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優しい衛兵と冷たい王女のようです 番外編 『暁の綾蝶』

1名も無きAAのようです:2015/07/20(月) 13:06:18 ID:VABT4D4M0
2板より出張してきました。
番外編投下します。

92 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 14:37:55 ID:VABT4D4M0
 剣を拾ったモララーに、立て続けに二人の魔人が飛びかかってきていた。
 体勢の整っていなかったモララーは、無理矢理剣を振るい、二人を組み伏せる。

 魔人が狙っているのはモララー、攻撃が集中するのも当然と言えば当然だった。

「くそ、クーのとこ、行かなきゃなのによ」

 信頼していないわけではない。
 だが、相手がクーの知っている魔人であることが、ずっとモララーには気になっていた。

 気持ちが乱れれば剣は乱れる。
 クーは気丈だ。この広場に来たということは覚悟だってできているのだろう。
 でも何が感情の揺れる引き金になるかは誰にだってわからない。

93名も無きAAのようです:2015/07/20(月) 14:38:08 ID:wgEta2/s0
しえん

94 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 14:38:45 ID:VABT4D4M0
 魔人の牙をかわし、その腹に剣の柄を打ち込んで、振り向いた。
 次の魔人が遠くに見える。そいつが来る前に、ほんのわずかだがクーの様子がうかがえた。
 クーが立ち、オオカミが座り込んでいる。

「やったのか」

 歓喜で手を上げそうになる。
 が、どうも様子がおかしい。

「クー?」

 問いかける間に、もう次の魔人がやってきている。攻撃を躱し、剣を振る。

 クーの姿は見えなくなった。
 モララーの胸がざわつく。
 速くこの場を切り抜けて、助けに言ってやらねえと。
 嫌な予感が、モララーの頬に汗を滴らせた。

95 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 14:39:39 ID:VABT4D4M0
 クーの剣がオオカミの爪を三本はじき飛ばしたところで、組み手に区切りがついた。
 魔人が尻餅をつき、その顔目がけてクーが剣の切っ先を向けた。

 荒い呼吸に肩を上下させながら、クーはまっすぐオオカミを見下ろした。
 オオカミは自分の腕を確かめている。
 もうそこには爪が無い。武器を無くした彼の腕は、頼りないほどに丸まっていた。
 当惑した表情が、揺れ動き、それからクーを見上げていた。

「貴様の負けだ、オオカミさん」

 クーが静かに宣告した。もしもこれで逆上でもしようものならその隙が付けたが、あいにくオオカミは何もしないで、呆然とクーを見上げていた。

96 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 14:40:43 ID:VABT4D4M0
 飛ばされた爪のうち、実は一本がオオカミの身体のすぐ後ろにある。
 取ろうとすれば、オオカミに武器が手に入るが、同時にクーに背を向けることになる。
 もしそちらに気が向けば、容赦なく切り捨てる、クーはそのつもりでいた。

 オオカミは、まだうごかない。

 あと10秒経ったら脚の腱を斬ろう。
 そうすれば、死なないまでも、動けなくなる。
 また牢屋に行ってしまえば、もう会わなくて済むだろう。

 クーはそこまで考えて、心のうちでカウントを始めた。

 9秒、8秒、7秒、6秒。

97 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 14:41:38 ID:VABT4D4M0
 夜の静けさに、遠くでモララーの取っ組み合いの音が聞こえる。
 彼は魔人を倒した私をどう思うだろうか。
 倒せると、思ってなかったかもしれない。
 彼のことだ、私を助けようとしているに違いない。

 5秒、4秒。

 だいたい彼はいつだって私を舐めているのだ。
 自分が教える立場だからっていい気になっている。
 私だって成長しているということを、しっかりその目に焼き付けてもらおう。

 3秒、2秒。

98 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 14:42:27 ID:VABT4D4M0
 私は強くなったんだ。
 守ってばかりでいた自分から、変わって、もう一人で歩ける。
 旅立つ彼に、そのことを伝えよう。

 驚いてくれ。
 笑ってくれ。
 そうすれば、私もここを出て行ける。

そして私は、私は。

 ――あれ?

 1秒。

99 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 14:43:31 ID:VABT4D4M0
「君は」

 声がする。

「そんなに強くなったんだね」

 微笑んだオオカミが、身を翻らせた。
 咄嗟のことにクーの反応は遅れた。

 彼の腕が、背後に伸び、地面に落ちてた爪の破片を拾う。
 クーは飛びかかろうと構える。剣をを構え、つきたて、彼の得物をたたき落そうと狙いを定める。

100 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 14:44:13 ID:VABT4D4M0
 そのとき、今一度オオカミがクーを振り向いた。

 笑っている。

 怖気を感じるクーの前で、オオカミはその顔のまま、爪の破片を彼の喉に突き立てた。

 何かの破裂する音。
 クーの視界が真っ赤に染まる。
 温もりが顔に降りかかり、むせるような生命のにおいが鼻をつき、鉄の味が口を満たした。

 思い出した。
 強烈に思い出してしまった。
 ずっと昔、今と同じように鮮血を浴びたことを。
 そのとき自分が何を考えていたかを。

101 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 14:45:02 ID:VABT4D4M0
 魔人が人を襲うのは、人のことを知らないからだ。
 だから私は、魔人に人のことを知ってもらおうとした。
 オオカミと一緒に行動し、街を見て、少しずつ慣らしてあげようと。

 そしてゆくゆくは、魔人を守ってあげようと思って。

 振動が喉をこみ上げてきた。

「オオカミさん!」

 咳き込みながら叫んだ先に、もうあのオオカミの顔は無い。

102 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 14:45:51 ID:VABT4D4M0
 彼は倒れ臥していた。
 首元が血で染まり、止めどなく草原に流れ落ちている。

 クーは彼の横に駆け寄り、その肩を自らに寄せた。

「オオカミさん! なんで、どうして」

 自分の首を、と言おうとして、舌が回らなかった。
 水分が急になくなっていった。
 干上がった下が口腔に張り付いた。

 別の目的ができたからだ。
 クーは誰にでもなく胸中で叫ぶ。

 強くなること、それに、夢中になりすぎていた。
 かつて浴びたのは、一番の親友の血だったのに。
 そんなことまで、忘れるつもりはなかったのに。

103 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 14:46:42 ID:VABT4D4M0
 毛むくじゃらの顔を引き寄せる。体温がすでに下がりつつある。クーの膝もすぐに赤くなる。

 オオカミは目を覚まさない。口も開かず、穏やかそうな顔のまま、何を言っても動いてくれない。
 もっと引き寄せようとしたら、傷口から血の泡が膨らんだ。皮膚の破れる音がする。織物のようだ。

 寒気がした。喉元にまでこみ上げてくるのを必死で耐えていたら、そのうち視界が滲んだ。
 人がものになっていく姿が、ぼやけて霞む。何も見えない。
 オオカミの存在はもう、腕に当たる冷たく固い体毛にしか認められなくなっていた。

 堪らずに目を閉じたら、オオカミの笑顔が嫌でも浮かんだ。
 戦いの最中に浮かんでいたあの奇妙な屈託のなさは、純粋に楽しんでいるものの瞳だとようやくわかった。

 オオカミは楽しんでいたんだ。戦うことが好きだったんだ。
 もっと早くに、そのことに気づいていてあげたなら。

104 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 14:47:23 ID:VABT4D4M0
「クー!」

 モララーの声がした。駆けてくる足音がする。
 瞼を開いて、クーは立ち上がった。視線はまだオオカミに向いているから、真下を向いたままになる。

 モララーがそばに立つのがわかった。

「クー、お前……オオカミを」

 モララーが言い終わる前に、クーは首を横に振った。
 自分が倒したわけではない、そう叫ぼうとして、言葉にならなくて、仕方なくうえを見上げた。
 足下の血だまりとうって変わって、雲の蔓延る紺色の空のどこにも赤い色はない。
 体温を感じさせない虚空が果てなく広がるばかりであり、見つめていると、クーの呼吸は次第に落ち着いてきた。

105 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 14:48:12 ID:VABT4D4M0
「モララー」

 上を見たまま、クーが言う。

「私はもう、魔人を斬りたくない」

 クーの全身は、深い赤の、獣の返り血に染まっていた。

「クー」

 モララーが声をかけるも、それに対する反応はない。
 クーは放心したように、その場に立ちすくんでいた。

 生ぬるい夜風が、充満する血のにおいが、二人を包み、離そうとしなかった。

106 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 14:49:12 ID:VABT4D4M0
 脱獄した魔人の討伐はこれで終わった。

 モララーはすべての魔人を斬り伏せていた。
 彼らは全員再び牢獄に送られ、自害したオオカミは警備隊に引き取られることとなった。

 クーはモララーの手を引かれて孤児院へと帰った。
 道を歩く途中、二人の間に会話はなく、ただ淡々と夜道を行く足音だけが響いていた。

 翌日、モララーは孤児院のみなに見送られ、ラスティア城下町へと出発した。

 その日の午後に、クーは忽然と姿を消した。
 あの武器の双剣と、わずかばかりの私物以外のすべて残して。


 それから、月日が流れた。

107 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 14:49:58 ID:VABT4D4M0
 303年9月

「以上の殊勲を理由として、諸君をラスティア城の衛兵見習いとして招き入れるする次第である」

 厳かなかけ声が、ラスティア城衛兵隊の隊長より申し渡される。
 お城の大講堂をお借りしての正式な任命だ。
 他の衛兵たちが出席するだけの式では会ったものの、広い場所まであてがわれているのは、このたび中途採用される人材たちの全員がラスティアの地方都市で独自の殊勲を得た精鋭であり、将来の出世が約束されていたからだ。

 時は国王ショボンの治世。ラスティア城下町には厳格な魔人忌避条例が敷かれていた。
 この条例が緩和されるのにはあと三年の月日を要する。モララーが衛兵となり、デレがモララーを認識するまで、あと二年半。

 ラスティア城下町は、積乱雲を遠くに臨む残暑の青空の下にあった。

108 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 14:50:43 ID:VABT4D4M0
「暑い……」

 と、式が終わるやいなや真っ先に城から出たものがいた。
 痩せ細った身体に青白い顔。不健康そうな見た目とは裏腹に、元いた牧草地帯では羊を襲う魔人を討伐することを毎日の日課とし、村の産業保護に多大な貢献をしていたという。

「ドクオー」

 街道へ出て早々に、彼にかかる声が一人分。短めのブロンドの髪をぼさぼさに跳ね上げた小柄で華奢な少女を相手に、ドクオは気怠げに手を振り声を返した。

「シュールか、こんなところで何をしているんだ」

109 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 14:51:42 ID:VABT4D4M0
「ヒートがまた今日も盗賊をやってる」

 シュールが答えると、ドクオは深く重たいため息をついた。

「どうしてそうなるんだ。俺がこっちに来る前に足を洗ってまともな仕事を始めるんじゃなかったのか」

「それはきっと、足を洗えなかったんだと思うな」

 シュールが腰に手を据えて堂々と言う。
 ドクオは今一度ため息を、先ほどよりもさらに深くついた。

110 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 14:52:31 ID:VABT4D4M0
「面倒ごと起こす前に取っ捕まえるぞ。どっちの方だ」

「言ったってわからんだろう。あたりはつけてるから着いてこい」

「知ってるならお前、止めろよ」

「あっしがヒートを止められるわけないだろ。ドクオだって知っているだろうに」

 先ほどから名前のあがる、このヒートという人物は、ドクオのよく知る友の妹であり、シュールにとっては友達である。
 衛兵見習いとしてドクオが城下町に招聘される数ヶ月前より、仕事探しでラスティア城下町へと引っ越し、もって生まれた足腰と発明力で盗賊まがいの行いを繰り返している変わり者だ。
 下手な評判が着く前に止めたかったドクオだが、どうにもその想いが通じず、今の今まで悪行を繰り返している。

111 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 14:53:15 ID:VABT4D4M0
「もっと何か別のことに精を出させてやらないとな」

 シュールにつれられて、石畳の上を走りながら、ドクオがぼやいた。

「何かってなんだい」

「さあ。どこかにもっと真っ当な何かがあればいいんだろうけど」

「ふむ……真っ当は嫌いそうだ」

 シュールが次の道を指示しながら口にする。

112 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 14:54:05 ID:VABT4D4M0
「とりあえず人の下につくようなタイプじゃないな」

「じゃあ自営業」

「仕事もいいが、民間団体という手もある。奉仕活動とか」

「合わないだろう」

「合わないよなあ」

 青果通りを駆け抜けて、重厚な建物の聳える繁華街へと進んでいく。
 ラスティア屈指の石造りの建物が目立つ一角だ。

「こりゃ、骨だな」

 街をゆく人の群れを見ながら、ドクオが顔を引きつらせた。

113 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 14:54:54 ID:VABT4D4M0
「でもヒートはこういうところ好きだな、絶対」

 シュールはびしっと親指を立てた。
 つまり彼女の言っていた心当たりとは、この繁華街のどこかというのだろう。狭まりそうも無い要件だ。

「もうちょっとどうにかならないのかよ」

「いや、ムリだ。どうせ走りながら盗んでいるんだろう」

「だったらせめて、格好とか」

 ドクオが続きを言おうとしたが、唐突な悲鳴がそれを途切れさせる。
 ドクオとシュールは顔を見合わせた。

「言ってみるぞ」

「合点」

 悲鳴は繁華街の遙か向こう側、石柱の並ぶ図書館付近から上がっていた。

114 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 14:55:44 ID:VABT4D4M0
「くそう、大声出しやがって」

 ヒートは焦っていた。
 走っても走っても、頭の中で悲鳴が木霊する。

 失敗したなと思ったところはあった。
 手を伸ばすタイミングも悪かったし、緩そうに見えて実はガードが堅い鞄の蓋にも気づいていた。
 でも、あれほど思い切りよく声をあげられるということが一番の誤算だった。

 逃げ出したのは路地の裏。レンガ造りの壁の裏側を駆け、跳び去っていく。
 出口はいくつか見えたが、どれもこれも繁華街から抜けられそうにない。騒ぎが大きいならば人前に姿を出すのは危険だろう。

 さてどうしようかと思案していると、ひとつの出口に人影が見えた。

115 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 14:56:44 ID:VABT4D4M0
「ん?」

 立ち止まって目をこらす。
 逆光になってよく見えないが、何か棒のようなものを持っているように見えた。
 それを手前に掲げ、やや低く腰をかがめる。
 そして、ヒートに向かって走ってきた。

「わ、わわわ、はやっ」

 油断していた。自分の追っ手だという可能性を全く考えていなかったわけではないのに、警戒心が薄くなっていた。
 元来た道を戻り、通らなかった道を折れた。足音が聞こえたら、壁と飛び越え屋上に上った。

116 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 15:04:40 ID:VABT4D4M0
 いくら素早いとはいえ、特殊な装備でもない限り上れないだろう。
 笑みを浮かべるヒートの顔のそばを、何かがかすめて飛んでいった。

「ん? ボール?」

 なんて言っている間に、今度は足下に何かが飛んでくる。
 どうやら、下から何かが投げ込まれているらしい。
 あっけにとられて眺めていると、ボールが開いて、液が弾け、その場に広がって固まった。

「これまずいやつ!」
 叫ぶとのほとんど同じタイミングで、次々とボールが送られてくる。

「ちょ、ちょっと!」

 慌てて駆け下りる路地裏のひとつ。道の上に人は見えない。

117 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 15:05:32 ID:VABT4D4M0
「やりい!」

 着地して、それから走り出そうとする。
 が、そこへ首筋に何が触れる。

「ひっ!?」

 急ブレーキを踏んだ。喉のところに光が見えた。銀に煌めいているのは銀。
 もう一歩進んでいたら、とヒートは考えて、一人背中を震わせる。

「お前か、盗賊ってのは」

 ヒートの背後から声がする。暗殺術でも身につけているのか、ヒートはまるで気配を感じなかった。

118 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 15:06:22 ID:VABT4D4M0
「だ、だれだよ!」

「泥棒に名乗ったって仕方ねえよ」

 剣の柄が握り直され、刀身が脇に、柄がヒートの前にくる。

「さあ、おとなしくしてろよな。衛兵のとこまで連れて行くから」

 男がそう言って、ヒートの腕を掴む。
 抵抗はなかった。観念したのかと思い、力を込める。
 だけど、ヒートはどういうわけか動かなかった。

119 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 15:07:12 ID:VABT4D4M0
「これ」

 ヒートの視線は、自分の前にある柄に添えられた金属プレートに向いていた。
 カエルが三匹、そこにいる。

「ああ、それは」

 と、男が答えようとするのを遮り、ヒートが呟く。

「『三匹のカエル』?」

「え?」

「ねえ、どうしてこのお話、知ってるの?」

120 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 15:08:02 ID:VABT4D4M0
 男の腕の中で、ヒートが器用に後ろを振り向いた。
 文字通り目と鼻の先に顔が現われ、男が動揺して数歩引く。
 暑い陽光の下に、彼の身体が露わとなる。栗毛の髪の下で、目を見開いてきょとんとしている。

「どうしてって、なんだよ」

「それ、あたしのお姉ちゃんのお話だもの。お姉ちゃんと会ったの?」

「お、おい詰め寄るなって」

 制止の声も聞かず、ヒートの手が男の襟を掴む。まだ新品そうなプールポアンが引き延ばされていく。

「どこで? いつ? お姉ちゃん生きてるの!?」

「お姉ちゃんったって名前わからんし、お前も知らん! というか離せ、息苦しい!」

121 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 15:08:52 ID:VABT4D4M0
「あ、ごめん」

 手放すと、男はあっけなくバランスを崩して尻餅をつく。

「急に離すな!」

「言われたとおりしたんだよ」

「融通の利かないやつだな」

 襟元をただして男が呻く。

122 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 15:09:40 ID:VABT4D4M0
 ヒートは一頻り頭を下げて、すぐに「でさ」と話を始めた。

「あたしの姉、クーって言うんだ。知ってる?」

「クー!?」

 今度は男がヒートに詰め寄り、その肩を思い切り強く掴んだ。「ぎゃーっ」とヒートが叫ぶが、男の力は弱まらない。

「な、なんだよ離せよ衛兵呼ぶぞ!」

「お前、クーを知ってるのか?」

「知ってるもなにも、お姉ちゃんだって言ってるだろ」

123 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 15:10:31 ID:VABT4D4M0
「妹、いたのかよ」

 男はは一人呟いて、ヒートから手を離し、視線をそらした。
 遠いところを見る視線が空の彼方へと伸びていく。

 ヒートはまだ訝しげに男を見ていた。

「それじゃ、会ったんだね」

「ああ。知ってる」

「それなら教えてよ。お姉ちゃんのこと。ていうか、あんた名前なんなのさ」

「モララー」

 このとき以来、モララーとヒート、そしてドクオやシュールは、長いつきあいとなる。
 酒場『三匹のカエル』を拠点とした、魔人レジスタンスのラスティア城下町支部のメンバーとして。
 もっともこのときのヒートも、モララーも、そんなことはつゆ知らず、二人してひたすらにクーの所在を知りたがっているだけであった。

124 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 15:11:23 ID:VABT4D4M0

時は更に流れる。


308年12月


 テーベ国、アイトネ山脈、裾野の森。

 炎に包まれたこの場所で、クーは仮面を被っていた。
 向かい合うのは、倒さなければならない相手。

 自分の境遇の不憫さに、クーは笑いたくなっていた。
 何をするにも、どうしてでも、昔の自分が今の自分を縛り付ける。
 皮肉に満ちた運命だ。私は神様とやらに嫌われているに違いない。
 とはいえ、逃げるわけにも行かない。

125 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 15:12:11 ID:VABT4D4M0
 自分には責任がある。もう、逃げることなど許されない。

 再び双剣を構えようと、腕に力を込めたとき。

「やるじゃねえか」

 相手がおもむろに口を開いた。

 仮面の中で息をのみ、クーは相手の顔を見据える。

 炎に照らされ、赤く揺らめくその顔は、笑っているようだった。

126 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 15:13:02 ID:VABT4D4M0
「俺だってそれなりに技術はある。だからわかる。お前の技は見事だ。軍隊にも所属せず、独学で身につけたというなら、相当のセンスだ」

 クーは、仮面の奥で目を見開いていた。そんなことを言われるなんて思ってもみなくて、胸多くが熱くなるのを感じた。

 鍛錬をしたのはもうずっと前のことだ。スィオネの街を出発してから、魔人を助けるために奔走した。
 その間ひたすら逃げ、時として戦い、そしてトレーニングも欠かさなかった。遙か昔の鍛錬が、今も習慣としてクーに残っていた。

 その成果が、今、対峙する相手に認められた。

「傭兵にでもなれば、さぞや活躍したことだろう」

 相手はそこで呼吸を置き、「どうだ」と続けた。

「いっそのこと、本当に志願したらどうだ。俺と一緒に戦ってみないか」

127 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 15:13:51 ID:VABT4D4M0
 呆然、唖然、驚き、そのどれとも違う、どれよりも強い衝撃が、クーにもたらされていた。
 自分は強くなった。鍛錬を続け、剣の技術を磨き、今やこの相手に褒められるまでに成長した。
 あげく、一緒に戦いたいとまで言ってもらえた。

 クーは、ふっと鼻を鳴らした。
 きっと仮面があるから、その真意は相手には伝わらない。

 それでいい。

 この奥にいる私の顔が、こんなに綻んでいるだなんて、彼には知らせなくて良いのだ。

 クーは戦闘態勢を取る。

128 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 15:14:43 ID:VABT4D4M0
 ふと、頭の中にあのオオカミが思い浮かんだ。
 自分の爪で自らの命を断った魔人。
 彼は自分と戦うことをとても楽しんでいた。

 戦うことが好きだから。

 いや、それはちょっと違うのだ。
 今この場にいて、ようやく気づいた。

 どちらが守られるわけでもなく対等になって立ち向かう。それはたとえ殺しあいだとしても平等な交友関係だ。
 私と対等であることがうれしくて、だからオオカミさんは笑ったのだ。
 ずっと、一人でいたものだから。

129 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 15:15:41 ID:VABT4D4M0
 クーは飛びかかった。

 覚悟しよう。自分はここで死ぬかもしれない。たとえ私が勝っても、相手が勝っても、周りはすでに火の海なのだ。逃げ切れるわけがない。
 死ぬとわかっているのなら、全力で受けて立とう。
 
 クーの腕が、双剣が、相手に目がけて振り下ろされる。
 ガードされ、金属音が高く響く。
 クーは、自分の頬に何かが伝うのに気づいた。
 
 まだだ。クーは自分に言い聞かせる。まだ、覚悟が足りていない。
 涙など、どこにも流す余地は無いはずなんだ。

130 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 15:16:57 ID:VABT4D4M0
 また、駆ける。
 相手の目が、はっきり自分の目を捉えた。
 
 この涙が見えてしまっただろうか。
 だとしても、決して何も言わないでくれ。何も察しないでくれ。
 
 頼むから、このまま二人の戦いを、何ものも邪魔しないでくれ。

 刀身の触れ合う音が響き渡る。

 戦いは、あと少しだけ続くことになる。

131 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 15:20:38 ID:VABT4D4M0
 火炎に包まれた森の空は、次第に明るみを増し、青く白く抜けていく。

 火の粉がいくつも爆ぜ飛んだ。
 いくつもの火の粉が、ひらりひらりと風に舞う。

 いくつも、いくつも。

 数え切れない蝶の大群が、空を埋め尽くして羽ばたくように。

 暁の空はまもなく明ける。

132 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 15:21:49 ID:VABT4D4M0
優しい衛兵と冷たい王女のようです


       番外編


        『暁の綾蝶』




         完

133 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 15:26:28 ID:VABT4D4M0
おしまい。

それでは。

134宣伝 ◆MgfCBKfMmo:2015/07/20(月) 15:33:26 ID:VABT4D4M0
( ^ω^)優しい衛兵と冷たい王女のようですζ(゚ー゚*ζ 第一部(投下済み)
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/13029/1377054485/

( ^ω^)優しい衛兵と冷たい王女のようですζ(゚ー゚*ζ 第二部(投下済み)
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/16305/1391263019/

主なまとめサイトさん
Boon Roman
http://boonmtmt.sakura.ne.jp/matome/sakuhin/tender/

第三部がなかなか投下できなくてすいません。
今後ともよろしくお願いします。
では。

135名も無きAAのようです:2015/07/20(月) 15:34:58 ID:x6jH4JIQ0
乙乙

136名も無きAAのようです:2015/07/20(月) 15:59:19 ID:2/XMdqgQ0
おつ!!
相変わらず面白いークーにもいろいろあったんだな・・・

137名も無きAAのようです:2015/07/20(月) 17:56:26 ID:gWIs9ErkO
貴君には乙という言葉がよく似合う!

138名も無きAAのようです:2015/07/20(月) 18:07:10 ID:vJyFdxyg0
まさかこっちに番外が来るとは……
三部も待ってる。乙。

139名も無きAAのようです:2015/07/23(木) 00:26:55 ID:TtbjQqEI0
来てたんかい今から読む乙

140名も無きAAのようです:2015/09/17(木) 17:29:24 ID:nX5Ltb4w0

モララー色んなところで関わってるなー

141名も無きAAのようです:2016/12/29(木) 18:34:40 ID:YjdwkjJk0
今更読み終わったわ



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