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雨上がり七日の空模様です
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ζ(゚ー゚*ζ「私、世界均衡管理局の者です」
白い肌、やわらかく巻かれた亜麻色の髪。
肌は白く瞳は大きく、スーツをタイトに着こなしている。
年の頃は二十歳前半といったところか。
ぱっと見てきれいな人だなあとぼんやり思い、寝ぼけ眼をこすった。
おかしい。
まだ電気もつけていない薄暗い自室、
その入口に見知らぬ人物が立っているのだ。
がばっと上半身を起こし、ベッド真横のカーテンを開ける。
差し込む光の中でもなお平然としている姿を見て、いよいよ覚醒した。
夢ではない。
目の前の者は、不審者だろうか。
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雨上がり七日の空模様です
1:[月曜日]
.
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( ^Д^)「どちらさますか」
安織プギャーは寝起き特有の乾いた声で尋ねる。
片手には枕を掴み、いつでも立ち上がれるよう気を張っていた。
ζ(^ー^*ζ「そう警戒なさらないで下さい」
ζ(゚ー゚*ζ「私、安織様を担当します──長網です」
( ^Д^)「長網? ……いや、担当って」
ζ(^ー^*ζ「失礼しました。長網デレ、と申します。
どうぞお気軽にデレとお呼びください」
( ^Д^)「………………はあ」
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はて、どこから突っ込めばいいのやら。
見知らぬ者──もとい長網は自分のペースを崩す気はないらしく、
あくまでも飄々と話すさまはお役所然としている。
ζ(゚ー゚*ζ「訳がわからないとは思います」
訝しむ安織の表情から察したのだろうか、
長網は一度そう断り、ですがと続けた。
ζ(゚ー゚*ζ「当方が安織様に干渉可能な時間は限られておりますゆえ、
此度の状況につきましては追って説明をさせていただきます」
ζ(-ー-*ζ「身支度がお済みになりましたら再び声をかけますので」
──では。
そう言うと長網は扉を開け、ごく自然に部屋を出ていったのだった。
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( ^Д^)「いや」
( ^Д^)「いやいやいやいや」
開け放された扉──その向こうは廊下、階段、下って一階。
もう、そこはリビングだ。
母がいれば父もいる。
さて、二階には安織の部屋を除くと物置しかない。
長網が降りていけば当然、彼の部屋から出ていったのだと
そういうことになるだろう。
それは不味い。
どう考えたって宜しくない。
安織プギャーは17歳──余計なことを様々考えるお年頃である。
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( ^Д^)「……まてよ」
はたと冷静になる。
長網はいったいどうやってここまでやってきたのだろう。
まさか父母の了承を得て、というわけではあるまい。
世界均衡管理局だか何だか知らないが、
一度として聞いたことのない名前である。
( ^Д^)「どうしたって胡散臭いよな……」
壁掛け時計は八時を指すまであと少し。
気になることは多々あるが、学校を遅刻するわけにもいかない。
ひとまずは身支度だ。
どうするかはそのあとで決めよう。
やばそうなら警察に突き出してハイ終わり、である。
制服に袖を通し、出しっぱなしになっていた筆箱をかばんに放り込む。
こまごまとした準備を済ませたのち、最後に貯金箱から小銭を取り出すと、
やや多めに財布へ入れたのだった。
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( ^Д^)「──行ってきます」
しかして、朝食を済ませて家を出るまでに奇妙なことが二つあった。
一つ。
廊下に出て行ったはずの長網の姿がどこにも見当たらなかったこと。
二つ。
両親がそもそも長網の存在に気が付いていなかったこと。
どういうことだ。
後ろ手で玄関の扉をしめつつ、首をひねる。
やはり夢だったとでも言うのだろうか。
ζ(゚ー゚*ζ「遅かったですね」
(;^Д^)「おわっ」
ζ(゚、゚*ζ「ちょっと、待たせといてその反応ひどくないですか?」
(;^Д^)「……いや、さすがに驚くんすけど」
安織は顔をひきつらせて言う。
-
・・・・
なにせ長網は安織に、後ろから声をかけたのだ。
たった今、扉を後ろ手でしめた安織に。後ろから。
あたかも唐突に現れたかのように。
──いや。
実際、長網は唐突に現れたのだ。
(;^Д^)「まったくもって何が何だか……」
ヾζ(゚ー゚*ζ「その辺りは今から説明しますから。
ほら、のんびりしてると遅刻しちゃいますよ」
長網は安織の背をぽんぽんと叩く。
その感覚に、一瞬でも長網は幽霊か何かなのではないか、と考えた自分を
馬鹿らしく思った。
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( ^Д^)「つか、さっきまでと雰囲気違くないすか」
ζ(゚ー゚*ζ「規則なんですよ。
ファーストコンタクトはきちんとしなきゃいけなくて」
ζ(^ー^*ζ「でもやっぱり肩がこりますし、
安織くんも緊張しちゃうかなあと思って」
( ^Д^)「はあ」
安織様ではなく安織「くん」と呼ぶあたり、
長網もこちらの方が楽なのだろう。
実際、安織もこちらの方が楽だった。
言葉こそ敬語だが、
うっかり警戒するのを忘れてしまうほどに長網の態度はフランクである。
ζ(゚ー゚*ζ「まあ、こっちの仕事のためにもですね、
安織くんはなるたけ自然体の方がいいんですよ」
( ^Д^)「仕事すか」
ζ(゚ー゚*ζ「ええ。
……そうですね、とりあえずは私たちのことからお話しましょうか」
-
ζ(-ー-*ζ「安織くんは、世界が幾重にも重なっている、
という話を聞いたことがありますか?」
──長網が言うのは所謂、パラレルワールドのことであった。
近い未来、人類は世界の多重構造に気付くという。
長らく夢の産物、あるいは世迷いごととされてきたパラレルワールド。
その存在が証明されるというのだ。
いわく『世界』とは、
途方もなく縦長いカラーセロファンのようなものらしい。
件の証明によれば、
薄っぺらな赤のセロファン、青のセロファンといった様々な『世界』が
複雑に重なり合いながら存在しているらしいのだ。
やがて、人類は赤のセロファンから青のセロファンへ
「横」の移動が出来ることにも気が付いた。
世界の多重構造が証明されて、わずか10年後のことである。
その後、瞬く間に赤のセロファンの先端から色褪せた後端まで、
いわゆる時間軸である「縦」の移動が出来ることも発見された。
人類は言葉の通り「縦横無尽」に世界を探り、弄り、駆け巡ったのだと、
長網は苦虫を噛み潰したような顔で言う。
いつしか。
赤と青のセロファンはその境界が曖昧になり、
一枚の紫のセロファンになっていた。
-
ζ(゚、゚*ζ「これって本当によくないことなんですよ」
赤と青とがもはや離れられなくなって、一つの紫になってしまった。
二枚であったはずのセロファンはいつの間にか一枚になり、
二度と元に戻せなくなったのだ。
一つと一つ、そして新しいもう一つができたのではない。
一つと一つが溶け消えて、新たな一つとなってしまったのである。
いつの間にか、仮に今から両の世界を断絶したとして、
それでもどうにもならないところにまで来てしまっていたのだ。
そのような世界に当然議論は紛糾する。
だが、結局は誰もが薄々気が付いていた結論に辿り着くこととなった。
『これ以上世界に異常をきたしてはいけない』と。
──そうして発足されたのがデレの所属する世界均衡管理局なのである。
-
ζ(゚ー゚*ζ「局員である私たちは様々な世界を巡り、
縦横の移動が偶然に発生しないよう修整、
あるいはその行為が不可能となるよう調整をしているんです」
( ^Д^)「はあ」
ζ(゚ー゚*ζ「この安織くんの世界──便宜的に、
黄のセロファンとでも呼びましょうか」
ζ(^ー^*ζ「ここは『紫』に比べると比較的旧時代な世界ですから、
まだまだ調整が利きます」
ζ(-ー-*ζ「間に合って……本当によかった」
そう言う長網の語気は真剣で、そこに冗談の要素こそ読み取れないものの、
やはり安織には些か突拍子の過ぎる話に思える。
( ^Д^)「うーん」
ζ(゚、゚*ζ「……なんだか、信用できないって顔ですね」
( ^Д^)「はあ、まあ、正直なところはそうっすね。
信用できないというか、にわかには信じられないと言うか」
考えるように俯くと、道のそこここにある水溜りに目がいく。
ここ最近、連日続いていた大雨の爪痕だ。
今日は久々の好天である。
とはいえ、水はけの悪いところでは
未だ道全体が大きな水たまりのようになっているところもあり、
散歩するには少々条件が悪いのだろう、人通りは平常に比べて少ない。
安織は頬をかき、嘆息する。
-
( ^Д^)「そもそも、なんでその紫のセロファンの人が
他の世界の調整までしてんすか」
ζ(゚ー゚*ζ「それはもちろん私たちのような〝失敗〟をこれ以上
増やしてはおけないから……」
( ^Д^)「建前っすね?」
Σζ(゚ー゚*ζ「うぐ」
( ^Д^)「あからさまに目を泳がせるから……」
ζ(´、`*ζ「だってー。
私、嘘つくの苦手なんですもん……すぐ顔に出ちゃう…………」
そりゃ、こっちにだって本音はありますよ。
長網は愚痴をこぼすような口調である。
ζ(゚ー゚*ζ「まあ、混ざって欲しくないんですよね」
( ^Д^)「混ざる?」
ζ(゚ー゚*ζ「私らのとこは今、紫じゃないですか。
そこに黄が混ざったら、あるいは緑が、白が、
とにかく様々な色がどんどん入ってきたらどうなると思います?」
( ^Д^)「そりゃ色が混ざって……あ、」
ζ(゚ー゚*ζ「これ以上の変化はそれこそ収集つかなくなっちゃうんですよ」
-
絵の具を使うときの水入れを思い浮かべる。
透明に赤を入れるだけなら綺麗なものだ。
だが、そこに青が足され、また他の色が足されていくどうなるか。
決まりきったことである。
使えるだけ使った水入れの中身は濁り淀んで、目も当てられないありさまだ。
長網が言いたいのはつまり、そういうことだろう。
( ^Д^)「じゃあ長網さんは」
ヽζ(゚ー゚*ζノ「デレです」
いったい何のこだわりなのか。
( ^Д^)「…………デレさんは」
ζ(^ー^*ζ「はい」
( ^Д^)「えーと、なんで俺のとこに来たんすかね」
( ^Д^)「世界の調整だかなんだかわかんないすけど、そんな重要そうなこと」
ζ(゚ー゚*ζ「ああ、なんだ。そんなことですか」
( ^Д^)「えぇー……」
ζ(゚ー゚*ζ「案外、些細なことが大局に影響を与えたりするもんですよ」
ζ(゚ー゚*ζ「私の担当は安織くんですけど、他にも各地で担当を持つ局員が
そこそこの人数で『黄』の世界に来てるんです」
いわく、世界に『変えられている』と気付かれないように
『変えていく』ことが重要らしい。
それはまるで何気なく蹴った小石を集め、手元を見ないままダムにするような、
とにかく気の遠くなる作業なのだそうだ。
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ζ(゚ー゚*ζ「というわけで、ですね」
となりを歩いていた長網が急に足を止めた。
思わず振り返った安織の目を射抜くかのように見つめ、語気を強めて言う。
人ζ(゚ー゚*ζ「安織くんにぜひ協力していただきたいわけです」
(;^Д^)人「……協力っすか」
顔が近い。
ヒールを履いてもなお、
頭の位置は安織より少々低いぐらいだろうか。
後じさろうにも両手をがっつり掴まれてしまいうまくいかない。
正直、ぎょっとするほど強い力である。
女性だろうに、どこからこんな力が出ているのだと疑問に思うのが先行して、
もはや照れもへったくれもない。
ζ(^ー^*ζ「大丈夫、何にも悪いことはないです!」
( ^Д^)「それむしろ悪いことがあるときに言うやつっすよ」
ζ(゚ー゚*;ζ「ええーじゃあイイコトばっかりですよ」
( ^Д^)「ますます怪しいっすね」
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(;^Д^)「……つか、手、そろそろ痛いんすけど」
ζ(゚ー゚*ζ「ありゃ、ごめんなさい」
ぱっと放す。
血が巡り、両手が熱くなった。
( ^Д^)「デレさん力強いっすね」
ζ(゚ー゚*;ζ「あは、はははー……ごめんなさい」
( ^Д^)「いや大丈夫っすけど」
あからさまに目を泳がせる。
今なにかまずい場面だったか、と考えたが思い当たることもない。
長網が黙ってしまったので安織も黙る。
もともと話すのはあまり得意ではないのである。
そうして、
ζ(゚ー゚*ζ「──それじゃあ、続きはまた後で」
学校に着くなり、長網はそう言って姿を消してしまった。
-
──文字通り消えたのである。
直前に長網が言ったことには、
世界均衡管理局員とやらはあまりこちらの世界に長居できないらしい。
影響を与え過ぎてしまうのを防ぐため、
せいぜい1日数時間が限度なのだそうだ。
また、自分は安織以外には直接的に干渉できないのだと言っていた。
要するに、他者には長網の姿は見えず、声も聞こえず、
仮に直接触れたとしても、その存在に気付けないのだそうだ。
だが地面は歩けるし、扉も開ける。
物も食えるというのだからよくわからない。
意図的に曖昧な存在になることで、
やはり『黄』へかかる負担を減らすための仕組みだそうだが。
( ^Д^)(やっぱ信じらんないよなあ)
担任が出席を取るのを聞き流しながら嘆息する。
それを耳ざとく聞きつけたのか、隣の席からからからと笑い声が飛んでくる。
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<_プー゚)フ「プギャー!ジジくさいな!」
( ^Д^)「お前がガキくさいだけだっての」
<_プぺ)フ「なにおうっ言いえて妙だな!!」
( ^Д^)「難しい言葉を使った大人アピールだか知らんが
それだと納得してるからな」
<_プー゚)フ「な!ん!だ!と!!」
しまいには、担任からうるせーと一言。
ホームルームはあっさりと終わる。
さて、学校にいる間安織が授業に集中出来るはずもなく。
長網という存在、『紫』のこと、協力するか否か、
そもそも何をするのか……などなど。
まとまらない思考を巡らせているうちに下校時刻を迎えるのだった。
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ζ(゚ー゚*ζ「待ってましたよー」
(;^Д^)「おわ」
校門を出ると再び後ろから声をかけられた。
驚いておかしな声が出てしまったために、
周囲を歩いていた生徒にちらちらと視線を投げられるのがいたたまれない。
(;^Д^)「あのー後ろから声をかけるの、止めてもらっていいっすかね」
どうやら安織以外には本当に長網が見えていないようなので
小声で、なるべく前を見ながら言う。
ζ(゚、゚*ζ「えー」
(;^Д^)「何で不満げなんすか」
ζ(゚、゚*ζ「いや、驚く反応が面白くてやっていたのでちょっと」
( ^Д^)「アンタいい性格してんな」
ζ(゚ー゚*ζ「やだ、それよく言われるんですよー」
( ^Д^)「まず間違いなくいやみっすよ」
あはは、と笑う長網に呆れつつも、その整った顔に思わずはっとさせられる。
すらりとした体躯に、小さな頭。
くりくりと大きな瞳は本当に人形のようである。
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ζ(゚ー゚*ζ「そういえば、具体的な干渉内容について伝えてなかったですね」
はたと思い出したように長網が言う。
それは正直、安織も気になったていたことだ。
些細なことが大局に影響する──とは長網の言葉だが、
その些細なこととは何なのか。
日中の思考にはそのことも含まれていた。
ζ(゚ー゚*ζ「安織くん。今、好きな人いますか?」
( ^Д^)「………………は?」
今、とても話が飛躍した気がしたのだが。
というか聞き間違いだろうか。
ζ(゚ー゚*ζ「いますね、いますよね。
でないと私にこういう司令、そもそもでないはずですもん」
( ^Д^)「いや、あの、え?」
ζ(^ー^*ζ「例えば……そのたくさんの小銭、どうするんですか?」
(;^Д^)「!!」
思わず鞄を後ろに隠す。
財布を意識しての行動だが、それがまったくの無意味であることは
誰よりも自分が痛感していた。
予想の斜め上を軽く突き抜けた展開に動揺を隠し切れないのだ。
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ζ(゚ー゚*ζ「そもそも今歩いてる帰り道、行きと違うとこを歩いてますけど。
どこに向かってるんですかねー」
(;^Д^)「いやこれは、癖で」
ζ(゚、゚*ζ「ほうほう。癖になるほど通いつめている……と」
(;^Д^)「違う、いや違くないんすけど、あの、ただちょっとパン屋に」
ζ(゚ー゚*ζ「お相手はパン屋の子なんですね、なるほどなるほど」
(; Д )(ぐああああああ!!)
もはや何を言っても墓穴である。
せめて恨めしく長網の顔を睨むも、メモを取る手を休めもしない。
ζ(゚ー゚*ζ「いやーいいですね。青春って感じで」
ζ(-ー-*ζ「私もパン屋の可愛い子に恋する青春、送りたかったなあ」
( ^Д^)「…………え?」
ζ(゚ー゚*ζ「ん?」
-
ζ(゚ー゚*;ζ「……えへ」
自分の発言を反芻した長網の表情が、瞬時に変わった。
それは安織も同じである。
( ^Д^)「デレさん女の子が好きなんすか」
ζ(゚ー゚*;ζ「何を当然なことを!あっいや、えっとー」
( ^Д^)「…………男?」
ζ(゚ー゚*;ζ「ぎっくー」
( ^Д^)「マジすか」
ζ(゚ー゚*;ζ「マジっす」
(;^Д^)「えぇーーーーーーー!?」
ζ(゚ー゚*;ζ「ああもう!私周りから見えてないんだから、安織くん目立ってる!
目立ってますよ!!」
そう言われ、慌てて口を噤むも衝撃が消えるわけではない。
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(;^Д^)(デレさんが? ……男?)
いやいやいやいや。
どう見ても着ているのは女性もののスーツである。
というかスカート穿いてるし。
しかしあの不自然に強い力。
その後の妙な沈黙も、性別がばれるのを恐れたためだと思えば納得がいく。
ζ(゚ー゚*;ζ「ちょっとあの!あんまりジロジロ見ないでくださいよ、変態!」
(;^Д^)「変態はどっちだ!」
ζ(゚、゚*;ζ「違いますー私はこういうかっこの方が似合うし、
こう、女の子に近づける気がして気持ちいいからしてるだけですー」
(;^Д^)「性癖ダダ漏れじゃないすか!!」
ζ(-、-*;ζ「うう、まさかこんなに早くバレるとは」
( ^Д^)「バレるというか、単純にデレさんの失言っすよね」
ζ(゚、゚*;ζ「本命がいるのに突如現れた美しい女性にどきどきしちゃう……!
そんな罪悪感に悶える安織くんに最後の最後で、
安心して?私、男なんですからってネタばらしする予定がああぁ」
(;^Д^)「最低な予定だな!!
つか自分で美しいって言ったよこの男!」
ζ(゚、゚*;ζ「男っていうなあデレさんですー!」
(;^Д^)「朝から名前にこだわってんのはあれすか、響きが可愛いからすか!」
ζ(゚ー゚*;ζ「そうだよ悪いかあー!」
(;^Д^)「開き直ったよ!!」
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(;^Д^)「てかですね、別に本命だとか好きだとか、そういうんじゃないんで」
ζ(゚、゚*ζ「でましたー失恋したくないばかりに
そもそも恋してること自体を認めないなよ男ー」
(;^Д^)そ「なよ男!?」
ζ(-、゚*ζへ「こういうのに限って嫉妬深いんですよね、もうデレさんウンザリ」
(;^Д^)「独断と偏見をさも女性目線で騙るのやめてもらっていいすかね!!」
傍から見れば道の真ん中でぎゃあぎゃあ騒ぐ、
さぞ頭のおかしな高校男児に見えたことだろう。
人通りの少ない道で本当によかった。
安織がさりげなく辺りに視線を滑らせながらそう思っていると、
視界の端に不自然に青い色を捉えた。
( ^Д^)「あれは」
ζ(゚、゚*ζ「どうかしたんですか?」
指でさし示す。
その先ではブロック塀にブルーシートがかかっていた。
塀は崩れているようで、シートの下から砕けたコンクリートが散見している。
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( ^Д^)「この間通ったときはなかったんすけど」
ζ(ー、ー*ζ「事故でもあったんですかね」
( ^Д^)「……トラックか何かじゃないとこうはならないすよね。
ここのところずっと雨が続いてたんで、そのせいかも」
近くに花束がないあたり、最悪の事態はまぬがれたのだろうか。
昨日まで降り続いていた雨の跡はまだそこらにある。
例のお店が近いからかなんとなく、えも言われぬ不安に駆られてしまう。
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ζ(゚ー゚*ζ「ところで、安織くん」
( ^Д^)「何すか」
ζ(゚ー゚*ζ「どんな子なんですか、例のお相手さんは」
(;^Д^)「えぇー……そこに戻るんすか」
ζ(^ー^*ζ「当たりまえじゃないですか。本題ですもん」
ζ(゚ー゚*ζ「ほらー世界の命運がかかってるだけで、ただの恋バナですよー。
話しちゃってくださいよー」
( ^Д^)「そうなって来るともはや『ただ』の定義が気になるっすね……」
ζ(゚、゚*ζ「もーさっきから文句ばっかり。何が不満なんですかっ」
( ^Д^)「逆に何が不満じゃないと思ったんすか。
話し相手が女装した男って時点でこっちはだいぶげんなりっすよ」
ζ(゚ー゚*ζ「あはは」
( ^Д^)「笑ってごまかせると思ったら大間違いっすからね」
-
そうこうしている内に香ばしい香りがしてきた。
目的地であるパン屋に着いたのだ。
ガラス戸越しに陳列されたパンが見える。
どれもきれいな焼き色でカリッふわっとした食感は想像するに易い。
ζ(゚ワ゚*ζ「わあっかわいらしいお店ですね」
( ^Д^)「お気に入りっすよ」
からんからん。
ガラス戸をくぐると軽やかに鈴の音が鳴り、
o川*^ー^)o「いらっしゃいませ」
──愛らしい笑顔が向けられる。
-
ζ(゚ー゚*ζ「……あの子ですね」
( *^Д^)「いや、まあ……ハイ」
ヾζ(゚、゚*ζ「もう、ちょっと!デレデレしちゃって!
本当に可愛い子じゃないですか、やだーもー」
ばしばしと安織の背中を叩く。結構普通に痛い。
止めようとして、長網が他人には見えないことを思い出した。
ζ(゚、゚*ζ「あの子、名前なんて言うんですか?」
( ^Д^)「須藤さんっすよ。……ほら、首から名札かけてるじゃないっすか」
ζ(゚ー゚*ζ「須藤キュート、ですね。よーしメモしました」
下手な動きをして引かれてはたまったものではない。
そう考え、長網が何をしてきても動じないぞ、と
安織はひそかに気を引き締める。
ζ(゚ー゚*ζ「さて、七日間です」
ほら、また何か言い出した。
-
ζ(゚ー゚*ζ「──今日込みで七日間。
それで、安織くんと須藤さんとの恋を成就させます!」
(;^Д^)「はあ!?」
ζ(^ー^*ζ「張り切っていきましょう!」
(;^Д^)「ちょっ、アンタ何言って」
と、そこまで言って視線に気づく。
o川*゚ー゚)o「ええと……?」
……言わんこっちゃない。
(;^Д^)「いやその、ちょっと色々思い出しちゃって」
o川*^ー^)o「あら、思い出し笑い、でしたか?たまにありますよね。
お声がけしてしまいすみません」
天使か。
安織は心の中で拝む。
-
o川*゚ー゚)o「そうだ、こちらのドーナツ新作なんです。
今ちょうど揚がったばっかりでオススメですよ」
須藤はしゃがみこみ、安織が見ていた棚の下の段を示す。
図らずも下から見上げられる状態になり、安織はどぎまぎしてしまう。
( ^Д^)「じゃ、折角なんでこれ……二つ」
o川*^ー^)o「かしこまりました」
須藤は二つに結った髪をさらりと流して頷くと、
慣れた手つきでドーナツをトレイに乗せた。
o川*゚ー゚)o「他にも食べたいものありますか?」
( ^Д^)「あっと……大丈夫す」
o川*ーーー)o「それじゃあお客さん、常連さんなのでオマケしちゃいますね。
試食サイズですけど味は保証します」
少々お待ちください。
そう言うとトレイをレジに置き、店奥の調理場に入っていく。
-
ζ(゚ー゚*ζ「……予定通り接触できましたね!」
( ^Д^)「うわ、まだいたんすか」
ζ(゚、゚*#ζ「む、ちょっとそれ失礼じゃないですか!
誰のおかげで話しかけてもらえたと思ってるんですかー!」
( ^Д^)「まあ、確実にデレさんのせいで変な人だとは思われましたね」
ζ(゚ー゚*ζ「何だわかってるじゃないですかあ」
( ^Д^)「デレさんわかってないみたいだから言いますけど、
今のを人はいやみと呼ぶんすよ」
ζ(゚ー゚*;ζ「え゛」
固まったデレを横目に財布を出していると、ちょうど須藤が戻ってきた。
片手に、小さくカットされたパンが入ったビニルの小袋を持っている。
( ^Д^)「や、ほんと、わざわざありがとうございます」
o川*^ー^)o「いえいえ。今後とも御贔屓に」
-
o川*゚ー゚)o「──324円になります」
須藤がそう言うと、安織は財布から小銭を取り出す。
100円玉が3枚。10円玉が2枚。そして1円玉が4枚。
324円ジャストである。
o川*゚ー゚)o「はい。ちょうどお預かりします」
o川*^ー^)o「……いつも助かります」
( ^Д^)「いや、たまたま多く持ってるだけなんで」
ζ(゚ー゚*ζ「ふうん。た、ま、た、ま、ねえ」
後ろからぐい、と覗き込んでくる長網を黙殺しつつ、須藤から紙袋を受け取る。
中からドーナツのあたたかさが伝わってくるあたり、
まさに揚げたてだったのだろう。
からんからん。
o川*^ー^)o「ありがとうございました」
鈴の音とともに笑顔が向けられる。
すぐにガラス戸が閉じてしまうので、あまり長くは見ていられないが。
( ^Д^)「……っす」
軽く会釈を返して店を出た。
-
ζ(゚ー゚*ζ「いやーいい子でしたね!」
( *^Д^)「そうなんすよ。
このパン屋を見つけて以来ずっと通ってるんすけど、本当にいい人で」
ζ(゚ー゚*ζ「安織くん、ちょっと高嶺の花すぎやしませんか?
相手変えましょう!」
( ^Д^)「デレさんその二言目は余計っすわ」
ζ(´、`*ζ「だってーほんと嘘つくの苦手なんです」
( ^Д^)「たち悪いわ」
パン屋を出た後、長網の作戦会議しましょう、という提案のもと
パン屋近くの公園へ来ていた。
鉄棒、砂場、すべりだいにブランコと定番の遊具が詰まっているわりに
小さな敷地が災いしてか人気はない。
それは表向き〝一人で〟散歩をしている安織にとって、ぴったりの条件であった
。
色のはげかけたベンチに腰掛ける。
( ^Д^)「まったく、そのカッコは嘘に入らないんすかね」
ζ(゚ワ゚*ζ「これはファッションなので!」
( ^Д^)「あ、ドーナツんまい」
ζ(゚、゚*;ζ「スルーするのひどいっ」
-
( ^Д^)「折角デレさんの分も買ったんすから、少しは黙って食べてください」
ζ(゚、゚*;ζ「ぐむむ」
ζ(゚、゚*;ζ
ζ(´ワ`*ζ「おいひー」
( ^Д^)「っすよねえ。これ、また買おうかな」
ドーナツはまだほんのりとあたたかく、
一口かじると甘い香りが口いっぱいに広がった。
ザクザクとした外側とうって変わって中身はふわふわである。
輪の半分にはオレンジソースがかかっており、
その酸味がさわやかに後味を引き立てる。
おいしい。
オレンジピールでささやかに飾り付けられた可愛さもあるし、手ごろな価格だ。
きっと人気商品となることだろう。
ζ(゚ー゚*ζ「まあ、相手変えましょうなんてのは冗談として」
( ^Д^)「高嶺の花は事実なんすね」
ζ(゚ー゚*ζ「私に考えがあります!」
( ^Д^)「えぇー……」
-
ζ(゚、゚*ζ「まだ何も言ってないのに不満とはいい度胸じゃないですか」
( ^Д^)「もうデレさんに対する信用が限りなくゼロっすからね」
ζ(゚ー゚*ζ「……まあ、いいです。
後でめちゃくちゃ感謝することになるんですからっ」
( ^Д^)「はあ」
ζ(゚ー゚*ζ「──そうだ、忘れるとこでした」
長網はごそごそとポケットを探る。
取り出したのは、
( ^Д^)「腕時計、すか」
黄色のそれである。
ζ(゚ー゚*ζ「ふふふ。特別製ですよー」
そう言いながら、腕時計を安織の手に巻きつける。
着けてみると思いのほか馴染むので驚いた。
( ^Д^)「任務遂行まで取れませんとか、失敗すると爆発するとか、
そういう特別じゃないっすよね」
ζ(゚ー゚*ζ「安織くんやっぱり学生ですねー漫画の読みすぎですよ」
( ^Д^)「世界均衡管理局(笑)」
ζ(゚ー゚*ζ「ハイ、煽るのやめてもらっていいですかー」
-
長網は自身の腕を少しまくり、
安織に渡したものとの色違いを着けているのを見せた。紫色だ。
そしてつい、手首に目がいく──白い。
しかし華奢というほど細くもない。
男の骨格だ、と思う。
ζ(゚ー゚*ζ「これ、残り時間なんですよ」
( ^Д^)「残り時間?」
ζ(゚ー゚*ζ「はい。私が『黄』の世界にいられる、残り時間です」
ζ(゚、゚*ζ「一日数時間と言いましたけどね、これがけっこー厳しいんですよ。
長過ぎると強制的に『紫』に送られます」
( ^Д^)「はあ」
時計に視線を移す。
確かに、現在時刻を表しているにしては針の位置がおかしい。
というか文字盤が真っ白である。
-
ζ(゚ー゚*ζ「長針が一日単位の残り時間、短針は七日単位の残り時間です」
見れば、長針は真下を、短針は右上を指している。
( ^Д^)「……今日はあと半分ぐらい、
全体ではまだまだ余裕ありってとこすかね」
ζ(゚ー゚*ζ「その通り!かしこいですね」
ζ(^ー^*ζ「まあ相手があの美少女な時点で
余裕もへったくれもないんですけどねー」
( ^Д^)「ほんと二言目いらねえ」
ζ(゚ー゚*ζ「ちなみにこの時計、
他にも自動展開の機能があるので……これで精密機械なんですね。
まあくれぐれも濡らさないようにお願いします!」
( ^Д^)「はあまあ、了解っす」
ζ(゚ー゚*ζ「んー具体的なところだと、通信機になってますかね」
( ^Д^)「ありがちっすね」
dζ(゚ー゚*ζ「話すだけなら時間外でも可能なので、
恋しくなったらいつでも声かけてくださいね」
( ^Д^)「ははは」
いったい何の冗談なのか。
-
ζ(゚、゚*ζ「……ううん、思いのほか時間ないですね」
長網が腕時計を眺めながら呟く。
文字盤が真っ白なのに違和感を覚えるのは安織だけらしく、
長網の方ではこれが普通らしい。
時間の感覚が違うのだろうな、とぼんやり思う。
ζ(゚ー゚*ζ「私にちょっと考えがあるんですけど、
今日の残り時間任せてもらっていいですか?」
( ^Д^)「何するんすか?」
+ζ(゚ー゚*ζ「それは秘密です!」
( ^Д^)「あの、何しでかすかわからない人に丸投げするほど
俺も馬鹿じゃないんすけど」
ζ(゚ー゚*ζ「まあまあ、そう言わず。
安織くんは家で待っているだけでいいので」
ζ(^ー^*ζ「──また後で!」
(;^Д^)「あっちょ、本当に何するんすか!?」
時すでに遅し。
長網はベンチからひょいと降りると、次の瞬間にはいなくなっていた。
任せるも何もあったものではない。
(;^Д^)「……マジで、余計なことしないでくださいよ」
長網が何がしか提案した時点で、
安織にはもはや祈るように呟くしか選択肢はなかったのである。
[月曜日] 了
-
ひとくぎり
-
乙乙
-
ζ(゚ー゚*ζ「──と、いうわけです!」
(;^Д^)「普通にストーカーじゃないっすか!!」
長網が『黄』への干渉を初めて二日目午後18時過ぎ。
安織は一度学校から帰宅し、私服であたりを散歩していた。
長網が着いてこいと言うので今日はパン屋に寄らず、
昨日の話を聞きながら歩いていたのである。
ζ(^ー^*ζ「危害は加えてないのでセーフ!セーフ!」
( ^Д^)「その発言がアウトォーーー!!」
ζ(゚ー゚*;ζ「いでっ!
ちょ、私ほんと褒められてもいいぐらいの情報、いたいっですよ!?」
( ^Д^)「人道的に無理っす」
両腕を真横に広げては閉じを繰り返しセーフを主張する長網をばしばしと叩く。
-
*
雨上がり七日の空模様です
2:[火曜日]
.
-
さて、当然ながら長網デレは男である。
今日もまた昨日と同じように女性モノのスーツに身を包み、
あまつさえヒールを履きこなす姿はその辺の女性よりも断然美しくはある。
だがそれでも男なのだ。
もっと言えば女装するのに性的興奮を覚える変態である。
ζ(゚ー゚*;ζ「よくわかんないですけど安織くん、
今とても失礼なこと考えてませんか!?」
( ^Д^)「うわ……なんでわかったんすかエスパーすか…………」
ζ(゚、゚*;ζ「視線が冷たい!」
私ほんとに頑張ったのに、と叫ぶ長網を黙殺しつつ安織は彼の話を反芻する。
昨日、安織と半ば強引に解散したあと長網が向かったのは
須藤の務めるパン屋であった──。
* * * * *
-
o川*^ー^)o「本日も、みなさんありがとうございました」
18時。
須藤キュートはOPENと書かれた立て看板をしまうと、
厨房に向かって笑顔を向けた。
朗らかな声がぽんぽん返ってきて、空気がほぐれるのが肌でわかる。
o川*-ー-)o「それでは……すいません。今日もお先に失礼します」
からん、からん。
軽やかな鈴の音に須藤は店をあとにした。
-
パン屋を出て一度曲がり、ブルーシートのかかった塀の前を早足で通り過ぎる。
まっすぐ行って再び曲がり、右手に見える花屋で足を止めた。
ζ(゚ー゚*ζ「六時にバイトを上がり、まっすぐ花屋へ……っと」
──そんな須藤の後ろを堂々とつける者が一人。
ζ(゚、゚*ζ「お花なんて可憐ですねーもー。
これで恋人宛だったりしたら安織くんいきなり玉砕になっちゃうなー」
長網である。
o川*゚ー゚)o「あの、これお願いします」
o川*-ー-)o「ラッピングは……はい、はい、控え目で。すぐに開けてしまうので」
ζ(゚ー゚*ζ「控え目?お家用ですかねー」
花屋の店員と話す須藤を、自身の存在が安織以外には認識されないのをいいことに
背後から覗き込むようにして観察する。
o川*^ー^)o「──はい。ありがとうございます」
ζ(゚ー゚*ζ「わ、この距離で見ても笑顔ほんとかわいい。
ちょっとこれ唇奪いたくなっちゃいますねーんーがまんがまんー」
長網の性別を知る安織がみたら問答無用で殴り掛かりそうな絵面である。
-
須藤はガーベラの小ぶりなアレンジメントを購入すると店を出た。
長網もその後を追う。
o川*゚ー゚)o
須藤はすたすたと歩いていく。
彼女にはこの年頃の少女にありがちな、どこか不安定で合ったり、
媚びたりするような独特の雰囲気がない。
こういう少女は希少なのだ。
希少なものには自然と目が留まるもの。
長網は、安織が惹かれた理由がわかる気がした。
花屋から少しして、須藤は真っ白な建物に入っていった。
ζ(゚ー゚*ζ「ここは……」
自動ドアが閉まりきらないうちに着いていく。
落ち着きつつも、どこかピンと張りつめた空気。
忙しなく歩き回る人、長らく椅子に腰かけているのか、うとうとしている人、
そして何より消毒液が建物自体にしみ込んでしまったかのような匂い。
病院である。
-
o川*゚ー゚)o「見舞いで、はい。そうです。須藤……」
ζ(゚ー゚*ζ「キュートさん、誰のお見舞いなんですかー?」
尋ねて返事が返ってくるわけもない。
長網は手早く受付を済ませた須藤についていく。
手際の良さや迷い無くエレベーターに乗り込むあたり、
見舞いも今日が初めてというわけではないのだろう。
ζ(゚、゚*ζ「うぅーでもこれちょっと、時間ぎりぎりだなあ……」
上昇していくエレベーター内、腕時計を見てうめく。
長針はまだかろうじて左斜め上にいるが、
真上にきてしまうのはそれこそ時間の問題だろう。
真上──すなわち強制送還である。
ここまででも十分収穫だが、どうせなら見舞い相手も知りたいところだ。
ζ(-、-*ζ「少なくとも安織君への報告は明日ですけどねー」
長網がぼやいていると、
間の抜けた音を立ててエレベーターが停止する。
降りる須藤に着いていく。4階だ。
まあ、このまままっすぐ病室に向かってくれればなんということはない──
o川*゚ー゚)o「あら」
ζ(゚ー゚*;ζ「うん?」
いやな予感である。
-
o川*゚ー゚)o「こんにちは」
( ・∀・)「おや、可愛らしい顔の君は確か……」
o川*^ー^)o「須藤キュートです」
(;-∀-)「ああ、須藤さんか!
……どうにも、人の顔と名前を覚えるのが苦手なもので」
o川*゚ー゚)o「いえいえ。気にしないですよ」
( ・∀・)「いや、きちんと謝らせてほしい。
でないと僕の気持ちが収まらないからね」
ζ(゚ー゚*ζ「なんだこのいけ好かない美形」
エレベーターを出てすぐ、須藤は廊下で足を止めた。
どうやら大儀そうに頭を下げる目の前の男が知り合いらしい。
ζ(-、-*ζ「はあ、吃驚するぐらいの美男美女……世の中って理不尽ですねー」
きらきらしている。もう何か二人の雰囲気がきらきらしている。
白衣を着ているあたり、美形男は医者か何かなのだろう。
ζ(-、-*ζ「……もしこの人がキュートさんの想い人だったら」
これは、ちょっと、安織くん勝ち目ないですよ。
長網はにへらっと笑みを浮かべる。
もちろん気休めである。
-
ええと、と切り出したのは須藤だ。
o川*゚ー゚)o「先生、あの人は」
ζ(゚ー゚*ζ「あの人! 見舞い相手ですね!」
ばっと顔を上げる。
二人の間にメモを取り出して立つ様子はさながら警察官のようである。
( ・∀・)「……うん。そのことなんだけど、
近いうちにじっくり話す必要があるかもしれない」
o川*゚ ー゚)o「そうです、か」
( ・∀・)「勿論、現時点での最善は尽くさせてもらったよ」
( -∀・)「彼には……君のような可愛らしい女の子を泣かすなんてこと、
させたくないからね」
ζ(゚ー゚*ζ「目的が微妙におかしくないですかね」
o川*- --)o「あとは私たちの頑張り、ですね」
( -∀-)「……ああ、周囲の協力と本人の頑張り。それは不可欠だろうね」
o川*゚ー゚)o「本人の、頑張り」
( ・∀・)「だが、僕ら医者は協力を惜しまない!
何かあればすぐに声をかけて欲しいな」
o川*-ー-)o「……畑田先生。今後ともよろしくおねがいします」
( -∀・)「こちらこそ」
-
ζ(゚ー゚*ζ「器用にウインクしちゃって……畑田先生、ですね。
ってあれ名札着けてるじゃないですかー」
長網は歩き去る畑田のネームプレートを確認する。
美形男もとい、畑田モララー。
ζ(゚ー゚*ζ「まあ私の方が綺麗な顔してますけどねー」
舌を出して見送る。
ああいう輩は同性にはドン引かれるが、なぜだか異性の興味を惹くのだ。
女性は虚構(フィクション)に憧れるというし、
その気持ちはわからなくもないのだが。
まあ、どうにも畑田は気に食わない。
長網は首をひねり、欠伸する。
その欠伸が須藤のため息と重なった。
o川*゚ -゚)o
o川* - )o
壁に持たれて額に片手を当てる須藤はひどく儚く見え、きりきりと胸が痛む。
ζ(゚、゚*ζ「……こんなに可愛い子にこれだけ暗い顔させるのは、
どんなに心苦しいことでしょうね」
よしよし、と須藤の頭を撫でる。
触れた感覚はなく、須藤もまたそれを感知することはない。
その行為はもはや手のひらを空気の上ですべらせているのと変わらないが、
なんとなくそうしたくなったのだ。
-
その後はとくに誰と話すということもなく、須藤は廊下の端まで来ていた。
どうやら目的の病室は四階角部屋らしい。
がらり、須藤が扉を横に引く。
ζ(゚ー゚*ζ「広い……」
大部屋だ。
カーテンで仕切られた個室がいくつかある──が、
ほとんどのベッドが空っぽである。
窓際の一つを除いて。
o川*゚ー゚)o「はろ。ニュッくん」
( ^ν^)「……今日も来たのか」
だるそうに返事をしたのはとにかく顔色の悪い、
長網と同じかそこらの年齢であろう青年だった──。
* * * * *
-
( ^Д^)「………………はあ」
ζ(゚ー゚*ζ「気にしてますねー安織くん!
お見舞い相手、男の人でしたもんねー」
( ^Д^)「だからなんでわかるんすか……」
ζ(^ー^*ζ「わかりますよ。だってそれぐらいしか悩みなさそーですもん!」
( ^Д^)「ほんと失礼だなあんた」
長網のいい考え、もといストーカー行為に対する反応は先述の通りである。
強制送還にてお開きとなったが、その直前に見た者が自身よりも年上の青年、
そして彼を親しげに呼ぶ須藤の姿と聞き──
正直なところ安織は落ち込んでいた。
( ^Д^)(どう考えても彼氏だろ、そんなん)
望み薄なんて程度ではない。
もはや終了のお知らせである。
ζ(゚ー゚*ζ「──さ、着きましたよ」
( ^Д^)「さっきからどこに向かってると思えば」
( ^Д^)「花屋じゃないすか」
色とりどりの花、店先の小さな黒板アート。
なるほど。可愛い店だ、と思う。
-
ζ(゚ー゚*ζ「ま、安織くんはここで花でもみていてください」
( ^Д^)「は?」
ζ(゚、゚*ζ「そうですね……よし。
母の日にカーネーションを選びに来た、と言うことにしましょう」
( ^Д^)「2ヶ月早いんすけど」
ζ(ぅで*ζ ババッ
ζ(>ω∂*ζ「うっかりさんですね!」
(;^Д^)そ「うわ何すかその顔!腹立つ!!」
+ζ(゚ー゚*ζ「デレさん秘伝のワザというやつです」
( ^Д^)「ドン引きっすよ……」
ζ(-、゚*ζ「では、そろそろなのであとは頑張ってください」
(;^Д^)「そろそろって何がっすか?ちょっと、デレさん!?」
安織の一歩後ろに立って話していた長網の声がぷっつりと止む。
慌てて振り返るもそこにいたのは、
o川;*゚ー゚)o「あう」
──須藤キュート、その人であった。
-
(;^Д^)「え、は、須藤さん?なんでここに……」
そこまで言ってハッとする。
長網の話に出てきた花屋とはこの店のことだったのではないか。
安織はかぶりを振る。
むしろそうとしか考えられない。
o川*゚ー゚)o「えと、お客さん……ですよね」
(;^Д^)「ええ、まあ。
なんか不思議な感じっすね、今はどっちもお客さんなんで」
ζ(゚ー゚*ζ「はーなーやのーみーせーさきーになーらーんだー」
o川;*-д-)o「はああぁすみません!
いつも来てくださってるのに、名前も知らないなんて……」
(;^Д^)「ええええ頭を上げてほしいっす、そんな、
ええと安織プギャーと言うので」
o川;*゚ー゚)o「あおりプギャーくん、ですか?」
(;^Д^)「……うす。安いに機織りの織りで、安織っす」
ζ(゚ー゚*ζ「いーろんーなーはーなーをみーてーいーたー」
-
o川;*゚ー゚)o「えと……わたし、須藤キュートといいますって、あれ?
でも、さっき、名前」
(;^Д^)「パン屋にいるとき名札かけてるじゃないすか。それで」
o川*゚ワ゚)o「わあ、見てくれてるんですか!」
o川*^ー^)o「嬉しいなあ。プギャーくん、ありがとうございます」
( ^Д^)
( //Д//)「………………うす」
ζ(゚ー゚*ζ「ひーとーそれーぞーれーこのーみはーあーるーけーどー」
ζ(゚ー゚*;ζ「どーれもーみーぃだっ!?やめて!!足!つま先!!
全体重かかってますね!?安織くん!!!?」
( ^Д^)「………」
ζ(゚ー゚*;ζ「ごめんなさいごめんなさい!ほんと!
ちょっと暇だったの!!!!許して!!ごめん!!!」
安織は長網のつま先から足を退けると頭を叩いた。
ふぎゃっと間抜けな声が上がるが、やはり須藤には聞こえていないようで
不思議そうに首を傾げる。
o川*゚、゚)o「プギャーくん、どうかした?」
( ^Д^)「いやちょっと虫がいたので……」
ζ(゚ー゚*;ζ「虫呼ばわり!?」
o川*゚o゚)o「さすが学生さん、反応いいですねー」
-
( ^Д^)「学生さん?」
須藤の言葉が引っかかる。
てっきりバイトの高校生かと思っていたのだが。
( ^Д^)「失礼すけど、須藤さんって」
o川*゚ー゚)o「うん? ああ、年齢」
o川*^ー^)o「──今年で二十歳になります」
(;^Д^)「そんなお会計みたいに!」
o川*゚ー゚)o「おばさんって思いました?」
(;^Д^)) 「まさか!同年代だと思ってたくらいっすよ」
o川*゚ー゚)o「うむむ、ならうら若き女子高生ということでもいいです」
(;^Д^)「いいんすか!そこそんな曖昧な感じでいいんすか!」
o川*゚ー゚)o「いいんです。でも、女の人に歳を聞くのはだめだめですよ」
(;^Д^)「うぐっすいません」
o川*^ー^)o「えへへ。言ってみたかっただけで、全然気にしてないです」
(;^Д^)「つか、あの、敬語なんて使わないでいいすよ。
……少なくとも今は須藤さんのお客さんじゃないんすから」
-
o川*-ー-)o「そうですか? じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
( ^Д^)「うす」
o川*゚ー゚)o「プギャーはなんでお花屋さんに?」
(;^Д^)そ「なるほど呼び捨てなんすね!」
o川*^ー^)o「折角だし、楽だから。私も呼び捨てでいいよ?」
(;^Д^)「いや俺は須藤さんでいいっす……」
o川*゚ー゚)o「そっかあ。……何の話してたっけ」
( ^Д^)「花屋に来た理由とかなんとか」
o川*゚ー゚)o「そだそだ。珍しい組み合わせじゃない、男子学生がお花屋さんって」
( ^Д^)「あ、」
ζ(゚ー゚*ζ「設定の出番ですね!」
(; Д )「あー……」
一歩引いて見ていた長網がガッツポーズを取った。
騙してるようで気が引けるが、
まさか本当の事──ハメられたとはいえ、須藤さんに会うため──など
言える訳が無い。
-
( ^Д^)「……母の日、どうしようかなあと思って」
o川*゚ー゚)o「おおっよい子。でもちょっと気が早いんじゃない?」
( ^Д^)「っすよねー。来てから気が付いて……今買っても枯らしちゃうなと」
o川*^─^)o「うっかりさんだ」
(;*^Д^)「…………うす」
ふいの笑顔にどきりとする。
どうすればこんなに綺麗な表情を作れるのだろう。
シミュレーションしていた長網とはえらい違いだ。
・;'. 、ζ(>、<*ζ ハックシュ
ヾζ(゚д゚*ζノシ「突然はなが……いや、そんなことより!
安織くんぼーっとしない!話しかけて!!」
(;^Д^)(へ!?)
ここまでの経験を活かし、反応を最小限に抑える。
もっと話しかける――言っている意味はわかるが、何を。
-
ζ(゚ー゚*;ζ「ああもう!
何でもいいんですよ、こんなところで少年感出さないで!!」
少年感とはいったい。
眉間にしわを寄せる安織にしびれを切らしたのか、
長網はこちらにぐっと近寄ったかと思うと須藤の肩を掴んで言い放つ。
ζ(゚ー゚*;ζ「恋に発展させるにはあんまりにも接触が少なすぎるんです!!」
(;^Д^)「って、ちょっと!」
o川;*゚ー゚)o「はへっ!?」
須藤の肩を後ろに立って掴む長網。
その手をとっさに振り払おうと須藤越しに彼へ手を伸ばした安織。
さて、長網の存在を認知できない須藤にはどう映っただろうか。
.
-
(; Д )「――すいません」
o川;*゚ー゚)o「うん、大丈夫、大丈夫だからね……顔を上げてほしいかな」
須藤の声で我に返った安織はその顔が思いのほか近くにあり
赤面したのもつかの間、速攻で謝罪の姿勢である。
きっちり90度。
土下座までいかなかったのはかろうじて残った理性の功績だろう。
ζ(゚ー゚*ζ「ひゅーっ安織くんたら積極的!
言葉などいらないというわけですね!!」
(; Д )(長網さんお願いだからちょっと黙って)
正直、恥ずかしさで顔をあげられたものではない。
さらり。
つと、黒髪が視界に入った。
o川*゚、゚)o「もう、上げてって言ってるのに」
(;*^Д^)「っ」
しゃがみこみ、こちらを見上げて言う須藤に
安織は反射的に気を付けの姿勢になる。
-
o川*゚ー゚)o「よしよし。男の子なんだからさ、しゃんとしてなきゃ」
(;*^Д^)「はあ」
o川*゚ー゚)o「そろそろ行くね。
はははーお話できて楽しかったよ、プギャーくん!」
(;*^Д^)「ってそれは何キャラっすか」
o川*-ー-)o「うーん、中尉とかその辺かなあ」
(;*^Д^)「曖昧っすねえもう!!」
o川*^ー^)o「ふふ、じゃね」
くすくすと笑って手を振る須藤にどう返していいかわからず、
安織は頬をかいたのち軽く頭を下げた。
――きっと病院へ向かうのだろう。
ずきりと胸が痛む。
須藤と親しげに名を呼び合う青年――その関係とは、いったい。
ζ(゚、゚*ζ「やだ、デレデレしてるかと思えばなんですかそれ。
難しい顔しちゃって」
( ^Д^)「ああ、まだいたんすね」
ζ(゚、゚*;ζ「デレさんこれがお仕事だからね!!そりゃいますよ!!!」
-
思えばここで須藤と話すことができたのも、
ほとんど長網(のストーカー行為)のおかげなのだ。
やはり、感謝しなければならないのだろう。
_、_
( ^Д^)「…………まあ、あの、ありがとうございます」
ζ(゚ー゚*;ζ「わあおすごい嫌々な感謝……どういたしまして。……ふふ」
( ^Д^)(ふふ?)
ふふ。ふふふふ。
俯き気味の長網の口から奇怪な声が漏れる。
長網は頬袋をいっぱいにふくらませたリスのような顔で笑っているのである。
ζ(゚ー゚*ζ「──うふふふふっ!!悪くないですね!」
( ^Д^)「うふふってなんすかデレさん…………」
ζ(゚ワ゚*ζ「あからさまに引いてますね!でもくじけない!!」
( ^Д^)「はあ」
-
ζ(゚ー゚*ζ「安織くん気付きました?
キュートちゃん、今、お花買ってないんですよ」
( ^Д^)「……そういえば」
ζ(^ー^*ζ「安織くんと話すためだけに立ち寄ってくれたんですよ、須藤さん」
( ^Д^)「いや、でも俺が無理やり話しかけたようなもんで」
ζ(゚、゚*ζ「あら? 安織くんそんな度胸があったんですか。
昨日のパン屋では緊張しちゃって、表情筋固まりまくりだったのに」
(;^Д^)「……うぐ」
ζ(゚ー゚*ζ「無表情で売ってるわけじゃないんですし、
もっと自然にした方がいいですよ──今、花屋さんで話したみたいに」
( ^Д^)「はあ」
ζ(゚、゚*ζ「もう。わかんないんですか?
女の子は暇じゃないんです」
( ^Д^)「それをデレさんが言うんすか」
ζ(゚ー゚*ζ「まるで興味ない人相手に、
用もない花屋さんで長居なんてしないんですよ!」
( ^Д^)「都合の悪いことはスルーすか」
ζ(゚ー゚*ζ「ほら、ちょっと、希望見えてきませんか?」
( ^Д^)「……はあ」
-
ζ(^ー^*ζ「──まあ、泡沫の希望なんですけど!」
( ^Д^)「その一言はいらなかった」
ζ(゚ー゚*ζ「あら」
( ^Д^)「どうしたんす、か」
何気なく長網を振り返り愕然とした。
──透けている。
スーツ越しに石垣が。
肌の向こうに揺れる葉が。
人を“通して”見る風景はこんなにも違和感を感じるものなのか。
(;^Д^)「デレ、さん。それ」
上手に舌が動かない。
目に見えて動揺する安織に長網は苦笑する。
ζ(゚ー゚*ζ「ま、これが強制送還です。
楽しくなっちゃって、時間見てませんでしたね」
(;^Д^)「強制送還……」
-
長網の視線にならい自身の手首、そこにはめられた時計を見る。
長針は真っ直ぐ上を指していた。
一日数時間。
長いようで短い、曖昧な制限時間。
長網の姿はもうほとんど見えない。
改めてその異常さに戦慄していると、
「ああ、そうでした」と間の抜けた声が響いた。
.::(゚ー゚*ζ「明日は」
.: ー *ζ:..「──覚悟していてくださいね」
そう一言だけ言い残すと、
後にはもう、人がいたという痕跡ひとつ残らなかった。
-
(;^Д^)「マジすか」
誰にともなく呟く安織の額には、冷たい汗が浮かんでいた。
二日目にして既に長網の存在を疑問に思わなくなっていたが、
こうしてあからさまに非現実的な現象を叩きつけられるとくらくらした。
( ^Д^)「……つか、覚悟って」
改めて長網の言葉を反芻してみるが、いやな想像しか膨らまない。
早々に考えるのはやめにした。
明日はそれなりに構えておこう、そうしよう。
あくまで気楽に。
そう意識しようとする安織の脳裏にそれでも、とノイズじみた考えが走る。
そう、それでも。
恋愛成就だなんだとやかましい女装男はやはり、
世界均衡管理局だとかいう大仰な組織に所属しているのだ。
──では、
-
もしも『指令』とやらがうまくいかない場合はどうするのだろう?
[火曜日] 了
-
つぎ
-
(; Д )「っ」
o川;*゚ -゚)o 「────ぁ」
がしゃん。がらん、がらん。
鉄板が響かせた甲高い音。
床にぶちまけられた焼きたてのパン。
ああ、もったいない。
痛みにくらくらする視界は場違いな感想を思い起こさせる。
あんなにおいしいのに。もったいない。本当に。
さあ早く、拾わないと!
o川;*゚ -゚)o「今、のは」
背中がふわりとあたたかいのは抱え起こしている須藤の体温か。
声に合わせて息が頭にかかる。髪が揺れる。くすぐったい。
なにより、気恥ずかしい。
その気恥ずかしさがスイッチとなった。
衝撃と痛みとでショートしていた思考がすうっと一本にまとまる感覚に
安織は現実へ引き戻されたような気がした。
-
雨上がり七日の空模様です
3:[水曜日]
.
-
( ^Д^)「大丈夫すか」
思いのほか冷静な声が出せたことに安織は内心驚いていた。
ぼうっとした顔で宙を見ていた須藤はその声にはっと意識を戻す。
o川;*゚ -゚)o「大丈夫、大丈夫だから。すぐに冷やすもの持って来る──」
( ^Д^)「いや、俺じゃなくて。須藤さんっすよ」
o川;*゚ -゚)o「わ、私?」
須藤はぽかんとした顔を浮かべる。
怪我人に自身の心配をされたのだから当然だろう。
o川;*゚ー゚)o「私は……大丈夫、だけど」
( ^Д^)「良かった」
怪我人もとい、そう言って立ち上がる安織の左腕は真っ赤に腫れ、
一面に大きな水膨れができていた。
──やけどだ。それも、少々範囲が広く、深い。
いつぶりだろうか。
小学生の頃に一度したかもしれない。
( ^Д^)(つっても、ここまで大きくはなかったけど)
-
原因は鉄板である。
須藤がオーブン上段から取り出そうとした際、突如として
バランスがくずれたのだ。
咄嗟に前に出て須藤をかばったはいいものの、幾つものパンが乗った鉄板は
思いのほか重く、そのまま尻もちをついてしまい──現在に至る。
( ^Д^)「流し、借りてもいいすか」
o川;*゚ー゚)o「もちろん!」
「こっち」と須藤が蛇口をひねる。
冷たい感覚。痛みがさあっと引いていく。
じゃぶじゃぶ。じゃぶじゃぶ。
流れる水にまぎれ込ませるように、安織は小さく呟く。
( ^Д^)(どうしてすか)
流しを挟んで目の前に立つ〝彼〟に向けて。
( ^Д^)(デレさん)
ζ( - *ζ
返事はない。
ただ、そこにいるだけ──少なくとも今は。
デレさん、ともう一度呼んだ安織の声にははっきりとした怒りがこもっていた。
* * * * *
-
( ・∀・)+「──オーケイ!」
( ・∀・)「応急処置が効いてるね、ちょいと派手だけど大丈夫。綺麗に治るさ!」
( ^Д^)「はあ」
なんだ、このいけ好かない美形は。
安織は心の中で毒づく。
そして、この感想には覚えがあった。
畑田モララー。
長網の話に出てきた、須藤の見舞い相手の担当医である。
そして今現在、安織の担当医でもあるのだが、
o川*゚ー゚)o「よかった……」
( ・∀・)「まったく、キュートな方の須藤さんが
涙目で駆け込んできたときは、正直焦ったよ」
o川*-、-)o「キュートな方、でなくて須藤のキュート、ですよ!」
( -∀・)「可愛い君に言っているんだから間違いではないだろう?」
o川*゚ー゚)o「畑田先生ったら、もう」
( ^Д^)
先程からずっとこの調子なのである。
-
安織らは病院に来ていた。
「馴染みのところがある」とは須藤の言葉だ。
パン屋の仕事を抜け、タクシーを呼び受付を済ませ──と、
あまりの手際の良さに安織には遠慮する隙もなかったのである。
( ^Д^)「あの」
( ・∀・)「ああ、少年!」
( ^Д^)「安織っす」
( ・∀・)「なんだい?疑問があれば何でもお答えしよう」
( ^Д^)「……治療費、いくらぐらいになりそうっすか」
先ほどから気になっていたのは情けなくもそのことだ。
今日はあまり財布が豊かではない。
といっても、普段からパンを買う程度の小銭しか入っていないのだが。
o川*゚ー゚)o「私が出すんだから、そんなこと気にしないでいいのに」
(;^Д^)「いやいやいやタクシー代も出してもらってるのに、
そこまで迷惑かけられないっす」
o川*-、-)o「そもそもね、こんな怪我になったのは私のせいでしょ。
責任ぐらい取らせてほしいよ」
( ^Д^)「それは」
-
長網のせいだ、とは言えず押し黙る。
あの瞬間──須藤の手元が狂い、鉄板が落下したとき。
安織は見逃さなかった。
鉄板を取り出そうとした須藤の腕を、長網が掴んでいたのを。
落ちてくる鉄板と須藤との間に割り込めたのはそれを見ていたからだ。
もとより安織は長網を引きはがそうとして駆け寄ったのである。
そして、その結果として鉄板を退けたのだ。
どう考えても須藤のせいであるはずがない。
( ^Д^)「……いや、俺が」
しかし、あいにく嘘も作り話も得意ではない。
なんとか否定したいのだが言葉は濁るばかりである。
o川*゚ー゚)o「ごめんね。……プギャーは優しいね」
o川*゚ -゚)o「でもやっぱり私のせいだよ。
バイトに誘ったのだって、そうでしょ」
( ^Д^)「それこそ違うっすよ」
o川;*゚ー゚)o「ほへ」
違う。
ここははっきりと言える。
-
──須藤に声をかけられたのは正午のころである。
学校が早帰りであったため、今日は昼を買いにパン屋へ寄ったのだ。
いわく、週末にパン祭りと称して出張販売(といっても会場は近くの公園だ)を
予定していたが、スタッフの一人が出れなくなってしまい、
どうにも人出が心許ない。
簡単な仕事で、バイト代も出すからよければ手伝ってほしい、と。
もちろん安織は快諾する。
思えばこの時点で少々舞い上がっていたのかもしれない。
ことが起きたのは、時間があれば雰囲気を知っておいてほしいと
そのまま調理スペースに招かれた、直後のことだった。
( ^Д^)「俺、須藤さんに誘われて嬉しかったんすよ」
( ・∀・)「ほう」
なぜお前が口を出す。
そう思いつつも言葉を続ける。
(;^Д^)「いや、あの……嬉しいって言葉のあやっすよ。
でも俺それで、ぼうっとしてたというか……その」
-
(;^Д^)「──とにかく!
須藤さんに責任とか、あんまり感じてほしくないっす」
o川*゚ー゚)o「プギャー……」
( ・∀・)「なるほどなるほど、君たちはそういう感じか。いいね」
( ・∀・)+「ところで」
計算がすんだよ、と畑田が提示した診察料は決して高くはなかったが、
安織の手持ちでは足りず、結局は須藤が出すこととなった。
なんとも決まりきらない。
というかまさにきまりが悪い。
顔を赤くする安織とにこにこ笑う須藤とを畑田は満足げに眺めていた。
-
o川*゚ー゚)o「少しだけ私情に付き合ってもらってもいい?」
支払いを終えた須藤がそう切り出すと安織は一瞬だけどきりとして、
すぐに動揺した自分を恥じた。
自分に都合のいい言葉だけ拾うなんて、と。
下手すれば今の一瞬の間で全てを察した長網にからかわれかねない。
( ^Д^)「うす」
o川*^ー^)o「ありがと。ちょっとね、お見舞いしたい人がいるんだ。
受付済ませてきちゃうね」
( ^Д^)「了解っす」
(;^Д^)「……って、マジすか」
小走りに向かう須藤の背中を見送りつつ呟く。
この状況どう思います、なんて言いかけてはたと気づいた。
-
長網。
パン屋で見かけて以降すっかり姿を見せていない。
どこにいるのだろうとも、姿を見せなくて当然だとも思う。
しかし、先ほどは須藤に危険が及んだことや痛みに対する怒りに任せ、
冷静な思考が出来ていなかったのではないか──そんな考えもまた頭をよぎった。
はた迷惑で鬱陶しい女装男だが、悪い人ではなかったように思う。
そもそも今日は長網をパン屋の仕事場でしか見ていない。
いきなり現れたかと思えば須藤の腕を掴んでいるし、
声をかけても返事はなかった。
今思えばあの様子はおかしかった。
そもそも昨日の言葉──覚悟がどうだとか、その意味もいまいちわからない。
はたしてこの怪我のことを指すのだろうか。
安織は包帯で分厚く巻かれた左腕を見下ろす。
だとしたら何故?
こうなることがわかっていたとでもいうのだろうか。
考えれば考えるほど聞きたいことはいくらでも出てくる。
( ^Д^)「デレさん、ほんとどこ行ったんすか」
ぼやいたところで返事はない。
-
o川*゚ー゚)o「お待たせしました」
( ^Д^)「いえいえ」
わざとらしくそんなやりとりをして、エレベーターに乗り込んだ。
須藤が押した四階のボタンが緑に光り、
長網から聞いていた通りだと安織は内心苦笑する。
o川*゚ー゚)o「ちょっとね、なんというか……人付き合いの苦手な人でさ」
( ^Д^)「はあ」
o川*゚ぺ)o「そうだなあ。
私ばっかりお見舞いに来てうんざりしてると思うんだよね」
( ^Д^)「そうすかね……?
入院したことないんで、下手なこと言えないすけど」
須藤さんが毎日お見舞いに来てくれるなんて、
安織からすれば贅沢極まりないことだとは思う。
無論、口には出さないが。
o川*゚、゚)o「そうかなあ」
( ^Д^)「そうっすよ」
ぽぉん。独特の間の抜けた音。
がこん、と揺れてエレベーターが停止する。
これから件の青年に会うのだと思うと、
もっとゆっくり上昇してくれればよかったのに、と情けなくもそう思った。
-
o川*゚ー゚)o「とうちゃーく」
緊張を高める安織を知ってか知らずか、須藤はためらいなく扉を開けた。
がらりと横に流れる種類のそれは、角部屋のもの。
o川*^ー^)o「見てよこれ、大部屋なのにひとりきり」
須藤の言うとおり、そして長網から聞いていた通り
大きな病室はがらんとしていた。
ベッドごとに囲うよう備え付けられたカーテンはどれも開け放たれ、
最近使用された感じもまるでない。
つと、窓が開いているのか風が通り抜ける感覚があった。
吹き込む側を見ると、一つだけ
中途半端に閉められたカーテンが所在無くはためいている。
ああ、これが。
例の青年のベッドに違いない。
-
( Д )(ええい、ままよ)
結局、見舞い相手のことを詳しく聞けないまま対面である。
彼氏なら玉砕。
よくて友人だが──果たして、
日常的に見舞いに行く須藤とその異性の友人との間に
安織が入り込む余地はあるのだろうか。
自明である。無い。
o川*゚ー゚)o「まーた窓開けっ放しで昼寝してるの、風邪ひくよ」
カーテンを開け放ちつつ須藤が言う。
果たして、返ってきた言葉は存外にぶっきらぼうなものだった。
( ^ν^)「ばぁか。寝てねえよ」
言葉に反して大きなあくびをひとつ。
こする目元はずいぶんと細く、それでいて人のよさそうな感じはまるでない。
-
それが、安織の存在を認めると大きく見開かれた。
( ^ν^)「んだよ、男連れとは当てつけかあ?」
(;^Д^)「いや、俺は全然、そういう者じゃないっす」
( ^ν^)「あ?じゃあ何か、てめえ女か」
(;^Д^)そ「何でそうなるんすか!?」
( ^ν^)
( ^ν^)「さあ?」
(;^Д^)「え、えぇー……」
なんというか。
予想の斜め上を行く人物である。
下半身こそ布団の下に隠れているが、全体的に線が細い。
無造作に伸ばされた黒髪はそのわりに綺麗だ。
見た目にさらりとしているのがわかるほど。
そして、その感じには覚えがあった。
-
o川*゚、゚)o「もう、ニュッくんたら。
あんまりプギャーをいじめないでよ」
( ^ν^)「うっせ」
もしかして、この人たちは。
安織は意を決して尋ねる。
( ^Д^)「──お二人って、兄弟なんすか」
一瞬の間。
先に口を開いたのはニュッくんと呼ばれた青年だ。
( ^ν^)「残念な妹を持つ兄はつらい」
o川*゚ー゚)o「まーたそんなこと言う」
くしゃりとニュッの髪を弄りながら須藤が笑った。
細い線。白い肌。さらりとした黒い髪。
一見すると、人好きのする須藤と愛想のないニュッとの印象は対極だ。
けれども近くに寄ってみれば意外に共通点は多い。
-
( ^Д^)「仲、いいんすね」
( ^ν^)「はっ」
o川*゚、゚)o「やだ。何その乾いた笑い」
( ^ν^)「──別に」
(;^Д^)そ「どこの女優すか!」
( ^ν^)「つか、お前はなんつーの。名前」
(;^Д^)「安織プギャーす」
( ^ν^)「あっそ」
(;^Д^)「え、えぇー……」
o川*-" ,-)o「あのねえ、ニュッくん。
せっかく来てくれたんだから、も少し愛想よくできないの?」
( ^ν^)「俺呼んでねぇし」
_、
o川*゚ ,゚)o「んもーああ言えばこういう」
-
( ^Д^)「ニュッくんさんて」
( ^ν^)「何だその珍妙な呼び方は」
( ^Д^)「……えーと」
( ^ν^)「ニュッでいい」
( ^Д^)「あ、じゃあニュッさんすね」
( ^ν^)
o川*^ー^)o「ふふっ」
(;^Д^)そ
須藤の息が首筋にかかり、安織は思わずのけ反りそうになるのを堪える。
なにせ、ベッドごと体を起こしているニュッを囲んで話しているのだ。
どうしたって距離が近い。
なんだかいたたまれなくなり頬をかくと、
その様子がおかしかったのか須藤は重ねて笑った。
-
(;^Д^)「……俺、そんなにあれっすかね」
須藤はにっこり笑うと安織には返事を寄こさず、ベッドをぽんぽんと叩く。
鬱陶しそうにニュッがその手を払う。
o川*゚ー゚)o「面白い子でしょ」
( ^ν^)「まあまあ」
(;^Д^)「反応に困る評価つけるのやめてもらっていいすか」
( ^ν^)「知るか」
(;^Д^)「っすよねーーーーー!!
俺早くもニュッさんのこと掴めてきた気がするっすよ、もう!」
( ^ν^)「おめでとうるせえ」
(;^Д^)そ「なんすかそれ!?」
-
( ^ν^)「……つかお前、随分と個性的な腕してんけど」
ニュッは包帯でぐるぐる巻きになった安織の腕を眺めつつ言う。
確かに大仰なことになっているが、実際は少々派手な火傷だ。
(;^Д^)「端的に言えば、
バイト初日にミスって素手で鉄板弾きました」
( ^ν^)「だっさ」
o川*゚ -゚)o「ちょっとニュッくん。
プギャーは私をかばって怪我したんだからね」
( ^ν^)「……それこそ知るかよ」
o川*゚ -゚)o
( ^ν)プイ
横を向くニュッに無言の圧力である。
( -″ν)
( -″ν)=3
( -)「………………妹が世話になった」
完全に顔を背け、ぼそりと呟くような声ではあったが、
ニュッの言葉ははっきりと安織の耳に届いた。
-
o川*゚ー゚)o「素直じゃないんだから」
( ^ν^)「うっせえ」
はにかむ須藤の表情が眩しい。
二人のやりとりは絵になるな、と柄にも無く思う。
入院している兄。
健気にも連日見舞いに来る妹。漫画の一場面のようだ。
( ^Д^)「そう言えば」
o川*゚ー゚)o「うん?」
つと、疑問に思う。
( ^Д^)「ニュッさんは、どうして入院してんすかね」
o川*゚ -゚)o「!」
( ^ν^)「……」
しまった、と思った。
思った時には手遅れだった。
須藤の、さあっと血の気の引いた顔。
聞いてはいけないことだったのだと理解するのに、そう時間はかからなかった。
-
*
(;^Д^)「あ、あの」
( ^ν^)「いい。謝るなよ、惨めだろ」
──事故だよ。
ニュッはそう言って自嘲するように口角を歪ませる。
(;^Д^)「っ」
あんまりにも酷薄としたその表情に、
安織は背中に氷を差し入れられたような気がした。
o川*゚ -゚)o「ニュッくん」
( ^ν^)「別に隠すこたねぇだろ」
( ^ν^)「安織。そこ、パン屋んとこのT字路わかるか?」
( ^Д^)「あ、はい。確かブルーシートがかかって……」
あ、と思う。
思い出されるのは一昨日のこと。
崩れた石垣、隙間から覗く大小の瓦礫。
自分はそれを見てどう思ったのだったか。
確か、
( ^ν^)「それだよ」
-
( ^Д^)『……トラックか何かじゃないとこうはならないすよね』
.
-
ニュッが居眠り運転のトラックにバイクごと弾き飛ばされた──
それは特に雨のひどい日のことだったらしい。
病院で目を覚ました彼に突き付けられたのは、
下半身不随というあまりにも重い現実だった。
* * * * *
-
( ^Д^)「やらかしたよなあ」
自室のベッドに腰掛け、長い長い溜息を吐きだす。
膝の上で肘を立て、組んだ両手に額を乗せるさまはひどく情けない。
一旦は杞憂に終わりかけた失恋の道が再び、
そして色濃く真っ黒に、照らし出されたような心持ちだった。
ああ。
──ニュッのカミングアウトの後、ぎくしゃくとしたあの空気。
-
o川*゚ー゚)o『──今日は帰ろっか』
( ^Д^)『あの、俺』
o川*-ー-)o『うんうん、ごめんね。
長く付き合わせすぎちゃったよね!じゃあニュッくん、また明日』
( ^ν^)『……おう』
(;^Д^)『あ、や、失礼しました』
有無を言わせない様子の須藤に慌てて付いていく。
閉まりかけた扉の奥、すっと遠くを見るニュッの顔が忘れられない――
-
( ^Д^)「結局、須藤さんともなあなあで解散しちゃったし。
……ほんと何やってんだって話だよなあ」
ζ(゚ー゚*ζ《 ほんとですよ 安織くんのデリカシーの無さにはびっくりです 》
( ^Д^)「俺もほとほと呆、れ」
(;^Д^)そ「――うぅわっ!?」
ζ(゚ー゚*ζ《 ……お昼ぶりですね 》
じじ、という差動音。
ばっと顔を上げた安織の眼前に長網が立っていた。
立っていた、とはいってもそれは空中で、文字通り安織の眼前である。
大きさも眼鏡ケースを縦にしたほどの大きさであり、
声も機械を通したような、どこか突っ張った響きをしていた。
( ^Д^)「……デレさん」
-
長網が言うに、ホログラムに近いものなのだという。
腕時計の通信機としての機能──立体映像を送り込んでいるとか、なんとか。
安織に理解できたことと言えば、
長網がいつになく饒舌だということだけであったが。
ζ(゚ー゚*ζ《 驚きました?腕時計、特別性だって言ったじゃないですか
ほら、ほら特別感ありますね?男の子ならわくわくして当然の 》
( ^Д^)「そういうのいいっすから」
ぶつん、とチャンネルを変えるように遮る。
気まずい沈黙。
どちらもうかがっているのだ、切り出し方を。
結局、先に口を開いたのは長網であったが。
ζ(゚ー゚*ζ《 怒ってますね 》
( ^Д^)「まあ……正直に言えば」
-
思い起こされるのは昼間の場面。
( ^Д^)「デレさん、あんとき何してたんすか」
須藤の腕を掴む長網。
駆け寄る自分。コマ送りの視界。
衝撃を感じたと思った時には、鉄板は床に落下して、パンがぶちまけられていた。
あの時は単純に、長網が須藤の腕を掴み――バランスを崩させたのだと。
そう結論付けたのだ。そうであるから、腹を立てているのだ。
けれども、咄嗟に駆け出した自分には、
何か見えていないことがあったのかもしれない。
自分の結論が性急にすぎたのだと、
そう思わせる何かが長網にはあるのだと、安織は半ば期待していた。
ζ(゚ー゚*ζ《 言えません 》
だからこそ、聞き間違えたのかと思った。
-
( ^Д^)「……はい?」
ζ(゚ー゚*ζ《 しいて言えば、安織くんに見えた通りのことをしていましたよ 》
( ^Д^)「ん、な」
ζ(゚ー゚*ζ《 私は自分の仕事をこなすのみです そのためなら何でもします 》
( ^Д^)「それが、須藤さんに危険がふりかかることでもっすか」
ζ(゚ー゚*ζ《 はい 》
ζ(゚ー゚*ζ《 私に与えられた指令は〝対象二人に相互的恋愛感情を抱かせること〟
それさえ叶えば 》
(#^Д^)「――ふっざけんなよ」
何か大きな音が響いたと思えば、自分の声だった。
中空に静止する長網は表情一つ変えない。
-
(#^Д^)「何が指令だ、恋愛成就だ。馬鹿言ってんじゃねえすよ」
(#^Д^)「惚れた女の子危ない目にあわせて、助けて、吊り橋効果っすか?
ヒーローのつもりになって浮かれるとでも思ったんすか!?」
じじ。ぃじ、じ。
作動音が、やけに響いて聞こえる。
ζ(゚ー゚*ζ《 ……そんな風には思っていません 》
少しの間があって、長網は話し出した。
相変わらず変わらない表情で。
ζ(゚ー゚*ζ《 僕に謝る権利すらないことも承知しています 》
ζ(゚ー゚*ζ《 それでも、あれが最善の選択肢でした 》
最善の選択肢。
須藤の手元を狂わせるのが、最善の。
(#^Д^)「っ」
( Д )「──もう、いいっす」
安織は腕時計に手をかける。
じゃぎ、と不自然な音が鳴り、はずした時には須藤の姿は掻き消えていた。
* * * * *
-
ζ( ー *ζ「あーあ、取られちゃいました」
ζ( ー *ζ「失くさないで下さいよ、ほんと、もう、うぅ、大事なんですからぁ」
ζ(;ー;*ζ「ひぐっ、うぅぅぅ〜」
端末【Uー13A】──もとい、安織と長網の使用している腕時計型。
データ送信時に余分な情報をカットし、干渉レベルを大幅に引き下げることで
規定時間外での干渉を可能にする機材である。
──ああ。
送信データに〝表情〟が含まれないことを利点と捕えられる日がこようとは。
ζ(;ー;*ζ「こ、んな、可愛くない顔、うぅ……誰にも、見せたくないですし」
ζ(ぅ∩、*ζ「えぐ、僕ほどぉ可愛くたって、
男の泣き顔なんて誰も、幸せにならないぃぃ」
長網の泣き声は綺麗に整頓された彼の自室に吸い込まれて消えていく。
明日もお勤めだ。失敗は、許されない。
一人称が変わっていることに気付けないほど、長網は焦っていた。
-
ただでさえ今回はイレギュラーが多いのだ。
長網はふとパン屋での須藤のことを思い出す。
見開かれた目。
びくりと震えた肩。
彼女は確かに〝長網の腕〟が見えていた。
一瞬であれ、見えるはずのない長網の姿が、見えていた。
須藤が手を滑らせて鉄板を落とす──事前の確認でその未来は確定していた。
だからこそ安織に覚悟しておけと伝えたのだ。
目の前で怪我をされるか、
その怪我をかたがわりするかの二択だと、わかっていたから。
けれど、須藤の行動が長網をほんの少しでも視認したことで
変わってしまっていたのなら。
もしも、長網が余計なことをしなかったのなら。
安織の怪我はあんなにもひどいことにならなかったのではないか。
安織が飛び出すチャンスを作り出すため、わざとちょっかいを出した。
それはもしも二人に何かあったとして、もとより〝関われない〟自分には
関係のない出来事であったから。
だが。
──自分は、関わってしまったのではないか?
[水曜日] 了
-
乙
いいね
-
(;^Д^)「っべーこれは、いやーこれはやっちまった感あるっすわ……」
安織がぼやきながら見ているのは今や黒く染まった、
黄色であったはずの腕時計である。
ほんの数分前のこと。
昨日の寝つきが良いわけもなく、
やっと眠れたと思えば早朝に目覚めたのがことのはじまりである。
安織は二度寝する気にもなれず一階でコーヒーを淹れ、
二階の自室へ持って上がったのだ。
そして、盛大に、こけた。
ぶちまけられたコーヒーはベッドへこそ被害を免れたものの、
その周辺――たとえば床に置かれた鞄。
相変わらず出すだけ出して手を付けない課題、その近くに転がったペンケース。
なにより、昨日はずして転がしたままであった腕時計。
-
雨上がり七日の空模様です
4:[木曜日]
.
-
(;^Д^)「まずいよなあ、やっぱり。
弁償とかになんのかね、そもそも通貨とかどうすんだこれ……」
何やら見当違いの心配にも思えるが、
真っ白であったあの何も書かれていない文字盤(?)が薄茶色く濁っているのは
どうにも不安をかきたてるものがあった。
それにやはり、昨日のこともある。
腹が立ったのは事実。あの行動が許せないのもそうである。
だが、自分が強く言い過ぎたのもまた事実である。
仕事として行っているのだとすれば、長網個人を責めても仕方がないのだから。
謝ろう。時計のことも、さりげなく。
怒るのも、怒り続けるのもまた、労力のいることだ。
そんな誰も幸せにならない労力なんて、割いている方が馬鹿らしい。
-
──まあ、しかし。
( ^Д^)「今日も午前中はめっきり現れなかったな……」
<_プー゚)フ「なんだ、プギャー!ひとりごとか!!」
( ^Д^)「……まあ、昨日もだけど…制限時間を意識してんのかね」
<_プд゚)フ「無視か!無視なのか!!プギャー!!!」
( ^Д^)「エクストうるせー」
<_プー゚*)フ「おう!俺はうるさいぞ!!」
( ^Д^)「知ってる知ってる」
安織は、やたら襟の立った友人もとい東屋エクストと歩いていた。
パン屋に向かっているのだ。
昨日のこともあり、一人で行くのに気が引けつつも、
行かないわけにもまたいかず。
半端な行動力を持て余した結果、声をかけた次第である。
-
<_プー゚)フ 「いやーそれにしたって、えらいぞ!
そのぐるぐるまきの左腕でもバイトに行くとはね」
( ^Д^)「さすがに今日は客としてだっての」
<_プー゚)フ 「秘められし力とか使うのか?
古の黒竜がなんとかかんとかって」
( ^Д^)「んなわけあるか、客つってんだろ」
<_プд゚)フ「うおっ見ろよプギャー!」
( ^Д^)「……ああ」
東屋が指し示したのは件のブルーシートだ。
初めてこいつをみたときの得も言えない不安は、
ある意味で的中していたと言える。
安織はふとそんなことを思う。
<_プー゚)フ「ここでな、この間、俺の妹が引かれかけたんだよなー
でっけえトラックに!」
( ^Д^)「へえ、え?」
<_プー゚)フ「ハインつーんだ、小学生でよ。
土砂降りの日なー集団下校で列になって歩いてたんだってよ」
( ^Д^)「……おう」
自然と足が止まる。
何故だか胸騒ぎがした。
-
<_プー゚)フ「視界は悪いわ、足元は悪いわで
上級生も気ぃ使いながら歩いてくれてたんらしいけどな」
<_プー゚)フ「ちょうどここに差しあたったとき、ががぁぁあんつって、
すげー音が響いたらしいの!」
東屋はばっと両腕を広げてみせる。
想像されるのはろくでもない光景だ。
<_プー゚)フ「見れば、後ろから走ってきたバイクがな、
下校班のやつらを抜かしたと思ったらいきなり弾きとばされて。
んで、乗ってたやつがそのバイクの下敷きになってんの」
――ニュッのことだ。
安織はブルーシートを凝視する。
この崩れは彼が突っ込んだものなのか?
<_プー゚)フ「勝気なやつなんだがなあ、ハインがよー。涙目で話してた。
よっぽど悲惨な光景だったんだろうなあ」
( ^Д^)「……それで」
( ^Д^)「トラックの話はどこいったんだ?」
-
安織の言葉に東屋は目をぱちくりとさせる。
ここまで食いついてくるとは思わなかったのだろう。
脱線したな、と一言入れて続ける。
<_プー゚)フ「弾き飛ばされてつったろー。
そのバイクを弾いたのがトラックよ、居眠りだったらしいぜ」
<_プー゚)フ「妹らを抜かしてったバイクが、こう、妹から見て左手に。
んで、居眠りトラックは正面のブロック塀に突っ込んでったんだと」
やはり、ブロック塀にはトラックが突っ込んでいたのだ。
安織は得心する。
そして、気が付いた。
(;^Д^)「エクストお前、妹さんらすげーぎりぎりだったんじゃねえの」
まあな、と東屋は苦笑いを浮かべる。
<_プー゚)フ「バイクのあんちゃんがいなかったらな、きっと、
トラックが突っ込んでたのは塀じゃなくてハインらの集団だ」
(;^Д^)「……その話を聞く限りじゃ、そうだな」
<_プ -゚)フ「一命は取り留めたって聞いてるが、わずかにとはいえ
トラックの軌道を変える勢いでぶちあたってんだぜ」
<_プぺ)フ「順当に考えて無事とは考えづらいだろ。
本当に偶然助かったようなもんだけど、
九死に一生なんて騒げないよな、ちょっとなあ」
また、トラックの運転手は即死だったそうだと続ける。
疲労からの居眠り運転、そして、事故死。
あんまりにもやるせない、とエクストはうなだれる。
-
( ^Д^)「とんでもない話なのは確かだな……」
<_プ -゚)フ「だろ?」
安織は無言で頷く。
事故なんて、自分には無縁のものだと思っていた。
少なくとも死傷者なんて代物はテレビの中だけの存在だと思って過ごしていた。
こんなにも身近にあるのだ。
ぞくりと鳥肌が立つのをおぼえた。
-
<_プー゚)フ「そーいやさー!」
重くなった雰囲気を吹き飛ばすように、東屋はぱんっと手を打ち鳴らす。
<_プー゚)フ「今向かってるパン屋ってプギャーのバイト先なんだろ?」
( ^Д^)「あー、いや、週末の企画を手伝うだけでバイト先ってわけじゃないな」
<_プー゚)フ「んだそれ、知り合いにでも頼まれたのかー」
( ^Д^)「知り合いつーか、ああ、そんな感じ」
ふと考える。
須藤は安織にとっての何なんだろうか。
ほんの一昨日までは行きつけの店の店員だった。
なら今は?
……友人と名乗るのは、なれなれしすぎるだろうか。
( ^Д^)「まあほら、着いたぞ」
<_フ*゚ー゚)フ「おわっすげーいい匂い!」
ちりん、ちりん。
鈴の音。あたたかな空気がふわりと包み込むような感覚。
けれど、
( ゚д゚ )「いらっしゃい」
( ^Д^)そ「!?」
<_フ*゚ー゚)フ「おじゃましまーす!」
迎えたのはいつもの愛らしい笑顔――ではなく、見知らぬ少年の声であった。
-
( ^Д^)「……すいません」
( ゚д゚ )「?はい」
東屋が鼻歌をまじえつつパンを選んでいる間に、
レジに立っている少年に話しかける。
安織がパン屋に通い始めて一年と少し。
レジに須藤以外の者が立つことはあれど、
その隣に須藤がいないなどということは一度だってなかった。
( ^Д^)「今日は須藤さん、どうかしたんすか」
( ゚д゚ )「……?」
安織と同じか一つ下ほどに見える少年は不思議そうな顔をする。
首にかかった名札には桐生ミルナと書いてあり、そのことに安織が気が付くのと、
桐生が安織の左腕を見て得心がいくのとはほぼ同時であった。
( ゚д゚ )「安織さんですね。週末臨時で入ってもらう予定だったとかいう」
( ^Д^)「ああ、はい。そうっす……予定だった?」
( ゚д゚ )「ええ。店長――須藤さんが、」
(;^Д^)「へ?須藤さんて、店長だったんすか」
( ゚д゚ )「そうですよ。もともと須藤さんのご両親のお店だったらしいんですけど、
俺が入ったときにはもう今の店長でした」
( ^Д^)「そうなんすか……」
-
初耳である。
道理でいつも店にいるわけだ。
思えば店を早抜けしたり、安織に手伝いの声をかけりというのも
その権限があってのことだったのだろう。
( ゚д゚ )「で、その店長から伝言を預かっててですね」
( ゚д゚ )「その怪我で働かせるわけにはいかないので別の人を探します、と。
ごめんなさいと言っていました」
(;^Д^)「んな、こと」
謝られたって仕方がない。
というか、腕は思いのほかしっかり動くのだ。
元から頼まれていた陳列や誘導ぐらいなら自分にもできるというものだろう。
だが。
それはきっと、
( ^Д^)「……すいません、話は戻るんすけど」
( ゚д゚ )「はい」
本人に伝えなければ意味はないのだ。
-
<_フ*゚ー゚)フ「おろ?」
.
-
(;^Д^)「──ちっくしょ」
息を切らし、走る、走る、走る。
結論から言えば、桐生からは何も聞けなかった。
須藤が今日いない理由も、どこにいるかもわからない、と答えたのである。
そんなはずはない。
というか桐生は嘘をつくのが下手だ。
あんな風に目を泳がせればすぐわかる──まるでどこかの女装のようだ。
大方、須藤に言い含められたのだろう。予想はつく。
なんとなく嫌な予感がしていた。
須藤の居場所の見当はつかない。
接点があるのは病院くらいで、
だからこそそこへ向かって全力疾走してはいるのだが。
「安織くん」
そのいつの間にか聞き慣れた声に、がっと肩を掴まれたような気がした。
振り返る。
-
ζ(゚ー゚*ζ「ここ、通りすぎちゃっていいんですか?」
(;^Д^)「デレさん……」
振り返った先は花屋の店先――そこに、腕を組んで立つ長網だった。
-
(;^Д^)「なんか、目元腫れてないすか?」
ζ(゚ー゚*;ζ「そこに触れるんですか!?
諸事情ですよ、放っておいてくださいよ!!」
(;^Д^)「……」
ζ(゚ー゚*;ζ「……」
(;^Д^)「……あのですね」
ζ(゚ー゚*;ζ「…………はい」
(;^Д^)「言いたいことは色々あるんすけど、
……とりあえず今は、須藤さん優先したいんすよね」
ζ(゚ー゚*;ζ「ととと当然ですよ、当然!
だってそうしてもらわなくちゃ困ります!!」
えー、こほん。
わざとらしく長網が言うと、
ぎくしゃくとした空気がほんの少しだけほぐれたような気がする。
ヽζ(゚ー゚*ζ「いいこと教えてあげます。
その一。ここのお花屋さん、裏が公園になっています。
なんとびっくり、前にドーナツを食べたとこですよ」
( ^Д^)「……はあ」
ζ(゚ー゚*ζノ「その二。キュートさんはそこで涙を流しています」
(;^Д^)「はあ、あ、え?」
-
ヾζ(゚ー゚*ζシ「デレさんからは以上でs」
二三( ^Д^)「──あざした!」
ζ(゚ー゚*;ζ「雑!!いよいよ対応が雑!!!母音ぐらい聞いていって!!!!!」
ζ(゚ー゚*;ζ
ζ(゚ー゚*ζ「……んもー」
しょうがない子ですね。
そう言った長網の姿がゆらりと揺れる。
風景に溶け込むように、風に吹かれるように。
そうして、姿が消え──
ぱしゃん。
ζ(゚ー゚*;ζ「えっ?」
────なかった。
それどころか、つい先ほどまでは何の影響もなかった足元の水たまりが
須藤の動きに合わせ、はっきりと音を立てたのである。
-
ζ(゚ー゚*;ζ「うそうそ、不調?
どの端末ですかね……と言っても今回は腕時計ぐらいし、か」
ζ(゚ー゚*;ζ「………………何これ」
長網の左手首にはめられた紫色の腕時計。
その針がなぜだか不規則に、一進一退を繰り返し続けていたのである。
-
(;^Д^)「はっ、はあっ、はーっ」
膝に手をあてて息を整える。
もともとパン屋から走り続けていたのを忘れていた。
息が上がるのも早ければ、足が悲鳴をあげるのもまた早かったのである。
普段の運動不足がたたっている。
安織は内心苦笑しながら、公園の中をみやる。
鉄棒、砂場、すべりだい──相変わらず人気のない公園だ。
o川* - )o
(;^Д^)「須藤、さん」
果たして、須藤はブランコに腰掛けていた。
惰性で揺れるブランコ、ちゃりちゃりと鳴る鎖。
肩に流れるさらりとした黒髪。
o川* - )o
o川* - )o「…………プギャー、?」
-
( ^Д^)「はい、俺っす」
すとんと隣にしゃがみこむ。
須藤の顔は綺麗な髪に隠されていて、よく見えない。
( ^Д^)「……何かあったんすね」
o川* - )o「でも、プギャーには関係ないよ」
関係ない。
その言葉が妙に胸に刺さった。
ふいに朝のことが思い起こされる──結局、須藤は自分にとっての何だったか。
やはり友人と考えるのはおこがましかったのだろうか。
( ^Д^)「須藤さん」
o川* - )o「……」
( ^Д^)「確かに須藤さんが泣いてる理由に、俺は関係ないかもしれないす」
( ^Д^)「でも〝泣いてる須藤さん〟は俺に関係してるんで。
……話、聞かせて欲しいっす」
隣に並んでいるのに互いのことは見ないまま。
安織は待つ。じっと待つ。
-
o川* - )o「治らないんだ」
やがて、須藤はぽつりとこぼした。
o川* -;)o「ニュっくんの足、」
o川*;ー;)o「もうっ、動かないんだ、て」
( ^Д^)「……」
o川*;ー;)o「畑田せんせがね、言ったの、私、わたし、昨日」
( ^Д^)「ゆっくり、ゆっくりでいいすよ」
o川*;ー;)o「う、ん」
聞けば、須藤は昨日安織と別れたのち病院へ戻ったのだという。
彼女なりに思うところがあったのだ。
須藤もまた去り際の、遠くを見つめるニュッの表情に気が付いていたのである。
そうして、畑田モララーに告げられたのだ。
ニュッの足が元のように動く――その見込みはほとんどない、と。
-
o川*;ー;)o「聞いて、どうしたと思う?
……私ね、逃げちゃったんだよ」
ときどきしゃくりあげながら、須藤は話す。
それはまるで自分にナイフを突き立てるような調子で。
o川*;ー;)o「最低だよね。
もともと、ニュッくんの顔が怖くて、逃げちゃったのに」
( ^Д^)「……ニュッさんの、顔すか……?」
確かに人好きのする顔とはお世辞にも言えないとは思うが、
泣いて逃げるほどかと言われると疑問である。
安織が釈然としない表情で首をひねっていると、須藤が吹きだした。
o川*;ー;)o「プギャー、たぶんそれ、違う」
(;^Д^)「……俺がニュッさんと思っていた人は、
ニュッさんではなかった……?」
o川*うー)o「だから、もう!
ふふ、どうしてそうなるかなあ」
須藤は完全にこらえきれなくなったようで、おかしそうに涙を拭う。
o川*ーーー)o「ああ、ほら、涙とまっちゃった」
(;^Д^)「それは、ええと、いいこと?なんじゃないすかね、えと」
-
o川*゚ー゚)o「……私が怖かったのはね、ニュッくんの表情だよ。
事故の話をするときの、あの顔」
(;*^Д^)「っ」
す、と人差し指を立てて安織の口にあてる。
混乱する安織に落ち着いて聞くよう促そうとしてのことだろう。
逆効果のような気がしなくもないが――と、
早鐘を打つ心臓の裏で冷静に分析する自分を感じる。
o川*ーーー)o「ちょっと前にね」
o川*゚ー゚)o「何か新しいことがしたいって話になって、私、提案したの。
焼き立てパンの宅配サービスなんて面白いんじゃない?って」
o川*゚ー゚)o「そのとき、バイクの免許を持ってたのがね、
笑っちゃうでしょ。うちのお店でニュっくんだけだったんだ」
( ^Д^)「……はあ」
笑えない。
安織には相槌を打つのが精いっぱいである。
o川*゚ー゚)o「だから試験的にやってみる間、ニュッくんが引き受けてくれて。
それで……宅配の帰りだった。事故が、起きたのは」
(;^Д^)「……」
どこに向かっているのだろう。
話の着地点を探しながらも、紅潮した頬からすうっと熱が抜けていくのを感じる。
o川*ーーー)o「何日も病院に通っててね、ニュッくんの意識がもどったときも
隣に居たのは私だったの」
* * * * *
-
o川;*゚ー゚)o『――ニュッくん』
( ^ν^)『…………ああ』
何日かぶりの気だるげな声。
須藤の存在に気が付いていてなお、天井をまっすぐ向いたままの頭。
数秒の沈黙。そして。
( ^ν^)『なるほどな』
o川;*゚ -゚)o『!!』
須藤が何も言わずとも状況を理解したかのようにそう言って、
ニュッは顔を、歪めた。
それはもう思い切り。
涙は一滴だって零さずに、それ以上の言葉は何も吐かずに、
けれどその表情を一言で形容するのなら、やはり、一つしかなかった。
* * * * *
-
o川*ーーー)o「――笑顔なの。
でも私が今まで見てきた中で、一番苦しい顔で」
責められてる気がしたんだ。
須藤はそう言う。
o川*゚ー゚)o「もともとね、謝ろうと思ってたんだ。
ニュッくんが目を覚ましたら、私、謝ろうと思ってた――
許してもらいたかったんだよね、きっと」
o川* ー )o「でも、その顔を見て、私……何にも言えなくなっちゃった」
o川* ー )o「今もそうだからこうやって、
未練がましく毎日お見舞いに行ってるのかもしれないな。
……うん、そういう気持ちが無いとは言えないと思う」
( ^Д^)「……須藤さん」
安織は立ち上がる。
下を見て、ぽつぽつと語る須藤が、なんだかとても小さく見える。
o川* ー )o「なんか、だめなんだよね。迷惑かけてばっかりだ。
……迷惑なんて言葉じゃ、足りないのかもしれないけど」
( ^Д^)「須藤さん」
o川* ー )o「ニュッくんの足に、プギャーの腕、次は誰かなあ……なんて」
( #^Д^)「須藤さん!!」
o川;*゚ー゚)o「はひっ」
ちゃりちゃり。がらん。
鎖が大きな音を立てるが、気にしない。
安織は須藤の座るブランコを、思い切り自分の方へ向けてひねったのである。
-
( ^Д^)「俺やっぱり、上手に慰めらんないす」
安織はまず、そう断言した。
何とも情けない断言もあったものだと内心自嘲する。
( ^Д^)「結局、涙の原因も解決出来ないし、
自分でもほんっと役立たずのカスだと思います」
o川;*゚ー゚)o「何もそこまで」
( ^Д^)「でも話を聞くくらいならできるっすよ」
o川;*゚ -゚)o「!」
( ^Д^)「もっと言えば週末のお手伝いだって。
……こんな腕じゃあ心配になるかもしれないすけど、
存外動くんで出来ると思ってます」
o川;*゚ -゚)o
ぴしり。須藤の表情が固まる。
しばらく口をぱくぱくとさせて、けれども言葉は出てこない。
やがて、
o川*ーーー)o「……かなわないなあ」
あらためて、よろしくお願いします。
須藤はそう言って、ふわりと優しく笑った。
-
<_プー゚)フ「なんかプギャーいなくね?」
( ゚д゚ )「……おそらく、そろそろ家に帰る頃かと」
一方、東屋はパン屋に忘れらたままであった。
安織がはたと彼のことを思い出し謝罪の電話を入れるのは、
東屋が置いて行かれたと気が付いてから、数時間後のことである。
[木曜日] 了
-
( ^Д^)「こんちは」
( ^ν^)「……おいおい。ずいぶん早いな」
( ^Д^)「学校から直接来たんすよ」
( ^ν^)「んなもん制服見りゃわかる。
どういう風の吹き回しだっつーことだよ、安織」
時刻は午後15時過ぎ。
相変わらず大部屋に一人きりのニュッの病室に、
安織は一人で──いや。
ζ(゚ワ゚*ζ「ひゃー学校帰りとかいかにも青春!って感じしますね。
この場で学生なの安織くんぐらいですけどっ」
いったいどこからわいたのか、後ろをついてくる長網と共に
ニュッのもとを訪れていた。
-
雨上がり七日の空模様です
4:[木曜日]
.
-
うわ間違えた
-
雨上がり七日の空模様です
5:[金曜日]
.
-
( ^Д^)「ちょっと聞きたいことがあって」
( ^ν^)「へえ」
( ^ν^)「キュートの前じゃ聞けないことか」
( ^Д^)「……まあ、そうっすね」
泣いている須藤から話を聞くだけでは、涙の原因を解決できない。
そう考えた安織はパン屋の営業時間中──言いかえれば、
須藤が来ないうちに病院へ足を運んだのである。
( ^Д^)「足、本当にもう治らないんすか?」
ζ(゚ー゚*ζ「ぶっ」
( ^ν^)「……お前それ本人に聞くのかよ」
(;^Д^)「あっすんません」
まあ、いいけど。
ニュッはそう言うとそっけなく答える。
( ^ν^)「放っといては治んねえだろうな。
少なくとも、畑田はそう言ってたよ」
-
( ^Д^)「畑田センセーすか……」
( ^ν^)「そう疑い深い顔をすんなって」
( ・∀・)「おや、僕の話かい?」
(;^Д^)「あ」
がらり。
扉を開けて入ってきたのは畑田である。
ζ(゚ー゚*ζ「何ともタイミングのいい……」
(;^Д^)(どちらかというと間の悪いっすよ、これ)
壁にもたれて言う長網に小声で返す。
畑田は安織の姿を認めるとふむ、と左手を口に当てた。
-
( ・∀・)「君はたしか……」
(;^Д^)「安織す」
( ・∀・)「ああ!安織、安織くんか。
すまないね、僕はどうにも名前を覚えるのが苦手なようで」
( ^ν^)「おら、採血だろ」
( ・∀・)「そうそう、そうだ。いやはや須藤さんは理解があって助かるよ」
( ^ν^)「はっ」
畑田はそう言いつつも動かす手を休めない。
既に腕を巻くっているニュッの腕になめらかな動作で針を差しこむと、
手元のバインダーに何か書きつける。
安織は感心を覚えながらその様子を眺めていた。
この医師は、どうやら黙ってさえいればまともらしい。
( ・∀・)「須藤さんと言えばね」
目線はバインダーに落としたままでそう切り出した。
-
( ・∀・)「一昨日、妹さんが来たよ。ええと、」
( ^ν^)「キュート」
( ・∀・)「そう、キュートさん」
( ^ν^)「へえ。それで?」
( ・∀・)「何と言っていいか……結果から言えば泣かせてしまってね」
( ^ν^)「……あれで泣き虫だからな、昔から」
( ・∀・)「それで彼女、最後まで話を聞かずに走って行ってしまったんだ」
( ^Д^)「それは本当すか」
二人の視線が安織で交わる。
急に口をはさんだのだから当然だが、聞かずにはいられなかったのだ。
(;^Д^)「……すんません」
( ・∀・)「何かあったのかい」
(;^Д^)「はあ、まあ」
( ^ν^)「言ってみろ」
-
安織は逡巡する。
昨日須藤から聞いた話を、須藤の姿を、伝えるべきか否か。
ヾζ(゚ー゚*ζシ「私も気になりまーす!」
はいはーい、と手を振る長網を見て嘆息する。
結局、安織はかいつまんで話すことにした。
要すると、ニュッの足が治らないことを悲しんでいた、という風に。
ニュッの笑顔が怖かったこと、
逃げだす自分が嫌なことについては触れないことにする。
きっと、隠しておきたいことだろうし。
( ^ν^)「……はーん」
(;ー∀ー)「それは……どうにも申し訳ないことをしてしまったようだね、僕は」
ζ(゚、゚*ζ「私、もしかして相当おいしい場面を
見損ねてしまったのでは……」
反応は三者三様である。
ニュッの含みのある頷きが気になったが、あえて気付かないふりをした。
-
( ^Д^)「今週末に企画があるそうで……あっ俺はそれの手伝いをするんすけど、
忙しくなるだろうし、やっぱり少し不安すね」
( ^ν^)「企画っつーと」
( ^Д^)「出張販売っす。そこの公園、花屋の裏んとこっすね。
そこにブースを設けてパン祭りと題すらしいっす」
( ・∀・)「ほう!何とも楽しそうじゃないか」
( ^ν^)「無茶しやがる。……いや、そんためのお前、か」
ニュッがそう言いつつ目を見開いていくのがわかる。
視線の先は、包帯の量が多少減った安織の左腕だ。
( ^Д^)「えっと、どうしたんすか」
( ^ν^)「……安織。お前が前言ってたバイト先って」
( ^Д^)「須藤さんとこっすよ、これ厨房でこしらえたんす」
-
(;^ν^)「……」
珍しくニュッの顔色が悪い。
額にうかんでいるのは冷や汗だろうか。
( ^Д^)「ほんと、ニュッさんどうしたんすか……?」
(;^ν^)「……鉄板」
鉄板?
安織が心の内で首をひねっているとニュッが続きを補った。
(;^ν^)「…………鉄板つったな、お前のその火傷」
( ^Д^)「?そうすけど」
うなづいて、はて、疑問に思う。
ニュッに火傷の話はしたが、何故、今になってその話が出るのだろう。
(;^ν^)「……悪い」
(;^ν^)「お前の腕、俺のせいだ」
-
ζ(゚、゚*;ζ「!!」
いち早く反応したのは長網である。
壁にもたれていた体がずるりとすべり、明らかに動揺しているのがわかる。
(;^Д^)「それ、どういう意味すか」
動揺している、という点であれば安織も同じだ。
須藤を悲しませ、長網を責め、
けれどやはりどうしようもなかったのだと、一度は呑み込んだ問題である。
そこに何故ニュッが食い込んでくる。
( ・∀・)「……ふむ」
ず、と注射針を抜いた畑田が息をついた。
その痛みが不意打ちだったからか、ニュッが心なしか顔をしかめる。
( ー∀・)「どうやら込み入った話のようだ。
僕はここらで退出させてもらおうかな」
どうしてそこでウインクをねじ込んでくるのか。
しかしやはり、てきぱきと仕事道具を片づける動きに無駄はなく手馴れている。
最後に畑田は換気と言って窓を開けた。
-
( ・∀・)「昼寝をするならちゃんとナースコールを押してくれよ、
閉めに行かせるから。
しっかり頼むね。でないと僕がキュートさんに責められてしまう」
(;^ν^)「……ああ」
( ・∀・)「それから安織くん。
週末はお邪魔させてもらおう、メロンパンでも置いてあると嬉しいな」
(;^Д^)「はあ、はい。伝えとくっす」
( ー∀ー)「また会おう」
そう言うと、それはそれは綺麗に白衣を翻し、病室を出た。
窓を開けたのは換気ではなく、
風を当てるためだったのではないかとつい考えてしまうほど綺麗に。
ζ(゚、゚*ζ「終始きざな人でしたね」
( ^Д^)(っすね。あんな人、普通なら舞台の上でしか見れないはずっすよ)
小声で同意する。
変わった人間もいたものである。
-
( ^Д^)「それで」
ニュッに視線を投げる。
そこにあるのは疑問と、不謹慎ながらも少しばかりの好奇心であった。
( ^Д^)「どうして俺はニュッさんに謝られてるんですかね」
ζ(゚、゚*;ζ「あっそうですよ、それです!」
長網もニュッの方を見る。
壁から離れ、ベッド横の椅子に腰掛けるあたりはちゃっかりしている。
ニュッはというと長く息を吐き出している。
やがて、決心したように話し始めた。
-
( ^ν^)「聞いてるだろうが、そこのパン屋は俺の家でもある」
( ^ν^)「まあ面倒なのはごめんで、店長やら経営やらは
全部キュートに投げてたが……」
ちなみに両親は海外進出を意気込み、二年ほど前から海の向こうらしい。
ニュッの事故のことは意識が戻ったなら、と見舞いはしばらく見送りで、
落ち着いたら戻ってくるのだとか。
何とも自由なことである。
( ^ν^)「で、俺の仕事と言えばこねたり焼いたり、
器具の不具合を直したり……ちらっと宅配もしたが、
あれは向いてねぇな」
安織はぎくりとする。
なにせ昨日須藤から宅配の下りを聞いたばかりなのだ。
ここで彼女を非難する言葉でも出たらと思うと気が気でなかった。
が、どうやらそれは杞憂であったらしい。
( ^ν^)「どうにもお客さんへのお渡しっての?あれがやっぱり面倒だ」
ニュッは頭をがしがしとかき、顔をしかめるだけである。
そこに須藤を責めるなどという要素は微塵も読み取れない。
( -ν-)「……悪い、話がそれた。問題は不具合のくだりだよ」
( ^Д^)「不具合、すか」
( ^ν^)「事故の日、宅配出る直前に手入れしてたオーブンがあんだよ。
……多分それだ。問題の、鉄板が落ちてきたやつ」
-
いわく、ネジを閉め忘れたのだと。
そのことに気が付いたのは宅配の帰り──事故の直前で、
病院で目を覚ましてからはすっかり忘れてしまっていたらしい。
すぐにどうこうなるものではなく、何度か使っている内にやがて、
運が悪いとがつり、とずれてしまう……そういう部分だったそうだ。
ζ(゚、゚*;ζ「じゃ、じゃあじゃあキュートさんが今のはって、
声を上げてたのは!」
( ^ν^)「そりゃゆるみ切ってたら違和感ぐらい感じるだろ。
使い慣れてたんならなおさらだ」
( ^Д^)「……デレさんのせいじゃ、なかった……?」
いや、これはむしろ。
長網がいたからこそ、須藤に怪我を負わせずに済んだのでは、ないか──?
(;^Д^)「……!!」
ひゅう、と息を吸い込む。
そうだ。そうじゃないか、実際自分はそう考えていた。
長網を引きはがそうとして駆け寄って、その結果として鉄板を退けたのだ、と。
-
( ^ν^)「……おい安織。デレさんってのは誰、だ」
(;^Д^)「あっいや、何でもないす」
つい素で長網の名を出していたことに気づき、あわてて口をつぐむ。
つぐむ、が。
何やらニュッの様子がおかしい。
その目線はとっくに安織を外れているのである。
いや、正確には。
(;^ν^)「…………はあ?」
ζ(゚、゚*ζ「……」
Σζ(゚、゚*;ζ「ほへぁっ!?」
──ばっちり長網を見ていたのである。
-
(;^ν^)「何だお前。いつからいた?」
ζ(゚、゚*;ζ「いつからと言われれば最初からいましたがっ」
(;^Д^)「デレさん駄目っすそれ、むしろ混乱を招く発言っす!」
異常事態であるのは明らかだった。
なにせ、ニュッに長網が認知されている。
というか既に先ほど、自然な調子で会話していなかったか。
ζ(゚、゚*;ζ「ちょっと安織くん時計見せてください!」
ぐい、と長網が安織の腕を引っ張る。相変わらずの馬鹿力だ。
なすすべもなく腕をまくられるが、当然、手首付近には何もない。
ζ(゚、゚*;ζ
唖然とする長網にことの顛末──朝のコーヒー事案についてを説明する。
ζ(゚□゚*;ζ
始めは閉じていた口がそれこそネジが外れたように開いていく様子は、
正直、クルミ割り人形のように見えた。
(;^Д^)「……あの、ほんと、なんと謝ったらいいか」
ζ(゚□゚*;ζ
ζ(゚□゚*;ζ
ζ(゚□゚*;ζ
( ^ν^)「……おい」
-
ζ(゚□゚*;ζ「ひゃい」
( ^ν^)「ふざけてないで俺にもわかるよう説明しろ」
しびれを切らしたのか、ニュッはベッドから乗り出すと
長網の襟首をつかんで言った。
疲れるからかすぐに離したが、安織はひやりとする。
見える、聞こえる――それだけではない。
ニュッは自ら長網に触れられたのである。
もともと安織以外は何の干渉もできないはずであったのに。
自分がこの事態を招いてしまったのかと思うと、いよいよ焦燥を覚える。
ζ(゚∩゚*;ζ「んしょ」
そんな安織を知ってか知らずか、
長網は自身の顎を押し戻すと今度は真顔になり、言った。
ζ(゚、゚*;ζ「……ちょっとときめいた……」
(; Д )「ぶっふぉ!!!!!」
( ^ν^)「は?」
事態が複雑化していく。
安織は頭を抱えるばかりである。
-
( ^ν^)「──んな荒唐無稽な話信じられるか」
(;^Д^)「……まあ、そうっすよね」
ζ(゚ー゚*ζ「でも事実ですよー本当なんですよー」
安織がやっとのことで長網のことを
説明(安織の恋愛がどうだとかいう部分は完全に省いた)するも、
ニュッの反応はこの通りである。
それもそうだ、とは思う。
長網が表れて五日ほど経つが、
積極的に関わっている安織ですら、時々夢なのではないかと考えるのだ。
( -ν-)「過去だとか別世界だとかな、簡単に言ってくれるなよ」
(;^Д^)「…………すいません」
安織が謝るのを聞き、ニュッは目をそらす。
今のはもしかすれば無意識に出た、泣き言だったのかもしれない。
ニュッの泣き言。そういえば、初めて聞いたように思う。
須藤の口からもそんな話は出なかった。
この人もやはり、つらいのだろうか。
表に出さな過ぎるだけで、あまりにもわかりにくいだけで。
過去に別世界。修正に調整。
それが出来ればどんなに良かったか、今、一瞬でも考えたのではなかろうか。
-
(;^Д^)「!!」
はっとする。
そうだ、どうして気付かなかったのだろう。
ニュッの交通事故──それ自体を
長網の世界の技術で〝修正〟してしまえばいいのではないか。
ζ(ーーー*ζ「安織くんはわかりやすいですね」
しかし、長網は安織が声をかける前に首を振った。
ζ( - *ζ「私たちは『そういうことのない世界』を作りに来てるんです。
なのに訪れた先でその技術を行使してたら、ちぐはぐじゃないですか」
(;^Д^)「……それは」
正論である。
それに長網の息の詰まるような表情を見ると、もう何も言えない。
落胆する安織におい、と後ろから声がかかる。
( ^ν^)「何をどうとったか知らないがな」
( ^ν^)「俺は現実を受け入れてる。
んな空想真に受けて、期待するほどガキじゃねえよ」
(;^Д^)「でも」
-
ニュッはあくまでも食い下がろうとする安織に、
これ見よがしにため息をついて見せる。
何故か伏せた目に表れているのは非難の色でも怒りでもなく、
どこかほっとしたような安堵だ──だが、その理由が安織にはわからない。
( ^ν^)「……それに」
( ^ν^)「俺が事故ったことで助かったガキどもがいるらしいな」
ネットで見た、とニュッは言う。
安織はすぐに東屋の顔を思い浮かべた。
<_プー゚)フ『バイクのあんちゃんがいなかったらな、きっと、
トラックが突っ込んでたのは塀じゃなくてハインらの集団だ』
(; Д )「……それは」
(; Д )「そん中には、俺の友人の妹もいたらしいっす」
( ^ν^)「へえ、驚いた。
そいつはますます俺は事故に遭わざるをえないらしいな」
ニュッは本当に驚いたようで軽く目を見開くと、そう言って笑った。
それは須藤の言う得体のしれない笑顔ではなく、
あくまでも普通の、ごく自然な笑い顔。
それでようやく、安織は先ほどのニュッの瞳の安堵の意味を理解した。
この人は、どうしようもなく強いのだ。
だからこそ辛いことも隠し通せるし、泣き言だってそうやすやすとは零さない。
きっと自分の中で完結できるのだろう。
まわりがニュッの現状に震えていようが泣いていようが、おかまいなしに。
彼の安堵とは、今、そういう自分をはっきりと言葉にできたことにあったのだ。
-
(;^Д^)「……なんか、俺、勘違いしてました」
( ^ν^)「勝手な奴だな」
(;^Д^)「すんません。でも多分、俺よりもずっと重くて、
ずっとつらい勘違いをしてる人がいるんすよ、俺の身近に」
( ^ν^)「……それは」
(;^Д^)「うす。だからちゃんと、もっと」
かたん。
小さな物音に、つと安織の言葉がとまる。
ζ(゚ー゚*ζ「あーあ、安織くん。時計ちゃんとつけないから」
椅子に座ってしばらく二人のやりとりを見守っていた長網が、
呆れたように言った。
時刻はいつの間にか18時過ぎ。
三人が三人とも同じ方向を見て、同じ人物を見つめていた。
o川*゚ー゚)o「私、邪魔しちゃったかな?」
より具体的に言うなら、
病室の入り口で苦笑する須藤の姿を見つめていたのである。
[金曜日] 了
-
遅刻してる上に雨上がり五日の進行度だけど平日は終わったから許して
-
【連絡事項】
主催より業務連絡です。
只今をもって、こちらの作品の投下を締め切ります。
このレス以降に続きを書いた場合
◆投票開始前の場合:遅刻作品扱い(全票が半分)
◆投票期間中の場合:失格(全票が0点)
となるのでご注意ください。
(投票期間後に続きを投下するのは、問題ありません)
詳細は、こちら
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/21864/1456585367/404-405
お疲れさまでした!
-
おつおつ、続きは祭り終了後になるのかぁ待ち遠しい
しかしこの雰囲気、さては
-
乙 続きが楽しみ
-
乙
異世界系の話っちゃあ話だけど
めっちゃ好き。
頑張って!
-
おおおお面白いじゃねーか!
デレさんこんなにきゃわわな感じなのについてるのかよぉ…
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おはようございます。昨晩はおつかれさまでした
絵投票すげー嬉しかったです
いやほんと息止まるかと思った……ありがとうございます
空模様の週末は今週中、遅くとも水曜日には投下できるかと思います
もうしばらくお付き合いください
-
わーい
待ってる
-
急用が入り、帰宅が日をまたぎそうです……
今週中には確実に投下するので今夜は勘弁
-
こういうの大好物やぁぁあ
-
ζ(゚、゚*ζ「──私に謝ってどうするんですか」
(;^Д^)「いや、でも」
ζ(-、-*ζ「その件に関してはこちらの不手際もありました。
気にしてないです。……いや、ちょこっとだけ泣きましたけど、
許してあげますから──そんなことより」
ζ(゚、゚*ζ「安織くんは、何がしたいんですか」
朝日を背に自室のベッドに腰掛ける安織から昨夕の一部始終を聞いた長網は、
椅子の背を抱くようにしてもたれかかり、問いかける。
だがその表情とは裏腹に、言葉はずいぶんと鋭く聞こえ、
実際細められた瞳の奥には冷ややかな呆れが見て取れた。
( ^Д^)「……俺は」
言いかけて、言葉が続かないことに愕然とする。
──俺は、どうしたいのだろうか。
ただ一つはっきりしていることは、
もう須藤が無理する姿を見たくはない、ということであった。
思い起こされるのは昨日のこと。
須藤が現れ──長網が強制送還を食らった、直後のこと。
-
雨上がり七日の空模様です
6:[土曜日]
.
-
* * * * *
さらり。
窓から吹き込んだ風が、扉近くに立つ須藤の黒髪を揺らした。
手には小さな花束を持っていた──オレンジ色のコスモスだ。
ゆっくりとこちらに歩み寄ると、ほっそりとした花瓶を取り出して窓辺に生ける。
しゃきん、と茎を斜めに切る音。
視界の端でカーテンが揺れる。
(;^Д^)「……須藤さん」
おそるおそる、といった体で口を開いた。
須藤は安織の方を振り向かないまま、なあに、と返す。
( ^ν^)「どこから聞いてた?」
向こうの空へ視線を向けたまま、彼女は軽く首をひねる。
風が止んだ。
-
o川*゚ー゚)o「助かったガキども、のあたりからかな」
ぱたん、と閉じた窓を背にして言う。
言ってからくすりと笑って、ニュッくんは口が悪いね、と付け足した。
( ^Д^)(……ということは)
長網の存在には、気が付いていない。
安織はひとまず胸を撫で下ろす。
ところが、須藤の視線はニュッを滑って横で止まると、くるりと丸くなった。
o川*゚、゚)o「……それは?」
(;^ν^)
(;^Д^)
ニュッの横。要は、ベッドサイドの丸椅子──の、はずである。
というのも、つい先ほどまで長網が腰掛けていたそれは、
何故だかベッドを囲うカーテンでぐるぐると巻かれ、
三股の脚先がちらりと見えるのみとなっていたのだ。
先ほどカーテンが不自然に揺れたのは、これか。
安織は一人得心する。──長網の仕業なのはまず間違いない。
これで隠れたつもりになっているのなら、笑い話にもならないが。
-
きたきたきたあああああああ!!!
-
o川*゚ー゚)o「よーいしょ」
(;^Д^)「あっ」
(;^ν^)
須藤がカーテンに手をかけた。
というか引っ張った。
安織とニュッの表情が固まる。
──正直、長網の存在は、よくない。
話ベタな男二人である。
即興で長網の設定を作り上げるのはほぼ不可能であると思われるし、
本当のことを須藤に話すのはあまりにも酷すぎる。
安織でさえ事故を無かった事にする方法はあるのに、行使できない──
その事実はずいぶんと堪えたのだ。
須藤の胸中など察するにあまりある。
o川*゚ー゚)o「おろ?」
様々に逡巡するが、しゅるしゅると退けられたカーテンの中は
空っぽの丸椅子のみであった。
長網の姿なぞ、どこにもない。
-
(;^Д^)(……強制送還)
つと、その言葉が頭を過った。
時間の超過はもちろん幾つかのイレギュラー──
あの壊れた(というより安織が壊した)時計や、ニュッとの接触など
考えられる要素は多分にある。
なにより、あの好奇心の塊のような長網が
このような場面で自ら姿を消すなどとは思えなかったのである。
(;^ν^)
狐につままれたような顔をしていたのは須藤というよりも
むしろ、ニュッの方であった。
もう病室のどこにも──というより、
こちらの世界のどこを探したところで長網の姿は見つけられないだろう。
このような状況になってやっと、
先ほどの話を現実だと認識したのかもしれない。
-
o川*゚、゚)o「これ、何だったの」
(;^Д^)「あーと……」
丸椅子を指さす須藤に答えようとして言葉に詰まる。
なんて不器用な口だろう。
けれど須藤はそれすら拾って、続けてくれる。
o川*゚ー゚)o「アート!」
( ^ν^)「前衛的だろ」
o川*^ー^)o「うへへ。あほくさいから、プギャー作?」
(;^Д^)そ「あほくさいと俺はイコールなんすか!?」
o川*゚ー゚)o「うん……」
(;^Д^)「ちょっと同情込めるのやめてもらっていいっすかねー!」
くすくすと笑う須藤を挟んでニュッと視線を交わし合う。
共犯者じみた交錯はおおよそ『余計なことは言わない』と、取れた。
長網について。言わない。
パラレルワールド。言わない。
安織がここにいる理由。言わない。
ニュッが本当はつらいこと。言わない。
でもそれは、とうに受け入れたつらさなのだということ。言わない。
須藤には何にも言わないでおこう。何にも。
(;^Д^)
──それって、何かおかしくないか?
-
o川*゚ー゚)o「それにしても、二人で何を話してたのかなー」
( ^ν^)「適当」
o川*゚、゚)o「む、何それ」
o川*゚ー゚)o「二人ともいつの間に仲良くなったのさ。ね、プギャーったら」
(;^Д^)「え?いやあ……はは」
( ^ν^)「気色悪い」
(;^Д^)そ「流石にそれはひどくないっすか!」
o川*゚、゚)o「ほらー言ったそばからいちゃいちゃする」
( ^ν^)「安織死ね」
(;^Д^)「理不尽!!!!!!!!」
o川*^ー^)o「ふふふっ」
須藤が両手を口に当てて笑う。それはもう楽しそうに。
このままでいいじゃないか。何がおかしいんだ。
先ほど浮かんだ考えを打ち消すように、ふつふつとそう思えてくる。
-
(;^Д^)「……」
思えて、くるが。
o川*゚ー゚)o「どしたの、プギャー」
( ^ν^)「……」
ニュッが目を逸らすのがわかる。
こちらの意図はきっと、察されている。
けれども、彼の態度に非難の色はない。
( ^Д^)「須藤さん……掘り返すようで悪いんすけど」
ああ。
少なくとも、これくらいは確認しなくては。
安織はもうほとんど痛みの消えた左腕を
さすりつつ言う。
( ^Д^)「俺が火傷したときのことっす」
o川*゚ー゚)o「……うん」
須藤の瞳がすこし、およいだ。
安織は確信する。
やはり彼女は気付いていたのだ──オーブンの不具合、そしてその原因に。
-
( ^Д^)「あのとき、何があったかもう少し詳しく教えてほしいっす」
o川*゚ -゚)o「何がってそんな……言われても、」
須藤から笑顔が消えた。反射的に、胸が痛む。
けれど、彼女が何かを誤魔化そうとしているのはもはや明らかだった。
俯いて、もごもごと小さく口を動かす。
o川;*゚ -゚)o「私が、手を滑らせて」
( ^ν^)「違うだろ」
o川;*゚ -゚)o「っ」
ニュッの否定は早かった。
須藤が息を呑むのがわかる。
( ^ν^)「もう、安織は知ってる。俺も……思い出した」
o川;*゚ -゚)o「………………そ、か」
( ^ν^)「ごめんな。…………本当に、悪かった」
o川;* - )o「ううん……」
-
(;^Д^)「……」
空気が重い。
この二人はやはり、どこか歪なような気がする。
──だが、どこを正せばいいのかわからない。
安織が何にも言えずにいると、須藤がぽつり、ぽつりとこぼすように話し出した。
o川;* - )o「ネジがね、緩んでたの」
ちょうど、このあたりのが。
そう言って左肩の上あたりを示す。
その位置関係は、ちょうど長網が立っていたあたりに重なっていた。
驚いて見開かれる須藤の瞳が想像できる。
あれだけ至近距離にいた長網からすれば、
ばっちりと視認されたように感じられたことだろう。
彼はきっと、安織に『危険』を知らせるつもりで何気なく行った行為が、
過干渉になってしまったのだと勘違いしたのだろう。
けれども勘違いしたというその確信もまた持ちきれず、
あのとき『言えない』などという曖昧な表現を使ったのだ。
-
(; Д )(罪悪感半端ねえ……)
明日。明日だ。
明日必ず謝ろう。なんなら土下座も辞さない。
そんなことを考えていると、おい、と低い声が響いた。
ニュッの声だ。
( ^ν^)「……どうして、お前が泣く」
(;^Д^)「えっ」
o川;* - )o
見れば、ぽろぽろと涙を流す須藤がいた。
どうして。須藤のせいではないとはっきり証明されたというのに、なぜ。
o川;* - )o「ニュッくんだよね。……ネジ、締め忘れてたの、は」
( ^ν^)「そりゃそうだ。俺以外に弄る奴いないだろ、あの店」
須藤は何の反応も示さない。
黙りこくって、ただただ涙を流している。
( ^ν^)「……だから、全面的に俺が悪い。
お前が泣く必要なんか微塵もねえだろうが」
-
(;^Д^)「須藤さん……」
拭っても拭っても出てくる涙に、不思議そうに──けれども、同時に
あまりの痛切さに悶えるように、須藤は言う。
o川;* - )o「なんか、わかんない。わかんないや。
……私、どうして泣いてるんだろ」
( ^ν^)「おい」
o川;* - )o「いやだよね、鬱陶しいもんね……私に泣く権利なんか、ないのに」
(;^Д^)「須藤さん?」
──泣く権利なんかない?
そんなはずはないだろう。
悲しいから、辛いから、涙は出るのだ。
そこに権利もへったくれも無い。
だが、安織がそう否定するよりも須藤の行動の方が早かった。
o川;* - )o「かえる、ね。また、また来るから…………とりあえず、今は」
じりじりと後ずさり、ぱっと身を翻すと須藤はそのまま走り去る。
(;^Д^)「須藤さん!」
呼び止めたところで無駄であった。
──あっという間に見えなくなってしまったのだ。
呆然とする安織の後ろで、ニュッが舌打ちする。
-
( ν )「クソが……」
心底悔しそうに自身の足を握り締める彼の姿に、
安織はかける言葉を見つけられなかった。
-
* * * * *
ζ(゚、゚*ζ「情けない、情けないなー。
あんまりにも情け無さすぎて、私、演歌でも歌えそうです」
( ^Д^)「演歌をなんだと思ってんすか……」
目が覚めて隣に座っている長網、という寝起きドッキリをかまされつつも
すぐに起き上がり頭を下げた安織に対する彼の返事は、先に述べた通りである。
案の定強制送還をくらっていた長網は、
始めこそ喜々として昨日の話を聞いていたが、
終わる頃にはすっかり醒めた顔をしていた。
ζ(゚、゚*ζ「鈍感すぎるのも罪なモノです。
どうして、キュートさんのこと追いかけなかったんですか」
(;^Д^)「どうしてって……」
ζ(゚、゚*ζ「何を言ったらいいかわからないから?馬鹿じゃないですか」
長網がすうっと息を吸い込んだ。
-
ζ(゚、゚*#ζ「──言葉が浮かばないからこそ、
行動で示すべきなんじゃないんですか!」
雨が上がって数日。
すっかり乾いた地面は土埃を舞わせる。
-
二人は公園にいた。
部屋でうじうじとする安織を見かねた、長網の提案である。
土曜の昼だからか、平日よりかは人がいる。
(; Д )「なんというか……返す言葉もないっす…………」
ζ(゚、゚*ζ「そうやってまた逃げる」
(; Д )「………………はい?」
ζ(゚、゚*ζ「安織くんは困ると、黙ります。焦っても黙ります。
……いつもそれで終わりにしますね」
(; Д )「それは……」
確かに、その通りだ。
だが逃げとまで言われるのは、
ζ(゚、゚*ζ「逃げです」
心外である。
-
( Д )「お言葉すけど、」
ζ(゚、゚*ζ「……」
( Д )「俺、逃げてるつもりは、ないっす」
ζ(゚、゚*ζ「…………はい」
ここ数日、自分は何をしてきただろう。
安織は考える。
須藤さん。
ぱっと顔が浮かぶ。
もともと、目で追っていただけの人だった。
笑顔があたたかくて、ふわふわと優しくて、
いつしかそのぽかぽかとした感覚がくすぐったく思えるようになり──
そんなときにひょいと現れた、デレさん。
彼はあやふやだ。
行動も、言動も、性別さえ。
優しいんだか、強引なんだか、勝手なんだか、流されやすいんだか。
けれど、彼のおかげで須藤さんに少しばかり、近付いた。
須藤さんの泣き顔を、知った。
-
ニュッさんの笑顔が──その真意が、怖いと震える彼女を知った。
けれどもニュッさんに彼女を怖がらせるような真意なんて
これっぽちもないこともまた、知った。
聞けるだけ聞き、寄り添えるだけ寄り添ってきた──
ここ数日間の出来事といえど、確かなことだ。
( ^Д^)「……あ、れ」
はたと気付く。気付いてしまう。
自分は確かに聞き、逃げずに寄り添ったかもしれない──だが。
それだけなのでは、ないか?
-
(;^Д^)「っ」
鳥肌がぶわりと立つ。
ようやく、ようやく自分の情けなさを自覚した。
ああ、確かに。
自分は何もしていない。
ζ(゚ー゚*ζ「安織くん」
長網の冷ややかであった表情にいつの間にか温度が戻っていた。
あえて、焚きつけるようにそうしていたのかもしれない。
悪戯っぽく微笑み、こほんっとわざとらしく咳払いして見せる。
ζ(゚ー゚*ζ「もう一度聞きます。
──安織くんは何がしたいんですか?」
( ^Д^)「……俺は」
いらっしゃいませ、とにっこりとするあのあたたかい表情。
面白いと吹き出して、くしゃっとおかしそうに笑う顔。
けれど、その裏に泣き顔が潜んでいたのだとしたら。
( ^Д^)「──須藤さんの、心からの笑顔が見たいっす」
-
安織は、知っている。
たとえば、妹にさえ本音を吐き出さずに飲み込んでしまう、
過保護で不器用な兄を。
あるいは、愛らしい笑顔の裏で、
自分でも何がつらいのかわからなくなるまで悩んでしまった、
優しくも怖がりな妹を。
ζ(゚ー゚*ζ「気遣い、気遣い、気遣いのオンパレードで
全員不幸になってちゃ世話ないですよ」
長網がベンチに座ったままの安織へ手を伸ばした。
掴むと、ぐいと引き上げられる。
ζ(^ー^*ζ「ぶちまけていきましょう」
( ^Д^)「うす」
──まずは、パン屋に寄って行こう。
-
* * * * *
( ^Д^)「………………………………………えっ」
さて、安織らは立ち尽くしていた。
ふわりといい匂いのする、パン屋の前である。
ζ(゚ー゚*ζ「正直とても面白いんですけど、笑っていいですか?」
( ^Д^)「いや全然笑えないんで駄目っす」
ζ(゚ー゚*ζ「(笑)」
( ^Д^)「煽ればいいってもんじゃないっすからね」
二人の目の前には、看板。
それはもうばっちりと【CLOSE】と書いてある。
(;^Д^)「え、ええー……。
俺の知る限りここ、定休日はなかったはずっすよ…………嘘ぉ」
時刻は午後2時前。
店を閉めるにしても早すぎる時刻である。
ζ(゚ー゚*ζ「あら」
長網がとんとん、と安織の肩を叩く。
嘘じゃないみたいです、と囁いて。
-
( ^Д^)「……へ?」
聞き返そうとして、前にも同じようなことがあったなあと思う。
そう、いつかの花屋の店先。
こうして振り返った先には、
o川;*゚ー゚)o「ほあ」
──驚いて、とぼけた顔をした須藤がいたのだ。
-
ζ(゚ー゚*ζ「ほら、誘って。きちんとやるんです、決めたんでしょう?」
こちらの脇腹を肘でつつきつつ、
まるで友人をデートに送り出すような気軽さで言ってくる。
( ^Д^)(他人事だと思って……)
そう小声で返しつつも、腹をくくったのは確かである。
須藤さん、と呼びかけたところに、何故だか「ぷ、プギャー」と、
自分の名前がかぶった。
o川;*゚ー゚)o「あっ」
須藤の声である。
あたふたとする彼女の姿はなんとなく新鮮で、安織は少しばかり強気になる。
どうにでもなれ、どうにでもなる。
前向きに、そういう思いが少なからずあったのだ。
( ^Д^)「うす。……とりあえず、歩きながらでどうすかね」
o川;*゚ー゚)o「う」
( ^Д^)「……きっと、目的地は同じっすから」
o川;*゚ー゚)o「……」
o川;*-ー-)o
うん、と小さく返ってきた声になんだかんだ安心を覚えた。
安織はやはり気が小さいのだ。堂々とはしきれない。
-
ζ(゚ー゚*ζ「あらあら」
どうやら須藤に姿が見えていないと踏んだ長網は、平然と安織の隣を歩く。
(;*^Д^)「っ」
o川;*-ー-)o
安織の上着の裾をきゅ、と握った須藤と、
歩き方が少しばかり不格好になった安織とをにんまりと眺めながら。
-
( ^ν^)「よお」
病室に着くなり、ニュッの方からにやりと笑って声をかけた。
すっかり真っ赤になっている安織と、
その後ろに隠れるようにして立つ須藤とを意地悪くも見まわして。
ζ(゚、゚*ζ「ありゃ、さみしいですね」
どうやら今日は、長網の姿は見えていないらしい。
壊れた時計は壊れたなりに好調なようだ。
口を尖らせる彼に安織は耳打ちする。
( ^Д^)(……まあ、俺なりに頑張ってみるんで)
ζ(゚、゚*ζ「!」
ζ(゚ー゚*ζ「期待してますよ」
とん、と長網が背中を押す。
安織はつばを呑み込んで、踏み出した。
-
( ^Д^)「二人とも」
( ^Д^)「──今日は、ぶっちゃける日にしましょうか」
-
( ^ν^)「は?」
(;^Д^)「……ニュッさん、威圧はナシの方向で」
o川*゚ー゚)o「ぶっちゃける、日……?」
(;*^Д^)「…………須藤さんもそろそろ手、離してくれてもいいんすよ……?」
o川;*゚ー゚)o「ほあっ」
そうは言ったものの、
ふわりと戻ってきた上着の裾があたたかいのにどきりとする。
須藤の体温だと思うとなんだか触れるのが憚られて、
左腕が行き場を失いフラフラとさまよった。
ζ(゚、゚*ζ「みっともないですねーしゃんとしてくださいよ、シャンっと!」
その手を長網が取り、安織の胴に軽く叩きつける。
(;*^Д^)「……ええと」
(;^Д^)「そう、ですね……誰かがこんなことを言ってたんす。
気遣い、気遣い、気遣いで不幸を呼ぶのは馬鹿らしいって」
ζ(゚、゚*ζ「それ私の台詞じゃないですか!
誰かなんかじゃないですよ、もー!」
(;^Д^)(だからデレさんがその“誰か”なんすよ)
という意味を込めて視線を送るが、長網に気付く様子はない。
半ば呆れるが仕方もない。
-
安織は一度深く息を吸い、吐き出して、話を続ける。
( ^Д^)「二人はきっと、自分でも気付かないぐらい……
それこそ、気付かってるのを忘れるくらいに気遣い続けてるんすよ」
( ^ν^)「だから今日はぶっちゃけろ、と?」
( ^Д^)「そうなるっす」
ニュッがじっと安織を見つめる。
その表情は読み取れない──当然かもしれない。
彼は、妹さえ不安にさせるほどに感情をひた隠すのが上手いのだから。
( ^ν^)「……はっ」
( ^ν^)「面白い。乗った」
o川;*゚ -゚)o「!!」
( ^Д^)「…………うす」
隣で須藤が目を見開くのがわかる。
彼女はまだきっと、決心がつかないのだ。
本心を言うのも、聞くのも。
-
( ^ν^)「おい、キュート」
o川;*゚ -゚)o「なに」
( ^ν^)「……お前は、すぐ逃げるからな」
ニュッはぽんぽん、とベッドの上を叩く。
( ^ν^)「ちょっとこっちに座ってろ」
o川;*゚ -゚)o「う」
( ^ν^)「……今ぐらいは」
( -ν-)「俺の、手の届く範囲に居てくれよ」
o川;*゚ -゚)o「……ニュッくん」
ニュッの言葉に須藤は当惑した表情を浮かべる。
その声はほとんど縋るような響きを持っていたのだ──
普段の飄々とした彼からは想像できないほど、弱々しい響きを。
-
( ^Д^)「ほら」
o川;*゚ -゚)o「……あう」
安織がそっと須藤の背中を押すと躊躇いながらもベッドへ向かい、腰掛けた。
安織も須藤の隣に丸椅子を引っ張り、腰掛ける。
ζ(゚、゚*ζ「私の椅子がなーい」
( ^Д^)(適当に座ってくださいよ)
ぱたぱたと歩き回った長網は結局、ベッドの上──
須藤と反対側、ニュッの枕元に落ち着いたようだ。
相変わらず安織以外には感知されていないようだが、
長網が腰掛けるタイミングを見計らったかのようにニュッが口を開く。
( ^ν^)「キュート。俺は少し、お前が怖い」
o川;*゚ー゚)o「わたしが?」
( ^Д^)「……怖い」
( ^ν^)「お前は、優しすぎる。だから……失望されたくなかった」
( ^Д^)「……」
( ^ν^)「わからねえって顔してるな、安織。……想像してみろ。
ふらふらとしてろくに家業も手伝わず、
挙句の果てに事故を起こして要介護人……絶望するだろ」
( ^ν^)「てめえの情けなさに、吐き気を覚えるだろ」
-
(;^Д^)
否定も肯定もできない。
ただ黙して、続きを待つ。
( ^ν^)「目が覚めたとき、全身の感覚が鈍かった。
自分の体が霧の向こうにあるような感覚、とでも言えばいいのか?」
( ^Д^)「霧……」
安織は想像する。
霧の向こう。もやがかった人の姿。
どうやらそいつは自分と同じ顔をしている。
( ^ν^)「感覚を取り戻そうと手を伸ばして、突き抜けるような衝撃が走る」
近付き、目を凝らす。
ばちりと目が合って、気が付くのだ。
( ^ν^)「────足がない」
彼は、上半身だけで彷徨っている。
-
o川;* - )o「っ」
須藤の肩が小さく跳ねた。
安織も息を呑む。
それは、どんなに恐ろしいことだろう。
( ^ν^)「訳がわからないだろ。目の前にあるのに、ない。
……その時の感情をどう言い表したらいいか、今もわからない」
( ^ν^)「ただ」
( ^ν^)「納得は、した。ふらふらと生きてきた罰なんだろう、と」
o川;* - )o「──だからあのとき」
-
( ^ν^)『なるほどな』
.
-
( ^ν^)「──ああ。そんなことを言ったな、確かに」
( ^ν^)「自嘲するしかないだろ。……あんまりにも情けない」
o川;* д )o「じゃあ!!」
o川;* - )o「……ニュッくんは、私のことを責めて、
ああやって笑ったんじゃ、ないの…………?」
(;^ν^)「はあ?」
(;^ν^)「俺がお前のことを責める理由が、どこにある」
o川;* - )o「!!」
-
o川;* - )o「だ、だってだって!」
須藤は叫ぶ。
堰を切ったように、心のダムが崩壊するように。
o川;* - )o「私が宅配なんかしようって言ったから!」
( ^ν^)「ああ。いい考えだと思ったな」
o川;* - )o「ニュッくんに配達を頼んだから」
( ^ν^)「俺しかバイクに乗れないんだから、当然だろ」
o川;* - )o「昨日だって、私、ニュッくんのせいにした、」
( ^ν^)「昨日?……オーブンの話か。せいにした、じゃなくて俺のせい、だろ。
…………やっぱり、許してはくれないのか」
o川;* - )o「ち、ちがう!ちがう……!」
須藤はぶんぶんと頭を振る。
私が悪いのに、と繰り返しては
混乱する思考をどうにか収めようとしているようで。
安織は、なんだか、放っておけなくなる。
( ^Д^)「誰も、須藤さんが悪いなんて思ってないんすよ」
o川;*゚ -゚)o「あう」
さらさらの黒髪はなめらかで、手に気持ちいい。
──頭を撫でるなんて失礼かもしれない。
あとで怒られても文句は言えないが、今は、今だけはそうしたかったのだ。
-
( ^Д^)「ニュッさんも、俺も。
──むしろこの火傷は、須藤さんを庇えたという勲章なんで」
( ^ν^)「くっせえ」
ζ(゚ー゚*ζ「勲章なんで(キリッ)」
(;^Д^)「ああもう! そこ静かに!!」
ζ(゚ー゚*;ζ「ちょっ痛っ!?さりげなく足踏むのやめてください!!!!」
( ^ν^)「少女漫画の読みすぎかよ」
(;^Д^)「読んだことないっす!!!!」
ζ(゚ー゚*ζ「それはそれで……」
( ^ν^)「(笑)」
(;^Д^)「なんなんすか!もう!!」
先ほどまでの空気はどこへやら。
ぎゃあぎゃあと騒がしい病室は医者に叱られても仕方のない勢いだ。
すっかり呆気に取られていた須藤はおずおずと言い出す。
o川;*゚ -゚)o「で、でも、わたし、ぜんぜん、謝らなかった、し」
( ^ν^)「それで気が済むんなら、今言ってくれればいい」
o川;* - )o「う、ぐ」
ほんの少し、つっかえて。
けれど長くは保たれず。
-
o川*; -;)o「ご、」
o川*;д;)o「ごめんなさいぃぃ……」
( ^ν^)「──ああ。……辛かったな。気付いてやれなくて、ごめんな」
o川*; -;)o「ううぅぅぅ……」
須藤は泣く。ひたすら泣く。
安織はその背をさすってやる。
ζ(-ー-*ζ「まったく、手のかかる兄妹ですね」
長網が苦笑いでそう言う。
安織も内心同意するが、優しすぎるが故のすれ違いだ。
誰も、二人を責められはしないだろう。
( ^Д^)「……あっ」
はたと気付く。
o川*; -;)o「うん?」
( ^ν^)「どうした」
( ^Д^)「いや、俺だけぶっちゃけてないなーと思って」
ζ(゚ー゚*ζ「安織くんだけ……?」
長網の胸中を一抹の不安が駆け抜ける。
もしかして、いやまさか。
-
( ^Д^)「──俺、須藤さんのことが好きです」
・;'.,ζ( Д *ζ「ぶはっ!!!!!!」
──幸か不幸か、ビンゴである。
-
;:( ν );:「っくっくっく」
笑いを堪えるニュッの姿がわざとらしい。
長網も長網で、壁に頭を当て心底可笑しそうに叩いている。
(;^Д^)「え、えぇー……なんすかその反、応」
右手が異様に熱い。
須藤の背をさすっている方の手である。
視線をやって驚いた。
o川;* - )o「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ」
──耳まで真っ赤にした須藤が、勢いよく立ち上がったのである。
(;^Д^)「え、ちょ、須藤さん!?」
返事がない。
ただの屍にしては血色が良すぎるようだが。
o川;* - )o「わ、わたし!」
o川;* - )o「明日の準備があるからっ」
そんな突然な。
困惑しながらも安織は頷く。
o川;* - )o「プギャーは9時30分にお店、来てね!」
(;^Д^)「う、うす!」
──それじゃ。
そう言い残し、須藤は駆ける。
そういえば、病室から逃げ帰る須藤ばかり見ているな、
と理解の追いつかない頭で考えた。
-
( ^ν^)「逃げられてやんの」
(;^Д^)「……やっぱりそうっすよね、今、俺逃げられたんすよね…………」
ζ(;ー;*ζ「いやーこのタイミングで告白したことには敬意を、表すっぷふっ」
(;^Д^)「泣くほどすか!泣くほどおかしいっすか!!」
ζ(;ー;*ζ「あーほら、ちょっと」
長網がニュッを指さし、あーあと笑った。
見れば、思い切り眉間にしわを寄せている。
( ^ν^)「なんだ?また誰か居るのか」
(;^Д^)「あ、あー……デレさんすよ」
( ^ν^)「ああ……あの変な奴か。今日は見えないんだな」
ζ(゚、゚*ζ「変な奴とは失礼な!こんなに可愛いのに!!」
( ^Д^)「はい、変な奴っす。まあ……この間が例外なんすよ」
ζ(゚、゚*;ζ「えっちょ、安織くん、私の言葉を伝言してくれないんですかっ」
( ^ν^)「へえ」
( ^Д^)「……何か喚いてるんすけど、通訳します?」
( ^ν^)「かったるいからいい」
ζ(゚、゚*;ζ「むがーーーーーー!!」
-
( ^ν^)「……つか、もう明日か」
( ^Д^)「何がっすか?」
( ^ν^)「パン祭りだよ。そこの公園でやるんだろ?」
だっせえ響き。
そう言ってニュッは笑う。
( ^ν^)「…………気合い、見せるか」
ζ(゚、゚*ζ「気合い?」
( ^Д^)「はあ」
気合い。
些か、ニュッとはうまく結びつかない言葉である。
安織が首を傾げていると、彼はしっしっと追い払うように手を動かした。
( ^ν^)「帰った帰った。……俺も用事を思い出したんでね」
( ^Д^)「用事すか?」
( ^ν^)「おう。それとも何か、こんな足をしたやつに
こなせる用事なんてないとでも?」
(;^Д^)「いや、そんなつもりは」
( ^ν^)「バーカ。冗談だっての」
ニュッはくつくつと笑う。
随分とギリギリの冗談である。
-
( ^Д^)「それじゃあ、まあ、お暇するんで」
( ^ν^)「おう。……明日は気張れよ?」
(;^Д^)「うす」
ζ(゚ー゚*ζ「キュートさんのことだってわかってます?」
(;^Д^)(わ、わかってるすよ!)
ニュッに不審がられない程度に返事を返し、立ち上がる。
(;^Д^)「……じゃあ、また」
( ^ν^)「おう」
安織は頭を下げて、病室を後にする。
長網もそれに続いた。
-
デレさん・・・もうついてても良い・・・
-
( ^ν^)「……さて」
病室に一人。
ニュッはナースコールを手にし、ボタンを押す。
がらり。
数分と経たず、扉が開かれた。
すらりと高い身長。
整った顔立ち。
( ・∀・)「やあ。珍しいね」
──畑田である。
( ^ν^)「……おう」
-
ニュッが簡潔に用を告げると、畑田は目を丸くした。
いわく、どういう風の吹き回しだ、と。
( ^ν^)「思うところがあってな」
( ・∀・)「そうか、そうか。ふむ……なるほどね」
( -∀・)「……本来ならもう少し様子を見ておきたいところだが」
( ^ν^)「時間がない」
( ・∀・)「そのようだ。……少々きつくても根を上げないかい?」
( ^ν^)「はっ」
──望むところだ。
ニュッは自身の足を睨みつけると、思い切り口角を上げたのだった。
[土曜日] 了
-
遅くなりました
空模様も残すところあと一日です。おやすみ
-
乙ーーー!!!
待ってたかいがあった!!
-
おつおつお
待ってた
-
よし来た!
-
乙乙! 待ってた
次でラストかな、楽しみにしてる
-
やったー続ききた!
乙 いい方向に話が進んでほっとしたよ
-
乙乙!
やっぱ好きだなぁこのお話
-
22時前後に最終話投下します
-
よっしゃ!ふぅううわああああああああかはやたなりやけひや
-
( Д )
ζ(゚ー゚*ζ「いやー安織くんってほんと馬鹿ですよね」
(; Д )「……追い討ちかけるの、やめてもらっていいっすかねー」
ζ(゚〜゚*ζ「なんのことですかー」
(; Д )「そもそもデレさんがぶっちゃけるとか何とか言うから、
俺だって思い切ってみようと」
ζ(^ー^*ζ「──思い切り馬鹿で間違いないと思います!」
(; Д )「ウワアァアア」
ζ(゚、゚*ζ「ほら、もう、さっさと行きますよ?
約束の時間が来ちゃいますっ」
(; Д )「ウワアァアア」
思い切ったことを言うと、翌日になって後悔する──往々にしてある話だ。
安織もその例に漏れず、須藤に顔を合わせるのが
今になって急激に恥ずかしくなったのである。
呻きつつもきちんと支度を始める安織の後ろで、長網はそっと微笑む。
ζ(゚ー゚*ζ「……ま、何にも心配することはないと思いますけどね」
-
雨上がり七日の空模様です
7:[日曜日]
.
-
( ゚д゚ )「──おはようございます」
( ^Д^)「ええと、桐生さん」
でしたっけ、と言いつつ名札見る──桐生ミルナ。
一昨日店番をしていた少年だ。
( ゚д゚ )「はい。話は聞いてます。
とりあえず制服に着替えてもらって……ああ、更衣室は厨房手前を右です」
( ^Д^)「うす」
( ゚д゚ )「それから、これを」
渡されたのは名札である。
桐生と同じ首から下げるタイプで、
透明なパスケースのような部分に名前の入った厚紙が入っている。
安織プギャー。丁寧な字だ。
( ゚д゚ )「漢字、合ってます?」
( ^Д^)「大丈夫す」
( ゚д゚ )「じゃあ俺、先に現地行ってるので。
支度終わったら来てください」
( ^Д^)「うす」
頷いて、安織が店に入ろうとすると桐生はそういえば、と口を開いた。
-
( ゚д゚ )「それ、何度も書き直してたんですよ。店長」
(;^Д^)「えっ」
面白いですよね。
そう言い残し、今度こそ桐生は背を向ける。
呆然としていると長網がとん、と肩を叩いた。
ζ(゚ー゚*ζ「いいじゃないですか、意識されてますよ〜」
(;^Д^)「……どうすかね」
ζ(^ー^*ζ「折角勇気出してパン屋まで来たのに、
本人がいないんじゃ気抜けですもんね、収穫あって良かったですねー」
_、
( ^Д^)「デレさん……」
ζ(゚ー゚*ζ「さ、早く。着替えて、着替えて」
_、
( ^Д^) 「…………うす」
長網の物言いを不服に感じつつも、
桐生らをあまり待たせてはいけないと急いで着替える。
何故か更衣室にまで入って来た長網はとりあえず追い払った。
-
( ^Д^)「うお」
ζ(゚ワ゚*ζ「わ、思いのほか人来てますね」
会場の公園は、普段の人気のなさはどこへやら、多くの人で賑わっていた。
小学生の集団や、家族連れ、ちらちらと年輩の人も見える。
そんな中で、こちらへまっすぐ向かってくるのが一人。
<_プワ゚*)フ 「よーう!プギャーよーーーーーーう!!!」
東屋である。
-
( ^Д^)「なんだ、来てたのか」
<_プー゚)フ 「たりめーよ!
プギャーが手伝うってのもあるし、
あんときの店員からも勧められたからな!!」
( ^Д^)「あんときの店員?」
<_プ〜゚)フ 「プギャーが俺を置いていった日だぞ」
置いていった日──金曜日。桐生のことだ。
あの人も客と話すのかと、少し意外に思う。
表情がまるで変わらないので無愛想な人だと思っていたが、
案外、仏頂面なだけなのかもしれない。
(;^Д^)「いやー……なんつーか、悪かった」
<_プー゚)フ 「おう!!もう気にしてないぞ!!!!」
東屋はそう言うと、ぺかっと笑ってみせる。
なんだかなあと安織が頭をかく横で、長網が感嘆の声を上げた。
-
ζ(゚、゚*ζ「はー。何ですかこの子めっちゃいい子じゃないですか、
何で紹介してくれなかったんですか」
( ^Д^)(何でもなにも、デレさん見えないじゃないすか)
ζ(゚、゚*ζ「見えないなら見えないなりに出来ることがあるんですー」
( ^Д^)(犯罪の香りしかしないっすね)
ζ(゚ぺ*ζ「そんなことないですよ。……こう、後ろを着いてみたり、とか」
( ^Д^)(……人はそれをストーカーって言うんすね)
<_プ、゚)フ 「なんだあ?さっきからぼそぼそと!」
从* ゚∀从「──ぼそぼそとっ!」
(;^Д^)「うおっ」
ζ(゚ワ゚*ζ「わ、かわいい」
安織と東屋との間に突っ込んで来たのは、
伸ばしっぱなしの髪を無造作に分けた少女である。
-
小学生だろう。
東屋の腰ほどの身長で、
先ほどからひっきりなしに彼の足を叩いている──叩いている?
从* ゚∀从「てぃやー!」
<_プー゚;)フ 「痛い痛い痛い、なんだよおハイン」
从 >∀从「お叱りだ!
勝手にいなくなるエクストには!ばつが必要だろ!!!」
<_プー゚;)フ 「言い返せねえ……!流石俺の妹!!!天才か!!!!」
( ^Д^)「──兄馬鹿め。つーことは、その子が?」
<_プー゚)フ 「おうおうおーう!そうだぞ、自慢の妹!ハインだ!!」
从*゚∀从「ハインだー!!!!」
なるほど、確かにそっくりである。
東屋はひょいとハインを抱き上げると、そのまま肩に乗せた。
从*゚∀从「ひょおおおお!!肩車!!!」
<_プー゚)フ 「じゃ、俺らは列ができる前に行くぜー!」
( ^Д^)「おう」
安織が手を振るとハインが大きく手を振り返す。
東屋はにっと歯を見せて笑い、こちらに背を向けた。
-
ζ(^ー^*ζ「いやー可愛かったですね」
( ^Д^)「うす。一人っ子なんで、ああいうの見るとやっぱ羨ましいすね」
ζ(゚ー゚*ζ「あらあら、デレさんがお姉ちゃんになってあげましょうか?」
( ^Д^)「ついてるお姉ちゃんはいらないっす」
ζ(゚、゚*ζ「あーっ普通そういう事言います? 安織くんの変態!」
(;^Д^)「全然普通じゃない人には言われたくないっすね!!!」
ζ(゚、゚*ζ「ばかっドM!」
(;^Д^)「何の根拠もない悪口!!」
( ・∀・)「──ふむ。随分と元気なようだが」
( -∀・)「人前で大声を上げるのは感心しないな、少年」
(;^Д^)「……畑田センセー」
-
なんてね、と細くきめ細かい髪をかきあげながら畑田は笑った。
白衣と、染み付いた消毒液の匂いは病院外ではなかなかに目立つ。
ただでさえ目立つ顔をしているというのに。
そして、その横。
ζ(゚ー゚*ζ「あら?」
( ^ν^)「やっぱお前変な奴だな、安織」
(;^Д^)そ「ニュッさん!?」
車椅子に腰かけたニュッが相変わらず皮肉な調子でそう言った。
よく見れば点滴が椅子の背につけられており、ばっちり腕に固定されている。
顔色は、心なしか悪い。
(;^Д^)「えーっと……ニュッさん、大丈夫すか」
ζ(゚、゚*ζ「……たしかに、いつにも増して青白い」
( ^"ν^)「……」
( ・∀・)「ははは、こらこら。心配してくれる人をそう睨むもんじゃない」
( ^"ν^)「……はっ」
-
( ・∀・)「ま、少年も触れないでやってくれ。
……ここだけの話、彼、まだまだ車椅子に乗るには早いんだ」
(;^Д^)「えっそれは」
( -∀-)「ま、今日は特別ということだ」
( ^"ν^)「……おい」
( ・∀・)「全く、昨日突然呼ばれたときは驚いたよ」
( ^Д^)「昨日……?」
( ・∀・)「車椅子に乗せろ、なんて言うものだからね。
これまでベッドから降りる意思すら見せなかったのに──あいてっ」
( ^"ν^)「喋りすぎだ、モララー」
(;^Д^)(握りこぶしで太ももを抉るように殴った……)
ζ(゚、゚*;ζ「えぐい……」
(;-∀・)「ははは……すまない、すまない。
あんまりにも嬉しくて調子に乗っていたようだ、僕は」
(;-∀・)「君からモノを言い出すなんて、ね。
本当、これからもよろしく頼むよ」
( ^ν^)「はっ」
-
ニュッがちらりと安織を見た。
その意図が掴めず隣に視線をやると、長網もまた不思議そうにしている。
(;^Д^)「……ええと」
( ^ν^)「俺は安織に話がある。モララーは先に行ってろ」
( ・∀・)「おや、そうかい。……ふむ」
畑田は口に片手を当てて考え込むようにする。
やはり医者が離れるのは問題があるのかと安織がひやひやしていると
あまり長くは放っておけないが、と前置はあったが案外あっさりと頷いた。
( -∀・)「では少年。彼を頼んだよ」
畑田は片手をあげてひらひらと振り、出店の方へ歩いていく。
人は着実に増えており、各所に設置された長椅子や、
パラソル下の机はだいぶ埋まってきていた。
各所であたたかな香りが漂い始める。
-
( ^ν^)「……さて」
( ^ν^)「何から言ったもんかな。……まあ、まずは、礼を言う」
ありがとう。
ニュッは前髪を触りながら、柄にも無くそう言った。
安織は目を白黒させる。
(;^Д^)「いや、俺はそんな礼を言われるようなことは」
ζ(゚、゚*ζ「もだもだ情けないですねー。
いつもみたく、はあとかへえとか言っておけばいいんですよ」
(;^Д^)「えぇー……」
( ^ν^)「それから……長網と言ったけか」
ζ(゚、゚*;ζ「はへ!?私ですかっ」
( ^ν^)「見えないが、どうせ近くにいるんだろ」
( ^Д^)「……今、ニュッさんの頬をペチペチ叩いてるすね」
ζ(゚、゚*;ζ「寝ぼけてんですか、熱でもあるんですかー」
( ^Д^)「熱でもあるのかって言ってます」
( ^ν^)「ねぇよ。想像したら鬱陶しいからやめさせろ」
( ^Д^)「はあ」
ζ(゚、゚*;ζ「あ、ちょ、安織くん引っ張らないでそんな雑に。
スカート、私、スカート」
長網の靴がずりずりと地面に残す引っ張られた跡が
現れるのに、ニュッが目を見張った。
いるのか。ぼそりと呟く。
-
( ^Д^)「デレさん、見えるようにはならないんすか。
折角ニュッさんが話しかけてるのに」
ζ(゚、゚*;ζ「……むう」
本当は禁止なんですよ。
そう言うと、長網ははめていた時計を少しいじる。
かちり、かちり。
小さな音が響くと、ふわり。
周囲の温度が少しだけ上がった。
そう、ちょうど人ひとり分。
(;^ν^)「うおっ」
ζ(゚ー゚*ζ「──今日は最終日ですから、特別です」
( ^Д^)(最終日……)
その言葉に、間抜けにも今日が約束の七日目なのだということを思い出した。
-
(;^ν^)「驚いた。本当に目の前にいたんだな」
ζ(゚ー゚*ζ「いましたよー。さて、お話はなんですか」
( ^ν^)「……ああ。長網、お前にも礼を言いたくてな」
ζ(゚、゚*ζ「長網じゃなくてデレさんです」
( ^ν^)「んなどうでもいい」
ζ(゚、゚*ζ「……」
( ^ν^)「…………」
( ^ν^)「……………………はあ」
ζ(゚、゚*;ζ「心底面倒くさそうなため息つかれた!!」
(;^Д^)「デレさん大人げないっす」
ζ(゚、゚*;ζ「ぅぅぅぅううううううぅぅうう」
( ^ν^)「救急車と呼んでやろうか」
ζ(゚、゚*;ζ「むきーーーーーーー!!!」
-
( ^ν^)「脱線したな」
ニュッはがしがしと頭をかいた。
さらりとした黒髪がゆれる。
その下に覗く顔色は、相変わらず悪い──無理をしているのだ。
畑田も今日は特別だと言っていた。
ニュッはまだ出歩けるほどの体力に回復していないのだろう。
本来なら、彼はベッドの上にいるべきなのだ。
そこまでしてニュッがここへ来たがったのには理由があるだろう。
もちろん、聞くまでもないことだが。
( ^ν^)「俺たち兄妹はな、少し不器用なところがある。
そのせいで、しばしば〝歪む〟」
ζ(゚ー゚*ζ「やだ、不器用っぷりは全然少しどころじゃないですよ」
(;^Д^)「デレさんは黙ってて!」
( ^ν^)「……まあ、そいつの言う通りだ。
どこかで矯正しなけりゃならないとは思っていたが……
俺の事故で、歪みは一気に大きくなった」
( ^ν^)「本当に、取り返しの付かなくなるところだった」
-
ζ(゚、゚*ζ「……言っちゃあなんですが、
どうしてお二人は互いの本音を隠していたんですか」
( ^ν^)「…………そうだな」
キュートのことは知らないが。
ニュッはそう前置きする。
( ^ν^)「少なくとも俺は……口を出されるのが苦手だから、だろうな」
( ^Д^)「口を出されるのが……?」
( ^ν^)「人に相談すると助言やアドバイスが降ってくるだろ。
……俺はそれが苦でな」
ζ(゚、゚*ζ「嫌なら嫌って言えばいいじゃないですか」
長網の言葉にニュッは奇妙な表情を浮かべる。
苦笑いが、笑いになり切れていないような顔。
苦虫を噛み潰したのを必死に隠しているような表情である。
( ^ν^)「相手の事を傷つけたくもないくせに、
助言もアドバイスも大嫌いなんて言う馬鹿いるかよ? ──いねぇだろ」
-
( ^ν^)「……こんなんだから、不器用だと言うんだ」
( ^Д^)「それは……いや、そうすね」
ζ(゚ー゚*ζ「あら」
珍しい。長網が微笑む。
ニュッはじっと安織を見ている。
( ^Д^)「ニュッさんは不器用っす。……須藤さんも、かなり」
( ^Д^)「でもそれでいいじゃないすか」
( ^ν^)「それでいい?」
( ^Д^)「うす。それが須藤兄妹なら、それでいいじゃないすか」
( ^ν^)「たとえ泥沼に陥ることがあってもか」
( ^Д^)「したら、俺が引き上げるすよ」
( ^ν^)
ζ(゚ー゚*ζ「ぷふっ」
-
(;^Д^)「……俺、なんか変なこと言ったっすかね」
( ^ν^)「お前はいつもそれだな」
ζ(゚ー゚*ζ「というか、変なことしか言ってないですよ」
(;^Д^)「こういう時に限って息ぴったりすか……」
ζ(゚ー゚*ζ「まあいいんじゃないですか、もう安織くんも弟みたいなものでしょ?
ねえ、ニュッさん」
長網は安織とは違ったトーンでニュッを呼ぶと、にやにやと笑いかける。
虚をつかれたようにぼんやりとしていたニュッはそれを聞くと噴き出した。
( ^ν^)「ああ、確かにそうだ」
ζ(゚ー゚*ζ「ふふ」
( ^ν^)「……はっ」
( ^Д^)「二人とも何の話を……」
言いかけて、気付く。
二人が何の話をしているのか──須藤のことだ。
かあっと頬が熱くなった。
(;*^Д^)「あのっすね!!」
( ^ν^)「おうおうどうした」
ζ(^ー^*ζ「どうしたんでしょうね〜」
いやな大人たちだ。
安織は頭を横に振り、上がった熱を振り払おうとする。
-
はたと気が付いたようにニュッが言った。
( ^ν^)「まさかとは思うが……まだ返事もらってねえのか、安織」
(;^Д^)「まさかも何も、昨日から一度も会ってねえっすよ」
( ^ν^)「……あんの馬鹿、逃げてやがんな…………」
( ^ν^)「ったく仕方ねえ。
こんなとこで呼び止めて悪かったな、さっさと店んとこ行ってこい」
(;^Д^)「えっでも」
( ^"ν^)「……」
(;^Д^)「…………うす」
安織はくるりと背中を向ける。
ニュッの睨みは結構堪える。
有りていに言えば、めちゃめちゃ怖いのだ。殺意すら感じられる。
-
ζ(゚ー゚*ζ「行っちゃいましたね」
( ^ν^)「おう」
ζ(゚ー゚*ζ「それじゃあ、つけますか」
( ^ν^)
ζ(゚ー゚*ζ
( ^ν^)「……お前、いい性格してんな」
ζ(^ー^*ζ「仕事ですから」
長網はニュッの車椅子を押す。
土埃が舞わないよう軽く水撒きのされた地面に、車輪の跡が伸びていく。
ああ、今日も快晴だ。
なんだか気持ちよくなってあくびを一つすると、
座ったニュッに笑われた。
視線を投げると、向こうでもたつく安織が見える。
-
(;^Д^)「あー……うん、そうだな。よし」
よし、よし。
安織は何度もそう繰り返してはブースの前を行ったり来たりしていた。
ときおり、人垣の向こうに流れるような黒髪が見えて、
その度に心臓をはねさせているのだが、そこから先に進まない。
(;^Д^)「……いや、落ち着け俺。そうだ、手伝いに来てるんだ今日は。
そう、だから声をかけて中に入っていくのは当然のことで」
o川*゚ー゚)o「おはよ?」
(;^Д^)「むしろ今までどこをほっつき歩いてたとか、
半に店前に居てここまでどんだけ時間かかってるんだとか」
o川*゚ー゚)o「ね、ね」
(; Д )「冷静に考えたら俺ずっとそこらで話してばっかだったな……
何がよしなんだ…………」
o川*゚ー゚)o
-
o川*゚ 0゚)o「──安織プギャーくん!」
(;^Д^)「はい!」
(;^Д^)そ「っうおおぉはようございます」
o川*^ー^)o「おはよ」
ぎこちなく体をよろめかせる安織に、須藤はにっこりと笑いかける。
さらりと二つに結われた黒髪が風に流れた。
ふわり。優しい香りがする。
o川*゚ー゚)o「さてさて、お仕事の前にいくつかチェックします」
(;^Д^)「チェックすか」
o川*^ー^)o「そうです」
まるで先生のようである。
安織も須藤に合わせ、ぴしりと気をつけの姿勢を取る。
-
o川*゚ー゚)o「ひとつめ。髪は清潔ですか?」
( ^Д^)「うす。昨日きちんと洗ったんで、大丈夫す」
o川*゚ー゚)o「よろしい。では、ふたつめ。爪は短いですか?」
( ^Д^)「……うす。許容範囲だと思うっす」
o川*゚ー゚)o「確認しましょう」
す、と須藤が安織の手を取った。
白くなめらかな肌だ──動き回っていたからか、安織よりすこし熱い。
というか、じっと顔の前に持ってきて見られているのはなんだか緊張する。
人間、やましいことがなくとも確認や点検といったものには弱いのだ。
無意味に早鐘を打つ心臓にそう言い訳し、須藤の言葉を待つ。
o川*-ー-)o「問題ナシです」
(;^Д^)「うす」
そう返すと、須藤はそのまま──安織の手を取ったまま、
伏し目がちになって動かない。
どうしようかと考えていると、最後に一つ、と囁くような声が聞こえた。
耳をすます。
周囲の話し声や、足音といった雑音がすうっと遠のく感覚。
どこか静まった空気。
熱っぽく浮かされた頬が、じんじんと存在を主張する。
-
o川*-ー-)o「プギャーは」
o川*-ー-)o「…………………………やめた」
(;*^Д^)「へっ?」
o川*゚ー゚)o「こんなん卑怯だ。やめやめ、やめた」
ぽいっと安織の手を離して、投げる。
そうして、
o川*゚ー゚)o「あのね、プギャー!」
o川*^ー^)o「──私、プギャーのこと好きなんだと思う!」
からっとした調子でそう言ってのけた。
-
よかったな、プギャー
-
ただね、と続くことには、
o川*゚ー゚)o「まだ今は……本当に好きなのか、
ただ頼ってるのかわからないのも、本音だよ」
o川*-ー-)o「でも、隣にいて欲しいって気持ちは本物だと思うから」
o川*゚ー゚)o「これからも、一緒にいたい。
……これで昨日の返事になってるかな」
(;*^Д^)「っ」
安織は息を飲み、大きく首を縦に振った。
頬はいよいよ熱で溶けそうになっている。
きっと顔は真っ赤だろう。
( ^ν^)「なーにがなってるかな、だっての」
o川;*>、<)o「ひぎゃっ」
須藤の髪を後ろから引っ張ったニュッが意地悪く言った。
さっきまで向こうにいたはずの彼の姿に、安織は驚きの声を上げる。
(;*^Д^)「ニュッさん!なんで……」
ζ(゚ー゚*ζ「にや〜」
(;*^Д^)
( ^Д^)「……デレさんが押してきたのか」
ζ(゚ー゚*ζ「びっくりするぐらい急に冷静になるの、ちょっとなんなんですかねー」
-
o川;*゚ー゚)o「──そ、そうだよ!
ニュッくんどうして、ここに」
( ^Д^)「へ?」
ζ(-ー-*ζ「……」
( ^ν^)「んなもん、」
振り向いたニュッが不思議そうな顔をした。
そのまま、言いよどむ。
安織は気付いた──長網が、再び見えない状態になっている。
今まさに目の前に立つ長網を無視して
ニュッが後ろを振り返ったのが、何よりの証拠だ。
須藤に関してはもともと長網の声が聞こえていない様子である。
ニュッは安織の方をちらりと見ると、ため息混じりに須藤に返す。
( ^ν^)「……どうでもいいだろ。
なにかと逃げ去る情けない妹の様子を見に来ただけだ」
o川;*゚ -゚)o「うぐ」
-
( ^ν^)「…………なあ、キュート」
o川;*゚ -゚)o「なによう」
( ^ν^)「俺さ、なんとしてもまた歩けるようになる……から」
o川;*゚ -゚)o「!!」
( ^ν^)「そんときはまた、店を手伝わせてくれよ」
o川;*゚ -゚)o「そ、そんなの」
o川;* - )o「当然……!
もう、ニュッくん今までそんなこと全然」
ぜんぜん。
須藤の声が、にごる。
泣き声が混じる。
o川*;ー;)o「全然、言わなかったから、もおぉ……うぅ」
( ^ν^)「ほーらまた泣く」
o川*;ー;)o「泣いてないもん」
( ^ν^)「……はっ」
須藤がニュッのことをぽかぽかと叩く。
それはもう、ただの仲睦まじい兄妹の姿そのもので、
安織はほっと胸をなで下ろす。
-
ζ(゚ー゚*ζ「家族水入らずにしてあげるのが、優しさというものですね」
( ^Д^)「デレさん……?」
ちょっと。
そう言って公園の隅、いつものベンチまで引っ張っていかれた安織は
促されるままにそこへ腰掛ける。
ζ(゚ー゚*ζ「さて」
長網はすっと姿勢を正す。
安織がふざけて気を付けをしたのとは違う、
雰囲気からがらりと変わって見える、真面目なそれだ。
ζ(゚ー゚*ζ「只今を持ちまして、世界均衡管理局は干渉を終了したいと思います。
安織様、七日間のご協力深く感謝申し上げます」
( ^Д^)「……はあ」
七日間。
長かったような、一瞬だったような。
少なくとも真面目な長網の口調に
違和感を覚えるくらいには、長かったのだろう。
-
ζ(-ー-*ζ「楽しかったです、本当に」
ぶうん。
電子機器を起動したような、奇妙な音。
長網の周囲が二重にぶれて見える。
彼の姿が真夏の蜃気楼越しに見るように、不鮮明になっていく。
( ^Д^)「……ミッションクリア、ということでいいんすかね」
ζ(゚ー゚*ζ「あら、それは安織様が一番わかっているのでは?」
( ^Д^)「からかわないでくださいよ」
ζ(^ー^*ζ「いいじゃないですか、最後くらい」
そう言われると、なんとなく黙ってしまう。
頬をかく安織を眺めつつ、長網は静かに微笑んだ。
その姿はもう、だいぶ薄れてきている。
景色を透かせながら、すうと息を吸い込んだ。
-
ζ(゚ー゚*ζ「今日までの数日間に名前をつけて、お別れとしましょう」
実はもう、考えてきてたりして。
長網はそう言うと少しだけ恥ずかしそうにはにかむ。
ζ(-ー-*ζ「知ってますか、安織くん。
人の心は空模様──とっても、移ろいやすいんです」
( ^Д^)「移ろいすか」
ζ(-ー-*ζ「はい」
そう言って頷く姿は、もう、瞬きをすれば見失ってしまいそうだ。
長網は焦るでもなく、のんびりと続ける。
ζ(゚ー゚*ζ「例えば怒り、例えば悲しみ。後悔、諦念、喜び……
ころころとその表情は変わります」
ζ(゚ー゚*ζ「ここ数日で……幾つも、移ろいを見ましたね」
例えば、須藤の輝くような笑顔。
例えば、ニュッの悔しげな表情。
例えば、安織の怒りに任せた声。
例えば、長網の焦ったような声。
幾度か涙も見た。
それ以上に、多くの笑顔も見た。
だからきっと。
長網の声に、はたと安織は顔を上げる。
ζ(゚ー゚*ζ「だからきっと、この日々は」
-
ζ(^ー^*ζ「──雨上がり七日の空模様です」
姿が完全に消えてしまう直前、長網は両腕を広げると満足気に笑ったのだった。
[日曜日] 了
-
以上を持ちまして、雨上がり七日の空模様ですを完結とします
お付き合い頂きありがとうございました
-
乙
面白かったよー
-
乙乙!
面白かった! いい話
プギャーの苗字はアオリ=煽りかなと思ったんだけど、他のキャラの苗字も何か引っ掛けてるんだろうか
-
おつー
デレとの別れがさみしいけど、さわやかだった
-
乙!!
いい話だったー!
>>253
こういうの探すの面白いよな
-
乙乙
-
乙
爽やかなんだけど人間の悩みとか不器用さとかの描写がうまいなって思った
良かったよ
-
おつ
まさしく空模様だった
-
>>253
全くその通りで、安織は煽りを意識しました
須藤はAAにおける素直家のキュートと内藤家のニュッを兄妹にしてしまったので、
間を取りました
東屋はプラズマンの文字をどうしても苗字にしたかったので、
プラ「ズマ」ンを抜き出しました
長網、畑田、桐生に関しては趣味です
-
>>259
なるほど!
プラズマンのズマを組み込んだっての上手いなあ そういう付け方もあるのね
-
面白かったわ
しゅごい
-
ぬおー良かった!
ずっと追っかけてたから完結まで読めて嬉しい、本当にお疲れ様!
-
乙
一気に読んでしまった
プギャーの真っ直ぐさが響くなぁ
-
最後綺麗に収まってよかった
とてもおもしろかったです、乙!
-
乙乙。最高に面白かった
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