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並木芽衣子「あ、プロデューサーさん!」
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いつも変わらぬ気さくな呼びかけこそが罪悪感を植え付ける。
最も顔を合わせたくなかった人物の、あまりのタイミングの良い登場には、何か運命の悪戯があるような気がしてならない。
いや、最も顔を合わせたくないというのは語弊がある。正確には顔を合わせ辛かった。
お陰で返事も、ああ、という生返事になってしまい、想像外の何とも言えぬ反応には当の彼女も不審そうに小首をかしげる有様だ。
「何かありました?」
彼女との付き合いもかれこれ季節一周分。魚水までと言わずとも、なんとなく互いのことは見ただけでわかる。
そうでなくとも露骨に微妙な態度であったのを彼女が見逃すはずもないだろうことはプロデューサーとて理解していた。
だからこそ彼は、早すぎる邂逅に粘土のように形の定まっていなかった決意を覚悟と共に固めざるを得なくなる。
「……プロデューサーさん?」
「芽衣子……少し、話があるんだ」
改まった様子のプロデューサーに対してしばし虚を突かれたように立ち呆けていた芽衣子だったが、やがて小さく首肯すると彼のかけていたソファへ同じく腰を下ろした。
これまでにない二人の間に蔓延する得体のしれない暗がり。
その居づらさに芽衣子はプロデューサーが口を開くまで幾度となく居住まいを正し、痺れを切らしたところでようやく彼に視線を遣った。
「あの……お話って……」
「うん。お前、アイドル辞めるか?」
「えっ」
唐突に告げられた宣告。
それこそ本当に考えてもいなかった自身の信頼を置く人物からの言葉。
余りにも突拍子も無い現実に、芽衣子は困惑も混乱もなく、ただ茫然と彼の顔を眺めているしかなかった。
「この事務所ではもう長い。多分、そろそろなんじゃないかと思っててな」
が、続けて放たれた台詞に石木と化していた芽衣子の思考が回りだす。
それは奇妙な言い方だった。
先ほどのプロデューサーの言葉からすると、単純に芽衣子に才の芽、あるいは今後の見込みが無い、もしくはそういうお達しが上から来たかのような一方的にも思える物言いでアイドル引退を促したように感じる。
しかし、続いたのは私の実力不足や事務所の困窮を説明する夏珪の文言ではなく、所属の日数を絡めた曖昧な言い訳。
何か齟齬が生まれているのは疑いようも無く、芽衣子は一度プロデューサーに待ったをかけた。
「ちょ、ちょっと待ってプロデューサーさん。私、なにかしちゃった?」
「そういう訳じゃない。ただ、芽衣子もいい加減旅に出る頃合いかなってさ」
「……?」
「ほら、元々お前は旅行が好きで方々に飛び回って……俺がアイドルにスカウトしてからはなるべく地方のロケとか入れたりしてたけど、最近は人気が高まって仕事が増えるにつれて箱ばっかりじゃないか」
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そこまで聞いてようやく芽衣子はこのプロデューサーが何を言いたかったのか理解できた。できたからこそ安心したし、言葉足らずな所に呆れもしたが、どちらかといえば嬉しい気持ちの方が大きかったかもしれない。
今更そんなことで愛想を尽かせて出ていくものか。
思わず漏れた安堵のため息をどうとったのか、見る間に慌てて落ち着かなくなったプロデューサーに苦笑を浮かべた芽衣子が彼の手を掴んだ。
「もう、脅かさないでよプロデューサーさん。要するに私がアイドルのお仕事で段々と旅行に行けなくなってるから、それで不満が溜まって出ていくかもって考えてたんだよね?」
「ああ、まぁ……そうなる、かな。いやでもな、実際芽衣子には申し訳なくて――」
「プロデューサーさん」
ぎゅっ、とプロデューサーの手を両の掌で包み、芽衣子はしっかりと彼に目線を合わせた。
轍鮒にでも付されたかのような様子だったプロデューサーも、これには瞬時に我を取り戻して唇を引き結ぶ。
「私がよく言う三つの大事なモノ……勇気、直感、度胸。これは全部、プロデューサーさんに預けたんだよ」
「…………」
「私は直感でプロデューサーさんのスカウトが良いモノだと思った。だからここまで一緒に歩いてきたの」
旅の基本は一期一会。芽衣子がアイドルとして一定の場所に留まることはそれに反していると言える。
しかし、一期一会などどこでだって期待できるものだ。
旅先で観光名所に行ったりお土産屋のおばあさんと出会うのが一期一会なら、ライブで使った会場とその時々のファンとのコミュニケーションだって一期一会だろう。
確かに芽衣子は旅が好きだった。色々な場所を巡り、歩み、未知の景色や未開の見分を広めるのがとてつもなく自身に幸せをもたらしてくれるから。それに間違いはない。今でしか味わえない感動や情景もあるだろう。
それを承知した上でアイドルをやっているのだ。
言ってしまえば景色が変わっただけ。
無論、芽衣子にとって旅は未だに掛け替えのない趣味以上のおとであるには違いない。人生を糧、生きる指針と言ってもいい。
だが、アイドルもまたその一部であることには変わりないのである。
様々な歌やダンスもまた芽衣子にとっては見知らぬ素晴らしい文化であった。ライブでファンと一体になるというのはこの上なく感動するものであった。
何もかもが一様に変わりなく、全ては芽衣子にとって選んだものであり良きものだったのだ。
プロデューサーはきっと彼女にとっては旅こそがかけがいの無い、一番の目的であると思い込んでいたのだろう。
それはとんでもない誤解だ。
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「アイドルには度胸も勇気も必要で、アイドル自体にもそれはいっぱいつまってる。プロデューサーさんはそれを全部、使い切らせてくれる」
「芽衣子……」
「ありがとう、プロデューサーさん。気を遣ってくれるのは嬉しいけど、そういうことだから私はアイドル辞めたりしないかな」
おどけて笑いかけた芽衣子の姿に、プロデューサーは肩をすとんと落とすと、それはそれは盛大なため息をついて天井を見上げた。
取り越し苦労。骨折り損のくたびれ儲け。
まさしく、そんな言葉が相応しい。
「もしかして最近ずっとそんなこと考えてたの?」
「ああ。恥ずかしい話だが……」
「ううん、そんなことないよ。ちゃんと話さずに急にこんなこと言うのはダメだと思うけど、私のこと考えてくれてたんだなーって」
「そりゃ大事なアイドルだからな。記念すべきスカウト一人目にして専属なわけでもあるし」
「ふーん、アイドルじゃなかったら違うの?」
「えっ?」
弛緩した空気の中、隣に掛けていた芽衣子がプロデューサーの身体に寄りかかる。容赦のない体重移動にプロデューサーの身体がやや傾き、同時に彼の鼻を甘い香りが掠めた。
彼女のトレードマークの帽子はズレ、表情を窺い知ることはできない。
先ほどまでとは別の意味で神妙な空気が漂う一室にて、引き延ばされた体感時間が永遠にも近い圧力をかける。
「……本当は、アイドルを辞める予定あるんだ」
「! それは――」
ぱさり、と芽衣子愛用のポークパイハットが落ちる。
見上げた反動で落下したそれを拾う事もせず、彼女はただただ自分のプロデューサーを見つめて、見つめて、見つめる。
彼女の魅力であるあどけなさや天真爛漫な溌剌さ。そういったものが鳴りを潜めて、今は魅惑の熱っぽさだけが瞳に籠められていた。
「もし、もしもね、プロデューサーさんが私とずっと一緒に歩いてくれるなら、東西南北どこに駆けても隣にいてくれるなら……」
物事には順序がある。自分本位で周りの人に迷惑をかけるつもりはない。
だから、今すぐにでもいいとは言わない。言えない。
それでも。
「芽衣子」
「あ――」
ほんの僅かな距離ですらもどかしく、だからこそそれは埋められた。
徐々に煮え立つようなサンチマン、比翼連理が如くに交わされるイトラント。
途端に溢れる己が感情の慟哭は頬を伝い、零れ落ちる。
「実はね、一目惚れだったんだ」
勇気――アイドルの誘いを受ける決意に余り在り。
度胸――これから未知の世界に踏み込む決心に余り在り。
直感――この人が自分の運命の相手かもしれないと、自分を新たな世界へ導いてくれるかもしれないと。
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「同じだな」
だからここまで付いてきた。
「似た者同士だね」
一緒に並んで歩いてきた。
「ああ」
同じ道を歩んできた。
「ね、プロデューサーさん」
今だからこそ言えることがある。
「なんだ?」
私が見つけた恋は――
「次はどこに連れて行ってくれるの?」
――これが最初で最後になるだろう。
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もう始まってる!
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いいゾ〜これ
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芽衣子さんスレいいゾ^〜
自分の他にも書いてくれる人がいてウレシイ…ウレシイ…
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もう終わってる!
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急にレベル上げてきて草
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らぶらぶー
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他を飲み込んで成長していく芽衣子さんスレ大好き
芽衣子さん本人も体がドスケベだから好き
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