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悪魔と子供が二人きりのようです。
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心優しい子供は求めました。
『くるしむひとをすくってあげたい』
勤勉な子供は求めました。
『ただただふかくふかくねむりたい』
幸せな子供は求めました。
『のどがかわいたおみずをのみたい』
控えめな子供は求めました。
『ほんとはあのこをひとりじめしたい』
堪える子供は求めました。
『あれもこれもみんなたべたい』
謹直な子供は求めました
『やわらかなはだにふれてみたい』
情け深い子供は求めました。
『むねがざわめくりゆうをしりたい』
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一人一人抱えるものは違うけれど。
子どもたちは皆、何かを求めていました。
埋めきれない何かを求めてもがいていました。
だからそんな子どもたちの手を、彼らは優しく取るのです。
彼らはとてもとても心優しくて
子どもたちを大切に思っていました。
子どもたちを心から慈しんで。
子どもたちへたっぷり愛情を注いで。
にっこり優しく微笑んで。
大丈夫だよと頭を撫でて。
満たしてあげると抱きしめて。
『悪魔と子供が二人きりのようです。』
そのまま彼ら彼女らは
きっと幸せに暮らすのでしょう。
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きい、きい。
埃っぽい部屋の中、僕は揺り椅子に腰かけていた。
暖炉ではぱちぱちと木がはぜて、薄暗い部屋はあたたかな灯りで照らされて。
視線の先にある本棚には、鈍い色の本が七冊、孤立したように並んでいる。
『彼女』へ読み聞かせる話しもそろそろネタが尽きてきた、次に読むのはあいつらにしてやるか。
そう考えていると、ぱたぱた、可愛らしい足音が一つ。
扉を開く音に対して、僕は揺り椅子の軋む音で出迎えた。
ξ゚⊿゚)ξ「ブーン、いる?」
( ^ω^)「やあやあ、見ての通りです」
ふわふわくるくる、綺麗な金髪と質の良さそうな仕立ての服。
小柄な可愛らしい女の子が、僕の元までやって来る。
( ^ω^)「今日はどうでした?」
ξ゚⊿゚)ξ「学校? ちゃんとお勉強してきたわ、これでもクラスで一番かしこいんだから」
( ^ω^)「それはそれは、素晴らしい」
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背負っていた革張りの鞄を下ろして、得意げに胸を張ってみせる。
けれどその自信ありげな表情は、すぐにしゅんと萎れてしまった。
( ^ω^)「良くない事でもありました?」
ξ゚ -゚)ξ「……みんな、ひどいんだもの」
( ^ω^)「おや、雲行きがよろしくない」
ξ゚⊿゚)ξ「ブーンが前に話してくれたでしょ、冒険した時の事」
( ^ω^)「ええはいはい、空を飛んで秘境に行った話でしたっけ」
ξ゚⊿゚)ξ「ドラゴンに会って、戦って、倒したけど仲直りして」
( ^ω^)「うんうん」
ξ゚⊿゚)ξ「それとこんなおっきな悪い巨人と戦って、勝ってみんなに英雄って呼ばれたとか」
( ^ω^)「はいはい」
ξ゚⊿゚)ξ「あとえっと、人魚と一緒に海の中を切るように泳いだお話とか」
( ^ω^)「あーはいはい」
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ξ゚⊿゚)ξ「それをね、みんなに話したの、私のお友達は、こんな冒険をしたのよって」
( ^ω^)「おや照れ臭い」
ξ゚ -゚)ξ「そしたら…………そしたら、みんな……」
( ^ω^)「みんな?」
ξ゚ -゚)ξ「……私の事、嘘つきだって……ブーンの事も嘘つきなんだって……」
( ^ω^)「あー」
ξ゚ -゚)ξ「先生まで言うのよ、あなたはお勉強は出来るのに、空想のお話をし過ぎだって」
( ^ω^)「教師としてどうかと思いますねぇそれは」
ξ゚ -゚)ξ「……空想のお友達とは、そろそろお別れしなさいって……」
( ^ω^)「……だからしょげてたんですか?」
ξ゚ -゚)ξ「だって、空想じゃないもの……ブーンはここに居るし、お喋りしてるもん……」
( ^ω^)「ええ、ええ、ちゃあんとここに居ますよ」
ξ゚ -゚)ξ「それなのにみんな、そんなの嘘だ、そんなの居ない、なんて……ひどいわ」
( ^ω^)「僕は間違いなくここに居るんですけどねぇ、ほら温かいでしょ」
ξ゚ -゚)ξ「うん……ブーンの手は温かい……」
( ^ω^)「さあ、にっこり笑って、可愛いお顔が台無しですよ」
ξ゚ー゚)ξ「……うん」
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しゅん、と俯く彼女の頭をわしわしと撫でてやれば、喉を撫でられた仔猫のように目を細める。
柔らかな金髪、目尻のつんと尖ったグリーンの瞳。
傷一つ無い白い肌に薔薇色の頬、小さな唇は淡いピンク。
そして、空っぽの頭。
この子は、僕のお友達だ。
毎日のように、お話を語って聞かせてあげている、大切な大切な、僕だけのお友達。
昨日も、今日も、そして明日も、この子は僕のお話を聞きに訪れる。
そう分かっていても、一応の質問をぶつけよう。
( ^ω^)「今日も、お話は聞きますか? それとも嘘だと言われるから、もう聞きませんか?」
ξ゚⊿゚)ξ「聞くっ! ……嘘つきだって言われるのは嫌だけど、私はブーンのお話を聞きたいもの」
( ^ω^)「ふふ、それじゃあお話をしましょうかね」
ξ゚⊿゚)ξ「うん、今日はどんなお話を聞かせてくれるの?」
( ^ω^)「そうですねぇ、どんなお話にしましょうかね……僕のお話は尽きちゃいましたし」
ξ゚⊿゚)ξ「そうなの?」
( ^ω^)「ええ、いっぱい話しましたから……そうだ、僕の…………知人のお話はどうですか?」
-
ξ゚⊿゚)ξ「知人? お友達?」
( ^ω^)「そこまで仲良くないです」
ξ゚⊿゚)ξ「うーん……じゃあ、その人達のお話を聞いてみたいわ」
膝によじ登る彼女の手助けをする前に、人差し指で壁際の本棚を指す。
左から1、右端に7。
それぞれの数字が記されている七冊の本は、僕らを待ち受けるようにそこに鎮座する。
彼女はとことこと本棚の前に行き、少し考えたのちに、1と書かれた本を持って僕の元へと戻ってきました。
( ^ω^)「この1の本で良いですか?」
ξ゚⊿゚)ξ「うん1からじゃなきゃお話が分からなそうだったから」
( ^ω^)「なるほどなるほど、さあおいで」
ξ゚⊿゚)ξ「よいしょ、っと……ふふ、ブーンのお膝は特等席ね」
( ^ω^)「お嬢さんはここがお気に入りですねぇ」
ξ゚⊿゚)ξ「うん、私だけの場所よ」
( ^ω^)「そうですかそうですか、……実はねお嬢さん、この本は連作なんですよ」
ξ゚⊿゚)ξ「れんさく?」
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( ^ω^)「順番は特にありませんがね、どれもこれも、僕の……あー……知人のお話なんです、これを読んで聞かせましょう」
ξ゚⊿゚)ξ「本になるなんて凄いわ、有名な人達なの?」
( ^ω^)「はは、まあ平々凡々な奴らですけどね」
ξ゚⊿゚)ξ「表紙の、えっと……これがお話の名前?」
( ^ω^)「そうそう」
ξ゚⊿゚)ξ「かみ…………なんて読むの……?」
( ^ω^)「神損ないの聖女抵牾」
ξ゚⊿゚)ξ「…………? どんなお話?」
( ^ω^)「あはは、まあまあ意地クソ悪い読みにくい題ですよね、中身分かんねぇし」
ξ゚⊿゚)ξ「ブーンったら、お口が悪いわ」
( ^ω^)「あ、そうだ、一応これ全体的に閲覧注意なんで」
ξ゚⊿゚)ξ「?」
( ^ω^)「じゃ、読みますねー」
僕の頬をつつく小さな指先に笑いながら、本の表紙に視線を落とす。
最初の本は深い赤。
金糸で縫われたタイトルを指先でなぞり、ゆっくりと表紙を開いた。
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それは、心優しい少女の話。
それは、誰かを助けたかった話
それは、自分の不甲斐なさに震える話。
卑屈なまでの無力感に苛まれる彼女は、いったい誰を救えるのでしょうか。
『かみぞこないのせいじょもどき。』
彼女に手を差し伸べたのは、誠実そうな大男。
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その女の子には、自信がありませんでした。
誰よりも誰かを救いたいと言う気持ちがありました。
けれど自分には何もない、何も出来ないと感じていたのです。
女の子が住む町にはお医者さんがおらず、ケガをした人や病気の人で溢れています。
女の子は心やさしくて、いつもそんな町の人たちの事を気づかっていました。
だけれど自分に自信がない女の子は、彼らのために何もできずにいて。
苦しむ彼らに何をしてあげれば良いのか、
どうすれば楽にしてあげられるのかが分からなかったのです。
その日も女の子は、苦しそうな町の人たちを見ては心を痛めていました。
苦しげに咳き込む人、真っ赤に腫れた足に呻く人。
いろんな人が苦しむ町で、女の子は生きていました。
ほんとうは楽にさせてあげたい。
助けてあげたい、救ってあげたい。
でもその方法を、女の子は知りません。
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女の子にはお母さんが居ません。
ある日突然、急に居なくなってしまいました。
いつもいつも役立たずと、いらない子だと言われてきました。
そんなお母さんでも、居なくなると寂しくてしかたがありませんでした。
ひとりぼっちは寂しくて、誰かのぬくもりが恋しくなります。
だから女の子は、誰かに必要とされたかったのです。
誰かの役に立ちたくて、何かをしてあげたくてしょうがない。
けれど自信が無いために、きっと何をしても迷惑になるからと、何も出来ないでいました。
誰かに必要とされたい。
誰かの役に立ちたい。
苦しむ人を救うすべが欲しい。
でも何もわからない。
何もしらない、なんにもない。
何かをたずねるのは怖い。
だってわたしは役立たずだから。
きっときっと迷惑がられてしまうから。
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そんなある日のこと、女の子のお家に知らない人がやってきました。
大きな大きな身体に、質の良い服をまとった男の人。
誠実そうに整った顔立ちをしていて、驚く女の子に向かって丁寧に頭を下げました。
('、`*川「あの、あの……あなたは、だあれ……?」
(`・ω・´)「驚かせてしまって申し訳ない、僕は町の外から来た医者だよ」
('、`*川「まあ、お医者さまなんですか? この町にはどうして?」
(`・ω・´)「ここには医者が居ないと聞いたものでね、けれど困った事に
泊まるところが見つからなくてね、良ければ宿の場所を教えて貰えるかな?」
('、`*川「まあ、まあ、でしたらここに泊まってくださいな、せまいけれど、おもてなしします」
(`・ω・´)「ああ、ありがとうお嬢さん、君はとても優しいね」
('、`*川「そんな、そんな、困ってるひとを助けるのは、とうぜんのことですもの」
(`・ω・´)「そんな事はないさ、とても素晴らしい事だ、君のお陰で助かったよ」
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女の子の頭を撫でてお礼を言う男の言葉に、女の子は胸の奥が熱くなりました。
助かったよ。
その一言だけで、浮き足だってしまいそう。
今までこんな風にお礼を言われたことなんてありませんでした。
だから女の子は、医者を名乗る大男にめいっぱいのおもてなしをしました。
食事も、ベッドも、何でもお世話しました。
大男が所持する白銀色の杯に、真っ赤なぶどう酒をそそいだり、旅の疲れを癒そうと肩を揉んだりしました。
それに対して大男は、言葉を尽くしてお礼を言うのです。
女の子はすっかり満たされたような気持ちになり、
大男に対する警戒心は、まったくありませんでした。
('、`*川「お医者さまだから、先生ってお呼びしてもいいかしら」
(`・ω・´)「はは、何だか照れるなあ、好きに呼んでもらって構わないよ」
('、`*川「それじゃあ先生、先生の病院はどこですか?」
(`・ω・´)「病院は無いんだ、身ひとつで来てしまったから
だからもし良ければ、少しの間ここに居ても良いかい?」
('、`*川「ええ、ええ、もちろん、よろこんで先生!」
(`・ω・´)「君は本当に優しくて素敵なお嬢さんだ、ありがとう、君のお陰で助かるよ」
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(`・ω・´)「そうだ、僕はまだ準備が必要だから、お礼に君に色んな事を教えてあげるよ」
('、`*川「まあ、ほんとうですか?」
(`・ω・´)「例えば苦しそうに咳をする人にはね、このお薬と水を飲ませて、背中をさすってあげるんだ」
('、`*川「すごいわ先生、さすがはお医者さまです、お薬を持ってるだなんて」
(`・ω・´)「それとぶつけたりして怪我をして、傷が赤く腫れてる人にはこのお薬を塗ってからよく冷やす」
('、`*川「足首を真っ赤にはらした人がいました、そう言うひとに使うんですか?」
(`・ω・´)「そうだよ、このお薬は君に預けるから、苦しそうな人が居れば使ってあげて」
('、`*川「よろしいんですか? わたしなんかが、その、お薬を」
(`・ω・´)「もちろんさ、君なら正しく使えるはずだからね」
('、`*川「先生……」
お医者さまの言うことなのだから、間違いはない。
お医者さまの渡してくれたお薬だから、間違いはない。
女の子は嬉しくなって、満ち足りた気持ちで、にっこり笑ってお礼を言いました。
これで皆さんを助けられます、と。
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('、`*川「ねぇ先生、わたしお買いものに行ってきます」
(`・ω・´)「ああ、行ってらっしゃい、留守番は任せておいて」
('ー`*川「ふふ、行ってきます」
カゴを下げてお家を出ると、市場の方まで向かいます。
女の子は裕福ではありませんが、お母さんが残していったお金が少しだけありました。
それを少しずつ切り崩し、町の人の好意と善意を受けながら生きていました。
町の人たちは良い人ばかりです。
いつも食べ物を多く渡してくれたりします。
だからこそ、女の子は誰かを助けたいのです。
『けほけほ、やあ、お使いものかい』
('、`*川「はい、日持ちするパンをくださいな」
『いつもご贔屓にどうも、けほけほ、寒くなってきたけど大丈夫かな』
('、`*川「とっても元気ですよ」
『そりゃ良かった、けほけほ』
-
('、`*川「パン屋さんは大丈夫ですか?」
『ああ、最近ちょっと咳がね、けほけほ、困ったなぁ』
('、`*川「……そうだ、お水をいっぱいいただけますか?」
『? ああ良いよ、少し待って…………はい、どうぞ』
('、`*川「わたしではなくパン屋さんに、このお薬をお水で飲んでくださいな」
『薬を持ってるのかい? すごいな、けほ、お医者さまみたいだ』
('、`*川「いいえ、いいえ、わたしなんてそんな」
『それじゃあ、ありがたく……』
けほけほこんこんと咳をするパン屋さんに、大男から貰ったお薬を渡します。
そしてお薬を飲み下すパン屋さんの背中を、女の子は優しくさすってあげました。
すると、どう言うことでしょう。
パン屋さんの咳はぴたりと止まり、苦しそうだった呼吸がきれいになりました。
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『わあすごいな、本当に楽になったぞ』
('、`*川「ほんとですか?」
『ああ、咳が止まったよ、さすってくれてありがとう』
('、`*川「そんな、そんな、ああ良かった」
お礼にとたくさんパンをおまけして貰った女の子は、とっても嬉しくなりました。
誰かの役に立てた、ありがとうとお礼を言ってもらえた。
それが嬉しくて嬉しくて、しょうがなかったのです。
たくさんのパンを抱えながら、女の子は次にお野菜を買いに行きました。
『やあお嬢ちゃん、お使いものか』
('、`*川「はい、おいもをみっつくださいな」
『ああ、少し待ってな……いたた』
('、`*川「どうしたんですか?」
『昨日転んじまってさ、足首を捻って腫れてるんだ』
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支援
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('、`*川「まあ大変、それじゃあお困りでしょう」
『配達は無いんだがね、店番するのも大変なのがつらいよ……あいたたた』
('、`*川「そうだわ、このお薬を塗ってくださいな」
『薬かい? やあ、まるでお医者様みたいだ』
('、`*川「そんなそんな、冷やすものはありますか?」
『ああ、水ならあるよ』
('、`*川「それじゃあ皮袋にお水を入れましょう、お薬を塗ったらこれで冷やしてくださいな」
八百屋さんの足首に、大男から貰った薬を塗りつけます。
そして冷たいお水の入った袋をあてて足首を冷やすと、八百屋さんはほっとした顔になりました。
痛みが完全に引いたわけではありませんが、ずいぶんと和らいだみたいです。
『ああ、少し楽になったみたいだ』
('、`*川「よかった、わたしお役に立てましたか?」
『もちろん! 本当にありがとう、お嬢ちゃんのお陰でとても助かったよ』
('ー`*川「まあ、まあそんな、お役に立てたなら嬉しいです」
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お礼にと八百屋さんからたくさんのお野菜をもらって、大荷物に埋もれながら女の子はよたよたとお家に帰ります。
今日は二人も助けてあげられた。
助かったよありがとう、そう言ってもらえた。
まるで天にものぼる気持ちでした。
あんなに些細なことでも、怖がらなければ誰かに感謝してもらえる。
今まで知らなかったことを、持っていなかったものを使うことで、こんなに満たされる。
女の子は、何だか幸せな気持ちになりました。
('ー`*川「先生、先生、ただいま戻りました」
(`・ω・´)「やあお帰り、大変な大荷物じゃないか、重かったろう」
('ー`*川「ううん、これっぽっちも重く感じませんでした」
(`・ω・´)「おや、何か良い事でもあったのかな?」
('ー`*川「はい! 先生のおかげで、二人も助けてあげられたんです!」
(`・ω・´)「お薬を渡したのかい? ああ良かった、役に立てたんだね」
('ー`*川「ええ、ええ! わたしとっても、とっても嬉しくて!」
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(`・ω・´)「うんうん、良かったね、僕も嬉しいよ」
('、`*川「…………ねぇ、先生」
(`・ω・´)「なんだい?」
('、`*川「もし……もしよろしければね、もっとわたしに色んなことを教えてもらえませんか?」
(`・ω・´)「おやおや、それはどうして?」
('、`*川「だって、だってね先生、わたしはわたしだけの力じゃ誰も助けられないんです」
(`・ω・´)「ふむ」
('、`*川「わるいことになんて使いません、先生のお力を、ほんの少しだけお借りしたいの」
女の子は、今日ふたりを助けられたのは、自分の力ではないとわかっていました。
大男のくれた知識と、お薬の力で助けられただけなのだと、ちゃんとわかっていました。
もう使ってしまったからお薬も無いし、持っている知識もほんの少し。
自分だけの力ではこれ以上誰かを助けられる事なんて無いのだと、女の子は思っていました。
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だから、目の前の『先生』の力を借りようと思ったのです。
自分の力だと嘯いて誇示したいわけではありません。
知識をひけらかして持ち上げられたいわけでもありません。
ただ『先生』の力を借りて、使って、誰かを助けたかった。
誰かを救う事で、自らも救われたい。
無意味な存在ではないと、認められる事で自らも救われたい。
そんな自分の本心に、女の子は気付いていませんでした。
やや考え込む素振りを見せてから、大男は女の子に目の高さを合わせます。
こんなお願いをして、失礼じゃないかしら。
わたしみたいな役立たずが、迷惑じゃないかしら。
自分のわがままに肩をきゅっとすくめながら、女の子はうつむきます。
けれど大男は、女の子のさらさらの髪を撫でてあげながら、優しく微笑みました。
(`・ω・´)「それじゃあ、僕の仕事の手伝いをしてくれるかな?」
大男の申し出は、女の子にとって願ってもないことでした。
-
('、`*川「えっ……」
(`・ω・´)「僕は医者で、町の人たちを助けるためにここに来た
けれどやっぱり、誰しもよそ者には警戒してしまうだろう?」
('、`*川「は、はい……」
(`・ω・´)「早く助けてあげたいのに、信用されなければ何にもならない
その点、君はこの町の人たちから信頼されてるみたいじゃないか」
('、`*川「そんな、そんなこと……わたしなんて……」
(`・ω・´)「今日二人も助けられたんだろう、それは君が信頼されているからさ
だからねお嬢さん、どうか僕の代わりに町の人たちを救ってはくれないかな」
('、`*川「わたしが、ですか?」
(`・ω・´)「そう、君がさ。 僕は君に薬と知識を与える、だから君にはそれを使って貰いたい」
('、`*川「え、え……そんな、光栄だけれど……」
戸惑う女の子の頬を、大きな手が優しく挟みます。
そして整った精悍な顔立ちが、清潔そうなせっけんの匂いが近づいて
どこまでも深く暗く、底の見えない真っ黒な両目が、女の子を射抜きます。
女の子は身動きも出来ず、ただ呆然としたように、真っ黒なひとみを見つめていました。
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(`・ω・´)「僕は、誰かを救いたいんだ」
('、`*川「は、い」
(`・ω・´)「わかるかい、僕は人を救いたいんだ。
この手で、可能な限りの人を救いたいんだ」
('、`*川「はい、先生……」
(`・ω・´)「ああ解ってくれるんだね、僕の気持ちを理解してくれるんだね」
('、`*川「もちろん、です……先生……」
目の前に存在する誠実そうな男は、まるで呪文でも唱えるように優しく優しく言葉を繋げます。
大きな手のひらが白い頬を撫でて、慈悲深そうな微笑みで、女の子の思考に踏み込むのです。
女の子はぼんやりとした顔で、けれどどこか感動したような顔で、頬を染めながら頷くだけ。
刷り込みのように、洗脳のように、女の子は疑いもせず大男の言葉を飲み込んでしまいます。
崇高な使命感のもと、この『医者』は動いている。
誰かを救済したいと言う、美徳のもとに生きている。
なんて、すばらしいひとなんだろう。
そんな人に『選ばれた』わたしは、なんてしあわせなのだろう。
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自信の無い女の子は、自分の価値が欲しかった。
それと同時に、誰かを助けたいと言う純粋な気持ちがあった。
その両方を、同時に満たしてくれる人が現れた。
(`・ω・´)「ほらご覧、誰かが手を差し伸べなければ生きられない人達がこんなに居るんだ」
大男は、窓にかけられたカーテンを開きながら言います。
(`・ω・´)「彼らは救いを求めている、助けを待ち続けている、救いが与えられねば死んでしまう」
先生は、女の子を抱き上げて窓の外を見せてあげました。
(`・ω・´)「僕に出来る事がある、そして君にも出来る事がある、解るだろう?」
女の子は、使命感と、幸福感で、胸がいっぱいでした。
(`・ω・´)「さあ人々を救おう、我々の手で」
その言葉を拒絶する理由なんて、どこにもありませんでした。
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それから女の子は、色んな事を教えられました。
たくさんの物を与えてもらいました。
女の子のお家を拠点にして薬を作ったり、病気の研究をする大男。
そして女の子は、色んな知識と薬を預けられ、それを使って町の人たちを助けて回りました。
『ああ、いたい、いたいよ、やけどをしてしまった』
('、`*川「よくお水で冷やしてからのお薬を塗ってください、そしたら動物の革をはりつけて」
『くるしい、くるしいよ、お腹がいたくてくるしいんだ』
('、`*川「お水でこのお薬を飲んでください、そうしたらお腹をあたためて、やさしく撫でましょう」
『ふらふらする、ひどく熱いんだ、頭もいたい』
('、`*川「このお薬を飲んだら、お水と果物を食べてよこになってくださいな」
女の子は次から次へと町の人たちのケガを、病気を癒してゆきます。
町の人たちの不調はたちまち良くなって、みんな元気になりました。
すると女の子は色んな人から感謝され、たくさんお礼をもらいました。
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('ー`*川「先生、先生、聞いてくださいな」
(`・ω・´)「どうしたんだい? 嬉しそうだね」
('ー`*川「わたし、今日もたくさん助けられたんです
ケガをした人を二人、病気の人を三人も」
(`・ω・´)「素晴らしいじゃないか、さすがだね、僕はこんなに素敵な助手を持ったんだね」
('ー`*川「うふふ、先生のおかげです、みんな先生のお力ですもの」
(`・ω・´)「そんな事はないさ、君の人望のお陰だよ、さあおいで、もっともっと教えてあげよう」
('ー`*川「はい先生、もっともっと教えてください、わたしもっとがんばります」
(`・ω・´)「ああ、そしてまた、たくさんたくさん救っておいで」
とっても満ち足りた気持ち。
誰かに求められ、認められる喜び。
すばらしい人に認められた、特別感。
女の子は、もうこの歓喜から抜け出せません。
ほんとうなら、大男の事を医者としてみんなに教えて回りたかった。
こんなに素晴らしい人が居るのだと声を大にして言いたかった。
けれど大男はそれを良しとせず、静かに首を横に振るのです。
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僕の事は秘密にしておいて欲しいんだ、よそ者の与えた知識を信用して貰えるかわからない。
それに今は調子も良く、君はたくさん救えている、それに水をさしたくは無いんだ。
もし滞ってしまったら、もう誰も助けられないかもしれない、それだけはつらいんだ。
悲しそうな顔で言うものだから、女の子はその言葉を信じて、大男の存在を秘密にしました。
(`・ω・´)「それにしても、食べ物がたくさんあるね」
('、`*川「はい、お礼にとたくさん貰ってしまって……こんなに食べきれませんね」
(`・ω・´)「そうだ、これも治療に使おう」
('、`*川「食べ物をですか?」
(`・ω・´)「ああ、ご飯をちゃんと食べないと、身体が弱って死んでしまうだろう」
('、`*川「はい、えいよう、しっちょう? ですよね」
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(`・ω・´)「そうそう、この町にはちゃんとご飯を食べられない人も居るだろう
お薬を飲んでも、ご飯をちゃんと食べていないと治らないんだ」
('、`*川「わかりました、だから、そんな人たちにごはんを渡すんですね?
ケガや病気を治すお薬だけじゃ、救えない人もいるってことですよね?」
(`・ω・´)「そう、ああやっぱり君は賢いな、なんて良い子なんだろう」
('ー`*川「うふふ、うれしい、ありがとうございます先生」
(`・ω・´)「よしよし良い子だね、さあ、もっともっと救っておいで」
('ー`*川「はい先生、わたし、わたしたくさん救ってみせます、たくさんお役にたってみせます」
女の子は、お薬や知識を使って町の人たちを助けて回ります。
それと同時に、お礼にと渡された食べ物を貧しい人たちに分けてゆきました。
ごはんを食べることで、元気になれる。
お薬にだけ頼るのではなく、自分の身体を大切にしようと。
受け取ったお礼のほとんどは、女の子の口には入りませんでした。
金品を受け取っても、それはお薬の材料に使ったり、毛布にかえて配りました。
けれど女の子はいつでもにこにこと、幸せそうな顔で人々を救って回ったのです。
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『いつもありがとう、君は本当に良い子だ』
('ー`*川「いいえ、いいえ、わたしなんてまだまだです」
『君のお陰で助かったよ、まるでお医者様じゃないか』
('ー`*川「そんな、そんな、わたしなんてお医者さまの足元にも」
『いつも走り回ってるが、どうしてそんなに一生懸命なんだ?』
('ー`*川「だって、だって、わたしがお役に立てるのがうれしくて」
たくさん助け、たくさん感謝され、すっかり有名人になった女の子。
決して驕らず、偉ぶる事もなく、いつも謙譲な態度を変えない。
それどころか、以前よりも笑顔が増えて生き生きとしている。
その異常なまでの献身に、みんなは驚き、そして感謝しました。
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('ー`*川「先生っ」
(`・ω・´)「ふふ、最近はいつも嬉しそうだね」
('ー`*川「はい! だって先生のおかげで、わたしこんなに幸せなんですもの」
(`・ω・´)「そんなに感謝されるのが嬉しいかい?」
('ー`*川「いいえ先生、わたしお役に立てるのがうれしいんです」
(`・ω・´)「そうだったね、はは、何度も聞いていたのにね」
('ー`*川「わたし、わたしなんにもできないダメな子でした
でも先生のおかげで、誰かの役に立てて、誰かを助けられて、ほんとうに幸せなんです」
(`・ω・´)「うん、うん、……けれどね、ご覧よこのお礼の品を」
('ー`*川「はい、こんなにいただいては申し訳ないです」
(`・ω・´)「そうじゃない、君は感謝されて当然の事をしているんだ、みんなの気持ちを受け取らないと」
('、`*川「みんなの、きもち?」
(`・ω・´)「そう、だってこんなに感謝して貰えるんだ、こんなに光栄な事は無いだろう?
その感謝の気持ちをきちんと受け取らないのは、みんなに失礼になるじゃないか」
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('、`*川「あっ……そう、ですね……そうですよね……」
(`・ω・´)「君は謙遜が過ぎる、人の気持ちは、好意は、正面から受け取らなければ」
('、`*川「……ごめんなさい、わたしったら…………
わたし、自分の気持ちを押し付けてばかりだったんですね……」
(`・ω・´)「君の気持ちを押し付けだと思った人は居ないだろう、実際に救っている
けれど僕らもまた感謝しなければいけない、僕らの手で誰かを救えるのだから」
('ー`*川「……はい、先生……わたしも、たくさんありがとうを言うようにします」
(`・ω・´)「良い子だね、よしよし、とても素直で可愛らしくて、とっても素敵な子だよ」
('ー`*川「…………」
(`・ω・´)「だからね、これからもたくさん救っておいで」
先生は、なんでも教えてくれる。
ダメなわたしに、教えてくれる。
大切なことも、必要なことも、みんなみんな教えてくれる。
ただ優しいだけじゃない。
ちゃんと叱ってくれて、髪を撫でてくれる。
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お医者さまの知識とお薬は、わたしに誰かを助けることを許してくれた。
それはわたしの力じゃない、これは先生のお力。
けれど先生の代わりにそれを使えるのはわたし、わたしに許された、わたしの力。
そして先生は優しい。
褒めてくれる、叱ってくれる、髪を撫でてささやいてくれる。
君は素敵だ、可愛らしい、素晴らしい、良い子だと。
先生はかんぺきだ。
暖かくて賢くて、何でも知ってて何でも出来る、こんなに素晴らしい人はほかに知らない。
そんな人に許された、与えられた、認められた。
('ー`*川(ああ、なんて、しあわせなんだろう)
女の子は、ずっと救いを求めていました。
誰かを救うことで、自分も救いたかった。
けれど女の子は、目の前で微笑む『先生』によって救われてしまいました。
だから女の子にとって、目の前で微笑む『先生』は
『神様』になったのです。
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女の子は、笑顔で救いを振り撒きます。
それが生き甲斐のように、それが使命のように。
困った人がいれば手を差し出し、苦しむ人がいれば背中をさすって。
心優しく、穏やかに、献身的に、持ちうる全てを差し出すように働き続けました。
女の子はただ『神様』の言うままに動き、求められるままに動き、己の事はまるで省みませんでした。
けれど以前のように卑屈ではなく、感謝や賛辞をありがとうと笑顔で受けとるようになったのです。
それが町の人たちには余計に眩しく映り、いつしか女の子への態度も変わってゆきました。
('ー`*川「ねぇ先生、何だか近頃は、皆さんからとってもていねいに扱ってもらえるんです」
(`・ω・´)「そうなのかい?」
('ー`*川「はい、今までも皆さん優しかったんですけれど、近頃はとくに」
(`・ω・´)「きっとみんなが感謝しているからだね、とても素敵な事じゃないか」
('ー`*川「はい、お礼に、もっともっとたくさん救わなきゃ」
(`・ω・´)「ああ、そうだね、もっともっと期待に応えないとね」
('ー`*川「はい、先生、先生、もっとたくさんお言葉をくださいな
わたし先生のお言葉があれば、きっと何でも出来ると思えるんです」
(`・ω・´)「ふふ、良いよ、こっちへおいで」
('ー`*川「先生のおっしゃる通りにすれば、きっとわたし、なんだって出来ます
お言葉を、ご指示をくださいな先生、わたし言われた通りに救ってみせます」
(`・ω・´)「僕の気持ちを、思想をここまで理解してくれるのは君だけだよ
君が居なければ僕は誰も救えなかった、ああ、ありがとう、僕はなんて幸福者なのだろう」
('ー`*川「ああ……先生、せんせい……わたしも幸せです、しあわせなんですせんせい……」
(`・ω・´)「うん、うん……一緒に救おう、もっともっとたくさん救おう、我々の手で」
-
すっかり『神様』に心酔して、崇拝するまでに依存してしまった女の子。
まるで神の代行者のような気持ちで、日々働いていました。
女の子の気持ちが変われば、その態度も雰囲気も変わります。
だからこそ、町の人たちには女の子がどこか神聖なものにすら見えていました。
彼女の笑顔を見ていると不思議と元気になる。
彼女の手当てを受けると傷がすぐさま良くなる。
彼女の薬を飲めば、たちまち病気が治ってしまう。
始めこそは、ただの心優しい女の子として扱われていました。
けれど今は、もはや聖なるものとして扱われているのです。
その少女は、天から使わされた聖なるものだと。
彼女は神の声を聞くことが出来る、聖女なのだと。
噂は噂を呼び、憶測に尾ひれを生やし、女の子と言う虚像がどんどん造り上げられてゆきます。
-
ペニサスいいこだけど危ういなぁ
-
けれど女の子は何も否定しません。
肯定もせずに、にっこりと笑っては救いを与えるだけ。
そんな女の子を、町の人たちは崇めるようになりました。
都合のよい聖女として、祭り上げたのです。
女の子が『神様』を崇めるように。
町の人たちは『聖女』を崇める。
何かを信じ、仰ぎ、崇拝するのに必要なものは、
ほんの些細な切っ掛けと、一握りの真実だけ。
その真実すらまやかしであったとしても、信じてしまえば本物になるのです。
('ー`*川「先生、今日もたくさん救いました」
(`・ω・´)「良い子だね、君のお陰でたくさんの人が命を落とさずに済んだ」
('ー`*川「うふふ、やるべき事をしただけです、みんなみんな先生のおかげ」
(`・ω・´)「僕と君の両方が居たからこそ、僕らはみんなを救えているんだね」
('ー`*川「先生のお手伝いが出来て、わたしとっても光栄です」
(`・ω・´)「聞こえるかい感謝の言葉が、賛辞が、あれらは君の、僕らの行いを讃える声だ」
('ー`*川「はい、先生」
-
('、`*川「でも先生、みなさんわたしを聖女だと呼ぶんです、わたし、そんなじゃないのに」
(`・ω・´)「好きに呼ばせれば良いのさ、そういった存在を支えにみんなは救われるのだから」
('ー`*川「まあ、そうなんですね、わかりました、じゃあ否定しないようにします」
(`・ω・´)「うん、けれど嘘になってしまうから、肯定してもいけないよ」
('ー`*川「はい、わかりました先生」
(`・ω・´)「良い子だね、だからもっともっとみんなを救ってあげよう」
女の子は白銀色の杯を傾ける『神様』の膝に座り、甘えるように身を預けます。
もっとお言葉をください、そう甘い声音で神託をねだる女の子の髪を、優しく優しく撫でる手。
誰かから感謝される事は、自らの存在を認めてもらえる事。
誰かに認めてもらえれば、生きる気力に直結する。
『神様』の力を振るう女の子は、確かな手応えとやりがいに満ちていました。
自分の発言で誰かを救い、自分の行動で誰かを救う。
神の言葉を人に伝え、神の業で人を救う。
神に従えば何でも出来る。
神の声を聞くのは一人だけ。
自分は特別な存在になれた。
自分は神に必要とされた。
全能感と言う毒にも等しい美酒に酔いしれて、女の子は溺れてゆきました。
とろけたような眼差しで、自らの信仰対象をうっとりと眺める女の子には
もう、自らの意思なんてほとんど無くて、溺れるまま、酔わされるままでした。
-
町の人たちは女の子を祭り上げ、救いを求めました。
女の子はそれに応えるように、救いを与え続けました。
けれど女の子が与えるのは、病や怪我を治すといった救いのみ。
当然なのです、女の子は『医者』である『神様』の言葉に従っているだけなのですから。
健全な身体になる以外の救いはありません。
よしんばあったとしても、健康になった事で精神的に楽になる程度でしょう。
本来ならそんな救いだけで良かったのかも知れません。
けれどみんなは、女の子を『聖女』と認識してしまったのです。
『あの子は聖女様に違いない』
『あの子は皆を救ってくれる』
『あの子はきっと神様の使い』
人々は口々に噂します。
-
『ならきっと何でも出来るに違いない』
『ならきっと奇跡を起こせるに違いない』
『ならきっと死んだ者を甦らせられるに違いない』
『ならきっと巨万の富すらも与えてくれるに違いない』
『奇跡を与えてくれるに違いない』
『奇跡を起こせるに違いない』
救いに慣れてしまった人々は、偉大な奇跡を求めました。
『我々をもっともっと幸せにしてくれるに違いない』
そして一度底の抜けた欲望は、溢れかえってとどまる事を知りません。
-
けれど女の子は態度を変えません。
日々の行いも変えません。
病気の人はずいぶん減りました。
それでも女の子は変わらずに、怪我人や病人のために働きました。
たくさんたくさん救いました。
たくさんたくさん癒しました。
いつでも異常なまでに優しくて、献身的で、見返りを求めない。
感謝の言葉だけで十分だと、笑顔でお礼を返すだけ。
怪我を治して、病気を治して、いつもと変わらない日々を過ごしているだけ。
それが面白くないのは、『聖女』を崇める人々でした。
信奉者は求められてもいない貢ぎ物をたくさん女の子に与えました。
そうすればきっと奇跡を与えられると信じて。
しかしどれだけ求めても、どれだけ焦がれても、奇跡は与えられないからです。
女の子には奇跡なんて起こせないのですから、当然の事でした。
けれど一度、勝手に信じてしまった人々は、それが受け入れられなかったのです。
-
最初は目を無くして信じ込み。
次に求めた物が与えられない事に疑問を抱き。
不安と疑問を抱え続ける事で不確かな確信に変わる。
信じた自分達が間違っていたとは全く思いません。
勝手に『聖女』に仕立てあげて、勝手に信仰対象にしたとしても。
彼らは被害者のような顔で言うのです。
『騙された』
身勝手で、自分勝手で、押し付けがましい信仰心はみんなの心を蝕みました。
女の子が何も悪いことはしていなくても、そんな事は関係ないのです。
本人の意思など関係なく、ただ自分達は騙された、裏切られたと義憤に燃えます。
-
彼女は聖女だと思っていたのに。
(彼女は否定も肯定もしない)
それなのに彼女は奇跡を与えてはくれなかった。
(そんなすべを持っていないのだから当然だ)
あれほどに信じていたのに、色んなものを貢いだのに。
(彼女がいつそれを求めたのだろう)
彼女は本当に天から使わされた聖女なのか。
(そんなわけは無いと本当はみんな知っていた)
自分達に嘘をついているのではないか、裏切っているのではないか。
(嘘も裏切りもあるはずが無いのに)
都合の良い時には利用して。
都合が悪くなれば簡単に憎む。
窓の外を眺めながら、白銀色の杯が、赤い葡萄酒を揺らしながらきらめいた。
-
女の子は普通の女の子で。
特別な力なんて何も無くて。
言われた通りに受け取って。
言われた通りに曖昧に微笑み。
言われた通りにただ救い続けた。
そして町が敵意に満ちてゆくのに、女の子は気付きません。
今日もまた、言われるがままに誰かを救ってきました。
それでも女の子は笑います。
『神様』の言う通りにすれば皆を救えるから。
『聖女』などと言う肩書きに、興味はありませんでした。
だって救えればそれで良かったから、どうでも良かったのです。
('ー`*川「先生、見てください、今日もこんなにお礼をいただいてしまいました」
(`・ω・´)「やあ、ありがたい事だね」
('ー`*川「はい先生、またこれで誰かを救えます、」
(`・ω・´)「そうだね、…………おや、今日は外が賑やかだ」
('ー`*川「まあほんと、お祭りでもあるんでしょうか」
(`・ω・´)「ふふ、お祭りかも知れないね」
-
窓の外では人がたくさん集まり、わいわいと賑やかにしていました。
手に何かを持ちながら、パン屋さんや八百屋さんを先頭に歩き出しました。
みんな元気になったんだ、救えたんだなと女の子は笑顔になります。
それを見る『神様』もまた、にっこりと笑みを浮かべながら杯を傾けました。
('ー`*川「先生、おゆうはんは何にしましょうか?」
(`・ω・´)「君の食べたいもので良いよ、素敵な晩餐にしよう」
('ー`*川「まあ、うふふ、ありがとうございます先生」
(`・ω・´)「君はたくさん、たくさん救ってきたからね、今までお疲れ様」
('ー`*川「先生たら、わたしはもっともっと、たくさん救うんでしょう?」
(`・ω・´)「そうだったね、ごめんごめん、あはは」
朗らかで穏やかなお家の中は、とてもあたたかくて幸せな空間で、
乱暴なノックの音がそれを引き裂くのは、もう数分ほど後の事でした。
おわり。
-
『彼女は堕ちたのだ、万能感に酔いしれて、傲慢な欲望で満たされた聖杯へと堕ちたのだ』
( ^ω^)「おしまい」
ξ゚⊿゚)ξ「えっ……あの後はどうなったの?」
( ^ω^)「さあ? まあ色々あったんじゃないですか?」
ξ゚⊿゚)ξ「えぇー……そんなぁ、最後にどうなったか分からないなんて……」
( ^ω^)「みんな分かっちまうのも無粋かも知れませんよ、まあこれがそうとは限りませんけど」
ξ゚⊿゚)ξ「むう……あれで終わりなのは分かったけど、何だか難しかったわ」
( ^ω^)「そ? 結構単純な話ですよ、みんなの何がいけなかったと思います?」
ξ゚⊿゚)ξ「えー……いけなかったこと…………信じたこと?」
( ^ω^)「惜しいけど違いますねぇ、正解は『信仰心が足りなかった』です」
ξ゚⊿゚)ξ「しんこうしんが」
( ^ω^)「女の子みたいにいっそ盲信して、疑いなんか持たなきゃ良かったんですよ」
-
シャキンは周囲の不穏さに気づいているのかいないのか
-
ξ゚⊿゚)ξ「でも、それも良くないんじゃないの?」
( ^ω^)「まあ盲信してたらいずれみんな死んだでしょうね!」
ξ;゚⊿゚)ξ「だめじゃない!」
( ^ω^)「信じなくても死んでましたよどうせ」
ξ;゚⊿゚)ξ「えー……」
( ^ω^)「死ねって言われたら躊躇いなく死ぬくらいが良いんですよ信仰なんて」
ξ;゚⊿゚)ξ「こわいー……」
( ^ω^)「怖いですよねぇ、ほんとあのろくでなしは自分は手を下さないクズですよ」
ξ゚⊿゚)ξ「ろくでなし」
( ^ω^)「誰よりも人を愛して、満足するまで弄ぶ、好青年の皮を被ったろくでなしですよ」
ξ゚⊿゚)ξσ「お口が悪いー」
σ)^ω^)「あーん」
ξ゚⊿゚)ξ「それにしても……女の子のお母さんは、どうして居なくなったのかしら」
( ^ω^) 「きっと女の子より大切なものが出来たんですよ、悲しいですね」
ξ゚⊿゚)ξ「そっかぁ……」
( ^ω^)「まあまあ、それより次のお話はどうです?」
-
ξ゚ -゚)ξ「むー……お母さんもひどいわ……」
( ^ω^)「ほらほら可愛いお顔が台無しですよ、笑って笑って」
ξ゚⊿゚)ξ「いーやっ、本取ってくるね」
( ^ω^)「ちぇっ、はーぁい」
僕が傍らのテーブルに本を置くと、膝から降りた少女は
唇を尖らせながら、本棚まで次の本を取りに行く。
予想通り、彼女が持ってきたのは2と金糸で縫われた渋い橙色の表紙。
再び僕の膝に飛び乗り、次のお話を聞く姿勢に入る。
何だかんだで、この趣味の悪いお話を楽しむつもりらしい。
ξ゚⊿゚)ξ「今度のタイトルは……んー……」
( ^ω^)「堕ちて落ちて夢心地」
ξ゚⊿゚)ξ「まだわかるわ」
( ^ω^)「それじゃ、読みましょうかね」
-
それは、生真面目な少年の話。
それは、疑問も抱かずただ従っていただけの話。
それは、ほんの些細な自由すら夢想した事も無かった話。
前しか見てこなかった真面目なだけの彼は、いったい何を夢見るのでしょうか。
『おちておちてゆめごこち。』
彼の傍らで眠るのは、だらしのない一人の男。
-
その少年は、とても勤勉でした。
大変厳しいお父さんに育てられ、定められた事にひたすら忠実に生きてきました。
お母さんはおらず、お父さんは忙しくて滅多にお家には帰ってきません。
けれど少年は寂しいとは思いませんでした。
お父さんと顔をあわせると、何かと怒られてしまうのです。
だから今度こそ褒めてもらえるようにと、会えない間にたくさんたくさんお勉強をします。
お母さんが居ない少年にとっては、お父さんが全てでした。
お父さんの言う事は絶対に正しくて、
お父さんの言う事を聞いていれば間違う事はありません。
自分の事を自分で出来るようになりなさい。
教養こそが最も大切、勉強を怠る事なく、常に優秀でありなさい。
常に身だしなみを整えなさい。
服を汚すような真似は決してするな、そんな粗野な人間には決してなるな。
規則、規律は必ず守りなさい。
定められた法を守る事こそが大切な事、守れない者が居る場合はそれを正しなさい。
私が教える通りに正しくありなさい。
それを理解できない者が居るならそれはただの愚か者だ。
-
学校での少年はとにかく真面目でした。
成績はいつでも一番で、規則を常に守り続けます。
大変な優等生ではあるのですが、彼は学校では嫌われものでした。
品行方正ではあります、けれどまるで機械のように決められた事にのみ従っているのです。
融通は全然きかないし、機械のような生活を他の人にも求めます。
やれ絶対に廊下を走るなだとか。
やれ下らない無駄口を叩くなだとか。
その対象は学友だけではなく、先生にまで及びます。
授業の開始が一分でも遅れれば怒り、些細なお喋りにも噛み付いて。
しかもお父さんに教わった通りに喋るので、その喋り方はとても高圧的です。
人をバカだと思っているような態度で、毎日のようにお説教をしてくる。
それが正しい事だと信じているから、決して態度を改めません。
少年は学友からも先生からも嫌われながら、いつも一人ぼっちでした。
そんな彼にも、悩みがありました。
-
彼は最近、ろくすっぽ眠れていませんでした。
お父さんに褒めてもらうには、色んなお勉強をしなければいけません。
だからいつもお勉強をしていないと不安になる。
寝ている時間がもったいなく感じてしまう。
夜にはベッドに入りますが、うとうとしては目が覚めて、なかなか寝入れません。
そこでずっとベッドに居ても時間の無駄だと思い、起き出して机に向かいます。
だから彼は、いつでも眠くて眠くてしょうがないのです。
そんな彼が、朝の早い時間に浅い浅い眠りから覚めた時の事です。
ぼんやりした頭と視界の中、うつらうつらと身支度を整えます。
( ´_ゝ`)「おはよーさん」
( -〜-)。゚「おはようございます……」
一人きりのはずの部屋の中で、誰かが挨拶をしてきました。
つい返事をして、少しの間を置いてから首をかしげます。
声のした方を見てみると、そこには見知らぬ男が座っていました。
だらしのない格好で、痩せた長い手足を投げ出して座る男。
見覚えのないその姿に疑問を抱きましたが、寝ぼけた少年は目をこすって部屋を出てしまいました。
-
また不穏な話を持ってきたのかツンちゃん
-
きっと夢でも見たのだろう、と深く考えもしませんでした。
しかし、すっかり目の覚めた昼過ぎには、あれは本当に夢だったのかと言う疑問が浮かびます。
帰ったらすぐにでも確認して、通いの家政婦さんにも聞いてみよう、と。
この日も不真面目な学友や先生に嫌われながら、放課後までを過ごします。
少年は自分が正しいと確信しているものだから、それを嫌がる周囲はバカなのだと思っています。
それが周囲には伝わるらしくて、みんなは少年と目を合わせるのも嫌がるのです。
優等生でもあり、問題児でもある彼を、みんながもて余していました。
少年がお家に帰り、家政婦さんに誰か居ないかと聞いても、困った顔で首を横に振るだけ。
じゃあやっぱり、あれはただの夢だったのか。
変な夢を見たな、と自分の部屋に入ります。
( ´_ゝ`)「おかえりー」
(-@-@)「ただいま戻りました……」
(-@-@)
(@Д@-;)「誰ですか!?」
-
自分の部屋に戻った少年を待っていたのは、朝に見た見知らぬ男。
ベッドにもたれながら朝と同じように長い手足を投げ出し座り込んでいました。
( ´_ゝ`)「誰だと思うー?」
(;-@Д@)「……家政婦さんは、誰も居ないって言ってたのに」
( ´_ゝ`)「そりゃお前にしか見えないもんなぁ」
長く細い指をひらひらと動かしながら、男は軽くだけ説明をします。
男が言うに、どうやらその姿は少年にしか見えないと言うのです。
ためしにと家政婦さんの前まで連れていってみましたが、家政婦さんはやっぱり困った顔。
これ以上はおかしな人だと思われてしまう。
そう思った少年は、男の存在を隠すことに。
とは言え部屋に居られても邪魔なだけ。
しかし追い出そうとしても、男はいつのまにか部屋に戻ってくるのです。
困り果てた少年は、男を可能な限り無視することにしました。
-
男は何をするでもなく、だらだらとしているだけ。
時々お勉強をする少年を覗き込んでは、退屈そうに欠伸をする。
部屋に置かれているテレビを眺めている時間が一番長いほど。
テレビの音はうるさくはありましたが、気にしないようにしていました。
( ´_ゝ`)「なーなぁ、お前なんでそんな勉強してんの?」
(-@-@)「しなければいけないからです」
( ´_ゝ`)「なーんで?」
(-@-@)「必要だからです」
( ´_ゝ`)「なーにに?」
(-@-@)「生きて行くのに……うるさいから静かにしてください」
( ´_ゝ`)「なーにが楽しいんだか」
楽しい楽しくないの問題ではない、と振り返って文句を言おうとしましたが
男は再び床に寝転がり、ぐうぐうと眠っていました。
ついさっきまで喋っていたのに、完全に熟睡している男を見て、少年は無性に腹立たしく感じます。
-
少年は、毎朝早くに起きて身支度をします。
そして学校に行って、いきすぎた模範生のような態度で過ごします。
彼にしてみればバカな人ばかりの校内は、居心地が悪いばかり。
けれど学生の義務として、規則正しく、規律通りに過ごすのです。
帰宅したなら夜遅くまでお勉強をして、眠れぬ夜を過ごします。
彼の睡眠時間は少しずつ減っていて、眠りたくても眠れない日々。
頭は痛いし、ふらふらするし、眠たいし。
お勉強は捗らないし、周りにいるのはバカな人ばかり。
お父さんの言うままに生きているだけなのに、どうしてこんなにままならない。
机に向かう時間はこんなに長くなったのに、どうしてこうも満足できない。
真面目にやっているのに、ちゃんとやっているのに。
これじゃあ、またお父さんから叱られてしまう。
お父さんに叱られる時は、とても恐ろしい。
ため息混じりにこちらを見もせず叱られると、自分の価値が全くないような気持ちになる。
だから今度こそ、今度こそは褒めてもらいたいのに。
今度こそは、自慢の息子だと言ってもらいたいのに。
-
少年は今日もまた、ほとんど眠れないまま朝を迎えました。
寝不足で痛むふらふらの頭を働かせて、身支度を整えます。
今日も、明日も、学校に行かねばなりません。
それが苦痛だと言うわけではありませんが、ただただ、眠りたいだけ。
だと言うのに、突然現れた男は毎日毎日、何もせずにだらだらと寝てばかり。
出ていけと言っても出て行かず、ぐうぐうすやすやと寝てばかり。
それを毎日見ていると、少年はイライラが募りました。
自分はこんなに努力しているのに、どうしてこんなにだらけた男が楽しげなのか。
忌々しくなって床に転がる男を踏みつけてやると、ぐぇ、と潰れたような声。
( ´_ゝ`)「ひーっどぉい」
(-@-@)「邪魔です」
( ´_ゝ`)「八つ当たりすんなよー」
(-@-@)「してません」
-
( ´_ゝ`)「なぁ」
(-@-@)「何ですか」
( ´_ゝ`)「なーにそんなイラついてんの?」
(#-@-@)「っ!」
( ´_ゝ`)「毎日毎日まじめにさぁ、学校行っちゃってまぁ」
(#-@-@)「……うるさい」
( ´_ゝ`)「なぁにが楽しいんだよなぁ、それ」
(#-@Д@)「うるさいっ!!」
どうして、何で、こんな男にこんな事を言われなきゃいけないんだ。
バカみたいに眠っているだけのくせに。
自分は、そんな風に眠れないのに。
(#-@-@)「楽しいとか……楽しくないとかじゃ、無いんだよ……」
( ´_ゝ`)「ふーん……でもさぁ、すげー眠いんじゃん? それでおべんきょー捗る?」
(#-@-@)「…………」
( ´_ゝ`)「良いじゃん、休んじゃえば、一日寝てられるぜ」
-
ふざけるな、と怒鳴って、男にクッションを叩き付けて少年は部屋を出ました。
簡単に休むだなんて、そんな事が出来るわけがない。
そんな事は絶対に許されない。
ふざけた事を言うな、バカにしやがって。
不機嫌なまま教室に居ると、何だか見慣れたものにまでむかむかと怒りが沸いてきました。
自分を邪魔なものの様に扱い、鬱陶しそうな顔をする同級生。
まるで面倒なものを見るような、飽きれ顔の教師。
みんなみんなバカばっかりだ、何も理解していない、自分は絶対に正しいのに。
けれど。
ふと、頭に浮かぶ「何が楽しいのか」と言う男の言葉。
周囲を観察してみると、同級生たちは友人同士で楽しそうに喋っている。
教え合いながら予習をして、些細な事で笑っている。
教師は他の生徒と話す時は、笑っている。
何かを一緒に運んだり、相談に乗っては楽しそうにしている。
-
なぜ、笑っているのだろう。
いったい何が楽しいのだろう。
少年は、自分は何を楽しいのかと考えました。
厳しいお父さん従って、真面目に、ただ真面目に言われた事をしてきました。
規則を守れと言われたから、学校の皆から疎まれて嫌われて、それでもきちんとやってきました。
教養こそが最も重要だと言われたから、毎日毎日机に向かって勉強ばかりをしてきました。
それを、楽しいと思った事はあったのだろうか。
楽しいとは、いったい何なのだろうか。
わからない。
今まで、父から言われた事しかしていない。
甘えた事も、わがままを言った事もない。
楽しい事があったとしても、それはもう覚えてはいない。
嬉しい事があるとすれば、それは父から認められる事。
でも父は、今まで僕を認めてくれた事があっただろうか。
-
誰かに従う事しかできないんじゃないか。
自分の意思が無いんじゃないか。
でも従うと自分の意思で決めたはず。
でも命令が無い場合は何が出来るのか。
自分には、何も無いんじゃないのか。
(-@-@)「…………」
( ´_ゝ`)「んぁ、おーかえりぃ」
(-@-@)「…………」
( ´_ゝ`)「どーしたマジメ君、挨拶ねーぞぉ?」
(-@-@)「僕は」
( ´_ゝ`)「あ?」
(-@-@)「僕は、空っぽなんですか」
( ´_ゝ`)「あー?」
-
切ないな
気づいてしまったか
-
( ´_ゝ`)「なーにお前、朝はあんなに怒ってたのに帰ってきたらしんなりしちゃってー」
(-@-@)「……僕には何も出来ないから、父さんは僕を認めてくれないのかな」
( ´_ゝ`)「…………」
(-@-@)「自分の意思では……何も出来ないから……」
( ´_ゝ`)「ばーっかだねぇお前」
男は、丸めたオレンジ色の毛布を少年に投げて寄越します。
( ´_ゝ`)「そーんな難しく考えてないでさぁ、休憩しろよ」
(-@-@)「……休憩」
( ´_ゝ`)「予習も復習もやめっちまえ、なーんも考えず寝ちまえよぉ」
少年は戸惑いました。
ほんのりと温かな毛布を突き返せなくて。
ふざけるなと言いたい筈の言葉をはね除けられなくて。
ただ、毛布を抱えて俯いていました。
-
翌日、少年は初めて学校を休みました。
目覚まし時計のベルを止める事もなく、ベッドの中で毛布にくるまっていました。
男はそのけたたましい時計のベルをそっと止めて、にんまりと笑いましたが、少年はそれを見てはいません。
ただ黙って縮こまり、時間が経つのを待つように唇を噛むだけ。
一時間経ち、二時間経ち、家の外では学生たちの賑やかな声や足音が響きます。
それを聞いた少年は、びくりと震えて、頭まですっぽりと隠れてしまいます。
何だか無性に彼らの声や足音が恐ろしくて、申し訳なくて、強い焦りを感じました。
けれどもう一時間ほど経つとその音や声は止み、静かな住宅地へと戻りました。
ほっとした少年は、そのままとろとろと微睡んで、ふわふわと眠りへ落ちて行きます。
頭までかぶった毛布のオレンジ色が、お日様のようにあたたかで、やさしくて。
暖かさと柔らかさ、安心感が少年をすっぽりと包んでいるものだから
夢も見ず、沈むように、泥のように、眠りの底へと溶けてしまいました。
-
( -〜-)「んぅ……むぐ……」
( ´_ゝ`)「おーっはよ」
(∩⊿-)「ふぁぁ……あふ……おはよう、ございます……」
( ´_ゝ`)「ほれメガネ、よーく寝たなぁ、昼過ぎだぞ」
(-@〜@)「ありがとうございます……そう、ですねぇ……」
( ´_ゝ`)「顔色良くなったなぁ」
(-@-@)「……そうですか」
少年が再び目を覚ますと、日はすっかり上っていて、空腹を感じました。
頭は軽く、いつものような靄がかった重さなんてありません。
目も頭もすっきりと、気分も良く気持ちが良い。
こんなによく眠れたのは、初めてかも知れない。
何も考えず、ただ貪るように眠る事なんて無かった。
少年は戸惑いました。
これはずる休みです。
自分は悪い事をしてしまった、怒られてしまうかも知れない。
そんな罪悪感と焦燥感に苛まれてはいるのです、が。
-
( ´_ゝ`)「たーのしいよなぁ、ずる休み」
(-@-@)「……体調が、悪かっただけです」
( ´_ゝ`)「こんなにしっかり寝てすっきり出来るなんてさー、最高だよなぁ」
(-@-@)「…………」
罪悪感と焦燥感はありました。
けれどその向こう側に、奇妙な快感があったのです。
朝は本当に苦しくて、申し訳なくて。
だけれど今は、とても気持ちが軽い。
なぜだろう、こんなに悪い事をしてしまった気持ちなのに。
身体も、気持ちも、すごく伸びやかで、爽快感すらある。
初めてのずる休み。
初めて、自ら選んだ事。
何もしないと言う選択を、初めてしたのだ。
-
少年はお腹が空いたので、頭から毛布を被ったままキッチンまで移動しました。
まるでオレンジ色のおばけが、家を徘徊しているよう。
簡単なサンドイッチを作って、立ったままもそもそと食べて、お腹がくちくなると部屋に戻る。
部屋に戻ると軽くテレビを眺めてから、再びベッドに寝転がり、うとうと。
窓から射し込む暖かなお日様が、ぽかぽかと気持ち良い。
何も考えずに済む、何もしなくて済む、心が静かに凪いで行く。
男は日の当たる場所で丸くなる少年を見て、にたにたと笑っていました。
少年の髪をぐしゃぐしゃかき混ぜてやりながら、穏やかな時を眺めます。
しかし日が落ちて夕暮れ時。
毛布よりも濃いオレンジ色の光が、窓の外から射し込む頃。
外は再び学生の足音と声に溢れ、朝よりも賑やかになります。
それを聞いた少年は、震えるように毛布に潜り込んでしまいました。
朝同様の罪悪感と焦燥感が、少年を激しく責め立てるのです。
だから、もう勝手に休んだりはしない、もう二度と休まないと心に誓うのでした。
-
再び眠れぬ夜が明け、息苦しい朝が始まります。
もう休まないと心に決めた少年は、眠い目を擦りながらもてきぱきと身支度を整えます。
いつものように、いつも以上に完璧に。
二度とあんな真似をしないように、あれは汚点なのだと自らを戒めて学校へ。
けれど少年を待っていたのは、いつも通りの楽しくない日常でした。
休んでしまって申し訳ない、そう謝りました。
しかし昨日欠席をした事に、誰も気付いていませんでした。
そう、教師すらです。
それどころか教師は笑います。
『昨日は静かで過ごしやすかった』と。
ぱらぱら、ぱらぱら。
何かがほどけて行くような感覚。
-
悲しい
-
あの日から、少年は毎日の生活が『楽しくない』と感じるようになりました。
学校に足を運んでも、お勉強をしていても、どこか上の空。
何をしても頭になんて入ってきません。
代わりに大きくなるのは、睡魔と男の言葉でした。
『何でそんな事をするのか』
『何のためにするのか』
『何が楽しいのか』
少年には、もう分かりませんでした。
ただ一つはっきりとしている事は、『楽しくない』だけ。
それに気付いてしまってから、今までは当然だった事が苦痛になりました。
誰にも認められず、誰もから疎ましく思われ、何をしていても楽しいには程遠い。
眠い頭を無理矢理に起こして、机に向かっても虚しいばかり。
言われた通りにしていただけ。
けれどもしかしたら、それは間違いだったのかも知れない。
-
それから少年は、あまり日を置かず、再び学校を休みました。
ついに考え疲れてしまって、疲れた頭を休ませたかったのです。
夜にはよく眠れませんが、昼間はよくよく眠れました。
すやすや、すやすや、夢も見ずに眠りに落ちて、目が覚める頃には気分がすっきり良くなる。
いつも自分を包んでいた眠気はどこにも無くなり、開けた視界が快感ですらありました。
日がな一日なにもせず、オレンジ色の毛布に包まれて、ただ横たわるだけの一日の気持ち良さ。
お腹が空いたら適当に食べて、眠くなったら眠り、退屈になっても眠る。
目が覚めたら男の隣でテレビを眺めて、ぽかぽかお日様を浴びて、またうとうと。
夕暮れ時にはまた胸がしくしくと痛みましたが、初めての時ほどではありませんでした。
少年は、少しずつ変わり始めていました。
何もしない事が、少しだけ楽しいと感じていました。
-
学校に行きはしますが、休む頻度が上がりました。
月に一度休むようになり、教師から理由を訊ねられました。
ただの体調不良です。
二週に一度休むようになり、教師が心配の言葉を口にしました。
別に何もありません。
週に一度休むようになり、教師は彼を初めて叱りました。
居ない方が静かでしょう。
三日に一度休むようになり、教師は相談室へ少年を呼び出しました。
少年は応じず帰宅しました。
『次のニュースです、───郊外にて、事故を起こした車が』
(-@-@)「ただいま……」
( ´_ゝ`)「おーかえり、まだ昼だぜー」
(-@-@)「……家政婦さんは……?」
( ´_ゝ`)「家族旅行で休みじゃん? こないだ言ってただろ」
(-@-@)「あー……」
-
『────家族と思われる四人の遺体が』
( ´_ゝ`)「飯ないからさぁ、俺作っといたよ」
(-@ー@)「……そんな事、出来たんですね」
( ´_ゝ`)「でーきるよぉ、ほら食え」
(-@ー@)「いただきます……」
( ´_ゝ`)「明日はがっこー行くぅ?」
(-@〜@)「んむ……いかない……」
( ´_ゝ`)「なーんで?」
(-@〜@)「…………眠いから……」
( ´_ゝ`)「じゃあしょーがないなぁ」
ぱらぱら、ぱらぱら。
ほつれて、ほどけて、ほころびて。
はらはら、はらはら。
一度やぶれほころびたなら、そう簡単には戻せない。
『次のニュースです』
-
今まで、学校を休んでも家の事はちゃんとしていました。
自分の事は自分でやる。
毎日ちゃんとお勉強もする。
身なりを整え綺麗にする。
端から見て完璧であるように。
( ´_ゝ`)「別にさぁ、毎日それやんなくて良くね?」
(-@-@)「え……でも、洗濯は毎日……」
( ´_ゝ`)「明日でいーじゃん? 量も無いしさぁ」
(-@-@)「……そっか……」
男の言葉に、ふらふらと寄り掛かる事が増えました。
( ´_ゝ`)「着替える必要無くね? 寝てるだけじゃん?」
(-@-@)「……でも」
( ´_ゝ`)「明日の洗濯物が減るじゃーん?」
(-@-@)「あー……そっかぁ」
-
( ´_ゝ`)「ほら、めーし」
(-@-@)「ありがとうございます……」
( ´_ゝ`)「こぼしてるぞー」
(-@-@)「むぐ…………あの」
( ´_ゝ`)「んー?」
(-@-@)「結局……あなたは、誰なんですか……? 何者なんですか……?」
( ´_ゝ`)「妖精さんみたいなもんだってぇ、お茶飲むー?」
(-@-@)「いただきます……でも、どうしてこうしてくれるんですか……?」
( ´_ゝ`)「俺がやんなきゃお前死んじゃうだろー、食い終わったら風呂なぁ」
(-@-@)「はぁい…………ありがとうございます……」
( ´_ゝ`)「よーせよーぉ、照れるだろー?」
(-@-@)「…………おいしい……」
( ´_ゝ`)「だっろー?」
-
ご飯も自分で出来なくなったのか
-
朝に起きる事も無く。
自分の事もろくにせず。
お勉強すらも投げ出して。
伸びた髪もそのままに。
だらしのない格好で。
少年はただ、いつもの毛布にくるまっていました。
もう学校に顔を出す事はありません。
家では何もせず、ひたすら眠り続けています。
いつのまにか少年は、自ら何かをする事がほとんど無くなっていました。
時おり男に揺り起こされて、簡単な食事を与えられ
うとうと微睡む少年の服を脱がせると、お風呂にも入れてくれました。
きっと少年は、傍らでにたにたと笑うこの男が居なければ、食べる事も何もかもやめていました。
今の少年を支配するのは、何もしたくない、眠っていたいと言う欲求だけ。
真面目で、勤勉で、頑なだったあの頃の面影は、もはやどこにもありません。
-
最初のずる休みは、確かに彼が初めて選んだものでした。
少年の意思で行動したものでした。
けれど今の彼に、意思があるとは思えませんでした。
『次のニュースです、───町の路上で男性の遺体が』
( ´_ゝ`)「なぁなぁ、寝て過ごすのは楽しいか?」
(-@-@)「たのしい……?」
( ´_ゝ`)「楽しくないのか?」
(-@-@)「わからない……でも、眠い……」
( ´_ゝ`)「眠るのは良いよなぁ、最高の娯楽と欲求だもんなぁ」
(-@-@)「たのしい、なのかな……」
( ´_ゝ`)「楽しいなんじゃない?」
(-@∀@)「……じゃあ、楽しいや……」
『男性の身元は───市の学校教諭で』
-
優しい虐待だ
-
『───さんは、腹部を刃物で刺されており』
( ´_ゝ`)「うんうん、楽しいのが一番だよなぁ」
(-@∀@)「うん……」
( ´_ゝ`)「寝てても良いぞぉ、だーれもお前の邪魔しないから」
(-@∀@)「うん……うん……」
( ´_ゝ`)「んー?」
(-@∀@)「なんにも、したくない……」
( ´_ゝ`)「なぁんにもしなくて良いだろー? 必要な時は起こしてやるからさぁ」
(-@∀@)「……うん」
( ´_ゝ`)「ほら眠れよ、毛布にくるまってさぁ、お前は何もしなくて良いんだよ」
(-@∀@)「うん……わかった……」
『次のニュースです』
-
もはや生きているのかどうかもわからない。
寝ているのか起きているのかもわからない。
毎日あんなに寝ているのに、いつでも眠くてあくびが出る。
何もしたくない、何かをする気力もない。
みんなみんな、どうでも良い。
今となっては寝る事だけが、彼の楽しみでした。
( ´_ゝ`)「なーぁ」
(-@∀@)「ふぁい……?」
( ´_ゝ`)「お前さぁ、お父さんに認められたいんだっけ?」
(-@∀@)「あー……」
( ´_ゝ`)「そのためにさぁ、毎日毎日ひとりぼっちで頑張ってたんじゃん?」
(-@∀@)「んー……」
( ´_ゝ`)「今もまだ認められたいわけ?」
(-@∀@)「…………」
-
( ´_ゝ`)「んー?」
(-@∀@)「どーでもいーです……」
( ´_ゝ`)「だーよなー」
(-@∀@)「ねるぅ……」
( ´_ゝ`)「おーやすみーぃ」
自分の成り立ちも、根底も。
何もかもを覆して、台無しにして、無かった事にして。
少年は、もう何でもありません。
何も選ばず、何もせず、緩慢な絶望の中で眠り続けるだけ。
そんな彼の家の、チャイムが鳴りました。
いつもなら無視するのですが、今日は男に起こされたので
オレンジおばけのまま、玄関まで行きます。
そして外からがちゃがちゃ開けようとしているドアの鍵を外して、ドアを開けました。
-
そこに立っていたのは、かっちりした身なりの中年の男。
よく知る、あまり見ない、会うのが楽しみでもあり恐ろしくもあった人。
『全く、遅いじゃないか何をしているんだ』
(-@∀@)「あー……父さん……」
『何だその格好は、こんな時間に何を考えているんだ』
(-@∀@)「…………」
『お前、新しい家政婦を断ったそうじゃないか、それでちゃんとやれているのか』
(-@∀@)「あー……」
『学校からも連絡があったぞ、休んでいると言うのは本当か? 全くそんな事を教えた覚えは』
(-@∀@)「うー…………」
『そこをどきなさい、中に入れないじゃないか、本当にお前はどうしてそう愚図なんだ』
耳障りでした。
目の前でイライラと喚きたてる父の声が、耳障りでした。
-
寝ているところを起こされて、眠い目をこすって出てきたのに
何だかよく分からないが、父から怒られている。
眠いのに、寝たいのに、どうして邪魔をするんだろう。
開け放したままの玄関、外から町の人の視線がちらほら。
ああ寒い、うっとおしい、ねむい。
( ´_ゝ`)「なぁ」
(-@∀@)「はい……?」
( ´_ゝ`)「ほら」
飽きもせずに少年を罵倒する父親の声はろくに聞こえず、
いつのまにか背後に立っていた男が、少年にそっと何かを差し出します。
それはキッチンにある筈の小さな果物ナイフで、銀色にきらきらと輝いていました。
( ´_ゝ`)「うるさいよな」
(-@∀@)「はい……」
( ´_ゝ`)「静かにさせようぜ」
(-@∀@)「……わかりましたぁ」
-
後ろからナイフを握らされて、手を添えられて。
ナイフを握った手を、大きな手がぐいと引っ張り
そのまま銀色の刃は、父親の腹へとめり込んで行きました。
ぞぶ、と固いような柔らかいような、不思議な感触でした。
父親が崩れ落ちて、何かを叫んでいます。
まだうるさいなと男が言うので、もっと静かにさせなければいけません。
それから数分なのか、数時間なのか、よくはわかりませんが
気が付くと、足元には父親が倒れていました。
ドアが閉められないので、父親を外に蹴り出してからドアを閉めました。
( ´_ゝ`)「静かになったなー、もっかい寝ようぜ」
(-@∀@)「はい……ふあぁ……」
手も服も真っ赤に染まっていましたが、綺麗にするよりも今は眠くてしかたがありません。
ぼんやりと頷いて、ナイフをぽいと捨ててから、汚れた格好のままベッドに戻ります。
-
何だか外が騒がしくて、サイレンの音がしました。
家の前でも誰かが騒いでるみたいです。
(-@∀@)「うるさいですね……」
( ´_ゝ`)「そうだなぁ、っと」
『臨時ニュースです、たった今───町で、男性が刺されたと』
(-@∀@)「ふぁ……」
( ´_ゝ`)「寝ればー?」
(-@∀@)「うん……」
『男性を刺したとされる少年は、家の中に────』
少年はもそもそと布団の中に潜り込み、ぼんやりとだけ音を聞きます。
テレビから流れる音が、何だか家の外から聞こえるみたいでした。
テレビ越しに外を一瞥してから、男は電源を切ってリモコンを投げます。
そしてすやすやと眠る、赤く染まったオレンジ色の毛布おばけを眺めてから、昼食の準備を始めました。
『次のニュースです』
おわり。
-
あぁ……
-
『彼は堕ちたのだ、緩慢で怠惰な褥の中で、泥のような眠りへと堕ちたのだ』
( ^ω^)「おしまい」
ξ゚⊿゚)ξ「…………あの人は何だったの……?」
( ^ω^)「妖精さんか何かじゃないですか?」
ξ;゚⊿゚)ξ「えー……えぇー……」
( ^ω^)「まあそれ言うと最初の話のあいつも何だったんだと言う話なんですけど」
ξ゚⊿゚)ξ「お医者さまじゃないの?」
( ^ω^)「あーそうか自称医者だった、まぁ自称妖精で良いじゃないですか」
ξ;゚⊿゚)ξ「えぇー……」
( ^ω^)「あいつらは適当な理由で遊びに来るもんですから」
ξ゚⊿゚)ξ「そうなんだ……」
( ^ω^)「こいつは無害な顔したくそったれです、後半やけに献身的でも騙されちゃ駄目ですよ」
ξ゚⊿゚)ξσ「お口ー」
σ)^ω^)「んあぁー」
-
ほっぺプニプニ注意するツンかわええ
-
ξ゚⊿゚)ξ「でも、あんなに真面目な人だったのに」
( ^ω^)「途中まではおっ美談か? って感じでしたよね」
ξ゚⊿゚)ξ「結局こうなっちゃうのね……」
( ^ω^)「最初から自己なんて無かったんでしょ、言われた事しか出来ない人間だったんですよ」
ξ゚⊿゚)ξ「途中までは良かったのになぁ……」
( ^ω^)「まあ性格的に予想できた事ですがね、ははは」
ξ゚⊿゚)ξσ「ブーン感じ悪ーい……」
σ)^ω^)「あーんやめてー」
ξ゚⊿゚)ξ「でも誰が悪かったのかしら」
( ^ω^)「全員じゃね?」
ξ゚⊿゚)ξσ「みもふたもなーい……」
σ)^ω^)「あぁー」
-
ξ゚⊿゚)ξ「そしてやっぱり最後は分からないのね……」
( ^ω^)「そうですねぇ、最期は分からなく出来てます」
ξ゚⊿゚)ξ「どうなったのかしら」
( ^ω^)「逮捕じゃん?」
ξ゚⊿゚)ξσ「台無しー……」
σ)^ω^)「あぁぁー」
ξ゚⊿゚)ξ「それにしても、お父さんはどうして急に帰ってきたの?」
( ^ω^)「きっと学校から呼び出されたんじゃないですか? 息子さん休みが多いですよーって」
ξ゚⊿゚)ξ「……お父さんも間違ってたと思うわ、ぜんぜん心配してなかったもの」
( ^ω^)「ですねぇ、毒親ですよねぇ」
ξ゚⊿゚)ξ「あと、途中のニュースって」
( ^ω^)「さぁ、何でしょうねぇ?」
ξ゚⊿゚)ξ「と言うかテレビって何?」
( ^ω^)「あっここ無かったかテレビ……」
ξ゚⊿゚)ξ「?」
( ^ω^)「色々と受発信するものですよ、今度見せてあげますから」
ξ*゚ヮ゚)ξ「?? わーい!」
( ^ω^)「よっしゃ笑った」
-
( ^ω^)「さ、次の本でも読みますか」
ξ゚⊿゚)ξ「うん、持ってくるね」
本の中の世界は、一つずつ時も場所も背景も違う。
それを彼女へ深く語ると言うのは少々時間がかかるので、割愛させて貰おう。
テーブルに置かれた本の上に本を重ねて、膝から降りた少女の背中を眺める。
彼女は疑問を抱いたら、僕に何でもぶつけてくる。
そして僕はそれに答えて、彼女の中は僕の与えた知識で埋まる。
そう、彼女は僕の言葉だけを信じていれば良いのだ。
とたとた、落ち着いた黄色の表紙を抱えて彼女は戻る。
金糸が彩る3の数字、ああこの色はあれか。
ξ゚⊿゚)ξ「今度のお話は……んー…………んんー……?」
( ^ω^)「燦めく狂れ子の掌で」
ξ゚⊿゚)ξ「全然わかんない……」
( ^ω^)「ははは、さあおいで、読みましょうね」
-
それは、壊れて生まれた少女の話。
それは、コップ一杯の水を欲した話。
それは、純粋に幸せを求め続けた話。
全てに幸せを見出だせる彼女は、いったい何を欲したのでしょうか。
『きらめくふれごのてのひらで。』
彼女を抱えて笑うのは、巨大な身体のいびつな化け物。
-
その女の子は、あるお部屋に居ました。
天蓋付きのベッドはまるでフリルとレースの海。
窓にかかるカーテンはふわふわやわらかなシフォン。
身に付けるのはリボンと布がたっぷりのドレス。
お気に入りの毛布は、とってもやわらかくて暖かい。
ふわふわ、ミルクに落としたはちみつみたいにたおやかな髪。
にこにこ、ハニーキャンディのようにとろける瞳。
すべすべのお肌は真珠みたいに真っ白で、うっすら色付く頬はやさしいばら色。
豪奢な絨毯の敷かれた床に座って、女の子はにこにこ。
何かを待つように、綺麗な細工の施された扉を見つめます。
女の子が待つのは、7日に1度のお客様。
とってもやさしい大好きなパパが、7日に1回だけお部屋の扉をノックするのです。
まだかなあ、まだかなあ。
たのしみだな、たのしみだな。
にこにこ、そわそわ、わくわく。
-
こつこつ。
扉の向こうから、まだ遠い足音。
しゃら、と音を立てて女の子は立ち上がります。
こつこつ。
近づく足音。
扉が開くのが楽しみで、そわそわしながら立ったり座ったり。
こつこつ。
もうすぐそこ。
いいこいいこにしていなきゃ、女の子は裾をただしてきれいにお座り。
こつ。
扉の前で足音が止まりました。
かしゃん、ぎぃぃい。
きしむ音をさせながら、扉は開かれます。
-
『やあ、かわいいかわいいお姫様、ご機嫌いかがかな?』
川*^ー^)「わぁ、パパ、いらっしゃいませ」
『今日もお姫様はご機嫌みたいだ、さぁ一緒に遊ぼうね』
川*^ー^)「えぇパパ、パパ、いっしょにあそぼぉ」
『ああかわいらしいお顔をよく見せてごらん、すてきなすてきなお姫様』
川*^ー^)「パパ、パパぁ、いっぱいあそんで、くぅとあそんで」
『もちろんさお姫様、さあ背中を向けて、今日もたくさんたくさん遊ぼうね』
パパはやさしい手つきで女の子の頬を撫でて、嬉しそうに微笑みます。
そしてやさしくやさしく、女の子のドレスのボタンを外すのです。
むき出しになった白い肌を撫でて、はらはらと赤い跡を残します。
女の子はそれがくすぐったくて身をよじるのですが、
そうするとパパが困ってしまうので、いつも我慢していました。
-
パパと遊ぶのはとってもたのしい。
このお部屋は大好きだけど、いつもひとりぼっち。
だからパパが遊びにきてくれると、とってもしあわせ。
パパはやさしく髪を撫でて、大好きだよって言ってくれます。
きれいな髪、きれいな目、きれいな肌だと言ってくれます。
だから女の子はパパが大好きです。
たまにしか会えないけれど、こんなにもしあわせにしてくれるのですもの。
『また来るよお姫様、それまで良い子で居るんだよ』
川*^ー^)「えぇ、くぅいいこでいるわぁ」
パパが女の子の部屋から出ていく時、女の子はいつもはだかになっています。
このままでは風邪を引いてしまうので、ふわふわあたたかな毛布で身体を包みます。
このお部屋には何でもある。
ベッドも、毛布も、お人形も、ドレスも。
美味しい食事も運ばれてくるし、いつもお腹いっぱいになる。
だけれどやっぱり、少しだけ寂しい。
-
この日の食事は、ふかふかのパンケーキに濃厚なバター、甘い甘いシロップがたっぷり。
とってもとっても美味しいけれど、女の子は喉が乾いてしまいました。
いつもは一緒に甘い紅茶がついてくるはずなのに、今日はそれが無かったのです。
川*^ー^)「ねぇ、ねぇ、何か飲みたいの」
女の子は喉が乾いたと訴えますが、お部屋には誰も来てくれません。
お水が一杯だけほしいの、そう言っても誰も聞いてくれません。
女の子は困ってしまって、お部屋のドアを叩きます。
ドアは冷たくて、固くて、何も応えてくれません。
川*^ー^)「おみずをちょうだい、コップにちょうだい」
大きな声を出してみても、たくさん扉を揺らしてみても、誰も来てくれません。
お部屋には飲み物は何もありません、探してみても見つかりません。
がしゃがしゃと扉を揺らします。
その音ばかりが反響して、誰も助けてくれません。
-
川*^ー^)「どぉして、どぉして、くぅおみずがほしいの、おみずがほしいの」
寒々しいお部屋の中、扉がきしむ音と女の子の声だけが広がります。
ぼろぼろと赤黒く固まったものが手のひらから剥がれますが、それには気付きませんでした。
女の子は声をあげればあげる程に喉が乾いてしまいますが、口を閉じることはありません。
ついには泣き出してしまいそうになった、その時です。
「なにが ほしい ですか」
川*^ー^)「おみずがほしいの、コップにおみずがほしいのよぅ」
「おみず ですか どうぞ どうぞ」
どこからともなく聞こえた声に答えると、ぬぅ、と暗がりから大きな手が伸びてきました。
その手には可愛らしい、おもちゃみたいな黄色のコップが乗っていて、中にはきれいなお水がたっぷり。
-
川*^ー^)「わぁ、わぁ、ありがとぉ」
女の子はそれを受けとると、ごくごくと飲み干しました。
からからに乾いて痛かった喉が潤って、とっても幸せな気持ちになりました。
川*^ー^)「うふ、うふふ、ありがとぉ」
「どう いたしまして」
川*^ー^)「ねぇ、ねぇ、あなたはだあれ?」
「だれ でしょう ほかにほしい ものは ありますか」
川*^ー^)「えっとね、えっとね、くぅ、あたらしいもうふがほしいの」
「ほかには ありますか」
川*^ー^)「それじゃあね、それじゃあねぇ、くぅおともだちがほしいわぁ」
「おともだち ですか」
川*^ー^)「そうよぅ、いっしょにねむるおともだちがほしいのぉ、あなたはおともだちになってくれるぅ?」
「はい よろこんで あなたのなまえを おしえてください」
川*^ー^)「くぅはねぇ、くぅはねぇ」
-
川*゚ 々゚)「くぅはねぇ、くるうって言うのよぅ」
フリルとレースの海みたいなお部屋。
(真っ暗でじめじめした、寒々しい地下室)
(鉄格子の向こうには鎖で繋がれた少女が一人)
ひらひら綺麗なドレスを纏って、あたたかな毛布を抱える。
(ぼろ布を纏う少女は痩せっぽち、そこらじゅうが傷だらけ)
(汚れと穴だらけの毛布だけがか細い身体を温める)
とっても美味しいパンケーキ、甘い紅茶もついてくる。
(食べるものは乾いた固いパンだけ)
(時々くず野菜のスープがついてくる)
パパは遊びに来てくれると、髪を撫でて愛を囁く。
(父親は少女に馬乗りになって、拳を振り下ろす)
(お前の産んだせいで妻は死んだと吐き捨てる)
-
女の子の目に映る世界は、とても色鮮やかで素敵なものばかり。
お部屋も、ドレスも、食事も、パパも。
彼女の目に映ってしまえば、きらきら輝く宝石みたいなもの。
川*゚ 々゚)「あなたはぁ? あなたのおなまえはぁ?」
| ^o^ |「ひみつ です」
川*゚ 々゚)「じゃあね、じゃあねぇ、ひみつさん」
| ^o^ |「はい」
川*゚ 々゚)「もういっぱいだけおみずをちょうだぁい」
| ^o^ |「わかりました」
川*゚ 々゚)「それとねぇ、それとねぇ、くぅのおともだちになってぇ」
| ^o^ |「はい くるう よろこんで」
ちゃちな作りの黄色のコップは、ただの水でも幸せを溶かしたような味がする。
ぼろぼろの女の子の頬を、大きな大きな手のひらが撫でました。
女の子の小さな頭なんて、一息に潰せてしまいそうなくらいに大きな手でした。
そんな大きな手を、小さな小さな爪のない指先で撫でました。
-
ああ哀しい
-
女の子のおともだちは、大きな身体に大きな手。
まん丸大きな頭がぐらぐらと揺れながら、にこにこいつでも笑顔です。
その姿はまるで化け物そのものでしたが、女の子の目にはただの大きな人に映ります。
とっても大きなおともだちは、お膝に乗せてくれたり抱えてくれるのです。
女の子が見るものと、実際のものが違う事におともだちは気付いていました。
気味の悪い緩慢な動きで首をかしげますが、それだけで何も言いませんでした。
| ^o^ |「くるう くるう ほしいものは ありませんか」
川*゚ 々゚)「えっとねぇ、えっとねぇ、おっきなくまさんのおにんぎょう!」
| ^o^ |「わかり ました」
ぬるりとおともだちの姿が影に消えて、少ししてから戻ってきました。
その手にはとっても大きなクマのぬいぐるみがあり、女の子はそれを受け取ると強く抱き締めました。
川*゚ 々゚)「わぁ、わぁ! すてきぃ、うれしいわぁ!」
| ^o^ |「よかった です」
川*゚ 々゚)「ありがとぉ、ねるときもぎゅーってするわぁ」
-
クマのぬいぐるみを抱き締めて微笑む女の子の顔を覗き込み、おともだちは頭を傾けます。
| ^o^ |「ほしいものは ありませんか」
川*゚ 々゚)「えっとねぇ、えっとねぇ……まっしろできれいなドレスぅ!」
| ^o^ |「わかり ました」
おともだちは、何度も何度も尋ねます。
ほしいものはありませんか、ほしいものはありませんか。
それに応えて欲しいものを言うと、おともだちは何でも持ってきてくれました。
大きなクマのぬいぐるみ。
ふわふわひらひら真っ白なドレス。
お花の刺繍のふかふかクッション。
バラのクリームのケーキ。
きらきら輝く砂糖菓子。
お部屋いっぱいの花束。
何でも、何でも、与えてくれました。
けれど一番大切にしているのは、最初に貰ったお水のコップ。
お水はもう飲んでしまったけれど、幸せの色の可愛いコップ。
-
けれど時々ご飯を届けにくる人には、おともだちが見えていないようでした。
突然ものが増えたお部屋に驚いて、女の子を叩きながら泥棒と怒鳴ります。
突然頬を撫でられた女の子は驚きましたが、嬉しそうに笑いました。
それを気味悪がって、誰かは女の子がもらったものを持っていってしまったのです。
意地悪をされてしまいましたが、きっとクマさんと遊びたかったのねと女の子は笑いました。
すぐに返してくれるわ、そうにこにこする女の子。
実際に、女の子の持ち物はすぐに戻ってきました。
少し赤く汚れてはいますが、眠っている間に戻ってきていたのです。
女の子は喜んで、おともだちはそれを眺めます。
それからご飯を届けにくる人が変わりましたが、女の子は気付きませんでした。
誰かが来ては持ち物を持ち去り、持ち物が戻ってきては人が変わる。
いつのまにか、誰も何も持って行かなくなりました。
おともだちとお喋りをしていても、怯えたようにすぐ逃げていくようになりました。
-
クマもほんとはどんな姿なんでしょうねえ
-
おともだちのお膝で、色んなものに囲まれて、女の子は今まで以上に幸せでした。
小さな小さな手のひらには、たくさんたくさん幸せが乗っています。
ほしいものは何でもくれる。
お腹が空けば食べ物を持ってきてくれる。
抱っこもしてくれる、腕の中で眠らせてくれる。
天井に頭を擦りそうな背丈、顔に貼り付いた仮面のような笑顔。
いびつに歪んだ背中と、恐ろしいほどに大きな手。
女の子は、そんなおともだちが大好きでした。
温度の無い手のひらでも、撫でてもらえると幸せ。
気味の悪い長さの腕でも、その中にすっぽり収まると幸せ。
不気味なまでに固まった笑顔でも、自分だけを見てくれる幸せ。
女の子は、パパよりおともだちの方が好きになっていました。
| ^o^ |「くるう くるう」
そしておともだちは、今日も尋ねます。
| ^o^ |「ほしいものは ありませんか」
-
女の子は考えました。
たくさんたくさん考えました。
パパはたまにしか会えません。
だからおともだちとはずっと一緒に居たかったのです。
だからだから、女の子はたくさんたくさん考えました。
そして、おともだちに向かって言うのです。
川*゚ 々゚)「くぅねぇ、くぅねぇ、あなたがほしいのぉ」
ひとりぼっちは寂しいので、おともだちと一緒がよかっただけでした。
だけれどおともだちは、少し驚いたような素振りで首を傾げます。
| ^o^ |「わたし ですか」
川*゚ 々゚)「そうよぅ、ずぅっとあなたといっしょがいいのぉ、だからくぅにあなたをちょうだぃ?」
-
おともだちのほっぺをぺちぺちと撫でながら、女の子は笑います。
その言葉には裏も表もなく、ただただ純粋なものでした。
| ^o^ |「わかり ました わたしは くるうの ものです」
川*゚ 々゚)「やったぁ! やったぁ! うれしいわぁ!」
| ^o^ |「くるう」
川*゚ 々゚)「あのね、あのねぇ、じゃあねぇ、くぅもあげるぅ、あなたにあげるぅ!」
| ^o^ |「くるう を ですか」
川*゚ 々゚)「そうよぅ、くぅはあなたのものでねぇ、あなたはくぅのものなのよぅ」
| ^o^ |「くるうは わたしの」
川*゚ 々゚)「これならねぇ、これならねぇ、ずぅっとずぅっといっしょでしょぉ?」
| ^o^ |「いっしょ くるうと」
川*゚ 々゚)「いっしょよぅ!」
| ^o^ |「 わかり ました くるうは わたしのもの です」
川*゚ 々゚)「わぁ、わぁ、うれしいわぁ!」
-
大好きなおともだちが、じぶんのものになりました。
とってもとっても嬉しかった女の子は、自分をおともだちにあげました。
大好きなおともだちになら、じぶんをあげても良いと思いました。
お互いがお互いのものなら、ずっとずっと離ればなれにはなりません。
おともだちは大きな頭をぐらぐらと揺らして、女の子を抱えていました。
彼が何を考えているのかなんて、誰にも分かりませんでした。
けれどおともだちは、やっぱり尋ねます。
| ^o^ |「ほしいものは ありませんか」
女の子はとっても幸せでしたが、ふと思い付きました。
パパに、おともだちを紹介したくなったのです。
素敵な素敵なおともだちだから、自慢をしたかったのです。
川*゚ 々゚)「えっとねぇ、えっとねぇ……パパにあいたいわぁ!」
| ^o^ |「わかり ました」
-
ぬる、と鉄格子を越えたおともだちが、上の階へと消えて行きます。
大きなぬいぐるみを抱いて、ドレスの裾を正して、女の子はパパとおともだちを待ちます。
もらったものを一つずつパパに見せてあげよう。
宝物たちを見てもらおう。
ぬいぐるみを、ドレスを、クッションを。
そしてかわいいかわいい黄色いコップと、それらをくれたすてきなおともだちを。
パパに、ちゃんと見せてあげよう。
ふと、上の階から、悲鳴やら大きな音やらが聞こえてきました。
きゃあきゃあ、ばたばた、とっても賑やか。
ばけもの。
ひとごろし。
たすけて。
うちころせ。
色んな声が聞こえてきます。
ぱんぱん、と何かをはじく音もしました。
何をしてるのかしら、と女の子はそわそわ。
パパとおともだちがパーティでもしているのでしょうか。
少し経つと、上からは何も聞こえなくなりました。
そして、ずるずる、ぺたぺた、音をさせながらおともだちが戻ってきました。
-
| ^o^ |「どうぞ くるう パパ です」
差し出された手のひらに乗っていたのは、パパの握りこぶしほどの赤いかたまり。
きょとんとした顔の女の子でしたが、すぐに笑顔になって言いました。
川*゚ 々゚)「パパのだわぁ! ありがとぉ!」
女の子には、それはいつもパパが身に付けている時計に見えていました。
止まってしまっているけれど、いつも見ていた銀の懐中時計です。
赤くて大きなかたまりの懐中時計を受け取ると、それに頬擦りするように耳を当てます。
なんにも聞こえませんが、なんだかあたたかくて優しい気持ちになりました。
川*゚ 々゚)「パパにかしてもらったのぉ?」
| ^o^ |「パパから もらって きました」
川*゚ 々゚)「うれしいわぁ、うれしいわぁ、くぅとってもほしかったのぉ」
| ^o^ |「そう ですか」
-
川*゚ 々゚)「パパとおはなししたのぉ?」
| ^o^ |「はい」
川*゚ 々゚)「パパはなにかいってたぁ?」
| ^o^ |「もう いません」
川*゚ 々゚)「そうなのぉ? どうしてぇ?」
| ^o^ |「ここに それが あるからです」
川*゚ 々゚)「とけいがここにあるからぁ?」
| ^o^ |「 はい」
川*゚ 々゚)「そぉ……そぉなのぉ……」
| ^o^ |「はい」
川*゚ 々゚)「それじゃあ、しょうがないわねぇ」
| ^o^ |「はい」
川*゚ 々゚)「あなたがいればさみしくないわぁ、へぇきよぅ」
| ^o^ |「そう ですか」
-
真っ赤に染まったおともだちは、女の子のそばに戻ります。
女の子は、しょうがないわぁ、と楽しそうに時計を開いて遊んでいます。
しばし懐中時計を撫でたりつついて遊ぶの女の子を眺めてから、おともだちは口を開きました。
| ^o^ |「くるう ほしいものは ありませんか」
懐中時計を抱えたまま、女の子は考えるような素振りで首を傾げました。
そしてにっこり答えます。
川*゚ 々゚)「くぅ、おそとにでみたいわぁ!」
お部屋の外、上の世界には興味がありました。
だけどパパがダメだと言うので、お部屋に居ました。
パパが居ないなら、もうここに居る意味はありません。
おともだちがそばに居るなら、ここで無くても良いのです。
-
わかりました。
おともだちはもう何かを考える素振りも、迷う素振りもありませんでした。
ただ頷いて、鉄格子をめりめりと握り潰して扉を開きました。
| ^o^ |「いきましょう くるう」
女の子を抱え上げて、おともだちは行こうとします。
けれど女の子は困ったように、そこから動きません。
川*゚ 々゚)「くまさんもクッションも、いっしょにいかないのぉ……?」
| ^o^ |「わたしが もって いきますよ」
川*゚ 々゚)「ほんとぅ? よかったぁ」
| ^o^ |「はい ほんとう です」
川*゚ 々゚)「でもねぇ、でもねぇ、これだけはくぅがもっていたいのぉ、だめぇ?」
| ^o^ |「こっぷ ですか」
川*゚ 々゚)「あなたがさいしょにくれたのよぉ、とってもとってもだいじなのぉ」
| ^o^ |「わかり ました それは くるうが」
川*゚ 々゚)「わぁい、わぁい!」
おともだちが、まるで膨らまないポケットの中にみんなみんな仕舞い込んで、お部屋は空っぽになりました。
一番大切なものを胸に抱いた女の子は、それを見ると、安心したように長い腕に抱かれてお部屋をあとにしました。
生まれてはじめて、お部屋の外に出る。
そのわくわくで、胸がいっぱいになります。
-
階段を上がり、二回扉を開けると、明るい場所に出ました。
明るい照明、大きな窓、高い天井。
どこか、お家の中のようでした。
興味深そうにきょろきょろと視線を動かす女の子でしたが、足元でその視線が止まります。
お腹がぱっくりと開かれたパパが、寝転がっていたからです。
川*゚ 々゚)「パパがいるわぁ」
| ^o^ |「もう いませんよ」
川*゚ 々゚)「ねてるのかしらぁ?」
| ^o^ |「くるう パパはもう いません」
川*゚ 々゚)「でもいるわぁ?」
| ^o^ |「それは もう パパでは ありません」
川*゚ 々゚)「そうなのぉ? とけいがここにあるからぁ?」
| ^o^ |「はい」
-
ふしぎねぇ、と微笑む女の子は、しげしげと寝転がるパパを見ます。
お腹が開いていて、中からたくさんお花がこぼれています。
床にもたくさんの赤い花が水溜まりになっていて、少し乾いて黒くなったお花もありました。
川*゚ 々゚)「ねぇ、ねぇ」
| ^o^ |「はい」
川*゚ 々゚)「おなかのなかには、おはながあるのぉ?」
| ^o^ |「おはな ですか」
川*゚ 々゚)「ほらぁ、パパのおなかからいっぱいでてるぅ」
| ^o^ |「そう ですね」
川*゚ 々゚)「じゃあねぇ、じゃあねぇ、ほかのひとのおなかもみてみたいわぁ!」
| ^o^ |「わかり ました」
-
女の子を抱えたまま、おともだちは何かを探すように歩き回る。
そして中から話し声のするお部屋を見つけると、床を軋ませながらゆっくり近付いた。
その扉を開けてみると、そこに居たのは同じ服を着た女の人たち。
怯えたように集まって、縮こまって、涙を浮かべながらこちらを見ました。
歓迎するようにこちらを見る目、驚いたように声を上げる。
(ひきつった顔、震える声、絶望した眼差し)
ようこそお姫様、一人がそう大きく言いました。
(中の一人が喉を震わせ、悲鳴を上げる)
みんな口々に歓迎の言葉を投げ掛けて、お茶やケーキの準備を始めます。
(それを皮切りに、皆が皆、声を上げて逃げ出そうともがく)
「おなか でしたか」
「えぇ、おなかよぅ!」
-
あかん
-
魔法使いのステッキみたいにおともだちは軽く指先を振ります。
(化け物は長い長い腕を振るい、大きな大きな手を振り抜く)
すると、まるで魔法みたいに、お腹からたくさんの赤いお花が溢れだしました。
(横凪ぎに振るわれたその腕はメイドの腹を引き裂いた)
ぶわあ、と部屋いっぱいに広がるお花畑に、女の子は目を輝かせました。
(飛び散る血と肉、むせかえる臭い、耳を刺す悲鳴と嗚咽)
「すごい、すごいわぁ! とってもきれぇ!」
「くるう くるう もっと みたいですか」
「みたいわ、みたいわぁ! きれいなもの、たっくさんみたいわぁ!」
「くるう くるう よろこんで」
お部屋は真っ赤に染まって。
真っ赤なお花でいっぱいになって。
吐き気をもよおすような、濃い花の香りが充満していて。
女の子はもっともっとと穢れの無い目でねだり続けた。
-
お屋敷の扉は開きません。
まるで魔法がかかったみたいに。
お屋敷の窓は壊れません。
まるで呪いがかかったみたいに。
お屋敷の人は逃げ惑います。
まるで蜘蛛の子を散らすように。
お屋敷の中は真っ赤に染まる。
まるでお花畑のように。
「すごぉい、すごいわぁ、とってもきれぇ!」
「うれしい ですか」
「すぅっごくうれしぃ!」
「よかった です」
おともだちは女の子に何でも差し出します。
まるでそれが使命のように。
女の子はお花を抱えて笑います。
まるで自分は世界一幸せだと言うように。
-
お屋敷の中はそこらじゅうが真っ赤なお花畑。
もう動いてるものは何もいません。
下ろしてもらった女の子は、ばしゃばしゃとお花畑を駆け回ってはしゃぎました。
すごいわきれいねと声を上げて笑いながら、手に掬ったお花を撒き散らします。
真っ赤なお花をたっぷり詰めた、幸せ色のコップをおともだちに差し出します。
それを受け取ったおともだちは、どこか満足そうに、はしゃぎまわる女の子を眺めていました。
川*゚ 々゚)「すごぉい! ひとのおなかにはおはながつまってるのねぇ!」
| ^o^ |「そう ですね」
川*゚ 々゚)「くぅも? くぅのおなかにもつまってるのぉ?」
| ^o^ |「はい きっと」
川*゚ 々゚)「みてみたいわぁ!」
| ^o^ |「だめ です」
川*゚ 々゚)「だめなのぉ?」
| ^o^ |「それは わたしのもの ですから」
-
川*゚ 々゚)「そっかぁ……そうよねぇ、くぅはあなたのものだものねぇ」
| ^o^ |「はい」
川*゚ 々゚)「じゃあがまんするわぁ! くぅはいいこですものぉ!」
| ^o^ |「いいこ ですね」
川*゚ 々゚)「うふふぅ…………ねぇねぇ?」
| ^o^ |「はい」
川*゚ 々゚)「おそとには、なにがあるのぉ?」
| ^o^ |「そと ですか」
川*゚ 々゚)「きれぇなもの、いっぱいあるぅ?」
| ^o^ |「おそらく あります」
川*゚ 々゚)「いってみたぁい!」
| ^o^ |「わかり ました」
-
中身を飲み干したコップを女の子に返して、おともだちは女の子を連れて扉の前まで行きます。
すると、さっきまではびくともしなかった扉が開き、ざわ、とあたたかな風が流れ込みました。
お屋敷の中もとても綺麗でしたが、外の世界は、それ以上に綺麗でした。
木々も、草花も、風も水も、ただそこにあるだけなのに美しいと感じました。
けれど女の子をいちばん惹き付けたのは、本物のお花畑。
お屋敷の向こう側に、開けた場所にお花畑があったのです。
幸せに満ちた黄色いお花が咲いていて、甘くて優しい匂いが風に運ばれて行きます。
お花畑の真ん中で、ざわざわと風に撫でられながら女の子は考えました。
川*゚ 々゚)「くぅ、こんなにしあわせでもいいのぉ?」
| ^o^ |「はい」
川*゚ 々゚)「いいのかなぁ」
| ^o^ |「はい」
川*゚ 々゚)「ほんとぉ?」
| ^o^ |「はい」
-
川*゚ 々゚)「うれしぃ、ねぇねぇ、いっしょにおどろぉ!」
| ^o^ |「はい よろこんで」
お部屋の中でも幸せでした。
(毛布、ドレス、食事、パパ)
おともだちが出来てからは、もっと幸せになりました。
(幸せの色、お人形、ドレス、クッション、ケーキ、お花もたくさん)
お部屋いっぱいのお花も。
お屋敷のいっぱいのお花も。
みんなみんな素敵だけど、本物のお花畑はもっと素敵。
ずっとほしかった気がする。
ずっと夢見てた気がする。
お部屋の外、そばに居てくれる人、咲き乱れるお花。
みんなみんな、手に入ってしまった。
-
女の子とおともだちは、手を取り合ってくるくると回る。
お花を蹴散らして、幸せそうに、楽しそうに、踊っている。
窮屈だと感じた事なんて無い。
だって最初からずっとずっと幸せだったから。
不幸だった時なんて無い。
だって女の子の目には素敵なものしか映らないから。
どんなに痛くても、苦しくても、寂しくても。
女の子の目には映らないのだから、そんなものは存在しない。
だから幸せだった。
ずっと幸せだった。
だけどおともだちが出来てから、ほんとうに幸せになれた気がする。
今までがにせものだったとは思わないけれど、やっとほんとうになれた気がする。
最初からこわれていた。
こわれたまま生まれてきた。
だからなおる事はない。
ずっとずっとこわれたまま。
それでも彼女は求め続ける。
その小さな手のひらには幸せの色
けれど確かな幸せを感じてもなお、求め続ける。
-
よかったねくるうちゃん
-
おともだちとならずっとしあわせでいられる。
ずっとずっと、ずっとこのままでいられる。
もっともっと、しあわせになれる。
川*゚ 々゚)「あは、あはは、あははぁははぁ」
| ^o^ |「たのしい ですか」
川*゚ 々゚)「うんっ! とぉってもぉ!」
| ^o^ |「うれしい です」
幸せないろの中、少女は笑う。
黄色のコップは赤く汚れていた。
幸せないろを抱えて、少女は笑う。
汚れた赤すら美しく見えていた。
幸せないろに溺れて、少女は笑う。
もっともっとしあわせを求める。
幸せなものしか見えないから。
しあわせな物に囲まれていた。
幸せなものしか見えないから。
そばにあるお墓にも気付かない。
幸せなものしか見えないから。
すぐそこが崖だとは気付かない。
幸せなものしか見えないから。
次に踏むべき地面が、もう無い事にも、気付かなかった。
おわり。
-
『彼女は堕ちたのだ、与えられた物を抱きしめて、強欲にも更なる何かを求めて甘い甘い水底へと堕ちたのだ』
( ^ω^)「おしまい」
ξ゚⊿゚)ξ「……何だか、不思議なお話だったわ」
( ^ω^)「不思議って言うか頭がおかしいって言うか」
ξ゚⊿゚)ξσ)^ω^)「あぁー」
ξ゚⊿゚)ξ「女の子は、幸せだったの?」
( ^ω^)「幸せだったと思いますよ?」
ξ゚⊿゚)ξ「じゃあ、良かったのかしら……」
( ^ω^)「まあ主観的には良かったんじゃないですかね」
ξ゚⊿゚)ξ「うーん……」
-
ξ゚⊿゚)ξ「でも、女の子は悪い事は……してない……のよね?」
( ^ω^)「まぁ悪かったのは産まれか頭でしょうね」
ξ゚⊿゚)ξσ「でもお友だちが悪かった感じもあんまりしないの」
σ)^ω^)「あぁぁー」
ξ゚⊿゚)ξ「ひどい事は沢山してるみたいなのに……」
( ^ω^)「まあどっちも頭おかしいですし」
ξ゚⊿゚)ξ三σシュッ
三σ)^ω^)「あひん」メシュッ
ξ゚⊿゚)ξ「どっちも何だか、空っぽな感じだった」
( ^ω^)「実際に空っぽだったと思いますよ、あれが人に物を与えるのは本能です」
ξ゚⊿゚)ξ「本能……」
( ^ω^)「何も考えず求められた物を与えるだけの木偶の坊、まあ相性が良かったんでしょうね」
ξ゚⊿゚)ξ「……お友だちは、幸せだったのかしら」
( ^ω^)「さて?」
-
ξ゚⊿゚)ξ「それにしても……この子はどうして、壊れたままで生まれてきたの?」
( ^ω^)「神様の手違いで、少しいびつになってしまったんですよ、きっと」
ξ゚⊿゚)ξ「お母さんが死んじゃったって、途中で一回だけ出たわよね、あれはどうして?」
( ^ω^)「きっと悲しい間違いが起きてしまったんでしょうねぇ、お父さんはそれを受け入れられなかったんですよ、きっと」
ξ゚⊿゚)ξ「そっかぁ…………そしてお馴染みの最後のわからなさ……」
( ^ω^)「もう最期が分かると期待するのやめません?」
ξ゚⊿゚)ξ「意地悪なお話ばっかり」
( ^ω^)「そう褒めないで下さいよ」
ξ゚⊿゚)ξσ「褒めてなーい……」
σ)^ω^)「あぁんあー」
ξ゚ -゚)ξ「むう……意地悪なんだから」
( ^ω^)「まあまあ、お嬢さん、ほら可愛いんだから笑って」
,,ξ゚⊿゚)ξ「次の本を持ってくる……」
( ^ω^)「うーん切り替えが早くてよろしい」
腑に落ちない、と言った顔で彼女は膝から降りて行く。
僕は積んだ本を崩れないように微調整して、一番上に先程まで読んでいた物を置いた。
幸いと言うべきか、彼女は『くぅ』のように壊れてはいない。
だからこそ様々な事を教える事が出来るし、考える事も出来る。
-
彼女は、目の前に落とされた不幸とも幸福とも言えない存在に、眉を寄せるような少女だ。
バカ正直にまっすぐ育ち、嘘もつけない清廉潔白さ。
そんな真っ白な、まっさらなところが良いんだ。
頭の中身なんて空っぽで、僕の言葉を疑えない愚かなところが可愛いんだ。
ああ僕のお姫様はこんなに可愛い。
当の本人は未だに釈然としない顔で、緑の本を抱えて戻ってくる。
表紙の文字は4、なかなかろくでもないぞこれは。
ξ゚⊿゚)ξ「んっしょ、と」
( ^ω^)「はいお帰り」
ξ゚⊿゚)ξ「ただいま、えっと今度は……んー……知ってる気がするのに読めない……」
( ^ω^)「妬けた靴で踊り果て」
ξ゚⊿゚)ξ「惜しかったわ……」
( ^ω^)「何にも言ってなかったですよね」
ξ゚⊿゚)ξ「こ、今度はどんなお話?」
( ^ω^)「あー無かった事にしてるーぅ」
ξ;゚⊿゚)ξ「どんなお話なのよぅっ!」
-
それは、我慢する少年の話。
それは、何も言わずにに笑っている話。
それは、自分の感情すら飲み下してきた話。
自分の意志を押さえ込んできた彼は、いったい何を主張するのでしょうか。
『やけたくつでおどりはて。』
彼の隣に立っているのは、人当たりの良い優男。
-
その少年は、とても控えめな性格でした。
いつも自分のものをみんなと分け合い、独り占めする事はありません。
自分のものだと振りかざす事もせず、ただにこにこと差し出します。
分け合う事は美徳だと、誰かに教わった気がする。
それが誰かは覚えていないけれど、言われた通りにそうするとみんなは笑顔になった。
優しい、ありがとう、感謝の言葉がほしかったわけではありません。
けれどみんなが笑うから、嬉しそうにするから、なんだか気持ちが満たされるのです。
初めはおやつをお友達と分け合う、ただそれだけのことでした。
けれどいつしか、買ったばかりの本や、新しいおもちゃ、色んな物を分け合うようになりました。
少年はそれでも、みんなが喜ぶなら、と思っていました。
最後にはぼろぼろの状態で戻ってきても、みんなが楽しそうにしているなら幸せでした。
-
けれど本当は、心のどこかで思っていました。
自分のものなのに。
誰にも横から奪われない
自分だけのものが欲しい。
その気持ちに気付く度に、少年は自分を咎めます。
そんな意地悪な事を考えてはいけないと。
みんなと幸せも分け合うべきだと。
そんな少年には、小さな頃から好きな女の子が居ました。
可愛らしい黒髪の少女で、いつも女の子同士でよく遊んでいます。
遠巻きに眺めては、かわいいなとぼんやり思うだけ。
好きと言う気持ちは日に日に大きくなりますが、それを伝える事はありません。
だってそんな事を伝えてしまえば、きっと彼女は困ってしまうだろうから。
-
好きだと言って困らせたくない。
断られたら、気まずい関係になってしまう。
好きを返してもらえたとしても、彼女を独り占めする事になってしまう。
それじゃダメだ、きっとダメだから。
(,,^Д^)「ばぁ」
(;・∀・)「うわっ!?」
(,,^Д^)「こんにちは、この辺の子?」
(;・∀・)「う、うん……君は?」
(,,^Д^)「最近越してきたんだ、もし良かったら、友達になってくれないかな?」
( ・∀・)「そうなんだ……うん良いよ、喜んで」
よく晴れた昼下がり、家の外で本を読んでいた少年。
その顔を覗き込むように、一人の男が笑顔で話しかけてきました。
少年よりも少し年上で、人当たりの良さそうな整った笑顔、透き通るような緑の瞳、優男と言うに相応しい風貌。
そしてそんな優男の申し出を、少年は二つ返事で承諾しました。
-
その日から少年は、どこからともなく現れる優男と一緒に遊ぶようになりました。
(,,^Д^)「や、元気?」
(;・∀・)「わっ!?」
(,,^Д^)「なに読んでるの?」
(;・∀・)「課題に出された小説……」
(,,^Д^)「ふぅん、面白い?」
( ・∀・)「うん、面白いよ、本当は違う本だったんだけどね、これも面白い」
(,,^Д^)「もとの本はどうしたのさ」
( ・∀・)「人気の本だったから、交換してって言われて」
(,,^Д^)「君は読みたくなかったの?」
( ・∀・)「読みたかったけど……良いんだ、これも面白いから」
(,,^Д^)「ふぅん」
日が暮れる頃には優男はどこかへと帰って行きます。
何度か家の場所を聞いてみましたが、教えては貰えませんでした。
-
ある時は草むらから。
(,,^Д^)「ばぁ」
(;・∀・)「わっ、……もう、いつも変な所から出てくる」
(,,^Д^)「今日は何してるの?」
( ・∀・)「風景のスケッチ、明日提出するんだ」
(,,^Д^)「ふぅん、緑の鉛筆だけで?」
( ・∀・)「あはは、みんな無くしたからって持ってっちゃって」
(,,^Д^)「君のだろ? 返してもらえば?」
( ・∀・)「今返してもらうと困らせちゃうよ」
(,,^Д^)「変な話だね、困ってるのは君だろうに」
( ・∀・)「僕は良いよ、緑だけでも絵は描けるから」
(,,^Д^)「ふぅん、そうかい」
-
ある時は家と家の隙間から。
(,,^Д^)「やっ」
( ・∀・)「うわっ、もうどこから出てくるんだよ」
(,,^Д^)「今日は何を?」
( ・∀・)「町の清掃、手分けしてやるんだ」
(,,^Д^)「ふぅん、君は一番大変そうなのをやるんだ」
( ・∀・)「くじ引きで他の所に当たったんだけど、そっちが良いって言われたから」
(,,^Д^)「だから当たりくじをあげた? 何だいそれ、君がドブをさらう必要はあんの」
( ・∀・)「だってみんな嫌がるだろ?」
(,,^Д^)「君は嫌じゃないのかよ?」
( ・∀・)「好きではないけど、しょうがないさ」
(,,^Д^)「ふぅん、変なの」
-
ある時は窓の下から。
(,,^Д^)「やぁ」
( ・∀・)「うわ、びっくりした」
(,,^Д^)「今日は物思いかい?」
( ・∀・)「かもね、上がりなよ」
(,,^Д^)「ここで良いよ、何見てるのさ」
( ・∀・)「向こうでボール遊びしてる子達」
(,,^Д^)「あれはこないだ買ってもらったやつだろ、君が」
( ・∀・)「そうだけどね、楽しそうだから」
(,,^Д^)「楽しみにしてたのに、もう奪われたのか」
( ・∀・)「奪われてないよ、貸したんだ」
(,,^Д^)「返ってくる頃にはボロボロだよ」
( ・∀・)「ボールはそうなるものだから」
(,,^Д^)「ふぅん、それで良いんだ」
-
ある時はすぐ後ろから。
(,,^Д^)「よっと」
( ・∀・)「そろそろ来ると思ってた」
(,,^Д^)「僕の事が分かってきたね、今日は何してんの?」
( ・∀・)「うん、ちょっとね」
(,,^Д^)「悩みがあんなら聞いてあげるよ、言ってごらん」
( ・∀・)「迷惑だろ?」
(,,^Д^)「友達だろ?」
( ・∀・)「……君と遊ぶ事が増えたろ」
(,,^Д^)「そうだね、君がいつでもひとりぼっちだから」
( ・∀・)「そしたら、他の子が君と遊べよって言うようになって」
(,,^Д^)「おやおや」
-
( ・∀・)「今日もさ、おやつ持ってきたんだ」
(,,^Д^)「空っぽじゃないか」
( ・∀・)「みんな、みんなが食べちゃった」
(,,^Д^)「君は?」
( ・∀・)「……」
(,,^Д^)「ヤな奴らだなぁ、散々君にたかっておいてこっちに来んなとは」
( ・∀・)「そんな事無いよ、きっと僕が気にさわる事をしたんだ」
(,,^Д^)「本気かよ? 善良を越えてただの馬鹿なんじゃないか?」
( ・∀・)「ひどい事言うなぁ君は……」
(,,^Д^)「あんな奴らほっときな、君を最初に仲間はずれにしたのはあいつらなんだから」
( ・∀・)「でも、仲直りはしたいよ」
(,,^Д^)「本当にただの馬鹿だなぁ」
( ・∀・)「ひどいや」
-
( ・∀・)「あ、こっちに来た」
(,,^Д^)「どの面下げてきたんだか」
( ・∀・)「あー……帰っちゃった」
(,,^Д^)「追撃も出来ないとは、腰抜けだなぁ」
( ・∀・)「みんなを悪く言わないで」
(,,^Д^)「はいはい」
( ・∀・)「……でも、寂しいな」
(,,^Д^)「しょうがないな、僕が遊んでやろう」
( ・∀・)「ありがと」
(,,^Д^)「何かあったら僕に言いな、相談くらいは乗ってやるから」
( ・∀・)「うん、ありがと」
-
(,,^Д^)「せいせいしたと思えよな、たかられなくなるんだから」
( ・∀・)「僕がみんなと分け合いたいだけだよ」
(,,^Д^)「本心では嫌がってる癖に?」
( ・∀・)「そんな事、…………そんな事、無いよ」
(,,^Д^)「本も、ボールも、当たりくじも、おやつも、みんな君の物だったろ」
( ・∀・)「……みんなと分け合う方が、楽しいから」
(,,^Д^)「君が嫌な思いをしてもか?」
( ・∀・)「……嫌じゃないよ、分け合うのは美徳だから」
(,,^Д^)「何が美徳だよ、君は耐えてるだけだろ」
( ・∀・)「…………」
(,,^Д^)「嫌な事も我慢して、それでみんな喜んでるって思いたいだけだろ」
( ・∀・)「……そんな事」
-
( ,,^Д^)「僕の眼を見て言えるか? なあ」
( ・∀・)「……今は、君の緑の瞳を見れないや」
(,,^Д^)「ふん、全く君は、本当にただの馬鹿なんだから」
( ・∀・)「…………ごめん」
(,,^Д^)「まあ良いや、嫌なときは嫌って言えよ」
( ・∀・)「うん……」
( ,,^Д^)「それから、ちゃんと眼を見て話せよ、僕のこの綺麗な綺麗な緑の眼をね」
( ・∀・)「……ふふ、分かった、気をつける……」
少しずつ、少年の世界は閉ざして行きました。
友達は減り、自分のものは減り、優男は呆れたように少年の頭を小突きます。
我慢ばかりするな。
はっきり嫌だと言え。
自分の気持ちを言葉にしろ。
それでも少年は、困ったように笑います。
まるで他には何もできないように、息苦しそうに笑います。
もう誰も側には居ません。
けれど優男だけは側に居てくれました。
いつしか優男は少年の親友になりました。
いつでもその親友の顔色をうかがうようになってしまいました。
-
対等な関係と言うものが分からない少年は、親友の言葉にいつも気圧されてしまいます。
反論すれば嫌な思いをさせるかもしれない。
けれど何も言わないと怒らせてしまうかもしれない。
少年にとっての友達は、もう親友しか居ません。
ひとりぼっちは辛くて苦しくて、堪えられそうにないのです。
だから少しでも嫌われないように、彼の言葉に頷きます。
公平に接するには、相手が複数いなければいけません。
相手がただ一人になった今、人との接し方がもはや分かりませんでした。
けれど、親友と過ごす時間は、緊張はするけれど楽しい時間。
気はつかうけれど、話したり遊んだり出来る、幸せな時間。
きらきらと輝く親友の瞳は、いつだって綺麗に澄む鮮やかな緑。
それを見て話すのが、不思議なほどに心地よかったのです。
けれど二人で過ごす時間だけが、楽しみだったわけではありません。
窓からぼんやりと眺めるのは、ずっとずっと好きな女の子。
花壇の手入れをする彼女は、間引いた花で小さな花輪を作っています。
-
彼女との面識はあります。
言葉を交わした事もあるし、お互いの名前もちゃんと覚えています。
ただ積極的に会話をするような関係ではなく、すれ違うときに挨拶をする程度。
きっと相手は自分の事なんてどうとも思っていない。
この気持ちを実らせるつもりもない。
だけど好きだと言う気持ちだけは、大事に大事に抱え続けたい。
大切な夢のように、想い出のように、仕舞い込んでは時おり出して眺めたい。
そんな、淡い淡い、歪みの無い綺麗な初恋。
彼女はいつか誰かと恋人になって、お嫁に行ってしまうだろう。
しばらくは胸が痛くて眠れないかもしれない。
けれどいつかそれは癒えるし、彼女の幸せを祝福し祈りたい。
それに僕の側には、親友が居てくれる。
馬鹿だ馬鹿だと叱責して、側には居てくれる筈だ。
だから、大丈夫、ひとりぼっちにはならないから。
-
がんばれモララー
-
(,,^Д^)「今日は好きな子見てんの?」
(;・∀・)「うっわぁあ!?」
(,,^Д^)「そんなに驚くなよ親友、あれが君の好きな子だろ」
( ・∀・)「……うん」
(,,^Д^)「へぇ、可愛いじゃないか
ずいぶん長く好きなんだろ? 告白はしないのかよ」
( ・∀・)「ううん、そんな事したら彼女に迷惑だから」
(,,^Д^)「迷惑? 君は清潔だし顔も不味くないだろうに、何が迷惑なのさ」
( ・∀・)「だって断られたら気まずいだろ
了承してもらってもさ、彼女を独り占めする事になるから」
(,,^Д^)「はぁ、そうかい、別に独り占めが悪いとは思わないけどなぁ」
( ・∀・)「僕は苦手なんだ、何か、独り占めするのって」
(,,^Д^)「変なやつだなぁ本当に」
( ・∀・)「あはは、でも、良いんだ僕は、見ているだけで良いんだ」
(,,^Д^)「…………」
( ・∀・)「だから、気に」
(,,^Д^)「僕もさぁ」
( ・∀・)「え?」
(,,^Д^)「僕も、彼女が好きになったみたいだ」
( ・∀・)「…………え?」
-
( ・∀・)「……何、を、言って」
(,,^Д^)「言ったろ、僕もあの子を好きになった、ちょっとあの子と仲良くしてくるよ」
( ・∀・)「何で、何でそんな」
(,,^Д^)「君みたいな腰抜けにさ、彼女は勿体無いじゃないか、あんなに可愛いんだよ?」
( ・∀・)「待って、待ってくれよ」
(,,^Д^)「だから僕があの子と仲良くなってさ、あの子をたっぷり可愛がってあげるんだよ」
(; ∀ )「……嘘、だろ……?」
(,,^Д^)「そしたらさぁ、僕は彼女のもので、彼女は僕のものになる
そうなれば、やっと君の御守りからも卒業だ、君より大事な物が出来たってな」
(; ∀ )「おも、り……? 僕の……?」
(,,^Д^)「やっと肩の荷が下ろせるかもしれないんだ、邪魔してくれるなよ」
(; ∀ )「うそ、嘘だろ? 冗談だよな? いつもみたいな、笑えないよ、」
(,,^Д^)「冗談なものかよ」
(; ∀ )「っ!」
-
(,,^Д^)「君が見たことのない場所まで、みんな見てくるよ、彼女の全てを見てきてやるよ」
(; ∀ )「やめ、そんな、彼女を傷付けるような真似は、」
(,,^Д^)「傷つけたりなんてしないさ、優しく優しく抱いてやるだけ」
(; ∀ )「あ、ま、待って、待ってくれよ、ああ、あああ」
親友は、笑って少年の部屋から出て行きました。
その瞳は、いつものような美しく澄んだ緑では無く
ぎらぎらと強く輝いていて、胸に刺さって抜けないトゲのようでした。
少年はへたり込んだまま、何が起きたのか、受け止めきれずに居ました。
親友だけは側には居てくれると思っていた。
けれど親友は、おもりだとか、肩の荷だとか、まるで少年が負担だったように言っていた。
清い清い片想いも、馬鹿だな、ぁしょうがないなぁと呆れたように笑うと思っていた。
まさかあんな、あんな風に、横からさらって行くみたいに。
信じていたから打ち明けた。
信じていたから寄りかかって。
信じていたから。
僕は彼に何をしてあげられた?
窓の外では、少女と親友が言葉を交わしていました。
-
あの日から、親友とは一度も口をきいていない。
まるであれが決別だと言わんばかりに、親友はやって来なくなった。
よく澄んだ緑の眼は、あれきり一度も見ていない。
その代わり、次の日も、その次の日も、親友は彼女の側で笑っている。
楽しげに会話し、彼女の髪を撫でると彼女は照れ臭そうに笑う。
そして親友は時おり少年の方を見ると、挑発するように笑顔で手を振る。
最後に見た時のように、ぎらぎらと強く輝く緑の瞳で。
それが何だか苦しくて、悔しくて、胸がじりじりと焼けるようだった。
窓越しに、親友と彼女が談笑する様を眺める日々。
裏切りとも言える親友の行為に、眠れない夜が増えた。
家の外で二人連れの親友と彼女を見かけても、すれ違っても、顔を伏せるように頭を下げて通りすぎた。
挨拶をする余裕もなく、こんな苦しい時間は早く終わってくれと祈るだけ。
友人も居ない。
もう誰も寄ってこなくなった。
新しい何かも、お菓子も、もう誰も手を出そうとしない。
あんなに苦しかったのに、本当の本当は嫌だったのに、今ではそれが恋しい。
以前のように誰かに笑ってほしい、輪の中に居たい、利用されてるだけでも良い。
-
遠くから彼女を眺めるだけで良かった。
傍らに恋人が居たとしても、幸せならそれで良いと思った。
けれど違った。
彼女の傍らに居るのは、親友だ。
時々辛辣で、けれど優しくて、そばに居てくれた親友だ。
僕だけの想い人。
僕だけの親友。
誰かのものになっても幸せを願いたかった。
きっといつまでも側に居ると信じてた。
疑う事すらしなかった。
疑う事すら止めていた。
どうしてだろう。
どちらも大切な筈なのに。
その両方がひとつになると、こんなにも、こんなにも。
こんなにも、胸が、焼ける。
-
彼女は、日に日に綺麗になって行く。
愛らしい田舎娘から、垢抜けた美少女に変わって行く。
誰かの好みなのか、誰かの思惑なのか、彼女は変わって行く。
親友は、いつでも笑っている。
彼女の傍らで、隣で、側で、髪を撫でて、頬を撫でて、唇を寄せて何かを囁く。
親友が囁く度に、彼女はくすぐったそうに、照れたように笑う。
その仕草が可愛らしくて、胸が痛む。
けれど親友がこちらを見て笑うから、すぐにカーテンを閉める。
時には、彼女がこちらを見る事がある。
親友が僕の方を指して彼女を促し、こちらを見ると、すぐにぷいと顔をそらす。
そしてクスクスと笑い合って、じゃれ合う。
いったいどんな話をしているのか、聞こえる距離に行く気も起きない。
そんな勇気があれば、僕は今、ひとりぼっちになっていない。
-
彼女との親友が仲良くなればなるほど、少年は気持ちが沈みました。
片想いの相手である彼女は日を追うごとに綺麗になり、
優男な親友の隣に立っても見劣りせず、釣り合うようになって行きます。
以前の可愛らしい純朴な彼女が好きでした。
今の彼女もとても綺麗だけど、好きになった彼女はもっと素朴な姿でした。
知っているものが、好きだったものが知らない何かに変わって行く。
それが何だか辛くて、恐ろしくて、歯痒くて、たまらない気持ちになります。
親友とは口をきいていません。
視線が合う事があっても、向こうは少年を馬鹿にしたように笑うだけ。
まるで『お前にはできないだろう』と言うように。
どこか見下したように、鼻で笑うのです。
けれど変化があったのは、少年もです。
以前より外に出る回数が減り、部屋にこもるようになりました。
ちらちらと脳裏に過る二人の姿に笑顔も減り、寝不足になり、ずっと苦しそうな顔。
-
そして少年のなかにある感情も、少しずつ姿を変えて行きました。
はじめは、寂しい、と言う気持ちだけでした。
唯一そばに居てくれた人が居なくなった。
ずっと好きだった人のそばに誰かが居る。
疎外感と孤独に、苛まれて苛まれて、苦しくてしょうがありませんでした。
どうしてあんな事をするのか。
そこまで怒らせてしまったのか。
そんなに嫌われるような事をしたのか。
どうすれば親友と以前のような関係に戻れるのか。
はじめは、そんな気持ちばかりでした。
けれど三日が過ぎ、一週間が過ぎ、一ヶ月が過ぎ、少年の気持ちは歪んで行きます。
-
何であんな事をされなければいけないのか。
なんて嫌な奴なんだろう許せない。
僕の気持ちを知っている癖に。
みんな僕のものなのに。
怒りに似た感情は、どろどろと彼の心を包み、蝕みました。
そして、早く取り戻さなければ、と言う焦燥感。
もう少年は、今までのようには笑えません。
苦痛に歪んだような顔で、窓の外を睨むだけ。
そんな彼の元に、親友がやってきました。
まるで久々に会う旧友のように軽く、気さくな態度で。
そして相変わらずの、人当たりの良さそうな笑顔でした。
-
(,,^Д^)「やぁ久しぶり、元気だったか? ずっと一人でこっちを見ていたのは知ってるけど」
( ・∀・)「……ふざけるな」
(,,^Д^)「ふざける? 何をさ」
( ・∀・)「近付くなよ、もう、彼女に近付くな」
(,,^Д^)「おいおい変な事言うなよ、君はあの子の恋人か?
違うよな? 前の君ならそんな事言わなかったのにさぁ、変わったなぁ君」
(#・∀・)「お前のせいだ! お前が、っお前があの子のそばに居るから!!」
(,,^Д^)「何だよただヤキモチ焼いてるだけなんだろ? 一人になったのがそんなに寂しいのかよ?」
(#・∀・)「うるさい、うるさい! そんなんじゃ、お前が、お前が悪いんだ!」
(,,^Д^)「何だよ今さら、彼女は君のものじゃない、僕だって君のものじゃない
君が言ったんだろ、迷惑だって、困らせるって、じゃあ何も要らないって事だろ」
(#・∀・)「うるさいっ!!」
(,,^Д^)「困ったなぁ、僕に何を求めてるんだよ、なぁ? あの子の側から離れろ? それだけ?
今さらあの子が僕から離れてくれるかなぁ?」
(#・∀・)「お前……っ!!」
-
(#・∀・)「どうして、どうしてお前は、あんな事っ!」
(,,^Д^)「どうして? 僕には僕が自由に動く権利があるよな?」
(#・∀・)「っ……そうやって、お前はいっつも、僕を馬鹿にするんだな」
(,,^Д^)「本当の事じゃないか、何で僕の行動をいちいち君に了解してもらわなきゃいけないんだよ」
(#・∀・)「親友だって、親友だって信じてた、そう言ってたのに」
(,,^Д^)「親友だから何だよ、親友ならいつでも君の側で頷いてろって?」
(#・∀・)「違う! 違う違うそうじゃない! そんなじゃない!! 僕はただっ!!」
親友は、わざと感情を煽るように言葉尻を上げて言います。
それに乗っかるように、彼は熱くなるままに言葉を荒く強くしてしまいます。
どうして伝わらないんだと、苛立ちが募りました。
まるで自分が悪者のように、ワガママな子供であるかのように扱われてしまうのです。
実際には、ワガママだと自覚をしていました。
親友が思う通りに動かなくて、イライラしたのかも知れません。
でもそれよりも、ただ深く傷ついてしまったのです。
信じていた親友に与えられた傷が、痛くて痛くてしょうがなかったのです。
-
(#・∀・)「っ……分かってるよ、僕がちゃんと言わないから、行動しないからいけなかったって……」
(,,^Д^)「ふぅん?」
(#・∀・)「僕が臆病だったのも、意気地無しだったのも! 分かってるよ!」
(,,^Д^)「そう」
(#・∀・)「だけど君はっ何であんな事をしたんだよ!? そんなに僕が嫌だったのかよ!!」
(,,^Д^)「…………」
(#・∀・)「答えてよ! そんな、そんなに僕が嫌いだった!? わざと傷付けたかった!?」
(,,^Д^)「あのさ」
(#・∀・)「っ」
(,,^Д^)「本音言ってくれない?」
(#・∀・)「…………は?」
(,,^Д^)「それとも、僕ではなくあの子に言いたい事があるのかな?」
(#・∀・)「……何を」
(,,^Д^)「ああ好きだとかそう言うさ、うすっぺらい小綺麗装った言葉じゃなくね、本音だよ」
-
タカラは何も間違っていないな
-
(#・∀・)「…………何が、言いたいんだよ」
(,,^Д^)「あの子に何て言いたい? 何を伝えたい? 汚い本音吐き出してみてくれる?」
(#・∀・)「何でっ、そんな事」
(,,^Д^)「あー君には言えないかぁ? ずぅーっと好きだった子に何にも伝えられない腰抜けだもんなぁ?」
(#・∀・)「お前……っいい加減にしろよ!! 今はそんなの関係っ」
(,,^Д^)「あぁ怖くて本人には言えないか? 本音なんて怖くて伝えらんないかぁ?
腰抜け君は怖がりさんだから本人に直接なんて言えないよなぁ、僕が練習台になってやろうか?」
(# ∀ )「────ッ!」
(,,^Д^)「ほら言えよ、僕は彼女じゃない、言葉を選ばなくて良いんだよ?
ほら彼女に言いたい事、僕にしか言えない事を言ってみろよ? 汚い本音を汚い言葉で吐き出せよ?」
(# ∀ )「る、さい……うるさい、うるさい……ッ!」
(,,^Д^)「ほら腰抜け君、本当は何を言いたい? どうして欲しい? 教えてもらえますかぁ?」
(# ∀ )「…………」
(,,^Д^)「あらら、黙り? 詰まんないな君は、やっぱあの子と遊んでた方が」
(# ∀ )「…………見るな」
(,,^Д^)「んー?」
-
(# ∀ )「見るな……見るなよ」
(,,^Д^)「何だい、何の事だよ?」
(# ∀ )「僕、以外……見るな…………見るなよ……っ」
(,,^Д^)「……ふぅん?」
(# ∀ )「僕だけを見てろよっ! 僕をっ!! 僕以外を見るなよッ!!」
(,,^Д^)「はは、あはは、その調子その調子」
(# ∀ )「僕だけの物だ、僕だけの物なんだよ!! 誰も触るな! 見るな!! 話し掛けるなッ!!」
(,,^Д^)「良いじゃないか調子出てきたぞ、ほらもっともっと」
(# ∀ )「僕だけの、僕だけの物になれよ!! なぁ!! 僕だけの物にッ!!」
がたん。
(# ∀ )「どうして! 他の奴なんか見るんだよ!! お前はッ!! 僕の物だろッ!!?」
(,,^Д^)「ぁ、ぐ、え」
どすん。
ぎりぎり。
-
(# ∀ )「どうして!! どうして笑うんだよ!! どうして僕だけを見ないんだよ!!
どうしてっ!! 僕のものなのにッ!!!」
(,, Д )「ぐ、ぅぁ」
(# ∀ )「他の誰にも渡すものか、誰にもっ!! 側に居ろよ!! 僕のもので居ろよッ!!
お前はッ!! 全部、全部僕のものなんだよッ!!!」
(,, Д )「ぁ゙、あ」
(# ∀ )「はー……ッ、はー……ッ……」
荒々しい言葉を吐き出して、吐き出して、何もかも吐き出しました。
同時にひどく乱れた呼吸をぜえぜえと整えたところで、少年はすこし冷静になりました。
少年は、いつの間にか親友に馬乗りになって、その首を絞めていました。
まるで喉を握り潰すように、息の一つも逃さぬように力を強く強く込めて。
そして何もかもを吐き出した少年の目が、やっとまともに機能しました。
すると眼前には、息をしていない、ぐったりと横たわる親友の姿があったのです。
-
(; ∀ )「…………え……?」
震える手をそろそろと離してから、ずり落ちるように親友の上から降ります。
恐る恐る、頬をぺちぺちと叩きますが、反応はありません。
胸に耳を当ててみても、何の音もしませんでした。
光の無い緑の眼が、少年を見上げていました。
さあ、と、自分の顔から血の気が引くのが分かりました。
嘘だ、嘘だろ、どうしてそんな。
そんな、起きろよ、起きてくれよ。
頼むよ、ごめん、こんな事するつもりじゃ。
慌て、戸惑い、困惑して、狼狽して。
泣きそうな顔で親友の肩を揺すり続けました。
けれど親友は、ぴくりともしません。
今まで押さえ込んできた感情や、言葉や、苛立ちは、とても強いものでした。
それなのに、心臓を止めた親友の姿は、それらを消し飛ばしてしまうくらいに、絶望的で。
-
(; ∀ )「あ、ああ、起きて、なぁ、起きてよ、君が、君が居ないと」
叩いても。
(; ∀ )「頼むよ、ごめん、謝るから、もうあんな事言わないから、起きて、起きてよ」
揺すっても。
(; ∀ )「ああ、あ、ああああ、どうしよう、どうしよう、どうしよう」
声をかけても。
(; ∀ )「君が居ないと、僕は、僕は本当に、一人に、起きて、ああ、ごめん、ごめんなさい」
親友は、目を覚ましません。
(; ∀ )「どうしよう、どうしよう、人を呼んだら、連れていかれる、どうしよう」
ふと、視線を感じました。
視線を感じた方へ、顔を向けました。
そこには、少年が想いを寄せる彼女の姿。
半開きになった扉から、怯えた彼女と目が合いました。
少年は、ゆっくりと立ち上がり。
少女はひきつった声を上げて後ずさり。
息をしていない親友は
美しく澄んだ緑の瞳で うっすらと、微笑みを浮かべていた。
おわり。
-
『彼は堕ちたのだ、身を焦がす様な独占欲に、妬み嫉みの炎の渦へと堕ちたのだ』
( ^ω^)「おしまい」
ξ゚⊿゚)ξ「……怖いお話だったわ」
( ^ω^)「そうですねぇ、いやぁ怖い怖い」
ξ゚⊿゚)ξ「お友達は、どうしてあんな事したのかしら……」
( ^ω^)「そりゃ結末見越してのおちょくりムーブですよ」
ξ゚⊿゚)ξσ
σ)^ω^)「あぁー今のは僕が悪かったー」
ξ゚⊿゚)ξ「ヤキモチって、色々あるのね」
( ^ω^)「ありますよ、誰かの立場や技術、才能を羨む事もあります」
ξ゚⊿゚)ξ「これは、少し違うわね」
( ^ω^)「ですねぇ、独占欲って方に特化しましたねこれは」
-
ξ゚⊿゚)ξ「ヤキモチって怖い……」
( ^ω^)「怖いですよ」
ξ゚⊿゚)ξ「あと最後の、何だか変な感じだった」
( ^ω^)「あー最後のキチガイムーブ」
バゾン
ξ゚⊿゚)ξ三σ)^ω^)ペヒィ
ξ゚⊿゚)ξ「あれって誰に向けてたのかしら」
( ^ω^)「さー? 好きな子か親友か、まぁどっちでも良いでしょう」
ξ゚⊿゚)ξ「うーん……お友だちを独り占めしたい気持ちは分かるわ」
( ^ω^)「おっ分かっちゃいます?」
ξ゚⊿゚)ξ「だってブーンのお膝に他の子が乗ってたらイヤだもの」
( ^ω^)「えっ……」トゥンク…
ξ゚⊿゚)ξ「自分のそばに他に誰も居ないんじゃ、独り占めしたくもなるわ」
( ^ω^)「かもねぇ」
-
( ^ω^)「でもね、一つ教えたげます」
ξ゚⊿゚)ξ?
( ^ω^)「あいつは誰よりも嫉妬深くて、誰よりも嫉妬されたい、ただの自己愛クソ男ですよ」
ξ゚⊿゚)ξσ「お口」
σ)^ω^)「んふぅ」
ξ゚⊿゚)ξ「……独り占めしたかったのは、男の子だけじゃなかったのかしら」
( ^ω^)「かーもねぇ」
ξ゚⊿゚)ξ「……ブーン」
( ^ω^)「はい?」
ξ゚⊿゚)ξ「もしかして、この人のこと好きじゃない……?」
( ^ω^)「今までも相当ぞんざいな扱いだったのによく分かりましたね」
ξ゚⊿゚)ξ「何か好きじゃないのかなって……」
( ^ω^)「嫉妬系は良い思い出無いんですよねぇ、恋人をその妹に寝取られたような気持ちになる」
ξ゚⊿゚)ξ「ねと……?」
-
ξ゚⊿゚)ξ「それにしても、女の子は何で部屋の前に居たのかしら?」
( ^ω^)「きっと少年があんなに大きな声で叫んでいたから、びっくりして様子を見に来たのでは?」
ξ゚⊿゚)ξ「誰かとわけっこするって言うのは、誰から教わったの?」
( ^ω^)「まぁ誰かから教わったんでしょうねぇ、誰かから、きっと」
ξ゚⊿゚)ξ「このお友達も、私みたいな目なの? 私の目もみどr」
( ^ω^)「いや違いますよマジ全然違いますしあいつの目死ぬほど濁ってるし汚いしドブみたいだからお嬢さんと全然違いますし一緒にするってそれ駄目なやつですから」
ξ;゚⊿゚)ξ「ち、違うのね……わかったわ、ごめんなさい……」
( ^ω^)「分かって頂けて何より、はいはい次持っといで」
ξ゚⊿゚)ξ「はぁい」
膝からぴょんと降りた少女は、迷いもなく藍色の表紙を持って戻る。
緑の本を傍らに投げるように積んでから、膝へ彼女を迎えた。
金糸の文字は5の数字。
やあやあ、これはまたクソみたいな話だな。
ξ゚⊿゚)ξ「んー……」
( ^ω^)「読めます?」
ξ゚⊿゚)ξ「んんー……」
( ^ω^)「貪り尽くす禁忌の味、はい読みますよ」
ξ;゚⊿゚)ξ「あっやだ今読もうと思ってたのに、思ってたのに!」
( ^ω^)「はいはい読めない読めない」
_,
ξ゚-゚)ξ「むー……」
( ^ω^)「はいはい可愛い可愛い、笑って笑って」
_,
ξ゚⊿゚)ξ「ばかー」
-
それは、空腹な少女の話。
それは、お腹いっぱいになりたかった話。
それは、ささやかな淡い夢を抱き続けた話。
くるくると鳴るお腹を抱えて、彼女はいったい何を口にするのでしょうか。
『むさぼりつくすきんきのあじ。』
彼女の手を引き歩くのは、どこか不気味な似非紳士。
-
その女の子は、いつもお腹が空いていました。
もともと、何かを食べるのが大好きな子ではありました。
食べても食べても、身体は細く、いくらでも食べられてしまうような子でした。
見て綺麗なものも、食べて美味しいものも大好きでした。
けれどお母さんが作るご飯はとても美味しいのですが、彩りに乏しく量も多くありません。
そこまで貧しいお家ではありませんが、お母さんは質素で清貧な食事を心がけていたのです。
いつもお母さんは、質素な食事は舌が肥えない、身体にも心にも良いと言います。
だから女の子は、一度も嫌だとか、あれが食べたいと言うわがままは言いませんでした。
お母さんの言う通りに、どこか寂しい食事をゆっくりと味わい、僅かにお腹を満たしていました。
生きて行く事は出来る量の食事。
暮らすのに栄養も不足していない。
けれどお腹はいつでも空いていて、心はいつでも物足りない。
満腹になった記憶はありません。
お腹と気持ちが満たされた事はありません。
大好きなお母さんが、たくさん食べ過ぎる事も、美味しすぎるものを食べる事も、ダメだと言います。
その言葉の意味を、頭でも、心でも、女の子はちゃんとわかっていました。
それでも満ちないお腹は、悲しいくらいに切なくて苦しいのです。
-
町に出ると、いつもお店に並ぶ食べ物を眺めていました。
お菓子屋さんに並ぶケーキ。
美味しそうな匂いのお料理。
みずみずしい新鮮なお野菜。
女の子は、何でも美味しそうに見えます。
道端に咲く花も。
綺麗な色の木の実も。
鮮やかな翅の蝶々すらも。
何でも、口に入れてみたいと言う衝動に駆られます。
それでも彼女は首を横に振り、そんなのダメだと自分を叱りました。
あれを食べてみたい、これを食べてみたい。
そんな食に対する欲求と好奇心を、ひたすら理性で押さえ付けてきたのです。
お母さんの言いつけを守る良い子でいなきゃ。
飽食なんてもってのほか、華美なことなんてもったいない。
それでも、お腹は空いてしまいます。
-
お友だちと町へ遊びに出た時の事です。
街角にお菓子を売る屋台がありました。
紙を巻いたカップに、ざらざらと流し込まれた砂糖菓子。
小指の先ほどの大きさで、鮮やかな色で、甘い匂い。
きらきら綺麗で、美味しそうで、女の子は目を輝かせました。
お友だちはお小遣いでそのお菓子を買いましたが、女の子は困ったように首を横に振りました。
勝手に食べたら、きっとお母さんに怒られてしまうから。
けれど美味しそうにお菓子を頬張るお友だちの姿に、
その手の中にある、鮮やかな赤にコーティングされたお菓子に、目を奪われました。
ああ、なんて美味しそうなんだろう、と。
「良いな、おいしそう」
『食べないの?』
「お母さんに怒られちゃうから」
-
『ひとっつあげるよ』
「ううん、悪いよ、それより今日は早いんでしょ? もう帰らなきゃ」
『そうだった、今日はみんなで外食なの、こんな分厚いお肉を食べるのよ』
「外食なのに買い食いしたの? 悪いんだから」
『お土産って事にするもん、それじゃあまたね』
「うん、またね」
ぱたぱたと走り去るお友だち。
その手元からこぼれ落ちたお菓子が一粒、地面に転がりました。
屈んで手を伸ばそうとしたけれど、耐えるように手を握って、女の子は背中を向けて歩いて行きました。
家に帰った女の子を待っていたのはお母さんの笑顔と、豆のスープと、固いパン。
あとは魚が少しと、野菜、肉は本当に少しだけ。
まぶたの裏側でいまだ弾ける赤い色が、目の前の食卓の物足りなさを際立たせました。
-
満たされはしない。
だからと言って、それが不満だと不貞腐れた事は無いし、口にしたこともありません。
けれどこの時ばかりは、唇を噛んで不満を耐えました。
お友だちはあんなに美味しそうに食べていたのに。
わたしも食べたかったのを我慢したのに。
それなのにご飯はこんなに質素で。
お友だちは、今日は家族で外食だって笑ってたのにな。
指よりも分厚い肉を食べるって言ってたな、どんな味がするんだろうな。
わたしだって。
わたしだって食べてみたいよ。
どんな味なのか知りたいよ。
食感も歯応えも知りたいよ。
お腹が空いて、空いて、空いて、こんなに胸が苦しいなんて。
食べたいのに。
欲しいのに。
羨ましいよ。
食べたいよ。
悲しいよ。
-
食事の後、ベッドで枕のはしを噛みながら空腹に耐えました。
時間をかけて、よく噛んで食べても、お腹は空くばかりなのです。
どんどん膨れ上がる食への欲求、渇望、期待、羨望、好奇心。
溢れだして溢れだして、少しずつ、それは止まらなくなりました。
そんな少女はある時、一人の男に出会いました。
空がどんよりと曇った日の事です。
お家の外で、馬車の音がしました。
何が来たのだろう、とお留守番をしていた女の子は玄関の扉を開けました。
するとすぐ目の前のに、大きな男の人が立っていたのです。
痩せた身体と暗い顔。
装いは紳士らしく、背の高い帽子と真っ黒な外套。
襟の隙間から覗く藍色のタイだけが、妙に浮いて見えました。
無表情に女の子を見下ろしてから、懐から何かを取り出して差し出す。
-
(´・_ゝ・`)「これを」
ミセ;゚-゚)リ「え? あ、わわ」
思わず小包を受け取ってしまった女の子。
手のひらにちょこんと乗るくらいの大きさで、タイと同じ藍色のリボンがかけられています。
しかし手の中の紙の包みが何なのかわからず、女の子は困った顔。
それを見た紳士は、紙の包みをそっと開いて見せました。
ミセ;゚-゚)リ「……な、に……? お肉……?」
包みの中から顔を出したのは、女の子の拳ほどの大きさ。
つやつやのお肉のかたまりが、赤く輝きながらそこにありました。
(´・_ゝ・`)「…………」
ミセ;゚-゚)リ「あ、あの……お母さん今いなくて……だから」
(´・_ゝ・`)「口を」
ミセ;゚-゚)リ「へ?」
(´・_ゝ・`)「口を、開けて」
ミセ;゚-゚)リ「え、あ」
-
戸惑う女の子に対して、紳士は小さな小さな折り畳みのナイフをぱちんと開き、
ほんの少しだけお肉を削ると、無理矢理女の子の口へと押し込みました。
女の子は驚いて目を白黒させます。
急に、生のままのお肉を口に押し込まれたのだから当然でしょう。
しかし口を押さえられたままのため、吐き出す事も出来ません。、
ミセ;゚ ゚)リ「むぐ、う、」
(´・_ゝ・`)「よく、噛んで」
ミセ;゚ ゚)リ「ぅ、ぐう」
言われるままに、恐る恐る、口の中のお肉に歯を立てました。
ぐに、とした生肉特有の柔らかさ。
口の中の熱に溶けた脂が、じわじわと広がります。
その脂の甘さ、お肉の食感。
思っていたよりも歯切れは良く、口いっぱいに満ちるお肉の旨味。
生臭さも獣臭さも無い、産まれて初めて食べるようなお肉の味。
-
ゆっくり、ゆっくり、小さなお肉の欠片を噛み砕いて、飲み込みました。
その頃には大きな手は女の子の口から離れていて、紳士は興味深そうにお肉を見る女の子を眺めます。
手元のお肉に落とされた女の子の視線、その目は、らんらんと輝いていました。
肉の味を知った獣のように。
ごちそうを前にした獣のように。
どこか恍惚とした表情で、お肉の塊を見ていました。
ふ、と女の子の頭上から落ちていた影が消えました。
視線をあげると、そこには誰もいません。
停まっていた筈の馬車も無く、何の音も立てずに居なくなってしまいました。
溶けるように消えた紳士と、残されたお肉の塊。
戸惑いの感情より、強いもの。
ごく、と、女の子は口に溜まった唾液を飲み込みました。
-
今までたまに口にしていた肉はなんだったのだろう。
あんな味は知らない、あんな美味しさは知らない。
口の中から頭の中へ、衝撃が駆け抜けるようで。
赤い赤い艶やかなお肉が、柔らかく口に溶けるようなそれが、たまらなく欲しい。
良くない事だ。
怒られてしまう。
お母さんが怒るよ。
どんなに叱られるか。
何のお肉かも解らない。
お腹も壊すかも知れない。
そんな理性は、お肉の塊と、あの鮮烈な味の記憶の前には、無力でした。
少しずつ、少しずつ、小さく削って口に入れました。
お母さんに見付からないように、こっそりと鞄に隠したまま。
腐ってしまうかと思いましたが、お肉の温度はまるで変わりません。
匂いも味も、まるで変化が無いのです。
-
女の子は、何日も時間をかけて、不思議なお肉を口にしました。
ほんの小さな欠片をついばむように食べるだけで、口の中にはじわじわとお肉の甘さが広がります。
不思議な事に、お肉を少しでも口にすると
ずっとずっと女の子の苛んでいた空腹感が、ぱたりと止んでしまうのです。
それは、女の子にとっては素晴らしい事でした。
あんなに苦しかった空腹感が消える、それはまるで救いのようで。
この世の物とは思えない程に美味しい。
その上、一口でしばらくお腹が空かなくなる。
しかし美味しいものは、少しでは満足できなくなります。
一口食べれば次が欲しくなり、次の一口はもっと大きくなって行きました。
もうお肉を食べてはいけないと言う理性は無く、ただどれだけ長持ちさせられるかだけでした。
少しでも長く楽しみたい。
少しでも長く味わいたい。
-
つまんで、なめて、かじって、くだいて、のみこんで。
女の子の小さな拳程度の大きさ。
そんな小さなお肉は、あっと言う間に無くなってしまいました。
手元に残るのは藍色のリボンと包み紙だけ。
どんなに大事に大事に食べたとしても、量の少ないそれは長持ちしません。
不思議なお肉が無くなってしまうと、女の子はひどく落ち込みました。
それもその筈です。
お肉が無くなったと言う事は、もう味わえないと言うだけではありません。
すっかり忘れていた空腹感が、再び女の子を苛むのです。
今までよりも激しい空腹。
そしてお肉への渇望は、女の子を苦しめます。
お腹が空いた、苦しい、つらい、切ない。
もっと食べたい、もっともっと食べたい。
何を食べても満たされない。
どれだけ食べても満たされない。
-
前は我慢できたのに。
苦しくても我慢できたのに。
もう、いや。
激しい空腹感は、飢餓は、女の子を苦しめました。
一度満たされた何かは、その隙間を埋められない事を許してはくれません。
夜は眠れず、勉強にも集中できず、何も手につきません。
落ち着かず、そわそわして、イライラして、まるで何かの禁断症状のよう。
女の子は普段髪を結っていたリボンを外して、藍色のリボンを髪に結わう。
こんなもの、捨ててしまえば良かったのかもしれません。
けれどあの味を忘れられなくて、何かにしがみつきたくて
服に合わない色のリボンを身につけ、あの味に、食感を反芻する。
そうする事で、少しだけ、ほんのほんの少しだけ、気持ちがごまかせた。
しかしそんなごまかしは、大して役にはたちません。
それともうひとつ。
以前とは、惹かれるものが変わりました。
ある意味では変わっては居ないのですが、一つのものに集中するようになったのです。
それは、肉でした。
肉に対する執着が、以前より激しくなったのです。
お母さんが買ってきた筋っぽい肉、お店に並ぶ大きな肉、どれもが美味しそう。
-
かたまりの肉、生きた肉、色んな肉に目を奪われる。
犬や猫、友達の腕、お母さんの脚、そんなものにすら手を伸ばしてしまいそうで。
割いて、ちぎって、歯を立てたい。
頬張って、飲み込んで、お腹いっぱいに満たされたい。
そんな事しちゃいけない、絶対にいけない。
こんな想像にお腹が鳴る、自分が一番だいきらい。
必死に空腹を、食欲を、衝動を押さえ込みました。
けれど押さえ付ければ押さえ付けるほどに、それは強くなるばかり。
脳裏に浮かぶのは真っ赤なお肉の断面、味、食感。
あまりにも鮮烈で、あまりにも衝撃的で、口に唾液が溢れ出すあの存在。
でも実際に口に出来るものは、ぱさぱさの固いパンと具の無いスープ。
まるでお腹を満たしてくれない質素な食事が、今は悲しくて苦しくて。
髪を結わう藍色のリボンに触れながら、唇を噛みしめる。
食べ物の事で文句なんか言っちゃダメ。
お母さんを悲しませる、お母さんに怒られる。
良い子で居よう、良い子で居なければ、良い子に、良い子に。
理性と理想がごちゃ混ぜで、食べる事すら出来やしない。
-
ああ、またあの人に会いたい。
お肉をくれたあの人に。
大きくて痩せていて、感情の無い暗い目。
あの人は何だったのだろう、いったい誰だったのだろう。
どうしてわたしにお肉を渡したのだろう、あのお肉は、いったいなあに。
わからない、あいたい、たべたい。
おなかがすいた、おにくをたべたい。
あの人は、どんな味がするのだろう。
かつかつ。
こつこつ。
ごとごと。
がらがら。
窓の外から、いつか聞いた音。
-
かつかつ、こつこつ。
馬が石畳を蹴り上げる音。
ごとごと、がらがら。
車輪が石畳を踏み越える音。
ミセ*゚-゚)リ「ッ!」
がたん、と椅子を倒しながら、勢い良く立ち上がった女の子。
そのままの勢いで、玄関へと駆け抜けます。
あの音はあの音は。
間違いない間違いない。
あの時の音、あの人の音。
あの人の、馬車の音。
階段を駆け降りて、ばん! と大きな音をさせがら、玄関のドアを開けました。
大きく肩で息をして、乱れた呼吸に浮かぶ汗。
それは急に動いたからだけではなくて、何かを期待して、興奮していたから。
-
ミセ;*゚-゚)リ「はっ……はっ……」
(´・_ゝ・`)「…………」
ミセ;*゚-゚)リ「っ……はぁっ……」
痩せた大きな身体、背の高い帽子に、黒の外套。
髪を飾るリボンと同じ、妙に目立つ藍色のタイ。
冷たいくらい無表情で、平坦な眼差しが、女の子を真っ直ぐに射抜きます。
まるで獣を観察する調教師のような眼差しと、何かへの期待にらんらんと輝く餓えた獣の目。
そんな二つの視線は、ぱちん、とぶつかりました。
ミセ;*゚-゚)リ「っぁ、の……」
(´・_ゝ・`)「…………」
ミセ;*゚-゚)リ「…………あれ、は」
(´・_ゝ・`)「…………」
-
渇いて張り付く喉からは、まともに言葉が紡げません。
それすらも観察するように、紳士は黙って見下ろしていました。
少しでも潤そうと、なぜか口に溜まる唾液を、ごくりと飲み込みました。
不思議な事に、目の前の紳士を見ていると、唾液が溢れてくるのです。
それを見ていた紳士が、右手にはめていた白手袋を外します。
そしてあらわになった、痩せて筋張った人差し指を、女の子の口許へと差し出しました。
ミセ*゚-゚)リ「…………え?」
(´・_ゝ・`)「…………」
何も答えない紳士と、口へ突き出された指先を、戸惑いながら交互に見ます。
唇にわずかに触れる指先の温度が、女の子の胃袋を刺激します。
自分が何をしたいのか、紳士が何をさせようとしているのか、うっすらと気付いていました。
そんな事はしちゃいけない。
でも、これをずっと望んでいたのかも知れない。
理性は、もう死んだも同然でした。
-
女の子は戸惑い、躊躇いながらも、おずおずと口を開きます。
そして人差し指の一つめの関節までを、ゆっくりと銜え込みました。
舌先に乗る指の腹はほんのりとだけ温かく、うっすら感じる塩っぽい肉の味。
怪我をした時などに自分の指を銜えた時と、同じような味でした。
それなのに、まるで指先がずっと待ち望んでいたご馳走のように、口には期待と歓喜の唾液。
口から溢れそうになるそれを飲み込もうと、もごもご指先を吸ったりねぶったり。
舌に乗る指の腹は、柔らかくて弾力がある。
ゆっくりと歯を立てれば、腹側は固いような柔らかいような、不思議な食感。
背側は、ごり、と歯がすぐ骨に当たるような、固い食感。
その食感の差を楽しむように噛み締めていると、ぷつ、と何かの破れた感覚。
それに少し遅れて口に広がるのは、匂いと味。
鼻腔に抜ける鉄さびのような匂いと、頭の髄まで響く深く強い甘さ。
-
舌先から頭の髄へと突き抜けるような甘さが、味蕾へ染み込み焼き付ける。
血と混ざりあい、甘さを帯びた唾液を飲み込めば、喉から胃へ、胃から全身へと熱を伴い行き渡る。
僅かにだけ残っていた理性が崩れ去り、女の子は紳士の右手を両手で掴みました。
音を立てながら吸い付き、丹念に舌を絡ませる。
指先の傷に歯を立ててを深く抉り、ぐいぐいと舌を押し込む。
それはまるで、指先と舌の情事のように熱っぽくて、頭が蕩けるみたいで。
全身へ巡るその味は、崩れた理性も思考さえも、溶かして混ぜて鍋の中。
うっとりと細められた目。
熱く赤く上気した頬。
いつの間にか背後へ回っていた紳士が、口から溢れる唾液を拭う。
白手袋が唾液に汚され、暗い染みを作っています。
幸せそうな、ふやけた顔で人差し指を銜え込む女の子。
それを観察していた紳士は、ぐん、と背中を曲げて、女の子の顔を覗き込みました。
-
黒い外套、藍色のタイ、白いシャツがちらちらと覗き
血色の良くないごつごつとした喉、痩せた頬、通った鼻筋に光のない目。
感情の無さそうな目と、理性がどろどろに溶けた目。
定まりもしないふたつの視線が再びぱちりと合い、紳士は優しく囁きます。
「たくさん、たくさん、食べたくは、無いか」
唾液まみれの頬を撫でて、濡れた指先で口の中を撫でて、紳士は言葉を重ねます。
「私なら、ば、君の求める、食事を、好きなだけ、用意出来る」
顎を掬い上げるように、女の子の顔を上へ向かせて。
口の周りを汚す赤混じりの唾液を拭いながら。
「私の屋敷、へ、来ないか」
とろとろ、どろどろ。
理性も思考も何もかも、食欲以外の何もかもは、無いに等しいものでした。
「は、ぁは、食べ、る、食べる、食べたい、おじさんち、連れてって」
紳士は、ほんの少しだけ微笑みました。
-
かつかつ、こつこつ。
ごとごと、がらがら。
女の子は馬車に揺られ、森の中を進みました。
紳士のお膝で、指をかじりながら目的地へと向かいました。
馬車から降りると、そこは森の奥の奥。
豪奢なお屋敷の門をくぐり、真っ暗な空を見上げます。
ひとりでに開く扉を進み、すべらかな石の床を踏み、絵の飾られた廊下を歩いて。
女の子が通されたのは、一つのお部屋。
きれいに飾られたお部屋の半分を区切るように引かれた白いカーテン、一人分の机と椅子。
女の子は名残惜しそうに指先から口を離すと、ごと、と引かれた椅子に腰掛けました。
机にはナイフとフォークが置かれていて、少し後ろでは紳士がぱちんと指を鳴らしました。
すると女の子のつくテーブルに、湯気の上がる料理が運ばれてきました。
肉も、魚も、野菜も、デザートすらも机にいっぱい並びます。
女の子が紳士を振り返ると、紳士は食べるようにと手振りで促しました。
-
突然与えられた美しく美味しそうな料理の数々。
どれから手をつけようか悩んでから、分厚い肉料理へと手を伸ばしました。
フォークで押さえて、ナイフで切って、肉汁滴る赤い断面を、口の中へ。
ああ、あの味だ。
うっとりするようなお肉の味。
待ち焦がれていたあの味。
お腹が、気持ちが満たされて行く。
肉も、魚も、野菜も、パンも、スープも果物も何もかも。
眼前に並ぶ料理は、どれもこれもが目の前を真っ白にするくらいに美味しくて。
いくら食べても食べても目の前から無くならない。
次から次へと新しい料理が運ばれて、飽きる事も無く食べ続けられる。
-
お腹は空いては居ないけど、満腹でもう食べられないと言う事はありません。
眠くならないので眠る事もなく、疲れもしないので延々と、延々と食べ続けられるから、延々と食べ続けた。
細い身体のどこに料理が消えて行くのか、そんな疑問も見当たらない。
家主である紳士が面白そうに微笑むものだから、女の子はそれに応えるように貪った。
町で見かけた料理も、あの時食べてみたかったお菓子も、友達から聞いたような分厚いお肉も。
みんなみんな、食べてしまった。
いやと言うほど食べているのに、まるで嫌にはならなくて。
それどころか、もっともっと、まだまだたくさん食べたくて。
女の子は更に求めた。
紳士はそれに応えた。
女の子は嬉しそうに頬張った。
-
紳士は食材を見せてくれた。
それは可愛らしい子犬だった。
とても美味しかった。
次の食材を見せてくれた。
か細い脚の子牛だった。
とても美味しかった。
次の食材を見せてくれた。
人の腕によく似ていた。
とても美味しかった。
更に食材を見せてくれた。
知らない小さな女の子だった。
とても美味しかった。
おすすめの食材を見せてくれた。
一緒に遊んだお友だちだった。
とてもとても美味しかった。
-
ミセ*゚ー゚)リ「ねぇ、ねぇ、おじさん」
(´・_ゝ・`)「ああ、何だい」
ミセ*゚ー゚)リ「おじさんも、ご飯は好き?」
(´・_ゝ・`)「好きだとも、もちろん、君のように、食べる事こそが、幸せじゃないか」
ミセ*゚ー゚)リ「うんっ、美味しいもの食べると、すっごく幸せ」
(´・_ゝ・`)「私の目に映る全ては、あまねく全ては、食材でしかない、わかるかい、なあ」
ミセ*゚ー゚)リ「今ならね、わたし分かるよ、みんなみんな美味しそうだもん」
(´・_ゝ・`)「ああ、ああ、良い事だ、良く育った、良い子じゃないか」
ミセ*゚ー゚)リ「良い子? わたし良い子かなぁ、おじさんが言うなら良い子なのかも?」
(´・_ゝ・`)「私も、君も、いずれはね、誰かに貪られる食材なんだ、なあ」
ミセ*゚ー゚)リ「わたしも、おじさんも?」
(´・_ゝ・`)「ああ、そうさ、ああ、いずれは喰われ、貪られ、血肉となる、全ては食材だ」
ミセ*゚ー゚)リ「わたしも、こんなに美味しいものになるんだね」
-
(´・_ゝ・`)「君は、恐ろしくならないのか、君の食う肉が、何の肉か、解っているだろう、なあ」
ミセ*゚ー゚)リ「? わたしもいつかは料理になるんでしょ? 何がこわいの?」
(´・_ゝ・`)「はは、ははは、良い、良いじゃないか、君は、なあ、実に良く、実に良く育った」
ミセ*゚ー゚)リ「よくわかんないけど、わたしはもっともっと食べたいよ、もっともっと美味しいものが欲しい」
(´・_ゝ・`)「ああ、良いだろう、良いだろう、もっとお食べ、君の望むまま、食べると良い」
ミセ*^ー^)リ「うんっ!」
(´・_ゝ・`)「さあ、さあ、次の食材だ、ご覧」
ミセ*゚ー゚)リ「わぁっ、何だろう!」
ぱっと開かれたカーテン。
そこには鉄の格子に閉じ込められた女の姿。
綺麗な髪は振り乱され。
優しい笑顔は面影もなく。
血走った目でこちらを見る。
女の子を見た『食材』は、目を見開いて大きな声で叫びます。
血を吐くように名前を呼んで、その子から離れて、早く逃げてと格子をがたがた揺らす。
-
(´・_ゝ・`)「元気だろう、なあ、どう思う、君は」
ミセ*゚ー゚)リ「んっとね、んっとね」
(´・_ゝ・`)「うん、うん」
ミセ*^ヮ^)リ「美味しそぉ!!」
それを聞いた『食材』は、さっと顔色を無くしました。
泣き叫びながら命乞いをして、愛しい娘の名を呼びます。
けれど呼ばれた当人は、にこにこしながら料理を待つだけ。
何度も何度も名前を呼ばれるが、それには一切応えない。
それどころか。
ミセ*^ー^)リ「美味しそうだね、早く食べたいなぁ」
紳士に向かって笑いかける女の子と、絶望した顔で泣き叫ぶ『食材』。
そんな光景を眺めながら、紳士は初めて見るような、いびつな笑顔で、指をぱちんと鳴らしました。
-
カーテンがさっと閉じて、その向こうから一際大きくなった悲鳴。
肉を切る機械の音がぎゅるぎゅると、食材の悲鳴をかき消します。
飛び散った血肉が白いカーテンに染みを作り、床を汚して行く。
わくわくと料理を待つ女の子の顔を、ぐん、と背中を曲げて覗き込む紳士。
いびつに歪んだ笑顔のまま、優しく優しく囁きます。
(´・_ゝ・`)「君は、たくさん、たくさん、食べてきた
そんな君から、どんな味がするのか、気にならない、か」
女の子は目を真ん丸にして、至近距離にある男の顔を見上げました。
そしてすぐに、目をらんらんと輝かせるのです。
ミセ*゚ヮ゚)リ「今度、一緒に食べてみようよ、おじさん!」
口に溢れる唾液を飲み込んで、期待に胸を膨らませて、女の子は笑います。
-
ミセ*゚ー゚)リ「でもね、一つ気になる事もあるの」
(´・_ゝ・`)「ほう、何だい、何の味だい」
ミセ*゚ー゚)リ「んふふ、おじさん、口あけて」
藍色のタイを引っ張って、紳士の頬を撫でた。
顔を覗き込んだまま、かぱ、と開いた紳士の口に、小さな口が重なる。
味わうように舌を嘗めあげてから、小さな歯牙は赤い舌を引きずり出した。
舌の先を、がり、と噛んでから口を離すと、女の子はにっこり微笑む。
ミセ*゚ー゚)リ「喋る時に、気になってたの、赤い舌」
(´・_ゝ・`)「…………」
ミセ*゚ー゚)リ「思ったとおり、指以外も美味しいんだね」
(´・_ゝ・`)「は、」
ミセ*^ー^)リ「おじさんは、わたしよりいっぱいいっぱい食べてきたんでしょ?」
(´・_ゝ・`)「ああ、ああ、そうだとも、そうだともさ」
ミセ*^ー^)リ「ならきっと、わたしよりおじさんのが美味しいよね!」
(´・_ゝ・`)「はは、ははは、そうかも、なあ、はははは」
ミセ*^ー^)リ「んふふふ」
紳士は女の子の髪を飾るリボンを解き、代わりに自分のタイを結びつける。
まるで主の証を譲渡するように、いびつなリボンが女の子の頭に飾られた。
そして笑い合う二人の間には、静かになった肉の、焼ける匂いが漂っていました。
おわり。
-
『彼女は堕ちたのだ、暴食と言う抗いようのない欲望に、美食を騙る悪食の鍋の底へと堕ちたのだ』
( ^ω^)「おしまい」
ξ;゚⊿゚)ξ「…………」
( ^ω^)「ははは、固まっていらっしゃる」
ξ;゚⊿゚)ξ「これは……あの……どう言う……?」
( ^ω^)「どう言うアレなんだろ」
ξ;゚⊿゚)ξ「えぇ……分からないの……」
( ^ω^)「僕ほら、万能ではないから……いや万能感ありますけどね? ちょっとした神的な」
ξ゚⊿゚)ξσ゙
σ)^ω^)゙「あぁーさっきから無言ンンー」
ξ゚⊿゚)ξ「……ブーンは美味しい?」
( ^ω^)「おっ試してみます? ほらあーん」
ξ゚⊿゚)ξ「いらない」
( ^ω^)「あっ傷つく……不思議……」
-
ξ゚⊿゚)ξ「だってブーンは食べ物じゃないもの」
( ^ω^)「まぁそうですね、ごもっともな意見」
ξ゚⊿゚)ξ「それに食べたら痛いし、無くなっちゃうし、可哀想だし……」
( ^ω^)「うんうん」
ξ゚⊿゚)ξ「それに美味しくなさそう……」
( ^ω^)「悲しみが溢れ出す……」
ξ゚⊿゚)ξ「かじったら痛いでしょ?」
( ^ω^)「痛くなかったら? かじります?」
ξ゚⊿゚)ξ
( ^ω^)
ξ゚⊿゚)ξ「ばっちぃ」
( ^ω^)「うん知ってた」
-
ξ゚⊿゚)ξ「それにして、お母さんはどうして質素な生活をしてたのかしら……貧しくはなかったのよね」
( ^ω^)「お母さんもきっとそう育てられたんでしょうね、親から受け継いだってやつですよ」
ξ゚⊿゚)ξ「うーん……ちょっと女の子がかわいそう……美味しいものが食べたいって気持ちは、そんなにダメな事?」
( ^ω^)「僕はダメだと思いませんよ? でもきっと、誰かがダメだと言ったんでしょうねぇ」
ξ゚⊿゚)ξ「それと、このおじさんはどう言う人だったの?」
( ^ω^)「腹を満たす事しか考えてない悪食野郎のいかれ野郎ですが」
ξ゚⊿゚)ξσ「女の子もとびきり変わってはいたけど、不思議な人も居るものね」
σ)^ω^)「あひん」
ξ゚⊿゚)ξ「……ブーンのお友だちは変わった人ばかりね」
( ^ω^)「変わった人達ですねぇははは」
ξ゚⊿゚)ξ「?」
( ^ω^)「さ、次持ってらっしゃい、あと知人です」
ξ゚⊿゚)ξ「?? はーい」
ぴょんと膝から降りる少女の背中を見ながら、閉じた本を傍らに積む。
あと二冊で完成だ、崩れなきゃ良いがね。
しかし現実味が薄い話は、彼女も受け止めきれないか。
まあ困惑する様も可愛らしいものだ、この調子で読み聞かせよう。
と言いたいが、この流れだと次の表紙は紫。
紫の表紙の内容は確か。
-
ξ゚⊿゚)ξ「はいブーン、6よ」
本を抱えて戻ってきた少女を膝に乗せながら、表紙を見て笑った。
ああやっぱりこれか、理解できるのかねこのお嬢ちゃんに。
そしてあれをどう書いたのかね、ある意味では気になるものだ。
ξ゚⊿゚)ξ「ける……どく……いろ……」
( ^ω^)「お、頑張ってる頑張ってる」
ξ゚⊿゚)ξ「最初のは何……?」
( ^ω^)「蕩ける毒に色染まり」
ξ゚⊿゚)ξ「何で全部言っちゃうの……?」
( ^ω^)「その顔が見たくて……」
ξ゚⊿゚)ξ「…………」
( ^ω^)「あーん嘘ウソごめんね可愛いねーンンー許してーにっこり笑ってー」
ξ゚⊿゚)ξ「ブーンのそう言うとこきらーい……」
( ^ω^)「胸に刺さるンゥ……読んじゃお……」
-
それは、清らかな少年の話。
それは、己を罰し続けてきた話。
それは、神にも打ち明けられなかった話。
腹に宿る疼きに眉を寄せながら、彼はいったい何に抱かれるのでしょうか。
『とろけるどくにいろそまり。』
彼にしなだれかかるのは、うっすら微笑む一人の女。
-
その少年は、とても謹直でした。
教会に身を置く彼は凛としており、いつか憧れの聖職に就くために、自分に厳しく過ごします。
神様に毎日お祈りをして、困った人には手を差し伸べて。
礼儀正しく、頼まれごとにはすぐ応えて、勉強にも熱心に取り組む。
神父様からもシスターからも評判が良く、傲らず優しく、正しく清らか。
誰からも期待されている、立派な少年でした。
『君は本当に優しい子だね』
『あなたは本当に勤勉ですね』
『きっと立派な聖職者になるだろう』
( ФωФ)「ありがとうございます、皆さんのお役にたてるよう、神様のために働きます」
大人たちからの評判も、評価も上々。
けれどそんな少年には、誰にも言えない悩みがありました。
-
聖職者を目指す少年は、毎日を禁欲的に過ごしていました。
年頃の少年が興味を持つようなものから目を背け、関係のないものだと決めつけて。
けれど十も過ぎれば身体も心も異性に対する興味は湧くもので。
そんな自分を厳しく罰するように、勉強にお祈りにと打ち込む日々。
そんな少年の夢枕に、一人の女が現れました。
優しく、甘く、絡みつくような囁き声。
姿こそ見えませんが、紫に塗られた長い爪の先で擽るように頬を撫でる。
『坊や、坊や、かわいい坊や』
声と吐息が一緒に細く吐き出され、耳をさわさわと撫でて行く。
『真面目でかわいい良い子ちゃん、あなたは何に触れたいの』
頬を撫でる爪先は、面白がるように首筋へと下りて行き
くすくすと洩れる吐息の甘さが、紫色の爪に掻かれたところから染み込むみたいにむず痒い。
-
初めてその『夢』を見た時は、ただただ困惑していました。
熱くなる腹の奥が何なのかも理解できず、耳から首から与えられる熱の心地好さも理解できない。
けれどこれが良くない事だと言う感覚。
そしてそれを心地好く思ってしまった罪悪感。
少年がそれを理解するのはもう少し後の事で。
いくつかの月を過ごしてから、再び見た甘い夢の、その翌朝。
目が覚めた時に汚れていた肌着の感触で、自分の身に何が起きたのかをはっきりと理解しました。
勤勉故に知識としては身につけていたそれが、それをどう言う現象なのかを理解させてしまったのです。
それは理解したくなかった事でもありました。
自らの浅ましさを受け入れざるを得ないと言う、その現実は少年を苛みます。
自分は皆から褒められ、認められる、立派な少年でありたかった。
そうすればいつかは聖職に就く事が出来ると信じていたから。
赤子の頃から教会に居た少年にとって、その道は憧れでした。
誰にでも優しくて立派な神父様の姿に、
清らかな魂をもって神に使える姿勢に憧れていました。
それなのに、自分に起きたこれは、不浄そのものではないのか。
-
目蓋は持ち上がらず、身体も動かない。
まるで金縛りにあったような状態で、声すらも出せない。
それなのに、不思議と爪の色だけは見えました。
暗闇を踊るような紫色が、尾を引くようにゆらゆらと。
そして女は甘い匂いをさせながら、唇を耳に触れそうなくらいに寄せて居るのが分かった。
『気になるのなら触れても良いのよ、だあれもあなたを咎めはしない』
寝間着の隙間から入り込んだ爪の先が、皮膚の薄い部分を掻く。
『楽しい楽しい遊びをしましょう、かわいい仔猫の声を聴かせて』
眠りに落ちる事も出来ず、甘ったるい痒みの中で身動ぎすら許されない夜は更ける。
けれどそんな時間もいつしか終わりを迎えるもので。
少年が窓から射し込む朝日の眩しさに目を覚ました頃には、部屋には自分以外は居らず。
ただ全身は汗でびっしょりで、ふらつく頭が睡眠不足を訴えていた。
昨夜の名残と言えば、肌に張り付く肌着の気持ち悪さと、部屋に僅かに残った甘い匂いだけ。
その匂いを感じると、少年は妙に恥ずかしくてたまらなくなるのでした。
-
有り体に言えば、それは誰にでも起こり得る生理現象です。
けれど潔癖な、穢れを知らないまま育った少年には、ただの生理現象だと受け止める事が出来ませんでした。
自分は、あの夢に浮かされて不浄を身に宿してしまったに違いない。
こんな事は誰にも言えない。
こんな恥ずかしい事を、浅ましい事を誰かに言える筈もない。
本来なら神への告白をするべきだったのかもしれません。
神父様やシスターに相談をすれば良かったのかもしれません。
けれど、少年には言えませんでした。
失望されるのが恐ろしくて、こんな自分が恥ずかしくて、口を閉ざしてしまいました。
あの紫色の『夢』は、不定期に訪れます。
続けて見る事もあれば、間があく事もある。
女の囁きから夢が始まると、少年は神様に祈り続けました。
もう自分をこれ以上貶めたくなくて、女が早く去るのを待ちました。
-
肌着が汚れる日もあれば、汚れずに済む日もあります。
けれど綺麗なまま過ごせたその日は、なぜだか一日中もやもやとしたまま。
腹の奥底に燻る熱が消えないまま過ごした後、少しの間を置いてからまた夢を見る。
そしてその翌日は、いつもより酷い目覚めを迎える事になるのです。
朝になって目が覚める時に、全身が汗でびっしょりなのは、毎回の事。
いつもいつも寝巻きも肌着も替えて、神様へ祈り、自らを戒めます。
夢を見るたびに強く祈っても、堪えても、耐えられた事はありません。
あの夢は、あの声はきっと夢魔の類に違いない。
自分が若く未熟だから、耐えられないような愚か者だから、夢魔が枕元までやってくるのです。
早く一人前にならなければ。
早く立派な大人にならなければ。
そうしなければ、きっと神様は許してくださらない。
あんな、あんな夢が心地好いと感じる自分を許してはくださらない。
あの甘い匂いが、声が、紫色の爪の先が、恋しいと思う自分を、誰が許すと言うのだろう。
-
何も知らなかったその身は、ぬるいぬるい快楽を覚えてしまいました。
清く澄んでいたその心には、あのあまいあまい耳を撫でる声が巣食ってしまいました。
穢れなく清らかであるべきその身と心に刻まれた快感を、少年はひどく嫌悪します。
本来人間が抱いて然るべき感情も、衝動も、忌避すべきものだと奥歯を噛んで。
だって聖職者を目指す少年にとって、それは極めてきたならしい不浄なものであるはずです。
誰が抱いてもおかしくないそれが、罪深いものでしか無いはずです。
それなのに、無意識の内にそれを求めてしまう自分が、大嫌いでした。
あの夢を見てから、少年は自分の目すらも歪んでしまったようでした。
いつも話すシスターや、信者の女性をじっと見てしまうのです。
ふと横切る女性から漂う良い匂いだとか、シスターの修道服を内側から押す身体の凹凸だとか。
そんな些細な事にすら反応して、目で追って、内側を想像して。
そんな自分に気付くと歯痒くて、恥ずかしくて、いたたまれなくて。
-
この感情を、衝動を、どうすれば良いのかがわかりませんでした。
自分が抱く思春期特有の劣情すらも打ち明けられないのに、聞けるわけがありませんでした。
神様に身も心も捧げて、清らかな魂で居なければならないのに。
自分が未熟なばかりに、こんなに恥ずかしい思いをしている。
自分で自分を認められない。
自分で自分を愛せない。
そんな人間が、聖職者になんてなれるわけが無いのに。
わかっていても、どんどん自分が嫌いになってしまう。
だから少年は誰にも聞けず、相談も出来ず
ただ恥ずかしくて苦しくて、悶々とした日を過ごすのです。
時折訪れるあたたかくやわらかな紫色の悪夢に苛まれながら。
陽の高い内は平気な顔を必死に作って過ごすのです。
-
その日はよく晴れていて、暖かな日差しが心地よいお昼前。
少年は外で掃き掃除をしながら、どこかぼんやりと空を見上げていました。
( ΦωΦ)「…………はぁ」
きれいに整った髪がさやさやと優しい風に揺れ、白いシャツに影を落とす。
細くて丸い指先で箒の柄を軽く掻いては、心ここにあらずといった様子。
( ΦωΦ)(また、あの夢を見た……私はどうして、あんな夢を見てしまうんだろう)
( ΦωΦ)(よこしまな感情は、きっと私が未熟だから……だから不浄なものに目を奪われる……)
( +ω+)゛(こんなじゃ、神父様になんてなれないな……)
( +ω+)(みんなから褒めてもらえるけど、実際はこうやって良くないことばかり考えて)
( +ω+)(……私は、褒めてもらえるほど立派じゃない……そんなこと、あるものか……)
-
( Φω+)゛(ダメだ、ちゃんと掃除しなきゃ……こんなこと、考えてちゃいけない)
( ΦωΦ)(でも、どうして……あんなに、惹かれてしまうのだろう……)
( ФωФ)(あの夢は、あんなに、……あんなに)
『ああ、ここに居ましたか』
(ΦωΦ;)゛「っ! は、はい、シスター」
『もし良ければ、お掃除の後に水汲みをお願いしたいのですが、大丈夫でしょうか』
(ΦωΦ;)「は、い……大丈夫です、すぐに」
『いいえ、お掃除のあとで構いませんよ、あなたは働きすぎるきらいがありますから』
(ΦωΦ )「そんな、……そんな、事は……」
『ふふ、たまには体と心を休憩させましょう、神様へのお祈りも、上の空では困りますからね』
(ΦωΦ )「……はい、…………ごめんなさい……」
『それじゃあ失礼します、無理はしないで下さいね? 何かあれば、すぐに言って下さい』
(ΦωΦ )「……はい」
-
( ΦωΦ)「…………」
( +ω+)゛「…………はぁ……」
深々と溜め息を吐き出しても、胸の奥のもやもやは消えないまま。
上の空だと指摘もされて、くすくすと笑われて。
自分はなんて未熟なのだろう、
未熟な上に心は穢れてしまっている。
聖職者に憧れている身でありながら、なんて体たらくなのだろう。
少年は眉を寄せながらも掃き掃除を手早く終わらせて、言われた通りに水汲みへ向かいました。
教会の裏の井戸から手桶へ水を汲み、屋内の水瓶へ水を注ぐ。
単純ではあるが疲労感のある仕事は、今の自分にはちょうど良いと思いました。
きっと働いてる内に雑念も消えるはず。
そうすれば、悶々と考えずに済むはずだと。
けれど実際は、単純だからこそ、それなりに疲れるからこそ思考が明後日の方へと飛ぶのです。
-
( ФωФ)(そう言えば、普段は見えないけどシスターはきれいな金髪で、陽の光を浴びるときらきら輝くのを知ってる)
( ФωФ)(おしろいの匂いはもちろんしないのに、不思議と良い匂いがするのはどうしてだろう)
( ФωФ)(いつでも優しい笑顔で、皆さんの手助けをしてる、素敵な人だ)
( ФωФ)(神父様とも仲がいいみたいだ、確か幼馴染だって信者の方が言ってたっけな)
( ФωФ)(手を握ってるのを見た事があるし、二人で連れ添って、納屋へ入ってゆくのも見た)
( ФωФ)(他のシスターが探していたから呼びに行くと、神父様は慌てて飛び出してきたな)
( ФωФ)(あれは一体、どう言う)
( ФωФ)「…………」
( ФωФ)(やめよう、考えるべきじゃないこんなの)
神父様はまだ若くて、シスターも同じくらいの年頃だ。
幼馴染だと言うのなら、もしかしたら何かあったのかもしれない。
何があると言うのだろう。
もしかしたら『そう言う関係』だったのかもしれない?
確かそんな噂を聞いた事がある。
でも二人とも、神様のために生きているんだ。
そんなはずがあるものか。
-
そうだ、そうだとも。
二人共清い身体と魂に違いない。
もし違うとして、今は清くあろうとしているはずだ。
もしそうだとしたら神父様は触れた事があるんだろうか。
あのきれいな髪に、白い頬に。
修道服でも隠しきれていない、あの膨らみにも。
_,
( ΦωΦ)「…………っ」
これは些細な興味、下らない好奇心。
しかしそんなもの、抱くべきではない。
憧れの神父様に、シスターに、なんて事を考えるんだ。
こんな事を考えるのは不浄だからだ、二人がではなく自分のが不浄だからだ。
それでも目を奪われる。
思考に耽り想像する。
こんな下らない事に心臓が弾む。
妙にどきどきして、そわそわして。
腹の奥の底が、熱くて熱くてたまらなくなる。
-
自分も触れてみたい。
自分も感じてみたい。
あのやわらかそうな何かに。
あのいい匂いのする何かに。
あの悪夢は少年に、決定的な快楽を与えてはくれていない。
いつもいつも、むず痒くてもどかしい、生ぬるい刺激ばかりを与えてくる。
だからこそ、目が覚めた時に言い知れぬ罪悪感が少年を包むのです。
あんな優しい刺激だけで、自分はこうなってしまうのだから。
ちゃんと感じたい。
ちゃんと触れてみたい。
ちゃんと触れられてみたい。
いけないことだとわかっていても、その欲求はなかなか消えてくれません。
それどころか、発散されない欲求はどんどん膨れ上がるばかり。
髪に、唇に、胸に、触れられればどれだけの快感を得られるのだろう。
どれだけの充足感が得られるのだろう。
想像するだけでぞくぞくする。
想像する、だけで、
ごくり、と自分の喉が鳴った音で、我に返った。
-
_,
(#+ω+)「────ああっ、もう!」
自分への苛立ちが抑え切れず、ゴッ、と額を強く柱に叩きつけた。
その際に手から落ちた水桶が中身をぶちまけて、そこら中に暗い染みを作る。
額が熱を持ち、ずきずきと痛むが、そうでもしなければ煩悩を払えそうもなくて。
柱に爪を立てても、叩いてみても、いらいらもやもやが払いきれない。
_,
(#+ω+)(もういやだ、こんなのたくさんだ)
_,
( +ω+)(どうしてこんなに、下らない事ばかり、浅ましい事ばかり)
( +ω+)(もう、私は、誰かから褒められるような人間じゃない、そんな資格もないんだ)
( ∩ω∩)゛(こんな悩みいらない、こんなのいやだ、自分なんて大嫌いだ)
( ∩ω∩)(もう、もう褒められるような人間を装うのも、いやだ、いやだよ、もう)
「あら、坊や」
(;∩ωΦ)゛「っ!?」
-
「あらあら坊や、痛そうね、どうなさったのかしら」
(;∩ωΦ)「ぇ、あ、どこ……に」
lw´‐ _‐ノv゛「ばぁ」
(ΦωΦ;)「っ!?」
lw´‐ _‐ノv「ふふ、うふふ、驚かせてしまったかしら、ごめんなさいましね」
(ΦωΦ;)「い、いえ」
lw´‐ _‐ノv「あらあら坊やったら、おでこが赤くなっちゃって、どこにぶっつけなさったの」
(∩ωΦ;)゛「あ、だ、大丈夫ですので……信者の、方、ですか……?」
lw´‐ _‐ノv「さあ、さあさあどうかしら、ほらおでこをお見せなさいな坊や」
(∩ωΦ;)「あう、あの、大丈夫です、から」
lw´‐ _‐ノv「だあめ、だあめよ、うふふ、ほら見せてごらんなさいましな」
(ΦωΦ;)「う、うう……あんまり見ないで下さい」
-
柱の影からぬるりと姿を見せたのは、まるて喪服のような黒いドレス。
どこか異国風の顔立ちを黒いヴェールで僅かに隠して、殆ど閉ざしたような眼で少年を顔を覗き込みます。
長手袋に包まれた手で、額を隠す少年の手を掴んでそっと降ろさせる。
すると赤くなった額にくすくすと笑って、優しく息を吹きかけました。
(;ФωФ)「わ、くすぐった、い」
lw´‐ _‐ノv「あら、あらあらごめんなさいましね、かわいいお顔が台無しよ」
(;ФωФ)「別段、かわいいわけでは……」
握られていた手を撫でながら、少年は戸惑いを隠せず俯きます。
角度を変えて覗き込んでくる女の視線が、妙に気恥ずかしくてたまりませんでした。
すい、と指先で顎を掬い上げられて顔をあげると、すぐそこには女の顔。
すっきりと整った顔立ちで、人の奥の奥を覗き込むような眼差しでした。
lw´‐ _‐ノv「は、あはは、ふふふふ、ほらかわいい、ふふふ」
(;ФωФ)「ううう……」
-
面白がるように何度も覗き込むその顔は、無表情に見えて微かにだけ笑っています。
そして声ばかりが子供のようにころころと、無邪気そうに笑うのです。
少年は女の視線から逃れるように、そして大体の男性が目を奪われるであろうその体つきに、
思わず向きそうになる自分の視線を外すように、必死に顔を背けていました。
lw´‐ _‐ノv「どうなさったの坊や、私そんなに見られないような姿かしら」
(;ФωФ)"「い、いえそんな、そんなわけじゃっ」
lw´‐ _‐ノv「じゃあどうしてそうも顔を背けなさるの、視線も合わせてくれないわ」
(;ФωФ)「それ、は……その…………あ、さ、あの、見て、ましたか……?」
lw´‐ _‐ノv「おでこをごちん?」
(;+ω+)゛「見てましたか……」
lw´‐ _‐ノv「見ちゃってましたわ」
(;∩ω∩)「……お恥ずかしいところをお見せしました……」
lw´‐ _‐ノv「あらあら、ふふ、うふふふ」
-
恥ずかしそうに俯く少年が、ふと視線だけを持ち上げると、そこには黒いドレス。
肌の露出は少ないものの、大きく切れ込みの入ったスリットや、透ける薄布で覆われた胸元。
ぴったりと体のラインに沿う、布越しからでも伝わる豊満な体つき。
慌てて視線をそらしても、頭上から洩れるくすくすと言う笑い声に顔が赤くなるのが分かった。
額を撫でる指先の心地よさと、あんな姿を見られたと言う羞恥。
鼻孔をくすぐる甘いような匂いをどこかで嗅いだ事がある。
囁く声と吐息にも、聞き覚えがある。
いったい、どこで知ったのだろう。
こんな格好の信者の方を、見た事があっただろうか。
こんなに特徴的なら、覚えている筈なのに。
lw´‐ _‐ノv「ねえ坊や、坊やのきれいなきれいな肌、ほかに傷はないかしら」
(;ΦωΦ)「だ、大丈夫です、他にはないですから」
lw´‐ _‐ノv「でも柱を叩いていたでしょう、手も見せてちょうだいな」
(;ΦωΦ)「あ、ぅ」
-
手のひらを、手の甲を撫でる。
手首へ、腕へと撫でる手は上る。
シャツ越しに二の腕までを撫でられて、妙にぞわぞわとした心地好さ。
そのまま華奢な肩へ、細い首へ、やわらかな頬へと女の手のひらは移動する。
手袋に包まれた指が唇を撫でて、押して、耳を、目蓋を、額を丹念に撫でて行く。
それはまるで何かを確認するように、何かを思い出させるような優しい手付きで。
女が撫でたところが、熱を持つように疼く。
じりじりと痒みにも似たその熱が、なぜだか妙に息苦しくて、心地好くて。
妙な感覚に頭がくらくらしたけれど、その手を払い除けられませんでした。
ぐらりと傾ぐ女の首と、揺れる長い髪から甘い匂いがする。
この匂いは知っている気がする。
この感覚も、この声も、知っている気が。
紅を塗った厚い唇が、歪むように微笑んだ。
-
lw´‐ _‐ノv「坊や、坊や、かわいい坊や」
(; ω )「は、ぃ」
lw´‐ _‐ノv「真面目でかわいい良い子ちゃん、あなたは何に触れたいの」
(; ω )「……ぇ」
どこかで、聞いたような言葉。
lw´‐ _‐ノv「気になるのなら触れても良いのよ、だあれもあなたを咎めはしない」
(;ΦωΦ)゛「っ!」
lw´‐ _‐ノv「楽しい楽しい遊びをしましょう、かわいい仔猫の声を聴かせて」
(;ΦωΦ)「ぁっ……は、離れろ……っ!!」
この声は知っている。
この指は知っている。
この匂いもこの甘さも知っている。
-
女は左手の指先を、手袋の先を噛んで引き、ずるり、長手袋が外される。
細くて白いしなやかな手、その長い指先には、紫色の爪。
ばし、と頬を撫でる右手を必死に払い除けて、一歩後ずさる。
背中を柱に預けて、熱を持つ自分の身体を必死に抱きしめた。
けれど払い除けられた当人は、変わらず微かに笑みを浮かべて、少年へと詰め寄ります。
lw´‐ _‐ノv「まあ、まあまあ痛いわ坊や、痛くするのが好きなのかしら」
(;ΦωΦ)「よ……寄るなっ! 悪魔め、私に近付くな!」
lw´‐ _‐ノv「あら、あらあら冷たい子、あんなに心地好さそうにしていたのに」
(;ΦωΦ)「なっ……」
lw´‐ _‐ノv「ほら触れても良いのよかわいい坊や、女の肉は恐ろしくも甘美、きっと蕩けるような味」
(;ΦωΦ)「っ、離し、なっぁ」
猫のように背中をたわませて顔を覗き込み、耳たぶを舐めるように囁く甘い声。
ぞわ、と寒気ではない痺れが背筋に走り、身体に絡み付くしなやかな腕から逃れられない。
大きな乳房の間に抱え込まれた少年は、そのやわらかさと甘い匂いに目が眩んだ。
-
先程よりもずっと匂いは強くなり、鼻孔から脳へと流れ込む。
脚の間へ差し込まれる厚みのある太股の感触が、背へ回された腕が、抗いがたい程に心地好い。
このままではいけない、このままでは魂すら絡めとられてしまう。
早く振りほどかなければ。
早く祈りを捧げなければ。
神様どうか、どうか私をお救いください。
浅ましくも愚かな私をお救いください。
この悪魔の、腕の中が、こんなにも居心地が好い。
私を、どうか。
lw´‐ _‐ノv「もう良いでしょう、我慢してきましたもの、早く食べたいのを我慢してきましたもの」
(; ω )「ぁ、あ」
lw´‐ _‐ノv「だからね、坊や、いただきまぁす」
少年の細い顎を指先で掬い上げ、何か言い返そうとする唇を塞いだ。
-
少年は、もう抵抗は出来ませんでした。
唇に重なる柔らかさは、心のどこかで待ち望んでいたものでした。
少年はずっと渇望していました。
今までの触れているのか触れていないのかもわからない、もどかしい刺激以上のものを。
唾液の細い糸を引いて唇が離れようとしたが、少年は女の腕を掴んで引き寄せる。
ただ重なるだけの唇を割って入ってくる女の熱い舌を迎え入れ、ぎこちなくもそれを貪った。
そして顔が離れる頃には、もう抗う術は溶けて消えてしまっていたのです。
途切れた息に肩を上下させる少年に、女は唇を嘗めて微笑みます。
lw´‐ _‐ノv「昼の仔猫も可愛いけれど、やっぱり夜の方が好みかしら」
あなたのお部屋はどこかしら。
そう尋ねる女の腕の中で、少年はただ己の部屋へと続く道を指すだけ。
その下腹部に宿る熱を発散する事への期待に、淀んだ目で女を見上げていました。
-
ぎしぎし、ぎしぎし。
軋む音を立てるベッドには、絡み合う肉の塊。
窓も扉も鍵をかけた暗い部屋には、熱に浮かされた声と吐息に満ちている。
ぜえぜえと薄い胸を上下させて荒い息を吐き出す少年の口を塞いで、甘ったるい唾液を流し込む。
女の厚い唇が少年の声も息も貪って、塗られた紅をその口に移してゆく。
横たわる少年の上で女が跳ねる度に対の乳房が大げさな迄に揺れて、混ざり合う汗を飛ばした。
眼の前で揺れる、艶めく脂肪の塊に手を伸ばせば、少年の細い指は白い肌に沈む。
その感触が心地好くて、小さな手で揉みしだいては女の反応を伺っていた。
女が腰をくねらせる度に、背筋が痺れるような快感が全身を貫く。
腰が砕けて溶けて行きそうな鮮烈な快楽は、少年の思考も何もかもを蕩かせる。
口から洩れるのは声変わりの済んでいない嬌声ばかりで、言葉の形すら保てやしない。
ぞわぞわとした何かが腰の下から背骨を辿って脳の髄まで上り詰め、ちかちかと目の前で光が弾ける。
悪夢から目覚めると『それ』があった証拠はあるが、『それ』を経験した記憶は無い。
だから女の中に吐き出すそれが、少年にとっては初めての経験とも言えた。
-
「あ゛っ、ぁ、ぁああぁあっ」
「良い子、良い子ね、たくさんちょうだい」
「ひっぃ、ぅあ、ぁっ、ぁぁぁあっ」
「かわいいかわいい仔猫ちゃん、もっともっと鳴いてごらん」
どくんどくんと弾ける感覚は意識を眩ませるほどに激しくて、女の背中に腕を回して声を上げた。
初めて経験する感覚に息を切らせて、余韻に浸るように女の胸に沈む。
けれど女が腰を軽く揺するだけで、少年はまた声を上げて細い背筋を反らせるのです。
「坊や、坊や、ちゃあんと楽しめているかしら」
「は、ひ」
「けれどね坊や、もっともっと楽しい事もあるものよ」
「ぇ……」
「その小さな小さな坊やの身体では、出来ない事だけれど」
「それ、じゃあ」
-
「そう言えば、あなた早く大人になりたいと願ってはいなかったかしら」
「……え?」
「早く、立派な大人になりたいと願った事があったでしょう」
「…………」
「私が、大人に、してあげましょうか」
こんな児戯のような悪戯ではなく、本当の快楽をあなたに教えてあげましょうか。
少年には、もう何かを判断する思考なんてものは残ってはいませんでした。
だから期待に眼を溶かし、思考を溶かし、何もかもがどろどろになったような顔で笑うのです。
もっともっとあなたがほしい。
彼はそう笑うのです。
だから女は残っていた布を剥ぎ取って、少年の頬を紫色の爪で撫でます。
かりかり、かりかりと、鈍い鈍い爪痕を残すように。
-
身体を重ねるごとに、部屋の空気は密になる。
噎せ返る程の甘酸っぱい匂いが、鈍り溶けた思考を更に狂わせる。
混ざり合う体液は汗と、唾液と、いろんなもので。
それらが肌を濡らし、汚し、ぬるつきながら音を立てる。
もう何度女の腹に吐き出したのかもわからない。
もう何度その身を貪ったのかもわからない。
けれど少年の身体には異変が起きていました。
女と身体を重ねるごとに、その身が成熟してゆくのです。
それに比例するように、成熟していた女の姿は幼さを見せ始めました。
少年の細くしなやかだった腕も、首も、脚も、腰も、太い骨と筋肉に形成されて行く。
少年よりもずっと高かった女の背は縮み、胸のは小さく、顔立ちはあどけなくなる。
そして数えきれない程の行為の後に、少年は自分の手の大きさに気が付きました。
腕の中で跳ねていた筈の女が、すっかり幼い少女の姿に変わっている事にも、やっと気が付いたのです。
-
「これ、は」
「やわらかな胸の方が良かったかしら、今はこの平らな胸でがまんしてちょうだいな」
「私は、この身体は、いったい」
「何を考える必要があるのかしら、幼くてもこれは雌の肉、どうすれば良いのかわかるでしょう」
小さな体は一捻りで砕けてしまえそうな程に華奢で、幼い手に不釣合いな爪の色だけが妙に映えていて。
幼い娘の姿に変わっても、女は変わらず妖しく微笑んで彼の頬を撫でる。
薄く小さな爪でかりかりと、優しく優しく頬を撫でて、太い首に腕を回す。
しなやかな猫のように、絡みつく蛇のように、少年だったその身体を撫で回して唇を重ねる。
それは変わらず女の手によるむず痒い愛撫そのもので、彼の中の何かがぱちんと爆ぜる音がした。
すっかり成熟した巨躯は幼い身体を貪って、低い低い声で女を求めた。
名を呼ぶ権利を与えられ、何度も何度も名を呼んだ。
肉厚だった女の身体は全てを包み込むように暖かくて、絡みつくような快楽をもたらした。
幼く小さな女の身体は、それとは違い、華奢に見えて頑丈で、締め付けるように絞り上げる。
どちらが良いかと聞かれては、どちらも欲しいと低い声で答える。
それを聞いた幼い夢魔は、声も上げずに息を洩らして笑っていた。
-
「これ、は」
「やわらかな胸の方が良かったかしら、今はこの平らな胸でがまんしてちょうだいな」
「私は、この身体は、いったい」
「何を考える必要があるのかしら、幼くてもこれは雌の肉、どうすれば良いのかわかるでしょう」
小さな体は一捻りで砕けてしまえそうな程に華奢で、幼い手に不釣合いな爪の色だけが妙に映えていて。
幼い娘の姿に変わっても、女は変わらず妖しく微笑んで彼の頬を撫でる。
薄く小さな爪でかりかりと、優しく優しく頬を撫でて、太い首に腕を回す。
しなやかな猫のように、絡みつく蛇のように、少年だったその身体を撫で回して唇を重ねる。
それは変わらず女の手によるむず痒い愛撫そのもので、彼の中の何かがぱちんと爆ぜる音がした。
すっかり成熟した巨躯は幼い身体を貪って、低い低い声で女を求めた。
名を呼ぶ権利を与えられ、何度も何度も名を呼んだ。
肉厚だった女の身体は全てを包み込むように暖かくて、絡みつくような快楽をもたらした。
幼く小さな女の身体は、それとは違い、華奢に見えて頑丈で、締め付けるように絞り上げる。
どちらが良いかと聞かれては、どちらも欲しいと低い声で答える。
それを聞いた幼い夢魔は、声も上げずに息を洩らして笑っていた。
-
女を部屋に迎え入れてから、どれだけ経ったかも分からない。
何も食べなくても、何も飲まなくても、眠ることすらしなくても生きる事が出来た。
ただただ狂ったように、意識も落とさず女の身体を求め続けた。
互いの身体が溶け合って、混ざり合って、戻れないのでは無いかと言うくらいに。
扉の下から洩れる光は朝の物か昼の物か、それとも夜の灯火なのか。
何度か扉を叩かれて名を呼ばれたが、それに応える事は出来なかった。
優しいシスターの声も、憧れていた神父様の声も、どうでも良かった。
ただ目の前で全てを受け止めてくれる女の微笑みが。
好きなだけ貪る事を許してくれるその身体が、最も大切なものだった。
そう、もう神への祈りは捧げていなかった。
細くしなやかな女の腕だけが、自分を救ってくれたのだ。
やっと満たされた。
満たされてしまった。
もっと欲しい。
もっともっと感じたい。
これは強欲か、それとも。
-
『それ』は、誰でも抱くようなものでした。
誰が抱いてもおかしくない欲求でした。
異性に興味を持つ事も、身体が成熟し始めるのも、その機能が育ってゆくのも自然なことでした。
けれどその少年は、自分に厳しくあったため、逆に囚われてしまいました。
期待に応えたかった、憧れた人のようになりたかった、清廉潔白で居たかった。
そのどれもが果たされない、いびつな姿になってしまった。
与えられた快楽は、少年の心を二度と離しはしない。
求め続けた快感は、少年の魂を喰い滅ぼした。
少年だった巨躯の男は、幼い少女を抱え込んだまま何かを聞きました。
扉の外へ洩れる嬌声は、等しく外の人間の耳に流れ込んでいたのです。
それを聞いた聖職者は、強く扉を叩きながら何かを叫びます。
彼はそれが悪魔祓いのまじない言葉だと気付く事はなく
こじ開けられようとしている扉に、ちらりとも視線を送ろうとはしませんでした。
おわり。
-
『彼は堕ちたのだ、快楽と言う蕩けた毒に、脳を溶かす甘い欲望の腕へと堕ちたのだ』
( ^ω^)「おしまい」
ξ゚⊿゚)ξ「……?」
( ^ω^)「はっはめっちゃ疑問符飛んでる」
ξ゚⊿゚)ξ「これは……どう……?」
( ^ω^)「おねショタ詐欺です」
ξ゚⊿゚)ξ「おね? しょ?」
( ^ω^)「まだしてます?」
ξ#゚⊿゚)ξ「するわけないでしょ!?」
( ^ω^)「ですよねごめんごめんはっはっは」
ξ#゚⊿゚)ξ三σ)^ω^)そ「ペピィン」
ズバスン
-
σ)^ω^)「じょーぉだんじゃないですかーぁやーめーてーよーぉ」
ξ#゚⊿゚)ξσ「ど! う! 言! う! お話なの!!」
( ^ω^)「まぁだからおねショタ詐欺ですけど」
ξ゚⊿゚)ξ「なんなのそれぇ……」
( ^ω^)「童貞食いが趣味だったかなぁこいつ……逆光源氏とも趣が違う……」
ξ゚⊿゚)ξ「分かる言葉で喋って」
( ^ω^)「だってお嬢さん分かってないもんこれ、精一杯のスケベ話だったんですよ」
ξ゚⊿゚)ξ「すけ……?」
( ^ω^)「あーもうこれだからなー! 穢れを知らぬお子様はなー!! あーかわいい!!」
ξ;゚⊿゚)ξ「なによぉ……」
( ^ω^)「褒めてんですよ、はいニッコリして、可愛いから」
ξ゚皿゚)ξニゴー
( ^ω^)「ニッコリじゃねぇやこれ」
-
ξ゚⊿゚)ξ「もう……この人はどう言う人だったの?」
( ^ω^)「己の欲のままに誰であろうと嘗め溶かす、ガキの見た目のあばずれ女です」
「お口が悪い」
ξ゚⊿゚)ξσ)^ω^)「あん」ズム
ξ゚⊿゚)ξ「それにしても、どうして悪魔祓いまで? そんなに大変な事だったの?」
( ^ω^)「苦しそうな声って書いてたでしょう、だからきっと悪魔が苦しめてると思ったんですよ」
ξ゚⊿゚)ξ「うーん……じゃあシスターと神父さまは何をしてたの?」
( ^ω^)「セッ 納屋の整理整頓じゃないですかきっとたぶん」
ξ゚⊿゚)ξ「そっかぁ、やっぱり真面目なのね」
( ^ω^)「ははわっはははそっすねーもーめっちゃ真面目ェ」
ξ゚⊿゚)ξ「……でも本当にどう言う事なのかしらこれ、女の人と男の子は何してたの?」
( ^ω^)「あ、気になります?」
ξ゚⊿゚)ξ「気になると言えばなるけど……」
( ^ω^)「大丈夫大丈夫、もうちょっと大きくなったら教えてあげますから」
ξ゚⊿゚)ξ「本当? 怖くない? これ怖いお話じゃない?」
( ^ω^)「あー……まぁある意味怖いけどー……お嬢さんが想像するような怖い話では無いですよ」
ξ゚⊿゚)ξ「ほっ……なら今度教えてね」
( ^ω^)「実技で良い?」
ξ゚⊿゚)ξ「? うんまぁ、分かんないけど良いよ」
( ^ω^)q゛「ッシェイ」
ξ゚⊿゚)ξ「???」
-
( ^ω^)「ほくほく……じゃあ約束ですよ約束」
ξ;゚⊿゚)ξ「う、うん? うん約束ね、うん」
( ^ω^)「よーし! 次の本持っておいで!!」
ξ;゚⊿゚)ξ「なんなのぉ……持ってくるけど……」
理解できないあれこれに首を傾げる少女の背中。
将来の約束をいい感じにもぎ取ったところで、次が七編の最後の本だ。
次の表紙は青、金の文字は7だろう。
それにしても、予想通り彼女は物語の中で何が起きているのか理解出来ていなかったな。
まあそんな無垢な部分が良いのだ、とは言っても理解した上で取り乱す様も見たいが。
どちらにせよ約束は取り付けた、彼女の性格なら反故にする事はまず無い。
いやあ楽しみだ、それまで生きてりゃだけどな。
彼女が青い表紙の本を抱えて戻ってくる。
次の話はあいつの話か。
案外嫌いじゃないんだよな、あいつの事は。
-
ξ゚⊿゚)ξ「はい7の本、これが最後?」
( ^ω^)「最後っちゃ最後ですね、はいどうぞ」
ξ゚⊿゚)ξ「んっしょ、と……」
( ^ω^)「お嬢さんって良い匂いがしますよね」スーハースーハー
ξ゚⊿゚)ξ「ブーンはちょっと気持ち悪いわね」
( ^ω^)
ξ゚⊿゚)ξ「ひ、はき……け……け、けもののこえ……」
( ^ω^)
ξ゚⊿゚)ξ「これはなんて読むの?」
( ^ω^)
ξ;゚⊿゚)ξ「気持ち悪くないから教えて……」
( ^ω^)「ニッコリして」
ξ;゚ー゚)ξニコ
( ^ω^)「火吐き轟け獣の声よ」スーーーー…フゥゥ…
ξ゚⊿゚)ξ「でもやっぱりちょっと気持ち悪いわ……」
( ^ω^)
-
それは、情け深い少年の話。
それは、感情を殺して忘れた話。
それは、大切な物を置いてきた話。
人を憐れみ自分を殺し続けた彼は、いったい何を吐き出すのでしょうか。
『ひはきとどろけけもののこえよ。』
静かに彼を見下ろすのは、一角を持つ黒衣の王。
-
その少年は、とても情け深いと言われていました。
頼まれれば誰にでも手を貸し、助力してくれる心優しい少年だと。
けれど実際は、ただただ無関心なだけ。
自分にも他人にも大した興味は無く、面倒が起きないようにと手を貸すだけなのです。
毎日のように、少年は誰かから頼み事をされていました。
『なぁこれやっといてくれよ』
('A`)「ああ、良いよ」
『これお願いしても良いかな』
('A`)「うん、任せて」
『これしてもらって良い?』
('A`)「分かった、やっておく」
ぼんやりと濁った眼差しは、自らを取り巻く環境もちゃんと理解していました。
-
時には暇つぶしの、娯楽のために理不尽な扱いをする事もあります。
肩を押したり、軽く殴ったり、些細な物でも積み重なれば重荷になる。
皆は彼を、ただ便利に使っているだけでした。
口答えもせずに頷いて、頼まれた事をやってくれる、とても便利な道具でした。
けれど少年はそう思われている事を理解してします。
('A`)(あの人は忙しそうだったから)
('A`)(あの人は大変そうだから)
('A`)(あの人は付き合いがあるから)
('A`)(だからしょうがない、しょうがない)
誰かを労るような哀れみの言葉に、中身はありません。
そう言っておけば面倒が起きない、こう言っておけば自分に言い聞かせられる。
これが自分の意志なのか、それとも何も考えずに動いているのか。
そんな事にすらもう興味は無くて。
無理を言われても怒る事は無く。
お礼を言われても喜ぶ事も無く。
ただ無感動に退屈な日々を生きていて、それが退屈だとも思わなくなっていました。
ただ何かを頼まれる度に、何かが胸でちりちりとざわめく気がしていました。
-
('A`)(昨日はプリントを持っていって、今日は掃除を代わりにやって)
('A`)(明日は、まあ、どうでも良いか)
('A`)(どうせ変わんないし、変わって欲しいとも思ってないし、どうでも良いや)
('A`)(…………)
('A`)(いつから、どうでも良いと思うようになったんだっけなぁ)
('A`)(……ま、どうでも良いか)
ふとした疑問が浮かんでも、そこに意識を向けはしない。
本来なら考えるべき事であっても、自分に興味もありません。
だから必要なことだけを繰り返し、繰り返し、心も眼も殺して生きるだけ。
明日の天気も、今日の夕飯も、テストの範囲も、クラスメイトの陰口も。
みんなみんなどうでも良くて、言われたままにハイハイと頷くだけで良かった。
誰かに頼まれた事をしていると、何も考えなくて済む。
人の役に立てているんだなと言う気持ちは、喜びでも充実感でもありません。
けれど何となく、生きている理由を与えられているような気がしていた。
でも何か、大切な物を忘れている気がしていました。
-
そんなある日の事でした。
曇り空の日曜日、買い物に出かけようと玄関の扉を開けました。
するとそこには、一人の女性が立っていたのです。
川 ゚ -゚)「おや」
('A`)「……どうも」
川 ゚ -゚)「少し良いですか、人の子よ」
('A`)「えっ、ああ、どうぞ」
川 ゚ -゚)「私は悪魔なのですが、人の子の家にしばらく厄介になりたく思います」
('A`)
川 ゚ -゚)
自称悪魔が、飛び込み居候を申し込んできました。
-
少年は訝しげな顔で女を見上げます。
ずいぶんと背が高く、仮装のような格好をしていますが、とても綺麗な顔立ちでした。
長い黒髪をまとめていて、露出の無い黒のドレス。
そして額から生える一本の鋭い一角を飾る金の装飾。
胸元を飾る白いクラバットを留める、美しく透き通る青い石。
感情の見えない眼で真っ直ぐに少年を見下ろして、返事を待つ異様な女。
('A`)
川 ゚ -゚)
('A`)「とりあえず、上がって下さい」
川 ゚ -゚)「失礼しましょう」
('A`)「むさくるしい部屋ですが」
,,川 ゚ -゚)「華やかではありませんね」カツカツ
('A`)「あっちょ待って土足」
川 ゚ -゚)「これは失礼を、しかし脱げないものでして」
('A`)「脱げない?」
-
川 ゚ -゚)「ええ、布巾を貸していただけますか」
('A`)「あ、はい」
玄関の低い框に腰掛けて、足まで隠すような長いドレスの裾を捲る白い手。
濡れ布巾を差し出す少年の目に、異様なものが映りました。
('A`)「……蹄?」
川 ゚ -゚)「蹄ですね」
細やかな金の装飾が施された馬の蹄が、そこにあったのです。
('A`)
川 ゚ -゚)゛ ゴシゴシ
('A`)「脚どうなってんすか」
川 ゚ -゚)「女の脚を見たがるものではありませんよ」
('A`)「あっすんませ……」
-
('A`)「でー……えー……悪魔なんでしたっけ」
川 ゚ -゚)「はい」
('A`)「悪魔が何で俺んちに……?」
川 ゚ -゚)「現界したのは良いのですが、何分人の子の世界に知り合いが居ないもので」
('A`)「あ、はい、悪魔居ないんすねこの世界」
川 ゚ -゚)「あなたでしたら都合が良さそうだったので頼んでみた次第です」
('A`)「頼……? まぁ良いか、確かに親もいませんし都合は良いですけど」
川 ゚ -゚)「ご両親はどうされたのですか」
('A`)「あー単身赴任に母親もついてって、俺は学校もあるから居残りです」
川 ゚ -゚)「どこかで聞いた事のあるような状況ですね」
('A`)「使い古されたような設定ッスよね」
川 ゚ -゚)「独りで寂しくはありませんか」
('A`)「あー……まぁ、慣れてるし、別に」
川 ゚ -゚)「随分とあっさりしていますね」
-
('A`)「居候つってもなぁ、勝手に良いのかな……まぁ良いか、いっすよ別に」
川 ゚ -゚)「人の子よ、私が言うのもなんですがもう少し現状について考えるべきではありませんか」
('A`)「えー……だって……脚ちょっと触って良いすか」
川 ゚ -゚)「その発言は不敬だと思いはしませんでしたか」
('A`)「良いかなって……」
川 ゚ -゚)「凡その検討はつきますが、良いでしょう、触って確認なさい」
('A`)「どもッス……おお、蹄から上は白い毛が……」
('A`)゛ サワサワ…サワサワ…
川 ゚ -゚)
('A`)「ふっかふかだ……」
川 ゚ -゚)「獣毛ですからね」
('A`)「境目どうなってんですか」
川 ゚ -゚)「膝より上までドレスを捲れと」
('A`)「あ、そんな上まであるんだ……」
-
('A`)「あー……じゃあ良いですよ、居候」
川 ゚ -゚)「何故その結論に」
('A`)「いやーだって人間じゃ無いなら断っても意味なさそうだし……」
川 ゚ -゚)「ええまあ、では改めて自己紹介をしておきましょうか」
('A`)「あ、はい」
川 ゚ -゚)「私は憤怒の王、悪魔です」
('A`)「はい」
川 ゚ -゚)
('A`)
川 ゚ -゚)「何か」
('A`)「あっそれだけ?」
川 ゚ -゚)「そうですね」
('A`)「何か長い口上があるのかと思った……」
-
川 ゚ -゚)「それでは随分と雑に決めましたが、よろしくお願いします」
('A`)「こちらこそよろしくお願いします、王様」
こうして、奇妙な共同生活がなぜか始まってしまったのです。
王様はいつでも無表情で、やや尊大な態度を崩しません。
けれど素直で我儘な性格ではないため、少年は問題を感じませんでした。
本来なら悪魔を自称する異形の女を居候として迎え入れる事は常人には出来ない事でしょう。
でも少年は頭を掻きながら、まあいいか、と適当に頷くだけ。
人間では無い事は理解しましたし、悪魔に目をつけられたなら拒んでもきっと意味は無いだろう。
だから適当に頷いて、適当に受け入れて、適当に暮らそう。
家族と離れて暮らし、親しい友人も居らず、毎日は色も無く動かない。
だから突然寝首をかかれても、家財の全てがなくなっても、別にどうでも良いことだ。
だったら、受け入れるほうが楽だから。
しかし、少年の予想していたような事は一切起こりませんでした。
命を奪われる事も、金品を奪われる事もなく。
学校から帰ると美味しいご飯が用意されているくらいでした。
-
王様は、不思議なくらいに家事を何でもこなせます。
料理も掃除も得意だし、洗濯だって嫌がりません。
休日は並んで食事を用意したり、一緒にテレビを見て談笑したり。
意外なまでに快適な共同生活です。
両親と離れて暮らしてしばらく経ちますが、食事がちゃんと美味しいと思ったのは久々で。
特別親しい友人も居ない彼がこんなに誰かと言葉を交わしたのは、随分と久し振りな事で。
正直、ちょっとだけ、悪くないなと思ってしまいました。
('A`)「じゃあ王様、俺は学校行くから」
川 ゚ -゚)「人の子よ、お弁当を忘れていますよ、空腹のまま頭を使うつもりですか」
('A`)「あ、やっべ、ありがとう王様」
川 ゚ -゚)「また覗きに行きますがお構いなく」
('A`)「構うんだってアレ……気になるからあんまり来ないでくださいよ」
川 ゚ -゚)「人の子の観察は娯楽ですからね」
('A`)「そういやさ、王様って俺以外と話したりするの?」
川 ゚ -゚)「会話は可能ですよ、さあもう遅刻しますよ、急いて行きなさい」
('A`)「本当だ、行ってきまーす」
-
暇つぶしなのか、王様は少年の学校を覗きに来ます。
他の生徒からは姿が見えないらしくて、誰も気付きません。
しかし勉強しているその手元を覗き込んだり、何かを囁く素振りを見せます。
王様が見えているのは少年だけで、視界の端にちらちらと映る王様の姿に少しだけ困っていました。
何か悪い事をするわけではありませんが、傍から見ていて何となく冷や冷やするのです。
('A`)(王様はすぐ人を観察する、別に良いんだけど何か気になるんだよなぁ)
('A`)(見ていてそわそわすると言うか、いたたまれないと言うか)
('A`)(……気になる、か)
('A`)(他人を気にしたのって、どれだけぶりだろう)
('A`)(…………でも、どうせすぐ居なくなるだろうし、どうでも良いか)
('A`)(お弁当、美味しいな……王様の作る卵焼きって甘くないけど、結構好きだ)
('A`)(味ご飯も美味しい、自炊はある程度してたけど、王様が来てからご飯が美味しくなった)
('A`)(……)
('A`)(変な王様だなぁ)
-
お昼休み、教室でお弁当を食べる少年の視線の先には、王様が居ます。
窓の外、興味深そうに飼育小屋を覗き込んだり、ボールの入った籠を眺めたり、花壇の花をつついたり。
談笑している生徒たちの話を頷きながら聞いてみたり、誰も聞いていない筈なのにそれに意見してみたり。
まるで子供のようだけれど、その整った顔はいつだって表情を作りません。
冷たいまでに無表情な王様は、声も同じくらいに冷たい。
それなのに妙に家庭的で、どこか子供っぽい好奇心があって、
毎日おいしいご飯を作ってくれるし、忘れ物を届けてくれるし、疑問をぶつければ答えてくれる。
優しいと言う雰囲気でも無く、むしろ冷たくて、尊大で、静かに人間を見下している。
でも少年は、そんな王様が側に居る事が心地良いなと思っていました。
('A`)(王様はべたべたしてこないし、すぐに心配したり気を遣ったりしない)
('A`)(変な人だけど、ちょっと距離を置いてる感じが居やすいんだよな)
数日から数週間と一緒に過ごす時間が長くなればなるほどに、
少年は少しずつ、少しずつ、王様に心を開いて、気を許して行く。
自分にも他人にも興味は無いけれど、王様が側に居る事を受け入れる。
姉のような、友人のような、見知らぬ人のような、たまに会う野良猫のような、不思議な存在。
それを不思議なくらいに簡単に受け入れてしまった少年は、微笑ましそうな眼差しで王様を見ていました。
-
王様が校舎の向こう側に消えていくのを見ていると、ふと、少年の頭上から影が落ちました。
顔を上げてみると、そこに居たのは同級生が数名。
ニヤニヤとした笑みを隠しきれない顔で、少年に話しかけます。
『なぁ、ちょっと悪いんだけどさ』
『先生に倉庫の掃除頼まれたんだけど、俺たち忙しいから代わりにやってもらえる?』
('A`)(ああ、またか)
『お前は要領良いじゃん? だから頼むよ、お前がやった方が絶対早く終わるし』
『俺ら本当忙しくってさぁ、なぁ?』
('A`)「良いよ、分かった、忙しいならしょうがないし」
『マジ? サンキューなぁ』
『いやー良い友達持ったわ』
『じゃーなぁ』
へらへらと笑いながら、同級生はじゃれるように強く少年の肩を叩いて去って行きます。
じんじんと痛む肩と、ちりちりとざわめく胸の奥、すっかり味を感じなくなったお弁当。
先程までの微笑ましそうな表情は消え失せて、濁った目で、半分ほど食べたお弁当を見下ろしていました。
-
('A`)(はぁ)
('A`)(まあ、良いや、忙しいなら、しょうがない)
('A`)(食欲、失せちゃったな)
川 ゚ -゚)「ちゃんと食べ切りなさい人の子よ」
('A`)(……王様、どこから出てきたんだよ)
川 ゚ -゚)「食事を無駄にする事は許しません、きちんと食べなさい」
('A`)(……はぁい、母さんみたいな事言うな)
川 ゚ -゚)「両親が側に居ないと寂しく思いますか」
('A`)(……別に)
いつの間にか傍らに立っていた黒い影は、少年の後ろを眺めながら口を開く。
川 ゚ -゚)「腹は、立たないのですか」
('A`)(何に)
川 ゚ -゚)「あの者共にです、忙しいと言う人間がああも人を指差して嗤いますか」
('A`)(……どうでもいいよ、別に)
川 ゚ -゚)「そうですか」
-
いつもより冷たい眼差しは、教室の後ろで笑う同級生を真っ直ぐに射抜いていた。
その目にどんな感情が宿っているのかはわかりませんが、少年は何も言わずにお弁当の残りを口に押し込みます。
喉が詰まりそうになりながら食べる少年は、王様と出会う前の虚ろな目。
悲痛でもなく、苦痛でもなく、ただ全てに興味を無くした顔。
どうでも良い。
興味なんてない。
面倒事はごめんだ。
適当に返事をするだけ。
自分が頷けば良いだけ。
自分がやれば丸く収まる。
適当に頷いて、適当に受け答えして、適当に働いて、適当にやってればそれで良い。
いちいち悩む必要なんて無い。
いちいち反論する必要なんて無い。
自分がやれば角も立たない。
自分がやれば丸く収まる。
そうすれば面倒も起きない。
だからそれで良い、自分がやれば良い。
別に不当な扱いだなんて思わない。
そんなことすらどうでも良い。
けれど何だか、何かを忘れているような気がする。
何かが、胸の奥で、ちりちりとざわめく、気がする。
-
それでも王様は尋ねる。
『俺帰るけど代わりにこれやっといて』
一方的な要求を飲み込む時。
『これじゃ駄目だと思う、やり直してよ』
納得できない願いを飲み込む時。
『別に本気でやるわけじゃないからさ』
理不尽な暴力を飲み込む時。
『手持ちないからさ、代わりに払って』
明らかな不利益すらも飲み込む時。
王様は決まって尋ねる。
川 ゚ -゚)「腹は立たないのですか」
そして少年は、いつも興味なさそうに答える。
('A`) 「別に、どうでも良いよ」
何も映していないような濁った目は、王様の貫くほどに真っ直ぐな視線を受け止めない。
-
けれどある日。
白く土埃で汚れた制服を叩いている少年を、王様は黙って見ていました。
徐々にエスカレートして行く同級生による『冗談』は、少年の身体すらも蝕んでいて。
ちりちり、ちりちり、胸の奥に何かがざわざわ。
当たりどころが悪かったらしく、顔に痣をこさえた少年を見下ろす王様。
そんな王様が、ゆっくりと口を開きます。
川 ゚ -゚)「腹は立ちませんか」
('A`)「どうでも良いよ」
いつもならここで終わるいつもの会話が、この日は続いたのです。
川 ゚ -゚)「怒って然るべきでしょう」
('A`)「何でさ」
川 ゚ -゚)「あの者共は人の子を人間として扱ってはいません、何故未だに怒りを持たないのですか」
('A`)「そうだとしても、どうだって良いさ、別にどうにかなるわけでもなし」
-
川 ゚ -゚)「そうですか」
('A`)「そうだよ」
川 ゚ -゚)「人の子は、己の両親に嫌な思い出でもあるのですか」
('A`) 「え? いや別に、普通に良い親だよ、今は側に居ないけど」
川 ゚ -゚)「それならば、両親への愛情が無いのですか」
('A`)「……? どうしてそんな事聞くんだよ、親の事は普通に好きだよ」
川 ゚ -゚)「ならば何故怒らないのです」
('A`)「どう言う事だ?」
川 ゚ -゚)「人の子が持つ身体は、命は、親から与えられたものでしょう
その身体を、尊厳を踏み躙られ、何故怒りを覚えないのです」
('A`)「それは……」
川 ゚ -゚)「やはり、両親への情が無いのかも知れませんね」
('A`)「そ、そんな事無いって、ちゃんと好きだよ」
川 ゚ -゚)「そうですか、己が親にすら無関心だと言う自覚すらもありませんか」
('A`)「そんな、事……」
-
そんな事ない。
強く言い放ちたかったけれど、弱まる語尾に言葉を飲み込んでしまう。
今、両親は揃って側には居ません、けれど愛されていないなんて思った事もありません。
定期的に電話も、手紙もやり取りしているし、たくさん心配もしてくれる。
そんな両親が好きだし、大切なはず。
なのに、はっきりと言い返せませんでした。
一人の時間が長すぎて、全てに興味を無くしてしまって。
自分にも、愛すべき親にも、興味がなくなってしまったのか、愛想が尽きてしまったのか。
大切な筈だ、大好きな筈だ。
それなのに断言出来なかった、そんな自分が虚しい。
('A`)(親は、良い人間だ、優しいし、厳しいし、早く会いたい)
('A`)(でも何で、王様にきっぱり言えなかったんだろう)
('A`)(好きだよ、本当だよ、でも、俺は、自分が傷付いたってどうでも良いと思ってて)
('A`)(俺が傷付いて、怪我をする事で、親が悲しむとか、そんなの全然考えなかった)
('A`)(本当に、親にすら無関心なのかな、俺、そんなの、)
そんなの、何か、すごく嫌だな。
-
ぱらぱらと、押し入れから引っ張り出したアルバムをめくる。
今より若い両親と、幼い自分が笑っている写真。
楽しそうにはしゃいだり、遊んだり、時には泣いてる自分の写真すら並んでいる。
川 ゚ -゚)「人の子はこうして過去を懐かしむのですか」
('A`)「うん、人間は手元に残る思い出が欲しいんだよ、多分」
川 ゚ -゚)「良い文化だと思いますよ、物が増えると邪魔になる以外は」
('A`)「はは……確かに、そうかもなぁ」
川 ゚ -゚)「これが幼い時分の人の子ですか」
('A`)「ああ、これは遊園地に行った時、ジェットコースターに乗ってみたくて駄々こねて泣いたやつ」
川 ゚ -゚)「こちらは少し大きくなりましたね」
('A`)「それは数年後遊園地に行ってジェットコースターに乗ったやつ、このあとめちゃくちゃ吐いた」
川 ゚ -゚)「母親はこちらですか」
('A`)「うん」
川 ゚ -゚)「心配そうにしていますね」
('A`)「うん」
-
川 ゚ -゚)「父親の姿が殆どありませんね」
('A`)「これとか、人に撮ってもらったのにしか居ないよ、大体撮る側だったから」
川 ゚ -゚)「なるほど、こちらの画は」
('A`)「動物園で檻越しの猿に帽子取られて泣いてるやつ」
川 ゚ -゚)「人の子は泣いてばかりですね」
('A`)「ちゃんと笑ってるのもあるって、これとか、ほら」
川 ゚ -゚)「ふむ」
('A`)「あとこっちとかも、懐かしいな、海に行った時のだ」
川 ゚ -゚)「人の子が笑っている写真は、どれも親と映っているものばかりですね」
('A`)「え? …………あぁ、本当だ……確かにそうだな」
川 ゚ -゚)「これは最近の物ですか、幸せそうですね」
('A`)「ああ、誕生日の……お祝いのやつだな……」
川 ゚ -゚)「実に良い画だと思いますよ、人の子もこのような顔が出来るのですね」
('A`)「はは……俺だって、明るく笑ったりするよ」
-
('A`)「この時は、俺が転んで母さんが心配して……こっちは父さんに肩車してもらって……」
川 ゚ -゚)「ええ」
('A`)「こっちが、母さんのお弁当が美味しくて……父さんが俺のために、山に連れてってくれて……」
川 ゚ -゚)「良い思い出ばかりですね」
('A`)「……うん……こうして見てみると、思ったより、良い思い出って多いんだな……」
川 ゚ -゚)「悪い思い出ばかりだと思いましたか」
('A`)「悪い、って言うか……特に思い出があると思ってなかった……みんな、写真見るまで完全に忘れてた」
川 ゚ -゚)「人間とはそう言う物なのでしょう、だからこそ思い出を手元に残る形で置いておくのではありませんか」
('A`)「あー……ああ、そっか、そうだよな……俺が言ったんだったわ……」
川 ゚ -゚)「思い出すための物が手元にあるからこそ、普段忘れる事が出来るのでしょう」
('A`)「うん……」
川 ゚ -゚)「何か、納得は出来ましたか」
('A`)「…………うん」
-
('A`)「やっぱり、好きだよ、家族は」
川 ゚ -゚)「そうですか」
('A`)「二人とも優しいんだ、怒ると怖いけど、あんまり怒られた事はないな」
川 ゚ -゚)「あなたは『良い子』ですからね」
('A`)「……別にさ、苦労してきたとか、血が繋がってないとか、そんな複雑な家庭環境じゃないんだ」
川 ゚ -゚)「はい」
('A`)「だけどやっぱり、家族って、大事なんだよな」
川 ゚ -゚)「ええ、そうでしょうね」
('A`)「悪魔なのに分かるのか?」
川 ゚ -゚)「悪魔の主食は人間ですから」
('A`)「うげ」
川 ゚ -゚)「冗談です」
('A`)「王様の冗談って分かりにくいんだよなぁ……」
-
川 ゚ -゚)「しかし人の子よ、あなたは何故そうも己に対して無関心なのですか」
('A`)「何で、だっけな……学校でいじられるようになってからかな……嫌だなって、最初は思ってた気がする」
川 ゚ -゚)「人の子にも通常の人間並みの感性がありましたか」
('A`)「でもうちの親ってさ、滅多に怒らないし……善良な人間だと思うんだ」
川 ゚ -゚)「画を見ているだけでそれは伝わってきますね」
('A`)「うん……だから、嫌な事があるって言えなかったんだと思う」
川 ゚ -゚)「己の感情や不満を吐露する事で、家庭の平和を乱したくはなかったと言う事ですか」
('A`)「はい……」
川 ゚ -゚)「それから、どうなりましたか」
('A`)「それから……我慢してたのかな……どうだったろ……」
川 ゚ -゚)「────人の子は、何故あの者共の頼みを受け入れるのですか、断れば良いでしょう」
('A`)「それは……」
川 ゚ -゚)「それは」
('A`)「…………ああ、そうか……」
-
('A`)「俺、親から言われてきたんだ……」
川 ゚ -゚)「『人の役に立ちなさい』」
('A`)「……人を、傷付けないように」
川 ゚ -゚)「『誰かのために動ける人になりなさい』」
('A`)「何で……分かるんだよ」
川 ゚ -゚)「立派な親を持ちましたね」
('A`)「……うん」
川 ゚ -゚)「しかし、それは呪いでしょう」
('A`)「…………そうみたいだな」
川 ゚ -゚)「ふむ、有意義な時間でしたね、夕餉の支度でもしましょうか」
('A`)「…………」
誰かのために何かをすると、生きている理由を与えられた様な気がしていた。
けれどそれと同時に、大切な物が一つずつ抜け落ちて行った気がする。
それが何なのか、少しだけ、見えてきた。
-
両親の教えは、こうなるためにあるわけでは無いと言う事だけは分かった。
誰かのために、自分のために、優しい人間になって欲しかっただけなのでしょう。
それが鎖だと思った事はありませんでした。
そこまで自分を縛っているだなんて思っても居なかったし、これが良くない物だとも思えません。
ただ根底に両親の教えがあって、それが少しずつ歪んでしまった。
『誰かのために』
『自分のために』
きっと今もそれは変わって居ない。
ただ、少しだけいびつになってしまっただけ。
自分で考える事も、動く事もやめてしまっただけ。
王様は、ほんの少しだけ優しい声で言いました。
川 ゚ -゚)「その呪いはもう解けたでしょう、歪みを正してやりなさい」
川 ゚ -゚)「自分にとって何が大切か、何を守るべきか、どう感じれば良いのか、もう分かるでしょう」
川 ゚ -゚)「忘れていた何かを完全に思い出す、その手助けをしてあげましょう」
両親への想いは、ちゃんと思い出せました。
だから忘れてしまったもう一つの何かの尻尾を、あと少しで掴めそうな気がした。
-
何を忘れているのだろう。
感じる事をやめた何か。
一つ思い出した大切なものは、自分を少しだけ人間に戻してくれた。
じゃあこの忘れた何かを完全に思い出せたなら、自分はちゃんとした人間に戻れるのではないか。
そうすれば、両親に胸を張れるのではないか。
少年は、忘れた物を探していました。
自分の中にあるべき何かを探していました。
人から頼まれごとをされる度に、胸の奥でちりちりとざわめく何かがその尻尾でした。
喜びなのか、充実感なのか、わからないけど早く見たい。
早く自分のものを、自分の中に戻してやりたい。
大好きな両親から与えられた何か、持って産まれた何か、一緒に育てた自分だけの何か。
尻尾を掴むために、少年はいつもより頼まれごとに励みました。
ぼろぼろになっても、疲れ切っても、たくさんたくさん働きました。
胸の奥はずっとちりちりとざわめいていて、早くその正体を見たくて堪りませんでした。
そんな少年を、王様は静かに静かに見下ろしていました。
-
『あ、なぁちょっと良い?』
('A`)「うん、どうした?」
『あのさー俺ら金無いんだけど』
『でも欲しいもんがあるんだよねぇ』
『そこでちょっとお願いがあるんだよね』
ちり。
('A`)「……代わりに、買ってこようか?」
『いやいや悪いってー』
『いっつもお前に金出させてるじゃん?』
『俺らさぁ、悪いなーって思ってるんだよ』
ちりちり。
-
('A`)「じゃあ、どうすれば良い?」
『えー?』
『どうって、なぁ?』
『お前も俺も金ねーじゃん? じゃあさ、他に無くない?』
ちりちりちり。
('A`)「無いって、何が」
『えーマジで分かんない?』
『おいおいマジー? はっきり言わなきゃ駄目?』
『しょうがねぇなー』
('A`)「うん、ごめん、教えて欲し」
『店から盗ってこいよ、お前』
ぢり。
-
('A`)「……は?」
『は?じゃねーって』
『さっさと行けよ』
('A`)「い、や……そう言うのは、駄目だよ、犯罪だし」
『は、知るかよ』
『お前が捕まっても俺らどうでも良いし』
『それよりさっさと行けって』
熱い。
('A`)「……無理、そう言うの、親に顔向け出来なくなるから」
『ウケる、親だって』
『お前の親とか知らねぇっつーの』
『マジどうでも良くね?』
焼けるように熱い。
-
('A`)「駄目だよ、無理だから、俺は」
『さっさと行けって、お前言われた事出来なかったら存在価値ねーぞ』
『親に顔向け出来るようにさぁ、ちゃんとお願い聞いてくれませんかー?』
『命令聞く以外に取り柄なんかねーじゃん、何拒否ってんの』
『つーかさ』
胸の奥が。
『クズみたいなお前産んだ親ってさ』
熱くて、熱くて。
『どっちもクズみたいなもんじゃね?』
かつん。
すぐ後ろで、床を叩く蹄鉄の音。
そして耳元で、女の囁き声を聞いた。
-
:( A ):「…………王様」
『は?』
:( A ):「こう言う時……どうすれば良いのか、教えてくれ……」
『何言ってんのこいつ』
『頭おかしいんじゃね』
戦慄く唇が紡いだ言葉に、女の白い手が、少年の手に重なりました。
「方法など、一つでしょう」
少年の手を優しく撫でるように、強く強く拳を握らせて。
「その怒り、全て拳に宿すが良い」
拳から離れた王様の手が、とん、と少年の背中を押した。
-
弾かれた様に、少年は同級生に掴みかかっていました。
胸ぐらを掴んで引き摺り倒し、握った拳を振り上げて、顔に向かって振り下ろす。
馬乗りになって、何度も、何度も何度も振り上げて、振り下ろして。
泣きわめく一人の上から引き摺り降ろされると、次の一人の顔を潰すように殴り付けて。
強く強く握られた拳が真っ赤に染まっても、まだ殴り続けた。
驚愕と罵倒が、戸惑いと焦りに変わり、最終的に涙声の謝罪に変わるまで。
少年は、今まで忘れていた怒りに飲み込まれながら、己の同輩を狂ったように殴り続けた。
その日を境に、少年は変わりました。
理不尽な事があれば、不当な扱いを受ければ、躊躇いなく拳を振るうようになったのです。
今まで従順だった少年の突然の変貌に、皆は驚き戸惑いました。
そして最初に殴られ続けた彼らは、すっかり少年に怯えるようになり
自分が誰に殴られたのかを口にする事は、決してありませんでした。
-
そんな彼は今、生徒指導室に居ました。
憮然とした表情で、一人で椅子に座っています。
例え最初に殴り倒した相手が黙っていたとしても、同じ様に誰かを殴ればその行動は人に知られる。
正当防衛の域を超えた暴力は、あっと言う間に教師にまで知れ渡りました。
そして今は、生徒指導の教師に捕まり、部屋に押し込まれたところ。
('A`)「…………」
川 ゚ -゚)「まあ、こうなりますね」
('A`)「…………」
川 ゚ -゚)「もう少し考えて行動してはどうですか、人の子よ」
少年は自分の傷だらけの手を撫でながら、渋い顔で傍らに立つ王様を見上げました。
その目は、以前のように虚ろに濁ったものではありません。
-
('A`)「……なぁ王様」
川 ゚ -゚)「はい」
('A`)「あんた、もしかして余計な事をしてきたんじゃないのか」
川 ゚ -゚)「余計な事とは何ですか、私はきちんと思い出させてあげたでしょう」
('A`)「それが余計だったって言ってるんだよ」
川 ゚ -゚)「人として、怒りは最低限必要な物でしょう、それを取り戻せた事を喜んではどうですか」
('A`)「…………」
川 ゚ -゚)「人の子が己の感情を操れないのは自分の責任でしょう、それを私に押し付けるのは止めなさい」
('A`)「…………」
川 ゚ -゚)「怒りを思い出した気分は如何ですか」
('A`)「最悪だよ」
川 ゚ -゚)「そうですか、それは何より」
(#'A`)「あ?」
-
川 ゚ -゚)「私にまで怒りをぶつけますか、人の子よ」
('A`)「そう言えば……たまに学校で居なくなってた時、何してたんだよ」
川 ゚ -゚)「人間観察ですよ、それと困っている人間にこっそり何かを教えたり、手助けをしていました」
('A`)「…………憤怒の王って言ってたよな」
川 ゚ -゚)「言いましたが」
('A`)「わざと、俺が怒るように仕組んだとか無いよな」
川 ゚ -゚)「さて、確かに人の子の怒りは私の糧でもありますが」
(#'A`)「……おい」
川 ゚ -゚)「それと」
(#'A`)「は?」
川 ゚ー゚)「人の子が我を忘れて怒り狂う様は、非常に愉快な娯楽です」
王様は、少年を見下ろしながら、初めて顔を歪ませて嗤いました。
まるでいびつな玩具を見るように、愉しげで見下した笑顔でした。
それを見た少年がかっと顔を赤く染め、拳を握って立ち上がろうとした、その時。
廊下から響く複数の足音と、誰かに何度も謝罪しながら近付いてくる両親の声に
少年は、さっと顔色を無くすのでした。
おわり。
-
『彼は堕ちたのだ、憤怒と言う感情に足をとられて、熱く滾る沼の底へと堕ちたのだ』
( ^ω^)「おしまい」
ξ゚⊿゚)ξ「……」
( ^ω^)「どうでした?」
ξ゚⊿゚)ξ「今までのお話には、色がよく出てきたでしょ」
( ^ω^)「はい」
ξ゚⊿゚)ξ「これあんまり関係無くない……?」
( ^ω^)「取り敢えず入れた程度の要素ですねこれ」
ξ゚⊿゚)ξ「そんな適当でいいのね……」
( ^ω^)「良いんですよ、悪魔ですし」
ξ゚⊿゚)ξ「それで結局この男の子は……えー……何だったの?」
( ^ω^)「遅い厨二病が真性だった」
ξ゚⊿゚)ξ「ちゅうに……? じゃあこの王様は?」
( ^ω^)「クソ」
ξ゚⊿゚)ξσ゛
σ)^ω^)「もはや心地よくすら感じる」
-
( ^ω^)「ま、悪意なんて無いって冷たい顔で焚き付ける、澄ました面したド畜生ですよ」
ξ゚⊿゚)ξσ゛「ブーンってばほんとにお口が悪いったら」
σ)^ω^)「あんもっとぉ……」
ξ゚⊿゚)ξ「えっ気持ち悪い……」
( ^ω^)「このドン引きすらも気持ちよくなってきた……」
ξ゚⊿゚)ξ「距離をおいても良い……?」
( ^ω^)「寂しいと死ぬから駄目ですが」
ξ゚⊿゚)ξ「えっ……じゃあ我慢する……」
( ^ω^)「お嬢さんのそう言う優しいところが大好き」
ξ*゚⊿゚)ξ「な、何よう急に……気持ち悪いんだから……」
( ^ω^)「見抜きしたい」
ξ゚⊿゚)ξ「みぬき?」
( ^ω^)「しょうがないにゃあって言」
ξ゚⊿゚)ξ「わない」
( ^ω^)シュン
-
ξ゚⊿゚)ξ「……それにしても、みんなひどいのね、お友達にあんな事を言うなんて」
( ^ω^)「みんなついやり過ぎたんでしょうね、大丈夫ですよ、きっと本当は優しい筈です」
ξ゚⊿゚)ξ「どうしてあんなに、こう、ひどくなっていったのかしら」
( ^ω^)「きっと魔が差したってやつですよ、きっと」
ξ゚⊿゚)ξ「むーん……王様もどうして居たのかしら……」
( ^ω^)「暇つぶし」
ξ゚⊿゚)ξ「えぇ……」
( ^ω^)「悪魔ってそんなもんですよ」
ξ゚⊿゚)ξ「……悪魔、なのよね」
( ^ω^)「そうですねぇ」
ξ゚⊿゚)ξ「ブーンは人間よね?」
( ^ω^)「見ての通りですが、角も尻尾も羽もありませんよ」
ξ゚⊿゚)ξ「そうよね……ほっ……」
( ^ω^)「悪魔だったら怖いですか?」
ξ゚⊿゚)ξ「うん……ちょっとだけ」
-
( ^ω^)「じゃあ、僕は人間ですよ、お嬢さんを怖がらせたくありませんから」
ξ゚⊿゚)ξ「うん……人間なら安心だわ、怖くないもの」
( ^ω^)「そうでしょうそうでしょう、僕はお嬢さんだけのお友達なんですから」
ξ゚⊿゚)ξ「私だけの?」
( ^ω^)「そう、お嬢さんだけの」
ξ゚⊿゚)ξ
ξ*゚ー゚)ξ゛「ちょっと、嬉しい」
( ^ω^)「おや、そうですか?」
ξ*゚ー゚)ξ「うん、不思議ね」
( ^ω^)「お嬢さんは僕を独り占めしたいですか?」
ξ゚⊿゚)ξ「え? うーん……さっきも言ったけど、お膝に他の子が乗るのはイヤだけど……」
( ^ω^)「えー? 僕はしたいんだけどなぁ」
ξ゚⊿゚)ξ「えっ……私を? 独り占めするの?」
( ^ω^)「駄目ですかね?」
ξ゚⊿゚)ξ「ちょっと気持ち悪くてびっくりしちゃった……」
( ^ω^)
-
ξ゚⊿゚)ξ「うーん、うーん……でもそうよね、私だけ独り占めするんじゃ不公平よね……」
( ^ω^)「…………」
ξ゚⊿゚)ξ「うーん……でも、他の子とも遊びたいけど……」
( ^ω^)「でもみんな、お嬢さんを馬鹿にして笑いますよね」
ξ゚⊿゚)ξ「……うん」
( ^ω^)「そんな酷い事をする子達は、本当にお友達なんですか?」
ξ゚⊿゚)ξ「……悪い子達では、無いと思うの……」
( ^ω^)「本当のお友達が、お友達を指差して笑ったりすると思いますか?」
ξ゚⊿゚)ξ「……分かんない……」
( ^ω^)「少なくとも、お嬢さんは僕を笑わない、僕はお嬢さんを笑ったりしない」
ξ゚⊿゚)ξ「……」
( ^ω^)「ねぇお嬢さん、僕と、君を嘲笑う誰か、どっちの方が大切ですか?」
ξ゚⊿゚)ξ「…………うー……」
( ^ω^)「ねぇ、どう思います?」
-
ξ゚⊿゚)ξ「そんな事……急に言われても、私わかんない……」
ぽす、と僕の胸に顔を埋めて、彼女は小さく呻く。
どちらを取るかなんて考えたことも無かっただろう彼女の頭は、きっと今頃混乱している筈だ。
この小さなお嬢さんにしてみれば、指差して笑ってくる子達も大事な友達。
けれどこうして縋る僕もまた、この子にとっては大切な大切なお友達。
ぐりぐりと額をこすり付ける彼女のふわふわの金髪が、すぐそこで揺れている。
それを優しく撫でてやりながら、僕は笑う。
そして傍らに積んだ本に、最後の一冊を乗せた。
( ^ω^)「ほらお嬢さん、見て下さい」
ξ゚⊿゚)ξ「? ……なあに?」
( ^ω^)「虹ですよ、ちょっと汚いですけどね」
ξ゚⊿゚)ξ「虹……ああ、本当だわ」
下から赤、橙、黄、緑、藍、紫、青。
完成した薄汚い虹に、彼女は少しだけ笑った。
-
( ^ω^)「お嬢さん、意地悪な事を聞いてすみませんでした」
ξ゚⊿゚)ξ「……ううん」
( ^ω^)「どっちか選べなんて無茶ですよねぇ、分かってたんですよ、ごめんなさいね」
ξ゚⊿゚)ξ「……はっきり出来ない私が、きっと悪いんだわ……ごめんなさい」
( ^ω^)「謝らないで下さいよ、悪いのは僕なんです
意地悪を言ったのは僕です、だからそんな顔をしないで」
ξ゚⊿゚)ξ「…………」
( ^ω^)「……あっそうだ」
ξ゚⊿゚)ξ「? なあに?」
( ^ω^)「僕の知人共のお話は、この七編でおしまいです」
ξ゚⊿゚)ξ「うん」
( ^ω^)「だから別の本をもう一冊、読みましょうか」
ξ゚⊿゚)ξ「……? 読んでくれるの?」
( ^ω^)「読みます読みます」
-
ξ゚ー゚)ξ「……じゃあ、おねがい」
( ^ω^)「ああやっと笑ってくれた、喜んで、僕のお姫様」
傍らに積んでいた汚い虹を、手で払うように押し退ける。
ばさばさ、と音を立てて床に広がる本をそのままに
僕はその向こう側にひっそりと存在していた、真っ白な表紙の本を手に取った。
ξ゚⊿゚)ξ「これは……さっきから、あったかしら?」
( ^ω^)「ええ、実はあったんですよ、実はね」
ξ゚⊿゚)ξ「別のお話だから、数字は無いのね」
( ^ω^)「ですねぇ」
ξ゚⊿゚)ξ「これは、なんて読むの?」
( ^ω^)「嘯き偽り舌禍を招き」
ξ゚⊿゚)ξ「……? どう言う意味?」
( ^ω^)「口は災いの元、って感じですかね」
ξ゚⊿゚)ξ「ふぅん……?」
( ^ω^)「さあ、読みましょうか」
-
それは、嘘を知らない少女の話。
それは、疑う事を知らない彼女の話。
これは、そんなあの子に語り続けた物語。
真っ白でまっさらで夢見がちな彼女は、一体何を見届けるのでしょうか。
『うそぶきいつわりぜっかをまねき。』
彼女を膝に乗せるのは、いつでも笑顔の伊達男。
-
その女の子は、おとぎ話が大好きでした。
見たことも無いもの、聞いたことも無いものがたくさん載っている絵本が大好きでした。
小さな小さな頃から、お母さんやお父さんに読み聞かせて貰っていて。
眠る時も、暇な時も、いつだって絵本をおねだりして、読んでもらっていました。
絵本の中には、いつもお姫様や王子様、魔法使いやドラゴンが登場します。
遠い遠い異国の地、行く事の出来ない不思議な世界、様々な場所でそれらが活躍する。
女の子は、そんな世界を夢見ていました。
絵本の登場人物のように活躍したかったわけではありません。
ただ絵本の中の世界が、きっとどこかにあるのだと信じていて
いつかはそんな世界へ、行ってみたい、見てみたい、と夢見ていました。
本来なら、それは小さな小さな子どもだけの特権。
心から空想を信じて、夢見て、思いを馳せる。
何も知らない無垢な子供だけの特権です。
しかしそれが現実には起こり得ないと気付くのに、そう時間はかからない筈でした。
少し大きくなるだけで、空想は空想でしか無いのだと知ってしまう筈でした。
けれど、その女の子は、他の子達とは違ったのです。
-
他の子供達よりも、ほんの少しだけ夢見がちだった女の子は
少し大きくなっても、まだおとぎ話の内容を信じていました。
運動はそれなりですが、お勉強はとっても得意な女の子、同い年の子の中では一番賢い。
それでも未だに、夢見がちな事を本当の事だと信じてしまう、ちょっぴり変わった女の子。
その事をお友達に言うと、いつも馬鹿にされたり、笑われたりしていました。
女の子はそれが悔しくて、嘘じゃない、本当の事だとムキになってしまいます。
するとお友達はそれを余計に面白がり、指差して笑うのです。
この子はこんなに小さな子どもみたいな事を言ってる。
大きくなったのにまだおとぎ話なんて信じてる。
そんな日々が続くものだから、女の子は自分がおかしいんだと思うようになってしまいました。
お姉さんになってもまだ絵本の内容を、おとぎ話を本当のお話だと思っている自分が、きっとおかしいのだと。
でも本当かも知れない。
絵本の中の世界はどこかにあるのかも知れない。
ううん、きっとあるはずだ。
誰にもわからないだけで、どこかにきっとあるはずだ。
自分がおかしいんだろうと思っていても
自分の中に根付いてしまった思いは消えません。
それが余計に、女の子を苦しめてしまいました。
-
夢を見る事をやめなきゃいけない。
本当なわけがないと自分に言い聞かせなきゃいけない。
自分がおかしいんだ。
みんなと違う自分がおかしいんだ。
普通にならなきゃ。
みんなと一緒にならなきゃ。
知らない世界を夢見る事も
見えない何かに憧れる事も
もう、やめてしまわなきゃいけない。
でも、でも
もしどこかに、知らない世界があったら?
夢見た世界がどこかに広がっているとしたら?
あるかも知れない。
無いなんて、誰も証明できていない。
ある証明は出来ても、ない証明は出来ない。
それを絶対に無いだなんて根っこから否定するのは、とても乱暴だ。
おかしい自分がいや、普通じゃない自分がいや。
だけど、夢も、憧れも、思いも、捨てる事なんて出来なくて。
-
その日も、女の子はお家で絵本を読んでいました。
もう、誰かに絵本を読んでもらわなくても、一人で、お気に入りの絵本を読むことだって出来ます。
そうすれば、誰からも怒られたり、笑われずに済むので気楽でした。
このお話は、本当にあるお話じゃない。
現実じゃない、事実じゃない、ウソのお話。
そう自分に言い聞かせながら読んでいても、現実には起こり得ないお話の数々に、胸が高鳴ります。
何度も何度も読んで、擦り切れて、汚れて、ぼろぼろになってしまった絵本でも、女の子にとっては宝物。
ウソのお話だとしても、魔法や、冒険や、お姫様と王子様のお話は、こんなにわくわく出来る。
ξ*゚⊿゚)ξ(ああ、やっぱり、私このお話がすき)
ξ*゚ー゚)ξ゛(何回も何回も読んだのに、わくわくしちゃう、どうしてだろう)
ξ*゚ー゚)ξ(ウソのお話、本当じゃない、悪い魔女に呪いをかけられたお姫様はどこにもいない)
ξ*゚ー゚)ξ(わかってる、ほんとよ、これはウソなんだって、分かってるわ)
ξ*゚ー゚)ξ(でも…………でもどこかに、お姫様がいるかも知れない……王子様が、呪いを解くかも)
『嫌だわ、この子ったらまた絵本なんて読んで』
ξ゚ -゚)ξ「っ……お母さん」
-
『そんな小さい子が読むような本ばっかり、まだ読んでるの?』
ξ゚ -゚)ξ「……読んじゃダメなの?」
『いつまでもおとぎ話ばかり読んでいないで、ちゃんとお勉強になる本を読みなさい』
ξ゚ -゚)ξ「…………ダメ、なんだ」
『大体あなた、まだおとぎ話みたいな事を信じてるんですって? そんな馬鹿な事ばっかり』
ξ゚ -゚)ξ「分かってる、わ……本当のお話じゃない、なんて……」
『当然でしょう? 馬鹿な事言わないでちょうだい、全く恥ずかしいったら無いわ』
ξ゚ -゚)ξ「……」
『ちゃんと学校でお勉強はしてるの? お友達はみんなしっかりしてるのに、あなたばっかり』
ξ゚ -゚)ξ「…………」
『聞いているの? 全くもう、本当に恥ずかしい子ね、外で絵本の話なんてしないでちょうだいね』
ξ゚ -゚)ξ「…………そんなにダメなの」
『え?』
ξ゚ -゚)ξ「おとぎ話が、そんなにダメなの?」
-
『あのね、おとぎ話が駄目だって言ってるんじゃないの、外で恥ずかしい真似をしないでって言ってるのよ?』
ξ゚ -゚)ξ「……」
『分かったら絵本を貸しなさい、ああもうこんなに汚い、早く捨ててもらいましょう』
ξ゚ -゚)ξ
『ほら早くお勉強なさい、あなただけ遅れてたら恥ずかしいでしょう? 本当に、誰に似たのかしら』
ξ゚ -゚)ξ「ねぇ、お母さん」
『なあに?』
ξ゚ -゚)ξ「私ね、クラスで一番かしこいのよ、テストだって一番だったの」
『そんなの聞いてないわ、嘘ばっかり言わないでちょうだい』
ξ゚ -゚)ξ「…………」
『こんな絵本ばかり読んで、おとぎ話を信じて、おまけに嘘つきだなんて、みっともない』
ξ゚ -゚)ξ「お母さん」
『なに? 言いたい事があるならはっきり言いなさい』
ξ゚ -゚)ξ「お母さんにとって私って、嘘つきで恥ずかしい、みっともない子なのね」
『そう自分で思うなら、ちゃんと改めて……ちょっと! どこに行くの!?』
-
お母さんの返事も待たずに、女の子はお家の外へ飛び出して行きました。
悲しくて悔しくて、涙がこぼれそうになったから。
きっと泣いているのを見たら、お母さんはもっと怒ってしまうから。
ちゃんとお勉強してても。
信じていると言わなくても。
一人でこっそり読んでいても。
夢を見る事も、信じる事も許されない。
絵本を読む事も、楽しむ事も認められない。
本当の事でも嘘だと言われて信じてもらえない。
恥ずかしい、出来の悪い、嘘つきで、頭の悪い子供だから。
許されない。
認められない。
信じてもらえない。
何をしていても馬鹿にされる。
私は、何を、どうして、生きればいいの。
もう何にもわかんない。
-
私は嘘つきなの?
嘘をついた事なんて無いのに。
おとぎ話は嘘なの?
誰がそれを嘘だって証明したの?
本当の事かも知れないのに
どこかにあるかもしれないのに。
嘘つきなんかじゃない。
私は嘘つきなんかじゃない。
ちゃんと良い子にしてる。
お勉強だってしてる。
自分の事は一人で出来る。
もう絵本の事は誰にも言ってない。
嘘なんて言ってない。
本当だって信じてる事しか言ってない。
それが駄目だって言われたからもう言わない。
それでも駄目なら何を喋ればいいの。
ぽろぽろ、ぽろぽろ。
大粒の涙が頬を流れて、ぽたぽたと暗い染みを残す。
-
悲しくて、苦しくて、悔しくて、いたたまれなくて。
女の子はぽろぽろと涙をこぼしながら、お家からどんどん離れて行きました。
もうお母さんの元に戻りたくない。
お母さんは怒るし、お父さんは知らん顔。
ずっと自分を殺してきて、それでもまだ足りない。
もう嫌だ、もうこんなの嫌だ。
声を上げて泣きたくなった頃。
女の子の足が、ふと止まりました。
お家から離れたところにある林。
時々通る場所ですが、本来ならそこには、何も建っていない筈でした。
けれどその林の前に、ぽつんと小さなお家が建っていたのです。
それも、出来たばかりの新しいお家ではありません。
よく手入れの行き届いた、古いけれど、綺麗なレンガのお家です。
-
見知らぬそのお家に、女の子は目を丸くしました。
ごしごしと目を擦って、涙が止まるのを少し待ってから、お家に近付いてみます。
ξぅ⊿゚)ξ゛(こんなところに、お家があったかしら……)
ξ゚⊿゚)ξ(あ……ドアが開いてる……)
ξ゚⊿゚)ξ(…………)
ξ゚⊿゚)ξ(どうせ、私は恥ずかしい子だもの……ちょっとだけ……)
知らない人のお家を勝手に覗くのも、勝手に入るのも悪い事。
ちゃんと分かっているけれど、いけない事だと思っているけれど。
今更怒られたって、もう知らない、そんな気持ちが湧いてしまって。
それに何だかこのお家は、まるで魔法使いでも住んでいそうな佇まいだったから。
だからつい、つい好奇心が、彼女の背中を押してしまったのです。
ξ゚⊿゚)ξ(ごめんなさい、悪い子で……)
そっと、そっと、ゆっくりと、お家の中を覗き込みました。
-
薄暗いお家の中を照らすのは、暖炉のあたたかい灯り。
ぱちぱちと木のはぜる音が、少し埃っぽいお家の中に響いていました。
ξ゚⊿゚)ξ(火が入ってる……ってことは、お家の人が居るのね)
ξ゚⊿゚)ξ(怒られちゃう前に、早く離れなきゃ……)
ξ゚⊿゚)ξ(…………)
ξ゚⊿゚)ξ(でも、すごい……)
早く立ち去らなければと思うものの、女の子の足は動きません。
その理由は、部屋中にあふれる本の山。
机の上、壁一面の本棚、チェストの上、揺り椅子の足元。
色とりどりの、色んな材質の、様々な厚みの本が、部屋いっぱいに存在していました。
そしてその中には、見たことも無い絵本の表紙も、たくさんあって。
ξ*゚⊿゚)ξ(まるで、宝箱みたい……すごい……)
女の子は目をきらきら輝かせながら、扉の隙間からお家の中を覗いていました。
-
ξ*゚⊿゚)ξ(すごい、すごいわ……こんなにたくさん、みんなキレイ……)
ξ*゚⊿゚)ξ(遠くて分かりにくいけど、読めるタイトルもある……いいな、すごいな……)
恥ずかしいと言われた絵本が、普通の本と隣り合わせに並んでいる。
読めないタイトルの分厚い本は、きっと大人が読む難しいものばかり。
そんな本と同じ場所に存在しているのなら、きっと、読んでも恥ずかしくないのでは。
ここでなら、好きな物を読む事を許されるのではないか。
さっきまで泣いていたのが嘘のように、目を輝かせて、わくわくを抑えられなくて。
無意識に一歩、お家の中に足を踏み入れてしまいました。
ぎしぃ。
女の子の足元から、鈍い鈍い軋音。
その音にはっと我に返った女の子は、自分がお家の中に入ってしまった事に気付きました。
慌てて出ていこうとしましたが、床とは別の音が、きぃきぃ。
暖炉の前の揺り椅子が、音を上げていました。
-
「どちら様ですか?」
ξ;゚⊿゚)ξ「っ!」
「来客の予定は無かった筈ですが、何かご用ですか?」
ξ;゚⊿゚)ξ「あっ、あ、ごご、ごめんなさいっ!」
「ああ、いえいえ、怒ってはいませんよ」
さっきは気付きませんでしたが、揺り椅子には男の人が座っていました。
その男の人は、くすくすと笑いながらゆっくりと席を立ちます。
( ^ω^)「一人で本を読むのも飽きてきたところです、どうぞこちらへ」
ξ;゚⊿゚)ξ「お、怒って、ません、か?」
( ^ω^)「不法侵入を? いえいえ、開けっ放しにしていたのは僕ですから」
ξ;゚⊿゚)ξ「う……ごめんなさい、ダメだって、分かってたんだけど……」
( ^ω^)「良いから良いから、座って座って」
ξ;゚⊿゚)ξ「は、はい……」
-
揺り椅子から立ち上がった男は、にこにこ笑顔で女の子をお家へ招き入れました。
女の子を小さな椅子に座らせると、いそいそとホットミルクとクッキーの用意をしてくれます。
その様子に、本当に怒ってはいないと思ったのか、女の子はほっと息を吐きました。
( ^ω^)「随分と本を見てましたねぇ、読むのはお好きですか?」
ξ゚⊿゚)ξ「は、はい」
( ^ω^)「あーもう敬語じゃなくて良いですから、リラックスリラックス」
ξ゚⊿゚)ξ「でも……」
( ^ω^)「……本はお好き?」
ξ゚⊿゚)ξ「はぃ、ぁ…………ええ、好きよ」
( ^ω^)「おお、それは奇遇ですねぇ、僕も大好きなんですよ」
ξ゚⊿゚)ξ「そうなんで、そ、そうなの?」
( ^ω^)「ふふふ、お嬢さんはどんなお話が好きです? ドキドキするやつ? ワクワクするやつ?」
ξ゚⊿゚)ξ「ど、どっちも、すき……その…………おとぎ話、みたいなのが……」
( ^ω^)「良いですよねぇおとぎ話、夢があって好きですよ」
ξ*゚⊿゚)ξ「ほ、ほんと?」
-
( ^ω^)「ええ、だって夢があるじゃないですか? もしかしたらどこかに、本当に魔法使いが居るかも」
ξ*゚⊿゚)ξ「そうよねっ!?」
( ^ω^)「おおめっちゃ食いつく」
ξ*゚⊿゚)ξ「絵本みたいな、おとぎ話みたいな世界が、きっとどこかにあるんだって」
( ^ω^)「うんうん」
ξ*゚⊿゚)ξ「呪いをかけられたお姫様も、王子様も、魔法使いもドラゴンも、きっとどこかに居るんだって!」
( ^ω^)「うんうんうん」
ξ*゚⊿゚)ξ「私ずっとそう信じて! ……る、の……」
( ^ω^)「うん?」
ξ゚⊿゚)ξ「……ごめんなさい」
( ^ω^)「えっ何が?」
ξ゚⊿゚)ξ「こんな、おとぎ話を信じるの……バカみたいよね……」
( ^ω^)「いやいや」
ξ゚⊿゚)ξ「……もうお姉さんなのに、絵本が好きだなんて、恥ずかしいよね……」
( ^ω^)「いやいや?」
-
ξ゚⊿゚)ξ「お母さんに、怒られたの……そんな恥ずかしいの、やめなさいって」
( ^ω^)「恥ずかしい? 何がです?」
ξ゚⊿゚)ξ「おとぎ話を信じるのも、絵本を読むのも……恥ずかしいって」
( ^ω^)「えぇ、そんな事を?」
ξ゚⊿゚)ξ「……お友達も先生も、みんな笑うの、絵本のお話を信じるのは、小さい子だけだって」
( ^ω^)「いやいや個人差あるでしょうに」
ξ゚⊿゚)ξ「信じるの、おかしいって言うから……私きっとおかしいんだって、思って……
だから私、信じてるってだれにも言わないようにしたの……普通でいようって……」
( ^ω^)「あー」
ξ;⊿゚)ξ「それにね、私……私ちゃんと、お勉強もしてるのに……良い子に、してるのに」
( ^ω^)「あーあー」
ξつ⊿;)ξ「でも、嘘つき、って、言われて……みっともないって、お母さん……
絵本なんて、みっともないって……読んじゃダメって……」
( ^ω^)「あーあーあー」
:ξ∩⊿∩)ξ:「わた、っし、そんなっ……いけないこと、した……? そんな、だめ、なの……っ?」
( ^ω^)「あーあーあーもー」
-
:ξ∩⊿∩)ξ:「がまんしたし……いいこにしたし……ふつうに、なろうとした……うそなんていってない……」
( ^ω^)「あーよしよし、よしよし、涙の跡はそれが原因でしたか」
:ξ∩⊿∩)ξ:「うそついてないもん……うそなんていってないもん……ふつうにしてたもん……」
( ^ω^)「お嬢さん泣かないで、良い子だから泣かないで」
:ξ∩⊿∩)ξ:「うそじゃない……ほんとなのに……もうやだよぉ……」
( ^ω^)「ああ泣かないで、よしよし、よしよし、可愛いお顔が台無しですよ」
:ξ∩⊿∩)ξ:「うぅー……もうやだぁ……」
堪えてきた言葉と涙が、改めて溢れ出る。
小さな手で顔を覆い、泣きながら首を横に振る。
男の人はそんな女の子をひょいと持ち上げて膝に座らせると、頭を撫でながら背中をさすってあげました。
よしよし、よしよし。
いいこいいこ、大丈夫。
たっぷり時間をかけてそう言い続け、女の子が落ち着くのを待ちました。
優しく優しく頭を撫でて、やさしいやさしい声で慰めます。
すると女の子は、少しずつ気持ちがほぐれたのか、やっと涙が止まってくれました。
-
ξぅ⊿゚)ξ「ぐす……ごめんなさい、私……小さい子みたいに泣いちゃって……」
( ^ω^)「良い子良い子、大丈夫ですよ」
ξ゚⊿゚)ξ「……優しいのね、あなたって」
( ^ω^)「そうですか?」
ξ゚⊿゚)ξ「…………私、やっぱりおかしいのかな……空想なのよね、魔法使いもドラゴンも……」
( ^ω^)「 お嬢さんは別におかしくなんて無いですよ」
ξ゚⊿゚)ξ「えっ?」
( ^ω^)「だってその人が何を信じるかなんて、その人の自由でしょう?」
ξ゚⊿゚)ξ「そ、そう、なの?」
( ^ω^)「そうですよ、ケーキに乗ってるイチゴをいつ食べるかってのと一緒です」
ξ゚⊿゚)ξ「? ケーキのイチゴ?」
( ^ω^)「いつ食べます?」
ξ゚⊿゚)ξ「さいご……」
( ^ω^)「僕は最初です」
ξ゚⊿゚)ξ「そうなんだ……?」
-
ξ゚⊿゚)ξ「あ、でも途中で食べる人もいるものね……好きな時に食べて良いのよね」
( ^ω^)「ね、自由ですよねいつ食べるかなんて」
ξ゚⊿゚)ξ「自由……」
( ^ω^)「お嬢さんは、ただ信じているだけでしょう? きっと見えないどこかに、おとぎの国があるんだって
そこに行こうとして無茶な事をしたり、あるに決まってるって誰かに押し付けたりしないでしょう?」
ξ゚⊿゚)ξ「うん……小さい頃は、あるに決まってるって、おこっちゃったけど……」
( ^ω^)「そんなのノーカンですよ、それなのに、周りは『そんなものは無い』を押し付けてくるんですよね?」
ξ゚⊿゚)ξ「……うん」
( ^ω^)「何をいつ食べるかも、誰が何を好きかも、何をどう信じるかも、人の自由なんですよ
だからお嬢さんはおかしくなんてありません、自分の好きなものを信じているだけです」
ξ゚⊿゚)ξ「…………」
( ^ω^)「みっともないとか、恥ずかしいなんて事もありません
それに絵本なんて大人も読む事があります、恥ずかしくなんてないです」
ξ゚⊿゚)ξ「ほんと……?」
( ^ω^)「ええ、それに何ですか嘘つきって、お勉強ちゃんとするんでしょ?
クラスで一番賢くて、テストでも一番だったんでしょう? その証拠をぶつけてやれば良いんです」
-
( ^ω^)「お嬢さんはおかしくなんてない、恥ずかしくもみっともなくもない、もちろん嘘つきじゃない」
ξ゚⊿゚)ξ「…………」
( ^ω^)「大丈夫です、大丈夫なんです、だから自分を無理やり押しつぶさなくて良いんですよ」
ξ゚⊿゚)ξ「……おかしくない?」
( ^ω^)「おかしくない」
ξ゚⊿゚)ξ「みっともなく、ない?」
( ^ω^)「ない」
ξ゚⊿゚)ξ「おとぎ話を信じても、良いの?」
( ^ω^)「良いんですよ、だって信じたいんでしょう?」
ξ゚⊿゚)ξ「うん……それは、おかしいことじゃない? 小さい子みたいって、笑われること?」
( ^ω^)「笑う人は居るでしょう、でもお嬢さんの信じたいものを信じれば良いんです」
ξ゚ー゚)ξ゛「……そっかぁ」
( ^ω^)「そうですよ」
ξ^ー^)ξ゛「…………よかったぁ」
-
( ^ω^)「うんうん、お嬢さんは笑ってる方が可愛い」
ξ*゚⊿゚)ξ「そ、そうなの?」
( ^ω^)「そうですそうです、ほら笑って」
ξ*^ー^)ξ゛「うん」
( ^ω^)「そうだ、自己紹介が遅れましたね、僕の事はブーンと呼んで下さい」
ξ゚⊿゚)ξ「ブーン?」
( ^ω^)「そうそう、さっき僕もおとぎ話が好きだって言ったでしょう」
ξ゚⊿゚)ξ「うん、言ってたわ」
( ^ω^)「実はね、ここだけの話なんですけど……僕はおとぎの国に行った事があるんですよ」
ξ゚⊿゚)ξ「えっ」
( ^ω^)「剣と魔法とドラゴンの世界で、冒険した事があるんです」
ξ*゚⊿゚)ξ「えっ……えっ……」
( ^ω^)「本当ですよ? 嘘じゃないです、誰かの書いた嘘のお話じゃないんですよ……僕の体験談です」
ξ*゚⊿゚)ξ「そっ、そ、そうなの? 本当のことなの? 本当にあるの?」
-
( ^ω^)「本当ですよ、僕は嘘なんてつきません、嘘のお話なんてしませんよ」
ξ*゚⊿゚)ξ「…………」
( ^ω^)「聞きたいですか?」
ξ*゚⊿゚)ξ「うんっ!」
くるくる、きらきら、輝く瞳。
わくわく、小さな子供みたいな顔。
男の人はにっこり笑って、女の子の目を見ながら、色んなお話をしてあげました。
空を飛んで秘境に行った、ドラゴンに出会って戦った後に和解した。
大きな悪い巨人を倒して人々から英雄って呼ばれた、人魚と一緒に海を泳いだ。
大魔法使いに魔法を教えて貰った。
その魔法で人々を救った事がある。
男の人の話術は素晴らしいもので、到底真実だと思えないようなお話ですら、信じ込んでしまえるほど。
だからこそ、次々と繰り広げられる冒険譚に、女の子は目を輝かせました。
荒唐無稽とも言える冒険譚の数々に、女の子はすっかり魅了されてしまったのです。
もっともっととお話をねだり、次は次はと続きをねだって。
-
ξ*゚⊿゚)ξ「すごい……すごいわ、みんな本当のお話だなんて……」
( ^ω^)「そうでしょうそうでしょう、本当はあるんです、本当のお話なんです、だあれも気付いてないだけで」
ξ*゚⊿゚)ξ「どうやって、どうやって行ったの? どうしたら空を飛べるの?」
( ^ω^)「ふふ、今みんな話してしまうのは惜しくないですか? もっとゆっくり、色んなお話を聞きたくないですか?」
ξ*゚⊿゚)ξ「! そっか、後のお楽しみなのね? もっともっと、色んなお話があるのね?」
( ^ω^)「そう、そうですよ、僕がどうやってそんなところに行ったのか、どうやって空を飛ぶのか
みんなみんな、ちゃんと話してあげますよ、だから待っていて下さい」
ξ*゚⊿゚)ξ「うん!」
( ^ω^)「そうだ、ねぇお嬢さん、僕とお友達になりませんか?」
ξ*゚⊿゚)ξ「お友達? もちろんだわ!」
( ^ω^)「おおレスポンスが軽快」
ξ*゚⊿゚)ξ「だって、だってこんなにたくさん、すてきなお話をしてくれるんだもの!
私からお友だちになってって、言いたかったくらいだわ!」
( ^ω^)「おやおや、照れますね」
ξ*゚ー゚)ξ「……うふふ、自慢のお友だちが出来ちゃった、うれしいな……」
( ^ω^)「オホォ↑ 可愛い」
ξ*゚ー゚)ξ?
-
ξ*゚⊿゚)ξ「ねぇ、ねぇ、ブーンのお話を誰かに言っても良い?」
( ^ω^)「良いですよ? どうぞ広めて下さい僕の冒険譚」
ξ*゚⊿゚)ξ「わぁ! ありがとう、みんなに自慢できちゃうわ!」
( ^ω^)「ふふ」
ξ*゚⊿゚)ξ「明日も来て良い? またお話を聞かせてくれる?」
( ^ω^)「もちろんですとも、たくさんたくさんお話してあげましょうね」
ξ*゚⊿゚)ξ「すっごくうれしい、ありがとうブーン!」
( ^ω^)「どういたしまして、可愛い可愛いお嬢さん」
それから女の子は、毎日のようにお友達のお家へ通いました。
新しいお友達は、色んなお話をしてくれます。
冒険のお話、不思議なお話、怖いお話、素敵なお話。
そのどれもがとても眩しくて、とても楽しくて、女の子はお友達のお話に夢中になりました。
お友達もまた、たくさんたくさんお話をしてくれました。
まるで現実に起きたとは思えない、空想のようなお話を。
-
今まで、女の子は自分がおかしいのだと思っていました。
けれどお友達は、おかしくなんてない、そう言ってくれました。
お友達は色んなお話をしてくれます。
おとぎ話の世界を冒険してきたと、本当の様に喋ります。
お友達と一緒に居ると、嬉しくて、どきどきして、わくわくして、とっても楽しくて。
嫌な気持ちも、みんなみんな、どこかへ行ってしまうよう。
いつだって欲しい言葉をくれる。
いつだって楽しいお話をしてくれる。
「ブーンは、ウソなんてつかないよね?」
「吐きませんよ、最初に言ったでしょう?」
「そうよね、みんな本当のお話だものね」
「そうですそうです、僕の言う事はみぃんな真実、嘘なんて一つもありません」
にこにこ、にこにこ。
女の子を膝に乗せて、お友達はいつでもにこにこ。
-
いつしか女の子は、お友達の言葉を全て信じるようになっていました。
嬉しい言葉、大切な言葉、伝えてくれたのは一人だけ。
その一人に、自分の全てを預けてしまったみたいに、まっすぐに信じるようになってしまいました。
お友達の言う事は間違いない。
絶対に嘘なんてつかない。
だから疑う理由もない。
夢は現実だと言ってくれた。
夢じゃないと教えてくれた。
否定もせず受け入れて、欲しいものを与えてくれて。
女の子にとって一番のお友達は、僕になりました。
僕の言葉だけを信じて、僕の言葉を一番に求めて、君は家へやって来るようになりました。
きらきらの金髪、透き通る瞳を輝かせて。
今日も君は、僕の家の扉を開く。
それを僕は受け入れる。
-
君が欲しいお話をあげよう。
君の求める物をあげよう。
君は僕の一番のお友達だ。
僕は君の一番のお友達だ。
だから君に全てあげよう。
だから僕を全てあげよう。
君だけのお友達は、ずっとずっと君の味方をしてあげるよ。
だから僕だけを信じて、僕だけを求めるように、僕だけに笑顔を向けて。
たくさんたくさん愛でてあげるよ。
たくさんたくさん愛してあげるよ。
君が望む僕の姿を語ってあげるよ。
君が喜ぶ僕の話を語ってあげるよ。
だから
「ねぇ、ブーン」
僕は
「ブーンったら」
君を
「ねぇってば、ねぇ」
ずっと
-
「ブーンったら!」
ξ;゚⊿゚)ξ三σ)^ω^)そ 「あひん」
ゾブゥ
σ)^ω^)「……なんですお嬢さん、今すげー良いとこだったのに」
ξ;゚⊿゚)ξσ「良いとこって……急に黙り込んじゃったじゃない」
( ^ω^)「あ、そうでした? 危ない危ない」
ξ゚⊿゚)ξ「それに、なあにこのお話、ブーンと私の事じゃない」
( ^ω^)「ええまあ、久々に思い出を反芻してみたんですがね」
ξ゚⊿゚)ξ「もー……でもこうしてお話にすると、不思議な感じね」
( ^ω^)「そ? お嬢さんはいつでも可愛いお姫様ですけど」
ξ゚⊿゚)ξ「すぐそうやってー……」
( ^ω^)「お嬢さんはお姫様なんですよ、僕だけのお姫様、笑顔が誰よりも可愛いんですから」
ξ*゚⊿゚)ξ「や、やめてよ、恥ずかしいったら」
( ^ω^)「しかも良い匂いがする」スゥゥゥゥ
ξ゚⊿゚)ξ「それはちょっと気持ち悪いわ」
( ^ω^)
-
ξ゚⊿゚)ξ「…………ねぇブーン、改めてね、聞いてみたいの」
( ^ω^)「はいはい?」
ξ゚⊿゚)ξ「私のこと、答えてくれる?」
( ^ω^)「……ええ、もちろん」
君の求める言葉をあげよう。
ξ゚⊿゚)ξ「……おとぎ話をみんなは空想だって言うけど、私はウソだと思えないの、これはおかしなこと?」
( ^ω^)「いいえ全然? 素敵な事じゃないですか」
正面から全て肯定しよう。
ξ゚⊿゚)ξ「夢見ちゃうの、ブーンが話すような世界が見てみたいの、どこかにあるって信じてるの」
( ^ω^)「ありますともありますとも、お嬢さんが信じてくれるならきっといつか行けますとも」
ああ、可愛いなあ。
ξ゚⊿゚)ξ「でもみんな笑うの、騙されてる、バカだって、私そんなにおかしいのかなって」
( ^ω^)「人を嘲笑うような魂はいずれ食ってやりますよ、お嬢さんはおかしくなんてありません」
可哀想なものは、可愛いなあ。
-
ξ゚ー゚)ξ「……」
( ^ω^)「納得できました?」
ξ゚ー゚)ξ「うん、ありがとう、ブーン」
( ^ω^)「どういたしまして、お姫様」
お嬢さんは満足したような、納得したような、やっとふわふわした状態から着地したような顔。
僕の頬を優しくつついて、にっこり笑って、口を開く。
ξ*゚ー゚)ξ「私、ひとりじめでも良いわ」
ああ、やっと
ξ*^ー^)ξ゛「ブーンと一緒なら、私きっと、今以上に幸せになれるもの」
ついに
-
ξ*゚ー゚)ξ「そのかわりね、そのかわりねブーン」
君は
ξ*゚ー゚)ξ「尽きちゃったって言ったけど、これからも、いっぱいいっぱいお話して、たくさんブーンのお話聞かせて」
僕以外の全てを、捨てた
( ^ω^)「────ええ、もちろん、……飽きるまで、話して聞かせてあげますから」
ξ*^ー^)ξ「ふふ、楽しみ」
まるで小さな小さな子供のように、僕だけのお姫様は笑う。
僕に頬ずりをして、つついて、じゃれついて、幸せそうに彼女は笑う。
腕にもじゃれ付くものだから、僕の手から、白い表紙の本が滑り落ちる。
ばさりと開いたまま落ちた本のページは、白紙だった。
-
ある子供は求めました。
『くるしむひとをすくってあげたい』
ある子供は求めました。
『ただただふかくふかくねむりたい』
ある子供は求めました。
『のどがかわいたおみずをのみたい』
ある子供は求めました。
『ほんとはあのこをひとりじめしたい』
ある子供は求めました。
『あれもこれもみんなたべたい』
ある子供は求めました
『やわらかなはだにふれてみたい』
ある子供は求めました。
『むねがざわめくりゆうをしりたい』
そして ある子供は求めました。
『ゆめのおはなしほんとのおはなし しんじていたいのきかせてほしい』
だから与えた。
彼らは与えた。
僕らは与えた。
求められたから与えたのだ。
-
君は僕を疑わない
『女の子のお母さんはどうして居なくなったの?』
『女の子より大切なものが出来たんですよ』
(本当は誠実そうな大男が連れ去った、可愛い女の子が一人ぼっちになるように
そうすれば依存の対象に滑り込める、自分の物にしてしまえる)
僕の言葉が君の真実
『お父さんはどうして急に帰ってきたの?』
『きっと学校から呼び出されたんじゃないですか?』
(本当は痩せた男が電話で呼んだ、あなたの息子さんはこんなに不良ですよと
そうすれば少年を怒りに帰ってくる、帰ってきたら他のゴミの様に捨ててしまえる)
だから嘘は存在しない
『この子はどうして壊れたままで生まれてきたの?』
『神様の手違いで少しいびつになってしまったんです』
(本当は大きな身体の化け物が、妊婦を階段から蹴り落としたんだ
理由は僕にもわからない、けれど邪魔なものをまとめて処分出来る)
-
君が欲しがるなら
『女の子は何で部屋の前に居たのかしら』
『あんなに大きな声で叫んでいたから様子を見に来たのでは?』
(本当は親友が呼んでおいた、彼女に興味なんてありはしない
それどころか見せびらかしたかったんだ、彼は自分の物だと誇示したかった)
嘘は真に姿を変える
『それにして、お母さんはどうして質素な生活を?』
『お母さんもきっとそう育てられたんでしょうね』
(本当は不気味な紳士が教えた、質素な生活こそが美徳なのだと洗脳するように
娘が美味しいものに焦がれるように、そして味を染み込ませた)
例え他者の認識する真実とは違っても
『でも、どうして悪魔祓いまで? そんなに大変な事だったの?』
『苦しそうな声って書いてたでしょう、だから悪魔が苦しめてると思ったんですよ』
(本当は黒衣の女が囁いた、シスターと姦通していた神父のように、少年には悪魔が憑いていると
何故かって? 所詮は聖職者も肉の塊、幼い子どもの純潔すらも守れないと笑うだけ)
君は僕を信じるから
『みんなひどいのね、お友達にあんな事を言うなんて』
『みんなついやり過ぎたんでしょうね、大丈夫ですよ、きっと本当は優しい筈です』
(本当は一角を持つ女がそう仕向けた、少年をもっと追い詰めるように
彼らの耳元で嗜虐心を煽った、その結果に訪れる憤怒こそが最高の娯楽)
-
彼ら、彼女らは
僕らは 求められた物を与えた。
苦しむ人を救う術を。
(ああせんせいのためならわたしなんだってできます)
深い深い眠りを。
(もうつかれたからねむりたいんだよおこさないで)
喉を潤す一杯の水を。
(ほしぃのたからものもっとちょうだいくぅにちょうだぃ)
独占できる何かを。
(いいだろもうたえてきたんだもうだれにもわたさない)
胃袋を満たす物を。
(いいこにしてきただからいいよねたべてもいいよね)
柔らかな女の肌を。
(よごれてしまったおかしてしまったつみはきえないあらがえない)
忘れていた感情を。
(ふざけるなよちくしょうこんなものおもいださせやがって)
『嘘』をつかないこの僕を。
彼らが求めた そうだろう
少女は何を求めた
少年は何を求めた
君は何を求めた
優しい優しい本当の嘘のお話だろう
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好青年の皮を被ったろくでなしは
信仰対象を得た少女と共に末永く幸せに暮らしている。
無害な顔したくそったれは
泥のように眠る少年を甲斐甲斐しく世話している。
何も考えずに動く木偶の坊は
今日も幸せそうにくらくらと笑う少女を抱えて何かを与える。
嫉妬深い自己愛クソ男は
いつまでもいつまでも親友の心の中に住み着き続ける。
悪食野郎のいかれ野郎は
可愛い可愛い捕食者の食材として身体中を齧られてる。
ガキの見た目のあばずれ女は
時折姿を変えては朝も夜も無くベッドで揺れたり揺らされたり。
澄ました面したド畜生は
こっぴどく叱られた少年の怒りを一身に受けながら笑っている。
そしてこの、にこにこ笑顔の伊達男様は
僕だけの可愛いお姫様に、怒られたりつつかれたりしながら、今日も彼女の笑顔を眺めて生きている。
こうして子供と悪魔は二人きり
いつまでも、いつまでも
きっと 幸せに暮らしましたとさ
おしまい。
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そして彼女は堕ちたのだ
虚偽と真実の狭間へと
そして偽りの言葉を吐き出す
語り部の手中へと堕ちたのだ
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ここまで。
お付き合いありがとうございました。
何かこう好きなものをめっちゃぶちこんだらこうなった。
誤字やら脱字やら実は投下順間違えたりとかありますが、少しでもお楽しみ頂けましたら幸いです。
それでは、これにて失礼!
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乙。えらく面白かった
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乙。面白くて一気に読み切ってしまった。モチーフは七つの大罪かな?
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最高だったわ、緑は嫉妬の色だねえ
全部めちゃくちゃ面白かったけどミセリの話とくるうの話とツンの話が特に好き!
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面白かった
くるぅの話が特に好きだなー
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乙
面白かったよ
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面白かった
僕のところにもシューこないかな
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あー、疲れた
一気読みしてしまった
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こう…かなり…キました
乙
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最初からノンストップで読んでしまった
乙
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めちゃくちゃ面白かった。
最後でブーンが今まで言ってきた台詞の裏の事実が恐ろしい…
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くるうとモララーとミセリの3人の話がすごい好きなんかゾクゾクする
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まだ全部読めてないんだけどすごい好き、乙でした!
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乙 物語に惹き込まれた
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ことばのテンポが好き
おつ
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一気読みした、面白かった
後味の悪い話ばかりなのに引き込まれた
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幸せに後味が悪くて好き
乙
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おつです
ミセリの話一番好みだった
くるうもだけどメリーバッドってとても良い
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めっちゃ面白かった!
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乙
皆さん拗らせてますね
ttp://imepic.jp/20180418/688100 ※擬人化
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めっちゃオシャレ
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おお……
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>>350
すげえ
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かっけぇ
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>>350
素晴らしい
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くるう読み終わった所で苦しくなってきた…
ハッピーエンド大好きな人種にこれは辛い…
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後味悪い終わりなんだけど望んだものが手に入ってるっていう……なんという皮肉な結末
好きです
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変わった人達のようですの人じゃないですかやったー!
魅せ方が上手いからぐいぐい読んでしまいました
乙です
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おつ
-
おつ
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