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忌談百刑

1統括矯正処遇官 ◆B9UIodRsAE:2017/08/07(月) 20:22:50 ID:LFL3iTlc0
【報告】


『看守日誌≪前スレ≫』
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/21864/1499699041/


『報告書≪まとめ―ブンツンド―様―≫』
http://buntsundo.web.fc2.com/long/kidanhyakkei/top.html


『収容人数』 5/6


『状態』 良好


『LD』 観測できず


『追記』 予定より遅れあり

2語り部 ◆B9UIodRsAE:2017/08/07(月) 20:24:16 ID:LFL3iTlc0
【第22話 迷惑な同乗者】


"川 ゚ -゚)"





――さて、話していこうかな。



さっきのショボが、祖母から聞いた話だったように、私も他人から聞いた話をしようか。
まぁ、当然というか、なんというか、私の"叔父"から聞いた話だ。

前から言っているが、私の叔父はこの拝成市の総合病院の医院長をしている。

ただ、拝成病院に勤め続けている訳では無くて、幾つかの病院で経験を積んで、って感じらしい。
専攻は第一外科で、今でも外科手術の執刀を行う事も多い。

今は研修医を指導する立場にもあって、手術の手本となるような丁寧な施術を心がけているんだ。



当然、そんな叔父にも"研修医"だった頃がある訳で。



今回の話は、叔父がまだ、県外で"研修医"をしていた頃の話だ。

3名無しさん:2017/08/07(月) 20:24:44 ID:LFL3iTlc0


――今から20年以上も前、叔父はとある大学病院に研修医として勤続していた。



その病院は拝成の総合病院以上の大病院で、毎日様々な患者が運ばれてきては、
治ったり、あるいは死んだり、そういう事が当たり前に繰り返されている場所だった。

病院なんてどこもそんなものだとは思うけど、まだ医師にすらなりれていない半人前の自分からしたら
"生きていく人間"と"死んでいく人間"の比率が想像する以上に心を蝕んでいくものらしい。



"ブラックジャックによろしく"って漫画を読んで事あるか? あるいは小説の"白い巨塔"でもいい。



( ^ω^)「ブラックジャックによろしくは読んだ事あるお!」


('A`) 「回を重ねるごとに登場人物のガタイが良くなってく漫画な」


ξ゚⊿゚)ξ「白い巨塔はドラマを見たわね」


(´・ω・`)「医療と正義の軋轢とか、腐敗した医学界とか、そんな話だよね」





医療現場には、そういうギャップが、当たり前のように存在している訳だ。

4名無しさん:2017/08/07(月) 20:25:05 ID:LFL3iTlc0




『"医者"っていうのは、もっと人を救えるものだと思っていたんだけどね。でも当時は、"ゆっくり殺してる"って思う方が多かったのかな。
 躰にメスを入れて、薬を注射して、そうやって本来彼らに与えられるはずの"死"を無理矢理遠ざけているみたいな、そんな気持ちだったよ』


叔父はそんな風にこぼしていたよ。



それから、医者と言えど聖人君主ではないらしく、裏では権力争いや派閥争いが酷かったらしい。


だから余計に、"救う"という行為から乖離した場所に感じたんだろうな。


そんな場所だから、清浄なイメージの強い病院っていうのは、私達の想像以上に"澱んでいる"んだそうだ。



そこには、生々しいまでの人間の"死"と、それとは真逆の、生きている人間の"醜さ"が
お互いの身を食らい合う双頭の蛇みたいに、ごちゃごちゃと絡み合っているらしい。




それ故、時たま、"この世の出来事とは思えない現象"に出くわすのだと――。

5名無しさん:2017/08/07(月) 20:25:33 ID:LFL3iTlc0


ある日、その病院に、救急患者が運ばれてくると連絡があった。
高速道路での車事故らしくて、一気に三人の人間を手術出来るような大病院はそこだけだったんだ。

連絡で患者の容体が報告される。



母親一人と子供二人。



母親は30代後半で、頭骨陥没及び、四肢欠損、大量出血とほぼ即死の状態だったらしい。
所謂、"全身を強く打って"死亡ってやつだな。

後部座席に座っていたらしいのだが、事故の勢いでフロントガラスを突き破って、
中央分離帯のポールにぶら下がるように倒れていたとの事だ。


子供のうち一人は男だった。十代後半くらいの若い子だ。
どうやらこの子が車を運転していたようだ。

コイツは、中央分離帯に激突した衝撃で、母親と同じようにフロントガラスを突き破り車外に放り出された後、
対向車線にまで吹き飛んで行って、トラックに下半身を轢き潰されたらしい。
こちらも救急車が到着地点で心肺停止の状態だった。


そして、唯一生存の望みあったのが、まだ中学生くらいの女の子で
ひしゃげた車体の隙間に上手く潜り込むような形で、助手席でぐったりとしていたと。

フロントガラスの破片や、恐らく母親の体がぶつかったであろう重度の裂傷、打撲、骨折が体中の至る箇所に散見されたが、
命に別状はないとの事だった。



つまりは、今からこの病院に、死体が二つと、生きた人間一人が運ばれてくるわけだ。

6名無しさん:2017/08/07(月) 20:25:37 ID:ajfd3E2Q0
よっしゃ待ってた支援

7名無しさん:2017/08/07(月) 20:25:55 ID:LFL3iTlc0

タチが悪いのが、この死体二つが、"完全な死亡状態"では無いという事だ。

例えば、トラック同士の正面衝突で、運転手が"ミンチ状態"というのが、本当の即死で、
この場合は、病院には運ばれずに、そのまま警察の管轄になって、監察医務院で司法解剖にかけられる。

しかし、交通事故で、ほぼ即死の状態でも、"人間の形をある程度保っていて"、且つ"まだ体温がある"場合、
一度病院に運んで蘇生措置を取らなくてはならない。

ともかく、今から三人いっぺんに患者が運ばれてくるというので、病院内は騒然となった。
緊急の手術の準備を急ピッチで進め、即ブリーフィングの後に担当が決められる。

叔父は、研修医であったこともあって、比較的に作業の少ないであろう少女の手術に立ち会うことになった。
救急車から随時報告される患者の情報に照らし合わせると、おそらくは骨折部を切開したのちに、骨をボルトで固定する必要があるらしい。
その切開と縫合を今回は叔父が担当するとの事だった。

研修医と言っても、叔父はいわゆる"後期課程"に入っていて、施術も何度か経験していた。
盲腸の切除や、ポリープ除去くらいなら過去に経験済みだ。
骨をボルトで接合するのは何度かシュミレーターでの演習はしたが、
ここはベテランの先輩医師が担当するらしい。

やがて数台の救急車が病院に到着し、叔父たちは手術室へと向かった。

8名無しさん:2017/08/07(月) 20:26:19 ID:LFL3iTlc0


――交通事故、における手術の成功とは何を指すのだろうか。



誰もが無事に、というのであれば、今回の手術は"失敗"だったことになる。



やはり、母親と息子は息を吹き返さなかった。



娘の方も、骨折した大腿の施術をしている最中に、左目の辺りが紫色に膨れだして、
眼底骨折の様相を呈してきた。

このままでは、顔が変形したまま頭蓋骨が癒着してしまったり、あるいは失明の可能性すらあると言う。

女の子という事もあり、執刀後の精神的な負担も考えて、この場でこちらの施術もしてしまおうとの事で、
急遽耳鼻咽喉科の医師もこちらに呼んで、同時に手術することになった。


叔父は、手術室の外に待つ父親に、その説明と了承を取る役を任された。

緊急手術とはいえ、女の顔にメスを入れるのだ。しかも、眼底骨折の手術自体は、後に回すことも出来る訳で。

当然顔面変形や失明のリスクは上がるが、同時に幾つもの箇所を施術する事もまた患者に負担をかけることには変わりがないので
場合によってはそれが死亡に繋がるかもしれない。

なので、特に未成年の場合は、その保護者に、説明と了承を取る義務が生じるんだ。

9名無しさん:2017/08/07(月) 20:26:54 ID:LFL3iTlc0

手術室を出てすぐの廊下に設置された長椅子に、父親は座っていた。

項垂れるように顔を伏せて、その表情は読み取れない。

緊急性のある案件だったので、叔父はその父親の心中を察している場合ではないと判断し、
素早く肩を叩いて、こちらを向いてもらった。



――無表情だった。



その父親の顔は、妻と息子の死を悲しむわけでもなく、
娘の容態を心配するでもなく、
それから心ここにあらず、という風でもなく、
まるで、つまらないテレビ番組でも見てるかのような、酷く人間性が劣化してるような、そんな表情をしていたという。


予想外の顔に、叔父は思わず後ずさりをしてしまいそうになる。

異常事態に、異常な角度から、更に異常が発生しているという状況に、背筋が冷たくなった。

しかし、こうしている間にも、刻々と時間は経過するわけで、叔父は自分の心に喝を入れて、
その泥人形のような父親に向き直った。

叔父は娘さんの手術に眼底骨折の施術も必要になった事を父親に告げる。

こちらは緊急性の高いものではなく、患者の体力なども鑑みると、回復後に再手術での治療も可能であるが、
その場合は顔面の変形や、失明などの可能性もあり、特に女の子であれば、顔面の変形から、
術後のメンタルに多大な影響が出ることは必至なので、出来ればこの手術内での施術を勧めるという旨だ。


父親は、相変わらずぬぼーとした表情でそれを聞くと、――いや、本当に聞いていたのかは分からないのだが――
『じゃあ、それで』とだけ言うと、また同じように床をしこたま見つめるように、首を落とした。




腑に落ちない、といった様に首を捻りつつも、叔父は手術室に戻って眼底骨折の施術の許可を得た事を先輩医師に報告した。

10名無しさん:2017/08/07(月) 20:27:17 ID:LFL3iTlc0

それから数時間後、女の子の手術は終了した。

入院期間は三ヵ月程度必要で、その後彼女埋め込んだボルトの抜釘手術の事や、体調の管理も考えると、
プラス一年は通院が必要だろう。

父親に対しての先の妻と息子の死亡と、娘さんのこれからに関する説明は先輩医師が行った。

叔父は娘さんを、病室に運び、看護婦と共に長期入院のための準備を整えると、
研修医という事もあって、少しの仮眠を取らせてもらえることになった。

既に手術室に入ってから日付を跨いでいた。

11名無しさん:2017/08/07(月) 20:27:50 ID:LFL3iTlc0





体が、揺らされている。




誰かに起こされているようだ。

叔父は目の上にかけていたタオルを取り払って、むくりと起き上がる。
そこには、先輩医師がいた。彼が自分を起こしたようだ。


彼は、仮眠の交代をする旨と共に、父親から聞いた話を、叔父に聞かせてきたんだ。


どうやら、父親と母親は、"再婚"だったらしい。

しかも、一年前に再婚したばかりだという。

父親と母親にはそれぞれ連れ子がいて、父親の方が息子、母親の方が娘を連れていたと。
つまり、今回生き残った娘は、父親と直接的な血の繋がりが無いのだそうだ。

先輩が諸々の説明をしている時も、父親の表情は、妻と息子の死を悼んだり、娘の今後を心配する様なものではなく、
ただ淡々と事実を整理するような顔だったので、内心不審に思っていたが、その事実を父親から聴かされて、得心がいったのだそうだ。



『多分、娘さんと折り合いが悪かったんじゃねぇのかな。思春期の娘さんで、しかも相手の連れ子だ。
 上手くいく方が難しいってもんだよなぁ』




先輩はそうこぼしてから、先ほどまで叔父の寝転んでいたベッドに体を横たえた。

12名無しさん:2017/08/07(月) 20:28:20 ID:LFL3iTlc0



朝のミーティングで、叔父はその子の担当医になった。


研修医でも後期課程の場合はほぼ普通の医師と変わらない業務を任される。
入院患者の担当医になった場合は、一日に数回病室を訪れて問診を行い、
適切な術後ケアをする必要があった。


先輩医師が大腿の骨折の施術を、耳鼻科の先生が眼底骨折の施術をそれぞれしている中で、
それら両方を客観的に観察し、また一部切開と縫合にも携わったという事で、叔父が選出されたようだ。


今受け持っている幾人かの患者と合わせても、大きな負担にはならない。

それに、自身が独立するまでにある程度色んな年齢層と性別の患者に関わって経験を積んでおきたいという気持ちも有ったので
むしろ今回、彼女の担当医になれたのは、叔父にとって嬉しい事だった。





『まぁ、のちに止めておけば良かったと思うんだけどね』





その話をしてくれた時、叔父はそう付け加えてきたよ。

13名無しさん:2017/08/07(月) 20:28:44 ID:LFL3iTlc0





――彼女の目覚めの第一声から、既に状況は大いに狂い始めていた。


手術から一日経過し、彼女は目を覚ました。

目を覚ますと言っても、現実の彼女の左目は包帯でふさがれているので、
正確にいうのであれば、"片目を覚ました"とでも言えばいいのかな。

ともかくその報告を看護師から受けて、叔父は病室に向かった。

やはり、どんな人間でも、気付いた時に包帯ぐるぐる巻きで見知らぬ病室にいれば混乱するものだ。
特に女性は、そこからパニック症候群を併発することもある。

なるべく早い段階で、自身の置かれた状況や、施術の内容を説明する必要がある。

叔父が病室の前に来た時には、既に大きな叫び声が病室から漏れ聞こえていた。


既にパニックに陥っているらしい。

大きな事故にあって昏睡状態から目覚めると、目覚めた瞬間にまだあの事故の最中にいるような錯覚に囚われることがある。
この声の大きさからすると、まさにそういう状況にあるように思えた。


大きな危険が眼前に迫っていることに対して、恐怖している、そういう叫び声だった。

14名無しさん:2017/08/07(月) 20:29:14 ID:LFL3iTlc0

慌てて病室に飛び込むと、看護婦が『落ち着いてください!大丈夫ですよ!』と声を駆けながら、
骨折しているはずの手足を振り回してベッドの上で暴れている少女の肩を必死に押さえつけていた。

こんな時、ドラマではどこからともなく取り出した注射器で鎮静剤を投与し、眠らせるなんてことをするのだろうが、
現実の病院でそんな事が行われることはまずない。鎮静剤には基本依存性があり、体内に入れないで済むならその方がいいのだ。

予め精神的な疾患がある事が分かっている場合でさえ、点滴の中に鎮静作用のある成分が含まれているものを使用するくらいで、
暴れる患者に注射器を突き立てるような事はしない。

むしろ暴れる患者の体内で、針が曲がって血管を傷つけたり、最悪の場合血管内で針が折れて、
そのまま血流に乗って何処かへ行ってしまうなんて事が起こる可能性すらあり、よっぽどの状況でないとやらないんだ。

ともかく担当医である自分が落ち着かせるしかない。
叔父はベッドに駆け寄ると、自分も声をかける。



『一体落ち着きましょう。深呼吸、できますか?』



しかし、少女はその言葉に聞く耳を持たずにこう言った。



『ギコさんは、ギコさんは無事なんですか!?』

15名無しさん:2017/08/07(月) 20:29:45 ID:LFL3iTlc0




――ギコさん。



これは昨日の事故で死亡した、彼女のお義兄さんの名前だ。

その呼び方から、急に出来た義兄に対する距離感が読み取れる。

ともかく運転していたギコさんが、眼の端でフロントガラスを突き破った光景でも思い出しているのだろう。
そう考えて、叔父は再度声をかける。



『落ち着いてください。ギコさんの事もしぃさんの事も、今から説明しますから』



しぃさん、というのは彼女の実の母の名前だ。今回義兄と共に死亡している。

今からそれをどうやって伝えたものか。タダでさえパニックに陥っているというのに。
叔父は今後飛んでくるであろう幾つかの質問と、それに対する自分の回答を頭の中で準備する。

しかし、叔父の言葉を聞いた彼女から打ち返された言葉は、その予測のどれとも違っていた。

瞬間、少女の顔がこちらに、ぐるんっ!と勢いよく回されて、こう叫んだんだ。



『"私"の事はいいんです! ギコさんは、ギコさんは何処!?』






――は?

16名無しさん:2017/08/07(月) 20:30:10 ID:LFL3iTlc0


彼女の名前は"でぃ"さんだったはずだ。
今の会話の中で、一度も"私=でぃさん"の話はしていない。
それなのに、"私"の事はいいんです、とはどういう事なのだろうか。

パニックによる言葉の言い間違いか。

若干の混乱を抱えながらも、叔父はもう一度彼女に向かって語り掛けた。



『落ち着いてください、でぃさん。ギコさんの事も、お母さんの事もちゃんと全部説明しますからね』



そう言った瞬間、彼女の振り乱していた手足がぴたりと止まった。

そして、自身の手足を、特に包帯の巻かれていない方の手足をまじまじと見つめ始めた。
元々見開かれていた瞳が、更に大きく見開かれていく。




あんなに早かった呼吸が、徐々に回数を減らしていく。
徐々にゼロに近づいていく。
そして、やがて、ぴったりと止まってしまう。



そうなったら、病室は、先ほどまでの喧騒が嘘だったかのように、静寂に包まれた。



彼女の呼吸が止まったのと呼応して、叔父の呼吸も止まってしまったかのように、浅く静かなものになっていった。

17名無しさん:2017/08/07(月) 20:30:52 ID:LFL3iTlc0

その頃には、叔父は察していた。

"何か異常な事が起こっている"

彼は過去に数度病院内でこんな空気を体験をしたことがあって、
それは丁度、入院患者が死亡して、がらんどうになった病室の中に蔓延する、あの寂しい空気と似ていた。

やがて、彼女――でぃちゃん――は、薄い唇をわなわなと震わせながら、こう呟いた。


『か、がみ、を。鏡を見せてくれませんか?』


叔父と看護師は、その言葉を聞いて顔を見合わせた。

眼底骨折の施術の為に、包帯に塗れた顔を、すぐに見せる事に抵抗があったんだ。

それはちゃんと説明して、彼女にある程度の覚悟をしてもらってからにしたかった。
しかし、その悲痛な面持ちを見ていると"NO"とは言い難かった。

少なくとも、今は表面上落ち着いているようにも見えるわけで、
ここで鏡の提供を拒否して、またパニックに陥られても困るので、叔父は看護師に手鏡を持ってくるように頼んだ。



その間も、でぃちゃんはずっと自身の掌と甲をぐるぐると回しながら、
眉間にしわを寄せて、今にも泣き出しそうな顔をしていた。


数分で看護師が戻ってくる。


叔父は看護師から手鏡を受け取ると、施術の説明をしながら、彼女に手鏡を手渡した。



『いいですか、でぃさん。貴女は交通事故に遭われて、眼底骨折という怪我をしました。
 そのため顔にメスを入れましたが、顔の形が変わったり、傷が目立つような処置はしていないので――』



叔父のそんな言葉には聞く耳を持たないと言った様に、彼女は手鏡をひったくる。
そして、その鏡に映る、顔半分を包帯で覆った自分自身と対面した。

18名無しさん:2017/08/07(月) 20:31:29 ID:LFL3iTlc0



『げ……ぇ……ぁ……?』



人間の、声ではない。

何かもっと、下等な、蛙でも踏みつぶしたような声が、彼女の喉から漏れ出てきた。

右目が眼振を起こしてぶるぶると左右に振れる。
興奮状態に陥る瞬間に、こういう症状が現れることがある。

しかし、先ほどのように表に出てくる興奮ではない。
彼女の内側だけが、ぶずぶずと燃えていく、まるで木炭の燃焼のような興奮だと叔父は思った。



そして、持っていた手鏡をぽとんと、自身の下半身を覆うシーツに落とすと、
こう言ったんだ。


『で、"でぃ"なの? 貴女は……』


先ほどから、彼女が漏らす言葉に要領を得ることが出来ない。

事故後の混乱と断じてしまえばそれまでだが、今の彼女の表情からは、混乱の症状は読み取れない。

むしろ、なにか重大な事実を、受け止めるような、理性的思考と感情的起伏の入り混じった、
沈痛な葛藤の表情だった。


『あの、でぃさん……大丈夫ですか……? 顔に違和感がありますか……?』



先ほどから同じような台詞しか出てこない自分の不甲斐なさを感じながらも、
叔父は声をかけずにはいられない。

彼女が抱える、重篤な真実を、担当医として知らなければならないと思ったんだ。





でも、その"真実"は、まだ研修医だった叔父には、あまりにも重いものだった。

19名無しさん:2017/08/07(月) 20:31:58 ID:LFL3iTlc0



『あ、わ、私は……"しぃ"なんです……。それなのに……"でぃ"の……顔に……』



『……あの、一旦落ち着きましょう。私達が行った眼底骨折の治療は――』


――今なんて言ったんだ?



彼女は自分が"しぃ"だと、そう言ったのか?


ミーティングでは確かに彼女は"でぃ"さんであると言っていたし、
確認したカルテも、そうなっていた。


自分が何かを勘違いしてる訳では無いだろう。


先ほどから彼女の言動に感じていた違和感が、濃密な異常性を見せ始める。

さっき自分が"ギコ"と"しぃ"の話をしようとした時も、彼女は"『私の事はいいんです』"と言っていた。

"でぃ"さんの話はしていないのにも拘らずだ。

先ほどは事故からの覚醒直後で記憶が混乱しているのかと思ったが、
鏡を見てからその兆候はますます強まっている。


いや、むしろ鏡を見てからの方が、パニックとはまた違う、"自身の理解を超えた"何かにぶち当たってるような様子を見せている。


混乱ではなく、その事実が受け止められないかのような、困惑。



その表情と言動から、叔父は一つの仮説に辿りつく。

20名無しさん:2017/08/07(月) 20:32:36 ID:LFL3iTlc0




『――人格の補完……?』




つまり、今"でぃ"さんの体の中に入っている人格は"しぃ"さんのものなのだ。


いや、医学的には正しい解釈ではない。叔父は反射的に過去に読んだことのある論文を思い出す。



ある精神疾患に関する論文だ。

事故などに因って、脳機能に障害が出る場合がある。

言語障害、味覚障害、無痛症、そして記憶障害。

一般的なイメージだと"記憶喪失"
事故のショックから、過去の記憶を思い出せなくなるものだ。

しかし、もう一つ、少ないながらも報告されている事例がある。

これは、交通事故などの時に、"親しい同乗者"がいる場合に限られるのだが、
同時に事故に遭った際に、一方が、もう一方の"死"を目の当たりにしていると、
反射的に"自分の中に、その死者の人格を補完しようとする"というものだ。


つまりは、突発的な親しいものの死のショックを軽減するために、
自身の記憶の中から、その人の人格を再現し、あたかも、その人が生きているように振る舞うんだ。


"でぃ"ちゃんは、"しぃ"さんの"死"を目撃したんだ。


後部座席に座る母親が、衝突の衝撃でフロントガラスを突き破ってぐちゃぐちゃに潰れる様を。

そして、そのショックから自身の心を守るために、彼女の人格を脳内で補完した。


それから、自分自身は深層心理の中に沈んでしまったのだ。

21名無しさん:2017/08/07(月) 20:33:20 ID:LFL3iTlc0



『……貴女は、"しぃ"さん……なんですね?』


未だにわなわなと唇を震わせる彼女に声をかける。

ここで大事なのは、先ほどの仮説に基づいて、彼女に理解を示すことだ。

この状態の患者に"真実"を突き付ける行為は、最終的に双方の人格の崩壊を招くことになりかねない。

後でメンタルカウンセラの先生とも相談しなくてはいけないだろうが、
今は緊急を要するので、自己判断で、上手く彼女の現状を把握していくしかない。



"しぃ"さんは、叔父を見る。

それは自分自身に起こっている非現実を解きほぐしてくれる、天からの一筋の糸を見る目をしていた。
困惑、混乱、失意、悔恨、そういう感情の奔流の中で、光を見出したいという渇望。


『わ、私も自分の言っている事が、おかしいと……でも、本当に私は"しぃ"なんです……
 今は、"でぃ"の体の中にいるみたいなんですけど……私は……』


もちろん、これは、本当に"しぃ"さんの魂が、"でぃ"さんの体の中に入ってしまったわけではなく、
あくまでも、"でぃ"さんが、"しぃ"さんを演じているに過ぎない。


しかし、彼女にその自覚は無いはずだ。今この瞬間、彼女は確かに"しぃ"さんであり、
その前提で会話を進めなくてはならない。

22名無しさん:2017/08/07(月) 20:33:58 ID:LFL3iTlc0



『分かりました……。過去にもこう言った事例があると聞いたことがあります……。
 "人格の入れ替わり"、今の貴女は"でぃ"さんの体の中に入った"しぃ"さん、そういうことですね?』


"人格の入れ替わり"と称したのも、彼女の精神を安定させるためだ。

現実に起こり得ない現象ではあるが、創作に置いて多用されるこの設定は、
ある程度患者に現状を把握させるのに都合がいいと思ったんだ。


それから、"しぃ"さんの人格そのものにも、"人間性"を認めることで、
信頼を得たかったという側面もあった。

"貴女はでぃさんの作り出した擬似人格に過ぎないので、さっさと消滅してください"

なんて口が裂けても言えるわけがない。


『……ともかく、一度現状を説明させてください』


叔父はそう言うと、彼女ら一家を襲った事故の顛末を語った。



息子のギコさんの"死"、しぃさんの肉体的な"死"、そして、"でぃ"さんの精神は今どうなっているか分からないという事。
恐らく数日以内に、ギコさんとしぃさんの葬儀が行われて"しまう"はずだ。



そこまでを、やんわりとオブラートに包めるところは包みながら、詳細に説明する。

それを聞くしぃさんの下唇を噛み締める力が強まっていく。

シーツを握る手も震え、眼の下から涙の塊が盛り上がってくる。


複雑ながらも、自分を含めた三人の死を、いま彼女は見つめているのだ。
義理の息子の確定的な死、血の繋がった娘の擬似的な死、自身の肉体的な死。

23名無しさん:2017/08/07(月) 20:34:39 ID:LFL3iTlc0


『……あぁ、ギコさんは死んでしまったのね』



目を閉じて、涙を零す。
はらはらと、静かに。




しかし、何かがおかしい。

彼女は、先ほどから"ギコさん"の心配しかしていなかった。

最初に聞こえた叫び声も、今も、ずっと義理の息子の名前しか彼女の口から出てこない。


そこに不穏なものを感じてはいたが、何か嫌に不気味な毒沼の底のような嫌悪感がその思考に纏わりついてきて、
それ以上考えるのを拒否してくる。



それから数分後、病院服の袖で、軽く涙の跡を拭うと、彼女は言った。


『……大丈夫です。もう、大丈夫……。ともかく、私は、早く怪我を治して、この体を、娘に返せるようにしたいと思います。
 ……それから、この事は、"フサ"さん……夫には言わないで欲しいんです』


『……それはちょっと難しいですね……。患者の容体をご親族の方に報告する義務がありますので……。
 それに場合によっては、旦那さんにも協力していただくこともあると思います』


『……じゃあ、せめて、もう少し落ち着いてからにして頂いても宜しいですか?
 葬儀の直前に、"やっぱり妻は心だけ生きてました"と知るのは、あまりにも、その、酷だと思いますので……』


そういって彼女は頭を垂れた。

それが、お願いしているのか、ただ現状に落胆しているのかは分からなかったが、

申し出に関しては一理あると思ったので、叔父はそれに関しては了承した。
ただし、骨折の治療と共に、メンタル面の治療も進めさせてもらう事は約束させてもらった。

叔父は、この件を、デブリーフィングでどう報告した物かと思案を巡らせながら、病室を後にした。

24名無しさん:2017/08/07(月) 20:35:13 ID:LFL3iTlc0



――それから1ヶ月。



彼女の件は、医者看護師間にあっという間に広がった。


かなり珍しい事例という事もあって、叔父は担当医を外され、もっとベテランの先生に変わる予定だったが、
しぃさんが叔父を信頼していて担当を変えないでほしいと申し出たので、
ベテランの先生に付き添う形で、叔父も病室を訪れることになった。

本質的に、彼女はでぃちゃんという未成年児童であるために、
メディアへの情報漏れが無いように、病院スタッフには緘口令が敷かれ、
ともかく一度肉体的にも、精神的にも治療を終えてから、改めて今回の事案の理解深度を深めようという事になった。


これが感染力と致死率の高い新型感染症に罹患した患者ならば、
もっと大きな病院に移して、大々的に研究を推し進めた方が良いのだろう。


しかし、今回は、あまりにも精神的に"閉じた"、家族間の問題でもあったので、
特殊な事例ではあるが、事を大きくしない方がいいだろうと医院長が判断したわけだ。

25名無しさん:2017/08/07(月) 20:35:52 ID:LFL3iTlc0



彼女は、日に二度、回診を受けた。

一度目は、骨折の治療と体調管理、二度目は、メンタルケア。
その両方に叔父は付き添う事になった。そして、なるべく詳細なデータを取るようにと。



たまに、父親――しぃさんからすると旦那になるのだが――のフサさんが見舞いに来ていた場面に出くわす。

そんな時、しぃさんは、"でぃ"さんとして振る舞っている。やはり、自分が"しぃ"さんであると名乗り出て、
混乱を招きたくないようだ。

しかし、フサさんの方は何処か事務的というか、やはり心ここにあらずというか、妙に他人行儀というか、そういう印象を受ける。
思えば、でぃさんと彼は血のつながりが無いのだ。

いきなり血縁の無い思春期の女の子の、唯一の保護者になるというのは、それだけでも辛い事なのかもしれない。
変な距離感を感じてしまうのは、ひとえにそのせいなのだろう。


やがて、フサさんが病室から出ていくと、いつも通り体温を計って、問診して、後は少し世間話をして病室を後にするはずだった。


しかし、その日に限って、しぃさんは、『あの……最近少し、腹部に違和感があって……』と言い出した。
そう言えば最近、しぃさんは病院食を残すようになっているんで気を付けてくださいと看護師から言われていたんだ。





ベテランの先生は、しぃさんをベッドに寝かせたままシーツを捲り、彼女の腹部を見た。

26名無しさん:2017/08/07(月) 20:36:28 ID:LFL3iTlc0









――明らかに、膨らんでいる。










昨日までは、こんな風ではなかったはずだ。
少なくとも、パッと見で分かるような下腹部の腫れは見当たらなかった。
しかも、この膨らみ方には見覚えがある。外科医なら、あるいは病院で務めているなら、誰しもが見たことのあるものだ。

妊娠。しかも膨らみが視認できるという事は"8週"以上。
所謂"妊娠三ヵ月"ってやつに差し掛かっているはずだ。

確かに、若い子の妊娠は、体型上にその兆候が表れにくいとは聞いたことがあるが、
昨日の今日で急に眼で見て分かるようになるものなのだろうか?
いや、それ以前に、この状況はつまり事故の前から、でぃちゃんが妊娠していたという事になる。


14歳。中学二年生。


先輩から若年妊娠で帝王切開の手術に立ち会った話を前に聴いたことはあるが、
現実でそういうものを感じると、どうしても生物的嫌悪感が拭いきれない。

本来だったら、このくらいの年齢で子供を産むことは生物学上好ましいらしいという事は知っている。

それでもなお、この事実に嫌悪感を抱くのは
多分、憲法とか法律とか、そういう人間が後付けで定義した倫理観にどっぷり浸かった生活をしているという証明であり、
自己の中で確立された常識と刷り合わないと思うからなのだろう。



当然ベテラン医師も、彼女に妊娠の兆候が表れている事は分かっているだろうが、
それをどう説明したらいいのか分からないようだ

27名無しさん:2017/08/07(月) 20:36:51 ID:LFL3iTlc0



複雑なんだ。余りにも。


今のしぃさんに、その事実を告げることは、"でぃちゃん"がそういう行為に及んでいたことを知らせることと同義であり、
娘の性事情に親が介入するというある種の不道徳的な側面にぶち当たる事になる。


更にこのままお腹が大きくなっていけば、当然"出産"という事象に行きつく訳で、
そうなると、"でぃちゃん"の意識を欠いたまま、出産するなり、堕胎するなりの決断をしなければならない。





そして何より、あり得ないのだ。


昨日まで分からかったはずの腹部の膨らみが、今日急に視認できるレベルになるなんてことは。
それが何より、気味の悪さを引き立たせている。


ただでさえ精神的状況が芳しいとは言えない彼女にこれを伝えることが、
果たして正解なのかどうか、叔父たちはそこを計りかねていたんだ。






結局この日は、"便秘"という事にしておいて、下剤の処方をしておきますと告げて、病室を後にした。

28名無しさん:2017/08/07(月) 20:37:59 ID:LFL3iTlc0



その日のデブリーフィングでは、早速彼女の状態が話し合われる。


彼女の介助をしていた看護師も同席させて、最近の体調の変化に関しての報告を改めてさせると、
ある一つの事実が浮かび上がった。



『あの……その話を聞いて、思い当たることがあって、彼女、入院してから一度も、"月経"が来てませんでした』



彼女が入院して1ヶ月が経つ。

勿論事故のショックから、月経不順に陥っている可能性は十分に考えられるが、
でも、叔父が見たものと合わせて考えれば考える程、それは紛れもない"妊娠"の事実を色濃くしていく。
全員が頭を抱えながら、この件をどう処理していくべきか悩み始めた。


そこで、先輩医師が口を開く。



『いやでも、昨日の今日で妊娠の兆候が出るなんておかしいですよ。悩むよりも先に一度精密検査したほうがいいですね。
 彼女の精神的な不安も考えて、妊娠の検査って言わずに、エコーとか出来ないですかね?』



確かに、エコー検査は何も妊娠だけを調べるものではない。

肝臓、腎臓、膵臓、胆嚢、膀胱、前立腺、子宮、腹部大動脈などを検査し、
脂肪肝や胆石、腎結石、良性腫瘤や悪性腫瘤、動脈瘤など、様々な疾患を発見することができる。



『それから、ちょっと考えにくいですけど"想像妊娠"って線もある訳ですから』



先輩が付け加える。

29名無しさん:2017/08/07(月) 20:38:45 ID:LFL3iTlc0


そうだ。その可能性だってある。


人間でここまで顕著な想像妊娠の事例は聞いたことは無いが、
動物の世界なら割と頻繁に起こるものだ。

動物、特に群れで暮らす種類は、妊娠したメスは何かと群れ内で便宜を図ってもらえる場合が多く、
比較的生存に有利になる。

そのため、発情期に入ると、パートナーの見つからなかったメスも、
周りのメスの妊娠に合わせて、腹が同じように膨れるのだという。

その実は、黄体ホルモンと卵子が作用して、羊膜を形成したのちに、羊水の異常分泌が始まり、
それが進むと、破水し、大量の羊水が体外に排出されるが、実際は何も生まれてこない。


ともかく先輩の言う通り、まずは検査が先決だ。

もし本当に妊娠だったとしたら、その時にまた、この件をどう彼女に伝えるか考えればいいのだ。

想像妊娠であれば、何かまた別の精神疾患が作用している可能性もある。


動物と違って、人間は"妊娠恐怖症"から想像妊娠することもあり、
一概に性交渉のような事案と結びつくとも限らないんだ。




そう決まると、早速明日に一度検査をしようという事になり、
叔父らはエコー機材の準備に取り掛かった。

30名無しさん:2017/08/07(月) 20:39:18 ID:LFL3iTlc0







――次の日。






機材を運んできた叔父たちは、思わず立ちすくんでしまった。

彼女の腹は、明らかに昨日よりも大きく膨れていた。

身に纏っている病院服を押し上げて、"臍ヘルニア"まで確認できる。


こんなもの、"妊娠"以外にあり得ない。"想像妊娠"でこのレベルまで腹が膨れる事なんてない。


でも、それこそ"あり得ない"んだ。昨日までは、医者だからこそ分かる程度の膨らみだったのが、
今回は、誰がどう見ても、異常な膨らみ方で、それが14歳の躰に起きているこそ、嫌な程に主張している。



しかも、それなのに、しぃさんは、奇妙な程、落ち着いていた。



まるで、それが当然と言った風で。

いや、むしろ、自身の腹部への違和感の解答が見つかったというような、晴れ晴れとした顔にも見える。
エコー機材を携えて棒立ちの叔父を見止めて、しぃさんはニコリとほほ笑んだ。


『先生、見てください。生きてたんです、"ギコ"さん』


そういって、愛おしそうに腹を撫でる。






意味が、分からない。

31名無しさん:2017/08/07(月) 20:39:51 ID:LFL3iTlc0



彼女は、自分の腹の中に納まっているのが、"ギコ"だと、義理の息子だと言ったのか?


足元がぐにゃりと歪む。思わず膝をつきそうになる。


慌てて高価なエコー機材に手をかけて体を支えたものの、聞こえ始めた耳鳴りに顔を顰めずにはいられない。



――医学ではない。もっとなにか別の次元の恐ろしい事が起こっている。確実にそう感じている。
カルテにも載っていない。聴診器でも聞こえない。けど確実にそこにある"ナニカ"に直面しているのだ。


しかし、立ち止まっていると、その何かに飲み込まれてしまいそうな恐怖に駆られる。
原因が究明できないとしても、追及しなければ、動き続けなければ、
いずれ、あまりにもおぞましい暗闇に追い付かれてしまうという確信。

それを感じたからだろう。叔父は機材をベッドまで引き寄せると、
恍惚の表情をしているしぃさんに、話しかけたんだ。


『あ、あの……。やはり、一度検査をしましょう。腹部の違和感は、大きな疾患に繋がることも多く……』


『別に、構いませんよ。私には分かります。今、私のお腹の中には、あぁ……ギコさんが……』


にやにやと、ここ一ヶ月で一度も見たことのない表情を彼女は作る。

叔父の頭には、反射的に"メス"という言葉が浮かんでくる。

女、では決してない、もっと生々しい、"性"に従属した生き物の貌。
母性ではなく、完全な性愛。歪んだ肉欲。淫靡で妖艶な、女獣の香。
吐き気のするような、甘ったるい匂いが、病室に充満し始める。


純粋な嫌悪の"黒"に、"ショッキングピンク"が垂らされる。
そして、そのパレットは、汚らわしい、何色とも言い難い色に埋め尽くされていく。

32名無しさん:2017/08/07(月) 20:40:29 ID:LFL3iTlc0

気付けば、ベテラン医師はいつの間にかいなくなっていた。

逃げ出したのだ。そう思う。

自分だって、許されるのであれば、今すぐに病室を飛び出してしまいたい。
しかし、既に、彼女の発する蜘蛛の巣状の爛れた情愛に絡め捕られてしまっている。


叔父は、もう、証明するしかないのだ。

彼女の腹の中に納められた、その"主"の存在を。

彼女の妄言を、現実世界に顕現させるしか、ないんだ。


ベッドに横たわる彼女の腹部は、既に出産前のようにパンパンに膨れ上がっている。
そこに震える手でジェルを塗りたくる。


『……ッ』


悲鳴を、かみ殺す。

動いたんだ。確かに、この肉の壁一枚向こうで、何かが、はっきりと。

すっぱいものが、胃からせり上がってきて、叔父は慌てて飲み込んだ。

いるんだ。彼女の腹の中に、蠢く何かが、確実に存在している。
たった一日で肥大化したそれは、この壁を突き破って出てくる日を今か今かと待っている。

スキャナを、ぬとぬとと蛍光灯の光を反射する腹部に押し当てる。


モニターには、広い空間が映し出される。

明らかに子宮内が広がっている。何者かによって押し広げられている。

しかし、その何者かが、見えない。

まるで、無色透明で質量の無い球体がその中に押し込められているようだ。
それは、丁度"魂"とでも呼ぶべき、眼に見えず、超音波も介さない何かだ。

33名無しさん:2017/08/07(月) 20:40:57 ID:LFL3iTlc0


ぐりんぐりんと腹部上を往ったり来たりして見ても、
物理的な胎児の影は見受けられない。ただそこには"空間"が空いているだけだ。

先ほどは、あり得ないと棄却した"想像妊娠"の線が、少しだけ繋がり始める。

こちらもあり得ないが、何らかの疾患によって、羊水だけが、前例のないほど大量生成されている。
だから、彼女の腹の中には、なんてことない、ただの"水"で満たされているだけであって――。



あぁ、"腹水"も考えられる。



昔、山梨県付近で"地方病"と恐れられた、日本住血吸虫という寄生虫が引き起こす感染症。

現在は撲滅しているはずだが、その病状は、まるで妊娠しているように腹が大きく膨らむというものではなかったか。
男女問わず妊婦のように腹が膨らんで、やがて死に至るこの病は、天正9年、戦国時代にまで記録を遡ることが出来る。




そうだ。ちょっと符号が合っただけなんだ。

月経不順や、奇妙な腹の膨れや、今の彼女の精神的な疾患や、そういうものが合わさって、
たまたま"妊娠"だと思っただけなんだ。


でもこのあり得ないスピードで膨らんだ腹を鑑みると、やっぱり、別の疾患だと考える方が普通なんだ。




だとしても、異常事態には変わりないんだけど、叔父はこの事象に一応の説明が付きそうで胸を撫で下ろした。

34名無しさん:2017/08/07(月) 20:41:29 ID:LFL3iTlc0




でも、その時。




あぁ、余計な事に気づかなければいいのに。




エコー機材に、『3D』のボタンを見つけてしまったんだ。




知ってるか?


エコー機材には幾つかの検査パターンが切り替えられるものがあって、
胎内をエコー検査する場合には、更に、2Dと3Dを切り替えられる機能が付いている場合がある。

3Dっていうのは、その名前の通り、胎内の映像を、より鮮明に映し出す機能だ。


モニターに映る胎児は、まるで粘土を捏ねて作られた人形みたいに見えるんだけど、
それでも、2Dよりも遥かに"命"を感じられるから、記念に3Dを所望する人もいるんだ。





だから、もし3Dにしても、何も映らなければ、そこに"命"は"魂"は無いってことなんだ。




確実に、自分と、それから彼女の頭の中で胎動し始めている、そのまやかしの赤ん坊を、消去することが出来る。

35名無しさん:2017/08/07(月) 20:41:58 ID:LFL3iTlc0


しぃさんは、眼をつぶっている。モニターを見ていない。

彼女にとっては、モニターに何が映っていようがいまいが、関係ないのかもしれない。
でも、それでも、叔父にとってはそれが理性を保つ頼みの綱に思えたんだ。


指先を、切り替えのスイッチに伸ばす。



空気が、冷えていく。


寒い。真冬のような寒波が辺りを取り巻き始める。

そこに生命の温かさなんて微塵も感じられない。


だからこそ、余計にその存在を認めたくなくなる。
あの肉のドームの中に、胎児など、無論"死人の魂"など、入っているはずがないんだ。



叔父は、てのひらごと叩きつけるように、スイッチを勢いよく押した。




瞬間、白黒だったモニターが切り替わって、薄いオレンジの陰影で彩られた画面になる。

36名無しさん:2017/08/07(月) 20:42:51 ID:LFL3iTlc0





『うわぁあぁああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!』




ガタンッ!


叔父は叫び声を上げながら、座っていた丸椅子ごとひっくり返った。
地面に叩きつけられながらも、その目をモニターから離すことが出来ない。




――顔だ。



モニターいっぱいに、顔が映し出されている。
丁度、人間の、"青年"の顔が。

本来なら胎児の全身が映るような倍率に設定してあるにも関わらず、
全面に顔だけが映されている。


それはつまり、あの腹の中に、"人間の頭"だけがすっぽりと入っている事になる。

不気味な泥人形のような顔は、眼が閉じられていて、眠っているというよりは、死体に見える。
無理矢理捩じ切った首を、そこに詰めたように、羊水の中を揺蕩っているのだ。



『あぁ、やっぱり、ギコさんだったのね』



ベッドの上から、心底嬉しそうな声が聞こえてくる。
彼女も目を開けて、モニターを見たのだ。


息子に向けるものではない声。愛しい人に捧げる声。


すると、モニターの方の顔も、ぐにぐにと口周りを動かし始める。

37名無しさん:2017/08/07(月) 20:43:34 ID:LFL3iTlc0


叔父は、自分の手にスキャナが握られっぱなしなことに気が付いた。


映るはずがないんだ。今彼女のお腹には、スキャナが当たっていないのに。
それでもなお、モニターは鮮明に、その人間の顔、"ギコ"さんだというその頭を映している。



ぱく、ぱく、ぱく。




三度、はっきりと、彼は口を開いた。




だ、し、て。




間違いなく、そう動いた。





『えぇ、もうすぐ、もうすぐ会えるからね。ギコさん』





14歳の声帯から出せるものではない、艶めかしいそれを聴いた時、叔父は意識を手放した。

38名無しさん:2017/08/07(月) 20:44:00 ID:LFL3iTlc0




――気付くと、仮眠室のベッドに寝かされいた。



幾つかの見知った顔が、叔父を心配そうに見下ろしている。
先輩医師と、看護師、それから、意外な事に、フサさんの顔もあった。

躰に掛けられていた白衣を取り去ると、緩慢に起き上がる。
軽いめまいと吐き気を感じ、頭を振ってから、三人に向き直った。

しかし、いざ自分が見たものを説明しようとしても、上手い言葉が見つからない。
特にフサさんには、何を話していいのか分からない。



そうして、誰もが沈黙するしかない中で、意外な事に、フサさんが口を開いた。



『申し訳ございません』





謝罪だった。

39名無しさん:2017/08/07(月) 20:44:42 ID:LFL3iTlc0


『え、あ、ちょ――謝らなければならないのは、むしろこちらの――』



フサさんの唐突な言動に、面食らうように慌てた叔父の肩を、先輩医師が叩いた。
そしてゆっくりと首を左右に振る。今は話を聞け、と言っているようだ。

叔父は開いた口を絞めると、フサさんを見つめた。



『あの子――"でぃちゃん"の中に、"しぃ"がいることは、実は相当前に気付いていました。
 やはり、まだ結婚して一年とはいえ、一緒に過ごしていた時間がありますから、ちょっとした手癖や言動で。
 でも、私は怖かったんです。"妻"が、怖いんです』


そこまで言って、一度深く息を吐くと、一気に彼の顔が老け込む。
悲痛に恐怖の混ざった表情はこれから語ろうとしている真実の重さを示している。
やがてもう一度息を吸い込んで、続きを話し出す。


『妻は、息子と寝ていたんです。私と結婚したのも、むしろ息子と一緒に暮らすためだったのでしょう。
 妻と息子の関係に気が付いた時、私はあまりにも恐ろしくて、おぞましくて、目を背けました。
 気付かないフリをしていたんです。しかも、妻の方から、息子を襲うように――。
 二ヵ月ほど前に、妻から、"妊娠した"と報告を受けました。"貴方の子よ"、と。
 "私と貴方、二人の血が混ざった、初めての"そういってしぃは浮かれていましたけど、そんなの嘘に決まっているんです。
 本当は、息子との、"ギコ"との間に出来た子だったんです』


『――あの日は、妊娠検査薬ではなくて、初めてちゃんとした病院で検査を受けると、息子の運転する車で出掛けて行ったのだと思います。
 でぃちゃんにも、"あなたも、お姉ちゃんになるんだよ"なんて言いながら。そして、その途中で事故に遭って、死んでしまったのです。
 私は、それが、アイツと息子にまつわる全てが忌まわしかった。だから誰にも語りたくなかったし、
 でぃちゃんの中にアイツが潜んでいる事も触れたくありませんでした。もう、何もかも放り出して逃げ出してしまおうと思っていたんです』


『でも、今日を最後のお見舞いにしようと思って、病院を訪れたら、病室から悲鳴が聞こえて、
 それで、私は病室に駆け込んで、それで、そこで、見てしまったんです。
 あの、エコー検査のモニター、そこに、息子の顔が映っているのを。そして、その息子の頭に嬉しそうに声をかける、アイツを――』


フサさんは、そこまで言うと、両手で顔を覆ってしまった。
泣いているのか、肩が小刻みに震えている。
かける言葉が見つからなかった。



代わりに、先輩が続きを話す。

40名無しさん:2017/08/07(月) 20:45:14 ID:LFL3iTlc0



『俺たちが病室についた時、フサさん、でぃちゃんの首を絞めていたんだ。
 何とか力づくで引き剥がすと、精神喪失状態に陥ってさ、んでお前は床に伸びてるし、大変だったんだぞ。
 あいにくモニターはもう消えてたから、俺たちは何にも見てないんだけどさ。
 警察を呼ぼうにも、確実にでぃちゃんの現状を説明しなきゃなんないし、そうなってくると、マスコミやら学会やらが集ってくるってんで、
 一旦こっちで事情を聴くことにしたんだ。幸いでぃちゃんは気絶こそしていたけど、命に別状はなかったしな。
 で、訳を聞こうと控室に引っ張ってきたら、"あの倒れていたお医者さんにも説明したい"って言うんで、今までお前の回復を待ってたんだよ』






滅茶苦茶な憎愛劇だ。


誰が被害者で、誰が加害者なのか、分からなくなる。
いや、それでも"でぃ"ちゃんだけは、確実に被害者なのは決定だが。


話を総合すると、あの日、事故に遭ったあの時、しぃさんは、ギコさんの子供を宿していた。

妊娠初期だったので、処置中も誰も気が付かず、また、フサさんも、それをこちらに報告しなかった。

そして、その"妊娠したしぃさん"が"胎児の精神ごと"、"でぃちゃん"の人格の中に書き加えられた。

しかし、その"胎児の精神"の中には"ギコ"さんの精神が書き加えられていて、


結果"でぃちゃん"は"ギコさんの精神を宿したしぃさんの人格"を補完したという事か?



頭がおかしくなりそうだ。




もう、この事象は、医学の手をとうに離れてしまっている。



認めるしかないのだ。魂の存在を。精神の混線を。

41名無しさん:2017/08/07(月) 20:45:49 ID:LFL3iTlc0


あの事故の瞬間、"死"という大釜にぶちまけられた、彼らの精神が、煮込まれて崩れて、溶け合って、どろどろになって。
そしてそれが、死神の気まぐれで、まだ息の合ったでぃちゃんの体に流し込まれたんだ。

くそみそのごった煮になった魂の異常集合体。それが今の"でぃちゃん"の精神内に同乗しているんだ。





それで?




それを聞いて、自分たちはどうすればいい?

霊能者でも呼んで、一度彼女から魂を引っこ抜きでもして、
そして絡まり合った精神の糸をほぐしたのちに、"でぃちゃん"の精神だけ、元の躰に戻せと言うのか。


それこそ、医者の領分ではない。







再度の沈黙が、仮眠室に訪れた。

誰しもが、この事態に明確な解決案を示せぬまま、時間だけが過ぎていく。
時計を見れば、午前2時を超えている。思ったよりずっと長い間気絶をしていたらしい。




『まぁ、一回飯でも食いましょうか。近くにコンビニが――』




暗い雰囲気を切り替えようと、先輩が努めて明るい声を出したその時、別の看護師が仮眠室に飛び込んできた。

42名無しさん:2017/08/07(月) 20:48:46 ID:LFL3iTlc0



『た、大変です! 猫村さんが、その、は、"破水"しました! 今、一応分娩室に運んで……』




それを聞いて、叔父は慌てて白衣を掴んで羽織った。


そして、分娩室へと駆けていく。


思わず笑ってしまう。何を、"分娩"するんだ。誰を救うんだ。

この場面で医者に何ができるんだ。僕に何が出来るんだ。

答えなんて出てこない。

白衣の裾がはたはたと音を立てて靡く。




この音は、医者が患者を救いたいと願って走ると、必ず鳴るんだ。



何を救えるのか、誰を救ったらいいのか。そんなの全然わからなかったけど。


それでも――






『それでも"僕"ってやつは、白衣に袖を通してしまう。その時は、それで十分だと思ったんだ』







実に叔父らしい思考で、彼は自分の精神状態を一気にニュートラルに引き戻した。

43名無しさん:2017/08/07(月) 20:49:37 ID:LFL3iTlc0

後から追ってきた先輩に、フサさんは任せます! と声をかけ、自分は分娩室に入る。


中では既に分娩台の上に14歳の少女の体が横たえられていて、
夜勤の産婦人科の先生と、助産師が数人、せかせかと準備をしていた。



『君がこの子の担当医かッ!? こんな状態の子を産婦人科に報告しないなんてどうなっているッ!!』



そうだ。僕ら外科のチームは、未だにこの状態が"妊娠"であるとの判断をしていなかったので、
当然産婦人科に説明はしていなかった。というか、この子は今日で"妊娠三日目"なのだ。
この異常事態をどう説明しろというのか。


『すいませんッ! でも、この子は、特殊な状況なんですッ! 妊娠様をしてますけど、そうじゃないんですッ!』


"破水"と、この腹部の膨らみを見れば、誰だって彼女が妊娠していると思うだろう。
でも、その本質は全く異なった場所に置かれているんだ。

それを知らずに、出産の場面を整えられてしまった事は、むしろ幸運だったかもしれない。

閉ざされた空間であれば、その得体の知れない真実が病院内を駆けまわる事が防げるだろう。
この事実は、秘匿しなくてはならない。フサさんのためにも、"でぃ"ちゃんのためにも。


『今から、何が起こっても、絶対に取り乱したりしないでくださいッ!』


『何を言っているんだ君は!!』



産婦人科の先生が、頭のおかしい研修医を見るような目で叫ぶ。
実際自分でも頭がおかしいと思うので仕方がない。



しかし、その緊張状態も、助産婦の『ひっ!』という短い悲鳴で立ち消えた。

44名無しさん:2017/08/07(月) 20:50:08 ID:LFL3iTlc0



叔父は咄嗟にそちらに眼を向ける。

分娩台の上の少女の体が目に入る。悲痛な呻き声が響いていた。


上半身は滅菌シーツで覆い隠されているが、下半身は露わになっている。
分娩台によって広げられた股部の中心に、膣口がぽっかりと開いている。

そこから、だらだらと半透明の液体が流れ出てきている。それを膿盆で受けていた。


やはり、羊水が溜まっていたのだ。 



そして、その羊水の奔流に合わせて、"透明な何か"がゆっくりと産道を通ってきている。




まるで、透明な筒か何かが、子宮内から押し出されて、産道を通ってひり出されるように、
内側から膣内をぐぱぁ、と開いていく。



本来なら、赤ん坊の頭が見えてくるはずなのに、その穴の中には、何も見えない。


代わりに、羊水と分泌液でぬらぬらと光るピンクの肉壁が、絶えず蠢いているのだけ見て取れた。


無数のミミズで編まれたネックウォーマーでも捩じ込んだような、丸見えの秘部が更に押し広げられていく。

45名無しさん:2017/08/07(月) 20:50:49 ID:LFL3iTlc0




『ぎぃぃいぁあぁあぁいぃああああああああああああああああああああああッ!!!!』



でぃちゃんの喉から、絶叫が響く。


彼女の体は、やはり"14歳"のものなのだ。
この状態が長く続けば、彼女の体も危ないだろう。




叔父は置いてあった滅菌消毒済みの手袋を手にはめると、
彼女の会陰付近に手を持っていく。

本来これは外科医の仕事ではなく、産婦人科の先生が一喝してしかるべき越権行為なのだけど、
既にこの超常現象に、産婦人科の先生も、助産婦も腰を抜かしている。

彼らからしたら、赤ん坊が生まれてくると思ったら、
勝手に膣があり得ないぐらいに広がっていくという現象にぶち当たった訳だから、当然だ。


そして、確実に感じているはずだ。"目には見えない何か"が、そこから産み落とされようとしている事に。

叔父は、ゆっくりと膣口の手前に手を伸ばす。


『……ッ!』


触れた。


手袋越しではあるが、球形の何かが、確かにゆっくりと体外に排出されようとしている。

広がり過ぎた紅桃色の筒の向こうに、歪にゆがんだような穴も見える。

あれはおそらく子宮口だろう。それが全開に広げられている。





間違いなく、何かが子宮から出てきているのだ。

46名無しさん:2017/08/07(月) 20:51:52 ID:LFL3iTlc0



想像はしたくないが、触れているものの大きさと形は、紛れもなく青年の頭そのものだった。





人間の頭部は平均5kgほどある。それに対して、赤ん坊の出産時の体重は3kgぐらいだ。

もちろん、過去には6kg超えの赤ん坊が出産された記録があるが、
少なくとも低年齢での出産は、むしろ低体重な未熟児で生まれてくる場合のほうが多いはずだ。



体積も、成人の頭部と、出産直後の赤ん坊では倍ほど違うだろう。



言うなれば、彼女は今"双子を本当に同時に出産しようとしている"のだ。

骨盤底が広がる苦痛は、人間が味わう痛みの中でも最上級の物だと習ったことがある。


その痛みは、前腕の橈骨と尺骨の間に手を入れられて、無理やり左右に歪められるのと同じなのだから。
14歳の体で、しかもその2倍以上の痛みに耐えられるとは思えない。



しかしながら、今から帝王切開など出来るわけもなく。
叔父は力づくで、その"透明な頭部"を引き抜こうとした。


胎児の分娩がそうであるように、左に回しながら、こちら側に引いていく。
手袋越しに伝わってくるぐちゅぐちゅという感触と、重さが、徐々に増していく。



『いぃぃいぃいいいぃぃいいいいいいいいぃいいぃぃいいいいいいいッ!!?!?!?!???!?』



強烈な痛みが彼女を襲っているはずだ。

叫喚の端に、ごぼごぼと言う水音が混ざりはじめ、泡を吹いているのが分かった。


急がなければならない。

47名無しさん:2017/08/07(月) 20:52:18 ID:LFL3iTlc0



その時、叔父の手に、何かとっかかりのようなものが当たった。
それを撫でまわしながら、彼はそれが何であるか直感する。



――耳だ。



人間の、両耳。



それに気づいた瞬間、叔父はその両耳を摘んで、一気に膣口の外に向かって引きずり出すッ!!


びゅるるッ! 羊水と分泌液の混合液が迸って、辺りにまき散らされる。
会陰が切れて、少量の血液が溢れる。そしてその粘性体に混ざって、生臭い匂いを放った。



『あ゛ぁ゛あ゛ッ゛!! あ゛ぁ゛あ゛ッ゛!! あ゛ぁ゛あ゛ッ゛!! あ゛ぁ゛あ゛ッ゛!! あ゛ぁ゛あ゛ッ゛!!』



叔父が引く手に力を込める度に、そういうおもちゃのように、彼女が哭く。


ここで手を止める方が、危険だ。




これが最後だと、彼はいっそう耳を強く引いた。

48名無しさん:2017/08/07(月) 20:56:03 ID:LFL3iTlc0



                    『

                     ぎ ゃ゛

                         あ゛
         
                            ぁ゛ 

                              あ゛
                                 あ゛
                                     
                                    あ゛
                                      ぁ゛
                                       ぁ゛
                                     
                                     あ゛
                         
                                   あ゛
                                 ぁ゛
                              ぁ゛
                          あ゛
                       ぁ゛
                      ぁ゛
            
                       あ゛
                         ッ゛
                           ッ゛
                             ッ゛
                               ッ゛
                                ッ゛
                               ッ゛
                             !
                           !
                         ! 
                        !
                       !
                         ! 
                           !
                                
                             』

49名無しさん:2017/08/07(月) 20:57:06 ID:LFL3iTlc0






一際大きい悲鳴と共に、今まで強張っていた彼女の二の足がびくびくと痙攣する。



そして、それに合わせるようにヒクヒクと跳ねている彼女の陰唇は、ゆっくりと閉じていった。









                  ――おぎゃぁ

                       



                               ――おぎゃぁ







声が、聞こえた。



余りにも、野太い、産声が。





とうに変声期を終えた、男の声が、閉じられた分娩室に響いた。

50名無しさん:2017/08/07(月) 20:57:27 ID:LFL3iTlc0




瞬間、先ほどまで手の中にあった重さと温かさが消えた。
それに合わせるように、でぃちゃんの上半身が、がばりと持ちあがった。

白目を向いて、口の端からは血と泡を垂らしながら、二の腕の天井に向けて伸ばす。
そして縋るような声で、こう言ったんだ。



『ギコさんッ! 行かないでッ!! 私も連れて行ってッ!!!』



その叫びの尻尾の部分が、部屋に響いて、やがて溶ける様に消えていくと同時に、
彼女の上半身から力が抜けて、分娩台にぐったりと倒れ込んだんだ。




同じように、叔父も、その粘膜に塗れた床に腰を下ろしてしまった。




代わりに、今まで腰を抜かしていた産婦人科の先生と、助産婦が、その後の処理をしてくれた。

51名無しさん:2017/08/07(月) 20:58:31 ID:LFL3iTlc0







――あれから数日して。



彼女は"でぃ"ちゃんに戻っていた。

事故直後から、今までの記憶は持ち合わせていないようで、
植物状態から目覚めたような反応を示した。

叔父たちは、フサさんとも協力し、口を合わせて、
体の違和感も、記憶障害も、何もかも事故のせいにして、彼女に真実を伝えない事にした。
自分の体を母親に乗っ取られた挙句、得体の知れない何かを出産したなんて、とても伝えられなかった。


その後も叔父はでぃちゃんの担当医を続け、三か月後、彼女は無事に退院していくことになる。

その入院最後の晩、叔父は病室で、眠れないという彼女の話に付き合っていた。



『三ヵ月も学校行ってないと、勉強遅れてそうで不安ですね』



そう言って笑う。

でぃちゃんは、想像以上に聡明で、思慮深い子だった。

実の母と、義理の兄が事故で死んだことを告げられても、決して騒がずに、その悲しみを飲み込んだように見えた。
日々の会話でも、これからフサさんと二人三脚で暮らしていかなくちゃいけないから、
退院したら、まずは家事を覚えないと、と話してくれたこともある。







だからだろうな、叔父は油断していたんだ。

本当の"悪意"っていうのが、どこに隠れて息を潜めているのかを、まだ知らなかったんだ。

52名無しさん:2017/08/07(月) 20:59:01 ID:LFL3iTlc0




『勉強だったら、僕が何度か教えたじゃない』

『先生は、教えるのが上手すぎます。学校の先生じゃ理解できなくなっちゃう』



病床で参考書を開いている彼女に、何度か勉強を教えた事があった。

元々医学部の暇な時期には家庭教師や、進学塾の季節講習の臨時講師など、割のいいバイトをしていたことがあるので、
その手のものは、得意だと自負していた。




『……先生、私、これから、どう生きていくんでしょうね』



ふいに、彼女がそんな事を言った。

家族を事故で失ってしまった少女が、血のつながらない父親と二人で生きていく。

自分は世間一般よりは頭がいいと思っていたが、それに関してはちっとも答えが出てこない。
無責任な事も言えないな、とは分かっていたが、黙っているのも気まずいので、口を開く。



『……きっと、悲しい事、苦しい事を乗り越えた人の方が強く生きられるんじゃないかな?』



なかなかに、これも無責任な発言だ、と言ってすぐに公開した。


彼女はそれを聞くと、枕を膝に抱えて、そこに顔を突っ伏してしまった。


――泣かせてしまったかもしれない。


あまり過去を思い出させるような発言は控えるべきだった――。

53名無しさん:2017/08/07(月) 20:59:24 ID:LFL3iTlc0






『……くくッ』





不意に、枕の中から、小さくくぐもった声が漏れた。


それは、泣き声、というよりも、笑い声に近い、
もっと"愉悦"の感情を含んだものだった。




『……でぃちゃん?』




背筋に冷たいものを感じながら、彼女の丸まった背中に声をかける。




すると、ゆっくりと、伏していた顔を彼女は上げていく。

54名無しさん:2017/08/07(月) 20:59:58 ID:LFL3iTlc0








――顔が、変わっている。






邪悪、を絵に描いた様な表情。

瞳は横長で、蛙の目のように歪んでいる。

口角は吊り上げられて、鋭い犬歯が覗いていた。



酷く楽しい事があった、そんな表情だ。


しかもその楽しい出来事は、一般的には忌むべきことであり、
それは例えば、"人の死"であるだとか、そういう事を心底楽しいと感じてしまう精神異常者の表情だった。


恐ろしいのが、それでもなお、彼女は"でぃちゃん"なのだ。

決して、また誰かの人格が表面化したとか、そういうものじゃなくて、
彼女自身が覆い隠していた部分が、表面に露出した、それが一番正しい表現だと思う。



『……ちがうんです。ちがうんですよぉ、先生』



そう言って、悪戯っ子の様に笑う。


あの時"しぃさん"が見せた、淫靡で妖艶な感じを内包しつつも、
そのあどけない表情でコーティングされた嘲笑。

55名無しさん:2017/08/07(月) 21:00:29 ID:LFL3iTlc0




『私、楽しみなんです。これからの毎日が。だって、これでやっと、"お義父さん"――ううん、"フサ"さんと二人っきりになれるんだもん。
 もう、どうやって生きていこうか、楽しみ過ぎるんですよぉ』



人差し指を立てて、くるくると回してみせる。




『やっとあの気持ち悪いババァと、クソ兄が死んだんです。あの二人は、フサさんの気持ちも考えないで、いつも隠れてイチャイチャしてて、
 いつか絶対に殺してやろうと思ってたんです。その挙句、ババァが、クソの子を妊娠とか、笑えない冗談ですよね。
 しかもババァから、ゴミを誘ったっていうんですよ。もう強姦まがいに。そんなの私もフサさんも気が付くって。同じ屋根の下に暮らしてるんだもん。
 挙句、今日から貴女もお姉ちゃん、とか冗談じゃないですよねぇ。あんな腐った遺伝子から生まれてくるゲロなんて、さっさと処分した方がいいと思いません?』





楽しそうに、一息で、そんなセリフを吐く。

叔父はパクパクと、陸に揚げられた魚のように口を動かすことしか出来ない。
何か言いたいことがある気がするが、その思考がまとまらない。




なにか、とんでもなくえげつない真実が、今明らかになろうとしている。







だった、そうだろ? この先なんて、誰でも分かってしまうような――。

56名無しさん:2017/08/07(月) 21:01:20 ID:LFL3iTlc0



『くひひッ! だからね、あの日、クソが運転しているハンドルを奪って、思いっきり切ってやったんです。


 あの馬鹿共、車内でもイチャイチャしながら、フサさんの悪口を言って。だから、死んで当然なんですよねっ!


 衝突の瞬間に、クソ兄のシートベルトを外して。そしたら二人ともフロントガラスの向こう側でぐちゃぐちゃになったのが見えたんですッ!


 もうすっごく嬉しくって! でも、私も無事じゃ済まなくて、というか、ババァが私の後頭部を蹴り飛ばすみたいに吹き飛んだんで』






『でも、不思議なんですよねぇ。私、夢を見ていたんです。その夢の中でも、私たち三人は、車に乗っているんです。


 運転手はババァ、助手席にクソ兄、後部座席に私だったんですよ。なんで事故と座席が入れ替わったんですかね?


 走馬燈にしても、中途半端じゃないですか。しかも、そこでも、ババァとクズはイチャイチャしてて、


 私、夢の中でも、後部座席から身を乗り出して、ハンドルを切ったんです。そしたら今度は、私が車外に放り出されちゃって。


 気が付いたらベッドの上だったんですよねぇ』

57名無しさん:2017/08/07(月) 21:01:59 ID:LFL3iTlc0




――病院っていうのは、どうしたって"生"と"死"が混在する、ある意味、黄泉平坂みたいな場所だ。

だから、時たま、こんな事が起こるんだ。



死者は生者に、生者は死者に。

循環し、逆転し、崩壊して、輪廻する。

悪意も、善意も、愛も、憎しみも、全てを飲み込んで。



それ一個が、生き物のように、病院は稼働するんだ。





叔父は、もう、でぃちゃんの声を聞いてはいなかった。

自身の基盤が、ガラガラと塵になっていく。そして、新しい自分が生まれる。


僕は、何を救って、何が救えなかったんだろう。
救うべきものは、救わざる"命"とは。


医療とは、医学とは、医術の"正しさ"とは。



ベッドの横の丸椅子からゆっくりと立ち上がると、病室を後にする。


すでに"でぃちゃん"も、叔父に話している訳では無く、
殆ど独り言に近い語り口で、何かをぼそぼそと呟いていた。





その最後の言葉だけ、辛うじて叔父は聞き取った。

58名無しさん:2017/08/07(月) 21:02:30 ID:LFL3iTlc0













                    『死んでも、同じ車に乗ってくるなんて、ホント迷惑ぅ』

















【迷惑な同乗者 了】

59名無しさん:2017/08/07(月) 21:02:58 ID:LFL3iTlc0

【幕間】


川 ゚ -゚)「どうだった?」

('A`) 「エグい」

(´・ω・`)「ヤバい」

( ^ω^)「キモい」

ξ゚⊿゚)ξ「グロい」

川 ゚ -゚)「ふはは」

('A`) 「なに笑ってんだお前」

川 ゚ -゚)「だから言っただろう? 私の得意分野は病院関係と憎愛だって」

ξ゚⊿゚)ξ「私もう一生出産しない」

(´・ω・`)「あ〜ぁ、日本の少子高齢化に拍車がかかるぅ〜」

( ^ω^)「男でもタマひゅんものだったお」

(´・ω・`)「クーさんの叔父さんは、その後どうなった訳?」

川 ゚ -゚)「ちょっとオカルト好きになって、そういう蔵書を買い込むようになったぞ!」

ξ゚⊿゚)ξ「間違った方向に倒錯しちゃってるじゃない……」

(´・ω・`)「まぁ、そのお陰でくーさんのレパが増えるんなら良かったんだけどさ」

( ^ω^)「病院行きたくなくなったお」

('A`) 「でもお前このまま行ったら糖尿病やで」

( ^ω^)「痩せるわ」

ξ゚⊿゚)ξ「よっし、じゃあ次に行きましょ」

(´・ω・`)「"題"は>>70にしようか」

( ^ω^)「じゃあ、今度は僕が行くお」

ξ゚⊿゚)ξ「頼んだわ」

ξ゚⊿゚)ξ「それじゃ、次の"解"を求めましょう」

60名無しさん:2017/08/07(月) 21:06:51 ID:z2OdJiLk0
支援
おかえり!

61名無しさん:2017/08/07(月) 21:08:28 ID:GQCoEygU0
待ってた乙

62名無しさん:2017/08/07(月) 21:14:19 ID:ajfd3E2Q0
乙、やっぱり病院モノはえげつないな

今までいろんな『中出し義母レイプ』を見てきたけどダントツだ

63名無しさん:2017/08/07(月) 21:16:15 ID:6u//TpM.0
お前を待ってたんだよ!乙

64名無しさん:2017/08/07(月) 21:27:01 ID:esBqQALU0
おつ、続き書いてくれて感謝。
エッグい話でしたねえ
フサ不憫すぎ

65名無しさん:2017/08/07(月) 21:30:07 ID:f2lc.dCA0
おま…おっ前、こういうふうに持ってったかあ…
センスがヤバすぎるだろ…
つか収容人数とLD?
よくわかんないけど乙!
纏められて更に乙乙!

66名無しさん:2017/08/07(月) 21:36:12 ID:ajfd3E2Q0
緊迫したシーンなのに『主人公が透明に表現されてるエロゲ』みたいだなとかおもってしまった

67名無しさん:2017/08/07(月) 22:04:34 ID:m8dHRvzI0
お帰り!乙!!

68名無しさん:2017/08/07(月) 22:08:55 ID:f2lc.dCA0
さてまた謎が増えたわけだが。
どういうことなんでしょうねえ。

69名無しさん:2017/08/07(月) 22:13:38 ID:lVeu0sNw0
まさかあのお題からこんな話になるとは…

安価なら知恵の輪

70名無しさん:2017/08/07(月) 22:13:47 ID:tdV.Y8lE0
電卓

71名無しさん:2017/08/07(月) 22:37:59 ID:YS97A4is0
安価大人しいなホントに

72名無しさん:2017/08/07(月) 22:58:03 ID:KFr8OBIU0
本当に奇抜な安価がいいなら
自分で安価を掴みとってお題を書く方がたぶん早い

73名無しさん:2017/08/07(月) 23:17:19 ID:TiyCgxSk0
クーなら中だし義母レイプにピッタリだろうと思って指定した
反省はしていない、後悔は今メッチャしてる

74名無しさん:2017/08/07(月) 23:22:00 ID:ZkVaGrn.0
くっそエグいな、いいぞ

75名無しさん:2017/08/08(火) 00:43:15 ID:lZz3gowg0
なんつーか無茶ブリを捌くのが安価の醍醐味だと思うの

76名無しさん:2017/08/08(火) 00:56:57 ID:oTB7jTjU0
おまえの矜持なんかどうでもいいわ

77名無しさん:2017/08/08(火) 01:25:40 ID:R/7T6qHU0
次スレ来てたか支援支援
http://imgur.com/B6jjBa6

78名無しさん:2017/08/08(火) 05:10:59 ID:EuzJxUm60
お題としての安価だから、結局は語る担当と作者の調理次第だし
大人しいも激しいも別にどっちでもいいわ

作者が言っていたように、好きなようにお題書き込めばええんとちゃう?
無茶ぶりさせたいなら、させたい人が無茶なお題を出せばええねん

>>77
別の場所でも見かけたが、こういうの好きだわ
雰囲気がとても良い

79名無しさん:2017/08/08(火) 08:08:30 ID:AL/3c78Q0
>>77はえー凄い

80名無しさん:2017/08/08(火) 18:01:15 ID:Azu1fH.k0
ドラクエはクリアしたの?

81名無しさん:2017/08/08(火) 19:24:00 ID:JxVVzySs0
>>77
雰囲気ありすぎる

82語り部 ◆B9UIodRsAE:2017/08/11(金) 01:22:51 ID:CLGK/LaE0
【第23話 管理社会の演算機《ディストピア・カリキュレーター》】


"( ^ω^)"



――じゃあ、始めるお。

みんな、変な"恐怖症《フォビア》"って持ってるかお?


(´・ω・`)「僕、蜘蛛がダメ」

ξ゚⊿゚)ξ「爬虫類は好きじゃないわ」

('A`) 「強いて言うなら、広すぎる室内。例えば東京ドームとかが苦手だな」

川 ゚ -゚)「子犬とか子猫、あと赤ん坊。踏み潰したらどうしようってなる」


まぁ、その辺だおね。

僕が持つ"恐怖症《フォビア》"は、"電卓恐怖症《カリキュレーターフォビア》"

あんまり聞いたことないおね?
でも僕は、電卓が怖くて怖くて、仕方がないのだお。

みんな普通に電卓を使ってらっしゃるけど、僕からしたら正気の沙汰じゃないお。
だって、"あいつら"って、何を計算しているんだお?

例えば、【隆くんが、みかんを3個、バナナを5個買いました。合わせて幾つの果物を買ったでしょうか?】
って問題があったとして、当然答えは【3+5=8】になるんだお。

なに当たり前のこと言ってるんだって思うかもしれないけど、
僕らは無意識の内に"3=みかんの個数"だし"5=バナナの個数"って理解しているはずなんだお。

でも、電卓って、そうじゃない使い方があるじゃない?
ただなんとなく、キーを押して、適当に四則記号を入力して、それで、"何か"の計算が完了して、数字がはじき出される。


――ねぇ、それって、一体何を"計算"したんだお?


それで出された"数字"って、何を表しているんだお?



僕が今から話すのは、そんな"電卓"にまつわる話だお。

83名無しさん:2017/08/11(金) 01:23:23 ID:CLGK/LaE0




――小4の正月明け。



もうすぐ進級を目前にした、まだ肌寒い日。



僕らのクラスに、空前の"電卓ブーム"がやってきたんだお。

筆箱に入っちゃうくらいの、超ちっちゃいキーホルダー型電卓。
あれを持ってることが、一種のステイタスになっていたんだおね。

特に電卓の機能にプラスして、"相性占い"が行えるタイプのミニ電卓は女子たちの間で爆発的な人気を誇っていたお。
普通の電卓には付いていない、"ハートマーク"のキーを押してから、自分の生年月日を入力する。
その後に、"+"を押して、相性の測りたいもう一人の生年月日を押して、"="を押すと、百分率で、二人の相性が表示されるんだお。


当然そんなプログラムに従っただけの相性占いになんの根拠も無いのはわかりきっていたけど、
女子はああいうのに凄く凝る子が多くて、昼休みや放課後に、飽きもせずにキャイキャイやっていたのを覚えているお。


('A`) 「俺も覚えてるわ。お前だけ女子に生年月日聞かれて、俺も答えようとしたら『あ、ドクオはいいから』って言われたぜ」


川 ゚ -゚)「悲しい過去を掘り下げてくるな」


ξ゚⊿゚)ξ「私も結構やってたかも、その相性占い」



まぁ、当然そんな本来の電卓の使い方じゃない、なまじ玩具みたいな扱いの電卓の存在は、
あっという間に先生に知れ渡って、見つかったら即取り上げられるようになったんだけど、
逆に、そのスリリングな状況が、その電卓ブームの根底を支えていた気がするお。

84名無しさん:2017/08/11(金) 01:23:51 ID:CLGK/LaE0

ともかく、電卓を使ったゲームが次々に考案されて、持ってないやつはその輪に入れないという状況まで来ていたんだお。


僕もカーチャンに頼んで買ってもらおうとしたんだけど、

ちょっと前に誕生日で、欲しかった自転車を買ってもらっていたことと、
電卓なら家にあるやつで良いでしょっ、なんて言いながら馬鹿でかい簿記用の電卓を出されたことで、
買ってもらうことは不可能であることを悟ったお。


今だったら逆にウケると思って、その巨大電卓を持っていったかもしれないけど、
当時はそんな勇気なかったし、更にその"相性占い"の機能も当然付いていなかったから、
学校には持っていかなかったお。

85名無しさん:2017/08/11(金) 01:24:31 ID:CLGK/LaE0



そんな日々が数日続いたある日。

友人と公園で遊び終わって、今日も今日とて泥だらけになりながら帰路についたんだお。

下ろしたてのTシャツにべっとり泥がはねていて、『またカーチャンにどやされるかも』なんて、ちょっと憂鬱になっていたのを覚えているお。

すると、不意に道の真中に、キラキラ光る何かが落ちている事に気がついたんだお。

丁度、たまごくらいの大きさで、でも平べったいクリアカラーのそれに、僕はすぐにピンと来た。

クラスの女子が、それを触っているのを何度も見ていたから。


あの中の基盤が見えるような透明の外装は、間違いなく、あの"電卓"だったんだお。


僕は辺りを見渡すと、誰の人影も無いことを確認してから、サササッとそれに近づいて拾い上げる。

やっぱりそうだ、あの"ミニ電卓"だ。大きさも、胸ポケットに余裕で入ってしまうくらいのサイズしか無い。
家でカーチャンが出してきた漫画の大判の単行本くらいある電卓とは比べ物にならない小ささだ。

沈みかけてる太陽の光に、クリアカラーを透かしてみると、中のごちゃごちゃした機械の塊が見える。
ここに電気が走って、何もかもを瞬時に計算してしまうと思うと、ワクワクがこみ上げて来たんだお。


そして何より、他の電卓にはない"相性占い"の機能ボタン。これが付いている事が堪らなくテンションを上げるんだお。


でも、やっぱり地面に落ちたていたからなのか、そのボタンの"ハートマークは"剥げ落ちていて、歪な"D"の字のようにしか見えなかったお。

それでも、この電卓ブームの中で、ただでミニ電卓を手に入れられたことは僕にとって僥倖でしか無かったお。


当然持ち主が見つかるまで、とも思っていたし、今日の夜には土砂降りになるって天気予報でもやっていた気がするし、
僕が今やっているのは、"泥棒"ではなく、"保護"なんだ、と自分をずるい方向に納得させながら、
結局僕はその電卓をポケットに滑り込ませて家路を急いだんだお。

86名無しさん:2017/08/11(金) 01:25:31 ID:CLGK/LaE0




――次の日。



早速僕は、そのミニ電卓を自慢するために学校に持っていたお。

そして、お昼休み、いつものメンバーを集めて、僕は満を持して、その電卓を掲げた。

その日は雨だったこともあって、誰も外に遊びに行かなかったから、クラスの男子の半分くらいは僕の元に集まっていたと思うお。
更にその半数は、既に電卓を持ってはいたんだけど、この"相性占い"が出来るタイプのものじゃなかったみたいで、
僕が取り出したそれに、素直に羨望の目を向けてきたんだお。


曇天のせいで暗い教室の蛍光灯にクリアカラーを透かして、ひとしきり人気者気分を味わうと、僕らは早速相性占いを始めたんだお。


最初数人は『占いとか、女かよ』なんて言って、羨ましいのがバレバレで強がってたんだけど、
誰かがが、『じゃあ、お前と隣のクラスの津出さんの相性勝手に占っとくわ』なんて言ったら、
『や、やめろよぉッ!』なんて言いながら、結局占いに興味津々で電卓を覗き込んできたんだお。



ξ゚⊿゚)ξ「ちょっと、アタシじゃない。やめてよ」


('A`) 「あの頃ツンはクォーターの金髪で目立ってたからなぁ。お前、影で仕切り屋ババァって呼ばれてたぞ」


ξ゚⊿゚)ξ「知ってる」


川 ゚ -゚)「それはアレだな。好きな子に意地悪しちゃう"となりのトトロのカン太君現象"だな」



まぁまぁ。

87名無しさん:2017/08/11(金) 01:26:07 ID:CLGK/LaE0


そんな訳で、僕らは意気揚々と"D"のボタンを押して、それから生年月日を入力した。

最初は多分、僕じゃなくて、クラスの誰かの生年月日だったと思うお。
"20000704"。こんな感じ。コレで"2000年7月4日生まれ"を表すんだお。


そして、その後に"+"を押したんだ。


でも、いつまで経っても、数字が"0"に戻らないんだお。

普通だったら、"0"に表示が戻って、それから、もうひとりの生年月日を入力するのに。

僕は、冷えていくみんなの視線を感じながら、色んなボタンを押してみたんだお。
でも、その液晶は"20000704"のまま変化しない。



『故障してんじゃねーの?』『不良品かよ』『んだよつまんねーな』



そんな級友の嘲笑と憐憫をつむじに感じながら、ガチャガチャと滅多にキーを押してみる。

すると、"="のキーを押した瞬間に、表示が変わった。




――"0000000001 人"



みんな、唖然としていたんだお。

コレがなんの表示なのか全く意味が分からない。

もし相性占いだった場合には、末尾が"%"で終わるはずなんだお。
それなのに、"人"ってどういうことなんだお? 



僕も分からないし、当然周りのみんなも首をひねるばかりだった。

88名無しさん:2017/08/11(金) 01:26:37 ID:CLGK/LaE0
その後に、数人の生年月日を入力しても、"0000000000人"が殆どで、
たまに"000000002人"とか"000000003人"とか、出るだけだったんだお。


『これって、将来生まれる子供の数なんじゃねぇの?』


誰かがそう言うと、一斉に笑いが起こる。

なにせ殆どが0人なので、クラスの男子の大半は結婚すら出来なということになってしまう。

そこからは、子供をいっぱい作るなんでフケツだとか、一生結婚できなんてかわいそーとか
別の方向で盛り上がってしまったので結局この電卓の謎は解明されずじまいだったんだお。


僕も、まぁみんなが面白がってくれるならそれでいいかとも思っていたけど、
やっぱり拾いもんなんて、こんなものかって妙に世の中良く出来るものだ、と感心したんだお。
ズルとか、悪いことをすると、上手くいかなくなることの方が多いものだ、と。


他の男子の喧騒に女子も気がついて、子供を産む産まないの騒ぎが大きくなり始めた時。

僕はなんとなく、"明日の日付"を入力してみたくなったんだお。

どうしてそんなことを思い至ったのかわからないけど、何か違うパターンを試してみれば、
一体この数字が何を表すのか分かるかも、なんて淡い期待でもしていたのかもしれないお。



――結果は"0000000001人"



0では無かったけれど、それでも何度か見た表示で、僕は肩を落としてしまった。
この電卓で、少なくとも夏休みまでは人気者気分を味わおうという杜撰すぎる計画がはっきりと頓挫したのを感じたんだお。



その後すぐに、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴って、
その騒ぎの余韻を残しつつ、みんな席に戻っていったお。

89名無しさん:2017/08/11(金) 01:27:45 ID:CLGK/LaE0




――その日の夜。




僕は昼休みの出来事に落胆していたせいか、妙に疲れを感じていて、もう10時にはベッドに潜り込んでいたんだお。
そして、そのまま夢も見ずに、ぐっすりと眠ってしまった。






――ホントに急だけど、僕にはある"特殊な能力"があるんだお。


とは言っても、超能力だとか予知能力だとかではないし、手から炎が出る、みたいな厨二能力でもないお。
ネットなんかでは結構持ってるよ、って人の話を聞くんだけど、所謂"テレビが付いているのが分かる"ってやつなんだお。


……あれ? 皆さんご存知でない感じかお? ポカンとしてらっしゃるけど。



ξ゚⊿゚)ξ「いや、だって、そんなの私も分かるし」


(´・ω・`)「画面を見れば一発じゃん」




あー、違うんだお。そうじゃないんだお。



"部屋の外のテレビでも、付いてるのが分かる"んだお。



その頃うちはリビングにしかテレビが無かったんだけど、
そのリビングのテレビが付いてると、耳の奥に"サー"っていう音がするんだお。

普段はあんまり気にならないし、ぶっちゃけ意識しないとわからないくらいの些細なやつなんだけど、
寝る前の静かな時とか、特に"テレビが付く瞬間"に一際大きく感じる耳鳴りとか、そんなので分かってしまうんだお。

90名無しさん:2017/08/11(金) 01:28:17 ID:CLGK/LaE0


その夜も、急に頭の中に、風船からゆっくり空気が抜けるみたいな音がし始めて、一階のリビングで、誰かがテレビを付けたのがわかったお。
そのせいで目が醒めてしまって、なんだか無性にトイレに行きたくなった。

もう小学五年生で、夜一人でトイレに行けないって年でもないし、
もうその頃は一人部屋だったこともあって、朝まで我慢はせずに、普通に一階のトイレに行くことにしたんだお。

たまにトーチャンの帰りが遅い日なんかは、こんな時間にひょっこり帰ってきて、ご飯だけ食べてまた出て行くなんてこともあって、
今日もまた、そんな感じでトーチャンがテレビを付けながら飯でも食べてるんだろうと、僕はそう思っていたんだお。


一階に降りて、階段脇のトイレに入ろうとすると、やっぱりリビングから灯りが漏れている。

でも、それは決してリビング本来の証明によるものではなくて、"テレビ画面だけの灯り"だと気づいたんだお。

トーチャン、こんな暗い中、電気も付けずにテレビの灯りだけで飯食ってるのかお? 僕は不思議に思ったお。

変に家族に気遣いの行き届いたトーチャンのことだったから、もしかして灯りが漏れすぎると、家族が目を醒ましてしまうとか
そういう風に思って、そんなことをしているのか?



いや、でも、夫婦の寝室も、僕の子供部屋も、二階にあるわけで、そんな気遣いは不要だ。


まだ寝ぼけた頭の中で、はっきりとしない思考が、もやもやと塊を作っていく。


酷く軽く、またおぼろげなそれに引っ張られるように、僕はフラフラとその灯りの方へ歩を進めた。

91名無しさん:2017/08/11(金) 01:29:01 ID:CLGK/LaE0

対面式のキッチンがあって、その向こうにソファーとテーブルが見える。
その更に奥に、最近買い替えたばかりの大型液晶TVがTVラックの上に鎮座していた。



ぼんやりと光りを放つ、そのテレビ画面の左上には"D"と緑で表示されている。


いつもだったら、"2"とか"4"とかあるいは"ビデオ"なんて表示されるはずだ。
少なくとも、一度も"D"は見たことがない。




画面全体には、どこかの工場が映っていた。



手前に海があって、テトラポッドで縁取られた海岸線がその奥にある。
その上に、幾つもの管で取り囲まれた煙突が、もうもうと煙を吐き出している。

石油化学コンビナートだ。僕は反射的にそう思った。

最近小学校の社会科の授業で習ったばかりだ。


日本は地下資源に乏しいから、石油なんかは、全部海外からの輸入に頼っている。
カタールやサウジアラビアなんていう中東からの輸入が多いらしい。

そんな訳で、その石油を、更に幾つかの素材に選り分ける"精製"をするのが石油化学コンビナートという工場らしい。

基本石油は、ソレ専用のタンカーで運ばれてくるので、海岸線沿いに工場がある方が都合がいい。
その話を覚えていたから、海と工場の組み合わせで、コンビナートだと思ったんだ。


画面から感じる雰囲気は、決して明るいものじゃなかった。


セピア調というか、曇天の空の下、濁った海の上に、くすんで輝きを失った五円玉みたいな工場がその音を伸ばしている。

幾つかに分かれたそれらを、何本ものパイプが繋いでいるのが、まるで生き物の血管のように見える。
金属光沢でぬらぬらと鈍く光るソレは、たくさんの眼球がついているようだ。



吐き出される煙だけが、妙に白くて清浄な感じがして、ソレが嫌に浮いていて、嫌悪感に拍車をかけていた。

92名無しさん:2017/08/11(金) 01:30:09 ID:CLGK/LaE0

未だ靄のかかっている頭の片隅で、何か不穏な警鐘が小さく鳴り始めたのを感じて、
僕は慌てて踵を返し、本来の目的であるトイレへと向かおうと、テレビに背を向けた。



その時。











『おおいし まさかず さん、67才。以上です』










声が、した。


警察24時なんかで、暴れる男性にモザイクがかかっているときの、あの低く加工された声。



抑揚も何もない、感情のこもっていない、それが、背後から、聞こえたんだ。

93名無しさん:2017/08/11(金) 01:30:32 ID:CLGK/LaE0

僕は振り返る。


すると、そのテレビ画面の一番下の方から、"大石 正和"の白文字が、スーっと上に向かってスクロールしていくのが見えたんだお。

そしてやがて、一番上のところでピタッと止まって、そこから、動かなくなった。
更に、その後、その名前を追うように、もう一つの文字列が、画面下からせり上がってくる。



それは、丁度、お昼休みに見た、あの"0000000001人"の表示。



僕は、目が離せなくなっていた。



あの声が、頭の中で何度も何度もリフレインする。

粘っこい、耳障りな、人間として違和感のある、あの、加工品の声。

そして、あの"大石 正和"の文字。"0000000001人"の数列

背景の工場から立ち上って、画面外に消えていく煙。

全部が、"嫌な予感"をべったりと僕の体に塗りたくってくる。



だから僕は、それが怖くて、気持ち悪くて、動けなかった。

94名無しさん:2017/08/11(金) 01:30:55 ID:CLGK/LaE0





――ブツンッ!





急にコンセントを引っこ抜いた時みたいな音とともに、テレビの画面が消えた。


それで僕はやっと動けるようになって、苦虫を噛み潰したように顔を顰めながら、トイレを済まして2階に上がったんだお。

そしてそのまま頭からすっぽりと布団をかぶって、眠ってしまうことにしたんだ。

95名無しさん:2017/08/11(金) 01:31:21 ID:CLGK/LaE0




――次の日。






深夜のことは、やっぱり覚えていた。

いや、一回睡眠を挟んで脳内で情報が整理されたのか、昨日感じていた非現実感が、それらの情景から取り払われていて、
むしろ今の方がリアルに感じられてしまうくらいだった。



憂鬱も憂鬱になりながら、それでも小学生の領分として学校に行かなくてはならない。

そうだとしても、もしかしたら、級友にこの件を話せば、笑い話にでも変えてくれるかも知れない。
そうなったら儲けものじゃないか。



そんな風に自分を鼓舞しながら、その日は学校に向かったんだお。








でも、その見通しは、朝の会で早速ぶち壊された。

96名無しさん:2017/08/11(金) 01:32:16 ID:CLGK/LaE0
その日教室に入ってきたのは、担任の女教師ではなくて、教頭先生だったんだお。

教頭が言うには、担任のお父さんが、昨日急にお亡くなりになられたので、数日間お休みを取ることになったのだと。
そして、その間教頭先生が担任を務めることになったと説明してくれたお。

クラスの全員がざわざわし始める。

それに合わせて、僕の脳内も、ザワザワと、蟲が這いずるような感覚が興る。
なんだ、この感じ。


何か、とても、とんでもない、何か、もっと、重要な――。


こめかみが酷く痛む。カーチャンがたまに、そうしているように、自分もそこを押さえながら顔を顰めて俯く。
"偏頭痛"とカーチャンは言っていたっけ。


僕は、以前、聞いたことがある。

担任の先生は、結婚している。
その話題になった時に、クラスの女子の誰かが、"結婚したら名字が変わる"なんて話をしだして、
それで、先生の、前の名字を、"旧姓"を、聞いたんだ。

それが、そう、確か――。




"大石"




ぐぼっ。


急に、胃の中から、僕が朝食べたスクランブルエッグとトーストのぐちゃぐちゃになったやつが逆流する。
口いっぱいに、臭くて酸っぱいゲロが溜まる。

ぐりんぐりんという胃の煽動が、更にその中身を押し上げようとしているのを僕に伝えてくる。

たまらず僕は口元を押さえながら、辛うじてその場で吐き散らかすことはせずに、
先生の静止を振り切って、トイレに駆け込んだ。


そして、自分でも冷静だと後で思ったんだけど、ちゃんと個室に鍵をかけて、
それから盛大に、全部、全て、何もかも、胃の内容物を便器にぶち撒けたんだお。

97名無しさん:2017/08/11(金) 01:32:46 ID:CLGK/LaE0

すっかり吐き切ってから、僕は水道で口を濯いで、教室に戻る。

まだ朝の会は続いていて、みんなが教頭先生を質問攻めにしている最中だった。

ガラガラという扉の開く音に合わせて、全員の視線が僕に集まる。
教頭も『内藤くん、急にどうしたの?』と尋ねる。


「目にゴミが入ってしまって、痛すぎてトイレで洗ってました」


僕は戻ってくる最中に考えていた言い訳を言ってみる。
しかも、ちゃんと左目を強くこすって充血させておいたんだお。

変に便所に駆け込んだ野郎だと噂されたくはなかったんだお。
小学生にとって結構致命的なダメージになるから。

みんなその僕の真っ赤な左目に騙されて、その場は納得してくれたようだったお。
そして、席に着くと同時に、僕は教頭に、ある一つのことを訪ねたんだ。


「教頭先生、その、亡くなった先生のお父さんって、名前、まさかず、っていうんだお?」


再度、全員の視線が僕に集まる。

でも、だとしても、僕はそれを聞かねばならなかった。


聞く権利と義務があった。

98名無しさん:2017/08/11(金) 01:33:21 ID:CLGK/LaE0

教頭は、一瞬鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして僕を見つめたけど、
すぐに元の表情に戻して、『よく、知ってるね』とだけ言った。



――やっぱりだ。



すぅ、と血の気が引いたのが分かる。
僕は『前に、先生に聞いたことがあるんですお……』と力なく返すと、それきり黙り込んだ。


その後、いつもとは違った教頭先生の授業や、あるいは担任の先生の父親が死んだという非日常感に、クラスが浮足立った雰囲気を醸している中、
僕だけは、深夜に見た、"大石 正和"と、"0000000001人"、それから、今日も僕のポケットに入っている、あの"電卓"、
それらの関係性を考え続けていたんだお。




算数の教科書に隠すように、こっそりと、ポケットから電卓を引き抜いて、机の角に置いてみる。
そして、まじまじと、観察してみる。





僕の中で、ほぼ答えだろうというものは既に見つかっていた。



つまり、"死の予言"



僕が昨日入力した"今日"の日付。

そして、表示された"0000000001人"という数列。


それから、あのテレビ。


どう考えてもテレビ放送で、あんな風に死者の名前が流れてくるのはおかしいんだ。

99名無しさん:2017/08/11(金) 01:34:08 ID:CLGK/LaE0
だから、僕は、こう思った。



"この電卓に日付を入力すると、その日に入力者の周りで死ぬ人の人数を教えてくれる"



"相性占い"なんて目じゃなくらいに、とんでもない占いが、この電卓では可能なのだ。
この小さなボディの中で、人間の死の運命を、この電卓は計算して、そしてはじき出しているんだお。



恐怖心。それよりも強い"好奇心"



子供だったから、っていうのが免罪符になるのかおね?


僕は、もしかしたら、自分のせいで死んだかもしれない"大石正和"なる人物のことなんてすっかり忘れて、
また、明日の日付を入力してしまったんだお。

電卓は、すぐに数字を表示させる。




"0000000002人"




液晶には、そう出た。




もし、明日、僕の近くで、2人の死者が出たならば――。









変な高揚感が、僕を取り巻いていた。

100名無しさん:2017/08/11(金) 01:34:31 ID:CLGK/LaE0




――その日の夜も、果たしてテレビは付いたんだお。




僕の知らない、二人の名前。


名字が同じだったから、多分親子なんだと思った。



そして、最後に"0000000002人"の数列。



昨日と同じだ。

この"D"のチャンネルには、死者の名前が映るのだ。


いや、まだそうと決まった訳ではないが、いずれにせよ、答えは明日出るのだ。


僕はまた、その工場の画面が何らかの力で消えるまで、画面を見つめ続けた。

101名無しさん:2017/08/11(金) 01:35:06 ID:CLGK/LaE0






やはりというか、なんというか、事件は起こった。しかも、意外な形で。



もう時間は夕食時になっていて、僕とカーチャンは、夏だと言うのに鍋をつつきながらテレビを見ていたんだお。

僕は、今日中に、身近なところで死者が二人出るかもしれないという緊張感はとうに途切れていて、
半分以上そのことを忘れつつ、下らないバラエティを見て笑っていたんだお。




今でもそうだけど、20時台のテレビ番組と21時のテレビ番組の間に、短いニュースと天気予報がやるおね?

そこで、たった今入ったニュースということで、母子心中の事件が流れたんだお。

それは、あの有名な女優とその娘で、どうも夫の不倫が原因だとか、そんな事を言っていたと思うお。


一瞬僕は、"来たかッ!"と身構える。そこまで忘れていた、電卓とあの深夜テレビの事を急に思い出したんだお。

でも、おかしいんだお。僕でも知ってる有名女優の名前だったら、あの深夜のテレビで名前が出たら、流石に気が付くと思うんだお。

でも、昨日見た名前は、たしかに2人とも知らない名前だった。どういうことだ。
そう思いながらニュースを見続けると、その女優の名前の脇に、もう一つの名前がくっついていたんだお。



そう、女優の名前は"芸名"。本名は別だったんだお。




そして、その、本名の方は、深夜に見たあの名前と同じだった。

102名無しさん:2017/08/11(金) 01:35:40 ID:CLGK/LaE0


ドクン、と心臓が跳ねる。


何か、とてつもなく、悪いことをしでかして、それがバレる直前のような感覚。

僕は、何か、思い違っているのではないか?
本当に、アレは、"死の予言"なのか?




むしろ、あれは"死の宣告"なのではないだろうか。



"僕が、電卓に今日の日付を入力したから"、あの女優は心中したのではないか?

だってそうじゃないか。

2日続けて、こんなにも死を間近に感じることなんて今まであったか?
母方の祖父のお葬式以来、ついぞ人の死なんて感じることも考えることも無かったのに。

この電卓を拾ってから、こんなにも、僕の周りは、いや、人の世は"死"で溢れていると、
そんな風に感じさせる出来事が続く。それはやっぱり、予言というよりも、むしろ――。




そこまで考えて、空恐ろしくなって、僕はテレビのチャンネルを変えると、
いつのまにか〆の雑炊に切り替わっていた鍋の中身をお椀によそったんだお。

103名無しさん:2017/08/11(金) 01:36:29 ID:CLGK/LaE0




でも、その次の日も、僕は"明日の死の予言"を止められなかった。


なんか、怖かったんだお。怖くなったんだお。


急に、僕の知らないところで人が死ぬのが。

ちゃんと、事前に、誰が死ぬのか分かっていれば、本当にその情報が飛び込んできた時に、怖い思いをしなくて済むんだお。
それから、もし、その死者の名前のスクロールに、僕の知ってる人の名前が出てきたら、
何とかして、運命が変えられるんじゃないかとか――。








――ううん。違うお。嘘だお。







僕は、"僕の名前"があそこに出るんじゃないかって、怯えていたんだお。

その日の死者の名前が放送される番組を知ってしまったら、誰だってそうなると思うんだお。

そして、その名前が、本当に自分の身近な世界であの世に消える場面に出くわしたら。


僕は、気が気じゃなかったんだお。


もしかしたら、自分が入力したせいで、人が死んでいる可能性も、勿論拭い切れていなかった。


でも、それ以上に、僕は、自身の"死"が、僕の知らないところにある"天命の演算機"みたいなもので
神様の好き勝手に演算されて、ある日急に死にゆく自分の運命が怖くなったんだお。

104名無しさん:2017/08/11(金) 01:37:00 ID:CLGK/LaE0



その日以来、凄く"死"に敏感になったんだおね。



深夜に3人の死者の名前をテレビで見る。

次の日、学校の帰り道、交番の前の"今日の交通事故 怪我2人 死者3人"の掲示を見つけてしまう。
あぁ、この"3人"が、きっと、あの死者たちなのだ、と確信する。

過去一回も気にしたことがないはずなのに、今日に限って、たまたまその掲示が目に入って、
しかもあの予言通り"3人"なんて。



ちょっとずつ、ちょっとずつ、真綿で首を締めるように。
僕の周りを、渦を描くように、"死"が取り囲む。



そんな僕に、カーチャンは言うんだお。



『アンタ最近、アニメとか見なくなったね。ニュースばっかりみて、面白いの?』



そうなんだお。その頃の僕は、暇さえあれば、報道番組を見漁っていたんだお。


そして、深夜に見た名前を見つけては、無性に安心していたんだお。
今日も、ちゃんと、その人の、死を見つけてあげることが出来た、と。

まるで、答え合わせでもするみたいに。








そして、ついに、"あの日"がやってきたんだお。

105名無しさん:2017/08/11(金) 01:37:39 ID:CLGK/LaE0



僕らの学校の終業式前日。


僕は学校から帰ると、すぐに明日の日付を電卓に入力するのが日課になっていたんだお。

その日もランドセルを勉強机に置くと、椅子に腰掛けながら、電卓を弄る。
"D"を押して、日付を入力して"="
もう指先に染み付いてしまったように、滑らかに電卓を操った。





でも、その表示を見て、僕は椅子から転げ落ちたんだお。





"00000000025人"





今までとは桁が違ったんだお。

0人の日だってあって、多いときでも3人が精々だった、僕の"死"のキャパシティを軽々と凌駕する人数。
その人数の死を、僕はどんな形であれ、明日、目にすることになる。



「――っひ、ひひっ……」



乾いた笑いが口の端から漏れる。勿論可笑しくて笑っているんじゃない。


怖くて、怖くて、怖くて。


そんな状況から逃避するために、一時的に思考を放り出しただけに過ぎない。

106名無しさん:2017/08/11(金) 01:38:31 ID:CLGK/LaE0


何が起これば、一日で25人も身近で死ぬことがある。


バスの事故? テロ? 大地震?


分からない。そんなこと一度も経験したことも、ニュースで見たことも無いから分からない。

いや、見たこと無いんじゃない。"気にしたことがない"んだ。

大地震が起こると何人死ぬのか。飛行機事故が起こると何人死ぬのか。
そういうのは、どこか遠くのことであって、自分には関係ないことだと、高をくくっていたんだ。



『どこかの国で戦争がありました。でも日本人の死者は0人です。ひゃっほい』



それが、僕の周りの"死の世界"であって、だから、僕は、こんなことに頭を悩ませては来なかったんだ。
でも、そうじゃない。毎日人が死んで、生まれて、また死んで。
この拝成だけで、一日何人死んでるのかだって知らないんだ。



しかし今は違う。取り巻かれている。閉じ込められている。

生臭いドブの底に淀だ泥濘のように、僕の足をずぶずぶと沈めていく。
やがてそこに誰しもが飲み込まれていくことを直視させてくる。


たったの25人。その死を、今この瞬間、僕は一人で背負い込んでいるんだ。
今この時点で、それを知っているのは、僕だけなんだ。



だから、こんなにも、重い。



僕は、祈らずにはいられなかった。

その25人が、出来るだけ遠くで死にますように。
僕がその25人に入っていませんように。


でも、そんなもの、神様は演算の考慮に露ほども入れてくれなかったんだお。

107名無しさん:2017/08/11(金) 01:39:12 ID:CLGK/LaE0





――深夜。





あの、工場の背景の上を、25人の名前が滑っていく。


僕はその場にへたり込まずにはいられなかった。
叫びださなかっただけでも、褒めてほしい。




抑揚の無い、加工された低い声が、僕の、"僕ら"の名前を読み上げる。







"僕のクラス、5年1組の2/3"






それが、明日の死者達だったんだお。













――嘘だ。

108名無しさん:2017/08/11(金) 01:40:20 ID:CLGK/LaE0

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109名無しさん:2017/08/11(金) 01:41:05 ID:CLGK/LaE0


――ブツンッ!



テレビが消えた瞬間、僕は2階に駆け上がった。

自分の部屋に飛び込むと、あの電卓を取り出す。
そして、"D"の後に、すぐに"今日の日付"を入力した。



結果、"0000000025人"



何度も、何度も、それを繰り返す。
狂ったように、がちゃがちゃと、その表示が変わるまで、何度も、何度も。

でも、運命は変わらない。死は変わってくれない。

電卓は、常に、僕の知らない数式で、今日の死を、淡々と、僕に、告げてくる。

怒り、なのだろうか、悲しみ、なのだろうか、恐怖、なのだろうか。

それのどれでもあって、どれでもないような、感情がこみ上げては、すぐに消えていく。
そして、また新しい、名状できない種類の感情が湧き上がって、消える。

液晶の表示のように、浮かんでは、消えていく。




「――ハァ――ッ!! ――ハァ――ッ!!」



人間のものよりも、もっと獣に近い息遣いが、僕の喉の奥から漏れる。

自身の人間を人間たらしむる"外側"の部分が剥がれ落ちて、
醜くも生に執着せずにはいられない、生き物としての"性《サガ》"が剥き出しになってるんだお。

110名無しさん:2017/08/11(金) 01:41:43 ID:CLGK/LaE0

何度目かの入力の時、ついに、張り詰めていた緊張の糸が、ぷつんと切れるのを確かに感じた。


決して叫び声は挙げないまま、ただ鼻息だけを荒くして、
僕はその電卓を床に叩きつけて、足でグリグリと踏みつけた。
その、神に因って管理された"死"を演算して僕に伝えてくるそれに、ありったけの感情の発露をぶつけたんだお。





『――数字を、移動させます。日付を、入力してください』





不意に、あのテレビの、モザイクがかかっている犯罪者のような声が響いた。
それは電卓から聞こえた気もするし、部屋の隅から聞こえた気もするし、僕の頭の中に聞こえた気もする。



足を、ゆっくりと、電卓から退ける。

そして、小さな電卓を、げに恐ろしく、汚らしいモノのように指で摘むと、液晶を見た。
窓から入ってくる月明かりに照らされた、そこには、何も表示されていない。
さっきまで確かに"0000000025人"と表示されていたのに。




"数字を、移動させます"




確かに、あの声はそう言っていた。
数字っていうのは、あの死者の人数のことか?
その後の日付っていうのは、つまり、"別の日に、この死者の人数を移し替えることが出来る"ってことなのか?



分からない。



でも、それ以上に、僕は縋るものなんて何も無かったんだお。

111名無しさん:2017/08/11(金) 01:42:31 ID:CLGK/LaE0



僕は考える。


いつに移すのか良いのか。
明日の死を、明後日にしても、意味がない。
その次の日も、次の日も、いつか来る、その死者の宣告の日に怯えて暮らさなくちゃいけない。
だったら、いつが――。




そうだ、"過去"だ。




"過去"であれば、その"死"が僕らに追いつくことは永遠に無い。
だったら、それが一番いいのだ。



僕は、過去の西暦と日付を入力し、"="を押す。
すると、"00000000567人"と表示される。




お、多い。多すぎる。

僕がたまたま選んだ日に、そんなにも死者が出たのだろうか。
いや、昔の日本は、一日にそれくらい死んだのかもしれない。

ともかく、コレで、もう一度"今日の日付"を入力して、その後の表示が"0000000000人"になっていれば、
僕らは、その死の運命を、過去に押し付ける事が出来たということになるのだろうか。

もう一度電卓を取り直すと、震える指先で今日の日付を入力する。
死にたくない、死にたくない。そればっかりが頭の中で翻った。

112名無しさん:2017/08/11(金) 01:43:05 ID:CLGK/LaE0





――果たして、数字は"0000000000人"になっていたんだお。






へなへな、と僕はベッドに倒れ込んだ。



助かった。

ベッドに押し付けた瞼の下から、涙が込み上げてくる。
でも、それでも、生きているって言う実感が、自分の中に宿る感覚は、悪いものではなかったんだ。

僕は、過去の何処かに、今日の死を押し付けて。
それこそ本当の死神のように振る舞って。

それでも自分が死ななくて済むことに、明日誰の死も見つめなくて済むことに、

酷く、酷く安堵していたんだお。
















次の日、僕らの小学校の近くで、体中に刃物を巻き付きた男が、
側溝に足を取られて、ひっくり返って気絶しているのが発見されたらしいお。


そのまま警察に逮捕されて自供した話によると、そのまま僕らの小学校に乗り込んで、大量虐殺するつもりだったのだと。

113名無しさん:2017/08/11(金) 01:43:50 ID:CLGK/LaE0






――その日から、僕は過去に"死"を押し付けることにした。







僕の周りでは、誰も死ななくなったんだお。

だれも、傷つかない、素敵で、穏やかな日々。

それがどこまでも続いていく。

まるで、神にでもなったような高揚感。




最初に僕が"死"を移動させた、過去の日付に、僕は死を溜め込んだ。
他の日にしなかったのは、多分、その数字が最初から大きかったからだと思う。



木を隠すなら、森の中。
"死"を隠すなら、大量の死者の中だと、そう思ったんだお。








だから、気が付かなかったんだお。
僕が数字を移動させる以上に、その数値が加速度的に膨れ上がっていることに。

114名無しさん:2017/08/11(金) 01:44:19 ID:CLGK/LaE0



やがて夏休みが来て、8月に入った。


ニュースですら、誰々が死んだなんて報道をやらなくなった。
いや、正しくは"僕の知る限りでは"やらなくなった、のだと思う。

でも、その日のニュース番組だけは、いつもと違っていたんだお。





テレビでは、となりの市である、美府市の公園広場が映し出されていて、
大勢の喪服の人が、ハンカチで目頭を押さえながら、日本の総理大臣の話を聞いていたんだ。
戦後云々年を記念した催し物だと思うのだか、この日に、しかも美府でなんて聞いたことが無い。




毎年こんなのやってたっけ? でも、こんなもの見たことが――。





いや、ある。





これと似たものを、何度か、この時期に――。

115名無しさん:2017/08/11(金) 01:47:16 ID:CLGK/LaE0


           『日本は、"三度"――』





 『世界で唯一の――』

                          

                            『戦争の悲痛さを後世に――』



            『平和への願いを――』




『哀悼の意を示すと共に――』



                                  『この惨禍を語り継ぐ――』


    『数十万人とも言われる――』



         

                    『恒久平和の実現に向けて――』

116名無しさん:2017/08/11(金) 01:48:14 ID:CLGK/LaE0

夏休み特有の遅めの食卓に、総理のスピーチが響く。
テレビから、何か、僕の知らない事が、流れ出てくる。






"1945年8月12日"






僕が、半年間、"死"を押し付け続けた日。


その日に、何が、起こったっていうんだ。


僕は、そんなの、知らない。


僕は、そんなこと、望んでない。






僕が、押していた、電卓の、ボタンは、一体、どこに、繋がっていたのか。



僕が移動させた"死"は、何を、誰を、何人を、殺したのか。





目眩がする。

耳鳴りがする。

寒気が、震えが、こめかみの痛みが。

心臓の鼓動が、体の熱が。

117名無しさん:2017/08/11(金) 01:48:41 ID:CLGK/LaE0
















   『原子爆弾の犠牲となられた方々のご冥福と、ご遺族、被爆者の皆様、並びに、参列者、美府市民の皆様のご平安を祈念いたしまして――』




















【管理社会の演算機《ディストピア・カリキュレーター》 了】

118名無しさん:2017/08/11(金) 01:49:19 ID:CLGK/LaE0
【幕間】




( ^ω^)「どうだおん?」

ξ゚⊿゚)ξ「ってことは、元々ブーンの中では、"ヒロシマ"と"ナガサキ"の2回だったってこと?」

( ^ω^)「小5の夏までは、確かにそうだったんだお」

(´・ω・`)「うーん、なんて言っていいのか……」

('A`) 「教科書とか、歴史の本とかはどうなんだよ」

( ^ω^)「全部、書き換わってたお」

川 ゚ -゚)「その電卓はどうしたんだ」

( ^ω^)「その日を境に、消えてしまったんだお」

('A`) 「これがホントなら、お前とんでもねぇことやらかしたが」

(´・ω・`)「僕が覚えてる限りで、10万人だけど、美府での、熱波とその後の被爆症で死んだ人数」

( ^ω^)「やっちゃったぜ!」

ξ゚⊿゚)ξ「もう滅茶苦茶だわね。なんかアンタの話ホント頭おかしくなりそう」

('A`) 「何が得意なジャンルは"SF《すこしふしぎ》"だ。《すごくふきんしん》に変えろ変えろ」

( ^ω^)「辛辣ぅ〜」

119名無しさん:2017/08/11(金) 01:49:42 ID:CLGK/LaE0
川 ゚ -゚)「もう、次いっていいか?」

ξ゚⊿゚)ξ「なんか、ちょっとへこんだわね。なんだろ、後味悪いとも違って、嫌な話だったわ」

( ^ω^)「あとこんなのが10個ぐらいあるから、よろしくな!」

('A`) 「ショボと違ったベクトルで、ぶちころがしたい」

(´^ω^`)「ワォッ! 思わぬ飛び火なんですけどォ〜」

川 ゚ -゚)「底抜けに明るいな」

ξ゚⊿゚)ξ「次の"題"は>>130にするわよ」

('A`) 「よっし、俺が行こう!!!」

ξ゚⊿゚)ξ「空気変えてねっ!」

ξ゚⊿゚)ξ「じゃあ、次の"解"を求めましょう」

120名無しさん:2017/08/11(金) 02:37:05 ID:Y50UJvVc0

後味悪いな…でも面白かった

121名無しさん:2017/08/11(金) 02:55:07 ID:gaqRdRTw0
おつ
移動した事で歴史まで変わってしまったのか

122名無しさん:2017/08/11(金) 07:26:34 ID:jfsRZYIc0
うひー…
乙!

123名無しさん:2017/08/11(金) 08:05:34 ID:ddqoZACk0
SCPにありそうで大好きだわこういう話

124名無しさん:2017/08/11(金) 11:08:36 ID:7KF6nnTk0
乙!

125名無しさん:2017/08/11(金) 15:12:27 ID:sg2P306k0

Ksk

126名無しさん:2017/08/11(金) 15:19:28 ID:B0TO0aoM0
実話として進んでいくのに淡々とした恐怖を感じる
最後まで行ったらどれほどになるか

127名無しさん:2017/08/11(金) 15:36:41 ID:DY3NQNj20
過去に死を押し付けたとして、余波でその子孫が『いなかったこと』になったりしてないかな?、

128名無しさん:2017/08/11(金) 15:43:13 ID:QsIGGmJk0
緩やかに現実改変されてるからそうなってるだろうね
この電卓SCPみてぇだな

129名無しさん:2017/08/11(金) 15:53:56 ID:ASnPrIms0
すごくふきんしんのおかげでちょっと笑えた

130名無しさん:2017/08/11(金) 15:54:54 ID:CwFjkgf60
すこしふきんしんワロタ
知らないところで取り替えしのつかない事になってたみたいなのいいね…
安価なら
「家族」

131名無しさん:2017/08/11(金) 15:57:07 ID:gaqRdRTw0
遠い遥か未来とかに移動できていたら、どれくらいの規模の結果になっていたのだろうな?
まあ何百年も先の未来にしちゃうと、ブーンは結果をたぶん見れないだろうからお話としては成り立たないが

132名無しさん:2017/08/11(金) 15:57:27 ID:/CXa3.h60
妹の話といいブーンの厄ネタは改変系か
一番やべーやつだ

133名無しさん:2017/08/12(土) 03:07:31 ID:RxA6vmcY0
goodだぜ!

乙も良いがたまには洋食もいいかと思ったのでどうぞ

134名無しさん:2017/08/12(土) 22:09:59 ID:I7LLTy660
都市伝説のアレンジいいね!

135名無しさん:2017/09/05(火) 13:00:12 ID:O.yruJOM0
今一番更新が楽しみ
待ちきれない!

136名無しさん:2017/09/23(土) 15:27:11 ID:YRJRR/i.0
夏も終わるが待ってるぜ

137名無しさん:2017/09/24(日) 12:04:30 ID:S3J9LBIs0
こっちの更新も待ち遠しい

138名無しさん:2017/09/27(水) 21:59:25 ID:hcs96Jx60
一気読みしてしまった
めっちゃ続きがきになるわ

139名無しさん:2017/10/09(月) 19:49:29 ID:OzE5/6EI0
                ∧_∧_∧
            ___(・∀・≡;・∀・) ドキドキドキ
             \_/(つ/と ) _
           / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/|
        |  ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄:| :|
        |           .|/

                       _∧_∧_∧_
        ☆ パリン 〃   ∧_∧   |
          ヽ _, _\(・∀・ ) <  新作マ
             \乂/⊂ ⊂ ) _ |_ _ _ __
           / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/| .  ∨ ∨ ∨
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   \>,\/

          <⌒/ヽ-、_ _
          <_/____ノ

140名無しさん:2017/11/10(金) 17:55:53 ID:N8YxQWE.0
murder?

141名無しさん:2017/11/11(土) 18:47:45 ID:VRcL9El20
license?

142名無しさん:2017/11/11(土) 22:24:08 ID:7ExclDno0
100個は無理やろこれ

143名無しさん:2017/12/20(水) 21:06:37 ID:B2XjgW4I0
やめんなら端からやんなよ

144名無しさん:2017/12/20(水) 23:14:56 ID:PVcpUXFg0
気長に待とうや

145名無しさん:2018/03/15(木) 07:55:42 ID:N1weQZ5g0
kasu

146名無しさん:2018/04/02(月) 02:36:26 ID:3Ie8Tv8M0
sine

147名無しさん:2018/04/08(日) 02:01:42 ID:i6pZ3T4A0
こんばんは。
作者様、お元気ですか?

また、アイデアが思いついたら、
執筆を宜しくお願い致します。

148名無しさん:2018/05/15(火) 23:46:38 ID:tmd76x9o0
結構です

149名無しさん:2018/05/16(水) 08:52:27 ID:vvdfvsMI0
待ってる

150名無しさん:2018/06/06(水) 17:09:21 ID:PRKLRhBY0
怪談の時期になったらしれっと再開されてたら嬉しいな

151名無しさん:2018/06/06(水) 23:32:53 ID:RxxR1YUo0
知ってる?ツン荷台死んだんだよ?

152名無しさん:2018/06/07(木) 23:24:48 ID:r8ZAsXQ.0
せめてブーン達が何があってこんな状況になったか知りたかったなぁ

153名無しさん:2018/06/08(金) 18:39:02 ID:v8I0l0SY0
>>151
!?ソース

154名無しさん:2018/07/10(火) 14:45:46 ID:vN5GSY.k0
待ってるよぉ

155名無しさん:2018/07/12(木) 00:44:49 ID:qgh8NKNE0
毎日クソ暑いぞモルスァ!
涼しくしてクレヨン

156名無しさん:2018/08/06(月) 05:38:48 ID:MPDCJrbw0
ひんやり

157名無しさん:2018/08/12(日) 10:39:34 ID:c0NELEy60
Twitterに元気にしてる様子が見えるよ
ちなみに「(゚、゚トソン都村教授伝奇考のようです」はどうなりましたか?

158名無しさん:2018/08/30(木) 08:25:04 ID:/Z1wcf6Y0

https://i.imgur.com/mTuVP3K.png

159名無しさん:2018/09/19(水) 23:34:07 ID:AwwvD7jc0
チキチキおまレースの2も読みたいね

160名無しさん:2018/10/29(月) 21:31:53 ID:D1uSbAUM0
これ好きだったんだがもう書かないのかな

161名無しさん:2019/07/25(木) 09:43:09 ID:xwCuiEkE0
怪談の季節ですよー

162名無しさん:2021/02/01(月) 19:30:54 ID:jX/vsqR.0
すごく面白い
最後の更新から何年も経ってるけど、気が向いた時でいいから再開してくれたらうれしい


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