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麻子「おかえり」
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ただいま、と玄関の敷居を跨げばいつものようにゆったりとした足取りと共に迎えの言葉が帰ってくる
セーターの上にエプロンという出で立ちで現れた麻子は、少々意外そうな表情で疑問を口にした
麻子「今日は随分と早かったな」
打ち合わせが予定よりかなり早く済んでね、と自分にしても予想外であった事実を伝えると、彼女は納得したように一度頷いた
麻子「ちょうど掃除が終わって休憩してた所だ。昼は食べたのか?」
仕事の打ち合わせついでに昼は相手方と食べてきてしまっている
彼女の作った昼食を食べられないのは非常に残念ではあるのだが、恐らく起きて一、二時間しか経ってないであろう彼女に飯の支度を頼むのも憚られた
麻子「……今日はちゃんと朝に起きたぞ。いま掃除をしたばかりだと言っただろ」
こちらの考えを見透かしたかのようにムッとする彼女は、いつもの仏頂面が更に増したようで面白い
済まなかった、と謝罪しながらも抑えきれなかった笑みが漏れてしまって、麻子の表情だけでなく態度まで硬化しまう
麻子「もう一週間家事しないからな……」
なんとも可愛らしい拗ね方である
こちらとしてはむしろドンと来いといったところで、そもそも彼女と同居する際には全て自分がやるつもりでいたのだ
というよりも、こうして今は家事の大半を受け持ってくれている事に感動すら覚える
麻子は低血圧な上に必要以上の事は積極的に行おうとするような性格ではない
とはいえ、一つ屋根の下に居ながら自分だけ何もしないというのはバツが悪かったのか、はたまた別の理由があったのか
気付けば自身の思惑と外れ、麻子は料理、洗濯、掃除等の家事を担ってくれている
麻子「ふん」
麻子はすっかり機嫌を損ねてしまったようで、共に同じソファに座りながらも互いの距離は人ひとり分
せっかく彼女と過ごせる時間を限りなく減らさずに済んだ日であるというのに、これではあまりにも勿体ない
何より、こうなってしまったのは自分の責任だ
「すまない、少し意地悪だった」と頭を下げて謝罪するが、麻子はツンとそっぽを向いたまま
仕方が無いので秘密兵器を取り出す
麻子「……それは?」
さすが麻子。紙袋から取り出した品をパッケージからでもそれが自身の好物であると嗅ぎ当てたらしい
眼前のテーブルにそれを置いてから開封し、中身を示してやると麻子の機嫌は斜め下から平坦になるくらいの修正を見せた
麻子「これ、昨日のテレビで特集組まれてたやつじゃないか」
ケーキ。そう、ケーキである
麻子は甘い物、特にケーキには目がない
このちょっと高級なケーキは、昨日テレビで見かけた際にそれが今日の打ち合わせ場所の近くにある事を知って入手してきたものだった
早速皿とフォークを並べ、食べるように促す
まだどこか気を許さないような雰囲気であったが、ケーキを口にすると立ちどころに霧散した
麻子「美味いな。こんなにおいしいとは思わなかった」
彼女は地声が女性にしては低い。ハスキーボイスというのか
ゆえに、気分の上下は声の高さ(加えて仕草)に注目すれば一目瞭然
麻子「まぁ……私も少し意地を張った。…………ケーキ、ありがとう」
どうやら許してくれるらしい
ほっとしたのと同時に彼女の愛くるしさに堪らなくなって抱き寄せてしまう
麻子「ばっ、いきなり引っ付くな鬱陶しい!」
ケーキを食べる為に両腕が塞がっているばかりに口撃以外の抵抗をできない麻子は、口で悪態を付きながらも嫌がる素振りだけは見せなかった
幸せな午後の一息は今日も過ぎ行く
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いいゾ〜これ
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も始!
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死ぬなよ…死ぬなよ…
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もう始まってる!
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明日は冷泉麻子さんの誕生日です
おめでとうございます
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ふと時計を見やると、まだまだ午後も始まったばかりといった所で、無為に時間を過ごすのも躊躇われる
普段なら麻子とだらける事で怠惰な日々を謳歌する訳だが……
麻子、と呼びかけると、こちらの肩と腕を枕代わりに寄りかかっていた彼女は、その綺麗な瞳でこちらを見上げてくる
そこにすかさず触れるか触れないかくらいの軽いキスを挟むと、そんなことかと呆れた顔をされたが、こんなのは話しかけるもののついで
出掛けないかと本題を出すと「珍しい」と驚かれた
確かに自分は麻子と同じで基本的に大事がなければ積極的に動く方ではないが、自分よりよっぽど出不精の彼女にこうも驚かれては苦笑しか無い
麻子「まぁたまにはな。新しい服も欲しいし……下着――ンン! とにかく、行くなら大きいとこに行こう」
この提案は好都合だった
もとより普段利用しているショッピングモールではなく、少し遠出して街に出る体でいたのだ
今更下着云々で恥ずかしがるのか、と笑ってやったら「デリカシーがない」と背中を叩かれてしまった
午後二時。快晴。気温も湿度も中庸で
出掛けるにはちょうど良い日だった
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お出掛け...あっ
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なんか既に天に死兆星が輝いているように見えるのは私だけでしょうか(絶望)
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なぜかわからないけど緊張してきた
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頼むよぉ、許してくれよぉ…
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車を出せば目的の場所まではすぐだった
特定の店が目的ではないので地下街やテナントの入ったビル群を行ったり来たりすることになるが、ひたすらレバーやペダルを操作するよりマシというのは麻子の言だ
戦車道の、それも操縦手というものに従事していた彼女にとってはこれくらい、ということだろう
以前聞いたことがあるが、アクセルやブレーキはともかくギアを入れる操縦桿は想像しているより重たいものらしい
この小さな身体のどこにそれを軽々と操れる力が眠っているのかは常々不思議に思っている事だが、まぁ些細なことだ
麻子「買いたいものがあるのか?」
特に何かがある訳ではない。特には
麻子「? そうか。じゃあ適当に行こう」
そうして最初に訪れたのは女性向けのファッションショップだった
どうにも男性の身でありながら女性服専門店に足を踏み入れるというのはむずがゆくて仕方がない
慣れない空間にソワソワしていたのを見兼ねてなのか、「これ、どう思う?」と近くにあったチュニックとカットソーを身体に宛がった麻子が感想を求めてきた
赤と黒の組み合わせ、更には両方のデザインに文句は無かった。恐らく着用すれば似合うのであるだろうが、果たして彼女にピッタリ合うサイズが置いてあるのか
麻子「……これが既にSサイズみたいだな」
となると少し厳しいかもしれない
女性向けに小さ目の服ですら若干大きいようなので、これは却下だろう
彼女が手にした服の隣。そこにあった白いワンピースはどうだろうか
麻子「これか? ちょっと子どもっぽくないか」
といいつつも自身の身体に合わせて確かめるように姿見の前に立つ
似合うな、と素直な感想を述べるが、「そうか」としか麻子は返してこなかった
それからしばらくその店を物色したものの、これといって気に入るようなものも無く、別の店に行こうかと提案しようとした矢先
麻子「これ、試着しても?」
と、最初に手にした白いワンピースを再びその手に収めて悠遊と試着室に入って行った
いつもはこちらを気遣って試着室に入らず、この居ずらい空間に置き去りにしたりはしないのだが
麻子「どうだ……?」
そういって彼女が試着室から姿を見せたのは十分も経った後だった
音はしていたので大丈夫だろうと思っていたのだが、まさかこんなにかかるとは
しかし、彼女の姿はその時間に見合うだけの成果として現れていた
無駄な装飾のない白のワンピースは清楚なイメージで麻子を包み、なおかつ彼女の可愛らしさを損なわずに、むしろ増大させるかのような抜群の洋服だったのだ
おお……、と想像以上の光景に呆けて固まっていると、「何か言え」と頬を朱に染めた麻子はカーテンを盾に引っ込んでしまった
なるほど恥ずかしくて試着室から中々出られなかったのだなと時間のかかった理由に納得すると共に、とてもよく似合っているという旨を伝えるとそのまま完全に試着室に戻って元の服装で出てくる
羞恥を押し殺す為なのかこちらと目線を合わせないよう顔を伏せる麻子は、黙したまま手にしていたワンピースをカウンターまで持っていく
清算の際に脇から勝手にカードで決裁を済ませてしまうと流石の麻子も「私が払う」と財布を取りだしたがもう遅い
まぁまぁ、とやんわり財布を押し戻し、包装されたワンピースを彼女に手渡した
麻子「……外では絶対に着ないからな」
ぼそりと呟かれた言葉は暗にお前以外には見せないという意味だったのか、こんな恥ずかしいもの家以外で着れるかという意味だったのか
未だに恥ずかしそうにする麻子の頭を軽く撫でてやると、無情にも平手で打ち払われてしまった
まだ時間はある。楽しみながら、歩かなければ
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彼は死にましぇえん!!!!まこが好きだから!!
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何でこんなに嫌な予感がするんだ。
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でぇじょうぶだドラゴンボールで生き返る
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麻子が小腹が空いたというので偶然見かけた喫茶店に入った
都会のただ中にあるだけあって喧噪も覚悟していたのだが、逆に静かすぎるほどで呆気に取られてしまう
いくつかの紙袋を席に下ろすが、こうして見ると買い物に来た割にはかなり少ない
買い漁るのが目的ではないので別に構いはしない
もしかすると今日の支払いを全て自分がもっているせいで麻子は遠慮しているのだろうかと考えていると、案の定彼女は席に着くなり自分の財布をテーブルへ投げ出した
麻子「自分が食べた分は払う」
この有無を言わせぬ強固な姿勢に抵抗は無駄だと悟り、両手を上げて降参のポーズを示した
大げさな意思表示に本日何度目かの呆れた顔を見せた麻子も、メニューを開けばたちどころに表情を一変させる
喫茶店といえば軽食やコーヒーだけではない。甘い物もメニューに名を連ねていて当然
だから彼女が迷う間も無くショコラケーキとオレンジジュースを頼んだのも必然
せめてこちらの注文内容が整うのを待って欲しかった、と言うと「悪かったな」と悪びれた様子も無く返されてしまった
どこか緩慢とした時間の流れを感じながら注文をしたキリマンジャロを啜っていると、対面の麻子が複雑そうな顔で眼下のケーキを睨んでいるではないか
先程まではいかにも美味しそうに頬張っていたにも関わらずこの変化はどうしたことか
スプーンの先端に切り離されたショコラケーキをじっと見つめる麻子に、どうかしたのかと言葉を投げようとしたその時
麻子「…………ん」
自分の目の前にスプーンが差し出される
突然の行動にどうしていいかわからず混乱していると、間抜けにも開けていた口の僅かな隙間に麻子はスプーンを捻じ込んで来た
咳き込まずにショコラケーキを舌で味わうことが出来たのは運が良かったと言えるだろう
麻子「おっ、美味しいと思わないか?」
確かに美味しい
自分が購入してきた昼の一品には及ばずとも、こういう出かけた先でなんとなく入った店で食べるには十分すぎるほどだった
が、問題はそこではない
今のはもしかして、と言いかけたところで鼻を抓まれる
麻子「やめてくれ、それ以上は言うな。………………あーん、とは言えなかったけど、偶には……これくらい」
いやいやこの反応だけでも嬉しくなる
家の中でも滅多にないのに外でこんなことをするなんて、よほど機嫌が良いに違いない
じゃあお返しにこっちの珈琲をあげよう、と顔を近づけると非情にも頬を張られてしまった
テーブルの一部が茶黒くなってしまったのは言うまでもない
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唐揚げ
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麻子にアーンしてもらいたいけどな〜俺もな〜
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喫茶店を出た後に荷物を一旦車に置き、今度は反対方向へ繰り出す
最初に向かった方と殆ど変わりないものの、こちら側には家電量販店や大規模なトレジャー施設があるので時間を潰すには持って来いの場所である
立ち寄った店でなんとなしに掃除機を見ていると、麻子の声がかかる
麻子「見ろ。これ一つでオーブンとレンジ両方の機能がある上に、蒸す機能までついてるらしい。便利なもんだな」
言われて見てみると、一般の家庭に置くにはけっこうな大型の家電が鎮座していた
値札と共に商品の情報が記載されており、彼女の言う通り多機能を備えた最新の品のようだ
ただ、その分お値段は相応である
ポケットに手を伸ばそうとすると目にも止まらぬ速さで腕を掴まれてしまった
麻子「まさか買うのか?」
ジト目でそんなことを言われたが、それもしょうがないことだ
今日は彼女が手にした物、気にしていたものは根こそぎ買った(自分の買い物もちゃっかり済ませてある)
そのせいでこれも買おうとしていると思われたのだろうことは想像に難くない
この値段の家電をポンポン買うわけにはいかない、と返すと、どこか疑いを残しつつも「ならいい」と手を離してくれた
次に向かったのは家具屋
不足している家具も機能に不満足な家具も無いが、見るだけならばタダだ
低反発安眠枕に目を輝かせる麻子だったが、それが自分が今使っている物以下の品質だと気が付くと微妙な顔をして元の棚に戻していた
このクッションなんかよくないか、と手触りの滑らかな丸いクッションを手渡すと「おぉ……」と気に入った様子
が、はっとしたようにそれを手離す
麻子「うちにあるので十分だ」
まぁそう言うのならいいのだろう
彼女が特に愛用している猫のクッションや、背もたれにもなるクッションのような良い物もなかったので、この場は早々に後にすることになった
そろそろ夕暮れも沈む
今夜は良い夜になりそうだった
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>今夜は良い夜になりそうだった
なんで過去形なんですかね...
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買い物を終えて家路へ向かう夫婦。疲れからか、不幸にも黒塗りの高級車に追突してしまう。
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曇らせようとするのはやめろ
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日は落ちた
せっかく出掛けてるのだからと夜は外食で済ませる事にし、事前に目を付けておいたレストランへと入店する
麻子「落ち着かないな……」
ドレスコードが設けられているほどではないにせよ、店外・店内の装飾やボーイの動き、メニューに記載されている一品辺りのお値段から相当に良いレストランであることは間違いない
普段は泰然自若に構えていて多少の事では動じない麻子も、気軽な買い物から一転してどこか気後れしているようだった
式場や五ツ星でもないんだからファミレスと変わらんよ、と笑ってやると「お前はがさつだからな」と痛い所を突かれてしまう
見慣れぬメニューの数々になんとか注文を終えて待っていると、こちらをじっと見つめている麻子と視線ががっちりぶつかった
ただ眺めているだけではなく、何か言いたそうにしている彼女にどうしたの? と問いかけると、「いや」とかぶりを振って視線を逸らされる
もしや勘付かれたかと冷や汗が背筋を伝う
そうこうしている内に和牛マーブル仕立てグリエ・トリュフ風味・豆苗と絹さや添えなる、いかにも小洒落た料理が目の前のテーブルに並べられた
どうしてこういう店の料理はどかっと盛り付けしないんだろうな、と小声で言うと、「子どもみたいなことを言ってるんじゃない」と苦笑されてしまった
麻子「旨い……!」
なるほど値段に違わぬ一品である。問答無用に美味い
しかしこれはワインと一緒に頂くものなのだろう。車で来てしまった事を酷く後悔した
その後も人参のテリーヌ・アカザエビ入りカレーソース、オニオンスープ、鯵のマリネなど縁のない料理に舌を驚かせながらも粛々と食事は終えられた
終始こちらの様子を窺っているかのような素振りを見せる麻子だったが、今宵の食事には大変満足したようでこちらとしても嬉しい限りだ
麻子「よかったのか? 運転なら私が代わるから呑んでもよかったんだぞ」
それでは麻子が呑めなくなるので不公平、却下
麻子「馬鹿」
何故か罵倒されてしまった
夜は段々と更けていく
そこに橙色の影は既に失われていた
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竜田age
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書き込み時刻とSSの時刻が同期していますね
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>>25
なるほど
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ようやく帰宅する頃には時刻は九時を回っていた
そこそこの量の荷物をリビングに投げだし、中身の確認は二の次にして風呂場の確認をする
出掛ける前に掃除と湯張りの予約はしてある。見てみればばっちりと時間通りにお湯を溜めてくれたようだった
麻子「先に入ったらどうだ」
気を遣って一番風呂を進められたので遠慮なく入る事にする
なにせ普段からあまり動き回る事もないような身である。一日歩き通しも同然の状態だったので足腰がクタクタだ
麻子も同じくへとへとの状態であり、こちらが風呂へ向かう頃にはソファで潰れていた
若いのが二人して情けない! と彼女の祖母が見れば怒鳴りつけられることだろう
水と同化するかの如く湯船に浸かっていると、何の前触れも無く風呂場の扉が押し広げられ思わず情けない声をあげてしまいそうになる
曲者か、とそちらを見やれば、そこにいたのはタオル一枚で隠せるところ以外の素肌を晒した麻子
麻子「……いつまで見てるんだ」
ついつい食い入るように見つめてしまい、彼女の言葉にようやく平常さを取り戻して湯船に浸かり直した
珍しいと言うほどの事でもないが、麻子が自分から一緒に入ろうとするのはそんなに無い
二人で入るにはいささか手狭な湯船。自身の前にすっぽりと収まった彼女は、いつもそうするようにこちらに背中を預けてくる
麻子「ふー……今日は疲れた……」
まったくだ、と同意を示す
しばらくは身体を洗うにも頭を洗うにも動きたくなかったので、目の前で揺れる麻子の頭を撫でたり、髪の毛を弄ったりしていた
そうしてようやく長風呂を避けるために身体を洗おうかと体勢を起こしたのだが、麻子も同時に立ち上がってしまってこけそうになる
麻子が先に洗うか? と尋ねると、彼女は自身を横目に「背中を流してやる」とぶっきらぼうに言い放った
そういうことかとお言葉に甘えて椅子に腰かける
麻子「これ、くらいで、いいか?」
一息ごとに力を込めて背中を洗ってくれている麻子の言葉にちょうど良いよと応じながら、その背中の感触を味わう
こうして背中を流してもらえるというのは大変に気持ちがいい。それが自身の最愛の人であればなおさらだ
至福とも言える時間は過ぎるのだけはあっという間で、やがてお湯で洗い流された泡を名残惜しく見送る
さて、と椅子から立ち上がった
麻子「髪がまだだぞ。……な、なんだ?」
その前にお返しをしなくてはなるまい
彼女の腕を引いて椅子に座らせる
麻子「なんだ、私には別に……」
いい、とは言わせる気はなかった。大丈夫、力加減はわかってると石鹸を手に取る
そう、わかっているのだ
彼女はこうして誰かの手で(それが誰でもなのか自分にだけであるのかはわからないが)触れられるのをこの上なく恥ずかしがる
こうした肌に直接触れさせる行為など以ての外だろう
しかし彼女は自分の背中を流した。こちらの肌に触れたのだ。だからイーブンである
麻子「うぅ……やっぱり洗ってやらなきゃよかった」
そう悲しい事を言わないで欲しいものだ、と口では悲しむ風で手はしっかりと動かしていた
彼女の白過ぎるくらいの肌を丁寧に磨いてゆく
最初は細かく身を捩るような素振りを見せていた麻子も、次第にこちらに身体を預けてくれるようになった
いつもの事だ。この背中を撫でられる気持ちの良い間隔には誰も抗えまい
内心であくどい笑みを浮かべながら、さて前も、と手を伸ばすと思いっきり手の甲を抓られた
麻子「調子に乗るな」
鋭い視線にすみませんでしたと頭を下げるしかない
麻子「まったく……いつもいつも、どうしてこう……」
ぷりぷり怒りながらも頬を染めていては説得力に欠けるというもの
こういった彼女の可愛さに触れる度に心は満たされる
そろそろ、一日を跨ぐ時間が近づいていた
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>>25
あ、ほんとだ。
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一日の疲れを洗い流した二人はリビングのソファにだらしなく寝そべっていた
人を布団代わりに横になっている麻子は眠たそうに眼をこすりながらも、テーブルのグラスに手を伸ばす
乗りかかられているこちらとしては、眠気のせいでグラスを落としてしまわないかヒヤヒヤものであった
自身もグラスに手を伸ばしてウィスキーを煽る
麻子「横になったまま呑むなんて行儀が悪いぞ」
どの口がそんなことを言っているのか
そう指摘すると彼女はにへらと笑うだけで何も言わずにまたグラスを傾けた
酔っているせいで彼女の変化に乏しい表情もかなり緩和、というか崩れており、普段拝むことのできない笑い方に妙な笑みを零してしまった
するりと頬の辺りに手を添えてみるも、ぴくりと反応するだけで抵抗する事も無い
完全に出来上がっている
麻子「ほら、空いてるぞ」
その癖目敏く人のグラスが空になる前に並々と注いでくるので止め時というのが見つからない
別に止める必要もないが、そろそろウィスキーだけというのも喉が苦しい
麻子「あー……バカヤロー。なんで私の方にそれを入れたんだ」
甘口の酒を好む彼女はカクテルを嗜むが、そもそも酒に強い方ではないので安価なものであってもウィスキーをロックで呑むことはまずない
そんな彼女のグラスに容赦なくウィスキーを投入し、アイスバレット(溶けない氷のようなもの)を入れると更に炭酸水をこれでもかと加えた
かなり薄くしたのでこれなら大丈夫だろう
麻子「度数の問題じゃにゃい……ない。味の問題だ」
じゃにゃい
麻子「…………」
じゃにゃい
麻子「うるさいばか」
鎖骨をぶっ叩かれた
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れま子はこんな風に平凡に幸せに生きて欲しい
曇らせるなよ……?
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>>25
粋すぎぃ!
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ほっこりとトキメキと不安が混ぜこぜになる
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言葉にするから不安になるんだゾ
れまこは曇らない、いいね?
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>>33
OK!(ズドン!
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麻子「なぁ」
あと少しで日付が変わるという頃合いに麻子がそう声をあげた
トロンとした目つきながらも意識ははっきりしているようで、グラスに残っていたカクテルを飲み下すと再度こちらに向き直る
麻子「今日はどうして……いや」
口にするべきことはあるのに言葉にはし切れないといった所か
代わりに、今日はどうして殆どの支払いをもったのか聞きたいのか、と呂律の怪しくなってきた口で答える
麻子「それもそうだが……なんというか……」
なにかもっとこう、見えない部分
内面、あるいは精神的、第六感のような言い表しにくい場所
そこに、あるいはそこで違和感を感じ取っていた麻子の予測は正しいと言える
思えば喫茶店かレストランの辺りから彼女はそれに勘付いていたようにも考えられるが、それが何なのかまではわからなかったのだろう
だからこうして本人に直接訊いているのだ
そうだなぁ、と言葉を濁しつつ視線を外し、時計を見上げた
時刻は十一時五十五分
あとほんの少しで、新たな日に迎えられる
麻子「おい、聞いてるのか……おい」
ゆさゆさと身体を揺らされるといい感じに酔いが回ってくるのでさりげなく対抗しながら、ソファから這い出て今日買った品々の納まる紙袋を漁る
何をしてるんだコイツは、という視線に晒されながら目当ての品を見つけた頃にはちょうどいい時間になっていた
麻子「なんだ、それ」
出てきた黒いラッピングの長方形に小首をかしげる麻子に時計を指し示す
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時刻は零時
今日の日付は――九月一日
「誕生日おめでとう、麻子」
そう言って手にしたプレゼントを手渡すと、麻子はぽかんとした後に渡されたものとこちらを交互に視線を動かし、時計を見上げ、携帯の日付を確認し――ほろりと涙を零した
まさか涙するとは思わず悪酔いか体調不良かを疑って慌ててしまうも、「すまない、なんでもない」と強制手にソファへ押し戻されてしまう
麻子「これ、開けてもいいのか」
目尻に残った熱い雫を拭い取った麻子は、まだまだ酔いの雰囲気を纏わせながらも先程よりはっきりとした口調でそう訊いてきた
無論、麻子の為に贈ったものなのだから煮るも焼くも彼女の自由である
麻子「そうか。じゃあ……」
包装を解いた中にある入れ物の蓋を開けた麻子は、その中身にしばし固まると、やがてゆっくりとそれを取り出して眼前に晒した
光を吸収する特殊な素材のチェーンが伸び、その先にぶら下がるのは猫の姿に模られた菫青石
彼女の誕生石で作られたネックレスだった
アイオライトブルーに輝くそれを矯めつ眇めつ眺める麻子は、ひとしきり堪能した後にようやく手を下ろす
麻子「くく……宝石を猫の形にするだなんて。こういう時に無粋かもしれないが、すごく高かっただろ」
さてどうかな、とすっとぼけると麻子はそのネックレスをこちらに寄越して顔をくい、と上げる
その行動の真意を理解していながらも接吻を交わすと、おなじみの呆れた顔で「待ちきれないから早くしろ」と催促されてしまった
大人しく渡されたネックレスを彼女の首にかけてやると、麻子は途端にそれを確かめるように何度も小さく跳ねたり、動いてみたり、チェーンを弄ったりして落ち着かない
これだけ喜んでもらえているのならいいか、とその様子を微笑ましく思う
と、急に麻子が胸元に飛び込んで来た
突然のことだったがなんとか受け止め、それきり彼女は動きを止めてしまう
まさかいきなり電池が切れて寝てしまったかとも思ったが、どうやらそうではないらしい
そうやって沈黙が二人の間に帳を下ろしてからどれほど経っただろうか
疲れに酔いも手伝ってそろそろ眠気も限界と彼女を抱えて寝室に向かおうと思い立った瞬間――
麻子「ありがとう。とても、嬉しかった」
それは恐らく初めて見る彼女の表情ではなかっただろうか
彼女を彩るのは満面の笑み
それも、とても無垢で無邪気で、ニヒルさや気怠さ等が一切ない、まるで子供のままのような純粋な笑顔だった
麻子「これからも……これからもよろしく、な」
当たり前だろう。こんな幸せを離すものか
そういって抱き締めると、「そうか」と満足げな返答の後に寝息が聞こえてきた
もう、今日はこのままでいいだろう
彼女に抱き締められたままそっと紙袋から買ったばかりのブランケットを取り出すと、くるまるようにしてそれを被ってソファに横になる
麻子のその健やかな寝顔に至福を感じ、自身も意識を手離すのだった
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粋スギィ!
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粋スギィ!イクイクイク……ンアッー!!
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麻子「それにしても」
ん? と隣にいる彼女の言葉に耳を傾ける
麻子「別に今日でもよかったじゃないか。どうして昨日……日は跨いだから今日か」
なるほど言いたい事はよくわかる
昨日じゃなく今日出掛けて色々と買ってからプレゼントを渡せばよかったのにと言いたいのだろう
麻子「だいたいそんな感じだ」
最初はそうしようと思ったが、麻子の周囲の友人はとても友達思いなので誕生日当日にお誘いが来るだろうと配慮したのだ
もし誕生日の日にサプライズを用意していたのに主役がいないのではお話にならないし、当日は存分に友人と楽しんできてもらいたかったのだ
麻子「あー……」
微妙そうな表情に何かやらかしてしまっただろうかと身構える
その様子に、「いや……」とどこか申し訳なさそうに首を振った麻子は、こちらの予想していなかった結果を告げた
麻子「沙織が私たちに気を遣ったみたいでな。誕生日パーティーやるけど明日にするから、と……」
どうやら麻子の友人は気遣いにも長けているようだ。こちらの思惑もあちらの考えも裏目に出てしまったわけだが
まぁ避けて日付が被らなかっただけいいだろう
麻子「肝心の誕生日は家でだらけるだけか」
苦笑する麻子に釣られて自然と笑ってしまう
それもいいではないか。ゆっくり二人で過ごそう、と言うと彼女は身体をこちらに預けてきた
麻子「そうだな――二人で、ずっと……」
〈了〉
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今日は冷泉麻子さんの誕生日です。おめでとうございます!! おめでとう!!
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お前なかなかぁ…手の込んだことするじゃねぇか(賞賛)
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粋スギィ!
軽率に麻子が曇るSSかと思ったら心が洗われるSSだった
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すげェ流石>>1ァ!
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NaNじぇいにあるまじきSS
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こいつは>>1、見ての通り粋な文豪だ
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ちくしょうニヤニヤがハンパねぇ
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ハ 何ヶ月ぶりだろう
NaNじぇいSSで心が暖まるのは
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思えば麻子のお陰でSSなるものを書き始めたのだったか(自分語り)
麻子本当に好き
絶対に幸せになって頂きたい
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>>1
乙ゾ、クッソ粋なSS、誇らしくないの?
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心が温まるすばらしいSS
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やりますねぇ!やりますねぇ!やりますねぇ!
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ええぞ!!ええぞ!!
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ああ^〜たまらねぇぜ
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>>1
お疲れナス! これって・・・勲章ですよぉ?
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涙がで、出ますよ
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おじさんは君みたいなねえ、イカしたss書きが大好きなんだよ!
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粋すぎぃ
自分涙いいすか
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cv井口裕香
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粋すぎィ!!
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