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【艦これSS】指輪と不知火
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※艦これの不知火SS 本文10レス
※参考:志賀直哉『好人物の夫婦』
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執務室の戸口で、鎮守府の提督が中に入れずに突っ立っていた。
思案顔のまま、襖の角柱に預けるようにして大きな体を支えている。
襖は半ば開いていて、部屋の中では紫檀の長机の前で不知火が正座している。
必要な資料も取りに来られるし、置きっぱなしになっている服もあるのでここに来ていたのだろう。
だが、いつもなら支度中きびきびと動くのにその颯爽とした様子が今はない。ただぼんやりと前を見つめているようだ。
提督の位置から見る限り服の背には皺ひとつない。それがかえって小さな背中を強調して見える。
肩をすぼめて俯き気味でいるので、短く結った明るい藤色の後ろ髪も少し上向いている。
そのせいで陶磁のように白いうなじが露わになっていて、それが一際目を引いた。
肩越しに机を見ると、わざわざ自室から持ってきたのだろうか、送ってずいぶん経つ指輪の小箱が乗っている。
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この気詰まりな空気がいつからなのか、提督には概ね見当がついていた。
昼餉の食堂で、これからキス島沖にレベリングに行く。長くなるから暫く向こうに部隊と停泊するという話をした。
不知火は少し表情をこわばらせたきりで、その時は何ごともなく事務的な話を続けたが、
その後ちょっと買出しに明石に寄ると伝えると、はっとして泣きそうな顔になったのだ。
それから今まで話せずにいるのである。
部屋の中に入ったものか思い切りがつかなかったが、今日は不知火を伴って大本営に行かなければならない。
キス島沖入りの前に秘書艦から報告をさせる必要があるのだ。いつまでも子供のように向こうを避けてはいられない。
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提督は意を決して戸口から声をかけた。
「おい」
肩をぴくりと震わせて、不知火が首から上だけで振り返る。
「用意が済んだら、そろそろ出よう」
「はい司令、出ましょう」
言ったきり視線は膝元に落としたまま立ち上がる気配がない。いつもは身につけて出る指輪も箱に鎮座したままだ。
気持ちの整理がつかずにいるのがありありとしていた。
まずはキス行きそのものが嫌なのかどうか確かめなければと提督は思った。
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「そんなに都合が悪いならキス行き自体取り止めてもいいが」言葉は自然と窺うような調子を帯びた。
それなのに不知火ははっとした様子で、「それだけはやめてください司令、それだけは…」と狼狽して言う。
「不知火は司令の負担にはなりたくありません…」といよいよ悄然として見せるばかりだ。
よほど弱っているらしい。いきおい二人とも黙り込んでしまう。
「不知火は司令を怒らせてしまったのでしょうか…」と呟くのが聞こえた。
腹を立てているなど考え違いも甚だしいのだが、提督にもようやく不知火の考えがわかってきた。
キスの件が違うとすれば原因は絞られるなと提督は考えた。軍を預かるだけに考え方もやり方も万事几帳面なのである。
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考えをまとめるため提督は一旦部屋を離れることにした。
背後で不知火が何か言いかけた気配がしたが、結局飲み込んだようだ。
板張りの廊下をふらりと歩きながら提督は考えを巡らせた。
やはりケッコンのことで悩んでいるのだと思った。
以前不知火には黙ってキスにレベリングに出かけた上、そのまま加賀とケッコンしたことがある。
忙しさにかまけて言いそびれたのか後ろめたいところがあったのか、今となっては思い出せない。
加賀とのケッコンは必要のためだったが、それだけの理由だとはっきり言える自信は提督にはなかった。
ずっと伴っていれば湧く情があるのも確かで、加賀のような女性ならなおさらそれが特別な感情であることは否定しづらい。
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なんだか執務室の描写が新鮮
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しっとりした雰囲気がしていいっすね〜
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それからというもの、長く鎮守府を空けるときは不知火には必ず伝えるようにしている。
またこれから先、他にケッコン艦が増えるかもしれないということも言い含めておいた。
ますます厳しさを増し長期化する戦闘を考えればこの可能性はどうしても否定できない。
それに自分の誠実さにも特別な自信があるわけではない。不知火にも選ぶ権利はあるのだ。
しかし、自分にも愛があればそれは不知火にだけ捧げたい、という気持ちは全く変わっていなかった。
で、嘘にならずしかも不知火への変わらない気持ちも伝えるとなれば、かける言葉は決まってくる。
たいそう悩んだが、そのうち取り繕うような言葉しか浮かばない自分にうんざりしてきた。
大切な不知火を誤魔化すような真似も気が引けるのも確かだが、生憎と迷う時間も無くなりつつある。
再び意を決して執務室まで戻った。
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「おい」となるたけ地金を抑え穏やかに声をかけた。
今度は振り向きもしない。不知火としてはただ合わせる顔がないのだ。
仕方なく「明石へ行くのは資源セットだよ、指輪じゃない」と気の利かないことを告げた。
「長いことキスへ出るのもケッコンするんじゃない。心配するな。不知火も行こう」
ぱっと、不知火がこちらを見た。驚きで口が半開きになっている。
そのまま戸惑う素振りで俯いて視線をさまよわせていたが、堪え切れずに涙をこぼしたのが見えた。
提督はばつが悪くなって、ごまかした上に自惚れるようで嫌な心持だが、と言いかけたが言葉が継げなかった。
弾かれたように立ち上がった不知火が、ぶつかって抱き付いてきたのだ。
爪先立ちで肩にしがみついているのは、本当は頸もとに縋りつきたいのに違いない。
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8/10 (6と7ageてしまった失礼)
「司令は、司令は何もわかってません。不知火は司令が他の艦とケッコンするのは、平気なのです。
なぜ、なぜ本当の指輪は不知火のだけなのだと、それだけおっしゃってくれないのですか…」
「悪かったよ悪かった。加賀のこともあったのにそんな調子のいいこと言えなかったんだ」
「加賀さんのことは関係ありません」
「馬鹿、関係無くはあるもんか。指輪は指輪じゃないか」
「それが関係ないというんです。次のケッコンのことなら、不知火は覚悟できています。
ただ、それでも不安になることがあるだけなんです、司令のお心も知れないのが続けばどうなってしまうのか、と…
司令さえいつも傍にいて気持ちを伝えてくれさえすれば不知火は…」
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その後は言葉にならず不知火は胸の中で泣き続けた。
不知火を心の底から安心させてやりたいが、鎮守府の運営を思えばそれも約束できない。
そんな薄情者が償いにとばかりその場を繕って、束の間不知火を安心させるのも感心できる行為ではない。
それでも、指輪を買いに行くのではないというだけのことであったとしても、伝えてよかった。
「なんでこんな司令なのに離れられないんでしょうか」と嗚咽交じりに不知火が言う。
提督は背を丸めて不知火を抱きしめながら、真っ白なうなじを撫でさすった。
普段こちらを第一に考える不知火が、提督の制服に涙やらなにやらつけるのも構わずしゃくりあげている。
悪いことをしたなと思った。
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ええやん!
不知火の微妙な心情を言葉で直接的に書くんじゃなくて、肩をすぼめてとか動作で表してるのがセクシー、エロい!
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後日、ことあるごとに提督は不知火をこの件でからかった。その度不知火は真面目な造作の顔を赤くして、
「司令の気持ちが伝わって嬉しかっただけで、指輪を買いに行かれる心配をしたわけではありません」と言ったものらしい。
あの時のことがなければ、所詮は戦場に生きる二人が心にわだかまりを抱えたままどうなっていたかはわからない。
この二人の生活をもっと話せると良いのだがこれ以外の一コマは伝わらない。これは二人には珍しく記録があっただけだ。
その後この提督が他にケッコンしたのかどうかも、また他のケッコンしていた艦とどうなったのかもわからない。
ただ、これ以降で手紙の類は不知火からのも提督からのも残らない。恐らく出す必要もなく暮らしたのだろう。
【終】
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ラブリーヌッイ
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乙ナス
なんか芸術的!
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ちょっと待って!不知火の魅力がちゃんと描かれてるやん!不器用で一途な不知火が見たくてこのスレ開いたの!
話の全容が中盤でつかめていく構成の仕方が格好いいのと、序盤に丁寧に書いた不知火の描写が、後半の不安を打ち明ける不知火のシーンに効いてるのが凄いと思いました(小波)
書くべきところをしっかり書けば短編でも、ちゃんと話に起伏がでるんすね〜
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>恐らく出す必要もなく暮らしたのだろう
この言い回し狂おしいほど好き。
参考の短編のどれかから引っ張ってきた言い回し?
ポチろうと思ったら案の定1930年代の作品でプレミアがついてて買えない・・・
>>1氏よ乙であった。
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いいゾ〜これ(ご満悦)
純愛路線流行らせコラ!
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雰囲気が良かった(小並感)
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>>18
買えないと思ったら、「小僧の神様・城の崎にて」に入ってるやん!
新潮文庫は神(真顔)
今から読むのが楽しみになってきた
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>>21
自分も新潮で読みました この節回し自体由来があるというわけではありません
匠が拵えた意匠を不知火のかわいさを引き立てるためにだけ贅沢に使う、それがこの糞オマージュ
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>>18
本当に気が利いてて格好良い言い回しだぁ…
2人は幸せに暮らしました、って言ってるだけなのに言い方変えるだけでこんなに印象違うんすね
細かいところまで気を配ってあるなぁ…
淡々と進行してるけど、読み返すと不知火が部屋から指輪持ってきてるってことは、かなり離婚の危機だったんすね
なんで不知火が明石に寄るって言われてなきそうになったかも、読み返せばちゃんと納得できるし、丁寧に描いてあって、やりますねぇ
ちょっとSSのハードル上がってんよぉ…
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赤城のやつとか書いてた人でしょうか?
毎回毎回丁寧な描写でいいゾ��これ
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文学SS兄貴すき
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描写が丁寧で言い回しも格好良くてだいすき
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ええSSやこれは…(恍惚)
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