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( ^ω^)優しい衛兵と冷たい王女のようですζ(゚ー゚*ζ 第三部

1 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:01:44 ID:U0jBOVFc0
第二部までのお話はBoon Roman様に収録されています。
http://boonmtmt.sakura.ne.jp/matome/sakuhin/tender/
(リンク先:boon Roman)

2 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:06:26 ID:U0jBOVFc0





( ^ω^)優しい衛兵と冷たい王女のようですζ(゚ー゚*ζ




第三部

旅人と衛兵の章





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3 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:07:21 ID:sufKPwQg0






第十六話




鴉の町 前半 (冬月逍遥編①)






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4 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:08:18 ID:sufKPwQg0
 ふざけるな、と誰かが怒鳴った。
 往来のの話し声が消え、足音も一瞬途絶えた。

( ^ν^)「人様のものを盗るんじゃねえよ、猛禽」

 怒鳴った者は身体を捩り、荷物を抱え込んだ。まだ若い。少年と呼ぶ方が相応しそうな風貌だ。

 怒鳴られている相手は幅二メートルはありそうな翼で風を靡かせ、浮いている。その姿は鴉に似ているが、胴体は人の形をしていた。
 魔人という、人の身体に獣の特徴を備えた種族である。

 苛立ち混じりの足音を響かせて、少年は雑踏を掻き分けていった。
その背中が遠ざかるにつれて、周りの見物人たちの呟きがさざ波のように広まった。

「鴉の魔人に盗むな、だなんて今更何を言っているんだか」

 冷笑がその言葉に続いた。同調する者も幾人かいた。

 彼にとっては聞き慣れない会話だった。

「あの、どういうことですか」

 首を傾げて尋ねる彼に、笑っていた人も、黙っていた人たちも、一様に視線を向けた。

5 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:09:29 ID:sufKPwQg0
 まずいことを聞いただろうか。
 彼は冷や汗が脇の下に滲むのを感じた。

 ざわめきが、少し挟まれた。彼が聞こえないくらいの声量だ。やがて一人の町人が口を開いた。

「あんた、旅人かい」

「ええ、まあ」

「どこから来たんだい」

「北の方、エリノメからです」

「じゃあエウロパの森の麓か。よう来られましたなあ」

 そんなに遠くもないだろうに、と誰かが言った。静かに、と他の誰かが口出しをした。最初の男が、わざとらしい咳払いをして、話を続けた。

「旅人なら、この町のことを知らないのも無理はない。ここはヘルセ、鴉の町。
 周りの岩山に、鴉の魔人が住み着いていて、時折町に来ては人のものを奪うのさ」

 町人の男は町を囲む山々を指差した。つられて彼も顔を回した。
どれもこれも岩山だ。緑の極端に少ないのは、秋も深まった季節柄のせいでもあるだろう。
岩肌に細々と聳える細長い杉の木の枝に、鴉たちの影が点々と見えた。

6 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:11:18 ID:sufKPwQg0
「盗まれるのを、止めたりはしないんですか。追い払ったりとか」

「よっぽど高価な物を盗まれたりしない限りはな。一匹追い払うとまた次の鴉が出てくるんだ。そいつを追い払えばとまた次の鴉が来る。
 争うだけ無駄さ。空を飛んでくる奴らを止めるのに疲れるくらいなら、肉の一切れくらいくれてやるほうがいい」

「ま、自然現象さね。突風に吹かれたり、雨に降られたり、そんなもんよ」

「それにほら、首都近辺の教会では魔人は神様って扱いだろう。いくらここが辺境と言ったって、国教に逆らうのは居心地悪い」

 んだなあ、と同調する声がまた幾つも続いた。

「ときに旅人さん、今夜の宿はお決まりかい」

 最初に声をかけてきた男が、顔をずいっと寄せて訊いてきた。

「いえ、まだ来たばかりなものですから」

「おい、お前ずるいぞ!」」

 彼の言葉を遮るように、誰かが叫んだ。

「うちの宿もいいですぜ」

「うちのは温泉つき」

「こっちは土産が充実」

「マッサージ」

「あったかい羽毛布団」

「湯たんぽ」

7 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:12:19 ID:sufKPwQg0
 このあたりまできて、彼にはようやく人々の熱い視線の意味がわかった。
 金を落とす旅客として目をつけられていたのだ。

「自分で探しますから」

 手を振って、去ろうとする。が、客引きもなかなかしぶとく、彼の前に陣取って再びアメニティを自慢し始めた。
 郷土料理に旬の山菜、露天風呂に垢すりにアロマオイル、柔らかい肘掛け椅子、卓球場に、ボードゲームに、酒蔵、遊女。

 応答するのも面倒になって、彼は地面に視線を落とした。

 そのとき、何かが光った。

「あ」

 さっきまで鴉と少年が衝突していた場所だ。

 彼の声をきいて、周りの人たちの動きも収まった。その隙をついて屈み込み、地面の光を指で摘まんだ。
 金属質の冴えた感触がある。

「これは」

 なおも騒ぐ客引きたちをそっちのけにして、ひとつひらめきが彼の頭に浮かんだ。




     ☆     ☆     ☆

8 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:13:20 ID:sufKPwQg0
(´・_ゝ・`)「ニュッ君さあ、まーた喧嘩してきただろう」

 店の扉を潜った瞬間に、店主はにやりと口をゆがめた。

( ^ν^)「なんでわかるんだよ」

(´・_ゝ・`)「体中泥まみれだからさ」

( ^ν^)「転んだだけだ」

(´・_ゝ・`)「こらこら、すぐわかる嘘をつかないの」

 言われたことを聞流して、少年は板張りの床を歩み進んだ。ぎしりと嫌な音がする。
暗めの照明でぼかしてはいるが、それでも年季の入ったカフェだ。店名を「ロッシュ」と言った。古い言葉で、「岩」を指す。

( ^ν^)「デミタスよお、随分と埃が溜っているみたいだけど」

(´・_ゝ・`)「うん。掃除しないと一日でも結構汚れるんだよね」

( ^ν^)「悟ってんじゃねえよ。開店まであと少しだろ。何かしら努力しろよ。気を抜いてたら潰れるぞこんな店」

9 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:14:18 ID:sufKPwQg0
(´・_ゝ・`)「ああ、それは困る。長年の夢をようやく叶えて、このカフェを作ったというのに。
      あ、もうこっち来るの。お店出る前にシャワー浴びてね、汚いから」

( ^ν^)「わかってるっての」

 ニュッ君はデミタスの脇を通り抜けて、厨房入り口の隣にある従業員室の扉を潜った。
 デミタスがなにやら語っている声が聞こえてはいたものの、全てを無視して扉を閉めた。声は遠ざかった。

 コーヒーの香りはこの従業員室にも染みこんでいる。

 細長いテーブルが一つと、背丈ほどのロッカーが二つ。片方は扉が開いており、乱雑な中身を覗くことが出来た。
 制服が数着、ロッカー脇のハンガーに掲げられている。ベルトや帽子もハンガーに提げたフックに余すところなく留まっていた。

 見えるところは概ね整頓されている。しかし狭い。
 その室内が、この店の従業員室の全景であり、ニュッ君にとっては十年見慣れた景色でもあった。

 ニュッ君という名は、あだ名である。新入りのニューが、縮んでニュッ君。本名はあるものの、公的機関の手続き以外では主にあだ名で通していた。
 とくにその名の考案者であるデミタスはことあるごとにニュッ君の名を呼んでいた。

 曇り硝子の貼られた折り戸を潜り、素早く服を脱いでシャワーを浴びて、これまた素早く泥を落とした。
 鴉に掴まれた腕や、翼で叩かれた肌は赤くなってこそいたが傷はどこにもない。嘴でつつかれていたらどこか抉られていたかもしれない。
 突発的な喧嘩とはいえ、血が一滴も流れなかったのは不幸中の幸いだった。

10 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:15:22 ID:sufKPwQg0
 身体を拭いて、制服に着替える。
 といってもボーダー柄のYシャツにロゴ入りのエプロンを羽織るだけの簡素なものだ。
 ごてごてしい装飾をデミタスもニュッ君も嫌っていた。

(´・_ゝ・`)「どんな豆を選んだんだい」

 カウンターにてデミタスに尋ねられ、荷物袋からコーヒー豆の包みを取り出した。

( ^ν^)「あんたなら嗅いだ方が早いだろ」

 焙煎された豆が香ばしい香りを放っている。漂うそれが見えるかのように、デミタスが目を輝かせていた。

 コーヒーのことは、ニュッ君には詳しくはわからない。
 強いていうならば、デミタスが美味しいと言ったものを飲んでいるうちに、とことん味わいの薄いコーヒーが嫌いになった。
 飲めないコーヒーが増えたことをデミタスだけが喜んでくれた。

(´・_ゝ・`)「ニュッ君、テーブルを拭いて置いてくれるかい」

( ^ν^)「砂糖や紙ナプキンの補充は?」

(´・_ゝ・`)「気づくことは全部やっておいてよ」

( ^ν^)「雑か」

11 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:16:21 ID:sufKPwQg0
 ニュッ君はテーブルをひとつひとつ巡っていった。
 テーブル脇のベレー帽のような砂糖瓶に、スプーンで少しずつ砂糖を足していき、凹面で押して均していく。
 それが終わるとテーブルを拭いた。ポケットにしまった紙ナプキンを必要ならば取り出して置いた。
 何度も手先を動かさなければならない作業を、ニュッ君は自分の勘でてきぱきと進めていった。

 秋といえども、動けば身体が熱を発する。
 テーブル席を粗方巡り終えたときには額に汗の玉が浮き始めた。
 残りはカウンターだけ、と息巻いたところで、呼び鈴に足を止められた。

( ^ν^)「なんだよ、開店前だぞ」

(´・_ゝ・`)「看板が見えていないのかな」

( ^ν^)「迷惑だ。追い返してやる」

(´・_ゝ・`)「まあまあ、もうしばらくで道具の準備が終わるから、それまで待ってもらえば提供できるさ」

( ^ν^)「あんたはコーヒー飲ませたいだけなんだろ」

12 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:17:21 ID:sufKPwQg0
 ニュッ君は何度か抵抗を試みたが、デミタスが緩やかにいながらも立場を曲げなかった。
 すでに呼び鈴は五回も鳴らされている。派手に舌打ちをしながら、ニュッ君は扉に近づいた。

( ^ν^)「何ですか」

 曇り硝子の向こう側に対し、一応は、接客の態度をした。
 怪しい奴だったらすぐに追い返す、と心に決めていた。

「お届け物です」

( ^ν^)「は? 客じゃねえの?」

「え、何か売っているんですか、ここ」

( ^ν^)「んだとこの野郎」

 上がり框に身を乗り出したニュッ君を、デミタスが「まあまあ」と宥めに入った。

(;´・_ゝ・`)「お店の中も外も、質素を貫いている。勘違いする人も多いから」

 渋々、ニュッ君は扉を開いた。

13 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:19:42 ID:sufKPwQg0
「やあ、どうもどうも」

 男が立っていた。ニュッ君自身にとっては全くしらない男の人。まだかなり若い。ニュッ君と二つと離れていないだろう。

「さっきは街道で大変そうだったね」

 舌打ちを、ニュッ君はまたしてしまう。デミタスが「なに?」と首を出してきた。目がまた輝いて見える。

 鴉と喧嘩した経緯を男は語り、デミタスはにやにやしながら頭を掻いた。

(´・_ゝ・`)「なるほど、やっぱり喧嘩していたのか。怪我はなかったかい、ニュッ君」

( ^ν^)「ねえよ」

「ニュッ君、って言うんですか」

(´・_ゝ・`)「そうだよ」

「変わった名前だ」

( ^ν^)「本名じゃないぞ。てめえが勝手にそう呼んでいるだけだろ、デミタス」

(´・_ゝ・`)「この町にいる君の知り合いなら全員に伝わると思うけどな、ところで旅人さん、一応ここは喫茶店なんだけど、注文あるかな」

「あ、コーヒーホットでお願いします」

( ^ν^)「普通に答えるんかい」

(´・_ゝ・`)ゞ「はい了解」

( ^ν^)「おい」

14 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:20:38 ID:sufKPwQg0
 コーヒーミルに焙煎豆が注がれて、木挽の音がじりじりと響き渡る。
香りがだんだんと強まっていく中、男はずっとにこやかに座って待っていた。

( ^ν^)「他にご注文は」

 水を運びながら、ニュッ君は尋ねた。
 客は首を横に振って返した。

「ところで、お届け物のことだけど」

( ^ν^)「あ、そういえば何だったんですかね」

「これ」

 広げられた客の掌をニュッ君が覗き込んだ。

 中指の付け根のあたりに、指の節に埋もれてしまいそうなほど小さな金色の鍵があった。

「街道に落ちてたよ。君の知っているものかな」

( ^ν^)「……ああ」

 鍵を見下ろすニュッ君の目が、わずかに揺れた。

( ^ν^)「落としたのか、そうか」

 肯定も否定もしないまま、ニュッ君は俯いて呟いた。

「ずいぶん小さな鍵だけど、小物入れ用かな。何にせよ、鍵がないと困るでしょう」

15 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:21:56 ID:sufKPwQg0
「贈り物かい」

 開口一番の一言だ。ニュッ君はわずかに息をのんで、小さく長く吐息を落とした。

( ^ν^)「そうっすね。ずっと昔に別れた母のです」

「それは……悪いことを訊いてしまったかな」

( ^ν^)「え? ああ、んなことないですよ」

 ニュッ君は鼻で笑い、唇の端っこをつり上げた。

( ^ν^)「死別とかではないです。首都の教会の入り口に、俺を置いてってトンズラしたんすよ」

 ニュッ君が口を閉じ、客も黙った。

 気まずい沈黙はしばらく続いた後、コーヒーが出来たよ、とデミタスの声が入った。

「随分と楽しげな声だね」と、客が呟いた。

( ^ν^)「あいつは自分で淹れたコーヒーを人に飲ませたくてしかたないんだよ」

 口元に指を当ててニュッ君は控えめに、ぎこちなく笑った。

 客は目を伏せ、黙していた。

16 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:22:58 ID:sufKPwQg0
 運ばれてきたコーヒーは、淹れ立てということもあり、深い香りをあたりにふりまいていた。
 砂糖をミルクの瓶が添えられていて、客は早速スプーンに手を伸ばし、いくつか掬った。水面に落ちた砂糖が砕けてはらはらと散っていった。

 客を残して、ニュッ君は残りの仕事にも手をつけた。が、残っていたのはカウンターの掃除程度のもので、すぐに終わった。

 開店までは今しばらく時間があった。

「ニュッ君」

( ^ν^)「はいはい。もうその呼び方定着っすか」

 ニュッ君が駆け寄ると、客は居住まいを正した。

「君は気にすること無いと言うけれど、さっきは、やっぱりすまなかったと思うんだ」

 ニュッ君は軽く面食らった。

( ^ν^)「母親のことっすか」

「そう。あまり深掘りするものではなかった。反省する」

( ^ν^)「そんな、俺が勝手に話をしただけなのに」

「まあ聞いてくれよ。反省の代わりに、君にひとつアドバイスをしたいんだ」

17 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:23:58 ID:sufKPwQg0
( ^ν^)「へえ、なんですか」

 わずかに首を傾げながら、ニュッ君は問いかけた。客はこほんと小さく咳を払った。

「どんなに嫌なものであっても、思い出はなるべく大切にしたほうがいいよ」

( ^ν^)「なんだ」

 ニュッ君は噴き出すように鼻を鳴らした。

「わかりきったことかい」

( ^ν^)「ありふれていますよ、そんな忠告。オルゴールのことですか」

「うん」

( ^ν^)「俺を捨てた女のものなのに、大切になんてする必要はないでしょう」

「君、そう思っていないだろう」

( ^ν^)「え? なんで」

「だって、本当にその理由で要らないというなら、もっと前にも捨てられたはずじゃないか。壊れるのを待たなくてもよかったはずだ」

18 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:24:59 ID:sufKPwQg0
 ニュッ君の笑みが、一瞬歪んだ。への字の形に唇が曲がったと思ったら、また傾いてカモメのようになった。

( ^ν^)「捨てにくかったんですよ、ええ、確かに。
 まだ使えるものを無理矢理捨てるなんて気が引けるし。壊れたから吹っ切れたんです。だから捨てた。筋は通っていませんか」

「通っている、でもそれで君は、本当に吹っ切れているかな」

( ^ν^)「さあ、どうだか。あんまり気にしたくなかったんですよね、正直。今の俺には関わりない人のことですし」

 ニュッ君は鼻で笑ったが、客はなおも黙りこくっていた。

( ^ν^)「それでも、思い出を大事にって言うんですか」

「うん」

( ^ν^)ゞ「わかんねえなあ」

 窓から差し込む陽の光が傾いて、西日が赤く輝き始めた。もうすぐ夕方。お店の開店が迫っている。ニュッ君は立ち上がった。

19 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:25:57 ID:sufKPwQg0
( ^ν^)「何はともあれ、ご忠告どうもありがとうございます。伝票はここに置いておきますから、お好きなときにカウンターへどうぞ」

 決まり切った言葉を交わし、その場を立ち誘うとする。さっきまで話していたことが、まるで何もかも幻であったかのように、ニュッ君はつとめて形式的でいた。

 踵を返すと、デミタスが厨房で料理の仕込みを始めていた。ニュッ君も急ぎめに足を踏み出した。

 そのとき、客が喋った。

「記憶が欠けているんだ」

 客の口は静かにそう告げた。

「十歳から今までの記憶がすっぽり抜け落ちている。
 生まれた場所も、メティスじゃない。もっと東の、ラスティアっていう国だった。今はもう、無くなっているみたいだけどね。
 気がついたら今年の春頃、森の中にいた。そこから人の通る道をひたすら歩いて、エリノメという麓町に辿り着いた。
 それから日雇いでもできる仕事を探して必死に働いて、行商人に同行して、ようやくこのヘルセまで歩いて来れた。人と話すなんてのも実は久しぶりだよ」

( ^ν^)「冗談っすか?」

「どれもこれも本当だよ」

 頭を抱えていた掌を開いて、客は視線を上に飛ばした。そこに何もありはしないが、客はことさらおどけて見せた。

20 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:27:19 ID:sufKPwQg0
「僕の感覚だとほんの二ヶ月前までは小さな子どもだった。今は、309年だそうだね。
 ひと月前に目が覚めたとき、僕が覚えている時は303年、十歳の頃までなんだ。
 今の僕は十六歳。六年間をどこかで過ごしていたのだろうけど、どこなのか皆目見当がつかない」

 客が話し終える間、ニュッ君は振り向いた姿勢のまま固まっていた。
 客は特に気にすることも無く言葉を終えて、コーヒーの残りを一気に飲んだ。満足そうな笑みを浮かべた。

「良いことも悪いことも、何も無いって、結構キツいよ。僕が言いたいのはそういうこと」

 彼は伝票を持って立ち上がり、ニュッ君を追い越してレジカウンターの前に立った。
 ニュッ君は虚を突かれた様子だったが、慌てて小走りにレジに向かった。

( ^ν^)「なあ」

 コインを受け取り、お釣りを差し引きしながら、ニュッ君は彼に尋ねた。

( ^ν^)「あんた、名前は」

 すると、男は財布から視線を上げた。口角が持ち上がり、零れるほどの笑みを見せてくれた。



( ^ω^)「ブーン・ホライズン。残っている記憶の通りだし、なんとなくしっくりくるし、たぶんこれが本名でいいと思うんだ」

21 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:28:18 ID:sufKPwQg0
 お釣りを受け取った彼はにやりと笑って玄関へと向かった。

( ^ω^)「しばらくこの町に滞在するから、時折ここへ寄っても良いかな」

( ^ν^)「……ああ、もちろん」

( ^ω^)「ありがとう。気に入ったよ、ここのコーヒー」

 開かれた扉の向こう側、夕暮れの空が、ブーンの身体を赤く照らした。

 開店の時は近い。エプロンの帯を締めて、制服をただし、それからニュッ君は、玄関の札を切り替えた。





     ☆     ☆     ☆

22 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:32:50 ID:sufKPwQg0
 夕方から夜遅くまでがロッシュの一日の営業時間だった。
 定休日は無し。午前からお昼にかけては、食材を集めたり、新しいコーヒーを探求したり、あるいはお店を離れての雑務で追い立てられている。

 何もしていないように見えて実は忙しい。しかしデミタスはいつでもゆったりと行動する。
 それはニュッ君にとっては、じっくり目を向けていると苛立ちに見舞われる程度のゆったりさだった。

 開店前に立ち寄ったあの日から、ブーンはロッシュによく顔を出すようになった。
 来るのはいつも、開店したばかりの時刻か、そのときにこなければ夜の遅くだった。

 良い仕事に巡り会えたとブーン本人は言っていたが、何かの制服やスーツを着てきたことはなく、いつでも最初に来たときのようなゆるやかなシャツを羽織っていた。
 薄緑やベージュなど、色合いには種類があったが、どれもこれも不思議と淡泊な色だった。

 秋の日々が過ぎていった。
 青果店の軒先に並ぶ食材の種類も日を追う毎に少なくなった。
 枯れ枝から零れた木の葉が山の方からいくつも舞い散り町へ降り注いでいた。

 ニュッ君は荷物袋を抱えて町中を進んでいた。袋の数は四つ。肩で背負うにはボリュームがあった。
 あたりを警戒しながらも、その足取りは速い。一度も休むことなく郊外まで抜けて、ロッシュの玄関をくぐると、デミタスが目を丸くしていた。

23 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:33:51 ID:sufKPwQg0
(;´・_ゝ・`)「どうしたんだい、そんなにたくさん買って」

( ^ν^)「めずらしく何にも奪われなかったんだ。奇跡だな」

 空からの窃盗が日常茶飯事なこの町で、手荷物が一枚も破かれずに済んだ。それだけでもニュッ君にとって初めての経験だった。

(´・_ゝ・`)「餌を食い飽きたのかねえ」

( ^ν^)「なに侘しげに呟いているんだよ」

 デミタスが首を傾げるのを尻目に、ニュッ君は厨房へと上がり込み、食材を冷蔵庫に逐一詰めていった。

 と、その途中で動きを止めた。

( ^ν^)「おい」

 客席へと顔を戻し、中央のテーブルに堂々と陣取っている男に声をかけた。

( ^ω^)ノシ「どうも」

24 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:34:51 ID:sufKPwQg0
( ^ν^)「何してるんだよ、また開店前に来やがって」

( ^ω^)「今日はすぐ仕事に行かなくちゃだから開店時間に間に合わないかも、って言ったら店長が入れてくれたよ」

 ブーンが言い、デミタスが「すまん」と軽く返してくる。普段のニュッ君なら言い返しているところだが、今日は別のことに思考が向いていた。

( ^ν^)「それは」

 ブーンの前に置かれていた、小さな楕円の卵形。オルゴールだ。
 先日その鍵を、ブーンに拾ってもらったまさにその機械である。

 ブーンの指先には、小さなドライバーが握られていた。
 テーブルの上には他にネジや錐、やすりや小さな歯車入りの袋もある。

( ^ω^)「時計屋に聞いてみたら、すぐに見せてくれたよ。時間が無くてまだ手をつけられずにいたらしい」

( ^ν^)「買ったのか、わざわざ」

( ^ω^)「うん」

25 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:35:51 ID:sufKPwQg0
( ^ν^)「物好きな奴だな。出来るのかよ」

( ^ω^)「こう見えて機械いじりは得意なんだ」

 ブーンは腕を曲げて筋肉を強調した。機械いじりとおよそ関係の無い部位である。

 ニュッ君は口をもごもご動かして、結局「ふん」とそっぽを向いた。

 ネジと金属の擦れ会う音と、コーヒーの煮える音とが行き交い、お店の中を満たしていった。ニ
 ュッ君はブーンの方を何度か見ながら、手早く開店の準備を進めた。

いつものごとくテーブルを拭き、床を磨き、メニュー表を整えて、一息ついてまたブーンを見た
。まだ作業の途中であり、難航しているのか、彼の額には汗の玉ができていた。

( ^ν^)「何か食べるか」

 気まぐれに尋ねたニュッ君に、ブーンは目を見開いた。

( ^ω^)「くれるのかい」

( ^ν^)「ただじゃねえよ、買えよな」

( ^ω^)「それはもちろん。ありがたい。君は料理が出来るんだね」

26 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:36:52 ID:sufKPwQg0
( ^ν^)「デミタスはコーヒーしか作れない、それ以外は俺が担当。何にするよ、メニューにあるものならすぐできるぜ」

( ^ω^)「メニュー、か。パスタはある?」

( ^ν^)「ある。好きなのか」

( ^ω^)「故郷の料理だよ。小さい頃はそればっかり食べさせられていた。十歳の頃には既にね」

 種類はお任せで、とブーンが言う物だから、ニュッ君は勇んで厨房へと向かった。
 デミタスが物欲しそうに見つめてきた物だから、ニュッ君は買ってきたばかりの乾燥パスタを二束取り出した。

 水を張った鍋に入れてかき混ぜる。ものの数分で膨らんだパスタを掻き上げて皿に盛る。

 そのあとのトッピングに、ケチャップをふんだんに使った。
 赤い色合いが馴染んだパスタをまっさらな皿に盛り付け、仕上げにパセリを真ん中に載せた。

( ^ω^)「これは?」

 差し出された料理を前にして、ブーンは作業の手を止めた。

( ^ν^)「パスタだ。冷めないうちに食べな」

27 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:37:50 ID:sufKPwQg0
(;^ω^)「ケチャップと和えるなんて初めて見たよ……」

( ^ν^)「あれ、そうなのか? でもコーヒーとよく合うんだぜ。食べてみろって」

 珍しくニュッ君の方から急かされて、ブーンは当惑しながらフォークに手を伸ばした。くるくるとまとめ上げたパスタを口に含んで、静かに噛んだ。

 音を立てずに見つめているニュッ君に、ブーンはゆっくり顔を向けた。

(*^ω^)「いいかも」

( ^ν^)「だろ?」

 デミタスのコーヒーも淹れ終わり、ニュッ君とブーンとで三人で飲み合った。

 いつしかそれが、喫茶店ロッシュの開店前の習慣になっていた。

28 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:38:57 ID:sufKPwQg0
     ☆     ☆     ☆





 深まった秋が足早に去って行く。

 虫のさざめくとある夜、ロッシュの店内は賑やかだった。
 ただし決して居心地の良くない騒々しさでだ。

「商売あがったりでよー」

 客の一人が、大声を上げて叫んでいる。隣のテーブルどころか店中の客がその声を聞いていたはずだ。
 ボリュームもかなりのものだったが、止めに入る声は無かった。

 その客には翼が生えていた。一際大きな鴉の魔人だ。四方のテーブルも全て彼の仲間の魔人たちで埋まっていた。

 大鴉たちは日が暮れるとともにやってきた。
 苛立った様子を隠しもせず、仲間を数人引き連れての来訪に、デミタスはもちろんニュッ君も固い表情で応対した。
コーヒーはちゃんと頼んでくれたのでニュッ君は文句も言わずに黙っていたが、そのあとも騒々しい態度を続けていたのにはさすがに腹を立てそうになった。
 デミタスが腕を握って宥めてくれなかったら、ニュッ君はとっくに抗議していたかもしれない。

 魔人は獣の血が流れている分、人よりも筋力が発達している。純粋な力勝負だと勝てる見込みは薄い。だから、周りにいる人間の客たちは誰も鴉を咎めようとしない。

 鴉たちは岩山に住んでいる。人は町に住んでいる。それがこのヘルセの町の大原則だった。
 棲み分けがなされているからこそ誰も傷つかずに住んでいる。今日みたいに、人のいる町のしがない喫茶店に鴉たちが訪れてくるのは珍しかった。

29 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:39:52 ID:sufKPwQg0
(;´・_ゝ・`)「で、結局彼らはここで何をしているんだ」

 厨房に引っ込んでいたデミタスが、青い顔をして尋ねると、ニュッ君は溜息交じりに口を開いた。

( ^ν^)「隠語使ってごまかしているけど、ようは宝石商みたいだ」

(;´・_ゝ・`)「宝石……岩山の?」

( ^ν^)「いや、多分人から盗るんだ。で、それをまとめて別の人に流している。そっちはきっと人間。そういう商売をしているんだよ」

 ロッシュは町の中心部から外れた場所にある。こぢんまりとした店内は隠れるのにうってつけらしく、怪しげな客もたまには来ていた。
 そのような人たちが陣取っている間、他の客は逃げる。今日も、常連が何人も入り口で回れ右をしているのが見えた。

「どうも邪魔が入っているように思える。心当たりはあるかよ、お前ら」

 一際大柄で、一際嘴が鋭い鴉があたりを見回した。傷だらけの身体から醸し出される威圧感を隠しもせずに発散している。
 周りにいる鴉たちは身を震わせていた。

「近頃警備が強力になったみたいで、なかなか獲物があがらないみたいですよ」

 震える声で提唱された説明は、「知っている」の一言で蹴破られた。

30 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:40:53 ID:sufKPwQg0
「この町もいよいよダメかも知れないですね」と、別の鴉が嘆息を零した。

「狙い目ではあったけど、こう警戒されると立つ瀬が無いです」

「そう簡単に逃げられるか。光り物さえ集めれば売れるんだ。こんな楽な仕事他にあるまい。諦める前に現状を直そう」

「綺麗事を言うなよ。他の土地のが上手くいくって」

 鴉たちがわめきだし、嘴を鳴らして舌鋒を鋭くした。ばたつかせる翼から羽根がいくつも落ち、散乱した。

( ^ν^)「猛禽どもが」

 立ち上がろうとするニュッ君を、またデミタスが握りしめておさえた。

(;´・_ゝ・`)「耐えろ」

( ^ν^)「でも床が汚れる」

(;´・_ゝ・`)「ここで喧嘩されたらかなわないよ」

31 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:41:52 ID:sufKPwQg0
「ウェイター!」

 唐突に呼ばれて、ニュッ君は返事をした。

 一際大きなあの鴉が、指を折り曲げてニュッ君を招いていた。

「なんだこれは」

 駆け寄ったニュッ君に対して、冷たく言った。指先はテーブルの皿に向けられていた。
 いつの日かブーンに提供した、オリジナルの、コーヒーによく合うケチャップ入りのパスタ。

「俺は淡泊な味が好みなんだ」

 皿が、翼に押されて端に押しやられた。

「作り直せよ」

( ^ν^)「……」

32 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:42:51 ID:sufKPwQg0
「ん、どうした。返事は」

( ^ν^)「代金は」

「払わねえよ」

 鴉はふんぞり返って口を尖らせた。

「当然だろ。一度払っているんだから」

( ^ν^)「追加の注文なので代金が要ります」

「そっちの料理が口に合わなかったから作り直せって言っているんだよ。なんだてめえ、言い訳する気か」

( ^ν^)「……」

「おい」

( ^ν^)「失礼、もう半分ほど召し上がっているように見えますが」

「一口だけだ」

 鴉は喚いた。
 ニュッ君はあからさまに大きな溜息をついた。

33 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:43:50 ID:sufKPwQg0
( ^ν^)「わかりました。作り直します」

 テーブルの端に半分だけ乗っていた皿をつかまえて、脇に抱えた。
 鴉は鼻を鳴らして、仲間に目を向けた。もうニュッ君の方を見ていなかった。

 ニュッ君はその場を離れようとした。
 が、そのとき。

「な、上手くいくだろ」

 と声を聞いた。

 ニュッ君の顔が強張って、ふたたび振り返った。

( ^ν^)「なんのことっすか」

「え?」

( ^ν^)「上手くいくとは」

「ああ、こっちの話だよ」

34 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:44:51 ID:sufKPwQg0
 にたにたと、笑みを浮かべる鴉。
 よく見れば、周りの鴉も同じように、粘りけのある笑みでニュッ君を見つめている。
 みながいっせいにニュッ君を見ていた。静けさがあたりを包み込んだ。

( ^ν^)「やっぱり食ったんだよな」

 接客向けの丁寧な態度は、この言葉で綺麗に洗い流された。

「さあ、なんのことだ、か」

 鴉の声が途切れる。
 ニュッ君がその胸ぐらを握っていた。

( ^ν^)「半分食ったんだろ、なあ、おい」

 持ち上げようとして、上手くいかず、服の皺ばかりが幾重にも続いている。
 周りの鴉たちが一斉にどよめいた。人はもちろん尻込みしている。デミタスもだ。
 渦中のニュッ君と、大鴉だけが微動だにせず張り詰めていた。

「なんだよ」

( ^ν^)「食ったんだから代金を払え。それが客の責任だろ」

「あんなぼんくらな料理、金を出すだけありがたいと思ってもらいたいね」

35 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:46:33 ID:sufKPwQg0
( ^ν^)「んだと、この野郎」

 ニュッ君の拳が赤くなる。持ち上げようとして、それができず、鴉ののど元で震えている。服の皺はなおも刻まれている。
 鴉の顔には粘っこい笑みが残っていた。

「せっかく不問にしてやっているのに、逃げねえとは馬鹿だな」

 鴉の掌が、ニュッ君の腕を握り、力が籠もった。

(;^ν^)「いっ!」

 ニュッ君の顔が歪む。
 震えていた拳が開き、その隙に鴉が身をひいた。
 今度はニュッ君が握られる番となっている。痛みに歪んだ顔のまま、離れることも出来ず、目だけで必死に鴉と相対していた。

(;´・_ゝ・`)「ニュッ君!」

 デミタスが叫んだ。
 店内はとうに静かだ。その呼び声はよく聞こえた。だが、誰も反応しなかった。

36 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:48:14 ID:sufKPwQg0
「ちょうどいい。こっちはむしゃくしゃしてるんだ。お前何かで埋め合わせろよ」

(;^ν^)「何かって、何だよ」

「物ならなんでもいいぜ。ルートはいくつもあるんだ。どんなゴミくずでもいい。
 金属部分があれば溶かして資源にできる。木材も切り刻めば紙の原料になる。それ以外の形ある物、全部何かしらに役に立つんだよ」

 だからさ、と続けたところで、ニュッ君が地面を蹴った。
 鴉の嘴に、ニュッ君が頭を突っ込んだ。
 鴉の言葉が止まり、目も白黒し、周りの人たちが唖然とする。

(;^ν^)「けっ」

 逃げられない姿勢のまま、ニュッ君は大きく舌打ちをした。

「……こいつ」

 目を瞬かせた鴉が、ニュッ君を見下ろした。
 もう笑ってはいなかった。その代わり、腕が赤くなる。ニュッ君の顔が痛みを訴える。

「今自分が何をしたのか、わかってるのか」

 鴉は一層目を見開いて、ニュッ君の眼前に立ち塞がった。

37 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:49:37 ID:sufKPwQg0
「辺境とはいえ、メティスなんだろ。俺たち神の使いじゃなかったのかよ」

 大鴉は鋭い嘴を何度も叩いたが、ニュッ君は黙っていた。
 目は見開いて、顔は赤らんで、目元が潤んで、それでもなおも鴉を睨み付けている。

「しかたねえな」と鴉がぼやいた。
 息を吸い込み、腕を持ち上げる。
 ぎりぎりと音が誰の耳にも聞こえた気がした。



 そのとき、空気を切り裂く音がした。

「なっ」

( ^ν^)「え?」

 何が起きたのか、咄嗟に把握できた者はその場に皆無だった。

 気がついたら、床には羽根が散らばっていた。
 ニュッ君を握っていた男の手は離れていて、その男は肌色を覗かせていた。
 羽毛はほとんどなくなっている。

38 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:50:34 ID:sufKPwQg0
(  ω )「彼の料理は美味しいよ」

 鴉の背後から、揺らめくように影が現れた。

 風変わりな旅人の影。

( ^ω^)「コーヒーにも合うし、お金を払う価値は十分あると思うな」

( ^ν^)「ブーン……」

 荒く息を吐いていたニュッ君を見ると、ブーンは微かに舌を出し、すぐ引っ込めて鴉たちを眺め回した。

( ^ω^)「他のやつらも、静かに頼むね。そろそろ五月蠅いから」

「このやろう!」

 言葉を遮るようにして、大きな鴉は拳を振った。
 肌色のこぶしは人の何倍も大きくて、勢いもあり、あたれば確実に骨が何本か折れるだろう

39 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:51:41 ID:sufKPwQg0
( ^ω^)「こっちの台詞だよ」

 閃光が鴉の背中に刺さった。光を反射した剣の光だ。
「ぎゃあ」と、弱弱しい悲鳴が上がる。

 あたりの鴉が喚いている。
 まるでその場の王になったかのように、ブーンの瞳が全てを黙らせた。

「こいつ、もしかして雇われ警備兵」

「強力な新人が入ったって噂、まさかこいつが?」

「に、逃げるぞ」

 賛同の波が鴉たちに広がり、退却を後押しする。
 ロッシュの玄関へと鴉たちは一目散に流れていった。

40 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:55:41 ID:sufKPwQg0
( ^ω^)ノシ「職場で会うのを楽しみにしてるよ」

 笑顔でブーンは手を振った。

 踏ん張っていたニュッ君の足が今頃になって限界を訴えてくる。
 むしゃくしゃする気持ちも冷めきれないまま、自然とその口が動いた。

(;^ν^)「なんなんだよ、その強さ」

 力が抜けたニュッ君は、その場で座り、しばらく起き上がれずにいた。







     ☆     ☆     ☆

     ☆     ☆

     ☆

41 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/10(金) 21:57:18 ID:sufKPwQg0
第十六話 鴉の町 前半 (冬月逍遥編①) 終わり

第十七話へ続く

42 同志名無しさん :2016/06/10(金) 22:00:21 ID:0mmLtdsg0
乙乙

43 同志名無しさん :2016/06/10(金) 22:45:53 ID:.mXYUnnYO
復活したのか!


44 同志名無しさん :2016/06/11(土) 13:41:58 ID:py5htyX20
ついに来たか

45 同志名無しさん :2016/06/11(土) 18:42:20 ID:RbSbLo520
おつおつ
一年以上振りじゃないか

46 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:00:41 ID:9ibHGYpc0
投下します。

47 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:04:11 ID:9ibHGYpc0






第十七話




鴉の町 後半 (冬月逍遥編②)






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48 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:05:15 ID:9ibHGYpc0
 キラキラ光る銀細工の渦巻き模様に彩られた、緑色のオルゴール。形は卵に良く似ている。
 渦巻き模様に囲われたくさび形の穴がひとつあった。鍵を差し込み動かせば、どこかに嵌まる。

 その感触を頼りにして、ブーンは鍵を慎重に捻った。
 音が鳴った。最初の本の数秒間。音楽というにはあまりにも短すぎるその音は、すぐに途絶えて静まってしまう。

( ^ω^)「部品の一部が欠けているみたいだ」

(´・_ゝ・`)「わかるのかい」

( ^ω^)「なんとなく。鍵自体は回る。時計屋が本体は直したって言うし、考えられるとすれば連結部の以上だよ」

 微動していたオルゴールが完全に止まった。

 ブーンは鍵を抜き出して、その丸い表面を指で撫でた。
 傾いた卵は、倒そうとしても元の位置に戻る。下部に銀細工の環があってバランスを取るようにできていた。

(´・_ゝ・`)「機械に強い人は頼りになるね」

 興味深げにオルゴールを見つめていたデミタスが、期待を込めた瞳でブーンを見上げた。

(´・_ゝ・`)「これでニュッ君もきっと喜ぶ」

( ^ω^)「えっ」

(´・_ゝ・`)「おや、直すのは難しそうかい?」

49 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:06:14 ID:9ibHGYpc0
( ^ω^)「いいえ、むしろ直すのは自信あります。でもニュッ君は喜びますかね。勝手に直すんじゃねえって怒りそうな気がします」

 警備員の仕事の傍ら、通い詰めた喫茶店ロッシュ。
 店長のデミタスとも、店員のニュッ君とも知り合いで、顔を見合わせている。
 一度店内でお客を相手に啖呵を切ってしまったブーンに対しても、その非を咎めずに受け入れてくれていた。今となっては、足繁く通う常連の一人だ。

 だからこそ、ニュッ君がどんな人なのか、ブーンにはもうよくわかっていた。
 自分よりも若く、親に捨てられるという悲惨な幼少期を送りながら、教会の選んだ受取主であるデミタスのもとで齷齪働いている真っ当な青年だ。
 馴れ合いは好まず、怒るときは年上だろうと容赦なく怒る。

(´-_ゝ-`)「もしも怒られたら僕のせいにすればいい。僕はいくら怒られても気にしないよ」

 真剣に悩んでいるブーンに対して、デミタスの態度はどこまでもあっけらかんとしていた。

 ブーンは若干困りが小野まま、椅子の背もたれに寄りかかった。木製の固い椅子がよろけた身体を支えてくれた。

 折良く、厨房のケトルが笛を鳴らした。
 湧いたお湯をデミタスが嬉々としてドリッパーに注ぎ、サーバーに抽出されたコーヒーが溜っていく。
 ちょうどコーヒーカップ二杯分。運ばれてくるまでの過程をブーンはじっと見つめていた。全ての動作は滞りなく、流れるように執り行われていた。

(´・_ゝ・`)「それにきっと、初めから面と向かって直すなんて言っていたら絶対許してくれないよ」

( ^ω^)「ああ、それもそうですね」

50 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:07:14 ID:9ibHGYpc0
 お互いに笑いながら、淹れ立てのコーヒーを口に注いだ。
 メティスの南方の農場から運ばれてきた豆による、苦みの強いそのコーヒーは、デミタス曰く冬に良く合う味であるそうだ。

(´・_ゝ・`)「君はまたしばらくしたら旅に出るのかい」

 ブーンの向かいに座ったデミタスが首を傾げて聞いてくる。
 開店前でお客はいない。ニュッ君は買い出しに出かけている。
 このような二人きりの時間のとき、デミタスの声のトーンは普段よりもいくらか下がる。

( ^ω^)「ある程度稼いだら。今の仕事は収入も結構よくて、気に入ってはいるんですけどね」

(´・_ゝ・`)「目的地は決めているのかな」

( ^ω^)「ええ。といっても明確なものじゃないですよ。
      僕はほら、記憶がないですから、とりあえずは情報収集です。もしかしたら僕のことを知っている人もいるかもしれないし」

(´・_ゝ・`)「それはなかなか、大変そうだね。手当たり次第に当たるほかない。
      よしんば君のことを知っている人がいたとして、その人が君を恨んでいたら、君を黙って刺すかもしれない」

( ^ω^)「もちろん、警戒はしています。元々そう人のことを信じるタチじゃありませんし」

(´・_ゝ・`)「おや、そうなのかい? なんだか意外だね。人の良さそうな顔をしているのに」

51 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:08:14 ID:9ibHGYpc0
σ( ^ω^)「これは……僕も不思議でいますよ」

 凝り固まった自分の頬を、ブーンは指でぽりぽりと掻いた。

( ^ω^)「気づいたら笑っていたんです。今までずっとそうだったみたいで、解れないですね、、なかなか」

 目が覚めたときには、もう笑っていた。
 森の麓の川で、名前も思い出せないでいる自分の顔を眺めたときの衝撃はなかなか忘れられずにいた。

( ^ω^)「ニュッ君とは、真逆です。あの子はいつでも口を尖らせていますよね。あれはあれで、凝り固まっているんでしょうか」

(´・_ゝ・`)「多分そう。ここに来たときからあんな顔だったよ」

( ^ω^)「やっぱり」

 密やかな笑い声が重なり合って、穏やかに消えた。

(´・_ゝ・`)「あいつは来年で十五だ」と、デミタスの方から切り出した。

(´・_ゝ・`)「十五というと、この町ではもう大人なんだ。義務教育は十四歳で終了する。
      そのあとはみんな何かしらの職に勤めて働き始める。ほとんどの子がヘルセには残らない」

52 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:09:15 ID:9ibHGYpc0
( ^ω^)「あれ、そうなんですか?」

(´・_ゝ・`)「気づいていなかったかな」

( ^ω^)「見落としていましたね。小さな子どもは結構いる印象を受けたのですが」

(´・_ゝ・`)「そのとおり、子どもは多い。でも十代後半以上の若者は少ない。
      この街には大した仕事も無いし、鴉が横暴を働かせている。
      首都の方が、多少の人混みに目をつぶればずっと自由に快適にすごせる。みんながそう考えるから、この町の景色は毎日少しずつ寂しくなるんだよ」

 デミタスの視線は自然と窓の外へと向けられた。郊外にあるロッシュの窓からは、柊の尖った葉の遙か先に街の建物が見下ろせた。

(´-_ゝ-`)「卒業の時、ニュッ君は全く出て行こうとしなかった」

 デミタスが、また一段と声を潜めた。
 開店前の時間であれば、決して聞こえなかっただろう、ささやかな声。

(´・_ゝ・`)「周りの同い年の級友がいなくなっても、何も言わずに僕についている。
      今年ももう十一月。彼は不満一つ言わずに仕事にのめり込んでいる。
      それはそれで、結構なことだ。でも、このままでいいのか、僕にはあまり自信がない。
      そのことをなるべく傷つけないように彼に伝えているのだけど、なかなかうまくいかなくてね」

53 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:10:15 ID:9ibHGYpc0
 コーヒーカップが音を立てて置かれた。デミタスの双眸がブーンに向けられていた。

(´・_ゝ・`)「もしもよければ、ブーンさん、あいつを外に出るよう説得してくれないかな。このまま彼の人生が留まってしまうのは、とても惜しいことと思うんだ」

 飲み干したコーヒーを片手に、デミタスは微笑んだ。
 目元は寂しげに傾いでいる。

( ^ω^)「僕の言葉を聞いてくれるでしょうか」

(´・_ゝ・`)b「うん。その点は自信を持ってくれよ。君は案外気に入られているよ」

 ニュッ君が帰ってきたのは、その話をされてからちょうど五分後だった。





     ☆     ☆     ☆

54 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:11:23 ID:9ibHGYpc0
( ^ν^)「はあ、やだよ」

 第一声がそれだ。

「ええ」と、ブーンは肩を落とした。

( ^ω^)「そんなに嫌?」

( ^ν^)「嫌だね。外に行ったからって何があるって言うんだ。
      人がたくさんいて、めんどくさそうなことやってこんがらがっているだけだろう。
      そんなところへ首を突っ込むなんてまっぴらごめんだね」

( ^ω^)「どこもかしこも人だらけっていうわけでもないけど」

( ^ν^)「この街を出て行く必要がないんだよ」

 強い口調で主張され、ブーンは立つ瀬が無くなった。どうしようかと考え込んでいる討ちに、ニュッ君が「で」と話を続けた。

( ^ν^)「この話をどうしてしたんだ」

 デミタスの名前は、もちろんブーンは出していない。ブーンは首を大きく横に振った。

( ^ω^)「ただ僕が思いついただけ」

( ^ν^)「ほう」

 品定めするように細められた視線を受けながらブーンはじっと耐えていた。

55 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:13:14 ID:9ibHGYpc0
「おうい」と呼びかける声がした。手伝ってくれとデミタスが呼んでいる。厨房の方からだ。

( ^ν^)「たく、なんだよ今度は」

 ニュッ君はそそくさとその場を後にする。ブーンには睨みを一瞥し、大股で走り去っていく。
 カウンターの隅っこの椅子に座っていたブーンは、がっくりと肩を落として前のめりに倒れた。

 気に入らないものには近寄らない。ニュッ君の態度はいつでもはっきりしている。
 ニュッ君はブーンの顔を見なくなった。料理の注文を受ける際も、不自然なほどに伝票だけを見つめがら商品をきた。
 水を出すときにさえ明後日の方を向いていた。そのような接客が何日か続いた。

(;^ω^)「どこが気に入っているって言うんだ」

 と、ブーンはとうとうデミタスに愚痴をこぼした。声を潜めて聞かれないように。

56 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:14:18 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「いやはや、すまない」

 デミタスは苦笑を浮かべていた。

(´・_ゝ・`)「でも気にはなっているってことだよ。顔を合わせないってことは、図星だからさ。何もないんだったら、いくらなんでも顔は合わせられるだろう」

(;^ω^)「そうですかね」

(´・_ゝ・`)b「そうなんだよ」

 デミタスにはあまり議論する気はさらさらないらしく、ブーンの返事を待たずに厨房に引っ込んだ。
 時を同じくしてトイレのドアが開き、ニュッ君が戻ってきた。もうこれ以上、ブーンは何も口にしなかった。

 ニュッ君は今日も顔を合わせないまま、コーヒーの種類を質問してくる。
 ブーンは気を取り直して注文をした。ニュッ君は頭を下げて、厨房に引っ込んでいった。

 ブーンは今一度机に突っ伏して重い溜息をついた。

57 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:15:19 ID:9ibHGYpc0
     ☆     ☆     ☆




 ヘルセの町を囲む山々から緑は次第に消えていった。
 まばらな枯れ木に鴉が数羽、遠くへ向って鳴いている。空っ風を呼んでいるみたいだ。
 冬は専ら乾燥の季節。雪を降らせる雨雲も滅多に立ち止まらなかった。

 丘陵地帯の僅かな盆地に這うように伸びたこの町の、貴重な繁華街をニュッ君は歩いていた。
 雑草まみれの石畳を軽々と歩いていた。袋はたくさんあったが、まだ買い物にでたばかりであり、ほとんど空だった。

 コーヒー豆に、サンドイッチやパスタの材料、掃除用具に事務用品。
 事前に調べて置いた買うべき物をメモ帳に記載してある。すでに購入したものには大きく×印を書いた。
 デミタスから頼まれたものはほとんどコーヒー関連のものだけで、あとはニュッ君が自分で買うべきだと考えたものたちだった。

 大通りを見渡してみれば、幌を張った馬車に乗った買い物客が何人かいた。
 高い声で笑い合っているのが聞こえてくる。何の変哲もない平日なのに、家族連れの人もいた。

 ニュッ君は一旦見つめた後、周りに聞こえるくらいの大きな音で鼻を鳴らし、さっきよりも力強く地面を踏みしめ、帰路を急いだ。

 あと何キロあるのだろう、と頭に暗い疑問が過ぎったそのとき、脇を通る人が急に立ち止まった。
 気配を感じて、ニュッ君も振り向く。

58 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:16:14 ID:9ibHGYpc0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ニュッ君!」

 飛びつかんばかりの勢いで、女性がニュッ君に握手する。
 ぶんぶん振られる両の手を、きょとんとしながら見つめるニュッ君に、女性はなおも話しかけた。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「元気にしてた!? ずっと、卒業してから何にも連絡無いんだもの。心配しちゃってたんだから」

 高い声を出しながら喜んでいる彼女のことを、ニュッ君は記憶をたぐり寄せるまでもなく思い出した。

( ^ν^)「スパム先生」

 お久しぶりです、と続けようしたが、その間にも腕は振るわれ続け、なかなか言葉が継げなかった。

 メティスの国では、六歳から八年間、義務教育が課せられる。
 そこから先の高等教育は選択式で、ヘルセの街には高校がないものだから、ほとんど全ての子どもが街をでて学舎に入るか、仕事を探して街を出る。
 ごく限られた人間が街に残って暮らしを続ける。

 スパムは、ニュッ君が一年生の頃から卒業の頃まで彼のクラスの担任を受けもっていた先生だった。

59 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:17:14 ID:9ibHGYpc0
「久しぶり」と、結局スパムが言った。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「こんなところで会うなんて偶然。今日はお休み?」

( ^ν^)「いえ、買い出しです。先生は?」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「私は普通のお買い物」

( ^ν^)「あれ、でも今日は平日じゃ」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「うん」

 仕事は、と口にするニュッ君を気にせずに、スパムは道の先を指差した。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「お店巡り、一緒にしようよ。せっかく出会ったんだし」

 目を細めて言うスパムの姿は、学舎での姿よりもずいぶんと華やいでいるようにニュッ君には見えた。
 教諭としての仕事の間はずっとスーツ姿だったから、そう感じているのかもしれないかった。

60 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:19:14 ID:9ibHGYpc0
 スパムの提案通り、二人は街道を並んで歩いた。
 十四のニュッ君に対して、スパムの年齢は倍に近い。年齢差はあるが、スパムの方が頭一つ分低かった。
 話し声も甲高くて、足取りも軽やかで、年齢を感じさせなかった。

 人気のある先生だった。気さくに話が出来る態度を全面にでていた。
 生徒の誰にとっても接しやすかった。だから人気もあって、小さなミスを面白がっても、それを本気でけなす人はあまりいなかった。
 年の離れた姉くらいに思われていたのだろう。

 ニュッ君が卒業して、半年以上。思い出ももう遠くなり始めているが、ニュッ君とスパムは学舎についての話をした。
 主に話していたのはスパムの方だ。現在新しい一年生を受け持っているスパムは、今の子たちがどんな悪さをするのかつぶさに教えてくれた。
 先生方の話もしてくれた。ニュッ君が卒業してから、移動された先生もかなりいた。来年にはまたさらに移動する。
 ニュッ君が学んでいた頃から、経った二年で随分と職員の入れ替わりがあるらしかった。

 そのうちの一人にスパムも含まれていた。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「一応はお休みをもらう体だけど、そのうち退職しちゃうかも」

 薬指の指輪には緑の大きな宝石がはまっていた。

61 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:20:14 ID:9ibHGYpc0
( ^ν^)「いつの間に」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「今年の秋に式を挙げたの。相手が首都の人だから、そこへ行って割と盛大に。あ、呼んで欲しかった?」

( ^ν^)「いや別に」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「他の卒業生も呼んでないんだよね、実は」

 ニュッ君の言葉を遮るように、スパムがにっと歯を見せて笑った。

 話がしばらく途切れているうちに、大きめの八百屋に入り、野菜や果物を袋に詰めた。
 重たくなった袋はニュッ君の片腕にぶら下がる。
 スパムはここでは何も買わず、次に寄った旅行用品店で長々と商品を物色していた。
 ニュッ君は何も用は無かったが、スパムの隣を歩き続けた。

 買い物が終わり、物の重さにふらついて、吸い込まれるように街角のレストランに入った。
 椅子に座って一息ついたら、また話が湧いてきた。
 今度もまた学舎についてのことで、さっきよりもいくらか昔、ニュッ君が入学した頃の話になった。
 それはつまり、スパムの新任の話でもあった。

62 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:21:26 ID:9ibHGYpc0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ヘルセに勤めることになって、実はちょっぴり落ち込んでいたんだよね。
      ずっと首都にいたのに、いきなり山の方へいけ、だなんて。
      暮らしていた街も結構気に入っていたのに、とても通えないから出て行かなくちゃでさ、ショックだったよ」

 スパムの言葉遣いはますます砕けていった。
 姉というよりも、同年代の友達のような感覚だ。
 ニュッ君の方も、卒業してしまっているものだから、生徒と教師の間柄への意識が薄らいでいた。

 入学してから卒業するまでの平日の半日を一緒に過ごしていた、と考えると親しみを抱くのも無理はない。
 ニュッ君は心の中で考え、納得した。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ニュッ君のクラスは大人しい子が多かったよね」

( ^ν^)「そうでしたっけ」

 ニュッ君が首を傾げたのに対し、スパムは首を大きく縦に振った。


ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「だから、結構助かった。
      あたしおっちょこちょいだから、一杯ミスもしていたと思うの。舐められやすかったとも思う。
      クラスをまとめるのも上手くいっていたのかどうかわからない。
      だからなおさら、無事にみんなを卒業させられて本当によかった」

63 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:22:16 ID:9ibHGYpc0
 スパムは心底安心した様子で目を細め、注文したオレンジジュースのストローに口をつけた。
 吸い込まれていくジュースの薄い影がよく見えた。

 ニュッ君はあまり口を開かず、頼んだコーヒーも飲まないままでいた。

( ^ν^)「あまり覚えていないんですよね、他の生徒のこと」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「あら、そうなの」

( ^ν^)「別にすかしているわけじゃないんですけど、なんというか、印象が薄いんです」

 言ってしまってから、ニュッ君は身体をかたくした。
 スパムの様子を横目で観察して、コーヒーを一口。思ったとおり、不味かった。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「そうねえ、ニュッ君はあまりクラスメイトと話すタイプでもなかったよね」

 スパムは咎めることも無く、ニュッ君に微笑みかけてくれた。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「周りの子たちよりももっと遠くを見つめていたのかもね」

64 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:23:18 ID:9ibHGYpc0
 微笑むスパムを見ているうちに、ニュッ君は強張っていた身体が解れるのを感じた。

( ^ν^)「地元に残っているの、俺くらいなものですけどね」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「なんだ、知ってるんじゃない、他の子たちのこと」

( ^ν^)「そりゃあ進路くらいは、さすがに聞こえてきましたよ。
      大抵は首都へ進学か、仕事ですよね。
      家業のあるやつや行き場の無い奴が数人、ヘルセに留まっているくらいで」

 だから、全然遠くない。
 そう続きそうになった言葉が、なんだか当てつけみたいに思えて、ニュッ君は口を閉じた。
 聞いたことをを噛みしめるかのように、スパムはゆっくり頷いていた。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ニュッ君。卒業して、何か変わった? 確か、デミタスさんの喫茶店のお手伝いを続けているのよね」

( ^ν^)「ええ。そこはまったく、変わりません。高校時代から手伝っていましたし」

65 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:25:50 ID:9ibHGYpc0
 午前中に買い出しをして、午後にはお店を開いてコーヒーを届ける。
 初めは簡単なパスタしか作れなかったのが、次第に幅を広げつつある。
 掃除、洗濯といった日常の家事はたぶん他の家と変わらない。
 たまに友人がきて話してくれるが、次第に見かけなくなった。
 常連客が少しずつ出来てきてはいる。

 そんなことを雨樋から垂れる雫のようにぽつぽつと口にした。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「楽しそうで良かった」

 スパムが言う言葉が、優しくニュッ君の耳を撫でた。

( ^ν^)「そうですか」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「うん。だって、そうやってちゃんと話せるってことは、自分の居場所があるってことだもの。
      人生満喫している証拠だよ」

( ^ν^)「大袈裟っすよ」

 思っていたことをそのまま口にしたら、スパムは気さくに笑ってくれた。

66 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:29:02 ID:9ibHGYpc0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「お手伝いすることは、いつ頃から決めていたの?」

( ^ν^)「割と早いうちから決めていました。育ててもらった恩義がありますから」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「そっか、ニュッ君……」

 先生は不意に口を噤んだ。
 捨て子とか、教会育ちとか、そういった言葉を先生が飲み込んだのが、ニュッ君にはわかった。

( ^ν^)「恩があるんですよ」

 ニュッ君はなるべく胸を張ってそう言った。
 奥の歯を少し噛みしめた。こうすると、傍から見れば案外笑っているように見えるものだ。

 スパムがもう一口オレンジジュースを飲み込んだ。
 空になり、小さな氷が音を立てる。脇に寄せるその薬指の先が陽の光を浴びて光った。

67 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:30:02 ID:9ibHGYpc0
( ^ν^)「お相手、どんな人っすか」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「いい人だよ。背が高くて、ちょっとやせているけれど、活動的な人」

( ^ν^)「先生と合いそうだ」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「そう? ありがとう」

 ストローを握るスパムの指がくるくると輪を描き続けた。

( ^ν^)「正直、先生は一人で生きていくタイプだと思っていました」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「それは、褒めてるのかな? それとも嘲笑?」

( ^ν^)「俺がどっちを言うと思います?」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「うーん、どっちも捨てがたいな」

 スパムは本気で悩んでいるらしかった。

68 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:31:23 ID:9ibHGYpc0
 往来を行く人の声が耳に届いてくる。
 静寂に入り込んでくる音は、どういうわけか心地よい。普段はただの騒音でしかないのに。

 人の移り変わりは激しい。外見上も、内面も。

 どちらにしても、スパムはヘルセではもう教師をしないらしい。
 ニュッ君は頭の中で整理した。喉に込み上げてくる言葉を、コーヒーとともに飲み込んだ。 

( ^ν^)「先生」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「なに?」

( ^ν^)「首都ってどんなところなんですか」

 その問が自然と出ていた。
 言ってしまったそばからニュッ君は軽く後悔し始めていた。

69 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:32:05 ID:9ibHGYpc0
 時既に遅く、すでにスパムは上を向いて考えていた。
 よく考えてくれる人だ、とニュッ君は改めて感じた。あくまでも朗らかに、スパムは質問と向き合っていた。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「何て言えばいいんだろう。いろんな人が集まっていて、
      高い建物とか、大きな建物も集まっていて、船もやってくる。仕事もある。
      入ってくる人も多いけれど、出て行く人も多い。何があるのか、決まっていない、そんな場所」

( ^ν^)「なんか、ごちゃごちゃしていそう」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「嫌い?」

( ^ν^)「整理出来ていないのは気持ち悪いです」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「そっか、あたしは結構好きだけどな、ごちゃごちゃしているところ。
      あ、でも別に田舎が嫌いなわけじゃないよ、これは本当」

 誰に悪いわけでもないのに、スパムは口を押さえてあたりを見回した。
 誰にも睨まれていないとわかると胸をなで下ろした。

 それから、ニュッ君をじっと見据えた。

 おどけていたときからの移り変わりが素早くて、目が合っているのに、ニュッ君は身じろぐのに遅れていた。

70 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:33:04 ID:9ibHGYpc0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ニュッ君、もしかして外に出て行った子たちのこと気にしてる?」

( ^ν^)「いや」

 真っ先に口にしたが、ニュッ君はそれ以上言葉を続けなかった。

 スパムの視線は離れない。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「気後れすること無いからね」

( ^ν^)「何も言ってないですよ」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「うん、何でも無かったら聞流して良いよ。でも、もしも気にしているんだったら、応援してあげようと思って」

( ^ν^)「応援?」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ニュッ君にはニュッ君の生き方があるってこと。他の子たちと違っても、変わっていても、いいってこと」

71 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:34:09 ID:9ibHGYpc0
 口を真っ直ぐ閉じた顔で、スパムが言い切り、少しの沈黙の後に、小さく笑って顔を背けた。

 代わりに今度はニュッ君が、顔を硬くして黙っていた。

( ^ν^)「そんなこと、わざわざ言わなくてもいいっすよ」

 飲み終わったコーヒーを脇に寄せて、もうしばらく先生と話をした。
 今度は一度も街の外のことや、結婚相手のことについて触れたりはしなかった。

 話題はすぐに無くなってしまった。

 ニュッ君とスパムは店を出て、すぐに別れた。





     ☆     ☆     ☆

72 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:35:51 ID:9ibHGYpc0
( ^ω^)「おかげさまで、だいぶ貯金も貯まってきたよ」

 夜遅い時間帯に入店したブーンは、会計に伺ったニュッ君に小声で伝えた。

( ^ν^)「そりゃ、それだけの技術があれば稼ぐわな」

 ブーンの強さは以前この店内でみたことがあった。
 暴れ出していた鴉の魔人たちを、一気に三人なぎ倒したのだ。
 その姿は強烈で、ニュッ君はついさっきのことのように思い出すことが出来た。

( ^ω^)「まったく身に覚えのない技術なんだけどね」

 おどけながら言うにしては、物騒な話であるが、ブーンは自分の強さの理由を何も覚えていなかった。
 記憶がなくなる以前は、どちらかというとスポーツの類いはせず、室内に籠もっているタイプであったという。

( ^ν^)「何があったんですかね」

( ^ω^)「まあ、メティスにいるってことがまず驚きだからなあ。二つ隣の国だなんて。
      僕はてっきりラスティアで家業でも継いでいると思っていたのに」

73 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:36:51 ID:9ibHGYpc0
( ^ν^)「なんなんすか、家業」

( ^ω^)「鉱夫だよ。穴を掘って石を集めて、価値を見いだせる人に売っていく仕事」

( ^ν^)「それだけ?」

( ^ω^)「ええ、それだけ。わかりやすいでしょう。でも価値はある。わかりやすいところだと宝石とか」

 ブーンの説明を聞きながら、ニュッ君の頭の中にはスパム先生の緑色の宝石が飾られたあの指輪が浮かんでいた。

 先生は、あれから一度お店に来て、デミタスに挨拶をした。来月には引っ越すと伝えてくれた。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「結婚式の準備とか、住む場所の準備もしなくちゃいけない。意外と忙しいんだよね、のんびりできない」

 溜息をつきながら、スパムの顔は相変わらず笑って途切れることが無かった。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「新居見たい?」

( ^ν^)「いや、いいっす」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「えー、なんで」

 頬を膨らませるスパムの顔を、見つめるのも忍びなくて、ニュッ君はずっと斜め下を向いていた。
 先生が帰って、デミタスが「帰ったよ」と教えてくれるまでずっと。

 思い出に浸る頭を、ニュッ君は無理に振って雑念を掻き消した。

74 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:37:54 ID:9ibHGYpc0
( ^ν^)「お金が貯まったら、まずどこへ行くんですか」

( ^ω^)「え」

( ^ν^)「なんすか」

(;^ω^)「いや、まさかニュッ君の方から聞いてくるとは思って無くて」

 何か、ニュッ君は言おうとして口を開いた。だけど声が形になる前に、外から音が響いてきた。

 大きく甲高い叫び声。

( ^ω^)「外?」

 ブーンが言い、ニュッ君が窓際に寄った。
 暗い夜道には街灯がいくつか見えていて、断続的に道が照らされている。
 道端に人がうずくまっていた。空をには大きな翼がはためいている。

75 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:38:51 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「また鴉か」

厨房から顔を出して、デミタスが呆れ顔で言った。

( ^ω^)「夜道なんて珍しい。あいつら夜は苦手なのに」

 すっかりこの街の日常になっている窃盗の光景だった。

(´・_ゝ・`)「ああいうのを防ぐのがブーンの仕事なのだろう? 今はいいのかい」

 食器を片付けていたデミタスが顔を出して尋ねてきた。

( ^ω^)「頼まれてはいないですから。それに無理矢理押し入るのもまずいんですよ」

(´・_ゝ・`)「というと?」

( ^ω^)「あれはあれで鴉たちの習性でもあるわけです。
      盗まれたものは、壊されるでもなく、いつまでも巣にありますから、良識のある鴉は返しにきてくれる。
      だから放っておく人が多いわけで……って?」

76 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:40:51 ID:9ibHGYpc0
 言葉の途中で、お店の玄関扉が開かれた。
 ニュッ君が、駆けたのだ。

(;^ω^)「え、どうした」

(;´・_ゝ・`)「ニュッ君!」

 呼びかける二人には、ニュッ君の動機はわからない。

 ニュッ君はひとつの確信のもとに駆けていた。
 夜の街灯の淡い光の下で、煌めく明かりが緑色であるように思ったのだ。





     ☆     ☆     ☆

77 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:41:51 ID:9ibHGYpc0
 ニュッ君の直感は半分当たっていた。

 あの夜道で聞こえた叫び声は、確かにスパムのものだった。

ヽiリ;,,゚ヮ゚ノi「指輪を盗まれたんです。あの鴉の魔人さんに。でもそれは昼間のことなんです」

 警察に事情を聞かれて、スパムは早口に答えた。動揺しているらしく、声がますます強くなっていった。

ヽiリ;,,゚ヮ゚ノi「習性で巣まで持って帰ってしまった指輪を、慌てて返しに来てくれていたんです。
       夜道に突然現れたものだからついびっくりしてつい叫んじゃって。
       指輪は無事受け取れました。だけど、そのすきにあの子が飛び込んできて」

 現場には血痕が大量に見つかった。
 鴉の魔人は今、病院に搬送されている。
 頭に受けた傷は大きくは無いが、精密な検査をして、しばらくは入院するのだという。

 ニュッ君は留置所に入り、事情聴取を再三繰り返した。

 窃盗は確かに悪事であり、習性といえども全てが許されるうわけではない。
 しかしいきなり殴りかかるのもいかがなものか。
 争点は主にその点であり、警察は被害者の方に肩を入れていた。

78 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:42:51 ID:9ibHGYpc0
 ニュッ君が解放されたのは翌日の朝だった。
 仮眠を取らされて、留置所の門を通り外へ出たのはお昼すぎだ。

(´・_ゝ・`)「おかえり」

 デミタスは門のすぐそばで待っていてくれた。

(|! ^ν^)「なんだよ、一人で帰れるよ」

(´・_ゝ・`)「いいや、連れて行くよ。このまま店へ」

 ロッシュの入り口には閉店中の看板が下がっていた。

 歩いている途中、デミタスとは口を利かなかった。
 ニュッ君も多くを語るつもりはなかった。多少奇妙に思いながらも、その沈黙を受け止めて、帰路を全うした。

(´・_ゝ・`)「ニュッ君は休んで良いよ」

 店に入ってデミタスはすぐに従業員室を指差した。
 ニュッ君は頷きを返し、シャワーを浴びて、粛々と制服に着替えた。

79 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:43:42 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「おや」

 デミタスはニュッ君を見て眉を顰めた。

(´・_ゝ・`)「休んでいればいいのに」

( ^ν^)「習慣なんだよ、帰ってきたら着替えるのが」

 答えながら、掃除用具箱に歩んでいくニュッ君に、デミタスが「おい」と声をかけた。

(´・_ゝ・`)「本当に、止めておきなさい。疲れているんだから」

( ^ν^)「疲れてねえよ。むしゃくしゃしているんだ。好きにさせてくれ」

 反論は来ないだろう、とニュッ君は踏んでいた。
 いつものデミタスなら、肩を竦めながらも自分のことを許してくれる、と。
 だけれども、デミタスが苦い溜息を吐いているのを以外に感じ、動きを止めた。

80 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:44:33 ID:9ibHGYpc0
( ^ν^)「どうした?」

(´-_ゝ-`)「ニュッ君……ちょっとそこへ」

 デミタスの指が、テーブル席のひとつを指す。
 丸テーブルの上は綺麗に掃除されていた。

 首を傾げつつ、ニュッ君が一歩ずつゆっくりと歩み寄り、椅子を引いて腰を下ろした。
 少しの沈黙ののち、デミタスが口を開いた。

(´・_ゝ・`)「出て行きなさい」

( ^ν^)「は?」

 静かな言葉と強めの言葉が交錯して空気を冷やした。

81 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:45:33 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「今日から支度を初めて、来週には出るようにしなさい。お金の工面は私がしておくから、君は当分の計画を」

( ^ν^)「おい待てよ。何勝手に話進めてんだよ」

 ニュッ君が強い口調を刺して、デミタスが口を噤んだ。
 垂れがちの眉毛が所在なげに留まるが、視線はまだニュッ君を捕らえて放さない。

 ニュッ君はつきつけるように睨み付けた。

( ^ν^)「そういえばブーンも似たようなこと言ってたな。外に興味はないかとか、出てみないかとか、なんとか。
      あれはあんたが仕組んで言わせたのか」

「そうだよ」と、デミタスは素っ気なく答えた。

( ^ν^)「どうしてそんなこと言うんだ。俺が何か、あんたを怒らせることでもしたのかよ」

 返事はすぐには帰ってこなかった。
 デミタスは目を伏せて、指で机を軽く叩いていた。静かで薄暗い店内にトントンと音が鳴る。
 遠くで鴉の声がする。夕焼けがそろそろ空を覆い始める。

82 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:46:33 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「君の同級生は、ほとんど全員が外へ行った」

 デミタスの話は、そこから始められた。

(´・_ゝ・`)「君の学年だけでは無い。君の前の学年も、そのまた前、私の年代だって、そうだ。
      十四歳で義務教育が終われば、大人として認められる。
      公式の場にどこでもいけるし、酒や煙草も認められる。
      大人たちも、知り合いでもなければ大人として扱ってくる。平等に敬い、平等に貶す。
      行動に責任を負わされる代わりに自由を手に入れる。
      興味のある連中は、その自由を満喫するべく外へと出て行く」

 デミタスは一旦言葉を切り、ふうと息を吐いてから、「私もその一人だった」と続けた。

(´・_ゝ・`)「ここにお店を開いたのは私の父だ。
      父の体調が悪くなって、首都にいた私は出戻ってこの喫茶店を引き継いだ。
      父は結局良くは直らなくて、私が帰郷してから三年後に死んだ。
      後追いするように母も亡くなった。以来私は、このお店の店長となって働いた」

( ^ν^)「何の話だよ」

 ニュッ君が露骨に睨んだが、デミタスは少し口を閉じただけで、怯まなかった。

83 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:47:35 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「その頃私はもう二十代も後半だった。同年代にも、ちらほら出戻り組が現れ始めていた。
      喫茶店にくる連中は大抵が私の友達で、そうした連中の仲間が集まって、常連になった。
      今も続いている常連さんは、その頃できたお客だったりするんだよ。私の友達の、友達の友達、くらいのね。
      彼らのお陰で、私のお店は軌道に乗って、経営を進められた。

      お店の規模が大きくなるについれて、仕事上での人付き合いも多くなった。
      働きながら、新しい形の経営を求めて手を尽くした。
      内装を変えたり、ジュークボックスやピアノを置いたり、
      アルバイトを引き連れて街道を練り歩いたり、思いつくことはいろいろあったが、どれもほとんど成功しなかった。

      喫茶店なんてものは、大々的に宣伝するには不向きなんだろうな。
      でも私はそのことを信じなかった。認めたくなかった。
      だから、稼いだ金のうちの半分くらいを広告宣伝についやした。
      顧客が増えれば全て帳消しになる、とその頃は本気で考えていたな。
      もう三十代だったけど、大した仕事も出来ず、鬱屈とした日々をおくっていた」

 そんな日々の中で彼女と出会った、とデミタスは続けた。
 すぐに言葉を切り、目を閉じた。声を出さずに口元だけを動かしていた。
 大事な言葉の一つ一つを頭の中で練り上げているようだった。

 デミタスの昔話をニュッ君は今まで聞いたこともなかった。
 いつも一緒にいはしたが、話題になるのはニュッ君が出会ってからの日々のことばかりだった。

 その未知の領域に今から自分は入ろうとしている。ニュッ君の背中を冷ややかな汗がじとりと流れた。

84 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:49:03 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「彼女は首都の人で、この街にはたまたま観光できていた。
      そんな彼女に私の方からしつこくアプローチをした。
      この街に居座る期間は短くとも、気にせずとことん近づいた。
      どうしてそんなに頑張っていたのか、今となっては不思議だよ。よほど人肌が恋しかったんだろう。

      やがて、彼女は私のことを認めてくれた。
      一緒に暮らすことを提案された。条件として、首都に引っ越してくれと言った。
      僕は二つ返事をしたよ。お店なんて閉めればいいと思っていたからね。

      だけど、その彼女は僕とすぐ別れた。彼女はやがて僕じゃない男と出会い、君を生んだ」

 痛いほどに静かな間が開いた。
 往来の声も、鴉の鳴き声も鳴らなかった。ただ夕闇だけが徐々に色濃く落ちていっていた。

「なんで今頃になって言ったんだ」

 小さく錐のように尖った声でニュッ君が言った。

(´・_ゝ・`)「私が恐がりだからだ。君に嫌われたくなくて、ずっと隠して今まで来てしまっていた」

 すまない、とデミタスは頭を下げた。

85 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:50:07 ID:9ibHGYpc0
( ^ν^)「そんなことじゃない。どうしてそれを、わざわざ言ったんだよ」

 首を横に激しく振って、ニュッ君の双眸がデミタスを睨み付けた。

( ^ν^)「なあ、デミタス。それを俺に伝えるってことは、何か?
 俺があんたに恩義を感じるのは間違っているって言いたいのか?」

 ニュッ君はデミタスにつかみかかるほどの勢いで詰寄った。
 睨んでいるが、その焦点はデミタスとは結べないでいる。

( ^ν^)「知らねえよ、そんなこと。俺が誰に感謝しようと構わねえだろ」

(´・_ゝ・`)「いいや」

 デミタスはようやく顔を上げた。ニュッ君の睨みをまともに受けて、瞳を揺らしながらも睨み返した。

(´・_ゝ・`)「私への恩義など見捨てて街の外へ出ろ。君は知らず知らずストレスを溜め込んでいるんだ。
      もう耐えるのはよせ。私のことをずっと構おうなどとするな。私は君を縛り付けたくないんだ」

86 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:51:03 ID:9ibHGYpc0
( ^ν^)「わけわかんねえって」

 テーブルを蹴って、デミタスに詰寄って、ニュッ君の腕がその襟元を掴んだ。
 顔と顔が寄せ合い、鋭い視線が露骨にデミタスを突き刺した。

( ^ν^)「撤回しろよ。俺は何も聞かなかったことにするから、あんたも何も言わなかったことにしろよ。
      ここは俺の働く店で、居場所なんだ。身寄りの無かった俺が初めて安心できた場所なんだよ。
      それを初めから、嘘だったなんて、騙していただなんて、絶対言うなよ」

 握る拳が強くなり、デミタスの喉にも食い込みつつあった。
 そのまま押しつぶしそうになるのを、ニュッ君は耐えていた。

 同意の言葉は無かった。

(´-_ゝ-`)「すまない」

 と、たった一言。
 それが、ニュッ君の頭の中で何かが弾けて視界を暗くさせた。




     ☆     ☆     ☆

87 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:52:11 ID:9ibHGYpc0
 切り立った崖やむき出しの岩肌が眼前ににあり、足下にも浸食し始めている。

 日はとっくに沈んだ。明かりの無い禿げ山には、枯れ木が月明かりに照らされて墓標のように立ち尽くしている。

 ニュッ君は走る足を止めた。

 荒い息をいくつも吐き出して、膝を押さえた。
 倒れ込みそうになるのを足を踏ん張って耐え、できる限りゆっくりと岩に腰を下ろした。

 明かりがまばらに見られる、夜半のヘルセの町並みは、いつも以上に頼りない。
 山の暗黒に囲まれている。ふと目を離した隙に、全てが闇に飲み込まれてしまいそうだ。

 頼りない町の頼りない身寄りの元を、飛び出して、休むこと無く走り続けた。
 街道はすぐに抜けて、郊外の農家も通り抜けて、川沿いに進むと勾配が高くなった。
 山に入ったという実感はまるでなく、聳えつつある地面をひたすら踏みつけ前へと進んだ。

 岩山には緑がない。枯れ木と川と、それから崖。月明かりでみんな青白く光っている。

88 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:53:19 ID:9ibHGYpc0
 ニュッ君は横になった。

 首筋を通り抜ける風が心地よい。地面もほどよく冷えている。
 火照った身体は、落ち着いた。むしろ寒気さえした。
 今の季節がすでに冬であることを、ニュッ君は今更のように思い出した。

 もう少し暖かい場所を探そうと、立ち上がったところに、鴉の声がした。

 驚いて周りを見る。

 一羽、二羽じゃない。どこかに隠れている。岩の影だろうか、枯れ木の裏側だろうか。

(|! ^ν^)「冗談じゃねえよ」

 睨みを利かせながら辺り一帯を見回した。
 気になる影は見当たらない、と思った矢先、梢が揺れた。

 山は鴉たちの住処。人間とは違う世界。入ったことは未だ無い。
 夜気とはまるで別種の寒気がニュッ君の身体を包んだ。

 逃げようとするが、足が動かない。震えているのがニュッ君自身にもわかった。
 なるべく屈んで、目立たぬように。

89 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:54:20 ID:9ibHGYpc0
(|!^ν^)「勘弁してくれよ、こんなところで」

 頭を縮めて、座る。膝の間に顔をうずめ、耳だけを外に出した。

 鴉の声はなおも鳴っている。
 夜鳴きなど町ではほとんど聞いたことが無い。自分たちの住処だから、安心して鳴けるのかも知れない。

 そんなことを考えているときに、別の音を聞いた。
 はっきりとわかる、足跡だ。

 岩の固い地面に刻まれる音。
 ニュッ君は顔を上げられずにいた。

 足音が徐々に近づいてきている。

90 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:55:20 ID:9ibHGYpc0
 足の震えが直に伝わる。

 月の明かりが、途絶えた。黒い影が差している。

 そして。

「どうしてこんなところに」

 ニュッ君は首を跳ね上げた。

( ^ν^)「あ」

 どっと、安堵が立ちこめる。

( ^ω^)「ここは危険だよ」

 見知った笑顔がそこにあった。

91 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:56:21 ID:9ibHGYpc0
 枯れ枝が幾重にも重なり合った木立の奥のそのまた奥に隠れるようにしてその小屋はあった。
 季節が違えば緑の葉影の中だったのだろう。

 アルミの簡素な壁と屋根に囲われた建物だ。
 硝子窓からは白熱灯の明かりが遮光カーテンの内側からひっそりと外に漏れていた。

 中に入ると、ありがたい温もりを感じた。ストーブの中には煌々と燃える炎が見えていた。

 山の中を歩く人たちを鴉たちから守る、というのが仕事内容だとブーンはニュッ君に伝えた。
 徒歩による貿易商や、旅人などが、彼らの恩恵に与っているのだという。

 仕事に就いている人たちは当然ブーン以外にもいる。プレハブ小屋に入ったニュッ君はその何人かにもあった。
 その全員がニュッ君を一瞥すると、素っ気なく会釈して奥に引っ込んでしまった。

( ^ω^)「みんなバイトだから、仕事以外にはお互いに干渉しないんだよ。その方がいろいろやりやすいのさ」

 と、ブーンは教えてくれた。

 仕事は交代制で、二時間おきに当番が山を巡回する。
 ブーンの当番は今さっき終わったばかり。
 その時間帯の最後の最後で発見したのがニュッ君だったというわけらしかった。

92 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:57:19 ID:9ibHGYpc0
( ^ω^)「足音を聞いて駆けつけてみたら君が蹲っていたんだ。びっくりしたよ。怖かったろ」

( ^ν^)「……少し」

 断りながらも無理矢理かぶせられた布団を握りながら、熱いコーヒーカップの把手を握った。
 色の濃いそのコーヒーはブーンが作った物だった。
 ケトルやミルをデミタスから借りて、持ち込んでこの仕事場で作っていたのだという。

 荒削りながらも芳醇な豆の香りがニュッ君の心を和ませた。
 長年かぎ続けている匂いだけに、身体もそれ相応に慣れ親しんでしまっていた。

( ^ω^)「で、どうしてあんなところにいたんだい」

 聞かざるを得ない質問を、ようやくブーンの方からしてくれた。

 ニュッ君は少しずつ喋った。
 起きたことをなるべく簡素に話そうと心がけて、それでも無理なときは当てつけるように感情を込めて。
 デミタスに何を言われたか、自分が何を言って何をしたか。
 無心で山を駆けて、気がついたら鴉のまみれた岩山に一人でいて、ブーンと出会うまでの時を順々に追っていった。

93 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:58:20 ID:9ibHGYpc0
 仕事の時間もとっくにすぎているのに、ブーンは静かに全部聞いてくれた。
 就業時間を何十分も過ぎているのに嫌な顔ひとつせず、終わると大きく頷いてくれた。

( ^ν^)「正直、俺、混乱しているみたいっす」

( ^ω^)「というと?」

( ^ν^)「なんで走ったのか、いまいち覚えていなくて。ただもうむしゃくしゃしていたらいつの間にか山にいたんすよ」

 髪をつかみ、痛みを感じるほど握りしめて、それでもニュッ君の頭の中は全然すっきりしなかった。

「綺麗な理由がないことだってあるんだよ」とブーンは言った。

( ^ω^)「とにかくそういうのは、無理に考えちゃダメだ。考えるから苦しくなる。わかる?」

( ^ν^)「なんとなく」

( ^ω^)「じゃあ、考えないようにしよう」

94 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 21:59:19 ID:9ibHGYpc0
 ブーンは胸の前で手を叩いた。乾いた音が室内に響き、またすぐストーブの音だけになった。

( ^ν^)「でも、気になっているものから目を背けていいんですか。この前は確か、忘れるなって言ってましたよね」

 初めてブーンと会った日のことをニュッ君は思い浮かべていた。母のことを忘れるなと伝えてくれたブーンのことを。

( ^ω^)「いいんじゃないかな。大切と言ったって、自分が傷ついたら元も子もないし」

 あっけらかんとブーンが答えた。

( ^ω^)「記憶を無くしたときの僕は、これからどうしていいか不安で仕方なかった。
      君は僕と違って記憶はあるけれど、同じ気持ちを抱えているんだと思う。
      僕は悩むのを止めて、前を向くことを選んだ。そうしないと、一歩も森の外へ出られなかっただろうな」

 ニュッ君のコーヒーが空になったら、ブーンが二杯目のコーヒーを注いでくれた。
 熱い把手を握りながら、一口啜って一休みした。
 所在なく見上げた窓辺からは星が見えた。遮るもののない空は異様に澄んで見えている。

( ^ν^)「ブーンさんは、いつ旅立つんですか」

「うん」ブーンはすぐに答えた。

95 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 22:00:21 ID:9ibHGYpc0
( ^ω^)「もう少しずつ準備はできている。この警備の仕事も今日で終わり。明日からはいつでも出発できる」

( ^ν^)「警備の仕事、儲かるんですよね」

( ^ω^)「すごくいい。僕もびっくりしてる。こんなにいいのは初めて」

( ^ν^)「じゃあ、止めなくても、いいじゃないですか。暮らしていけるくらいもらっているんでしょう?
      旅なんかしなくても、十分じゃないですか。
      ちょっと記憶が無いくらいのことなんて、それこそ気にしなければ生きていける

( ^ω^)「記憶か」

 ニュッ君の熱くなりがちな言葉を受けて、ブーンは小さく呟いた。

( ^ω^)「もちろん記憶については気になっているし、あわよくば取り戻したいと思っている。
      でも君の言う十分は、僕にとってさほど魅力的ではないんだ。それに、旅をする目的は記憶だけじゃないよ」

96 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 22:02:14 ID:9ibHGYpc0
 おもむろに、ブーンは懐から手帳を取り出した、
 日常のスケジュールが綴られたページには、今日の今日までぎっしりと書かれている。
 明日からは反対に真っ白だ。

 ブーンはページをすらすらとめくっていき、最後の見開きページを見せてくれた。
 大きな、この国とあたり隣国の地図だった。

( ^ω^)φ「僕のもっている六歳のころまでの記憶を辿れば、僕の故郷はここなんだ」

 メティス国から、隣国のテーベを東に抜けて、半島を有する土地。
 かつてラスティアと呼ばれていた国の跡地をブーンは指差した。

( ^ω^)φ「まず、ここへはいずれ行きたい。これは単純に自分の出自への興味だ」

 それから、と言いながら、ブーンは自分の指をなぞっていく。
 出身地から、北へ行き、ラスティア領を西に渡ってテーベを進んでいく。

( ^ω^)φ「今メティスにいる僕はおそらくテーベを通り抜けてきたんだと思う。
        マルティアの可能性もあるけれど、エウロパの森を抜けるよりは堅実なルートだからね。
        もちろん陸路と仮定してだけど。
        そこも視てみたい。僕が忘れてしまった、けれど体験したはずの景色だ」

97 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 22:03:46 ID:9ibHGYpc0
 そして、と、指はメティスに辿り着き、ゆっくりと下に降ろされた。

( ^ω^)φ「視てみたい場所は他もある。
        前人未踏のエウロパの森もそう、西の荒れ地や東の砂漠、
        行ったことのないマルティア国にだって行ってみたら何かを学べるかも知れない。
        経験して、味わえるかもしれない。そういうことを考えないでいることもできる。
       でも僕は考えてしまうんだ。きっと記憶以前に、身体にその性分が刻まれているんだろう」

 身体に残った記憶は忘れずに残る。
 ブーンは譫言のように繰り返すと、ニュッ君の方を向き直った。

( ^ω^)「デミタスのやり方は上手かったんだろうけど、どうしてそうしたかはわかるよ。
        あの人は傷つく君をなるべく見たくなかったんだ。
        何も知らず、体験もせずに終わる人生の危うさを君に知って欲しかったけど、
        口ではなかなか伝えられずにいたんだ」

( ^ν^)「でも、それはあの男が勝手に心配したってだけのことだろ」

 さっきデミタスに怒ったときと同じ気持ちが胸もとまで押し上げてくる。
 吐きそうになるのをこらえて、ニュッ君はブーンを睨んだ。
 一方のブーンは涼しい顔をしていた。

( ^ω^)「そのとおり、デミタスが自分で考えていたことだ。
      君が何かを選ぶのに影響するようなものじゃない。でもね、参考にすることはできるはずだ」

( ^ν^)「参考?」

( ^ω^)「そう。あくまでも選ぶのは君。その前段階としての情報だけをデミタスは示した。それだけだ。
      君は君のやりたいことを選べば良い。そこには誰の制止もない」

98 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 22:04:53 ID:9ibHGYpc0
 どうする? と、ブーンが首を傾げる。

 ニュッ君は俯いていた。
 頭の中は相変わらずこんらんしていて、有象無象のイメージが氾濫していた。

 その中でも、ひとつ答えを選ぶ。自分自身の選択で。

 飲もうとしたコーヒーカップはすでに空になっていた。

 ニュッ君は息を吸い込んだ。
 濾過された空気には、先ほどの色の濃さが残っている。

( ^ν^) 「俺は……」
 語り始めたニュッ君の話を、ブーンはじっくりと聞いていてくれた。





     ☆     ☆     ☆

99 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 22:05:51 ID:9ibHGYpc0
 それから、三日後。
 買い物袋をぶら下げたニュッ君は往来を掻き分けて進んでいた。
 長閑な昼間。鴉の声も遠くに聞こえる。冬だというのに天気は少し暖かく、柔らかな陽射しが街を照らしていた。

 ロッシュに踏み込んで、早々に叫んだ。

( ^ν^)「おい、買ってきたぞ」

 高々と掲げる袋は、概ね食料が詰め込まれていた。はち切れるほどに詰め込まれていて、不安げに揺れている。

 キッチンから顔を出してデミタスは顔を崩した。

(´・_ゝ・`)「ありがとさん。こっちにもってきてくれよ」

( ^ν^)「やだね、俺は忙しいんだ。あんたがこれから使うんだから、料理の仕方とかちゃんと勉強しろよな」

 ニュッ君はデミタスの脇を通り抜けた。
 従業員室の中にある引き戸を開くと、簡易なテーブルが置いてあった。
 ニュッ君が準備していた大きなリュックサックも、口を開けてそこにあった。

 買ってきたばかりの荷物を、ニュッ君はひとつひとつ丁寧に押し込んでいった。

100 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 22:06:56 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「コーヒー飲む?」

 キッチンから声がする。
「じっとしてろ」とニュッ君は言った。

 やがて作業は終わった。

 客席にもどって、デミタスがニュッ君を見つめていた。

( ^ν^)「なんだよ、なにか用か」

(´・_ゝ・`)「一つね」

 デミタスが指を一本立てる。奇妙にその顔はニュッ君から斜め下に剃らされていた。

(´・_ゝ・`)「これを、視てくれ」

 そういって、デミタスはカウンターの下からひとつの卵形を取り出す。
 ニュッ君は苛立ちをわすれて「あ」と呟いた。

101 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 22:08:29 ID:9ibHGYpc0
( ^ν^)「オルゴール」

 小さな鍵はすでにデミタスの手に握られていた。

(´・_ゝ・`)「聞いてくれよ」

 デミタスはニュッ君の返事を待たずして、鍵を静かに卵形の下部にぽつんと開いていた穴に差し込んだ。
 いくらか動かして、金属のこすれる音がして、そして鍵が捻られる。





https://www.youtube.com/watch?v=d4fIEb0UA9Y
(リンク先:スカボロー・フェア/サイモン&ガーファンクル【オルゴール】)





 か細い音が重なり合って、音楽が流れた。
 静かな、流れるような、曲。悲しげな雰囲気を横たえた演奏がロッシュの中に広がった。
 コーヒーの香りと混ざり合う。

102 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 22:09:21 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「こんな曲だったんだな」

 デミタスが言った。
 問いかけだと気づいて、ニュッ君は首を横に振った。

( ^ν^)「俺も初めて聞いた」

(´・_ゝ・`)「どう感じた」

( ^ν^)「結構、暗いんだな」

(´・_ゝ・`)「君の母からのだけど」

( ^ν^)「……確かにいいものだと思う。でも今の俺にはいらねえよ」

 ニュッ君が言うと、デミタスが若干目を伏せ、それからすぐにニュッ君をまた見つめた。

103 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 22:10:31 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「じゃあ、ここに置く」

( ^ν^)「え?」

(´・_ゝ・`)「この店の、カウンターの、ここ」

 とんとんと、指でカウンターの端を叩いた。レジの横のスペースは、席からもちょうど離れている。

(´・_ゝ・`)「ときどき鳴らすんだ。店内BGMに飽きたときや、静かなときに、流すと良さそう」

( ^ν^)「別にいいけど、いいのかよ。あんたを捨てた女の音楽だろ」

 そうだけど、と顔を引きつらせながら、デミタスは続けた。

(´・,_ゝ・`)「でも、ニュッ君の音楽でもあるから」

 デミタスは微笑みながら、オルゴールの球面を撫でた。

104 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 22:12:09 ID:9ibHGYpc0
(´・,_ゝ・`)「君の片割れはいつでもここに置いてある。いつでもここにいる。だから君も、安心して旅立てるだろ」

( ^ν^)「けっ、お互いさまだろ」

 ニュッ君は扉へと歩き出し、途中で翻ってデミタスを指差した。

( ^ν^)σ「言っておくけどな、俺はあんたに言われて旅に出るんじゃねえぞ。
        俺がしたいと思ったから旅立つんだ。だから、もういらねえ心配なんてするんじゃねえぞ」

 デミタスのことはもう振り返らなかった。
 微笑みかけたその頬を、決して見せないように注意しながら、扉を開いて一気に外へ出た。
 聞こえるはずの無いオルゴールの音が耳の奥で木霊していた。





     ☆     ☆     ☆

105 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 22:13:05 ID:9ibHGYpc0
( ^ω^)「買ったんだよ」

 毛むくじゃらの背中を撫でながら、ブーンは得意げに話した。
 仕事を辞めて得られた金のいくらかを注ぎ込み、手に入れたのだろう。

 ふさふさの灰色の毛で覆われた背の低いロバだった。背中の鞍からロープが伸びて後ろの荷台に繋がれていた。

「本当に使えるんだろうな?」

 虚ろな目を向けてくるそのロバを前にして、ニュッ君は半信半疑でそう聞いた。

 ブーンは首を傾げる。

( ^ω^)?「そんなこと、歩かせてとわからない」

( ^ν^)「おい」

( ^ω^)「まあまあ。最悪の場合は背中で背負おう。さあ、荷物を」

106 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 22:13:58 ID:9ibHGYpc0
 ニュッ君は自分の荷物を載せた。重みが伝わったのか、ロバは苦しげに呻いた。

( ^ν^)「で、行き先は決めたかい」

( ^ω^)「ああ」

 ニュッ君はブーンの返事に答えるべく、目を閉じて、頭の中で反芻する。

( ^ν^)「首都に行く」

 まずは即答。

( ^ω^)「それから?」

( ^ν^)「それから……あとはそのとき探す。それができる旅だと思う」

 ニュッ君がにやっと笑い、空を見上げた。

107 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 22:15:28 ID:9ibHGYpc0
( ^ω^)「じゃ、行こうか」

 幌を牽いたロバ車が進む。ブーンの鞭を受けて、進み出すロバ。ゆっくりしているが、速度は安定している。

 目指すは首都、メガクリテ。

( ^ω^)「それ」

 一際振られた鞭が音を立てて鳴る。

 そして彼らはゆっくりと次の土地へと進んでいった。





     ☆     ☆     ☆

     ☆     ☆

     ☆

108 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 22:16:30 ID:9ibHGYpc0





第十七話 鴉の町 後半 (冬月逍遥編②) 終わり

第十八話へ続く





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109 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/11(土) 22:18:09 ID:9ibHGYpc0





おまけ


世界地図(描き直し版)
http://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_2148.png





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110 同志名無しさん :2016/06/11(土) 23:05:24 ID:W32zPNTQ0
ブーンさん、人変わりすぎ

111 同志名無しさん :2016/06/11(土) 23:31:57 ID:6e2A/SGM0
乙乙

112 同志名無しさん :2016/06/12(日) 05:01:48 ID:eGebwDJw0
アルミ製造できる技術があるのか
まあ飛行機作れるくらいだからあるか

113 同志名無しさん :2016/06/16(木) 12:54:42 ID:yARrWjUQ0

次の投下も楽しみにしてます

114 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:01:15 ID:29LFM3/20
投下します。

115 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:04:17 ID:29LFM3/20
「栄枯盛衰、でございます」

 喧噪の中なのに、その老人の言葉は不思議とよくニュッ君の耳に留まった。

 ここは道半ばにぽつんと佇むこの宿屋の宴会場だ。
 広間の中央には樽酒が詰まれており、自身のある者たちが次々と蓋を開けている。
 町と町の間で日暮れを迎えた旅人たちが大勢集まっていた。
 
( ^ν^)「いきなりなんだよ、じいさん。俺、あんたと話してた覚えないけど」

「これは失礼。外の城が気になっていらっしゃるようでしたから、つい」

 木枠で囲まれた硝子の向こうには夜の森が広がっている。
 さらにその奥の山沿いに、月明かりに照らされた城が見えていた。

 高い塀の奥に、二、三の塔。
 その塔に囲まれるようにして、四角いパーツを組み合わせた積み木のような城が建っている。

「メティス城。かつてのこの町の中心地でございます」

 語る老人の後ろから、一人の影が近づいてきた。

116 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:05:03 ID:29LFM3/20
(*)^ω^)「くぁふて?」
( っ皿o)

( ^ν^)「ブーンさん、喋るのは食べてからにしましょうよ」

(*)^ω^)「ふぉお」
( っ皿o)

 片手に山盛り詰まれていたこま切れ肉をを吸い込むように片付けると、ブーンは満足げに息をついた。

(*)^ω^)「いやあ、並べられているとつい手が伸びちゃうね。で、かつてというと、メティス城は昔の首都だったのですか」

「数年前の話でございますよ」

 黄色い歯をニッと見せると、老人は窓枠に寄りかかった。若干軋む音がする。
 代わりにニュッ君は窓枠から離れ、ブーンの横に立った。
 皿にこびりついた切れ端に手を伸ばしてブーンに即座に手を叩かれた。

117 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:06:02 ID:29LFM3/20
「数年前、ラスティア城の城主ショボンと、その王女デレ、および側近を招いて宴会を開いたそうな。
 その折りに王女が魔人に襲われる事件が起きた。王女は何とか一名を取り留め、激昂したショボン王はメティス城に賠償を請求した。
 事件の原因を解明出来なかったメティス城は、国内の有力者に頭を下げてお金を工面した。
 その中で一番の有力だったのがメティス国教会でございます。
 以来この国では教会と国王の地位が反転し、首都も教会の本部があるエウリドメへと移り変わったわけでございます」

( ^ν^)「事件よりも前から、俺が物心ついたときから力関係は出来上がっていたよ。
      古い権力が健在であることを示そうとしたパーティが原因で責められたんだ。
      それ以来、城なんざ誰も見向きもしなくなってたね」

 ニュッ君はそう付け加えた。

 窓の外に聳える城からはわずかに光が漏れている。
 それでも月明かりの方がいくらか強く、霞んでしまっていた。

( ^ν^)「ところで、ブーンはラスティア出身なんだろう。この話は聞き覚えないのか?」

 ラスティア国王とその王女。その側近。
 確かに実際に起きた事件であれば、断片くらいは国民に知れ渡っていそうなものだ。

 ブーンは申し訳なさそうに目を伏せた。

118 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:07:02 ID:29LFM3/20
( 'ω`)「残念だけど、やっぱり何にも覚えていないよ」

( ^ν^)「そっか」

 記憶の無いブーンに向けて、ニュッ君の顔が暗くなる。

( ^ω^)「まあ、今ここで知れたんだからいいってことにしようよ」

 ニュッ君の肩を軽く叩くと、ブーンは宴会の中央へ足を向けた。

( ^ν^)「まだ食べるのか」

(*^ω^)「そりゃもう、そこに食べ物があるんだから」

 大股で向かって行くブーンの背中がぐいぐい遠ざかっていく。

119 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:08:02 ID:29LFM3/20
「かつての首都が衰えて、新しい首都が栄える。世はこの繰り返しなのです」

( ^ν^)「じいさん、せっかくの聞き手は行っちゃったけど」

「独り言ですよ。世の移ろいを見つめるのはまことに楽しいものなので」

( ^ν^)「はあ」

「時に旅人さん、この栄枯盛衰の世の中で、衰えを知らない者のあることをご存じかな?」

 老人の目がきらりと光り、ニュッ君へと視線が注がれた。

( ^ν^)「衰えを知らない……自然とか?」

「いやいや、れっきとした生き物で、ですよ」

( ^ν^)ゞ「さあて、なんだろ。わかんねえ」

120 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:09:02 ID:29LFM3/20
 頭を掻いたニュッ君を老人は目を弧にして見つめていた。

「その生き物の象徴を私は持っているのです」

 ああ、とニュッ君は口から零した。

( ^ν^)「売ろうってんなら、止めておきな。無駄な金を使う気はねえから」

「とんでもございません。ただ、見せたくなっただけですよ」

 老人は手を大きく横に振り、それから自分の鞄に手をかけた。
 極端に少ない荷物の中から、するするとそれが出てくる。

「ただの自慢でございます」

( ^ν^)「ほう、これは」

 月明かりが差込むわけでもないのに、それは青みを帯びた綺麗な白に際立っていた。





     ☆     ☆     ☆

121 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:10:02 ID:29LFM3/20





第十八話

蛇の町 (冬月逍遙篇③)





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122 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:11:03 ID:29LFM3/20
 宿屋から歩いて小一時間の距離に、次の町パシテーはあった。
 川沿いに広がる湿原の町だ。

( ^ω^)「やれやれ、君には失望したよ」

 門を潜ってすぐの場所にある広場にて、周りの景色をしっかり見つめて、ブーンは溜息交じりに言った。

( ^ω^)「レアものだかなんだか知らないけれど、酒の席にいた客につられて意気揚々と買っちゃうんだから、おめでたい話だね」

( ^ν^)「何度もうるせえよ。朝から同じこと言いやがって」

 苛立つニュッ君は、腕に巻いた白い布を振りかざした。
 下半分が蛇の体、上半分が人の体という、風変わりな生き物の皮だ。
 ブーンはそれを丁重に払いのけた。

( ^ν^)「蛇型の魔人なんて、俺は見たこと無かった。だから珍しいと思ったんだ」

( ^ω^)「そうはいっても、途中でも怪しいと思っただろう? パシテーからやってくる人たちがみんなそれを持っていたんだから」

( ^ν^)「そうだな……この町にいる人からすれば、ありふれたものだったみたいだな」

123 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:12:08 ID:29LFM3/20
 見渡す限り、ざっと何十人もの人が街道を歩いている。
 そのうちほとんど全員が皮を携えていた。
 鞄の持っている人、首や腰に巻いている人、手の甲に巻いている人、扱い方は様々だ。

「見ろよ、これ。昨日買ったんだぜ」

「おお、レアものですな」

「そうだろう、そうだろう」

 道行く人の会話から耳に入ってきた。

 ニュッ君が本当に苦痛そうに顔を顰める。

( ^ω^)「蛇の魔人、か」

 見かねたブーンが上を向いて呟いた。
 門の真上にとぐろを巻く蛇のモニュメント。
 下半身が蛇であり、上半身が人の姿をしている。

124 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:13:05 ID:29LFM3/20
( ^ω^)「この町には古くから続く魔人の名家が住んでいるらしいんだ。
      この人たちが作り出す皮は、その神からもたらされる恩恵とされているんだとさ」

( ^ν^)「皮が恩恵?」

( ^ω^)「御利益があるとか、そういうことかな」

( ^ν^)「ほう。というか、どこでその話聞いたんだ」

( ^ω^)「昨日の宴会で」

( ^ν^)「おい」

(*^ω^)「いやあ、飲み過ぎちゃってめんどくさくて。でもそれは置いといてだよ」

 にっと笑っていたと思ったら、急に真顔になってニュッ君を見つめた。

( ^ω^)「君はその皮をどうやって買ったのかな」

( ^ν^)「え? そりゃ、もちろんお金を出して……」

125 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:14:03 ID:29LFM3/20
 言葉の途中で、ニュッ君は口元を手で押さえた。

( ^ω^)「僕らの所持金は旅のための合資とする。旅に出た最初に日にお互いで決めたことだよね」

(;^ν^)「待って」

 ブーンの話を遮る形でニュッ君は咄嗟に手を突き出した。
 顔には珍しく焦りの色が浮かんでいた。

(;^ν^)「俺の金の範囲内で十分買えたはずだ。なにも旅行資金を着服したわけじゃない」

「いや、グレーだよ。合資したんだから、そのお金をどう使うかは話し合って決めるべきだ」

(;^ν^)「そこをなんとか」

( ^ω^)「いやいや、お金のことだからね。ここはきっちりさせないと」

 ニュッ君に乾いた一瞥をくれると、ブーンは広場を進んでいった。

(;^ν^)「待ってって」

 ニュッ君はその後をついていく。

126 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:15:11 ID:29LFM3/20
(;^ν^)「悪かったよ。相談せずにお金を遣ったことは謝る。で、俺はいったいどうすればいいんだ」

( ^ω^)「一番手っ取り早いのは同じ額を稼ぐことだね。日雇いでもいいから仕事をするか、あるいはお金が手に入るような交渉をするか」

(;^ν^)「俺は構わないけど、時間がかかるかもしれないぜ」

( ^ω^)「急いでないから、気長に待つよ」

 肩を竦めて微笑んで、それからブーンはまたニュッ君を見つめた。

( ^ω^)?「で、いったいいくら遣ったんだい」

(;^ν^)「それは」

 ニュッ君の目が宙を泳いでいく。

 ブーンの視線はなかなか離れてくれない。

 どうしようかと困り顔になった矢先に、その声は聞こえてきた。

127 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:16:43 ID:29LFM3/20
「離してください」

 女性の声だ。

 人混みの奥の奥、広場に高くそびえる時計塔の側で、フード付きのコートを着た人々が集まっていた。
 赤い外套を着たものが三名。黒い外套が一名。状況からして、声を出したのは黒い外套の方だ。

「警察を呼びますよ」

「そんなのもの、無駄だ」

 赤い外套のうちの一人がせせら笑いながら言った。

 黒い外套の裾を掴んだ腕はなかなか離れそうにない。

「無駄な抵抗はやめて大人しくこちらに」

 と、言いかけたところで赤い外套の肩が叩かれた。

( ^ω^)b「もしもーし」

「え?」

128 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:17:41 ID:29LFM3/20
(#^ω^)「おりゃ」

 事前に掬っておいた砂を顔面に勢いよく振りまいた。

 赤い外套たちが途端に目を閉じ悶絶する。

( ^ω^)σ「君」

 ブーン君は黒い外套に呼びかけた。

「え?」

( ^ω^)「足止め、手伝いますよ」

 黒い外套は狼狽えている。

 迷っているうちにも、赤い外套からまた腕が伸びてくるのをブーンが遮った。

129 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:18:44 ID:29LFM3/20
「なんだお前」

「邪魔だ、どけ!」

 口々に喚いている赤い外套たちをブーンが笑顔で払いのける。

( ^ω^)「まあまあ、焦らず」

 その後ろで、黒い外套は別の腕に裾を掴まれた。

 ニュッ君である。

( ^ν^)「とりあえずこっちへ」

 有無を言わさず走り出した。

 街道を曲がって別の道へ、人を掻き分け進んでいく。

「どちらに行かれるんですか」

130 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:19:40 ID:29LFM3/20
( ^ν^)「知らん。とりあえず走っている」

「ええ?」

( ^ν^)「もしも希望があれば調べてみるからよ、好きなように言ってくれよ」

 直感を入り混ぜながらなるべく人に紛れるように道を選んでいった。

「あの、すいません」

 脇道へはいったところで黒い外套が呼びかけてきた。

「どうして助けてくださるんですか」

( ^ν^)「なんだかな、ブーンが勝手に助けるって血相変えて飛び出したからさ」

「さっきの人?」

( ^ν^)「そう。旅人だ。ちょっと変わってる」

 でもまあ信じていいよ、とニュッ君は苦笑いした。

131 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:20:32 ID:29LFM3/20
「では、あなたはどうして」

( ^ν^)「俺? 俺は……なりゆきで」

 頭を掻いて、一旦前を向いたニュッ君は、「そうだ」と呟いて黒い外套を振り向いた。

( ^ν^)「謝礼がほしい」

「率直ね?」

( ^ν^)「実際お金に困っているんですよ。つい無駄な買い物しちゃって」

 手に巻いた皮をニュッ君は指し示す。

 黒い外套の女性の顔がサッと真顔になった。

132 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:21:42 ID:29LFM3/20
( ^ν^)「ん、あれ?」

 ニュッ君の目が、皮へと流れる。

 一度だけ開いて確認したそれは、蛇の魔人の女性の形をしていた。

 黒い外套の女性はフードを心持ちおし上げた。

('、`*川「ありがとうございます、買って頂いて」

 笑ってお礼を述べたその顔は、皮の女性とほとんど同じだった。




     ☆     ☆     ☆

133 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:22:41 ID:29LFM3/20
 道案内は最終的には女性がした。
 風車が三基並んでいる、川辺の薄野に二人は辿り着いた。
 今日みたいなことが起こるとよく逃げ込んでくるのだという。

 近くにぽつんと置かれてあった木製のベンチに腰掛けて、黒いフードを払った。

 長い髪が自由になって広がって、薄い色合いの肌があらわになった。

('、`*川「汗っかきなんです、私」

 鱗の筋がうっすらと見えている。
 彼女の名前はペニサスと言った。

 パシテーの名家であるペニサスの家は、代々続く神官の家系なのだという。
 三百年前、その家系に魔人の血が混じり、直系の親族に蛇の魔人が生まれ始めた。
 以来、魔人を拝する国教会の協力を得て、神官は司祭となり、儀式は教会公認の宗教活動とみなされるようになった。

 蛇の能力を宿した者は家督を相続し、月に一度、町の人々に訓示を言い渡す。
 その際に、家族の中の誰かの抜け殻が選ばれ、広場にある高台から側にいた人々に賜れる。

134 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:23:41 ID:29LFM3/20
( ^ν^)「なんでそんな伝統ができたんだ」

('、`*川「さあ。生まれたときから続いていました。聖なるものだと扱われているんです」

( ^ν^)「蛇は不老不死だから」

 宿屋で商人に言われた言葉を思い出して、呟いた。

('、`*川「普通に病気にもなるし、死にますけどね」

 ペニサスが微笑みながら言葉を返した。

 家督を継いでいた彼女の母が亡くなったのはつい半月ほど前のことなのだという。

('、`*川「代わりに選ばれたのが私の姉でした。
     姉は母に気に入られていましたし、皮も前々から彼女のものがよく使われていましたから。
     でも、姉も病気持ちで、小屋に籠もったまま滅多に出てこないんです。それで教会の方々も焦ってしまっているみたいで」

135 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:24:41 ID:29LFM3/20
 ペニサスの視線が遠いところへと向けられる。
 あまり話したくない話題なのかもしれない。
 そう思ったニュッ君は、黙って横に座っていた。

 薄野の向こう側には幅の広い川がゆったりと流れている。
 湿地帯の上に広がるパシテーの町。
 乾いた冬の風も、ここでは湿り気を帯びている。
 夕暮れの滲んだ赤い川面に、気の早い月が浮かんで見えていた。

('、`*川「逃亡も、ここまでみたいですね」

 あくまでも冷静な口調でペニサスが言い、立ち上がった。

 風車のそばに人影が見えた。
 艶やかな赤いローブ。
 国教会聖職者の共通衣服だ。

136 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:26:11 ID:29LFM3/20
( ^ν^)「あいつらは君の皮を剥ごうとしているんだな」

 合点がいったニュッ君はベンチから離れようとする。

 ペニサスはその肩に触れて抑えた。
 人のものとは違う、冷たい鱗の感触だ。

('、`*川「あなたはそのまま座っていてください。迷惑はかけたくありません」

( ^ν^)「でも」

('、`*川「謝礼なら、明日以降にお支払いします。約束しましょう。私のところへいつでも取り立てに来てください」

 お願いします、とペニサスは言い添えた。
 しばらく間をおいて、迫ってくる足音に急き立てられて、ニュッ君は小さく頷いた。

 ペニサスが頬を緩め、歩んでいく。ニュッ君の背後、風車の方角へ。
 ニュッ君は振り返らなかった。それがペニサスとの約束だった。

 薄野を踏みしめる音が遠くなる。

 耳をそばだてて、彼女がいなくなったと気づいてからも、日が沈み、空に宵の明星の輝く頃まで、ニュッ君は座り続けていた。




     ☆     ☆     ☆

137 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:27:10 ID:29LFM3/20
 ニュッ君は少しだけ、ブーンの身を案じていた。
 街道に入ってすぐの広場で、ぴんぴんしている彼と再会して、その不安は消し飛んだ。

 国教会聖職者を追い払ったブーンは宿屋に戻り、仮眠さえとって、リラックスした心地でニュッ君を探していたのだという。

 心配するようなことは何も無かった。

( ^ω^)「で、あの子は?」

( ^ν^)「……帰っちまったよ、自分から」

( ^ω^)「あらら」

( ^ν^)「明日また会う。謝礼はそのとき渡すって」

( ^ω^)「結局助けてないけどね」

( ^ν^)「ああ」

 会話はそれで打ち切った。
 食事を取り、風呂に入り、二人同じ部屋に寝た。

 ごくごく普通の、宿での一泊だった。

138 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:28:11 ID:29LFM3/20
 翌日の朝早く、喧噪によって二人はすぐに目が覚めた。

( -ω-)「外から聞こえる」

 眠たげな目を擦りながら、ブーンが窓の外を眺めた。
 部屋からちょうど道行く人々が見下ろせたのだ。

 町の広場、時計塔の側に人混みのできているのがうかがえた。

( -ω-)「行ってみようか」

( -ν-)「……ん」

 ふらついているニュッ君の腕を引いて、ブーンは身支度を調え外へと出た。

 時計塔の人混みはすさまじく、近づくのも厄介だった。
 喧噪は耳に響いた。怖がっている者、憤っている者、様々だ。

 時計塔の足下に、皮があった。
 司祭の賜る聖なる皮は、顔の一点をナイフで刺されて磔にされていた。




     ☆     ☆     ☆

139 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:29:11 ID:29LFM3/20
 白亜の教会は丘の上にあった。
 高い尖り屋根が青空を穿ち、そのまたさらに上には、十字を二重の円で囲んだ石像が飾られていた。
 メティス国教会のシンボルだ。

 教会の真正面に行かずとも、住居へは教会の脇の入り口から入ることが出来た。
 呼び鈴を押し、名前を告げると、しばらく待たされてから彼女が現れた。

('、`*川「お早いんですね」

 皮肉めいた響きはなく、本心からペニサスは驚き、そして喜んでいるようだった。

( ^ν^)「長居する旅でもないので、早めに来たんです」

 と、ニュッ君が答える。

('、`*川「そちらの方は昨日の」

( ^ν^)「連れです」

( ^ω^)「ブーンと言います」

140 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:30:11 ID:29LFM3/20
 軽く会釈を交わした後、ペニサスは二人を中へと案内した。

 赤いカーペットが敷かれた廊下をゆっくりと歩く。
 ベージュの壁が暖色のランプに照らされて優しく光る。
 教会が見えずとも、荘厳な雰囲気が粛々と染みついている。

 ここで暮らしているのはペニサスとその家族だけ。
 他の聖職者たちは町で暮らし、儀式やお祈りのときだけやってくるのだという。

('、`*川「どうぞ」

 辿り着いた部屋は応接室だった。

 黒い革張りのソファにオーク材の長テーブル。
 花瓶がひとつ、真ん中に置かれているが、花は入っていなかった。

( ^ω^)「大変な騒ぎになっていますね」

 席についてブーンが言うと、ペニサスは深く頷いた。
 明日の儀式についてはひとまず中止が確実となったらしい。

141 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:31:10 ID:29LFM3/20
('、`*川「命の危険があるから、って警察に釘を刺されてしまったんです。
     定例儀式だから、国教会の人たちも最初は押し通そうとしていたんですけど、無理でしたね。
     おかげで昨夜は家の方もぴりぴりしていましたよ」

 教会に通う信者を導くのが聖職者。
 その神父を町単位でとりまとめるのが司祭。地域単位でとりまとめるのが司教。そしてその上が首都にいる大司教。
 ピンと来ていない様子だったニュッ君たちに丁寧に説明すると、ペニサスは苦笑いした。

('、`*川「といっても、私たち姉妹は傍観しているだけですけどね。
     私なんかは、皮を剥がれずに済んでほっとしているくらいです。これ、他の人には言っちゃダメですからね」

 というか、とペニサスは手を叩いた。

('、`*川「今日は謝礼のためにお越しいただいたんですよね。
     無駄話で時間を潰すのもほどほどにして、今お金を持ってきます。おいくらですか」

( ^ω^)「いや、その前に聞いて欲しいんです」

 立ち上がろうとするペニサスを制して、ブーンが声を挟んだ。

142 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:32:11 ID:29LFM3/20
( ^ω^)「ニュッ君」

( ^ν^)「ああ」

 ニュッ君は手にしていた鞄からするすると白絹のような皮を取り出した。
 無論、蛇の魔人の聖なる皮だ。

( ^ν^)「ペニサスさん。あんたナイフがどこに刺さっていたか知ってるか」

('、`*川「確か、顔のあたりだと伺いましたけど」

( ^ν^)φ「そう。顔のここ」

 皮を手繰り寄せて、顔の内側を引き延ばす。
 瞳の無い目の周りの皺を伸ばし、ニュッ君は一点を指差した。

( ^ν^)φ「目尻だ。少し下がった穏やかそうな目。あんたに良く似ていた」

('、`*川「何を言っているのかしら、当然じゃないの」

 緩ませた口元を手で押さえて、ペニサスが微笑んだ。
 ニュッ君はにこりともせず、一呼吸置いてから話を続けた。

143 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:33:26 ID:29LFM3/20
( ^ν^)φ「あのナイフで刺された皮もこれと同じような垂れ目だった。
       でも、周りにいた野次馬たちの皮を見て回ったら、もっと横に伸びていたんだ」

('、`*川「横?」

( ^ν^)φ「確かに垂れてはいた。でも、もっと横長に弧を描いていた。
       俺の持っている皮や磔になっていた皮と、町に広く浸透している皮は少し顔つきが違っていたんだ」

 似ているなんてものじゃなく、あんたと全く同じように。

 ニュッ君は最後に言い添えた。

 ペニサスの手が静かにテーブルへと移った。
 口はすでに真っ直ぐに閉じられている。

('、`*川「もっとはっきり言ってほしいわ。何が言いたいの」

144 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:34:20 ID:29LFM3/20
( ^ν^)「聖なる皮を作っていたのは主としてあんただったんだろ、ペニサス」

 皮を丸めてテーブルに置くと、ニュッ君は肘をついて背筋を伸ばし、きつく視線をペニサスに投げかけた。

( ^ν^)「あんたはたびたび聖なる皮を作らされていたんだ。おそらくは病弱な姉の代わりとして。
      姿形が似ていたからごまかせたんだ。そうだろ?」

('、`*川「そんなこと答えられないわ」

 ペニサスはかすかに声を荒げて言った。

('、`*川「聖なる皮は姉さんが作っているものよ。
     目元の形なんて、そんなの引き延ばし方次第でいくらでも変わるわ。
     町の人全員の皮を見て回ったわけでもあるまいし、情報量不足よ」

145 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:35:11 ID:29LFM3/20
( ^ν^)「じゃあ、あんたは昨日どうして時計塔の付近にいたんだ」

 赤い外套を羽織った聖職者に腕を掴まれ、叫んでいるペニサス。
 時計塔はそのすぐ側に聳えていた。

('、`*川「逃げている途中に捕まっただけよ」

( ^ν^)「本当にそうか? 教会へと続く丘を登る広場から始まっているんだぞ。逃げ出して捕まったにしては距離が近すぎないか」

('、`*川「目をつけられていたのよ、きっと。それで出てきた途端に捕まってしまったの」

( ^ν^)「そんなわけねえよ。だったら教会から外に出る前に止められるじゃねえか」

('、`;*川「そう言われても……わからないわよ。どうしてあそこで捕まってしまったのかなんて」

 頭を抱て、ペニサスは口を閉じてしまった。

146 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:36:15 ID:29LFM3/20
 前のめりになるニュッ君の肩が軽く叩かれた。
 振り向けばブーンがいて、ゆっくり首を横に振っていた。

( ^ω^)「ペニサスさん、仮に逃げたのだとして、本当に逃げおおせるとは思っていなかったんでしょう?
      現に最終的にはあっさり教会の人たちに身を差しだしたんですよね。
      ということは、逃げることはあなたの主目的ではなかった。違いますか」

 うつむけていたペニサス顔が若干横に揺れた。
 それを見て取ったブーンは、ニュッ君にちらっと視線を向けた。

 ニュッ君は喉の奥で咳払いをした。

( ^ν^)「時計塔は広場の中央にある。あそこに聖なる皮が貼りつけられていたら、目につく。
      そう、あんたは思ったんだ。そして町のみんなに大騒ぎしてもらいたかった。
      命の危険があるからといって、頑強な教会の人たちも抑えつけて、皮を剥がされずにすむように仕向けた。俺は、そう推測したんだ」

147 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:37:16 ID:29LFM3/20
 どうだ、とニュッ君は最後に問いかけを添えた。

 ペニサスは顔を上げた。視線がかろうじて、ニュッ君と交わる。

('、`*川「警察には言わないのね」

( ^ν^)「言わねえよ。証拠がねえもの」

('、`*川「そう」

 少しだけ間を置いて、「なら、どうして言いに来たの」とペニサスが訊いた。

( ^ν^)「言ってやりたくなったからだ」

('、`*川「率直ね」

148 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:38:13 ID:29LFM3/20
( ^ν^)「だいたいあんた、誰かに言うつもりもないんだろ」

('、`*川「ええ、司教の娘だもの。国教会に逆らうなんてこと私にはできない。
     教会の庇護を離れて野良の魔人になって、森の中で生きていけるとも思えない」

( ^ω^)「森?」

 ブーンが首を傾げた。

( ^ν^)「人の世から離れた魔人は森に還るんだ。今度ちゃんと説明してやるよ」

 ニュッ君は力強くそういうと、ペニサスと向き合った。

( ^ν^)「ペニサスさん。俺はあんたに強制はしない。俺としてはそこを本気で逃げて自由になってほしいけど、それはあんたが決めることだ」

 どうする、と問いかけが続いた。

149 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:39:11 ID:29LFM3/20
 応接室を埋め尽くす緊張が舞い降りてくる。

('、`*川「考えてくれて、ありがとう」

 そう言ってすぐに、ペニサスは否んだ。

('、`*川「でも私は、姉さんを置いてはいけないから」

 引っ込みがちなのを無理に絞り出すような声で、ペニサスははっきりと告げた。

( ^ν^)「そうか」

('、`*川「うん。ごめんね。がっかりさせて」

( ^ν^)「いや」

 ニュッ君は言い淀んだ。

 張り詰めていた空気がそのまま解けることなく低く沈殿してしまっていた。

150 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:40:10 ID:29LFM3/20
 言葉のない時間が少し続く。

( ^ω^)「ペニサスさん」

 ブーンの言葉がよく響いた。

( ^ω^)「無理にとは言わないけれど、ひとつアドバイスがしたいんだ。いいかな」

 ペニサスが頷くのを見て取ると、ブーンは口を開いた。

( ^ω^)「あなたを代役に立てて、教会はそれを誤魔化している。
      たとえ儀式といえど、欺いていることに変わりはない。だからあなたは憤りを感じている。
      ここまでは確かなんですよね」

「……そう思うだけなら、構わないですよ。教会に言わないなら」

( ^ω^)「結構。そしてそれなら、知ってほしい。あなたの味方は、教会以外にもこの町に大勢いるんです」

 ブーンが掌を窓の外に向けた。
 喧騒は遠くにまだ聞こえている。

151 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:41:05 ID:29LFM3/20
( ^ω^)「今回の大騒ぎからわかりますよね。
      聖なる皮を持って大切に扱っている人々、ナイフで刺された姿に怒りを露わにしている人々、全員、あなたの味方のはずです」

('、`*川「そう、ですか」

( ^ω^)「はい。なので、ここからが提案なのですが」

 ブーンは思わせぶりに言葉を切った。
 隣のニュッ君がちらりと見ると、これまで見たこともないほど口の端をつりあげているのがわかった。

( ^ω^)打ち明けちゃいましょうよ、全部」

 ペニサスが息をのむ。

('、`;*川「そんなこと、とても……」

( ^ω^)b「大丈夫、きっと上手くいきます。私が保証しますから」

152 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:42:04 ID:29LFM3/20
 突き上げられた親指を、ペニサスはまじまじと両目で見つめた。

 ニュッ君とブーンは、それから数分後には玄関の扉から外へ出た。

 青空はまだ高い。しばらく良い天気が続いている。
 教会の白亜の尖り屋根は変わること無く天を指していた。





     ☆     ☆     ☆

153 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:43:08 ID:29LFM3/20
 広場に建てられた簡素な高台は、時計台と同じ程度の高さだった。
 明日の儀式のために形だけはできていた。
 ペニサスはその天辺に立っていた。

 大勢の人が集まってきている。
 その顔の一つ一つを眺め降ろしていると、次第に目がくらくらしてきた。

('、`;*川「高いなあ」

 見下ろしながら呟いて、震える声が漏れていた。

 いつもの儀式は司祭が行う。

 天の神が残した言葉とともに、ペニサスかその姉から剥いだ皮を宙へと投げる。
 なるべく高いところに立てば、その分いろんな人に賜りのチャンスが舞い込む。
 だから高台は、広場全体を見渡せるほどの高さになっている。

 蛇の身体になれなければ、うまく脚部を登れたかどうかも怪しい。

154 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:44:25 ID:29LFM3/20
 今日、ペニサスは、教会の人にも、警察の人にも、誰にも言わずに上っていた。
 誰かに言ったらすぐに止められると思ったのだ。

 現に広場の隅の方ではすでに警官隊が集まり話し合いをしている。
 人ごみの中にはいくつもの心配そうな顔が並んでいる。
 邪魔が入るのも時間の問題だろう。

 脇に携えた拡声器を口の前に持ってくる。
 深呼吸をいくつかする。

 警官隊の呼び声がする。
 ペニサスを見て集まってきた野次馬のざわめきも聞こえてくる。

 それら全てを押し潰すように、ペニサスは叫んだ。

('、`;*川「みなさんに、お話しがあります」

 一度初めてしまえば、他の声は遠くなる。
 口を動かした。
 大丈夫だから、と言われたことがその鱗の背中を押していた。





     ☆     ☆     ☆

155 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:47:14 ID:29LFM3/20
( ^ω^)b「レアもの、という言い方がポイントだよ」

 荷造りを終えたロバの背中をさすりながら、ブーンが指を一本立てた。

( ^ω^)b「わかる人にはわかる違いがある、だから希少な方に価値が生まれる。
       その価値が共有されて、町の外にまで広まっていたんだ」

( ^ν^)「つまり、みんなペニサスと姉との皮が混じっているとみんな気づいている?」

( ^ω^)「そうだと思うよ。だから、教会を非難する彼女の言葉は絶対に人々の耳に届く」

 街道を行く二人のもとに、遠くから聞こえてきた歓声が届いた。
 広場の方だ。町の人々は粗方そちらへと駆けていた。
 二人の歩んでいる狭い街道はがらんとしてしまっている。

( ^ω^)「ね?」

 得意げに笑うブーンに、ニュッ君は鼻を鳴らして答えた。

156 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:48:09 ID:29LFM3/20
 朝起きてすぐに「出発する」とブーンが言い出した。
 ニュッ君もとくに異論はなかった。
 パシテーの町に長居する理由も無い。旅はまだまだ続いている。

( ^ν^)「金、返せなかったけど、いいのか」

( ^ω^)「ああ、いいよいいよ。考えてみると皮も良い物のような気がしてきたし」

 聖なる皮はロバの首元に巻いてある。
 心なしか、出発したときよりもロバの様子が生き生きとして見えた。

( ^ν^)「ずっと寒かったんだな、お前」

 ニュッ君が背中をさすると、ロバが気持ちよさそうに声を鳴らした。

( ^ω^)「行こうか」

157 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:50:13 ID:29LFM3/20
( ^ν^)「次はどんな町?」

( ^ω^)「さあ。そこまで詳しく地図を読み込んでいないからなあ」

( ^ν^)「頼りないな」

( ^ω^)「なに、道は続いているんだ。僕はそれをなるべく南へ進むだけだよ」

 肩を竦めてそう言うと、ブーンはロバの手綱を引く。

 後ろから聞こえてくる歓声も、次第に遠く引いていった。



     ☆     ☆     ☆

     ☆     ☆

     ☆

158 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/19(日) 00:51:41 ID:29LFM3/20





第十八話 蛇の町 (冬月逍遥編③) 終わり

第十九話へ続く





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159 同志名無しさん :2016/06/19(日) 10:18:30 ID:XfoFgEuQ0
乙乙

160 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:07:52 ID:XWtDTcAU0
投下します。

161 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:09:15 ID:XWtDTcAU0
 びょうびょうと風が吹いている。
 生い茂る緑の隙間を音を立てて抜けていく。

( ^ν^)「森は魔人の住処なんだよ。散々言ったのに、ブーンさんめ」

 愚痴をこぼすニュッ君耳に、一際大きな音が届く。
 風とは違う、獣の声。

 ニュッ君は身構えて、何も起きないとわかると緊張を解した。
 先ほどから獣の声が時折鳴り響いている。それなのに、一度もその姿を目にしない。
 宵闇の迫り来る薄紫の森の中、不可思議な声は一向にやまない。

 真冬だというのに、木々が茂る森。
 林立する樹木は細長く、ニュッ君には見るに珍しいものだった。

メティス国にこのような場所があることを、ニュッ君は今日まで知らなかった。
 サナ雨林、と人は呼ぶ。比較的小規模な森だ。
 山を流れる風と高低差の関係で、雲が寄り集まりやすい場所なのだという。
 
(∩^ν^)∩「おーい、どこまで行ったんですかー」

 ニュッ君の声に答える代わりに、風がまた獣の声を運んできた。

162 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:10:14 ID:XWtDTcAU0





第十九話

虎の村 (冬月逍遙編④)





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163 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:11:32 ID:XWtDTcAU0
少し前、空がにわかに暗くなり、大雨になった。
ニュッ君とブーンが川を渡ってすぐのことだ。

(;^ω^)「冬だというのにこんなに降るものかね」

 そのうち止むだろうと、戻ることは考えず、傘を差して歩みを進めていた。
 しかし目算は甘く、森に迫るごとに雨はその勢いを増していった。
 溜らず逃げ込んだ崖の横穴で彼らはひとまず夜営をした。
 翌日の朝に目覚めたとき、天気はようやく小雨になった。

 季節外れの大雨は予想以上の爪痕を川沿いに残した。
 二人の歩んできた道が、流水に運ばれてきた土砂ですっかり埋め尽くされていたのである。
 橋までの道に引き返すことも、森の際の道を渡ることも叶わない。
 ちょうど蛇行のピーク、最も堆積物の多くなる場所に籠もってしまったのが二人の運の尽きだった。

 長居するだけの食料も用意はない。
 
(;^ω^)「この崖を超えるしかないね」

 嘆息をこぼしながら崖を登った二人の目の前には、鬱蒼としたサナ雨林が待ち構えていた。

164 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:12:34 ID:XWtDTcAU0
( ^ω^)「地図によれば、ここから東へまっすぐ進めば森を抜けられるみたいだ」

( ^ν^)「森か……」

( ^ω^)「コンパスや太陽を参考にすればなんとかなると思うけど、不安かい」

( ^ν^)「いや、そもそも森は魔人の住処だから、むやみに入ることは許されていないんですよ」

 逡巡はあったが、悩む時間も惜しくなった。

( ^ω^)「迷ったって言ったらなんとかならない?」

( ^ν^)ゞ「言い方次第ですかねえ」

 二人は森へと足を踏み入れた。

 サナ雨林の緑は絶えない。
 一風変わった植物がその場所に四季を無視して生えている。

165 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:13:32 ID:XWtDTcAU0
 休んでいるさなかに辞書で調べて、森に聳える木々名は竹だとわかった。
 自生するのは主に大陸の東南部。
 メティスの北方では自然にはほとんど見ない植物だ。

( ^ω^)「この植生はいったいどういう原理なのだろうね」

( ^ν^)「魔人の影響じゃないですかね。エウロパの森も不思議なところだって聞きますよ。
      麓にいたとき気づきませんでした?」

( ^ω^)「あの頃は本当にただ必死だったからなあ」

 森の不思議は見た目だけではなかった。
 入ったそばからびょうびょうと、細く蠢く音が続いていた。

( ^ν^)「なんの音っすかね」

( ^ω^)「木々の隙間を抜ける風が鳴っているんだね。
      竹の堅い幹が垂直に伸びるから、なおよく聞こえるみたい」

( ^ν^)「気味が悪いな」

 ニュッ君の呟きを、甲高い風の音が遮った。

166 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:14:33 ID:XWtDTcAU0
 風の奥底に別の音があると、後々になって気づいた。

( ^ν^)「これ、風じゃないですよね」

(||i^ω^)「……獣かな」

(||i^ν^)「魔人か」

(||i^ω^)「どうだろう。それにしては獣っぽすぎる気がする」

(||i^ν^)「近づかないようにしましょう」

 歩きながら、気晴らしに、ニュッ君はブーンに魔人についての話をした。
 
 魔人は森に暮らしており、教会に許可を得た魔人だけが人の町の付近まで降りてくる。
 人の世界で暮らしたがる奇特な魔人もいれば、契約を交わす目的で降りてくる者もいる。

( ^ω^)「契約って、ふしぎなちからって奴かい」

( ^ν^)「知ってます?」

( ^ω^)「知識としては」

167 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:15:17 ID:XWtDTcAU0
 魔人は人と契約を交わし、人の目的を達成するために、ふしぎなちからを行使することができる。
 その力がどのような内容なのか、どのような形で目的を達成するかはその魔人の個性による。

( ^ν^)「あんまり自由になものだから、契約を交わすにはメティスの国だと教会の許可がいります。
      使える範囲も細かい取り決めがあるらしいっすよ」

( ^ω^)「なかなか面倒そうだね」

( ^ν^)「ラスティアはどうでした?」

( ^ω^)「もっと寛容だったよ。荷車を牽かせたり、大工仕事を手伝わせたり。
      でも、少なくとも六年前は、大人しか彼らと関われなかったよ。子どもには危ないからって。
      そして調べてみると、僕の知らない六年間に、魔人への扱いもだいぶ変わっていたみたいなんだ」

 六年間のうちに、ラスティアは魔人への警戒を強め、そのあまりにマルティアから恩恵でもらい受けた魔人を切り伏せてしまう。
 これがマルティアの怒りを買い、ラスティア城に宣戦布告。翌月には落城。
 ラスティアの王侯貴族はみなバラバラになり、ラスティアはマルティアの一領土となった。

( ^ω^)「故郷が滅んだなんて、未だに実感が湧かないんだけどね」

 苦笑いでブーンは言い添えた。

168 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:16:40 ID:XWtDTcAU0
 サナ雨林の縁を歩く。その目的はなかなか果たせなかった。
 整備された道ではない、土と石と草木の地面を踏みしめながら歩くのは時間がかかり、体力も消耗させられる。
 休みを挟みながら、ニュッ君とブーンは竹の合間を歩き続けた。

 その間、風は吹き、獣の声は絶えない。

( ^ω^)「あれはいったい何の鳴き声なんだろうね」

( ^ν^)「さあ、太い声っすね。あんまり身近には聞かない感じだ」

( ^ω^)「峻厳そう。でもなんだか丸っこい」

( ^ν^)「言われてみると、猫のような」

 二日目の昼の太陽が、徐々に西へと落ちていく。
 竹の細い影がより濃く彼らを包もうとしたとき。

( ´ω`)「思ったんだけど、魔人なら話が通じるんじゃないかな」

 時期に似合わず汗みずくのブーンが疲れ切った顔で提案をした。

169 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:17:34 ID:XWtDTcAU0
(;^ν^)「会うんですか、この声の主たちに」

( ´ω`)「危ないかな」

(;^ν^)「さあ……魔人と見せかけて実は獣なのかもしれないっすからね」

( ´ω`)「いやでも、会わないとわからない。まずかったら逃げよう」

( ^ν^)「なんでそんなに急いでるんですか」

( ´ω`)「お腹、空いたんです」

 折良くブーンの腹がなり、その理由を訴えていた。

 そうしてブーンは竹の隙間をかいくぐった。
 音の鳴っている方向、森の奥の方へと。

 ニュッ君は岩陰に手頃な隙間を見つけて夜営の準備を進めた。
 二股に分かれた奇妙な竹を目印にして、一人待つことに決めていた。

170 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:18:45 ID:XWtDTcAU0
 ブーンがいなくなって数分後。

 黄昏時が迫る頃。
 鳴り止まぬ風の音。獣の声。
 それらに入り交じって。

「ひええ」

 と、声が微かにニュッ君に届いた。

(;^ν^)「ブーンさんの声だ……」

 それが、ニュッ君が一人竹の森の中を歩き進めるに至った経緯である。





     ☆     ☆     ☆

171 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:19:39 ID:XWtDTcAU0
( ^ν^)σ「で、これは何すか」

 ブーンは果たして、見つかった。

 生い茂る竹の隙間に、彼の身体は浮いていた。
 頭を下に、足を上にし、夕陽に煌めく顔は赤くなっている。

( 、m,)「ああ、ニュッ君。助けてくれ」

( ^ν^)「いや、まず何がどうなってるのか言ってくれないとどうしようもないですよ」

( 、m,)「つり下げられているっぽいんだよね」

( ^ν^)ゝ「あー、なんかありますね。糸? 足に巻きついてますよ」

( 、m,)「取れそう?」

( ^ν^)ゝ「ちょっと登ってみますよ。じっとしててください」

( 、m,)「早めに頼む……だんだん辛くなってきた」

172 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:20:37 ID:XWtDTcAU0
 つるつるとした竹の幹は一見つかみ所がなさそうだったが、等間隔で節目がついており、手足をかけるのに優れていた。
 素足になって幹を捕らえ、手を伸ばして上の節目を掴む。跳ね上がって次の節目を足で捕らえる。その繰り返し。
 ブーンの逆さまの顔から見上げて登り、彼の胴体を超え、足と並ぶ。

 細い糸がブーンの足首に、想像以上にぐるぐるとキツく巻かれている。

( ^ν^)「これは……いったい」

 煌めく糸に手を伸ばそうとした、その指先を何かがかすめた。

( 、m,)そ ムギュッ

 地面に落ちたブーンが呻く。

 糸は途切れていた。

「あたしの罠をめちゃくちゃにしないでよね」

 人の声を久しぶりに聞いた気がした。
 ニュッ君とブーンはほとんど同時に声の方向を振り向いた。

 竹の幹にもたれるようにして、小柄な人が立っていた。
 一見すると幼い出で立ちだが、どこか落ち着いた雰囲気もある人だ。

o川*゚ー゚)o「せっかく安心できるくらいには丈夫になっていたのに、また作り直さなくちゃ」

 残念、と言い加えたが、口調はそこまで暗くない。むしろ嬉しげでもあった。

173 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:21:34 ID:XWtDTcAU0
o川*゚ー゚)o「アーケの町を出て川を渡ってここまで来たんだ?」

( ^ν^)「そうです。首都を目指していて」

o川*゚ー゚)o「雨林を回ってエウリドメへ出るつもりだね」

( ^ν^)「そのつもりです」

o川*゚ー゚)o「でも、雨で足を食らっていると」

( ^ν^)「はい」

o川*^ー^)o「運が悪かったねー」

( ^ν^)「……」

o川*゚ー゚)o「馬鹿にしてないよ?」

( ^ν^)「何も言ってませんよ。というかここにいるってことはあなたも同類ですよね?」

o川*゚ー゚)o「上手いこと言うね」

 彼女の名前はキュートと言った。

174 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:22:21 ID:XWtDTcAU0
 糸仕掛けの罠を取り除いたころには、あたりはすっかり薄闇に包まれていた。
 キュートの誘いを受けて茂みに入り、やや開けた場所へと辿り着いた。
 すでに彼女のテントが、竹を支えにして建てられていた。
 小ぶりで使い古された、薄桃色のテントには、方々の観光地のペナントが刺繍で張り付けられている。

o川*゚ー゚)o「長いことテント暮らしをしてきたからね」

 ブーンたちのテント張りを手伝いながら、キュートは軽く身の上を簡単に語ってくれた。
 メティスの片田舎の故郷を出て、方々を旅して回っていたのだという。
 見た目には幼げだったが、聞いてみるとニュッ君やブーンよりも一回り年上だった。

o川*゚ー゚)o「で、今はお世話になった人に会いに行くところなんだ」

 自分の裁縫の師匠なの。
 言い添えるキュートの口元は自然な様子で緩んでいた。

( ^ω^)「あの糸の罠は自分で?」

o川*^ー^)o「うん。お裁縫たくさんしていたら、できるようになってた!」

( ^ω^)「はえー」

(;^ν^)「いやいや、どういうことだよ……」

175 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:23:16 ID:XWtDTcAU0
 一緒に作業をしていても、工程をこなすのは男たちよりずっと速い。
 手先の器用さを遺憾なく発揮して、あたりが闇に染まる前にテントを張ることが出来た。

( ^ν^)つ「あ、あれ」

 ぼんやりと光るものが竹林の向こう側にあった。
 ニュッ君が気づいて指で示すと、ブーンが興味深そうに唸った。

( ^ω^)「あっちに村があるのかな」

( ^ν^)「案外と近いな。今から急げば間に合うかも」

( *^ω^)「夕ご飯に間に合うかな」

o川*゚ -゚)o「ダメだよ。あそこにあたしたちは入っちゃいけない」

 キュートが強めの口調で言う。

176 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:24:15 ID:XWtDTcAU0
( ^ω^)「どうしてですか?」

o川*゚ -゚)o「あそこは、虎たちの住処だから」

 あの鳴き声を発する獣の名前を、このとき初めてブーンとニュッ君は知った。

 その日の料理はキュートがシチューを振る舞ってくれた。
 ざっくり切って煮込んだだけ、とキュートは謙遜したが、蕩けた見た目も暖かみのある味わいも十分すぎるほどだった。

o川*゚ー゚)o「人間が暮らす村までは明日の昼にはつくよ。そこまで案内してあげる」

(;^ω^)「何から何まですいません」

o川*゚ー゚)o「いいえ、あたしの罠でご迷惑をお掛けしたんだし、当然」

( ^ν^)「あれはやっぱり、虎対策なんですか」

o川*゚ー゚)o「うん。一応ね。人は襲わないって話だけど」

 こうしている間にも、虎の鳴き声は時折聞こえる。
 昨日の夜から続き、昼間はいくらかおさまっていたが、日が暮れるとともにまた活発に鳴き出した。

177 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:25:34 ID:XWtDTcAU0
( ^ν^)「この森には昔からあの声が聞こえていたんですか」

o川*゚ -゚)o「いや……」

 キュートは言い淀んで、目を泳がせて、それから意を決した様子でニュッ君を見た。

o川*゚ー゚)o「あたしがこの村に出入りしていたのは七、八年前かな。そのあと村で抗争が起きたんだ」

 あたしも手紙で後から知ったんだけど、と言い添えて、キュートは話を始めた。

 パシテーとアーケを結ぶ街道に通じているその村は、サナ雨林に割り込む形で作られており、かねてより森にいる虎の魔人と親交が深かった。
 虎の魔人は自分たちの獲った食料を与え、村人は自分の畑で採れた野菜を与える。
 やがて虎たちは人に紛れて暮らすようになった。
 そんな素朴な関係が、およそ300年前に魔人が現れてからずっと続けられていたという。

o川*゚ -゚)o「村を離れてすぐの頃に事件が起った」

 虎の魔人の中にも有力者が二人いた。そのどちらの味方をするかで、グループわけがなされていた。
 そのグループ同士が、ある日衝突した。原因は人間のあずかり知らぬことだったという。
 キュートが知っているのは、勝ったグループは人型になって村に溶け込み、負けたグループは虎となって森に籠もった、ということ。

178 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:28:57 ID:XWtDTcAU0
( ^ν^)「理不尽な話ですね」

 苛立ちを曝け出して、ニュッ君は言った。

( ^ν^)「そういうの、誰も止められなかったんですか」

o川*゚ -゚)o「詳しいことはわからないよ。
       あたしはこのお話しを、村の知り合いからの手紙で知ったから。
       でも、古い村だし、そういう決まりってなかなか覆せるものじゃないんだよ」

( ^ν^)「嫌な話だ」

o川*゚ -゚)o ・・・

o川*゚ー゚)o「ありがと」

( ^ν^)「え?」

o川*゚ー゚)o「そうはっきり言ってくれるとこっちもスカッとするよ」

179 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:29:54 ID:XWtDTcAU0
キュートは神妙な面持を緩めて話を切り替えた。

o川*゚ー゚)o「あたし、師匠とは直接はやりとりをしていないの。
       だからまずは、師匠がどっちの側にいたのか確かめなきゃ」

( ^ν^)「町にいるか、森にいるか、っすね」

o川*゚ー゚)o「うん。村にいるならいいんだけどね」

( ^ω^)「もし、森にいたら?」

o川*゚ー゚)o「そしたら、あたしはもう近づけないかもしれない」

 食べ終えたシチューの皿を足下の石の上に置いて、キュートは眠そうに欠伸をした。
 満足げに星空を見上げる。厚い雲の隙間から星は何度か顔を覗かせていた。

o川*゚ー゚)o「確かめるのは怖いけど、最近ようやく踏ん切りがついたんだ。
       でも誰かと一緒に向かえればもっと心強い。そういうこと」

 巻き込んでごめん、とキュートはニュッ君とブーンの目を交互に見て言った。

180 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:30:54 ID:XWtDTcAU0
( ^ω^)「どうせ通り道ですし、問題ないですよ、ね、ニュッ君」

( ^ν^)「そうっすね。こっちも心強い」

o川*゚ー゚)o「ありがとうです。そう言っていただけて嬉しい」

 会話が途切れて、黙々と食事が終わり、食器を重ねた。
 腹が膨れるのは幾日ぶりだろうと、腹をさすりながらニュッ君はふと思い、満足そうに腹を摩った。

o川*゚ー゚)o「でもきっと大丈夫。師匠は虎になんてならないよ。
       もしも帰れたら、一度師匠のところに寄ってみてよ。あの人の作品、見せてあげるから」

 キュートの師匠は小物作りの職人として暮らし、人と交わって生きていたのだという。

o川*゚ー゚)o「たとえばこれとか」

 そう言ってキュートは自分の赤くて丸い髪留めを指差した。

 ニュッ君とブーンは頷き返した。

181 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:32:00 ID:XWtDTcAU0
( ^ω^)「楽しみにしてますよ」

 キュートは微笑んで、自分の薄桃色のテントへと入っていった。
 ニュッ君とブーンも自分のテントへと入った。

 火を消した薪の束が、静かに炭の香りをあたりに漂わせている。
 虎の町の光がひとつひとつ薄らぐのを見つめながら、ニュッ君とブーンは微睡に沈んでいった。










     ☆     ☆     ☆

182 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:32:57 ID:XWtDTcAU0
 約束は果たされなかった。

 日が昇って歩き出すと、すぐに村へは辿り着いた。
 林業を主産業としたその村の、住宅がまばらに建てられた区域を進むと、ぽっかりと空いたスペースがいくつか見られた。
 そのうちのひとつの荒れ地の前で、キュートは立ち尽くした。

o川*゚ -゚)o「ここに、工房があったんだよ」

 力の抜けた声でキュートは言った。

 詳細を知ろうと村役場にまで足を運んだ。
 そして、キュートの家族は全員、虎となったことを知らされた。

o川*゚ -゚)o「そんなはずはないです」

 木製のカウンターに腕をついて、身を乗り出すようにして、キュートは言った。
 これまでの穏やかな口調が初めて鋭く崩れて荒れた。

o川*゚ -゚)o「あの人が魔人になろうとするはずがないんです。
      なりたくないって、ずっと言っていたんです。
      虎の手だと、何も作れないからって」

「そう言われましても、記録としてそうなっておりますから」

o川*゚ -゚)o「記録が間違っているかもしれないじゃないですか」

183 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:33:58 ID:XWtDTcAU0
 大声が役場に響き、視線がキュートに寄せられた。
 激しく震え出すのを察して、ニュッ君がその手を引いた。

( ^ν^)「出よう」

 物言いたげなキュートをその一言で制すると、強引に入り口から外へと出た。
 役場の人たちの、哀れみ混じりの痛い視線が背中について離れなかった。

 行商人が出店をちらほら開いている、村の道の真ん中をニュッ君たちは進んでいった。
 やがて道沿いに簡素なベンチを見つけると、そこにキュートを座らせた。

 物も言わず、暴れもせずに、その代わりただ目を押さえて、キュートはしんしんと涙を流していた。
 やがてキュートはおもむろに目を拭いた。

o川* - )o「行ってくれて良かったのに」

( ^ν^)「離れにくかったので」

o川* - )o「ごめんね」

( ^ν^)「いや」

184 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:34:55 ID:XWtDTcAU0
 キュートは息を大きく吸って、長く吐いて、それから、ニッと笑った。

o川*゚ー゚)o「仕方ないもん。宿、探さなきゃね。二人はどこに泊まるの」

 泣いていたなんて嘘だとでもいうように、キュートは強く頬をつり上げていた。



 宿の数は少なく、村唯一の宿が通りにぽつんと並んでいた。
 今の時期、旅人や泊まりがけの商人も少ないらしく、客室は十分に空いていた。
 ブーンとニュッ君は相部屋をとった。

o川*゚ー゚)o「あたしは知り合いの家に行くから」

 ロビーで自分の荷物を掲げながら、キュートは先にそう告げた。

o川*^ー^)o「ここでお別れ。ほんのちょっとだけど、いろいろお話しできて楽しかったよ」

185 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:35:54 ID:XWtDTcAU0
 手紙を書くよ、と笑って言って、キュートは握手を求めた。
 ニュッ君とブーンは顔を見合わせ、おずおずと手を伸ばした。
 キュートの掌は案外冷え込んでいた。

「じゃ」と、短く行ってキュートは入り口を出て行った。
 あとに取り残された二人を振り向くことはなかった。

( ^ω^)「あれは相当無理しているね」

 静かな声でそういうと、ブーンは部屋へと続く階段を昇っていった。
 ニュッ君だけは一人残って、しばらく入り口を見つめていた。





     ☆     ☆     ☆

186 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:36:49 ID:XWtDTcAU0
 幼い日に、目を引いた小物があった。
 メティスの城下町の街道で露店販売されていた、町そのものを象ったミニチュア細工。

「気に入ってくれたかい」

 声を掛けてくれた店主のこともまた、キュートの心に強く残った。
 やがてその作者が住んでいる場所を知り、いてもたってもいられず単身森の村へと移り住んだ。

 師匠の暮らす敷地には、農作物を育てる畑も無く、広い工房とこぢんまりとした母屋があった。
 師匠はほとんど工房にいて、日がな一日、何かを切ったり、叩いたり、組み合わせたりしていた。

 作る物の幅をキュートの師匠は設けていなかった。
 主にアーケの町から、たまにはもっと遠く、今の首都や城下町からも依頼が来て、そのとおりに師匠は作品を作り上げた。

 一番得意にしていたのは、人や動物、馬車や家のような類いのもののミニチュアだ。
 実用性は無いに等しい。だから大して根も張らない。
 でもだからこそいいのだと、師匠は顔を綻ばせながらそれらを積み重ねて行っていた。

187 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:37:54 ID:XWtDTcAU0
o川*  )o「あたし、まだ覚えているからね」

 呟くように口にした。
 あたりには誰もいない。
 竹が鬱蒼と茂っているだけだ。

 まだ太陽が高いうちに、キュートは竹林へと足を踏み入れた。
 強かった冬の風がますます厳しくなり、音が鳴る。
 そしてそれ以上に虎の声が奥底から響き渡ってくる。

 村の中とはまるでちがう。
 人の姿をまるっきり寄せ付けない竹林の中を、キュートはゆっくり歩いていた。

o川*  )o「師匠はずっと、虎になるのすごく嫌がっていたんだよ。
 虎の手だと何も作れないからって。木を切ったり、組み合わせたりすることができないからって。
 だから、本当は嫌がっていたはずだよ。今も、嫌なんでしょ?」

 答えは当然のごとく聞こえてこない。
 虎の声が波打っているだけだ。

 昼間だというのに、竹の葉が空を覆い、あたりに濃く影を残している。

188 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:38:52 ID:XWtDTcAU0
o川*  )o「ねえ、師匠。いるならここに来てよ。
       見せてあげたいんだ。あたし、裁縫がだいぶ上手くなったんだよ。
      師匠と同じように何かを作りたくて、たくさん練習したんだから」

 ほら、と自分のポーチや、取り出したハンカチ、布製の小物入れ、服の裾なども持ち上げる。
 街並みや人を象った刺繍がそこには綿密に刻まれていた。
 隣国の港町、北の国の雪原、遠い砂漠で目にしたオアシス。
 誰に見せるわけでもなく、あっちこっちに動かして高々と掲げてみせる。

 虎の声が、若干強くなった気がした。
 大きくなって、波打って、キュートを取り囲む。

 ゆっくりポーチを降ろして、俯いて、それからキュートは息を吐いた。

o川*  )o「来ないなら、あたしからそっちに行くから、待ってて」

 途端に、空気が変わった。
 虎の声のボリュームが一層高くなり、彼女を明らかに威圧してきている。

o川* o )o「……なによ」

 キッ、とあたりを睨んで、キュートは歯噛みした。

189 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:39:54 ID:XWtDTcAU0
o川* o )o「入っちゃダメっての? やめてよ。あたしはただ会ってお礼を言いたいだけなんだよ!」

 土を蹴って、駆けだして、茂みの向こうへと進んでいく。
 あたりはまた一段と暗くなり、虎の声も高くなる。
 風が吹き荒び、キュートを包み、切り裂かんばかりに呻いてくる。

 竹の撓る音。
 擦れる葉がざわめき、影を濁らせる。

 キュートは前を見つめていた。
 竹ばかりが聳える前の、暗がり。サナ雨林の奥の奥まで続いている闇の向こう側。

 どこまでも行ける気になって、足を進めようとしていた。

「待てよ」

 と、後ろから呼びかけられた。

190 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:40:53 ID:XWtDTcAU0
o川*゚ -゚)o「え」

 振り向けば、つい最近別れたばかりの顔があった。

( ^ν^)「こういう自然だけの場所に一人で

いるもんじゃねえよ」

 顰め面を解しもせずに、ニュッ君はキュートの前へと進んだ。

( ^ν^)「ほら」

o川;゚ -゚)o「え、あ、うん」

 差し出された手を弱々しく握って、キュートは前へと歩き進んだ。





     ☆     ☆     ☆

191 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:41:54 ID:XWtDTcAU0
o川;゚ -゚)o「なんでここにあたしがいるってわかったの」

( ^ν^)「勘っすよ」

o川;゚ -゚)o「ええ」

( ^ν^)「なんすか」

o川;゚ -゚)o「もうちょっと、理屈はないの?」

( ^ν^)「虎のやかましい方を目指したんです」

o川*゚ -゚)o「そうなんだ……ところでお連れさんは」

「昼に食べた川魚にあたったらしい」

o川;゚ -゚)o「大丈夫!?」

( ^ν^)「宿で寝てるうちに直るよ。あの人、身体頑丈だから」

192 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:42:57 ID:XWtDTcAU0
o川*゚ー゚)o「そういえば二人はどういう関係なの?」

( ^ν^)「俺とブーンさん? どういうというか、まあ、成り行きで」

o川*^ー^)o「そこをもっと聞きたい」

( ^ν^)ゞ「面倒なんすよ」

o川*゚ー゚)o「じゃあ、旅の目的は?」

( ^ν^)「俺は将来なりたいものを探している。あの人は、自分の記憶を探している」

o川;゚ー゚)o「記憶!?」

(;^ν^)「ああ、ほらもう、めんどい。説明しなきゃわからねえっすよね」

 かいつまんでの説明をニュッ君は早口でした。
 ざっくばらんな調子ではいたが、キュートは何度も頷いてくれていた。

193 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:43:55 ID:XWtDTcAU0
 竹林の道は相変わらず続いている。
 日が傾いてきたせいか、暗がりもますます濃くなっている。

 話は途切れることなく穏やかに進んだ。

( ^ν^)「とまあ、こんな具合であの人には記憶が無いらしい」

o川*゚ー゚)o「ラスティアかあ、懐かしいな。昔、いたよ。まだ滅ぶ前」

( ^ν^)「じゃあ、あとでブーンさんと話してくださいよ。話聞きたがってるから」

o川*゚ー゚)o「話になるようないい思い出もあまり無いけどね」

( ^ν^)「大丈夫。なんでもいいから。きっと嬉しがります」

o川*゚ -゚)o「……」

( ^ν^)「なんすか」

194 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:44:54 ID:XWtDTcAU0
o川*゚ー゚)o「いや、なんか面白いなって思って」

( ^ν^)「けっ」

 口をすぼめるニュッ君に、キュートはそっと微笑んだ。
 いつの間にかその足は力強く地面を踏みしめていた。



 竹林を進む途中、虎に向かってキュートは頼んでみた。
 師匠のところへ案内してほしい、と。

 言葉は通じるはずだ、とはニュッ君のアドバイスだ。
 たとえ人の姿を捨てたとしても、わかってくれれば導いてくれるだろう。
 そんな期待が、虎の声の強まり方によって後押しされた。

 進むとき、ある方向に進めば声が大きくなり、別の道へ進めば小さく鳴るか途絶えてしまう。
 大きくなる方ばかりをえらんで、前へ前へと進んでいった。
 鬱蒼と茂っていた道だが、声を頼りに進むと不思議と足はもつれることなかった。

 キュートは師匠のことをニュッ君に話さなかった。
 ニュッ君も特別に詮索しようとはしなかった。

 会話はだいたいニュッ君の昔話や、ブーンとの旅の話で、それも大して続かずに黙っている時間が多くなった。
 気まずい沈黙ではなく、ただ足を進めることだけに集中したくなったからとでもいうような、意識的な沈黙だ。

195 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:45:54 ID:XWtDTcAU0
 竹林は唐突に開けた。

 夕暮れになった太陽の橙色の光が草原を照らしている。
 竹に囲まれたその広い場所に、石がぽつんと置かれていた。
 ちょうどキュートのあごくらいの高さまである、大きな石だ。

( ^ν^)「……冗談だろ?」

 と、ニュッ君が呟いた。
 思わず口から零れてしまった。

( ^ν^)「趣味が悪いな、これは」

 ニュッ君が振り向いて、あたりを睨め回す。
 虎の姿を捕らえようと目を凝らしていた。

 キュートがその裾を掴み、首を横に振った。

o川*゚ー゚)o「いいよ」

( ^ν^)「え? でも……」

o川*゚ー゚)o「なんとなく、気づいてたから」

 何が、というニュッ君の問いかけに答えは返ってこなかった。

196 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:46:57 ID:XWtDTcAU0
 一歩ずつ、これまでの歩みとほとんど変わらない速度で彼女は歩いた。
 ニュッ君は数歩後ろからついていった。

 石には何も書かれていない。
 人間の手では決してなく、かといって自然にしては不思議な形。

o川*゚ー゚)o「お墓、だね」

 キュートはそう断言した。

 石の前に受け皿のようなものがあった。
 木の実や、枝葉が置かれている真ん中で、一際大きく凝ったものがあった。

 目を凝らさなくてもわかる。
 それはキュートが髪につけているものと同じ髪留めだった。

( ^ν^)「おそろいだったんすね」

o川*^ー^)o「うん。師匠、髪長かったから、作業中とかに留めていたんだ」

197 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:47:53 ID:XWtDTcAU0
 キュートは腰をかがめ、墓の前に頭を下げた。
 首を持ち上げると、すぐに頭の髪留めに手を伸ばした。

( ^ν^)「置いていくんですか?」

 目を少し見開いてニュッ君が尋ねた。

o川*゚ー゚)o「うん」

( ^ν^)「なんで?」

o川*゚ー゚)o「うーんとね」

 髪留めを外した。

o川*゚ー゚)o ・・・

o川*-ー-)o「内緒」

198 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:48:55 ID:XWtDTcAU0
 皿の上にことりと髪留めが置かれる。
 揺れがすぐにおさまって、安定すると、二つの髪留めがまるで初めからそこに会ったかのように並んでいた。

( ^ν^)「これから、どうするんすか」

 ふと思いついた疑問を、ニュッ君はキュートに投げかけた。
 後ろ姿ではあったものの、キュートが口の端をつり上げるのがわかった。

o川*゚ー゚)b「まだ何にも決めてない」

 振り向いた彼女はやはり笑っていた。
 何かを押し隠している。
 それはわかったが、ニュッ君には何も問うことができなかった。





     ☆     ☆     ☆

199 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:49:58 ID:XWtDTcAU0
(ヽ^ω^)「やれやれ、昨日は散々な目に遭ったな」

 ニュッ君が竹林から宿屋に帰り、一泊した次の日の朝、部屋の中で二人は旅支度を整えていた。
 今日の昼間には道沿いの次の宿へ泊まる予定でいる。

( ^ν^)「調子はどうです?」

(ヽ^ω^)b「やっと落ち着いてきたみたいだよ」

 窶れた顔で腹を摩りながらブーンは力なく答えた。

( ^ν^)「無理をしないようにもう一泊することもできますけど」

(ヽ^ω^)「いや、違うんだ。そういう心配じゃ無くてね」

 言葉の途中でブーンの腹が音を立てて鳴った。

200 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:50:54 ID:XWtDTcAU0
(ヽ^ω^)「夜ご飯がおかゆだったでしょ。だからね、お腹減った」

(;^ν^)「逆に元気すぎっすよ、そりゃ」

 リュックに物を敷き詰め終わり、階下に降りて受付にて手続きを済ませる。
 外に出てロバの留め具を外した。荷物を載せている最中に、草を踏み分ける音が聞こえた。

( ^ν^)「ああ」

o川*゚ー゚)o「おはよ」

 旅の時の服装とはまた違う、ニット編みの暖かそうな出で立ちだった。

o川*゚ー゚)o「世話になったし見送ってあげるよ」

( ^ν^)「ああ、それは、どうもっす」

201 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:51:57 ID:XWtDTcAU0
(ヽ^ω^)「一昨日のシチュー、美味しかったです」

o川*゚ー゚)o「あ、ありがとうです」

(ヽ´ω`)「思い出したらなんだか涙が」

o川;゚ー゚)o「そんなに! また作ってあげますから」

(ヽ´ω`)「ああ……ありがたや」

(ヽ´ω`)「おや」

 頭を下げたそのときに、ブーンはふと口にした。

(ヽ´ω`)「これは、なんです」

 キュートの服の裾に、それはひっそりと飾られていた。

202 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:53:01 ID:XWtDTcAU0
o川*゚ー゚)o「ああ、コースターですよ。いいデザインのおみつけるとすぐ留めたくなるんです」

 縫い止めされたのは、カエルたちが頭を寄せ合っているマーク。

(ヽ´ω`)「どこのお店ですか」

o川*゚ー゚)o「ラスティアの城下町。
       昔、ちょっとした慈善団体みたいなものに所属してて、そこが開いていたお店で使われていたものなんです」

 カエルの数はちょうど三匹。

o川*゚ー゚)o「このマークに見覚えが?」

(ヽ^ω^)ゞ「ええと、なんとなく、引っかかるような」

o川*゚ー゚)o「なら、寄ってみるといいかも」

203 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:53:47 ID:XWtDTcAU0
(ヽ^ω^)「でも、ラスティアはもうないのでは」

o川*゚ー゚)o「あたしも最近知ったのだけど、当時の団体のメンバーが隣国に同じようなお店を作ったらしいんです。
       風の便りに聞いただけで、まだあたしも寄れていないんですけどね」

(ヽ^ω^)「なるほど。ちょっと遠いけど、いいかもしれないですね」

( ^ν^)「荷造り終わりましたよ」

 ニュッ君が手を叩いて知らせてくれた。



 村の入り口まで歩いて向かった。
 キュートを交えて、他愛ないことを話し合った。

204 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:54:54 ID:XWtDTcAU0
( ^ν^)「さて、と」

 村の門の前で一時、止まる。
 風と、虎の声は相変わらず、竹林から村の方へと流れてきていた。

( ^ν^)ノシ「それじゃあ」

o川*゚ー゚)ノシ「うん」

 キュートは長いこと、遠ざかるニュッ君たちを見つめてくれていた。






     ☆     ☆     ☆

205 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:56:05 ID:XWtDTcAU0
 竹林の道を歩き始めてしばらくした頃。

(ヽ^ω^)「あ」

 と、ブーンが言った。

(ヽ^ν^)「忘れ物ですか?」

(ヽ^ω^)「いや、違う。この虎の声」

思いついたことでもあったらしく、ブーンは目を見開いていた。

(ヽ^ω^)「もしかして歌なんじゃないかな」

( ^ν^)「歌?」

( ^ω^)「うん。森に入ってようやく気づいたけど、同じようなフレーズが繰り返されているみたい」

206 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:57:11 ID:XWtDTcAU0
 耳に届いている虎の音が、言われてみると、微かにつながりを帯びているように聞こえてくる。

( ^ν^)「本当だ。でも、なんで歌なんか」

 そう呟いたニュッ君が、小さく、息をのんだ。


「虎の手だと、何も作れないから」

「ん、なんだっけ。それ」

「キュートが言ってたんです。師匠について、そう」

 そのたった一言が、急に心に浮かんだ。

 虎の手ではミニチュア細工は作れない。
 それでも何かを作りたいと思ったら、歌うことくらいしかできないのではないか。
 だとしたら、この歌はキュートの師匠が歌っているのだろうか。

 最初のうち、声はキュートを遠ざけていた。

207 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:58:49 ID:XWtDTcAU0
(;^ν^)「物を作れない自分を見せたくなかった……?」

 推測が口をついて出てしまう。
 仮定を踏まえて思考だけが先に走っていく。

 一度は退けたものの、声は最後にはキュートを墓へと導いた。
 それが墓だと、断定したのはキュートだ。

 薄々気づいていた、と彼女は言った。
 キュートが髪留めを置いた理由を、彼女はついに語らなかった。

( ^ν^) ・・・

( ^ν^)「ねえ、ブーンさん」

( ^ω^)「うん?」

208 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 21:59:46 ID:XWtDTcAU0
( ^ν^)「キュートと師匠さんって、どういう関係だったんですかね。
      そもそも何で旅をしていたのかも、話されませんでしたよね、俺ら」

( ^ω^)「……僕は聞いてないし、あの人も話さなかったからなあ」

 だから、想像でしかないけど、と言い添えてから。

( ^ω^)「何年も旅をしたあとにも、ふっと会いたくなるような、仲のいい二人だったんだよ。きっと」

 眺め回した竹林に、ニュッ君は虎の影を探そうとした。
 細い幹と幹の隙間を縫うように。
 しかしどれだけ目を凝らしても、ついぞその影は見つけられなかった。

 悲しい調べの虎の歌はやがて風の音に薄らぎ途切れた。



     ☆     ☆     ☆

     ☆     ☆

     ☆

209 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 22:00:52 ID:XWtDTcAU0





第十九話 虎の町 (冬月逍遥編④) 終わり

第二十話へ続く





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210 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 22:01:52 ID:XWtDTcAU0
>>209訂正





第十九話 虎の村 (冬月逍遥編④) 終わり

第二十話へ続く





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211 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/25(土) 22:02:50 ID:XWtDTcAU0
おまけ


最近町中を彩っている工芸品をご存じだろうか。
一遍100×100サイズで売られているパッチワークパッチワーク(→写真①)である。

まるで町の一風景を切り取ったかのようなその絵柄は学舎に通う女学生を中心に話題となり
今や老若男女を問わず、日常生活を飾るちょっとしたアクセントとして人気を博している。

作者はサナ雨林の某村在住の工芸師、キュート・スプリング氏(2*歳)。

「自分の作品が大勢の人々の手に取られるようになるなんて夢にも思わなかったですよ」
素直に驚きを表しつつも、我々取材班のインタビューに快く応じてくれるスプリング氏。(↓写真②)


(中略)


「……私の作品は、実はほとんどモデルがあるんですよ。昔憧れていた工芸師さんの、ええそう、さっき話した師匠です。
 いつまでたっても師匠の作品のすばらしさが忘れられなくて、再現したくて、ガムシャラに編んでいるんです。

 師匠が工芸作品を作ることはもう無いけど、いつまでもそれを悲しんでいるんじゃなくて、師匠に並べるように私が頑張ろう、って。
 本格的にパッチワークに取り組み始めた今でも、いいえ、今だからこそ、その思いを強くしながら取り組んでいます。

 あ、もちろん、買ってくださった方々は私のことを気にせずご自分の好きなように使ってほしいですよ。
 他の誰かに見てもらって、その人の魅力を上げる一助になってくだされば、私はとても嬉しいんです」

――本日は貴重なお話ありがとうございました。

次回は、最近澄んだ歌声が聞こえると評判のサナ雨林遊歩道についてご紹介します。

〜〜アーケ町報 31*年冬号『しんみり流行案内』より抜粋〜〜

212 同志名無しさん :2016/06/25(土) 23:03:59 ID:XDTUIYWE0
おー、乙!

213 同志名無しさん :2016/06/25(土) 23:25:25 ID:RCKDlPUU0
乙乙

214 同志名無しさん :2016/06/26(日) 14:48:33 ID:jviJb8dc0
おつおつ
三匹のカエルに所属してたっていうので一瞬素直姉妹かと思ったけど、辻褄合わなくなるから違うな

215 ◆MgfCBKfMmo :2016/06/26(日) 19:39:21 ID:RMVhSkxw0
>>214

〜〜〜〜〜
('A`)「俺は2年前から、つまりレジスタンスになってからこの組織に加入している。
 レジスタンス全体は大した人数じゃない。俺と、シュールと、ジョルジュと、リーダーと、
 あとは今ちょうど他の町に行って交渉に参加している奴が少し」
(第一部 戦士と王女の章 『第三話 勝てない理由と追いかけっこ』 >>316より引用)
〜〜〜〜〜〜

このときドクオの会話に出てきた「他の町に行って交渉に参加している奴」というのがキュートです。
余所の国へ行っているうちにラスティアが滅んでしまい、旅人になりました。
ノパ⊿゚)とo川*゚ー゚)oは友達です。ちなみにlw´- _-ノvもノパ⊿゚)の友達です。

どうして魔人に反抗するレジスタンスに所属していたのか、魔人の村を離れられなかった師匠との関係と合わせてお察しください。

元々のシナリオでは糸使いとして第二部に登場し、某場面でジョルジュと協力する予定でしたが、
どうにもうまく馴染むことができず、泣く泣くお蔵入りに。
この度、その供養の意味合いも込めて、ゲストとして登場いただいた次第です。

216 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:00:59 ID:qmaQ7Tl.0
投下します。

217 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:02:07 ID:qmaQ7Tl.0
(´・_ゝ・`)「いらっしゃい」

(´・_ゝ・`)「見ない顔だね。遠くからのお客様かな?」

(´^_ゝ^`)「お好きな席へどうぞ。見ての通り、どの席も空いていますから」

(´・_ゝ・`)「ご注文がお決まりになりましたら及びくださいね」

(´・_ゝ・`)φ「あ、もう選びました?」

(´・_ゝ・`)φ「違う?」

(´^_ゝ^`)「ああ、この音楽ですか。オルゴールですよ」

(´^_ゝ^`)σ「カウンターの一番端、柊の葉のリースの傍に置いてありますでしょう?」

(´・_ゝ・`)「卵型のオルゴール。ほんの少し前までこのお店で働いていた、元店員のものだったんです」

218 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:03:12 ID:qmaQ7Tl.0
(´・_ゝ・`)「要らないなんて言うものだから、僕がもらっちゃいました」

(´・_ゝ・`)「しんみりとし過ぎな気もしますけど、鳴らしてみると様になるものなんですよね」

(´^_ゝ^`)「気に入っていただけました? それは良かった。あの子もきっと喜びます」

(´・_ゝ・`)「ところでご注文は……まだいい? ああ、そうですか。どうぞごゆっくりお選びください」

(´・_ゝ・`)そ「はい? 探し物ですか? え、人」

(´・_ゝ・`)□「写真があるんですね。このあたりじゃ珍しい。魔人製? ひょっとしてテーベ製の機械ですか? お高いんでしょう、あれ」

(´・_ゝ・`)□「……ん?」

(´・_ゝ・`)□ ・・・

(´・_ゝ・`)□「この人、いったい何をしたんですか?」

219 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:04:09 ID:qmaQ7Tl.0
(´・_ゝ・`)□「教えられないですか。そうですか」

(´・_ゝ・`)□「いえ、見たことは、ええと、ありますよ。はい」

(´・_ゝ・`)□「ただ特別悪い人には見えませんでしたからね」

(´・_ゝ・`)つ□「とりあえずお返しします」

(´・_ゝ・`)「そもそもあなた方はいったいどうしてあの人を探しているんですか」

(´・_ゝ・`)「答えられない? ふむ……」

(´・_ゝ・`)「正直なところ、その人のことを売るような真似はしたくありませんので、ええ」

(´-_ゝ-`)「いえいえ、こちらのわがままです。謝られることはありません」

(´・_ゝ・`)「お帰りですか」

(´・_ゝ・`)「注文、しないんですね」

220 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:05:08 ID:qmaQ7Tl.0
(´・_ゝ・`)「こんなこという空気じゃないのかもしれませんが、もしもよかったらまた来てください」

(´^_ゝ^`)「一緒にオルゴールを聞きながら一服つきましょうよ」

(´・_ゝ・`)「え? 歌の意味ですか? いえ、あまり詳しくは……」

(´・_ゝ・`)「なんですか? 掌なんて」

バシュンッ

(´ _ゝ `) フッ

「あーあ、またやったな」

「そんなにむやみに消しちゃって大丈夫かよ?」

コクコク

「まったくもう」

221 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:06:12 ID:qmaQ7Tl.0
「で、どうするんだ、これから」

「手がかりないじゃねえか。もう半月経つっていうのに」

「この町に来たのは確か、か。まあそうか」

「気軽に跡を追うっていうけどな、あんたには仕事があるだろ」

「酋長」

「探偵ごっこもここまでにして、そろそろ馬車に乗るぞ」

「今からなら、年末の訓示に間に合うはずだ」

「大司教も待ってるから」

「コーヒーが飲みたい? 自分で眠らせておいて何言ってんだよ」

「はいはい、ダダこねない。とっとと行く。ほら」

キイー

…バタンッ

222 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:07:07 ID:qmaQ7Tl.0
(´ _ゝ `)「ん」

(´+_ゝ-`)「うーん」

(´・_ゝ・`) パチリ

(´・_ゝ・`)「……はて、どうしてテーブルに寝てなんか」

(´・_ゝ・`) ・・・

(´・_ゝ・`)そ「あ! 開店時間過ぎてる!」

(;´+_ゝ+`)「弱ったなあ。寝ぼけていたかな」

(;´・_ゝ・`)「お客さんが来る前に掃除しないと」

アーイソガシイ、イソガシイ



     ☆     ☆     ☆

223 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:08:16 ID:qmaQ7Tl.0
( ^ν^)そ「ん」

 街道を歩いている途中、ふっと背筋を伸ばして振り返った。
 鬱蒼とした森もすでに遠くなりつつある。
 その向こうはニュッ君の目になじみのある、ヘルセ付近の山の影だ。

( ^ω^)「どうしたんだい」

( ^ν^)「いや、なんだろう。虫でも飛んできたかな」

 歩みを止めて頬をかいた。
 これといったものは何も思い浮かばない。

( ^ν^)「なあ、ブーンさん。そういえば、向こうに見えてるあれは何なんだ」

 話題を探して、ニュッ君は東を指さした。

 これまで山に隠れていた方向に、すらりと伸びる高いものが見えている。
 普通の山よりもずっと細長く、棘のような形をしている。

( ^ω^)「イオの峰だね。僕の故郷からもよく見えたよ」

224 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:09:07 ID:qmaQ7Tl.0
( ^ν^)「山なのか?」

( ^ω^)「そのはず。といっても、北のマルティア国の領土内だから詳しくは知らないけれど。
      こんな昔話があったろう。『魔人は昔、イオの峰から降りてきた』って」

( ^ν^)「ああ、そんな話もあったかな」

 ニュッ君がその昔話を聞いたのは、教会で暮らしていた頃だ。
 身寄りのない子供たちを育てていた教会の教父の一人が、彼の寝床で毎晩お話を読んでいた。

 ずっと昔のお伽噺。
 一番初めは北西に浮かぶ島の高い峰から。
 それから後に続いて世界各地の峰から彼らが降りてきたという話。

 実際に彼らが山で生まれて降りてきたのか、それとも何かの比喩なのか。
 それは今、少なくとも庶民には誰にもわかっていない。

 わかっているのは、少なくとも300年前から、彼らが人間社会に溶け込んでいたという事実。

225 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:10:14 ID:qmaQ7Tl.0
( ^ν^)「実物を見たのは初めてでしたよ」

 目を眇めて山を見つめて、首が痛いなとぼやいた。

( ^ν^)「次の町までどれくらい」

( ^ω^)「あと少しだよ。ほら、前の方、何か見えるよね」

( ^ν^)「おー、あれか。あれは……なんだ?」

 イオの峰に見下ろされながら、彼らは街道をまた歩き始めた。




     ☆     ☆     ☆

226 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:11:19 ID:qmaQ7Tl.0





第二十話

猪と栗鼠の町、あるいはひとつの観測地(冬月逍遥編⑤)





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227 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:14:13 ID:qmaQ7Tl.0
 どぉん、と強い音がした。

( ^ν^)「ん?」

(;^ω^)「うっわ」

 ロビーで二人、ブーンとニュッ君は衝撃に体を揺さぶられる。

 薄暗いロビー。
 地震のような衝撃だったのに、声を出したのは二人だけだ。

( ^ν^)「なんかみんな白けてるな」

 あたりの人たちを眺めまわしてニュッ君がつぶやいた。
 ロビーにいるほかの人たちは騒がずに、審査が進むたびに番号が更新される掲示板を見つめている。

 ここは審査庁。
 エウリドメの入り口に建てられている、入町手続きをするための施設だった。

228 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:15:14 ID:qmaQ7Tl.0
( ^ω^)「結構揺れた気がしたんだけどなあ」

( ^ν^)「地震が多い町なんですかね」

( ^ω^)「ふうん、これも慣れか」

 などと納得しかけていると、「地震じゃないわよ」と、横から声が割って入ってきた。
 見れば恰幅のいい中年の女性がにこにこしながら立っていた。

「町の中の猪が壁に体当たりしてるのよ」

( ^ω^)「壁?」

「来るときに見たでしょ。エウリドメを囲んでいるあの壁」

 来た時のことを思い出す。
 人を十人縦に並べてようやくつり合いがとれそうな、大きな壁が、審査庁の周りに聳えていた。
 街道から見えていて、十分に二人を驚かせたのだが、それはほんの一面でしかなかったらしい。

( ^ν^)「確かに壁は見えたな。あれ、町を覆っているのか」

229 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:16:09 ID:qmaQ7Tl.0
( ^ω^)「猪とは、森から紛れ込んできたんですか?」

 ブーンは歩いてきたときを思い出していた。
 サナ雨林を抜けてしばらく歩くと、森ほどではないにしろ、たくさんの樹木が出迎えてくれていた。
 冬だからこそ葉のない木が目立つのだが、春先から夏頃にはさぞ豊かに生い茂るようだった。

「ううん、違う。ずっと昔に森から連れてきた猪たちよ。
 猪ってほら、どこでも体当たりしちゃうでしょう?
 外の森のどこからでも走ってこれちゃうと対策が立てられないからって
 どこでどう体当たりされたかすぐに把握できるようにしてあるのよ」

( ^ν^)「管理しているんだな」

「そうともいえるかも」

 気のいいその人はまだまだ話したがっていたが、審査室から名前を呼ばれて、名残惜しそうに立ち上がった。

「じゃあね、旅人さん。少し変わっているけれど、いい町だからゆっくりね」

 話し好きなおばさんもいなくなり、また二人きりに戻った。

230 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:17:07 ID:qmaQ7Tl.0
( ^ω^)「体当たり、か。町の人たちもそれに慣れっこで、だから驚かないと」

( ^ν^)「名物みたいなものなんかね。それにしては煩そうだけど」

( ^ω^)「猪の数そのものは多くないのかもしれないね」

 せっかくだし一回くらいはみたいかも。
 なんてことを呟いていたら、名前を呼ばれた。

( ^ν^)「観光、でいいっすよね」

( ^ω^)「いいと思うよ。たぶんあんまり長く滞在できないと思うけど」

 そして二人は審査を受けて、三日間という滞在期間を得た。



     ☆     ☆     ☆

231 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:18:06 ID:qmaQ7Tl.0
 審査庁を出たら、そこはもう壁の内側だった。

 目につくのは、いくつもの建物だ。
 枯れ木の枝が巻き付いている石造りの建物がそこら中に寄せ集められている。

 細い道が横へも前へも、斜め向こうへも、好きなように伸びていた。
 チョコレート菓子のような家々の屋根が折り重なって空をより狭くしている。
 その屋根のずっと奥に、壁の反対側が高く聳えていた。

 建物には高さが合った。しかしどの建物も、壁と比較すればごくごく小さい。

 新しい町の景色をたびたび二人は目にした。
 その中でも、これほど人の手に寄る物の存在を傍に感じた町並みも珍しかった。
 隙間が狭いせいだろうか、何もかもがミニチュアになってしまったかのように感じられた。

 その目新しい街道が、今はどうにも騒がしい。
 道行く人々の足取りが速く、どうも一方へと向かっているようであった。

232 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:19:08 ID:qmaQ7Tl.0
「逃げたぞ!」

 まずそう聞こえた。
 身構える二人の脇を何かが猛烈なスピードで駆け抜けていく。

「どけどけー!」

 という声が耳に残った。

( ^ω^)「な、なんだ?」

( ^ν^)「風?」

 きょとんとする二人が振り向いた先に、もうその姿は遠ざかっている。
 茶色い堅そうな毛を靡かせて。

( ^ν^)「猪だ」

 呟いた言葉の向こう側で、どしん、とまた大きな音がし、土煙が立ち上った。

 ざわめきながら、人々が街道を走っていく。二人を追い越して、土煙の方角へ。
 怒っている人もいれば、笑っている人もいる。どちらかといえば気楽そうな顔をした人が多かった。

233 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:21:08 ID:qmaQ7Tl.0
 首を伸ばして眺めてみれば、猪の横たわっているのが見えた。

「離せ!」

 誰かが叫んでいる。
 警備員といった風情の男が石畳の床に膝をついてごそごそと手を動かしている。
 目を凝らしてみて、初めてその手に小さな人が握られているjのがわかった。

(=゚д゚)「ちくしょう、離しやがれ。こんなところで捕まえやがって」

 冬だというのに赤い布一枚をカーディガンのように羽織った小さな人が罵声の主だった。
 背は低く、顔だちも幼く、体毛の毛深いのを除くと人間と変わりない。

 あれは誰かと尋ねたら、「栗鼠の魔人だよ」と誰かが答えてくれた。

(;゚д゚)「やめろよ、町から出さないでくれよ。頼むよ」

 栗鼠の声は次第に小さくなっていく。
 警備員はそれを無視して、男をわしづかみにして背中で抱え、審査庁へと進んでいった。

 そのようにして、扉の向こうに栗鼠と猪は連れて行かれた。

234 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:22:17 ID:qmaQ7Tl.0
「今日も行っちゃったね」

 誰かが言い、みんなが笑って、それで野次馬はお開きになった。
 あっけないほどにみんな、顔を背けて狭い街道へと消えていく。
 絡みつく枝たちの描くアーチに埋もれていくように。

( ^ν^)「なんだったんだろ」

( ^ω^)「さあねえ。魔人だけど、子どもだからかな。あんまり怖がられてもいないみたいだ」

 宿へと向かう道すがら、往来の人々にそれとなく質問をした。
 猪について、栗鼠について。
 帰ってくる言葉はだいたい同じ。

 昔、ここに猪の村があった。
 人間はあとからその村におじゃましたが、猪の力に怯えて壁の中に閉じ込めた。
 そのうち壁に絡みついた蔦に栗鼠が登ってきて、二種族目の魔人になった。
 だが、栗鼠たちは壁からすぐに出て行った。いかに小さかろうと、壁の中は窮屈だったのだ。

 栗鼠の魔人は町を出て、今はサナ雨林の森の中に潜んでいるという。

235 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:26:06 ID:qmaQ7Tl.0
「でも、さっきの栗鼠は特殊だよ」

 たまたま声を掛けた露天商が、話が好きならしく、付随することをいろいろと教えてくれた。

「あの栗鼠、もう何年も前からいるんだ。で、猪をけしかけて外へと出そうとしているんだよ」

( ^ν^)「壁を壊すつもりなんですか」

「そうみたいだよ。よくやるよね。もう何百年と一度も崩れたこともないのに」

 露天の品を売り込まれる前に、早口で別れを告げ、
 聳える壁に一瞥をあげながら、二人は宿へと道を急いだ。



     ☆     ☆     ☆

236 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:26:59 ID:qmaQ7Tl.0
 空には星が輝いている。
 冬の大三角形が見下ろしてきている中、壁の一部が少し動いた。

 猪が向かいに立っていて、鼻でその端を押している。

(=゚д゚)「よしよし」

 と、言いながら顔を出したのは、昼間壁にぶつかっていたあの栗鼠だ。

「もうやめようよ」

 栗鼠の体が半分穴から出てきたところで、猪はか細い声を出した。
 栗鼠は聞く耳持たず自分の身体を揺らしている。

「やめようよ、こんなこと。注目を集めるだけだよ」

先ほどより幾分か大きな声で猪が声を震わせた。

237 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:28:00 ID:qmaQ7Tl.0
(=゚д゚)「そんなこというな」

 栗鼠がとうとう腕を出す。

(=゚д゚)「いいか、お前はずっと壁の中にいたんだ。だから知らないんだ。壁の外の世界を。
 お前らはみんな、もっと自由に走っていいってことを知らないんだよ」

「そんなの知ってるよ」

(=゚д゚)「いいや、知らない。知らないから満足していられるんだ」

「満足しちゃいけないのかい」

(=゚д゚)「いけなくないけど! でもこんな――」

 足跡がして、声がやむ。
 猪の後ろに立っていた人影が、ゆらりと揺れて猪と栗鼠に近づいた。

「大丈夫」

 と、人影が言い、月明かりの元で微笑みを見せた。

( ^ω^)「獲って焼いたりはしないし、君らのことも黙っているから」

238 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:29:51 ID:qmaQ7Tl.0
 宿へと向かっていたときに、その穴に気が付いた。
 日雇いでの警備員時代に培った勘である。

 穴の奥に帰ってしまった栗鼠は、顔の体毛をわずかに覗かせた。

(=゚д゚)「本当だろうな」

( ^ω^)「うん」

(=゚д゚)「だったら証拠を見せろ」

( ^ω^)「証拠と言ってもなあ……外からきた旅人だってことくらいしかわからないよ」

 首から下げた、入町管理証を指でつまんで持ち上げる。
 審査庁から授かったプレートで、何が起きても必ず身に着けるように言われていた。
 わずらわしい管理システムとも思ったが、こんなところで役立つのは予想外だった。

 栗鼠がとうとう穴から顔を出して、管理証を鼻を寄せて嗅いだ。
 しばらくして重々しくうなずくと、栗鼠はブーンの前に姿を見せた。

(=゚д゚)「審査庁の人間じゃないことはわかったけど、何の用」

( ^ω^)「ちょっとお話しでもどうでしょう」

(=゚д゚)「なら、別の場所にしよう。この穴をばらしたくはない」

 手招きする栗鼠の背中を追って、ブーンも夜の町をひっそり歩いた。



     ☆     ☆     ☆

239 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:30:55 ID:qmaQ7Tl.0
( ^ω^)「なるほど、静かでいいところだ」

 町の真ん中、丸い敷地の広場には、昼間だけ稼働する噴泉がある。
 雑踏はすでになく、ひっそり沈んだ空気の中に、花壇の傍の草原でブーンたちは寝ころんだ。

(=゚д゚)「旅人なの?」

 となりに座った栗鼠が尋ねた。

( ^ω^)「うん」

「うわあ、すごいなあ」

 とは、猪の言葉だ。

(=゚д゚)「お前は何感心しているんだよ!」

 のんびりとした猪に、栗鼠の早口の叱咤が飛んだ。
 肩をすくめる猪の背中を何度もその小さな掌が叩いた。

240 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:31:53 ID:qmaQ7Tl.0
(=゚д゚)「お前もそうなるんだよ。いずれ外に出て、あてもなくふらつくんだ」

「ええ、できるかな」

(=゚д゚)「できる」

(;^ω^)「まあまあ、僕だってただふらついているわけじゃないよ」

 微笑みながら、ブーンが上半身を起こした。

( ^ω^)「目的はあるんだ。首都を目指している。僕の過去を知る人がいるんじゃないかと思ってね」

 記憶が無いんだよ。

 そう、ブーンは付け足した。

241 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:32:52 ID:qmaQ7Tl.0
(=゚д゚)「どういうこと?」

 素直な疑問が二人の口から出てくる。
 いがみあっていたとしても、このときばかりは目を輝かせている。
 年のころは、ブーンやニュッ君よりももっと若い。十代かそこらでしかないようだ。

( ^ω^)「そうだねえ、話すと長いんだけど。
      目が覚めたらエウロパの森の南の入り口で寝ていたんだ。
      何も持っていない状態から始まって、嫌でも生きていかなきゃならなくて、日雇いの仕事で食いつないだ」

( ^ω^)「ようやく生活になったのは鴉の町に行ってからだ。
      それから自分の記憶を求めて、道をたどって町を渡り歩いた。
      蛇の町、虎の村、そして猪と栗鼠の町。
      思えば旅したものだね。もう一か月近くなるよ」

 もう何日もしたら、新しい年が始まる。
 310年。魔人が来てから始まった新暦も、大きな節目が始まりつつある。
 年の瀬迫るこの時期に旅に出るなんて、やはり珍しいことらしく、栗鼠は不可解気に首を傾げた。

 でもすぐにその相好は崩れた。

(=゚д゚)「もっと話を聞かせてよ」

 声はすっかり少年の声だ。

242 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:33:51 ID:qmaQ7Tl.0
(=゚д゚)「俺、外の世界をみたいんだ。こんな壁なんかにしばられるのはもうたくさんなんだよ」

( ^ω^)「でも、閉じ込められているのは猪だけなんだろう。
      君たち栗鼠はもともと外で暮らしているって聞いたけど」

(=゚д゚)「うん。でも、俺はこいつと一緒に行きたいから」

 栗鼠はそう言って、猪の頭を手でたたいた。
 小さな手の指がごわごわの毛に絡まって、猪が気持ちよさそうに鳴いた。

 なるほど、とつぶやいて、ブーンの口の端がめくれる。

( ^ω^)「仲がいいんだね」

(=゚д゚)「うん。俺が初めてこの町に入ったときに知り合ったんだ。
     こいつがずっと閉じ込められているのが、俺すっごく嫌なんだよ」

( ^ω^)「……優しいな」

 ぽつりと、小さく口からこぼすと、ブーンの指が栗鼠の頭に向かった。
 掌を置くには小さすぎる頭を、指の腹でちょっとなぜる。
 短い薄い茶色の体毛が、月明かりの下でブーンにゆすられた。

243 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:34:51 ID:qmaQ7Tl.0
( ^ω^)「大切にするんだよ。
      一緒にいたい人がいるのは、きっといいことだから」

 うん、と栗鼠が元気よく答える。

 今日のことは不問に伏す、だから黙っているように。
 そう宣言して、喜ぶ彼らを背にブーンは離れた。
 寒々とした冬の風が寝具に上着を羽織っただけの彼の着た物を揺らす。

( ^ω^)「優しい、か」

 もう少しだけ散策して、ブーンは宿へと帰っていった。



     ☆     ☆     ☆

244 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:35:55 ID:qmaQ7Tl.0
( ^ω^)「おや」

( ^ν^)「おう、お帰りっす」

 オレンジ色のカーペットが敷かれた部屋で、ニュッ君は窓辺に座っていた。

( ^ω^)「寝ないのかい? もう夜更けだけど」

( ^ν^)「眠れなくてな。あんた、今日はどうして外に出たんだ」

( ^ω^)「警備員時代の癖、かな。やましいことはしてないよ」

 上着をハンガーにかけて、鞄を床の籠に入れて、ベッドに腰かけた。
 年代物なのか、あまり柔らかさは感じないが、掃除は行き届いていて、シーツも綺麗に角に収まっていた。

( ^ν^)「結構遅くに帰るものなんですね」

 話が続いていた。

245 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:36:55 ID:qmaQ7Tl.0
( ^ω^)「だいたい明け方に帰ってきて、午前中は眠っていた。
      目覚めて身支度を整えて、それからロッシュへ向かってパスタを食べていた」

( ^ν^)「日雇いにしてはハードっすね」

( ^ω^)「思い返せばね。でもほかにやることもなかったし、お金も十分に溜まったし」

( ^ν^)「今更っすけど、喫茶店、通い詰めてくださってありがとうございました」

( ^ω^)「いえいえ」

( ^ν^) ・・・

( ^ν^)「あの」

( ^ω^)「うん?」

( ^ν^)「あのころの俺、旅することなんて考えもしなかったっす」

 ニュッ君がブーンの方を向いた。
 月明かりの逆行でブーンからは見えにくかったが、その顔は真剣だった。

246 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:37:51 ID:qmaQ7Tl.0
( ^ν^)「外の世界のことも何も知らないで、ずっと喫茶店を手伝って生きていく気でいました。
      それでいいんだって思っていたんです」

( ^ν^)「でも、それをデミタスは良くないと思った。だからあんたと一緒に、俺は旅に出た」

( ^ν^)「それはそれで、いいことだったんだろうなって、今では思います。
      世間を知るって意味で」

 聞いていたブーンはゆっくりと頷いた。
 それから口を開こうとしたが、その前に「待って」とニュッ君が制した。

( ^ν^)「待ってください。まだ話は終わりじゃない」

( ^ω^)「そうなの?」

( ^ν^)「はい。ちょっと待ってください」

247 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:38:50 ID:qmaQ7Tl.0
 時間を置いた。
 ニュッ君は眉根を寄せて、じっくりと考えていた。
 口を小さく動かして、言葉が微かに聞き取れるくらい呟いていて。

 やがて言葉を紡いでいった。

( ^ν^)「人って、みんな何かしらのしがらみがあると思うんです。
      それはいろんな形をしています。恩義だったり、しきたりだったり、ここみたいにはっきりとした壁だったり。
      現状に閉じ込める何かに囚われている人たちを、旅している中でいろいろと目にしたように思います」

( ^ν^)「俺のしがらみも、恩義でした。デミタスへの恩があって、世間に出ることを無意識のうちに度外視していた。
      そのことをデミタス本人が俺に教えてくれた。こういうのは、きっとすごく珍しいことなんすよね。
      しがらみから抜け出す後押しをしてくれるなんて」

( ^ν^)「だから俺は、今気楽です。何の気なしに旅をして、ブーンさんにしたがって歩いています。
      とりあえず首都までは行こうって、それだけを決めていたものだから、ほかのこと何にもしていなくて」

248 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:39:53 ID:qmaQ7Tl.0
 ニュッ君が頭をかいた。
 うまく思いつかねえけど、と言葉を添えて、それでもブーンの方を向いていた。

( ^ν^)「もしも首都についたら、俺、仕事を探したいです」

( ^ω^)「一人で生きる、と」

( ^ν^)「そうっすね。ブーンさんとはお別れになると思うんですけど」

( ^ω^)「気にすることはないよ」

 朗らかに言うと、ブーンは顔を崩して、手を後ろに伸ばして天井を向いた。

( ^ω^)「あー、どんなことを言われるかと思ったら、なるほどそういう話か」

( ^ν^)「……変でした?」

249 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:40:50 ID:qmaQ7Tl.0
( ^ω^)「いやいや、そうじゃない。むしろなんだか安心したよ。
      ここまで長々歩いてきたけれど、初めて君からちゃんと、自分についての意見を聞いた気がする」

( ^ν^)「そうっすかね」

 ぽりぽりと頬をかいて、そうしているうちに、ニュッ君の口元が緩んでいった。

( ^ν^)「今まで、自分のことを話すってのがそもそもあまりなかったんだと思います。
      だからちょっと、なんかこう、言いにくかった」

( ^ω^)「そりゃあ、言えてよかった」

( ^ν^)「……はい」

 そういって、ニュッ君は鼻で笑った。
 今まで彼がしてきたどれよりも柔らかい笑い方だった。

 ブーンは天井から顔を戻した。

250 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:41:48 ID:qmaQ7Tl.0
( ^ω^)「まあ、この旅の資金は今回の僕の仕事でだいぶ稼ぐから。
      年が明けるころまでは仕事して、それから首都に行こう。それまではまだ職探しはいいよ」

( ^ν^)「大丈夫ですか?」

( ^ω^)「平気だよ。それに僕がいない間に家事をしてくれるから助かってもいるんだ。
      あとは図書館にでも行って、調べておきなよ。首都がどんなところだとか、どんな仕事があるかとか」

( ^ω^)ゝ「まあ、僕が知りたいところなんだけどね」

( ^ν^)「なんなら教えてあげますよ、調べて」

( ^ω^)「おお、それはいい! まとめてくれるとありがたい。僕の記憶が――」

 そこで。


 言葉は途切れた。

251 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:44:16 ID:qmaQ7Tl.0
 原因は、外にあった。

 衝突音でも、風の音でもない。


( ^ν^)「なんすか、これ――」


 それは低く轟く、悲鳴のような音。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

私の記憶が正しければ


その音が初めて観測されたのは、309年12月17日。


人々の寝静まっていた、夜中のことだ。

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252 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:45:07 ID:qmaQ7Tl.0
「どうしたんだよ、おい」

 壁の前で、栗鼠が叫んでいた。

 乗っている猪は、鼻息が荒くなっている。
 瞳には赤い光が宿り、壁を目にして、地面を蹴り続けている。

「もう一度やるか? 壁を壊すってんなら、応援するけど、こんな夜中じゃ、おい!」

 栗鼠の叫びを置き去りにするかのように、猪は駆けた。
 まっすぐ、石造りの壁に向かって。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


後に“サイレン”と呼ばれるその音を耳にした魔人の数は、


彼の地域においておよそ10万人とも20万人ともいわれている。


発症したのは、そのうちの三割に及んだそうだ。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

253 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:46:36 ID:qmaQ7Tl.0
(=゚д゚)「は、はは」

 壊れた人形のような笑い声が栗鼠の口元から洩れた。

 猪の牙がいつもよりも数段鋭く、突進の威力も増していた。
 壁の砕けたときの感触が、栗鼠の全身をいまだに痺れさせている。

 壁の向こう側には草原があった。
 背の高い草の向こうに、高く昇った冬の月。


(=゚д゚)「やったんじゃんか、なあ、おい!」

 猪の頭を叩いて栗鼠が喜ぶ。

 その下で、猪がまだ鼻息荒くたたずんでいる。

 と、その身をひるがえした。

(=゚д゚)「え?」

 栗鼠の顔が一気に青ざめる。

254 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:48:01 ID:qmaQ7Tl.0
(=゚д゚)「おいどうした。そっちは元いた町だぞ。エウリドメの」

 疑問の声はすぐに消える。
 再び猪がかけていた。

 赤い瞳を光らせて。







     ☆     ☆     ☆

255 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:49:15 ID:qmaQ7Tl.0
( ^ν^)「……なんなんだよ」

 いてもたってもいられなかった。

 窓の外が赤く燃えるのをみて、慌てて宿屋から飛び出していった。

 狭い街道には人々がたたずんでいる。
 何をすることもできず、所在なさげに町の空を見つめていた。

 赤い炎が空を食んでいる。
 濛々と立ち込める黒い煙に、瓦礫が混じって輝いている。

 何かの崩れる音。
 遠くで鳴り響く悲鳴。
 肌をちりちりと焼く熱気。

 魔人が暴れている、という噂が耳に飛んできた。

 エウリドメで囲っていた猪が暴れて、壁や町のあちこちを壊して回っているのだという噂だ。

256 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:50:11 ID:qmaQ7Tl.0
( ^ω^)「わからない」

 ブーンは頭を抱えていた。
 さっきまで平和な寝静まった町が、今は業火に焼かれている。
 この状況に至った答えを出せる者は、彼らのそばに誰もいなかった。

( ^ν^)「ほかの町は?」

 ニュッ君が誰に対してというわけでもなく、疑問を口にした。
 声が明らかに震えていた。

( ^ν^)「猪が暴れているんだ。栗鼠は? 鴉や、蛇は、虎は? みんな――」

 大きな看板が飛んできて、二人の脇で落ちて砕けた。
 破片が飛び散り、ニュッ君の頬をかすめる。
 傍にいた人の誰かが叫んだ。

 その声も、ニュッ君の耳には遠かった。

( ^ν^)「みんな、どうなったっていうんですか」

 答えの見つからない問いが、熱に溶かされ埋もれていった。

257 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:52:58 ID:qmaQ7Tl.0



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



理性を失った彼らによって。


彼の地域のほとんどの町が何らかのダメージを負った。


被害の総計はいまだに計算しつくされていない。


                                  (ある逍遥の記録より)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━





     ☆     ☆     ☆

     ☆     ☆

     ☆

258 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:54:05 ID:qmaQ7Tl.0





第二十話 猪と栗鼠の町、あるいはひとつの観測地(冬月逍遥編⑤) 終わり

第二十一話 へ続く





.

259 ◆MgfCBKfMmo :2016/07/02(土) 20:57:23 ID:qmaQ7Tl.0
投下終わりました。
ここまで、平和だった頃の彼らの世界を描けて楽しかったです。
冬月逍遥編は次回で終わります。
所用のため時間をおきますが、しばしお待ちください。
それでは。

260 同志名無しさん :2016/07/02(土) 21:14:33 ID:HJCX/12.0
おつおつ

261 同志名無しさん :2016/07/02(土) 23:46:55 ID:wMqnmwZo0
乙乙

262 同志名無しさん :2016/07/04(月) 08:02:48 ID:nakba5Io0
おつおつ
謎ばかりが山積みになっていくな

263 同志名無しさん :2016/08/23(火) 22:26:02 ID:pp8vfmC60
おつー
もうワックワクです。凄く楽しみにしています。

264 同志名無しさん :2016/08/31(水) 14:01:02 ID:V2Fi/JQg0
うわあぁぁぁあ!
久々に巡回しに来たら投下来てたー!
今から読むぜー!ずっと楽しみにしてたよ!

265 同志名無しさん :2016/12/17(土) 12:10:25 ID:a6Q6PaMQ0
早くこないかなー!ワクワク

266 同志名無しさん :2016/12/29(木) 15:45:54 ID:VNOVvNXI0
そろそろくるかな!

267 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:20:32 ID:DM6Pm.mI0
それでは投下を始めます。

268 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:27:17 ID:DM6Pm.mI0
(1)首都の惨状

 メティス国の首都、メガクリテ。その地を指して花の都と人は呼んだ。
 海に向かって末広であり、盛んにおこなわれてきた他国との交易が、異国との文化交流を積極的に促してきた。
 歌謡、舞踊、文芸、武芸、絵画……数多の芸術は常に新しい見識や発見に刺激を受け、更新され、メガクリテの一角を彩った。
 七色の街、眠らない街、いくら耳を塞いでもきりがない喧騒の街。古くからの異名は数知れず。優美な文化の連なりがこの都市の歴史だ。

 300年前に教会を有してからは宗教的意義も生まれた。
 不祥事により悪評の募ったメティス国王から、半ば強奪的に首都としての機能を譲り受けたことによりますます力をつけた。

 多くの国民にとって、メガクリテはメティス国の誇りと見做されていた。
 温厚な気質の人間が比較的多いとされるメティス国において、その愛着の強さは他に類を見なかった。
 
 時は下り、現在。
 310年1月14日。

 花の都メティスの外郭内部、今、所狭しと瓦礫に埋もれている。
 瀟洒な飾りも、豪華な意匠も、全ては泡沫の夢のごとく、何も残っていなかった。

269 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:28:15 ID:DM6Pm.mI0
 横たわる建物の破片がひとつ。
 太陽の光を乱反射して暗い影を地に伸ばしているそれに、男の手が触れられた。
 撫でる手に塵芥がこびりつく。
 わずかな風であらかた飛ぶが、いくつか残り、ざらついた感触を覚えさせる。

 男は手を叩き、残った砂を丁寧に落とした。

 笑みを絶やさぬ広角に、ほんのり赤く染まった頬。全体的に白い貌に細い瞳が垂れがちに伸びる。
 柔和な顔とは裏腹に、深く落ちくぼんだ嘆息が漏れ聞こえた。
 大ぶりの襞が刻まれた丈長のローブの内側に手を引っ込める。大柄な体が、一段と横に広がって見えた。

 男がメガクリテに入ったのは今日の昼過ぎのことだ。
 それから一時間ほど歩いて、見たものは崩落の跡と、何かの間違いのように残されてしまった空き家ばかりだった。

( ´∀`)「無惨モナ」

 嘆息混じりの声を吐くと、白い靄が纏わり付いた。

270 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:29:19 ID:DM6Pm.mI0
 昨年の12月17日。メティス国、およびその周辺地域で「サイレン」が観測された。
 その呼び名を最初に付けたのは隣の機械帝国テーベの某科学者だ。

 空中を切り裂く、甲高い悲鳴のようなその音を耳にした魔人は、前触れ無しに理性を失う。
 全ての魔人が発症するわけではないが、発症の別を予測することはできなかった。
 どうして理性を失うのか、またどうしてそのようなサイレンが鳴り響くのか、まだまだ解明にはほど遠い。

 サイレンが鳴るたびに、国内の街は擾乱に見舞われた。
 ある魔人は自分の力を誇示するかのように暴れ、数多の街で建物や装飾を破壊した。
 暴れなかった魔人、または勇気ある人間は暴れる魔人を血みどろになりながらも抑えた。
 惨状を目の当たりにした人々は口々にサイレンを恐れ、魔人を非難した。
 当の魔人とて凶暴化を避けようも無いことをわかっていても、住処を失った人間の怒りの矛先は魔人へと集中した。

 メティス国は、魔人を崇拝するメティス国教の下で育まれてきた土地である。
 この国において、魔人は生活を豊かにするパートナーであり、
 命令を与えておけば決して人間に危害を加えない守衛であり、なにより良き友人だった。
 都市生活圏の社会基盤、商業工業農業その他多くの生活が魔人の援助を前提として成り立っていた。

271 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:30:28 ID:DM6Pm.mI0
 その社会秩序が、いつサイレンが鳴り響くかわからないサイレンへの恐怖によってあっけなく崩壊した。
 今や魔人は恐怖の対象である。わずかな間に人々は次々と魔人との契約を破棄し、彼らを森へと帰した。
 その動きは首都メガクリテとて同じである。

( ´∀`)「街がこの様子だと、メティス国教会本部も相当荒らされているモナ?」

ミ,,゚Д゚彡「どうでしょうかね」

 男が問うと、後ろから声が掛かる。その声の主は先刻より柔和な男の後方に付き従って歩いていた。
 メガクリテに来る前、出発のときから。

ミ,,゚Д゚彡「このあたりは格別かと。おそらくサイレンが鳴る以前から魔人の多い地域だったのでしょう」

 答えた男は目を眇めてあたりを見回し、吐息を漏らした。これもまた嘆息。

 纏った黒いコートは笑顔の男と同じく襞の多い黒。鍋蓋型の小さな帽子の下で、波打つ乱髪が肩のあたりまで延びている。
 体毛が濃く、峻厳な顔つきも相まって全体として力強い印象を醸し出している。

272 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:31:31 ID:DM6Pm.mI0
 顔つきや顔がやや不似合いなものの、二人は一見するとメガクリテを訪ねて来た巡礼者の姿である。
 メティス国教のの総本山でもあるため、以前から首都には多くの巡礼者が来訪していた。

 故に二人の姿も珍しいということはない。
 ただ、荒廃する街並みを背景とすると、その目的は巡礼というよりも、災害現場に弔いを捧げに来た修行僧にも見えた。

ミ,,゚Д゚彡「あちら、ご覧ください。工場の煙突が近くに見えますでしょう。
 仕事勤めの家族が多く暮らしていたのでしょう。魔人は力仕事が得意ですから、それら家族に伴われて生活していたと思われます。
 サイレンが鳴り響いたのは夜中。寝静まっていた人間たちに、暴走する魔人を抑え込むことは不可能でしょう」

 それゆえの瓦礫。
 そこまで言葉を紡ぐ前に、男は口を閉じ、目を閉じ、種々の言葉を呟いた。
 死の痛みを軽減する言葉、残された遺恨を慰める言葉、冥界への旅を祈る言葉。
 メティス国教の教えに則り、ひとつひとつを丁寧に口にする。

( ´∀`)「フサギコや」

 笑顔の男が言う、それは乱髪の男の名前であった。

273 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:32:33 ID:DM6Pm.mI0
( ´∀`)「祈りたくなる気持ちもわかるが、ここではいくら祈っても尽きないモナ。
 先を急ぐモナ。大司教様は私の到着をご存じモナ?」

ミ,,゚Д゚彡「先だって伝書鳩で手紙を送ってはいます。
 ただ、状況が状況だけに、返事を送るいとまもなかったのかと」

( ´∀`)「……教会本部、まだ残っているといいモナね」

ミ;,,゚Д゚彡「怖いこと言わないでくださいよ、酋長」

 酋長と呼ばれた男の名はモナー。
 二人はメティス北方に広がるエウロパの森より旅してきた魔人であり、かつメティス国教会とも深い縁の持ち主であった。

274 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:33:29 ID:DM6Pm.mI0
 もともとは310年元日の、大司教と挨拶を交わすべく参じたものである。
 それが、頻発するサイレンによって阻まれ、今日まで到着が遅れていた。
 サイレンが起きてから、彼ら魔人を見る人々の目は厳しい。はっきり敵意を当てられることもある。
 恨みを買われるのを警戒し、歩みを緩め、決して魔人であるとは明かさないよう気を配って歩んできた。

 それが今のこの国の現状。
 首都の瓦礫は、このときもまた奇妙にこの国の内情を象徴していた。

 弱々しく笑い合っていた二人も、やがて真顔となり、惨状を後にした。
 薄曇りの空の下、鴉がどこへともなく飛んでいく。




     ☆     ☆     ☆

275 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:34:29 ID:DM6Pm.mI0







第二十一話



首都は冷たい雨に頽れ 前編(冬月逍遙編⑥)







     ★     ★     ★

276 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:35:29 ID:DM6Pm.mI0
(2)new's childhood



 彼が憶えている限りでの一番古い記憶は真っ暗闇だった。
 目がまだ開いていなかったのか、灯がついていなかったのか、それとも目隠しをされていたのか。正確なところはわからない。
 彼はただ暗い中で、誰かの啜り泣く声を聞いていた。

 か細く震えるその声はおそらく彼の母親のものだ。泣いている理由はわからない。
 記憶はそれだけで途切れてしまう。

 次に彼が思い出すのはメガクリテ国教会の教父やシスターたちの柔らかな微笑みだ。
 国教会本部、大聖堂の荘厳な装飾の下で、黒いローブを羽織ったその人たちが甲斐甲斐しく彼らを抱いて祈っていた。
 命の大切さ。神への祝福。この世の理。罪への償い。
 言葉は反響し、全てが増幅されて、空から降ってくる。人間の声よりもずっと大きく、深く、包み込まれるような祈り。

277 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:36:29 ID:DM6Pm.mI0

 彼はその音を不快に思った。
 どれだけの理念や情熱が籠もっていようとも、理解できなければ雑音でしかない。
 そして付け加えて言えば、その音の連なりは彼の原初の記憶において響き渡る啜り泣き混じりの声に良く似ていた。

 あれは祈りの言葉だったのだ。
 自分を捨てた母親が、涙ながらに罪の告白する音。
 それがあの真っ暗闇の記憶なのだと、やがて彼は気づいた。

 だから彼は祈りが嫌いだった。
 それは教会を出て今に至るまでも変わってはいない。

 大聖堂の外には教徒たちが手入れをする端正な芝生が広がっていた。
 庭木や石並びもいくつもあって、なおかつ孤児の子たちにも全てが解放されていた。

278 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:37:29 ID:DM6Pm.mI0
 その中に、座るのに適した石があった。
 先代の孤児たちのうちのとりわけ器用な人たちが表面を磨いた、綺麗な石だ。冬でも陽光を掬い取り温かく火照る。

 彼はたびたびそこに腰掛け、深くゆっくり息を吸った。
 暖かい陽射しを受けた空気が鼻から入って身体を巡り外へと出る。
 誰にも文句を言わせない自分だけの時間。
 それは自分が続いているという実感であり、彼は大事にしたかった。

 思い返せば教会は寛容だった。
 賑やかな子も大人しい子も、彼みたいに他者と交わろうとしない子も、平等の命として扱ってくれた。
 彼にとっては頗る過ごしやすい環境だった。

 本来の意義として、宗教は救いの手段。
 弱き者の命を守るのが教父たちの一番の目的である。
 彼が生を実感できたのも、その目的の庇護下にあったからに他ならない。

279 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:38:28 ID:DM6Pm.mI0
 翻れば教会の外では、命は平等ではない。優しくもない。
 人と関わらずに生きることは不可能だし、大人しくしていても良いことはない。

 教会とて施設であり、管理する者がいる。いつまでも、積極的に生きる意欲のない者を野放しにはしておけない。
 孤児たちはいずれ養子として外へと出される。社会不適合者に育つ前に。

 彼が外の世界に出たのは六歳のときだ。
 孤児の中では年長者だった。
 後で聞いた話によれば、もう数ヶ月居残っていたら首都の特別な養護施設に遷り、心的不全を埋め合わせながら生きることになっていたらしい。

(´・_ゝ・`)「首都と比べたらずっと静かなところだけど、それでも平気かい?」

 引き取り手の男は心配そうに尋ねてきた。
 貌を彼に近寄せて、まじまじと見つめた。彼はその目を真っ直ぐ見て言った。

( ^ν^)「・・・・・・うん」

280 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:39:34 ID:DM6Pm.mI0
 実のところ、”静か”と言っていたのが気に入ったのだ。
 新しい住処となったヘルセ、メティス北方の山間の街は、確かに音が少なかった。
 日中でも人の話し声より空っ風の方がよく耳に入るくらいだ。

 彼の養父、デミタスはロッシュというコーヒー店を営んでいた。
 静かな店内に、挽いた豆の強い香り。
 暖かい芝生の優しい匂いとはまた違う。癖があって、噎せ返りそうになるけれど、次第に身体に溶け込んでくれる。

 彼はコーヒーが好きになり、後に始まる学校通いを続けながら、ロッシュの手伝いもした。
 相変わらず口数は少なかったけれど、一人きりで呼吸をする趣味は次第に鳴りを潜めていった。
 生きているという実感がまた浮かび、古い母親の記憶も次第に薄れていった。

(´・_ゝ・`)「自分の名前が嫌だって?」

 学校から帰ってきたある日、彼は打ち明けた。

( ^ν^)「これは前の親のつけた名前だから」

281 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:40:29 ID:DM6Pm.mI0
 彼が教会に預けられたとき、名前を書いた切れ端とオルゴールが、彼を包むタオルの中にくるまれていた。
 教会での呼び名もその名前だったが、彼は度々呼ばれても無視を決め込んでいた。
 幼い頃から本能的に、それが自分にとって馴染まないものだと感じていた。
 もっとも言葉少なであったがために、その本意が教父たちに伝わることはなかったし、伝える努力もしていなかった。
 デミタスに打ち明けていることこそが、彼がこの環境に馴染んだ証でもあった。

(;´・_ゝ・`)「うーん、今から変えるとなると学校、いや先に役所で変更申請を出して、身分証を発行して、それから」

( ^ν^)「いや、面倒なのはいいよ。あだ名みたいな感じで呼んでくれたら、それでいい」

(´・_ゝ・`)「それくらいでいいの? 僕は構わないけど。じゃあ、どうしようか」

282 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:41:29 ID:DM6Pm.mI0
 候補は種々あったものの、ピンとくるものがなく、たまたま呈示した『ニュー』という名前を縮め、『ニュッ君』と呼んだのが一番嵌まった。
 それ以来、彼にとって比較的親しい者たちは、彼のことをニュッ君と呼んだ。

 彼、ことニュッ君。
 それから八年以上のときがたち、デミタスの本意が明かされ、彼が旅に出るまで、ヘルセの街で彼は生きていた。
 決して多くはない人たちと、気長に緩やかに関わりながら。




     ☆     ☆     ☆

283 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:42:30 ID:DM6Pm.mI0
(3)路地裏の邂逅

 ひしゃげた屋根から瓦が落ちて、瀟洒な石畳に砕け散る。
 とうに荒れていたメガクリテの街道の一角で、また一つの破壊が起こった。

ボ゚Д゚)ウ「やろう、うまいこと逃げやがった」

 厳めしい男がぼやく。肥えた腹を介して発せられただみ声に、他の連中にも同調した。

 男たちはメガクリテのごく普通の市民である。
 仕事場は街の鉄工製材所。
 隣国テーベが本格的に機械工業を発展させている機運にのって、鋼鉄を鋳型に流して部品を作り、彼の国にて売るを生業とする。

 テーベからの需要は十分にあり、今メティス国においても最も盛んに成長しつつある産業領域でもあった。
 そのように仕事人である彼らだったが、新年が始まって二週間だというのに、仕事は一向に始まらない。

284 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:43:30 ID:DM6Pm.mI0
 仕事場にて協力し合っていた魔人たちが、先だってのサイレンもあって風当たりが強くなり、年末には勤務不能を言い渡されていた。
 何もせず家に籠もっていろ。今となっては温情味のあるこの措置も、魔人の反発を招いてしまった。

 彼らは工場の本社に談判し、職場復帰が叶わないとわかると力任せに工場を荒らした。
 途中、何度か断続的に鳴り響いたサイレンが、その凶行を気前よく助長した。

 壊れた機械の復旧は工場の修理班がつきっきりで取り掛かっているものの、いまだに完了の目途はたっていない。
 結果、従業員たちは仕事もなく、暇な毎日を酒と遊びで食いつぶしていた。

 そんな今日、いつものごとくぶらぶらと練り歩いていた街道で、たまたま魔人を見かけた。
 獣の耳を生やしながら二足歩行をする、ごく普通の魔人の子。

 今、首都において魔人は外出禁止令が出されている。
 万一それを破る魔人がいれば、警察に連絡し、逮捕することが取り決められていた。
 一度捕まってしまった魔人は、今のところ牢から一人も出されていない。

285 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:44:29 ID:DM6Pm.mI0
 この場合、男は警察に通報すればその義務は全うされたはずだった。
 しかし苛立ったこの男には、義務以前に欲求が募っていた。

ボ゚Д゚)ウ「てめえらのせいで仕事ができねえんだよ」

 男は気持ちの乗ずるままに魔人の子を罵っていた。
 幼気な子に抵抗の意思は浮かばれず、ただ怯えて背中を丸めるのみ。嗜虐心は高まるばかり。

 そこへ突如鋭い痛みが背中を襲ってきた。

Σボ;-Д゚)ウ !?

 振り返れば、去っていく別の魔人の背中が見えた。
 最初に小突いた魔人の子もいつの間にやら姿を消してしまっていた。

286 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:45:29 ID:DM6Pm.mI0
ボ;゚Д゚)ウ「ちくしょう、仲間がいやがったのか」

 男は顔を赤らめ、魔人に向かってガラス瓶を投げつけた。
 肩に当たったガラス瓶は砕け、魔人の皮膚を切り裂いた。
 飛んでくる血しぶきに手ごたえは感じていたが、魔人は止まらなかった。

 小さなその影が路地裏に隠れ、すでにいくらか時が経過した。
 街道を逸れ、曲がりくねった路地裏を何度も何度も見回し、そして先述のぼやきへと至るのであった。

 男は苛立ちにまかせ、手に持っていたガラス瓶を盛大に石畳にたたきつけた。
 放射状に砕けたガラスが冬の光に煌めく。
 残っていた酒も地面に吸われ、ただの染みへと溶け落ちる。

ボ゚Д゚)ウ「次会ったらただじゃおかねえからな」

 吐き捨てるように叫んだ。大きな声は、脅しのためだ。
 見えない相手に向かって唾を飛ばし、路地裏を後にする。

287 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:46:31 ID:DM6Pm.mI0
 静寂。砕けた瓶がちらちら光を反射して、その光が徐々に移動するほか、誰も路地へと入り込まない。
 その静けさの中に、もし別の人がいれば、空気の微かな震えに気づいただろう。

 それは路地の奥、木箱や鉄くずの押し込められたゴミ捨て場の片隅から聞こえてきていた。
 気息奄々たるその声の主は、薄汚れたシーツに顔を埋めて必死に声をこらえていた。
 それでも漏れ聞こえてくる声には悲痛な痛みが混じっている。

 両足を折りたたむように抱え、前傾姿勢でシーツに顔を押し付ける。
 うなじから生える柔らかい髪の色は金。メティス国ではやや珍しいが、いないこともない。
 肩に広がる震えは絶えず、時折啜り泣きの声も混じる。
 気持ちを落ち着けるのにはまだ多少の時間を要するように見受けられた。

 小さな少女である。
 身体つきばかりのことではない。
 彼女の孤独な境遇が、胸の内で膨れ上がっていた。
 孤独は人を内面から卑小化する。

288 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:50:37 ID:DM6Pm.mI0
 少女の泣き声は誰にも聞こえていない。
 それを理解しながら、少女はなおも泣く。抑えることはできずにいた。

 だからこそ、足音が聞こえたとき、一旦動きを止めた。
 呼吸も止まり、驚き、それから恥じらいの感が浮かぶ。

 胸の内を去来する数多の感情は、孤独の反動を受けて、偏りをきたす。
 もしも孤独を埋めることができたなら。この足音の主が、自分に手を差し伸べてくれたなら。
 そんな淡い希望を胸にしながら、思いのほか素早く、素直に顔を持ち上げる。

 見えたのは長い指、大きな掌、逞しい腕の肉質。
 手は差し伸べられていた。希望が呼んだ、一つのささいな奇跡。

 そして、続けざまに。

ボ゚Д゚)ウ「見つけたぜ」

 かけられた聞き覚えのあるだみ声に、少女の呼吸は今度こそ止まる。
 真っ白になった頭の隅で、希望の崩れる音を聞いた。
 口から洩れた「あ」という音は、男に胸倉を掴まれた衝撃で霧散する。

289 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:51:28 ID:DM6Pm.mI0
(   )「いや、離してよ」

 状況が遅まきに理解される。
 慌てて手足をはためかせ、男の手から逃れようともがく。
 対する男は下卑た嘲りを見せるばかり。

ボ゚Д゚)ウ「うるせえ、魔人のくせに義賊を気取りやがって。えらそうに」

 男の腕が少女の顔を引き寄せる。
 距離の近づいた顔つき、そこから発せられる酒臭さに、少女は泣くのを一時忘れて顔を顰めた。

 その態度が男の癪に触ったらしく、いささか男は饒舌さを増した。

ボ゚Д゚)ウ「余計なことをするんじゃねえよ。俺たち人間が、お前ら魔人にいくら割を食わされたと思っていやがる。
 仕事をめちゃくちゃにされて、街もぶっ壊されて、もとはといえばお前らがイカれちまうからいけないんだろうが」

290 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:54:49 ID:DM6Pm.mI0
(   )「私たちにだって、何もわからないのよ」

 やや恐怖の落ち着いたらしい少女が、震えを帯びつつも強気な態度で男を睨んだ。

(   )「暴れだす原因がわからない以上、何を言っても仕方ないじゃない。誰にだって止められないんだから」

ボ゚Д゚)ウ「じゃあなにか、色んなものが勝手に破壊されていくのをただ指咥えてみていろってのか」

(   )「そうは言ってない。それに、魔人の中にだって、狂暴化してしまった人を止めに入った人もいるじゃない。
 結果的に街の一角はまだ無事だったはずよ。あなたたち人間だけで、そんな防衛ができたと思う?」

ボ゚Д゚)ウ「ぬかしやがる」

 少女の追及には答えず、男はただ舌打ちを繰り返し、腕を今一度持ち上げた。
 喉元を掴まれたまま、少女の身体が持ち上がる。苦し気に呻いた吐息交じりの靄が男の顔を包み込んだ。

291 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:56:54 ID:DM6Pm.mI0
 男はそのまま、少女を辻道へと連れ出す。

 涙目になった少女の視界に、幾人かの男たちの姿が見える。
 どうやら男が、暴漢仲間を連れて来たらしかった。

 逃げきれなかった。
 酸素の少なくなる少女の思考で、ただその文字だけが思い浮かび、彼女の心を縛りつける。

 少女は口を閉じた。
 上唇を巻き込んで、上と下の前歯で抑えた。
 強く噛むと、すぐに鉄の味が滲みだす。

 逃げられないなら、戦う。
 少女はその一心だけを心に刻み、手を握った。

292 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:57:48 ID:DM6Pm.mI0
 拳の中に熱がこもる。

ボ゚Д゚)ウ「ん、なんだ急に俯い、て――」

 言葉の途中で、男の身体が吹き飛ばされる。
 辻道のど真ん中に背中から倒れ伏して、呼吸が絞られ漏れ聞こえた。

ボ+Д-)ウ「んな!? な?」

 慌てふためく男を前に、少女は腰を低く構えた。

「こんなところで、止めんじゃないわよ!」

 振りかざす手に握られているのは小型の杖だ。
 青みがかった艶やかな白い柄の先端に、円い輪。その内側には斜めに組み入れられた金属質の十字が光っている。
 少女が唸るのに呼応して、その十字が内部で回転を始めた。

ボ゚Д゚)ウ「“ふしぎなちから”……」

 ようやく立ち上がった男が不審そうに眉根を寄せた。

ボ゚Д゚)ウ「お前、それが使えるってことは、野良じゃないのか。なら何故今まで使わずにいたんだ」

293 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:58:48 ID:DM6Pm.mI0
(   )「わけありなのよ。あんたらは知らなくていいこと」

 十字の回転が一等速くなる。
 残像が円錐を形作り、暴漢たちを見て回る。

(   )「黙って素直に吹っ飛びなさい」

 杖が振りかざされた、瞬間、疾風が巻き起こる。
 目に見えない衝撃波。立ち尽くしていた男たちは軒並み地面から浮き、後方へと飛ばされる。

ボ+Д+)ウ「ぬわー!」

 叫ぶ暴漢を尻目に、少女は舌を出して駆け出した。
 が、その鼻先を何かが掠める。

294 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 21:59:50 ID:DM6Pm.mI0
(   )「!?」

 少女の顔を覆って余りあるほどの槌が、路地の壁にぶち当たって罅割れを起こす。
 ぱらぱらとこぼれる瓦礫。少女の視線がそれを取られ、ついで槌の持ち主に顔を向けた。

カ゚皿゚ン ギギ……

 暴漢たちの誰よりも大柄な男が、醜悪な歯を見せながら、血走った眼で少女を見つめていた。
 暴漢の仲間、というよりは、どうもリーダー格であるらしい。

ボ;゚Д゚)ウ「やったれ、兄貴!」

カ゚皿゚ン ギギー!!

(;  )「くっ」

 少女は杖を一瞥する。
 十字はピクリとも動かない。

295 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:00:47 ID:DM6Pm.mI0
(;  )「まだ“オル”が」

 小さく呟き、飛び退いた。大男の腕が風を纏って髪を撫でる。
 避けきれた、と判じた瞬間、足に衝撃。

(;  )「えっ」

ボ*゚Д゚)ウ「たはー、当たったぜい!」

 ガラス瓶の割れる音。それが投げられ、足に当たったのだ。
 足首が捻られたまま地面に無理な着地をし、少女が苦痛に顔をゆがめて崩れ落ちる。

カ゚皿゚ン ギーッ

 男の腕が髪の束を鷲掴みにする。

296 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:01:47 ID:DM6Pm.mI0
(;  )「痛っ! っのやろ」

 歯噛みしながら、少女が杖を持ち上げる。
 十字がわずかに揺れ、回りかけたその瞬間、大男の腕がそれを突き上げた。

(;  )「あっ、この!」

 あっけなく、杖が腕から遠のいていき、石畳に落下した。
 唖然とそれを目で送り、少女の腕が空しく延び切る。

カ゚皿゚ン ギッギッ

 大男の荒い呼吸が粘っこく耳をついてくる。
 勝利を確信したらしい、見下した笑い声。

297 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:02:48 ID:DM6Pm.mI0
 少女が顔をこわばらせ、目を伏せた。目元は前髪に隠れ、苛立ち交じりの口元だけが見える。
 大男のもう一方の腕が、少女の細腕に延びてきた。
 握ったそれを引き寄せて、大男は目を細めて卑しく見つめる。

(;  )「……なによ」

 少女の声が上ずった。

ボ゚Д゚)ウ「へへ、どうやら見初められたらしいぜえ、嬢ちゃんよお」

 相変わらず伏せったままの暴漢がにたにた笑いながら言う。
 腕を握った大男はなおも荒い息を鼻から漏らす。

 少女はわずかに身をよじり、逃げることが叶わないとわかると、ふっと力を抜いた。
 大男が一瞬よろけ、腕をしかと握ると、顔に笑みを見せた。
 歯を見せている。その歯は黄ばみ、ところどころ欠けている。

298 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:03:48 ID:DM6Pm.mI0
 少女はなるべく心を沈めた。
 何も感じないようにした。

 何も言わず、何も見ず、ただあるがままに状況を受け入れる。
 先ほどの気丈さとは打って変わって、徹底した受け身の姿勢。

 それは、少女の癖であり、自己防衛の方法だった。

 苦しさも、つらさも、孤独も、今は忘れて、痛みに耐えて。
 そうすればいつか必ず苦痛は去る。
 生きている限り、きっと。

 細めを開ける少女。
 大男はやはりそこにいる。若干顔が近づいている。

 恐怖を感じ、すぐさま心に蓋をする。
 瞼を閉じれば真っ暗闇だ。きっと、何も怖くない。

299 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:04:48 ID:DM6Pm.mI0
ボ;゚Д゚)ウ「なんだ」

 男たちの声がする。その声にかぶさるようにして悲鳴が掛かる。

 少女の髪と腕を締めあげていた掌の力が緩んだ。
 解放された身体が地面に落ち、少女はたたらを踏んで中腰になる。

 状況は、少女にはわからなかった。
 ただ悲鳴が幾重にも重なって耳に届いてくる。

 大男の傍らに黒い影が、来た。俊敏すぎて突然現れたようにも見えた。

カ゚皿゚ン ギ?

 男の声はかき消される。
 振りかざされた剣の勢いがそのまま男の脳天へと直撃した。

300 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:06:25 ID:DM6Pm.mI0
 一瞬、少女は肝を冷やした。生々しい血しぶきの光景を夢想して、思わず目を閉じる。
 しかし現実には血が出なかった。黒い影の持つ得物が鞘に収まっていると少ししてから気づいた。

 そして、あたりは静かになった。
 いつの間にか誰も起きていない。大男の連れて来た魔人嫌いの男たちは、みな地べたに転がっている。
 誰がそれをしたのか、思い当たるのは目の前の影しかない。

(   )「あの」

 少女の声は思いのほか弱々しくなった。
 言いよどんだ少女に対して、その人は首を傾げた。

 ようやく少女は、男の顔をじっくりと見られた。

( ^ω^)「怪我は」

 激しい動きの後とは思えない、静謐ささえ感じる声。
 ギャップを前に判断が遅れ、やや経ってから少女は答えた。

301 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:07:48 ID:DM6Pm.mI0
(   ) 「え? えっと、あんまり、かな」

 言葉は自然と静まってしまう。
 それほど少女は呆気に取られていた。

( ^ω^)「そっか、良かった」

 その人は少女が思ったよりもずっと若かった。
 まだ二十歳にも満たないだろう。少女と大差ないようだ。

 日陰だった路地裏に、頃間からか、日が差し込む。
 薄暗かった彼の姿が、まるでスポットライトに当たるかのように照らされていく。

 少女は差し伸べられる手を欲していた。
 一度は潰えたその希望は、むしろ何年も前から希求していたもの。
 そして、今。

302 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:08:48 ID:DM6Pm.mI0
(   )「名前は」

 口をついて、問いが出ていた。
 影、少年は空に目を眇めていたのをやめ、少女に顔をむける。
 普通にしていても柔和な笑みがそこには浮かんでいた。

( ^ω^)「ブーン、っていうらしいんだ」

 そういうと、ブーンは鞘付きの剣を腰にしまった。
 血ひとつついていないその刀身が、今しがた少女を救ったなんて、現場を見たものにしかわからないことだ。

 身体つきのしっかりした体格は大人と遜色ない。ただ顔つきだけが、妙な塩梅で幼さを残している。
 着ている衣服は軽装。この路地裏に現れる理由は、すぐには見当がつかない。

( ^ω^)「君は?」

 ブーンが尋ねた。

 いくらか間隙があった。
 やがて口を開いた少女は、おごそかに、言葉を重ねた。

303 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:09:48 ID:DM6Pm.mI0
 陽光がまた動く。
 それまで日陰だった少女の顔をも照らす。

 それはささやかな、本当にささやかな奇蹟。




ξ゚⊿゚)ξ「ツン」

 はじめまして、とそのあとに続く。小柄な体が跳ねるようだった。
 振り仰いだ金色の髪が、薄曇りの空に映え、棚引いた。

 やけに長く、髪が揺れる。

304 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:10:52 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「えっ、あ、ちょっと」

 ブーンの呼びかけに応えはなかった。
 ツンの身体が揺らぎ、前のめりに倒れてくる。

ξ ⊿ )ξ

 ツンは目を閉じていた。
 突然眠りに落ちてしまったかのように。



     ☆     ☆     ☆

305 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:11:48 ID:DM6Pm.mI0
(4)her new life

 メガクリテへと向かう旅の途中で、ニュッ君は元担任のスパムから手紙を受け取っていた。
 ヘルセの学校を卒業して、首都の人間と結婚した人。ニュッ君にとって数少ない、親しみのある人物だ。

 手紙の内容は新年早々に完成する新居への案内状だった。
 首都の住宅街。土地勘はなかったけれど、それなりに値の張る土地だと想像はついた。

 豪華、とは言わないまでも、瀟洒で綺麗な街だろう。
 そんな綺麗なところに住む新婚夫婦の家にふらっと立ち寄るのは忍びない。
 だから最初に手紙をもらったとき、ニュッ君は自分の近況を報告するにとどめ、訪問は遠慮するつもりでいた。

( ^ν^)「このあたりか・・・・・・」

 その街に、今ニュッ君は立ち寄っている。
 綺麗と言えば綺麗だ。白壁の家が平坦で幅広い道の両側に建ち並び、葉を散らしたポプラの並木が先の先まで続いている。
 均整を保った道はメガクリテの中央に聳える『大聖堂』へと続いている。メティス国教の総本山を象徴する歴史的建造物。
 ニュッ君にとっては、かつて揺籃期からの思い出の場所でもあった。

306 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:12:47 ID:DM6Pm.mI0
 往来を行く人影は少ない。いたとしてもよそよそしい。
 上質な街が淀んだ空気の中で空しく浮いている。
 昨年12月17日のサイレンの被害が今でも響いていることは火を見るよりも明らかだった。

 手紙に添付されていた手書きの地図を頼りに道を進んだ。
 大通りから少し奥まり、服飾や雑貨の店がなりを潜め、隠れ家的な喫茶店を数軒通り過ぎた先に目的地はあった。
 二階建てのその家は周りより幾分色が明るく見えた。

(   )「どちらさまですか」

 チョコレート色の扉を叩くとすぐに中の者が声がした。
 声色からスパムとわかる。警戒しているのか震えていた。

307 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:13:47 ID:DM6Pm.mI0
 ニュッ君は思い出したように息を吸い、深く吐いてから答えた。

( ^ν^)「僕です」

 扉の目線の当たりにある覗き窓をニュッ君は見据えた。
 程なくして扉が開く。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「・・・・・・来てくれたんだね」

 先生の顔色は決して良くはなかった。頬がこけて、目も落ちくぼんでいる。
 それでもニュッ君と目を合わせて笑ってくれていた。

 スパム先生は変わっていない。
 ニュッ君は勇気づけられた思いがした。

308 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:14:47 ID:DM6Pm.mI0
( ^ν^)「入ってもいいですか?」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「・・・・・・ええ」

 短い応答の後、スパムに促され、チョコレートの扉を潜った。
 通された部屋には応接間だ。真ん中に木目調のテーブルがあり、それを挟んでベージュのソファが向かい合う。
 やはり促されニュッ君が片方に座る。スパムもまた反対側へと座った。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ごめんね、すぐお茶を用意したいんだけど、疲れちゃってて。ここで休んでからでいい?」

( ^ν^)「お構いなく。僕もあんまり長居するつもりはないんで」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「あら、忙しいの?」

( ^ν^)「義勇兵の仕事が夜に入っていますから」

309 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:15:47 ID:DM6Pm.mI0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「義勇兵・・・・・・それって確か、市長が集めていた、なんだっけ」

( ^ν^)「えっとですね」

 ニュッ君は知っている限りのことを口にした。

 サイレンが鳴り響いた、309年12月17日。その翌日からメガクリテは義勇兵の募集を始めた。

 戦いの経験があるものは警備兵として、それ以外の者も何らかの形で復興に資するものとして、協力を要請する。
 国軍にもすでに支援を要請している。が、それ以前から動けるものには動いてほしい、というのがその趣旨だ。

 メティス国では以前から国王政府と首都機能が分断されている。
 国軍の機能は今のところは国王政府側にあり、首都の防衛は首都が中心となって行う手筈になっていた。
 それゆえ、首都にも元々小規模の軍隊は存在していたのだが、今回のような未曾有の災害を前に手が足りなくなった。
 そこで民間人からも協力者を募った、というわけである。

310 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:16:48 ID:DM6Pm.mI0
 街道を伝った隣町エウリドメにいたニュッ君は、応募に参加するべく出発した。
 到着したのは12月21日だ。

 同行者のブーンはメティス国内での活躍が認められ、すぐに警備兵として採用された。
 一方のニュッ君には、実績がなかった。年齢もまだ十四歳。若いと指摘されると、どうとも言い訳ができない。
 それでも協力したい、と懇願した。メティス国民として、社会の一員として、貢献したいと切に訴えた。

( ^ν^)「今は衛生兵の下っ端として働かせてもらってます」

 一番最近サイレンが鳴ったのは五日前だ。
 間が空いているとはいえ、崩れた建物の下に被災者がいることも考えられ、救助活動は絶えなかった。
 さらに、人間と魔人との深い溝が街のあちこちで抗争となり、毎日のように怪我人を出していた。
 今では魔人が街を歩くことさえ禁止され、無許可で彷徨く魔人を捕らえるのも義勇兵の仕事になっていた。

311 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:17:47 ID:DM6Pm.mI0
 あくまでも原因不明の厄災であるサイレンへの対処として集められた義勇兵は、今やメガクリテの治安維持のために一役買っている。
 体よく扱われているものだという自覚は少なからずあったが、ニュッ君は逆らう気もなかった。
 魔人に対して人を守りたかった。だからこそ、いかように扱われても受け入れる心持ちでいた。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「そうなんだ・・・・・・」

 初めのうちはソファにもたれるようにしていたスパムも次第に身を乗り出して聞いてくれた。
 疲れていた顔色の中に深刻げな色が浮かび、ニュッ君の話を聞き終えて、言葉を選んでいる様子だった。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ニュッ君がそんなに頑張っているなんて知らなかったよ。
      魔人から人を守る、か。こういっては失礼かもしれないけれど、でもちょっと意外に思っちゃった」

312 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:20:29 ID:DM6Pm.mI0
( ^ν^)「きっと、旅をしたからっすよ」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「旅って、ここに来るまでのこと?」

 首都へ向かって旅をしていることは、以前より手紙でスパムにも伝えていた。
 ニュッ君は頷いて、感慨深げに少しだけ上を見た。

( ^ν^)「いろんな人と会ったんですよ」

 これまで旅した街のことを手短にニュッ君は説明した。
 鴉の街から出発して、蛇の街、虎の村、猪と栗鼠の街。
 魔人と人が共存しているところもあれば、対立している街、割り切って関わっている街もあった。

( ^ν^)「特別仲良くなった人がいた、とかじゃないんです。
      でも、実際に生きている人と接した街って記憶に残るじゃないっすか。
      そのどこにも人がいて、その人たちがサイレンのせいで苦しんでいると思ったら、居てもたってもいられなくなって・・・・・・」

313 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:21:30 ID:DM6Pm.mI0
 人と関わったから、人を守りたくなった。
 衝動の根本は案外に安易で、言葉にすると陳腐にも思えて、ニュッ君は口ごもった。

 五日前、同じことを口にした。
 衛生兵の設けた避難民用のキャンプでのことだ。

 警備兵となったブーンが夜半過ぎにキャンプを訪れ、夜勤のニュッ君はそれを見ていた。
 被災者だからと連れてきた子は見るからに弱っていて、ブーンはニュッ君を同行して治療区画へと連れていった。

 妙に周りの目を気にするブーンの様子が気になって、途中でブーンを呼び止めた。
 その子はいったい何者か、と。
 なおも動かないブーンを前に、ニュッ君は咄嗟にその子の頭を撫でた。
 引っ張り上げる皮膚があった。
 髪の下にぴったりとくっついて、獣の耳が隠れていた。
 ブーンは魔人の子どもを勝手に介抱しようとしていたのである。

314 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:22:56 ID:DM6Pm.mI0
 ニュッ君は周りに聞かれないよう気をつけながら、ブーンを睨み付けた。
 避難民用キャンプに魔人は連れ込めない。
 魔人は人を傷つける、そう信じていきり立つ人も大勢いる。
 貴重な物資を消費するわけにもいかなかった。

 だから魔人の子は警察に通報する。
 ニュッ君がそう言い張ると、ブーンはやがて目を伏せて、魔人の子の背中を支えた。

 せめて軟膏だけでも、とブーンが言い、ニュッ君は懐から常備のそれを手渡した。
 これっきり、とブーンに言いつけた。

 それ以来、ブーンとは会っていない。
 義勇兵として採用されたときからそれぞれ個別に住居をあてがわれていた。
 メガクリテの街の郊外、絢爛豪華さに追いやられたかのようなボロボロのアパートを改築して間に合わせのものだ。
 だから不必要にブーンと接触する機会もなかった。

315 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:23:52 ID:DM6Pm.mI0
 警備兵の動向に明るくはないが、おそらくブーンが捕まったり処罰を受けたりすれば噂が耳に入るはずだ。
 今のところ何も聞こえてこない。ブーンも巧く立ち回ったのだろう。

 前から何を考えているのかわからない人だったが、この頃は特にわからなかった。
 魔人に対して何を思うところがあるのか、なぜ魔人を助けようとするのか。

 だが決してブーンが嫌いになったわけではない。
 むしろ今度ブーンと落ち着いた状況であったら、その内心を真剣に問い詰めてみたい。

 曲がりなりにも一緒に旅してきた仲間と言い争いをしたまま終わるのは、ニュッ君の意に反していた。
 旅で出会ったいろいろな人の中にはもちろん、ブーンも含まれているのだから。

 ちらりとスパムに目をやると、目を閉じて考え事をしている風だった。
 やがてその口元に笑みが浮かび、目が開いた。

316 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:24:53 ID:DM6Pm.mI0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「コーヒーと紅茶、どっちがいい?」

 話の流れを無視した問いに不意を突かれる。

( ^ν^)「え、じゃあコーヒーで」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「了解。ニュッ君のお口に合うかな〜」

 鼻歌でも歌いそうな明るい調子で、スパムがソファから立ち上がる。
 軽快な足取りは窶れた顔と不釣り合いで、かえって目をひいた。

 そのままキッチンへと向かって行くと思われた、矢先にスパムは振り返った。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ねえ、ニュッ君」

 スパムの顔色がまた変わる。
 疲れを感じさせない、一種の鋭さがその瞳に宿っていた。

317 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:26:22 ID:DM6Pm.mI0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「魔人のことは嫌い?」

( ^ν^)「・・・・・・えっと」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「コーヒーができてからでいいから」

 翻って、スパムが奥へと消えていく。
 リビングとキッチンの間に仕切りがあった。スパムの顔はよくは見えない。

 ニュッ君は痺れたように黙っていた。
 頭の中は真っ白で、その中で唯一、スパムの言葉だけが反響していた。

 ふと思い出す景色があった。
 旅にでるまえ、それこそ自分がヘルセの街にやってきて間もない頃。

318 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:27:53 ID:DM6Pm.mI0
 スズランの群生。
 それはスパムとの、学校以外での思い出の場所。

 やがて痺れが少しずつ解れていく。
 ここはスパムの家。新しくできたばかりの場所。
 その壁には真新しい罅が入っている。

 きっとその問いは、ずっと俺に聞きたかったことなのだろう。

 動き始めた思考でまず始めにそう思った。



     ☆     ☆     ☆

319 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:28:52 ID:DM6Pm.mI0
(5)大聖堂

 口は災いの元。
 二人の頭にはその言葉がありありと浮かんでいた。

 メティス国教会本部。都市の深奥にもかかわらず緑豊かなその敷地を目指していた二人の前には
 メガクリテの他地域とさほど変わらない瓦礫の山が鎮座していた。

 華美な装飾の名残が日に照らされて黄金に輝いていることからその残骸が元々は国教会の大聖堂だと見分けがついた。

 かつて、ほんの半月ほど前まで、大聖堂には毎日大勢の国教信者たちが集まっていた。
 道に迷っている者にを導き、悩んでいる者を救い、罪を持つ者を赦す場所。
 毎週末には祈りの歌を捧げる集会が開かれ、その歌声は大聖堂の周囲に鳴り響き、嫋々として絶えなかった。

 その歌を聴くことももう叶わない。

( ´∀`)「悪い予感は当たるものモナね」

ミ,,;゚Д゚彡「こんなの前にしてよくまあ余裕を持てますね。どんな心臓してるんですか」

320 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:29:52 ID:DM6Pm.mI0
 モナーとフサギコ、二人の巡礼者然とした男は芝の上に立ちつくしていた。
 芝も粗方火に焼かれていたが、二人のいる場所はまだ辛うじて瑞々しさを保っている。

( ´∀`)「いやいや、余裕なんてありゃしないモナよ。
 懇意にしていた聖者たちも、これじゃどうなったかわからないモナね。牢獄に入れられたか、街を追い出されたか。
 いやあ心が痛いモナ。人間も本気になるとおっかないモナね。モナモナ」

ミ,,゚Д゚彡「・・・・・・」

 目を細めるフサギコを余所に、モナーは気ままに背伸びをした。

( ´∀`)「さて、帰るモナ」

ミ,,゚Д゚彡「え」

321 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:30:52 ID:DM6Pm.mI0
( ´∀`)「なんだモナ?」

ミ,,;゚Д゚彡「いやいやいや、何を言ってるんですか。せっかくここまで来たってのに」

( ´∀`)「メガクリテには年初の挨拶に来ただけモナ。
 それが、挨拶する場所がぶっ壊れているし、責任者も見つからないモナ。だから、用事はおしまい」

ミ,,;゚Д゚彡「そんなの道中で判っていたことでしょう」

( ´∀`)「いやいや、私は目で見たものしか信じないモナよ。
 この場に立ってみてやっと確信したモナ。もう心置きなく帰れるモナよ。また来年、挨拶できるといいモナね。頑張れ教徒たち」

 モナーは大袈裟に瓦礫に向かって手を振った。返事も何もない。人の気配すらない。
 フサギコは髪をかいた。盛り上がった乱髪にその手は埋もれていく。

322 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:31:53 ID:DM6Pm.mI0
ミ,,゚Д゚彡「酋長、帰るのはわかりました。でもどうするんです。外郭の警備は厳しいですよ」

( ´∀`)「来るときは君、通り抜けられたじゃないか」

ミ,,;-Д-彡「やっぱり俺の能力頼みですか」

( ´∀`)「杖、どうモナ?」

 やれやれ、とぼやきながら、フサギコは腰のベルトに携えた杖を見た。
 赤銅の柄の先端、円の中で十字が赤く燃えている。

ミ,,゚Д゚彡「オルもだいぶ溜ってきましたね。まあ一、二回はできるかと」

( ´∀`)「僕を入れてモナね?」

ミ,,゚Д゚彡「もちろんですよ。あ、くそ無意識のうちに入れてしまった・・・・・・」

( ´∀`)「素直な奴モナ」

323 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:32:57 ID:DM6Pm.mI0
 目をつむるフサギコを笑って、モナーは芝から道へと降りた。
 相変わらず、惨状はどこまでも広がっている。
 崩れた家の陰には蹲る人々の姿も見えた。魔人ではない。負傷した人間だろう。

 街のあちこちに避難民用のキャンプも設立されている。だが、それでも街の人間全員はまかないきれていない。
 加えて、年初の挨拶のために訪れていた国教会信者も大勢混ざっている。避難民キャンプはとっくに定員を超過していた。

 ここが花の都だったと言っても、他国の何も知らない人は信じないだろう。
 花咲いた人間の文化・風情はいつでも街が象徴する。ただの住処が飾られれば、その意匠を紡いで地域性が生み出される。
 意匠が受け継がれ、変遷することで、街は発展する。そしてそれは破壊によって終焉を迎える。

( ´∀`)「どんな時代にも終わりはくるモナ」

ミ,,゚Д゚彡「なんですか、突然」

( ´∀`)「ご先祖様の言葉モナ」

324 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:33:53 ID:DM6Pm.mI0
 どことなく寂しさを帯びた口調でモナーは言った。
 そのとき、鳥の鳴き声がした。鳩が、見る間に空からモナーの許へと飛び込んできた。

( ´∀`)「伝書鳩?」

ミ,,゚Д゚彡「誰が送ってきたんでしょうか」

 モナーは手早く鳩の足から手紙を解いた。
 広げられた文字を読み、途端、顔を明るくする。

( ´∀`)「フサギコ、どうやら僕らにはまだやれることがあるみたいモナ」

 困惑気味のフサギコをよそに、モナーは急いでペンを手に取り、手紙に書き付けた。
 ほんの数行の返信が鳩の足に括られ、空へと舞い上がる。

 青空は、街のあちこちから昇る義勇兵の狼煙に濁っていた。



     ☆     ☆     ☆

325 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:34:53 ID:DM6Pm.mI0
(6)接着と剥離

 たった一度サイレンがなったせいで、人間と魔人は別物になった。
 力の違い、能力の違い。露わになった特異点が軋轢を生む。生まれた軋轢が火種となる。
 えぐれた石畳も、砕け散った屋根も、倒れた壁の向こう側から聞こえてくるうめき声も、全てその火種の結果だ。

 冬用のブーツが土を踏みしめる。枯れ葉が砕かれ風に紛れた。
 吐息がブーンの首筋に当たった。

( ^ω^)「起きたかい」

ξ-⊿-)ξ「う……」

 饐えた匂いが届いてくる。どこかで人が死んでいるのだろう。
 砂埃が棚引いて、ブーンたちの周りを漂っている。
 遠くでまたひとつ、壁が崩れた。戦闘が起きている。また誰かが傷つくのだ。

326 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:35:52 ID:DM6Pm.mI0
ξ゚⊿゚)ξ「……あたしを助けているの?」

( ^ω^)「うん」

ξ゚⊿゚)ξ「どうして」

 暴漢に襲われる彼女を助けたことも、気を失った彼女を背負って歩いていることも、
 魔人で破壊された街を歩く人間にはおよそ不似合いな行動だ。
 不審に思うのも無理はない。

 ツンは唇を一文字に閉じ、ブーンの肩に垂れる腕に力を込めた。
 尋ねておきながら、答えを聞くのが怖いかのように。

( ^ω^)「肩、動かさないように。傷が開くよ」

327 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:36:51 ID:DM6Pm.mI0
 ツンの肩には、暴漢に硝子瓶を投げられたときについた傷があった。
 簡易な除菌はブーンが行い、今は包帯が巻いてある。

( ^ω^)「怪我人は助ける。そういうもんだよ」

ξ゚⊿゚)ξ「……魔人なのに」

( ^ω^)「うん。だから、なおさら」

ξ゚⊿゚)ξ ?

( ^ω^)「いろいろあるんだよ」

 広場に出た。幾重にも折り重なった石畳の向こうに、噴水が見える。
 外見は傷つき、崩れかけつつも、機能は逸しておらず、勢いよく水を空中へ放出している。

 埃っぽい空気に透明な水が日の光を浴び、七色の虹を放っている。
 惨状のただ中にはきれいすぎる光。現実感が無い。だからこそ思わず見とれてしまう。

328 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:37:53 ID:DM6Pm.mI0
 ブーンもツンも黙って水を眺めていた。
 お互いそれに気ついて、笑みを含んだ吐息を漏らした。

ξ゚⊿゚)ξ「行く当てはあるの?」

( ^ω^)「うーん、キャンプは魔人御法度だし。
 どこか手頃な空き家でもいいかな。少し休めば動けるようになるよね」

ξ゚⊿゚)ξ「ええ、たぶん。ありがとう」

( ^ω^)「気にしないで」

 それからは話題を変えた。
 瓦礫を見て、ブーンがその元の形を問う。ツンが記憶を頼りにそれにこたえる。
 メガクリテのことをブーンは何も知らなかった。だから、なんでも新しい発見になった。

 ツンはメガクリテに昨年の12月初めに来たという。
 街並みも、サイレンが鳴るまでのわずか二、三週間ばかりだが、出歩き、慣れ親しんでいた。

329 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:38:52 ID:DM6Pm.mI0
 緑の豊かな公園だった場所、児童の通う学び舎、活気のあった商店街。
 頽れたそれらを思い出すのに、ツンは時折言葉を詰まらせた。
 思い入れが深い場所なのだろう。ブーンは広く浅く尋ねるにとどめた。

 やがて二人は大きな瓦礫に出くわした。
 大きなドーム型の建物に、細長い鉄塔。頂上に聳える輪っかの十字架は傾き、旗を風になびかせている。
 旗は二種類。青い地に白い波、その上に翼を広げるアルバトロスの感略図。
 方や赤い地に金のらせん状の縦帯が二本、それらに挟まれて黒い牡牛が振り向いている。

ξ゚⊿゚)ξ「大聖堂と、交易の塔。先端にある青と白の旗はメティスの旗、赤と金はテーベの旗。
 交易の証として、最近掲げられたばっかりだったのに」

 勇壮な建築の名残は煌びやかな装飾交じりの瓦礫からもうかがえる。
 繊細さがうりのメティスの建物とは微妙に風合いが違う。
 産業的な革命が盛んに行われていると噂に聞くテーベの実直的で力強い気質が混じっているらしかった。

330 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:39:53 ID:DM6Pm.mI0
ξ゚⊿゚)ξ「降りるわ」

 言いながら、ツンがブーンの背を降りた。
 ツンの目の高さにブーンの顎がある。身長差が、それだけあった。

 ツンが上目にブーンと見かわした。
 何か言いたそうで、だけど決して口は開かない。

 小首をかしげるブーンに対して、ツンはなおも目を離さない。

ξ゚⊿゚)ξ「迷惑は掛けたくないの。ここで別れましょう」

 ツンは毅然と言い放つ。

( ^ω^)「怪我は」

ξ゚⊿゚)ξ「大丈夫、ていうか、元々大したことないわ。
 気を失ったの、これのせいじゃないし」

331 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:41:54 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「どういうことだい」

ξ゚⊿゚)ξ「それは、あなたは知らなくていいの。こっちのことだから」

 こっち、と言うとき、ツンは大聖堂を指した。
 それ自体は無意識の所作だったのかもしれない。

 教会と魔人は切っても切れない中にあった。
 このような非常事態の中でも、その観念自体がまだツンの中にあったのかもしれない。
 まっすぐに伸びた指先に募るそうした意志を感じてか、ブーンはやや黙し、それから教会から目をそらした。

( ^ω^)「五日ほど前かな、魔人の子どもを助けたんだ」

 不可解そうな顔をするツンをよそに、ブーンは話を続けた。

332 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:42:52 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「警備兵の仕事は交代制なんだけど、その交代のときに、たまたまその子を見つけたんだ。
 茂みの中に隠れていて、でも月明かりに目が光っていた。猫の魔人なんだ。彼らの目はそうなっている。
 その子は僕が近づいても逃げなかった。見れば怪我を負っているのがわかった。だからどうにかしたくて、とりあえず背負ったんだ」

 ツンが睨んでいることなど忘れたかのように、ブーンは微笑んでいた。

( ^ω^)「キャンプに行ったけど、他の人間を刺激しないように、って追い出された。それは、それでいいんだけど。
 その子を置いておける場所がなくて、空き家に入った。幸い救急道具が揃っていたから、簡易な消毒はしたんだ。
 僕も立場があったから、その日しか看てあげられなかった。翌日に寄ってみたら、もうその子はいなくなっていた」

( ^ω^)「今日、久しぶりにその姿を見た。さっきの子だよ」

 ここへきて、ツンが目を見開いた。
 構わずブーンは続ける。

333 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:43:55 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「僕は出て行くのを躊躇ったんだ。人間がいたからね。仮にも警備兵の仕事の合間に魔人は助けられない。
 だが、君が助けてくれたのを見て、思い直した。その子はすぐ逃げちゃったけど、君が追われていて、僕もその後をつけていった。
 だから、あの場所で君を助けることができた。何のことはない。僕を招いたのは君自身だ。そして動機は、ただの後ろめたさの反動だよ」

( ^ω^)「あらためて言うよ。ツン。ありがとう、あの子を助けてくれて。
 そしてあわよくば、僕に君を助けさせてほしい。今日一瞬でも君たち魔人を助けるのを躊躇った僕の、せめてもの罪滅ぼしのために」

 ブーンが言い終わると、しばらくお互い沈黙した。
 ツンの表情は依然不可解そうではあった。だがそれ以上に、目が見開かれていた。
 それが何かと言われれば、期待という言葉が一番似合っていた。

ξ゚⊿゚)ξ「どうしてそんなに魔人を助けたいの」

( ^ω^)「うん、だから、いろいろあって」

ξ゚⊿゚)ξ「教えてくれないの」

( ^ω^)「うーん、そうだなあ。信じられる人なら、いいかもしれないけど」

334 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:45:20 ID:DM6Pm.mI0
ξ゚⊿゚)ξ「・・・・・・」

ξ-⊿-)ξ「いつかあたしも、信じてもらえるかしら」

 視線が途切れる。
 敵意さえ感じられていた瞳が、次の瞬間には穏やかな色味を帯びていた。

 寒い冬風に吹かれながら、その静寂は決して冷たくなかった。

ξ゚ー゚)ξ「行く当て、あるわ。私が隠れていたところ。魔人が潜んでいる場所だけど。
 もしよかったら来てみない? 招待するわ」

( ^ω^)「いいのかな」

ξ゚⊿゚)ξ「言いふらしたら殺したげる」

( ^ω^)「ああ、そりゃありがたい」

335 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:46:21 ID:DM6Pm.mI0
 乾いた笑いを漏すブーン。
 その向かいでツンも笑っていたが、すぐに肩を掴んで縮こまった。

( ^ω^)「肩、痛む?」

ξ゚⊿゚)ξ「痛くない」

(;^ω^)「いやいや、抑えてるよね」

ξ゚⊿゚)ξ「痛くないわよこれくらい、気合いよ気合い」

(;^ω^)「肩貸すから」

ξ-⊿-)ξ「痛くないけど、ありがたいわ」

( ^ω^)「あ、いいんだ」

 怪我をしていない方のツンの腕がブーンの肩に回される。
 背後で噴水の水がやんだ。
 少しだけ涼やかな広場をあとに、肩を組み合って二人は歩いた。



     ☆     ☆     ☆

336 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:48:11 ID:DM6Pm.mI0
 瓦礫にも個性がある。見つめていればもとの街並みが思い浮かんでくる。
 立派な石畳は繁華街の象徴で、土の混じる未舗装の道は細く入り組んだ路地裏の道。
 とりわけ狭苦しい場所を進み、灰色の石の壁を両側に、ブーンとツンは二人で歩いていた。

ξ゚⊿゚)ξ「もう少しよ」

 目的地を提案したのは彼女だ。
 魔人の隠れ家、とツンは呼んでいた。

( ^ω^)「見てわかるものなのかい?」

ξ゚⊿゚)ξ「中は寂れた怪しいバーよ」

( ^ω^)「……外は?」

ξ゚⊿゚)ξ「行けば判る」

( ^ω^)「……」

337 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:49:30 ID:DM6Pm.mI0
 既に噴水の広場もずっと遠くなっている。中心街から外れて、路地裏をひたすらあるいて、石造りのアーチを潜った。
 途中で細い川も見つけた。街を分断する川は、細々流れ続けていて、細切れの木片や着物の裾を流していた。
 どこかで意味があったのかもしれないが、今となってはゴミでしかない欠片。

 その横裾を進んでいけば、再び大通りへと出た。車も人も通っていない。喧騒から遠ざかっているのに、人気すらない。
 すでに人は逃げたのかもしれない。わずかに残った生活感も、やがては砂埃に埋もれてしまうのだろう。

 雲間から覗く弱々しい陽射しが徐々に赤みを強くしていく。
 夕方の到来が先か、それとも雲があたりを包むのが先か。その接戦が上空で窺えていた。

ξ゚⊿゚)ξ「あった」

 言葉があまりに唐突で、ブーンはたたらを踏みそうになった。

 灰色の意思の壁に、埋め込まれるようにして、ブロックづくりのアーチがある。
 その内側に反楕円形の扉が一つ。四つの窓はすりガラス。把手には傷跡が無数についている。

ξ゚⊿゚)ξ「傷? ああ、何でも無いわよ。
 魔人化した魔人を連れてくるときにでもついた傷でしょ」

338 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:50:28 ID:DM6Pm.mI0
 だから気にすることはない、とツンは言いたげだった。
 素直に受け取るのも難しい。

 扉の上には看板が埋め込まれていた。
 「fume」 フューム。この国の言葉で煙を指す。

 ツンは把手に手を伸ばした。
 が、力を込めているにもかかわらず動かない。

ξ゚⊿゚)ξ「あれ?」

 首を傾げた、つかの間。
 扉の周辺から白煙が噴き出す。

 ブーンが身の危険を感じた瞬間、その扉は開かれた。

339 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:51:28 ID:DM6Pm.mI0
 乱れた白煙が膨らみ、霧散する。

 一陣の風。
 ツンの横を掠めたそれはブーンの許にて煌めいた。

(・く・ハリ「シャアーーーー!!」

 見知らぬ男。白い短髪を靡かせて、小柄にまとまり空を切り裂いている。
 ぎょろりと輝く瞳が真っ直ぐブーンを捉えて離さない。

( ^ω^)「!」

 目を見開き抜刀する。
 鋼同士の競り合う音。

 ブーンの得物は支給品の剣、一方相手の男はナックルを握っている。
 金属質のその一片が陽光を受けて赤く光っていた。

340 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:52:57 ID:DM6Pm.mI0
(・く・ハリ「まだまだァ!」

 音に負けない喝破が響き、ブーンの剣を圧倒する。
 一撃、二撃、積み重なるごとにじわじわと後退を余儀なくされた。

 瀟洒な街並みに似合わぬ荒っぽい処遇。
 何が起きているかもわからぬまま、ただひたすらに防御を続ける。

 明確な敵意をブーンは感じ取っていた。

( ^ω^)「君は、いったい?」

(・く・ハリ「それはこちらの台詞だァ!」

( ^ω^)「そんなに叫ばなくても」

(・く・ハリ「アアァーーーん?」

ξ;゚⊿゚)ξ「なーーーー!?」

341 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:54:13 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「え?」

 それは確かにツンの悲鳴だった。

ξ;゚⊿゚)ξ「気持ち悪っ、何すんのよ!」

(グー゙ル「あーい、動かなーい、いたいかんねー」

 攻撃の間隙を縫って見ればツンはまた別の男と言い争っていた。
 マッシュルームカットの頭が若干金色に塗してある、恰幅の良い赤ら顔の男。

 ツンはその赤ら顔の前で尻餅をついている。
 藻掻いているようだが、両手はしっかり石畳に触れたままだ。

ξ;゚⊿゚)ξ「離れないー! なんで“接着”したの!? 敵じゃないのは見て判るでしょ?」

(グー゙ル「ツンは敵じゃないー、もちろん。けどあの人はしらんよー。
 偵察から帰ってくる予定時間も結構過ぎてる、何があったかわからんもん、警戒するのは当たり前」

 言葉の端々でツンの傍の男はブーンを指差し小首を傾げた。
 よく見ればブーンよりいくらか年の低い幼い顔立ちをしている。

342 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:55:13 ID:DM6Pm.mI0
(・く・ハリ「シャーオラー!」

 対してブーンに襲い来る男は、身長は低いが年が高そうだ。二十歳近くか、それ以上か。
 二人は口調も目つきも違う。兄弟でも家族でもなさそうだ。
 唯一の特徴といえば、二人とも両手の甲まで毛が生えている。毛深い人、というよりはそういう種なのだろう。
 つまりは、魔人である。

( ^ω^)「えっと、僕はブーンっていいます。ツンが襲われているところを助けました」

 相も変わらぬ連撃を交わしつつ、思いつくまま述べていった。

( ^ω^)「僕は人間ですが、魔人を憎んではいません。ツンを届けにきただけです。
 どうかツンを受け取ってください。そうすれば僕は真っ直ぐ帰りますので」

343 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:56:27 ID:DM6Pm.mI0
 攻撃が、やむ。
 沈黙。

 そして。

(・く・ハリ「ダメだアアアアア!」

(;^ω^)「えー」

ξ;゚⊿゚)ξ「ちょっと! なんでよ! グルー」

(グー゙ル「僕に言われても。ハクリさん、なんでー?」

(・く・ハリ「ここを見られたんだ、ただで返すわけにはいかない。誰にも言わないように口封じする」

(グー゙ル「なっとくー」

ξ;゚⊿゚)ξ「なによそれ、無駄でしょ、馬鹿じゃないの!」

( ^ω^)(この人、今は叫ばなかったな・・・・・・)

344 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:58:01 ID:DM6Pm.mI0
 戦意が衰えていないことは振り下ろされる拳がありありと証明していた。
 ブーンもまた剣を振る。刀身が揺れ、冷めない。

( ^ω^)(埒があかない)

 思い立った次の瞬間、拳の合間を潜り抜けた。
 ハクリと呼ばれた男の胸もとへ。

( ^ω^)「もらった!」

 振り上げる剣は、逃げられる距離じゃない。
 掲げ挙げたそれを見てから、ハクリを見下ろすつもりでいた。

 が、その手の先に剣がない。

345 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 22:59:02 ID:DM6Pm.mI0
(;^ω^)「あ、あれ!?」

 疑問符に呼応するかのように遠くで金属音が鳴る。
 ちらりと見えたその先に、横たわる剣が見えた。
 どうみてもブーンの剣である。

(・く・ハリ「“引き剥がした”、残念だったな」

 変に落ち着いた声。
 嫌な予感がしたときには、すでに遅く、ブーンの側頭部に衝撃が走った。

(  ω )。・;゚ ゴフッ

ξ;゚⊿゚)ξ「ブーン!!」

346 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:00:00 ID:DM6Pm.mI0
 比喩でなく、脳の揺れる感触がある。
 足下はふらつき、よろめいたが、どうにか堪えて立ち尽くす。

(  ω )「・・・・・・うう」

 眩暈。
 呼吸をするたびに冷たい空気が肺を逆撫でする。
 その刺激がなかったら、むしろ立ってもいられないだろう。

(・く・ハリ「まだ立てるのか、人のくせに丈夫だな」

 ハクリがあからさまに嘲りを交えて言った。

 魔人も様々だ。ブーンは改めて思う。
 人の中に魔人を憎む奴もいれば、魔人の中に人を憎む奴もいる。
 当たり前の事実だが、人の中にいたからこそ気づきにくかったのだろう。

347 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:01:01 ID:DM6Pm.mI0
 余計なことを考えているうちに頭は冴えてきた。
 追撃があればかなりきつかったが、ハクリの関心は今はブーンを向いていない。

 地面の剣、ブーンから引き剥がしたというそれを座って眺めて、手に取っている。

(・く・ハリ「・・・・・・国軍のマークだ」

 メティス国のマーク。国旗にもあるアルバトロス。
 義勇兵の全員にその剣は支給されている。
 名乗り上げた以上は、国軍兵士と変わらない活躍を期待されてのことだ。

(・く・ハリ「決まりだな、こいつは国軍か、あるいは義勇兵。魔人を討伐して練り歩いている連中の一味だ」

(グー゙ル「ありゃー、決まりだね」

ξ;゚⊿゚)ξ「・・・・・・」

348 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:01:59 ID:DM6Pm.mI0
 こうして不利に傾くとは思いも寄らなかった。
 何がおこるかわからないものだ。ブーンは改めてそう思う。

 ハクリの顔にはもう嘲りは浮かんでいない。
 あるのはよりはっきりとした敵意、憎悪。ブーンを見つめる目に温情はまるでない。

 たとえ、昨日魔人の子どもを助けたことで、ブーンが義勇兵会議に取りざたされ
 すでにその身分を剥奪され掛かっていると説明したところで、ハクリは止まらないだろう。

( ^ω^)「・・・・・・それで? どうするんだい」

 視界は良好。
 冷たい空気を吸い込んで腹をくくる。

(・く・ハリ「お前を徹底的に痛めつけ、捕獲する」

349 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:03:00 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「・・・・・・そうか」

 拳が来るのはわかっている。
 受け止める剣はもう残っていない。

 それでも止まるわけにはいかない。
 背を見せるには戻る場所も、どこにもないのだ。

 だから。

( ^ω^)「悪いけど僕は、こんなところで死ぬわけにはいかない」

 素手の拳は魔人には届かない。
 なんとか地面に転がっていた、石畳の破片を掴み、投げつける。

(・く・ハリ「ふん」

 面白くもなさそうに、破片はハクリによって粉砕された。
 粉々になって宙を舞う。

350 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:04:02 ID:DM6Pm.mI0
 その塵の中にブーンは突っ込んでいた。

(・く・ハリ「また懐に突っ込むのか? 芸の無い男だ」

 拳が振るわれる。
 ステップを踏んで、ブーンは退却する。

(グー゙ル「やっちゃいなー」

ξ;゚⊿゚)ξ「ちょっと、丸腰の人間相手にやりすぎじゃないの」

(グー゙ル「ハクリさん最近身体動かしてなかったからね。首都に来てから籠もりっぱなしだし。
 派手にやりたいのさ。好きにやらせてやんなー」

ξ;゚⊿゚)ξ「勝手すぎるわよ。ブーンは何もしてないじゃない」

(グー゙ル「ふん」

 グルーは鼻を鳴らして目を細めた。

351 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:05:01 ID:DM6Pm.mI0
(グー゙ル「何もしていないっていいながら、仲間が見る間に捕縛されたんだ。
 少しは八つ当たりしたくもなるもんね。君だって、わかるだろー?」

ξ;゚⊿゚)ξ「そんな・・・・・・」

 二の句が継げずにいる間、ブーンとハクリは睨み合っていた。
 見えない何かが詰まっているように、二人の空隙には何もない。
 風の運んだ木の葉が一枚、地面に伏して、影を落とした。

 白髪が先に舞う。

(・く・ハリ「悪いがこれで終わりだ」

 石畳に掌が吸い付く。ナックルの鋼が陽光とは違う銀の輝きを放った。
 低い響き、直後、文字通り地が裂けた。
 並べられた石が思い思いに飛び出して、ブーンはふらつき、遠くツンやグルーも揺れた。

352 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:06:02 ID:DM6Pm.mI0
 隆起する地面の動きが読めず、一様に驚き身を固くする。
 その中で、ツンの片腕が唐突に下へ落ちた。

ξ;゚⊿゚)ξ「んなあ!」

 ちょうど掌をついていた地面が陥没し、穴になった。
 接着はとうに剥がされている。

(グー゙ル「あ、ちょっと! ハクリさん!」

 慌てたグルーの言葉をよそに、ツンは腰へと手を伸ばす。
 白い小杖が爆ぜたように輝いた。

ξ#゚⊿゚)ξ「ふん!」

(ク>ー<ル「うわ」

 空気の塊、疾風に、思わずグルーは目を閉じた。
 が、それは方頬を撫でるのみ。

 吹き抜けた風は真っ直ぐに相対するブーンを横薙ぎ、ハクリにぶち当たる。

(・く・;ハリ「風か!」

 塵芥、砂埃を纏った風に、一瞬だが、目は伏せられる。
 失態に気づいたときにはすでに遅かった。

353 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:07:01 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「――ッ!」

 声になる前の叫び。
 一気呵成の吠え声を吐き、ブーンは腕を振る。
 その手にはすでに剣が握られていた。転がっていたそれを一瞬の眩みをついて拾っていた。

(・く・;ハリ「ふん、そんなもの」

 異常があるとすれば、ハクリの能力。
 触れたものを引き剥がす力。
 それはすなわち、避ける必要も無く致命傷を避けられること。

 引くべき足を前へと踏み出す。
 迫り来るブーンの身体に敢えて接近し、その肘に手を軽く触れた。
 甲高い音とともに、剣がブーンの手から逃れる。

 空を舞う白銀を見て、ハクリはほくそ笑んだ。
 が、視界の端に影が見える。

 ブーンの腕が意表をついて伸びてくる。

354 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:08:09 ID:DM6Pm.mI0
(・く・ハリ「なっ」

 ここにきて、ハクリは自らの失策に気づく。
 剣は武器だ。だが、いつでも攻め手になるとは限らない。

 自分の能力をすでに読まれているとしたら。
 剣がはじき飛ばされることを織り込み済みであるとしたら。

 その握り手は、実は拳。剣はブラフ。狙いは初めから決まっていた。

 悟ったときには、視界は黒ずんだ。
 星が明滅する。開けようとする間もないほどに強烈な痛みが襲ってきた。

( ^ω^)「良かったね、丈夫な身体で」

 笑っているのだろう。
 その顔を見ることは、ハクリにはかなわなかった。

 身体が横転する。
 最後に地面に触れる鈍い音を耳にして、ハクリの意識は地に落ちた。

355 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:09:01 ID:DM6Pm.mI0
 一瞬の静けさ。
 息を荒くしていたブーンは、ゆっくり深く呼吸をする。

 これで終わり。
 安心しきったブーンの耳に、突如、全く別の音がする。

(   )「十分だ」

 誰かの声と、拍手。
 それらの主は煙を吐き出す扉の下にいた。

 空気が張り詰める。
 戦闘行為により内心昂揚していたブーンにもその緊張が伝わった。

(グー゙ル「司教・・・・・・」

356 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:10:03 ID:DM6Pm.mI0
 グルーの声色が、先ほどまでとは打って変わって低くなる。
 司教――国教会の保有する領土を、各地域ごとに分担して統括する、その統監を指す。

(   )「例えば、もしその男が義勇兵としての職務を果たしていたら、とっくに仲間がやってきて、君たちはもう一網打尽だろう。
 だが、すでに時間も経っている。それなのに無事と言うことは、その男に我々を逮捕する意志はないということだ。
 戦い方こそ奇妙に熟れていて油断ならないが、無碍に断る相手でもないよ」

 扉の向こうの暗がりから、男が一歩前へ出る。
 傾き始めた陽の光に、その細面が明らかとなった。



爪'ー`)「つまり普通の、ツンの恩人だ。招き入れようじゃないか。俺たちの隠れ家、ここフュームへ」

 アジトの名前を述べた後、司教、フォックスはツンとブーンを交互に眺め、微笑んだ。



     ☆     ☆     ☆

357 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:12:50 ID:DM6Pm.mI0
(7)the lily bells

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「お待たせ」

 トレイを抱えてスパムが戻ってくる。二つ置かれたコーヒーから湯気がたゆたっていた。
 ひとつがニュッ君の前に置かれる。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「気に入ってもらえるかな」

 さっきも言っていたことを、スパムはまた口にする。
 ニュッ君は小さく首を振った。

 答えの代わりに一口含む。
 芳醇な香りが呼気とともに肺へと届く。
 熱いコーヒーが沁みる。

358 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:13:50 ID:DM6Pm.mI0
( ^ν^)「俺も、味なんてわかんねえっすよ。でも」

 コーヒーカップにはまだ半分ほど残っている。
 コースターに戻すと、コーヒーがわずかに波打った。

( ^ν^)「いい香りだと思います」

 自然とニュッ君の口許に笑みが浮いた。
 スパムの顔が明るくなった。ほっとした様子で、「良かった」と呟いた。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「それじゃ、私も飲もうっと」

( ^ν^)「あ、待ってください」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「?」

359 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:14:50 ID:DM6Pm.mI0
 ソファに座りかけた姿勢でスパムが固まる。

( ^ν^)「さっきの答え、の前にちょっと昔話してもいいですか。飲みながらでいいので」

 スパムが小首を傾げる。
 その顔が柔和なことをニュッ君は肯定と受け止めた。

 スパムは静かに腰を下ろした。
 それを合図に、ニュッ君は口を開く。

( ^ν^)「俺がヘルセの学校に通ったのは、俺が養子に出された次の年です。
      デミタスに会ったのと、入学したのと、時期として三ヶ月も離れていませんでした」

( ^ν^)「俺、その頃はまだまだ世間に馴れていませんでした。知り合いもデミタスだけで、そのデミタスだってまだ知り合ったばかりで。
      学校では落ち着いて見えていたのかもしれないけれど、単純に人が怖かっただけです。
      誰かと関わるのが怖くて、必要最低限のことしか言わないように努めていました」

360 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:15:50 ID:DM6Pm.mI0
( ^ν^)「そんな俺には友達もできるわけなくて、帰り道もいつも一人でした。
      デミタスの喫茶店、ロッシュは街の外れの山際にあったから、いずれにしろ民家の少なくなる場所ではあったんですけれど」

( ^ν^)「その途中、山から流れてくる川縁に、スズランの花畑がありました。
      その周りには本当に誰もいなくて、静かで、川のせせらぎと草花のさざめきしか聞こえなかった。
      初めはただ横の道を通り過ぎていたんです」

( ^ν^)「ある日、そこで音を聞いたんです。低く震えるような、動物の声。
      何かがいる、そう思ったら興味が湧いて、花畑の中に足を踏み入れたんです」

( ^ν^)「あとで知ったことなんですけれど、スズランって毒草なんすよね。
      山沿いの辺鄙な場所だったし、人が寄りつかなかったのも、毒のせいだったんだと思います。
      でもとにかく、人の気配が全然無くて、静謐で、俺はその場所が気に入りました」

( ^ν^)「学校で嫌なことがあったときとか、なんとなく苦しかったときとかに、何度か通い詰めました。
      帰り道にスズランを見ながら、岩に腰掛けて一人黙考したんです。いろいろと取り留めの無いことを」

361 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:16:50 ID:DM6Pm.mI0
 ニュッ君は言葉を切ってコーヒーを啜り、喉と唇を潤した。
 ほろ苦さが残り、言葉を続ける勇気をくれた。

( ^ν^)「俺はそのスズラン畑で、スパム先生と会いました。覚えていますか、先生」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「・・・・・・ええ」

 聞き役に徹していたスパムは、視線をわずかにずらしながら頷いた。

 一年目からニュッ君の担任だったスパム。初めて顔を合わせたのも学校の中だ。
 そのときは何も感じなかった。
 学校の先生というひとつの立場、自分らを育てる役割の大人、それだけがニュッ君の、彼女に対する評価だった。

 そのスズラン畑に行くときまでは。

362 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:17:50 ID:DM6Pm.mI0
( ^ν^)「俺は何も言いませんでした。弱音を吐くなんて性に合わないし、何を言えばいいのかも考えなかったし、ただ黙って岩に座っていました。
      そんな俺の傍に、先生も何も言わずにいてくれました。あれ、良かったです。気持ちが楽になりました」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「それこそ大したこと、なんにもしていないけれど」

( ^ν^)「それでいいんです。とやかく言われたり、変に気を遣われたり、まして慰められたりしたら、俺はきっと先生のこと嫌いになりました。
      ただ傍にいてくれたから、安心できたんです。あの頃の俺は本当にガキだから何も言えなかったけど、今なら言えます」

( -ν-)「ありがとうございました」

 頭を下げた。
 人に礼を言う、なんて滅多にないことだ。声が上ずりそうだった。

 これだけはなんとしても言いたかった。
 言うためだけにこの家に来た、といっても過言ではない。

 そう言い切ることができたら、どんなに嬉しかっただろう。

363 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:18:51 ID:DM6Pm.mI0
 下げた頭の瞳で見えた。
 テーブルに入った罅、崩壊している片側。
 コーヒーカップも、比較的綺麗なのを持ってきてくれたのだろうけれど、縁のところが欠けていた。

 顔を上げたら視界が晴れた気がした。

 重荷が下りたからか。
 それとも覚悟ができたからか。

 余計なものがたくさん見える。

 壁にある罅、割れたガラス窓。砕けたロッカーの下にはちぎれた衣服の切れ端が見える。
 カーテンの裾もちぎれていて、床にはいくつもの裂傷が見えた。

 見えないはずがなかった。
 いくら誤魔化そうにも、見逃しきれない、明らかな崩壊の兆し。

364 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:19:50 ID:DM6Pm.mI0
( ^ν^)「先生、どうか正直に答えてください」

 ニュッ君はソファから身を乗り出した。
 両手をついてスパムへと肉薄する。

 スパムは顔を俯かせていた。
 聞いているのかわからないが、それでもニュッ君は言った。



( ^ν^)「先生は、魔人ですよね?」

 確たる証拠があるわけじゃない。
 それでも、ヘルセの街にいたときから薄ぼんやりと察していた。

365 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:20:50 ID:DM6Pm.mI0
 どうしていつも、スパムは山間の花畑にいたのか。
 他の先生方と交流せず、人気を離れて潜んでいたのか。

 最初の勤務地がヘルセで、ショックだったとかつて言っていた。
 だが本当にショックなら、都合八年も居座るものだろうか。
 辞めるきっかけも結婚という、半外的要因。それさえなければスパムは今もヘルセの街にいただろう。

 そして、最初にスズラン畑に訪れたとき耳にした、低く震えるような声。
 毒草の群生地に、野生の動物はまず寄りつかない。
 ましてあの奇妙な声は他の場所では全く聞いたことがない。

 スパムが何も言わなかったのは、本当にニュッ君への配慮だけだったのだろうか。
 その口を開いたら、人間の声とは違う種類のそれが出てしまうからだったのではないか。

 引っかかった理由といえばそれくらいのものだ。
あとは長年話していた期間が直感を育んでくれた。

366 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:21:50 ID:DM6Pm.mI0
 だが、追求する気は、ヘルセにいる間はついぞ起こらなかった。
 スパムはニュッ君にとって支えだった。
 何も言葉を交わさなくても、傍にいるだけでありがたい存在。それを手放せるわけはなかった。

 ヘルセの街の中だけで生きて、他になんのしがらみもなかったニュッ君にとって、スパムは自分の味方と言っても良かった。

 時を経た今、敢えて追求をした。
 スパムが大切だからこそ、その身を心配してのことである。

( ^ν^)「いいっすか、スパム先生。聴いてください。義勇兵は近いうちに強硬手段に出ます。
 許可の有無関係無しに、大規模な探索が強制的に行われ、全ての魔人が隔離されます」

367 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:22:49 ID:DM6Pm.mI0
 首都の中にはまだ、元々住み着いていた魔人の半数が残っている。
 今のところ、サイレンで凶暴化していなかった者は、家から出ないことを条件に居住を赦されていた。

 が、やがて警備兵は安全という理由を楯にし、市内の魔人を一斉に魔人を摘発する。
 内々にその決定がなされようとしていた。

 ブーンのことが気になって警備兵の動向を探るうちに、ニュッ君はこの市政府のこの動向に気づいた。
 重点探索地域の情報も入手済みであり、そこには、かつてスパムからもらった手紙の中で示されていた場所が示されていた。
 慌てて古い荷物を漁り、捨てるかどうか思案していたスパムからの案内状を握りしめ、この家へと辿り着いたのであった。

( ^ν^)「警備兵は早ければ今日の夜にでも進行してきます。
      今ならまだ間に合います。落ち着いて、教会へ行きましょう。
      自ら申し出る魔人と逮捕される魔人とは待遇が異なります。逮捕されたら、きっともう市民として認められない」

368 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:23:50 ID:DM6Pm.mI0
 話しながら、ニュッ君の脳裏には五日前のブーンの姿が浮かんでいた。
 魔人を救おうとする彼を、ニュッ君は諫め、キャンプから追い出した。

 だが、今の自分も、魔人を助けようと躍起になり、思いついた案を口にしている。
 魔人を救うための提案。人間側のルールに則っているとはいえ、それが魔人に襲われる人間として不似合いな気持ちであることは変わりない。

 自分はブーンとは変わらない。
 だからあの人のことを、諫めつつも嫌いになれない。
 ニュッ君はそう気づきながら、今はスパムの顔に集中した。

 そこには諦観がありありと浮かんでいる。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「同じだよ。魔人はみんな、人とは違うもの。怖がられた者は、みんな遠くに追いやられちゃうからね」

 ようやく開いたスパムの言葉は、投げやりな調子でも合った。
 自分の推測が当たっていたことを感嘆する暇もなく、ニュッ君は先を急いた。

369 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:24:50 ID:DM6Pm.mI0
( ^ν^)「それでも、捕まっちゃダメです。酷い目に遭わされますよ」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「そうだろうね」

(#^ν^)「なに達観してるんすか! こっちは必死で――」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「スズラン畑、懐かしいな」

 ニュッ君の言葉がまるでとどいていないかのように、スパムがあっさり話題を変える。
 苛立つニュッ君を横目に、スパムが曖昧な笑みを浮かべた。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「あたしの本能でね、スズランは危険な植物だってわかっているの。遺伝子に組み込まれているんだろうね、そういう情報が。
      だけど、そういう危険と向き合わないと、克服しないと、普通の人にはなれないの」

370 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:25:50 ID:DM6Pm.mI0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「スズランだけじゃないよ。最初はコーヒーも、紅茶も、人間が作るもの全部あわなかった。
      全部本能的には毒薬で、人間とは違う身体だって身に染みていた。それでも克服したかった。
      人間の社会の中で暮したかったから」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「かつてこの国では、確かに魔人は敬われていた。神様の使者だから、人間を導く特別な人たちだから、って。
 でもね、あたしみたいに、人間の世界に興味を持った魔人には、その敬いは邪魔だった。
 今みたいに嫌われてしまっても、前みたいに畏れられても、同じなんだよ。身分を隠さないと、あなたたちは私を同種とみてくれない」

ヽiリ,,-ヮ-ノi「ま、それも仕方ないのかもね。事実なんだから。
 こんな興味を抱いちゃったのがそもそもの間違いだったんだよ」

 スパムは目を伏せ、笑っていた。声はなく、鼻を鳴らす音だけがある。
 薄目を開いて、下を向いたまま、その口は徐々に閉じていった。

ヽiリ,,゚ー゚ノi「みんな、あの人のせいなんだから」

371 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:26:50 ID:DM6Pm.mI0
( ^ν^)「あの人?」

ヽiリ,,゚ー゚ノi「私の夫。昔からお世話になっていた人なのよ。人間のことをたくさん教えてくれたの」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「せっかく買った家をこんなに壊しちゃう前に、さっさと現実を教えてくれたら良かったのに、馬鹿みたい」

 諸手を挙げたスパム。真上には天井があり、その端には穴が開いている。
 そこもまた、彼女が壊した跡なのだろう。空が見えていた。
 ニュッ君が歩いてきたときからまた一段と濃くなった雨雲が、今にも泣き出しそうに唸っていた。



     ☆     ☆     ☆

372 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:27:50 ID:DM6Pm.mI0
(8)司教と趣味の店



 フューム、煙。たゆたうそれは店の中に充満していた。
 匂いからして煙草。それも香草の甘い香りが混ざっている。
 息は詰まるが深追いしたくなる匂い。それらはフォックスが手に持つ煙草からも漂っていた。

 遊技場と呼ぶのが一番適しているだろう。
 奥の方からビリヤード台、ダーツのスペース等が建ち並び、壁一面にはワインセラー。バーカウンターも設置されている。

(グー゙ル「腹減ったー、おやつまだかー」

(・く(#ハリ「お前は大して動いてなかっただろ」

(グー゙ル「外に出れば腹は減るのだー」

 先ほどまで戦っていたことや、周りの建物が廃墟同然であることを踏まえれば、暗い話題であってもおかしくないところ
 顔を腫らしたハクリも、グルーも、すでに気楽な無駄話ができるほどに回復していた。
 食事の話が一段落つくと、昼に食べた料理や昨夜のダーツの成績など、他愛の無さに拍子抜けしてしまう。

373 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:28:50 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「・・・・・・」

ξ゚⊿゚)ξ「・・・・・・」

 数席を置いて離れた場所に、ブーンとツンは並んで座っていた。
 二人の前には水の入ったグラス。お互い一口だけ飲んでいる。

 フォックスからは、とりあえず待て、と言われていた。
 まさか遊ぶわけにもいかず、座って休息。目立った傷はないものの、ブーンはひしひし疲労を感じていた。

ξ゚⊿゚)ξ「ねえ」

( ^ω^)「ん?」

374 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:29:49 ID:DM6Pm.mI0
ξ゚⊿゚)ξ「あんた、随分強いじゃない。どこかで鍛えたの?」

( ^ω^)「だと思う」

ξ゚⊿゚)ξ「思う?」

 ブーンは、掻い摘まんで説明をした。
 記憶がないこと、それを探す旅を続けていること。身に覚えのない強さが身体に備わっていること。

 経緯について話した人の数は多くない。
 表だって誇示するような内容でもない。その上、返って弱みと捉えられることもありえる話題だ。
 例えば記憶について、手がかりがあるとでも仄めかされれば、ブーンはそれを探るだろう。
 たとえそれがブーンを嵌めるための罠だとしても、ブーンを誘き寄せる効力は高い。

 その点、ツンにはすんなりと打ち明けた。
 わずか数時間一緒に歩いた程度で信頼するのは愚かしいことかも知れない。
 だが、真剣に話を聞くツンの姿は、その手の不安をブーンの胸中から払拭してくれた。

375 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:30:49 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「言い忘れていたんだけど」

ξ゚⊿゚)ξ「うん」

( ^ω^)「さっきはどうもありがとう。アシストが無かったら結構厳しかったよ」

 先の戦闘。ブーンがハクリの許に飛び込めたのも、ツンが作った隙があったからだ。

ξ゚⊿゚)ξ「何も聞かずにあいつらが襲ってくるものだから、ついね、やっちゃった」

( ^ω^)「あれは、“ふしぎなちから”なんだよね? ハクリもグルーも能力を使っていた。
 君たちは全員、ここの店主さんと契約しているってことなのかな」

ξ゚⊿゚)ξ「ああ、そう見えるでしょうね。でもちょっと違うのよ」

376 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:31:53 ID:DM6Pm.mI0
 そう言うと、ツンは腰元にあった杖を、帯を解いて持ち上げた。
 素材のわからない、端麗な杖。先端の円と十字は今は光りも動きもしていない。

ξ゚⊿゚)ξ「あたしは契約をしても能力は使えないの。性質が備わっていないから。
 あそこのグルーもハクリも同じ。魔人の中では“出来損ない”って呼ぶ奴もいるわ。
 契約をしても人の役には立てない、って意味でね」

ξ゚⊿゚)ξ「でも、あるとき魔人の学者がこの杖を発明した。
 魔人の能力を、契約無しで執行する杖。個人の性質を無視できるのよ」

 カウンターまで持ち上げた杖は、揺れると甲高い音を発した。
 円と十字。思えばそれは、大聖堂やこれまでブーンが通ってきた教会の天辺にも掲げられていた記号にも似ている。

( ^ω^)「“出来損ない”か。知らなかったな。魔人の中にも差があるんだね」

ξ゚⊿゚)ξ「普通、人には言わないけどね。言っても良いことなんて無いし。
 あんたは信じられそうだから言っておく。助けてもらっているし、ここにも無事に来られたし」

377 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:32:52 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「襲われたけどね」

ξ゚ー゚)ξ「それも含めて。傍から見ている分には結構楽しかったわよ?」

(;^ω^)「はは、そうですか。そりゃ良かった」

 話の区切りに、ブーンはコップを飲んだ。
 水が一気に半分なくなる。

 そこへ折良くフォックスが店の奥から出てきた。

爪'ー`)「待たせたね」

 抱えていたトレイから、小皿を選り分ける。
 それぞれには小さな焼き菓子が載っていた。

(・く(#ハリ「イチゴのタルトですか。よく材料が手に入りましたね」

爪'ー`)「まだまだ在庫はあるよ」

(グー゙ル「くれー、はやくくれー」

378 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:34:04 ID:DM6Pm.mI0
爪'ー`)「ツンと、君にもできているから」

 各人の前にタルトが配られ、カウンターの向かいに立ったフォックスは、続いて棚から瓶を捕りだした。
 手早くグラスを取り出して、人数分のそれらを混ぜ合わせる。
 カウンターの上に置かれたそれの匂いを嗅いではじめてピンとくる。ココナッツミルクだ。

爪'ー`)「君らも早くお酒を飲めるようになるといいな」

ξ゚⊿゚)ξ「そろそろいけるんじゃないですかね」

(グー゙ル「やってみましょうよ」

(・く(#ハリ「何の根拠も無いだろう」

( ^ω^)(僕、道中ちょくちょく飲んでたな)

 ココナッツミルクからは湯気が立ち上っており、温かさを感じさせた。

379 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:34:50 ID:DM6Pm.mI0
爪'ー`)「記憶がないんだって?」

 最後のグラスをブーンの前に置いた折にフォックスは尋ねた。
 ブーンは頷いた。

爪'ー`)「そうか。どこかの軍隊にでも所属していたような太刀筋だったが」

( ^ω^)「そうなんですか?」

爪'ー`)y‐「まあね、こうみえて元々は軍人だったから」

 口に煙草を含んだまま、フォックスはカウンター向こうの椅子に座った。
 横を向いて煙草を離し、煙の塊が宙を漂う。

爪'ー`)「ちょっと話してもいいかい? 長いかも知れないけれど」

( ^ω^)「いいですよ。聞いてみたいです」

爪'ー`)「ありがとう」

380 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:37:18 ID:DM6Pm.mI0
 そう言うと、フォックスは視線をやや上へと向けた。

爪'ー`)「軍といっても暇な仕事だった。戦いなんてつい最近までどこにもなかったからね。
 国境防衛が関の山。あとは趣味で剣術や格闘術を独学しながら、一日一日を気長に過ごしていた。
 暇ってのは、堕落への道だ。煙草の味もその頃に覚えた。聖職についた今でも、こればっかりはやめられない」

 煙草を揺らすと煙も揺れる。
 フォックスの気怠げな顔が煙の向こうで微笑んでいた。

爪'ー`)「戦いがなくても、小競り合いくらいはあった。運が悪い奴がそういうのに当たる。
 俺の弟も場末の遊び場でつまんない喧嘩をして、勝手に報復された。
 まずいことに相手は国軍のお偉いさん。表だっては問われなかったけど、俺はあっという間に居場所を無くしたよ」

 低めのゆったりしたトーンは煙の揺れと調和していた。
 薄暗いバーの灯りがその雰囲気を保っている。
 隣でグルーとハクリがタルトを頬張り始めていたが、ブーンとツンはグラス片手に聞き入っていた。

爪'ー`)「しばらく仕事を転々として、世間に嫌気が差して洗礼を受けた。
 剃髪、祈り、修行・・・・・・とにかく世の中を脱したくて、熱に浮かれたように真面目に取り組んだ。
 気がつけば司祭、その次は司教。それくらいになれば地域統括の教会に赴任される。そこでもまた随分真面目におつとめをした」

爪'ー`)「グルーやハクリ、ツンとも、その教会で出会ったんだ」

381 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:38:19 ID:DM6Pm.mI0
 煙草を持った手の甲がツンの方へと傾ぐ。
 グラスを口元に寄せていたツンは、首肯して、言葉を継いだ。

ξ゚⊿゚)ξ「本当にお世話になりました。二年ほどの間に、いろんなことを学べた気がします」

爪'ー`)「うん、まだ終わってないから過去形にするのはやめなさい」

ξ゚⊿゚)ξ「まだ終わりそうにないんですか」

爪'ー`)「教会本部からの通達が来ない限りはね。と、ブーンさんにもわかるように言ってやらなきゃ」

 改めて、フォックスがブーンに向き直る。

爪'ー`)「ブーンさん、今更だが、俺は人間の聖職者だ」

 自分を指差してフォックスは言う。それからツンを指差した。

382 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:39:17 ID:DM6Pm.mI0
爪'ー`)「ツンはウサギの魔人、奥の二人はイヌだ。
 共通点がいくつかあるが、重要なのは、全員杖無しには『ふしぎなちから』が使えない」

( ^ω^)「さっき、ツンからも聞きました」

爪'ー`)「本当に? 随分気前がいいじゃないか、ツン」

ξ゚⊿゚)ξ「ブーンは大丈夫です」

爪'ー`)「・・・・・・ふうん。まあいいや。どうして使えないかは、聞いたかい?」

( ^ω^)「いえ・・・・・・」

 フォックスの目がツンを一瞥する。
 ツンは頷いてから、グラスを置いた。ココナッツミルクにはまだあまり手はつけられていなかった。

ξ゚⊿゚)ξ「例えば、呼吸をする。これは人間が活動するために必要なの。
 最近テーベの学者も発見していたけれど、人間は酸素を取り込んで、その助けを借りてエネルギーを作り出すのよ」

383 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:40:26 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「ほえー、詳しいね」

ξ゚⊿゚)ξ「世界のニュースとか読むと楽しいものなのよ。
 で、私たち魔人には、人間とは別のエネルギー源があるの。これを私たちは“オル”と呼んでいる。
 酸素と同じように、空気中にある。目には見えないエネルギーの基。普通の魔人はそれらを受容し、エネルギーへと変換する」

ξ-⊿-)ξ「そして、使う。これがふしぎなちからと呼ばれているあの現象よ。
 その作用は基本的に、“オル”への働きかけなのよ。物を動かしたり、力を付与したり。固めたり。
 人間は感知できないから不思議に見えているだけ。理論はあるわ。もっとも、複雑な力は魔人の学者に秘匿されてしまっているけれど」

ξ゚⊿゚)ξ「そんな力を与えられなかったのが、出来損ないの私たち」

 最後にトーンを落としたツンに変わって、今度はフォックスが話を継いだ。

爪'ー`)「力を使えない魔人は一定の割合で存在している。各国によって対処は違うだろうが、メティスでは彼らは全て教会の管理下に置かれる。
 教会から支給される円と十字の杖は“オル”を蓄える補助具だ。それがあるから君らも人の役に立て、ってね」

ξ゚⊿゚)ξ「司教は出来損ないって言わないよね」

爪'ー`)「言いたくないんだ。差別用語だから」

 口を突き出してフォックスが言う。口の端には微笑みが浮かんでいる。対するツンも気軽そうで、親しい間柄が察せられる。

384 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:41:36 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「お二人はどういう関係なんですか」

爪'ー`)「俺は司教、兼指導者。ツンは助手で、兼指導対象者」

 要するに、とフォックスの言葉が続く。

爪'ー`)「能力を使えない魔人にも、大きく分ければ二つのグループがある。自分の身分を弁えた奴と、教会に反発し続ける奴。
 ツンも長いこと反発を通してきたらしい。な?」

ξ゚⊿゚)ξ「・・・・・・ええ」

 これまた面白くなさそうにツンは頷いた。

爪'ー`)「それを教会が見つけて、俺のところへ送り込んできた。
 俺の経歴が変わっているからか、どうも教会は俺を指導者として評価しているみたいなんだ。
 だから俺の区域には所謂問題児が多い。俺のところで信仰を学び、改心したら送り返される」

( ^ω^)「送るって、どこへ?」

爪'ー`)「エウロパの森だよ。そこには、心の清らかな魔人の集まる村がある。
 問題児たちも、改心したらそこへと送られる。そのあとは知らないけど、人の役に立つ仕事に就くらしい」

385 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:42:34 ID:DM6Pm.mI0
 この国の北側に広がる、エウロパの森。
 その名前を耳にしたことはブーンにももちろんあった。
 彼の記憶が始まったとき、その北辺に広がっていた森のことだ。

( ^ω^)「・・・・・・・・・・・・」

 両肘をカウンターに置き、グラスを一口。
 甘い柔らかな香りが広がった。

( ^ω^)「ツンもいずれそこへ?」

 ツンは言葉ではなく、首を横に振ることで態度を示した。

ξ゚⊿゚)ξ「あたし、聖職が性に合っているみたいなの。助手の仕事もやめたくないし、まだ戻りたくない」

爪'ー`)「どの口がいってるんだか」

 せせら笑うフォックスの口元からぷかぷかと煙が漏れた。

386 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:43:35 ID:DM6Pm.mI0
爪'ー`)「君の場合は森に戻りたくないんだろう。あそこには自由なんてないんだから」

( ^ω^)「自由?」

爪'ー`)「そういう噂だよ。僕は人間だから、詳しくはしらないけれどね。魔人の方が知っているだろう」

ξ゚⊿゚)ξ「あいにく、細かいことは何にもしらないの。ずっと避けてたから」

 ツンが一段と冷え切った声で言った。
 エウロパの森の話題が出てから、ツンの態度が明らかによそよそしくなった。
 恨み言が募っている様子がありありと伝わってくる。

爪'ー`)「君の経緯はよく聞いている」

 やや時間を置いてから、フォックスが話し始めた。

387 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:44:42 ID:DM6Pm.mI0
爪'ー`)「かつて、メティスの東方にあったというコミューン“ジンユィ”。
 エウロパの森の魔人たちが立ち入ったのは、君が五歳のときだったか。
 その危難を脱すると、君は人間社会へと隠れた。当時健在だったラスティアで、運良く従者見習いとしての身分を得、住み込みで働いた。
 ラスティアがマルティアの所領となるとテーベへと流れ、やがてエウロパの森に帰還。更正のために俺のところへ来た」

爪'ー`)「酋長から聞いた君の経緯を聞くとね、目に浮かんでくるんだよ。
 魔人のしがらみから必死に逃れようとしていた、お前の姿が」

 あいかわらず、口の端には微笑みが浮かんでいる。
 しかしその視線は揺るがずツンを捉えていた。

 ツンはグラスを両手で握っている。
 残り少なくなったココナッツミルクを包み込むようにしておさえ、見つめていた。

ξ゚⊿゚)ξ「それを認めるわけにはいきません。
 余計なことはしたくありませんし、されたくもありません。
 だからどうか、黙っていてください」

爪'ー`)「・・・・・・ああ」

388 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:45:34 ID:DM6Pm.mI0
 小さな返答が聞こえてくると、ツンの手にこもっていたちからがいくらか緩んだようだった。

爪'ー`)「またそうやって強いことを言う。お前はいつだってそうだ。教会にきたときから、昔から」

ξ゚⊿゚)ξ「悪い?」

爪'ー`)「いいや別に。ただ、いつかは落ち着いてほしいけどね。指導者としてそれだけは望むよ。
 妥協っていう言葉もあるんだし、それは決して悪いことじゃない。使い処を間違えなければ」

 身を乗り出そうとしたツンの前に、フォックスが「さてと」と口を挟む。

爪'ー`)「疲れたろう。しばらくゆっくりしてくれ。ただし、今日は客人が来る予定だから、それまでだけど」

 フォックスはカウンター席から離れた。室内に流れる低い音楽に合わせて手を振りながら、グルーとハクリの許へ向かった。
 話し込んでいた二人の間に割って入るフォックス。冗談を飛ばしたらしく、笑いあっていた。

389 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:46:43 ID:DM6Pm.mI0
 薄暗い店内の雰囲気にも馴れて、ブーンは背もたれに寄りかかった。
 レザーの座椅子が軋む。それすらも趣がある。柔らかすぎず、固すぎず。

ξ#゚⊿゚)ξ「ふん、何が妥協よ」

 フォックスに聞こえない音量で、ツンが口を尖らせた。
 ブーンに話しているというよりは独り言に近い。

ξ#゚⊿゚)ξ「司教自身、妥協できないことがたんさんあったんでしょうに。
 転職しまくっていた時代に見つけたこのお店をこっそり維持していたのは何だっていうのよ。
 やりたいことを忘れられなかったから、人まで雇ってお店を存続させていたんでしょう。
 首都に来てサイレンに巻き込まれたからって嬉々として経営のまねごとなんかして。お客なんて私らくらいしかいないってのに」

 ココナッツミルクが一気にあおられ、空になったグラスがカウンターの脇に避けられる。
 続いてタルトに手を伸ばしながら、ツンはブーンを今一度見つめた。

ξ゚⊿゚)ξ「・・・・・・飲まないの?」

( ^ω^)「え? ああ、いや」

390 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:47:39 ID:DM6Pm.mI0
 ブーンのグラスにはまだココナッツミルクが残り、イチゴのタルトも手つかずだった。
 持ち手を握れば容易に揺れて、間接照明を乱反射する。歪みがなおるとブーンの顔が浮かびあがった。
 常に笑みが絶えない顔。

( ^ω^)「僕にはこの国の魔人についての知識なんて知らなかったから。
 教会が魔人を管理する。そんな仕組みも知らなかった。やがて送られる、森って場所についても」

ξ゚⊿゚)ξ「あたしたちも、何も知らないよ。ただそういうルールが不文律としてあるってだけ」

( ^ω^)「誰が決めたんだろう」

ξ゚⊿゚)ξ「さあ・・・・・・魔人のお偉いさんは、だいたい森にいるらしいけどね」

 そう続けると、ツンはカウンターに突っ伏した。
 手の力が抜けたかのように、腕を突っ張って大きく溜息をついた。

ξ゚⊿゚)ξ「ブーンさんは人間だから、面白くもないでしょう。こんな魔人の内輪話」

( ^ω^)「・・・・・・」

ξ゚⊿゚)ξ「あたしも人間になりたかった。ずっと、そう思っている。昔も、今も」

391 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:48:34 ID:DM6Pm.mI0
ξ゚⊿゚)ξ ・・・

ξ ⊿ )ξ「きっと森へいったら、もう後戻りできないのよ。あたしは魔人って、決まっちゃうの」

 垂れ落ちた獣の耳がカウンターへと垂れて広がる。
 ウサギのそれとはいえ、異形は異形。人との違いが現れている。

 ツンが受けてきた悲しみがひしひしとブーンに伝わってきた。
 差別意識なんてものは、社会がある限りついてまわる。いつの時代もきっと同じだったのだろう。
 300年前にやってきた魔人も、同じように迫害されたのだろう。

 更正施設としてフォックスのもとへ送られてくる魔人たち。
 国中から集められた問題児たちのうちにツンもいる。
 なぜなら自分が魔人であることを認めなかったから、と推測できた。

 フォックスとて骨を折っただろう。
 一筋縄でいく女の子とはとうてい思えない。

 嫌なものは嫌だと良い、良い物は良いという。
 ブーンが思い描いたツンの像は、まさしくそんな強い姿。

 だからこそ、今傍らで見せているような弱気な顔は珍しかった。
 今日会ったっばかりだというのに、そう感じるのも不思議なものだが。

392 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:49:35 ID:DM6Pm.mI0
 できれば彼女から、なるべく目を離したくない。
 記憶じゃない、ブーンの身体のどこかでそんな気が起きている。

ξ ⊿ )ξ「ねえ、ブーン」

 そのときだけ、ツンの雰囲気が変わっていた。
 深刻なことのように、声を低くして、絶対に誰にも聞こえないように。

 ツンは顔を手で覆っていた。
 片手でもその顔つきはわからない。目元だけ隠してしまえば、その本心は誰にも見えない。

 やがてツンは口を開いた。

ξ ⊿ )ξ「お願い、教えて。何のことだかわからなくてもいいから、答えて」

( ^ω^)「・・・・・・」

ξ ⊿ )ξ「あなた、本当に何も憶えていないの?」

393 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:51:00 ID:DM6Pm.mI0
 空気が薄くなった気が、ブーンに起きていた。
 どうしてそんな気がするのかはわからなかった。
 身体が心に先行して、張り詰めた空気を感じていた。

 ブーンは何も答えなかった。
 かろうじて、僅かに首を横に振る。

 ツンが溜息をつくのがわかった。
 息を止めていたらしい。

 謝ろう、とブーンは思い立ち、口を開こうとした矢先。
 ツンが「それじゃ」と言葉を挟んだ。



 頬を伝う涙が、

 指の隙間から垣間見えた。







ξ;⊿ )ξ「良かった。うまく・・・・・・いったのね」

394 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:51:57 ID:DM6Pm.mI0
 すぐにまた指に覆われてしまった。
 鼻を啜る音もなく、顔色だって変化はない。
 それでもブーンは彼女が泣いていることを確信した。

 どうしてかはわからない。
 が、ブーンの胸中にも冷たい感覚が広がる。
 それの名前は、おそらく嘆きだ。

 天啓があった。

 ツンは自分を知っている。
 理由などなくても、確信が湧いた。

( ^ω^)「それって」

 続けようとした言葉が、別の怒鳴りで遮られる。

(・く(#;ハリ「どういうことですか、それは」

395 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:53:08 ID:DM6Pm.mI0
 振り向けば、ハクリが身を乗り出してフォックスに詰寄っていた。
 グルーも青い顔をしている。穏やかな雰囲気ではない。

(ク;゙ー゙ル「奥に引きこもって何をしているのかと思えば、手紙を書いていたんだ・・・・・・」

(・く(#;ハリ「相談も無しにですか」

爪'ー`)「・・・・・・そうだな」

(・く(#;ハリ「俺らがどれだけあそこを嫌っているか、知らないわけじゃないでしょう」

 いきり立つハクリがカウンターを叩く。グラスが揺れ、零れそうになる。
 凄みを加えてフォックスを睨み付けていた。

爪'ー`)「仕方ないんだ。このバーだっていずれ国軍か義勇兵に立ち入られる。
 そうなったら君たち魔人が無事でいられる保証はない。無能力とはいえ、人にとって脅威となりうるのだから」

396 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:54:12 ID:DM6Pm.mI0
(・く(#;ハリ「そんなの、いくらだって耐えられる!
 森に連れて行かれるくらいなら、ここで一暴れした方がずっといい」

ξ゚⊿゚)ξ「ちょっと」

 突然ツンが割り込んで、その場の視線が彼女に集中する。
 気圧される風でもなくツンが続けた。

ξ゚⊿゚)ξ「司教、今の話は本当ですか。私たちが森に連れて行かれるって」

爪'ー`)「・・・・・・ああ。すでに話はつけてある」

ξ゚⊿゚)ξ「酋長が、ここに来るってことですか」

爪'ー`)「そうだ。この街に来ているという連絡だけ受け取っている」

397 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:55:00 ID:DM6Pm.mI0
ξ゚⊿゚)ξ「そう、ですか」

(・く(#;ハリ「だから勝手に連絡するなって」

(グー゙ル「落ち着いてよ、ハクリ。司教の言うことも一理あるよ」

 二人の魔人が騒ぎ立てるのを横目に、ツンが顔を俯かせている。
 顔は窺えず、見えているのは口元だけ。

ξ ⊿ )ξ「そう」

 何を思っているのだろう。
 落ち込んでいるようでもあり、怒っているようでもある。
 そしてとても不思議なことに、笑んでいるようにも見えた。

( ^ω^)「あの」

 今の表情の意味か、先ほどの問いかけの続きか。
 言おうとした言葉の続きは、ついぞ出てこなかった。

398 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:56:04 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^) !
ξ゚⊿゚)ξ !

 音。
 二人同時に顔を上げた。

 地面を揺るがすほどの大音量。
 話し声も遠ざかり、代わりに周期を帯びたうねりが蔓延る。
 高く、遠く。
 この世のものとも思えない、叫びのような音が届く。

 サイレン。

 その音を聞いた魔人は正気を失う。

(;^ω^)「ツン!?」

ξ;゚⊿゚)ξ「あたしはまだ何も起きてないわ」

399 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:57:02 ID:DM6Pm.mI0
(ク;゙ー゙ル「チッ」

 グルーが舌打ちをする。

(・く・;ハリ「今日はお前か」

(ク;゙ー゙ル「ああ、頼んだよー。“接着”!」

 余裕のない声を残して、グルーは杖を振りかざす。
 淡い緑の光が彼の身体を包み込むと、彼の手足が身体に貼り付いた。

(・く・ハリ「杖は引き剥がす」

 ハクリのナックルがグルーを衝いた。
 杖がくるくる宙を舞う。

 グルーは苦悶の表情を浮かべたまま佇み、やがて物同然に倒れた。
 板張りの床に石をぶつけたような重い音が響いた。

(・く・ハリ「牢へ連れて行きます」

爪'ー`)「手伝うよ」

400 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:58:00 ID:DM6Pm.mI0
 ハクリとフォックスに抱えられ、グルーは固まったまま奥の扉へと連れ込まれる。
 真っ暗闇の中に、灯りがいくつか見えていた。
 鉄格子が遠くにある。

 手慣れている。それがブーンの所感だった。
 サイレンが初めて鳴ったときから日が経っている。対策が講じられるのも道理だろう。
 とはいえ、つい先ほどまで歓談していた兄弟を瞬く間に処理する手腕には舌を巻きたくなる。

 サイレンはすでに止んでいた。
 火災が起きたのか、人的な警報がどこかで鳴っている。
 人の少ない地域だったために音は少ないが、市街の方は大騒ぎに違いない。

( ^ω^)「僕も戻らないといけないかもね。義勇兵にも招集が掛かるよ」

ξ゚⊿゚)ξ「そうね。急いだ方がいいかも」

401 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:58:38 ID:DM6Pm.mI0
爪'ー`)「待ってくれ」

 奥から戻ってきたフォックスが、ブーンを見据えた。

爪'ー`)「酋長が君に会いたがっている」

 フォックスが言い、ツンが息をのんだ。
 憤りが感じられる。

 それが何を意味するのか、ブーンにはまだわからなかった。

 店の薄いガラスに、雨粒のあたるのが聞こえてきた。
 曇り空は雨雲へと変わっていたらしい。

 冷たい雨がしとしとと、首都を包み込み始めていた。



     ☆     ☆     ☆

402 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/08(日) 23:59:40 ID:DM6Pm.mI0
(8)rain dear





ED Romance de Amor(愛のロマンス/映画『禁じられた遊び』より)
https://www.youtube.com/watch?v=Xw4CJDknHSY





.

403 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/09(月) 00:00:33 ID:akbUVHvM0
 この日、サイレンの音は荒廃した首都に容赦なく響き渡った。
 発症した魔人は数知れず。住まいを自ら破壊して、崩れた暖房器具から火の手が昇り、黒煙を上げた。

 それは、ニュッ君がいたあの新居でも同じだった。

( ^ν^)「・・・・・・ってえ」

 頭をおさえる。掌には血が滲んだ。
 落ちてきた家具に当たったらしい。大怪我ではないが、軽い眩暈が生じた。

 しかし、それはどうでもいいことだ。
 それ以上の衝撃が、目の前に広がっているのだから。

( ^ν^)「・・・・・・」

 記憶の中にあった、その音は、今はっきりとニュッ君の耳に思いおこされた。
 スズラン畑で聞いた、獣の低い唸り声。

404 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/09(月) 00:02:42 ID:akbUVHvM0
 その話をしていた途端、サイレンが鳴るのだから、偶然にしてはできすぎている。
 口は災いの元。
 そんな言葉が頭に浮かんで、口の端が奇妙に歪んだ。

 火が起きている。
 元々ストーブの焚かれていた場所だ。

 煙はニュッ君の周りを漂っていた。
 目の前の光景も、それによって際立たされている。

 覆い隠してくれたら、いっそどんなに良かっただろうか。

405 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/09(月) 00:04:19 ID:akbUVHvM0
'´ ⌒``ヽ、                                             _r'⌒(
       ヽ                                            ノ`...:.:::::ヽ
   :::     )                         r‐‐‐--、           r' .:     `ヽ
    `:::::::::::: ノ                         -‐''''''´     ヽ_.         ).::.:.   .:.:.:::::::::)
       ヽ,                    /           ``-、.     く.:.    .:.:.::::::  ⌒
        --、                   ,:´      ::::::::::::::.   ...::::::::::::::::::: ヽ  .:.:.:::::::.:. .:.:.::::::
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406 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/09(月) 00:05:19 ID:akbUVHvM0



  γゝ   ζヽ
 ζ,,ζ   ヽ,, ゝ
 λ(      ξζ
  ゞヽ、   丿γ
   τ,,λλ,,τ´
   ヽiリ,,゚ ゚ノi





 巨大な双角。
 細身の怪物の指先にもにた、それは、弧を描いて天を穿つ。

 本物を見たことはない。
 だが、古い絵本や、童話の中で、ニュッ君はその名前を聞いたことがあった。

407 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/09(月) 00:07:07 ID:akbUVHvM0
( ^ν^)「トナカイっすか。初めて見ましたよ」

 角が揺れる。
 天井に引っかかり、引き裂いて、二階にあった調度品が降ってくる。
 絨毯、小机、箪笥、そしてベッド。
 降ってくるそれらは、ニュッ君のすぐ脇をとおりすぎ、砕け散った。

ヽiリ,,゚ ゚ノi「逃げて」

 スパムの声は洞穴を潜り抜けてきたように歪響していた。
 角の生え際は引っ張られ、元々の垂れ目がつり上がっている。

 人相は違えど、恩師であることに変わりなかった。

( ^ν^)「嫌っすよ」

 天井から逃れた角は、今は壁へと進撃する。
 泥細工のように壁が削られ、外へと角が飛び出した。

408 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/09(月) 00:08:07 ID:akbUVHvM0
 隠していられるのも時間の問題だろう。
 警備兵が見たらすぐにでも飛んでくるに違いない。

 そうなっては、元も子もない。

( ^ν^)「先生、俺はまだ目的を果たせていません。
 あんたを助けるために来たんです。これくらいで止まっちゃいられないっすよ」

 実力はない。
 算段も今のところはない。

 それでもニュッ君は、腰を低く落とし、身構えた。

ヽiリ,,゚ ゚ノi「う・・・・・・ああ・・・・・・」

 あるいは感化されていたのかも知れない。
 ずっと一緒に旅してきた、ブーンの影響が、身構え方にも現れていた。

 それがラスティア国の衛兵に伝えられていた構えであることを、ニュッ君はおろか、ブーンも知らなかった。

409 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/09(月) 00:09:13 ID:akbUVHvM0
( ^ν^)「やれるだけのことはやってみます。それでダメなら、それでいいです」

 そう言って、ニュッ君は駆けだした。

 自身の身体の三倍はあるその角が振り下ろされるのをかいくぐる。
 衝撃が身体を揺らがせる。

 穿たれた壁から、雨が吹き込んできた。
 黒煙が震え、蠢く生き物のようにくねる。

 咆哮。
 スパムの口からだ。
 やはり人の声とは違う。深く震えすぎて、言葉とも聞き取れない。

 スパムが聞かれたくなかった声。
 それを聞いて、ニュッ君の足はなおも止まらなかった。

410 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/09(月) 00:10:18 ID:akbUVHvM0
 彼の口からも声が漏れていた。
 誰も聞いたことのない彼の声。
 咆哮というよりも、むしろ、慟哭。



 誰に見られることもなく、ただ冬の冷たい雨だけが彼らを包み込んでいた。
 親愛なる者の手が、猛る獣を鎮めようとするかのごとく。





.

411 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/09(月) 00:11:51 ID:akbUVHvM0





第二十一話 首都は冷たい雨に頽れ 前編(冬月逍遙編⑥) 終わり



第二十二話 同 後編(冬月逍遙編⑦)へ続く





.

412 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/09(月) 00:12:24 ID:akbUVHvM0
今日はここまで。

それではまた。

413 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/09(月) 00:33:09 ID:akbUVHvM0
おまけ 第二十一話設定資料①(あくまで執筆当初のもの)

【メティス国内情勢】
●国王<教会
 数年前(305年)ラスティア国王ショボン、王女デレを招いた宴会にて、王女が魔人に襲われる。
襲撃の原因を解明できなかったメティス国王は多額の賠償金支払いを約される。
国内の富裕層への課税で賠償金は賄われたが、その対応に不満を抱いた富裕層らが国王を非難。
賠償金工面の割合が一等高かったメティス国教会が中心となって反国王派の旗手となり、富裕層を最大の教会領メガクリテに囲い込む。

●首都メガクリテの誕生
 メティス国王への不信が高まっていた一方で、隣国テーベでは女帝(国王)ハイン主導による産業革命が巻き起こっていた。
メガクリテ周辺には鉱山と森林が豊かに広がり、かねてより港を中心として交易が盛んに行われていた背景もあって、産業に係るテーベとの貿易が過熱していた。
メティス国教会による囲い込みも重なって、富裕層からの支援もあり、メガクリテは急激な発展を遂げる。
貿易の恩恵を受けたメガクリテ市長はこれを好機と捉え、309年に国王側首脳との講和会議を開き、首都としての権限を奪取する。

●現在
 テーベ国の産業革命の余波を受けて工場が整備、メガクリテ内部でも機械工具類を中心に工業が発展し始める。
また、魔人を排したテーベとは違い、魔人が積極的に労働に参加している。
もとより肉体労働を中心として活躍していた魔人は、工場内の労働でもその真価を発揮する。
今後順調に進めばテーベと並び立つ産業革命国となるかに思われた。
だが、309年12月17日未明、サイレンの音が鳴り響き、魔人が暴走。工業地帯に致命的なダメージを与えることとなる。
産業壊滅、それに付随する富裕層の乖離を恐れたメガクリテ市庁は事態の抑制に重点をおき、当日中にメティス国軍に応援を要請、合わせて義勇兵の募集を開始する。

 メガクリテを含むメティス国内では魔人排除の発想が勃興。
その一因として、テーベの人間第一主義が挙げられる。
テーベの産業革命に感化され始めたメティス国、わけても最先端のメガクリテでは、魔人がいなくても人間だけの力で生きていける、という発想が育ちつつあった。

414 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/09(月) 00:37:27 ID:akbUVHvM0
おまけ 第二十一話設定資料②(あくまで執筆当初のもの)
【メティス国教会】
●役割
 魔人出現前からあった宗教と魔人出現後の宗教が融合、そのうち魔人を神の使いと崇める宗派がメティス国内において主流となる。
信仰に生きていた人々の祈りの場。生活の支えであり、儀式の場所でもある。
保有地である教会領で農作物を栽培し、貧しい人々に頒布する。また、時には魔人を駆使して公共事業の手助けをしたり、人助けを行った。

 魔人は神の使いであり、人間の正しい導き手ともされる。
魔人を従えて職業に従事することもあり、利益追求のための労働ではなく万民に資するための労働が善とされた。
余剰分のお金は教会への献金することで浄化され、より多くの献金を行った人の下にはより屈強な魔人との契約が可能となった。

 正史ではカトリックの腐敗が禁欲主義のプロテスタントを生み、結果としての利潤追求に正当性を与えることで資本主義の発展を促した。
しかし衛兵王女の世界では結果としての利潤は全て魔人への恩赦として教会に手渡されることになる。
見返りとして送られてくる魔人は人間に絶対的に服従する神の使いなので不満も抱かない。
より屈強ならより生活は楽になる。そしてむやみに闘争心をかき立てなくても、良い魔人が手に入ればより良い生活が送れる。
逆に悪事を働けば魔人を没収されて常人よりも酷い生活が待っている。
よって、闘争心は沈静化されていった。

●教会の魔人
 教会に管理されている魔人は基本的に無能力(出来損ない)である。
能力のある魔人は森に住んでいる。出来損ないの魔人が森から集められ、教会における奉公活動によって俗世への執着を払い、○○へと送られる。
それが魔人の究極の使命として伝えられていた。

415 ◆MgfCBKfMmo :2017/01/09(月) 00:42:10 ID:akbUVHvM0
おまけ 第二十一話設定資料③(あくまで執筆当初のもの)
【ブーン】
●現状
 309年12月21日、メガクリテに到着。メガクリテ市庁が募っていた義勇兵に参加する。
メティス国内でたびたび用心棒として活躍した実力がすでにメガクリテ市庁に伝わっていたため、簡易な面接だけで即採用となる。

●経緯
 サナ雨林の村で三匹のカエルのマークを目撃しており、そのヒントが隣国テーベにあることを知った。
自分の記憶の手掛かりになるかもしれないと悟り、目的地をテーベに定め、メガクリテから出発する船への搭乗を目指していた。

 エウリドメで猪の魔人が街を破壊する様を目撃し、魔人が崇拝されているメティス国内の混乱を予想。
旅の同伴者であるニュッの希望もあってメガクリテに移動し、魔人抑制に協力する。

●内情
 依然として10歳以降の記憶は戻らないまま、自分の強さの理由も笑顔の理由もわからないまま、記憶を知るための旅を続けている。
 エウリドメにて自立の意思を表明したニュッに期待を寄せる。もとより頼まれて一緒に旅していたが、ニュッを本心から応援しようと思ったのはこのときが初めてだった。
 それゆえに、エウリドメの惨状を目の当たりにしたニュッが、今まで旅で通ってきた街を思い、心を痛めているさまを辛く思う。

 しかし、ブーン自身は魔人を悪とは見做せないでいた。
魔人の錯乱の原因はサイレンであることは見て明らかであり、サイレンが予測不可能なうえ、暴れているときの魔人に意識がないことを鑑みても、魔人だけを責めるのは酷であるからだ。
付け加えていれば、彼のかつての経験が、魔人への悪感情を著しく削いでもいる。

【ニュッ】
●現状
 ブーンとともにメガクリテに入り、義勇兵として参加する。
 戦闘の実績はほとんどなく、また十四歳(現時点)という若さも考慮され、今は衛生兵として働いている。

●経歴
 309年10月末、ニュッに社会経験を積んでもらおうという育ての親デミタスの希望もあって、旅人ブーンと一緒に首都を目指していた。

 鴉の街ヘルセ、蛇の街パシテー、パシテー=アーケ間のサナ雨林に潜む虎の村、そして猪と栗鼠の街エウリドメを経験し、魔人と人々との様々な交流に触れる。
 良くも悪くも、人の行動を制限する幾多のしがらみ(あがめられ不自由する蛇、過去の内乱に敗れ森に隠れた虎、壁に閉じ込められた猪等)を知ったニュッは、
自身がデミタスへの恩義によってヘルセの街に自分を縛りつけていたこと、そしてデミタスが自分をしがらみから脱する後押しをしてくれたことを悟る。
その発見をエウリドメでブーンに告白し、ブーンを離れての自立の意思を宣言する。
 直後、サイレンを聞き、猪の襲撃で壊滅するエウリドメを目の当たりにする。
鎮火活動に協力したニュッは、その日の朝のニュースにて、メティス国内各地で同様の現象が起きていたことを知る。
自分が知り合ってきた人々の災禍を意識し、いてもたってもいられなくなり、首都での義勇兵募集の報を受け、ブーンに首都への移動を提案し、移動を開始する。

●内情
 今まで魔人と人々との交流を平和的に受け止めていただけに、内心の混乱は大きい。
魔人が危険を及ぼす生き物であるという考えが、ほかのメティス国内のニュースからも耳に入る。
他のメガクリテ市民と同様に、魔人排除の発想が育ちつつある。

 旅に出たことでニュッが抱いたのは社会への興味である(デミタスが希望したとおり)。
人々が交流する社会の一員になりたいという希望生まれたために、その社会を破壊する魔人への不信感はおのずと高まっていった。

416 同志名無しさん :2017/01/09(月) 03:48:44 ID:K1hYFzes0
来てた!

417 同志名無しさん :2017/01/09(月) 10:35:07 ID:RqB6p0.k0
レジスタンスのメンバーは今どうなってんのかな

418 同志名無しさん :2017/01/16(月) 02:00:49 ID:RKRJTK5I0
最高に面白かった!
続きも期待!

419 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 21:31:29 ID:nozhF/0E0
始めます。

420 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 21:33:23 ID:nozhF/0E0
(1)ジンユィ



ξ・⊿・)ξ「あたしはどこで生まれたの」

 昔の思い出に浸るとき、ツンは決まってこの問いを思い出す。
質問をしているのはツン本人で、相手はいつも母だった。

「この村でよ」

 そう言って、ツンの母は彼女の頭を撫でてくれた。
 大きな掌の緩慢な動きに、ツンはいつも安らぎを感じとっていた。

 何回も同じ答えを聞いているのに、ツンはその問いをやめなかった。

 問いをするときは、いつも夜中だった。
 急に目が覚めて、心臓が早鐘を打って、いたたまれなくなって母の寝床へと急いだ。
 母の答えを聞く度に、村の景色を見て回って、いつもと変わらない世界が広がっているのを確認する。
 それからようやく落ち着いて、眠りにつくことができた。

 ツンは村のことが好きだった。

 ジンユィ。
 不思議な響きの名を持ったその国は、たった一人の人間の手によって拓かれた。

421 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 21:34:41 ID:nozhF/0E0
 暮らしている人はみんな、大きな耳を持っていたり、角や尻尾が生えていたり、濃い体毛に覆われていたりする。
 そのような人たちのことを魔人と呼び、普通の人間とは区別することを、ツンは幼い頃から聞かされていた。

 自分達は人とは違う。だから気をつけなければいけない。
 母もそう教えていた。

 生きるうえで大切だから覚えておきなさい。
 それが彼女の口癖だった。

 ツンも素直に従って、話を聞く度に大きく頷いていた。
 同意するだけなら簡単だった。笑って、それから話題を変えた。
 今日は何を食べるのか、これからどこの家へ遊びに行くのか。
 そんな身近な話題の方が楽しくて、ツンにとってははるかに重要だった。

422 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 21:35:44 ID:nozhF/0E0
 コミューンは緑に溢れていた。
 道沿いにはカシやブナの木が並び、足下には年中色とりどりの花が咲き乱れていた。
 整備がされているわけではなく、自然のままの植物たちが思い思いに育っていた。

 ツンが暮らしていた場所は小高い丘だった。
 川沿いにはもう少し多く人が暮らしていて、山の谷間まで民家が並んでいた。

 東西に長い村。といっても広さなんてたかが知れていて、
 中央にある広場に集まれと言われたら、誰でも三十分以内には集まることができた。

 お昼過ぎの時間になると、広場の大きなケヤキの下にて、人々は集まった。
 真ん中にはいつも先生が分厚い本を片手に声を張った。

( ゚д゚ )「今日は福音書第六節から」

 それはメティス、この国で聖書と呼ばれている本だった。

423 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 21:36:40 ID:nozhF/0E0
 ほかの子どもたちに混じってツンもその朗読を聞いていた。
 といっても話している内容は五歳の彼女には難しくてさっぱりわからなかった。
 後で両親に質問をして、ようやく朧気ながら意味がつかめるくらいだった。

 遠い昔のご先祖様が、この土地で斃れたとき、友が彼に手をさしのべてくれた。
 あらゆるものを腐らせる死の灰の上で、草木を生やし、食べ物を与え、暮らす場所を与えてくれた。
 ご先祖様は生き延びることができた。
 だから私達はいかなるときも友への恩義を忘れるわけにはいかない。

( ゚д゚ )「この場合のご先祖様はメティス国民、友とは僕たち魔人のことだ」

 会ったこともないメティス国民だったけれど、友と言われて悪い気はしない。
 だからツンはそれなりに彼らに親しみを感じていた。

424 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 21:38:16 ID:nozhF/0E0

 298年 ある春の昼下がり――

(    )「だったらどうして私たちは」

 ツンのすぐ隣から、その声は聞こえてきた。ツンのよく知っている、友達だ。
 ちょうど先生の朗読が途切れたばかりで、しんと静まりかえっていたときに、その声はよく響いた。
 村人のほとんど全員の視線が彼女に集中するのがわかった。

ξ・⊿・)ξ「どうしたの、急に」

 心配になってツンは小声で呼びかけた。
 友達はツンを一瞥して、すぐに逸らして先生を見据えた。

(    )「どうして私たちは……隠れて暮らしているんですか」

 広場の空気は張り詰めた。
 中央では先生が悲しげな顔で俯いていた。

( ゚д゚ )「すまない」

 ツンの友達はなかなか座らなかった。
 銀色の髪飾りの下で、見開かれた目が赤くなり、涙ににじんでいた。

425 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 21:39:17 ID:nozhF/0E0
 その場がどうおさまったのかはあまり覚えていない。
 理由の無い痛みがツンの胸に残った。
 ただその子のことを慰めてあげたいと思ったことは確かだった。

 ツンはその日から、度々少女の家を尋ねるようになった。
 一緒に遊びに誘ったり、スープや煮物のお裾分けをしたり。
 何かにつけて理由をつくり、少女の家に押しかけた。

 少女も最初は嫌がっていたけれど、やがてツンの勢いに負けた。
 少女はツンと一緒に遊び、やがて気がつけば友達になっていた。
 そのうちいらいらするよりも笑顔でいることの方が多くなった。



 298年の夏。
 ツンの五歳の誕生日のとき、その少女がツンの家を訪ねてきた。

426 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 21:40:18 ID:nozhF/0E0
(    )「ほら、これ。みんなで作ったんだ」

 胸もとに寄せた木箱の中に、厚紙でできた地球儀があった。

ξ・⊿・)ξ「これ……あたしに?」

(    )「うん。地図とかいつも見ていたから、こういうの好きかなって。嫌いだった?」

ξ*・⊿・)ξ「そんなわけない」

 ツンは目を滲ませて地球儀を受け取った。
 少女を自室に誘って、ペンを取り出し文字を書いた。
 覚えたばかりの人間の文字。意識的に書いたのは生まれて初めてで、形も歪んだ。
 それでも知っている名前を必死にいくつも描き連ねた。

 北にある山、南にある海。西にある町、東に広がる砂漠のその先。
 あっという間に地球儀は文字で埋め尽くされた。

427 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 21:41:18 ID:nozhF/0E0
ξ*・⊿・)ξ「できた」

 達成感は一入だった。

 知っている土地は少なくて、範囲はずいぶんと狭かったけれど。
 ツンは厚紙を愛おしく撫でた。
 書かれている文字が回転し、模様のように広がる。

 後日、友達の前でひたすら感謝を示した後、約束と称してツンは胸を張った。

ξ*・⊿・)ξ「あたし、決めた。この地球儀に書いた場所、いつか絶対行ってみせる」

ξ*・⊿・)ξ「それがあたしの夢」

 絶対できると信じていた。
 だから力強く言い切ることができた。


 現実は、それから一週間もせずにやってきた。

428 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 21:42:15 ID:nozhF/0E0
「動くな」

 奇妙な紫の衣服をまとった魔人たちがツンの集落を取り囲んだ。
 各々の手には銃が構えられていて、これまた珍妙なことに銃弾はなく、先端から光りを飛ばして大人達を襲った。
 くらった大人はあっという間に横になり、いびきをかいた。

「君らは包囲されている」

 ツンにはわけがわからなかった。
 武器を持っている人たちにも耳はあった。体毛も尻尾も生えていた。
 話を聞くと、北西に広がるエウロパの森からやってきた人たちらしかった。

ξ・⊿・)ξ「どうして?」

 質問に答えてくれる人は誰もいなかった。
 母に聞こうとする前に、彼女は縄にかけられて、あっという間に外へと連れ出された。

ξ>⊿<)ξ「お母さ――」

 言い切る前に口を塞がれた。
 紫の男達が、赤い目をして睨んでくる。

 黙れ、と大きな怒鳴り声がした。
 耳が劈けるような思いがして、恐かったけど、ツンは何も言い出せなくなった。

429 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 21:43:18 ID:nozhF/0E0
 無理に歩かされて、前方を歩く母の背中を眺めた。
 ぼろぼろになった衣服をまとった母の背中がかなしくて、わけがわからなくて、もがこうとしたら口に布を詰められた。
 何も言うことができなくなり、痛みと恐怖で涙が出てきた。


 ほかの家からも煙があがり、人が出てきて、それこそ獣同然に縄に結ばれて歩かされていた。

 混乱がまったく落ち着かない。

 広場が見えてきた。
 村人がみなそこに集まっている。



 そのとき、煙が巻き起こった。

430 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 21:44:16 ID:nozhF/0E0
「煙幕だ」

 と、紫の男達が叫んでいるのが聞こえる。

 白む景色に怯えていながら、ツンは自分の縄が緩んだのを感じた。

 背中を押される。

( ゚д゚ )「速くこっちへ!」

 聞こえた声は先生のものだった。





     ☆     ☆     ☆

431 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 21:47:26 ID:nozhF/0E0





第二十二話



首都は冷たい雨に頽れ 後編(冬月逍遙編⑦)





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432 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 21:48:21 ID:nozhF/0E0
(2)あなたとここで



( ´∀`)「……けほ」

 扉を開いてすぐにモナーの息が詰まった。
 鼻の頭から先がずっと煙で埋もれていたからだ。

 煙の中に浮かぶ影が一人。

爪'ー`)y-~「お待ちしていました」

 穏やかそうな顔に見える。
 むしろ必要以上に砕けている。
 口に咥えている煙草を徐に手に取っていた。

( ´∀`)「久しぶりモナ、フォックス司教。顔を合わせるのはいつぶりだったか」

爪'ー`)y-~「一年ぶりですよ。毎年ご挨拶を賜っていましたから」

 魔人でありながら、聖職者でもあるモナー。
 メティス国教において、彼は魔人と人とを繋ぐ要衝でもあった。

433 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 21:49:16 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「毎度毎度ご苦労様だモナ。毎年同じ事なのに」

ミ,,;゚Д゚彡「こらこら、何を言い出すんですか」

 モナーの隣にいた男が彼を窘めた。
 もじゃもじゃの体毛を見るにつけ、フォックスは一瞬顔を顰めた。

爪'ー`)y-~「お一人ではなかったんですね」

( ´∀`)「ボディーガードモナ。でも信頼できる男モナよ。口も堅いし、便利だし」

 いろいろ言い足そうな顔をぐっとおさえて、男はフォックスに手を伸ばした。

ミ,,゚Д゚彡「フサギコと申します。今日はご協力ありがとうございます」

爪'ー`)「ああ、こちらこそ」
 つ- ジ...

434 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 21:49:50 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「毎度毎度ご苦労様だモナ。毎年同じ事なのに」

ミ,,;゚Д゚彡「こらこら、何を言い出すんですか」

 モナーの隣にいた男が彼を窘めた。
 もじゃもじゃの体毛を見るにつけ、フォックスは一瞬顔を顰めた。

爪'ー`)y-~「お一人ではなかったんですね」

( ´∀`)「ボディーガードモナ。でも信頼できる男モナよ。口も堅いし、便利だし」

 いろいろ言い足そうな顔をぐっとおさえて、男はフォックスに手を伸ばした。

ミ,,゚Д゚彡「フサギコと申します。今日はご協力ありがとうございます」

爪'ー`)「ああ、こちらこそ」
 つ- ジ...

435 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 21:51:12 ID:nozhF/0E0
 モナーはこの日、フォックスの手紙によって招集された。
 急を要するとの題で始まり、魔人が避難している様が続く内容だった。

 先日のサイレン以来、メガクリテの中では魔人に対する憤りが高まっている。
 今日もまた、高らかに響いたサイレンに、多くの魔人が暴走し、町を破壊し始めていた。

 もうじき、メティス国軍による魔人討伐が始まる。
 情報は魔人の間にも広まっていた。

 逃げるならば今しかない。
 フォックスはモナーに、自分の身近にいる魔人を匿うよう依頼したのであった。

( ´∀`)「魔人は三人、モナか」

爪'ー`)「ああ。全員私の教会で雇っていた、謹慎中の奴らだ」

( ´∀`)「ほかの魔人は?」

爪'ー`)「難しい質問ですね」

436 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 21:52:12 ID:nozhF/0E0
 メガクリテには未だに多くの魔人がいる。
 その全てを把握しているのは、メティス国教会だろう。
 だが教会の本部はすでに破壊されている。
 野放図となった魔人が路頭に迷い、あちこちで争いごとの渦中となっていた。

( ´∀`)「外は酷い有様だったモナ」

 旅をしながら見てきた景色を、モナーはついぞ思い起こしていた。
 勇壮だったメガクリテの街並みが石つぶてへと変貌したこと。
 人の気配も薄れた町で、血だらけで呻いていた魔人達。

( ´∀`)「安全に森まで辿り着けるか保証は無いけれど、それでも良ければ協力するモナ。
 最低限の尽力はするつもりモナよ」

 魔人の村の酋長として、モナーは来訪していた。ここに来るまでの間にも葛藤はあった。
 当初の目的だった新年の挨拶はとうに果たせそうにない。
 本来ならサイレンが鳴った時点で帰路につくこともできた。事実、付き人のフサギコはそう提案をした。

 だがモナーは拒否し、メガクリテへの旅路を急いだ。
 町の魔人をサイレンや、人々の手から保護するためだった。

437 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 21:53:16 ID:nozhF/0E0
 メガクリテの中にはすでに魔人の隠れ家が数カ所発生していた。
 彼らはメティス国軍や義勇軍によって捜索、逮捕されていたが、何件かはいまだ残っており、モナーと連絡を取り合っていた。
 司教フォックスもそのうちのひとつで、今日は別の魔人の隠れ家も訪ねてからの来訪だった。

爪'ー`)「恩に着ます。今連れてきますので」

 そう言って、フォックスは店内の奥へと進んでいった。
 フュームがバーだという話はモナーもすでに伝え聞いていた。
 そのシックな内装に、このときになってようやく意識を向けられた。
 木製の丸テーブルや椅子、バーカウンターも設えてあり、棚には数点のワインボトルが淡い灯りに照らされている。

( ´∀`)「拠点に戻る前に一杯ひっかけたいモナね」

ミ,,゚Д゚彡「そんな余裕ありますかね」

( ´∀`)「ないモナ?」

ミ,,゚Д゚彡「さっきのサイレンで国軍も義勇軍もざわついています。
 できることなら用が済んだらすぐに帰った方が、私は安心します」

438 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 21:54:15 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「ぐむむ、面倒モナね」

 口惜しい、とでも言いたげな様子で、モナーはワインセラーを見つめていた。

 戻ってきたのはフォックスと、もう二人いた。

(・く・ハリ「ハクリです」

 短い白髪の小柄な男がまず頭を下げた。

ξ゚⊿゚)ξ「ツン」

 その隣に並ぶ金髪の少女が短く名乗った。

( ´∀`)「二人とも、久しぶりだモナ」

 モナーは一層の笑みを湛えた。

 ハクリもツンも、更正という名目でモナー自身がフォックスの教会へ送った魔人だった。

439 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 21:55:16 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「こんなところで巡り会うだなんて、何かの縁モナね。元気モナ?」

(・く・ハリゞ「それなりです」

 ハクリは少しだけ顔を綻ばせた。

 一方のツンは何も応えない。
 どちらかといえば、モナーのことを睨み付けていた。

( ´∀`)「……まだ恨んでいるモナ? 教会に送ったことを」

ξ゚⊿゚)ξ「別に」

( ´∀`)「それじゃ、何モナ?」

ξ゚⊿゚)ξ「何も」

ミ,,#゚Д゚彡「おい、おまえ」

 見かねた様子で、フサギコが一歩前へ出た。

440 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 21:56:16 ID:nozhF/0E0
ミ,,#゚Д゚彡「無礼だぞ。まともに顔も合わせずに」

( ´∀`)「まあいいモナよ。フサギコ、落ち着けモナ」

ミ,,;゚Д゚彡「しかし」

( ´∀`)「いいモナ。ツンの性格は私もよくわかってるモナよ」

ξ゚⊿゚)ξ「……何言ってんのよ」

 ツンは吐き捨てるように呟いた。

ミ,,#゚Д゚彡「お前」

( ´∀`)「やめろって」

ξ゚⊿゚)ξ「……」

 重苦しくなった空気を、モナーが「そういえば」と断ち切った。

441 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 21:57:17 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「確か人間を匿っているモナよね?」

爪'ー`)「ええ、ツンを助けてくれた人です」

( ´∀`)「どこにいるモナ?」

爪'ー`)「ツンには客間を案内させておきました。おい、ツン。呼んできてもらえるかな」

 フォックスがツンに呼びかけると、ツンは見るからに嫌そうな顔をしてみせた。
 それでも何も言い返さず、バーカウンターの奥へと下がった。

爪'ー`)ゞ「すみませんね、いつも苛ついていて」

( ´∀`)「いやいや、わかっていますモナ」

 頭を下げるフォックスを前に、モナーが愛想笑いを浮かべたとき、唐突に怒声が聞こえてきた。
 先ほどツンが入っていったのとは別の、店の奥へと通ずる鉄扉からだ。

爪'ー`)「ああ、まずい。ハクリ」

442 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 21:58:14 ID:nozhF/0E0
 フォックスが焦り顔で言い、ハクリは「おう」と奥の扉へと駆けていった。

爪'ー`)「すみません、こっちで抑えていた魔人がいるんです」

( ´∀`)「三人のうちのもう一人か、サイレンの影響モナ?」

爪'ー`)「縛っておいたのですが、甘かったみたいですね」

 言い終えるやいなや、扉の向こう側から大きな打撃音が響き、フュームの店内が揺れた。
明らかに何かが崩れる音が響き渡る。

爪;'ー`)「ちょっとしゃれにならないかもしれない」

 フォックスは苦笑いをしてポケットに手を突っ込んだ。
 抜き取ったその指先には煙草があり、流れるように口へと運んだ。

443 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 21:59:14 ID:nozhF/0E0
爪'ー`)y-「手伝ってもらえますか」

 火をつけながら、フォックスは酋長に目を向けた。

 モナーは鷹揚に頷いた。

( ´∀`)「フサギコ」

ミ,,゚Д゚彡「ええ」

言うが速いか、モナーの隣にいたフサギコが、消えた。

爪;'ー`)y-~「え?」

 フォックスがきょとんと呟く、その瞬間には鉄扉が弾け飛んでいた。

444 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:00:40 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「大丈夫。もうあっちに言ったモナ」

 モナーは笑みを湛えたまま言う。
 相変わらずフォックスは呆然としながら、煙草を口に咥えた。
 その煙草の火が消えていると気づいたとき、扉を失った店の奥から激しい打撃音が数回響いた。

 獣の呻きは、そこで途絶えた。





     ☆     ☆     ☆

445 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:04:17 ID:nozhF/0E0
 獣の声がフュームの店内に響き渡っているのと同じ頃。
 簡易な客間にて、ツンはブーンと相対していた。

( ^ω^)「何の音?」

ξ゚⊿゚)ξ「グルーが暴れているのよ。さ、ちょっとついてきて」

 と、ツンが手招きをする。
 ブーンは少し首を捻った。

( ^ω^)「お店に戻るんじゃないのかい」

ξ゚⊿゚)ξ「今は戻らない方が良い。裏口から出て行って」

 ツンはきっぱりと言ってのけた。

446 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:05:59 ID:nozhF/0E0
ξ゚⊿゚)ξ「今、魔人の村の酋長が来ているの」

( ^ω^)「それってフォックスさんが言っていた、僕に会いたがっている人だよね。だったら尚更言った方が」

ξ-⊿-)ξ「会わない方が良い」

 ツンは前のめりになって言った。

ξ-⊿-)ξ「フォックスさんの手前、何も言わなかったけれど、酋長はとっても悪い人なの」

( ^ω^)「悪い?」

ξ-⊿-)ξ「そう。最悪。絶対関わり合いにならない方がいいから、今は逃げて。
 それで今から私が言う人のところへ」

447 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:07:24 ID:nozhF/0E0
(;^ω^)「ちょ、ちょっと待って」

 慌ててブーンはツンを制した。

(;^ω^)「いきなり言われても困るよ。悪いって、どういうこと? どうしてそんなに急がなきゃなんだ」

ξ#゚⊿゚)ξ「いいから! 言うことをきいて!」

 ブーンが要領を得ないのをよそに、ツンが声を荒げた。

ξ#゚⊿゚)ξ「いい? 細かいことは気にしないで。
 今ならまだ、あなたがいなくなっても、『グルーが暴れたのに驚いてどこかへ行ったみたい』って理由がつくの。
 酋長達も反論できないの。ぐずぐずしてたらあなたが、酋長に捕まっちゃう」

 捲し立てながら、ツンの声が震えを帯びていった。
 顔つきが次第に赤らんで、今にも泣きそうになってくる。

448 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:08:54 ID:nozhF/0E0
(;^ω^)「……わかった、逃げてみるよ」

 気圧されたようなものだが、ブーンは頷いた。
ツンは心底からホッとした様子で溜息をついた。

( ^ω^)「それで、会いに行く人っていうのは?」

ξ゚⊿゚)ξ「うん。まってね、地図を渡す」

 そう言って、ツンはポケットから片手で持てる程度の地図を渡してくれた。
 紙製で、真新しい。町の通りの名前といくつかの目印が手書きで記されていた。

ξ゚⊿゚)ξ「この店の裏手に広がる林を真っ直ぐ進めば大通りに出る。そこを右に折れて」

449 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:09:52 ID:nozhF/0E0
 指でなぞりながらツンが説明をする。通りを三回ほど渡った先の、住宅街の一角を指し示した。

ξ゚⊿゚)ξ「ここに新しいお家があるはずよ。そこに住んでいる人に声をかけて。きっとすぐに事情がわかるはずだから」

( ^ω^)「だいたいわかった。けど、大丈夫かな。僕、初めて会うわけだけど」

ξ゚ー゚)ξ「……初めてじゃない」

 ツンは久しぶりに、顔を綻ばせた。

ξ゚ー゚)ξ「あなたのことを知っている、良い人よ」

 どんな人――と、問いが喉まで出かけた矢先に、一際大きな振動が起こった。

450 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:11:13 ID:nozhF/0E0
ξ゚⊿゚)ξ「……グルーがやられたみたい」

 ツンが険しい顔つきになり、ブーンに向き直った。

ξ;゚⊿゚)ξ「急いで、裏口へ」

 客間を出て廊下を渡り、鉄製の簡素な扉をツンが開いた。
 店の裏手の林は薄暗く、雨にしとしとと濡れていた。

 湿った地面の上をブーンは歩み進んだ。

ξ゚⊿゚)ξ「ありがとう」

 先にツンが言った。

( ^ω^)「いやいや、いいよ。いろんな目にあったけど、賑やかで楽しかった」

451 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:12:05 ID:nozhF/0E0
ξ゚⊿゚)ξ「……うん」

 しばらく黙ってから、ツンが頷いた。
言葉の間が気になって、ブーンはしばらくツンを見つめていた。

ξ ⊿ )ξ「行って」

 追い払うようにツンは手を払った。

 風が止んだ。
 音も、気配も立ち消えた。

 
 ツンは、揺れの止まった金の髪を掻いた。

 顔が見える。

 震えている。
 幾度となく歯のかち合う音がブーンにまで届いている。

452 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:13:04 ID:nozhF/0E0
 何故彼女が震えているのか、ブーンには皆目わからなかった。
 今日出会ったばかりのツンのことをブーンは何も知らなかった。
 それにもかかわらず、奇妙とも恐いとも感じなかった。

 赤らんだ瞳を震える瞼でこじ開けて、ツンは声を張り上げた。



ξ;⊿;)ξ「あなたとここで、会えて良かった」



 ブーンの背後で扉の閉まる音が、雨音に紛れながら微かに響いた。

 大通りが目に見えたのは、それからさらに数分歩いてからのことだった。





     ☆     ☆     ☆

453 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:14:08 ID:nozhF/0E0
(3)order



 何も見えない場所。皮膚の感触さえ薄く、生きているかもわからない。
 ただ音だけが聞こえている。

 許して。

 ぼやけていた声色が次第に大きくはっきりと聞こえてくる。
 音源は近い。暗がりの向こう側にいるのだろう。

 ニュッ君は思い起こしていた。
 自分の一番古い記憶。
 暗がりの何も見えないところで、やはり女の声が響いていた。

 許して。

 それは彼の一等嫌いな言葉だ。

 迷える人は許しを請う。
 自らの罪を購うために、一心不乱に文言を唱える。

 神様どうか見捨てないで。

 その言葉の行く先に、もうすでに彼はいない。

454 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:15:05 ID:nozhF/0E0
 真っ暗な教会の、聳え立つ扉の下でタオルを巻かれて放られている。
 それで全てが終わったと、思っている女を睨んでいる。

 彼は思った。自分は忘れ去られたのだと。
 神に向けられた瞳はもう自分に注ぐことはないと。

 許して。

 まだ、音が聞こえる。
 あの大嫌いな音が聞こえる。

 まとわりつくようにして、自らを恃む音が聞こえる。

 一体誰が言い続けているんだ。
 黙ってほしい。
 切実に彼は思う。

455 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:16:07 ID:nozhF/0E0
 許して、許して、許して。

 声はなお、一層大きく。

 強く。





ヽiリ,,;ヮ;ノi「ニュッ君!」






 温もりのある光が、瞼を赤く照らした。

456 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:17:06 ID:nozhF/0E0
(メ) ν )「……うぁ」

 喉の奥からガラガラの声が出た。
 自分の声じゃないみたいで、笑おうとして、咳き込んだ。

 彼の口の中で鉄の味が広がった。

ヽiリ,,;ヮ;ノi「ニュッ君……生きてる?」

 彼の視界はなおぼやけていた。瞼をこじ開けても、まだそこには赤い色が広がっていた。
 鉄の匂いがする。その匂いが、彼の全身を包み込んでいる。

 いや、逆か。
 彼はようやく事態を把握した。

 その匂いは自らから流れ出る血のものだった。

(メ) ν )「スパム……先生ェ」

 相変わらずだみ声を発せば口の端に泡が立った。
 身体の奥底が動くことを拒絶していた。

457 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:18:08 ID:nozhF/0E0
 光に目が慣れてきた。
 決して強い光ではない。室内ランプから漏れ出ているものだ。
 ひび割れたそれが、天井から傾げながら辛うじて点滅を繰り返していた。

 窓の外には未だに黒い雲が見えている。雨も降っているようだ。

 スパムの顔はすぐ傍にあった。
 雨に濡れそぼった頬には、黒々とした毛が並んでいる。

 異形のそれの真ん中で、スパムはしかし泣いていた。
 頬張り、角を頂き、骨格から変形していたとしても、その潤んだ瞳だけはスパムと変わらなかった。

(メ) ν )「どうしたんすか、そんな顔して」

 ゼイゼイと言葉にノイズが入り込む。
 言い切った途端、疲労感がニュッ君を襲った。
 強張った腹の奥から血が這い上ってくる。
 それを無理矢理飲み下して、歯を震わせながら、スパムを見つめていた。

ヽiリ,,;ヮ;ノi「許して、ニュッ君」

458 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:19:04 ID:nozhF/0E0
 深遠から聞こえるような響きをスパムは発した。
 それが今の彼女の声だった。

ヽiリ,,;ヮ;ノi「あの音を聞くと、どうにもならないの。普通でいようと思っても身体が勝手に、おかしくなって……」

 声は尻すぼみになっていく。
 目をそらしたスパムは、唇を尖らせた。

ヽiリ,,;ヮ;ノi「どうして逃げなかったの……」

 痛む頭の中で、ニュッ君は記憶を掘り起こした。

 暴れ出したスパムを見て、ニュッ君はそれに立ち向かった。
 逃げようなどとは一切思いつかなかった。

(メ) ν )「止めたかったんすよ、あんたを」

459 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:19:59 ID:nozhF/0E0
ヽiリ,,;ヮ;ノi「……できるわけないじゃない。ニュッ君はただの人間なのに」

(メ) ν )「ええ」

ヽiリ,,;ヮ;ノi「魔人とは全然違うのに」

(メ) ν )「はい」

ヽiリ,,;ヮ;ノi「逃げてくれれば……こんなことにならなかったのに」

(メ) ν )「そんなにひどいっすかね、俺」

 ニュッ君の身体は瓦礫に埋もれていた。
 新しく建てられたばかりの家が四方八方砕け散って、その破片が彼を生き埋めにしていた。

 あっという間のことだった。
 記憶を掘り起こしても、憶えていることはわずかしかない。
 スパムの角が壁や天井を破壊していった。
 まるで現実感もなく、紙細工みたいだ、と思っているうちに、強い衝撃が全身を打った。

 そこから先の意識はない。

460 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:21:08 ID:nozhF/0E0
 辛うじて頭は動いた。
 他はまるで動かない。
 動かせる気にもならなかった。

(メ) ν )「……すいません、先生を見ていたら、自分を止められませんでした」

 生きた心地がしない。
 だが、ニュッ君の口はまだ動いた。
 瞳は、泣き崩れるスパムを見続けていた。

 その涙を止めたいと、切に願った。

(メ) ν )「だから俺も、先生と大差ないっすよ」

(メ) ν )ニッ

ヽiリ,,;ヮ;ノi「……何言ってるのよ」

 怒らせたか。

 心の中でがっくりしながら、ニュッ君はなおも鼻を鳴らした。

461 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:22:05 ID:nozhF/0E0
(メ) ν )「先生は、何にも悪くないっすよ」

 虚を突かれた顔のスパム目がけて、ニュッ君は話を続けた。

(メ) ν )「俺はあのヘルセの町で、先生に仲良くして貰った。真っ当な人として扱って貰えて、心底嬉しかった。
 今日は運が悪かったんすよ。そこに、俺が勝手に突っ込んだだけ。自業自得です。
 先生を祝いたかっただけなのに、粋がっちまった。情けねえ」

 でも。
 血を吐きそうになるのを堪えながら、ニュッ君は言葉を手繰り寄せた。

(メ) ν )「先生はちゃんと戻ってくれました。それだけで十分っす。
 俺は先生のことを許します。当然、絶対」

462 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:24:16 ID:nozhF/0E0
 言いながら、ニュッ君は自分に驚いていた。
 頭の中は痛みが飛び交っている。とても思考できる状態ではない。
 それにもかかわらず、次から次へと言葉が溢れてきた。

 自分が話しているのではないような気分がした。
 自分のどこに、人を許す余裕があるのか、不思議でならなかった。

 あんなに嫌いだった、「許して」という言葉を聞き入れるなんて。

 そもそも魔人自体に嫌悪を抱いていたはずなのに。

 波打っていたものがぶつかりあい、混濁した。

 ニュッ君の胸中は凪いでいた。
 獣と化したスパムを見て、その全景を見据え、なおも乱れなかった。

 血だまりに身を浸されていようとも、瓦礫に埋もれていようとも。
 スパムの声が自分に向けられていることを、むしろ彼はひたすら嬉しく思った。

(メ) ν )「だから先生、幸せになってください」

463 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:25:03 ID:nozhF/0E0
ヽiリ,,;ヮ;ノi「……いや」

 咄嗟、といった様子でスパムはニュッ君に叫んだ。

ヽiリ,,;ヮ;ノi「幸せになんてなれない。そんな資格、あたしにはない」

(メ) ν )、「あるっすよ」

 ニュッ君も叫び声になった。
 口の端に泡立つ血が弾け飛んでも気にならなかった。

(メ) ν )、「絶対。先生が生きていける場所が絶対どこかにあるはずなんです。だから今は逃げて、生き延びて」

ヽiリ,,;ヮ;ノi「無理よ!」

 スパムは絶叫し、頽れた。
 足が支えを果たさなくなり、ニュッ君を囲む瓦礫に撓垂れかかった。

464 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:26:02 ID:nozhF/0E0
 両の手が彼女の顔を覆う。
 獣の毛の内側で、本来の髪が掻き上げられた。

ヽiリ,,;ヮ;ノi「無理よ……もう、どうやって生きたら良いかわからない」

 響き渡る慟哭とともにスパムの角が壁をまた削った。
 半壊したそれがさらに崩れ、雨が入り込んでくる。

 遠くで警報が鳴っている。サイレンが起きたあとによく町に響き渡る、義勇軍の警報だ。
 どこかで魔人が暴れている。軍はすでに出動しているだろう。
 この家の惨状も、見ればすぐにわかるだろう。

(メ) ν )「逃げてください」

 ニュッ君の言葉に、スパムは首を横に振る。
 顔を見合わせてくれなかった。

ヽiリ,,;ヮ;ノi「ここにいる」

465 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:27:01 ID:nozhF/0E0
(メ) ν )「先生」

ヽiリ,,;ヮ;ノi「いいよ。軍が来ても、あたしは逃げない」

 スパムの震えが止まった。
 顔が上がり、角がさらに壁を穿つ。

ヽiリ,,;ヮ;ノi「それがこの社会の秩序だもの。こんな風に暴れちゃうのも、その咎で捕まるのも。
 もう抗うのは疲れたよ。もういいの。
 何にも興味を抱かなければ、あたしはもっとずっと、平穏に――」

 不意に声は途切れた。

(メ) ν )「スパム先生?」

 問いかけたニュッ君の前で、スパムは固まっていた。
 口を閉じ、目は見開いて、呼吸さえも止めているようだった。

466 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:28:05 ID:nozhF/0E0
(メ) ν )、「先生」

 再度呼びかける。
 それが引金となったのか、スパムの口が歪んだ。

 笑ったのかと最初は見えた。
 しかしすぐに笑みは消えた。口はただ、大きく広げられただけだった。



 音が響いた。

 辛うじて人の声が聞こえていた、先刻までとはまるで違う。
 低く籠もった、トナカイの鳴き声だ。



(メ) ν )「まだ……戻ってなかったのかよ」

467 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:28:45 ID:nozhF/0E0
 あるいは一時だけ、スパムの意志が獣の本能に打ち勝っていた。
 そう思いついた途端、ニュッ君は吐息をついた。
 自分にも不思議な、安堵からくる溜息だった。

 続いて、諦念がせり上がってくる。
 やるだけのことはやった。
 これ以上できることはない。

(メ) ν )「……同じっすね、先生」

 すでにスパムの瞳に正気は宿っていなかった。
 超克した意志も丸め込まれたのだろう。
 赤く血走り光る瞳はどこにも焦点を合わせないままで、毛むくじゃらの身体が揺れた。
 足を鳴らせば床が弾け、角を震えば天井や壁がこぼれ落ちる。

 足下に散らばっていた瓦礫を蹴散らして、スパムがニュッ君に注いだ。

 知己の者へ向ける視線とは違う。
 獲物を捉えた獣の目。

468 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:29:37 ID:nozhF/0E0
 咆哮が聞こえた。

 振動に、ニュッ君は目を開けていられなかった。
 大きな力を前にして、視界は暗くなる。



 もうこれでいい。
 頭の中で同じ言葉を繰り返した。



 悔やみも恨みもしない。
 怒りも悲しみもどこか遠くへ逃げてしまった。

469 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:30:37 ID:nozhF/0E0
 今まで、それなりに長い旅をしてきた。
 メティス国内の北から南へ、寄り道をしながらも留まることなく歩んできた。
 傍らには妙に武道に長けた男がいて、出会った人も多い。知ったことも、思い知らされたこともある。
 経験したことは少なくない。

 旅だったヘルセの町には自分の育ての親がいる。
 申し訳ないといえば、その人のことだ。
 せっかく俺のためを思って旅を見送ってくれたというのに、と不甲斐ない想いを噛みしめた。

 次いで、頬を温かいものが伝った。

 元よりニュッ君は孤児だった。
 最初に育った教会を旅立つとき、自分は一切泣かなかった。
 泣くべき対象を思いつくこともなかった。

470 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:31:40 ID:nozhF/0E0
 やり残したことはいくつもあった。
 遠くへ行きたいとも思ったし、働きたいとも思った。
 破壊される街並みを前に、強い憤りを感じた。

 そして一番の心残りは今すぐそばにいる。
 できることなら自分の手で止めてあげたかった。
 一時の正気だけでなく、これからずっと、先まで保証できるように。

 顎から滴り落ちる涙が喉元を熱く湿らせた。


 俺も変わったものだ。
 最期になって、思い起こすものがたくさんあって、やり残したと思えるものがある。
 まるで普通の人のようだ。



 ああ、そうか。
 それが俺の望みで、だから俺は安堵しているのか。

471 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:32:35 ID:nozhF/0E0
(メ) ν )ニッ


 自分に向って、ニュッ君は笑んだ。





 そして、不思議に思った。
 どうしてこんなに思考を続けられるのか。

 スパムは、今にも自分を襲おうとしていたのではなかったのか。

472 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:33:22 ID:nozhF/0E0
 ニュッ君は恐る恐る薄目を開いた。

 スパムは目の前に立っていた。
 血走っていた瞳が、元の色合いに戻っている。
 それどころか、見ている間にも体毛が散っていった。

(メ) ν )「先生?」

 驚愕に、ニュッ君は目を見開いた。
 瞬いても、目の前の自体が理解できなかった。



(    )「魔人には、魔人の秩序がある」

 スパムの背後からその声はした。
 深く落ち着いた、人間の男の声だ。

473 同志名無しさん :2017/05/20(土) 22:33:31 ID:2Kcgz2560
久々だなしえしえ

474 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:34:17 ID:nozhF/0E0
 スパムの肩に手を触れて、その男は脇に立った。

(    )「君たちは縛られている。ずっと、僕が生まれるよりも遥かに昔から」

 男はスパムの身体を手繰り寄せた。


 放心した様子のスパムが膝立ちになり、男に凭れた。


ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「あなた……」

 それは人の声だった。

475 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:35:33 ID:nozhF/0E0
(    )「もう大丈夫」

 抱擁する二人を前に、ニュッ君は悟った。
 この男がスパムのパートナーなのだ。


( д )「もう大丈夫。元通りになる。たとえまたサイレンが鳴っても、いくらでも元に戻す」

 スパムの肩に手を回しながら、男は唇を噛んだ。
 微かな怒りがその顔に見て取れた。


( д )「いくつもの事態が君らに降りかかろうとしても」





                オルドル
( ゚д゚ )「僕に君らの"秩序"は効かない」

476 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:36:25 ID:nozhF/0E0
 男は、壊れた天井を見据えた。
 精悍な横顔がニュッ君からよく見えた。

 大柄で、優しそうな男。
 いつかスパムがそう表していた。

 そのとおりだと彼は思った。




     ☆     ☆     ☆

477 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:42:36 ID:nozhF/0E0
(4)優しさ



 メガクリテ南方に聳える正門が開き、武装した軍勢が侵攻を始めた。
 何の連絡も受けていなかった、町の市民は驚き迷い、どこへともしれず逃げ出す者もいた。
 混乱を余所に、見知らぬ軍勢は街道を闊歩し、一斉に市街地へと踏み行った。

 彼らの赴いた先は全て、義勇軍により、魔人の出没する危険地帯と見做された地域だった。
 これにより、市民はようやく彼らが敵でないと知る。

 軍の中には、金の螺旋が描かれた赤い旗が靡いている。
 隣国、テーベの軍だった。

 招き入れたのは義勇軍だ。
 町の惨状を見かね、国軍が鈍重なことに苛立ち、遠方まで使者を飛ばした。

478 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:43:28 ID:nozhF/0E0
 隣国の首都の窮状を救ってほしい。
 通常ならば到底受け容れられぬ願いだろう。
 国軍はその国を守るために組織されているものだ。

 人材にも武装にも配備には費用が掛かる。
 遠征ともなれば食糧補給や医術、道中の工程をも詳らかに計画しなければならない。
 義勇軍とてそのことはわかっていた。
 それでも使者を送ったのは、窮状に憤る者の声が高く、強く響いたからだ。



 幸か不幸か、テーベ国軍は快諾した。

479 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:44:28 ID:nozhF/0E0
 メガクリテ市内に蔓延る魔人、総数約千名。
 一方テーベが派遣した軍人は総勢一万を超えていた。
 しかもその全てが、テーベの開発した量産型の新武装を兼ね備えていた。

 鋼よりも固く、それでいて衣服と変わりない重量の鎧、
 さらに銃剣と車、果ては空飛ぶ機械までもが投入された。
 噂に伝え聞いていたテーベの飛行機。
 その雄姿をこのとき初めて目にしたという市民も少なくなかった。

 鉄の胴に鉄の翼。爆音を張り上げて空を行く鉄の鳥。
 市民の見守るその先で、底部の蓋が開き、銃を覗かせた。
 狙いは危険地帯。元々の飛行音に発破の轟音が重なり、現場は耳を聾さんばかりだったという。

 しかし後の記録によれば、このときの飛行機の成果は芳しくなかった。
 被弾した魔人はゼロ。戦闘能力よりも、市街地をむやみに破壊した罪に却って問われることとなる。
 豪放磊落な軍幹部が前向きでなければ、運用までの道筋はまだまだ遠かったことだろう。

480 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:45:27 ID:nozhF/0E0
 テーベの国軍は意欲的だった。
 一方メティス、メガクリテの市民は判然としないままことの次第を見守っていた。
 倒されていく魔人を見て快哉を叫んだ者もいる。

 他国の軍隊が首都に攻め入っている。
 魔人討伐という名目があろうとも、そのことの異常性に気づく者は現場にはいなかった。



 時は戻って。

 テーベ侵攻の始まらんとしたとき。



ξ-⊿-)ξ「いなくなったわ」

 フュームの中でツンは肩を落としていた。

481 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:46:28 ID:nozhF/0E0
ξ-⊿-)ξ「逃げちゃったみたい。グルーが暴れたから、恐くなったんでしょ」
 _,、
(・く・ハリ「本当か」

 即座にハクリが鋭い視線をツンにぶつけていた。

ξ゚⊿゚)ξ「疑うの?」
 _,、
(・く・ハリ「ツンを責めるつもりはないが、あいつがそれくらいのことで逃げるなんて思えなくてな」

 椅子に腰掛けたハクリは肩を押さえていた。
 ブーンが訪ねてきたときに一打見舞われた場所だ。
 それに加え、暴れるグルーを抑えているうちに痛みは再発していた。

(グー゙ル「そうだったーとしかいえねーよん、兄貴」

 グルーが飄々と口を挟んだ。
 もっとも全身を縄で縛られ横たわったままにしては異様に軽やかだった。

(グー゙ル「とにかくもうこの店のどこにもいねーんさ、気にしたってしかたねーんよ」
 _,、
(・く・ハリ「……それはそうだが」

482 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:47:31 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「納得いかないモナ?」

 ハクリの歯切れの悪さを見て、テーブル席に腰掛けていたモナーは首を傾げた。
 _,、
(・く・ハリ「強かったんだ」

 ハクリは静かに受け答えた。
 _,、
(・く・ハリ「俺に勝った男だ。いくら凶暴になったと言ったって、グルーに臆するとは思えない」

( ´∀`)「ほうほう、それは気になるモナ。いったい実際のところどんな人で」

ξ゚⊿゚)ξ「ダラダラ話している時間はないんじゃないの」

 話の途中で、ツンが言葉を突き刺した。

ξ゚⊿゚)ξ「街の方が騒がしい。義勇軍に動きがあったみたい。
 ここもそろそろ危ないわ。酋長、連れて行くならはやくした方がいいわよ」

483 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:48:33 ID:nozhF/0E0
爪;'ー`)y-~「ツン、お前……」

 驚き顔のフォックスを、ツンは一瞥した。

ξ゚⊿゚)ξ「何ですか」

爪;'ー`)y-~「いや……お前が言うこととは思えなくてな」

ξ゚⊿゚)ξ「気が変わったんです。森も案外、いいところかもしれないでしょ」

爪;'ー`)y-~「……へえ」

 物言いたげだったフォックスは結局目を伏せ、煙草を吸った。

爪'ー`)y-~「酋長さん、意見は」

( ´∀`)「急ぐのは賛成、ただ表の道はかなり厳しいモナ。やっぱり裏の林を抜けるのが一番モナね」

484 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:49:30 ID:nozhF/0E0
 グルー、ハクリ、ツンはモナーとフサギコの後に続いて裏口に回った。
 雨を受けて霧がかかっており、視界は頗る悪かった。

( ´∀`)「林の先に仲間を配置したモナ。まっすぐ行けば出会えるモナ。
 そこから先は森を伝ってエウロパまで行けるモナよ」

(グー゙ル「そんな楽にいくかなー」

(・く・ハリ「楽なわけがない。いつでも身を守れるようにしておけ」

(グー゙ル「おー、でも僕簀巻きー」

(・く・ハリ「……」

ミ,,゚Д゚彡「解いたらだめだからな。サイレンはぶり返す例もあるんだから」

(グー゙ル「おー」

ξ゚⊿゚)ξ「……」

485 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:50:32 ID:nozhF/0E0
爪'ー`)y-~「不安かい」

「司教、気にしなくていいですよ」

爪'ー`)y-~「お前それ否定できてないぞ。お前にしては珍しいな」

ξ゚⊿゚)ξ「まあ、エウロパの森は今までずっと逃げていたところですから」

爪'ー`)y-~「……」

 くすぶる煙草の香りが広がる。
 雨に降られていようとも、煙は執念深く漂っていた。

 フォックスが大きめに息を吐いた。



爪'ー`)y-~「いつかお前が本心を見せてくれると信じていたんだがな」

 独り言のようにも聞こえた。
 聞流すこともできただろう。

486 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:51:34 ID:nozhF/0E0
 ツンは息をのんだ。
 微かに、フォックスにしか聞こえない音で。

ξ ⊿ )ξ「……苦手なの、そういうのは」

 そう言って、ツンはフォックスから目を背けた。

爪'ー`)y-~「……知ってるよ」

 目を細めながら、フォックスは呟いた。
 煙のようなその声は雨音に消えた。



( ´∀`)ノシ「さあさ、私が先に歩くモナ。ついてきて」

 諸手を挙げてモナーが歩き始める。

487 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:52:37 ID:nozhF/0E0
 グルーとハクリが続き、ツンも歩き始めようとした。

( ´∀`)「おっと、待つモナ。君はフサギコと行けモナ」

ξ;゚⊿゚)ξ「えっ」

( ´∀`)「一緒くたに歩くと危険モナ」

ミ,,゚Д゚彡「というわけだ」

 いつの間にやら、フサギコはツンの傍らにいた。

ξ;゚⊿゚)ξ「フサ……」

ミ,,゚Д゚彡「大丈夫、置いてったりしねえから」

 ツンの視線が揺らぐ。
 フサギコからずれ、あてもなくさまよった。


爪'ー`)y-~「ツン」

488 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:53:32 ID:nozhF/0E0
 フォックスの声に、ようやく瞳の動きは止まった。

     
爪'ー`)ψ~「元気で」



ξ゚⊿゚)ξ



ξ゚ー゚)ξ「……はい」

 フサギコが歩き始めた。
 モナーとは斜めにずれていく。

ξ゚ー゚)ξ「行って来ます」

 それきりツンは振り返らなかった。
 暗がりへと進んでいくフサギコの背中をただ一心に睨み付けていた。




     ☆     ☆     ☆

489 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:54:34 ID:nozhF/0E0
ミ,,゚Д゚彡「なあ、ツン」

 ふと、フサギコが足を止めた。
 つられてツンも立ち止まる。

 まだ目的地ではないだろう。
 四方八方林の中。仲間の影などどこにもない。

ミ,,゚Д゚彡「俺をお前につかせたの、ありゃ酋長なりの優しさだぜ」

ξ゚⊿゚)ξ「はあ? 何それ」

ミ,,゚Д゚彡「俺は多少なりともお前を知っている。俺はお前を無闇に見捨てる気もない」

 フサギコは振り返った。
 長髪の内側で、真っ直ぐな視線がツンを捉えている。


ミ,,゚Д゚彡「だからさ、正直に言ってくれよ。ブーンを逃がしたろ、お前」

490 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:55:33 ID:nozhF/0E0
ξ゚⊿゚)ξ「……」

ξ゚⊿゚)ξ「わかる?」

ミ,,゚Д゚彡「バレバレだって。お前とブーンの関係は酋長だって知っているんだし」

ξ-⊿-)ξ「まあ、疑われてもある程度は仕方ないわね」

ξ゚⊿゚)ξ「でも……それも約束を守るためよ」

ミ,,゚Д゚彡「……」


ξ゚⊿゚)ξ「ちゃんと約束通り、ブーンには何も言わなかった。私達は他人のままでいる。
 二度と関わり合いにならないことが酋長の提案した条件だったはずよ」


 薄闇になりつつある中で、フサギコは渋い顔をしていた。
  _,、
ミ,,゚Д゚彡「そうかもしれないが」

491 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:56:32 ID:nozhF/0E0
ξ゚⊿゚)ξ「ね? だから何も問題ないでしょ」
  _,
ミ,,゚Д゚彡「いや、違うんだ」

 顔をゆがめたまま、フサギコは言葉を続けた。
  _,
ミ,,゚Д゚彡「酋長はブーンと会いたがっている」

ξ゚⊿゚)ξ「……フォックス司教との手紙の話? あれ、本当なの?」
  _,
ミ,,゚Д゚彡「ああ」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「……なんでよ」

 言うやいなや、ツンの顔に赤みが差した。

492 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:57:30 ID:nozhF/0E0

  _,
ξ゚⊿゚)ξ「酋長こそ関係ないじゃない。ブーンは一般人よ」
  _,
ミ,,゚Д゚彡「俺は知らねえよ。酋長はあんまり自分の考えを言わないから」

ξ#゚⊿゚)ξ「だったら聞き出してよ!」

 ツンはフサギコに迫り、睨めつけた。

ξ#゚⊿゚)ξ「それともあたしをバカにしているの? 何のために約束したと思っているの。
 森で見たことや聞いたことを思い出せなければいいって言ったのは酋長じゃない!」

ミ,,;-Д-彡「……すまない」

 フサギコは目を閉じ、重々しく頭を下げた。
 ツンは涙目を腫らしながらしばらく口を動かしていたが、言葉にはならなかった。

ξ#゚⊿゚)ξ「フサが言っても意味ない」

 苦々しい様子でツンは唇を噛んだ。

493 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:58:32 ID:nozhF/0E0
ξ#゚⊿゚)ξ「酋長を問いただしてやる。森に着いたら」

ミ,,゚Д゚彡「森には行かない」

 唐突にフサギコが口を挟んだ。

ξ;゚⊿゚)ξ「……え」

ミ,,゚Д゚彡「ごめんな、伝えるのが遅くなった」

ξ;゚⊿゚)ξ「ちょっとそれどういうことよ」

ミ,,゚Д゚彡「サイレンは“出来損ない”にも影響するんだ」

494 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 22:59:33 ID:nozhF/0E0
 フサギコは一転、勢いづいて話し始めた。

ミ,,゚Д゚彡「森の中でも、凶暴化は確認されている。居住区で大きな被害があった。
 オルを通じての制御も受容器のない“出来損ない”には効かない。
 森は“出来損ない”への処遇を変えた。猶予はない。確認されている全員を“遠つ祖の地”へ運ぶ予定だ」

ξ;゚⊿゚)ξ「西方域外の……死の灰の地へ?」

ミ,,゚Д゚彡「それは300年前の話だよ」

 フサギコは改まって、ツンと向かい合った。
 凜々しく澄ませた顔は矜持を湛えていた。

ミ,,゚Д゚彡「この星へ来てからずっと、俺たち魔人は土地の浄化を進めてきた。
 今は暮らしている人間さえもいると聞く。昔のような、毒ガスまみれのところじゃない」

 フサギコの口調は終始毅然としていた。

495 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:00:32 ID:nozhF/0E0
ξ;゚⊿゚)ξ「でも」

 ツンの表情からは焦りが消えていなかった。

ξ;゚⊿゚)ξ「そんなところへ行って何をするの」



( ´∀`)「何もしなくていいんだモナ」

 草の葉を踏み分けて、暗がりから朗らかな顔が現われた。

496 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:01:30 ID:nozhF/0E0
ミ,,;゚Д゚彡「酋長!」

 フサギコは目を見開いた。

ミ,,;゚Д゚彡「い、いつからそこに」

「あの二人を仲間に引き渡してからすぐ、五分くらい前からモナよ。
 君らが話に熱中しすぎていたんだモナ」

ミ,,;゚Д゚彡「……何か聞かれました?」

( ´∀`)「ぬふふ、何も記憶にないモナ」



ザッザッザッ

( ´∀`)「モナ?」

497 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:02:29 ID:nozhF/0E0






  「だらっしゃああああああ!」

Σ==========ξ#゚⊿゚)ξつ);´∀`)「ぐえー」



ミ,,;゚Д゚彡「あー!!」

ξ#゚⊿゚)ξ 「ふんっ」
 つ=つ シュッシュッ

 綺麗な弧を描いてモナーは地面に倒れ伏した。

 握り拳を振りぬいて、ツンは仁王立ちになった。
 重たく吐息を吐いたまま、視線はなおもモナーにむいていた。

498 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:04:24 ID:nozhF/0E0


     ビシィッ
ξ#゚⊿゚)ξσ「次は頭よ、モナ公」

ミ,,;゚Д゚彡「いやそこ今クリーンヒットしたろ。ていうかお前何してんだよこのバカ!」

ξ#゚⊿゚)ξ「問いただすって言ったでしょ」

ミ,,;゚Д゚彡「その言葉にぶん殴るって意味はねえよ」


( ´〜`)「モニャモニャ」


( ´∀`)「……ナ、モナ。よし、顎が嵌まったモナ」

499 同志名無しさん :2017/05/20(土) 23:04:40 ID:2Kcgz2560
魔人て宇宙人なの?

500 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:05:06 ID:nozhF/0E0
ミ,,;゚Д゚彡「ご無事ですか酋長」

( ´∀`)∩「元気モナ。ツンも血気盛んモナね」

ξ#゚⊿゚)ξ「……殴られた意味はわかりますか」

( ´∀`)「素直に聞き入れてくれないだろうとは思っていたモナ」

ξ#゚⊿゚)ξ「当然です。納得できません。どうしてブーンを追うんですか」

( ´∀`)「業務上必要になったモナ」

ξ#゚⊿゚)ξ「彼は私達と無関係な、一般人です」

( ´∀`)「うん。だが、あに図らんや、彼はある意味では渦中にいるのかもしれないモナよ」

501 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:06:44 ID:nozhF/0E0
ξ#゚⊿゚)ξ「……?」

( ´∀`)「彼の記憶が必要なんだモナ。これは君らを返したときにはわからなかったことモナ。
 不義理にも見えるだろうけど、その点は本当に申し訳ないモナ」

 モナーは深々と頭を下げた。

 雨は霧雨へと変わった。空の雲間には夕暮れも覗いている。
 まもなく日が沈む。暗がりは一層暗くなる。

 顔を顰めていたツンは、静かに口を開いた。

ξ゚⊿゚)ξ「もう一つ聞きたいことがあります」

ξ゚⊿゚)ξ「あたしは森に戻らないと聞いたんですが、本当ですか」

502 同志名無しさん :2017/05/20(土) 23:06:50 ID:2Kcgz2560
あに図らんや?

503 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:07:21 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「……」

( ´∀`)「フサギコ」

ミ,,゚Д゚彡「は」

 モナーの脇にフサギコが跪いた。

( ´∀`)「これもまだ説得できてなかったモナ?」

ミ,,;゚Д゚彡「……すみません」

ξ゚⊿゚)ξ「納得なんてしないわよ」

 ツンは憤りを露骨に示した。

504 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:08:14 ID:nozhF/0E0
ξ#゚⊿゚)ξ「勝手に出来損ないを死の灰の地に送り込むなんて、誰が納得できるというの。
 何よ偉そうに。そんなの、テーベのけったくそ悪い奴らとわらないじゃない」

( ´∀`)「フサギコ」

ミ,,゚Д゚彡「は」

 と、聞こえたときには、すでにフサギコの姿は消えていた。
 ほぼ同時にツンの手が後ろに回される。

ξ゚⊿゚)ξ「フサ」

ミ,,゚Д゚彡「悪く思うな」

505 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:09:15 ID:nozhF/0E0
 後ろ手を取られ、ツンの身体が引き寄せられる。

( ´∀`)「悪いけど、こっちも急いでいるモナ」

 酋長の顔に翳りが差し、ツンへと近づいていった。






     ☆     ☆     ☆

506 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:10:17 ID:nozhF/0E0
(5)鐘の鳴る街


 街中に広がる騒音は、雨音とともに小さくなった。
 魔人からの抵抗はほとんどなかった。
 瞬く間に鎮圧は進行し、瓦礫と硝煙が街道を埋め尽くした。

 叫びや喚きの声が響く。
 正気を取り戻したばかりの魔人が縄に囚われ曳かれていった。
 メガクリテの塀の外、テーベが用意した収容車の中へ次々と送られていく。

 彼らはこれからテーベの北西へと目指す。
 目指しているのはエウロパの森。捉えた魔人は全てそこへ送ることが取り決められていた。
 どういう意図なのか、一般兵には知らされていない。
 上層部の命令に素直に従い、齷齪しながら魔人を運んでいく。

 彼らはそのために集められた軍隊だった。
 テーベ国軍内での立場は決して高くない者たちが、功績を求めて遠征をした結果だった。

507 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:11:13 ID:nozhF/0E0
 何も知らないメガクリテの市民は感謝し、褒め称えた。
 全ては自国の政府が黙っている隙に行われている。

 予測はできても止められはしない。
 街は今のところ、つかの間の平和を取り戻そうとしていた。



( ^ω^)「ここか」

 メモ用紙と目の前の景色を見比べて、ブーンはぽつりと呟いた。

 小綺麗な街道の名残があちこちに広がっている。
 そのひと区画に、半壊した建物はあった。

 ツンは新居だと言っていた。
 だが今のそれは、紛れもなく廃墟だった。

508 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:12:12 ID:nozhF/0E0
 人の気配はある。
 だがそれは建物内を捜索する軍隊のものだ。
 赤い紗の入った軍服を来たテーベの兵士が銃剣を携えながら屯していた。

( ^ω^)「何があったんですか」

(・、・兵) チッ

 兵士に聞いても碌な答えは返ってこなかった。
 それどころか露骨に嫌な顔をされた。

 一般市民と話している暇などない。
 口には出さずとも、態度が主張していた。

509 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:13:16 ID:nozhF/0E0
( ^ω^)「……手がかりなし、か」

 何も得られないとわかり、ブーンはその場を離れていった。

 すでに日が暮れている。
 降り続いていた雨も弱くなった。
 か細い陽光の中で、霧に包まれた街がおぼろげに浮かび上がっている。

 肌寒さに身震いし、庇の下で壁に寄りかかった。
 宿はある。が、帰る気分でもない。

510 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:14:13 ID:nozhF/0E0
 歩くのは億劫だった。
 見えにくい視界と相まって、ブーンは自分の存在を不定に感じた。

 どこへ行けば良いだろうか。
 そればかりを考えていた。

 自分の記憶を取り戻す。
 もちろんそれが一番の目標だ。
 揺るがせるわけにもいかない。

 だが、それ以前にもするべきことがあるんじゃないだろうか。
 疑問を抱く胸の底には、先刻別れたツンの顔があった。

511 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:15:10 ID:nozhF/0E0
 詳しい事情は知らない。
 が、悟ることはブーンにもできた。

 彼女は自分を知っている。
 おそらくは記憶がなくなる前の自分についてだ。

 そして彼女は、何も言わなかった。
 言わないという選択をした。
 その裏側には何かが隠れている。
 ブーンの知ってはいけない何か。

 酋長が来る。
 フュームのマスター、フォックスはそう告げていた。

512 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:16:15 ID:nozhF/0E0
 奥の部屋にいたときに玄関の呼び鈴が鳴った。
 あのとき来たのがモナーなのだろう。
 そしてツンは、自分を逃がした。

 このことから、モナーが自分の過去に関わっていると推測は成り立つ。
 魔人の酋長というからには、モナーは魔人の上層に関わる者なのだろう。

 普通の人間は魔人の実態を知らない。
 魔人たちも関わろうとはしてこない。

 人と魔人はまるで別の社会を築いている。
 お互いの秩序の中で生き、触れ合うことで奇妙な主従関係を築く。

513 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:17:15 ID:nozhF/0E0
 自分はモナー知らない。
 なのにモナーは自分と会いたがっている。

 記憶のないうちに主従関係でも結んだのだろうか。
 あるいはそこまでいかないにしても、どこかで出会い、やりとりを交わしたのか。

 考えてみると、自分が目覚めたのはエウロパの森の南だ。
 森の中で何かが起こり、記憶を失い、外へ出た。


 ブーンの頭に閃きが走った。

 同時に身体が戦慄した。
 寒さとはまた別の、怖ろしい想像ゆえだ。

514 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:18:16 ID:nozhF/0E0
 モナーが自分を追いかける理由。
 思い当たる節がある。
 だが、そんなことがありうるだろうか。

 魔人には不思議な力がある。
 人智を超えたそれにより、魔人は人間の願いを叶えてくれる。

 ツンが教えてくれた、”オル”という力の源。
 世界の物理法則に干渉する力。
 その作用が、極小の、脳機能にまで影響するというならば。



 モナーは、自分の記憶を消したのではないだろうか。

515 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:19:17 ID:nozhF/0E0



ズキィ



(; ω )「……いっ」



 唐突な痛みが頭を走った。
 凭れていた壁から離れ、頭を両の手で抱えた。

 霧雨に身体が濡れる。
 庇に逃れることもできず、足がもつれ、しゃがみ込んだ。

 痛みは目の裏側で響いている。
 トリガーは想像だ。
 モナーが自分に手を触れ、記憶を吸い取る想像図。

516 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:20:14 ID:nozhF/0E0
 モナーの笑顔が奇妙に歪んでいる。
 嘲笑か、憐れみか。
 少なくとも、自分のことを対等とは思っていないだろう。



 だが、待て。
 痛みの中で違和感が芽生える。



 僕はどうしてモナーの顔を知っている。

517 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:21:13 ID:nozhF/0E0
 これもまた、想像だろうか。
 いや、違う。

 これは確かに見たことがある。

 薄暗い森の中。
 灯火に照らされた、祭壇の上で、自分はモナーと相対していた。

 モナーの口が動いている。



( ´∀`)「信じるモナ?」



( ^ω^)「もちろんだお」




 答えたのは、自分だ。



 ……だお?

518 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:22:22 ID:nozhF/0E0
(; ω )「うぐっ、くう」

 視界が白んだ。
 頭の痛みが閾値を超えた。

 喉から声があふれ出てくる。
 苦しみ抜いた獣のような叫び声が喉の肉壁をこじ開けてくる。


 ブーンは天を仰いだ。
 景色が歪む。
 暗がりと光が混じり合い、濁流となって押し寄せてくる。


 もはや目は開いていない。
 それなのにイメージも消えない。

 逃げられない。

519 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:23:19 ID:nozhF/0E0
(; ω )「あ、――」



 声が途切れた。
 あるいは耳が聞こえなくなった。



 自分の存在が消える。

 頭の中が景色に満たされた。



 それは霞がかった青空。乾いた強風。

 それは、岩壁。

 そして。

――――――――
―――――
―――

520 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:24:14 ID:nozhF/0E0
ゴーン


ゴーン


          ┌─────────────────────────────────┐
ー、 :  ` ` ー │ お昼になると鐘が鳴り響く。                               │
: : `丶 : :  __│ 街を囲む崖から鳥が一斉に飛び出して、猟師たちが縄を放る。         │
    . \.   │                                                │
\: : : : : : : \  │ 岩壁にいた鉱山夫たちは休憩がてらにそれを見て、快哉を叫んでいた。   ..│
   ヽ     \└─────────────────────────────────┘
`:、「「「「「」_: : : : \: : : : : : : :\: :  /⌒\: : :/: : : : : : : ``ヽ/,.:'´ ,.:'´ ,.:'´/ ,.:'´ / ,.:
`:、`:、`:、`:、``丶、: : : : : : : : : : : ,.ー'´rzzュ: : :/ヽ : : : : : : : /,.:'´ ,.:'´ ,.:'´/  ,.:'´ / ,.:'´
トs。`:、`:、`:、__`ー、: : : : : : /`:、 {ー}: :/`:、 \: : :_: :_彡'´,.:'´ ,.:'´ ,.:'/,.:'´ ,.:'´/ ,.:'´
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┌────────────────┐ 圦-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_|,.:'´,.:'´,.:
│ よく憶えている。            ..│ 圦-_-_}三三三三三三三三三}-_-_-_-; ,.:'´,.:'´,.:
│                       .│    \ |::「」::::::::::::::::::::::::::冂:::::::::|-_-_-_/,.:'´,.:'゛,.:'
│                       .│‐r-.r-ュ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄彡'´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/
│ ここは岩の街。            ....│┴┴Y      _,. -=    i{-_-_-_-_-_-_-_/
│                       .│     _,. -='^^       i{-_-_-_-_-_-/,.:'´,.:'´,.:'´
│ ずっと昔に彼が生きていた街。  ......│     `ヽ、         /i{ ┌─‐.┐ト、,.:'´,.:'´,.:'´
└────────────────┘         ̄7     /   i{ .|Y⌒Y:| } \,.:'´,.:'´,.:'
`:、`:、`:、`:、 i{     ':ムマニニニマム::::::::::::::::::.、          /  _彡'^    }_|_|;;;;;;;|_|/   \,.:'´,.:'´
`:、`:、`:、`:、`i{     ':ムマニニニマム:::::::::::::::::::::.、        / /       /  l|ニ|l^\    \,.:'´

521 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:25:27 ID:nozhF/0E0
   ・
   ・
   ・


( --- )


( ・-・ )


( ・-・ )「やあ」


( ・-・ )「なんだか久しぶりだね」


( ・-・ ) 「もういいのかい?」


( ・-・ )「……そうか」


( ・-・ )「いや、なに。いいんだ」


( ・-・ )ゞ「ちょっと名残惜しかっただけさ」

522 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:26:35 ID:nozhF/0E0
( ・-・ )「楽しかったけど、疲れもしたよ」


( ・-・ )「いずれにしろ、僕はもう過去の存在だ」


( ・-・ )「いつまでも残るわけにもいかないさ」


( ・-・ )「……」



( ・-・ )「ここからは君の出番だ」



( ・-・ )「もう、振り返るな」

523 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:27:21 ID:nozhF/0E0
( ・-・ )「向き合え」



( ・-・ )「そして」



( --- )「……」




( ・-・ )「贖え」

524 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:28:18 ID:nozhF/0E0
( ・-・ )「それじゃあ」



(  ・-)「……」



(  --)ノシ「あとは、任せたよ」



「衛兵」



―――
―――――
―――――――

525 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:29:12 ID:nozhF/0E0
 雨は止んだ。


 霧は晴れてきた。


 頭の痛みも消えた。


 そして。

(; ω )「……あ、ああ」

 ブーンは顔を押さえていた。
 震える指の合間から、めくれた石畳が見える。
 それすら次第にぼやけてきた。

 滂沱の涙が込み上げてくる。
 抑えきれず、拭っても決して止まらない。

526 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:31:51 ID:nozhF/0E0
 脳裏にいくつものイメージが混じり合っている。
 失っていたそれらが紐解かれた。

 その中で一等大切なものの中に、彼女がいる。



(;゚ω゚)「ツンッ!」



 叫ぶと同時に駆けだしていた。

 疲れていたはずの全身が今は忙しなく動いている。
 身体にも頭にも痛みは残っている。だが無視できる。
 止まるわけにはいかない。

527 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:33:01 ID:nozhF/0E0
(;゚ω゚)「ツン、君は――なんてことを」

 走り進む道には全て見覚えがある。
 彼は元来た道を戻っていた。

 あの林に戻る。
 そしてツンを見つける。
 話すために。
 打ち明けるために。

 日が沈んだ。
 雲間を切り裂く赤い残光が西に消えていく。

 時はいつもと変わりなく流れていた。



     ☆     ☆     ☆

528 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:36:05 ID:nozhF/0E0
(6)それぞれの動機



( ゚д゚ )「ごめんな。みんなを助けられなくて」

 先生はしきりにツンたちに謝っていた。
 それを責め立てる者は、誰一人としていなかった。

 ジンユィが崩壊して丸一年。
 残った少数の仲間とともに、先生は旅を続けていた。

 “出来損ない”たちの集まりは意外なところに隠れていた。
 深い谷の隘路にあったヨウユィ。雪山の洞穴の奥深くにあったショウユィ。人里近くのお花畑のそばにあったチィユィ。

 ユィというのは、魚という意味だ。
 ずっと昔、東の方で栄えた国の言葉らしい。

 別に誰が取り決めたわけでもないのに、コミューンにはみんなこの音が混ざっていた。
 後にそれら全ての創立に先生が関わっていることを知った。
 先生は海が好きな人だったのだ。
 ただそれだけのことなのに、ユィと聞く度、ツンは誇らしく感じていた。

529 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:36:58 ID:nozhF/0E0
 出来損ないの魔人。
 身体の中にオルを受容する器官が生まれつき存在しない。
 だから不思議な力が使えない。
 普通の魔人とは違う、人間とも全然違う。
 居場所のない人たちに、手をさしのべる人たちは、先生以外にもいた。
 自分の暮らしていたコミューンが壊れたことで、初めてこの世界が悪くないように思えた。

 仲間のうちの何人かは、最初に辿りついたコミューンに映りすんだ。
 何人かは先生の後をついて次のコミューンを探した。
 ツンもその中にいて、結局は一番長く先生の後をついて歩いた。

ξ^⊿^)ξ「旅をするのは楽しいから」

 先生に尋ねられると、ツンは決まってそう答えた。

ξ^⊿^)ξ「それにみんなとの約束だったし」

 ジンユィでもらった紙製の地球儀は、いつでもツンの鞄の中にあった。
 慣れない人間の文字を使い、地名を書いた。
 古びた字は下手なのに、ツンは書き直そうとしなかった。

 先生との別れは、一通の手紙に始まった。

530 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:37:59 ID:nozhF/0E0
ξ゚⊿゚)ξ「あたしに?」

 受け取ったツンは、手紙を読んで神妙な顔になり、やがてふらつきながら先生と相談をした。
 差出人は、ツンの数少ない友人のもの。
 彼女をラスティアという国の従者見習いとして招待する、というものだった。

ξ;゚⊿゚)ξ「先生、あたしどうしよう」

 ツンは心底困っていた。

( ゚д゚ )「どうして質問するの」

ξ;゚⊿゚)ξ「だって、先生はまだ、居場所が見つかっていないのに……」

 友達からの誘いは魅力的だった。
 だが、ツンは素直に首を縦に振れなかった。

531 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:38:57 ID:nozhF/0E0
( ゚д゚ )「気にしなくて良いんだよ」

 先生はそう言って笑い飛ばした。

( ゚д゚ )「僕は君の主じゃない。君のことは心配だけど、それを理由に君を縛ろうとは思わない。
 君は自由に選べるんだ。どう生きるかも、何をするかも」

 参考にするには大きすぎる答えだった。
 それでも胸の空く想いがした。

 後日、ツンは友達の誘いを受け容れた。
 街の外れで先生と別れ、城を目指し、耳を必死に隠して従者見習いの面接を受けた。
 緊張はしたが、通ってしまえばあとは気が楽だった。

 採用され、寄宿舎に移り、新たな生活を初めた。

532 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:40:01 ID:nozhF/0E0
 途中、先生が逮捕された噂を耳にした。
 魔人を街に誘い入れた罰を受けたらしかった。
 詳細を知りたかったが、一介の見習いには衛兵に近づくにも限度があった。

 幸いにも、衛兵の知り合いが初日にしてできた。
 頼りない男の子だったが、話しにくいことはなく、むしろ接するにつれて気楽になった。
 妙なところで馬が合ったのかもしれない。
 初めは利己心だったのに、いつの間にかツンは彼と自ら話すようになっていた。



 そして誠に奇妙な縁は、長いこと続いていた。

533 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:41:00 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「まだ納得しないつもりモナ?」

 モナーの問いかけに、ツンは返事をしなかった。
 フサギコに手を取られたまま、項垂れて、口を固く結んでいた。

ミ,,;゚Д゚彡「もう無理だと思います、酋長」

 フサギコが渋面を酋長に向けた。

ミ,,;゚Д゚彡「むしろよく体力がもった方です。これ以上は命に関わる」

( ´∀`)「フサギコ、何度も言わすなモナ」

 モナーの細い目の奥で、黒い瞳が鋭く光った。
 萎縮したフサギコは肩を強張らせた。

534 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:41:56 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「無秩序は、世を滅ぼす。
 たった一人といえど、勝手に動いてもらったこちらは困るモナよ」

ξ ⊿ )ξ「だったらなおさら、認めないわ」

 掠れきった声がツンから漏れ聞こえてきた。

ミ,,;゚Д゚彡「お前、まだ意識が」

ξ ⊿ )ξ「こんなの何でもない」

 気丈に言い切り、ツンはモナーを睨み付けた。

ξ#゚⊿ )ξ「あたしが首を縦に振らない限り、あんたが困るんでしょ? ざまあみなさい。
 もっと困らせてやる。あんたなんかの思い通りになるもんですか。あたしがいくら出来損ないだからって、思い通りになんか絶対にならない」

( ´∀`)「フサギコ」

 ツンの叫びを断ち切るように、モナーが冷たく言い放った。

535 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:42:57 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「やるモナ」

ミ,,;゚Д゚彡「は、はっ」

 瞬間、フサギコとツンの姿が消えた。
 いくつもの破砕音がして、モナーの周囲で枝葉が落ちてくる。
 地面を打ったそれらが跳ね返り、再び地に落ちたとき、土煙が舞った。

 目にも止まらぬ移動。
 しかし消えているわけではない。

 実体を伴ったままの超高速での移動。
 それがフサギコの能力だった。

 フサギコは元の位置に戻ってきた。
 焦げ付いた足下に焼け跡が残っている。

 腕に止まっていたツンの身体が大きく揺れた。
 仰け反り、俯き、足が吊り人形のように振れる。

536 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:44:21 ID:nozhF/0E0
ξ Д )ξ「う……げえ」

 一瞬放心したのち、ツンが呻いた。
 遠心力に内蔵が捩れ、痛みが身体の内側を染める。
 たまらない不快感に襲われ、ツンは激しく咳き込み、吐いた。

 倒れ込もうとするツンからフサギコは手を放した。

ミ,,;゚Д゚彡「ツン! 悪い、やりすぎた」

 しゃがむツンの背中にフサギコは手を重ねた。
 嫌がるそぶりを見せながら、ツンの嘔吐は止まらなかった。
 異臭が地面に広がっていく。

ミ,,;゚Д゚彡「酋長!」

 フサギコは焦燥を浮かべて叫んだ。

ミ,,;゚Д゚彡「もういいでしょう! 俺、もう無理です。
 俺の力はこんなことするためのものじゃない」

537 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:45:25 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「……もう無理モナ?」

ミ,,;゚Д゚彡「はい」

( ´∀`)「……ふーむ、どうしたものか」

 と言って、モナーは歩み寄ってきた。
 ツンの数センチ前に来て、しゃがんだ。

( ´∀`)「ツン、聞こえているモナ?」

ξ|! ⊿ )ξ「……ええ」

 嗄れた声だが、ツンは応えた。
 青白い顔を無理矢理モナーに向けている様子だった。

( ´∀`)「どうしても納得しないモナね?」

538 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:46:20 ID:nozhF/0E0
ξ|! ー )ξ「……ふふ」

( ´∀`)「モナ?」

ξ|! ー )ξ「さっきから何度も言ってるとおりよ」

 唇をひくつかせながら、ツンはその端をつり上げ笑ってみせた。
 向かい合うモナーは変わらずにいた。

( ´∀`)「……それならば、君の意志を尊重するモナ」

( ´∀`)「フサギコ、水を取ってこれるモナ?」

ミ,,゚Д゚彡「来る途中で川の音が聞こえましたから、そこからならば」

( ´∀`)「ちょいと持ってきてくれモナ」

539 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:47:21 ID:nozhF/0E0
ミ,,;゚Д゚彡「しかし」

( ´∀`)「何もしないモナよ。第一、お前ならすぐ戻ってこれるモナ」

ミ,,;゚Д゚彡「…………信じますからね」

 フサギコは消えた。
 林の木々がざわめき、途絶えた。
 数秒をおいて、再びフサギコは現われた。
 どこかから調達したコップと木桶。その中には水が並々と入っていた。

ミ,,゚Д゚彡「ほら、ツン」

 モナーからの指示を待たずに、フサギコはツンの口元にコップを寄せた。
 ツンの手がおずおずとコップに延び、手に持った。

 しかしそのまま、口に運ばず止まった。

540 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:48:21 ID:nozhF/0E0
ξ ⊿ )ξ「意志を尊重するのに、逃がしてはくれないんですね」

 呟いた言葉に虚を突かれ、フサギコもモナーも一瞬顔を見合わせた。

( ´∀`)「それは仕方ないモナ。君は魔人、人とは違うモナ」

ξ# ⊿ )ξ「どう違うっていうんですか」

 ツンは声を荒立てた。

ξ# ⊿ )ξ「確かに獣の耳はあります。でもあたしには力がない。人の役には立てない。
 それならば、べつに魔人として生きる必要はないんじゃないですか」

( ´∀`)「……そうしている地域もあるモナね」

ξ#゚⊿゚)ξ「だったら」

( ´∀`)「ならんモナ」

541 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:49:21 ID:nozhF/0E0
 ツンが言う前に、モナーは首を振った。

( ´∀`)「この地域の管理者は私モナ。魔人のあり方は私の所存モナ」

ξ#゚⊿゚)ξ「……」



ξ゚⊿゚)ξ フッ



ξ-⊿-)ξ「認めて……ください」

 コップを見つめていた目を、モナーに注いだ。
 鋭さは消え、代わりに表面を潤ませていた。

ξ;-⊿-)ξ「あたしの生き方を認めてください。あたしは、人とともに生きたいんです。
 どこにだって行ってみたいし、見てみたいし、聞いてみたいんです」

ξ;-⊿-)ξ「お世話になった人たちとの約束なんです。お願いします」

542 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:50:20 ID:nozhF/0E0
 懇願の声が林に響いた。

 しばらくモナーは黙っていた。
 相変わらずの笑みを称えたまま、細目でツンを見据えていた。

( ´∀`)「わかったモナ」

 すぐには誰も反応できなかった。

ミ,,;゚Д゚彡「えっ」

ξ;゚⊿゚)ξ「いいんですか!?」

 ツンの声が上気する。

 だが、モナーは首を横に振った。

543 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:51:21 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「すまんモナ、そういう意味じゃないモナ」

 言葉を聞いて、ツンの喜色は行き場を無くして消えた。



ξ゚⊿゚)ξ「それじゃ、何がわかったんです」



( ´∀`)「君が抵抗する理由が、モナ」



 その瞬間。
 ツンの背に怖気が走った。
 モナーの笑みが仮面のように見えたから。

544 同志名無しさん :2017/05/20(土) 23:51:46 ID:2Kcgz2560
モナー悪いやっちゃな

545 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:52:20 ID:nozhF/0E0
 モナーは笑ってなどいない。
 黒い眼差しの一点にも妥協は覗いていない。
 そう、察した。

( ´∀`)「君は人というものが他の動物とどう違うか知っているモナ?」

 問いかけに、ツンが答えるのを待たずに続けた。

( ´∀`)「自分という存在を信じられるかどうか」

 教え諭すような口調で、モナーは言った。

( ´∀`)「例えば、人間の身体は常に古い細胞を捨てているモナ。
 一ヶ月で半分の細胞が、二ヶ月もあれば全身の細胞が全て切り替わる。
 構成物質にのみ着目すれば、二ヶ月前のある人は今のその人とは別のはずモナ」

546 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:53:20 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「しかし人は、二ヶ月前の自分が今の自分と変わりないと信じて疑わない。
 それは何故かといえば、偏に“記憶”のお陰モナ。
 身体が変わっても、脳の中に貯蔵されている情報が継続している。だから人は自分を見失わずにいられるモナ」

( ´∀`)「翻って言えば、記憶がなくなると人は全てを失うモナ。
 記憶という動機を失えば、人は動けなくなる。簡単なことモナよ」

ξ|i゚⊿゚)ξ「……まさか」

( ´∀`)「うん」

 モナーはおもむろに掌をツンの前で広げた。

( ´∀`)「私が君の頭に触れれば、それで終わりモナ。
 君は全てを忘れ、何もなかった頃に元通り。おめでとう、また一からやり直せるモナよ」

547 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:54:21 ID:nozhF/0E0
ミ,,;゚Д゚彡「酋長! そ、それはあまりにも」

( ´Д`)「事態は逼迫しているモナよ」

 モナーは声に怒気を含め、フサギコを一喝した。

( ´Д`)「仮に今サイレンが鳴り、ツンに症状が現われたら、僕らはツンを斃すしかないモナ。
 仮に逃がしても軍が襲ってくる。かいくぐったとしても、魔人全体の悪評を広めるばかりモナ。
 いくら便利な存在であろうとも、危険な存在は排除されてしまうモナよ」

( ´Д`)「出来損ないたちへの最善策は隔離モナ。
 その遂行のために、従順は必要条件モナ」

ξ;゚⊿゚)ξ「い、嫌よ!」

548 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:55:20 ID:nozhF/0E0
 ツンは耳を押さえ、叫んだ。
 頭の痛むのさえ堪えて、固くキツく目を閉じた。

 頭の中を記憶が駆け巡っている。
 今まで歩いてきた街、コミューンの数々。
 それら全てに思い出があった。
 多くはないが、懐かしいものたち。

 ツンは荒く息を吐いた。
 饐えた匂いがまとわりつく。

( ´∀`)「……我々には大義があるモナ」

 訥々とモナーは言った。

549 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:56:19 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「人に近く、決して離れず、行く末を衛ること。
 それが、我々を創った“遠つ祖”の、我々に課した使命モナ」

( ´∀`)「能力がある者はそれを駆使して人の夢を叶えて挙げればいい。
 そして能力の無い君らにも、できることはあるモナ」

 モナーはしゃがみ、地面に手を触れた。
 吐瀉物が広がっているそこを見つめ、愛おしげに撫でている。

( ´∀`)「その耳があるということは、君には魔人の細胞が根付いているということ。
 それらの名残は、君らに生成器の存在する証拠でもあるモナ。
 たとえオルを受容できないとしても、君の体内を通り抜ける物質には全てオルが付与されるモナ」

「君ら一般の魔人には、あまり知られていないことだけど」と、モナーは註釈した。

( ´∀`)「吐息、汗、涙、排泄物や、古い細胞の絞りかすまで。
 オルを伴ったそれらが気化し、世に溢れ、この世界の秩序を変貌させる。
 新しい秩序によって、我々は不思議な力を扱えるモナ」

550 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:58:42 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「だから君は、生きるだけでいいんだモナ
 なるべく長く生きていることが、この“王女の星”にとって最大の幸せなのだから」

 話し終えると、モナーはツンをじっと見据えた。

( ´∀`)「納得は」

 聞き終える前に、ツンは強く首を横に振った。
 後ずさりするも、腕が突っ張らず、横に傾いで倒れ込んだ。

( ´∀`)「わかってるモナ」

 モナーは再び手を翳した。

551 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/20(土) 23:59:45 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「いくら言っても君は聞き入れないモナ。
 君は人に憧れすぎてしまったモナ。
 我々のように役目を果たせと言われても、嫌悪感が先立って動けないモナね」

( ´∀`)「全く以て、人と同じモナ。
 いくら学習の機会があっても、聞く耳持たないならば何も伝わらないモナ。
 せっかく我々という、従順で優しい友がいるというのに」

( ´∀`)「さて、話し疲れたモナ。言いたいことあるモナ?」

 モナーは突如、押し黙った。
 ツンを見つめ、静かに答えを待っていた。



ξ ⊿ )ξ「あたしは……」

552 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/21(日) 00:00:45 ID:5J164p.Y0







ξ;⊿;)ξ「それでも人が好きです」









( ´∀`)「ふうん、そう」

553 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/21(日) 00:01:45 ID:5J164p.Y0
 モナーの手が一気にツンの頭に触れた。

 目を見開いたツンの頭上が、暖かい光に包まれていく。


 あっという間だった。
 抵抗する暇もなかった。


 茫々たるイメージ。
 かつての記憶がいっぺんに流れて、どこにも掛からず消えていく。

 止まらない。
 いくら手を伸ばしても、どうすることもできない。

 諦念が身体を包む。
 それさえも、虚無に飲まれる。
 何もかもが失われていく。

554 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/21(日) 00:02:45 ID:5J164p.Y0
 また、思い起こす。

 ずっとずっと昔。
 最初のコミューンにいた頃。
 そこで誰かと出会い、一緒に話した。



(    )「もしも旅に出られたとしたら」



 それは先生が来るよりも少し前。
 幼い頃の記憶。



(    )「そのときは」



 その人の手には髪留めが握られていた。
 お気に入りの物だったのだ。

555 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/21(日) 00:03:45 ID:5J164p.Y0
 銀色の、鯨。
 ジンユィの意味するところと同じ。



(    )「私も、一緒に」



 その人は、言っ――





     ......バシュン





     ☆     ☆     ☆

556 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/21(日) 00:05:12 ID:5J164p.Y0
 シダの葉を潜り抜けて、やや開けた場所に出た。
 雲間から覗く月の明かりが地面を青白く照らしている。

 さざめく冬の、弱々しい音に囲まれながら。
 何もない地面をブーンは見つめた。

 ずっと人を探していた。
 夕暮れから追いかけて、宵の口が過ぎ去り、世が更けるまで。
 彼はひたすら足を動かした。

 手がかりは一つも残っていなかった。

(; ω )「……うっ」

 荒い吐息を途切れさせて、頭を抑えた。
 慢性的な疼きは消えたものの、時折差す、鋭い痛みにはいまだ慣れない。

557 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/21(日) 00:06:14 ID:5J164p.Y0
 痛みはつねに光景をともなっていた。
 すでに失われた城の中に自分はいた。


 そこで彼女に出会った。


(  ω )「ツン、君は……」

 詳細なことは想い出せない。
 それでも総体的な感覚が、胸の内に沸き起こっている。

 彼女は。



( ;ω;)「僕の、友達だったんだお」



 腰に佩いていた軍刀を突き立てて、ブーンは頭を抑えて呻いた。
 ついさっきまで、その土の上に求め人の横たわっていたことを、無論彼は知るはずもない。





     ☆     ☆     ☆

558 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/21(日) 00:07:14 ID:5J164p.Y0
「やあ、元気モナ?」


「私のこと憶えているモナ?」


「そうモナか」


「自分の名前は」


「……うん、いいよ。教えてあげるモナ」


「君の名前は“ツン”」


「いいモナ?」

「よし」

559 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/21(日) 00:08:13 ID:5J164p.Y0
「ん、何モナ?」

「質問?」

「あんまり難しいことでなければ、どうぞモナ」





ξ゚⊿゚)ξ「……あたしはどこで生まれたの」





( ´∀`)「これから行くところモナよ。
 私達についてくれば安全、安心モナ。さあ、おいで」





     ☆     ☆     ☆

560 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/21(日) 00:09:40 ID:5J164p.Y0
 300年前に魔人が現われたとき、世界は荒廃していた。
 雲間から降り立つ彼らを見て、人々は世の代わりを肌で感じとった。
 事実魔人はその不思議な力でそれまでの生活を次々と刷新していった。

 かつての暦は忘れられた。
 魔人の降り立った日から新しい暦が数えられ、人々の間に伝播した。

 歴の名前は一定ではない。
 国によって魔人をどう捉えるかが変わる。
 認識の差異により、その呼び名は変わる。

 ここ、メティスでの呼び名は、降臨歴。

 改めて。

 降臨歴310年1月14日。

 メティスの首都、メガクリテに隣国テーベの国軍が侵攻をした。
 目的は魔人討伐。それはすぐに果たすことが出来た。
 連行される魔人たちはメティスの東部を渡り、全員がエウロパの森へと運ばれた。

561 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/21(日) 00:10:43 ID:5J164p.Y0
 その一方で、軍上層部はメガクリテ市政府と交渉を重ねた。
 救われた側であるメガクリテは、テーベの提案を受け容れるのに憚りがなかった。
 それはメティス国政府の意志ではない。
 しかし規模の面からいって、メティス国政府にはメガクリテ市の決定を覆すことはできなかった。

 降臨歴310年1月20日。
 メガクリテ市はテーベと軍事協定を結んだ。

 以後、テーベが戦時となったとき、メガクリテは資金、物資面でテーベと協力をすること。
 一方テーベの支援を受けて、メガクリテ市は軍を確保、維持することを約束した。

 テーベの視野の先には北の大国マルティアである。
 メティス国軍の影響を退けた今、この地域は、マルティアとテーベの二大大国が睨み合う場となった。



     ☆     ☆     ☆

562 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/21(日) 00:11:33 ID:5J164p.Y0






ミセ*゚3゚)リ「つまんなーい」



 大きすぎる椅子に凭れて、少女は大きく愚痴をこぼし続けていた。

ミセ*゚Д゚)リ「全然つまんない! わけわかんない!」

(゚、゚トソン「何も難しいことは言ってませんよ」

ミセ*゚皿゚)リ「興味ない!」

(゚、゚トソン「仮にも王を名乗るなら、少しは気にしてくださいな」

 制服姿の女性が淡々と言うと、喚いていた少女は途端、微笑んだ。

ミセ*゚ー゚)リ「王は王でも私は魔王だもの。人間がどうこうドロドロしてるとか、関係ないもんね」

 ふんぞり返って、少女ミセリは満足げに鼻を鳴らした。
 足を組もうとして顔を顰め、足首の辺りを交叉して妥協する。

563 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/21(日) 00:12:33 ID:5J164p.Y0
 魔王といっても姿形は少女そのものだ。
 服装だって一般人のそれとさほど変わりない。強いて言うなら、何故か幅広の、レースのついたスカートをはいていた。
 従者の着るもののようなそれは、数年前からのミセリのお気に入りだった。

 相対している女性、トソンは上下を黒に統一していた。
 テーベで最近流行始めたフロックコートを自分用に縫い合わせた代物だ。
 冷たい無表情と相まって、女性らしさを極力感じさせなかった。

 そのトソンが、ミセリを見つめてふと眉根を寄せた。

(゚、゚トソン「まさか、とりあえずみんな殺せば終わりー、とか考えていませんよね」

ミセ*゚ー゚)リ「違うというの?」

 きょとんとミセリが首を傾げた。
 トソンは一際大きく溜息をついた。

(゚、゚トソン「人がいなかったら、治世もなにもありませんよ」

564 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/21(日) 00:13:34 ID:5J164p.Y0
ミセ*゚ー゚)リ「えー、別にそれでもいいよ。多すぎるよりよっぽどましだよきっと」

(゚、゚トソン「私は困ります」

ミセ*゚3゚)リ「えー」

(゚、゚トソン「……」

ミセ*゚3゚)リ「我慢できない?」

(゚、゚トソン「虐殺もその顔も看過できません」

ミセ*゚3゚)リ「むぐぐ」

 ミセリは目をつむって首を振り、筋をポキポキと鳴らして呻いた。
 やがて目を瞬いてトソンを見た。

ミセ*゚д゚)リ「想像したけど、なんか大変そう! キツい!」

(゚、゚トソン「はいはい」

565 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/21(日) 00:14:35 ID:5J164p.Y0
 手帳を閉じて脇に抱え、トソンはミセリを見据えた。

(゚、゚トソン「まあ、それでもいいですよ。ミセリがわからない分野は私が勤めます。
 ミセリはミセリのできることをしてください」

ミセ*゚ー゚)リ「ありがと、そうする!」

 ぴょんとミセリは飛び立って、トソンの横を通り抜けた。

ミセ*゚ー゚)リ「暇だからデレちゃんとこで遊んでくるね」

(゚、゚トソン「暇?」

ミセ*゚ー゚)リ「うん」

(゚、゚トソン「へえ……そうですか」

566 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/21(日) 00:16:02 ID:5J164p.Y0
 呆れ顔のトソンを余所に、ミセリは廊下へと歩み出た。
 もうしばらくは戻ってこないだろう。そう想い、トソンは溜息をついた。

 そこは広い部屋だった。
 かつて地元の名手が暮らしていた豪邸に城壁と堀を拵えて城とした場所だ。
 ミセリが座っていた場所に、かつてはその地主がふんぞり返っていた。
 今はもう、どこに行ったのか知るよしもない。

(゚、゚トソン「まったく、あの人は。そっちの分野ばかり好きなんだから」

 愚痴をこぼしながら、トソンは頬を緩めていた。
 さっきまでミセリの座っていた席に近づき、机を眺めた。

 政務用の机の上に、余計なものはない。
 メモとノート、筆記用具が少々。
 それらをミセリが使っている姿をトソンは一度も見たことがない。

567 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/21(日) 00:16:59 ID:5J164p.Y0





       _______
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   // ///////|'/∧///
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 〈/ /////////|'///∧
.    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|'////∧
           ̄ ̄ ̄


 机の片隅には写真が飾られていた。
 ミセリがいつでも肩身はなさず持っていたものだ。



ミセ*゚∀゚)リ「お守りみたいなものなんだ」

 写真のことを話題にするとき、ミセリはいつでも恐いくらい笑顔になった。
 友好の気配が微塵も感じられない、冷めた笑顔。

568 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/21(日) 00:18:03 ID:5J164p.Y0
 そしてミセリは、いつもこう続ける。


ミセ*゚∀゚)リ「いつか絶対、この人を見つけるの。
 とっ捕まえてふん縛って、めちゃめちゃのぐちょぐちょにして
 それからとってもとってもとーっても、楽しいことをするんだよ」


ミセ*゚∀゚)リ「それがあたしの夢なんだ。それしかないの。全部なの」


ミセ*>ー<)リ「だからお願い、手伝って」




(゚、゚トソン「もちろんですとも」

 トソンはいつも、そう答えた。

569 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/21(日) 00:19:00 ID:5J164p.Y0
 写真にそっと、手を触れた。
 光の加減が傾いて、写されている人物の顔がトソンの目にもよく映った。





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   ◎=◎.;.;.;.;..;;.;.;.;
  ( ・-・ )ゞ.;.;.;.;.;.;
   つ┌──┐.;.;
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(゚、゚トソン「いったいこいつが、何なんだろうな」

 そしてそれについていく自分も、一体何なのだろう。
 どこへ向うというのだろう。

 考えていると自然と笑えてくる。
 意味も深みもない、空っぽの笑い。
 それが今は、たまらなく心地よい。

(゚、゚トソン「もうすぐだ」

 独りごちて、トソンはその場を後にした。




     ☆     ☆     ☆

570 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/21(日) 00:21:02 ID:5J164p.Y0





第二十二話 首都は冷たい雨に頽れ 後編(冬月逍遙編⑦) 終わり





第二十三話 優秀なる雇われ部隊(雪邂永訣編①)へ続く





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ED 『迷路』(奥華子)
https://www.youtube.com/watch?v=GgAwvlac8XI


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571 ◆MgfCBKfMmo :2017/05/21(日) 00:21:54 ID:5J164p.Y0
今回の投下は以上です。
それでは、また。

572 同志名無しさん :2017/05/21(日) 01:27:34 ID:NHbX8wis0
おつおつ
ちょいちょい誤字があるな

573 同志名無しさん :2017/05/21(日) 21:12:12 ID:7YAJqFoc0
おつおつ
テーペってハインとジョルジュの国だっけ?
他国侵略とかするような性格だったか…?

574 同志名無しさん :2017/05/26(金) 17:13:32 ID:kg1f08NQ0

謎が増殖していく……

575 同志名無しさん :2017/05/27(土) 14:17:50 ID:erJpvyHw0
久しぶりにのぞいたら来てる!


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