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( ・∀・) 動悸だったようです
-
崩壊した研究所の廊下でイルカに出会った。
どこから来たのか尋ねると、PCからだという。インターネット? と聞き返して、即座に否定される。
彼は不機嫌そうに尾びれをくねらせながら、僕の周りの虚空を縫うようにして泳ぐ。
「そいつの生まれはOfficeさ」
なるほど、道理で泳ぎが野暮ったいわけだ。ひとり得心しつつ、僕は声の主へと顔を向ける。
分厚い眼鏡を掛けた白衣の男が苦笑しながら腕組みし、崩れかけた壁にもたれかかっていた。
(-@∀@)「よう、相変わらずの朝だな」
( ・∀・)「おはようというのが正しいのかも、もうわからないね」
壁に開いた大穴からのぞく空は、マーブリングされた絵の具のように光度が入り乱れ、明るくて暗い。
あの日以来、僕らが見上げる空模様は終始そんな感じで、今が昼なのか夜なのかも判然としない。
(-@∀@)「もう、随分と星座を見てないな……」
( ・∀・)「いつからそんなロマンチストに?」
(-@∀@)「最近宗旨替えしてな」
( ・∀・)「やれやれ……相変わらずの気分屋か」
-
不遜にまとわりつくイルカの尾びれを手で避けて、僕らは廊下を抜けかつてのメインフロアへ。
視界が開け、差し渡し30m程のドーム状の円形空間が僕らを迎える。
荒廃した研究所の中にあって、ここはかつて僕らが一心に守り、研究開発に明け暮れた、ささやかな帝国だった。
(-@∀@)「ここはまだ比較的、昔のままに保たれてるな」
( ・∀・)「あんなものは無かっただろ」
(-@∀@)「これは手厳しい」
アサピーは両腕を開いて肩をすくめる。
感想を促すように、寂莫とした空間の中央に奇妙な装置群が展開している。
フロアの真ん中に据えられた、年代物のオープンカーにも似た何か。
そこへ向かって四方八方から幾重にもケーブルが伸び、様々な機材が骨董品じみた車と結びついている。
都市の中枢へ走るインフラのネットワークに見えないこともない。ただし、これは横の広がりに対して幾分か立体的だ。
車の原型はDKW 63年 1000SP カブリオレ だという。
勿論、僕の趣味ではない。
(-@∀@)「セクシーなファオルムが相変わらず光り輝いてるだろ?」
( ・∀・)「レプリカじゃないのか」
(-@∀@)「バカ言いなさんな、緻密な3D測定の果てにボディの形成は本物と寸分違わずさ」
( ・∀・)「素材は違うじゃないか」
(-@∀@)「野暮なやつめ……」
「無駄話をしてる暇があるなら少しは手伝えし」
-
不意にどこかの機材の向こうから声がして、僕らは大体の方へむき直ると、ケーブルを引っ掛けないように慎重に歩を進める。
やがて、屈んだり跨いだりの挙句、ようやく奥に見えてきた銀色のキューブから、黒いハイネックの女性が這い出てくる。
床に放り捨てられた白衣を取り上げながら、文句が彼女の口をついて出る。
/ ゚、。 /「ファッキンシットだし、リアクターの電子制御がバグったし」
(-@∀@)「あーあー、昨日やっと微調整までこぎつけたのに……」
/ ゚、。 /「私のせいじゃないし!」
( ・∀・)「……所長達は今どの辺にいるかな?」
(-@∀@)「さてな、コイツが組み上がるまではなんとも言えん」
( ・∀・)「そっか……」
/ ゚、。 /「まったく、泣きつかれて渋々手伝ってる私が一番頑張ってるのはどういうことだし」
(-@∀@)「ヘイ、マイ ハニー 代わるよ」
/*`、、 /「ふふん、今更遅いんだし! ただ謝っても許してやらないんだし!」
/*`、、 /「膝まずいて許しを乞うんだし!」
(-@∀@)「イェス、ユア・ハイネス」
( ・∀・)「……」
-
/*`、。 /「んん……?」
/ ゚、。 /「ああ、ナビゲーション周りまで反応が途絶えたし!」
( ・∀・)「おや……?」
(-@∀@)「ばかな、あれは昔ながらの確かな技術のはずだろ?」
/ ゚、。 /「現宇宙の崩壊は緩やかな小康状態だってモララーは言ってたし、それなのにだし!」
彼女の言う通り、目下、僕らの宇宙は崩壊の途上にある。
とはいっても、跡形もない消滅へ向かっているというよりは、何か別の宇宙(もの)になりかけているという方が感覚としては近い。
無数に存在する泡みたいな宇宙達がくっついたり離れたりして、なんだか全てがおかしなことになり始めてから、もう随分と経つ。
(; ・∀・)「僕のせいにしようっていうのか!? ドクオのレポートからの引用だって言ったじゃないか」
/ ゚、。 /「ドォクオォオオオオオ!!」
(; ・∀・)「所長と一緒だから! 居ないから!」
(;-@∀@)「おい待て、あれを見てみろ!」
-
アサピーが指差す向こうに我らの耳目がさっと集まり、僕はその光景を出来る限り冷静に分析しようと務めた。
観察する所、おおよそ以下の様な状況であるとの合意が即座に得られ、僕らの間を衝撃が渡っていく。
イルカが空間に張り巡らされた無数のケーブルに絡まって、機材をなぎ倒しかけながら悶えていた。
既にかなりの数のケーブルが無残にも引き抜かれており、どれがどれに繋がっていたのやら窺い知れない。
(-@∀@)「……あのイルカ確かお前のペットだろ?」
(; ・∀・)!?
(; ・∀・)「バカなこと言うなよ! 誰もあんなもの飼ってやしないさ!」
(-@∀@)「……」
日常、空中でイルカを放し飼いにしている者が居ないことからも、僕のこの言は全く正しく、
だが、同僚はそんな議論は今更だと言わんばかりに、冷ややかな視線を寄越しながら続ける。
(-@∀@)「俺のPCには昔からOfficeが入ってなかった」
(-@∀@)「それに、アイツはお前になついている」
( ・∀・)「……この期に及んで僕に責任をなすりつけようと言うのか?」
(-@∀@)「罪の所在は最早、明ら……」
<オッホン!
(;-@∀@)
(; ・∀・)
-
無論、フロアへのドアを閉め忘れた僕とアサピーが悪く、いや、あのイルカは半ば自然現象みたいなものだから、
ドアを閉めたぐらいでは無駄だったかもしれない。
出来ればそういうことにしておいて欲しい。僕らの明日の為にも。
(;-@∀@)コクコク
(; ・∀・)ウンウン
僕らは顔を見合わせて頷き合うと、恐る恐るダイオードの方へ振り返った。
/#゚、。-/
Oh... ソーリー、ユア・マジェスティ。
(-☆∀X)「DV、DVだろうこれは?」
( メ∀・)「さて、どうだろうか? 現宇宙において以前のような定義は……」
(-☆∀X)「御託はいい!」
-
OfficeとかいうPCソフトから出てきた、電子世界のイルカが我が物顔でフロアを徘徊し、
同僚達は独り者の前で抜かりなくイチャついて、慣れ親しんだ研究所は崩壊しかけ、空は暗く明るい。
僕らがかつて知っていた世界はなにか別のものに作り変えられていく。
そして、そんな宇宙の何処かを我らが所長は放浪している。
だというのに、この発狂しかけの宇宙で僕はといえば、あの奇妙な車に色々と全てを賭けているという有様だ。
まったくふざけた時空間だここは。何かの冗談にしたって出来が悪い。
だから、僕は今日も開発している。
へんてこりんな発明を、少しばかり気の違った研究を、いかれた科学を。
勿論、この狂った宇宙を元に戻すために。
( ・∀・) 動悸だったようです
-
さて、僕らの宇宙がどうしてこんな事になってしまったのかといえば、そこにはそれなりの出来事があったのだが、
ダイオード女史が件のケーブルパズルを解き終え、機材を再調整するまでの間、僕らはやることがない。
( ・∀・)「どれがどれだか分かる?」
(-@∀@)「まるでわからん」
( ・∀・)「だよなあ」
(-@∀@)「そもそも我々が繋いだわけでもなし、わからなくても仕方ないな」
/#゚、。#/
( メ∀X)
(-☆∀メ)
そういった複雑な事情もあり、まあ現状を解説したり、僕の華麗なる遍歴を披露するにやぶさかではない。
決して、役立たずであるとか、他力本願だとかそういうことではないのだ。
だからしばらくの間、お時間など頂戴したい。
もっとも、時間という概念を使うのが現状適切なのかすら、今の僕らにはわからないのだけれども。
-
僕がこんなことを始めたのは二年くらい前のある日で、正確な日時は今となってはもう思い出せない。
大半のデータは宇宙の変容と共にいずこかへと消失し、要するに混乱のどさくさに紛れてどこかに埋もれてしまった。
その日、いつものように上司に呼び出された先で、突然に言い渡された転属。
あまりに突拍子もないことで、ひどい話だなと感想を思いつくまもなく僻地行きのシャトルに揺られており、
つまり僕は、虚を突かれた。
その任地もさることながら一番の問題は仕事の内容で、それは有り体に言えば産業スパイだった。
( ゚д゚ ) 「敵対勢力の背後に、尋常ならざる開発力を持った研究機関が存在する」
( ・∀・)「はぁ」
( ゚д゚ ) 「彼らは極小規模でありながら、この戦争の趨勢すら変えてしまいかねないほどの影響力を有している」
( ゚д゚ ) 「君にはそれを探って貰いたい」
( ・∀・)「……」
一般に、研究開発というものは投じた金額と時間、陣容がモノを言う。
勿論、運なども関係しているのが、ここでは測定できないパラメータは無視してもよいだろう。
だから、これは生意気な研究員を閑職へ追いやる際に使う、新手の定型文か何かだと僕は思っていた。
でも、そんな研究所は確かに存在した。地の果てにぽつんと。
-
“H.M.S.研究所”
从 ゚∀从
遠未来的な宇宙船にも似た建物から出てきたのは、銀髪赤眼白衣の女性。
不遜な笑みを顔に貼り付けて、僕を品定めするように見上げていた。
从 ゚∀从「何だお前は、ピザの宅配か?」
( ・∀・)「いえ、研究員を募集していると聞いて応募に来た者ですが……」
从 ゚∀从
( ・∀・)(フリーズした)
从*゚∀从「ほ、本当か!?」
(; ・∀・)「えっ、まあそうですけど……」
从*゚∀从「しっしっし、ちょうどいいところに来たな! 人手が足りなくて困っていたんだ!」
(; ・∀・)「はぁ」
从*゚∀从「ほら早く中に入れよ!」
-
予想だにしない好感触に僕はうろたえた。これは何かの罠か、初対面でこの反応はあまりに不自然だろう。
それほど人材が居ないのか、そんな埒の開かない思考が駆け巡る。
しかし、生来の事なかれ主義ということもあり、流れに身を任せた。ここへの転属と同様に。
これが我らが所長と僕のファースト・コンタクトということになる。
事の起こりは大体にしてそんな感じだった。
後に判明することだが、彼女は科学者などという結構な代物ではありえなかった。
僕のちっぽけな脳みそで彼女を表現しうる最適な一文は、つまりこうなる。
、、、
天災マッド・サイエンティスト。
うず高く積み上げられた用途不明の装置たちをかきわけて、僕はその日、研究所の一員になった。
从*゚∀从「しっしっし……」
-
( ・∀・)「まずは面接ですか?」
从*゚∀从「いや、もう採用だから」
(; ・∀・)!?
从*゚∀从「アタシはこの研究所の所長ハインだ、よろしくな!」
(; ・∀・)「は、はぁ、モララーといいます、よろしく」
从*゚∀从「では早速だが、君に任務を与えよう!」
从*゚∀从「当面は私の助手をやってもらう」
( ・∀・)「なるほど」
从*゚∀从「まずはこのテレポーテーション装置のテストだ!」
从 ゚∀从「動物実験を行うべしとの声が高かったのだが……」
(;-@∀@)「うっ……」
-
从 -∀从「人の都合で宇宙に動物が投射された歴史を鑑みても、あまりに残酷だとアタシは思う」
从 ゚∀从「人間の都合なればこそ、受け持つのは人間で無くてはならない」
( ・∀・)「なるほど一理ありますね、それで僕は何を手伝えば?」
(;-@∀@)
从 ゚∀从「最初の生体転送実験の被験体だ」
( ・∀・)
当然、好感触の裏には理由がある。僕は生来の気質が災いしてまんまと、絡め取られてしまったのだ。
それはまあ、人材も払底するわけである。早い話が人体実験ではないか。
(; ・∀・)「なにをいってるんだな?」
( ´∀`)「頑張ってくれたまえモナ!」
(; ・∀・)「一度も、予備実験さえやってないんでしょ?」
从 ゚∀从「生体ではやってないな」
('A`)「まあ、これが助手の仕事だから……」
(;-@∀@)「ああ……」
(; ・∀・)「むちゃくちゃだ!」
-
(;-@∀@)「前のやつもすぐ辞めたんだ」
( ´∀`)「所長の助手はは鬼門モナ」
('A`)「だが、誰かを生け贄に捧げなければ世界が危うい」
(; ・∀・)!?
(;-@∀@)「考えてもみろ、所内で実験ができなくなったらどうなるか……」
( ´∀`)「この世界が実験されてしまうモナモナ」
('A`)「世界を救えるのはお前しか居ないんだ!」
(; ・∀・)「何ってるんだお前ら! 人事だと思って!」
( ´∀`)「馬鹿言うなモナ、お前が消えたら次はアサピー辺りが実験されてしまうモナ」
(;-@∀@)
(; ・∀・)「えぇ……」
从 ゚∀从「安心しろ理論上は無害安全だ!」
どうでもいいような世辞と半ば脅迫じみた文言、それに産業スパイという当初任務もあって、
結局この日、初の生体テレポーテーションは現実のものとなった。
-
それからというもの、僕はこのいかれた天災……、天才所長の下で働くことに。
あるときは新開発の発明の被験体になかけ、危うく、そして当然のように、人体実験が行われてしまい、
从*゚∀从「動くなよ〜、動くと色々と保証ができなくなるぜ〜」
(; ・∀・)「いったい何の保証なんですか?」
( ´∀`)「元に戻れるかどうかの保証モナ」
(; ・∀・)!?
从*゚∀从「しっしっし、そういう捉え方もあるかもなぁ〜」
(; ・∀・)「うわぁああああ!!」
ハ ハ
(; ・∀・)「……あの、この耳どうしたら直るんですか?」
从 -∀从「お前が動くからー」
ハ ハ
(; ・∀・)「そう言う問題じゃないでしょ!?」
-
またある時は、突如として発生したバイオハザードに、否応なしに巻き込まれる哀れな一般人であり、
(;-@∀@)「おい、さっさと起きろ!」
( -∀-)「うーん、あと五分だけ……」
(;-@∀@)「ちんたらしてると死ぬぞ! 」
(; ・∀・)「えぇ!?」
(;-@∀@)「未知のバイオテロだ! 発生源は地下二階、生物研究ブロック」
( ・∀・)「何だ、ここは三階ですよ?」
(;-@∀@)「既に三階以外は全滅した」
( ・∀・)
(;-@∀@)「所長がまたよく分からん微小生物を作り出した挙句、うっかり容器に戻し忘れたらしい!」
(; ・∀・)「全滅って?」
(;-@∀@)「ドクオとモナーはもう死んだ、いや多分生きてるけど色々ともうマズイ」
(;-@∀@)「奴らは喋って歩く鉱物になった」
(; ・∀・)!?
(;-@∀@)「問題はそこじゃない微小生物が下水を通じて市街に漏れだす可能性がある」
(; ・∀・)「ばかな!」
(;-@∀@)「さっさと防護服を着ろ! この研究所を完全に隔離する!」
-
メガデス級の大失敗に終わった実験の後始末に追われたりしながら、
(; ・∀・)「えーこの度は我らが研究所の実験失敗に際し甚大な被害が出たことをお詫びしたく……」
从*゚∀从「なかなかの謝罪会見だった!」
( ・∀・)「はい……」
从*゚∀从「後詰にお前が居ると思うと、今まで以上に伸び伸び研究ができて楽しいぞ!」
(; ・∀・)(こっちはあまり楽しくないんですがね……)
从*゚∀从「アタシの助手だけのことはあるな!」
( ・∀・)「……」
所長が開発した用途不明の製品を売り込む営業に方々を飛び回り、
|::━◎┥
( ФωФ)「何に使うのこれ?」
( ・∀・)「不審者撃退用の防犯ロボットですね」
( ФωФ)「縮退炉搭載って書いてあるんだけど」
( ・∀・)
( ФωФ)「ちょっと怖いよね〜、人工ブラックホールってことでしょ?」
(; ・∀・)
-
息を切らし、ストレス性と思われる動悸に再三悩まされながら、我が身可愛さに日々気をもんでいた。
(; ・∀・)ハァハァ……
それでも僕は言われるままに、律儀にスパイ活動をこなし、情報を収集したりせっせとレポートを提出したりしていた。
・交友関係調査
( ・∀・)「どういう人だと思います?」
(゚、゚トソン「素敵な科学者ですよ、研究熱心で独創的でしかも美人」
( ФωФ)「仕様書通りに作ってくれれば買うんだけどねえ」
川 ゚ -゚)「子供の頃、一緒に裏山を灰にした仲さ」
(’e’)「まあ、一応はライバルかな、いつか鼻を明かしてやるんだ」
(*゚ー゚)「最近ますます生き生きしてるのよね、いい助手が見つかったとかで」
(*゚ー゚)「前の人はすぐ辞めちゃったみたいだけど」
( ・∀・)「そうですか……」
-
・レポート
ミルナ:それでどうだ進捗は
モララー:所長の助手をやっています
ミルナ:そうか、よくぞ入り込んでくれた
モララー:あの、いい加減チャットで報告させるのやめてくれませんかね
モララー:どういう機密管理のやり方してるんですか?
ミルナ:これが一番楽なのだ
(#・∀・)「……」
モララー:この前、入力中に端末を覗かれそうになったんですよ?
ミルナ:善処してくれたまえ
-
モララー:あんた真面目にやる気あんのかよ!
ミルナ:上の方針に文句があるなら正規の手続きで申し立てを
モララー:もういいです……
ミルナ:研究所が何をやってどういう実情なのかはまあわかった、後はもっと所長のパーソナルなところを頼む
(; ・∀・)「冗談ではない! この状況でもっと情報をよこせだと?」
<うるせーぞ!
(・∀・ )
(; ・∀・)
さらなるスパイ活動、プライベートで親密になれとでもいうのか。
ただでさえこの上なく厄介な日々の業務に加え、そんなことが出来るわけないではないか。
もっと言えばあのイカレ科学者には公私の区別なんてものはない。
研究所に住みついて、好き勝手に四六時中わけのわからぬ研究に没頭しているのだ。
-
その日限りで僕はスパイを辞め、一切の連絡を絶った。
信じて送り出した部下からの連絡が途絶えた上司は、職務に疑問をいだいて退職してしまったとかなんとか。
研究所の同僚たちは、素晴らしい助手が来たと手放しで僕を褒め称えたが、
こいつは間違っても、助手なんてものではあり得なかった。
しかしまあ、彼らの言い振りもわからなくはない。
僕がこの研究所に来る以前、誰がその役回りをしていたのか考えると、僕だって同情の涙を流さずにはいられない。
その頃、頻繁に頬を伝っていたのは、後悔として知られる液体だったけれども。
('A`)「おまえ、よくウチに来ようと思ったな」
( ・∀・)「ええまあ、前の職場の上司に紹介されて……」
('A`)「成り行きに任せたか」
( ・∀・)「まあ、そんなところですね」
(-@∀@)「後悔してるんじゃないか?」
( ・∀・)「まあ、多少は……」
( ´∀`)「当然モナ、所長は顔が良いだけの悪魔モナ」
从*゚∀从「しっしっし……聞こえてるぜ!」
(; ´∀`)「モナモナ……」
-
次の日、新発明の実験体にされたのは、僕ではなくモナーだった。
それでも不思議と人望のある人で、彼女の助手以外は概ね上手くやっていたという。
その理由は僕にも思い当たる節がある。
所長が繰り出す人騒がせな発明はいつも想像の埒外にあって、傍から眺める分にはとても楽しい。
やがて、そんなことでも繰り返せば耐性はつくものらしく、
所長に鍛えられた僕はいつしか、ただの便利な実験要員ではなくなった。
研究開発や実験方法の選定過程にまで関与するようになり、ある種の保護者みたいなものを気取るまでになっていた。
どうやらそれは、方向性は違えど所長の方も同様で、僕をお気に入りの犬か何かのように扱う。
ふり返って見ると、やや歪でありながら、
共依存以上の何かしらの関係性がそこには合ったように思うのだが、どうも自信がない。
そして、他に行く宛もなく一年半が過ぎようとしていた頃、
最早定例となったこれらの騒動が、ついに宇宙規模の災厄へと発展したのである。
年末恒例の成果発表会。ようするに新発明を見せ合いっこしながら年越しをするというイベントでことは起こった。
-
(-@∀@)「今年も波乱万丈の一年だったな」
('A`)「何もない毎日、終わるためだけに始まった無為な一年だった…ウツダシノウ……」
( ´∀`)「恒例の発表会モナ」
△
( ・ o ・)。O ◯ ( ・∀・)
(-@∀@)「モララーのやつ、魂が抜けてるぜ!」
('A`)「なんとも非科学的なやつだ」
( ´∀`)「魂の統一理論を構築する機会モナ」
('A`)「おっ、実験体にしちまうか?」
(-@∀@)「いや、彼は英雄だよ 労をねぎらってソファにでも寝かせておこう」
( ´∀`)「仕方ないモナ、サンドバッグは必要モナ」
('A`)「それもそうだな」
-
从 ゚∀从「おっ、揃ってるな! じゃあ始めようぜ!」
('A`)「見てくれよこの眼鏡を、新開発の秘密兵器さ」
( ´∀`)「地味モナ」
(-@∀@)「俺が開発した車のがイケてるな」
(゚A゚)「何だとこいつは最高の性能なんだぞ!」
( ´∀`)「きっと物質透視眼鏡モナ」
(-@∀@)「覗きかよ!」
('A`)「……」
( ´∀`)「ドクオは出鼻をくじかれたモナ」
从 ゚∀从「では俺から行くか!」
(;-@∀@)「いきなり所長か……」
-
从 ゚∀从 オホン!
从 ゚∀从「かねてより懸案の議題だった、お年玉を永遠にもらい続ける方法についてだが……」
(;-@∀@)「誰がどこで懸案してた議題だよ……」
( ´∀`)「また妙な思いつきが始まったモナ」
从 ゚∀从「それがついにブレイクスルーした」
('A`)
( ´∀`)
(;-@∀@)
△
―――。O ◯ ( ・∀・)―――!?
体中を奇妙な感覚が這いまわる。
冷たい汗が背中を流れ、悪寒に身震いしながらも、僕はある疑惑を得た。
でかいのが来る。
-
第一級アラートが脳内でけたたましくなり響き、魂は即座に体に引き戻され、僕は双眸を見開く。
かすれた視界の向うに、手振り身振りで熱を振るう所長が浮かび上がった。
从 ゚∀从「永遠のお年玉、それは在りし日に全人類がかつて一度は夢見た桃源郷だ」
('A`)「はじまったな……!」
(-@∀@)「何がだよ!?」
( ´∀`)「我らが所長の革命モナ」
(;-@∀@)「えぇ……?」
从*゚∀从「今こそ約束の地へ!」
続く演説を耳に入れ、疑惑を確信に変えると、僕はソファーから跳ね起き、大慌てで所長に歩み寄る。
何かに躓いた勢いそのままに、フロア中央に転がり込みながら辺りを見回す。
皆一様に、とうとう気でも狂ったか、前々からいつかこうなるとは思っていたなどと書かれた顔を、
床に倒れ伏した僕に向けていた。
( ´∀`)
('A`)
(-@∀@)
(; ・∀・)クッ!
-
だが、負けじと自らを奮い立たせ、哀れみと好奇の視線をかきわけて僕は前進した。
ことの重大さを解さない俗物どもを尻目に、大股で所長に詰め寄る。
いったい何を発明したんだ、と。
それは当然、気の違った科学に決まっている。
从*゚∀从「へへへ……」
どこか明後日の方向に加速しはじめた宇宙を後に残し、彼女は晴れやかな笑みとともに、いかれた発明品を取り出す。
なぜかと問う向きもあるだろう。僕だって知りたい。
どうしてそうも厄介な発明をし続けるのか。
テレポーテーション装置、二次元没入型体感マシン、生体組み換え溶液
縮退炉搭載防犯ロボ、人を鉱物化させる微小生物、と枚挙に暇はない。
-
从*゚∀从 「永久にお年玉をもらい続ける方法……つまり毎日が1月1日になればいいのさ!」
その一言は巨大な衝撃となって僕らの間を駆け抜けた。
にわかに場はどよめきだし、幾つか勘のいい顔が青ざめる。
エターナルハッピーニューイヤーエンジン
永 久 お 年 玉 機 関
Eternal Happy NewYear Engine
大胆かつ精緻にイカれた頭脳によって導き出される孤高の理論。
超科学と園児並の発想をそれぞれの手に携え、双剣のドン・キホーテが既存の物理法則を切り裂いてゆく。
無論、ここでは僕らがサンチョ・パンサということになる。
(;-@∀@)「前々から いや、出会った瞬間からおかしいとは思っていたが、ここまでのイカレだったとは……」
( ´∀`)?
('A`)?
(; ・∀・)(ばかな、こいつら何故気が付かない!)
グローバル経済とか、尻に敷かれたおっさんの財布事情とか、そういうことをどう考えているのか。
もらう側には結構なことだが与える側はどうだ、毎日が1月1日ということは給料日が永遠に来ないのだ。
日々の暮らしをどうやって守ればいいんだ!
-
発明した当の本人は言うまでもなく、そんな凡百の世界に思い至らない残りの二人も、
僕からすれば想像を絶する知能の持ち主である。要するに阿呆だ、こいつらは。
( ´∀`)ワクワク
('A`)テカテカ
(; ・∀・)「……」
(;-@∀@)「やめろ! このイカレ銀髪ビッチ!」
从*゚∀从「そぉれ〜 ポチッとな!」
だが無情にもスイッチは押されてしまう、なぜかって、実際に動いて効果が確認されなきゃ発明したとはいえないからさ。
唸りを上げるE.H.N.Y.E. 他方、顔面蒼白の研究員はついに泡を吹いて倒れ始めた。
(-@∀@)「あばばばばばば」
('∀`)
新婚を鼻にかけていたアサピーが水揚げされた魚のようにフロアでのたうちまわり、
ドクオがみたこともない晴れやかな笑みを浮かべる。
だが待って欲しい、君もお年玉をもらえる立場ではないだろう。
大体、この研究所にはお年玉を貰えるようなのは、居ないじゃないか!
-
やがて、ようやっと何かに気がついた風のドクオとモナーが、互いに顔を見合わせる。
('A`)「……なあモナー」
( ´∀`)「モナモナ?」
('A`)「これ、もしかして来月発売の……」
( ´∀`)「魔法少女物のエロゲ モナ?」
('A`)「……」
( ´∀`)「来月どころか明日が来ないモナ」
('A`)
今やフロアに水揚げされた魚は二匹に増えやがった。
そのようにして、全宇宙規模の壮大な自爆劇に僕らは巻き込まれ、我らが研究所と世界経済は盛大にクラッシュした。
経済破壊の豪雨が吹き荒れ、路肩は浮浪者で満ち、子供たちだけに富が集積していくという搾取の時代を迎えた世界は、
お年玉という概念を八つ裂きにして十字路に埋めるべく、法王の許しを得て言葉狩りの聖戦を開始した。
-
(,,゚Д゚)「聖戦だゴルァ!」
(´・ω・`)「お年玉という言葉を使う悪魔の手先は皆ひったてい!」
(‘_L’)「失礼、異端審問官ですが……」
(´・ω・`)??
そして、この将軍こそが吊るしあげられた最初の異端者であったと、教会に伝わる年代記は雄弁に語る。
/\
| 十 |
( ´W`)「決して、使ってはならぬ 葬り去らねばならんのだ……」
(メ_⊿)「馬鹿言うんじゃないぜ、お年玉なんぞクソくだらねえ」
(メ_⊿)「問題は世界に三月が訪れなくなったことだ!」
聖戦はその初期から、かように神の威光を恐れぬ異端者が入り乱れ、世相は一層の混迷に見舞われていた。
だが意外にも、この全宇宙規模の経済破壊は、一つの素朴な疑問によって解決に向かうのだった。
-
('A`)「前々から気になってたんだが、一部のループ物ギャルゲってさ」
('A`)「あれ、主人公はループしてないよな」
(-@∀@) ?
床を舐めながらドクオは、同じく隣でメガネを床に打ち付けているアサピーへ続ける。
('A`)「ループを認識してるということは主人公の情報量は増大してる」ペロペロ
('A`)「つまりループしてるのは世界の側だ」ペロッ コレハ セイサンカリ グエッ!
(-@∀@)「猫が道路を横切ったのか、道路が猫を横切ったのか、観察者の基準次第さ」カシャカシャ
△
('A`)「それパクリだろ、どっかで聞いたことある」ペロロン
(-@∀@)「失礼な、引用と言ってくれないかね? 出典は思い出せないが」ガシャガシャ
△
('A`)「……まあいい、つまり我々はループしていないのではないか、ということだ」ペペペローンローン
(-@∀3)「その屁理屈は検討の余地があるな……」バキッ
△
('A`)「だろう?」チュパチュパ
(-@∀3)(なんかコイツ薄っすら透けて見えるな、メガネが壊れたせいか?)
-
来月発売のエロゲ欲しさ一心で炸裂する、ドクオの屁理屈じみた謎理論。それに乗っかろうとする宿敵アサピー。
ともに床上をのたうちまわるという立場にあって、初めて新婚と毒男という二人の間に次元を越えた友情が芽生えようとしていた。
それほどに彼らは追い詰められ、いうなれば錯乱一歩手前であった。
さて、毎日が1月1日。とはいえ別段僕らの暮らしはループしていない。
ループものの主人公はループを認識するから彼はループしてない。彼以外の周り全部が循環してるだけだ。
だから、毎日お年玉を貰えると認識するような僕らはループしてない。巡っているのはそんな僕らを除いた全てだ。
そしてここでの僕らとは、世界の人間全てということになる。
(,,゚Д゚)??
△
(´・ω・`)?
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( ´W`)
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突如とした思考の変転に殆どの人間は脱落を余儀なくされる。
だが、毎日お年玉を貰えたり、毎日お年玉あげていると認識するような僕らがループしていないのは確かだ。
つまりそれは、僕らが今まで走りぬけてきた日々の日常と何が違うのかと問われて、
大して変わりはないじゃないか、というしかない。
四季は多分なくなってしまったが、
昨日は来て今日も来た、明日もやっぱり来るだろう。
人々は当初戸惑ったが、何のことはない。1月1日が1月1日であるには他の364日だか365日が必要なのである。
天文的に地球周期や天体の位置が1月1日に固定されようとも、昨日が1月1日なら今日は1月2日なのだ。
(,,゚Д゚)!?
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(‘_L’)
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( ´W`)
△
(#´^ω^`#)
この失敗は自分だけが世界のループを認識できるという能力を、全地球人に対して設定してしまったという手違いによる。
もっとも、人はNPCではないのでこの結果は必然であるともいえた。
-
“時が幾ら留まろうとも、人は歩みを止めはしない。”
そのようにして、全宇宙は破滅的な経済危機から救われたのだ。
このふざけた顛末に一つだけ付け加えるとするなら、例の魔法少女物のエロゲは発売中止となった。
ドクオによる妙の限りを尽くした理論が彼らの会社を救うには、全てがあまりにも遅すぎた。
オトシダマ
( ゚д゚ )「シナリオ中に例の使ってはいけないワードが確認された」
爪'ー`)y‐「あっ……」
( ゚д゚ )「幸いネゴの結果、発禁処分だけですんだのだが……」
(’e’)「自転車操業なんで資金繰りの目処が立ちません」
爪'ー`)y‐「また夜逃げっすかぁ?」
( ゚д゚ )「この業界に入ってから逃げ足だけは鍛えられたな」
(’e’)「前はどんな仕事やってたんです?」
( ゚д゚ )「正義の味方……かな」
爪'ー`)y‐「自称正義っすか、大人げないっすねえ」
( ゚д゚ )「ある日その虚しさを悟ったんだ……」
(’e’)「結局、力を振りかざす為のお題目なんですよ正義なんてものは」
爪'ー`)y‐「……次のシナリオそれで行きましょうよ、ヒーロー物で」
( ゚д゚ )「それもいいかもしれんな……」
(’e’)「僕はハッピーエンドがいいなあ」
魔法少女を捨て、ダークヒーロー物に切り替えた次回作は空前の赤字を計上し、
彼らは、もう何度目かもわかったものではない夜逃げを敢行するのだが、それは多分また別のお話。
-
怒りのあまり怒髪が天界まで突き上がったドクオはそのまま神々に殴りこみをかけ、
エロゲの代わりにいつの間にやら死んでいた肉体を蘇らせてもらうことで、一応の決着を見たという。
そんな眉唾物の噂話が、まことしやかに囁かれている。
我らが所長に逆らうのは、神々に反逆するより遥かに無謀であることが知られており、
それを知る者の間に限り、この法螺話はある程度の妥当性が保持されている。
('A`)「俺は神を信じるよ」
(-@∀@)「急に何言ってんだこいつは……」
( ´∀`)「エロゲが発禁になって、頭がやられちまったモナ」
从 ゚∀从「それっぽいのが居てもいい、人間が考えるようなのはいないだろうケド」
('A`)「眉毛がハの字しょぼくれ顔した奴は楽しそうにしてたが、天国にはエロゲが無かったからな」
(;-@∀@)「おい、誰かこいつをどうにかしろ!」
( ´∀`)「モナモナ、愉快モナもっと喋らせろモナ」
( ・∀・)
主に、僕の中だけで。
-
しかし、一難去ってまた一難。僕らの前にはより深刻で巨大な問題が横たわっていたのだ。
考えてもみて欲しい。
ループとは言っても、隣近所や個人が時間的に循環しているぐらいなら構わないが、
世界や地球、全宇宙が同じ日を繰り返しているとなると事は大事だ。
宇宙全体がある一日で固定されている。つまり、天体の運行が非常にまずいことになる。
自転公転といったものや、夜空の星々の動きをどうするというのか。
この宇宙全体分の質量やら法則を動かすことになりかねない。
その為のエネルギーはどこから引っ張ってくるのか。
ご近所がループしてるぐらいのものなら、正常な宇宙からエネルギーをかき集めればどうにかなるかもしれないが、
宇宙全体となるとそうも行かない。
「他の宇宙を薪として焚べない限りは」
それは当然、我らが天才所長の言ということになる。
-
从*゚∀从 「わかるかこの偉大さが、エターナル・ハッピー・ニューイヤー・エンジン!」
从*゚∀从 「全多宇宙の可能性次元を燃料として焼き尽くすことによって、ようやく到達できる場所、そこが僕らのラプソディさ」
( ・∀・) 「ねえ、ちょっともう何いってんの? 全然わからないよ!」
(-@∀@)「ラリったインディーズバンドみたいな発言はやめろ、人語を話せ人語を!」
( ´∀`)「モナモーナモナ! モナ? モーナモーナ」
('A`)「……」 カタカタ…カタ…カタタタ
(-@∀@)
ヽ( ´∀`)ノ プークスクス
(-@∀@)「舐め腐りやがって表にでろ、ニヤケまんじゅう!」
('A゚)「だまれゴミ虫ども! 俺は宇宙同士が衝突することによる宇宙終焉のシミュレートで忙しい、
崩壊速度によっては積んでるギャルゲを消化しきれない可能性がある!」
(-@∀@)「シャケナベイベー イヤッッホォォォオオォオウ!!」
从*゚∀从「ベイベーベイベ ウゥゥゥウウゥウウウウ!!」
(゚A゚)「あぁああああああ!! うるせぇえええええええ!!!」
エロゲは発売中止に追い込まれたが、新妻は消えやしなかった。
やがて彼らは、再び相争う仲になっていた。
ちなみに新妻は美人だ、僕らの元同僚ダイオードだ、寿退社だ。
卑劣な策謀が幾重にも巡らされた結果に違いないと僕は睨んでいる。
-
( ´∀`)「奴らは事の重大さに精神を押しつぶされ、現実を直視できなくなったモナ」
( ・∀・)「う、うん……?」
( ´∀`)「遺憾ながらここは、理性を保てた我々だけで冷静に話を進めるモナ」
( ・∀・)「お、おう……」
( ´∀`)「モナモナ、今朝見たモナ」
( ・∀・)「……な、なにを?」
( ´∀`)「所長の下着モナ」
('A(゚A゚)`) ――!?
(;-@∀@)「なあ、お前それどうなってんの? 別宇宙の自分が衝突してきたのか?」
-
( ´∀`)「……黒モナ」
('A`)「…うっ…ふぅ……」
(-@∀@)「遊んでるな……」
(#・∀・)「ばかなことを! 所長はそんな人ではないッ!」
(-@∀@)「学生時代に遊びの限りを尽くした俺のいうことが信じられんのか!」
('A`)「既婚者の戯言など聞く耳持たんわ!」
(-@∀@)「精神が崩壊してしまうからな」
('A`)「それより先にお前を分子レベルにまで解体してやるよ」ファッキン
( ´∀`)「例によって奴らは狼狽の極みに達してるモナ」
( ・∀・)「ああ、ここは我々だけで話を進めよう……」
( ´∀`)「…………」
( ・∀・)ゴクリ
(*´∀`)「……着痩せのEモナ」
_
(*・∀・)「おっほぉおおおおお!?」
理解不能な現象に直面した男たちが、とりあえずの間エロ話に舵を切るのは一般に知られた逃避行動であり、
言うまでもなく、この場で正気を保てた人間は存在しなかった。
この僕を含めて。
-
パラレルワールド
つまりこれは、並行可能性宇宙をはじめから存在していたかのように突然、この宇宙の隣近所に存在させ、
それらを燃料として駆動する類のループ機関であり、彼女の言葉を信じれば、
別の宇宙を生成だか発見したそばから焼き尽くす、はた迷惑で巨大な火ということになる。
(; ・∀・)「何かもうスケール感がうまくつかめないんだけど……」
(;-@∀@)「正直に言おう、意味が分からない」
('A`)「どこか別の宇宙にモテまくりのドックンが居るということか?」
( ´∀`)「けしからんモナ! ドクオ、一緒にぶちのめしに行くモナ!」
('A`)「合点承知の助よ!」
(; ・∀・)
(;-@∀@)
彼らの順応力も然ることながら、他の宇宙を薪として焚べて燃料にする、
それって一体どういうことなのか僕にはよくわからない。
けれども当然、可燃性宇宙扱いされた他の可能性宇宙が黙っちゃいない。
ことはすぐさま、全多宇宙を巻き込んだ多宇宙間戦争へと発展するだろう。
それはまあ、ご近所だけでループを済まして、ロマンチックな雰囲気で夜の星空を眺める輩や世界中の天文台を襲撃したり
マスドライバで人工衛星や宇宙望遠鏡を叩き落としたりNASAやロスコモスの予算を凍結するという手もなくはなかったが、
如何せん時間と人手が足りなかったのだ。
その程度のことが出来ないのに、他の可能性宇宙を燃料にこの宇宙全体をループさせるあたり、
やはり、うちの所長はひどく大雑把で細心にイカれた天才なのだ。世紀の大馬鹿野郎といっても大過ない。
-
オペレーション・ビリオネア
そもそも、永久お年玉作戦がドクオ理論によって封じられてしまったのに、
何故そこまでしてこの宇宙をループさせなければならないのか。
凡人たる僕にはこれがさっぱり理解できなかった。
単に所長が面白がっているだけという可能性は十分にある。
だが、真実は時として非常に残酷であり、EHNYEを走らせたまま飽きて昼寝に入ってしまったというのが今回のそれに当たる。
気がついた時、EHNYEは白昼堂々、衆人環視の中で忽然とその姿を消していた。
所長は寝ぼけ眼をこすりながら白衣を引きずり、研究員一人一人を締めあげたが、全ての探索は徒労に終わった。
その過程でドクオは一度死んだ。
β-17宇宙を自称するUFOの大艦隊が、はくちょう座X-1のすぐ近くにワープアウトし、
ブラックホールはやはり別の宇宙と繋がっているのではないか、とSFマニアたちがにわかにどよめきはじめ、
我らが宇宙の艦隊司令部は、最新の汎用人型決戦兵器を地球まで届ける任務に、わずか19歳の艦長を派遣したという。
特異点となった肝心のEHNYEは、突如発生した時空震に巻き込まれたと見られ、いずこかの並行世界へと消失し行方知れずだ。
一部政府筋によると、これは別の並行可能性宇宙からの攻撃であり、EHNYEは略奪された可能性が高いのだという。
「ここにはありませんよ、そんなお伽話みたいな装置は」
当然そんなことでは異世界人は納得しなかったし、装置を探さなければ、この宇宙が薪になってしまうかもしれないのだ。
もはや人類に残された選択肢はそう多くはなかった。
そして、彼女はしおらしげにつぶやく。
-
从 ∀从「ちょっとアタシの発明を取り返してくる……」
( ´∀`)「ついていくモナ!」
(-@∀@)「すまんがこの車は三人乗りでな、開発者の俺が乗らないわけにもいかないだろう?」
('A`)「いいのか? 既婚者様よぉ、新妻をひとり置いていっちまってよお」
(-@∀@)「それは……!」
('A`)「ヘヘッ、ここは独りもんの専用席さ 所帯持ちは引っ込んでな!」
パンドラの箱が開いてしまったとして、最後に残るのは希望だという。
その希望が一体何なのかについては諸説ある。希望こそが最大の災厄だとか、偽りの希望だとか。
つまりこれは、最後に残った自称希望が何者なのかにつては、開けた人間が決めていいということだ。
まさか、開けたことも見たこともないのに、そいつが何者であるかと議論しているような間抜けは居ないだろう。
だからこうなる。あらゆる災厄が無限の可能性宇宙として化体した今、
箱の底に残った最後の希望はおそらく、箱を開けたパンドラ自身が厄災を回収するという可能性。
-
メインブースターに火が入る。
あらゆる分岐を睨みつけ、時空干渉の痕跡に目を光らす。
半ドアのまま座席からこぼれ落ちそうになってるドクオを尻目に、
モナーがアクセルを目一杯踏み込む。
瞬く間に光速の十数%まで加速し、一筋の閃光となって宇宙の闇へと走りこんでゆく三人。
一瞬の後、飛ぶ車は静かにワープイン。闇がまた暗く静けさを取り戻す。
(-@∀@)「行ったか」
( ・∀・)「ああ……」
(-@∀@)「まったく、発明者たるこの俺を置いていくとはな」
( ・∀・)「ああ……」
(-@∀@)「おい、どうかしたか?」
( ・∀・)「ああ……」
(-@∀@)「……」
何故、黙って行かせたのかって、それは僕にもわからなかった。
あの頃は全てがぐちゃぐちゃになっていて、宇宙も自分の気持ちさえも、どうしようもなくかき乱されていた。
-
一つの例え話として、宇宙が乱れたらその中で適応されている各種の法則も乱れるに違いない。
質量保存とか熱力学第二法則だの、ああいうのは僕らが知る極安定的な宇宙でのモデルだ。
膨張し続ける宇宙のお腹が切り開かれて、その切り口から別の宇宙がヘビの性交みたいに、
幾重にも絡まりながら雪崩れ込んでくる。そんな事態を前にして、先の法則たちがまともでいられるはずはない。
彼らが維持し、彼らを維持する宇宙が崩れたのだから、同様に彼らもまた崩れる。
(-@∀@)「ほれ、いつまでここに突っ立ってるんだ」
( ・∀・)「ああ、そうだな 中に入るか……」
(-@∀@)「急にどうしちまったんだ?」
( ・∀・)「なんでもない……、きっとこのおかしな宇宙にあてられたんだ」
(-@∀@)「……?」
つまり、僕の脳は能力的限界に達して擾乱されたのではなく、
脳を組み上げる根本の法則の法則の法則あたりがやられたのだ。
あるいはこうだ。AIが上手く動かなかったのはプログラミングの精度の問題ではなく、
プログラムを物理基盤内で保持していた電子の振る舞いが変化したから。
僕らの知っていた電子はもう居ない、コイツはかつてあるとき確かに電子だった今は誰だかわからない奴。
これはそういう類の言い訳話に属する。
-
もちろん、油断していたというのは認める。
まさか彼女がこの状況を楽しまないで、ああも殊勝に事態の収拾を図ろうとするとは、思ってもみなかった。
そして僕自身、所長のお守りという途方も無い厄介事から開放されたというのに、
何か釈然としない気分がわだかまり続け、なぜだか猛烈に後ろ髪を引かれていた。
やがて、なんとか研究所へと返した僕らは、彼女の席に見慣れた白を認めた。
( ・∀・)「あ、これ……」
(-@∀@)「あいつ、白衣を置いて行きやがった……」
( ・∀・)
(;-@∀@)「これは案外、まずいかもしれんな……」
( ・∀・)「……そうなのか?」
(-@∀@)「ばか言うな、あんな落ち込んだ所長は見たことがない」
(-@∀@)「その上、自身の象徴たる白衣を置き忘れるなんて、どう考えたってまともじゃない」
( ・∀・)「ほぉん?」
(;-@∀@)「……こっちもかよ!」
-
(;-@∀@)「大体EHNYEを取り返すって言っても、あてがあるわけじゃないだろうし」
(;-@∀@)「無限の宇宙の中から見つけ出せるのか?」
( ・∀・)「無限か……」
彼女達が行く先には様々な宇宙が待ち受けているのだろうが、それはここで語るべきではないと思う。
なにしろ、EHNYEを特異点とした全可能性宇宙ということは、戦争に参加しなかったり勝利したり燃料にされてしまったり、
そもそもEHNYEを認知しなかった宇宙だの、初めから誰もいなかった宇宙だとか、
ほとんど考えうる、ありとあらゆる宇宙が存在するわけだ。もちろん人間が考えもしなかった宇宙だって存在する。
そんな無際限の宇宙が入り乱れた出来事を記述するにはここは手狭だし、
僕やこの宇宙が持ち合わせる各種リソースも心もとない。一般に人や宇宙の寿命は有限であることが知られている。
そして何より、今の僕にはそれらを知るすべもない。
( ・∀・)「でも多宇宙が無限にあるなら焼かれる順番は回ってくるのかな?」
(-@∀@)「どうだろう、EHNYEが宇宙を焼く速さによるんじゃないか?」
( ・∀・)「なるほど、じっくり焼かれる方がいいわけか」
-
けれども正直、僕はその種の心配はあまりしていない。
本当のところは分からないが、他の並行世界を薪として焚べるというのは、ちょっとした比喩にすぎないと思っている。
それは、あの所長が言うと、これほどの大言壮語も比喩なのかどうか、限りなく判別不能になってしまうきらいがあるのは認める。
本当にやってしまいかねないほどの逸材だ。
だが、動物実験をためらうほどの彼女が、そんな装置を開発するとは思えない。
僕は助手としてそんな風には彼女のことを信頼していた。
(-@∀@)「なるほどな、割と冷静だな」
( ・∀・)「ああ、少しはマシになってきたさ」
(-@∀@)「冷静さを取り戻したところで、居残り組の俺達はどうする?」
( ・∀・)「ただ待つわけにも行かないんじゃない?」
(-@∀@)「そうだな宇宙戦争の気配はもちろん、ドクオがやってた宇宙崩壊のシミュレートも気になるな」
( ・∀・)「とりあえずダイオードに応援を頼もう」
おそらくは、無数の並行可能性宇宙から、無尽蔵とも言える莫大なエネルギーを取り出しているというのが正しいのだろう。
それが何故、全多宇宙を瞠目させることになったのかといえば、
計り知れない物量の集積によって、既存のものと考えられていた物理法則をこじ開けたからだ。
光を閉じ込めるブラックホールのように。
EHNYEは危険な可能性であり、今こうして多宇宙が入り乱れるような、新たな法則の担い手でさえある。
莫大な未知のエネルギー、こじ開けられた既存の法則、新秩序の旗手。
どう考えたって物騒な代物だこれは。
-
もしかしてEHNYEは永久機関なのではないか、という問いは既に退けられている。
というより、もうどこまでが装置の内部で、どこからが外部なのかがそもそもよくわからない。
パラレルワールドを発見したのか、生成したのかすら定かではない。
こいつは多分、機械の体裁をとった自然現象にも似た何かだ。
それがたまたま、人の手を借りて顕現したに過ぎない。
僕はそんな思いつきを真剣に検討し始めている。
(-@∀@)「しかし、考えてみると、ドクオの理論の件はどうも何かおかしいよな」
( ・∀・)「何いってるんだ、乗っかかろうとしてたじゃないか?」
(-@∀@)「それはそうだが、細部に矛盾があるというかなんというか」
( ・∀・)「狐につままれた感じか?」
(-@∀@)「ああ、富の集積、あり得ないだろうあの展開は」
( ・∀・)「……」
( ・∀・)「現に起こった事実だから深くは考えなかったけど、たしかに奇妙だな」
今となってはループ構造が破綻をきたしたのは、ドクオが妙な理論に目覚める前であるとされるのが一般的だ。
そもそも、人々が認識しつつもお年玉をあげ続けるというような愚行を冒すはずはない。
人は愚かだがその愚かさの4分の1ぐらいは、がめつさによるものであることが知られている。
また、誰もEHNYEを停止することが出来なかったという不可解さから考えても、
一定期間、全人類が真性ループしていたとの推論は成り立つ。
-
最も納得のいく仮説は以下のとおりとされる。
EHNYEは密かに全人類をそのループ構造に取り込んでいた。
しかし、何回目かのループが行われた時、宇宙同士の接触によってそんな時間構造に亀裂が入る、
あるいは僕らの認識の方に。
かくして人類は情報量の増大に立ち会い、富の偏在は発見され、聖戦が開始される。
そしてドクオが奇妙な屁理屈を思いつき、亀裂は付け込まれ、
ループから擬似ループへと転落していた時間構造は、全面的に認識崩壊することになる。
正直いって、自分でも何を言っているのかよく分からないが、とにかくそういうことらしい。
この仮説で誰が納得したのかについては、今となってはもうさらによく分からない。
全ては崩壊しつつある宇宙とともに崩壊している。
今や、矛盾などというものは噴出したそばから忘れ去られ、
ときおり思い出したように訳の分からない仮説によってそんな亀裂は覆われ、
当然のように、ふさがれたのは矛盾でありはしない。
-
僕らは未だ自分たちがまともであると信じきっているが、既にその認知過程が宇宙同様、崩壊している可能性はある。
飛ぶイルカに見えてるのは実はただの羽虫で、羽虫の方も元は鼠か何かだったというような。
宇宙が崩壊してからというもの、鼠は目が覚めると羽虫に成り果て、僕らはそんな羽虫を飛ぶイルカだと信じているのかもしれない。
飛ぶイルカは三人の合意によるのだから、鼠がイルカになっただけで僕らはまともである、という向きもあるだろう。
三人が三人、同じ狂い方をするのも珍しい。それは確かに僕も認めるところだ。
だが考えてもみてほしい、今語られているこのお話がどれくらい正気なのかということを。
鼠がイルカになっただけで僕らはまとも、などという一文が訳知り顔でまかり通っている現状を。
だいぶまずいのではないか。我ながら。
だから、そこから先はこんな風に続いてしまう。
-
今や僕の頭は、かつてからそうだったかの様に無数に分割されている。
その勢力図において、なぜだか妙な思い込みを信じ始めた領域が拡大し、体のコントロールを握り始めている。
ある学者は、宇宙が崩壊する時、その内にあるものは宇宙の物理的崩壊だけでなく、
法則的崩壊の影響下にもおかれるのではないかと思いついた。
そして、宇宙という基盤によって出力されている脳もまたその可能性の裡にあり、
宇宙崩壊に際し、同時に我々の思考も崩落していくだろうと考えた。
電子が、かつて電子だった誰かになるというように。
今起こっている現象はそれに近い。
無数の宇宙が入り乱れるとともに法則は書き換えられ、僕の脳もそれに追従する。
僕の脳内では宇宙同様そこで起こりうるあらゆる可能性が同居し、今、僕を突き動かす。
最新の理論では、既に四十二個の並行可能性宇宙が僕らの宇宙と交錯したと考えられている。
もっとも、それがこの狂った宙域で出された理論であることを考えると、精度は保証の限りではないが。
-
この現象を言い換えると、いわゆる計算的宇宙論というやつがそれに近い。
わかりやすく言えば、この宇宙は物理的な出力を実際に行うシミュレータ様の現象であり、
ゲームの中の世界みたいなものだ、という発想。例えば自動化された実態のあるマインクラフトとでも言うような。
そして今そこに、ある種のアップデートがあてられようとしている。
世界の規則は書き換えられ新たなルールが適用されていく。
その過程がご覧の有様という訳だ。
僕らに与えられたアップデートはEHNYEと呼ばれ、多宇宙を実在のものとして出力した。
そんな話は今まで散々してきたと思う。
事がそれだけだったなら、僕だって何もこの宇宙を元に戻すなどと、造物主に弓引くような大逸れたことは考えもしなかったはずだ。
勿論、心のなかで悪態の千や万はついただろう。
でも、僕はそこら辺に転がってる凡人にすぎないのだ。何が出来るというのだろう。
問題は、そんな過程の中で予想外に広がったカオスがある種のバグとなって表出し、
あろうことか僕を駆動させているということだ。
-
神は自らの不明ゆえ反逆者をお作りになった。
繰り返しになるが、そいつはあくまでただの凡人だった。
しかし凡人故か、一般に最もありふれた小説の題材は、親子関係か生死観、あるいは恋愛と相場が決まっている。
小説。
いきなりの奇妙な文脈侵犯に戸惑うかもしれない、しかし考えてもみてほしい。
小説だってある種のシミュレータなのだ。
つまりそれは、凡庸な人間を動かす為のエンジンが、そのように素朴なものになるという、
ある種の証左だとも考えられないだろうか。
だから僕のバグも、そういったありふれた形で顕現したのではないかという、推論が成り立ちはしないだろうか。
あまりにありふれているため、この場合かえって奇怪な動悸、もとい、動機。
チッポケナ ノウミソ
そのようにして、僕の内的多宇宙は奇妙に結論する。
-
ある種の本が訓練なしにその意味をとれないように、そこに刻まれた文字列に変化はなくとも、
読み手が変容することで本と読者の間に出力される内容は変転する。
過去の事実が不変だろうとも、それを捉える現在の思考が変化してしまえば同様のことが起こりうる。
それは一般に、過去との和解として知られている。
この場合、和解とは少し異なる。
つまり僕は、恋知らずの裡に恋をしていたのかも知れない。あの彼女に。
多分、あるいは、もしかして。
この仮説と言うにはあまりに無作法で、推論と呼ぶにはセンチメンタルに過ぎた、
ちょっとした思い込みが、今回の旅のお供ということになる。
-
勿論、一方でより冷静な一派はこうも主張する。
それは、このいかれた宇宙のせいで何か勘違いしてるだけだろう、と。
前述のように認識のほうが操られてしまってる今、
例えば、ダイオードがアサピーを捨ててイルカに走ってしまったとして、それが恋だといえるのだろうか。
この宇宙崩壊のせいで、おかしくなってしまっただけではないのか?
元の宇宙でも、アサピーが捨てられる可能性は兆候として多分に存在したので、これは通常の流れだ。
そういう見解もわからなくはない。だが相手は何故か空中を泳いでしまうようなイルカだ。
まっとうな恋愛の対象としては、正直どうかと思う。
そして、現在検討している相手は、今宇宙最高最悪のイカレ・サイエンティストだ。
科学者を名乗るのがおこがましいくらいの。
ストレス性の動悸を胸の高鳴りだと宇宙に勘違いさせられたとして、そいつは本当に恋なのか
違うんじゃないか、というのが正直なところだ。脳内少数派の意見ではあるけど。
-
ご親切にも、他人の恋を偽装して歩く宇宙。
狂い方としては、まあ、ありかなとも思う。なにか楽しげじゃないか。
そこかしこで燃え上がり、爆裂しはじめるような宇宙を想像するよりかは、ずっと。
ただ、その生け贄に僕が選ばれ、あろうことか相方が所長であるという展開はいただけない。
こうしてみると、まるで僕が、彼女が離れていってしまうのを指をくわえて眺めるだけの、
煮え切らないダメ男みたい見えるかもしれないが、間違ってもそういうことではない。
そういう懐かしい宇宙ではもうないのだ、ここは。
だが、この発狂しかけの多宇宙では、文字通りほとんどあらゆる可能性が存在可能なことはすでに知られている。
だから僕も混乱している。この感情をどう取り扱えばいいのか。
なんだかとりとめもなく長くなったが、それもこの宇宙のせいだろう。
まともな道筋はすでに失われ、全てが明後日の方に蹴り出されていく。
このお話の帰結がラブ・ストーリーなんてものに、なりかけるぐらいには。
-
/ ゚、。 / 「機材の再調整疲れたし……」
(-◎∀◎)「俺もさ……」
( ・∀・) 「えっ?」
(-◎∀◎)「うむ」
( ・∀・) 「は? 僕らは何もしてないだろ」
/ ゚、。 / 「だしだし、それに変なメガネだし!」
(-◎∀◎)「ゴタゴタでうやむやになったドクオの新作、他人の頭のなかを覗ける眼鏡さ」
( ・∀・) 「えっ」
(-◎∀◎)「暇に任せてそこいらを漁ってたら見つけた」
/ ゚、。 / 「結構やばい発明なんだし!」
( ・∀・)
(-◎∀◎)「……話は聞かせて、おっと、覗かせてもらったぞ?」
( ・∀・)
-
dokuo's legacy
脈絡もなく、今更のように持ちだされる過去の遺物。こんなのはあまりに、あんまりではないか。
一体どういう了見で、いつから人の頭を覗き見ていたのか。
僕ら研究者が、人としての倫理を欠いているのは仕方ないにしても、同僚として最低限の仁義って物があるだろう。
その抗議の心も虚しく、僕の言葉の先を制してアサピーが続ける。
(-◎∀◎)「ふふ……控えよ、所長に対し抱き奉った劣情の数々、全多宇宙に喧伝せしめるぞ」
/ ゚、。 /
( ・∀・)
全てが台無しになりかけた一瞬を乗り越えて、僕は、とりあえずアサピーの眼鏡を破壊した。
(-☆∀3)「ああっ!?」
( ・∀・)「だいたいお前は新婚だろ?」
(-@∀@)「確かにな、俺の方はほとんど憧れに近いよ」
(-@∀@)「やっぱり、あの人は特別なんだ」
(-@∀@)「ドクオとモナーがついていったのも、その辺りにあるんじゃないか」
( ・∀・)「……」
-
ケーブルパズルの完成を見て、僕らは再びメインフロアへと立ち戻る。
ここはまあ、そういったやり方で構成された何かの時空間。
反撃の根城、一つの青い証明。
( ・∀・)「ハイン……」
弱り切ってしょぼくれ、挙句、白衣を置いていくような所長なんて、まるでこの世界が本当に終わってしまうみたいではないか。
僕はそんなぞっとしない光景をいつまでも眺めていたくはない。
僕をともすると勘違いさせ、悩ませているのは、そんな彼女でありはしない。
だが思うに、もしこの宇宙が元に戻ってしまったとするのなら、
僕が今更のように気がついたこの劇薬じみた思いも、どこかの暗がりにふと消えてしまうのではないか。
人騒がせな多宇宙がある日に何かの拍子で、この宇宙の闇に溶けこむようにして。
かつての宇宙では存在し得なかったものとして。
記憶には残るかもしれない。僕らはまだ人としての結構をなんとか保っている。
しかし、思い出してもみて欲しい、いつかの初恋を。
それは多分に色あせ、上書きされ、ちょっとしたお伽話のような風情をまとっていて、どこか扱いに困る。
大勢の人が今となっては、それを何かの気の迷いとして退けるだろう。
僕が危惧しているのは、つまりそういうことだ。
-
あらゆる現象は観察者によらず一義的には、定義され得ない。
高鳴る胸の鼓動を恋と捉えるか、ストレス性の動悸と捉えるかは、それぞれの思考による。
そして今や、そんな思考はこの宇宙と一緒に根本から翻弄されきってしまっている。
それでも行くのか、と問われて、振り向いた時、アサピーはもう一つ別の眼鏡を掛けて薄笑いを浮かべていた。
無論、いつものやたらと分厚くて度がきつい方の眼鏡じゃあない。
(-◎∀◎)「なかなかにお困りのようで」ケケケ
( ・∀・)
、。 /
起こりうることは、それだけの理由でただ起こる。特に今この宇宙では。
ふざけた眼鏡が一つあったのなら、それが二つに増えたって大した問題ではない。
何しろ今や宇宙そのものが無際限に増殖しているのだ。
-
もちろん、これは僕の手抜かりだ。
降参だ、と力なく両腕を挙げて僕はアサピーに歩み寄り、半ば当然のようにその眼鏡へ向けて振り下ろす。
今度は所持品も抜かりなく調べあげた。
( 3ω3)「暴力的な手段に訴えるとは、いよいよ追いつめられたなモララー」
( ・∀・)「遺憾ながらそれは認めざるをえない……」
( ・∀・)(誰だコイツ……?)
( 3ω3)つ-@∀@
(-@∀@)スチャ
( ・∀・)(えっ?)
(-@∀@)「そいやお前、産業スパイだったんだな」
( ・∀・)「えぇ!? そんなところから覗いてたのかよ!」
(-@∀@)「安心しろ、そっちの方は俺にとってはどうでもよろしい」
-
(投下中、失礼します……何時くらいに終わりそうですか?)
-
(-@∀@)「お前が所長に入れ込んでいるという事実のが遥かに愉快だ」
(; ・∀・)「な、何が目的なんだな!?」
(-@∀@)「それはもう、酒の肴だよモララー君」
(; ・∀・)「なんだかとってもドクオたちと再会したくなくなってきたな」
(-@∀@)「所長も一緒だぞ?」
(; ・∀・)「くぅッ!」
(-@∀@)「これは当分楽しめるな!」
/*゚、。 /「だしだし! ダイオードも聞かせてもらったんだし!」
; ・∀・)
そしていつの日か、あの趣味の悪い車を完成させた時、
初めて僕は全てに向き合えるような気がする、所長……ハインを含めた全ての多宇宙に。
それが、あらかじめ終わりきってしまっている関係性だとしても。
-
「なあ、それにしても、あの所長のどこがいいんだ?」
「洗いざらい吐くんだし!」
「それは、まあ……」
「体目当てなんだし、モララーはゲスいんだし!」
「顔だろ顔、確かに一応美人の範疇にはあるからな」
「それもなくはないけど、一番はやっぱり性格……かな?」
「……」
「……」
「……なあ、この宇宙の崩壊ってほんとに小康状態なのか?」
「モララーのやつ、もういかれちまってるんだし!」
「うーん、どうだろう?」
だから僕は、いや、僕らは今日も開発している。
へんてこりんな発明を、少しばかり気の違った研究を、いかれた科学を。
なぜかと問う向きがあるだろうか。
-
(>>65 了解です、それではお待ちしています
-
Epilogue
(-@∀@)「ダメだな、弐号車は一応完成はしたが所長の現在地は捉えられなかった」
/ ゚、。 /「人間知性のとりあえずの限界だし、出来ることはやったし!」
( ・∀・)「そっか……」
(-@∀@)「どうする? 所長が見つかる保証は全く無いし、下手したら多宇宙の遭難者だ」
( ・∀・)「……」
かつて僕は、命令のままにスパイ活動をしたりと、大概主体性のない男だった。
そいつを投げ出した後も、所長の助手をずっと務め上げるぐらいには。
だが、自由奔放な彼女を前にして、そして彼女と離れ、
そんな関係性がなにか別のものへ変容しかけていることは、前にも話したと思う。
( ・∀・)「EHNYEの方を追おう」
-
(-@∀@)「ほう……」
( ・∀・)「当初の計画通りEHNYEをどうにかして、この宇宙を元に戻せば所長を探すのも楽になる」
(-@∀@)「まあ、そうなるかな」
(-@∀@)「しかし良いのか? 宇宙が元に戻るっていうことは……」
( ・∀・)「確かめてみるさ、それでも今のままなら、それこそ本当ってものだろう?」
(-@∀@)「それは違いないが……」
/ ゚、。 /「EHNYEを追いかける途上で所長に会うかもしれないんだし!」
(-@∀@)「まあ、その可能性もあるか」
( ・∀・)「オーケーベイベ いざ、ロケンローといこうじゃないか」
( ・∀・)「この多宇宙で一番騒々しい場所へ向けて!」
/ ゚、。 /「当たり前だし、ここで躊躇してたら何のためにこいつを作ったのかわからないんだし!」
(-@∀@)「まあ火種となるEHNYEの周りが静かってこともないよな」
-
(-@∀@)「アテンションプリーズ、ぶっとばすぜ!」
パーキングからハイパードライブにギアが入り、アサピーがアクセルを全開に踏み抜く。
車窓に切り取られた風景は刹那、時間の彼方に引き伸ばされ、
シャッターを開けっ放しにした写真のように尾を引いて取り残された。
やがて、全てが僕らの背後に消える。
(-@∀@)「こいつはご機嫌な性能だな!」
( ・∀・)「ああ間違いない!」
/*`、、 /「当然なんだし、もっと崇め称えるんだし!」
(-@∀@)「しかし所長は道中、あの二人と何かあったりするんじゃないのか?」
( ・∀・)「問題ないさ、ハインは色気より食い気のタイプだ」
(-@∀@)「そうすると、お前も問題なくスルーされると思うのだが」
( ・∀・)「……」
-
/ ゚、。 /「モララー案外バカなんだし」
(-@∀@)「それはそうさ、うちの研究所に賢い奴なんて居るわけがない!」
( ・∀・)「だまらっしゃい!」
そうだ、そのように僕はまったく救いようのない愚か者なのだ。
すべての多宇宙を切り開いて、ENHNYEとハインを見つけ出そうとしているくらいには。
気が付くと、車はどこかわからない彼方の地平を驀進していた。
光すら置き去りにして、一瞬一瞬にシルエットだけをその場に残しながら。
そして僕らは、未知の可能性宇宙へと飛びこんでいく。
fin
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あとがき
いつか総合でもらったお題、「飛ぶ車」と「永久お年玉機関」について書かれた何か、ということになります。
この後、発狂しかけの並行可能性宇宙をめぐるハイン一行と、それを追いかけるアサピー・ダイオードとおまけの一人が、
全多宇宙を股にかけ、戦争を平和裏に解決し宇宙を元に戻そうと、笑いあり涙ありカオスありの旅を続けて、
途中、人外の大統領を仲間にしながら、EHNYEなる不遜なイカレ装置をとっちめる宇宙海賊冒険ロマンとラブ・ストーリーが続くはずなのだが、
それは多分、また別のお話。
半分くらいながらでろくに推敲できてないんで、かなり読みづらいと思うが許して。
もう少しまともにハインとモララーを描写する時間があれば。
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急かして申し訳ない……
今は頭が回ってないので、明日読ませてもらいますね
投下お疲れさまでした
【連絡事項】
主催より業務連絡です。
只今をもって、こちらの作品の投下を締め切ります。
このレス以降に続きを書いた場合
◆投票開始前の場合:遅刻作品扱い(全票が半分)
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乙
S難しくて理解はしきれなかったが雰囲気が面白い
登場人物がごちゃごちゃやってる科学的に雑多な様子が好みだ
宇宙海賊冒険ロマンも待ってるぞ
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>>73
SじゃなくてSFな
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乙
フザケた名前の装置のせいでこんな大惨事になるなんて思わなかったんだぜ
あとがきの展開はよ
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銀河ヒッチハイクガイドのようなぶっ飛んだ世界観が癖になるな
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宇宙を感じた
最高だよこれは
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この作者は間違いなくなんらかの天才なのだろうが、惜しいことに何の天才かは私には皆目わからない
異次元にぶっ飛んだ思考を引き込まれるほどキャッチーに纏め上げた手腕は流石の一言
何が言いたいかというと、すげえ面白かったですはい
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続きがあるなら是非とも所望したい
いかれた宇宙をもっと見たい
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やや、祭りもついに終わりましたね
読んでくれた人、感想を書いてくれた人、ありがとう
申し訳ないけど、今のところ続きは書かれないと思います
ここまでが当初の予定通りで、個人的にはあまりにギリギリながら、どうにか物語は終わってると思う
誤字がすごく多いのは本当に申し訳ないです
あとがきの展開はまあ、一種のサービスというか未来への展望というか、立つ鳥跡を濁すとかそういうやつです
そんな訳で此処から先、何も書かれてないのは当然、プロットのかけらも構築されておりません
他に書きたい長編も山ほどあるので難しいかなと
だが、あるいは、もしかして、ハインが夢見たように、モララーが毒づくように、
この拙いお話が何かのアップデートとして、この時空間を侵食し、私達の宇宙を崩壊させることもあるかもしれない。
宇宙を出力するプログラムコードが誰かの書く物語であったとして、
僕らがそんな世界の登場人物だったとして、自分自身を編集するかのように。
そして遠からず私は立ち上がり、椅子に座り直して、宙吊りにしていたお話を打ち込み始めるというような。
それは当然、彼らがそうするのと同様、この宇宙を元に戻すために。
続編
完結することで全てが駆動し始めるAnti‐EHNYE。
これはおそらく、とても長い話になるだろう。
いつか語られるかもしれないし、語られないかもわからない。
この宇宙がどちらの可能性宇宙に属しているのかは、私にもわからない。
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乙
ちなみに俺の居た宇宙は燃やされた
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いかれたかがくの続きを書こうというのか・・・!?
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ここは紅白入賞する宇宙だったぜ!!ヒャッハー!!
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続編は存在しない宇宙だった。
存在しない物は語りえない。或いは、否定でのみ語りうる。
それは存在せず、語りえず、行く先は知れず、結末などより一層遠い地平にさえ無い、というような。
アップデートは失敗の裡に終わり、神は天にいまし、全て世は事もなし。
まあ、それでも僕はこいつをそれなりに大事に思う。
だから投票した物好き達には感謝に堪えない。
よくわからない、という意見をちらほら見かけたので、質問に応えるにやぶさかでない。
過去ログ化される25日までに何かあればレスを頼むものである。
読んでくれてありがとう。
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このハチャメチャな感じが読んでてたのしいな
なんで避けてたんだ俺
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