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【SS】沙織・麻子「いただきます」
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「ごめんね、いつも押し付けてるみたいで……」
「そんなことないよ! むしろ新鮮なお魚貰えるなんてラッキーなんだから!」
今日も今日とて大物だ、と沙織は手元の発泡スチロールが内包する重みに喜びを感じた
水産科の知人がこうして沙織の元へ学園艦内では捌き切れずに余った鮮魚を持ち込んでくるのは今に始まったことではない
毎日水揚げされる魚は日によって収穫量も違い、艦に引き上げた後に予定量を纏めて各所に流す仕組みになっているので余りが出るのはしょうがないことなのだ
今日付けのワッチを終えて疲労困憊の知人が、わざわざそれらを分けに来てくれるのは沙織にとって非常に有り難い事であり、彼女は日焼けの増えた知人にいつものように昨晩の残り物を渡すと寮から見えなくなるまで手を振って見送った
当初は自分の作った夕飯の残りが釣りたての魚と等価になるのだろうかと思っていたが、知人たっての交換であった為、少なくとも彼女の中では自分のおかずが食欲を収めるのに十分な役割を果たしているらしい
改めて自分の目で箱に詰められた今晩の彩りを確認した沙織は、頭の中で最高の献立を思い描きつつ電話を手に取ったのだった
「よう」
「ジャストインタイムってやつだね!」
「……ジャストオンタイムだ」
「あ、あれ?」
そうして沙織が包丁を手にしてから二時間後。間取りを駆け抜けた呼び鈴に玄関へ赴けば、そこには往来の友人である冷泉麻子が気だるげに突っ立っていた
勿論、彼女を自宅へ呼び出したのは沙織であるし、呼び出された麻子が気だるげなのはいつもと変わらぬことだ
こうして糖分以外のあらゆる栄養素を不足させる彼女を晩餐に招くようになってからかなりの時間が過ぎた
沙織にしてみれば女子力アップの基礎である料理の腕を伸ばすために、作り上げた逸品を評価してくれる存在は必要であったし、麻子からすれば健康的な食事を無償で食べられるというのだから願ってもないこと
しかし、実はお節介と甘えたさが偶然にもぶつかった結果でもあるのだから、殆どそんなことは関係無しに二人きりの時間と言うのは着実に重なっている
小難しいことはないのだ
「今日はおかずが多くなりそう」「じゃあ麻子も呼ぼう」、「今日はまだ食べるものが決まってない」「じゃあ沙織のとこに行こう」
ただそれだけ
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「今日も美味そうだな。さすが沙織」
「やだもー! 味だって見た目だけじゃなくて本当に美味しく出来たんだからね!」
小洒落た木組みのテーブルに並べられた料理の数々への素直な感想も「美味しそう」が常套句と化しているが、実際に美味しそうなのだからそれ以外に言いようがなかった
だいたい、麻子からしてみれば扉の前に立っただけで微かな、しかし確実に食欲を刺激する香りが鼻孔ををくすぐってくる時点で反則のレッドカードを与えたいくらいなのだ
それなのに玄関を開けられてしまっては、より鮮明になった『食』に腹の虫が胃袋を直接ぶん殴ってきてよだれが止まらなくなるのだから辛抱堪らない
「しかし三品とは随分多いな」
「うん。農業科の子がくれた野菜、新鮮なうちに使いたくって」
「使わないうちに期限が来るのも勿体ないしな」
「そうなんだよ〜。だから、トマトとトマトが被っちゃった」
並べられた一つの大皿と二つずつの小皿はそのどれもが沙織の手作りであり、麻子にとってはこの上ないご馳走であった
沙織の言った通り新鮮なうちに使われた野菜で彩られた大皿は俗に言うサラダだ
真っ白な丸い器に敷き詰められたレタスの上には、輪切りにされたトマトが行儀よく整列しており、止めと言わんばかりに中央にはマヨネーズで和えられたツナが乗っていた
学園艦の栄養科が作る自家製マヨネーズは商業科を通じて日本の各所へ流通するほど美味しいと評判だ
そのマヨネーズで和えられたものが不味いはずもなく、ツナでさえ水産科により味が約束されているのだから美味しくないはずがない
このサラダのみであらゆる空腹を瞬時に黙らせる絶対的な力があった
(もしや沙織は私を絶品料理で満腹にして幸福死させるつもりなんだろうか……?)
最初に目についた、言ってしまえば野菜の盛り合わせでこのレベルなのだから、残る二つの小皿はどうなるのだと麻子は戦慄した
沙織は麻子の待ちきれない様子に微笑むと、静かに手を合わせる
「いただきます」
「いただきます」
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麻子が一番先に箸を伸ばしたのは左手の小皿だった
平皿に乗せられたそれは、一見すると焼き魚と付け合わせの大根が二切れあるシンプルな料理
だが、麻子はその皿のものが今回沙織が最も会心の出来であると自負している料理だと見抜いて最初に口にしたのだ
「……これ、鰤か」
「そうだよ〜。いっぱい貰っちゃったから保存できるようにコンフィにしてみたの」
平皿の料理――鰤のコンフィは、皮までもじっくりと焼き上げてあるにも関わらず、オリーブオイルに付け込まれていたお陰で身が柔らかくて舌の上で溶けるようだった
まるで雪原が蒸発してるようだ、と麻子は両面に焼き色のついた大根にも箸をつける
「なんだこれは……美味い……」
「ホント!?」
鰤の脂身と降りかけられたオリーブオイル両方の油を融和された大根は、歯ごたえと旨味の両面で麻子の舌を唸らせた
とにかく単純に美味い。めちゃくちゃ美味い。いくらでも食えるほど美味い
頬が飛んでいきそうな絶品に白米を掻き込む箸も止まらず、対面の沙織も満足そうに自分の一品に表情を綻ばせていた
沙織からしてみれば、下手な評論なんぞよりうまいうまいと一心にご飯を食べる友人の姿を見ることが出来るのが一番の自信になる
そのあたり、毎度の如く麻子は沙織の求める反応を返してくれるので作り甲斐もある上、そんな彼女の食欲を満たされていく顔を見るのが嬉しくて仕方がないのだ
「あと四食分あるから、帰りに二つくらい持って行ってもいいよ」
「一つでいい。あまり贅沢なものを食べ過ぎると早死にする、とおばあが言ってた」
「やだもー! 褒め過ぎだよ麻子〜!」
結局、麻子はもう一つの小皿とサラダに手を付ける間もなく鰤のコンフィを完食してしまった
ハッとした時にはもう遅く、食卓から失われたひと品のおかずの輝きには、何故もっとゆっくり味わなかったんだと反省する他ない
(これも全部、沙織の料理が美味すぎるのがいけない)
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いったい何度同じことを思った事やら、と麻子が次に箸を伸ばしたのは第二の小皿
やや深めの皿に盛られたそれは、魚とはまた違ったジューシーな香りとほどよい酸味を孕んだ一品――鶏肉のトマト煮だった
煮込まれた鶏肉から溢れる脂身と、味覚に語り掛けてくる熱せられたトマトの香りが合わさったその料理は、見ているだけでぐんぐん食欲が湧いてくる
先程五分足らずでおかずを一品食べ終えたばかりだと言うのに、これではいくつ胃袋があっても足りない
無限大に広がりそうな食欲に鎮まってもらう為、麻子はそれらを早々に口へと放り込んだ
「うん……うん……」
何に対しての頷きなのか、首が自然に上下する
首肯が味に対する肯定なのは間違いはなく、こんなものを出された日にはもうひたすらに白米とおかずの間で箸を動かすしかない
「鶏肉にトマトの味が染み込んで……ああ、どういう煮込みなんだこれは」
「圧力鍋だよ。便利だよね!」
麻子の独り言へ律儀に返答をした沙織も、同じように熟れた赤色が絡んだ鶏肉を一口食べる
この料理で心憎いのは、女性の口にはやや大きめに切られた玉ねぎが噛んだときに確かな舌触りを残してくれる点だろう
恐らく玉ねぎだけは別にして、ほんの少しだけ炒めて焼き色をつけるかつけないかくらいで火から離して後からトマト煮に投入してあるのだ
お陰で煮込み料理特有の柔らかい食材の優しい食感に加えて、この玉ねぎの歯ごたえがアクセントとなり舌に飽きが来ないようになっている
(今回もとんでもないものを作ってくれたな……)
際限のない食欲が麻子の手を早める
肉、ご飯、肉、玉ねぎ、ご飯、肉、肉、ご飯……と、二品目にもあえなくノックダウン
麻子の理性が擦り切れる前におかずがなくなってくれたので、テクニカルノックアウトといったところだ
「食べるの早いねぇ、麻子。あ、はいお茶」
「ん、ありがとう。なぁ沙織」
「なぁに?」
「結婚しよう」
「ぶっ! げほっ、げほっ!」
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飲んでいたキンキンに冷えた麦茶で咽ている沙織を尻目に、麻子は最後の砦であるサラダに目標を定める
高ぶった舌と貪欲な胃袋の叫びに終止符を打ってくれることに期待しつつ、取り分けたレタスにトマトとツナを包んで一口に放り込んだ
(ああ……これはサラダだな。『おっ、サラダだ』って感じじゃない。『うん、サラダだ』って感じのサラダだ)
小細工なんて必要ないと言わんばかりに瑞々しさ一本勝負のそれらには余計なドレッシングさえも不要だった
トマトの甘味とツナに和えられたマヨネーズが、サラダとして盛られた野菜の旨味をそのまま引き出してくれている
(このツナマヨ。悪魔の所業だ。私に二度と他のツナマヨを食べさせないつもりなんだ)
しゃくしゃく、と無我夢中で咀嚼を繰り返している内に、あれだけあった大皿の中身は野菜から零れ落ちた水気すら一滴も残さずに無くなってしまっていた
「? ……もう無くなったのか」
「作り過ぎちゃったかなと思ったけど、ちょうどよかったのかな?」
文字通りいくらでも食べられそうなサラダだった
レタスがクッションになり、傲慢な食欲が徐々に鳴りを潜めてくる。どうやら腹の虫は今晩も沙織の料理に満足をしたようだ
こうしてご相伴に預かることでどんどんと普通の食事に満足の出来なくなってくる現状を憂う麻子であったが、沙織以上の料理は望むべくもない。甘んじて彼女の味の奴隷になるしかないのである
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
二人の言葉に、今日も上げられた箸が降りた
食器を片付けて居間へ戻った沙織に背中を預けつつ、「やだもー! 食べてすぐ寝たら牛になっちゃうよ?」という言葉を受け流して今夜の晩餐を反芻した麻子は、友人の温かさに包まれたまま最高の気分で微睡みに沈んだ
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短いけどとりあえずここまで
お昼時だから、多少はね?
できたら次は晩飯時に
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食事描写がうまそう
114514点
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優しい世界
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いいねえ〜
今日は本気で晩飯作ろうかなと思わされました
振る舞うような人はいませんが
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この味がいいねと君が言ったから七月六日はサラダ記念日
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「今日はすっごく疲れたねー」
「ああ。お陰で腕がパンパンだ」
戦車道の練習上がりである夕方。今日は一段と厳しい訓練をこなしたので、沙織と麻子は疲れ切って畳の上に伏していた
解散後になんとなく麻子の家へお邪魔した沙織だったが、こうも疲れていては何もやる気が起きない
(シャワーくらい家で浴びてくればよかった……)
拭いたはずの汗が下着を湿らせているのがどうにも気持ちが悪くて制服の首元を仰いでいると、おもむろに立ち上がった麻子が制服の上と下を脱ぎ去った
「ど、どうしたの?」
「先にシャワーを浴びてくる。すぐに出るから待っててくれ」
「あ、うん」
沙織は突然の大胆な行動にしばし唖然としていたものの、麻子の置いて行った制服をハンガーへ掛けてやると力尽きたように再び畳へ伏せる
もう今日は一歩も動きたくない気分だった。それほど消耗していた
このまま寝てしまおうかと睡魔の呼び声に瞼を下ろしかけていたのだが、言葉通りにすぐ戻って来た麻子によって現実に引き戻される
「いいぞ沙織。お前もシャワー使え」
「早くない? 五分くらいしか経ってないよ? ほら、髪乾かさないと……」
「やるやる。やるから早く行け」
そうして、へばっている癖にお節介だけは欠かさない沙織を引き起こして風呂場へ追いやった麻子は、巻いていたバスタオルで自分の髪を結わえるとタンスから適当に下着と寝間着を出して素早く着替える
いつもと違って俊敏に動いているのは、単に気が向いたからだった
今日の沙織が寝起きの自分より身体の動きが鈍っているのと、普段から夕飯をご馳走になっていることを踏まえて逆に自分が晩飯を作ってあげようと思いついたのだ
気合いを入れて腕を捲った麻子は冷蔵庫の食材を吟味し、今晩の献立を頭の中で組み立てて包丁とまな板を引っ張り出した
(沙織には劣るとはいえ、これでも料理は出来る方だ。出てくる前に作ってしまおう)
そうやってしばらく台所で忙しなくしていると、改めて沙織がいつも手間と時間を掛けて料理を作っているのだなと思い知らされる
それでも「料理を作るのが好き」と言えるのだから我が友人ながら大したものだと感心してしまう
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「あれ? 麻子、何作ってるの?」
「おお、上がったか。もうちょっとで出来るから座っててくれ」
やがて、いい具合に料理が出来上がった頃に沙織がシャワーを浴び終えて居間へ戻って来た
前に泊まって行った時に置きっぱなしだった自前のの寝間着を着ており、自己主張の目立つ胸部にやや嫉妬してしまう
換気扇が回ってるとはいえ匂いがよく香る料理だ。多分、沙織は麻子が何を作っているか勘付いているはずだった
コンロの火を止めて大皿へと中身を移すと、まとまって立ち上った湯気がより一層濃くなった匂いとして部屋中を突き抜ける
「待たせたな」
「これ……回鍋肉じゃん! 麻子が作ったの!?」
「台所に私以外が立ってるように見えたか?」
テーブルに置かれた回鍋肉の発する存在感たるや、キューポラから顔を出して笑顔で砲塔を向けてくる我らが車長と同等のものがあった
総立ちとはいかないもののふっくらと仕上がっていた白米も茶碗によそい、二人は対面に座って手を合わせる
「いただきます」
「いただきます」
既に香りのせいで食欲は疲労を忘れて全開になっている
間を置かずに箸をつけた沙織は、舌をも呑み込まんとする旨味の本流にほかほかの米も一緒に詰め込んだ
一口だけお茶を含んだ彼女は興奮気味に身を乗り出す
「すっごい美味しいんだけど! 麻子ってこんなに料理上手だった!?」
「沙織が言うなら上手なんだろう。生憎と手料理を振る舞った事があるのは沙織だけだ」
「ホントに美味しいんだってば!」
そう言って更に箸を動かす沙織に倣って、満更でもない様子の麻子もようやく回鍋肉に手を付けた
豚バラ肉、春キャベツ、ピーマン……いたって普通の食材が使われており、調理法も大して変わりは無い
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「どうやって作ったの?」
「どう、と言われてもな……別に普通だ」
「その普通を教えて欲しいんだけど……」
説明が苦手なのをわかっていてこう言ってるのだから、余程作り方を知りたいようだった
麻子は一旦箸を置くと、最初の工程から順に説明を始める
「肉に下味をつける」
下味は調理酒と塩、胡椒だ。下味と言ってもつけすぎてしまうと後で入れる豆板醤に味が勝ちすぎてしまう為、量は少なくていい
これをよく揉み込んで置いておく
「で、野菜を好きな大きさに切る」
キャベツとピーマンは食べやすいサイズに切る、もしくはちぎる
別にキャベツとピーマンだけが回鍋肉の野菜ではない。好みで玉ねぎや人参を入れたっていい
麻子が回鍋肉にキャベツとピーマンを選んでいるのは、それが『家庭の味』だからだ
「後はフライパンにごま油を入れて炒めろ。豆板醤は適当なタイミングでいい」
後はもう簡単だ。回鍋肉なのだから肉と野菜を入れて炒めてしまえばいい
回鍋肉を回鍋肉たらしめている豆板醤も好きな量を入れて全体に混ざれば完成だ
「…………それで?」
「以上だ」
「やだもー!!」
上半身でずっこけを表現するという昭和並のリアクションで声を上げた沙織は、再度回鍋肉に箸をつけつつ文句を垂れる
「肉に下味つけて野菜切って炒めるって、それだけで美味しくなるなら誰だって苦労しないんだからね?」
「そう言われてもな……」
「今の麻子の説明で参考にできる部分、ごま油しかなかったよ?」
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とはいうものの、どれだけ麻子が説明下手であろうとも目の前の料理が美味しいことには変わりがなく、沙織の箸はどんどん進む
豚バラではなく豚ロースを使っている辺り、所々が普通の回鍋肉と違うはずなのだが、食べるだけではどう違うのかがわからないのが悔しかった
ほどよく味の締まった豚ロースは噛む度に弾力が舌を押し返し、噛んだ分だけ旨味を味覚に与えてくれる
そこへごま油で香ばしく炒められて豆板醤がほどよく絡んだキャベツが怒涛のように滑り込んでくるのだから堪らない
ピーマンなんかは一度噛めば、特有の苦みが甘辛いタレと絡み合って独特の味わいが楽しめる
(ごま油がポイントなのかな……)
せっかくの美味しいおかずを咀嚼しながら考え事に耽るというのは頂けないと思いつつ、どうしても美味しさの秘訣を知りたい沙織は舌の上で転がる未知の魅惑を自分なりに分析していく
まず肉だ。豚バラと異なる厚みを持つ豚ロース
普通に考えれば豚バラ肉より下味はしっかりとつけておかねば、肉の隅々まで味が浸透せず無駄にしてしまう部分がでてくるはずである
「麻子、肉の下味には何を使ったの?」
「普通の調理酒。あと塩と胡椒」
下味に関しては調理酒と塩胡椒という一般的なもので間違いはないらしい
漬け込む量や時間は各々の好みがある為、そこは自分の調整次第だろう
では野菜はどうなのか。使われているのはキャベツとピーマンだ
「野菜は切って普通に炒めるだけ?」
「そうだ。ごま油なら香ばしく炒められる」
予想通りごま油は重要なポイントのようだった。サラダ油を使うのとでは、出来上がった際の香ばしさが断然変わってくるのだろう
ここまではごま油以外に取り立てて工夫と呼ぶべき点がないように思える
となると、炒める時に決め手となる何かが潜んでいるのは明白だ
「豆板醤以外に何入れてるの?」
「少し醤油を入れるくらいだ。あと……味噌」
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「それだぁっ!!」
「なんだ、急に歴女の連中みたいなこと言い出して……」
ようやく見つけた決定的証拠に沙織はなるほどなるほどと激しく首を上下する
豆板醤は回鍋肉である以上は当然、欠かせない調味料である
醤油も同じように味の微調整をするには万能なので少量が使われているのも予想の範囲内だった
肝心のモノは『味噌』である
「ね、ね、どんな味噌入れるの? どれくらい?」
「味噌汁に使ってる赤味噌だ。スプーンに小さじ一杯分くらいだな」
なんでも無いように言っているが、どうやらそれこそがこの回鍋肉を美味しく仕上げている秘密だと気づいていないようだ
一つ一つ気になる部分を上げながら質問しなければ、危うく永遠に謎になるところだった
「それだよ麻子ぉ〜。所謂隠し味ってやつでしょ?」
「隠し味でもなんでもないだろ。どこでも味噌を入れるんじゃないのか?」
不思議そうに首を傾げる麻子に、いやいやと沙織は首を振る
「そうだったらこんなに驚いたりしないって。まぁ、私は回鍋肉まだ作ったことないから使う材料と作り方しか知らないんだけど……」
「じゃあその時覚えたメニューが欠陥だったんだな」
「ううん、今まで食べた回鍋肉と比べても味が違ったもん。だからここまで聞いたの!」
ふーん、とどこか興味無さげに空になった皿を前に箸を置いた麻子は、ポツリと何事かを呟いた
新たな味の開拓に舞い上がっていた沙織にはそれが届くことはなかったが、本人も無意識のうちに呟いてしまったことなのでそれでよかったのである
「ごちそうさまー」
「お粗末さん」
こうして、二人の言葉に今日も上げられた箸が降りた
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いい空気してんねぇ!
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『それなに?』
『回鍋肉よ。お父さんの大好物なの』
『お肉のやつ?』
『そう、お肉を使うお料理。もう出来るからお皿出して並べてくれる?』
『うん……あ、お母さん。それおみそ汁につかうからいれたらおみそ汁になっちゃうよ』
『うふふ。実はねぇ麻子、これをいれるともっと美味しくなるのよ』
『そうなの?』
『そ。私もお母さん――お祖母ちゃんから教わったんだけどね』
『そうなんだ』
『麻子もいつか誰かに回鍋肉を作ってあげる時は真似してみなさい。きっと美味しいって言ってくれるわ』
『わかった。覚えとく』
『ん! じゃあお皿持ってきてー』
『はーい』
『……後は愛情も隠し味って言うわよね。パパと麻子の為に美味しくなれ〜……ふふ、なんちゃって♪』
〈了〉
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毎度のこと短いけどこれで終わりゾ
沙織と麻子がただ仲良く飯食ってるのを書きたかっただけゾ
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眩しすぎて浄化されそう
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俺の心の傷がどんどん癒されていきますよ!
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美味な料理に切なさの隠し味が光る
ごちそうさまでした
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いいSSやこれは……
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