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【モバマスSS】ドブネズミ【R-18G】
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その日は、両国特有の吹きさらしの風もなく、春らしい穏やかな陽射しが『(有)村上清掃』社長室の窓に差し込んでいた。
そんな暖かな優しみを感じる室内で、村上巴はセミロングの赤い髪と同じぐらいに顔を真っ赤にして、今年度の決算書を見つめていた。
「なんじゃあ!この決算は!仙崎ィ!!!」
決算書をグシャリと握りしめ、壁に叩きつける。
「はい!今年度も無事に黒字ですよ!お嬢!」
ベリーショートの金髪に顔中ピアスだらけの顔をニカッと綻ばせて、仙崎恵磨は嬉しげに報告した。
「アホ、赤字じゃ。ちゃんとした清掃の仕事がほぼゼロじゃけぇ。ほとんど千川の姉貴からの仕事で成り立っとるみたいなもんじゃ…なんで、清掃会社が受贈益で食っていかんといかんのじゃ!」
村上が大声を張り上げると同時に、社長室のドアが控えめにノックされた。
「と、巴ちゃん…どうしたの?皆、心配してるよ…」
「事務の瞳子ちゃんが泣きそうだよぉ…?な、何か決算書に間違いでもあったのかにぃ?」
おずおずと顔を覗かせたのは、顔の右側を金色の前髪で隠し、だぼついた袖の服の小柄な少女と、ふわふわとした栗色のロングヘアーにキャンディみたいなヘアピンを付けて、キャンディみたいな服の大柄な少女。
小柄な少女は白坂小梅、大柄な少女は諸星きらり。いずれもここの社員だ。
「確かに殆ど受贈益でも半分ぐらいは美城が持ってる倉庫の清掃の衛生費って事にしてるんで、黒字は黒字です!法人税もキッチリ払ってますから大丈夫っす!」
「まあ、確かにの…」
「いやー!今年も慰労旅行できますね!ベガスでパーッと散財しましょうよ!」
「べ、ベガス…!楽しそう…!」
「ぱぁ〜とやるにぃ☆」
「行くぞーっ!ベガス!」
「あっ…あっ…!わ、私ステーキ…!アメリカのおっきなステーキ食べたい…!」
「小梅ちゃん!お肉ばっかりはダメだゆ!お野菜も食べなきゃダーメ!ポテトとか☆」
「うぇー…」
「確かあっちのカジノってカスタムバイクとかも景品であるんだよな…うおーっ!!!絶対に勝つぞー!!!」
わいわいと慰労旅行の予定を話す3人を見て、村上は苦笑混じりのため息を吐く。
「お前ら、まだ気が早いわ!だいたい、恵磨の腕じゃスッテンテンじゃ。聞いとるぞ…兵藤の姉貴にバカラで負けて、クリのピアスまでむしり取られたっての!」
「うぇっ!?な、なんで知ってんすか…いいじゃないすか…楽しいんだから…」
不満げに頬を膨らませる仙崎を余所に、来年度はどうするかを村上は考える。清掃業で食っていくにはどうすればいいか。
さしあたっては、『実績』のある特殊清掃をきちんと宣伝してみるか。村上は来年度のプランをうすぼんやりと考える。
そんな思考は仙崎のスマートフォンの着信音でかき消された。
「おう!どーした!え、ああ、どうも………わかりました。お嬢に伝えます…」
仙崎のテンションの下がった声で既に察しは付くが、一応聞く。
「なんじゃ?」
「千川の姉貴から、いつもんトコで14時にこいと」
「…おう」
「と、巴ちゃん…頑張ってね…ベガス旅行の為に…」
「おにゃーしゃーす☆」
「おーう…じゃ、ちぃと行ってくるわ。ああそれとな恵磨、決算書あれでええわ。服部さんにありがとなって言っといてくれや」
「うっす!了解です!」
来年度もきっと『黒字』になるなという喜ばしくない確信を持った村上は、どろりとした苛立たしさを感じていた。
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「それで、巴ちゃん。お願いできますか?」
午後になってから曇りだした空を見ながら、村上巴は千川ちひろの話を気だるげに聞いていた。
浅草橋にあるカフェの一角、大きな窓のある陽当たりの良さそうな席に座る二人は剣呑な雰囲気を醸し出していた。
テーブルの上にあるミルクたっぷりのチャイは、シナモンの香りを湯気とともに立ち上らせている。
黄緑色の制服と、人当たりの良さそうな笑顔の三つ編みの女。だが、この女の本性を知っていれば全く印象は違ってくる。
美城グループのダーティーワークを取り仕切るのが、この千川ちひろの役割だった。美城グループの為なら何でもする。殺しだろうがお構い無し、その上それで得られる利益をピンハネするのだから、胡散臭く強かな女だ。
「あんな、ウチん所は探偵屋じゃないんじゃ。分業制って言葉、知っとるか?」
村上が経営する『(有)村上清掃』は、表向きこそ清掃会社だが、依頼されれば、殺人現場の清掃、死体処理やらをする。ただし、直接的な殺人はやらない。
餅は餅屋、殺しは兇手に。それが村上のモットーだ。己の領分を履き違えれば、その代償は命で払うしかない。そんな奴の死体を嫌になるほど片付けてきた。
きちんとしたヤクザで組があったなら、ヤクザ者としてやっていけばいい。だが、悲しいことに村上も、村上清掃に籍を置いている者の大半が半グレ。一応は清掃員として働くしかない。
だからこそ、清掃業で身を立てたいが、舞い込んでくるの灰の暗い仕事ばかりだ。
しかも今、千川が依頼しようとしている仕事は鼻をつまみたくなる程に胡散臭い。
「ですから、そこを曲げて何とか…報酬はちゃんと出しますから!」
千川の話はこうだ。曰く、美城グループ傘下のアイドル事務所に所属している、橘ありすという人気アイドルが薬物に手を出した。しかも、使用する瞬間を雑誌記者に撮られてしまった。
早速、美城で抱えている兇手を使って記者を消したい所だが、写真のデータを消さないと流出する危険性が高い。そこで、村上に記者の確保と写真のデータの消去を依頼する事に決めたのだという。
まあ、これも一種の清掃とも言えなくはない。村上は、大きくため息を吐くと、チャイを一口すすり、また、ため息を吐いた。
「あんな、どうせその記者はしごうするんじゃろ?あんたの所の殺し屋を使えや…」
「だから言ってるじゃないですか。殺すだけじゃダメだって」
「ふん、殺すしかできん奴しかおらんのじゃろ?この間の片付けだって酷いもんじゃ!見せつけでもなんでもない殺しで、ハラワタ引きずりだして釘で壁に打ち付けるわ、鉈かなんかで脚の肉を少しずつ削ってなぶり殺してそのまんま!そんな現場をな!静かに騒がずに4時間で片すのは骨なんじゃ!もうちぃとスマートに殺せる奴おらんのか?」
「だってそういう人ってギャラ高いんですもん!サイコな人にお楽しみ感覚でやってもらう方がすっごく安くあがりますもん!」
相変わらずしわい女だと村上は頭の中で吐き捨てた。
「で、やるんですか?やらないんですか? 報酬はいつもの3倍出しますよ」
いつもならピンハネ分の値切り交渉をしてくるしわい千川が、素直に金を払う。あまり良くない兆候だと、村上は感じた。
だが、断れない。断れば、美城で抱えている兇手がすぐにでも自分の首を狩りに、いや腹をかっさばきに来る。
現に今、このカフェテラスのオーナー兼兇手の安部菜々が自分の後ろにいるのだから。
オープンキッチンのあるカウンター席から漂ってくるアップルパイの焼ける香りが、恐ろしく冷たく感じられた。
「………やる。ただし、ウチのやり方でやるけぇ。荒っぽいぞ?」
「ありがとうございます!やり方に関しては一任しますが…」
「監視員じゃろ?そっちから1人寄越してくれんか。あと、そいつも1人工に加えてええな?」
「ええ、構いませんよ。じゃあ明日の朝には行かせますね」
村上は返事もせず、ぬるくなったチャイを飲み干して席を立った。
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日が暮れると共に、曇天はさらに暗くなり、小雨も降りだした。村上は傘もささずにズカズカと街を歩く。
真っ赤な髪はしとどに濡れ、雨粒まみれの真っ赤なスカジャンからは背中の竜がぎろりと睨む。
行き交う人々は村上の恐ろしい佇まいに道を譲る。この街ではよく見る光景だ。村上はさらに裏路地に入り進んでいく。
村上は4階建ての雑居ビルの前で足を止め、ビルを見上げた。
『(有)村上清掃』と書かれた看板は、蛍光灯が切れているのか暗いままだ。
それを見た村上はプッと笑い、薄汚れたビルのエレベーターに乗り込む。そして、事務所がある4階で降りて乱暴に事務所のドアを開けた。
「おう!戻ったぞ!」
応客用のソファーで、だらしなく寝転がりながら雑誌を読んでいた仙崎は飛び跳ねる様に起き、村上の側へ駆け寄る。
「お嬢!お疲れさまです!ってびしょ濡れじゃないっすか!おいっ!タオル持ってこい!」
仙崎はそう言いながら、革ジャンのポケットから出したハンカチで、村上の顔を拭う。ハンカチからは、仄かにジャスミンの香りがする。パンキッシュな格好に似合わず、仙崎は割りと乙女だ。
「すまんの」
「もー!雨降ってるんですから迎え呼んでくださいよ!風邪ひいたらどうすんです!」
「………風邪ひいても、恵磨のぶちうまいおかゆ食わせてくれたらすぐ治るけぇ。大丈夫じゃ」
「も、もー!なに言ってんすか!もー!」
料理上手を誉められて照れる仙崎は割りと乙女だ。
「お、お疲れさまです…!タ、タオル持ってきたよ…」
「お疲れさまですにぃ☆お風呂も今沸かしてるから暖まってね!ほらほらー、びしょ濡れのスカジャンは脱ぎ脱ぎしようね☆」
白坂に頭をタオルでわしわしと拭かれながら、村上はスカジャンを脱いで諸星に渡す。
「おう、すまんな。ひとっ風呂浴びたら、飯でも食いながら明日からの仕事の打ち合わせじゃ。…なんか食いたいもんあるか?」
「焼肉っす!」
「や、焼肉…!」
「焼肉☆」
「相変わらず食欲旺盛じゃの!?ほーか、ならいつもんとこ押さえとけや」
「了解っす!」
千川と話す前からあった、どろりとした苛立たしさは、いつの間にかどこかへいってしまっていた。
事務所の3階に降り、仮眠室兼浴室へと向かう。元々、ソープランドがあったビルを買い取った名残で、工事をするときに一室だけ残しておいて良かったと村上は思う。
服を脱ぎ、浴室のドアを開けると、浴槽からもうもうと立ち上る湯気で目の前が霞む。
「げに、どうしょうかいの?」
まずは状況をしっかりと確認しなくては。シャワーから冷水を出し、頭から被る。記者の名前、行動パターン、こちらの装備、監視員の存在、それらを加味して、じっくりと考えていく。寒さで思考が痺れそうになる寸前で、作戦はまとまった。
それから体を洗い、20分ゆっくりと浴槽に浸かった。
今回は普段の清掃とは違う。ただ片付けるだけなら余計な事は知らされないが、今回は色々と情報がある。それを使って、あの千川をほんの少し出し抜かないと金にならない。
この業界、金が物を言う。少しでも多く稼がなければ。
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じゅうじゅうと目の前で焼ける厚切りのタンを見ながら、ここにいる四人は脂とタンパク質で構成されているんじゃないかと村上は思う。
この店は肉の質も去ることながら、個室も完備しているので仕事の話をするにはもってこいの店なので重宝している。だがそれでも週一回通うとなると、脂とタンパク質の過剰摂取という物だ。
「お嬢!焼けましたよ!」
「おう、ありがとの。てか、お前らも勝手に食え食え!今日はウチがおごっちゃるけぇ!」
「ほ、ほんと…!やったぁ…!」
白坂がものすごい速さでコールボタンを押す。
「ご注文ですかー?」
「え、えっと…牛モモ肉タレで二人前…」
「じゃあじゃあー…ガツとミノも頼んじゃうよぉ☆ガツは塩ダレで、ミノはタレでどっちも二人前でおにゃーしゃー☆」
「おっちょっ待って待って!上ハラミに上カルビも!どっちもタレで二人前ね!それとビールおかわり!」
騒ぐ三人をよそに、村上はタンを口に運ぶ。
「あむ………うまい!ここのタンはホンマやおいのー」
やわらかく焼き上げられた厚切りのタンは、口の中でやわらかくほどけていく。タン独特の強い肉の味、それをレモン汁が引き締めてなんとも言えず幸せになる。ああ、やっぱり肉は最高だ。
「うめーっ!やっぱここの肉は最高っす!」
「恵磨、あんま飲みすぎるなや?明日の仕事ばり早いからの」
「えっ!マジすか?何時すか?」
「お待たせしましたー!牛モモタレ、ガツ塩、ミノタレ、上ハラミと上カルビタレ全部二人前とビールです!」
「はーい…」
「おいしそーっ☆」
赤身特有のコクがあるモモ肉、アッサリとしたガツとミノ、旨味たっぷりのハラミにカルビ…この組み合わせならいくらでも食べられる。だが、その前に打ち合わせを行わなければ。
「頼んだもん来たし、そろそろいいかの。じゃ、打ち合わせ始めんぞ」
「はいっす!」
「はーい…」
「はーい☆」
「今回の一件は事務所で大体は話したがの…まずは「記者」と「写真」の確保じゃけぇ。明日の朝3時にウチときらりで確保して倉庫に運ぶ。倉庫の仕度は小梅と恵磨で頼むぞ」
「うぇーい☆運転頑張るにぃ」
「きらりー、今度はぶつけんなよー?」
「にょわっ!?だ、大丈夫ですにぃ…たぶん…」
諸星は縦列駐車が苦手で、この前も社用車をチンピラの車にぶつけてトラブルになった。
「おお、あんときの兄ちゃんどうしたっけの?」
「きらりがきちっと「お願い」して許してもらったから、大丈夫ですにぃ☆」
「な、泣いて許してくれたよね…ふふ…しかも修理費までくれて…」
「ははは!ほーかほーか!」
おかわいそうに。まあ、命があっただけマシだろう。
「え、恵磨さん。倉庫の準備はなにしよっか…」
「おーそうだな!んー………鉈とドリルでいいんじゃね?あと、ブルーシート忘れちゃダメだかんな?片すの大変になるから…」
「ふぇへへ…わ、わかりました…削ろうかな…こねようかな…あ、モツを出しちゃうのも」
「小梅…焼肉食っとる時にその話はやめんか!」
「はーい…」
「さ、食え食え!食って馬力つけて仕事じゃけぇ!」
金網の上で肉が焼けるじゅうっという音が、無くなりかけた食欲を取り戻させてくれた。
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週刊大秋の記者、山原は千鳥足で巣鴨にある自宅へと帰る途中だった。
その日の山原は、キャバクラで散々騒ぎ、ソープでお気に入りの女を抱いて、それからまた別のキャバクラへ行った。一夜で使った金は、山原の安月給をとうに越していたが、山原は上機嫌だった。
なにせ、山原には金のアテがある。それも確実なアテが。
橘ありすの薬物使用の写真はいい小遣い稼ぎになる。担当のマネージャーにちょっと事実確認をしただけで、100万の金がポンと転がり込んできた。
まだ搾り取れる。他の雑誌の記者を抱き込んで、そいつらに事実確認をさせればさらに金をばら蒔くだろう。その何割かを頂けばいい。
痩せぎすの山原の薄い唇がつり上がる。明日から行動開始だ。
ふらつく足を引きずるように歩くのにも疲れた山原は、タクシーでも拾おうかと足を止めた。
ふと、道路の反対側を見ると、路上駐車の車にもたれ掛かるように寝ている女がいた。
酔いつぶれた大学生か何かかと目測をつけた山原は、ふらふらと女に近づいていく。無論、助けようというのではない。女の服装は所謂、原宿系とでもいうのだろうか、かなり奇抜だ。
だが、目ざとい山原は暗いながらも女の顔が美しい事に気づいた。そして、スカートから伸びるすらりとした綺麗な脚にも。
山原は生唾を飲み、脚へと手を延ばし、覆い被さろうとした。
瞬間、バチン!という音と共に目の前は白くなり、首に万力が巻き付いたかのように締め上げられる感覚と後頭部に柔らかな感覚を覚え、山原は意識を手放した。
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首に走る鈍い痛みと、全身の違和感で山原は目を覚ました。
暗く、どこに居るかは分からないが、両手両足を固定されて椅子に座らされているのは分かる。
「どこだよ…ここは…」
「おっはにょー☆きらりーん、もーにん!…ぐっ☆」
不意に後ろから声がかけられ、バチン!という音と共に凄まじい痛みが全身を駆け抜けた。
山原は余りの痛さに全身が痙攣し、叫び声すら出せなかった。
「しゅっごーい!さっすが130まんボルトだにぃ☆スタンガンでおめめバチバチパッチリになったかなぁ?おっすおっす!今日はいーっぱい、ハピハピしようにぃ〜☆」
「て、てめぇ…ナニモンだよ…なんなんだよ!ここは!」
「ウチの倉庫じゃ」
もう一人の声、村上の声と共に部屋の照明が付いた。村上と諸星の姿が、山原の目の前にあった。
「………ガキかよ。それにテメェ!さっきの女だモゴッ!」
叫ぶ山原の口は、諸星の手によって塞がれた
「勝手におしゃべりしちゃだーめ☆きらりが質問したことだけに答えてねぇ?」
プロレス技のアイアンクローの様に捕まれた顎からは軋む音が聞こえる。
山原はとりあえず頷き、この状況を切り抜ける算段を考えることにした。
「うっきゃー!素直な子は大好きだにぃ☆じゃあじゃあーこれから質問すゆけど…あのね、きらりね、あんまりむつかしいお話わかんないゆ…だからぁ、イエスかノーで答えてぬぇー?」
「あ、ああ…」
「ずばーっと聞きますにぃ!ありすちゃんの、いけない写真のデータ持ってゆ?」
やっぱりそうか、何かしらされるとは思っていたが、強面どころか随分と可愛らしいのを寄越したもんだ。
「ノーだ」
山原は動じることなく質問に答えた。
瞬間、パキリという生乾きの音がして、山原の右手に激痛が走った。
「あっ…ああああ!!!」
「嘘は良くないよぉ☆嘘をつく悪い子はぁ、お指をパキパキしちゃうにぃ☆もぉ一回聞くね?写真のデータ持ってゆ?」
どうする、意地をはるか。このまま意地をはれば指はさらに折られる。たかが小遣い稼ぎのショボいヤマで意地をはるか?
「………イエスだ!イエス!」
「…」
パキリと生乾きの音がまた鳴った。
「〜ッ!」
これは嘘をついた事への制裁だと、山原は唇を噛み、耐える。
「あれあれー?お仕事でお疲れなのかなぁ。最初はノーで今度はイエスー?…もう一度聞くにぃ。データ持ってゆ?」
「イエス!イエスだっつてんだろ!右足の靴下の中に…」
諸星はその答えを聞くやいなや、山原の左耳を掴み、下に思いっきり引いた。
耳は顔から離れ、くっついた皮が喉仏の近くまで剥がれていった所で、ブツンとちぎれた。
「おっおがぁぁぉぁ!!!み、っみみみぃぁぉい!!!」
「イエスかノーかって言ってるだろうが、聞こえねぇ耳はいらねえよなぁオイ?………もう一度聞くね☆データ持ってゆ?」
「………イエスだ」
パキリと生乾きの音がまた鳴った。
「おっ…がっ………な、なんで…」
「『だ』はいらないにぃ☆あとじゅーななかいチャンスはあるから頑張ってこー☆」
諸星は楽しげにそう答えた。
山原は痛みで点滅する意識の中で、心が折れていく音を聞いた気がした。
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倉庫に帰ってきた仙崎は、中の惨状に鼻をしかめるしかなかった。
とにかく臭い。血生臭い、小便臭い、糞臭い、ゲロ臭い。臭いのは苦手だ。マスクが欲しい。
山原とかいう記者?は白目剥いてるし、両手両足の指はてんでバラバラの方向を向いてるし、片耳は床に転がってる。椅子の下は…ブルーシート敷いてて良かったと思うぐらいひどい。
「おーおー…ハデにやっちゃってまー…」
「小梅よりはマシじゃろ」
パイプ椅子に座った村上は気だるげにそう答えた。
「お疲れさまです!!!お嬢、もしかしてずっと見てたんですか?」
「おー…あいかわらずきらりはがいなちからじゃけぇねぇ…」
「うぇへへ…てれますにぃ☆」
諸星はこのとんでもない臭いの中で、メープルハウスのサクサクメープルシューを食べながら顔を赤らめて体をくねらせる。
「お、なんだよーうまそうなの食ってんじゃん!二つもらっていい?」
「どーぞどーぞ☆」
「うまそうじゃのー…それ…」
「お嬢、眠いんですか?」
「おー…でも、お前らが頑張っとるでのー…」
「あんま無理しないでくださいよー?」
完全におねむモードだし、片付けたらすぐに寝かせてあげよう。仙崎はそう心に誓った。
「おー…で、やってきたか?」
「ええ!そりゃもうバッチリ!キチンと始末して取るもんとってきましたんで大丈夫っす!」
「う…うあ…」
仙崎の声で目が覚めたのか、山原が呻き声をあげる。
「おっ!アンタ目が覚めたの?おはよー!生きてますかー!」
「た、頼む…アンタがリーダーなんだろ…?たすけてくれ…なんでもするから…」
仙崎はため息を吐いて、山原と目線をあわせる。
「あのな!アタシはリーダーじゃないの!そりゃあ年長だけどさー…アタシらのボスは、あのパイプ椅子に座ってるお嬢だよ」
「え…えぇ………す、すいません…たすけて…なんでも…」
こりゃダメだと仙崎はため息をもうひとつ吐いた。
「あのね、話聞ける?もうさー、助けてあげよう…なーんて、無理無理ーっ♪そういうんじゃないんだよねーアンタ。小梅!」
「はーい…」
「アタシの方も終わったからさ。遊んでやんな」
「やった…!あ、ありがとうございます…!」
ニコニコと笑いながら小梅は山原に近づいていく。
「お、おじさん…遊ぼうよ…お金タダでいいからさ…NSでいいよ…」
「NS(ノンスキン)…ゴムなしか?イカレ女が…」
「んー…ちょっと違うかな…」
山原に近づく小梅の手には、野菜用のピーラーが握られていた。
「た、楽しもうねぇ…」
また臭くなるなと、寝てしまった村上を抱っこしながら仙崎はため息を吐いた。
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その日、新田美波は少し緊張した面持ちで『(有)村上清掃』の応接用ソファーに座っていた。
目の前には、ほわほわと湯気が上るコーヒーと、メープルハウスのサクサクメープルシューが二個。
「ささ!遠慮せずがぶっと食べてくださいよ!」
新田の向かい側に座っている仙崎は、笑顔でサクサクメープルシューを薦める。
「は、はぁ…では、いただきます…あむ」
一口かじると、名前の通りのサクサクとした生地から隙間なくつめられたクリームがあふれてくる。生クリームとカスタードクリームの絶妙な配分、それにほんのりと香るシナモンが脳をとろけさせる…。
新田のキリキリとした胃の痛みが少しやわらいだ気がした。
「おいしい………あのそれで村上さんはまだ…」
「あーすんません、まだ寝てるんですよー…寝るのがちょっと遅かったもんで」
「いえいいんです!私もお約束の時間より一時間早く来てしまったので」
ちょっと気合いを入れすぎたかなと新田は後悔した。何せ相手は半グレ集団、あんまりナメられると仕事に差し障る。まあ、シュークリームでも食べてのんびりとさせてもらおうかな。新田はそう思い、二口目を食べようとした。
「おはよーさんじゃー…」
事務所のドアが静かに開き、真っ赤なスカジャンを着た、真っ赤な髪の少女が現れた。眠いのか、目が半分閉じている。
「おはようございます!お嬢、大丈夫っすか?まだ眠そうですけど」
「おー…眠いのー…コーヒーくれや…」
「ういっす!今お持ちします!」
お嬢?お嬢ってことは…この子が?こんなあどけない子供の目をしたこの子が?
「あの、もしかして貴女が村上さんですか?」
「おー…いかにもウチが村上巴じゃけぇ………アンタが千川の姉貴が寄越した監視員か?」
「はい、新田と言います。よろしくお願いいたします」
自分を見つめる目付きが、子供の目からヤクザ特有の値踏みするような鋭い目に変わったのを感じた新田は身震いがした。
「お嬢!コーヒーっす!」
「おー…すまんのー…」
ずずっとコーヒーを啜る村上に習い、新田もコーヒーを飲む。
豊かな酸味で、深いコクと苦味、ナッツのような芳醇な香りが鼻をくすぐる。
「これ、コスタリカですか?」
「おっ!よくわかりましたね!そーっす!今日はコスタリカコーヒーっす!」
「酸っぱくて目が覚めるコーヒーじゃのー………さて、新田さん。早速、仕事の話に移りたいんじゃが…」
「はいっ!では資料を…」
「すまん!」
「すみませんっす!」
「えっ…えっ?」
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面白いと思った?
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頭を下げ、謝る村上と仙崎に新田は困惑するしかなかった。
「いやー!実はですね!あの山原とかいう記者!そいつがですね!なんと他の記者に写真を流そうとしてたんですよ!」
「どうもな、他の記者にも脅迫させての、その上がりをハネようって魂胆だったんじゃ!」
「それでですね!善は急げ!ってことでですね…」
「夜の内に拐って、尋問しての。写真データの入ったえすでーカードを確保したってわけなんじゃ!で!これがえすでーカードな」
村上は困惑しきりの新田の手に、SDカードを2枚握らせた。
「いや、その…えぇ!?」
「お、そうじゃ!恵磨!あれできとるか?」
「はい!バッチリ作ってありますよ!『成果物』!」
そう言うと、仙崎は机の上に一冊の工事用アルバムを広げた。
「こちら、上から順に『作業前』『作業中』『作業後』になってます!」
アルバムの中には確かに山原が写っていた。最後の写真は辛うじて判る程度だが。
「ちょっと…ちょっと待ってください!………フー………記者は確保して、写真も押さえてあるんですね?それで、このSDカードで写真は全部という証拠はあるんですか?」
新田は混乱しつつ、辛うじて冷静を装った。
「恵磨」
「うっす!」
仙崎がICレコーダーを取りだし、音声を再生した。
『データは右足の靴下の中…それと、俺の家の冷蔵庫にある………ぬ、ぬか床の中に………なあ、頼む…頼むからもう指はやめあ゙っ゙!!!』
ICレコーダーから聞こえてくる声が山原という確証はないが、おそらく本人だろう。慣れてはいるが、やはり人の悲鳴など聞きたくない。
「あのアホ野郎のせいで、アタシの手がぬか臭くなっちゃいましたよ…」
「ぬか漬け始めたらええじゃろ」
「えー…嫌っすよ。めんどくさいし」
新田はここで漸く気づいた。コケにされていると。
「おう…なにが、「すまん」じゃこの野郎、ウチが態々出張った意味わかっとんのかコラ…」
「あ゙?テメェこそなんだコラ…ちょっと考えりゃ判ることじゃねぇか。あの記者はすぐに始末しねぇとよろしくないってよ!」
「何じゃとコラ………」
いやちょっと待て、『始末しねぇと』?
「おい…記者はどうしたんじゃ?生きてんのか?」
「あ゙ぁ?そんなん…」
「すまん!」
本日2度目の謝罪がその場に響いた。
「すまん…本当はキチンと生かして引き渡したかったんじゃが…ちぃとやり過ぎての、アルバムの次のページ見てくれ」
新田は訝しげにアルバムのページをめくる。
「っ!」
そこには首から下の皮が剥がされた山原の写真があった。
「すまん、ウチの者がやり過ぎてしまっての…死体はウチでしごうしとくから、成果物もって、今日は引き上げてくれませんかいの?」
「ふざけるな!呼んどいて、ようもそがぁ態度が…」
新田がコーヒーの入ったカップを村上にぶちまけようとした瞬間、大きな手が腕を掴み、新田がコーヒーを頭から被った。
「そこまでにして欲しいにぃ…巴ちゃんに手を出すなら、皮を剥ぎ剥ぎしちゃうよぉ☆」
「も、モツ食わせるぞ…コラ…」
余りの怒りに声が出せない新田は、荒く息を吐く。落ち着け、囲まれている。落ち着け。
「………分かり、ました。本日は引き上げさせていただきます。後日、千川から呼び出しがあると思いますので」
「ご足労お掛けし、すみませんでしたの」
「では…オラ、離さんか!」
「またのお越しをお待ちしてますにぃ☆」
「ふふ…また、来てね…」
「やー!すんませんでした!これ、クリーニング代に使ってください!あ、そうだ!シュークリームお好きでしたら今度食べに行きません?イイ店知ってるんすよ!」
「行かんわ!覚えてろや…テメェら…」
新田は怒りつつも、千川になんて報告しようと泣きたくなった。いや、心は既に泣いていた。
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「それで、お咎めなしだったんすか?」
仙崎は壺漬け骨付きカルビを、ハサミで切りながら村上に聞いた。
「おう、取りあえずはの。あむ………うん、ぶちうまいの!このカルビ!」
濃厚なタレとカルビ特有の濃い旨味のダブルパンチが堪らなく旨い。
「ほんと良かったにぃ☆指詰めろって言われるかと思ってたゆ☆」
「まあ、千川の姉貴に求められた事はやったからの。先走りするなって小言を言われたわ…」
「じゃ、じゃあ…あの件はバレなかったんだね…」
「おう、まあ一安心てとこじゃの」
「やー!しかしあの記者がルート持ってるなんてビックリしましたよ。えげつないっすよねー…アイドルに売人けしかけて、使うところを写真に撮るってんですから」
「千川の姉貴はそれを見越して記者を確保したかったんじゃろうな。ルートを吐かせて金を奪ってから、しごうするつもりじゃったろうが」
山原が吐いたルートはあの夜、仙崎に調べさせて、金庫番を殺して金も奪わせた。殺し方は銃弾を頭と胸に一発ずつ。
スマートなプロの殺し方だ。新田に見せたウチの荒っぽい殺し方とは似ても似つかない。気づかれることもないだろう。
「いやー、しかし二千万すよ!二千万!ベガス行けるっすよ!遊べるっすよ!」
「おう、そうじゃな…臨時ボーナスで一人百万やるからたっぷり遊べや」
「やったにぃ☆アメリカはきらりに合うサイズのキレーなおよーふく売ってるから、たっくさん買うにぃ☆」
「す、ステーキ…ステーキ…!あ、ディズニーランドも行きたいな…」
わいわいと旅行の予定を話す3人を村上は目を細めて眺めていた。
やろうと思えば、千川の言う通りに仕事を進めることはできた。だが、それをやってしまえば次も頼まれる。そのまた次も頼まれる。
そうなれば、どうなるか。余計なことを知りすぎた者は、いつか殺される。少なくとも、千川はそういう女だ。
だからこそ、清掃業で食っていかなければならない。その為に、わざと荒っぽく、身勝手に仕事を進めた。清掃以外は適性がないと見える様に。
この3人を喪うわけにはいかないのだ。清掃以外はお断りだ。
「さーて!ベガスに行く前の景気づけじゃ!じゃんじゃん食え!ウチの奢りじゃけぇ!」
「あざーす!」
「やったにぃ☆」
「やったぁ…!」
村上は、焼けた骨付きカルビを美味しそうに頬張り、ニカッと笑った。
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終わりっ!閉廷!
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結構いい文章してるけど…何かスポーツとかやってたの?(支離滅裂)
小梅ちゃんがかわいかった(小並感)
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ええヤクザSSやね
中々面白かったで
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