■掲示板に戻る■ ■過去ログ 倉庫一覧■
【SS】それでもなお、比企谷八幡は嘘を吐く
-
日時:4/1 9:37
From:平塚 静
件名:特別講習について
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
おはようございます。
春休み中だからって不規則な生活はしてませんか?
といっても、学生にとっては休みなのだから仕方ないですよね。
先生は休みなしでずっと働きづめなのでうらやましいです(笑)
ところで比企谷君は、今日の13時から難関大学受験生向けの特別講習が
開かれることはご存じですか? 場所は理系向けが2年E組、文系向けは
2年F組の教室になります。
毎年3月末に開講していたのですが、今年は諸般の事情があって今日まで
日にちがずれてしまいました。各科目のポイントやオススメの勉強方法
などを学ぶ良い機会になると思います。予備校などで忙しいかもしれま
せんが、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか?
あ、今日はエイプリルフールですけど、このメールは嘘じゃないです(笑)
おおまかな参加人数が知りたいので、読んだら必ず返事ください。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
-
……長いよ。
起き抜けのぼんやりとした頭でメールを読んで、最初に浮かんだのはその一言だった。
我らが奉仕部の顧問・平塚静教諭のメールはともかく長くて、しかも重たい。「必ず返事ください」って
文言から「意中の男性からメールの返事がこなかった経験があるんだろうなあ」って察せられるくらい重たい。
もうなんか、妖怪かなんか憑いてるんじゃないの?ってくらい重たい。先生が結婚できないのも、全部妖怪の
せいなんだ!
……寝覚めに先生の結婚の心配なんぞしてしまったせいで、普段よりも重たい気分で朝を迎えるはめになって
しまった。僕以外の被害者が出る前に、誰か早くもらってあげてください。
布団をそろそろと抜け出して、大口を開けて欠伸をする。枕元の時計を確認すると、短針は「10」を指して
いた。本当は11時過ぎに起きて王様気分でブランチするつもりだったが、まあいいか。
本日の予定は……。予備校の春期講習は午前中が数学と物理、午後からが古文・漢文と世界史の集中講義。
理数系科目からの転進(撤退とはいっていない)を完了した俺としては午前中いっぱいを睡眠にあてることも
可能なわけだが、午後からはそういうわけにいかない。高校と予備校のどちらかといわれれば、金払ってでも
通っている予備校を優先すべきだろう。
-
まあ、いくら総武高校が県下でも有数の進学校だからといって、そんな大それた講習はやらないだろう。
各科目のポイントも勉強法とやらも、予備校で学んだものとさして変わらない内容だと思う。
違いがあるとすれば、せいぜい難関大に現役合格した卒業生とマンツーマンで話ができますよ、ってくらい
なもんだろう。家族以外とまともに会話が成立しないぼっちにとって、そんなのは何の利にもならない。
むしろ害になるまである。ぼっちが会話できないのも、全部妖怪のせいなんだ!
というわけで、今回は残念だけど都合がつかないので不参加。「都合がつかない」ってホント便利な言葉
だよな。これ言っとけば大体みんな納得してくれるもんね。そして2度と誘われなくなる。あれ、おかしいな?
涙が……。
さっそく、返事を打とうとメール画面を開いたままのスマホを手に取る。と、平塚先生のメールに続きが
あることに気付いた。
画面をタッチしてスクロールしていく。
『PS:学校にくれば、雪ノ下さんたちにも会えるかもしれませんよ。』
平塚先生が添えたその一文を心に留めてから、俺はメールを閉じた。
-
× × ×
それから、2時間とちょっと後。
快適すぎる我が家の時間を名残惜しく思いながら、俺は自転車をギコギコ漕いで目的地の総武高校を目指す。
……え、予備校行くんじゃなかったのかって? いや、まあそれはアレだよアレ。
ほら、俺、国語学年3位の実力者だから。今さら古文とか漢文の勉強なんぞ必要ないっつーか。キサマ等が
予備校で学ぶ内容は、すでに我々が2000年前に通った道だッッッ!
一体誰に向けて言い訳しているのか分からないまま、俺ことぼっち海王は右足が沈む前に左足を出しながら
自転車を漕いで、通い慣れた通学路を行く。
総武高に近付くにつれ、ちらほらと見知っている顔が増えてきた。海老名さん、戸部、相模、川なんとかさん。
幾人もの知り合いとすれ違いながら、決してお互いに挨拶を交わすことはない。
もちろん全員が全員、特別講習目当てで学校を目指しているわけではないだろうが……。
それでも―― なんとなく、彼女らの顔を探してしまう自分がいた。
-
普段よりスカスカな駐輪所に自転車を留めてから、校舎を目指してゆらゆら歩き始める。
場所は2年F組の教室だったか。かつて別れを告げた教室に帰ってくるとか、過去との清算をつけにきたみたい
でちょっとカッコよくね? そのうち「2年F組の悪夢」とか呼ばれちゃうんじゃないの。……いや、なんかもう
呼ばれてそうな気がする。主に陰口として。
「久しぶりー」なんて談笑するリア充たちの青春まっただ中な会話が耳に入り、遠くグラウンドからは運動部
の青春まっただ中な大声が轟き、コンクリートの校舎からは吹奏楽部の奏でるこれまた青春まっただ中な演奏が
響く。季節は春だ、なにも間違っちゃいない。
それらの調子はずれな協演をBGMにしながら、正面玄関までの並木道を進む。校舎内に植えられた桜の木は
ほぼ満開で、道行く生徒たちもその春めいた光景を愉しんでいた。
かすかな風に揺れる薄桃色の海に目を奪われて、俺も思わず立ち止まってしまう。
美しいものを見て、美しいと思う。
それは人間にとって当たり前の感情で、たとえ目の中が腐っていようがそれだけは変わらない。むしろ、
世界を冷めた目でしか見られない俺だからこそ、その中であって美しく映えるものを尊く感じられる。
だから――。
桜の木をぼんやりと見上げるお団子髪の少女に目を奪われたって、何も不思議なことはない。
-
俺に気付いた彼女は、こちらに向けてぶんぶん手を振ってくる。まるで飼い主を見つけて尻尾振る犬みたいだ。
まあ、ビッチだしあながち間違いではない。
一応、周囲をぐるりと見渡して、それが自分に向けられた挨拶であることを確認する。いや、これで人違い
だったら超恥ずかしいし。よくあるんでしょ、そういう間違い。俺友達いないから経験ないけど。
そんな俺の慎重すぎるくらいな振る舞いを見て、彼女はくすっと頬を緩める。とてとてとこちらに歩み寄って
きた彼女は、有無を言わさぬかのように俺の目の前で立ち止まった。ちょっと、距離近くない?
俺はきょどって目線を宙に泳がせながら、彼女に挨拶をする。
「お、おう、由比ヶ浜。久しぶり」
久しぶりってほど日数経ってないだろ……。最後に会ったの終業式だし、それ1週間前だよ? これじゃあ
まるで由比ヶ浜に会いたくて会いたくて震えてたみたいじゃねえか。どこのカナだよ。
ガールズたちのカリスマと化しつつある俺はさておいて、由比ヶ浜結衣は俺の挨拶に最高の笑顔を返した。
お前が次に言う台詞は「ヒッキー、やっはろー!」、だ!
「ヒッキー、やっは…… んんっ、こんにちは、比企谷君」
そこには、なんかキリっとした顔をしようとしているアホ面の由比ヶ浜がいた。
「……は?」
一拍遅れて、彼女の発した言葉に身体が反応する。
-
それにしても、あだ名って突然呼ばれなくなるとこんな寂しい気持ちになるんだね。今まで「ヒキガエル」と
か「オタが谷」とか「比企谷菌」とか、不名誉すぎるあだ名しかなかったもんだから知らなかった。……うん、
別に「ヒッキー」ってあだ名好きじゃなかったけど。全然好きじゃなったけど。いや別に好きじゃないよ!?
ていうか、え? 俺なんかしたっけ。……むしろ、色々心当たりがありすぎて困る。
1週間前、面と向かって「アホ」って言っちゃったのがまずかったのかな。でもね、足利義満の話してるとき
に「あー、金ぴかの人のことかぁ」って得心のいった顔で呟いた君も悪いと思うんだ。
……と、俺が思考の泥濘へとはまっていくのを見て、由比ヶ浜は慌てたように両手をぶんぶん振る。
「あっ!? ううん、違くて! そういうんじゃなくて!」
否定の意を示す由比ヶ浜だが、何が違うのか私には理解に苦しむね(ペチペチ)。いや、ホント、何が?
「ヒッ……比企谷君には驚かないで、聞いてほしいのだけれど。……どうやら私と由比ヶ浜さんの中身が、
入れ替わってしまったようなの」
……。
ちょっと何言ってるかわかんないです。おそらく放心顔をしているであろう俺をよそに、真剣そうな作り顔の
由比ヶ浜は意味不明な供述を続ける。
-
「朝、目が覚めたら入れ替わっていたのよ。ドラマ……いえ、本にはありがち?……な設定だけれど、現実でも
こういうことって起きるものなのね」
「……はぁ」
「あら、どうやら全く理解できてないようね。さすがは、ひきが、ひき……えーっと……あたまわるいがや君ね」
「頭悪すぎるだろそのあだ名……」
ああ、なるほど。ようやく、コイツが何を始めたのかが理解できた。春のポカポカ陽気にあてられて、頭の
中がお花畑になっちゃったのかと本気で心配しちまったぜ。友人の頭がおかしいと感じたら、メンタルへ!
今日は4月1日、エイプリルフール。
世間で言うところの、嘘が許される1日。正直者であるところの俺には全く縁のない1日(大嘘)
リア充という生き物は、とかく記念日やお祭りごとが好きだ。といっても、記念日それ自体が好きなのでは
なく、それが内包する非日常性と「イベントなんだから何してもいいでしょ!」という馬鹿騒ぎの免罪符が
欲しいからに他ならない。乗るしかないこのビックウェーブに、というやつだ。違うか? 違うな。
それは由比ヶ浜結衣においても例外ではない。彼女もまた「思い出作り」みたいな、いかにも頭の足りない
フレーズが大好きなのだ。
-
つまり、俺や雪ノ下を相手に、嘘の1つでもかまして驚かせてやろうとか考えちゃったに違いない。普段から
色々と言いくるめられることの多い彼女なりの意趣返しでもあるのだろう。
それがこの茶番だとしたら実に彼女らしい。無計画で準備不足でやり方が徹底してなくて、そのくせちょっと
自信ありそうなところが憎めない。
俺は深々と溜息を吐いてから、チラチラとこちらの様子を窺う由比ヶ浜こと自称・雪ノ下に言ってやる。
「エイプリルフールのつもりなんだろうがな。由比ヶ浜、お前に雪ノ下の完コピは無理だ。
――何より、語彙力と知識が貴女には致命的に不足しているもの。まずはもっと本を読んで日本語に親しむ
ことをお勧めするわ、語彙ヶ浜さん」
「アタシより再現度高い!?」
俺はまぶたにそっと手を当て瞑目する。去年何度も見た、雪ノ下が頭を抱える時の仕草だ。
ふっ、決まった。毎日風呂場で練習した甲斐があったぜ。なんたって、雪ノ下の罵詈雑言を一番多く受けてる
のは他でもないこの俺だからな。なにそれこわい。
-
由比ヶ浜ははぁーっと長く息を吐き出してから、肩を落とす。
「あーあ、失敗しちゃった。ヒッキーびっくりさせられると思ったのになー」
「いや、普通に考えて無理だろ」
「えー、やっぱり練習足りなかったかなぁ」
そういう事じゃないだろ……。この子、会う度に段々とアホになっていってない? ガハマさんに花束を。
由比ヶ浜のアホっぷりに改めて戦慄していると、彼女は何ら悪びれもしないで話を続ける。
「あ、ちなみに今日、ゆきのんも学校来てるんだけどね。ゆきのんにはヒッキーの真似するつもりなんだー」
そっか。まあ雪ノ下は国立大学の理系志望だし、そりゃあ一応顔出すよな。うん。
……ところで、俺の真似ってなんだ。もしかして、さっきみたいな入れ替わり設定の茶番劇をもう1本上演
しちゃうつもりなのか。俺と由比ヶ浜の身体が入れ替わっちゃうとか、比企谷君と7人の魔女なの?
「おい、そっちはちゃんと練習したのか? 今やってみてくれよ」
由比ヶ浜は「えー」とか言いつつ、なんかちょっと嬉しそうだ。なんでだよ。
彼女はわざとらしく咳払いをしたかと思うと、眉間に皺を寄せ苦しそうな顔を作ってから一言。
「やっぱ世の中クソだな」
えぇ……(困惑)
雪ノ下の真似もアレな出来だったが、俺の真似は更に輪をかけて完成度が低い(当社比)。
ていうか、由比ヶ浜から見て俺ってそんな感じなのかよ……。どっかの田舎町のペルソナ使いと間違えてない?
-
「どう? 似てるでしょ! こっちは自信作!」
「いや、似てない。マジで似てない。その自信はどこからくるんだよ……」
「そりゃあ、ヒッキーのことはいつも見てるし……って、今のは冗談! えいぷりるふーる!」
真っ赤な顔であわあわ言い始めた由比ヶ浜を眺めていると、校舎の方からチャイムの音が聞こえた。
スマホを取り出して確認すると、画面には12時45分と表示されていた。
講習開始は13時だ。目立たない席を確保したいし、教室にはなるべく早めに入っておいた方が良かろう。
俺はスマホをポケットにしまうと、眼前でなんかブツブツ呟いてる由比ヶ浜を置いて、1人さっさと歩き
始める。ぼっちはクラス能力として「単独行動」を備えているので、声を掛けてきた相手の支配下を逃れて
自分の目的遂行を優先できる。別に、由比ヶ浜(アレ)を置いて行ってしまっても構わんのだろう?
とか考えてたら、由比ヶ浜も普通に追いかけてきて俺の隣に並ぶ。
そこでふと、隣を歩く彼女が何故ここにいるのかを、今さらながら疑問に思った。
「由比ヶ浜。ところで、お前何で学校にいるの?」
「ほぇ? なんでって、もちろん特別講習受けにきたんだけど」
「――なるほど、エイプリルフールは嘘1回までとか決まってないもんな」
「ちょっ!? これは嘘じゃないし!」
ぷんすか、という表現が最も当てはまっていると思えるぐらい、由比ヶ浜が頬を膨らませて抗議してきた。
-
いやだって、信じろって方が無理な話でしょ。おそらくだが、高校2年生の由比ヶ浜の学力はといえば、
中学3年生の小町と比べて僅差で負けるくらいだ。え、負けちゃうの?
今回の特別講習は難関大学向け、つまり相応の学力を有していることは必要条件に等しい。由比ヶ浜がいくら
アホの子だからといって、そのくらいは理解できているはずだ。できてますよね?
「やめとけ。お前の場合、半端な向上心と知識なんか付けるくらいだったら、参考書の1ページでも読み込んだ
方がいい。ハッキリ言うが、お前学力だけなら材木座以下だからな」
「うぅ……ちゅうに以下……。で、でも、アタシだって良い大学行きたいし……」
「身の丈に合わない理想を掲げたってしょうがねえだろ。現実見ろ、現実。努力すれば必ず夢は叶うなんて、
あんなの嘘だからな」
ちょっとキツい言い方になってしまったが、これも彼女の将来を思えばこそだ。たかが大学受験とはいえ、
そこでの失敗は人生を大きく変えるファクターになりうる。それが日本という学歴社会、ひいては人間社会の
厳しさといえる。
高すぎる理想は簡単に身を滅ぼす。人類の歴史をひも解いてみても明白な事実だ。由比ヶ浜が理想を抱いて
溺死する姿はできれば見たくない。
いつになく真剣なトーンで語った俺に気圧されたか、隣を歩く彼女はしゅんとしたまま言葉を返さない。
ぼっちは沈黙を苦にしない。だから、俺もまたそれ以上何も言わない。
-
2人並んで下駄箱の前まで来ると、平時よりも人の少ない校内はどこか寂しげな空気に包まれていた。
「でもね……」
地面に落とされた2足分の上履きが、静寂を壊すように乾いた音を鳴らす。そこに紛れ込ませるように発せ
られた由比ヶ浜の消え入りそうな呟きを、俺は聞き逃せなかった。
「それでもアタシは、ヒッキーと同じ大学、行きたいから」
由比ヶ浜は取り出した上履きをつっかけるように履くと、俺を置いていくようにさっさと先へ行ってしまう。
「じゃあ、またあとでね!」
耳まで真っ赤な由比ヶ浜はちょっとだけ振り返ると、俺の返事など待たずに教室へと続く階段を上って行った。
彼女の姿が見えなくなってから、脱ぎかけのローファーを下駄箱へ放り込む。
-
エイプリルフールだからって、そういう嘘はやめてくれ。下手くそな物真似なんぞより、よっぽど驚かされた
じゃねえか。
……ホント、マジで勘違いしたくなっちゃうからやめろよ。
ドキドキと未だ鳴り止まない心臓の音をかき消すように、周囲の雑音を自分の中に取り込む。
囁くように語り合う周囲の生徒たちの会話、グラウンドからこの場所まで響いてくる運動部員の掛け声、
校舎内の奥の奥からは吹奏楽部の鳴らすガタガタな演奏が耳に入った。
青春のただ中にいる彼らと、青春の中にただいる俺。
そういう認識を忘れないように、俺は1人、卑屈に息を漏らした。
-
× × ×
結論から言えば、特別講習での実入りは特に何もなかった。
大まかな内容は予備校の講習を圧縮したようなもので、あとは予想通り、卒業生の体験談を聞かされたくらい。
現役リア充大学生がFacebookばりに自分のキャンパスライフの充実ぶりをドヤ顔でシェアしてきて、それを
リア充高校生が「いいね!」してただけ。ソーシャルな世界からブロックされてる僕には関係ない話ですよね。
その上、教室の後方から由比ヶ浜がチラチラこっちを見てくるもんだから、まあ、多少はね? はい、講習の
内容とか全然頭に入りませんでした。悔い改めて†
結局、約1時間半ぼんやりとしたまま講習を終えて、俺はそそくさと席を離れる。一瞬由比ヶ浜に視線を向け
ると、彼女は教室の隅で海老名さんや三浦とお喋りしていた。それを見届けてから、たむろする人々の間を
すり抜けてF組の教室を出る。
文系向け講習が予定されていた時間よりだいぶ押したこともあり、理系向け講習の行われていた2年E組の
教室はすでに人もまばらだった。なんとなくE組の教室内へと目を這わせてから、俺は廊下を進む。
-
講習が終わった以上、学校に留まる理由は何一つない。
今から予備校へと向かうのもいいが、講義の真っ最中、それも残り1.5コマくらいの為に電車乗って隣町へ、
というのは面倒だ。自転車をどうするかという問題もある。まあ、自転車漕いで走破できない距離じゃないが、
俺別に皆からジャージ託されてないしなあ。走ってる最中に回想が入って負けフラグが立つ恐れもある。
というわけで、帰ろう。帰れば、また来られるからな。
そう自分の心に撤退指示を出しながら、しかし、足は下駄箱の方へは向かない。本校舎から続く連絡通路を
抜けて、自然と特別棟を目指していた。
春休みで人のまばらな校舎に対して、もともと人出のあまりない特別棟からは全くと言っていいほど生気が
感じられなかった。気温は2度も3度も下がったように感じるし、自分1人だけが時間の檻に閉じ込められて
しまったかのような、孤独な静寂に支配されている。
だが、それをどこか心地よく感じられてしまうのも、ぼっち故だろうか。青春というやかましい喧騒の中に
無理やり放り込まれた俺たちは、いつだって静かな空間を欲している。
だから、きっといる。
一種確信めいたものを抱きながら、俺は去年1年を過ごした部室の前へとやってきていた。ノックも声掛けも
せず、扉に手をかけてゆっくりと力を入れずにそれをスライドさせる。
-
本来なら鍵が掛かっているはずのその扉は驚くほど簡単に開いて、思った通り、そこには部屋の主たる1人の
女生徒がいた。
彼女は驚いたように目を見開いて俺を見据えてから、やがてゆっくりと視線を手元の本にもどした。
俺は扉をそっと閉めて、室内を横切っていつもの席へと座る。
湯気立ち上るティーポットからは、紅茶の優しい香りが漂ってくる。そばには飲みかけのティーカップと、
空のマグカップと湯呑。
「雪ノ下。……まあ、アレだ。久しぶり」
数時間前の由比ヶ浜とのやり取りを思い浮かべながら、今度はちゃんと考えてそう口にした。
雪ノ下雪乃はこちらに顔を向けることなく、即座に言葉を返してくる。
「ごめんなさい、どこかで会ったことあったかしら」
……ねえ、ひどくない? 去年1年間、散々俺に悪口ぶつけて遊んでたよね、君。1週間会わないだけで存在
忘れちゃうとかお前ナニ宮さんだよ。そのティーカップに砂糖18グラムぶち込んでやろうか。
雪ノ下は悪戯に成功したかのようにくすりと口元を緩ませると、本を閉じて俺の方へと向き直る。
「冗談よ。久しぶりね、比企谷君」
「お、おう」
面と向かってそう言われるとすごく気恥ずかしい。こんな恥ずかしい挨拶をさも当然のように交わすリア充
ってすごいなとおもいました。
-
雪ノ下は慣れた手つきで湯呑に紅茶を注ぐと、それを手に席を立ち上がる。
彼女はちょっと逡巡するそぶりを見せてから、長机の俺が手を伸ばせばギリギリ届きそうなところに湯呑を
置いて、自分はそそくさと定位置に戻ってしまった。
「サンキュ」
「いいえ」
お互いに短く言葉を交わしてから、俺は席に腰を下ろしたまま、腕を精一杯伸ばして湯呑を受け取ろうとする。
……が、届かない。腕がぷるぷる震えるほど伸ばしても届かない。いや、ホント、計算されたように届かない。
雪ノ下に抗議の視線を向けるが、何故か頬を朱に染める彼女はすでに読書を再開していて、もはやこちらの
動静に一片の興味もないといった風だ。
え、天然なの? 無意識の内に俺の嫌がることができるとか、やっぱり雪ノ下さんはすごいなとおもいました。
仕方なくよっこらせと重い腰を上げて、熱々の湯呑を手元へと引き寄せる。
紅茶とともに雪ノ下への恨み言を飲み込んで、ほっと一息ついた。鞄をごそごそと漁り、中から読みかけの
文庫本を取り出してぱらぱらと捲る。
-
部室にやってきたところで、何をするでもなくいつも通り。俺も雪ノ下もお互いのことなど大して気にも
留めず、ただ本を読むだけ。
「なんか普通だな……」
そんな言葉が、ふと口をついて出てきた。
「それは聞き捨てならないわね。あなた、良し悪しが分かるほど紅茶を嗜んだことあるの?」
俺の呟きが自分の淹れた紅茶に対して向けられたものだと勘違いした雪ノ下は、それはもう眼光だけで
人殺せるんじゃないかってぐらいに俺を睨みつけてくる。ふぇぇ、雪ノ下さんが怖いよぅ……。
「いや、紅茶の事じゃなくてですね……。
やれその何、エイプリルフール? みたいな、リアルが充実してそうな空気が全くしねえなってことだよ」
「あら、あなたはそういうイベント事には関心がないのだと思っていたのだけれど……。
ただただ参加する機会に恵まれなかっただけなのね。哀れだわ」
「おい、あんまり俺を舐めるなよ。中学時代の俺といえば、エイプリルフールに留まらず、事あるごとに
騙されては笑われる日々を送ってたんだからな。イベント参加率100%だぞ」
「……哀れだわ」
雪ノ下は少しだけ考えるように口元へ手をやる。
-
「――エイプリルフールに関して言えば、私たち2人ではどうしようもないわね。
私には自分の信念を曲げてまで虚言を吐く理由がない。あなたは存在そのものが嘘の塊のようなものだし、
今さら1日くらい嘘を許されたところで、何も変わらないでしょう?」
なるほど、けだし真実である。真実すぎてぐうの音も出ない。正直、1日1嘘のノルマくらいは平気でこなしている。『一月から十二月まで君の嘘』とか公生くんのメンタルがヤバそう。
だが、嘘吐きなのは何も俺という個人に限った話ではない。俺という個人に限った話ではない(ここ重要)
そもそも大抵の人間はエイプリルフールなど関係なしに、四六時中嘘を吐いているものだ。見栄、虚飾、
あるいは誤魔化しといった形をとって、365日自分と周囲を騙し続ける。善悪など関係なく、それが普通なのだ。
よく「嘘吐きは泥棒の始まり」などという格言もどきを耳にする。まるで嘘を吐くことが悪であるかのような
口ぶりだが、それを戒めのように口にする人間もまた例外なく嘘吐きである。よって、この世は泥棒見習いに
あふれているのだ。なにその怪盗ロワイヤル。
そこで一旦思考を切って、雪ノ下雪乃へと視線を移す。彼女は返事を待っているのか、俺の顔をじっと見据え
たまま微動だにしない。
-
俺は少しだけ考えて、雪ノ下に提案する。
「今日ぐらいは嘘吐いていいんじゃねえか、雪ノ下。
それがお前の信条に反することだろうが、世間様は許してくれるさ。なんたって、今日はエイプリルフール
だからな。ノーカン、ってやつだ」
雪ノ下雪乃は決して嘘を吐かない。
しかし、それも日常にあってのこと。エイプリルフールという非日常にある限りは、彼女が嘘を吐いたところ
で、その信条を破ったことにはならないのではなかろうか。
そして今、この場には騙されることに関して天才的なセンスを有する俺がいる。
リアルが充実してなかろうが、友達がいなかろうが、青春してなかろうが、そんなのは関係ない。嘘なんて
吐いたもん勝ちだ。
「……そう、そういう考え方もあるのね」
雪ノ下はふっと息を漏らすと、俺から視線を外して思案顔になる。春の暖かな陽射しの中、閉じた本を膝に
乗せ顎に手をやり瞑目する彼女の姿は、一葉の絵画のようであった。
会話の終わりを感じ取った俺は再び文庫本を開いて読書の態勢に入る。しかし、何やら考え込んでいる雪ノ下
が気になって、内容は全く頭に入ってこなかった。
……嘘吐いていいとは言ったけど、俺の心を抉っていいとは言ってないからね。ね? 大丈夫かなコレ……。
-
再び沈黙の帳が下りて、10分は経ったか。
雪ノ下は目を開けると、何事もなかったかのように紅茶を入れ直し、やがて読み止しの本を開いた。
要するに、自分の信条とエイプリルフールの非日常性とを量りにかけて、信条の方が勝ったということだろう。
別に俺はそれで一向に構わない。心とか折られなくてすむし。
今度こそ雪ノ下を完全に意識から外して、手元のライトノベル世界に集中する。そういえば、俺の周りって
ツインテールの女の子がいないような……。もしかして属性力奪われちゃった後なんじゃないの、この世界。
「比企谷君」
「あん?」
俺がエレメリアンなら戸塚属性で世界を染め上げるのに……とか妄想を膨らませていた俺を、雪ノ下の透き
通った声が現実へと連れ戻す。
「好きよ、比企谷君」
彼女は視線を手元へと落としたまま、まるで世間話の延長のようにそう口にした。
雪ノ下から発せられた謎言語は耳から入って脳へと到達し、そして、脳を引き裂いてどっかいった。
-
「…………は?」
脳が完全に停止する前に、かろうじて口を動かして一文字をひねり出した。
「あなたのことを、愛しているの。あなたと過ごす時間を、とても大切に想っているのよ。本当に……」
雪ノ下はページを繰る手を止めず、口も止めない。
「こんな告白の仕方、とても卑怯だということは分かっている。
由比ヶ浜さんがいないことにかこつけて、エイプリルフールまで利用して。本当に、最低だわ」
下を向く彼女の艶やかな黒髪が邪魔をして、彼女が今どんな表情をしているのかを知ることは叶わない。
それでも――。
「だけど私は、この感情をどうすればいいのか、どう伝えればあなたに届くのか、何も分からないの」
俺には分かる。
いくつもの嘘に晒されて反省と後悔を繰り返した俺には、この濁った瞳があるのだから。
どんなに彼女の声に真実味があろうとも、どんなに俺の心臓が高鳴ろうとも――。
「比企谷君、あなたが好き。私は…… 由比ヶ浜さんではなく、私を選んでほしい」
俺には分かるんだ。
彼女はきっと、笑っている。いつものように、悪戯っぽく、俺を試すように。
なんたって、今日はエイプリルフールだからな。
-
「……おい、そういう方向の冗談はやめろ。
思春期男子なめんなよ。思わず正しい青春ラブコメが始まっちゃうのかと勘違いしちゃうだろ」
俺は拳をぎゅっと握りこむ。理由なんてない、はずだ。
ややあってから、雪ノ下は垂れ下がっていた前髪をうっとおしそうにかき上げた。
「……そう、残念ね。あなたが無様に慌てふためく姿が見られるかと思ったのに」
やはり、彼女は微笑んでいた。少しばかり落胆の色を滲ませた瞳でもって、俺の顔を見つめている。
その瞳の意味を深読みしないよう、俺はいつも通りの悪態をつく。
「雪ノ下さん、相変わらず素敵な性格してますね」
「あなたにだけは言われたくないのだけれど……」
雪ノ下はまぶたに手をあてて深い溜息を吐き出すと、それきり口を噤んでしまう。
手にした本のページをパラパラと戻してから、彼女は読書を再開した。
もう、ホントなんなのこの子……。目論見通り無様に慌てふためいたっての。ちくしょう。
-
× × ×
喉の渇きを感じて、湯呑の底に残っていた冷め切った紅茶を一気に飲み干す。……ダメだ、足りない。
雪ノ下さんやお茶淹れてくれんかのう、と湯呑片手にチラチラ視線を送ってみるものの、全くこっち見て
くれない。一瞬、「雪ノ下、お茶w」って声かけようかとも考えたが、スルーされた末に定番ネタになったら
悲しいのでやめた。
ていうか、明らかに不機嫌そうな雪ノ下から発せられる「私に話しかけるな」オーラがすごい。禍々しすぎて
これ以上近付けないレベル。家に帰る頃には俺白髪になってるんじゃないの? 次に登校する頃にはハゲに
なってる。
たぶん、というか間違いなく原因は俺に違いないので、これ以上刺激しないようにそっとしておく。
仕方ない、自販機にMAXコーヒー買いに行くか……と、喉の渇きを口実にこの空間から逃げ出そうとした
ところで、ポケットの中の携帯がぶるぶると振動し始めた。
スマホを取り出すと、新着メールが1通届いていた。俺の広い交友関係を考えると、差出人はメ-ル友達の
TSUTAYA君かマクドナルド君の可能性が高いな……。
そう思いつつ画面をタッチすると、メール送信者の欄には由比ヶ浜の名前が表示されていた。
-
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ひっきー!
今から部室行くから、バッチリあわせてね!! (*>_<*)ノ
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
……は?
「バッチリあわせて」って一体何を。NEXTコナン'sヒントだってもう少し親切ですよ。
当惑する俺のことなどお構いなしに、部室の扉が勢いよくガララッと開かれる。
「やっはろー。ゆきのん、ひっきー」
えらく棒読みな口上を述べながら、由比ヶ浜が部室に入ってきた。なんか歩き方もシャカシャカとぎこちない。
「こんにちは、由比ヶ浜……さん?」
さしもの雪ノ下も由比ヶ浜の挙動不審っぷりが気になるらしく、不思議そうに首を傾げている。
-
「なあ、このメールどういう意味?」と目で問いかける俺をスルーした由比ヶ浜は、椅子に座る俺のすぐ側
まで来てからピタリとその動きを止める。
「あー、つまづいたー」
由比ヶ浜はわざとらしくそう口にしてから、突如として俺目掛けて倒れ込んでくる。といっても、花魁が
はんなりと抱き付いてくるようなああいう色っぽい感じではない。どちらかというと、それは明らかに攻撃とか
技とか呼ぶべき、狙い澄ました正確さと軌道をしていた。
ガハマさん の ずつき! ▼
こつん、と頭と頭がこんにちはする。ちょこっと当たったくらいなので痛みは大したことないが、なんとなく
この先の展開が予想できて胃の方が痛み始める。あのメール、まさか、そういう意味かよ……。
「わー(棒読み)」
「えっと、由比ヶ浜さん……?」
転がるようにして床へと倒れ込んだ由比ヶ浜を見て、雪ノ下も色んな意味で心配になったようだ。彼女は
本を閉じて席を立つと、ビターンと床にうつ伏せで寝そべる由比ヶ浜の側へと駆け寄ってくる。
-
「由比ヶ浜さん、頭を打ったように見えたけれど……頭は大丈夫かしら?」
由比ヶ浜を起き上がらせると、雪ノ下は彼女の制服に付いた埃をぱっぱと左手で払い、余った右手でお団子頭
を優しく撫で始めた。まるでペットを撫でる飼い主のような手つき。ポフレ食べるかい?
由比ヶ浜は「んー……」とかわざとらしく唸ったかと思うと、ぱっと目を大きく見開く。それから、例の
眉間に皺が寄った苦悶の表情を作ると、周囲をきょろきょろと見渡す小芝居を挟んだ。
「うっ……ここは。あれ!? 俺、由比ヶ浜と身体が入れ替わってるぞ!」
「……」
雪ノ下の手がピタリと止まる。
「ゆきのん……下。信じられないかもしれんが、俺は比企谷八幡だ。やっぱり世の中クソだな」
「……由比ヶ浜さん、頭は大丈夫かしら」
それさっきとニュアンス違いますよね? 日本語って奥が深い。
-
「……」
「……ホント世の中クソだな」
「……」
えーっと、ガハマさんはどうして僕に視線を送ってきてるんでしょうか。「うっ……社会が悪い……」とか
言いながら、助けを求めるようにチラチラこっち見るのやめて。雪ノ下を視線誘導(ミスディレクション)する
のやめて。雪ノ下さんめっちゃ睨んできてるから。
ミスディレクション・オーバーフローしてる由比ヶ浜を無視して自分のゾーンに入るのはたやすいが、どうも
雪ノ下がこちらへと向けてくる殺意の籠った天帝の眼(エンペラーアイ)からは逃れられそうにないらしい。
たぶん、何か言い訳でもしようものならハサミで切り付けてくると思う。こわい。
今すぐこの場から消えるドライブ(バニシングドライブ)したい気持ちを抑え、なかばやけくそ気味に、俺は
席から勢いよく立ち上がった。視界の中の由比ヶ浜が、ほっと安堵の息を吐く。
――逃げられないなら、正面突破するしかない。
-
「ゆっ……」
言いかけて、口を噤む。
2人分の視線が肌に痛い。手汗がにじむ。喉はカラカラだ。
俺は大きく息を吸い込むと、今度こそ全ての雑念を捨て去り、恥もかき捨てた。
「……ゆ、ゆきのーん(裏声)」
「死にたいの?」
「ごめんなさい」
「ヒッキー謝るの早っ!?」
身体中の細胞全ての意志を統一して全力で雪ノ下さんに謝罪した。これが猿武か……。
-
「――で、この茶番劇は一体なんだったのかしら? きちんと説明してほしいのだけれど」
激おこぷんぷん丸な雪ノ下雪乃をなだめる術を俺は持たない。なので、後の事は由比ヶ浜に全部任せて
知らんぷりすることにした。というか、どちらかというと俺も被害者だし。俺は悪くねぇ!
無言ですっと着席すると、雪ノ下から目線を逸らしわざとらしくピーピー口笛を吹く。おいで、ヤックル!
激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームな雪ノ下は、矛先を俺から由比ヶ浜に移す。さしもの
由比ヶ浜もこうなった雪ノ下は手に負えんのか、すげえ慌てて言葉を探してる。
「え!? えーっと…… え、えいぷりふーる!」
由比ヶ浜が両腕をめいっぱい広げて「Y」みたいなポーズをとる。たぶん深い意味とか全くない。
雪ノ下はしばし無表情でそれを見つめてから、何も言わずに自分の席へと戻って行った。
「あぁーん! ごめんってば、ゆきのーん!」
「……」
と、由比ヶ浜が雪ノ下へ抱き付く。いつもならうっとおしそうにしつつもハグ1つで大抵の怒りが収まる百合
ノ下さんだが、今日はなかなかゆるゆりしてくれない。これでダメならもう桜Trickするしかないですね、
ガハマさん。
-
「ど、どうしよう、ヒッキー。ゆきのん許してくんない……」
「知ってるか、由比ヶ浜。『嘘吐きは泥棒の始まり』という言葉があるが、江戸時代、窃盗は相当重い罪として
処罰されていたらしい。そして、お前は嘘を吐いた。
つまり、導き出される結論は…… 諦めろ由比ヶ浜。お前は死罪だ」
「結論が重い!? ていうか、それだとヒッキーも同罪じゃん!」
いいや、俺の場合は事情が違う。俺が嘘を吐いたのは雪ノ下の強烈な殺意に晒されたからで、つまり
自己防衛のためである。つまり、罰せられるべきは殺意を向けてきた雪ノ下であり、彼女は死罪。
そして、俺は腐った目のせいで裁判員の心証が悪く死罪。そして奉仕部から誰もいなくなった。
涙目になりつつある由比ヶ浜は、なおもゾンビのように雪ノ下の身体を揺らす。
「ゆきのん、ゆるしてー!
……あ、そうだ! ゆきのん、アタシに嘘付いていいよ! ほら、喧嘩りょうせいばい的な? ね……?」
本来なら君が一方的に成敗される事案じゃないんですかね、これ。
と諦めたように、と雪ノ下が大きく息を吐く。結局、女の子の涙には弱いんですよね、百合ノ下さん。
-
「別に怒っているわけではないの。ただ、少しだけ驚いて……本気であなたの頭が心配になっただけよ」
「ゆ、ゆきのん……。もしかして、演技で倒れたアタシのこと心配してくれたの……?
もーっ、ゆきのん大好き!」
「えっと、そういう意味ではないのだけれど……。はぁ、あなたの国語力が心配だわ……」
雪ノ下の言葉を額面通りに捉えた由比ヶ浜は、より一層強く、それはもうそのまま桜Trickしちゃうんじゃ
ないかってくらいに彼女を抱きしめた。大好物です。
一方の雪ノ下は新たに浮上した問題に頭を抱えながら、それでもまんざらではなさそうだ。
……まあ、結局のところ、物事は収まるところに収まるわけだ。
エイプリルフール。嘘の許される一日。
「騙す」なんていえば聞こえは悪いが、その嘘に込められている感情は種々様々だ。
嘘を通じて誰かとの思い出作りに励む者もいれば、嘘を通じて誰かを理解しようとする者もいる。
誰かを騙し、騙され、あるいは自分を騙し、青春の時間は今日もまた、つつがなく流れていく。
-
じゃれ合う彼女たちを視界の端に収めながら、さて今度こそMAXコーヒーを買いに行こうと考える。
2人の邪魔をしないようそっと立ち上がって、部室の扉へ向かってゆっくり歩く。
「それにね、由比ヶ浜さん。あなたの提案だけれど……」
扉に手を掛けたところで、背中越しに雪ノ下の澄んだ声が聞こえた。
なんとなく、俺は足を止めてその先の言葉を待つ。
「前にも言ったでしょう?
私、暴言も失言も吐くけれど、虚言だけは絶対に吐かないの。だから……」
思わず振り返ると、そこにはいつものように悪戯っぽく微笑む、雪ノ下雪乃の姿。
「――エイプリルフールだからって、誰かに嘘をつく気はないわ」
何も聞こえなかったフリをして、俺は部室を抜け出した。
了
-
くぅ〜疲。
本当はエイプリルフールに投稿したかったけど書くのに時間かけすぎました。
原作を結構意識しながら書いてみたんですが、わりと上手く書けた気がする。
しかし、文字数調べてみたら1万5千字もありました。長すぎるッピ!(反省)
あ、そうだ(宣伝)
「やはり俺の青春ラブコメは間違っている。続」は4/2深夜からTBS・MBS系列で放送開始です。
見なきゃ…(使命感)
-
素晴らしい
-
ええぞ!ええぞ!(惜しみない賞賛)
-
俺ガイルSSとはたまげたなぁ
というか今日から二期か…見なきゃ(使命感)
-
地の文の小ネタがNaNじぇい向けにしてあるというかこ↑こ↓だから許されるというか
うまいぞSS(空気)
-
ゆきのんもガハマさんも可愛過ぎる、訴訟
-
うまいぞSS(空気)
糞の海で土左衛門と化すには惜しい名作
+1145141919810点
-
まるでわたりん本人が降臨したような出来
+893点
-
ゆきのん、紅茶w!
■掲示板に戻る■ ■過去ログ倉庫一覧■