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【艦これ】五十鈴「何それ?」 提督「ロードバイクだ」【2スレ目】

1 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/13(日) 21:53:56 ID:XmBArZ8Y

※深海棲艦と仮初の和平を以て平和になった世界観における、とある鎮守府での一コマを描くほのぼの系

 艦娘がロードバイクに乗るだけのお話

 実在のメーカーも出てきます

 基本差別はしません

 メーカーアンチはシカトでよろしく


※以下ご都合主義
・小柄な駆逐艦や他艦種の一部艦娘もフツーに乗ったりする(本来適正サイズがないモデルにも適正サイズがあると捏造)
・大会のレギュレーション(特に自転車重量の下限設定)としては失格のバイクパーツ構成(※軽すぎると大会では出場できなかったりする)
・一部艦娘達が修羅道至高天
・亀更新

上記のことは認めないという方はバック推奨。
また、上記のことはOK、もしくは「規定とかサイズとかなぁにそれぇ」って方は読み進めても大丈夫です


【前スレ】

【艦これ】長良「なんですかそれ?」 提督「ロードバイクだ」
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1454251122/

937 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:15:13 ID:CcyWen1s

 そう聞けば、彼女は言った。


 子日は、言った。


『またねって』


 その言葉を聞きながら見た、彼女の表情に、北上は酷く動揺した。


『――またねって』

『――そう言える日がいいなって、思うんです』


 子日は言う。北上の目を見ながら――何も見えていない目で、言う。


『明日は、明日は……どうなるか、わからないから』


 なんだそれは、と思った。乾いた笑い声が出た。タチの悪い冗談を言うようになったんだなと――そう、思いたかった。

 ――明日は、明日だよ。何をない頭使ってんのさ。今日は勝った。昨日も勝った。一昨日も勝った。勝って勝って、勝ち続けて、そうしてたどり着いた今日だろう。

 ――馬鹿なこと言ってないで、アンタは能天気に笑ってりゃいいんだ。

938 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:16:12 ID:CcyWen1s

 そうせせら笑うように言って見せた。だけど、帰ってくるのは悲しそうな笑みと、湿った言葉だった。


『そう、そうですね……そうです、よね。でも、でもね、でもね北上さん――』


 子日は言う。

 微笑んで言う。

 だけど、死んだ魚のような目で、言った。


 ――その明日は、誰が約束してくれるんですか?


 何も、言えなかった。立ち去る子日の背に、何も言えなかったのだ。

 他の駆逐艦にも同様の話題を振ってみる。

 初霜。


『……すいません、北上さん。笑顔で終われるかわからない今日なのに、明日のことなんて考えられないです。ただ一隻でも一人でも救えるのならば』

『それで私は――それで、満足、なんです』


 なんで、と思った。なんだってそんなことを言うんだ。酷いジョークだ。こんなのが駆逐艦の中では流行ってるのか。そう言って茶化したが、初霜は笑わない。

939 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:17:35 ID:CcyWen1s

 子日と同じ目をして、言う。

 ――本当に満足しているものが、そんな目をするものか。そんな、今にも泣きだしそうな顔をするものか。

 そう問い詰めた。

 それでも、初霜は言う。何も見ていない目で、言うのだ。


『――明日。明日もしも、私がいなくても。ちゃんとみんなで、笑いあえる『明日』を掴んでくださいね。北上さんがそう約束してくれるなら、私も安心できますから』


 ――ああ、北上さんなら安心です、と。安らいだような顔で、言った。

 何の悪い冗談だ。何の悪い夢だ。また、何も言えなかった。小さな初霜の背を、黙って見送るしかなかった。

 気が付けば北上は基地内を走り回っていた。目についた駆逐艦たちに、同様の質問を投げかける。

 だけど、誰も彼もが、似たようなことを言った。

 若葉。

 ただでさえ何を考えているのかよくわからないやつだ。だけどむっつり顔で、時々間の抜けたことを言う子だ。きっと、きっと何か、違う答えを持ってるはずだ。

 ――北上の心は、そう願った。

 だけど。

940 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:19:13 ID:CcyWen1s

『明日? ……ああ、そういえば、そんなことは、あまり考えないようにしていた。ただ――』

『朝焼け空を見上げると、とても心が安らぐ。だけど、何か、とても落ち着かない心地になる。胸がざわつくんだ』


 本当は、この時にこそ、本当はわかっていたのに。


『若葉の、夢……ゆめ、か。人の夢と書いて、儚いというのだったっか……なるほど、と思う。確かに、その通りだと』


 ――やめて。

 悲鳴を上げそうになる口元を必死で手で塞ぐ。

 それでも、若葉は言う。死人のような瞳で、言う。


『そうだな……北上さん。もし若葉が沈んでしまっても、不肖の姉二人と立派な妹を、よろしくお願いしたい。北上さんの口からそれが聞ければ、若葉は――大丈夫だ』


 この時に感じた激情を、北上は忘れてしまっていたのだ。

 余りのおぞましさに、酷い嫌悪感のあまり、記憶からないものとしようとしたのだ。

 何も、言えなかった。何も、何一つ、消えてしまいそうな背に、言葉一つかけることができなかった。

941 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:20:44 ID:CcyWen1s

 初春。

 そうだ、きっと初春なら、と思った。

 初春が日本舞踊を学んでいることを知っていた。いろいろと手広く趣味を広げていることを聞いたことがある。

 だからきっと彼女ならば、と。

 そう思ったのだ。

 ――北上の甘い心は、そう願った。


 だけど。


『……先週、救難信号を受けて駆け付けた他の鎮守府の艦隊に、わらわと同じ初春がおりました。

 ――腕が、ありませんでした。わらわはそれを見て、何も言えなんだ……何も、言えなかったのです』

『ただ、ただ恐ろしかった』

『もし、もしもわらわが、ああなってしまったとき、それを受け入れることができるのかと……思いました』

『だって、だって、わらわは……あやつに、提督に……手慰みにと日本舞踊の手ほどきを受けたことを、思い出すと……心が、温かくなります。

 だけど、腕がなくなってしまったら、もう踊れないのだと……きっと、それを受け入れることができないのではないか……そう、思ったのです。心が、冷たくなりました。

 不意に、頭の中をよぎったのです。腕がなくなったのが、わらわじゃなくて……妹たちではなくてよかった、と……そう、思ってしまったのじゃ……酷い女だと、そう思うじゃろう?』

942 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:26:05 ID:CcyWen1s

 何も、言えなかった。


『北上殿……わらわには、まだ、まだ、まだまだ夢を、それを望むだけの強さが、足りませぬ。

 まだまだ、精進せば……ですが、それでも一つだけわらわの望みがあるとすれば……そうじゃなあ。

 うん……わらわたち姉妹、そして一水戦の子らの誰一人欠けることなく……なかった、と言える……そんなめでたき日を迎えることができたなら』


 北上には、何も言えなかった。


『――祝福の舞をひとさし、披露してみたいものです。北上殿にも、是非』


 あまりの怒りで。総毛立つほどの激情で、言葉を紡ぐ余裕なんて、なくしていた。

 ああ、そうだ。北上には――絶対に。

 絶対に許せないことがあったのだ。

 かつて己に積まれていた、忌まわしい兵器の記憶がよぎる。豪奢な椅子にふんぞり返った老害が言う。敵の死を望む。ゆえに死ねと命じる。それは誉れだと。


 ――ならば貴様が真っ先に死ね。


 北上にはどちらも等しく害悪だ。同じ糞垂れだ。

943 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:26:37 ID:CcyWen1s

『戦うことしか知らないなんて悲しいじゃあないか』


 そう言った提督の真意を、知った。

 提督が軽巡に、そしてそれ以上の大型艦種に、駆逐艦たちに相対する自分たちに、何を求めていたのかを知った。

 なんでだ、という疑問が水泡のように心の内海に湧き上がる。


 ――この状況を作っているのは、誰だ。


 誰のせいだ。誰がやった。誰だ。


 ――貴様らの、せいか。


 深海棲艦のせいだ。駆逐艦どもが、夢を見ないのは。見れないのは。

 痛ましいぐらいの、ささやかな夢しか見れないのは。


 ――なんだって貴様らは、駆逐艦どもを泣かせて、嗤っていやがる。

 ――あたしの前で、ガキの夢を踏み潰そうとしてんじゃあねえよ。

944 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:27:13 ID:CcyWen1s

 頭にきた。

 明日を願うことを夢だと語る駆逐艦に怒った。

 それ以上に、その夢を嘲笑うかように攻めてくる深海棲艦どもに激昂した。

 あんな水底から湧いて出た、顔色の悪い連中が、誰の怒りを買ったと思う。

 その激情のままに奴らを殲滅してやりたいと思う。

 だけど、深海棲艦どもをどれだけ叩き潰そうと、きっと駆逐艦たちは夢を見ない。

 何かがいるのだ。劇的な何かが。起爆剤としての何かが。

 ならば。

 ならば。


「だから、あたしたちが見せてやらなきゃならないんだろ―――夢は、あるんだって」


 ――そうだろう、阿武隈。



……
………

945 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:28:14 ID:CcyWen1s
………
……


https://www.youtube.com/watch?v=tumceOX2_Hk

『――おかしいだろう。こんなの、まかり通っていいわけないだろう』


 北上さんは言う。

 あたし
 阿武隈に、言う。

 これは胸のからこみ上げてくる衝動の正体を、北上さんがきっと掴んでいた時の記憶。

 理解しないままに自覚した、世にも珍しい阿呆の――だけど、心優しい艦娘に出会えた時の、あたしの記憶だ。


 北上さんは、子供が苦手で。

 それ以上に、努力しないものが嫌いで。

 足を引っ張ってくる輩が大嫌いで。

 そして、絶対に許せないものがあった。

 ――あたしと、同じで。

 それをきっと、大井さんはわかっていたんだ。だからあたしを叩いたんだ。どうして、よりにもよって貴女にそれがわからないのだと、失望を滲ませていたのだ。

946 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:29:32 ID:CcyWen1s

 戦いにおいても、才能は存在する。向き不向きがある。素養や素質がある。運が左右する場面だってある。それは艦娘とて例外ではない。

 ならば、その差も存在する。ダメな奴は何をどうやったってダメだ。あきらめなければ夢は叶うなんて、それこそ夢想論だ。あり得ない。

 生まれ変わって出直せなんて、人を揶揄し侮蔑する言葉だってあるけれど、それすら北上さんは認めない。「馬鹿は死んだって治りゃしない」というのが、北上さんの持論だ。

 曰く――やり直そうがダメな奴は何度やったってダメなのだという。そんな見下げ果てたやつが、今の世の中には溢れんばかりだ。

 赤ん坊で生まれて、成長して、多くの人と交流して、それでもなお社会に適合できない?

 そんな輩は、たとえ生まれ変わる奇跡があったとしても、『その程度の奇跡ではどうにもなりませんでした』という結果にしてしまう。その程度では――そんな奇跡ですら――台無しだ。うまくできるわけがない。やれるわけがないのだ、と。

 完全に同意したわけではない。でも一理あると思った――何せ次の人生など、あるわけがないのだから。

 いつだって今なんだ。今の人生しかないのだ。今を精一杯生きるしかないんだ。

 だがそれでも、北上さんの心は『違う』と叫んでいたのだ。

 精一杯に叫んでいた。狂いそうなほどの感情を心の奥底に秘めていた。

 嗚呼、これは違う。

 違うんだ、と叫ぶ。

 あたしの心も、北上さんの心も、痛切に、叫ぶのだ。

 ――艦種の違い? 役割の違い? 駆逐艦は脆い? 火力が貧弱だ? 弱い物は弱い? それはどうしようもならないことなのだと?

 そうだということを、知っている。それでも『これは違う』と感じるのだ。思いたいだけなのかもしれない。だけど、認めない。認められないのだ。

947 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:33:02 ID:CcyWen1s

 これは理屈ではない。これは合理的ではない。これは現実主義ではない。

 そんなことは百も承知だった。それでも、北上には受け入れられない。

 ああ、確かにそれは事実だろう。だが、事実を事実のまま、それが現実なんだと示すのが、賢しいのか。

 夢を見れない子供に『それが正しいんだ』と、どこの良識ある大人が笑顔で言ってのける?

 それが、そんなことが、大人のやることか。

 ――糞っくらえだ。

 北上さんにとって、それはまさに糞そのものだと言うのだ。

 どぶ底ような濁った眼をした子供が、大人になって何者になれるというのだ。同じだ。まるで同じ糞溜めだ。澱みの中で育まれ生まれでたものが、同じ糞になっていくだけで、なんにも変わるわけがない。

 あの頃は、そんな諦観がそこかしこに満ちていた。すでにここは腐ったどぶ底だ。深海棲艦は世界中の海で蔓延っている。ただ人類はその命脈を引き延ばしているに過ぎなかった。命の終わりを先延ばしにしているだけ――言葉にせずとも、そんな諦めは伝わってきた。

 勝利を積み重ねてきたこの鎮守府にさえ、そんな空気が漂った時期があった。正面海域を抜き、沖ノ島を突破して、決して浮かれ切っていたわけではない。

 だって、駆逐艦たちが、夢を見ない。自分たちよりもはるかに、現実を見ていた。現実に、囚われていたのだ。ここはマイナスなんだ、と。思い知らされた。

 ――ッざけんな。生まれた時からマイナススタートだなんて、そんなことがあってたまるか。

 何のための艦娘か。何のための命か。それを打破するために、あたしたちはここにいるのだと。

 だけど、駆逐艦たちは夢を見なかった。

948 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:35:30 ID:CcyWen1s

 いつしか人は現実を知るだろう。子供が大人になるときは、いつだって現実を知るときだ。

 ――じゃあ、夢はどこにある?

 ――この世に希望はないのか?

 北上さんはあたしに、問う。あたしは答える。

 否。否。否だ。断じて否。

 あるとも。夢はある。希望はある。未来を見据えている限り、そこに確かに夢も希望も存在する。

 なるほど、それは夢だ。いかにも朧気で、幼げで、未だ形をしていない不定形の幻だ。

 ならば、と。北上さんは言う。


 ――あるんだ。ここにある。ここにあるとも。それを見せてやる。あたしはただ、やるだけだ。いつも通りにやって、それが『ある』のを証明する。


 それを形にして見せてやる。未来は捨てたもんなんかじゃあないのだと。夢はあるんだと。ここに確かにあるんだと。

 彼女の内側には、理性を越えた、もっと原始的な、いっそ幼稚なほどに、頑固なまでの情念が渦巻いている。

 一流の悲劇なんて、いらない。

 三流のハッピーエンドで構わない。

 駆逐艦たちは努力していた。駆逐艦を苦手とする彼女の目をして、そう評価するにいささかの躊躁も忖度も不要であり、ましてや彼女の本質はシンプルに清廉だった。誰かを不当に評価する発想すら持っていないひとだ。

949 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:36:58 ID:CcyWen1s

 駆逐艦たちは、そんな彼女が戸惑いなくそう評価するに足るほどの鍛錬を積んでいた。だけど、彼女たちは夢を見ているようで、見ていなかったのだ。

 阿武隈は、駆逐艦の子たちが言っていたことを、覚えている。


 『いつか平和な海を取り戻したい。それで、みんなで、笑顔でお話するんだ。そよ風の中で、笑って話をしたいんだ! 誰よりも、いっちばんに!』

 『平和な世界で、気持ちのいい春の陽気に、みんなでピクニックにいきたい』

 『またって言って、またって返せる、笑顔で過ごせる日が欲しい』


 それを聞いたときに抱いた感情の正体が、ようやくわかった。

 やはりそれは――苛立ちだった。

 頭の中がざらざらして、瞳の奥がかっかと熱を持つほどに、気に入らなかった。

 なにせそんなもの、北上さんにとって――あたしにとっても――夢なんかじゃあなかった

 夢で終わるような代物であっていいはずがなかった。

 そんなもの。

 そんなありふれたものを。

 ありふれているはずの、ものを。

 どこにだってあってしかるべき日常を、夢だなんて語る、ましてや子供の口からそんな夢など聞きたくもなかった。

950 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:40:33 ID:CcyWen1s

 だけど、言わせてしまう現状があるのも事実だ。現実としてそこにあった。

 頭の中がざらざらして、胸の奥がかっかとした。

 翻って、深海棲艦はどうだ? その挙動、その砲撃術、その雷撃術、その命中精度、どれもこれもがお粗末だ。

 人類への恨み辛み嫉みばかりを口にして、ただただ憎悪の感情だけを撒き散らしては、数を頼りに海を荒らしまわっている。

 どこに夢がある? 夢があるから努力ができる。やってやるという決意へと変わる。

 あたしにはとても、深海棲艦たちに努力した形跡を見い出せなかった。


 ――深海棲艦どもが、いつ努力した。奴らが、いったい何を、頑張ったってんだ。


 北上さんも、そう思っていた。沸き上がる感情の塊を、彼女はこの時に自覚したのだ。自覚して、いたのに。


 ――なんで頑張ってるあいつらが泣いてるのに、チャラけたやつらは嗤ってる。

 ――嗤っていやがる。あいつら、嗤いやがる。深海棲艦どもは、なんで嗤いやがる。


 その感情の正体を、捕まえた。捕まえて、いたのに。


 ――ガキが頑張ってるのを、どうして嘲笑いやがる。ざっけんじゃあねえ。

951 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:41:55 ID:CcyWen1s

 北上さんの持論――と言えるほど、彼女はまだ己の思いを言語化できてはいなかったのだと思う。

 現実は過酷なのだろう。夢は必ず叶うわけではないのだろう。

 それでも『ならぬものはならぬ』と、何にはばかることなく、胸を張って言えることがある。建前やお為ごかしなどではない。

 この世で最も惨めことは夢を見ないことだと、あたしは信じている。だがこの世で最も残なことは、夢が叶わないことなんかじゃあない。夢破れることじゃあない。夢が踏み潰されることですら、ない。

 ――夢見たところへ繋がる道を、絶たれることだ。

 夢とすら呼べないほど小さな、ありふれたものを見ることさえできないことだ。

 夢を見ることさえ許されないことだ。

 ――だから。

 ――ええ、だから。


 ――北上さんには、絶対に許せないことがあった。

 ――あたしにも、絶対に許せないことがあった。


……
………

952 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:43:34 ID:CcyWen1s

………
……


https://www.youtube.com/watch?v=VnqzL26-SNM

『ガキなんてのはさ』


 北上が言う。


『少しばかり無様なぐらいで、ちょうどいいんだ。好き勝手に遊んで、はしゃいで、喚いて、笑ってりゃあいいんだ。

 現実のしがらみなんて知ったこっちゃないって顔で、夢と現の違いも知らないままに、楽しんでりゃあいいんだよ』


 阿武隈は肯定する。

 『そう、ですね』と言って、頷く。

 『その通りです』と同意する。

 そして思う――果たして自分は、阿武隈は、これまで本当の意味で北上という艦娘に向き合っていたのだろうか。

 こうして腹を割って話すのは、これが最初ではなかったか。

 北上は言う。

953 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:44:21 ID:CcyWen1s

『ガキなんて、そんなウザい生き物なんだよ。……そういう、もんじゃないかよ。

 少しずつ現実を知っていくんだ。上下関係とか、目上に対する口の利き方とか、そういう煩わしいもんを、嫌でも覚えていくんだ。

 あたしが許せなかったのは、あいつらはガキなのに、ちっともガキらしくないんだ。考え方も、やることも、何もかも』


 阿武隈は答えない。

 だが瞳の形も、そこに宿る色も、北上の言葉に同意していた。

 北上は言う。


『あいつらに、夢はあるかって聞いたんだ。聞かなきゃよかった。知らずに済んだ。こんなに頭にくること、知らなくてよかったのに』


 それでも、北上は聞いてしまった。知ってしまった。


『友達にまたねって言って、またって返せる、そんな一日の終わりが来ることが『夢』なんだとさ!

 友達が今日、いなくなるかもしれない。姉が、妹が、自分だって沈んでしまうかもしれない。またねって言うこともできないし、言える相手がいなくなるかもしれない。

 そんな不安ばっかり抱えて出撃していくんだあいつら。でもな、悲壮感はなかったよ。自分が死んでしまうことより嫌なことがあるって、決意を秘めた目をしてた。

 それどころか、明日が無くなることを受けいれるような顔して、一生懸命に頑張って―――だけど、一日の終わりに、本当にほっとした顔をするんだ。今日も生き延びることができたって、ほっとするんだ』

954 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:45:57 ID:CcyWen1s

 だから、北上は言う。血を吐くように、言う。


『夜が深まると、本当に寂しそうな顔をするんだよ。震えてる子もいたよ。しょぼくれた顔してたよ。

 ああ、あいつらだって悪戯したりするさ。悪いことだってするさ。だけどそれは、明日自分がいなくなっても「せいせいした」とか「いなくなってくれてよかった」って、残った奴らの心が少しでも痛まないようになんて、ふざけた気遣いだ。じゃなきゃあ、あんなに悲しそうな顔で悪戯なんかするもんか。げんこつ喰らって、嬉しそうになんかするもんか。時たまそれでも、寂しそうな顔なんて、するもんか。

 ……ふざけんな。そんなガキがどこにいる。いていいわけ、ないだろ』


 阿武隈は静かに話を聞いていた。先ほどまで彼女の中で凝り固まり、ついに噴き出した北上への激情は鳴りを潜めていた。大井に叩かれた頬だけが、やけに熱い。

 それでも阿武隈の心には喜びがあった。激しい歓喜だ。北上という誇り高い艦娘が――こんなにも優しいひとが、自らと肩を並べて戦っていること。

 それがどうしようもなく頼もしく、そして誇らしいことに思えた。

 北上は言う。


『さよならを言えない日が欲しい。さよならを言わなくていい明日が欲しい。またねって言える、そんな日が毎日ほしい。

 その日が多く得られたら幸せだ。そんなことを……言ってた、んだ。笑って、言ってたよ。あんな、あんなの、子供の、ガキの、笑い方じゃ、ない。

 それが『夢』なんだと。そんな明日が来たら、どれだけ素晴らしいんだろうね――無邪気な顔だった。だけど怯えた目で言ってやがったよ』


 一瞬で歓喜は失せ、押し寄せた真紅の激情が、阿武隈の内を満たした。

955 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:46:40 ID:CcyWen1s

 阿武隈は、口元に痛みを感じた。何のことはない――気づけば、唇をかみしめていた。血がにじむほど強く。その痛みで、今にもあふれ出そうになる涙を、かろうじて堪えていた。

 必死に口を動かし『そう、ですね』と相槌を打った。

 本来なら、否定せねばならないのだろう。艦娘として生を受けたのだ。戦う運命を背負っている。人類を守らなくてはならない。自分たちが戦わなければ、誰も戦えない。

 そんな正論はいくらでも言えただろう。

 だけど、終ぞ阿武隈の口から、そんな非情な『現実』を叩きつける言葉は、出てこなかった。

 阿武隈は言う。

 『その通り、です』と。

 『それは、絶対に許せないことです――』と、心の底からそう思って、同意する。

 そして北上は言う。


『ああ、そうだ…………なんだそれ。ざけんなよ。まるで笑えない。なんでだ。あいつら、真面目に生きてるじゃないか。ただのガキじゃあないか。一生懸命、生きてるじゃあないか』


 一呼吸。唇を一度引き結んでから、北上は言う。

956 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:47:40 ID:CcyWen1s

『あれをしたい。これをしたい。あれが好きだ、これが嫌いだ、明日は何をしよう。何をして遊ぼう。今日はとても楽しかった。だから、だから――きっと楽しい明日がやってくるって。

 何かに阿ることもなく、遠慮することもなく、歯に衣着せることもなく、世の中の価値観なんかに左右されることもなく、物おじせずに、それを当然のように言ってのけるのがガキだろ。自分だけの宝石を持ってるのが、ガキだろう。善も悪も超越した自分だけの価値を持ってるのがガキなんだよ。かっこいいとかカワイイとか、そう思ったものに憧れて、目指していくもんだ。

 そうだ、ガキなんてのはそうして馬鹿みたいにウザく笑ってるもんだ。大きくなったら何になりたいとか、こんな遊びをしたいとか、空を飛びたいとか、それこそ夢みたいなことを語ってりゃあいいんだよ。

 当たり前のように明日が来ることを信じてりゃあいいんだ。明日が来ないなんてこと、明日が来ないことの不安なんぞ、考えなくていいんだ。

 それを窘め、時に叱って、やらなきゃならないこと、夢に向かって生きる方法を、一つずつ教えてやるのが大人と子供の健全な関係だろ……?』


 そんな子供も、やがて成長していくのだろう。無慈悲な現実の前に打ちのめされるものもいるだろう。

 阿武隈は、いつも悩んでいた。

 駆逐艦へ、どのように向き合うべきなのかを。

 より強い艦娘を前線へ。ならば弱い艦娘は、強い艦娘を守る盾にならなくてはならない。第一水雷戦隊とは、元より決戦兵力を前線へ押し上げる護衛任務を主としている。

 警戒を厳とし、敵影を補足すれば即座にこれを殲滅――その長たる己は、何をすべきだろう。どのように駆逐艦たちに向き合うべきなのだろう。

 冷徹にあるべきか。ありったけの愛情を注ぐべきか。この時の阿武隈はまだ決めかねていた。考えあぐね、迷った末に――姉たちに問うた。阿武隈には偉大な姉が五人もいる。だが異口同音に、誰もが言う。

 『沈むときには沈む。だからベストを尽くせ。いつだって全力で当たれ。それでも駄目ならばもう、割り切るしかないのだ』と。

 阿武隈は納得できなかった。だって、姉たちは誰もが気丈にそう言うけれど、誰もが泣きそうな顔をしていたのだ。鬼怒に至っては泣きながら言っていた。

957 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:49:54 ID:CcyWen1s

 なんて様だろう。天下の長良型が雁首揃えて、誰一人納得できないことばかりを抱えている。


 長良は言う――自分の持てる全てを惜しまず、駆逐艦たちに教えていく。目を見張るほどの技術を持つ子がいるならば、こちらから乞うぐらいの姿勢で行く。そうでなければその日が来た時に必ず後悔する、と。

 五十鈴は言う――私が上であいつらは下よ。五十鈴の命令には絶対服従。それで沈んだならば、すべての責はこの五十鈴にある。誰のものでもない、誇りも疵も全てこの五十鈴のものだ、と。

 名取は言う――焦りだけは駄目です。つまらないミス一つで沈まれた日には、悔やんでも悔やみきれない。天龍さんたちが積み上げた基礎を外さず、応用を一つずつ丁寧に教えていくことが肝要です、と。

 由良は言う――ありったけの情を注ぐ。由良ができる目いっぱいに愛します。頼ってくれてもいい、だけど捨て鉢になることだけは許さぬと言い聞かせるんだ、と。

 鬼怒は言う――わからない。だけど鬼怒は鬼怒らしくいたい。たとえその日が来たとしても、きっと、泣いちゃうんだろうけれど、笑顔で送れるぐらいに強くなりたいし、絶対沈まないぐらい、そのぐらい強くしてあげたい、と。


 阿武隈は沈思する。きっと、多くの艦娘が抱えているジレンマなのだろう。部隊を率いる艦娘たちは誰もが葛藤しているのだろう。

 お役目だから割り切れと、死ぬことも仕事だと、そう冷酷に言い放つのか――それは阿武隈の心に逆らう。

 決して傷つくな、沈むな、だが敵の攻撃から決戦兵力を守れと、欺瞞と矛盾に満ちたことを言い放つのか――それはお役目に逆らう。

 どっちつかずだ。駆逐艦たちが言うことを聞かないのも当たり前だと、阿武隈自身が納得する。

 だけど。それでも。否、だからこそ――何を目指しているのかだけは、忘れてはならない。

 簡単なことだった。示せばいいのだ。自分たちが向かっている未来は、正しいものなのだと、自信をもって、胸を張って駆逐艦たちを引っ張っていけばいい。引っ張っていくしかないのだ。

958 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:51:27 ID:CcyWen1s

 北上はそれを己の内側で言語化できていなかったが、やることなすこと全てが圧倒的に正しかった。

 夢へと続く道を閉ざすものがいるなら――。

 子供達の笑顔を曇らせる、どうしようもないものであるのなら――。

 それこそが、北上にとって絶対に許せないものだった。

 そしてそれは、阿武隈にとっても絶対に許せないものだった。

 だから。

 これを必ずや殲滅し、未来を切り開く。やらねばならないのだ。


『大人が、なんとかしてやらなきゃあダメなんだろ。ガキに夢見せてやらなきゃあならないんだろ……!!

 迎えられるかどうかもわからないと、毎日に怯えるガキなんか、うっざいぐらいはしゃぎまわってるのを見てた方が幾分マシってもんだよ。

 あたしは、あんな、あんな……あんな、まるでドブ底みたいな目をしたガキなんざ、見たかないんだよ。うざい通り越しておぞましいんだ。

 またねって言える日? さよならを言わずに済む日?

 それは今日だ。そんな明日だって毎日来る。いつだってくれてやる。いくらだってくれてやるさ。そのぐらいのもんなんだ。夢でも何でもない、ありふれたもんなんだってこと、証明してやるんだ。

 だから―――』


 そう、だから――。

959 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:54:27 ID:CcyWen1s

https://www.youtube.com/watch?v=oPGtAA2HaS8

 誓約する。

 北上は、言う。

 稲妻の如き光を灯した瞳で、言う。


『そんな健気で無様なガキの道すらつけようとするやつは、あたしが一発でひねってやる――あんたの旗下で、最強の重雷装巡洋艦たるこのあたしが、すべてギッタギタにしてやる。

 その姿を、あいつらには特等席で見届けさせてやる。あんな海の害獣ども、なんてことはないんだって、あたしが示し続けてやる』


 その宣誓は成され、未来において成就する。

 何の皮肉か、その純粋さゆえに機能を単一化してしまった――することができてしまった――北上にだけは認識されないままに、目標は完遂された。

 北上は『ただ一撃で敵を滅ぼす』――それだけに特化して、北上はこの日、第二改装された。この鎮守府では初の改二。何のためにそうなったのかすら、理由も、動機も、過去も、記憶すら置き去りにして。


『だから、あんたはあたしを守れ。駆逐艦どもの首根っこ掴んで引っ張ってこい。死ぬ気で鍛えろ。死んでも死なすな。ガキども先に死なすぐらいならおまえが先に死ね。でも死ぬな。死んでもガキども引っ張ってこい。死ぬならあたしが勝ってから死ね。

 その代わり、必ずあたしが決めてくる――あたしが、夢を魅せてやる』


 言ってることが滅茶苦茶だった。だけど不意に、ひ、という音が鳴る。

960 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:55:06 ID:CcyWen1s

 それが己の喉からかき鳴らされた声だということに気づく前に、阿武隈は自分が泣いていることに気づいた。もう、ダメだった。耐えられなかった。

 北上は、彼女が言うことがどれだけ傲慢で、同時にどれだけ高潔であるかなど、まるで自覚してはいないのだろう。

 だけど何一つ自身を飾ることなく、それを叫んだ。

 生きたいと願ういのちの道を、必ず拓いて見せるのだと。

 その道の果てに、輝かしい未来を齎し、その果てにある新しい世界に夢を魁せてやるのだと。

 とめどなく涙を流しながら、阿武隈は「わかりました」と言い、強く頷いた。

 どうしても涙は止まらなかったけれど、声はもう震えていなかった。

 だって。


 ――じゃあ、約束です。あたしは今後、北上さんに傷一つつけさせずに、艦隊決戦へ送り込みます。送り届けてみせます。


 だって。


 ――でも、あたし、嫌ですよ。北上さんがいなくなるなんて、嫌ですよ。だから、だから。


 だって。

961 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:56:54 ID:CcyWen1s

 ――きっちり決めて、ちゃんと、元気な姿で、帰ってきてくださいね。


 上手に笑えて言えたかはわからなかった。だけど、こうでも言わないと、きっとこの人はすぐに死んでしまうから。

 そんなのは、いやだった。

 だって。

 こんなに優しいひとが死ぬのは、いやじゃあないか。

 こんなひとを死なせたら、なんだか自分がとってもいやなやつみたいじゃあないか。

 もう軽口も文句も愚痴すら叩きあえないなんて、いやじゃあないか。

 だから阿武隈は、言ったのだ。

 暴風の如き感情を宿した瞳で、言った。

 北上が絶対に許せないと思うことは、阿武隈にとっても絶対に許せないことで。

 北上が願う、子供が子供らしくいられる未来は、阿武隈が何よりも掴みたかったもので。

 北上の夢は、今まさに阿武隈が見ている夢、そのものだった。

 阿武隈は見た。

 確かに見た。

962 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:58:54 ID:CcyWen1s

 それはきっと幻想だったのだろう。

 それでも確かに阿武隈は見た。

 滲む視界に、見たのだ。


 ――虹を駆ける雷光の姿を、北上の中に見た。


 ならば。

 ああ、ならば。

 ――あたしの、なすべきことは――。


 清廉にして峻烈なる想いを乗せた、この稲妻の軌跡に続くこと。願わくば、稲妻に寄り添う一陣の風でありたいと――そう思いながら、阿武隈は今日も己を研ぎ澄ますのだ。


 この稲光と並び立つに不足無しと、誰もが納得するだけの強さを備える、その時まで。誰よりも早く敵を見つけ、誰よりも迅速に敵を沈める。


 ――『風神』と呼ばれるに至る、その日まで。

963 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:59:57 ID:CcyWen1s

 その後に、きっと夢を見よう。

 平和になる夢を。

 平和になった後にも、夢を見よう。

 その頃はきっと、きっと。

 子供が泣かなくてもいい世界が、待ってるはずだから。



……
………

964 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 01:04:40 ID:CcyWen1s

※『疾風迅雷』の第一水雷戦隊の猛攻、これより始まる。

 北上にドチャクソヘヴィな感情持ってるのは何も大井っちだけじゃあないんだな。

 でも『大井っちは親友でちょー好き、木曾っちもといキッソは一家に一台であると便利、阿武隈は下僕で……いてもいなくてもいいかな』とかクソ外道なこと言うクソみたいな雷巡がいるらしい。

 ンンンンン……!!!

 これには阿武隈も半角カナでキレる。北上一流の照れ隠しであることに気づく日は、きっと遠い。HAHAHA! ジョーク! ジョークです! 雷神ジョーク! なんだァ? テメェ……。風神、キレた――!

 なお軽巡内では共に無手の格闘戦においては最弱クラス(当社比)でたまにぽかぽか叩きあってる、ほほえましいシーンが鎮守府で見れる。てぇてぇ、と一部の憲兵から人気だとか。仕事しろ。



>>927 まだあと1回の接種を残している……この意味が分かるな?
 明石と似て非なるタイプのあれというのは正解ではある。軽巡以上は駆逐艦を前に立たせて戦わせることにものすごく葛藤してます。

>>928 大正解です。阿武隈をいじる権利をあげます


 次スレは次回投下時にでも立てます。多分SS速報VIP@VIPサービスに立てますので万一スレ立てる前に埋まったらそちらを探してください。

965以下、名無しが深夜にお送りします:2021/09/26(日) 04:15:11 ID:E.j9lM.Q
乙です
あー めっちゃ良かった
泣かせてもらった
これだよこれ
俺がずっと読みたくて、叶うことなら書きたかった北上さまと阿武隈、あと大井っちの関係性だわ
この後も勿論読み続けるけどこの時点で多大なる感謝を感謝

966以下、名無しが深夜にお送りします:2021/10/01(金) 08:49:25 ID:hnPUz5ys
>>964
泣けたよ…ガチ泣きしちまったよ…
明日が見れない駆逐艦なんて悲しすぎる…

967 ◆gBmENbmfgY:2021/10/06(水) 22:20:05 ID:Ay5k0Gh2
※ご感想ありがとうございます。今週末か来週末にまとめて投下して次スレとなります
次回投下時に次スレ立てます

次回予告風味

ついに己が見ていた夢を、見ていることを自覚すらしていなかった夢を認識した北上が、自嘲するように提督に語りだす。
「こんなにも、ちっぽけだった。あたしの夢、こんな―――こ、こんな、指でつまめるぐらい、ちっちゃかった」
ちゃんと叶っていた夢。見ようとしていなかった夢が現実に溶けた形。それをこれから見ていきたいと、一つずつ、どんな形になっていったのかを見てみたい。
そう語る北上に、提督はバイクなり車なりの免許の取得を進める。世界を広げてみろ、と。
頷き微笑む北上は、改めて提督に問う。戦うことがなくなってしまったら、自分に何が残るんだと。
提督は言う。

「きっと新しい夢を見れるよ。これまで積み上げてきたことは無駄にならない。
 かつての君が無駄と切り捨ててきたすべての中に夢を見出せ。
 これからの君が無駄と断ずる君の戦闘技能、そして鍛えた五体はきっと――次の夢を見るための燃料になる」

北上は免許を取り、大井・木曾たちと共にツーリングに行くことが増えた。
そして北上はロードバイクに出会った。
ロードバイクへ騎乗する彼女の脚質はパンチャー。しかしその両足は、スプリンターをも凌駕するパワーを秘めていた。

次回、ロードバイク鎮守府の日常
【由緒正しい雷巡のポーズ】
絶対面白いよ!

968以下、名無しが深夜にお送りします:2021/10/08(金) 01:05:21 ID:2C8d2JT6

楽しみにしてますねー

969 ◆gBmENbmfgY:2021/10/17(日) 22:15:46 ID:mpdEdfSE

※ワクチン接種2回目で熱出そうなので予定変更短めです。

………
……



『……水、持ってきたよ、提督』

『――ン。ご苦労様……一個はこっちに。もう一個はそっちの台に乗せておいてくれ』


 そう言って、提督は取り出した食材を軽く洗い、瞬く間にまな板の上で野菜を始め、多くの食材を捌き始めた。水タンクを台に設置しながら、北上は横目でその手際を観察する。

 あっという間に木製の調理台の上に、下ごしらえの済んだ食材が並んだ。牛肉のブロックが一番、北上の目を引いた。北上の好みの赤身肉だが、ほどよくサシが入っている。

 ――あれを焼いてくれるのかな。

 鳴きだしそうなおなかを押さえつつ、思わず期待に満ちた視線を向けてしまう。提督はその期待を裏切る様にファスナー付きの調理袋を取り出す。北上のやる気が下がった。

 熱したスキレットに調理袋の中身がぶちまけられた――じゅわっという景気の良い音が響き、北上の耳を楽しませた。

 次いで食欲をそそる香味野菜の香気が彼女の鼻孔を貫く。

 刻んだニンニクやバター、唐辛子、そしてオリーブオイルの香り。ややあってからそこに混ざり始める、熱の入った殻付きのエビの独特の香気。

 食欲がわいてくる音と香り――エビのアヒージョだろう。北上の好物であり、口中を唾液が満たした。そういえば、朝から何も食べていない。北上のやる気が上がった。

970 ◆gBmENbmfgY:2021/10/17(日) 22:18:43 ID:mpdEdfSE

『まず一品だ。パンも焼いてる。肉も焼くし、他のも作る。メシも炊いてる。それまでのつなぎだ』


 見れば飯盒がすでに焚火にかけられている。いつ米研いで火にかけたのか。相も変わらず素早い人だな、と北上は思う。


『ほれ、いつまで突っ立てる――そこ座れ』


 提督が指し示す先には、提督から見た焚火の向こう側――アウトドアチェアがある。背もたれや肘当てまでついていて、いかにも快適そうなハイチェアだ。

 北上はその椅子に――腰かけず、調理する提督の後ろに移動する。背もたれもない簡易的なローチェアに腰かけている彼の背中に、自身の背を合わせて、深く深く腰掛けた。ぴたりと密着し
た背中から、互いの体温を交換する。


『んー? スキンシップか?』

『ん』

『寒くないのか?』

『ん』


 まだ春が遠い日だ。寒くないといえば嘘になる。曖昧に頷いて誤魔化した。北上は提督の顔を今は見たくなかったし、提督に顔を見られるのも嫌だった。

 ただ、背中から伝わる温度ぐらいで、ちょうどよかった。

971 ◆gBmENbmfgY:2021/10/17(日) 22:19:58 ID:mpdEdfSE

『――答えは出たかよ、北上』

『……うん』

『泣いているのか、北上』

『泣いてなんか、いない』


 その声は震えてこそいたが湿ってはいない。

 背後に立っている北上は、確かに泣いていないのだろう――提督はそう思った。


『あたしは、あたしはさ、ホントに、アホだったよ。提督が呆れるのも、当たり前だった……』

『だろ?』

『茶化すな、バカぁ……黙って、聞いてよ』

『はいはい』


 背中から振動が伝わる。きっと、提督が苦笑しているのだろうと、北上は思った。


『あたしが、自分であいつらを遠ざけた。ただ強くあれるんだ、あたしがいれば安心できるんだって、あいつらが、笑えるように』

972 ◆gBmENbmfgY:2021/10/17(日) 22:24:40 ID:mpdEdfSE
※名物:誤表記
×:背後に立っている
○:背後に座っている



 心の内側から噴き出した言葉が、訥々とあふれだす。


『あたしにも、あったよ。提督、ねえ……ちゃんと、あたしにも夢、あったんだよ。見つからなかったわけじゃ、なかった。捨てたわけでも、なかった。ただ、忘れてただけだったんだ。こん
なアホ、いないよ』


 北上の声の震えが、大きくなった。


『笑っちゃう。あたしの、夢……あるは、あ、あったけど、ちっぽけだった。こんな、こん、な……こ、これぐらいだった。こんな、これっぽっちだった。

 これぐらい……ゆ、指でつまめるぐらい、ちっぽけ、だった。

 だけど、ちゃ、ちゃんと、か、叶ってたんだ。でも……見てなかったから。ちゃんと、見てなかったから、それが叶ってることさえ、気づかなかったんだ』


 提督はそんな北上の在り方を、以前から気づいていた。ずっとずっと気づいていた。

 だけど何もしなかった。できなかったのだ。脇目も振らずに、ただ目的のための手段を磨くことにだけ特化した。研磨した。先鋭化した。

 だから彼女は、夢を忘れた。

 子供たちの夢を叶えさせるために、夢を見させるために、ひたすらに強く。何よりも強く。誰よりも。誰よりも。

973 ◆gBmENbmfgY:2021/10/17(日) 22:30:44 ID:mpdEdfSE

 姉たちや、親友や、妹の声すら、振り切って。

 阿武隈と共に、夢を賭け、夢を駆け、夢を見て、夢を魅せた。

 そして、夢が覚めて。

 夢が、終わって。

 もう、何も――。


『それでも北上――君は、いつも自分でちゃんと選んできたよ』


 北上が望んだ優しい声が、やっと聞こえた。


『託されたものがあっただろう。背負っていた思いがあっただろう。それを捨てるという選択だけは一度も取らなかっただろう。

 だけど君は――いつも自分の意思で背負っていただろう』


 提督が言う。駆逐艦たちは言っていた、と。幾度となく少女たちと面談してきた彼は、それを知っている。

 特に第一水雷戦隊に所属していた駆逐艦たちは、口々に言っていた、と。

 涙を流しながら、言った。

 ――助けてくれた。

974 ◆gBmENbmfgY:2021/10/17(日) 22:33:49 ID:mpdEdfSE
 ――北上さんが助けてくれた。

 ――心を、助けてくれたんだ。

 ――沈んでいく心を、救ってくれた。

 ――終わりの見えない戦場にあり、雲霞の如く迫りくる敵を、一筋の雷撃で道を作り出した。

 ――あの強さに憧れた。自分たちにもなれるだろうか。同じ魚雷を使っているんだ。きっとなれる。あんな人になりたい。

 北上は、多くの駆逐艦たちの憧れだった。


『見た夢が小さかったとしても、指でつまめるぐらいちっぽけだったとしても、君が積み上げたものが塵芥であるものか。

 それは星屑だ。何十何百何千何万と、一つずつ積み上げてきたそれは、俺はちっぽけだとは思わない。誰にも言わせやしない』


 北上さんが叶えてくれた。

 北上さんから、たくさんのものを貰った。

 それはささやかな夢のひとかけら。

 されど、それは抱えきれるほどに降り積もった夢のかけらたち。

 明日を夢見る希望を貰った。

 希望を望める明日を、貰った。

975 ◆gBmENbmfgY:2021/10/17(日) 22:51:47 ID:mpdEdfSE

『もう、遠ざけなくていいんだ。視線を合わせて、腰を据えて、じっくりと話をしてあげなさい。

 初春型の子らも。暁型の子らも。曙も潮も。不知火も霞も。

 第十七駆逐隊の子も。白露も、時雨も。

 君の夢のかけらを両手いっぱいに持っている。もう形をもっているんだから。

 とにかく君は世間知らずすぎるからな――車なりバイクなり、免許取って行動範囲を広げてみたらどうだ?

 慣れてきたら、こうしてキャンプに連れてきてワイワイやるのも、案外オツなもんだぞ』


 喜色に満ちた声と共に、後ろ手に延ばされた提督の手が、放り出された北上の手と重なる。

 北上は思う――大きく、温かい手だ。

 長い指に触れると、ごつごつした感触がある。その温もりが嬉しくて、北上から指を絡めた。


『うん……そうする。そうするよ、提督。でも――』

『ん?』


 再度、問わねばならないことがあった。


『あたしに、何が残ってるんだろう。夢を叶えてた。じゃあ、じゃあ――』

976 ◆gBmENbmfgY:2021/10/17(日) 22:52:19 ID:mpdEdfSE

 次の、夢は?


『だから君はアホだと言ってるんだ、北上』

『えっ』

『今しがた言ったとおりだ。君はいささか世間知らずすぎる。何が世の中にあんのかもロクにしらねえで夢なんぞ見れるか。

 見分を広げろ。人と話せ。ときに仲たがいすることもあろう。失敗することも後悔することもあろうよ。

 そうして自分がその世の中で何ができんのか一つずつ見つけて、やりたいことも見つけるんだよ』

『で、でも、見つからなかったら』

『ホント、今日の君は別人みたいにしおらしいな――北上様。天才なんだろ? 見つかるさ。見つけるよ、君は。

 それでも不安なら――君以上の天才たる、この俺が保証してやる。君は新しい夢を見つける。OK?』

『…………ぁ、は』


 北上は笑った。苦笑ではなかった。本当にうれしくて、うれしくて、安心して、安堵して、声が漏れた。

 ぎゅうと手を掴む。こんなに温かい手の持ち主がそう言うんだ。とりあえず騙されてみよう――そう思えた。

977以下、名無しが深夜にお送りします:2021/10/18(月) 05:00:45 ID:2mx9BDJA
おつです 
(������������)����グッ!

978以下、名無しが深夜にお送りします:2021/10/18(月) 05:02:05 ID:2mx9BDJA
変換できずだった
(・∀・)bグッ!

979以下、名無しが深夜にお送りします:2021/12/16(木) 02:59:43 ID:JRY8knIQ
年末か
そろそろ向こうのマジカルな方の更新も待たれる時期だ

980 ◆gBmENbmfgY:2022/03/01(火) 00:16:22 ID:1gsFED7k
※ロードじゃないほうのバイク乗って信号待ちしてたら唐突に黒塗りのア○アに乗った老人が後ろからシューーーッ! 超、大惨事! ってな具合に入院してました。死ぬところでした。

 両腕が動くようになったら少しずつ投下していきますよオホホ

981以下、名無しが深夜にお送りします:2022/03/01(火) 04:26:10 ID:J.banIVQ
SS避難所
https://jbbs.shitaraba.net/internet/20196/

982以下、名無しが深夜にお送りします:2022/03/02(水) 18:05:35 ID:okNIwJtY
>>980
なんとまあ……
お大事にー
気長に待ってます(人*´∀`)。*゚+

983以下、名無しが深夜にお送りします:2022/08/04(木) 11:28:10 ID:hvv7kbAA
待ってる

984 ◆gBmENbmfgY:2022/09/25(日) 00:36:52 ID:vtn8ixcc
>>1です
 事故から八ヶ月以上たちましたが未だ通院中です。相手の保険会社とは弁護士にやりあっていただく予定です。
 リハビリ中ですが、ぎこちないまでも手が少しずつ動くようになりました。障害は残らないようですので一安心。
 すぐにとはいきませんが、どれだけ遅くても年内にはぼちぼちこっちも「あっち」も再開していけたらと思います。
 まだ読んでいただける方がいてもいなくても「最低限このSSを最後まで書き切ってから筆を置く」を目標にやっていきます。

 新しいスレはまだ立てていませんが、https://jbbs.shitaraba.net/bbs/subject.cgi/internet/20196/
 もしくはこっちで立てる予定です。https://ex14.vip2ch.com/news4ssnip//threadlist.html
 仮にこのスレが埋まってしまった場合は、>>1が気づき次第、上記いずれかに立てておきます。

985以下、名無しが深夜にお送りします:2022/09/29(木) 21:44:21 ID:3oyCpo3c
>>984
マジかぁお大事に
ずっと待ってるよ

986以下、名無しが深夜にお送りします:2023/10/19(木) 11:51:16 ID:Aa0Rhd0.
まだ待ってる


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