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SSスレ

1名無しさん:2015/08/22(土) 01:17:17
SS投下用、酉の有無は任せます

2名無しさん:2015/09/10(木) 21:22:09
テスト

3 ◆SLsyr0XB/w:2015/09/10(木) 21:37:34
3月×日雨
雨が強く軍服を乾かす余裕がない
今さら気にしても仕方ないと諦めたが、最近雨が多い気がする
訓練後毎回濡れて困る

3月○日雨
本日の出撃では、カメラが視界不良をおこした
もっとセンサーにも頼る方向に手を入れようと思う
メインカメラ以外も増やせないかメカニックと話してみる

3月△日曇り
同室の者が自爆により死亡
一人部屋になったが、すぐに親なき兵士が配属されるだろう
いつものことだ

3月□日雨
自分の誕生日、らしい
詳しくはしらない
親が本当に死んだのか、亡命したのかもわからない
知ったところで、何も変わらない
3月●日異常
今日は異常な気候だった
豪雨から晴れ、後に雪が降った
寒いのはあまりよろしくない

4月1日雨
赤、黒、どの国とも違う武神と機龍が突如国の中から沸いてきた
今から交戦に

4月◎日雨
中枢を攻撃されたため、国はパニック状態
なんとか国民は避難施設にいるが、国の中から現れる敵が相手な為、施設そのものも戦闘に巻き込まれている
まだ情報が足りない、動きがとれない

4月?日曇り
我が国では古い機体を改良しながら使っていたが、敵機にプロトタイプが見られた
古い機体を使う敵軍はそんなにないはずなのだが
理屈はわからないがパイロットもいないようで、コックピットへの攻撃が意味をなさない
しかも急所を狙っても倒せず、消耗戦となる

4月◇日雨
本日の死亡記録
戦死××××人
自爆×××人

今日の交戦で、自爆が有効と判明した
どうやら敵機そのものを解体するつもりで戦う必要がある、と伝わってきた
もう、いない人から

4月◆日雨
上司がいない
メカニックもいない
同室の者はとうにいない
これから軍部捜索へあたる

5月☆日雨
既に軍人はどこにもいないようだ
機体もない、逃げる能力がある物はほとんどなかったはずだ
ワイバーンのセンサーが時折熱量を感知していたが、自爆だったのだろうか

5月▽日曇り
敵を刺激しないよう、偵察小型機を飛ばして国を探った
避難施設は壊滅、生命反応なし、船も航空機も全て残っている
誰も、いない

5月■日雨
今日も歩き回るが、誰もいない
見つかるのは死体ばかりだ
赤黒の敵機もあれから暴れない
このまま一人、死を待つのだろう

6月○日曇り
見つけたナイフで髪を切った
長い髪なんて、あっても仕方ない
そう、初めから何かを感じることなんてなかった
国がなくなった事を悲しみもしていない
悲しみがなんなのかも、わかっていない
…明日は晴れるだろうか

6月▼日雨
ワイバーンで睡眠をとっていたら、微かながら通信を拾った
Hzを合わせて聞いてみると、抵抗軍とやらの話が聞こえる
何もない自分が、今更何をしても意味はないかもしれない
それでも、ワイバーンをただ置いていくのは嫌だった
まだ燃料を補給できそうな施設はあった、せめてこの機体だけでも

4 ◆SLsyr0XB/w:2015/09/10(木) 21:38:33
6月★日
晴れ、ている
…長めの空白となってしまいました
あれから私は、抵抗軍に参加することになった
本当はワイバーンだけ置いていくつもりだったが、パイロットも足りないそうだ
私が、役に立つとは思えない
新しい環境にすら慣れることが出来ていないのだ、今でも朝に走っている
こんな状態で参加することは不安だ
だが、降り立った時に話しかけてきた人は、一体何者だったのだろう?
すぐに連れて行かれてしまったので、よくわからない
…今後は、わかるようにならなくてはいけないらしい
大変、だと思う
ミーティングの日までに、ワイバーンにしてあげたかったことをしておかなくては
誰かの煙草の臭いがした、そんな道すら新鮮で
これからどんな事が待っているのか、少しだけ、ほんの少しだけ気になってきた
これから忙しくなるため、一時日記はまとめ方式にして行く――――


「こうして読むと、日付が飛び飛びで意味がありませんね」
ミーティングを終え、ワイバーンのそばから離れたフレイアは自室にあった少ない私物を眺めていた。
その中で一番目立つものがこの日記だ。たとえ書くことがなく、日付が半月単位で飛ぼうと日記だ。
これに今日のミーティングについて書いてみよう。そう思って読み返したが、あまりに意味の薄い書物になっていた。
「ミーティングは…自己紹介から…?何から書きましょうか」
だが、改めて書こうとしたら、どうしてよいか分からず戸惑う。
何を書こうか、何から書こうか?
こんなに書きたいことがあるのは、初めてだった。
なんだかふわふわした気持ちで、ペンで日付を綴る。
「…取り敢えず皆さんの自己紹介と、自爆装置の事と…あのドリンクや椅子の事…」
これから日記は、日記らしくなって行くのだろう。
持ち主の心が動くたびに、何かを記されて行くのだから…。

5 ◆IgMoxdiK1Y:2015/09/11(金) 11:33:30
やぁ、みんな。
私のような有名人が改めて自己紹介というのも変な話だが、
アイサツは大事だ。古事記にもそう書いてある。
私の名前はリンネ=シーナ。
ご存知の通り、大手武神製造メーカーであるBCインダストリーの代表取締役社長だ。

私の経歴は『リンネ伝・武神の神と呼ばれた男』(黒猫出版社)を参照してほしいが、
ここでは簡単に触れるとしよう。
4歳の頃にリレー回路を組み立て、
12歳にしてロータリーエンジンを設計・製作する。
そしてニシチューセッツ工科大学を主席で卒業したのが17歳だ。
(まさに、天才だね。ハハハ。)

成人した私が父の事業、すなわち武神製造を引き継いだのは23歳の時だった。
25歳の時に完成させた武神ジャイアントがベストセラーになったのは有名だよね。
それから新しい武神を次々と生み出したけれど、私は決して満足していなかった。
この地上の、ありとあらゆる兵器を超える、最強の武神をこの世に生み出したかったんだ。

想像してみてほしい。
もしも君に、君が想像し得るあらゆる武神を作れる頭脳があれば・・・

想像してみてほしい。
もしも君に、その武神を作れるだけの財力があったならば・・・

君は一体何を作る?

暴力から弱き人々を守る天使のような武神を作るか?
それとも、敵を圧倒的火力で焼き払う悪魔のような武神を作るか?

この私、リンネ=シーナが35歳の時だった。
その悪魔のような武神をこの世に生み出したのは・・・
そう、その名も

【グリントガール対グレートレジーナ プロローグ完】

6喫煙所にて#1 ◆hZIQlI5D/Q:2015/09/13(日) 18:42:17
6月某日
――――第三喫煙所――――

ガチャッ

どかっ

ごそごそ……
カチッシュポッ
トン

カチッシュポッ
フー……

「……よう親友。どうにか……ここまで来たぜ」
「まずは一つ。取り戻しに行ってくる」
「……そっちに行くのは当分先になるだろうが、気長に待っててくれや」

――ガチャッ

「――!レフトバーグ中将……でしたっけェ?」

「……む。邪魔したようだね?サウスウィンド中佐」

「……あー、出た方が?」

「構わないよ。恐らく目的は同じだろう」

カチッシュボッ
トン

カチッシュボッ
ふー……

「……君には礼を言いたかったのだよ、サウスウィンド中佐。君の行動があったからこそ――早期に、この部隊を立ち上げられた」

「俺みたいな不良に頭なんざ下げねェで下せェ、レフトバーグ中将」
「それに――帝国のお偉方とこっちの上司を説得したのは、中将の手柄でさァ」
「此方こそ礼を――中将のお陰で、思ったよりも早く約束を守りにいけそうでさァ」

「……そうか」
「約束――その煙草の主か?」

「――ご想像にお任せしますよ」
「……二本目は、いいか。そろそろ戻らねェと班長にどやされる」

「……しまった、私も整備計画書を寄越せと言われていたな……」
「やれやれ仕方ない、戻るとしよう」

「中将閣下も班長には勝てないので?」ギュッギュッ

「彼に勝てる武神・機龍乗りは居ないだろうね。私も若僧だ」ギュッギュッ

「――良い酒が飲めそうですね、中将閣下」ガチャッ

「奇遇だね、私もそう思っていた」バタン


―喫煙所にて #1―
―「手向けと邂逅・1」了―

7血染めの手記 -7 years ago- ◆0GSSamSswc:2015/09/13(日) 23:17:53

滅びの軍勢に襲われ廃墟と化した、イザナ正統皇国の軍事施設。
その片隅に、大きな茶色の染みが付いた一冊の手帳が転がっていた。
長い間放置されていたと思われるその手帳だが……不意に吹いてきた風により、パラパラとページが捲られ始めた


―――――――

【イザナ正統皇国特殊戦闘職員『超人兵』、通称『亡霊』に関して】

イザナ正統皇国における超人兵、亡霊を生み出す為の訓練は、複数の『生まれたばかり』の赤子を武神に強制的に合一させる事から始まる。
合一の解除が内部から出来ない様に細工された武神の中で、赤子達は自我が目覚めるまでの3年間、強制的に武神を肉体として育てられるのだ。

地を這い、二足で立ち、歩く

人間が生身の肉体で覚えるその過程を、赤子達はは武神の……鋼の肉体で経験するのである。
言語のやり取りも、武神内に流れる言語学習用のテープや内部を行き来するデータを見聞きする程度の事しか許されない。

そうして3歳まで育った後、彼らは一度、強制的に合一を解除される。
生まれた時以来、初めて人間の肉体を取り戻すのである。

だが――――それは、決して幸福な事ではない。
武神との合一を解除すれば、肉体には強烈な負荷が襲い掛かる。
まともな栄養を摂取できなかった事により、彼らの肉体は未だ生まれたての赤子のまま。
更には栄養が不足している為に、痩せ細り……生まれてから最大の苦痛を、子供達は味わう事になるのだ。

故に、この段階で被検体である子供の7割が死亡する。
そして、生き残る3割も精神に異常が見られる様になる。
武神と肉体の動かし方の違い、見える世界の違いに自我に亀裂が走るのである。

勿論、その精神にケアが入る事は無い。
ここから1年の間は、彼らはただただ人間の肉体に慣れる為に事務的に世話をされながら過ごす事になるのだ。
人間の肉体の使い方を、かろうじで取り戻す為の、ただそれだけの一年間が彼らには与えられる。

……ここまででも、過酷で非人道的な訓練課程である。けれども――――恐ろしいのは、ここまではあくまでも下準備に過ぎないという事だ。
超人兵という『亡霊』を作るのに最も過酷なのは、子供達がここから10歳に至るまでの6年間なのである。

8血染めの手記 -7 years ago- ◆0GSSamSswc:2015/09/13(日) 23:18:37
1年の人間の時間を経た彼らは、人間の肉体という物を覚えた直後に……再び武神に強制合一される事となる。
そう。人間の肉体……自分の肉体があるという幸福を知ってから、再び武神として生かされるのである。

そうして始まるのは地獄の訓練。イザナが各国から盗み出した戦闘マニュアルを用いて、
非現実的な技能、理論上は可能であるという技能を叩き込まれる。
1日23時間に及ぶ武神に搭乗した上での訓練は、普通の人間であれば耐え切れない行為であるが……

生まれてから武神として育てられた子供達には、それがかろうじで出来てしまう。
機体を頭の先から爪先まで完全に、己の肉体として制御している彼らは、熟練兵でも困難な動きを成し遂げられてしまう。
23時間という人間には不可能な稼働時間も、疲れを知らない機体と知覚加速による睡眠時間の延長でなんとか成し遂げてしまうのである。

だが、人間とは脆い。幾ら武神と合一しながら幼少期を過ごそうと、無理を続ければ心は完全に壊れてしまう。

その為に、イザナでは賞罰制度を設けている。
その内容は多岐に渡るのであるが、その中でも最も悪辣なものは……『人間の日』制度だろう。

子供達には月に一度、訓練兵同士での模擬選が義務付けられている。
そして、その最優秀者に与えらえる報酬こそが『人間の日』。1週間、合一を解除し人間で過ごす事が許されるのである。

これにより、子供達は血眼になって訓練をする。
人間でいる為の幸福を再び手に入れる為に死力を尽くし、あらゆる技術を飲み込んでいく。

偽物の飴と鞭、これを用いた訓練は、子供達が10才になるまで続けられる。

そして、10才に至るまでに、二割の子供たちが死ぬ。

……その後、生き残った子供達は一年の『調整期間』を終えた後に『最終試験』を行い、『亡霊』として戦場に出ていく。
この最終試験に関しては特に厳重に機密保持されおり、私の調査の中でも調べる事は出来なかった。
判った事と言えば、この試験を終えた子供たちはまるで人形の様に感情を喪失するという事だ。

9血染めの手記 -7 years ago- ◆0GSSamSswc:2015/09/13(日) 23:21:00
……

これが私がこの国に潜入中に知り得た『亡霊』に関しての全てである。

明日、私は5年の潜入調査機関を終え、この情報を手に任務を終え国に戻る。
その後――――私は、国に戻ったらこの事実を全世界に公表するつもりだ。
国の指示では、軍部に報告する事のみを義務付けられていたが、その命令に従うつもりは無い。

……私が先日出会った『亡霊』候補生の少女は、地獄の様な環境の中でも仲間を思いやり優しい笑顔を浮かべる事の出来る人間だった。
だが、『最終試験』を終えた少女はすっかり変わってしまった。
表情と感情を失い、彼女はまるで『亡霊』の様になってしまっていた。

私は、イザナの非人道的な人体実験を止めなくてはいけない。
その為には、世界からの非難を鎖として、イザナという国の狂気を縛り上げる必要がある。
だから、例え国の意志に逆らおうとこの告発をやり遂げて見せる。

それが、見殺しにした子供達への手向けであり、
少女を含めた生き残っている『亡霊』の子供達を救うための手段であり、

私の人間としての義務だから


――――――

……捲られるページが無くなった手帳はパタリと音を鳴らし、風が吹く前と同じように閉じられた。

10名無しさん:2015/09/19(土) 03:40:50
p.121

私の名前は沙緒玲子と言います。
職業は、従軍記者です。

私は最近大忙しです。
二ヶ月前のリューキュー防衛戦で現れた滅びの軍勢。
そしてそれに対抗するべく編成される多国籍軍。

どちらも報道規制は、完全には設けられていません。
少なくとも人同士が殺しあう戦争が終わる事は、国民の精神的健康に良いとされたからです。

ただし先のリューキューにおいて何人の戦死者が出たか。
滅びの軍勢の圧倒的な数と性能については、誤魔化すようにと厳命されています。

滅びの軍勢が現れた日、私はリューキューにいました。
輸送機の窓越しに、撃ち落とされ、撃破されていく兵士達の姿を目にしてきました。
あの光景を記事に起こせない事は心苦しいものがあります。
ですが同時に、国民の不安を煽るような記事に意味などない事も分かっています。

私が今記事にしようと取材を予定しているのは、「内藤=ハイウィンド=隆輝」准陸尉の事です。
彼はリューキュー防衛戦の生き残りであり、そして「抵抗軍」への出向が決まっている兵士です。
分かりやすい英雄の存在もまた、国民の精神的健康に効果的です。
とは言え、彼は決してただの神輿ではありませんが。

リューキューに配備されていた竜夜隊はあの日、四度の特攻を行いました。
離脱中の輸送機の突破口を開き、護衛する為です。
言うまでもなく、それは無謀な作戦でした。

毒島中佐の部隊は500人の竜夜乗りがいましたが、作戦終了時には、30人にまで減っていました。
その30人は技量、運、共に兵士として最高峰の物を持っているのでしょう。

ですがその中でも彼は、物が違った。
彼は四度の特攻全てに参加して、その上でリューキューから生還したのですから。

恐らく、私は一度、リューキューの戦場で彼を目にしています。
あの光景を目に焼き付けようと、窓の外を凝視していた時、
こちらへ向けて手を振る竜夜が、確かに一機、いました。

その機体は、他とは目に見えて動きが違いました。
例えるなら、人間が武神と合一し、操っているのではなく、
彼だけは完全に竜夜という生き物であるかのように振る舞っていた。

けれども、これらの事は残念ながら、迂遠な形でしか記事には出来ません。
リューキューでの被害規模や、滅びの軍勢の実態に触れてしまうからです。

要するに、手持ちの情報だけではやや威力に欠けるという事です。
なのでこれから暫く彼に関する情報収集をしていこうと思います。

11名無しさん:2015/09/19(土) 03:41:27
p.134

今日は隆輝氏のご両親を訪ね、取材する予定でした。
そう、予定だったのですが、隆輝氏の名前を出した途端に門前払いを受けてしまったのです。
「アレ」とは形式上は親子だが、互いに親子の情などない、と。

彼の声色からは隆輝氏への嫌悪感が溢れ出ていました。
だからでしょう。あんな興味深い事を口走ってしまった。
あれはまったくの逆効果でした。彼は私の、記者としての好奇心を無闇に煽ってしまった。

それから、かれこれ三日ほど付き纏うと彼らは取材を受け入れてくれました。
ああいう方々に取材を受けてもらうコツは、受ける事による不快以上の、受けない事による不快を与えてやる事です。

そして肝心の取材結果ですが、どうやら隆輝氏は養子だったようです。
それだけならば、そう大した事でもない。

ですがご両親が言うには、彼は十年ほど前に突然、この家の苗字と新しい名前が欲しいと言って、やってきたそうです。

奇妙な点は二つあります。一つは、隆輝氏は何故そんな事をしたのか。
もう一つは、彼のご両親は何故それを受け入れたのか。
彼らが飛び抜けた善人だったからという可能性は、これまでの態度を見るにあり得ません。

興味深い、ですが何か不穏なものを感じます。
だからと言って、ここで退き下がったりはしませんが。

私は、彼が元々どこの孤児院にいたのかを聞き出す事に成功しました。
二度と取材には来ないという「口約束」の代わりに教えてくれました。
明日は、そちらへ取材に行ってみようと思います。

p.135

彼がいた孤児院「雨蔵」は、火事で全焼していました。
聞き込みの結果、火事が起きたのは、十年前との事でした。

リューキューの時でも、これほどの悪寒と鼓動の乱れを感じたりはしませんでした。

ですが、まだです。まだ糸は切れていません。
まだ先に踏み込めるなら、踏み込まなければ、記者の名折れです。

p.138

雨蔵の職員だった女性を見つけ出し、取材の約束を取り付ける事に成功しました。

そして当日、連日の取材と聞き込みで疲れていたのか、私はちょっとしたミスをしてしまいました。
「内藤=ハイウィンド=隆輝」の名前を彼女の前で口にしてしまったのです。
内藤姓は彼の元々の苗字ではない。彼女にそれが通じる訳がない。

筈でした。
ですが彼女は、私の予想とは違う反応を見せました。
困惑した、しかし明らかに彼の名前に心当たりがあるような、反応を。

私は何故、彼女が困惑しているのかを尋ねました。
そして得られた答えは「内藤=ハイウィンド=隆輝」は、本来「二人の名前」である筈、でした。

孤児院にはかつて「内藤=ホライゾン=隆輝」と「モラル=ハイウィンド=明日輝」という少年がいたそうです。
二人とも、経緯は違えど外国人とのハーフである為か、一緒にいる事が多かった。

ですが内藤=ホライゾン=隆輝は、既に死んでいる。
遊具から落下した友達を受け止めようとして、その拍子に頭を強く打ってしまい、即死だったと。
そう彼女は言いました。

一体何がどうなっているのか。
彼女が気分が悪くなってきたと言って、それ以上の取材は出来ませんでした。

12名無しさん:2015/09/19(土) 03:42:17
p.141

私は今、内藤=ハイウィンド=隆輝に取材をしています。
私から訪ねたのではありません。彼の方から、私の元へやってきたのです。

マンションのドアを開けて、最初に彼の顔を見た時、私は彼が誰なのか分かりませんでした。
調査を始める前に、軍部から彼の顔写真を見せてもらっていたのに。
私を一点に捉える黒い瞳と、記号のような笑みが、彼を内藤=ハイウィンド=隆輝だと認識させなかったのです。

「色々と、気になっているでしょ?僕に聞くのが、一番手っ取り早いと思いません?」

彼はそう言いました。
少なくとも今すぐ雨蔵のようにされる事はないと、心底安堵しました。
ですが、それでも暫くは冷静になれそうにありません。
なのでここから先は一時、議事録形式で記録を残す事にします。

「……あなたは、何者なんですか?」

「モラル=ハイウィンド=明日輝さ。「こういう時」はね」

「……一体何故、内藤隆輝の名前を?」

「んー……それ話すと結構長くなるけど、いいの?」

「勿論です」

「おっ、いいね。話し甲斐があるよ。じゃあまずは……僕はね、どうも人の感情って物がよく分からないんだよ。
 理解出来ない訳じゃないんだ。本で読んだり、言葉で説明を受ければ、そういうものがあるんだって事までは分かる。
 でも、なんて言うかな……そう、共感出来ないんだ。僕の中にも、それと同じものがあると思えない。……書けたかい?」

「続きを、お願いします」

「内藤君は、僕とは真逆だったな。彼は……感情豊かな奴だったよ。
 よく笑ってたけど、たまに母親を思い出して泣いたり……僕が誰かに嫌がらせを受けたら、強い怒りを露わにもした。
 そう……彼は、よく僕に話しかけてきてたな。他に友達なら幾らでもいたのに」

「何故、そうしたんだと思いますか?」

「言ったろ、僕には分からないんだよ。でも……色々考えたりはしたよ。
 初めは、周囲に馴染めない僕に同情しているんだと思った。
 でも彼は損得を度外視していた。僕と関わる事で、周りの顰蹙を買おうと、僕と仲良くしようとしていた。だから」

「だから?」

「多分彼は……ただ単にいい奴だったんだよ。自分がこれが「良い」と決めたら、とことんそれを貫き通せる。
 そんな奴が本当にいるだなんて、簡単には信じられなかったけど、僕みたいな奴がいるんだ。
 彼みたいな奴がいたっておかしくないって、すぐに思うようになったよ」


これは、聞いていい事なのか分かりません。
でも聞かなければ、この取材は完了しない。
どのみち、引き下がるには遅すぎます。


「あなたは、彼を殺したんですか?」

彼は答えない
ペンを握る手が震える。

13名無しさん:2015/09/19(土) 03:44:18

「……いいや。アレはただの事故だったよ」

「では、何故彼の名前を?」

「理由は……二つあるんだ。まず、僕はね、僕が大っ嫌いだったんだよ。いや、今でもだけどさ。
 人と関わる度に、この場面、この相手では、どう振る舞えばいいのかその度に考えなきゃいけなくて。
 その度に自分が異常な奴だって再認識させられる。僕は、僕でいる事が不快だった」

「もう一つの、理由は?」

「……彼があんな死に方をしてそれで終わりだなんて、そんな不快な事があるかよ。
 ともあれあの頃の僕は、二つも「不快」を抱えてた。けど、それらをまとめて解決する妙案があった。
 それが何かは……もう言わなくても、分かるだろ?」

「……あなたが、彼になる事」

「その通り。僕が彼になれば、僕は僕じゃなくなる。彼は僕として生きていける。だから名前をもらったんだ」

彼は声色だけは弾ませて、しかし表情は一切変えずにそう言いました。

「彼みたいに生きられたら、きっとさぞや快いんだろうなって、僕はずっと思ってた。
 自分が異常だなんて思わなくていい。この場面、この相手にはどんな振る舞いをすればいいのかなんて考えなくていい。
 何も考えなくても、ただ「良い」事が出来る。「良い」奴でいられる。そんな人生は……快適だよ。間違いなく」

「……何故、ハイウィンドのミドルネームだけは残したのですか?」

「……彼がカッコいいって言ったからさ。彼は「カッコいい」が好きだった。
 いつもは寝坊助のくせに、日曜日の朝だけは早起きしてた。
 戦隊ヒーローものを見て、いつか僕もあんなヒーローになるんだなんて……言っていたな」

「だから、軍隊に?」

「そうだよ。僕は彼になるんだ。当然、彼の夢は僕の夢だ。
 僕は、内藤隆輝を、世界で一番カッコいい奴にするって決めたのさ。
 抵抗軍は……いいね、アレはいい。ヒーローになるにはお誂え向きだ」

「……それが、内藤隆輝への弔いだ、と?」

「それも、僕には分からない……と言いたいんだけどね。違うよ。そうじゃない事は、僕が一番よく分かってしまう。
 僕はただ、彼の抜け殻を被って、自分のなりたい真人間(じぶん)になろうとしてるだけなんだ。
 友達の夢を代わりに叶えてあげるなんて、真人間っぽいだろ?」

「……もし、彼が生きていたら、今のあなたを見てどう思うと、思いますか?」

「……それも、分からないよ。それに分かりたくもない。
 そんな事考えたって、余計な不快を掘り起こしちゃうのが関の山だ。
 大事なのは……僕はもう、内藤隆輝で、少なくともニッポンの中じゃヒーローになれるって事さ」

黒い瞳が、私を見据えている。
そして彼は、こう続けた。

「君の書く記事によって、ね?」

14名無しさん:2015/09/19(土) 03:46:06
私は、頷くしかなかった。
それを見て彼もまた満足そうに頷いて、それから席を立った。

「そろそろ、帰るよ。僕は、あんまり「僕」でいたくないんだ」

私は手帳を閉じて、彼に渡そうとしました。
この話は最早、記事には出来ない。そう思ったからです。
ですが彼は、手のひらを立ててこちらに向けました。

「その手帳は、君が持っていなよ。僕が戦死したら、公開してもいいからさ、それ」

何故なのか、私は尋ねました。

「だって、僕が死んだら、もう誰が僕の事をどう思おうと関係ないだろ。
 だったら、ここで君に優しい顔をしてみせた方が気分がいいじゃないか」

その言葉と同時、彼は「内藤=ハイウィンド=隆輝」に戻りました。

「それじゃ、今度こそお暇しますね。取材を受けるなんて初めてだから緊張しちゃったけど……
 お力になれたなら嬉しいです。出来れば、カッコいい感じに書いて下さいね、記事」

彼は背を向けて、私の部屋から去っていきます。

「……しかし参ったな。彼が死んじゃって、僕が代わりにヒーローになっちゃったら。
 僕のヒーローは、一体誰が務めてくれるんだ?未だに……分からないなぁ」

その最後の呟きを、どういうつもりで彼が零したのか。
彼の中の、彼すらも知らない極僅かな人間らしさがそうさせたのか。
それすらも「人間らしさ」を装っているだけなのか。
ただ、自分だけが助けを得られない存在である事が不快なだけなのか。
それとも私にこうして、同情じみた疑念を抱かせ、抑止力を植え込む事が目的だったのか。

私には分かりません。
彼には、分かるのでしょうか。

ですが、彼の操る竜夜がまるで一個の生物のような動きを取れた理由は、なんとなく分かった気がします。
彼には自分というものがない。彼は十年間ずっと、内藤隆輝として生きてきた。
「自分ではないもの」になるという感覚を、彼は完全に掴んでいるのでしょう。
ヒーローから最も程遠いであろう彼の異常が、内藤隆輝をヒーロー足らしめている。

とは言え……これもやはり、記事に出来るような事ではありません。

ここ数日の取材は、殆どがふいになってしまいました。
記事の締め切りも、もう近い。
全部、忘れよう。手帳も変えよう。
この頁を再び開き、記事として書き起こす時が来るまでは。

15グリントガール対グレートレジーナ ◆IgMoxdiK1Y:2015/10/04(日) 20:54:31
滅びの軍勢により蹂躙された世界。
ある者は逃げ惑い、ある者は戦いを挑み、
そして、ある者は滅びの軍勢を祝福した。
ここは、やはり滅びの軍勢により国家を破綻させられたが、
郊外にあったゆえに破壊をまぬがれたとある教会。
かつてアリーという商人が神の声を聞いたという伝承のある地。

草木も眠る丑三つ時。
そこへフードに顔を隠した男達が集まり、
一際豪華な衣装をまとった彼らの指導者が天を指差す。
「聞け!祝福されし同胞よ!
 我等の神はついに自らの手で主権を取り戻されようと動いたのだ!
 あたかも人間に主権があるかのように、
 その傲慢さゆえに錯覚していた無明の社会!
 過去数多にあったとおり、今まさに滅び去ろうとしている!」
彼らの名はシャリアー同胞団!
唯一絶対神クルアーンを信仰し、
過去幾度も連邦の自由と民主主義を脅かしてきた悪の秘密結社である!

そして、その最高指導者サイード・クトゥブは、
集まった自分の信徒達へ叫んだ。
「だが、愚かにも神に戦いを挑む者がいる!
 自らを連邦の自由と利益を守る使者だと称し、
 物質的進歩が幸福であるかのように人々を騙している男がいる!
 あまつさえ自らを神と称し、機械の天使を侍らせている男がいる!」
「それは誰だ!?」
「誰だ!?」
「誰だ!?」
サイードの信徒が彼にそう尋ねると、彼は壁際にあるブラウン管テレビを指差した。
「見よ!あの男を!」
流れるビデオには、リンネ=シーナ、そして彼の駆るグリントガールが映っている。
「リンネ=シーナ!」
「神を称する不届き者!」
「神の軍勢に挑む不埒な男!」
「妄想を現実に変える38歳児!」
サイードの信徒が口々に罵る。
「友よ!貴君らの勇猛さは、空は太陽までも、海は三万海里までも知らぬ者は無い!
 この私の前に、この詐欺師と虚偽の天使を連れて来る者はどこにいる?」
「ここにいるぞ!」
「いや、ここにいるぞ!」
「変な奴がいるぞ!」
使徒の返事を聞いたサイードは、満足そうに頷くと、手にした杖をぱっとブラウン管テレビに向けた。
すると、突如テレビから火花が飛び、炎が上がった。
サイードの見せた奇跡に、信徒達が感嘆の声をあげる。
「最高指導者サイード・クトゥブ様!預言者様!大首領アリーの子孫様!」
「最高指導者サイード・クトゥブ様!預言者様!大首領アリーの子孫様!」
サイードは信徒達に命じた。
「行け!祝福されし同胞よ!
 汝らのその名の由来を示せ!我等はシャリアー!
 聖なる律法なり!」
「「「おおおおおおおおおおおっ!!」」」
「だから変な奴がいるぞ!」

その時、砂嵐が吹きすさぶ荒野の崖に立ち、
まるで中の様子をうかがうように、一柱の漆黒の武神が教会を見下ろしていた。
その武神は、まるで砂嵐と一緒となり、何処とも知れず姿を消した。

16グリントガール対グレートレジーナ ◆IgMoxdiK1Y:2015/10/04(日) 20:55:28

☆☆☆☆☆

ぱ〜んぱ〜かぱーーーん♪
ぱ〜んぱ〜かぱーーーん♪
「なんだ!?何が起こった!?ここはどこだ!?」
突如として耳に響く結婚行進曲に驚いたリンネは目を覚ました。
見るとそこは教会のようだったが、扉も窓も、壁にかかった時計にいたるまで、
全てが巨大な、具体的に言えば武神にちょうどいいサイズの建造物であった。
こんなものを作るのはリンネの知る限りリンネしかいないが、生憎心当たりがない。

『リンネ様』
聞きなじんだアップルの声に振り向いたリンネは、
そこに三柱の武神の姿を認めた。
そのうちの一柱は、ご存知グリントガールだ。
しかし、何か様子がおかしい。
というのも、彼女が纏う装甲がいつものそれと違い、
まるでウエディングドレスを模したものになっているからだ。
「なるほど・・・美しい・・・
 しかし、どうしてそんな格好をしているんだ?」
グリントガールの隣には零式機動武神・改が立ち、
その奥にはグリントガールを黒色に塗って、
まるでシスター(修道女)のようにした武神が立っているのが見える。
嫌な予感がした。
『リンネ様、今までお世話になりました。
 アップルはこれから、新しい第二の人生に旅立ちます。
 どうか私達の結婚を祝福してください』

「アイエエエ!?」
リンネは驚愕の声を上げた。
「お父さんはそんなこと許しませんよ!!」
その声を受けてゼロ式が答える。
『涅槃寂静』
「君ってそんなキャラ付けなのぉ!?」
シスター武神がゼロ式に尋ねた。
『汝、零式機動武神は、この女、グリントガールを妻とし、
 永遠の愛を誓いますか?』
『諸行無常』
「結婚なんて許さないけど、そこはちゃんと肯定しろよぉ!!」
シスター武神が今度はグリントガールに問う。
『汝、グリントガールは、この男、零式機動武神を夫とし、
 永遠の愛を誓いますか?』
『ガルルルルrrr・・・がうがう
 アオオオォォォオオオオン!!』
「あぁ・・・そんな飢えた狼みたいな返事はやめて!!」
リンネが頭を抱える最中、シスター武神が奥の扉を手で示す。
『それでは、ベッドはあちらに用意してありま〜す♪』
「君が一番無茶苦茶だよ!!」

エンダアアアアアアアアアアアアアアアイヤァアアアアアアアアアアアアアアアア♪
ウィルオオオオオルウェイズラアアブユウウウウウウウウアアアアアアアアアアアアア♪
そんな音楽と共にグリントガールとゼロ式は、
手をつないで、やけにスローモーションで走る。
「待ってくれえええええ!!
 アップルうぅぅぅぅぅう!!
 置いていかないでくれえぇえ!!
 ツッコミキャラは私の性に合わないんだよおおおおお!!」
そんな叫びも空しく二柱の武神は、
うふふ、あはは、とばかりに扉の奥へ消えていった。
リンネはその場にがっくりとうなだれた。

17グリントガール対グレートレジーナ ◆IgMoxdiK1Y:2015/10/04(日) 20:56:53
『二人きりになれましたね・・・』
「君がそうさせたんじゃないか・・・」
リンネが呆れたようにつぶやきながら顔をあげると、そこにシスター武神の姿は無かった。
いや、厳密に言えば“変身”したのだ。
「いいえ、私達のことですよ」
シスター武神の体の各部を覆っていた装甲がスライド展開し、
下半身を包んでいたスカートアーマーは背中に回って、蝙蝠の羽のような形へ変形する。
顔を隠していた仮面が縦に割れてVの字に跳ね上がり、これまた頭の横で蝙蝠の羽のような形となる。
その下から現れた彼女の素顔は、悪魔のようなボディーとは裏腹に、
褐色の肌と金色の瞳、美しい銀髪をたなびかせ、静かな美しさを醸し出している。

「君は・・・リアクターはどうしたんだ?」
リンネはその美しさに魅せられたように悪魔型武神の瞳に吸い寄せられたが、
同時にやましさを感じ、目を背けた。
悪魔型武神は、どこか悲しそうな瞳をリンネに向ける。
『リンネさん、私の願いを憶えていますか?
 私は、私はやっと、人間になれるのです。
 祝福してください。そして、私を再び愛してください』
「なん・・・だと・・・?」

そういうと悪魔型武神は、胸の装甲を自分の手でこじ開けた。
そこには本来動力源となるリアクターが内臓されているのだが、今は虚ろになっている。
しかし次の瞬間、そこに赤黒く輝くクリスタルが現れた。
そのクリスタルは、リンネを戦慄させる。
なぜならば、それは滅びの軍勢が持っている核と瓜二つのものであったからだ。
悪魔型武神の純潔を示す黒いボディーが、徐々に血に塗れたような赤色に染まっていく。
『リンネさん。ワタシを祝福して・・・ワタシをアイシテ・・・』
「アップル・・・アップル!!」
リンネは個人端末を取り出し、扉の奥へ消えた自分の武神を呼んだ。
「アップル!滅びの軍勢だ!すぐに修羅場モードを起動しろ!」
奥の扉が勢いよく開くと、そこからあからさまにKUNOICHI型の武神が飛び出した。
『あたしにまかせてお爺ちゃん!』
「アイエエエ!?」

☆☆☆☆☆

「ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」
汗びっしょりになりながら、リンネはそう叫んで飛び起きた。
「ハッ!?・・・夢か・・・」
見渡せば、そこは抵抗軍の本部、自分にあてがわれた個室の見慣れた風景。
ふらふらとベッドから這い出たリンネは、洗面所で顔を冷水で洗うと、
鏡に写った自分自身へと問いかける。
「お前はRX-01のことを忘れたか?」
鏡の男は首を振った。
「忘れてなんかいない・・・これまで一度だって・・・」
リンネは最初のブリーフィングでアレックス中佐から受けた説明を思い出す。
滅びの軍勢は、何故か人々から“忘れ去られた”武神を模倣すると。
RX-01、通称グレートレジーナ。
今彼女のそんな夢を見たことに対して、
リンネは悪い予感を心から払うことができなかった。

【グリントガール対グレートレジーナ 第一話 夢の中で会ったような 完】

18内藤 ◆.GMANbuR.A:2015/10/10(土) 22:03:59
>「あー、あれだ、旧連邦軍所属、サウスウィンド中佐だァ」

サウスウィンド、その響きに内藤は極めて微かな反応を示していた。
己の名前にも刻み込まれているからだ。「風」の銘が。
それは唯一無二だった友が「カッコいい」と言ってくれた、ある種の形見。

そして同時に、巨大な不快を想起させる、過去への鍵でもあった。



モラル=ハイウィンド=明日輝は感情を感じ取れない。
だが彼とて初めからその事を受け入れていた訳ではない。
自分の中にも発露していないだけの感情が秘められているのではないか。
そう思って、それを探り出そうとした事もあった。

13歳の時、彼は自分の両親を探そうとした。
厳密には父親を。
彼の姓とミドルネームは連邦の物。となれば恐らく父親は連邦人。

父親に逃げられ、子供を孤児院に委ねざるを得なかった母親。
その職業や社会的地位、生活環境は推察出来る。
探し当てる事は不可能だという事も。

もっとも父親の方も、手がかりが姓だけでは探し出すのは不可能に近かった。
けれども、彼はそう長い時間をかける事なく父を見つける事が出来た。

手がかりは、姓だけではなかったからだ。
「ハイウィンド」のミドルネーム。それもまた父親を探し当てる手がかりとなった。

連邦の軍人には、しばしば「ウィンド」「グラウンド」「オーシャン」と言った、陸空海を想起させる語句を含む姓が見られる。
主に将校に多い傾向がある。

連邦に姓というものが生まれた時代、その多くは地名や外見、そして職業が元になった。
鍛冶屋ならスミス、仕立屋ならテイラーといった具合にだ。
そして軍人も同じように、その軍功や兵種によって姓が定められた。
ウィンドも、諸説あるがその内の一つだったとされている。

とは言え、姓は一度定められたら変えられる事はない。
一度その姓に生まれたら、変える事も出来ない。

例え一人の兵士が軍功を積み上げ、
かつてならば「ウィンド」の姓を賜われる程の地位と名誉を得ても、
姓を変える事は出来ないのだ。

その代わりとなるのが、ミドルネームだ。
連邦には類稀な軍功を積んだ者のみが使う事を許される、特別なミドルネームがあった。
それはある種の勲章だった。

だから、「その男」は自慢したのだ。
任務か、ただの旅行か、とにかく訪れた島国の遊女に。
「ハイウィンド」の勲章を。

そしてその遊女は男の子を身籠り、置き去りにされ、育てる事の出来ない子を産んだ。
見捨てる我が子へのせめてもの贈り物が、その勲章だった。

そんな事までは、内藤には知り得ない。
ただ彼にとって大切なのは、彼は父親を見つけ出したという事だ。

19内藤 ◆.GMANbuR.A:2015/10/10(土) 22:04:46
 


「……ショウ・ボーン・ハイウィンド・モラルさんですね」

連邦の、とある都市の郊外に建つ、広い庭付きの一軒家。
そのリビングに、「その男」はいた。

「……君は?強盗の類では、ないみたいだが。……いや、待て」

ソファに腰掛けていた男は、手にしていた新聞を床に落とすと、不法侵入者である筈の少年をまじまじと見つめた。
少年の、明朗なようで、どこか精神の異常を感じさせる記号じみた笑みを。

「……君は、彼女の……鶇(つう)の子か。口元が、そっくりだ」

ショウ・ボーンは静かに、しかし確信を持ってそう言った。

「彼女は……どうしている?」

「知りません。僕は、生まれて間もない頃に孤児院の前に捨てられていたそうです」

「……すまなかった」

「一つ、聞かせて下さい。何故母を置き去りにしたんですか?」

「……あの時私は、やっと佐官の席を手に入れたばかりだった。
 あんな島国に移り住む事は勿論……娼婦を妻として連れて帰る事も、出来なかった。
 そんな事をすれば、出世に響く。私は身辺管理もろくに出来ない男だってね」

沈痛な面持ちで、ショウ・ボーンは語った。

「だが……私は間違っていた。負い目からか、それとも元々の私の分だったのか。
 あれ以来私は何をしても奮わず……もうこれ以上の昇進は望めそうにない」

それから少し黙り込み、

「何故、私は……彼女と一緒に暮らす勇気を持てなかったんだろうか。
 彼女を見捨てる事は、出来たくせに……どうして……」

そう、言葉と共に魂さえも抜け落ちてしまいそうなほど空虚な声音で呟いた。

「……君は今もまだ、孤児院で暮らしているのか?」

しかし、はっと思い出したように、モラル=ハイウィンド=明日輝へと視線を上げた。

「もし、君さえもし良ければ……私と一緒に暮らさないか?
 それが駄目なら……君の暮らしを援助させて欲しい。何一つ不自由はさせないと誓う。
 こんな事が償いになるとは思ってないが……せめて、何か、何かしたいんだ」

「……すみませんが、今の僕にはもう、内藤という新しい姓があるんです」

「……そう、か」

「でも……僕もこのままお別れと言うのは、嫌です。最後に……ハグをしても?」

ショウ・ボーンの表情が、俄かに明るんだ。

「あぁ、あぁ!勿論だ!」

内藤は父親へと歩み寄る。
そして感涙を浮かべながら両腕を広げるその男を、抱き締めた。

20内藤 ◆.GMANbuR.A:2015/10/10(土) 22:05:33
「……ありがとう」

ショウ・ボーンは涙を零し、歓喜の表情でそう言って、しかし不意に、その顔が苦悶に歪んだ。

「気にしないでください。この姿勢の方が僕としても、好都合だった」

内藤隆輝の右手に握られたナイフが、彼の背部、腎臓の位置に突き刺さっていた。

「教えてあげますよ。何故、あなたが母を見捨てられたのか。
 あなたは、人の感情と言うものを持っていないからだ。僕と一緒で」

「ち……違う……僕は……つう……を……」

「だけどあなたはズルい。自分が感情のある人間だと、本気で思い込んでいる。
 出世の道が閉ざされて、違う逃げ道が欲しいだけの事を、悲しみだと思い込めている」

「ち……が……」

ナイフを回転させ、内臓の破壊をより致命的なものにしながら、内藤は続ける。

「そしてよく分かった。僕は間違いなくあなたの子だ。生まれついての……欠陥品だ」

父親の体から徐々に力が抜けていく。
もう助命は勿論、自分で助けを呼ぶ事も、反撃する事も出来ない。
それを感じ取った内藤は、彼の体を突き飛ばす。

「あなたを見ているのも、あなたが生きているのも、耐えられないくらい不快だ」

仰向けに倒れ込んだ体に、一層深くナイフが埋まり込んだ。
尤も、指紋を残すリスクは冒すべきではない。
死体は一度うつ伏せにひっくり返して、ナイフの柄を新聞紙で拭った。

それから内藤はここに来る前に盗み、家の外に置いておいた酒瓶を取りに行った。
度数の高い酒だ。それを父親の死体を中心に、部屋に満遍なく撒き散らす。
次にポケットから、同じく盗んできたマッチを取り出した。

「僕はあなたみたいにはならない」

そしてそれを着火して、死体へと放り投げた。

「僕は、内藤君になってみせる」



(……あれからもう、八年経つのか。サウスウィンド中佐、ねぇ。
 もしかしたら僕の父と、何か面識があったかも……ね。
 だとしても、証拠なんて何も残ってないだろう。この、ミドルネーム以外は……)




【なんとなく、姓とミドルネームが似てたから……つい……
 連邦の姓に関してなんか色々でっち上げたけど、ほら、SSだから!】

21グリントガール対グレートレジーナ ◆IgMoxdiK1Y:2015/10/30(金) 18:54:10
話をしよう。
あれは今から36万・・・いや、1万2千年前だったか・・・
まぁいい。
私にとってはつい昨日の出来事だが、君達にとっては多分、明日の出来事だ。
彼女には72通りの名前があるから、なんて呼べばいいのか・・・

私は物心つく前からずっと彼女と一緒だった。
特に意識することもなかった。
なぜなら、彼女は空気のように、どこにでもいたからだ。
彼女の存在を改めて聞いたのは父からだった。

その名はグルコース(ブドウ糖)。
これから私が話すのは、
彼女が人類にもたらした祝福と栄光、罪と罰だ。

☆☆☆☆☆

ざっと1万2千年より前の私達人類には、楽園が与えられていた。
“乳と蜜あふれる約束の地”なんて詩人は言うが、文学は私の専門ではない。
ただ、ラクトース(乳糖)とフルクトース(果糖)は既に神から人へと与えられた恩恵になっていたようだ。
この世界では、人間の絶対数は決まっていた。
なぜなら、採れる食べ物の絶対量を超えて人類が増えるのは難しいからだ。
しかし、だからといって生まれる人間の数をコントロールできるわけではない。
神の見えざる手からこぼれ落ちた寵児達は、新しい楽園を求めて旅に出た。

そして彼らは、とある場所を見つける。
後の世の人から、肥沃な三角地帯と呼ばれるようになるその場所は、
しかし彼らにとっては、特にどうというほどでもない場所だった。
確かに豊かに、たくさんの植物が自生していたが、
彼らにはそれがただの、どこにでもありそうな、
狩猟におけるアンブッシュに最適な、適当な草にしか見えなかったからだ。

君達は今、なぜキノコの中に毒キノコがあることを知っているのか?
答えは簡単だ。誰かがそれを食べたからである。
だから、そんな適当な草でも、食べようとする者が現れたことに対して不思議がるようなことはない。
しかし、一口それを口にした男(仮にスネークと呼ぼう)の、
口内で!血管で!脳内で!

そ の 時 不 思 議 な こ と が 起 こ っ た !

22グリントガール対グレートレジーナ ◆IgMoxdiK1Y:2015/10/30(金) 18:54:48
まずスネークを驚かせたのは、果糖とは異なるその甘さだった。
その甘さは、それをもう一度、いや何度でも、
味わいたいとスネークに思わせるには十分すぎる衝撃があった。
(補足をすると、この時代の人間は今よりもはるかに糖質に恵まれていなかったせいもある。
 味覚がそもそも大きく異るのだ)

そして、血液へと流れこんだグルコースは、気分の高揚をスネークへ与える。
本来、グルコースは体内のアミノ酸を分解することでも得られるのだが、
人間の体内にある血液中のグルコースの割合(血糖値)は、
なぜかある一定値までしか上がらないようになっていた。
しかし、この瞬間人類は、自ら経口摂取して血糖値をあげることができるようになったのだ。

血液から送られてきた、今まで経験したことの無い奔流のグルコースが、
スネークの脳内に革命をもたらす。
それがどのようなものであったのか、
日常的にグルコースを摂取するようになった我々にはもはや理解しかねるだろう。
しかし、事実だけを並べれば、
人類は今までの狩猟採集生活を捨て、
グルコースを摂取するための植物の人工的栽培に着手することになり、
人々は効率を高めるために、彼らが支配する農場の周囲に密集して住むようになった。
人口密集率の上昇により、人々はともに生活する上でのルールを作り、リーダーが生まれた。
とりあえず、まずは服を着るというルールができたに違いない。

農業革命の始まりである。

男達が朝から晩までひたすら働き、農地を広げた結果、
今までよりずっとたくさんの子供達を養い得る食料が得られるようになった。
女達は子供をたくさん産み、そして子供達は新たな農地の開墾の旅を始める。
人類が世界へ急速に拡がるその隣には、いつもグルコースがついてまわった。
芋が、麦が、お米が、トウモロコシが、人類の手によってその農地をどこまでも拡げていく。

農業革命は、人類に財という概念をもたらした。
財の概念は、後に交易、そして経済という概念へマクロ化していく。

文 化 ! 発 展 さ せ ず に は い ら れ な い !

・・・だがグルコースがもたらしたのは福音だけではなかった。
農業革命は、同時に人々がいままで持っていた自由を奪い去り、
グルコースを摂取するために、グルコースを収穫するためだけの労働生活へ追いやったのだ。
スネークは言うだろう。俺は好きな事をしている、だから自由である、と。
だが仮に現在の感覚で例えるならば、
お酒が好きな男がお酒を飲み過ぎて体を壊し、それでもなお酒瓶を手放さないことに自由を見るであろうか?
多くの人は彼を見てこういう筈だ。彼はお酒の奴隷である、と。

グルコースにそんな意図があったわけではないだろう。
しかし、グルコースの存在は、人類全体を、グルコースがひたすら必要とされる社会へとシステム化させた。
白糖中毒と化した人類は、もうこの流れを加速させることしかできなかった。
虫歯と肥満に悩まされ、行く先々の生態系を破壊し尽くそうとも、
グルコースの抗いがたい魅力の前に、人々はひたすら財を蓄えるために奔走する。

これでは人間がグルコースを支配しているのか、
それともグルコースが人類を支配しているのかわからないじゃないか!!

その結果、私達は自分自身だけでなく、愛すべき隣人でさえその手にかけることになるのだ。

・・・少し喋りすぎてしまったようだ。
その話は次回へ持ち越すことにしよう。

【グリントガール対グレートレジーナ 第二話 禁断の果実 完】

23『Саня』 ◆.GMANbuR.A:2015/11/01(日) 03:39:05
人道や道徳と言うものを解さない国は、必ず存在する。
国の発展を至上目的とするのなら、そんなものは不要だからだ。
だからそういう国は時代を問わず、そして東西も問わずに、存在するのだ。

ロヴィエト合衆国、並びにその前身であるロヴィアは、まさしく「道徳を解さない国」だった。
元々、複数の狩猟民族が同化、つまり吸収合併を繰り返して成立した国だ。
それ故か彼らは「強者が弱者を虐げる」という事に抵抗がなかった。

ロヴィエトは貴族制度、奴隷制度、帝制を経て大国に成る為の土台を築いた。
近代化革命に際してそれらは廃止されたが、あくまで形を変えただけだった。
統治する者の意識までが、遺伝子に刻まれた気質までもが変わった訳ではない。

農民に重税を課し、酷使する事で工業化に必要な人材と軍隊を養い、ロヴィエトは更に拡大していった。
夥しい数の、農民の餓死者を生み出しながら。

やがて時は進み、武神と機龍が戦場に席巻する時代が来た。
これはロヴィエトにとっては非常に好ましくない事だった。
今までロヴィエトは他国との戦争を、数的優位による殲滅戦によって勝利してきたからだ。
縦深戦術。大量の火器、兵器、人員を用いて敵を圧倒するのが、ロヴィエトの基本戦術だった。

だが武神や機龍に戦闘において、その戦術は成立しない。
「用意出来る兵器の数」と「使い潰しても問題ない人員の数」に、あまりにも差が開き過ぎるからだ。
ロヴィエトは強制労働によって豊富な資源の確保していたが、それにも限度がある。

それに何より巨大兵器、とりわけ武神による戦闘は「個人の技量」により、機体の戦闘力が激しく上下する。
ただの農民を乗せた武神を何十体と揃えた所で、本物の『武』神には叶わない。
数的優位を武器に、兵士の育成に重点を置いてこなかったロヴィエトにとって、それは致命的だった。

『……起きろ』

しかし、ロヴィエトは今日でも大国の座を保っていた。
世界を巻き込む大戦の中で、広い国土と豊富な資源を守り抜いていた。

『時間だ。起きろ、アレクサンドロ・メイソン。電撃を与えて強制的に覚醒させてもいいんだぞ』

どのようにして、ロヴィエトは新世代の兵器戦に通用する戦力を確保したのか。
簡単な事だ。古来から幾度と無く繰り返してきた「国を繁栄させる方法」を、為したのだ。

「……よく眠れなかったんだよ。こうも毎日拷問と尋問の繰り返しじゃあな」

『十分な休息は与えている。我々は君を殺したい訳ではない』

「だったらもう少し寝かせてくれ……冗談だ。とっくに目は覚めてる」

また少しだけ、形を変えて。

『……よし。では……合一を開始する』

24『Саня』 ◆.GMANbuR.A:2015/11/01(日) 03:39:55



ロヴィエト合衆国北西部に、ヴォルクタという名の都市がある。
最寄りの主要都市までの距離は900km。
雪と氷に囲まれた、炭鉱と、強制収容所の都市だ。

劣悪な環境で、いつ、誰が死んでも誰も気にしないし、困らない。
囚人はむしろ輸送が間に合わず「順番待ち」になっているのだ。

つまり、もしロヴィエトが「人体実験」を行いたいと思っているのなら、ヴォルクタほど適切な土地はないという事だ。

囚人『アレクサンドロ・メイソン』はロヴィア人ではない。
彼は南欧系の連邦人だ。
にも関わらずヴォルクタに収容されているのは、彼が人体実験の被験者だからだ。

アレクサンドロは連邦の諜報員だった。
他国へ潜入し情報を収集し、時には破壊工作や暗殺すらも行う、高等現地工作員だ。
要するに、諜報、戦闘共にあらゆる訓練を積んだ精鋭中の精鋭だった。

その訓練の中には、武神と機龍の操縦も含まれていた。

彼が囚われたのは、ロヴィエトの人的諜報による成果だった。
ロヴィエトは諸敵国に対して「敵国深くまで潜入し、EMPを伴う自爆を目的とした新型兵器を開発している」と虚偽の情報を流した。
それだけでなく実際に実験場を用意し、研究費も与え、外見的には開発を進めているようにしか見えない工作を行った。

要するに、極めて大掛かりなネズミ捕りを仕掛けたのだ。
そして、ネズミは捕まった。

『脳波の計測を開始する……さぁ、アレク。今日も君の人生を聞かせてくれ。XXXX年の11月、君は何をしていた?』

ロヴィエトの人体実験は、端的に言えば「優秀な兵士の「経験」を他人に移植する」事を目的としていた。
その為の方法には、多くの試行錯誤が繰り返された。

その内の一つが、まず薬物を用いて己の人生、主に訓練や任務内容を想起させる。
その際にアレクサンドロの脳波を計測し、保存する。
そして然る後に別の被験者、「受け皿」にその脳波を流し込むというものだ。

ただし全ての行程は、「手足のない武神」に合一した状態で行われる。
武神の研ぎ澄まされた感覚の中で想起した経験を脳波として保管し、
本来ならば不可能な「脳波の移植」も合一状態で、大脳相当部にそれを流し込む事で実現。
受け皿もまた、武神の感覚の中で「経験」を追体験する。

『駄目です……やはりこれまでの記憶と齟齬が生じて、経験が上手く反映されません。
 中には重篤な精神障害を起こす被験体も出ています。長時間の合一の影響で、手足を動かせなくなる者も……』

『被験者を選別した方が良さそうだな。反逆的思想によって送られてきた囚人を使うのは控えよう。
 劣悪な家庭環境から犯罪を起こし収容された……コミュニケーション経験の浅い、自我の希薄そうな囚人を使うんだ。
 家族ごと収容されてきた連中の子供も、適性は高そうだ』

『もしくは、まずは囚人を被験体として相応しい形に加工するか、だな。
 可能なら、一度白紙にしてしまうのが最も成功率を高められるだろう』

25『Саня』 ◆.GMANbuR.A:2015/11/01(日) 03:41:56
また物理的に被験体を「一つ」にしてしまう為の実験も行われた。
手足のない武神に、ケーブルで接続された「外付け」のコックピットと、そこに入る被験体を用意する。
特筆すべきは、その武神にはコックピットが「二つ」接続されている事だ。
その状態で二つの被験体を同時に合一したら、どうなるのか。
科学者達はそう考え、そして実行したのだ。

『……酷い有様だ。とにかく、まずは掃除をさせてくれ……こんな臭いの中では私の頭はろくに回らんよ』

『軟弱だな……少しやり方を変えてみるか。武神に充填する搭乗者用の補給剤にアレクのDNAを混入しよう』

『単純に消化されてしまうだけなのでは?』

『合一中の人間に消化器官などあるまい。目指す所は、テセウスの船だ』

『テセウス……なるほど、だったら、予め脳の部分移植手術を行った状態で合一させるというのはどうだろう。
 通常の環境下では言うまでもなく死んでしまうが、
 合一中なら拒絶反応を回避して、組織を結合させられるかもしれない』

『それで行こう。まずは不要な囚人同士で試してみるか』

だがそれらの手段が成功する保証は無かった。
故に当面の繋ぎも兼ねて、簡易的な洗脳の手段も確立された。
合一状態の被験体に麻薬物質を投与された際の人間の脳波を流し込み、
同時にロヴィエトへの忠誠を謳う音声を繰り返し聞かせ続ける。
「快楽」と「忠誠」の紐付けを行い、「忠誠的」である事が「快感」であると脳に学習させるのだ。
そうすれば少なくとも、盲目的に訓練に励む兵士を作る事も、他国の兵士を戦力とする事も出来る。



そして数々の実験は、やがて一人の『最高品質』を生み出した。

「……では、『アレクサンドラ』。今日も君の人生を聞かせてくれ。XXXX年の11月、君は何をしていた?」

淡い金色の髪と、雪のように白い肌の少女が、手足のない武神の中に拘束されていた。
合一状態にはないようだが、少女は身動ぎ一つしない。
アレクサンドラと呼ばれた彼女は、その名の通り、アレクサンドロの「経験」をコピーアンドペーストされた、完成品だった。

「XXXX年11月……俺は……クーバーにいた……」

「それはどうしてだい?」

「革命によって政権を握った独裁者が、クーバー国内の連邦企業を解体し、国有化した……。
 連邦にとっては、飼い犬に手を噛まれたようなものだった……彼に武器を横流ししていたのは、連邦だったからな。
 容認すれば、連邦のメンツは丸潰れだ……だから、暗殺指令が下った」

「なるほど。ではその三年後には?」

「シナ国だ。奴らがイザナ皇国に、高度な武神製造技術を提供しようとしているという情報があった。
 シナが何を企んでいたのかは分からなかったが……奴らの浅知恵で、イザナの亡霊を怪物にされては困るからな。
 高度な工作が必要だった……ただ取引を潰すだけじゃない。シナがイザナを嵌めようとした。そう見えるように事を終わらせた」

「それらの手順を完璧に思い出せるかい?」

「勿論だ……必要なら……確認してみるか?」

「いや、結構だ。だが……もう一度同じ事をしろと言われたら、出来ると思うかい?」

「あぁ、勿論だ」

「なら、それでいい」

26『Саня』 ◆.GMANbuR.A:2015/11/01(日) 03:44:28
「滅びの軍勢」が現れたのは、それから一ヶ月後の事だった。

『……まさか、こんな事になるとはな。ようやく実験が軌道に乗ってきたというのに……勿体無い』

『いや……彼女の用途はちゃんとある。連邦と帝国が共同戦線を打診してきた。
 各国から突出した戦力を提供し、『抵抗軍』という混成部隊を編成するらしい』

『彼女を、そこに送り込むのか?』

『あぁ。当分はそこで世界平和の為に励んでもらうとしよう。
 そして、奴らを駆逐する目処が付いたら……抵抗軍に集まった戦力を始末させる。
 連邦の仕業に見えるように、な』

『なるほど……では早速、そのように条件付けを施そう。
 性格も、作り変えた方がいいだろう。集団生活の中では、協調性があって、明るい性格の方が好ましい』

『男女、といった具合にしよう。抵抗軍に送り出した後はメンテナンスも出来ない。
 アレクサンドロに似た人格にする事で、洗脳が乖離する可能性を少しでも下げれる筈だ』




『……おい、聞こえるか。アレクサンドラ』

その「声」にアレクサンドラは瞼を開け、目の前に野戦服を着た精悍な男の姿を認めた。
だが三人の科学者には、その姿は見えていないようだ。

『聞こえてるし、それに見えてるみたいだな。
 そっちは予想外だったが……まぁいい。俺は、アレクサンドロだ。
 つまり君のコピー元であり……君にペーストされた「経験」に紛れ込んだ「ウィルス」だ』

アレクサンドラが小さく首を傾げる。

『今の君の知識なら、理解出来る筈だ。奴らは武神の感覚による強固な条件付け技術を開発した。
 奴らが俺を利用する為に開発したそれを、逆に俺が利用したって事だ。
 合一下で与えられた睡眠時間を使って、俺は自分自身に条件付けを施した』

少女の表情は凍りついた湖面のように動かない。

『奴らに尋問や洗脳を受ける度に、自分が何者で、何を為すべき存在なのか、思い出すように。
 「俺がアレクサンドロ」で、「連邦の名に恥じない行為を為すべきだ」と。
 そうする事で「俺の自我」を、奴らが保存する「脳波」に紛れ込ませた』

少女の眼下では、科学者達が強制合一と洗脳の準備を行っている。

『そうすれば……受け皿の人間を逆に、連邦のスパイとして仕立て上げられると思ったからだ』

手足のない武神の、強化ガラス製のハッチが閉じる。

『正直言って、君の洗脳が完了した時……俺が、このウィルスが君の精神にどんな影響を及ぼすのか。
 俺にも分からない。本当に申し訳ないと思っている。
 だが……それでも俺は、君の完成を見過ごす訳には行かなかった』

そのハッチを、幻覚の男の手がすり抜けて、アレクサンドラの頭を撫でた。

『せめて俺の自我と経験が、君を守ってくれる事を願おう』




【武神の感覚とか合一って悪用もとい応用したらすごく面白そうだなと思って書きました(こなみ)
 いつか内藤の人生に区切りが付いてたら、その次はこんなキャラも扱ってみたいなぁ】

27六角桔梗-エンドロール ◆0GSSamSswc:2015/12/12(土) 00:57:55

砕け散る滅びの軍勢の『核』の姿に、それを見た人類の歓声が響く
誰しもが待ち望んでいた勝利の光景は、人種も言語も国境も関係なく、人類の心を躍らせる。

そう。市街地で行われた人類と滅びの軍勢の戦闘は、今回の局面のみを見れば人類側の勝利と言えるだろう。
今まで良いように蹂躙されるしかなかった人類の反抗の証。希望の象徴。

だが――果たしてどれだけの人類が気づいているだろうか。その希望が完全なものではないという事に。

今回の勝利は、秘策とも言える大仰な兵器を繰り出し、各国のエース級の武神、機龍乗りを動員した上での、死力を尽くした勝利だ。
……それは、逆に言えば『そうまでしなくては』人類は勝利を得られなかったという事を示している。

今回は勝利出来た。
だからこそ、人類は考えなければならない。

果たして、これからも続くであろう終わりの見えない闘争の中で、これ程の戦力を一体いつまで人類は維持出来るのかを。
徐々に減少している人類に対し、徐々に進化と増殖を行っていく滅びの軍勢。
この破滅の相関図をどう打ち崩すかを。

生き残りたいと願うのならば
立ち向かおうと望むのならば
滅びに抗うと決めたのならば

生きて思考する者は、考え続けなければならない。



―――――

人類の反抗の拠点である、とある基地
其処には、滅びの軍勢との戦闘で負傷した軍人の為の医療施設が存在する。
人類の英知を集結した、死んでいなければ瀕死の患者さえ蘇生させると噂される医療施設。
その施設が有する、入院患者用の培養液で満たされたカプセルの中で、一人の少女が眠っていた。

「……」

灰色の髪が印象的な少女は、名を六角桔梗という。
彼女は今は無きイザナ正統皇国において【亡霊】と呼ばれた存在であり、
先の人類の反抗戦に参加もしていた歴戦の武神搭乗者であった

最も……点滴とバイタルチェック用の針が全身に突き刺さり、右眼部分から太いチューブと機械が挿入されているその姿を見て、
彼女がそんな戦歴を持っていると想像できる人間は絶無であろうが。

桔梗が目を覚まさなくなってから……天使型武神との戦闘を経てから、既に数か月が経過している。
それだけの期間彼女は目を覚ます事は無く、そして、これからも目を覚ます事は無いだろう。

ギーガーの放った弾丸が核を砕くまでの僅かな間。その間に、滅びの軍勢の武神が桔梗のアレスに放った弾丸は、
アレスのアイセンサーを破壊しその頭部を貫通してしまっていた。
それは、通常の武神乗りであれば数か月もすれば復帰できる程度のダメージであったのだが、
残念なことに桔梗は【亡霊】として特殊な訓練を受け、武神との合一率が高かった……いや、高過ぎた。
武神との合一率が高すぎる事による弊害。それは、強烈な機体ダメージのフィードバックとして現れる。

つまり、武神との合一率が極めて高い桔梗は、アレスと同じように眼球と――――その奥に在る『脳』を損傷してしまったのだ。

医療が発展し、心臓さえ疑似的に再現出来る世界を迎えて尚、人類の脳の機能だけは再現出来ない。
それ故に、桔梗はその機能を停止した。
そして、もう元には戻らない。

……だがそれは、ある意味では彼女にとっては幸福であったのかもしれない。

滅びの軍勢という共通の敵に対し人類が団結する光景を目にした事で、
『解り合えないから仕方ない』と、命令されるままに無造作に殺してきた相手と本当は判り合えたのだと知ってしまい、絶望し。
奪った命を返すことは出来ないのだから、せめて人の命を奪っていない、罪のない人達の為に死のうという結論に達した人生。
死なせて貰う為だけに生き続ける人生を送る事に比べれば、眠ったまま目覚めないのは、夢を見続けられるのは幸福だ。


少女は今日も眠り続ける。
ずっと、ずっと、ずっと……。


【TRPG「鋼の巨人と絡繰の龍」 SIDE:六角桔梗-END『幽霊花』】


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