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ごめんね、えりち
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ぱちぱち、じゅうじゅう。
ぱちぱち、じゅうじゅう。
夕暮れの、人気も人影もない寂れたキャンプ場に、そのふたつの音だけが存在している。
ぱちぱちと生木が燃える音と、じゅうじゅうと肉汁が滴り、蒸発する音。
このふたつの音を一人だけが、じっと聞いている。
身動きもせず、じっとその音を東條希は聞いている。
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その日の午前11時、希は青梅駅にいた。 希の顔はどこか緊張していて、やたらと周囲に目配せをしている。
白いパンツに、薄手の水色のパーカーと夏らしい明るめの服装をしている。リュックを背負い、丈夫そうなスニーカーを履いている姿はハイキング客にもみえる。
ただ、肩からさげている小さめのクーラーボックスが妙に格好とそぐわなかった。
天気は快晴で、絶好のハイキング日和だ。
希はバス停に目をやり、バスが来ているのをみると、小走りでバスに向かい乗り込んだ。
乗客は希以外に誰もいない。
それもそうだろう、この夏の終わりの時期の平日に、わざわざキャンプ場にいってバーベキューをする者などいない。
それを知っている運転手も、ちらりと希をみると一瞬怪訝そうな顔をしたが、気にとめることはなく定刻通りにバスは発車した。
バスに揺られるて50分がたった頃、希の目的地があるバス停にバスは止まった。
バスから降りた希は、背中のリュックから四折りにした地図を取りだし、がさがさと広げた。
目指すキャンプ場はここから歩いて30分はかかる。希は一度、クーラーボックスの板氷がどのぐらい残っているか確認することにした。
みると板氷はまだ半分以上ある。これならキャンプ場につくまで大丈夫だろう。希は少し安心した顔つきになり、キャンプ場へと歩きだした。
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それからきっかり30分後、キャンプ場に希の姿はあった。
このキャンプ場は道路沿いの湿地帯を越えないとくることはできない。そのため、規模はとても小さくバーベキュー客はおろか、キャンプ客も来ない。ときたま、バイカーがツーリング途中の休憩に使うぐらいだ。だが、小さいながらもバーベキューサイトや炊事場があるため、キャンパーの中でも知る人ぞ知る隠れたキャンプ場として知られていた。
希はキャンプ場に着くと、早速クーラーボックスを開き、中にしまわれていたモノを取りだした。ジップロックで密閉されたそれは小さく角切りにされた肉だ。
その肉を炊事場の日陰になっているところに運び、常温に戻す。その間に、落ちている枯れ枝や、薪、杉の木の葉を集めてかまどを作る。放置されていた間伐材の丸太を2本並べ、その間に細い枝と新聞紙、杉の木の葉を組む。火をつけ、安定してきたら太い薪をくべていく。
この作業の間、希は一切表情を変えていない。普段の希を知っている絵里がこれをみたらなんという顔をするだろうか。それほどまでにいつもの希ではなかった。ただ、なにかを覚悟するように黙々と作業に打ち込んでいた。
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火が完全に安定し、希は肉の下準備に取りかかる。
近くの湿地から大きなノブキの葉をいくつか摘み取り、その上に肉をのせ塩コショウをふり手でのばし、よく馴染ませる。シンプルな味付けだが、希はこれが好きだ。肉本来の旨みとコショウのしびれるような香りが口いっぱいにひろがるのがたまらないからだ。
薪が炭火のようになり始めたらいい頃合いだ。希は2本並べた丸太の上に真新しい金網を置き、しばらくおいて金網に熱が伝わってから肉を焼き始めた。
その間も火を絶やしてはいけないので、肉とは反対側に生乾きの薪をおいて、いぶしながら燃やす。生木特有のむせるような煙が出始めるが幸いなことに、風向きは希がいる肉側とは反対だった。
そうこうしているうちに、肉に火が通ってきたので細枝をトングがわりにして肉をひっくり返す。金網の焼き後がきれいについていて、とても美味しそうだ。これをみた希の目は細くなり、心なしか微笑んでいるようにみえる。しばらくすると、完全に肉が焼きあがったのでノブキの葉に盛り付けた。
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もう始まってる!!
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焼いた肉は全部で10切れ、普段の希の食事量からすると少ない量だ。希は、トングがわりに使った細枝を今度は箸にして肉を食べ始めた。
希はひとつひとつの肉をゆっくりと噛みしめ、腹におさめていく。ひとつ食べるたびに、希は嬉しいような、悲しいようなどちらともつかない顔をしていた。最後のひと切れを食べるのに希は10分も躊躇した。長く思案していたようだが、最後はひとおもいに食べて飲み込んだ。
食べ終わって希は、完全に放心していた。まるで、なにか大切なものをなくしてしまったかのように。
火はいつのまにか、炭火を通り越して立ち消えそうになっていた。周囲の闇は深まっていく、そんな中で希はここに来る前の事を思い出していた。
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えりちはいつ出てくるんですかね(すっとぼけ)
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あの日、絵里は確かに「たべて」と言った。
もしやすると、「やめて」を言い損なったのかもしれないが、希には確かに「たべて」と聞こえた。希は、絵里の願いを聞き届け、絵里の願いをかなえた。
絵里の血を飲み、肉を食べ、内臓を食べ、骨を焼いて食べ、歯をすりつぶして粉にして飲んだ。
そして、最後に残した腿の肉を今、焼いて食べた。これでもう、絵里は記憶と写真と映像以外に残ってはいない。残された妹の絢瀬亜里沙にはなにも残らないが、希は後悔などしていなかった。今頃、希の部屋に踏み込んだ警察が部屋に残した手紙をみて、血眼になって希を探しだすだろう。
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まぁた文豪が才能の使い方を間違えたか
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希は立ち消えてしまった火を闇の中でじっとみていた。
月明かりが差し込み始めたキャンプ場に、希の姿が浮かび始める。
希は泣いていた。
静かにじっと泣いていた。
遠くから、サイレンの音がする。
希はリュックから、肉切包丁を取りだし首にあて
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「ごめんね、えりち」
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変化球のハッピーエンドを期待した僕が馬鹿でした…
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誰も得してないのがなんとも
誰か幸せになれたんですかね…
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ある意味究極の純愛
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>>13
おいしくたべてもらったえりちだけは幸せです
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