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にがしたポケモンたちの行方 避難所

1名無しさん!!君に決めたい・・・:2011/08/13(土) 23:48:43 ID:VxaKq7L.
卵孵化で思うようなポケモンが出なくて、仕方なくどんどん逃がしていて思った

逃がしたポケモンは、いったいどこへいくんだろう
Lv1なんて生きていけないんじゃないか

前スレ
にがしたポケモン達の行方 5匹目
ttp://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/poke/1286173787/l50

過去ログ
にがしたポケモン達の行方
ttp://game13.2ch.net/test/read.cgi/poke/1186396152/
にがしたポケモン達の行方 2匹目
ttp://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/poke/1192962598/
にがしたポケモン達の行方 3匹目
ttp://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/poke/1237988212/
にがしたポケモン達の行方 4匹目
ttp://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/poke/1254635528/

まとめ
ttp://www7.atwiki.jp/yukue/

2転載:2011/08/28(日) 00:29:58 ID:48VjuRqk
96 名前:ゲーム好き名無しさん[sage] 投稿日:2011/08/17(水) 12:34:30.57 ID:q+RMpL+BO
どうして?
どうしてぼくにはおとうさんがいないの?
どうしてぼくにはおかあさんがいないの?

どうしてこんなくらいところにおいていくの?
どうしてぼくらはやくたたずなの?
どうしてそのこだけだいじにするの?
どうしてぼくらには"ぶい"がないの?
"ぶい"があったらぼくらはすてられなかったの?

みて、がんばったらはねがはえたんだよ?
ぼくたちつよくなったんだよ?

どうして?どうして?どうして?
どうして?どうして?どうして?
どうして?どうして?どうして?

******
○月○日
コガネシティの近辺で一人のポケモントレーナー
が無惨な姿で発見された。
爪や牙で引き裂かれており、大型のポケモンに襲
われたものと思われる。
側にいたリザードに怪我は無かったが、精神虚弱
状態でポケモンセンターに引き取られた。

同日、リザードンがいかりのみずうみで大量死し
た事件との関連性を調査中。

3転載:2011/08/28(日) 00:30:36 ID:48VjuRqk
145 名前:ゲーム好き名無しさん[sage] 投稿日:2011/08/27(土) 19:42:10.71 ID:OaNKRWuOO
よってらっしゃい!見てらっしゃい!
様々な鼈甲細工、どれも、たったの千円!
安いよ!安いよ!

そこのお姉さん、うちの鼈甲見ていってよ!
櫛、ブレスレット、ネックレス、ストラップ。
いろいろあるでしょう!

え、なんで安いかって?
ほぼ甲羅だけになったゼニガメやプロトーガの死骸が大量に砂漠にあってね、それも数千単位。
どれも、生まれたばかりの子供。
廃棄するにも大変、だけど放置する訳にもいかないので、こうして再利用しているんだよ。
いやぁ、余りに質が良くてね、評判も上々…
捨てた人様様だね。

おや、お姉さん、どうしてそんな青い顔してるんだい?
せっかくの綺麗な顔が台なしだよ?

あ、行ってしまった…まあいいか。

よってらっしゃい!見てらっしゃい!
様々な鼈甲細工、どれも、たったの千円!
安いよ!安いよ!

4名無しさん!!君に決めたい・・・:2011/12/02(金) 23:32:54 ID:jlPCgrNY
ポケモン6スレ目落ちました。。。

5名無しさん!!君に決めたい・・・:2011/12/04(日) 09:28:31 ID:ZkM7Zcwc
>>4
ポケモン板だけじゃなくてゲーサロのポケモン関連のスレも変なの湧いてたからね…
ここでまったりやっていこう。

6名無しさん!!君に決めたい・・・:2012/01/27(金) 10:19:40 ID:KVVYteZw
久しぶりに見たら落ちててショックだった
なんとかここに辿りついたが
スレ復活を祈る

7名無しさん!!君に決めたい・・・:2012/04/28(土) 05:36:48 ID:NSf1c5hI
サトシのポカブ逃がしたというか放置したポンスケトレーナー来週来るな。

8名無しさん!!君に決めたい・・・:2012/05/03(木) 20:22:26 ID:5bVwmrwk
さっきリアルタイムでポケアニ見たけど、ポカブ捨てたトレーナークズ杉
シンジやシューティーなんかかわいいもんだよあれ見ちゃうと
ポカブ改めチャオブーはこれからもサトシの元で幸せにバトルしてて欲しい

9名無しさん!!君に決めたい・・・:2012/06/03(日) 12:37:41 ID:NkBcOnIw

最後チャオブー本人(?)にも見放されていてざまぁだったけどね

10名無しさん!!君に決めたい・・・:2012/08/05(日) 21:00:53 ID:BLMxusGU
今書いているにがしたSSがある程度完成まで目途つけられたので、日付をズラして分割してアップさせていただこうと――
思ったけど、とりあえず現行スレはここでいいのかしらん?


戦の炎は森を包み、棲家を奪われたポケモンは四方へと逃げ惑っていく。そんな中、
炎の渦へと疾駆するポケモンが一匹。
その名はビリジオン。森と生き、森のすべてを守り抜くために与えられたその力で、
ビリジオンはただ一人の、そう、ニンゲンの命を救うために木々をすり抜け木の葉を
かき分け、幾朝も通い続けたニンゲンの家へと飛び込んだ。
たった二部屋しかない家の中で、彼女は机の上をきれいに拭き清め、ニンゲン二人分
の食事をいつも通りに用意していた。ビリジオンのための木の実も平皿にたっぷりと
盛られて、机から少し離れたカーペットの上へと配膳されている。いつもよりはるか
に多めの、平皿からはちきれんばかりの木の実の量は、彼女がこれから起こることを
知っている証だ。
息を切らすビリジオンに、彼女は無言で微笑んだ。ビリジオンは彼女をまっすぐ見つ
めて、呼吸を整え語気を強めた。

――さあ、何をためらう事があるのです!私の眠り姫よ、私の背にまたがりなさい!
――いいえ、それはできないわ。戦いでこの森を火に包んでしまったのは私たちニン
  ゲンのせい。たとえあなたが赦しても、ポケモンたちは私を赦さないでしょう……。
――私は森の王者ビリジオン。この蹄の音を一度鳴らせば、森に住むすべてのものは
  姿勢をただし、二度鳴らせば頭を垂れましょう。三度鳴らせばかれらは皆、私の
  言うことを聞くのです。何も不安はありません、さあ!
――いいえ、それだけではないわ。私には、帰りを待つあの人がいるのですから……。
――あなたの想い人は遠い昔、はるか山の向こうの戦で斃れてしまった。私はそう、
  とりポケモンから聞いたと話したではありませんか。
――ポケモンのいうことを、そのまま聞くニンゲンがどこに御座いましょう!私の愛
  する人は、遠くはるか山の向こうで、私に会う日を心待ちにしているはずです!
――私はあなたを深く、深く愛しています。うそ偽りでなく、この想いは本物です!
  愛する君に、なぜ偽りの言葉を投げかける必要があるのでしょう?
――なぜなら私はニンゲンで、あなたがポケモンなのだから。

11ファンタスマゴリア〜幻影劇団一代記〜 2:2012/08/05(日) 21:01:50 ID:BLMxusGU
家の周りを、次々に森のポケモンたちが取り囲んでゆく。ビリジオンを慕うポケモン
達は、ニンゲンにビリジオンが焼き殺されるとうなり声をあげていた。今にも家の中
へと飛び込んで、想い人を目の前で引き裂きそうなポケモン達の姿を悟られまいと、
しかしどうすることもできずにビリジオンはただただ表情を押し殺す。
しかしニンゲンの娘はすべてをお見通しで、彼女は再び笑みを浮かべた。

――お行きなさい、ポケモンよ。私はニンゲン、どうしてもニンゲンの想い人を、忘
  れることができないの。私はここから離れられないの……。

ビリジオンは彼女に背を向けた。彼女との未練を断ち切るために、まっすぐに、ため
らいなく森へと駆け出した。しかしいくら襲歩で森を走り抜け、体がはちきれんばか
りに足を速めても、彼女の思い出はビリジオンの四肢へと、しっかりとまとわりつき
離れない。
炎は森を焼きつくし、木々は軋み音を立てて崩れ落ちる。彼女はもうすぐ、この世界
から居なくなる。そして記憶があらゆる枷となり、これからずっと、ビリジオンを蝕
んでいくだろう。

――ああ、どうして、どうして!想い人に捧げる気持ちは、ポケモンもニンゲンも変
  わらないというのに……!私は彼の人に負けないぐらい、あの人を愛していたと
  いうのに!私の愛が足りなかったというの、それとも、私がポケモンであること
  が、いけないというの……!

ビリジオンは叫んだ。消えゆく彼女にこの声が届かないとは分かっていても、叫ばず
にはいられなかった。最初からすべてが間違っていたのだと、そうは認めたくないビ
リジオンの心が、言葉を大きくかき乱した。
彼女は変われる、確かにビリジオンはそう思ったのだ。それはビリジオンの初めての
失敗で、過ちで。受け止めるにはあまりにも、ビリジオンの心は真っ直ぐすぎた。
ビリジオンは駆け抜けていく。その心の通り、さらに深き森の奥底へと。すべての気
配が消えうせる闇の中に。ビリジオンも消えていく。
そしていつか、その時が来たらまた、ビリジオンは姿を表すのだ。彼女の幻影をその
背に乗せ、一つの意志を携えて。
ポケモンとニンゲンは分かち合えないのか、それとも手を取り共に歩めるのか。ビリ
ジオンはそのどちらも知っていて、我々の思いをそのどちらかへと後押しするだろう。
やがて来る選択のため、今こそ祈りを深めよう。悔いなき心と魂を、我々ポケモンの
体に宿せますようにと――

12ファンタスマゴリア〜幻影劇団一代記〜 3:2012/08/05(日) 21:03:58 ID:BLMxusGU


尖った石を踏みつけないかと入念に地面を払い、俺はぺたりと足を延ばして尻もちを
ついた。
吹き出る汗をぬぐって火照った体を大きく広げ、熱を逃がそうとすると、こつんと頭
に枕役の木切れが滑り込んでくる。手押し車とその荷物を背もたれにして、俺はゆっ
くりと息を吐く。
ガラクタが山積みになった手押し車を団長と一緒に押し運び、ハトーボーの先導役に
低木やその他障害物を切り払って貰った先の峠の頂で、俺たちは小休止をしていた。
氷のように透き通った空の青と、宝石のように深く沈んだ海の青がまぶしい。眼下に
広がる森の中から顔を出している、ひときわ目立つ灰色の巨石。団長の言っていた目
印へと辿り着くまで、あと一、二度は途中休憩を挟みたいところか。普段なら本気を
出せばうさぎポケモン跳びで一日もかからない旅程が、ガラクタ車のお蔭でひどく壮
大な道のりに変貌している。
「ゾロアークくん、水、飲むかね」
言葉とともに、俺の目の前へひゅ、するすると薄汚れた金属の筒が降りてきた。人間
が道端に捨てて行った水筒。顔を上げると荷車に縛り付けられた座布団の特等席から
団長が――ズルズキンのオッサンが、水筒から伸びる紐でゆらゆらと吊るし下げてい
る。まるで水棲ポケモンにニンゲンが餌を与えているかのような体勢と表情で、団長
は俺を見下ろしていた。
俺は水筒を受け取り、ぐいっと一杯一気に煽る。コップを掲げ視線を頭上に送ろうと
した時、団長のデカ頭がもぞもぞと俺の目線に降りてこようとしているのに気づいた。
荷物に這いつくばり、逆さまのまま団長は俺に話しかける。
「今度の劇の構想を練っていたんだがね」
水を継ぎ足しちびりちびりすすりながら、俺は団長の話に耳を傾ける。
「きみ、ルギアというポケモンを知っておるかね」
「ああ、スワンナから毛と羽を全部むしりとって超でっかくさせた姿をしてるヤツだ
 な」
俺の言葉にうん、うんと頷く団長。俺は一呼吸置き、再びコップに口を戻す前、念の
ために尋ねた。
「で、今度はそれを演じろと?」
「いいや、ルギアは大道具に任せて、今度君にはルギアが求婚するニンゲンの娘役を
 やってもらおうと思ってね」
「へ?」
怪訝、というより見識の浅さを小馬鹿にするためのオーバーな表情を、俺は団長に送
る。しかしそんな俺に団長はにんまりとウザでかい口をさらにウザく吊り上げ続けた。
「今度の新作はだね、伝説のポケモン、ルギアと海辺の村に暮らす若い娘との恋物語
 にしようと思っているんだ。大海原を回遊し、大空から地上を睥睨し、世界のすべ
 てを見たつもりでいたルギアは、ひなびた村の堤防から聞こえてくる、海の底まで
 響きわたりそうな透き通った歌声に心を奪われる。声の持ち主は村一番の別嬪さん。
 娘に恋をしたルギアはある夜、いつものように堤防へやってきた娘の前に、その姿
 を見せるんだ」

13ファンタスマゴリア〜幻影劇団一代記〜 3:2012/08/05(日) 21:05:49 ID:BLMxusGU
この団長は何が楽しいのか。性懲りもなくまたニンゲンとポケモンの恋愛ものの焼き
直しをしれっと出してきやがった。ここまで来たらもうオチはもう分かりきっている。
そろそろこいつはズルズキンからウルフルンへと名乗り変えた方がいい。
「とりあえず話は問題ないが重大な欠陥がある。何度も言うが俺はニンゲンに変身で
 きない」
赤い爪でコップをくるくると弄びながら俺は言う。俺はゾロアーク。何故こんな力を
与えられているかは分からないが、俺たちは自分ではない何かに化けられる特性を持
ったポケモンだった。
俺の同族にはニンゲンに化けられる奴も居るが、ある時から俺はニンゲンだけは変身
できなくなってしまった。それは才能ではなく、どうしようもない個体差のようなも
のだ。
「そこをなんとか――」
「無理なものは無理。また団長が女声を出せばいいだろ?」
「君ねえ、それだと全くロマンというのがないじゃないか」
「嘘つきがロマンだのマロンだのアホ臭いこと言ってんじゃないよホント」
まだ何か物言いたげな団長を無視するため俺は視線を逸らし、再び眼下の深緑の森へ
と眼の色を移した。
まるで瞳のような、森の中にひときわ目立つ巨石。俺の思い出が蘇る。昔ニンゲンを
背負ってあの岩の頂へと登ったことを。そのニンゲンの、巨石を前にしてのはしゃぎ
様を。
ニンゲンたちも恐らくそうであるように、ポケモンたちは尋常ならざるものを前にし
て、そこに伝説の残り香を見出だす。曰く、大地の主グラードンの枕だとか、海の覇
者カイオーガの洗濯板だとか、ここでアルセウスがおならをしたから盆地ができたと
か、そういった大いなる存在を讃えるための他愛のない話を、俺や団長は幾らでも呟
くことができた。
――そんな“伝説のポケモン”たちが今どこのニンゲンの街で飼われていて、見せ物
にされているかという観光ガイド付きで。
そんな全てを、俺と、そして団長も恐らく、ニンゲンと共に見つめていたのだろう。
俺が生きてきた足跡が、世界中に散らばっている。世界中のいたるところに物語があ
り、そしてそのすべてが嘘っぱちだということも知っている。
そう。俺は、昔ニンゲンに育てられ、ある時ニンゲンに捨てられたポケモンの一匹だ
った。

14ファンタスマゴリア〜幻影劇団一代記〜 5:2012/08/05(日) 21:06:28 ID:BLMxusGU
俺はニンゲンによってこの世に生を受け、別のニンゲンの手で育てられたポケモンだ
った。ニンゲンの主人は幼い俺を溺愛し、何かと様々なところへつれ回した。どこに
行っても俺と同じ種族のポケモンが、同じように連れてこられて主人にナデナデナデ
ナデされていたが、その時俺の主人は決まってこう言うのだった。うちのゾロアちゃ
んがいっちばん可愛い!と。
主人の愛情は、俺がゾロアークに“しんか”しても変わらなかった。だから“ご主人
様”は俺を心のそこから愛してくれているんだと。その時が来るまで俺は勘違いをし
ていた。
ある日、特別な技を持つ同種族のポケモンが主人の元に送られ、かれはためらいなく
俺を捨てた。
……いや、あれは捨てたと言えるのだろうか。別れの言葉も役立たずへの軽蔑のまな
ざしもなく、気が付けば俺は野原にぽつねんと取り残されていた。
夢だと思い、冗談だとおどけ、その日中ずっと、何日もずっと、俺はその野原で主人
が来るのを待っていた。体力はバカみたいに鍛えられていて、だから俺はずっと身を
丸めてただひたすら恐怖を感じずに過ごすことができた。きっと“ご主人様”は戻っ
てきてくれる。その気持ちだけに縋って俺は痩せ衰えていき、俺はそれだけ“ご主人
様”を愛していた。
そんな死にかけの俺に対し、ある日野生のポケモンたちが遊び半分で嬲り殺そうと襲
いかかってきた。血だるまになりながら必死で俺は逃げ、森に流れる川の水をがぶ飲
みし、最後の力を振り絞って木々を切りつけまくって落ちてきた果実にむしゃぶりつ
いた。
じゃりじゃりと歯と歯の隙間にまとわりつく種の感触と、喉の奥に引っかかる固い皮。
熟していないものや、腐った木の実を間違って口に入れ、何度も思いっきり吐き散ら
した。俺は知らなかった。俺はそれまで、すべての美味しい食べ物や甘い飲み物をニ
ンゲンから与えられてきた。だから野生の食物を口にした時やっと、ニンゲンたちの
世界から俺は遠く離れた場所に突き落とされたことを悟ることができた。
弱り切った体が食べ物で満たされていく。充足感はなく、全身に染み渡るものは無気
力と絶望が混ざった黒い血液の塊だった。
俺はその後何日も、自分の居場所を求めて放浪し、ある時団長と偶然出会った。団長
は世界初のポケモンだけの演劇団を作っていると鼻息荒く俺をスカウトし、以後俺は
そんな風変りなズルズキンと行動を共にしている。
団長の理想に心酔や共感している訳じゃない。ただ団長も同じくニンゲンに捨てられ
たポケモンで、野生の奴らとの距離感の取り方にどこかシンパシーを感じただけだ。
どこかしら共通項がある方が他者とは付き合いやすく、たとえ対立する部分があった
としても意志疎通が図りやすい。
俺にとって団長の演劇団の価値というのはそれだけしかなく、ただそれに加えて食う
モノ寝る場所さえあれば十分な俺が、ついていくに足る価値ある場所、それが団長の
傍というだけのことだった。

15ファンタスマゴリア〜幻影劇団一代記〜 6:2012/08/05(日) 21:08:22 ID:BLMxusGU
俺が所属する劇団は、演者が俺と団長、大道具役がハトーボーのネーチャンの三匹し
か団員がいない。これでは用意できる劇があまりにも限られてしまうので、毎回開演
地の周辺で暮らすポケモンたちを臨時のスタッフとして雇っている。
よそ者の酔狂に気軽にほいほい首を突っ込んでくれるような、気のいいやつがどれだ
けいるのかというと、これがまた俺たちポケモンという奴等は好奇心旺盛なバカばか
りで。使えるやつ使えないやつがごちゃ混ぜで大量に押し寄せて来るものだから、オ
ーディションや役職の割り振りなどに勝手に俺も駆り出され、朝から晩までてんやわ
んやになる。
それが終わったとしても俺の繁忙期は終わらない。それよりも、今これから起こるで
あろうことに対して、俺はいかに上手くやり過ごすことができるか。俺があと30日、
少しイライラしながら過ごせるか、それとも猛烈にイライラしながら日々が過ぎるの
を待つかの分かれ道を、俺は無理やり選ばされようとしている。
さて、露骨に不機嫌な顔をしている俺を知ってか知らずか、というか明らかに分かっ
ている癖に、わざと俺を不快にさせようとする団長へなんとか仕返しできないだろう
か。そのことについて暇さえあれば必死で考えることを怠っていた自分に、苛立ちさ
え感じている今現在。巨石の前の小さな野原で、俺は無数のポケモンの注目に晒され
ていた。
「はい注目注目!当劇団一の、いや世界で一番の大ポケモンスターであるこのゾロア
 ークくんが、なんと、あの、あの、みんな大好きつるぷにふんわりもち肌うっとり
 な伝説ポケモンのルギアに変身するよー!これがびっくり本物そっくり!クナイ庁
 御用達のセクハラボディも、アンノーンヒデアキ大満足で太鼓判の驚きの再現度!
 お客様満足度はぶっちぎりトップの99.99%!日頃積もりに積もってるペッテ
 ィング欲求を晴らすなら今のうちだよー!」
「殺す!マジ団長いつか殺す!」
怒気を一つの単語にシンプルに目一杯こめた後、俺は素早くその場でぐるんと一回転、
右回りに世界を少しだけ“ズラし”た。ぼいいん!とも、じょわわわん!ともそんな
景気のいい音を鳴らさなくても、ただそれだけで目の前のポケモンどもは錯覚に騙さ
れてくれる。団長たちの目の前には今、俺ではなく白くて青いデブポケモンが悠然と
地表スレスレでホバリングしていることだろう。
「……ファッ!?」
「ヴォースゲー!!」
「自分、涙いいすか!!」
「あーもううぜぇな近寄ってくんじゃねーよボケ汚ぇ手で触んじゃねえ!!」

16ファンタスマゴリア〜幻影劇団一代記〜 7:2012/08/05(日) 21:09:26 ID:BLMxusGU
小ポケモン並の感想をわめき散らしながら殺到する馬鹿から逃げながら、俺は必死で
怒鳴り散らす。団長は少し離れたところから腕を組みニヤニヤとこの騒動を見つめて
いる。畜生、いつかマジでブッ殺す。
「というか団長、こんなんじゃ芝居の稽古にならないすよね!どーすんのこの騒ぎ!」
「ハッハッハ、モーマンタイモーマンタイ。今日は参加者同士のミーティングの日だ
 から、気持ちを高めて一つにするにはこれがうってつけの方法なんだよー」
「殺す!ブッ殺す!あってめぇそんな所潜り込むんじゃねぇよ!団長早く助けれ今す
 ぐ!」
あっちへ飛び、こっちへ飛び、フェイントを仕掛けながら馬鹿の集団をわざともみく
ちゃにさせ、一匹一匹を同士討ちさせて数を減らしていく。それでも追いかけてくる
奴には気付かれない程度に足蹴をかますと、全て事を終えたことを知らせる拍手が団
長から贈られてきた。何がお見事だよ糞頭野郎。
本当、これをまたあと何度繰り返すんだと思うと眩暈がする。いくら俺がニセモノだ
と言っても、彼らは信じようとしない。いや、分かっていても、一時の夢に浸らせて
くれと、彼らが満足するまで俺は追いかけ回される。
そう、かれらは何も知らない。
山の頂き、地の底、空の遥か上。そこには“でんせつのポケモン”が棲んでいて、観
客の野生のポケモンたちは自分たちを見守ってくれいると純粋に思い込んでいた。劇
中でそいつらが現れるとき、盛大な拍手喝采が俺たちを包み込み、おひねりの木の実
がボコスカ俺の体に突き刺さった。
現実には世界の至る所をニンゲンたちが征服し尽くし、グラードンはニンゲンの作っ
た“サファリパーク”で、ルギアやカイオーガも“水族館”の狭い水槽の中でイヤと
いうほど見られるつまらない存在になり果てていても、俺たちは今違う世界に生きて
いる。
彼らには俺が嫌というほど見てきた真実は要らず、はじめは全てを伝えようとした俺
も、今では全てを諦め彼らの夢に尽くしてやっていた。
彼らの幸せを壊してやりたいという衝動はいつしか、脳裏に浮かぶ自分の昔の後ろ姿
にかき消されていた。
確かにあのころの自分が一番幸せで、無邪気に他愛もない甘い幻想へ浸っていられた
のだから。
ある時までずっと俺は、“ポケモンとニンゲンが仲良し”のニンゲンの世界へ戻りた
いと願っていて、希望をなくした今でも忘れ去りたい記憶として心の奥底に淀んでい
る。
彼らに対する拘泥が嫉妬であることに気付いた俺は、全てを忘れるため、ただがむし
ゃらに、団長の言いなりに役者として働いた。

17ファンタスマゴリア〜幻影劇団一代記〜 8:2012/08/16(木) 13:29:37 ID:swS4cBXI


これはどこかの土地の、だれかの村の、とってもとってもおかしな物語
なにがどれだけおかしいのかって?
聞いてびっくり見てまたびっくり。
とあるポケモンがニンゲンを、お嫁さんにしようと思った話なんだ!
お相手は嫁入りをひかえた村娘。しんじゅのようにつやつやきれいな瞳を持った、そ
れはそれはきれいなお嬢さんだったとか。
村娘はとっても歌が好きで、娘を好いたポケモンも、喉声を奏でるのが好きだった。
その夜も村娘は岬へ灯台へ。愛する父母が寝静まる家の中ではなく、誰もいない地の
鼻先へ。
波と風だけを観客に、海へ向かって静かに歌声を奏でていた。
だけどその日は違っていた。どうだったかって?もちろんご名答!
いてもたってもいられずに、そのポケモンが娘の前に姿を現してしまった。
そのポケモンは白く大きな羽をもっていて、娘の背丈をはるかに超える、大きな体は
風格たっぷり。
そう、娘を好いたのは、海の王様ルギアだったんだ。

――ニンゲンの娘よ、何故お前はそんなに悲しい歌を唄うのだ。広い世界には、もっ
と楽しく賑やかな歌があるだろう。
――嗚呼ごめんなさい。心を騒がせてしまったようで申し訳なく思います。私はやが
てこの地を離れます。村や父母のことを思うとただ、いてもたってもいられなくなり、
せめて思いを残そうと、毎晩こうして歌をうたっているのです。
――ニンゲンとは誠に奇妙ないきもの。心迷わずとも留まるべき所へ留まれぬ理由が、
あるなら話し聞かせてみせよ。
――話しお聞かせ致しましょう。私は村の庄屋の娘。山の中腹、小さな農地で小作に
田を耕させて一家つつがなく暮らしております。私の村には決まりがあり、男が産ま
れればとなり村の網元の娘を迎え、女が産まれれば網元へと嫁ぎます。
――そなたの唄は春の来ぬ地に花びらを舞わせ、夏の日差しを和らげる。豊穣の秋を
高らかにうたえば、冬は吹雪を陽光のきらめきに変えよう。そなたの歌声は村の宝。
村一番の歌姫が、離れた村へと嫁ぎに往けば、父母や村の者は悲しむであろう。
――ええ、ですがこれは百年期を幾度も重ね続けられてきた避けては通れぬ掟。私一
人の力でどう変えられましょう。
――私は海の覇者ルギア。千年期をも遥かに越える長きにわたり十と七つの大海を従
え王として君臨してきた。私がこのまなこでひとにらみさえすれば、すべての海のポ
ケモンはすぐさまひれ伏し、右翼を上げれば東の海に眠るすべての宝物が、左翼を上
げれば西の海に眠るすべての宝物が、私の眼前へ即座に並べられるだろう。
――王として私は願う。そなたはこの地に留まり癒しと喜びの歌をこの地に響かせん
ことを。
――ああ、異界の君主さま。その願いが叶えられればなんと素晴らしいことでしょう。
しかし私は一介の村娘。そのような願いを受けとめる術は持ちません。
――なんと哀れなるかな村娘よ。ならば今は、私の、そしてすべての海のポケモンど
ものために、その清らかな声色を水面の下の沈黙の世界へと捧げておくれ。

村娘は瞳を閉じて、子守唄を奏ではじめた。海や風はまるで娘の唄に聞き耳をたてる
ように、そよそよと優しく娘をつつんだ。ルギアはぷかぷか水面をベッドにその身を
たゆたわせ、娘の唄に聞き惚れていた。
想像できるかい?あのルギアが、パウワウみたいにニコニコまったり、ニンゲンの女
の子の周りを楽しく周遊するさまを!
子守唄だからって、自分も子供にならなくていいはずなのに、だからそれだけルギア
は村娘のことが好きだったんだ。



18ファンタスマゴリア〜幻影劇団一代記〜 9:2012/08/16(木) 13:32:17 ID:swS4cBXI
「ファンタスマゴリ、というのはどうだろう?」
ポケモンの大群に振り回され、へとへとになって今日は健康的に早寝でぐっすり眠れ
るな、と思ったらこうである。
巨石にもたれ掛かりちゃっちゃと寝落ちしようと思った俺に、巨石の頂から団長は話
しかけてくる。俺の身長の三倍は背丈がある石の麓とてっぺんとの会話は、この周辺
を縄張りとするポケモンがいないのか、静けさに締め付けられた夜の空気の中ではま
るで隣同士で会話をしているかのように聞こえる。
俺はもたれたまま頭だけをぐいっと天に向ける。相変わらず星がきれいだ。
「へ?」
「私たちの劇団の名前だよ。体裁も整ってきたしそろそろ決めておかねばと思ってな」
団長はというとガッショーンと屹立し腕を組みながら俺と同じように空を見ている。
はぁ。
「だんちょー、俺は言いやすくて口に出しても恥ずかしくない名前がいいでーす」
ちなみにもう一匹の正規団員であるハトーボーは今ここにはいない。どこかの木の上
で寝静まっているのだろうし、まずあのオネーチャンはこういう話題には全く興味が
ない。
「いやいや、すばらしい名前だと思わんか!?まるでニンゲンたちが、チューニビョ
ーとか、ジャキガンといって褒め称えそうな名前だろう!」
「あのさ、その言葉の意味って知ってる?」
「ピースな愛のバイブスでポジティブな感じの何か、とは聞いたことがある気がする
な」
……はぁ。
何か言い返そうと、言い返すべきと思っても言葉が出てこない。かわりに俺は心のも
やもやを大きくため息に吐き出して、とっとと爆睡することに決めた。
「まったく、君は本当にロマンに感じ入ってくれない男だねえ」
吐息が上に伝わってしまったのだろうか。しかし団長はお互いにとって分かりきった
ことをまた繰り返す。
「すみませんねえ、俺はあんたと違って何にでも変身できる分、理想と現実逃避の違
いがはっきり分かるんですよ」
「そういうことじゃないんだが、なあ」
言葉を返しながら夜空に背を向け体を丸めた俺は、途切れる会話にこれ幸いと瞼をゆ
っくりと閉じさせる。さわさわとそよぐ風の音と、煩く感じない程度に遠くに響く夜
行ポケモンの鳴き声は、普段なら心地よく眠りに誘ったが、何故だか今夜はざわつき
耳にまとわりつくように聞こえた。
眠れない。俺はそっと、星空へと視線を戻す。最後の返事から長くない時間が経って
いたが、そこにはまだ、はるかかなたに思いを馳せてるのかどうかよく分からない団
長の姿があった。
「……ほんと、あんたともうこんな下らないやり取りをしないために訊いておくけど
な。あんたなんでそんなに、ミュージカルにこだわるんだ?」
ふと何気なしに問いかけてみた俺を団長はすっと一瞥し、そして再び夜空に視線を還
す。
「ニンゲンのトレーナーと通い詰めたポケモンミュージカルが、忘れられないからさ」

19ファンタスマゴリア〜幻影劇団一代記〜 10:2012/08/16(木) 13:36:01 ID:swS4cBXI
「よっぽど感動した劇があったのか?」
「それはあるけど、そうではないね」
「ははあ、あんたニンゲンと一緒に暮らした思い出が忘れられないんだ」
「よし、レクチャーしよう。われわれ観客は、何を求めて劇を見に来ると思うかい?」
突然、俺の言葉を返さず団長は俺に視線を向ける。俺は何か悪い事でも言ったのだろ
う。
「それは……見たい劇を見に足を運ぶんじゃ」
そもそも演劇というものに興味がない自分にものを尋ねること自体がナンセンスなの
だが、俺の返答はあながち外れではないだろう。
団長はじっと、腕を組み俺を見つめている。
「違うね。“見たことがないもの”をみるために、劇を見に行くんだ」
ゆったりとした所作で、俺の真上に位置取らないよう場所を定めて団長は腰かけた。
背を屈め、やはり団長は俺から視線を外さない。
「全部が全部、予想通りだったら面白くないだろう?だからさ。だから君の演技は素
晴らしい。我々ポケモンが見たいもの、スカっとするものを演じつつも、我々ポケモ
ンが気づかなかったもの、隠していたものもズバリと表現できている。そこで初めて
我々ポケモンは知ることができるんだ。我々が本当に、見たかったものは何か、見た
かったものの正体は何か、ってね。発見するんだよ。そしてこれが、演劇の面白さの
源泉なんだ」
一呼吸を入れるために言葉は途切れる。団長の想いの昂ぶりにあわせて強くなった語
気がリセットされ、呟くようなそれに変わる。
「私はミュージカルに出ていたポケモンに、色々な事を教わったんだよ」
「よく分からないな。自分は自分が好きなように演技をしているだけで、そこまで深
いことを考えて芝居をしたことはないぞ」
多分褒められているのだろうけど、褒め方がピンとこなくて気分悪いので俺は率直な
気持ちを言葉へ表す。
「じゃあ、君が気づいていない、君の才能を引き出す隠された欲求がまだあるってこ
とだ」
「それがどうしたんだよ。嘘で塗り固められた物語を演じるのにそんな才能があった
としても要るわけねぇだろ」
眉間にしわを少しよせ、俺は団長にガンを飛ばす。団長に表情の変化はなく、相変わ
らずいつも通りのあの、眠たそうな眼を俺に向けている。
「はっきり繰り返すけどな、どうせあいつらが作る“ポケモンとニンゲンとの心暖ま
るハートフルストーリー”なんて嘘っぱちの紛い物なんだよ」
信じたくなかったし、信じられるわけがなかった。俺が今まで何回も、何十回も目撃
した、ニンゲンがポケモンに対して行ってきた仕打ちが、そんなすべてを否定してい
た。
ニンゲンが俺たちに求めているもの。それは俺たち自身ではなく奴らに都合のいい欲
望の受け皿であることだけだ。ニンゲンの御目に適ったポケモンは自らを飾りたてる
装飾具としてのみ寵愛され、“不出来”なポケモンはつまはじきにされ捨てられ追い
立てられる。そうして仕分けられ、ニンゲンの欲望を満たすポケモンを素晴らしいア
クセサリーとして褒め称えるために、彼らは美しいニセモノの物語をニンゲンとポケ
モンの間に作るのだろう。
眠る準備をと頭を垂れる俺に、団長は言葉を投げつけてくる。
「物語というのはおしなべて嘘っぱちの紛い物だよ。しかしそれが、作り手の心の奥
底から出てきた想いの塊である限り、その魂は本物ではないかな」
「だとすりゃ観客の受けだけを気にして、売れるもので埋め尽くされた物語のどこに
作り手の魂が宿るんだよ」
「それだけ観客とのコミュニケーションを渇望しているということじゃないか」
「ならな、言ってやるよ。ニンゲンは本音を隠して建前だけを愛でたがる精根腐った
生き物なんだよ。建前に踊らされて馬鹿見たのが俺達だろ。団長、まさかそれに気付
いてないとは言わないよな?」
一気にまくしたてたお陰で俺の胸は詰まり、ふぅ、と大きく息を吸った。吐き出され
る空気のカスと、無言と無言。団長の屁理屈は止まり、そして最後の言葉が降りてき
た。
「分かっているさ。そしてそれでも建前を信じなければ、意志や希望を強く持ち生き
られないということもね」
吐き出した空気のカス以上に無意味でヤケクソの精神論でしかない返事に俺は満足し、
今度こそ深い眠りにつくことができる。
再び瞳を閉じる前に見た空にまたたく星の輝きははるかに遠く、小さくはかなく。そ
のことが俺に無類の安らぎを与えてくれた。

20ファンタスマゴリア〜幻影劇団一代記〜 10:2012/08/16(木) 13:40:05 ID:swS4cBXI


たまに早寝をするとすぐこうやってアホみたいに早起きだ。
こういう時はニンゲンがうらやましい。一日を細かく刻むことを知ったあいつらは、
同時に物事を規則正しく取り計らうことをも発明した。
ニンゲンたちの元から離れた俺は、すべてをだいたいの曖昧で過ごすしかない。空を
飛ぶポケモンたちの鳴き声が聞こえてこないということは、多分今は「バカみたいに
朝早く」なのだろう。ふと名案を思い付いた俺は、ぐいっと伸びをした後森の中のあ
る場所へと向かった。
この森にたどり着いた時の話だ。俺は劇団の寝床を探そうと辺りをうろついていたら、
偶然遊泳に最適な大きな滝だまりを見つけた。
ふさ毛な俺は手入れをミスるとすぐにバリバリに逆立ち、みっともない格好になって
しまう。だから汚れを洗い流せる池があれば万事機嫌よく過ごせる身として、ヒャッ
ホーイと飛び込んだ後すぐ、その滝だまりを占拠している草や虫ポケモンに袋叩きに
されたことに猛烈な不快感と、どうすれば奴等を滝だまりからすっきりすっかり排除
できるかという黒い野望を俺にもたらした。
さて、幸いにしてにこんな朝のような夜のような時間帯である。さすがに奴等もまだ
寝静まっているだろう。久しぶりの水浴びに胸を高鳴らせながら俺は滝だまりへと向
かう。
湿り気を含んだ匂いがしてくる。嗅ぐだけで気持ちよくなる空気が満ちている。足取
りは軽く、しかしその臭いに不純物が混ざったことを嗅ぎ付けた瞬間、俺はさっと背
を屈めて足元を隠せる茂みに体を隠した。
滝だまりのすぐ近く、すこし高く盛り上がった土の上の茂みの中からは、よく周囲が
見渡せる。息を殺し、念のため草ポケモンに見えるよう擬態してさらに緑の中に沈ん
でいく。
ゆっくりと、呼吸だけを繰り返す。微量の水分がじとりと鼻孔をくすぐる。
そんな中、つん、とニンゲンの臭いを嗅いだ気がした。
気のせいか否か。だが確かに何者かが草や軟土を踏みしめてゆく音がする。それもど
こか、慌てているかのような騒音を撒き散らして。
足音。そして羽ばたきの音。足音は複数。無数の四つ足と、確かに二つ足の響き。ポ
ケモンの群れではないのか、いや、何故だかその可能性を否定するのは、俺がただ単
に再びタコ殴りにされるのを恐れているからなのか。
違う。嗅ぎなれない虫の臭いが確かに――
自分の思考は茂みが盛大に切り開かれる炸裂音によって静止する。滝壺のほとりの低
木が掻き散らされ、小枝が吹き飛ぶ。茂みの中からは、黒い小さな四つ足ポケモンが
何びきも飛び出し、水面を前にしてたちどまる。足取りはおぼつかなく、どう見ても
全員が産まれたてのひよっこだ。そして中には、傷だらけで体から血を流しているも
のもいる。
俺の子供の頃の姿の、ポケモンが無数。視界の中で体を恐怖に震わせていた。

21ファンタスマゴリア〜幻影劇団一代記〜 12:2012/08/16(木) 13:43:49 ID:swS4cBXI
俺は確かに、助けに行こうとしていた。しかし異様な状況に、俺は頭が混乱して動か
ない。
何故俺の種族ばかりがあそこにいる?そもそもなぜ幼児ばかりなんだ?何故化けて逃
げ出さない?そしてこの虫とニンゲンの臭いは何を意味しているんだ?
疑問は断片のまま頭を飛び交い、回答を促す余裕を与えない。いや、回答から導き出
される予感を、俺は必死に否定していたのだから。しかし、否定したところで目の前
の現実は変わらない。
結論はすぐに飛び込んできた。
十数匹のゾロアたちは滝壺の縁ギリギリに追い詰められ、必死に茂みに向かい弱々し
いうなり声をあげていた。そしてそいつは茂みの中などに隠れるつもりなどさらさら
なく、泰然と小さな火の粉を鱗粉のように撒き散らしながらゾロアたちを追い詰める。
まるで狙いを自らによく定めさせるかのように。自らに釘付けにさせ、ゾロアたちへ
の攻撃の狙いを外さないように。
炎を纏い、赤く大きな、自分を誇示するかのような羽をもつ虫ポケモン。現れたウル
ガモスはゾロアたちの前に羽を大きく広げ、二、三度強く羽ばたいた。
爆発。そう見紛えるような暴風が滝壺を襲い、一瞬、流れ落ちる滝が吹き飛んだ。
巻き上がる蒸気。舞い散る新葉。まさしくそれは、鍛えぬかれたポケモンの力が成せ
る技。やせいで生きるポケモン固有の能力が、ニンゲンの欲望に駆り立てられた知恵
により、異様に強化されつくした成れの果て。
肉の焦げた匂いが漂い場に沈む。ゾロアたちは悲鳴をあげる隙を与えられず、川辺に、
水中に全身を軋ませその身を横たえさせていた。
俺は確かに、助けに行こうとしていた。俺は確かに助けに行こうとしていた。
――気が付くと俺はそう心の中でひたすら繰り返していた。それが言い訳だと認めた
くなくなるほど言い訳じみてくることを知っていても、繰り返さざるおえなかった。
体の震えをしっかり押さえつけていた分、心がガチガチに震えているのだと、これは
つまり徹底的な敗北なのだと、俺は認めざるおえなかった。
俺は出会う前からあいつに気迫負けして、生まれたての子供たちを見捨てたのだと。
事を終えたのを確認したのか、川から、ゾロアたちからウルガモスは背を向け森の奥
へと帰っていく。そこではじめて、俺は緩んだ口を、歯をしっかりと噛み締めること
ができた。
憎きニンゲンのために、弱虫で恐怖心の塊だった俺を罰しようと。
そしてせめても俺は、ウルガモスのさらに奥、森の暗闇に立ち指示を出していたニン
ゲンの姿を目に焼き付けようとした。
木々の狭間に佇む小さい暗いシルエット。案の定そのニンゲンは、まだ幼い少年だっ
た。

22ファンタスマゴリア〜幻影劇団一代記〜 13:2012/08/16(木) 13:47:48 ID:swS4cBXI
川へ向かう。
肉が焦げた匂いが吐き気を催すほど濃密になっていく。
地面が温い。
川の冷たさがいつも以上に俺を突き刺す。
目を背けられないほどの数の死体が、周囲に散らばっている。
その一匹一匹に俺は歩み寄り、こと切れていることを確認する。
彼らは果たしてその瞳で、どれだけの風景を見つめることができたのだろう。
彼らにとって、この世界とは何だったのだろう。
俺はそっと、彼らの背を押し川の流れへその身を委ねさせてやる。
それは無理だろうとわかっていても、せめて海へと辿り着くことができたなら。
世界の広さや、別の生き方の可能性を夢見ることができたなら。
俺は早すぎたあまり、何も分からずに逝けたなどということを望みたくなかった。
死に触れる度、俺は悲しみで胸が熱さで潰されそうになった。
俺は体の左半分を川面に沈めた、ある一匹の体に触れる。
かすかに呼吸で肩を上下させているかのような感触に、俺は思わず抱き上げた。
俺の手のひらをじっとりと、流れ出る血が満たしていった。
「おい……俺が分かるか?」
声をかけることにどれだけの意味があるのか。しかしそんな判断力は俺からはとうに
失われていた。
体を小さくゆすり、頬を小さく叩いてやる。しばらくするとわずかに、確かに瞼が開
いた。
「……もう大丈夫だ。俺が助けに来てやったから安心しろ」
演劇に慣れすぎたのか、俺はなぜそんな言葉をすぐに出せるのか分からない。瞼がゆ
っくりと、俺の姿を確かめるように開いていく。
「……おまえ、だれ……」
「俺は味方だ。だから喋らなくていい、怖がらなくていい」
「おまえ……おまえをたおさないと……つよくなれない……」
胸の中でかすかに震わせるその手は、俺に対しての敵意なのだろうか。それがあのニ
ンゲンから、教えられたことなのだろうか。
「……もう戦う必要はないんだよ。今日からは俺が守ってやる。だから今は休むとい
い」
「……おまえ……パパじゃない……」
「……違うよ、俺はお前のパパだ」
「ぜんぜんちがう……おまえ、パパの姿じゃない」
何故、というやりきれなさで体が震えるのを、俺は必死の思いで隠す。
「あいつはパパなんかじゃない。お前を殺そうとした」
「ちがう……それはぼくがよわかったから……」
血は絶え間なく俺の手のひらを、腕を包んでいく。火傷の大きな傷痕がその体に広が
っている。
それでも言葉を重ねる理由。それは俺という存在を、何とか倒したかったからだろう。
「つよくなったら、パパはほめてくれる……ぼくを抱きしめてくれる……だからもっ
と、つよくならないと……」
ゾロアの手はなおも弱弱しく空を切る。俺の姿を掻き消そうと、だがそれは小さく、
ほんのわずかにか細い指を震わせるだけだ。
この子はもう、何もできない。生きることすらも、すぐに抜け殻となり奪われてしま
うだろう。
「だから、おまえも倒す……おまえ、うそつきだから……」
俺はゾロアを潰さないよう、しかしぐっと力を込め抱きしめた。そう、これはただの
自己満足だ。できることをしたいという、何もできない俺のための。
川の水に濡れた体が俺の胸に当たり、動悸が早くなっていく。
その時、俺の体中を締め付けられるかのような感触が走ったかと思うと、一瞬、全身
がかあっと熱くなった、気がした。
「嘘つき、じゃない」

23ファンタスマゴリア〜幻影劇団一代記〜 14:2012/08/16(木) 13:48:47 ID:swS4cBXI
「ちがう……おまえ……」
ゾロアは言葉をせき止めた。閉じかけの瞼がそして、何かを確かめるかのようにゆっ
くりと開いていく。
「俺は、お前のパパだ――」
ゾロアの口元がわずかに開け放たれたまま、放つ言葉を見失っている。瞳は俺の顔に
向けられたまま、必死で俺をつなぎとめようとしてまばたきを堪えている。
唇が震える。しかし言葉は出てこない。今際の時に、饒舌になれる訳がない。
しかし表情は雄弁だ。
ゾロアは瞳から、大粒の涙を流し始めた。
「パ、パァ……ご、めんなさい……」
涙でうるむはずの言葉が、俺の耳にはっきりと聞こえる。突き刺さる。
「……いいんだ、いいんだよ」
少しだけ目をそらし、俺は自分の抱きとめている手を覗き見た。
「ごめん、なさい……ぼく……よわくて……」
その手に長い爪はなく、見えるのは小枝のような指先だけ。
俺は、ニンゲンに、変身している。
「ごめんよ、目が覚めたら、いっぱいいろんなところに行こう、ね」
俺はなんとかして言葉を紡ぐ。胸の鼓動が耳鳴りのように体に響いている。荒く激し
く求める呼吸をなんとか誤魔化し抑えて、体が震えだすのを俺は止めようとする。
「うん……ぼく……がんばる……つよく、なる……」
ゾロアの涙は止まらない。だから俺はなんとか、笑顔を取り繕うとした。
こいつには、今の俺が、どういう表情を浮かべているように、見えたのだろうか。
きちんとニンゲンの笑顔を、俺は浮かべられただろうか。
「いいんだよ……だからもう、おやすみ……」
その言葉を最期に、こいつは死ねただろうか。
涙は止まり、最後に浮かべた笑顔はどういう意味だったのだろうか。
ゾロアの体は、静かに動かなくなった。口元は小さく開いたままで、眠るようにすっ
と、瞼は降りていった。
俺は動けずしばらくゾロアを抱きしめたままで、その場に立ちすくんだ。
同じようにこいつも川の流れに放してやることに、いくら躊躇っていても俺は、どう
することも、他に何をしてやることもできない。
そうしてどれくらい経っただろう。一瞬一瞬が重すぎて、時の流れが心の中でせき止
められただけかもしれない。
俺は身を屈め、ゆっくりとゾロアを水面に浮かべた。
その時、俺ははじめて俺が今変身している者の姿を見た。
予感はしていた。覚悟もしていた。恐らく、いや確実に、俺の今の姿はニンゲンの、
あの少年の姿になっているのだろう、と。
しかしその姿を――ゾロアたちを殺したあの少年トレーナーの相貌が川の流れに映り、
俺の目の前いっぱいに広がった時。
俺の一挙一動がそのまま、あのトレーナーの姿で繰り返されているのを見てしまった
時。
俺はうなり声のような悲鳴を上げ崩れ落ち、吐瀉物を盛大にまき散らした。


*多分次の投稿でラストになりますー。スレ埋めてごめんあさい。

24名無しさん!!君に決めたい・・・:2012/08/19(日) 11:41:02 ID:SesjIBSU
ふおおお!!!新作だ!
言いたい事はいっぱいあるけど、とりあえずラスト待ってます!

25名無しさん!!君に決めたい・・・:2012/08/22(水) 00:23:28 ID:7KGBs/H2
言いたいことってなんだろう(´Д`;)どきどき……
まぁまったり待っていただければ……!

26ファンタスマゴリア〜幻影劇団一代記〜 15:2012/10/24(水) 02:31:54 ID:XtIsKzos
木陰が平たく引き延ばされ、薄暗く染まり始めた空気へと馴染み行くさまをただぼう
っと眺めていた。
太陽が山の向こうに隠れる頃合いに、俺は再び巨石のふもとへと戻った。
もはや今の生活を続ける気分はさらさらに無く、だからきっと別れを言いに来たのだ
ろう。しかしそんな感情は寝床にたどり着いたときには疲労に押し出され、俺は後先
を考えずとにかく体を丸めて眠りにつこうとする。
目覚めはすぐにやってきたが、記憶に繋がりがないのは疲労が速攻で俺を爆睡させた
からだろうか。
「わりかし律儀に練習に顔を出してくれた君が、今日は一体どうしたのかね」
たてがみを何かでゆすられる感触に目をゆっくりとこじ開けると、案の定眼前には団
長のデカい面が待ち構えていて、もひとつデカくてどう考えても邪魔なトサカがゆっ
さゆっさと俺の髪にぶつかっていた。
俺はしばらく団長を睨み付けた後、それを無言の返事にして再び目を閉じ体を丸める。
俺の返答を諦めるに足る適度な時間が流れた後、団長の気配は俺の側から消えていっ
た。
「……そうかね」
団長が巨石をゆっくりと登っていく音が聞こえる。団長にばれないよう、俺はそっと
目を開き団長を見つめた。団長は、振り向いたり手を止める素振りすらみせずするす
ると手慣れた手つきで登っていく。やがて巨石を登りきり、岩の縁で姿が見えなくな
ると俺はそっとまぶたを降ろした。
さわさわとそよぐ風の音。遠くから響いてくる夜行ポケモンの鳴き声。
ざわつき耳にまとわりつくように聞こえてくる、すべての物音。
体は確かに眠りの世界を欲しているのに、何故だか鋭敏になった五感が、この現実か
ら離れることを許さない。
「そういえば、ハトちゃんが君へのファンレターを言伝てで持ってきてくれたよ」
唐突に団長の声が降りかかってきた。団長は巨石の上で姿は見えず、団長の特徴ある
ダミ声は、静かか否かに関わらず俺の耳でガンガン響くことにようやく気付く。
「一通目。ゾロアークさんの迫真の演技、とてもエレガントでした!キレのある動き
をみていたら私までエレガントな気分!またぜひ巡回してきてください!」
返事をする気はない。団長は続ける。
「二通目。ゾロアークさんの演技、とても素晴らしかったです!まるで本物の、ビリ
ジオンさまが演じているかのような豊かな表現を感じました!またぜひぜひ参加して
ください!」
返事をする気はない。団長は続ける。
「三通目。ゾロアークさん……よかったよ……アンタすごいよ……夢や希望が詰まっ
ていてオレももう一度山に登るよ!」
「うるせぇよこのボケアホバカクソ!元々俺はおままごと以下の以下の未満の以下の
演劇ごっこなんてしたくねぇんだよ!」
黙れという意思をありったけの言葉に詰め、大声を張り上げる。ささやき声として流
れてくる夜行ポケモンの鳴き声も、心なしかまばらになった気がする。
「……そうかね」
団長の声が降りてくる。これでもう、この会話はうち止めにできると思い、俺はきゅ
っと体を縮こませる。

27ファンタスマゴリア〜幻影劇団一代記〜 16:2012/10/24(水) 02:32:40 ID:Ox0UZLHI
「――なぁ、ゾロアークくん」
降りてくる団長の言葉。もう返事をする気はない。しかし団長の言葉は止まらない。
「私たちはニンゲンに育てられて普通の生き方を見失ってしまったポケモンだ。森を
歩けば気味悪がれ、野原を進めば敵意の視線が突き刺さる」
さわさわとそよぐ風の音。遠くから響いてくる夜行ポケモンの鳴き声。
「君も気付いているだろう。昼間は興味本意で絡まれても、夜になるとほら、この通
りだってことに」
「……何が言いたいんだよ、このクソ頭」
俺は目を開くが、睨みつける相手はそこにはいない。
降りてくる団長の言葉は、心の中から浮き出てくるかのように聞こえる。
「私たちはもう、ポケモンには戻れないんだよ」
「……何馬鹿なこと言ってやがる。俺たちの体のどこがニンゲンのソレなんだ?」
半身を起き上がらせ、俺は天を仰ぎ顔全体に思いっきり皺をよせてやった。
「言ってみろよ、おい言ってみろよ!!」
大声を張り上げ、見えない相手に返答を促す。漂う無言の時間は一体、どんな意味を
含んでいるのか。
俺はさらに言葉を重ねた。
「団長、俺はお前にずっと昔から言いたかったことが山ほどある。そのなかでもまず
一つ、俺はお前の、全てを見知ったような態度が気に入らねぇ。もう一つは、その癖
して作る話が全部甘ったれてやがることだよ!」
一気にまくしたて、俺は大きく息を吐いた。物音はそれが最後になり、しばらく待っ
ても言葉は来ない。
だけど何故だか、沈黙の理由が俺には分かった気がして。
俺は口端を吊り上げ、冷やかすように放つ言葉端を煽った。
「……そうだ、団長、あんたニンゲンのことが好きなんだろう?」
返事はほどなくして降りてくる。
「……それがどうかしたのかね」
「そうか、団長。だからあんた、ニンゲンとの悲恋ものばかり演じさせようとしてる
んだろ。好きの裏側は無関心で、執着は好意の歪んだ形だからな」
無言ではなく、漂う時間に感じられるのは沈黙の帳だ。
俺は天を見つめる。巨石の縁、団長が登って行った先に視線を投げつける。
「嫌かね」
団長の声色はどこか独り言めいていた。しかし確かに俺に聞こえるように、言葉がぽ
つぽつと降りてくる。
「嫌になったのかね」
言葉を重ね、俺は問いかける。
「……じゃあなんで、あんたはもっと楽しそうな物語を作らないんだ。ニンゲンとポ
ケモンはずっとずっと仲良く暮らしました、みたいなさ」

28ファンタスマゴリア〜幻影劇団一代記〜 17:2012/10/24(水) 02:32:56 ID:XtIsKzos
返事はすぐにではなく、しかし待たずにやって来た。
消え入るような自問ではなく、反語的な威圧感もなく。団長の言葉は、視線も、そし
て姿さえも見せないのに、何故か俺をまっすぐに見据えている感覚に陥らせる。
「……君は、想像ができるのかね?」
俺は言葉を返す。
「そんなもん、今すぐにでもできるだろ」
「仲良くしている理由も込みでかね?」
「妄想に理由なんて必要か?」
少しの間が開き、団長の言葉は降りてきた。
「ならばそれは嘘だ」
息を一度吸い、俺は言葉を返す。
「妄想に本当も嘘もあるかよ」
同じく一呼吸分の間が開き、同じく団長の言葉は降りてきた。
「では君は、その妄想を信じて生きていけるかね?」
その言葉に笑ってやるのが筋なのだろうか。そんなわずかな悩みよりも先に、俺の口
から言葉が紡がれる。
「無理に決まってるだろんなもん。何で俺が今ここにいると思ってるんだよ」
ここでもしばらくの間が開き、団長は口を開いた。
……そう、団長が語り始める瞬間を、俺は感じ取っていた。
「わたしも同じだ」
団長は言った。
「はじめは嘘を信じたいとこいねがっていても、最後は現実の前に押しつぶされてし
 まう。
 だけどいつか信じ込める嘘をつくことができれば――
 そうでなくても、今の自分の気持ちを誰かに伝えることができればと、思っている
 よ」
言葉が閉じられ、そして再びいつもの夜がはじまる。
星のまたたき、草葉や、ポケモンたちの静かなざわつき。
一匹一匹が、それぞれの時間に浸るための、透き通った闇とひんやりとした空気。
俺は言った。
「回りくどすぎ。そんなもん何度生まれ変わっても実現するわけねぇだろ」
起こしていた上体を草の中に沈め、横たえさせた体のまま、俺は言葉を続ける。
「夢はとっとと諦めるか、自分から掴み取りにいくしかねぇんだよ」
瞳を閉じ。腕で耳を被せるようにそっと塞ぎ。意識を世界から離していく。
俺達の間にもう言葉はなく、これが団長と交わした、最後のやりとりになった。

29名無しさん!!君に決めたい・・・:2012/10/24(水) 02:33:40 ID:XtIsKzos
*すみません、また投稿しにきます……orz

30名無しさん!!君に決めたい・・・:2012/12/31(月) 00:55:01 ID:VIxyg9yU
管理人ではありませんが、半年費やしてようやく三編を四スレ目に追加致しました。

>>29
続きの更新、気長に待ってます。

31ファンタスマゴリア〜幻影劇団一代記〜 18:2013/01/13(日) 18:41:47 ID:eFXGvNHQ
翌朝、というには早い時間。そっと目を開き、傾けていた頭を天頂へと向け、俺
がまたこの時間に目を覚ますことができたこと知る。眉間を手でつまみ、あるい
は爪でひっかいて、俺はわずかに残る眠気をほじくり出す。体を起こし、座った
姿勢で、辺りの誰もが目覚めていないことを確認するかのように、静かに風の音
へ耳を傾ける。そわそわも、さらさらも聞こえない無風の空間で、ただひんやり
とした空気だけが、確かにある世界の存在を伝えていた。
ためらいのためではない。覚悟のためでもない。愚鈍と笑われてもいい間の後に、
俺はゆっくりと立ち上がり、森の中へと歩いていく。目印も場所も、たった数度
しか向かったことのない場所なのにすべてが体に染みついていて、足に急かされ
るように、しかし一歩一歩踏みしめていくかのような速さで俺は目的地へと向か
っていく。
たとえその場所にたどり着いたとしても、今日あいつは来ないかもしれない。ニ
ンゲンは気まぐれで、別の場所に住まいを移しているかもしれない。だけど俺は、
行かなければならなかった。カンでもなく、確信でもない。理由のない衝動が、
俺の体やすべてを突き動かしている。
小さな起伏を超え、繁みをかきわけ、そして滝だまりを越えていく。焼け焦げた
落ち葉や草木を踏みつけ、その先に向かっていく。
まだかすかにさらさらと、滝が流れ落ちる音が聞こえてくる場所で俺は立ち止ま
り、ゆったりとした深呼吸の後、左手を俺の眼前へと軽く掲げる。
うねうねとか細く分かれる五本の指。薄気味悪い毛のない肌色。自分がニンゲン
に変身できていることを確認し、俺はその時を待った。
俺の姿に警戒しているのか、遠くからしかポケモンの鳴き声が聞こえない。異様
に澄んだ静寂が、俺の周りに広がっている。きっとその時は、すぐに分かる。俺
はただここで、待つだけでいい。
小さな物音に鋭敏になり、バクバクと心が体を揺らす。それは恐れじゃない。だ
から俺には鎮め方が分からない。握りしめるこぶしの力が強くなっていることに
気づき、ゆっくりと緩めていく。体に堅いところがないかと、逆に体が緊張して
しまう。
彼らの気配が俺の下に飛び込んできたのは、こうして喉の奥が締め付けられるよ
うに熱くなった時。俺の体を蝕む未熟さは、あの繁みを強引にかき分ける音です
ぐにかき消された。
ニンゲンの臭い、羽持つ虫ポケモンの臭い、そして俺の、小さかった頃の臭い。
騒がしい音とともに、俺が待つ場所へと近づいてくる。俺は彼らがやってくる方
角へと体を向きなおし、待ち構える。あの時と同じように、ゾロアが俺の目の前
に飛び込んでくるのに、さほど時間はかからなかった。
周囲に繁みや低木がなく、小さな野原のようにわずかに開けたこの場所。ゾロア
たちは俺の存在を見落とすことなく、木漏れ日の中から見つめる俺に、次々と足
を止める。切り傷だらけで、体を枯葉だらけにした彼らへ、俺は語りかけた。
「……ごめんよ、トレーニングは終わりだ。もう、帰ろう」
全速力で、全ての力を出し尽くす勢いで、彼らは走ってきたのだろう。全身で呼
吸を繰り返し、彼らはその場に立ち尽くしている。
俺は頑張って、ゾロアたちに微笑んだ。そして身をかがめ、手を差し出そうと、
した。
一匹のゾロアが震える足で俺の下へと向かってくる。そして丸く幼い牙を必死で
見せつけ、彼は叫んだ。
「お前、パパじゃない。パパはぼくたちの言葉を喋らない。お前、ニセモノだ。
 パパの敵だ!」
ゾロアがとびかかり、俺に噛みつこうとわき腹にしがみ付く。弁解の言葉で解き
ほぐす間もなく、俺は次々と群がる彼らに身動きを失った。

32ファンタスマゴリア〜幻影劇団一代記〜 19:2013/01/14(月) 00:07:35 ID:awLbXXpQ


陸のニンゲン、海のポケモン。本来それは永遠に交わりあわないものだ。
だからルギアは陸の生き方も、しきたりも何もかもを知らなかった。
彼の持つ翼は、海の仲間に自らのカッコよさを示すため。自分が海の王様だと知
らしめるためのもので。彼はこれまで、陸地へとその羽ばたく方角を定めはしな
かった。
彼は海の王者。彼の海には何千匹ものしもべが暮らし、彼は海のすべてを知って
いた。
だけど、いやだからこそ、ルギアはかわいそうなぐらい自分のことを知らなかっ
たんだ。
彼は陸だと、まるでやんちゃ盛りの赤ん坊なんだってことをね。
山奥にあるとなり村へと飛んだルギアは、斜面にへばりついたニンゲンたちの建
物が、とっても、とっても大切なものだと知らなかった。
彼はとなり村の建物を一つだけのこしてすべて壊しつくし、壊さなかった建物の
前に、どすんと陣取った。
――ニンゲンの娘よ。世界で一番の歌い手よ。これでそなたの嫁ぎ先はなくなっ
  た。そなたは再び、心安らかに喜びの歌をこの地に手向けてくれよう。
――さあ、私にその声を聞かせておくれ。そなたの歌で、この地を極楽浄土に変
  えてくれ。そなたは誰にも奪われはしない。そなたを失わせはしない。私が
  常に、傍に居てそなたを守ってくれよう。
もちろん、ばかなルギアの言葉は、村娘やニンゲンたちには届かなかった。
小さなちいさな、ニンゲンの家の中で、大勢のニンゲンたちがルギアを怖がり身
を寄せ抱き合い。村娘はというと、叫び声をあげてその場から逃げだしてしまっ
た!

33ファンタスマゴリア〜幻影劇団一代記〜 20:2013/01/14(月) 00:10:02 ID:awLbXXpQ



何度目だろうか。あいつにこうして吹き飛ばされ、木々にたたきつけられ体の節
々を砕かれるのは。
何度目だろうか。その都度あいつに叫び、俺の後ろで震えて縮こまるゾロアたち
に、逃げろと行き先を怒鳴りつけるのは。
何度目だろうか。痛みで震える足に、必死でいうことを聞かせてあいつへと立ち
向かうのは。
体中の毛という毛が、毒性のある鱗粉でどす黒く変色している。毛穴の一つ一つ
から、鋭く尖った棘が肉をえぐるような痛みが滲んでくる。毒の粉の副作用か、
しばし体が、自分の意思とは関係なく、びくびく大きく痙攣し、その度に地面に
倒れそうになる。
ニンゲンが仕組んだ試合なら、とうに俺は相手のポケモンの前から引きはがされ、
勝敗を決めつけられているだろう。普段の俺たちのじゃれ合いなら、はるか以前
に敗者はこの場から遁走している筈だ。相手は戸惑っている。羽持つ虫ポケモン
も、そいつを従えるニンゲンのガキも。何故俺みたいなポケモンがこんな所にい
るかって?何故俺みたいなポケモンがこんなことをしているからって?答えは単
純だ。俺がここに、こうして居たいからだ。
念力を使う攻撃が、相手に通じない。飛び掛かって直接相手にダメージを叩き込
むしかない。相手の動きを押しとどめ、少しでもゾロアたちに逃げる時間を与え
るためにも。
しかしそんな願いに反して、羽持つ虫ポケモンは激しく羽をはためかせ、喉元に
喰らいつこうとする俺を間一髪の間合いで弾き飛ばす。ゾロアたちは俺たちや、
めちゃくちゃな言葉で怒鳴り散らすガキを交互に見詰めるだけで、この場から離
れようとしない。
そうだ、あの時の俺と同じだ。信じたいものが半ば裏切られ、でも信じたいと願
うがあまりにその場から離れることができない。ほんのかすかな希望に縋り、何
かが道筋を与えてくれると空しい期待に体を預けてしまう。弱く幼い彼らにとっ
て、あの時の俺以上に失うことは怖いだろう。
たとえ羽持つ虫ポケモンが、ここに現れた時、その時に彼らを熱風で吹き飛ばそ
うとした瞬間を目に焼き付けていたとしても。俺が襲い掛かってきた彼らを振り
ほどき、その身を挺して守ったとしても。自分の体や心がえぐられるように、深
く、ふかく傷つかなければ自分は変わらない。変えられないのか。
「お願いだ……。お兄ちゃんの言うことを聞いてくれ……。たったこれだけ、一
 つだけで、いいからさ……」
そして俺は必死で意識を保とうとする。
あと何度、俺はこうして吹き飛ばされて、あと何度、俺は立ち上がれるだろうか。
気が付けば俺は、はるか昔に見限ったはずの存在の名前を呪いのように胸に刻ん
でいた。

34ファンタスマゴリア〜幻影劇団一代記〜 21:2013/01/14(月) 00:13:02 ID:awLbXXpQ
あと何度、俺はこうして吹き飛ばされて、あと何度、俺は立ち上がれるだろうか。
気が付けば俺は、はるか昔に見限ったはずの存在の名前を呪いのように胸に刻ん
でいた。
かみさま。かみさま。うかせめて、最期だけはわたしの願い事を叶えさせて下さ
い、と。
かみさまなんて居ないと分かっていた。かみさまは俺を助けてくれないと知って
いた。それでもなお、叫び続けていたのは、せめて声だけでも届けさせたかった
のだろう。
かみさま。
ニンゲンのかみさま。
はるか昔、かみさまの花園で暮らしていたニンゲンが、ある出来事をきっかけと
して永遠の楽園から追放され、未来永劫、死の荒野を放浪する罰を与えられたと
いうこの話は、いったいどこまで本当なのでしょうか。
時が流れ、かつてのニンゲンはかみさまとなり、俺たちポケモンが、過去の繰り
返しの中でもがいているとするなら――
かみさま。ニンゲンたちの心は、まだまだです。
それとも、あるいはかみさま。私たちが強きものにすがり、そして憧れる弱きも
のそれこそが、罪なのでしょうか。
大昔、かみさまがそれを夢見たニンゲンを楽園から追放したように。
その力を持たぬ存在が、はるか遠くの虹に憧れを抱いて歩を進めることそのもの
が、愚かで悪しきことなのでしょうか。
憧れは常に失望や裏切りとともにあるということを知りながら、それでもなお、
希望にすがろうとした私が愚かで悪しき者だったのでしょうか。
ですがほんの一瞬だけ、かみさま、私ではなく、彼らに希望をお与え下さい。
かつての私がそうであったように。彼らがニンゲンの悪しき面により、その体や
心を傷つけられることなく遠く離れた善き隣人として誤解し生き続けられますよ
う。
私はあの幼き子どもたちを救うことができるのだと、命の代わりに力をお与え下
さい――

35ファンタスマゴリア〜幻影劇団一代記〜 22:2013/01/14(月) 00:27:23 ID:awLbXXpQ
叫び声は込み上げてくる血の濁流にかき消され、自分に立ち上がれる気力が残さ
れているのか、それとも四つ足でかろうじて相手と対峙できているのか、思考は
混濁の渦の中でかき消されようとしていた。
意思を従えてはっきりと体を動かしたのは、これが最後だった。俺は相手に力い
っぱい飛びかかり、体全体で押さえこみ、地面に叩きつけた。抱きつくのように
覆い被さり、動きを封じようとする俺に、六枚の羽やずっしりとした体躯が暴れ
まわり、勢いまかせに振りほどこうとする。俺は必死で相手にしがみつき、駄々
をこねる子どものように、羽を持つ虫ポケモンを殴り続けた。
こいつにダメージを与えられているのだろうか、それとも殴りつけていると思っ
ているだけで、ぶらぶらとこの腕が空回りしてしまってるのだろうか、俺にはま
ったく分からなかった。そんな俺に、羽持つ虫ポケモンは間抜けな俺を軽くいな
すかのように、また鱗粉を振り撒いてきた。
粉が喉の奥まで充満し、火傷の最中のような激烈な熱さが頭蓋を蝕む。猛毒の粉
が塗り込められた捕獲肢が俺の体を深々と何度も切りつけ、その度に俺は声にな
らない叫び声を上げた。
体が八つ裂きにされていく。そう錯覚してしまうような激烈な痛みが、俺の体に
充満している。引き裂かれまいと、俺は必死で相手にしがみついているような倒
錯が脳床に充満する。絶えず込み上げてくる吐き気は血飛沫と唾液になって、羽
持つ虫ポケモンの体にべちゃべちゃと降り注いでいる。
俺の腕はもう上がらない。四肢の存在を感じるのは、相手に俺の体がなぶられる
その瞬間だけだ。しかし俺は、痛みが駆け抜ける度にほくそ笑む。体へ意思は働
かなくなっていたが、俺は虫ポケモンをなんとか押さえ込んでいる。一時でも、
できれば永遠に、こいつとニンゲンをこの場に押し止めることができれば。そん
な安堵と願望がないまぜになった情欲は、願った瞬間ぼろぼろと崩れ去っていっ
た。
始めは手足だった。これまでの痛みとはまた違う、締め付け押し潰され磨り潰さ
れていくような痛覚の刺激が全身で暴れだす。衝撃も、戸惑いも、困惑も絶望も
それを感じた時の俺には最早無く、開放感や達成感に似た諦めが、俺の心を覆っ
ていた。たった、今、ここで俺は、死んでいくのだと。
それが炎だと知る前に、自分はそれで死ぬということを知っていた。体毛が、肉
が、骨がすべてが焼け焦げて縮こまり、自分が粉々にされていく。体が悲鳴を激
痛に変え俺に必死で今伝えているはずなのに、消えていくすべてへと泣き叫ばな
いのは、とうに俺が痛みを慣れ尽くしてしまったのか。泣き叫ぶ力ですら燃え尽
くされてしまったのか。
多分、違う。違うんだ。ようやくすべてを終わりにできる、そんな背徳が、俺に
安らぎを与えているんだ。これでよかった、なんてことは絶対にない。だけど不
思議と、初めて自分の非力さを受け入れられて、今わずかでも力が残されている
なら、俺はきっと笑みを浮かべるだろう。
体中に炎が燃え広がる。視界ははるか以前に失われている。俺のすべては、もう
そろそろ砂へと消える。
恥かしさや悔しさはなく、こうやって孤独に世界から離れていけるということ。
そして痛みも苦しみも何もかもが煙とともに体から離れ、俺の命はここに潰えた。

36ファンタスマゴリア〜幻影劇団一代記〜 23:2013/01/14(月) 03:12:20 ID:awLbXXpQ


――魔女を殺せ!化け物を倒せ!魔女を殺せ!化け物を倒せ!
ニンゲンたちが様々な形の武器を取り、声を一つにルギアへと襲い掛かる。ルギ
アは彼らを振りほどき、娘へと向かう者たちの前へと立ち塞がって、先に行かせ
まいと暴れまわる。
――魔女を殺せ!化け物を倒せ!魔女を殺せ!化け物を倒せ!
ニンゲンたちが一人だけなら、ルギアは簡単にかれらを震え上がらせ、逃げ散ら
かせただろう。だけどてんでばらばらに暴れまわり、娘を追い立てようとするも
のだから、ルギアはあっちこっちへ飛び回らなくちゃならなくて、へとへとに疲
れてしまった。
騒ぎを聞きつけ、海に出ていた男たちや、異変を察知し、助けにやってきた近く
の村のニンゲンたちが、荒れ果てた村を取り囲み、ルギアに向かって矢を放つ。
娘を守るため、ルギアはその場から逃げられない。風を巻き上げ嵐を起こし、ル
ギアは必死で矢をかわしていたけれど。とうとう力尽きてしまい、ルギアはその
場にどっさり倒れこんだ。
ルギアの体に矢がぷすぷすと刺さっていく。悲鳴を上げるほど痛くはなかったけ
れども、ポケモンが嫌いな毒がたっぷり塗りこまれた矢じりは、たとえ無敵の海
の王様といえど、じわりじわりと体を蝕んでいってしまった。
気が付けば、ルギアは毒で再び羽ばたくことができなくなっていた。それでもル
ギアに向かって射られる矢の数はちっとも少なくならなくならなかった。まるで
大きなハリーセンのように、その身を丸くさせながらルギアは痛みに耐えていた。
王様はいつも孤独で、寂しかった。だから辛いことに耐えてやりすごすことには
慣れていた、いや、筈だった。そんなルギアがどうしても、どうしても耐えるこ
とができなかったもの。ルギアはその名を呼ぶために、首を持ち上げ息を吸い込
む。
だけどルギアがかろうじて、絞り出せた声はかすれた悲鳴ただそれだけで。言葉
を一つも放てぬままに、ルギアは地面に横たわった。
ルギアのまぶたに大粒の涙がじわじわ溜まっていく。止められずにあふれ出て、
顔をぐちゃぐちゃと汚してしまう。悲しくて、とても悲しくて。今のルギアの気
持ちは、泣き声さえもあげられないほどにふさがっていた。
でも、かえってそれがよかったんだ。
少し離れた山の中腹。村の跡が、まだよく見渡せる高みから。ルギアは聞きなれ
た、懐かしい歌声が響いてくるのに気づいたんだ。
きっとニンゲンには分からないだろう。でも海の王様ならよく分かる。さみしが
り屋で、いつもぬくもりを求めていて、村娘の唄が大好きなルギアだったらね。
ルギアはその唄をよーく覚えていた。なぜなら最後にお願いして、歌ってもらっ
たものだからだ。
それは優しい、とってもやさしい子守唄。だからルギアは、安らかに目を閉じる
ことができた。
寝静まっていくかのように、ゆったり静かに。
きっとルギアは、最後の最後に最後だけ、ほんのちょっぴりだけど、幸せになっ
たと、思うんだ。

37ファンタスマゴリア〜幻影劇団一代記〜 24:2013/01/14(月) 03:14:46 ID:awLbXXpQ


自分がニンゲンのトレーナーにとって、どういうポケモンだったかなんて、最早
分からない。
自分がニンゲンに愛されていたかなんて、それを示せる記憶はもう忘れてしまっ
たし、そう言い切れるような思い出の存在自体、今振り返ると本当にあったのか
と疑っている自分がいる。
そんな中でただ一つ、心に残されているのがトレーナーと一緒に鑑賞したミュー
ジカルホールでの演劇の記憶だった。
トレーナーが、どういう思いで俺を連れていったか分からない。さほど重用され
なかった俺を気まぐれや戯れで持ち込んだのかもしれないし、そもそも単純に
“例の箱”の中へと俺を預け忘れただけかもしれない。
だからこれは、俺とトレーナーの話ではなく、俺とニンゲンの物語だ。
ミュージカルはもちろん素晴らしいものだった。ピカピカとまばゆい舞台。色と
りどりの模様で着飾ったすべてと、満面の笑顔を振り撒き拍手喝采を浴びるポケ
モンたち。活躍の舞台を与えられ、喜びに満ちみちている彼らの心が、同じポケ
モンとして強くつよく伝わってきた。
それはこの世を生きるポケモンすべてが持つ欲求だ。自分が肯定されたい。自分
がこの世界にいる意味と祝福が欲しいという。ミュージカルの内容を忘れてしま
ってもなおトラウマとして俺の心に残る理由は、彼らが俺に、戦い傷付くだけで
はない生き方を輝きとともに見せ付けてくれたからだろう。
そしてまた、同時に、それ以上俺は心を揺り動かされたことがある。
ふと舞台から視線を逸らした時、俺たちと同じようにトレーナーが喜怒哀楽をさ
らけ出し、舞台上の悲劇に涙を流していた。
俺はニンゲンというものがよく分からなかった。今でもそれは変わらず、不信や
ほんの少しの恐怖が、彼らに対するイメージとしてうすぼんやりと固まっている。
俺のニンゲンに対する、これからもずっと不気味で分かりあえない存在という感
覚が変わっていくことはないだろう。
そんなニンゲンが俺たちと同じように、僅かな時間でも俺たちと同じ感情を共有
でき、涙をこぼしたということ。
それは俺にとって衝撃で、そして確かに、何よりも貴重なものに思えたのだ。
劇団を立ち上げて季節が一巡りした時のことだ。
その土地に棲むポケモンたちの間で、彼はちょっとした話題になっていた。
それはただ彼がニンゲンに棄てられたポケモンというだけではない。そんなポケ
モンは世界中に山ほど転がっていたし、大抵が俺のように弱く醜く、格好のいじ
め相手になっている。
彼を彼たらしめていたのはただ二つ。にがされたポケモンには珍しく、ニンゲン
に親身に育てられ可愛がられていた個体であるということ。
そしてもう一つが、彼は無様にも不格好にも何度も何度も、ニンゲンたちが棲む
街に侵入しようとし、その都度叩き出されていたことだった。
私が彼とはじめて顔を合わせたあの日。ニンゲンたちの街へと何度も侵入を試み、
その度に追い返され、彼はとうとう逃げ帰った森の中で倒れ動けなくなっていた。
手当てをしてやり、食べ物を与える度彼は私の下から逃げ出し、そしてニンゲン
の街へと向ってまた、傷だらけで帰ってくる。
ある時、彼は私に言った。
「俺はあんたとは違う。一緒にしないでくれ」
私は彼に返す。
「……それは珍しい。ワタシもその昔、ニンゲンにある日突然捨てられたんだよ」
そして彼はもう、ニンゲンの街に忍び込もうとすることは、なくなった。

38ファンタスマゴリア〜幻影劇団一代記〜 25:2013/01/14(月) 03:16:51 ID:awLbXXpQ
「……それで、君たちは“お兄ちゃん”に言われるまま、ここにきた、と」
相手の言葉を繰り返し、俺は再度かれらに訊いた。
かれらというか、坊やというか。最初は劇団の噂を聞いて、遊びにや冷やかしに
来たポケモンたちだと思って帰そうとした。しかし必死に何かを訴えようとした
彼らをただ押し返すこともできず、話を聞いてみようとすると、こうである。
俺は新作の出し物の作りかけをバックに、灌木へ腰掛たまま深く、ふかくため息
をついた。劇団の裏側を見たポケモンは大抵、それらすべてに興味を持ち、手当
たり次第に触ろうとする。しかし目の前にいるゾロアたちは、そういった素振り
を見せず、ただただこの俺の表情をじっと見つめ、次に俺が何を言い出すかを待
っている。
「……で、君たちを救ってくれたお兄ちゃんは、どこに行ってしまったのかね」
試しに尋ねたところで、俺は一切答えを期待しなかった。案の定、どう返事をす
ればいいかを教わってないのだろう。大勢は黙りこくり、数匹がお兄ちゃんは向
こうにいるよと体の向きを変えて跳び跳ねる。
彼らを助けるために、単身その場に残ったことすら、彼らは分からない。
一匹二匹、強張った表情を浮かべている奴は、私の種族のようなポケモンを――
ズルズキンを見たことがないのだろうか。
それともまた、誰かに捨てられることを恐れているのだろうか。
「……しばらく、待とうか」
俺はそう言い放ち、深く息を吐いて地べたに腰を下ろした。
片膝を上げ腕を置き、その手のひらに俺はゆっくり頬を乗せる。目を見開いても
ゾロアの群れ。目を細めてもゾロアの群れ。ゾロアたちは何か俺から指示がくる
ものだと暫くは体を強ばらせ、大あくびをした俺にどきりと、ぴんと足を真っ直
ぐに硬直させたりしていたが、段々と待つのに飽き始めた奴が退屈しのぎに他の
ゾロアにちょっかいを出し始めた。
俺はずっと、考え事をしていた。いなくなったお兄ちゃん。そんな理由なんて、
目の前のゾロアの群れを見れば、それなりにニンゲンと付き合ってきたポケモン
ならばすぐに悟ることができるだろう。俺みたいに、ニンゲンに棄てられたポケ
モンなら尚更だ。
あいつは戻らない。重苦しいはずの事実は過去に目撃したニンゲンたちの凶行に
よって、嘆きも悲しみもなく俺の胸へと落ち着いていく。
喪失感はなかった。憧れが諦めに変わる時のような、予期された断絶がそこには
あった。

39ファンタスマゴリア〜幻影劇団一代記〜 26:2013/01/14(月) 03:26:13 ID:awLbXXpQ
「……で、おじちゃんって、お兄ちゃんを知ってるの」
足元からのささやき声にふっと顔を傾けると、そこには集団からはずれて一匹、
身をかちこちに固まらせながらゾロアが俺を見上げていた。恐る恐る、勇気を振
り絞ってやってきただろうそいつは、デカ頭デカ目の俺と視線を交わすと、ひっ
と後ろに身をすくませる。
口を開けたらもっと怖がるだろうと思いながらも、俺は言葉を返そうとしばし考
え込む。
「……ああ、もちろん良く知ってるよ。何でも、という訳じゃないけどね」
足元のチビくんは、ぎゅっと歯を噛み締めながら、俺の言葉をかたくなに待って
いる。
「あいつはね、好きだったひとの所に行ったんだ。君は多分、そうじゃないって
 言うかもしれないけど、これは、そういうお話なんだ。あいつはきっと、今頃
 は好きだったひとと、いっしょの時間を過ごしていると思うよ」
時が流れていく。今このチビくんが身を固まらせているのは、緊張感ではなく別
の理由だろう。
催促のふるまいが思い付かない彼に、俺はにんまりと口の端を思いっきり吊り上
げ、気持ちの悪い笑みを返してやる。ばたばたと慌てて逃げ出すチビくんを見送
るために、俺は再び顔を上げた。
これで、俺とあいつの間に作られた、本当のお話はお開きだ。彼を振り返るもの
は誰もいない。彼を想うひとも、きっと。
さよならの一言もなく、だけどそれが、彼が一番望んだ別れ方なのだろうと、俺
は何度も何度もたった一言だけを胸の中で反芻させ続けた。
楽しかったよ、ありがとう、と。
俺に近寄ってきたチビくんが輪の中に入り、チビたちになるのを見計らい、俺は
言葉を投げ掛ける。
「なあ、君たちはゾロアっていうんだろ?」
彼らの中では聡いだろうヤツらがこくりと小さく頷き、それ以外がそいつらに合
わせてかくかくと大仰に首を振りまりはじめた。
「じゃあ、ゾロアークに変身できるヤツ」
変身、という言葉にぴくん!と反応した彼らが、たどたどしいステップと共に次
々とゾロアークの姿へと姿を変えていく。よくできましたと、にっこら顔を浮か
べてやりつつも、数匹については心の中で首を傾げ、どうこれからコミュニケー
ションをとって行けばいいかと脳内チェックリストに〆マークを記していく。と
りあえず、それはウルガモスだ。なんでそんなツウなポケモンを知ってるか分か
らないけど、とりあえず姿も形も名前もまったく違う。
「ちなみに、ニンゲンに変身できるヤツはいるか?」
今度の言葉には皆素直に反応し、素早く思い思いの弧を足で描けばすぐに大勢の
ニンゲンが俺の目の前にひしめき現れる。ただし全員が同じ姿の、森の中をさま
よい歩く少年の風体をしているお蔭で、相当不気味な絵面にはなってはいるが。
悪夢が実体となってあらわれたかのような光景に気圧されながらも、俺は必死で
笑顔を取り繕い、なるべく素晴らしい、とでもいうかのような表情を取り繕った。
「よし、決まった!企画の建て直しだ。新しい、ビッグなお芝居を作るぞ!」
目の前のゾロアたちは俺の言葉が理解できないのだろう。大勢はかちこち固まり、
棒立ちになったまま、数匹の意欲的なヤツが“お芝居”に変身しようと、必死で
ぐるぐるとあたりを駆け回っている。この事態を遠巻きに見守っていたハトーボ
ーちゃんが、俺の言葉にげっそりうんざりと瞳の周囲にしわを寄せているのがわ
かる。そしてもし、彼が居たなら――彼はきっとそんな俺を見て、馬鹿にするよ
うに笑ってくれるだろう。きっと怒りも呆れもしない。気高いままで生き抜いた
彼が、無様な私を見て抱くのはきっとありったけの侮蔑だ。
しかしミュージカルを鑑賞し、涙を流すニンゲンたちを見て俺は思ったんだ。ニ
ンゲンは決して分かりあえない存在ではない。たとえ全てが異なる生き物だった
としても、ほんの一瞬だけでも、手を握り共に生きる喜びを分かち合うことがで
きることを俺は知ったんだ。
俺たちポケモンとニンゲンが、より一層寄り添える時代。それは今ではなく、未
来のはるか遠くにある幻かもしれない。だが時間が過去に戻ることはない。そし
て、はるか未来の事実を、今を暮らす我々が夢みる権利はあるはずだ。
ため息をつき、どうしようもないと頭を振るハトーボーちゃんに、俺はにんまり、
最高の笑顔をつきつけてやった。

40ファンタスマゴリア〜幻影劇団一代記〜 27(完):2013/01/14(月) 03:27:59 ID:awLbXXpQ


果たして、娘の声はホンモノだったのだろうか?
それとも、混乱したルギアが勝手に頭の中で作っちゃった、ニセモノだろうか?
これはとってもとっても昔の話。今となっては、誰にも分からない。
でもその思いは今もなお、みんなの心の中に受け継がれている。
それにとある海の中の、とある島の高台に、一度行ってみてごらん。
そこから海へ向かって大きな声を出すと、不思議な響きが返ってくる。
それはとっても、あるポケモンの鳴き声とよく似ていて。
だからこんな話が作られたのかもしれない。
それとも、このお話はホンモノで、ルギアの思いが取り残されていて。
ずっとずっと、いとしい村娘を、懐かしの場所でじっと、待っているのかもしれ
ないね。
お話はこれで、全部おしまい。
次回の演目、是非とも心待ちに!

=====================================

……という感じで、次回はなんとか、簡潔にまとめたい……orz

41ドラエモン:2013/03/04(月) 15:15:04 ID:U5ezP2hA
娘の声は多分本物
ルギアは混乱したりしない!

42名無しさん!!君に決めたい・・・:2013/03/27(水) 09:04:44 ID:V8XGHgGs
なんか新作投稿しづらい雰囲気だな(´・ω・`)

43名無しさん!!君に決めたい・・・:2013/04/02(火) 17:44:48 ID:yF1OgZa.
新作投稿?是非お願いしますm(__)m
管理人ではありませんがたまにWiki更新してます
ノートパソコン点けた日は必ずチェックしておりますので
一人は必ず読んでいます(笑)

……そろそろポケモン板に戻した方が良いですかねえ?

44名無しさん!!君に決めたい・・・:2013/08/18(日) 01:10:39 ID:TxOe1Jtc
「本当に強いトレーナーなら 自分の好きなポケモンで勝てるよう 頑張るべき」という言葉に呪われて、
好きなポケモンで勝てるように厳選作業に手を出してしまい、それから抜け出せなくなってみたいなトレーナーの話を書きたい

45名無しさん!!君に決めたい・・・:2013/08/24(土) 20:04:02 ID:RIW.RQXg
>>44
うp!うp!

さて、世の中はそろそろXYモード。とにかく楽しみ。

46名無しさん!!君に決めたい・・・:2013/09/01(日) 00:13:26 ID:ZZnE7Cg2
人間に捨てられて、かといって野生にもなじめず傷ついて、世界に絶望した結果、
良い夢よりも悪夢を求めるようになって、森の奥に隠れるように棲んでいるダークライの元に引き寄せられていき――
みたいなダークライが保父さんになる話とかも書きたいのだけど、
ストーリーになるような起承転結が、なかなか……

47名無しさん!!君に決めたい・・・:2013/09/25(水) 20:53:16 ID:5.O0etW.
しんげつじまエピをベースに、バトナージやストレンジャーハウスネタを
取り入れたダークライの話なら書いた事あったかな
ダークライ好きなので是非一部だけでも読んでみたいです

48名無しさん!!君に決めたい・・・:2016/07/18(月) 16:44:53 ID:IuQjixPE
七スレ目も落ちてしまったのでボルケニオンの映画に出てきた
ゴクリンの話書いてみようと思うけど二番煎じだったらごめんよ

49名無しさん!!君に決めたい・・・:2016/07/18(月) 16:44:54 ID:JlVaPHVg
七スレ目も落ちてしまったのでボルケニオンの映画に出てきた
ゴクリンの話書いてみようと思うけど二番煎じだったらごめんよ


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