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【SS】間津内長閑(まづうちのどか)の帰郷

1 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/25(月) 15:51:30 TVlNw4Os
注意

・ミステリもどきの何か
・遅筆
・元ネタあり、一応オリジナル
・おそらく長編
・拙い濡れ場あり(ノンケ)
・淫夢要素はありません
・女の子説を助長するものではありません
・SS初心者なので体裁とかわかりません。指摘をくださって結構ですが、優しくしてください。


よろしくお願いさしすせそ


2 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/25(月) 15:53:00 TVlNw4Os
 ゴトゴトと突き上げるように薄いクッションの座席が揺れた。車が縁石に乗り上げたのではない。ここが舗装されていない田舎道で大型の、特にこういう大型バスで走ると大きな揺れが生じてしまう。
 山に直接荒いコンクリートの線を縦に横に、蛇行するように出来た足場の悪いこの道は今向かっている目的地の唯一通る道であり、村人たちの動脈でもある。
 だというのに、嵐などで倒木があったり経路の途中の窪んでいるところに水が溜まったりして夏場から秋にかけて通行止めになりやすい不便な道だ。
 唯一の利点と言えば、田舎特有の幅を大きくとった道路だ。これのおかげでどのような車でも通りやすい。
 だけどまあ、それがなければ動脈として成り立たないんだけど………。

 流石にこんな山奥の村まで行こうとする物好きはいなくて、バスの中には僕と運転手の二人だけで、言葉通りにまるでがらんどうだった。
 車内の肌寒いくらいの空調の中で代わり映えのしない木々だらけの景色を窓辺で眺めながら僕はぼうっとしていた。
 
 さて、僕が何故尻を何度も突き上げられるような思いをしてこんな辺境までバスに揺られなきゃならないのか話しておかなきゃいけない。
 僕は間津内長閑(まづうちのどか)、といってもこれは本名ではなくペンネームであり、本名は遠野理沙人(とおのりさと)という名前だ。
 こちらもペンネームみたいな名前だが親がつけてくれた正真正銘僕の名だ。
 ペンネームというからには何か手に職をつけていたり、ネット掲示板やオンラインゲームなどで名乗っている固定のハンドルネームのプレイヤーだったりするわけだが、僕は一応前者。

 大学にいた間ずっと趣味に没頭したり、ものを書いたりしていただけで怠惰に過ごしていた。まあ、怠惰にはわけがあるんだけど言い訳は女々しいからやめておくよ。
 ともかく、就職活動などを一切していなかった僕は卒業した後、無職となり社会という荒海へ放逐されて、成す術もなくのんべんだらりとしていた。

 所謂ところのニートってやつだね。そんなニートに声を掛けたのが大学の間から下宿などで世話になっていた叔父で、彼は三浦出版という中規模程度のそこそこな出版社の社長だった。
 大学四年間筆を執っていた僕に何かを見出したらしい。賞も何も取れなかった崩れ者相応のプレッシャーではなかったが、真っ当な社会人になる選択はその時それしかなかった。
 最初は雑用だったり、地方雑誌の巻末の占いコーナーを担当したり、編集でもないのに校閲だのなんだのと手伝いをさせられて、まあ色々あって大変だったけど友達も出来たし、それなりに楽しかった。
 数年経った今、一つのコーナーを担当することになった。それなりに力をつけたからか、読ませる文章を書けるようになった、とか叔父さんに言われたっけ。あのときは嬉しかったな。
 おかげで、大学の頃にあった執筆意欲みたいなものが再燃して、仕事以外にも物書きというものをするようにもなった。
 そうやって自分のやるべきことを趣味に本業に研鑽していった結果、順調に僕のコーナーは更に人気が出てきて、それで名前が少し売れてきた頃だった。

◆ ◆ ◆


3 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/25(月) 15:53:57 TVlNw4Os
 明かりが消えた部屋でいつも通り締め切りに怯えてキーボードを叩いていた深夜。
 ドアを丁寧にノックする音がした。こういうお上品にノックをするのはうちの会社に一人しかいない。

「木村君かい?いいよ、入ってきて」

 ゆっくりと扉を開き部屋に入ってきたのは、茶髪でサングラスをかけたつり眉のキリッとして整った顔で中肉中背のスーツの僕と同じくらいの男性。
 木村直樹、25歳。僕と同じR教大学出身で在学中は空手をしていたらしい。色眼鏡なしにイケメンなんだけど何故か異性関係の浮いた話は聞かない。この会社では編集の仕事をしていて、僕の友達の一人だ。
 初対面のときはどこか危なさを感じる不良っぽい外見で僕と住む世界が違う感じがして話しかけるのも気が引けた。

 だけど、僕の担当の編集になったとき、業務上のこともあって話してみたら、同じ大学出身ということで話題が被ったのが功を奏した。
 僕たちはあの教授がどうだ、だの名物の学生であんなやつがいた、だのと思い出話に花を咲かせた。
 その日を境にだんだんと仲がよくなって、今では木村君と一緒に飲みに行ったり、週末に遊ぶことも多い。

 木村君がご機嫌な調子で歩いてきて、僕のデスクに手をつくとPCの画面の中を覗き見てきた。

「よう、遠野の兄ちゃん。もう仕事は終わりか?」

「残念だけど、もうちょっとかかるみたいなんだ。締め切り近いよね、ごめん」

「いやそうじゃねえんだ。朗報だよ朗報」

「朗報?」 

「あー……」

 もう少しで終わりそうな原稿を見て木村君はポリポリと頬を人差し指で搔いた。水を差したと勘違いして罰の悪そうな顔をしている。

「もうすぐで終わるんだったら早く終わらせようぜ。締め切り前の焦燥しきった面でする話じゃねえからな」

「わかったよ」

 頭の中に既にあった構想を打ち込む作業だ、時間はかからないだろう。僕は少しペースを速めて原稿を済ませ、USB端末にそのファイルを保存してすぐさま木村君に渡した。

「じゃ、これは頂いていくぜ」

「うん。修正しなきゃいけないところは頼むよ」

「あっ、と話か。それじゃあ俺ん家で飲みながら話でもするか」

「ああ、明日はお互い休みだからね。いいよ」

 僕は夏場の暑さに蒸れた服を着替えてから木村君の家に向かった。
 木村君の家は職場から近い。実家というわけじゃないらしいけど立派な佇まいで、妻子がいるのを前提とした広さと家具が揃っている。
 けれど木村くんは妻帯者ではなく、子どももいない。謎だ。木村くんに質問してもいつのまにかはぐらかされていて、よく分からない。
 僕の予想だと彼はどこぞの御曹司なんじゃないか、と踏んでいるがこれ以上の邪推はやめておこう。友達を興味本位で探るのは良くない。

 まあけど、この広さと何でも揃ってる安心感と居心地の良さには僕も何度もお世話になっている。叔父さんの家よりこっちの方が寝やすいまである。


4 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/25(月) 15:54:29 TVlNw4Os
 閑話休題、僕が適当な場所に座ると木村君が隣に座って、上等そうなビールと適当に作った軽食を三皿ほど持ってきた。

「こんなもんでいいだろ」

「うん、ありがとう」

 それからテレビを見たり、しょうもないことで騒いだりして、ビールを何本かあけて日本酒を飲もうかといったところで木村君が赤ら顔でハッと思い出した。

「そうだった、そうだったよ。遠野、お前旅行する予定は無いか?」

「いきなりなんだよ」

「いやな?三浦社長から俺とお前にもう一つ新しい企画を持たせるってよ」

「……?木村君づてに僕に言うように言われたの?」

「ああまあ、よく分からねえけど、そうらしい。それで新しい企画ってえのが」

 要約すると、地方を活性化させようということで、会社で押している雑誌「そうだよ」に田舎に密着した特産物や名物、名所や、観光スポットを紹介する大きなコーナーを作る予定らしい。
 それの第一弾が「高斗(こうと)村」と呼ばれる人口数千人ほどのちょっと大きな盆地の村で、それの取材と記事を僕たち二人に任されたらしい。中小企業の三浦出版では二人というのが限界らしい。
 だけど、これは喜ばしいことだった。メインの雑誌で人気が出れば知名度が上がる。知名度が上がれば、学生の頃に燻ったままのあの夢を叶えることができる。
 賞に入賞して、名のある作家になること、それが僕の夢だった。………だけど

「高斗村か……。どうしても、行かなきゃダメかな?」

「なんだ、どうしたんだよ。こういうのお前喜んで飛びつくと思ったんだけど」

「ごめん。だけど、あそこってド田舎もド田舎でしょ?バスもロクに出てないし、戻ってくるのも一苦労だよ」

「やけに詳しいな……。だがしかし、うーんそうかー、遠野はダメかぁ」

 露骨に残念そうな表情。この顔は明らかに同情を買おうとしているそれだ。僕はそんなあからさまな演技なんかに―――。

「仕方ないなぁ、本気で嫌ってわけでもないし、行こう。もちろん、木村君も来てくれるんだよね」

「ああ、もちろん。取材くらいは手伝ってやるさ。一人じゃ負担が大きすぎるもんな」

「それにこれで一蓮托生だ。ははは、この企画がコケれば俺とお前で灰を被ることになる。より一層結束が深まったぜ」

「あんまり嬉しくない深まり方だよ」

 友情には勝てなかったよ…。
 これが一番の近道なんだとその時の僕は思っていた。それに、そろそろあの場所に行ってもいいかなと、踏ん切りがつく頃だ。いい機会だ、とも思ってた。
 それと、叔父さんの頼みを断ることは僕の心情的に許せるわけがなかった。

 だけど、その選択のおかげで大変なことになるなんて今の僕には想像もつかなかった。

◆ ◆ ◆


5 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/25(月) 16:00:26 TVlNw4Os
 じゃあなんで僕が一人でバスに乗っているか、と考える人はいると思う。これはつまり、木村君が僕の架空の友達だからとかそういうわけじゃない。
 今朝、急に予定が入ったらしい木村君は後から合流する形で高斗村を同行する形に変更になった。

 僕はというと、先だってもう向こうの村役場の地域振興課や観光課などの人たちと連絡を取っていたため、先に村へ行く手筈となっていたため、仕方なく一人でバスに乗り込んだのだ。

 ゴトンッ!と一際大きい揺れで身体が浮かび上がった。今に至るまでの回想に耽ってしまっていたようだ。周りを見るともう鬱蒼とした木々の中は通り過ぎたようだった。

「森を抜けたのかな。長かった……一人の長旅は辛いよ、木村君」

 薄暗かった始発から走り、次第に人をまばらにしていったバスの車内に眩しい太陽の光が差し込む。反対側の車窓からは僕のペンネームよろしく長閑という言葉が似合う景色が広がっていた。
 ガードレールの向こうには田んぼや畑、畦道を行く虫取り網の少年、背の低い建物たち、せせらぐ小川、入道雲を見上げる山々がまるで脈動しているかのように雲の陰影に模様を穏やかに変え続けている。
 人口こそ都市部より多くはないが、毎日を充実に生きている様は都会のそれとはまったく違い、純生命的なものを感じさせられるいい村だと僕は思う。僕が来たくない場所という点を除けば、だが。

「高斗村。ここはずっと変わってないんだな」

 高斗村は僕の故郷だった。僕はこの村で生まれ育ち、高校に行くため町へと出て行ったっきり。帰ってきたのは両親のそれぞれの訃報を聞いたときの2回だけ。
 それを数えないならば、今年で歳が二十六になるわけだから……。

「10年ぶりか。そうか、その間ずっと僕はここを離れて…………」

 その瞬間、僕に微笑みかける少女の顔が脳裏を過った。そして、俯いてしまう。
 僕が大学で何も出来なかった言い訳、そして高斗村に来たくなかった理由、それがその少女の面影だった。
 故郷が何も変わってなかったのは嬉かったし、あの頃からずっと止まっている僕の時間を映す鏡のようで辛かった。

「恒子ちゃん……」

 恒子。田宮恒子とは、二歳離れた僕の幼馴染であり、一番仲の良い友達であり、先輩であり、憧れであり、昔の恋人であり、初めての相手であり、
 今もなおずっと、村を離れて10年経っても僕の胸の奥の奥に巣食い続ける大きな楔だった。

 昔からずっと一緒で、気づいた時にはもう惹かれていた。それは彼女も同じだった。告白するでもなく、いつも一緒にいた。
 彼女はどんなことにも興味を持つ娘だった。空手、水泳、サッカーなどの運動分野、お笑い、モノマネなどの娯楽分野。
 色んなことを彼女はやって、僕も毎回毎回、いつの間にかそれに付き合わされていた。

 だけど、一際彼女が興味を抱いていたのは本、とりわけ娯楽小説の部類が大好物だった。中学、高校では文芸部に入っていて、僕も釣られてそっちの趣味に傾倒した。
 最初は彼女を夢中にさせる文豪たちにジェラシーを感じていたけど、いつしか僕は自分でも文章を書いてみるくらいにはのめりこんでいた。
 彼女は、僕と一緒に直向になったり、寄り添ったり、執筆にいそしむ顔を無理やり覗き込んでは笑いかけたりしていた。

 今の自分があるのはハッキリ言って全部恒子ちゃんのおかげだと思う。そのくらいには僕の中の恒子ちゃんはすごい大きな存在で、それは今も変わらない。良い悪いは別として。


6 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/25(月) 16:03:44 jdTsYADA
フリーのホラーゲーみたいな文章


7 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/25(月) 16:07:22 TVlNw4Os
 学年でいうと高一のちょうど今と同じくらいの夏だったと記憶している。僕は彼女の家に招かれ、チープな罠に引っかかり、レイプまがいのことをされた。
 何であんな焦燥しきった、悲しく辛そうな顔で僕にあんなことをしたのか、その時の僕は分からなかった。完全に僕は蚊帳の外だったから。

 なのに、僕は結局、目先の肉欲のことしか考えてなくて。

『いいでしょ、遠野。あなたの事が私ずっと好きだったの』

 正直、満更ではなかった僕は彼女の気持ちに応えて彼女を抱くことを決意した。
 二人とも、初心であり、初めての経験だった。僕は恒子の破瓜の血に最初は怯えたが、彼女の誘う表情と身体を包む快楽にそれも鈍った。
 彼女は避妊を拒否した。すべてを自分にぶつけることを要求してきた。思えばあれは自暴自棄であり、僕に助けを求めていたんだ。
 加減を知らない思春期の二人の交接に二人とも思うままに身体を動かし、想いをその快楽を証拠にするようにいつまでも求め合った。
 初めての快楽に驚喜する身体で、何度も何度も彼女の中で果てた。好意を、恋慕を、募らせた分、彼女の中に注ぎ込んだ。

 その日から正式に付き合い始めた僕たちは、場所を選ばず発情しきった動物のように飽きもせず愛を確かめ合った。
 そんな蜜月の日々を彼女が高校を卒業する直前、約一年間続いた。夢のように楽しくて充実した毎日だった。でも、問題はその後のことで。

 唐突に僕は僕以外の男と結婚する旨を伝えられた。恒子は今までに見せたことのないくらい悲しそうな、全てを失ったような顔をして高斗村へと帰っていった。
 彼女は流れでいうとある名家の分家らしく、ご本家の嫡男に随分前から見初められていたらしい。彼女の両親はありがたがって、恒子を嫁に出すよう話を進めていた。 
 僕もどうにかしようとかけあったが、地方の名家の権力に当然適うわけもなく、彼女の白無垢と涙に濡れた白粉の化粧を見ることはなかった。

 式に招待すらされていなかった。そもそもが身分違い、叶わぬ色恋。無為な逢瀬。最初から蚊帳の外で、僕は彼女の肌と愛に夢中で大事なことに最後まで気づかず、終わってしまっていた。
 そもそも招待されても逢いにいけるわけがなかった。僕は僕の中でぐるぐるといくつもうねって交錯したどす黒い感情を近くに行ってまで抑えられる自信がなかった。

 人生で一度の恒子の晴れ舞台を、そんな惨めで女々しくて子ども染みた感情で穢したくなかった。本音を言うと、顔を見ることすら無理だった。
 ああ今日にも恒子は見ず知らずの男に抱かれ、跡継ぎのために子どもを何人も作るのだろう。そんな得もいえぬ、心を抉られる絶望感と喪失感、嫉妬でどうにもならなかった。
 昔からずっとこうなる予定だったと伝えられたのは、彼女が結婚した直後のことだった。

 僕にとっての悲劇はこれでは終わらなかった。彼女が結婚してから、6年後。ちょうど僕が4年に繰り上がってから、これまた今と同じくらいの頃だったと思う。
 鈴木(旧姓:田宮)恒子とその夫が亡くなった、と当時の友達から聞いた。最初はその実感が無かった。急いで鈴木家へ、アポも無しに電話をかけた。とどのつまり、それは事実だった。
 全ての希望が潰えて、しばらくはずっと呆けていて、周りからは死人のようだと心配されたことは記憶に新しい。

 せめて一緒になれなくても、彼女を元気付けたり愉しませたい。彼女に想いを届けるために必死になっては結果を残せなかった努力の執筆活動も全てが水泡となった。
 文字通り、全てが水の泡で、昔の文豪が囚われていた厭世観という気持ちをそのときははっきりと理解できた気がした。

 何もしたくなかった。何もできなかった。僕の幼い頃の面影を傍で見ていた人はこれでもう誰もいなくなった。自分が世界から孤立して、分離したような心持だった。
 そんなときだった。三浦の叔父さんに拾ってもらったのは。
 不貞腐れた子どものようにずっと篭っていた僕に必死に声をかけて、真摯に向き合い、一人にさせるまいと仕事と僕の面倒を両立してくれた。
 僕もそれに向き合うべきだと思い、結果的にそれが木村君を初めとする第二の僕を知る大事な友達と出会うきっかけになった。
 
 長々と説明したけど、つまりはこういうこと。両親も、最愛の人も失ったこの地に生家ももう売り払われたと聞く高斗村。
 僕にとって高斗村は故郷と言うより、今でも引きずっている闇が根付く呪いの地としての意味合いのほうが強かった。だから、戻ってきたくなかった。


8 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/25(月) 16:15:34 TVlNw4Os
 道も舗装されてきているのか、さっきより車内が弾んでないことから察するにもうそろそろバス停が近いのだろう。斜面へ差し掛かって村へ降りる坂をバスが行く。

『えー、次はぁー、高斗村ー高斗村ー。お降りの際はお足元お気をつけください』

 出口の方へ近づいて小銭の両替の準備をする。揺れなどに気をつけながら運転席へ近づくとごま塩頭に腹を膨らませた壮年の男性がこちらへ目をやった。

「お客さん、帰郷ですか?」

「はあ、まあそんなところです」

「東京の人がわざわざこっちまで来るのは盆正月くらいなもんですからね」

「そうなんですか」

「ええ。いいところなんですがねぇ、高斗は」

「………」

「あっ、でも今はあんまり…」

「…?何かあったんですか?」

「いえね、ちょっと…気味悪い話を聞きまして」

「というと…?」

 噂話とか伝承ってやつか。これは丁度良い記事のネタになるかもしれないぞ。

「住む家を不幸にする呪いをかける悪霊がいるらしいですよ」

「座敷わらし……?オカルトですか?」

「ええ、ですが、問題は実害が出てるんですねぇこれが。最初は一組の夫婦でしたっけ、名前は確かぁ『鈴木』って言ったはずです」

 鈴木なんてよくいる名前だ。どうせ、苗字が同じの他人なんだろう、と思っていた。そう、信じたかった。

「ほら、高斗の名家で、鈴木家っていくつも大きな企業を持ってるところがあるでしょう?」

 息がつまったようだった。喉の中で栓がされてせき止められているような。しばらく息が出来なくて。
 空調が寒いくらいなのにドロドロの汗が背中を伝って、目線がどこにあるのか分からない何も考えられないような。
 まさか恒子ちゃんが、彼女たちが亡くなった理由に人為的なものがあるのか。だとしたら、これは……。


9 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/25(月) 16:22:21 TVlNw4Os
 そのときは視界が真 そのときは視界が真っ暗で、何も耳に入らなくて。兎に角、何かの悪意で良からぬ末路を遂げた彼女のことを考えたら、どうしようもなくて。
 だって、何も知らされてなかったんだ。ただ、亡くなったとしか聞いてなくて。
 誰か他の人が、悦楽もしくは怨恨のために絶望の渦中にいた彼女の命さえも奪ったのかもしれないと思うだけで、よくない感情がふつふつと浮かび上がった感じ。
 まるで彼女の訃報を聞いたその翌日、みたいな。

「――さん!お客さん!」

「!あ、はい」

「どうしました?…あ、オカルト話とか噂話がつまらないと思うタチでしたかね?こりゃあすみません」

「い、いえ。事前にご忠告ありがとうございました。気をつけときます」

「いいのいいの。まあ、噂話、都市伝説ってやつだよ、田舎だけど」

 もやもやした気持ちを抑えているとバス停に到着した。料金を払い、そそくさと外へ出て行こうと足を早める。
 その直後、運転手は思い出したように運転手さんは僕に手を招いてきた。

「そうそう、お客さん、もし足が必要ンなったらここに電話しなさい。あの村はだだっ広いけど足が少なくていけねえからね。こういうのを知らないと都会人は草臥れちまう。高斗じゃここが一番のおすすめだ」

「それじゃあ、何事もないと思うけど、気をつけてね」

「はい。ありがとうございました」

 高斗村の個人タクシーの名刺を胸ポケットから取り出した運転手さんは、それを僕に渡すと気さくに手を振ってから元来た道をお客の乗ってないバスで走っていった。
 立っている間、ずっと話を聞いていた気がする。おしゃべり好きな運転手さんに頭を下げてから僕は旅行かばんを引きずって、歩き始めた。

 まだ日も高い。盆地という地形のせいで暑いは暑いが気候の変動も激しくはないだろう。ここですぐさまタクシーを呼ばなくても、すぐに宿のある市街地まで辿り着けるはずだ。


10 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/25(月) 16:25:27 TVlNw4Os

 という僕の考えは甘かった。

 暑い、とてつもなく暑い。立っているならまだしも、ずっと歩き続けているから想定よりずっと汗は流れるし足の裏はもうすでに痛くなって服は張り付いて気持ちが悪い。
 セミもうるさい。カゼクサや、オヒシバがなびき足を霞むのがかゆい。垂れた汗や飛びかう虫に足を食われて尚痒い。田舎を歩くのはこんなもんだったろうか。

「暑い」

 口からそう言葉に出るほどだから、よっぽどだ。そもそも室内に篭ってパソコンをカタカタと日がな一日叩いている超インドア仕事人間である僕が外を歩くと言う算段を立てたのがそもそもの間違いなんだ。
 ギラギラと照りつける太陽が憎かった。ちくしょう、ちくしょう!何でこっちを見ているんだお前は!そもそもこんな第一次産業が主産業だろう田舎でギンギラ照り付けるのはどうなんだ。
 畑の青い穀物や瑞々しい果実たちはこう願っているはずだ。雨を降れ、潤いをくれ。喉が渇いたよ助けてくれよってさ。

「やめよう……疲れる。疲れてるけど」

 自分の感情込みこみの太陽への哀願は空しい。それこそ非科学的で太陽のおかげで心臓や生贄を捧げていたマヤ文化のようだ。

 それにしても、幼い頃は恒子と駆け回ったりしてて暑さなんてそこまで気にならなかったはずだ。この年になって初めて実感するものの多さにげんなりする。

「雨でも降らないかな、ホント」

 そう呟いた時、ぽつりと俯く路面にしずくが落ちて蒸発した。汗か?いやそうではない。汗はこんな大量に身体の範囲外にぽつぽつと落ちるものではない。つまりこれは。
 確信した瞬間、視界が不明瞭に白くなるくらいに鋭く打ち付ける雨がザアアアアと降り始めた。落ちる雫はもはや蒸発などせず、反射して跳ねてあちこちにその面積を増やしていく。

 土砂降りだった。言った瞬間それが本当になるなんて思わなかった。まるで自分に答えてくれたような優しいけど優しくない雨。
 暑さはなくなったけど、これじゃあダメだ。服や資料、何より仕事道具のPCがおじゃんになってしまう。

 周りに何かないか確かめると、田んぼの真ん中に待合室のような木製の小屋を見つけた。

「あそこだっ!かけこまなきゃ!こっからまた東京に帰るのはごめんだぞ!」

 両手でかばんを引っ張り上げながら急いで小屋へ駆け込んだ。

「ふう、助かったみたいだ」


11 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/25(月) 16:30:40 TVlNw4Os
 小屋の中で誰かの気配を感じた。布のこすれる音、恐らく濡れた身体を拭っている地元の人であろう。
 ここにしか建物はないし、周辺にいたのなら誰もがこの小屋に飛び込むのだろう。なるほど当然の流れだ。

「雨、いきなり来ちゃいましたね。外から来た人ですよね?」

 外と言うのは村の外ということだ。つまり、この声の主はこの村の住人ということになる。

 しかし、この声。女性の、それも若い、ここら辺の生徒の声だろうか。振り向くと、セミショートの黒髪の少女が困ったように微笑していた。
 同じく雨に降られたのだろう。水色のタオルケットで濡れた長髪や、セーラー服を拭っている。
 女性の肌というものを知り得ている僕でも、それはじっと釘付けになるくらい可憐で、儚さっていうものが空気中に溶け込むようなそんな姿をしていたと思う。
 美少女って言葉がそっくりそのまま型にはまってしっくりくるようなその姿と、肌に張り付いて桃色のブラが透けて見える光景。

「ええ、盆地でこんな雨が降るなんて珍しいです……ね?」

 言い終えた僕は口を噤んで心臓が止まりそうになってその光景に釘付けになっていた。
 彼女がそれほどまでに美少女だったから、とか、それが理由なわけじゃない。

 髪型は違う、服装も昔と随分変わってる。なのに、仕草や表情やしなやかで、出るところは出ているふくよかな体つき。
 そして何より、雰囲気とその良く見知っていた顔の輪郭やパーツのそれぞれが酷似、というより瓜二つだったんだ。

「嘘、だろ……?」

「ど、どうしました?わっ、やだっ。へ、変なことになっちゃってます、私?」

「そうじゃないんだ」

「あっ、よく考えれば男の人ですよね。み、見ないでください。恥ずかしいです」

 恥ずかしそうに胸元を片腕で隠して赤くなり、じっとりと見つめる堂々とした顔。間違いない。

 高一の夏、あの頃確かに僕の隣で微笑んでいた彼女が、目の前に判然と陰りも霞もせず実体として存在していた。
 依然として未熟で僕と同じく時間がとまったままずっとその状態でいた、と言うような。
 だけど僕からしたらそれがとても魅力的で、ずっと触れられる位置にあってほしいと願って叶わなかった存在だった。

 顔が熱くなり、瞳から頬に暖かいものが無意識に伝って、視界がぼやける。
 声がうまく出ない。えずいたり、上ずりそうになる声を抑えて、確認するように声をかけた。

「恒子ちゃん……?」

「…………えっ」

 僕は、僕の元から離れ、死んだはずの彼女、田宮恒子の幻影と十年ぶりの高斗村で、出会った。


12 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/25(月) 16:34:10 TVlNw4Os
書き溜め終わりです

やっぱり鼻についたりくどかったりしますかね、見れるように精進しますセンセンシャル!

とりあえず構想通りに書き進めていきます


13 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/25(月) 16:36:09 RquYQTjE
結婚して田所恒子になるのかとおもってた


14 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/25(月) 16:41:11 hn.3Xn4k
>間津内(まづうち)
結界自在妖・間鎚?(難聴)


15 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/25(月) 20:44:02 TVlNw4Os
あっ、ちなみに田宮恒子さんは日に焼けたような黒っぽい肌をしていますが変なイボはありません


16 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/25(月) 20:48:51 oecxty4w
もう野獣の顔しか浮かんでこない(末期)


17 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/25(月) 20:57:11 TVlNw4Os
イメージソースはこれなので
目を覚まして、どうぞ(中和)
http://i.imgur.com/TN9hsd8.jpg
http://i.imgur.com/GZ8CdT5.jpg


18 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/25(月) 22:31:01 TVlNw4Os
ヒロインのこと絶対に可愛いって言わせてやるからな
お前ら覚悟しとけよ


19 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/26(火) 11:44:10 DxyPNSwE
名前がね…


20 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/26(火) 11:45:02 0L4ykPj2
なぜかわいくない名前にしてしまったのか


21 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/26(火) 13:49:32 DKhtx2v6
よく分かんないからもうやめていいよ


22 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/26(火) 13:54:00 ikm9i3nY
嫌がらせで書いてるつもりはないし
ヒロインをアレと思って書いてはいません

けど、冗長だし説明も分かりにくいお話でしたかね
不評や苦情が募るようならやめます


23 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/26(火) 14:01:30 Xge9Q0XM
>>21
よくわからないのに首突っ込んでやめろって言うのはどうかと思うよ
割りと心折れるからねそういうの


24 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/26(火) 14:14:58 ikm9i3nY
今晩まで様子をみて、続けていいようなら続行します
その逆ならここで打ち切ります


25 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/26(火) 14:21:40 xRCM7rJA
そういう態度がダメ
黙って書くか辞めるかしろ


26 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/26(火) 15:01:43 v8eDPMJs
全体的に少し冗長では


27 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/26(火) 15:44:05 G3zjOf12
ちょっと言われたくらいで書く気無くなるならスレ建てなんて端からしない方がいいよ、建てたなら書ききってどうぞ


28 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/26(火) 15:45:59 EPYFrQPY
エタらなければ何だっていいゾ


29 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/26(火) 15:56:21 1fZcqTcg
最初に印象的なシーンを描写してから時間軸を戻して書いていくといいんじゃないですかね
最初で興味を引かせないと読んでくれない人って多いですし
殺人ものなら死体を発見して呆然とするシーンから書いて、そこからそこに来るきっかけを最初から書いていくとか


30 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/26(火) 17:04:04 ikm9i3nY
ありがとうございます
ぶれずに書き終えるまで頑張ってみます
当面は目がすべらないようテンポでよく簡潔にまとめることを目標にします

>>29
なるほど、クローズドとかでは定石ですよね
考えてみます


31 : 肩車して後ろ向きに乗り二本のゴボウを持った歌舞伎顔の男 :2016/07/26(火) 17:22:34 ???
名前が汚すぎる。昏睡レイプ回想のシーンなんか、外なのに笑ってしまうから困った


32 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/27(水) 03:24:59 Xe.CyNjc
今晩には続きをあげます


33 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/28(木) 02:57:02 Tl6c8eT2
 ぎょっとした顔で彼女は僕の顔をじっと見つめていた。先程恥じらい交じりに振舞っていたそれを投げ捨ててまで、シリアスな顔で。

「どうして…お義姉ちゃんの名前を?」

 今彼女は「あね」と言った。僕は恒子ちゃんに妹がいたことなど知らない。
 人違い、なのだろうか。
 
 肌色こそ恒子ちゃんと正反対の絹のように見惚れるほど繊細な白だ。
 人間は瓜二つと思えるほど似たような顔が世の中に三人はいるという。
 けれど、容姿や面影もあって雰囲気すらも合致している人がいる、なんてことはあるだろうか?
 
「あ、あはは……、ごめん。人違いだったよ」

 滴る雨と一緒に滲む涙膜を拭う。美少女を前に情けない姿を晒してしまって情けない。
 顔でタオルを拭う僕に追い討ちをかけるように彼女は言葉を続けた。

「鈴木恒子――いえ、田宮恒子さんのことですよね?」

「…………何で恒子ちゃんのことを、お姉ちゃんなんて呼ぶんだい?」

 彼女の言葉で大体の察しはついていた。恒子の名前を真剣に呼ぶ声はその「恒子お姉ちゃん」に好意的に接していたと窺える。

 そして、先に鈴木という苗字を提示した後、彼女の旧姓である田宮という苗字も知っている風に言っている。
 ということは彼女は鈴木恒子としての恒子ちゃんを知っている上で僕にそのことを聞こうとしていると考えられた。

「鈴木恒子は、私の兄のお嫁さんなんです」

 ああ、やっぱりか。そういうことなんだ。

 その時僕は初めて、僕の恒子ちゃんを奪っていった鈴木という男に、恒子ちゃんと瓜二つの妹がいたということを確信した。

「そう、なんだ……。なるほど、だからお義姉ちゃんなんて呼んでたんだね」

「はい」

 彼女は沈痛な面持ちでこちらを見ていた。
 無理もない。彼女が恒子ちゃんの義妹だとするならば、大事な人を二人も四年前に亡くしていることになる。
 背格好や服装から察するにまだ高校生くらいだろう。青い頃についた心の瑕はそう簡単に癒えるわけがない。


34 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/28(木) 03:03:48 Tl6c8eT2
 何かを言おうとして何も言えない自分がいた。僕と同じくらいに彼女らの死で傷ついた人を見るのは初めてだったから。
 彼女はその小さな身体で一人でずっと悲しみを抱えてきたのだ。彼女が何を見て何を思って生きてきたのか一切僕は知らない。
 だけど、僕は彼女はそういう想いを以って僕にそれを訊いてきていることが何故か見透かすように理解できた。
 だからこそ、無責任に何か言葉をかけることが出来なかった。

 薄暗い小屋の暗闇に今にも消え入りそうな彼女が恒子ちゃんと重なって見えた。

 なんとか、してあげなきゃ……。

 恒子ちゃんが落ち込んでいたときはどうすれば落ち着いたっけ、と考える暇もなく。

 初対面のはずの彼女を咄嗟に抱きしめて、優しく頭を撫でていた。
 雨に濡れて少しひんやりとした服の感触がじわじわと彼女の体の熱に温かくなっていく。しっとりとした彼女の髪を撫ぜると懐かしい匂いがした。

「あ、ああっ、あのっ」

「うん?」

「やっぱり、なんでも…」

 肩の上に乗っている彼女の頭部がふるふると揺れた。どうやら嫌がってはいないようで、その事実にほっと胸を撫で下ろす。
 僕も久々に感じられる柔らかく温かい感触に悪い気はしないので、しばらく頭を撫で続けることにした。

 いつまでこうしていただろう。仕事でこの村に来たのを忘れて10分くらいは撫で続けていたと思う。

「もう、いいです。ありがとうございます」

 その言葉で僕は我に帰り、彼女から急いで離れた。
 古い恋人に似ているというだけの見ず知らずの少女を抱きしめて撫でてしまった。四捨五入すれば齢三十となる男が親しげに触れていい相手ではない。
 そんな端から見れば犯罪的な行為であるそれに、罪悪感を覚えて僕は衝動的な自制のきかない自分を嫌悪した。

「ごめん。初対面なのにこんな」

「気にしてませんよ」

 それにしても、少女と触れ合ったのはいつぐらいだろう。恒子ちゃんと別れてから、何度か彼女を作ったことがある。
 デートや合コンもやってたし、飽きもせず性行為に耽っていたこともある。だけど、しっくりくる相手は結局見つからなかった。
 ずっと、心の中にいる彼女の幻影が、何をやっても僕の心を晴らしてはくれなかった。

 気付けば雨の音が聞こえなくなっていた。窓から外を眺めると、さっきの雨が嘘だったみたいに雲ひとつない青空が広がっていた。


35 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/28(木) 03:04:34 Tl6c8eT2
 僕は気まずい心持で外へ出た。彼女はそんな素振りさえもせずに至って普通に振舞っている。
 向こうはポーカーフェイスか、それともあれを当たり前とする遊びほうけている人間なのか。
 似ていると言うだけで、彼女の心の中を何度も手に取るように理解することは出来なかった。

「ふぅ…」

 並んで歩きながら僕は溜息をついてあたりを見回す。畦道は水溜りを作っている。
 もう何時間もすればそれも農夫の作業靴の足踏みでぬかるみに変わるだろう。

「あの……、聞き忘れてたんですが、お義姉ちゃんとはどういう」

「あはは、それはまた今度ってことで。ごめんね」

 おいそれと心の暗部をついさっき知り合ったこの子に打ち明けるつもりはなかった。
 もう二度と会うことはないだろうこの子に「また今度」という文句を使って、お茶を濁す。

「むー……納得がいきませんね。ぎゅってしたり、撫で撫でさせてあげたので教えてくれてもいいかと思いますがっ」

「それは本当にごめん。なんか、身体が自然とこう、なっちゃったんだ」

「衝動的に女の子を触るんですか?それって痴漢なんじゃ」

「そ、そんなことはないさ!これは、その……」

 ああ、やっぱり一人でここに来るなんて土台無理な話だったんだ。今は君が恋しいよ、木村君。

「ふふっ。あははっ、ごめんなさい。つい…」

 僕が言い訳を考えあぐねているとくすくすと楽しそうに彼女が笑った。
 しまった、彼女のペースに乗せられていたようだ。恒子ちゃんのときもこんなことがよくあったっけ。
 そういうところは恒子ちゃんにそっくりだと実感する。彼女の仕草がこの子に移ってしまったんだろう。

 だが、子どもにこんなマネをされて少しも腹が立たないほど僕は仏ではない。

「あのね、大人をからかっちゃあだめだよ。僕だったからいいものの、危ない人なら何をされるか分からない」

「大丈夫です。人を見てからかっていいか悪いか、分かりますから」

 あなたは見たときからいい人だと思ってたので、と肩の感覚を詰めて並んだ。


36 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/28(木) 03:11:54 Tl6c8eT2
 畦道や田んぼのある舗装されていない土と砂利だらけの足が疲れる道を抜けると、コンクリートの急勾配な坂に出た。

「そういえばあなたはどうして……、あなたっていうのも呼びにくいですね。お名前聞いてもいいですか?」

「ああ、僕は……」

 一瞬、自分の名前を言っていいものか、と逡巡した。恒子ちゃんはどういう話をこの子にしていたのだろう。
 今までの流れから察するに僕の話もしているのだろうか。彼女の性質的にそれは有り得ることだった。

「僕は、間津内長閑って名乗ることが多いかな」

「女の子みたいな名前ですね」

「まあ、ペンネームだからね」

「……お名前は?」

 ジト目で僕の方を見つめてきた。急勾配な坂では完全なる前方不注意だ。
 観念した。といっても決して僕は折れたわけではない。
 この子に僕の名前を知っておいてほしい、そんな気持になっただけだ。他意はない。

「遠野理沙人、って言うんだ」

 二人の間を隔てるように涼風が吹きぬけた。
 呆気に取られたような表情の後、何ともいえない複雑そうな顔で彼女は僕を見つめていた。

 はたして僕の予想はあたっていたようだ。そして、僕の我侭染みた気持で名前を教えたのは間違いだった。
 僕は僕の名前を言ったときに彼女の踏み出す足が微妙に遅れ、目が驚愕していたのを見逃さなかった。


37 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/28(木) 03:15:25 Tl6c8eT2
 彼女からすれば義姉の心を苦しめる昔の男だ。同情か、恨みか、少なくてもいい感情は抱かれていないだろう。
 否、良からぬ感情を持っていなくても、恒子のことを思い出させること自体が悪手だと分かっていたはずだ。

 どうして、僕は。
 僕はさっきあんなに傷ついていた表情を見せていた彼女に簡単に名前を打ち明けてしまったんだ。考えれば分かることなのに。

 僕はこの場から走ってすぐに遠くへ行きたい気持になった。彼女からいますぐ逃げたかった。

「ごめん、ここに帰ってきて」

「………………」

「用事が終わったらすぐに帰るから、それまでここにいるのを許してくれないか」

「………………」

 彼女は僕をじっと真顔で見つめたまま、何もいってはくれなかった。何を考えているのか分からない。
 なんだろう、この感情は。罪悪、それもある。だけどそれ以上に得体の知れなさが恐怖を覚えさせた。

 僕は彼女を背に重い旅行かばんを両手で持って坂を駆け下りていった。
 そうやって、彼女から逃げ出した。

 僕に向かって引き止めるように手を伸ばしていた彼女を振り返ることなく。


38 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/28(木) 03:32:47 Tl6c8eT2
 しばらくすると、建物が多く隣接する市街地だろう場所に辿り着いた。
 陽気のおかげですぐに服は乾いたが、足早でここまで来たので肩と足に乳酸がたまってもうクタクタだ。
 
 少女に時間を取られていて、予定よりもずっと遅くなっている早く役場に行かないと間に合わない。
 場所を確認するためにポケットの中から村役場の住所が記載されている紙を取り出そうとする。

「あれ、おかしいな」

 胸ポケットや内ポケット、ズボンのポケットもすべて探してみたが、紙片の一つさえ見つからない。

「落としたみたいだ……どうしよう」

 代わりに見つかったのは、運転手さんから貰ったインクの滲んだ個人タクシーの名刺だった。
 高斗村の土地勘に明るい地元のタクシードライバーなら役場などすぐに連れて行ってくれるはずだ。

 僕は此れ幸いとすぐに持っていた携帯でコールをかける。

「はい、植野ですが…」

 業務中とは思えない気の抜けた声がした。本当に大丈夫なのかな。

 しかし、その心配も徒労に終わった。

 すぐに今いる場所を理解してドライバーは迎えに来てくれた。
 田舎の個人タクシーというのは土地に明るい。なるほど、今後もお世話になるなこれは。


39 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/28(木) 03:37:20 Tl6c8eT2
 冷気が身体に浸透していく。空調の効いたタクシーの中は少し肌寒いけどオアシスだった。
 背もたれに腰掛けると、役場まで連れて行ってほしいことを言うと運転手はすぐに車を発進させた。

「お兄さん、東京から来たんですか?」

 クッションの柔らかさに身体を休ませていると植野と書かれている運転手がミラー越しに目線をやり、声をかけてきた。

「はい。まあ、どうして分かったんですか?」

 生まれ育った場所だということは伏せておく。中途半端でいるよりは何も知らない都会人の方がお話も聞きやすいだろう。

「見りゃわかるでしょう。雨に降られたとはいえ真新しい清潔な服装、旅行カバン。何しろその名刺、それを渡しているのは例の会社だけなんですよ」

「というと、あのバス会社ですか?」

「そう。いざというとき連携が取りやすいようにね。ここはただでさえ出入りが面倒な村だからねぇ」

 住めば都なんだけど、と付け足してハンドルを切る。

 まだ役場にはつかない。どうやら僕は随分離れたところを歩いていたらしい。
 自分の無謀さにちょこっと恥ずかしい気持になった。

「ところで、どうしてこの村の役場に?」

「ああ、それは」

 言葉が出掛かったとき、妙な不快感に喉が詰まった。


40 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/28(木) 03:39:33 Tl6c8eT2
 どうやら田舎のタクシードライバーはかなり踏み込んで訊いてくるらしい。
 防衛機構というのだろうか。村から離れてみて分かったことだけど、こういう今ある村民だけで完結している村はどうも排他的な場所が多い。
 それも大体、無意識に。

 要するに全面的に歓迎されることはあまりない。不快感の原意はそれなんだろう。
 だが、話しかけて邪険にせず仕事を全うしてくれるこの人はまだ優しい方だ。
 
「後ろ暗いことでも……?」

「いえ、実は雑誌の企画で各地の田舎を紹介しようというものがありまして」

「ほお」

「この村の名産品や名所などを取材するつもりで来たんです。電話でも良かったんですが、どうせ記事にするなら実際に見てくださいと言われまして」

「高斗村に来たんですか?」

「はい」

 鏡から鋭い視線が飛んでくる。敵愾心を感じるような攻撃的なそれが。
 どうも居心地が悪い。冷えた背中にどろりとした汗が伝う。

「なるほど!」

「はい?」

 一変して砕けた口調に変わり、運転手の顔は険しいそれから笑顔に変わった。
 解れた緊張に息が抜けた。僕はこの人に試されていたようだ。


41 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/28(木) 03:40:48 Tl6c8eT2

「いや疑ってすみません。最近は物好きや嫌味な記者さんが多くて」 

「そ、そうなんですね」

「ほら、最近この村はオカルト系っていうの?そういう人たちから有名らしくて」

「もしかして住む家を不幸にするっていう」

「お、耳が早いね流石記者さん」

「正直、僕はどこにでもありそうなジンクスだと思うんですが、運転手さんはどう思ってるんです?」

「いえね、実際に『あの子』に関わると不幸になるんですよ。事故だったり、怪我だったり。起こる不幸は人によって様々ですがね」

「あの子……?有名な人なんですか?」

「ええ、この村じゃ有名な女子高生ですよ。あの鈴木家の令嬢ですから」

「!?」

「それに村の人たちも大概は信じてますから、信じないわけにも……って、どうしました?」

 さっきまで一緒にいたあの少女の顔がくっきりと脳裏に浮かび上がった。
 肌色こそ違うが恒子ちゃんにそっくりのあのミステリアスな少女。彼女を中心にこの村で呪いや祟りの類が今まさに起きているというらしい。

 あの時何かを思いつめていた彼女に少しの合点がいった。ずっと、一人でそういう後ろ指に耐えていたのだろう。

「(なんか、かわいそうだな)」

 普通は不気味で畏怖するような話を単純に彼女が可哀想だと思っている自分がいることに気付いた。
 あの子から逃げたことが今になってとても悪いことをしたような、そんな気分になった。

 その後、何故か彼女を元凶とするような不幸の話を逸らしたくなった僕はそれとなく世間話へ切り替えた。
 いや、それとなくじゃなく、力技だったと思う。けれど、それを察した植野さんは話に乗ってきてくれた。

 やがて役場の前にタクシーがついた。僕は会計を済ませて、礼を言ってから外へ出ようとしたとき

「お兄さん、例のこと記事にしないでくれよ。また変なのが集まってきたら困る」

 と懇願された。

 もちろんそんなマイナス情報を記事にするつもりはなかったし、これから数日の間村でお世話になりそうな相手だ。
 僕は快い返事の後、もう一度会釈をすると時間ギリギリの急ぎ足で役場へ向かった。


42 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/28(木) 08:14:19 Tl6c8eT2
あ、異常です

次は明日になります


43 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/28(木) 08:16:28 9O4cITCk
のどかちゃんかわいい(洗脳)


44 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/28(木) 08:23:48 Tl6c8eT2
のどかは主人公のペンネームです(半ギレ)


45 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/28(木) 08:27:06 S/83ChZ2
遠野だとより直球感が増しちゃうから、多少はね?


46 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/28(木) 21:46:18 T.mJ.CpE
乙ゥ〜
情景描写が多くて良いゾ^〜コレ


47 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/29(金) 20:27:59 /hBFyX76
すみません、明日になりそうです


48 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/31(日) 02:35:55 OeczMHTc
 観光課の受付に出向くと気の抜けたような顔で中年の女性職員が椅子に座っていた。
 呪いがどうだの、とジンクスが流布している村とは思えない暢気な空気が役場内に流れている。
 やはり、噂は噂。気にする人もいればそうじゃない人もいるってことなのかな。

「あのぉ、すみません」

 声をかけ、三浦出版から来たことを伝えると気だるそうに後ろを振り向いて「江本」という職員の名前を呼んだ。

 ほどなくして僕は「江本」と名札を下げた短髪の二枚目という言葉が似合う男性に館内を案内されていた。
 あっちの高校にいくまでの15年間、見たこともない男性だった。多分、江本さんは村の外から来た人なのだろう。

 それにしても僕は、何も役場の見学にきたわけじゃないんだけど……。

 絶えない笑顔で爽やかにはきはきと説明する雰囲気にNOを突きつけられず流されるまま。
 十数分経ってから僕はようやく応接室に案内をされた。

「改めまして高斗村役場の観光課の江本翔です。よろしくお願いします!」

「三浦出版『そうだよ』田舎発掘コーナーの記者の遠野理沙人です。よろし――」
 
 江本さんは言い終わる前に手を突き出すように伸ばしてきた。これは握手の手、なのか?
 手を伸ばしてみると江本さんは嬉しそうに両手で僕の手を掴み握手をしてきた。

「よ、よろしくお願いします」


49 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/31(日) 02:37:48 OeczMHTc

「いやー、遠路はるばる………」

 社交辞令のような前置きの話を声高に語る。どうもテンションが高い男性だ。
 木村君がクールなイメケンならこっちはホットなイケメンだな。いや、ホットは少し語弊があるな。

「そういえば、もう一人来ると先日お聞きしたんですが」

「あ、はい。同じく田舎発掘コーナーの編集の木村は急用で遅れているようで…明日、いえ…夜までには来ると思いますが」

 実のところ、取材するためのレコーダー、カメラなど機材は全部木村くん頼りになっているから、僕がいるだけでは取材はできない。
 早く来てくれないと、スケジュールに支障が出てしまう。明日じゃ遅いんだ、本当に夜には合流したいけど。

「そうなんですか。じゃあ待っているのもアレですし、先に遠野さんにだけ」

「お願いします」


50 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/31(日) 02:56:52 OeczMHTc
 簡単に言ってしまえば田舎のなんかいいとこみてみたい。みたいなざっくばらんとした話をしていただけなのに
 江本さんはそれぞれピックアップしてくれた場所とスケジュールを説明して、資料をいくらか配布してくれた。

 話す前に予め予定を立てていてくれたのはありがたい。
 気候のくずれやすい夏、特に行き来や移動が拗れやすいこの村のことも考えて、緩やかに計画を立てていた。

 聞けば、観光課と地域振興課がお互いに会議して練った結果、動きやすく見所も押さえるスケジュールを組んだらしい。
 しかしその上で、取材箇所も多い。どうやら今回は滞在期間が長くなりそうだ。長居はしなくないのに………。

 応接室の窓際のブラインドからいつの間にかオレンジ色の光が漏れて机まで伸びてきていた。
 雑談を交えつつ、打ち合わせや資料を読み進めていると陽が傾いていたようだ。

「それじゃあ、今日はここまでにしときましょう。明日は午後からですので、木村さんともう一度観光課に来てください」

 一応の流れをすべて説明してもらって、解散になった。


51 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/31(日) 02:58:48 OeczMHTc
 さて、僕も急がないといけない、宿探しをするのをすっかり失念していた。
 実は昔心当たりがあった民宿があったのだが、ここに来る間調べていたら潰れていることが発覚した。

 過疎化も進み、話題も少ない村だ。民宿としてやっていけるところも限られるのは分かっていたけど…。
 こういう行き当たりばったりな出張になってしまう自分に自己嫌悪していた。

 とはいっても、高斗村に行くんだ、って漠然としたそればかりをぐるぐると頭の中で考えてたせいもある。
 だから、いつもはこういうことはしないんだよ?僕は、本当に。

「こういうのって役場のどこで聞けばいいんだっけ」

 そうだ。僕は役場にいる。村のことならここで聞けばいいはずだ。
 役場の一番大きなロビーに向かう。確か大抵はこういうところにあるはずだ。

 僕はさっき説明されたはずの館内の案内パネルとにらめっこしていた。

 実のところ江本さんの案内は頭の中に一つも入っていなかった。
 歩いている間ずっと、僕はあの畦道で会った少女のことが頭の中で一杯だった。
 歳の離れた彼女のことが複雑にもずっと気になって仕方がなかった。

 少し一緒にいて、まあ、スキンシップを取ってしまったが、それでも束の間だった。
 なのに、どうも彼女の顔が頭の中から消えてはくれなかった。


52 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/31(日) 03:01:24 OeczMHTc
「あの、もしもし」

 そうそう、ちょうどこういう感じの声だった気がする。
 妄想力も僕は逞しくなったらしい。声をはっきりと思い出せる。

「……あのっ」

 声の距離感とボリューム、足音もしてきた。いよいよもって現実味を帯びてきた妄想だ。
 
 と思いたい。思い込む。
 そのままの状態で振り向かずに通路を進む。

「無視は、ちょっと傷つくと思います」

 しかしまわりこまれた。

 はぁ、と溜息を一つついて。
 やっぱり僕は観念して。

「ごめんね。無視したつもりじゃないんだ」

 嘘をついた。


53 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/31(日) 03:05:19 OeczMHTc
「気付いているならどうして返事しないんですか?」

 バレていたらしい。

 制服姿で腰に手を当てて、不満気に頬を膨らませている。可愛らしい。
 容姿も恒子ちゃんと似ているから尚のことそう思う。
 だからこそ、どうしても心がかき乱されるような、よくない感情が渦巻いてしまう。

 早く、離れないと。

「急いでてね。君こそ制服姿で役場まで来てどうしたの」

「落し物です」

「そう。じゃあ、僕は先に行かせてもらうよ」

 袖をぎゅっとつままれる。

「あなたの、落し物です」

 水でふやけた住所の載った地図のような何かの藁半紙を差し出してきた。
 
「あ、これは…」

 もう必要ないものだった。役場にいる以上彼女もそれは承知なのだろう。
 だったら、どうして。

「わざわざありがとう。それじゃあ、僕は」

 歩き出そうとしたら、もう一度袖をつままれた。
 少し思いつめたような、その上で何かいいたそうな顔をしている。

「……外に行こうか。ここで話をしたらお互いに迷惑だから」

 少女はこくりとうなずくと僕の後ろをひっついて歩いてきた。


54 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/31(日) 03:14:36 OeczMHTc
 外はもうすっかり夕方。稜線に沈むオレンジと反対側から追いかけてくる濃いブルーのグラデーションとカラスの鳴く声がする黄昏時だった。
 陽が真上にあった時間帯と比べると格段に涼しく、木々を揺らせる涼風が肌寒さを感じさせる物静かな夏半ば。

 役場から少し離れた人のいない屋根つきの木造のバス停のベンチに僕らは座っていた。

「どうして僕を引き止めるんだい?」

「誤解を、解きたくて」

「誤解って、何のこと?」

「私、貴方のこと怒ってません。嫌いでもありません」

「私の事を気遣って優しくしてくれた人を嫌いになるわけない」

「……」

 驚いた。自分が嫌われていない、それもびっくりしたが
 顔を紅潮させてまで一生懸命伝えようとしてくる彼女の姿勢に驚かされた。

 そして、夕焼けで色彩があやふやになって見えた彼女の顔が完全にあの頃の彼女と重なって見えたから。
 僕はその一瞬、一言も喋ることができなかった。

「むしろ私のほうこそ、ごめんなさい」

「ああ、僕はそのことは気にしてないし。役得だとも思ってる。気にしないでいいよ」

「下心ありだったんですね」

「…お恥ずかしながら」


55 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/31(日) 03:15:38 OeczMHTc
「でも、どうして。僕のことは知ってるんだよね?」

「はい。お義姉ちゃんの恋人だったことも、この村出身だってことも、ご両親が亡くなってることも」

「だったら、どうして」

 そう聞くと彼女は頬に手を当ててじっくりと考え込んだ。
 うーん、と声をあげて難しそうな、困ったような顔をして、ようやく口を開くと

「わかんないです。曖昧だけど、嫌いじゃないんです」

 と言った。

「あの時は私が黙っていたのは、どう声をかけていいか、分からなくて」

「とても、とても傷ついて、それでも帰ってきた遠野さんに嫌な気持にさせたくなかったんです」

 僕のことを気遣ってのことだったのか。


56 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/31(日) 03:17:34 OeczMHTc

 澄んだまっすぐとした目で僕を見つめている。どう見ても嘘をついているようには見えない。
 ここまで考えてくれる子に形振り構わず背を向けて僕は逃げてしまったのか。

「ごめんね、ほんと。実を言うと僕は君から遠ざかりたかったんだ」

「『鈴木』の妹だから、ですか?」

 またそれで、黙ってしまう。頷くの同じだ。
 だって当たり前だ。やっと掴み取れた幸せを奪われて、それをなお引きずっているんだから。
 この子は関係ないのかもしれない。けれど、どうしても瑕はそれに反応してしまうんだ。
  
「当然です。分かってます。だから……」

 両手を包み込むように上に乗せて優しく言った。

「だから、私が貴方のために何かしてあげたいんです」

「――!?」

 その視線に激しく鼓動を打っていた。血が脈動して、顔が、心があつくなるのを感じた。
 亡き彼女の幻影を掻き消すような、心にある楔をチクチクと刺激をするような、忌々しい胸の高鳴りだった。


57 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/31(日) 03:24:33 OeczMHTc
//更新分少なくてすみません。次は早くて明日以降になります。


58 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/07/31(日) 07:24:20 ZRxEP762
乙ぅ〜


59 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/08/10(水) 00:54:20 Shh02PgU
スンマセーン、きーのしたですけど
更新まーだ時間掛かりそうですかね?


60 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/08/20(土) 22:29:54 cO2D6YP.
不評っぽいんですが続き書いていいんですかね?


61 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/08/21(日) 00:45:01 3vCEzh6Y
あくしろよ


62 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/08/21(日) 03:03:17 R9GcYAmU
ずっと待ってんだよなぁお前のSSをよぉ!


63 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/08/23(火) 04:20:08 2UI/3Wd2
じゃあ今週中に再開します


64 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/09/03(土) 00:48:47 1kz5tu9M
もう無理
もとから作り直します
ごめんなさいだけどAILEくん落としてください…


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