■掲示板に戻る■ ■過去ログ 倉庫一覧■
【SS】武内P「いつかの冬」美嘉「舞踏会」
-
注意
地の文有り(武内P&美嘉の一人称)
時系列:アニメアイドルマスターシンデレラガールズの冒頭1話冬フェス
突っ込みどころや設定の矛盾があるかもしれませんが、よろしくお願いします
-
Prologue 【輝きとは、何なのだろうか?】
輝きというものは、何処にあるのだろうか。
私は時々、そのようなことを考えることがある。
全てを照らす太陽のような輝き、はたまた幻想的で儚い風情を彷彿とさせる月の輝き。
そのどれもは賞賛すべきものであり、偉人の言葉にも数多く引用されている。
多くの人々は輝きというものに希望を見出し、力を得る。
きっとこの辛い出来事が終われば自分は報われるのであるという激励を己へ掛け、困難を乗り切る。
それは心に灯る一つの光であり、輝きだ。
どんな小さな輝きでも、価値はあり、価値の無い輝きなど一つも無い。
……しかし、それは諸刃の剣でもあったのだ。
愚直に光が射す方向へ走り続けた。
私は己の信念を信じて、己が信じる輝きに向かって、走り続けた。
走り続けたつもりだった。
……だが、今になって思えば、それはただの主観でしかないことを痛感している。
私は身勝手であり、自らが建てた指標は揺らぎ傾く。
私はそれにも気が付かずに走り続けた。
ただ、それに気づいた頃には、もう既に全てが遅かった。
最初は会話が噛み合わなかったように思う。
それが徐々に亀裂を来し、意見が衝突しあい、そして私は逃げたのだ。
努力をしたつもりはある。
だが、努力という言葉は結果が実った際にこそ真価を発揮する言葉であり、結果が伴わずに発するだけで言い訳と化す。
私は輝きを見間違えた。
そして、輝きを見間違えた私に愛想を尽かせた彼女たちは、私の下から去っていった。
あの時の少女たちの表情は、私の瞼の裏から離れることはない。
軽蔑して、見下して、それでいて悲しそうな表情を私はきっとこの先一生忘れることはないのだろうと思う。
それを踏まえた上で、私はただただ事実を事実として受け止める。。
――もう、私に輝きを見出すことは、出来ない。
する資格も、無い。
彼女たちと歩むことは、許されない。
-
視界は冬で埋め尽くされている。
紅葉のまま時間に取り残された微かな葉が寂しげな雑木林にひっついている。
それが風が吹くたびに揺れ、そして地に落ちる。
身を凍らせようとする風が私の体にあたっては、そもそも私という存在がいなかったかのように通り過ぎる。
冷たさだけを残して。
私はそんな光景に感傷的な視線を行き渡らせながら、重い体を一生懸命に動かし、まだ明けていない街の中を歩いていた。
現在の時刻は午後四時。
空にはまだ日が昇りきっておらず、とは言え暗くもない中途半端な空が頭上に広がっている。
只でさえ、暗澹たる気分であるというのに、この空模様のおかげでイマイチ気分が盛り上がらない。
しかし、今日はそんなことを言っていられない程、多忙な日になるだろう。
……今日は、美城プロダクション恒例のウィンターアイドルフェスである。
美城プロダクションを代表する、初雪の美しさに負けずとも劣らないアイドルたちが歌い舞い踊り、そして人々へ希望と感動を与える素晴らしき祭典。
……だというのに、私は何ともそれに後ろめたい気持ちを持ってしまっている。
別に私は会社に対して疎ましい気持ちを抱いているわけでもなければ、今回のフェスにネガティブな感情を抱いているわけではない。
ただ、気まずいのだ。
多くの重責と罪悪感に耐え切れず逃げてしまった私は、周囲の視線がまるで咎人でも見るかのように意識されてしまう。
ただ、それが明らかに被害妄想であることを、自覚していた。
周囲の視線はただ私のことを路傍の石程度にしか認識することはないだろう。
……けれど、きっと自分は罪は犯したのだと思う。
私は数ヶ月前、自分が担当していたプロジェクトを降りた。
罪悪感に押しつぶされ、そして結局のところ自分の身勝手な我儘だと帰結するところによって、私は逃げた。
プロジェクトを降りたこと自体には、後悔していない。
私は自らの手で取り返しようのないミスを犯し、そのおかげで自らがどれほど未熟であるのかを痛感した。
私ではきっと、もう残っているメンバーである三人を導くことは出来そうにないと確信したからこそ、私はこの話を辞表と共に部長へと突き付けたのである。
……生憎、辞表は受け取ってもらうことはできなかったが。
ただ、私の中で唯一心残りであったのは、自分がプロジェクトから降りることになった時に見せた、悲痛な彼女達の表情。
それが私の脳裏に深く刻み込まれて、それから瞼を閉じればその顔が浮かんでくるようになった。
-
『アンタは……アンタは逃げるの!?』
とある少女は、私にそう詰め寄った。
他の人々の制止をも受け付けず、乱暴に私の胸襟を掴み上げ、そのような言葉を問い掛けてきたのだった。
私は、そんな彼女に何一つ返すことはできなかった。
具体的な言葉は浮かんでくることはなく、ただ口から出るのは謝罪だけだった。
だから、気まずいのだ。
そんな彼女たちと顔を合わせるかもしれないと思うと、とても気まずい。
私のような立場の人間からすれば、そのような感情を持つこと自体が間違っているのだが、自分の胸に湧いてくるこの感情は理性で抑えられるものではない。
そして、そのことを意識すると、まるで空気自体が重みを持ったかのように、体が気怠くなっていくのを感じられた。
あの時から体重が数キロほど痩せてしまったにも関わらず、私の体は相も変わらず重い。
こんなに中身は空白だというのに、無駄に大きな体格には無用なタンパク質が詰まっている。
体の節々が潤滑油を指していない錆びた機械のようだと思うけれど、私はそれを無理に動かす。
駅まではまだ遠い。
すると、朝日が顔を出し、閑静な住宅街を朝日色に染め上げていった。
冬のモノクロの風景に、色を付けるように。
今日は快晴だ。
とても良いことだと思う。
青い空というものは、そこにあるだけで人々の気持ちを明るくさせる。
……だが、今の私はそれが良い事象であると考えることが出来なかった。
私は歩く。
ただ、ゼンマイ仕掛けの兵隊のように、しかし頭の中では卑屈な言葉を並べながらも、私はただ歩く。
――
-
私が幾つもの電車を乗り継いで、そして会場へと足を踏み入れたのは午前六時からだった。
開場予定時刻が午前十時であり、殆どのスタッフ、アイドルもあと少し時間が経過したら入ってくるだろう。
私は今日は雑用係であったので、他の人々よりも早く来なければならなく、そして体感的には自分がプロデューサーとして参加した時よりも忙しかったと感じた。
何故ならば、それは私が多方面に積極的に働きかけたからである。
私は大柄で筋肉質であるために、力仕事に関しては大いに歓迎され、各所を奔走することとなったのだ。
フラワースタンドの設置や、衣装の持ち運びなどなど。
久々の物理的な労働は鈍っていた体には効いたけれど、嫌だとはあまり思うこともなく、私は無言で働き続けた。
……しかし、そこにフェスを大成功させようという崇高な意思などはない。
あるのはただ、この単純明快な力仕事をこなすことで、どれだけ自分の気持ちが紛わされるかどうかだった。
多くのスタッフに混じっての雑用は、胸の中に蟠っている緊張や不安を解してくれ、だから私はただただ動き続けたのだ。
ただ、そうしている内に時間はまるで早く過ぎていき、時刻は午前九時となっていた。
雑用係である私は、他にも仕事を求めたのであるが、どうやら一通りの力仕事は終わってしまったらしく、私が出る幕はもう無いようだった。
これ以上ここにいても自分は邪魔だろうし、休憩室で休んでいようか。
そう思っている時だった。
「……プロデューサー?」
その声に、私は自分の頭がトンカチで殴りつけられるような錯覚を感じた。
だが、同時にその衝撃は、自分のことを呼んだ『その声』が幻聴でも無いことを教えてくれる。
私は戦々恐々とした気持ちで、背後へと振り返る。
そして、そこには呆然とした表情でこちらを見ている城ヶ崎さんが立っていた。
「……おはようございます。城ヶ崎さん」
私は、彼女の顔に少しだけ見入って、彼女に向かって頭を下げた。
「ん、お、おはよう」
彼女も気まずげに私へそう挨拶を返した。
それも致し方の無いことだろう。
喧嘩別れに近いことをして、かれこそ数ヶ月もの間話していなかったのだ。
別に彼女が自分のことを無視していたわけではなく、ただ私が彼女のことを避けていただけだった。
何とも情けない男であると自覚はしているが、今の私は勇気の欠片もない木偶の坊だ。
そんな私が彼女に話しかけたところで、何が出来ようか。
-
「……アンタは、今暇だったりするの?」
「……すみません。まだ、仕事がありますので」
城ヶ崎さんの問い掛けに、私は咄嗟に嘘で対応した。
そのことに内心驚愕しながらも、少々落胆気味に「うん」と頷く彼女の姿を見て、罪悪感が心を締め付ける。
しかし、とは言えこれでいいのかもしれないという思いも確かにある。
自分と城ヶ崎さんはもう、プロデューサーとアイドルの関係では無いのだ。
彼女の担当から離れ、もう実質的に同じ会社に所属しているという接点しか持たない私たちの関係性は、どうなのだろう。
あれほど楽しく日々を過ごしていた、私たちの関係は一体――。
……答えは簡単だった。
私は、彼女から離れなければいけないのだ。
彼女は今をときめくカリスマJKアイドルとして活躍している。
そんな彼女と何の体面もなくプライベートでの会話をするということは、あまりよいことではない。
だから、私は敢えて城ヶ崎さんを突き放すような言葉を口にした。
「城ヶ崎さん。……私はもう、あなたの担当ではありません。『プロデューサー』と呼ぶのは控えてください」
その一言は、自分の発言にも関わらず、己の心臓に釘を打ち込むかのような所業だった。
私はその苦痛に堪えながら、城ヶ崎さんの表情を確認する。
……城ヶ崎さんの表情は、悲痛に歪み、そして私はそれを見て心に自分のことが嫌になった。
そんな顔をしないでくれ。
何とも無責任な私は、己の言葉で彼女のことを傷つけたのにも関わらずそのようなことを思ってしまう。
思わず慰めの言葉を投げかけようとして、下唇を噛むようにして口を結んだ。
駄目だ、何のために私は彼女のことを突き放そうとしたのだ。
ここで彼女と道を違えることこそが、最善の道であるからだと判断したからだろう。
城ヶ崎さんは私に、ただ静かに問いかける。
「……ねぇ。アンタ言ったじゃん。アタシを輝かせてくれるって。……それはどうなったの?」
私はやはり答えることも出来ずに、ただただ無機質に反射するタイルへと視線を落とすことしかできない。
その煮え切らない私の態度に、どう思ったのかはわからない。
私は俯き、彼女の顔を見ることが出来ない。
だから、彼女がどういう風な表情を浮かべているのかわからなかったが、大方予想はできていた。
彼女は私のことを呆れた表情で見ていることだろう。
この情けない自分を、ただ見下しているに違いない。
そして、そんな彼女の判断は間違っていない。
私は咎められるべき罪人であり、彼女に見下されなければならないのだから。
「……呼び止めて、ごめん。アタシ、もうそろそろ、行くから」
城ヶ崎さんは激しい感情を抑え込むかのような震える声でそう吐き捨て、私の前から足早に去っていった。
俯く私は彼女の後ろ姿を見ない。
だが、短い間隔で鳴り響くヒールの甲高い音が、私の耳を嫌に刺激した。
-
「……」
私は最低だ。
何人を傷つければ気がすむのだろうか。
けれど、最初から最善の選択を出来ていれば、少なくとも私は今、このような状況になっていない。
悲しいことに、自分は器用な立ち回りをできる人間じゃない。
それでも彼女はこれで、私との不用意なしがらみを断ち切りことが出来るはずだ。
それは、とても悲しいことではあるけれど、それでも彼女のためだと言い聞かせる。
……ただ、当分、心に突き刺さった釘は鈍い痛みを発し続けるだろうことに、ただ頭を悩ませるばかりだ。
――
-
多忙であると体感時間が短く感じられる。
それはいつだって同じであり、先ほどの城ヶ崎さんとの邂逅から一時間はあっという間に過ぎてしまい、開演の時間となった。
多くの人が犇めき合い、様々な声が交差する喧騒を端から見ていた。
私は誘導員と物販の手伝いをし、一通り裁き終えるとやることもなくなった。
売り歩きに関しては、私の外見が観客を萎縮させてしまうだろうという意見から断られてしまった。
効率を考えれば人手が多い方がいいはずだとは思うのだが、断られた手前私はそんな主張を強く言うわけにもいかなかった。
今日の私はプロジェクト一任された人間ではなく、ただの雑用係なのだ。
そんな私が、スタッフに強く意見できるはずもない。
スタッフ専用の休憩室へと入ると、そこには既に休憩をしていた幾人かのスタッフが雑談に興じていた。
だが、私の姿を視認した瞬間に、彼らは少しだけ顔を歪めて黙りこくってしまった。
唐突な沈黙に私の胃が痛まずにはいられない。
何故ならば、彼らが口を閉ざした要因は明らかに私にあるのだろうと容易に理解してしまったのだ。
どうやら、休憩室に私の居場所はないらしい。
こんな気まずい空気の中で寛げるほど私は大きな器をしておらず、結局は疲弊している重い腰を上げて、休憩室を後にした。
汚泥に足を突っ込んでいるかのような気分で、廊下を歩く。
そんな私とすれ違う人々は皆、私に対してまるで不審者に向けるような視線を注ぐのであるが、もう慣れたことだ。
それに今の私はいつもより割り増しで目つきが悪くなっているだろうことは鏡を見ずとも察することが出来た。
しかし、どこへ行こうか。
既に私の気分はかなりネガティブなものへと変化しており、もういっそうのこと全てを放り出して家に帰りたい気分だった。
だが、それをすることは許されない。
社会的な常識にしてもそうであるし、私の気分によって仕事を放り出すというのはあまりにも迷惑千万な行動であると思われるからだ。
もし、私が誰からも必要とされていなくても、私はただ仕事をこなすだけである。
幽霊のような足取りで、無益なことを考えながら歩いていると、ふと誰かに声を掛けられた。
「お、ここにいたのかね」
-
私は顔を上げ、声の主へと視線を向け、慌てて挨拶をした。
「お、おはようございます。今西部長」
私に声を掛けてくれた人物は、今西部長であった。
「あはは、おはよう。して、君は何をしているのかな?」
部長は私のその対応に少しだけ苦笑し、改めてそのような質問をしてきた。
正直に言ってしまえば、今の私のみっともない現状を彼へ話すことは躊躇われる。
しかし、嘘を言ったところで彼はそれを見抜くだろう。
部長と私の付き合いはそこそこ長い。
それゆえに、私は彼が如何に人心掌握に長けているかということを知っていた。
だから、ある程度都合の悪い部分を隠しながらも、話した。
今西部長は真剣に私の言葉へ耳を傾け、そして私がことに対して話し終えるとただただ笑みを浮かべた。
……だが、その笑みからは彼の心情を理解することは出来ない。
所詮若輩者だと思われているのか、可哀想であると哀れんでいるのか、それとも同情してくれているのか、私にはわからなかった。
ただ、今西部長は重々しげに言う。
「……何か用事はあるかな? 無いのであれば、私に、ついてきなさい」
彼はそう言うと、私の了承を得るということもせずに、背を向けて歩き出した。
意図が掴めずに、私は無言で歩き出す彼の背中へ質問を投げかけようとするが、喉から出かかった言葉を無理やり堰き止める。
きっと今西部長は何らかの考えがあって、こうやって自分のことを導いているのだろう。
ならば、今はそれに従おう。
ここで彼に疑問を問い掛けたことで、結果が変化するとは思えない。
私は今西部長の小さな背中を追い掛ける。
何処に行くのだろうという疑問はある。
だが、傷心しきった私にとって、導いてくれる存在は、それだけでありがたいものだった。
-
一旦ここまでです。
続きは夜に投稿します
こういう前日譚的なものを書いてみると、改めて渋にある13万文字の力作にただただ感服するばかりです
-
また君か、嬉しいなぁ
-
乙倉くん
相変わらず吸い込まれるような文章力、ホモは文豪はっきり分かんだね
俺は武美嘉が大好物なんだ!このSSが武美嘉だからちくしょう!続き楽しみにして全裸待機するぜ。
-
はえ〜すっごい文章力
やめたくなりますよ〜、自分でSS書くのぉ
-
続き、投下します
-
第弐話 【アタシが大切だったもの】
正直言っちゃえば、アタシはプロデューサーのことを最初は気にくわないと思ってた。
大柄で目つきとか悪いし、表情が鉄みたいに硬いから何考えているかわからない。
それに加えて、無口だし。
プライベートの話になると途端に歯切れが悪くなるし。
そんなこんなの積み重ねで、最初はアイツのことを友達と一緒に悪く言っていた覚えがある。
まぁ、アタシはそこまでって感じじゃなかったから『ちょっと無愛想だよね』とか言葉を濁してたけど。
アタシと一緒にモデル部門へ移籍した子とか、映画部門から来たことかも、結構アイツの悪口言ってたかな。
ちょっと言い過ぎだって思うことはあったけど、まぁ、そんなこんなでアタシのプロデューサー……元だけど、それでもアタシのプロデューサーの最初の印象は最悪だった。
なんでアタシがこんなお堅い感じの男とつるまなきゃいけないの、って考えだった。
まぁ、それは最初のアイツ抱くイメージだったのかな?
けど、アタシは徐々にプロデューサーと一緒に活動していくと、アイツはただの図体がデッカくて口下手なだけじゃないってわかった。
そして、そう感じたキッカケが、アタシがデビューして一ヶ月ぐらいした時、初めてCDのレコーディングの時だった。
収録の時、マイクの前に立つとさ、声が震えちゃったりして上手く声が出せなっちゃったんだ。
ヴォーカルレッスンとか今までしてきたし、それにモデルの時とかに培ったノウハウを活かして頑張ってやるって思ってたんだけど……なんか駄目。
スタッフの人とかはよくあることだからって慰めてくれたけど、そんな言葉は少しだけ捻くれているアタシには当然届かなかった。
今だったら何となくわかるんだけど、まだまだデビューしたてだったし、っていうかデビューしたと言えるかどうかも怪しかった頃だから、アタシも焦ってたんだと思う。
こんな初歩の初歩で躓くなんて……って思ってた。
だってアイドルは歌って踊る存在で、それには歌は欠かせないでしょ?
そして、その欠かせない歌を収録するためのレコーディングだっていうのに、それで躓くなんて……正直アタシのプライドはズタボロだった。
その時だったんだ。
アイツが休憩中に凹んでるアタシの横にのそっと出てきて、それで激励の言葉かどうかわかんないけど、それでもそれらしき言葉を掛けてくれた。
『大丈夫でしょうか』
アタシは多分、あの時の言葉を一言一句思い出すことが出来る。
『大丈夫じゃないに決まってるじゃん。……はぁ、アタシ駄目だなー、全く』
多分、凄くブサイクな顔をして、そんなこと呟いてたと思う。
すると、アイツは屈んでいるアタシに声を掛けようとしたのか「……あ」とか言って口を開いたけど、言葉が見つからないのかそのまんま固まったんだっけ。
口をアホみたいに開いたまんまで、目をあっちこっちやってアイツの姿はちょっと面白かったけど、やっぱりその時の自分の気持ちとしては『コイツはこんな時も気が利かないのか!!』て思ってた。
だって、凹んでる女の子に慰めの言葉の一つも掛けてくれないとか、ぶっちゃけありえないし。
-
……けど、それでもちょっと嬉しかったって気持ちもあるんだ。
なんかその時のアタシのプロデューサーに抱いていたイメージは、なんかこう、機械的な感じだったから、凹んでるアタシを見ても何も感じないと思ってた。
こんなアタシのことを見ても何も感じないんだろうなーとか、やっぱりいつもみたいに遠目で見てるんだろうなーみたいな。
でも、アイツはみっともなくて情けないけど、アタシのことを励まそうとしているのはわかった。
『ねぇ、プロデューサー。なんか、アタシが元気付くような言葉、掛けてくれない?』
面倒臭い女だなって自覚しながらそんなことを言った覚えはある。
アイツはアタシの言葉に、一生懸命焦って、そして頑張って考えたんだろう言葉を、なんかちっちゃい子に物語を読み聞かせる感じで言った。
『私は、あなたが如何に努力をしてきたかを知ってします。それを、いつものようにすれば大丈夫であると、私は思っています。城ヶ崎さんの努力は、あなたを裏切りません』
なんか聞いててありきたりな言葉だなんて感想が浮かんできたりしたんだけど、でもそれよりもアタシは驚いたことがあった。
それは、アイツの言葉にアタシが『ありきたり』なんて感想を思い浮かべてるんだけど、でも実際その言葉にアタシ自身がめっちゃ勇気付けられてっこと。
いつの間にか体の震えも止まってたし、不安な気持ちはちょっとはあったけど、それでもいつもみたいに歌を歌うことが出来そうだった。
『城ヶ崎さん。出来そうですか?』
アイツはそう言って、しゃがみ込んでアタシの顔を見つめてくる。
アタシもプロデューサーの顔を見つめ返した。
何だかいつも怖い怖いって思ってたプロデューサーの強面だったけど、その時初めてわかったことがある。
それはアイツの目は純粋で、とっても透き通っていることだ。
何だか純朴な少年? って感じで、いつもは鋭くてギラギラ光ってそうな目で同期の子たちと『絶対に一人二人やってそうだよね』なんて茶化しあってたけど、それは間違い。
プロデューサーはとても純粋で、だからこそ真っ直ぐな瞳でアタシ達を見てる。
確かにその時の顔は怖いかもしれないけど、それはプロデューサーが一生懸命にアタシたちのことを思ってるから顔が力んじゃって、怖い顔になっちゃうんだ。
……本当のコイツはとても優しくて、でも不器用な人間。
何だかそれがわかった瞬間に、プロデューサーの顔が怖いとかそんな感情は一切感じなくて、何だか体の大きさとかこの強面がとても頼もしいって印象に変わったんだ。
不思議だよね。
-
『プロデューサー……アタシ、ちゃんとアイドルやることができるって思う? 今までモデルとかでさ、舞台の上を歩いたこととかあるけど、ぶっちゃけ多分アイドルのこと舐めてたんだと思う』
『……』
『収録のマイクを目前にして、声が上手く出なくて。……そんなアタシってアイドルをちゃんとやれるのかな?』
なんか思わず出ちゃった弱音。
その時は、なんかアイツの本性がわかちゃったから、思わずそんなみっともない言葉を漏らしちゃった。
でも、アイツは笑わなかった。
真剣にそれを受け止めて、言ってくれたんだ。
『……大丈夫です。城ヶ崎さんは、きっと人々の頭上を照らす輝く星と、なることが出来ます』
詩人みたいなことを言うプロデューサーに、アタシは思わず吹き出した。
『あはは、何それ。ちょっとプロデューサー言ってること、ポエムみたいで恥ずかしいんじゃない?』
『そ、そうでしょうか?』
アタシの指摘に真面目に戸惑うプロデューサーを見て、さっきの言葉は素だったんだと驚く一方で、ちょっと心臓の鼓動がばくばくしてるのを自覚する。
すると、顔まで熱くなって色々と大変だった。
『あの、城ヶ崎さん……?』
アタシが顔を隠そうとすると、コイツはそんな時に限ってアタシの顔をのぞき見ようとする。
デリカシーが無いというか、普通に空気が読めない。
さっきまでのカッコイイアンタはどこに行ったんだって叫びたかったけど、あの時はそんな状況じゃなかったし。
もう照れ臭かったし恥ずかしかった……今思い返してみても恥ずかしいのは変わり無いんだけど。
でも、結果的にアタシはレコーディングを無事に終えることが出来たから万々歳。
……それに、アタシはあの時からプロデューサーとよく話すようになった。
今までアタシとは正反対の人間だと思ってたのが一転して、アタシはアイツのことが何となく気になり始めていた。
――
-
「あの……美嘉さん……大丈夫、ですか?」
アタシはそんなか細い声にハッとして、目を開けた。
なんか、いつの間にかアタシは寝ちゃっていたみたいだった。
ちょっとぼやけた視界の中、目線をぐるりと回してみると、小梅ちゃんが心配そうにこっちを見ていた。
どうやら小梅ちゃんがアタシに声をかけた人物みたいだった。
「んっ……大丈夫。ちょっと疲れただけだから」
そこまで言ってアタシはやっと、寝る直前までの記憶が蘇ってきた。
そうだ、確かアタシは自分のソロ曲を歌い終わって、それで疲れて楽屋で机に伏していたら寝ちゃってたんだ。
全体曲までまだまだ時間があったから……今はどうなんだろう。
ちょっと一瞬だけ焦って時計を見たアタシだったけど、まだまだ全体曲までは数時間もある。
アタシはそのことにちょっと安心してると、小梅ちゃんがアタシのさっきのライブを褒めてくれた。
「……美嘉さん……その、ダンス凄かったです」
「え、そう? あはは、まぁ今回はこんなにおっきな箱だし……春フェスは二回目だからね」
「うん……そう、ですね。でも、私は、プロデューサーさんが、いないのは……初めてで、ちょっと不安、です」
ただ、小梅ちゃんは不安なんだろうね。
そうやってもじもじしながらアタシにそんな言葉を漏らした。
それにアタシも心の中で頷く。
……そうなんだ。
アイツはこういう大きなライブ会場でやる時は、絶対に隣とはいかなくても、同じ場所にいた。
そして、アタシが出る時はいつも『頑張ってください』とか『城ヶ崎さんであればやれます』とか言ってくれた。
ちょっとした言葉だったけど、アイツがアタシに言うそのちょっとした言葉は不思議と勇気をくれたんだって、今なら素直に認められる。
……今日は、アタシの今のプロデューサーが『頑張ってね、美嘉』とか馴れ馴れしく言ったけど、そこまで勇気は湧かなかったり……。
うん、わかってはいるんだ。
別に今のプロデューサーが悪いわけじゃない。
あの人は真剣にアタシのことを見てくれてる。
それは、わかってるんだけど……でも、アタシはやっぱりアイツから言葉を聞きたかった。
いつもみたいに本番直前、不安とかで震えているところに、さりげなく寄り添って欲しかった。
「その……美嘉さんが、今日、疲れてるのも……プロデューサーさんがいない、せいですか?」
小梅ちゃんはそう尋ねてくる。
いつもだったら少しだけ控え目なこの子だけど、今日は随分と踏み込んだことを聞いてくるなんて思った。
多分、アタシの心がバレバレなんだ。
アタシはちょっと自嘲気味に笑ってみる。
「多分、ね。いつもだったらどうってことないんだけどね」
今日は多分、自分のことが信用できなかったから、精神的に疲れちゃったんだ。
いつもだったら『アイドル』である城ヶ崎美嘉や『カリスマギャル』の城ヶ崎美嘉になりきることが出来るんだけど……切り替えが上手くできない。
ダンスとか歌とか、そこらへんは上手くできたんだけど、それでも覚悟が中途半端だったせいで、疲れちゃった。
思わず苦笑しながら、ちょっと横目で小梅ちゃんを見てみる。
この子はアタシのことを心配そうな目で見ていた。
……小梅ちゃんは、プロデューサーのことをどう思ってるんだろう。
「小梅ちゃんはさ、どうなの? アイツが……プロデューサーがいなくなってさ」
アタシの質問に小梅ちゃんは少しだけ戸惑ったけど、いつもみたいなおどおどとした口調で、でもしっかりと強い意志を感じる言葉を言った。
「わ、私は……頑張らなきゃいけない、と思ってます。……プロデューサーさんと一緒に、歩いていけないのは悲しいけど……だけどっ、その、私が頑張った姿を見て……プロデューサーさんが喜んでくれる……安心してくれるなら、私は 私は、頑張れると……思います」
-
アタシのことをチラチラ見てそう言う小梅ちゃんに、ちょっと複雑な印象を抱いたりした。
だって、こんな自分よりも一回り小ちゃい子があの強面プロデューサーとの別れをバネに変えて、一生懸命に頑張ってるってのに、まだまだ自分は凹んだままで。
それに、それは小梅ちゃんの話を聞いても変わらない。
アタシの中にあるアイツを想う心は、まだ諦めもついていない心は加速するばかりだ。
「小梅ちゃんはさ……偉いよね」
「そ、そんなことは、ないです。……ただ、ちょっと辛いから、いつもより頑張ってるだけで……」
「……やっぱり偉いよ、小梅ちゃんは」
――ここで、うじうじしているアタシなんかよりも、よっぽど。
「あっ、白坂さんっ。ここにいらしたんですね。もうそろそろ準備のほうをよろしくお願いします」
と、小梅ちゃんに微笑みかけてると、楽屋の扉が開いてスタッフの人が小梅ちゃんに準備を促した。
どうやらもう少しで小梅ちゃんのステージが始まるみたい。
「ごめんね、小梅ちゃん。なんか長く話しちゃったりして。応援してるから、頑張ってきてね」
「べ、別に大丈夫、です。そ、それじゃ、これで、失礼します」
小梅ちゃんは少し慌てた様子でぺこりと頭を下げて、楽屋から出て行った。
すると楽屋が急にシーンと静かになって、遠くからはライブの軽快なミュージックと歌声がはっきりと聞こえてくる。
この音楽は……友紀ちゃんの応援してるね一等賞かな?
でも、アタシはその明るい曲調を耳にしても、到底明るい気分になんかなることはできない。
自分の心に暗くて重たくて嫌な感情が居座ってるのが、何だか妙にわかってしまう。
それは、アイツのことを諦めきれない想い。
それとアイツに対する嫌な気持ち。
プロデューサーは、言った。
『プロデューサーと呼ぶのは控えてください』って。
何だか妙にその声が鮮明に頭の中で反響してる。
……でも、そんなの嫌だよ。
やっぱ、アイツのことを『プロデューサー』って呼びたい。
アイツはアタシのプロデューサーで、アタシはアイツのアイドルなんだから。
――
-
ちゃんと思い返してみると、アイツとの思い出は沢山ある。
最初の数ヶ月こそあんまり上手く行ってなかったコミュニケーションも、私生活のことを話し合うようになったりもした。
まぁ、別に変な意味とかじゃなくて、友達感覚みたいな感じ。
アイツはどう思ってたのかわかんないけど、でも少なくともアタシはそう感じてた。
だって、最初は自分のことをロクに話そうとしなかったやつと一緒にゲーセン行くなんて結構大進歩だったりしない?
それに意外だったのは、プロデューサーはあんな強面の形をしてて音ゲーとかが上手だったこと。
気まぐれにアタシが『あれやろー』なんて言った時、一人で太鼓の縁を叩きまくって難易度鬼を出した時は超びびったし。
多分あの時のアタシの顔って結構ブサイクだったし、それをプロデューサーに見られたりもしたっけ。
……まぁ、別にアイツになら見られてもいいんだけどさ。
グラビアの時に水着とか見せたりしてるし、結構肌出してる衣装とか着てるし、ブサイクな顔とか今更だし。
ちょっと恥ずかしいけどね。
それはともかくとして、そんなこんなでアイツと話してると、プロジェクト内で話す人グループってやつが変わってきたんだ。
最初は同じ年代のさ、モデル仲間とか女優とかそっちのほうの人たちと話してたんだよね。
話題とか合うし、ファッションのこととか最近はやってるパフェとかあそこの古着屋いいよねーみたいな、そんなこと話し合ってた。
……でも、やっぱりなんていうか、そういう表面的な部分だったら話とか合うんだけど、なんか軸がずれてるっていうのかな。
最初は楽しく駄弁ったりして楽しいんだけど、ちょっとした拍子に悪口に話題がシフトしていっちゃったりしちゃうんだ。
あそこのトレーナーさんはめっちゃ厳しいから始まって『年増おばさん』とか『アイドルのなりそこない』とかそんなことを大きな声で言ったりする。
本当に話し始めは楽しい話題だったのに、いつも誰かが話の方向性を変えて悪口に持って行って、それにみんなが賛同するもんだから、あんまり楽しい話じゃなくなるし。
だから、あの子たちと話していても正直なところ良い気持ちじゃなかったかな。
あの子たちの性格が悪いって感じじゃないんだけど……どうなんだろ。
今思ってみると、案外素行とか悪かったし、レッスンとかブッチすることも多かったような気がする。
……もうそのことに対して混ぜ返しても、何も無いんだけどね。
まぁ、そんなこんな合って嫌気がさしたアタシはもう一つのグループの方へ積極的に話しかけにいった。
もう一つのグループってのは、今じゃ歌姫なんて世間で言われてる楓さんとか、それにさっきアタシのことを心配してくれた小梅ちゃんのこと。
なんで二人がその『もう一つのグループ』ってやつを作ってたかっていうと、まぁ、正直なところ二人ってはぶられてたんだよね。
プロデューサーが担当してたうちのプロジェクトってアイドル部門の試験的なものでさ、他部署から引っ張ってきた子ばっかなんだ。
例外は小梅ちゃんなんだけど、それは後で言うとして、うちの美城プロダクションって無駄に老舗で大きいから所属してる子も何だかプライドが高いわけ。
それでこういうのも嫌なんだけど、まぁ、そんなちっぽけなプライドを汚されるのが嫌で、あの子たちは楓さんを遠回しに遠退けてたんだ。
だって楓さんって、まぁ年代が違うから現場とかで一緒になることって滅多にないけど、モデル界隈でも結構有名な人だったし。
だから、なんていうのかな。
あの子達のプライドってやつが許さなかったんだと思う。
後、小梅ちゃんなんだけど、殆どが部署を移動してアイドル部門に配属された子だったんだけど、小梅ちゃんと二人はオーディションで入ってきたんだ。
中学生一人と高校生二人。
でも、高校生の子たちはもともと読モとかやってたみたいで、完全な素人は小梅ちゃんだけだった。
多分それがあの子に劣等感を与えたのかわかんないけど、小梅ちゃん元々引っ込み思案なところがあって、あんまアタシたちには話しかけなかった。
それに当時のアタシ達が抱く小梅ちゃんの心象はあんまり良いものじゃなかったってのが正直な話。
ちょっとボソボソ話して声が聞き取り辛いし、それに何も無い空間に話しかけるから不気味って思ってた。
だから、小梅ちゃんとアタシ達は両方とも苦手意識を持ってたってことになる。
……まぁ、そんなところかな。
アタシはそんな感じでなんとなーくモデル時代と同じように日々を過ごしてたわけなんだけど、CDレコーディングを経て、徐々にアイツに近づくようになって、それで、自然と楓さんと小梅ちゃんと話すようになったってわけ。
-
最初は二人とも、アタシのことを警戒してたのか、それとも元々口下手だったのかわかんないけど、口数が凄く少なかったんだ。
そんな時にプロデューサーの話を持ち出してみると、それはもう大変。
二人とも、もうさっきまでの口少ないのが演技だったんじゃないかって思うほど饒舌になって思わず笑っちゃった。
だって物静かだと思ってた二人が、まるで水を得た魚みたいな感じで話し出したんだよ。
けど、アタシはそんな二人の話を聞いててさ、良くプロデューサーのことを知ってるなぁって感心しちゃった。
多分、他の子と話せなかった分、プロデューサーと話す機会が多かったんだろうと思うけど、なんかそんなこと考えてると悪いことしちゃったなぁて思う。
で、そんなこんなでアイツとアタシと楓さんと小梅ちゃんって感じでもう一つのグループができたって感じ。
楓さんと打ち上げで居酒屋に連れて行ってもらったり、小梅ちゃんと出来たばっかの寮でホラー映画鑑賞したり……一癖二癖って言葉じゃ語れないほど個性的な二人だけど、人に対する悪口で盛り上がるよりも断然楽しかったのは言うまでもないよね。
時たまプロデューサーも交えてさ、心躍る話題をして騒いでさ。
……楽しかったんだ。
プロデューサーと楓さんと小梅ちゃんと、みんなと話しているのが楽しかったんだ。
ただ、それだけなのに、何だかあの子たちが良く思わなかったみたい。
いつも通りプロジェクトルームに入って、ダンスレッスンの準備をしてたら、元々仲が良かった感じの子に話しかけられたんだ。
『美嘉さー、最近付き合い悪よね』
あんまりにも不快な会話だったから思い出したくもないけど、やっぱり嫌なことは印象深くなって、忘れることなんて到底できない。
『……まぁ、そうだね』
『もーなんでさっ? あんな陰キャラと別に話さなくていいんじゃん』
『……あの人たちは別に、陰キャラじゃないし』
『んまぁ、高垣って人はそうじゃないけど、あの白坂って子? ちょっとウザくない?』
『は?』
『だってさー、なんか話しかけるたんびに吃るしさ、何も無いところに話しかけてるしさ。もうじめじめと妄想が混ざり合って気持ち悪いっていうか』
『……』
『それにさー、あのプロデューサーもプロデューサーだよねー。絶対加齢臭とか臭いし、枕営業とかやらしてるんじゃない?』
『……アタシ、もう行くから?』
『あははー、もしかして図星だったり?』
『……』
『あんな奴と仲良くしてるのって、金とか貰ってるからじゃないのー? それともその無駄にでっかい胸と尻で誘惑でもしたの?』
『今、なんて言った?』
『最近、アンタ活躍してきてるらしいじゃん。アタシはCDデビューとかしたけど、そんなに仕事入ってないのに、おかしいよね。枕でもしてるんじゃない』
『――それはアンタの努力不足なんじゃないの?』
『は?』
『レッスンぶっちするやつに仕事云々言われたくないから』
『何良い子ちゃんぶってんの?』
『アタシは、当たり前のことしてるだけだし』
『あ、レッスンて男に媚び売るレッスン? それだったら、あんなクソみたいなプロデューサーがアンタに優しくするのも納得だわー』
『……アイツをもう一度バカにしたら、キレるよ?』
『え、何? マジになってんの? あ、まさかあんなブサイクに気があるとかそんな感じ? 超ウケるんだけど』
『黙ってよ』
『なんでアタシが黙んなきゃいけないんだし。事実言ってるだけじゃん』
『アンタが、アンタがアイツの何を知ってるっていうの?』
『ブッサイクな面した奴とかと話したくなんかねぇし』
『――アンタねっ!!』
-
その後のことは正直覚えてない。
でも、アタシは覚えてなくて良かったって思ってるんだ。
絶対物騒な言葉じゃんじゃん言ってたし、それにかなり嫌な顔をしてたって思うからさ。
……けど、言われたままとか嫌じゃん。
アイツは確かに見た目こそは凶悪犯みたいな男だし、それに一見すれば付き合いが悪いみたいに感じ取れるけどさ、本当に良い奴なんだよ。
何にそれを知らないで自分が努力をしないだけなのに無能呼ばわりして、挙げ句の果てにはブサイクとか有り得ないじゃん。
小梅ちゃんに対しても悪いこと言ってたし、正直言ってアタシは耐えられなかった。
まぁ、こんなことがあって、アタシは完全にその子たちとは話さなくなった。
アタシが口喧嘩したのはそのグループのリーダー格みたいな女だったからね。
……後悔なんてしてない。
人の嫌な話題で盛り上がるなんて真っ平御免。
アタシは確かにちょっと静かだけど、楓さんと小梅ちゃん……そしてあの口下手なプロデューサーと駄弁って、騒ぐってほどじゃないけど話し合って……そんな日々が続けばいいってずっと思ってたんだ。
でも、人の心はいつまでも同じ場所に止めておくことは出来ない。
それをアタシは知らなかった。
現状で満足しているウチらがいる一方で、大きな不満を持っている子たちがいるなんて……幸せなアタシたちには、わからなかったんだ。
――
-
「おーねがい、しんでれらー、ゆめはゆーめでおーわらせない」
「……あ、楓さん」
アタシが衣装とか化粧とかばっちし決めて、改めて化粧部屋を出ると、そこには楓さんが壁に寄りかかっていた。
何だか、いつも綺麗な楓さんだけど、今日はより一層綺麗だと思う。
大人の女性として魅力的なんだよね、楓さんは。
プライベートを知ってる身としては、まぁ、うん、そこまで模範的な大人って感じじゃないけど、それもまた楓さんって感じはする。
「楓さん、こんなところでどうしたんですか?」
「小梅ちゃんから美嘉ちゃんが落胆してるって聞いて、ラックターンしに来ました……ふふっ」
楓さんはそう言って意味深に笑うけど、言ってる内容はなんともコメントしづらい内容。
まぁ、いつも通りなんだけど。
どうやら楓さんは小梅ちゃんに聞いて、アタシの様子を心配してわざわざ見にきてくれたみたい。
ちょっと嬉しいな。
「それで美嘉ちゃん。調子はどう?」
「大丈夫です。……楓さんはどうなんですか?」
アタシがそう問い返すと、楓さんはまた意味深に笑った。
そして、ゆっくりと口を開いてアタシに言う。
「辛いわ」
それは端的な一言だったけど、それでも楓さんの全ての想いが詰め込まれた一言だと、アタシは思った。
「辛い……ですか」
「えぇ、とても辛いわ。だって、あの人はずっと一緒にやってきた仲間じゃない? なのに、あんなことになっちゃって。正直、一言ぐらい声をかけてくれても良かったと思うの。……まぁ、あの人のことだから、きっと無理なのでしょけど」
――でも、と楓さんは言葉を続けた。
さっきまでの穏やかな表情とは一転して、とても力強い瞳をアタシに向けて。
「でも、あの人は私たちが落ち込んでいる姿を見ても、喜ぶことはない。……きっと、私たちがファンを笑顔にする姿こそ、あの人が望んでいる私たちの姿だと思うの」
「ファンを……笑顔にする姿?」
「えぇ、あの人はきっとそれを望んでいるわ。小梅ちゃんも、そのために頑張ってる。……美嘉ちゃんはどうかしら?」
「アタシは……」
アタシは、どうなんだろ。
嫌なことを忘れたくて、一生懸命にレッスンして、あんま楽しくなくて、嫌な気持ちは募るばかりで……。
-
「アタシは……わかんないですよ」
わかんない。
どうすればいいのか、私自身がどうすればいいのかわかんない。
アイツがいたら、この気持ちも晴れるのかな?
……それも、わからない。
「アタシは、どうすればいいんですか?」
楓さんに聞いても仕方のないことをアタシはそう尋ねずにはいられなかった。
だって、誰かに聞かないと、この衝動は抑えられそうになかったから。
楓さんは少しだけ悩んで、口を開いた。
「今は、ファンの皆さんを笑顔にすることだけを考えたらどうかしら。……その後に、この問題を考えても、遅くは無いわ」
それも、そうだ。
今このことに関して考えても、ただ気分が悪くなるだけで良いことなんて一つも無い。
……うん、理屈ではわかってるんだ。
こんなこと考えたって、何も解決しないことぐらい、アタシにだってわかってるんだ。
でも、頭でわかっていても、どうしても心が疼いて頭の中がアイツの辛そうな顔でいっぱいになって、嫌になる。
でももっと嫌なのが、この何も動かない硬直しきった状況。
どうにかしてあげたいのに……プロデューサーはそれを望んでいない。
――プロデューサーは、このことの解決を望んじゃいないのが、一番嫌なんだ。
「美嘉ちゃん。……少し、まだ時間があるから、外の空気でも吸ってきたらどうかしら?」
「そうさせて、もらいます」
アタシは気を使ってそう言ってくれた楓さんの提案に乗って、廊下をただただ淡々と歩く。
別れ際に見た楓さんのアタシに向けた悲しそうな表情が、やけに網膜に刻まれて離れなかった。
――
-
美嘉姉の繊細な心理描写に切なくて目頭が熱くなりますよ…ア-ナキソ
-
それは突然やってきた。
いつも繰り返す日常の中、何も変わらない時間だったはずなのに……本当に唐突だった。
一人の女の子が、アイドル部門から元のモデル部門に戻ったんだ。
何が起こってるかわからない中で、焦燥しきったプロデューサーはアタシたちに事情を説明した。
なんでアイドル部門から去ったかは詳しくプロデューサーの口から語られることはなかったけれど、大方仕事が上手くいってなかったんだろうな、ということは想像がついた。
そんなことを考えることができるほど、あの時のアタシはそのとき冷静だったような気がする。
だって、この業界にいると前へ進むことを諦めて辞めていく人、結構いるんだ。
モデル界隈ってか、芸能界ってそこら辺シビアだからさ。
楓さんもそのことがわかってたから、ちょっと混乱している小梅ちゃんのことを余裕を持って慰めることが出来てたんだと思う。
けど……この時のアタシはまだ気がつかない。
これが『契機』になってしまったんだって。
それから数日して、またアイドル部門から去った子が出てきたんだ。
その時になると、幾ら物事を楽観視していたアタシ達でも異常に気がついた。
日々窶れてくるプロデューサーにも危機感を抱いていたし、このムードを止めなきゃプロジェクトの存続が危ういっていう危機感が芽生えたんだ。
でも、プロデューサーもプロデューサーで変な意地を張ってて、明らかに寝不足で疲弊感漂う表情で大丈夫って言ってた。
……きっとあの時無茶を通していれば、よかったのかな。
そんな風に今は思うけど……もうその考えに至る頃には手遅れだった。
一人また一人去っていったんだ。
て言っても、元々他の部署に比べたらうちのプロジェクトなんて規模が小さいもんなんだったけど、結局残ったのは、アタシと楓さんと小梅ちゃんだけ。
プロジェクトルームはすっかり広くなって、置いてあった雑多な私物の殆どが無くなった。
唯でさえ広かった部屋は、空白が増えたおかげで不自然に広漠としているように思えた。
……結局、アイツはあの子達を引き止めることは出来なかった。
――そして、あいつは言ったんだ。
『私はあなたたちの担当を降りさせて頂きます』
あの瞬間、私は頭の中が真っ白になって何も考えられなかったことを覚えている。
……これからなのにさ。
これからアイツと一緒に歩んでさ、いろんな仕事をしたりするはずだったのにさ、こんなことって無いよ。
アタシは嫌だった。
その気持ちは楓さんや小梅ちゃんも同じみたいで、プロデューサーに一生懸命訴えた。
辞めないでって。
これからも自分たちをプロデュースしてよって。
でもアイツは俯くばかりで何も言わない。
-
そして、俯きながら『みなさんはもう大丈夫です』とか言って、事務的なことを話し出してさ。
そんなのって無いよ。
プロデューサーとアタシたちってそんな浅い関係だったの?
もっと深い、深層心理的な場所で繋がってるとかそんなんじゃないの?
そんな思いとか焦燥感とか色々な想いがアタシの中に集まってさ、アタシ、頭に血が上って変なことを言っちゃったのを覚えているんだ。
『アンタは……アンタは逃げるの!?』
アタシはそうヒステリック気味で叫んであいつの胸倉に掴み掛かっちゃったんだよね。
小梅ちゃんとか楓さんが色んなことを言ってた気がするけど、正直あの時の頭が沸騰してたアタシの耳には、その言葉は届いていなかった。
あの時のアタシの世界に存在したのは、馬鹿みたいに泣きそうなアタシと気弱で今にも崩れ落ちそうなプロデューサーだけだったんだ。
でも、アイツはアタシが掴み掛かっても、俯くだけで、やっぱり口を一文字に閉じたまま。
何か喋ったとしても『すみません』とか『申し訳ございません』とか謝罪の言葉ばっかりで……別に、アタシはそんなことを聞きたいわけじゃない。
アタシは……アタシはあんなたから納得のいく理由が欲しいんだ。
アタシが諦めざるを得ないような、自分の心を一旦一区切りできるような、そうした理由を、せめてでも欲しい。
だって、中途半端な説明を受けても、アタシは納得なんてすることは出来ない。
アタシがプロデューサーを諦めることなんて到底できない。
でも、その気持ちはアイツの心に届かなかったのかな?
アイツは言ったんだ。
『私は、きっと、あなたたちの導き手となる資格も、なにも、ありません』
――そんなことない。
『……私は、きっと、あの子達や、それにあなたたちも、不幸にしてしまったのかも、しれません』
――そんなことないっ。
『城ヶ崎さん、高垣さん、白坂さん。……あなたたちは、私ではなくともきっと、ここまで来ることができたでしょう』
『そんなことない!!』
でも、アタシはそれ以上のことを言うことが出来なかった。
別にプロデューサーの言い分を正しいなんて思ったわけじゃない。
アイツの言葉はアタシたちの気持ちのを何にも分かってない発言だから、アタシは否定したかった。
……アイツは崩れ落ちそうだったんだ。
今にも、アタシがもう一言でも発すれば、塵となって消えてしまいそうなほどに、脆くなってたんだ。
あの時、アタシを見つめていた光のない黒曜石のような目は、一体何処を見ていたんだろう。
――きっとアイツは、アタシなんか見ていなかった。
アイツは、ガラスの靴さえ置いて行かずに去っていったシンデレラを、追いかけてるんだ。
――
-
「うぅ、ちょっとこの衣装で外に出るのはまずったかな〜」
アタシはそんなことを言いながら、バルコニーへと出た。
冬の寒風がアタシの両肩を撫でて、思わず変な声が出てしまう。
でも、そんぐらい寒い方が今のアタシにとっては好都合だった。
だって、アタシは冷静になるためにここに来たんだから、ある程度寒くなきゃ話にならない。
風邪をひくかもとか思わなくもないけど、もう何だか自棄っぱちになってて、風邪を引くんだったらどうぞ引いてくれって感じ。
自暴自棄もいいところだけど……今のアタシは冷静じゃないことなんて、自分が一番わかってるんだ。
アタシはバルコニーの壁に背中をつけて、空を見上げる。
冬の寒空は雲ひとつない青々しい快晴で、いつもだったら紫外線とか気にするんだけど、今日はそんな気分じゃない。
今日はっていうか……最近そんな気分じゃないし。
別に日焼け対策をしないわけじゃないんだけどさ……。
アタシはそんな取り留めもないことを考えながら、ぼーっただただ空を眺める。
雲がないから時間が進んでるって実感が無い。
青いのが何処までも広がってて、アタシなんかとてもちっぽけな存在なんだって思い知らされるような気がして、視線を下にずらした。
「はぁ」
思わずため息が出ちゃうほど、今のアタシはネガティヴだ。
まぁ、いつも前向きってわけじゃないけど、今のアタシは特別後ろ向きで、本当嫌になる。
プロデューサーのせい……って一概に言えないよね。
「アタシが、いじいじしてるだけだし……」
楓さんとか小梅ちゃんとかは、辛いけど頑張ってるんだ。
ファンのみんなを笑顔にしたいから、そうすることでプロデューサーが喜ぶから、だから頑張れる。
でも、アタシはそんな理由じゃ頑張れないよ。
『頑張ってください』
アイツはアタシが大舞台に立つ時、毎回アタシを勇気付けるためにそう声を掛けてくれてたんだ。
すると、心の中に不思議と熱が灯って、それでアタシは一生懸命頑張ることが出来る。
プライベートの臆病なアタシから、アイドルのアタシになることができた。
けど、その気持ちを切り替えるスイッチ的な役割がアイツだったから。
「プロデューサー……あんたじゃなきゃ、アタシは嫌だよ」
-
思わず、アタシはそんなことを呟く。
届かないことを承知しての言葉だったけど、何か縁でもあったんだ。
ガチャリと近くの出入り口の扉が開いたんだ。
最初はスタッフの人が出入りしていると思って目を向けたりはしなかったんだけど、あの野太い特徴的な声で、アタシの名前が呼ばれた。
「城ヶ崎さん」
アタシはゆっくりと振り返る。
だって、もし振り向いてもあの強面のプロデューサーじゃなかったらと思うと、怖かったから。
でも、アイツだった。
プロデューサーが冴えない顔でアタシの前に立っていた。
瞬間、心の中がざわめいて、波立って、それがアタシの思考を掻き乱していく。
「……アンタ、何で、ここにいるわけ」
思わず、そんな言葉が口から出た。
こんな辛辣なことをコイツに言いたかったわけじゃないのに。
プロデューサーはアタシの言葉を聞いて、目を見開き少しだけ傷ついたかのような顔を浮かべる。
それにアタシも傷つく。
心が、痛い。
「その、私は、城ヶ崎さんが思い悩んでいらっしゃると高垣さんに聞いて、ここに……」
プロデューサーは他人行儀な口調でそんなことを言って、それに不思議とアタシは怒りを覚えてしまった。
だって、アタシが怒ってたり困ってたり悩んでたり悲しんでるのって8割プロデューサーのせいみたいなもんだよ?
急にプロジェクトのメンバーが脱退したとか言った後に、ろくに説明もしないでプロジェクトの担当から下りて、挙げ句の果てには一方的に関係を断ち切ろうとして……。
「ふざけないでよ」
胸の奥底に渦巻いている情念が、アタシの口から自然と漏れ出す。
「ふざけないでよ。一方的過ぎる。なんで、プロデューサー、アンタはそんなにアタシ達のことを考えようとしないの?」
「……」
「勝手に何も言わないで担当を下りてさ。……今までアタシ達って一緒に歩いてきたじゃん。苦難ってやつ? を一緒に乗り越えてきたじゃん。なのに、なのになんで……アンタはそんなに身勝手なの? それともなに、アンタにとってアイドルって仕事上の関係でしかないの? アタシ達と仲良くしてたのって、仕事を円滑に進めるための行程でしかなかったの」
「――そんなことありませんっ」
「だったらなんでなにも言わないでどっか行こうとするの!?」
アタシは叫んだ。
もう目一杯、自分の喉が裂けそうな程に大きな声で、思いっきりヒステリックに叫んだ。
「アンタはわかんないだろうけど、アタシは……楓さんとか小梅ちゃんとかも含めて……アタシたちは辛いんだよ。 なんで辛いか分かる? プロデューサーが自分一人で突っ走って、アタシたちになにも相談しないから」
「――っ」
「アンタは、楓さんの気持ち知ってるの? 辛いって言ってた。なにも言わずに何処かへ行って、辛いって。小梅ちゃんもそう。アンタがいなくて不安だって……アタシだってそうだよ。でも、みんな頑張ってる。アンタが喜ぶ顔が見たいから、不安を押し殺してファンのみんなに笑顔を見せてる」
そう、楓さんも小梅ちゃんも一生懸命に努力をしている。
けど、アタシはそこで急に頭がすーっと冷静になっていくのを感じた。
すると頭を擡げてきたのは、不安とか恐怖とかそんな感情。
それが心を跋扈して、自分の感情を無闇矢鱈と揺さ振ってるのがわかった。
-
「……恐いんだ。アタシ、今、めちゃくちゃ恐くて不安で、嫌なんだ。いつもは、いつもはこんな風じゃないけど、今日は違う。……さっきのライブでも、本番前まで足の震えが止まんなかった。……わかんないんだよ。なんでこんなに不安なのか、アタシにはわかんない。けど、不安で怖くて足が震えて、仕方ないんだ……」
アタシはプロデューサーの目を見る。
けど、視界は歪んでいて、アイツの顔がぐにゃりと曲がっていた。
なんでかと思ったけど、理由は頬に伝う熱い雫の感触で分かってしまった。
アタシ、今、泣いてるんだ。
プロデューサーを目の前にして、感情を吐き出して、泣いちゃってるんだ。
「城ヶ崎、さん……」
「恐いんだよ……アンタがいなくなるのが、嫌で、恐い。ねぇ、なんでアンタはどこか行っちゃおうとするの? 一緒にいてよ。これからも楓さんと小梅ちゃんとアンタで、仕事したりさ……」
「……出来ません」
プロデューサーはそう言って、顔を歪めた。
涙の膜から通した視界からでもわかる。
アイツも泣きそうだった。
でも、一生懸命に堪えている。
「私にとって、あなた方は掛け替えのない存在です。城ヶ崎さんと高垣さんと白坂さん」
「……」
「あなた方は私によく話しかけてくださいました。それは、とても嬉しく、私に力を与えてくれました。私は、あなた方と過ごせて、良かったと、今ではおもえます」
「だったら――」
「だからこそ、私はあなた方から離れるべきなのです」
なんで、て言おうとして、声が詰まった。
プロデューサーは言葉を続ける。
「私は皆さんの導き手となる立場で、皆さんを引率してきたつもりです。プロデューサーというものは、アイドル自身に、己がアイドルであることを誇りに思って頂くことこそ、私たちの存在意義なのではないかと思うのです」
「……アタシたちが、アイドルを誇りに」
「えぇ」
プロデューサーは小さく頷く。
強い悔恨を感じる表情と共に。
「そして、私はそれを彼女達へ与えることが出来ませんでした。私が彼女達と信頼関係を築けなかったばっかりに」
「それは……」
確かに、プロデューサーはあの子達とはあまり上手く会話ができていなかった。
両者ともに苦手意識を持ってるんだから、それは仕方がないとアタシは思う。
でも、コイツは全てが自分に責任があると思ってるんだ。
違うって言いたいけど、アタシはもう悲しそうな表情をするプロデューサーに感化されて、言葉が出なかった。
口を開いてしまえば、本当に泣きじゃくってしまいそうだったから。
「……これは私が生み出した不和です」
「そんなこと、ない。アタシは、アンタが一生懸命に頑張ったこと、知ってる。アンタが悩んでたこと、知ってる」
アタシは涙を堪えて一生懸命に嗚咽を混じらせて訴えた。
だって、プロデューサーはあの辞めていった子たちとなんとかコミュニケーションを取ろうと頑張ってたんだ。
共通の話題を作ろうとしてティーンズ向けの雑誌を読み漁ったり、慣れないアプリをダウンロードしてみたり、本当に色んなことをしていた。
アタシもプロデューサーの相談に乗ったことがあったけど、あの子達と仲良くやるために努力したと思ってる。
でも、結局プロデューサーの努力は結ばれることはなく、最後まで絆を築くことも出来なかった。
「……ありがとうございます。城ヶ崎さん」
プロデューサーはそう笑った。
でも、プロデューサーが浮かべてるのは、いつもの不器用だけど嬉しさが滲んでるものじゃなかった。
アイツが今浮かべてる笑顔は、なんていうか、とても悲しそうなんだ。
「……しかし、私は道を違ってしまった。それは変えることの出来ない事実です。そんな私にあなたたちと共に歩む資格があるとは思えません」
-
冬の冷たい風がアタシとプロデューサーの間を駆け抜ける。
気の抜けた音が聞こえ、アタシの前髪を揺らした。
冷風がアタシの涙を乾かして、熱くなった頭を冷やしていく。
何だか、分かってしまった。
プロデューサーが頑なに首を横に振る理由が、なんとなくわかってしまったんだ。
……プロデューサーは諦めてしまっているんだ。
何を諦めているかなんて具体的なことは、アタシにはわからない。
でも、決定的に何かを諦めてしまっているような気がした。
掠れきって、磨耗したプロデューサーの笑みは、そんな事実をアタシに叩きつける。
「……けれど、私はあなたたちと歩んだ道が間違いであったと思ったことは、ありません。これは私の一方的な感謝です。……あなた方を私の身勝手な行動によって傷つけてしまったことを謝ります。ですが、その謝罪の上でこう言わせてください」
プロデューサーは一字一字を大事そうに口にし、そして言葉を区切って頭をゆっくりと下げた。
「私は、高垣さんや白坂さん……そして、城ヶ崎さんをプロデュース出来たことを、心の底から光栄に思います。ありがとうございました」
――そっか。
プロデューサーとはもう一緒に、歩くことなんてできないんだ。
アタシは頭を下げているプロデューサーを見て、そんなことを悟った。
プロデューサーはもう自分の心の中で区切りを付けて、そして自己完結している。
何処までも、アタシの入る隙が無いほどに。
……今のプロデューサーには何が見えてるんだろう。
その諦観の視線から、アタシはどんな風に映ってるんだろう。
「だったらさ……そんな謝るんだったら、最後の我儘を聞いて」
「……なんでしょうか」
「……アタシにさ、いつもライブの前に掛けてくれた言葉を言ってくれない? それだけで、多分、アタシは吹っ切れると思うから」
プロデューサーはその言葉を聞いて目を見開いて、そして口元を綻ばせる。
その瞬間の笑顔だけは、あの瞬間に戻ったみたいで、アタシの心に温かな明かりが灯ったと同時に、苦しかった。
こんな場面で、アタシはあんたの笑顔を、見たくなんかなかった。
もっと違うところで、三人一緒にさ、笑い合って……。
けど、それは叶わない幻想になっちゃった。
プロデューサーは口を開いて、言葉を紡ぐ。
「城ヶ崎さん。……笑顔を忘れずに、頑張ってください」
「――うんっ。分かった!!」
アタシは努めて明るい笑顔を浮かべた。
胸の中で泣き喚いているアタシを包み隠しながら。
――
-
アタシたちは夢を見ている。
点々とした光が集まり、そこには輝きの波が、アタシたちのことを出迎えるように波打っている。
歓声が響きわたる。
多くの人々が、アタシへ、アタシ達へと思いを寄せ、そしてここにいる。
その想いは、きっと人それぞれなんだ。
でも、きっとそれは素晴らしいって言えるものでいっぱいで……。
だから、アタシは歌う。
そんな人たちに笑顔を届けるために。
……何処かにいるアイツにも、この想いが、届けばいいな。
-
今日はここまで
明日には書き終わってるやつを改稿して投稿します
-
ブラボー!おお…ブラボー!!(今西部長)
お姉ちゃんの儚く切ない心情描写で2回も涙汁を出した。続きを糞、溜めて待つぜ。
-
Epilogue 【私が決めた道】
眼下に広がるのは点々と灯ってるサイリウムの光。
熱狂する音が渦巻くは、人々の昂ぶる声。
そして、そんな人々に興奮と感動を与えるシンデレラたち。
彼女たちは歌い、踊る。
スポットライトに照らされたステージの上で、応援してくれている人々へ笑顔を振りまいている。
「ここから見る景色はどうかね?」
私が呆然とその景色を見ていると、後ろから声が掛けられた。
ゆっくりと振り向くと、そこに立っていたのは今西部長だった。
部長はいつも通りの笑顔を浮かべている。
ただ、その視線にはどんな感情が込められているのか、私には知る由が無い。
だから、勘ぐった言葉よりも、ただただ純粋に胸中に浮かんできた言葉を出す。
「……良い笑顔です」
ステージの上で踊っている皆さんは良い笑顔をその顔に浮かべていた。
今の私には眩し過ぎるぐらいに輝かしい笑顔を。
「そうかい。……ただ、忘れてはならないよ。高垣君や白坂君、城ヶ崎君は、君が育てたアイドルだ。そしてこうやって人々に夢や感動を与えている。それを忘れてはならない」
「……はい」
「して、さきほど何やら城ヶ崎君と口論をしていたらしい、どうしたのかね?」
「スタッフの人に聞いたのですか?」
「いやいや、たまたま煙草を吸いに外に出ていたら、耳にしてしまっただけさ」
部長は少々嫌らしい笑みを浮かべながらも、そう言う。
……どうやら部長は偶然現場に居合わせたらしい。
思わず嘆息をしたくなったが、自分の上司にそのような失礼な行動を取るわけにもいかないので、ぐっと堪え、事務的に先ほどの会話を彼に伝えた。
すると、彼は私の横に歩み寄り、そして私と同じ視点から彼女たちを見下ろす。
「……君は、それでよかったのかな?」
「よかった、とは」
「君は、君の中では実に合理的な判断をしたんだろうね。それは、君が語っている口調から判断することが出来た。……でも、君の本心はどうなんだい? 私のような枯れた人間が言うのもなんだがね」
「……私は、後悔していません」
「本当かい?」
「はい」
「……君が言うんだったら、そうなんだろうね」
彼はそう言うと、後ろへ振り返る。
「飲み物でも買ってきてあげよう」と行って、関係者席から去っていった。
私は自らが育て上げた、と言われたアイドルを見る。
高垣さん。
白坂さん。
城ヶ崎さん。
……実は、彼女たちには伝えていないとある事実があった。
それは……去っていった少女達に関することだ。
彼女達がプロジェクトから辞退するということを伝えてきとき、その大半は同じ反応を見受けることが出来た。
それは、私に対する中傷と罵倒。
……それともう一つ。
『あの子達といると、才能の無さが実感できるんだよね』
-
詰まる所……辞めていった彼女達は全員、私に対しても……あの三人に対して少なからずよくない気持ち……嫉妬などの感情を抱いていたのだ。
……それに加え、私がその彼女たちへとコミュニケーションを偏らせていたおかげで、一つの疑念が自然と浮かび上がったらしい。
――もしかして、自分たちはもう期待されていないのではないか?
――才能がある者だけしか、必要とされていないのではないか?
そして、そのような誤解が、私と彼女達の間に決定的な溝を生んだに違いなかった。
だが、その事実に気がついたのは、彼女達が私の前から去っていった後であり、私はただただその事実と己の愚かさを悔いることしか出来なかった。
……私は一体どうすればよかったのだろうか。
それは今朝方まで私を悩ませていたものだった。
瞼を閉じれば、恨み言を私に吐き掛ける少女の姿と、それと同じく私に詰め寄る三人の姿が浮かんでいたものだった。
ただ、今は違う。
部長に連れられてやってきた関係者席から、私が逃げていた彼女達の笑顔を見て、あの三人のアイドルと過ごした日々を思い返さずにはいられなかった。
どれもが私の灰色の日常に色を付けるかのように、色彩が鮮やかな情景ばかりだ。
きっと私と高垣さんと白坂さん、そして城ヶ崎さんと過ごした時間は、私の人生の中でも特別楽しかった時間に違いない。
……きっとその色味豊かな思い出は、私には過ぎたものだったのだ。
忠告を忘れ、叩く跳びすぎたが故に太陽の熱さに翼を奪われたイカロスの如く、大海へと堕ちた。
故に、私にも罰が降ったのだ。
私が行うべき最適な行動は、とても単純なものだった。
全てが平等に近づくことが出来なければ、それと同じく全て平等に距離を取るしかない。
――私は、城ヶ崎さん、高垣さん、白坂さんと絆を築くべきではなかった。
多くの者を導く立場である私は、平等に人々と接しなければならない。
それは上に立つ者として当然の義務であり、繊細な年代の彼女達に対しては、そのことをより強く意識して接する必要があったのだ。
私はそれを疎かにし、深い強固な関係を築くことが出来なかった。
そもそも、自分はそんな器用なことが出来る人間ではなかった。
だからこそ、私は彼女たちに対して平等に、距離を取るべきだったのだ。
プロデューサーとアイドルというビジネス的でフラットな関係を築き上げるべきだったのだ。
そうすればこのような歪みや相互の違和は生じなかったはずである。
私は目の前に広がる熱狂の渦と、それを生み出している彼女達を見て、改めて思う。
……私は、彼女達に近付くべきでは、なかった。
それを過ちと気がつかなかった私は、愚かな罪人である。
ディスプレイに写っている城ヶ崎さんへと注視した。
そこには、先ほどまで泣いていたというのに、今では立派にステージの上で笑顔を浮かべている城ヶ崎さんがいた。
人々を魅了する、素敵な笑顔。
彼女は、私という無骨な人間に対しても、涙してくれた優しい人だ。
けれど、もうわかってしまった。
私では彼女達をプロデュースすることなど到底出来はしない。
……彼女達の笑顔を守り切ることが出来なかった私には、近くにいる資格など無い。
ただ、と私は思う。
もしも、再び私にチャンスが訪れることがあるのであれば……私は歯車となろう。
或いは車輪に。
私は、輝きを運ぶために部品だ。
代替の効く、ただのパーツ。
それでいいではないか。
罪人にはそれが、相応しい処遇だ。
煌びやかなステージの上では万雷の拍手がシンデレラたちに送られている。
私も僅かながらであるが、小さな拍手を手向けとして彼女達に送った。
きっとこれからも成長していくだろう未来へと、思いを馳せながら。
――
-
私はまだ知らない。
ここが別れの瞬間であり、同時に運命の出会いを果てしたいたことに。
【End】
-
終わりです
前作でリクエストを貰い頑張って一生懸命に書いてみたのですがどうだったでしょうか?
自分の筆力では、アニデレ前日譚の妄想を上手く料理することは難しいですね……
設定の齟齬などもあったかもしれません。
ただ、ここまで読んで頂きありがとうございました
PS:SSR杏がでました。あと遅れてですが、あけましておめでとうございます
-
おめでとうございます
そしてお疲れ様でした。武内Pもここから始まったんやなって…
以前武美嘉を書かれていたのを思い出したので続けて読んでみたら、この前日譚も相まって凄く味わい深いものになりました
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/20196/1449499924/
-
<削除>
-
>>1乙倉くん
月並みだけどスッゲー良かったゾ〜ご自愛ください
AILE君はそろそろまとめて差し上げろ
SSR杏changオメシャス!ご自愛兄貴の担当は存じませんが担当のSS書いたらあんたん出来るんじゃない?(チラッチラッ
-
いいSSだった、掛け値無しに
その後の話も気になってしょうがなくなるような後引く素晴らしい前日譚でした
美嘉姉の心理描写もさる事ながら武内Pの背景はそういう解釈もあるのかと色々捗りますね
エロからコメディにシリアスまでこなす器量には感服ですまた気が向いたら何か書いて欲しいゾ 服、脱いで待つぜ。
武美嘉のSSを自炊する文章力を一本だけ!くださいっ!あっそうだ(唐突)ご自愛兄貴の担当は誰ですか?
-
私の担当は未央ちゃんです
SSRを出そうと高校生には少々痛い一万円を注ぎ込みましたが出ませんでした
まぁ、杏ちゃんが出たのでプラマイゼロです。
それにしても、pixivのURLを記載したレスが消されてしまったのですが、何か規約に違反した箇所でもあったのでしょうか?
お分かりになる方は教えてくだされば助かります
-
やっぱ個人のピクシブ貼るのはローカルルールの誘導・宣伝にあたるからダメなんじゃない?
-
ただのpixivのURLだけじゃ他のスレで消されることが無いしその辺基準がよくわかんないですね…
-
URLはダメでもpixivで使ってる名前とかあげてくれりゃあ嬉しいゾ
-
了解です
三つぐらい前の作品で渋に纏めてくれというご要望がありましたので、
それから続けてURL貼ってきましたが違反だったんですね。
今後はこのようなことをしないように気をつけていきたいと思います。
>>44 教えてくださりありがとうございます
-
見直したらSS総合の600代あたりで議論になってましたね
まあ完全アウトというわけでもないけどあくまでNaNじぇいでSS書いてるわけだからね
まとめとくならURL貼らずにひっそりまとめとけばいいと思います
-
ちゃんみおPでしたか!武未央に限らずちゃんみおSS書いてもいいのよ?(ニッコリ
今回のイベントは上位報酬が担当でしたねぇどれくらい走りましたか
こ↑こ↓は基本外部の誘導・宣伝禁止だからその辺りですかね…
あとNaNじぇい外への転載禁止なので例え執筆者本人でも渋に上げるのは好ましく無いのでしょうか
-
転載禁止っても「他ブログへの」だから本人がpixivに上げる事自体は問題ないのでは
-
あっそっかぁ…(モバPは字が読めない)
じゃあ渋の方で問題無ければ大丈夫なんですかね?
-
これもうわかんねぇな(涙目)
因みに、今回はいつも通り10万位以内入るようには努力しました
2万以内には入りたかったですけど、イベント開始して2日後にやっとイベントがやってることに気がついたので、諦めざるを得ませんでしたので。
取り敢えず、これ以上は話し過ぎたので、自重します。
わざわざ私が疑問に答え、考えてくださりありがとうございました。
皆様もご自愛下さい。
それでは
-
転載がどうというよりやっぱ事実上の個人垢宣伝になるのがまずいかと
認めてしまうと他の人もなろうやらのアカウント晒して宣伝祭りみたいな変な流れになる恐れもあるし
ここでやる以上NaNじぇいのSS書きという立場に徹するべきかなあと
-
>>53
了解です
渋に関連することはここで発言しないように心掛けようと思います。
ご忠告ありがとうございました。
-
こちらとしても〜兄貴とお呼びして個人を特定するような真似をしてしまったのであまり良くなかったですね
あまり気を落とされずこれからも頑張ってください
■掲示板に戻る■ ■過去ログ倉庫一覧■