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夢魔道士「夢をみたあとで」
-
【Ep.1 はじまりのあさ】
―――ギィィ
軋んだ音とともに、酒場の扉が開かれる。
勇者の証、光り輝く兜を頭に被った青年が、酒場に入ってくる。
「よぉ、久しぶりじゃねえかい」
酒場のマスターが気さくに話しかけている。
「おめえさんもついに、仲間を決めて旅立つのかい?」
顔見知りのようだ。
私も、彼の顔を知っている。
この町の、新しい勇者なのだから、誰もが彼を知っているだろう。
ただ、彼は私のことなど、知らない。
"
"
-
「剣の扱いはもう大丈夫だ。ここ数日で、ひととおり試し斬りをしてきた」
「はっは、そりゃあ頼もしい」
「仲間がほしい」
「ああ、それなりには揃ってるけどよう」
マスターは遠慮がちにちらちらと酒場のメンツを見回す。
卑屈な笑いがその顔にこびりついている。
「今どき魔王を倒すだなんて、血気盛んな奴がいるかどうか……」
「……だろうな」
ふぅ、と勇者は溜息をつく。
その答えを予想していたのだろう。
-
魔王なんて、倒しても倒しても、どこかで必ず復活するのだ。
そんなことを、我々人類は何度も繰り返してきた。
「討ち滅ぼすのではなく共生の道を!」
と叫んで魔王城に向かった勇者もいたらしい。
その後勇者がどうなったのかは知らないが、共生の道などなかったということはわかる。
まあ、村の中、町の中に魔物がいることもある。
人間と共生しようという魔物も少なからずいるのだ。
しかし、魔王軍全体としては、そんな考えは些細なバグ程度のものだろう。
今も、魔王は人間を滅ぼそうと、侵略を続けている。
-
「1人でもいい。魔法のサポートをしてくれる仲間がほしい」
「魔法か……うーん」
うってつけだ。
私は魔法が使える。
今日、この日のために、鍛練を積んできたのだ。
「……あの、魔法なら、私、使えます」
私は思い切って、勇者に声をかけた。
普段は人と接するのが絶望的に苦手な私でも、このときばかりは勇気を振り絞った。
-
「君が?」
「……初顔だね?」
二人は私の方を見て、首を傾げる。
半信半疑、嬉しさちょっぴり、てな顔だ。
「私、夢魔道士です」
「夢魔道士?」
そんな魔道士聞いたことない、てな顔だ。
そりゃあそうだろう。
私の母が考えた名前だもん。
"
"
-
「夢をみたあとで、その夢の中で起こったことを現実にすることができる魔法です」
「……ふうん?」
あら、まだ半信半疑、てな顔だ。
「試してみましょうか?」
「試すって?」
「私の魔法、見てもらいたいんです」
そう言って私は、左手の指輪を額にかざす。
目をつぶり集中。
人がいるのだから、今回はあまり長く眠れない。
調整が必要だ。
段々意識が遠のく……
-
―――
――――――
―――――――――
なにもない草原。
灰色の空。
目の前に魔物がいる。
緑色の大きいトカゲだ。
私はすっと手をかざす。
―――ピキンッ
あたり一面、ひび割れる。
灰色が濡れる。
すべてが凍る。
目を剥いた間抜けなそのトカゲは、アイスボックスの中で息を止める。
―――――――――
――――――
―――
-
「っは!」
「……」
ガヤガヤとした喧騒が徐々に耳に馴染んでくる。
目を数回瞬かせる。
「……起きた?」
目の前には、呆れ顔の勇者。
そりゃそうだよね、いきなり寝たら呆れるよね。
「どれくらい寝てました?」
「一分くらい」
-
「さ、では外へ行きましょう」
「外へ?」
「私の見た夢を、現実に変えて見せます」
私は勢いよく酒場の扉をギッと開ける。
太陽が目に眩しいけれど、なんだかとても快調だ。
勇者はマスターと顔を見合わせ、私の後をついてきてくれた。
マスターは苦笑し、私たちを見送る。
-
町の外の草原に出ると、私はトカゲを探した。
「なあ君、見たところ杖がないようだけど、どうやって魔法を使うの?」
勇者が私に聞く。
そうか。魔法使いといえば、確かに杖が必要かもしれない。
「今日は勇者様に会えるかわからなかったので、家に置いてきちゃいました」
私は嘘を吐く。
杖は早いところ調達しておこう。
「でも、杖なしでも大丈夫です」
私は得意げにウインクして見せる。
私のウインクは母に「歯が痛いの?」とよく言われたものだが、今日は可愛くできただろうか。
勇者は肩をすくめただけだった。
-
がさがさ、と音がして、トカゲが現れた。
夢とは違う、黄色だった。
「あ! 勇者様! トカゲです! 出ましたよ!」
「あん? 君、トカゲを探してたの?」
勇者は腰の剣に手をかける。
「でもそいつ、魔物だよ」
ふっと勇者がトカゲに斬りかかろうとする。
-
この世界に魔王軍が現れる前、トカゲといえば手のひらに乗るサイズだったそうだ。
それが、魔王軍が現れてからというもの、妙な生物がうろうろするようになり、それまでいた生物は数を減らした、らしい。
それまでの生物を「動物」、新しく現れた生物を「魔物」と呼び分けるようになった。
魔物の多くは進んで人間に危害を加えようとし、動物の多くは人間も魔物も怖がって近づかなかった。
動物の中には、魔物化して狂暴になったり大きくなったりするものもいた。
トカゲはそのいい例だ。
ワニとの違いはアゴで攻撃するか爪で攻撃するかくらいだ。
このトカゲをちゃちゃっとやっつけて、勇者に私の実力を示さなければ。
-
―――ピタッ
私の制止の手を見て、斬りかかろうとしていた勇者は足を止めた。
さすが、反射神経は抜群ね。
「なぜ止める?」
「私の魔法を見てほしい、と言いましたよね」
「でも、敵が」
「私が、倒しますから」
私は脳内で詠唱を行う。
千年の眠り。
ひとかけらの雪玉。
悪魔に売り渡した聖水と、天使に奪われた殺意。
脳内の亡念と記憶の底の飛沫。
時満ち足りて水面には幻影。
【夢魔法 よく冷え〜る】
-
―――ピキンッ
辺りの草を巻き込み、可哀想なトカゲはアイスボックスの中で眠る。
―――ゴォッ
冷たい一陣の風が私たちの隙間を通り過ぎてゆく。
「こりゃあ、すげえ……」
ぽかんと口を開け感心する勇者。
第一印象の悪さは、もうクリアできたかな……?
-
「君の魔力を侮っていたようだ」
「私を連れていってくれますか?」
「ああ、魔王討伐に、力を貸してくれ」
私はにっこりと頷き、彼と固い握手をした。
この日のために、私は鍛練をしてきたのだ。
魔王を倒すため、私の魔法が役に立つ日を、ずっとずっと待っていたんだ。
その旅が、今始まる。
「……しかし、あの魔法名はなんとかならないだろうか」
私はそれには答えず、にっこりと微笑み、勇者の後を歩いてゆく。
-
こんな感じです
できるだけ毎日投下できたらと思いますが、気長にお付き合いください ノシ
-
乙乙
しかし爆発力はあっても二人パーティーだと1分近く無防備になるのは中々にキツイ感じですな
-
魔王の目の前でグースカやられちゃ堪らんな……
まぁ催眠魔法食らっても、起きるなりドギツい反撃出来そうなのは利点か?
-
「その指輪はなんなの?」
「これですか?」
私は指輪を勇者に見せる。
母からもらった大切な指輪。
通称、眠りの指輪。
「これを額にかざすと、問答無用で眠りに落ちるんです」
「なにその邪悪な兵器」
「邪悪じゃないです! 私の必需品ですよう」
-
まあ、それだけではないんだけど。
その先は言わないでおいた。
「君がいれば、もう旅に出られるかな」
「私、近接戦闘は一切できませんよ?」
「それは、おれがなんとかするから」
「でも二人で旅する勇者様って、少数派ではないですか?」
だいたいの勇者は3人か4人パーティを組む。
ま、噂でしか知らないけれど。
「ぞろぞろと旅のお供を連れて歩く資金はないんだ」
「ははあ、なるほど……」
-
「とにもかくにも、この大陸を早いところ出ないとな」
「魔王を倒すには、魔王城へ行かなければなりませんよね」
「ああ、大変な旅になるだろうな」
「私が魔王城へひとっ飛びしてバコーンと倒す夢を見れば解決ですね」
「いやいや、今すぐ魔王城へ行っても塵にされるだろ」
「塵にされない夢を見れば、解決ですね?」
「そんなに自在に夢を見られるのか?」
「無理ですけど……」
「……」
-
町の商店で、私と勇者は買い物をした。
火打石や水筒、テントや食料、薬草などなど。
私は家に立ち寄るついでに、杖っぽいいい感じの棒きれと、本棚の魔道書を持ってきた。
本当は私の魔法に杖なんて必要ない。
夢の中の出来事を思い出して、魔力を集中し、詠唱を行うだけ。
魔道書だって、ほんとはもう必要ない。
夢魔法の多くは母から教わったし、魔道書の中身はすべて頭に入っている。
というか、この魔導書自体、母が書いたものだった。
私の宝物だ。だから持っていく。
手ぶらの魔道士はちょっとかっこがつかないものね。
-
「君の魔法は、直前の夢しか具現化できないのか?」
勇者と町を出発して、草原を歩く。
身軽だ。
旅の出発なんてものは、こんなにもあっさりしているものなんだ。
「ええ、だから、昨日の夜に見た夢はもう、無効なんです」
「長い夢を見られれば、それだけたくさんの魔法が使えるということ?」
「えーっと、多分」
「昨日はなんの夢を見たの?」
「えっと……」
あれ?
思い出せない。
昨日は夢を見たっけ?
-
「夢、毎日見るの?」
「……はい」
指輪を使えば、必ず夢を見る。
そこで自分の思いのままに動くことができれば、私は最強の魔道士になれるはずだ。
……まだ、そんなことは不可能だけど。
「夢の精度を、私も上げていかないといけませんね」
「おれも、剣の腕に磨きをかけなきゃあな」
ははっと笑う彼は、普通の、素敵な青年だった。
なんだかその笑顔は、見たことがあるような気がした。
彼に仕えることができて、幸せかもしれない。
-
【よく冷え〜る】のおかげで、町の外では敵なしだった。
勇者もザクザクと魔物を斬り、順調に旅は続いた。
ただ、私のこの魔法では、勇者の傷を治すことができない。
「君のその魔法は便利だけど、それ以外の魔法は使えないのか?」
ほら、もう見抜かれてしまった。
「私が今日酒場で見た夢は、この魔法だけでしたから……」
「それじゃあ、炎の魔法や雷の魔法も?」
「ええ、今は使えません」
-
勇者は微妙な表情を浮かべている。
そりゃあそうだよね。
一種類の魔法しか使えないなんて、魔道士としては初心者同然。
「……いずれたくさんの魔法が使えるようになるのかな?」
「……たくさん眠れれば、たぶん」
「敵前で寝るってこと?」
「それは、ちょっと、危険ですね」
「ちょっとじゃないだろ」
呆れながらも、彼は少し笑っている。
よかった、幻滅されたかと思った。
-
「おれも、剣の腕をもっともっと磨かないといけないからな」
「ゆっくり行こうぜ」
そう言って、励ましてくれた。
勇者というのはもっと無骨で自分勝手かと思ったが、案外そうでもないらしい。
「おれが剣聖と呼ばれるレベルまで腕を上げ、君が自在に夢を見られるようになれば……」
「最強ですね?」
「魔王なんて、何度でも倒してやる」
「伝説になれますね?」
「ははっ」
-
「しかし攻撃はともかく、確実な回復手段はほしいな」
「ですよね」
「回復魔法は?」
回復魔法は……知っている。
いつか夢で見た……気がする。
「夢で見たことはあります、でも……」
「でも?」
「私一人では、その効果のほどはよくわかりませんでした」
「どうして」
「私、最初から元気でしたから」
「……なるほど」
-
これもう鬱エンドに向かってまっしぐらな感じしかしないんだけど…
-
「その魔法、今使えないのか」
「えっと……」
実は、以前であっても夢に見ていれば詠唱することはできる。
だけど、その効果はほぼなし。
それが私の魔力といえばそれまでだけど……
「一応、やってみましょうか」
私は脳内で、思い出しながら詠唱を行ってみた。
千年の眠り。
ひとときの休息。
時の流れに逆らい、人の理を嗤う。
体内の戦場にうつろう白煙。
時満ち足りて息吹くは梅花。
【夢魔法 キズ治〜る】
-
「……どうでしょうか」
「……少し気分がよくなった、気がする」
「本当ですか!?」
「……いや、気のせいかもしれない」
やっぱり、昔の夢だとダメみたい。
これができるようになれば、もっともっと勇者の役に立てるのに。
「しかし、やっぱり名前がひどいな」
「いいじゃないですか、それは!!」
-
工夫しないとなかなか苦労しそうな魔法です
二人の旅はどうなっていくのでしょうか
また明日です ノシ
-
使おうとする度に寝る必要は無いっぽいのは良かったわな
夢を覚えてれば使えるっていうなら夢を明晰夢にしていく上で今後はアレをやる感じかな
乙乙
-
問答無用で寝かせる……
SPD特化でデバフ要員だな!
魔法? いいから寝かせてこい!
-
【Ep.2 りゅうのしれん】
―――
――――――
―――――――――
真っ暗な洞窟。
天井から垂れるしずく。
目の前になにかがいる。
うじゃうじゃと。
人のような形をしているが、人ではないものたち。
背後の勇者を守らなければ。
私は手をかざす。
―――ゴォッ
あたり一面、火の海に。
洞窟の岩肌が照らされる。
魔物は燃え、形を崩していく。
人型のそれらは、うめき声をあげ、灰となり、風に舞う。
―――――――――
――――――
―――
-
「……っ」
私は小さなベッドの上で目覚めた。
反射的に左手の指輪を見る。
中央に埋め込まれた小さな宝石が、緑色に光っている。
よかった、緑色か。
そっと隣を見ると、毛布にくるまって勇者が眠っている。
-
昨日はたくさんの魔物を倒して、素材を集めて、次の町で換金をした。
たくさん出てきたトカゲは大したお金にならなかったけど、ここは大陸の端だから仕方がない。
戦闘に疲れた私たちは、町の宿屋で休んだのだった。
そういえば、さっき見た夢は炎の魔法が使えたな。
今日はボウボウ燃やして活躍しちゃうぞ! と、私はテンションをあげる。
今日も、旅が始まる。
-
「おはようございます! 勇者様!」
私は明るく勇者を起こす。
「……ん、おはよう」
「さあ、今日もはりきって参りましょう!」
「寝起き、いいね」
「はい、夢魔道士ですから!」
「どこの鶏が鳴いているのかと思ったよ」
「誰が鶏ですか!!」
夢魔道士が夢心地でふらふらしてたら、シャレにならない。
朝はシャキッと! が私のモットーでもある。
-
今日は大陸の中心へと続く洞窟へ向かう予定だ。
昨日は海沿いの平和な草原だったので、大した魔物は出なかった。
もっと魔王城に近いところや人の少ない地域なら、強い魔物がいるから貴重な素材がたくさん手に入るはず。
「今度はもっと、ふかふかのベッドで寝たいですね」
「魔王を倒す旅に、贅沢は言ってられないだろ」
今は貧乏旅だけれど、その分たくさん戦闘を経験して、力をあげていくことができる。
私も、勇者も、もっと力をつけて、いずれは魔王を。
そう考えると、とてもワクワクする。
-
宿屋を後にし、私たちは洞窟へと向かう。
武器や防具を買いたいけれど、今はまだそんな資金がない。
「薬草、たくさん買っておきましたよ」
「ああ、ありがとう」
「いつかは素敵なローブとか、ほしいですね」
「おれももっと性能のいい剣がほしい」
勇者の言葉は、昨日に比べて少し砕けた感じになった。
私のことも、「君」ではなく「お前」と呼ぶ。
でもそれは、高圧的なのではなくて親しみを込めたものである、と思う。
私にはなぜかその呼び方が、とても懐かしく、また居心地のいいものに感じられた。
「あれ、お前、杖は?」
-
しまった、杖(という設定の棒きれ)を宿屋に忘れてきた。
「……宿屋か?」
「……はい、そうみたいです」
「仕方ない、戻るか」
「い、いえ、それには及びません、私は……」
私は慌てて足元の棒きれを拾う。
それをシュッと振りつつ、優雅に決める。
「優秀な魔道士ですから。優秀な魔道士は、杖を選びません」
-
「そんな棒きれひとつで、大丈夫なのか?」
勇者は明らかに不安そうな顔をしている。
昨日の棒きれとさして変わらない物のはずだけど……
「大丈夫です。勇者様も、剣聖と呼ばれたらなまくらで戦えるようになっているでしょう?」
一瞬丸め込まれそうだったが、しかし勇者は反論してくる。
「いやいや、お前はまだ大魔道士ではないだろう?」
むむ、痛いところを突いてくる。
-
「とにかく大丈夫なんです、見ていてもらえればわかります」
「ふうん」
「それより今日はボウボウ燃やしますからね? 覚悟しててくださいね?」
「おれを燃やすつもりじゃないだろうな」
「そういう意味で言ったんじゃありません!」
「そういう意味に聞こえたんだ」
-
洞窟の入り口には、「魔物多数、危険」の看板があった。
「この洞窟を抜ければ、山脈の内側に出られるはずだ」
「地図通りだとすると……このあたりですね」
バサッ、と私は地図を広げる。
昨日印を付けたこの洞窟の入り口から、少し離れた「開けた空間」に辿り着けるはずだ。
ここに、小さな村と不思議な泉があるらしい。
私たちはそれを目指している。
「よし、行くぞ」
-
やどやでばーにんぐですねわかりますん(ばくらちゃん並感)。
-
「これは……暗いな」
洞窟には当然明かりなどなく、入って数歩でなにも見えなくなってしまった。
「仕方ない、戻ろう」
「ええ? 戻るって勇者様……」
「松明がないと、とてもじゃないが進めなさそうだ」
「あ、ちょっと待ってください勇者様」
私は勇者を制し、昨日見た夢をイメージする。
-
千年の眠り。
ひとかけらの紅玉。
天秤にかけるは火薬、壁に隠すはガマ油。
空駆ける龍尾と舌の上の血溜まり。
時満ち足りて黒炭の棺。
【夢魔法 よく燃え〜る】
―――ゴォッ
生まれた火球を飛散させてしまわないように、手のひらに留める。
それはゆっくりと回転しながら、だんだんと私の手に馴染んでくる。
「ほら、これで明るいでしょう?」
「はあ、便利なもんだ」
-
火球であたりを照らしながら、私たちは洞窟を進んでいった。
「お前は熱くないのか?」
「ええ、自分の魔力で焼かれる魔道士は、ちょっとみっともないでしょう?」
「確かに」
「熱いですか?」
「いや、大丈夫」
-
洞窟を進んでいくと、突然がらりと音がして、壁が崩れ落ちた。
「?」
崩れ落ちた岩は、ごろごろと動き出し、人を形作る。
「魔物か!?」
言うが早いか勇者は斬りかかる。
―――ガキィン!
―――ゴキィン!
岩とはいえ、勇者の剣で削られ、魔物は苦しそうだ。
しかし数が多い。
そして硬い。
-
―――ガキィン!
―――バキィン!
音が洞窟に響く。
魔物はどんどん数を増やし、取り囲まれるような態勢になってしまっている。
勇者は、背後にまで気を配る余裕がなくなっている。
それを見て、勇者の背後の魔物が大きく腕を振り上げた。
「危ない! 勇者様!」
私はとっさに、火球を放っていた。
―――ゴォッ
-
「ぎゃあああああ!!」
断末魔とともに、魔物が燃えていく。
岩でも、私の魔法で燃やせるようだ。
どろどろと溶けたり、ぶすぶすと炭になったり。
それを見て気を良くした私は、次々と火球を作っては魔物に叩きつけた。
―――ゴォッ
「熱い! お前! おい、熱い!」
勇者を取り囲んでいた魔物は、全滅していた。
その威力に、私は満足げにうなずく。
これなら、この洞窟も難なく通り抜けられるだろう。
「おい! こら! 熱いって言ってんだよバカ!」
-
燃えている勇者の服の裾をばたばたと消してから、たっぷりとお説教を食らった。
「お前の魔法の威力は分かったが、おれまで燃やしてどうする!」
「取り囲まれていたから危ないと思いまして……」
「おれは背後の敵にも攻撃できるように鍛錬してきたんだよ」
「そんなこと知りませんでしたし……」
「あとお前、火球を敵にぶつけたら明かりがなくなるだろうが!」
「同時に二つ出せるように頑張りますから!」
-
洞窟で、勇者の叱咤激励というか罵倒を受けながら、私の魔法は上達した。
……と思う。
「右手の火球が拡散してるぞ! 集中しろ!」
「威力が弱い! まだ魔物が燃えてないぞ!」
「おれを見るな! 魔物だけ見てろ!」
「おれじゃない! こっちを見るな!!」
「やめろ! こら! っちょ! やめろ!!」
-
……
洞窟を抜けるころ、私の左手には明かり用の火球、右手には砲撃用の火球があった。
さらに足元にまとわりつく防御用の炎の盾があった。
「見てください! 完璧な布陣です!」
「魔王の側近にそういう魔物がいそうだな」
「なんてこと言うんですか!」
「頼むからおれの方を攻撃するのはもうやめてくれ」
「コントロールが難しいんですよ!」
勇者の衣服はあちこち焦げてしまっていた。
私の魔力のコントロールは、まだまだ上達させなければ。
-
夢魔道士と勇者の距離が少し近づきました
また明日です ノシ
-
きたい乙。
-
めちゃくちゃ上達しとる……
-
言い訳しておくと、「よく冷え〜る」という魔法名は
惑星のさみだれという漫画の宙野花子ちゃんの
必殺技からのパク……オマージュです
-
洞窟の先の「開けた空間」は、とてもきれいなところだった。
優しい木洩れ日の中に、小さな集落があった。
この辺りには魔物もいないようだ。
平和な集落なのだろう。
「まずは、泉の話を聞きましょう」
「まずおれの服だよ!」
-
とりあえずあつらえた勇者の服は、なんだか派手で、笑ってしまった。
兜が不釣合いだ。
「おい、笑うな」
「で、でも、勇者って言うよりも、商人とか遊び人に見えます」
「仕方ないだろ、鎧が売ってないんだから」
「あ、ふ、ぷぷっ、すみません」
「燃やしたのお前だろうが!」
-
……
集落のそばに、その泉はあった。
その泉のほとりに立った瞬間、すべての音が聞こえなくなった気がした。
それほど、神秘的で素敵な空間だった。
泉の周りには、見たこともない花が色とりどりに咲いている。
「よし、この泉を汲んでいくぞ」
「もう! 勇者様は風情がないですね」
「は? なに言ってんだ、お前」
「こんなに素敵な場所に来たのなら、ちょっと感傷に浸るものでしょう?」
「ちょっとなにを言ってるかわからない」
「もう! 知りません!」
-
鈍感な勇者を放っておいて、私はきれいな花を摘む。
「おい! 花なんかいいから、ここの泉の水をだな……」
勇者がなにかを言っているが、聞こえないふりをする。
この泉の水を飲めば体力が回復するそうだが、今の私は花に夢中になっていた。
たくさん摘んで、胸いっぱいに花の香りを吸い込む。
「ったく……女ってのはわからん」
勇者が遠くで毒づいているのが聞こえた。
ふんだ。
この花と、きれいな泉とを見て、なにも感じない方が理解できないな。
-
ざばざばざば……
泉の方で音がする。
なんというか、大胆に汲むのね。
がっつきすぎてるというか。
回復の泉だからって、あんまり汲みすぎると……
ざばざばざば……
なおも音がする。
ちょっと変だな、と思い振り向くと、泉の中心から大きな大きな龍が私たちを見下ろしていた。
-
「ぎゃあああああああああ!! 龍!! 龍ですよ!!」
みっともなく叫んだのは、断じて私ではない。
私はそんなに取り乱したりしない。
私は颯爽と勇者のもとへ駆け寄り、魔力を両手に込め、迎撃態勢を整えていたはずだ。
「あ、あれ?」
私は腰が抜けたのか、その場から動けずにいた。
勇者が剣で応戦している様子がぼんやりと見えている。
ぼんやりと?
私の目は、少し霞んでいる。
-
私は座り込んだまま、辺りを見回した。
きれいな花が咲いている。
だけど、その花を見つめていると、より目が霞んでしまう気がする。
しまった……
毒性のある花だったのか……
めいっぱい、香りを吸い込んでしまった……
私は意識が薄れるのを感じながら、手に魔力を込める。
「……よく……燃え〜る……」
-
―――ゴォッ
「あははは!! あはははは!! 燃えてる!! めっちゃ燃えてる!! 弱っ!!」
次の瞬間、そこには花畑を燃やし尽くしながら踊る少女がいた。
少しハイになっていたのかもしれない。
花も灰になっていた。
うん、うまい。
「勇者様! 私のことは心配なさらず、ちゃちゃっと龍をやっつけちゃってください!」
私は花という花をどんどん燃やした。
勇者が毒にやられないように、まんべんなく燃やした。
ちらっとこちらを見た勇者が、この世の終わりみたいな顔をした。
-
……
よくよく聞いてみると、龍は泉の守り神で、花は不届き者を近づけないバリアだったそうだ。
龍さんが優しく教えてくれた。
私はただ正座して、花を燃やした愚行を詫びることしかできなかった。
「お前……村でなにを聞いてたんだ」
「だ、だって、勇者様も、戦ってたじゃないですか」
「だからあれは、単なる腕試しなんだって」
「は、花の毒で少し混乱していて……わかりませんでした」
「だからそれも村で聞いてたろ、花に近づきすぎると危ないって」
「……」
「それも聞いてなかった、と」
「……」
-
やばい。
勇者が私に向ける目線がやばい。
汚物を見るような、「僕すごく軽蔑してます」的目線だ。
あるいは可哀想なものを見て憐れむ目線だ。
教会で静かに神父様の話を聞いていたら、空気を読まずに飛び込んできて暴れた挙句ひっくり返って死んだセミを見るような目だ。
「あ、あの……」
『頭は少々弱いようだが、あの魔力はなかなかのものだった』
龍さんがさりげなくフォローしてくれる。
優しい。
「前半部分が、致命的かもしれない」
『知性ではなく感性で魔力が操れるということは、強い魔道士の証拠だ』
「そうかな……」
なんとなく馬鹿にされている感じは否めないが、龍さんは怒らずにいてくれた。
花もすぐに生えてくるらしい。
-
魔物の中にも、人間に危害を加えないタイプのものがいる。
動物の中にも人間に危害を加えるものがいるのと同じように。
龍の多くは人間に関わりを持たないが、縄張りに入ると途端に狂暴になるものがほとんどだ。
ただここの龍さんのように、なにかしらの守り神として君臨するものは、人間の干渉に寛容であることもある。
お互い過干渉にならず、うまく共存できる場合があるのだ。
さらに言えば、人間のために力を貸したりする、家畜や愛玩動物に近い関係のものもいる。
この旅の中で、色んなスタンスの魔物と出会えるかもしれない。
それは少し、楽しみだ。
-
私たちは集落へと戻る。
今日はもう遅い。
ここで夜を明かし、明日、また洞窟を抜けて先へ進むことになった。
「回復の泉がたくさん汲めて、よかったですね♪」
ちらっとこちらを向いた勇者は、やれやれという表情をした。
やれやれと、声を出していたかもしれない。
「お前のそのお気楽さ、今はちょっといらないな」
「そうですか……」
-
私はちょっと反省をした。
確かに、集落での情報集めの時にちゃんと話を聞いていれば、花を摘んだりはしなかっただろう。
慌てて花を燃やす必要もなかった。
龍が出ても、取り乱さずに済んだのに。
……あれ?
……私、全然ダメだ。
……足しか、引っ張っていない。
そう考えだすと、胸がきゅっと苦しくなる。
私、なんのために彼と一緒に来たのだろう?
うつむくと涙がこぼれそうで、でもうつむかずにはいられなかった。
-
「……ま、旅は長いんだ、しっかり頼むぞ、相棒」
勇者の温かい手が、私の頭にポン、と乗せられる。
うつむいたままの私は、一筋流れた涙を止められなかった。
「……ひゃい」
涙声なのが、ばれそうだ。
急いで目元を拭く。
「お前は、泣き虫だな」
勇者がぼそっと、呟く。
ばれていた。
そう、私は泣き虫だった、気がする。
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私の母は、優秀な魔道士だった。
泣き虫な私をあやしながら、眠りの指輪で眠らせてくれた。
その昔、魔王の討伐に成功したと聞いたことがある。
だけど、誰もその話をしなかったし、母も詳しく教えてくれなかった。
寝る前にその話をせがんでも、母は笑って首を振るだけだった。
せっかく魔王を討伐しても、繰り返し生まれるのであれば、討伐隊を褒め称えている暇もないのだろうか。
私たちが倒せたとしても、無駄ではないか、という問いは心の奥に閉じ込めた。
「魔王……倒しましょうね」
勇者は声に出さず、でも力強く頷いた。
-
夢魔道士ちゃんはちょっとアホの子ですが、応援よろしくお願いします ノシ
-
手のかかる子ほど可愛いともいうよね乙
-
【Ep.3 みえないてきと ほうしゅう】
―――
――――――
―――――――――
ぽっかりと紫色の空が広がっている。
私は無意識に指輪を見つめる。
中心の宝石が赤色に光っている。
周りを魔物に囲まれているような感覚。
しかし、何も見えない。
怪しいものは見当たらない。
右手をかざす。
―――カッ
―――ビシィッ
稲妻が辺りを照らす。
その瞬間、辺りには、苦しみ、うごめく魔物の姿が。
姿を消せる魔物だ。
私はまた、右手をかざす。
―――――――――
――――――
―――
-
「ふはっ」
勇者が間の抜けた声とともに飛び起きた。
私はすでに旅の支度を終えている。
「おはようございます、悪夢でも見ましたか?」
「あ、ああ、おはよう。お前に燃やされる夢を見た」
「ご心配なく、今日は燃える夢ではありませんでしたので」
私は今日、雷の魔法の夢を見た。
あれなら、洞窟は照らせるし、見えない敵も姿を現すし、なかなか便利だ。
-
「……ちなみに、なんの夢だった?」
「雷です」
「……」
ちらっと勇者は、剣と兜の方へ目をやった。
感電を心配しているのだろうか。
宿から出る際、店主に「この村にゴム製のマントは売っているだろうか?」と聞いていた。
「そんなものはない」と言われて撃沈していたが。
やはり感電が怖いらしい。
勇者のくせに、情けない。
-
「今日は洞窟を再度抜け、港町まで行くぞ」
「そこでなんとか船に乗せてもらい、ここから北の方の大陸を目指すんですよね」
「というわけで、洞窟でもたもたしている暇はない」
「ええ」
「とっとと突破するぞ」
「はい!」
「じゃあお前はこの松明を持つ係な」
「はい?」
-
「私の魔法で、また照らせますよ?」
「今日は雷だろ? それが明かりとして使えるとは思えない」
「なに言ってるんですか! 電気は立派に明かりとして使えますよ!」
まだ実用化されていないが、雷の力「電気」を生活の明かりに役立てる研究が進められていると聞く。
いずれ火で照らさなくても、煤の出ない明かりが使えるようになるはずだ。
-
千年の眠り。
ひと握りの命綱。
試験管の中の神、三つ編みの髭。
轟く咆哮と真実を映す空。
時満ち足りて神罰の鎌。
【夢魔法 神鳴〜る】
―――カッ
―――ビシィッ
響く雷鳴。
そして私の掌に輝く閃光。
―――バチバチバチッ
電気が暴れ回っているが、私はなんとか抑え込む。
「お、おう、またこりゃあすげえな」
-
「ほら、ちゃんとコントロールできているでしょう?」
「ま、まあな」
「ほらほら、行きますよ。いざとなったらまた魔物を攻撃しますから」
「い、いざとなったらだからな! 最終手段だからな! それ!」
「さあ来い! 魔物たち!」
「戦うのはおれがやるから! お前は照らしてサポートしてくれればいいから!」
-
……
洞窟を抜けるころ、私の左手には明かり用の雷玉、右手には雷のランスがあった。
さらに腰回りに電気を帯び、バチバチと放電しながら威嚇している。
「見てください! これこそ完璧な布陣です!」
「吹っ切れて、なにがやりたいかわからなくなった前衛芸術家みたいだな」
「なんてこと言うんですか!」
「芸術家に謝れ」
「な、なんてこと言うんですか!?」
「上達するのが早いのは認めるが、粗削りすぎるんだよ」
「も、もっと頑張ります……」
勇者の衣服は無事だが、髪の毛が逆立って、少々しびれているようだ。
狙ったところにのみ放電するコントロールが課題だな、と私は反省した。
-
……
「船が出ない!?」
雷撃もなんとなく使いこなせるようになり、意気揚々と港町へやってきたが、なんと船が出ないらしい。
なんでも数日前から海がよく荒れて、船が何隻も沈んだそうだ。
「いや、だってこんなにいい天気じゃないですか」
「それが奇妙でよお、船を出した途端、空は黒くなるわ、波は荒れるわで……」
「おれたち、とっとと北の大陸へ行きたいんだが」
「そうは言ってもなあ、そのせいでここ何日も船が出せてねえんだ、他の方法を当たってくんな」
「そんな……」
-
「どうします?」
「他のルートを当たるか……」
「でも、船以外のルートなんて、ありますか?」
「空?」
「空から……え?」
「お前が空を飛ぶ夢を見るのを待つ、とか」
「なんともお気楽な話ですね」
「お前に言われたくないな」
-
「おいおいおい!! まだ船は出ねえのかよ!?」
大きな声が響いて、私は驚いて声の主を探した。
見回すまでもなく、その声の主は、民衆から頭一つ突き出た大男のものだと分かった。
重そうな布袋を担いでいる。
「一刻も早く北の大陸の王様に届け物をしねえといけねえってのに!!」
「し、しかし……」
「何日ここで足止めする気だよ!! もう待ってらんねえ!!」
大男と、その周りの子分(と思われる者たち)は、船員たちの制止を振り切り船の方へ向かっていった。
-
「あ、あれ、止めた方がいいですかねえ」
「……素人だけで船が動かせるとは思えないが」
「行ってみましょう!」
「お、おい!」
私たちは船着場へと、大男たちを追いかけた。
なんだか、嫌な予感がする。
-
しかし、私たちが向かったときにはすでに、船はゆっくりと岸を離れていた。
小さな船だ。
大波で簡単に転覆してしまいそうな船だ。
ロープをほどいてすぐに乗り込んだのだろう。
「あああ……命知らずな男だよぉ」
取り残された船員が呟く。
「これまで何隻が沈められてきたと思ってんだい」
-
と、空が曇り始めた。
ぶるっと、大気が揺れた。
ぞわっと、波が揺れる。
「あああ……言わんこっちゃない」
波が渦を作り始める。
風が強くなる。
そして……
「うっ」
「ぐぅっ」
船着き場で様子を見守っていた人たちが、突然苦しみ始めた。
-
「なんだ? なにが起こってる!?」
「魔物です、たちの悪い」
「魔物!? そんなもん、見えないぞ」
「姿を消すんです!」
私は急いで脳内詠唱を行う。
千年の眠り。
ひと握りの命綱。
試験管の中の神、三つ編みの髭。
轟く咆哮と真実を映す空。
時満ち足りて神罰の鎌。
【夢魔法 神鳴〜る】
―――カッ
―――ビシィッ
-
黒い空に、黄色い稲光。
怒れる稲妻が私の掌に応じてうねる。
―――カッ
魔物が姿を現した。
苦しむ人の周りを、霧状のものが覆っているのが見える。
見えさえすれば、斬れる。
「勇者様! その魔物は、お願いします!」
「お前は!?」
「あちらを!」
高い波の向こうで、大きく揺れている小舟を、私は指差した。
-
「あ、勇者様! 剣を高く掲げてみてください!」
私は、前から考えていたことを、試してみたくなった。
「こ、こうか?」
「行きます!」
掌を剣に向け、魔力を込めてぎゅっと握る。
―――バチバチバチッ
―――バチンッ
雷が剣に落ち、そのまま纏わりつく。
バチバチと電撃を放ちながら、剣が光っている。
「うお! なんだこれ!?」
「よし! できた! 魔法剣です!」
-
「そのまま斬っちゃってください!」
その効果に私は満足し、船へと目を戻す。
あの辺りにも、きっと魔物がうじゃうじゃいるはずだ。
船に当ててはいけない。
精密なコントロールだ。
精神の集中だ。
「ふぅ……」
息を整え、手をかざす。
指輪の宝石が、きらりと緑色に光る。
「はっ!!」
―――カッ
―――ビシィッ
-
―――カッ
―――ビシィッ
目を凝らす。
―――カッ
―――ビシィッ
指先まで力を込める。
―――カッ
―――ビシィッ
まだだ。
魔物をすべて殲滅するまで、雷を落とし続ける。
「ぁぁぁぁあああああああああああああっ!!」
―――ビシィッ
―――ビシィッ
―――ビシィッ
―――ビシィッ
―――ビシィッ
-
……
チャプ、チャプと波音。
ようやく空に、海に、静けさが戻ってきた。
遠くに揺れる小舟が見える。
あの大男さんは無事だろうか。
目的のものは、ちゃんと届けられるだろうか。
どれくらいの時間が経ったろう。
どれくらいの魔物を倒したろう。
勇者は、無事だろうか。
しかし、私はまだ、振り向けなかった。
ずいぶんと、疲れた。
-
いつかやってみたかった魔法剣!
明日はおやすみです ノシ
-
???「レーザーブレードっ!!」
…それはそれとして休むな(ニッコリ)。
ちゃんとかえってくるんやで。この展開でエターナルした作品が何編あることやら…(血涙)。
-
おつおつ
これで冷、火、雷か
威力はすごいけど回復がないのは辛いな…
-
……
ギィ、ギィとオールを漕ぐ音。
大男さんの子分たちが船を漕いでくれている。
私と勇者は、船にちょこんと乗せてもらっている。
しかし、この人、大きい。
ごちゃごちゃと道具をたくさん携えているが、これがまた一つひとつ大きい。
「いやあ、勇者とはな、驚いた」
「そっちも、商人には見えないね」
「嬢ちゃんも、そんなちっこいナリしてすげえ魔法使いじゃねえか」
「ちっこいは余計です」
「がはは、すまんすまん、しかしなんにしても助かったぜ!!」
-
雷がやんだ後、大男さんは岸に引き返してきてくれた。
そしてお礼を言って、私たちを乗せてくれたのだ。
「行きはあんなことなかったんだけどよぉ」
「ここ数日続いていたと言ってましたね」
何隻も船が沈められたと言っていた。
魔物が積極的に人を襲うのは、確かに最近では珍しい。
「魔物が活性化してんのかねえ」
「誰かが怒らせるようなことしたんだろう」
「魔物を?」
「ああ、眠っていたのを無理矢理呼び起こす、とかな」
-
「海の魔物ってのは、ただ通るだけの船には寛容だが、海を荒らす者には容赦しない」
「おそらく船で通った誰かが、悪いことでもしたんだろうよ」
さすが、勇者は博識だ。
私は「海の魔物」なんてものを、全くと言っていいほど知らない。
あの霧状のやつらも、海の魔物なんだろうか。
精霊というやつだろうか?
なんにせよ、怒らせた上に魔法で無理やり押さえつけたわけだから、相手が魔物とはいえあまり気分のいいものではない。
私はなんとなく、海へ向かって祈っておいた。
なんとなく、ごめんなさい、という感じで。
-
「例えば海で小便なんかしたら、海の魔物は怒るのかねえ?」
商人の大男さんが気楽そうに言う。
「ああ、そうだな。そんなバカがいれば、きっと海の魔物や精霊は怒るだろうな」
「……」
勇者がそういうと、黙り込んでしまった。
え、まさか。
「え、あんた、そんなことしたのか?」
「海が荒れてたのはあなたたちのせいだったの!?」
「なんて罰当たりな!」
「そうだそうだ!」
商人さん一行は、気まずそうにうつむいていた。
-
さすがに何日も旅をする大型船だと、排泄物の処理は大変だろう。
海に流すこともあるんだろう。
だけどこんな小さな船で、こんな短い航海で、それをすると……
「まあ、ちょうど精霊の目の前でやっちまったんじゃねえかな」
タイミングが悪かった、ということかしら。
「……今度から気をつけよう」
ま、反省しているようなので、私もあまりこれ以上言わないようにしよう。
-
「そもそもだ、この海自体、すごく汚れているじゃないか」
確かに。
大して深くないはずの海なのに、透明感がまったくない。
「この近隣の人たちの、海の使い方が悪かったのでしょうか」
「ああ、それもあって、海の精霊たちの怒りが爆発したのかもな」
すみかを脅かされていたのなら、精霊たちには同情してしまう。
「あんたたち、反省してるのなら、これから会う王様にでもかけあって、海の使い方の向上を進言しときな」
「ああ……そうしよう」
-
「そういえば、王様に届けるものって、なんだったんですか?」
私は重そうな布袋の中身が気になっていたので、気を取り直して聞いてみた。
「あ? これか? これは西の地下鉱山で掘り出したクリスタルだ」
大男さんはごそごそと、それを取り出して見せてくれた。
きらきらと白く、青く輝いている。
「わ、すごい、きれい!」
「へえ、こんな量のクリスタルとは、珍しい」
「い、いくら命の恩人とはいえ、これはやれないからな!!」
「……半分」
「おい、勇者の一行がそんな卑しい真似するな」
ベシッ
勇者にはたかれてしまった。
-
「西の地下鉱山といえば、かなり迷いやすいうえに厄介な魔物も多くて、冒険者は避けるんじゃなかったか」
「冒険者はな。でもおれたちは商人だ。価値のある物のためなら、どこへだって行くさ」
「はあ、すげえな」
「おれたち商人からすれば、あんたら勇者の一行ってのもすげえと思うぜ」
「どうして」
「おれたちゃあ金のためさ、でもあんたらは名誉や平和のために体を張ってる」
「……」
大男さんの言葉に、嘘はないようだった。
お金のために(王様のために?)危険を冒して鉱山へ潜るのも、立派だと思うけど。
-
……
「おお帰ったか、商人たち」
「は」
「そしてお主らも、道中の助けになってくれたそうだな、礼を言う」
大広間で、でっぷりと太った貫禄ある王様が、私たちを迎えた。
そういえば、私は王様というものに謁見するのは、これが初めてだ。
にこにこと温厚そうだが、目は鋭い。
「で、例のものは?」
「は、こちらに」
大男さんは、似合わない丁寧な言葉遣いと物腰で、クリスタルを王様に見せていた。
王様の目が輝く。
-
「勇者様は、王様というものに会ったことはありますか?」
「ああ、一度だけな」
「緊張しました?」
「いいや、旅立ちは自由にさせてくれたし、堅苦しくもなかった」
私も、緊張するものだと思っていたけれど、案外そうでもないらしい。
普通にひそひそお喋りする余裕がある。
「あの冠、高そうですよね」
「この謁見の間にあるものすべて、高級品だろ、趣味の悪い」
「……確かに」
-
「さて、褒美をとらさねばな」
「は、ありがたき幸せ」
大男さん、跪いてる。
でも相変わらず大きい。
私たちはぼーっと突っ立っていた。
「勇者殿にも、なにか礼ができればいいのだが」
「あ、じゃあ宝物庫の鍵を開けてくださ……」
ベシッ
今度は無言ではたかれた。
-
「もし可能であれば……」
ずい、と勇者が一歩前に出る。
「丈夫な剣を一振り、そして身軽な鎧を調達したい」
実は勇者の剣は、魔法を纏ったせいでひどく傷ついていた。
戦いが終わった後、とても使い物にならなくなってしまったのだ。
「ふぅむ、確かに勇者とは思えぬひどいナリだ。厳しい戦いをくぐり抜けてきたのだろう」
「あ、いやこれは……」
「よかろう、町には通達しておくので、好きなものを見つくろうがよい」
「あ、その、ありがとうございます……」
-
城の宝物庫はロマンの塊ですね ノシ
-
池とかならともかく、海なら排泄物はよっぽどの量でなければ魚なり微生物なりの餌になるだけやろうに
精霊やら魔物やらのいる世界は排泄物の処理にも気を遣うんですなぁ
乙乙
-
多分、肥溜めをぶちまけたんじゃネーノ?(ハナホジー)
この魔導士は何やら僧侶のかおりがするでち。
乙。
-
クリスタルねだったり宝物庫に入ろうとしたり、こんな俗な僧侶がいてたまるかw
-
……
町の武器屋には、なかなかの剣が揃っていた。
軽そうなのも、重そうなのも、とげとげの物もある。
趣味の悪そうなのもある。
「はいはい、王様から伺っております。どうぞお好きなものをお持ちください」
武器屋の主人は気さくにそう返事してくれた。
「私も可愛い杖とかほしいですね」
「魔力のコントロールに杖はいらないとか言ってたじゃないか」
「気分ですよ、気分」
カランカラン
店のベルが鳴り、見覚えのある大男が入ってきた。
-
「いよお、まだ居てくれたか」
「なにか御用ですか?」
「礼をしてなかったからな」
そう言って、彼はずしりと重い小袋を勇者に渡した。
「クリスタルのかけらだ、それ、礼にやる」
「!?」
私も勇者も、目が真ん丸になっていただろう。
命がけで王様の為に取ってきたものじゃないの?
-
「かけらを練り上げる技術は、この国にはまだねえんだ」
「だがあんたたちの旅の先、これを使って剣なり鎧なりを作ることができる職人がいるかもしれないだろう?」
「だったらこれは、この国ではなくあんたたちの方が有効活用できると思ってよ」
「ありがたく頂こう」
「売ったら、いくらくらいになりますかねー」
ベシッ
今日はよく頭を叩かれる日だ。
-
「嬢ちゃん、魔法使いなのに知らねえのかい」
「なにをです?」
「クリスタルは、魔法ととても相性がいいんだぜ」
「え?」
そもそもクリスタル自体がとても希少だから、目にしたこと自体がないんだけど。
でも、魔法と相性がいいなら、ぜひ武具にして役立てたいところだ。
「嬢ちゃんがしてるその指輪にも、使われてるみたいだし」
「え!? これクリスタルだったんですか!?」
「知らなかったのかよ」
-
「これは、母の形見で、もらったものなので……」
「いい物をもらったじゃねえか。そりゃあ嬢ちゃんの魔力を増幅する力もあるようだ」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、それで納得した。お前が体に似合わない大きな魔力を放出するわけ」
「ちょっと、体に似合わないってどういうことです!?」
私は勇者に怒りながら、あらためて母にもらったこの指輪をひと撫でした。
これは緑色をしているけど、大男さんにもらったクリスタルは違う。
もらった方は、白色というか、青色というか、銀色というか、そんな感じの色だ。
-
「さてと、じゃあ、いい旅をな」
「ああ、クリスタルありがとう。きっと魔王討伐に役立てよう」
大男さんと勇者は、がっちりと熱い握手を交わした。
私には入り込めない「男の世界」のようで、ちょっと羨ましかったり妬ましかったりした。
「嬢ちゃんも、達者でな」
そう言って、大男さんは私にも手を差し出してくれた。
私はちょっと嬉しくなってしまった。
「ええ、立派な大魔道士になって、魔王を倒して、凱旋しますので」
「楽しみにしているぜ」
そして大男さんは、がはは、と笑いながら去っていった。
大男さんとの握手は、それはそれは痛かった。
-
勇者の新しい鎧は、兜とは揃いに見えないが、軽量で動きやすそうだった。
店の前でくるくると動く勇者は、新しい服を買ってもらった踊り子の女の子みたいで、なんだかおかしかった。
私は、杖はやめて新しいローブをもらうことにした。
金の糸の刺繍が入った紺色のローブで、厚みがちょうどいいと思った。
それよりも、着ていたローブがとても汚れていて弱っていることに気づいたからだった。
魔法を繰り返し使ううち、私の体の周りにもダメージが来ているとは知らなかった。
これまで、そう何度も魔法を繰り出すことはなかったものだから。
「ま、服は消耗品だし、仕方ないな」
勇者もそう言って、私のローブを見てにっこり笑った。
-
「この旅の中で、きっとクリスタルを扱える職人と出会えるはずだ」
「で、どうするんです?」
「武器なりなんなり、加工して使えるようにしてほしいな」
「あ、そういえば、武器」
勇者がさっき買っていた剣を、私はまだ見ていなかった。
買ったといっても、代金は王様持ちだけど。
「ああ、これ、いいぜ」
勇者はシャキン、と音を鳴らして背中から剣を抜いた。
つばの部分に装飾を施してある、細身の剣だ。
-
「いつかはでっかい剣を振り回したいがな、今のおれにはこの細さがちょうどいい」
「そういうもんですか」
「ああ」
「細い剣、格好いいと思いますけどねえ」
「格好よさでは魔王は倒せねえよ」
「まあ、そうですけど」
勇者は、剣も消耗品と考えているようだ。
まあ、私の魔法を纏って剣をふるえば強いのは分かったが、あまり持たないことも分かった。
「あ」
-
「どうした?」
「クリスタル、魔法と相性がいいって話でしたよね?」
「ああ、言ってたな」
「じゃあ、クリスタルを剣に打ち込んでもらえれば、魔法剣にとても相性のいい剣が……」
「ああ、それはおれも考えたが……」
考えてたんだ。
さすが、勇者。
「それほどの量はない」
「それほど?」
「剣になるほどには、ってこと」
まあ、あまりのかけらをくれたくらいだから、量は確かに少ない。
でも、私の指輪だって全部がクリスタルでできているわけではない。
-
「私の指輪にみたいに、一部に埋め込むのでは、いけませんか?」
「うーん、クリスタルの入った剣ってのを、見たことがないからなあ」
「……私もないですけど……」
「だろ?」
まあ、クリスタルのことは置いておいて、私たちは今後の身の振り方を考えた。
装備は整えたし、この大陸は意外と大きいし、鍛錬しながら魔王城に着くにはどうしたらいいだろう。
とりあえずはこの町で情報を集めることにして、私たちは宿に向かった。
-
クリスタルもロマンの塊ですよね ノシ
-
【Ep.4 ゆめまどうし そらをとぶ】
「マカナの実がなる木があるって?」
それは私たちの心を躍らせる言葉だった。
マカナの実。
それは魔道士がみなほしがる木の実だった。
魔力を底上げし、滋養強壮に効果があり、町では高値で取引されている。
当然そんな高価なものは、私は食べたことがない。
-
町で情報収集をしている中で、果物屋の主人が教えてくれた情報。
この町から西の方へ行ったところにある大きな湖。
その中心に浮かぶ島には、大きな木がたくさん生えているのだという。
その中に、貴重なマカナの木があるらしい。
あくまで「らしい」という話だったが。
「どうする、行くか」
「行きたいです! 私は当然!」
旅の助けになるかもしれない。
そのためになることなら、なんでもしたい。
-
「よし、さしあたっては、それを目指すか」
そうして私たちは、西へ旅することに決めた。
もしかしたらほかにも貴重な木があるかもしれない。
勇者の力を高める効果がある木の実も、あるかもしれない。
でも、そんな貴重な木があることを、なぜ果物屋のご主人なんかが知っているのだろう。
そんな情報が出回っているのなら、みんな乱獲しに集まってしまいはしないだろうか。
ちょっと不安に思ったが、勇者はさっさと身支度を始めていた。
私も荷物をまとめる。
-
「そういえば、昨日の夢はなんだったんだ?」
「風です」
「風?」
「ええ、風で切り裂く魔法です」
硬い魔物には効果が薄いかもしれないが、風の魔法というものもあるのだ。
ちょっとスマートで格好いいと、個人的には思っている。
このあたりの草原でなら、特に気持ちよく魔法を振るえそうだ。
「面白いな、それ」
なにか、いい感じの魔物が襲ってこないかしら、と私は不謹慎なことを期待した。
-
ザクッザクッと音がして、私たちは振り向いた。
魔物か!? と期待したが、そこには馬に乗った旅人がいるだけだった。
ただ、人数がやたらと多かった。
「……止まれ」
そう低くつぶやいて、真っ黒な旅衣装に包んだ男が私たちの前に躍り出た。
他の旅人たちは、ゆっくりと私たちの周りを囲む。
なんだか穏やかでない。
-
「その荷物の中身を、こちらに渡してもらおうか」
「クリスタルが入っているだろう」
「おとなしく従えば、危害は加えないでやろう」
淡々と、黒い旅衣装の男が言う。
要するに、追い剥ぎというやつね。
「……くだらない」
勇者が吐き捨てた。
-
「そんなにほしければ、鉱山にでも潜ればいいんだ」
勇者は冷ややかな目で言い放った。
「それができない臆病者か、集団でしか動けない臆病者か、町中では襲ってこれない臆病者か」
勇者は畳みかける。
「昨日あの男から受け取った瞬間に襲ってくればいいものを、こんな人気のないところに来るまで待っていたのが、情けないな」
「馬には恨みがないので、降りてくれると斬りやすいんだが」
「まあ、それもできないだろうな、どうせ」
-
勇者が挑発している。
相手の男の表情は黒く巻いた布であまりよく見えないが、怒っているような気がする。
周りの男たちも、イライラしているようだ。
でも私は、勇者が世界を救うために振るう剣を、馬鹿な人間の血で汚したくないと思った。
悪人かもしれないが、真に斬るべきは人間よりも魔物のはずだ。
「……勇者様、ちょっと下がっていてください」
私は小声でつぶやいた。
-
そして、私はずいっと前に出る。
「あのね、あんたたち、勇者様は世界を救うのに忙しいの」
「この剣は魔物を斬るためにあるの」
「小市民を切り刻んで、馬の餌にするために剣を振るっているヒマはないの、わかる?」
私はこんな啖呵を切れる娘だっただろうか。
町から出ていなければ、こんな風に追い剥ぎに食ってかかるようなことはできなかったに違いない。
私はちょっと勇気がついたことを誇りに思った。
「馬は人肉なんて餌にしないと思うけどな」
後ろで勇者が小さく突っ込んだ。
-
男たちはガヤガヤと罵声を浴びせてきたが、私の耳には届かなかった。
「受け身くらいは、しっかり取りなさいよっ!」
私は昨日見た夢のことを思い出しながら、脳内詠唱を行う。
そういえば人間相手に攻撃的な魔法を放つのは初めてだなあ、と思った。
千年の眠り。
ひとかけらの千切れ雲。
揺れる楪、射す木洩れ日。
うねる空気、集束と発散。
時満ち足りて疾風の刃。
【夢魔法 風立ち〜ぬ】
―――ゴォッ
-
疾風。
―――ゴォゥッ
刃になる。
―――ヒュンッ
男の顔を覆っていた布を切り裂く。
――――――シュッ
男たちが手に持つ短刀を叩き落す。
――――――キュンッ
-
そして……
――――――ゴォォォオオオオオオオオオオオッ
大きくうねる風の流れを作り出し、男たちを空高く吹き飛ばした。
馬とともに。
「うわああああああああああああっぁぁぁぁぁっぁっぁぁぁ……」
「ヒヒィィィィィイイイイィィィンンンンンン……」
「あーあー、馬は可哀想だな」
「ええ、私もそう思います」
私は両手に魔力を集中させ、風のクッションを作るべく手を動かした。
-
「……ぅぅぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁああああああああ!!」
男たちの悲鳴が落ちてくる。
私は丁寧に、風のクッションをたくさん作りだし、馬の落下地点に配置してやった。
「おお、器用なことをするな」
「えへへ、うまいでしょう?」
「追い剥ぎどもは?」
「まあ、落下して死んでも後味悪いですからね」
―――ゴォッ!!
私は男たちが落下する寸前に、横殴りの風を浴びせてやった。
横に吹っ飛ばされて痛いだろうけど、落ちて死ぬよりはマシだろう。
-
「馬、お借りしますねー」
比較的おとなしそうな馬を二頭選び、私たちはそれに跨った。
湖まで乗せていってもらおうと考えたのだ。
馬も、悪党に乗られるよりはマシだろうし。
「一応、狼煙を上げておくかな」
勇者は町の警備隊に見えるように、狼煙を上げた。
赤色だ。
赤色の狼煙は危険なことが起きたしるし。
この場に誰かが駆けつけてくれたら、きっと追い剥ぎたちを捕らえてくれるだろう。
-
ザクッザクッと小気味よい音が鳴る。
「馬のたてがみって、硬いんですね!」
体が上下に揺れるが、それも慣れると心地よい。
「悪党が使うにしては、立派な馬じゃないか?」
この分だと、湖まで楽に到達できそうだ。
もしかしたら、今日のうちに町へ戻れるかもしれない。
いや、でもその先の目的地を決めていないし、もしかしたらもっと先に進むことになるかもしれない。
「馬さん、便利だなー」
私たちはしばし、馬での快適な旅を楽しんだ。
-
明日はおやすみです、すみません ノシ
-
魔法名www
-
そこは「風と共にさり〜ぬ」の方が品があってよかったな
-
蒸し暑い夏の山登りに最適、カトリ〜ヌ
-
幻惑魔法「まどれ〜ぬ」
-
……
「おお、でかいな」
見事な湖だった。
円に近い形をしている。
「馬では渡れませんねー」
「当たり前だろ、バカ」
「あの小さな島が、例の木が生えてるっていうところですかね」
「らしいな」
岸からでも見えるが、なかなか距離がある。
-
「船もないなあ」
「ないですねえ」
岸には誰もいない。
船もない。
かといって、警備している人間がいるわけでもない。
「本当にあそこにマカナの木があるなら、みんな渡りたいだろうに」
「ですよねえ」
「あれか、罠か」
「ありえますねえ」
-
もしかしたら先ほどの追い剥ぎどもは、王の使いかもしれない。
マカナの木の情報をくれた果物屋の主人は、誰かの手先かもしれない。
疑おうと思えば、疑える。
「クリスタルの欠片を持っていることを知った王様が、ケチって取り戻そうとしたとか」
「ありえる」
「人気のないところに向かわせて、さらに襲うつもり、だとか」
「ありえる」
「じゃあ、どうします?」
「行くに決まってる」
-
ですよね。
勇者がこんなちっぽけな罠で足踏みしていてはいけない。
さあて、しかし、この湖を渡るには……
「私の魔法で飛ぶしかないですよね」
「お手柔らかに頼むぜ」
自分を飛ばすとなると、また違ったコントロールが必要ね。
勇者を負傷させてはいけないし。
かといって魔力が足りず、途中で湖にドボンってことにもしたくない。
-
「あ、馬はどうしましょう」
「手近なところにつないで……」
「……」
「無理だなあ」
「ですね」
いい感じの柵や木が、近くには全くなかった。
仕方なく馬はそこに放しておくことにした。
もしお利口なら、帰ってくる頃までここで待っていてくれるだろう。
「ヒヒンッ」
「ヒヒィンッ!」
手を綱から離した瞬間に、二頭とも脱兎のごとく逃げ出した。
「……賢いですね、ある意味」
「……まあ、風の魔法で吹き飛ばす奴らのそばには、いたくないだろうしな」
-
気を取り直して、私はゆっくりと脳内詠唱をしながら、イメージを強めた。
できるだけ周りを傷つけない風の羽。
私を纏うように。
誰かを攻撃するためのものではなく、空を自在に飛び回るための風の羽を。
千年の眠り。
ひとかけらの千切れ雲。
揺れる楪、射す木洩れ日。
うねる空気、集束と発散。
時満ち足りて疾風の刃。
【夢魔法 風立ち〜ぬ】
―――ゴォッ
-
勇者は、私を信用してくれるようになっている気がした。
「うおお、少々怖いな、これは」
私の手を握り、虚勢を張る。
「頼むぜ、切り刻むなよ、落とすなよ」
そうは言いながらも、冗談っぽいニュアンスを含む。
旅を始めたころよりも、私の魔法に素直に頼ってくれている。
そんな気がする。
「高い、高い、もっと低くていい」
私は細心の注意を払いながら、空を飛ぶ。
コントロールが難しいけれど、泣き言は言ってられない。
「お前、聞いてる? ねえ、聞いてる?」
-
……
「はぁ〜おっきいですねえ」
島に生える木々は、それはそれは高かった。
人が住むことのない島だからだろうか。
大自然が伸び伸びと成長した、そんな風に見える。
「どれだ、マカナ」
勇者は空の旅の恐怖を振り払おうとしているのか、剣を振り回しながらずんずん奥へ進む。
「私も実物は見たことがありませんので……」
「まあ、そっか。そうだよな」
とりあえず木の実を探そう。
そこから始めることにした。
-
「ねえな」
「ないですね」
「担がれたか」
「ハメられたか、ですね」
しばらく散策したが、木の実らしきものは全然なかった。
高い木々は私たちの視界を奪い危険だったが、特に魔物が出てくるでもなく、単なる散策に終始した。
しかしそれでも、木の実を見つけることはできなかった。
「……うーむ、どうしましょうか」
「どうするったってなあ」
-
「とりあえず、ここでお昼にしましょうか」
「……そうだな、少し疲れた」
町で購入していたパンや果物を取り出し、簡易の昼食をとることにした。
クルミを練り込んだものが私のお気に入りだったが、ブドウのパンも捨てがたい。
「勇者様、どっちにします?」
「どっちでもいい」
「半分こします?」
「どっちでもいい」
「もう! 困る回答ですね」
「じゃあ、クルミ」
「だめです! どっちも半分ずつ食べたいんです! 私は!」
-
「お前、ほんと礼儀を失ったよな」
パンをほおばりながら、勇者が言う。
「まあ、カチカチに緊張されても困るんだけど」
そういえば、私は最初、もっと礼儀正しかったっけ。
もう、そのころのことを忘れかけている。
「それはきっと、勇者様が親しみやすい方だからですよ」
「……そうか」
ちょっと照れている。
-
「しかし、罠のわりには誰も攻めてこないな」
「ですねえ」
「あいつらを蹴散らしたから、怖気づいたか?」
「それなら、もう誰も襲ってこないかもしれませんね」
「仕掛けてくる奴らが、同じ場合だけ、な」
「あ、そうか、複数の仕掛け人がいるかもしれませんもんね」
私は納得しながら、ぐびりと水筒の水を飲んだ。
-
勇者の旅には、困難が付きまとう。
応援、支援してくれる者もいるが、邪魔してくる人間も少なからずいるようだ。
恨み、妬み、嫉妬。
魔王軍の息がかかったもの。
近しい人を魔物に殺された者。
「なぜちやほやされるんだ、妬ましい」
「なぜ私の弟が魔物に襲われているときは助けに来てくれなかったんだ」
「魔王軍に逆らうよりも、取り入った方がマシな人生が送れる」
そんな感情が、たまに存在する。
それはもう、勇者の一行として旅をする限りは、仕方のないことなのだ。
私はそうやって、割り切るしかできなかった。
手の中の水筒を見つめながら、少し暗い気持ちになってしまった。
-
また明日です ノシ
-
夏休み終わっても、続きお願いしますね。乙。
-
ふいに、がさがさと木々が揺れる音がした。
魔物が攻めてきたか。
それとも刺客がまた襲ってきたか。
そう思って、私たちはそちらを振り向いた。
「おぉおぉおぉ! 密猟者かコラァ!?」
「てめぇら誰に断ってこの島に入ったぁ? ぁあん!?」
「俺様にしか収穫できねえマカナの実を荒らしに来やがったか!?」
「ふざけんなコラァ!! しばでゅほぉう!!」
最後は聞き取れなかった。
私が風で飛ばした水筒が、スコーンと男のアゴを打ち抜いたから。
-
「すみません、あの、勇者様の一行とはつゆ知らず」
「あ、ぼく、ここで収穫を任されている者です、ええ、チンケな収穫屋です、はい」
「最近入り込む輩が増えてて、ええ、追っ払うのに苦労してまして、ええ」
派手な色の涼しそうな服。
その上にごちゃごちゃと物の入ったチョッキのようなものを着ている。
へらへらと笑う顔は、軽薄そうな印象を受けた。
先ほどの汚い言葉遣いも、無理していたようだ。
「いやあ、もう、お好きに実でもなんでも取ってってもらっても、ええ、ええ」
-
「いや、それがな、木の実を見つけられなくて」
「まあ、見た目を知らないっていうのもあるんですがー」
「お前、収穫屋なら実の形を知っているんだろう?」
「私、超ほしいんですよー、魔道士なので」
私たちの訴えを聞いた収穫屋のその男は、にやりと笑って言った。
「マカナの実はっすね、木の上のほうになるんですよ」
「上?」
「そう、すんげー上のほうに。だから誰も彼も怖がって、結局あきらめるんす」
-
「上、ねえ」
私たちは上を見上げる。
木々が生い茂っていてあまりよく見えないが、あの上のほうに実があるのだろう。
そりゃあ、見つからないわけだ。
「採ってきましょうか」
そう言って、収穫屋の男はひょいっと木に飛びついた。
「ちょっと待っててくださいね、っと」
そうしてチョッキのポケットから色々と取り出し、上手に木を登っていく。
腰にロープを回し、手にはいつの間にか大きなグローブが着けられている。
ロープをぐいぐいとひねりながら、大して力も込めず、あっという間に上がっていった。
-
「ほい、これっすわ」
彼が採ってきたのは、なんとも奇妙な実だった。
赤い実と青い実。
それが連なっている形は、少しさくらんぼに似ていた。
「変な実だな」
「まあ、珍しいですね。これね、同時に食べないと意味ないらしいですよ」
勇者と収穫屋の男は、二人して実の効能や食べ方について話している。
私はというと、木の上を見つめて、あることを企んでいた。
うまくいくだろうか。
でも、ちょっとやってみたい。
-
「風、立ち〜、ぬ!」
―――ぶわぁあああっ
私の周りに風が集まる。
足元に渦を巻く。
「いよっ!」
―――ゴォォォォッ!!
それを上方向に爆発させ、私は垂直に空を飛んだ。
「いやぁっ! 気持ちいいっ!!」
木の上のほうまで、あっという間だった。
そして、よく見ると先ほど見た赤と青の実がいくつか見えた。
-
「つぶれません、よう、にっ!」
―――ゴォォッ!!
―――シュンッ!!
―――シュンッ!!
小さく鋭く尖らせた風の刃を、実に向かって放つ。
茎を少々切ったくらいでは風の刃の勢いは衰えないから、曲げて曲げて、たくさんの実を狙った。
―――ゴォォッ!!
―――シュンッ!!
―――シュンッ!!
「うふふ、なんだ私、うまいじゃん」
そして、ひゅーっと私は落ちてゆく。
「勇者様! うまく受け止めてくださいね!!」
-
「え、なに? なんだって!?」
勇者は慌てている。
隣で収穫屋の男も、おろおろとしている。
「受け止めて! くださいね!」
「お前を!? 実を!?」
「実ですよ実!! 私はちゃんと風で着地しますから!!」
「ああ、まあ、さすがに重くて受け止めきれないしね?」
「バカ!!」
-
無事に着地した私は、勇者のもとへ駆け寄った。
「どうですか!? すごいんじゃないですか私!?」
「いっぱい実を採ってきましたよ! しかもかなりのスピードで!」
「褒めて!! 褒めて!!」
べしっ
眉間に掌が来た。
痛くはないが、圧迫感がある。
ペットの気分である。
「わかったわかった、すごいすごい」
「二回言われると嘘っぽいですね」
「ただ、おれに相談してからやれよ」
「むぅ」
-
「心配するから」
「……はい」
「あんな高くまで飛んで、ちゃんと着地できる保証はないだろう?」
「や、でも、あの追い剥ぎと同じくらいの高さですし……」
「バカ、危ねえよ」
ちょっと怒られちゃったけれど、マカナの実はたくさんゲットできたし、いいよね?
そう思って横を見ると、あの男はまだぽかんと私たちのことを見ていた。
-
「……すごいっすね」
「なんか、勇者様の一行って言っても、たった二人かよ、とか思っちゃったんすけど」
「今の一瞬で、そのすごさの片鱗見せつけられたってか」
「あんな高さまで魔法でひとっ飛びする魔法使いがいるなんて、ってびっくりしたし」
「なんか、関係も、素敵だし」
もごもごと男は私たちを評している。
まあ、要するに褒めてくれているんだろうけど、なんだか歯切れが悪い。
本当は内気で、素直な人なんだろう。
そう思うと、なんだか可愛く見えてきた。
-
「収穫屋、これで取り引きといこう」
勇者はそう言って、クリスタルのかけらをじゃらっと取り出した。
「全部はやれないが、少しだけ」
「これで、マカナの実をいくつか譲ってほしい」
「もちろん、もらう分はちゃんと自分たちで採る」
「な?」
私はぶんぶんと頷いた。
「どうだ?」
「どうですか?」
収穫屋は、またも口をぽかんと開けて、反応に困っていた。
-
……
「いや、勇者様の一行ってのは、謙虚でもあるんですねえ」
「なんの話だ?」
私はあの後、何回か飛び上がって、マカナの実を切り落としていった。
結構実はたくさんあって、私は切り落とすのが楽しかった。
風の刃のコントロール練習にもなったし。
いいことずくめだ。
「お代がもらえるとは思ってなかったもんで」
「はは、ただでもらっていったら、盗賊と変わらんだろう」
「いや、でも過去には結構、横暴で横柄な勇者もいたって聞きますから」
「じゃあおれたちは、そんなんじゃないって示しながら旅をしないといけないな」
「やあ、伝わりましたよ、ほんと」
-
かごいっぱいの実を、私たちは受け取った。
彼は、結局ほんのひとかけらしか、クリスタルを受け取らなかった。
「あ、忠告なんすけど、マカナの実は一日一回だけ、っす」
「二個食べても威力は上がらないっていうか、魔力がしぼんじゃうらしいんで」
「なんか逆境になると、二個食って限界を超えた魔力を! とかいう人が多いんですけど」
「そううまくはいかないらしくって、気を付けてくださいね」
「あと、片方でもだめっす、両方一緒に食ってください」
収穫屋の男は、島で私たちを見送ってくれた。
まだ卸す分を採っていくのだという。
-
―――ゴォォォォッ
「なあ」
「はい?」
「おれたちは、勇者の一行として、おごらず、焦らず、胸張って先に進もうぜ」
「ええ、『取り引きだ』って言ってた勇者様、格好良かったですよ」
「だろ?」
「『これはもらっていくぜ、フハハハハ』とか言わなくて、ほんとよかったです」
「だろ?」
-
―――ゴォォォォッ
「で、やせ我慢も勇者には必要なわけだが、ちょっと言わせてくれ」
「はあ」
「お前の風、痛い!」
「え」
「おればっか切り刻んでくるから! 行きと違って痛いから!」
「はあ、勇者にはおごりも焦りも禁物、って」
「我慢の限界だから! お前なに涼しい顔してんの!? 勇者をボロボロにしながら空飛んで、なに涼しい顔してんの!?」
「いやあ、ちょっと空飛ぶコツ掴んだかなーって」
「行きの繊細さ思い出して!? いや行きも繊細とは程遠かったけど!?」
-
湖のほとりに無事に着いた私たちは……
「おい! 無事じゃねえぞ! 嵐を抜けたみたいにズタズタになってんぞ! 主におれが!」
湖のほとりに無事に着いた私と、なぜかズタズタに切り裂かれた勇者は……
「なぜか、じゃねえよこのタコ!!」
湖のほとりで休んだ後、近くの小さな村を目指して歩いていた。
「今日のダメージ、全部お前からだよ!!」
-
もう8月も終わりですね……
夢魔道士ちゃんもつっこみをするようになりました
とりあえず4章まで終わりましたが、引き続きお楽しみいただければ幸いです ノシ
-
乙
-
おつおつ
面白い
-
夏休み終わっても中略乙。
-
【Ep.5 きんにくと まほうの ファンタジー】
「さて、と」
「次は、あっちですかね?」
収穫屋の男から聞いたところによると、湖の近いところに村があるらしい。
男は基本そこに滞在していて、たまに大きな町にマカナの実を卸しに行くそうだ。
「そういや、あの男はどうやって島に来たんだろうな?」
「え」
「船があるわけでもなし」
「確かに……なにかうまく湖を越えるテクニックがあるんでしょうかね」
実に詳しいこともあるし、もしかしたら魔法が使えるのかもしれない。
水の上を歩いたりする魔法があるのだったら、ぜひ教えてほしいところだが……
「ま、とりあえずは、前向いて進もうぜ」
「そうですね」
-
湖からほど近い村を無事に見つけ、宿を決め、私たちは夕食をとっている。
結局町には戻らず、今日はここでゆっくり休んで、このまま西を目指して進むことにした。
今日はほとんど魔物と戦うことはなかったけれど、すごく疲れてしまった気がする。
「あのよ、もし夢を見なければ、どうなるんだろうな?」
「はい?」
「今日もしさ、あえて指輪を使わず寝て、夢を見なかったら」
「はあ……そしたら明日は魔法が使えませんね?」
「じゃなくて、今日の魔法、引き続き使えたり、しないのか?」
「ああ……」
-
「試してみましょうか?」
「やったことねえのか」
「ええ、まだ、試したことはないですね」
「いっつも指輪で眠ってたのか?」
「ええ、これ、母の形見なので、手放せません」
ずっと昔から、私の宝物。
母がずっとこれで、私をあやしてくれていたのだ。
どんな子守唄よりも、よく効いた。
「私はずっと、母にこれで眠らせてもらっていましたから」
-
「指輪がないと、眠れなかったり?」
「いや、どうでしょうね。うたた寝とかはしたことがありますから、大丈夫だと思いますけど……」
「じゃあ、今日は指輪禁止ってことで」
「はあ、勇者様がそう言うなら、仰せのままに」
もし、どうしても指輪で寝てはいけない状況がきたとしたら、慌てないように。
今まだ余裕があるときに、色々なことを試しておいたほうがいい。
-
……
「勇者様」
「なんだ」
「寝れません」
「……え」
「目を閉じているのに、暗いのに、眠いのに、なんだか頭がすっきりして眠れません」
「……」
「子守唄を、歌ってください」
「!?」
-
……
「ね、眠れー眠れー眠れー、ベッドの端に寝てはいけなーいー」
「勇者様」
「おう」
「気持ちがこもってません」
「うるさいな! 子守唄なんて歌ったことねえんだよ!」
「もっとこう、幼子を優しくあやすように」
「お前いい年してなに言ってんの!?」
-
……
「5人のー子どもーたちー、ひとりがー死んでー、残りはー4人ー」
「怖い」
「そういう歌詞なんだから仕方ないだろ」
「どうして死んだのか気になって眠れませんよ」
「子守唄ってのは少々怖いもんなんだよ!!」
「勇者様、こんな歌で子どものころ眠ってたんですか」
「そうだよ! 悪いかよ!」
-
……
「……」スゥスゥ
「……」モヤモヤ
「……」スゥスゥ
「……」イライラ
「……寝れない」
「……」
「……んー」
-
……
「おはよ」
「はい、おはようございます」
昨日は結局なかなか眠れなかった。
子守唄を歌っていた勇者は、さっさと寝ていたというのに。
やっぱり私は、指輪の効能がないとうまく眠れないらしい。
それを伝えると、勇者は少し申し訳なさそうな顔をして謝った。
「で、結局、夢は?」
「見ませんでした」
そう、特になんの夢も見なかった。
今までそんなことはなかったので、ちょっと変な気持ちだった。
指輪を使わないと、あんなふうな眠りになるのだと、初めて知った。
-
「じゃあ、早速外で昨日の魔法を使ってみないか」
簡単な朝食を宿でとった後、勇者は言った。
私としても、その効果を確かめてみたい気持ちが大きかったので、望むところだった。
「あれ」
頭の中で大事なことを探そうとして、うまくいかない。
なにか重要なことを忘れた気がする。
「私、昨日はどんな魔法を使いましたっけ?」
「おいおい、忘れたのかよ、風の魔法だよ」
-
風の魔法……
「私はそれで、なにをしたんでしたっけ?」
「おいおい、馬をふっ飛ばしたり、湖を越えたり、マカナの実を切り落としたりしたろ」
「馬を……」
あれ、なんだか記憶がおぼろげになっている。
そんなことをしたような気もするけれど、ずっと前のことのようにも感じる。
馬をふっ飛ばす?
そんな可哀想なことをしたっけ?
-
「指輪を使わなかったから、記憶が変になっているのか?」
勇者が心配そうな顔をしている。
「ああ、いえいえ、ご心配なさらず」
「ちゃんと詠唱は覚えていますから」
さあさあ、と勇者を押して、宿を出る。
なんだか少し、いやな予感がしていた。
-
……
予想通り、【風立ち〜ぬ】は効果が薄かった。
自然に吹いているそよ風と、大して変わらなかった。
「お、ちょっと涼しいな、さわやかだな」といった程度だった。
「ううむ、前の夢を唱えるのとさして変わらないな」
「これじゃあ使い物にならないですね……」
ということは、今日は使える魔法がない。
あれ、それはまずい。
「ちょっとこのままでは旅に支障をきたしますので、今から寝ます」
「は?」
私は勇者の返事も待たず、指輪を額にかざした。
-
―――
――――――
―――――――――
騒がしい酒場。
周りを取り囲む屈強な男たち。
ガヤガヤと話し声が聞こえるが、私たちには伝わらない言語だ。
勇者に向かって、私は手をかざす。
勇者の体が、みるみる大きくなってゆく。
どよめきが起こる。
勇者はゆっくりと腕を振り回す。
ガシャンガシャン!
風景が壊れてゆく。
ガシャンガシャン!
酒瓶が破裂する。椅子が砕け散る。大男が崩れる。
―――――――――
――――――
―――
-
「ふはっ」
まぶしい。
朝日がまぶしい。
昨日はこんなに窓を開けて寝たかしら?
「おはようございます、姫」
勇者がうやうやしく礼をする。
「晴天の草原で大口を開けてお眠りになるとは、はしたない」
にやにやとこちらを見ながら、嫌味を言う。
そうか、私、外で二度寝したんだった。
ここはまだ草原のど真ん中だった。
-
「一応、夢、見られましたけど……」
「おう」
「なんか、微妙な夢でした」
「?」
まあいいか、と思って、とりあえず脳内で詠唱してみる。
多分、この魔法だと思う。
千年の眠り。
ひとかけらの勇気。
群衆の雄叫び、鉄壁の鎧。
腹に括った一本の槍。
時満ち足りて覚醒の遺伝子。
【夢魔法 強くな〜る】
-
両手に込めた魔力を、勇者の方に向ける。
「おい、ちょっと」
構わず私は、勇者の腕をめがけて魔力を放つ。
「なに!? これなに!? 痛くない? 大丈夫?」
勇者は時々情けない。
怖がらなくたって、いいのに。
すると、むくむくと勇者の右腕が膨張した。
屈強な海の男も裸足で逃げ出しそうな、立派な筋肉の塊だ。
「気持ち悪くない!? これ気持ち悪くない!? 右腕だけムキムキって気持ち悪くない!?」
-
「強化の魔法です」
「こんな限定的な強化なのか!?」
「体全体をムキムキにすることもできますよ?」
「あ、いや、遠慮しようかな」
「まあ、遠慮せずに」
―――ムキムキィ!!
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ」
-
……
「そんな、情けない顔しないでくださいよ」
「……」
「これならどんな相手が来ても、筋力で解決できますよ?」
「勇者って感じがしない……」
「泣き言を言わないでください、ほら、胸を張って」
「故郷に帰ってもきっと気づいてもらえない……」
「大丈夫ですって、多分」
-
しばらくたつと、効果が切れるのが分かった。
およそ10分くらいだろうか。
心底ほっとしたような勇者の顔。
ずっとあの姿だと思ったようだ。そうならなくて、よかった。
「さあ、今日はたくさん魔物を狩りましょうね!」
びくっと、勇者がこちらを見る。
「さあさあ、今日はパワーみなぎる戦いができますからね! 爽快ですよ、きっと!」
不安いっぱいな顔で、こちらを見ている。
-
明日はムキムキな勇者が猛威を振るいます ノシ
-
それよりもなに、魔道士ちゃんの不可解な何かが引っ掛かりまくって不安しかない。
-
……
「後ろ!! まだ魔物がいますよ!!」
―――ぶぅん
―――グシャッ!
「上!! まだ狙っていますよ!!」
―――ぶぅん
―――グシャッ!
-
今日は剣がいらない。
勇者が腕を振り回せば、それで魔物は砕け散るからだ。
鎧もいらない。
あの肉体には邪魔だからだ。
私はただ、効果が切れるたびにドーピングのように魔法をかける。
そして、敵がどこにいるのかを指示すればよかった。
「弱点はしっぽみたいですよ! 後ろに回り込んで!」
「そんな細かい芸当できねえよ!!」
―――ぶぅん
―――グチャアッ
「うえ、グロッ」
-
「なあ、強化魔法ってことは、耐久力を上げたりもできるのか?」
「耐久力……ですか」
それは考えていなかった。
だけど、面白いかもしれない。
私はイメージを変えながら、脳内詠唱を行う。
「強くな〜る!!」
―――カチーンッ!!
-
「……」
「……」
「……動けます?」
「……」
「動けないんですか?」
「……」
べしっべしっ
「痛いですか?」
「……」
カキンッ
「石でも痛くないですか?」
「……」
「……呼吸できてますか?」
「……」
-
……
「耐久力はだめだ」
「だめですね、使いどころがちょっと思いつきませんね」
「お前、ちょっと好き勝手やりすぎじゃねえか、おい」
「いえ、その、耐久力を試すために、はい」
他にも脚力とか、判断力とか、いろいろ試してみたものの、結局一番有用なのは筋力だということが分かった。
勇者はいやそうな顔をしていたけど、これが一番強いのだから、仕方ない。
夕暮れまで、魔物狩りは続いた。
-
村の周辺の魔物を一通り狩り終え、私たちは酒場でゆっくり休んでいた。
私も勇者も、なんだかんだでお酒は好きだった。
狩った魔物の骨や皮は、あまりお金にならなかったが、それでもしばらく困らないくらいの蓄えはできた。
「もう少しうまいこと素材を残してくれないと、だめじゃないですか」
「難しいんだよ、原形を留めたまま殺すってことが」
穏やかじゃないセリフだ。
勇者の言う通り、あの筋肉の破壊力はすさまじく、最初は粉々に魔物を粉砕してしまっていた。
魔物の数を減らすことはできるが、それでは素材が売れない。
「もう少し強敵が現れた時に使いたかったもんだな」
私が自在に夢を見られるようになれば、今日の魔法はなかなか役に立つかもしれない。
それくらい、強力だった。
-
「ここからは西へずっと進む旅になる」
「山を二つほど越えて、大きな魔の森を抜けて……」
「そうすればこの大陸の端の方に、大きな王都がある」
「王都なら、魔王の情報も集まるだろうし、魔法の手練れもいるだろう」
「え、私、用済みですか!?」
私は驚いて言った。
魔法の手練れ!?
まさかここにきてパーティーの変更!?
「バカ、お前の魔法の役に立つようなことを、教えてもらえるかも、ってことだよ」
なんだ……
ちょっとびっくりした。
「勇者の一行が、そんな自信のないようなことを言うんじゃねえよ」
-
ガタンッ!
「勇者の一行だぁ!?」
その時だった。
近くにいたガラの悪そうな男たちが、「勇者」という言葉に反応した。
「なんだなんだ、テメエ勇者様かよぉ、おぉ!?」
とたんに取り囲まれる。
なんだか雰囲気が悪い。
周りの客たちも、怯えながらこちらをうかがっている。
いつの間にか、周りは静かになっていた。
-
「テメエ、勇者を名乗ってるってことは、王に認められて旅してるってことだよなあ?」
「ああ、そうだ」
勇者は落ち着いた顔で、応対している。
私はおろおろしながら、このガラの悪い男の言葉を聞いていた。
「世界を救うんだよな? 魔物を退治してくれるんだよな?」
「ああ、そのつもりだ」
ぐびり、とグラスの酒をあおる。
「それがどうか気に障ったのか?」
あくまで勇者は落ち着いている。
-
―――ガチャン!!
勇者のグラスが叩き落された。
「ずいぶんと酒が好きなようだな、ええ?」
「おれの店が魔物に襲われてるときも、優雅に酒を飲んでたのかい、ええ!?」
「なんの話だ?」
言いがかりだ。
勇者が酒を飲んではいけないのだろうか。
-
「おれたちがこの村に着いた時、魔物などいなかった」
「今日、おれたちはこの周辺の魔物をあらかた退治した」
「おれが酒を飲むのは疲れを癒すためだ。あんたみたいにべろべろに絡むほど、酔っちゃいない」
勇者はあくまでも冷静だ。
酒に飲まれてもいない。
淡々と男に説明をしている。
しかし、相手は酒をしこたま飲んだ後のようで、余計に逆上させてしまったようだった。
-
「うるっせえんだよ!! そんな貧相なナリで、なあにが勇者だコラァ!!」
―――ガシャアン!!
「肝心な時に助けてもくれねえくせに、余裕ぶって酒飲んでんじゃねえぞ!!」
―――ガタン!!
―――パリィン!!
男が暴れだした。
周りの奴らの中にも、同調している者がいる。
きっと魔物の被害に遭った人たちなんだろう。
そう思うと、可哀想な気もする。
だけど、勇者が責められる筋合いは、ない。
私は、少し酒に酔った頭で、ちょっと勢い余って、脳内詠唱を終えていた。
「強く……な……る……!」
―――ムキムキィ!!
「うわあああああああああああああああ、化け物だあああああああああああああああ」
-
「店のものを壊すんじゃねえ!!」
「静かに飲んでる客にも店にも、迷惑だろうがあ!!」
「お前のやってることは、魔物と同じじゃねえか!!」
上半身が異常に発達した勇者が、説教を垂れている。
暴力は振るわない。
そこは偉い。
だけど、この筋肉に見下ろされたら、とてつもない圧力だろう。
「あ、ああ……あああ……」
さんざん罵倒していた男たちも、少し気圧されたようだった。
椅子に座りこむ者や、離れていく者もいた。
-
私はふと、夢の中身を思い出していた。
なんだろう。
なにか違和感があった。
あの夢の中で、酒瓶が割れていなかったか?
なぜ割れた?
勇者が腕を振り回したから?
いや、なにもしていなかったのに、破裂したように割れたんじゃなかったか?
-
そういえば、夢の中では椅子も壊れていた。
男たちも、勇者に触れる前に崩れ落ちていた。
もしかしてあれも、魔法だったんじゃないだろうか。
気づかないまま、二種類の夢を見ていたんじゃないだろうか。
だとしたら、あの夢は……
私はこの思いつきを確かめるべく、もう一つの魔法を試してみることにした。
千年の眠り。
ひとかけらの恐怖。
罵倒と罵声、削られる精神。
張りつめた糸の千切れる音。
時満ち足りて崩れ落ちる背骨。
【夢魔法 弱くな〜る】
-
―――ガタァン!!
男の座っていた椅子の足が、砕けた。
―――パリィン!!
棚に置かれていただけの酒瓶が、中身の酒の圧力に負けて砕け散った。
「あはは、こういうことだったんだ」
私は魔力を頑張ってコントロールし、男たちの戦意を喪失させていった。
椅子の足を弱らせて壊し、男たちの足を弱らせてへたり込ませた。
「うふふふふ、勇者様にいちゃもんをつけるならず者は、私が成敗して差し上げますわ」
両手を広げ、男たちの前に立ちふさがる。
なめられてたまるか。
酔っ払いにバカにされたままじゃおさまらない。
-
「あなた、さっき散々勇者様のことをバカにしてくれましたよね?」
「ひ、ひぃ」
「お酒に酔っていたとはいえ、まるで勇者様があなたのお店を壊したかのような言いがかり」
「……」
「楽しく飲んでいた人もいるだろうに、気分が悪いったらありゃあしませんわ」
私も酒が回ってきているようだ。
いつもより饒舌だ。
勇者もムキムキの体でにらみを利かせている。
-
「あなたには、ちょっとお仕置きが必要ですね」
「ひ、ひぃ、勘弁してくれ、おれが悪かった……」
「うふふふ、弱くな〜る!!」
私は満面の笑みで、魔力を男に放った。
人間に向かって魔法を放つというのはあまり気持ちの良いことではないけれど、私の勢いは止まらなかった。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
―――バタァン!
男は床に寝転がってしまった。
少し心が痛むが、まあ、この場をおさめるためには仕方ない、と思わなくては。
-
「なにしたんだ?」
勇者が少し不安げにこちらに問いかけてくる。
まだ魔法が解けていないので、なんだかアンバランスだ。
「お酒に、弱くなってもらいました♪」
「はあ、なるほどね」
すでに摂取した酒で、ぶっ倒れてしまったというわけだ。
しかし、酒場はすっかり白けてしまった。
もう、私たちに文句を言ってくるものはいなかった。
一番絡んできた男は伸びているし、他の人たちは酔いが醒めてしまったようだった。
マスターに、割ってしまった酒瓶や壊してしまった椅子の弁償代を払った後、私たちは宿に戻った。
-
お酒を飲むと饒舌ですねえ
また明日です ノシ
-
う〜んこの魔道士ww
乙。
-
おつおつ
上半身だけムキムキな勇者見てみたい
-
……
宿で私たちは、興奮気味に語り合った。
「ちょっと重要だと思うんですよ、これ」
「ああ、そうだな」
「初めてですもん、二つの種類の夢を見るってことが」
「あれが二種類と言えるのかは微妙なところだが、確かにどちらもちゃんと効果があったな」
「ええ、強化魔法と弱体化魔法という、まあセットのような感じですが」
「それなら、炎と氷の魔法を同時に夢に見るということも、ありえなくはない、と」
「ええ、その調子で複数の夢が見られれば……」
「確かに前進しているぞ、おれたち」
「ええ!」
-
もしかしたら、このケースだけかもしれない。
だけど、二種類の魔法がちゃんと使えた。
その事実は、私たちを勇気づけた。
「でも、すみません、夢を見たときは、それが二種類だなんて気づかなかったんです」
「まあ、そういうこともあるさ」
ほろ酔いの気分も相まって、私たちはずっとお喋りをしながら過ごした。
-
「お前の夢の中ってのは、どんな世界なんだ?」
勇者は、あまり夢を見ることがないらしい。
しかも、夢を見たはずなのに起きたら覚えてないことがよくあるらしい。
私からしたら、「夢を見ない日がある」なんてことがまず驚きなのに。
私は、覚えている限り、夢の中のことを教えてあげた。
「まずですね、色がおかしいんですよ」
「本来黄色のはずのものが、夢の中では緑色だったり」
「それから、色があんまり鮮やかじゃなかったりするんです」
「灰色とか、なんか薄暗い感じの色のときが多いですね」
「そうそう、この指輪も、そうですね」
「指輪がどうしたんだ?」
-
「この指輪のクリスタル、緑色をしてるじゃないですか」
「だけど、夢の中では、必ず赤色に光るんです」
だから、私は夢の中のことを覚えておけるのだ。
だから、私は夢か現実か、わからなくなったりしないのだ。
「それがお前の道標になっているってわけか」
勇者が感心したように言う。
「ええ、赤色に光っているのを見ると、ああ、私は今夢の中にいるんだな、ってわかるんです」
-
「あと、普通に考えたらありえないことも、夢の中では変に感じなかったり、しますね」
「ん? 例えば?」
「そうですねえ、町中を歩いているのに服を着ていなかったり?」
「ほお」
「実は知らない人が、知っている人として登場したり?」
「へえ」
「目が覚めた後考えると、なんで違和感を感じなかったんだろうってことも、平気で信じてたりするんですよ」
「そういうもんか」
-
「一回さ、おれもそれで眠ってみたいんだけど」
なんか勇者が変なことを言い出した。
「もしかしたら、おれも夢で見た内容を、魔法で使えるかもしれないし」
「だから、さ、今日だけ、ちょっと一回」
少年のように期待に満ちた目。
キラキラと輝く目。
酒場でガラの悪い男どもににらみを利かせていたのと同じ人だとは思えない。
「仕方ないですねえ……」
-
「じゃあ、えっと、目を瞑ってください」
「お、おう」
「で、もうコロッと寝るので、ベッドに寄りかかる感じで」
「お、おう、ちょっと緊張するな」
「さ、いきますよー」
勇者の額に、指輪をかざす。
とろんと、勇者の表情が緩む。
「おやすみなさーい」
指輪で誰かを眠らせるなんて、初めてね。
私もすぐに寝床に入り、指輪を額にかざした。
-
……
「おっはよう!」
「お、おはようございます」
なんだか勇者のテンションがおかしい。
いまだかつてこんなことがあっただろうか。
「夢! 見たぞ! 面白かった!」
ああ、それでテンションが高いんですねえ。
「お前の体をムッキムキのバッキバキに鍛え上げる魔法だった!!」
「え?」
「あれ、【強くな〜る】だよな? だよな? 詠唱方法を教えてくれ!」
「え?」
-
「ほら、ほらほら、詠唱方法とさ、魔力の練り上げ方を、さ」
「いやです!! 絶対嫌です!!」
「なんでだよ、今日はお前が魔物どもを砕け散らす番だぞ!!」
「絶対嫌ですー!!」
「腕を振り回すだけでいいんだぞ!!」
「無理っ!! むーりー!! 私だって乙女なんですからね!!」
絶対に教えるもんかと、私は宿の中を逃げ回った。
満面の笑みで追いかけてくる勇者は、とても怖かった。
-
【強くな〜る】と【弱くな〜る】は、それからあまり夢に見る機会がなかったけれど、使い方によっては強力な魔法となりそうだった。
勇者はムキムキになることを少し嫌がっていたけれど、いざとなればとても強い。
私のコントロール次第では、様々なものをピンポイントで壊したり弱らせたりすることができる。
「魔王を金属アレルギーにしてしまえば、おれの一撃で倒せるな」
「旅の終わりがそんなんでいいんですか勇者様!」
「酒場の男を『酒に弱く』できたんだから、魔王を金属に弱く……」
「それをほいほいと食らってくれる保証はありません!」
「いっそ『酸素に弱く』してしまえば、陸に上がった魚のようにのたうち回るだろうか」
「口パクパクしてる魔王も情けなくて見たくありません!」
-
……
それからしばらく、平凡な旅が続いた。
大きなけがもなく、集落や村をつなぐように歩き、大陸を少しずつ移動していった。
私の魔法は順調に使えていたし、少しずつコントロールも褒められるようになっていった。
威力はもともと勇者も褒めてくれていたが、私も満足できる手応えが時々あって、嬉しくなった。
小さな町で杖を買ってもらったものの、特に使わないものだから「無駄遣いだったな」と勇者に呆れられたりした。
装備品が使い込まれてきて、そろそろ新しい鎧がほしいな、なんて勇者がこぼしていたころ。
いやな夢を見た。
-
不穏な引きで、また明日です ノシ
-
乙乙
リアルだと悪夢は吉兆と言うこともあるけど、はてさて
-
乙!
弱くな〜るは便利な使い方が色々できそう
-
【Ep.6 ふたたび くろいりゅうのしれん】
いやな夢を見た。
現実に起こってほしくない夢。
でも、今までこの指輪を使って見た夢で、現実に起こらなかったことがあっただろうか。
……覚えていないけど、多分ない。
……夢に見たことは、すべて現実になった。
「おはよ」
勇者が眠そうな顔を見せる。
「おはようございます、勇者様」
私はうまく笑えただろうか。
それが少し心配だ。
-
「今日はどこへ?」
「お前、昨日の話を聞いてなかったのか?」
勇者に呆れた顔を向けられる。
昨日、なんて話していたっけ。
今日はどこに行くって決めていたっけ。
「『龍の巣』だろ」
「あ、ああ、そうでしたそうでした」
良質な鎧を作るためには、強い龍のうろこが必要だ。
それもとびっきり硬くて新しい、うろこ。
-
「世界を救う勇者様」の装備としては、今の鎧は不十分だ。
確かに軽くて動きやすいかもしれないが、それでは魔物や魔王の強力な攻撃に耐えられない。
魔法にも、打撃にも、十分耐えうる装備が必要だ。
だけど、昨日の夢を思い出すと、気が進まない。
明日ではだめだろうか。
「なにを言ってるんだ、おれたちにそんな余裕はない」
ですよね。
「一日も早く、民を魔王の恐怖から、魔王の支配から、救わなくてはいけない」
ですよね。
至極真っ当なご意見。
勇者は私の心配なんて紙切れほども感じず、やる気に満ち溢れた瞳で語る。
仕方ない。
行くしかない。
-
チリンチリン
山道に、滑稽な音が響く。
チリンチリン
「緊張感のない音だな」
「そうですね」
「もうちょっと静かに歩け」
「でもそれだと、龍が出てこないかもしれませんよ?」
龍を引き寄せるおまじないだそうだ。
どれだけ効果があるかは知らないが、この山で龍と戦いたいという命知らずは、みなこの鈴を買っていくそうだ。
「雑貨屋のおばちゃんに担がれたかな」
「そうかもしれませんね」
-
昨日着いた村では、村人は龍の被害に困っていた。
他の町に行くために山道を通るときは、集団で行くか、用心棒を雇うかしないといけない。
ただでさえ山に囲まれた村で移動に困るのに、さらに龍に怯えなければいけないようだった。
幸い優秀な鎧職人がいたので、龍を倒してうろこを取ってきたら、鎧を作ってもらう約束を取り付けておいた。
しかし、村人はみんな「そう言って、みんなやられて帰ってくるんだよなあ」とでも言いたげだった。
宿屋の主人も、酒場ののんべえも、掃き掃除をしていた女性も、みんなそんな目で見た。
悔しいので見返したい。
そういう思いが少しあるのは致し方ない。
でも……昨日見た夢は、私を憂鬱にさせた。
-
「龍に効果的な攻撃は」
勇者が問いかけてくる。
質問というよりも、確認といった感じだった。
「まずしっぽですね。ここの龍はしっぽに毒があったり棘があったりするらしいですから」
「斬り落とせるかな」
「うろこの生え際を、根元に向かって斬りつけ続ければ、おそらく」
「で、次は」
「目ですね。龍は嗅覚も鋭いですが、目に頼ることが多いので」
「目くらまし、か」
頼りにしてるぞ、とでも言うように、勇者はポン、と私の頭を撫でた。
私はローブの内側に仕込んである、閃光玉をぎゅっと握りしめた。
今日は魔法に、あまり頼れない。
だけど、それは言えない。
-
「お、ちっちゃいのが出たぞ!」
勇者の声に顔を上げると、二匹の小さな龍が木々の隙間から現れたところだった。
翼はないが、鋭い爪と牙を持っているようだ。
しっぽも大きい。
「下がってろ、これくらいならおれ一人で」
そう言うが早いか、勇者は体勢を低くし、剣を抜いた。
二匹の龍も首を低くして構えている。
しばらく睨みあった後、先に動いたのは龍だった。
-
ヒュンッ
龍の振る大きなしっぽが、空を切る。
ヒュンッ ヒュンッ
小さいながらも棘がついていて、当たると痛そうだ。
筋肉も発達していて、並の人間ではとても力で敵わないだろう。
勇者は機敏な動きでしっぽによる攻撃を避けながら、剣で首を裂く機会をうかがっている。
「がんばれ! 勇者様!」
私の声援は、チリンチリンという鈴の音とともに、木々に吸い込まれていった。
-
「その鈴、やっぱり緊張感がないな」
「ですよね」
小さな龍を見事倒した勇者に、私は駆け寄った。
「でも、お見事です。なんにも心配いりませんね」
「お前に心配されるとは、な」
「あ、いえ、別に……」
心配なのは確かだ。
だけど、それは口にするべきではなかった。
私は無事に今日の冒険を終えたい。
勇者の傷つく姿なんて、できれば見たくない。
-
「お前、今日はどんな魔法が使えるんだ?」
「……言えません」
「え?」
私は立ち止った。
勇者も立ち止まった。
「昨日、夢を見なかったのか?」
「いえ、見ました」
「じゃあ、言えないって、どういうことだ?」
-
「……」
「あれか、今まで以上に魔法名が変なのか」
「違います、失礼な」
「使いどころがない魔法なのか?」
「……」
「当たりか」
私は沈黙した。
それを肯定と受け取った勇者は、またくるりと向きを変えて歩き出した。
近い、かもしれない。
使わなくていいなら、それに越したことはない。
あんな場面を見なくて済む。
でも、その代わり、今日の私は魔法がなにも使えない。
-
「指輪でもう一度眠って、リセットするってのは?」
「……」
「試したのか?」
「……一応」
「リセットできなかったのか」
「……はい」
そうなのだ。
いやな夢だから、実現してほしくない夢だから、もう一度眠ったのだ。
だけど、全く同じ夢を見た。
なにも変わらなかった。
変えられなかった。
-
「まあ、そんな日もあるだろうとは思ってたよ」
勇者は私に背を向け、歩き出した。
そのまま、気楽そうに話を続けている。
「なにしろ夢に頼るんだからな、まだお前は自在に夢を見れないってわけだ」
「だったらこれから少しずつ、理想の夢を見られるように訓練していかなくちゃならない」
「おれ自身も、お前が使える魔法がなんであれ、同じように魔物を倒せるようにならなくちゃならない」
「強い鎧を作るってのは、そのためにも必要だしな」
勇者は一方的に話している。
でも、私は気づいた。
彼は私を励ましてくれているんだと。
「昨日見た夢の魔法がしょうもなかったからへこんでいる私」を励まそうとしているのだと。
-
そんな彼に、なにも言わないのは卑怯じゃないか。
長く旅するパートナーに対して不誠実ではないか。
「あの、実は」
一人で悩まずに、ぶちまけるのもありだ。
勇者なら、きっと聞いてくれるのではないだろうか。
そう思って口を開いた瞬間、世界が黒く塗りつぶされた。
―――ズンッ
上からとてつもない圧力を感じた。
意味不明な音も聞こえた気がした。
しかしそれよりも、黒い雨が降ったように目の前が醜く汚れたことで、視界を奪われてしまった。
なにが起こった?
-
キィィィィイイイイ―――
ィィィィイイイイイ―――
ノイズが脳を刺激する。
聞いたことはないが、これは龍の威嚇音ではないか。
勇者はどこだ。
龍はどこだ。
ィィィィイイイイン―――
ふいに音が止んだ。
視界が明るくなった。
黒くて大きな龍が目の前にいた。
-
この龍が先ほどの音を……
いや、音だけじゃない。
視界を奪った黒い雨も、体に感じた圧力も、この龍のせいだ。
勝てない。
今の私たちでは勝てない。
「ゆ、勇者様、逃げましょう」
私はぶるぶる震える膝をかばいながら、そう話しかけた。
勇者に。
……勇者に?
……勇者はどこだ?
「下がってろ」って言いながら、私を守ってくれるはずの勇者はどこにいる?
まさか、龍の足元に転がっている赤黒い肉片が勇者なわけがない。
そんなわけがない。
-
かつてないピンチ
ではまた ノシ
-
やっぱりこう来たか。
何処かで鬱展開に切り替わるだろうと予想はしてたが。(*^o^)/\(^-^*)
-
「うああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
私は声の限りに叫んだ。
チリンチリン、と場違いな鈴の音が響いた。
「ゆ、勇者……様……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ」
私は叫びながら、昨日の夢を呪った。
やっぱり現実になるんじゃないか。
どんなに避けたいことも、夢に見れば必ず起こる。
小さな頃からそうだったじゃないか。
だから私はまだ大人になれないのだ。
こんな単純明快な等式が、いまだに受け入れられないのだから。
-
千年の眠り。
ひとすくいの憂鬱。
現象から目を背け、神の理を嗤う。
引き千切れる現実、塗り替えられる虚偽の壁。
時満ち足りて混沌の時流。
【夢魔法 巻き戻〜す】
世界がうねる。
振動が音をかき消し、時間が巻き戻っていく。
私は涙に濡れた目で、勇者が立ち上がるのを見た。
それから黒い雨が地面から立ち上るのを。
龍が空へ吸い込まれていくのを。
その瞬間、力を抜いた。
-
「勇者様、私のそばへ!!」
私は力いっぱい叫ぶと、勇者の前へ躍り出た。
そして、空を見据える。
「え?」
勇者は呆けているが、私の迫力に押されたのか、同じように空を見上げたようだ。
「なんだ? あれ」
「黒い龍が来ます!! 剣を空へ向けて!!」
その瞬間、真上から圧力が、そして再び黒い雨が降り注ぐ。
私はローブで、私の体と、勇者の体を雨から隠した。
-
―――ズンッ
圧力はあるが、ローブと剣のおかげで威力は削れているようだ。
さっきのような圧倒的絶望感は少ない。
不意打ちだったから。
勇者が一撃でやられてしまったから。
実力差があると思い込んでしまったから。
だからあんなにも、及び腰になったのだ。
だけど、まともにやりあえば互角に戦えるはずだ。
私も勇者も、ここまで強くなってきたのだから。
もう二度と、あんな絶望はしたくない。してはいけない。
こんな龍ごときに、後れを取っている場合じゃない!!
-
びりびりとした圧力が止むと、ローブの裾から見える龍を確認し、すぐに勇者へ指示を出した。
「まずしっぽです! 目は私が閃光玉でくらませますから、とにかく斬りかかって!!」
「あ、ああ」
私はローブを翻すと、黒龍の右手に走り込んだ。
木々に身を隠さなければ、すぐにしっぽにやられてしまう。
私はロープを使い、身軽に木の上へ這い上がった。
あの収穫屋の男の真似事だ。だけど、それなりに様になっているのじゃないだろうか。
チリンチリン
ああ、もう、うるさいなこの鈴は!!
勇者は黒龍と対峙している。
龍の注意は私にも向けられているだろうが、やるなら序盤しかない。
私は閃光玉を取り出し、手のひらに魔力を込め、投げつけた。
-
「勇者様、目をつぶって!!」
―――ボンッ
龍の目の前で弾けた玉は、強い光を放ち、目を射し、しばらく視力を奪うはずだ。
その間に勇者が斬りつけてくれれば、勝機はある。
と、勇者が叫ぶ声が聞こえた。
「言うの遅いんだよ、バカ!!」
「え、まさか勇者様、食らったんですか!?」
「食らうわけないだろ、バカ!!」
「バカバカ言わないでください! それよりも早く、しっぽ!」
「わかってるよ!!」
-
目の見えなくなった龍が、おとなしくしている保証などない。
むしろ怒って暴れだす。
そしてその怒りは、しっぽによって表現されることがほとんどだ。
―――ガキィン!!
「かってえ!!」
―――ガキンッ
―――ガキィンッ!!
「おら!! 斬れろ、ボケ!!」
―――ガキィン!!
勇者が、およそ勇者らしくない乱暴な口調でしっぽを相手に格闘している。
私は、閃光玉によって目が見えない。
でも、音でわかるのだ。
もうすぐ、斬れる。
-
―――ザシュッ!!
―――ドスゥン!!
しっぽが斬り落とされる音がした。
キィィィィィィィイイイイイイイ―――
ィィィィィィイイイイイイインン―――
苦しんでいるような声。
周りの木々に体が当たるような音。
「勇者様! 次は目です!」
「目は閃光玉で奪えているだろう!?」
「でも、もうすぐ復活しちゃいますよ!!」
「なんでわかるんだよ、そんなことが!!」
「だって、私、ちょっと目が見えるようになってきましたから!!」
「バカ!! おま、ほんとお前バカ!!」
-
ズブッ、といやな音がして、龍の鳴き声が一層激しくなった。
勇者の剣が龍の目を奪ったのだろう。
これでいける、と思ったが、現実はそう甘くなかった。
―――ズズゥン……
少し見えるようになった私の目がとらえたのは、私のほうに倒れてくる黒い龍だった。
うろこが間近に見えた。
このうろこなら、きっといい鎧が作れる。
―――ズズゥン……
-
「おい!! 目を覚ませ!! おい!!」
勇者の声が聞こえる。
頭がガンガンする。
「おい!! しっかりしろ!! おいって!!」
右肩に勇者の温もりを感じる。
抱き寄せられているようだ。
うふふ、勇者ったら大胆なんだから……
「おい!! 起きてるんだろ!! 変な顔でにやけてないで起きろったら!!」
失礼な。
起きますよ、はいはい、起きればいいんでしょう?
-
「おい、大丈夫か!?」
「大丈夫ですよう、大きな声出さないでください」
「で、でも」
「それより、龍は倒せたんですか? まさか、まだなのに悠長に私を抱きしめているんじゃないでしょうね?」
「なんでお前そんな偉そうなんだよ、それより足見ろバカ」
「足?」
私の足は、龍のうろこで切れたのか、ズッタズタだった。
一切ローブで防げてない。
もうズッタズタのボッロボロだった。
-
「い、いいい痛い!! 痛い痛い痛い!! 私のきれいな足が!! 足があああああ!!」
「ほ、ほら全然大丈夫じゃねえじゃねえか! どうすんだよ! 泉の水くらいじゃ……」
「ああああがががががが、痛い痛い痛い!! 勇者様、手を握っててくださいぃぃ!!」
「は? なんで手を?」
「い、いいから早く!!」
「あ、ああ」
私は差し出された右手を左手で強く握り、頭の中で必死に詠唱した。
「ま……巻き戻〜す……うぅっ」
-
私の足を汚していた血は、空に消えていく。
深く足を傷つけていた傷は、小さくなっていく。
「ああ……よかった、私のきれいな足♪」
「なんだ、今の」
「あ、時空魔法の【巻き戻〜す】です」
「それが、昨日見た夢の魔法か?」
「あ、ええ」
「なんでこれが、言えなかったんだ?」
「そ、それは……ですね……」
-
私は正直に話をした。
夢の中で勇者がバラバラに殺されてしまったこと。
その事実を巻き戻す魔法で、救うこと。
だけどそれを素直に伝えて、勇者に嫌な思いをさせたくなかったこと。
もしかしたら、魔法を使わずに済むかもしれない、と望んだこと。
「じゃあおれは、一回あいつにやられたわけか」
勇者は難しそうな顔で考え込み、小さくつぶやいた。
「やっぱり、おれはまだまだ弱いな」
-
弱い?
聞き間違いだろうか。
ほとんど独力で龍を倒したじゃないか。
「いえ、そんな、だって黒龍を見事に倒したじゃ……」
「いや、そういうことじゃなくてさ」
勇者は、難しそうな、恥ずかしそうな、妙な表情のまま言った。
「お前との信頼関係を、まだ築けていないことが、だよ」
-
「夢の内容を、おれに言えなかったわけだろ」
「旅を共にするパートナーなら、それがなんであれ、旅に関係することはすべて共有するべきだ」
「おれも茶化したりせずに、まじめに考えるべきだった」
「だから……まだまだ弱いな、と、そう思ったんだ」
勇者はつらつらと、恥ずかしいセリフを吐いた。
私は赤面して、目を逸らせた。
「お供」の立場の私が、勇者に気を遣わせてどうするんだ。
自己嫌悪に陥りながら、「私の自己嫌悪は、龍絡みが多いな」と思った。
-
「できるだけ茶化さないようにするよ、だから、不安な点も、なんでも言ってくれ」
「わかりました」
「おれも、お前の魔法なしでは龍を倒せなかった、だから……」
「わかりました、勇者様、早速ですね」
「あん?」
「魔力を結構消費しましたのでお腹が空きました」
「……」
「お腹が」
「お腹が、ね」
そのときタイミングよく、ぐぅっと、盛大な腹の虫が鳴いた。
-
勇者は私の腹の音を聞いて笑ったあと、倒した黒龍から柔らかそうなところを切り出し、焼いてくれた。
香草とか、塩とか胡椒とか、便利そうなものをいっぱい持っていた。
めっちゃくちゃ、おいしそうだった。
「そういえば野外で飯を食うことは少なかったな」
「簡単なパンとかばっかりでしたよね」
「魔物や動物を食うこともあるかもな、と思っていつも持ってたんだよ」
「便利すぎます! 尊敬します!」
「さあて、いい感じに焼けたぞ」
「うぉぉほほほほ、涎が出ます」
「がっつくな、こら」
せえの、で、「いただきます」の声が高らかに響いた。
-
夢魔道士ちゃんが勇者を応援しながら鈴がチリンチリンするくだりは、なぜか涙が出そうになります
ではまた ノシ
-
乙乙
-
おつおつ
最近竜とか魔物を捕らえて食べる漫画が増えたね
旨いのかな
-
ここに至るまでも幾らか残念な子ではあったが、まさかゴリラのような鳴き声を発するまでとは……
-
龍の香草焼きを食べながら、二人で今後のことを相談した。
もしまだ何回も【巻き戻〜す】が使えるのなら、ここらの龍を倒しまくるべきではないか。
この山道を通る人たちは、常に龍の恐怖に怯えているのだ。
龍は繁殖が遅いようだから、絶対数を今日のうちに減らしてしまえば。
そうすればしばらくは、龍に怯えることなくこの道を通ることができるんじゃないか、と。
この一帯の人たちの安全のためでもあるが、それは私のためでもあった。
私はどれくらい魔法を使い続けられるのか。
お腹が減っても疲労が溜まっても、使い続けられるのか。
【神鳴〜る】を使ったときも、へとへとにはなったが、多分まだ威力は落ちていなかった。
「ただ今回の場合、試してみて使えなかったらやばいんだけどな」
「勇者様が肉片のまま明日を迎えるのは嫌です!」
「縁起でもないことを言うなよ」
「実際に起こったんですから!!」
-
「まあ、限界でなくても『ここまでなら大丈夫』という指標はほしいな」
「今後のために、ですね」
私たちはお腹いっぱいになった後、龍のうろこのうち特にいい感じのを剥いで、茂みに隠しておいた。
それから爪、牙、ひげも。龍の体は優れた素材に溢れている。
倒れている龍はそのままにして(ついでにお肉も一部もらっておいた)、さらに山道を進んだ。
チリンチリン!!
景気良く、鈴を鳴らして。
チリンチリン!!
今回は勇者も、「静かに歩け」とは文句を言わなかった。
-
……
結局、私の【巻き戻〜す】は夕暮れまで使っても威力が落ちなかった。
私は疲弊しきっていたし、3回ほど使ったあたりから腹の虫が泣きわめいていたけれど。
都合3回の大きな傷と、1回の死亡と、1回の私のケガと、2回の竜のパワーアップを巻き戻した。
時間が巻き戻せるのなら、と勇者はいつもより無茶な戦い方をしていたように思う。
「聞いてねえよ、翼を斬り落としたらキレてパワーアップするなんて」
「あれは単なるきっかけだったんじゃないでしょうか。どこ斬ってもキレてましたよ」
「1回目は覚えてないからいいけど、じっくり死ぬのは怖かった」
-
「私がもっと早く巻き戻すべきでしたね……」
「血がどくどく流れてさ、目がかすむのって、怖いな」
「すみません……」
「でもそのおかげで、ほれ」
私たちの前に、累々と積み上がる、大小さまざまな龍たちの死骸。
この山道に、こんなにいたのかと思うほどの、龍たちの死骸。
「ちょっとやりすぎたか」
「ちょっとやりすぎましたかね」
-
木を組んで作った「いかだ」で、ずるずると龍の素材を引きずり、私たちは村へ戻った。
とても大きくて多くて、なかなか大変だったが、これで勇者の鎧ができると思えば苦ではなかった。
「あっ」
ずるっと足を滑らせ、私は転んでしまった。
「おいおい、疲れがたまってるのか?」
勇者は優しく手を差し伸べてくれた。
もともと口が悪いときはあったが、優しい人なのだ。
手を握って立ち上がったとき、私は少し意地悪なことを思いついた。
「ありがとうございます、勇者様。優しいんですね♪」
そう言って、顔を寄せた。
-
「ん?」
戸惑う勇者に、チュッと口づけをしてやった。
「……は?」
「えへへへ、お礼です」
「……は? え? なに?」
恥ずかしがっているような、困っているような、変な表情で固まる勇者。
面白い顔。
やっぱり悪いことをしたかしら、と思って、もちろん【巻き戻〜す】で時を戻しておいた。
そのあとちらちらと勇者はこちらを見ながら、変な顔をしていた。
私は知らんぷりをして、よいしょよいしょ、といかだを引きずった。
-
「ああ、これはいい鎧が作れそうだ」
村の鎧職人さんは、飛び切りの笑顔で私たちを迎え入れてくれた。
「今行けば、まだまだたくさん転がってるんで、よかったら使ってください」
「本当かい!? それならさっそく何人か取りに行かせよう」
鎧職人さんは、弟子に指示をし、素材を取りに行かせていた。
やっぱり職人からしても、龍のうろこは便利なのだろう。
たくさん倒したのも、より意味があるってものだ。
-
「貴重というよりも、やっぱり簡単に倒せる魔物じゃないからね」
「特にこのあたりの龍は多彩な攻撃をしてくるし、怒りっぽいし」
「素材をほしがっても、倒せる旅人はそうそういなかったんだ」
鎧職人さんは上機嫌だった。
近くにあるけどなかなか手に入らなかった良素材が、一度にたくさん入ったのだから、当たり前か。
「当然お代はいらないよ!! むしろこっちが買取してもいいくらいだ」
「いえ、それには及びませんよ」
私も学習している。
勇者の一行たるもの、金に卑しくてはいけない。
勇者がこっちを見て、ちょっと驚いていた。
-
「ついでに盾は作れるかな」
「ええ、ええ、そちらのほうが簡単ですよ」
「おい、お前の分も」
「あ、いえ、私は結構です。重い装備は使いこなせないですよ」
「じゃあ、ローブの上にはおるマントなんかは?」
「……それは……いいかもしんない」
私は龍のマントをまとって魔法をバンバン使う大魔道士を頭に描いてみた。
いいかもしんない。
-
「しかし勇者ってのは、やっぱりほかの旅人とは一線を画す存在なんだなあ」
鎧職人さんはため息とともに、そう言った。
出発する前に見せた「どうせ無理だろう」的な諦めの表情は、今はまったくなかった。
「いや、最初はね、『今回も無理だろうな』と思ってたんだよ」
「今までいろんな奴が大口叩いて、結局無理だった例をいやというほど見てるからね」
「だからあっさり、それも複数倒したやつを初めて見て、びっくりしちまったよ」
私は少し得意げになって「いえ、それほどでも」と笑って見せた。
勇者の一行には余裕が必要だ。
すげー私、ひゃっほー、では格好がつかないものね、うん。
正直あの戦闘は「あっさり」とは程遠かったが、龍を複数倒したことには変わりはない。
褒められるたび、私は嬉しくなった。
-
鎧を作ってもらっている間、私たちは町で休むことにした。
確実に前進している。
それを思うと、少しここで足踏みするのも、悪くないと思えた。
一日ではとても作れないので、何日か滞在することになりそうだ。
とりあえず、ということで、酒場に向かった。
「酒場は情報収集の基本」
ごもっとも。
「うまい酒も飲めるしな」
ごもっとも!!
-
―――カランコロン
小気味いい鐘の音が鳴り、私たちは酒場に足を踏み入れた。
「おお、勇者様のお越しじゃ!!」
「いよぉっ!! 勇者様!!」
「ケガはねえかい!?」
「酒飲め酒!! 今日はおれらのおごりじゃからね!!」
大きな歓声に迎え入れられ、私たちはしばし呆然とした。
なんだろう、この雰囲気は。
龍を倒したから? たくさん倒したから?
-
「今までいろんな奴が挑んではやられて帰ってきた、あの黒い龍を倒してくれた礼だよ」
そう言いながら、みんな私たちに酒を注いだ。
「これで隣町に行くときに、ビクビクせんで済むってもんじゃね」
みんな顔が赤い。
すでに喜びの酒がずいぶん入っているようだ。
「おう、嬢ちゃん、あんたもたいそうすごい魔道士みたいじゃないか」
「そりゃあ勇者様の一行なんだから、よっぽどすげえ魔力を持ってるんだろうよ」
「まあまあ、英気を養っておくれよ。鎧ができるまでのここの飲み代は、村人みんなで出すからよ」
どうやら私たちのことは知れ渡っているらしい。
龍のことも、鎧のことも知られているとは。
-
「嬢ちゃん、なんか魔法使ってみてくれよ」
「おお、そりゃあいい、おれたちが見たこともねえすげえ魔法とか、ねえのかい?」
のんべえたちが、はしゃぎだした。
私は正直疲れ切っていたが、お酒をおごってくれる村人に対してつれない態度をとるのもなあ、と思った。
「おいおい、こいつは今日たくさん魔法を使って疲れてんだ、勘弁してやってくれ」
「あ、いいんですいいんです、ちょっとだけならお見せできますよ」
勇者がかばってくれるのは嬉しいが、私はサービス精神を見せることにした。
「じゃあ皆さん、グラスをお酒で満たしてください」
-
みんな、首をかしげながら、グラスを酒で満たしていった。
「みなさん、お酒ありますね? それじゃあ……」
私は、コホンと咳ばらいをし、乾杯の音頭をとってみる。
暮らしていた町でこんなことをしたことはなかったけど、勇者と旅をするうちに、度胸がどんどんついてきた気がする。
「私たちの出会いに! 龍の恐怖をめっちゃ減らした功績に! これからの人生に!」
『乾杯!!』
みな妙な表情を浮かべながらも、おいしそうに酒を飲んだ。
私もグイッと飲んだ。
いやあ、この村のお酒はおいしいわね。ほんと。
-
「みなさん、飲みましたね?」
「飲んだけどよ、これが魔法になんか関係あんのかい?」
「ええ、それはこれからお見せしますよ♪」
そして私は【巻き戻〜す】を唱えた。
戻しすぎないように、注意して。
この酒場の中の時間を戻し、グラスが空になる前に戻す。
このくらいなら、大した魔力も使わないから、大丈夫。
たぶん。
-
「おお、どういうこっちゃ、これは」
みんな驚いている。
飲んだはずのお酒が戻っている。
「どういう魔法だい?」
「狐に化かされた気分だ」
「すげえや、初めて見る種類の魔法じゃね」
みんな喜んでくれたようだ。
私もニコニコで、またお酒を飲む。
今日はちょっと飲みすぎているような気がするが、まあ、今日くらいはいいよね。
……ん?
……なにかが頭の片隅に引っかかっている気がした。
……ん?
-
……
それからのことは、あまり覚えていない。
気がついたら、勇者におんぶしてもらい、宿屋に戻るところだった。
「あ、ゆうしゃさまー、ごくろうかけますー、おもいですか? だいじょうぶですか? うふふ」
私の呂律は絶好調だった。
あれだけ飲んで一つも噛まなかった。
「飲みすぎだ、バカ」
勇者の言葉は短かった。
「ばかっていわないでくださいー、きょうはわたし、すっごいがんばったでしょお?」
「……それは、そうだけど」
「でしょおー、うふふふふふー」
-
月明かりがきれいだ。
風も心地よい。
勇者は文句も言わず、私を宿屋まで連れてきてくれた。
やっぱり、優しい。
酔っぱらってなければ、月を見ながら愛を語らうのも素敵かもしれない。
なんちゃって。
「あの魔法で、記憶まで消せるわけじゃないことを、次は忘れないように」
勇者がポツリとつぶやいた。
「えー? なんですかー?」
「さ、着いたぞ、さっさと寝ろ」
それから私はベッドに投げ出され、あっという間に眠りに落ちていった。
-
魔道士ちゃんうふふかわいい乙。
うふんうふん乙。
-
……
龍の素材で作った鎧と盾は、勇者の体によく合った。
見た目も格好いいし、なにより硬さと柔軟性が同居していて、なんかもう、最高だった。
「なんかもう、最高ですね」
私は貧相な語彙でそれを褒めた。
「お前のそれも、なんつうか、こう、いい感じだな」
勇者も貧相な語彙で私のマントを褒めてくれた。
私のは、重すぎず薄すぎず、龍の力強さを備えた強いマントだった。
「これ、そんなに重くないんですけど心強くって、素敵です」
装備が充実して、私たちはとても嬉しくなってはしゃいでいた。
村の人たちも、とても喜んでくれた。
-
ここ数日の間、私たちは使える魔法を総動員して龍の残党を狩っていた。
あんなに強力な魔法を使える日はもうなかったけど、意外と【よく冷え〜る】が効いた。
龍の素材は残らず村に寄付したし、龍の肉は毎日食堂で調理してもらった。
村人みんなの分を補って余りある量だった。
夜になると酒場で酒盛りをした。
素敵な毎日だった。
「もう行っちまうのか……さみしくなるな」
「本当に助かったよ、勇者様方」
「ありがとう。本当にありがとう」
わかりやすく褒めたたえてもらえるというのは、嬉しい反面なんだか気恥ずかしいものだ。
私たちはおごることなく、控えめに村を後にした。
-
「よし、もう一山、越えるぞ」
「私たち、強くなってますよね!」
「ああ、おれの剣技も、お前の強力な魔法も、装備も、強くなってきてる!」
「だったら、山を越えるのなんて、朝飯前ですよね!」
「お、おい、ちょっと……」
「朝飯前ぇぇえええええ!! うりゃー!!」
私は駆け出した。
楽しかった。
旅が充実することが。
勇者の死を間近で見て、そう日が経っていないというのに。
-
うまくいっている。
すべてがうまくいっている。
この調子で進めば、きっと魔王なんて簡単に倒せる。
あの黒い龍も、コテンパンにやっつけたんだから。
「バカ! 速いって!」
勇者が後ろから追いかけてくる。
「へへーん! 悔しかったら追いついてみてくださーい!」
「また龍の残りが出てきたらどうすんだって……」
言いながら、悠々と抜いていく勇者。
あれ?
-
「ただでさえどんくさいんだから、おれの後ろにいろよ?」
「今日の魔法はなんだっけ? とりあえずサポートしてくれればいいから、さ」
「無理すんなって、な?」
「……おい? 聞いてんの?」
振り向いた勇者は、はるか後方で、肩で息をしている運動不足の魔道士を目にした。
「威勢だけかい」
「……ちょ……ま……って……くださ……」
早く追いつかねば。勢いよく飛び出したのにこんな状態では情けなさすぎる。
そのあとは、ゆっくり歩いて山越えを続けた。
面目ない。
-
「めっちゃ」とか「どんくさい」とか、方言臭いですがしっくりきたので使っちゃいました
ではまた ノシ
-
キスした事実を消しても、キスした記憶は残るって感じか
お間抜け可愛い
-
【Ep.7 このまほうは だれのために】
その目覚めは、とてつもなく怖かった。
指輪を使ったのに「夢を見ない」という経験は、この旅を始めてから一度もなかったことだった。
私は勇者にこのことを相談するべきかどうか、迷った。
一瞬だけ。
相談するべきだ。
私はそう決断した。
【巻き戻〜す】の夢を見たとき、相談しなかったことを勇者に怒られたことを思い出したからだ。
私たちはなんでも共有できるパートナーでなければいけない。
-
「ああ、そういう日もあるだろうなとは、思ってた」
勇者の返答はあっさりしたものだった。
「指輪は? 昨日はちゃんとかざしたのか?」
そして私の昨日の行動を尋ねてくる。
それは厳しい口調ではなく、どこか優しいものだった。
「はい、昨日もいつも通り指輪をかざして寝たんですけど……」
-
旅に出てから、基本的に指輪で寝ない日はなかった。
あのべろべろに酔った日でも。
寝る前に指輪をかざすのは私の癖になっている。
「まあ、今日一日くらい、大丈夫だろ」
「おれが注意して剣技だけで切り抜けられたらいい話だ」
「幸い今日通る山道は、恐ろしい魔物の情報が入っていない」
「お前は道具を駆使してバックアップをしてくれたら、それでいいから」
私は曖昧に頷いた。
そんなバックアップなら、私でなくても十分にやれる。
私には私にしかできない魔法でバックアップをしたい。
-
大きな山を越える道中。
山道は平和だった。
前のように恐ろしい黒龍が現れることもなかった。
時々現れる山賊と小さな魔物の相手をするだけでよかった。
「張り合いがねえな」
勇者も不満そうなくらい、平和な旅路だった。
「まあ、お前が夢を見ない日がこんな日で、ちょうどよかったよ」
そう慰めてくれる。
励ましてくれる。
-
昼頃に休憩しているときに、私は指輪を額にかざしてみた。
しかし、寝るには寝たが、夢は見なかった。
ただふわふわと暖かなうたた寝をしただけだった。
「お前はほんと幸せそうな顔して寝るよな」
勇者にあきれ顔で言われた。
-
この山道は険しくはないし、凶暴な魔物も出ないが、長いのだけが大変だった。
とても一日では抜け切れない。
大きな飛行船か龍の背に乗るくらいでないと、飛び越えられないのだ。
だから皆、この山を越えるときは野営をするつもりで挑むそうだ。
私たちは一方通行だからいいけれど、旅の商人さんとかは大変だと思う。
「ここで、キャンプを張るぞ」
「はあい♪」
私たちは、ちょうどいい感じの木陰を見つけ、今日はそこで休むことにした。
-
木があれば、屋根を張るのも簡単だ。
魔物が現れたときも、隠れやすい。
夕食には、途中で狩ったオオコウモリの腹の肉と、木になっていた果実を食べた。
オオコウモリは見た目こそ気持ちが悪いが、腹の肉は意外といける。
ずっとあの町で暮らしていたら、きっとそんなことも知らずにいただろう。
木陰で次の日を迎えることもなかっただろう。
コウモリの血の抜き方も、味付けの仕方も。
いや、それ以前に、木に登って果実を取ることすらしなかったかもしれない。
-
「オオコウモリ、おいしいですね、意外とね」
「だろ? おれは昔、山にこもって修行していたときは、これが主食だったよ」
「毎日食べられるほど、飽きがこないんですか?」
「いや、他に食えるものがあまりなかった」
「へえ」
「オオムカデ、ダイオウバチ、モルフォーン、毒ミミズ……」
「あ、もうその辺で」
-
「オオムカデは特におぞましいほどに不味かった」
「もういいです知りたくないですそんな話!!」
「あの見るだけでぞわぞわとする足が」
「やめて!!」
「あと毒ミミズな、あれはマジでやめとけ」
「食べませんよ絶対に!!」
「口の周りが腫れ上がって腹下して吐きまくって大変だった」
「毒っつってんのになんで食べようと思ったんですか!!」
-
……
「……明日は夢が見られるといいな」
そう勇者は言って、眠りについた。
たき火はわずかだけ残し、即席のテントの中に体を縮めて眠る。
私は今日の旅が無事に終わったことに感謝し、指輪を額に当てた。
「今日が無事に終わったからといって、明日もそうとは限らないわ」
「役立たずの私は嫌、勇者の役に立てないのは嫌、後ろにずっと守られているのは嫌」
「……いい夢が見られますように」
そう呟いて、私は眠りに落ちた。
勇者の寝息が、すぐそばに聞こえた気がした。
-
……
「え、今日もか?」
やはり、勇者の顔には昨日よりも落胆の表情があった。
二日続けて夢を見ないとなると、ちょっと心配になってくる。
「まあ、ちょっと不調が続いているだけさ」
「今日も旅路に強力な魔物はいないだろうから、それが不幸中の幸いだな」
「うんうん、そういうときもあるって、大丈夫だって」
勇者は早口で私を慰めてくれる。
私は期待に応えられないことを痛感しながら、早くこの状況を打破する方法を考えなければ、と思った。
「もしかしてあれか、生理の周期とかと関係あるのかな」
「お前、最近ど」
その先の言葉は、私のアッパーカットと共に宙に飛んでいった。
-
今日は昨日ほど楽な道のりではなかった。
勇者は背後の敵にも注意して戦うことができるが、それでも今日は数が多かった。
オオコウモリが昨日の敵を討つかのように大量に頭上に現れたかと思うと、地中からはヘドロ魔人が現れた。
昨日はいなかった種族だ。
次々現れては私たちを襲う魔物に、勇者は苦戦を強いられていた。
それもこれも、私が魔法を使えないことと、私を守る必要があるせいだ。
いっそ彼一人の方が、楽に戦えたかもしれない。
-
私は毒草でオオコウモリを追い払いながら、いつか買っておいたこん棒を振り回し、ヘドロ魔人を叩いた。
しかし、そんな攻撃はほとんど効いていなかったようだ。
癒しの薬を勇者に飲ませながら、私の気持ちはどんどん沈んでいった。
「きついな」
勇者のそんな一言も、私の心に深く刺さった。
「早く山を越えて、村で一休みしたいな」
勇者は笑って言いながら、先を急いだ。
私はケガ一つしなかったが、それは勇者が上手く立ち回ってくれたおかげだ。
全部私のためだ。
だから悲しいんだ。
-
魔道士ちゃんの試練は続きます ノシ
-
二人の旅路に幸多かれと願う。
バッドエンドはご勘弁。
乙。
-
……
夢を見ないのが3日続くと、いよいよ私たちは混乱し始めた。
もう大きな山は越えているから、夢を見るまで村で休む手もあるが、それもいつまで続くかはわからない。
昨日はへとへとで村にたどり着き、酒を一杯だけ飲んだ後、泥のように眠った。
もちろん指輪をかざすことは忘れなかったが、それでも、また夢が見られなかった。
「どうしましょう……」
「どうするって、お前、そりゃあ、えっと、どうしよう……」
-
「とりあえず今日は、様子を見ようか」
「……すみません……」
私はどうしようもなく自己嫌悪に陥っていた。
龍の泉で花を燃やし暴れたときも、【巻き戻〜す】の夢が相談できなかったときも、これほどの気持ちにはならなかった。
私は全くの役立たずだ。
魔道士が毒草やこん棒を振り回して、いったいなにになるのだろう。
私は勇者のお供ではないのか?
なんのためにここにいる?
昨日のようなお供なら、おつかいの子どもにだって務まりそうなものだ。
ああ、ダメだ。
涙が我慢しきれなくなった。
-
「……泣くな」
勇者が寄り添ってきてくれる。
「……でも……」
私の涙は止まらなかった。
目が熱い。
勇者の服を濡らすほどに涙が溢れた。
どうしようもなく止められなかった。
「私……なんの役に……も……立ってな……」
ぐしゅぐしゅと、鼻水も出そうになる。
声が詰まって、言葉がめちゃくちゃになっていく。
「あんなの……続いたら……私……足……足で……足手まと……い」
「うあああ……ごめんなさい……ごめん……ケガ……させて……ひっ」
「私を守らせて……勇者なのに……私がお供なのに……うあっ……ひっく」
-
「これまでお前が見せてくれた魔法は、素晴らしかった」
勇者が慰めるように言った。
「おれの命を救った、大事な魔法だ」
「気に病むな」
「いつかきっと、また使えるようになる」
「だからほら、それまでは、おれに守らせてくれよ」
「お前は大事な大事な、おれのパートナーだからさ」
気がつくと、私は強い力で抱きしめられていた。
泣きじゃくって勇者の胸元はびしょびしょだったが、彼はそれを全く気にしないでいてくれた。
-
「お前ひとり満足に守れないで、なにが勇者だ」
その言葉は力強かった。
「昨日おれがケガをしたのは、おれの剣技がまだまだ未熟だからだ」
「おれの一撃がまだまだ弱いからだ」
「おれの動きがまだまだ遅いからだ」
「大きな剣でも、重い鎧でも、俊敏に敵を切り刻むことができていれば……」
「もっと楽に、お前をきちんと守れたのに、な」
私は幸せだ。
勇者にここまで言わせておいて、それに応えないなんて、ありえない。
勇者の気持ちに応えないといけない。
-
「私、ちょっと修行をしてきます」
朝食のあと、私はそう言って宿を出た。
勇者は情報を集めると言っていたけど、その間に、少しでもなにか掴もうと思って。
この状態でも魔法が使えないか。
夢を見るきっかけを得られないか。
私は水筒とマカナの実を一つだけ持って、村を出た。
-
昨日超えた山ではなく、反対側の森へ足を進めた。
魔物の少なそうな川沿いの開けた場所を探す。
こんな状態で、一人で襲われてはたまらない。
勇者のお供が勝手に一人で死ぬことは許されない。
「今日よ、今日が限度よ」
私は自分を奮い立たせる。
「今日解決させなければ、私は置いて行かれる」
「それくらいの覚悟をもって、私はこの問題を解決しなければならないわ」
-
静かな川のほとりで、私は腰を落ち着けた。
まずは、今まで通りのやり方を何度も繰り返すこと。
それから始めよう。
「指輪……効力がなくなっちゃったということも考えられるけど……」
指輪の中心のクリスタルは、相変わらず緑色に光っている。
ひびも汚れもない。
「でも、ちゃんと眠る効力は残っている」
「つまり、この状態は、指輪ではなく私が原因ってことよね……」
独り言をぶつぶつとつぶやく。
変に見られるかもしれないが、ここには人はいないから気にしない。
言葉にしているうちに、なにか解決策を思いつくかもしれない。
-
「一度眠ってみようか」
やはりまずはそれしかない。
私が原因だったとしても、夢を見ないことには始まらない。
自在に夢を見て最強の魔道士になるつもりなのに、「夢が見られない」ではお話にならない。
なんとか糸口を見つけ、そしていずれ自在に夢を見られるようにならなければ。
私はあたりを見回して、魔物の気配がないことを確認したのち、指輪を額にかざした。
……ものの数秒で、私の意識は眠りの中に落ちた。
……どこかで、懐かしい声が聞こえた気がした。
―――それじゃあ―――だめよ―――
―――もっと―――心を開かなくては―――
-
やはり夢は見られなかった。
何分くらい眠っていただろうか。
持ち歩ける時計は持っていないものだから、正確には分からない。
しかし何分寝ようと、何時間寝ようと、夢が見られないのでは意味がない。
「あの時聞こえた声は……誰だったかしら……」
頭の中にもやがかかっているようだ。
知っているはずの声。
どこかで聞いた懐かしい声。
だけど、私はすぐにその答えを見つけることができなかった。
-
「なんか、心を開けって聞こえた気がするわね」
誰にだろう。
私は誰に対して心を開けばいいんだろう?
考えてもわからない。
それなら次にやることは決まっている。
私はとりあえず、ありったけの知識で魔法を唱え始めた。
-
……
「はぁ……はぁ……」
燃えカスになって転がる枝。
磁気を帯びた石。
パリパリに凍った葉っぱ。
しかし私の求める魔法の威力とは程遠い。
「使えないことはない、こともない……か……」
前よりも「不発」ではなくなっている気がする。
しかしこんな威力では使わないほうがマシだ。
魔法を覚えたての子どもでも、もう少し威力の高い魔法を放てるだろう。
-
「私の魔力の底は上がっている……はず……」
「クリスタルは魔法と相性がいい……はず……」
「ローブも新調した……」
「マカナの実も食べた……」
―――あとは―――心の開き方を知ること―――
「!」
また声が聞こえた、気がした。
-
「私は心を閉ざしているの?」
「勇者に?」
「そんなことない、私は勇者に対して素直に誠実に接しているつもり」
「でも……」
「閉ざしている部分も、ある?」
あるだろうか。
自分に嘘をついていないか。
勇者に隠し事はないか。
私の魔法が不安定になるほどの、なにか。
-
……あるじゃないか。
……私は勇者に対して、誠実じゃない部分があるじゃないか。
「私は―――ッ!!」
「なんのために魔法を使うのかッ!!」
「そんなの、決まってる!!」
「魔法が使えないと、なぜ困るのかッ!!」
「そんなの―――決まってるッ!!」
-
「……魔王を倒すためじゃない」
「……世界の人々を救うためじゃない」
「……それは建前」
「私はただ、勇者に傷ついてほしくないッ!!」
「あの人が無事に旅を終えてほしい!!」
「そのために魔法を振るうのよ!!」
スッ、と、胸のつかえがとれた。
思考がクリアになった。
「…………ふぅ」
……それから、今の恥ずかしい言葉を誰かに聞かれてやしないかと、あたりをキョロキョロ見回した。
-
―――パキィン!!
「うんうん、好調好調」
―――パキィンッ!!
―――パキンッ!!
「うふふふふ、一時のスランプなんて、どうってことなかったわね」
―――パキィンッ!!
―――パキンッ!!
「見よ、この威力!! 川の上流までさかのぼって凍らせる!!」
-
私の心のありかを改めて考えた後、私はもう一度指輪を試してみた。
すぐに眠りについたが、そのとき短い夢を見ることができた。
久しぶりに夢を見た気がする。
勇者と出会ったあの日と同じような、氷の夢。
そして、【よく冷え〜る】は、あのころよりも強くなっていた。
「うむうむ、修行の成果が出たぞ」
私は満足して、村へ帰ろうとした。
-
「……む、待てよ」
と、私は足を止める。
なにか大事なことを忘れている気がする。
「私、村に、帰る」
「スランプ脱出!! 万歳!! 魔法が使えますよ!!」
「と言う」
「すると勇者が」
「おお、よかったな、原因はなんだったんだ?」
「と聞く」
「……」
「なんて答える?」
「……」
-
「無理っ!! むーりー!!」
「言えるか恥ずかしい!!」
「無理無理無理!! ぜったいむーりー!!」
「乙女心なめるな勇者コノヤロウ!!」
どうしようどうしよう。
勇者のために魔法を使いたいのは事実。
でもそれを勇者に伝えられるかどうかは別問題である。
-
「茶化すか」
「誤魔化すか」
「正直に言うか」
「……」
やっぱり正直には言えない。
そんな愛の告白めいた言葉を、どんな顔して言えというのだ。
「……よし、茶化そう」
「笑って切り抜けよう」
結局私は、村に帰ったとたん「あっはっは、生理不順が原因でした!」と言い放った。
その時の勇者の微妙すぎる表情を、忘れられそうにない。
-
これは……愛!?
ではまた ノシ
-
よく寝て乙。
-
もうちょっと茶化し方あっただろう.
-
いろいろざんねんなまどうしちゃんかわかわ。
-
おつおつ
この二人の関係性がすごく好き
-
乙乙
まぁ現実的な問題として女冒険者はその辺り大変だよな
-
【Ep.8 まのもり とまどい】
大きな森を抜ける。
それがこの先に進むための最短ルートだった。
しかし、私は気が進まない。
なぜなら、その森は「魔の森」と呼ばれ、近隣のものは決して近づかないところだからだ。
「ねえ勇者様、どうして『魔の森』だなんて呼ばれているんでしょうね」
「強い魔物が出るからだろ」
「じゃあどうして、周りの人たちはここのことを口にすると怯えるのでしょう」
「魔物が怖いからだろ?」
「それだけでしょうか……」
私はやっぱり嫌な予感がしていた。
-
確かにここの魔物は強い。
集団で襲ってくるし、しつこい。
千年の眠り。
ひとかけらの罅割れ。
衝動と焦燥、本能の震動。
空を仰ぎ、地を這う羽虫。
時満ち足りて大地の深呼吸。
【夢魔法 土砂崩れ〜る】
―――ズズゥン!!
「ガッ!!」
しかし、足元を崩す魔法であっけなく土に埋まっていく。
-
「よし! 上出来だ!!」
―――ザシュッ!!
―――ビシャァッ!!
勇者が埋まった魔物を斬り裂いていく。
それは見事な連携だった。
魔物の体液が飛び散る。
―――ザシュッ!!
―――ザシュッ!!
「はっは!! おれの剣の前ではその皮膚も無力だな!! はっはっは!!」
-
魔の森に出るのは、羽のある大きなカエルだった。
粘着質の液体を飛ばしてくるし、意外と素早いし、皮膚はぬめぬめで打撃は効きそうにない。
しかし、あっけなくやられていく。
「ガッ……」
大きなガマグチからびちゃびちゃと涎を垂らして死んでいく。
「うえ、気持ちわりっ」
勇者が体液を避けながら斬り裂いて回る。
こんなものだろうか。
魔の森なんて恐れられているのに。
-
「まあ、それだけおれたちも強くなったってことだ」
勇者はパンを頬張りながら、気楽そうに言った。
しばらく魔物が出なかったので、木陰で休憩をしている。
「お前のスランプも抜けた」
「夢に見る魔法も多彩になった」
「装備も充実してきた」
「まあ、普通の冒険者ならここでつまずくのかもしれないが、おれたちには大したことない森だったってことだろ」
私もパンを口にしながら、頷く。
確かに私たちは強くなった。
たくさんの魔物を倒してきた。
だけど……本当に?
-
「心配しすぎなんだよ」
ぽんぽん、と私の頭をはたいて、勇者は立ち上がった。
「ほれ、今日中に半分は進まねえと、抜けられねえぞ、この森」
「まだ今日は奥まで進むからな」
それも心配の種だった。
森の最深部まで進まないと、二日で抜けられないのだ。
しかし近隣の村の人たちは、誰も最深部がどうなっているのかを知らなかった。
「恐ろしい魔物でもいるんでしょうか」
「……ま、いるだろうな、なにかが」
「なにかって……」
「まだおれたちの知らないような、なにかだ」
-
土塊の魔人、ぬるぬるのガマグチ、大鷲など、今まであまり見なかった魔物が多い。
しかし魔人とガマグチは【土砂崩れ〜る】で足元から崩せば倒せたし、大鷲は急滑降してきたところを斬り裂けた。
これらの親玉が、奥にいるのだろうか。
村人が知らない「なにか」が住んでいるのだろうか。
ざわざわと、気配がする。
常に周りに魔物がいる気配がする。
気持ちが悪い。
-
「あれ? 明るいな、あっち」
前方が明るい。
え、まさか、森を抜ける?
「やけに早いな、二日かかるんじゃなかったのか」
私も驚いた。
まさか、私たちは歩くスピードもずっと速くなっているのだろうか。
「……拍子抜けの森だったなあ」
勇者がつぶやく。
私も同感だ。
-
まだ周りを取り巻く魔物の気配は消えない。
気持ち悪い粘着質の視線のような気配は消えない。
しかしそれも思い過ごしだったのだろうか。
心配しすぎなのだろうか。
まあ、なにはともあれ。
「よっしゃ!! 抜けたぞ!!」
勇者のかけ声に合わせて、森を抜けた。
気持ちの良い空が広がっている。
私たちは無事、森の入り口に戻っていた。
「は!? 入り口!?」
-
「え? え? ここ入ってきたとこですよね!?」
「なんで!? え? 入り口そっくりの出口!?」
「いやいやいや、あの木見覚えがありますよ!?」
「どこで!? どこで間違えた!? おれ!? お前!?」
「私は勇者様にずっとついて歩いてたじゃないですか!?」
訳が分からなかった。
私たちはずっと森の最深部目指して、進んでいたはずだ。
引き返すこともなかった。
方向感覚も狂っていなかったはずだ。
「……化かされたか……」
-
「畜生!! もう一回行くぞ!!」
「え、行くんですか!?」
「おれたちはこんなところで迷っている場合じゃない!」
ずんずんと進む勇者。
私はそれに従うしかない。
「もー、無謀じゃないですかあ」
私たちの方向感覚がおかしいのでなければ、きっとこれには理由がある。
私は通ってきた道を覚えるために、思いついたことを試してみることにした。
-
「なんだそれ」
「えへへ、目印です」
私は通った道の脇に、土で作った「人形」を残すことにした。
「今日はせっかくの土の魔法ですからね、こうやって有効利用しようかと」
「なるほどな、効率が悪い気もするが、まあ目印は必要だな」
ぽつぽつと人形を残しながら、先を急ぐ。
もう休憩している余裕はない。
魔物と全部戦う気もない。
この妙な「魔の森」を抜けられなければ、先へと進めないのだから。
余計なことに気を取られず、とにかく先へ。
「おい、ナメクジの人形の完成度が下がってきてるぞ」
「ウサギです!!」
-
……
「……なんでだ……」
ナメクジの、もとい、ウサギの人形の前で勇者が膝をつく。
これで何度目だろうか。
私たちの行く道の先に、私が作ったはずの人形が姿を現す。
「おれたち、まっすぐ進んだはずだよな?」
「そのはずです」
「方向も合ってるよな?」
「問題ありません」
「じゃあなんでお前のナメクジが前に現れるんだよ!?」
「ウサギですよ!!」
-
魔物の力だろうか。
なんにせよ、この森には人を迷わせる魔法がかかっているようだ。
「そういやあ、しばらく魔物が出ないな」
それも怪しい。
最初はあんなに魔物が襲ってきていたのに、今は姿を現さない。
「進むべきか、否か」
「……なんにせよ対策が必要ですよね」
「対策か……」
-
野営の準備をしながら、私は人形の出来をよく見てみた。
「……確かに……私の作ったものの気がする」
私たちが迷う理由として考えられることは大きく分けて二つ。
私たち自身に魔法をかけるか、道に魔法をかけるかだ。
人形がコピーではなく確かに私の作ったものならば、魔法は私たち自身にかけられていると考えられる。
私が作ったものではないとしたら、道に、もしくはこの森全体に魔法がかかっているということだ。
「今度はなにか特徴をつけて人形を作ってみるってのはどうだ?」
「だから、わかりやすくウサギにしたんですけどねえ」
「触角を3本とか4本にしてみるってのは?」
「触角ってなんですか!? 耳ですよ耳!!」
-
妙な気配は消えない。
でも魔物は見えない。
「確かにここは……魔の森ですね……」
土で作った高い壁の中で、私たちは眠った。
-
―――
――――――
―――――――――
ふわりと空に浮く感覚。
足元が崩れていく。
―――だめよ――――――その魔法では―――
誰かの声がする。
魔物たちが土に埋もれていく。
難なく魔物を蹴散らしていける。
しかし、あたりを見回すと、どちらから来たのかさえ分からなくなってしまった。
――――――真実に―――正しい道に―――目を―――向けるのよ―――
――――――道という言葉にすら―――とらわれては―――いけない―――
なんだか聞いたことのあるような声で、諭される。
―――――――――
――――――
―――
-
高い土壁の中で、私は目を覚ました。
どうやら魔物は襲ってこなかったようだ。
ただ、すごい圧迫感である。
よくこんなところで寝れたな。
「おはよう」
勇者が起きだしてきた。
私と同じように、土壁の圧迫感に少し気圧されているようだった。
「あ、そうか、昨日、この中で寝たんだった……」
きょろきょろと見回す。
当然出口などはない。
「……今日の夢はなんだった?」
-
幸いにも、見た夢がまた土の魔法だったので、再び土壁を崩して外に出ることができた。
そうじゃなかったらどうしていただろう。
もう一度土の魔法の夢を見るまで繰り返し寝ただろうか。
「ああ、素晴らしき開放感」
伸びをする。
と、勇者が深刻そうな声でこちらに話しかけてきた。
「……おい、あれ見ろ」
「なんですか? ぎゃっ!!」
右の道にも、左の道にも、私の作った人形があった。
「お前のナメクジが増えている」
「ええ、ええ、もうナメクジでいいですよ、この際ね」
-
「私たち、どっちから来ましたっけ」
「多分こっちだ」
「でも、そっちにも人形があるんですよね」
「ああ、どちらかが偽物だ」
「でも、どっちも偽物って可能性も」
「む?」
「そもそもこんなに近くに作りましたっけ?」
-
私たちは人形を見つめながら朝食をとった。
立往生だ。
打開策を考えつくまではこの場所を動けない。
「どう見ても私の作品ですね……」
「作品とか言うな、そんな高尚な物じゃない」
「ちょっと! 私がなんと呼ぼうと勝手じゃないですか!?」
「すべての芸術家に謝れ」
「それちょっと言い過ぎでは!?」
あまり議論は進まなかった。
-
個人的には夢魔道士の「むーりー!」がとてもお気に入りです ノシ
-
かわいい。しなないでふたりとも乙。
-
チリン……
かすかな鈴の音がした。
私ははっとして、そちらを向く。
勇者も同じタイミングで鋭い目線を送った。
「もし、お困りかな?」
妙な男がこちらへ向かって歩いてきた。
私は宗教のことはよくわからないが、彼は修行僧というたぐいの人に見えた。
つまり、教会ではなく寺院にいる人?
そんな人がなぜこんな森の奥に?
-
「この森の魔法、あんたか?」
勇者が疑問を投げかける。
初対面で失礼かとも思ったが、確かに怪しい。
この妙な森で私たちの元にやってきて、「なにか困っているか」と聞くなんて。
私たちが困っているのが分かっている前提の質問ではないか。
それに長い布で頭全体を覆っている。
目が隠れている。
それも非常に怪しい(私個人の感想)。
「はて、魔法、魔法……」
「この森の不思議さを、魔法と例えるのなら、確かに魔法かもしれぬ」
「だが私の魔法ではないな、残念ながら」
-
なんだか妙なことをむにゃむにゃ言っている。
「目に映るもの、それを見たまま信じているから、迷うのだ」
「私のように、目を閉じれば迷わない」
「だが、まあ、私のこれは生まれつき。真似しろと言っても難しいだろう」
なんと、目の見えない人だったのか。
なのにふらつきもせず、私たちの方へ歩いてきたのは、どういう原理?
-
「目を閉じて歩くなんて、無理ですよね?」
私は小声で勇者に尋ねる。
「3歩でコケるだろうな」
勇者も小声で答える。
「ははは、試しに目を閉じてジャンプでもしてみるがよい」
目を閉じてジャンプを?
そんな技が必要になることがあるの?
とりあえず目を閉じてみる。
そしてそっとジャンプを……?
「え、ちょっと! 怖い! 跳べませんよこれ!」
跳び上がれない。
怖い。
-
「ははは、律儀に試してくれるとは、素直で優しいお嬢さんのようだ」
修行僧さんが笑っている。
「……で、これがどういう意味を持つんだ?」
勇者が困惑している。
目を閉じて歩けというのでもない。
そんなの無理だろ、ってことが証明されただけだった。
「目に見える道だけが道ではない」
「進むべき道は、見えないところにある」
「そういうことも、あるんじゃないか、という話だ」
むう。よけいわかりにくくなった。
-
「なあ、あんた、よければ道案内してくれたりは……」
「私はここに住んで長いが、まだ修行を終えていない。この森を出られない」
つれない返事だった。
こんなところで修行だなんて、よっぽど自分に厳しい人なのだろう。
「道は自分で切り開くがよい」
そう言って笑った。
確かにヒントはもらった。
後は自分で考えなければ。
-
「ありがとうございます、ヒントをいただいて」
私は笑ってそう言った。
勇者が怪訝な顔でこちらを見る。
私はおかしなことを言ったかしら?
「勇者様、例えば魔王城で道に迷ったとき、敵の魔物に道を聞きますか?」
「ご丁寧に魔王のいるところまで道標がありますか?」
「自分たちで打開していかないと、この先に進む資格は、ないってことですよ」
「ヒントがもらえただけでも大サービス、ってことでしょ」
私は勇者に持論をぶつける。
万が一修行僧さんが魔王の手先だったとしても、その可能性も含めて自分たちで切り開いていかなければならない。
-
「む、なかなか芯の通った、肝の座ったお嬢さんじゃないか」
修行僧さんが感心して私の方を見る。
いや、見えてはいないのだろうけど、こちらに顔を向けた。
私の声に反応したのだろう。
聴覚……
この森を抜けるのに、なにか関係あるだろうか。
「じゃあ坊さんよ、一つ教えてくれよ」
勇者が尋ねる。
なおもヒントをほしがるとは、なかなか図太い。
勇者とはこういう態度であるべきだろうか?
んー。
私には決められない。
-
「この森の『不思議さ』は、なにが原因なんだ?」
「原因か……それを知ってどうする」
「原因がわかれば、叩く。そうすれば迷わない」
確かに。
例えば森の奥にいる魔物の親玉が原因だとしたら、そいつを倒せばこの現象は解消される。
この修行僧さんが原因だとしたら、ここでぶっ倒せば解消される。
おっと、思想が過激になっている。
「それこそが、あんたがたの旅の目的ではないかね」
なんだか妙なことを言われた。
-
「魔力に流れがあるのは分かるかね? 空気中に滞在する魔力のことだが」
その質問に、勇者はこちらを見た。
自分ではよくわからん、てな顔だ。
私は、まあ、一応わかるので頷いた。
「それが留まる場所も、薄い場所もあるのも、知っているかね」
また勇者はこちらを見る。
私は一応頷く。
魔物が出る洞窟なんかは、魔力が濃い。
まあ、気のせいで片づけられる程度の微差だが。
-
「ここは、魔王城から流れてくる邪悪な魔力が留まりやすい場所になっておる」
それを聞いてはっとする。
そういえば、常に妙な気配があった。
それは姿を消す魔物のせいかと思っていたが、そもそも魔王の魔力の断片だったのか。
ずっと魔王の魔力に包まれて、私たちは森を進んできたのか。
「だから、原因があるとしたら、それは魔王の邪悪な魔力だ」
では、ここでそれを解消することはできない。
そして、魔王の討伐自体が私たちの旅の目的である、というのも、修行僧さんの言ったとおりだ。
-
「んー、つまり、八方塞がりか」
勇者が情けない声を出す。
魔力をあまり感じられないからか、不思議さが際立って感じられるのだろう。
しかし、私は魔力についての知識はそれなりにあるので、少し目の前が明るくなったように感じられた。
この辺りは、剣士と魔道士の意識の違いだろう。
「ご武運を祈る」
そう言い残して、修行僧さんはすたすたと道を歩いて行ってしまった。
私の作品(高尚な! ウサギの!)にもぶつからず、とてもスムーズに。
-
「さて、どうする」
勇者はこちらをうかがう。
私に進路の決定権がゆだねられるのは、なんだか嬉しいしくすぐったかった。
「とりあえず、魔王の魔力が原因ということが分かったので、色々試してみましょう」
「試すって、例えば?」
「例えば、こういうことです!」
私はがさがさと草むらに突進した。
「道」にこだわらなければ、道が開けるかもしれない。
道なき道を進む。
おお、なんか格好いいじゃないか。
「おい! 待てって!」
勇者が慌てて後をついてきた。
-
……
私たちは歩きにくい草むらを、ずんずん進んだ。
背の高い植物が多い。
倒木も多い。
ツタや枝で視界も悪い。
さらに、妙な動物がごそごそと足元を這っている。
「おい、ほんとにこれが正解なのか?」
勇者が剣で色んな邪魔なものを払いながら聞いてくる。
「わかりませんよ、でも、試してなかったでしょう?」
私も拾った長めの枝をぶんぶん振り回しながら進む。
道でないところには魔王の魔力が効いていない可能性がある。
とにかく試してみなくては。
しかし、そんな私たちの試みは、無残にも打ち砕かれた。
「嘘だろ……」
またも目の前に、私のウサギ人形が現れた。
-
もう、不思議を通り越して気持ち悪い。
何度も私たちの目の前に現れる人形は、もはや道標としての目的を果たさず、私たちを惑わす道具でしかなかった。
こうも私の人形が不気味に見えるとは思わなかった。
「もともと不気味な形状をしているぞ」
うるさいな!!
「とにかく、この方法は得策ではなかった、と」
次の策を考えないと。
私は勇者のために、この状況を打開できる頭脳を披露しないと。
そういえば……
-
「あ、そういえば、私、夢の中で誰かの声を聞いたんですよね」
「誰かって、誰だ?」
「それが、なんかもやがかかっているみたいで、よくわからないんですよね」
なにか、ヒントをくれた気がする。
どんなヒントだったっけ?
「その魔法ではだめだ、とか、正しい道に目を向けろ、とかなんとか」
そう、その魔法ではだめだと言われた気がする。
その魔法とは、【土砂崩れ〜る】のことだろうか?
これがないと、今日土壁から脱出できなかったはずなのだが、ほかの魔法が必要ということ?
「ほかの魔法って、つまり、もう一回寝直すってことか?」
「それにしても、正しい魔法がなんなのか見当がつかないのに寝ても仕方ないような……」
-
二人でうんうん考えた。
この状況を打開できそうな魔法。
もしかしたら、まだ使ったことがない魔法かもしれない。
もしかしたら、私がまだ使えない魔法かもしれない。
でも、今まで使った魔法のうち、この森を抜けるために使えそうなのは……
「あ!! 【よく燃え〜る】はどうでしょうか!!」
「却下だ!!」
「ど、どうしてですか!!」
「おれたちまで焼け死ぬだろうが!! それにあの坊さんも燃やすつもりか!!」
-
「あ、そういえばあれがあるじゃねえか、ほれ、あの」
「えーと、【風立ち〜ぬ】だっけか」
自分で言ってから勇者は、露骨にいやそうな顔をした。
「空から、森を越える、っての、うん、どうかな」
もごもごとつぶやく。
あまり空の旅はお好きではないようだ。
でも、そのアイデアは行けそうな気がした。
「それ、いいかもしれません」
「あ、でも、ほかの案も……」
「では、その夢が見られるまで、寝ます!! おやすみなさい!!」
勇者の言葉も聞かず、私は指輪を額にかざした。
-
―――――――――
――――――
―――
「きた!! きましたよ!! 風の魔法!!」
何度目かのトライで、私は狙い通り【風立ち〜ぬ】の魔法を夢に見ることができた。
荷物を背負い、出発の準備をする。
「う……やっぱりやるのか」
勇者はまだいやそうな顔をしている。
荷物を背負うスピードも、心なしか遅い気がする。
でも、これで魔の森の上を通って、先へ進めるかもしれない。
「何事も試してみないと!! ほら、行きますよ!!」
私は脳内詠唱を始める。
勇者と手をつなぎ、風を生む。
「風、立ち〜ぬ!!」
-
……
「うわぁ! 上空はなんだか空気がきれいですね!!」
私は、森の中がいかに邪悪な魔力でいっぱいだったかを思い知った。
森の中ってのは、普通空気がきれいなものだが、ここに来るとそれが汚れていたことを知った。
「そうか? おれにはわからん、よくわからん、違いが」
早口で勇者が言う。
足元に気を取られて、焦っている。
怖がっている。
空の旅が慣れないのだろう。
私も、慣れてないけど。
「どっちですか? あっちですか?」
「バカ!! そっちは来た方向だろうが!! 山見てわかるだろ?」
「え、じゃあ、こっち?」
「森を越えるっつってんだろ!! そっち行ったら戻るだろ!!」
-
ぎゃあぎゃあ言いながら、ようやく地面に降り立った時は、心地よい疲労感で満たされていた。
勇者はへたり込んでいた。
「……」
「どうしました?」
「……」
「酔ったんですか?」
「……」
「吐きますか?」
「……」
「飲み込みますか?」
「うるさいよ」
-
空の旅ってのは早くて便利だけど、あまり得策ではない。
今回みたいに魔の森を抜けるのには役立ったし、湖を越えたこともあるけれど、まだまだコントロールが難しい。
自分たちにもダメージが少なからずあるし、魔力の消費も大きいし。
なにより、まだ私は自在に夢を見られない。
「さ、先へ進みましょ♪」
私たちは歩いて次の村を目指す。
「もうちょっと休んでから……」
「もう! 情けないですね!」
これくらいが、私たちにはちょうどいい。
-
8章まで終了です
ではまた ノシ
-
なんかね
昔のグルグルのエンディング曲ふっと思い出すんだよこのSS…。
-
【Ep.9 けんそうに ふる たいよう】
その城壁は、今まで見た中で、一番大きかった。
そして、一番怖かった。
「なんか、入っちゃだめな雰囲気ムンムンじゃないですか?」
「……そんなことないさ」
「あ、そんなこと言って、勇者様もちょっと怖気づいてるじゃないですか」
「そんなことない」
「ほら、甲冑着た門番さんが、こっち威嚇してますよ」
「お、お前先行け」
「なんでですか、いやですよ」
-
ガシャン!
ガシャン!
甲冑の門番が行く手を阻む。
「旅の勇者だ、王にお会いしたい」
勇者が緊張しながら門番に言う。
特に用もないが、これだけ大きな城だ。
きっと有益な情報や、旅の助けになることがあるはずだ。
しかし、門番はなにも言わない。
反応がない。
-
「あの、薬草や食料が少し足りないんです」
「ここで少し補給させていただけたら嬉しいんですけども」
私も合いの手を入れてみたが、反応がない。
なにか入城のための暗号でもあるのだろうか。
大きな槍と斧を交差させて、門番さんは黙って私たちの行く手を阻んでいる。
-
その時、橋の向こうの門から、声が聞こえてきた。
「あんたら、この城になんの用だい!?」
それは威嚇ではなく、私たちに尋ねる言葉だった。
ただ少々距離があるので、大声になってしまうのは仕方ないことなのだろう。
「旅の勇者です!! この城の王にお会いしたい!!」
勇者も負けじと叫ぶ。
長い橋の向こうの誰かに聞こえるように。
「勇者か!! 勇者!! そりゃあいい!!」
「じゃあ、その門番を倒してみろ!! バラバラにするか、堀に落とせばお前たちの勝ちだ!!」
-
堀に?
確かに橋がかかっている堀が周囲にある。
でもこんな深いところに落としたら、門番さん、死んじゃうんじゃ?
私は、そっと堀の方を覗いてみた。
「……勇者様、なんか、魔物がいます」
「あん?」
「お堀を元気に泳ぐ、なんか狂暴そうな魔物がいます」
「げげ」
「数え切れないくらい」
「げげげ」
-
「こいつらを倒したら、城に入れてくれるのか!?」
勇者がまた叫ぶ。
「ああ!! 手加減すんなよ!! お前たちが堀に落ちたら死ぬぞ!!」
門からまた声がする。
言葉は荒いが、女性の声のように聞こえる。
いったい誰だろう?
「よし、じゃあ、やるか。まだやれるだろう?」
勇者が私の頭に手を乗せる。
この城の付近の魔物はとても強かったが、私たちはまだ戦える元気がある。
「はい!! ちゃちゃっと無力化しましょう!!」
「おっしゃ!!」
-
千年の眠り。
ひとかけらの恐怖。
罵倒と罵声、削られる精神。
張りつめた糸の千切れる音。
時満ち足りて崩れ落ちる背骨。
【夢魔法 弱くな〜る】
私は【弱くな〜る】の魔法を、勇者の剣に向かって放った。
ぶうん、と剣が淡く光り、私の魔力を纏う。
「どんなに鎧が固くっても、こいつの魔力よりは弱いだろう!?」
―――ガシュッ!!
一閃!!
勇者の剣が、鎧を裂く!!
-
「おりゃ!! もういっちょ!!」
―――ガシュッ!!
―――ガランガラン!!
門番さんたちの鎧が崩れ落ちた。
そして、中の体が露わに……
ならなかった。
中は空洞だった。
「あれ?」
-
「なんだこいつら? がらんどうじゃないか」
「魔物か?」
勇者はガンガンと、転がる鎧を蹴っ飛ばしている。
一瞬で勝負はついたようだが、相手が何者かよくわからないうちに終わってしまった。
私も、ポカンとしている。
-
「おぉっ!! やるじゃないか!!」
「OKOK、渡ってきな!! 門を開けてやるよ!!」
そう声がした。
私たちは空洞の鎧に戸惑いながらも、橋を進んだ。
「あれ、魔物でしょうかね?」
「ううん、そんな気もするが、普通に城を守っているのは、おかしい気がする」
「ここがそもそも、魔物の城であるとか?」
「……その想定はしてなかったな」
-
告白して玉砕の日々だったワイが目当ての可愛い女子をゲットできた方法がコレ。
野口英世2枚弱で買えるからやってみろ。
ttp://urx2.nu/D8Ur
-
門に近づくと、上の除き窓から女性の顔が出ているのに気が付いた。
「あっはっは、勇者ってのは伊達じゃないみたいだね!!」
「試すような真似をして悪かった!!」
「すぐ開けっから、ちょっと待ちな!!」
そういうと、顔がすっと引っ込んだ。
そして、ギギギ、と音を立てて門が開いた。
「引き返すなら、今のうちだが」
「もう開いちゃいましたから、観念しましょ」
-
門の向こうには、広い石畳と、町並みが見えた。
「ようこそ勇者様、我らが城へ」
「ここは女王が統治する要塞、と、その城下町さ」
門番(?)の女性が招き入れながら言う。
門の横には、先ほど倒した甲冑の門番と同じ格好をした人たちが、ずらりと並んでいた。
だけど、微動だにしない。
もしかしたら、この人たちも、空洞かもしれない。
「あー、門番さんよ、聞きたいことが色々とあるんだが」
「悪いね、あたしは下っ端なもんで、大したことは言えねえ」
下っ端と言いつつも、しっかり武装をしているし、女性とはいえすごく引き締まった筋肉をしている。
私が戦ったら、すぐにのされてしまいそうだ。
「案内はそいつらがするから」
門番の女性が顎をしゃくった先には、赤い帽子と青い帽子の、なんだか道化みたいな二人組がいた。
-
「ようこそ、我らが城へ」
赤い帽子の男が言う。
「ようこそ、我らが城へ」
青い帽子の男が言う。
ていうか、おんなじこと言うならハモりなさいよ。
なんで分けて言うのよ。
「城下町でお買い物ですか?」
「それともお食事ですか?」
観光か!!
旅の勇者だって言ったでしょ!!
-
「王にお会いしたい」
「旅に有益な情報、食料、それから旅の用意を調達したい」
「可能なら何日か滞在したい」
勇者が簡潔に言う。
後ろを見ると、門番の女性がまた門を閉めていた。
そういえば、橋の向こうの二人は、あのままにしておいていいんだろうか?
「二人」とカウントするのかどうかも、怪しいんだけれど。
-
「では、どうぞこちらへ」
「まず女王にお会いしていただきましょう」
道化の二人は、すたすたと道をまっすぐ進んでいく。
着いて来いということらしい。
私はちょっと一休みしてお茶してからでもいいかなーなんて思っていたが、もう、すぐにお城に向かうみたいだ。
……お城、だいぶ向こうに見えるけど。
「遠いですね」
「遠いな」
「これ全部囲ってる城壁があるってことですよね」
「今まで見た中で、一番でかい城だ」
「同感です」
-
道はまっすぐだったが、かなりの距離を歩く必要があった。
城下町はとても栄えていて、絶えず人の声が聞こえていた。
私は、店先に出ている果物や可愛らしいアクセサリーや、服やお茶やご飯のにおいを我慢するのに苦労した。
「おい、よだれ」
「おい、まっすぐ歩け」
「おい、そんなもん買う金がどこにあるんだ」
「おい!! 前向いて歩けって!! 幼児か!!」
-
私は、町並みを見ながらあることに気が付いていた。
「勇者様、この町、石ばかりです」
「ああ、おれもそこが気になっていた」
店も、家も、道も、みな石でできていたのだ。
木造の建築物が、ほとんどない。
緑はそこかしこにあるものの、なんだか堅苦しい印象を受けた。
「それは、また女王からお話があるでしょう」
「この町は、難攻不落の岩石要塞でございますから」
道化さんたちが言った。
岩石要塞。
確かにそんな印象だ。
-
堅い守りの城下町、女王、道化師みたいな案内人登場です ノシ
-
いやもうほんと乙。
読みやすくてたのしいし魔道士チャンはかわいいし勇者もほどよく好青年で乙。
次回もたのしみにしてる。ノシ
-
おつ!
ドラクエっぽいのに、なんかFFっぽい雰囲気もあるな
-
……
「お前たちは下がってよい」
女王の間には、きらびやかな装飾があるかと思っていたが、ここもなんだか堅苦しかった。
勇者とともに通された間で、私たちは女王様の話を聞くことができた。
「長旅、ご苦労様でした」
「この町で、ゆっくりと休むといいでしょう」
「いきなり試すような真似をして申し訳ありませんでしたが、この城のしきたりでしてね」
そう話す女王様は、椅子にふんぞり返って統治するというよりも、戦の前線で今すぐにでも戦えそうな格好をしていた。
顔はにこやかだが、鋭さと厳しさも持ち合わせている。
私には、あの表情は真似できそうにない。
-
「ここらの魔物はとても強いから、このような格好をしているのです」
「私がここから一歩も出ず、指示だけ出すような横着者だったら、この城はここまで発展しなかったでしょうね」
「ここはとにかく『守り』に特化した城でね」
「だから、どこもかしこも石でできていたでしょう」
なるほど。
敵からの攻撃を防ぐため、町も城も石が中心ということなのね。
では、あの門番の二人は?
あれはなんだったのだろう。
-
「私が女王だからかねえ」
「城の警備に入ろうという者は、これまた女性が多くてね」
「だから、足りない力を補うため、魔法での防御に長けた者を、防衛隊長に置いているのです」
その防衛隊長さんも、女性だそうだ。
魔法での防御、というのと、先ほどの門番さんと、どうつながっているのだろうか。
あれは魔法人形だったのか?
-
勇者がこの付近の魔物のことや、西の大陸への移動のこと、魔王城の情報などを女王様から聞き出している間、私は少しヒマになった。
いつも情報を整理するのは、勇者がやってくれていた。
私の頭では、あまり整理ができないからだ。
そのせいで勇者に迷惑をかけてしまったことも多々あった。
だけど、私は私のできることを頑張るしかない。
ヒマなので見回してみると、女王の間の壁に大きな槍がかかっているのを見つけた。
装飾も見事だが、使い込まれた様子からすると、女王様はこれを振り回して戦うこともあるようだ。
武器を使いこなす女性というのも、とても格好がいい。
私はこん棒くらいしか振り回せないから、ちょっと憧れる。
-
「今日はもう休みますか? それとも、城を案内でもさせましょうか」
「どうする?」
勇者が私を振り向いて聞く。
「わ、私、あの門番さんのことをもっと知りたいです」
あれがもし魔法で動いていたのなら、とてつもない魔法だ。
しかも、あの女性の門番さんが防衛隊長ということではないだろう。
ならば、城の中から操作していた人がいるのだろう。
それを、私は知りたいと思った。
「よろしい、では我が城の防衛隊長を紹介することにしよう」
女王様はパチンと指を鳴らした。
それは女性には珍しいしぐさで、これまた格好いいなと感じてしまった。
そそくさと、道化の二人組がまた現れた。
-
「隊長殿は、訓練場にいらっしゃいます」
「部下の指導をしておられる時間です」
入り組んだ廊下を歩きながら、道化さんが説明してくれる。
ここもすべて石でできている。
少し暗くて怖いが、ちょっとやそっとの火では落とせそうにない城だ。
私たちが来たことはすでに伝わっているらしく、廊下をすれ違う人たちに、にこやかに会釈されることが多かった。
「やっぱり勇者の一行というのは、好意的に受け入れてもらっているんでしょうか」
「まあ、とんでもなく強いとは思われているだろうな」
「悪意はあまり向けられませんね」
「勇者を目の敵にするような城なら、そもそも門で追い返されているだろうな」
「あ、そうか」
-
……
「たぁっ!!」
「はっ!!」
訓練場には、戦士たちの威勢のいい声が響いていた。
「いやぁっ!!」
「うぁぁっ!!」
誰も彼も、武器を振り回し、立ち回り、恐ろしいスピードで動いている。
ひゅんっと風を切る音が心地よい。
そこにいたのは、全員女性だった。
-
「ああ、あなたが勇者様ですね」
いち早くこちらに気付いた女性が、訓練を止めた。
あの人が「防衛隊長」さんだろうか。
背が高くてとても格好いい。
長い金髪と鎧が、アンバランスなようでいて均衡が保たれている。
「ようこそ、我らが城へ」
「見学でしょうか?」
みんな興味深そうにこちらを見ている。
これだけの視線が集まると、ちょっと怖い。
「お招きありがとう」
「こいつがね、ちょっと魔法に興味があるっていうものだから」
「門のところで動いていた、あのがらんどうの鎧の戦士は、誰が動かしていたのかな、と」
-
勇者はさすがに、私の興味を正確に汲み取っていてくれていた。
私の代わりに、すべて聞いてくれた。
「ああ、あれですか」
隊長さんは微笑んで、こちらに話しかけてくれた。
「あれは私の遠隔魔法で動いている、鎧人形です」
「あ、あの、何体くらいいるんですか?」
「ちょうど百です。でも、毎日百体動かしているわけじゃないけれど」
「ひゃ、ひゃく!?」
驚いた。
もしかしてそこら中に配置されているのだろうか。
門の向こうの二体を倒しても、百体が集まって来ればきっと勝てなかっただろう。
-
私のそのリアクションがおかしかったのか、みな笑った。
「あなたは魔道士? 勇者様の一行なのだから、あなたにも立派な魔法があるのだと思いますが」
「あ、はい、夢魔道士です」
「夢魔道士?」
「えっと、夢に見た魔法が使えて、えっと、たとえば今日は弱体化の魔法なんですけど」
「へえ、世の中には珍しい魔道士さんもいるのですね」
-
「この方の魔法を勇者様の剣に纏わせておられました」
「鎧人形がいとも簡単に斬り裂かれました」
「そう、まるでゼリーのように」
「ゼリーのように!」
道化さんたちが報告している。
掛け合いがなんだかおかしい。
「へえ、あの鎧を斬り裂いた、と」
隊長さんも感心している。
-
「よし、せっかくだから、ちょっと魔法を見せてくれませんか」
「あなたに素質があるなら、私から伝授できるものもきっとあるだろうから」
いつの間にか、訓練場に鎧人形が入ってきていた。
いったいどこから来たのだろう?
「この鎧人形を相手に、立ち回りを見せてもらえませんか」
「ここで鍛錬している者たちは、まだまだ新入りなもんだから」
まあ、人間に斬りかかるよりは鎧人形の方がためらわずに済む。
「橋のところでやった感じでいいですかね?」
「ああ、それでいこう」
勇者がガチャリと剣を抜く。
-
「弱くな〜る!!」
ぶうん、と魔力を放出。
勇者の剣に向かって放つ。
淡い光が訓練場の暗い室内を照らし出す。
「さ、いつでもどうぞ」
くいくい、と勇者が手招きする。
門のところであっさり二体倒したものだから、余裕の表情だ。
「さあ、お手並み拝見といきましょう」
隊長さんがにやりと笑うと、鎧人形が襲い掛かってきた。
とんでもないスピードで。
-
―――ガキィン!!
「どわっ!! なんだこのスピード!!」
―――キィン!!
鎧人形の持つ斧が、床に打ち付けられる。
「速い速い速い!! 門番の比じゃねえぞこれ!!」
―――ガキィン!!
とは言いつつも、勇者は身軽に斧を避け続ける。
口ではふざけていても、目は鋭く鎧人形を見つめたままだ。
あの黒龍と戦った時から、勇者は「回避」に意識を集めるのを怠らなかった。
「門のところの鎧人形は、私の目が届きませんからね」
「だけど、目の前で操れば、これくらいのスピードは出せるんですよ」
-
「はっ!!」
―――ガシュッ!!
勝負は一瞬でついた。
門の時と同じく、勇者の剣が鎧を切り裂いた。
今回は中に人がいないこともわかっていたから、ためらいなく真っ二つにしていた。
これが人間だったら、こんなに踏み込んで斬れないだろう。
その鮮やかな一閃に、私の体はぶるっと震えた。
残念ながら胸は揺れなかった。
-
「ほぉぉ、お見事」
パチパチパチ、と周りから拍手が起こった。
「妙な魔法ですね」
「こんな細身の剣で、鎧人形を真っ二つにするとは」
私の攻撃魔法は、勇者の剣を痛めつけてしまう。
だけど、【弱くな〜る】は剣への負担が少ない。
ここ数日の旅で、私たちはそれに気付いたのだ。
そして、この魔法剣は楽に戦うのにもってこいだということが分かっていた。
-
「わ、私は立ち回りが下手です」
「勇者様にご迷惑ばかりかけています」
「だけど、場に合った魔法で、勇者様の戦いを楽に進められるように、サポートします」
ぎゅっとローブの端を握る。
私の魔法は、隊長さんを失望させなかっただろうか。
勇者の一行のわりに、しょぼいな、なんて思われなかっただろうか。
「素晴らしい魔道士と勇者に拍手!!」
隊長さんの号令に、大きな拍手が起こった。
私はびっくりして、隊長さんを見つめてしまった。
-
「わ、私の魔法、期待外れではなかったですか」
「そんなことありません」
「で、でも、火とか氷とかでバーン! の方がよかったんじゃないか、って不安で」
「いやいや、これは十分驚異の魔法です」
その証拠に、と隊長さんは周りの女戦士たちを見回して言った。
「この勇者様たちがこの城を攻めてきたと考えてみろ」
「鎧人形も、石の城も、いとも簡単に斬り裂かれていただろう」
「そう、それこそ……」
道化さんたちがババッと前に出てきて嬉しそうに言った。
「ゼリーのように!!」
「ゼリーのように!!」
「そう、ゼリーのように、だ」
-
私たちは、好意的に受け入れてもらえたようだ。
みんな、にこやかに話しかけてくれるようになった。
そこには、「こいつらが敵でなくてよかった」という安心感も、少しあったに違いない。
「勇者様、このお嬢さん、ちょっと借りますね」
隊長さんは私を訓練場から連れ出し、城の中の広場に案内してくれた。
「勇者様、もしまだ元気があれば、この子たちに立ち回りを教えてやってほしいのです」
「この城の基本は、盾での防御なのですが、あなたみたいにうまく回避できれば、それに越したことはないですから」
勇者は快く引き受け、訓練場に残った。
女戦士たちのきゃいきゃい言う雰囲気が、ちょっと気になったけど。
-
強い魔道士との出会いは、実は初めて?
ではまた ノシ
-
大量更新乙。
次回もこのアドレスで、ドリームマジック
【 承認!】
-
広場で私たちは、魔法について熱く語りあった。
「私は内なる魔力を練るよりも、空気中から生成する方が性に合っているようでね」
「あ、私はどちらかというと、自分の魔力を指輪で増幅して練り上げるタイプですかね」
「ほう、その指輪は?」
「母の形見です。眠りの指輪といって、私がこれで眠ると必ず夢を見るんです」
「なるほど、それで昨日はあの、弱体化の夢を見たと」
「ええ、そういうことです」
-
「前に【弱くな〜る】を使った時は、魔物相手じゃなくて酒場の酔っ払い相手だったんですよ」
「酒場の酔っ払い……ね。絡まれたのですか」
「ええ、そうなんです。だから椅子の足を壊して転げさせたり、酒瓶の硬度を弱めて割ったりしました」
「なんと! そんなことまでできるのですか……」
隊長さんは私の言葉に驚いていた。
酒瓶や椅子の足に限定して魔力をコントロールすることは、かなりの鍛錬がいるはずだ、と。
それから柔軟なイメージ力、剣に纏わりつかせるコントロールも、褒めてくれた。
「やはり、勇者の一行ともなると、素晴らしい魔道士が帯同しているものですね」
「少し侮っていました、申し訳ない」
隊長さんは、きらめく金髪を揺らして、深々とお辞儀した。
女性としても、戦士としても、とても素敵だと思った。
-
それにしても、私はそれほどの魔道士なのだろうか?
まだまだ未熟だと思うし、くぐった修羅場なんかは隊長さんの方が多いだろうに。
「それはきっと、指輪の効力が大きいでしょうね」
「指輪の?」
「そう、夢を見るという制限がブーストになり、あなたの実力以上のことが可能になっているのでしょう」
「じゃあ……私の実力は夢を見なかった時の魔法程度ってことですか?」
「どうかな、指輪は魔力を増幅させるといわれるけれど、あなたに素質がなければ、指輪は応えてくれないはずですよ」
-
それから私たちは、魔法を披露しあった。
鉄の盾を弱体化させると、私が軽く触れただけでぐにゃりと曲がった。
許可を得て隊長さんを「日光に弱く」してみると、とたんに隊長さんはぐらりと倒れ込んだ。
すぐに日陰に避難させたけど。
「あーいかん、くらくらする、鍛錬が足りんな、あー」
「すみません、お水どうぞ、10分くらいで元に戻りますからね」
隊長さんの遠隔操作は、鎧人形に限らなかった。
剣に意思を持たせたように、あり得ない動きで宙を舞わせたり、木のつたに私を捕縛させたりした。
ぎゅっと縛られると、ちょっと妙な気分になった。
「あうっ」
「ふふふ、カラダを封じれば妙な魔法も出せないでしょう」
隊長さん、すごいイキイキしてた。
-
鎧人形の扱い方も詳しく教えてくれた。。
対象の物体と同じ大きさ、同じ形に魔力を練り上げ、ぴったり重ねる。
隅々まで意思を通わせる。
自分の意識とシンクロさせる。
そして、簡単な指示を与える、らしい。
「百体に、ずっとそんなことをしているんですか?」
「いえ、普段は休ませてあります」
「じゃあ、いざというときには……」
「ええ、百体みんな、出撃しますよ」
すごい。
それはとてつもない魔力量と、コントロール技能だと思う。
門番の二体よりも、勇者が訓練場で戦った鎧人形の方が早くて強かったけど、あれは……
-
「ええ、もちろん自分の目の前で動かせば、細かいこともできますし、手で操ればもっと、ね」
あれよりももっと早くなるのか……
もし私の使える魔法がもっと使い勝手の悪いものだったら、勝てていただろうか。
たとえば【風立ち〜ぬ】とか【神鳴〜る】だったら、効果がなかったかもしれない。
「もし門番を無理に倒して侵入しようとする輩がいれば、私に連絡が入ります」
「あ、あのずらっと並んだ鎧人形さんたちが……」
「そう、私の操作で暴れ回ります」
わあ、それは怖い。
無理に入らなくて、ほんとによかった。
-
「あれ? あの鎧人形は、もし倒すとしたら、どうすればいいんでしょうか?」
今回は弱体化魔法が相性よく、勇者の剣で斬り裂くことができたけど、魔法でも倒せるのだろうか。
もし魔法が効かないなら、訓練場の腕試し以前に、私たちは城にすら入れなかったかもしれない。
「元の形をイメージしているのでね、形が大きく変わってしまったら魔力が霧散してしまうのです」
「形が?」
「ええ、ちょっとへこんだり、兜が落ちたりするくらいなら大丈夫ですが、真っ二つにされるとさすがに復活させられません」
「あ、すみません……」
「いやいや、勇者の一行の実力がはっきりわかったのです、あれくらいなんとも」
-
操作系の魔法を教えてもらえたら、すごく旅の助けになると思った。
だけど、これは一般的に普及している魔法ではなく、隊長さん独自の魔力のコントロールだった。
私が「夢を見て現実にする」という魔法の使い方をしているのと同じようなものだ。
だから私にはとても扱えない。
「もし明日時間があれば、あなたの助けになるような秘伝の魔法をお教えしましょう」
「え!? ほんとですか!?」
「ええ、勇者様の旅の補助をするのは、人類の務め」
そして、隊長さんは意味深な笑みを寄越した。
-
……
訓練場に戻ると、勇者が汗をかきながら女戦士たちに体さばきを教えていた。
「肩の開きが早い!! 目線だけ向けて、ぐっとこらえろ!!」
「踏み込みが弱い!! もう一歩前だ!!」
「体重は両足に均等にかけろ!! 片方に体重を預けてるとそっちからの攻撃に対応できねえって!!」
「そう!! それだ!! もっと早くできるぞ!!」
訓練場はすごい熱気でいっぱいだった。
誰もが勇者の言葉を聞いて発奮している。
勇者もすごく指導に熱が入っているし、指示がうまくいくととても嬉しそうにしている。
「なかなか熱血ですね、あなたの勇者様は」
隊長さんが私にだけ聞こえる声でつぶやいた。
-
「勇者様、初対面の人たちに指導する言葉遣いじゃなかったと思うんですけど」
指導が一区切りしたころを見計らって、一応くぎを刺しておく。
「お、おお、そうか。すまん、こいつにいつも言ってるみたいな感じでやっちまった」
はは、と無邪気に笑う勇者。
でも、それを不快に思っている人は一人もいないみたいだ。
勇者の周りを取り囲む女戦士たちは、みなさわやかな笑顔だった。
「いやあ、しかしさすがのメンバーだ。飲み込みの早いこと早いこと」
勇者はすごく嬉しそうに言った。
「どこかのおっちょこちょいのどんくさい魔道士様とは一味違う」
そう言ってこちらをにやにやと見つめる。
私はほっぺたがぷーっと膨らむのを感じた。
-
「おやおや、勇者様は女性の扱いは不得手と見える」
「でっしょお!? いっつもあの人、私の扱い悪いんですよ!! この間も……」
私の愚痴を隊長さんは笑って聞いてくれる。
勇者も女戦士さんたちも笑って聞いている。
とても素敵だ。
とても素敵な空間だった。
ここでしばらく暮らしたい。
そう思えるほどだった。
-
夕食を城の食堂でいただいた後、隊長さんが手配してくれていた町の宿に泊まった。
「好きなだけ滞在してくれていいし、必要なものがあれば言ってくださいね」
なにからなにまでお世話になっている。
申し訳ないと思う一方、それを恩返しするには、なにより魔王討伐が一番だと実感した。
「わー、ベッド広いですよー」
「あんまバタバタすんなよ」
「えへへー」
「ゴロゴロもすんなよ」
私たちは、これからのことを話しあった。
泊めてもらえる恩もあるから、ここのためになることをしようと。
たとえば今日みたいな、立ち回りを教えたり、魔法の交流をしたり。
自分たちのためにもなるし、城にも還元できることを。
-
「隊長さん、魔力のコントロールがすごく上手でしたから、【強くな〜る】とか使いこなせそうですけどねえ」
「ああ、それを戦士たちに使えば、攻め込まれた時にも役立ちそうだな」
「門の耐久力を上げてカチンコチンにしてしまうというのもいいですね」
「ああ、あれな、物体にも使えるのか」
「できるはずですよ?」
それから、町に出て日持ちのする食料や、旅の道具を調達しないとな、と話しあった。
薬草や調味料、それからテントのための丈夫な布やロープも傷んでいたので新しいのがほしいところだ。
「ま、明日一日使って、整えようぜ」
そう言って勇者はベッドに潜り込んだ。
私も、今日の疲れをとるべく布団をかぶった。
-
では、また ノシ
-
エタらないで、続けてくれて、ありがとう乙。
楽しみにしてる乙。
-
読んでくれてありがとうございます
ちゃんと完結させまっせー
-
いつも楽しみにしてます
-
読んでてわくわくする
ずっと続けて欲しい
-
―――
――――――
―――――――――
真っ黒な石垣。
どこもかしこも、石、石、石。
空から魔物が舞い降りてくる。
大きな口を開けて。
私はすっと手をかざす。
―――ゴォォッ
燃え盛る火炎が、魔物を包み込む。
しかし、火が収まると魔物は傷一つなくそこに佇んでいた。
大きな口を開けて。
勇者の姿はない。
斬り裂いてもらえたら心強いのに。
―――ゴォォッ
やはり、魔物は口を開けて平気そうな顔をしている。
―――――――――
――――――
―――
-
ガタガタッ
「ひゃっ! 何事ですか!?」
強い揺れに身を起こした。
勇者が揺らしたのかと思ったけど、勇者は隣のベッドの中にちゃんといた。
じゃあ今の揺れは?
「魔物の襲撃らしい。 急いで出るぞ!」
勇者はいつにもなくすっきり目が覚めているようで、ちゃっちゃと鎧を身に着けると剣を背負った。
私も急いでローブとマントを着込み、勇者とともに宿を飛び出した。
-
空は赤く染まっていた。
そこかしこで火が上がっている。
しかし、石ばかりで燃えることはないはずなのに?
「これはきっと、防衛軍の起こした火だ」
「どうしてわかります?」
「この城を攻めようとするやつが、火を使うとは思えない」
「あー、なるほどお」
町の人は誰もいなかった。
民家に閉じこもっているのだろう。
女戦士さんたちが戸締りをチェックしながら走り回っている。
-
「さすが防衛に特化した町だな」
「誘導がとても速かったんでしょうね」
「しかし、魔物はどこから入ったんだ?」
「空じゃないでしょうか」
「空か……それは確かに防ぎにくい」
「だけど、中に入られても町を守れるような作りになっていますね」
「想定済み、というわけだな」
私たちは走りながら、この町の作りに感心していた。
石ばかりというのもそうだが、道に無駄なものがほとんどない。
これはとても戦いやすい。
また、建物の屋根も平坦なところが多い。
きっと走り回りやすく作ってあるのだろう。
-
さらには広場が多い。
普段は催しごとがあったり、商店が立ち並んだりするのだろう。
魔物が入り込んでも囲んで捕らえたり倒したりしやすい作りになっている。
「こりゃあ、防御力が高そうないい町だ」
「同感です」
女戦士さんたちは火を掲げ、盾や剣を持ち、魔物の残党を探し回っている。
鎧人形たちも、等間隔に配置され、次々と魔物たちを狩るべく動いている。
「せっかくお招きいただいたんだ、町の防衛に一役買おうぜ」
「了解です!」
私たちは一番近くの広場に飛び込んだ。
-
広場の中心には、見た覚えのある魔物がいた。
ぬめり気のある体、小さな羽、大きな口。
「あ! あいつら、魔の森にいたやつらじゃないか?」
「ほんとですね、リベンジですね?」
「おれたち負けてないだろ!」
「魔物目線で言ってみたんですよ!」
「じゃあおれたちやられるじゃねえか!!」
「やられませんよ!!」
ぎゃあぎゃあ言いながら、私たちは魔物たちの前に躍り出た。
今日の夢は火だった。
【よく燃え〜る】の出番だ。
だけど、ちょっと夢の内容が気になっている。
-
「さっき夢見たか? なんの夢だった!?」
「火です!」
「じゃあ個人戦だな! 死ぬなよ!!」
「お互い様です!!」
千年の眠り。
ひとかけらの紅玉。
天秤にかけるは火薬、壁に隠すはガマ油。
空駆ける龍尾と舌の上の血溜まり。
時満ち足りて黒炭の棺。
【夢魔法 よく燃え〜る】
―――ゴォォッ
-
まず右手、それから左手。
二つの火球を作って、間合いを取る。
魔物は、戦士たちからこちらに目線を移した。
「ガァァァアアア……」
涎をびちゃびちゃと垂らしながら、口を大きく開いている。
「はっ!!」
私はその口めがけて、火球を思いっきり放り込んだ。
―――ボシュッ!!
-
「!?」
火球が掻き消えた。
魔物は平気な顔をしている。
「ガァアア……」
もっと来い、と言っているようだ。
もしかしたら、火が効かないのかもしれない。
これはまずい。
今私は、【よく燃え〜る】しか使えない。
―――ザシュッ
後ろでは勇者が軽快に魔物を斬り裂いている音がする。
―――ザシュッ!!
魔物の断末魔らしきものも聞こえる。
-
「ゆ……」
勇者様、こっちのも斬っちゃってください。
そう言おうとして躊躇った。
だめだ、こんなところで勇者に全部片付けてもらっては、だめだ。
私だって勇者の一行なんだ。
隊長さんにも魔法を褒めてもらったじゃないか。
なんとか私の魔法で打開できるように、考えなければ。
「ええい、一個効かなかったからって、諦めるんじゃないわよ、私!」
まず炎が効かないのか、魔法が効かないのか、それを確かめなければ。
-
私は女戦士さんが持ってきていたらしき松明を一つ拾い上げ、魔物の方に投げてみた。
「ガッ」
魔物は嫌がって避けた。
火は怖いらしい。
ということは……
「円、円、円のイメージ……」
私は魔力を火球にするのではなく、大きな輪を作るようにイメージしてみた。
「はっ!!」
―――ゴォォォォォォオオオオオオッ
魔物を取り巻くように火の円で包み込む。
「ガァァアアッ!!」
うふふ、嫌がってる。
成功ね!
-
しかし、それでもだめだった。
がぱっと開けた大きな口で、火を食べ始めたのだ。
火を、というか私の魔力を食べているようだ。
「ガッガッガッ……」
魔物は笑っているようだ。
私の魔法が通用しない。
悔しい。
「じゃあ次の手よっ!!」
でも諦めない。
柔軟に考え、上手にコントロールし、勇者の一行らしく立派に戦ってやるんだから!!
-
乙。がんばれまどちゃん
-
「……よく……燃え〜……るっ!!」
魔力を練る。
丁寧に座標を決め、はじめは小さく、徐々に大きく。
そして、弾けさせる。
「だぁっ!!」
―――ゴォッ!!
―――バチィン!!
魔物は体内から燃え上がり、砕け散った。
「やた! うまくいった!」
-
ぴくぴく、と動いている部分もあるが、大半を吹き飛ばすことができた。
これでは生きていられまい。
私は少しほっとして、胸をなでおろした。
「い、今のは?」
近くにいた女戦士さんが怯えながら聞く。
「魔法が効かないっぽかったので、直接魔力を体内に送り込んだんです」
「魔力を消化する器官があったとしても、そうじゃない部分がきっとあるはずですから」
あの魔物は口から魔力を取り込んでいた。
だから、人間の消化器官みたいな感じで、魔力を消化する器官があると思ったのだ。
つまり、人間と同じように「消化器官じゃない内臓部分」も、きっとあるはず。
そこを狙ってみたのだ。
「そんなことが……」
女戦士さんは心底驚いたような顔をしていた。
普段魔法を使わない人たちからしたら、想像がつかないのかもしれない。
-
今日はここまで
今度は隊長さんと共闘です ノシ
-
隊長さんは魔力オンリーじゃなしに現物とセットになってるから問題なく戦えそうだが……
-
私は町中を駆けずり回りながら、苦戦している鎧人形や女戦士さんたちを助けていった。
鎧人形は槍や剣で攻撃している。これは効くはずで、問題ない。
女戦士さんたちは、剣か、もしくは毒草で戦っていた。これもある程度効果がありそうだった。
走り回っている間、誰の死体も見かけなかったが、一つ気になるものがあった。
倒れている鎧人形だ。
どう見ても「大きく形を崩された」感じはしないのに、ピクリとも動かない、それ。
もしかして隊長さんが遠隔操作を解いたのか、とも思ったが、決まって傍には戦ったであろうガマグチの魔物がいた。
だいたい女戦士さんにとどめを刺されていたが。
「戦っているガマグチがいれば、なあ」
その場を見たい。
そうすれば、対処法が見えてくるかもしれない。
-
「やあ、すみませんね、手伝っていただいて」
のんきな声が響いた。
防衛隊長さんだ。
「あれ、こんな前線に出てくるんですね」
「言ったでしょう? 私の鎧人形は……」
隊長さんが手刀を振ると、ものすごいスピードで鎧人形たちが隊列を組んだ。
こんなに、どこに隠れていたのか。
「手で操れば強くなる、と」
ビュンッ
鎧人形たちが、町中を駆け抜けた。
-
「あ、あの、隊長さん、ちょっと気になることが」
「なんでしょう?」
「ここに来るまでに、倒れている鎧人形を数体見ました」
「ええ、やられていましたね」
「妙じゃないですか?」
「なにがです?」
「鎧、崩されていませんでしたよ?」
「ふうむ」
-
「あの、私は今炎の魔法が使えるんですが、単純に火球にして放つと、飲み込まれるんです」
「ほう、火を食べるということですか?」
「いえ、火を、というよりも、魔力を。現に松明の火は怖がりましたから」
「なるほど、となると……」
私の言いたいことが伝わるだろうか?
同じ魔道士として(隊長さんは戦士っぽいけど)、考えることは近いだろうか?
-
「私の鎧人形は、相性が良くないかもしれませんね」
「魔力を吸い取るように食べるのであれば、簡単に無力化されてしまいます」
「となれば……」
「一体だけ残して、帰還させましょう」
やっぱり!
隊長さんはきっと私と同じことを考えている。
「どうして一体残すんです?」
私は一応聞いてみる。
考え方が一緒なら、私はとても嬉しくなるだろう。
「そりゃあもちろん、どうやって魔力を食べるか見てみたいからですよ」
その答えは、私の期待通りのものだった。
-
「あなたの火球を食べたときは、どんな様子でしたか?」
「えっとですね、ボシュッと音がして、火が掻き消えました」
「口の中に入る前に?」
「いえ、口に放ったのも悪かったんですが、大きな口に包まれて、消えました」
「吸収は……」
「基本全部口からです、そのための大きな口でしょう」
「そのあとは……」
「体の膨張は、ほとんど見られませんでした。身体能力が上がった感じもしませんでした」
「なるほど」
-
私は、隊長さんが私の言いたいことをしっかりと聞いてくれることに、本当に嬉しくなった。
魔道士として、勇者のサポートとして。
魔道士として、城と町の警護として。
どこを見てなにを考えるかの基準が、これほど一致するとは。
私たちは鎧人形一人を連れ、まだ大きな音の響いている広場へと進んだ。
私たちの会話を、一人の女戦士さんが聞いていたが、妙な表情をしていた。
会ったばかりの者同士が、以心伝心であることが、理解できないのだろう。
-
広場。
真ん中にガマグチがいる。
取り囲む女戦士さん、鎧人形。
「下がれ!!」
隊長さんは、全員を下がらせた。
それから、そこにいた鎧人形たちはそのまま広場を出て行った。
「ようし、色々と試してみましょう」
そういう隊長さんは、これまたイキイキとして見えた。
「まずは私の火球から行ってみましょうか」
「ええ、やってみてください」
-
「よく燃え〜る!!」
私は勢いよく火球を練り上げた。
同時に二つ。
今回は試しだ。だから最初と同じことをもう一度やってみる。
後ろで隊長さんが「……やはり妙な魔法名だ」とつぶやいていたのが聞こえたけど、無視する。
―――ゴォッ
―――ボシュッ
やはり大きな口で吸収されてしまう。
もう一球は、あえて外してみる。
「はっ」
―――ゴォッ
―――ボシュッ
側面から体を狙ったが、意外と素早い身のこなしで、食いつかれてしまった。
-
「……なるほど、そういう風に食うのですか」
隊長さんが観察している。
「では、あなたの魔法では倒せないのですか?」
「いえ、それは……」
私たちは、ガマグチから目を離さず、話を進める。
私はさっきガマグチを倒した方法を説明した。
「なるほど、やはりあなたは魔力のコントロールに長けているようですね」
褒められた。
勇者にはコントロールが甘いってさんざん言われるけど、少しは成長しているということかしらね。
隊長さんのリップサービスでないといいのだけれど。
-
「では次は私が」
そう言って隊長さんは、ずい、と前へ出た。
鎧人形が間合いを詰める。
気のせいかもしれないが、魔物は少し嬉しそうな表情になった。
ビュンッ
鎧人形の剣がうなる。
ビュンッ
ガキィン!!
ガマグチは相変わらず「らしくない」身のこなしで、それを避ける。
―――ギュゴッ!!
-
妙な音が響いた。
そして、鎧人形が崩れ落ちた。
ガラァ……ン……
「素早い」
隊長さんがつぶやく。
今、あの魔物は「鎧のわずかな隙間から」魔力を吸い取ったのだ。
かなりの早業、かつ恐ろしい能力だった。
魔の森では、そんな様子なかったのに。
「あの一瞬のスキをついて魔力を吸い取るわけか」
さて、次にやるべきことは……
「さて、まだ火球を作り出す魔力は残っていますか?」
ですよね、そうこなくっちゃ。
-
「はっ!!」
私は火球を生み出しては投げつける。
「はっ!! はっ!!」
そのたびにボシュッと音がし、ガマグチに飲み込まれる。
「まだまだ!!」
―――ゴォッ!
―――ゴォッ!
―――ゴォッ!
-
「ううむ、特に外見、能力に変化なし、ですね」
だめか。
こういう「○○を吸収する」タイプの魔物は、吸収しすぎて自滅することがよくある。
だけど、今回はだめみたいだ。
また、「吸収して体を大きくするタイプ」「吸収して強くなるタイプ」もいるが、そうでもないらしい。
「よし、こんなもんでしょう」
隊長さんのOKが出た。
もう倒してしまっていいかしら。
「最後は、私に任せてください」
-
隊長さんは、前に出てきて、ぶつぶつと詠唱を行った。
「天候魔法……ヒノヒカリ……」
そう言って手を頭上に掲げる。
すると、夜なのに、空から一筋の明るい光が伸びた。
「はぁっ!!!!」
隊長さんの手の動きに合わせて、その光の刃は魔物を焼き尽くした。
それこそ、「吸収するヒマもないくらい」早く鮮やかな一撃だった。
-
「……すごい」
隊長さんは、まだこんな切り札を残していたのか。
一国の防衛を預かる立場の人としては、当然なのかもしれない。
それにしても、すごい。
「この魔法、便利だから覚えてみる気はありませんか?」
「え?」
「明日、これを教えてあげようと思っていたんです」
この魔法を、私が使う?
それはとても素敵な提案だ。
だけど、夢も見ずにこの魔法がうまく使えるのだろうか。
-
「明日を楽しみにしていてください」
そう言い残して、隊長さんは他の場所へ行ってしまった。
戦士さんたちが戦っているところの加勢に行ったのだろう。
私のいる広場では、すでに倒した魔物の解体が始まっている。
もう、危ない場面はほとんど切り抜けたのだろう。
私も、もっと力になれたらよかったのに。
少し、物足りない気がした。
私たちは町の防衛に役立っただろうか?
私たちなんかいなくても、この町は安全だった。
勇者の一行として、それは少し情けない気持ちだった。
「いよう、無事だったな」
後ろからぶっきらぼうで優しい声がした。
-
「魔物、どれくらい倒せましたか?」
「ん? おれか? 数えてないな」
「そうですか……」
「ほれ、あらかた倒し終わったらしい。おれたちも一応行くぞ」
「行くって、どこへ?」
「隊長様のいる広場だよ」
伝令が飛び交っている。
隊長さんから指示があるのだろう。
私たちも、みんなが向かっている広場へ行くことにした。
-
「ああ、ご苦労だったな、みんな」
隊長さんが前に立ち、ねぎらいの言葉をかけている。
女戦士さんたちはきれいに隊列を組んでいる。
よく見ると、男の人も結構いるようだ。
今まで気づかなかった。
私たちは、ちょっと離れたところに目立たないように立っていた。
「戦果報告!」
次々と魔物の討伐数が報告されていく。
私たちの倒した分も計算されているのだろうか。
少しでも防衛に役立てていたのならいいんだけれど。
「よろしい! 素晴らしい活躍だった!」
-
「防衛軍以外での怪我人ゼロ!」
「死者ゼロ!」
「よくやった!」
「普段の鍛錬の賜物だ! 今後もこのような不測の事態に備え鍛錬を怠らないように!」
隊長さんの言葉が続く。
厳しそうでもあるけれど、そう称える姿は、きっと普段から慕われているんだろうなあと思わせた。
「あ、そういえば、ですね」
私は、先ほど隊長さんが魔法を教えてくれるという話を勇者にした。
「それ、夢にうまく見れるのか?」
「いや、それはどうなんでしょう」
-
「明日、聞いてみないとわかりませんねえ」
「まあ、戦闘の幅が広がることはいいことだ」
勇者は私の魔法を信頼してくれている。
さっきだって、一人前の戦闘員として私を送り出してくれた。
そして、「無事だったか」と声をかけてくれた。
だから、私は勇者のために、できることはなんでもやりたい。
さっきの隊長さんのすごい魔法も、身につけたい。
「すっごいんですよ、太陽が魔物を焼き尽くす感じで」
「太陽出てないじゃねえか」
「違うんですよ、なんかこう、太陽を召還するみたいで」
「ああ、そういや一瞬明るくなったなあ」
「それですそれです!」
-
「全員回れ、右!!」
私たちの会話は、隊長さんの言葉で途切れた。
戦士さんたちが、みなこちらを向いていた。
「我らが城のために、町のために、ともに戦ってくれた勇者様と、魔道士様に、礼!!」
その合図で、みんな一斉に、敬礼をした。
私たちは、ぽかんと立ち尽くすだけだった。
「ああ、いや、大したことはしてないので……」
勇者も、そう返すので精いっぱいだった。
-
「あんなふうに感謝されたことって、そういやなかったな」
「ですね」
黒龍を倒した時も、酒場の人たちは感謝してくれたけど、こうやって公の人が隊列を組んでお礼を言ってくれるっていうのは、珍しい。
そのあと、町を一通り見回って、私たちは宿に戻った。
少し目が冴えて眠れそうになかったので、もう一度指輪を使うことにした。
眠るまでの少しだけの時間、私は考え事をしていた。
魔の森はここからそう遠くないはずなのに、隊長さんがあのガマグチのことを知らない感じだったのが、なんだか引っかかっていた。
あの「天候魔法」というものが、とても魅力的で、だけど私に扱えるか、不安だった。
それからそれから……
明日は買い物をして、魔法を教えてもらって、それから……
私は眠りに落ちていった。
-
新しい魔法を教えてもらえるチャンス……!?
ではまた ノシ
-
まどちゃんはいい子。
さて、この魔法城塞はたして本当に魔王の拠点ではないのか?
逗留させて勇者一行の手の内を晒させる&微妙な技を教えることで力の散逸や消耗を謀るとか…
…考えすぎか(笑)。
ともあれ次回も楽しみに待ってます乙。
-
道化師っぽい二人組が魔物っぽくて怪しい
なんかFF9を思い出すな
-
……
次の日、町はなんだか浮ついた様子だった。
商店街に活気はあるものの、なんだかわざとらしい。
昨日魔物の襲撃があったから、緊張しているのかしら?
「おい、早くついてこい」
勇者が急かす。
時間はまだたっぷりあるんだから、買い物くらいゆっくりすればいいのに。
「待ってくださいよー」
私は買い込んだ食料や荷物を抱えながら、よたよたと勇者の後を追った。
-
「ねえ、勇者様、気づいていますか?」
買い物の途中、木陰で休憩しながら私は勇者に尋ねてみた。
この町の違和感に気づいているか、聞きたかったのだ。
「……妙によそよそしい気がする」
「ですよね!」
やっぱり勇者も同じことを考えていた。
「昨日よりも視線を感じるし、なんか少し感じ悪い、っつーか」
「で、ですよね!」
視線か。
そういえばそんな気もする。
私も同じように気づいていたふりをした。
-
「今日も城に行ってみて、そこで聞いてみるか、この違和感の正体」
「どうせ、あれだろ、魔法教えてもらう約束してるんだろ」
「そのついでにおれも一緒に行くよ」
そうだった。
隊長さんに教えてもらうんだった。あのすごい魔法を。
確か【ヒノヒカリ】って言ってた。
てことは、太陽光を操る魔法?
でも、日の出ていない真夜中にあれだけの威力を発揮するとなると……
もしかしたらものすごい旅の助けになるかもしれない。
勇者の私への評価がハネ上がるかもしれない。
勇者に気づかれないよう、こっそり笑みを浮かべた。
「おい、変な顔してないで、行くぞ」
気づかれていた。
-
……
「妙な違和感……ですか」
隊長さんに魔法のことを聞く前に、勇者は今日感じた違和感について隊長さんに聞いていた。
「よそ者は珍しいのかもしれないが、昨日よりも露骨に見られるような気がして、な」
隊長さんは少し考えて、言った。
「それについては……ちょっと確証がありませんが、後でお伝えしようと思います」
「後で?」
「そう、このお嬢さんに魔法を伝授してから、ね」
そして私の方を見てにやりと笑った。
-
「あ、でも、私の方はそんなに急いでもらわなくても……」
「いえ、急いだ方がいいのかもしれません」
「?」
「いえ、こちらの話です。早速始めましょう」
まあ、教えてもらえるのなら逆らうこともない。
私と隊長さんは、昨日と同じ、城の中の広場へ向かった。
勇者は勇者で、昨日と同じく稽古をつけるのだと言って訓練場へ向かった。
「あの方は勇者だというのに、偉そうなところがなくて好感が持てますね」
「そうですか? 結構偉そうな口調だと思うんですけど」
「それはあなたとの信頼関係が築けているからですよ」
「そうかなあ……」
-
「訪れた城の戦士に稽古をつけるというのは、なかなかできない芸当ですよ」
「私が過去に見たことのある勇者は、『もてなされて当然』『敬意を払われて当然』みたいな傲慢を絵にかいたような馬鹿者でした」
「はあ……そんな人もいるんですねえ」
「それと比べれば、可愛いと思いませんか?」
「……まあ、『嫌な人』でないことは確かですね」
そうか。他の勇者、か。
考えたことはなかったけれど、他にも王様に認められて旅をしている人たちがいるんだ。
旅の中で出会うこともあるかもしれない。
私よりも優秀な魔法使いを連れている勇者を見たら、ちょっと嫉妬してしまうかもしれない。
-
「さて、お喋りはこれくらいにして、昨日の魔法をお教えしましょう」
そう言って隊長さんは、昨日の魔法【ヒノヒカリ】について説明をしてくれた。
やっぱり太陽光を召還するような魔法だった。
鍛えれば真夜中でも使用可能らしい。
私がそこまでの威力を発揮できるかは不明だけど。
詠唱方法と、魔力の練り方も教わった。
隊長さんは、さすが一国の防衛隊長だけあって、指導の仕方も抜群にうまかった。
「思えばこの『詠唱』というものも、面白いと思いませんか?」
「面白い? ですか?」
-
「誰に語りかけているんでしょうね。自分ですか? それとも神?」
「さ、さあ……」
考えたこともなかった。
いつも学んだとおりの言葉を並べていただけだった。
母も、ただただ「この通り詠唱しなさい」としか言わなかった。
「魔法をつかさどる神様がいるとしたら、それは『魔王』だという気がしませんか?」
「……え?」
なんだかいやな言葉を聞いた気がする。
-
「魔法なんてものはね、魔王がこの世にあらわれるまで、存在しなかったはずなんですよ」
「そうなんですか?」
「『魔法』や『魔力』という名前自体、魔王や魔物を連想させるでしょう」
「た、確かに……」
「魔法が使える我々は、魔物の末裔だという気がしてならないんです」
「そんな……」
そんな怖い話をここで聞くとは。
でも、あり得るかもしれない。
-
「とはいえ、人類は長い間かけて独自の魔法や魔力の有効活用法を見出してきたのです」
「たとえ私たちに魔王の血が流れていたとしても、それが魔王を滅ぼすとすれば、正真正銘の人類の勝利だと思いませんか?」
そう言って隊長さんは笑った。
「私は勇者の剣ではなく、魔道士の魔法が魔王を倒すと信じているのです」
「ですから、私の伝えた魔法が魔王討伐に役立つなら、こんなに嬉しいことはありません」
私は期待されている。
勇者のサポートという形ではなく、魔王討伐の大きな一撃として、私の魔法が期待されている。
「き、きっと、私が魔法で倒します!」
-
その時、ズズンと地響きのようなものが聞こえた。
「!!」
広場に緊張が走る。
近くの戦士さんたちが隊長さんに駆け寄る。
「なんの音だ! どこからだ!」
「おそらく町の方です!」
「あ! あちらから煙が!」
町の方を見ると、騒ぎが聞こえてくる。
煙が立ち上っている場所もあるようだ。
なにが起こっている!?
私にできることは?
-
見張り台に向かうと、町の方を見張っていた戦士さんが報告してくれた。
「大通り商店街にて騒ぎが起こっています!」
「具体的な敵の姿は確認できませんが、魔物のようです!」
「住民が苦しんでいます! 倒れている人数はおよそ10!」
姿は確認できず?
住民が苦しんでいる?
もしかして。
「私に任せろ」
私が過去の魔物を思い出して対処法を思い出そうとしている間に、隊長さんが見張り台に上っていた。
-
「あなたも、早く」
隊長さんがこちらを見て手招きしている。
「先ほどの魔法の試し運転のチャンスです、急いで」
そうか。
あのときみたいな【神鳴〜る】は夢に見ていないから使えないが、【ヒノヒカリ】なら。
「は、はいっ!!」
私はローブの裾をまくりあげて見張り台によじ登った。
隊長さんと肩を並べて魔法を撃つ。
それは光栄なことであり、緊張することでもあった。
-
「さあ、いきますよ」
「はいっ!!」
先ほど教えてもらった詠唱をつぶやく。
早く、でも正確に。
天に昇るは神の眼。
濁流を飲み込み炎炎と燃え盛れ。
死者は棺に生者は炭に。
果てしなく赫く。
その名を灯せ。
【天候魔法 ヒノヒカリ】
そして手を高く掲げた。
-
―――カッ!!
空が裂かれ、光の刃が伸びる。
でも、住民を攻撃してはいけない。
町の方へ目を凝らす。
逃げ惑う住民。
纏わりつく、姿を消す魔物たち。
魔法で照らされ、おぼろげながら魔物の姿が見える。
あのときは無我夢中で海に向かって魔法を撃った。
だけど今は、多くの人の中に魔法を撃ちこまないといけない。
正確なコントロールと速さ。
住民を苦しませないため、一撃で魔物を焼き尽くす威力。
すべてを満たさなければいけない。
「はぁぁっ!!」
目を見開いたまま、指先を町へ向けた。
-
―――カァンッ!!
光の筋が魔物を貫く。
―――カァンッ!!
目を走らせ、魔物を捉える。
―――カァンッ!!
乾いた音が、光の刃に遅れて届く。
無意識に私は、10本の指をピアノでも弾くように広げていた。
「はあああぁっ!!」
-
光に飲まれた魔物たちは、どろどろと醜い姿を晒して倒れていた。
住民たちは驚き戸惑いながらも、自分たちの足元に転がる異形の者がもう動かないことに安堵しているようだった。
勇者は結局訓練場から出て来なかったのだろうか?
町の魔物はおそらくすべて倒したと思うが、安心するのは早い。
私は町の方へ目を凝らし、倒し損ねた魔物がいないか確かめていた。
ふと気づくと、隊長さんが私の方を見て目を見開いていた。
「?」
どうしたんですか、と聞こうとして、やめた。
隊長さんはただ驚いているんじゃない。
私に対する色んな感情が渦巻いていて、それを整理するのが難しい、そんな表情に思えたからだ。
例えば、そう、「恐れ」だとか「疑い」だとか。
そんな感情だ。
-
パンパカパーン! 夢魔道士ちゃんは太陽の魔法を覚えた!
では、また明日 ノシ
-
乙
-
安定と安心の乙。
ありがとう乙。
-
……
「作戦室」と札のかかった部屋で、私と勇者は隊長さんと顔を合わせていた。
結局勇者たちは稽古に夢中で、外の様子に気づかなかったそうだ。
まあ、大丈夫だったけど、私としてはちょっと不満だ。
町の一大事には駆けつけないと。
それが勇者たる振る舞いじゃないかしら?
でも思っていても言わなかった。
勇者がそわそわしているので、それで十分。
「さて、先ほど勇者様から聞かれていた『違和感』についてお話ししましょう」
隊長さんはそう切り出した。
-
「確かにこの町はよそ者に敏感です」
「ただ、ちゃんと門から入ってきた以上、それは私の許しを得ているということなので、町の者も不審がりません」
「では今日と昨日でなにが違ったのか」
「昨日好意的だった町の者が、今日になってよそよそしくなったとしたら、なにが原因だったのか?」
そこで、少し言葉を切った。
私たちの反応を待っている。
私は考えながら、昨日のことを思い出していた。
「夜中に魔物が襲ってきた?」
「そう、その通りです」
-
「でも、それは偶然で……」
「おそらくそうでしょう。私もそう考えていました」
ただ……と、言いにくそうに、隊長さんは続けた。
「魔物が襲ってきたのは、実に2年ぶりのことなのです」
「!?」
それは予想外だった。
あんなに「防御」に徹している町や城の姿を見ていたから、無意識に考えていたのかもしれない。
「ここはよく魔物に襲われるところなのだ」と。
-
「確かにここは難攻不落の岩石要塞。防御に徹する町です」
「しかしそれを知っている他国や魔物がたびたび襲ってくることはなかったのです」
「『攻めようとも思わない』という意味で、堅い守りの町だったのです」
「それが……」
その先は私もわかる。
そんな堅い守りの町が、魔物に襲われた。
「勇者が訪れた日に」魔物に襲われた。
それは確かに、住民にとって気持ちのいい出来事ではなかっただろう。
-
「あ、だから……」
だから、隊長さんはあのガマグチを初めて見たような態度だったのだろう。
わざわざ魔の森に入らなければ、出くわすこともないだろうから。
あのガマグチはたびたびこの町を襲っていたと、そう勝手に勘違いしていたのだ。
「あなたに対して、よくないうわさを流す者もいました」
隊長さんがこちらを見て言った。
「魔物に魔力を食わせ、魔物は喜んでいた、と」
「火は怖がるくせにあなたの火の魔法は食べていましたからね」
「私の鎧人形に相性のいいタイプの魔物であったことからも、『勇者の一行が魔物を迎え入れた』と考えたのでしょう」
そんな!
そう叫びたかったが、知らない者から見たらそう映ったのかもしれない。
-
「さらに二日連続で魔物が現れた」
「こんなことは、私が防衛隊長に就いてから一度もなかったことです」
「こうなってはもう言い訳は難しいでしょう」
「もちろん私はあなた方が魔物をおびき寄せたとは考えていません」
「あなた方の戦いを間近で見ていますし、人柄もこの二日で知れました」
「しかし、町の者はそうは考えてくれないかもしれない」
隊長さんは辛そうな表情でうつむいた。
私たちがおびき寄せたわけではなくても、魔物たちが勝手に私たちに寄ってきたのだとしても。
私たちは早急に立ち去らなくてはならないだろう。
-
「おれが稽古をつけていて戦闘に加わらなかったことも、悪く取られてしまうかもしれない」
「そうですね、この城の戦力をわざと割いた、とも取れなくない」
「私が昨日隊長さんに、鎧人形の倒し方を聞いたことも……」
「それに合わせて相性のいい魔物を呼ぶためだった、とも考えられる」
「私たちのふるまい、取りようによっては最悪ですね」
「この要塞を崩すための布石を打ってきたようにも見えてしまう……か」
3人とも、暗い表情でうつむいた。
もちろん私たちにそんな考えはない。
隊長さんも私たちを信頼してくれている。
でも、ここまで積み上げた悪い印象を納得して解消してもらうのは、難しいだろう。
-
「すぐ発とう、荷物をまとめろ」
「……はい」
私は宿に戻ればすぐにでも発てる。
勇者も、大した荷物があるわけではない。
買い物も済ませてある。
「申し訳ありません、こんなことになって……」
「いえ、隊長さんが謝る必要はありません!」
「世話になった。恩を仇で返す様なことになって申し訳ない」
-
隊長さんに付き添われて、私たちは女王にあいさつを済ませた。
女王は少し驚いて別れを惜しんでくれたが、やはり昨日よりも少しよそよそしいように感じた。
隊長さんが付き添ってくれているのは、私たちにとっては心強いが、周りから見たら「見張られている」ように見えるかもしれない。
なにごとも取り方ひとつで大きく変わるものだ。
私たちは憂鬱な気分で城を後にした。
「おれたちは疫病神なのかもしれんな」
「勇者様がそんな弱気なことを言わないでください」
-
門のところで、隊長さんは耳飾りを片方外して渡してくれた。
「これを」
「なんですか?」
「この先、大陸と大陸のつなぎ目に位置する『関所』があります」
そう言って隊長さんは平野の向こうを指し示した。
「そこの長をやっているのは私の兄でしてね。これを渡せばよくしてくれるでしょう」
「そんなことまで……本当に、ありがとうございます」
隊長さんには計り知れない恩がある。
魔法の伝授、町での取り計らい、そして疑わしい私たちをかばってくれた。
-
「関所を越えれば、魔王城までわずかです」
「城の近くは、とても強力な魔物がうじゃうじゃいます」
「重々気を付けて旅をお続けください」
「あなたの【ヒノヒカリ】……見事でした」
「あんな短時間であれだけものにするとは……本当に……」
隊長さんは心なしか涙ぐんでいるようだった。
私も目頭が熱くなる。
そこへ、たくさんの黄色い声が飛び込んできた。
-
「勇者様! け、稽古をつけていただいて、ありがとうございましたぁっ!!」
「また来てくださいっ!!」
「剣の腕、磨いておきますっ!!」
女戦士さんたちが、門からたくさん飛び出してきた。
むむ、頬を赤らめている人もいるぞ。
勇者はそれを少し恥ずかしそうに見つめ、
「ああ」
とだけ返した。
-
……
「いーいですね、勇者様はおモテになって」
「王様に認められた勇者様は女の子の視線を独り占めなんですねー」
私は毒づいた。
「あのお城にお姫様でもいたら、それも勇者様にくらっときちゃうんですかねー」
自分でもわかってる。
これは嫉妬だ。
醜い嫉妬心だ。
それも勇者のお供としての魔道士の力量とかそういうんではなくて、単なる……
「なんだ、やきもちか」
キーッ!!
見抜かれとる!!
-
「バカなこと言ってないで、今日中に関所に着くぞ」
「はいはい、どうせ私はバカですよーっ」
私は恥ずかしさを隠すように、駆け出した。
関所を目指して。
-
岩石要塞編終わりです
次は関所へ(短いです) ノシ
-
???「かなしいね…」
乙。
-
ラブコメ日常パートも読みたくなるな
おつおつ
-
【Ep.10 いざよいの つきに であう】
「え、衛生兵ーっ!! 衛生兵はいないかーっ!!」
勇者が関所の門をぶち壊れそうなほどの勢いで叩いている。
「誰か!! 回復魔法が使える人は、誰かいないか!!」
ドンドンドン!!
あはは、そんなに焦った声出さなくてもいいのに。
勇者たるもの、いつだって落ち着いて行動しなきゃ。
私は薄れる意識の中でそう思った。
-
……
「はぁっ!!」
びくん、と体が跳ねて、私は目を覚ました。
心臓がどっくんどっくんと脈打っている。
「あ……私……あれ?」
昨日……私たちは夜になって関所に着いて……あれ?
どうなったんだっけ?
-
そばに勇者がいてくれた。
相変わらずあきれたような顔で、私を見下ろしていた。
「この関所の所長さんに、礼言っとけよ」
そう言って、ほっとしたような表情を浮かべた。
「ったく、無茶しやがるんだから……」
背を向けてスタスタと向こうへ行ってしまった。
そういえば、ここはどこだろう?
-
しばらくして、関所の所員だという男の人が部屋を訪れた。
私はベッドに横になったまま、その人の話を聞いた。
「昨夜は、ボロボロのあなたを勇者様が引きずってこられて、いやあ、びっくりしましたよ」
「幸いうちの所長がいてくれましたから、あなたの傷は癒えましたが……」
「意識が戻らなかったものでね、勇者様がつきっきりで看病を」
そうだったんだ。
また、勇者に迷惑をかけてしまった。
お礼を言っておかなくては。
でも、それよりも先に……
-
「あ、あの、所長さんにお礼を言わせてください!!」
回復魔法の使えない魔道士の私の代わりに、私を癒してくれた人がいる。
真っ先にその方にお礼を言わなければ。
「ええ、ええ、今呼んできますので」
所員さんはバタバタと部屋から出て行った。
あわただしい人だ。
ここの所長さんは、岩石要塞の防衛隊長さんと兄妹だって言ってたけど、どんな人なんだろう。
隊長さんみたいに背が高いのかな?
金髪かしら?
男前かしら?
隊長さんと同じように、魔法が得意なのだろうか。
-
「いよお、嬢ちゃん、気がついたかい」
戸口から金髪の大男が入ってきた。
「く、熊!?」
「熊じゃねえよ人間だよ」
「し、失礼いたしました」
いくらなんでも初対面の人に向かって「熊!」は失礼が過ぎる。
私はまだ寝ぼけているのかしら?
「勇者殿が血相変えて大変だったんだから、昨日は」
「今日はゆっくり休みな、寝床はあるからよ」
-
「いえ、そんな、ご兄妹にそろってお世話になるわけには……」
確かに兄妹だけあって、背の高さ、金髪はそっくりかもしれない。
でも体格や厳つい顔は……似ていない……ような気もする。
「ん、うちの妹を知ってんのかい」
「は、はい、防衛隊長さんには大変お世話に……」
私は忘れないうちに、と、隊長さんから預かっていた耳飾りを所長さんに渡した。
ちりん、ときれいな音がして、それはごつい手に握られた。
「おう、こりゃあ珍しいこともあるもんだ」
「『左の耳飾り』とはなあ」
所長さんは変なことを言った。
「左の耳飾り」だって?
あれを見て左だってわかるのもすごいけど、それがどうしたというのだろう?
-
「あ、あの、それを渡してくれと頼まれたのですけれど、どういう意味だったんでしょう?」
「ああ、これはな……」
所長さんによると、左の耳飾りを託した冒険者は、関所で丁重にもてなせ、という意味らしい。
ちなみに右の耳飾りを託された場合は、関所で止めろ、ということらしい。
「この先は魔物も強力だし、地形もおかしなことになっているところが多い」
「ただの無法者だけじゃなく、この先に進めなさそうな冒険者にも、右を渡してるみたいだ」
ははあ……なるほど?
つまり私たちは?
「この先を進む力があるうえ、妹のお眼鏡にかなった冒険者、ってことだな」
-
「で、目指すはやっぱり魔王城かい?」
「ええ、私たちの旅の目的は、魔王討伐ですから」
私はきっぱりと言い切った。
徐々にそれが現実に近づいてきている。
私の魔法も、勇者の剣撃も、魔王に届きそうな気がしている。
だから、少し自分の言葉に自信が持てた。
しかしそんな私の自信を、所長さんが砕いた。
「回復魔法がねえのに、か」
所長さんの目つきが鋭くなった。
-
「そ、それは……」
回復魔法がないわけじゃない。
回復手段がないわけじゃない。
ただ、私の魔法は夢に左右されるし、回復薬は軽度の傷にしか効かないし。
私は言葉に詰まった。
改めて指摘されると、初歩的過ぎて恥ずかしくなる大問題だ。
「珍しいぜ、左の耳飾りをもらったやつも、ろくな回復魔法なしでここまで来たやつも」
所長さんの言葉が刺さる。
-
豪快で優しそうな大男、という印象は吹き飛んだ。
やはり重要な関所を任されているだけあって、様々な人生を見てきたのだろう。
冷静で、冷酷だ。
私みたいな小娘にも容赦がない。
「妹は見込んだようだが、おれとしてはこの先へ進むことに賛成できねえな」
「悪いことは言わねえからここで引き返せ」
「ちゃんとした回復魔法を身につけてから、もう一度来るんだな」
私はなにも言い返せなかった。
-
「おいおい所長さんよ、うちの魔道士をいじめないでやってくれないか」
突然会話に割り込んできた声があった。
戸口に、いつの間にか勇者が立っていた。
「そいつは確かに自在に回復魔法が使えないが、おれが信頼を置いている優秀な魔道士だ」
「回復できないのに優秀だってのかい?」
「おれがマヌケなケガをしなけりゃあ、回復魔法も不要だろう?」
「この嬢ちゃんはケガをしていたが?」
「そりゃあこいつがマヌケだからだ」
ん?
なんか私をかばう発言のはずが、いつの間にか悪口にすり替わっている気がする。
-
「こいつは岩石要塞の防衛隊長様の魔法も一日でマスターしちまったんだ」
「それを優秀と言わずして、なんだ?」
「まあおれは実際の威力を見ていないが、あの人の様子からして、ちゃんと使えていたはずだ」
「な? そうだろ?」
そう言って私の方を見る。
私はこくこくと頷く。
隊長さんは確かに、私の魔法を褒めてくれた。
あれは社交辞令ではなかったはずだ。
所長さんが、呆然とした顔でもごもごとつぶやいている。
「あの魔法を? 一日で? 覚えた? 使った?」みたいなことだったように思う。
-
「なあ、あんたさえ良ければ、あの魔法も、こいつに教えてやってくれないか」
「なんだったかな、【ツキアカリ】とか言ったか」
「あれがこいつに使えるなら、こいつの実力も認めてもらえるだろう?」
「おれたちも回復魔法が手に入るなら、万々歳だ」
勇者が無謀な取引を仕掛けている。
こちらの一方的なお願いなのに、あちら側の利益でもあるかのように言っている。
ずるくないですか、それ。
「妹の魔法を使った、というのは本当か」
所長さんが私に聞く。
私は頷く。
「じゃあ、今それを見せてくれるか、証明として」
-
私たちは外に出て、手近な魔物を探した。
回復魔法のおかげで体調は万全だ。
【ヒノヒカリ】の威力は十分に発揮できると思うけれど、少し緊張する。
防衛隊長さんのお兄さんに見られているなんて。
まるでテストのようだ。
勇者に初めて魔法を見せた日を思い出す。
「お、あいつにしよう」
岩場から鳥と蛇が合体したような魔物が現れた。
特段脅威にはなりそうもないサイズだ。
-
「おれたちは見てるから、さ、頑張れ」
勇者は後ろで腕を組んでいる。
所長さんは品定めをするように私を見ている。
「うう……頑張ります」
私は魔物に相対する。
所長さんに認められるよう、ちゃんとできるところを見せなければ。
「行きますっ!!」
-
天に昇るは神の眼。
濁流を飲み込み炎炎と燃え盛れ。
死者は棺に生者は炭に。
果てしなく赫く。
その名を灯せ。
【天候魔法 ヒノヒカリ】
―――カァン!!
強い光が当たりを包む。
決して目を逸らさず。
光の刃を魔物に向かって振り下ろす。
「はぁっっ!!!」
―――カァン!!
-
「ど、どうでしょうか」
私はおずおずと後ろを振り向いた。
勇者と所長さんの顔色を窺うために。
「わ、わりとうまくできたかなー、と思うんですけど、あの、その」
二人とも無言だ。
「あ、もちろん隊長さんには懇切丁寧に教えていただいて、その、ほんと教え上手で」
「私なんかに秘蔵の魔法を惜しげもなく教えてくれて、ほんとお世話になったっていうか」
「あの、ほんと素敵な女性で、背も高くて格好良くって、さ、さすが一国の防衛隊長さんだなあって感じで」
無言がつらい。
かつてこれまで私が一人で場をつなぐことがあっただろうか。
口下手で人見知りの私が会話を盛り上げて場をつなぐということが。
無言がつらい。
-
「よし、関所に戻るぞ、嬢ちゃん」
所長さんが背を向け、関所の方へ戻っていく。
「とっととおれの【ツキアカリ】マスターしちまえ」
「そんでとっとと魔王、ぶっ倒してくれよな」
歩きながら、そんな言葉をかけてくれた。
え?
ということは?
「合格、だってよ」
勇者がにやりと笑った。
嬉しそうだ。
そっか、よかった。
私の魔法は二人を納得させられるだけの威力はあったわけだ。
私たちはさっきまで魔物がいた「黒い穴」を後にして、関所へと戻った。
-
ついに回復魔法が……! ノシ
-
新タイトル【ゆめをみなくても】乙。
がんがれまどちゃん超がんがれ!乙。
-
おつおつ
勇者が夢魔導師ちゃんを認める発言が増えてるのが嬉しい
-
本物の勇者は魔道志やな
-
しかしそもそも、まどちゃん何でそんな大怪我したかな。
そこまだ語られてないよね。
乙。
-
「いいか、この魔法はあくまで人間の治癒力と、月の力を借りて傷を治す魔法だ」
「万能じゃない」
「首が飛んだり心臓が止まったりした体は、治せない」
「しかも自身の治癒力に依存するわけだから、大きな傷を治せばそれだけ生命力を使うことになる」
「つまり、使いすぎると寿命が縮まる」
所長さんが教えてくれた魔法は、防衛隊長さんの魔法と表裏一体のようだった。
【ヒノヒカリ】と【ツキアカリ】
攻撃魔法と回復魔法。
太陽を召還する魔法と、月に依存する魔法。
どちらも魅力的で、どちらも教えてもらえるなんて、素晴らしい。
なんて幸せなんだろう。
-
「教えてもらっといてなんだが、おれたちは早目に発とうと思う」
勇者が言い出す。
「つい最近な、あんたの妹さんの町に滞在したんだが」
「二日連続で魔物の襲撃を受けてな」
「珍しいことだってんで、早めに発ったんだ」
「もしかしたらおれたちのせいかもしれねえ、と」
「そうだとしたら居心地悪いだろ」
「もしここも襲撃されるようなことがあったら厄介だ、だから……」
言い淀む。
私たちに自覚はなにもない。
だけど、ここが今日魔物に襲撃されでもしたら、私たちのせいであることは確実だ。
もしそうなったら、私はどう受け止めたらいいんだろう。
-
「あんたたち、魔の森抜けてきたか?」
所長さんが苦笑しながら言う。
「ああ、確かに、そこから来たが」
「だったら、魔物の体液を多少なりとも被っているんじゃねえか」
「……確かに……そんなこともあったが……」
「魔の森のやつらの中には、自分たちの体液を敵にマーキングする種類の魔物がいる」
「個別で動かず隊を組むタイプ、不意打ちをするタイプ」
「あんたたちが魔の森で倒した魔物の中に、そういうタイプがいたんだろうな」
-
思い当たる節が山ほどある。
あの魔物たちは珍しく隊を組んで襲ってきたし、町を襲ってきたときもそうだった。
これまで、あの規模で一斉に襲ってくることは、少なかったように思う。
「あー、あのべちゃっとしたグロいやつ、あれか」
勇者も顔をしかめている。
「これ、使いな」
所長さんが差し出したのは、なんだか妙な匂いのする石鹸だった。
「そのマーキング、落とせると思うぜ、これなら」
-
私たちはお言葉に甘えて、シャワーを浴びさせてもらった。
なんだか変わった匂いだったが、不快ではない。
全身くまなく石鹸で洗い、汚れを落とす。
「あー、気持ちいい」
生き返る気分だ。
しかし、それにしても。
防衛隊長さんが知らなかったことを、魔の森から遠い関所の所長さんが知っていたのは不思議だ。
-
「んー、なんか、妙だ」
勇者がくんくんと自分の体を嗅いでいる。
普段自分の匂いなんて気にしてなさそうだったのに、今日は珍しい。
「そうですか? 珍しいけど、別に変な匂いでは……」
「んー、でもなあ、なんか気になる匂い……」
くんくん。
「ぎゃー!! 乙女の匂いを嗅がないでくださいよ!!」
-
所長さんが戻ってくる。
「匂いが気になるか?」
「まあ、魔物の鼻をごまかすためのものだからな」
「単純にいい匂い、ってわけじゃねえのは勘弁してくれ」
そう言いながらパンと水をくれた。
ここは宿屋は兼ねていないから、単純に所長さんのサービスなのだろう。
ありがたい。
-
「防衛隊長さんは、魔物の襲撃を不思議がっていましたけど……」
私は先ほど思いついたことを話してみた。
防衛隊長さんは知らなかった魔物の体液のことを、なぜ所長さんが知っているのか。
「ああ、あいつは城にこもりっきりだからな」
「だからたまには外に出ろって言うんだが」
「おれはここの所長だが、見聞を広げるためによく動き回るんだよ」
「他国の珍しい道具とか調味料とかも好きだしな」
この石鹸もよそで仕入れたものだ、と言って笑った。
-
「この関所の先は、魔物の質がかなり違う」
「ある程度傾向を知り対策を練ってかからないと、痛い目を見るぞ」
所長さんが私たちにアドバイスをくれる。
魔物の体液マーキングを落としたから、魔物の襲撃はないのだろう。
しかしそれだけでは安心できない魔物たちが待ち構えているようだ。
「あ」
「どうした?」
あれ、ということは……
「あの岩石要塞が襲われたのって、結局やっぱり私たちのせいってことですよね」
「お前今更か」
-
……
所長さんからは、ほかにも色々と有益な情報が聞けた。
関所を抜けた先には、クリスタルを扱える職人がいるそうだ。
ようやく、いつかもらったクリスタルを加工してもらえるかもしれない。
旅が苦しい時の対価としてしか使ってこなかったクリスタルが、武器や防具として生まれ変わるかもしれない。
「ま、すげえ偏屈だってうわさだから、気をつけなよ」
所長さんは眉をひそめて言う。
あまりいいうわさを聞いていないらしい。
-
……
回復魔法と情報と、さらには石鹸のお礼も言って、私たちは関所を後にした。
「魔王討伐のあとの凱旋を、楽しみにしてるぜ」
所長さんは笑って送り出してくれた。
「任せてください!」
私は元気よく手を振った。
勇者も笑顔で振り返った。
「気持ちのいい兄妹だよな」
勇者がつぶやいた。
-
「兄妹、羨ましいですか?」
「なぜそんなことを聞く?」
「あ、勇者様、なんかきょうだいがいなさそうな感じがしたので……」
「まあ、いないけど」
私にもいない。
きょうだいって、どんな感じだろう?
「しっかし、月の魔法に太陽の魔法とはな」
「ね、対になってますよね、素敵」
「それを両方もらったお前も、すげえな」
「すげえですね、私」
-
「大事にしようぜ、特に、回復の魔法」
「ええ、頑張ります」
「これからは特に、自分の身を守ることを優先しろよ」
「はい! 私が気を失ってしまってたりしたら、共倒れますもんね」
大事にしろよ、とは言わない。
大事にしようぜ、と勇者は言う。
私と同じ目線で言ってくれる。
それがなんだかすっごく嬉しくて、私はスキップでも踏みそうになった。
「もう二度と、おれの盾になろうだなんて考えないこと」
「おれがお前の盾になるから、だからそのあとでちゃんと回復してくれよ」
-
「でも……やっぱり勇者様がピンチだと思うと、身体が勝手に動いてしまうかもしれません」
「馬鹿、それで大変なことになったじゃねえか」
「それは……そうですけど」
「ほれ、約束」
そう言って勇者は、こぶしを突き出してきた。
「こういうときは、小指を絡ませるのでは?」
「いいじゃねえか、なんでも」
「はいはい、できるだけ出しゃばらないようにします、よ!」
私もゴツン、とこぶしを返した。
-
「あ、そういえばあのイヤリングはどうなるんだろうか」
「ん、確かに」
お兄さんが妹に返しに行くんだろうか。
それは想像すると、なんだかおかしくて、私は口元が緩んでしまった。
「似合わねえな、熊みたいなのに」
「ね、可愛いですよね」
「熊さんがトコトコお城にイヤリングを返しに行きます」
「ぶふっ!!」
私たちはくだらないことを話しながら、道を進む。
道中は、平和だった。
-
うむ、眠い ノシ
-
やすんで、どうぞ。
乙。
-
【Ep.11 つきないくらい あふれてる】
「硬い!! なんで今日は弱体化の魔法じゃねえんだ!!」
「そんなこと言われましても! 言われましてもぉ!」
―――ガキッ
―――ゴキンッ
この辺りには、やたらと鎧が落ちていた。
そして、その鎧が意思を持って襲ってくる。
「刃こぼれしちまう!」
「がんばってください勇者様!! 私はサポートしかできませんので!!」
-
ただの鎧にしても、硬すぎる。
そんなに数はいないが、一体一体が高い防御力を持っているせいで、かなり苦戦していた。
―――ゴキンッ!!
―――ドシャッ
ようやく動かなくなった。
勇者が肩で息をしている。
「ちょっと……休憩……」
へたり込む。
私は、今日はバリアの魔法しか使えない。
防御に事欠かない代わりに、攻撃ができない。
今日というタイミングで言うと、相性が悪い。
-
「いねえなあ、クリスタル職人……」
一息ついた後、勇者がつぶやいた。
「いませんね……このあたりだって聞いてるんですけどね……」
私たちは、いくつかの集落を回って得られた情報をもとに、クリスタル職人を探していた。
城跡近辺で出会える、といううわさをもとに探すが、一向に見つかる気配がない。
「……ほんとにいるのか?」
「……実際、クリスタルを加工してもらった人には出会えませんでしたもんね……」
そうなのだ。
あいまいな情報はすべて、うわさでしかなかった。
自分は出会った、自分も加工してもらった、という情報は一つもない。
-
「まあ、この先へ進むためには、ぜひともクリスタルを打ち込んだ剣がほしいからな」
「立ち止まっていられませんね!」
私たちは、職人探しを再開しようと立ち上がった。
こんなところで立ち止まっていられない。
幸い私のバリア魔法のおかげで、けがはない。
疲労にさえ気を付けていれば、敵に後れを取ることはない。
「お前の魔法が剣に纏わりつけば、結構楽になると思うんだが……」
「難しいですね……申し訳ないです……」
-
【神鳴〜る】や【弱くな〜る】と同じように、勇者の剣に魔法を纏わせられたら、と思ったが、なぜかあまりうまくいかなかった。
バリア魔法がうまく纏わせられたら、剣がこぼれることもないはずなのに。
硬い敵でも楽に斬り裂けそうなのに。
「できないことは仕方がない。とにかく今はしらみつぶしにここらを探すしかないな」
「はい! できるだけ戦闘を避けつつ、ですね!」
「そうだ」
私たちはそれからもしばらく城跡を歩き回った。
もともと大きな城だったようで、なかなか範囲が広い。
しかし、泣き言は言っていられない。
-
―――ガキッ!!
「おら! 倒れろ!」
―――ゴキンッ!!
「きりがないな! 畜生!」
勇者が鎧を相手に立ち回る。
一体倒したと思ったら、また次が現れる。
……現れる?
……あの鎧は、どこから湧いて出てきているのだろう?
「おい! 魔法が解けかけてる! バリア頼む!」
「あ! は、はい!」
-
千年の眠り。
ひとかけらの反骨心。
格子の中の貴族と人質。
迫る業、五行の方舟、仏の座。
時満ち足りて胎児の息吹。
【夢魔法 身護〜る】
―――ブゥン―――
薄い魔法の膜が私たちを包む。
敵からの攻撃を跳ね返してくれる。
剣単体に魔法を纏わせるのは難しいが、体全体を覆うのは簡単だ。
だから、けがもない。
回復の魔法は、今日は必要ない。
-
そのとき、私の視界の隅に、鎧が現れる瞬間が映った。
―――ガチャン!!
それは、その瞬間は、ふいに訪れた。
「あ! 勇者様、新手で……す……」
言いながら、私は目に映ったものをもう一度ゆっくり思い出してみる。
今、どこから出てきた?
どうやって現れた?
「えっと……井戸から……鎧が出てきました……」
言いながら、私はやっぱり信じられなかった。
-
「はあ? 井戸から新手の鎧? そういうのは井戸の守り神だろ?」
勇者も私の言葉をあまり信じられないようだ。
「ほんとなんです! 井戸から、新しい鎧が出てきたんです!」
でも、私だって信じられない。
ここは城跡の、元中庭だろうか。
井戸が、あまり壊れずに残っていた。
口径も大きい。
―――ゴキン!!
―――ドシャァッ
勇者がまた鎧を倒した。
-
「ほんとかよ……」
「み、見守りましょう」
勇者は慣れてきたのか、鎧を倒すスピードが速くなってきた。
同時に二体、三体と相手にすることはなくなっていた。
もう、残っている鎧はいない。
私たちは固唾を飲んで井戸を見守る。
見守っている時間は、思いのほか短かった。
―――ガチャン!!
「で、出たー!!」
「飛び出てきたー!!」
「バネでもついてんのかこの井戸!!」
「そもそも複数体の鎧が井戸に格納されていることもおかしいですよ!!」
-
「なんだかわからんが、しかけがあるぞ、この井戸」
「普通じゃないですね」
「お前、飛び込んでみろ」
「いいいいやですよ! 勇者様お先にどうぞ!!」
鎧に集中するのはやめ、警戒しながら私たちは井戸に近づく。
「とりあえず、覗き込め!! おれが相手してる間に!!」
「いや、ちょっと、怖いです」
「次が出てくる前に! 今なら大丈夫だから!」
「大丈夫の保証はあるんですか!?」
-
勇者が鎧と格闘している間に、私は恐る恐る井戸を覗き込んでみた。
「ん……わりと普通……ですね」
変なしかけや濃い魔力は感じられない。
いや、魔力の残滓は感じられる。
「結構深い? ……ん?」
奥が明るい。
奥というか底というか。
「横穴がありそうです! もしかしたら奥に続いているのかも!」
私が報告をするのと、勇者が鎧を倒すのが同時だった。
-
「じゃあ次、鎧が出てきたらすぐに中に入るぞ」
「勇者様が先ですからね!」
「わかったわかった」
「私を受け止めてくださいよ!? 【身護〜る】で落下の衝撃を全部跳ね返せる保証はないんですからね!」
「お前なんかどんどん図々しくなってないか?」
私たちは押し合いながら井戸に近づく。
次の鎧の登場を待つ。
いきなり二体とか出てきたら危険だけど、ここまでは結構タイミングよく出てきているから、それを信じるしかない。
―――ガチャン!!
「また来た!」
「そら! 飛び込むぞ!」
私たちは鎧を無視して、井戸に飛び込んだ。
-
はてさて、井戸の中にはなにが…… ノシ
-
更新乙。
多分この奥にくりきんとんが!
一体どうなってしまうのか!!?
アディオス.
-
鎧が守っているのは、クリスタルか、職人か、はたまた他の何かか
おつ!
-
落下の衝撃があるかと思ったが、そうではなかった。
井戸の底には、魔力のクッションがあり、飛び込んだ私たちは減速して着地した。
「お? どういうことだ?」
「私の【風立ち〜ぬ】のクッションみたいでしたね」
「このクッションで飛び上がってきたってことか、あの鎧たちは」
「ですね」
「じゃあ、やっぱり、ここが鎧の本拠地?」
「でも、あれは、防衛隊長さんの使っていた鎧人形と同じ感じでしたよ?」
「ということは、親玉がいるな、この奥に」
-
「よし、次の鎧が来る前にどんどん進むぞ、怖がっているヒマはない」
「はい、いきましょう!」
明かりは必要なかった。
横穴にはいくつもろうそくが立てられていた。
しかも、魔力の込められたろうそくだ。
燃えてもほとんど減らないろうそくだ。
「いいな、これ」
「そんなもんに気を取られてないで、早く行くぞ!!」
-
「誰だ! 許可なくここに入り込む不届き者は!!」
奥から叫び声が聞こえる。
「ワシの鎧をことごとく壊してくれよって! 相応の対価がなければ謝っても許さん!!」
どうやら人間のようだ。
老人のようだ。
頑固な感じの。
「もしかしたら、ここが職人の工房なのか?」
勇者の言う通り、横穴を抜けた先には、工房のような道具が山のように転がっていた。
整理はされていないようだったが。
-
奥にいたのは、小さな老婆だった。
「ん? 婆さん?」
「誰が婆さんだ! 人様の家に潜り込んできてなにを失礼な!」
長い髪を振り乱した老婆が、威嚇する。
手にはよくわからない武器を持っている。
この人が、あの鎧を操っていたの?
「失礼、レディー。私は旅の勇者、こちらは連れの魔道士だ」
「あなたはここで一体なにを?」
勇者が口調を改める。
「れ、レディーじゃなんてそんな……」
老婆がもじもじしている。
ちょろい。
-
「ワシはここで工房をやっているだけのものじゃよ」
「たまーに依頼が来るが、外の鎧兵どもにも勝てないようなのは、お断りしておる」
あ、やっぱりあの鎧兵はこのお婆さんが操っていたんだ。
「す、すごいですね、あんなにたくさんの魔力を」
「なに、ワシの魔力じゃない、あれは」
ん?
どういうこと?
「魔力はな、もらったもんじゃ、全部」
「ワシは仕事の対価に魔力をもらうことにしているんでな」
-
「で、あんたらは依頼か、それとも迷い込んできただけか」
「い、いら……」
「迷い込んできたなら、倒した鎧の分の魔力だけ置いてさっさと帰れ」
「あんたがけしかけてきたんだろうが!」
さっきからお婆さんが言う「魔力をもらう」ってのは、どういうことだろう?
普通は魔道士から離れると、魔力はすぐに空気中に拡散してしまうと思うのだけれど。
-
「レディー、おれたちはクリスタルを加工してくれる職人を探しているんだ」
「あなたがそうだというのなら、ぜひ剣にクリスタルを打ち込んでいただきたい」
「レディーじゃなんて、そんな……」
「そういうのはもういいから」
職人はこんなところに住んでいたのか。
それに、お婆さんだったとは。
普通、こういう職人は男性なのが普通だ。
女性で、しかもクリスタルを扱えるというのは、とてもすごいのではないだろうか?
「あの、魔力をもらうって、具体的にはどういう……」
-
「ああ、そうだ、依頼の話をしよう」
「これがクリスタル、これが剣だ」
「こいつの魔法を剣に纏わせやすくなるよう、剣にクリスタルを打ち込んでほしい」
「で、対価だが、こいつの魔力はなかなかだと思うから、多分払えると思うが……」
「どうすればいい?」
お婆さんは、むう、と考えた後、もごもごとしゃべり始めた。
「この剣では……ちょいと痛みが激しいでな、ほかの剣を使うほうがええ」
「あと、まあ、クリスタルは十分じゃ、よく取ってきたな」
「対価の魔力は、まあ、このおぼこの魔力、三日分って、とこじゃな」
-
「おぼこってなんですか?」
私は知らない単語に反応した。
なんか、私のことを指す言葉のようだけど。
「男を知らないお嬢ちゃん、という意味じゃよ」
「え? 男の人? 知ってますけど?」
「え? 知ってんの?」
横から勇者が口を挟む。
「ええ、まあ、でも、よく知っている男性って、勇者様くらいですけど。あとお父さんと」
「誤解を生む発言は控えろ!!」
-
「み、三日分って、どういうことだ? どうやってはかる? そもそもどうやって魔力を受け渡す?」
勇者が話題を逸らす。
なんだか顔が赤い。
「この奥にな、大きな水晶玉がある」
「その中に魔力を込め続ければよい、三日な」
三日……
私がそれをすれば、剣を作ってもらえる。
「よし! やりましょう! 勇者様はそれでクリスタルの剣を得られるんですから!」
-
「いや、でも、魔力を三日込め続けるって……倒れるんじゃねえか?」
勇者が私の心配をしてくれる。
嬉しい。
だけど、ここは頑張り時だ。
「クリスタルを扱える職人さんに出会えたんですよ? 剣が作ってもらえるんですよ?」
「しかも高額なお金ではなく、私の魔力でできるんですよ?」
「勇者様はその間に次のための情報収集とか、鍛錬とか、しててください」
「私、三日頑張りますから!」
しかし、そう甘くはなかった。
「いや、その間、ぼうやは倒した鎧の残骸を拾って来い」
「バ、ババア……」
-
その水晶は、私が見た中で一番大きかった。
「ほれ、そこに立って、手のひらを水晶につけるんじゃ」
私は言うとおりにする。
「ここで、三日間魔力を込めたらいいんですね?」
「ああ、手をつけていれば、勝手に吸い取られていくからの」
「あ、そうだ、あれ食べとこ」
私は荷物をごそごそと引っ掻き回し、マカナの実を取り出す。
残りが結構少なくなっているが、ここは使い時だ。
「ほう、そんなものまで持っているのか」
-
マカナの実を食べ、手を水晶にくっつけると、魔力が吸われる感覚があった。
なんだかちょっと気持ちいい。
「あの、この魔力をどうするんですか?」
私は魔力を吸われている間ヒマなので、お婆さんに話しかけた。
聞きたいことが色々ある。
「水晶から取り出して、ワシの生活に使うんじゃよ」
「ボトルに入れれば水になるし、ろうそくに使えば長持ちする明かりにもなる。」
「ここを守る鎧兵も動かせるし、食料になる小さな獣を取ってくることもできる」
「それにクリスタルの加工にもかかせない、というわけじゃね」
ははあ、便利だ。
-
この部屋には大きな水晶とお婆さんの作業台みたいなものと、それから数多くの得体の知れないものがあった。
どこか異国のランプみたいなものや武器、防具。
ハーブ、薬瓶、大小さまざまな水晶。
食器に大工道具に、布でできた人形に金属のひも。
散らかっているけれどなんだか心地よい。
そんな空間だった。
これらすべて、クリスタルの加工に使われるのだろうか。
例えばランプに上手に組み込めたら、魔力を込めて光るいつでも使える魔法のランプになるかもしれない。
私は部屋をキョロキョロと興味深く見まわしていた。
-
「ここ最近、鎧兵に勝てるやつがいなくての」
「ここを訪れる者も少なかったから、ちょうどよかった」
それはいいタイミングだったかもしれない。
魔力が有り余る状態だったら、門前払いだったかもしれない。
「さて、剣じゃが、これなんかどうかの」
お婆さんが取り出したのは幅広の巨大な剣だった。
「んー、ちょっと、勇者様には大きいかもですねー」
「じゃあこれはどうじゃ」
「それって斧じゃないですか?」
「むう、じゃあこれなんか……」
「それホウキですよね?」
-
「おい、婆さん、これ使ってくれ」
と、そこへ勇者が帰ってきた。
ガチャガチャと鎧を抱えている。
「これ、大きさも重さも、おれにちょうどいいからさ」
鎧兵の使っていた比較的きれいな剣を持ってきたようだ。
抜け目がない。
お婆さんが舌打ちをした気がした。
気のせいよね?
-
「面白いと思うんじゃがなー、クリスタルホウキで戦う勇者殿」
「面白さは追求しなくていいから!」
「というかさっき、ババアとか言うたじゃろ、ほんとにホウキにするぞ」
「ごめんなさい! もういいかなと思って! 油断しました!」
それからお婆さんは、剣にクリスタルを打ち込む作業に入った。
使う道具すべてに、魔力が込められている感じだ。
私は加工について詳しくないけど、魔力を使えば、すでに打ち終わっている剣にもクリスタルを打ち込めるのかな。
勇者はまた、鎧を拾う作業に戻っていった。
-
「弟子は取らないんですか?」
私はまたお婆さんに話しかける。
もちろん両手は水晶にぴったりくっつけたままだ。
「弟子なあ、うーむ、のんびり生活していくので十分じゃからなあ」
「だから高額なお金を要求するわけじゃないんですね」
「ああ、金が要ると思っていたか?」
「ええ、まあ」
そのわりに私たちの持つ金目のものなんて、たかが知れていたが。
-
「貴重じゃないですか? クリスタルを加工する技術って」
「それをもっと普及させれば、助かる人たちが多いと思うんですけど……」
クリスタル自体が希少だが、魔法に相性のいい武器や道具が増えれば、それだけ人間の生活も潤うはずだ。
強い魔道士も増えるに違いない。
まあ……そんな装備品は高いだろうけど。
私たちは、たまたま助けた商人さんがクリスタルをくれて、持っているだけなのだから。
「誰か、過去にお弟子さんはおられないんですか?」
「ていうか、私たちが知らないだけかもしれないんですけど、クリスタルを扱える職人さんって、どのくらいいるんですか?」
私は質問を重ねた。
魔力を吸われている間ヒマだというのもあったが、単純な興味もあった。
-
「弟子は……まあ昔は何人かおったがの」
「今どうしているかは、知らんなあ」
「どこかでクリスタル加工に精を出しているかもしれんし、どこかで野垂れ死んでいるかもしれんし」
「おぬしらが知らんということは、名を上げたやつはおらんということじゃろうなあ」
お婆さんは手を止め、少し懐かしそうに目を細めた。
しかしそれも一瞬のことで、不思議そうにこちらを見た。
「ときにおぼこよ」
「おぬし、なぜおしゃべりする余裕がある?」
-
ではまた ノシ
-
よもやのここで『ノシ』かい!
見てるぞ乙。きっとこのまどちゃんは真祖の末裔かナニか。
ぼんごれ!
-
すごい魔力持ってるんだろうなあ
-
ポンコツなのは頭だけ!
-
私はその言葉の意味をよく飲み込めなかった。
が、なんだか責められたような気がして、すぐに謝った。
「あ、す、すみません作業の邪魔をして」
「魔力を込めるのに集中しろって話ですよね、あはは」
慌てて水晶に向き直る。
一時も水晶から手を放してはいなかったが、ちゃんと手をつけてますよ、というアピールのためぐっと手に力を込める。
「私が三日間魔力を込めたら、剣を作ってもらえるんですよね」
「私、頑張りますので! これでも魔力には結構自信あるんですよ!」
「おっきな魔法を連続で使った時も、魔力切れにはなりませんでしたし?」
「あ、えっと、三日、って、え、寝ちゃだめなんですかね?」
「さすがに起きたまま三日ってのは、ちょっとやったことないんですけど……」
ちらっと、お婆さんを見る。
お婆さんは妙な顔をして、こちらを眺めていた。
-
「あ、えーっと、私、うるさいですか?」
基本的にはおしゃべりではないし、人見知りだし、でもじっと黙っているのも性に合わない。
お婆さんにとっては作業の邪魔だったろう。
申し訳ないことをしたかも……
でも、三日って、夜は寝てもいいよね?
え、だめなのかな?
それは教えてほしいな。
「あの……」
そう思っていると、お婆さんが口を開いた。
「言葉通り、しゃべる元気があるというのが、ワシには珍しく映るんじゃよ」
-
「はあ、元気、ですかね? 私?」
朝はシャキッと! でも、普段はそんな元気はつらつ! ってタイプじゃない。
おどおどと勇者の後ろをついて歩くのが私だ。
「いや、水晶に手をつけたまま、そんなに元気にしゃべるやつは、珍しくてな」
「たいていは魔力が吸われるにつれてへたり込んでな」
「三日なんて言いながら、一日も持ったことはない」
「ちょっとした意地悪のつもりじゃったんじゃが」
それは、つまり、どういうことだろう?
私は、試されたのか?
-
「え、じゃあ、魔力を込めても剣は作ってもらえないんですか?」
私は水晶から手を離す。
とんだ無駄足?
その声には非難の色を多分に含ませたつもりだった。
魔王を倒したいという気持ちは本気だ。
それをなすのが勇者で、勇者が無事に旅を終えてほしい。
そのためにできることならなんでもしたい。
勇者に協力できることなら、なんだって惜しくない。
だけど、寄り道をしているヒマはない。
-
「いや、いつもはへたり込むまで魔力をもらって、それで一応依頼を受けておったよ」
「その心意気に免じて、な」
「ただ、魔力を吸われつくした魔道士たちは、意気消沈しておった」
「たかが水晶に魔力を込めるだけだと高をくくっておったからな、大概」
「じゃがおぬしはどうじゃ、涼しい顔をしておる」
「水晶から吸われる魔力なんて、大したことはないと、気にするほどではないと、おしゃべりも余裕じゃ」
「それに少しびっくりしてな」
お婆さんは手を止めたまま、私に相対している。
その姿勢は、誠実だと、そう思った。
私の理解力が足りないだけで、けっして意地悪なだけの人ではないと、そう思った。
-
「前言撤回じゃ、三日もいらん」
「一日、今日の夕日が沈むまで、そうやって水晶に魔力を吸わせておれ」
「それで、手を打とう」
「約束通り、クリスタルを剣に打ち込んでやる」
あれ、どこが偏屈なんだろう。
やっぱり普通の、優しいお婆さんじゃない。
最初は鎧を壊したことを怒っていたけど、それだけだ。
「は、はあ、ありがとうございます?」
私は戸惑いながら、再び手を水晶にぴったりつけた。
-
……
ガランガラン、という音が遠くから聞こえてくる。
勇者が律儀に、壊した鎧の回収をしている。
結構遠くで倒した鎧もいたと思うけど……
全部回収するのは大変だろうな。
そう思いながら、私は手の魔力に気を配る。
「あ、そうだ」
どうせ込め続けるなら、魔力のコントロールの練習でもしよう。
私は思いついたことを、目の前の水晶に対して試してみる。
-
まずは吸われる魔力を細く細くするイメージ。
蚕の糸のように。
背筋を伸ばし、息を吸う。
我慢して我慢して、抵抗する。
魔力を吸われすぎないように抵抗する。
背筋を伸ばし、息を止める。
「……ふぅっ」
難しい。
-
次は水晶の中に渦を巻くように流すイメージ。
竜巻のように。
背筋を伸ばし、肩を少し傾ける。
流れを一方向へ。
球の中に円を描く。
背筋を伸ばし、肩に力を入れる。
「……あはっ」
楽しい。
-
お婆さんは剣にクリスタルを打ち込むのに専念しているようだ。
首を回してそちらを見ると、とても集中している表情だった。
だから、私もそれを邪魔しないよう、水晶に向き直る。
今度はどんな風にコントロールしてみようか。
私は色んな魔力の形を想像し、試してみた。
これはいい鍛錬になりそうだ。
-
思いつくことをほとんど試したので、最後に私は全力を出してみることにした。
手のひらから、徐々に放出する魔力量を増やしていく。
馬が鳴くみたいに、ぶるるん、と私の腕と肩が揺れた。
残念ながら胸は揺れなかった。
「太く……強く……」
手のひらいっぱいから魔力を惜しげなく出す。
水晶をぱんぱんにするつもりで込める。
頭がカーッと熱くなる。
爆発、拡散、収束、放出、その繰り返し。
「―――ぁぁぁああああっ!!」
目をぎゅっとつぶった。
―――ビキィッ
-
気が付くと、私は、水晶から手を離していた。
「……あれ?」
水晶に大きなひびが入っている。
これ、私が入れてしまったの?
「あ、えっと……」
私は恐る恐る後ろを振り返る。
お婆さんが、この世の終わりみたいな顔して、こっちを見ていた。
-
やはり残念ながら胸は揺れませんでした
また明日 ノシ
-
残念ッ…!残念至極ッ…(血涙)!!
乙。
-
こりゃ隊長も怖がる訳だ
-
潜在魔力パないの!
-
……
「すみません」
私はお婆さんと勇者と、両方に謝っていた。
「まさか水晶がいっぱいになる日が来るとは、の」
お婆さんは呆れたような感心したような顔つきだった。
「直るのか?」
勇者は水晶の心配をしている。
まさかこんなことになるとは。
-
千年の眠り。
ひとすくいの憂鬱。
現象から目を背け、神の理を嗤う。
引き千切れる現実、塗り替えられる虚偽の壁。
時満ち足りて混沌の時流。
【夢魔法 巻き戻〜す】
―――ピキッ
―――ピキキィッ
「ふぉぉお、こんなこともできるのか……」
私は、自分のやりすぎを取り戻すため、【巻き戻〜す】の夢を見るまで眠り続けた。
幸い、数回のチャレンジで狙い通り夢を見ることができた。
そして、すぐに水晶を、壊れる前の状態に戻してみせた。
-
「お前、寝る時間短くなってないか?」
「ええ、私もそう思います」
眠りの指輪で眠りに落ちた後、目が覚めるのが異様に早い気がする。
思い通りの夢が見られていなくても、すぐに再チャレンジすることができる。
「これくらいの時間なら、おれ一人で魔物を足止めしながら、場に応じた魔法を待てるな」
戦いの幅が広がるかもしれない。
いずれ、立ったまま寝たりできるかもしれない。
「それは無理だろ」
それは無理か。
-
「え、えっと、こんな感じで、直りましたんで、許していただけますか……」
「はあ、許すもなにも、ないねえ」
水晶にこんなひびが入ったこと自体初めてらしいから、お婆さんは困ったように笑っていた。
「魔力をこんだけ入れてくれたんだ、ワシも下手な仕事はできないね」
そう言って、また作業を開始していた。
勇者はまた、鎧を拾う作業に戻っていった。
私もそれを手伝おうとしたけれど、お婆さんはここにいろ、と言った。
「もしかしたら、おぬしは歴史に名を遺す、偉大な魔道士かもしれないねえ」
-
私はそれから、勇者を待ちながら、お婆さんと旅の話をした。
これまで戦ってきた魔物。
出会ってきた人。
それと、魔法をどうやって操り、旅を進めてきたかを。
「魔力切れを起こしたことがないっちゅーのは、不思議なことじゃな」
「不思議なんですか? 普通の魔道士さんって、魔力切れになるのが普通なんですか?」
へとへとになったことも多いけど、魔法が使えなくなった日もあったけど、使い過ぎでだめになったことはなかった。
それは、普通のことだと思っていた。
世の中の魔道士さんたちが、どれくらい魔法を使って魔力切れを起こすのか、知らなかった。
-
「それに、その指輪、いいクリスタルを使っているようじゃな」
「これですか?」
「おぬしの魔力を上手に使うだけでなく、量の底上げもしているようじゃ」
「……いつか、似たようなことを言われたような気がします」
いつだっけ?
誰に言われたんだっけ?
母の形見が、これほど褒められるものだとは。
旅に出る前は、これがクリスタルだってことさえ知らなかった。
「どれ、剣が打ち終わったら、それもちょっと見ておいてあげよう」
お婆さんはすごく柔らかくなった。
骨の話ではない。物腰の話だ。
-
水晶からの魔力を放出しているらしい、妙なチューブを使いながら、お婆さんは剣を打つ。
少しずつ剣の形が変わる。
私は鍛冶というものを間近で見たことがあるような気がするが、お婆さんのそれは、私の知っている鍛冶とは違う。
これは魔法の一種だ。
使う道具一つひとつに魔力が使われているし、強い力を必要としていない。
ムキムキの鍛冶屋さんが道具を振り上げる姿とはまるで違う。
「すごい技術があるもんですねえ」
私は感嘆のため息を漏らした。
-
「おぬしら、鎧も魔力ももうええから、飯を作ってくれんか」
お婆さんは汗を流しながら、私たちに言った。
勇者が次に帰ってきたとき、もう拾わなくていいと言ったのだ。
「飯? まあ、いいけど」
勇者はこちらをちらりと見て言う。
私も異議はない。
「調理場はどこだ?」
お婆さんは工房のさらに奥の扉を指した。
そっちで作れ、ということだろう。
私は魔力をもう込める必要がなくなっていたところだったから、ちょうどいい。
なにかをしている方が、気がまぎれる。
「おぬしらに報いなければな、と思ってな」
お婆さんはにやりと笑った。
-
調理場にあった干し肉や豆を調味料で味付けし、手早く何品かの料理を作った。
私たちは旅をしながら必要に応じて食事をとるから、こういったことには慣れている。
スピーディ、かつ大胆に。
もっと荒く言ってしまえば、「食えればよい」ということだ。
「あの婆さん、どういう生活してんだろうな」
「どういう、とは?」
「依頼者から魔力をもらうわけだろ? それを生活に役立てるわけだろ?」
「ええ、そういう感じみたいですねえ」
かまどには魔力が出てくる口がついていて、まるで火のように鍋を温めることができた。
これこそ、魔法だ。
煙も出ないし、薪も必要ない。
とても便利だ。
-
「自分が生活していけるだけの魔力で、十分ってことだ」
「金を要求するわけでもない」
「しかし、クリスタル加工の腕があるなら、もっといい暮らしができるはずじゃないか?」
「なのに、なぜこんな地下でひっそりと暮らしている?」
勇者ははじめよりも、お婆さんのことを認めているようだ。
作業の様子を見て、意識を改めたのだろう。
熟練の技術を持っているのは、数分見ればすぐにわかる。
はじめは怖かったけれど、あれは確かに職人だった。
-
「ほい、できたぞ」
勇者がお婆さんを呼びに行く。
私はその間に、手早く皿に盛りつける。
できるだけ量が多く見えるように。
できるだけおいしそうに見えるように。
いつか時間ができたら、料理を研究するのもいいかもしれない。
勇者においしい料理をふるまってあげたら、彼はどんな反応をするだろう。
「ん、まあまあだな」かな?
それとも黙って黙々と食べるだろうか。
-
「悪いが作業は明日いっぱいかかる」
「それまで、飯の準備を頼もう」
「ええかの?」
お婆さんは汗だくで、私たちの作った料理を食べている。
すぐにでも食べ終わって、作業を再開したいようだ。
「ああ、別に構わない」
「たった二日でクリスタルを加工してくれるのなら、長くはない、だろ?」
勇者はこちらを見ながら嬉しそうに言う。
私もうなずく。
もともと三日と言われていたのだから、大したことはない。
-
「おぬし、魔法は一種類しか使えないのか?」
「え、ええ、そうです」
「その指輪で眠れば、リセットされるということか?」
「はい、夢に見た魔法が、使えるようになるんです」
お婆さんは手を止めずに食べ続けながらも、私の言葉に考え込む。
なにか思うところがあるのだろうか?
それとも、関所の所長さんみたいに、「それでよくここまで来れたな」と思っているのか?
「それが、おぬしの魔力の正体かもしれんな」
「え?」
-
「指輪がおぬしのブーストなら、おぬしのその体質は、ストッパーじゃ」
「ストッパー?」
「普通魔力には上限がある。どんな魔道士も無限に魔力を有するわけではない」
「じゃが夢によって使える魔法を制限することで、普通ならありえない量の魔力をため込むことができる」
「……のかもしれない、ということじゃ」
「はあ」
体質、か。
確かにこれは私の体質と言えるかもしれない。
そんな人が(夢魔道士、なんて人が)ほかにいないのは知っている。
それは不便だとも思っていたけど、そういう利点もあるのか。
-
「さ、て」
お婆さんは早くも料理を平らげ、皿を片付け始めた。
もう作業を再開するらしい。
「魔法をうまく纏える剣、それから指輪の調整……と」
「おぼこ、その指輪をちと貸せ」
「あと、なんかほしいものはあるかの?」
え、ほかにも?
「明日までに考えておけ、ほしいものを作ってやろう」
そう言って、お婆さんはまた工房に戻っていった。
片づけはしておけよ、ということらしいが。
「……サービスいいな」
「同感です」
-
「あの、私考えたんですけど」
「クリスタルに魔力がうまく貯まるのなら、ランプに組み込めば便利かなって」
「昼間灯りを貯めておいて、夜にずっと使えるランプ、みたいな感じで」
私のアイデアは勇者を喜ばせた。
【よく燃え〜る】や【神鳴〜る】がなくても洞窟で困らない。
「ついでにそのランプが宙に浮いて、おれたちについてきてくれたら最高なんだが」
「あ、それいいですね!」
-
食事の片づけを済ませた後、私たちは部屋の隅で毛布にくるまって眠ることになった。
こんな地下で、ベッドが人数分あるわけもなく。
毛布があるだけ上等だと思わなければ。
工房からは、まだ作業の音がする。
私たちになにか手伝えることはないだろうか。
かなりお婆さんの厚意に甘えている気がする。
「なにか、お手伝いできること、ないですかね」
「おれもそれを考えている」
「明日、どうしましょう」
「飯だけ作って待っている、ってのもどうかと思うしな……」
「ですよね……」
私たちは相談しながら、いつの間にか眠りについていた。
指輪がなくても、勇者の子守歌がなくても、なぜか穏やかに眠ることができた。
-
職人の工房って、なんかワクワクします ノシ
-
戦場で眠る時にまどちゃんの周りを包む結界(νガンのファンネルバリアーみたいな)げなものが有れば便利とオモタ乙。
更新楽しみにしてます乙。
-
……
「……おはようございます」
「おう、おはよう」
やはり指輪がないと、シャキッと起きられない。
ていうか体中が痛い。
でも、お婆さんに指輪を調整してもらっているのだから、文句は言えない。
「さ、飯の準備をしようぜ」
「はあい」
工房からは、すでに作業の音が響いていた。
-
「なあ婆さん、おれたちになにかできること、ないかな」
朝食をとりながら、勇者はお婆さんに聞いていた。
「遊んどったらええよ?」
「いや、そういうわけには……」
「鎧ももうほとんど運んでもらったしの、じゃあ、ヒマなら食える魔物でも狩ってきてもらおうか」
「あ、それならやれるぞ」
私たちのやることが決まった。
うまく塩漬けとかにして、お婆さんの食糧を貯めることもできるかもしれない。
いい感じの木の実とかを見つけてきて、ジャムを作ってもいいかもしれない。
-
……
「いませんね、魔物」
「鎧兵のせいで、近寄らねえんじゃねえか?」
城跡を見回しても、鎧兵以外の魔物がとんと見つからなかった。
ちなみにお婆さんが指示を出してくれたのか、鎧兵はもう襲ってくることはなかった。
そのあたりをうろうろしている。
「木の実も、ありませんね」
「そもそも茂っている木が少ないからな」
このあたりには、食糧になるものが全然なかった。
どうしよう。
「もうちょい遠出するか」
「そうですね」
-
城跡を出て山の方へ向かうと、様子が変わってきた。
「お、あのあたりの樹々には木の実がありそうじゃないか?」
「あ、ほんとですね」
「お、あのあたりの土にはいい感じの毒ミミズが住んでそうだぞ」
「だから、毒っつってんのになんで食糧だと認識してるんですか!?」
-
木の根、木の実。
オオコウモリの腹の肉。
川の魚。
食糧探しは、昼まで粘って、なかなかの収穫を見せた。
しかしもっと大きな収穫があった。
「ゆ、勇者様! 魔法が! 魔法が使えます!」
なんと、木の実を取ろうとして試してみた【風立ち〜ぬ】が、ちゃんと使えたのだ。
-
「風立ち〜ぬ!!」
―――ビュンッ
―――ぶぉぉぉおおおおお!!
「おいおい、ちゃんと威力があるじゃないか!」
「で、ですよね!?」
「夢は見なかったんだろ?」
「だって、指輪はお婆さんに預けてましたもん!!」
指輪なしで寝たにもかかわらず、過去の魔法が使えた。
威力は絶好調とは言いがたいが、十分だと思える。
それなら、もしかしたら……
「ほ、ほかの魔法も使えるかもしれません!! すぐ試さないと!!」
-
いろいろと試してみた結果、これまでに使ったことのある魔法はすべて使えた。
威力も十分だった。
「ど、どうしてでしょう?」
私は抑えきれない興奮をなんとか静めながら、自分に起こったこの現象を解明しようとしていた。
指輪で寝なかったことが関係あるのだろうか?
でも、前にも指輪なしで眠ったときは、なにひとつ魔法が使えなかった。
「お前の成長かな、つまり」
「成長してるんですかね? 私」
「それが一番説明がつきやすい、ってだけだけどな」
「やー、嬉しいですね、成長って、ね!」
私のテンションは、いつになく高かった。
勇者も落ち着いて話しているけれど、この現象を喜んでいるのが伝わってきた。
-
「だけど、問題もあるぞ」
「問題?」
「昨日の婆さんの話だと、お前が一種類しか魔法が使えないのは、お前自身のストッパーだってことだ」
「はあ」
「つまりだ、そのストッパーが外れるってことは、魔力切れを起こす体になったのかもしれないぞ」
「あ、そっか」
それだと意味がない。
強力な魔法がたくさん使えても、すぐに使えなくなるのでは。
-
「土砂崩れ〜る!!」
―――ズズゥウウン!!
「よく燃え〜る!!」
―――ゴォォォオオッ!!
「よく冷え〜る!!」
―――ピキィンッ!!
「絶好調です!!」
「お、おお、すげえな」
-
私は嬉しさのあまり無駄に魔法をいっぱい使ってしまったが、魔力が尽きる感じはしなかった。
だけど、そんなにいっぱいの種類、魔法は必要なかった。
【風立ち〜ぬ】と【土砂崩れ〜る】があれば事足りてしまった。
「そういえば、水を操る魔法はないのか」
「水、ですかあ」
あるにはある。
でも、この旅を始めてからそれを夢に見たことはなかった。
「試してみましょうか」
-
千年の眠り。
ひとかけらの水飛沫。
青と白のコントラスト。
なびく潮風、怒れる荒神。
時満ち足りて清瀧の刃。
【夢魔法 波立ち〜ぬ】
―――ザァッ
波が高くうねる。
水を作り出すことはできないけれど、水を操る魔法だ。
「おお、龍神みたいだな」
「そんな御大層なものではありませんけど……」
―――ザァッ!
「えへへ、魚を捕まえるには便利かもしれませんね」
-
―――ザァッ!
―――ぴちぴち
―――ザァッ!
―――ぴちぴち
面白いように魚が獲れた。
「おっし、こんだけ獲れればしばらく困らないだろう」
「まだまだ獲れますよー!!」
「バカ、これ以上どうやって保管すんだよ!!」
―――ザァッ!
―――ぴちぴち
「もういいから!!」
-
「これなら、お婆さんも満足してくれますかね」
「ああ、ちゃんと保管できたら、だが……」
「大丈夫です、塩とか油があったはずですから、保存食ができるはずです」
「んー」
保存食の知識はあまりないけれど、まあ、なんとかなるだろう。
こんなことなら、料理をもっと誰かに習っておけばよかった。
「作れるのは、ジャムと、魚の保存食と、あー、あと木の根っこはどうする?」
「茹でて、塩で練ってみましょうかね」
「オオコウモリは……干し肉にするか」
「ええ、それがベストですよね」
「毒ミミズは……」
「捨ててください、それ」
-
なぜか毒ミミズにこだわりを見せる男、勇者 ノシ
-
まどちゃんのジャム(意味深)
ほ し い
乙。
-
なんでそんなに毒ミミズを食べたがるんだ…
まどちゃんがつっこみ側に回ってる…
-
台風で忙しさが緩和されたので投下しますイェイ
-
工房にあった「車のついたかご」は、とっても便利だった。
多くの荷物を運べるし、荷車ほど大げさでもない。
食材を運ぶのには、ちょうどよい大きさだった。
「これ、便利ですね」
がらがら、と音を鳴らして、私たちは集めた食材を運ぶ。
「一台、もらおうか」
「そんな気軽に……」
「じゃあ、材料を集めて作るか」
「それもまた無茶ですよ……」
-
工房に戻った私たちは、お婆さんのためにまた料理を始めた。
オオコウモリの腹の肉は、網で挟んで外に干した。
木の実は煮込んで煮込んで、砂糖をたっぷり入れて瓶に詰めた。
木の根は塩茹でして練ってみたけど、あんまりおいしくはならなかった。
そして魚は……
「うむ、いい塩加減だ、うまい」
「あ!! ちょっと!! なに一人で先食べてるんですか!!」
-
「おぬしの指輪な、あれの正体が少しわかったぞ」
食事をとりながら、お婆さんが話してくれた。
「あれには、巨大な魔力が込められている」
「じゃが、それはおぬしの魔力とは別物だ」
「なにか心当たりはあるかの?」
もちろん、それは一つしかない。
私のお母さんの魔力だ。
「じゃろうな、形見じゃという話じゃったから」
-
「額に当てると眠る、というのも、その魔力のなすしかけじゃ」
「母上殿は、昔からその指輪でおぬしを眠らせてくれていたのではないかの?」
「あ、はい、その通りです」
「母上殿が、ずっとおぬしの旅を見守ってくれていたのじゃろう」
「これからも大切にするがいいぞ」
では、何度も聞こえたあの声は……
「そうだ……お母さんの声だったんだ……」
どうしてそれに思い至らなかったのだろう。
考えてみれば、当たり前のことだったのに。
私の旅を支えてくれた、あの声は、お母さんの声だったんだ。
胸がぎゅっと、熱くなった。
-
「さて、なにかほかにほしいものはあるかと聞いたが、決まったかの?」
私たちは、思いついた「ランプ」のことを話した。
昼間光を貯めて、夜光る、ランプのアイデアを。
「おお、それはいいアイデアじゃな」
「早速、それも作る作業に入ろう」
お婆さんは快く引き受けてくれた。
「負担じゃないか? というか、サービスが良すぎないか?」
「なんじゃ、サービスがいいと不安か?」
「うますぎる話は、怪しいと思わなけりゃな」
「まあ、旅の勇者ならそれくらい身構えてないと、の」
-
「ときに勇者殿よ、おぬし、魔法の心得は?」
「ん、ない。全くと言っていいほど、ない」
「じゃろうな、しかし魔法を剣に纏わせたい、とな?」
「ああ、何度がうまくやれてるんだが」
「剣にクリスタルを打ち込むだけでも十分かもしれんが、おぬしがもっと上手なら、さらにうまくいくのにのう」
そう言って、お婆さんはまた考え込む。
なにかいいアイデアがあるのだろうか?
「ま、楽しみにしておれ」
-
厨房をよく探すと、料理に関する本が何冊か見つかった。
それによると、魚の塩漬けをうまく作るには少々時間がかかるようなので、とりあえず仕込みだけを終わらせる。
ついでに魚のオイル漬けも仕込んでおいた。
たくさん食材を採ってきたつもりだったのに、保存食にしてしまうと、あっという間になくなった。
「なんか、作ってみるとあんまり量ありませんね」
「でもよ、おれたちが出発すれば、あの婆さん一人分だけだぜ?」
「あ、そうか」
「今は居候二人分の食材が余計にかかってるわけだからな」
「誰が食いしん坊ですか!!」
「言ってねえ!!」
-
……
「これは?」
「勇者殿のための、『魔法の指輪』じゃよ」
お婆さんがくれたその指輪は、私のとよく似ていた。
というか、デザインがそっくりだった。
「え? おれがつけるの? これ」
勇者は私とお婆さんを交互に見る。
なんか照れている。
「ほんの少しだけ、クリスタルが余ったもんでな」
「それをつけておけば、魔力の流れが一層スムーズになる、はずじゃ」
-
「えへへ、おそろいですねー」
私は嬉しくなってしまった。
魔法の詠唱とともに、手をつないでみたりなんかして。
で、力を合わせてバコーンと強力な魔法で敵をやっつけちゃったりなんかして。
ちょっと素敵!!
ドキドキするかもしれない。
「なあ、そういえばお前、なんで左手に指輪つけてんの?」
「え?」
「右手で魔力コントロールすることが多いだろ? じゃあ指輪も右手の方がいいんじゃないか?」
……そんなこと、考えたこともなかった。
……右手か。やってみてもいいかもしれない。
「おれは、ほれ、左手につけるからよ」
ん?
-
「これで、指輪どうしくっつけて、いい感じに魔法が剣に伝わったりするんじゃないか?」
ぎゅっ
こ、この勇者は。
私が指輪を右手につけかえるやいなや、左手で握ってきた。
なんてことするんだ!
私は乙女なのに!
乙女なのにィ!!
「ほれ、どうだ?」
しかも、さっきちょっと照れてたのがウソみたいにさわやかに!
ぼくなんにもやましいことありませんよ? みたいな顔つきしやがって!
勇者コノヤロウ!!
照れちゃうじゃないのコノヤロウ!!
「なんて顔してんだ?」
あんたのせいだ!!
-
かわええまどちゃんかわええ
それにしても揃いのリングでウルトラタッチ…ギロチン技がやたら多彩ななにかが爆誕しそうなカンジ❤
待ってたよイェイ!
-
結局お婆さんは、日暮れまでに、剣と、ランプと、新しい指輪を作ってくれた。
なんというスピード。
なんというサービス。
はじめのころの偏屈な職人イメージは、もうとっくに霧散した。
「このランプには、日中ある程度魔力を込めておくこと」
「そして太陽のもとに出しておくこと」
「そうすれば、夜好きなだけ光ってくれる」
「ただし、あー、消せないのが弱点じゃが」
消せない!?
「つまり、明かりがつきっぱなしじゃ」
もったいない!!
「じゃから、明かりがいらんときのために、黒いカバーも作っといた」
なんという二度手間!!
-
「なにからなにまですまないな」
勇者がうやうやしく頭を下げる。
心底嬉しそうだ。
「これで、装備もだいぶ充実した」
確かにそうだ。
龍の鎧やマントを作ってもらったとき以来じゃないかしら。
「おぬしらはやっぱり、魔王城へ最短距離をたどるのかの?」
「ああ、そのつもりだ」
「なら、ここからじゃと北じゃな」
それから、勇者は具体的な進行ルートをお婆さんに教えてもらっていた。
私にはよくわからない地名がポンポン飛び出す。
地図も、もうこの辺になると魔王に結構地形ごと変えられてしまうので、あまり役に立っていない。
-
「もう一泊していっても構わんぞ?」
「この辺りは、もう集落が減ってきているしの」
お婆さんはそう言ってくれたが、私たちはもう発つことにした。
少しでも早く先に進みたい。
いつまでも甘えるわけにはいかない。
「ありがたいが、もう、行くよ」
魔法のランプで夜も怖くない。
勇者命名、「夜明けのランプ」というらしい。
これは私が持つ担当だ。
「じゃ、世話になった」
「魔王討伐を、楽しみに待っていてくださいね!」
そして、私たちは井戸から飛び出した。
-
みなさん台風にお気をつけて ノシ
-
乙。おまはんもなーノシ
-
【Ep.12 せいじゃくに ふる たいよう】
―――
――――――
―――――――――
厳かな壁が立ち並ぶ町。
すべてが暗闇に包まれている。
遠くで鐘が鳴っている。
暗い。
黒い。
大きな闇が私たちを包む。
私は息苦しくなって、手を振り回す。
魔法は出ない。
必死で手を振り回す。
そのとき、小さな光が、闇を斬り裂いた。
―――――――――
――――――
―――
-
「魔法の威力が、弱いです、勇者様」
あれから、何度か眠った。
小さな集落を転々と移動して、私たちは着実に魔王の拠点へと近づいている。
「節約してんだろ、多分」
夢に見ない魔法の威力は、あれから少し弱くなった。
ここらの魔物を一撃で倒すほどの威力ではなくなってしまった。
「ストッパーだって話だっただろ、無駄遣いせず、夢に見た魔法中心に戦えばいい話だ」
「それは……そうですけど……」
-
私はやっぱり、たくさんの魔法が扱えた方が便利だと思う。
旅の初めのように、一種類だけでなんとかやれていた頃とは違う。
火が効かない魔物も、硬くて魔法が効かない魔物もいる。
うまく立ち回らないと、思わぬ大けがを負ってしまうこともある。
「まあ、使えないことはないんだから、そう気を落とすな」
どの魔法でも使える! と思った時の私の喜びを返してほしい。
結局、あまり成長していない。
あの日は、特別だったのだろうか?
特に危機が迫っていたわけでもないのに?
「それより、今日は、どんな夢を見たんだ?」
-
「光の魔法?」
「ええ、多分、【ヒノヒカリ】だと思うんですけど」
「教えてもらった魔法なのに、夢に見られたのか?」
「……確証はないですが」
今日は夢魔法が使えないのだろうか?
確かに【ヒノヒカリ】は強力だ。
だけど、あれだけで大丈夫だろうか。
「あと、夢に出てきた町並みは、なんか暗くって陰気でした」
「暗いのと陰気なのはどう違うんだ?」
「同じ意味です」
「おい」
-
そうだ。
なんだか変な町だった。
鉄壁の岩石要塞を訪れたときも、少し町並みが怖かったが、今日夢に見た町は、少し違った。
「なんだか……暗いっていうか……黒いっていうか……」
「ふうん」
勇者は興味なさそうだ。
どうせ夢の中なんだから、色が違っているだけだろ、とでも思っているのかもしれない。
-
「まあ、気にしても仕方がない」
「この山沿いに歩いていけば、わりと大きな町に到着するはずだ」
「あとは魔王城までわずか」
「今日はとりあえず、そこまで行くからな」
私たちの旅も、終わりに近づいている。
それなのに、私の魔法はまだ不完全だ。
こんなことでいいのだろうか?
-
……
「なん、だ、この町?」
勇者が唖然と見上げる。
私も開いた口がふさがらない。
さぞかしマヌケな顔になっていただろう。
「黒い……ですね……全部……」
その町は、すべてが黒かった。
家々も、植物も、人々の服すら、ほとんど黒かった。
-
まず活気がない。
誰も彼も、大きな声を出さず、静かに密やかに佇んでいる。
「元気ないですね?」
家や服が黒いのはまだわかる。
そういう宗教だったり習慣だったりするのかもしれない。
だけど、植物まで黒いって、どういうこと?
「あんな種類の木、あったっけか」
「見たことないですね。別に植物に詳しいわけじゃないですけど」
「ああ、おれもそうだが」
形は、私たちがよく知っている木だ。
だけど、幹も、枝も、葉も、すべてが黒っぽい。
-
「なあ、あんた、どうしてこの町は、こんなに黒いんだ?」
勇者が町の人を呼び止めて、尋ねる。
今まで訪れた人たちみんな、同じ疑問を持ったはずだ。
だけど、その人の答えは、私たちの求めるものではなかった。
「あんたら、よそから来たのかい?」
「悪いことは言わねえ、この町に長居しねえほうがいい」
「あと、大鐘楼の鐘が鳴ったら、外へ出ちゃなんねえ」
「いいか、絶対に屋内に入りな」
「屋内なら、安全だから」
-
「……どういうことでしょう?」
「……わかんねえ」
その人の話は要領を得なかった。
だけど、なんだか危ない町だ、ってことはよくわかった。
「大鐘楼って、言ってましたね」
「あれかな」
町の中心に、大きな塔があった。
鐘は見えないけど、中にあるのだろう。
あれだけの大きな塔の鐘なら、きっと大きいはずだ。
この町のどこにいても、聞こえそうだ。
-
大鐘楼らしき塔を見上げながら町中を歩くと、妙なものに出くわした。
教会の牧師さんらしき人たちが、家々を回っている。
そして、なにやら詠唱を行い、家の壁を撫でている。
「あれはなにをしてんだ?」
「わ、わかりません」
「魔法か?」
「ええ、そんな感じですけど……」
よく見れば、結構な人数がそこかしこにいる。
そして、同じように家の壁を撫でている。
「なにかのおまじないでしょうか?」
「家の壁を黒くしているのか?」
「うーん……わかりません」
-
幸い、宿で出てきた食事は普通の色をしていた。
ただ、あまり豪勢なものではなかった。
「すまないね、こんなものしかなくて」
宿のおばちゃんは、町全体の雰囲気から考えると、ずいぶん気さくな方だった。
「いえいえ、十分です」
豪勢ではなかったが、その味は確かだった。
このあたりに出るらしき魔物の肉も、なんだか締まっていて美味だ。
「この町の壁や植物は、どうして黒いんだ?」
勇者がおばちゃんに尋ねる。
-
「……」
おばちゃんは、ちょっと言い淀んだ後、またよくわからないことを言った。
「この町ではね、夜になると、『闇』が歩き回るのさ」
「それが、この町をどんどん黒く染め上げちまってね」
闇?
夜が来る、ということではなくて?
それが歩き回る?
黒く染め上げる?
「どういうことですか?」
-
「言葉の通りさね」
「悪いことは言わない、鐘が鳴ったら、宿から出るんじゃないよ」
「あんたら旅の勇者みたいだが、『闇』に挑んでやられてった奴らも少なくない」
「無理に戦おうとしないことだね」
「朝になったらいなくなるから、それまでの我慢さ」
どうやらこの町には、特殊な魔物がいるらしい。
それが「闇」と呼ばれているらしい。
戦っても、勝ち目はないらしい。
そしてそれが徘徊するせいで、この町は黒いらしい。
「……どうする」
「……どうしましょう」
-
正直言って、寄り道をしているヒマはない。
魔王を倒すのが一番だ。
魔王さえ倒してしまえば、魔物たちも勢いを失うはずだ。
無理にすべての魔物を倒して回る必要はない。
でも……
「この町の、沈んだ雰囲気は、なんだか見て見ぬ振りできません」
「同感だ」
魔物の支配に近い。
この町の沈んだ雰囲気は、その「闇」のせいなのだろう。
だったら、私たちがなんとかしてあげたい。
-
……
旅の支度のため、食料や消耗品を買い集めた後、私たちはまた宿に戻ってきた。
とっくに日は落ちていたが、まだ大鐘楼の鐘は鳴らない。
「お前の夢に出てきた暗い町ってのは、ここのことであってるよな?」
「ええ、おそらく。雰囲気がよく似ています」
「なら、『闇』とかいう魔物を倒すには光の魔法が一番有効ってことだよな?」
「うーん、【ヒノヒカリ】で倒した描写はなかったんですけどね……」
「しかし、ほかの魔法はあまり使えないだろ?」
「ええ、それはそうですが」
-
「とにかく、鐘が鳴るのを待とう」
私たちは宿から飛び出す準備をしながら、そのときを待った。
宿の人たちは、厳重に窓やドアを閉めている。
そういえば、あの牧師さんたちがしていたことって……
「もしかしたら、家の壁に防護魔法でもかけていたのかもしれませんね」
「ああ、なるほど」
町の人は「屋内にいろ」「宿から出るな」と言っていた。
つまり、屋内なら「闇」の攻撃を受けないということだろう。
そのための準備だったのかもしれない。
-
ざわ……
突然、空気が変わった。
「っ!?」
勇者も敏感にその雰囲気を感じ取ったようだ。
そして。
――――――ゴォーーーーン
――――――ゴォーーーーン
重く深い鐘の音が、町中に響いた。
-
「行くぞっ!」
勇者の後を追い、宿を飛び出す。
「だぁっ! だめだっつってんのに!!」
後ろで宿のおばちゃんが叫んでいる。
私たちが飛び出すことも、予想していたようだ。
無理に追いかけてこない。
「ごめんなさい!! 行ってきます!!」
「バカ!! 死んでも知らないよ!! 命知らず!!」
私は走りながら、後ろに向かって謝る。
-
ではまた ノシ
-
わくてか
ホラーっぽい?
-
伊丹十三のスィートホーム思い出すなあの影は子供の頃トラウマになった
-
『闇』とだけ書かれるとミスティックアークを思い出す
-
「なん、っだ、こりゃあ」
「わぷ!」
後ろを見ていたせいで、私は勇者の背中にぶつかってしまった。
「な、なんですか?」
勇者は棒立ちだ。なにかを見上げている。
私もそちらを見上げる。
「な……」
言葉が出て来ない。
巨大な「闇」が、空を覆っていた。
-
単なる夜じゃない。
これこそが、町の人が恐れる「闇」なのだろう。
よく見ればどことなく人型に見える。
ただ、その大きさは尋常じゃなかった。
高い高い大鐘楼を、包むほどの大きさだった。
「……黒龍と対峙した時よりも、恐ろしいかもしれない」
「……同感です」
これに比べれば、黒龍は小さなもんだ。
形ある動物だし、ちょっとその辺の魔物より大きいくらいだ。
でもこれは、得体が知れない。
底が知れない。
おぞましい。
-
どうやらこちらに気づいている様子はない。
大鐘楼を撫でまわし、ゆらゆらとゆれている。
「どうする」
「と、とりあえず、攻撃をしかけてみましょうかね」
私は先手必勝、とばかりに、勇者の前にずいと立ち、詠唱を始めた。
千年の眠り。
ひと握りの命綱。
試験管の中の神、三つ編みの髭。
轟く咆哮と真実を映す空。
時満ち足りて神罰の鎌。
【夢魔法 神鳴〜る】
-
―――カッ!!
―――ビシィッ!!
闇に向かって雷を落とす。
―――カッ!!
―――ビシィッ!!
威力は絶好調とは言い難いが、どうだろうか。
―――カッ!!
―――ビシィッ!!
しかし、闇は悠然と構えている。
なにも気にしていない。
「むむむ、涼しい顔しよって」
-
「勇者様も一緒にお願いします!」
―――バチバチバチッ
私は勇者の新しい剣に向かって雷を飛ばす。
―――バチンッ!!
うまく纏わりついた。
「おおっ!! これ、前よりずっとコントロールしやすいぞ!!」
勇者も喜んでいる。
-
「おっしゃ! 行ってくる!」
勇者はそのまま駆け出し、闇の足元へ向かう。
さすがに大きすぎるので、物理的に攻撃をしかけるなら足からになるのは当然だ。
私はその間に、さらに雷を生み出す。
―――バチバチバチッ
雷の槍を作り出し、左手を空に掲げ、大きく息をつく。
勇者の斬り込みに合わせて、投げつけるつもりだ。
普通の槍じゃあすぐそばの地面に落ちる程度しか投げられないが、魔法の槍なら飛ばせる。
「おりゃあ!!」
勇者が闇の足元にたどり着き、斬り込む。
私もそれに合わせて、大きく胸をそらし、槍を投げつけた。
-
――――――ヒュンッ
町は静寂に包まれた。
「あれ?」
雷の槍が消えた。
勇者の剣が光らなくなった。
悠然と闇は、町を歩き出す。
―――ドシャァッ
勇者が倒れ込む。
やばい。
やばいやばい!!
-
しかし、私は足がすくんで進めなかった。
勇者が倒れた上を、闇が通り過ぎてゆく。
起き上がろうとしているから、死んではいない。
でも、無事でもなさそうだ。
闇は、全く意に介さないような顔で、ゆっくり歩いてゆく。
虫に刺されたとも思っていない。
「ゆ、勇者様……」
私は、闇が遠ざかるのを待つことしかできなかった。
-
「勇者様!!」
私が駆け寄ると、勇者は苦しそうに体を起こした。
ケガはしていない。
しかし、ひどく辛そうだ。
「体力を……吸い取られたようだ……」
「あれには近づけない……」
どうしよう。
勇者をこのままにしておけない。
私が回復魔法をかけようとすると、勇者がそれを止めた。
「バカ、そんなのいいから、光の魔法、試してこい!!」
-
そうだ。
まだ【ヒノヒカリ】を試してなかった。
「行ってきます!!」
私はローブを翻し、闇を追う。
こちらなんて眼中にないだろうが、一撃でも食らわせてやらないと。
私にだって意地がある。
狙うは頭だ。
頭というか、頭っぽいところだ。
天に昇るは神の眼。
濁流を飲み込み炎炎と燃え盛れ。
死者は棺に生者は炭に。
果てしなく赫く。
その名を灯せ。
【天候魔法 ヒノヒカリ】
-
―――カァンッ
空から光の筋がのぞく。
雲をかき分けて。
闇を斬り裂いて。
「はぁっ!!」
―――カァンッ
「おりゃあっ!!」
―――カァンッ
「まだまだっ!!」
―――カァンッ
―――カァンッ
―――カァンッ
-
―――ゴゴゴゴゴゴゴッ
大地が揺れる。
闇が震えている。
―――ゴゴゴゴゴゴゴッ
「き、効いた!?」
私の喜びもつかの間、闇がこちらを振り向いた。
表情は読めないが、なんだか怒っている気がする。
「っぎゃ!!」
私は一目散に、勇者の元へ駆け寄った。
-
「ど、どうしましょう怒らせました!」
「や、宿へ……」
「そんな! 撤退ですか!?」
「バカお前、もう一度対策を練り直さないと、犬死……」
「で、でも勇者様をこんなところに置いていくわけには……」
「誰が置いてけっつった!!」
-
闇に沈むは鬼の眼。
清流を塗り潰し煌々と自戒せよ。
死者はベッドに生者は海に。
果てしなく碧く。
その名を記せ。
【天候魔法 ツキアカリ】
―――フォン
青白い光が、勇者を包む。
「ど、どうですか?」
「ああ、大丈夫、歩ける……」
「逃げましょう、とりあえず!!」
-
宿に着いた途端、おばちゃんに怒られた。
「ばっかだねえ!! だから言ったじゃないのさ!! 出ていくなって!!」
「ケガは!? ない!? そりゃあ幸運だったね」
「ほら、もうおとなしく寝ときな!!」
面目ない。
勢いよく飛び出したものの、私たちではあの闇を倒せなかった。
【神鳴〜る】は全然だめだし、【ヒノヒカリ】ですらちょっと怒らせた程度だった。
「どうやれば倒せる?」
「んん……難しいですね……」
-
「おれの剣に纏わせてた魔法は、斬り込んだ瞬間闇に吸い込まれた」
「物理的な攻撃は効かないし、魔法は吸い込まれる」
「おれでは到底倒せない」
そんな。
勇者がそんな弱気なことを言うなんて。
「でも、お前の魔法ならわからないぞ」
「光の魔法は、少なくとも雷よりは効いただろ?」
「もっと威力を上げてぶち込めば……」
威力を上げる……
言うのは簡単だが、どうすればいいのか、全然わからない。
-
「まあ、なんにせよ今日は休んで、明日リベンジだ」
「日中、対策を練ろう」
そう言いながら勇者は、ベッドの毛布にくるまる。
相当体力を消耗したのだろう。
明るく話すが、顔色が悪いままだ。
「もう一度、回復魔法かけておきましょうか?」
「いや、大丈夫、ケガはないから」
「お前も、休め、な」
-
指環と指環を合わせたら光の巨人が現れたりしないかな?(ワク テカ)
-
寝床に入り、命があることに感謝しつつも、反省点を考えた。
まず、マカナの実を食べなかった。
おごりがあったかもしれない。
こんな時に使わないでどうする。
残りが少ないからといって、出し惜しみしていては勝てない。
あと、そうだ、あれの出番では?
私は飛び起き、部屋の隅に置いてあった「夜明けのランプ」から、カバーを外した。
「おわっ! 眩しい! 寝れねえって!」
「あ、ごめんなさい」
これで夜を照らせば、もしかしたら太陽の光が強くなったりしないか?
魔法の威力も上がったりしないか?
-
そもそも、魔法の威力が足りない。
防衛隊長さんは、夜でももっと強い魔法を使っていた。
私はあのとき、昼間使っただけだ。
結果的に魔物は一掃できたけど、あのときの魔物は大した敵じゃなかった。
「あの威力を、私も出さないと……」
明日、あの魔法ををもっと鍛えないと。
すごい魔法を覚えられたことで、それだけで満足してしまっていた。
まだまだ私は未熟だ。
それを自覚して挑まなければ。
-
窓の外では、まだざわざわと妙な気配がしていたが、家の中は確かに安全だった。
「あ」
そういえば、家々に防護魔法らしきものをかけていた牧師さん。
あの人にも話が聞きたい。
もしかしたら、その防護魔法が役に立つかもしれない。
明日はやることがたくさんある。
勇者の一行が、一度敗れたくらいで諦めていてはいけない。
よし、やるぞ、とやる気を出して、私は眠りについた。
-
明日はリベンジなるか ノシ
-
乙。がんがれまどちゃん!
-
本当に勇者は役に立たないな名前に反して…
明らかに魔道士のほうが8:2位で活躍や役にたってる勇者はそれを自覚してるんやろか
-
いやいや
そんなことないだろ
-
>>732
いや7:3位にしてあげよう勇者も頑張ってるよ多分
-
―――
――――――
―――――――――
空を覆う黒い闇。
浮遊する黒い雲。
閉め切った家々。
真っ黒な壁。
チカチカ、と周りが明るくなる。
空から降る太陽は、少しずつ闇を削り取る。
しかしあと一手足りない。
あの闇を払うには。
その時、私のすぐ横に、新たな光が生まれた。
―――――――――
――――――
―――
-
「おっはようございます!!」
私の寝起きは最高だ。
「……おはよ」
病み上がりの勇者は元気がない。
「結局、あの後は何事もなく過ぎたようですね」
「……ああ、そうみたいだな」
勇者の体調は万全ではなさそうだが、今日の活動に大きな影響を受けるほどでもなさそうだ。
だけど一応、朝食をとりながら私は今日の相談をした。
-
「だから、とりあえず私一人で、町を回ったりして準備できると思います」
ほんとは勇者にも一緒についてきてほしい。
難しいことは一緒に考えてほしい。
「……おれも行く」
嬉しい、そう言ってくれて。
だけど、無理はさせたくない。
「あの、動き回るのは私がやるんで、考える部分を手伝ってもらえたら……」
「ああ、わかった」
まずは教会だ。
牧師さん、修道女さん、誰でもいいから、家にかけた魔法について教えてもらわなければ。
-
「あれは『祈り』です」
「厄災に見舞われないように、という祈りを込めて、家や建物を清めているのです」
牧師さんは、そう説明してくれた。
「私たち、あの闇を倒したいんです。その『祈り』を私たちにもかけてくださいませんか?」
珍しく積極的に人に話しかける。
いつもはまず勇者がやってくれていることだ。
だけど、今日は私が頑張る日だ。
歯が立たなかったことは悔しいけど、今日こそ、リベンジしてやる。
その意気が牧師さんにも伝わったようだ。
「いいでしょう、あまり人にすることはないのですが、やってみましょう」
-
「ほら、勇者様も」
むにゃむにゃと聞き取れない呪文を唱えて、牧師さんは私たちに魔法をかけてくれた。
「祈り」だなんて言ってたけど、大きく分類すればこれはれっきとした魔法だ。
「これ、夜にやってもらった方がいいんじゃねえか?」
勇者は魔法の効き目を気にしているけど、牧師さんはさらに詳しく説明してくれた。
「この祈りは、毎日欠かさずかけることによって、より強固にしているのです」
「昼と、夜にも教会においでください。またおかけしましょう」
だそうだ。
-
「家の壁が黒くなるのは、どういう原理なんでしょうか?」
さらに牧師さんに尋ねる。
色んな事を、知っておきたい。
闇を倒すために。
「そもそも、『闇』と呼ばれるあれは、魔王の魔力の一部なのです」
「魔王の!?」
「はい、魔王の分身がこうやって人里に降りてきて、人々の生命エネルギーを吸い取るのです」
「そうやって魔王は、自分の生命をつないでいるのです」
「そして、少しずつ、この町全体を闇に染めようとしているのです」
「『黒』は魔物の色、そして魔王の好む色ですので、ね」
「『黒い』『暗い』『湿っぽい』など、それらすべて魔王が好むものです」
-
私は魔の森のことを思い出していた。
あそこも、魔王の魔力が流れ込む場所だった。
魔王城により近いここも、似たような環境なのかもしれない。
「我々は可能な限り建物を浄化し、魔物や『闇』が近づけないようにしていますが」
「魔王の力をすべて跳ね返せるほど強力な『祈り』ができているわけではありません」
「ですから、徐々に色が黒くなっていってしまうのです」
「新しい家を、どんな材料で作っても、いずれは黒くなります」
「それは、この町が魔王城に近いという、ただそれだけではじめから決められてしまったことなのです」
「この町に生まれた子どもたちは、『夜』も『暗闇』も、恐怖でしかないのです」
「夜空に輝く星や月も、心から楽しんで眺めることはないのです」
「あそこに魔王城が生まれて、それから、ずっとです……」
「私たちは、ただ小さな抵抗しか、できない……」
-
牧師さんは優しい口調で話してくれたが、少しずつ苦しそうな口調に変わっていった。
そこには、牧師さんの無念が強く込められていた。
この町に生まれたという、それだけで、はじめから『闇』の恐怖に怯えるのが当たり前だなんて。
この町で家を作っても、どんどん黒く浸食されてしまうのが当たり前だなんて。
わりと平和な町に生まれた私にも、その辛さはよくわかる。
平和な町に生まれたからこそ、その辛さがよくわかるのかもしれない。
こんなこと、終わらせないといけない。
「私たちが、今夜、なんとしても『闇』を倒してみせます」
「今まで失敗していった旅人さんや勇者さんたちのことを、教えてください」
-
これまでに『闇』に挑んでいった人たちはかなりの数に上るらしい。
優秀な魔道士も、勇者も、武闘家も、宗教家も。
それから、魔王のやり方に反発する魔物の軍勢もいたらしい。
だが、闇を削れたとしても、倒せたものは一人もいないらしい。
わかったことは、「近寄りすぎると生命エネルギーを吸われる」こと。
それから、「魔力も中途半端だと吸われてしまう」こと。
昨日の【神鳴〜る】は中途半端だった。
うん、それは反省です。
夢に見ていないのに、とりあえず効くかも、と思って使ったのが間違いだった。
今日は【ヒノヒカリ】に絞って攻撃することを誓った。
-
次は、町の道具屋や雑貨屋、薬屋を回って、閃光玉を作った。
「闇なら、光が天敵なはずです」
これまでの蓄えを惜しみなく使い、作れる限り作った。
私よりも勇者の方が手先が器用なので、ほとんど任せることになったが……
「これ、黒龍と戦った時にお前が使ってたやつだな」
「ええ、そうです」
「おれは、これを、どうしたらいいんだ?」
「事前に魔力を込めておくので……って、そっか、タイミングが難しいですね」
-
閃光玉は、私が魔力を込めたあと、数秒で爆発する。
そのタイミングは、私ならはかりやすいが、勇者に投げてもらうとなると……
「勇者様、魔力の込め方を教えます」
「は!? いや、そんな付け焼刃で……」
「大丈夫です、お婆さんにもらった『魔法の指輪』があるじゃないですか!」
閃光玉をたっくさん作ったあと、私は勇者にレクチャーを施した。
指輪を通じて、体の中の魔力を流し込むことを。
そのイメージを。
-
「でっきねえ!!」
勇者は魔力をほとんど持っていないようだった。
何度やってもうまくできなかった。
昨日、闇に吸い取られたのかとも思ったけど、そもそも素養が全くない。
「……お前の魔法を剣でコントロールするのはできたんだけどな……」
「勇者様に魔力が全くないとなると、困りましたね」
「……面目ない」
「謝らないでください! 打開策を考えましょう」
「ううむ……」
そうこうしているうちにお昼時になったので、食べられるところを探して休憩することにした。
-
……
「これ食べたら、また教会に行きましょうね」
「牧師さんにもう一度祈りをかけてもらいに、だな」
おいしそうなシチューを出す店があったので、私たちはそこへ飛び込んだ。
龍やコウモリの腹の肉もおいしいけど、やっぱり牛が一番おいしい。
パンも焼きたてでとてもおいしい。
「この町、畑も牧場もろくにないのに、もぐもぐ、どうしてこんなおいしいシチューが作れるんでしょう、もぐもぐ」
「さっき馬車が食材を運んできてたぞ。多分どっかからの流通があるんだろ」
「なるほどお、もぐもぐ、でも、この町の資金はどこから、もぐもぐ、出るんでしょうね」
「魔物を狩ってる一団があるみたいだぜ。この辺りは強い魔物が多いから」
-
さすが勇者。よく見ている。
闇は倒せなくても、貴重な素材を持つ魔物なら狩れる強さは、この町にあるということか。
なら、闇さえ倒せばきっと、この町にももっと活気が戻ることだろう。
魔物に屈しない強い町だ。
「シチューついてるぞ」
「むいむい」
ぐい、と勇者がナプキンで拭いてくれた。
子どもみたいで恥ずかしい。
-
……
「閃光玉、ですか」
教会に行くついでに、牧師さんに、勇者の魔力について尋ねてみた。
「それを、はあ、扱えないと」
「魔力が全くない、と。ふうむ」
なんだか馬鹿にされている気がしたのか、勇者はふくれっ面だ。
「その指輪はクリスタルを使っているようですね」
「その指輪自体に、あなたの魔力を貯めておく、というのはいかがでしょうか?」
「!」
そんな手があった。
指輪から閃光玉への魔力の移動なら、勇者でもできるかもしれない。
「やってみます!」
-
「いいですか、私の魔力は感じますか?」
「ああ、わかる」
「それを指輪から、私の手に移してください」
「んん……」
勇者が目をつぶって手に力を込める。
すこしずつ、魔力がこちらに溢れてくる。
「いいですよ! うまいですよ! その調子!」
「むむむ……」
-
しばらくのトレーニングで、勇者は魔力のコントロールができるようになった。
もともと剣ではできていたのだから、そう時間はかからなかった。
「しかし、なんだか気持ち悪い感覚だ」
「気持ち悪いって、どういうことですか!?」
「いや、その、目に見えないものを動かす、というのがさ」
「そんなの、今更ですよ」
なんて言いながらも、私は魔法を初めて使った頃のことを思い出していた。
目に見えない魔力の流れが、現実に影響を及ぼす感覚。
確かにはじめは、気持ち悪かった気がする。
-
「閃光玉を、こう握って、魔力を流し込んで、で、投げつけるんです」
タイミングが重要だ。
爆発するまでの時間は、流し込んだ魔力によって多少左右される。
だけど、黒龍の時のように顔に向かって投げつけなくてもいいのだから、誤差は気にしない。
とにかく自分の手の中で暴発しなければ、なんとかなる。
「これをどんどん投げつけてもらって、周囲を明るく保ってほしいんです」
「夜でも、私の【ヒノヒカリ】が威力を高めるには、周囲に光が必要なんです」
-
「……なあ」
「思いついたんだけどさ、この閃光玉に【強くな〜る】って、かけられないのか?」
「え?」
「椅子の足とか、酒瓶とかにも魔法をかけてただろ?」
「だから、この閃光玉に魔法をかけりゃ、威力が強くなるんじゃねえのか?」
そ、それは盲点だった。
でも、昼間では試せない。
ぶっつけ本番ということになる。
「それいいですね! 出撃直前に、【強くな〜る】をかけてみましょう!」
「うまくいくかは知らないけど……」
「いいアイデアですよ! きっとうまくいきますって!」
-
「なんだか情けねえな、勇者だってのにお前のサポートしかできないなんて」
「私だって足を引っ張りまくってここまで来たんですから、たまには活躍させてくれてもいいでしょう?」
「はっは」
「な、なに笑ってるんですか」
「頼りにしてるぞ、相棒」
それから、私は私で【ヒノヒカリ】の火力を上げる練習に時間を費やした。
勇者は勇者で、町の作りを調べて回っていた。
閃光玉を投げて回ったり、ランプを掲げたり、それをどこでやるのが効率いいのかを調べているらしい。
-
強化魔法【強くな〜る】、それに天候魔法【ヒノヒカリ】
この二つを最大限うまく使って、光を強め、魔法の威力を上げる。
閃光玉と夜明けのランプで、周囲を明るくする。
そのために閃光玉はたくさん作ってある。
夜明けのランプも、目いっぱい魔力を込め、目いっぱい太陽光に当てておいた。
他に、なにかできることは?
「すべての家で明かりをつけてもらうってのは、どうだろう」
「いや、民家を危険にさらすのは、よくないかしら」
……
「【よく燃え〜る】でたくさん松明を作っておくってのは?」
「いや、火の灯りと太陽の光は別物よね……」
-
宿での夕食の後、閃光玉と夜明けのランプに【強くな〜る】をしっかりとかけた。
光の強さのみを強化するイメージで。
すると、まだ鐘が鳴るにはずいぶん早いのに、勇者はもう出て行った。
「『闇』が出てからじゃ遅いだろ? すぐに対応できるよう、準備しておくから」
そう言い残して。
できればそばにいてほしかったけど、勇者には勇者の作戦があるのだろう。
私は一人、宿に残った。
宿のおばちゃんは渋い顔をしているけど、諦めたみたいだ。
もう、「出ていくな」と強く止めない。
「……静かね」
外は、不気味なほど静かだった。
-
リベンジなるか
勇者無能レスがついてしまいましたが、勇者くんも頑張っておりますよ!
まあ最近は夢魔道士ちゃんの成長著しく出番をほとんど譲っておりますが… ノシ
-
がんがれご両人!
あ、あと>>1も。
乙。
-
魔法や必殺技がない職は、堅実に仕事はするけど地味になるもんさ
そう、DQ3の戦士のように
-
ざわ……
きた!
腹の底から怖気がする、いやな感覚だ。
そして、鐘が鳴る。
――――――ゴォーーーーン
――――――ゴォーーーーン
私は、急いでマカナの実を食べ、宿を飛び出した。
「……死ぬんじゃないよ!!」
おばちゃんの声が、背中に刺さった。
「行ってきます!!」
-
大鐘楼を見上げると、またも空を『闇』が覆っていた。
しかし、昨日と違うのは、空が少し明るいことだ。
「なるほど! さすが勇者様!」
勇者は、大鐘楼にいるらしい。
そこが、すっごく明るい。
夜明けのランプの効果だろう。
これなら、昨日よりもいけるかもしれない。
「よっし!」
天に昇るは神の眼。
濁流を飲み込み炎炎と燃え盛れ。
死者は棺に生者は炭に。
果てしなく赫く。
その名を灯せ。
【天候魔法 ヒノヒカリ】
-
空からのぞく太陽の光。
昨日よりも大きく、強く、激しく!
―――カァン!!
もっともっとだ!!
―――ガガァンッ!!
地響きを起こすほどの!!
―――ガガガガガッ!!
すべてを焼き尽くすほどのぉっ!!
光をっ!!
―――ガァァァァアアアアアアンンンンッ!!
-
「……はぁっ……はぁっ……はっ……はぁっ……」
息が荒い。
夢中になって魔法を落とした。
太陽を召還した。
闇を斬り裂いた。
「……はっ……はっ……はぁっ……はぁっ……」
海で見えない魔物相手に雷を落としたときのように。
死んだ勇者を時間を巻き戻すことで生き返らせたときのように。
無我夢中で魔力を放った。
昨日のようにおごりはなく、ただ、ただ、全力だった。
しかし、『闇』は、まだそこにいた。
「うそでしょ……」
-
弱ってはいる。
無駄ではない。
だけど、まだ倒すには足りない。
「……はっ……はっ……」
どうしよう。
どうしようどうしよう。
あと、できることは……
いや、もっともっと打ち続けるか。
まだ魔力は切れていない。
マカナの実でドーピングもしている。
これさえ倒したらぐっすり眠れる。
-
しかし、闇はゆっくりとこちらを向き、目を光らせた。
「っ!!」
怒っている。
こっちに来る。
やばい。
やばいやばい!!
どうする。
真正面から【ヒノヒカリ】を打ち込むか。
今日も撤退するか。
-
ゴルディオンハンマーアレバナー
しなないでまどちゃん!あとついでにゆーしゃ!
-
明らかに『闇』は昨日よりも怒っている。
危険かもしれない。
勇者の一行が、二日連続で宿に逃げ帰るなんて、許されるだろうか。
家の中に逃げ込みさえすれば安全なのだから、逃げてしまいたい。
だけど、「今日こそ倒す」なんて息巻いて、またダメだったら、みんなはどんな顔をするだろう。
無理だって思われてた黒龍だって倒した。
優秀な魔道士の防衛隊長さん、所長さんから、素晴らしい魔法を教えてもらった。
ここで逃げ帰るなんて、許されない!!
「……くそっ!!」
やぶれかぶれで、再度【ヒノヒカリ】を打ち込むため手を前に伸ばそうとしたとき、私の左手が誰かに掴まれた。
-
「っ!」
「諦めるな」
私の左手を握っていたのは、勇者だった。
いつの間にここに?
大鐘楼にいたのではなかったのか。
「いい魔法だった、確実に効いている」
「もう一回、ほら、いけ!!」
勇者の手から、魔力が伝わってくる。
勇者の左手に握られた、夜明けのランプだ。
その光が、魔力が、直に私に流れ込んでくる。
いける!!
-
「ぁぁぁぁぁああああっ!!!!」
右手を目いっぱい開く。
大きな大きな魔力の流れを作る。
お婆さんのところの水晶玉を割ってしまったときの、全力の魔力コントロールを思い出しながら。
それらすべて、【ヒノヒカリ】に乗せて。
―――カァンッ!!
そう言えば夢の中で、私のすぐ横に光が生まれたな、と思い出しながら。
―――ガガァアンッ!!
あれは、勇者と、ランプのことを暗示していたのだろう。
―――ガァァァァアアアアアアンンンンッ!!
-
静寂。
辺りは昼間のように、強い光に包まれた。
私も、勇者も、無言だった。
静寂。
ゆっくりと、夜の闇が降りてくる。
静寂。
また、暗くなった。
しかし、そこにもう『闇』はいなかった。
-
「油断すんなよ」
勇者がゆっくりと、背中の剣を抜く。
その剣先は、ランプから移したであろう光の魔法を纏っていた。
いつの間にそんなテクニックを身につけたのかしら。
「ほら、地面をよく見ろ」
よく見てみると、地面を這う闇があった。
バラバラになったけど、まだ全滅したわけではないらしい。
「あれを全部片付けるぞ!」
「はいっ!」
私たちはまた二手に分かれた。
だけどもう不安はない。
-
「逃がさないよっ!!」
―――バシュッ!!
光の魔法を当てると、闇のかけらは煙のように消えていった。
数が多いが、なにも怖くはない。
「朝ですよっ!!」
―――バシュウン!!
気持ちいい。
特に攻撃もしてこないし、間合いを取って魔法を放てばいいだけだ。
「……よし、こんなもんかしら?」
-
「……おう」
勇者は、悠然と待っていた。
あたりには、もう闇は一つもいない。
「お疲れ」
私の方を、見もしない。
だけど、それは少しだけ拗ねているのだと、私は解釈した。
「勇者様、魔法を剣に移すの、よくできましたね?」
私、教えてないのに。
「……おう」
照れている。
-
「……これで、闇は倒せましたかね?」
「……おそらく、な」
「明日なにごともなかったかのように復活してたら笑えますね」
「笑えねえな」
魔王の分身という話だったから、また出てくる可能性はある。
なんにせよ、早く魔王を倒してしまうに越したことはない。
「この調子で、魔王もぶっ倒しましょうね」
「おれにも活躍の場を残しておいてくれよ?」
「も、もちろんです!」
-
やっぱり拗ねている。
だけど、勇者の機転がないと、きっと倒せなかった。
あのとき、私に流れ込んできたのは、ランプの魔力だけではなかった。
それは、きっと……
「勇者様のおかげで、町が守れました」
勇者の、なにかが、私を守った。
それを言葉にするのは恥ずかしくて、難しい。
だけど、茶化してでも、それを伝えておく。
「いやあ、勇者様に手を握られたときは、ドキドキしちゃって大変でしたよう」
-
「コントロールが乱れそうになったんですからね!」
「乙女の手を、そう気軽に握るもんではありませんよ!」
「ま、そのおかげで、私は助けられたんですけどねっ」
「これからも、私がピンチの際は、隣で手を握ってくれてもいいんですよっ」
うむ。
伝わっただろうか。
私なりの感謝と愛情表現なんだけど。
「……危なっかしいんだよ、お前は」
つん、と勇者はそっぽを向いたままで言った。
-
「まだ守らなきゃいけない、危なっかしい魔道士様だ」
「ええ、ええ、そうですよっ」
「でも、その魔法におれも守ってもらってるんだよな」
「そう、そのとおりですっ」
「守り守られ、ってことだ」
「お互い補いあってるんですよね、私たち」
「ん」
私は、少し、素直になれた。
勇者も、少し、歩み寄ってくれた。
そして、私たちは寄り添いながら宿屋に帰った。
-
……
「お帰り! 無事かい!?」
宿に帰ると、おばちゃんが心配顔で出迎えてくれた。
灯りはほとんどつけていなかったが、私たちの帰りを待っていてくれたみたいだ。
「やっつけましたよ! 二人力を合わせて!」
「……明日復活してないことを祈る」
「……そうかい!」
おばちゃんはほっとした顔をして、笑った。
もしかしたら、これまでにこの宿に泊まった旅人が、死んだのかもしれない。
それを見てきたから、あんなにも心配してくれていたのかもしれない。
-
「……では、疲れたので寝ますっ!」
「……明日の朝飯は遅めにしてくれっ!」
私たちは部屋に駆け込んだ。
結構、疲れていた。
ていうか、無意識のうちに立ったまま寝そうなくらい、疲れていた。
「おい、ランプのカバー!」
「はいっ」
「もう、服とか、着替えとか、めんどくせえっ」
「だめですっ! ちゃんと着替えるまでランプにカバーかけませんよっ」
ぎゃあぎゃあ言いながらも、支度ができるとすぐに眠りに落ちた。
それくらい、私たちは消耗していた。
-
次の日の明るいうちに私たちは発ったので、「闇」が復活したかどうかはわからない。
だけど、あの感触では、きっともう襲ってこないと思う。
なんにせよ、できるだけ早く魔王を討伐しなければ。
魔王がいることで、苦しんでいる人たちがいる。
その人たちを救うために。
「魔王、倒しておくれよっ!」
おばちゃんの威勢のいい声に見送られて、私たちは先へ進む。
「楽しみに待っていてくださいねっ!」
私たちは、笑顔で手を振り、町を後にした。
-
昨日は途中で寝ちゃいました
すみません
次章、魔王城です ノシ
-
ゆうべはおたのしみでしたね(違)。
いよいよか。君は、生き延びることが出来るか…?
乙。
-
魔王の魔力の一部であれなのに、本体倒せるのか…?
-
もう一泊して様子みないんか……
勇者達が旅だったその日に出てたりしてな
-
【Ep.13 ほろびのじゅもん】
―――
――――――
―――――――――
空に浮かぶ島。
鳥型の魔物にまたがる魔物の軍勢。
飛び交う小型の龍。
それらすべて斬り裂いて、島を一直線に目指す。
雑魚にかまっているヒマはない。
魔力を無駄遣いしているヒマもない。
―――ゴォッ
燃えさかれ。
―――ピキィン
凍てつけ。
私の両手は、すべてを薙ぎ払った。
―――――――――
――――――
―――
-
目の前に浮かぶ島は、目をこすっても消えなかった。
どうやら夢でも幻でもないらしい。
「……ほんとに浮いてるんですね」
「疑ってたのかよ」
「だって、島が、浮くなんて、うそっぽいじゃないですか」
「うそっぽい、ってお前」
実際に目にしてみると、今でもそれは冗談のように思えてくる。
ついに辿り着いた。
ここが、目指していた魔王城だ。
-
昨日一泊したのは、魔王城に最も近い、小さな村だった。
魔物に襲われていないのが嘘みたいな村だったが、なんのことはない。
村人みんな、魔物だったのだ。
ほいほい泊まりに来た旅人を、寝込みを襲って殺すのだ。
幸い私たちは不穏な魔力を嗅ぎ取ることができたので、返り討ちにしてやった。
「今まであれで、よく騙せてたよな」
「ね、ダダ漏れでしたよね、殺気」
「おれたちより先に泊まろうとしていた旅人がいるって話だったけど……」
「もう魔王城に着いてるんですかね?」
-
私たちの前に泊まったという旅人一行は、殺気に感づいて逃げ出したそうだ。
魔物たちの会話から、それが分かった。
「無事だといいけど」
「ここまで来るってことは、やっぱり魔王討伐の人たちですよね」
今まで出会ったことはなかったが、この世界にはたくさんの「勇者」がいる。
そして、魔王討伐の「勇者の一行」が存在している。
「でも、あの程度の村で逃げ出した連中だぞ」
「ちょっとそれ、弱そうですよね?」
-
昨日の夢は、なんだか魔法がたくさん登場した。
全部使っていい、ってことなのだろうか。
でも、魔王と戦う描写がなかったのが気になる。
「とりあえず、飛んで城を目指しましょうか」
「え、やっぱ飛ぶのか」
「そりゃあそうですよ? あの浮いてる島に、ほかにどうやって辿り着きます?」
「え、いや、そりゃワープとか」
「そんな便利な魔法はありませんっ!」
-
基本、魔法はおおざっぱででたらめだ。
世の中には魔道士の数だけ魔法のクセや得意不得意がある。
詠唱だって様々だ。
私の使っている夢魔法の詠唱なんて、母と私以外誰も使わない。
ただ、どんな便利な魔法を作り出したとしても、使える人と使えない人がいる。
どんな魔法も、結局は魔道士の腕次第なのだ。
「さ、掴まってくださいね」
「お手柔らかに頼むぜ?」
「そんな弱気でどうします! 勇者様には飛びながら魔物を斬り裂いてもらわなけりゃいけないんですからね!」
-
脳内で詠唱を行う。
目の前の島に向かって、羽ばたくイメージで。
「風、立ち〜ぬ!!」
―――ビュオォォオオッ!!
一直線に、飛び立った。
「うおっ!! はええ!!」
「しっかり!! 剣を構えてくださいよ!!」
「わかってる!!」
-
侵入者の気配に、見回りの魔物たちが気づいた。
「来ます!!」
「返り討ちにしてやる!!」
私はただひたすら、魔王城めがけて飛び続ける。
魔物を斬るのに風を使ってもいいが、そうすると飛ぶコントロールを失ってしまう。
「だりゃっ!!」
―――ザシュッ
―――ザンッ
でも魔物は、勇者がことごとく打ち倒してくれた。
どれもこれも一撃で。
勇者の剣撃は、恐ろしく速くなっていた。
-
「なんだ、他愛ないな」
軽口を叩く。
確かに、拍子抜けなところもある。
警備の魔物が、あんな程度なのか?
「これなら、おれたちの前の『勇者様』も、突破できたんじゃねえか?」
「もしかしたら先に魔王を倒しているかも?」
「それは、ないな」
「あったら困ります」
一生懸命旅をしてきて、ほかの勇者にいいところをもっていかれたら堪らない。
いや、もしかしたら旅の始まりはあっちの方が早いのかもしれないけど、それでも……
-
スリルのある空の旅を終え、私たちは島の端に降り立った。
「今日は、ある程度たくさんの魔法が使える、と見ていいんだな?」
「はい、そうみたいです」
「じゃ、とりあえず、あれ頼む」
「はいっ」
私たちの意思疎通は、完璧だ。
勇者があれ、と言ったら……
「それ、強くな〜る!!」
―――ムキムキィ!!
「違うぅぅうっ!!」
-
「あれ、これじゃなかったですか?」
「剣に!! 弱くなる方!!」
「あ、あー、そっちでしたか」
「上半身マッチョとか、久しぶりだから!! そんな頻繁に『あれ』って呼ぶほど使ってないから!!」
そういえば、硬い魔物がたくさん出るときには【弱くな〜る】が重宝していた。
ここなら、硬い扉や罠も破壊できそうだ。
「物理的」に打ち破っていけそうだ。
剣に【弱くな〜る】を、私たちの周囲に【身護〜る】をかけて、魔王城へと歩き出した。
-
「入り口、どこだ?」
「馬鹿正直に正面玄関から入る必要もないのでは?」
「いや、まあ、礼儀として」
「礼儀、いります?」
「いらねえか」
―――ドカァァァアアアン!!
勇者の剣が猛威を振るう。
私の魔法で強化されているとはいえ、剣の一振りが城の壁を吹き飛ばすのはすごい光景だ。
「っしゃ!! 行くぞ!!」
「はいっ!!」
-
魔王の城は、様々な魔物で埋め尽くされていた。
どくろの兵士。死体の兵士。
蜘蛛とサソリの合体したような魔物。
動く石の魔人。
見えない霧のような魔物。
目はうつろで言葉も通じないが、どう見ても「人間」の兵士もいた。
どれもこれも強くて、私たちは疲弊していた。
「どこか、休めるところがほしいな……」
「一度、撤退して策を練り直す手もありますが……」
「でも、今日のお前の夢は、魔法がいっぱい出てきてるんだろ?」
「え、ええ、まあ」
「なら、今日が、魔王を倒すべき日なんだろ?」
「……そうですね、私も、別に撤退に前向きなわけではないですよ?」
「……なら、前進あるのみだ! 行くぞ!」
-
ではまた ノシ
-
おい
おい
乙。
-
終わりが近いのは名残惜しいけど、ハッピーエンドが見たいです!
おつおつ
-
何度目かの階段を上るとき、妙な音が聞こえてきた。
誰かが戦っている音だ。
「あれ、もしかしてほかの『勇者の一行』では?」
「ああ、そうらしいな」
階段を登り切ると、そこには、魔物と戦っている真っ最中の人たちがいた。
男の人が二人と、女の人が二人。
傷だらけだが、魔物たちとまともにやりあっている。
「助けるか!?」
「いえ、大丈夫そうです」
―――ドシャァッ!!
勝負はついた。
-
「あれ? 君たちは?」
一人がこちらに気づき、笑顔で話しかけてくる。
どうやらこの人が「勇者」らしい。
「君たちも、魔王に挑みに来たのかい?」
爽やかだ。
「君」だなんて、久しぶりに呼ばれた気がする。
「ええ、先を越されたみたいですけど、ね」
私も笑いかける。
敵同士ではない。
でも、味方同士でもない。
微妙な関係だから、当たり障りなく接するに限る。
-
「え、あんたら、二人でここまで来たの!?」
大柄な男の人が驚いている。
見るからに格闘系だ。
武器も大きい。
「はあー、それだけ強いってことかな? ん?」
「えへへ、まあ」
愛想笑いを返す。
そういえば、勇者がしゃべらない。
どうしたのだろう?
そっちを見ると、ふてくされたような顔で、そっぽを向いている。
「勇者様? 国は違えど同じ『勇者』として認められた人なんでしょうから、あいさつくらい……」
「いいよ、別に」
-
「おやおや、そちらの『勇者』さんは、人見知りらしいね」
「僕たちも無理に交流するつもりはないよ、まあ、せいぜい頑張っておくれ」
あちらの勇者さんはどこまでも爽やかだ。
爽やかすぎて、鼻につくくらいだけど。
「勇者様、早く先へ進みましょう?」
「進みましょう?」
どうやら双子らしい、魔道士二人組が急かしている。
よく似ている。顔も、服や持ち物まで。
美人だ。私よりずっと。
それに……ぐぬぬ、ローブの上からでもわかるくらい胸も大きい。
-
「では、お先に、ね」
勇者さんたち一行は、さっさと先へ進んでしまった。
あの村を逃げ出した、って話だったけれど、別に弱そうでもなかった。
無駄な戦いを避けただけだったのかしら?
「どうしましょう? 後を追いますか?」
「……いいや、ちょっと休憩していこうぜ」
珍しい。
まあ、異論はないけれど。
「魔物が出ないといいですけど」
そう言いながら、私は座れそうな木箱を探す。
-
「ランプ貸せ」
「あ、はい」
夜明けのランプは、魔王城でも効果を発揮した。
ここはとても薄暗いので、普段の生活が不便ではないかと、私は魔王を心配してしまった。
勇者は、受け取ったランプと、指輪とを使って、魔力を行き来させている。
「闇」を倒したとき以来、彼は魔力のコントロールの練習を怠らない。
自分に足りないものだと感じているのだろう。
魔法は私に任せてくれてもいいのに。
でも、そんなストイックさも、新鮮で素敵だった。
-
「水、飲みますか?」
「ああ、もらう」
荷物から水筒を取り出す。
本当はゆっくり栄養補給とかもしたいんだけど、魔王城のど真ん中でそれは危険だ。
手早く水分補給だけ済ませ、いつでも出発できるようにしてから、私は気になっていたことを聞いた。
「どうしてさっき、不機嫌だったんですか?」
「っ」
-
やっぱり不自然だったもの。
いつもなら、私の代わりに率先して相手に話しかけたりしてくれるのに。
無駄にへらへらすることはないが、無駄につっけんどんになることもなかったはず。
「お前が先に話しかけてたから、おれは別にいいかなって」
「そんな! 私が社交的じゃないのは、勇者様知ってるじゃないですか!」
「お前、自分で言うほど人見知りじゃないと思うぞ?」
「そ、それは頑張ってるんですっ! 勇者様への対応は、別ですけど」
「別ってなんだよ」
「人見知りな私もですね、打ち解けた人とは無理なく普通に接することができるんです」
長い旅の中で、勇者のことはたくさん知れた。
私も、彼と話したり一緒にいたりすることが居心地いいと思えるようになった。
それは彼も同じように感じてくれていると、思う、多分。
-
だけどやっぱり、初めての人と話すのは勇気がいる。
無理をしている。
相手がにこやかに話しかけてきてくれると助かるけど、いつもそうとは限らない。
私はやっぱり、勇者の後をついて歩く従者でいい。
「……」
勇者はまた、むすっとしている。
なにか言いたくないことでもあるのかな?
「まあ、無理に聞きませんけどね」
「……こう……が……やか……だから……」
「え?」
「……向こうの勇者が爽やかでいけ好かない野郎だったから、だよっ!」
-
ぶ、ぶふーっ!!
も、もしかして、あれですか?
嫉妬しちゃったんですか?
美人二人も連れてましたしね!
鎧もなんかスマートでしたし? 背も高かったし? 肌もすべすべしてそうだったし?
なんてことを言いたくなったけど、ちょっと不躾な気がするので一言だけ言うことにした。
「嫉妬ですか?」
「うるっせえバーカ!!」
-
「普段人見知りだとか言ってるお前が、ほいほいと話しかけてるのが気に食わなかったんだよ」
「男前にはへらへらすんのか、こいつも、って思って」
「……しょうもないだろ? 笑えよ」
顔が赤い。
いつかの私を見ているようだ。
私も顔が熱くなってきてしまった。
「私、ああいう爽やかすぎる人、苦手なんですよね」
「へらへらしているように見えたのなら、それは勇者様の勘違いですよ」
「あっちがニコニコしてたので、合わせただけです」
-
「あ、そう」
「ていうか勇者様も、あっちの魔道士さん見てなんか思うところあるんじゃないですか?」
「な、なんかって、なんだよ」
「ローブ着ててもわかるくらい、盛り上がってた胸のあたりとか見て」
「み、見てねえよ」
「本当ですか? あやしー」
「重そうなもんぶら下げてても、戦闘に邪魔なだけだ」
「ほらやっぱ見てるじゃないですかっ!!」
「っ」
-
お互いけらけらと笑った。
私はやっぱり、あの爽やかすぎるスマートな勇者よりも、こちらの勇者の方が好きだし、
勇者があの一行を引き連れているのを想像してみても、うまくいかない。
「いいんですよ、私たちは私たちで、ね」
「二人だって、立派にここまで来れたんですから」
「胸張りましょう」
私はうまい感じでまとめた。
そろそろ彼らも先へ進んだだろうから、私たちも行こうか、と思い立ち上がる。
「張るほどの胸はないだろ」
「もうっ! なんてこと言うんですか!」
-
胸いじりが多すぎますね反省
おふざけはここまでです ノシ
-
しかし…ローブ越しに分かるほどの乳房…って…しかも×2って…ゴクリ…
遊んで遊んでばかりがイイナー(デショーヤッパリヤッパリソーデショー♪)
乙っぱい。
-
いくつかの階段を上った。
これまでに妙な罠がたくさんあったが、勇者の剣で破壊した。
もしくは凍らせて起動できないようにした。
「魔物は少なくなったな」
「あの人たちがだいぶ倒してくれたみたいですね?」
魔物の死体がいくつも転がっている。
だけど、血も多く流れている。
これはもしかして、彼らの血では?
「あの人たち、無事ですかね」
「……苦戦の跡が見えるな」
-
いくつか、とどめを刺せていない魔物がいた。
「おいおい、気が抜けてるな」
―――ザシュッ
「ッギョ!!」
勇者が丹念に殺して回る。
本当ならこんな貴重な魔物の死体は、持ち帰って素材として売りたいところだ。
だけど、そんな場合ではない。
「あのサソリっぽいやつのしっぽ、高く売れそうだな」
勇者も同じことを考えていた。
-
「しかし、これだけ城ん中を荒らす奴がいて、魔王はどうして出て来ない?」
「た、確かにそうですね」
「どこにいるのか知らんが、余裕で待っている神経が、おれにはわからん」
「でも、人間の王様も、城が攻められたからといって出てきませんよね?」
「……そうか、確かに」
岩石要塞の女王様は前線で戦うこともあったみたいだが、普通の王様は椅子でのんびり座っているイメージだ。
そう考えると、城が攻められて出てくるのは……
「じゃあ、優秀な防衛隊長さんみたいなのが、この城にも……」
「しっ!!」
勇者がこちらを制する。
今更気づいた。
禍々しい魔力が、前方から流れてきている。
-
「なにかいるぞ……」
「……はい」
姿勢を低くし、前方をうかがう。
広間みたいなところの扉が開いている。
そこら中に血が流れている。
「……気を引き締めていくぞ」
「はいっ」
私たちは素早く広間に飛び込んだ。
そこで私たちを待ち受けていたのは、強そうな魔物ではなく、魔王でもなく……
「ぐっ」
「きゃっ」
「勇者の一行」の無残な死体だった。
-
「え、うそ……」
誰も彼もがれきの中で死んでいる。
ローブごと体を斬り裂かれて仰向けに倒れている魔道士。
うつぶせで倒れている魔道士。
大柄な男の人は、姿が見えないが、斧を持った右腕だけが落ちている。
そして勇者は……
勇者は、広間の真ん中で、大の字になって横たわっていた。
顔色がおかしい。まるで「闇」に飲み込まれたように紫色だった。
「おい! 蘇生できないか!?」
「あ、っはい!!」
すでに死んでいる。
【ツキアカリ】は効かない。ならば。
-
千年の眠り。
ひとすくいの憂鬱。
現象から目を背け、神の理を嗤う。
引き千切れる現実、塗り替えられる虚偽の壁。
時満ち足りて混沌の時流。
【夢魔法 巻き戻〜す】
―――ゴゴゴゴゴゴォッ
城が震える。
この広間全体ではなく、倒れている人に向けて魔法を放つ。
しかし、少しずつしか戻らない。
四人同時に時を戻そうとしているからだろうか。
それともやっぱり、ちゃんと夢に見ていないからだろうか。
そんな私の手を、また勇者が握ってくれた。
心なしか威力が上がる。
それはとても自然な行為で、私は落ち着いて魔法をかけ続けることができた。
-
「……あれ……おれたち……死んだんじゃ……」
「生きてる……?」
目を覚ました一行は、訳が分からないといった顔だった。
勇者が、ポンと私の頭をなでながら、向こうの勇者に話しかけた。
「こいつが、時を戻す魔法でお前たちを救った」
「別に感謝しろとは言わないが、なににやられたのかだけ教えてくれ」
「ここまで来れるほどのお前たちが、無残にやられる相手ってのを」
-
「闇の騎士が……来る……」
勇者は震えながらそう言った。
闇の騎士?
この城の魔物のリーダーかなにかだろうか。
「どういう特性でどういう強さだ? どんな攻撃をしかけてくる?」
「わからない……なにも……」
「突然暗闇に包まれたと思ったら、見えない刃に斬り裂かれたの……」
「私も……なにがなんだか……」
「妙な甲冑の音はするけど、どんなに武器を振り回しても当たらねえんだ……」
-
みんなの話は要領を得なかったが、これまでの魔物とは一線を画す、強い魔物らしい。
この広間で待ち伏せされ殺されたようだ。
私たちがいなかったら、ここで死んだっきりだっただろう。
「また闇か、どう対処する」
「とりあえず、【ヒノヒカリ】ですね」
「この広間を照らし続けられるか?」
「夜明けのランプと連携して、あのシャンデリアあたりに疑似太陽を作ってみましょうか」
「相手は甲冑ってことだから、あれもな」
「はいはい、強くな〜」
「だから違うって!」
-
私たちのお気楽なかけあいを、勇者一行は妙な目で見ていた。
自分たちが死んでたってのに、どうしてそんな前向きなのか、って感じで。
「っ!」
今度は私の反応の方が早かった。
禍々しい魔力が強まった。
「勇者様! 来ます!」
「おう!」
広間が急に暗くなる。
勇者が素早く剣を抜いた。
その剣先は、すでに明るく光っている。
ランプの魔力を自分で移したのだろう。
「弱くな〜る!!」
さらに剣先に、相手をゼリーのように斬り裂く魔法をかける。
-
天に昇るは神の眼。
濁流を飲み込み炎炎と燃え盛れ。
死者は棺に生者は炭に。
果てしなく赫く。
その名を灯せ。
【天候魔法 ヒノヒカリ】
―――コォォォォオオオオオオッ
空から降る刃ではなく、球形をイメージする。
広間の真ん中に太陽を作る。
果てしなく眩しく。
不浄なるものを照らしつくせ!
-
―――コォォォォオオオオオオッ
広間の真ん中に、どす黒い闇を纏った甲冑の騎士がいた。
いつ、どうやって現れたのか、見当がつかない。
見るからに強そうだ。そして、悪そうだ。
「ひっ」
魔道士の一人が震える。
自分たちを殺したものの姿があらわになったのだから、確かに恐れるのも無理はない。
「みなさん、隅に固まってください!」
守りながら戦うのは難しい。
だから、壁を作ってあげることにした。
-
千年の眠り。
ひとかけらの雪玉。
悪魔に売り渡した聖水と、天使に奪われた殺意。
脳内の亡念と記憶の底の飛沫。
時満ち足りて水面には幻影。
【夢魔法 よく冷え〜る】
―――パキィンッ
―――パキィンッ
―――パキィンッ
氷の壁をいくつも作る。
これですぐに攻撃を食らうことはないはずだ。
「ちょっと寒いかもしれませんが、我慢してくださいねっ!」
そうしておいて、私はまた勇者の方へ注意を向ける。
-
太陽を形作り、氷の壁を作り、勇者の剣に魔法を纏わせる。
昔の自分なら、こんな器用な戦い方はできなかっただろう。
だけど、ここはもう魔王城だ。
弱音なんて吐いていられない。
撤退なんて、ありえない。
この騎士がどんなに強かろうが、ここで倒す!
「おらぁっ!!」
―――ザシュッ
「せいっ!!」
―――ガシュッ
勇者の立ち回りや剣の速度は、恐ろしく速くなった。
でも、闇の騎士も同じく速い。
なかなか致命傷を与えられない。
-
「……なんて……戦いだ……」
後ろでそうつぶやくのが聞こえた。
もう一人の勇者の声だろう。
私たちはおとなしく殺されてあげない。
別に彼らの復讐のつもりはないが、絶対に倒してやる。
「はぁっ!!」
―――カァンッ
疑似太陽から、光の刃を伸ばす。
闇の騎士を貫いてやる。
「おわっ!! 怖えよ!! おれまで貫くなよ!!」
「私のコントロールを信じてください!!」
-
―――ガシュッ!!
―――ガラァン!!
ついに、勇者の一振りが右腕を落とした。
「っしゃ! いただき!!」
「油断しちゃだめですっ!!」
「わかってる!!」
―――ドシュッ!!
―――ガラァンラァン!!
-
「おし、とどめ」
「はいっ」
―――コォォォォオオオオオオッ
―――ズズズゥゥゥウウウン
最後は、騎士の残骸に向かって太陽を落とす。
闇を払うのには太陽の光が一番だ。
これで簡単には蘇ってこないだろう。
再び、広間が暗くなった。
だけど、重苦しい闇は、もうない。
「ふぅっ、こんなもんですかね」
「ああ、お疲れさん」
-
ではまた ノシ
-
ええっ?
乙。
-
おつおつん
巻き戻す魔法便利だな
-
二人ともつえええええええ
-
乳がデカいだけの連中にゃ負けてられんからな!
-
……
「僕たちは、出直そうと思う」
勇者の傷を癒していると、もう一人の勇者さんが悔しそうにそう言った。
「僕たちはまだまだ力不足だったようだ」
「あんな魔法も、立ち合いも、僕たちにはない」
「ただ運だけで、ここまで来れたのかもしれない」
ある意味潔い。
まあ、一度全滅してしまったのだから、仕方のないことだ。
「君たちの魔王討伐、楽しみにしているよ」
-
「なあ、そう言えば、どうやってこの島に着いたんだ?」
勇者が聞く。
そうだ。
この島に来るには飛ばなけりゃいけない。
「ああ、それは、龍の背中に乗って」
「りゅっ!?」
「この子が、龍と対話できる魔法を持っているものだから」
「魔法っ!?」
なんと。
そんな魅力的な魔法があるのか。
双子の魔道士の片割れが、気恥ずかしそうにはにかんでいる。
-
「それは、なかなか魅力的な魔法だな」
「同感です」
「お互い、ないものねだり、ってことだ」
「そういうことです」
帰り道は安全とは言い難いが、龍と対話ができるのなら、無事地上に降りられるだろう。
魔物も罠も、もう残っていないはずだ。
「どうか、ご無事で」
そう言い残して、私たちは先を進む。
この広間の先は、また階段だ。
もう、魔王が待ち構えているかもしれない。
もう、後は振り返らない。
-
「口だけで偉そうな『勇者』じゃなくてよかったよな」
「はあ」
「傲慢を絵にかいたような勇者もいるって、誰かが言ってたし」
「まあ、そんなのには出会いたくないですね」
階段を登り切ると、また広間があった。
薄暗くてよくわからないが、魔王の気配らしきものはない。
しかし全くの無人という感じでもない。
ランプで照らす。
そこには、何人かの「人間」がいた。
-
「えっ」
それは明らかに、人間だった。
死体でもない。生きている人間だ。
しかし、誰一人服を身につけていなかった。
「……なんでしょう……あれ……」
「……奴隷だな、胸糞悪い」
勇者はつかつかと近寄る。
危なくないか。
「おい、話せるか?」
-
みなうつろな目をしている。
そこにいたのは、全員女の人だった。
肌があらわになっているというのに、誰もそんなことを気にしていない。
勇者の問いかけにも、ほとんど反応しない。
「……ひどい……」
私は泣きそうになった。
こんな風に人間を家畜のように扱う魔王が、許せなかった。
「……きっと……魔王を……倒します」
闇に沈むは鬼の眼。
清流を塗り潰し煌々と自戒せよ。
死者はベッドに生者は海に。
果てしなく碧く。
その名を記せ。
【天候魔法 ツキアカリ】
-
魔王を倒すために魔力を温存したい気持ちもある。
倒した後でいいじゃないか、というのもわかる。
だけど私は、この人たちと同じ女だ。
このままにして、魔王を探しになんていけない。
【ツキアカリ】で心の傷は治せないけれど、少なくとも汚れて疲れ果てた体は、治すことができる。
「……待っていてください、私たちが、きっと魔王を倒しますからね」
「……行くぞ」
すると、部屋を見回した私たちに、一人が声をかけてきた。
「待ってください……」
-
「話せるのか」
勇者が意外そうに言う。
こんな状態だ、洗脳されていてもおかしくないし、心が壊れていることもあり得る。
だけど……
「魔王は……今大変弱っています……」
「魔王はどこに?」
「屋上に……逃げたようです……」
「ありがとう!」
-
「あと……その……」
「なんだ、まだなにかあるのか?」
「あの人を……殺してあげてください……」
「は!?」
女の人はそう言って、部屋の隅にある小さな檻を指さした。
中に、なにかがいる。
暗くてよく見えないが、あれは……
「魔物とくっつけられてしまった、哀れな人なんです……」
「っ!?」
-
近くで見ると、それはむごい姿だった。
かろうじて元人間だということはわかる程度に、原形を留めている。
だが、禍々しく飛び出した突起や肌の色、目の色、纏う魔力。
どう見ても魔物に近い。
どうしてこんなひどいことができるのだろう。
「こ、殺すって、勇者様……」
いくらひどい体とはいえ、殺してしまうのは……
「いや、可哀想だが、殺しはしない」
「で、ですよね」
少し安心した。
魔王を倒しさえすれば、魔法が解けるかもしれない。
この状態から戻す魔法を使える魔道士が、世界のどこかにいるかもしれない。
-
「許せねえ、な」
勇者も静かに怒りを燃やしているようだ。
魔王を早く倒さなければ。
弱っているというのはどういうことだろうか。
なんにせよチャンスだ。
今、倒す!
いや、殺す!
―――その怒りを―――魔力に―――変えなさい―――
頭の奥で、声がした。
―――最後の―――魔法を――――――あなたに伝えましょう―――
そして、私は気を失った。
-
―――
――――――
―――――――――
空を雷雲が覆っている。
雨が降りそうだ。
雷が鳴りそうだ。
しかし、降ってくるのは「闇」そのものだった。
それらを避けながら、私は体の中に魔力を巡らせる。
今までにない感覚。
勇者が「魔王」と戦っている。
私は長く苦しい詠唱を終え、魔法を放つ。
光でも、闇でもない「なにか」が、魔王を貫く。
―――――――――
――――――
―――
-
白昼夢、そして最終決戦 ノシ
-
例え最終決戦で魔王を倒しても、勇者とまどちゃんのいちゃこらは続くってわたししんじてる!乙。
-
終わってほしくない!
でも魔王から早く世界を救ってほしい!
-
魔導士が実質の勇者で
一応勇者なのってる人は戦士だよな
-
……
「……おい?」
「っは!!」
驚いた勇者の顔が目の前にあった。
「どうしたお前、立ったまま気を失ってたぞ」
なんと、ついにその技を習得してしまったのか!
じゃなくて!
「今……今、指輪を使わずに、強制的に眠りに落ちたんです!」
「それで、母の声がして、それで、えっと……」
「新しい魔法……じゃなくて最後の魔法を……教えてくれるって言って……」
-
「最後の魔法? 今までに使ったことのない魔法か?」
「ええ、それが……」
魔導書にも書いていなかった。
直接母から教わったこともなかった。
最後の魔法……
あれは……滅びの魔法?
「それを使えば、魔王は倒せるのか?」
「はい……おそらく……」
「なら、行くしかないな、屋上へ」
勇者は私を気遣いながらも、早く魔王を倒したがっている。
焦っている?
-
「勇者様? なにか焦っていますか?」
「いや、その、焦っているというか、なんとかいうか……」
「?」
なんだか様子がおかしい。
歯切れも悪い。
魔王に怒っていて、すぐさま倒したい、というのとも、違う気がする。
「お前が、なんか、死にそうな顔してやがるから……」
え?
-
「お前、やっぱり無理してるんじゃねえか?」
「さっきの気の失い方だって、見ててハラハラしたぞ」
「今だって顔色悪いし、満身創痍だし……」
そんなことない。
私はいつも通り。
そう言いたかったけど、その根拠もないことに気が付いた。
「私……調子悪いんですか?」
「……そう見える」
-
「早く終わらせて、お前を休ませたい」
「……膨大な魔力が、尽きそうに見える」
そんな風に見えていたのか。
私は、ここまで、少し無理をしていたのかもしれない。
だけど。
「ご心配は無用です、勇者様」
「さ、最終決戦です、気合い入れていきましょう」
ここで引くわけにはいかない。
魔王を倒して、ここにいる人たちも助けて、世の中を平和にする。
やらなきゃいけないことが山ほどある。
弱音なんて吐いていられない。
「よし、上がろう、屋上へ」
-
屋上へと続く道は、罠があるわけでも鍵がかかっているわけでもなかった。
ただひたすらに長く広い階段だった。
魔王はここを逃げたのか?
それは、どんな心境だろう?
「なんだ、これ?」
階段の途中に零れ落ちるなにかを、勇者が気にした。
ほよほよと漂う黒い綿のようなもの。
「それ、多分、闇の残骸です」
「闇の?」
黒い町で倒した闇と、よく似ている。
やっぱり、あの町で倒した闇は、魔王の一部だ。
「魔王が弱っているというのは、きっとあの町で『闇』を倒したからです」
-
その予想が確かなら、今が好機だ。
階段に零れ落ちる闇の残骸を倒しながら、私たちは屋上へと急いだ。
魔法の調子は悪くない。
むしろ、今までにないくらい様々な魔法をいい感じに使えている。
だけど、先ほど一瞬気を失った時に見た、あの夢が気になっている。
大きな扉が目の前に現れる。
外に繋がっている扉らしい。
勇者はためらうことなく、それを開け放った。
-
「……外だ」
明るいはずなのに、そこはまだ暗かった。
だけど風を感じる。
「……こんなに天気、悪かったか?」
空は黒い雲に覆われている。
今にも雷が鳴りそうだ。
広い屋上は、四方を低い石壁で囲ってあった。
「……いた」
屋上の隅。
黒くて大きな「なにか」が、私たちを待っていた。
-
『待っていたぞ……勇者と……優秀な魔道士……』
腹の底から聞こえるような響く声。
吐き気を催す不快な声。
黒いマントに大きな兜。
ごつごつと隆起した「人ならざるモノ」の姿。
纏う闇の魔力は、今まで対峙してきた何よりも禍々しく強大だった。
これが魔王か。
だけど、その姿は、確かに弱っているように見えた。
『あの町を……闇に染めようと……長らく襲い続けていたものを……』
『まさか闇を払う……者が現れるとは……思ってもいなかった……』
-
『だが……お前たちの快進撃も……ここで終わりだ……』
『お前たちがいかに強大であろうとも……私の前では塵に等しい……』
『天翔ける龍に抗う……羽虫のようなものだ……』
『さあ……一方的な……殺戮を……始めよう……』
そして、纏う魔力をぎゅっと凝縮し、こちらへ殺意を向けてきた。
しかし勇者も負けじと言い返す。
「おいおい魔王さんよ、ずいぶん辛そうじゃないか?」
「どっしり構えて待っていると思ったら、屋上に逃げ込んで、それで『待っていた』って?」
「おれたちの剣が、魔法が、簡単にやられると思うなっ!!」
-
「風立ち〜ぬ!!」
―――ビュオッ!!
私の風の魔法が、勇者を包む。
魔王を斬り裂く刃ではない。
勇者の動きを加速させるために使う。
「こんな広い場所を戦いの場に用意してくれるなんて、気が利きます、ねっ!」
―――ビュオッ!!
「っせい!!」
―――ビシュンッ!!
-
光の魔法を乗せた勇者の剣は、魔王を四方から切り刻む。
「闇」のように実体のない相手ではない。
「らぁっ!!」
―――ガシュッ!!
魔王の背後を狙い、隙を見て剣撃を入れる。
―――キィィインッ!!
硬い。
生半可な剣撃でははじかれてしまう。
-
「ヒノヒカリッ!!」
―――コォォォォオオオオオオッ
暗雲をかき分けて、大きな大きな太陽を召還する。
両手を伸ばし、全力を込めて、最大の太陽を。
目をつぶり、集中する。
頭の奥が、凍るように冷たい。
研ぎ澄ませ!
焼き尽くせ!
これは、すべての闇を払う希望の光だっ!!
―――コォォォォオオオオオオッ
『ぐ……むぅ……』
-
「いいぞ! 効いてるっ!!」
勇者が叫んでいる。
さらに、私も目を見張ることが行われた。
―――キュウゥゥゥウウウウウウン
空に浮かぶ太陽から、勇者が魔力を吸収したのだ。
「いつの間に……そんな技術を……っ」
「おーらぁっ!!」
―――ザシュッ!!
大きな魔力を受け取ったその剣で、魔王を斬り裂く。
-
頼むぞ、勇者!
がんがれまどちゃん!
-
『ぐぅ……ぐ……むむぅ……』
苦しんでいる。
魔王の動きが鈍っている。
でも、決定打に欠ける。
勇者がいくら斬りつけようと、太陽がいくら照らそうと、決定打にならない。
『この……羽虫がぁっ!!』
―――ズァァアッ
纏っていた闇の魔力が拡散する。
勇者と私を包み込もうとする。
「うぐっ」
「んっ」
苦しい。
力を奪われる。
-
「負け……ないっ」
―――カァァンッ!!
太陽から刃を落とす。
私の周りにも、勇者の周りにも。
「だぁぁっ!!」
闇を斬り裂いた刃を、そのまま魔王へと突き刺す。
―――ガァァアアアンッ!!
空気を振るわせる音とともに、魔王の体が貫かれる。
『ぐぐううううううおおおおおおおおおお……』
-
効いている。
魔王の動きがさらに鈍くなった。
「あれを……あれを今こそ……」
あのとき、母が教えてくれた魔法。
今まで知りもしなかった、最後の魔法。
今、このときのためだけにある魔法。
千万年の眠り。
永遠の絶望。
割れる空、沈む太陽。
光と闇の渦、鮮明な過去の記憶。
時満ち足りて終わる始まり。
【夢魔法 すべて終わらせ〜る】
-
ぐるん、と世界が回った気がする。
吐き気がする。
体中の魔力が暴れ回っている。
―――ゆっくりと―――落ち着いて―――丁寧に―――
それを、ともすれば薄れそうになる意識の中で、必死に押さえつける。
―――あなたの怒りと―――勇者を守りたい気持ちを―――最大限に生かして―――
世界は無音。
時がゆっくりと流れ、勇者と魔王の動きが遅く見える。
-
体中の魔力を、一つにまとめ。
―――落ち着いて―――深呼吸して―――
魔王の、その命一つ、それだけを終わらせるための魔法を。
―――後のことは考えず――――――ただ――――――今だけを―――
魔王がこちらに気づく。
大きく手を振り払い、魔王の魔力がこちらを襲う。
私は避けられない。
そんな余裕はない。
間に勇者が走り込む。
剣でその魔力を必死に振り払う。
最後まで、この人は、私を守って戦ってくれている。
―――さあ―――ぶっ倒しちゃいなさいっ!!―――
「はいっ!!」
-
次回「魔王、死す」 ノシ
-
乙乙
次回がど直球なタイトルなだけに今回たったフラグがどうなる事やら
-
次回 城之内 死す
-
―――ィィィィイイイイイイイイイン
光とも闇ともわからない、ただただ膨大な魔力の塊。
―――ィィィイイイィイィィィィィイン
刃とも球形ともわからない、ただただ圧倒的な魔力の塊。
―――イイイイイィィィィィィン
最後の力を振り絞って、魔王に放つ。
「ぁぁああああああああああああっっっっっ!!!!」
-
魔王が動きを止めた。
世界も、動きを止めたように感じた。
「―――っっっ!!」
魔王の体中心に向かって、必死で魔力をぶち込む。
『…………くっ…………』
魔王の体がぶるぶると震え、纏っていた闇の魔力がどんどん収束していく。
こちらに襲いかかる魔力は、もうない。
「っぁぁぁぁあああああああああああっ!!」
目をぎゅっとつぶり、手を目いっぱいに広げ、魔王を破壊する魔力を叩き込む。
-
ぎゅっ。
そのとき、私の手が、誰かに握られた。
目をつぶったままでも、それが誰かは、当然わかっていた。
あたたかな力が、流れ込んでくる。
私の魔力か、それとも、別のなにかか。
私にはよくわからない。
だけど、私のよく知っているものだ。
私を安心させる、なにかだ。
「ぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!!」
-
静寂。
私はまだ目をつぶったままだ。
これは、夢か。
それとも、現実か。
私の隣で、荒い息遣いが聞こえる。
「はぁっ……はっ……はっ……やった……か?」
ゆっくりと目を開く。
私の指輪は、緑色に光っていた。
-
すとん。
私は、立っていられなかった。
それほど、体力も魔力も消費してしまったようだ。
「おいおい、大丈夫か?」
勇者は無理に立たせようとしなかった。
隣に優しく座ってくれる。
「……倒した……んですかね?」
「ああ……倒したんだ」
そっか。
これで、終わったんだ。
-
―――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ
「っやばい!」
地響き。
まだ戦いは終わってなかったのか?
―――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ
「落ちるぞ!」
違った。
主を失ったこの城が、この島が、落ちようとしている。
「おい! なんとかならないか!?」
勇者が叫ぶ。
この危機を乗り越えるためにできることは……
-
できるかどうか、わからないけど、やってみるしかない。
「風立ち〜ぬ!」
―――ふわぁっ
「……あれ?」
「か、風立ち〜ぬっ!!」
―――ふわぁっ
そよ風しか起きない。
どうして!?
-
「お前……もしかして魔力を使い切ったんじゃ……」
「そ、そんな!? 今まで魔力切れなんて……」
「でも、初めて使う最後の魔法ってやつを使ったんだろ!?」
「まさか、そのせいで……」
「どうするどうする!? ただここにいただけじゃ、落ちて死んじまう!!」
ゆっくりと島は落下しつつあった。
この島の浮力がどういう仕組みなのかは知らないが、魔力切れの今、どんな魔法を使っても浮かせることなんてできそうにない。
「……勇者様……」
私は混乱していたのかもしれない。
勇者をぎゅっと引き寄せた。
-
「……最後まで……私を守って戦ってくれて……ありがとうございます……」
「バカ!! なに諦めてんだ!!」
そう言いながらも、勇者は私を抱きしめてくれた。
こんな時にまで、私を守ってくれる。
「世界が……平和に……なったら……私たちのおかげですよね……」
「魔王を倒したら! 凱旋するんだろ!? 報告しに回るんだろ!?
「まだそれをやってないのに、諦めるんじゃねえよ!」
「伝えたい相手がいっぱいいるじゃねえか! お世話になったみんなに!」
-
世界は揺れている。
だけど私は、勇者の腕に包まれて、この上なく幸せだった。
「勇者様……大好きです……」
「ほんとはこの気持ち……誤魔化してましたけど……」
「やっぱり私は……あなたが……」
もう目は見れなかった。
自分が死ぬとしても、最後に、この人と一緒にいられて、幸せだった。
静かだ。
なにか言ってほしい。
愛の言葉でなくてもいい。
ただ私を安心させてくれる優しい言葉を。
-
「……ん?」
静か?
勇者の声は聞こえない。
地響きも、聞こえない。
いつの間にか、揺れは収まっていた。
「……あれ、止まりましたね」
「……」
「……」
勇者が駆け出す。
そして、石壁から下を覗き込んで、笑った。
「はっはっは、見てみろ、すごいぞ?」
-
私も駆け寄って、下を覗き込む。
島の周りの空を、無数の龍が飛んでいた。
「わぁっ」
龍が作り出した空気の渦が、島を支えている。
落下速度がものすごく遅くなっていた。
すごいパワーだ。
よく見ると、龍に乗った一人の魔道士がいるのが分かった。
「あ! あの人!」
「……逃げずに見守っていてくれたみたいだな」
-
最後は地響きを上げて、島が降り立った。
だけど、その程度の揺れ、大したことない。
こんなにも緩やかに降りられたなんて、信じられない。
「龍さんにも、あの魔道士さんにも、お礼を言わなければなりませんね」
「ああ、よくあんな数の龍を従えられたな」
「もしかして、ものすごい魔法なのでは?」
「侮ってたな」
-
「で、あー、さっき言ってたことなんだが」
急に勇者が話を蒸し返した。
私は顔がカーッと熱くなるのを感じた。
「とりあえず、王様に報告して、それから、だな」
「え、ほ、報告って、つまり……そういうことですか?」
「バカ、魔王を倒したっていう報告だよ!!」
「あ、ああ、あー、そうですね、ええ、その報告が必要ですね、ええ」
「なんの報告だと思ったんだよ」
「うるさいですね、なんでもありませんよ」
「なに怒ってんだよ」
「怒ってませんよー!!」
遠くに見える龍に乗った魔道士に、私は手を振りながら駆け寄った。
-
……
彼らに礼を言い、狼煙を上げて人を呼び、城内の人間たちを助け出して……
それから……
私たちは、旅してきた道を戻るように歩き始めた。
たくさんの人に報告をしないといけない。
たくさんの人にお礼を言わなければならない。
だけど、私の魔力が切れてしまったことが、気がかりだ。
「まあ、ゆっくり行こうぜ」
急ぐ必要はない。
魔王が死んだことで、魔物の活動もおとなしくなるはずだ。
-
「私、残った魔力を、この指輪に込めたいんです」
「どうして?」
「いつか生まれてくる私の娘のために、この指輪を託したいので」
「生まれてくるのが女の子とは限らないぞ?」
「あ、勇者様は男の子がほしいですか?」
「……答えにくい質問をするんじゃねーよ」
「……ふふっ」
ちょっと私、調子に乗りすぎかしら?
でも、旅の大きな目的は終わったのだ。
少しくらい、いいよね?
-
「それから、魔導書も書き直したいですね」
「お前、ほとんど使ってなかっただろ」
「だって、家で十分読み切りましたからね」
「……で、なにを書き直すって?」
「【ヒノヒカリ】も、【ツキアカリ】も、この魔導書には載ってないんですもん」
「あ、そういうことか」
「あれ便利ですもんね」
「特に光の魔法がなかったら、魔王は倒せなかったものな」
防衛隊長さんには、格別のお礼をしないといけない。
王様から便宜を図ってもらったりできないだろうか。
-
やりたいことがたくさんある。
会いたい人も、たくさんいる。
「うふふ、楽しみですね、この逆回りの旅」
「お気楽だな」
「いらないですか? お気楽さ」
「いや……」
勇者は少し言いよどむ。
顔が少し赤い。
「今はお前のそのお気楽さ、なんか、安心する」
そう言って、笑う。
それは今まで旅の中で見た中で、いちばん優しい笑顔だった。
-
次がラストのエピローグです
明日か明後日に ノシ
-
おつおつ
期待して待ってる
-
おつ!
積極的になってきた魔道士ちゃんかわかわ
-
本当に勇者の存在価値がないタフな戦士で十分だし特出する力も能力もないただの戦士だもん魔道士ちゃん乙だな
-
精神的な支柱になってたし、しばしば勇者がいないと死んでる場面もあったやん
なによりなんでもかんでも出来る万能な勇者様なら、そもそもまどちゃんいらないし
-
自称勇者なんだろうそう思うと納得する名乗ったもの勝ちみたいな
-
ここは勇者にきびしいいんたーねっつでちね。
パーティーってな、そういうもんだろ。
描写がまどちゃん中心だし、強くてカッケーよりもかわいいが最優先っしょ(笑)。
-
【Ep.? ゆめをみたあとで】
―――
――――――
―――――――――
いい目覚めだ。
体は軽いし、気分は爽やかだし、なんだか雄鶏に「おっはよう!」と話しかけたいくらいのいい朝だ。
「おっはよう!」
うちには雄鶏がいないので、代わりに母に言ってみた。
「あらあら、今日はどうしたの、そんなに元気出して」
母は苦笑して、私を見つめていた。
「おうおう、どこの鶏が鳴いているのかと思ったら、うちの娘じゃないか」
父も上機嫌で笑っている。
「いい夢見たの!!」
私はそう叫んで、家を飛び出した。
-
向かう先は決まっている。
昔っからの幼馴染で、いつも一緒だった、あいつのところへ。
「おれ、いつか勇者として認められたら、魔王を倒しに行く」
「だからその時は、お前の魔法で力を貸してくれよな」
いつもそう言っていた。
その言葉は現実となり、あいつは勇者として旅立つ日を待っていた。
だけど……
-
私の魔法は、まだまだだった。
威力が弱い。
自在に夢が見られない。
だから、まだ旅立てないでいた。
あいつは私を待ってくれている。
だから、私は、何度も何度も、旅立てる日を夢見ていた。
私の魔法が役に立てるようになる日を待ち焦がれていた。
「おっはよう!」
私の元気いっぱいの笑顔は、彼に届いただろうか。
その笑顔が、なにを意味するのかを、わかってくれるだろうか。
-
「来たか!!」
その笑顔は、私の思いを十分にわかってくれている証だった。
「見たよ!! 魔王を倒す、夢!!」
私も満面の笑みで、答えた。
ついに、この日が来た。
「よし、そうと決まったら、すぐに出発の報告に行こう」
「うん!」
「でも王様に会うのに、その格好はまずい」
「うん?」
-
旅立つ支度を済ませて、私たち二人はお城へと向かう。
「両親、心配していなかったか?」
「大丈夫よ、もう、私子どもじゃないんだし」
「そっか」
「それに……お父さんもお母さんも、かつては冒険者だったんだから、その辺は寛容なのよ」
「……だな」
私も両親のように魔王を倒しに行きたいと願った時、二人とも強く止めることはしなかった。
私は母の血を濃く受け継いでいたから、母と同じように魔法が使えたのだ。
その威力をよく知る父も、私の魔法を褒めてくれた。
だからきっと、旅立つことを、許可してくれたんだと思う。
-
「夢の中でね、私、あんたのこと、『様』をつけて呼んでたわ」
「なんだそれ」
「私も現実よりだいぶおっちょこちょいだったし」
「現実も十分おっちょこちょいだろ」
「前日に見た夢しか、魔法で使えなかったし」
「そんなんでよく魔王を倒せたな」
「そこはまあ、ほら、色々うまくやったのよ」
「なんか急に不安になってきた……」
-
「ま、まあなんとかなるわよ、うん、きっと」
私は自分を励ますように言った。
かつて母が成し遂げた「世界平和」を、私もきっと実現して見せる。
何度魔王が立ち上がってきても、そのたびに滅ぼしてみせる。
この魔法は、そのためにあるのだ。
「まずは、北の大陸まで一日で行けるくらいじゃないとな」
「魔物たちは私の魔法で一掃してやるからね!!」
「おう、頼りにしてるぞ」
グッ、とこぶしを差し出してくる。
私もこぶしを返す。
その指にはめた、母からもらった指輪が、太陽の光を反射して、きらりと光った。
★おしまい★
-
ここまでお付き合いくださった方、ありがとうございました。
スレがまだちょっと残っているので質問とかあったら答えます。
∧__∧
( ・ω・) ありがとうございました
ハ∨/^ヽ またどこかで
ノ::[三ノ :.、 http://hamham278.blog76.fc2.com/
i)、_;|*く; ノ
|!: ::.".T~
ハ、___|
"""~""""""~"""~"""~"
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乙。更新毎回楽しみにしてた。
ありがとうございました。
-
乙乙!
-
夢オチってこと?
それとも魔道士ちゃんたちの子供ってこと?
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子供が指輪を通じて魔道士ちゃんの記憶を見たんやろな
-
乙乙乙
最後がハッキリしてる話が好きだけど、こういう想像の余地を残す終わりも中々どうして
特に最後の最後、太陽の光を反射した指輪は何色に光ってたんだろうなぁと
-
乙でした
魔導士ちゃんは魔王との戦いで魔力を使い果たしたけど、その後は回復したのだろうか
あとお世話になった方々への挨拶回りの話も気になります
-
乙
面白かったわ
-
最後のシーンは、想像の余地を残しました
全ては夢魔道士の見た長い夢なのか、二人の子どもの新たな旅立ちなのか、それとも……
一応ラストの「おはようの挨拶を鶏に例える」シーンは、勇者も同じことをこっそりしてました
-
乙でした!
とてもよかったよ
"
"
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