■掲示板に戻る■ ■過去ログ 倉庫一覧■
清夏のようです
-
夏で連想するもの。
海か、山か、スイカか、プールか。
やっぱり、お祭りか花火かな。
けたたましく鳴いていた蝉が静かになって。
かわりに人々の声が賑やかでやかましくて。
熱気と非日常的な空気。
妙に眩しいたくさんの電飾。
体に悪そうな、甘ったるい味。
でもその味が、妙に忘れられなくて。
大切な思い出の一部にもなっていて。
【清夏のようです】
夏の日。
夏の夜。
夏の夢。
いつでも記憶の中では、夏の風の、さわやかな匂いを感じられる。
-
みんみんじゃわじゃわ、蝉がけたたましく鳴く夏の昼前。
ちりちり、ベランダに下げられた風鈴が鳴っている。
開け放たれたガラス戸、ぴっちり閉じられた網戸。
ぬるい空気が出たり入ったり。
首を振る扇風機に合わせて、一人の少年が頭を動かしている。
うっすらと汗をかきながら、恨めしそうに黙するエアコンを睨んだ。
省エネだか何だか知らないが、こうも暑いのになぜ許された道具が扇風機と団扇だけなのか。
ジュースもアイスも勝手に手を出すと叱られる。
許されるのはお茶、しかも推奨されるのは常温。
(;,゚Д゚)「あー……づー……いー……」
ぱたぱたと団扇も同時に用いるが、ぬるい。
涼しいには程遠い生ぬるい空気の流れ。
ついには夏休みの宿題を放り投げて、扇風機の前に倒れ込む。
倒れ込んだところで涼しくはならないし、寧ろ風が当たらず暑さは増した。
-
(,,゚Д゚)「かーちゃんアイス食ったの気付くもんなぁ……やだなぁ怒られんの……」
残量が減れば気付いて当然なのだが、幼心にはそれが理不尽にすら感じる。
少年はしぶしぶ起き上がり、腕に張り付いた宿題のプリントを剥がして捨てる。
そして、せめてもの反抗にと、扇風機の首振り機能を止めた。
(,,゚Д゚)「あ゙ぁ゙〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
(,,゚Д゚)
(,,゚Д゚)「ぼ〜く〜ど〜ら〜え〜〜も」
「おーい!! ギーッコー─────!!!」
(;,゚Д゚)「ヘァアイ!!!」
( ・∀・)「ギッコー!」
(゚Д゚,;)「おぉぉうモラどうしたおい何だこの野郎」
( ・∀・)「学校のプール行こーぜ!」
(゚Д゚,,)「行く!」
-
( ・∀・)「今日から開放だからさ、一番乗りしようぜ!」
(゚Д゚,,)「水着とってくる!」
( ・∀・)「おう! 長岡も待ってるし急いでなドラえもん!」
(゚Д゚,,)
( ・∀・)
,_
(゚Д゚,*)「聞いてんなよ……しね……」
( ・∀・)「聞こえたんだからしょうがないだろ……聞かれて恥ずかしいならすんなよ……」
網戸越しに悪友の一人と会話して、どたどたとプール一式を掴んで家から飛び出す。
外に出ると周囲を見回し、適当な人物を見つけると声を上げた。
(,,゚Д゚)「伊藤のねーちゃーん!!」
('、`*川「ん? どしたのギコ君」
-
(,,゚Д゚)「俺プール行くから! 家頼んだー!!」
('、`*川「あんた留守番でしょうに……学校のプール?」
(,,゚Д゚)「うん!」
( ・∀・)「一番乗りするんだ!」
('、`*川「はいはい、おばさん帰って来たら言っとくから」
(,,゚Д゚)「頼んだー!!」
( ・∀・)「行ってきます!!」
('、`*川「いっといでー」
('、`*川
('、`*川「学校のプールねぇ……市民プールは遠いからなぁ……」
('、`*川「……まぁ人んちでも宿題は出来るか……涼めないけど……」
ばたばたと走って行く小さな二つの背中を見送り、
近所の女子高生は図書館に行く予定を諦めて、少年宅に上がり込む。
人んちに勝手に上がり込む文化も、まだ多少残っている様な土地柄だった。
-
ここは、有り体に言えば半端な田舎だ。
大きな山は無く、海は遠い。
田畑や森林に囲まれているが、自転車や車で少し行けば便利な見せや施設がある。
中途半端な都会さが混じった、間違いの無い田舎。
だが澄んだ水の流れる川があり、木々が多く、夏には規模の大きな花火大会もある。
子供達にしてみれば、今時では珍しい川で水遊び、森林で虫取りを楽しめる場だ。
不便さが残るので、恐らく住みたいと言う人間は少ないだろうが。
夏になると、田畑は濃い緑に覆われる。
わさわさと繁る緑、大振りな実をつけるトマトやナス、胡瓜。
さすがに井戸水でとはいかないが、良く冷やしてかぶりつけば、瑞々しい歯応えと味を楽しめる。
スイカやトウモロコシはさすがに無い、スイカがあっても小ぢんまりとした、精々漬物用だ。
しかし近所に、趣味で桃を作っているお宅がある。
規模は大きくないが丁寧に作られており、量が出来れば毎年近所に配るのだ。
子供達はそれを心待ちにして、熟した桃が届いたと知ると、目一杯に遊んで帰宅する。
汗だくで喉はからからの状態になり、良く冷えた桃を良く洗い、皮剥きもそこそこにかぶりつく。
それはもう、この世のものとは思えないほどに美味いものだ。
-
ざわざわ、さらさら。
畑の側に広がる田んぼは、眩しい程に瑞々しい緑を風になびかせる。
真っ青な空に田んぼの緑は良く映え、まるでざわざわとたゆたう水面の様だ。
胸を締め付けるような爽やかな美しさは、その姿を一日ごとに変えて行く。
田植え前の、水の張られた田んぼ。
良く晴れた日は、その広い広い水溜まりに空を丸ごと写し込む。
稲が育ち、爽やかな緑を風に遊ばせる田んぼ。
ざわざわ揺らされるその姿と音は、妙に涼やかな気分にさせてくれる。
たわわに米が実り、頭を垂れる稲穂に満ちた田んぼ。
眩しいほどの金色、朝日を受け、夕日を受け、その目映い美しさは圧巻だ。
クソ田舎ではあるが、四季折々、田舎は田舎なりに美しさ、楽しさに満ちている。
市民プールが車で行く距離なのは少々痛いが。
_
( ゚∀゚)「ギーッコー! モーララー!」
(,,゚Д゚)「長岡ー! おらー!!」ガッス
_
(;#)∀゚)そ「いっだぁい!?」
-
_
(;#)∀゚)「なに!? なにすんの!? 俺なんかした!?」
(,,゚Д゚)「夏休み前にお前俺の牛乳飲んで謝らなかったな」
_
( ゚∀゚)「あ、ごめん」
(,,゚Д゚)「うずまきパンすげー喉こするんだぞ」
_
( ゚∀゚)「すまん、ソーリー、さーせん」
(,,゚Д゚)「しの?」
_
( ゚∀゚)「いやん」
( ・∀・)「良いから行こうよ、一番乗り出来なくなる」
(,,゚Д゚)「お前そんなに一番乗りが良いのか」
_
( ゚∀゚)「お子さまめ」
( ・∀・)「ぶっとばすぞ」
_
( ゚∀゚)「近道していこうぜ、林のとこ抜けて」
(,,゚Д゚)「どんくらい人居ると思う?」
( ・∀・)「あんまり居なさそう」
_
( ゚∀゚)「貸し切りだったら最高なのになー」
-
ばたばたとあぜ道を駆け抜けて、三人は学校にたどり着く。
幸い一番乗りだったらしく、更衣室には荷物も人影もない。
誰かが来る前にと急いで着替えを済ませて、全力のストレッチ。
腰洗い槽に浸かり、妙に冷たいシャワーを浴びながら、水泳帽を意味もなく濡らして揉みつつ
少年たちは冷たい水に身体を慣らして、プールへて進んで行く。
_
( ゚∀゚)「ギッコ25m泳げる?」
(,,゚Д゚)「泳げる」
_
( ゚∀゚)「俺も泳げるようになったから競争しようぜ」
(,,゚Д゚)「お前とはあんま競争したくないなー」
( ・∀・)「っしゃー一番乗り!」
(,,゚Д゚)「テンション上がってんなー」
_
( ゚∀゚)「小学生かよ」
(,,゚Д゚)「小学生だよ」
( ・∀・)「なぁギッコ、ちょっと良い?」
(,,゚Д゚)「あー?」
-
( ・∀・)゙「泳ぎ教えてくんない……?」
(,,゚Д゚)「まだ苦手なの水泳……」
( ・∀・)「泳げなくはないけどさぁ、なんか苦手で……ギッコ泳ぎ得意だろ、頼むよ」
(,,゚Д゚)「長岡にも言えば?」
( ・∀・)「やだ、こいつの教え方わけわからん、バーンってやってバシャーとか言われる」
_
( ゚∀゚)「グーンってやってザバーだろ」
(・∀・#)「それがわけわかんないの!!」
_
( ゚∀゚)「えー」
(・∀・#)「えーじゃねーよ!!」
_
( ゚∀゚)「びー」
( ・∀・)「泳ご」
(,,゚Д゚)「おう」
_
( ゚∀゚)「お前ら冷たくない?」
-
ええなぁ
支援
-
教師がプールサイドの隅で書類仕事をしているのを横目で見ながら、三人は改めて体操。
そして全力で飛び込んで、しこたま叱られるのだった。
一応は居るが、参加者も少なくさして監視の必要が無い教師は、日傘の下で別の仕事。
たまに生徒を見て、たしなめたり叱ったりと言う程度だ。
泳ぎを教える気は恐らく全く無いだろう。
三人の生徒はわいわいと、泳いだり水をかけあったりとはしゃぐばかり。
こちらも恐らく、泳ぎを教える気は無いのだろう。
( ・∀・)「んじゃギッコ、水泳教えてよ」
_
(σ゚∀゚)゙
(,,゚Д゚)「長岡に」
( ・∀・)「ヤだ」
_,,
( ゚∀゚)
(,,゚Д゚)「俺より長岡のが泳げるし」
_
( ゚∀゚)゙
( ・∀・)「ヤだ」
_,,
( ゚∧゚)
-
(,,゚Д゚)「慣れれば雑な教え方も味わい深くなるかも」
_
( ゚∀゚)゙
( ・∀・)「ヤだ」
_,,
( ゚Д゚)
(,,゚Д゚)「そうは言っても案外分かるかも」
_
( ゚∀゚)゙
( ・∀・)「ヤだ」
_,,
( ゚皿゚)
(,,゚Д゚)「意外と感覚でどうにかなるかも」
_
( ゚∀゚)゙
( ・∀・)「絶対ヤだ」
_,,
( ゚益゚)
(,,゚Д゚)(さっきから長岡の顔芸が面白い……)
( ・∀・)(俺も思ってた……)
-
季節感ある、涼しそう
-
(*゚ー゚)「あつーい」
(*゚∀゚)「あっちーなー」
( ・∀・)「あっ、女子来た」
_
( ゚∀゚)「おーい!お前らも遊びに来たのかー!」
(*゚∀゚)「おー長岡達だ、遊びに来たー!」
(*゚ー゚)「つーちゃん、泳ぎ教えて?」
(*゚∀゚)「まかせろー!」
_
( ゚∀゚)「俺も教える」
(*゚∀゚)「何でだよ」
_
( ゚∀゚)「モラが教えさせてくんない」
(*゚∀゚)「お前の教え方わけわかんねーもん」
_
( ゚∀゚)「女子にまで言われた……入水しよ……」
(*゚∀゚)「教えて良いから死のうとすんな」
-
小学生に戻りたくなる
-
( ・∀・)「しぃちゃんまだ泳げないんだな」
(,,゚Д゚)「女子をちゃん付けで呼んでんのかよお前」
( ・∀・)「お前も最近までそうだたったじゃん」
(,,゚Д゚)「小さい頃の話だろ……」
( ・∀・)「小さい頃からしぃちゃんと仲良いだろ? 泳ぎ教えてあげれば?」
(,,゚Д゚)「……やだよ、あいつすぐ泣くし」
( ・∀・)「最近そうでもなくね?」
(,,゚Д゚)「知るか、お前も練習しろや」
( ・∀・)「ギッコさぁ、しぃちゃんと親戚なんだろ? もうちょい優しくすれば?」
(,,゚Д゚)「っせーな……親戚つってもほぼ他人だし歳一緒なだけだろ」
( ・∀・)「昔は仲良く」
(#,゚Д゚)「だーうっせうっせ! さっさと泳げや!!」
( ・∀・)「なにキレてんだよガキじゃあるまいし」
(#,゚Д゚)「小五はガキだろ!!」
-
同級生の、しぃと言う少女とギコは幼い頃から友人であり、遠めの親戚だ。
女子の中では一番仲が良く、一緒に遊ぶ事も多かった。
しかし小学校の中学年にもなると、男女は完全に別グループになってしまう。
それだけでも自然と疎遠になり、極めつけは男女別に行われた保健体育の授業だった。
定番中の定番である原因と、あとは、とあるきっかけ1つで。
何となく、一緒に遊ぶと言う感じでは無くなってしまった。
(,,゚Д゚)(しゃーねーよな)
(,,゚Д゚)(女子と男子は一緒に遊ぶもんじゃねーし)
(,,゚Д゚)(中学行ったら、もっと話さなくなるだろうし)
(,,゚Д゚)(普通の事だよ、たぶん)
(,,゚Д゚)(あいつすぐ泣くし)
(,,゚Д゚)(一緒に遊んでんの見られたら恥ずかしいし)
(,,゚Д゚)(しょーがねーよな)
-
青春だわ
-
しかし、とギコは横目でしぃを追う。
可愛らしい顔形、大きな目に小さな鼻、いつでも微笑む唇。
しんなりとした細い手足に、競泳タイプの水着に包まれた、女子らしくなってきた身体。
ばしゃばしゃと水を蹴る足。
妹に掴んでもらってる手。
息苦しそうに水からあげられる顔。
不思議と、遠目からでもその姿はよく見えた。
妹と男友達から水泳を教わっているしぃは、運動が得意ではない。
どちらかと言うと、本を読んだり机に向かう事の方が好きだ。
性格は大人しく、泣き虫で、そのくせ頑固なところがある。
昔からそうなんだ。
後ろをくっついてきて、すぐ泣いて、迷惑ばっかり。
でもあの頃は、そうは思わなかった気がする。
前はもっと、一緒に遊んだし、一緒に笑ったし。
しぃが泣いた時、どうにかして泣きやませようと四苦八苦していて。
結局手を繋いで、二人でワンセットで行動して。
あの頃は嫌じゃなかった筈なんだ、泣き止んだ時の彼女の笑顔が好きだったから。
いつからだろう、それを疎ましく思うようになったのは。
-
あるある
-
いつだったかな。
一緒に祭りに行った時だったか。
いつものように、二人で並んで夜店を見て回っていた。
傍らには、白地に花の模様の浴衣、赤くてひらひらした帯、少し照れ臭そうに笑うしぃ。
しぃはリンゴ飴が好きで、小振りなそれを片手に握って、もう片手をギコと繋いでいた。
けれど何かの拍子に、しぃがリンゴ飴を落としてしまう。
それに対して泣きじゃくるしぃと、多くはないお小遣いを握りしめるギコ。
『待ってて』と告げて、しぃの手から、するりとギコの手が抜けた。
遠くなる背中と、落としたリンゴ飴と、心細さ。
結局しぃは待っては居なくて、駆け出したギコの背中を追い掛けてついていってしまった。
店の前で小さなリンゴ飴を買うギコと、ぽろぽろ涙をこぼしながらそれに追い付くしぃ。
『待っててって言ったのに』
『だってギコくん、いきなり行っちゃうから』
泣きじゃくる幼馴染みは、あんまりにも寂しがり屋で。
いつでも側に居なくてはいけない気がして。
-
『ギッコ、お前またしぃと一緒なの?』
『嫁さん置いてっちゃ駄目だろギッコ』
二人の距離感をからかわれる事が増えて。
それに対して、しぃは恥ずかしそうに黙り込むだけで。
何だか窮屈に感じてしまって。
何だか息苦しくなってしまって。
何だか、急に居心地が悪くなってしまって。
ギコはリンゴ飴を握ったまま、他の友達と回ると告げ、一人で走り出す。
下駄と浴衣の少女は、サンダルと普段着の少年には、もう追い付けなかった。
サンダルと足の間に、小石が挟まって痛くて。
ギコくん、ギコくん。
後ろから、泣きながら呼ぶ声が、まだ耳にへばりついて。
あれからだ。
しぃと、距離を取るようになったのは。
-
あれから、あの日の事は口にも出していない。
しぃと目をあわせる事すら減って、最初は気にしていた周囲も次第に興味を無くした。
話す事も、遊ぶ事も、一緒に過ごす事も無くなった。
未だに、あの時ひとり置いていってしまった事を謝れていないと言う、罪悪感の蓄積。
話しかける事も出来ない、そんな罪の意識が余計に疎遠にさせた。
罪悪感は表面からは消えても、ずっとずっと、腹の底にわだかまり続ける。
罪悪感から、しぃに声をかけられないギコ。
しぃの方も恐らく、勇気が無くてギコに話しかけられないまま年月が過ぎてしまったのだろう。
─────それにしても、ああ。
水しぶきと、夏の日差しを浴びてきらきらしている。
楽しそうに笑う彼女は、水に溶けて消えてしまいそうなくらいに瑞々しくて、健康的で。
眺めていると、とくとく、熱を感じた。
-
( ・∀・)「ギッコってさ」
(,,゚Д゚)「んー」
( ・∀・)「しぃちゃんと仲良かっただろ」
(#,゚Д゚)「だから!!」
( ・∀・)「なんで疎遠になってんの?」
(#,゚Д゚)「…………」
( ・∀・)「……喧嘩したなら仲直りしろよな」
(#,゚Д゚)「してねーし……」
( ・∀・)「長岡のアホとかがさ、からかったんだろ」
(,,゚Д゚)「…………」
( ・∀・)「やっぱモヤモヤすんのってさ、何かイヤじゃん」
(,,゚Д゚)「……まぁな」
-
( ・∀・)「俺な、好きなコ居るんだ」
(,,゚Д゚)「……ふーん」
( ・∀・)「お前はさ、からかったりしないだろ、ああ言うバカ達みたいに」
(,,゚Д゚)「長岡、いいやつだけどな」
( ・∀・)「いいやつがバカじゃないとは限らないから」
(,,゚Д゚)「それな」
( ・∀・)「ギッコさ、しぃちゃん好きだろ」
(,,゚Д゚)「ねぇよ」
( ・∀・)「昔からずっと仲良いし、好き同士だと思ってた俺」
(,,゚Д゚)「お前さ、なんなの?」
( ・∀・)「何が?」
(,,゚Д゚)「女子が好きとかどうとか、恥ずかしくないのかよ、男として」
-
青春に殺される
-
( ・∀・)「俺はさ、そのコの事を好きなの恥ずかしくない」
(,,゚Д゚)「…………」
( ・∀・)「何で恥ずかしいんだよ、相手に失礼だろそんなの」
(,,゚Д゚)「……知るかよ」
( ・∀・)「君の事が好きなのが恥ずかしいですなんて、最低だろ、そんな男」
(,,゚Д゚)「お前がなに言ってんのかよくわかんねーよ……」
( ・∀・)「別にお前が誰が好きでも良いけどさ」
(,,゚Д゚)「だから」
( ・∀・)「好きじゃないとか、恥ずかしいとか、そんな嘘ついたり情けない事だけは言うなよ」
(,,゚Д゚)「……だからわっかんねーよ……そんなの……」
( ・∀・)「言わなきゃいつまでも分からなそうだもんお前」
(,,゚Д゚)「んだよそれ……悟ってんなよ……」
-
妙に大人びた友人の言葉が、なぜだかやたらに居心地悪く感じた。
まだ知りたくないような、まだ目をそむけていたいような、触れてはいけない内容な気がして。
胸の辺りがもやもやと、気持ちの悪い感覚に飲み込まれる。
プールサイドで膝を抱えて、きらきらと光を反射させる水面を眺める。
向こう側で友人達がはしゃぐと、それに合わせて波が立つ。
その波に、太陽の光はきらきら、きらきらと踊るように飛び散るのだ。
それが何だか妙に眩しくて、目を細める。
賑やかな蝉の声も、友人の声も、遠い気がした。
夏は真っ白だ。
眩しすぎて、何もみえない。
けれど瞼を下ろすと、世界は黒と赤に沈む。
息苦しくて、何も見えやしない。
ああもう、この友人は、どうしてこんなに面倒な話をするんだろう。
-
目蓋を下ろしたまま、ぐるぐると考える。
どうしてあの時、あんな事したんだろう。
だって何だか恥ずかしくて、息苦しくて、嫌になってしまったから。
どうして、まだ泣いているしぃを置いていってしまったんだろう。
だってしぃはすぐに泣くし、一緒にいるとからかわれるから。
どうしてあの日の事を思い出すと、こんなにも胸が痛いんだろう。
だって、
うっすらと目蓋を持ち上げる。
視線の先には、妹とはしゃぐ彼女。
楽しそうに笑う彼女を見ると胸の奥が、ぞわぞわ。
締め付けられるような、ざわざわ何かが広がるような、変な感覚。
しぃは、可愛いから。
自分が泣かせてしまうと、すごくすごく、嫌な気分になる。
-
そうだ、しぃは可愛いんだ。
目は大きいし、作りは整ってるし、身長は普通くらいで、細くて、軽くて、脚が長くて
泣き虫だけど、大人しくて、勉強が得意で、女らしくて、ボタンも縫い付けられるし
声も可愛いんだ、動作も、泣き虫なくせにしゃんとした背筋で、ああもう、挙げきれない。
ああそうだよ、分かってたよ、ほんとはずっと分かってたよ、知ってたよ
でも恥ずかしくて嫌だったんだ、自覚したくなかったんだ、こんなの誰にも言えやしないから。
だってそうだろ。
男が、女のこと好きとか、そう言うの普通は誰にも言えないよ、恥ずかしいだろ。
それなのにあいつは、あのバカは、平然と好きな奴が居るとか言えるんだ。
何でだよ、どうしてそんな事言えるんだよ、バカじゃないのか。
ああ、でも、さ
友人が言うなら、俺が言っても良いんじゃないか。
ああ、でも、ああ。
-
ざぶん。
あまりに頭がぐるぐると、まとまらない思考をするものだから
ギコは抱えていた膝を解いて、プールの中へと飛び込んだ。
頭を冷やそう。
あまりにも思考がとっちらかる。
バカみたいに遊ぼう。
呆れた顔でこっちを見てくる友人に水をぶっかけて。
やり返して、やり返されて、怒って笑って、何も考えずに遊ぼう。
そうじゃないと、そうじゃないと。
そうじゃないともう、目が、彼女を追いかけてしまうから。
日が上りきり、これから下ると言う辺りまで、思考を全て捨てるように水遊びを満喫した。
プールから上がり、教師へ挨拶をしてから帰り支度を始める。
寄り道をするなと一応は釘を刺されたが、皆が小銭を持ってきているのだ。
当然、帰りに近所の店に寄って帰るつもりで来ている。
スポーツタオルを頭に乗せたまま、帰り道にある店まで歩く。
まだ日差しは強く、火照った肌を更に焼いた。
-
(,,゚Д゚)「あっちー」
_
( ゚∀゚)「やっとついたー」
('、`*川「あ、お帰り」
(,,゚Д゚)「伊藤のねーちゃん店番?」
('、`*川「あんたんちで留守番終わったら今度は店番よ、お駄賃もらえるけどさ」
_
( ゚∀゚)「伊藤のねーちゃんアイスくれー」
(*゚∀゚)「くれー」
('、`*川「はいはい120円よー」
イトウヤと言う駄菓子や文房具、トイレットペーパーなどの日用品を売る店。
そこが子供達の溜まり場であり、店番の女子高生とも顔馴染み。
各々がアイスを買い、店番はそれの対応をしながら参考書を眺める。
この数年、店番の制服が変わったくらいで、同じような光景が繰り返されていた。
店先の熱せられたベンチに座り、アイスの封を切る。
冷たいだの甘いだの、口々に感想を漏らしながら。
-
( ・∀・)「ギッコそれ好きだよな、割れるやつ」
(,,゚Д゚)「アイスはソーダが一番うまい気がする」
( ・∀・)「それ雪見大福の前で言うなよ」
(,,゚Д゚)「お前はいっつもそれな……」
( ・∀・)「好きなんだよなぁ……」
(*゚∀゚)「長岡お前いっつもそれな」
_
( ゚∀゚)「そろそろ先輩って呼べよな」
(*゚∀゚)「うっせー長岡」
_
( ゚∀゚)「おっぱいアイスぶつけんぞ」
(*゚∀゚)「アイス無駄になるからやめろや」
_
( ゚∀゚)づ○「ほーらおっぱいアイスだぞー!」
(*゚∀゚)「うっざ! くそうっざ! 冷たいしくっつけんな!」
_
三(づ゚∀゚)づ○「おらおらー!」
ドンッ "(;*゚o゚)「きゃっ」
-
(*゚∀゚)「こっち来んなドアホ! しね!!」
_
( ゚∀゚)「しねはあんまりだろ!?」
(*゚∀゚)「うっせー襟足! なんかなげーんだよ!」
_
( ゚∀゚)「髪型関係なくない!?」
(*゚ー゚)「あー……」
( ・∀・)「あ」
(,,゚Д゚)「? どしたん」
(*゚ー゚)「アイス落ちちゃった……」
(,,゚Д゚)「あのバカ二匹……」
( ・∀・)「大丈夫?」
(*゚ー゚)「うん……アイスもったいないね」
-
(,,゚Д゚)「ほら」
(*゚ー゚)「え?」
(,,゚Д゚)「片方やるよ」
(*゚ー゚)「……いいの? 減っちゃうよ?」
(,,゚Д゚)「いいから食えよ、溶けるし、また落とすぞ」
(*゚ー゚)「でも、」
(,,゚Д゚)「お前泣くとうるさいから、はよ食え」
(*゚ -゚)!
(*^ヮ^)「えへへ……ありがとギコくん」
(,,゚Д゚)「? おう」
(*^ー^)「ソーダも美味しいね」
(,,゚Д゚)「おう」
-
咄嗟に差し出した手には、二つに割れるアイスの片割れ。
少し驚いた顔をしてから、彼女は笑顔でそれを受け取った。
お互いがほっとしたような、むず痒いような気持ちになって。
それでも何だか、前みたいに出来た気がして、落ち着ける。
なんだ、あんがい簡単じゃないか。
さっきまであんなに悩んでたけど、いざその状況になれば、自然と身体が動く。
隣にちょこんと腰かけた彼女の湿った髪が、さわさわと風に揺らされる。
塩素と、汗と、水と、彼女の匂い。
薄い緑色のワンピース、一番上のボタンがあいていて、平らな胸と鎖骨が見えた。
視線を下ろせば、服越しにも、その体格が女子らしくなっている事に嫌でも気付かされる。
ぺたんとした胸の上部から、ふんわりとした膨らみまでの流れが見える。
頬から流れた汗が、胸へと。
視線をそらして、溶けかけのアイスを頬張る。
とくとく。
胸の奥の熱を、ソーダアイスで冷やした。
-
まるで、疎遠になっていた期間なんてなかったみたいに、隣に座る。
目が合えば、照れ臭そうに微笑んでくる。
恥ずかしくてすぐに目をそらすが、嫌な気分はしなかった。
このまま、謝れないかな。
あの時、置いていってごめん、とか。
今ならきっと、彼女も笑って許してくれる気がして。
乾いた唇を湿らせて、唾液を飲み下す。
妙に緊張しながら、口を開いて
_
( ゚∀゚)「あー! ギッコとしぃがイチャついてんぞー!」
あ、
(*゚∀゚)「まじかよ姉ちゃん熱々だな!」
ああ、
-
ああそうだ、何をしているんだろう。
今は二人きりではないし。
人を囃し立てるタイプのバカが、二人も居るのに。
何をしているんだろう。
(*゚ -゚)「や、やめてよ……」
_
( ゚∀゚)「ひゅーひゅー!」
(*゚∀゚)「さすが姉ちゃん大人だな!」
_
( ゚∀゚)「なに? アレか!? 付き合ってんのかお前ら!?」
(*゚∀゚)「まじで!? 聞いてないんだけど姉ちゃん!!」
_
( ゚∀゚)「ギッコ彼女は大事にしろよー!!」
(;・∀・)「あーもう! バカ共やめろよ!」
-
状況や心情を察して、何も言わずに眺めていた友人が声を荒くする。
そんな制止の声も、悪気も無く囃し立てる友人の声も、妙に遠く感じた。
頭の芯が冷えていく。
アイスが溶けて、手を汚す。
羞恥と、後悔と、憤りと、情けなさ。
何もかもない交ぜになって、頭の中と胸の奥をぐるぐると。
_
( ゚∀゚)「お前ら結婚しろ結婚!」
(*゚∀゚)「姉ちゃんブーケこっちにくれよー!」
(;・∀・)「おいっ!!」
ふと、脳裏によみがえる、あの時の声。
無意識にベンチから立ち上がり、俯いたまま唇を震わせて。
(*゚ -゚)「あ……」
口を開いて。
-
_
( ゚∀゚)「彼女置いてどこ行くんだよギッコ!」
(*゚∀゚)「姉ちゃん泣かせんなよギッコ!」
(;・∀・)「お前らマジさぁ! いい加減に!!」
言葉が、
(,, Д )「…………誰が」
_
( ゚∀゚)「へ?」
(#, Д )「ッ 誰が好きになるかよ! こんなブス!!」
言葉が、勝手に、出てしまって。
(*゚ -゚)「……」
ああ、これ。
ついさっき、友人に『言うなよ』と言われていた言葉だ。
-
我に返って、自分の言葉の意味に気付いた。
ぶわ、と、嫌な汗が全身を濡らした。
見開いた目を上げて、友人を見る。
バカが言いやがった、という顔で、こちらを見ていた。
恐る恐る、傍らの少女に視線をやった。
俯いていた。
口の中が乾く。
声は出なくて。
ぱっ、と、彼女が顔をあげた。
(*^ー^)
彼女は、微笑んでいた。
目尻に少しだけ、涙が浮かんでいた。
-
うわあああむず痒いけど読んじゃう
-
(;, Д )「……ぁ…………」
(*^ー^)「ごめんね」
(;, Д )「…………」
(*^ー^)「アイス、ありがと」
ベンチから立ち上がり、妹の方へ歩いていく。
その背中を見る事すら出来なくて、手から、溶けたアイスが滑り落ちる。
ぺしゃり。
皆に背中を向けて、走ってその場から逃げ出した。
頭に乗せていたスポーツタオルが、はらりと地面に落ちる。
しんと静まり返ったその場の空気。
何も言えなくなった友人は、タオルを拾い上げながら地面に広がるアイスを見ていた。
(ああ、アイス、当たってる)
-
胸がきりきりと痛む。
掴まれて、絞られてるみたいな痛み。
恥ずかしいんだか、腹立たしいんだか、わけがわからなくなって思わず走り出した。
胸は痛むし、顔は暑いし、頭の芯から背中にかけてが冷たく感じて。
とにかくそれらを感じたくなくて、誤魔化したくて、走る足を止められなかった。
息が上がる。
あいつらふざけんな。
胸が詰まる。
何であいつ黙ってんだよ。
足がもつれる。
何で俺は。
ずしゃ、と。
ゆるい坂道、顔面から地面へ突っ込んだ。
-
ごろごろ、数回ほど不格好に転がって、うつ伏せに止まる。
荒いコンクリートの道は、容赦無く膝や肘に傷を作った。
身体を動かして、じゃり、と手に砂と埃と濡れた感触を感じる。
何だか動けなくて、その姿勢のまま突っ伏した。
痛い。
膝も、肘も、胸も頭も全部痛い。
恥ずかしくて、苦しくて、腹立たしくて、悔しくて、いたたまれなくて、申し訳なくて。
不意に込み上げた涙を、砂っぽい手で擦って無理矢理に止めた。
強く唇を噛み締めて、地面を睨む。
泣くなんて情けないし、男らしくないし。
あいつが泣いてなかったのに、自分が泣くなんて出来ないし。
きゅうぅ。
あれ、おかしいな。
胸の痛いのが、強くなった。
-
溶けていく。
アイスも、世界中も、頭のなかも。
どろどろに溶けて、混ざって、真っ暗で。
足元からずぶずぶと、溶けた世界に沈んで行く。
痛い、熱い、苦しい、助けて。
もがくように腕を伸ばしても、何も掴めず、とぷん。
息が詰まって、苦しくて、もう何も吸い込めなくて吐き出せない。
彼女の目尻に浮かんだ涙が胸に刺さる。
いつもみたいに微笑む勇気はどこから湧いていたんだろう。
ごめんな、ごめんなしぃ、ごめん、嘘だから。
あんなの嘘だから、お前の事嫌いとかじゃないから。
お前は可愛いから、誰よりも可愛いから。
だからしぃ、お願いだから、そんな風に笑わないで。
胸が、苦しいから。
-
甘酸っぱいなぁ
-
(;,゚Д゚)「ッ……!!」
みんみん、じゃわじゃわ。
みんみん、じゃわじゃわ。
勢い良く起こした上体と、腹に掛けられたタオルケット。
首を振る扇風機、膝や肘に貼られた大きな絆創膏。
全身を濡らす汗の心地悪さに、壁にかけられた時計を見上げる。
昼の一時。
食後に昼寝をして、2時間も経っていない。
あのあと、走って逃げ出したギコは、帰り道の坂で盛大に転んだ。
肘や膝を目いっぱいに擦り剥いて、血を流しながらの帰宅。
傷が大きかったこともあり、あの日以来、学校のプールには行っていない。
友人とも彼女とも顔を合わせたくなくて、ちょうど良いとばかりに宿題ばかりしていた。
友人たちが様子を見に来た事も、あった。
しょんぼりと縮こまりながら、バカみたいに囃し立てた事を謝っていた。
-
どうやら立ち去ったあと、店番の女子高生に死ぬほど説教されたらしい。
自分がやられて嫌な事はするな。
面白いと思ってるのはお前だけだ。
言われた側がどんな気持ちになるか考えてから行動しろ。
そもそも五年生にもなってそう言う幼稚な事をするんじゃない。
等々、散々に言われたらしい。
さすがに萎れてしまったお調子者の友人は、その場で彼女にも謝っていたと言う。
彼女の妹も泣きながら謝ったらしいが、こちらには謝罪に来なかった。
姉を侮辱された事が引っ掛かっているのかもしれない。
正直、囃し立てた方は、もうどうでも良い。
気がかりなのは彼女の事で。
許せないのは自分の事だ。
顔を合わせたら謝罪したいが、合わせる顔がどこにもない。
-
学校のプールにも行かず、友達と遊ぶ気にもなれず、黙々と机に向かって宿題をした。
朝から夜まで、休憩を挟みつつ、脇目もふらずに。
真面目にやれば、結果もついてくるもので。
夏休みはまだ前半だと言うのに、宿題はほとんど終わってしまった。
そしてやる事が無くなってしまった。
毎朝ラジオ体操には行くが、他にやる事が無い。
ゲームも漫画も、楽しめそうにない。
外で遊ぶにも、一人ではつまらない。
何をしていても彼女の顔が浮かんでしまって、楽しくない。
胸がしくしくと痛むばかりだ。
謝りたいけど、どんな顔をして会えば良いのだろう。
そのためだけに彼女に会いに行くなんて、出来やしない。
こんな事では、今夜の夏祭りも楽しめそうにない。
今年は一人で回ろうかな、友人を呼ぶのもしっくり来ない。
いっそ、今年は行かないでおくか。
-
そんな事を考えながら、だらだらと日中を過ごす。
テレビを見たり昼寝をしたり、何も考えないように努めて。
そうこうしてる間に、遠くから太鼓の音が聞こえ始めた。
ここらの祭りは、太鼓を神輿として担ぐ太鼓祭り。
夕方辺りから太鼓を担ぎ、鳴らし、町内を回ってから神社へと向かう。
その太鼓の音が近くなる。
この音を聞くと、不思議と気分が持ち上げられる。
じきに辺りも暗くなり、そろそろ夜店も始まるだろう。
夜の八時になれば花火が上がり、九時からは盆踊りが始まる。
毎年の事ながら、なかなかに豪華で詰め込んでいる。
だらだらと転がっていたギコが、時計を眺めながら身を起こした。
どんどん、腹に響く、太鼓の音。
買ったものを詰め込む為の袋と、小銭の詰まった財布をポケットにねじ込む。
虫除けスプレーをむき出しの足や腕に吹き付けて、サンダルではなく、スニーカーに足を入れた。
(,,゚Д゚)「……いってきます」
夏祭り特有の吸引力には、勝てなかったようだ。
-
膝や肘に貼った絆創膏も剥がれ、問題なく動く手足。
うっすらと夕闇が姿を見せ始めた世界と、夏の混ざったオレンジ色の空気が胸の中に染み込む。
田んぼの横を抜け、小さな橋を越え、まばらだった人影が増えて行く。
近くなる太鼓の音。
どんどんと腹に響く。
迷いそうな橙紫の空。
夜店の灯りが見えてきて、不思議な世界に足を踏み入れたよう。
じゃり、と靴底に小石の感触。
さして広くはない神社の境内にたどり着き
不思議なオレンジ色で形成される夜店の空間に、足を踏み入れた。
むせかえるような人ごみ。
目移りする目映い色彩。
祭り特有の熱い匂い。
全身からお祭りの空気を吸い込んで、先程までの落ち込んだ気分が霧散して行く。
-
一人で遊びに来たのは初めてだが、祭りの雰囲気自体は楽しめるもので。
小銭を握り締めて、そこらじゅうを見て回る。
好きなアニメのお面を買って、頭に引っ掛けてそのままねりあめを買った。
割り箸につけられた水色のねりあめを、ねりねり、ねりねり、白っぽくなるまで練って、口に入れて。
ああ、夏の味。
しかし金魚をすくったり、射的をする気は何となく起きなくて。
買い食いばかりをして回るギコの目に、透き通る赤がきらめいた。
鮮やかで、透明な赤色。
(,,゚Д゚)「…………リンゴ飴」
大振りなものと、小振りのものが並んで立てられている。
その熱を感じるような赤さをしばし眺めてから、小さい方を指差した。
(,,゚Д゚)「これ、ください」
-
小さなリンゴ飴をくるくると指先でいじりながら、一人歩く。
こんなものを買って、どうするんだ。
別段美味しいものでも無いと言うのに。
袋を被せられたリンゴ飴をポケットにねじ込み、くわえていた割り箸をゴミ箱に投げ捨てる。
祭りはまだこれからだと言うのに、夜店はあらかた回ってしまった。
ふと立ち止まると、せわしなく動く自分以外の存在が、まるで自分を認識していない様な感覚に陥る。
ざわざわとした喧騒を遠く感じて、急に心細さが胸の奥にわいた。
みんなは楽しそうに誰かと笑ったりしているのに。
どうして自分だけ、一人で居るんだろう。
言い様のないもやもやとした孤独感が胸の中に詰まっていって、居心地が悪くて俯いた。
一人って案外、きついもんなんだな、と頭の片隅で思った。
-
じゃり、じゃり。
俯いたまま、神社の砂利を踏んで歩く。
サンダルだと、この小石が隙間に入って足の裏が痛むんだよな。
誰だっけ、下駄で来て、小石が挟まって痛いとか泣いてたのは。
鼻緒は擦れるし、履き慣れないから固くて痛いと。
ああ、しぃだっけ。
あいつはいつもすぐに泣くから。
だから俺は靴で来て、サンダルを別に持って。
しぃが泣き出したら、靴を脱いで渡したんだ。
あいつ来てるのかな。
靴、持ってきてるのかな。
じゃり、じゃり。
じゃり、じゃり。
「ギコくん?」
じゃり、
-
(,,゚Д゚)「……ぁ」
(*゚ー゚)「やっぱり、ギコくんだ」
赤地に白の花の模様、黄色の帯。
赤いリボンで前髪をとめていて、普段とは違う装いで。
視線を上げて目が合った時、ぱあっ、と嬉しそうに笑顔を見せた。
(*゚ー゚)「ギコくんは一人なの?」
(,,゚Д゚)「……おう」
(*゚ー゚)「私ね、つーちゃんと来たんだけど、はぐれちゃって」
(,,゚Д゚)「…………」
(*^ー^)「ギコくんが居てよかったぁ、心細かったんだ」
何で、こんなに平気そうに笑えるのだろう。
あんなに、ひどい事を言ったのに。
-
普段とは違う世界と、普段とは違う装い。
頭の芯がくらくらするような熱を顔に感じて、しぃから目をそらす。
なんだかいつもよりきらきらしている。
なんだかいつもよりかわいくかんじる。
何してんだよ、せっかく会えたんだから、謝れよ。
今ならうるさい奴らも居ないんだから、謝れるだろ。
でも何だか、恥ずかしくて顔を見られない。
祭りの赤っぽい光に照らされていなければ、頬の熱はまるわかりだったろう。
顔を背けて黙っていると、しぃはもじもじと申し訳なさそうに俯いてしまった。
ちらちらとこちらを盗み見るが、何も言えずに巾着の紐をいじるだけ。
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ -゚)「…………」
ぽつり。
きゅ、と気恥ずかしさに唇を噛んでいると、鼻の頭が濡れた。
-
ぽつ、ぽつ。
いつの間にか真っ暗になっていた空から、大粒の雨粒が降ってきた。
はじめはぽつぽつと雨粒が数えられる程だったが、次第にそれは数えきれなくなり。
ざあざあと、どしゃ降りになってしまった。
(*゚o゚)「大変、雨降ってきちゃった」
(,,゚Д゚)「……こっち」
(*゚o゚)「え? あっ、待ってよギコくん!」
(,,゚Д゚)「濡れるだろ! 早く来いよ!」
咄嗟にしぃの手を掴んで、慌てて移動する人ごみに逆らう様に走り出した。
からから、ころころ。
たまに躓きながら、下駄の音がすぐ後ろをついてくる。
走り出したは良いが、実は行き先は決めていない。
しぃと二人で話せる場所を、と思い付きでの行動だ。
-
からころ、からころ。
参道を外れて鎮守の森へ。
がさごそ、がさごそ。
森の奥へ、奥へ。
がさがさ、どさり。
獣道を抜けた辺りで、引いていた手が重くなった。
(,,゚Д゚)「何してっ」
(*゚ -゚)「ギコくん……ここ、どこ……?」
(,,゚Д゚)「え……」
転んだ彼女は周囲を見回して、不安そうにこちらを見上げた。
ざあざあ、雨が降っている。
祭りの喧騒は遠く、もう聞こえやしない。
周囲は真っ暗、雨の森。
濡れた土と緑のにおいが、先程までの熱気を冷ましてゆく。
-
冷えた空気にぞくりと肌が粟立ち、ギコは慌ててしぃを起こした。
泥にまみれた浴衣を手で払ってやり、足元の下駄に目を落とす。
またこんなので来たのか、と思ったら、左足の鼻緒が外れてしまっている。
接着剤で固めてあっただけなのだろう、穴に鼻緒の端を押し込んでから、立ち上がる。
その一連の動作を見ていたしぃは、どこか嬉しそうにも見えて。
雨足が強くなる。
手を引いて、近くの大きな木の足元に身を寄せた。
木の下と言うのは少しは雨がしのげるもので
ぽつぽつと頭や肩に水は当たるが、雨ざらしになるよりはマシだった。
(*゚ -゚)「…………」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ -゚)「ここ……どこだろ」
(,,゚Д゚)「……さぁ」
(*゚ -゚)「誰もいないね……」
(,,゚Д゚)「うん……」
-
甘酸っぱくてきゅんきゅんする
-
(*゚ -゚)「……さむい」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ -゚)「おうち、帰れるよね……?」
(,,゚Д゚)「雨が止んだら、降りれば良いだけだろ」
(*゚ -゚)「そうだよね……そう、だね……」
(,,゚Д゚)「…………」
(*; -゚)「ぁ……」
(,,゚Д゚)「え?」
(*∩-;)「あ、ぅ」
(;,゚Д゚)「えっ」
(*∩-∩)「ぅー……」
(;,゚Д゚)「嘘だろおいっ、泣くなよ!?」
-
(*∩-∩)「ごめ……ごめんね……私、すぐ泣くから……」
(;,゚Д゚)「あ、やっ、ちが……」
(*∩-∩)「やだよね……すぐ泣くの……」
(;,゚Д゚)「そんな、こと……」
(*∩-∩)「泣かないようにね、頑張ってたんだけどね……涙出ちゃうの……ごめんね……」
(;,゚Д゚)「何で、謝ってんだよ……」
(*∩-∩)「だってね、ギコくんはさ、私のこと好きじゃないでしょ?」
(;,゚Д゚)!
(*∩-∩)「だからね、お祭りの時、嫌われちゃったから、もう嫌われないようにしてたの」
(;,゚Д゚)「は、いや、何」
(*∩-∩)「ごめんね……すぐ涙引っ込めるから……」
(;,゚Д゚)「あ、う、あうあう……」
参ったぞ、謝るつもりが謝られてる。
-
いじらしい、こっちまで切なくなってくらあ
-
どうにかして泣き止ませよう。
どうにか謝るの止めさせよう。
ハンカチなんて気のきいたものは持っていないし、うまい言葉も浮かばない。
ええと、ええと。
がさ。
ポケットに入れたままの何かが、今だと主張する様に音を立てた。
(;,゚Д゚)「おい!」
(*; -;)「へ?」
(;,゚Д゚)「これ! やるから!」
(*; -;)「……リンゴ飴……? くれるの……?」
(;,゚Д゚)「あの、えと、前にさ! 買ってやれなかったろ!?」
(*; -;)!
(;,゚Д゚)「だからあの、や、やるから、泣くなよ」
-
(*; -;)「前の、お祭りの……?」
(;,゚Д゚)「そ、そうだよ、お前泣いてたのに、置いてったし、あの」
(*; -;)「…………」
(;,゚Д゚)「ご、ごめんな!!」
(*; -;)「えっ」
(;,゚Д゚)「祭りで置いてったし! お前泣いてたし! 顔合わせづらかったし!!」
(*; -;)「ギコくん……」
(;,゚Д゚)「こないだもな! お前ブスじゃないから!! 嫌いでもないから!!」
(*ぅ-;)(良かった……嫌われてないんだ……)
(;,゚Д゚)「お前は可愛いし! 好きだから!!」
(*ぅ-゚)「え」
(;,゚Д゚)「あ」
(*゚ -゚)
(;,゚Д゚)
-
(*゚ -゚)
(;,゚Д゚)
(*∩-∩)゙
(;,゚Д゚)「や、やめろ! それやめろ!!」
(*∩-゚)「……すき?」
(;,゚Д゚)「忘れろ」
(*゚ -゚)「可愛いって、思ってくれてるんだ……」
(;,゚Д゚)「忘れろほんと」
(*^ー^)「……えへへ、嬉しいな……」
(;,゚Д゚)「うっさい、うっさいブス」
(*^ー^)「嫌われてなくて、良かったぁ」
(;,゚Д゚)「聞けよブス、泣き虫」
(*^ー^)「えへへ……」
(;,゚Д゚)(ちくしょう)
-
(*゚ー゚)「……私ね、あれからずっと嫌われてると思ってたの」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ー゚)「だからね、泣かないように頑張ってたんだけどね」
(,,゚Д゚)「…………」
(*^ー^)「やっぱり、泣き虫のままだったや」
(,,゚Д゚)「……リンゴ飴」
(*゚ー゚)「へ?」
(,,゚Д゚)「溶けるぞ、飴」
(*゚ー゚)「……うん、いただきます」
がさがさ、ばりばり。
飴に張り付いた袋を剥がして、真っ赤な飴に舌を這わせる。
濡れた髪と頬。
赤く染まってゆく舌先。
それを眺めていると、また妙に熱くなって。
目が合うと、勢いよく顔を背けた。
-
やりやがったwwwwww
-
(*゚ー゚)「ギコくんは何で顔そらすの?」
(,,゚Д゚)「うっせバカ」
(*゚ -゚)「むぅ、ギコくんより成績良いもん」
(,,゚Д゚)「うっせうっせ」
(*゚ー゚)「……今度ね、水泳教えてほしいな」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ー゚)「つーちゃんとか長岡くんはね、教えてくれるけどちょっと分かりにくいんだぁ」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ー゚)「ギコくんがね、一番分かりやすいの」
(,,゚Д゚)「一口」
(*゚ー゚)「え?」
(,,゚Д゚)「一口よこせ、飴」
(*^ー^)「うん」
-
間接キスとは積極的ですね!
-
かわいいなぁもうwww
-
顔をそむけたまま受け取った飴。
真っ赤に濡れたそれを、一口舐める。
甘ったるい。
体に悪そうなくらい甘ったるい。
てっぺんの平らな飴に歯を立てて、噛み砕く。
口の中いっぱいに甘さを感じて、頭の芯が痺れた。
(*゚ -゚)"「あ、てっぺん噛んだ」
(;,゚Д゚)「ぅわっ!?」
(*゚ -゚)「そこゆっくり食べるの好きなのに」
(;,゚Д゚)「ご、ごめん」
(*゚ー゚)「冗談、くれたのはギコくんだもん、好きに食べて…………ぷ」
(;,゚Д゚)「え?」
(*^ヮ^)「あははっ、ギコくん口の横のとこ真っ赤になってる」
(;,゚Д゚)「ぇ、あ、お、お前こそ口のまわり赤いからな!?」
(;*゚ヮ゚)「うそっ!? ほんとだベタベタする!」
-
お互いに口許を手で隠して視線を合わせる。
少ししてから互いに吹き出し、下らない事に笑い合った。
なんて顔してるんだよ、ブスだなお前。
そっちだって口が裂けてるみたい。
冗談めかして、肩を押し合って、久々にちゃんと笑えた気がした。
最近のこと、昔のこと、思い付く限りを言葉にして交わす。
吹っ切れたように笑って話が出来て、心にずっと引っ掛かっていたものが溶けてゆく。
ふと、手を空に向かって差し出してみた。
雨はもう止んでいた。
(,,゚Д゚)「……雨止んだな」
(*゚ー゚)「そうだね」
(,,゚Д゚)「なぁ、しぃ……一つ良いか?」
(*゚ー゚)「ん?」
(,,゚Д゚)「あのさ、俺」
(*゚ー゚)「……うん」
-
(,,゚Д゚)「帰り道、わからん」
(*゚ー゚)
(,,゚Д゚)
(*゚ -゚)「ギコくん……」
(;,゚Д゚)「だって! だって走ってきたし! 適当に入ったし!!」
(*゚ー゚)「もー……雨止んだから、お祭りの光が見えないか探そう」
(;,゚Д゚)「はい……」
(*゚ー゚)「遭難なんてやだよー」
(;,゚Д゚)「俺もやだよ……」
(*゚ー゚)「じゃあ、ここ降りて……いたっ」
(,,゚Д゚)「どうした?」
(;*゚ー゚)「えへへ……鼻緒が擦れてたみたい……」
(,,゚Д゚)「まったお前……サンダル持っとけよな……」
(;*゚ー゚)「ごめんなさい……」
-
(,,゚Д゚)「ほら、俺の履けよ」
(*゚ー゚)「ギコくんは?」
(,,゚Д゚)「裸足で良いから、袋あるから下駄入れろよ」
(*゚ー゚)「……ギコくんは、優しいよねぇ」
(,,゚Д゚)「あー? お前が手間かかるだけだろ」
(*^ー^)「……へへ、ありがとギコくん」
(,,゚Д゚)「わかったから、降り」
どんっ
(,,゚Д゚)「!」
(*゚ー゚)「!」
不意に、辺りが明るく照らされた。
-
素直になれないところが尚良い
-
ひゅう、どん、ぱらぱら。
空へと上り、開く花。
木々の隙間から開けた空に鮮やかな光の雨。
雨が止み、中止になりかけていた打ち上げ花火が空に咲く。
その明かりに照らされながら、二人はぽかんと空を見上げた。
(,,゚Д゚)「……こんなとこから見れるんだな」
(*゚ー゚)「山、登ってきたんだね……私たち」
(,,゚Д゚)「…………あ、花火があっちにあるならここから降りればいけるな」
(*゚ー゚)「あ、うん、そうだね」
(,,゚Д゚)「じゃあ、降りるか」
(*゚ー゚)「…………」
(,,゚Д゚)「……もうちょい見るか……」
ぺたん、と彼女の隣に腰を下ろして、空に咲く花火を眺める。
隣を見れば、鮮やかな光に照らされた横顔が、可愛らしくほころんでいた。
-
とんだ事になってしまったが、何やら仲直りは出来たらしい。
彼女に謝る事も出来た。
気持ちを全て伝え合えた。
手を握って、横に座って、花火も見られた。
雨に降られたが、良かった事が多い。
これなら、また前みたいにクラスでも話せるかも知れない。
いや、前みたいにではないか。
前とは少し、違う感覚で、
「ギコくん」
空を見上げていると、横から声をかけられた。
間抜けな顔のままそちらを向いたら、何か、柔らかな感触。
息のかかる距離にある顔。
閉ざされた目、長い睫毛。
赤く染まる頬、濡れた前髪。
甘ったるい、飴の味。
-
長くはない時間。
詰まる息と、鼻に抜ける甘さ。
頭の奥から背中の筋がくらくらと、痺れて、のぼせて、ふわふわ。
みるみる熱を帯びる自分の頬に気付いてはいたが、何をどうする事も出来ず、ただ硬直するばかり。
ゆっくりゆっくり、甘い糸を引いて離れて行く可愛らしい顔が、にこり、微笑んだ。
「口の横、赤いの、まだついてたよ」
「…………ぉぅ」
「ギコくん、もう帰ろ」
「ぉぅ……」
裸足の少年はぎこちない動きで手を握り、耳まで真っ赤にして山を、森を降りて行く。
大きさの合わないスニーカーをかぽかぽさせて、少女は手を引かれて歩く。
二人は俯いて、一言も発しはしない。
自分がされた事を、自分がした事を、自分の中で処理しきれなくて
頭から湯気が出るほど、恥ずかしくて恥ずかしくて言葉なんて出てきやしなかった。
-
いつの間にか神社の側まで降りてこられた二人は、安堵のため息を洩らす。
それと同時に、先程まで自分達のいた場所が、舗装された山道の裏側だった事を知った。
こんな獣道を進む必要は無かったのだと肩を落とすも、二人は顔を見合わせて、
笑える筈もなく、互いに勢いよく真っ赤な顔をそらして俯いた。
そして帰宅してから、二人はこっぴどく親に叱られた。
気が付いたら家に居ないし、びしょ濡れで靴まで無くして。
(祭りに行ったら楽しくなって気が付いたら靴を無くした)
妹をおいてけぼりにして、浴衣までこんなに汚して何をしてたんだ。
(はぐれちゃって雨が降って探してたら転んじゃったの)
お互いの家で叱られる二人は、今夜の事は決して口にはしなかった。
-
しこたま叱られて、雨に降られたお陰で風邪を引いて。
友達に馬鹿にされて、宿題を一緒にやって。
でもあの子とは、夏休みの間、何だか気恥ずかしくて会えなくて。
目を閉じるとよみがえる、真っ暗な光の中。
遠い熱気と喧騒。
雨の冷たさ、緑の空気。
汗ばむ繋いだ手と足の痛み。
甘い甘い、飴の味。
やわいやわい、唇の熱。
あの日の、夢のような夜の夏。
思い出すだけで恥ずかしさに熱くなる。
けれどあれが夢ではないと、足に貼った絆創膏が告げていた。
-
登校日。
久々のランドセルの重さに、懐かしさを感じる。
まだまだ暑く、蝉は絶える気配も無い。
久々に見る顔から、しょっちゅう見る顔までが通学路に溢れている。
( ・∀・)「ギッコー」
(,,゚Д゚)「おーモララー、宿題どうよ」
( ・∀・)「自由研究だけ、お前もだろ?」
(,,゚Д゚)「宿題さっさと終わらせるとあとあと楽だわー」
( ・∀・)「だろー? だからいっつも早くやれっつーのに」
_
( ゚∀゚)「おっすおっすー」
(,,゚Д゚)「おう長岡」
( ・∀・)「宿題は?」
_
( ゚∀゚)「なにそれ?」
-
小学生五年でそんな大人の階段登って良いと思っているのか羨ましい
-
( ・∀・)「お前ってそう言う奴だよな」
_
( ゚∀゚)「三日あれば終わるし」
(,,゚Д゚)「お前ってやな奴だよな」
( ・∀・)「勉強出来るバカって感じ悪いよな……」
_
( ゚∀゚)「えっ……俺そんな風に思われてたの……」
(,,゚Д゚)「モラは秀才だもんな……」
( ・∀・)「どうせ天才に負けるポジだよ……」
_
( ゚∀゚)「じゃあ水族館行くのやめよっか……」
(,,゚Д゚)「なんだそれ」
( ・∀・)「聞いてないぞ」
_
( ゚∀゚)「自由研究用に友達連れてみんなで水族館行こうって父ちゃんが発案を……」
(,,゚Д゚)「いく」
( ・∀・)「いく」
_
( ゚∀゚)「現金だよなお前らって」
-
_
( ゚∀゚)「あと2、3人連れてってくれるって」
(,,゚Д゚)「お前の父ちゃんすごいよな」
( ・∀・)「今度お礼しないとな」
_
( ゚∀゚)「あと誰誘う?」
(,,゚Д゚)「んー」
_
( ゚∀゚)「あ、ギッコの嫁は?」
「ズェア!!」
メギャア(#・∀・)三つ);#)∀゚)そ
「へげぇ!?」
(・∀・;)「ギッコ、眉毛の消えたバカの発言は無視して」
(,,゚Д゚)「あー……誘ってみるか」
(・∀・;)
(,,゚Д゚)「ん?」
(・∀・ )(あ、これ何かあったな……?)
-
( ・∀・)(今度それとなく聞こう……)
,,(*゚ー゚)
( ・∀・)「あ」
(,,゚Д゚)「あ」
_
( ゚∀゚)「お、嫁じゃん」
( ・∀・)「長岡こっち来て」
_
( ゚∀゚)「え、何? なんかくれんの?」
< クソガ メコォ
< イタァイ!?
(*゚ー゚)「あ、ギコくん……」
(,,゚Д゚)「おう、おはよ」
(*゚ー゚)「うん、おはよう」
(;,゚Д゚)
(;*゚ー゚)
-
(;,゚Д゚)「あー…………そうだ、、あのさ」
(;*゚ー゚)「う、うん?」
(;,゚Д゚)「今度、水族館行かないか?」
(;*゚ -゚)「!」
(;,゚Д゚)「あの、長岡の父ちゃんが連れてってくれるって」
(*゚ -゚)
(*゚ー゚)「なんだぁ」
(,,゚Д゚)「え?」
(*^ー^)「ううん、何でもない」
(,,゚Д゚)?
(*^ー^)「自由研究まだだから、嬉しいなって」
(,,゚Д゚)「ああ、俺も自由研究まだでさ」
(*゚ー゚)「他の宿題は?」
(,,゚Д゚)「終わった」
-
モララー察し良すぎるしジョルジュは反省しろ
-
(*゚ー゚)「えー、ギコくんすごい、いいなーかっこいいなー」
(;,゚Д゚)「ば、バーカ、さっさと終わらせろよな」
(*^ー^)「うん、頑張るね」
(,,゚Д゚)「おう」
(*゚ー゚)「……ね、ギコくん」
(,,゚Д゚)「ん?」
『あの事、誰にも言ってないよ』
こそりと耳打ちをされて、隣を歩く少女に顔を向ける。
あちらも恥ずかしそうに顔を真っ赤にしているものだから、
こちらも、あの甘さを思い出してしまって。
二人並んで、リンゴ飴みたいな顔をして。
-
急に暑さが増した気がして、シャツの襟をぱたぱたと熱を逃がす。
しかし暑さは治まる気配もなく、隣に彼女がいる限りその熱が続く事には気付かない。
諦めたように空を仰げば、珍しく入道雲が見当たらなかった。
気持ち良いまでに晴れ渡る空は、雲一つなく真っ青で。
さあ、と吹き抜けるさわやかな風が髪や服を揺らす。
耳に届く、ざわざわと育った稲のなびく音。
身を焦がす様な眩しい日差しが、夏がまだ続く事を教えてくれた。
ちらりと隣の子を見る。
目があって、また顔を背けて。
体感温度は更に高まる。
ああ、なんて暑いんだろう。
夏はまだ、終わりそうにない。
おわり。
-
ここまで。
お付き合いありがとうございました。
王道の甘酸っぱいの書きたかった。
何人か道連れに出来ればそれで良いと思った。
それでは、これにて失礼!
-
乙!
もう甘酸っぱ過ぎて色々かきむしりたい
-
乙
いや、ガツンと来ましたね……
-
乙乙無茶苦茶良かった
景色が目の前に浮かぶようだった
胸が締め付けられて死にそうだよ
-
乙!
道連れにされたよくそう!乙!
-
おつ
甘い、リンゴ飴よりもさらに甘い。
前半の素直になれない感じから徐々に二人の関係が変わっていくのが良い流れだった。
モララーいいやつ
ジョルジュは2回も言われてんだから反省するべきw
夏の涼しさといじらしさがマッチしてるし、ラストに熱さと恋心を合わせてあるのが夏のむし暑さを消してるからすっきり読み終わる事が出来て良かったわ
-
夏が俺を殺しに来る
-
やっぱこういうのいいな
夏が舞台のギャルゲーをしたくなる
-
ぐわぁぁあ
最高でした!乙!
-
読み終わった、童心に帰った気になれてすげー良かった
乙
-
懐かしさにやられた乙
かわいいなあ愛らしいなあもう
-
ふえーんこんな可愛い恋愛したいよおおおおおおでも僕にはもう青春は戻ってこないんだあああああああああ回線切って吊ってくる
-
やめてくれ・・・この話は俺に効く・・・
-
あの頃に戻りたい、いや戻った所でこんな上等な青春送れるとは限らないな……
-
──────↑ 清い夏ここまで ↑──────
\ ¦ /
\ ¦ /
/ ̄ ̄ ヽ,
/ ', /
\ ノ//, {0} /¨`ヽ {0} ,ミヽ /
\ / く l ヽ._.ノ ', ゝ \
/ /⌒ リ `ー'′ ' ⌒\ \
(  ̄ ̄⌒ ⌒ ̄ _)
` ̄ ̄`ヽ /´ ̄
| |
--- ‐ ノ |
/ ノ ----
/ ∠_
-- | f\ ノ  ̄`丶.
| | ヽ__ノー─-- 、_ ) - _
. | | / /
| | ,' /
/ / ノ | ,' \
/ / | / \
/_ノ / ,ノ 〈 \
( 〈 ヽ.__ \ \
ヽ._> \__)
─────↓ 清くない夏ここから ↓─────
-
みんみん、じゃわじゃわ。
みんみん、じゃわじゃわ。
夏休みが始まり、部活や勉強、
遊びに精を出す日々が始まった。
ざわざわ、ざわざわ。
さらさら、さらさら。
気持ちの良い風が吹く。
今年の夏は何をしようか。
からから、からから。
きこきこ、きこきこ。
プールに行きたい。
遠いけれど海も良いな。
サンダルを履いたまま海水に足をつけて、足とサンダルの隙間を流れる砂と水の感触。
膨らませた浮き輪やボール、熱せられた表面と、汗をかいた肌に張り付く鬱陶しさ。
火照る身体を冷やす水の冷たさ、海水に浮かぶ身体、水に後頭部を浸した時の冷たい感じ。
喉が乾いたら冷たいお茶やジュースを飲んで。
お腹が空いたら売店で買った固いフランクフルトや油臭い焼きそばを食べるんだ。
-
真っ黒に焼けるまで泳ぎ、遊ぼう。
日が傾いたら、荷物を片付けながら海を眺めよう。
大切な時間が終わってしまったみたいな、胸の痛みと切なさを抱き締めよう。
なんて。
きこきこ、きこきこ。
からから、からから。
今日から一週間、補習で学校に通うのだけれど。
【炎夏のようです】
ああもう全く、自転車のサドルとハンドルが熱い。
-
夏休みの序盤。
本来なら今日は、友人達と電車に乗って、街の方まで遊びに出掛ける予定だった。
今度みんなで海に行きたいから、水着とか服を買いに行こうと約束をしていたのだ。
今ごろは、買い物をして、物色をして、昼食を食べて、遊んで。
楽しい楽しい夏休みだった筈なのに。
しかし予定とはなかなか上手くは進まないもので。
自転車を学校の駐輪場に停めた少年は、中身のほとんど入っていない鞄を肩にかける。
妙に静かな校舎を見上げて、ため息混じりに足を踏み出した。
じゃり、じゃり。
砂の散らかるコンクリートを踏みしめる。
砂もコンクリートも、妙に白っぽいものだから、太陽の光を反射させて目を刺す。
まだ午前中だと言うのに空気はぬるく、お世辞にも爽やかとは言えない。
年々、夏の暑さがひどくなっている気がした。
-
( ・∀・)『え、赤点?』
_
( ゚∀゚)『実在すんの?』
(,,゚Д゚)『一週間補習になった』
( ・∀・)『お前今度の月曜は遊びにいくって言ったよな』
(,,゚Д゚)『すまん』
( ・∀・)『えー……はー……ないわー……』
(,,゚Д゚)『ごーめーんー』
_
( ゚∀゚)『何時からやんの?』
(,,゚Д゚)『朝から昼』
( ・∀・)『何科目?』
(,,゚Д゚)『三科目、休憩挟んで一時間ずつ』
( ・∀・)『ちゃんと勉強してこいアホギッコ』
(,,゚Д゚)『ほんとごめんて』
-
友人達のあきれた顔が忘れられない。
三人での買い物は先伸ばし、今日は二人で宿題をやるらしい。
昼から行くと言う案もあったが、帰りが遅くなると言う理由で却下になった。
二人との約束を反故にしたのは、紛れもない自分の責任。
言い逃れの出来ない状況のなか、腹をくくって学校へとやってきた。
しかし夏休みの学校と言うのは、妙に静かで不思議な感じだ。
上履きに履き替えて、静かな廊下を歩く。
きゅ、きゅ、と音を立て、妙に生ぬるい空気が肺に染み込む。
窓が開いていない。
余計に埃っぽい空気が熱せられている。
いつもは賑やかな廊下や教室も、しんと静まり返っていて。
(,,゚Д゚)(なんか……別の場所みたいだな)
異世界感とでも言うのだろうか。
何だか、居心地が悪いような、寂しいような、お腹がきゅうとなる。
-
きゅい、きゅい。
上履きのゴム底はいちいち声をあげながら、緩慢な動作で階段を上る。
三階の教室で行われる補習。
しかし二階まで上がっても人の気配すら感じない。
階段に漂う中途半端に冷えた空気と、外に面した廊下の熱気。
その二つがまじりあって肌を撫でると、何とも言えない気味の悪さ。
きゅい、きゅい。
三階に辿り着く。
校舎内、人の気配も、声も音も無い。
補習を受けるのは自分だけなのか、それとも場所を間違えてしまったのか。
きゅ。
普段とは違う顔を見せる学校に、言い様のない感覚を覚えて立ち止まる。
頭の芯がゆれるような、ぼやけるような。
急に瞳孔が広がる感覚と、くわんとゆらぐめまい。
人の家に初めて上がる時に似た、不思議なめまい。
グラウンドや体育館で練習する運動部の音も、遠くに感じる。
白い廊下は、きらきら、夏の光を飛散させる。
眩しいやら暑いやら、ギコは目を細めた。
-
そう言えば前も、こうやって眩しいと思ったものがあったな。
あれは何だったか。
廊下とか、床とか地面とか。
そうじゃなくて、もっと。
ぱしゃぱしゃ、きらきら。
波打って、たゆたって、ゆれるのは、水。
(,,゚Д゚)「あー……」
思い出した。
細い身体と濃紺の水着。
きらめく水面が揺れて。
「ギコくん?」
(,,゚Д゚)!
-
(*゚ー゚)「やっぱり、ギコくん」
(,,゚Д゚)「あ、あぁ、しぃか」
(*゚ー゚)「どうしたの? そんなとこに立ってて」
(,,゚Д゚)「あー……ほら、人んち上がる時にくらくらするだろ」
(*゚ー゚)「あー、ギコくんするって言ってたね、大丈夫?」
(,,゚Д゚)「んー……なんかいつもと違うよな」
(*゚ー゚)「えっ」
(,,゚Д゚)「静かだし、窓開いてないからかな」
(*゚ー゚)「あ、あぁー……そうだね、変な感じだよね」
(,,゚Д゚)?
教室後部の、開け放たれた扉から顔を見せたのは幼馴染みの少女で。
つい先ほど思い出していた記憶の中に居たのも、この少女だ。
-
遠い親戚で、幼馴染みで、ちょっとした秘密を互いに持つ少女。
小学生の頃、疎遠になってそれは解消されたのだが。
中学に入ってしまうと、小学校の頃よりも一緒に過ごす機会がぐっと減ってしまった。
そうなると、険悪でも問題があるでもなく、ただ自然と疎遠な状態になっていた。
しかしいざ顔を突き合わせて話せば、昔のように笑えるのだと言うことは実証済み。
久々に言葉を交わす筈のしぃは、にっこり微笑みながらギコを教室へ招いた。
彼女の笑顔と、泣き顔には弱い。
と言うか、彼女には弱いのだ。
誰よりも可愛くて、誰よりも良い子で。
勉強が出来て、中学生にしては裁縫も料理も出来て、誰からも嫌われる要素はない。
ただ少しだけ地味ではある。
そしてギコは知らないが、彼女はなかなか早熟だ。
白いブラウスの下に、キャミソールを着てこなかった程度には。
-
(*゚ー゚)「ギコくんどこ座る?」
(,,゚Д゚)「ここで良いや、自分とこ以外の教室って変な感じだな」
(*゚ー゚)「そうだね、二年は私たちだけみたい」
(,,゚Д゚)「ふーん……お前さ、何で補習受けんの?」
(*゚ー゚)「え? あー、えっとね、テストの時にね、体調悪かったの」
(,,゚Д゚)「大丈夫なのか?」
(*゚ー゚)「うん、もう平気、でもテストはがっかりだったから」
(,,゚Д゚)「気を付けろよな、お前すぐ風邪引くんだから」
(*^ー^)「えへへ……ありがと、ギコくん」
(,,゚Д゚)「おう?」
久々に顔をあわせて、久々に言葉を交わして。
それでも詰まる事も、構える事もなく自然と出来た。
にこにこ笑顔のまま、斜め前の席に座る彼女の背中を眺めて、ギコは首をかしげる。
補習なのに、何であんなに機嫌が良いんだ?
-
カーテンの引かれたうっすら暗い教室内。
二人が座る席は、いつも自分達が座る席と同じ位置。
別の教室だとしても、何だかんだで自分の位置に座ってしまう。
鞄から筆記用具を取り出して、机にぽいと置く。
窓の方を見ても、クリーム色の重いカーテンが見えるだけ。
ああ、暗いし暑いし退屈だ。
しぃの方はどうだろう、わざわざ教科書とノートまで持ってきている。
補習はプリントの問題をやるだけだと、説明されていないのだろうか。
(,,゚Д゚)(しぃは真面目だからな)
(,,゚Д゚)(テストで悪い点とったの、ショックだろうな)
(,,゚Д゚)(はー……俺もやんなきゃな……)
(,,゚Д゚)(後で教えてもらうか……)
(,,゚Д゚)(いやそんな恥ずかしい事出来ねぇわ……モラに教えてもらお……)
-
ちくたく、ちくたく。
ぱらぱら、かりかり。
時計の音と、しぃの手元から溢れる紙をめくり文字を書く音。
校舎の外ではみんみん、じゃわじゃわ。
遠くでは運動部の音や声。
耳を澄ませてみれば、いろんな音が聞こえてくる。
けれど二人きりと言う空間に、少し緊張しているのだろうか。
いろんな音は遠く聞こえるのに、室内の音がやけに大きく聞こえる。
斜め前に座る彼女の息づかいまで、聞こえてきそうだ。
何も言わずに自習を始めた彼女と、手持ちぶさたなギコ。
声をかけようかと口を開くも、話題が見つからず口を閉じる。
別に話しかけにくい訳ではないが、話題が無いのに無理に話すのも馬鹿げていて。
とは言え、プリントを持ってくる筈の教師はまだ訪れない。
暑いし暇だしほんの少し気まずい。
もう帰りたい。
-
世間話でもしようか。
男子と女子じゃ話が合わない。
最近の調子はどうかな。
見れば分かるだろ普通だよ。
勉強でも教えてもらうか。
だから恥ずかしいって。
秘め事の話しでもしてみるか。
忘れろあれは過去だ。
そう、秘め事。
ギコとしぃの間には、ある秘密がある。
それはちょっとした、恥ずかしい思い出なのだが。
あの事は、あれ以来一度も話していないし、話題に出してもいない。
触れてはいけない秘密のように、抱え込んで大事に仕舞ってある甘い味。
思い出すと恥ずかしさに体温は上がるし、もう三年前だ、今さら話題に出してどうする。
向こうは忘れたい思い出かもしれない、止めろ止めろ、忘れとけ。
-
確か、好きだと、あの時言った。
暗がりで、泣き止ませたくて、謝りながら全部言った。
その答えは言葉では貰っていない。
返事が欲しくて言ったわけでもない。
それとも、返事はあの甘ったるい唇だったのだろうか。
いやでもそうだとしてもだ。
小五が二人で、好き合ったからとなんだ。
おままごとみたいなお付き合いでもしろってか。
できるかそんなもんふざけんな。
いやしかし、中二になったからって変わるか?
結局おままごとみたいなお付き合いにしかならないだろ?
その前にあれが返事だったのかも今現在好き合っているのかも分からなくて。
あああもういやになるいやになる。
なんて恥ずかしい思考なんだ馬鹿馬鹿しい。
普段はそんな事に興味なんてない顔で、やや斜に構えているのに。
そう言うポジションに居るのになんだこれは。
ああもう暑い暑い暑い扇風機くらい回せよふざけんな。
-
頬についていた手で口元を覆い、俯きがちに明後日の方向をにらむ。
今くそ暑いのは窓も開いてないし扇風機も回ってないからだ。
顔が赤いとしてもそれはくそみたいに暑いからなんだ。
全身からあふれだす汗も暑いからだ。
全部暑いのが悪い、全部夏が悪い。
別に思い出したりしてない。
甘さとやわさを思い出したりなんてしてない。
そのせいで下腹の奥の方が熱を持ったりなんて、してない。
してない。
別にしぃの事を、そんなに意識なんて、
(*゚ー゚)「あ、そうだギコくん」
ずっ、がたん、がたがた。
(゚ー゚*;)「え、ギコくん? どしたの?」
(,,゚Д゚)「…………何でもない」
(*゚ー゚)?
-
結局彼女の方から振った話題で、他愛のない談笑をして、ギコの緊張も徐々にほぐれた。
そうしていると教師がプリントを持ってやってきて、時計を見ながら勉強をさせる。
数学のプリントが三枚。
滞りつつもどうにか答案を埋めた。
朝から昼まで、休憩を挟みながらも黙々と強いられる勉強は、苦痛ではあった。
しかし斜め前の少女がたまにこちらをちらりと見て、ひそひそ暑いねーなんて声をかけるから。
何だか、案外、補習も悪くはないな、と思ったり、しなかったり。
それよりも、気になるのは彼女の背中だ。
うっすら暗い教室だから、はっきりとは見えない。
しかし彼女の背中。
ブラウス越しに、下着の線が見えているような気がして。
いや見えていたとしても見るべきではない、考えるべきでもない。
わかってる、わかってはいるのだが、視線が思わず彼女の背中に吸い寄せられる。
後で、明るい場所で見ればはっきりわかるだろうか。
-
ざあざあ。
ばしゃばしゃ。
(*゚ー゚)「あー……」
(,,゚Д゚)「あぁー……」
補習が終わり、さあ帰ろうと言う頃には、外はどしゃ降りだった。
(*゚ー゚)「傘は持ってないなー……」
(,,゚Д゚)「俺も無いわ……」
(*゚ー゚)「んー……しょうがない」
(,,゚Д゚)「え」
(*゚ー゚)「走ろっか!」
(,,゚Д゚)「待ておい、待て、しぃ待て」
(*゚ー゚)「先行くよー!」
(;,゚Д゚)「待ーてーってー!!」
-
鞄を頭の上に掲げて、雨の中に向かって飛び出す彼女。
それを追いかけて、まず駐輪場で自転車を回収するギコ。
自転車を押しながら、彼女の隣を走る。
何をバカな事をしてるんだと罵ったが、彼女はきゃーきゃーと楽しそうに笑うだけ。
ばちゃばちゃ。
水溜まりを蹴散らして、二人が駆ける。
バカかお前は。
頭から雨水を浴びながら、雨音に消えない声で罵る。
あはは、つめたーい。
その状況を楽しんでいるのか、嬉しそうに笑って走る。
二人の並走は、イトウヤと言う小さな店の軒先まで続いた。
(*゚ー゚)「はー、冷たかった」
(,,゚Д゚)「バカだろお前、バカだよバカ」
(*゚ -゚)「えー、だって傘無くって」
(;,゚Д゚)「学校に貸し傘あるだろ!?」
-
(*゚ -゚)「あー…………あぁー」
(,,゚Д゚)「バカだよお前……」
(*゚ -゚)(そっか……相合い傘があったか……)
(,,゚Д゚)「おいバカ」
(*゚ -゚)「それやめてよぉ」
(,,゚Д゚)「ほら使え、汗臭いけど」
(*゚ー゚)「わぷ、タオル? 貸してくれるの?」
(,,゚Д゚)「一応使ってないけど、体操着と一緒だったから汗臭いぞ」
(*゚ -゚)クンクン
(;,゚Д゚)「わざわざ嗅ぐなよ!!」
(*^ヮ^)「……えへへ、ギコくんありがと」
(,,゚Д゚)「…………」
(*^ー^)「やっぱりギコくんは優しいよね」
(,,゚Д゚)「バカ言ってんなブス」
(*゚ -゚)「う、ひどいー」
-
軒先に停めた、雨に打たれる自転車。
二人並んでの雨宿り。
ある程度濡れた彼女と、全身ずぶ濡れのギコ。
頬を流れる雨水を、湿ったハンカチで拭う。
その隣では、水を吸ったシャツの裾を絞る。
肌に張り付く服の不快感と、半端に冷やされる体温。
生暖かさを感じると、夏場の雨とは不愉快でしかない。
ぽたぽた、短い前髪を上げて水を落とす。
ちらりと、傍らに立つ少女に目をやった。
(,,゚Д゚)(あ)
濡れた白いブラウスが肌に張り付き、健康的な肌色が透けて見える。
すんなりとした体のラインを浮き彫りにしながら、スカートの水を絞る手。
向けられた背中には、はっきりと細い下着の線が見えていて。
-
ばっ、と顔を反対方向へ背けて、肩にかけていた鞄に何か無いかと漁る。
元から物なんてほとんど入っていなかった鞄から出てきたのは、出し忘れた未使用のタオル。
確か間違えて二枚持ってきて、一枚を使い洗濯に出したはず。
汚れていないからと放置されていたタオルを掴み、彼女の横顔に押し付けた。
一瞬驚いた顔をした彼女は、すぐに微笑んでそれを抱き締める。
何がそんなに楽しいんだ。
ころころと良く笑う可愛らしい顔から目をそらして、溜め息をついた。
(,,゚Д゚)(…………白だったな……)
(,,゚Д゚)(…………)
(,,゚Д゚)(いや、ちょっと色ついてたか……)
('、`*川「あれ、何してんのあんた達」
(゚Д゚,;)「伊藤の姉ちゃんおっす!!!」
-
('、`*川「はいおっすおっす、あらまー通り雨かしらね」
(*゚ー゚)「えへへ、雨宿りさせていただいてます」
('、`*川「はいはいどうぞ、タオル持って来ようかね」
(*゚ー゚)「ありがとうございます!」
(,,゚Д゚)「あ、あざす」
(*゚ -゚)「ちゃんと言わなきゃダメだよー」
(,,゚Д゚)「うっせーな……」
('、`*川(いちゃいちゃしやがって)
店番の女子大生が大きなバスタオルを二枚持ってきて、二人の頭に被せながら空を見上げる。
雨足は弱まり、空が明るくなってきている。
通り雨だったらしい突然の悪天候は、気が済んだのか、風に押し流される様に姿を消して行った。
-
('、`*川「通り雨だわねー」
(,,゚Д゚)「そっすね」
('、`*川「もーちょいで完全に上がるでしょ、それまで雨宿りしてきなー」
店の中に戻って行く女子大生は、手をひらひら振りながら笑う。
このやる気の無い店番も、もうどれだけ見てきただろう。
初めて見た時は、まだしぃと同じ制服を来ていた筈だ。
今ではすっかり大人に近付き、店番姿も堂に入っている。
そんな彼女が散々見てきた少年少女の後ろ姿も、いつの間にか随分と大きくなった。
とは言え、まだまだ子供だ。
('、`*川(ったくもー、ニラニラさせてくれんだから)
はーやれやれ。
夏の暑さと別の何かに、頭をくらくらやられてしまえ。
-
二枚のタオルである程度水気を落としたしぃが、そっと店の中にあるフリーザーに手を入れる。
たっぷりの水と、氷に満たされたその大きな箱、冷やされているのは細い缶ジュース。
細い手を中に入れれば、指先がちぎれそうなくらいに痛く冷たい。
からから、氷と缶ジュースがぶつかり合う。
冷たく暗いその中から、赤い缶を一本、オレンジの缶を一本。
その二本と引き換えに、店番に差し出す百円玉。
代金を受け取る店番は、口の前で人差し指を立てるしぃと、間抜けなギコの後ろ姿を見比べる。
意図を察したのか、はいはい、と黙ったままで苦笑しながら、手を振って戻らせた。
にんまり、左手に持った赤い缶を前へ差し出しながら戻るしぃ。
その缶を後ろから、ギコの頬へ。
(*゚ー゚)「はいギコくん!」
(;,゚Д゚)「つべっつあぁあ!?」
(*^ヮ^)「あははっ、タオルのお礼!」
(;,゚Д゚)「ビビらせんなや……ありがとな」
-
(*゚ー゚)「ギコくんコーラ好きだよね?」
(,,゚Д゚)「んー」
(*゚ー゚)「男の子って何で炭酸好きなんだろ」
(,,゚Д゚)「モラあいつ炭酸飲むとむせるぞ」
(*゚ー゚)「炭酸苦手なんだ……」
(,,゚Д゚)「あいつガキだからな……」
(*゚ー゚)「一番頭良いのに?」
(,,゚Д゚)「一番ガキだぞあいつ」
(*゚ー゚)「ギコくんのが子供っぽいと思ってた」
(,,゚Д゚)「お前が言うなや」
(*゚ -゚)「私はちゃんと大人っぽくなってるもん」
(,,゚Д゚)「どーこが、チビ」
(*゚ -゚)「ギコくんが大きくなっただけー」
-
(,,゚Д゚)「チビ」
(*゚ -゚)「チビじゃないー」
(,,゚Д゚)「ブース」
(*゚ -゚)「むー……」
(,,゚Д゚)「ガキ」
(*゚ -゚)「ギコくんのウソつき」
(,,゚Д゚)「あ?」
(*゚ -゚)「昔可愛いって言ってくれたのに」
(;,゚Д゚)「な、ぇ、ば、バッカじゃねーの!? バッカじゃねーの!? 嘘に決まってっし!?」
(*゚ -゚)「結局ウソつきー」
(;,゚Д゚)「バーカ! バーカバーカ! ブス!!」
(*゚ -゚)「うーそーつーきー」
(;,゚Д゚)(こいつ泣かなくなったな)
-
どんなに子供のように罵っても、彼女はすべてを撫でるように受け止める。
いつの間にそんなに強くなったのかと、横目で見ながら缶のプルタブを上げた。
同じようにオレンジの缶を開ける指先。
白いブラウスから伸びる細い腕。
頬に張り付く湿った髪。
ちらりと背中を覗き込んでも、あの白っぽいラインは見えなかった。
安心したような、悔しいような。
弱まる雨足、水色に染まる世界。
何だか雨に沈む景色は、透明感が増す気がする。
濡れる緑も、トタンの屋根も、湿っぽく透き通り、水滴を落とす。
それでも全身にまとわりつく暑さは、あまり変わらない。
湿気が足された事で、余計に不快にすら感じる。
けれど夏の雨は、どうにも綺麗に見えていた。
-
下らない事を話しながら、雨が上がるのを待った。
軒先のベンチに並んで座ると、三年前のあの日のようだと胸が騒ぐ。
あの時は馬鹿な事を言って別れたが、今はもう、同じような事にはならないだろう。
何だかんだで、彼女は言葉の向こうの本音をみんな知ってしまっている。
どんなにブスだバカだと罵っても、全部真意が透けている。
こんなにやりにくい事があるだろうか。
しかし素直になるのは、少々難しい。
14歳と言う年齢に、素直さを求めるのは酷だった。
だから、適当な理由をつけてからでないと、何も言えないし、出来なくて。
(,,゚Д゚)「お前、足遅いだろ」
(*゚ -゚)「早くはないけど……」
(,,゚Д゚)「だからチャリ、後ろ乗れよ」
(*゚ -゚)!
ほんの小さな事でも、理由がなければ言い出せない。
-
(,,゚Д゚)「後ろ拭いたから」
(*゚ー゚)「ほんとはダメなんだよ?」
(,,゚Д゚)「知ってる」
(*゚ー゚)「伊藤のお姉ちゃん、内緒にしてね」
('、`*川「へいへい」
(,,゚Д゚)「乗ったかー」
(*゚ー゚)「うん」
(,,゚Д゚)「行くぞー」
(*゚ー゚)「はーい」
からから、からから。
きこきこ、きこきこ。
二人分の重さを乗せて、自転車は軋みながら進む。
雨上がりの空気は水っぽくて、外から内から、身体中に水気が染み込むよう。
少しだけ気温は下がったが、それでも夏の暑さはそれに負けじと肌を刺す。
-
結局蒸し暑くなっただけで、シャツは汗と雨水で湿気て肌に張り付く。
じっとりとした不快感は全身を包む。
じわじわとにじむような汗は、からっと暑い時に流れる汗よりも不愉快だ。
からから、きこきこ。
風は多少あるが、涼しいとは思えない。妙に暑っ苦しい。
じわじわ、じりじり、汗がにじんで頬を伝う。
その暑さの理由の半分ほどは、恐らく自分の腹に回された細い腕。
ぴったりと寄り添うようにもたれ掛かる身体と、回された腕。
後ろに座る彼女の体温を背中でめいっぱい感じながら、自転車を漕ぐ。
互いの心臓の音が聞こえそうで、お互いが意識をそこからそむけようと風景だけを見ていた。
まだ日は高い。
空は青く、日差しは暑く、空気は緑。
ざわざわと風に揺れる稲の横をすり抜け、田んぼから飛び出すカエルを避けながら。
真夏の空気を裂くように、ペダルを踏む足に力を込めた。
-
(,,゚Д゚)「たでーまー……」
鞄を引きずるように帰宅したギコは、暑さやら熱さやらに、真っ赤になっていて。
一人置いて行くのもなんだし、かと言って自転車を押し続けるのも嫌だし。
一緒には帰りたいし。
だからと提案した二人乗りは、彼女がやけにしっかり抱き付いてくるものだから、
もう息をするのも忘れそうなくらいに緊張してしまって、彼女の家につく頃にはふらふらで。
お茶でも飲んでいく?
なんて誘われはしたが、そんな余裕がある筈もなく。
悪態をつく体力も残ってなくて、普通に断って帰って来てしまった。
濡れた制服を洗濯機に投げ込んで、シャワーを浴びて部屋着に着替える。
後ろから母親から小言が飛んできたが、耳を貸す根性は無い。
-
そんなことより、今日は色々ありすぎた。
暑くて暗い教室。
彼女の背中の線。
どしゃ降りの雨。
濡れて透ける肌。
腹に回される腕。
背中で感じる熱。
色々ありすぎて、膝を抱えて蹲りたい時もあった。
青少年には少し、刺激が強かったのだ。
今日見たもの、感じたものは、夜に眠らせてくれるのだろうか。
(,,゚Д゚)
(,,゚Д゚)「はー……」
(,,゚Д゚)
(,,゚Д゚)(やわかった……)
寝かせてくれそうにない。
-
暑い自室に戻り、ベッドに身を投げる。
すると、ぺろん、と間の抜けた音が枕元から響いた。
充電器を差したままだった携帯電話を覗くと、一日分の通知が溜まっている。
メールだかチャットだかの、グループ会話の中身が増えていた。
(,,゚Д゚)(あー……モラと長岡か……)
(,,゚Д゚)(遊びいけなかったもんなー……また謝っとかんと……)
(,,゚Д゚)(あぁー、数学も教えてもらわんと……)
──────────
( ・∀・):おーい、補習どうだー
_
( ゚∀゚):どうだー
( ・∀・):携帯忘れてったかな
_
( ゚∀゚):だせー
──────────
(,,゚Д゚)(うっせーよ)
-
──────────
(,,゚Д゚):ただいま
( ・∀・):おかえり
_
( ゚∀゚):お風呂にする?ご飯にする?
(,,゚Д゚):風呂もう入った
_
( ゚∀゚):フケツ
( ・∀・):むしろ清潔だろ
( ・∀・):補習どうだった?
(,,゚Д゚):暑かった
( ・∀・):ちゃんと分かったか?
(,,゚Д゚):そこそこ
_
( ゚∀゚):うんこ
( ・∀・):今度うち来いよな、勉強教えるし
(,,゚Д゚):うん、数学とか教えてほしい
-
( ・∀・):さっき雨だったろ、大丈夫だった?
( ・∀・):くそ暑かったけど水分とった?
( ・∀・):ギッコすぐ無茶するから
(,,゚Д゚):嫁かお前は
_
( ゚∀゚):あー嫁っつーとさ
( ・∀・):嫌な予感がするから長岡は黙ろう
_
( ゚∀゚):ギッコの嫁も補習だろ
(,,゚Д゚):しぃなら居たけど
_
( ゚∀゚):赤点はギッコだけで
_
( ゚∀゚):二年は二人だけみたいな補習
(,,゚Д゚):二人だったわ
_
( ゚∀゚):なんで補習うけてんだろなギッコの嫁
(,,゚Д゚):さぁ
-
ああああああ下着透けとかが妙にリアルで余計にぐわああああああ
-
_
( ゚∀゚):あれじゃん、ギッコ二人きりじゃん
_
( ゚∀゚):ガンバれよ
(,,゚Д゚):は
_
( ゚∀゚):色々出来んじゃん
_
( ゚∀゚):ちゅーとか
[長岡がグループ会話から外されました]
( ・∀・):俺はなんもきいとらんし見とらん
(,,゚Д゚):おう
( ・∀・):ギッコそろそろ晩飯やろ食ってこい
(,,゚Д゚):うん
──────────
長岡はいつか殺す。
-
支援
-
結局その日はなかなか眠れず、ゴミを増やしながら悶々とした夜を過ごした。
それからと言うものの。
友人の余計な茶々が頭の中にずっと引っ掛かっていた。
朝起きて、制服に着替えて、学校に行き、彼女と勉強をする。
そんな日々の中でも、ずっと二人きりだのと言った言葉が頭にこびりついてしまった。
暑い中、二人で交わす言葉は他愛のないものばかり。
けれどその下らない一つ一つの言葉すら、妙に意識してしまうような。
胸の辺りがもやもやと熱く、ちくちくと痛む。
察しはついているが、認めたくはない、まだ認めたくない。
この胸焼けのようなもやもやも、とげの刺さったようなちくちくも。
たったの一言で片付くものだと分かってる、分かってるが、しかしまだ。
まだ、素直にはなれそうもないから、頭をかきむしって机に突っ伏するのだ。
ああくそ全く。
三年前の方が、まだ素直になれたじゃないか。
たったの二文字をすんなり認められない。
-
彼女の所作はなかなか綺麗で、育ちの良さがうかがえる。
優等生で、女の子らしく、を絵に描いたような存在だ。
と、思っているのはギコや男子のみで。
実際は年相応であり、はしたない真似もよくする。
しかし思い込むとそれらは気付かないもので。
ギコの中の彼女とは、未だに可愛らしい大人しいお嬢ちゃんのまま。
何も知らない、弱くて脆くて、危なっかしくて、誰よりも可愛らしいお姫様。
そうではないと頭のどこかでは気付いているのに、心がまだついてはこない。
だから汚してはいけなくて。
二度と傷付けてはいけなくて。
大事に大事に扱わなければいけなくて。
それに相反する欲求を、どうにか殴り付けてねじ伏せて。
部屋のゴミ箱には自己嫌悪に満ちたゴミが増えてゆく。
-
木曜のその日は、朝からうだるような暑さだった。
朝一番でも自転車は熱く、日差しを照り返す地面は陽炎に揺らぐ。
みんみんじゃわじゃわ、みんみんじゃわじゃわ。
蝉の声は、いつもよりうるさい気すらして。
記録的猛暑と言われるその日は、頭の中がぼやけて濁りそうなくらいの熱に包まれていた。
(;*゚ー゚)「あっつーい……」
(;,゚Д゚)「あ゙ぁー……」
(;*゚ー゚)「窓開けちゃだめなのかなー……」
(;,゚Д゚)「カーテンすげーことになるから嫌がるんだよなあのオッサン……」
(;*゚ー゚)「先生をオッサンって言っちゃだめー……うぅーあづいー……」
カーテンがぴっちり閉じられた教室内は、やはりどこか薄暗い。
光熱費の削減だのと電気をつけない教師だが、黒板の上で回る扇機は許容するらしい。
-
昼も過ぎれば、教室は更に薄暗さを増す。
見えないわけではないが、まとわりつく様な暗さ。
ねっとりと全身を覆うような、体内に似た明るい暗さ。
それに教室にこもる蒸した熱気が合わさって、どうにも息苦しさを感じる。
机で仕事をしていた教師当人は暑さに限界を感じたのか、それとめ他用なのか、
水分をしっかりとれとだけ言い、扇風機を強にしと教室を出ていってしまった。
熱のこもった空気をかき混ぜる扇風機のぬるい風。
ペンを持つ手からにじむ汗が、プリントに皺を作る。
かりかり、固い机にのせた紙、そこをすべるペン先の音。
あ、いま、二人きりか。
ふと頭に浮かんだ言葉に、ギコの頬を流れる汗の量が増えた。
-
どちらも言葉を発することはなく、ただ黙々と渡されたプリントに答えを書き込む。
それが合っているのか間違っているのか、それもわからなくなってきた。
暑さにくらくらと揺れる頭の中。
思わず鞄から取り出した水筒。
蓋を開けて、一気に口から喉へ、喉から腹へ、頭に響くような冷たい麦茶が流れ落ちる。
ぶは、と大きく息をしながら汗を拭う。
少し和らいだ暑さに水筒を仕舞うと、前方からくすくすとかすかな笑い声が聞こえた。
かちこち。
時計の針が進むが教師は戻らない。
かりかり。
ペンの先が撫でる紙も、もう終わりが間近。
ぽたぽた。
プリントに落ちる汗が、暗く丸い染みを作る。
ふわ、と、カーテンが揺れた。
-
(;,゚Д゚)「え?」
(*゚ー゚)「ギコくん、終わった?」
(;,゚Д゚)「あ、ぇ、おあ、ま、まだ」
(*゚ー゚)「あー、ここ間違ってる」
(,,゚Д゚)「うっせ、気付くな」
ふと顔をあげると、近くにあった彼女の姿。
自分の分が終わったらしく、ギコのプリントを覗きながらくすくす笑っている。
そんな彼女が窓の方を見て、きょとんと目を丸くした。
(;*゚ー゚)「あ、うそ」
(;,゚Д゚)「あー?」
(;*゚ー゚)「窓開けようと思ったら開いてた……」
(;,゚Д゚)「無風だったのかよ……」
(;*゚ー゚)「えー……あついよー……」
-
もー風来ないかなー。
唇を尖らせながら、手の甲で汗を拭う彼女は、
とことこと自分の席まで戻り、二本のスポーツドリンクを持って戻ってきて、一本をギコに渡す。
窓際、カーテンの隙間から差し込む光はやけに眩しい。
そんな光を浴びながら、眩しそうにスポーツドリンクの蓋を開ける。
元は冷たかったそれもすっかり温くなり、たペットボトルの表面はびっしょり。
水滴だらけのそれを持ち、手を濡らしながら飲み口に唇を押し当てる。
ごくごくと、喉を動かしながら飲み下す。
額から頬へ、頬から顎へ、顎から首へと流れる汗。
汗をかいたペットボトルと、濡れた手、滴る水、火照る彼女の顔。
ぷは、とペットボトルから口を離せば、唾液が繋がり、切れて。
薄暗い教室。
きらきら、真夏の光を反射させるしずく。
むせかえる様な暑さ。
汗で頬や身体に張り付く、髪と服。
赤くなった彼女の顔。
あの夜の熱が、不意によみがえる。
-
ふと、友人の言葉が頭によぎった。
二人きりだの、頑張れだの。
下らない言葉が、揺らいでいた理性を、蹴り落とした。
気が付くと、席を立ち、手を伸ばしていて。
驚いた顔の彼女の細い手首を掴んで、近くの机に彼女を押し付けた。
ごとん。ちゃぽちゃぽ。
床に落ちたペットボトルから、中身が溢れ出す。
上半身を机に寝かせた姿になって、驚いたような、戸惑ったような顔。
そこに覆い被さる影に、赤い顔を更に真っ赤にしていた。
恐らく、いや間違いなく、覆い被さる方も、真っ赤になっているのだろう。
ぽたぽたと落ちる汗は、止まりそうにない。
-
「ギコくん、待って、」
「しぃ」
「待って、待ってよ」
「しぃ、俺、俺さ」
「やだ、や、やだよやめて、ギコくん」
乱暴にめくりあげられたブラウスに、日焼けしていない白い肌がさらされる。
まだ小振りな胸を覆う、淡い色の下着。
仰向けになった胸は重力に従い、下着の中でやわらかく歪んでいた。
その胸に唇を寄せると、彼女はか細く声をあげる。
汗の流れる首に、噛みつくように吸い付けば、きゃあとかすかな悲鳴。
手首を押さえつけていた手が彼女を解放して、平らな腹に触れた。
その手がゆっくり上がってきたところで、
どん、と身体を突き飛ばされた。
-
目尻に涙を浮かべる彼女が、肩で息をしながらギコを見上げる。
そしてブラウスを正しながら、
(*゚ -゚)「…………ギコくんのバカ」
自分の荷物を掴むと、教室から飛び出して行った。
しぃの背中を追う事も出来ず、ギコはただその場に崩れ落ちた。
倒された椅子を抱えるように、ばくばくとうるさい自分の胸をシャツごと掴む。
あ、どうしよう。
何してんの俺。
どうしよう。
何て事を。
最低だ。
蝉の声は遠く、聞こえるのはやたらに早い心臓の音だけ。
背筋がいやと言うほど冷えているのに、顔は火が出そうなほどに火照っていた。
-
大事に大事に扱わなければいけないのに。
何て事をしてしまったんだろう。
うつむいて、両手で頭をがしがしとかきむしる。
見開いた目と、真っ赤な顔と、冷たい頭と背筋。
床に広がるスポーツドリンクと、ちぎれて落ちたボタンが自分のしでかした事を語っていた。
泣かせてしまった。
また泣かせてしまった。
ほんとには傷付けないようにしてたのに。
あんな風にするつもりじゃなかったのに。
何て事をしたんだよ。
何てバカなんだよ。
ああもう自分が嫌になる。
謝らないと、ちゃんと謝らないと。
いや待てよ、謝る資格はあるのか?
あんな事をして、目を見る資格すら無いんじゃないか?
ああ、どうしよう。
-
ふらふらと、掃除をして、片付けて、徐々に血の気の失せてゆく顔。
二人分のプリントを掴み、力のない足取りで職員室まで届けに行った。
教師はその姿に困惑して、保健室に寄れと言ったがそれどころではなかった。
とにかく彼女に謝る方法を探したかった。
もう素直になれないとか、反抗期とか、そんなものは吹き飛んでいた。
そんなもの、自分がやらかした内容に比べれば下らないことだ。
それよりも、そんな事よりも、どうしよう、どうしよう、どうすれば。
自分の理性が簡単に崩壊しやがったせいで、とんでもないことになってしまった。
ああもうどうしよう、泣かせた、ああ、また泣かせた、もう。
ほんとうに、
(,, Д )(しにたい……)
俺は、どれだけあいつが好きなんだ。
-
結局、何をどうするかと言う答えは見つかる筈もなく。
翌日学校で彼女と二人になったが、お互いに顔も合わせず、声もかけない。
ただ彼女の背中が、透けて見えていたものが、キャミソールに変わっていただけだった。
謝りたくても謝れない。
話しかけたい、顔を見たい。
それも許されない気がして、ただ黙って机に向かった。
補習期間は一週間。
最終日と言うのは、想像していたよりも容易く訪れる。
結局あれから一言も交わさないまま迎えてしまった最終日。
夏休みが終わるまで、もう顔を合わせる事も無くなってしまいかねない。
想像すると、腹が痛くなる。
-
謝らなきゃ。
バカなことしてごめんって。
謝らなきゃ。
二度とあんな事しないって。
謝らなきゃ。
謝らなきゃ。
ちゃんと言わなきゃ。
好きな子に、これ以上嫌われたくない。
これ以上無いほどに、嫌われているのだろうけど。
だってあんな事されたら、誰だって嫌いになるだろう。
久々に話せて嬉しかったのに、楽しかったのに。
気恥ずかしくて、素直になれなくて、バカだのなんだの言って。
ああよくアレで嫌われなかったな。
いや嫌われてたのかな。
でもしぃはそう言う奴じゃない。
恥ずかしくて、嬉しくて、楽しくて、暑くて、苦しくて。
この気持ちはずっと身を潜めていたのに、再確認してしまって。
ああもうとにかく、とにかくだ。
自分の背中を蹴っ飛ばして、自分の勇気を蹴っ飛ばして、いわなけりゃ絶対後悔する。
-
絶対、後悔するから。
(,,゚Д゚)「しぃ!」
(*゚ -゚)「!」
だから、帰ろうとする彼女を追いかけて校庭まで走って。
(,,゚Д゚)「ごめん!!」
(*゚ -゚)「ギコくん……」
(;,゚Д゚)「ほんとにごめん!! あの、あんな事、するつもりじゃ無くて!!」
無様なくらいに深々と頭を下げて、目一杯に謝った。
(;,゚Д゚)「あの、俺……ほんとあの……すみませんでした!!!」
(*゚ー゚)「……ぷっ」
そしたら、彼女は笑って。
-
とことこ。
スポーツドリンクのボトルをぶら下げて、すぐ目の前までやってくる。
思わず顔を上げると、しぃは再びにっこり笑って。
少し背伸びする爪先と、後ろ手に持たれた鞄とボトル。
柔軟剤と、シャンプーと、汗の匂い。
唇に触れていたやわらかさは、ほんの数秒で離れたけれど。
その感触は、人生二度目の感触は、もう一生忘れられない程に刻み込まれた。
「あのね」
「は、ひ」
「まだ」
「え」
「まだ、ダメだから」
「え?」
-
(*^ー^)「宿題、頑張ってね」
(,,゚Д゚)「あ、う、ん?」
(*゚ー゚)「約束だよ」
(,,゚Д゚)「うん、うん?」
(*^ー^)「また新学期にね、ギコくん!」
(,,゚Д゚)「お、う……またな……」
いや待て。
まだって何だ。
何がまだダメなんだ。
待ってくれおい。
この夏はダメなのか。
この年はダメなのか。
教えてくれよしぃ。
-
背中を向けて走っていく彼女だが、その耳は真っ赤に染まっていて。
一人残されたギコは、口を押さえながらその場にうずくまった。
(,,゚Д゚)(あー)
(,,゚Д゚)(口、スポーツドリンクの味する)
(,,゚Д゚)
(,,゚Д゚)(俺もうスポドリ飲めない)
まだダメだと言う言葉に、いつなら良いんだと言う疑問が頭から離れない。
何だかよく分からないが、怒ってはいなかったらしい。
嫌われてもいなかったらしい。
許されたと言う安堵感。
同時に押し寄せる暑さ。
さっきまで聞こえていなかった蝉時雨が、鼓膜を揺さぶり全身を濡らす。
その蝉のうるささも、心臓の音を誤魔化してはくれない。
-
手ごわい
-
校庭の隅でうずくまったまま、全身に降り注ぐ真夏の日差しと蝉の声。
蝉はいまだに生きようと鳴き続けるし、空にはもこもこの入道雲。
夕方近くに降る雨も、この身を焼くような熱さを和らげてはくれそうにない。
夏休みはまだまだ続く。
潰されたのは一週間だけ。
海にも行くし、プールにも行く。
親と友人と共に、遊び倒さなければいけないんだ。
楽しい楽しい夏休みは、まだまだ、
(まだ、ダメだから)
ああもう全く。
まだまだ、この夏は続きやがる。
やたらに火照る口を押さえて、暑苦しい空を睨んでいた。
おわり。
-
ここまで。
お付き合いありがとうございました。
夏って性的な何かと切っても切れないものですよね。
あと一回続きますが、清くないのが苦手な人は清いのだけでストップして下さい。
それでは、これにて失礼!
-
まさか死体蹴りしてくるとは思わなかった
-
乙
夏の雨の情景描写がすげー綺麗
-
ひいいいいいん、清夏のダメージが減ってきたところにぐわあああああああ
-
おつ
ゴミの箇所で生々しさを感じた
ギコは健全だと思います、ハイ。
やっちまった感の感情描写でぐああああってなったわ。
あと一回が楽しみ
-
あー、死にそう
-
舞台設定の中途半端な田舎がリアルで最高にいいね
胸がキリキリする、幸せになってよかった
乙
-
色んな意味で死にそう
-
心が満たされた
いいなぁ山あり谷ありの幸せな夏い青春、いやぁ素晴らしい・・・。
もどかしさからの一悶着からの一件落着までの流れがまさに絶妙。
蒸し暑さと共にゆっくりじんわり流れてく片田舎特有の情景描写が夏空に最高にマッチしてて心地よい。
『清夏』から通して読むと『炎夏』で取ったギコくんの行動の危うさが際立つ、悩み悶え苦しむ描写に思わずニヤリ。
最後の一回楽しみにしてます
-
──────↑ 清くない夏ここまで ↑──────
./" ̄ ̄"''ヽ _,, -‐- ,,_
./ ̄"ヽ i | /
/ ̄'',!-、bi | ./¨ヽ {0} .| /
,!-、bヽニ .', i_,.ノ .| /¨`ヽ {0}
ヽニ, ,' /´ \ `‐- _,,,,..| i__,,.ノ
l´ >、_/ \__,>、,r'''" | `ー-
. l l / /〈 ー' ヽ |
l ノ l .l / / l,r‐';"´〉 ,r'",r''"
l,--、l / l ,l / / 〈 /'-'フ" <
_,r==' ノ`〉 l / / / l ヽl/"''''''''"
_,r‐'" / 〈 l''''''フ´ l / ノ l/ /
‐‐''''フ" ,r''l_,.ノ/ .( ./ / / /
‐<ニ--‐‐''" / / /`''ヽ、,_ ノ / /
_r=ニ>-==‐'フ / ,..ノ >' ,-ム、'
/;'/`>=`ヽ' ,r'" >-'" _,..r―-'´`ヽ / /
l、/lc'`‐'`l__,.r'",r'" ,rーl", 、 ヽ'ー''
/ ̄ ̄ ヽ,
/ ̄"ヽ / ',
b ,-、 d ./" ̄"ヽ {0} /¨`ヽ {0}
r-=、 |. `=' |_ .bi ,-、 id | ヽ._.ノ |
`゙ゝヽ、| ノ `ヽ、 / `=' ノ゙`ー | `ー' / ̄ ̄ ヽ,
にー `ヾヽ'" .ィ"^゙i _,,ノ , | / ',
,.、 `~iヽ、. `~`''"´ ゙t (,, ̄, frノ ゝ-‐ {0} /¨`ヽ {0},
ゝヽ、__l ヽ`iー- '''"´゙i, ヽ ヽ,/ / l ヽ._.ノ ',
W..,,」 .,->ヽi''"´::::ノ-ゝ ヽ、_ノー‐テ-/ i | `ー'′ ',
 ̄r==ミ__ィ'{-‐ニ二...,-ゝ、'″ /,/`ヽl : : ヽ )'^`''ー- :、
lミ、 / f´ r''/'´ミ)ゝ^),ノ>''" ,:イ`i / \ / `゙
! ヾ .il l l;;;ト、つノ,ノ / /:ト-"ノ \ /
. l ハ. l l;;;;i _,,.:イ / / ,レ''" ヽ_,,ノ
人 ヾニ゙i ヽ.l yt,;ヽ ゙v'′ ,:ィ" / r-'"´`i
r'"::::ゝ、_ノ ゙i_,/ l ヽ ゙':く´ _,,.〃_ f´' ll
` ̄´ / l ヽ ヾ"/ `゙''ーハ. l
/ l ゙t `' /^t;\ ,,.ゝ
─────↓ もっと清くない夏ここから ↓─────
-
蝉の脱け殻。
ラムネのビー玉。
拾った貝殻。
きれいな石ころ。
お菓子の缶に、宝物を詰め込むように。
熱いサドル。
終わらない宿題。
凍らせた麦茶。
汗の染みた帽子。
夏のかけらを集めて、大事に仕舞う。
-
ktkr
-
この夏は二度と来ないなんて、感傷的な気分に浸るよりも。
この夏をどれだけ楽しむか。
次の夏をどれだけ楽しむか。
うんざりするくらい暑さを感じよう。
うんざりするくらい日射しを浴びて。
うんざりするくらい暑い暑いと繰り返す。
さあ、今年の夏は何をしようか。
海に行って、日焼けした肌に海水がしみるまで遊ぶか。
プールに行って、人の隙間を縫うように泳ごうか。
山に分け入り、虫を捕まえては量と大きさを競うか。
川に足を浸し、海ともプールとも違う冷たさを感じようか。
夜にはお祭りへ行こう。
喧騒と熱気に飲み込まれながら、君の手を離さないように気を付けよう。
一緒に花火を見よう。
君の手を強く握って、花が咲いたように笑う、目映い光に照らされるその横顔を眺めていよう。
夏にしか触れられないものは、やまのようにある。
-
umu
-
冷房の効いた室内。
窓辺に下げた風鈴と、日射しを遮るすだれ。
よく冷えた麦茶と、汗をかいたコップのしずく。
鞄には小さなパックの手持ち花火とサンダル、ビニール袋。
首からタオルをかけて、さらした脚や腕に虫除けスプレーを振った。
履き慣れた靴に足を入れて玄関を開ければ、冷えた室内に押し寄せる熱気。
さんさんと眩しい夏の日射し、みんみんじゃわじゃわとやかましい蝉の声が降り注ぐ。
暑さと眩しさとうるささを全身に浴びながら家を出て、歩き慣れた道を進む。
ぺたぺた、暑さにわいたアスファルトが靴底に張り付く。
わさわさ、フェンスに巻き付く野生化した朝顔の群れ。
ざわざわ、眩しい緑の田んぼが風に揺れていた。
-
途中にある小さなトンネルは、すっぽりと日陰になっていて、僅かながら涼む事が出来る。
小さくごく短いトンネルの中に立ち入り、その場で立ち止まる。
中は暗くて涼しくて、中から見た外の世界は眩しい程に白い。
コンクリートは容赦なく日光を照り返し、揺らめきたつ陽炎が暑さを伝える。
トンネルの中と外の明暗がもたらすコントラストは、妙な異世界感すらあって。
ひやりとした空気もあって涼むには最適だが、よりいっそうに不思議な感覚に陥らせる。
目を細めて、目映い外の世界を眺める。
コンクリートの照り返しに、妙な既視感を覚えた。
過去何度もこうやって、目を細めた気がする。
首を傾げていると、小学生の男女が、笑いながらすぐ脇を駆け抜けて行った。
その背中を眺めて、少し笑って、トンネルの中から外へと踏み出した。
『銷夏のようです』
さて、今年の夏も暑いな。
-
日曜日、天気の良い昼間。
水の抜かれたプール。
藻やら苔やら枯れ葉やら、ヘドロ状のゴミがたっぷり溜まったぬるぬる地獄。
その中に居るのは、水着にジャージを羽織った少年達。
デッキブラシを片手に、プールサイドの友人が水を流すのを待っていた。
六月の頭、命じられたプール掃除。
渋々参加する者。
真面目に取り組む者。
とにかく大はしゃぎする者。
各々が自由に掃除をしながら、暑くなり始めた日射しを浴びている。
木々の緑はまだ若く、柔らかさを残している。
未だ優しい暑さ、風のぬるさが、夏本番にはまだ時間がある事を物語っていた。
( ・∀・)「ギッコー、水流すぞー」
(,,゚Д゚)「おーう」
紺のジャージを羽織った二人が軽く合図をして、プール内に水を流す。
プールの底をブラシで擦るのはなかなか体力を使うらしく、額にうっすら汗を浮かべていた。
-
ばしゃばしゃと跳ね返りながら汚れを押し流す水は、初夏の日射しを浴びてきらきらときらめく。
それを見ながら、ああ頭から水を浴びたい、とブラシを片手に思うばかり。
( ・∀・)「やっぱ動くとあっついなー」
(,,゚Д゚)「ジャージ脱ぐわもう……」
( ・∀・)「こっち置くから投げー」
(,,゚Д゚)「んー」
_
( ゚∀゚)「俺みたいにさっさと脱げば良かったものを」
( ・∀・)「このクソ汚いどろどろジャージがなんだって?」バシャー
_
( ゚∀゚)「あーやめてージャージに水かけないでー」
(,,゚Д゚)「アホが入ってすぐ転ぶから」
_
( ゚∀゚)「楽しくてつい」
( ・∀・)「掃除してんだよ遊んでんじゃねーんだよ」
-
( ・∀・)「ギッコさー」
(,,゚Д゚)「んー」ガシュガシュ
( ・∀・)「部活辞めたんだっけー」
(,,゚Д゚)「あー、春になー」ガシュガシュ
( ・∀・)「去年の夏にアレだろ、すげーの打ったんだろ、何で辞めたん」
(,,゚Д゚)「あれなーまぐれー」ガシュガシュ
( ・∀・)「あぁー……」
(,,゚Д゚)「登板も当たったのもまぐれでなー、まぁ普通に凡才だからなー」ガシュガシュ
( ・∀・)「ギッコも俺と同じだったかー」バシャー
(,,゚Д゚)「お前は秀才だろー、俺は凡才なんだよなー」ガシュガシュ
_
( ゚∀゚)「ひょーう!! 滑るー!!」ツィー
(・∀・ )
(゚Д゚,,)
( ・∀・)「アレが天才なんだよなー」バシャー
(,,゚Д゚)「悲しいことになー」ガシュガシュ
-
( ・∀・)「あーなんか部活やめる時にひと悶着あったってー?」
(,,゚Д゚)「あーあったあったー」
( ・∀・)「そのとき俺居なかったからさー」
(,,゚Д゚)「モラは帰宅部だしなー、えーとなー」
桜がちらほら咲き始めた頃。
自分の才能の無さ、頭の悪さ、大学受験のための勉強を始めなければいけない。
そんな理由が重なって、ギコは部活をやめる事にした。
元々、友人が「赤星かっこいいよな」と言う理由で入った野球部。
それに引きずられるように、一緒に入っただけだった。
途中で辞めようかとは思ったが、折角だからと一年の間はそこそこ真面目に勤しんだ。
元々少年野球をやった事が少しだけあったので、ある程度までは成績を伸ばした。
しかしまあ、努力も経験もまるで足りず、選手に選ばれる事は無いままで。
けれど夏場の大きな試合、ひょんな事から一度だけマウンドに立った。
結果としては母校を勝利に導いて、その瞬間だけは英雄になれた。その瞬間だけ。
-
あとはもう、特に語る事もなく。
努力も、経験も、才能も。
何もかもが足りない、きわめて半端な凡才。
それに対してさしてショックは受けないし、当然だと受け入れている。
だからこそ、学年が変わる頃に、あっさり部活をやめようと決めた。
そんなギコの元に、神妙な顔をした友人が訪れる。
_
( ゚∀゚)『なぁギッコ』
(,,゚Д゚)『んー?』
_
( ゚∀゚)『部活さ、やめんの?』
(,,゚Д゚)『前も言ったろー、大学行きたいし、俺アホだからそろそろ勉強せんとなー』
_
( ゚∀゚)『……俺もやめる』
(,,゚Д゚)『んぁ? お前は俺よか評価されてんだろ?』
_
( ゚∀゚)『ギッコ居なくなるならやめる』
(,,゚Д゚)『えぇー……』
-
(,,゚Д゚)『んだよ寂しいのか? 俺が居なくても十分楽しいだろ』
_
( ゚∀゚)『俺な』
(,,゚Д゚)『ん?』
_
( ゚∀゚)『先輩とかから、すげー嫌われてるみたいでさ』
(,,゚Д゚)『…………』
_
( ゚∀゚)『部室でさ、なんか、色々言われてて』
(,,゚Д゚)『ヤな奴らだな』
_
( ゚∀゚)『先輩しかいないとこでさ、言ってて、俺聞いちゃってさ』
(,,゚Д゚)『部活ではちゃんとしとるしなぁ、態度が悪いとかは無いよな……』
_
( ゚∀゚)『なんかな、ちやほやされてるとか、生意気とか、』
(,,゚Д゚)『あー……気にすんなや、嫉妬だろ嫉妬、お前無駄に上達はえーし』
_
( ゚∀゚)『ヤな気分なんだな、これ』
(,,゚Д゚)『……おう』
_
( ゚∀゚)『だからさ、俺、やめたい』
-
(,,゚Д゚)『お前が辞めたいなら辞めっちまえ、後腐れないなら好きにしろ』
_
( ゚∀゚)『…………』
(,,゚Д゚)『後腐れすんなら、やりきってから辞めろ』
_
( ゚∀゚)『……うん』
(,,゚Д゚)『ごめんな、俺知らんかったから』
_
( っ∀゚)『ギッコ』
(,,゚Д゚)『うん?』
_
( つд∩)『ごめん、ごめんな、俺、』
(;,゚Д゚)『な、なに、お前何で謝ってんの、は? 泣いてんの?』
_,
( つд∩)『だって俺、お前とモラがどんな気持ちだったのか、やっと、』
(;,゚Д゚)『は? は??』
_,
( つд∩)『天才とか、秀才とか、言ってただろ、』
(;,゚Д゚)『い、いや誰もガチでお前のこと妬んでないから、ないから、やめろ』
-
_,
( ぅд;)『…………俺頑張るから、辞めるまで本気でやるから』
(,,゚Д゚)『あの、あー……無理すんなや? ああ言ったけど嫌なら辞めて良いからな?』
_,
( ぅд;)『うん……』
(,,゚Д゚)『えー……応援行くわ、元野球部員として、お前の親友としてな』
_,
( ぅ∀;)『うん、』
(,,゚Д゚)『だからもー……泣くなやお前……』
生まれて始めて聞く親友の泣きじゃくる声と、貸した肩の濡れる感触。
背中をばんばん叩いて、泣くな泣くなと繰り返しても、なかなか泣き止む事は無かった。
その後、ギコは宣言通りにちゃんと顧問と相談して部活を辞めた。
『後輩の陰口言うような部活無理っすわー』と
後ろ足で砂をかけるように言い放ち、目を丸くする親友を見て笑った。
そして親友はと言うと、まさかのその場で同時退部。
先日の宣言を見事に覆して、『傷ついたから辞めます!』と爽やかに言い放った。
実際に嫉妬からの陰口を繰り返していた上級生と、なにも知らない顧問は狼狽していて
後は色々と大変だったらしいが、もはやギコの知った事では無かった。
-
(,,゚Д゚)「って事があってなー」
_
(;゚∀゚)「ギッコ!? ねぇギッコやめて!?」
( ・∀・)「うわ長岡ガチ泣きしたの? 見たかったんだけどそれ」
(,,゚Д゚)「鼻水まで垂らしてた、俺の肩ぐっしょぐしょになったわ」
( ・∀・)「ないわー」
_
(;゚∀゚)「あーやめて! やめて!! ごめんやめて!!!」
_,
(,,゚Д゚)「お前とモラがどんな気持ちだったか」キリッ
( ・∀・)「ファーwwwwwwwwww」
_
(;゚∀゚)「あぁー! あーっ!! いやーっ!!!」
( ・∀・)「つか何? 頑張る宣言からの即退部?」
(,,゚Д゚)「励ました俺が恥ずかしかったわー」
( ・∀・)「ないわー引くわーギッコかわいそうだわー」
_
(;゚∀゚)「ごめんて! ごめんって!! ごめんなさいて!!!」
-
( ・∀・)「で、天才の長岡君は部活を頑張る宣言覆しましたけど」
_
(;゚∀゚)「反省してるから許して」
(・∀・ )「あーそうだーなぁギッコーそういやこないだしぃちゃん見かけてさー」
(,,゚Д゚)「ほー」
_
( ゚∀゚)「あ、俺も見たわギッコの嫁」
( ・∀・)┌┛そ「長岡をヘドロに向かってシュウゥーッ!!!」メコォォォ
_
(;゚∀゚)「ふぎゃあああああ!!?」ベッチャーン
(,,゚Д゚)「成長しないなーあいつ……部活やめたら頭金色になっとるし……」
( ・∀・)「アレでこそ長岡だけどな……校則ガン無視するしな……」
<ヌルヌルスルゥー!! ベチャンベチャン
(・∀・ )「ばーかばーか」
(゚Д゚,,)「あーほあーほ」
-
( ・∀・)「んーでもよぉ、ギッコちゃんと連絡とってる?」
(,,゚Д゚)「誰と?」
( ・∀・)「しぃちゃんだよ……」
(,,゚Д゚)「取っとらん」
( ・∀・)「なーんーでーさぁ」
(,,゚Д゚)「あいつ携帯持っとらん」
( ・∀・)
(,,゚Д゚)
( ・∀・)「家とか」
(,,゚Д゚)「何をしろと」
( ・∀・)「お前なー……まだ怒ってんの?」
(,,゚Д゚)「……怒ってねぇよ」
-
ぷい、と顔をそらして掃除を再開するギコに、友人はそれ以上追求できず。
ただ溜め息混じりに、俺の親友はアホしかいない、とプールの底に向かって水をまいた。
騒がしくも賑やかに、男子生徒達によるプール掃除は進められた。
プールが綺麗になる頃には、もう日は傾き。
下がってきた気温のなか、各々は制服に着替えて、濡れた水着とジャージを袋に詰め込んだ。
三人揃っての帰り道。
緩やかな坂道を並んで下る三人は、近付く梅雨の湿った空気を肌で感じていた。
しばらくは蒸す日が続く、と口々に文句を言いながら、自販機でジュースを買う。
段々の坂道の中腹にあるバス停で、徒歩組は休憩がてらに備え付けのベンチに座って談笑する。
その内容は最近暑いだの雨は嫌だの、下らない事ばかり。
赤い缶の炭酸ジュースを飲む度に、ふと浮かぶ光景がある。
もう思い出すべきではない、夏の残響。
-
薄暗い教室。
汗の匂い。
滴る音。
(,,゚Д゚)(あー)
痛いくらいに動く心臓。
(,,゚Д゚)(忘れろ)
彼女の目尻に浮かぶ涙。
(,,゚Д゚)(やめろ)
触れた唇のやわさ。
(,,゚Д゚)(ああ、もう)
-
( ・∀・)「なーギッコー」
(,,゚Д゚)(夏になるたびに、アホくせぇ)
( ・∀・)「ギッコー?」
(,,゚Д゚)(ああくそ、忘れろあんなもん)
_
( ゚∀゚)「ギッコ応答しねーな」
( ・∀・)「たまに反応しなくなるよな」
(,,-Д-)゙(知るか、あんな奴)
( ・∀・)「目まで閉じやがった」
_
( ゚∀゚)「強制再起動するかー」
( ・∀・)「やめろよ本体にエラー残して後々に大変になるだろ」
_
( ゚∀゚)「そうなったらどうにかしよう」
( ・∀・)「なるかなー……あっ」
_
( ゚∀゚)「お」
-
湿った生ぬるい空気がシャツ越しに背中を撫でる。
俯きながら瞼を下ろすと、暗さと蒸し暑さが全身を包む。
じっとしていれば、汗が流れるほどではない暑さ。
それが妙に不愉快で、初夏のこの時期は好きになれない。
暑いといろんなことを思い出す。
思い出さなくて良いことばかりがぐるぐると、執拗に自分を責め立てる。
悪いのはあいつだ。
心の狭いことを言うな。
あいつが、なにも言わないから。
何で思い通りになると思ったんだ。
だってあいつが。
「ギコくーん!」
あいつは。
-
突然かけられた声に、下ろしていた瞼を持ち上げる。
そして目の前の坂を見上げると、そこには一人の女子高生。
形の良いローファー、紺のハイソックス、膝上のスカート。
白いブラウスと、胸には赤いリボン。
初夏の風に揺らされて、スカートから伸びる白くすんなりとした脚がよく見えた。
白い三角もちらりと見えたが、手すりに身を乗り出す彼女はそれに気付いていないらしい。
(*^ー^)「ギコくーん! モララーくんと、長岡くんも!」
( ・∀・)「しぃちゃん久し振りー」
_
( ゚∀゚)「どんだけぶりだっけー」
(*゚ー゚)「中学卒業以来だよー!」
オレンジになり始めた夕日に照らされる姿は、記憶の中の彼女より活発に見えた。
記憶の中の彼女は、いつまでも可愛らしくか弱いお姫様。
元気いっぱいに手を振って、大きな声で自分を呼ぶ姿とは、乖離して思えて。
-
二年ぶりに見る姿。
背が少し伸びたらしい。
脚も腕も、あんなに長かっただろうか。
細いところは変わらない。
ろくに日焼けもしていない。
だがあんな風に笑ったかな。
ああそれに、あの。
あの、短くなった髪が、なんだか癪にさわる。
(,,゚Д゚)「…………帰る」
( ・∀・)「は?」
(,,゚Д゚)「じゃあな」
(;・∀・)「は、いや待て、待てよギッコ!」
-
_
( ゚∀゚)「相変わらず足はえーなギッコ」
(;・∀・)「お前のが早いだろうが! あーもー……ギッコまだ怒ってんのな……」
(*゚ -゚)「…………」
( ・∀・)「あー……ギッコ腹痛かったみたいだから! うん!」
_
( ゚∀゚)「こ!!」
(・∀・#)「やかましいわ!!」
(*゚ー゚)「……ギコくん、怒ってるんだね」
( ・∀・)「あー……んー……ギッコアホだからなぁ……」
(*゚ー゚)「んー……私が悪いんだよね……」
( ・∀・)「やー、ギッコがプリプリし過ぎなだけだと思うけどなぁ……」
とぼとぼ、と坂からぐるりと回って降りてきた彼女は、困ったように笑って。
それを見た友人は、どうにかしないとなぁ、と無駄にお節介な気持ちになって。
もう一人の友人は、ふと「エビフライが食べたい」と関係のない事を考えていた。
-
一人で緩い坂道を駆け下りながら、自分の苛立ちに嫌気がさした。
なんて下らない事をいつまでも引きずってるんだ。
なんて馬鹿馬鹿しい怒り方をしているんだ。
ガキじゃあるまいし。
もう高二だってのに。
だってあいつが、相談もせず女子高に行くって決めたから。
教えられたのが、もう入学間近って時期になってからだったから。
なんか腹が立って。
なんか悲しくなって。
なんか、なんか、
申し訳なさそうに、離れた女子高の制服を着た彼女が謝ってて
勝手にしろよって、怒鳴り付けてしまったから。
もう、なんか、ずっともやもやしたままで。
-
頭の都合で、自分が通うのは近場の公立校。
受験日に事故って、滑り止めに受け止められた友人と
最初から「お前らと同じとこ行く」と宣言していた友人。
何だかんだでいつものメンツが高校でも続くのだと思っていて。
彼女に聞いても、曖昧に笑うだけで。
結局彼女の選んだ高校は、電車で通う私立の女子高。
偏差値も高く、頭の良い彼女にはぴったりだった。
ぴったりだよ。
わかってるよ。
彼女が底辺から二歩上くらいの高校に通う必要はない。
ちゃんと身の丈に合った、必要な勉強が出来る高校に行くべきだ。
わかってる。
それが彼女のためになるとわかってる。
でもさ。
寂しかったんだよ。
-
下らなくて、恥ずかしくて、馬鹿馬鹿しくて、情けなくて。
でも寂しくて、悔しくて、いたたまれなくて、恋しくて。
どうしてあんな事を言ったんだろう。
どうして気持ちをちゃんと伝えなかったんだろう。
どうして笑ってやれなかったんだろう。
どうして意固地になってるんだろう。
寂しそうな彼女の顔が忘れられなくて。
でも夏になるたびに胸を掻き回されるように苦しくて。
夏はあまりにも思い出が多すぎる。
彼女の唇の感触は、未だに忘れられそうにない。
身を焼くような暑さの中の、決して消えない秘め事。
締め付けられるように痛む胸と、どうしようもない、いとおしさ。
暑くなると、何もかもが自分の情けなさを責め立てるみたいで。
「夏なんか、大嫌いだ」
坂道を下りきったところで、ギコは俯きながらそう呟いた。
-
矢が空気を裂くような速度で、六月は駆け抜けて行った。
湿気をはらんだ蒸し暑さは姿を隠して、訪れるのは肌を焦がさんばかりの日差し。
七月に入り浮き足立つ生徒達は、今から夏休みの予定を立てては期末試験と言う現実に脅かされた。
しかしそれも過ぎてしまえば、後は夏休みに突入するだけ。
テスト休みは夏休みの前夜祭のようなものだった。
(,,゚Д゚)「あー……っつ」
コンビニにでも出掛けようかと、財布を片手にぶらぶらと。
早々に揺らめき立つ陽炎を眺めながら、昼間からの散歩をしていた。
あれからずっと、いや、中学卒業からずっと、胸はもやもやしたままで。
後悔やら何やらで、どこにも行けず、なにも出来ずに過ごしてきた。
彼女の家は近い。
会おうと思えば会える距離だ。
だがそれが出来る程、言い訳も、口実も、用事も、思い付かない。
高二なんてものは、まだまだ子供だ。
-
蝉の声はまだしない。
しかし鼓膜を震わせるあのうるささも、もうじき始まる。
緑は濃くなったが、まだ夏本番とは言えない若い色をしている。
たんぼの稲もまだまだ若く、田植えからさほど経っていない。
時おり吹くぬるい風だけが、夏の匂いを届けてくれた。
(,,゚Д゚)「あー…………あ?」
幼い頃から歩き慣れた道。
ふと通りかかったある場所に、違和感を覚えた。
雑貨屋、イトウヤ。
二年前に店主が亡くなり、店じまいとなった場所。
色褪せたもとは青かったベンチ。
あちこちが剥離して、骨組みは錆びてざらざら。
雨漏りすらしたトタンのひさし。
錆びて変色して、雨が当たるとやたらにうるさい。
閉めきられたシャッターには、閉店の張り紙が貼られていた。
雨風にさらされて無くなって、もう久しい。
-
いや、閉めきられていた。
今は、開いている。
(;,゚Д゚)「い、伊藤のばーちゃん!? 生きてたの!?」
('、`*川「葬式来たでしょうがあんた」
(;,゚Д゚)
('、`*川
(;,゚Д゚)「伊藤の姉ちゃんが街から帰ってきた!?」
('、`*川「はいはい街から帰ってきましたよー」
久々に見る、馴染みの顔。
閉店した筈のここ、イトウヤの店番をよくしていた孫娘の姿。
大学を卒業して、県内の街の方で独り暮らしをしていたはず。
その元店番は、綺麗に掃除された店内で、売り物の瓶ジュースを飲んでいた。
-
甘酸っぱいわー
-
(;,゚Д゚)「な、何で!? やめたろ店!?」
('、`*川「私にも思うところがあったのよー」
(;,゚Д゚)「……イトウヤ、またやんの?」
('、`*川「やんの」
(;,゚Д゚)「……駅前にコンビニに出来たよ?」
('、`*川「知ってる」
(;,゚Д゚)(チャレンジャーだ……)
('、`*川「まぁ不便だって声が多かったみたいでね、ここ年寄り多いから」
(,,゚Д゚)「あー……うん、でもここ通学路だし、学校から買い食いの苦情来てたんだろ?」
('、`*川「買い食いさせる親が悪いのよ、店に責任押し付けんなっつう
つーかPTAの苦情よりも地元住人のあると便利って声が大きいんだけどね! ふはは!」
(,,゚Д゚)(あ、このイトウヤは安泰だ)
-
('、`*川「さて悩める少年よ、ついでにそこのサッシ閉めて」
(,,゚Д゚)「あ、はい、うわエアコン入ってる!?」
('、`*川「私は暑いのは嫌いです、ほらなんか買え」
(,,゚Д゚)「あー……なんか夢みたいだな、イトウヤまたやるんだ……」
('、`*川「ふふーん、告知一切しなかったから誰も来ないのよね、暇」
(,,゚Д゚)「姉ちゃん……はい50円」
('、`*川「ごめんねーそれ60円になったのよー」
(,,゚Д゚)「くっ、不況め……」
('、`*川「で、だ」
(,,゚Д゚)「ん?」
('、`*川「相変わらずのクソ半端な田舎だけど、少年少女は相変わらずかな?」
(,,゚Д゚)「…………」
('、`*川「えらく沈んだ顔してたわよー」
(,,゚Д゚)「あーうー……姉ちゃんつえーなぁ……」
-
('、`*川「悩みごとかい」
(,,゚Д゚)「……誰にも言わない?」
('、`*川「いーわない言わない、2ケツしてたのも言わなかったっしょ」
(,,゚Д゚)「んー……じゃあ…………しぃ、覚えてる?」
('、`*川「根込さんちの長女でしょ? 女子高行ったっつー」
(,,゚Д゚)「うん……女子高行った……」
('、`*川「そのしぃちゃんが? どした?」
(,,゚Д゚)「俺に、何も言わずに女子高行って」
('、`*川「ふむ」
(,,゚Д゚)「それが、なんか、もやもやして」
('、`*川「んー、相談されたかったの?」
(,,゚Д゚)「…………」
('、`*川「同じ学校が良かったの?」
(,,゚Д゚)「……うん」
-
('、`*川「それがワガママって、自覚してる?」
(,,゚Д゚)「うん……」
('、`*川「んじゃ良いや」
カウンターに置かれた瓶ジュースを飲みながら、店主は天井を仰いで言葉を選ぶ。
それを眺めるギコは、クッションの破れた丸椅子に座ったまま缶ジュースの蓋を開ける。
カシュ、と飛沫をとばしながら暗い口を開いたそれ。
口から溢れる白い空気を見下ろしてから、口をつけた。
冷たくて、甘くて、しゅわしゅわで。
よく冷えた缶の表面を水滴が伝い、手を濡らす。
あの時のジュースも、こんな風に冷たかったっけ。
復活したアイスストッカーには、きっと二つに割れるソーダアイスも入っているのだろう。
最後に食べたのは、いったいいつの事だろう。
しゃくしゃく。
ねばるような甘さ。
冷たくなる胸の奥。
思い出すと、ふと食べたくなってしまう。
-
ああ、夏の残炎。
いつまでもじりじりと、尾を引き、なごり、とどまり、消えてはくれない。
胸が苦しくなるような、身を焼くような、焦がすような、暑い、熱い、何か。
忘れてしまいたい。
忘れたくはない。
遠い日の秘め事、幼い蜜月、触れあった禁忌、身を抱くほどの熱い痛み。
全てを無かった事になんて、きっと一生出来やしない。
無かったことになんか、できっこない。
そんな悲しいことはできない。
そんなもったいないことはできない。
だってあの思い出は、決して無下にはできない大切なもの。
この懐かしい空気の中に身をおいて、ふと気付いた現実。
そんな大切なものの、消滅を、願ってしまっていた。
じゃあ。
若い店主は天井を見上げたまま、口を開く。
-
「あんたは、どうしたい?」
「俺は、」
「あの子に謝ってほしい? それとも謝りたい?」
「俺、は、」
「仲直りしたい?」
「 うん」
「悪いことしたのは、どっち?」
「俺、だよ」
「じゃあ、謝んなさい」
「 はい」
「気の済むように、後悔しないように、やんなさい」
「はい」
「じゃ、もう行きなさい」
「はい」
-
一人きりになった店内。
古びた壁や天井が、壁に貼られたままの古いポスターが、あの頃の姿を残している。
綺麗に掃除はしても、思い出だけは消せなくて。
朽ちてしまうまで、祖母との思い出をこの店に生かしておきたい。
ああ、全く。
今日来た客は、二人だけ。
('、`*川「二人揃って、同じこと考えちゃって」
若いって良いわねぇ。
お姉さんも、旦那見つけなきゃな。
本当にああもう全く。
新装開店のビラでも作ろうかしらね。
-
イトウヤからの帰り道。
懐かしい空気の中、少しだけ決心がついた。
七つ上の若い店主が、背中をぐいと押してくれた。
(,,゚Д゚)(謝ろう)
(,,゚Д゚)(怒鳴ったこと、謝ろう)
(,,゚Д゚)(お前はお前に必要なのを選んだんだって)
(,,゚Д゚)(他のものが不要になったんじゃないって)
(,,゚Д゚)(ちゃんと、分かってるからって)
(,,゚Д゚)(あやま)
(*゚ー゚)「あ、ギコくん」
(;,゚Д゚)「ヘェアッ!!?」
-
来た道を戻りながら、前だけを見て考え込んでいた。
だから途中のお地蔵さん横のベンチに座る彼女の姿に気が付かなくて。
突然彼女が声をかけてきたから、間の抜けた声を上げてしまって。
ついでに言うと右手に持っていたのみさしのジュースを落とした。
(*゚ー゚)「どうしたの? 変な声出して」
(;,゚Д゚)「お、オァァ……何でもない……」
(*゚ー゚)「イトウヤ行ったの?」
(,,゚Д゚)「あ……うん」
(*゚ー゚)「びっくりしたね」
(,,゚Д゚)「うん……」
-
ペニサス良いお姉ちゃん過ぎるだろ
何で一人身なんだよ
-
さんさんと降り注ぐ日差しの中。
会話はさして弾まず、先ほどの決心は突然のことにかき消えていた。
せめて、せめて心の準備がしたかった。
準備期間を設けてほしかった。
さすがにさっきな今ではちょっと無理だ。
(*゚ー゚)
(,,゚Д゚)
(*゚ー゚)「……えっと」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ー゚)「あ、暑いね……」
(,,゚Д゚)「……うん」
(;*゚ー゚)
(;,゚Д゚)
-
(*゚ー゚)「あ、と……えと……」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ー゚)「……あっ、野球!」
(,,゚Д゚)「え?」
(*゚ー゚)「野球部、だよね?」
(,,゚Д゚)「え、あ……ああ、まぁ……」
(*゚ー゚)「試合出てたよね、すっごいホームラン打ったの」
(,,゚Д゚)「まぁ……辞めたけど……」
(*゚ー゚)「えっ……辞めちゃったの?」
(,,゚Д゚)「うん……春に……」
(*゚ー゚)「……そっか、残念……かっこよかったのに」
(,,゚Д゚)「何言ってんだよ……つか、何で知ってんの」
(*゚ー゚)「えっとね、友達の彼氏が出てるからね、一緒に応援に行ってたんだ」
(,,゚Д゚)「……ふーん」
-
(*゚ー゚)「そしたらね、相手のチームに急にギコくんが出てきたんだよ」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ー゚)「すごくびっくりしてね、思わずギコくんの方応援しちゃって」
(,,゚Д゚)(良いのか応援して)
(*゚ー゚)「そしたらギコくんが、すっごいの打ったんだよ、すっごかったんだよ」
(,,゚Д゚)「俺の事だから分かってるっつーに……」
(*^ー^)「あ、そっか……えへへ……あとでね、友達に怒られちゃった」
(,,゚Д゚)「……バーカ」
(*゚ -゚)「あ、ひどいー」
あれ、おかしいな。
なんか、なんだ?
普通に、話せるし、顔も見れるぞ?
-
やけに嬉しそうに、楽しそうに、はしゃぎながら話す彼女の笑顔。
まるで自分だけが見ていたように、大事な何かを自慢するように話していて。
妙に、むず痒い。
しかし、友人の彼氏だろうが、見知らぬ男がしぃに応援されるのは何だか癪だ。
少しだけ、ほんの少しだけ、気分が良い。
(*゚ー゚)「あ、そうだ!」
(,,゚Д゚)「ん?」
(*゚ー゚)「携帯ね、高校入って買ったんだよ」
(,,゚Д゚)「あー……お前、持ってなかったもんな」
(*゚ー゚)「自分で買おうと思ってて……携帯って高いねぇ、一括だと大変だったよ」
(;,゚Д゚)「一括で買ったのかよ!?」
(*^ー^)「えへへ、12万頑張りました。
だからね、アドレス交換しようよ」
(,,゚Д゚)「あー……うん」
(*^ヮ^)「やったぁ!」
-
今さらのように、アドレスやら、IDやらを交換する。
三年前にはもう持っていたギコと違って、彼女は慣れない手つきで白い携帯を操作していて。
あんまりまごまごしているから、代わりに操作して自分のアドレスやら番号を登録する。
よく使うアプリのインストールも、IDの登録も設定も、彼女の目の前で教えながら行った。
大きな目を丸くしながら、画面を覗き込む彼女。
すごいねぇ、ギコくんは詳しいねぇ、なんて
あの頃と同じ顔で笑うから、何だか気恥ずかしくなってしまう。
短くなった髪も、よく似合っている。
少しだけ、活発な印象にはなった。
けれどやっぱり、根っこは全然変わってない。
携帯電話を額にぺちんとぶつけて返すと、彼女は爽やかな夏の日差しみたいに笑っていた。
ありがとギコくん、今度連絡するね、なんて言うものだから。
胸がぎゅう、と熱くなった。
-
容赦なく降り注ぐ日差しの中で、ベンチに座る彼女と、正面に立つギコ。
上から見下ろす彼女の頭、白い帽子が眩しくて、目を細めてしまう。
すらりと伸びた腕や脚は、太陽の熱で少し赤くなっている。
楽しそうに携帯電話を両手で持ち、ぺちぺちと操作する彼女から視線をそらした。
足元に落ちている先程落とした缶を拾って、残っていた中身を排水溝に流す。
道を挟んだ斜向かいにある自販機と、隣に置かれたゴミ箱に歩み寄って、空き缶を投げ入れた。
(,,゚Д゚)(……あっつ)
真夏よりは優しいが、昼間の日差しは肌を焼く。
じりじり、じわじわ、汗がにじむ。
尻ポケットに差し込んでいた財布を取り出して、小銭を自販機に落とし込む。
ランプのついたボタンを眺めてから、やや悩んで、二つのボタンを押した。
そして二つの缶をもって、彼女の前まで戻って行く。
相変わらず彼女はピンクのケースに入った白いそれをぎこちなく叩いてばかりで、
大体の事はそつなくこなせると思っていたのに、意外と不器用な面があると知り、少し笑ってしまう。
-
(*゚ -゚)「うー……んー……? 伸ばし棒はどこ……?」ペチペチ
(,,゚Д゚)
(*゚ -゚)「小文字は……あれー……外だと画面が見づらいよー……」ペチペチ
(,,゚Д゚)「へい」ペト
(;*゚o゚)「ひぇっ!?」
携帯電話と格闘する彼女の頬に、オレンジ色のよく冷えた缶をぴたりと当てた。
びく、と跳ね上がった彼女がうっかり携帯を落としそうになりながら、ギコを見上げる。
そして冷たい何かの正体に気づくと、にっこり、また嬉しそうに笑った。
(*^ヮ^)「えへへ、ありがとギコくん」
(,,゚Д゚)「おう」
(*゚ー゚)「120円?」
(,,゚Д゚)「奢り」
(*゚ー゚)「良いの?」
(,,゚Д゚)「飲めよ」
(*^ー^)「……えへへ」
-
携帯を膝に置いて、両手で冷たい缶ジュースを持っては回して、プルタブを上げずに眺める。
まるで飲むのが勿体無いと言うように、にこにこ、缶をいじるだけ。
それに対しては何も言わず、自分の分である赤い缶のプルタブを上げた。
かしゅ、と冷たい音を立てながら、先程も見た暗い口が開く。
一口飲めば、喉に炭酸の刺激と冷たい甘さ。
この薬臭いような、身体に悪そうな甘さが、なぜだか妙に美味い。
(*゚ー゚)「……ギコくんは、やっぱりコーラが好きなんだねぇ」
(,,゚Д゚)「んー」
(*゚ー゚)「男の子はコーラが好きなのかなぁ」
(,,゚Д゚)「……お前はオレンジで良いんだろ」
(*゚ー゚)「うん、好きだよ?」
(,,゚Д゚)"
(*゚ー゚)?
(,,゚Д゚)「そうかよ」
(*゚ー゚)「うん」
-
(*゚ー゚)「ね、ギコくん」
(,,゚Д゚)「んー……」
(*゚ー゚)「私がオレンジ好きなの、覚えてたんだね」
(,,゚Д゚)「…………おう」
(*^ー^)「……えへ」
(,,゚Д゚)「…………」
ああ、むず痒い。
気恥ずかしい、こそばゆい、走り出したい。
覚えているに決まってる、どれだけの時間を共有したと思ってるんだ。
覚えているに決まってる、どれだけお前の事を見てきたと思ってるんだ。
いや、しかし、どれだけの時を過ごしても、どれだけ彼女を見てきても、
未だに、その真意を探り当てて、汲み取る事なんて出来ないままだ。
彼女が語らないのではなくて、ギコにその能力が無いだけなのだが。
-
(,,゚Д゚)「……なぁ」
(*゚ー゚)「ん?」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ー゚)「…………」
彼女の正面に、横を向いて立ったまま、口を開いては閉じ、開いては閉じ。
言葉を手探るように、缶や足元に視線を落としてから、よく晴れた空を見上げる。
雲は少なく、やや白っぽい青。
真夏には遠い、刺すような日差し。
しかし、夏は近い。
もう、すぐそこだ。
(,,゚Д゚)「……高校、楽しいか」
(*゚ -゚)「…………うん」
(,,゚Д゚)「…………そか」
-
(,,゚Д゚)「俺も、楽しい」
(*゚ー゚)「……よかった」
(,,゚Д゚)「うん……」
(*゚ー゚)「……あのね」
(,,゚Д゚)「ん」
(*゚ー゚)「友達も出来たしね、楽しいんだけどね、」
ざあ、と風が吹く。
浮き上がった彼女の帽子を、上から押さえてやる。
顔の見えない彼女が、小さく言葉を紡いだ。
「ちょっと、寂しい」
「…………俺も」
「そっ、かぁ」
ざわざわ。
風は、まだ止みそうになかった。
-
みんみん、じゃわじゃわ。
みんみん、じゃわじゃわ。
じーわじーわ、つくつく。
じーわじーわ、つくつく。
時刻は昼前。
夏休みが始まって一週間ほどが過ぎた頃。
エアコンの冷気にある程度冷やされたリビングで、扇風機を回しながら机の前に座る。
机の上に広げられているのは、夏休みの宿題と汗をかいた麦茶のコップ。
右手にペンを握ったまま、左手の携帯をじっと見つめている。
画面には、二週間ほど前に彼女から届いたメッセージ。
もう終えたやり取りを何度も見ては、次のメッセージが来ないか、自分から送るべきか。
他愛のない会話をしただけで、結局まだ謝れていない。
何か俺、謝ろうとして謝れないのをしょっちゅうしてる気がする。
-
『宛先はギコくんですか?』
『はい』
『わーい、送れたよ』
『良かったな』
『この文字打つのむずかしいね』
『慣れだろ』
『スナイプ入力だっけ?』
『スワイプだし入力はフリックだ』
『はずかしい』
『そうだな』
『ばか』
『お前だよ』
なんて、下らない会話だ。
そんな下らない会話が、たまらなく心地好いんだ。
二年間、もやもやしたまま、もやもやして過ごしてきた。
そんな中で、彼女が再び日常に戻ってきたみたいで。
正直、困惑する。
-
イトウヤの帰りに会って、少し話した。
謝る事は出来なかったが、胸の内を互いに伝え合えた気がする。
でも、まだ気まずさが強い。
彼女から言葉を選んで話してくれると、会話は驚くほどスムーズに進む。
しかし自分からだと、そうはいかない。
コミュニケーション能力が低い自覚は無いのだが、彼女に対してだけは難しい。
自分の気持ちは、ちゃんと理解している。
俺は小さい頃から、しぃが好きなんだ。
でもほんの少しだけ、胸にしこりが残ってる。
このしこりを取り除きたい。
この気持ちを伝えたい。
あの時の約束は、まだ有効なのだろうか。
もう、この二年で無効になってしまったのだろうか。
有効なのだとしたら。
無効なのだとしたら。
ああもう、頭の中が捏ね回されるみたいだ。
-
(,,゚Д゚)「はー……」
( ・∀・)「見ろ長岡、これが人を呼んでおいて宿題をしない大学進学予定の人間だ」
_
( ゚∀゚)「つまり宿題を捨てて遊べば良いんだな」
( ・∀・)「良いわけねーだろひっぱたくぞ」
_
( ゚∀゚)「モラって俺に厳しくない?」
( ・∀・)「厳しくさせる奴が悪くない?」
_
( ゚∀゚)「ギッコー何みてんだよー」
( ・∀・)「逃げるなこら」
(,,゚Д゚)「あー……しぃのメッセ……」
_
( ゚∀゚)「嫁と仲直りしたんギッコ」
( ・∀・)゙ ゴスッ
_
( ゚∀゚)「いたい! 机の下から蹴るなよ!?」
-
( ・∀・)「オレ オマエノ デリカシー ナイトコ キライ」
_
( ゚∀゚)「えぇ……ごめん……」
( ・∀・)「それはさておき、しぃちゃんと仲直りしたんかギッコ」
_
( ゚∀゚)(聞くのか)
(,,゚Д゚)「まだしてない……」
_
( ゚∀゚)(答えるのか)
( ・∀・)「でもアドレス交換したんだろ? メッセもやり取りしてるのに」
(,,゚Д゚)「…………なぁモラ」
( ・∀・)「うん?」
(,,゚Д゚)「俺、心狭いよな」
( ・∀・)「うん」
(,,゚Д゚)
( ・∀・)
_
( ゚∀゚)(えぐい)
-
( ・∀・)「ギッコしぃちゃんが女子高行って怒ってたじゃん」
(,,゚Д゚)「はい」
( ・∀・)「まぁ一言欲しかったのはわかるけどさ」
(,,゚Д゚)「はい」
( ・∀・)「二年引きずるのは女々しい」
(,,゚Д゚)「ハイ」
_
( ゚∀゚)(ひどい)
( ・∀・)「そんだけ一緒の学校行きたかったんだろ」
(,,゚Д゚)「…………うん」
( ・∀・)「しぃちゃんもそれ分かってたから言えなかったんだろうよ」
(,,゚Д゚)「…………」
( ・∀・)「言えなくさせたのも、お前のせいでもある」
(,,゚Д゚)「……はい」
_
( ゚∀゚)(きつい)
-
( ・∀・)「でも、もう怒ってないのな」
(,,゚Д゚)「だってさ、……しぃがうちみたいな底辺来る必要無いだろ」
( ・∀・)「 そうだな」
_
( ゚∀゚)(こらえた……本来は進学校に行きたかったモラがこらえた……)
(,,゚Д゚)「あいつには、あいつの進路があるんだし」
( ・∀・)「 そうだな」
_
( ゚∀゚)(モラ……大人だなぁ……)
(,,゚Д゚)「だからさ……何か……俺がわがまま言って怒るの、カッコ悪いなって……」
( ・∀・)「そうだな!」
_
( ゚∀゚)(ここぞとばかりに生き生きと……)
(,,゚Д゚)「だからあの、寂しいけど、怒ってない」
( ・∀・)「ふむ」
(,,゚Д゚)「つか、勝手にしろって怒鳴ったからさ、謝りたい」
( ・∀・)「ギッコ最低だよな」
_
( ゚∀゚)(鬼か)
-
( ・∀・)「ふーん、急に成長したじゃん」
(,,゚Д゚)「伊藤の姉ちゃんにも言われたから」
( ・∀・)「俺がどんなに言っても聞かなかったくせに」
_
( ゚∀゚)「女じゃないとダメなんだな」
(,,゚Д゚)「人聞きが悪い」
( ・∀・)「見損なったぞギッコ!」
_
( ゚∀゚)「推定Fカップがそんなに好きか!」
( ・∀・)「その観察眼は気持ち悪い」
_
( ゚∀゚)「えっ」
( ・∀・)「つかイトウヤ復活すごいよな、長続きすると良いんだけど」
(,,゚Д゚)「あの姉ちゃんならいける気がする」
_
( ゚∀゚)「おっぱいでっかいしな」
( ・∀・)「いつまでガキみたいなこと言ってんだお前は」
_
( ゚∀゚)「ダメなのか……」
-
(,,゚Д゚)「モラだってガキだろ」
( ・∀・)「俺は医大目指してるエリート志望だから」
_
( ゚∀゚)「底辺高だけどな!」
( ・∀・)「俺じゃない、突っ込んできた自転車が悪い」
(,,゚Д゚)「しかも逃げたしな」
( ・∀・)「まぁ……悪いことばかりじゃないけどな」
( -∀-)゙「そりゃ進学校行きたかったけど……」
( ・∀・)゙「……前らと一緒の高校行けたから」
"(・∀・ )「勉強以外の大事なものを色々知れて」
_
( ゚∀゚)「ギッコ見て、消ゴム七段重ね」
(,,゚Д゚)「何で七つも持ってんだ」
(・∀・ )
-
_
( ゚∀゚)「モラが怒った」
(,,゚Д゚)「真面目に宿題しないからだな」
_
( ゚∀゚)「見てギッコ、ノート端のとこをこうすると動く」
(,,゚Д゚)「パラパラ漫画作るな」
_
( ゚∀゚)「モラって大人っぽいけどガキだよな」
(,,゚Д゚)「高2で蝉取りに誘ってくるお前もどうかしてるけどな」
_
( ゚∀゚)「モラめっちゃ楽しそうだったぞ」
(,,゚Д゚)「ガキだからな」
_
( ゚∀゚)「ギッコも遊んでたじゃん」
(,,゚Д゚)「ガキだからな」
_
( ゚∀゚)「なんだみんなガキか」
(,,゚Д゚)「そうなるな」
( ・∀・)「おまえらきらい」
-
ああ、友人とのバカなやり取りは楽しい。
どちらも、何だかんだで自分の事を案じてくれているのは分かってる。
無駄にお節介な秀才は、呆れて怒って、それでも面倒見が良い。
バカでマイペースな天才は、何も考えずに喋って怒られるが、あれで意外に鋭い。
このバカ共と、親友で良かったな。
一人だったら、きっと煮詰まって駄目になっていた。
それは三人全員に言える事なのだが、誰も口に出しはしない。
みんながみんな、それを察しているのだから、口に出す必要は無かった。
この察しの良さが、彼女には向けられないのだが。
ふと時計を見上げると、時刻は昼食に良い時間。
宿題はさして進まなかったが、少しだけ胸のつかえが取れて、少しだけ腹が減った。
人間は案外簡単だ、胸が詰まって食欲が無くても、少しほっとしたら食欲がわいてくる。
さて、昼飯はどうしようか。
-
(,,゚Д゚)「そういやうち親居ないからさ、今日泊まってけよ」
( ・∀・)「夫婦で旅行だっけ」
_
( ゚∀゚)「ギッコんちのとーちゃんかーちゃん仲良いよな」
( ・∀・)「晩飯とかは? あんの?」
(,,゚Д゚)「近所に頼んであるって、カップ麺とかで良いのにな」
_
( ゚∀゚)「ピザとか注文しようぜ」
( ・∀・)「何で親居ないとピザ食いたくなるんだろうな」
(,,゚Д゚)「カップ焼きそばとかな」
( ・∀・)「わかるわ」
_
( ゚∀゚)「お菓子食いまくったりな」
(,,゚Д゚)「コンビニチキン食いまくったりな」
( ・∀・)「わーかるわー」
-
( ・∀・)「んじゃ昼飯は? 何かあんの?」
(,,゚Д゚)「それも近所に頼んであるって」
_
( ゚∀゚)「羽目を外せそうにねーな!」
(,,゚Д゚)「作ってもらったら食うよなぁ……」
( ・∀・)「器洗って返すよなぁ……」
_
( ゚∀゚)(優等生かよ)
( ・∀・)「あ、じゃあそろそろ届くか取りに行くのかな」
(,,゚Д゚)「あー届くみたいだから準備しとくか」
( ・∀・)「じゃあ長岡、イトウヤまで俺らの昼飯買いに行こうか」
_
( ゚∀゚)「焼きそば食べたい」
( ・∀・)「普通のヌードルで良いかなー」
(,,゚Д゚)「行ってらー」
( ・∀・)「宿題しとけよー」
-
友人二名が財布を片手に席を立ち、玄関へと向かう。
宿題をしろと言った次の瞬間には机の上を片付けていて、友人は笑いながらギコの頭をはたいた。
イトウヤまではさして距離は無い、十分やそこらで戻ってこられるだろう。
戻ってきたら昼食にして、食べ終わったら宿題を。
まあ、ろくに宿題なんてしないのだろうけど。
長岡が入るとろくに勉強にならない。
あれで成績が良いのだから腹が立つ。
ぴんぽん。
友人が玄関でサンダルに足を入れると、チャイムが鳴った。
ついでに応対をしようとドアを開けると、むわ、と熱気が涼しい屋内へと流れ込む。
そのまま押し開けて、目を焼くような日差しと照り返しに眉を寄せて。
(*゚ー゚)「あ、モララーくんだ」
( ・∀・)「あっ」
_
( ゚∀゚)「お、ギッコの嫁」
_
( ゚∀(⊂三( ・∀・)「しぃちゃん、どしたの?」メリィ
-
(*゚ー゚)「えっとね、お昼ご飯持ってきたんだよ」
( ・∀・)「あぁー」
(*゚ー゚)「二人が居るのは考えてなかったや……お昼ご飯二人分しかない……」
( ・∀・)「二人分」
(*゚ー゚)「待ってて、すぐ作り足してくるから!」
( ・∀・)「いやいやいやいやー俺らもう帰るとこだからさー長岡が昼奢ってくれるってー」
_
( ゚∀(#)「えっ? そんな話したっけ?」
( ・∀・)三⊃「だからまた明日来るわーああーっと荷物忘れてたぞー」ヅムゥ
_
(#)∀(#)「いたい」
(・∀・ )「おおーいギッコー昼飯が届いたぞー」
<おー?
(・∀・ )「あと俺ら帰るわー荷物取ってー」
,,(,,゚Д゚)「おーう?」
(*゚ー゚)ノシ「ギコくーん」
(;,゚Д゚)そ「ファアォ!?」
-
( ・∀・)「じゃあなーまた明日なー」
_
( ゚∀゚)「モラー、俺まだギッコとドカポンやってないんだけどー」
( ・∀・)「宿題しろよ」
_
( ゚∀゚)「集まってやる事なんて遊びに決まってるじゃん」
(;,゚Д゚)「おい待て、待てお前ら」
(・∀・ )「明日また来るわー」
(;,゚Д゚)「状況がわからん、待て」
_
( ゚∀゚)「遊びたいのにモラが帰ろうとする」
(;,゚Д゚)「宿題しろよ」
( ・∀・)「俺は長岡が昼飯奢ってくれるって言うから二人で帰ります」
_
( ゚∀゚)「言ってない」
( ・∀・)「お前はしぃちゃんが持ってきた昼飯を食べて宿題しなさい」
(;,゚Д゚)「えぇぇぇぇ……」
(*゚ー゚)(やっぱりギコくん達と居ると楽しいなぁ)
-
_
( ゚∀゚)「モラー、俺財布に2万円しか無いんだけどー」
( ・∀・)「意外とあるじゃねーか……」
_
( ゚∀゚)「あ、食うなら四人のが楽しくない?」
( ・∀・)「長岡」
_
( ゚∀゚)「へい?」
( ・∀・)「空気読め」ドスッ
_
( ゚∀゚)「ふぐぅ」
( ・∀・)(あのな、しぃちゃんとギッコ二人にしたいの、わかる? 意味わかる?)
_
( ゚∀゚)(…………あっ)
( ・∀・)「全然鋭くないよなお前……じゃ、行くぞー」
_
( ゚∀゚)「あ、待って待って、これこれ」ゴソゴソ
( ・∀・)?
-
_
( ゚∀゚)「ギッコはいこれ! ちょっと暑さでわいてるかもしんないけどやるよ!!」
(;,゚Д゚)「お、おう? ありがとう?」
( ・∀・)「アッ」
( ・∀・)
( ・∀・)「ヨシイクゾー」
_
( ゚∀゚)「ワー」
( ・∀・)(どしたんあれ)
_
( ゚∀゚)(薬局の試供品もろた)
(;,゚Д゚)「…………アホ共ぉ……」
(*゚ー゚)「二人とも、また今度ねー」
<マタネー
<バイバーイ
(;,゚Д゚)「……何なのあいつら……」
(*゚ー゚)(たのしい)
-
(,,゚Д゚)「……取り敢えず上がれよ」
(*゚ー゚)「うん、お邪魔しまーす」
(,,゚Д゚)「何渡したんだあいつ……」ガサガサ
(*゚ー゚)「ギコくーん、お台所借りるねー」
(゚Д゚,,)「お、おーう」
(,,゚Д゚)
(,,゚Д゚)(後で良いや、置いとこ……)
(*゚ー゚)「ギコくーん、これ麦茶とめんつゆどっちー?」
(゚Д゚,,)「ピンクがめんつゆー」
(*゚ー゚)「はーい」
(,,゚Д゚)「……手伝うかー」
(*゚ー゚)「大丈夫だよー、盛り付けだけだからー」
(,,゚Д゚)「んー」
-
何やら慌ただしく家を出ていった友人と入れ違いに訪れたのは、件の彼女。
腕に下げたビニール袋と、両手で持ったガラスの器。
ビニール袋にはおかずが、ガラスの器には茹でられたそうめんが入っている。
両手が塞がった状態で、よくインターホンが押せたな。
しかしあの喧しい友人二人を眺める時も、何やら嬉しそうな顔をしていた。
(,,゚Д゚)(……友達居るんだよな……?)
彼女の人柄なら問題なく居るだろうが、少しだけ要らない心配をしてしまう。
自分よりも、ずっと人付き合いも上手いだろうに。
かちゃかちゃ。
とぽとぽ。
台所から届く音。
カウンターの向こうの背中は、懐かしくも見覚えの無い人のよう。
短くなった髪がさらさらと揺れる。
小学生の頃は、背中まで伸ばしていたのにな。
似合ってはいるが、何か心境の変化でもあったのだろうか。
後で、それとなく触れてみるか。
-
(*゚ー゚)「おまたせー」
(,,゚Д゚)「お、おう、ありがとな」
(*゚ー゚)「おそうめんとー、お茄子とー、豚の天ぷらでーす」
(,,゚Д゚)(うまそう)
(*゚ー゚)「じゃん、薬味も持参だよ」
(,,゚Д゚)「おお」
(*゚ー゚)「生姜とー大葉とー茗荷ー、おネギもあるよー」
(,,゚Д゚)「色々持ってきたな……」
(*゚ー゚)「お母さんがあれもこれもーって、置いて帰っても良い? 使う?」
(,,゚Д゚)「あー、使う使う」
(*゚ー゚)「わーい、じゃあ手を合わせて下さい」
(,,゚Д゚)「……お前も食うの?」
(*゚ー゚)「ダメ?」
(,,゚Д゚)「良いけど……」
-
(,,゚Д゚)「……あれ、割り箸?」
(*゚ー゚)「うん、私のお箸は持ってこなかったから」
(゚Д゚,,),,「ちょっと待ってろ」
(*゚ー゚)?
,,(,,゚Д゚)っ「ほら」
(*゚ー゚)「…………小学生の時に使ってたお箸だぁ……」
(,,゚Д゚)「母ちゃん捨ててなかったから」
(*^ー^)「……えへへ、ちっちゃいねぇ」
(,,゚Д゚)「そりゃそうだな」
(*゚ー゚)「……いただきます!」
(,,゚Д゚)「いただきまー」
(*゚ -゚)「あー、ちゃんと言わなきゃダメなんだよー」
(,,゚Д゚)「いただきまーすー」
(*゚ー゚)「んもー」
-
ずるずる、つるつる。
もぐもぐ、がつがつ。
冷たいそうめんが口の中から腹までを冷やして行く心地よさ。
合間に取る茄子や豚の天ぷらは、歯応えや味に変化を与える。
めんつゆに少しずつ落とす薬味も、また同様の効果をもたらしてくれた。
間違いなく美味い。
しかしそれよりも、向かい側で麺をすする彼女が気になる。
気になるが、気にしないように。
視線が勝手に動いてしまうが、見ないように。
ずるずる、つるつる。
互いの出す音だけが、部屋の中に響く。
食事中と言う事もあって、室内は静かなものだ。
咀嚼の音と、エアコンの音、扇風機の音、少し遠くに冷蔵庫の音。
後は外で鳴き続ける蝉の声が、壁やガラス戸越しに聞こえるくらい。
-
真っ昼間だが、部屋はやや薄暗い。
まだつけていなかった電気と、ベランダのガラス戸にかけられたすだれ。
薄暗いが、息の詰まるような暑苦しい暗さではない。
どこかひんやりとした、心地のよい暗さ。
隙間から差し込む日差しは、室内との対比でやけに明るく見える。
静かで、暗くて、涼しくて。
扇風機のゆるい風が彼女の髪を、さわさわと撫でていた。
ふと、視線が合う。
ふい、と視線をそらす。
くすり、笑う声が聞こえた。
(*゚ー゚)「ねぇ、ギコくん」
(,,゚Д゚)「ん」
(*゚ー゚)「焼けてるねぇ」
(,,゚Д゚)「あー……こないだ蝉とったから」
(*゚o゚)「男の子って高校生になっても蝉とりするんだ……!」
-
(,,゚Д゚)「長岡が言い出したんだよ」
(*゚ー゚)「あー、だからかぁ」
(,,゚Д゚)(長岡の評価って分かりやすいな)
(*゚ー゚)「相変わらず、三人とも仲良いねぇ」
(,,゚Д゚)「……そっちはどうだよ」
(*゚ー゚)「私? ちゃんとお友達出来たよ」
(,,゚Д゚)「ふーん……」
(*^ー^)「でもね、ギコくん達と話すのはね、やっぱり楽しい」
(,,゚Д゚)「……ふーん」
(*゚ー゚)?
(,,゚Д゚)「…………お前全然焼けてないのな」
(*゚ー゚)「赤くなるから日焼け止め塗ってるんだよー」
(,,゚Д゚)「あー……真っ赤になってたなそういや」
(*゚ー゚)「あんまり焼けないんだけどね、赤くなって痛くなるんだー」
-
マウントってピッチャーじゃ……いやいいんだ
-
(,,゚Д゚)「……ごっそさん」
(*゚ー゚)「お粗末様でした」
(,,゚Д゚)
(*゚ー゚)
(,,゚Д゚)「美味かった」
(*^ヮ^)「わぁい」
(,,゚Д゚)(誘導された)
(*゚ー゚)「デザートに桃があります」
(,,゚Д゚)「よっしゃ」
(*゚ー゚)「洗い物して剥いてくるねー」
(,,゚Д゚)「あー、俺洗う」
(*゚ー゚)「良いのー?」
(,,゚Д゚)「うん」
(*^ー^)「ありがとー」
(,,゚Д゚)(かわいい)
-
洗い物をする隣で、洗った桃の皮を剥く彼女。
慣れた手付きで包丁を動かす姿に、普段から料理をしている事がわかった。
ああ、良い嫁になりそうだな、なんて。
ふわ、と漂う桃の甘い匂いが、隣に立つ彼女のシャンプーの匂いと混ざって鼻腔をくすぐる。
白くすらりとした首筋が、髪の隙間から覗く小さな耳が、妙に視線を奪う。
ん? と視線に気付いた彼女が首をかしげながらこちらを見上げた。
手元に視線を動かして、何でもないと口にする。
(,,゚Д゚)「髪、切ったんだな」
(*゚ー゚) 「へん?」
(,,゚Д゚)「……最初見た時は、びっくりした」
(*゚ー゚)「えへへ、伸ばしてたんだけどね、春にね、つーちゃんに燃やされたの」
(,,゚Д゚)「えっ」
(*゚ー゚)「お墓参りに行って、お線香あげようとしてね、チャッカマンでぼって」
(,,゚Д゚)「け、怪我は?」
(*゚ー゚)「ないよー、髪のこのあたり燃えちゃったけど」
(,,゚Д゚)「お、おう……」
-
(*^ー^)「ふふ、つーちゃん泣いちゃってね、大変だったの」
(,,゚Д゚)「あいつシスコンだからなぁ……」
(*゚ー゚)「よいしょ、桃剥けましたー」
(,,゚Д゚)「はい器」
(*゚ー゚)「切って盛り付けまーす」
(,,゚Д゚)「洗い物終わった」
(*゚ー゚)「あ、拭いて仕舞わないタイプ?」
(,,゚Д゚)「めんどい」
(*゚ -゚)「もー」
(,,゚Д゚)「あーはいはい、拭きます」
(*゚ー゚)「はいは一回だよー」
(,,゚Д゚)「はーいー」
(*゚ー゚)「すぐ伸ばすー」
(,,゚Д゚)「お前が言うな」
-
(*゚ー゚)「はい完成」
(,,゚Д゚)「食うか」
(*゚ -゚)「もー、途中で放り出すんだからー」
(,,゚Д゚)「桃がぬるくなるから」
(*゚ー゚)「しょうがないなぁ、食べましょう」
(,,゚Д゚)「食べます」
食後のデザートに冷たい果物と入れ直した麦茶を持って、机まで戻る。
ギコは元の座布団に座り、彼女は向かいから斜めの席に移動した。
片した宿題を隅へ押し退けるギコを、頬杖をついて眺める彼女。
味気の無いつまようじの刺さった桃に手を伸ばそうとしたら、彼女が口を開いた。
(*゚ー゚)「あ、そうだ」
(,,゚Д゚)「んー」
-
新婚夫婦か
-
(*゚ー゚)「あのねギコくん、まだダメだよ」
(,,゚Д゚)「? 何が?」
まだ食ってはいけないのだろうか、と彼女の顔と桃を見比べる。
しかし彼女はそれを眺めながら、頬杖を崩して、少し恥ずかしそうにはにかむ。
(*゚ー゚)「責任取れる歳までね、ダメなんだよ?」
(,,゚Д゚)
(;, Д )そ
あ、ああ
(;*゚ー゚)「な、なんて、ね?」
(;, Д )「…………」
約束は、有効だった。
-
突然の彼女の言葉に、思考も動作も停止してしまった。
そして意味を理解して、ぶわ、と首から上が暑くなる。
一気に溢れだした汗と、高まる体温、からからに渇いてゆく口の中。
恐らく、いや間違いなく、首から上は真っ赤になっているのだろう。
すぐそこに座る、彼女と同じくらいに。
自分の発言がどんな意味を持つのか、彼女は理解しているし。
自分が何を言われたのか、ギコも理解してしまっている。
いきなり、なんて事を、口にしたんだ。
お互いにそう思いながら、真っ赤になって変な汗を流す。
俯いて口を閉ざし、相手の顔も見れなくて。
どうするんだよ、この空気。
ああでも、でも。
無効には、なっていなかった。
あの約束は、まだ有効だったのか。
それは、互いにちゃんと伝えてはいない気持ちが、一方通行では無いと言う意味で。
-
どくどく、胸が、全身が、脈動がうるさい。
この二年、もやもやしどおしだった。
一方通行なんじゃないか、このまま自然消滅するんじゃないかと、ずっと息苦しかった。
けれど彼女の言葉は、それを容易く覆してくれて。
ああ、細い手が震えている。
赤くなった額に浮かんだ汗が、前髪を濡らしている。
お前、そこまで恥ずかしいなら言うなよ。
何を変な勇気を出しているんだお前は。
ああもう、ああもう、
畜生、俺も、自分の背中を蹴っ飛ばさないと。
(;,゚Д゚)「…………あのっ!」
(;*゚ -゚)「ギコくんっ」
(;,゚Д゚)「はいっ!?」
(;*゚ -゚)「あ、お、お先に、どうぞ」
(;,゚Д゚)「あ、いえ、そちらこそ」
-
(;*゚ -゚)「あの、あの、ね、私、あれ、わざとだったの」
(;,゚Д゚)「あれ?」
(;*゚ -゚)「キャミソール、あの、中2の、補習、着てなかったの」
(;,゚Д゚)「は、ぇ、はっ?」
(*゚ -゚)「……私ね、あのね、ギコくんにちゃんと、女の子だって、思われてるのか、不安でね」
バカか。
バカかこいつ。
最初からずっと、お前はお姫様なんだよ。
(*゚ -゚)「だからね、意識してほしいなって、すっごく恥ずかしくて、すっごくドキドキしたけど」
バカかよお前は。
ほんとにバカかよ。
なんでそう言うアホみたいな努力するんだよ。
なんではっきり口で言えないんだよ。
行動する方がずっと恥ずかしいだろそれ。
-
(*゚ -゚)「でもね、あの、その、効果、ありすぎちゃったみたいで、ね」
ああそうだな、効果あったよ。
ありすぎてバカな事しでかしたよ。
お前のせいかよあれ。
いや俺のせいなんだけど。
(*゚ -゚)「びっくりして、こわくなって、逃げちゃった……ごめんね、私、その、ヤな子だよね」
そうだなひどい奴だよ。
そう言ってやりたいけど、口が乾いて声が出ない。
俯きながら、汗浮かべて、真っ赤になって、なんて告白しやがるんだ。
何でそんな事できたんだお前、そこまで追い詰められてたのかお前。
ああもう畜生。
自分のせいで傷付けたと自制心を殴り付けていたのに。
手のひらで踊らされてるのかと思ったらこぼれ落ちてるし。
まずこいつの手にそんなもん乗るわけないし。
-
(*゚ -゚)「でっ、でもあのっ、中学生には、ね、早いと思うしね、だからね」
もういいよ、分かったから。
言いたかった事があふれだして止まらなくなってるのは分かったから。
そんな泣きそうな顔で、いっぱいいっぱいの顔で、唇を震わせて、お前は何を言ってるんだ。
(*; -゚)「あの、あのね、えっとね、高校もね、話さなきゃって思ったの、でもね、」
ああ。
ついに、ぽろ、と涙がこぼれ落ちた。
(*っ-;)「違うとこ行くって言ったら怒るかなって、こわくって……
バカだよね、言わない方が怒るよね、ごめんね」
やめてくれよ、頼むからもう。
(*っ-∩)「ごめ、ね、ごめん、なさ、……う、ぅ……ごめんなさぃ……
もう、もう、なんで……なんで、涙出るのぉ……」
俺が先に謝りたかったのに。
泣くなよ、泣かないでくれよ。
お前に泣かれるの、つらいんだって。
-
「ごめんね、ごめんね、私、ごめんなさい」
そう繰り返して泣きじゃくる彼女の肩が震えていて。
何度も何度も、次々に溢れる涙を手でこすって。
私のせいなの。
私が悪いの。
ギコくんのせいじゃないの。
ギコくんは悪くないの。
私がバカな事したから。
私が恥ずかしい事したから。
ごめんなさい、ごめんなさい。
ちゃんと言えばよかった。
こわくて言えなかった。
嫌われたと思ってた。
でも前みたいに接してくれた。
ちゃんと謝りたかったの。
全部ちゃんと言いたかったの。
しゃくりあげながら、胸をひきつらせて言葉を吐き出す。
その姿があんまり痛々しいから、いじらしいから、手を伸ばした。
-
膝立ちになって、目を擦る手を掴んだ。
がたん、ぶつかった机と、揺れるコップの中の麦茶。
彼女は驚いた目をこちらに向けた。
そのまま顔を近付けた。
震える声をもう聞きたくなかった。
唇を塞ぐと、懐かしい感触。
長く長く感じる時間は、ほんの数秒。
ぷは、と唇を解放した。
大きく息を吸いながら、彼女の細い体に腕を回した。
腕の中に収まる身体は、思っていたより、ずっとずっと小さかった。
ああ、やっとだ。
三度目にして、やっと自分から出来た。
-
「ギコ、く?」
「怒ってない」
「ぇ……」
「もう怒ってない」
「……ギコくん」
「ごめん」
「どうして、謝るの?」
「あの時、怒鳴ったから、カッコ悪い事ばっかりで」
「ギコくんは、悪くないもん」
「悪いんだよ、俺が」
「悪いの、私だよ」
「しぃ」
「な、に?」
好きです。
あ、ぁ、私も、すき、です。
-
そのまま、彼女を抱きすくめたまま床に倒れ込む。
あ、と目を丸くした彼女は、間近にあるギコの顔を見上げて、必死に首を横に振った。
だめ、だめだってば。
フリじゃないの、だめなの。
そう言い含めても、どんなに抵抗しても、この二年ですっかり大きくなった腕の中からは逃れられない。
短くなった髪の隙間から覗く耳や首に唇が触れて、きゃあと小さな悲鳴が上がる。
今までの分を返すように唇を塞がれて、酸素が薄くなってゆく。
短めのスカートは、暴れるからめくれてしまっているし。
服越しにも分かる胸の膨らみは、あの時のように柔らかく歪んでいる。
首と肩の境界あたりに甘く噛みつきながら、タンクトップの中に手を入れた。
しっとりと汗ばむ肌は、やわく手のひらに吸い付くようで。
ゆっくりと手を上へと移動させ、そのままに服はめくれあがる。
大きくは無い、形の良い、やや小振りな胸。
淡い水色のドット柄、シンプルで可愛らしいそれ。
その中に、手を差し込んだ。
-
きゃあ、きゃあ。
さっきよりも強い悲鳴が上がる。
拒絶の理由は八割が羞恥で二割が理性。
大きな手のひらが生まれて初めて他人の手が及ぶ場所に触れている。
ぱちん、と胸の間の留め具が外されて、白い胸があらわになった。
羞恥に胸まで赤く染めて、ばかばかとギコの胸を叩く。
もうあの頃のように、押してもびくともしてくれない。
ぎこちない愛撫は止まる気配は無く、それでも触れられた場所が熱くなるみたいで。
時おり息をつまらせながら、白い喉をさらした。
それでもどうにか必死に抵抗をしていると、傍らに落ちていた小さな紙袋が倒れた。
がさ、と開いた口から、中身がこぼれだす。
その中身を見た二人は、互いに言葉も出ないほどに、羞恥に包まれた。
-
あいつは、なんて物を置いていったんだ。
どう言うつもりでこれを渡したんだ。
いや用途は限られているのだが。
三つ入りの試供品が二つ、一箱は封が切られて、一つを使った痕跡がある。
あいつ使ったのか、と思ったら、水を入れて遊んだ形跡が袋の底に残っていた。
やはりあいつはバカだった。
しかし、とギコが袋の中身を掴む。
それを止めようと彼女はもがく。
彼女に馬乗りになった状態で、膝立ちになる。
ぱりぱり、破られる袋。
ぴり、と切られる封。
小さな濃いピンクのそれが、正方形の包装から取り出されて。
かちゃかちゃ、ベルトをはずす音。
もう止める事など出来ないとわかっていても、ぺちぺち、と退かない脚を叩いていた。
ダメなんだよ、ダメなんだからね、私たちまだ子供なんだからね。
もちろん何の抵抗にもなっていないし、そんな抗議は届かない。
そして最終的に、抵抗を諦めた彼女の口から、
バカぁ、とか細く頼りない、震えた悲鳴が発せられた。
-
みんみん、じゃわじゃわ
(ああ蝉の声が遠い)
きし、きし、
(板張りの床のか細い声)
がたがた、
(そばにある机が揺れる)
ぜぇ、はぁ
(どちらの胸が鳴っているのだろう)
ぽたぽた
(汗がとまらない)
とく、とく、とく、とく、
(心臓のうごきは、早くなるばかりで)
擦れる音、触れ合う音、まざりあう音
甘い、甘い
頭がしびれるほどに甘い、何か
「ダメって、言ったのに」
からん、と、溶けた麦茶の氷と
すっかりぬるくなった、甘い甘い桃の匂いが存在を主張した。
-
────────────
じゃり、じゃり。
境内の砂利を踏む音が、そこらじゅうから聞こえる。
みんみんじゃわじゃわ。
聞き慣れたやかましい蝉の声が、全身を包む。
溢れ返る熱気、喧騒、色んな音と匂い。
まだ日の高い神社は、真夏の日差しの中、夏の祭りに賑わっていた。
はあ、と汗を拭いながら、鳥居に背中を預けて立つ。
首から下げたタオルが、じわじわと湿ってゆく。
まだかな、と空を見上げる。
嫌になるような眩しい熱が、目をくらませた。
(*゚ー゚)「ギコくーん! 遅くなってごめんねー!」
(,,゚Д゚)「おーっせーぞー」
(*゚ー゚)「女の子は準備が大変なのー」
(,,゚Д゚)「へいへい」
-
(*゚ー゚)「…………」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ー゚)「…………」
(,,゚Д゚)「浴衣新しいやつだな」
(*゚ー゚)「うん!」
(,,゚Д゚)「前のが似合ってるわ」
(*゚ -゚)「えー」
淡く色づいた白地に、優しい色合いの朝顔の柄。
背中まで伸びた髪を結い上げて、小さなガラス飾りのピンで前髪を止めている。
足元は相変わらずの下駄で、今年も持参したサンダルが役に立ちそうだ。
期待していた言葉を貰えなかったのか、唇を尖らせる彼女。
その口許に、先に買っておいた、ポケットに差し込んでいた物を突き付けた。
-
(,,゚Д゚)「ほら」
(*゚ー゚)「あ、りんごあめ! くれるの?」
(,,゚Д゚)「おう」
(*^ヮ^)「ありがとうギコくん、これ好きなんだー」
(,,゚Д゚)(知っとるわ)
(*゚ー゚)「じゃあ待たせたお詫びにこれを進呈です」
(,,゚Д゚)「おー、さんきゅな」
彼女が巾着風の鞄から取り出したのは、まだ冷たいスポーツドリンク。
ちょうど喉が乾いていたので、ぱき、と蓋を開けて喉を潤した。
飲みさしのスポーツドリンクは鞄に仕舞い、二人並んで歩き出す。
今日はやけに天気が良く、日が長い。
いつもならそろそろ日が傾くのに、まだ空は明るいままだ。
-
(,,゚Д゚)「あーっちーなー」
(*゚ー゚)「かき氷買う?」
(,,゚Д゚)「おー、買う買う」
(*゚ー゚)「でもお祭りのかき氷って固いよねー」
(,,゚Д゚)「砕いた氷でしか無いな」
出店で買ったかき氷は、暑さを和らげるためにレモン味。
とは言え違うのは匂いだけで、どれもただの砂糖水にかわりはない。
大事なのは気分だ気分、と固い氷を崩しながら口に運ぶ。
がりがり、氷を噛み砕くと少しだけ涼しく感じた。
ああしかし、今年も暑い。
夏は好きだが、こうも暑いと嫌になる。
そう言えば夏には、様々な思い出があるな。
金魚すくいに興じる彼女の袖をつまんでやりながら、遠い日々に意識をやった。
-
アイスの甘さ。
ジュースの冷たさ。
胸を締め付ける痛み。
絶望すら感じる罪悪感。
身を焦がす様な暑さ。
手に残る柔らかさ。
忘れられない唇。
汗に濡れた髪。
こぼれる涙。
夏の記憶の断片が、頭の中でぐるぐる踊る。
りんごあめ。
スポーツドリンク。
懐かしいなにか。
-
(*゚ー゚)「見てギコくん、出目が三匹もとれたよ!」
(,,゚Д゚)「しぃ」
(*゚ー゚)「へ?」
得意気に笑う彼女の唇に、唐突に重なる。
すぐに離れたが、彼女は顔を真っ赤にして、下駄でむき出しの脛を蹴ってきた。
痛いな何すんだよ
人前で何てことするの!
頬を膨らませる彼女が水槽に金魚を戻してから、手水舎で手を洗う。
ちら、とこちらを見て、せめてひと気のない場所でしてよ、と赤くなりながら小さく呟いた。
あの頃はまるでお姫様だったのに、すっかり気が強くなってしまった。
やれやれ、既に尻に敷かれているな。
ああ、しかし。
長かったな、ここまで。
-
ここまで来るのに、9年ほどかかってしまった。
もっと前から好きだったが、意識したのは小5の頃から。
擦れ違いやら、素直になれないやらで、随分と時間がかかってしまったな。
彼女と付き合ってはや三年、まだ三年。
うだうだとしていた時間を埋めるためにも、たくさん彼女と時間を共にしたいな、なんて。
手を拭きながら彼女が傍らに戻る。
遠くを指差して、なにかを伝える。
向こう側には、友人二人の姿。
手をふりながら、こちらへと走っていた。
手を振り返しながら、かき氷に直接かぶりつく。
甘くて、爽やかなすっぱい匂いが広がった。
ああ、そう言えば。
懐かしさの理由がわかった。
一度目はりんごあめ。
二度目はスポーツドリンク。
-
(,,゚Д゚)「三回目はめんつゆだったな」
(*゚ー゚)「何が?」
(,,゚Д゚)「さぁ?」
(*゚ -゚)「えー?」
厳密には四度目では無いが、今回はレモンの味。
もはや秘め事ではないのだが、蜜に密なる二人きりでの大事な行い。
これからも重ね、これまでを抱き、ずっと大切にしていたくて。
近付いてきた見慣れた面々。
傍らで首をかしげる彼女。
大学に進学してもなお、この面子に変化は訪れそうにない。
きっと就職をしても、回数こそ減れども、何だかんだでつるむんだろうな。
全く、退屈をしないな。
-
あれから、ついに彼女と付き合うようになったギコは
友人たちから全力の茶化しを受ける羽目になった。
しかしそれもしょうのない事だ、自分がヘタレてたせいだと甘んじる他無い。
それからと言うと、
秀才二人に勉強を教わって、天才一匹につっつかれながらの受験勉強。
えらく苦労はしたが、行きたかった大学には受かった。
全員が違う大学に進む事になってしまったが、それでも同じ時は過ごせる。
互いに時間を見つけては、何かと声を掛けあって集まるのだ。
彼女の短くなった髪は、ギコの要望によって再び長く伸ばされている。
ロングヘアが好きなんて、ステレオタイプなんだから、と笑われながら。
しかし友人二人は、いつまでたっても浮いた噂を聞かない。
未だに初恋を引きずってるだの。
未だに初恋すらしてないだの。
あの二人も、相当にマイペースだ。
そんなマイペースな奴らと。
可愛い彼女と過ごす夏。
-
さて、今年は何をしようか。
どんな事をして過ごそうか。
どこへ遊びに出掛けようか。
海や、山や、川や、プールや、街中や、互いの家。
どこへだって行こう、この夏を嫌になるまで満喫しよう。
空は嫌と言うほどに晴れてるし。
太陽ははうんざりするほど照っている。
容赦なく肌を焼く熱も、流れる汗も、くらくらする頭も、変わりやしない。
目を刺す様な真っ青な空には、白くもこもことした雲が浮かぶ。
蝉の声もやむ気配はなく、太陽の照り返しはいやに眩しく。
今年も、最高気温は上がる一方で。
(夏は、まだまだ終わりそうにないなぁ)
おしまい。
-
ここまで。
三部作、お付き合いありがとうございました
誤字やら脱字やらあと色々お恥ずかしいです。
取り敢えずこれでこのシリーズは終了です
またなんか書いたらその際はよろしくお願いします。
それでは、これにて失礼!
>>253
シッ
-
蛇足となりますが、三作のタイトルは
清夏:せいか
空の晴れ渡ったさわやかな夏の日。
炎夏:えんか
暑い夏。真夏。
銷夏:しょうか
夏の暑さをしのぐこと。暑さしのぎ。
と言うのをモチーフ的なアレにしています。
暑苦しさを感じますね。
それではこれにて!
-
乙!
青春眩しいわ
ダメって言ったのに
高校生でえっちなこととかよくないと思うの
-
しにそうなんすけど
-
高校生でとか裏山けしからん
乙
-
はああぁぁぁ……乙……死ぬ……
-
乙
炎夏までは全然大丈夫だったのに、あああ甘酸っぱいしんでまう
しぃを脱がしていくところでもうアカンて
夏にぴったりな、とっても良い作品をありがとう
-
長い道のりだったなぁ、いい友達と彼女を持ったなぁギッコ・・・
銷夏のしぃの心情を踏まえて炎夏を改めて読み直すと色々と胸が締め付けられてくる、なんていじらしいんだ・・・
真夏を迎える前に燃え尽きてしまいそうなとろける甘さ、ごちそうさまです
-
超絶乙でした
内容も良かったんだけどなにより文章の構図?ってのかな?がところどころ遊び心あってすげー面白かった
地の分がテンポよくて読んでて楽しかったです
■掲示板に戻る■ ■過去ログ倉庫一覧■