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時をかける嵐

1ななし姉ちゃん:2002/03/28(木) 04:15


  プロローグ
.

73ななし姉ちゃん:2002/05/08(水) 22:05
わはは、ヤパーリあれは職人様でしたか!藁わせていただきました。
俺様な小僧がえもいわれずステーキでした。
いろんなジャンルで遊べるのですね、うらやますぃ〜限りです。
ココのスレも、更新楽しみにしてますです。とはいえ、職人様のペースに合わせての、
マターリな期待ですので、どうぞゆっくりお休みくださいね。

74_:2002/05/11(土) 05:54

-31-

「二宮これ」
いつもならば毎朝元気が良過ぎる挨拶にうんざりさせられるのだが、この日の松本はやけに
よそよそしく拍子抜けしてしまった。目も合わさないし態度もやけにそっけなく感じる。
昨日もそうだったが、学校へ着くとすぐ松本は女に囲まれる。松本の顔だけ事件の時に
テレビに映ってしまったせいでもあるが、それは俺に纏わり付く時間が大幅に減少した
せいでもあるだろう、ここぞとばかりにキャーキャーと黄色い声を出しながら大勢の女
が松本の周りに輪を成していた。
「ねぇ潤君あの時の事教えてよ!」
「そうそう、中って一体どうなってたの?テレビの人とかもう家に来たりした?」
「昨日もね、ワイドショーとかでガンッガンやってたよ、うちのお母さんとかも潤君連れて
来なさいってもーチョーうるさくってぇ!」
「あ、うちもうちも、何か笑えるよねー!あんな息子が欲しいとか言ってて」
「ねぇ潤君ってマンション持ってるってマジ?今度家行っていい?」
どうやら彼女達は“待つ”という事を知らないらしく、次々と松本に質問を浴びせ掛けている。
松本は嫌な顔ひとつせずにそれをさらりと受け流している所を見ると、こういった状況には
慣れていると伺える。先程手渡された白い封筒の中身を見る。
「・・・んだコレ」
そこには独特の丸い文字が並んでいる。内容を一二行読むとそれはアメリカ史についてだと
容易に想像出来た。松本が何故これにここまで執着しているのか分からなかった。女に囲まれた
松本にこれを叩き返すのは困難だったのでそのままそれを机の上に置き、教室を出る。始業前の
数分だったが、伊藤にもう少し事件について詳しい事を聞こうと思ったのだ。それとも別に何か
隠れた感情があったのかもしれない。

教室を出るとすぐ、日誌を持った伊藤がこちらに歩いて来ているのが見えた。
よ、と右手を挙げてこちらに合図する伊藤に俺は目線で会釈を返した。どうやら向こうは俺の
意味する所を知っていたらしく、目の前に立ち止まると「昼休みに数学教官室に来てくれ」と
意味深に言い残しドアの向こうに消えて行った。頼りない伊藤の背中を見送ると、後ろのドア
から教室に戻る。もう殆どの生徒が席に着いていて、ドアを開けた時数人の注目が突き刺さった。
松本は前を向いたまま行儀良く座っていた。
「――で、近々避難訓練があるのでちゃんと焼け死なずに皆逃げるんだぞ、いきなり来るから
ビビるんじゃないぞー、あと今日から学校の窓枠の修理のため・・」
朝の通達事項がこれ程頭にじわっと染み渡るのは初めてだった。伊藤の一挙一動をふらふらと
ぶれる目線で何とか捕らえて行く。向こうは何の意識もしていないのだろう、生徒の横槍を
爽やかな笑顔でかわしていた。そしてそのまま朝のホームルームは終わり、1時間目の英語に
なった。英語教師が入って来る直前にその喧騒からするりと抜け出し、秘密基地に向かう。
それはただの思い付きで、でも後ろは振り返らずそのまま歩いた。窓の向こうからは湿気を
含んだ風がじわじわとにじり寄って来ていた。

第1化学室はその位置からかいつも心なしかひやっと涼しく、隠れ部屋には最適だった。思えば
暫く来ていなかったので、隅に置かれたゴザも少し埃を被っている様に見えた。また新しいのを
盗んで来ないとな、などと考えつつバサバサとそれを叩くと地面に広げその上に横になる。久し
振りのその感触に懐かしさすら覚えた。そのまま目を閉じるとただ呼吸を繰り返す。最初はただ
眠るつもりでいたのだが、次第に今まで起こった事がまるで昔の映画の様に眼前を流れて行く。
そしてその映像を眺めている内に、俺はそのまま深い眠りに堕ちて行った。
.

75_:2002/05/11(土) 05:55

――バス乗り場に俺はいた。
ここはどこだろう、見た事がある。無音の世界、呆れる程鮮やかな色。
ただその世界、たったひとりで俺は不安な気持ちに包まれていた。周りに人はいない。
広い駐車場の様なアスファルトの上、バスが数台停まっている。音がしない。どうしよう。
向こうにある赤いバスに駆け寄った。地面と靴底がぶつかる音はせず、音量をゼロにした
アクション映画の様な世界に俺はいる。そのバスの乗車口をドンドンと叩く。中は暗くて
誰もいない。叩き続ける。長崎行きのバスですか、長崎行きのバスってこれですか、俺は
込み上げる不安と絶望を押し込めてそう叫んでいた。あぁ、これはこの間の修学旅行だ、
そこで漸くそう気付く。叩く、叩く、叩く、叫ぶ、叩く、叫ぶ、叩く、音がしない、
誰もいない、どうしよう。そうだ、向こうの黄色いバスにも聞いてみよう。全速力で走った。
上がった息の音さえしない。そのバスも同じだった。霞んだバスの中身は外から見えない。
凍ったように動かないドアを叩く手の鋭い痛みだけが感覚として鮮明に残る。気付くとさっき
後ろにあった赤いバスは消えていた。やっぱり中に誰かいたんだ。知ってて開けてくれなかった
んだ。暫く俯きただ目の前の水溜まりに映る色の無い青空を見ていた。顔を上げると目の前に
あった黄色いバスまで消えていた。今まで数台並んで停まっていた明るい色のバスは全て
消えてしまっていた。バス乗り場を突き抜けて向こうに見える緑の茂った公園の上空には
小さな鳥が悠々と飛んでいる。振り返る、それは同じだった。それでも俺はバスを探そうと
固い地面をさ迷っていて、だんだんと膝に圧し掛かる足の疲れが時間の経過を知らせていた。
涙を出すという事も思い付かずただフラフラと何かを探し歩き続ける。バスは無いのに。

『 あ、二宮ここにいたぁ!もぉ探したよぉ〜 』

突然右肩をぽん、と叩かれる。誰かの感触、俺は感動に打ち震えた。
振り返るとそこには予想通り松本の顔があった。この誰かは完璧に信用出来る別の誰かで
あって欲しかった、だがそれは叶わなかった。それを悟られない様に黙ってその音に耳を
傾ける。何と音というものは心地良いものなんだろう。

『 ねぇ二宮、こんなつまんない所じゃなくてもう移動時間だからバス乗り場行こうよ。
俺二宮と写真撮りたくてずっと探し回ってたんだからぁ!それともまだここの公園に
居たい? 』

黙って首を振る。松本はニマッといつもより崩れた笑顔を向けると俺の手を取り、誰もいない
その場所を走り出た。握られた手はひやっとしていて、それはそんなに悪くなかった。
そこと外を区切る鎖を跨ぐ瞬間後ろを振り向くと、そこにはやはり何も無かった。だけど
騒がしい音だけはずっと響いていた。
.

76_:2002/05/11(土) 05:56

『 ・・・なぁ、お前こんな所で何してるんだよ 』
(え?)
『 ちょいコラ、駄目だろこんな事してちゃ 』
(何だ?何だよいきなり)
『 おい! 』
(は?)

――ガツン


「いってぇ!」
鼻の頭にカラシを塗られた様な感覚に顔を顰め、そこを手で覆う。その動作の新鮮さによって
俺は今まで自分が寝ていたという事に気が付いた。鼻を撫でると同時にしばしばする目を擦る。
「いい加減目ェ開けろ馬鹿が!」
――ゴツン
「いてッ!ま松本何すんだよー!」
今度は額に飛んだ火花に驚きつつガバッと上半身を起こすと、いつもは薄暗いその場所がやけに
明るい事に気が付く。窓に目をやると閉められている筈のカーテンが全て取り外されていて、
それがその理由なんだと理解した。
「お前、授業フケてこんなとこでグーグー寝てちゃ駄目だろ!え?」
「・・え?あ、え?な何?」
「まァだ寝惚けてんのかコラ?今度は腹に一発食らわしてやろうか?」
「い、いやいいです・・」
相手の喋り方からして、どうやら初対面だという事に気付く。コイツは誰だ?逆光に邪魔され
ながらもまじまじとそいつの顔を見る。上手く焦点が合わない。
「お前、名前は、何年何組だオイ?」
「・・・・・」 色黒いその男は30歳位に見えた。
「言わねーのか?お前な、親に高い金払ってもらって学校来てんだろーがよ、あ゙?肝心の授業
フケてどーするよ、わ・か・っ・て・ん・の・か?」
――ゴツゴツゴツゴツゴツゴツゴツ!
「い、いたたたすすいませんでした!」
「分かればよーし!さぁ行け!」
「は、はぁ・・」 仕方無く立ち上がる。最悪の目覚めだ。誰だよコイツ。
「男だろ!返事は腹から声出せや!」
「ははい!」
「よーし!満点!行け!」

そのまま関わり合いにならないよう急いで壊れた窓から外へ転がり出た。
天井からぶら下がっている時計は丁度1時間目終了時間の5分前を指していて、それでも45分
はきっちり寝ていた事を表していた。後の5分を潰す為、秘密基地のすぐ側で暫く佇む。すると
中からワクがどうの寸がどうのと言った会話が聞こえて来て、さっきの男は窓枠工事に携わって
いたんだと漸く理解した。寝起きだったせいかあまりはっきりとは覚えてはいないが、どこか
気持ちいい男だった。

寝覚めの悪さのせいか殴らせたせいかガンガンと痛む頭を押さえつつ騒がしい教室に入り
席に着くと、松本が何も言わず2つに折り畳まれた藁半紙を机の上に乗せて来た。
「・・ンだよコレ」 それを開こうとすると
「それ学年末範囲のプリント、さっきの英語、単語テストあったけど、気分悪いって保健室
行ったって言っといたから。」
と松本はたどたどしい喋り方で答え、そのまま席を立った。さっきと同じくこっちを見ないで
喋っている松本にさっきの男の事について話そうかとも思ったのだが、背中を追う女共に巻かれ
てしまいそのままそれはドアの向こうに消えて行った。その日何故か松本は昼休みに教室には
おらず、俺は一人で昼食を取った。そして素早くパンを食道の向こうに押し込めると、急いで
数学教官室へ向かった。ふと見遣ったペンキの付着した窓枠の上では、カラカラに乾燥した
蝉がただひっそりと死んでいた。
.

77ななし姉ちゃん:2002/05/11(土) 20:54
職人様、いつも産休でございます。
いつもほとんどレスもしておりませんが、
続きがあるのを心待ちにしながら、読ませて頂いております。
とても大作のようで、これからも楽しみです。
頑張って下さいませ。

78_:2002/05/14(火) 04:11
>>76
すいません訂正です
「 × 学年末」→「 ◎ 学期末」

>>77
レスありがとうございます。
感想頂けてとても嬉しいです。気に入って頂けた様で良かったです。

79_:2002/05/14(火) 04:12
間違ってageてしまいました。
他をageて来ます。ヘマしてしまってすみません。

80_:2002/05/14(火) 04:24

-32-

ゴンゴン、と少し立て付けが悪いドアを叩くと、中からどうぞという声が洩れて来た。
そのまま中に入るとそこは少し外より乾燥していて、ウィンウィンという鈍い音からも冷房が
入っているらしい事が分かった。中には伊藤しかいない。書類に埋もれた机の向こうから
ひらひらと少し骨張った手が覗いていた。
「よっ、何か飲むか?つってもお茶くらいしかないけど」
「あ、はい」
正面に座るとすぐに伊藤は席を立った。何だか酷くもどかしい。数学教官室の壁にかけられた
時計を見ると昼休みはあと20分程残っていたが、それが十分な時間なのかどうかは分からな
かった。妙に急いた気分に襲われ、慌てて核心へと切り込んだ。
「あの、い・・先生」 出掛かった言葉を丸呑みする。癖とは恐ろしい。
「アハ、“伊藤”でいいよ。お前らいっつも俺の事伊藤伊藤言ってんじゃん」
「あ、いや・・あ・・あ、はい。」 向日葵の様な伊藤の笑顔にほだされ、ついそれを認めてしまう。
「ま、途中経過から聞かせて貰おうかな、どう、松本とはうまくやってんの?」
「あ、はぁ・・・」 うんともいいえとも取れる言葉を吐き出す。
「そっか」 伊藤は座っていた回転椅子をまるで子供がする様にグリンと回すとそう呟いた。
「・・・・・・」
部屋で反射し続ける冷房の音が耳に刺さる。お互い黙り込んだままずっと向かい合っていた。
緩んだその静寂が苦痛に感じ始めた頃、伊藤が口を開いた。

「なぁ二宮、今日の放課後ちょっといい?」

ニヤッと笑う伊藤の歯は少しだけ歯並びがガチャガチャで、それが整った彼の顔に愛らしさを
加味していた。俺は黙って頷いた。確かにこんな誰が聞いているかもしれない場所で、あんな
特殊な話をするのもどうかと思ったからだ。これは秘密裏に取り扱われるべきだ。
「じゃ、放課後裏門の辺りで待ってる。今日は職員会議無いから掃除が終わってすぐくらいに
そこで会おう。」
「はい」

そのまま部屋を出ると、またさっきまで肌を覆っていたじめじめとした空気が全身に被さった。
すぐに教室に戻るのも退屈だったので、暫くそこで数人の生徒が戯れている校庭を眺めていた。
キャーキャーと遠い楽しげな声が聞こえて来る。輪になってバレーをする女子の横で黙って自主
練をしている陸上部員、その隣では大勢の男子が野太い声を挙げながらサッカーに興じていた。
どうやら接戦らしく、両方のチームがそのお遊びの試合に熱中している。審判のいないその
ゲームはとても楽しそうで羨ましく、同時にそこに居ない事を悔しいと思う自分を他人事の様に
哀れんでいた。そのまま窓にもたれ掛かり、数分賑やかなその試合を見ていると自分が世界で
一番惨めな人間に思えて来るから不思議だ。昔絵本で読んだ様な、暗いお城に閉じ篭っている
恐ろしい怪物が脳裏に浮かび、そして風に吹き飛ばされた砂の様に消えて行った。

教室に入り空いた右隣の席を見るにつれ、その気持ちはぐんぐんと深みを増して来た。
(珍しい、コイツが授業フケるなんて・・)
5時間目が始まり、まだ空いたその席をぼんやりと眺めつつそんな事を考えている自分に気付き
そしてまたその考えを無理矢理押し払う。少し伸び掛けた前髪を息で払いのけると、そのまま
授業に集中した。考えるべき事はあったのに、その時はただ一つの事に集中する事を優先した
かった。ちょうど運動会でスタートの合図が鳴る前みたいに。狂った様にノートを取り、右に
空いた穴を視界から遠ざける。やけに虚しく感じる。そしてそれはそのまま放課後まで続いた。
松本は気分が悪いからと昼休み後に早退したんだそうだ。それに感付いた時やけにほっとし、
同時に上手く言い表せない感情が滲み出たのを覚えている。その日の松本はとても元気そう
だったから。
.

81_:2002/05/14(火) 04:27

適当に掃除を済ませ裏門に着くと、紺色の国産車から手を振る伊藤が目に入った。
まさか車で来るとは思わなかったので少し意表を突かれつつも何とか平然を装い、そのまま
助手席に乗り込んだ。皮のシートがギュッと気持ち悪い音を立てる。
「じゃ腹減ったろ、取りあえずどっかに何か食い行こ」 ハンドルを捌きながら伊藤が言った。
「あ、はい」
「何食いたい?て言うか定食屋でいい?ウメーんだよそこ!」 伊藤は明るい。
そのまま車は細い道路を縫いながら走り続け、少し外れた場所にある商店街に辿り着いた。
“おいでませ商店街”と派手に銘打たれたその商店街は見るからに寂れていて、人通りも少なく
その趣味の悪さが際立っていた。心なしか少しそこだけ薄暗い気がする。道路に車を停め外に
出て伊藤と並んで歩く。まさか担任とこんな風に接する事があろうとは、と人生の不思議さを
心の中で笑い飛ばす。
「二宮お前ここきったねぇとか思ってんだろどーせ」 頭をガシガシと揉まれる。
「い、いて思ってませんよもう!俺ん家辺りもこんなんスから」
「汚いトコだからこそ味があるんだぞ、これ俺いい事言ったメモっとけ二宮!」
「メモりませんよそんなの」
「まぁ見とけって、お前絶対驚くから!」
「・・・・・・」 伊藤は楽しげに歩を速める。

連れて来られた場所はむしろ“廃虚”と呼称されるに相応しい傾いたプレハブ小屋で、それには
看板も付いていなかった。思わず顔を顰めてしまい、それを見た伊藤は見てろと言わんばかりの
表情で開いているのか壊れているのか分からない入口らしきものをくぐった。崩れそうなその
廃屋の中には案外清潔な空間があった。伊藤は置いてある埃だらけのテーブルを指差し、俺は
それに付属している椅子に腰掛ける。伊藤はそのまま奥に歩いて行き、数分すると2つのグラス
を持って帰って来た。濃いオレンジ色のテーブルに置かれたそれには手を付けずにそのまま店内
を観察する。部屋の隅々には蜘蛛の巣が張っていて、その中には餌食になった茶色い虫が引っ掛
かっていた。だが不思議と不快感は覚えず、メニューも何も無いこの空間が徐々に当然の事に
なっていた。伊藤と向かい合って座っているこの瞬間も自然な事だと思えて来る。
「・・ここすっげ汚いッスね」
「うん、まぁな、いいだろ。」 喉仏を上下させつつ伊藤はグラスの中の水を飲む。
「・・・ここ、誰がやってるんですか?店の主人は何で出て来ないんですか?」
「あぁ、面倒臭いらしいよ、わざわざ出て来るの。」
「へぇ」 納得はしなかったが取り敢えず頷く。コッチコッチと懐かしい音を立てながら木の
壁時計が2時を知らせている。狂ったまま直されていないらしい。
.

82_:2002/05/14(火) 04:27

「・・あ、あのそうだ松本の事なんですけど」 急に今日の目的が浮かび上がった。
「あ、そうだそうだ松本な、ちょっと俺も話したい事溜まってて・・」
「何かアイツ言ってる事とかちょっとおかしくて・・・」
「・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・。」
「あ、先どうぞ。」 暫くお互い畏まっていたが、俺が譲ると伊藤はぼつぼつと話し始めた。
「あのな、あの109の事もなんだけどちょっと気になる事があってさ・・今日松本早退
しただろ、昼休み中に。そん時俺に知らせに来たんだよアイツ、でな、そん時な・・
あいつ口の端思いっきり切っててさ、誰かに殴られたみたいに青黒くなってて・・」
「え・・マジで」 ついテーブルに身を乗り出す。
「うんこれマジ、で俺聞いたのな、『お前それどうしたの?』って、そしたらヘルペスです
とか言ってたんだけどでもな、あれ絶対喧嘩か何かだと思うんだ俺。何か分かんじゃん、
殴られた傷と普通の傷の違いってさぁ」
「はい」 ガキの頃よく怪我させたりしていたのでそれには確信があった。
「で、二宮それについて何か知らねぇ?あいつの事スッゲー嫌ってるやつとかそういうの
周りにいない?ほらあいつ成績いいし裕福だしルックスもいいからさ、そういうの妬む奴
絶対いるだろ」
「・・・妬むやつ・・」 思い浮かばない。
「もうさ俺心配なんだよ、あの109の事件の疑いとかさ、松本何か凄いでっかい事隠して
そうな感じして仕方ないんだよ。本人は完璧な優等生だろ?だからその反動もデカいのかな
とか思うんだ、あいつ多分危ないよ。」
「・・・・・」 伊藤はそのまま溜まっていた事を吐き出し続ける。
「あの事件の事でさ、俺色々親父に探り入れたんだ、そしたら近々犯人の逮捕があるとか
酔った勢いで言ってたしもう不安なんだよ、松本なワケないよな?」
「わ・・からないです。」 完全に否定出来ない自分が情けない。
「お前友達としてどう?あいつさ、あいつ最近変じゃない?」
「・・・・・・」 昨日の事が思い浮かんだ。いやに焦ったあの真剣な眼差し。
「俺松本と接すれば接する程何かさ、嘘臭い感じするんだ・・いくらこっちが本気でしがみ付い
ても笑顔でかわされそうな感じ・・なんて言ったらいいのか分かんないけど」
「分かります、俺もそう・・思います。」 それは返事ではなく同意だった。それは随分前から
同じ事を感じていた。作られた何かがある事、松本が嘘をついている事――それらは事実として
俺の中に深く根を下ろしていた。

暫く経つと会話の間に忍び入る様にチーンとベルの様な音が奥から響き、すると伊藤は席を立ち
奥へ入って行った。再び静寂が場に満ちそれに慣れ始めた頃、彼は盆を両手に戻って来る。
「ほれ、うまいぞ」 目の前に置かれた盆の上には豚肉の生姜焼きが乗っていた。
「あ、はい」
「ここのはホントうまいんだ、はいいただきます。」
「いただきます」
それからは盆の上に乗っていた極上と言える味の料理が全部片付くまで、ただ無言で箸を進めた。
どうやら腹が減っていたらしい、目の前に担任がいる事を忘れてただ食べ続ける。量も丁度良く
食べ終える頃には何とも言えない心地良い達成感に包まれていた。そしてそれは目の前の伊藤
にも言える事らしく、彼は眠そうに目をゴシゴシと擦り欠伸をしていた。
「・・それで、お前どうすんの」
「はい?」 急に声がしたので驚く。
「二宮の進路、この前の進路希望用紙もさ、何か白紙だったじゃん。何か俺ちょっと心配だよ」
「はぁ・・」 そう言えば何も書かずに提出した朧げな記憶がある。今日は聞かれないであろう
話題だった為少なからず驚いた。首をゴキゴキと鳴らしながら時が過ぎるのを待つ。
「何かさ、二宮とゆっくり話すのって今日が初めてじゃん。だから松本の事もそうだけどお前
将来どうすんのかなぁなんてずっと聞きたくてさ」 伊藤は持っていた鞄から黄色の書類
ケースの様な物を徐に取り出す。
「・・さぁ、まだ考えてないです」
「ほれ、これ、もっかい考えて来いよ、な?・・自分の人生だから真剣にならないと。」
目の前に置かれた進路希望用紙を見下ろす。出席番号を間違えて記入している事に今更ながら
気が付いた。
「・・・・・。」 ただ空欄を眺める。
.

83_:2002/05/14(火) 04:29

「――なぁ二宮、お前って多分優しすぎるんだよ」
「へ?」 唐突な言葉に耳を疑った。
「俺は今年教師になったばかりであんまり経験とか無いけどさ、お前が俺のクラスで一番
優しいってすぐ分かった。あ、体弱いとかそう言うので言ってんじゃないぞ」
「何言ってるんですか」
「なんって言うかな・・凄い優しくて柔らかいから壊れやすくて・・何て説明したらいいんだろう」
「キモいですよ」
「あ、そうだこれ見ろって」 そう言うと伊藤は鞄から赤のマジックを取り出しキャップを
取り、俺の目の前に突き出した。理解出来ない伊藤の行動をただ見続ける。

「これが・・お前、キャップが無い状態。」
「・・・・・」 伊藤が何を言おうとしているのか分からなかったが最後まで聞いてみる事にした。
「キャップ無いマジックってすぐインク出なくなって駄目になんだろ、だから他の奴はさ、
何でもいいからキャップ探してそれで自分をガードして生き延びるんだ。」
「・・・・・・」 伊藤は外したキャップをポンと元に戻す。目はじっとこっちを捕らえて離さない。
「だけどお前は、それをしない――そのままボーッと・・死んで行くんだ。」
「何か失礼ですね」
「誉めてるんだよ、かなり」
「・・そうは聞こえませんけど」
「何かさ、全てを受け入れてるなコイツって思ったんだ、最初お前見た時」
「意味が分かりません」
「ゴメンな説明下手で、でも何つーかさ、諦めって言ったら言い方悪いと思うんだけど変に
逆らって生きてないだろ?こう何かムカツいた事とか嬉しかった事とか、もう全部の出来事
を同列で受け入れててさ、たとえお前が傷ついても。」
「・・・・・・」 分かった様な分からない様な変な感じだった。
「何かさ、お前のその姿勢って人の為にそうなってるって気がする・・他人を傷つけない様に
敢えて自分が平静を保つ事でクッションになってるって言うか、傷つけないように」
「何か哲学的ですね」
「フハハ、俺ほんっと説明上手くないから伝わってないと思うんだけど・・・でも思うんだけど
お前、もっと人に寄っかかってもいいと思うぞ。案外周りそれで嬉しかったりするし俺だって
二宮に頼られたりしたらほんと教師になって良かったと思えるよ」
「・・・・・・」 何て答えたらいいんだろう。
「ほんと情けないよな人間って・・・俺今だって二宮が怒ってないかビクビクしてんだぜ?」
「別に怒ってないですよ」
「そっか」 そう言うと伊藤は複雑な表情でフフッと笑った。今にも壊れそうな笑顔だ。

狂った時計は4時を指していて、もう随分暫くの間ここに居たんだなと思う。
伊藤はひとつ深呼吸をすると、先程出した書類ケースから別の紙を数枚を取り出した。それを
目の前に一枚ずつ順番に並べて行く。その書類には黒板で見る伊藤の汚い文字が並んでいる。
「こんな事別の生徒に見せるべきじゃないんだけど・・」 纏められたそれが目の前に置かれる。
促されそれに目を通しながら一枚ずつ捲って行くと、それは松本に関しての書類だと分かった。
1983年8月30日生まれ、北海道出身、姉一人、今年の4月から東京都立立志社高等学校
3年5組に転入――・・
「え?」 そこまで読んでつい声を上げてしまう。
「ん、どうした?」
「これ、両親と姉は札幌で暮らしてるってどう言う事ですか?」 耳元がざわざわと音を立てる。
「いや転入して来た時の資料にそう書いてあったぞ」
「――あいつ、両親はいないって言ってた。」
「え、でもでもほらここ見ろちゃんと生きてるぞ、ご両親揃ってえーと、札幌に住んでる、ほら
ここに書いてる、離婚もされてない筈だぞ。」
「でも俺も両親いないから一緒だねとかって言ってた・・」
「・・・東京にはいないって意味か?」
「いや、そんな言い方じゃなかった」
「でも松本のご両親はちゃんと生きてらっしゃるしお姉さんも・・て言うか松本一人だけ何で
東京に出て来たんだろう?前の学校はかなり有名な進学校だし・・」
「・・・・さぁ・・」 散らばったジグソーパズルの完成予想図がチラリと浮かび上がりすぐ消える。
一瞬だけ見えたそのビジョンを必死で呼び戻そうとするが、まるで無かった事の様にそのまま
無の世界が広がっている。伊藤も眉を顰め何かを考えている様子だった。この気持ち悪さは
何だ、目の前にとてもよく目立つ間違いが転がっている様な気がする。その正体は何だろう。
.

84_:2002/05/14(火) 04:29

「・・なぁ二宮、今晩ちょっと電話していいか?遅くなるかもしれないけど」
「え?」
「今晩親父早めに帰るって言ってたからちょっと酔わせて事件の事詳しく聞いてみるよ、
連絡網の電話番号にかけたら繋がるよな?」
「あ、いやあの電話誰も出ないッスよ、アパートの管理人いつも寝てるから。」
「え・・て事はアレか、連絡網いつも止めてんのお前かコラ!」
「イタタタ痛い痛いもう!」 伊藤のデカい手で頭を思いっきり掴まれる。マジで痛い。
「お前はほんと提出物も滅多に出さないしテストもたまに白紙だし週5で授業フケるし
この前だって俺の車に“マユゲの国へようこそ”って落書きしただろ!」
「いた痛いちが、違うあれやったの松本!俺見てただけイタタタ!」
「ウソこけお前!松本も眉毛スッゲーのに人の事書く訳ねーだろーがよ!」
「い゙っでー俺違ーう!」
「岐阜人だからってナメてんじゃねーぞこれだから東京モンはよーコラ!」
「関係無いだろそんなのー!マ、マジいってー頭めり込む中身出る!」
「鷹爪のヒデをナメてんじゃねーぞコラァ!」
「いったーいー!!」

圧縮されたその空間にボーンボーンと時計の音が響く。
頭に加えられていた圧力がふっとなくなり、俺ははぁっと胸を撫で下ろす。時計の針は4時
23分を指していて、改めてそれが正しく機能していない事を実感した。パッと横を見ると
伊藤も同じ事を考えていたらしく、自分の腕時計と何度も見比べている。やがて一息つくと
鞄から財布を取り出し帰るかと出口の方向を顎で撫でた。ポケットから金を取り出そうと
腰を上げると伊藤はいいよとそれを制止した。
「何か遅くなったな、帰り送ってくから」
「いいッスよ別に」
「いや、どうせ車だから一緒だし送らせてくれよ」 伊藤は立ち上がり財布をしまう。
そのままそのボロ食堂から足を踏み出した。先を歩いていた伊藤に見付からない様に、先程
伊藤が勘定を置いていた机上を興味心から見てみると、そこには一万円札が3枚置いてあった。
思わず声が洩れそうになったがそれを飲み込むと伊藤の後を追った。何故か干渉すべき事では
無いと思ったからだ。

そのまま車は数十分程走り、アパートの近くまで送って貰った。
アパートの前まで送ると言って伊藤は聞かなかったのだが、道が狭すぎて車が入らないのと
コンビニに寄りたいからと丁寧に説明すると、渋い顔でコンビニのすぐ近くで降ろしてくれた。
法子がくれた携帯の番号を罪悪感に押し潰されそうになりながらも伊藤に手渡すと、後で電話
すると言って彼はそのまま行ってしまった。蒸し暑い路上で、遠ざかって行く紺色の車を暫く
見送る。そう言えば飯の礼を言うのを忘れていた、ハッと思い出し申し訳無い気持ちになる。
少しの間俺はそこに佇んでいたが、後でかかって来る電話で言えばいいかとそのままいつ
行っても客がいないコンビニに入って行った。明日からバイトとして働かせて貰うので、その
前にちょっとした挨拶をしておきたかったのだ。それに家で俺の帰りを待っている法子の為に
ちょっとしたお菓子でも買って帰ろうと思った。
.

85_:2002/05/17(金) 19:28
>>83
訂正です。

「 × 東京都立立志社高等学校 」 → 「 ◎ 東京都立日暮高等学校 」

高校名間違えました、すみません。
今週中に“二宮映画主演のお祝い”の為、いつもより多く更新する予定です。
ところで蜷川って誰ですか。

86ななし姉ちゃん:2002/05/18(土) 01:45
姉ちゃん、長編にもかかわらず頑張って更新されてますね。
お話自体もぐいぐい引き込む力があって、とても楽しみにしています。

ところで蜷川幸雄氏についてですが、演劇ヲタではないので一般的なこと
しか知りません。とりあえず、日本のみならず世界でも活躍する主に舞台
中心の演出家であることは確かです。
大御所から若手まで幅広い役者さんを起用し、ギリシャ悲劇やシェ−クスピア
はては近松ものまで手がけます。
最近では藤原竜也を発掘しました。姉ちゃん的には「若かりし木村拓哉を
泣かせ、お芝居に目覚めさせた人」という印象が強いです。
下記がプロフィールです。興味があれば覗いてみてください。
ttp://www.my-pro.co.jp/ninagawa/ninagawa.html

87_:2002/05/19(日) 21:42

-33-

「しっかしよォー!オッメーも礼儀正しい奴だなァおい!」

よろしくお願いしますと頭を下げると同時に中居君から飛び出た言葉はそれだった。ある程度
予想出来た反応だが、ここまで予想通りだと微笑ましいとさえ思ってしまう。いつものおでんを
頬張りながら笑っているその中居君の眼差しはまるで年寄りが孫を見るそれの様で、それを
経験した事が無い俺に取ってはとてもくすぐったいものだった。ただ無表情を装うだけで
何も言えない。こういう時は何を言ったらいいんだろう、ふと考えたが全く分かりそうも
無かった。

子供っぽく囃し立てる中居君を何とか振り切りお菓子片手に外に出ると、空に浮かんだ
月がその輪郭を一層濃いものにしていた。交じり合わないその二色はとても物悲しく優しい。
まるでお互いの存在に気が付いていないかの様に見えるその対照的な色は、常にはっきりとは
しない何かを意味している。白と黒では無い、お互いを牽制する様に混ざった微妙な色。
そのままチラチラと夜空を仰ぎながら家路に着いた。荒んだ雰囲気に似合う連なったトタン
屋根が目に入ると、あぁ帰ってきたんだという気分になる。それはある種類の諦めに押し
負けてしまった証かもしれない。

“ オメーって何か信用出来る奴だな、感心したべ ”

さっきの中居君の台詞がポンと頭に浮かぶ。ついくふふ、と頬が緩んでしまう。
正直今までマトモなバイトはした事が無かったし職場にも恵まれていたとは思えない、でも
今回のバイト先はどこか暖かくていじけた自分に覇気を与えてくれそうな予感に包まれていた。
空がグンと低くなり今にも微かに見える星が掴めそうだ。小さなダイヤが散らばった宝石箱の
中の様な夜空を見て、この新鮮な気持ちがずっと続けばいいなと思った。どうか心が上手く
安定しますように、と空に強く願った。

かなり左に傾いたボロアパートの表玄関をくぐると、2階の部屋までゆっくりと歩いた。
鼻の粘膜がとても懐かしい匂いを捕らえる。それは歩を進めると共に強くなって行き、部屋に
辿り着いた頃にはそれはここから逃げ出たものだと断定するのに時間は掛からなかった。

「ナァーリお帰り!」 ドアのノブに手を掛けるより先にそれは開いた。
「あ、ただいま・・あコレお菓子買ってきたよ」
「ひゃー!ありがと!うちめっちゃお腹空いててんよ!あ入って入って!・・・はは、うちん家
ちゃうやんってな、あイチゴポッキーや!プチもあるやん!」
「ふはは、法子何か飯作った?」 法子の関西弁はとても心地良い。心が柔らかくなる。
「あ、親子丼やで今日は、うち特製や!ゴメンなぁ、今日ちょっと出掛けてたからちゃんと
したモン作れへんかってん」
「そっか、今日暑かったけど大丈夫だった?」 部屋にはピンクの花が飾られているのに気付く。
「ウンうちこの辺結構好きかも、下町って何か性に合うてるって言うんかなぁ?」
「マージで?この辺家賃もスッゲー安い貧乏街だよ?」
「貧乏はえぇよ、金持ちより100倍マシや!」 おどけた表情でそう言うと、法子は白い
ワンピースの裾にヒラリと風を含ませ流しに戻って行った。何だかそれが今にも壊れそうな幸せ
に思え、粘膜の様な感触の不安に囚われそうになる。しかし1分と間を置かずに目の前に丼が置かれると(この器も法子が買って来たのだろう)、それはまもなく跡形も無くどこかに消えて
行った。正直さっき伊藤と食べた豚肉の生姜焼きがしばらく胃の中を占有していたが、無理矢理
詰め込んでいる内にその感覚が麻痺して行くのが分かった。1時間程法子と向かい合って語らい
ながら夕食を取り、その後お菓子の袋を空にした頃にはすっかり意識が朦朧としていた。たった
4枚半の畳の上に寝転びそのまま精神を沈め、そして数時間後には視界の上隅に朝日を迎えた。
とても短い様で長い夜だったと思う。寝惚け眼で携帯を探り当て、慣れない手つきで着信履歴を
見てみたが特に何も見付からなかった。そんなもんか、と再びきつく目を瞑りそれを放り投げた。
ピンク色の小さな画面はピカピカと甘過ぎる毒のように暫く点滅していた。

88_:2002/05/19(日) 21:43

(・・・行ってきます。)

珍しく隣で眠ったままでいる法子を起こさない様に部屋を出ると、そのまま学校へ向かう。
そう言えば今日はまた英語の単語テストがあったな、などと考えつつノロノロ歩いていると
すっかり遅くなってしまい、走る気力も体力も持ち合わせていなかった俺はそのままホーム
ルームを飛ばす事に決めますます歩速を緩めた。どんどんと散歩中の老人や通勤途中のデブの
OLに追い抜かされて行く。何をそんなに急いでいるんだろうと思ったが、まぁ大人には大人の
事情ってモンがあるんだろうと他人事の枠にそれとなく押し込めた。昨日は変な体勢のまま
寝てしまったせいか、少し首がニシニシと痛む。左右に動かすとそれはゴキ、と鈍い音を立てた。

漸く学校に着きいつも少しだけ開いている裏門から入ると、遅刻届を取りに教員室へ向かう。
書き慣れたそれに遅刻理由なんかを適当に書き込むと(今日は“寝違えました”と書いてみた)
学年主任と教頭に判を貰う。こう言う時大人は親のいない子供に同情するらしく、うざったい
と頻繁に耳にする学年主任でさえも、早目に床に就きなさいの一言で遅刻常習犯を開放した。
最後の砦である担任がいる数学教員室へ向かおうと教員室を出る間際、「あの生徒は・・・」と
言う教師の会話が耳裏を擽ったがそのままドアを閉めそれを遮断した。

「失礼します」 3階の数学教員室のドアを開けるとそこには誰もいないようだった。
「・・・失礼しました。」 そのままそこにまた空間を作ると次は教室へ向かう。手続きってやつは
本当に面倒臭い。いつもよりたった10分遅れただけなのにこの始末だ。少し痛む首を軽く摩り
ながら教室のドアを開けた。するとまだそこに伊藤はいた。少し早かったか、と思いつつ静かに
席に着いた。右に座っていた松本の方は見ない様にしていたので、彼がどんな表情でいたのかは
分からない。席に着き鞄を下ろすと同時にホームルーム終了のチャイムが鳴り響き、それと同時
に教室はやけに騒がしくなった。それはいつもとは違う何かを醸し出していて、それがどうして
も気になった俺は仕方無く隣の松本の方に向き直り何があったのか訊ねようとした。

「――なぁ、何か・・」 少し痛む首を捻ったまま言葉を失う。
「・・あ、おはよ二宮、寝坊?」

――ビクンと身体が反応するのが自分でも分かった。
視界の中心でいつも通り笑っている松本の口元には大きなガーゼが貼り付けられていて、左目は
眼帯で覆われている。笑ってはいるがもう片方の口端も青黒く切れてしまっていて、表情を作る
事により鋭く痛むであろうそれだった。松本の顔を黙って凝視していると、昨日の夕方あの食堂
で伊藤が話していた事が脳裏を過る。切れていた糸が一本に繋がった様な気がした。いや、
とてつもなく長い糸の端っこを偶然見付けた様な感じに似ているのかもしれない。

「結構コレ酷いでしょ、昨日チャリでコケちゃってさ」 松本はどこかまだよそよそしい。
「・・お前チャリ乗れねーの?カッコ悪。」 だから毒づいた。
「いやぁ」 松本はヘラッと笑ってそのまま授業の準備に取り掛かった。

おかしい、何かを感じ取った。
この向こうにはもっと大きい何かが根付き始めている、そう思い教壇の辺りを見ると案の定
伊藤が手持ち無沙汰な様子で佇んでいて、いつもよりほんの少しだけ険しく感じる目線で手招き
しているのが分かった。

これは緊急事態だ、背筋が震えるのを感じながら喧騒の残る教室から抜け出た。
.

89_:2002/05/19(日) 22:46
少し手直ししたい個所が見付かりましたのでまた後でコピペしに
参ります。>>85で言った通り、本日中に大量更新出来なくて
申し訳ありません。浅はかでした。

>>86
蜷川さんについてどうもありがとうございます。
何かかなりの大物みたいで吃驚しました。周富徳に似てますよね。

90_:2002/05/21(火) 08:35

-34-

教室を出るとすぐにこちらを気にする様にゆっくり廊下を歩く伊藤が目に入る。
あまり目立たない様に後を追うと、そのまま彼の背中は何度か角を曲がり階段を上がって
屋上へと消えて行った。屋上に出るのは初めてで少し戸惑ったが、開いたドアから射し込む
太陽の光はとても強く美しく、それはまるで楽園へ続く階段の様で、その先を確かめたい
衝動に駆られた俺は躊躇しつつも足を踏み出した。とても朧げな、そして揺るぎ無い既視感を
覚えながら。

「お前昨日の晩電話何で出ないんだよ!」 青空の下に出るとすぐ伊藤の声が左耳に届く。
「へ、あぁ・・」 今くぐった扉を後ろ手で閉めながら伊藤の姿を視角の隅に捕らえる。
「おっまえ昨日俺電話するっつったじゃん、何でお前が出ないんだよ」
「え、昨日かかって来なかったッスよ、だって・・」 尻ポケットの携帯を手に取る。
「ウソこけよ!だって昨日教えてくれたやつオンナが電話出たぞ?」
「え、ウソ?だって着信履歴無かったもんホラ!」 お互い慌てているせいかどうも会話が噛み
合っていない。携帯を伊藤の目の前に突き出すと彼はそれを奪い取り、慣れた手つきでそれを
弄り始めた。普段なら触っていいかどうか許可を取るのが彼の性格であろうが、今はお互い
そんな事はまどろっこしくて仕方無かったのでその無礼は丁度良かった。1時間目の世界史を
生徒に抜けさせてまで伝えたかった大事な事があったのだ、俺は一刻も早くそれを聞きたくて
じっとしていられなかった。無意識に足元が落着いていない事に漸く気付く。

「――お前これ着信履歴消してんじゃんよ・・だって絶対この番号だもん俺かけたの!」
「え、消すって俺何もやってないッスよ!大体それ貰ったばっかで電話出るのと掛けるのしか
やり方知らないもん俺!絶ッ対やってないってマジで!」
「じゃあ一体誰が一人暮らしの二宮ん家まで行って携帯の着信履歴わッざわざ消すんだよ!」
「知らねーッスよ!俺が聞きたいッスよ・・」 ふと法子の顔が浮かんだ。でもまさか。
「じゃ何だよお前俺信じてないっつーの?俺携帯からと自宅の電話からと両方試したんだぞ?
どっちから掛けても同じ女が出てさぁ、『坂口よ!』とか『清水どすえ』とかフザケた事
言いやがんの!もーそれがまたすんッげームカツいてさぁ・・」
「・・い、先生・・」 まるで苦い薬を一気に流し込まれた様な気分だ。凄く嫌な予感がする。
「何だよ、伊藤でいいっつったじゃん」 伊藤は太い眉毛を顰めて膨れっ面をこちらに向ける。
「その子・・もしかしてちょっとだけ訛りありませんでした?関西系の・・・。」
「あー何か訛ってた、関西かどうかは俺分かんないけど、それが何だよ。」
「・・・・・・」 軽い目眩がした。これをどう取り繕うか言葉に迷う。
「・・・何だよ、言えよ。」 伊藤は腕組みしたままこちらをギロリと睨んでいる。
「あのー・・」 行き場の定まらない人差し指がユラユラと宙を舞う。
「何だよ、カノジョかよ、お前すげーナマイキ。」
「・・・・・」 チラリと見上げると伊藤は鼻の穴を広げて仁王像の様な顔をしていた。たまらず
ブハッと吹き出す。伊藤は逞しい眉をつり上げてブツブツと言っている。
「お前さぁ受験生なのにカノジョと夜イチャイチャしててさぁ、俺なんか学期末のテスト問題
徹夜で作ってたってのにお前そりゃないよ、いやカノジョがどうとか言ってるんじゃなくて
もうちょっと受験生としての気持ち?やる気?心構え?そんなもんを――」
「カノジョいないの?」 伊藤の顔がサッと真顔になる。
「・・・いるよ」
「あ、うそだ」
「・・ウソだよ?」
「フフハハハハ!」
ゲラゲラと声を立てて思いっきり笑った。伊藤は顔を真っ赤にして怒っていたがそれが俺の
笑いのツボにどんどんと油を注ぎ、暫く俺は笑いを止められないでいた。その日の天気が
とても良かった事やそこが屋上だった事もあるかもしれない、俺は脇腹が痛くなる程笑った。
夏前の太陽は俺の甲高い笑い声を吸い込みつつも勢いを増し煌煌と輝いている。そのまま
大笑いしていると視界の隅に入っていた白い炎の塊は土煙の立つあの道を彷彿とさせた。
.

91_:2002/05/21(火) 08:37

「――まぁいいよ、許してやるよ」 何を許すのかさっぱり分からないが伊藤がそう口にした。
「へ?・・ククッ・・」 笑い涙が滲む目を擦りながら伊藤の方に振り向いた。
「松本、思い出した俺ら松本の事話す為にここ来たんだよ、お前授業サボって」
「あ、はいはい」 ついでに出かけていた鼻水を手の甲ですすると漸く目的を思い出した。
「昨日の晩な、あ、お前が女と夢のような時間を過ごしていたあの時間な、俺は親父と一緒に
飲んでたんだよ、色々聞き出す為にな、まぁお前は女と・・」
「あ、それで親父さん何て言ってました?」 後半は聞かなかった事にしわざと言尻を奪い取る。
「あぁ、それで大変だぞ二宮、松本ホントヤバいかもしれない、あいつ今度重要参考人とかで
警察連れてかれるかもしれないって言ってたよ」
「何で?あんな紙ばら撒かれてたってバカの悪戯かもしんないでしょ」 興味なさそうに呟く。
「俺もそう思ったんだけど違うんだよ、まぁ座れって。」 そう言うと伊藤は屋上のドアから
少し離れた所に俺を呼ぶと、建物の陰になった場所に座らせた。黒いコンクリートの地面は
ひやっとしていて少しだけ寒気がした。


「――で、俺さりげなく色々親父が捜査してる事件について聞いたんだけど」
伊藤は漸く真剣に喋り始めた。俺はグッと身を乗り出した。

「お前あの日109に入った時間が何時だったかとかそう言うの分かる?大体でいいんだけど」
「え・・多分買い物して、それでちょっと飯食っての帰りだから・・夜の6時とか7時とかその辺」
「そっかじゃあ松本と一緒に渋谷行こうって話になったのは?」
「えー放課後の掃除の時・・」
「その前にそう言う話は?」 まるで尋問みたいだ。
「無いよ、何で?」
「そっか・・。」 伊藤は赤いネクタイを少しだけ緩めると、いつもの縁無し眼鏡を外しポケット
に突っ込んだ。何か考えているのだろう、その顔は無表情でもほんの少しだけ険しく映った。
「何でそんな事聞くんスか?時間とか結構重要だったりするとか?だったら俺腕時計持って
ないしそういうの確かじゃないんですけど・・」
「違うんだよ、ゴメンあのな、あの日な、昼の2時4分に『109に爆発物が仕掛けられ
ました、屋上に避難するので今すぐヘリで救出お願いします』って110番があった
らしいんだ。」
「え?昼の2時って・・」
「でな、取り敢えずあそこ人通り凄いしホントだったら困るだろ?だからパトカー何台かが
念の為って109行ってみたらしいのよ、で何も無くてそのままになったらしいんだけど」
「それってただの・・」 悪戯じゃん、と口を開こうとすると伊藤がその言葉を〆た。
「――で、その日の夜8時24分に本当にそこで爆発があったんだよ。」
「・・・・・・」
「今犯人とされる人物と関わり合いがあるとされる証拠品って、この前見せたばら撒かれた紙と
その電話の声だけなんだ、だから親父が今その110番で録音された声の声紋確認と筆跡鑑定
みたいなのに躍起になってる。」
「・・・え、でも」 俺はさっきから何を必死に否定しようとしているんだろう。
「その電話が掛けられたのは109の屋内、通報者は若い男性、ボイスチェンジャーは使用して
おらず、荒い息や呻きが録音されていた事からその人物は怪我をしていた可能性がある・・」
「・・待てよ」 ――血、切り裂かれた傷、破られたシャツ。
「それは公衆電話では無く携帯からの通報で、その電話番号は・・」
「やめろよ!」

“ 二宮これ俺の番号だから着信拒否とかしないでよー?メルアドはねー・・ ”

「09・・」
「やめろっつってんだろ!やめろ!嘘だ!やめろ!」 俺は何を叫んでいるんだろう。
「俺は松本はただの被害者だと信じるよ、だって2時なんてお前らまだ授業中だもんな」
「・・・・・・」 肩で息をする俺の頭を荒々しく撫でながら、伊藤はそう言い聞かせるように言った。
「俺は、松本がやったんじゃないと思う、絶対。」
「・・・・・・」 (あの怪我は何だ。チャリでこけたなんて絶対嘘だ。あの日何があった?)
「・・・でも親父、ほんと今日にでも松本に話を聞くつもりだって言ってた」
「・・・・・・」 (何で事件について松本は話さない?何で俺を避けている?どんな顔だった?)
「通報された時間が時間だから松本にはアリバイがあるって有利になるかもしれないし――」
「・・――・・ ・」


“ 屋上へ行こう ”

時計の針がスローモーションで左に回り続ける。
これが記憶か――勢いを増し続ける太陽を直視していると、もう自分が生きているのか死んで
いるのかどうにも分からなくなった。
.

92_:2002/05/21(火) 11:59

-35-

久し振りに真っ直ぐに伸びた廊下を全速力で突っ走って教室のドアを開けると、そこに松本の
姿は無かった。代わりにあったのは2時限目開始後に騒々しく入って来た俺に対するクラス全体
の冷たい目線で、英語教師は腐乱した肉を見るような蔑んだ眼差しで俺に単語テストの解答用紙
を乱暴に手渡した。

“ ・・俺の事、友達だって思ってくれてる? ”

この間の言葉が頭の中を巡りに巡って何も他の事を考えられない。
伊藤が与えた情報と俺が知る松本は違い過ぎていた。あいつは嘘でガッチリと固められていた。
まるで俺が周りに張っている予防線の様な壁とは違いそれはあまりに強固で罪深い。松本は
どうしてこうなんだろう。過去何か大変な事があったからだろうか?


“ 過去 ”


――そのフレーズが通り過ぎると共に妙な胸騒ぎが鼓動を速める。
俺が持つそれにはかたちが無い。所々欠けていて、寧ろ全体のかたちを想像する事さえ難しい。
そう、俺のそれは部分部分が失われ過ぎているのだ。通常言われる昔の思い出の数も他の人に
比べ圧倒的に少ない、そして俺は自分があった事をきれいさっぱり忘れてしまえる程潔い人間
では無いと自負している。小学校の時にタイムカプセルを埋めたかどうかさえ覚えていない。
記憶の大元が操作されている様な、理不尽だと思える程の記憶の欠如――
.

93_:2002/05/21(火) 12:00

「はいじゃ後ろから集めて」 気付くともう数分は経過していて、目の前の白紙の答案用紙に
気付き慌てて問題を読んだ。するとゴチンという音と共に目の前に火花が飛び散る。
「二宮君、あなたテスト中何してたんですか」 英語教師が右脇に立っていた。松本の空いた
机が見え、つい教師の向こうを見てしまう。
「聞いてるんですか二宮君!授業に遅れて来るわテストは白紙だわアナタやる気はあるん
ですか!」
「あ、すいません」 どうやら虫の居所が悪いらしいその女はヒステリックな声で喚いている。
「あなたみたいな人が松本君と友達だなんて松本君に迷惑です!この前のテストだって隣の
松本君の答案を覗いたんでしょう!」
「・・・・・・」 何を言っているんだ、この人は?
「こんな簡単な単語テストで0点を取る生徒がいるだなんて我が校の恥曝しです!あなたなんて
人間、どうせ大学に進学する気も無いんでしょう!そのやる気のない態度じゃ何をやっても
駄目ですよ!」 しんと静まり返った教室は緊迫した雰囲気だ。あぁついてない。
「・・すいません」
「あ・・あなたねェッ!!」 俺の冷めた態度が気に触ったらしい、その女は見事に爆発した。
「・・何ですか」 チロッと教師の顔を見上げるとものの見事に赤くなっていて、それはまるで
猿山で芋を取り合って喧嘩している猿の顔みたいだった。唇をきつく噛みプルプルと震えて
いる。本気で腹を立てているんだろう、そう思った。

「・・・出て行きなさい、今すぐ、出て行きなさい。」

今にもはちきれんばかりに膨張している英語教師の怒りはまるで風船の様で、破裂を恐れた
俺は黙って鞄を手に取りそのまま教室を後にした。やけに押さえつけた様なその女の声が
気味悪かったのもその一因だった。

考える事が沢山あって、その全てに上手く対処出来ない。その苛立ちをどこにぶつければ良い
のか分からなかったが取り敢えず目の前の問題を片付けようと思った。どうせ大学になんて
行く気はさらさら無い。金も無いし学力も足らない。将来はどうするんだろうなぁなどと
他人事の様にふと思い付くのが今の所の俺の将来像と言うものだった。白紙のテスト用紙を
昇降口の脇に置いてあるごみ箱に投げ入れるとそのまま学校の門をくぐり出た。まだ昼前の
通学路はとても静かで人通りも少なく、警官に補導されるのを恐れた俺は脇道に入りそのまま
辺りに神経を向けながら目的地に向かった。
.

94_:2002/05/21(火) 12:01

“ ピンポーン ” ・・・とドア向こう側では鳴っている筈だった。
前来たばかりの高層ビルの入口に備え付けられているインターホンのボタンを適当に押す。
だが何分待っても何の反応も無く諦めて帰ろうとした瞬間、ポケットの携帯の着信音が響いた。
画面には見慣れない番号があり、恐れを抱きつつも法子に教えられた通り電話に出る。
「・・・もしもし」 出来る限り耳を押し当てる。
『おいッス、オーレ俺、中居だけど――』
「あ、え?あ・・あぁこんにちは・・」
あまりに意外な相手だったせいか、つい声が上擦ってしまう。だから電話は好きじゃない。
そう言えばこの間挨拶に行った時にこの番号を教えたかなと思い出し、改めて携帯電話の力に
畏敬の念を抱く。こうやって現代の人と人の関係が作られ、そして保たれているのかと思うと
今左手に持っているこれはかなりの権力者だと言えると思う。中居君の電話は野暮用ってやつ
で、新しいバイトがもう一人入ったから出来たら今日は少しだけ早目に来て欲しいという内容
だった。そう言えば今日から中居君の店で働くんだと思い出し、武者震いにも似た感情が骨髄
の辺りからじわっと滲み出た。

それから何度かボタンを押しても松本からの返事は無かった。
寝ているか出掛けているかしているんだろうと決め付け踵を返すと、そのまま都内でも洒落た
場所であると知られるその場所を立ち去った。そのまま歩いているとまたけたたましく電話が
鳴り、今度は偉く呆れた様子の伊藤の声が耳に突き刺さった。その電話で伊藤は放課後少しだけ
時間が欲しいと告げ俺がバイトがあるから駄目だと答えると、彼はそのバイト先に少し寄ると
言い場所を聞きそのまま慌ただしく電話を切った。そう言えば4時限目は数学だったなとふと
思い出す。ポケットに携帯を仕舞い煙草を1本取り出すと、昼前の空いた公園のベンチで一服
した。やはり湿気がムシムシと気持ち悪かったが、開放的な校外は清々しく気持ち良かった。
そのまま夕方まで家の近くの寂れたゲームセンターにある一昔前のゲームでだらだらと時間を
潰すと、いつも通りコンビニへ向かった。ただ今日は違う目的の為だったが。

まだまだ明るい夕暮れの空の下、ほんの少しだけ高鳴る胸を宥めつつ俺はコンビニのドアの
取っ手に手を掛けた。手を掛ける瞬間、この前松本が言っていた言葉を急に思い出したが
その意味なんて分かるワケ無かった。

“ ・・やらなきゃいけない事が山程あってさ、俺はただそれを済ませようと必死なんだけど
いつも変に引っ掛かってさ・・ ”

でもこのまま生きていれば、いつかきっと分かるような気がした。
.

95ななし姉ちゃん:2002/05/23(木) 04:01

-36-

コンビニに入るといつもより店内が慌ただしいのが分かった。
「あ、いらっしゃいませー!」 青いエプロンをした男が店内を忙しく歩き回っている。俺は
一瞬来る所を間違えたかとちょっとした不安に包まれたが、そこがいつものコンビニだと確認
するとそのままレジの方向へ歩いて行った。
「すいません、中居く・・さん、いらっしゃいますか?」 その店員だと思われる男に訊ねる。
「あー、あ、中居君?中居クーン・・は、あぁさっきどっか出掛けてったよ、何友達?」
「いえ、そんな訳じゃないんですけ・・」
「あー中居君友達少ないから!仲良くしてやってよ、はい奥入って入ってお茶どうぞ!」
「え・・いやあの・・」 そのままその男は俺の手を取り、いつも右奥に見えていた錆びた様な
銀色のドアの中へ俺を引き摺り込もうとした。さっきまで流れていた粘った様な鈍い時間が
急に流れ出し、それは溜まりに溜まった水が一気にどこかへ動き出すのに似ていた。
「ま、待って下さい!」 肩を後ろに引き、軍手をしていたその男の手から逃れる。
「・・ん?痛かった?ゴメンゴメン」 少し長目の前髪を左右に分けたその男は柔らかい表情で
そう笑った。丸い鼻と犬の様な目は周りの人をほのぼのさせる力を持つ。微笑みで割れた口の中
には、少し小さ目の歯が並んでいた。何だか守ってやりたくなるかわいい人だな、と思った。
どうせ制服なんて着ている俺の方が随分年下なんだろうけれど。

「――あの、俺今日からここでバイトさせて貰うにの・・」
「あぁー!二宮君?ゴメンゴメン待ってたよー!」 何かこの人、落着かない小犬みたいだ。
折角随分息を溜めてから切り出したのに最後まで喋らせて貰えず、でも人を苛立たせないこの
少し変わった男に俺は何故か好感を持ち始めていた。(黄色のTシャツに青いエプロンなんて
身につけていたからかもしれないが)
「あの、制服とか貸して頂けるって聞いたんですけど・・」
「・・・・あっ」 その男は軍手に包まれた左手を口に当てると、俺の後ろ辺りに目線を移す。
振り返っても誰もいない、周りを見回しても2人だけで何も見当たらなかった。でもその男は
そのままの状態で動かず俺がこの人が考え事をしているかも、と気付く頃入口のドアがギィと
音を立てて開いた。そちらに振り向かなくても中居君だ、と分かっていたので敢えて目の前で
カマッぽく突っ立っている男を睨んだままでいた。

「・・・あ、ゴローと二宮」 街で偶然芸能人を目撃した様な声で中居君がそう呟くのが聞こえた。

「・・・・・・・」 その“ゴロー”だと思われる男はまだピクリとも動かない。
「・・・ゴロー?え、二宮何やってんの?」 中居君はすぐ側で俺達2人の顔を交互に見ている。
「・・・・・・・」 ――まだ動かない、銅像みたいだ。
「え?何なの?何かのゲーム?」
「・・・・・・・」
「・・・え?どしたべ?」
「・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・」
そのまま店内にかかっている昔のアイドルがどこから出しているか分からない様な声で
歌っている曲をたっぷり2曲は聴いた頃、漸く目の前の男がホォ・・と風音を立てて息を
吸い込むのが分かった。

――動いた!


「・・・中居くぅん、オレ二宮君の制服、どっこにあンのか・・・分かんないんだわぁ。」

そう言うと、そのままそのゴローは首を傾げながらさっさと仕事に戻った。
そこに魂を抜かれた様な顔で立ち尽くす俺の肩を、まるでスイッチを入れるように中居君は
ポンポンと叩くと
「あいつ、稲垣吾郎ってんだ。ちょっと変わってるけど・・・まぁヨロシクな。」
そう言ってそのまま手に持っていた車のキーをチャラチャラと回しながら奥へ入って行った。
気になってふと振り返ると、やはりゴローは忙しそうに弁当を並べていた。

俺はもうその頃には英語教師の事などすっかり忘れてしまっているのに気が付いた。
.

96_:2002/05/23(木) 06:32
【 時をかける嵐 】

プロローグ >>1-2

第一部 夏の再会

◆ 第一節 梅雨明けの保健室
>>4-8 >>12-14
◆ 第二節 白い訪問者
>>18 >>22-24
◆ 第三節 いやな買い物
>>25-27 >>29-31
◆ 第四節 買い物のあと
>>32-34 >>38-39 >>41-44 >>47-48
>>51 >>53-54 >>58-59
◆ 第五節 マグマ
>>60-61 >>63-70
◆ 第六節 怪我をした罪人
>>74-76 >>80-84 >>87-88 >>90-95 ...

只今第六節の途中です。
分かり難いのでまとめてみました。
最初に「第一章〜」と書きましたが、「第一“部”」の
間違いでした。すみません。

97_:2002/05/24(金) 07:36

-37-

制服と言っても簡単な物で、白いTシャツの上にゴローと同じ青いエプロンをかけるだけだった。
ズボンは無いと言われたので(あると言ったのに、中居君超テキトー)、仕方無く家まで普段着
に着替えに帰る。帰ると電話を入れていなかったからだろう、照り返しが厳しく湿気に苛付いて
しまう部屋には誰もおらず、そのまま

-----

今日バイトだから晩ごはんはだいじょうぶ、ごめんね
先に寝ててくれていいから おやすみ

かずなり

-----

と法子の目に付きやすいであろう流し台の上に置き手紙を残すと、ジーパンのボタンを急いで
留めながら部屋から駆け出る。うるせぇぞガキ、と隣のアル中の怒鳴り声が聞こえたがそれを
無視してそのままコンビニまで立ち止まらずに走った。目の前に伸びた前髪がチラチラ踊って
いてそれを息で吹き上げつつ走る。最近身体の調子いいよな、とコンビニのドアを開ける直前
ふと思った。身体の調子は良くても運は最悪じゃないかと分かってはいたが、それをそのまま
押し込めつつただいま戻りましたと声を張り上げる。
「あ、早かったじゃんにのみぃ、若いな!」
「お帰りにのみぃ!」
いきなりの事で耳を疑ったがどうやらこの人達は今日から入るバイトの渾名を今まで考えて
いたらしく、俺がドアを開け空間に走り入る瞬間同時に出来て間もないその名前を呼んだ。
そんな漫画のキャラクターの様な渾名で呼ばれた事が無かった俺は入口で佇立してしまう。
中居君は情けない表情で突っ立っている俺には構わず、そのままゴローと顔を見合わせると
首を傾げ嬉しそうにこう言った。
「俺ら今まで話してたんだけどなー?今日はァ店閉めてバイト君歓迎パーチーやんべェ!」
「イェーイ!」 パチパチパチパチとゴローが子供の様に顔前で拍手している。
「いやァ、最初が肝心って言うべ?俺は店長として思うわけよ、バイト君と言えど同じ店員、
大事にしないでどーすんべ・・・てな。」 中居君はフッと格好をつけ遠い目をする。
「な、中居君・・あなたいいヒトねぇ」 ゴローが素っ頓狂な声を上げまた口元を押さえる。
「・・だべ?」 そう答えると中居君はヒャヒャヒャと下品に笑った。
.

98_:2002/05/24(金) 07:37

――な、何の為に俺はわざわざ家まで着替えに帰ったんだろう?

ふとそんな思いが胸中をスルリと過ったが、折角の好意だしと大人しくそれに甘える事に決めた。
そして立っていた場所からレジまで歩こうと脳が身体に伝達しようとした時、ポケットの携帯が
高い声で鳴いた。すみませんと誤魔化し店の外に駆け出る。そう言えば伊藤がコンビニに寄ると
言っていた事を思い出すと画面を確認せずに電話に出た。
「・・・はーい、もしもし――」 何故だかこの前の生姜焼きの味が口内に広がる。
『――のみや?』 何かを押し殺した誰かの声が鼓膜を揺らせた。この声、この息吹。
「・・もし、もし。」 あぁ何て間抜けな受け答えだろう。
『・・・・・・・。』 電話の相手は押し黙っている。ただ押さえつつも荒い息だけが薄く響いている。
この向こうに誰がいるのか、そんな野暮な事は訊くつもりは全く無かった。ただ黙って相手が
喋るのを待ち続ける、その相手は用があって俺にわざわざ電話を掛けてきたのだから。ほんの
少しだけ薄暗くなり始めた空をぼんやりとした視線で舐めながらただ時の経過を忘れ立ち尽くす。
電話の相手はそのままずっと切らずに、ただコンビニの前に何もせずに立っている俺と繋がった
ままでいる。俺はこちらから何も訊ねる気は無かったし、向こうが電話を途中で切ってしまって
もそれはそれでいいとさえ思っていた。向こうは見えない、だったら無理に見ようとする必要は
無い、不確かなものを勝手に想像するしかこちらには手は無いのだから。
『・・・・・・・あっ・・』
少しずつ濃くなり始めている夕焼けで頭蓋をいっぱいにしていると、その相手が漸く声を上げた。
でもそれは会話への糸口になる種類ではなく――生憎、その人物が苦痛で吐いてしまった音だと
瞬時に理解する。所謂悲鳴だ、それもかなり深刻な。
「おい、どうした・・」 格好悪いが干渉する、もう随分前からしていたのかもしれないけど。
『・・・・・・・』 再び静寂が重く肩に圧し掛かる。俺は間違い無く苛立っていた。
「どこにいンだよお前、言えよ!」 怒鳴ってる、なんでだろう。
『・・・・・』
「おい!返事しろ!」 さっき考えていた事と違うじゃないか。自虐めいた笑いが込み上げる。
『・・ん・・、二宮んちの前・・いる・・』 どうにか言い切ったといった様子で、言葉の後には数回
激しい呼吸音が続いた。 咳もしている――嫌な咳だ、液体を含んだ様な。

「すいません、ちょっと急用が入ったのでちょっと出て来ます!すぐ戻ります!」

真後ろにあるコンビニの入口のドアを勢い良く開きそう怒鳴ると、俺はさっき来た道をまた
引き戻した。自分でも信じられない程全速力で走ったせいか胸がチクリと痛んだが、そんな事は
気にせずアパートが見えるまでひたすらボコボコの地面を蹴り続けた。
.

99_:2002/05/24(金) 07:38

-38-

ポケットに突っ込んだ携帯の通話ボタンが光ったままだと気が付いたのは、薄茶けた建物と建物
の隙間にゴミの様に横たわっている松本の手に携帯を見た時だった。
「おい!」 急いで自分より背丈がある松本を起き上がらせようと左腕を取る。
「・・あ、二宮ゴメンねバイト中・・」 さっきまで聞こえていた声が妙に近い事に安堵を覚える。
「いいから、おい立てるか?」
「・・何とか、はは今日暑いから汗かいちゃった・・」
どう見ても汗だけとは思えない松本の額に流れるその液体を手の平で撫で付けると、松本の左を
取り、出来るだけ急いで自室まで歩かせる。救急車を呼ぼうかと電話を取ったのだが、血相を
変えた松本が必死で止めに入ったのだ。うわ言の様に見付からないように部屋に入れてお願い、
それだけを何度も繰り返す松本を見ていると嫌とも言えず、こうして今この狭い部屋にいる。
薄く湿った布団に松本を寝かせると、松本は余程体力を消耗していたのかそのまま寝息を立て
始めた。部屋が少し暗いという事に気が付くと、電気を点ける為に腰を上げた。スイッチを
触る瞬間流し台に目を遣ると、まだ先程の置き手紙がそのままの状態でそこにあった。まだ
法子は帰って来てないんだろう、松本の事は何て説明しようかな、などと考えつつさっきの
方向を見ると自分でも信じられない程、手が冷たくなって行くのが分かった。

――松本は大怪我をしていたのだ。

今朝見た怪我なんてもんじゃない、それより一層酷くなっていた。本人は死んだ様に眠って
いるが痛みは相当酷い筈だ、それが証拠に寝息は時折少しだけリズムを崩していた。音を
立てない様に布団の側に歩み寄り、制服では無い高そうなブランド物の白いシャツの裾を
少しだけ捲り上げて中身を覗く。それが見えた瞬間、反射的に血と穴だらけのそのシャツを
さっきより下の辺りまで下ろしそれを視界から遠ざけた。目蓋を閉じ、呼吸が落ち着くまで
そのままの状態でただ佇んでいた。しかし暫く経ちまた眼前に横たわるものを見付けると
それが決して夢では無い事を再確認する。何とかしなければ、何かしなければ、あまりに
忙しく思考を巡らせたせいか俺はパニックに陥りかけていると気付くまでにしばらくの
時間を要した。落ち着け、落ち着け、落ち着け、呪文の様に唱え続けた。
.

100_:2002/05/24(金) 07:39

そんな時、まるで七色の光が天から降りて来るみたいな音色で携帯が鳴った。
松本になるべくその音を聞かせない様に急いでそれを手にとり耳に押し付けた。誰でも良かった、
この電話番号を教えている相手なら誰からの声でも良かった。
「はい、もしもし」 案外冷静な声が出るもんだ、と自分でも驚く。
『あ、モシモシ俺俺伊藤ですけど、お前今どこ?バイト先?』
「あいや、今家なんですけど・・」 目の前でシャツに広がった赤い地図がぐんぐんと面積を増す。
『そっか、なぁもう飯食った?今日職員会議で遅くなってまだ俺食ってないんだわ、これから
どっか一緒に食い行かない?もっちろん俺オゴるから。』
「いや、飯は多分・・無理なんですけど」 どうしよう、伊藤にこの事を言ってもいいんだろうか。
『どしたの二宮?元気無いじゃん・・あ、あの英語のババァの事なら気にすんなよ?な?』
「いえ、そんな訳じゃ」 松本の両目蓋はどこからともなく流れた血で固まっている様に見える。
『あのヒト更年期障害ってやつだよ多分、もうババァだから』
「いやぁ・・」 どうしよう、嫌っている伊藤にバラせばコイツは怒るだろうか?
『――二宮、マジでどした?何かあったの?』 声のトーンが変わる。どうしよう。
「・・・・・・」 松本の血で濡れたシャツを目の前に携帯を握り締める。震えているのが分かった。
『・・二宮?』 どうしよう、伊藤に助けを求めれば絶対に助けてくれる。伊藤は頼れる。
「・・・・・」 なのにどうして声が出ないんだろう。
『二宮・・何かあったのか?』
「・・・・・・」

“ 俺だって二宮に頼られたりしたらほんと教師になって良かったと思えるよ ”

この間聞いた筈の台詞がふと聞こえる。頼っていいんだろうか、寄りかかっていいんだろうか?
でも松本は誰にも知られたくないとさっき俺に懇願した。その必死の頼みを無下にしてもいいん
だろうか?いつの間にか俺の布団にも鮮やかな色をした体液が侵食しているのが目に入る。
それはとても綺麗な色で、そして哀しい感情を思い起こさせた。ギュッと空いた右手を出来る
だけ強く握り締める、何度も何度も痛みを感じる程そうする事で正しい答えを引き摺り出そうと
試みた。
『二宮?どうしたお前大丈夫か?何があった?』
「・・・・・」 伊藤は俺以上に真剣だったかもしれない。その声には凝縮された感情が詰まっていて
俺の胸を打っていたから、だからこそどうするべきなのか見当が付かなかった。松本は目を覚ま
さない。俺は医者じゃないからどの位松本の怪我が酷いのか分からない、松本はもしかしたら
死んでしまうかもしれないのだ。背筋がスッと凍るのが分かった。

「伊藤・・」 初めて伊藤をいつもの呼び名で呼んだ。
『どうした?』


“ ・・俺の事、友達だって思ってくれてる? ”

「寝起きなんです、何か寝惚けてて――」
『・・なァんだ、そっか』 伊藤は素直だ、それを知っていたから嘘をついた。
「今からバイトなんで話は後で電話で大丈夫ですか?」
『そっか、分かった・・じゃまた後で電話する』
「はい、飯次楽しみにしてます」
『ハハハ期待すんなよ』

――信じていなかった訳じゃない、嫌な予感がしたからひとつだけ嘘を付いた。

どこかで見た様な松本の腹の十字傷が、俺にそうしろと告げていたからかもしれない。
伊藤だけは巻き込んではいけないと何故だかその時俺は強く思っていた。何も知らなかった
訳じゃない、ただ俺はその時何か大切な事を思い出しかけていたんだ。

「それじゃバイト遅れるんで」

そう言って電話を切ると、急いで元来た道を駆け戻った。本日これで2回目だ、なんて
のんきな事を考えつつ俺は歓迎パーティーの用意をしている中居君の所に急いだ。どうして
中居君に助けを求めたのかは分からない、だけど俺の中を満たす空間のどこかでそれは
間違ってはいない事だとされていたからこそ俺はそうして息を切らせて走っていた。
.

101_:2002/05/29(水) 05:25

-39-

目的地に着くまでの道程では何故か松本の傷痕と伊藤と中居君の顔が交互に現れた。
多分火事とかの第一発見者ってこんな感じなのかな、などと思いつつ直線を突き抜け角を
出来得る限り無駄無く曲がる。1回、2回、3回・・と続き7回目で漸くコンビニの光が
目に入った。多分無我夢中で走って来たのだろう、前髪は汗で額にぴったりとくっ付いて
しまっていて気持ち悪かったがそのままドアを力の限り押し開ける。

「中居君、救急箱ある?」
売り物の惣菜をプラスチックの皿に並べ替えていた中居君とポッキーを色気の無い紙コップに
刺していたゴローがこちらを振り返る。
「ど、どーしたにのみぃ?用事終わったか?」 彼らが理解出来ないのは当然だ。
「・・・どっか怪我したの?」
「馬鹿ゴロー、こいつ多分コンドーム探してんだべ、察してやれってブヘヘ」
「え、救急箱にコンドーム入ってんの?」
「いや俺ん家の入ってんべ」
「それは中居君がぁ・・」
ゴローの言葉を聞き終える前にレジの後ろの棚に緑色の十字が入った白い箱が目に入る。
カウンターを飛び越えると素早くそれを掴んでまるでラグビー選手が楕円のボールを抱えて
走る様な格好でそのまま元来た道を戻ろうとする。喉の奥は血の味だった。
「おい待てって二宮!」
「・・・中居君シッペ一回、にのみぃって言わなかった」
「るっせー!とにかく追うぞ!」
.

102_:2002/05/29(水) 05:26

そんな会話はもう随分背中の後ろに遠ざかってしまったみたいで、いつの間にかキリキリと
痛み始めていた胃をちょっと気にしつつも来た道を戻る。いきなり運動したせいかさっきから
何度も喉の奥から何かが込み上げるのを感じたが、吐くのは好きじゃないからそれを無理矢理
飲み込む。最後の角を曲がると同時に薄いブルーの夜空の端に傾いたボロアパートが見えると
俺は安堵の表情を滲ませそのまま階段を駆け上った。腿の裏が痺れているのが分かった。

鍵のかかっていないドアを押し開け松本の側に靴を履いたまま駆け寄る。
まずは頭の怪我が第一優先だろう、と救急箱の蓋を開け消毒液だと思われるビンを取り出す。
いや先に水で洗うのが先か、それとも血は拭いた方がいいのか、何通りもの自分流の手当ての
仕方が脳内をメリーゴーランドの様に駆け巡る。あぁやっぱり中居君も連れてくれば良かった、
でももう全てが遅い。もう一度戻っている内にコイツ死んじゃうかも。中居君にあの時素直に
助けて下さいって言えば良かった、迷惑掛けるからなんて救急箱だけ借りて来たけどこんなの
バカの俺には猫に小判だ。
「おいお前大丈夫か?医者ホントにいいのか?」
松本から返答は無い、寝ているのだから当然だ。揺り動かそうにも傷が痛むといけない、
取り敢えず俺はガーゼを取り出し流しで水を含ませると額の傷の血を拭いた。ゴシゴシと
擦り傷口を探すと案外それは小さなもので、それが頭部の傷だから出血が酷かったんだと
胸を撫で下ろす。想像ではもうパックリザクロの様に割れた傷が赤黒い血液の向こうに
現われるんだと思っていたからその安心も一入だった。多分ただぶつけたであろう
1センチにも満たないその傷に消毒液をかけ新しいガーゼを押し当てると、そのまま
クリーム色のテープでそれを固定した。血はもう止まっていたから縫わなくて大丈夫
だろうし傷痕がもし残ったとしても目立たない位置だから問題は無いだろう。

問題は体の傷だ。
頬や目の辺りにある殴られた様な青痣はもう前に治療されたものであったり、そんなに
深刻な傷ではないであろうと素人目から見ても分かるちょっとした傷だった。だけど
白いシャツを真っ赤に染め上げたこの腹の傷、これはどうしようもない。ボタンを外し
開くとそこにはさっき見たのと同じ傷があった。まるで十字架の様に刻まれた縦25センチ、
横15センチのその傷――見るのは初めてではないのにさっきより酷い寒気が身体を襲う。
さっきと同じ様にガーゼを手に取り、無言でその傷口を洗い流しているとふと嫌な考えが
頭を過る。そんな筈はないと頭を振り作業に戻る。いくら拭いても血は枯れそうもなかった。
みるみる内に赤いガーゼが床に散乱し、地面に咲いた赤い花に囲まれ俺は吐きそうになり
ながらもそこで花の種を植え続けていた。

――なぁ松本、俺お前が何やってんのかサッパリ分かんねぇよ。

黙って湧き出て来る赤い水をずっと浴びていると目を閉じたまま松本が何かうめいた。
白い腹からまたドクッと血が噴き上がる。松本は苦しそうな表情で2度咳き込んだ。
俺は新たな血を拭き取るのも忘れて松本が呟いた言葉を頭の中で何度も巻き戻していた。

“ アンタら絶対殺してやるよ ”

決意の塊の様なその宣言を今でも俺は忘れる事は出来ない。
それを呟いた松本の瞼は閉じられたままだったが、その瞳を見る事が出来たならばきっと
それは恐ろしくも美しいものだったと思う。松本はまた眠りについたようだった。

「・・ユガんでるよお前。」
俺は悲しみとも哀れみとも分からない表情で、白く華奢な身体を見つめながらそう言った。
.

103_:2002/05/29(水) 05:28

◆ 第六節 怪我をした罪人
>>74-76 >>80-84 >>87-88 >>90-95 >>97-102

104_:2002/05/29(水) 17:36

読みにくいのでまとめました。
一時的に作ったサイトなのでいつ消えるか分かりませんが良かったらどうぞ。
一節終了する毎に更新出来ればと思っております。

http://arashi.s13.xrea.com/arashi.htm

105_:2002/06/09(日) 05:44

◆ 第七節 傷痕のこころ
.

106_:2002/06/09(日) 05:45

-40-

地下水流の様な色の青い静脈が白い皮にうっすらと透けている。
その中心には十字架のかたちの泉があり、そこはいやにジクジクとした液体が湧き出ている。
汲んでも汲んでも止まらないその液体の色はとても鮮やかで美しく、見る物を気付かぬ内に
見惚れさせてしまう魅力があった。そして俺もその中の一人なのかもしれない。
「おい、起きろよお前」 もうすっかり真っ赤に染められた指先で額を拭いた。
確か保健体育の授業でやってた。半分寝てたけど確か病人や怪我人を応急処置する時には
耳元で話し掛けながらの方がいいって体育教師が言ってた様な気がする。あぁ何でちゃんと
聞いてなかったんだろう、俺。脱力感が歯痒い。
「なぁお前このケガどうしたんだよ、何で病院駄目なんだよ?」 当然返事は無い。
震える指先で赤く開いた傷口の周りをなぞった。松本はピクリともしない。ほんの少しだけ
その中心をグッと押したがすぐ手を引っ込める。また新たな血がじわっと滲み出して来たから。
松本はその目蓋を開ける事は無かった。

何分たったんだろう、ここに駆け込んで来た時より涼しくなった様な気がする。
俺専用の布団はいつの間にか深紅へと変色しており、その中心に横たわる松本はまるで昔
聞かされた様な絵本の世界を彷彿とさせた。あまりにも幻想的な風景だったから。いつの
間にか俺はすっかり作業を停止してただ目の前を焦点の定まらない目で見つめていた。
説明出来ない内に蠢くこの気持ちを知らない誰かに整理して欲しかった。やがてその
ぼんやりとした思い付きは確かな願望となり、どこかに粒の様に残っている良心に人任せ
にしてはイケマセン、と窘められる。そしてまた俺はフリダシに戻る。ずっと前からその
繰り返しだ。何があっても、どんな風に自分が扱われても今までずっとこんな事ばっかり
している。目の前に横たわる知り合いの為にさえ何もしてやれない。ただ絶望の眼差しで
それを眺めているだけだ。達観している訳じゃない。
「殺してやるって誰をだよ・・」
優等生である筈の松本。勉強もスポーツもこなせて顔もいい。性格もどちらかと言うと
明るくて人望もある。机の中から松本がコソッとラブレターらしき物を取り出している
のも何度も見かけたし、目の前で女に好きですと告白されているのを見た事もある。
そんなヤツが何で殺してやるとか言うんだよ。アンタらって誰だよ。

「二宮ァ〜!」
「あ、中居君はい一回!」
「い゙ッで!だってよ、恥ずかしいべ?『にのみぃ』とか言うの・・ココ住宅街だべ?」
「この辺なのは確かなんだよね?」
「オメー放置かよ!」
「覚えたての『2ちゃん語』使用は恥ずかしいよ中居君。」

この声・・・。
汚い畳の上から飛び上がって窓に駆け寄って網戸を押し開けて叫ぶ。
「中居君!こっち!」
周りの事なんて何も考えず喉が痛くなる程叫んだ。こっちが明るくて向こうが暗いから、簡単
には2人の姿を捕らえられなかった。目を凝らしてもう一度同じ様に叫ぶ。まだ答えは無い。
もう一度。更にもう一度。もう一度だけ。もう一度。
「にのみぃ、開けてくれ〜」
目眩がする程ずっと叫び続けていると、ゴンゴンと背後で木製のドアがノックされる音がした。
倒れそうになりながらも堰を切った様に溢れ出すこの感情を押え込めてドアを開ける。薄暗い
廊下には中居君とゴローが苦笑いしつつも立っていた。
「お前、どしたんだよ、ん?」 中居君が俺の頭をポンポンと叩く様に撫でた。
「・・・・・・・」 何か言いたかった筈なのに、言うべき筈なのに言葉は出て来なかった。
「取り敢えず中入れてくれよ、な?」
目の前で中居君が優しい目をして笑っている。頭に乗せられた手の平の感触を確かめる様に
俺は神経をそこに集めた。そんなに大きく無い手がそこにある、ただそれだけで救われた気に
なる。何から話せばいいのか分からなかった。どんな顔をすればいいのかさえ分からなかった。
「ほれ」
すれ違う時顔に当てられたタオルの感触で、どうやら俺は泣いていたらしいと言う事が
自分でも分かった。
.

107_:2002/06/10(月) 05:30

-41-

流れ出した感情はまるで破れてしまった盾の様で、俺はそのまま何色だか分からないタオルに
それを押し付けてままでいた。ちょっとゴワゴワするタオルからは何の匂いもしない。多分
新品のタオルだったんだろうと気付くまで落ち着いた時、俺はやっと顔を上げた。
「・・・かい君・・」
中居君は立ったまま松本を見下ろしていた。こっちに背を向けていたから表情は読めなかった。
でも声を掛けても中居君は動かなかった。多分ビックリしているんだろう。
「なか・・」 足を踏み出そうとした途端、肩に重力がかかる。
「ねぇにのみぃ、コンビニ帰って飯、飯取ってきてよ、ホラ」
ゴローは俺の肩を掴んだままそう言って鍵を手渡した。出会ったばかりなのに今のゴローの
笑顔は作られたものだとすぐに分かった。それはどこか松本の笑顔に似ていたから。今にも
溶けて腐りそうなその表情に気付かぬ振りをして、俺は鍵を握り締めて笑顔を返した。
「・・ソイツ、怪我してんだ」
「みたいだね」 ゴローの表情は穏やかだった。
「腹ン所・・スゴくて」
「分かった」
「松本って言うんだけど、ソイツ・・」
「そっか」
「・・・・・・」
「にのみぃ、取り敢えず俺ら今から応急処置して、それから病院行って来るから・・」
「駄目!」
目の前には目を丸くしたゴローの顔があった。急に大声を出したせいもあるだろうけれど
鼻水を垂らしながら叫んだ俺のグシャグシャの顔のせいなのかもしれない。でも相手が
どう思っているだろうなんて事その時は気にならなかった。あの必死の松本の頼みには
何か重いものが隠されている様な気がしたし、交わした約束の様なものを破るのはどう
しても嫌だった。
「なぁ」 そこに突っ立っていた中居君が漸く口を開いた。
「・・え、はい」
「コイツ、俺らに任せといてくれよ、なぁゴロー?」
やっとこっちを向いた中居君の顔は、どこか苦虫を噛み潰した様な顔でとても苦しそう
だった。一人だけ見えない敵が見えているみたいな、そんな顔だった。
「うんそうだね、じゃにのみぃ飯、頼むよ。」
「はい・・。」
どこかそれは引っ掛かったけれど、どうやら強力な助っ人が現われたみたいな気がして
だから俺はそのまま鍵を握り締めその空間から足を踏み出した。もう何回曲がったかなんて
覚えてられない程往復した角をまた通り過ぎながら、俺はある事について仮定していた。
それが合っているなんて思いたくはなかったが、それでもその考えを拭い去る事は不可能で
そうじゃないと信じ込める程俺は子供じゃなかった。

「ゴロー、始めるぞ」 照らされた赤い溝に手を当てて中居は言った。
「ほんと応急処置にしかならないね」
「いいべ」
「ねぇ中居君・・」 稲垣の表情はとても儚いものと変わる。
「今回だけは頼む、悪いようにはなんねぇから。」
「・・・・・・。」

狭い部屋の中、縦に伸びた2つの影は距離を縮め暫く揺らめいていた。
空にはいつの頃からか今にも消えそうな星が今出来た腫瘍の粒の様にばら撒かれていて
それはどこかその影に似ているようでもあった。
.

108_:2002/06/13(木) 07:25

-42-

いくつかの弁当と飲み物を無地のビニール袋に入れ、無言で家路を急いでいると道の
向こうに小さな影が静止しているのが見えた。目を細めてみてもそれが何であるかは
分からないので暫くそれに向かって歩いていると、急にそれがパッとそこから消える
のが分かった。あれ、と目を凝らす。
「おこーんばーんわ!」
「ヒッ」
耳元で響くダミ声と両肩が捕らえた衝撃に小さな悲鳴をあげると、目の前の影は大袈裟に
首を傾げて陽気な声をあげた。
「ビックリしたぁ?ゴメンねー」
「・・・・・」 驚いてしまって声も出ない。
「バスケの話、考えてくれた?」
「え?」
一瞬耳を疑ったが、人懐っこいその顔が目に入ると漸く今自分がどんな状態にあるのか
ぼんやりと理解する事が出来た。目の前の少年は(俺より大分背が高いから青年と言った
方がいいのだろうか)この前車に轢かれかけた時に話し掛けて来た彼だった。どこか
懐かしいと感じた事をどこかで覚えていた。
「ねぇニノ」
「え?」 無意識に顔をあげる。
「また一緒にバスケやろうよ」
「・・・・・・」 この人はどこか危うい雰囲気を漂わせている。今この瞬間も。
「やろう」
「急いでるから・・ゴメン。」
もう既に日は落ちているから相手が何色の服を着てただとか、どんなアクセサリーを
つけてただとか、そんな細かい事は気にも止まらなかった。だけどその相手の怖さが
はっきりとその瞬間に伝わってきたからわざとそこから立ち去った。何も弱みを握ら
れている訳じゃないし相手の事をそこまで知っている訳でもない、でも仄かに漂う
懐かしさの奥に隠れている恐怖を俺は確かに感じ取っていた。
.

109_:2002/06/13(木) 07:26

「ねぇニノ!」

(何で俺の名前を知ってるんだ?)
黙ってまたボロアパートに向かって歩を進める。その人は後ろから距離を取って追い
掛けて来ているみたいだ。足音がいつの間にか重なっている。
「ねぇニノったら!バスケ!」
(気付いてない、何も知らない、コイツの事なんて何も知らない。)
どんどんと視界の隅に流れる景色がかたちを崩して行く。まるで滝の様に流れていた。
俺はさっきみたいに泣いていた訳じゃない。だが胸の奥は濃い何かが溜まっていて
今にも爆発してしまいそうだった。
「ニノ!俺の方が足速いんだから逃げてもムダだよ!」
気付くと全速力で走っていて、耳の後ろまでそいつのダミ声がにじり寄っている。
でも止まる訳にもいかないので走る。両手に抱えたビニール袋が腕に食い込んでいて
痛かったけどそいつに捕まるよりマシだと思った。中居君達に届ける飯だから放り出す
訳にもいかなかった。
「ニーノ!ねぇ!」
そいつの声はこれを楽しんでいる様に聞こえる。とても真剣なそれには聞こえなかったから。
猫が鼠を甚振る様なそんな声。

角もあとひとつという所で、やっと身体に衝撃が走った。
腕に掛けていたコンビニ袋が、反動でグワンとブランコの様に前方に舞う。またチリッと
皮が捩れる痛みが走る。掴まれた場所は耳だった。痛い。
.

110_:2002/06/13(木) 07:27

「いってーよ馬鹿!」 頭を振ってその手を振りほどいた。
「だってニノが悪いんだよ、逃げるから。」
そいつは自分のした事を肯定する様に肩を竦めて見せる。何の悪気も無いその表情は
人の心を鷲掴みにする力があった。あどけない、とでも表現すればいいのだろうか。
まだちっとも汚れていない無垢な笑顔だった。
「何で俺の名前・・知ってんスか?」 多分赤くなっている耳を撫でながら訊いた。
「相葉雅紀、よろしくね。」
「ハァ?」
目の前ではそいつがニコニコと右手をこちらに差し出している。
質問の意味が分からなかったんだろうか、それともただ無視しただけなんだろうか。
俺が呆気に取られたままそこに佇んでいると、間を埋める様に(多分本人にはそんな
意図は全く無いんだろうけど)そいつが口を開いた。
「松本君、ケガしてるでしょ。」
(・・・何で知ってるんだ?)
「俺、見たんだぁ」
「え・・」 そう答えるだけで精一杯だった。
「誰がやったのか教えてあげよっか?」
朗らかにそう言うとまたそいつはグフフと笑う。どこの誰とも分からないこいつが言う
事なんて信憑性が無い。ただのハッタリかもしれない。
「あ、イニシャルトークにしよっか、えぇとね・・あれ?名字が前だっけ?名前が後?
ねぇニノどっちだっけ?それともぶっちゃけ本名でいく?」
「そいつの事・・知ってるんスか?」 息を落ち着かせる。
「知ってるっていやぁ知ってる、でも知らないっていやぁ知らない。」
「じゃあ松本の怪我、あれは誰かにやられたんですね?」
それ以前に聞きたい事が山程あったけど、それを払拭して一箇所だけに固執した。何より
先にまず松本の怪我の事を知らなければならない。病院にも行けない傷を誰に負わされた
のか、それをどうしても知る必要があった。
「ニノがまたバスケしてくれんだったら全部教えてあげる。」 答えは意外な物だった。
「しますよ、だから教えて下さい。」 自分の順応力に半ば敬服しつつもなおも食いついた。
「いいよ」
そう言うとそいつはヒラヒラと手招きをした。
警戒しつつも耳を寄せる。そいつの息がかかるまで近付くと耳元で低い声が響いた。

「松本君と早くなかよくなって、それで逃げちゃえばいいんだよ。そしたらもう松本君は
ケガしない。」
「・・へ?」
「その人、ニノを狙ってるから松本君がジャマなの。嫌いなのかもねー。」
「ちょっと言ってる意味がわか・・」
「北海道には行かないのが吉。」
「え・・」
「じゃね、ばいびー。」

急に耳の側から気配がフッと消えた。
顔を上げるとさっき曲がった角の向こうに影が消えていくのが分かった。そいつは、
相葉は行ってしまったんだと漸く理解する。まるで悪戯な風のようだとも思った。

「・・・あいば・・・まさき・・。」

――聞いた事がある名前だった。
最後の角をノロノロと曲がると電気の点いたアパートの窓に2つの影があるのが見えた。
窓際で動かない所を見るともう松本の治療は終わって俺を待っていたのだろうか。
スゥッと息を吸い込むとアパートの階段を喧しく一気に駆け上った。
.

111ななし姉ちゃん:2002/06/20(木) 15:06
職人様、ご苦労様です。
ぐぁーーーー!!!っと一気に読んで どきどきして、なにがなんだか、
うまく説明ができないのですが
何故か涙が出てまいりました‥‥
つづき、楽しみにしてます!!!!!!

112_:2002/08/01(木) 13:47
長い間お待たせしております。
何だかよく分からない話なんですけど最後まで書ききりますので
どうぞ長い目で見て頂ければ嬉しいです。削除依頼はどうか勘弁
して下さい。では、本日中に貼り付けに参ります。

レス
http://arashi.s13.xrea.com/res.htm

113ななし姉ちゃん:2002/08/05(月) 12:20
職人様キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!!!!!!!!!

114_:2002/08/06(火) 11:36
手直ししてたら遅くなりました。
ウソついてすいません。(>>112

115_:2002/08/06(火) 11:38

-43-

赤い布団はもうすっかり浄化されていて、松本の周りだけやけに清潔に整えられていた。
腹や額にある傷口に巻かれた包帯はやっぱり痛々しかったが、それでも松本の寝息が
さっきより随分規則正しくなっている事からしても中居君達が施した治療は適切な
ものだったと思えた。窓の所で片膝を立てて座っているゴローと床に寝転んでいた
中居君の間にコンビニから持って来た食料をドスンと置いた。ちょっと量が多すぎた
かもしれない。
「ンがと。」
「あの、ありがとうございました。」
「ビールある?」
「あ、ハイ」
ゴローに良く冷えた(さっきの足止めでちょっとぬるくなってしまったかもしれない
けど)ビールを手渡す。ゴローの手は手術用の薄いゴム手袋が覆っていて、その所々に
血がこびり付いているのが目に入りちょっと生々し過ぎて胃の辺りがざわつく。
「あ、流しあっちスから手洗って下さいよ」 流しの臭い生ゴミを片付ける為腰を上げる。
「あぁ、いいんだぁ・・俺。」
「でも・・」
「いいべほっとけにのみぃ、そいつちょっと変わってるから気にすんな。」
寝転がったままの体勢で中居君はそう言うと、だるそうに漸く起き上がった。案外華奢な
首をゴキゴキと鳴らしつつさっき置いた弁当を手に取る。中居君が割り箸を袋から出し
几帳面に割ってみせるのをぼんやりと眺めているとゴローがやっぱお茶、と促した。
ゴローの手にはシルクか何かの高級な布で出来たみたいな真新しい手袋が嵌められていた。
見た感じ普通の安い生地じゃ無いと分かる。
「お茶ッス」
「俺これ大好き」 ペットボトルを手にすると、ゴローはまた小犬みたいな顔で笑っている。
「あぁ、そいつ潔癖症なんだ。ま、気にすンじゃねーべ。」
「はぁ」 聞かされた答えは、納得出来る様な出来ない様なそれだった。
「にのみぃも食べなよ」 屈託の無いゴローの笑顔はどこかさっきのアイツのそれに似ている。
「あ、そだそだ遠慮すんじゃねーべ、今日は歓迎パーチーなんだからよ・・あゴロー、それ
うんそこの弁当取ってやって、ハンバーグ弁当・・好きだろにのみぃ?まだ若いんだから。
なァ?あ、飲み物はオメーのカノ・・」
「あの!」
目にキッと力を入れる。いつもちょっと垂れ気味の目尻だから、ちょっと目の周りの筋肉を
動かすのはキツかった。眉間の辺りが攣るかと思った。でも今ここで訊かなければきっと
後は無い。

116_:2002/08/06(火) 11:39

「な、なんだべ?」 中居君の方向に向き直る。
「松本の事なんですけど、あコイツ・・この傷やったヤツどんなヤツか分かりますか?
こいつの事、俺良く・・・分かんないんですけど、見た感じコイツの事ジャマとか思ってる
ヤツって結構多そうな感じですか?あと傷はどうでしたか?」
一番先に来るべき筈である質問が尻に回った事に自分でもちょっと驚きつつまだ続ける。
中居君なら何か俺らの年代じゃ分かんない様な事とか、絶対気付かない様な事とかをポロッと
何気無く教えてくれそうな気がする。年は幾つだか訊いた事は無いけれど10は離れてそう
だし、何か中居君からはオトナの匂いってヤツがしていたから。だから無意味と思われる
質問を敢えて浴びせた。
「ねぇにのみぃ」 意外にも先に口を開いたのはゴローだった。
「吾郎」
中居君の真剣な声が畳の上を飛び跳ねて、やがてどこかで虚しく止まった。
投げたボールがテンテンと音を立てて跳ねて壁にぶつかって、ゆっくりと静かに跳躍を停止
するイメージを頭に浮かばせるその声――中居君の声は聞いた事が無い程真剣だったのだ。
そのままその2枚の唇が動くのを俺は見ていた。

「オメー・・コイツの事どう思ってんの?」
「え」 中居君、何でこんなに真剣な目をしてるんだろう。懐かしいものを見ている様な瞳。
「どう思う?」
「・・・そんなの普通考えないッスよ。」 嘘をついた。恥ずかしかった訳じゃない。
「そうか」
「考えないです。」 自分に言い聞かせた。

――考えるな、考えるな、絶対に考えちゃいけない。
俺は窓際でゴロンと寝転がりあっちを向いてしまっている中居君をじっと見据えた。中居君は
開けっ放しの窓からかすかに聞こえるどこか鈴虫のそれに似た虫の声に耳を傾けている様に
見えた。でも実際中居君が何を聞いていたか、考えていたかはボロボロの畳の上に投げ出された
四肢と体からは想像もつかなかった。顔が見えないってなんて心もとないんだろう。目を見るっ
て何て大事なんだろう。

やがてそこからは何も見出せない事を渋々理解すると、俺はゴローが遠慮がちに右後ろに置いて
いたハンバーグ弁当を手に取り松本の脇に重い体を引き摺り座った。まだほんの少しだけ赤黒い
血が張り付いたままの頬に手を当ててみると、微温がじんわりと伝わって来た。もしかして
こんなにじっくり近くで顔を見たのは初めてかもしれない。少し離れて座っていたゴローが
紙コップに入ったお茶を音を立てず俺の目の前に置き、躊躇いつつもゆっくりと口を開いた。

「・・・にのみぃ、松本君さ、さっきまでずっと泣いてたんだよ。」
「・・・・・。」

リーリーリー、と窓の外では名も知れぬ虫が鳴いていた。
万能な松本ならその虫の名前も知っているだろうか、とふと思った。

117ななし姉ちゃん:2002/09/23(月) 00:46
職人様キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!!!!!!!
松本君の涙‥‥!
続き楽しみに待ってます(ワクワク

118ななし姉ちゃん:2002/10/31(木) 22:19
職人様はお元気なのでしょうか?

119ななし姉ちゃん:2003/07/05(土) 20:59
久々に読み直したけど続きが気になって仕方ないでつ。
職人様、どうか続きを!

120ななし姉ちゃん:2003/07/06(日) 11:12
今初めて読みますた。おもろい!
禿気になる木。

121_:2004/04/08(木) 11:23
お久し振りです。
自分でスレを立てておきながら長い間留守にしていて本当に申し訳ありませんでした。
ある区切りまで書けましたら貼りに来ますから、もう暫くお待ち下さい。
妙な話で引かれているかもしれないんですが、場所を貸して頂いている以上
きちんとやりますので皆さんもお暇な時があれば暇潰しにでも覗きに
いらっしゃって下さいね。

では今日はこの辺りで失礼します。
本当にお待たせしてしまってすみませんでした。

http://arashi.s13.xrea.com (※res : http://arashi.s13.xrea.com/res2.htm

122_:2004/04/08(木) 11:27
……倉庫のアドレスを貼り間違えました…。
正しくはこちらです。
もし宜しければ使って下さい。

http://arashi.s13.xrea.com/arashi.htm


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