BIN2XcsY0
否定はできなかった。

(;・∀・)「とにかく、つまり、肯定だな?」

从 ゚∀从「はいはい、認めるよ。デレとは知り合いだ」

投げやりな口調になって、どこか緊張が緩和された。
モララー自身、落ちついて耳を傾けることができる気がした。

从 ゚∀从「それで?」

( ・∀・)「質問を変える。お前と久城との関わりを教えてくれ」

それは、とハインが言いかけた。
戸惑っているらしく、唸り声のようなものがときおり混ざった。

( ・∀・)「今言わなくても、そのうち警察に何かを訊かれるかもしれない。
      心構えしておいて損は無いぞ。久城の過去が絡んでいるのは確かなんだからな」

282名無しさん:2018/12/10(月) 20:45:53 ID:BIN2XcsY0
从 ゚∀从「過去? なんだ、それは」

モララーは、よく聴けと念押ししてから続けた。

( ・∀・)「三週間前、久城デレの元にひとつの葉書が届けられた。
      『過去の痛みをこの場所で、私は今も忘れない』
      この一文だけが書かれていたらしい」

从 ゚∀从「脅迫状か」

( ・∀・)「いや、それが少し込み入っている」

モララーは事件の経緯を説明した。
狂言だった脅迫状。その一方で起きたデレの失踪。

ハインは笑い声を潜め、モララーが話し終える間、真剣な声色で時折質問を挟んだ。
ハインが乗り気なのを察して、モララーは俄然、声に力を込めた。

283名無しさん:2018/12/10(月) 20:46:41 ID:BIN2XcsY0
( ・∀・)「久城は葉書を見て、今回の失踪を企てた。
      久城は自分のプライベートを決して明かさなかったらしくてな、
      事情や過去については、事務所側からじゃ探しようがない」

( ・∀・)「もしも、お前の今いる場所が久城の過去に関係する場所ならば、
      この失踪事件の謎を解く鍵もそこにある。
      葉書の文面から考えても、そう考えておかしくないだろ」

モララーは、ハインの返事を待った。

ハインからの電話が掛かってきた時点では、モララーの頭の中にはいくつもの疑問符が浮かんでいた。

ドクオは何故か自分を避けて逃げている。それでいて、ハインに連絡先を託した。
ドクオは居場所を言えない。これはつまり、ドクオからハインに、居場所を言うなと伝えたということだ。

284名無しさん:2018/12/10(月) 20:47:22 ID:BIN2XcsY0
ドクオが居場所の特定を恐れたと、ハインの態度からは察せられる。
間接的に、ドクオが失踪に関与していることを浮かび上がらせていた。

どうしてドクオが居場所を気にするのか。
答えはひとつしかない。誰にも居場所を明かさない久城デレとともに行動しているからだ。

それでいて、ドクオはモララーに連絡は寄越してきた。
携帯に出られない時点で怪しいのに、ドクオにとっては第三者にあたるハインを介して。

何かある。
ハインからの電話があった時点で、モララーの直感は語っていた。

( ・∀・)「さっきの、ドクオっていう奴のことだけど」

285名無しさん:2018/12/10(月) 20:48:19 ID:BIN2XcsY0
( ・∀・)「あいつは探偵はまだしも、警察には絶対向かないと思うんだよね」

从 ゚∀从「……体つきが貧弱だからか?」

ハインの言わんとすることはすぐにわかった。
大目に見ても、ドクオの身体は軟弱そうに見える。
今日あったばかりの人に言われるとは、とモララーは苦笑した。

( ・∀・)「それだけじゃない、精神的な問題だよ。
      警察は、事件が起きなければ捜査ができない。
      だけどあいつは、事件が起きることそのものが嫌いなんだ」

それは、夏から今まで、助手としてドクオを使役してきたモララーの所感だった。

从 ゚∀从「警察じゃ、遅いってか。良いことじゃないか。血気盛んな奴は嫌いじゃないぜ」

ケラケラと笑う声はモララーの声に掻き消された。

( ・∀・)「ドクオの友人が刑務所にいるんだよ」

286名無しさん:2018/12/10(月) 20:49:08 ID:BIN2XcsY0
ドクオと最初に出会った事件のことを、モララーは口にした。

モララーの過去にまつわり、ドクオが深い恩義のある人物を巡る、今年の夏の事件。
内容を掻い摘まんで、ドクオと、彼の友人ジョルジュの顛末に絞った。

( ・∀・)「ドクオはその状況を、何も感じずにいられる男じゃない。
      もしもあいつが久城と一緒にいるなら、そして何かを感じたなら
      こう考えるはずだ。何かが起きる前に、止めなければならない、と」

从;゚∀从「ちょっと待て!」

ハインが鋭い声を上げる。

从;゚∀从「お前、何を考えてやがる」

( ・∀・)「ドクオはどうして俺に連絡を寄越そうとしたのか、だよ」

287名無しさん:2018/12/10(月) 20:49:54 ID:BIN2XcsY0
無事であることを伝えるため。
それだけがハインに連絡先を伝えた理由とは思えなかった。

从 ゚∀从「……私がお前と知り合いだとわかった後で、
      私がお前の連絡先を知らないって言ったからかもな」

ハインの鼻で笑う音が微かに聞こえてきた。

从 ゚∀从「『話せるうちに話した方が絶対に良いですよ』ってさ。
      やたら大袈裟にいうから、何だと思ったけど、
      なるほどね。刑務所か」

どうりで実感が籠もっているわけだと、ハインが笑った。

从 ゚∀从「……ひとつ、お前の推理は間違っている。
      私とドクオが、デレを接点にして会ったと思っているようだけど、
      それは違う。ドクオは本当に偶然、私の店に来たんだよ」

288名無しさん:2018/12/10(月) 20:50:31 ID:BIN2XcsY0
从 ゚∀从「接点になったのはお前だ、モララー」

ハインの説明によれば、きっかけは、ハインの店にモララーの写真が置いてあったかららしい。

( ・∀・)「なんでそんなものが」

从 ゚∀从「いつか教えてやるよ」

と、一言残して、説明は続いた。

ドクオとハインの会話は弾み、そして、歌手のデレとハインが、
知り合いだとわかった途端に、ドクオは目の色を変えた。

从 ゚∀从「最初ははぐらかせたよ。あまり気持ちの良い話じゃないし、
      ただのファンなら、言うべきじゃない過去だ。
      だけど、ドクオは真に迫る勢いだった。
      どうしても必要なんだと、店の真ん中で頭下げてきてさ」

必死だったな、とハインは言った。

ドクオの姿をモララーは思い浮かべた。

289名無しさん:2018/12/10(月) 20:51:04 ID:BIN2XcsY0
デレの失踪に、ドクオが関与していることは事実なのだろう。

何故か、ドクオはデレの過去を知りたがった。
何かをしようとしている。

深く考えようとして、どういうわけか、背筋が寒くなる感触がした。

( ・∀・)「あいつは俺の助手だ」

悪寒を抑え、モララーは言った。

( ・∀・)「上司として、知りたい。あいつは何を考えているのか。
      その鍵がデレだというのなから、探偵として改めて質問する」

290名無しさん:2018/12/10(月) 20:51:37 ID:BIN2XcsY0
デレの過去とは何か。

从 ゚∀从「私が言えるのは、私の知っていることだけだ」

ハインは返事をしてくれた。

从 ゚∀从「あとは自分で、推理しろ」

探偵らしく。
モララーはまた、したり顔を作る。

( ・∀・)「得意分野だ」

自分で言うか、とハインが笑った。

从 ゚∀从「それじゃ、まずは自分語りをさせてくれ」

291名無しさん:2018/12/10(月) 20:53:09 ID:BIN2XcsY0
从 ゚∀从「私が仮釈放されたのは、今から9年前。2001年の秋だ」

思ったより、遅い。
モララーは率直に思ったことを口にした。

从 ゚∀从「本当は刑期を満了したかったんだぜ?
      だけど、まあ30歳越えちまっていたし、
      素行に問題ないのだから、出た方が良いって、しつこい刑務官に説得されてさ」

从 ゚∀从「まあ、出たからといって、待っていたのは予想どおりの生活だったけどな」


この国では、犯罪者は忌避すべき存在である。
21世紀になったばかりだった当時でも、今でも、そこは変わらない。

出所者の知り合いがいるわけではないが、
多くのニュースや書物などで、モララーもその実態を知る機会はあった。

从 ゚∀从「犯罪者だと明るみになったら、普通の人間は近づいてこない。
      たとえ隠して就活しても、9年間という空白期間に深入りされたら終了だ」

292名無しさん:2018/12/10(月) 20:53:51 ID:BIN2XcsY0
从 ゚∀从「しばらくは、面接の緩いフリーター生活を細々と続けた。
      生き抜くために切り詰めまくって、体調不良も全部気のせいってことにした」

从 ゚∀从「私の所在を知った、M市の教会の保護施設の人たちとか、
      手を差し伸べてくれる人もいたけれど、私はどうしてもひとりで生きたかったんだ。
      半ば、いや、八割方意地になっていたと、今更ながら思うよ」

ハインの癖で、乾いた笑いが時折挟まる。
それは単純な笑いのときもあれば、深い痛みを湛えたときもある。
過去の話が始まってから、合間に入る笑いは全て後者に寄っていた。

从 ゚∀从「その頃には、インターネットが普及して、過去の犯罪歴も、誰でも手軽に暴けるようになった。
      犯罪者の疑いがある奴を調べ上げてばらまく連中とかさ、これが大勢いるわけだ」

从 ゚∀从「連中の言い分はいつも正義だ。
      皆が犯罪者を嫌っているのだから、特定して晒すのが世のため人のためってな。
      私達みたいな不安分子は、正義の名の下にプライバシーを蹂躙されたわけだ」

293名無しさん:2018/12/10(月) 20:54:28 ID:BIN2XcsY0
从 ゚∀从「私が出所してからの2年間でも、東京は清潔な街になっていった。
      あるいは、清潔に見せかけることが得意な奴らの、な。
      穢れを隠せない愚鈍な奴らは、存在することさえ許されないんだ」

从 ゚∀从「普通に暮らしていた人にはわからないだろうけど、
      私みたいな暗部にいる人は皆実感しただろうよ。
      自分らの居場所がどんどんなくなっていく感覚を」

从 ゚∀从「東京のどこにいても無理だと悟った私は、地方都市に移った」

一瞬の間を置いて、ハインは「今は中部地方にいる」とだけ教えてくれた。
ドクオとの約束と、話の流れを折衷しての回答だろう。
モララーが短く礼を挟み、ハインの話が続いた。

从 ゚∀从「あたしが流れ着いたのは、一軒のバーだ。
      店主さんが、どうもあたしと同じ身分らしくてね、
      苦労話とか、いろいろ聞かせてもらえて、仕事も与えてくれたんだ」

294名無しさん:2018/12/10(月) 20:55:02 ID:BIN2XcsY0
从 ゚∀从「それが2003年だった。ようやく世間ってものに入り込めたような気がしたよ」

話が終わったらしく、ハインの声が途切れた。

( ・∀・)「……大変だったな」

口にして、そのあまりの軽さにモララーは唇を噛んだ。
どう労いの言葉を考えても、ハインには届かない気がした。

从 ゚∀从「同情はいいよ。刑務所に行った意味がなくなっちまう。
      犯罪に関わったっていうのは、そういうことなんだよ。
      私に下された判決は真っ当だったと思うぜ」

(;・∀・)「……」

何か言いたいという気持ちはあっても、言葉は形を成してくれなかった。

やがて、ハインの方から話を続けてくれた。

295名無しさん:2018/12/10(月) 20:55:51 ID:BIN2XcsY0
从 ゚∀从「デレが店にやってくるようになったのは、その年の秋からだったな。
      あのとき、デレはまだ中学生だった」

ハインが店に来てから、すぐのことであったという。

( ・∀・)「中学生でバー?」

从 ゚∀从「あたしが来てからはカフェみたいなことを始めたんだ。
      店主が出勤してくる夜前は、あたしひとりで切り盛りしてるんだぜ」

从 ゚∀从「デレは放課後にいつもやってくるみたいだった。
      あたしは個人的なことに干渉する気はなかったから、詳しくは聞かなかったけれど
      家族と上手くいってなかったんだろうな。いつも淋しげな顔をして来るんだ。
      あたしの、たいして美味くもないコーヒーをありがたがってよ」

296名無しさん:2018/12/10(月) 20:56:41 ID:BIN2XcsY0
从 ゚∀从「あれは、冬になってからか。デレが男子を連れてきたことがあった。
      デレからは、ニュッ君って、呼ばれていたな」

男子、と聞いてモララーは反射的に背筋を伸ばした。

( ・∀・)「あだ名っぽいな」

从 ゚∀从「だろうな。ま、本名も知ってるし、居場所も知ってるけど」

息をのむモララーの声が聞こえたらしく、ハインが低い声で言葉を続ける。

从 ゚∀从「あいつ、関わりそうか?」

297名無しさん:2018/12/10(月) 20:57:16 ID:BIN2XcsY0
( ・∀・)「予感はしている」

オサムが最後に教えてくれたことを、モララーは思い浮かべていた。

( ・∀・)「デレの過去のコンサートで、ファンではないのに会場に来た男の目撃情報がある。
      もしもニュッ君とやらの、写真があるなら、見せてほしい。照らし合わせたい」

返事はすぐには来なかった。
またか、とモララーは内心でぼやいた。

( ・∀・)「どうした?」

从 ゚∀从「はあ、いや、ね」

途切れ気味の声音に首を傾げていると、ハインが口を開いた。

从 ゚∀从「モララー、あんたはどうして探偵になった?」

298名無しさん:2018/12/10(月) 20:58:05 ID:BIN2XcsY0
いきなりの質問に、モララーは若干狼狽えた。

( ・∀・)「……真実を暴くことで、救える奴がいると思った」

それができなかったから、ハインは逮捕されたのだから。
受話器の向こう側にいる本人に、さすがにその言葉は伝えられなかった。

(;・∀・)「黙るなよ、気恥ずかしい」

ハインからの返事は、また遅かった。
いつものことだと思ったモララーは、戯けながらその声を待った。

从 ゚∀从「モララー」

声色は妙に澄んでいた。
今までの雰囲気から一転して、余計なもののない声だ。

从 ゚∀从「この真実は、誰も救わない」

299名無しさん:2018/12/10(月) 20:58:38 ID:BIN2XcsY0


( ・∀・)「……」


从 ゚∀从「……」


( ・∀・)「どうしてわかる」

つい、語気に力が籠もった。

从 ゚∀从「デレの過去について、私が知っているのは結果だけなんだよ」

( ・∀・)「結果? それっていったい」

300名無しさん:2018/12/10(月) 20:59:17 ID:BIN2XcsY0
从 ゚∀从「ニュッ君は、ここにはいない」

返事ではなく、言い切りの形でハインは言った。

从 ゚∀从「アドレスを教えてくれたら写真を送る。照らし合わせて、
      確信を得たならメールを寄越せ。あいつの連絡先を教えてやる」

( ・∀・)「わかった。けど」

知っているのは結果だけ。
その含みを持った言い方が、モララーには気になった。

( ・∀・)「先に教えておいてくれ。ニュッ君って奴は、何かしたのか?」

301名無しさん:2018/12/10(月) 20:59:51 ID:BIN2XcsY0
从 ゚∀从「……誰にも言うな」

ハインが一際低く言う。

もちろん、とモララーが答えると、息を吸う音がした。

从 ゚∀从「あいつは、かつて逮捕されたことがある。家裁で保護観察処分になったんだ」

耳を打った言葉を吟味するまでもなかった。

从 ゚∀从「罪状は殺人、被害者は、デレの父親だ」


     +++

302名無しさん:2018/12/10(月) 21:00:51 ID:BIN2XcsY0
サングラスを基本として、夏には髪の結い方を変え、冬にはマスクをかける。
それがデレのいつもの変装のレパートリーだった。

元よりテレビなどの露出は少なめで、あってもライブやMVの撮影などのみ。
ファン以外には気づかれないと思い、そこまで気をつけてはいなかった。
だからこそ、ドクオにも見つけることができたといえる。

N市への旅の途中でニット帽を手に入れたが、今はそれも外していた。
街の郊外の、夜。人気はほとんどない。

ゴルフ場が近くに、高台と緑地が作り上げられており、
鬱蒼と茂る森は街に食い込むようにして生えていた。

303名無しさん:2018/12/10(月) 21:01:27 ID:BIN2XcsY0
街灯がつきはじめ、薄闇の中にアスファルトを浮かび上がらせる。

森の合間に入ってすぐの場所に空き地があった。
管理されていないのか、草木が野放図に広がるその場所の隅に、デレの車が鎮座していた。

まっすぐに車に向かう途中で、デレはふと足を止める。

(  )

車の傍らに人がいた。

ζ(゚ー゚#ζ「誰っ」

304名無しさん:2018/12/10(月) 21:02:03 ID:BIN2XcsY0
警戒心から声を荒げ、携帯のライトを点けて、相手に向ける。


('A`)


照らされたその顔には見覚えがあった。

ζ(゚ー゚*ζ「ドクオくん」

昼過ぎに別れたばかりの、度の同行者だ。

出会ったのはとある街の書店。
ファンでもないのに、デレのことを訊いてきたという、不思議な青年だ。

305名無しさん:2018/12/10(月) 21:02:42 ID:BIN2XcsY0
ζ(゚ー゚*ζ「どうしてここに……」

近づこうとしたデレの前に、ドクオの腕が向けられる。

('A`)「君の車のトランクに仕舞われていたものだ」

その手の中には銃が握られていた。

ζ(゚ー゚*ζ「……盗ったの?」

('A`)「うん」

宿に泊まったときや、パーキングエリアに停めたとき、
デレが眠っているうちに、調べる隙はいくらでもあった。

ζ(゚ー゚*ζ「へえ、人は見かけによらないというか。
       意外と手癖が悪いんだね。探偵さんなのに泥棒みたい」

306名無しさん:2018/12/10(月) 21:03:30 ID:BIN2XcsY0
おどけてみせるデレに対して、ドクオは銃を握り直した。

デレは真顔になり、ドクオと視線を合わせた。

('A`)「俺は別に詳しくないから、この銃が本物かどうかはわからないです。
    試し撃ちをすることもできない。本物なら、持っているだけで犯罪ですね」

足を止めてしまったことを、デレは歯噛みした。
銃を構えたのは、銃が本物かどうか確かめたかったのだろう。
持ち主が銃口を見て身構えれば、それは本物であることの証左だ。

息をのんで、それからデレは背筋を伸ばした。

ζ(゚ー゚*ζ「君は何がしたいのかな?」

307名無しさん:2018/12/10(月) 21:04:17 ID:BIN2XcsY0
自分の提案に乗ってきて、予想外に協力してきた青年。
自分の味方かと思いきや、人知れず疑念を抱き、私を睨み付けてくる。

デレはドクオの心境が今ひとつ掴めないでいた。

('A`)「俺がどうして君のことを知りたがったのか、訊いたことがありましたよね。
    そのことを今から話しても良いですか」

デレが黙っていたのを、ドクオは消極的な肯定と受け取ったらしい。

('A`)「俺が君の歌を聴くようになったのは、俺の友達が聴いていたからでした」

銃を構えたまま、ドクオは少し、遠い目をした。

('A`)「あいつと一緒に会うときに、いつもイヤホンで聴いていたんです。
    俺が話しかけてもなかなか外してくれなくて、よほどお気に入りなんだろうと思っていました。
    それで、一度だけ、あいつが俺に歌を聴かせてくれたことがありました」

308名無しさん:2018/12/10(月) 21:04:53 ID:BIN2XcsY0
('A`)「あいつは言っていたんです。この歌を聞いていると心が安らぐって。
    俺にはよくわからなかったです。だけど、あいつが捕まって、刑務所に行ってしまってから
    あいつのことを理解したくなって、それで、君の歌を聴くようになったんです」

世間への諦念、生きることへの絶望と希望。
久城デレの歌に紛れ込んでいた、幾多の抽象的な歌詞は、聴き手によって如何様にも解釈できた。

('A`)「俺は歌を聴き慣れていなくて、なかなかつかめずにいたんですけど、
    最近になって、ようやくわかってきたんです。
    あいつがこの歌に惹かれたのは、共感したからだって」

デレは相変わらず無表情のまま、まっすぐドクオを見つめていた。
いつもの笑顔がなくなると、深い色の瞳が矢のように射貫いてくる。

だが、いつでも笑顔でいる人間などいないことを、ドクオは知っている。
かつて、ドクオが知り合った、いつも笑顔だった男の裏に、
覆い尽くせない悲しみがあったように。

309名無しさん:2018/12/10(月) 21:05:33 ID:BIN2XcsY0
('A`)「君はいったいどうしてこの歌を――」

言葉の途中で、デレが動いた。

ドクオと全く同じように、右手を前へ突き出した。

ζ(゚ー゚*ζ「残念だけど、その銃は不良品だよ」

デレの手には、真新しい銃が握られていた。

ようやく頬を綻ばせたデレだったが、その笑顔は変質していた。
見つめていると、鳥肌が立ちそうな、人に似た何者かの笑い方だった。

ζ(゚ー゚*ζ「やっぱり変なルートで手に入れると、碌なものが手に入らないんだよね。
       高い買い物だったのに、返品なんてもちろんできないし」

310名無しさん:2018/12/10(月) 21:06:05 ID:BIN2XcsY0
デレの素性は誰も知らない。
遠い東京の喫茶店で、ちょうど同じ頃に、
デレのプロデューサーが訴えたその言葉を、当然ながらドクオは知らない。

ζ(゚ー゚*ζ「盗まれたことにも、ごめん、すぐ気づいた。
       でも、ただの泥棒なら見逃したんだけどな」


言いながら、デレは自分の銃を顔の位置まで上げた。

ζ(゚ー゚*ζ「私のことを黙っているって、約束してくれるなら、見逃してあげる」

言いながら、デレはスマホを操作した。
見ないまま、アプリケーションが開く音がして、デレは素早く文字を入力する。

311名無しさん:2018/12/10(月) 21:06:39 ID:BIN2XcsY0
ζ(゚ー゚*ζ「私の友達、またすぐここに来ちゃうよ。
       それまでにどうにかしてくれないと、困るんだけど」

送信を示す音が響き渡った。

('A`)「……」

ζ(゚ー゚*ζ「君は私を止めようとしたんだね。私がやろうとしていることを察して、
       お友達のことを思い出したから、ってことなんでしょ?」

いつから、と尋ねようとして、辞めた。
それは重要なことではない。

大事なのは、今目の前にこの青年が立ち、
私に反駁しているという現実だ。

312名無しさん:2018/12/10(月) 21:07:10 ID:BIN2XcsY0
ζ(゚ー゚*ζ「そのお友達は、私と確かに似ていたのかもしれない。
       犯罪なんて、しなくても人間は生きていけるもの。
       罪を被ってでも得たいものや、壊したいものが無い限り」

デレは言葉を止めて、ドクオを見つめた。
睨むというほどでもない。ドクオの行動を観察していた。

スマホの明かりで浮かんだ景色に、ドクオは青白く浮かんでいる。
知った顔でなかったら、幽霊と思い込んでいたかもしれない。

ζ(゚ー゚*ζ「銃を下ろして。でないと、君を撃つ」

言い放ったそれは、脅しと言うには力の弱い宣告だった。
もっと強い言葉で、と思ったデレだったが、
そのとき銃口を、ドクオはアスファルトに向けた。

引き金が引かれる。
弾は、確かに出なかった。

313名無しさん:2018/12/10(月) 21:07:44 ID:BIN2XcsY0
('A`)「こんなのばかりだな」

と、ドクオは小さく呟いていた。

('A`)「撃つつもりはなかったんですよ」

ドクオは銃を放り投げた。
弧を描いて、デレの足下に滑っていく。

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう。そのまま黙って逃げて」

('A`)「いいや、そうはいかない」

ドクオがデレに顔を向けた。
思いのほか力の籠もった声に、デレは身体を強張らせる。

('A`)「俺はもう、人が人を殺そうとするところを見たくないんです」

314名無しさん:2018/12/10(月) 21:08:32 ID:BIN2XcsY0
ドクオは一歩、デレに近づいた。

ζ(゚ー゚#ζ「来ないで!」

デレの声は、金物を打ち鳴らしたかのように、声が森の奥まで反響していった。

('A`)「デレさん」

二歩目、三歩目、歩きだしていく。

デレの目が見開かれていった。

('A`)「俺は」

目の前の青年のことが、デレにはわからない。
その不可解さが、逆にデレを刺激していた。

315名無しさん:2018/12/10(月) 21:09:28 ID:BIN2XcsY0
書店で声を掛けられたあのとき、自分を見ているようで、
全く別のものを見ていた彼について、デレは興味を抱いた。

その心の裏側に何があるのか。
知りたいと思ったことは確かにある。

あまつさえ、それで自分の本心を理解してくれたなら、
これより喜ばしいことはない、そんな期待をデレは抱いていた。

ζ(゚ー゚*ζ「ごめん」

期待は潰えた。

目の前のドクオは、友のためにデレの前にいる。
決してデレを見てはいない。

銃口は依然として前を向く。

泣いていた。
涙が月明かりに照らされ、筋となっていた。

316名無しさん:2018/12/10(月) 21:10:11 ID:BIN2XcsY0
(#'A`)「――!!」

ドクオが自分を止めようとする。
必死に声を荒げている。

デレの耳を、空虚に通り抜けていく。

そして乾いた銃声が、高らかに響き渡った。



     +++

317名無しさん:2018/12/10(月) 21:11:20 ID:BIN2XcsY0



   Next>第六話 知っているかと探偵は問う


.

318名無しさん:2018/12/10(月) 21:12:07 ID:BIN2XcsY0
今日はここまで。
続きはなるべく早いうちに。

319名無しさん:2018/12/10(月) 21:12:36 ID:JyqXwQgU0



   Next>第嘘話 ドクオ死す!


.

320名無しさん:2018/12/10(月) 21:14:51 ID:7I8R/n/A0
おつ!
リアルで遭遇できるとは。。。
次も待ってる。

321名無しさん:2018/12/10(月) 22:07:07 ID:mMvrYqQA0
乙!

322名無しさん:2018/12/11(火) 12:52:52 ID:D3Y/mEzI0
乙! 城之内やめろ

323名無しさん:2018/12/20(木) 22:32:50 ID:/uxqXowg0
     +++


2003年、冬。

『猫の足音』の扉は乱暴に開かれた。
鈴の音がやかましいほどに鳴り響き、
キッチンで仕込みをしていたハインは慌てて顔を出した。

从 ゚∀从「いらっしゃい」

言いはしたが、言葉は尻すぼみになる。



(  ν )

324名無しさん:2018/12/20(木) 22:34:02 ID:/uxqXowg0
雨音がハインの耳に届いていた。
外はひどい雨のようだった。
その雨に打たれたのか、彼は傘も持たず、
青ざめた顔で、びしょ濡れのまま立っていた。

从;゚∀从「ちょ、ちょっと待ってろ!」

キッチンに引っ込んで、タオルを持って慌てて駆け寄り、彼の顔に押し当てた。
彼は息苦しそうに藻掻いていたが、構わずハインは拭き続けた。

从 ゚∀从「とりあえず席に座れ。どこでもいい。ここのテーブルでいいか、な?」

325名無しさん:2018/12/20(木) 22:34:33 ID:/uxqXowg0
話しかけながら、むりやり彼を座らせる。
呻いてはいるが、ほとんど抵抗はない。
具合でも悪いのかと心配になるほど、彼は静かだった。

怯えているようだった。
直接聞いたわけではない。
青ざめた顔や震えている指先が、そう感じさせた。

普段から、彼は話す方ではない。
だけど、怯えるという態度もどこか見慣れない。

じっと、黙りこくる彼を見ていると、
言いようのない不安がハイン胸中に染み渡った。

从 ゚∀从「ほら、コーヒーだ」

326名無しさん:2018/12/20(木) 22:35:17 ID:/uxqXowg0
自分用に、こっそり準備していたものを、ひとつ彼の前に差し出した。
コーヒーカップとソーサー。青い曲線に彩られた陶器同士が
触れ合うその繊細な音に、彼は初めて顔を上げた。

把手を抓み、ゆっくりと口に運んでいく。
喉を鳴らす音が聞こえて、ようやくハインも安心できた。

(  ν )「……うめえ」

从 ゚∀从「だろ〜? 良い豆が入ったんだ。
      焙煎から自分でやって、ようやくこの深みが出せたんだよ。
      どうだ? バーなんかやらずに喫茶店やれて話しだろ?」

327名無しさん:2018/12/20(木) 22:36:02 ID:/uxqXowg0
ハインは彼の向かいに座り、身振り手振りを交えて話をした。
勢いに気圧されたのか、彼の口元が引きつるように笑った。
だが、ハインの話題が尽きるとすぐにまた元の、沈黙に戻ってしまった。

塞ぎ込んだ彼の顔を見て、ハインは背筋を伸ばした。

从 ゚∀从「何があった」

彼がいったい何を語ったとしても構わない。
なるべくなら、彼のことは守りたかった。
ひとりの少年として、常連の客として、
それ以前に、暗い顔をした彼をこのまま帰したいと思わなかった。

328名無しさん:2018/12/20(木) 22:36:37 ID:/uxqXowg0
(  ν )「なあ。あんた、犯罪者なんだろ?」

か細い彼の、率直な問い掛けに、ハインの顔が強張った。

噂くらいは、どこでも聞く機会はあるだろう。
自分から言いふらさなくても、地域住民は勝手に話題を拾って広める。

結局どこへいっても、噂はついて回ってくる。
隠し続けることは、このご時世じゃ難しい。
どこにだって監視の目はある。
悪人と見定めたら、人は容赦しない。

彼は自分から、そのことを尋ねてきた。
単純な興味でも、悪戯心でもなく、
訊く必要があるから訊いたのだと、ハインは察した。

329名無しさん:2018/12/20(木) 22:37:09 ID:/uxqXowg0
从 ゚∀从「そうだよ」

自分から打ち明けることはほとんどなかった。

今までの、例えば採用された仕事場などは、
疑惑を持たれた段階で辞職するように求めてきた。

それが当然の対応だ。
ここは、後ろ暗い人が傍にいるだけで、不利益が生じる社会だ。

だが、この少年に対しては、
嘘をついてはいけない気がした。

从 ゚∀从「で、だからなんだよ」

肘をついて、少年に顔を寄せる。

330名無しさん:2018/12/20(木) 22:37:45 ID:/uxqXowg0
彼が真剣だとわかっていても、
穏やかなままではいられない話題だった。

意識せずとも、ハインはつい強気な口調になってしまった。

从 ゚∀从「おい!」

机を掌でバンッと叩くと、彼が急に顔を上げた。

(  ν )「教えてくれ」

从;゚∀从「……!」

暗く落ち窪んだ彼の双眸は、涙に濡れていた。

(  ν )「犯罪者は、いったいどんな目に合うんだ」

331名無しさん:2018/12/20(木) 22:38:27 ID:/uxqXowg0
悲愴を体現したかのような顔を見て、
ハインの頭から、言葉がこぼれ落ちていった。

しばらくの間を置いてから、ハインは咳払いをした。

从 ゚∀从「地獄」

躊躇いもなく、ハインは言ってのけた。

从 ゚∀从「刑務所の中だけの話じゃないぞ。
      それまで普通に生きていた、この世界の全てが、
      自分を取り巻く地獄へと、一気に塗り変わるんだ」

ハインは知っていた。
周りの全てが敵に思えてくる恐怖。
反発したら、それすらも嘲笑う世間。

犯罪者はこの世界に生きていてはいけないと、真顔で言えるのがこの国だ。

332名無しさん:2018/12/20(木) 22:38:59 ID:/uxqXowg0
(  ν )「……そうだよな」

コーヒーカップを持ち上げて、彼は一気にそれを飲み込んだ。
まだ熱いだろうに、咳き込みながら、それでも一度も口から離さなかった。

(  ν )「美味かった」

短い言葉は、区切りをつけるような調子だった。
何かしら思うところがあったのか、背筋を伸ばして入口へと歩き出した。

从 ゚∀从「馬鹿」

ハインは彼に歩み寄った。

从 ゚∀从「傘、今出すから」

(  ν )「いらねえっすよ」

333名無しさん:2018/12/20(木) 22:39:38 ID:/uxqXowg0
彼は振り向かずに、首を横に振る。

その背中がもう震えていないことに気づき、
ハインはまるで怒鳴るように、彼の名を叫んだ。

从 ゚∀从「美味かったんだろ? 私のコーヒー。
      だからさ、また、来いよ」

ハインは彼が何をしたのか知らない。
詳細を知るつもりもない。

だけど、直感はあるものだ。

334名無しさん:2018/12/20(木) 22:40:11 ID:/uxqXowg0
彼はもうこの場に帰ってこないのだろうと、
察して、それでもハインは続けた。

从 ゚∀从「またな」

(  ν )

ようやく振り向いてくれた彼は、微笑みこそしたけれど
返事はついにしてくれなかった。


     +++

335名無しさん:2018/12/20(木) 22:40:54 ID:/uxqXowg0


第六話


   知っているかと探偵は問う



     +++

336名無しさん:2018/12/20(木) 22:41:27 ID:/uxqXowg0
県警察署の植え込みのそばで、ショボンはひとり佇んでいた。
植物を眺めて和んでいた、というほど優雅な時間の使い方はしていない。
そもそもが夜更けだ。風も冷たく吹き付けてくる。

(゚、゚トソン「なに黄昏れているんですか、警部」

缶コーヒーを抱えたトソンが、一本をショボンに差し出した」

(´・ω・`)「ありがとう。まだ帰ってなかったのか」

(゚、゚トソン「残務整理と、それから、スマホをまだ返してもらっていませんから」

プルタブを引いて、トソンはちびりとコーヒーを啜る。
噴き出すような湯気が立ちこめた。

337名無しさん:2018/12/20(木) 22:42:00 ID:/uxqXowg0
(´・ω・`)「ああ、あれな。多分今日は返ってこないぞ」

(゚、゚トソン ブッ

植え込み目がけて飛沫が飛んでいった。

(゚、゚トソン「返って? は? 警部にお貸ししたのでは???」

(´・ω・`)「ああ。私の知り合いが欲しがっていたのでな。
       又貸ししたんだ。すぐ返すと言っていたんだがな」

(゚、゚トソン「もう今日が終わりますよ? 見えますこれ? ねえ?」

腕時計を見つめ、指で強調する。
返答代わりに溜息を返されて、トソンもまた肩を落とした。

(゚、゚トソン「あのモララーという探偵ですか」

338名無しさん:2018/12/20(木) 22:42:31 ID:/uxqXowg0
モララーのことは、トソンも知っていた。
夏の事件の後、墓参りに赴いたショボンと同行して
彼と、その助手というドクオに出会っていた。

(´・ω・`)「よくわかるじゃないか」

(゚、゚トソン「他に誰がいるっていうんですか。
     警部、あの人以外に仲のいい人いないし」

(´・ω・`)「……」

警察署の入り口から、賑やかな笑い声が聞こえてくる。
残業とは名ばかりの雑談をしていた一行だ。
これからは近場の居酒屋にでも入り込んで盛り上がるのだろう。

339名無しさん:2018/12/20(木) 22:43:14 ID:/uxqXowg0
警察官とはいえ、人間の本質は変わらない。
群れることの好きな奴もいれば、嫌いな奴もいる。
ショボンは後者で、黙々と仕事をする方が好きだった。

少なくともショボン自身はそう思っていた。

(´・ω・`)「モララーの方から勝手に絡んでくるんだ」

(゚、゚トソン「はいはい。
     コーヒー早く飲んでください。冷める前に。
      せっかく買ってあげたんですから」

トソンにコーヒーを指でつつかれ、
ショボンは不満げなまま、それを口に運んだ。

340名無しさん:2018/12/20(木) 22:43:45 ID:/uxqXowg0
(゚、゚トソン「でも、警部は夏にモララーさんと再会したばかりなんですよね。
     どうしてそんなに入れ込むんですか」

(´・ω・`)「……向こうが勝手に」

(゚、゚トソン「同じ答え禁止です」

先手を打たれ、ショボンは口を尖らせた。
苦みばかりが目立つコーヒーを流し込み、
ぽかりと口を開いて、雲みたいな息を吐いた。

(´・ω・`)「私が第四課にいた頃、ひとりの部下がいた。
       警察として勤めながら、とある反社会組織に所属していたんだ」

お前も知ってるだろ? とショボンは尋ね、
トソンは無言のまま頷いた。

341名無しさん:2018/12/20(木) 22:44:18 ID:/uxqXowg0
(´・ω・`)「彼女は自分の手で悪を裁こうとし、モララーはそれを食い止めた。
       そして彼女は逮捕され、刑事罰で服役することになった」

(´・ω・`)「そのときのモララーは明らかに私を敵視していた。
       部下である彼女を捜査に利用していた私に憤慨していたのだろう。
       あの目はなかなか、忘れられない。仕事と割り切っても、罪悪感が拭えなかった」

(゚、゚トソン「……」

(´・ω・`)「同時に、モララーにしてみても、彼女のことが忘れられなかったらしい。
      モララーと別れてから、何時の頃か、私は気になって彼の仕事を調べてみたことがあった」

342名無しさん:2018/12/20(木) 22:45:04 ID:/uxqXowg0
(´・ω・`)「彼は今まで、探偵として様々な事件に関与し、真実を暴いてきていた。
       ときには明らかに利益にならないような事件もあった。
       真実を見つけたところで、誰も救われないようなものさえも、彼は見つけて暴きだした」

(´・ω・`)「そうすることで、人を救うことができると、純粋に信じているかのようにな」

(゚、゚トソン「いけないんですか?」

(´・ω・`)「あのなあ、純粋すぎるものは、世の中じゃ嫌われるんだよ。
      誰もがどこかで嘘をついているんだ。真実を偽って、素知らぬ顔して生きている。
      小さな嘘や悪事を見過ごせないなんて、つらくて疲れるだけなのさ」

343名無しさん:2018/12/20(木) 22:45:37 ID:/uxqXowg0
(゚、゚トソン「……なんだか、警部に似てますね」

(´・ω・`)「なんだと?」

ショボンはきょとんとするが、トソンは真面目な顔を変えなかった。

(゚、゚トソン「警部はいつでも正しくあろうとしています。冗談はいっても妥協はしない。
     私がまだ配属されて間もない頃のことを、憶えていますか?」

(´・ω・`)「君が来た頃のこと、か」

新規採用で入ってきた新人が、ショボンの課にも複数名入ってきた。
慣れない対応に追われるものや、あからさまに邪魔物として誹るものもいる中で、
ショボンは事実上、育成を担当する長として活躍していた。

344名無しさん:2018/12/20(木) 22:46:18 ID:/uxqXowg0
(゚、゚トソン「私の他の部下で、怠慢や違反を見つけたらすぐに、警部は怒りました。
     青筋を立てる警部に対して、素直に謝るものもいれば、
     必要以上に怖がったり、見えないところで非難する人もいました」

(゚、゚トソン「いつだったか、警部に責め立てられたとして、私の同期が人事課に訴えたことがあったと思います。
     警部と人事の人とで、長い間話し合って、その内容は聞かされていませんが、
     おそらくは説法めいたものがあったんじゃないかと推察されます」

(゚、゚トソン「だけど警部はそれからも、他者に迎合しようとはしていませんでした。
     自分の信じる正義は曲げない。警部もまた、私からすれば稀少な人間です」

それは、とトソンは続けた。

(゚、゚トソン「警部も、心のどこかに残っているんじゃないですか?
     昔、部下のハインさんの犯行を、真っ当な形で止められなかったことに対する悔恨が」

345名無しさん:2018/12/20(木) 22:46:48 ID:/uxqXowg0
(´・ω・`)「……」

淡々と、そうでありながら長く続いたトソンの言及に
ショボンは神妙な顔をし、

(´・ω・`)「……くはは」

と声を上げて笑った。

(´・ω・`)「あいにく私は、それほど綺麗な人じゃないよ。
       似ているなんてとんでもない。モララーは私とは違う」

ショボンは、開いた口を小さく窄めた。

(´・ω・`)「私なんぞは、あいつの背中に、エールを送るので精一杯さ」

半分ほどあった缶コーヒーを、ショボンは一気に飲み干した。
空になったそれを指先でつまみ、トソンを振り向いた。

346名無しさん:2018/12/20(木) 22:47:25 ID:/uxqXowg0
(´・ω・`)「というわけで、スマホはまだ待っていてくれ」

(゚、゚トソン「……」

(゚、゚トソン「それとこれとは話が別では???」

喚くトソンに背を向けて、ショボンは警察署へと向かっていった。

空は晴れている。冬の冴えた空気が、星明かりをよく通していた。
今年の雪はまだ降ってきていない。
寒々しい冬の風が、二人の去った後の花壇を揺らしていた。


     +++

347名無しさん:2018/12/20(木) 22:48:01 ID:/uxqXowg0
薄明の空が、東から広がりつつあった。

長い一日を終えて、深夜に自宅に帰り着いたモララーは
朝の五時にはすでに、その光を見つめていた。

探偵事務所があるのは、某県の地方都市だ。
差し込む明かりにビルが照らされ、濃い影を一方向に残していく。

この景観はすべて、人が作り上げたものだ。
発展を求めた人々が、集って働き、
コンクリートやアスファルトで、地面をひたすら覆い尽くした。

348名無しさん:2018/12/20(木) 22:48:38 ID:/uxqXowg0
見たくないものに蓋をして、
まるでこの世界が白と黒でできているかのようにする。
それが人間の求めるものであるらしい。

しかし、人は決して、モノクロでは決められない。
一言では言い表せない、不定形の内側に何が潜んでいるのか
知らないまま過ごせる人もいれば、知らずにいられない人もいる。

知らない方がいいと、わかっていながら
足を踏み入れてしまう人もいる。

349名無しさん:2018/12/20(木) 22:49:22 ID:/uxqXowg0
( ・∀・)「よし、いくか」

使い古したスーツを手にし、羽織る。
天気予報は晴れを示した。
気温は低い。吐息はすでに白い靄に変わっている。

外へ出て、空気を肺に流し込み、
始発が動き出す駅へと、モララーは足を進めた。

350名無しさん:2018/12/20(木) 22:50:05 ID:/uxqXowg0
電車がビルの狭間を抜けていくうちに、人々の数が増えてくる。
年末が迫っているとはいえ、平日。会社はいつもどおりなのだろう。

満員になった電車から、人が吐き出されて、入ってきて、
それを何度も繰り返すうちに目的地へと辿り着いた。

東京都内の工場地帯、そのうち一際古びた建物だった。
錆が目立つ階段をのぼり、メモをした部屋番号と照らし合わせる。

三回、淀みなくノックをすること。
それが到着の合図だった。

351名無しさん:2018/12/20(木) 22:50:32 ID:/uxqXowg0
「どうぞ」

中から声がする。
すでに鍵は開いていたらしい。

ノブを軋ませて回し、部屋の中に踏み入れた。



( ^ν^)「初めまして」



家具の少ない質素な四畳半に、
青年は正座をして待っていた。

352名無しさん:2018/12/20(木) 22:51:02 ID:/uxqXowg0
( ・∀・)「君が、新見ユウくんだね」

返事の代わりに新見は、刈り込んだその頭を下げた。

工場の寮、早朝では、他の入居者はまだ眠っているか、
寝惚け眼で朝の支度をしているか。

いずれにしろ、注目されることの最も少ない時間帯だと、
新山から提案されていた。

( ^ν^)「ハインさんか、懐かしいな」

353名無しさん:2018/12/20(木) 22:51:55 ID:/uxqXowg0
モララーが遠慮しても聞かず、新山は卓袱台の上にお茶を運んできた。
冷めた空気に湯気が浮かぶ。モララーは失礼して、ひとくち啜った。

昨日中に、写真の照合を済ませ、
ハインから連絡先を教えてもらっていた。

真実は誰も救わない。

忠告を受け取っていても、モララーは躊躇うことなく電話をかけた。

寝ようとしていたらしい新山に話をつけて、今日の約束を取り付けていた。

354名無しさん:2018/12/20(木) 22:52:32 ID:/uxqXowg0
( ・∀・)「まだ会いには行っていないんですか」

( ^ν^)「そうですね。なんかこう、気まずくて」

新見は、受け答えはとても丁寧だった。
その代わり目を合わせてくれない。

モララーは、新山のその態度に壁のようなものを感じていた。
触れてくれるな、というサインとも受け取れる。

だが、心を外から推し量るには限界がある。
踏み込まなければ、真実は掴めない。

355名無しさん:2018/12/20(木) 22:53:06 ID:/uxqXowg0
( ・∀・)「時間もないですし、本題に入らせて頂きます。
      久城デレのことを、あなたはご存じですね」

( ^ν^)「……」

( ^ν^)「はい」

目を伏せ、頷く新見の前でモララーはノートを開く。
文字で埋め尽くされたページを捲り、まっさらなページに移った。


     +++

356名無しさん:2018/12/20(木) 22:53:38 ID:/uxqXowg0
モララーと名乗ったその探偵は、俺の昔話を静かに聞いてくれていた。

出社時間は迫っているが、俺も興に乗ってきたのか
自然と話し言葉が饒舌になっていったように思われた。

自分の身体なのに、思われたっていうと不思議だが、
探偵の聞き方が上手いというのか、とにかく何でも話してしまいたいという気になった。

俺が生まれたときのこと。育った環境や、いかにして父を尊び、そして蔑んだか。
その過程で自ずとデレのことに触れた。もちろん、そちらの方が本題だ。

357名無しさん:2018/12/20(木) 22:54:09 ID:/uxqXowg0
俺は父の薄汚い欲望から、デレを退けた。
デレを庇うことで全てが救われると思った。
が、それは甘かった。デレの両親は、父の影響を欲していた。
実の娘を売ってまで得たいと思う、その権力には、心底吐き気がしたものだ。

男がいて、女がいて、その間で取り交わされる欲望に子どもが振り回されていく。
見えないもののせいで運命が決まっていて、下卑た笑いと嬌声に彩られている。

世の中全部が狂っていると思った。

碌でもない人間に対して、ナイフを振るわない理由が、
俺の内側ではすっかりなくなってしまっていた。

358名無しさん:2018/12/20(木) 22:54:41 ID:/uxqXowg0
( ^ν^)「もちろん、当時の話です。
      保護司の方とカウンセリングを重ねることで
      少しずつ、考えを改めるようになりました」

事件を起こした俺は警察に捕まり、家庭裁判所に送られた。
俺はすでに15歳になっていた。当時の少年法でも、刑法の適用範囲内だった。

殺人は、十分に重い罪だろう。
俺はてっきり、審判の余地もなく少年院にぶち込まれるものだと思っていた。

ところが、憶測は外れた。

家庭裁判所は、一般の裁判所とは審判の段取りが違う。
罪の重さは、罪状そのものよりも、状況の精査によって判断される。

359名無しさん:2018/12/20(木) 22:55:24 ID:/uxqXowg0
俺が殺したのはデレの父親で、そいつは、デレを虐待していた。
デレがまだ幼い頃は暴力で、中学生に上がる頃には性的な嫌がらせをも繰り返していたらしい。

俺の父親も大概だが、どこにでもクズはいるものだ。
まして家族の中から手を掛けてくるなど、想像もしたくない。

家庭裁判所は、俺の犯罪がデレを庇っての行動だということを強く認めてくれた。
学校での態度も、煩わしさから逃れるために孤独で過ごしていたのが却ってよかったらしく、
悪行に流されない、真っ当な態度であると評価された。

下された審判は保護観察。
俺は家に帰ることができ、月に一度の保護司との面談を
最低でも二年間続ければいい、というところに落ちついた。

360名無しさん:2018/12/20(木) 22:56:07 ID:/uxqXowg0
( ^ν^)「保護司の方は、定年退職された警察官の方がつきました。
      年は取っているんですが、がたいが良くて、衰えを感じさせない人でした」

その保護司は熱心に俺と接してくれた。
本当は挑発的な行動は禁じられていたのに、
素っ気ない態度をとり続けていた俺を、叱ってくれたこともあった。

その怒声が、なぜだか胸を打った。
あとになってから、俺は実の父から
一度も真面目に怒られたことがなかった、と気がついた。

361名無しさん:2018/12/20(木) 22:56:42 ID:/uxqXowg0
俺は父のことをほとんど知らず、ただ恐れてばかりいた。
父の方からも俺に触れてくるようなことはなかった。

地元の繋がりを軽視するようになってからは、
父はあからさまに俺を邪魔物として扱っていたように思う。

俺は意識せずとも、保護司と父を比較するようになっていた。

保護司の人と会うときは、母が笑っていた。
あんな笑顔を見せる母を、俺はそのときまで見たことがなかった。

362名無しさん:2018/12/20(木) 22:57:38 ID:/uxqXowg0
普通の人の、普通の環境。

そんなものに憧れていた時期もあった。
自分には得ることのできないものだと思い込んでいた。

( ^ν^)「……歪んだ話ですが、犯罪をして、裁かれて
      俺はようやく人としてスタートできた気がしたんです」

転校した中学校を一年遅れで卒業した俺は
高校には進学せず、働ける場所を探した。

363名無しさん:2018/12/20(木) 22:58:14 ID:/uxqXowg0
( ^ν^)「保護司の方も手伝ってくれて、一緒に選んだのがこの工場でした。
      もう5年になりますか。よく続けて来られたなって、今では思います」

俺が鼻をさすると、曙光がちょうど差し掛かってきた。
窓ガラスの外は、すでに青空が見えていた。

( ^ν^)「俺の話が長くなりすぎましたね。すいません。
      デレのことは、最近になって歌手になったと知ったんです」

今年の春頃のことだ。

364名無しさん:2018/12/20(木) 22:58:55 ID:/uxqXowg0
仕事終わりに、先輩から誘われた居酒屋のテレビで、
音楽番組で歌を披露しているデレを見つけた。
俺は驚きすぎて、手に持った料理を危うく落とし掛けた。

歌声にはもちろん聞き覚えがあった。

本質は変わらない、それどころかかつてよりさらに磨きがかかって
成長したデレの姿に自然と涙が出てきて、先輩が引いていた。

( ^ν^)「コンサートが近くに開催されるのを聞いて、行ったこともありました。
      俺、全然仕組みがわかっていなくて、チケットが全部前売りだったんですよね。
      どこで当日券が売られているのかとうろついてたら、警備員に捕まりそうになりましたよ」

365名無しさん:2018/12/20(木) 22:59:31 ID:/uxqXowg0
( ・∀・)「……」

俺は戯けて笑ったのだが、
探偵は顎に手を当てて、真面目な顔つきをしていた。
ぎこちなく、俺は綻んだ口元を再び結んだ。

( ^ν^)「デレは今でも、俺の心の支えなんです」

昔から、そうだ。
あの河原で、彼女の歌を聴いたときから、
俺はずっと励まされ続けていた。

366名無しさん:2018/12/20(木) 23:00:11 ID:/uxqXowg0
( ^ν^)「探偵さん、あなたがデレを追っているとは聞きました。
      俺は知っていることを全部話しました。
      デレの居場所は俺にはわかりません」

( ^ν^)「失踪したことは、もちろん心配ではあります。
      でも、あいつも馬鹿じゃないし、子どもでもない。
      きっと考えがあっての行動だと思うんです」

( ^ν^)「勝手なお願いで恐縮ですが、でもどうか
      あいつの邪魔をしないでいただけないでしょうか」

昨日の夜、モララーから電話を受け取ったときから、言いたかったことだ。

デレのことは俺も知らない。今何をしているのかもわからない。

ただ、探偵に追いかけられることが、彼女の目的を阻害するならば、
俺にできることはただひとつだ。

367名無しさん:2018/12/20(木) 23:00:49 ID:/uxqXowg0
( ^ν^)「お願いします」

深々と、額を卓袱台にすり寄せた。

途中でどんなことを言われても動かない自信があった。
動かなければ、探偵もそのうち諦めるだろう、と思っていた。

( ・∀・)「なあ、新見さん」

探偵は卓袱台の上を指先で軽く叩いた。

俺を起こそうとしたのかもしれないが、
俺は、探偵が言い終えるのをじっと、耐えて待っていた。

俺は、甘かった。

この探偵は、ただの探偵じゃなかったんだ。

368名無しさん:2018/12/20(木) 23:02:03 ID:/uxqXowg0


( ・∀・)「知っているか」


( ・∀・)「完全犯罪のやり方ってやつを」


( ^ν^)「……はい?」

不穏な言葉が、耳に届く。

思わず顔を向けた俺の目の前で、
探偵は怖いくらいに、口の端をつり上げていた。


     +++

369名無しさん:2018/12/20(木) 23:02:33 ID:/uxqXowg0



   Next>第七話 真実への供物


.

370名無しさん:2018/12/21(金) 08:06:56 ID:.ZyKoSe20
おつ!

371名無しさん:2018/12/21(金) 09:28:37 ID:JSFa.O4o0
乙です

372名無しさん:2018/12/21(金) 15:14:08 ID:aIyzJOmA0


373名無しさん:2018/12/24(月) 12:48:26 ID:HazDQvWw0
シリーズ最初から読んで追いついた、乙です!

374名無しさん:2019/01/07(月) 22:31:25 ID:mPGIEqFg0
     +++




目を見て話さないとキレる人と、時折出くわすことがあった。
顎とか鼻とか、変なところばかりに焦点を当てていた俺が気にくわなかったのだろう。
不真面目だと思われていたのかも知れないが、いくら怒鳴られても癖は消えなかった。

目には、人の本質が映っていると思う。
よくある、目に線を入れた怪しげな特集記事とかも、
要するに、目を隠すことで、誰だかわからなくするためのものだ。

その人の目を見れば、考えがわかる人もいる。
好意的ならばまなじりが下がる。逆に睨まれれば警戒されている。

そして、冷たい視線というものもある。
強い言葉も、払いのけるような手の動きもなく、
ただ見据えるだけでこちらが竦み上がる。

そんな視線を、強化ガラス越しから彼は向けてきていた。

375名無しさん:2019/01/07(月) 22:32:31 ID:mPGIEqFg0
  _
( ゚∀゚)「お前に何もわからねえよ」

冷たい視線に冷たい声。
俺は彼の傍にいてやれなかった。
彼が、それを拒絶していることは明白だった。

('A`)「僕は……」

言い返したいのに、言葉は上手く紡がれなかった。

一度犯罪者になってしまったら、この国で生きていくのは途端に辛くなる。
ドラマや映画に頼らずとも、世間の人々が事件を見る目を見ればわかることだ。

376名無しさん:2019/01/07(月) 22:33:27 ID:mPGIEqFg0
勝手にと思われるだろうけど、俺は彼の力になりたかった。
確かに、彼は罪人だ。人を殺そうとした、それだけでも十分に罪となる。
でも、その理由を俺は知っている。

彼は俺と、同じ人のことを想い、行動をした。
考えていたことは同じだった。
どちらかといえば彼の方が、純度が強すぎたんだ。
俺は、彼ほど徹底して行動にうつすことはできなかった。
  _
( ゚∀゚)「いいか、もう二度と来るんじゃねえぞ」

彼は俺を前に凄んだ。
強化ガラスに押し当てられた指先が白く圧迫されていた。

やがて彼は刑務官に終わりを伝えた。

377名無しさん:2019/01/07(月) 22:34:08 ID:mPGIEqFg0
刑務所で面会できる人間は限られている。
受刑者の親族なら、理由はつけやすいけれど
関係のない第三者は、会う理由を証明できないといけない。

交友関係を続けたいだけだと言い張っても、
その実は受刑者の更正を妨げる可能性があるからだ。

まして、受刑者自身が拒否を示したならば、
面会はほとんど途絶されたようなものだ。

('A`)「待ってくれ!」

咄嗟に叫んだけれど、後ろにいた刑務官が立ち上がるのがわかって、声が萎んだ。

378名無しさん:2019/01/07(月) 22:34:38 ID:mPGIEqFg0
捕まることは結局怖い。
俺は決して罪人にはなれない。

半分占められた扉から、ジョルジュが顔を覗かせていた。

  _
( ゚∀゚)「さよならだ」

もう二度と会わないと、その顔は告げていた。



     +++

379名無しさん:2019/01/07(月) 22:35:39 ID:mPGIEqFg0


第七話


   真実への供物



     +++

380名無しさん:2019/01/07(月) 22:36:24 ID:mPGIEqFg0
( ^ν^)「なんですか、完全犯罪って」

礼儀正しかった新見の顔つきが、険しくなった。

( ^ν^)「俺が何かしたとでもいうんですか」

低い声から、はっきりと敵意が感じられた。

モララーは顔を強張らせたが、すぐに首を横に振った。

犯罪から更生した者に、犯罪を匂わせれば、そんな反応になるのも無理はない。

心の中で、拍を打つ。
まず訊きたいことがひとつあった。

( ・∀・)「君さ、フルネームなんだっけ」

381名無しさん:2019/01/07(月) 22:37:19 ID:mPGIEqFg0
( ^ν^)「……新見優です」

訝しげな顔つきのまま新見は言った。

( ^ν^)「知っているでしょう? ここまで辿り点いたんですから」

( ・∀・)「だよなあ」

新見の苛立ちを無視して、モララーは鷹揚に首を傾げ、顎を掻いた。

( ・∀・)「不思議だ」

( ^ν^)「なにがっすか」

( ・∀・)「どうして君、『ニュッ君』なんだ」

新見が一瞬、息を止めた。
瞳はにわかに広がった。

382名無しさん:2019/01/07(月) 22:37:45 ID:mPGIEqFg0
( ・∀・)「ハインの話によれば、君は久城デレに連れられて猫の足音に行った。
      そのとき、君は最初『ニュッ君』と紹介されていた。
      そのあとで、ハインが尋ね、本名が新見だとわかった、と、まあこんな具合でな

でも、とモララーは続けた。

( ・∀・)「俺もちょっと抜けててな、今朝になって気づいたんだ。
      『にいみ ゆう』って、『に』と『ゆ』の音が離れているだろう?
      『に』と『ゆ』が近いなら、『ニュッ君』ってあだ名も無理はない、が」

( ・∀・)「『ゆ』の前には『み』がある。それを飛ばして、あだ名をつけるか?
      例えば、『ミュッ君』、あるいは『ミュウ君』なら、音が連続していて違和感がない」

( ・∀・)「久城デレはどうして、君を『ニュッ君』と呼んだんだ」

383名無しさん:2019/01/07(月) 22:38:17 ID:mPGIEqFg0
( ^ν^)「そんなの、人の好き好きでしょう」

新見は即座に言ってのけた。

( ^ν^)「俺だって、確かにデレと一緒にいたけれど
      彼女の考えを一から一まで全部わかっているわけじゃない。
      実際あだ名だって、彼女の方から突然つけてきたんですよ。
      由来なんて、そういえば聞いたことなかったな」

( ・∀・)「それはいつ?」

割って入る形で、モララーは尋ねた。

( ^ν^)「……あいつのことを助けて、学校で会うようになってから、です」

384名無しさん:2019/01/07(月) 22:38:48 ID:mPGIEqFg0
( ・∀・)「なるほど」

( ^ν^)「……これ、重要ですか?」

( ・∀・)「重要じゃないかもしれません」

( ^ν^)「……馬鹿にしてます?」

モララーは返事をせず、もうひとつ、と指を上げた。

( ・∀・)「保護司さんにお世話になった、そうですよね」

むっとしつつ、新見は頷いた。

385名無しさん:2019/01/07(月) 22:39:37 ID:mPGIEqFg0
( ・∀・)「……新見さんは中部地方の出身ですよね」

ハインのいる場所は中部地方だ。
その彼女と知り合いなのだから、それくらいは類推できた。

( ^ν^)「そうですが」

( ・∀・)「それなら、不思議だ」

( ^ν^)「なにが」

( ・∀・)「保護司には管轄があるはずです」

新見からの反応を待たず、モララーは続けた。

386名無しさん:2019/01/07(月) 22:40:20 ID:mPGIEqFg0
( ・∀・)「関東地方なら東京を含めた首都圏一帯、中部地方ならN市を中心とした一帯。
      もとより、保護司なんて名前がついていますが、実体はボランティアですからね。
      退職した警察官や教師、聖職者なんかがやっていることもある。
      活動の幅は、物理的にも決して広いとは言えません」

( ・∀・)「で、君はどうしてここにいるんだい?
      保護司の紹介で仕事を授かったんだろう?
      それならば、君はどうして"東京"にいるのかな」

中部地方という他、ハインは自分の場所を言わなかった。
ドクオのために隠していたというのもあるが、新見について言えば、ヒントのひとつでもあったのだろう。
新見は今、過去にいた場所から離れている。どうしても、離れないといけない事情があった。

(;^ν^)「……仕事が、その、見つからなくて」

387名無しさん:2019/01/07(月) 22:42:17 ID:mPGIEqFg0
新見が歯切れ悪く答えたのを、モララーは見逃さなかった。

( ・∀・)「それで東京? それはおかしい。
      君が15歳で犯行をし、保護観察処分になったならば
      最低でも数ヶ月は、月に一度の面会を受けないといけない。
      卒業後も面倒を見てもらったんだろ?
      それなら、保護司が管轄外から出ろと勧めるのは変だ」

指の一本を、今一度モララーは眼前に突き立てた。

( ・∀・)「考えられることはただひとつだよ。
      君が面談を受けた保護司は、関東地方の担当だった。
      つまり君は、関東地方の家庭裁判所で審判を受けたんだ」

388名無しさん:2019/01/07(月) 22:43:00 ID:mPGIEqFg0
(;^ν^)「……」

( ・∀・)「俺以外誰も聞いていないんだ。
      嘘をついても、言いやしないさ」

柔らかいモララーの声に
新見は、窒息でもしかかっていたかのように、深く息を吸い込んだ。

( ^ν^)「そうです、俺は、東京にいました」

新見は目を閉じて、頭を下げた。
すいません、と小さな声が聞こえたが、モララーは首を横に振って続けた。

( ・∀・)「君のご両親は、離婚したんだね」

389名無しさん:2019/01/07(月) 22:44:00 ID:mPGIEqFg0
新見が息をのみ、顔を上げると、モララーは真剣な顔で待っていた。

( ・∀・)「さっきの名前の件も、俺の言ったとおりだとすれば、
      居住地域の変更と、君の改姓が、ほぼ同時に起こった可能性が高い。
      とすれば、離婚が妥当だろ。違うか?」

(;^ν^)「……いえ、あの、そうです」

新見は背筋を元のとおり延ばし、モララーと向き合った。

( ・∀・)「さて、だとすれば君の両親も随分思い切ったことをするね。
      事件を起こして、さあ審判だってときに、離婚をしたことになる。
      あるいはもっと前、事件が発覚する直前か?」

( ・∀・)「なんにせよ、君を支えていかなきゃならない大事なときに、
      突然両親が不仲になって離婚した」

390名無しさん:2019/01/07(月) 22:46:00 ID:mPGIEqFg0
( ・∀・)「……あるいは、というか、普通に考えたら」

( ・∀・)「君が事件を起こしたから、両親は離婚することになった」

( ・∀・)「そうだろ?」

(;^ν^)「……」

( ・∀・)「沈黙は、肯定と受け止めるよ」

モララーは念を押したが、新見はそれでも黙っていた。
卓袱台の下に置かれた新見の拳が、
握りすぎて、小刻みに震えているのが見て取れた。

391名無しさん:2019/01/07(月) 22:46:52 ID:mPGIEqFg0
( ・∀・)「親権のことを考えれば、君らを東京に追いやったのは父親だな。
      苗字も考えて、君は父親の姓から、母親の新見姓になったんだ。
      君がこのあたりの話を一切俺にしなかった理由は、今は訊かないでおこう」

( ・∀・)「それよりも、どうして君の父親は、君らを追い出したのか」

モララーの目の前で、新見はひたすら苦渋の顔をしていた。
目線だけはどうにかモララーに繋がっていても、
身体はこの場からの逃げ道を図っている。

モララーも、それがわかっているが、
視線を逸らさなかった。

392名無しさん:2019/01/07(月) 22:47:33 ID:mPGIEqFg0
( ・∀・)「長谷(ながたに)優」

新見の肩が跳ねるように揺れた。
口が開いて、音にならない声をかたどる。

( ・∀・)「当たり?」

(;^ν^)「な、なんで」

( ・∀・)「勘」

(;^ν^)「……」

393名無しさん:2019/01/07(月) 22:48:08 ID:mPGIEqFg0
( ・∀・)「なんてな」

モララーは自分の鞄の蓋を開き、腕を突っ込んだ。

( ・∀・)「君らという家族を切り捨ててまで、
      自分の名声に傷がつくことを恐れた男。
      それほどの野心家なら、自ずと仕事は限られてくる」

( ・∀・)「ただの仕事の都合だけじゃない。
      名前そのものへの信用度が大切な仕事。
      ならば、今も響き渡ってしかるべきだ」

394名無しさん:2019/01/07(月) 22:48:43 ID:mPGIEqFg0
高らかな音楽が、場違いなほどに鳴り響く。
昨日の夜のニュースを、モララーが撮影したものだった。



ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「さて、いよいよ明日に迫りました、N市のスカイブリッジ開通式典!
      地元の人々からも大いに熱望され、賑わいを見せておりますね!」

髪のあかるいキャスターの隣に、丸みを帯びた、柔和な顔つきの男が座っている。
撫でつけられた白髪交じりの髪の下で、柔和な微笑みを浮かべていた。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「いやあ、それにしても"長谷"市長!
      昨日はうっかり私の読み間違いで、"ハセガワ"なんてお読みしてすみませんでした。
      あのあとも苦情がお電話たくさん頂戴しまして、市長の人気の高さを思い知らされましたよ」

395名無しさん:2019/01/07(月) 22:49:20 ID:mPGIEqFg0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「それで市長、明日の式典では――」

明るい声が、モララーの操作で途切れた。

( ・∀・)「デレの失踪は、どうしてこのタイミングだったのか」

モララーは低い声で言った。

( ・∀・)「確証はない。何より、動機が俺だけでは見つけられない。
      だが、君の話を聞いて推測を打ち立てることはできた。
      君の犯行を、否定する形ではあるが、ね」

396名無しさん:2019/01/07(月) 22:49:58 ID:mPGIEqFg0
( ・∀・)「完全犯罪、やり方は簡単だよ。
      絶対に信用できる第三者に、アリバイを作ってもらうんだ。
      その時間に犯行ができない理由、あるいはもっと直接に、
      その人が罪を被れば、真犯人に警察は手も足も出なくなるんだよ」

モララーは、新見に顔を寄せた。

( ・∀・)「お前の起こした事件は全て、お前の自白が鍵となった。
      被害者の遺族であるデレも、その犯行を認めていた。
      警察が詳しく調べるまでもなく、君は犯罪者として逮捕された」

( ・∀・)「つまり、証言によって確立された犯行は、
      その証言が嘘だと認められない限り、真実とみなされるんだ」

397名無しさん:2019/01/07(月) 22:50:36 ID:mPGIEqFg0
( ^ν^)「……」

( ・∀・)「想像しろ。このままデレが、長谷市長を狙う。
      成功するにしろ、失敗するにしろ、警察には捕まるだろう。
      そうなれば、デレは絶対にお前のことは話さない。
      つまり、動機は決してあかさないか、漠然とした殺意のみだと押し通す」

( ・∀・)「待っているのは殺人者の汚名だよ。
      情状酌量の余地の無い犯罪者に対して、民主主義社会はどこまでも冷たいぞ」

(  ν )「……やめろ」

( ・∀・)「やめねえよ。お前が本当に彼女のことを想っているなら、隠すな。
      嘘で塗り固めた真実は、貪欲に、お前らの嘘を欲し続けるぞ。
      まさしく真実への供物として、お前らは一生嘘を吐き続けることになるんだ」

398名無しさん:2019/01/07(月) 22:51:21 ID:mPGIEqFg0



(# ν )「やめろって言ってるんだ! いい加減にしろ!」



卓袱台の上に、新見は掌を打ち据えた。
部屋全体に音が響き渡る。

朝の鳥の声が、穏やかに鳴り響く中で、
新見は荒い呼吸を無理矢理押し込めようとしていた。

目に溜まっている涙が、こぼれ落ち、雫になる。
唾を飲み込んだのち、新見は言葉を吐いた。

399名無しさん:2019/01/07(月) 22:52:04 ID:mPGIEqFg0
(; ν )「……そうですよ」

震え混じりの独白だった。

(; ν )「俺は、あいつが自分の父親を殺すところに出くわしました。
      たまたまだったんです。あいつの母親が夜に街を歩いているのを見かけて、
      あいつが家の中に、父親と独りでいるのが心配で、見に行っただけだった」

(; ν )「守りたかった。
      パニックになって、泣き叫んでいるあいつが、
      壊れていく姿をそれ以上見ていたくは無かった」

(; ν )「でも、絶対に逮捕されるってことはわかってた。
      犯罪者に対して、この世界は地獄になることも、もちろん」

400名無しさん:2019/01/07(月) 22:52:34 ID:mPGIEqFg0
(; ν )「警察の捜査を逃れるためには、俺が犠牲になるしかなかった。
      全部、あなたの言ったとおりです。探偵さん」

言い終えると、新見は鼻を啜り、顔を手で覆った。
言葉にならない嗚咽のような叫びを響かせて、
卓袱台の上に頭を垂れた。

( ・∀・)「……そうか」

モララーは新見の肩を軽く叩き、
スマホを耳に押し当てた。

401名無しさん:2019/01/07(月) 22:53:02 ID:mPGIEqFg0


( ・∀・)「聞こたか、警部」



(´・ω・`)『ああ、ばっちりだ』



( ^ν^)




(;^ν^)「はああ――!?」



がばっと顔を上げた新見に、モララーは特大のしたり顔をしてみせた。

402名無しさん:2019/01/07(月) 22:53:41 ID:mPGIEqFg0
(;^ν^)「は、え、ちょっ、あんたしかいないんじゃ」

( ・∀・)「"ここ"には、いないだろ」

(#^ν^)「汚なっ、は!? やっていいことと悪いことあるだろ!?」

( ・∀・)「悪いな、これも仕事でね」

(´・ω・`)『容疑者は久城デレだ』

スマホからショボンが言った。
淡々とはしているが、普段の彼からすれば相当勢い込んでいる。

403名無しさん:2019/01/07(月) 22:54:50 ID:mPGIEqFg0
(´・ω・`)『折良く、今し方組織犯罪対策課からも連絡が入った。
       これで証拠が揃った。胸を張ってデレを追跡できる』

( ^ν^)「組織、対策……?」

( ・∀・)「デレの自宅のパソコンから、反社会組織との通信の記録を入手したんだ。
      今電話に出てる、ちょっとした変わり者がいろいろ手を回してくれてね。
      デレには昨夜の内に、銃刀法違反の疑いが掛けられているんだよ」

なおも質問を重ねようとした新見だったが、
折しもスマホから、ショボンの悲鳴と怒号が聞こえてきて、途切れた。

404名無しさん:2019/01/07(月) 22:55:50 ID:mPGIEqFg0
(゚、゚#トソン『おいこらクソ探偵! 早く私のスマホ返――』


( ・∀・)「もうちょっとね、待って」

と、言いながら通話を終了させた。

静寂が部屋に戻ってくる。
朝焼けの光が何時しか普通の青空となり、新見とモララーを等しく照らし出していた。

( ・∀・)「君の証言で、久城デレの失踪に事件性が付与された。
      ゆえに、警察は動くことが可能となった。そういうことだよ」

モララーが新見を見据える。
精悍な顔つきの青年は、開いた口をわずかに震わせた。

405名無しさん:2019/01/07(月) 22:57:12 ID:mPGIEqFg0
( ^ν^)「……止められるんですか、デレを」

( ・∀・)「止めるんだよ」

そう言って、モララーは立ち上がった。

( ・∀・)「工場長に連絡しろ。今日は一日休むって」

( ^ν^)「えっ」

( ・∀・)「おいおい、ここで躊躇ってどうするんだよ」

( ・∀・)「久城デレを、助けるんだろ?」

406名無しさん:2019/01/07(月) 22:57:50 ID:mPGIEqFg0
( ^ν^)「……」

焦りや戸惑いの色が、一転して消えていく。

( ^ν^)「工場長を説得するには時間が掛かるかもしれませんが」

( ・∀・)「安心しろ、舌先三寸は得意だ」

モララーがドンと胸を叩くと、新見は初めて、顔を綻ばせた。


     +++

407名無しさん:2019/01/07(月) 22:58:22 ID:mPGIEqFg0
閉まる扉。

暗闇になって、何も見えなくなる。

手を伸ばした。
相手がそこにいないことが、
わかっていても、叫ばずにいられなかった。


(;'A`)「ジョルジュ!」


ばさり、と音が聞こえてくる。

薄闇の中、ベッドの上にドクオは座っていた。
シーツの先が、腕から落ちて、音を立てた。

夢だ。
気づいても、ドクオの呼吸は落ち着かなかった。

408名無しさん:2019/01/07(月) 22:59:10 ID:mPGIEqFg0
(;'A`)「……病院」

カーテンで仕切られたその場所に外からは淡い光が差し込んでいる。
柔らかな寝息の音が絶えず聞こえていた。


ξ-⊿-)ξ


('A`)「母さん」

穏やかな顔つきのまま、腕を枕にしている。

なんだかとても、懐かしいような気がした。

409名無しさん:2019/01/07(月) 22:59:46 ID:mPGIEqFg0
lw´‐ _‐ノv「惜しいな」

(;'A`)「うおう!}

ツンと向かいあう形で、シュールはベッド脇に座っていた。
本を読んでいたらしく、ドクオが叫んでから、文庫本に悠長にしおりを挿した。

lw´‐ _‐ノv「おはよう、変態」

('A`)「……おはようシュール」

('A`)「惜しいって?」

lw´‐ _‐ノv「ほんの五分ぐらい前までかな、ツンさんも起きていたんだ。
       昨日の夜中に高速をかっ飛ばして、N市まで来たんだよ」

410名無しさん:2019/01/07(月) 23:00:23 ID:mPGIEqFg0
('A`)「N市……」

記憶が朧気に蘇ってくる。

昨夜、ドクオはN市に来た。
デレという歌手の車を借りて、移動した。
彼女と別れた先で、ハインという女性と出会い、それから。

('A`)「つっ」

腕を押さえる。そこだけ包帯が巻かれていた」

lw´‐ _‐ノv「痛む?」

('A`)「いや、ちょっとちくっと来ただけ」

411名無しさん:2019/01/07(月) 23:01:19 ID:mPGIEqFg0
lw´‐ _‐ノv「痛いんじゃん。まあ、擦り傷とは言ってたけどね」

シュールは文庫本を自分の鞄にしまいこんだ。

lw´‐ _‐ノv「昨日の夜に、君がこの病院に搬送されたと連絡が来たんだ。
       ツンさんはモララーをとっちめるとかいって、私をさそって来たんだよ」

('A`)「……モララーさんは関係ない。全部、俺の独断だよ」

言いながら、ドクオは頭を抱えた。

自分ならデレを止められると思った。
だが、結果は見てのとおりだ。

銃で狙われ、腕を怪我して、気を失った末に、病院に運ばれた。

412名無しさん:2019/01/07(月) 23:01:51 ID:mPGIEqFg0
よくよく考えれば、一日そこら一緒にいただけで、人と人とが理解しあえるはずもない。

妙な自信を持っていた自分が、急に恥ずかしく思えてきた。

lw´‐ _‐ノv「久城さんを追っていたんでしょ」

と、シュールの方から尋ねてきた。

('A`)「知っていたのか」

lw´‐ _‐ノv「モララーさんが私のところに来て、いろいろ聞いてきたから。
       あのあと自分でもニュースを調べて、久城さんがいなくなっていることを知った」

('A`)「……」

一瞬迷ってから、ドクオは、自分がデレの逃亡を手助けしたことを話した。
シュールもさすがに驚いたのか、仰け反るような仕草をしたけれど、
すぐに話を聞く姿勢になって、ドクオを真剣な顔で見つめた。

413名無しさん:2019/01/07(月) 23:02:56 ID:mPGIEqFg0
lw´‐ _‐ノv「久城さんは何から逃げていたの?」

('A`)「それは」

記憶はまだあやふやだ。
デレはどうして、銃を構えていたのだろう。

友達に会うと言っていた。
確かそのために、N市に着いた。

友達とは、銃をくれる人だったのか。
あの銃を貰う為に。

(;'A`)「あれ?」

414名無しさん:2019/01/07(月) 23:03:35 ID:mPGIEqFg0
違和感があった。

記憶が混濁している。

lw´‐ _‐ノv「どした?」

(;'A`)「いや、確か、あのとき……」




昨日の夜、ドクオはデレと向かいあった。
大きな公園の脇にある道で、彼女を止めようとして、
銃を突きつけられた。

415名無しさん:2019/01/07(月) 23:04:02 ID:mPGIEqFg0
光を見た。彼女が発砲したものだ。
肩じゃない、それは、ドクオの足下で爆ぜた。

ζ(゚ー゚*ζ「逃げなさい!」

ドクオは彼女に叫ばれた。

('A`)「でも」

ζ(゚ー゚*ζ「いいから早く! 無駄にしないでよ!」

それは救いの手、つまるところ囮だった。

(;'A`)「くそぉ!」

416名無しさん:2019/01/07(月) 23:04:43 ID:mPGIEqFg0
選ぶ余地はなかった。

たとえそれが、どれほど選びたくないものであったとしても、
ドクオは翻って、道を引き返した。

物音が聞こえた。

誰かがあのとき、そばにいた。

銃声が、もうひとつ聞こえてきた。

( A )「ぐああ!」

肩に走る痛みに、ドクオは悶えた。
倒れ伏す直前、視線を後ろに飛ばす。

愕然とするデレ、その横に、誰かがいた。
ドクオの知らない、誰か。

417名無しさん:2019/01/07(月) 23:05:58 ID:mPGIEqFg0
('A`)「――友達」

回想をやめて、ドクオはぽつりと呟いた。

lw´‐ _‐ノv「ドクオ、聞こえているか」

('A`)「え、あ、ごめん」

lw´‐ _‐ノv「いや、大丈夫」

ホッと口で言ってから、シュールの口元が弧を描く。

lw´‐ _‐ノv「なあ、まだ満足していないんだろ」

シュールが声を低くする。

418名無しさん:2019/01/07(月) 23:07:06 ID:mPGIEqFg0
lw´‐ _‐ノv「例えばさ、あの窓、普通破らないだろ」

言われて、ドクオも振り向いた。
窓の外に、枯れ木が枝を伸ばしている。
ちょうど窓枠に差し掛かる形であった。

lw´‐ _‐ノv「あんたがむかし、私の部屋のドアをぶち抜いたとき
       あたしは思ったんだ。こいつ、どれだけ諦めが悪いんだろうって」

ふと、シュールが笑みを浮かべた。
かつて、彼女を助けたドクオの姿を、思い出しているらしかった。

419名無しさん:2019/01/07(月) 23:07:40 ID:mPGIEqFg0
lw´‐ _‐ノv「あのときの、あんたはかっこよかった」

('A`)「それは、まあ必死だったし、若気の至りっていうか」

lw´‐ _‐ノv「それでも、誰でもできることじゃないよ」

シュールはドクオに視線を合わせた。

lw´‐ _‐ノv「久城さんの事件については、よく知らない。
       でも、あんたが生きているってことは、銃が狙っている本命は別の人なんだろ?
       ってことは、犠牲者が現れるはずだ」

lw´‐ _‐ノv「そういうの、変態は見捨てられないだろ」

シュールの言葉はドクオの中に迫ってきた。

420名無しさん:2019/01/07(月) 23:08:26 ID:mPGIEqFg0
ドクオの胸の内には、まだデレの姿が思い浮かんでいる。

デレはあのとき、確かに自分を助けようとした。
自分からドクオを切り離して、ひとりで、修羅の道を行こうとしていた。

どこかで見たことがある。

自分と近くにいながら、自分より遥かに徹底していて、
だから道を踏み外してしまった姿を。

('A`)「できない」

自分とは違うと、見限ってしまった友の視線。
あの冷たい視線を思うと、どうしようもなく胸が痛んだ。

421名無しさん:2019/01/07(月) 23:09:10 ID:mPGIEqFg0
もう二度と、あの痛みは味わいたくなかった。
たとえほとんど部外者でも、接点はあるのだから、止められない道理はない。

lw´‐ _‐ノv「じゃあ、やれよ変態」

シュールは思いのほか強く、ドクオの背を押した。
ほとんど押し上げるような形で、ドクオの身体が起き上がる。

('A`)「お、おお!?」

lw´‐ _‐ノv「あんたはやればできる男だ」

ドクオは慌ててベッドから降りた。
なぜかそこには、すでにスニーカーがセットされていた。

422名無しさん:2019/01/07(月) 23:11:21 ID:mPGIEqFg0
('A`)「シュール、これ」

lw´‐ _‐ノv「勘が当たってよかったよ。
       あんたはインドア派だけど、じっとはしていられない奴だ。
       そのことは、私が一番わかってるよ」

シュールは親指を上げた。

lw´‐ _‐ノv「いけよ、変態」

w´‐ _‐ノv「そして絶対、戻ってこい」

数分後、蛻の殻になったベッドを前にして看護師は叫んだが、
シュールは、本を読んでいて気づかなかったと、頑なに言い張るのだった。


     +++

423名無しさん:2019/01/07(月) 23:14:49 ID:mPGIEqFg0



   Next>第八話 さながら刻印のように


.

424名無しさん:2019/01/08(火) 00:11:37 ID:k.tao71Y0
乙!

425名無しさん:2019/01/08(火) 05:31:43 ID:uR0t3HZ60
乙乙

426名無しさん:2019/01/24(木) 11:19:46 ID:cMUh54CM0
シュールいいぞ

427名無しさん:2019/02/24(日) 08:10:08 ID:G6JQm9z.0
楽しみに待ってます!


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