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1
:
◆VxeLKgID2I
:2006/02/08(水) 03:07:24
どうぞー
2
:
レヌール城にて・1
:2006/02/08(水) 18:41:54
いったい、何を退治しに自分達はここまで来たのだろうか。
少女は、軽いやけどを負った左腕にホイミをかけながら、ふと思う。
人の顔がついた大きなロウソク(こいつのメラにやられた)と、ありえないほど大きなねずみに囲まれて、
丈夫な皮のドレスとブーメランで完全武装した自分は、父との旅の間に、何度かすれ違った冒険者みたいだ、
とまで言ったら言い過ぎか。
「きゃっ! 痛ぁ……もうっ、なにするのよ!」
威勢のいいロウソクのバケモノが照らす明かりの他に、一瞬、もうひとつ強い光が生まれた。
ビアンカの放つ、ギラの灼熱だ。
痛い、と言うことはどこか怪我でもしたのだろうか。
攻撃の術にかけては少女の数歩先を行くビアンカだが、反対に少女の得意な癒しの術はからきし使えない。
念のため薬草をたくさん買いこんではいるものの、やはり心配だ。
今の一撃で何匹かのネズミ達が退散したようだが、元々燃えているだけあってロウソク達は平気な顔をしている。
敵の明かりに照らされて、ビアンカが少し頬を膨らませながら、残ったロウソクのお化けを睨みつけるのが見えた。
その後ろに、ぼんやり光る二つの小さな赤いひかり。
おおねずみが残っている!
少女は即座に理解した。
――伏せて、ビアンカお姉ちゃんっ!
少女は声を上げて、手に持つブーメランを、暗闇の中で不気味に光る両目めがけて投げつける。
ばしっ、と獣を打ち据える鈍い音。続けて聞こえる、甲高い悲鳴。
――やった!
戻ってきたブーメランを器用に受け止めて、心の中で歓声をあげた。
それと同時に、危険な敵の存在を確認したロウソクたちの視線が、少女の方へと集中する。
さあ、来いっ。あなたたちなんて、あっという間にやっつけちゃうんだから!
自分の胸の中でがんがんに鳴り響く心臓の音から、極力意識をそらしながら、少女は震える手でブーメランを握り締める。
サンタローズの教会の鐘をメチャクチャに打ち鳴らしたら、こんな感じだろうか。
3
:
レヌール城にて・2
:2006/02/08(水) 18:42:30
白状すると、とても怖い。
見たことの無い強力な魔物も、悪いお化けも。
そもそも、真っ暗な夜中に父と遠く離れた場所に来たことだって、今まで一度も無いのだ。
でも、ビアンカが傷つけられるのを、放っておくわけにはいかなかった。
無数のロウソクたちがメラの炎を掲げて、あたりがまるで昼間のように照らされ――
「ちょっと! あんたたちの相手は、わたしよ!」
ビアンカの声が、城の廊下に響き渡った。
魔物の呪文の詠唱が、わずかに途切れる。
つまり――どちらを狙おうか、魔物たちが一瞬迷いを見せた、その隙を見逃すビアンカじゃない。
迷わず床を蹴って、ロウソクの群れに飛び込む。
「じょおーさまと、およびっ!!」
景気付けにもう一度声を張り上げながら、いばらの鞭が華麗に一閃。
手傷を負ったロウソク達を、一まとめに退ける。
ロウソクたちがいなくなった途端に真っ黒に染め上げられた暗闇の中、少女達の呼吸が響く。
魔物らしい気配はもう、今のところは、感じられない。
しかし、さっきまでおぼろげながらも輪郭を浮かばせていた城内の情景が、全く見えなくなっている。
ロウソク達の強い灯火に眼が慣れたためだ。
理屈を理解していたわけではないが、本能的にわかった。
ぼろぼろの窓から差し込む、ささやかな月の光に慣れるまで、まだ時間がかかるであろうことも。
仕方が無いので、少女はあてずっぽうでビアンカの方へ駆け寄り、無邪気に声を上げる。
それで正しく彼女の元へと辿り着くから不思議だ。
やったね、ビアンカお姉ちゃんカッコイイ、女王さまかっこいい!
それは本音。ただ、空元気でもあったけれど。
「そう? 今度、あなたにも教えてあげるね」
一桁の子供のものにしては妖しすぎる会話だが、幼いからこそ彼女達は大人の事情など知る由も無い。
「もうっ。それにしても、あのロウソク嫌いだわ。わたしの得意な呪文、ほとんど効かないんだもの」
ビアンカの言葉に、武器屋さんで色々買って良かったね、と二人は頷きあう。
4
:
レヌール城にて・3
:2006/02/08(水) 18:43:09
レヌール城は、お化けの住処であると同時に魔物の巣窟でもあり、
自分達は魔物退治に来たのか、お化け退治に来たのか、よくわからなくなる有様だった。
子供、しかも女で非力な二人は、丸腰では、どうしたってギラやバキなどの強力な呪文に頼るしか戦う術が無い。
それではとてもやっていけないという結論に辿り着いた二人は、お互いの所持金を出し合って
それぞれが使える、一番強そうな武器や防具を買うことを決意した。
当然、親に無断で。
内緒で夜に町を抜け出し、危険な場所に赴いた挙句、高い買い物までしたと知られたら……
そう考えると頭が痛くなったが、もうひとつ叱られる要素が増えたところで大差ないだろう、と実行してしまったわけだ。
半ばやけくそでもあったわけだが、その判断は正しかったと言える。
今のように、どちらかが得意な呪文に対し、耐性を持つ敵と遭遇してしまったら、武器が無いとどうする事もできない。
そこで、先ほどビアンカが「痛い」と声を上げた事を思い出し、少女は慌てて、怪我は無いかと問いかける。
「ちょっと引っ掻かれたの。大丈夫よ、血も出てないみたいだし、服が破けただけだから」
まだ眼が慣れていないので、その状態を確認する事は出来ないが、
ビアンカが身につけているのは、少女のものと同じ皮のドレスなのは知っている。
こんなに丈夫な服が、破れるなんて……少女は身震いし、ここが真っ暗でよかった、と思った。
「本当に、憎たらしいねずみさんよね」
暗闇の中、その表情ははっきりとうかがうことは出来ないが、年長の女友達の声はあくまで元気で、気丈に聞こえる。
自分は、こんなに震えているのに。少女は、ビアンカにあこがれると共に、少し恥ずかしかった。
アルカパでは子猫が、この城の人たちが、助けを求めているのに……
5
:
レヌール城にて・4
:2006/02/08(水) 18:44:32
「……怖いの? 大丈夫、大丈夫よ。わたしが付いているからね」
その不安を敏感に感じ取ったのだろうか、ビアンカが少女の左手を握り締める。
小さく震える手のひら。
怖がってるのがばれてしまう。少女は手を離そうとしたが、
……あ……
逆に、ぎゅっと握り返した。
やわらかなビアンカの手。冷たくて、でも汗で湿った手。
……そうか、
唐突に、少女は悟った。
ビアンカお姉ちゃんも、震えている。でも、元気に振舞っているんだ。
アルカパの村を出て、不安な気持ちで山道を歩いている時も、
怖くないよ、と何度も慰めてくれた時も、たくさんの魔物と戦っている時も。
今まで……ずっと。
そう気付いた瞬間、驚くほど怖さが減っていくのを感じた。ちょうど、半分くらいまで。
……怖くないよ。
意を決して少女は言う。ちょっと強がりだったけど、口にしてみれば、本当に怖くなくなるかもしれない。
怖くないから。お化けも魔物も、どんとこい! だから、大丈夫!
ブーメランを握り締める手で、どんと胸を叩いてみせる。
暗くて何も見えないが、その雰囲気は伝わったらしく、あら頼もしいわね、とビアンカの笑い声が聞こえた。
「そうね、ちゃっちゃとお化けを懲らしめて、子猫さんと城の人たちを助けてあげましょう!」
ビアンカもまた、勢いよく応じて見せる。
自分と同じように強がりなのだろうか。でもそれは些細な事だ。怖くないと言うなら怖くない、それでいい。
手を繋いで、二人は勇んで暗闇の城の奥へと進む。
暗闇に眼が慣れるにつれて、あれほど頼りなく冷たいと感じていた月の明かりが、重苦しく見えていた朽ちた城の壁が、
さっきよりもずっと温かく頼もしく、明るく見えた。
……全然怖くないとまでは、言わないけど。
わたし、泣かないよ。何があっても怖くない。
口にはしないが、少女は思う。
――だから、ビアンカお姉ちゃんの怖い気持ちも、半分になって。わたしに、そうしてくれたみたいに。
(了)
主人公が喋ってないようで喋りまくりな罠。
他にも色々反省しつつ。
読んでいただき、ありがとうございました。
6
:
228=233=284=326
:2006/02/12(日) 23:17:05
フロ兄の名前はロレンスって事に…
......
・滝の洞窟にて
「……ふぅ」
ヘンリーは剣を鞘に収めると小さく息をついた。緊張を少し和らげて息を整える。
斜め前ではサイモンが同じ様に剣を収めていた。
辺りを見回すが新たな魔物の影はない。一旦休憩がとれそうだ、と即座に思い付く。
「なぁリュカ、ここらで──…」
休憩にしないか、と言おうとヘンリーが振り返った。しかし、そこで彼の口は止まった。
「大丈夫ですか、リュカさん」
聖なる青い光がリュカの右手を覆った。癒しの呪文であるホイミの光だ。
途端にリュカの腕の傷が癒えていく。リュカは腕と呪文をかけた主とを見比べた。
「あ…有難う、ロレンスさん」
「どういたしまして。こういった呪文は妹の方が上なんですがね…」
苦笑いしながらロレンスは頭を掻いた。リュカは小さく首を振る。
「そんな事無いよ!…なんか懐かしいなぁ」
「え?」
「ううん、何でもない」
クスクス笑うリュカ。ポカンと目を丸くしているロレンス。
そして完全に忘れ去られたヘンリーとそんな3人を感慨深そうに観察するサイモン。
ヘンリーは完全に固まっていた。
何だアレ。桃色の空気だ。今までに見たことの無い程の甘ったるい空気。
サイモンががっしゃがっしゃと鎧の音を立てて近付いてくる。
「…春ですなぁ」
どこから出しているかは知らないが、サイモンの言葉が何故か胸に刺さった。
7
:
228=233=284=326
:2006/02/12(日) 23:18:45
「ヘンリーさん、サイモン君。貴方達も怪我は有りませんか?」
ふとロレンスが此方を見た。とっさにヘンリーは淀んでいた表情を元に戻す。
「ああ。呪文の世話になる様な怪我は無い」
「そっか、なら大丈夫だね」
リュカがほっと息をついた。それを見てヘンリーの苛立ちが少し治まった。
ふとヘンリーは先程言おうとしていた言葉を思い出す。休憩をとらないか?と。
改めて言おうと口を開いた。が。
「リュ…」
「もうこの辺りには魔物も居ない様です。一旦休憩にしませんか?」
あっさりと先を越され、再びヘンリーは固まる。
「そう…だね。休憩にしよっか」
リュカの笑顔も何故だか虚しかった。
「…いつか報われる事を祈りますぞ」
どこから出しているか解らないサイモンの声が再び届く。
別に休憩とかどーでも良いから早く魔物出て来ねーかな、とヘンリーは思った。
......
リュカが懐かしがってる理由は
「大した事無い怪我なのにホイミ→パパス」
連想のせい。説明不足('A`)
8
:
名無しさん
:2006/02/13(月) 03:58:16
たまらなくなって書いちゃいましたー!
逃げ出した後のオラクルベリー辺りの宿屋にて。
日常の一コマってことで。
あいつは少し、オレが男だってことを意識した方がいい。
なんだってこんな夜中に枕を抱えて一緒に寝てもいいか
なんて言葉が言えるんだ。
確かにあの奴隷時代、老若男女関係なくそこらで雑魚寝は
当たり前だったし、その中でオレと一緒の方がいろいろと安全
だったからずっとそうしてきたけれども。ここにはもう、あまりの
重労働で気が狂い、辺りかまわず暴れる奴隷もいないし、
毎晩盛りのついた猿のように女奴隷を物色するムチおとこもいない。
あの頃は生き抜くことに必死でそんな気は起きなかったが、
いや、実はずっとそうだったのかもしれないけど、今は疲れたら
休めるし、腹が減れば食事もできる。そしてオレは健全すぎるほど
健全な男なのだ。その上彼女は、普通の生活を送っていれば
今まさに結婚適齢期といわれる年頃のお嬢さんで。
だからこんな状況は非常にまずい、と思う。
「ねえ、聞いてる?」
オレの考えていることなんか全然知ったこっちゃないリュカは、
相変わらず跪いてベッドに横たわるオレを見つめている。
うわ、しかも上目遣いかよ!目に涙を溜めるんじゃない!ああ、もう!
「ヘンリー……」
わかりました。オレの負けです。
「………どうぞ」
一人分のスペースを空けて毛布をめくってやると、リュカは嬉しそうに
ベッドに潜り込んできた。
ああどうかオレの理性がもちますように。
おしまい
実際されたらいやだろうなwwwwww
9
:
423
:2006/02/14(火) 23:01:31
また書いちゃった。
フロ兄と女主人公で名前は228=233=284=326さんに倣ってロレンスで。
結婚式前夜のお話。
「もうお帰りなさい。このような夜更けに、あなたのような女性が
出歩くものではありませんよ」
例え強くても。ロレンスは微笑みながらそう言った。
ロレンスは、初めて出会うタイプの人間だった。
今までの彼女は男にも負けないほどの戦闘をこなしてきたし、
実際強くもあったから夜中にでかけて心配されることがあまり
なかった。心配してくれるような人たちを、遠い昔に失って
しまったのも原因としてあったのだろうが。
だからこんなに明確な女扱いは初めてで、どうしたら良いか
悩んでしまう。
一度、直接そう言ったことがあった。ロレンスはその時も優しく
穏やかな表情で、あなたは女性なのですからと女性として接する
のは当たり前のことでしょう?と逆に聞き返されてしまった。
確かにリュカは女である。
だけどそれは体のつくりが少々異なっているだけで、男と女で
絶対的な違いはないと思っていた彼女には、彼の存在程、自分が
女なのだと再確認させられる相手は他にいなかった。
その認識にリュカはくすぐったい気分にさせられる。これまでの旅で、
女だからと馬鹿にされたりなめられたりすることはあっても、このような
感覚を味わうことはなかった。そういう意味で彼女にとって、やはり彼は
異質で特別なのだった。
10
:
423
:2006/02/14(火) 23:05:15
今日はたくさんの出来事が起こった。
中でも明日までに結婚相手を選ぶという問題が彼女の
頭を痛くさせていた。そこで少し気分転換をしようと夜の
散歩にでかけたのだ。その途中、偶然彼に出会ってこうして
話しているうちにすっかり遅くなってしまった。
時間も遅いし送るというロレンスに素直に甘えることにする。
なぜか今日はそういう気分だった。
他愛もない話をしながら歩く。
ふと、教会の前の広場にある噴水の傍でロレンスは立ち止まった。
リュカはどうしたのかと思い、声をかけようとした瞬間、何かを
決意したように彼はリュカさんと彼女の名を呼んだ。月と星のひかりが
水に反射してとても幻想的な空間に、美しい青年が立っている。
いつものロレンスではない。美しいことにかわりはないが、今は纏って
いる空気が違う。その彼が自分をじっと見つめている。そう思うとリュカは
なぜだか胸が高鳴った。
ぼんやり見とれていると、頬に手がかかった。
「明日」
そう言って、親指だけを使って唇をなぞる。顔がそっと近づく。
「――――いえ、なんでもありません…」
鼻と鼻がくっつきそうな位の距離でロレンスはそう呟いた。
近くで見る彼の瞳はなんだか悲しそうに、今にも泣きそうに見えて、
リュカは自分に触れている彼の手に、自分の手を重ねた。
彼の指がピクリと動く。
ロレンスの瞳にいつもの穏やかさが戻ってきて、リュカは少し安堵した。
「さあ、行きましょう」
と彼は言い、自然、頬から手が離れていって、それを嫌だと彼女は思った。
宿屋にはすぐ到着して、おやすみなさいと告げてロレンスは去っていった。
あの後に彼がどのような言葉を続けようとしたのかはわからない。
彼の指の感触が今でも唇に残っている。
本当はもっと他に考えるべきことがあるはずだと、リュカは理解していたが、
今夜はさっき起きた出来事を思うことしかできそうになかった。
おしまい
11
:
名無しさん
:2006/02/15(水) 00:55:50
フローラ兄弟との出会い編。
部屋を出た主人公が迷子になったフローラを見つける、という設定で。
―――――――――
*「きゃあ! ……あ、ごめんなさい。びっくりしちゃった。あなた、だあれ?
*「ふうん、リュカっていうの。ステキな名前ね。わたしはフローラ。お部屋を出て歩いていたら、
迷ってしまったの。
フローラ「そうだわ、ねえ、お兄さまを見なかった? 一緒にいたんだけれど、
どこかに行ってしまったみたい……。
フローラと一緒にお兄さんを探しますか?
→はい
フローラ「わあ、嬉しい! 一人ぼっちでとても心細かったの、ありがとう、リュカ。
フローラが仲間に加わった!
→いいえ
フローラ「そう……でもわたし、一人ぼっちでとても心細いの。もしよかったら、
一緒にお兄さまを探してくださらない?(以下無限ループ)
※はなすコマンド
フローラ「ふうん、お父様と旅をしてるのね。ちょっとうらやましいわ。わたしはこんな風に
お出かけするの、これが初めてだから……。
フローラ「わたしはこれから、修道院にお勉強をしにいくの。お父さまとも、お兄さまとも
しばらくお別れしなくちゃ……。
さびしいけれど、でも、でも仕方ないのよね。だってステキなお嫁さんになるためですもの。
フローラ「私のお兄さまはね、とっても優しいのよ。ときどきいじわるもするけど……。
わたし、お兄さまのお嫁さんになるのが夢なの。
12
:
名無しさん
:2006/02/15(水) 00:56:42
*「フローラ!
フローラ「あ、お兄さま!
*「まったく、どこに行ってたんだい? すごく探したんだぞ! さ、戻ろう……ん?
君は誰だい?
*「あ、もしかしてお父さまの言っていた旅人さんの子? リュカちゃんっていうんだね。
初めまして、僕がフローラの兄のロレンスです。
ロレンス「リュカちゃんって女の子なのに、随分しっかりしてるんだね。フローラは
とっても怖がりなんだ。
あーあ、君みたいな子がフローラの友達になってくれればいいんだけどな。
フローラ「あら、わたしたちもうお友達よ? ね、リュカ?
→はい
フローラ「そうよね、ね! ……はしゃいじゃってごめんなさい。わたし、お友達って初めてなの。
→いいえ
フローラ「あ、ごめんなさい……まだ会ったばかりなのに、わたしったら、ついはしゃいじゃって。
でももし嫌じゃなければ仲良くしてね、リュカ。
ロレンス「そうだ! まだ船が港に着くまで時間もあることだし、三人でこの船を探検して
みないかい?」
→はい
ロレンス「よーし、決まり! あはは、実は僕も君と友達になりたかったんだ。リーダーは
リュカちゃんだ。それでいいよね、フローラ?
フローラ「ええ、もちろんよ。
ロレンス「それじゃ、さっそく出発だ!
ロレンスが仲間に加わった!
→いいえ
ロレンス「そんなこと言わないでさ。時間ならまだ大丈夫、たっぷりあるよ。
ねえ、三人で探検してみないかい?(以下無限ループ)」
13
:
名無しさん
:2006/02/15(水) 00:57:21
※はなすコマンド
ロレンス「リュカちゃんは生まれたときからずっとお父上と旅をしているんだってね。
僕たちと同じくらいの歳なのに、すごいな。
ロレンス「僕の夢はね、大きくなったら世界中を旅して回ることなんだ。このストレンジャー号は
お父さまのものだけど……いつか僕もこの船に負けないくらい立派な船を作ってさ。
リュカちゃんも一緒にどう?
ロレンス「フローラはこれから修道院にいくんだ。何年もかけていろんな勉強をするんだって。
女の子って大変なんだね。
フローラ「わたしの行く修道院では、女の人しか暮らせないんですって。お兄さまと一緒にお勉強が
したかったのに、残念だわ。
フローラ「お兄さまはいつもお家を抜け出して、わたしにお花やきれいな石を持って帰ってきてくれるの。
でもときどき私の苦手な虫さんなんかも連れてくるのよ……。
フローラ「リュカってとっても頼りになるのね。わたしにお姉さまがいたら、こんな感じなのかしら……。
*「まあ、ロレンス様にフローラ様! お二人とも、どこへ行かれてたんですか?
ルドマン様がとても心配していらっしゃいます。さあ、早く中へ……。
*「どうしたのだ? 騒々しい……おおっ、ロレンス! フローラ!
*「一体どこへ行っていたんだ? わしゃ船から落ちたんじゃないかと心配で心配で……
おや、そこのお嬢さんは?
……なんと、パパス殿の! そうかそうか、わしはルドマンと言ってな、お嬢ちゃんのお父上の
友人なのだよ。
フローラ「お父さま、わたしたち、お友達になったのよ」
ロレンス「僕たち、ずっと船の中を冒険してたんだ」
ルドマン「わっはっは、すっかり気に入られたようだな。フローラは内気で仲の良い子がいないのが
気がかりだったが、いやいや、素敵な友人ができたようだ。
*「港が見えたぞー!
ルドマン「ん? もう港か……お嬢ちゃん、そろそろお父上のところへ帰ったほうがいいのではないか?。
フローラ「もう行っちゃうの? せっかく仲良くなれたのに……。
ロレンス「残念だな、君ともっといろんなところへ行きたかったんだけど。
14
:
名無しさん
:2006/02/15(水) 00:59:26
パパス「リュカ! 姿が見えないからどこへ行ったのかと思っていたが……そうかそうか、
ルドマンさんのお子さんたちと。楽しかったようで何よりだ。
パパス「さあ、もう船を下りなくてはな。忘れ物はないか?
フローラ「ねえ、待ってリュカ!
フローラ「また会いましょう、約束よ?
ロレンス「僕たちの家はサラボナにあるんだ。よかったら旅の途中で寄っていってよ。
フローラはいないけど、……僕は待ってるからな。
―――――――――
ゲーム風にしてみた。実際こんな風に船の中を歩き回ってみたいナー('∀`)
15
:
砂漠の夜・1
:2006/02/15(水) 16:23:18
『レヌール城にて』の感想を下さり、ありがとうございました。めっさ嬉し。
以下、女主人公と娘がメインの話です。
どうも感情的になってしまったので、湿っぽいのが嫌いな方は、ご注意を。
- 砂漠の夜 -
彼女は寝台に腰掛けて、二人の子供達を横目で見た。
たまに雑談を交えながら、ヒャダルコの呪文書を読みふける娘と、ベギラマの呪文書をあくびをしながら見ている息子。
……今からこれなら、もっと大きくなったら、どうなるんだろう。
二十歳前後の若さで、数多の魔物を従え、高度な武具や呪文を自在に操る自分のことを完璧に棚にあげて、彼女は思い――
「きゃーー! お兄ちゃんっ! 本によだれたらさないでーーー!!」
「……うーん……ボク、呪文苦手だよ……先生ごめんなさい……」
夢の世界に片足を突っ込んでいる兄の手から、呪文書を奪い取るのに必死な娘に、
私達も、もう休みましょうか。と、苦笑しながら声をかけ、すぐに眠りこけた息子を寝台に運ぶ。
今までの思考が――もともと、深刻に考えているわけでもなかったが――きれいに霧散していくのを感じながら。
彼女の息子と娘は、本当に良く出来た子だった。
自分たちを探して、ずっと旅をしていたという子供達。今だって文句も言わずに、進んで戦い、ついて来てくれる。
出来すぎる子だからこそ、一抹の心配もあった。
無邪気に笑っている顔の裏で、泣いているかもしれない。
そんな時、気付いてやれるのだろうか。
母親の記憶も、子供達との思い出さえ、持たない自分でも。
父は父で大好きだったし、父は当然、まだ見ぬ母にも、愛されていたと信じている。
けれど、母がいなくて寂しい思いをした子供の頃を思い出す。
だからこそ、うんと子供達を可愛がるつもりだった。
寂しい思いは、決してさせまいと思っていた……はずだった。
――――?
物音が響いた気がして、彼女は、はっと目を覚ます。
何処から何処までが、夢か現実だったのかよくはっきりしない、あの感覚。
静かに、極力音を立てないように身を起こし、隣の寝台の方を見た。
暗闇の中、かすかな寝息に合わせて、小山になった毛布がかすかに上下する。
……二人分にしては小さすぎる。
彼女は、考えるより先に寝台から飛び起きた。勿論、なるべく音を立てないように。
ここは、砂漠の王国テルパドール。
彼女の小さな息子が、勇者として認められたのは、つい先日の事だった。
愛用の紫の外套を羽織り、彼女は静かに部屋の扉を閉める。
深い闇夜に浮かぶ半月が、窓越しに砂漠の町を蒼く照らし出す。
静寂の向こうに見える、廊下に佇み、窓枠に手をかけてぼんやりと外を眺める、小さな影。
……眠れないの?
そっと声をかけたつもりだったが、びくっ、と小さな肩が跳ね上がった。
そろそろとこちらを向いた小さな影――彼女の娘が、ほっ、と息をつく。
「お母さん……なんだか、目が覚めたの」
囁くような声音でも、夜の冷たい空気にはよく通った。
おかっぱに切りそろえた、月明かりに染まった艶やかな髪を撫でる。
今はここにいない愛しい人と同じ色の髪。瞳の色も自分に似ていない。ちょっと悔しい。
怖い夢でも見た?
優しい問いかけに、娘は一巡した後に、黙って首を横に振った。
じゃあ、なにか心配な事でもあるの?
「平気、です。何でも……ないです」
嘘だ、と思った。
この子は、心の平静を欠いている時に、敬語を使うクセがある。
頬に触れると、とても冷たかった。いつからここにいたんだろう。
外套を広げて娘を中に入れると、驚いた顔をしてこちらを見上げてきた。
イヤだった? 内心どきどきしながら問いかけると、
「う、ううん!」
娘は、ぶんぶんと激しく首を横に振った。
そんな事あるわけがない、と全身で語っているその姿に、思わず笑みが零れる。
でも好意を寄せてもらうほど、子供達が可愛ければ可愛いほどに、胸が痛かった。
長く傍にいられなかったのに――
16
:
砂漠の夜・2
:2006/02/15(水) 16:23:46
「ねえ、お母さん……あっ、ううん。何でもないです」
外套に包まれ、こちらを見上げていた娘が何かを言いかけて、視線を落とした。
しかしやっぱり何かを言いたそうに、指を組んでそわそわしている。
微妙な間が空いて、
「や、やっぱり、何でもあります!」
程なくして決心をつけたようだが、こちらを見上げてはこなかった。
苦しそうに息をつき、娘は震える唇を開く。
「お母さんは……わたしのこと、好きですか?」
ズキッ、と刃物で刺されたような痛みが走る。心臓の鼓動がだんだん速さを増していく。
当たり前でしょう。
自分なりに、子供達を甘やかさない程度に、可愛がっていたつもりだけれど、
……そう、見えないかな?
努めて平静を装って問うと、娘は慌てて否定した。
「ち、違うの。お母さんは、とっても優しいよ。でも……でもね」
「だって。お母さんは、ずっと……勇者を、探して、いたんでしょう?
わ、わたし……お兄ちゃんみたいに、天空の……剣とか、カブトとか、つ……使えないから」
――――。
予想外の言葉に、彼女は絶句する。
勇者として褒め称えられる兄の姿に、娘が寂しそうにしていたのはわかっていたけれど。
少なくとも彼女には、勇者かそうでないかが、親と子に関係があるとは全く思えなかった。
それとも子供とは、そこまで気にしてしまうものなのだろうか?
自分が子供の頃は、どうだったろう。
――子供達が可愛ければ可愛いほど、胸が痛かった。
長く傍にいられなかったのに――どうして無条件で慕ってくれるのか。
自分に、そこまでの価値があるのかと。
「わ、わかってるの! お兄ちゃんは、お兄ちゃんだって。でもね、ズルイって思っちゃったの。
ごめんなさい。わたし、悪い子で……っ、お兄ちゃんだって勇者で大変だから、そんな事思っちゃいけないのに。
でも、だから、悪い子だから、わたしは、勇者じゃないのかな、って……!」
母が絶句したのを、呆れられたと思ったのだろうか。
娘は俯いたまま、堰を切ったように話し出す。
床に膝を付いて、背の低い娘と向かい合う。そうしなければ顔も見えないほど小さいんだな、と改めて思う。
娘は、泣いてはいなかった。
でも、いっぱいに見開いた目が、一点をじっと見つめている視線が、涙をこらえていると雄弁に物語る。
何となく――でも強く、この子を泣かせてはいけない、と思った。
正体不明な温かな気持ちと、泣きたいような切なさが、後から、後からこみ上げる。
バカね。悪い子なわけないでしょう。ちょっとくらいのやきもちなんて、誰だってするわ。
「そうかな……」
不安そうな顔。小さな頭を撫でてやる。
あなたは……いい子よ。とってもいい子。
「そう、なの? わかんないよ……」
おばあさまの故郷を見つけても、お母さんを待ってくれたのよね。
「それは……みんなで決めたんだよ」
お母さんのお友達の魔物や動物たちと、仲良くしてくれたんだよね。みんなに聞いたわ。
「だって、みんないいこだもの。ヒトじゃなくても、いいこだもの」
サンタローズの村で、一緒に泣いてくれたわ。
「それは……」
お母さんやお兄ちゃんのために、一生懸命、勉強してるの、知ってる。
「……」
いつも、頑張って戦ってくれているの、わかっているから……
「…………」
途中から、娘は返事をしなくなった。
そのかわり、大きな目に涙が盛り上がり、小刻みに震える柔らかな頬に、幾つも幾つも零れ落ちる。
上げていけば、きりが無い。
でも、自分が子供達を愛する理由など、そんなはっきりしたものじゃなくていい。
何気ない日常、平凡な会話、ちょっとした仕草、ありふれた微笑みだけで、それで充分だった。
心の中を直接見せる事が出来るなら、必ず一目でわかってもらえるのに。
今の自分がどんなに幸せか。二人の子供に巡り会えたということそのものが、どんなに嬉しいか。
17
:
砂漠の夜・3
:2006/02/15(水) 16:24:23
「お……かあ……さん……、う……っく……」
母の肩に顔を埋めて、幼い娘は声を殺して泣いた。
励ますつもりが、かえって泣かせてしまった。こうなったら、気が済むまで付き合ってあげよう。
彼女は、腹を括って娘を抱きしめる。
私は。
ああ……私は。
声を出さない反動で激しく震える、娘の小さな肩、小さな背中を撫でる。全く、こんなに冷たくして。
あなたが好きよ。お兄ちゃんと、同じくらい好き。
もしもあなたたち二人が、呪文も武器も使えない、ただの子供でも。
お父さんもお母さんも、とても強いんだから、あなたたちを守るくらい、簡単なの。
立派な母親になる自信なんか、全然持てない。でも、難しく考えることもないのだろうか。
双子を産んだ時、世界で一番幸せだと思った。
この子達のためなら、何でもできる気がした。
その気持ちは、今でも変わらない。
今は、ただそれだけで……いいのかもしれない。
暫くたって、娘の呼吸が落ち着いていくのがわかる。
「も、もうだいじょうぶです」
そっと身を離し、再び娘と向かい合う。
すっきりした?
娘は少し恥ずかしそうに、でもすぐに小さいなりに力強く頷いて見せてくれた。
「わたし、もっと頑張れます。お母さんも、お兄ちゃんも、
まだ会えないけど、きっと、お父さんのことも、大好きだから」
今、サンチョに会ったら抱きついてしまうだろう。
この子達を育ててくれて、ありがとうと。
子供達とサンチョの懸命な探索と、ストロスの魔力により、元の姿を取り戻した晩に
王座の間で、彼女は叔父親子と召使に頭を下げている。
それでも、まだ足りなかった。いくら感謝しても。
――ギィ、と木の扉が軋む音。
前触れも無い雑音に、母と娘の肩が同時に飛び跳ねる。
彼女は、何となく先ほどの娘の反応を思い出した。
「……お母さん? ここにいたの?」
聞き慣れた声に振り向いたら、部屋の扉の前に息子が立っていた。
ちょっと泣きそうな顔をしているのは、暗いせいとか気のせいではなさそうだ。
目が覚めたら、母も妹も姿が見えないことに、心底驚いたのだろう。
と、母の外套に包まって、ぬくぬくしている妹を見つけて、少年は目を丸くする。
「あー! (……お母さんを独り占めしてズルイよっ)」
しーーっ。
静かに。そっくりな仕草で、同時に人差し指を唇に当てる母娘。息子は慌てて声のトーンを抑える。
呼吸ぴったり。
顔を見合わせて、噴出す彼女達を見て、兄はますます頬を膨らませ、
「ズルイってば、二人だけで楽しそうにして。ボクも入れてよ!」
母の左脇に妹がいる。空いた右脇の外套に素早く潜り込み、勢い余って体当たり。
ごつん。
――う゛っ。
息子を受け止めて、よろめいた拍子に窓枠に頭を打った。しかも当たり所が悪かったのか、凄く痛かったが、
何とか痛みをこらえて、子供達に引きつった笑顔を向ける。
「あれ? ……ゴツン?」
「だ、だいじょうぶ? なんか、すごい音、聞こえた気がするの」
目を丸くする息子と、娘の心配そうな声に、気のせい……よ? といまいち頼りない答えを返す。
親とは大変だ。とまで考えるのは、どう見ても大げさです。
さあ、もう寝ましょう。明日寝坊してしまうわ。
はーい。と声を揃える二人の温もり。
幸せだ。本当にそう思うけれど、どこかで納得できない自分がいる。
隣に夫がいない隙間が、囁きかける。
文句なしに幸福だというのは、まだ早い、と。
全くもって、欲張りだ。自分でも自分に呆れてしまう。
子供達と一緒に旅をするようになって、まだ日は浅い。
だからこそ、これから知る喜びがある、と前向きに考えながらも、やはり長い空白が寂しかった。
自分の知らない、この子達の八年間を見てきた、グランバニアの全国民が本気で羨ましい、と言ったら夫はどんな顔をするだろう。
嫉妬のスケールが大きすぎる、と笑うかな。それとも、自分もだ、と同意してくれるかな。
部屋に戻る寸前に、窓の外を振り返る。
ここから見える星空は、額縁の中の絵画のよう。
だが、窓枠に収まる景色の、現実での果てしなさを、たぶん彼女は誰よりも知っていた。
いったい、あの人は、この世界のどこにいるのだろう。
早く会いたいよ、この子達を見せてあげたい。
私達を導いて、あなたのもとに。
ねえ、あなた。
(了)
18
:
砂漠の夜・4
:2006/02/15(水) 16:24:42
おまけ 上記会話のゲーム風
はなす → 娘
「お母さん……。お母さんは
わたしが 天空の勇者 じゃなくても
わたしのこと すき?」
→いいえ
「そっか……そうだよね。
わたし もっと がんばって戦います。」
「だから わたしのことも 好きになってね
お母さん……。」
→はい
「本当に? よかった!
じゃあ わたしが 呪文つかえない
ダメな子でも?」
→いいえ
「あはは そうだよね。
だいじょうぶ だよ。
わたし ちゃんと がんばるからね。」
→はい
「……。
……お お母さん……っ……。」
「あ……これはね ちがうの。
悲しいんじゃ ないの……。」
「わたし……、う うれしくて……。」
(ホントに了) おそまつさまでした。
19
:
名無しさん
:2006/02/15(水) 17:41:29
結婚前夜の夜会話案。
ヘンリー
・宿屋で寝ている。
(話しかけたとき)
「ZZZ…」
ぐっすりと眠っているようだ。
(話しかけた後に部屋を出ようとしたとき)
「…リュカ。」
「こっち向くなよ。そのまま話を聞いてくれ。」
「なんだか大変な事になったな。
最初はフローラさんの結婚を妨害するだけのつもりだったのにさ。」
「…お前が…結婚する事になるなんてな…」
「………なぁ、リュカ。」
「お前には…俺を選んで欲しい。
お前の事を絶対幸せにしてみせる。
…でも。」
「これだけは忘れるなよ。
お前が誰を選んだとしても、俺はずっとお前の親分でいるつもりなんだからな!」
(再び話しかける)
「…な、なんだよ。俺の話は終ったぞ。
いいから早く寝ろ。」
アンディ
・初めは家の近くで笛を吹いているが、主人公が近付くと吹くのを止める。
(話しかけたとき)
「…リュカさん。
こんな夜更けにどうしたんですか?」
「あの……いえ、何でもありません。」
「夜の一人歩きは危険ですから、どうか気を付けて下さい。
おやすみなさい。」(家の中に消える)
フロ兄
・原作ビアンカと同じ位置で夜風に当たっている。
(話しかけたとき)
「リュカさん?どうしましたか、こんな遅くに…
眠れないんですか?」
「無理も有りませんね、大変な事になってしまいましたから。
私の父の言葉で2回も苦労を掛けて…申し訳無い事です。」
「リュカさん。その…
ヘンリーさんもアンディも素晴らしい方です。
きっと貴方を幸せにしてくれるでしょう。」
「私は貴方の結婚が素敵なものになる事を祈っていますよ。」
(再び話しかけたとき)
「まだ不安ですか?大丈夫ですよ。」
「…お願いします。今日はもう休んで下さい。
今の私は…うっかり何を言ってしまうか解らない。
これ以上貴方を悩ませたく無いんです…。」
20
:
名無しさん
:2006/02/18(土) 21:14:59
結婚前日の台詞案。主人公の名前はリュカで。
ルドマン「おおリュカ。なんと水のリングを手に入れたと申すかっ!」
ルドマン「よくやった!リュカこそフローラの友にふさわしい女じゃ!
それでは キミとヘンリーさんとの結婚の準備を進めよう!
キミ達の気持ちには気づいていたのだよ。わっはっはっ。
え?式の準備までしてもらっていいのかって?
言ったろう。私はキミが気に入ったのだよ。
そうそう。水のリングもあずかっておかなくては」
ルドマンは○○から水のリングを受け取った!
ルドマン「2つのリングは結婚式のときに神父さまから手わたされるからな」
ルドマン「フローラ!これで文句はないだろう?」
(アンディ入室)
アンディ「失礼します!リュカさんが帰ってきたときいて参りました」
(アンディ、女主人公の所へ)
アンディ「あのときはどうもありがとうございました。おかげでこうして動けるぐらいに回復し
……そちらの男性は?」
ルドマン「リュカの恋人、ヘンリーさんだ
フローラの為に式の準備を進めていたのだが、
代わりにこの二人を祝ってやろうと思ってな」
アンディ「……そうでしたか。リュカさんはヘンリーさんと結婚するのですね。
大切な話の途中に失礼しました。 僕はこのへんで……」
(アンディ退出しようとする。それを引き止めるフローラ)
フローラ「待って!
もしやアンディは リュカさんを好きなのでは…?
それなのにこのまま黙っていたら きっと後悔することに…」
アンディ「フローラ……」
ルドマン「まあ 落ち着きなさい フローラ。
今夜一晩 リュカによく考えてもらってヘンリーさんかアンディか選んでもらうのだ。
うむ。それがいい!
ルドマン「今夜は宿屋に部屋を用意するから リュカはそこに止まりなさい。
いいかね? わかったかね リュカ?」
21
:
大神殿脱出・1
:2006/02/22(水) 16:33:54
※注意:ヨシュア生存+無駄に悩みがち、割と暗め。
連投気味ですみません。
― 大神殿脱出 ―
頭痛がする。
耳鳴りなのか、それとも背後の激流の音なのか。
彼には判別する気力も余裕も無かった。
足元には、気絶した鞭男たちが折り重なって小山を作っている。
頬が冷たい。
血の気という血の気を無くした自分の顔が想像できた。
彼は、傍らに立つ長い黒髪の少女を顧みる。
「君は、何て早まったことを……!」
その少女に腕を掴まれ。
その有無を言わせぬ視線、もしかしたら彼自身以上に切羽詰った表情に、紡ぎかけた言葉
が消え失せる。
早く、行きましょう。水の流れが止まらないうちに。
やつらが目を覚まさないうちに!
――ただ無我夢中で、
二人はもう一つのタルを地面に転がし、中に入り込んで蓋を閉め、回転に合わせて足場を
ずらしながら水路へと見当を定めて壁を押す。
水の弾ける、くぐもった音と共に、密室が大きく振動した。
タル全体が唸るような轟音が続き、小さな空間は激しく揺れ続ける。
たしかめる事は出来ないが、流れにのったと思ってもいいだろうか。
ただ、安心とは程遠い空間に、彼らはいた。
水の流れのままに、上下左右がひっきりなしに二転三転する。
今、口を開けば舌をかむ。
鼓膜がどうにかなりそうな水流の音にも、耳を塞ぐ余裕が無い。
身体がひっくり返らないように、タルの壁を押さえる腕が痛い。
そもそも、痛いと言う感覚が機能しているかどうかも疑問である。
今、振動に負けて、タルの壁に頭をぶつけた気がした。気のせいかもしれない。
内側から閉めただけの蓋は頼りなく、もし外れたら、そこで二人の命運は尽きる。
それ以前に、水圧でタルそのものが砕け散る可能性とてゼロではないのだ。
ただ、耳をつんざくような水流の音が、ひたすらに響き渡り、
唐突に、ふわり、と全身が重力から解き放たれる。
ああ、落下しているのか。
そう自覚した瞬間に、
――何もかもが破裂するような衝撃。
…… 死んだか?
全身が叩き付けられる鈍い痛み。
遠のく意識の片隅に、妙に呑気に縁起でもない一言を浮かべる冷静な自分がいた。
22
:
大神殿脱出・2
:2006/02/22(水) 16:36:31
揺られて、揺られて、揺られて……
前触れも無く、彼は意識を取り戻す。
全身の感覚が、視覚が、聴覚が、一気に機能するのがわかる。
堅く湿っぽい木の壁。
壁の向こう側で確かに響く、たぶん、波の音。
目と鼻の先に、全身を硬直させて固く目を瞑る少女の姿を視認し、彼は咄嗟に口を開く。
「怪我は……無いか?」
喉がかすれて、声音がさらに低くなる。
十年ぶりに声を出したような気がした。
彼の呼びかけに、少女がそろそろと両の目を開け、
大きな黒い瞳を何度も瞬かせて、穴の開くほど真っ直ぐな視線をこちらに向ける。
……だいじょうぶ。蚊の鳴くような声で、彼女は応える。
一呼吸。
二呼吸。
そして、
二人は同時に、大きく息を付く。どうやら無事に脱出できたようだ。
それでも、安堵のため息とは違っていた。
気を失っていたのかどうか、どうもはっきりしない。
案外、たいした時間は経っていないのだろうか。
と、彼は何かが引っかかる。
……脱出時?
あの時、
妹と彼女、その友の三人を脱出させようとした矢先に、監守に見つかったのだ。
もしかしたら、後を付けられていたのかもしれない。
鞭や鎖を持って襲い掛かる監守たち。
マリアの泣き叫ぶ声。
そして、
止める間もなくタルを飛び出し、彼の妹と己の友を逃がし、監守の鞭男達に立ち向かった
少女が、目の前にいる。
落ち着きを取り戻すにつれて、今まで脇に置いておかざるを得なかった今までの出来事と
それに伴う、怒り? のようなもの? がふつふつと蘇る。
「……君は!」
唐突に、彼はまたしても言葉を中断し、ぐい、と首が引きつらんばかりの勢いで明後日を
向く。(当然、少女は、どうしたのだろうかと首をかしげた。)
何を今更だが、向かいで膝を抱える少女が身にまとうのは、簡素を通り越して、ぼろきれ
に等しい奴隷の服。
今の状況でおかしな感情を抱くほど、自分は愚かではない(と思いたい)が、非常に目のや
り場に困るのはどうしようもない。
この少女は、君は、なぜ、
「……なぜ、逃げなかった」
そっぽを向いたままの彼の問いかけに、どうしてって? と少女は不思議そうな顔をした、と思う。
「もしかしたら、捕まったかもしれない」
それは貴方も同じでしょう、と若干疲労は混じっていても、穏やかな声で少女は言った。
「私は……」
喉の奥、心の深くで暗いわだかまりが邪魔をして、二の句が続かない。
我ながら、中途半端なところで黙ってしまったと、彼は思う。
助かる気など、無かった。
……と言えば重く聞こえるが、実際のところ、それほど大したことではない。単純に自分
のことを忘れていただけである。
身寄りはおろか両親の顔すら知らない彼にとって、唯一の家族である妹を守るのは、幼い
頃から自分の役目であり、他に誰もいないのだから、それは当たり前の事だった。
自分のことを考えたくない、というのもあったかもしれない。
未だ大神殿で苦しむ何百人もの奴隷たち。
それが自分の罪であると認識するほど、それこそ彼は愚かではないが(痩せた土地に住む
飢えた子供に、その場限りの感情で高級な菓子を与える事を、優しさとは云わないように)
妹だけでなく自分も助かりたいとまで考えるのは虫が良い、と理屈を超えて思う。
が、それを口にしたら楽になってしまう。
この少女の前でなら、特に――何となくそんな気がして。
だから、続きは、口にしない。
――私は、それでもよかった。
――ばかなことを考えないで。
23
:
大神殿脱出・3
:2006/02/22(水) 16:38:25
頭の中で続けた言葉と、少女の声が重なり、彼は思わず顔を上げた。
深く、吸い込まれるような黒い瞳。あどけなくも、色濃く憂いを帯びた表情の少女がそこ
にいる。
彼は内心の動揺を、極力表に出さないように努めつつ、つい口走ってしまっただろうかと
自分の行動を思い返す。
間違っていたら、ごめんなさい。ぽつりと遠慮がちに彼女が口を開く。
貴方が、助からなくてもいいって言うと思ったの。
――君は他人の心が読めるのか?
喉元まで出かかった問いかけを何とか飲み込む。危うく語るに落ちるところだった。
家族を……マリアさんを置いていくなんて絶対にだめ。
彼女は小声ながらも強い口調で続ける。
自分ではない、他の誰かにそれを言いたいのではないだろうか。
何の根拠もなかったが、ふと彼は思う。
他意なくそれを問うてみたら、彼女は一瞬の間をおいた(ように見えた)後、否定した。
やはり自分の勘は当たらない。
何としても生き延びなきゃだめ、と、繰り返し少女は言う。
今度は『自分たち』に言い聞かせていることが、彼にもわかった。
……初めて、彼女を見かけた時のことを思い出す。
重労働と暴力にあちこち傷ついても、毅然としていた少女。
凍りついたような表情で、神殿の監守たちに無言で抗い続けた気丈な一面を持つ反面、
どんな時でも笑みを絶やさず、惜しみなく癒しの呪文を分け与える彼女は、老若問わず
奴隷――特に女たちに慕われていた。
そして結局、彼らを残して、彼女と彼はここにいる。
この暗いわだかまりは、罪悪感か、後ろめたさか。心のどこかに暗く虚空を穿つ。
逃亡者の存在を知った奴隷達は、その前途を祝福するだろうか。羨み呪うかもしれない。
自分とて教団の在り方に疑問を持っていなかったわけじゃない。でも何も出来なかった。
目に見えるもの全てを救えるほどの力など、人の身には持ち得ない。
それは事実だが、開き直りとも取れる。
第三者に、薄情だと言われてしまえば、それはそうなのだろう。
両手で持ちきれないほどの命に責任を感じる事は、慈悲を通り越して思いあがりだが、今
まさに傷ついている者がいるのに心を痛めないのは、人の道に外れていると思う。
――私には、やるべき事がある。だから、まだ死ぬわけにはいかないの。貴方も、そうで
しょう?
そう告げる少女の美しい面差しは、蓄積した疲労で青白い。それでも迷いの無い眼差し。
私の事を、薄情だと思いますか?
「――いや」
重ねられる問いに、彼は静かに頭を振った。
それは、ありえない。
彼女がどういう経緯で奴隷に身を窶したのか。何が彼女を奮い立たせているのか、彼は詳
しい事は何も知らない。
でも、彼女が薄情ならば、自分は今ここにいない。
それに、己の心を保つだけでも容易でないあの場所で、他者に優しさを与えていたのは事
実なのだから。
彼女は、割り切れない悲しみを抱いているだろう。
それでも『やるべき事』のために、前に進まなければ、とあがいている。
強い人間が悲しみや痛みを感じないわけではないのだ。ただ、表面には現れないだけで。
そう思うから、彼は無言で――こんな恥ずかしいこと、言えるか――首を横に振った。
24
:
大神殿脱出・4
:2006/02/22(水) 16:40:42
じゃあ、貴方も同じよね? あまり、苦しまないで。
ふわりと微笑む少女の顔を見て、彼女は結局それが言いたかったのではないか、と思っ
た。自分はよほど辛気臭い表情をしていたのだろうかと考えると、少し(否、かなり)羞恥を
感じるが。
きっと、そうなのだろう。
奴隷として日の当たらない日々を送っていた中でも、どこへ流されているのかわからない
今この時でさえ、彼女は己にできる事、それを考える事を放棄しない。
その決意が、生きた瞳という抽象的なものを体現する。
自分の目に狂いは無かったことが彼は、無性に誇らしかった。
己にできること。
彼女のように、それを求めて迷わずに進む事が、自分にも出来るだろうか。
そうありたいと願う。
そうあり続けようと思う。
それを求めるには、流石に今いるこの空間は狭すぎるが。
どこかに辿り着いたなら――きっと。
そして、自分には今一番しなければならない事がある。彼はその事にようやく気がつい
て、何となく緊張しながら、彼女に声をかけた。
きょとんとした表情で、こちらを見つめ返す黒い瞳。
彼は、自分が彼女の名を呼んだ事も初めてだと思い当った。
「助けに来てくれて、ありがとう」
慎重に、ありふれた言葉をつむぐ。
こんな当たり前のことを忘れるほど、自分は余裕がなかったのか。
こちらこそ、
ふっ、と口元をほころばせて、彼女は言う。
ありがとう。私達を信じてくれて。
過酷な年月を経ても尚、ひとつの曇りもない微笑だった。
そして少女は――なぜか、そのまま笑い出す。
何故この状況で。
彼が眉を顰めるのも、しかたがない。
「……どうした?」
だって、
顔を上げて彼女は答える。
私、『殿』なんて呼ばれたの、はじめてよ。
…………。
今までの習慣で、何の疑問もなくそう言ったが、言われてみれば、歳若い女性に対する敬
称ではなかったかもしれない。
「そ、それは……すまない」
他に言うべき言葉も見当たらなかったので、彼は素直にそう告げた。
謝らなくてもいいから、と彼女はますます明るい声を立てる。
その声は、泣いているようにも聞こえた。
敬称をつけて、自分の名前を呼んでくれること。
人間として、扱われている証。
――そんな当たり前のことが喜びに繋がる、哀しみ。
ひとしきり笑った後、彼女は呼吸を整えて大きく息を付く。
二人とも、もうどこかに辿り着いているかな。
「ああ、きっとな」
少女の呟きに、短く答える。
今は、祈り、希望を持つ事しか出来ない。
……どこに、流れ着くんだろう。
更に小さく呟き、彼女は膝を抱えて、気を失ったかのように唐突に眠り込む。
緊張の糸が切れてしまったのだろう。笑うにも、生命力が必要なのだ。
かすかに寝息が聞こえなければ、誰が見ても死んでしまったかと肝を冷やすだろう。
無理もないことだと彼は思う。
今まで休む暇も無い、劣悪な環境で過ごしてきたのだ。
特に女の身であれば――容姿が優れているなら、男でも同じ事だが――安心して眠る事も
ろくに出来なかったはずだ。
かすかな寝息。繰り返す呼吸、生きている音。
遠くに聞こえる波の音。
潮風に揺れる空間。
この全身で、感じるもの。
心の奥に刻まれた暗いわだかまりは、少しも消える気配は無いけれど、不思議と穏やかな
気分だった。
彼は思い切って、重い兜を外して足元に置く。驚くほど頭がすっきりした。
反面、その軽さが、亜麻色の髪に触れる冷たい空気が、頼りない。
でも外気に曝しているうちに慣れるだろう。
彼もまた小さく息を付き、瞼を閉ざす。
――不安になっている暇など無い。
どこに流れ着いても、その先に何があっても。
この繋ぎとめた生、肌寒い自由を、いかに意味あるものにするのか、
それが、今の自分にできることなのだろうから。
具体的には、どこかに辿り着いてから考える事にしよう。
たぶん、人はそれを行き当たりばったりと呼ぶのだが、それは言わない約束で。
とりあえず、まだあてもなく漂い続ける今は、願おう。
彼女の、安息を。
(了)
25
:
夜に咲く花 前
:2006/02/23(木) 00:53:39
自治領サラボナの北方に位置する小さな町ルラフェン。一見さんお断りとでも宣言す
るかのようなその奇妙な造りの町には様々ないわれが存在する。旨い地酒を造るための
地理法だという話もあり、侵入した盗賊を迷わせるためだというものもあれば、果ては
古代の呪術を封じ込める呪いだという話まで存在する。
どれにせよ旅人には迷惑極まりない迷路のような町で、今日も旅人が頭を悩ませる。
「また行き止まりだ」
黒い髪を揺らし、幼さの残るソプラノの声とともにリュカは溜息を漏らした。洗濯日
和な遠慮のない日光の下、かれこれ小一時間は迷っている。愛用している紫のターバン
はすっかり汗を吸ってしまった。町を発つ時には洗濯をせねばならないだろう。
重苦しい鎧を馬車に置いてきてよかった、と安堵しながら回れ右。馬車の中には頼も
しい仲間たちがいる。盗難の心配などは一切する必要はない。
「さっきの店から上って行ったのがまずかったか」
ぶつぶつ言いながらリュカの後を着いて行くのは、同伴者であるヨシュアだ。生真面
目な性格の彼は、歩きながら町の構造を暗記しようとしていた。強い日差しにも負ける
ことなく鎧を着込んだ彼を見て、リュカは感心するしかない。
「じゃあ、今度は店の裏側を通ってみようよ」
路の暗記はヨシュアに任せ、見つけていないルートを探すことにリュカは専念した。
魔物の蔓延る数々の迷宮に比べれば、迷路の町など物の数ではない。もとより、リュカ
は町の探索が好きだった。
生き生きとした表情で袖を引っ張る少女に、ヨシュアは苦笑しながら了承する。連れ
の生い立ちを知る彼からすれば、リュカの好奇心は納得に足るものだ。
26
:
夜に咲く花 前2
:2006/02/23(木) 00:54:07
それからさらに数分、二人は何度目かの行き止まりに辿り着いた。
落胆はなかった。足元はこれまでの砂利の足場と違って芝生が敷かれており、石のテ
ーブルと椅子が置かれている。町の憩いの場所のひとつなのだろう。
椅子には先客がいた。リュカよりも少し年上の、黒い服を着た修道女だった。一目で
修道女だとは分かったが、見慣れない服だと思い注視する。
目が合った。ヨシュアは苦々しい表情を浮かべる。慌てて謝るリュカに対し、修道女
は清楚な笑みを浮かべて口を開いた。
「あなたも、光の教団の教えに興味がおありなのですか?」
ぞくり、とする感覚が全身を奔った。服の下に隠れた膝が細かく震える。頭が警鐘を
鳴らす。指先が冷たい。背を流れる汗は違う種類のものだ。
全身で全力で拒否をしようというのに、声帯は言うことを聞かず振動を続けた。遠く
遠くまで逃げてきた。だというのに、教団の手は既に喉元までのびている。どこに逃げ
ても無駄なのではないか、そんな悲観までよぎる。
す、と肩に大きな手が置かれた。
「いや、彼女は教団員だ。私は神殿に着くまでの護衛を仰せつかっている」
ヨシュアは鋼鉄の盾を修道女に向ける。ところどころ窪んではいたが、それには確か
に光の教団の紋章が刻まれていた。
「あら、そうでしたか。それは失礼を」
修道女は柔らかく言葉をつむいだ。立ち上がり、リュカの手を握る。
「ともに、幸せになりましょうね」
震えるばかりの少女には、無言で頷くことしかできなかった。
酒場で貰った飲み物が喉を通ると、ようやく意識が自分の元へと帰ってきた。青ざめ
ていた頬に桜色が戻る。
「すまない、止めるべきだった」
心底申し訳ないという表情で、ヨシュアはリュカに頭を下げた。リュカは慌てて首を
振る。ヨシュアに非は無い。落ち着くと、リュカはぽつりと口を開いた。
「怖かった」
鞭打たれる日に戻ることが。光の教団が勢力を広げていることが。それを多くの人が
信じてしまっていることが。優しい眼差しをリュカは思い出す。かつてのサンタローズ
でも、同じような眼差しを受けた気がする。
街中でなければ、魔物たちに八つ当たりをしてしまいたかった。
27
:
夜に咲く花 後1
:2006/02/23(木) 00:54:48
あくびをかみ殺しながら、リュカはパトリシアの首を叩いた。転移の法ルーラの呪文
を復活させるためには、夜に発光するというルラムーン草を手に入れなければならない。
ルラフェンまでの旅路に昼の長い徒歩、日が沈んでからの出発というハードな行程に
疲労は蓄積される。呼ばれた睡魔は目蓋に取り憑いて離れない。身体は正直だった。
「リュカは休むといい」
ヨシュアが言葉をかける。言うとおりだと魔物たちも頷いた。
嫌だ、とリュカは強情に首を振る。馬車の中で休みなどしたら、確実に眠ってしまう。
眠ればルラムーン草を見られないかもしれない。睡魔に対するには歩くしかない。幸い、
聖水の力で魔物たちは近づけない。
「地図によれば、もう少し南東のようですじゃ」
マーリンのしわがれ声が耳に届いた。そう、と微笑んでリュカは先頭を歩く。月明か
りの乏しい夜であったが、旅慣れた彼女は夜目も効く。骨ばった指先にメラの炎を浮か
べ、マーリンは地図と周りの地形を見比べた。
「マーリン、よく平気だな」
少女とはいえ旅慣れた人間が限界に近い中、百を超えているかのような容貌の魔法使
いがぴんぴんしている事にヨシュアは驚きを禁じえない。
「ほっほ、昼間休ませてもらったでのう。ああ、でももう限界ですじゃ」
地図をヨシュアに渡し、ひょいと馬車に素早く飛び乗る。流れるような一連の動作に
ヨシュアは何も言えなかった。
「儂らはここらで休ませてもらうでの。あとは任せますじゃ」
口がふさがらないヨシュアは動けない。その背を崩れかけながらヌーバが押した。し
ぶしぶと彼は地図を手に先導するリュカを追う。
「たまには、ムードを出してやるのもよかろうて」
追う背を横目で見ながら、マーリンは小さく笑う。プックルが寝言のような鳴き声を
洩らした。
28
:
夜に咲く花 後2
:2006/02/23(木) 00:55:17
夜の風が運ぶ草の匂いは昼のそれとは違う。夜は魔物の時間だ。夜行性の魔物は活発
になり、眠りに落ちた魔物も人間の匂いを嗅ぎ付ければ眼を覚ます。聖水の力が無けれ
ばのんびりと歩くことは叶わないだろう。
揺れる草が足首を撫でる。視線の先には、求めている奇跡の薬草があった。
「おーい、リュカっ!」
名を呼ばれ、リュカは振り向いた。近づく仲間を視界に納め、遅いよ、と笑う。
ターバンと揃いの紫のマントは夜の色によく馴染む。夜目が効く少女を一人にしては
いけないとヨシュアは学んだ。
「これは」
言葉を途中で呑み込む。光源の乏しい夜の草原で、それは小さな輝きを放っていた。
シロツメクサのように小さく、白百合のように可憐で、林檎のように芳しい。その一
方で薔薇にさえ勝る凛々しさも感じられた。それはただ神秘的と呼ぶには、あまりにも
陳腐だった。
リュカはしゃがみこんでルラムーン草に指で触れる。光の粒が、花の先から僅かに零
れ落ちた。粒が落ちると光は煌きを失う。引き抜いたら光が消えてしまうのではないか、
心配そうに彼女は告げた。ヨシュアは苦笑する。そんなことを言っていたらルラムーン
草を持ち帰ることは永久に不可能ではないか。言ってから、彼もまた屈んだ。
持って帰ろう、一緒に。
どちらともなく、それを言い出した。茎を掴んだリュカの手に、ヨシュアの手が添え
られる。剣を握り続けてきた故に無骨な形になってしまったその手は、触れれば崩れて
しまうかのように彼は感じた。
本当ならば、こうやって花を愛でるべき手であるはずなのに。
「ありがとう」
リュカはルラムーン草越しにヨシュアの瞳を見上げた。大神殿での逃亡の手引き。数
数の戦い。
修道院を守護する僧兵やラインハットの衛兵として生きる道もあった。その中で、彼
は最も危険なリュカを護るということを選んだ。償いの意思はあったのだろうが、助け
てくれたことにリュカは心から感謝している。
「ああ」
ヨシュアの返事は短かった。それでも、リュカは満足だった。
馬車に二人が戻ったのは、それからしばらく後のことだ。
29
:
てのひら・前(旦那はアンディ)
:2006/03/02(木) 01:06:45
世界に誇るルドマン家の船が、港町ポートセルミから出航して二日が経った。澄み渡
るコバルトブルーの天空は、夜を二つ越えても変化の兆しさえない。時に遭遇する魔物
を除けば、海の旅は順調なものだった。今日も南方の砂漠に向けて船は進む。
コツコツと足音を立てながら、船の主はデッキを歩く。現在の主は当のルドマンでは
なく、彼と知り合って間もない旅人の一行だ。まだ少女と呼べる年頃でありながら一行
のリーダーであるリュカは、本日も退屈な見張りをせねばならなかった。海の魔物は陸
のそれに比べて凶暴であるが、棲息する絶対数が少ないらしい。一日に三度遭えば多い
方だった。
退屈を差し引いても、リュカの顔には暗い色が浮かんでいた。もともと内面を隠すこ
とに長けているわけではない。戦いに次ぐ戦いの記憶は、娘の微妙な心の変化に対して
は何の役にも立ちそうにもなかった。
彼女は、嫁いだばかりだった。
式を挙げたのは、ほんの三日前になる。本来ならば無条件な幸せが満ち溢れている時
期であったが、リュカは憂いを消し去れなかった。相手に不満があるわけではない。む
しろ想いが成就した相手であるのだから、これ以上無い相手だろう。
船酔いにやられ船室で潰れかけている夫のことを考える。自分と出会う前、彼には想
い人がいた。その想いを遂げるため、彼は命まで懸けた。リュカはルドマン家の家宝の
盾を得るために彼に手を貸したに過ぎない。その結果が現在の状態だ。まるで彼の未来
を奪ったように思え、リュカは気落ちする。
いっそ甘美な夢であったなら。そう思う度、指に光る青いリングが祝福を呪詛のよう
に煌かせる。魔力を帯びた指輪は、長い奴隷生活や剣を握る日々に形作られた硬く無骨
な指を綺麗に収めた。
リュカは自分の手が好きではなかった。今は無きサンタローズで暮らした幼い頃は、
畑仕事を手伝い手を土に塗れさせたこともある。そうした土の汚れは好きだった。思わ
ず彼女は腰に差した剣を抜き放つ。父の形見の剣は吸い付いたように軽い。
土汚れの日々とは全く異なる手が今の手だ。魔物を斬り、命を奪ってきた手だ。戦い
の間はそれを忘れられるが、増えた戦いの記憶は更に重く圧し掛かる。戦いに身を投じ
てから一月もない夫を想うと、手の違いをますます思い知らされた。
マリアのような清楚さはそこには無い。
フローラのような可憐さはそこには無い。
ビアンカのような凛々しさはそこには無い。
記憶の底にある母の暖かささえも、手は譲り受けていないようだった。
何度目になるか分からない泣きたくなる気持ちで天を仰ぐ。長い付き合いのプックル
が慰めるように鼻を擦り付けた。
30
:
てのひら・後(ただの吊橋効果w)
:2006/03/02(木) 01:07:31
妻を娶ったばかりであるアンディが抱くのは、愛しい女ではなく枕と桶だった。船を
出してからまだ三日目であるというのに、早くも陸地が恋しい。船室に篭っていたため
か、黄金色の髪はくすんでしまった様にしなびている。慢性的な船の揺れには未だに慣
れそうにも無い。
「ああ、ありがとう」
綺麗に掃除された桶をスミスから受け取り、アンディは小声で礼を言う。仲間である
腐った死体には最初こそ驚きはしたが、今ではすっかり打ち解けてしまっている。吐瀉
物を何度も捨ててくれる彼には、いくら感謝をしても足りない。胃の中はとうに空っぽ
だというのに、気分の悪さは収まってくれそうに無かった。
スミスが外の空気を吸いに外へ出た後、アンディは重苦しい息を吐いた。リュカとの
旅は驚きの連続だった。魔物たちとの旅も笑いが絶えない。命が懸かった旅はサラボナ
での暮らしに比べて楽ではなかったが、楽しいものだった。
死の火山、滝の洞窟とリュカに助けられ、アンディは彼女に魅了された。自分よりも
年下の少女はしなやかな肢体に不釣合いな怪力を誇り、癒しの呪文も知っていた。旅の
目的を無粋にも尋ねた時、彼女は嫌な顔一つせず応えた。父の復讐を語るときの瞳の鮮
烈さは、彼を貫く黒曜石の槍だった。
寝台に寝そべりながら、これまでの短い旅路を振り返る。戦闘のたびに彼は無力感に
打ちのめされていた。攻撃呪文の知識はあったが、リュカ一行の戦闘のリズムには着い
て行けたためしがない。アンディは邪魔にならぬよう炎の弾や氷の矢を飛ばすしかでき
なかった。船に乗って以降は潰れてしまい、更に役立たずとなってしまっている。
フローラへの想いが憧れとするなら、リュカへのそれは崇拝に近かった。その女神が
自分へ好意を持っているというのは、未だに信じがたい事実だ。指にある炎のリングは
古代の代物である割に輝きを損なっていない。武具に馴染まない手であるが、それは指
にぴったりだった。リュカの指のリングと対になるには、それは明らかに貧相なものに
感じられた。
身を寝台から起こし、窓を開ける。閉め切っていたのでは身体に悪いと仲間に伝えら
れて定期的に窓を開けるようにはしていた。特にアプールなどは鮮度を保ちたがるきら
いがあり、閉め切った空間を嫌っている。
窓からの光に目を細めると、リュカの姿が見えた。青いリングをしばしみつめたと思
えば、腰の刀を抜き放つ。一連の動作が、一つの舞のようにアンディには見えた。
その美しさに、アンディは酔いを忘れる。濁った空気さえも洗い流されているのよう
だった。
フローラではなくリュカを選んだことに悔いは無い。自分が弱いのであれば、強くな
ればいい。
いつか、その手をとってともに舞えるようになりたい。
愛する人を抱きしめるために、彼は久しぶりに両の足を立たせた。
31
:
き あ い た め (笑)・前
:2006/03/14(火) 12:35:16
漁港ビスタから見られる波濤は穏やかだった。視覚からの情報では、近頃増えてきた
という海の魔物の気配は影も形もない。最後の仕事をこれから迎える港に、最後の旅客
たちは思い思いの礼をする。その中に、一際奇妙な旅人がいた。力強そうな白馬の引く
馬車は、金庫のように締め切って内を明かそうとしない。
馬車を先導するのは濃紫のターバンとマントを纏った黒髪の少女だった。時折馬首の
中から声が漏れる。一人旅という訳でもないらしいが、どうしたものだろうかと周囲の
人間は訝しげな視線を投げかけた。
一行がいざ船に乗ろうとする少し前、馬車の扉が開かれる。中から現れたのは翡翠色
の髪の青年だ。貴族然とした煌びやかな服装とその容貌から、人々はラインハットの王
子の噂を思い出す。突然の英雄の姿は国を魔物の手から救ったヘンリー王子が寂れた港
に何用か、と周囲に少々のざわめきが生じた。ヘンリーはそれらを芝居の一座なもので、
と芝居じみた動作を付けて軽くあしらう。
「すまないな。我侭を言ったみたいで」
「謝るならデール陛下にでしょ」
違いない、と苦笑を浮かべるヘンリーからリュカは視線を逸らす。ラインハットは解
放されたとはいえ、未だ荒らされた状態から立ち直ってはいない。国民の中には誑かさ
れたデールからヘンリーに王位を移すよう望む声も少なくなかった。ヘンリー自身は拒
否しているが、最早彼は国になくてはならない人間となっている。
拗ねるようなリュカの態度に、ヘンリーは少し眉尻を下げた。遠慮がちな抗議はかつ
て子分になる、と我慢して言った時のリュカと変わらない。言葉少ななくせに、その少
ない言葉も普段の声が高い分だけくぐもると急に聞き取りにくい。その姿はやけにヘン
リーの良心に突き刺さる。
頼りになる仲間たちが一緒の旅路とはいえ、見知らぬ地に子分を送り出すのは忍びな
かった。二人の子分を同時に世話してやりたいのは山々であったが、肝心の親分の身体
は一つしかない。子分の片割れの父を奪った引け目はあったが、混乱に陥った故郷の多
くの人間を見捨てることはできない。別れは彼にとっても苦渋の決断だった。
「困ったらいつでも親分を呼べよ。できるだけ助けてやるから」
笑顔を再び浮かべてヘンリーは言う。リュカが助けを呼んだりしない人間であること
は知っているが、親分としての面子は保っておきたかった。照れ臭さを隠すため、子分
の頭をターバンの上から乱暴に撫でる。
困った表情を浮かべ、リュカはターバンと髪を直した。ラインハットからビスタまで
の道程がヘンリーとの最後の旅になるかもしれない。それを意識しないよう努めること
は、裏表のない少女には難しかった。
「子分としてはデールさんの方が先輩だから、そっちを大事にしてあげなよ」
そっけない言葉に、ヘンリーは再び頭を撫ぜた。今度は優しかった。
「ばか。偉大な親分は全ての子分に平等なんだぞ」
偉大すぎる親分は、これから国一つぶんの子分を大事にしなくてはならない。馬車一
つ分の仲間たちとはスケールが大違いだ、とリュカは笑った。笑えた。
潮風が、直した黒髪を再び揺らした。
32
:
き あ い た め (笑)・後
:2006/03/14(火) 12:35:55
「そろそろ船が出るみたいダニ」
馬車の中からダンスニードルの声がかかった。魔物の身なれど野暮なつもりは毛頭無
かったが、それで出航を逃したら元も子もない。ここから出る船はこれきりなのだ。陽
気な彼の新天地への好奇心が、二人の気持ちを切り替えた。
「ああ、引き止めたみたいで悪いな」
馬車の扉を叩きながらヘンリーは応える。分かればよろしい、とでも言うかのように
ダニーが馬車の中で踊る。棘だらけの彼の踊りは馬車の中で小さな騒ぎを起こした。中
の様子が手に取るように分かり、ヘンリーは声に出して笑う。これならば寂しがりの子
分が泣くようなことは無さそうだ。笑い声を聞きつけたドラきちが甲高い抗議の声を上
げた。
「じゃ、行って来るね」
「変な男に引っかかるなよ」
意地の悪い親分の軽口にリュカはそっちこそ、と短く受け応えた。最後の旅人がよう
やく船に乗り込むと、待っていた船員たちは慌しく働き出す。
手が届かない距離になって、ヘンリーは意を決したように大きく息を吸い込んだ。
「リュカっ! 嫌かもしれないけど、いつか言ってくれ!」
イオの爆音にも勝る大声を張り上げる。一言を言い切ると、再び大きく息を吸う。
「“ただいま”って!」
この言葉が、彼女を傷つけるかもしれない。
ヘンリーはそれを知っている。十年に渡る負い目があるぶん、余計にこの言葉は言い
にくいものだった。
「俺が言えるようにする! それぐらいの国にしてみせるから!」
リュカが何か言っているのが見えたが、少女の声は王子の耳には届かなかった。
親分は大変だ、と独り言を残し、ヘンリー王子はキメラの翼を放り投げた。
リュカは船の内部に置いてもらった馬車に寄りかかっていた。十年以上ぶりの船だと
いうのに、海の独特の揺れを身体は覚えている。懐かしさはあったが、それ以上に港町
ポートセルミに早く着いて欲しかった。
泣くのは、一人きりが良かった。
33
:
しあわせの詩・前
:2006/03/14(火) 23:40:04
228=(略)です。
ヘンリー婿SSを書いたのは良いのですが、ここに張り付けると10レスは使用してしまうので(…)、
ログ流しまくるのは嫌だ、と言うことで本人証明も兼ねて別鯖にうpさせて頂きました。
http://sib.b.to/ss/7
↑になります。お手数ですが、直打ちにて閲覧お願い致します。
34
:
228=(略)
◆PyB831QpqM
:2006/03/15(水) 08:16:02
前に書いたアンディ婿SSがまとめに載って無かったので再うpします。
http://sib.b.to/ss/4
35
:
名無しさん
:2006/03/16(木) 07:17:36
>>33
そのための投稿掲示板なのだから、100レス使用しようが気にしなくていいと思うけど。
保管に支障が出る可能性もあるので、むしろ、別鯖にして欲しくないぐらい。
36
:
モンスターの骨まで愛して
:2006/04/10(月) 11:27:09
注意:純粋な女主人公SSではないですが一寸ゴープスブライド見ててモンスターがこんな風に結婚を後押ししないかなと思って。スレ汚しだったらすいません。
途中から、は「」無しが炎の戦士の歌。()が行動になります
〜マリッジブルー ビフォア ウェディング〜
此処はポートセサミ。リュカ(女主人公)がいよいよ結婚を間近になると言って少し海が見たくなって立ち寄ってみた。
リュカは既に寝てしまったが、酒場にはモンスターと婿である自分だけ。
結婚式にモンスター全員は呼べないという事でモンスターじいさん監視の元、宿屋を貸しきって貰った。
独身最後のパーティーと言う事だが、婿が浮かない顔をしているのを炎の戦士が感じ取ったのか話しかけてくる
「旦那。何しらけてるんでさぁ?…いよいよ結婚ですぜ?」
俺はふるふると首を振り、リュカが本当に結婚を望んでいるか不安だという事を吐露する。
其れを見て、モンスターたちははぁっと大きなため息を吐く。ほのおの戦士が一人ステージに立っていく。
「マスター、熱いビートをくれ。一寸、この冷めた旦那に一発焼きを入れてやる。」
すると、マスターがこくっと頷けばBGMをかき鳴らしていた楽員がジャズ調の音楽をかき鳴らす。
指を鳴らしリズムを取る、ほのおの戦士。そして、モンスター歌が始まった。
37
:
モンスターの骨まで愛して
:2006/04/10(月) 11:30:18
聞っかせてやるぜパァーショーン。ホットなソウルの俺達がぁークールに愛の手解きぃー覚悟しな!!
女は常に熱を求めるー、硬く転がってる奴には見向きもしねぇー。
ばくだんいわ「ボンボボ〜ン」(ばくだん岩は炎の戦士に転がされる)
がむしゃらに愛を叫ぶだけでもー
イエティ「Ah−−−−−−!」(イエティは雄たけびをした)
どろどろ着いて流されてるだけでもー
マッドヌーバ「YEAH!」(マッドヌーバは様子を見ている)
ただ、見過さーれて最後は骨にぃなぁるだけ!
腐った死体「男も腐っちゃおしまいさぁーー」
イエティ「Ah−−−!Ah−−−!Ah!AhAh−−−−−−−−−−−!」
ばくだんいわ「ボン!ボン!ボンボボボン!」
エンプーサ「女が求めるは熱いじょーねつー…激しいダンスに甘いコ・ト・バ!」
(激しく踊っているとイエティが息を履けばそのまま相手に倒れ掛かるエンプーサ)
ザッツパッション!ビィート&ヒィトラァーヴゥ!!
ダンスニードル「刺々しくてもぉー…一人さーみしぃ夜もあるぅ!!」
ドラゴンキッズ「いつまでもガキじゃいられなーい!」
イエティ「Ah−−−!Ah−−−!Ah!AhAh−−−−−−−−−−−!」
ばくだんいわ「ボン!ボン!ボンボボボン!」
ホイミンスライム&ベホマスライム「絡み合うーほうよーもー」
エンプーサ「ホットな熱いキッスもー」(エンプーサの悪魔のキッス(違)
まほうつかい「骨身にしみるわぁーーー!!」(まほうつかいは身を守っている)
イエティ「Ah−−−!Ah−−−!Ah!AhAh−−−−−−−−−−−!」
ばくだんいわ「ボン!ボン!ボンボボボン!」
ビックアイ「ただ、遠くで見つめるだけでもー」
パペットマン「手の平の上で、踊るだけでもー」
ミステリードール「じっと耐え忍ぶーだけでもー」
足りないーー!足りないーーー!もえさかーるほどの熱いパッションがーー!(炎の戦士は火の息を吐いた)
イエティ「Ah−−−!Ah−−−!Ah!AhAh−−−−−−−−−−−!」
ばくだんいわ「ボン!ボン!ボンボボボン!」
さまようよろい「恋はさーまよい、何時までも行き着かなーい」
それでも人はもーとめる、情熱で浮かされるねーつの喜びをぉ!
ばくだんベビー「たとえー相手の為ならーこの身が砕け散ってもー」
俺の熱い炎が燃え尽きてもーーー
おどるほうせき「それは、どんな宝よりもぉー価値があるぅー!」
それはパッション!!パッション!!うかさーれるよな、熱い愛の熱びょOhhhーーーーーーー!
終わった。彼らの熱い歌と想いに身が引き締まり少し前向きになれた気がする。
彼女はこんな素敵な仲間が居て幸せだ。…こんな幸せな彼女を自分はもっと幸せにしなきゃなっと心に決めた夜だった。
38
:
モンスターの骨まで愛して
:2006/04/10(月) 11:37:49
しまった…マッドヌーバじゃなくてドロヌーバだった。orz
後、モンスターの歌ね…。ごめん何度も見直したんだが見落としが…マジごめん
39
:
再会_A・1
:2006/04/11(火) 22:50:19
A 水の洞窟の同行者として
B うわさのほこら関連
※本スレ1の過去ログを参考にした、ヘンリー再加入(妄想脚色付き)の話です。
設定は全て仮のものです。
― 再会 A ―
ヘンリーは一人、佇んでいた。
見下ろした先は城下町。
彼方に広がる山脈と、森と平原の濃淡の緑。その隙間にかすかに見える水平線。
風に衣服を揺らされて、手すり代わりの城壁に触れると、昼下がりの陽気を吸った石壁
が、ほんのりてのひらに温かい。
ラインハット王城の屋上に広がる風景は、昔から変わることが無いけれど。
小さい頃は手の届かない場所であり、ただの風景にすぎなかった、それらの実際の姿を
今は知っている。
険しい山道、森の匂いと日光を遮る木々の影。足が棒になる草原の広さ、息を潜めてこち
らの動きを探る、魔物の気配。
戦いの日々。
あいつらは、元気にやっているだろうか。
長年、共に辛苦を乗り越えてきた子分の少女と、彼女に惹かれ、同じ釜の飯を食った魔物
たちを思い出す。
今の環境に不満を持っているわけでは無い。
ラインハットの民も、弟王のデール自らもまた、救国の英雄であるヘンリーに、王の座に
着くよう願ったが、彼はそれを固辞した。長い目で見れば、己が王の座に着くには無理があ
る。彼自身が一番わかっていた。
たしかに一時的に民の支持は得られよう。だが英雄の名声に賞味期限が訪れた時、十年間
の空白が、あらゆる意味で致命傷になる。
どうしても変わらない兄の考え、その事実を悟ったのであろう、
――わかりました。
いつの事だったか、短くそう告げたのを最後に、弟は王位の件を口にするのをやめた。
そして、傍で見ていて心配になるくらい、必死に働く日々が始まった。地に堕ちた、民の
信頼を取り戻すために。
もともと勉強熱心で誠実なデールの、それが精一杯の罪滅ぼしだった。
王族である以上に、親分そして一人の兄としてそれを支えるのは当然だったし、またやり
がいのある仕事でもあった。
そして今、彼らの努力が実を結んで、ラインハットに平穏が訪れつつある。
ようやく手に入れた自由を満喫していたあの日々が、この頃無性に懐かしく思えるのは、
きっと達成感に気が抜けているのだろう。ヘンリーは自嘲混じりの吐息を小さく零す。
まだまだ手放しで安心するわけには、いかないと言うのに。
――ヘンリー!
全く、幻聴まで聞こえてくるなんて終わっている。
短くため息をついて、彼は城内に戻ろうと、背後の扉に向かって踵を廻らす。
――どけてーーーー!!
やけに、はっきりした叫び。幻聴ではないのだろうか。
何事だ、と半信半疑で空を仰いだ、彼の視線が凍てついた。
空の真ん中、こちらに迫り来る、見慣れた少女の姿。
幻覚まで見えたら流石にヤバイぜ俺、とヘンリーは思い、否、現実から目を逸らしている
場合ではない、と瞬時に考え直す。
……マジかよ!
「うわあああああああああああっ!?」
40
:
再会_A・2
:2006/04/11(火) 22:50:40
ぶつかる!
衝突を覚悟した彼の全身が硬直し――ひらりとその横を通り過ぎ、彼女は素晴らしい身の
こなしであっさりと着地した。
振り向いた先で、紫の外套と白い旅装束が翻る。
ああ、そりゃそうだよな。
普段から戦いで鍛えているし、気軽に塔から飛び降りたりしているんだから。
決めたばかりで無駄になった覚悟を持て余しながら、ヘンリーは思った。
「久しぶり、って言うほどでもねえな?」
気を取り直して、小柄な後ろ姿に声をかける。
「うん。思ったより、また会うの早かったね」
長い黒髪を手櫛で整えながら、彼女は振り返る。変わらない、屈託の無い笑顔。
その口元と頬が小刻みに震えだし、
「ぷっ……さっきのヘンリーの声、凄かった!」
彼女は弾けるように笑い出す。それはもう遠慮のかけらも無く。
「笑うな。子分の癖に生意気だぞ」
「何年も前の話を持ち出さないで、って言ってるでしょう」
照れ半分、不機嫌半分で軽くターバンの頭を小突くヘンリーに、彼女は息を整えながら、
即座に答えた。
思ったより早い再会。
ラインハット王子ヘンリーと修道女マリアがめでたく結婚した。
連絡を受け、あれよあれよと舞い戻ったラインハットにて、そのヘンリーとマリア本人の
口から勘違いだということが発覚し、脱力するは爆笑するはの混乱を経て、再び別離を果た
したのは、つい先日のことだった。
王子の朋友であり恩人たる少女に、ご報告申し上げるためだけに、遠路はるばるやってき
て、仁王立ち……丁重にお迎え頂いた王国兵の見上げた行動力は、彼女の記憶に新しい。
次はいつ会えるかわからないけど、なんて言うんじゃなかったわ。
全くだ、俺の感動を返せよ。
軽口を叩きながら、二人は城の一室である応接間の豪華なテーブル越しに向かい合う。
辺りに漂う、女官の淹れたあたたかな紅茶の甘い香り。
身体が沈むほどクッションの効いた椅子に腰掛け、少女はわずかにぐらぐらしている。
「俺も城に戻ってから、色んな連中に会ったけどよ」
紅茶のカップを傾けながら、ヘンリーは言う。
「空から降って来た奴を歓迎するのは、初めてだぜ」
「ルーラって便利なんだけど、制御が難しいの。慣れれば、上手く行き先を決められるっ
て、ベネットさんは言ってたけど」
本当かしら、と彼女は小さく付け加える。
他に使用できる者がいないのだから、確かめようが無い。
「でも、いきなり城に飛んじゃうなんてね。皆には、馬車で待っててもらって良かったわ」
たしかに彼女の連れの、気は優しいが少しばかり個性的な仲間たち――平たく言ってしま
えば、スライムナイトや腐った死体が、ラインハットの城内を歩き回る様子を想像すると、
笑いが止まらない。ではなく、冷や汗を禁じえない。
「ヘンリー、今ろくでもないこと考えなかった?」
「いきなり人聞きの悪いこと言うなよ」
眉根を寄せて、不自然に鋭い勘を発揮する友人に、ぬけぬけと答えてみせる。
41
:
再会_A・3
:2006/04/11(火) 22:51:05
「で、どうしたんだ。サラボナに行くんじゃなかったのかよ?」
「うん。それなんだけどね」
彼女は簡単に説明した。
とある町に住む名家の家宝として、天空の盾と呼ばれる品が伝わっているという噂を聞い
て、そのサラボナの町に辿り着いた。
そこで、その家の娘の、望まぬ結婚話を白紙にするために必要な指輪を手に入れるには、
水門を開けて川を下らなくてはならないのだが、水門の鍵の管理人が「女だけでは危険だ」
と承諾してくれなくて困っている、と。
「意味わからねえ……」
それを聞いたヘンリーは、呆然と呟く。
特に後半、どの辺に彼女の目的である天空の勇者や天空の盾が、関係あるのかが。
「だ、だってね。無理に結婚させられるなんて、可哀相じゃない」
盾についてはその後に考えるわ、と、どこまでもお人好しで行き当たりばったりな友人に
彼はとうとう頭を抱えた。
「それにフローラさんって、初めて会った気がしないの。何となく放っておけないのよね」
「何となく、で命張るなよ。お前も、相変わらずって言うか……」
最近、妙に結婚話に縁があるよね、と笑って結論付ける彼女に、ヘンリーは呆れて苦笑を
返すしかない。
「結婚か。俺たちもそんな歳なんだな。信じられねえや」
「そうよね。私は、そんなことより早く勇者を探して、お母さんに会わなくちゃ」
早くと言いながら、回り道をしてるお前は一体何なんだ、とは言わないでおく。
「そんなことって、お前な。それじゃ、あっという間に行き遅れるぜ?」
その代わりと云う訳でもないが、ヘンリーは意地悪く言った。自分から始めに「信じられ
ない」と切り出しておきながら。
「いいわよ。リンクスやスラリンたちがいてくれるもの」
少女は唇を尖らせて言い返し、湯気の引いたティーカップを口にする。眼と声音が本気な
のが、彼女らしい。
空になったカップを受け皿において、一息つく。
「じゃあ行くか。デールと話つけないと。流石に黙って出て行くわけにはいかねーからな」
一瞬の沈黙を挟み、椅子を引いて立ち上がるヘンリーを見上げ、あまりに急なことに、
少女は目を丸くした。
「どうしたよ。男手が必要だから、俺のところに来たんだろ?」
「そうだけど……いいの?」
すごく、危険だし。ぽつりと呟く彼女の言葉を、今更何言ってんだよ、と笑い飛ばす。
「子分の面倒を見るのは、親分の役割だからな。気にするな」
有無を言わせぬ強い口調でヘンリーは言った。
……この少女が他人に頼る事は、滅多に無い。
気が遠くなるほど長い奴隷時代、決して弱音を吐かなかった。
滅びたサンタローズの村を見ても、一度もラインハットに恨み言を言わなかった。
彼が、荒廃したラインハットに残ると決めた時も。
頼るべき父、青春の十年。帰るべき故郷、懇意にしていた村人達、待ってくれていると信
じていた、家族同然の召使。
この国と自分の存在のために、何もかもを失った少女。
彼女が助けを求めるなら、出来る限り力になりたい。
たしかに負い目もある。それ以上に、長い付き合いの戦友として。
「ありがとう。ヘンリー」
さっきからかわれたことも忘れたように表情を輝かせ、彼女も席を立つ。
いつでも真っ直ぐに礼が言えるのは、この少女の良いところだと思う。
見習う事は、自分には出来そうに無いが。
呑気に「信じられない」だの「そんな事」だのと言っている彼らを待つ、重大な選択。
それは、もう少し後の話。
42
:
再会_B・1
:2006/04/14(金) 23:23:24
※Aとネタは一部被ってますが、話の繋がりはありません。
軽い女主人公→ヘンリー描写(?)があります。
― 再会 B ―
彼らの出発は朝早い。
見通しに支障を齎さない程度に、薄く霞が掛かった早朝の空気。
先頭で馬車を引く少女は、片手に持った地図に視線を走らせて進路を確認する。
目的地であるサラボナの町は、ここから南下した洞窟を越えた先。
地図を丸めてしまい込み、彼女は前を向く。
歩を進めるたびに朝靄が細かく纏わりつき、長い髪や衣服が微妙に重たく感じる。
ぐるるるる。
馬車の左脇を歩くキラーパンサーが、全身を震わせて不機嫌な唸り声を上げた。
全身を覆う毛並みが湿って嫌なのだろう。
基本的に、魔物は雨などの水分が苦手なのかもしれない。
現にブラウンやガンドフなどの、端的に言うのであれば「もこもこした連中」は皆、馬車
の奥に引きこもっている。
ピキーピキー。
馬車の片隅で震えているメタリンの引きこもりは、晴れも曇りも関係ない。
他にも「身体が重い」と大人しくしている者や、「身体の水分が増えて気持ち悪い」と
平べったくなっている者。「関節痛が悪化する」と言ってお茶をすする者……
……いったい、どこまで本当なのだろう。
「誰か、リンクスと代わってくれる?」
少女は期待せずに馬車の中へと声をかける。キラーパンサーのリンクスが、ゴロゴロ、と
申し訳無さそうに小さく喉を鳴らした。
「ったく、しかたねーな。靄が引いたら、お前ら働けよ!」
呆れ半分に馬車の奥へ向かって言い放ち、旅装束に身を包んだ緑髪の青年――ヘンリーが
馬車の中から飛び出し、
「リンクス、交代だ。大丈夫か?」
少しでも多く、絡みつく水分を振り払いたい、と言わんばかりの勢いで全身を震わせる
キラーパンサーに声をかける。
その呼びかけに反応し、ぎろり、と見上げる彼(?)の目線が、ガンを呉れていると言って
も差し支えない険悪なものに見えるのは、気のせいでは無いと思う。
フギャーー! グルグルグル。
毛を逆立て、明らかに少女に対するものとはうって変わった唸り声を上げて、リンクスは
音も無く風を切るような俊敏な動作で馬車に飛び乗った。
「心配要らない、って言ったのよ。うん」
少女は、嘘にならない程度に、めいっぱい友好的に通訳する。
「本当かよ」
ヘンリーは不信の眼差しを彼女に向け、
「リンクスの奴、てめえに心配されたかねえよ、あァ!? この野郎!ぐらいのことは思っ
てそうな顔してたぜ?」
「ヘンリー本当に、あの子達の言葉わからないの?」
しまった。
と思ったら遅かった。己の失言に冷や汗する少女、その視線の先には、機嫌を損ねている
のか笑いをこらえているのか、いまいちわからない面持ちの『親分』がいる。
「ぶっ。お、おまえバカだろ?」
「ほっといて」
反論などできるわけが無い。
わざとらしいくらい笑いをかみ殺すヘンリーに背を向けて、少女は手に持つ樫の杖を折れ
んばかりに握り締めた。
43
:
再会_B・2
:2006/04/14(金) 23:26:05
――どうか、兄を自由にしてやって下さい。
先日、ラインハット王城を訪れた彼女に、国王デールが口にした嘆願。
それに対しヘンリーは本気で怒りを露にした。十年間、王族としての勤めを果たせなかっ
た自分は邪魔なのかと。
国が大変な時に、救国の英雄――ヘンリーを連れ出すなんて、出来るわけが無い。
彼女もまた、最後まで反対した。
でも結局、デールの意外な頑固さと、その眼差しの温かさ、寂しさに降参して。
もしもラインハットの国民やデールが困っている時は、必ず駆けつける。
結局、そう弟王と少女に約束して、ヘンリーは半ば追いやられるように再び旅立った。
もうすぐ、岩山に穿たれた洞窟に辿り着く。
一度目は洞窟を目前にルーラで引き返してしまったから、この草原を通るのは二度目だ。
「……なあ」
背後からヘンリーの声が聞こえた。声音からだけでは、その感情は慮る事は出来ない。
「なに?」
何となく振り向く気分にはなれないまま、彼女は答える。
「あの時さ、ラインハットに用があったんじゃなかったのか? 何かゴタゴタしてて、町に
出るとか、全然そんな暇なかったと思ってよ」
少女の足が、止まる。
数歩遅れて、ヘンリーと荷車を引く白馬パトリシアが立ち止まった。
唐突に留まった荷車が乱暴に揺れて、幌越しに仲間たちが騒ぐ声が聞こえ、何事か、と
パトリシアも鼻を鳴らす。
「……どうなんだろう」
ぽつりと、少女は呟く。
ある日、彼女は一つの噂を聞いた。
宿泊先の女将が何気なく語った、海の向こうの王国の噂話を聞いた時、『二人』を祝福す
るために、ラインハットに戻るべきかと思った。古代の呪文ルーラは、一瞬にして、それを
可能とする。
しかし、今は天空の勇者と装備品とを捜し、まだ見ぬ母を救い出す事を一番に考えるべき
だと思い、そのまま旅を進めた。
心の片隅で、もやもやとした何かが渦を巻いていた。
迷宮の町を囲む森林を彷徨いながら、考える。
……彼なら、わかってくれるだろう。
草原を南に下りながら思う。
……母を捜せという、父が最期に遺した言葉が、今の自分を動かしているから、
比較的緩やかな山道を越えながら。
……立ち止まっている、時間が惜しい。
西大陸を結ぶ砂丘の砂の中、
……何となく、胸が痛いのは
命をかけて、相容れぬ魔物と切り結んでいても、
……たぶん、家族のように思っていた人が離れる寂しさで、
そして今立つ場所、洞窟を目前にしたこの景色の中で、あの日、聞いた噂が蘇る。
――何でも結婚なされたのは、王さまの兄上のヘンリーさまとか。
用事があったわけじゃないし、理由も定かではない。
ただ何かに突き動かされるように、ルーラの呪文が口を吐いて出ただけ。
44
:
再会_B・3
:2006/04/14(金) 23:36:17
結局、その噂は全くの出鱈目だった。
それを知った時の脱力感は、拍子抜けしただけか、安堵だったのか、よく覚えていない。
そうして、一風変わった心優しき仲間たちと、長年苦楽を共にした親分がここにいる。
仲間が何人か増えた事以外、永い虜囚の日々から解き放たれて、見るもの全てが色鮮やか
に映ったあの日々と何も変わらないはずなのに、あの日生まれて、未だ消えずに残っている
正体不明の渦巻きが、彼女の心に未だかつて感じた事のない影を落とす。
感じた事のない影。形のないもやもやが固まれば、その正体がわかる気がする。
もう少し。もう少しで――
「どうなんだろ、ってオイ……自分のことだろ?」
ぱっ、と固まりかけた何かが霧散した。
「ボケるにはまだ早いぜ」
呆れたようなヘンリーの声が、無遠慮に彼女の悩める心を突き刺す。
ボケるとは何だ。人の気も知らないで。誰のせいで悩んでいると思っているのか。
あっという間に、もやもやが、むかむかにすりかわる。
「……忘れた」
彼女は思考を放棄して、いい加減な結論に逃避した。
そう言ってみれば、本当にそんな気がしてくるから不思議だ。
「はぁ?」
ヘンリーは間の抜けた声を出す。
彼にしてみれば、少女が急に不機嫌になったようにしか見えないのだから、それは仕方の
無い事だ。罪が無いとは言えないが。
「いいわよ、もう」
いつも穏やかな物腰の彼女にしては珍しく、棘を含んだ声音で言い捨てる。
「忘れるってことは、大した用事じゃなかったのよ」
……何故、私が得体の知れない感情に、振り回されなければならないのだ。
理不尽な怒りに任せて、理解できない『何か』に強引に蓋をする。
驚いてその後を追いかける親分とパトリシアを尻目に、彼女はぐさぐさと、明らかに不機
嫌な様子で樫の杖で地面を刺しながら、早足で歩き出す。
……人間って本当に馬鹿ね。
荷車を引くパトリシアの呟きを、彼女は聞こえなかったふりをした。
視線の先で、サラボナの町へと続く洞窟が暗く口を開ける。
その向こうで待つ決断を、彼女は知る由もない。
その先に続く道程は、誰にもわからない。
得体の知れないもやもやと、向き合う暇は与えられないまま、その時は迫る。
(了)
45
:
青空の約束(1)-1/3
:2006/04/18(火) 21:32:34
冷たい水にひたされた布が、絡まりもつれたルカの髪を優しくほどいていく。しなやかな流れる滝のように豊かな黒髪を丁寧に梳かしながら、ビアンカは小さく感嘆の吐息を漏らした。
「本当に綺麗な髪よね、ルカ。まるで砂漠の夜空みたい…。過酷な旅をしてたっていうのに、ちっとも傷んでないなんて信じられないわ」
「そ、そんなことないよ。ビアンカやフローラみたいに、ちゃんとした…手入れとか、したことないもん。ただ、身体と一緒で頑丈なだけが取り柄なの」
正直なところ、手入れといってもどんな方法があるのかもルカは知らなかった。奴隷として過ごした年月には、髪の毛どころか身体を水で拭う機会すらろくに与えられなかったのだから無理もない。いまだって旅の途中は川や泉の水で汚れを洗い流す程度なのだが、さすがにそれは恥ずかしくて口にできなかった。
「羨ましいわ。私の髪なんて、日に焼けちゃって大変なんだから」
病床の父に代わり、太陽の下で汗水を流して働いてきたためだろう。ビアンカのブロンドは陽光に曝され、ところどころ褪せた色に輝いていたが、かえってそれが彼女の自然体な美しさを際立たせてもいる。
不満げに唇を尖らせている親友に、「ビアンカの髪、おひさまみたいで私は大好きだよ」と、ルカは心からの言葉を投げかけた。
父・パパスの命と引き換えに生き抜いてきた隷属の日々。反抗的な奴隷だったルカは地下での過酷な労働を強いられることが多く、陽の光にどれだけ焦がれたか知れない。ビアンカと過ごした冒険の記憶は、荒みそうになるルカの心を照らしてくれる太陽そのものだったのだ。
ルカは過去を深く問おうとはしないビアンカの優しさに感謝した。
「うふふ、ありがと。またルカとこんな時間を過ごせるなんて思ってなかったから、すごく嬉しいの。洞窟の冒険も、大変だったけど楽しかったわ」
ビアンカの協力を得て、ルカは水の指輪を手に入れた。いまは炎の指輪とともにルドマンの管理下にある。
──明日の朝ルカが選ぶ結婚相手と、ルカ自身のために。
年頃の女性だけで宿屋に泊まるくらいなら…と、ルドマンが二人のために別荘を貸し出してくれたことを、いまさらながらにありがたいと思う。
突然決まった花婿選びを控えて、一人きりで過ごすには夜はあまりに長すぎた。
旅の埃を落とすために湯浴みした後、絡まり縺れていたルカの髪を梳かしたいと言って譲らないビアンカに座らされたソファの上で、ルカは居心地の悪さにもぞもぞと身じろぐ。綿の詰まったふかふかのクッションがお尻にくすぐったい。
フローラから借りた馬毛のブラシで、艶やかな長い黒髪をせいいっぱい丁寧に梳るビアンカは、ルカに悟られないよう小さく唇を噛み締めた。
46
:
青空の約束(1)-2/3
:2006/04/18(火) 21:33:32
勇ましく剣を振るうルカの両肩は驚くほど小さく、せつない気持ちに胸が締めつけられる。日に焼けた肌のそこかしこに残る傷跡ひとつひとつに、彼女の流した涙の記憶が宿っているに違いないのだ。
ビアンカにすら、囚われの十年を多く語らない。だが、ルカの全身に走る決して消えない鞭の痕跡が、彼女が与えられてきた苦痛のすべてを物語っていた。
どうしてこの子ばかり、こんなに辛い目にあうのだろう。自分が男なら、もう絶対に一人になんかさせないのに。どんな危険からも守ってあげるのに。
けれど自分は女で、病に倒れた父がいる。決して彼女の傍らに立ち続ける夫にはなれないというのが悲しいかな現実なのだ。
どうかルカが選ぶ男性が彼女を幸せにしてくれますようにと、祈ることしかできないのがひどくもどかしかった。
「…実はね、私の初恋ってルカなのよ」
突然の告白にきょとんと顔を見上げてきたルカに、年上の少女はクスクスと軽やかに微笑んで見せる。
「レヌール城で私がお墓に入れられちゃったとき、一生懸命助けてくれたでしょ? すごーくかっこ良くて頼もしかったんだもん、ルカってば。男の子だったら絶対お嫁さんにしてもらったのに、まさか先を越されるなんてねぇ」
「あら、それを言うならわたくしだって…。昔うちの船で兄と三人で遊んだこと、憶えてらっしゃるかしら? 転んでしまったわたしくに手を差し伸べてくださったルカさんの笑顔、ずっと忘れられませんでしたわ」
二階から降りてきたフローラが淡いラベンダー色の夜着を胸に抱えて、階段の手摺り越しに声をかけてくる。着替えを持たないルカのために服を探してくれていたのだ。
振り返ったルカの目には、いつもと変わらず優しい微笑を浮かべた令嬢のたおやかな姿が映っていた。ビアンカとはまた違ったタイプの女性だけれど、穏やかでしとやかな、自分にはない部分をたくさん持っているフローラも、ルカにとって好もしく新鮮な存在だった。
「うん、もちろん憶えてるよ。船の上でするかくれんぼなんてはじめてで、すごく楽しかったもん。あとちょっとで陸地ってときに、フローニに見つかっちゃったんだよね。あれは悔しかったなぁ」
フローラによく似た双子の兄との競争を懐かしく思い出し、自然とルカの表情が綻んだ。
指輪の捜索で慌ただしくしていたせいで、ゆっくりと再会の挨拶もしていないけれど、彼もまた立派な青年へと成長を遂げていた。ルドマン自慢の後継者である。
「ふふっ。お兄様ったら、わたくしなんかそっちのけで、あなたを探すのに必死でしたわね。絶対につかまえるんだーって。遊びであんなにムキになったお兄様、はじめてでしたのよ? …ああ、そうそう、お待たせしてごめんなさい。私のものだと少し大きそうでしたから、ちょっと探すのに手間取ってしまって」
ふっくらと柔らかな曲線を描くビアンカやフローラに対して、あまりに痩せぎすな自分が恥ずかしかった。筋肉質に引き締まった華奢な肢体はひたすら戦闘のために鍛え抜かれ、少女というよりは少年のそれに近い。純白のドレスを纏う花嫁姿が似合うはずもないとルカは思う。
47
:
青空の約束(1)-3/3
:2006/04/18(火) 21:34:24
よくこんな自分に二人の男性が婿候補の名乗りを上げてくれたものだ。しかも内一方は、目の前の可憐な女性を心から愛していたはずなのに、いったい彼は何を血迷ったというのか…。
「この色、きっとルカさんにお似合いですわよ」
かつての求婚者・アンディの心変わりをどう受け止めているのだろう、フローラは内心をおくびにも出さずルカに接してくれていた。さすがは躾の行き届いた良家の子女、と言うべき冷静さには舌を巻く。
「うわぁ、やわらかい…。ありがとう、私なんかにはもったいないくらい素敵」
「なに言ってるの、明日には花嫁になるくせに。さあ、着替えちゃいなさい」
「ビアンカってば、お母さんみたい」
本当の母はどんな人なのかわからないけれど、なんだかちょっぴりくすぐったい。
女性らしい膨らみの乏しさを見せたくなくて、ルカは二人に背を向けて着衣を脱ぎ捨てる。だが、ハッと息をのむ気配を感じて、軽卒に服を脱いでしまったことをすぐに悔やんだ。
鞭の痕が一番集中しているのは、背中だから。
長く伸びた髪でも隠しきれない無惨なそれを、よりによってビアンカとフローラに見られてしまうなんて。
「…あはっ、参っちゃうよね。自然に治るまで放っておかれた傷だから、ベホイミでも消せないの!」
夜着を胸元に抱えたルカは、顔だけで振り返りながら精いっぱい明るく笑ってみせた。お願いだから同情しないで、と心の中で叫びながら。
もしも同性の二人に慰めの言葉をかけられてしまったら、もう毅然と立ってはいられないような気がするのだ。
普通の女の子でいたいなんて望みは一生抱かないと、激しく鞭打たれながら心に誓った。父の遺志を継ぐために。母を救うために。自分の人生は、そのためだけにあるのだと歯を食いしばって涙を堪えて生きてきたから。
「…まったく、相変わらずおてんばなのねぇ、ルカってば。あんまり無茶しちゃダメよ」
フローラよりも先に口を開いたビアンカが、呆れたように肩を竦め、人さし指でルカのおでこをピンッと弾く。そんなやりとりに微笑みを取り戻したフローラが、「早くお召しにならないと風邪を引いてしまいますわ。ベッドの用意もメイドが整えているので、いつでもどうぞ」とルカを促した。
「うん、ありがとう。…でもすぐには寝られそうにないや。こんな格好だけど、ちょっとだけ庭を散歩してみてもいいかな?」
ビアンカと視線を交わしたフローラが「それではこれを…」と、自らが羽織っていたナイトガウンを差し出そうとするのを、ルカは小さく手で制した。
「ううん、大丈夫。ちょっと風に吹かれて、いろいろ考えたいの」
「そうですか…。ねえルカさん、同じ年頃の方とこうしてお話しする機会があまりないので、わたくしも今夜はこちらにご一緒させて下さいな。ビアンカさんとおしゃべりしながらお待ちしてますわ」
「…ありがとう、二人とも」
優しい友人に見送られて館の扉を開いたルカは、夜の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
決断のときは、迫っている。
[つづく]
48
:
228=(略)
◆PyB831QpqM
:2006/04/19(水) 07:31:09
遅くなりましたがしあわせの詩・中編です。
......
「ヘンリー!」
静まりかえっていた廊下に、自分の名を呼ぶ声が響いた。ヘンリーはふぅ、と一息つくと、ゆっくり顔を上げてそちらに目を向けた。
「……何やってたんだよ」
一瞬、声が出なかった。
リュカは、普段旅している時にはあまりお洒落などせず、動きやすいローブに身を包んでいた。
そんな彼女に慣れていたせいも有ってか、こんな風に着飾った彼女は新鮮だった。美しさは変わらないが、何時もより一層女性らしさが際立っている。
真っ白なウェディングドレスが、少し紅潮したリュカの肌が、艶やかで流れる様な黒髪が、ヘンリーの目を捕えて離さなかった。
綺麗だ。
そんなの、前から知ってたけれど。
「ゴメンね。皆で喋ってたらつい長引いちゃって」
リュカは苦笑いで答えた。彼女の両側の父親代行はクスクスと笑う。
「確かに届けましたよ」
幸せにしてあげて下さい、と、声には出さずにロレンスが告げた。
当然だとばかりにヘンリーは頷く。視線はしっかりとリュカに注いで。
「さ、ヘンリー様…」
ヨシュアが、促すような目線を送る。ああ、と小さく呟くと、ヘンリーは手に持っていたヴェールをリュカにそっと被せた。
瞳を閉じ、ヴェールとドレスを身に纏った彼女は非常に繊細な彫刻の様だった。
フライングなのは承知の上だが、抱き締めたくて仕方が無かった。
「リュカ」
「…行くか」
ヘンリーが手を差しのべる。
リュカは柔らかく微笑みながら、その手に自分のそれを重ね合わせた。
「うん 行こう、ヘンリー」
歩き出す二人の背中を、ヨシュアとロレンスは暫く見続けていた。
遠くなっていく彼らを見つめ、自然と笑みが溢れた。
「…さ、ロレンス殿。私達も行きましょう」
「そうですね。急がなければ間に合わない」
ヨシュアに促され、ロレンスはマントを翻した。
もう、心残りは無い。二人なら大丈夫だ。
胸の痛みを誤魔化して、ロレンスは早足で歩き出した。
49
:
しあわせの詩・中-2
:2006/04/19(水) 07:32:09
「うう…緊張してきた」
繋いだ手とは逆の手で胸を抑えながら、リュカは何度も深呼吸していた。
「何固くなってんだよ」
「だって、こんな風にしてるの初めてなんだよ。ここまで着飾った事なんて無いから」
「だろうな」
隣に居る人物が何故ここまで落ち着いていられるのか、リュカには理解出来なかった。
横目でちらりとヘンリーを見る。
彼は真っ直ぐに目の前の扉を見据えていた。流石王族と言った所か。タキシード姿がぴたりとはまっている。
普段旅をしていた時はあまり感じなかった気品が滲み出ていて、リュカの胸はますます早鐘を打った。緊張とは違うドキドキで。
「リュカ」
「な、何!?」
突如声をかけられ、裏返った声で返事をする。
今のは恥ずかしいなぁ、と思いつつ、リュカはヘンリーの言葉を待つ。
ヘンリーは微笑んでいた。
「綺麗だ」
それは今日一日で沢山の人に言われた言葉だった。だが、今まで言われた誰よりもリュカの心に響いた。
「何回言っても足りねぇわ。凄い綺麗だ…いつもの事だけどな。でもこれは新鮮。滅茶苦茶綺麗」
「…な、何回も言わないで良いよ」
「耳塞いでんじゃねぇよ」
「塞がせてよ〜」
投げ掛けられる言葉の数々が嬉しくて恥ずかしくて、リュカは思わず耳を覆った。
しかしヘンリーはにやりと笑いながら、耳を塞ぐ手をどかしにかかる。必死に抵抗はしたけれど、ずるずると引き剥がされてしまった。
「緊張、解けたか?」
「………」
リュカはぽかん、と口を開く。
気が付けば、さっきまで胸を一杯にしていた不安だとか緊張は消えていた。
「…やっぱり凄いね」
「ん?」
「ヘンリーは凄いよ。流石親分」
幼い頃から続く二人の関係を比喩する言葉を出すと、彼は小さく声を漏らして笑った。
それから軽く首を横に振る。
「は?違うだろ」
「え」
「今からは、旦那様」
そう言った彼はいつも通りに優しく笑っていた。せっかく解けた緊張がまた産まれて来るのを感じた。
そんな事を知ってか知らずか、お構い無しにヘンリーはリュカに手を差しのべる。
「じゃ、行こうぜ」
リュカは頷くと差し出された手をとって、そっと腕を絡めた。
......
まだまだ続く。
結局旦那だけしか出せなかったorz
50
:
青空の約束(2)-1/3
:2006/04/20(木) 07:47:47
***
ヘンリーか、アンディか。
本来ならこの結婚は、フローラとアンディが結ばれるべきものだったのだと
ルカは思う。それなのに。
愛娘の婿探しで躍起になっていて、少女のルカには目も留めてくれないルド
マンの気を引きたい一心で、ついつい炎の指輪を手に入れてしまったのが事の
発端である。
指輪のついでにアンディの心まで奪うことになろうとは、誰が想像できただ
ろう。
「君といれば、僕も一緒に成長していけそうな気がする」と彼は言った。全身
大火傷の病床、最愛の幼なじみに看病されているその目の前で。
フローラに対して失礼極まりないセリフだと一時は腹も立ったけれど、実の
ところ彼の本心はまだ彼女に向かっているのだろうとルカは確信している。
なぜならアンディにとって、成長とはすなわちフローラにふさわしい自分の
姿だからだ。
「一途な人みたいだし、ちょっと勘違いしちゃってるだけなのよね…」
ルカが備えている圧倒的な『力』への憧れを、愛情と誤認しているに違いな
い。フローラへの面目が潰れ、心がルカへと逃げているようにも感じていたが
、どのみち火傷が治って熱が下がれば正気に戻るだろう──そう簡単に考えて
いた。
死の火山からほぼ無傷で生還したルカにルドマンはいたく感激し、「婿選び
はまた他の方法でもできる。よし、もし水の指輪を取ってくることができたな
ら、君の旅にできる限り力を貸そう」とまで約束してくれたことに浮かれ、ル
カは事態を重く受け止めてはいなかったのだ。
だが、協力してくれたビアンカとともにサラボナに戻ったルカを迎えたもの
は、なんと数カ月前に別れた旧友の姿だったのである。
ラインハットにいるはずのヘンリーは、どこでどう聞きつけたものか、アン
ディがルカに求愛したと知りサラボナに飛んできて「ルカは誰にも渡さない」
と言い出したらしい。
ルカ不在のまま睨み合うヘンリーとアンディを見兼ねたルドマンが「だった
ら本人に選ばせなさい。結婚式は私が面倒をみよう」などと馬鹿げた提案をし
てくれたおかげで、ルカはいまこうして頭を悩ませる状況に追い込まれていた。
最初、ルカは当然断ろうとした。ヘンリーともアンディとも、いまはまだ誰
とも結婚なんて考えられないから。けれど、ルドマンの機嫌を損ねれば天空の
盾は二度と手に入れられないかもしれない──その不安が、ルカの決断を鈍ら
せる。
「私、どうしたらいいのかな、お父さん…」
見上げた星空は遠くまばゆく光を放つばかりで、答えてくれそうにない。
屋敷を囲む優雅な木立の隙間を、春のぬくもりを帯びた夜風が吹き抜ける。
頬をなぜるその感触は、記憶に遠い母の面影を宿していた。
行方不明の母を命がけで探し続けた父。二人の間に通いあっていたような強
い絆を、果たして自分とヘンリーの間に築くことができるのだろうか。
やんちゃでわがままで、手のつけようのなかった王子様。一緒に攫われ、神
殿での過酷な労働も二人で心を支えあってきた友。
──そう、ルカにとってヘンリーは大切な友なのだ。よくも悪くも、互いを
知り過ぎている。
ヘンリーを夫に選べば、彼はきっとこう言ってくれるだろう。
共に戦おう、と。
51
:
青空の約束(2)-2/3
:2006/04/20(木) 07:49:24
けれど彼は王族の血を引き、傾国の危機に瀕する故郷の未来を担う存在でも
ある。彼の帰還を心底から歓迎していたラインハット国民の姿を思い出すと、
常に危険がつきまとう冒険の旅につき合わせるなんて、とてもできそうになか
った。
その時、ぱきっ…と背後で小枝の割れる乾いた音がして、ルカの物思いが打
ち破られた。
「誰!?」
いつものくせで腰の剣に手を伸ばし、いまは薄いシルクの夜着しか身につけ
ていなかったことを思い出した。
振り返ったルカの双眸に、木立の陰から現れた長身の青年が映し出される。月影に隠れて表情はわからないけれども、ひどく気まずそうに髪を掻き上げる仕草は子供の頃から変わらない彼のクセだった。
「驚かせて悪かった」
「…フローニ…どうしたの、こんな夜更けに」
「君こそどうしたんだ? 別邸の明かりがまだついているのが気になって様子
を見にきたんだが…眠れないのか?」
「うん、まあね。いろいろ考えてたの」
盛大な溜め息をこぼしたフローニは、自らが身につけていた白い上着をルカ
の肩へとかけてくれる。彼の体温を直に感じたルカは、自分の身体がこんなに
も冷えきっていたことに改めて気づく。
「強引な父ですまない…。言い出したら聞かないところは昔から変わらなくて
、ああなると誰にも止められないんだ」
「ううん、いいの。元はと言えばフローラのお婿さん探しを邪魔した私のせい
なんだし。結婚もね、悪くないと思うのよ。ただ、ちょっと…ほんのちょっと、
迷ってるだけなの…」
言葉を濁すルカの心中を察したのか、フローニはただ黙って傍らに立ってい
る。こんなにも心地良い沈黙があるなんて、知らなかった。ただ隣にいるだけ
で感じられる体温の優しさを、ルカは生まれてはじめて味わっていた。
一人で過ごすにはつらい夜だった。けれど、醜い傷痕をビアンカたちに見ら
れてしまっては、気軽に語り合う心境にはなれなくて。
言葉を交わす必要もなく、ただこうして穏やかな空気を分かち合える存在が
、嬉しい。
「ねえ、フローラはお婿さんを探してるのに、お兄さんのあなたは結婚しない
の?」
ふと疑問を口にすると、青年は困ったような微苦笑を口端に浮かべた。
「僕には…父から引き継ぐ大切な役目があるから。それが落ち着くまで誰とも
一緒になるつもりはないんだよ」
「役目…」
「そう。フローラや母は知らない、嫡男だけに課せられる宿命みたいなもの。これまで何代もの間なにごともなく無事に過ごせてきたけど、どうやら僕はのんびり構えていられないらしいから」
多くを訊ねなくとも、ルカには彼の背負ったものの重さがわかるような気が
した。だからこそ、彼も秘密を話してくれたのかもしれない。
フロールの宿命がどんなものなのかはわからなくても、彼の覚悟は理解でき
る。危険を伴うかもしれない来るべき瞬間に、一人きりで立ち向かうつもりな
のだ。
「父は、だったらフローラの結婚相手に立派な青年を選んで僕を手伝わせれば
いいと言い出して…その結果がこの状況なんだ。だから、君の結婚話は僕のせ
いとも言えるんだよ。本当にすまない」
52
:
青空の約束(2)-3/3
:2006/04/20(木) 07:51:16
少しも悪いことなんかしていない青年の謝罪に、ルカはふるふると首を振る。
かける言葉もなくて夜空を見上げれば、降り注ぎそうなほどに満天の星が瞬い
ていた。
「……あの頃に戻れたらいいのにね」
ルカの呟きに、頭ひとつ半高いところでフローニが小さく微笑むのがわかる。
「かくれんぼで君を探すのは大変だったよ。まさかマストの見張り台に隠れて
るなんて想像もしなかったから」
「あはは、結局見つかっちゃったけどね」
「二人して登ってるのを船長や父さんたちに見つかって、ひどく叱られたっけ」
「お父さんにお尻を三回もぶたれたのよ、私」
「僕なんか五回だよ」
お互いに指を回数分立てながら真顔を突き合わせて、次の瞬間同時に噴き出
した。
夜の帳に隠れるように、ルカとフローニの密やかな笑い声が風に解ける。
「私、あの日見た景色は忘れない。青い海と空がどこまでもどこまでも広がっ
てて、本当に綺麗だった…」
いつも笑っていた。
父と出る旅の意味も知らず、ただ無邪気に幸福だった日々。毎日が小さな冒
険の連続で、こんな日が永遠に続くと思っていたあの頃の自分──。
「なにも変わってないよ」
少女の揺れる心を見透かしたかのように、フローニはぽつりとつぶやいた。黒曜石を思わせるルカの大きな瞳が見開かれ、二人の視線がぶつかり合う。
「世界は大きく歪んでしまったけれど、君はあの頃のまま少しも変わっていな
い。たとえなにがあったとしても、まっすぐな視線も、勇敢な心も、僕が大好
きだった昔のままのルカだ」
「…フローニ…私は……」
「よくがんばったね、ルカ」
「……っ…!」
どんなときも、決して涙は見せなかった。どれだけ傷つけられても、痛くて
も、悔しくても、悲しくても、寂しくても──絶対に涙だけは見せまいと肩肘
を張って生きてきた。そうしなければ、小さく弱い心が感情に押しつぶされて
しまいそうだったから。
泣き方すらも忘れるほど、長い孤独だったのだと今さらながらに悟る。ルカ
はフローニの広い肩に縋りつき、声にならない嗚咽を小さな身体から絞り出し
、失った大切なものすべてに、ようやく別れを告げた。
髪を優しく撫でてくれる大きな手のひらの暖かさ。それは懐かしい父の手に
似ているのに、なにかが違う。ずっとこうしていたいと願うほど、心地よい感
覚だった。
どれくらいそうしていただろう。呼吸を整え落ち着きを取り戻したルカの耳
元で、フローニが静かに囁く。
「父のことは気にしないで。盾はいずれ僕が継承するものだから、誰を夫に選
ぼうと君になら無条件で貸し出すよ。もしまだ結婚したくないなら、それでも
いい。自分が一番幸せになれる道を選んでほしい。君にはその権利があるし、
僕も心から君の幸福を望んでいる」
そう言い残すと、彼はルカを残して屋敷へと戻っていった。
彼の姿を見失った途端、すさまじい喪失感を胸を襲う。一人立ち尽くす夜の
庭園は、凍えそうなほどに寒い。
──どうして大丈夫だと思えていたのだろう。一人きりで生きていけると。このまま旅を続けられると。どうして、そんなふうに強がることができたのか。
誰に聞くまでもない。もう答えは、ルカの中で確かに芽吹いていた。
孤独で凍りついた胸に、春風を吹き込んだ彼の力で。
[もちょっと続く]
53
:
青空の約束(3)-1/3
:2006/04/22(土) 15:16:41
とんでも連投で申し訳なさMAXです。
これで最後になりますのでどうぞご勘弁を。
-------
***
「さて、心は決まったかね?」
早朝から呼び立てられたルドマン邸では、神妙な面持ちのヘンリーと
アンディが待ち構えていた。ビアンカとフローラも心配そうにこちらを
見つめている。そして、彼らを通り過ぎた部屋の一番奥に、息をひそめ
る様子で成り行きを見守っているフローニの姿があった。
ほんの一瞬交えた視線に、ルカを力づける優しい笑みが浮かぶ。
「…はい、決まりました」
ルカの返事に満足げに頷くと、ルドマンは「では花婿のもとへ」と促
す。
アンディの前に歩を進めた瞬間、まだ包帯も痛々しい表情が晴れやか
に輝いた。かすかに胸が痛んだけれど、ルカは立ち止まらずに歩を進め
る。
──あなたが本当に成長できるのは、守るべき人がいてこそ。だから、
私ではダメなの。守られるばかりの愛なんて、おてんば娘には向いてな
いのよ。
勝利を確信したヘンリーが誇らしげに笑みを浮かべ、ルカに向かって
手を差し伸べる。けれどルカがその手を取ることはなかった。
──私の強い部分を信じてくれるヘンリー。大切な友達。ずっと互い
に支えあう関係を望むあなたは、いつか私の弱さに失望する日がくるか
もしれない。
成り行きを見守る屋敷の人々の間からざわめきが零れる。ルカの名を
呼ぶヘンリーの声が聞こえたが、振り返りはしない。
真っすぐ見据える双眸の先には、長身の青年だけが佇んでいた。
驚きに見開かれた青い瞳は、あの日の空の色。
懐かしい、幸福の記憶。そしてどこまでも続く未来への標──。
目の前で立ち止まり、見上げた表情には困惑が浮かんでいた。
「…ねえフローニ、憶えてる? かくれんぼで見つかったら、私、あな
たのお嫁さんになるって約束したのよ」
昨晩、彼の肩を借りて涙しながら甦った記憶。それは子供じみた賭け
だったけれど、いまのルカを後押ししてくれる、たったひとつの勇気と
なる。
「ルカ、僕は…」
「私の幸せは、フローニ、あなたの傍らにあるの。私の宿命があなたを
巻き込むかもしれないとわかっていても、気持ちは変えられない」
あなたの背負った宿命に巻き込まれたってかまいはしない──言葉に
はのせられなかった想いまで、ちゃんと伝わっただろうか。不安に揺れ
そうになる心をありったけの勇気で奮い立たせ、ルカはその小さな手を
彼に差し出した。
フローラのように可憐な指先ではない。剣を握り、魔物と戦い続けて
きた、これは戦士の手だ。
もしもこの手を取ってもらえるのなら。
この先ずっと、自分自身の歩んできた道を誇りに思えるから。
もう二度と、過去は振り返らずに未来だけ見つめて生きていけるから。
ルカの願いを包み込むかのように、フローニの目元がふっと優しく綻
んだ。
「…もちろん憶えてるよ。だから僕はどうしても君を見つけたくて、マ
ストにまで登ったんだ」
54
:
青空の約束(3)-2/3
:2006/04/22(土) 15:17:16
青年の思慮深い瞳が一瞬影を帯び、やがて強い決意が宿る。
「君はいつも、想像もつかない方法で僕をびっくりさせるんだね。これ
じゃ一生目が離せないじゃないか」
指先に触れた彼の手のぬくもりと、甲に押し当てられた唇の熱を、ル
カは生涯忘れることはないだろう。観衆のどよめきが二人を包むのを感
じながら、緊張の糸が途切れたルカは未来の夫の腕の中へと倒れ込んで
いた。
***
目覚めた瞬間、目に飛び込んできたのはまばゆいばかりの純白。
それが自分の身につけているウェディングドレスの色だと気づいた瞬
間、ルカはまだ夢の中にいるような錯覚にとらわれた。ずっとふわふわ
した雲の上を歩いている夢をみていたのだ。とても幸せで、気持ち良か
ったのを覚えている。
「ちょっとちょっと! なにやってるのっ」
「……あへ、ヒアンハ? ……っ、たぁ…!?」
無意識にほっぺたをむにゅっとつまんでしまったルカのおでこに、痛
烈なデコピンが飛んできた。
「あれ、じゃないでしょ! 予定外の相手にプロポーズしたと思ったら
いきなり気絶しちゃって、大変な騒ぎだったんだからね。ここに運ばれ
る間も幸せそうに笑いっぱなしだし…まったくこの子は、いきなり顔の
筋肉がゆるんじゃってもう」
両手を腰に当てて心底から呆れた顔をしている幼なじみが、けれどど
こか誇らしげに見えるのは気のせいだろうか。
「まったくですわ。よくもわたくしの最愛の兄を奪ってくださいました
わね」
なぜか頭の上からフローラの声がする。言葉とは裏腹に、その口調は
軽やかでどこか面白がっているかのようだった。
「ああっ、だめ、動かないで! いまフローラが髪を結ってくれてると
ころなんだから」
「え? え? なんなの?」
「そうですわよ。じっとしてて下さいな、お姉様。もうじきお兄様がベ
ールを持って帰ってきてしまいます。それまでにどうにかしないと」
フローラが髪を結い上げる傍ら、ビアンカはルカに花嫁の化粧を施し
ていく。質問も抵抗も封じられたルカは、されるがまま身を任せるしか
ない。ちらちらとあたりを見回して、どうやら気絶しているうちにルド
マンの別荘まで連れてこられていたらしいと把握した。
ちなみに、ルカが腰かけているのは横たわって眠れてしまうほど大き
なソファである。心地よく眠っている間に着替えさせられ、着々と式の
準備は進められていたようだ。侍女に命じずビアンカとフローラが支度
を手伝ってくれたのは、傷痕を気にするルカへの思いやりなのだろう。
「…ふう、どうにか形になったわね」
「ええ、我ながら最高傑作ですわ」
顔を見合わせて満足そうに笑いあう二人の友人に、ルカ本人だけがつ
いていけない。だが、さすがにムッとして口を開きかけた瞬間に玄関扉
が開かれ、輝かしい真昼の陽光とともに盛装姿のフローニが現れると、
ルカはすべての状況を飲み込んでなにも言えなくなってしまった。
つまり、これから結婚式なのだ。自分と、彼の。
ルドマンが特注していたシルクのベールを手に、フローニが自分に近
づいてくる様子を、ルカはやはり夢見心地で見つめていた。
55
:
青空の約束(3)-3/3
:2006/04/22(土) 15:17:39
「私たちは先に行ってるわ。あんまり遅くならないでよ、主役のお二人」
そう言い残すと、親友たちは別荘を出ていってしまう。
なんだか、とてつもなく気恥ずかしい。
生まれて初めての化粧に、豪奢な純白のドレス。女らしい部分なんて
ちっともない自分の姿が、フローニの目にはどう映っているのだろう。
「あの…お、おかしくない…?」
消え入りそうな声で囁いたルカに、フローニは微笑を浮かべながら首
を傾げる。
「お化粧…ビアンカがしてくれたんだけど、私、したことないから…」
「素顔の君も可愛いけど、今日はとびきり綺麗だと思う」
「……っ」
あまりに率直な褒め言葉を受けて、ルカは耳まで真っ赤に染まった。
フローラもそうだが、育ちのよさが成せる技なのか、この兄妹は臆面
もなくこういった言葉を口にする。少しは言われるほうの身にもなって
もらいたい。嬉しいけれど、それ以上に恥ずかしくてたまらなかった。
「あのね、ルカ。僕たちが出会ったあの日、パパスさんはうちの父に自
慢してたそうだよ。君はお母さんにそっくりだから、将来はすごい美人
になるぞって」
「…お父さんが、そんなことを…?」
「うん。僕もついさっき父からはじめて聞いたんだけど。『だったらぜ
ひうちの息子の嫁に』って言ったら、絶対一生嫁には出さないって断ら
れたって。…ひょっとしたら今頃、すごい剣幕で怒ってるかも」
くすくすと笑うフローニにつられて、ルカも微笑む。胸の痛みを感じ
ずに父の面影を思い浮かべるのは、彼の死を目の当たりにして以来はじ
めてのことだった。
「あのね…気になってたんだけど。私、もしかしてとんでもないことし
ちゃった? 跡継ぎのあなたを選ぶなんて、ルドマンさん怒ってない?」
心配そうに上目遣いで見上げてくるルカの手を取り、フローニは彼女
をソファから立たせる。
「大丈夫、父は君を気に入っているよ。いずれ時期がきたらこの街に戻
らなければいけないけど、それはたぶん、もう少し先の話だから」
時がくれば、フローニは自分が抱えている秘密をルカに打ち明けてく
れるだろう。だからそれまで、彼を信じて共に歩いてゆけばいい。
「それじゃ、行こうか。みんかが待ってる」
ルカの手を引き扉を開いたフローニはふと思いついたように立ち止ま
り、自らの手でシルクのベールを花嫁に被せると、その滑らかな絹に隠
れてそっと唇を重ねてきた。
いきなりのことに双眸を瞠ったルカの手を握り直しながら、いたずら
っ子の表情で笑ってみせる。
「いつも驚かされてばかりで悔しいから、お返し」
「…もうっ。覚えてらっしゃい」
「望むところだよ」
まだ神の御前ではないけれど、二人は幸福な未来を互いに誓い合う。
つないだ手の、ぬくもりにかけて。
扉の外には、果てなく晴れ渡った青空が広がっていた。
END
56
:
ずっと一緒に・1
:2006/05/01(月) 17:50:21
※ヨシュアが仲間になったらこんな感じかな、という妄想です。
主人公の名前は、マーサ+リュカ=リーシャ。
― ずっと一緒に ―
リンクスの機嫌が恐ろしく悪かった。
無理も無い話である。ベロゴンの群れとの死闘で、全身をしこたま舐められたのを、苦痛
と認識しない者は滅多にいないだろう。
見事な黄金の毛並み越しに青筋が透けて見えそうな勢いで、とにかく機嫌が悪かった。
「リンクス、機嫌直して」
この、世にも奇妙な一団のリーダー・リーシャの声も、負のオーラを全身に纏った、今の
リンクスには届かない。
「わかったわ。川で水浴びしてから船に戻りましょう」
リーシャは、観念して小さくため息をつく。
鋼鉄の牙を武器にして、接近戦を主体とした戦闘スタイルのリンクスは、それだけ多くの
危険に見舞われる。それは本人(本……猫?)も承知のはずだ。
しかし、母と天空の勇者を求める旅、度重なる激戦。リンクスをはじめとする仲間たち
は、口では文句を言いつつも、自らの意志で彼女に付いて行く。今までも、これからも。
それを誰よりもよくわかっているからこそ、仲間たちの多少の願い事は叶えてあげたいと
リーシャは思うのだ。立ち止まったリンクスが、フフンと満足そうに鼻を鳴らして、尻尾を
揺らす仕草を見て、小憎たらしい子ねと思いながらも。
「ごめんなさい。船に行っててくれますか?」
彼女は、スライムナイトとスライム、そして淡い金髪の青年を顧みる。
「二手に分かれたら危なくないか? おいらたちも付いて行……」
青年……ヨシュアが、飛び跳ねるスライム、スラリンの頭上のとんがりを掴んで、その
言葉を遮った。
「わかった。先に戻っている」
「あ、ありがとう」
少女の返答を聞いて、ヨシュアはすぐに踵を返す。反動で、びよーん、とスラリンの身体
が重力に伸びた。思慮深いスライムナイトのピエールは、黙って彼と共に場を後にする。
「あーちょっと何すんだよ、ちーぎーれるー!」
と言いつつも、ダメージひとつなく元の形に戻り、スライムは青年の頭に乗っかった。
彼の金髪がその液状の身体に付着することは無い。いったい、スライムの体はどうなって
いるのだろう。
「たまには二人にしてやろう」
静かな声でたしなめられ、スラリンは、むぅ、と押し黙る。
幼い頃に生き別れ、奇跡的な再会を果たしたリーシャとリンクス。普段は皆に気を遣って
昔話に興じることは無いが、たまには二人だけが知る話がしたい時もあるだろう。
「一人と一匹ではないのですか?」
隣を歩くピエールが問うた。喋っているのは、下のスライムなのか上の騎士なのかは永遠
の謎である。
「今更、区別するのもおかしいだろう」
「おかしいのは、あんただよ」
顔色一つ変えずに答える青年の言に、スラリンは呆れ顔で、ぽよん、と地面に着地した。
「あんたのそーいうとこ、嫌いじゃないけどさ。一度しか言わないから、覚えとけよ」
「そうか、ありがとう」
ことさら偉そうに宣言するスライムに、ヨシュアは大真面目に返答する。
「だが、そういう事は、あらかじめ言うべきでは」
がこんがこん。ばたばたばたばた。ぴぎゃー……
彼のセリフは、船の内部から聞こえる奇怪な音声に中断された。
57
:
ずっと一緒に・2
:2006/05/01(月) 17:50:50
ブラウニーのブラウンが、腕力を持て余し気味で大木槌を素振りし、運動不足を持て余し
ているらしいドラキーのドラきちが所狭しと飛び回り、爆弾ベビーのニトロも退屈なのか、
弾力のあるマストにぶつかって弾んで遊んでいる。
お前ら表に出ろ、と思ったが最近一軍に選んでいない引け目もあるのでやめておく。
メタルスライムのメタリンが甲板の隅っこでぷるぷる震えている。彼(?)が唯一心を許し
ている少女が見当たらないからだろう。
腐った死体のスミスが、ぼーっと明後日の方向を見つめている。そこに何か見えるのか? 不吉な笑みを浮かべながら、ごろごろごろと転がる爆弾岩ロッキーとは、どうしても目を
合わせないようにしてしまう。
彼は偏頭痛を感じながら、この一癖も二癖もある連中を、笑顔で統率するリーシャの凄さ
を改めて認識した。そういえば、ぴぎゃーって誰の叫びだったんだ、と思いつつ。
「待たせたな。遅くなってすまな゛っ!?」
ごぎっ!
甲板へ一歩踏み出した瞬間、ドラきちと正面衝突。顔面で。
彼?は今、ポートセルミで買った、新品の鉄の胸当てを装備している。
「うわァ。スゴイ音、したよ……」
円らな瞳のブラウニー・ブラウンが素振りの手を止めて、その場に蹲る青年の方を見た。
「〜〜〜〜〜〜〜ッ!」
「にゃあ、ヨシュア、ごめんごめんー」
はたはたと彼の周りを飛び回り、
「だってだって、せっかく新しい装備、買ってもらったのにさ、控えにゃんだもん。つまん
にゃーよー」
怒られると思ったらしく、ドラきちは早口でまくし立てる。
「わかった。後でリーシャに相談してみてみよう」
やはり兜は必要かもしれない、と思いながら、痺れるような痛みを放つ額を押さえる。
「狭い場所を飛び回らないように。ニトロも、トゲで破れるからマストに体当たりして遊ぶ
のはやめてくれ」
「にゃー」
「ちゅどーん」
……はい、と言ったと認識していいのだろうか。
リーシャは、魔物や動物の言葉も理解できるようだが、ヨシュアはピエールのように言葉
を話してくれる者ならとにかく、魔物特有の言語(らしきもの)はさっぱりわからない。
しかし向こうはこちらの言葉は理解出来るようなので、助かりはするがずるいとも思う。
「これ。ホイミくらいかけておきなされ」
「いや、これぐらい何とも無い」
マーリンに言われるが、自然治癒に任せて問題無しと判断し彼は奥へ進む。
「お、おまえ……男前台無し」
「やれやれ。しょうもない朴念仁じゃの」
背後でスライムやまほうつかいに好き放題言われつつ、ぼんやりするスミスの腕を取る。
あー、とスミスがうめくような声を漏らす。
「やはり……血が出ている」
突撃兵に痛恨の一撃を食らったスミスとスラリンが交代したのは、昼前だったはずだ。
ガンドフがべホイミで治療したものの、完治には至らない大怪我だったのか。
あれから少なくとも、数時間は経過している。
「痛いと思ったらすぐに教えてくれ。仕方ない事とは言え、君の怪我はわかりにくいんだ」
「い、痛い。かも、し、しれない。い、い、痛いか、は、は、はっきり、し、ない」
まごまごと説明するスミスは緊張しているのか、いつも以上に口をもつれさせる。
58
:
ずっと一緒に・3
:2006/05/01(月) 17:52:36
ヨシュアは感情があまり表に出ないため、終始無表情である。事情を知らない者にしたら
不機嫌にしか見えない。
「す、す、スミス。か、勘違い、かと、お、おもっ、た。だ、だ、だったら、み、みんな、
余分に、め、めめいわく。だから」
「勘違いなら、大丈夫だったで終わりだろう。それに越したことは無い」
腕の切り傷よりも、どう見ても腐れ落ちた部分の方が重傷なのだが、疑問に思うことは、
仲間になった翌日に放棄した。前述の理由でいまいちわかりづらいのだが、思ったよりは、
深手ではないようだ。彼は小さくホイミの詠唱を始める。
「あ、あ。ご、ご、ごめん、よ、しゅあ」
「謝らなくていい」
元はと言えば気を遣ったのだ。スミスが謝る理由などどこにも無い、と思うのだが。
「ご、ご、ごめん……」
いっそう大きな背中を丸めるスミスを、少し困ったように見つめるヨシュア。
「いや、だから……」
「おめーに怒られてると思ってるんだろ」
不毛な会話を見かねたスラリンが横から口を挟み、ヨシュアは無言で数回眼を瞬く。
「……仏頂面は生まれつきなんだが」
小さく言う彼の、心情の読み取れない静かな眼差しが悲しげに揺れる。
あ。傷ついた?
善良な魔物たちは、慌てた。
「スラリンは無神経にゃー。悪い奴ニャー」
「あんだよー! だ、誰もヨシュアが悪いなんて言ってねーだろ!」
「あ、新しい踊りを思いついたダニ! 皆見るダニ!」
「ええい、やめんか。魔力が吸い取られるわい」
ごちん、とマーリンの持つ魔封じの杖が、ダニーの後頭部にヒットする。
「元気出す。です」
「い、いや……何とも無い。ありがとう」
ガンドフの純粋な瞳にじーっと見つめられ、青年は思わず眼を逸らす。
「ボクたち、ヨシュアさん好きだよ。でもね、表情が硬いと思うの。ほらー」
「羨マシイデス……」
びよん、とホイミンが、お手本とばかりに触手で頬を三倍ほどの長さに伸ばして見せて、
そもそも表情が動かないパペックが遠い眼をした。
「努力はしてみよう」
ヨシュアは真顔で答えるが、どう見ても人間の皮膚では不可能である。
「お気持ちは察しますが、努力で解決できる範疇の問題ではないかと思います……」
聡明(でなくても解りそうなものだが)なピエールの、無駄に丁寧な突っ込み。
ごろごろごろごろ。
その後ろをロッキーがすごい勢いで転がって行く。何がしたいのだろう。
「ただいま。出発しましょ……って、何してるの?」
そこに、全身を水で流してご満悦のリンクスをつれたリーシャが現れ、魔物達に囲まれて
硬直しているヨシュアに眼を留めて、眉を顰める。
「みんな。ヨシュアさんを困らせたらだめ、って私、言ったわよね?」
穏やかだが有無を言わさぬ強さを持った声に、はいすいません、と魔物達は首を竦めた。
彼女には、誰も敵わない。
「ごめんなさい。大変だったでしょう?」
何て言うか、落ち着きの無い子ばかりだから。
少女の言に、ヨシュアは静かに首を横に振る。
「いや。いい仲間を持ったな」
「それは勿論」
迷わずに力強く頷いて嬉しそうに微笑むリーシャに、ヨシュアも小さく笑い返した。
59
:
ずっと一緒に・4
:2006/05/12(金) 19:24:23
だが――風の無い海上を漂う船は、遅々として一向に進まなかった。
進まないものは仕方が無い。そう割り切り、甲板の上で甲羅干しやら他愛も無いお喋りに
興じて、束の間の暇と穏やかな時間を満喫している魔物たちの姿。
細く高い声を上げながら、夕陽の中を飛び行く海鳥の群れ。
雲ひとつ無い青空と海面を、徐々に染め上げる鮮やかな夕焼けの朱。
マストの支柱に背もたれたヨシュアは、武器の手入れをする手をいったん止めて、紅に煌
く水面の眩しさと、平和な情景に眼を細めた。
平和と言っても、痺れくらげの群れに襲撃された際、マーリンが湯飲み茶碗片手に適当に
ベギラマを放ち、案の定狙いを狂わせて小火を出し、ガンドフが慌てて冷たい息で鎮火した
などの、瑣末なトラブルはあったが。
一息ついて手元に視線を戻し、打ち粉を塗した破邪の剣の刀身を丁寧に拭き取り、薄く油
をさす。この剣は、サラボナで新調したものだ。本来は槍術の方が得手なのだが、一般的な
得物ではないため武器屋に置いていないので、最近はもっぱら剣を使用している。
そしてまたどこか別の町で、より良質な武器を見つけるまでの短い付き合いではあるが、
既製品やすぐに手放す物であろうと、持ち物は大切に扱うべきだと彼は考える。
その向かいでは、真剣な表情をしたリーシャが同じ作業――彼と比べて、手つきが随分と
危なっかしい――に精を出す。
彼女が手に持つ古びた大振りの剣は、彼女の父親が生前に愛用していたものを、リンクス
が長い間守ってきたものだと聞いていた。
「出来た!」
不意にリーシャが顔を輝かせて、磨き終えた大剣を頭上にかざした。鏡のような刀身が、
眩しい夕陽を照り返す。
「危ないから、武器を振り回すのはやめなさい」
「どうかな、油多すぎたり、サビが残ってたりしてない?」
忠告を聞き流し、少女は剣を水平に持ち直し、青年の方へと突き出す。重ね重ね危ない。
「ああ、問題ない」
眼前の刃に思わず身を引き、マストの柱に頭を打ちつけそうになりながら、彼はそれでも
きちんと剣の全身に視線を走らせて、律儀に返答する。
「お父さんの剣だもの。思い出は沢山あるけど、長く大事にしたいの……あ」
嬉しそうに剣を鞘に納めていたリーシャが、口元に手を当て急激に表情を曇らせた。
「ごめん、なさい」
彼女は小声で一言、謝罪を口にする。
一瞬、何が起きたのか理解できなかったが、ひとつ思い当たってヨシュアは苦笑する。
彼は両親の記憶も心を温める思い出も、何一つ持っていない。その代わり、失う悲しみも
奪われる悔しさも知らない。
父親を目の前で奪われた彼女の方が、余程辛いのではないかと彼は思う。しかし、彼女に
とって父親の記憶が、何物にも換えがたい大切なものであるなら、そう思うことはかえって
失礼に当たるのかもしれない。
「謝ることはない……立派な父君だったのだな」
静かに言うヨシュアの言葉に、少女は迷うような、困ったような表情を見せて、
「……うん。すごく。大好きだった」
遠慮がちに、それでもはっきりした声音で答え――すぐに俯いた。
黙りこくってしまった少女に、今度はヨシュアが困ったような視線を向ける。
60
:
ずっと一緒に・5
:2006/05/12(金) 19:28:02
「私は両親は知らないが、マリアがいた」
唐突な言葉にリーシャが徐に顔を上げると同時に、彼は視線を剣に戻す。
「一人ではなかったから、それはそれで恵まれていたのだろうな」
無論、常にそんなに前向きでいたわけではない。恥を恐れずに告白するなら、妹の存在を
負担に感じた時もある。幼い頃は特に。
だが、妹を守らなければならないという思いが、何よりも心の支えだったのは間違いない
と言い切れる。一人だったらとっくに力尽きていた。
「だから、気にしないでくれ」
短い沈黙の後、うん、と小さく頷く気配がした。
「……ヨシュアさん」
「どうした?」
声をかけられたから返事をしたのだが、何故か彼女の方がわずかに狼狽える。
「あ、うん。えっと、ヨシュアさんが自分のこと話すの、珍しいなと思って」
少しだけど、と付け加える彼女の科白に、確かに言った覚えは無いな、と彼は思い、
「そんなに面白い話ではないからな」
思ったままを口にする。
光の教団があることで、全ての人が幸せになれる――そう思っていた。自分も妹も。
信じていたものは、全て偽りだった。
物心付く前から、盲目的にそう思い込まされていたとしても。教団に傷つけられる人々を
見るたび、己がいかに愚かだったかを思い知る。この先ずっとそれは続く。シスターとして
神に仕える妹もまた同じだろう。
身から出た錆なのだから、自分としては(恐らく妹も)それでいいが、それはどう考えても
他人に聞かせて楽しい話ではない。
そう、と小さく相槌を打ったリーシャは、少し寂しそうな顔をしていたが、やがて憂いを
振り払い、いつもの曇りの無い微笑を浮かべた。
「……そうよね」
穏やかでいて、凛として芯の通った声。
「私にも、お母さんはいなかったけど、お父さんとサンチョも、サンタローズの人たちも、
ヘンリーもリンクスもビアンカ姉さんもいたし、ベラにも会ったわ。今も皆がいてくれる」
きっと幸せなんだわ。彼女はごく自然にそう結論付ける。
いつの間にか半ばまで水平線に隠れ、深みを増す太陽の赤が辺りを照らした。
「いつか、お母さんとみんなと一緒に、サンタローズに帰れるかな」
右手を額にかざして、眼を細めて夕焼けの空を見上げながら、彼女は言う。
口にすることで、その願いを確かなものにするように。
「お母さんとサンチョを見つけて……また、あの家で暮らしたい。リンクスもピエールも
スラリンも……みんなと一緒に」
あ、でも、それだと、人が多すぎて家が壊れそうだね、とリーシャは笑った。
仲間たちが、聞こえていない振りをしているのは――気づかなかった事にしてあげよう。
「ずっと一緒にいる、か」
彼女の言を復唱し、ヨシュアも少しぎこちなく微笑する。
「それも、いいかもしれないな」
聞き耳を立てていた周囲の魔物たちの反応は、真っ二つに分かれた。
その言葉の温かさに無邪気に喜ぶか、涼しい顔をしたまま武器の手入れの仕上げに取り掛
かる青年を、驚愕の表情で凝視するか。
「本当の、本当に? もう一度、言ってくれる?」
魔物たちの反応に、怪訝そうに眉を顰めたヨシュアが、何事かと問いかけるより早く、
リーシャが大きな黒い瞳を輝かせて彼を見つめる。
状況がよくわからないまま、ヨシュアはそれらしいと思われる言葉を繰り返した。
「……それも、いいかもしれないな?」
61
:
ずっと一緒に・6
:2006/05/12(金) 19:31:43
かもしれない、は要らなかったな。彼は思う。
口とガラの悪いスライムやキラーパンサーとか、無意識で不思議な踊りを繰り出し、人の
魔法力を減らすサボテンボールやドラキー、パペットマンとか、背後で不気味に微笑んだり
転がったりしている挙動不審な爆弾岩とか……慣れてしまえば、どうと言うことは無い。
その返答に、リーシャは実に満足そうに頷き、ヨシュアもまた納得する。
「うん。もっと沢山の人が、皆のこと、わかってくれるといいな……あれ?」
「ああ、なるほど。ん?」
二人が振り向いた先の皆――つまり彼女の仲間たちは今、がっくりと力尽きたように倒れ
伏していた。
……駄目だこいつら。哀愁漂う佇まいが消極的だが力いっぱい主張する。
「どうした。疲れが溜まっていたのか?」
「早く言わなきゃダメじゃない。体調を崩したらどうするの」
身を起こす魔物たちは、真顔で心配する二人に生温かい視線を送った。
ありがとうばかやろう、と。
「違うわ、この鈍感と天然があぁ!」
べしゃ。
スラリンが叫びながら、勢い良くヨシュアの顔面に体当たりする。鉄の胸当てを装備して
いないだけ、ドラきちのそれよりはだいぶマシだろう。
「スラリン!?」
「何をする」
驚きの声と少し不愉快な声をそれぞれ上げる二人に、最悪の組み合わせだ、とスラリンは
かんしゃくを起こして飛び跳ねる。
「一歩前を期待していた、おいら達をどうしてくれるよ!」
「がっかりにゃー」
?
失望を全身で――消極的では伝わらなかったため――表現するスライムと、大仰にため息
をついてみせるドラキーに、意味がわからない、と心の底から不思議そうな面持ちで、顔を
見合わせる人間二人。
「もう一度口に出してみれば、わかるのではないかね」
マーリンが、そ知らぬ顔をしてお茶をすする。
とにかく意味がわからない。仕方が無いので仲間たちの言うとおり、ヨシュアは真っ直ぐ
にこちらを見つめてくるリーシャに向かって口を開き――
「ずっと……」
――即座に閉ざした。
ざくっ、と静けさの中に破邪の剣が床板に突き刺さる音が響く。後で修繕しなくては、と
妙に冷静な事を考える。
恥ずかしさに悶絶する者、笑いをこらえる者、事情を飲み込めない無垢な者――反応は
様々だが、誰もが声を潜めているおかげで、甲板は気まずい静寂に包まれた。
波が船体に打ち付けられる音と、たまに思い出したように鳴く海鳥の声が響く。
手入れを終えた破邪の剣を手早く鞘に納め、無言で立ち上がるヨシュア。
笑いをこらえ切れなかった誰かが噴き出す声。
「待ってヨシュアさん! 先に逃げるなんてズルイよ!」
続いて聞こえる、リーシャの慌てた声。
背中越しではその表情はわからない。振り向いて確認する気も起きない。
「……勘弁してくれ」
彼は額に手を当てて、誰にともなく、万感を込めて一言呟く。
今が夕暮れ時で良かった、と誰かが思った。
(了) おそまつさまでした。
62
:
ずっと一緒に・訂正
:2006/05/12(金) 20:54:55
ずっと一緒に・4 の一番最初の行に
川を上り、水門を潜って内海を越えた向こうに、目指す滝の洞窟があるはずだ。
という一文が入ります。
大変失礼致しました。
63
:
前夜・1
:2006/05/15(月) 22:17:48
連投失礼します。
※再会・Aの続きに当たる、脚色ありの結婚前夜の話です。
誰との二択かなど、詳しい経緯はご想像にお任せします。
― 前夜 case.H ―
ありえない。
この状況を一言で表すならば、これ以上適切な表現は無いと思う。
突然、結婚するよう言い渡された幼なじみの、今にも卒倒しそうな顔を思い出して、彼は
ため息をつく。さすがにここで笑ってしまったら、気の毒と言うものだ。
何気なく覗き込んだ窓の向こうは群青の帳。下弦の月と瞬く星星が眼にちらつく。
眠れない。
……眠れるわけがあるかああぁ!
サラボナの宿の一部屋で、彼……ヘンリーは、混乱した思考とこの状況とを、出来ること
なら床に叩きつけてやりたい気分でいた。
彼もまた、ありえないこの状況の当事者だった。
詳しくはもう考えたくも無いが、とにかくあの幼なじみの少女は、本当に厄介ごとに好か
れる星の下に生まれついたものだ。
そして、だからこそ決定権を所持するのは、他でもないあの少女自身。ここでいかに自分
が悶悶としようが、それは全く意味を成さないのはわかっている。
だからといって、落ち着けるかと問われれば、それは出来ない相談だった。
本日幾度目かの大きなため息をついて、彼は深紅の外套を羽織る。外の空気でも吸えば、
気分転換になるかもしれない。
なるべく大きな音を立てないように、それでも勢い良く部屋の扉を開けた。
「わぁっ!」
「うお!?」
不意に上がった悲鳴に、彼も釣られて声を上げ、夜の廊下に容赦なく響きわたる自分の声
に、冷や汗をかきながら慌てて口を押さえる。
落ち着いて正面を見ると、そこには、いつもの紫の外套と旅装束を着込んだ『厄介ごとに
好かれる星の下に生まれた』幼なじみの少女が立っていた。
「な、何だ……驚かせるなよ」
ばくんばくん、と心臓が外に漏れていないか心配になるような音を立てる。
真夜中の悲鳴や人影は、精神衛生上、非常によくない。
「……私も驚いたわ」
おあいこだ、と遠まわしに主張するその声音は、いつもより弱弱しかった。
大きな黒い瞳が充血して赤くなっているのがわかる。睡眠不良、不安、緊張……その原因
は枚挙に暇が無い。
「何か、こう……大変な事になったな」
前述の通り、夜の空気は音声をよく通すので、声を潜めてヘンリーは言い、口にしてすぐ
間抜けな事を言ってしまった、と後悔する。そんなもの言われなくても、選択権を持つ彼女
の方が骨身に染みているはずだ。
「うん。どうしよう」
余計なお世話だと言われるかと思ったが、予想に反して彼女は、小声で答えながら素直に
思い切り大きく頷いた。
「中、入っていい? 声が響いて喋りにくいわ」
確かに、ここで立ち話を続けるのは良策とは言えない。廊下よりも部屋の方が、声の反響
は少なくて済むだろう。
ヘンリーは、たった今出たばかりの扉の向こうに少女を通した。
水差しでコップに水を注ぎ、備え付けの木の椅子に座ってじっと目の前のテーブルの木目
を見つめる少女に渡すと、ヘンリーはテーブルを挟んで彼女と向かい合う。
ありがとう、と両手で受け取ったグラスの水が、小刻みに震えていた。
64
:
前夜・2
:2006/05/15(月) 22:19:24
「さっきからずっと、手がすごく冷たいの。緊張してるのかな」
彼女は口に付けたコップを勢いよく傾け、当然のようにむせた。どう見ても緊張している。
「しない方がおかしいだろ」
笑わなかった自分を心の中で褒め称えつつ、ヘンリーは言った。それでも一応、心にも
ないことは言っていない。
そうかな、と少し安堵の表情を見せて、彼女は改めてコップの水を一気に飲み干した。
緊張すると、無性に喉が渇くものだ。
「ビアンカ姉さんもフローラさんも、みんな眠れないって」
「そりゃあな」
ヘンリーは気の無い返事を返すが、疑問には思わなかった。
あくまで他人事だが、ここまで奇抜な他人事も滅多にお目にかかれない。
「……やっぱり、そう思う?」
彼女は空になったコップを置いて、恐る恐るといった風に問いかけてくる。
「まあ、そりゃ……」
ヘンリーは言葉に詰まる。
不安に赤くなった、きれいな黒い瞳。
窓から差し込む深い群青の月闇の中、無言で見つめ合い――
ぶは。
顔を見合わせた二人は、同時に噴き出した。
あはははははっ! あはははははは!!!
お腹を抱えて、目じりに涙を浮かべて、二人は堰を切ったように大笑いする。
「あのおっさん、ありえねえって! 何だよあの自己中!?」
「ねえ、そうよね! そう思うよね!?」
「あたりめーだろーが! 何がどうしてこうなってんだ?」
「知らないわよー!」
「ていうか天空の盾どーすんだ! どこまで脱線してんだよ!」
「結婚って何? ちょっと前に、信じられないとか言ったの誰よ」
「おめーだろ!」
「えー、ヘンリーじゃなかった?」
「お前もお前だっての! 余所様の結婚話に何、首突っ込んでんだよ!?」
「だ、だって!」
「だってもへったくれもねーよ!!」
「こんなことになるなんて、思わなかったんだもん!」
「もん言うな!」
「○○○○○○○○○!」
「××××××××××!?」
「△△△△△△△△!」
―― 一通り文句やらストレスやら理不尽やらをぶちまけた後、ぜいぜい言いながら息を
整えたら、再びやってきた静寂がものすごく耳に痛かった。
三度繰り返すが、夜の空気は音をよく通す。窓も扉も閉め切ってはいるが、下手をしたら
ご近所の安眠妨害だ。
暫く息を潜めて耳を澄ます。どこからか苦情が出た様子は感じられない。
大丈夫だろう。たぶん。無責任な事を考えながら、二人は再び笑いあった。
65
:
前夜・3
:2006/05/15(月) 22:20:01
笑って叫んでぶちまけて、いつの間にか軽くなっていた心のままに、ヘンリーはふと思い
ついたことを口にする。
「なあ。明日のことなんだけど」
笑みを浮かべていた彼女の面差しが翳り、彼は急いで続きを話す。
「ルドマンさんに、今は結婚する気になれないって、正直に話してみたらどうだ?」
言ってみたら、それは最上の案だと思えた。どうして、こんなに簡単なことを今まで思い
つかなかったのだろう。
「え?」
幼なじみは気の抜けた声を上げると、眼を軽く見開いてこちらへ視線を向けてくる。
「いや、あのおっさん、すげえ強引なだけで、嫌な人では無いだろ?」
「うん」
ヘンリーの言葉に、彼女は迷わず首を縦に振る。他に何か目的があるとしても、ルドマン
は出会ったばかりの自分達を認め、信用してくれた人だ。
「でも、良かれと思って、してくれてるんだし」
「断りにくいってか?」
俯いて言葉を濁す幼なじみに、ヘンリーは深く大きくため息をつく。
その気持ちは、全くわからないとは言わない。
確かに今はとんでもない状況ではあるものの、その大半が好意や好人物で成り立っている
から、面と向かって文句を付けられなくて困る。
だが、ものには限度があるだろう。
「バカ。んなこと言って、誰かに無理難題ふっかけられるたびに、そうするつもりかよ」
「またバカとか言う……」
少女は唇を尖らせてそっぽを向いた。
こんなんでよく今まで旅が出来たものだ。呆れるやら感心するやらで頭が痛くなる。
この少女は、いつもそうだ。
父親と、自分を心配してあの遺跡に行かなければ、長い間囚われずに済んだはずだった。
自分のためだけに使えと何度も言ったのに、怪我をした他の奴隷のためにホイミの呪文を
使うのを止めなかった。癒しきれなかった鞭の痕が、身体のあちこちに残っている。
無残に滅んだサンタローズの村を見て、夜中に一人で泣いていたちっぽけな後ろ姿。
お人好しが災いして痛い目を見たことは何度もあるだろうに、めげない根性は、いったい
どこから沸いて出るのだろう。
「俺だって、いつまでも――」
最後まで言葉にならなかった。
心臓が跳ね上がるような、かすかな痛みが邪魔をして。
――いつまでも、お前のことを助けてやれるわけじゃない。
今はこうして傍にいるけれど。自分は彼女の親分だけど。この先、それが出来るのは――
彼女の支えになるのは、その隣にいるべき誰かなのだ。
改めて口にしたその事実が、言葉という形を持って辺りを取り囲む。
周りで、或いは心の奥底で。ざわざわと何かが動き出す。
「……いつまでも?」
「何でもねえよ」
こんな時まで逸らすことを知らない、彼女の目線から目を背ける。
気付いてしまった。
さっき言ったように、今はそんな気分になれないと後回しにしたとしても、自分も彼女も
いずれまたこんな日を迎える。
その時もまた……自分がここにいるとは限らないのだ。
66
:
前夜・4
:2006/05/15(月) 22:20:34
ふっ、と冷たい風が吹き抜ける。窓も扉も閉まっているはずなのに。
この寒さがどこから来るのか、彼はわからない。
わからないから――
「まあ、俺が口出しする問題じゃなかったか」
この冷たさを振り払いたくて、ヘンリーは軽い口調で言う。
「結局は、お前が決める事なんだからな」
それは、たしかに軽い響きをもって放たれた言葉だったのに、恐ろしいほどに強く耳の奥
まで響き渡ったのは、きっと部屋を満たす夜の空気のせいだ。
少女は、無言で彼を見ていた。
哀しむわけでも非難するわけでもなく、どこか途方に暮れたような表情で。
「……うん。わかってる。ちゃんと、自分で考えるよ……」
小さく頷いて彼女は答える。疲れの滲んだ声音は、緊張からくるものなのか。
それきり少女は口を噤んだ。
ヘンリーもまた、何も言わない。
鼓動の音が伝わりそうな静謐が辺りを包む。息が苦しいのは、この沈黙が呼吸をするのも
憚るほどの静けさを伴っているからだと、思うしかなかった。
「もう、帰るね」
少女の声が、硬い静寂を破る。
「で、もう少し一人で考えてみる」
明日、寝坊しないように気をつけるわ。ぎぃ、と木の椅子が軋む音と共に席を立ち、彼女は
小さく笑みを浮かべる。
浮かべてすぐに――彼に背を向けた。
すぐ目の前にあるはずの見慣れた小さな背中が、未だかつて無いほど遠く見えて、信じら
なくて。なのに、その感情がどこから来るのか見当もつかず、ヘンリーは困惑する。
ついさっきまで、いつものように馬鹿を言い合って、笑い合っていたのに。
長い間、当たり前のように傍にいた少女。
ラインハットに残ると決めた時、彼女と仲間たちならば、どんな困難も乗り越えられると
確信していた。心配していなかったわけではないけれど。
離れることに抵抗はなかった。依存し合うつもりは無いし、いつも傍にいるのが絆では
ない。たとえ傍にいなくても、自分たちは――自分は
彼は咄嗟に、その先を強引に意識の外に押しやった。
今更、考えるような事じゃない。その先を知ってしまったら、もう戻れない。
そんな気がして。
「……ヘンリー」
不意に彼女の声が響く。
こちらに背を向けたままの、細い肩にかかった長い黒髪が、月明かりの中で震えていた。
「私は……」
消え行く言葉の先を聞き届けて、ヘンリーは思う。
それは長い長い時間をかけて、ようやく辿り着く言葉。
今更、考えるような事じゃないけれど。
その先を知ってしまったら、もう戻れないけれど――
――この先、それが出来るのは。
隣に、いるのは……
(了)
67
:
名無しさん
:2006/07/01(土) 04:30:50
age
68
:
雪解け・1
:2006/07/02(日) 12:15:48
※幼女主人公とベビーパンサーとベラ。
春風のフルートを取り戻した直後の話です。
― 雪解け ―
その光景は、いつもより少し長く眠っている。
遠くの峰は銀色に輝き、裸の木々は雪帽子を被り、川や湖の氷は身動き一つせず、地面は
余すところ無く雪で覆われて、その下でじっと息を潜める草花の芽。
時折駆け抜ける風に巻き上げられた雪の粉で、白く煙る銀世界の向こうに、氷の館と呼ば
れる氷山が聳え立つ。天然のものなのか、何者かの手による創造物なのか。それははっきり
しないが、全てが青白く透き通る氷によって形作られた姿はいっそ見事ですらあり、その温
度の無い美しさが、銀世界の寒々しさをいっそう引き立てる。
不意に、中央に穿たれた洞穴の奥で何者かの影が動いた。
複数。
蠢く影の一つが俊敏な動作で、陽の差す表の世界へと飛び出し――
「はぁー、やっと外だわ、春の息吹を感じるわ!」
重々しい辺りの佇まいと不釣合いな朗らかな声と共に、洞窟の奥から小柄な少女が姿を現
した。元気よく両腕を振り上げて背伸びをし、ゆったりした風変わりな衣装をふわふわ揺ら
す。赤い宝石の付いた金の髪飾りがよく映える菫色のくせっ毛。その影に見え隠れする、耳
朶が薄く尖った特徴的な耳は、妖精と呼ばれる種族特有のものだ。
「ホント? わたし、全然わからないよ……」
妖精ってすごいんだね。
続いて顔を出したのは、紫の外套を纏い、白い綿毛の縁取りが付いた毛皮のフードをすっ
ぽり被った、澄んだ漆黒の瞳が印象的な幼い少女。小さな両の手には、淡い銀青の光を放つ
横笛がしっかりと握り締められている。少女の足元で、燃えるような鬣と金色の毛並みを
持つ子猫?が、さくさくと爪で地面に積もった雪を掻く。
少しでも、山脈の館に入る前と変わったところを見出そうと、きょろきょろ辺りを見回す
少女の様子を見て、
「ううん、そんな感じがするだけ。ポワン様が春風のフルートを吹かないと、本当の春は来
ないもの」
無邪気で悪戯な微笑を浮かべながら、悪びれた風も無く言ってのける妖精の少女に、もう
一人の紫の少女はあんぐりと口を開ける。
「えー、何それー」
「いいのいいの、小さい事は。さあ急ぎましょ、ポワン様が待っていらっしゃるんだから!」
急かされるように――いや、明らかに急かされて背中を押され、少女は積もった雪に足を
捕られてバランスを崩す。
「わわっ、ベラ、押さないで、大丈夫だってば、言われなくても急ぐひゃふ!」
両手をわたわた振って何とか持ちこたえていたが、ついに顔面から積雪にダイビング。当
然、少女の言葉は全て言い切る前に奇声と共に中断された。雪に突っ伏す彼女に相棒の猫?
が近づき、雪にめり込んだ少女の毛皮のフードを被った後ろ頭を、肉球でぺちぺちと突付く。
「うぅ〜〜、つ、め、たーい……くすぐったいよリンクス」
猫(リンクス)の手を優しく退けながら、少女はゆっくりと身を起こし、前髪や鼻の頭に
くっついた雪を払い落とす。雪原には何ともお間抜けな人型が、丸くくっきりと残っていた。
「あ、あは……あはは、ゴメンね?」
乾いた笑いと共に頬を掻く妖精の少女――ベラ。それに対するもう一人の少女の返答は実
にシンプルだった。
ベラの引きつった笑顔に、ものすごい量の雪の塊が降り注ぐ。
「ひぁやっ!?」
「あ」
69
:
雪解け・2
:2006/07/02(日) 12:16:31
今度はベラが奇声を上げ、少女は眼を丸くする。お返しとばかりに投げつけたものの、ま
さかそこまできれいに命中するとは思わなかったらしい。してやったりと思わなかったわけ
ではないが、少女は少し申し訳無さそうな顔をする。
ベラは猫のような仕草で、ぶるぶるっと全身を震わせながら雪を払い落とし、両手で目一
杯雪を掬って少女に投げ返す。
「やったわねーっ!」
「だってー、ちょっとは、よけると思ったんだもーん!」
歓声を上げながら、かくして雪玉――と呼ぶには、いささか豪快な代物――のぶつけ合い
が始まった。リンクスはふぅっと鼻で溜め息をつき、付き合ってられん、と死闘を繰り広げ
る二人から黙って距離を置く。
「問・答・無・用ーっ!」
「えーい! 負けないからねっ!」
元気のいい声が飛び交い、雪の塊が派手に飛び散り、細かい雪の粉が舞う。少女二人の熾
烈な争いを尻目に、雪の上で丸くなって、くあっとあくびをするリンクス。何とも無防備な
振る舞いだが、春風のフルートを奪った雪の女王を倒した影響だろうか、あれだけ少女達を
てこずらせた魔物の姿は影も形も見当たらない。
壮絶でいて楽しそうな声が、暫くの間、冬の澄んだ空に響き渡った。
やがて気が済んだのか、体力が尽きたのか、全身雪まみれの二人は試合を中断して、肩で
息をする。一面の雪原は、手で雪を掬った後や足跡、全身跡やらで、二人と一匹の周りだけ
ボコボコ穴だらけだ。
「冷たーい。靴に雪入っちゃったよ」
「ホントにもー、風邪ひいちゃうわ。ギラ使えばあったまるかしら?」
「いや、あぶないから。やめようよ」
冗談めかして言いながらも精神集中を始めるベラを、少女は慌てて止める。
吹雪よりも、魔物が悪い気持ちでしてくる攻撃の方が、痛そうな気がするんだけど、と疑
問に思いながらも。
妖精は、ヒャドに代表される氷の呪文や、魔物の放つ吹雪のブレスなどに、人間よりも遥
かに耐性を持つという。実際に、その手の攻撃を繰り出してくる魔物たちとの戦いの際も、
ベラが辛そうにしている素振りを、少女は見たことが無い。いつだったか本人に訊いてみた
ところ「冷たいものは冷たいし、寒いものは寒いのっ」という答えが返ってきた。
……そういうものなのだろうか。
「私、こんなに雪に触ったの初めてだわ。ここの冬は、いつもはもっと短いも……」
ふわふわと宙に浮かび、衣服や髪についた雪埃を叩いて落としながら、ベラは自分で口に
した言葉で瞬く間に顔色を青くする。
「やだっ、こんなことしてる場合じゃないわ、ポワン様にフルートをお渡ししなくちゃ!
ね、ちゃんとフルート持ってる? そこら辺に放置して失くしちゃったなんてコト無い!?」
「大丈夫だよ。ほら」
ものすごい勢いでベラに詰め寄られるが、少女は落ち着いた様子で頷き、懐から銀色の横
笛を取り出す。
「そ、そう……良かった……」
日の光を照り返してキラキラする横笛を目に、ほっと胸を撫で下ろす。妙に切実なその様
子に、以前、同じような失敗をしたことでもあるのだろうか?と勘繰らずにはいられない。
けっこう慌てんぼうのベラならありえそうだ、とも。
70
:
雪解け・3
:2006/07/02(日) 12:16:59
いつまでも道草を食っているわけにはいかないのは確かなので、少女達は今までの遅れを
取り返すべく、妖精の村に向かって少し急ぎ足で歩を進めた。
春風のフルートを取り戻すために、ベラとリンクスと一緒に幾度となく往復した雪道。こ
の数日間、ベラに繰り返し教えてもらった、雪帽子を被った見たことの無い枯れ木の名前
や、暖かくなったら辺り中に咲き誇るはずの、まだ見ぬ花の色や香りを、まるで自分の目や
耳、鼻でたしかめでもしたかのように、少女は覚えている。
何事も無く雪の女王に圧倒的な勝利を収めてフルートを取り返した、なんて、物語に出て
くる英雄みたいな活躍をしたわけじゃない。始めは、道中に立ち塞がる魔物に苦戦し逃走を
余儀なくされて、皆で敵の行動パターンを相談しながら作戦を練り、妖精の村で身を守るた
めの防具を買い、なるべく傷を増やしたり体力を浪費せずに、戦いを終わらせるよう鍛錬を
繰り返して、今ようやく春風のフルートをこの手にしている。
以前、年上の幼なじみ――ビアンカと一緒に、真夜中に町を抜け出してお化け退治をした
時もそうだった。あまり無茶をするな、と父に言われたことを今更思い出す。
別れ際にもらったビアンカのリボンは、少女の髪とリンクスの首を飾っていた。
少女は横笛を握り締める。
妖精の村の門が、もうすぐそこに見えていた。
別れの時が、見えていた。
大きな湖を取り囲むように、妖精の村は広がっている。
積雪を乗せた上に人が乗っても沈まない、橋代わりに無数に並んだ大きな蓮の葉っぱの
先、湖の中央に浮かぶ孤島に、妖精の村の長であるポワンが住まう館があった。
少女が手にする横笛と同じような、淡い銀色の光を放つ石を積み上げて作られた建物は、
氷の館とはまた違った美しさを持っている。
春風のフルートを無事に取り戻した知らせを聞いて、ポワンはとても喜んでくれた。目に
見えてはしゃぐような女性ではないけれど、温かな眼差しと声色に心からの感謝が滲む。
いつか絵本で見たとおり、妖精たちは優しかった。
村の中で出会った、人懐こく喋るガイコツやスライム。
誰かを故意に傷つけない限り、妖精も人も、魔物でさえも、共に暮らしていけたらという
ポワンと、その考えに賛同するベラ。そうなれたらいいと少女も思う。
「さあ、フルートをポワン様に……」
誇らしげに頬を紅潮させたベラに促され、少女は頷いて横笛を差し出す、その手が止まる。
この笛を渡したら、さよならだと少女は急に悟った。
だって、
「ど……どうしたの?」
足を止めた少女に狼狽するベラと、黙って静かな眼差しを向けるポワン。
「ね、ベラ」
少女は蚊の鳴くような声音で問いかける。
「……もう、会えないの?」
だって、今は、ビアンカのリボンを受け取ったあの時とよく似ていたから。
また遊ぼうと約束した幼馴染とは、あれ以来会っていない。
たったの数十日間、大袈裟だと笑う者もいるだろう。大人にしてみれば、あっという間に
も等しい時間。人の数倍も生きる妖精にとっては、まさしく刹那でしかない刻だ。しかし、
年端も行かぬ少女にとってその時間は恐ろしく長かった。
それに、何となくわかっていたから。この場所が、妖精の村が。アルカパよりも、海の向
こうの国よりも――ずっと遠くにあるのだと。
71
:
雪解け・4
:2006/07/02(日) 12:17:36
「あっ……ごめんなさい。笛を返したくないんじゃないの」
ベラとポワンの困惑した表情に気がついて、少女は慌ててポワンの元へ駆け寄り、両手で
持った横笛を差し出す。妖精の村の主は静かに玉座から立ち上がると、少女の名前を呼びな
がら、その小さな手から横笛を受け取った。
「……本当に、ありがとう」
そして、両手で包みこむように少女の手を握る。滑らかで温かな手だった。
優しい声と手のひら。
お母さんって、こんな感じなのかな、と少女はふとまだ見ぬ母に思いを寄せる。
「突然で勝手な願いにもかかわらず、あなたがとても頑張ってくれたこと、わたくしは忘れ
ません」
何か困った事があったら、またこの国を訪れなさい。きっと力になるから、そう優しく語
り掛けるポワンと、うん、と小さく頭を縦に振った少女のやり取りに、傍らに控えるベラが
驚いた視線を向けた。
人間にとって妖精の存在は一時の夢。優しく雪のように儚い幻。再会の約束は、あっては
ならない事だった。子供の頃にページが擦り切れるほど読んだ絵本も、大人になったら手も
心も離れてしまうように。
「わたしのこと、わすれちゃったり、しない?」
ベラは、この数日間ですっかり耳に馴染んだ、少女の幼く可愛らしい声をぼんやり聞き、
その言葉と眼差しとが自分に向けられている事にやや遅れて気がつき、はっと肩を硬直させる。
危ない危ない。無視してしまうところだった。
「……バカね。忘れないわよ。絶対、忘れない」
きっぱりと、ベラは言い切った。
共に雪道を歩んだ幼い少女。初めは頼りないと思った――思わざるを得ない程に小さかっ
た彼女は、この数日間、百点満点でも足りない努力と成果をもって、自分たちの望みに応え
てくれた。どうして忘れる事など出来ようか。
「本当に?」
曇りの無い黒い眼を潤ませて、尚も少女は問い返す。
「そうよ。ポワン様も、おっしゃったでしょ? それに、あなたもリンクスも、私のお友達
だもの」
「わたくしもベラも、あなたのことを見守っていますよ」
ベラの人懐こい微笑、ポワンの慈悲深い面差し。少女は少しだけ寂しそうな笑顔を返す。
「さあ、手を」
右手を差し出すベラの白い手のひらと微笑を交互に見比べる少女。
「妖精の村の春、見せてあげる……ううん、ぜひあなたに見て欲しいの」
少女は当惑しながらも、リンクスを左腕で抱き上げて、躊躇せずに小さな右手をベラの手
のひらに伸ばす。何が起きるのかはいまいち見当がつかなかったが、ベラがすることならば
悪いことでは無いはずだ。視界の隅に、ポワンが銀の横笛を唇に当てた様子が映り――急激
に視界が流れる。
一瞬にして、視界が一面の青と白に満たされた。
空と雪の色。
そう、文字通り周囲は空と雪。冷たい空気が頬をはじめとする肌を撫でる。眼下に広がる
雪景色、白い山脈と枯れ木の森、凍りついた河川、見紛うことも無い何度も歩いた道。
……浮かんでいる。空を飛んでいる!
少女は声を上げるのも忘れて眼を見張る。リンクスが落ちるまいと少女の腕に爪を立てな
いように必死でしがみつき、少女もまた釣られて、リンクスを抱く左腕とベラの手を握る右
手に力を込めた。
72
:
雪解け・5
:2006/07/02(日) 12:18:06
やわらかく華麗なフルートの旋律に乗せて、辺りを淡い紅色の風が包む。
風の色だと思ったものは、無数の桜の花びらだった。辺りを覆う白銀の雪は一時の眠りを
与える役目を終えてその姿を消し、大地が、木々が、河川が、湖が、長い冬から眼を覚ます。
山岳はまだ頂に白い雪帽子を残しながらも、麓は若葉と蕾の濃い緑で覆われて、雪を受け
止めて潤った大地が呼吸を始める。厚い氷の蓋を取り除かれ、静かに流れ始める河川と、細
かい波紋が重なり合う湖が、陽射しを浴びて輝きを放つ。芽吹きたての梢や、雪の代わりに
世界を染め上げる草原の緑、それを飾る開きたての色とりどりの花が風に揺れる。甘い草花、
つんとする爽やかな青葉、草原と森の匂いとざわめきが、少女たちのいる上空まで届く。
慈悲深い主と、色鮮やかな花と緑。冒険の最中に何度となく聞いた、ベラの誇る妖精の里
の美。
寝坊して遅れた分を取り返すかの如く、世界は緩やかにそして急激に彩を取り戻す。
やがて、水音をたてて泳ぐ魚や、木の枝の上や空で囀る鳥、大地を駆け抜ける獣たちが目
を覚ませば、色とりどりの音がこの景観を飾るだろう。
もうすぐ。
「ベラ」
少女は、妖精の国の完全な春を見ることが出来ない。でも、いつか……
「また、会えるかな?」
先程は答えをもらえなかった問いかけを再び繰り返す、あどけない真剣な横顔。ベラは意
を決して、小さな唇を開く。
「会えるわ……また、会える。だって、あなたはとても、いい子だもの」
再会の約束はあってはならない。
けれど後悔はすまいと思った。先に禁忌に触れたのはポワン様だ、と思うのもやめる。
さっきよりも嬉しそうな友達の笑顔。ただ、それだけで。
妖精たちも、本当は願っているのだ。
幼い頃に迷い込んだ子供たちが、その頃のままの心で再びこの国を訪れてくれるのを。そ
れは不可能な事じゃない。大人になっても、懐かしい気持ちで、また古びた絵本の表紙を開
くことがあるように。
少女は、妖精たちの切ない思いを知らない。ただ、瞳に映る全てを記憶に焼き付ける。
色彩豊かな大地の色、瑞々しい花の匂い、風と若葉の囁き、桜色の風。そして、心優しい
妖精の少女たちを、いつでも思い出せるように。
きっとまた会える。
先のことは、本当はわからない。
不確かゆえに切実な、その願いが叶うよう祈りを込めるだけ。
きっと忘れない。
また……会える日まで。
73
:
名無しさん
:2006/07/15(土) 23:16:27
業者スレ追いやりage
74
:
ポイントブランク 前
:2006/07/29(土) 22:24:25
堅牢な城壁に町ひとつを抱え込んだその国で、サンチョは家を壁の外に建設した唯一
の男だった。短く切り揃えたおかっぱ頭に丸々と太った体躯は、どんな人が見ても善良
なおじさん以外の何者でもない。そんな彼が国で最も魔物の住処に近い場所に住んでい
るのは訳があった。
サンチョはグランバニアの先王が最も信頼し、隠密の旅に連れた唯一の男だ。魔物に
太刀打ちできるだけの腕は持っている。彼は付き添いながらも先王の死を看取ることの
できなかった男でもある。国民たちから責められることこそなかったが、自責の念が彼
を危険な場所に住まわせた。
王家の側近を辞退するとともに、王の後継者オジロンにサンチョは一つ頼みごとを残
した。先王パパスの墓はどこにも建てないで欲しいというものだ。パパスは一つ所に留
まる人間ではない。魂だけとなってもそれは変わることはないであろう。かつてパパス
が冗談めかして言ったことでもあった。滅相もない、と当時は言ったものであり、サン
チョとしてもまさか実現するとは思いもしなかった。
パパスは王家転覆をたくらみヘンリー王子を誘拐、その後追い詰められて王子を道連
れに身投げした。サンチョが聞き及んでいる事の顛末は、おおよそそんな具合だ。有り
得ないことだと分かっているが、証明する手段はなかった。サンタローズに攻め込んで
来たラインハットの兵たちと戦おうとも思ったが、多勢に無勢だった。サンチョには母
国に逃げるより他に手はなかった。
旅の道中。立ち寄った町。母国に帰った後。幾度となく年甲斐もない涙を流した。サ
ンタローズを滅ぼさせたラインハット王を殺してやりたいと思ったが、当の王は病気で
急逝してしまった。やり場のない怒りの刃は自分に向けられ、さらに旅の道中で魔物た
ちに遭遇すると、それは八つ当たりの殺意に変換された。
それから、十数年。馴染みの神父や引退した兵と穏やかな時を過ごすのがサンチョの
日常になった。もはや新たな悲しみが湧くこともない。料理も得意である彼がつくる茶
菓子などは仲間内で良い評判を得ていた。
その日もグランバニアは晴れだった。
サンチョの家の扉が叩かれたのは、乾いた指で茶を沸かした直後のことだった。
「すいませーん」
ソプラノの声がドア越しにサンチョに届く。
「はい、はい」
ほんの少し慌てながら、サンチョは扉を開いた。
硬直は同時だった。扉の先にいた紫のターバンを巻いた少女は、小さくサンチョの名
を言葉にした。サンチョは王妃マーサを思い出した。次に、偉大なるパパス王を。
「お嬢、様?」
穏やかな丸い瞳をなお丸くさせている姿が相手の瞳に映る。そこでサンチョはやっと
自分を取り戻した。
「サンチョっ!」
丸々としたサンチョの身体に、少女の小さな身体が飛びついた。サンタローズにいた
頃から変わらない太陽の匂いがした。何度も修繕をした紫のターバンとマントに残って
いる針運びのあとは、サンチョのものが残っている。昔より背は伸びていた。マーサを
彷彿とするほどに美しく育っていた。しかし、サンチョはオムツの取れない時期から世
話をしてきたのだ。間違えるはずがない。
サンチョの目の前に現れたのは、パパスの娘リュカだった。
75
:
ポイントブランク 前
:2006/07/29(土) 22:24:44
「サンチョに会えるなんて思わなかった」
小奇麗なテーブルにつき、長らくご無沙汰だった召使のお茶を啜りながら、リュカは
ぽつりと呟いた。
「私もですよ。ええ。今でも夢じゃないかと思うくらい」
滅多に使うことのない来客用のティーカップをさらに並べ、サンチョは言った。
リュカの旅には、一人の連れがいた。曰く、彼女たちは天空の盾を手に入れた町で結
婚したのだという。驚きがさらに重ねられ、素っ頓狂な声を上げてしまった。
連れの男と召使には直接の面識があるわけではない。話には聞いているであろう召使
にどう接していいものか、分かりかねているようだった。同じくサンチョもリュカの夫
に困惑していた。娘を取られる父親の心境とはこのようなものだろうか。そう考え、パ
パスに申し訳ないと心の中でかぶりを振った。
「ちょっと馬車に行っててくれる?」
リュカは夫にそう促した。積もる話もあるのだろう、と夫は快く承諾した。最後にサ
ンチョの淹れたお茶を一口含み、席を立った。
「おや、悪いことをしてしまいましたかな」
「いいの。毎日顔合わせてるんだし」
いたずらっぽい笑みを浮かべ、リュカはサンチョに向き合った。
教会に持っていくつもりだった茶菓子はあまり減っていない。昔ならばさっさと平ら
げてしまっていた。皿を見、サンチョは自分のティーカップを煽った。
「それで、旦那様は」
「お父さんは、死んだよ」
僅かに生きていることを期待していたが、あまり消沈はなかった。いくらか覚悟して
いたためだろうか。
出すぎた真似を彼は美徳としない。大事なお嬢様の手に無骨な傷の痕がいくらかある
のに気付いていたが、サンチョはそれを聞かなかった。ましてや人妻となったとはいえ、
リュカは年若い娘だ。その過去を根掘り葉掘り聞くというのは無粋なことだろう。
「なに話したらいいのか、ぜんぜんわかんないや」
「慌てず、落ち着いてからで構いませんよ」
サンチョは乾いた手でリュカの無骨な手をそっと握った。パパスのそれよりはずっと
小さいが、リュカの手はパパスの手に似ていた。
幻ではない。昔より丸みは無くなっているが、サンチョはリュカの手に触れている。
手製のお菓子や得意の料理を魔法のように生み出す手が、リュカは大好きだった。昔
はもっと大きかった。少しばかり柔らかさが削がれているのは、決して老いのためだけ
ではないだろう。
ぽろぽろと黒曜石を思わせる瞳から雫が落ちた。テーブル越しに向かい合っていたサ
ンチョは席を立ち、リュカをぎゅっと抱き締める。頑張っていた意地は、あまり強くは
なかった。
リュカは声を上げて泣いた。
ひとしきり泣き、しばらく嗚咽が続いた。その後リュカはやっと顔を上げた。
「サンチョに、お願いがあるんだけど」
「なんでしょう?」
「お料理を教えてほしいんだ。昔、言ってたじゃない?」
ええ、とサンチョは笑みを浮かべた。将来のために料理を学びなさいと口を酸っぱく
した覚えがある。その度リュカは嫌がってたのもいい思い出の一つだ。
それを今度は自ら学ぼうとしている。おそらくは、愛する夫のために。
「ええ、喜んで」
サンチョは満面の笑みで返した。目じりには潤みがあった。涙はまだ枯れてはいない
ようだ。
「ですが、まずお話があります」
グランバニアの王女が二十年近くぶりの帰国を果たしたのは、しばらく後のことだ。
76
:
名無しさん
:2006/10/16(月) 14:46:32
age
77
:
名無しさん
:2007/05/31(木) 10:47:49
age
78
:
名無しさん
:2007/06/04(月) 07:53:19
age
79
:
一人旅(サラボナにて)
:2007/06/14(木) 22:34:12
目の前で炎に包まれる父親が残した遺言は
「お前の母は生きている。捜し出せ」だった。
それがルカの長い旅の始まりだった。
ラインハットに戻るヘンリーと別れたルカは一人サラボナに向かった。
そこに住むルドマンという富豪が「天空の盾」を所持しているらしいのだ。
ところがどこで道を間違えたのか、山の中に迷い込み
気が付いたら火山の火口が目の前だ。
「私って方向音痴だったんだ……参ったなぁ一人になった途端に」
日も暮れて、こんな場所で野宿するしかないと覚悟を決めた時。
人の声がした。
気のせいではない。
それは二度三度と聞こえた。しかも悲鳴。
ルカはその人を助けることにした。
助けた後で道案内を頼むつもりで。
火口の側で一人の男が溶岩の魔物に襲われて死にそうになっている。
ルカは魔物に向かって真空攻撃の呪文を唱えた。
魔物の注意がこちらに向く。
「そこの人、生きてたらこれ使って」
薬草の束を放り投げ、後は戦いに専念した。
溶岩の魔物はルカの唱えた真空の呪文によって冷やされたのか動きが鈍くなった。
吹き上げる火炎の息には手こずったものの、最後は剣で叩いて何とか倒すことができた。
「大丈夫だった?」
男のほうを振り返ると、火口に落ちそうになりながら何か箱のような物を拾い上げていた。
「何、魔物の落し物?」
倒したのは自分だったんだけどなぁと、覗き込む。
「あらキレイ」
それは指輪だった。真紅の石が填め込まれている。
「こ、これはボクのだ。やらないからな!」
ルカが助けてやった男の、これが彼女への第一声だった。
当初の予定通り、男に道案内させてルカは無事にサラボナに到着した。
男は町にたどり着くや否や、ルカの前から姿を消す。
「恩知らずだなぁ、ルドマン氏のとこまで案内させようと思ったのに」
どうやってルドマンに会いに行くかの策を練るため、まず宿を決める。
買い物したり町の人と話をしたりで情報を集めたところ
さっきの男のことも少し判ってきた。
富豪のルドマンは一人娘の結婚相手をもっとも強い男にと決め
魔物の守る二つの宝物を持ってくるようにと候補の若者たちに告げたという。
ひとつは炎の指輪。
そしてもうひとつは水の指輪。
「私なら楽勝な条件だけど関係ないからなぁ。
うーん、ルドマン氏の協力を仰ぐのにあの男が使えるかな」
その晩、ルカは件の男を酒場で見つけた。
旅装を解いて絹のローブに着替え、髪も結い上げたルカは別人のように美しかった。
そんな格好で男の横の席に着く。
男は昨日自分を助けた旅人とは気付かずに、美人の出現に鼻の下を伸ばし、
下心ありありな様子でルカを褒めまくって酒を勧めた。
そしてルカが酔ったので帰ると言うと送ると言いはり、とうとう宿まで付いてきた。
「あなたと二人きりで話がしたいと思ってたの、寄っていって?」
男は自分に都合よく解釈し、部屋に入るや否や、ルカに抱きつき、ベッドに押し倒した。
ローブの肩に手をかけ、今まさに胸を露わにしようとした時
ルカの胸にムチの傷跡を見つけ、手が止まった。
「荒っぽいのが趣味なのかい?」
「いいえ、どちらかというと荒っぽくするのが好きかなぁ」
ルカは隠し持っていた毒針を取り出して男の喉笛に当てた。
冷や汗をかきながら、それでも男は強がった。
「ケガするよ?女がそんな物振り回しても。ボクは炎の指輪を取ってきた男だから」
「それにしちゃ回復の薬草もなしに無謀だったわねぇ」
ルカは体を起こして男の上になった。
「まさか君は、昨日の!」
ここでやっと男はルカの正体に気付いた。
「フローラさんとやらにプロポーズしようかという男が
私にこんなことしていいのかな?
アンタの選択肢は二つ。
ルドマン氏に昨日の顚末をばらされるか、
私に協力するのを約束してルドマン氏の一人娘と結婚するか。
どうする?」
「三つ目の選択肢で」
男の目がいやらしく光った、ようにルカには思えた。
「このままボクの愛人になって、君に協力してあげるってことで」
ルカが一瞬驚いた隙に、男は体を再び入れ替えて毒針を持ったルカの手を押さえてしまった。
「それは思いつかなかったな」
「フローラとの結婚は邪魔させないよ。でも君にも後悔はさせない」
80
:
1/2
:2007/09/19(水) 18:54:35
――うわっ!
瞳を射す様な眩しい陽射しに、彼女は思わず顔を歪めた。
洞窟の暗闇に慣れた瞳には、照りつける真昼の太陽は些か強すぎた。
「うおっ!? まぶしっ!」
ストレートに感情を口に出しているのは彼女の旅のパートナー、ヘンリー。
ここだけの話だが、北方大陸にあるラインハット王国の王子だ。
何故、一国の王子が旅をしているのか、話が長くなるので割愛するが、要するに彼の押しかけである。
『国の方もだいぶ落ち着いてきたし、一人より二人の方が旅も楽しいだろ』
ぶっきらぼうにそう言い放ったヘンリーに対して、彼女は一度は断ったが、
『はーん? 聞こえないな。もう一度言うぞ、一緒に旅をしてやる。それと、子分は親分の言うことを聞くもんだ』
彼の決め台詞(?)に押し切られる形で、先日から一緒に旅をしている。
彼女の方も、彼が純粋に自分の事を心配してくれているのがわかっているので、決して固辞したりはしなかった。
ヘンリーの仕種に、彼女が含み笑いをしていると、すぐに不満げな声をあげた。
「なんだよ、何かおかしいか?」
「ううん、何でもないよ。それより、アレがそうなのかな?」
笑顔で否定した彼女、その視線の先に街の影が見えてくる。
「ああ、多分そうだろ。なんて言ったっけ、サラボナ?」
サラボナ――天空の盾があるらしいと、デール王に教えてもらった街。いま現在ではたった一つの手がかりだ。
仲間の魔物たちはさすがに街中には連れて行けないので、近くの木陰に馬車と一緒に留守番をさせ、彼女はヘンリーと二人、街の中へと足を踏み入れた。
「わん! わん! わん!」
と、白い犬が駆け寄ってきた。犬は彼女の前で停まると、その場に座り込んでしまった。
「誰か! お願いです! その犬をつかまえて下さい!」
遅れて、女性の声が聞こえてきた。
恐らくはこの白い犬――リリアンの飼い主だろう。
女である彼女の目から見ても、綺麗で清楚な雰囲気を漂わせている。
〜中略〜
街の奥へと去って行く女性とリリアンを見送りながら、ヘンリーが口を開いた。
「いかにもお嬢様って感じの人だなー」
「うん。ボクと違って全然おとなしそうな人だよね」
ヘンリーは彼女の顔をちらりと見やって、「確かに」と頷いた。
「ボクなんかこんなにたくましくなっちゃって、東から西への旅がらすだもんね」
笑いながら、むん、と力こぶを作ってみせた。
そんな彼女の頭にポンポンと軽く手を乗せて、ヘンリーも答える。
「けど、だからこそこうして一緒にいられるんだけどな」
「もー、子ども扱いしないでよ!」
頬を少しふくらませて、手を払いのける彼女。続けて口を開いた。
「そんなことより、天空の盾の情報を集めなきゃ」
「そうだな。それじゃあ、とりあえずは宿屋にでも行ってみるか」
「うん」
81
:
2/2
:2007/09/19(水) 18:55:16
そして二人は街の入り口にある宿屋のドアを開けた。
宿屋の主人の話によると、今この街は大騒ぎらしい。
宿屋を出て街の中央、噴水広場には大勢の人が集まっていた。
話をまとめると、『この街には資産家のルドマンさんという人が住んでいて、その娘が婿養子を募集している』ということだった。付け加えると、『その娘はとても美しい』らしい。
さらにちらりと聞こえたのは、『ルドマンさんは娘夫婦に家宝の盾を譲るつもりらしい』ということ。
この噂に二人は目を輝かせた。
この街に天空の盾があるらしいという、デール王の話。
資産家のルドマンが持つという家宝の盾。
「ということは、だ」
「ルドマンさんが持っているのが天空の盾!」
「ってことだな」
二人はお互いに顔を見合わせ、その顔が次第に笑顔になって、自然とハイタッチをしていた。
『いぇーい!!』
そして手を繋いでひとしきり喜び合った後、彼女がつぶやいた。
「……でも、どうやって手に入れよう?」
「婿養子にやるって話だからなあ……」
数瞬前までの騒ぎようは何処へ行ったのか、二人して眉根を寄せて唸っている。
「あっ! ……ヘンリーがお婿さん候補として立候補するのはどうかな?」
まさに名案を思いついたと言わんばかりの笑顔で提案する。
反面、ヘンリーはあからさまに顔をしかめて反論した。
「……お前、本気で言ってるのか?」
「だって、お婿さんにしか盾をくれないんなら、ヘンリーがお婿さんになるしかないんじゃない?」
「――――っ!」
声にならぬ声を発して、自らの頭をくしゃくしゃとかき乱すヘンリー。
「……それで、俺が婿養子に選ばれたらどうするんだよ?」
「天空の盾を譲ってもらう……のはさすがに悪いから、貸してもらう!」
ヘンリーの想いなどどこ吹く風、彼女は満面の笑みで答えた。
その答えに、ヘンリーの我慢も限界を超えた。
「お・ま・え・は……馬鹿か!!」
「ひぁっ!?」
「俺が婿養子になったら! お前と一緒に旅が出来なくなるだろうが!!」
「……あっ!」
その未来予測をまったくしていなかったのだろう、その表情は見事なまでに驚きに包まれていた。
「…………結婚して、盾を貰ったらすぐに離婚するとか?」
「この……馬鹿野郎!!」
「ひぁっ!」
怒鳴るヘンリー。怒鳴られて、頭を抱えてしゃがむ彼女。
「お前は本気でそんなこと言ってるのか!」
「じょ、冗談だよぉ」
「だいたいお前は……」
街中であることも忘れ、説教を始めるヘンリー。
しゃがみ込んで、いまにも泣き出しそうな顔をしている彼女。
その姿は旅のパートナーというよりは、兄と妹を通り越して父親と娘の様でもある。
「……ヘンリーがいなかったら、ボクだって困るもん……」
弱々しい声、涙のたまった瞳で上目遣いにヘンリーを見つめる。
その仕種と声と表情は、ヘンリーの心を完全に撃ち砕いた。
「……わ、わかればいいんだよ!」
顔を赤くして、先程までとは違う意味で強い口調になる。
「……うん。えへへ」
ヘンリーの言葉に、まだ泣き顔ながらも、笑みを浮かべる彼女。
これが止めとなった。
「ほら、さっさと立てよ!」
少し乱暴に、腕を取って立ち上がらせる。
「ほら!」
無造作にハンカチを差し出して、彼女に握らせる。
「さっさと涙を拭けよ」
ぶっきらぼうに言う。
その間、彼女の顔はまったく見ていない。あらぬ方向を向いたままだ。
そして、そこまでが精一杯だったのだろう。
「俺、ちょっと道具屋に行って来るから!」
早口で伝えると、これまた早足で行ってしまった。
一人残された彼女は、少しポカンとした顔で、それを見送った。
82
:
1/2
:2007/09/19(水) 18:56:03
しばらく待ってみたが、ヘンリーは帰ってこなかった。
仕方なく一人で天空の盾入手方法を考えようとした彼女は、街の外れの方に瀟洒な家があるのに気づいた。
――あそこはまだ行ってないよね。
その家の持つ雰囲気のせいか、自然と彼女はそちらに向かって歩を進めていた。
家の周りに堀があって、綺麗な水が流れている。街の中にありながら、周囲はとても静かで、まるでここだけが切り取られた別世界のように感じられた。
――なんだか、心が落ち着く。
扉の前に立ち、コンコンとノックをする。
少しの間があって、扉が開けられた。
「何か御用でしょうか?」
彼女を出迎えたのはメイドだった。
「えーっと、この街に伝説の勇者が使ったと言われる盾がある、という話を聞いたんですけど……何かご存じないですか?」
「それでしたら、私の主、ルドマン様が家宝とされています」
「えっ? ここって、ルドマンさんのお屋敷なんですか?」
「いいえ。こちらはルドマン様の別荘です。ルドマン様のお屋敷は街の北側にございます」
メイドのこの言葉に、彼女は驚いた。
――いくらお金持ちとはいえ、街の中に自宅と別荘を持ってるの? ……何のため?
「お客さんですか?」
と、家の中から声が聞こえた。
メイドは中へと振り向き、説明をする。
「はい。こちらの方が、ご主人様の家宝についてお尋ねになられました」
「父の? ……どうぞ、お通ししてください」
その声を受けて、メイドが室内へと彼女を案内する。
「……おじゃまします」
自然と潜めがちになる声。
ヘンリーのお城のような規模の違う世界ではなく、身近なお金持ち、豪華な屋敷に少し気後れしてしまう。
「どうぞこちらへお座りください」
室内へと入った彼女を、ソファーに座るように促すのは青年。
肩までよりもさらに長い髪は薄い茶色で、サラサラと音を立てるかのように微風に揺れている。こちらを見つめる瞳もまた薄い茶色で、優しさを湛えている。肌の色も白く、受ける印象は『儚げ』の一言に尽きた。
彼の言葉を受けるならば、ルドマンの息子なのだろう。
彼女は言葉どおり、素直にソファーに腰掛ける。
青年もテーブルを挟んで向かいに腰掛けた。
メイドがティーセットを運んできて、カップに注ぐ。紅茶の良い香りが室内に広がる。
「それで、我が家の家宝に興味がおありなのですか?」
「……はい! 実は――――」
彼女は自らが父を亡くしたこと、母を捜していること、そしてそれには天空の勇者を探さなければいけないこと、そのために天空の装備を探していることを伝えた。ヘンリーの事や、自らの詳しい過去は伏せておいた。ヘンリーに関しては、アレでも一応は一国の王子である。それがフラフラと旅をしているというのはあまりよろしくは無いだろう。自分の事に関しては、他人に話せるだけの勇気はまだ、持っていなかった。
83
:
2/2
:2007/09/19(水) 18:56:26
「そうですか……伝説の勇者を」
青年は呟くと、しばらく考え込むようにテーブルを見つめた。
そして、やおら口を開いた。
「実は、私には妹がいます」
「?」
「その妹が今、婚約者を募集しているのです」
「……あっ」
街で聞いた話を思い出す。
「そして妹の婿となる方に、家宝の盾――天空の盾を譲る事となっています」
「やっぱり天空の盾なんですか!?」
「はい。その通りです」
「それを、貸してもらうわけにはいきませんか?」
彼女の言葉に、青年は静かに首を振った。
「多分、無理でしょう。素性の知れない者に家宝を託すほど、父もお人好しではないでしょう。父が気に入れば話は別でしょうが」
「そうですか……」
消沈し、俯く彼女。
「あなたにお願いがあります」
「えっ?」
「妹の婿候補として、立候補してくれないでしょうか?」
「ええっ!?」
あまりにもな急展開な要望に、大声を上げて驚く彼女。
「妹には望まぬ結婚ではなく、自らが選んだ男性と結婚して欲しいんです。ですが、このままだと妹は父の選んだ男性を結婚することになるでしょう。そこで、あなたに婿候補になってもらい、できることなら妹の婿になって欲しいのです」
「えっ、でも……」
「父に聞いたところによると、婿を選ぶ条件は何かを探してくることらしいのです。旅慣れているあなたなら、そういう点において他の候補者よりも優れているのではないかと思いまして」
「確かに、そうだとは思いますけど……」
「では、引き受けてもらえないでしょうか?」
青年の顔は真剣そのもの。まっすぐに彼女を見つめている。
「あ……はい。わかりました」
青年のただならぬ迫力に押されて、彼女は思わず頷いてしまった。
「ありがとうございます」
優しく、微笑むような笑顔。その笑顔に、しばし彼女は心を奪われた。
「では、父達のいる屋敷へと行きましょうか」
そう言って立ち上がる青年。
「はい。あ、でも、ボクは……」
続いて彼女も腰を浮かせ、躊躇いがちに口を開くが、
「大丈夫です。後のことは私に任せてください」
青年に遮られてしまった。
「ああ、すっかり忘れていました。貴女の眼を見ていると、何故か心が落ち着いて、以前から知っているような感覚にとらわれていたんですが、まだ、名乗っていませんでしたね」
先ほどとは違う、少し困ったような笑い顔を浮かべる。
「私の名前はフロイスです。どうぞよろしく」
右手をすっと差し出して、握手を求める。
彼女もそれに応えて、青年――フロイスの手をキュッと握る。
「私の名前は――――」
84
:
In the secret 前
:2007/09/23(日) 01:04:00
「――光るからすぐに見つかるって言っていたけど……探す範囲はやっぱり広いよね」
夜の草原の風は冷たく、羽織るマントがはためいている。
「しょうがない、手分けして探そうか。
いい? 光る草だからね。見つけたら教えてね。じゃあ、お願い!」
その言葉に、彼女の傍らにいた2匹――キラーパンサーとスライムが元気よく走っていった。
キラーパンサーのプックルとスライムのスラリン。彼女と旅をする大切な仲間である。
「月が隠れてくれてれば、逆に探しやすいんだろうけどな……」
雲ひとつ無い夜空に浮かぶ満月は、離れて光る草を探す2匹の姿もハッキリと浮かび上がらせている。
ルラフェンに住むベネット老人に頼まれ、古代の魔法を復活させる手伝いとして、材料となる光る草――ルラムーン草を探しているところである。
「ピキーーーーーーーッ!!!」
静寂に支配されていた草原に、スラリンの声が響いた。
「見つけたの!?」
声をかけながら彼女が駆けつけると、嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねるスラリンの傍に、ボーっと青白く光る草が生えていた。
「……すごい。本当に光ってるんだ」
しゃがみ込み、周りの土を丁寧に取り除いて、ルラムーン草を引き抜いた。
「これがルラムーン草……。引き抜いても光ってるんだ……」
神秘的な光景に心奪われる彼女の傍らでは、プックルが嬉しそうに喉をならし、スラリンが飛び跳ねていた。
〜中略〜
「お前さん、呪文が使えるようになっていないか、ちと試してくれんか」
家を壊すかと思えた大爆発の後、ベネット老人がそう言った。
「試すっていっても……、どうすればいいんですか?」
具体的な使い方も知らない呪文である。いかに彼女がいくつか呪文を使うことができるといっても、どうすればいいのかまったくわからなかった。
「なに、使い方は簡単じゃ。自分が行きたい場所を頭の中でイメージするんじゃ。そして呪文を唱えれば、そのイメージした場所に瞬時に辿り着いておる」
――自分が行きたい場所。
目を閉じて、頭の中に思い浮かべる。
真っ先に浮かんだのは笑顔。
どんなに辛い時でも、いつも笑って励ましてくれていた。
次に浮かんだのは、怖いくらいの顔つきで敵と戦う姿。
私が危ない時にはいつも助けてくれた。
次に浮かんだのは、背を向けて、声を殺して泣いてる姿。
私の前では決して涙を見せることは無かった。けれど、夜中に一人で背中を震わせている姿を見てしまった。
次々と浮かんでは消えていく、彼の顔、姿、思い出。
そして最後に浮かんだのは、困っているような笑っているような顔。
別れの時、『ついて行こうか?』という彼に対して、国を立て直すことが重要だと告げて断った。
笑顔で見送ろうとしてくれたけど、でも、私の事が心配なのだと、すぐにわかる複雑な表情。
見ていると甘えてしまいそうになるから、無理矢理笑顔を作って、背中を向けた。
あれから、一年。
嬉しい事もあった。生き別れになっていたプックルと再会することができた。
辛い事もあった。人に疑われて、信じてもらえなかった。
どちらも、彼に傍にいて欲しかった。
一緒に喜んで、一緒に泣いて欲しかった。
だから、うん!
彼に会いに行こう!
85
:
In the secret 前
:2007/09/23(日) 01:05:17
彼女は頭の中に、ラインハットのお城を思い浮かべる。
幼い頃に訪れて、つい一年ほど前に再び訪れた、深い思い出の残る城。
そのお城をキレイにイメージできたその時、彼女は呪文を唱えた。
「――ルーラ!!」
その瞬間、彼女は強烈な力で上に引っ張られるような感覚に囚われ、思わず目を閉じた。
次の瞬間には、地面に降り立つ感触を感じ、ゆっくりと目を開けた。
「……うわぁっ!!」
目の前には、威厳を示すかのように、立派な造りのお城が佇んでいた。
彼女はルラフェンから、海を挟んだ違う大陸にあるラインハットまで、一瞬にして辿り着いたのである。
「これがルーラ……。すごい!」
ひとしきり喜びを噛み締めた後、彼女はお城の中へと足を踏み入れた。
入り口を守る兵士が彼女の顔を見とめ、奥へと通してくれる。国の一大事を救った功労者、そして王子の友人として、顔パスになっている。
尖塔への階段を昇り、ヘンリーがいるという部屋に向かう。
会ったら何て言おうか、いきなり尋ねたらヘンリーはそんな顔をするだろうか、そんな事を考えていると、自然と笑みがこぼれてきた。
階段を昇りきり、部屋の前へと辿り着く。扉の前に、一人の兵士が立っていた。
「ここはヘンリーさまと奥さまのお部屋。無用の者は……あっ、あなたさまはっ! さあ、どうかお通りください!」
そう言って兵士が扉の前を譲った。
彼女は緊張した面持ちで扉の前に立つ。
兵士の驚きようにびっくりしたのと、ヘンリーに久しぶりに会うという緊張から、彼女は兵士の言葉を聞いていなかった。彼女にとって、恐らくは一番重要であろう言葉を……。
兵士に促され、彼女はノブに手をかけてゆっくりと回し、押し開いた。
一歩、二歩。彼女が室内に足を踏み入れるとすぐに、懐かしい声が聞こえてきた。
「こいつは驚いた! ――じゃないか!」
ヘンリーが驚いた顔、そして笑顔になって駆け寄って来る。
そして彼女の前までやって来て、彼女が再会の喜びを口にする前に、ヘンリーは口を開いた。
「随分お前のことを探したんだぜ。うん、その……。結婚式に来てもらおうって思ってな。実はオレ、結婚したんだよ!」
照れ臭そうに、しかし嬉しそうに話すヘンリー。
彼女が言葉の意味を理解できないうちに、別の声が聞こえてきた。
「――さま、おひさしぶりでございます」
ヘンリーの隣には、見覚えのある美しい女性が立っている。
彼女達と一緒に教団から逃げ出し、その後はシスターとなって一緒にラインハットを救った、マリアだった。
「わはははは! とまあ、そういうわけなんだ。お前に知らせなかったのは悪いと思っているが、一日でも早くマリアを幸せにしてやりたくてな」
「まあ、あなたったら……」
「とにかく、――に会えて本当に良かった。ゆっくりしていってくれよ」
ヘンリーとマリアの幸せそうな顔と、会話を聞いて、彼女は悟った。
――ああ、もう私の入る隙間はないんだ。
86
:
In the secret 後
:2007/09/23(日) 01:07:27
「そうだ、結婚式には呼べなかったけど、せめて記念品を持っていってくれよ。昔のオレの部屋、覚えてるだろ? あそこの宝箱に入れてあるからな」
「ヘンリーさまとの結婚式では、ラインハットのオルゴール職人さんが記念品を作ってくださいましたの。でも、ヘンリーさまったらなぜ昔のお部屋の宝箱に入れたりなさったのかしら?」
言われるがままに彼女は部屋を後にした。
そこから、二人の幸せに包まれているその部屋から、一刻も早く立ち去りたかった。
そのまま帰ろうかとも思った。しかし、ヘンリーの好意を無碍にする事など彼女に出来るはずもなく、重い足取りでヘンリーの子供時代の部屋へと向かった。
そこは、今では太后の部屋となっていて、顔を見るなりお礼の言葉を述べられた。
失礼なく挨拶をし、奥の部屋へと入る。
昔と変わらず、あの宝箱はそこにあった。
昔の、まだ父が生きていて、お互いに何も知らない子供の頃の思い出が甦る。
『そんなに言うならオレの子分にしてやろう。隣の部屋の宝箱に子分のしるしがあるからそれを取ってこい! そうしたらお前を子分と認めるぞっ!』
『どうだ?子分のしるしを取ってきただろうな!?
なに? 宝箱は空っぽだったって? そんなはずはないぞ! 子分になりたければ、もういちど調べてみな!』
思い出して、自然と笑いがこみ上げてきた。
――なんだ、子分のしるしを見つけてないから、私はヘンリーの子分じゃないじゃないか。なのに彼ときたら、私のことを完全に子分扱いして。
宝箱を開ける。
中にはやはり、記念のオルゴールなど入っていなかった。
「やっぱりね。ヘンリーったら、ちっとも変わらないんだから……」
しかし、オルゴールは入っていなかったが、代わりに一通の手紙が入っていた。
『――、お前に直接話すのは照れくさいから、ここに書き残しておく。
お前の親父さんのことは今でも1日だって忘れたことはない。あのドレイの日々にオレが生き残れたのは、いつかお前に借りを返さなくてはと……そのために頑張れたからだと思っている。
一時期は、お前の事を一生守っていくことが、オレのするべきことだと考えていた。そしてそれは同時に、オレの願いでもあった。しかし、伝説の勇者を探すというお前の目的は、オレの力などとても役に立ちそうもない。オレにはオレのできること、この国を守り、人々を見守ってゆくことが、やがてお前の助けになるんじゃないかと、そう思う。
――、お前はいつまでもオレの子分……じゃなかった、友だちだぜ』
普段は心の内に秘められたヘンリーの想い。
苦悩と葛藤と決断と、彼の想いの綴られた手紙。
彼女の心に深く深く、入り込んでくる。
――ヤダよ! ヤダよ!
友達じゃなくていい! 子分でいい!
何でも言うことを聞く! 負い目を感じる必要なんてない!
ずっと一緒にいたんだもん! いつも助けてくれたんだもん!
だから! だから……!
お願いだから……私の傍にいてよ……。
私の隣で一緒に笑って、一緒に怒って、一緒に泣いてよ……。それだけでいいから……。
大好きなの……貴方の事が…………。
溢れ出す想い。しかし遅すぎた感情の目覚め。
彼女の想いは声にする事すらかなわず、誰にも知られることなく、密やかに彼女の心で廻り続ける。
87
:
女王様誕生
:2008/02/10(日) 09:27:36
ビシィィィィッッッッ!!
ムチ男の鞭が、唸りをあげて彼女の体を打ちつける。
「くぅっ!」
左肩から右のわき腹にかけてを打たれ、彼女が呻き声を漏らす。
服が裂けて、その下から覗く肌が傷を伴って赤く滲む。
続けて、鞭が彼女を打たんと振り下ろされる。
しかし彼女は咄嗟に左腕を、鞭と自分の間に掲げる。
「なにっ!?」
鞭は彼女の思惑通り、勢いのまま左腕に巻きつく。
ムチ男が力を込めて引っ張るが、固く巻きついた鞭は剥がれない。
「えいっ!」
それを逆手に、彼女が左腕を力一杯引く。
当然、鞭で繋がっているムチ男は彼女のほうへと引っ張られて、眼前に迫ったムチ男の顔を、彼女は右の拳で力一杯殴りつけた。
「げぇっ!!」
鞭を手放し、地面に倒れ付すムチ男。しかしまだ意識はあるらしく、立ち上がろうとしている。
彼女は、左腕に巻きついた鞭を剥がす。幾重にも出来た痣が痛々しい。
ふと、投げ捨てようとした鞭を改めて見つめる。
記憶に甦るのは、幼馴染が器用に鞭を振るって魔物を倒していた姿。
鞭の柄を右手で握り、記憶を頼りに振るってみる。
ピシィッ!!
と小気味よい音を立てて、地面を打ち付ける。
「あはっ。コレはいいかも♪」
嬉しげに言う彼女の顔には、笑みが零れていた。
「ひっ、ひぃっ!」
立ち上がって彼女の顔を見たムチ男は、その顔を見て悲鳴を上げる。
嗜虐的で美しい、彼女の笑顔を。
たまたまその光景を見てしまったヘンリーは、何故だかわからない不安に駆られて、身体を酷く振るわせた。
――これは運命の出逢い。彼女が、自らに最も相応しい武器と出逢った瞬間。
88
:
神殿にて
:2008/03/01(土) 04:45:21
「お前ら、仕事もせずに何をしている!?」
神殿警護の兵士が剣を構えて一喝すると、ルカを取り囲んでいた奴隷たちは散り散りに逃げていった。
「見つけたのが私だったことに感謝するんだな。ムチ男どもだったら見境なしに――お前たちを痛めつけようとする。」
兵士が剣を下ろしてルカに向き直ると、彼女は硬い表情で兵士を睨み返した。
幼少の頃、この神殿に奴隷として連れて来られたルカは、子供――少女にあるまじき怪力の持ち主だったので、男の奴隷たちと同じ石切り場で岩運びをさせられてきた。
それから数年経って、すっかり女性らしい身体つきになった彼女を、先程、奴隷たちが物陰に連れ込んでけしからぬ行為に及ぼうとした。いつも側にいる彼女の友人のヘンリーがちょっと目を離した隙に。
(あと一歩でも近寄ったら――)
ルカは兵士から視線を外さず、真空の呪文を唱えるため息を吸った。
だが。
「仕事を休みたければ水遣り女の近くに行け。一人になるな。」
兵士はそれだけ言って、くるりと背を向けた。
「ルカ――どこだ――?」
遠くから自分を探すヘンリーの声が聞こえる。
ルカは初めてここの兵士に感謝の念を抱いた。
「あ、あの――ありがとう。」
彼女の言葉に、兵士が後ろ向きのまま軽く手を上げて応える。その指に、光るものが見えた。
(指輪はめてるんだ。きれいな光だな。)
ルカの目にその光は、暖かいものに映った。
89
:
デジャ・ヴ 1/2
:2008/03/13(木) 22:49:49
――知り合いに顔を見せて、無事を知らせるのも一苦労だよね。
風に流される髪を押さえながら、彼女は軽くため息をついた。
彼女は今、船に乗って親友の暮らす村へと向かっている。緩やかな流れに逆らって川上へと上り、開かれた水門を抜けた。
――そういえばこの水門って、ずっと開きっぱなしなのかな?
本来は閉じられているこの水門を以前、必要に迫られて開いてもらったのは彼女。そして開いてくれたのが、訪ね先である親友。
――状況が状況だったとはいえ、あの時は無茶したなー。
思い出し、思わず笑みが零れる。
「どうしたの?」
傍らにいた少女が、突然笑い出した彼女に不思議そうな視線を投げかける。
「なんでもないよ。ちょっと、前にここに来たときの事を思い出してね」
彼女の言葉に小首を傾げる少女。彼女がその頭をポンポンと撫でてやると、途端に少女の顔がほころんだ。
「あっ! 村が見えてきたよ! あれじゃない?」
舳先に立つ少年が弾むような声を出し、彼女の方を見ている。
彼女は少女を連れて少年の元へ。少年が指差す先を見る。
「うん。そうだね。あそこが目指す村だよ」
サラボナより北東。川を上った先にある山奥の村。そこに、彼女の親友がいる。
接岸し、少しの山道を歩いて村へと向かう。
――不思議な感じだな。私の感覚だとほんの一年前なのに、実際は八年も前だなんて。
いま彼女たちが歩く道は、彼女の記憶にあるのとなんら変わりはない。しかし彼女の両隣を歩く少年と少女が、そうではないという確たる証拠。彼女の大切な子供たち。
「ここに住んでる人って、お母さんの幼馴染なんでしょ?」
少年が尋ねてくる。
「うん。小さい頃は一緒に冒険をしたりしたんだよ」
「私たちみたいに?」
「二人ほどじゃないけどね。大人がみんな寝静まった頃、こっそり二人で町を抜け出したりしたんだよ」
「私、夜にお外を歩くのは嫌い」
「僕も」
二人が彼女の両手にしがみついてくる。
「はははっ。その点じゃ、私たちの方が二人よりも度胸があるかもね」
90
:
デジャ・ヴ 2/3
:2008/03/13(木) 22:50:13
そのまま手を繋いで歩く三人の前に、村の入り口が見えてくる。
「うわー。ホントに田舎だねー」
少年が正直な感想を漏らす。
「そんなこと言わないの」
彼女がたしなめる。
とはいえ、彼が生まれ育ったのはお城なので、それもいたしかたない。
「でも、なんだか懐かしくて落ち着く感じがする」
少女の言葉に彼女は嬉しそうに目を細める。と、
「やめなさいよ! かわいそうでしょう。その子をわたしなさい」
女の子の声が聞こえてきた。
彼女たちが視線を向けると、猫を囲んでいる二人の男の子と、少しはなれたところに女の子が立っていた。声の主はこの女の子のようだ。三人とも、彼女の子供たちと同じくらいの年頃のようだ。
「どうしたのかな?」
少女は不思議そうに見つめている。
「猫をいじめてるんだ!」
叫ぶや否や、少年は駆け出した。
「あっ! 待ってよ、お兄ちゃん」
慌てて少女も後を追いかける。
――あの子は正義感が強いんだな。小さくても、やっぱり勇者なんだね。
そんな風に思いながらゆっくりと子供たちの後を追いかけようとした彼女は、女の子の方について加勢している二人を見て、ふと気がついた。
『なんだよう! 今こいつをいじめて遊んでるんだ! ジャマすんなよなっ!』
『ガルルルルー!』
『かわったネコだろ!? 変な声でなくから面白いぜっ』
『ほら もっとなけ!』
『やめなさいよ! かわいそうでしょう。その子をわたしなさい!』
『おい、このネコをわたせって。どうする?』
『そうだなあ。いじめるのもあきてきたし、欲しいならあげてもいいけどさ』
『そうだ! レヌール城のお化けを退治してきたらなっ!』
『そりゃいいや。レヌール城のお化け退治と交換だな!』
91
:
デジャ・ヴ 3/3
:2008/03/13(木) 22:50:52
――そういえば、あの時もこんな感じだったな。もっとも、私たちの時は猫じゃなかったけど。
懐かしい思い出を甦らせ、子供たちを見る。
男の子二人に対して、女の子と少年が前に立って言い争っている。少女は、兄の後ろに隠れていた。
――あれ?
その光景、いや、女の子に既視感を覚える。
頭の両側でおさげにし金色の髪と、気の強そうな大きな瞳は、否応なく彼女を思い起こさせる。
――というより、そっくりじゃない?
彼女が疑問を抱き始めたその時、
「コラ、あんた達! ケンカはやめなさい!」
村の奥から、一人の女性がやって来た。
「お母さん!」
女の子が叫ぶ。
男の子二人はその女性を見ると、気まずそうな顔を浮かべて走って逃げていった。
「あっ、逃げた!」
少年が追いかけようとする。が、女の子がその腕を掴んで引き止める。
「ネコちゃんが無事なら別にいいわ。どうせ、あの二人だっておばさんに怒られるんだから」
「今度は何が原因でケンカしてたの?」
傍にやって来た女性が女の子に問いかける。
「おばさん。この子を怒らないで上げて。この子はネコを助けようとしたんだよ!」
「ホントよ! 私たち一緒だったもの」
少年と少女が女の子をかばうように口々に告げる。
「そうなの? なら、よくやったわ」
女性は女の子の頭を撫でる。
「ところでキミたち、この村の子じゃないわね。二人だけで来たの?」
「ううん。お母さんと」
少年が答え後ろ――彼女の方を振り向く。
女性も一緒にそちらに視線をやる。
彼女が、優しげに微笑んで女性を見つめる。
「……やあ、久しぶり」
親友同士、八年ぶりの再会だった。
92
:
アルパカにて
:2008/03/20(木) 23:23:05
(ヘンリーがラインハットに戻る決心を主人公に伝える場面です。)
その日は野宿しないで宿屋に泊まった。お金節約のため同じ部屋だ。
「ルカ。眠れないんだ。話、してもいいか?」
夜中。寝付けないでいるルカにヘンリーが声をかけてきたので、彼女は寝床から起き上がった。
「うん。」
「起きてたのか。」
「……思い出してた?城にいた頃。」
「ああ。親父が……死んでたなんてな。」
「ショックだったね。」
「うん、それはそうなんだが、実はホッとした。」
ヘンリーが笑顔になったので、ルカもちょっと安心した。
「どうして?」
「サンタローズを焼いてのうのうと生きていたら、オレが親父を殺してた。」
「ヘンリー!?」
「だけどそんなことしたらデールが悲しむだろう?だから、そんなことにならなくてよかったって。」
あの神殿でさえいつも快活だったヘンリーが初めて見せた、暗い、冷たい笑顔だった。
「ヘンリー。違うよ!王様はお父さんと友達だったんだ。ヘンリーを誘拐したなんて思うわけない!サンタローズを攻めたのは、王様の命令じゃないよ絶対に!」
「ルカ……。」
「私がさ、もしも、ヘンリーの子供といて、行方不明になったら、ヘンリーは私が子ども誘拐したって思う?」
「……何だよ、その例えは……!!」
ヘンリーは腹を抑えてヒク付いていた。笑い声を懸命に堪えているようだ。
「笑うことないだろ!」
「あ、ああ。ごめん。そうだな。親父じゃないよな。うん、確かに。」
ヘンリーはまだ笑っている。
「オレ、ラインハットにちょっと戻ってみるかなぁ。ここから東の方だったよな。」
笑いながらでなければ、国を憂う王子の深刻さが滲んだ感動的な台詞に違いない、とルカは思った。
「もういいよ、気が済むまで笑えばいい。私はもう眠るから!戻るんなら明日も忙しくなるし。お休み!」
ヘンリーも自分の寝床に横になった。
「あのさ、ルカ、お前がオレの子供と消えたらって……言ったよな。」
もう笑ってなかった。
「……」
「オレの子供の母親はお前がいい。今でなくていいから、いつか考えてみてくれないか?」
ルカは全力で眠った振りをした。
93
:
運命的な彼の後悔 1/2
:2008/04/03(木) 21:07:10
――なぜ私が奴隷の管理などしなければいけないのか。
彼の頭の中はその疑問で埋め尽くされていた。
彼は子供の頃に親を亡くし、幼い妹と二人で生きていくために光の教団に入信。妹の為にも少しでも暮らし
が楽になればと身を粉にして教団に仕え、念願の神殿騎士になれたはいいが、その配属先は大神殿建設現場。
そこで使役している奴隷の管理・監督だった。
――このような仕事、わざわざ神殿騎士たる私でなくとも、むちおとこに任せておけばいいものを。
神殿部分の建設状況を見るでもなく眺めながら、彼は心の内で愚痴っていた。
「やめろ!」
突然響いたその声が、彼の意識を内から外へと呼び戻した。
「何事だ?」
声の発せられた方へと近づき、傍にいた兵士に尋ねる。
「はい。また、アイツです」
うんざりした様子で兵士が指差す先には、一人の奴隷をかばって数人のむちおとこに立ち向かう奴隷の姿。
「また、か」
「貴様ら! さっさと仕事に戻れ!」
遠巻きに事の成り行きを眺めていた奴隷たちに向かってヨシュアは声を張り上げる。
その声を聞いた奴隷たちは一様にそれまでの作業を再開した。
その様子を見届けてから、ヨシュアは問題の奴隷の眼前に立つ。
長い黒髪と、意志の強そうな瞳が印象的だ。
「騒ぎの原因は何だ?」
「この人は足を怪我している。休ませてあげて欲しい」
言われ、ヨシュアはその奴隷の後ろで倒れ伏す奴隷を見る。
確かに足に怪我をしていた。足の甲が紫色に腫れ上がっている。運搬中の岩でも落としたのだろうが、もし
かすると骨折しているかもしれない。
「……わかった。そいつを連れて行け。ただし、そいつの分の仕事もお前がやるんだ。いいな?」
その奴隷は無言で頷くと、倒れている奴隷を軽々と抱きかかえ、その場を去った。
その姿を見送ってから、ヨシュアは傍にいる兵士に告げる。
「アイツが戻って来たら伝えてくれ。仕事が終わったら私の部屋まで来るように、と」
「はい。わかりまりました」
そしてヨシュアは、地下部分の進行状況を見るべく地下へと続く階段へと歩いて行った。
陽も落ちかけた頃、自室で事務作業をこなしていると、扉がノックされた。
「入れ」
来訪者が誰なのか勿論わかっているヨシュアは、扉の向こうに呼びかける。
はたして入ってきたのは、あの黒髪の奴隷だった。
「……何か?」
短く問いかけてくる奴隷。
「聞くところによると、お前はもう奴隷になって十年近くなるらしいな」
「それが?」
「何故いつまでも私たちに逆らう? それにいまだに脱走を企てているらしいが、諦めようと思わないのか?」
奴隷は静かに首を横に振る。
「私にはやらなければいけない事がある。それを果たすまでは、何があっても諦めたりしない」
静かに、しかし溢れんばかりの強い意志が込められた言葉。その眼差しは鋭く、強く、輝きを見せる。
ヨシュアはその射るような視線に耐えられず、思わず呻いた。
「だが! 現実問題として、お前は一生! ここから出ることはできない!」
奴隷に気圧されないために、自然と語調が荒くなる。
「それでも、私は諦めない」
瞳と、言葉とから発せられる意志がその強さを増し、ヨシュアは完全に気圧された。
「……くっ、くぅ」
ヨシュアはおもむろに立ち上がると、奴隷の目の前まで歩み寄る。
「何故だ!? 何故、お前はそんなに強い! 奴隷の身で! まして、女でありながら!」
ボロボロの奴隷の服に手をかけると、力任せに引き千切った。
94
:
運命的な彼の後悔 2/2
:2008/04/03(木) 21:07:34
小ぶりだが、形の良い胸が露になる。
しかし奴隷――彼女はそれを隠そうともせず、真っ直ぐにヨシュアを見つめたままで言う。
「私は私だ。奴隷だとか女だとか、そんな事で変わりはしない。私は私の意志で、自らの進む道を決める。
私の意志は、誰にも妨げることはできない」
彼女の視線と言葉が強く、強く、ヨシュアに突き刺さる。
「ああぁぁっ!」
ヨシュアは叫び声を上げた。力任せに彼女を平手で打つ。
「くっ」
過酷な労役の後で疲れ果てている彼女は、体を支えることができずに地面に倒れ伏す。
ヨシュアはそのまま彼女の上に馬乗りになる。
「見ろ! この状況を! 今のお前は何も出来ない! 無力だ! これでも諦めないというのか!」
「……好きにすればいい。どうなろうと、何をされようと、私の意志を挫くことは、誰にもできない」
胸も露に組み敷かれたこの状況においても、彼女の瞳が輝きを失うことはない。むしろ、よりいっそう強く、
激しく輝いていた。
「うおおおおぉぉぉぉっっっっっっっ!!!」
彼女の怯まぬ強さを。自らの敗北を。認めたくないヨシュアは雄叫びを上げる。
そして彼女を認めたくない一心で、彼女を穢した。
彼女は立ち上がり、ただの布切れと化したボロボロの服を纏う。
「待て」
ヨシュアは彼女を呼び止め、新しい――とはいってもボロではあるが――奴隷の服を渡した。
彼女はそれを受け取ると、ヨシュアに背を向けて着替えた。
その様子を不思議そうに眺めていたヨシュアは、自然と口に出していた。
「何故後ろを向く?」
その問いに、彼女は顔だけをこちらに向けて答える。
「……着替えを見られるのは、恥ずかしい」
事の最中も、ヨシュアが中で果てた時も、全く表情を変えなかった彼女が、僅かに頬を赤くした。
それが理解できなくて、何故かヨシュアは、声を上げて笑っていた。
ひとしきり笑い終えた後、ヨシュアはポツリと語り始めた。
「私はこれまで必死だった。妹と二人、生きる為にどんな事もしてきた。そんな折、教団に拾われた。以前の
食うや食わずの生活から解放された私は、妹により良い暮らしをさせたくて、他者を落としいれ、騙し、教団
内での地位を上げていった。妹には優しい兄を演じながら、裏では平気で他人を傷つける。私は最低の男だ」
「確かにそうかもしれない。けれど私だって、私の目的を果たすためなら他の犠牲は厭わない。誰かを傷つけ
ることもするだろう」
「いや、それだけ真っ直ぐな瞳をした奴が、他人が傷つくのを良しとはしないだろう」
ヨシュアは立ち上がり、彼女の瞳を見つめる。
「すまない。私のしたことは謝ったところで許されることではない。だから、お前の気の済むようにしてくれ」
覚悟を決めた瞳。それまでとは輝きが全く違っていた。
彼女はその決意に答えるように静かに頷くと、右腕を後ろに引き、力一杯殴りつけた。
ヨシュアの体が派手に吹っ飛ぶ。彼が彼女を平手打ちしたのとは比べるべくもない威力。
強かに体を壁に打ちつけ、ふらつきながらヨシュアが立ち上がる。痛む頬を押さえて口を開いた。
「効く、な。伊達に、苛酷な環境で働いていないというところか……」
自嘲気味に笑う。そして次に備えて身構える。
と、彼女は後ろを振り向き歩き出す。
「おい! これだけでいいのか!?」
驚きの声を上げるヨシュア。彼女は立ち止まり、顔は見せずに口を開く。
「許すわけじゃない。だからと言って、これ以上あなたを傷つけたところでどうなるものでもない。それに、
あなたは自分のした事を理解している。後悔も含めて。私はそれで充分だ」
そして再び歩き出す。今度はヨシュアが呼びかけても止まることはなかった。
彼女が去った後、一人残されたヨシュアは少しでも彼女に近づこうと、固く決意した。
その後、彼女と彼女の友人、そして妹を逃がした彼は、大神殿の完成後、殺されようとしている奴隷たちを
助けようとした。しかし魔物を率いる教団に刃向かって生き残れるはずもなく、志半ばで彼は散っていった。
その痕跡を、壁面に残して。
95
:
勇者目覚める 1/2
:2008/04/07(月) 23:58:21
私は今、ある一人の人間の人生の岐路に対面している。
ここはサラボナの街の大富豪、ルドマンさんのお屋敷。
その大広間に、私を含めて七人の人間がいる。
まずは屋敷の主ルドマンさん。その娘のフローラさん。ラインハットの王兄ヘンリーさん。フローラさんの幼馴染のアンディさん。元光の教団の兵士ヨシュアさん。そして全ての中心にいるのが彼女。私の幼馴染で妹のような存在。
状況としては、彼女に求婚しているヘンリーさん、アンディさん、ヨシュアさん。それを見守る残りの三人という構図。
「それで、誰を選ぶのだね?」
ルドマンさんが彼女に問いかける。
すぐには答えず、俯き、目を閉じている彼女。しかしついに、顔を上げる。そして開かれた瞳には、固い決意が宿っていた。
「私が結婚したいのは……好きなのは、ダンカンさんです!」
大きな声でハッキリと告白した。
しかし誰もが予想外の名前に目を点にしている。いや、予想外どころか聞いたことのない名前だろう。私を除いて。
「はあぁぁぁぁぁ!?」
私は思わず叫んでいた。
「ダンカンって……私のお父さんの、こと?」
恐る恐る尋ねる。どうか違っていてください。神様にお願いした。
「うん」
叶わなかった。神様は無情だ。
「いや、ちょっと待って! だって、え? 私のお父さんだよ? もう50歳だよ? 一個もカッコイイところなんかないんだよ?」
「でも、好きなの。小さい頃から、ずっと好きだった。ビアンカには悪いけど、おばさんが亡くなったって聞いて、結婚できるって思っちゃった」
涙を流しながら答える彼女。多分、私に対しての謝罪なのだろう。
「いや、でも……本気なの?」
「うん。本気。できることなら、ビアンカのお母さんになりたいって思ってる」
真っ黒な瞳が真っ直ぐにこちらを見つめている。ああ、本気なのね。一人の女性として、どこがイイのかわからないけど、本当にお父さんが好きなのね。
私は大きく息を吐いた。
「……わかったわ。あなたがそこまで言うなら認めてあげる。でも、お父さんがなんていうかは知らないわよ?」
この言葉に、彼女は満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう! ビアンカ!」
飛びついて、抱きついてきた。私はそれを受け止めて、強く抱き締めてあげる。
と、残りの五人が目に入った。
あー、すっかり忘れてたわ。ルドマンさんとフローラさんはともかく、あの三人は……可哀相ね。
「なんだかよくわからんが、そのダンカンというのが、君の結婚したい相手なのだね?」
「はい。そうです」
「わかった、家のものに命じて、すぐに連れてこさせよう」
ルドマンさんがそう言い、すぐに使いが出たようだった。
待つこと数時間。山奥の村から父さんがやって来た。
どうやら全く事情は聞かされていないようだ。
「やあ、ビアンカに****。いったいどうしたんだい?」
私じゃなくて、彼女が説明、いや、告白をするのがいいだろうと思い。黙る。
「あ、あの……ダンカンさん」
「なんだい、****?」
「私、ダンカンさんの事が好きなんです! どうか、結婚してください!」
さすがの告白に呆気にとられているお父さん。無理もない。亡くなった親友の娘に告白されたんだから。
しばらく沈黙していたお父さんが、優しい眼差しを彼女に向けた。
96
:
勇者目覚める 2/2
:2008/04/07(月) 23:58:41
「私でいいのかい? 私は妻を亡くしている身だ。お前の事を幸せに出来るかどうかわからないよ?」
「それでも、あなたの事が好きなんです!」
「娘のビアンカは、お前よりも年上なんだよ?」
「ビアンカはお母さんって呼んでくれます!」
いや、そんな約束はしてないんだけど。
「……わかった。結婚しよう」
お父さんの決断の一言に、彼女はポロポロと大粒の涙をこぼした。
そうか。もしかしたら、これまでの人生の中で、彼女が手にした初めての幸せなのかもしれない。私はそんな風に思った。
それから、ルドマンさんの好意で結婚式を挙げた二人は、そうそうに新婚旅行を兼ねて旅に出た。一人娘を置いて。
まあ、新婚さんを邪魔する気はないけどね。
あっ、ちなみに求婚していた三人は複雑な顔でそれぞれの家へと帰って行った。ホントに可哀相に。
二人が旅立って半年が過ぎた頃、海を越えた大陸のグランバニア王国から使者が来た。
なんでも、パパスさんは実はグランバニアの王様で、その娘である彼女が王位を継ぐことになったそうだ。そこで、私も一緒に暮らしたいということらしい。
なんだかよくわからないが、せっかく二人に会えるのだから、私はグランバニアへと向かった。
私がグランバニアについたその日、戴冠式が行われた。
そしてその夜、お父さんが魔物にさらわれた。
そして次の日、お父さんを探すために彼女が城を出て行った。
ていうか、何この急展開?
あ、そうそう。サンチョさんと再会した。どうでもいいけど。
あたらしい女王と女王夫が行方不明。前の前の王とお妃様と同じ。
このお城、なにか呪われてるんじゃない?
サンチョさんや前の王様と話をしていると、彼女が大事だからと保管していった天空の剣が突然輝きだした。
輝き、宙に浮いた天空の剣は、ゆっくりと私の手の中に納まる。
その瞬間、私の中で何かが弾けた。
そうか。私だったんだ。パパスさんが求め、彼女が探した伝説の勇者。この私、ビアンカが、勇者だったんだ!
そして私は、行方不明の父と若い継母を探す旅に出た。
97
:
名無しさん
:2008/04/24(木) 22:17:58
<神殿にて(後)>1/2
ヨシュアは子供の頃に両親をなくして、妹のマリアと二人きりになってしまった。両親が残した財産は古い指輪を残して全て売り払った。それは今、ヨシュアの指にある。
「兵士の仕事だなんて危ないことがあるかも。この指輪はお守り代りに兄さんが持っていてね。」
二人が「光の教団」に身を寄せたのは生きていくためだ。ヨシュアは大人になると兵士にされ、マリアは教祖の側に仕えた。
教団は全ての人々の幸せを説いている。最初はそれを信じていたヨシュアだが、最近配属された神殿の建築現場で、多くの人々が無理やり働かされ傷つけられているのを目の当たりにした。そして彼らが逃げないように鞭を振り回している監視の男は、明らかに魔物だった。
「これが光の教団の正体だったのか!?」
心底嫌気が差したヨシュアは、いずれどうにかしてマリアと共に教団から離れようと考えていた。
しかし、そんな時。
マリアが突然、奴隷にされ神殿に連れてこられた。教祖の大事にしていた皿を壊してしまったのだ。
妹があの野獣のような奴隷どもの中に置かれたと考えると、不安で気が狂いそうだった。一刻も早く連れ出さなければならなかった。
「どうしたの?」
いつの間にか一人の奴隷が自分を心配そうに見ていた。先日助けてやったルカという女奴隷だ。
「元気がないように見える。どこか怪我でもしたのか?」
ヨシュアは神殿奥の牢屋番をしているところだった。そこには脱走を企てた奴隷が一人閉じ込められている。
「妹が……いや。何でもない。」
奴隷にこんなことを話してもどうにかなるとは思えずヨシュアは話を変えた。
「お前、回復魔法を使ってたな。」
「ああ。それがどうかした?」
「なぜ奴隷にされたんだ?」
ルカはヨシュアの顔を探るようにじっと見つめた。
(こいつにはここで初めて会ったのに、どこかで見た気がする目だ……誰かに似ている……)
「子供の頃だ、父が魔物に殺されて、ここに売られたんだ。」
「子供の頃からここにいたのか!?」
そうでありながら、どうしてこんなに優しくいられるのだろう、とヨシュアは驚いた。
「……どうして私のことを聞くの?」
ルカはヨシュアの目を見つめ続けている。
「少し私の話を聞いてくれるか?」
ヨシュアは自分の生い立ちを話すつもりは全くなかったのだが、ルカの瞳に覗き込まれているうちに、妹が奴隷になったことも含めて身の上をすっかり話してしまった。
「もっと早くに教団を離れていればよかったと後悔しきりだ。しかし、ここの奴隷たちのことも知った以上、放ってもおけんし、第一内情を知っている私を教団が見逃すはずもない。」
「諦めたらおしまいだよ。」
その言葉にヨシュアは、彼女の瞳が誰に似ているのか思い出した。
荒んでいた子供の頃、出会った剣士が自分を諌めた言葉だったのだ。ルカのまっすぐな瞳はその剣士を思い出させた。更に髪の色も同じく黒い。全く梳られず無造作に束ねたそれが、一層あの剣士の姿を思い出させる。
「お前……確かに女だよな?」
「なんだよ。こないだ助けてくれたじゃないか!」
ルカは顔を赤くした。
全員で逃げる、その計画のためには、まず、ヘンリーに脱出してもらう必要があるとルカは考えていた。彼の実家であるラインハット王家ならば、奴隷全員を逃がすための軍隊や船をここに送り込む力がある。
そのための協力を知り合ったばかりの名も知らぬ兵士にしてもらうつもりだった。
「問題は……山積みだなぁ。」
「何だよ、問題って。」
「ヘンリー!?聞いてたの?」
「危ないこと考えてるんじゃないだろうな。お前、親分に隠し事はナシだぞ。」
「判ってるよ。」
問題なのは、ヘンリーは一人では決して逃げようとはしないだろうということだ。説得には時間がかかりそうだった。
しかし、事態は急転した。
奴隷らしくないという理由でマリアが鞭男に目を付けられた。彼女に鞭が振るわれたのを見たヘンリーが庇いに飛び込み、それをまたルカが助けに入って、ついに攻撃呪文を炸裂させてしまったのだ。
マリアを襲った鞭男は倒せたものの、多くの兵士に囲まれ、ルカはついに捕らえられてしまった。手に余る危険な奴隷として。
98
:
名無しさん
:2008/04/24(木) 22:58:11
<神殿にて(後)>2/2
「起きたのか、ルカ。うなされてたようだが大丈夫か?」
ルカは目覚め、牢獄の中で、側にヘンリーが座り込んでいることに気付く。
「う、うん。ヘンリーは?」
「オレの方はどうってことないさ。」
ルカの目から涙がこぼれた。
「おい、どうした?傷むのか?」
「ちが……う。
ごめん、攻撃の魔法なんか使ったからきっと危険な奴隷だって思われてる。」
「何言ってるんだよ、お前はオレとあの女の子を助けてくれたんだぜ。
謝るなよ。感謝してるよ。ルカ。」
「絶対に、逃がすから。ヘンリーだけは。」
「逃げる時はお前もだ。」
「それはいい。ついでに私の妹も頼む。」
その声がするまで、二人とも人影が近付いてきたのに気付かなかった。
「誰だ!」
「あんたは……。」
「ヨシュアだ。まだ名乗ってなかったな。」
ヘンリーはいきなり現れた兵士に警戒の目を向けていて、ルカの目の下が赤く染まっているのに気付いていない。
ヨシュアは牢獄の鍵を開けた。
「妹を助けてくれて感謝する。そんなお前たちを見込んでの頼みがある。
逃がしてやるから妹をここから連れ出してほしい。」
ヨシュアの後ろに、二人が助けた新入りの女奴隷マリアがいた。
「妹?」
「さきほどはありがとうございました。」
粗末な衣服に包まれた彼女は頼りなげに見える。
「どうやって三人も逃がすんだ?」
ヨシュアは牢屋の側の水路を見た。大きな桶が浮かんでいる。
「あの樽に入るんだ。そうしたら私が水門を開いて樽を外に流す。
かなりの高さから落ちるが、うまくいけば水が衝撃を和らげるだろう。
隙間にはこれでも詰めておけば怪我も少なくて済む。」
ルカは大きな布の袋を受け取った。
「このままでもお前たちはおそらく……できるか?」
「わかった。あんたの妹を預かる。オレたちを逃がしてくれ。」
ヘンリーは頷くと樽に向かった。マリアもそれに続く。
「お前も行くんだ。」
ヨシュアはルカの背中を樽の方へ押した。
しかし彼女は布袋の中を覗いたまま動かない。
「これ……ここに来た時に取り上げられた……?」
「ああ、やっぱりお前のか。
奴隷から取り上げた物の中で、それだけ子どもの物が入ってたからな。リボンとか。」
袋の中にはビアンカにもらったリボンがあった。色はすっかりくすんでいたが、思い出は鮮やかに脳裏に蘇る。
「外に出たらちゃんと髪梳かせよ。」
ヨシュアがルカの頭を撫でた。
「このまんまじゃ美人が台無しだからな。」
「ルカ、何してるんだ。」
マリアを樽に入れたヘンリーがルカを呼んだ。
「……あんたはどうするんだよ。」
「水門を空ける。聞いてなかったのか。」
「私たちを逃がしたらひどい目に遭わされるんじゃないの?」
「私の心配か?」
「心配したらダメか?」
「むやみに泣くな。私と離れたくないのかと勘違いする。」
彼女は動こうとしない。
「ああ、そうだ。これを。」
ヨシュアは指からリングを外した。
「持っていってくれ。」
古ぼけているはずのリングが淡く光った。
「……キレイ。」
「気に入ったなら持っててくれ。
つまらない物だが一応、私やマリアの親の形見だ。無くすなよ。」
ルカはヨシュアから離れて樽に向かった。
ヘンリーが樽の縁に乗り、彼女を引っ張り上げ中に入れた。
三人と布袋で隙間は殆どなくなった。内側から何とか蓋をする。
「水門を空けるぞ。」
「兄さん……!」
マリアが小さく祈るようにつぶやいた。
「マリア、元気でな。
ヘンリー、マリアを頼む。
死ぬんじゃないぞ、ルカ、お前は生きろ、何があっても……!」
樽が水の流れに飲み込まれた。
「――――!!」
ルカの叫びも暴流に飲み込まれ、誰の耳にも届かなかった。
99
:
悲恋〜ヨシュア〜 01
:2008/06/08(日) 00:40:30
本スレより移動してきました
主人公の名はリュカで、基本的にしゃべりません
*****
*「コラー!さっさと石を運ばんか!」
***昼***
ヨシュア「ん、なんだおまえは。無駄口をたたかないで仕事をしろ!さもないと叩かれるぞ!」
リュカ→はい
ヨシュア「・・・あまり人が叩かれるのを見たくは無いんだ」
リュカ→いいえ
ヨシュア「しかたのないやつだ。水を分けてやろう。おまえを叱っているふりをするから、その間に休め」
***夜***
ヘンリー「まったく、リュカはきつい仕事ばかりやらされるなあ。口先でうまく立ち回れるやつじゃないから・・・」
リュカ→はい
ヘンリー「気にするなよ。さあ、しっかり食わないと動けないぞ」
リュカ→いいえ
ヘンリー「リュカはそのままでいてくれよ。お前が従順にならないから、俺も自分を見失わないでいられるんだ」
そして数日が経った・・・
***昼***
ヨシュア「ん、なんだ?俺が心配顔をしているって?はは、わかってしまうか」
ヨシュア「リュカというのか。君はほかの奴隷たちとは違うな」
ヨシュア「いや、妹が神殿でお仕事をしているのだがな、少し失敗をしたんだそうだ。なに、誰かを怪我させたとか、そんな大げさなことじゃない。妹は素直な子だから、きっとすぐに許されるさ」
***夜***
ヘンリー「ほう、衛兵にもそんな奴がいるのか。何かに使えるかもしれないな・・・」
リュカ→はい
ヘンリー「ああ、少しは居心地を良くできるといいな。食い物とか、服とか・・・」
リュカ→いいえ
ヘンリー「心配するなよ。その兄妹を騙そうとか考えているわけじゃないぞ」
*****
神殿脱出までは、シリアスパートのみで重いです。。。
100
:
悲恋〜ヨシュア〜 02
:2008/06/08(日) 15:24:36
翌日
***昼***
兵士詰め所
ヨシュア「なんだって!奴隷仕事をさせられるって?ばかな!あんなに信心深い妹が、何かの間違いだ!」
*「間違いなものか。そんなに信心深いなら、教祖様の大事なお皿を手から滑らせるはずがないだろう」
ヨシュア「誰だって、物を落としたりすることはある。マリアはすぐに謝ったじゃないか!」
*「謝ったぐらいですむことか!きさま、これ以上、この件に関して異議をはさむのは許されんぞ。教祖様に反抗する者がどうなるか、きさまもよくわかっておろう?」
ヨシュア「・・・・・・」
兵士詰め所近く
ヨシュア「・・・なんてことだ・・・。ん、君は、リュカか。今の話を聞いてしまったのか?」
ヨシュア「こんなところでしゃべっているのはまずい。場所を変えよう」
外壁
ヨシュア「ここなら人も来ないか。ここでいいかい?」
リュカ→はい
ヨシュア「足を滑らせないようにきをつけて」
リュカ→いいえ
ヨシュア「すまない。ここがどういう場所かは知っているんだけど。・・・疲れきった奴隷が、自由を求めて飛んで果てる・・・。この部分が工事途中のときは、ずいぶん人が減ったと聞いているよ」
ヨシュア「奴隷に落とされた君の前でこんなことを言う俺はひどいやつなんだろうな。だけど、自分勝手だとわかってはいるんだが、妹には奴隷になって欲しくなどない」
ヨシュア「俺を軽蔑しないのか。そうか、君にも良い家族が・・・いや、話さなくていい。いつもの優しい目が、とても悲しくなっているよ」
ヨシュア「すぐに元の役目に戻れるように願っているけど、その間、妹をリュカたちの仲間に入れてあげてほしい」
リュカ→はい
ヨシュア「よろしく頼む。妹は素直で優しい性格だけど、人に取り入るのがうまくないんだ」
リュカ→いいえ
ヨシュア「マリアはすぐに元に戻れるだろうって?うん、リュカもそう思ってくれるなら、嬉しいな」
***夜***
マリア「今日からお世話になります。マリアと申します。よろしくお願いします」
ヘンリー「おう、よろしく。そんなに怖がらないほうがいいぞ!びくびくしていると、余計に鞭が飛んでくるからな!」
マリア「はい」
マリア「あの、リュカ様ですね?はじめまして、兵士のヨシュアの妹です。リュカ様に色々お尋ねして、お手伝いするようにと兄からことづかっています。よろしくおねがいします」
・・・・・
神殿脱出まで、空気を和ませてくれるキャラがろくに登場しません。
主人公が女の子で喋らないと、ヘンリーが元気を出しても見事に空回ると再認識しました。
101
:
悲恋〜ヨシュア〜 03
:2008/06/09(月) 19:17:21
数日後・・・
***昼***
ヨシュア「このままではまずい。ささいな失敗だから、マリアが奴隷の手伝いをさせられるのは少しの間だと思っていたのに・・・」
ヨシュア「ん、ああ、リュカか。君にはなんだか、格好悪いところばかり見られてしまうな」
ヨシュア「妹は早くも、きつく殴られていたよ」
***夜***
ヘンリー「マリアかい?素直でいい子だというのは、兄貴のひいき目じゃないらしいな」
ヘンリー「だけど、どうにも要領が悪くて、教団の連中に殴られやすい。それに、俺やリュカみたいに頑丈にできてないみたいだ。かなりまずいな・・・」
***昼***
兵士詰め所
*「奴隷の数は?」
*「たいして変わりないな。連れて来て数年で死ぬから、これからも新入りの世話は続くんだろうぜ」
*「めんどうだなあ。そういえば、10年も生きてるやつもいるらしいじゃないか」
*「おお、黒髪と緑だな。あの連中の生き延びる工夫ときたらすごいぞ。薬など無いのに、消毒やら止血やら。なんと、寝床の天井に生えた苔まで薬用にしてるらしい」
*「すごい執念だな。そうまでして生き延びたいのか」
*「というより、何が何でも生きて帰りたいんだろうぜ。脱走の前科が何度かあるらしいからな」
*「ほう、よく殺されないものだ」
*「ムダには殺さんさ。奴隷達は死ぬまでこき使うというのが、教団の方針だからな。もっとも、現場の監視員に目を付けられて、いじめ殺される奴もいるようだが」
ヨシュア「このまま元の役目に戻れなければ、マリアはいずれ・・・」
士官室
ヨシュア「お尋ねいたします。マリアへの罰は、いつまで続くのでしょうか?」
*「うん?マリア?・・・はて、誰だ?」
ヨシュア「先日、皿を割った罪で奴隷仕事をしている者です」
*「おお、そういえばおまえの妹だったか」
ヨシュア「はい、いつまでの仕置きなのかと」
*「さあ、自分は知らんな」
ヨシュア「誰にお聞きすればわかるのでしょうか」
*「はて、誰に聞けばわかるのやら・・・。自分はあの小娘を奴隷に落とすとしか聞いておらんから、その通りにしただけだ。それ以降のことは指示も受けておらんし、いつまでかはわからん」
ヨシュア「どなたが処分をお決めになったか、わかりませんか」
*「さて、誰だったかなあ、司祭様だか司教様だか、そんな肩書きのついた方の署名がついた命令書を魔物が運んできたんだったと思ったが・・・他にもいろいろ命令は受けたし、どれが誰の命令かなど、いまさら誰にもわからんよ」
ヨシュア「・・・くっ・・・」
*「話はそれだけだな、さがるがよい」
作業場
ヨシュア「なんてことだ。教団の誰も彼も、奴隷に落としたマリアのことなどすっかり忘れている!作業場でのマリアへの扱いは酷くなるばかりだ!ほうっておけば殺されてしまう!」
リュカ→はい
ヨシュア「なんとかしてやりたい、けれどどうすればいいんだ!」
リュカ→いいえ
ヨシュア「殺させないように、リュカが守ってくれるって?それは心強いな。これからもマリアにいろいろ教えてあげてくれ」
・・・・・
神殿脱出までが第一部で、全体の1/3ぐらいになりそうです。
102
:
悲恋〜ヨシュア〜 04
:2008/06/10(火) 17:14:41
数日後
***夕方***
作業場
*「今日はここまでだ!全員もどれ!」
マリア「うう・・・」
ヘンリー「くそ、必要もないのに叩きやがって・・・。立てないほど鞭打たれて、働けるはずがあるかよ」
ヨシュア「・・・ッ」
外壁
ヨシュア「リュカ、ああ、俺はどうしたらいい?」
ヘンリー「見え透いた芝居はやめろ、あんた、困っているふりをしているが、ここから妹を逃がす計画をしているんだろう?」
ヨシュア「!」
ヘンリー「奴隷だって目も耳もあれば、お互いにしゃべったりするんだぜ。あんたがここのところ、資材置き場を物色しているのは知っているんだ」
ヨシュア「違う!俺はリュカを騙してなんて・・・!」
ヘンリー「途方に暮れて何をしていいかわからないように見せかけて、リュカを通じてまわりにはそう思い込ませて、その間に着々と準備してたってわけだ。教団の人間が悪党なのは知ってるから何とも思わないが、リュカを騙したのは許せねえ!」
ヨシュア「待ってくれ!リュカには話すつもりだった!」
ヘンリー「黙れ!リュカ、止めるな!」
ヘンリー「くそ、リュカがいなければ、二度と見られない顔にしてたところだ」
リュカ→はい
ヘンリー「お前でも、やっぱり騙されたら怒るよな」
リュカ→いいえ
ヘンリー「ああ、懲罰房に入れられなくて済んだのはリュカのおかげだよ。けど、一発でも殴ってすっきりしたかったな」
翌日
***昼***
作業場
ヨシュア「リュカ、昨日はすまなかった」
ヨシュア「怒っていないって?ありがとう」
ヨシュア「リュカの親友を怒らせてしまったな。自分ひとりで考えようとした俺が間違ってたみたいだ。彼が言うとおり、俺は今、腹中で一計を案じている。リュカと彼には近いうちに話すことにする」
***夜***
ヨシュア「リュカ」
ヘンリー「おまえ、何しにきた!」
ヨシュア「ヘンリーといったね、君にも聞いてほしい。君達のためにもなる、大事な話なんだ。君たちに、妹と一緒にここを出てもらいたいんだ」
ヘンリー「なに・・・」
ヨシュア「計画はこうだ。まず、これを見てくれ。俺がこっそり写し取った図だ。いま、この建物の構造はこうなっている・・・」
〜〜
ヨシュア「・・・というわけだ。協力してくれるか?」
ヘンリー「・・・」
ヨシュア「どうした」
ヘンリー「囮役として撹乱するっていう、あんたの役目が危険すぎる。この話、信用していいものかと思ってな」
ヨシュア「はっきり言うなあ。けれど・・・」
ヘンリー「ああ、乗った。ダメでもともとだ。やってやる。やってやるけど、少し計画を変えてもらいたい」
ヨシュア「変える?」
ヘンリー「俺たちは何度か試して失敗しているから、いつも通り懲罰房に何日か放り込まれるだけだ。だがあんたと妹は違う。妹は今度こそ元の仕事に戻れなくなるし、あんたはもっとひどい。成功しても、手引きがばれるか疑われただけでも、あんたは間違いなく奴隷に落とされるか、殺されるだろう」
ヨシュア「そうだな」
ヘンリー「だから、あんたも一緒に脱出しろ」
ヨシュア「俺も?」
ヘンリー「この計画があんたにとって不利すぎる。もしかすると俺たちを奴らに売って、妹を救おうとしてるんじゃないかと疑いたくなる。いや、今はそんなつもりがなくても、気が変わることもある。こういう不公平を残しておくと、気が変わりやすくなる、危険なんだ・・・・・・・とまあ、これは俺じゃなくて、何度か失敗するうちにリュカが気付いたことだ」
ヨシュア「わかった、俺も一緒に出る用意をしておこう」
ヘンリー「できるのか?」
ヨシュア「しっかり準備しておけば、3人を4人にできるだろう。さて、作戦を練り直そう」
〜〜
リュカ「・・・」
ヨシュア「リュカも俺と一緒に囮になるって?いや、それはまずい。兵士しかいない場所に、リュカがいたら目立ちすぎる」
リュカ「・・・」
ヘンリー「よし、あとはチャンスを待つだけだな」
103
:
悲恋〜ヨシュア〜 の筆者
:2008/06/11(水) 19:35:50
数日後
***午前***
資材置き場
ヘンリー「まだチャンスじゃないのか?」
ヨシュア「ああ、今日は俺が夜の哨戒の当番じゃない。それに、海に投げ出されて泳ぐ羽目になったとき、凍死しないぐらいの時期まで待ちたい」
ヘンリー「なるほど。もっとも、海の真ん中を人間が泳いでいたらサメや魔物の餌食になる可能性が高いだろうが・・・」
ヨシュア「生き残る可能性を少しでも高くしたいんだ」
ヨシュア「マリアは大丈夫か?」
リュカ→はい
ヘンリー「おう、思ったより我慢強い子だぞ。元の仕事に戻れなさそうだと聞いたときには、さすがにこたえたみたいだが、俺たちの計画を知って勇気が出てきたみたいだ」
リュカ→いいえ
ヘンリー「奴ら、マリアを八つ当たりの標的にしてやがる。あのままだと、マリアの心がくじける前に体の方がやられちまう」
ヨシュア「体が負ければ心もくじける。マリアのことも心配だが、マリアの口から計画が漏れたりしたら大変だ。あまりぐずぐずしてもいられないな」
ヨシュア「さて、怪しまれないうちに解散しよう」
***午後***
作業場
*「おーい、大荷物だ、もうひとり手伝いに来てくれ!」
ヘンリー「あ、リュカ・・・まったく、ラクをしようとしないやつ・・・」
ヨシュア「リュカは、きれいな子だな・・・」
ヘンリー「へ?なんだってぇ?」
ヨシュア「あ、いや、その・・・なんというか、清潔感というか。あ、いやいや、リュカはいつも泥だらけなのに、何を言っているんだ俺は」
ヘンリー「・・・」
ヨシュア「・・・」
ヘンリー「あたりまえだ。病気になったら命取りだ。泥はともかくとして、不潔なのをほっといたら死んじまう。どんなに疲れても、怪我と病気の予防だけは手を抜かないのが生き延びるコツだ。意外かもしれないけど、ここでは怠け者はすぐに死ぬ。マメな努力と工夫が不可欠なんだ」
ヨシュア「うん、そうだな。リュカを見てるとそう思う」
ヘンリー「生き続ける意志を失うやつもいる。途端に努力も工夫も消え去って、自分の体の異常に気付きすらしなくなる。・・・おーい、リュカ!続きは俺がやるぞ!」
ヨシュア「・・・」
ヨシュア「きれいだな。本当に・・・」
ところが・・・チャンスを得られないまま、十数日後・・・
作業場
マリア「ど・・・どうか、お許しください・・・・・・」
ヘンリー「リュカ、俺はもう我慢できないぞ!」
<戦闘>
*****
牢屋前
ヘンリー「すまん、我慢がきかなかったんだ」
ヨシュア「いや、妹のために怒ってくれたんだ。俺は感謝してるよ。でもこれで・・・」
ヘンリー「ああ、俺だけじゃなく、リュカとマリアまで目立ちすぎた」
ヨシュア「連中の怒りが治まるまで待っていたら、マリアが殺されてしまうな」
ヘンリー「すぐにでもやるしかないな」
ヨシュア「不幸中の幸いだが、今夜、俺は哨戒の当番で動き回れる。明日の夜明け前、仕掛ける。いいかい?」
マリア「兄さん・・・」
ヨシュア「マリア、落ち着いてやればできる。さあ、マリアもここで休んで」
ヘンリー「山の下の様子はわかるか?」
ヨシュア「聞いた話だが、天気は悪くないし、海も荒れてない。この季節の海流なら、順調に行けば漂着できそうだ。ただ、やはりまだ寒いな。樽に浸水したらかなり危険だ。もっとも、山頂から急に落ちるわけだから、頭痛で泡吹いて動けなくなっているかもしれないが」
ヘンリー「高山病というやつか。けど、樽に穴が開いたら、頭痛を我慢してなんとか塞いだ方がよさそうだな」
ヨシュア「ここのカギだ。地面に埋めて、使うときに掘り出したらいい。じゃあ、合図まで休んで」
ヘンリー「おお、そっちも頼むぞ」
104
:
悲恋〜ヨシュア〜 06
:2008/06/12(木) 15:38:29
牢内
ヘンリー「ん、作戦の確認をするか?」
リュカ→はい
ヘンリー「ヨシュアが大声をあげたら、それが合図だ。ヨシュアは火事や奴隷の叛乱を装って、パニックを起こさせる。こちらはその間に、カギを使って牢から通路へ出る。通路では、隠しておいた道具を拾って、武器とかを身につけたら水牢へ行く。途中で妨害されたら、やりすごせなければ倒す。水牢の排水路に脱出用の樽を浮かべたら、ヨシュアを待って出発だ。もう一度確認するか?」
リュカ→いいえ
ヘンリー「ここはいつもの寝床よりも水牢に近くて、俺たちの方は当初の計画よりもずっとラクになったな。じゃあ、ひと眠りしよう・・・」
***夜***
(リュカ・・・リュカ・・・起きているかい・・・)
ヨシュア「いいかな、話がしたいんだ。いつもの場所で・・・」
外壁
ヨシュア「すまない。俺がもっと早く決断していれば・・・」
ヨシュア「え?似てる?俺の起こし方が、リュカの幼友達に?・・・外に出たらきっと会えるよ。俺も会ってみたいな、小さい頃のリュカを知っている人に」
ヨシュア「リュカ、明日の今頃は、どこかの海岸にリュカと流れ着いていればいいな。リュカだけでも、今すぐ自由にしてあげたい。いや、自由になるべきだと思う。なんだか、リュカの瞳を見ていると・・・」
ヨシュア「・・・」
ヨシュア「リュカ・・・愛させてくれ・・・」
〜〜〜
ヨシュア「ん、起きたかい?時間なら大丈夫だよ。寒くないかい?」
ヨシュア「これを持っていって。流れ落ちるときに舌を噛まないように、その布を噛み締めるんだ。帰ったら、マリアたちにも渡してくれ」
ヨシュア「・・・この夜が明けたら、リュカは自由になる。今は、その思いが一層強くなった。リュカはここに囚われたままではいけない。いるべきところに帰って、リュカにふさわしい幸せを手に入れるんだ」
***夜明け前***
神殿廊下
ヨシュア「天よ、どうかリュカに幸福を・・・」
ヨシュア「さて・・・」
ヨシュア「大変だーッ!!」
牢屋
(ヨシュア「大変だーッ!!」)
ヘンリー「合図だ、行くぞ」
マリア「はい」
ヘンリー「リュカ、あいつが心配か?」
リュカ→はい
ヘンリー「俺たちは俺たちで、できるだけうまくやるしかないさ」
リュカ→いいえ
ヘンリー「そうか、けっこう信頼してるんだな」
通路
マリア「これです!ここに荷物を入れてあるはずです!」
ヘンリー「ガラクタでも使えるものがあればいいんだが・・・こいつは、リュカの道具袋じゃないか!とっくに処分されたもんだと思ってた!ヨシュアもよく見つけてくれたぜ!」
マリア「必要なものだけ身につけて、急ぎましょう!」
*「おい、おまえたち何をしている!」
*「奴隷どもだな。痛い目に遭いたくなければ、おとなしく戻れ!」
ヘンリー「ちっ!騒がれると困るんだ!」
*「この、刃向かうつもりか!」
ヘンリー「いつまでも黙ってやられていると思うなよ!」
*「くっ!こいつら武器を!」
<戦闘>
ヘンリー「剣一本でもあれば、こんなやつらに負けはしないぜ!」
マリア「ヘンリー様、お強いです」
ヘンリー「武器に差が無けりゃ、くぐってきた修羅場がものを言うからな」
マリア「リュカ様も・・・」
ヘンリー「・・・まあ、杖一本で十分なやつもいるわけで・・・」
リュカ→はい
ヘンリー「刃先が引っ掛からない方が使いやすい、なんて理由で杖や棒を選べるのは、リュカくらいのもんだよ」
リュカ→いいえ
ヘンリー「マリアもナイフぐらい持ったな?戦わなくてもいい。そのかわり、自分の身をしっかり守ってろよ」
105
:
悲恋〜ヨシュア〜 07
:2008/06/13(金) 20:52:38
水牢入り口
ヘンリー「死体を入れる樽か、こいつには入ってやるもんかと思ってたけど・・・縄でつないである2つ・・・と、これだな。奥に女の子二人と荷物を。男は手前の樽に、でいいかな」
マリア「何かに引っ掛かって流れなくなったりしたら、縄を切って2つを離せるようにしてあると言ってましたわ」
ヘンリー「よし、ロープで鋲に結び付けて・・・あとはヨシュアを待って出発だ。リュカ!そっちはどうだ?」
鋼鉄の柵が下りている!とても開けられそうにない!
ヘンリー「こいつは・・・!なんてこった、騒ぎが大きくなりすぎたせいだ!教団のやつらが、ただごとじゃないと感じて、用心のために閉じたんだ!これじゃあヨシュアが通る道が・・・!」
マリア「でも、兄さんは哨戒のためにカギを持っているはずですわ!」
ヘンリー「夜の巡回の兵士が、こんな滅多に使わない鉄柵のカギなんか持ち歩くもんか!くそ、ヨシュアがうまくやりすぎた!」
マリア「そんな、兄さん・・・!」
ヨシュア「リュカ、マリア、ヘンリー!」
マリア「兄さん!ここは通れないの!リュカ様の魔法でも斬れなかったわ!」
ヨシュア「そうか、といって、連中も俺が騒ぎを起こしたと気付いている。他にも閉じられた門があったし、今から回り道などできる状況じゃないな」
ヘンリー「待ってろ、壁を掘り崩して、すきまをあけてやる!」
ヨシュア「わかった」
*「いたぞ、あそこだ!」
ヨシュア「くっ、俺が殺される方が早いのか?」
<戦闘:ヨシュアvs神殿兵>
ヘンリー「くそったれ、これは土じゃねえ、岩だ!頑丈な門を作るには絶好の場所だぜ、畜生!」
ヨシュア「まだか、こっちはそろそろ・・・」
ヨシュア「!」
ヨシュア「リュカ!後ろだ!リュカたちが来た道からだ!」
*「ここか、教祖様に刃向かう愚か者どもめ!」
ヘンリー「もう回り込んで来やがった!少しはのんびり歩いてこいってんだ!」
*「そうか、こいつら水牢を使う気だな、その樽をぶっこわしてやる」
リュカ「!」
<戦闘>
ヘンリー「くそ、敵が多くて掘っていられねえ!」
ヨシュア「マリア!もう乗れ!乗ってリュカの道具袋をしっかり抱いていろ!」
*「なるほど、あれだな!よし、矢でも石でも魔法でも当てて、あの樽を壊してしまえ!」
<魔物はベギラマをとなえた!>
ヨシュア「そうはさせるか!」
<しかしヨシュアが立ちはだかった>
マリア「兄さん!」
ヨシュア「行け、リュカ!ここで死んではいけない!生きてくれ!」
<戦闘>
ヨシュア「行けマリア!自由になるんだリュカ!ヘンリー、ロープを切って出発するんだ!」
ヘンリー「くそお、どうしろっていうんだ!」
ブツリ
ヘンリー「リュカ!?」
ヨシュア「手前は捨てて、3人とも奥の樽へ!」
ヘンリー「やめろぉ!殺すな、ヨシュアを殺すなーッ!」
ヨシュア「マリアを頼む!ぐぅ!?」(文字色 赤に変化)
マリア「いやああー、兄さんーッ!」
ヨシュア「幸くあれ、リュカ。俺はリュカを・・・」
***
ヨシュア『リュカを・・・愛せて・・・幸せだった・・・』
ヨシュア『ありがとう・・・』
***
マリア「兄さ――ん!」
リュカ「――ッ!」
〜〜〜
(悲恋〜ヨシュア〜 第1部終了)
*****
*****
(悲恋〜ヨシュア〜 第2部開始)
修道院
(文字色 復元)
*「おや、黒髪さんもお目覚めになりましたね。まだ動いては駄目ですよ。お召し物を用意させますからね」
*「あら、よかったピッタリですね。お連れの殿方があなたの服だとおっしゃるから、洗濯して仕立て直してみたんです」
106
:
悲恋〜ヨシュア〜 の筆者
:2008/06/14(土) 21:51:17
マリア「リュカ様!お気づきになられたのですね!よかった」
マリア「山から落ちて、上も下もわからなくなる中、リュカ様が頭を抱きしめてくださったので、私が一番落下のショックも小さくて、早く目を覚ましたんです。お二人ともあちこち打っていて、お苦しそうで・・・。目を覚ましてくださって、本当によかった・・・」
ヘンリー「・・・こいつはおどろいた。もとがいいから、汚れを落として適当に身づくろいすればとびきり美人になるだろうとは思ってたが・・・二人ともこれほどとは・・・」
マリア「まあ、お上手です。でもリュカ様にはかないませんわ」
リュカ→はい
ヘンリー「俺はしばらくこの格好で頑張ることにするか。下手に身分を証明するような服装をするより安全かもしれないし、なにより服なんて買う金がない」
リュカ→いいえ
ヘンリー「リュカの服は長旅に耐えねばならないからな。女性らしい服装とはちょっと違うか」
*「ささ、お食事ができましたよ」
ヘンリー「おお、待っていたぜ、嬉しいねえ!」
*「お若い方の好みの味付けになったかしら?」
マリア「はい、美味しいです」
ヘンリー「くう〜〜、涙が出るほどだぜ。味の付いてる食事ってものが、これほど旨いもんだったとは!」
リュカ→はい
*「褒められてると思っていいのかしら・・・」
リュカ→いいえ
*「聖職者の修行の場ですから、食材も調味料も限られてしまいますの」
ヘンリー「さて、準備はいいか?出発しよう」
院長「お待ちなさい!明日まで休んでいきなさい!」
ヘンリー「いや、すまない。今はお礼のしようがないから・・・」
院長「ちがいます!あなた方がどこからいらしたのかは尋ねませんが、もっとご自愛なさい!特に黒髪さん、ちょっとこっちへいらっしゃい!私が肌にお薬を塗って差し上げます!」
ヘンリー「あ、リュカ、おーい・・・」
院長「まったくもう・・・せっかくの美形が、艶が抜けきって台無しです!いいこと?肉でも魚でも、少しは油を摂りなさい!神に仕える私達だって、豆や菜種ぐらいはお料理に使うんですから!そう、牛乳でもいいですよ」
院長「ほら、緑さんと金髪さんは、順に水浴びなさい!婦人用しかありませんが、緑さんはあまり大きくないから大丈夫でしょ」
ヘンリー「みどりさんって俺か?」
ヘンリー「あー、マリア・・・先に浴びるか?」
マリア「リュカ様もいますから、ヘンリー様がお先の方がいいですわ」
ヘンリー「そうか、なら、そうさせてもらう」
院長「あなたも水を浴びたら、髪をとかしましょうね・・・おかわいそうに、本当なら輝くばかりに美しいおぐしでしょうに、ことごとく傷んでしまって。いったいどんな苦労をなされたら、こんなに・・・。でも、あなたはお若いから、これからきちんと食べて休んで、健康にしていれば本来の美しさを取り戻せますよ。何ヶ月かすればだいぶ治るでしょうし、何年かすればすっかり生えかわっているでしょうからね」
院長「ちょっと、緑さん!あなたもまだ終わってないのよ!」
ヘンリー「俺は男だ。化粧の心配はいらないぞ」
院長「待ってなさい、下の子たちにマッサージさせましょう」
ヘンリー「いや、やめとく。なんだか、くすぐったそうだ」
院長「あなたの体、そのままほっとくと関節を壊します!若いうちからおじいさんみたいに肘や膝が曲がったままになるわよ!」
ヘンリー「・・・・・・お願いする」
院長「うん!素直でよろしい」
107
:
悲恋〜ヨシュア〜 09
:2008/06/15(日) 13:52:42
院長「みなさーん、このお兄さんとおててつないで、ぴったりくっついてねー!」
**「「はぁい!」」
ヘンリー「こ、こらチビ!やめろぉ!そこのお母さんも、子供と一緒になるんじゃない!」
院長「ほら、じっとしてるんです!」
ヘンリー「うわ、やっぱり、くすぐったいじゃないか、く、く、く」
院長「黒髪さんもひどかったけど、緑さんも相当ね・・・」
ヘンリー「だいたいなあ、俺だって力仕事をやりまくってきたんだから、怪我しないような知恵はそこらへんの医者にだって負けないぐらい・・・ぐああ!痛え!」
院長「ほら、ごらんなさい。酷使しすぎて、体の回復力が追いついてないんです!我慢して、痛いのをごまかしながらやってきましたね?」
ヘンリー「そんなことはないぞ。リュカの魔法は、よく効くんだ!」
院長「『いたいのいたいの、とんでけー!』」
ヘンリー「そりゃ、おまじないだろう!じゃなくて治癒の魔ほ・・・くぅ!」
院長「ここも炎症ね・・・。魔法は傷を塞ぐけど、万能薬じゃないのよ」
ヘンリー「わかっちゃいるよ。なあ、俺はもういいから、リュカを診てやっ、あだだだだ!」
院長「ああもう、殿方ならば我慢なさい!」
ヘンリー「ゲンコツならいくらでも我慢、ぎええ!けど、こういうのは全然慣れ、づう!」
院長「はぁ・・・」
院長「緑さん。お連れさんだけど・・・」
ヘンリー「ん?」
院長「金髪さんと黒髪さん、別のところからいらしたの?」
ヘンリー「いや、同じだ」
院長「・・・金髪さんは新しい傷ばかり。折檻を受けたような痕があるけど、全体としての印象は、慣れない仕事をさせられていた感じだわ。黒髪さんは古傷が多い。何かの熟練工を思わせるものがあるわ。金髪さんの傷はすぐ治るわね、でも黒髪さんの方は・・・痕をすっかり消すのは絶望的な傷がいくつかあるわ。そして緑さん、あなたは・・・黒髪さんに近いわね」
ヘンリー「すごいな。あんた名医だ」
院長「金髪さんは、まだ何かにおびえているように見えるわ。あの子達の傷はあなたのせいではないのでしょうけれど、あなたに頼みます。彼女達に、同じ傷をつけるようなことにはならないようにしてあげて」
ヘンリー「・・・俺のできるかぎりはする。だが、約束はできない。彼女達に傷をつけたのは、俺よりもはるかに強い力を持つ、巨大な悪だ。だが、二人が悪の手に落ち、傷ついたのは、俺の愚かさと無力も原因だ。敵はあまりに強大だったから、俺が賢明であったとしても守りきれなかったかもしれないが、傷を浅くすることは不可能じゃなかったと思う。後悔している。彼女らは許してくれてるが、くやしくてならない」
院長「そうですか。いえ、私が頼むまでもなかったですね。あなたは既に深い決意をお持ちのようです」
ヘンリー「いや、彼女らを案じてくれる人が多いのは、俺にとっても嬉しいことだ。励みになる」
翌朝
マリア「はぁ・・・ほんとうにお綺麗です、リュカ様・・・」
ヘンリー「今までは、わざと汚くさせてたんだよ。教団の好色な野郎に狙われないように。・・・まあ、それでも、内から輝くものというか、隠し切れないものってのはあるし、マリアの兄貴は、それを見て取ったんだな」
マリア「自由を取り戻したリュカ様のお姿、兄にも見せてあげたかった・・・」
ヘンリー「ああもう、湿っぽくなるなって!悪い習慣だぞ、マリア!そうだ、頑張ってもっと腕のいい聖職者になれば、あいつにもマリアの目を通じて見せてやれるぞ!」
マリア「は、はい」
院長「神に仕える者は腕ではなく徳をみがくものですが・・・まあ、やる気があるのは良いことです」
院長「出掛けるのですね。体を大事にするのですよ」
*****
ビスタ港、ヘンリー独語
ヘンリー「解放されたら、リュカのために何でもしてやろうと思ってたのに」
ヘンリー「くそ・・・」
ヘンリー「リュカが母親を探す旅の邪魔をしているのが、こともあろうにラインハット王国とは」
ヘンリー「俺はいつも、リュカの災難になってばかりだな」
ヘンリー「・・・」
ヘンリー「いかんいかん。まずはこの国をなんとかしなきゃな。どれもこれもいっぺんに解決できはしないんだ」
サンタローズ廃墟
ヘンリー「・・・リュカ、許せ。掛ける言葉もない・・・」
リュカ「・・・」
ヘンリー「いずれ王宮を奪還したら改めて皆に詫びさせるが、今は俺に謝らせてくれ」
リュカ→はい
ヘンリー「俺の全力を尽くして償うから、みていてくれよ」
リュカ→いいえ
ヘンリー「俺ではなく、国を乗っ取った悪党のせいだって?ああ、なんとかして追い出してやる」
108
:
悲恋〜ヨシュア〜 10
:2008/06/16(月) 13:17:54
***馬車入手後***
修道院
マリア「リュカ様、兄に良くしてくださって、ありがとう」
マリア「兄の最後の言葉・・・リュカ様は気付いたかしら?」
リュカ→はい
マリア「どうか忘れないでいてください」
リュカ→いいえ
マリア「背中から槍で胸を貫かれ、体も痙攣して、声になりませんでしたが、唇ははっきり動いていました」
ヨシュア『リュカを・・・愛せて・・・幸せだった・・・』
ヨシュア『ありがとう・・・』
マリア「兄が誰のために命を賭けていたのか、あの時ようやくわかりました。リュカ様がいらっしゃらなければ、わたしはきっと、兄を死なせた妹だという重圧に押し潰されていました。リュカ様はわたしたち兄妹の恩人です。どうかこれからも感謝させてください」
マリア「もともと、兄の計画は妹の私を逃がすためだったのですね。でも、命が尽きる間際、兄はリュカ様だけを見つめていました」
マリア「兄の最期の表情を、私は忘れません。激痛でひきつってはいましたが、その表情は苦痛や恐怖だけでありませんでした。満足感や達成感とも違う、歓喜の表情・・・兄はまぎれもなく歓喜に震えながら果てたのです。おそらくは、愛しい人の姿を見られる歓喜に」
マリア「助けたい相手がいつのまにか変わっていたのでしょう。兄が最後に愛した人がリュカ様でよかったと思っています・・・」
リュカ→はい
ヘンリー「ああ、男としてはこれ以上無い見事な散り様だった。俺もあのようでありたいぜ」
マリア「・・・」
ヘンリー「いや、もちろん、仮に俺が早死にで、戦いの中で果てるとしたら、の話だぞ」
リュカ→いいえ
ヘンリー「それは違うぞ。最後まで、ヨシュアはマリアを助けたいと思っていたはずだ。ただ、目に焼き付けたかったのはリュカだったんだな」
院長「あら、黒髪さん。うん、よしよし!ちゃんと健康にしてるわね」
院長「わかりますとも。初めてお会いした時より、ずっと美人になってますもの!」
<スラリンがいるとき>
院長「あら、かわいいスライムね・・・」
院長「そうだわ!スライムさん、おいしい水をあげましょう」
院長「飲み終えたら、ここに来てくださる?」
スラリン「ぷるぷる・・・?」
院長「はい、ここでつぶれててね。そうしたら、黒髪さんはこちらへ、横向きに寝ましょう」
スラリン「ぶにゃ!?」
院長「はい、そのままそのまま・・・」
・・・・・・
院長「さあ、次は反対側を向いて。スライムさん、水をもう一杯飲んで!」
スラリン「ぐにゃー」
・・・・・・
スラリン「ZZZzzz...」
院長「はい、そろそろいいですよ」
スラリン「きゅうぅ」
院長「やった、成功!思ったとおりだわ!これで黒髪さんのお顔がいっそうみずみずしくなりました!」
<スラリンがいるとき 2>
院長「あら、スライムさん」
スラリン「ぷるぷる・・・」
院長「・・・わたしもスライム美容法始めようかしら」
スラリン「ピキー!」
<スラリンはにげだした!>
*****
オラクルベリー
占いババ様
婆「ふむ・・・お主は誰かを探しておるな。だが、求める相手の居場所にまるで心当たりが無いと見える」
婆「うむう・・・お主はまったく、難しい星のもとに生まれた娘さんじゃな。ううむ・・・わかりにくい・・・」
婆「お主の求めるお人は、はるか遠くにいるようにも、ごく近くにいるようにも見える」
婆「いや、何かが近くにおる。ごく近くじゃ。これ以上ないほど近くで、何かが・・・」
婆「ううっ!これ以上は見えぬ!なにやら、太陽でも見つめているようで、火傷しそうじゃ!」
婆「この婆めにできるのはここまでのようじゃ、すまんのお。しかしお主を占うのは実に面白い。尋ね人の手掛かりでも見つけたら、また来るがよいぞ」
109
:
悲恋〜ヨシュア〜 11
:2008/06/17(火) 17:19:22
占いババ様 続き
婆「うん?坊やか、坊やは有料じゃぞ?」
ヘンリー「そんなあ!よし、それじゃあ、こうしよう」
婆「ほほ、出世払いとな。調子のいい小僧じゃ。まあ、若い男はそうでなければの」
ヘンリー「ああ、俺は・・・」
婆「待ちなされ。話をしてはならん。この占いは、客の身の上について知識があると邪魔になるのじゃ。さっきも娘さんから何も聞かなかったじゃろうが」
ヘンリー「ん、じゃあ・・・水晶の前に座ってればいいんだな」
婆「ふむ、坊やは・・・ふむう、坊やは求めるものが既にはっきりしておるな。どこにあるか、どんなものなのかもわかっておるな」
婆「うむ、一歩ずつ進んでいくがよいと出ておるぞ。焦って一段飛ばしに駆け上がるなということじゃ」
婆「・・・なんじゃ、人生相談のようなことしか言えぬのお。つまらん」
ヘンリー「占いってのは、だいたいそういうもんじゃないのか?」
婆「同じにするでない。人生相談なら、神父様やシスター様がやればよいのじゃ。占いは、たとえば浅ましい欲望を嫌わぬし、天変地異のような巨大なことも含まれるのじゃ。善悪や幸不幸ではなく、当たるか当たらぬかが占いというもの。魔法のようなものじゃ。魔法には浄化も破壊もあるであろうが」
ヘンリー「なるほど」
婆「坊やは、次に来るときは、もっと深刻な悩みを作ってくるがよい」
ヘンリー「それって俺に災難に遭うように勧めてるのか、ばあさん」
婆「ほほ、すまんすまん。こういう商売をしとるせいじゃな」
ヘンリー「あのばあさん、本当に商売柄だけか?もともとトラブル好きなんじゃないのか?」
*****
ラインハット奪還直後
ラインハット王宮
玉座前
デール「リュカ殿、マリア殿、感謝いたします。これでこの国はようやく前に進むことができます」
マリア「恐れ入ります、陛下」
デール「それにしても、こんなお美しいご婦人方が・・・うん?」
デール「・・・失礼、マリア殿、リュカ殿の手を取っていただけないか?」
マリア「きゃっ、熱っ!?いえ、冷たい!なんてこと、リュカ様、リュカ様ぁ!」
デール「誰か!誰かこのご婦人を東の賓客室へお連れせよ!そこが一番風通しが良くて、寝台も新しかったはずだ!」
ヘンリー「医術の心得のある者を呼んでくる!くそ、なぜ俺がいて気付かなかった!」
マリア「そうっと動かしますよ、揺らさないように、そうっと・・・」
*****
客室前
ヘンリー「どうだ?」
マリア「わかりません。暖かくしましたから、冷たかった手足は温まりましたが、いったい何のご病気なのか・・・」
ヘンリー「城外で待たせたリュカの魔物も、城内に入れるように記章を発行させた。治療を手伝えるように、体を洗って清潔にしているところだ。あとは、ここのシスターの医術の腕を信じるしかない」
マリア「はい」
廊下
ヘンリー「母親を救う旅をするはずが、俺の国の暴政に阻まれ、さんざん遠回りをさせられた果て、ようやく本来の目的へ向けて動き出そうというときになって、病に倒れるとは・・・。本当なら、ラインハット奪還などは俺がやるべきことで、リュカは旅の準備をしていてもよかったんだ。俺の都合に振り回されて、無理を重ねて・・・畜生!」
ヘンリー「なぜだ、なんで俺は、あいつから大事な人を奪うことしかできないんだ!」
ヘンリー「俺のわがままと不覚のためにあいつの親父を死なせたとき、俺は死ぬほど悔いた。肝が冷えきった。己を責め抜いた。数え切れないほど泣いてあいつに謝った。二度とあんな迂闊なことはすまいと心に誓った。決して他人を不幸に・・・いや、他の誰に迷惑を掛けても、リュカにだけは、これからはせめて俺以上に辛い気持ちにはさせないと思い決めていたのに!」
マリア「ヘンリー様・・・」
ヘンリー「またしても俺は、あいつを愛し、あいつの愛する人を死なせた。なぜ俺は、マリアが打たれていたとき我慢がきかなかった!なぜ俺は、ヨシュアを巻き込むように計画を変えさせた!なぜ俺は、ヨシュアが信じるに足る奴だということに、ヨシュアが死ぬ時になってようやく気付くのだ!挙句に俺は、ヨシュアを死なせる最後の決断までリュカにさせてしまった!俺が先に決断していれば、リュカはヨシュアを見捨てた俺を責めることもできたんだ!なのに、俺の勇気が足りないばかりに!」
ヘンリー「俺がつまらぬ意地で継母上に懐かなかったために、あいつは10年間を不当に奪われた。俺のすることは、あいつの幸せを壊してばかりだ!これから先も、俺があいつのために何かをやれば、あいつに不幸を招くことになるんじゃないのか?」
110
:
名無しさん
:2008/06/18(水) 07:10:48
苦悩するヘンリーは珍しいですね。女主人公ならではという感じです。
そういえばヘンリーはこれからリュカについて来るのでしょうか?
サラボナでの結婚イベントがどうなるのか楽しみです。
111
:
悲恋〜ヨシュア〜 12
:2008/06/18(水) 17:08:36
マリア「ヘンリー様、それは違います。ヘンリー様がいらっしゃったから、リュカ様も10年にわたって忍耐できたのです。ご自分を卑下なさってはいけません」
ヘンリー「マリア」
マリア「それに、お父上様が巨大な悪と戦っていらした以上、ヘンリー様のことが無かったとしても、リュカ様は囚われていたかもしれないのですわ」
ヘンリー「だまれっ!」
マリア「ひっ!」
ヘンリー「その程度のことはマリアに言われるまでもないッ!!」
マリア「・・・っ」
ヘンリー「あ、いや・・・許せ。・・・見てのとおり、俺はマリアの言葉ひとつ受け止めきれない、心が狭い男だ。それでも、リュカが最も幸福になるにはどうしたらいいか、愚かな俺だが、考えずにはいられないんだ」
マリア「・・・」
マリア「ヘンリー様は、リュカ様を想っていらっしゃるのですね」
ヘンリー「ああ、そうだ。生死をともにした10年、この気持ちを育ててきた。これほど長く恋い続けてきたんだ。そう簡単に思い切れやしない。あいつを愛する資格など、10年前にとっくに失っているってのにな!」
マリア「ヘンリー様。リュカ様は・・・」
ヘンリー「ああ、あいつは心が広すぎる、優しすぎる。だからこれは俺の問題だ。俺自身が俺を許せないんだ!天にいるパパス殿やヨシュアが、俺がリュカに対してしたことを許すとは思えない以上は、俺は俺自身を許してはならないんだ!」
マリア「・・・」
マリア「ヘンリー様、未熟ながら、神に仕える者として申し上げるべきことがございます」
ヘンリー「む」
マリア「ヘンリー様は、たぐいまれな強く清い心をお持ちです。リュカ様はもちろんですが、ヘンリー様もまた酷烈きわまる道を生きていらっしゃいました。しかしながら、ヘンリー様はわが身の不幸を呪うより、神の無慈悲を怨むより、仇敵の悪意を憎むより先に、ご自分の罪に思いをめぐらせ、苦難に立ち向かう糧となさりました。弱い心の持ち主にはできないことです。それなのに、ご自分でご自分のお心の清さを曇らせるようなことを口にしてはなりません」
ヘンリー「・・・」
マリア「リュカ様のようなご聡明な方であってさえ、未来に起こる全てを予測することはできません。リュカ様が家族を二度までも目の前で失われましたことを、お一人で背負い込もうとなさるのは、かえってリュカ様のお父様や私の兄の思いを軽視することです。いたずらに天に逆らう傲慢なお考えですらあります。わかっていただけますでしょうか・・・」
ヘンリー「そうだな。マリアの言うとおりだ。怒鳴りつけてすまなかった。頭を冷やしてくる・・・」
中庭
ピエール「女性の前で激昂するとは、感心できん男だ」
ヘンリー「ピエール・・・!」
ピエール「わが主に横恋慕するとは、さすがの度胸だな」
ヘンリー「・・・」
ピエール「わが主の心がかたむくことはありえん。わが主のお父上の意志の固さを見たというなら、それは良く知っているはずであろう」
ヘンリー「そのとおりだ」
ピエール「わが主の無二の親友・・・それで不満だというなら、そんな思い上がりはこの私が斬って棄ててみせよう」
ヘンリー「・・・そうか。そうだった。俺は、俺にはもったいないほどリュカの近くにいることに感謝するべきだったのだな」
ピエール「あの方はご自分で幸福を見つけることになるだろう。我々があの方を幸福にして差し上げようなどと、出過ぎたことだ。私は私の幸福のために行動する、つまり、あの方をお護りして刃をふるう」
ヘンリー「俺も、俺の幸福のために行動しよう。それがリュカの幸福の助けに・・・少なくとも妨げにならない唯一の方法だ」
ピエール「ん、ものわかりが良くて助かる」
ヘンリー「・・・なあ、ピエール。パパス殿とヨシュアの仇を討ち、母上を見つけることができたとして、それでリュカは幸福になれるのだろうか?」
ピエール「さて、私に将来を見通す力は無い。あの方の母上ならば、あるいは見通せたかも知れぬが。あの方は遠からずこの国から旅立つだろう。何と戦い、何に惹かれ、何を愛することになるか・・・。ただ、亡父の仇は必ず討ち果たされよう。そして必ずや幸福に生きられよう、それがあの方を愛したお二人の願いだったからには」
112
:
悲恋〜ヨシュア〜 13
:2008/06/18(水) 17:13:01
客室前
シスター「まったく、なんというご婦人でしょう。あんなお体で、怪物と渡り合うだなんて!」
ヘンリー「リュカはそんなに悪いのか?」
シスター「悪いもなにも、あのご婦人は身ごもっていらっしゃいます」
ヘンリー「な」
マリア「!!」
シスター「こんな大切な時期に、激しく動き回るものだから、貧血を起こすのも当然ですわ。手足が氷のように冷たかったんですもの!」
マリア「リュカ様に・・・赤ちゃんが・・・」
シスター「ええ、王兄殿下の第一子ということになるのかしら?」
ヘンリー「それは違う!俺ではない!リュカを・・・リュカはそんな娘ではない!国の恩人に対して、無礼であるぞ、ばかもの!」
シスター「は、これは、とんだ早合点をいたしました。わたくしてっきり・・・」
ヘンリー「いや、リュカには・・・つまりだな・・・」
マリア「リュカ様には、夫がいらっしゃいます。わけあって、今は分かたれていますが」
ヘンリー「む、そういうことだ。よいか、ラインハット王家の者でないからといって、粗略に扱ってはならぬぞ。それこそ、王妃が太子を宿したと思って、最善を尽くせ!」
シスター「はっ!では、治療の続きがありますのでこれにて」
ヘンリー「うむ」
シスター「・・・・・・あ!」
マリア「!?」
ヘンリー「なにかあるのか!?」
シスター「ヘンリー殿下は相変わらず、美しい女性が関わると、むきになりますねえ」
ヘンリー「ええい、さっさとリュカのところへ行かないか!」
*****
翌朝
城門前
ピエール「むう・・・ご懐妊であられたとは・・・」
スラリン「ん?どしたん?」
ピエール「いかにわが主が女傑とはいえ、身重のご婦人に叩き伏せられたのかと思うと・・・」
スラリン「リュカは強いもん!」
ピエール「むう・・・」
*****
客室前
デール「お子様が誕生するまで滞在していただける旨、彼女が言ってくださった」
ヘンリー「そうか、よかった。それから、子供の父親のことは・・・」
シスター「幸いなことにラインハットでは、『妻が身重だと知らずに遠征に行った夫』というのが珍しくなかったおかげで、深く詮索する者はいないようですわ」
ヘンリー「ん、そうか・・・」
デール「兄上、残念そうな顔をしてはいけません」
ヘンリー「な!つまらん冗談を言うな!」
玉座
ヘンリー「・・・近年のラインハットが軍事偏重だったのが、かえってリュカの名誉をまもってくれることになったか。やれやれだな」
デール「彼女を国賓として遇するのは当然として、無理をして旅立たれないように、彼女の母上と、父上の仇のことをよく調べ、逐一彼女に報告しよう。彼女の連れている魔物も、独自に調べるということだ、互いに協力できるように工夫したい」
ヘンリー「ふむ・・・」
デール「・・・それから、光の教団の対策を考えねばならない。さしあたっては、対決姿勢を明確にすべきだと思う」
ヘンリー「そいつはまずい!連中の力を甘く見るな。脱走したリュカがここにいると知ったとき、ラインハットが教団の敵対国家になっていたら、やつらは何の迷いも無く身重のリュカを狙うぞ!わが国の軍が精強でも、いつ来るかわからん敵に備えねばならないのは不利すぎる。表面的には不干渉で、人さらいの防止を講じる程度にすべきだ。教団と戦うのは、この国の疲弊を癒し、体制を整えてからだ」
デール「は、わかりました。兄上の言うとおりにしましょう。教団の実態に関しては兄上より詳しい者はおりません。・・・すると、兄上も狙われることになるのでは・・・」
ヘンリー「いや、むしろ教団は、俺を誘拐したことについては知らぬふりをするだろう。幸いなことに、民は俺の帰還を喜んでくれている。いまそんなことが知れたら、わが国や周辺の地域から信者が減るだろうからな」
デール「ううん、兄上の安全のためにも、善政をしく必要があるのか」
ヘンリー「すまんな、悪い兄で。だが、この国を救ったリュカのためだと思って耐えてくれ」
デール「おまかせください。この弟も、お美しい女性のためには頑張りがきく男なのです」
113
:
悲恋〜ヨシュア〜 14
:2008/06/19(木) 13:55:00
午後
広間
シスター「殿下、集まりました」
ヘンリー「ん。やはり、リュカと直接に顔を合わせる侍医や女官達には、最低限の説明をしておきたいからな」
シスター「無理に秘密にするのは、噂や疑惑のもとですから」
ヘンリー「皆の者、よく集まってくれた、急な呼び出しになったことは許せ。いま、賓客として滞在している女性について気をつけておいて欲しいことがある。知ってのとおり、あの女性は身ごもっている。それで、彼女の宿している子は・・・」
シスター「わたしの子」
ヘンリー「そんなはずがあるか!」
シスター「ばれました」
ヘンリー「・・・彼女の夫は、俺の友だ。望まざる事情によって、二人が分かたれている。彼は俺がこの国に帰るにあたり尽力してくれた、勇気ある男だ」
シスター「ただし、勇気があるといっても、たぶんリュカ様ほどではありません」
ヘンリー「ええい、すこし静かにしていろ!・・・ということだから、丁重に応対するのは当然として、彼女を哀れむような態度などはもってのほかである。彼女の名誉や心情を傷つけるようなことがあってはならん。よいな!」
一同「御意!」
シスター「かしこまってございます、殿下」
*****
数日後
玉座
デール「兄上、リュカさんの素性について、手がかりが出てきたよ」
ヘンリー「なに、本当か!」
デール「ベルギス王・・・父上がパパス殿と交わした手紙があった。署名が残っていたんだ」
ヘンリー「そんなものが、今ごろ見つかったのか!」
デール「それが情けない話だ。パパス殿との親交の証拠があるのはまずいと考えた母上が隠していたんだ。あの母上の偽者が現れてから、捨てられたり焼かれたりしたものは山ほどあるが、幽閉される前の母上の浅ましい考えのために失われずに済んだわけだ」
ヘンリー「おお、俺は初めて継母上に感謝したくなったぞ!その手紙を見せてくれ!」
デール「これだよ、兄上。かすれて読めない手紙も多いけれど・・・これが一番読みやすい。『デュムパポス・エル・ケル・グランバニア』と読める。そしてこちらが、『国王 デュムパポス一世』・・・そして、父上の書き付けた日付と『パパス』の名・・・。彼女は、グランバニア王の忘れ形見、リュカ姫だ」
ヘンリー「グランバニア王室の出身だったのか!どおりで・・・よし、そうとわかれば、使節を派遣して準備をし、リュカの快復を待って、故郷へ送りとどけよう!」
デール「まってくれ、兄上。そうしようと思ったんだが、グランバニアは天険に囲まれた地。ラインハットから行くには海を渡って山を越えねばならない」
ヘンリー「その程度、乗り越えないでどうする!パパス殿は何回も往復した道であろう!」
デール「いや、乗り越える気はある。問題は、ここ10年の悪政もあって、この大陸から商船ルートが残っているのは、かろうじてポートセルミ方面だけだということなんだ。グランバニアは友邦ではあるけれど、道のりのあまりの険しさから、もともと盛んな貿易や交流があったわけじゃない。密航はあったかもしれないが、ここからグランバニアに行く方法が確立していないんだ。航路の開拓から始める必要があるんだ。パパス殿はご自身が比類ない英傑で身軽なお方であったし、独自に腕利きの船乗りと親交があったようだ。しかし今回は状況が違う。船乗りの間でのわが国の評判は最低だ、客船が港を避けて通るありさまだ」
ヘンリー「・・・そうか、リュカを乗せる船を沈ませるわけにはいかないな」
デール「陸運なら負けないつもりだけど、わが国よりもポートセルミの方が、造船や操船の技術は何十年も進んでいる。まずは西へ向かって準備をするのがいい。リュカさんとお子様を、我々のミスで危険に遭わせてはならないからね」
ヘンリー「わかった。だが急ぐ必要がある。リュカはいつまでもこの王宮の客人でいてはくれないぞ」
ヘンリー「それから、リュカの主治医のあのシスター、なんとかならないか?」
デール「え?城内では随一の医術の持ち主だよ?助産婦の経験もあるし・・・」
ヘンリー「いや、しかし、性格というかなんというか。時々、とんでもなく怖いもの知らずな冗談を言うのがなあ」
デール「いまさら変えようがないよ。お腹の子の父親についても、たぶん僕よりも詳しく聞いている。リュカさんの状況を主治医が理解しないでは、母子にとって良くないし、リュカさん本人が喋ったみたいだ。大丈夫、シスターは仕事柄、口外して良いことと悪いことをちゃんと区別できるから」
ヘンリー「別の者に替えるのは無理だが、すこし彼女に注意を・・・」
デール「兄上、彼女の軽口は重要だよ。先日までのラインハットの暗黒時代、彼女の明るさが無ければどうなってたことか、精神的に最後の防波堤だったんだ」
ヘンリー「けどなあ」
114
:
悲恋〜ヨシュア〜 15
:2008/06/20(金) 16:34:32
デール「シスターが軽口をたたいたからって取り締まるほどの無法は、仮にも人間のふりをしている以上、さすがにあの母上のニセモノでもできなかった。何にも勝る清涼剤を振りまいてくれたんだ」
ヘンリー「・・・」
デール「実際、無実の罪に落とされそうだったところを彼女の機転で救われた人間は十指に余るよ」
ヘンリー「ふん・・・」
ヘンリー(そうか。奴隷の集団での俺みたいなもんか・・・)
デール「兄上を女の子にしたらあんな感じだと城の者が言うので、僕は彼女を見て、兄上はどんな人におなりだろうと想像していたものです」
ヘンリー「そうか、あいにくと俺は真面目に育ったからなあ。予想は外れたわけか」
デール「いえいえ、的中でしたとも」
ゴツン!
・・・
デール「兄上のゲンコツはきくなあ・・・」
シスター「あら、どうなさいました?」
デール「いたずらが過ぎたみたいだ」
シスター「ご兄弟ですね。殿下と同じで、陛下もやっぱりいたずらっ子なのですわ。発揮する機会がなかっただけで」
デール「僕がいたずらを覚えた頃には、もう兄上もいなくて母上も何かおかしくて、父上も心労にやられてたからね。いたずらしたくともできなかったよ」
シスター「陛下がいたずらすれば、そのとばっちりで使用人が処刑されかねない状況でしたから。あんな環境で、陛下がひねくれもせずにまっすぐ育ってくださってよろしゅうございました」
デール「うーん・・・。うんと年長者ならともかく、兄上と何歳も変わらないようなシスターにそう言われるのは、子ども扱いされているようで気恥ずかしいなあ。あなただってあの暗黒時代に成長してきたんだろうに」
シスター「それにしても、演技とはいえ、あんな怪物が幼い陛下をわりとまじめにお育てしていたかと思うと、なんだか可笑し、いえいえ、ぞーっとしますわ・・・くすくすくす・・・」
デール「・・・」
デール「なんだか、さっきの兄上の心配がわかるような気がしてきたぞ」
シスター「では、私はこれにて。新たに保護された孤児の保育についての打ち合わせがございますの」
デール「うん、では」
デール「・・・難しいなあ、度胸のありすぎる女性というのも・・・。働き者で、しかも有能なのは間違いないが・・・ふう・・・」
*****
玉座
デール「では兄上、頼みます」
ヘンリー「ばか、頼んでどうする。デールは王だぞ。命令しろ」
デール「あ、はい。ではヘンリー王兄に命ずる、速やかに西方の大陸に赴き、外交使節の任を果たすべし。彼の地との人的物的交流を再開・促進するのが最終的な目的である。妨害する者があれば、実力をもって排除することを許可する」
ヘンリー「御意、わが国の再生を知らしめて参ります」
廊下
*「は、マリア様でございますか?彼女なら修道院にお帰りになられました。リュカ様の具合が落ち着いたから、ご安心なさったのですとか」
ヘンリー「ん、しまったな。頼みたいことがあったのに」
*「あら、殿下にご挨拶して行かれなかったのですか?」
ヘンリー「俺が動き回りすぎて、つかまらなかったんだろ。なにしろ忙しいからな」
客室
ヘンリー「おう、リュカ、体の具合はどうだ?」
ヘンリー「・・・と言っても、本人には良くわからないんだっけか。初めてのことだもんな」
ヘンリー「俺はこれから、船で各地を行き来してラインハットの変革を伝えてくることになった。成功すれば、リュカの里帰りもやりやすくなるぞ」
ヘンリー「そこでだ、すこしリュカの魔物を貸してくれないか。いや、なにしろ人手が足らなくて。領内の復興を始めたら、海上に割ける人員がほとんど無くてさ。そのかわり、伝説の勇者の手掛かりを探す手伝いもするからさ。リュカが旅を再開する準備にもなればいいと思ってる。貸してくれるか」
リュカ→はい
ヘンリー「助かる!じゃあ、俺が連れて行っていいやつを選んでくれ」
リュカ→いいえ
ヘンリー「わかった。じゃあ、留守番に残していくやつを選んでくれ」
115
:
悲恋〜ヨシュア〜 16
:2008/06/21(土) 16:07:56
ヘンリー「船と戦力は調達できたか。あとは・・・」
ヘンリー「・・・」
修道院
ヘンリー「これから、俺は西の大陸との間を行き来したり、航路開拓に駆け回ることになるだろう。船乗り相手に喧嘩できると思うと、うきうきしているところだ!」
マリア「まあ」
ヘンリー「冗談はこれぐらいにして・・・人払いをたのむ」
院長「プロポーズですか?」
ヘンリー「ちがう!誰かみたいなことを言わんでくれ!まったく・・・わが国には真面目な聖職者はいないのか」
院長「まあ、ひどい。わたしほど真面目な修道女は滅多にいないというのに」
ヘンリー「たしかに、光の教団には絶対にいないタイプだよ。いやあ、わが国は安泰だ!」
院長「恐れ入ります」
ヘンリー「皮肉だっ!!」
ヘンリー「・・・マリア、これを持って、俺の船旅の随員に加わって欲しい」
マリア「・・・?」
マリア「なんです!これは!!」
ヘンリー「その短剣は、俺を刺すためのものだ」
マリア「!」
ヘンリー「マリアには、俺の監視を頼みたい。俺がしていることが、リュカのためにならないようだったら、止めてほしいんだ。もし止まらなかったら、殺してほしい。いや、マリアの手を血で汚せといっているんじゃない。その時が来たら、マリアは何も言わずに俺にこの短剣を渡してくれるだけでいい」
マリア「・・・」
ヘンリー「マリアでなくては、この役目はできない。この国の兵士には無理だし、リュカの魔物もそれは難しい。俺のせいで兄を失ったマリアにしかできないんだ。あいつは心が強くて、優しすぎるから、どんな不幸が降りかかっても俺をなじったりしない。だけど、それではリュカとリュカを愛した人たちに申し訳なさすぎる」
マリア「・・・厳しいお役目ですね・・・」
ヘンリー「俺が死んだら、リュカは悲しんでくれるだろう。わざと命を絶ったら、さぞかし怒るだろう。でも、俺のせいであいつの大切な人が何人も失われていくよりも何百倍もましなんだ。リュカを不幸にする呪いの鎖が俺の中に編み込まれている。この鎖を、次に出てくるときに断ち切るんだ!マリアがこの剣を渡してくれたら、俺は自決しよう。この神前で、リュカの父と、マリアの兄に誓う」
ヘンリー「マリアには何の益もないことだ。だから俺は頼むしかない。俺についてきてくれ。俺の身勝手な願いだが、ヨシュアの願いもリュカの幸せのはずだ」
マリア「・・・」
マリア「わかりました。わたしもリュカ様の義妹、生まれ来る子の叔母になるからには、力を尽くしましょう。リュカ様の背負った宿命の何万分の一かもしれませんし、無力なわたしには重い荷ですが、できるかぎりのことは致します」
ヘンリー「よろしくたのむ。俺が愚かでなければ、マリアはリュカのそばにいて欲しいところなのだが・・・」
マリア「いいえ、お守りする魔物もいらっしゃいますし、お話しする相手もいます。リュカ様はきっと大丈夫です」
ヘンリー「ああ、そうだな・・・」
マリア「忌まわしき呪いの鎖とやらを、誰も悲しませることなく解きほぐすことができればいいと思います。しかし、私の力が足らず、天の助けも無いその時が来たら、ヘンリー様のおっしゃるとおりにいたします。そして、私が責任を持って、お義姉様にお伝えいたします」
*****
船上
スラリン「ハァハァ」
スラリン「ヒィヒィ」
スラリン「ハァハァ・・・ねえヘンリー。海の仕事にスライムを連れてくのは失敗だよ。水をくむ川がないし、海水は濃すぎて飲めないし・・・」
スラリン「フゥフゥ・・・このまま乾いていったら、体がなくなっちまうよ」
スラリン「・・・ああ、海水が飲める魔物がうらやましい。そこらを泳いでるしびれくらげに相談して、体液をめぐんでもらうよ」
スラリン「どうしてピエールが留守番なのさ。女性を守るのはナイトがいいとか?」
ヘンリー「ギク・・・」
ヘンリー「船長、ここはどのへんだ?」
船長「まだビスタの方が近いですな。旅程の3割ほど来ましたかな」
ヘンリー「まだそんなものか・・・」
船長「風と波に運んでもらうものですので、気が急いても速くはなりませぬ。そのかわり、夜でも進めますからな。馬より速いこともありますぞ」
ヘンリー「仕方ない。また操船の手伝いをしながら、船のつくりを教えてもらうか・・・」
116
:
悲恋〜ヨシュア〜 17
:2008/06/22(日) 15:20:27
スラリン「ぷるぷる・・・」
船員「ん?水を作りたい?そうだなあ、鉄鍋に海水を入れて、ふたをして日向に出しておくと、ふたの裏に水がつくぞ。けど、船が揺れると失敗するから、たいした量はできないな。あ、燃料は貴重だから使っちゃだめだぞ」
スラリン「ゼェゼェ・・・」
船員「これから甲板に海水撒くから、来るか?海水をよけて、蒸気に当たってれば、少しはふやけるぞ」
スラリン「ピキ〜〜」
船長「お連れのご婦人は大丈夫かな?」
ヘンリー「ああ、そろそろ慣れたみたいだ。船酔いしなくなってきた」
船長「それはよかった」
ヘンリー「海の男ってのは、なんというか、みんな紳士的だな」
船長「船上の女性を大事にしない船は、海神が沈めると言われておりますでな。うそか本当か知りませぬが、若僧の気が引き締まるし、所帯持ちも襟を正す。こうして客も安心する・・・と、たとえ迷信だとしても役に立つ迷信ですじゃ」
ヘンリー(船の上じゃ逃げようがない。女性や弱い立場の者を守る工夫が必要ということか)
船長「海賊というのは、こうした良い迷信を信じなくなったり、悪い迷信を信じるようになった船乗りのこと。ここの船員にとっては、海賊呼ばわりされるのは最大の屈辱。わしらと海賊の争いは、一種の信仰の違いによるのかもしれませんな」
ヘンリー「そうか、海賊というとなんだか強そうで格好いい気がするが、ここでは違うのだな」
船長「伝説や民話では、義賊という者がおりますが、わしらは見聞きしたことはございませんな。奴らは海に従い人に仇なす者、わしらは海に従い人の友たる者でございます」
ヘンリー「海の治安も良いとは言えないか。やることは多いな」
船員「船長は若い頃、海賊稼業が嫌になって足を洗ってるんです。海賊や魔物の手口にも詳しいし、操船の腕は神業です。おかげで私も何度か命を拾わせてもらっています」
ヘンリー「おう、わが国にもいい船乗りが残っていてくれて良かった」
船員「ですが、生い立ちのせいか、危険を冒すことを好みません。殿下は南東への航路開拓を計画なさっていると聞きますが、殿下のご命令でも船長は舵をそちらに切らないでしょう。西方からもっと若くて冒険心にあふれた船長を連れてくることですね」
ヘンリー「西方は通商が盛んだから期待している。・・・いなければそれこそ海賊を捕まえてでも・・・」
船員「殿下!」
ヘンリー「冗談だ。・・・いや、半分ぐらい本音だったか」
*****
***同じ頃***
ラインハット王宮
太后の個室
太后「おお、あなたは。息子達から聞いています、ご懐妊でいらしたとか、おめでとう。わけあってご主人の素性は明かせぬということも聞きました。ヘンリーが少しだけ明かしてくれたのは、なかなかの好漢だということだけですが・・・」
太后「素敵な男性なのでしょうね、あなたを妻に持ったのは。ええ、わかりますとも、わらわとて母親ですからね。なにか不安はありませぬか?」
リュカ→はい
太后「誰でも不安にならずにはおれないものですからね。不安のあまり周りの人に八つ当たりしてしまったり、よくあるのです。その程度なら自然なことですから気楽にかまえておればよいのですが・・・気楽になれないと、以前のわらわのように産んだ後も心が歪んでしまうようになります。・・・と、これはあなたには心配の無いことでしょうか」
リュカ→いいえ
太后「うん、城内の者を頼りになさってくださいな。こんな時ぐらい、周囲の者に甘えておおいに怠けていらっしゃるといいですよ。わらわもデールの気遣いのおかげで、ずいぶん気楽に過ごさせてもらっておりますので」
太后「お腹の子を抱えたまま怪物と戦っていたと。それも一緒に戦っていた、勘の良いヘンリーにすら、まるで気取らせないなんて!我慢強いのも頑張り屋なのもいいことですが、度を過ごしてはいけませんよ。あなたやお子様に良くないだけでなく、あなたを大事に思う人達にも不幸をふりまくことになりますからね。たまには弱音を吐いてみてもいいのではないかしら?」
117
:
悲恋〜ヨシュア〜 18
:2008/06/22(日) 15:26:24
太后「あなたとあなたの父上にひどい仕打ちをしたわらわを救ってくれたばかりか、こうして訪ねてくれること、感謝にたえませぬ」
太后「ヘンリーやあなたが囚われて酷使されていた間、わらわもほとんど外の様子を知りませんでした。あのニセモノが現れたのは、デールが即位してすぐ。わらわは魔物に幽閉され、死なぬ程度に餌だけを与えられておりました。わらわにまた利用価値が出てきたら・・・あるいはあのニセモノが失敗したら、事故か何かで死んだことにしてわらわの死体を使うなどするつもりだったのでしょう」
太后「昼も夜も無い牢の中、ふつうなら一年ともたずに発狂するのだと彼ら・・・魔物の共犯の人間達・・・は話しておりました。利用する前に死んだらそれもよし、という程度だったようです」
太后「しかし、わらわは発狂せず、牢の中で思い巡らせたのです。はじめは裏切られたと、共謀者を呪うばかりでしたが、しだいにおさまると、考えが変わってまいりました。わらわは悪党に踊らされ、悪事をはたらきましたが、わらわの心には悪が入り込むだけの大きな隙があったのだと気付きました。あやつるのにちょうどいいだけの悪が、あのニセモノと入れ替わっても怪しまれにくいだけの悪が、わらわには棲んでいたのだと、そう考えるようになりました」
太后「そう考え、悔い、己を責め抜いたあと、わらわは生き抜くことを決めたのです。簡単に狂死して悪党どもに始末されるよりも、わらわの悪によって生まれた苦しみを除く機会を探そうと。それが償いにもなるし、わらわを利用した魔物や悪党たちへの意趣返しにもなる。せめてわが子デールに、ニセモノの存在を知らせるまでは死んではならぬと思って、穀潰しを続けてきたのでございます」
太后「そのわらわの願いを、わらわが苦しめたあなたやヘンリーが叶えてくれました。お礼申し上げます・・・」
太后「と、殊勝なことを申しましたが、要するに、黙って死ぬのは悔しかったのですよ。ほほ、わらわはまったく負けず嫌いだけはどうにも治らぬようです」
太后「ゴホッゴホン!いけません。実は長くじめじめした不健康なところにいたせいで、病気にかかりやすくなっておりまして・・・。無事にお生みになるまでは、なるべくここに来ない方が良いかもしれませんね。何かあれば手紙か伝言するという約束にしましょう」
太后「先王の愛妾に過ぎなかったわらわでは、知恵もないし不器用ですので、編み物とか料理とか、気の利いたことは何もしてあげられませんが、せめてご壮健を祈らせてくださいね」
謁見室
デール「あ、リュカさん、どうしました?ははあ、運動不足になりそうですか。でも城の外に出るときは、ピエール殿などを護衛につけてください」
デール「ん、母ですか?ええ、国政の混乱の元凶のひとりとして、断罪すべきとの意見もありましたが・・・」
デール「あんな母上だが、僕には唯一の母だし・・・。せっかくラインハットが寛容な政治を始めるのに、すでに毒気の抜けたやつれた女性を処刑するのは好ましくない・・・と、僕の口からは言いにくいことを兄上が言ってくれたので、親不孝者にならずにすみました」
シスター「太后さまがお若いときは、それは美しかったんですのよ。それが魔物どもに閉じ込められていたせいで、おやつれになって・・・。太后さまのなさったことは大きな罪かもしれません。ですが、罪に対する罰は受けておいでだと思います。お姿もそうですが・・・申し上げるのは心苦しいですが、お命もだいぶ縮められたようにお見受けします」
デール「『民が非難を太后に集中させれば、王も何かとやりやすい』などと母上は申しまして・・・。城内の者に小言を言うとか、嫌われますが必要な役回りを引き受けるようになっております。そんなことまでしなくていいとも思うのですが・・・」
シスター「いえ、嫌われ役になるのも、アレはアレで楽しいのだとおっしゃってましたから。リュカ様の連れている魔物を気味悪がる城の者を一喝するなど、実に爽快ですとか」
デール「そうか。体は弱ったが、心はたくましいな、母上は」
教会
シスター「まあ、リュカ様。こんにちは」
シスター「ええ?運動不足?もっと肥ってもいいぐらいですわ。動かないと気が塞ぐのでしたら、城内にも調練場などございますので、行ってくるのもいいかもしれませんわね」
シスター「とはいっても、城内の兵士でリュカ様の練習相手になりそうな者というと・・・はぁっ、情けない!!」
シスター「水練でもしましょうか?」
<以後、太后の部屋に入ろうとしたとき>
太后「はい、どなた?カギが掛かっていますよ」
太后「リュカさんですか?大事なお体なんですから、ここに入ってはだめですよ」
118
:
悲恋〜ヨシュア〜 19
:2008/06/23(月) 15:12:58
<ヘンリー帰還>
ラインハット王宮
玉座
デール「おお、兄上。お元気そうでなによりです。いかがでしたか?」
ヘンリー「うん、西の船乗りとの間で交渉がはじまったところだ。とりあえず、定期船の再開だけは約束をとりつけてきた。だが、いままでのわが国の悪行のせいで、まだ警戒しているようだから、有力な船乗りと船主を何人か招待してきた。そのぶん、こちらから何人か先方に残して、学ばせている」
デール「平和な航海でしたか?」
ヘンリー「弱い魔物とは出会ったが、おおむね平和だったぞ」
デール「何度ぐらい喧嘩なさいました?」
ヘンリー「行きと帰りに1度ずつだ、意外と少ないだろう?」
デール「はい、よく我慢なさいました」
ヘンリー「次は南だ。グランバニアへの航路を作る」
デール「はい。焦ってはだめですよ」
ヘンリー「心配するな。なにも一度の航海ですぐ到達して、航路が完成するなんて思っちゃいないさ。もう何隻か行っているな?」
デール「はい、報告が届いています。誰か!南方航路探索の報告を持って参れ!」
*「はっ!」
*「こちらでございます!」
デール「ん、ご苦労。・・・ええと・・・最初の船団3隻が行って、2隻が帰ってきました。1隻は座礁して救助されました。第二次の船団はもうじき帰ると思われます。第三次が準備中です。グランバニアのある東南の大陸を遠目に望むところまでは行ったようです」
ヘンリー「うむ、悪くないか。今から行けば、第三次に同行できるな。よし、この報告書の写しをくれ」
*「写し・・・でございますか?残念ながら、そちらが唯一でございます」
ヘンリー「わかった。ではこれを全て、明朝までに写せ」
*「明朝まで!?」
ヘンリー「やれ!見事やり遂げたら褒美をとらす。人の助けを借りても良いぞ!」
*「ははっ!」
デール(兄上は鬼だ・・・)
教会
シスター「そうでした。リュカ様の正式なお名前がわかりました。リュクリア・エル・シ・グランバニア様とおっしゃいます」
ヘンリー「なに、どこに書かれていた」
シスター「彼女の服です。子供の頃は読めなかったらしいですが、服の裏に『リュクリア』と小さな刺繍が入っておりまして・・・。ベッドでは退屈だからと、リュカ様は、署名の練習をなさいました」
マリア「まあ、これがリュカ様のご筆跡・・・。思ったより可愛らしい字をお書きになるのですね」
シスター「ふふっ、あの武者ぶりからは想像できませんわね」
ヘンリー「リュクリアか・・・うん!素晴らしい名前だ!」
シスター「彼女によると、服の刺繍はパパス様の召使いが作ったのだろうと。運悪く、この刺繍のことを彼女が思い出して話してくださったのは、殿下が出発したすぐ後でしたの。敬称はパパス様のお名前から類推しました」
ヘンリー「なんてこった。灯台もと暗しというやつか、一緒に旅していながら気付かなかったとは」
シスター「あたりまえです。リュカ様が自分の服を殿下に洗濯させるものですか」
ヘンリー「あ、なるほど・・・。まあ、乾してあっても、まじまじと観察したりはしなかったなあ」
シスター「殿下は女性の着衣やお着替えに執着するような殿方ではないということですね。マリア様、ご安心なさいな」
マリア「・・・!」
シスター「ふふっ、失礼いたします」
マリア「お城のシスターは楽しいお方ですね」
ヘンリー「なんでこう、余計な一言をつけずにいられないんだ。まったく」
マリア「機知に富んでいらっしゃるのは羨ましいです。私にはとても真似できません」
ヘンリー「あれを機知というのか?よく次から次へと・・・頭の回転が速いのは認めざるをえないが」
119
:
悲恋〜ヨシュア〜 20
:2008/06/24(火) 15:04:43
数週間後
客室(今やすっかりリュカの私室)
スラリン「ゴクッゴクッ。ふー!水があるっていいやね。泥水でも生きていけるけど、海水ってやつだけはダメなんだ」
スラリン「スライムが乾燥するとどうなるかって?」
スラリン「・・・」
スラリン「ひみつ。怖いこと考えないでおくれよ」
シスター「おはようございます、リュカ様。ご気分はいかがですか?」
リュカ→はい
シスター「それはよろしゅうございます。でも念のためです、体温だけは測りましょう」
リュカ→いいえ
シスター「あら、大変!お待ちくださいな、すぐ換気します。体温を測っていてくださいまし」
シスター「うーん、少しだけ熱があるかしら。スラリンさん、出番よ」
スラリン「また枕?」
シスター「あなたの体温がちょうどいいのよ。水とか氷とかだと、すぐぬるくなるし、乾いて冷やしすぎることもあるし」
スラリン「むー。なんかこんな役目ばっかし」
シスター「文句言わないの。さあさあ」
スラリン「わかったよう。水浴びてホコリ落としてくる」
スラリン「ぷるぷる・・・リュカ、気持ちいい?」
リュカ→はい
スラリン「ぷるぷる・・・はやく良くなってね」
リュカ→いいえ
スラリン「熱くて気持ち悪いとこ、どこ?頭?足?てのひら?」
スラリン「産まれる頃にはピエール達も帰るって言ってたよ」
スラリン「ピエールのやつ『脱水で死にそうだっただと?精神の修練が足りぬのだ!』だって。ふんっ!ピエールだって一回乾いてみればいいんだい!」
スラリン「リュカはヘンリーみたく、船旅の途中で変な寄り道しないでね」
スラリン「海の治安を乱す海賊どもを退治してやる!とか言って、追いまわして逃げられるとか・・・いやんなっちゃうよ」
*****
謁見室
*「陛下、こちらが西方の腕利きの海の男達でございます」
デール「ん。よく来られた。わが国は長らく凍結していた他国との交流を再開した。海上交通は不可欠となる。わが国の招待に応じてくださった皆さんの力をぜひお借りしたい」
船主「招待!・・・くくく、招待ですか。はっはっは!いや、これはご無礼を。我らは確かに王宮におりますが、あれが招待だったとすれば、ラインハットは不思議な国ですなあ」
デール「???」
船主「あれは、誘拐っていうもんですよ。しこたま美酒を飲まされて、気がついたら港を出ていて、操船の手が足りぬと。殿下がお国から連れて来た船乗りは、ビスタへ向かうのでなければ操船せぬという。仕方ないから沈没しないために、こちらへ船を走らせたのです」
デール「・・・兄上め・・・」
船主「もっとも、互いにゲンコツを交えた今ではこの国の船をなんとかしてやろうという気分になっておりますが、最初はよっぽどあの方を海に放り込もうと思ったもんですわい」
船主「ひとり、殿下とえらく意気投合した奴がおりまして、そやつは今ごろ殿下と出航準備でしょう」
デール「・・・海の男の広い魂に感謝します。弱りきったわが国の通商を叩き直してください」
船主「・・・」
船主「・・・」
デール「?」
*「陛下、彼らは王室の臣下でも王国の民でもございませぬ。ですから・・・」
デール「ああ、これは迂闊だった!」
デール「海の男は、自由の民であることに誇りを持っていると聞く。俸給が良くても、国の役人になりたいとは思わないとか。よって、召し抱えることはせずに商談によって仕事を依頼しようと思うが、どうか?」
船主「ははっ!任されましょう!」
120
:
悲恋〜ヨシュア〜 21
:2008/06/25(水) 17:25:56
数週間後
船上
ヘンリー「おお、あれに見えるのがグランバニアのある大陸か!パパス殿の国、リュカの故郷が・・・」
船長「殿下、ここから先は海図がございません。よって、陸から大きく離れないように、海岸沿いに進むことになります」
ヘンリー「地図はあるが、駄目なのか」
船長「はっ。この地図はまだ不正確ですし、なにより季節風や海流が書かれておりませんので」
ヘンリー「そうか、わかった。船長の最善と思うようにせよ。座礁や遭難をさけて、賊や魔物は恐れず進んでくれ」
船長「かしこまりました」
マリア「いい天気ですねえ!なんだか海が好きになってきました!」
船長「はははは!この広い空は、海に生きる人間の特権!大いに楽しみなさい!」
マリア「ええ、そうします!」
ピエール「見かけによらず、たくましい女性だ・・・」
ヘンリー「縫い物が得意だから、マストを繕うのが苦にならないんだとさ」
十数日後
船長「殿下、物資が少なくなっております。残念ながら、今回はここまででございます」
ヘンリー「ああ、くそう、残念だ!町や村が一つでも見つかれば、補給できたのに!金銭がいくらあっても食えないからなあ」
船長「これでもずいぶん危険を冒して急いだのですぞ。海図がかなり広がりました。次からは半分の時間でここに来られるでしょう」
ヘンリー「わかった。この船にはまだまだ頑張ってもらわねばならないからな、焦って沈ませるわけにもいかない。船長にまかせる」
船長「かしこまりました」
ヘンリー「・・・実のところ、船の上では船長が一番上で、俺には決定権は無いな。どこへ行くかは提案できても、行くか行かないかは船長が決める。俺が無理に『行け!』と命じても、船長は引き返すだろう。なおも反対したら、俺を閉じ込めてでも。だからこそ信じるに足るし、こうして命を預けられるが・・・」
ヘンリー「リュカがいたらどうするかな」
ピエール「船長が引き返すと言ったこの場所で、『船を下りて歩く』・・・であろう」
ヘンリー「同感だ。あいつの激情は止められない。凡人がやったら無鉄砲もいいところだな」
ピエール「それでも目的を遂げられる。そういうお方です」
*****
数十日後
ラインハット王宮
客室前
ヘンリー「リュカは無事か!」
デール「兄上、そんなに急がなくてもいいですよ。もうしばらく後だそうです」
ヘンリー「ああ、しかし急いで戻ってよかった、こんな時に一緒にいられなかったら、あいつに恨まれるところだったよ」
マリア「手伝いに参ります!」
ヘンリー「ああ、俺も・・・」
マリア「だめです!殿方はここでお待ちになってください!」
ヘンリー「・・・」
デール「・・・」
ヘンリー「・・・なあ」
デール「はい」
ヘンリー「男ってのはどうして、こういう時に格好良くできないんだ?」
デール「・・・」
ヘンリー「・・・」
デール「それ、僕が答えられると思って聞いてます?」
ヘンリー「わからないのか」
デール「ふつう、そういうことを未婚の弟には聞きません」
ヘンリー「それもそうか」
デール「兄上は一度も?」
ヘンリー「ああ。知ってるか?奴隷の栄養状態だと、女性はひどい時には・・・」
〜〜〜
シスター「お生まれになりました!かわいらしい双子の赤ちゃんですよ。母子ともに健康でいらっしゃいます」
デール「おお、祈った甲斐があった!」
マリア「うっうっ・・すみません、でもこらえきれなくて・・・」
ヘンリー「かまわない、どうしたんだ」
マリア「お子様が、兄と同じ髪をしていて・・・。ああ、リュカ様は本当に・・・」
マリア「ああ、兄さん!うう・・・」
客室
ヘンリー「よっ、リュカ、おつかれさん!見てきたぞ、可愛いもんだな」
リュカ→はい
ヘンリー「大きな声では言わないが、どこかマリアに似てるな」
リュカ→いいえ
ヘンリー「ははは、照れるな照れるな。リュカが照れるなんて、珍しいものが見れた!」
ヘンリー「ずっとここで育ててくれ・・・とは言わないが、せめて体力が戻るまではいてくれよ」
121
:
悲恋〜ヨシュア〜 22
:2008/06/26(木) 15:27:32
城門前
ヘンリー「さて、首尾は?」
ピエール「いたぞ。ネズミどもが3匹ばかり」
ヘンリー「ふん、やっぱりな。人さらいは連中の得意とするところ。王宮で子が生まれるとなれば、誰の子か宣伝しなくても食いついてくるやつがいると思った」
ピエール「やつらがわが主のことをどこまで掴んでいるか吐かせてやる」
ヘンリー「もっとも、下っ端がどこまで知らされているかは怪しいが」
ピエール「いや、探りのネズミだけで、さらいに来るハイエナがいなかったことからも、おおよそわかる。どうやら、わが主のことはほとんど掴んでいないようだな」
ヘンリー「なるほど。俺がこうして生きて、堂々と活動しているから、今となっては脱走者がいたことぐらいは気付いているだろうが、たぶん神殿にいた連中が脱走事件を隠そうとしたんだろうな。奴隷3人が自殺、兵士1人が行方不明とでも言って最初のうちはごまかしていたんだろう」
ピエール「これからも精一杯目立って、教団の目を引き付けていてもらいたいな。教団の毒牙をお子様に向けぬためにも、そう簡単に死んではならぬぞ」
*****
スラリン「どうだった、海は」
ピエール「魔物は陸より少ないな。海はともかく広い。急ごうにも風がなければ進まぬので、焦ってはならぬようだな」
スラリン「乾かなかったん?」
ピエール「もう涼しくなっていたからな」
スラリン「あう・・・」
*****
約2ヵ月後
客室
シスター「あらリュカ様。お加減はいかがですか?」
シスター「まあ、首がすわるようになりましたね。これで抱っこのまま連れ歩くのも簡単になりますよ」
シスター「・・・リュカ様、お話があります」
シスター「正直に申し上げまして、お子様を連れて旅に出るのは賛成できません。お子様のためにも、リュカ様のためにも。ですが、同じように片親と旅歩いたリュカ様がこのように強くおやさしい方に成長なされていますので、私も旅にお連れするのがお子様に良くないと言い切れません。だから私も強く反対はできないのです」
シスター「また、この王宮にお子様をお残しになるのも、確実に安全とは申せません。リュカ様をかどわかした輩のような強大な悪が罠を張ったら、いかに城の中でも安全ではないというのは、ヘンリー殿下という生き証人がおります。逆に王宮にいることで、かつてリュカ様を害した仇に、お子様の所在を知られてしまうこともありえることです。ヘンリー殿下が邪教の注意を引き付けていますし、そうでなくとも王都は耳目を集めますから。それでは、リュカ様とともに旅さすらうのと、どちらが危険とは申せません」
シスター「リュカ様のご意志が第一であると、私は考えます。ご意志を歪めるのは、お子様にも不幸せを招くことでしょう」
シスター「ご自分のお気持ちに素直になられることです。他の誰でもなく」
リュカ「・・・」
シスター「・・・というわけで、私はリュカ様に浮気をお勧めしているのですが、いかがでしょう?」
リュカ→はい
シスター「あら!ヘンリー殿下に聞かせてあげたいわ」
リュカ→いいえ
シスター「まあ、でしたら将来は神に仕えてみます?歓迎しましてよ」
*****
玉座
デール「お発ちになられますか。兄上は以前のように旅をともにしたかったようですが、やはりまずいのでしょうね」
デール「リュカさんがこの国を救ってくださったとき、兄上の帰還を大々的に発表する一方で、リュカさんとマリアさんのご活躍は伏せました。城内の者ですら、リュカさんやマリアさんがどこからいらしたかはごく一部しか知りません。兄上が光の教団の耳目を引き付けている今、リュカさんに兄上が同行しては、努力が水の泡です。兄上は、マリアさんに船旅に随行してもらうかどうかも、ずいぶんお悩みでした。それでもマリアさんは旅する修道女のふりをしていれば目立ちません。しかし、モンスター使いのリュカさんが兄上と同道していたらあまりにも目立ちすぎます。それを見逃すほど教団も間抜けではないでしょう」
デール「リュカさんが故郷にお戻りになり、お子様も安全になる頃までに、わが国も教団の対策を進め、彼らの蛮行を積極的に排除できる体制を整えておきたいと思っています。そうなれば兄上もリュカさんと安心して・・・少なくともわが国の中では・・・会えるようになります。今は城内でしか会えなくて、城外では密会にせねばならぬという不便な状況ですが、こらえてください」
デール「同行できなくて、兄上も本当に残念そうでしたよ」
122
:
悲恋〜ヨシュア〜 23
:2008/06/27(金) 22:57:10
廊下
ヘンリー「行くんだな、リュカ」
リュカ→はい
ヘンリー「そうか、止めても無駄なのだろうな。できることなら、この日までに船のひとつでもこしらえてやりたかった。それにしても幼い子を連れての旅とは、やはりリュカはパパス殿の子だ。だが、パパス殿の時とは違って、ピエールやスラリンがいる。パパス殿の無念を繰り返すようなことにはならないだろう。戦いだけじゃなくて、子供の世話とか、できるだけ、仲間を頼るようにするんだぞ。リュカは頑張りすぎるからな」
リュカ→いいえ
ヘンリー「すまないな。できるだけ頑張ってはいるんだが、海図の作り直しすら終わっていない。かといって、無理をして急がせて、船乗りを魔物の餌食にしたら、リュカは怒るだろう?このままでは山越えの準備はいつになるか・・・」
*****
オラクルベリー
占いババ様
婆「おお、娘さん。また見せてくれるかな?」
婆「ふむ・・・前よりもはっきりした輝きがお主の近くにあるの」
婆「むむむむ・・・うん?なんじゃ、赤子ではないか。しかも2人も。赤子の運勢は見るのが難しいのじゃ。その子らはとびっきり眩しくて、よく見えん。娘さんひとりになってくれんか」
婆「ふうむ・・・はて?お主の探す相手はもう見つかったり、あるいは変わったりしたか?むう、おかしいのお」
婆「うん、お主の求める人がどこにいるのかはわからんが、お主の前途をひらくカギを、この先で見つけることができよう。しかも、それには何者かの助けが得られると出ている」
婆「お主を助けてくれるのは・・・ふむ!以前からお主に縁のある者のようじゃのお」
婆「うむうむ!やはりお主を見るのは面白い!また来るがよいぞ」
婆「お子さん達も元気でなあ!おお、このおばばを怖がらないのか、いい子じゃ!」
婆「そういえば、あの緑髪の坊やが来たぞ。いつもは見料以上に貰うことはないが、『出世したから払いに来た』『ばあさん黙って受け取れ』などとぬかしおるから、受け取ってやったわ」
婆「この年になると欲しい物も少なくなるものさね。まあ、近くの子供に菓子でもくれてやるかね」
婆「次にここに来るのはずいぶん先になるかもしれないと?ほほ、心配無用。この老体もまだまだ死にはせぬわ。実はどっちが遅く死ぬか賭けをしておるのよ。地下の魔物好き爺さんとな」
*****
ビスタ港
ヘンリー「リュカ、これを持っていってくれ。ラインハット王国からグランバニアへの親書だ。それから、こちらは親書に添える報告書だ。パパス殿の事などを含めて書いてある」
ヘンリー「グランバニアには、成長したリュカをリュカだと見分けてくれる人がいないかもしれないからな。俺も引き続きグランバニアを目指すつもりだが、リュカの方が早く着いた場合、その書がリュカの助けになればいいと思う。デールと俺の連名で書いた」
マリア「行ってしまわれるのですね、リュカ様。ヘンリー様達が頑張った甲斐あって、海賊や野盗は減っているようですが、魔物は相変わらず多いようです。お気をつけて。不出来な義妹ですが、ご無事を祈っております。お義母様のこともお祈りしております・・・」
マリア「まだリュカ様の故郷グランバニアへの道は完成していないですし、お子様達がもう少し大きくなってからの方が山越えも安全だと思います」
マリア「天空の武具は、世界に散らばっていると聞きました。通商の盛んな西の大陸に行けば、何かわかるかもしれません」
ヘンリー「いつ状況が変わって、教団の連中が俺を暗殺しに来るようになるかわからないが、そう簡単にはやられねえからな」
ヘンリー「そっちも気をつけろよ!またな!」
(第2部完結)
(第3部開始)
(ポートセルミ〜ルラフェンまでは原作準拠)
*****
うわさのほこら
*「サラボナ一番の富豪のルドマン氏は、天空の盾という家宝を持っているのだそうですよ」
*****
サラボナ
ルドマン邸広間
ルドマン「ああ・・・よく集まってくれた」
ルドマン「ええと・・・ふぅ・・・うむ・・・」
ルドマン「ゴホン・・・」
ルドマン「先日に宣言したとおり、フローラの婿取りをする。婿に名乗りを上げる者は、そこに記名をしていただきたい。さて、婿はフローラを守る勇気と力を備えていてもらわねばならぬ。それを示してもらうのに、この大陸に伝わるという二つのリングを探し出し、ここに持ってきてもらいたい。二つのリングを持って我が家の門をくぐった男が、フローラの花婿である」
ルドマン(うーむ・・・。この顔ぶれでは・・・いかんな・・・)
ルドマン「そうだ!飛び入り参加も許す!遅れを挽回する力があるなら、それは認めよう。いつでもここに記名して競争に参加するといい」
ルドマン「では、健闘を祈る」
123
:
悲恋〜ヨシュア〜 24
:2008/06/28(土) 14:08:22
サラボナ噴水前
ルドマン嫁「あなた・・・」
ルドマン「ううむ、まいったな・・・ん、フローラ、どうした」
フローラ「あ、お父様。このお方がリリアンを助けてくださいましたの」
ルドマン「それはそれは・・・むう!それはキラーパンサーではないか!?」
フローラ「あ、この魔物たちはこの方に懐いているから心配ないのだそうですわ」
ルドマン「なんと、このご婦人が・・・」
ルドマン嫁「まあ、竜の仔に、スライムの騎士に・・・多士済々ではありませんか!みんな彼女が飼い慣らして?」
リュカ「・・・」
ルドマン嫁「あら、飼っているのでなく友であると。それにしても驚きですわ、人間よりずっと強そうだったり、懐かなさそうな魔物まで・・・」
ルドマン「ふうむ、これは・・・」
ルドマン「・・・」
ルドマン「よし!」
ルドマン「旅のお方、突然だが、我が家に立ち寄って話を聞いてもらえぬだろうか。いや、怪しい者ではござらん。この街を基盤に商売を営んでいるルドマンという者だ。ここに来るまでに、名前ぐらいは聞いていてくれたら幸いだ」
ルドマン邸
女中「まずは、だんな様の話を聞いてくださいませ」
ルドマン「よく来てくださった。そうか、リュカというのか。良い名だ。実は、わしはとんでもない約束をしてしまったのじゃ。二つの指輪を集めた者を、わが娘、フローラの婿にすると言ってしまったのじゃ」
ルドマン「商売に生きる者は信用を失ったら生きていけん。強大な敵を倒す力や精巧な物を作る技術が無くとも、言葉だけは違えてはならぬ。だから先日わしが口にした条件のまま婿選びを始めてしまったのだが・・・」
フローラ「・・・・・・」
ルドマン「ところが、聞きつけて集まった中に、金で集めたならず者を使おうとするくだらぬ連中や、最初に指輪を見つけた者に不意打ちして横取りしようとする陰険な輩がおるのだ。いや、むしろそういった者がほとんどだ」
ルドマン嫁「まったく、思いつきでしゃべるからそんなことになるんです!」
ルドマン「ええい、それを言ってもしかたあるまい!だがリュカ殿が指輪をひとつでも取ってきてくだされば、娘は無理な結婚をしなくてすむ。いかようにも礼はしよう、どうか、このわしの願いを聞き入れてくだされ」
ルドマン「金を使うのが悪いとは言わぬ、自分の力で工面した金ならば。友を頼るのもよかろう、己の人望で得た友ならば。知恵比べが高じて騙し合いになるなら、それもよし。その騙し合いに勝ち抜いた者は少なくとも愚か者ではなかろう」
ルドマン「だが知恵も使わず汗も流さずに、他人の力で集めた金に飽かせて人足を調達する者が半分以上とは思わなんだ!」
ルドマン「わしとて金儲けに熱心な浅ましい商人の一人に過ぎぬから、こう言うのは変かもしれんが、まったく嘆かわしい!己の行動の美醜を感じる神経が失われておる!ロマンチストになれとは言わんが、己に恥じる心が無い者とは友にはなれん!!」
ルドマン嫁「ご覧くださいましたか?街の前の集団を。フローラの婿候補とその協力者達です。婿候補の中には私と同じくらいの年齢の者もおります。年の差が悪いとは申しませんが、年長ならばその分健康な方でなくては困ります。早くに先立たれるような不幸を娘にさせたくないと思うのが、身勝手ながら親の情というものです」
ルドマン嫁「あなたが適齢の殿方でも連れていらっしゃれば、いえ、あなたが男性でしたら・・・と、すみません。変なことを申しました」
ルドマン「モンスター使いというのは、初めて見る。リュカ殿に従う魔物の中には強そうな者や見たことも無い者がいる。リュカ殿はご自身も強く、広く旅して来られたのであろうなあ」
ルドマン「なんだ、婿候補のリストにまで、律儀に記名せずともよいのに」
ルドマン「『旅人リュクリア、出身地サンタローズ』・・・ふっふっふ、自分で『旅人』というあたりが小気味いいお方だ。名前にも、なにやら気品が感じられるな」
ルドマン「しかしサンタローズといえば・・・ふむ?復興が始まったと?ほう、それは良かった」
ルドマン「復興に協力すれば、お得意様が増えるかな・・・?と、いかんいかん、つい商売のことばかり考えておるな」
ルドマン「お子様もいらっしゃるのか!ほほう、賢そうな顔立ちをしている。魔物の子守でぐっすり眠れるとは、この子達はきっと大物になるぞ!」
ルドマン「して、この子らの父親は・・・?」
リュカ「・・・」
ルドマン「すまぬ。よしないことをお尋ねした。どうか忘れていただきたい」
ルドマン「このお子さんが、あと15年早く生まれていれば・・・あ、いやいや何でもない」
124
:
悲恋〜ヨシュア〜 25
:2008/06/28(土) 14:25:08
フローラ「いかに強い魔物を従える方とはいえ、お父様ったら、女性にこんな危険なことを頼むなんて・・・。リュカ様、どうか、お命に関わるようなことだけはなさいませんように・・・」
*****
***数日後***
ルドマン邸広間
ルドマン「おお、炎のリングを取ってきてくださったか!よし、これを皆に知らせれば、わしの失言は撤回できる。リュカ殿、どうやってお礼をしたものであろう・・・」
ルドマン「む?」
ルドマン「なに、家宝の盾を借りたいと・・・?」
ルドマン「・・・ふむ、お父上のご遺志で、お母上を助けるために・・・」
ルドマン「おお!天空の剣をお持ちか!うむ、これはまさしく伝説の武器!わしとて目利きのつもりですからな。わかりますぞ、これはまがいものではない!ぬう!?抜こうとすると、とてつもなく重くなったぞ!伝説の通りだ!勇者にしか扱えぬというのは本当だったか!」
ルドマン「リュカ殿もこれを振るうことができないのか。ふむ、あなたほどの方でも天空の勇者たりえぬのか。残念だ、神は厳しいな・・・」
ルドマン「うむ!素晴らしいものだ!・・・願わくばこれを勇者様が身につけたところを見てみたいものだが・・・」
ルドマン「うーむ、しかしなあ・・・」
ルドマン「リュカ殿に盾を・・・いや・・・」
ルドマン嫁「あなた、何を迷うのです。彼女はフローラと我が家の危機を救ってくれました。そのご婦人がお困りなのですよ。いかに家宝であろうとも、お貸しするどころか、差し上げてもいいくらいですわ。我が家にはあれを扱える者などいないのですから」
ルドマン「お前はそういうがな、そんな簡単な問題ではないのだ!わしとて、差し上げたいとは思う。だがあれは救世主となる人物が使い、その力をもって世界を救うとされているもの。我々が深く感謝しているというだけでお渡しできるものではないのだ!」
フローラ「お父様、ですが・・・」
ルドマン「不吉な想像だが、強大な魔物がリュカ殿から盾を奪ったらなんとする。武具を捜し求める勇者が訪れたとき、何とお詫び申し上げればよい。それにな、差し上げるのが感謝の気持ちを示すのに適切とは限らん。既に剣をお持ちとはいえ、この盾を差し上げたせいで、リュカ殿が魔物からより一層狙われるようになるかもしれぬのだぞ!」
ルドマン「リュカ殿、こうなったらあなたにはもう一つのリングも取ってきていただかねばならぬようだ。わしが家宝を惜しむからではなく、縁あって盾を受け継いだ人間の責任感の表れだと思ってもらいたい。あなたが、この盾を勇者の手にお届けできるほどの人物であればよいのだが、そのためには尋常ならざる力量、勇気や知恵を示していただかねばならない。我が家の婿選びなどとはわけがちがう。今回はわしが試すのではなく、天が試すものである」
ルドマン「船がなければどうにもならんから、それはお貸ししよう。あとは、ご自身の力で道を開いてもらいたい」
ルドマン「炎のリングを持ち帰り、リュカ殿の一行は無事・・・。連れ歩く魔物を見ても、彼女が武勇に長けているのは明らかだ。勇はある。あとは智と仁だ。・・・彼女は蛮勇の人ではなく、話してみると威徳さえ感じられるが・・・わしの勘違いということがあるかもしれん」
ルドマン「水のリングが封じられたという滝へ行くには、水門を開けなければならぬ。だが、開け方を知る山奥の村の人間は、そうカンタンには説得できん。のどかな土地柄で温和な気質とはいえ、警戒心が強い。客人があれば温泉に誘い、食事を振舞ってくれるが、そこから先が難しい。水門を開けられるほど打ち解けるのは至難だ。長年の付き合いがあるこのわしとて、生半可な理由では開けてもらえないというのに、見ず知らずのよそ者ではなおさら。彼女の知性と仁徳があっても、容易ではないだろう・・・」
ルドマン「だが、わしが口利きをするわけにはいかん。あの女性はどうするのかな。村人の警戒心を解くだけでも、長い時間が必要であろうし、はてさて・・・」
***
フローラ「幼いお子様を連れて、そんな危険な旅をなさっているなんて!」
フローラ「父は、できることなら剣をリュカ様から買い取って、勇者様が現れるまで我が家でお守りしたいとも申しておりましたが・・・」
リュカ「・・・」
フローラ「いいえ、あの剣はリュカ様のお父様の形見のようなもの。本気で譲って貰おうなどと思ってはいませんわ。でも、それでリュカ様とお子様の危険が増すようなことがあってはと思うと・・・」
フローラ「リュカ様にお礼できる、もっと良い方法があればいいのですけれど」
125
:
悲恋〜ヨシュア〜 26
:2008/06/29(日) 14:58:43
フローラ「さて、私は治療の続きに参ります。火山で火傷した人が大勢いますの。宿がまるで野戦病院ですわ」
フローラ「リュカ様もお気をつけて。お貸ししたのは、父の自慢の丈夫な船ですけれど、どんなに良い船でも嵐に揺れぬわけにはいきません。無理な航海はなさいませんように・・・」
*****
水門を開けた後
***夕方***
ビアンカ「あれ、リュカは?船室?」
スラリン「ん?んーと、後ろのほうにいたよ」
船尾
リュカ「・・・」
ビアンカ「船酔いじゃないわね。どうしたの?水門がめずらしい?」
リュカ「・・・」
ビアンカ「どうしたの!?リュカ!あなた泣いて・・・!」
ピエール「そっとしておかれよ。主には苦しい思い出がおありなのだ。水路と鉄門・・・嫌でも思い出されるはず。水路と鉄格子のある魔窟にせよ、鉄門で仕切られた水牢にせよ・・・」
ビアンカ「どういうことなの?」
ピエール「これ以上、薄い舌を動かすわけにはまいりません。わが主が話そうとなされない限りは」
ビアンカ「・・・わかったわ。私は子守りをしてる。ゆっくり泣かせてあげましょう」
ピエール「・・・」
ピエール「・・・まるで間歇泉だ。情の深いお方であるが、心がお強く滅多なことでは動ぜず、涙を見せることは無いのに」
ピエール「あの方に失ってはならぬものを失わせた鉄柵は、この夕闇のように薄暗いところにあったのであろうか・・・」
***夜***
船室
ビアンカ「よーしよし、ふたりともいい子ね。おかあさんが元気になるまで、ゆーっくり眠るのよ」
スラリン「ぷるぷる・・・」
ビアンカ「まだ泣いてる?」
スラリン「ぷるるん・・・」
ビアンカ「これ、持ってってあげて。毛布と上着よ」
スラリン「ピキィ・・・」
船首
ピエール「・・・あなたは我らに全てを語ってくださる。隠し事があっては、互いに命を預けて戦うことはできないとのお考えは、その通りであろう。あの金髪の女性にも、この旅程のうちに語るに違いない。しかし・・・」
ピエール「あなたは最も辛かったことを語るたびに、心の傷口を開いて血を流していらっしゃるのではないか?あなたの心は誰よりも強い。だが誰よりも繊細なところがおありになる。魔物と語らい、愛児のご成長を見るだけで、お心を癒すのに十分なのか?」
ピエール「・・・」
ピエール「・・・がらにもない。私にはあの方の敵を倒し、ご家族を守り抜くことしかできぬというのに。少なくとも、父上の仇を討ち母上をお救いするまでは、あの方は心にとげが刺さっているようなもの。本当の安らぎを得ぬ。それが果たされて、なおもあの方を満たすことができぬなら、その時に考えるしかあるまい。その時まで私が生き残っていれば、であるが」
***翌朝***
甲板
ビアンカ「ね、どうかしら」
スラリン「うん、ついさっき泣き止んだよ・・・ふわあ」
ビアンカ「一晩中泣いていたの?」
スラリン「ん」
ビアンカ「・・・」
スラリン「上着、ありがとね。無かったら今頃リュカは風邪ひきさんだったよ」
ビアンカ「ううん、濡れてるね、やっぱり」
スラリン「・・・」
ビアンカ「・・・」
スラリン「泣いてるときにね、リュカが思い出して、ちょっぴり話してくれたことがあるんだ」
ビアンカ「うん」
スラリン「あのね、ビアンカに会いたいって言った人がいたんだって」
ビアンカ「わたしに?」
スラリン「その人はね、リュカのことが大好きな人で」
ビアンカ「・・・」
スラリン「ビアンカみたいに、ちっちゃい頃のリュカを知ってる人に、会いたがってたんだって」
ビアンカ「ううっ・・・」
スラリン「ビアンカ?」
ビアンカ「ごめん、もういいよ」
スラリン「ん・・・わっ?」
ビアンカ「リュカが大好きだったその人に、わたしも会いたかったよ」
スラリン「きゅうぅ、苦しいよう」
ビアンカ「会いたかったよ・・・」
126
:
悲恋〜ヨシュア〜 27
:2008/06/30(月) 18:20:28
サラボナ
ルドマン邸 広間
ルドマン「なに、もう取ってきてしまったのか!彼女は空でも飛べるのか・・・?」
ルドマン「なんと、リュカ殿の旧知の方が、村に移住していたと!なんたる巡り会わせか!」
ルドマン「・・・」
ルドマン「よくわかった。リュカ殿、分不相応にもあなたを試すようなことになったのを許されたい。これはリュカ殿に与えるべしとの天の啓示。これ以上リュカ殿のお力を疑うのは、天に逆らうようなもの。ぜひお持ちくだされ」
ルドマン「船はそのままお乗りになるといい。あなたならばきっと、勇者を見出して念願を果たされよう」
ルドマン「わしがフローラの婿選びで失言し、二つのリングなどと言い出して騒ぎが大きくなったのも、あるいは天啓だったのかも知れんな」
ルドマン邸 2階
ルドマン嫁「え?船までもらうわけには?ふふっ、夫は先行投資を大事にする商人ですの。リュカさんと仲良くしておくことが、いずれ巨大な幸福を運んでくれるのだと申しておりますわ」
ルドマン嫁「私どもは、また商売に励んで船を作ることもできますが、あなたはそうはいかないでしょう?同じように、私どもの力ではフローラの危機を救うことはできなかったのです。お互いができることをするという、ごく当たり前のことですよ」
フローラ「もう行かれるのですね。これ、私が編んだものです。山越えをするときに、お子様に着せてあげてくださいな」
***
山奥の村
ビアンカ「出掛けるのね?じゃあ、お薬をあげる。この近くの沢に生える草で作ったものよ。保存もきくし、赤ちゃんが熱を出したら飲ませるといいわ」
リュカ→はい
ビアンカ「どうしてこういう時って、子供を優先しちゃうのかしら。不思議ね」
リュカ→いいえ
ビアンカ「調合はわたしじゃなくて、村の名人に頼んだから安心なさい!!」
*****
ポートセルミ
船乗り「ラインハットが東南の大陸への航路開拓に着手して、既に完成間近らしい」
船乗り「海運は我々の天下だったけど、他国も馬鹿にできなくなってきた。負けてられねえや」
*****
船上
スラリン「ビスタはまだ?そろそろ暑くなりそうで怖いよ」
ピエール「ん、もう少し掛かるらしいぞ」
スラリン「ラインハットへ戻るのかな?」
ピエール「うむ。グランバニアへの航路が完成しているならそれを利用したいし、母上について何か手掛かりが見つかっているかもしれないからな」
スラリン「今回はリュカ、泣かないね。前はびっくりしちゃったよ」
ピエール「うむ・・・」
ピエール「ヨシュア殿という人は、我らが主の父上や母上のことをほとんど何も知らなかったのだそうだ。ゆっくり語らう時間が与えられなかったのだから、無理からぬことだが」
スラリン「だからかな。リュカはみんなにしゃべってくれるね」
ピエール「・・・その昔、魔王を封じた天空の勇者は、父親のきこりを天罰の雷で殺され、母親の天女と引き離され、育った村の住民は魔物に皆殺しにされたという。同じ頃、魔界の王も恋人を浅ましい人間どもになぶり殺されたとか。だが勇者ならぬ我が主がこれほどの宿命を負わねばならぬとは・・・優れた者に対する天の嫉妬にしても、残酷すぎるではないか」
スラリン「んー・・・」
スラリン「むつかしいことはわかんないけど、天界とか魔界とかの神様よりも、リュカが好きだな」
*****
ビスタ
船乗り「ヘンリー王兄?ああ、今ごろは南東の海の上だよ。もうしばらく掛かるだろう。天候によっては、途中で降りて陸路で王宮に帰ることもあるらしいから、会いたいなら王都に行って待っているといいよ」
127
:
悲恋〜ヨシュア〜 28
:2008/07/01(火) 18:08:16
修道院
院長「あら、黒髪さん、久しぶりねえ。また美人になった?」
院長「マリアさん?ええ、それがね・・・」
ラインハット王宮
マリア「!!」
マリア「リュカ様!ご無事でしたかぁ!」
マリア「心配しておりました。息災でいらっしゃいましたか?」
玉座
デール「おお、兄上、やっと帰ってきてくださったか!」
ヘンリー「やっと?予定より早く着いたはずだが・・・」
デール「すぐにお部屋へ!リュカさんがいらしてます!」
ヘンリー「なに!あ、いや待て、まだ心の準備が・・・」
***
ヘンリー「よお、リュカ!来てたのか!聞いてくれ!やっとグランバニアへの航路が完成したぞ!」
マリア「まあ、それはおめでとうございます」
ヘンリー「大陸を見つけてからが長かった。北側からではとても山越えできそうになくて、人の通れる山道は東側にしかなかった。だがとうとう登山口を見つけたぞ」
ヘンリー「天険ヴォミーサを越えるのが残っているが、これは現地の人なら知っているような山道だ。険しいが、人が通れる道だ!」
ヘンリー「・・・」
ヘンリー「その・・・なんだ・・・」
ヘンリー「自分だけ幸せになる俺を許して欲しい」
マリア「・・・」
ヘンリー「こんな俺だけど、かなり悩んだぞ。けど、リュカはマリアの幸福を願ってくれると思ったとき、俺に迷いは無くなった」
ヘンリー「俺がリュカのためにする最良の行動を考えて、マリアと俺自身を幸福にすることが、リュカも喜んでくれることだと思った」
ヘンリー「だけど忘れるな、俺はいつでも、リュカのためにこの命を使うぞ」
教会
シスター「まあ、リュカ様!どうですか、お子様は?あとでご様子を見せてくださいませ」
シスター「マリア様の花嫁姿は、それはお綺麗でしたのよ。リュカ様を式にお呼びできなかったのが残念で・・・」
シスター「いえ、ヘンリー殿下はリュカ様と連絡が取れるまでいつまでも延ばすとおっしゃったのですけれど、お二人の仲が深まってしまいましたので、すぐに挙げることになったのです。王国が正常になって間もないこの時期に、王族の私事で隙を見せることの不利益を説得されて、ようやく殿下も折れたのですわ。『リュカが戦う敵を利するわけにはいかぬ』と」
シスター「式に使ったドレスや装飾ならば、いつでもご覧に入れますわ。お申し付けくださいな」
シスター「もうお二人にはお会いになりました?そうだ、ひとつリュカ様に頼みがありますの。殿下のことを徹っっ底的にからかって差し上げてくださいな」
***
ヘンリー私室
ヘンリー「船で行けるところまでは送っていこう。まかせておけ。魔物と遭わないどころか、子供の夜泣きもない快適な船旅をプレゼントするぞ。ゆーっくり子育てを楽しんでくれよな!しかし、港でちょっと見てきたけど、俺がいつも乗っている船よりリュカの船の方がすこし速そうだな。さすが本場の船大工の傑作というべきか」
ヘンリー「本当なら、リュカの船に加えて護衛艦をつけた船団を組んで、俺も一緒に送りに行きたいんだが、それは無理かな・・・最近、教団の監視が増えてる気配がするんだ」
ヘンリー「航路を知り尽くした腕利きの船乗りを推薦するから、連れて行ってくれ」
ヘンリー「グランバニアに着いて、王女リュカの帰還が公表されることになったら、いよいよ教団とは明確に敵対することになるな。危険も増えるが、味方も増えるはずだ。そうなったらお互い堂々と会える。また一緒に戦おう!」
ヘンリー「公表せずに秘密にしてもらうかどうかは、グランバニアの国情とかリュカの子育てとかで判断してくれ」
マリア「リュカ様。これから山越えなさるのですね。リュカ様の里帰りを、兄も喜ぶと思います。住み良い実家だといいですね。子育ての基盤になるのでしょうから」
客室
シスター「爪もきれいだし、ええと、次は・・・。はい、いいこだからアーンしてねー」
シスター「ふふっ、子供の歯ってかわいい!」
シスター「うん!ふたりとも、気持ちいいほど問題ないです!おかあさまが丈夫だからかしら?」
シスター「はい、おしまい!ごめんね、ねむくなっちゃったかしら?じゃあ、おかあさんのところへいきましょうねぇ」
シスター「あら、リュカ様!はい、よおく診ておきました。すこしお眠たいようですが、健康そのものですよ」
*****
ビスタ港
船員「あ、あなたがリュカ様ですね。私がグランバニアへの先導をおおせつかった者です」
船員「いつもは殿下のもとで船長をしておりますが、今回はリュカ様の船で操船の手伝いをさせていただきます」
船員「いつでも出られます。声を掛けてください」
128
:
悲恋〜ヨシュア〜 29
:2008/07/02(水) 19:16:31
船上
船員「この先の海域では風が巻いていまして・・・」
船長「なるほど、難所なのか」
船員「しかし、2日ほど我慢してここを越えれば良い風がつかまって海流にも乗れるはずです」
船長「ふむふむ・・・あ、リュカ様。海図を見にいらしたのですか?」
リュカ→はい
船長「どうぞ。グランバニアへの登山口はここですので、接岸する地点はこのあたりがよろしいでしょう。いまこのあたりにおります・・・」
船長「おわかりいただけましたかな?」
リュカ→いいえ
船長「では、我らは話し合いを続けます」
船員「ここは思い切って帆を開いて進みましょう」
船長「危険では?」
船員「難所に長く留まるより、素早く抜けて行くべきです」
*****
グランバニア王宮
広間
オジロン「グランバニアの新しい国主は、デュムパポス1世が遺児、リュクリア・エル・シ・グランバニア1世である!女王陛下、万歳!」
*「女王リュカ、万歳!」
*「グランバニアに栄光あれ!」
テラス
オジロン「こんなところにいらっしゃったか。正当な地位を取り戻すまでに、ご帰還からずいぶん時間を掛けてしまってすまなかった。手続きとか伝統とかいうものはどうにも面倒だ」
オジロン「不安がおありか・・・」
オジロン「ん?政治も経済も立法もわからぬと?ははは、わしもわからん。だからわかる人間を探して任命する。なんでもそうだ。国というのは大きすぎるからな。兄上・・・パパスとて、国の全てを把握するわけにはいかなかったのだ。わしのような凡人にはなおのこと、人を頼らねばならぬ。事の軽重、善悪を判断する精神が曲がっていなければよいのだ」
オジロン「といっても、わしも名君だったわけではないから、偉いことは言えぬがな」
オジロン「まずはこの国がどんな地勢なのかを知るといいかな、書庫の者に言えば資料を出してくれるぞ」
オジロン「大丈夫。魔物も虜にするリュカなら、その優しいまなざし一つで民はついてきてくれる」
書庫
*「これは陛下、なにかお探しでありましょうか」
*「は、周辺地域の様子でございますか?」
リュカ→はい
*「はい、申し上げます。実は、湖を越えて北方に塔がございまして、魔物がきわめて多く生息している由にございます」
*「しかしながら、魔物が湖を越えてくる気配はなく、また、対岸にはほとんど人も住んでおりませんもので、恥ずかしながら放置しておりました。国内の安定を優先した先王のお考えが間違っていたとは思いませぬが・・・」
リュカ→いいえ
*「湖の向こうは未開の地です。領土といえば領土ですが、統治されているわけではありませぬ。魔物の領土とも言えます」
テラス
ドリス「あ、リュカ!ありがとう!あんたみたいなかっこいい従姉が女王様になってくれたおかげで、あたしも気楽になったよ!お礼に何かしてあげる!何がいい?あたしとしては、子守りとかしてあげたいなあ!」
ドリス「・・・え、北の塔の魔物?んーと、種類は多いし、強いらしいよ。ここのところ塔の頂上にいる魔物のボスは、なんでも屈強な馬の化け物だとか」
リュカ「!」
ドリス「それにね、時々だけど、夜に頂上がぼんやり光ってることがあって、ここからよーっく目を凝らして見てると、暗い紫色をした変なやつが見えたりするのよ。ね、幽霊っていると思う?」
リュカ「!!」
ピエール「!」
書庫
オジロン「何があった!陛下がひどく厳しいお顔をなされていたぞ!誰か、陛下に対して失言でもしたのではあるまいな!」
*「な、何もございません。陛下は、周辺地域の治まり具合をお尋ねになりまして・・・」
オジロン「して、なんと?」
*「特には。北の塔について、ことのほかご興味を示されたようでございますが、魔物さえも魅了する女王陛下らしいことでありますし・・・」
オジロン「むう・・・、しかし、義姉上ゆずりの、誰もが魅了されるお優しい目が、あれほど険しくなったのを見たことが無い。兄上の例もある、気がかりじゃ、陛下の身辺に特に気をつけよ!決しておひとりにするでないぞ!」
城外
リュカ「・・・」
ピエール「宿願をひとつ、果たしましょうぞ」
スラリン「リュカの子なら平気だよ!もうすっかり乳離れ・・・ふにゃ!?」
べしん!
スラリン「ぷるぷる・・・いってぇ!あにすんだよお!」
ピエール「おまえはだまっておれ!」
129
:
悲恋〜ヨシュア〜 30
:2008/07/03(木) 17:50:34
デモンズタワー最上階
ジャミ「ほう、奴隷のなれのはてが今や女王か。偉くなったものだ」
ジャミ「だが王ならばなぜ兵を率いて来ぬ。国を思わぬその身勝手は十分死に値するぞ」
リュカ「・・・」
---
サンチョ「サンチョめが思いまするに、リュカ様はお優しい方ですが旦那様ゆずりの激情も持ち合わせてございます。それは王位だの国主としての責務だので縛れるような、代替のきく半端なものではございませぬ」
サンチョ「何があろうとも、このサンチョは旦那様とお嬢様の味方ですぞ」
---
ジャミ「ふん、動じないか」
ジャミ「よかろう。貴様を血祭りにあげ、その骸を操り貴様の国を奪ってやろう!」
***
ジャミ「ばかな、この体は人間には傷つけられぬはず・・・」
ジャミ「まさか、貴様はすでに、どこかで天空の力を・・・!」
ジャミ「いかん、それだけは!何が何でもここで貴様を殺す!!」
***
ジャミ「まさか、このオレがやられるとは・・・」
ジャミ「だが天空の勇者が生まれるのはなんとしても防がねばならぬ・・・食らえ!」
ジャミ「その姿で世界の終りを見届けるがいい!!わはははは・・・ぐふっ!」
<SFC準拠です。PS2準拠なら少し変えればいいだけですが・・・今はやめときます>
*****
ラインハット
ヘンリー「おお!わが国の山越え部隊はグランバニアに到達したか!とうとうやった!ラインハットよりグランバニアへの久しぶりの使節となったわけだ!」
*「殿下、その部隊の隊員が、内密にお話すべきことがあると・・・」
ヘンリー「ん、通せ」
ヘンリー「・・・なに!?リュカが!?」
*「は、即位直後に、お子様を残して消息を絶たれた由にございます。不在は既に1週間を超え、領内には影も無く・・・」
ヘンリー「して、グランバニアは何と」
*「はい。もしリュカ様がラインハットにいらしているようでしたら、直ちにお帰りいただくか、少なくともご連絡いただくようにとのこと」
ヘンリー「そうか、よし、詳細を調べ、場合によっては捜索隊を編成する。デールは謁見室だな?」
ヘンリー「あ、そうだ。先方とは引き続き緊密に連絡を取るから、すぐまた出てもらうことになる。今はゆっくり休んで英気を養え。今日は職務を忘れて酒でも・・・そうだ、俺の秘蔵を一瓶やろう」
ヘンリー「リュカのことだ・・・ふらりとどこかへ出れば、1週間ぐらいすぐに経ってしまうだろうが・・・」
ヘンリー「・・・子供を残して・・・?あのリュカが・・・?」
ヘンリー「使者ではらちが開かないな。ピエールとでも話さないことには・・・。すぐにでも行って確かめたいが、グランバニアからの使者とすれ違いになってもまずいな・・・」
***
デール「2ヶ月経っても戻らない、と」
*「はい、先王たる叔父御さまのお嘆きは深く、ラインハット王国領も探してくるようにと命ぜられまして・・・」
ヘンリー「ふむ・・・ところで、天空の剣と天空の盾は、リュカが持っていったのか?」
*「は?いえ、女王陛下がお持ちになった至宝であれば、わが王宮で厳重に保管してございますが・・・」
ヘンリー「そうか、リュカの魔物の多くは、今もグランバニアにいるのだな?」
*「はっ。陛下は魔物を連れて我が国の北の塔においでになったようです。犠牲も出ましたが、多くは傷つきながらも帰還いたしました。しかし、陛下が姿をお隠しになるところを目撃した者は、生還した者にはおりませず・・・」
ヘンリー「・・・」
デール「うん、よくわかりました。国家としても個人としても、リュクリア女王の即位前には非常に恩を着ている、心配です。わが国を捜索しやすいように通行証を発行しよう。領内の地図もお持ちになるといい。他にも何か必要なものがあれば言うように」
ヘンリー「何かあったな。リュカがどこかを旅しているなら、天空の武具を置いたままにしておくはずがない。リュカは北の塔で何かをして、すぐ帰るつもりだった。だが帰れなくなった」
ヘンリー「死なせただと?リュカを慕う魔物をか?その北の塔には、そこまでせねばならぬ何かがあったわけか。そこまでリュカを突き動かすものといったら、母上の所在か、天空の勇者か・・・」
ヘンリー「あるいは、パパス殿の仇か」
ヘンリー「こちらでも調べてみた方がよさそうだな・・・」
130
:
悲恋〜ヨシュア〜 31
:2008/07/04(金) 12:42:15
数日後
*「グランバニア王国よりの密使が参りました。陛下が殿下も同席するようにと」
ヘンリー「ん」
ヘンリー(ずいぶん早いな。前の使者が帰ってもいないだろうに。こうも矢継ぎ早に使者を出すとは・・・リュカが戻ったのか?)
謁見室
デール「なんと言われた!?」
ヘンリー「ばかな・・・」
マリア「そんな・・・」
シスター「なんて・・・愚かなことを・・・」
サンチョ「『グランバニア王国は女王リュクリア1世の捜索を行う。ラインハット王国は両国の共通の敵たる光の教団への対策に専念されたし』・・・長い親書でありますが、要約するとこういうことでございます」
サンチョ「ラインハット王国には、我が女王の捜索をしていただくには及ばぬ、とお伝えするのが、今回の私の任務でございます」
ヘンリー「サンチョ殿、この俺はこの世で最も長きにわたりリュカと・・・リュクリア陛下と生死をともにさせていただいた者だ」
サンチョ「お初にお目にかかります。すると、あなたがヘンリー殿下ですな。仔細な報告書をありがとうございました」
ヘンリー「おお、あれをお読みになったか!それならば話は早い。リュカが行きそうな場所については、この俺が誰よりも詳しい。なにしろ、リュカの連れる魔物達の誰よりもはるかに長く」
サンチョ「しかし、あなたは旦那様を死なせた方だ」
ヘンリー「!!!」
サンチョ「当時幼かった殿下に、旦那様やお嬢様・・・わが国の先々王と女王陛下に降りかかった不幸について責任など無いことは百も承知。最も憎むべきは、裏で糸を引いていた悪党どもだというのも理解しております。しかしながら、貴国の跡目争いに巻き込まれなければ、先々王パパスは少なくともむごたらしい最期を遂げずにすんだのです。われらが女王陛下が人生で最も貴重な時間に苦役を強要された直接の原因は、まぎれもなく当時のラインハット王国にあります」
ヘンリー「う・・・ぐう・・・」
サンチョ「現在のこの国は確かに当時やその後の10年とは違うようです。されど、グランバニアの民は今でもパパス王を深く敬愛しております。わが国の者が、貴国の協力をうまく受け入れられるとは思えませぬ。しこりやわだかまりを残したままでは、協同で動くことは、かえって不幸を招きまする」
シスター「しかし、リュクリア陛下には幼いお子様もおいででございます。ここは遺恨を捨て、なんとか協働して一刻も早く探し出せるようにすべきではありませぬか」
サンチョ「・・・この場でこのような仮定をすることをお許しください。もしヘンリー殿下が消息をお絶ちになり、その捜索をするにあたって、協力者がいるとします。ところが、その協力者が先に殿下を発見し、貴国に知らせず、より高く買ってくれる魔物に売り渡すような疑いがあったらいかがでしょうか」
シスター「・・・」
デール「・・・それは・・・かつて我が国がやったことだ・・・」
サンチョ「信頼関係が無いとは、かくも不幸なことなのです。私とて、サンタローズの家を焼かれた記憶を水に流し、あらゆる手を尽くしたいところなのです。しかし・・・。十数年前の旦那様の無念を、お嬢様の悲哀を思うと・・・やはり心の底よりの信頼をこの国に置くには、抵抗がありすぎまする」
シスター「・・・・・・」
サンチョ「友邦にもかかわらず、我らの不寛容をお許しくださるように願います。では、退出の許可をいただきたく存じまする」
廊下
ヘンリー「待て!待たれよ!サンチョ殿、お待ちあられよ!」
サンチョ「・・・」
ヘンリー「許せ!許されよ!俺の不徳を、わが国の罪を、今ここで罰をくだして、許されよ!」
サンチョ「できませぬ」
ヘンリー「どうか、パパス殿とリュカのために、力を尽くす方法を我にお残しあられよ!」
サンチョ「・・・」
サンチョ「そのお言葉、もっと前に聞きとうございました」
ヘンリー「許せ・・・」
サンチョ「許せるようになりたいと思いまする。しかし無理でございます、少なくとも今すぐには・・・」
ヘンリー「・・・」
サンチョ「たぶん、この国は許される国になっているのでありましょう。しかし、私が許せる私になっておらぬのです。旦那様とお嬢様にお詫びするべきは、むしろ私めの方でござりまする・・・」
131
:
悲恋〜ヨシュア〜 32
:2008/07/06(日) 16:11:03
玉座
ヘンリー「せっかく編成したリュカの捜索隊だが、解散だな。兵には各自、元の任務に戻らせよう・・・」
デール「兄上・・・」
マリア「サンチョ様のお悲しみは深いようです。言葉遣いが定まらないことをご自分でお忘れになるほどに・・・」
ヘンリー「サンチョ殿の言うことはもっともだ。俺がサンチョ殿の立場でも、わが国には、船一隻、馬一頭だってリュカの捜索に借りようとはしないだろう。わが国には・・・」
デール「仮に協同で捜索したとして、相互不信の果てに仲間割れを起こすのが関の山・・・か」
シスター「申し訳ありません。過分にも同席を許されていながら、サンチョ様のお心を解きほぐす言葉を見つけることができませんでした」
マリア「いえ、たぶんどのような言葉でも、あの方のお心は融かせなかったでしょう。言葉では・・・」
デール「といって、どのような行動を示したらグランバニアに誠意を伝えることができるのか」
シスター「先方との関係は、時間が経てば回復できるものでしょう。光の教団をはじめとする、魔物の脅威に対抗せねばなりませんから。ですから、今最優先に考えるべきはリュカ様の消息を確認することです。しかし、サンチョ様の言うように、いまの状況では両国の捜索隊が互いを妨害し合うようになりかねません。グランバニアだけが捜索を行うならその心配はないでしょう。されど・・・」
マリア「そうです。リュカ様のご両親について、リュカ様の次によく調べているのは、外交のために駆け回って調べていらしたヘンリー様です。さらに、10年間も共に囚われていらしたのですから、リュカ様のご気性や癖までご存知です。リュカ様の行かれそうな所、囚われそうな所・・・グランバニアのご親族とて、ヘンリー様以上にお詳しい方はいるとは思えません」
デール「そう、そしてその程度のことは先方もわかっているはずだ。愚かなことだ・・・誰が愚かだというのでなく、この事態が」
ヘンリー「・・・」
シスター「殿下?」
デール「兄上、どちらへ?」
ヘンリー「しばらく、ひとりになりたい。デールもマリアも、部屋に入ってはくれるな」
マリア「ヘンリー様・・・」
デール「兄上・・・。はぁっ、無力感とはこういうことか。いまになって、過去に足を取られるとは・・・」
ヘンリー私室
ヘンリー「パパス殿。あなたもこのような心境であったのであろうか。何とかせずにはいられず、しかし何もできない。だが、何もできないというのは錯覚だ。無意識にこだわっている何かを捨てれば、少なくとも行動は起こせる」
ヘンリー「今の俺には、家族がいて、少なからず部下がいる。俺が主導する国策もある。だが、それがどうした。自分が自分であるために、何を最も大事にすべきか」
ヘンリー「グランバニアの王である以前に、妻を愛するひとりの男であったあなたと同様だ。俺はラインハットの公子である前に、リュカの友だ」
ヘンリー「コリンズ。苦労して育て、俺の子なら・・・」
ヘンリー「マリア。出掛けるぞ」
マリア「やはり。お待ちしておりました」
ヘンリー「ああ、リュカを探す。そうでなくては、俺は俺でなくなる」
マリア「わかりました。否やはありません、お供いたします」
ヘンリー「うむ。リュカを除けば、光の教団が狙うとすれば、俺とマリアだ。残していく方がむしろ危険だからマリアは連れて行くが、問題はコリンズだ、どうするか・・・」
マリア「私達が連れて行ったと発表させ、王宮で密かに育ててもらいましょう。幸いまだ赤子ですから、一目で誰と見分ける者は多くありません。シスターに書置きを残し、孤児に紛れさせれば、教団の目をごまかせましょう」
ヘンリー「おう、それでいこう。決行はいつにするか・・・」
*****
太后の部屋
太后「困った事態になりましたね。やはりわらわの首ひとつを献上したところで、何の詫びにもならぬのでしょうね」
デール「逆効果でしょう。かえって、ラインハットがいまだに残虐な国であるのかと思われます」
太后「わらわには名案などありませんが、相手の国とのいざこざを恐れるあまり、あのお姫様・・・リュカさんのためにならぬようになってはなりませんよ」
デール「わかっております」
太后「おっと、いけません。わらわは国の事に口を出さぬことに決めたのでした。では、休みます・・・」
デール「体調、良くないのですか」
太后「少しずつ悪くなる病気だそうですから。なに、いずれにせよ老いるのですから。気になさらぬように」
デール「は・・・」
132
:
悲恋〜ヨシュア〜 33
:2008/07/06(日) 16:14:22
玉座
*「陛下、申し上げます・・・」
デール「なに?兄上が見当たらぬ?よくあることであろう」
*「執務の時間が前後するのはよくあることですが・・・ここ2日ほど見ておりませぬ。城外での公務に出たというわけでもないようですし・・・」
デール「城は広いのだ、資料室などにおらぬか?」
*「もちろん探しましたが・・・」
デール「ふむ・・・」
デール「ん?」
(陛下・・・陛下・・・)
デール(なにか)
(殿下のことです。こちらへ・・・)
教会
シスター「陛下、申し訳ありません。私に油断があったようです。ヘンリー殿下をずいぶん理解したつもりでおりましたが、殿下のお心の底に眠る激情の質と量を見誤っておりました」
デール「兄上はいずこに?」
シスター「やられました。ああもう、もののみごとに、してやられました!これです!」
デール「手紙?」
『マリアと出かける。コリンズは置いていく、子育ての楽しみを分けてやる』
『公務の引継ぎなど、細かい事は執務室の引き出しの中』
デール「・・・書かれたのは・・・3日前の夜!?なんで今まで見つからなかった!」
シスター「それです!教会の水時計です。わたしが週に一度、水を汲み上げております。今日になったら自動的にみつかる仕組みだったんですわ!ああ!私が時計のからくり人形扱いされるなんて!」
デール「・・・・・・」
シスター「陛下、その、いかがいたしますか。今からお探しするのはほぼ絶望的ですが・・・」
デール「うむ。とりあえず、兄上の公務の引継ぎに関しては、手紙のとおりに」
シスター「は・・・」
デール「それから・・・それから・・・うああ!!もう、考えがまとまりやしない!!」
シスター「陛下?」
デール「あの、みどりあたまは、ばかか!?」
シスター「ひぃ!?」
デール「僕にどれだけ心配させる気なんだ!」
シスター「・・・」
デール「次に帰ってきたら、ゲンコツひとつじゃすまないぞ!」
シスター「あの・・・」
デール「君も、折檻の方法を今から考えておくように!後のことは追って沙汰する!」
シスター「陛下、どちらへ!」
デール「調練場!体を動かしてないと気が狂いそうだ!!藁束でも斬ってすっきりしてくる!!!おーい、誰か師範を呼べ!!」
シスター「・・・・・・びっくり・・・」
シスター「・・・・・・似たもの兄弟」
シスター「ご年齢から言えば、まだまだ少年でしたっけ・・・たまには抱えきれなくなるのも、そういえば無理ない事でした。根が陽気な家系で良かったわ」
シスター「それにしても、マリア様まで。リュカ様を姉妹以上にお慕いしていらしたとはいえ、母子の情は何より強いと思っていましたが・・・。乳飲み子すら甘やかさないとは、マリア様はなんという烈女でしょう・・・」
シスター「失念していました。マリア様は、リュカ様をお救いして散った激情家の兄様をお持ちでいらしたことを」
シスター「お三方について見誤っていたのね、私・・・。スランプかしら・・・」
シスター「太后様が卒倒しないように、薬湯を用意しておきましょう」
*****
ビスタ近海、船上
船長「殿下、もういいですよ」
ヘンリー「ふう!海に出たか」
マリア「また樽に乗ることになるなんて思いませんでしたわ」
船長「ははは、親友のために地位も何もかも捨てて船出とは。殿下はまったく王族にしておくのは惜しいですな。海の男におなりなさい」
ヘンリー「おう、考えておくぞ。以前に乗った樽よりも、積荷のクッションが効いてて実に快適だった!」
船長「もう少し大きな樽があれば、なお良かったんですがな」
ヘンリー「いやいや充分だ。マリアと一緒でも良かったぐらいさ!」
船長「おお、そいつは気がつきませんでした」
マリア「・・・!」
133
:
悲恋〜ヨシュア〜 34
:2008/07/07(月) 23:11:59
ラインハット王宮
*「陛下、王兄殿下は・・・」
デール「ああ、兄上なら家族を連れて旅に出ている。いや、私が頼んだんだ。せっかくご帰還なされたというのに、兄上には激務の連続を強いてしまって、心苦しかったのでね。少し遅くなったが新婚旅行がわりといったところだ」
*「は、そうでしたか」
デール「兄上がやっていた仕事の後任は既に選んであるから、安心せよ」
*「は!」
デール「しばらく待っても帰らなかったら、失踪を公表せねばならないね。コリンズはどうしてる?」
シスター「乳母を手配しました。今は教会の一室で孤児たちと一緒におります」
デール「ありがとう。気をつけて育てねば・・・あ、いや、兄上に似ているなら、なるべく放ったらかして育てた方がよいのかな」
シスター「王宮だけでなく、城下や別の町でお育てすることも含めて考えておきましょう」
デール「精一杯良い国を作って、サンチョ殿を見返さねばならないからな。といって、特別なことができるわけじゃない。誠実な行動を続けるしかない。あとは、よく状況を探って、機を逃さないことかな」
*****
グランバニア城下
ヘンリー「ひぃぃ、厳しい山道だったぁ・・・」
マリア「命からがらでしたわ」
ヘンリー「しかし、必死に進めば何とかなるもんだ。たどり着いた俺を褒めてくれ!」
マリア「ええ、よく頑張りました!」
ヘンリー「うん、なかなかよく治まっているな」
マリア「リュカさまのお連れは・・・」
ヘンリー「魔物はリュカを探しに出払っているかもしれないな。俺の知っているのが残っていてくれればいいんだが・・・」
ピエール「うん?」
ヘンリー「しぃっ!」
ピエール(な・・・なぜここにおぬしらがおる!)
ヘンリー(リュカを探しに来たに決まってるだろう!俺をリュカの捜索に加えてもらいたい!)
ピエール(無茶を言われるな!盟邦とはいえ、こちらから協力を拒否した相手の王兄に参加させられるか!)
ヘンリー(交換条件はある。リュカの母親の故地だ)
ピエール(なにっ!)
ヘンリー(いいか、俺は調査の末、リュカの母親の故郷を突き止めた。そこへ行くには、ここから船を出す必要がある。だが今の俺はただの旅人だ、船を一隻自由に動かせるわけがない。だから、グランバニアを動かして、捜索の船を出させて、それに俺を乗せろ!そうしたら教える)
ピエール(ほう、私に国を裏切れと?)
ヘンリー(お前が忠誠を誓ったのは、グランバニア王国か?リュカか?)
ピエール(聞くまでもあるまい)
マリア(かなり遠いのです。小船では辿りつけません)
ピエール(ちぃ、図々しい。我が主は人間の友を選ぶ目だけは曇っていたか)
*****
広間
オジロン「おお、ピエール、どうであった」
ピエール「は、申し訳ございません。またしても、影すらみつけることがかないませんでした」
オジロン「いや、詫びることはない。皆も同じだからな」
ピエール「痛み入ります。ついては、ひとつお願いがあります。この国一番の大船をお借りしたい」
オジロン「船?陛下が海を越えたというのか?」
ピエール「はい。わが主ほどのお方ならば、すれ違った人や魔物を惹きつけてやまぬはず。にもかかわらず全く通った形跡すら残っていないというのは、つまり・・・」
オジロン「なるほど・・・リュカの魅力と存在感を考えれば、行く先々で人に愛され魔物に慕われていておかしくない。見た者がいないというのは手掛かりが無いのではなく、そこには来なかったという証拠になるわけだ。よし、そろそろ別の大陸も捜してみよう」
ピエール「お聞き届け、感謝します」
*****
船上
マリア「海を越えて山を越えて、また海です!」
ピエール「機嫌が良いな」
マリア「ええ、私には魔物を切り結ぶ力こそありませんが、リュカ様みたいな旅をしているかと思うと、誇らしくて!」
ヘンリー「さあ、行くぞ。目的地は、聖地エルヘブン、はるか北の奥地だ!」
ヘンリー「ピエールが残っててくれて助かった。俺たちとグランバニアの両方に話ができるやつじゃないとな」
ピエール「偶然だ。子守り役以外の魔物は残らず捜索に参加している。探しに出ては城に戻って、甲斐ない報告を繰り返していたところに、おぬしらがやってきただけだ」
134
:
悲恋〜ヨシュア〜 35
:2008/07/08(火) 20:58:11
エルヘブンへの海路
ヘンリー「この水路には、リュカは来ていないかな」
ピエール「そう都合よく見つかるものか」
マリア「まずはエルヘブンに参りましょう。手掛かりだけでも見つかればいいのですから」
3つのリングの聖堂前
ピエール「こちらではないと思うが・・・」
ヘンリー「ああ、しかし、明らかにこっちに何かある。神々しいような禍々しいような・・・」
マリア「・・・」
ピエール「たしかに、何か感じるものはある。いや、あまりにも強く感じすぎるほどだ。行ってみるべきか?」
ヘンリー「行こう。エルヘブンは逃げやしない」
聖堂内
ヘンリー「行き止まりか・・・?」
マリア「とても清浄なところなのに、なんでしょう、ここは、変な気分です・・・」
ピエール「む!?」
*「いけませんね、こんなところにまで」
マリア「ひっ!?」
ヘンリー「この声・・・!」
ゲマ「おや、誰かと思えばラインハットの小僧ではないですか。おとなしく王宮で震えていれば手を出さずにいてやったものを、ばかなことをしますね。ゴンズ、扉を閉じておきなさい」
ヘンリー「きさま!何度きさまを八つ裂きにするのを夢見たか。パパス殿の仇!」
マリア「!」
ピエール「こいつが・・・!」
ヘンリー「くたばれぇ!」
ゲマ「愚かな」
ヘンリー「うぐあ!?」
ゲマ「金縛りにしてあげました。ここは魔界に最も近い聖堂。我らにとっては地上で最も力の出る場所。人間がリングのひとつも持たずにここに入るなど、自殺志願かと思いましたよ」
ヘンリー(リング・・・、リングといえば・・・たしか以前リュカが・・・)
ゲマ「む!?おっと!」
ピエール「ちぃ!」
ゲマ「うっかり忘れるところでした。いましたね、この聖堂でもまともに動けるのが。ですが、この私を甘く見てもらっては困りますね・・・はあっ!」
ピエール「うあ!」
ゲマ「ほっほっほ、そこでおとなしく痺れていなさい」
ピエール「く・・・地の利、我にあらず・・・か」
ゲマ「子供なら奴隷にしてさしあげるところですが・・・あなた方はまたどんな手を使って逃げるか知れませんね。神殿の馬鹿な部下どもでは抑え切れないでしょう。ここで殺してもよいですが、それでは飽き足りません・・・よろしい、あなた方にもあのパパスの娘と同じく、世界の終りを見届けさせてあげましょう」
ヘンリー(体が石に・・・?リュカもこうなったのか?)
ピエール(不覚・・・これまでか・・・。だが、彼奴の言うことが本当なら、どこかで生きていらっしゃる・・・)
マリア(ヘンリー様!ピエール様!・・・ああ、リュカ様、ごめんなさい・・・)
ヘンリー(覚えておいてやるぞ、ここが魔界に最も近い聖堂・・・う、意識が・・・)
ゲマ「この聖堂に人間の像などはふさわしくないですね・・・。どうせなら、世界の滅びが良く見えるところがいいでしょう。ゴンズ、運びなさい。それから、この船は燃やしてしまいましょう。なに、船員?捨て置きなさい。いずれ野生の魔物の胃袋に入るでしょう」
*****
ラインハット
***夜***
デール寝室
*「陛下、陛下・・・」
デール「ん・・・」
*「グランバニアの女王捜索は難航しているようです。我が国にも縁のある、リュカ女王の片腕ピエール殿が捜索に出たまま戻らぬとの事・・・」
デール「うむ・・・」
*「それから、グランバニア城下にて、緑色の髪の青年を見かけたという噂もございます」
デール「ご苦労。引き続き、調査を続けよ」
*「は・・・」
***翌朝***
玉座
デール「兄上が出掛けて、もう半年か・・・」
シスター「そろそろですわね」
デール「うん、失踪の事実を公表しよう。そろそろこちらも動く時機だ。長らく守勢を保ってきたが、攻めに転じても良いだろう」
シスター「はい」
デール「それと同時に、グランバニアへ使節を派遣する。季節はずれだが、雪解けには良い頃合いだろう」
シスター「はっ。その使節、私を加えてくださいませ」
デール「あなたが?・・・そうか、そうだな。あなたが最も適任だった」
135
:
悲恋〜ヨシュア〜 36
:2008/07/09(水) 22:48:24
グランバニア
広間
オジロン「なんと、貴国の王兄殿までもが行方不明であると!」
シスター「はっ。ついては、捜索に協力いただきたいと、わが王は申しております」
オジロン「むう・・・いや、しばし休まれよ。協議する」
シスター「はい」
会議室
オジロン「・・・どうしたものであろう」
サンチョ「天機がおとずれたということでありましょう。望外の申し出でございます」
オジロン「では、よいか」
サンチョ「はい、協力すべきでございます。ラインハットが先にリュカ様を見つけても、ヘンリー殿下の件でわが国の協力を得るためには、リュカ様を売るような真似はできませぬ。彼らの中に教団に踊らされる者が出る危険は変わっておりませぬが、それはわが国の者とて同じ事。互いを裏切れない状況に変わったことの方が重要でございます」
オジロン「そうじゃなあ、もともと足並みを揃えていきたいところではあったのじゃ。そのヘンリー殿下というお方の災難に乗じるようで悪いが、最善を尽くせるようになったのじゃ。そうしよう」
サンチョ「はっ、お聞き届けありがとうございます。では私はまた出掛けますので」
オジロン「うむ。無理をして体を壊さぬようにな」
オジロン「誰か!謁見室に使者殿を呼び戻せ、丁重にな」
*「は!」
王宮 子供部屋
シスター「では、お着替えしましょう。バンザイしてねー」
王子&王女「キャッキャッ!」
シスター「よしよし、えらいわねえ」
*「・・・」
オジロン「おい、遅いではないか。いったいなにを」
*「それが・・・自分は王子殿下と王女殿下の助産婦であったと、ご使者殿はおっしゃったとかで・・・」
オジロン「・・・」
*「お呼びに来たらこのありさまで・・・その・・・いかが致しましょう」
オジロン「お子様がお寝みになるまで待とう。先に親書を作っておくように」
*「は・・・」
オジロン「・・・」
オジロン「ご使者殿、双子を抱き込むとは、反則ではないか」
シスター「あら、心外ですわ、抱き込むだなんて。リュカ様のお腹を出た時から、私はこの子達を抱き続けておりますのに」
シスター「いままで、いろんな子供をこの世にお出ししてきましたが、こんなに遠くに行かなければお世話できなくなってしまったのは、この子達だけですから」
シスター「うふふふ、連れて帰ってもよろしいですか?目一杯かわいがって、わるいこに育てて差し上げますよ」
オジロン「さあて、それは女王陛下にお聞きしてくれ」
王宮 執務室
オジロン「親書ができた。目を通されたい」
シスター「ありがとうございます」
シスター「・・・・・・」
シスター「まず、ここと、ここは表現を変えた方がよろしいかと存じます。質実剛健なグランバニアと違いまして、ラインハットは陽気な気質の者が多うございますゆえ」
オジロン「ふむ」
シスター「それから・・・ええと、少しお待ちくださいませ」
オジロン「ん。読みながら、ちと聞いてほしい」
オジロン「我が国は山に守られているし、民も総じて王家に忠実な国風で、邪教に救いを求めるほど困窮する者が少ないせいで、光の教団の魔手から遠かった。だから警戒心も薄く、教団と因縁のあるリュカを無神経にも即位させておきながら、身の安全に対する配慮が不十分であった・・・」
オジロン「リュカを即位させたことは後悔しておらんが、即位させる時期をもっと慎重に選ぶべきであった。わしはすぐにも王位を譲りたかったから、むしろ遅くなったぐらいに感じていたのだが、違った。彼女を即位させるにはあまりにも早すぎた、いや正確には準備不足だったようじゃ」
オジロン「だが、もう油断はせぬ。決して双子を悪の手には渡さん。リュカを捜すのがサンチョらの役目なら、わしは国と子供たちを守るのが役目」
シスター「は。先王殿下のご決意、わが王にしかとお伝えいたします。すると、お子様は・・・」
オジロン「うむ、王宮で育てる。どこか魔物の手の届かぬ辺境に隠すということも考えたが、赤子ふたりを守りきれぬとあってはグランバニアもなさけない。リュカの魔物が交代で子守りをしてくれることだし、近衛兵には汚名返上の機会を与えようと思う」
シスター「かしこまりました」
オジロン「残念かな」
シスター「残念ですわ」
サンチョ宅
サンチョ「正直、ヘンリー殿下という方を見くびっておりました。お嬢様と無二の友誼があるとはいえ、そこまでできるお方だったとは・・・」
シスター「同感です。ここまでスケールの大きいいたずらをできるお方だとは思っておりませんでした」
136
:
悲恋〜ヨシュア〜 37
:2008/07/10(木) 19:38:16
サンチョ「かつて旦那様は、親友であるベルギス王のためにラインハットへ赴かれた。旦那様は無念にも果てられたが、そのお心はしっかりと受け継がれていたのですな、お嬢様だけでなく・・・」
シスター「ふふっ、殿下はそこまで偉い方ではありませんわ。あなたがパパス様やリュカ様のために命を懸けられるのと同じです」
シスター「私ですか?私が命を懸けるのは・・・もちろん、神の教えに対してですわ」
*****
ラインハット
デール「リュクリア女王はまだ行方が知れぬか」
*「は。わが国の女王に関しまして、お国に何か情報が無いかと」
デール「かつては情報があった。しかし、ほとんど兄が独占していた。兄もリュカ殿も再び囚われたくはないから、兄が彼女に関する情報の管理に気を使ったのは当然だが、こうなると裏目に出てしまったわけだ」
*「申し訳ございませぬ。始めからわが国が貴国に協力をお願いすれば、こんなことには・・・」
デール「ご使者が謝ることではない。原因は両国にあるのだろうし、原因を調べても解決する問題ではない。だが、こうなった以上は、非常に遠回りになるが、兄の持っていた情報も含めてもう一度探し直さねばならない」
*「はっ」
デール「長丁場になるであろうと考えている。我が兄は、国を出るにあたり、かなり後々のことまで周囲に頼んでから動いているのだ。兄が何を知っていたか不明だが、リュカ殿を早期に見つけられるとは考えていなかったようだ」
*「なるほど」
デール「お国にも、短兵急な行動で危険を冒し、後日に女王を悲しませるのは避けられるようにお伝えなされよ。それから、グランバニアに腕利きの船乗りと造船技師を派遣しよう」
*「は。ご明察のとおり、船舶は山岳の城砦国家であるわれらの泣き所であります。感謝します」
デール「誰か!兄上と旧知の船乗りに連絡をとれ!」
*****
グランバニア
テラス
オジロン「・・・ピエールはまだ帰らぬか?」
ドリス「さっぱりだよ。真面目だから働きすぎるんじゃないかとも思ったけど・・・連絡の一つも寄越さないってことは、何かあったみたいだね。この国一番の船に乗っていかれちゃったから、追いかけても追いつけるわけないし」
オジロン「魔物の中でも随一の忠臣が戻らぬとは・・・哀れなことだ」
ドリス「それに、不便だよ。ピエールは堅苦しいけど、一番もののわかった魔物だからね」
オラクルベリー
モンじい「むう、あの黒髪美人さん、なかなか来なくなったのう」
ヘンリーが失踪し、両国の状況が等しくなったことで、ようやく協力が始まった
しかし、捜索に最も適任であるヘンリーやピエールが不在であることにより、難航をきわめ、遅れに遅れた・・・
*****
ラインハット 太后の部屋
太后「もし、シスター」
シスター「なんでございましょう」
太后「仮に、ラインハット王国の利益とリュカ姫様の幸福が対立したら、あなたはどちらを取ります?」
シスター「もちろん、リュカ様の味方をしますわ」
太后「おやおや」
シスター「その方が、神の福音がより大きく響きわたると思いますので。なにより、私はリュカ様という人がすきですから」
太后「公事を私事で曲げると?」
シスター「公事もまた巨大な私事ですわ。より大切な私事を優先するだけのことです。それに・・・」
太后「それに?」
シスター「リュカ様に仇なす敵は多く、強大です。リュカ様に関してはなぜか神の加護もそれほど頼りにならないですし、せめて私のように味方できる者がお味方して差し上げないと、不公平というものですわ」
太后「不公平、ですか」
シスター「ええ」
太后「ふふふ。安心しました。もしかすると、私情をはさむのに迷いがあるのかと思ったのですよ。さて、ついでに聞いておきましょう」
シスター「はい」
太后「わらわは、あとどのぐらい生きられますか?」
シスター「恐れながら、数日のうちに神が短気を起こすこともあるかと思われます」
太后「わかりました」
137
:
悲恋〜ヨシュア〜 38
:2008/07/11(金) 23:18:12
数日後
太后「誰か!デールをこれへ」
*「かしこまりました!」
太后「デール、どうやらわらわの時間は尽きるようです。今まで多くの人に、取り返しのつかぬ不幸を振りまいてきたわらわですが、天に召される前に埋め合わせの時間を残していただけて、ありがたいと思っています」
デール「母上、弱気になられてはなりません。兄上がお戻りになるまで、どうか!」
太后「そうです、ヘンリー。あの子がわらわを許す前にくれた、素直な怒りの言葉のおかげで、わらわは王宮に戻る資格を得た思いでした。それから、あのこ、リュカ姫様。わらわと地下で会ったとき、強く哀しい視線でわらわを射抜かれ、百万の問責に勝る激情を受け取りました。何も言わずに表向きだけ許され、心中で軽蔑され続けるより、はるかに優しいお沙汰でございました」
太后「あの二人はもう許してくれているのですから、重ねて謝るのも失礼でしょうか。デール、リュカ姫様にお伝えしておくれ。わらわを操り、お父上を亡き者にした悪党を、必ずや討ち果たすことができましょうと。健闘を祈っておりますると。それから・・・母子ともどうか幸福に、と・・・」
デール「はっ、お伝えいたします」
太后「ふぅ・・・」
太后「長生きこそ許されませんでしたが、ふふふ、なかなか楽しい人生でした。デールよ、楽しむ余裕などない国主の責務なれど、楽しみなさい。よいですか、地獄に落とされるとて、わらわは地獄を楽しんでみせまするぞ」
太后「そう、わらわの葬儀を利用して、友達をありったけ呼ぶといいです。では、ごきげんよう・・・」
デール「母上!」
シスター「・・・」
シスター「・・・みまかられました」
*****
デール「葬儀の準備を。簡素に、堅苦しくならず。旧友を多く呼ぶように」
*「はっ」
シスター「『口やかましい人だったが、すくなくとも陰気じゃなかった』というのが、城内の評判のようです。最後まで好かれてはおりませんでしたし、多くの欠点もおありでした。ですが、めいっぱい生きられました。ご満足でいらっしゃったでしょう」
デール「うん・・・」
デール「父上の死に目に会えなかった兄上に、できれば立ち会わせてあげたかった」
シスター「ヘンリー殿下が帰っていらしたら、いっぱい怒ってあげてくださいな」
デール「そうするよ」
*****
そして、王子と王女は8歳になった・・・
(第3部終了)
(第4部開始)
*****
リュカ帰還
グランバニア王宮
オジロン「ヘンリー殿やピエールと共に出掛けた者はほとんど帰らなかったが、わが国の兵士の中にも屈強かつ幸運な者もいて、一年以上たって国に帰り着いた者がいた。船は魔物に燃やされ、魔物だらけの水路に取り残されたから、ほとんど死んでしまったというが・・・」
サンチョ「その兵士の言葉をたよりに北へ針路をとり、最初にピエール殿が見つかりました。我々にはスライムナイトはどれも同じに見えるのですが、魔物たちがピエールに違いないと言うので・・・」
オジロン「それから、石化を解く方法を研究してピエールを救った。そしてピエールより話を聞き、精巧な石像があると聞けば飛んでいき、ようやくリュカにたどり着いたというわけなのだ」
サンチョ「ヘンリー様とマリア様は、まだ見つかっておりません。心苦しいですが・・・」
サンチョ「ですが、オジロン殿とて遊んでいたわけではありません。ようやく先日、天空の兜が南方のテルパドールに秘蔵されているという情報を得ました。すぐにも王子様をお連れしようと思いましたが、王子様も王女様も『お母さんを探すのが先だよっ!』とおっしゃいまして・・・」
サンチョ「考えてみればあたりまえなこと。母親に会いたいという子供に遠回りさせられるわけもない」
広間
ピエール「申し訳ございませぬ。お父上の仇を討ち果たす機会を得ながら、敗れました」
ピエール「この間、遅々たる歩みでしたが、エルヘブンへの航路は完成しております。傷も癒えました、ぜひ案内役を命じてください」
ピエール「私は野原に打ち捨てられましたが、ヘンリー殿たちの石像は見晴らしの良いところに置くと、彼奴は申しておりました」
ピエール「ヘンリー殿は無謀にも彼奴に正面から斬りかかりましたが、刃が届くはずもなく・・・」
ピエール「しかし、彼を身の程知らずと笑えませぬな」
ピエール「状況が悪すぎました。彼奴の出現は完全に意表だった上に逃げ場もなく、力の差も歴然。奴の悪の気に圧倒され、呑み込まれそうになるのをこらえねばなりませんでしたから・・・私がヘンリー殿だったとて、同じように大声で自分を奮い立たせて一撃の刺突が届くに賭けるしかなかったかもしれませぬ」
138
:
名無しさん
:2009/05/28(木) 01:01:28
ベビパン編
親に死なれたオレは、人間の子供からひどい目に遭わせられた。
オレは人間は大嫌いだが、大恩ある人間がいる。
それは人間の女で、幼いオレを窮地から救ってくれた。
人間はオレとは違って何年も親の元で暮らすらしいが、
あの子は人間にしては早い時機に親を殺されて亡くしてしまった。
そして人間みたいな格好をした魔物にどこかに連れ去られた。
家に帰ってないのは確かめた。
オレはあの子を助けたい。
だけどこの姿じゃ人間を傷つけずに探すのも大変だ。
あの子も人間だからオレが人間を殺したら嫌がるだろ。
こんな所で回り続けてるけどオマエただの人間じゃないんだろう。
頼む。
オレをオマエのように人間にしてくれ。
変化の杖?
ああ、ここに落ちてる棒か。
これを使うんだな?
げ、キバが抜けた!
いや、違った。装備させてもらってたキバが合わなくなって外れただけか。
ふうん、これが人間の体か。
で、その何だかわからん箱を止めればいいんだな?
足元のポイントを切り替えろ?何のことだ?とにかく壊せばいいんだろ。
今のオレの手じゃ力出ないし、この杖で……杖が折れた。
おい、壊したけど止まらねーぞ。
知るかよアンタの教え方がマズイんだろ。
ま、大丈夫じゃね?アンタ何年もここでこうしてたんだろ。
杖が壊れたら元に戻れない?
天空人の特別な杖だから?
いいよ戻れなくても。人間の振りなんて何とかなるさ。
泣くなよそのうち誰か来るって。
人間じゃ無理?オレみたいな物好きな魔物が他にもいるかもしれないだろ。
諦めたらそこでオシマイだぜ?
139
:
名無しさん
:2009/06/05(金) 15:31:49
以前ここで書かせてもらったいくつかの文に+α。
ttp://texpo.jp/texpo/disp/23687
140
:
名無しさん
:2010/02/14(日) 22:04:46
月明かりに、ぼんやりと白く浮かび上がる花。
「あれ……ルラムーン草?」
「そうだ」
その淡い輝きに近寄ると、彼女はしゃがみこんで花を見ていた。
「きれいだね」
「そうだな」
花を摘み取らずに、彼女は何事か考えているように見えた。
そして、顔を上げた。
「どうしてベネットさんは――」
オレの顔を見て、彼女は口を噤んだ。
「……なんだ?」
「いや、なんでもない」
彼女は花を摘み取ると、オレに差し出した。
「戻ろう。花は手にはいったんだし」
彼女はルーラを習得し、ラインハットに飛んでいった。
思った通り。
オレの研究は完璧だ。
その結果を見届けて、オレは満足したはずだった。
満足?
本当にオレは満足しているのか?
『ラインハットに友達がいる。会いに行くためにその呪文が必要なんだ』
頬を赤くしてそう言っていた彼女。
友達というのは、惚れた男なのだろう……
「ああ、そうか」
オレがわざわざ、彼女にルラムーン草探しを手伝わせたのは
手伝わせておいて、わざわざ一緒に付いて行った理由――
「また、彼女に会えるだろうか」
彼女が再び来ることが果たしてあるのだろうか。
オレは用済みとなった研究所を、ぱらぱらと捲ってみた。
しかし、そんなことは研究書のどこにも書かれてなどいなかった。
141
:
ヘン主
:2010/03/25(木) 14:20:07
>>8
が素敵だったので妄想してみた
奴隷時代の話
奴隷に安息なんて無い
毎日ムチおとこは俺たちにそう言ってくる
たしかにそうだ
特に女の奴隷
いつ何をされるか分かったもんじゃない
リュカも例外じゃない
夜になると俺とリュカは一緒に寝る
この方が安全だしいつでもこいつを守れる
「わたしが女じゃなかったらよかったのにね」
ムチおとこが来るたびに強く抱きしめる俺にリュカは言う
「わたし、迷惑?」
「気にすんな」
きっかけは俺なんだから
「俺が守ってやるから、お前は寝ろ」
夜が更けていく
駄文サーセン
144
:
おなべのふた
:2010/07/10(土) 11:18:59
―ふふっ
昨日アルカパの宿屋に泊まったせいか食事の支度をしながら昔の事を思い出してしまった。
「リュカどうしたの?おなべのふたを見て笑ってるけど」
スラリンが不思議そうに見つめている。
「えっとね、昔アルカパに住んでた女の子と一緒にお化け退治に行ったことを思い出しちゃって」
「それって昨日聞いたビアンカって子のことか?」
ヘンリーが問いかける。
「うん。それでそのときビアンカが装備として果物ナイフとおなべのふたを家から持ってきてたの」
「へえ、よくそんな装備で戦えたな」
「でも途中でおなべのふたが壊れたからビアンカのお母さんに二人して怒られちゃって」
(懐かしいなあ。ビアンカは元気にしてるかな?)
「ねえねえリュカは何でお化け退治なんてしたの?」
スラリンが興味津々にたずねる。
「それはね――」
いじめられていた猫、チロルを助けるためにお化け退治をした話、
妖精のベラがいたずらをした話、妖精の国で春を取り戻した話など思い出話があふれてくる。
「いいなあリュカは楽しい思い出がいっぱいあって。
俺なんかラインハットであんまりいい思い出は無かったよ。
義母上はデールに付きっ切りだったし」
「ふうん。だからいじけてお城の人にいたずらしてたんだ?」
「なんでリュカがそんなこと知ってるんだよ?」
「お城の人に聞いたよ、服の中に蛙を入れた話とか」
「ヘンリーって昔から子供っぽかったんだね。これからはぼくが遊んであげるから寂しくないよ」
はあ、とヘンリーがスラリンに慰められてため息をついた。
「これからみんなで思い出を作っていけばいいじゃない、ね」
ああ、とリュカの笑顔にヘンリーが少し照れたように返事を返した。
ぐぅ〜
「リュカ〜、お腹減ったぞ」
ちょこんと座って話を聞いていたブラウンがお腹を鳴らす。
「はいはい、いまできるからね」
穏やかな時が過ぎていった。
「おなべのふた」と「思い出し笑い」で書いてみました。
145
:
初恋(1)
:2010/09/15(水) 21:00:03
*旦那はヘンリー
*クリア後くらい
「ねえ、お母さんの初恋っていつ?」
娘の唐突な問いに、リュカは思わず瞠目する。
一般的な家庭とも、一般的な王家とも違う生活を送ってきた娘だが、やはり中身は普通の女の子なのだろう。可愛らしい質問に、リュカは笑った。
「なあに、突然」
「……だって、コリンズくんが」
傍らに丸まっているボロンゴの毛を梳きながら、娘は小さく唇を尖らせた。
コリンズというのは、ヘンリーの弟であるデール王の一粒種であり、娘と息子の従兄にあたるラインハットの王子だ。
何度か会っているが、昔のヘンリーとよく似た性格のようで、どうやら娘は彼を苦手に思っているらしい。
大人たちはそれを彼の愛情表現だとわかっているのだが、娘にとってはいつも嫌な事を言う男の子、というイメージが強いのだろう。
内気なんだよ、というのはヘンリーの弁であるが、自己弁護も多分に含まれていると思われる。
「……コリンズくんが、初恋もまだなんておかしいって」
「うーん、そっか」
背後で息子とボードゲームで遊んでいるヘンリーが、こちらに意識を集中させているような気がしておかしい。
甥とは言え、娘に悪い虫がつきそうなのを心配しているのだろう。
「おかしくないよね、お母さん。お母さんの初恋っていつだった?」
「そうだなぁ。……6歳くらい、かな?」
記憶を辿って答えると、娘はパッと表情を明るくした。
「それってお父さんと会った年? ってことは、初恋はお父さん!?」
「あ、ううん違う。ヘンリーじゃないよ」
ロマンチック! と目を輝かせた娘には悪いが、ヘンリーではない。
即座に否定すると、背後でがしゃんという音と息子の悲鳴があがる。
振り返ると、ボードの上に頭からつっこんでいるヘンリーと、ゲームを潰されて半泣きの息子がいた。
「ヘンリー大丈夫?」
「リュカ……」
ゆらりと立ち上がったヘンリーが、物凄い勢いで走ってくると、リュカの肩を?む。
「だ、誰なんだその男は!」
「だ、誰って……」
プロポーズのときと同じほど真剣な眼差しを向けられて、リュカは目を瞬かせる。
146
:
初恋(2)
:2010/09/15(水) 21:00:48
「――父さんだよ」
「父さんって……おじいちゃん?」
娘が問うのに、リュカは首肯する。
一緒に旅ができたのも、一緒に過ごせたことすら、ほんの短い間だったけれど、今も父親のホイミのあたたかさを覚えている。
強くて、優しくて、最期まで妻を、娘を愛してくれた父――パパス。母親がいなくても、寂しくなかったのは父の愛情のお陰だとリュカは思う。
「お母さん、小さいときは本当におじいちゃんと結婚するつもりだったんだから」
「やだ、お母さん可愛い。でもなんかわかるかも。おじいちゃん、一度しか見たことないけど強そうでかっこよかったな」
「……パパスさん、なら仕方ねえか」
ヘンリーは少し気まずげな顔で、リュカから手を離す。
父が死んでしまったことを彼のせいだと思ったことは、誓って一度もない。けれど、ヘンリーは未だに自分のせいだと負い目に感じているのだ。
気にしないで、と言ってもしょうがないのかもしれないが、もうあまり気に病まないで欲しい。
「でもね」
リュカは一度は離れた夫の手をそっと握る。
「本当に初めて恋したのは、16歳の時かな」
「16歳?」
「健やかなるときも、病めるときも、死が二人を別つときがきても、ずっと傍にいたいって初めて思える相手が出来たのは、16歳。だから、初恋がまだでも全然おかしくないよ」
大丈夫、と太鼓判を押すと、娘はちょっと不思議そうな顔をしながら首を傾げた。
まだわからなくてもいいや、と思いながら笑い返すと、後頭部を叩かれた。
後ろを向いたまま、ヘンリーが咳払いをする。
「16歳は遅えっつうの」
「だって」
「……俺はな、7歳のときからそういうつもりだったからな」
「え……?」
それって、と問いかけた瞬間に、一人話しに入ってこられなかった息子が、ボードを抱えてやってくる。
「ねえ、お父さんってば! さっきの続きしようよ」
「え? あ、ああ。悪い悪いさっきの続きな」
腰を上げたヘンリーを見て、息子は驚いたような顔をしてこちらへ走ってくる。
「お母さん大変! お父さん病気かも!」
「な、なに突然」
「お顔がものすごく真っ赤だよ!」
お題(?)「初恋」で書いてみました。長文サーセンした
147
:
名無しさん
:2011/04/10(日) 22:14:40
ラインハット王宮の王の私室。
王と一人の臣下が、ある女性の処遇について話し合っている。
「あの方の様子はどうでしたか?」
「旅に耐えられるまで回復するには、まだ時間がかかりそうだとさ」
「そうですか」
傍目に奇妙な会話だった。
丁寧な口調で尋ねたのは臣下ではなく王の方であり
臣下が砕けた口調で応じている。
しかしこれがこの二人の通常であった。
二人は実の兄弟。ただし、弟が王で、兄が臣下。
前王の正妃の息子でありながら兄が王位に就かなかったのには
件の女性が関わっている。
「とにかく知らせなくては。あの方の故国、グランバニアに」
王は兄に背中を向けていて表情は見せていないが
後ろで組まれた手の甲が僅かに白くなったことに兄は気付いた。
「兄上が行ってきてくれませんか?」
ゆっくりと振り返った王は、何かを観察するかのように目を細めている。
「お前がどうしてもって言うならそうするが――デール?」
「不服ですか?あの方は我が国の恩人であり
また、兄上の親友であったはずですが」
「嫌とかそんなんじゃなくてだな、遣いはともかく、」
兄は言葉を区切り、そして人が悪そうに口の端を上げた。
「お前が自分で送ってやりたいんじゃないか?」
王の私室を出る兄の表情は満足げだった。
「あいつ、ちゃんと年相応の顔ができるんじゃないか」
彼女がもっと回復してから挨拶すると言っていた弟の顔は
やや紅潮していたようだった。
「いつまでも独身では対外的に格好がつかないこともあることだし
しかしあいつも女王なんだっけ」
兄は嬉しそうな顔で
王の初恋を成就させるために山積みとなっている問題を考え始めた。
148
:
神殿からの脱出_Take1 1/2
:2011/04/27(水) 09:32:01
「前々から思っていたのだが、お前はどうも他のドレイとは違う。生きた目をしている!」
牢屋の扉を開けたヨシュアは、リュカの瞳を真っ直ぐに見つめて言った。
リュカは小さく、だがしっかりと頷く。そう。彼女にはやらなければいけない事がある。その為には、こんな
ところで屈しているわけにはいかないのだ。
「そのお前を見んで頼みがあるのだ。聞いてくれるな?」
リュカがもう一度、今度はハッキリとわかるほどに頷くと、ヨシュアは続けた。
「この神殿が完成すれば、秘密を守る為ドレイたちを皆殺しにするかも知れないのだ。そうなれば当然、妹のマ
リアまでが……! お願いだ! 私たちに協力してくれ!」
そう告げるヨシュアの瞳は不安と恐怖に彩られている。
「この水牢はドレイの死体を流す場所で、浮かべてあるタルは死体を入れる為に使うものだ。気味は悪いのだが
そのタルに入っていれば多分、生きたまま出られるだろう。さあ、誰か来ないうちに早く!」
ヨシュアは強い言葉でリュカに決断を迫る。
リュカとしても脱出できるというのは、願っても無い事だ。その他の奴隷――この十年間で死んだ仲間、共に
生き抜いている仲間の事を思うと胸がちくりと痛む。だが、彼女も彼女の為にここから逃げ出さねばならない。
リュカは、思いを断ち切るようにタルの中へとその身を滑らせた。 続いてマリアが同じタルに入ってくる。
そしてヨシュアがもう一つのタルに身体を捻じ込み、最後にヘンリーがそのタルに入ろうと手をかけた。
「すまない。このタルは三人用なんだ」
ヨシュアがヘンリーに告げた。
「……えっ?」
ヘンリーが間抜けな声を出す。
「いやいや。それはおかしいだろう。そっちのタルにはリュカとマリアさんの二人が入ってる。じゃあ、もう一
つのタルには俺とアンタでいいじゃないか」
ヘンリーの声に多少の動揺をリュカは感じた。
しかしヨシュアはすぐにはヘンリーに答えず、妹のマリアに呼びかけた。
「マリア! そちらのタルはどうだ! 二人で入るのがやっとではないか!?」
「……はい! 多少の余裕はありますから、身じろぎくらいはできますが、殆ど余裕はありません!」
マリアの返答に、リュカもウンウンと頷いた。
「そういうわけだ。残念だが諦めて貰うしか……」
「いやいやいやいや。余裕はないけど入れてるじゃないか。だったらオレも入れるだろう」
「女二人で殆ど余裕が無いのだ。男二人など……考えたくも無い」
149
:
神殿からの脱出_Take1 2/2
:2011/04/27(水) 09:32:18
ヨシュアのその声には多少の怯えが含まれている。
「じゃ、じゃあ男女で入ればいいんじゃないか? オレとリュカ。ヨシュアさんとマリアさん。どうだ?」
ヘンリーの焦りは先ほどよりも増大されている。長年付き合ってきたリュカにはそれがよくわかる。
「……すまない。先ほど三人用と言ったのは嘘だ」
「嘘なのかよ!」
「全員がこのタルの中に入ってしまっては、このタルを繋いでいる鎖を外す事が出来なくなってしまうのだ。だ
からすまないが、お前には我らの入ったこのタルを縛っている鎖を外してもらいたいのだ!」
「いやいやいやいやいやいや。それはおかしいですやん! 普通はヨシュアさんが残るところですやん! 俺が
残るのはちょっとちゃいますやん!」
あまりの衝撃に、ヘンリーの口調がおかしくなっている。リュカは、十年来の親友だったヘンリーの新たな一
面に少なからず驚いていた。
「すまないが、諦めてくれ!」
ヨシュアのその言葉に、リュカは彼が深く頭を下げている姿をイメージした。タルの中だから出来ないけれど。
「お願いします、ヘンリー様!」
マリアはタルの中で祈るように両手を組んでいる。リュカには何かもぞもぞする、という感覚しかないけれど。
「え〜。いや、だって、オレが行かなかったらラインハットが……。えぇぇぇぇぇぇ……」
「ヘンリー!」
リュカが彼の名前を呼んだ。
「リュカ!」
ヘンリーも呼び返した。そうだ、リュカがいるじゃないか! 彼にはまだ希望が残されていた。
「ラインハットの様子は、ボクがちゃんと見てくるから、だから心配しないで!」
「……えっ、ここはありがとうって言うところなの? 違うよね、違うよね? なんかおかしいよね?」
「……ごめんね、ヘンリー。君の分も、ボクはお母さんを探すから。君の事は絶対忘れないから!」
「え……あ、うん。……わかったよ。子分を逃がすのも親分の役目だな。まかしとけ、オレが鎖を外してやる!」
「「「ヘンリー(様)!」」」
ヘンリーはタルにからめられた鎖の鍵を外し、釈然としない想いを込めてタルを流れに押しだした!
数年後、再び――今度は完成された――神殿へと足を踏み入れたリュカは、壁に血文字を見つけた。
『やっぱり……おかしいですやん……』
その血文字を見てリュカは、ヘンリーってラインハットの王子だった……よね? と今更疑問に思うのだった。 Fin
150
:
神殿からの脱出_Take2
:2011/04/27(水) 09:32:48
「すまない。このタルは三人用なんだ」
ヨシュアがヘンリーに告げた。
「……えっ?」
ヘンリーが間抜けな声を出す。
「全員がこのタルの中に入ってしまっては、このタルを繋いでいる鎖を外す事が出来なくなってしまうのだ。だ
からすまないが、お前には我らの入ったこのタルを縛っている鎖を外してもらいたいのだ!」
「じゃ、じゃあ、ここは公平にじゃんけんで決めようぜ。さあ、全員タルから出て来い!」
ヘンリーの強い口調に、リュカたち三人はタルから出てきた。
「「「「さーいしょはグー! じゃんけん、ほいっ!!」」」」
リュカ:パー
ヘンリー:パー
ヨシュア:パー
マリア:グー
「よし! じゃあオレたちはこっちのタルだ」
言うが早いかヘンリーはリュカをタルの中に押し込めると、自分も同じタルに入り込んだ。かなり幸せだった。
「……すまないマリア。こういう結果である以上、私にはどうする事も出来ない」
「いいえ。私なら大丈夫で。私はここで、お兄様たちの無事を祈っています」
「マリア!」
「お兄様!」
悲しき運命の兄妹は、今生の別れを惜しむように強く抱き合った。
ヘンリーは身体をもぞもぞと動かして、リュカにつねられていた。
「さらばだマリア!」
「「ありがとう、マリアさん!」」
マリアはタルにからめられた鎖の鍵を外し、願いを込めてタルを流れに押しだした!
数年後、再び――今度は完成された――神殿へと足を踏み入れたリュカは、壁に血文字を見つけた。
『わたしも……いきたかった……』
その血文字を見て、リュカは計り知れぬ怨念のようなものを感じ取り、両手を合わせるのだった。 Fin
151
:
神殿からの脱出_Take3
:2011/04/27(水) 09:33:07
「すまない。このタルは三人用なんだ」
ヨシュアがヘンリーに告げた。
「……えっ?」
ヘンリーが間抜けな声を出す。
「全員がこのタルの中に入ってしまっては、このタルを繋いでいる鎖を外す事が出来なくなってしまうのだ。だ
からすまないが、お前には我らの入ったこのタルを縛っている鎖を外してもらいたいのだ!」
「じゃ、じゃあ、ここは公平にじゃんけんで決めようぜ。さあ、全員タルから出て来い!」
ヘンリーの強い口調に、リュカたち三人はタルから出てきた。
「「「「さーいしょはグー! じゃんけん、ほいっ!!」」」」
リュカ:パー
ヘンリー:チョキ
ヨシュア:チョキ
マリア:チョキ
「よし! じゃあ我々はこっちのタルだ」
言うが早いかヨシュアはマリアをタルの中に押し込めると、自分も同じタルに入り込んだ。
「……すまないなリュカ。こういう結果が出た以上、オレにはどうする事も出来ない」
「えっ?」
「親分を逃がす為に子分が身体を張るのは仕方のないことだ。すまないが母親探しは諦めてくれ」
「えっ? えっ?」
ヘンリーは身を切られる想いでタルの中へとその身を躍らせた。
「「「ありがとう、リュカ(様)!」」」
リュカはタルにからめられた鎖の鍵を外し、いまだ状況が理解できないままタルを流れに押しだした!
数年後、光の教団の信者が集会を行っているのとは神殿内の別の場所。その壁に血文字が残されていた。
『あれ? なんかおかしくない?』
誰が書いたかもわからないその血文字は、誰にも気づかれる事なく、ただそこにあり続ける。 Fin
152
:
上沼みどり
:2011/05/24(火) 14:58:44
※出会いはスーファミ版です。
しかしデボラは存在します。
※リリアンとフローラの立場が逆転しています。
※ビアンカとキラーパンサーの立場が逆転しています。
※主人公二重人格設定。
交代人格は『女主人公の理想の男性像』です。
::::
【HOWEVER】
『サラボナにて・出会い』
『天空の盾』を求めてやって来たアルスは、此処で運命の出会いを果たす。
「ワン、わん!」
突然一匹の犬が此方に向かって走ってきたのだ。
「こら、待ちなさい!フローラ!…誰かその犬をつかまえて下さ〜い…!!」
後から、男性らしき声も聞こえてくる。
「くぅ〜ん、クゥ〜ン…」
アルスの足下で犬は止まった。
「…あ、ありがとうございます!僕はリリアン、この犬の飼い主です。何故だか突然走り出してしまって…。ほらフローラ、帰ろう…」
そう言ってリリアンと名乗った、上品な雰囲気の青年はフローラと呼んだこれまた上品そうな犬を抱え上げた。
「クゥ〜ン、くぅ〜ん…」
「僕はこれで…。サラボナはいい町なのでゆっくりしていって下さいね…!」
そう言って行ってしまった。
「…」
その男…リリアンと顔を合わせた瞬間アルスは胸の奥から、言葉では言い表せない感情が浮かび一言も喋る事が出来なかった。
「…」
しかしアルスは、もうあの二人(一人と一匹)とは、今後すれ違うことはあっても、人生で関わり合う事はないと想った。
これが『運命の出会い』その1であった…。
153
:
上沼みどり
:2011/05/24(火) 16:10:36
【HOWEVER】
先程の遭遇などあっと言う間に記憶の片隅へとやり、アルスは天空の盾を持っているらしい『ルドマン』という大富豪の家へ向かった。
::::
《盾所有の条件・ルドマン邸》
そこには、多種多様な男が集まっていた。
「いらっしゃいませ…」
驚いているとメイドが近づいてきて、
「あなたもお嬢様の婿候補に名乗りを挙げたのですか?」
その言葉に記憶を探ってみると、確か『うわさのホコラ』で「ルドマンさんは娘婿を募集しているらしい」という情報を聞いていた。
成る程…と納得したアルス。
そして頭の中で、『天空の盾は家宝=娘は宝物=娘婿になった者に家宝を渡す』という構図が浮かんだ。
さぁ、どうしたものか。
男装しているとはいえアルスは女である。
名乗り挙げる為の一番必要なモノを欠いてしまっている。
しかしこの様子だと『婿候補』以外は家に通してくれそうにない。
「…(俺に任せておきな。後から『女のクセに、騙したのか…っていう誹謗中傷は全部引き受けてやるから、お前は寝てな…』)」
アルスは兎に角この場を乗り切る為、ゆっくりと…誰にも気がつかれないように人格を交換した。
「…はい。その通りです…」
「此方でお待ち下さい…」
メイドは席へ通してくれた。
::::
姿を現したルドマンは、絵に描いたような大富豪だった。
しかしながら、イヤな感じはしなかった。
そして案の定、盾=娘婿だった。
「…以上、『炎のリング』と『水のリング』を手に入れた者を娘婿と認め、我が家の家宝である『天空の盾』を渡そう…」
と、そこへ、
「ちょっとパパ!」
上から、頭に大きなバラの髪飾りを付け派手な恰好をした黒髪の美しい女性が下りてきた。
「デボラ、来てはいかん…とあれほど言って…」
「(あぁ…、この人が娘か…。でも、全然父親の話しを聞いてないな…)」
「懲りもしないでまた私の婿を勝手に募集して…。言ってるでしょ!?私の事は私が決めるって!!相手は結婚したくなったら自分で決めるわよ!!」
「デボラ!お客様の前だぞ!少しは落ち着きなさい!!」
「…!!」
「(躾はしっかりしてるみたいだな…。反抗期か…?)」
::::
※続く
154
:
上沼みどり
:2011/05/24(火) 16:48:39
【HOWEVER】
天空の盾を手に入れる為に、ルドマンの娘婿候補に名乗りを挙げたアルス。
しかし肝心の娘であるデボラはそれに反対のようで…、
「え〜、失礼しました。ここにいるのがその娘であるデボラです。上辺はこんな感じですが根はいい娘でして…。親バカではありますが『手が掛かるほど可愛い』の心情でして…。先程お話しした炎のリングは『死の火山』と呼ばれる場所にあります。一方水のリングですが…こちらは何処にあるのか今のところ分かっていません。しかし…娘婿にはそれらを乗り越えられるような強さを持った者でないと認めるワケにはいきませんので…」
「だから言ってるじゃない!!パパが勝手に決めないでよ!!それに…そんな条件がクリア出来そうな男なんて…この中にいるワケがない!!ドイツもコイツも…財産目当てで来ました…って顔に書いてあるわ!!」
「デボラ!!」
「っ…!!」
「(おいおい…マジかよ…。まぁ…半分当たってるけどよ…)」
とそこへ、またも階段を下りてくる足音が聞こえてきた。
「姉さん、父さん…!」
「リリアン…?」
「今大事な話をしているのだ。お前は上へ行ってなさい!!」
「(何だコイツは…?どっかで見た顔だな…)」
アルスは主人格の記憶を探る。
…先程のやりとりを思い出した。
「…皆さん。『死の火山』には確かに炎のリングがあります。しかし…そのリングを持ち帰ろうとした者は…マグマの中から現れる魔物に骨まで残らず溶かされる…と言われています!ですので姉もこう言っていますので、そんな危険なことはっ…!!」
「二人ともっ!!」
「「…っ!?」」
子供を黙らせたルドマン。
そして…出来るだけ怒りを抑えて、集まった娘婿候補にこう言った。
「…二つのリングを手に入れ、この二人を納得させた者を娘の婿とする!!以上!!…皆さんの健闘をお祈りしています…」
その言葉がでると、この居心地の悪い空気から逃げ出そう…と婿候補達はそそくさと家から出て行った。
…勿論アルスも…。
::::
一歩外へ出ると、もう根を挙げている者も少なくない。
「(…ま、あれじゃ仕方ないか…)」
アルスはというと…後の事を決める為には先ず炎のリングを手に入れようと思い、死の火山へと向かった。
::::
※続く
155
:
上沼みどり
:2011/05/26(木) 18:21:02
※アンディは吟遊詩人設定。
7を基準としますが資料不足によりチートなご都合主義な展開が巻き起こります。
【HOWEVER】
〈死の火山〉
そこには先客がいた。
「やぁ、さっきもお屋敷で会いましたね」
「(そう言えば、こんなヤツもいたなぁ…)」
「僕の名前はアンディ。折角ですけど、炎のリングは僕が先に手に入れるんで…」
「(何だコイツ…?口調は柔らか目で、身体付き何かは見た感じひょろひょろっとしてて大したこと無さそうなのに…『目当ての獲物を誰にも渡さす気は無い!!』…っていうオーラはっ!?…まるで一流の盗賊団の頭みたいだな…!!)」
思わず心の中でたじろいでしまったアルス。
「どうかしたしたか…?気分が悪いなら…引き返した方が身のためですよ…?」
「い、いや…何でも無い…です…」
慌てて平然を装った。
「そうですか…。ではお互い、正々堂々と全力を尽くしましょう…!」
アンディは行ってしまった。
「…ふぅ〜…。俺も進むか…。しっかし熱いなぁ…」
::::
アルスは途中で宝箱の溶岩トラップなどに遭いながらも、何とかリングが保管されているフロアに到着した。
…が、そこには先客がいた。
アンディだ。
「やぁ、一足遅かったようですね。それじゃ遠慮無く、炎のリングは僕が手に入れますので…!」
リングに手を伸ばすアンディ。
ふとアルスは、屋敷でリリアンが言っていた一言を思い出した。
「待った!迂闊に手を出したらっ…!?」
…が、遅かった…。
ボコボコボコ…、
「へっ…!?」
マグマの中から溶岩原人が現れた。
「くっ…!?」
溶岩原人の『火炎の息』がアンディに襲いかかる。
「っ…!?」
恐怖とショックで声が出ず、身が竦んでしまっているアンディは死を覚悟した。
「…やめろ…!!」
アルスは急いで仲間モンスターと一緒に駆け寄る。
「(父さん、母さん…先立つ事をお許し下さい…!!)」
「ガンドフ、『冷たい息』!!」
互いの息は、打ち消しあった。
::::
続く
156
:
上沼みどり
:2011/05/26(木) 23:13:51
【HOWEVER】
アルス一行が戦闘に躍り出た。
「くっ…!?」
「あ、アンタ!?…何で…!?」
「フン!こちとら踏んでる場数が違うんだよ!!戦闘ド素人はすっこんでな!!」
そう言ってアルスはアンディを馬車の中に押し込んだ。
「イエッタ、キャシー、ピエール、戦闘配置につけ!!作戦は…『ガンガンいこうぜ』!!」
呼ばれたモンスターが前に出た。
::::
〈馬車の中〉
「アンタ…モンスター使い?」
「あぁ…まぁな…」
「…ん…?」
ふとアンディの目に、モンスターではないメンバーの姿が入った。
「…何だ…?」
「…踊り子…?」
「あぁ…。彼女はスーザン。訳あって『ポートセルミ』から一緒に旅してる」
「はぁ…」
と、そこへ…、
「ご主人様。そろそろキャシーが限界にござる!!」
「分かった!!キャシーは俺と交代!スーザン、何時もの『ハッスルダンス』頼む!!」
「何時もの…?」
「畏まりました…」
「お前もついでに回復しろっ!!」
そう言ってアルスは外へ出た。
::::
〈外〉
溶岩原人を目の前にすると、アルスの脳裏に『あの瞬間』がマグマのように溢れ出してきた。
::::
〈馬車の中〉
「そ〜れ!ハッスル!ハッスル!!」
今この馬車の中にいる者達の体力が回復した。
…パチパチパチ!!
見事な踊りに拍手をするアンディ。
「…」
お辞儀をするスーザン。
「有難う御座います。お陰で元気がでました!」
「光栄です…」
「えっと…スーザンさん…でしたよね…?」
「はい…」
「…余計なお節介かも知れないけど…男女が一緒の馬車で旅してて…その…アンタみたいな綺麗な女性を連れてるのに、他の女の婿候補に名乗りを挙げる…ってイヤじゃないですか…?」
「…?」
「…あの〜…?」
「…スミマセン…何の事でしょうか…?」
「へっ…?」
「SOS!!SOSでござる〜!!」
とそこへ、外からピエールが騒いでいた。
「どうしました?ピエールさん…」
「バトルは終わったがアルスが暴走してしまったでござる〜!!手を貸して下され〜!!」
「分かりました…」
「あ、僕が行きますよ…」
「ですが…」
「仮を返すだけですよ…」
アンディは外へ出た。
その直後に、衝撃の事実を知る事になる…など、全く想像もせずに…。
::::
続く。
157
:
上沼みどり
:2011/05/27(金) 14:37:38
【HOWEVER】
アルスの頭の中で、『あの瞬間』がリピート再生されている。
「お父さんっ…!!」
パパスが、骨は疎か髪の毛一本も残らずに消し炭にされた…あの光景が。
「何をやってるんです!?もう魔物はやっつけたでしょ…!?」
後ろからアルスを羽交い締めにするように抱き付くアンディ。
その際、
ムニュッ、
「へっ…!?柔らかい…!?」
胸を掴んでしまった。
「〜っ!!」
「アンタ、まさか…!?」
「…イヤァ〜!!」
「わっ!?」
アンディの腕の中で暴れまわるアルス。
「離せ、放せ!!お父さん!!お父さん!!お父さん!!お父さ〜ん!!」
アルスの精神は今、ゲマにより殺されかけ、それにより身動きが出来なくなったパパスが無惨にもやられていく様を只見ているだけしかなかったあの頃の自分になっているのだ。
「…!?」
「うわぁ〜!!」
「…♪」
アンディは『ゆりかごのうた』を歌った。
「…」
「…♪…」
「…お母…さん…」
フッと、アルスの力が抜けた。
…眠ったのだ。
「…ふぅ…」
ホッと胸を撫で下ろすアンディ。
「…」
「…」
アンディは『炎のリング』を拾うとアルスを馬車へ運んだ。
「大丈夫でしたか!?」
スーザンが出迎えてくれた。
「これでも、吟遊詩人の端くれですからね…!」
::::
〈それから数時間後〉
「…う…ん…?」
「気がつきましたか…!?アルスさん!」
「スーザン…?…あれ?俺…何で…?」
「まだ頭が混乱されているのですね。無理もありません…」
「…そうだ…!!リング!?『炎のリング』はっ…!?」
「ありますよ…ココに…」
その声の主…アンディの手の中に『炎のリング』はあった。
「…そっか…。俺は負けたのか…」
「アルスさん…」
「って言うかそもそも…アンタ女性なのに必要無いでしょう…?」
「へっ…!?」
「…」
「今更隠しても無駄ですよ…。さっき知ってしまったので。そこのスーザンさんやアンタのモンスター達にも聞きましたし、それに…譫言をずっと叫んでましたけど、どう考えても女性口調でしたし…」
「っ…!?」
「だから…アンタはどうやってもデボラの婿には成れないのですから、コレは僕が貰います…」
「駄目だ!!俺にはどうしても必要なんだ!!『天空の盾』がっ…!!」
::::
続く。
158
:
上沼みどり
:2011/05/28(土) 14:09:44
【HOWEVER】
そう、アルスにはどうしても『天空の盾』が必要なのだ。
亡き父の為…。
産まれてすぐ引き離された母の為…。
そして…自身の復讐の為…。
「…!!」
「…理由を教えていただけませんか?」
「っ…!!」
「事と次第では…契約しても良いんですよ…」
「契約…?」
「そう…、リングは僕が手に入れた…ということにしてデボラと結婚する。そしてその後で『天空の盾』をアンタに差し上げる…というモノです…」
「…」
「性別を偽ってでも『天空の盾』を求める理由を…教えていただけませんか?」
「…っ!!」
だがアルスは言葉をけっして発しようとはしなかった。
「…」
「…!!」
「…それでは…僕の秘密を先にお教えしましょう…」
「…?」
「僕がデボラの婿候補に名乗りを挙げた理由は…」
「(どうせ…幼なじみが他の男と結婚するのがイヤ…っていうパターンだろ…)」
そう思って適当に聞き流そうとしたアルスは次の瞬間、言葉を一瞬失う程驚いた。
「復讐の為…です…」
「っ…!?」
「復…讐…!?」
「小さい頃、僕はデボラにそれはそれは苛められっぱなしで…。でも…助けてくれる人はいませんでした…」
「「…!?」」
「リリアンは、遠くに勉強に行かされて…他に子供はいなく絶好のオモチャだった…。ただジッと耐えるしかなかった…」
「「…」」
「そんなデボラが…自分だけ結婚して幸せになろう…なんて許せなくて…。まぁデボラ本人は反対していましたけど…」
「「…」」
「だから僕は…リングを手に入れて…こっぴどく振るつもりでした…デボラの事を…」
「「…!?」」
「…でも…、出来なくなりました…。アンタのその瞳を見ていたら…」
「え…!?」
「心が和んで…両親の顔が浮かんだのです…。復讐を果たしたその時は…両親が不幸な結果になる…と。唯一の味方である両親を…そんな事出来るワケがない!!」
「…」
「アンディさん…」
「…リングを手に入れただけでも…デボラやまわりを見返してやる事は出来る…そう思ってここまで来て…今に至ります。以上です…」
「…」
「…!?」
「…ちぇっ、そんなに話されたら俺の方は教えないワケにはいかないじゃないか…」
アルスはアンディに、出来るだけ簡単に説明した。
::::
続く。
159
:
上沼みどり
:2011/05/28(土) 16:49:13
【HOWEVER】
〈サラボナ・ルドマン邸〉
「では『炎のリング』はコチラで預かっておこう…」
ルドマンはアンディからリングを受け取った。
「どうも…」
「しかしまさかあのアンディがリングを手に入れてくるとはな…」
「(ギクッ!?)…僕だって何時までもひ弱じゃありませんよ。それにデボラには随分と鍛えられましたから…」
「そうか…そうか…!」
「…ちゃんとココに証人もいますし…」
アルスとスーザンの事である。
アルスとアンディは契約を成立させていた。
「はい、そうです…」
「確かにアンディさんは自身の手でそれを手に入れました…」
半分本当だから間違ってはいない。
「…さて残りの『水のリング』だが、どうやらその名の通り水に囲まれた洞窟にあるそうだ。我が家の船を貸すから取りに行くといい…。リリアン、早速船の準備を…」
「はい…!」
「そして二つのリングが揃ったその時にはアンディ、お前をデボラの婿としよう…」
「はい…」
「…ところで、アルスさんと申したかな…?」
「はい…?」
「そちらの女性は何方かな?もしや恋人ではあるまいな…?」
「ち、違いますよ!!彼女は、ルドマンさんのカジノ船で働きたくて…道中を共にしていただけです…!」
「スーザンと申します。ご挨拶が遅れてしまって申し訳御座いません…」
「そうだったか。しかし今は生憎とゴタゴタしていてな…、申し訳ないが後日改めて来てくれるかな…?」
「畏まりました…」
「それでは、俺達はそろそろこの辺で…」
その際アルスはアンディにアイコンタクトで『船で待ってる』と送った。
アンディもアイコンタクトで『了解』と返事をした。
::::
〈船の上〉
「ほへぇ〜、大きな船だこと…!」
「本当ですわねぇ…!?」
「…おや…?」
「あ…!?」
当たり前だがリリアンと会ってしまった。
「えっと…アルスさんでしたね。どうしてここに?」
「えっと…」
「どうしましょう…!?」
「…女性なのに、姉の婿候補に名前を挙げたり…。アナタのやる事は全く分かりません…」
「「えっ…!?」」
「男装しているつもりでしたか…?バレバレですよ…!言っておきますけど姉も気がついていますから…!」
「(ガ〜ン!!)」
「あ、アルスさん…!?」
::::
続く。
160
:
上沼みどり
:2011/06/02(木) 08:38:34
【HOWEVER】
〈アンディの家〉
「それじゃ、行ってくるよ…」
ルドマンとの話を終えたアンディは、改めて両親に出発の挨拶をした。
「アンディ…、何だか顔付きというか雰囲気が変わったな…」
「…いやだなぁ、父さん。あんなところから無事にリングを手に入れて帰って来たんだから僕だって成長するさ…」
だが恐らく雰囲気が変わった原因は…、アルスと目が合った瞬間に抱いていた復讐心が浄化されたからであろう。
「アンディ…、考え直すなら今のうちだよ!デボラと結婚したら不幸になるだけなんだから…!!」
「…」
「…そうじゃ、あの女は何かというと小さい頃からお前を顎で使いおっていた…!!」
それは言えている。
最初に花婿候補に名乗りを挙げたのは、そんな毎日から替わる為…デボラに復讐する為だった。
しかし…、それが浄化されてしまった今、果たしてデボラの婿になるのに何の意味があるのだろう…。
「…何言ってるんだよ、母さん。もう後には引き返せないんだよ…!」
アンディを今動かしているのは…契約の為だ。
…アルスとの…。
「…」
「…」
「…」
何だか空気が重くなってしまったところへ突然、
「アンディ!!」
扉を破壊しかねないばかりの勢いで、デボラが現れた。
「デ、デボラ…!?」
そして…、
「来な!!」
デボラはアンディの腕を掴んで出て行った。
「「…!?」」
その光景を取り残された二人は、ただ唖然と見ているしか出来なかった。
::::
「痛いってば、デボラ!!」
「アンディ!!」
「っ…!!」
アンディの身体に染み着いている『シモベ根性』が反応する。
今のデボラは…普段の気の強さと違い、怒っている状態なのだと。
「洗いざらい隠してること全部言いな!!」
「は…?」
「アンタがあの危険な場所からリングを手に入れてくる…なんて出来るワケないじゃない…!?」
「な、それは心外だよ!僕は確かにリングを手に入れたんだから!!」
「だから全部話しな!!命令よ!!シモベのクセに生意気よっ!!」
「…そう言ってられるのも今のうちだよ…。もうすぐで僕は君と結婚するんだから。もうシモベ扱いは…」
「何言ってるの?結婚したら永遠に私に尽くすシモベになる…ってことじゃない…」
「は…?」
「さぁ…早く全部話しなっ!!」
「っ…!?」
刷り込まれてしまったモノは消えない…とアンディは実感した。
161
:
上沼みどり
:2011/06/03(金) 13:35:53
【HOWEVER】
アンディはデボラに洗いざらい白状させられた。
しかし、抱いていた復讐心までは口が裂けても言えなかった。
「…」
「…で、その男女『スーザン』だっけ?」
「えっ、違うよ。男女は『アルス』さんで、踊り子が『スーザン』さん…」
「だってアンタ、会話の中に何度もその『スーザン』っていう踊り子の事を言ってたわよ…!」
「へっ…!?」
「…」
「…」
::::
〈船の上〉
「出来れば話して頂けませんか…?アナタが何で婿候補に名乗りを挙げた…のかを…」
「…」
「…まぁ、無理にとは言いませんけど…」
「…」
と、そこへ、
「あ、アンディさんが来ましたわ。アルスさん…」
その横にはデボラが付いていた。
「よっこら…」
乗船するアンディ。
そして…、デボラはこう言い放った。
「リリアン!!しっかり見張ってきなさいね〜!!」
と…。
「…?」
訳の分からないアルス達にリリアンは、
「あぁ…、気になさらないで下さい…」
余計気になるが、その瞳が『追求するな』と言っているため、アルス達は何も聞かなかった。
そして…、船は出航した。
::::
〈山奥の村〉
船を走らしてしばらくすると、鍵を掛けられた水門があり、開けて貰うように頼みに訪れた一行。
「水門の鍵なら、そこの大きな家の人が持ってますよ」
村の奥に足を進めると、大きな家の前にある墓に人影を見つけた。
若い男性だ。
山奥の住人らしく野生的といった感じの。
アルスは何故か『その人影』に言いようの無い懐かしさを感じ、たまらず声をかけた。
「あの…?」
しかし、その人はお祈りに集中していてアルス達に気がつかなかった。
「…仕方ない…。あれだけ大きな家なら他にも人がいるだろう…」
「行きましょう。アルスさん…」
「…」
「…アルスさん?」
「あ、あぁ…」
アルスはその気持ちを何とか抑え、家へ向かった。
::::
〈家の中〉
「…ん?誰か来たのか…?」
主らしき初老の男性が咳き込みながら出迎えてくれた。
次の瞬間、アルスは思わず叫んだ。
「ダンカンさんっ!!」
「はて?どこかでお会いしたけとがありましたっけ?」
「私です!!アルスです!!父はパパスです!!」
「えっ、何だって!?」
::::
続く。
162
:
上沼みどり
:2011/06/03(金) 14:05:25
【HOWEVER】
『水のリング』を目指すアルスは途中で寄った村で、懐かしい人物と再会した。
::::
〈山奥の村〉
「いや〜、大きくなったなぁ!あの頃はまだほんの子供でソロとよく遊んだっけ…。で、パパスも元気なのかい…?」
「…」
懐かしさに浸っていたアルスは現実に引き戻された。
「ん…?」
「…あの…実は…」
横からスーザンが代わりに言おうとしたが、
「大丈夫…。自分で言えるから…」
「アルスさん…」
「…ダンカンさん…。実は…」
アルスはこれまでのことを、出来るだけ手短に説明した。
感情を抑えながら…。
「何と!?そうか…パパスはもう…」
「…」
「アルスも随分苦労しただろう…。よく頑張ったな…。家でも母さんが亡くなってね…。あんなに丈夫だったのに分からないもんだよ…」
「…」
「そう言えば来る途中でソロに会わなかったかい?母さんのお墓に参ってるハズだが…?」
「えっ、それじゃさっきの人は…!?」
と、そこへ、
「ただいま〜!…あれ?お客さん…?」
入ってきたのは、先程墓の前にいた男性だった。
「ソロ、アルスだよ!!アルスが生きてたんだよ!!」
ダンカンは少々興奮気味だ。
「父さん、そんなに興奮したら身体に障るよ…」
先程の男性は…、あの懐かしさは気のせいではなかったのだ。
「…アルスさん…?」
燃えるような赤い髪。
そのモヒカンヘアー。
すべてが『ソロ』であることを証明していた。
「…ソロ…!!」
思わず杖を落とすアルス。
「…アルス、やっぱり無事だったんだな!。俺は信じてたさ…アルスはきっと何処かで生きてる…って!!」
「…ソロ…」
「…色々積もる話をゆっくり聞かせてくれよ…!」
「それがな、アルスはそうゆっくりはしてられない事情があるんだよ…」
ダンカンがソロに説明した。
「…そうか…。親父さんに代わってアルスがお袋さんを助けだす為の旅をしてて…、その為に必要な『天空の盾』を手に入れる為に『水のリング』を取りに行くのか。よし、俺が水門を開けてやるよ…!」
「有難う、ソロ!」
「そして…、俺も一緒に探してやるよ。水のリングを…」
「えっ…!?」
「だって約束しただろう?『また一緒に冒険しよう』って!…いいだろう?父さん…?」
「あぁ…。行っておいで…」
「よし!!決まりだ!!」
ソロがメンバーに加わった。
::::
続く。
163
:
婿探しは温泉で? 1/3
:2011/06/03(金) 23:33:45
それは山奥の村へ戻る途中、ビアンカが言い出したひと言がきっかけだった。
「ねぇ、夜中ならこの子達もみんな温泉に入れるんじゃない?」
滝の洞窟へ水のリングを取りに行ったリュカ一行+ビアンカは、途中の滝しぶきによりもれなく全員ずぶ濡れ
となり、引き返してきていたのである。
「滝の洞窟でびしょ濡れになったのは私たちだけじゃないでしょ? この子たちだって濡れちゃったんだから、
一緒に温泉で暖まらないと!」
なぜか拳を握り締めて、力強く言い切ったビアンカの瞳は燃えていた。
その背景には、名物とも言える温泉にリュカが入ってくれない、という事があるのだが、当のリュカはそんな
事を知らない。リュカにはリュカで『仲間の魔物たちが入れないのに自分だけ温泉に入るのは……』という思い
があり、これまで辞してきたのだ。
「うーん。大丈夫かなぁ」
魔物に対する人間の態度を、カボチ村で嫌というほど思い知らされたリュカは、やはり慎重になってしまう。
「真夜中だから大丈夫よ。それに私が一緒なんだもん、村の人が入ってきたってちゃんと説明するわよ」
まかせろ、とばかりに胸を叩くビアンカ。弾みで胸が揺れ、一瞬リュカの顔が険しくなったのはまた別の話。
「……ビアンカがああ言ってくれてるし、みんなで温泉に入ろうか?」
リュカは仲間たちに問いかける。その仲間たちとは、スライムのスラリン、スライムナイトのピエール、ドラ
キーのドラきち、キメラのメッキーに、仲間というよりは幼なじみに近いキラーパンサーのゲレゲレの五匹。
「すみません。ご好意はありがたいのですが私やスラリン、いわゆるスライム族は熱いお湯が苦手なのです。で
すので、我々はいつも通り馬車で待機しております」
ピエールが深々と頭を下げる。
「そっか、そういえばスラリンってひんやりしてるものね」
「そうだったんだ。知らなくてごめんね」
「いえ、リュカ殿が謝られる事ではありません。お湯が苦手という、ただそれだけですので」
「それじゃあ、ドラきちちゃんにメッキーは?」
「申し上げにくいのですが、彼らもお湯に浸かるのは苦手ではないかと」
仲間の中で唯一人間の言葉を喋れるピエールが再び答える。
「そうだよね。ふたりとも羽が濡れたらダメだもんね」
リュカの声には力がない。何より一度村に戻る事になった理由には、メッキーとドラきちの羽が濡れたことも
含まれていた。
「じゃあ、後はゲレゲレちゃんだけか。ゲレゲレちゃんは別に温泉に入れないなんて事はないわよね?」
「うん。ゲレゲレとは子供の頃、一緒にお御風呂に入ってたから、大丈夫だよ。ねっ、ゲレゲレ」
ビアンカとリュカの言葉に、ゲレゲレは「ガウッ」と鳴いて答えた。
「ゲレゲレも『大丈夫』と言っております」
「よし。じゃあ四人には悪いけど、私とリュカ、ゲレゲレちゃんの三人で、温泉に入りましょう!」
「お、おー!」
「ガウッ!」
164
:
婿探しは温泉で? 2/3
:2011/06/03(金) 23:34:10
「いやー、気持ちよかったわねー」
「うん〜。まだなんかふにゃふにゃする〜」
初めて入った温泉は、心身ともにリュカを骨抜きにした。誰もいないのをいい事に、リュカは脱衣所の椅子に
裸のまま腰掛けている。
「ほら、子供じゃないんだから早く服着なさい」
姉、というよりは母親のような口調のビアンカ。自身は既に衣服を身に着けている。
「う〜ん。もうちょっと〜」
ふらふらと片手を上げて答えるリュカ。それを見てビアンカは小さくため息をついた。
「……ふぅ。しょうがないわね」
『ずっと旅を続けてきて、こんな風に休まる事はなかっただろうから』とビアンカは幼なじみの緩みきった顔を
見つめた。
「さて、それじゃあゲレゲレちゃん、こっちいらっしゃい。拭いてあげるから」
ビアンカは家から持ってきたバスタオルを広げ、ゲレゲレに呼びかけた。それまでブルブルと身体を震わせて
水気を払っていたゲレゲレも、ビアンカの懐へと飛び込んだ。もちろん軽くである。
「あはは。ゲレゲレちゃんは大きくなっても、あの頃のネコちゃんのまんまね」
笑いながらごしごしとゲレゲレの身体を拭いてやる。ゲレゲレも気持ちよさ気に鳴いている。
「よし。これでオッケー。それじゃあ、温泉に入る前に外したリボン、結んであげるね」
大人しくビアンカの前に座るゲレゲレ。尻尾をちょこんと差し出した。以前はゲレゲレの首に巻いていたリボ
ンだが、成長したゲレゲレの首には巻けないので、今は尻尾の先に巻いていた。
ビアンカがこうしてゲレゲレにリボンを結んでやるのは二度目である。『あの時はお別れだったけど、今回は
再会だものね』そんな風に考えるビアンカの顔に自然と笑みが浮かぶ。と、何かに気づいたかのように、ビアン
カが目を大きくした。
「そうだ! せっかくだから、ちょっと可愛く結んであげようか」
言うやいなや、ビアンカはゲレゲレの頭の辺りのたてがみを左右に分けて、それぞれにリボンを結んだ。
頭のてっぺんから、まるで触覚のようにぴょんぴょんと左右にはねた赤いたてがみ。正直なところ、
「……可愛くないね。ちょっと面白いけど」
「グゥ?」
そんなビアンカの様子にゲレゲレが首を傾げる。
「ん、なぁに? ゲレゲレちゃんも見てみたい?」
「ガウッ!」
「鏡……鏡……ないわね。ねぇリュカ、鏡持ってなーい?」
「ん〜?」
「かーがーみ、持ってない?」
「ラーの鏡なら、袋の中に入ってるよ〜」
リュカはまだふにゃふにゃだ。
「リュカ。いい加減、早く着替えないと、湯冷めするわよ」
やはり母親のように注意をしつつ、ビアンカは袋の中からラーの鏡を取り出した。
「はい、ゲレゲレちゃん。見てごらんなさい」
そう言ってビアンカは正面に座るゲレゲレにラーの鏡を向けた。
鏡には赤い髪の青年の姿が映っている!
なんと、ゲレゲレは人間の姿になった!
165
:
婿探しは温泉で? 3/3
:2011/06/03(金) 23:34:30
「え…………ええぇっっっ!!!???」
ビアンカは、真夜中であるという事も忘れて大声をあげた。
「なに? ど〜したの?」
まだ半分ふにゃふにゃしたまま、右手で自分の服を引きずったリュカがビアンカのそばにやって来て、赤い髪
の青年と目が合った。
「へ? …………きゃあああああああっ!!!!!!」
先ほどのビアンカを上回る絶叫をあげて、リュカは胸を抱えて座り込んだ。慌てている所為か、片手に握った
服は手放してしまった。
「だ、だだだ、誰!? な、なんでここにいるの!? どど、どっから入ってきたの!?」
状況が全くわからず疑問を絶叫するリュカ。
そんなリュカに、赤い髪の青年が四つん這いで近づいた。その姿は一糸纏わぬ全裸。
「ふぇ!?」
リュカの目の前に来た青年はゆっくりと顔を近づけると、舌を出してリュカの頬を舐めた。
「うひゃ!?」
「リュカ、大丈夫。オレ、ゲレゲレ」
それは片言ではあったが、確かに人の言葉だった。
「……え。ゲレゲレ?」
青年――ゲレゲレは、答える代わりに再びリュカの頬を舐めた。
「きゃっ」
「リュカ」
名前を呼ばれ顔を上げると、ビアンカがそばに立っていた。
「……ビアンカ。どういう事なの?」
ビアンカはリュカの隣にしゃがみ込み、服を肩からかけてやった。
「……ゲレゲレちゃんにリボンをつけてあげて、あの鏡で見せてあげたら……、なんか人間になっちゃった」
説明しているビアンカ自身、どういうことか全くわかっていない。だが確かに青年の頭にはリボンを結んだ髪
がふた房、触覚のように揺れていた。そして以前、ラーの鏡を使った事があるリュカにはどういう事かわかる。
あの時は、人間に化けていた魔物がその正体を現した。ということはつまり、キラーパンサーというのは偽り
の姿でゲレゲレは実は人間だった、という事になる。
「ゲレゲレって、にんげっ!?」
視線を再びゲレゲレに戻したリュカは驚愕した。目の前にいるゲレゲレはキラーパンサーだった時と同じポー
ズ――両手両足を地面に着けた犬座り――で座り込んでいる。このポーズは、犬がするから特に問題がないわけ
で、人間が、それも全裸でやったりすると、大事なところが丸見えになるのである。そしてリュカはモロにその
部分を直視してしまったのだ。
「どうした、リュカ?」
自分が原因だとは露ほども思わず、不思議そうに見つめてくるゲレゲレ。
「……あぅ。ゲレゲレちゃん、これを着けなさい」
ビアンカがゲレゲレの腰にバスタオルを巻いた。これを機にリュカも服を着ると、三人は温泉を出てビアンカ
の家へと向かった。あれだけ騒いだにも拘らず、村人が誰も出てこなかったのは幸いだった。
場所を移してようやく落ち着いた二人は、改めてゲレゲレに尋ねた。
「ゲレゲレは、もともと人間だったの?」
真剣な顔のリュカとビアンカ。それを受けるゲレゲレはしかし、キョトンとした顔であっけらかんと言った。
「オレ、わからない」
その答えに、二人は盛大なため息をついた。
「そりゃそうよね」
「ボクたちが出会った時にはもう魔物の姿だったもんね」
『小さい時から魔物の姿だったんだから魔物なんじゃないかと思うけど、でもラーの鏡は真実を映す鏡だし……』
などと頭を悩ませるリュカは最終的に『初めてお父さん以外の男の人の裸見ちゃったな……。でも、ボクも見ら
れちゃったし……。はぁ、お嫁にいけないよぉ……』と落ち込んでいた。
そんなリュカの苦悩を野生の勘(?)で感じ取ったのか、ゲレゲレはリュカの頬を舐めて告げた。
「大丈夫、オレ、リュカのそば、ずっといる」
その言葉にリュカは嬉しさ半分、哀しさ半分で、ゲレゲレの頭を撫でた。
―完―
166
:
婿探しは温泉で? 4/3
:2011/06/03(金) 23:41:42
『婿探しは温泉で!?』の設定として、ゲレゲレはジャハンナ出身です。
ジャハンナで人間の女性になったキラーパンサー(第一号とかそんなレベル)と、調査に来ていた天空人の子供。
生まれた姿は人間。天空人の力と魔物の力が打ち消しあったみたいな?
ただ、魔物を人間にするのとか、天空人とかが魔界で噂になって、追われる事になる。
見かねたマーサが人間界へ逃がそうとする。無事に逃げられるように、母親を元の姿に、子供をベビーパンサーの姿にして。
その際、サンタローズのパパスを頼るように言われる。
で、なんとかサンタローズのある大陸まで来たけれど母親は力尽きる。
一人残された子供はいじめっ子に捕まる。
そして二人と出会う。
そんな感じで考えました。
167
:
上沼みどり
:2011/06/04(土) 07:26:26
【HOWEVER】
ソロと再会したアルスは、まるで背負ったモノなど微塵にも感じ取れない普通の女性のように無邪気になった。
「「「…!?」」
そんなアルスを初めて見た(一緒に行動してあまり時間は経ってないが)3人は…それぞれアルスに対し、心境の変化が起こった。
::::
〈滝の洞窟〉
「何だかスゴいところだな!水門の先にこんな洞窟があったなんて…!?」
その声が共鳴する。
「本当に綺麗ですね…!」
「まるで…聖地だな…!」
「…!?」
そう、ここは…身が竦んでしまう程神々しい場所だった。
「…!?」
暫くボ〜ッと見とれていたアルス。
「…さん、アルスさん!!」
「へっ、あっ、な…何っ!?…何だ!?」
「そろそろ出発しましょう…」
「あ、あぁ…。そうだな…!!」
アルスは『柄にもない』と自分に言い聞かせ気持ちを切り替えた。
「この奥、狭くて馬車が通れませんね…」
「そうか…。じゃあメンバーを考えないとな…」
「だな…」
アルスは頭を使って考える。
「よし!ソロ、アンディ、スーザン。そして…俺で決まり!」
以上の結果になった。
「えっ!?アルス、今『俺』って言ったか!?」
ソロが言葉使いに食いついてきた。
「…あ、あぁ…。女道中何かと危ないから男のフリしてるウチに何だか癖になっちまってな…」
アルスは慌てて誤魔化した。
ダンカンとソロと再会したあの瞬間アルスは主人格に戻っていたのだが、今のアルスは交代人格である為ウッカリしていた。
「…!?」
「あっと…えっと…道具の整理もしておこう…!薬草と毒消し草と満月草と…」
慌てて他の話題を振った。
「…!?」
だが、ソロの中に芽生えた疑問な消えなかった。
…何かが可笑しい…とソロの本能が訴えているからだ。
「『ラーの鏡』は…要らないな…。リリアンさん、持ってて下さい…」
「あ、はい…!」
「…よし、こんなモンかな…?さ、行こう!」
::::
奥には荒くれ者がいた。
「いよ〜、色っぽい姉チャンだな!」
と言いながらスーザンのお尻に触ったのだ。
「キャ〜!?」
「ガハハっ!!」
「メラ!!」
アンディはムッとしたので魔法を食らわせた。
「アチチチチ〜!?」
慌てて水に飛び込む痴漢。
「あ、有難う御座います…!!」
「あ、いえ…!」
アンディは頬を赤らめた。
::::
続く。
168
:
上沼みどり
:2011/06/04(土) 16:19:12
【HOWEVER】
途中で痴漢(笑)に遭遇しながらも、アルス一行は洞窟の更に奥へと進んだ。
「…また、違った…」
これまで何個も宝箱が転がっていたが、どれもこれも『水のリング』ではなかった。
「う〜ん…」
「まだ先は長いみたいですね…」
::::
〈一方その頃〉
居残り組はとくにやることが無いので、馬車の掃除をしていた。
「それにしても…荷物少ないですねぇ…」
リリアンはそう思った。
「ご主人様がいっぱい物を詰め込むのを嫌がるのでゴザルよ…。必要になったモノはその時その場で調達すれば良い…と。幸いご主人様や拙者は回復魔法が一通り使えるからして…」
「そのお陰で私なんてあまりお洒落出来ないし、化粧品もどうしても必要な最低限しか持てないんだけどね…」
「はぁ…」
最初に声を掛けたのはリリアンだが、彼は何処か上の空だった。
原因は…『アルス』の事である。
「…」
アルスのあの笑顔…それが胸に焼き付いている。
リリアンはそれまでアルスの事を『変わった人』としか思っていなかった。
だが、姉がアルスの事が何やらやたら気になるらしく、こうして監視役として遣わしたくらいだ。
「(アレでいて、結構面倒見いいから…姉さんは…。ただし、絶対に他人にソレを知られたくない…!)」
アルスに対する想いなど、その程度だった。
だが、あの…まるで澄み渡る海のような笑顔を見た瞬間、アルスの事が頭から離れないのだ。
あんなキレイな笑顔になれる人を、あんな無理矢理表情を造らされている人形のようにしてしまうだなんて、一体過去に何があったのだろう…?
そして…、一瞬とはいえあの笑顔を表した幼なじみであるソロとはどんな仲なのだろう…?
::::
更に進んだアルス一行は、滝の奥に洞穴を発見した。
そしてその中に…、
「あった!!あれが『水のリング』だ!!」
「遂に見つけましたね!」
「…さ、アンディ…」
アンディは慎重に指輪を取りに行った。
また魔物が出るのではないか…と予想していたからだ。
…が、
「…何にも起こらない…!?」
「ここには番人はいない…って事か…」
「やったな!アンディ、コレで結婚出来るぞ!!」
「あぁ!!」
…だが、喜びでいっぱいの一行に今にも襲いかかりそうな不気味な影が、息を潜めていた。
::::
続く
169
:
上沼みどり
:2011/06/05(日) 11:19:40
【HOWEVER】
遂に『水のリング』を手に入れたアルス一行。
「コレで…、デボラと結婚…」
アンディの顔は浮かなかった。
…無理もない…。
「…」
だが、浮かない顔をしているのはアンディだけでは無かった。
「(コレでアンディさんはあの人…デボラさんと結婚…。あの素敵な歌を唄えるこの人に…『復讐心』という魔物を心に植え付けた相手と…)」
と、スーザン。
「それにしても見事にキレイな指輪だなぁ…(その『デボラ』ってどんな女か知らないけど…アルスが付けた方が絶対似合うと想うなぁ…)」
と、ソロ。
「(コレで…またお父さんとの約束…お母さんを助け出すのに一歩近づく!!結果としてアンディに代理政略結婚をしてもらう事になるけど、コッチにだって事情があるんだ!!)」
と、アルスは野望に燃えていた。
「…さ。『サラボナ』に戻ろう…」
「あぁ…」
だが、突然下を流れる水が柱のように高く伸び、出入り口を塞いでしまった。
「っ…!?」
そして…、何処からか声が聞こえてきた。
『此処は神聖なる地…。それは愛に結ばれた者を繋ぐ糧…。此処にいて良いのは揺るぎない愛を持つ者のみ!資格無き大罪人よ、裁きを受けるがよい!!』
そして…、水が4人にいっせいに襲いかかった。
ザバ〜ンッ!!
::::
〈一方その頃〉
その影響は居残り組にも響いていた。
「な、何でゴザルか〜!?」
「イヤ〜!!」
危うく船がひっくり返りそうになる。
「オイラに任せい!!『マヒャド』!!」
イエッタの『マヒャド』により、まわりの水が凍りついた。
「た、助かりました…!有り難う御座います…!!」
「エッヘン!」
と、そこへ、
「うわ〜っ!?助けてくれ〜!!」
痴漢荒くれ者が流れてきた。
「大変!?」
「私の出番ね!」
キャシーは『グリンガムの鞭』を投げ縄のように飛ばし、荒くれ者を引き上げた。
「ゼェ…ハァ…助かった…」
「大丈夫でゴザルか…?」
「ヒッ、モンスター!?」
「あぁ、大丈夫ぶですよ。このコ達改心してますから…!」
「失礼しちゃうわね!命の恩人に向かって…!!」
「…それにしても、一体何が!?」
「どうやらあの4人組が、洞窟の精霊の怒りに触れちまったようだな…」
「何か知ってるの!?」
「何だ?知らないできたのか…?此処はな…」
::::
続く
170
:
上沼みどり
:2011/06/06(月) 21:21:18
【HOWEVER】
アルス達は水に呑み込まれた。
段々意識が遠退いてゆく。
しかし何故だか、苦しみは無かった。
自分という自我が段々曖昧になっていく感覚。
自分のモノではない記憶が、不思議と走馬灯のように頭を駆け巡る。
…頭…?
まわる…まわる…。
流れる…流れる…。
溶ける…溶ける…。
::::
〈一方その頃〉
「そんな…!?」
荒くれ者はリリアン達に説明した。
『洞窟の精霊の怒りに触れた者は、水に溶けてしまう』
と…。
「ま、俺は冒険者達のオコボレをちょいと拝借しにきただけだけどな…」
と、下品な笑みを浮かべて。
「っ…!?」
リリアンは船から飛び降り、洞窟の奥へ向かった。
::::
『おのれ…性懲りもなく、また我の裁きを受けに侵入者が迷い込んだか…』
::::
「アルスさ〜ん!!アンディ、スーザンさん、ソロさ〜ん!!」
返ってくるのは、共鳴したリリアンの声のみだ。
「ハァ…はぁ…」
チャポン…、
足音が聞こえた。
水の上に誰かが立っている。
「アルス…さん…?」
しかし何処かが違う。
目の前に現れたアルスは、まるで水の蜃気楼のようにぼやけている。
「…あ、そうか…!!」
リリアンはその蜃気楼に『ラーの鏡』を向けた。
バビュ〜!!
辺り一面が、目も開けられない程輝き…そして…、
「アルスさん!!」
アルス達、4人全員が、全身びしょ濡れで気絶して横たわっていた。
「っ…!!」
溺れているのだと判断したリリアンは…人口呼吸を行うことにした。
「どうか起きて下さい!!こんなところで死んではいけません!!」
…と、そこへ、
『無駄じゃよ…』
声が聞こえた。
『こ奴等は我が手中にある。儂の許しが無ければ起きることはない。ラーの鏡を持ってしてでも…』
隣りにいるようで、遠くにいるような声が…。
::::
続く
171
:
上沼みどり
:2011/06/07(火) 10:49:05
【HOWEVER】
「…洞窟に住まう精霊…ですか…?」
リリアンは訊ねる。
『如何にも…。ならば言わなくても分かるだろう。そ奴等は大罪人。それ故に裁きを下したまで…』
「罪とは…?」
『そ奴等は水のリングを求め来たにも関わらず、誰一人とて愛を持っておらなんだ!まっこと許し難し!!』
「…それを定義づけるモノは何で御座いますか…?」
『何…』
リリアンは怯まず精霊に問い掛ける。
「愛は十人十色…それぞれ違うモノになります。アナタは何を持って『真実の愛』と『偽りの愛』を定義づけるので御座いますか…?」
『我に意見するというのか!?人間の分際で…!!』
「上辺の言葉ですか?贈り物ですか?賭けた時間ですか?対価です?深層心理ですか?」
『…』
「僕は見ての通り只の人間であります。只の人間風情には『真実の愛』と『偽りの愛』を完璧に見極める術は存在しません…。愛の精霊であるアナタの定義に興味が湧きました!さぁ、答えて下さい!!」
『…』
「…!!」
リリアンの瞳は、強い意志の光で輝いていた。
『…フッ、面白い!そんな風に我に意見したのは貴様が初めてじゃ…』
「…?」
『…貴様に免じて我は猶予を与えよう…』
「猶予…?」
すると、アルス達の身体をボワ〜ッと蒼白い光が包んだ。
それは一瞬で消え、そして…アルス達が目覚めた。
「アルスさん!!」
4人ともボケ〜ッとしたような表情をしているが、意識はハッキリしていると見受けられる。
そして…、
『聞け、大罪人達よ!!』
「…!?」
『今一度貴様等に3日の猶予を与える!!』
「3日…?」
『それまでに、それぞれの真実の愛とやらを示せ!!もしそれが叶わなんだ際は…水の泡となって消え去るのみ!!』
「っ…!?」
『よいな?3日じゃぞ…。我は水のリングに精神の一部を憑依させ貴様等を見張ることとする。さぁ、行くがよい!!真実の愛とやらを示す為に…!!』
ボワ〜ッと水のリングが一瞬だけ熱を帯びて光った。
「…!?」
猶予は…たったの3日。
::::
続く
172
:
上沼みどり
:2011/06/07(火) 21:10:41
【HOWEVER】
アルス達はひとまずサラボナへ戻ってきた。
「アルスさん!!女性だったのか!?」
ずぶ濡れになったアルスは身体のラインがクッキリと見えてしまっている。
デボラ程ではないが、なかなかのプロポーションだ。
「何言ってんだ?オッサン、アルスが男なワケ無いだろ…!」
思わずソロは食ってかかった。
「誰だね?君は…?」
「俺はソロ。山奥の温泉がある村に住んでるアルスの幼な馴染みだ…」
「そうか…。…して…スーザンさん…と言ったかな?踊り子さん…」
「は、はい!?」
「先程カジノ船の支配人に連絡をとってみたところ、踊り子の一人が結婚をして故郷に帰ってしまった為空きがあるそうなのだ…。もし考えが変わっていなければ近い内に採用したい…と申しておった…」
「有り難う御座います!!一生懸命働きます!!」
「うむ…。そしてアンディよ…。見事『水のリング』を手に入れたか!」
「えぇ…はい…」
大喜びのルドマン。
「よし!早速式の準備じゃ!!デボラ、アンディはここまでやる男に成長したのじゃ、もう文句はあるまい…」
「イヤよ!!」
「デボラ!?」
「私は今は結婚したくないの!!したくなったら自分で探す!!…でも、そこまでやったアンディを候補の一人にしておいてもいいけどね…!」
「(小声で)うわっ、最悪…」
ソロは思わず本年を呟いてしまった。
「…っ!!」
「その事で、父さん…」
「何じゃリリアン!今はそれどころでは…」
「とっても大事なんだ!!聞いて下さい!!お願いします!!」
「リリアン…!?」
ルドマンもデボラも、つい出発前までのリリアンと決定的に何かが違っているのを感じ取った。
…具体的に説明は出来ないが…。
「…何があった…?」
「実は…」
リリアンは説明した。
滝の洞窟で遭ったことを全部…。
173
:
上沼みどり
:2011/06/10(金) 22:16:27
【HOWEVER】
「…!?」
リリアンがすべてを語った次の瞬間衝撃のあまりに、世界中の『音』が消滅したような錯覚に襲われた。
…が、ルドマンはいち早く言葉を発した。
「デボラ!!アンディの気持ちを受け入れるのじゃ!!」
「イヤ!!」
「デボラ!!」
「っ!!」
デボラはたまらず外へ飛び出した。
「ワン、ワン!」
「デボラ!!待って、話しが!!」
フローラとアンディが後を追った。
「…!!」
「父さん…、後は本人達に任せた方がいい…」
「そうじゃな…。してスーザンさん…」
「はい…?」
「期限は3日しかない…。もし故郷に誰か想い人がいるなら伝えに行きなさい…!カジノ船へは連絡をいれておく…」
「重ね重ね、有り難う御座います!!」
「…アルスさん、や。3日後に無事に存在出来ていたなら…『天空の盾』を譲ろう…!」
アルスは一瞬耳を疑った。
「父さん!?」
「アレはアルスさんが持っていた方が価値がある!そもそも最初から、娘婿になった者にまるで賞品として渡そうとしていた行為が罰当たりだったのじゃ。なぁにデボラはあれ程の美貌の持ち主じゃ!性格はちょっとキツメじゃが内心はとても良い娘…。宝なんぞ無くても相手を見つけることくらい出来るじゃろう…!」
「父さん…!」
「…さアルスさん、スーザンさん…行っておいで…!」
そう言われてもアルスは困る。
そんな相手なぞ…、
「アルス…話しがある…!!」
ソロがそう言ってアルスの手を引いて行った。
「…では、私も…」
スーザンも出て行った。
「…」
「若いのぅ…。昔を思い出す…!」
「…父さん…。重大な話しがあるんだけど…聞いてもらえるかな…?」
::::
〈見晴らしの塔・最上階〉
「…」
デボラは風邪に吹かれながら…いや、只々吹かれていた。
「くぅ〜ん、クゥ〜ン…」
「フローラ…」
愛犬の頭を優しく撫でる。
「フローラには相変わらず甘いんだね…」
アンディもいた。
「当たり前よ。フローラは私の妹だもん!」
「…デボラ、聞いて欲しい事がある!!」
「告白なら聞かない!!」
「告白?冗談じゃないよ…。何で僕が!?」
アンディは鼻にツクような言い方をした。
「じゃあ何!?」
「復讐だよ…!!」
すべての想いをデボラに言おうと決めたアンディの瞳に迷いの色は無かった。
174
:
上沼みどり
:2011/06/11(土) 21:56:35
【HOWEVER】
〈見晴らしの塔〉
「復讐…!?」
「そう…。リングを手に入れて、目の前に突き出して…こっぴとく振るつもりだった…。小さい頃から受けてきたイジメの最大の復讐の為に…。でも…消えちゃった!アルスさんと目があった瞬間に…ね!」
「あの男女にそんな能力が…!?」
「まぁ、彼女は『魔物使い』だし…。僕の中にあった『復讐心』っていう名前の魔物を浄化しちゃったんだろう、無意識の内に…」
「…」
「そのお礼の為に僕は君と結婚しようとした…」
「は?意味が分からないんだけど…」
「彼女は…父親殺しの仇を倒して、魔界に攫われた母親を助けようと…伝説の勇者を探してる!だから、僕がデボラと結婚してルドマンさんを上手い事説得して『天空の盾』を譲り渡して貰えるように頼むつもりだったんだよ…」
「…!?」
アルスが『何か』を抱えているとは想っていたが、あまりにもその規模の大きさに驚いた。
「でも…滝の洞窟の精霊の怒りを買っちゃって…!改めてデボラ…、君を振ろう…と想ったんだ…。だって真実の愛じゃ無いんだもの…!」
「…」
「…」
「…アンディのクセに生意気よ!!こっちから願い下げだわ!!」
デボラとアンディ…お互い微笑んでいた。
「…そしてこれからも君を愛す事は無い…。その誓いにこの詩を送るよ…」
アンディは唄い始めた。
::::
〈見晴らしの塔・下〉
「…」
その歌声をスーザンはウットリと聴いていた。
::::
〈船の中〉
アルスはソロに連れて来られた。
ゆっくりと人格を交換し、会話をしようとしたが…、
「…!?」
「…!!」
その唇をアルスはソロによって塞がれた。
「…っ!?」
「…」
「…な、何するんだよ!?ソロ!!」
アルスはその戒めから何とか逃れた。
「精霊に言われただろ、『真実の愛』だ…。俺はずっとアルスが好きだった…!!」
「えっ!?」
「お前は覚えていないだろうけど、俺は2つ年上な分、初めて会った時からの事を覚えてる。その時から俺はお前に恋してた!!」
「…!?」
「お化け退治した時も…二人だけの秘密の冒険だったから内心ドキドキしてて…色々遭ったけど楽しかったのを昨日の事のように思い出せる…!!」
「ソロ…!?」
::::
続く
175
:
上沼みどり
:2011/06/12(日) 21:43:54
【HOWEVER】
〈ルドマン邸〉
「それは本当なのか!?リリアン!!」
「冗談でこんな大切な事言わないよ…」
リリアンは決意を父親に語った。
「…!?」
「それじゃ、伝えてくるね…この気持ちを彼女に!!」
立ち尽くす父親を後目にリリアンは家を出た。
::::
〈船の中〉
「サンタローズが焼き払われてお前が死んだと聞かされても俺は信じなかった…この10年…」
「…」
「そしてお前は生きていた!!あの頃よりますますキレイになってな!」
「キレイ…!?」
「あぁ…。例えその10年…奴隷として重労働を強いられて来たんだとしても…想像を遥かに上回った姿になって再会してくれた…!!」
「何で奴隷(その)ことを!?」
「精霊に溶かされた時に…だ。あの時いた俺達4人は自分の境目が無くなっちまったからな…。お前だって考えないようにしてるだけで、俺の記憶を見たハズだ…!!」
「…!?」
「だから…分かってるだろう…?俺がどれだけお前を想って来たのかが!!」
「ソロ…」
「アルス、俺を受け入れろ!!でないと3日で消えちまうんだぞ!!」
「…」
「結婚だってお互い適齢期だ!!…父さんの病気も善くならないし…。父さんを安心させてやりたい!!そして…孫の顔でも見せてやれば元気になると思うんだ!!」
「…」
「俺と結婚してくれ!!そして…山奥の村で一緒に暮らして欲しい…!!魔界とか魔王とか、敵討ちとかお袋さんを救出するとか…そんなの勇者に任せとけばいいんだ!!」
「ソロ…」
「…!!」
ソロの瞳は真剣そのモノだ。
アルスにも当然分かっている。
…精霊の仕業で、ソロの気持ちはイタい程よく分かったのだから…。
…だがアルスは、
「…悪いソロ…。そのプロポーズを受け入れるワケにはいかない…」
それに対しソロは何とこう言った。
「煩い!!俺はアルスに言ってるんだ!!贋者には用は無い!!」
「贋…者…!?」
その発言にはアルスも流石に吃驚だ。
「そうだ!!テメェはパパスさんが殺されてショックを受けたアルスの心に憑依した真っ赤な贋者さ!!」
「何言って…!?俺はアルスだよ!!」
「アルスはそんな口調じゃない!!口を聞けないようにして心まで操りやがって…この贋者が!!」
「ソロ…!?」
::::
続く
176
:
逃げた兵士は元いじめっ子 1/4
:2011/06/15(水) 20:05:26
ヘンリーとマリアを祝福し城を出た彼女は、ラインハットの街の外に停めてある馬車へと向かった。
――あの子達にも合わせてあげたかったんだけどな。
彼女と一緒に旅をしている仲間モンスターの内の何匹かは、ラインハット奪還に際してヘンリーたちと一緒に
戦った戦友だ。
――まさかお城の中に連れて行くわけにはいかないしね。
そんな事を考えながら歩いていると「うわぁぁぁぁっ!」不意に悲鳴が聞こえてきた。
聞こえてきたのが馬車のある方向だった為、『まさか!?』と思いながら駆けつけた彼女の目に映ったのは、
尻餅をついている兵士と今にも襲い掛からんとしているキラーパンサー、そしてそのキラーパンサーを押し留め
ているスライムとスライムナイトの姿だった。
「ど、どうしたの!?」
声を掛けて側による彼女。それに気づいたスライムナイトが答える。
「こちらの兵士殿を見かけたかと思ったら、いきなりゲレゲレ殿が飛び掛ろうとされまして。慌ててスラリンと
二人で止めに入った次第です」
「こら、ゲレゲレ! 人に襲いかかっちゃダメじゃないか!」
彼女の一喝によって、キラーパンサーのゲレゲレは悲しそうにひと鳴きすると、倒れている兵士から離れた。
スライムナイトとスライムが安堵の息を漏らす。
「すみません。大丈夫ですか?」
兵士に向かって手を差し伸べる彼女。
「……殺されるかと思った」
「ごめんなさい。ボクの仲間が失礼しました。怪我はないですか?」
彼女の手を取り立ち上がる兵士。
「ああ、もうちょっとで食われるってところで、そのスライムナイトとスライムに助けられたよ。まさかモンス
ターに助けられるなんてな……。けど、あんた一体何者なんだ? この二匹もそうだし、キラーパンサーだって
素直にあんたの言う事を聞いているみたいだ。並の人間に出来る……あっ! もしかして、あんたも……モンス
ター!?」
途端に怯えた表情となり、一歩、二歩と後ずさる。
「ははは、ボクは人間だよ。どういうわけかわからないけど、モンスターと友達になれるんだ。この事を教えて
くれたお爺さんはボクがいい目をしてるって言ってたけど、正直よくわからないんだよね」
「目か……」
呟くと、兵士は彼女の目をまじまじと見つめた。
「確かに。見てるとなんだか、引き込まれそうになるな」
「そ、そんなにジッと見られると照れるんだけど……」
頬を少し赤らめて漏らす彼女。
「あ、ああ。悪い。つい、な」
「うん。別にいいよ。……そ、それよりさ、君はこんなところで何をしてるの? 見たところ、ラインハットの
兵士さんでしょ?」
見つめられて照れたのをごまかす為に、彼女は話題を変えた。と、途端に兵士の顔が曇りだした。
「な、何か悪いこと聞いちゃった?」
「いや、いいんだ。……実は俺、お城から逃げ出したんだ。お城の兵士になったはいいけど、城を仕切ってる太
后さまがとんでもなくてさ、こりゃあラインハットも終わりだな、と思ってヤバくなる前に城を出たんだよ。そ
したら何と、行方不明だったヘンリー王子が帰ってきて、城の実権を握ってた偽者の太后さまをやっつけたって
言うじゃないか。それでちょっと様子を見てみようと思ってここまで来たら、そのキラーパンサーに襲われたっ
て訳さ」
告白を終えた兵士は最後に、馬車の前でうずくまっているゲレゲレを指差した。当のゲレゲレはというと、そ
れまでの兵士に対する態度はどこへやら、目を閉じて眠っているようだった。
177
:
逃げた兵士は元いじめっ子 2/4
:2011/06/15(水) 20:05:45
「ホントにごめんなさい」
彼女は深々と頭を下げた。
「いや、いいって。こっちもさ、街から離れたところでうろうろしててかなり怪しかったと思うし」
兵士はそう言うが、彼女は『そんな事で襲い掛かったりしないと思うけどなぁ』などと思っていた。
「それで、どうするの。お城に戻るの?」
彼女が問いかけると、兵士は深くため息を吐いた。
「どうすっかなぁ……。正直なところ今戻っても、『今更何しに来たんだ?』ってなるだろうしなぁ」
「……確かにヘンリーなら、言いそうだよね」
兵士に聞こえないように小声で呟く彼女。
「何か言った?」
「ううん、なんでもないよ。でも、それじゃあ戻りづらいよね。兵士さんは、元々ラインハットの人なの? そ
うじゃないなら、実家に帰って何か別の仕事を探したら?」
「俺、アルカパの出身なんだけど、この間まで家に帰ってたんだよ。でも、最初に偉そうなこと言って家を出て
きてたから、なんだか居づらくてさ……」
肩を落としてさらに深いため息を吐く兵士。
そんな兵士を見て彼女は思う。アルカパにしろラインハットにしろ、戻れる所があるのなら戻った方がいいの
に、と。
ハッキリとした記憶では、ひと月も住んでいなかったサンタローズの家を思う。今は亡き父や、行方知れずに
なってしまったサンチョ。幼い頃に生き別れたゲレゲレとは再会できたが、彼女に戻るべき所はない。だからと
言って兵士を責めるわけではなく、ただ彼女は素直に思うだけだ。
「あんたは? その格好だと旅をしてるみたいだけど、長いのかい?」
「ううん。まだ旅を始めて半年くらいかな」
「そうなのか? なんていうか、凄く旅慣れてる感じがするけどな」
兵士は彼女の答えに意外というように声を上げた。
「そこのモンスターたちは、どういう経緯で仲間になったんだ? 魔物のエサとかで手なずけたりしたのか?」
「うーん……手なずけたっていうのはちょっと違うかな。最初は普通に敵同士だったんだけど、戦い終わって、
彼らが仲間になってくれたっていうか……」
「リュカ殿の強さ。また、どこか懐かしさを感じさせる瞳。それらが我々の心に何かを感じさせたのです。気が
ついたら、仲間にしていただきたいと頼んでおりました」
説明に苦慮していた彼女に、当事者であるスライムナイトが助け舟を出した。
「なるほど、そんなこともあるんだな。で、そっちのキラーパンサーも一度倒したのか?」
「ううん。ゲレゲレは違うんだ。この子とは小さい時に友達になって、一度はぐれちゃったんだけど、この間再
会したんだよ」
そう告げる彼女の表情は嬉しさに満ちている。ゲレゲレとの再会が本当に嬉しかったのだという事が窺える。
しかしそんな彼女とは反対に、兵士はゲレゲレを見つめ何事か考え込んでいる。
「……なあ、もしかしてあんた、ビアンカの知り合いか?」
「えっ? ビアンカを知ってるの?」
兵士の予想外の問いに、彼女は驚きを隠さずに問い返した。
「ああ。さっきも言ったけど俺アルカパの出身で、ビアンカの事はよく知ってたんだ。っていうかさ、ビアンカ
と一緒にレヌール城のお化け退治したのって、あんたじゃないのか?」
「えっ! ボクのことも知ってるの!?」
先ほどよりもより大きな驚きを受けた彼女。声も自然と大きくなっていた。
「あー……言い難いんだが、あの時、拾ってきた猫をいじめてたの、俺なんだ」
照れているというよりは、申し訳なさそうな、そんな表情を浮かべて兵士は頭の後ろを掻く。
「ええっ! そうなの!?」
178
:
逃げた兵士は元いじめっ子 3/4
:2011/06/15(水) 20:06:06
「ああ。そうなんだよ。……猫をあんたたちに渡した時に、ビアンカが名前をつけてただろ? ゲレゲレって。
その時好きだった絵本に出てくる名前だったから覚えてたんだ。で、さっきその名前を聞いて『そういえばあの
猫、たてがみが赤かったな……』なんて思い出しててさ。それでもしかして、と思って聞いてみたんだ」
「そうだったんだ……。うん、そうだよ。ゲレゲレはあの時の猫だよ。正確には、猫じゃなかったけどね」
そう言って彼女は笑う。
しかしそれとは逆に兵士の方は苦笑を浮かべている。
「ああ、まさかキラーパンサーの子供だったとはな……。しかもそれをいじめてただなんて、いま思い出しても
ゾッとするよ」
言葉だけではなく、兵士は両手で身体を掻き抱いている。
「あっ、もしかしたらそれかも」
「それって?」
「ゲレゲレが君に襲い掛かったんでしょ? もしかしたら、その時のことを覚えてたのかも」
「いや、そんな。もう十年も前の話だぜ?」
「んー……。でも、そんなことでもない限り、ゲレゲレが人を襲うなんてないと思うんだ。ねぇ、ゲレゲレ?」
彼女は馬車の前でうずくまるゲレゲレに直接問いかける。兵士は『いや、さすがに答えないだろ』などと思っ
ていたのだが……。
「ガウッ!」
ゲレゲレは力強く短く吼えた。それはまるで『当たり前だろ』とでも言っているように兵士には思えた。
「ねっ、そうでしょ?」
彼女の方にはより明確にゲレゲレの『言葉』が伝わっているようで、笑顔を見せている。
「……ああ。どうやらそうみたいだな」
兵士は認め、一度うつむいた後すぐに顔を上げると、
「ごめんな、ゲレゲレ。あの時はすまなかった!」
そう言って頭を下げた。
それに対してゲレゲレは「ガウ」と短く静かに答えた。それは『気にするなよ』そう言っているように兵士に
は聞こえた。
そんな兵士の様子を、彼女は少なからず驚きを持って見ていた。
これまで魔物に対して恐れ、嫌う人間はいても、謝罪をする人間というのは初めてだった。もちろん彼女の友
人であるヘンリーやマリアは除くのだが。特にゲレゲレは、ある村では化け物といわれて恐れられていた。仲間
である彼女もろとも敬遠されたのだ。だからこそ、兵士のこの行動は彼女に驚きを与えた。
「ん? どうしたんだ、変な物をみるような目で見て。俺、なんかおかしいか?」
彼女の視線に気づいた兵士が自分の身体を見回す。
「ううん! なんでもないよ」
否定の言葉を口にする彼女の顔には満面の笑みが浮かんでいる。そんな彼女の様子に、逆に兵士の方が怪訝な
表情を浮かべてた。
「……さて。それじゃあ、ボクたちはそろそろ行くけど、君はどうするの?」
先ほどと同じ質問を兵士に投げかける彼女。ゲレゲレにまで謝っている様子を見て『この兵士なら大丈夫だろ
う』そんな風に彼女は考えていた。『ヘンリーはちょっと手強いかもしれないけど』とも思っていたが。
「……あんたは、どこに行くんだ?」
「ボク? ボクたちは一度ルラフェンに戻って、そこから南に向かうつもりだけど?」
「ルラフェン?」
アルカパとラインハットしか知らない兵士にとって、ルラフェンというのは初めて聞く名だった。
「うん。ここからだとずっと東、海を越えた隣の大陸にある街なんだ」
彼女はすっと右手で東の方角をを指差す。
兵士はそちらの方に視線を向け「海の向こう……か」と、小さく呟いた。
179
:
逃げた兵士は元いじめっ子 4/4
:2011/06/15(水) 20:06:19
「なあ」
東を向いたまま兵士が声をかける。
「なに?」
彼女はキョトンとした顔で問い返す。
兵士はゆっくりと彼女の方に向き直り、強い視線で彼女を見つめる。
「あんたの旅に、俺も連れて行ってくれないかな?」
「えっ? ボクたちの、旅に?」
突然の申し出に彼女は戸惑い、うろたえた。
「ああ。あんたと一緒に旅をすれば、俺も変われる気がするんだ!」
「で、でも……一緒にっていうのは……」
彼女は顔を赤らめてうつむく。他人とは違う人生を歩んできている彼女ではあるが、もちろん女の子である。
仲間のモンスターがいるとはいえ、男の人と一緒に旅をするというのは、さすがに前向きに考えられる事ではな
い。確かに数ヶ月前まではヘンリーと一緒に旅をしていたのだが、彼女とヘンリーの間には男女の仲を越えた絆
があった。そもそも十年以上も寝食を共にしていたのだから、一緒に旅をする事に何の抵抗もなかった。だから、
会ったばかりの兵士にこんな事を言われて、彼女は困惑していた。
しかしそんな彼女の様子に気づくことなく、兵士はさらに続ける。
「あんたに一緒についていって、あんたの様な芯のある男になりたいんだ!」
この言葉に、困惑していた彼女の表情が凍った。
「ええっと、それはつまり……ボクみたいな……?」
「ああ、筋の通った男を目指す!」
兵士の瞳は熱く燃えている。彼女の事を頭から男であると信じ込んでいるようだ。
「……やっぱりボクって、女の子には見えないよね」
それとは逆に彼女は落ち込み、誰にも聞こえない小さな声で嘆いていた。
「な、なあ、ダメかな?」
懇願する兵士の目は、少しだけ不安が混じっているけれど、やはり意志の強さが感じられる。
彼女はその視線を受けて小さくため息を吐くと、兵士に優しく微笑んだ。
「ごめんね。ボク、女の子なんだ」
言って、馬車へと駆け出す彼女。
突然の告白に言葉を出せずにいる兵士の目の前で、「ルーラ!」彼女の姿は光に包まれ宙に舞った。
残された兵士はただただ呆然と、彼女が消えた方角――東を見つめるだけだった。
後日、水のリングを手に入れてサラボナへと戻ってきた彼女の前に、兵士がその姿を現すのだが、それはまた
別の話である。
―完―
180
:
一生かけて恋をする。・1
:2011/07/23(土) 21:08:53
「ヘンリーついたよ。ポートセルミに。」
「やっと行いたか!!ほら、リュカ!早く降りよーぜ!!」
「ちょっヘンリー!船に荷物置いたままだってばー!」
ポートセルミの船つき場に元気よく船から降りていく2人の人影があった。
1人はヘンリーという緑髪の青年。あの大国ラインハットの王子だった。だが今は、王の座は弟のデールに任せ、リュカと旅をしている。
もう一人はリュカという紫のターバン・マントが印象的な黒髪の女性だ。..いや、外見を見て判断をするならば青年と言った方が良いだろう。リュカは父の敵を討つため。そして父の最期の言葉と手紙を頼りにし、伝説の勇者と何者かに連れ去られた母、マーサを見つけ出す為、旅をしている。
「ヘンリー、とりあえず酒場にいこっか。なにか伝説の勇者について知ってる人がいるかも知れないし...。」
がちゃりと酒場のドアを開き、2人で「すいませーん。あのー」と言いながら入ったその時、
「たっ助けて下せえ!」「!?!?」
麦わら帽子の印象的な男性が涙と鼻水を流しながら、リュカ達に駆け寄よってリュカの後ろにかばってもらうように隠れた。そして人と言えるかどうか分からない狼×人な奴がリュカたちに歩み寄ってきた。
「ったくいいからその金を渡せって言ってるだろーが!」
「うんにゃ!あんた達は信用できねえ!金は渡さん!これは村を平和にするため、村の皆が少しずつ金を出し合って頑張って集めて...。」
「ったくうっせえ兄さんだ。さっさと渡せばいいのによぉ...。ん?」
人狼の一人が麦わら帽子を庇う様に前に立つリュカを気ずき話しかけた。
「よぉ、お前さんも俺達に反抗しようって言うのかい?」
「ああ。」
「上等じゃねーか!!その生意気な鼻っ柱、折ってやるわっっ!!!」
人狼2人(匹)は剣を構え襲ってきた。リュカとヘンリーはそれを避け、自分達も武器を構えた。
181
:
一生かけて恋をする。・2
:2011/07/24(日) 07:45:08
ばしゅっ ザクッ カキ...ン ドカドカーン!!!
人狼2匹とリュカ・ヘンリーの戦いは激しいかった。リュカの刃のブーメランで全体攻撃。ヘンリーのイオで同じく全体攻撃。人狼2匹で通常攻撃。人狼2匹は前に神の塔へ行く時同じ魔物と戦った事があり、攻撃の種類は知っている。だがその魔物よりこいつらはしぶとくなかなか倒れない。
「うぐわぁっ!!」「!!!やった!!」
リュカの攻撃で1匹は倒した。
「おっおい!!大丈夫か!?!てめぇ..なんて事するんだ!!!俺の大事な相棒に!!ウォォォ〜ーーー!」
人狼がリュカに攻撃をしてくる。リュカはそれに気ずいていない。
「危ない、リュカ!!!」
ヘンリーはリュカを庇い、自分がダメージを受けた。
「うっっくっ...。」
「っっヘンリー、大丈夫!?」
「あ...いや、大丈...いってて...!!」
傷は格好深かったらしく、服が破れ、血が出ていた。大きな傷が痛々しい。
「ごめんね...!!僕を庇って...!!こんな傷つけちゃって...!!」
「大丈夫だ...!子分を守るのが親分の役目だろーが。」
ヘンリーはいつものイタズラッコの笑みを浮かべた。
「っ...!!と、とにかく回復っ...!」
リュカは意識を集中し、覚えたての呪文を唱えた。
「光の精よ、悪しき者につけられた、この者の傷を癒したまえ!!べホイミッ!!!」
リュカが呪文を唱え、リュカの手には青と緑と黄色の光が集まった。リュカはその光をヘンリーの傷にあてた。そしてヘンリーの傷は見る見ると回復した。
「はっ回復しちまったか!!つまんねーな!!」
「...許せない...。」「あ?」
「ヘンリーにあんな傷をつけて...絶っっ対許せない...!!!!」
「いや、あのリュカ。傷は回復したし、許した「ヘンリーは黙っててっっ!!!」「はっはいっでございます!!」
ヘンリーはつい、敬語をつかってしまった。リュカの周りに殺気のオーラが見えたからだ。
「風の精よ!!この者の全てを切り刻み、我らを勝利へと導け!!!!バ・キ・マ!!!!」
「へ?...ぐわぁぁ〜〜ーーーーー!!!!!!」
人狼はリュカのバキマに巻き込まれ、壁にダンッッとぶつかった。
182
:
アメとムチ1
:2011/08/02(火) 21:24:04
―滝の洞窟入り口にて―
「じゃあ…俺はこいつらと一緒に留守番してるから、お前らだけで行ってこいよ」
かすかに聞こえる滝のしぶきと水の滴る音を背に、ヘンリーは馬車を指差しながら言った。
「どうしたの?ヘンリーも一緒に行こうよ?」
何か違和感を覚えたリュカがヘンリーを覗き込む。
「そうよ、ヘンリーも一緒に行きましょうよ……うふふふふ」
リュカの後ろからビアンカが顔を出す。
「い、いや…折角の幼馴染の再会を邪魔しちゃ悪いし‥さ?プックルも行きたがってるし、 お前らで」
「ビアンカお姉ちゃんとは昨日充分話したよ…どうしたのヘンリー?何かいつもと違う…」
と、リュカは首を傾げる。
ああそうだリュカ、俺がいつもと違うのは俺自身よく解ってる。
そしてその原因は、リュカの後ろで爽やかな笑顔を浮かべているリュカの幼馴染・ビアンカさんにある。ことの発端は昨日へと遡る。
水のリングを手に入れるため、リュカと俺は滝の洞窟へと向かっていた。
しかし、滝の洞窟に入るには村の人に水門を開けてもらわなければならず、俺たちはその足で山奥の村へと向かった。
そこでリュカの幼馴染のビアンカさんと偶然再会したのだ。
奴隷だった頃、リュカはビアンカさんと行ったお化け退治のことをよく話してくれた。
その話をしている時のリュカはとても楽しそうだったのを覚えている。
リュカをこんな笑顔にしてくれるビアンカさんに俺もいつか会ってみたいと思っていた…そう思っていたんだ。
うん…そう、確かに思っていたんだけど……。
回想〜山奥の村
水門を開けてもらうため、山奥の村へと着いたリュカと俺は、ビアンカさんのお父さんのダンカンさんに偶然出会い、ダンカンさんの家でビアンカさんの帰りを待っていた。
しばらくすると、美しい金色の髪を編みこんだ美しい女性が帰ってきた。
「おお、ビアンカ、やっと帰って来たね。リュカだよ、お前の幼馴染のリュカが来てくれたよ」
「まあ…リュカ!!本当に、本当にリュカなのね!!」
「ビ、ビアンカお姉ちゃんっ」
リュカとビアンカさんが抱きしめ合い、感動の再会に俺は今にも泣き出しそうだったが、無論ここは二人の邪魔しちゃ悪いと思い、我慢した。
「リュカったらこんなに立派になって、すっごく美人になっちゃって…あら?この子があのプックルなの?まあこんなに大きくなって…」
プックルがビアンカさんに寄り添い、喉を鳴らす。ふと、ビアンカさんが不思議そうな顔でこちらを見ていることに気付く。
「…あら?…そちらの方はどなたなの?」
「ヘンリーだよ。一緒に旅してるの!!」
ビアンカさんに抱きついて離れないリュカが顔を上げて答えた。俺は涙を堪えてて、ようやく出た言葉がこれだった。
「あっ、ど、どうも。はじめまして…」
「…一緒に旅…ふーん、そうなの…」
その時のビアンカさんの「ふーん」の意味を知るのはもう少しあとになる…。
183
:
アメとムチ2
:2011/08/02(火) 21:25:56
「今日は絶対に泊まっていってね、リュカ。話したいことが山ほどあるんだから。水門なら私が明日開けてあげるから安心して」
「うん、ビアンカお姉ちゃんありがとう」
感動の再会を果たしたリュカとビアンカさん。
いつの間にか俺たちは席について話し込んでいた。窓の外はもう夕焼け色に染まっている。
どうやら今日はここに泊めてもらうことになったらしい。
さて、俺は二人の邪魔するのもあれだし、近くの宿にでも泊まろうか。
「あ、もちろんヘンリーさんも泊まっていってね。あなたたちの話も聞きたいし」
俺の気持ちを察したのかビアンカさんがにこりと笑いながら言った。
ビアンカさん、まるで天使のようだ。優しいし、かなりの美人だし。
マリアとかフローラさんとか、どうしてこうリュカの周りには美人が集まってくるんだ?
あ…でも、一番の美人はもちろんリュカだけど。
「ヘンリー、何ニヤニヤしてるの?」
リュカが不思議そうな顔で俺を覗き込んでくる。
こういうことには敏感なのな、お前…。だが、ここは白を切らせてもらうぞ。
「ん、そうか?リュカの気のせいじゃないのか?」
「えっ、そんなことないよ。ついさっきまでニヤニヤしてた」
「だからニヤニヤなんかしてないよ。もともとこんな顔だぞ」
「そうかなぁ?う〜ん、そう言われてみればそうかもしれないけど…」
「あらあら仲が良いのね。そうだリュカ、ちょっと夕食の手伝いしてくれる?」
ビアンカさんがリュカと俺の間に割り込むような形でスッと入ってきた。
「あ、うん。手伝うよ」
リュカとビアンカさんはキッチンへと向かった。
だがその時俺は見逃さなかった。
一瞬だが、ビアンカさんが殺意に満ちた目で俺を睨みつけたことを。
「い、いや…気のせい気のせい…」
本当に気のせいだったらよかったんだけどなぁ。
夕食もすみ、俺たちはまた思い出話に花を咲かせる。でも楽しい話ばかりではないわけで。
「まさかパパスさんが亡くなったなんて、本当に信じられないわ…」
リュカも俺も何も言えなくてしんみりとした空気が流れていく。
思い出したくない過去もリュカはビアンカさんに話した。
パパスさんのことも奴隷だった十年間のことも…ただ俺の肩身が狭くなると思ったのか、俺がラインハットの王子であること、俺のせいでパパスさんがあんなことになってしまったことは隠して。俺とは奴隷のときに知り合ったことにしていた。
リュカとビアンカさんの会話を聴いていると、リュカは本当にビアンカさんのことを大好きなんだなと思い知らされる。
俺にはあってビアンカさんにはない、リュカの心の壁みたいなもの…やっぱりあるんだろうか。
まあ仕方ないよな、ビアンカさんは大好きな幼馴染。
ん?俺は何だろう?やっぱり旅の仲間ってだけか?ラインハットの不甲斐ない王子?
それとも父親を死なす原因をつくった張本人か?
いや、リュカはそんなこと思ってる奴じゃないし…。んー、考えてたらなんか辛くなってきたぞ…。
―ガタッ。
リュカが突然イスから立ち上がった。
「あっ私、ちょっと外の風にあたってくるね」
そうだ、こんな話して一番辛いのはリュカだ。自分のことばっか考えてんじゃねえよ、俺。
「っおい、一人で大丈夫か?」
「大丈夫、私が強いの知ってるでしょ?」
リュカが苦笑しながら答えた。ビアンカさんも心配そうにリュカを見てる。
「リュカ…」
「ん、大丈夫だよ、ビアンカお姉ちゃん」
―バタンッ。
扉の閉まる音が響き渡り、部屋には俺とビアンカさんだけが取り残された。
184
:
アメとムチ3
:2011/08/02(火) 21:28:24
リュカが外へ出て行き、部屋に残された俺とビアンカさんは二人ともただ黙っていた。
その沈黙を破ったのはビアンカさんだった。
「ヘンリーさん…あなたに訊いておきたいことがあるんだけど、いいかしら?」
ビアンカさんが笑顔で俺に話しかけてくる。
でも何だろう?昼間の優しい笑顔とは何か微妙に違うような…
「へ?あ、はい。どうぞ」
「よかった。あ、答えたくなかったら別に聞き流してくれても構わないから」
「はい、わかりました」
「じゃあ訊くわね。ヘンリーさん‥あなたは何者なのかしら?」
「へっ!?あ、俺は…」
俺は何者って!?さっき一通りのことは思い出話の時に話したはずなのに。
リュカの旅の仲間のヘンリーさんじゃ納得しなかったのか?
俺がまごついていると、ビアンカさんはまた話始める。
「私の記憶違いじゃなければ、確かラインハットの行方不明になった王子様の名前がヘンリーだったと思うの。あなたもヘンリーよね‥これはただの偶然なの?」
「………」
俺はただ黙っていた。
声を出したら、今までリュカが大事な幼馴染に嘘までついて隠してくれたことがダメになるような気がしたから。
ビアンカさんは構わず話を続ける。
「そしてその行方不明になった王子様のせいでサンタローズは燃やされてしまったわ」
ああ、そうか。この人は全部解ってたんだ。流石リュカの幼馴染。
「私は別にあなたを問い詰めてるわけじゃないのよ。私にそんな資格はないし…それに何より、リュカがあなたを許してるみたいだから」
リュカは俺を許してる、か。確かにそのとおりだろう。ただ、あいつが許してくれていても俺は俺自身を許せない。
いつの間にかビアンカさんは昼間の優しい笑顔に戻っていた。
そんなビアンカさんに俺は謝ることしかできなかった。
「あの、何も答えられなくてすみません…」
「んーん、いいの。答えたくないことだってあるものね。あれはただの私の独り言……でも今から訊くことには素直に答えてほしいかも」
「えっ!?何でしょうか?」
それ以外のことなら何でも答えられると思った、だが…。
「…あなた、リュカのこと好きなの?」
185
:
アメとムチ4
:2011/08/02(火) 21:29:12
「へっっ!?は…」
リュカを好きなのか、だと。
思いも寄らなかった問いに一瞬何のことだか解らなくなってしまった。
そりゃ、好きだ。もう十年以上も一緒にいて嫌いなはずがない。
でもたぶんビアンカさんが言いたい好きはただの好きじゃない。…だが俺にその気持ちを語る資格なんてないだろ。でも好きなことには違いない。それが恋愛感情かどうかは別として、さっき答えられなかったこともあるし、ここは素直に答えておくか。
ビアンカさんは笑っている。でもなんだろう。笑ってはいるがその笑顔からは今まで感じたことのない冷たいものを感じた。
「図星かしらそれとも違うのかしら?もし、好きだとしたら‥いいえ、好きじゃなくても私の可愛いリュカとあなたが旅してるなんて危険すぎるわ。プックルみたいな魔物の仲間がいるって言ってたけど人間はあなた達二人だけなのよね?何か間違いでもあったらどうしてくれるのよっ!もう、私と代わってちょうだいっ!!」
痺れを切らしたビアンカさんが早口で捲くし立ててくる。
今まで数多の戦闘を切り抜けてきた俺だが、何だか今すぐここから逃げ出したいと思ってしまった。
「………」
ビアンカさんの放つ殺気と物凄い剣幕に、俺は驚き戸惑っている。
「ちょっと、好きなの嫌いなの?そろそろ答えて」
「ただいまー」
急に玄関のほうが騒がしくなる。助かった。良いところに帰ってきたぜ、リュカ。
「あら、帰ってきちゃった。じゃあ…答えは明日にお預けね、ヘンリー?」
「あ……はぃ」
正直この日は奴隷だった頃より、憂鬱で眠れなかった。リュカのことを好きと答えようが答えまいが、どちらにしても結果は同じな気がするんだよな。どうにか答えずにすむ方法ないだろうか?
―再び、滝の洞窟―
「ねえ、行こうよヘンリー」
リュカは俺の右手をとってそのまま歩き出そうとする。
リュカがビアンカさんと二人で行ってくれたら、例のこと答えなくていいかもしれないと思ってたんだけどな…でもここまでリュカにされたら行かないわけにはいかないか。
それにしてもリュカの手って思ったより小さいんだな。温かくて柔らかくて、普段めちゃくちゃ強いからたまに忘れるけど、やっぱり女の子の手だ。もちろん女の子なのは充分解ってるんだけど安心して見てられるんだよなー。こいつが普通の女の子として生きていく道はなかったんだろうか…なんて考えても仕方ない、俺はこいつの旅の手伝いをしてやることでしか、こいつの力になれないだろうから。
それにしてもさっきからビアンカさんの視線がギスギス痛くて仕方ないんだが…。
「わかったわかった、行くから。とりあえずお前はビアンカさんの近くにいてくれ」
「ん?わかった」
リュカがビアンカさんのもとへ向かい、殺気は消えた。
「はぁ〜、長い一日になりそうだ」
俺たちは滝の洞窟内部へと歩き出す、目指すは水のリング。
186
:
龍神
:2011/08/03(水) 18:08:04
題名・本奴隷の2人の旅人。第一話
あの地獄のような奴隷生活から抜け出し五日間、僕はこの修道院で眠り続けたらしい。
「!気がついたのですね!!よかった!!」
起きてすぐに清楚な感じのシスターの顔がドアップで見えた。まだ頭の中がフワフワする。
「...ここは??」
「ここは海辺の修道院。女達だけですんでいる所です。まだ起きては駄目ですよ。」
起きようとしたらシスターに注意されてしまった。...すごいなぁまだ身動き1つもしてないのに。もしかして貴方、エスパーですか?
「....?。」
僕はあることに気がついた。それは着ている奴隷服ではなく旅人の着るようなしっかりとした服に着替えられている事だ。
「あぁそれはお召し物があまりにもボロボロでしたので着替えさせていただきましたのよ。私てっきり男の人かと思っていましたから女の方でホッとしましたわ!」
あぁ、やっぱ僕って男に見えますか。小さい頃、よく旅先で男の子に間違われて仲良くなった男の子にいじめられてたっけ、ヘンリーにも泣かされたなぁ。
てゆーかシスターさん。勝手に見ないで下さい。プライバシーにかかわることですよ。僕、貧乳なんですから。恥ずかしいです。そんな素敵な笑顔で言
「...すいません、あの、貴方の体を洗っていた時偶然にも見てしまったのです。何箇所か体についている赤く腫れ上がったムチの痕を...。」
「....。」
僕は黙り込み俯いた。思い出したからだ。あの辛い奴隷時代の事を。逆らったら暴力を受ける苦しく辛い地獄のような日々の事を...。
「とても大変な所から逃げてきたようですね。苦しかったでしょう?可哀...」だんっ!!!
僕は近くにあるテーブルを思いっきりたたいた。同情なんていらない。迷惑だ、と言うように。
だけどシスターに向けた僕の顔はそんな事なんて考えてないような笑顔だった。
「...すみません。僕、旅の目的があるんです。急がなけねばならないんです。ここにずっといてはいけないんです。だから僕、旅に出ますね。今までご親切にありがとうございます。」
僕は立とうとする僕を止めようとするシスターのいるこの部屋をでた。
187
:
龍神
:2011/08/04(木) 09:58:25
題名・本奴隷の2人の旅人。第二話
あのシスターのいる部屋を出てみたらヘンリーが前にいた。
「さぁこれで貴方の心は清められました。これからはその清い心を汚さないよう正しい道を歩むのですよ。」
そしていつの間にか椅子にすわり、マリアさんのお清めの儀式を見ていた。理由はヘンリーに見るのを誘われたから。
「へぇ....マリアさん奴隷の時は気づかなかったけどキレイな人だったんだなぁ...。」
「そうだね、マリアさんキレイだね。」
まぁマリアさんはキレイだった。髪は太陽の様に輝き、服もボロボロの奴隷服ではない。薄紫のドレスでお花みたい。スタイルもいいほうだし、それに振りかけられたルビー色の水は白い肌から流れ落ち、少し色っぽい。
僕はもう1回ヘンリーをみた。顔を赤くしながらお清めの儀式がおわったマリアさんに話している。
.....なんだか胸がズキズキした。そして、なぜか苦しい。
「あっリュカさん!!!起きていられたのですね!!リュカさんが5日も目覚めないと聞いて心配していたのですよ!!」
マリアさんが明かるい笑顔でこっちにきた。とっても眩しいキレイな笑顔だ。
もう1度ヘンリーを見た。まだマリアさんに見とれている。
......正直ムカッとした。ヘンリーの腕を引っ張り修道院から出て行こうとする。
「おわっ!?リュ、リュカ!??どうしたんだよ???」
「えっリュカさんもう出て行かれるのですか??せめてあと1日泊まっていただいても.....」
僕はマリアさんの言葉の返事をした。
「ありがとうマリアさん!!!けど僕のお世話のしてくれた人に言ったとおり、僕急ぐ用があるんだ!!!また来るよ!!ヘンリー抜きで!!!」
僕は修道院を出て、北にあるオラクルベリーという町に向かった。
188
:
龍神
:2011/08/06(土) 19:47:12
題名・本奴隷の2人の旅人。第三話
ヘンリーを無理やりつれて修道院から出た僕はオラクルベリーへ向かった。
カジノで有名なオラクルベリーの町は昼でもネオンが明るい。眩しくて目がチカチカする。
「よっし!!!この町に来たからにはやっぱカジノに行くだろ!!リュカ行こうぜ!!」
「うん!」
カジノは楽しい。だけど遊ぶためにはコインを沢山買うお金が必要だ。
マリアさんから貰った1000Gで買ってもコインの数はたかがしれている。けど仕方ないのでそのコインで遊ぶ事にした。
その結果はぼろ負け。スロットで遊んだらあと1つでスリーセブンになりそうだったのに、そこでスイカが出てきて駄目。
次はスライムレース。僕達は青のスライムと黄色のスライムを選んだ。
青は予想通り1位。黄色のスライムもあともう少しで2位...という所で緑のスライムが追い抜かし結果3位。
その次はモンスター格闘場。おおきづちと一角ウサギ、蝉モグラの対決だ。悩んだ末、防御をする蝉モグラにかけた。
一角ウサギをブラウニーが倒し、(ブラウニーよくやった!!)蝉モグラVSブラウニーの戦いになった。が、ブラウニーの痛恨の一撃で防御をしていない蝉モグラは一瞬で倒された。
「俺達ってなんでこう運が無いんだーーー!!!」
ヘンリーは宿屋へ行く途中、大声でそういった。ほんとにそうだ。なんだよカジノの神!(そんなのはいない。)僕達に恨みでもあるのか!あるんだったら目の前に出てきて言ってみろ!!
「はぁ....本当に僕達ついてないね...。けど、まぁいっか!!!明日になったらいい事あるって!!....なにヘンリー、ニヤニヤしながらこっち見て。」
「ん?あ、俺そんなにニヤニヤしてた?いやぁこの際言うけどお前にプレゼントがあるんだよ。」
「えっ!??何、ヘンリー。プレゼントって!!教えて!!見せて!!」
「まぁまぁそんなに急がすなって...親分からのプレゼントだからな!!大切にしろよ!」
ヘンリーが自分の服のポケットからゴソゴソと取り出したものはー...、
水色の小さな珊瑚が付いているかわいらしい髪留めだった。
189
:
龍神
:2011/08/07(日) 14:37:12
題名・本奴隷の2人の旅人。第四話
「うっわぁ...可愛い......!!!」
ヘンリーのくれた髪留めはとってもお洒落で可愛いデザインだった。
「だろ?けっこー安かったんだぜ。多分50Gくらい?」
僕はヘンリーの話を聞いていなかった。その珊瑚の髪留めがキラキラしていてとっても綺麗だったため見惚れていたから。
だけど僕は重大な事に気が付いた。この髪留め、どんなに綺麗でもつけるのが僕だったら台無しじゃんか!!という事を。
「ヘンリー。これくれるのはありがたいんだけど、つけるのが僕じゃ駄目なんじゃ...?」
「?なんでだ??」
「だって僕、男の人みたいだからそんな女らしいの似合わないよ...。残念だけど...。」
「そうか?俺、お前の事そんなに男っぽいとは思わねーけどなーーー。」
「小さい頃、僕を男の子だと思って意地悪していたのはどこのだれなのさ!!!」
「あはは...あの時は悪かったよ。じゃなくて!!お前本当にそこまで男っぽくないんだって!さっきだってこの髪留めに見惚れてたろ!!女は光モンや綺麗なものに惹かれるからだ!お前もちゃんとした女なんだよ!!」
ヘンリーそこまで力説しなくてもいいって。恥ずかしいじゃないか。周りがジロジロ見てるよ!
「......まぁ、とりあえずは貰っとく。ありがと。」
そっけない態度をしたけれど本当は僕、嬉しいんだ。だってヘンリーからの初めてのプレゼントだから。
小さい頃、父から貰ったスライムが彫っているメダルのネックレスやビアンカお姉ちゃんから貰った黄色のリボンの時と違う嬉しさ。なんだかトクベツって感じ。
「よっし、リュカ!宿屋まで競争しようぜ!負けたほうが明日の朝飯おごりな!!」
「ヘンリー、僕が足速いのしってるでしょ!負けないよ!」
「俺が子分に負けるわけねーだろ!!いくぞ!よーいドン!」
「あっちょっ!ヘンリー!さっきのずるい!!フライミング!!」
僕とヘンリーは元気よく宿屋へと走っていった。
190
:
龍神
:2011/08/13(土) 21:59:56
「はぁーはぁー。リュカ、やるなぁ...。」
「そりゃ僕、ヘンリーより体力多いし?小さい頃から旅しててるから足鍛えてるし?当然だよ。てかヘンリーたよりない。」
勝負は僕の楽勝勝ちだった。距離も離れてゴールだったし、ヘンリーはぜぇぜぇと息切れしてるけど、僕は通常通りの整った息をしている。
たよりないと言われたときのヘンリーの顔はけっこう面白い。僕は笑いをこらえた。ヘンリーに怒られそうだから。
「...リュカ、お前笑ってるだろ。」
いいえ笑ってませんと言うように僕は首をふった。それと同時に口から笑いがこぼれた。
「やっぱり笑ってたんだな。子分のクセに生意気だぞ、このヤロー!」
「あはは!だってあの時のヘンリーの顔っ...!ぷくく、今でも思い出すと笑いが!ははは!てか本っ当ヘンリーてたよりない!女子に負けるってどーなの!??」
ヘンリーはさすがにムカッとしたようだ。メラでも飛ばすかな?まっ、その時は呪文を唱える口をふさげばいいし。
だがヘンリーの反撃は自分の想像していたのは違った。
どんっとヘンリーに肩をおされベットに倒れた僕は何がなんだか分からなかった。そのあとヘンリーが僕の上に覆いかぶさる様にベットにのった。
「へ?ちょっ、何ヘンリー??」
僕の胸はすごくドキドキした。頬が熱くなる。ヘンリーの顔が近い。どんどんその顔が近くなる。ちょっ、ヘンリー。変な事したらバキを唱えるからね!?
「は、へ、ちょっ!ヘ、ヘンリー!?!?」
僕の慌てた顔と声を見て(聞いて)ヘンリーは満足そうに悪戯様の笑みで笑った。僕はその顔を見たとたん、からかわれた事が分かりもっと顔が熱くなった。
「っっこの、馬鹿王子!!!」
僕は一発ヘンリーの顔にビンタしてやった。
191
:
龍神
:2011/08/25(木) 15:54:58
題名・本奴隷の2人の旅人。
「あのー。お連れさんの頬、どうしたんですか?すっごく真っ赤ですよ?」
朝、僕達が宿屋から出て行こうとすると、宿屋の主人がとびとめヘンリーの頬を心配していた。
「あ、いや大丈夫(と、思う)です。何でもありません。」
「でも...、本当に真っ赤に」
あーもしつこいヤダヤダヤダ!!!
「本っっ当平気ですから!!ほっといて下さい(怒)!!」
大声でそう言うと僕は宿賃を置き、ヘンリーを捕まえさっさと宿屋から出て行った。
「...あのさぁ、リュカ。1日親切にして貰って、心配もしてもらった人にあーゆー言い方は無いと思うぜ。」
誰のせいだよ!!と僕は思ったが、口には出さず顔で表した。
「もしかして昨日の事、まだ怒っているのか?」
ええ、まだ怒ってます。それが何か悪いですか!!あの時本当に吃驚したんだから!!
僕はヘンリーを置いて先々と歩く。だがすぐ追いつかれた。
「リュカ、本当御免て!!てかリュカ何処行ってんの?」
「オラクル屋。」
僕はハッキリと早く行く場所の名前を言った。ちなみにオラクル屋で買うものは馬車。
バン!と扉を勢いよく開いたら店の中には誰もおらずあるものといえば1枚のメモだった。
「なになに?『オラクル屋は昼は営業しておりません。夜におこし下さい。ご用があるならオラ・クウラの家まで...。』だって、リュカ。」
「はぁ!??昼に営業してない!?...はぁ...、しょうがない、ヘンリー。オラ・クウラさんの家にいくよ!」
「へ?けどリュカ。夜に行けば良いだけ...。」
「つべこべ言わずにさっさと行くよ!!」
「はっはい!!」
ヘンリーは、久しぶりに敬語を使った。
〜オラ・クウラさんの家〜
「ふぁぁ...だれだね?」
「あの、お店が開いてなかったのでココに来ました。馬車を買いたいんですが。」
「あぁ店ね...。すまねぇが、夜でしか物を売れねぇんだよ。俺は眠いし、夜に来てくんな!」
僕の頭がきれた。そしてクウラさんの寝ているベットに武器である鉄のつえをブスリとさした。
「どうでも良いから早く馬車を売れよ!根性使ったら起きれるだろーが!只でさえ今イライラしてるんだから早くしねーとバキを唱えるんだからな!??」
完璧に脅迫だ。クウラさんは急いで起き馬車を売ってくれた。
リュカたちは馬車を手に入れた!!
192
:
龍神
:2011/09/05(月) 18:58:02
題名・本奴隷の2人の旅人。 第七話
オラ・クウラさんに売ってもらった(脅したがけど。)馬車のおかげで僕達の仲間が1匹増えた。
オスのスライムのスラリン。前まで頼りなかったが、今では頼れる補助役になった。
ヘンリーとも仲直りしたし、(僕がヘンリーの武器のチェーンクロスをとり、ブンブンふり回し脅したから)
パーティは仲が良く場の空気も良かった。けどその空気もある場所に行ったとたん無くなった。
そう、その場所とは僕の故郷ーー・・・何者かに襲われ、廃墟となったサンタローズの村だった。
「・・・・!!」
サンタローズは僕の少女時代の記憶とまったくかけ離れた状態だった。
いくら私が外に出さしてくれと言っても通してくれなかった優しい笑顔の兵士のお兄さんも丈夫だった村の門も。
サンチョからのおつかいでよく行っていた酒場も酒場のお兄さんもその上にある宿屋のおじさんもその宿屋も。
食いしん坊おじいさんの家もその裏の畑も。
初めて自分で武器を買った思い出の武器屋もちょっと顔が怖かった武器屋のおじちゃんも。
そして、僕とお父さんが住んでいた家も。そこで待っているはずのサンチョも。
何もかもが無かった。
小さい頃ビアンカお姉ちゃんが読もうとしてくれた本が落ちていた。持つとすぐにはがれ、ぼろぼろと落ちていった。
「・・・リュカ。」
今にも泣きそうな僕をヘンリーが優しく呼ぶ。
「俺とスラリンが見つけたんだけど教会に人が2人いたんだ。話を聞くためにリュカもいかねぇか?」
「ねっ?リュカちゃんも行こうよー!プルプル。」
僕は出てきそうな涙をぐっとこらえ、
「うん、わかった。」
と言った。無理に笑顔を作って。
そこで衝撃的な事を聞くなんて、僕は知らなかったんだ。
193
:
龍神
:2011/09/07(水) 16:36:17
題名・本奴隷の2人の旅人。 第八話
僕達は村で唯一壊れてない場所、教会へ行った。
そこに懐かしい人物、神父さんとシスターさんが居た。多分教会に居たから襲われなかったんだろう。
「・・・っ!あなた、もしかして、もしかしてリュカなの!??」
「っシスタァーー!!」
僕は昔、仲良しだったシスターに抱きついた。そのシスターの体温が伝わり、泣きそうになった。
「リュカ、久しぶりね。みない間にこんなに・・・えっと・・・たくましく(男らしいという意味)なって・・・」
ズガガァァン!!と僕にショックの稲妻が降ってきた(様に感じた。)
「・・・シスターもそう言うんだね。やっぱ。」
僕が落ち着いたら僕とシスターは思い出話をした。ヘンリーとスラリンは神父さんと話してる。
「リュカの側にパパスさんがいないってことは・・・あの噂は本当だったのね・・・?」
「・・・うん。」
あの日アイツ達に『お父さん』と『自由』を奪われた。僕の目の前で、アイツの地獄の炎で焼き尽くされたんだ。
その後、僕とヘンリーは・・・地獄の場所へつれていかれた。
「ねぇシスター。なぜこの村はこんな姿になってしまったの?誰が村をこんな事に?」
僕が聞くとシスターは鬼のような顔をして、その後ゆるゆると泣き顔へ変化した。
「・・・ラインハットよ。いきなりココへ攻め込んできて・・・。私は、私はあの国を絶対許さない!!!」
わぁっとシスターが泣き出した。僕はシスターが言った事を信じられなかった。
ラインハットガ?ヘンリーノ国ガ?ココヲ襲ッタ?
「マジかよ・・・ラインハットがココを?」
いつの間にかヘンリーが後ろに立っていた。その後走って教会を出て行った。
「ヘンリー!!?」
僕はヘンリーを追いかけ教会を出て行った。シスターはその名前を聞いたとたん泣くのをやめ、驚いた顔になった。
「ヘンリー?ヘンリーって、行方不明になってたラインハットの王子様?」
えぇっ!!?とシスターは声を上げ、驚く。その後ろで神父さんが声をかけた。
「・・・神にお使えする者が『許さない』と言ったり大声をあげるのははしたないですよ。そうそう、この子はあの子達の忘れ者ですよ。返しに行くついでに誤ってきなさい。」
「ぴきぃ。」
神父さんは僕の仲間、スラリンをシスターに渡した。スラリンは「よろしく」といった。
「そうね。あの王子様は悪いことをしてないもの。なのに私ったらあの王子様の前であんな事を話してしまうなんて・・・。誤ってきますわ。行ってきます。」
シスターは僕達が出て行った外へ歩いていった。
194
:
彼女の事情 1/5
:2011/09/23(金) 18:33:44
リュカがその街に着いた時、街はある話題で持ちきりだった。
『大金持ちのルドマンさんが娘の結婚相手を募集している』
『フローラさんはつい最近まで修道院にいて、とても美しい娘さんだ』
『結婚相手には家宝の盾も譲られるそうだ』
『ただし条件は物凄く厳しいらしい』
元々、この街に天空の盾があるらしい、というデール王の話を頼りにこの街にやって来たわけだ。そこでこの
話題である。リュカは確信した。この街に天空の盾はある、と。
しかし、そこから先は些か難しい。どんな厳しい条件もリュカは乗り越えるつもりでいる。リュカの目的の為に
避けては通れぬ道だから。けれど、大きな問題がある。それは……。
「娘さんの結婚相手だから、募集してるのは男の人……だよね」
リュカは道端であるにも関わらずガックリと肩を落とした。旅に汚れた外見から誤解されやすいのだが、彼女
はれっきとした女性である。
とはいえ、このまま何もしないで諦める訳にはいかない。たとえ自分の物にならなくても、伝説の勇者を見つ
け出せた時に貸して貰うだけでもいい。取り敢えず話を聞いて貰おうと、リュカはルドマン邸のドアを叩いた。
突然の訪問にもルドマンは快く応じてくれ、娘の結婚相手に課した条件まで話してくれた。つまるところ、この
大陸のどこかにあるという炎と水のふたつのリングを探し出してきた者を娘の結婚相手とするそうで、話の最
後にルドマンはこう告げた。
「見たところキミもかなり旅慣れている様子。どうだ、キミも娘の結婚相手に立候補してみんか? ふたつのリ
ングを取ってくれば、娘との結婚を認め、家宝の盾も譲ろう!」
これまでの旅で、男と間違われる事は多々あったが、やはりこの街でも同じだった。一体何が原因なのだろう、
そろそろ真剣に悩んだ方がいいのだろうか。そんな事がちらりとリュカの頭をよぎり、取り敢えずこの場は訂正
しようと口を開いたまさにその瞬間、部屋の奥、階段の上から声がかけられた。
「うるさいわね〜。大きな声出してどうしたのよパパ」
「デ、デボラ! お前には関係のない話だ、部屋に戻っていなさい!」
慌てた様にルドマンが命令するが、当のデボラはお構いなしに階段を降りてくる。
「な〜に、またフローラの結婚相手? 物好きな奴もいたもんね〜」
言いながらリュカの前までやって来ると、リュカの顔をジロジロと無遠慮に眺めた。
「……ふ〜ん。あなたが、ね……」
「コラ! 失礼な真似をするんじゃない!」
「はいはい。それじゃ、大人しく部屋に戻ってるわ。あ、そこの間抜け面のあんた。後で私の部屋に来なさいよ。
いいわね?」
初対面の人間に対して有無を言わせないその口調から、デボラの人柄が垣間見える。
「コラ! デボラ!」
「それじゃ、待ってるわよ」
ルドマンが怒鳴るのも構わず、デボラはリュカに手を振り、意味ありげな笑みを浮かべると階上へと消えた。
「はぁ……。恥ずかしいところを見せたな。あれも私の子供で、フローラよりも年上なのだが、どうにも我が侭
に育ってしまって、親である私の言う事もろくに聞きもせん。まったく、どうしてこうなってしまったのか……」
うなだれて頭を振るルドマン。リュカには、苦笑いを浮かべるしか出来なかった。
「まあ、フローラの婿に挑戦するかどうかはキミ次第だ。しかし、急がなければ誰かに先を越されるかも知れん
からな。それだけは気をつけたまえ」
やはりデボラの登場が堪えたのか、それまでとは打って変わって力のない口調のルドマンは、言い終えると奥
の部屋へと入って行った。
結局、自分の言いたいことは何一つ言えず、しかも男だと勘違いされたまま一人残されたリュカは、一瞬だけ
迷った後、階段へとその足を進めた。
デボラの部屋は一番上の三階。しかも妹と両親の部屋を足したほどの大きさの部屋だった。さらには大きなク
ローゼットに天蓋付のベッドまである。それだけで、デボラの我が侭具合が窺えるというものだ。
そんな部屋の様子に目を丸くしていたリュカに、デボラが声をかける。
「なあに? なんか用?」
「なにか用って、自分で来いって言ったんじゃないか」
195
:
彼女の事情 2/5
:2011/09/23(金) 18:34:56
「あら、そうだったかしら? まあいいわ。それよりあんた、本当にフローラと結婚する気なの?」
薄い笑みを浮かべながらデボラが問いかけてくる。
「ち、違うよ。ボクはフローラさんと結婚する気はないよ! それにボクは……」
リュカは力いっぱい否定する。ここでうやむやにしてしまうと完全に男だと思われてしまう。それだけは避け
たいリュカだった。
「ああ、言わなくてもいいわ。あんた女の子でしょ」
「うん……ぇえええっ!?」
さらりと言ってのけたデボラに、リュカの方が驚かされた。
「な、なんでわかったの?」
「何でも何もないわよ。そんなの一目見たらわかるわ。この私を甘くみないで欲しいわね」
さも当然でしょ、といった表情のデボラ。それとは対照的に、リュカは涙を流して喜んでいた。
「ちょっと、何泣いてるのよ。ああもう、鼻を拭きなさい。部屋が汚れるでしょ!」
ちーん、と鼻をかんだリュカは改めて尊敬の眼差しでデボラを見つめる。
「なあに、あんた。そんなに男と間違われてるわけ?」
その言葉に深々と頷くリュカ。その頷き一つには言い知れない重みが込められていた。
「大体、そんな汚い格好してるから男と間違われるのよ。女の子だったら、もっと綺麗にしてなさい。そうすれ
ばあんたの間抜け顔でも、多少は私に近づけるんだから」
「……うん。でも、ボクは旅をしてるから。あんまり身なりに気を使ってても仕方ないし」
あははと笑い、頭の後ろをかく。その顔には、確かにそういった事に対する悲しさというものは見えない。デ
ボラもそれを感じ取ったのか、真剣な顔つきで尋ねた。
「あんた、なんで旅なんかしてるの?」
そのストレートな問いに、リュカも素直に答えていた。父の死、奴隷生活からの脱出、父の遺言、母を救う為
に勇者を探している事。それらの全てをデボラに話していた。
「……人は見かけによらないってのは本当ね。あんたみたいな間抜け面が、ねえ……」
デボラは言葉を切ると、リュカをジッと見つめた。
「?」
見つめられたリュカは小首をかしげる。
デボラは短く息を吐くと続けた。
「と、いう事はあんたが欲しいのはフローラでもウチの財産でもなく、家宝の盾ってわけね」
「うん。それも別にボクの物にならなくてもいいんだ。伝説の勇者が見つかったら、必要な時に貸してくれるだ
けでも……」
「ダメよ! そんなの」
強く否定する。
「もしフローラと結婚する奴が、ウチのパパよりもケチな奴だったらどうするのよ。壊れるかもしれないとか言っ
て、貸してくれないわよ」
「えっ、そ、そっか……」
自分が考えもしていなかった予想を突きつけられて、リュカは言葉をなくす。うつむき、少し動揺しているよ
うにも見える。そんな様子を見かねてか、それまで悠然と椅子に腰掛けていたデボラはやおら立ち上がると、
ビシッとリュカを指差した。
「ウジウジしてる場合じゃないわよ。あんたはさっさとふたつのリングを探して来なさい!」
「えっ、えっ?」
「まずあんたがしなきゃいけない事は、フローラを結婚させない事よ。フローラが結婚しなければ盾はパパの物
だから、私ならなんとでもなるわ」
「えっ、ていうことは……?」
「私が協力してやるって言ってんのよ」
「ほ、本当に? ありがとう、デボラさん!」
突然の助力に、嬉しくなったリュカはデボラの両手を取りぶんぶんと上下に振りながら「ありがとうありがと
う」を繰り返している。少しの間されるがままになっていたデボラだったが、一向に終わる気配がないと見るや
両手を無理矢理振りほどいた。
196
:
彼女の事情 3/5
:2011/09/23(金) 18:36:17
「いいからさっさとふたつのリングを探して来なさい! こうしてる間にも他の奴らが見つけてるかもしれないの
よ!」
殆ど怒鳴るようなその声に、リュカは一目散に部屋を飛び出した。
リュカが家から出て行くのを部屋の窓から眺めていたデボラは、その姿が見えなくなるとドサリと椅子に腰掛
け、ため息を吐いた。
「……どうしちゃったのかしらね、一体」
リュカが炎のリングを手にサラボナに帰ってきたのは三日後の事だった。
彼女――世間的にはフローラの婿候補と思われている――が炎のリングを持帰った事と、フローラの幼なじ
みであるアンディが大火傷を負って帰ってきた事。この二点から、もう一つの水のリングを取りに行こうという者
は誰もいなくなった。そしてそれはすなわち、フローラの婿候補がリュカ一人に絞られた事を意味する。
ルドマンへの報告を終えたリュカは次いでデボラに報告する為にそのまま三階へと上がる。
「デボラさん。炎のリングを手に入れたよ!」
デボラの姿を認めるとリュカは嬉しそうに伝えた。
「あら、やるじゃない。さすがは私が見込んだだけはあるわね」
リュカを褒めるというよりは自らの慧眼を誇っているような口ぶりだが、リュカは嬉しそうに笑っている。
「ま、まあ、もう他にライバルはいないでしょうけど、気を抜いたりしない事ね」
「うん。がんばってくるね」
リュカは手を振りつつデボラの部屋を後にした。
「私も大変だったけど、リュカはもっと大変……ううん。大変なんて言葉では言い表せないほど、辛い目に遭って
きたんだね……」
水のリングを探す途上で立ち寄った山奥の村で、リュカは幼い頃の友人、ビアンカと偶然の再会を果たしてい
た。十年以上の時を経ての再会はお互いに驚きをもたらしたが、それ以上の喜びが二人を包んだ。
「それにしてもリュカ、あなたも女の子なんだから、もう少し身なりに気を使いなさいよ。服はボロボロだし、顔も
汚れてるし。せっかくの可愛い顔が台無しよ」
「うん。デボラさんにも言われた」
頭の後ろに手を回して、あははと笑うリュカ。
「デボラさんって、ルドマンさんのところの?」
「うん。凄いんだよデボラさん。一目でボクの事女の子だってわかったんだ」
リュカのその表情はとても嬉しそうで、ビアンカはその顔を見て逆にため息を吐いた。
「あなたねぇ、女の子だとわかってもらって喜んでちゃダメよ。本当はそれが当たり前なんだから」
「……ははは。でも、そのおかげかわからないけど、デボラさんも協力してくれるし……結果オーライだよ!」
「……子供の時からそうだったけど、リュカって本当に楽天的よね」
「そうかな、えへへ」
この場合、褒められている訳ではないのだが、リュカは照れてしまっている。
「でも、あのデボラさんがねぇ」
「ビアンカもデボラさんを知ってるの?」
「うーん。私は直接知ってるわけじゃなくて、噂で聞いただけだけどね。なんでも凄く我が侭で、ご両親も手を焼
いているらしいわよ。幼なじみの男の子をはじめ、歳の近い男の子はみんないじめられてきたって聞いたわ」
ビアンカの説明にリュカは苦い表情を浮かべた。確かにサラボナの人と話をした時、デボラについていい話を
する人は少なかった。とはいえ、嫌われているというような雰囲気でなかったのも事実だ。
「うん。ボクも街の人にはそんな話を聞いたけど……でも、いい人だよ。ボクに協力してくれるって言ってたし」
リュカの言葉を聞き、ビアンカは何事か考えるような素振りを見せた後で口を開いた。
「……ねえリュカ。これから水のリングを探しに行くわけだけど、私も一緒に行くわ」
「えっ、一緒に来てくれるの?」
「ええ。久しぶりに一緒に冒険したいしね」
「やったー!」
197
:
彼女の事情 4/5
:2011/09/23(金) 18:37:25
両手を挙げて大喜びのリュカ。今にも走り出しそうな勢いだ。そんな風におおはしゃぎしていたので、ビアン
カの「……ちょっと心配だしね」という呟きは耳に入らなかった。
翌日、村の北にある滝。その奥の洞窟で水のリングを見つけ出したリュカとビアンカは、山奥の村で一泊し
た後、サラボナへと戻った。
「おお、リュカ。なんと水のリングを手に入れたと申すかっ! よくやった!リュカこそフローラの夫に相応しい
男じゃ! 約束通りフローラとの結婚を認めよう! 実はもう結婚式の準備を始めておったのだよ」
リュカの報告を受けて嬉しそうに応えるルドマン。それに対してリュカは慌てて口を開いたが、
「あ、あのっ……」
「なによ、パパったら相変わらずうるさいわね。昼寝もできやしない……あら、リュカじゃない。なに、水のリン
グを手に入れてきたの? やっぱり私の目に狂いはなかったようね」
デボラが現れて、遮られてしまった。
「それが水のリングね。なかなか綺麗じゃない」
リュカの手から水のリングをひょいと取り上げると、目を細めてまじまじと眺めた。
「コラ! それはフローラとリュカの結婚式で使うものだ。こちらに渡しなさい」
ルドマンが怒鳴りながら水のリングをひったくる。対してデボラは悪びれもせず、口元に微かに笑みを浮か
べているだけだ。
「まあ、これでフローラの結婚相手に決まったって事は、リュカも晴れて私の妹ってわけね」
「うむ。フローラの婿という事は、お前の妹……何を言ってるんだデボラ。リュカはお前の弟になるんだぞ?」
「でもパパ、女の子は弟にはなれないんじゃない? それに、女同士の結婚も私は難しいと思うわよ?」
デボラは努めて平静な顔でルドマンに問いかける。当の本人であるリュカはおろおろとし、ビアンカは同情の
表情を浮かべている。
「デボラ、さっきから何を言ってるんだ? リュカがまるで女みたいな……」
「……リュカさん、もしかして?」
リュカは困ったような顔のまま大きく頷いた!
「な、なんと! リュカが女だったとは……」
「すみませんでした。私ったら全然気づかないで……!」
あまりの衝撃に呆然とするルドマン。フローラは半ば泣きそうな顔で平謝りをしている。
「う、ううん。最初に言わなかったボクが悪いんだから。だから、顔を上げて?」
こちらも半ば泣きそうな顔でフローラの顔を上げさせようとしているリュカ。ビアンカはその様子を『なんなの
かしらねー』といった顔で見つめ、デボラはお腹を抱えて笑っていた。
「で、では、リュカは何の為に炎と水のリングを探したのだ?」
気を取り直したルドマンが問い質す。
「それなんだけどね、パパ。炎と水のリングを探してきた者に、ウチの家宝の盾を譲るって話だったでしょ?」
「それはフローラと結婚し、家を継ぐから家宝の盾を譲るという事だ」
「そう。だったら、フローラじゃなくて私と結婚して家を継いでも良いわけよね?」
「……何を言ってるんだ、デボラ?」
「だから」
デボラは二人の話を聞くだけのリュカの腕に自らの腕を絡めると、
「私がリュカと結婚するのよ。これなら問題ないんじゃない?」
そう言い放った。
『えええええぇぇぇぇぇっ!?』
これには、リュカとビアンカの二人が揃って屋敷中に響くような驚愕の声を上げた。
「デ、デボラさん? ボクと結婚って……?」
「今さっき、あなたが自分で言ったじゃない、女同士結婚できないって!」
戸惑うリュカと、ついつい声が大きくなるビアンカ。
「大丈夫よ。だって私、男だもの」
『え……えええええぇぇぇぇぇぇぇぇっぇぇぇぇっっっっ!!!???』
再び上げられた絶叫は屋敷の外、街中にまで響いていた。
「ほ、本当に……男、なの?」
198
:
彼女の事情 5/5
:2011/09/23(金) 18:37:58
ビアンカが疑う眼差しでデボラを見つめる。けれどその容姿からはとても信じることはできず、首を傾げた。
「本当よ。ちゃーんとついてるんだから。……見てみる?」
ビアンカは一瞬、何の事を言っているのか理解できなかったが、すぐにソレだと思い至ると顔を真っ赤にして
首を横に振る。
リュカには何の事か全くわからなかった。
「デボラ!!」
ルドマンの一喝もどこ吹く風。デボラはリュカの腕に絡めた腕に一層力を込めると、
「冗談よ。見せてあげるのはリュカに、だ・け♪」
リュカの頬にキスをした。
ルドマンは怒りで顔を真っ赤にし、フローラは兄の幸せに微笑み、ビアンカはやれやれとため息を吐いている。
デボラは笑顔でリュカに抱きつき、リュカはなんだかよくわからないまま、けれど嬉しそうだった。
その日、一組の夫婦が誕生した。
一見すると男性のような新婦と、どこからどう見ても女性にしか見えない新郎という、とても不思議なカップル
だったが当人たちは幸せそうであるし、また参列者も心から祝福していた。
199
:
龍神
:2011/09/27(火) 06:59:01
本奴隷の2人の旅人。 第九話
「・・・ヘンリー?どこにいるの?」
ヘンリーは川の近くに立っていた。僕は走ってヘンリーのもとへいった。
が、川の近くはぬれていて、僕は走っていたのでおもいっきり足をすべらせた。
「う、わぁ!??」
「わっ!リュカ!?危ない!!」
僕が川に落ちそうな所をヘンリーがひっぱり、助けてくれた。
ひっぱられた勢いで、僕はヘンリーの胸にぽすっと引き寄せられた。
(う、うわぁ〜!へ、ヘンリーに抱きしめられてる!!てか、え?なんで僕こんなにドキドキしてるの??)
「はぁ〜吃驚したぁ〜!リュカちゃんと足元気をつけろよ〜」
「ほ、ほんとにごめん・・・!僕も吃驚したぁ・・・!」
顔が赤いのをばれない用に僕は下を向いて謝罪の言葉を言った。
「・・・あれ?ヘンリーこんなに大きかったけ?少し前まで僕と同じくらいだったのに・・・?」
少し前まで、同じような体格だったのに、ヘンリーの体はがっしりとたくましくなっていた。僕なんか楽々と包み込めそうで・・・なんだか、「男の人」だった。
「まぁ、男はそういう風に成長するからな。がっしりとした体になるんだ。」
「へぇ・・・・そうなんだ。」
僕の体は・・・女の人の平均より少し男らしい体だと思うけど、ヘンリーにくらべたら腕は細く、女の体だった。
僕は、ちょっぴり悲しくなった。
「・・・で?なんでここまでおっかけてきたんだよ。」
「あっ・・・。」
そうだ。ここからが本題だ。
200
:
上沼みどり
:2011/10/07(金) 22:25:29
【HOWEVER】
≪見晴らしの塔≫
「じゃあね、デボラ。風邪をひかないようにね…」
歌い終えたアンディはそう言って階段を下りた。
「くぅ〜ん…」
「…フン、あんな歌なんて無くたって、アンタなんてコッチから願い下げだって最初から言ってるじゃない…!!」
「クゥ〜ン…」
::::
≪船の中≫
「アルスを返しやがれ!!この贋者!!」
「(贋者…!?俺が…贋者!?)」
「…ちっ!!」
ソロはアルスの胸ぐらを掴んだ。
「(殴れられる!?)」
と、思った次の瞬間、
「その手を放した方がいいですよ…!」
そう声を掛けたのは…、
続く。
201
:
上沼みどり
:2011/10/07(金) 22:38:00
【HOWEVER】
≪船の中≫
その声の主は…、
「アンタは…?!」
「リリアンです…」
「アンタには関係の無い件だろ!?割り込んでくるな!!」
「思い通りにならなくて、その相手…ましてや恋焦がれている相手に対して手を上げるだなんて…とても常識では考えられません!!」
「何だと!?」
「…少し頭を冷やした方がいいと思います…。今は猶予を恐れて冷静な考えが纏まらないのでしょう…?」
「3日しかないんだ!!当たり前だろう!?」
「まだ3日もあるじゃないですか…!!」
「…っ!!」
「…ラリホー」
リリアンはラリホーを使い、ソロを眠らせた。
202
:
龍神
:2011/10/09(日) 17:50:39
本奴隷の2人の旅人。第十話
そうだ、ここからが、本題だ。
けど、どこから話せればいいか、どこから話せばヘンリーを傷つけずにすむかで悩んでいた僕の口は動かなかった。
ヘンリーはそんな僕の状態を見て、自分から話してくれた。
「いいんだよリュカ。そんなに俺の事で悩まなくても。」
「だって・・・!ヘンリー出て行く時、泣きそうな顔してたじゃん!僕・・・僕・・・」
上手い言葉が見つからず、僕はうつむいた。ヘンリーは少し微笑んだ。
「・・・最低だよな。俺、お前の親父さん殺されてるトコ、見るだけしかできなかった。お前もすくえなかった。そして・・・俺のせいでお前の故郷もなくなった!」
「っ」
僕はヘンリーの太陽のような笑顔が好きだ。なんだか心があったかくなり、楽しい気持ちになるから。
けど今のヘンリーの顔は曇り空。もうすぐ雨がふり、雷鳴が響くような曇り空。心が悲しくて、つらくて、苦しくて。そんな思いをしてるのがわかる顔。
ヘンリーをこんな顔にさせたのは僕のせいだ。あの時、僕がもっと強く、2人を守れるくらい強かったら。ヘンリーをここへ連れてこなかったら。
ヘンリーをこんな気持ちにせず、いつものように太陽の笑顔で笑っててくれたかもしれない。
それにこの村がこうなったのはヘンリーだけのせいじゃない。僕のせいでもある。
「・・・俺が生まれてこなかったらよかったんだ。俺がいなかったら!お前の村が「こんなにはならなかった!俺はいないほうがいいんだ!」
「っ!!」
その瞬間、僕はヘンリーを抱きしめていた。
「・・・リュ、カ?」
「・・・・なんていうな。自分なんていらないとかいうな!全部自分のせいにすんな!」
すこししたら、一粒のあたたかい水が僕の服にあたり、じわりとしみついた。
それは、ヘンリーの涙だと僕はわかった。
203
:
上沼みどり
:2011/10/09(日) 23:48:51
【HOWEVER】
「…!?」
「…大丈夫でしたか…?」
「は、はい…!有難う御座います!?」
「…!?」
「…彼を送り届けてきます。アナタはどうぞ宿屋にでも休んでいて下さい…」
「え、でも、そんな…!?悪いですよ…!」
「お気になさらないで下さい。彼もアナタも…少し頭を冷やした方がいいです…」
「…」
「では…あ、そうそう…。コレを返し忘れてました…」
リリアンは『ラーの鏡』をアルスに返却した。
::::
≪見晴らしの塔≫
階段を下りてきたアンディを、スーザンが出迎えた。
続く。
204
:
上沼みどり
:2011/10/17(月) 22:02:43
【HOWEVER】
≪見晴らしの塔≫
「あっ…」
「…とても…いい歌でした…」
「あれが!?とんでもない最低の復讐の非恋愛ソングですよ…!?」
「でも…とても素直な心が読み取れました…!」
「まぁ…。アレが僕の正直な気持ちですから…。デボラとそのまま結婚したらそれこそ嘘ですし…」
「…」
「…」
続く
205
:
上沼みどり
:2011/10/18(火) 22:22:36
【HOWEVER】
≪山奥の村≫
リリアンは無事、ソロを送り届け、ダンカンに『水の洞窟』でのことを説明した。
「そんな…!?後3日…いや、2日で水の泡になって消える…!?」
「残酷なことですが…全て事実です…」
「ソロっ…!!」
「…」
「っ!!」
「父ルドマンが起こした姉デボラの婿選びの為の試練が全ての元凶です!!父の言った通りそんな大切なモノを使った罰が当たったのです!!大切なご子息をソレに巻き込んでしまい申し訳ありません!!」
「…」
「…!!」
「…リリアン…さんと言ったかな…?」
「はい…」
「アンタにこんな事を言うのは見当違いだと思うが…聞いてくれるかな…?」
「…」
ダンカンのその瞳は『拒否権無し』と言っていた。
続く。
206
:
上沼みどり
:2011/10/18(火) 22:38:40
【HOWEVER】
≪サラボナ・アンディの家≫
玄関のドアが開かれた。
「アンディ、帰ってきたのかい?」
「あぁ…、ただいま…」
「それで…?どうなったんだい!?デボラとは…!?『水のリング』は…!?」
「あぁ、バッチリ手に入れたよ…。そして…デボラにハッキリと本当の気持ちを伝えたよ…」
「「…!?」」
両親は一瞬ドキリとした。
「…君となんて…ゴメンだ…ってね。詩も添えてきたよ…!」
「そうかい!!」
「よく言ってやった!!あの女には一度ビシっと言ってやった方がいいんじゃ!!」
「アハハ…!」
「…あの…?」
「ん…?」
アンディは、スーザンに着いて来てもらったことをすっかり忘れていた。
「あ、ゴメン!ゴメン…!」
「アンディ、そのお嬢さんは…?」
「あぁ…、踊り子のスーザンさん。道中で出会った…」
「初めまして…」
「着いてきてもらって悪かったね…。ありがとう…!」
「いいえ…。明日は宜しくお願いします…」
「あぁ…」
アンディの母は、スーザンの姿を見て何かを思った。
続く。
207
:
上沼みどり
:2011/10/19(水) 20:20:38
【HOWEVER】
「…父さん…母さん…大事な話があるんだ…!!」
アンディのその真剣な表情に母は、
「スーザンさん…!」
「はい…?」
「…アンディは、私達が年老いてからやっと神様が授けてくれた大切な息子なんです!!どうぞ宜しくお願いします!!」
「!?」
「な、何言ってんだよ!?母さん!!」
「だってお前、大事な話って…!?明日改めて挨拶にくるんだろう…?」
「違うよ!スーザンと僕は、今はそんな関係じゃない!!」
「…?」
「…悪いね、スーザンさん。また明日…」
「はい…」
アンディは両親を家の中へ追いやり、ドアを閉めた。
::::
〈船〉
「…」
リリアンは星空を見上げながらダンカンに言われた衝撃の真実を思い返していた。
::::
『ソロは…ワシの本当の息子じゃない。だからこそ余計に不憫で…。こんな世の中でせめて、普通に家庭を持って人並みの幸せを…と願っていたのに…まさかこんなことになるなんて…』
::::
「…お菓子なものだ…。まさかこんな近くに僕達と同じ境遇にいる人がいたなんて…」
そう…。
実は…このリリアンとデボラの姉弟は…ルドマン夫妻の実子ではないのである。
続く
208
:
龍神
:2011/10/20(木) 10:59:33
本奴隷の2人の旅人。第十一話
えーっと、まぁこの状況を今、僕はどうしたらいいのだろう。
僕はヘンリーが悲しい顔をしたから、慰めようとし、でた行動がコレだ。
(・・・冷静になって考えたけど、どうしよう?この状況?てか僕、ヘンリーを抱きしめてるよ!!?////)
頭の興奮がおさまった時、自分の今の状態に気がついた。いくらあの時シリアスな空気だったとしても、これは・・・。・・・僕が、ヘンリーを、抱きしめ・・・
(ふぁぁ!なんかスッゴク恥ずかしい!顔も熱いし、心臓もバクバクいってるよぉ!)
「・・・リュカ?」
「えっ、な、何!??////」
「どうしたんだ?顔真っ赤だぞ?熱でもあるのか?」
そういいながらヘンリーは僕の額に手をおいた。僕に抱きしめられた状態で。
「いや、あの、そのぅ・・・」
(ヘンリーの手冷たいなぁ。てか額、心臓移ったみたいに、ドクドクいってる!落ち着けリュカ!小さい時こんな事何回もあっただろ!??)
こっちがいっぱいいっぱいな時、ヘンリーの方も今の状態に気がついたようだ。
(・・・・・//////)
今までなかったくらいに、2人の間には沈黙が流れた。
少しでも動いたらよけい気まずくなりそうなので、僕はヘンリーを抱きしめてて、ヘンリーはそのまま抱きしめられていた。
と、そのとき。
「リュカー?ヘンリーさんとやらー?あ、いたいた!」
「ぴきぃぃーー!」
美しすぎるくらいの笑顔のシスターと、元気よくスラリンがやって来た。
「うわぁっ!?」
「ひぁぁっ!?」
僕達は、シスター達が来たとたんに、素早く自分達を離した。
・・・多分その動きははぐれメタルより早かったんじゃないかな。
209
:
上沼みどり
:2011/10/20(木) 22:44:49
【HOWEVER】
≪サラボナ・宿≫
アルスは、スーザンの分の部屋と代金を用意していた。
「アルスさん…。今までどうも有難う御座いました…」
「あぁ…。…故郷に帰るのか…?」
「いえ、私は旅の踊り子です…。故郷は…ましてや今まで本気で愛した相手はいません…。そのまま『ポートセルミ』から『カジノ船』へ…」
「そうか…。ルーラで送ってやろうか…?」
「いえ…、道中歩いていくつもりです…。アンディさんと…」
「へ?何でまた…?!」
「同じ境遇になった者同志、何かの縁だと想いまして…」
「…フ〜ン…」
「…」
「…よし、お前等!」
アルスは仲間モンスター達に声をかけた。
「明日、スーザンとアンディの護衛をしてやれ!」
「そんなっ、アルスさん!悪いですよ…!!」
「何言ってるんだ!?踊り子と吟遊詩人じゃ道中ぶっそうだろう!?今更水臭いこと無しだぞ!」
「アルスさん…!」
「了解したでござる!」
「まかせなさい!」
「「おう!」」
「みなさん…!!」
続く。
210
:
上沼みどり
:2011/10/20(木) 23:04:31
【HOWEVER】
「…俺は…少し一人で考えたいから…さ…」
「アルスさん…」
「…」
「…あまり一人で悩まないで下さい…」
「…」
「…私だって…今まで舞台の上で何度も『恋愛』というモノを踊りを通して演じてきましたが、何だかよく分からないのですから…」
「うん…」
「…」
「…」
::::
≪アンディの家≫
「大事な話…って何々だい?」
「アンディ…。やっぱりあのスーザンさんが…!?」
「だから今は違うって…!話っていうのは…」
「「…!?」」
「…あの人、ルドマンさんが経営しているカジノ船で働くことになったんだけど、その道中ぶっそうだから護衛するんだ…!」
「…何だ…。そんなことか…」
「そうだよ…!二人とも変な勘違いしちゃって…!!」
「でも…大丈夫なのかい…?用心棒がお前で…?」
「あ、ヒドイなぁ…!コレでも危険な冒険から無事に帰ってきたんだからね!」
「そうだったね…!」
「お前はもう…デボラに『ひ弱』だと苛められてた頃とは違うんだな…!」
「うん…!」
「ハハハハハ…!」
「ウフフフフ…!」
「(ゴメン…父さん…母さん…)」
アンディはとても言えなかった。
…自分は…後2日で水の泡となって消え去る運命だとは…。
::::
≪船≫
「…ソロさん…。だからアナタはあんなに強引にアルスさんに迫ったんですね…」
リリアンは独り言を呟いていた。
「…」
タイムリミットは…後2日…。
続く。
211
:
龍神
:2011/10/21(金) 10:05:36
本奴隷の2人の旅人。 第十二話
「??どうしたの2人とも?」
「ぴきー!」
「ううん。なにもっ!」「ありません・・・/////」
僕達の慌てぶりにシスターとスラリンは不思議がっていた。
「まぁいいわ。ハイ。私、2人に忘れ者届けにきただけだから(^^)」
「ぴきぃ〜〜!!ぴきっぴきっ!」
「わっ!スラリン!忘れちゃってごめんねぇ〜!」
「・・・コイツ、必要以上にリュカにべたついてねーか?俺はどぅしたんだよ俺は!」
こっちのにぎやかな様子を見て、シスターはクスリと笑った。
「さて!私、リュカにちょっと話したい事があるんだけど・・・」
「ほぇ?私に?」
「えぇ。悪いけどヘンリーさん、スライムちゃん。さきに教会のほうへ戻っておいてくれる?」
「え?あ、はい。わかりました。ほらいくぞスラリン!」
「ぴきぃ〜〜ぴきぃ〜〜!」
ヘンリーは僕から離れようとしないスラリンを僕からはがして、教会のほうへ言ってしまった。
「・・・さて、あの2人はいってしまった事ですし。それじゃあ言うわよ。耳かっぽじってよく聞きなさいねリュカ?」
「へ?あ・・・ハイ。」
僕の気のない返事を聞いてシスターはため息をついたが、すぐに口を動かした。
「単刀直入にいうわよ。・・・・・・リュカは、ヘンリーさんの事を好きなの?」
・・・僕がヘンリーを好き?
212
:
龍神
:2011/10/21(金) 14:02:33
本奴隷の2人の旅人。 第十三話
・・・僕が、ヘンリーを好き?
「・・・・・・」
「リュカ?どうしたの?」
シスターが声を聞き、頭がハッとした。
「・・・うん。ヘンリー大好き。だって、10年間一緒にいた大切な幼馴染だもん!」
「そっちかい。」
シスターがずてっとこけた。・・・僕、変なこと言ったかなぁ?
「あのね、リュカ。私が言ってるのはそーゆー意味じゃないの。友達とか、家族とか、そーゆー「好き」じゃなくて、恋人とかに思う「好き」・・・ほらLOVEのほうよ。」
恋人の好き?「LOVE」??
「????????」
「・・・だめだこりゃ。そーいえばリュカ。昔からこーゆー話にすごくニブかったのよねぇーー」
??僕にはシスターの話している事の意味があまり分からなかった。けど僕の言った「好き」とはちがう「好き」のことを言ってた事は分かった。
「うーん・・・じゃあ私の事は好き?」
「シスターの事?うん。好きだよ?」
「その私の「好き」とヘンリーさんの「好き」はちょっと違うでしょ?」
「うん。」
「ドキドキするでしょ?」
「うん。」
「そのヘンリーさんの「好き」がLOVEの好きよ。」
「・・・う〜〜ん。やっぱよくわかんないや。」
シスターはまたため息をついた。どうしたんだろ。
「お〜い。リュカ〜」「ぴきぃ〜〜」
教会の手前でヘンリーとスラリンが立っていた。僕を呼んでいる。
「神父さんから聞いたんだけど、村の洞窟にパパスさんの遺品があるかもだって。いってみよーぜ。」
「あっ、うん。わかった!すぐいくっ!・・・それにしても父さんの遺品かぁ・・・」
僕は地面においといた武器と道具を腰にさげ、ヘンリー達のいる場所へ走転ばないよう走った。
「はぁ・・・リュカはなんで分かんないのかしら。他人から見ても分かるのに、本人がわかんないなんて、どれだけニブいのよぉ。」
シスターが何か言ったけど、滝の音で聞こえなかった。
213
:
龍神
:2011/10/22(土) 23:49:21
本奴隷の2人の旅人。 第十四話
ピチャ・・・ピチャ・・・と水粒の落ちる音がする。
ひさしぶりに入った洞窟の中はとても寒かった。外はまだまだあったかいくらいの気温だったのに。
息が白くなる。鼻や手がとても冷たくて凍りそう。
「すっげぇ寒いぞここ!リュカ、昔こんなトコを一人で冒険したのか!??」
「うぅん!昔来たときはもっとあったかかったはず!ハ・・・ハ・・・ハクショーイ!!!」
「プルプル、プルプル!」
「え、なにスラリン。『洞窟は好きだけど、ここは寒くて凍りそうで嫌い』?誰だってこんなトコ嫌いだよ!」
ハァ〜と暖かい息で手を暖めようとする。だけど洞窟の寒さがすごく、そんな事いっこうに功をださない。
「・・・ここの魔物、よくこんなに平気でいられるよなぁ」
「もう気温に慣れてんじゃないの?」
そう話していたら、岩陰から魔物達があらわれた。
「きたよっ!モンスターの種類と数は、ブラウニー2匹とガメゴンゴンロード2匹!合計4匹!武器を用意!ヘンリーとスラリン、通常攻撃ブラウニーに!」
「ぴきっ!」「まかせろっ!」
スラリンがブーメランで攻撃し、相手の気をブーメランに移したところでヘンリーのチェーンクロスが激しくブラウニーたちを打つ。一気にブラウニー達は息絶えた。
「2人とも大丈夫!??・・・ホイミ。」
僕が敵の攻撃で傷ついた2人をホイミで直す。僕は戦いの時は援護に回るつもりだ。
「くそ、こいつら全然傷ついてねぇ!守備力が高いのか!??」
「ぴきぃっ!」
ガメゴンロードにヘンリー達はは苦戦していた。・・・2人はなんでココ使わないかぁぁ?・・・頭をサ。
「・・・しょうがない。ヘンリー、ギラを唱える準備しといて!僕がバキを唱えた同時にバキに向けて唱えるんだよ!」
「はぁ?なんでバキをぶち壊すようなマネを・・・・・・あぁ、そーゆー意味な。わかった。」
僕はヘンリーに、ヘンリーは僕ににこりと笑った。こんな時、幼馴染は話を分かってくれてたのもしい。
これは、昔ビアンカお姉ちゃんとオバケ退治にいった時、2人で頑張って唱えた思い出の呪文だ。あの時の思い出が脳内に浮かび上がる。
「・・・いくよ!」「おう!」
僕達は別々の異なる呪文を一緒に唱える。ヘンリーはメラを、僕はバキの呪文を手のひらでカタチにする。
先に僕のバキがガメゴンに向かって進み、その次にヘンリーのメラが飛び、僕のバキの呪文と合体する。
その2つの呪文がカタチをかえ、大きなー・・・赤く燃え上がる龍と化した。
その龍がまとっている炎で、洞窟内は明るく、あたたかくなった。
214
:
龍神
:2011/10/23(日) 12:29:58
本奴隷の2人の旅人。 第十五話
僕達の作った炎の龍は、ガメゴンめがげて攻撃し、ガメゴン達に致命傷を与えた。
そしてガメゴン達が竜巻と炎の龍でひるんだ隙をついて、スラリンはブーメランを敵に向けて投げた。
ガメゴン達は、やっと息絶えた。
「はぁ・・・はぁ・・・やっと倒せた・・・」
「ヘンリー、こんな事くらいで疲れてたらキリがないよ。もっとしっかりしてね。」
「ぴきぃ!!ぴきっぴきっ!」
「?どうしたんだよスラリン・・・・!??」
死んだと思っていたブラウニーが1匹起き上がったのだ。ヘンリー達は武器を構える。
「リュカ!こいつまだ生きてたぞ!!お前も武器を構えろ!」
「えぇ!??」
僕は驚いて振り返る。たしかに、傷だらけのブラウニーが起き上がっている。だけど僕は、その姿を見てブラウニーに戦う意思はないように見えた。
(・・・スラリンの時と同じ。こちらへの敵意は感じられない。・・・もしかしたら・・・)
僕はブラウニーに歩み寄る。そしてブラウニーの傷にホイミを唱えてあげた。
「リュカ!??何を・・・」
「・・・痛かったでしょ?ゴメンね、もう大丈夫だよ。・・・君は僕達の仲間になりたいんだよね?」
ブラウニーはこくこくと頭を上下にふる。
「いいよ!これからは君は僕達の仲間だ。ブラウニーだから・・・よろしくねブラウン!」
ブラウンは嬉しそうにピョンピョン跳ねた。スラリンがブラウンの周りで同じく跳ねる。どうやら魔物の仲間ができて嬉しいようだ。
_____________________________
「おいらはブラウン!オスのブラウニーだ!よろしくっ!」
ブラウンはスラリンと違って話せるようだ。あの後ブラウンは言ってもいないのに、自己紹介を始めた。声がコロコロしていて可愛らしい。
「へぇ、お前オスなのかー。男同士よろしくな」
ヘンリーはブラウンと握手しようとする。だけどブラウンはその小さい手でヘンリーの手をつかもうとしなかった。
「へん。おいらは男に興味ないね。・・・それよりもリュカ!」
もじもじしながらブラウンは僕に話しかけてきた。やっぱり可愛い。癒される。「なあに?」とブラウンに聞く。
「おいら・・・リュカを好きみたいだ!結婚してくれ!」
小さくて可愛くて、モコモコなブラウンの口からでた言葉は、
リ・ヘ「・・・・えぇ!??」「ぴきぃっ!??」
まぎれもない、プロポーズの言葉だった。
215
:
上沼みどり
:2011/10/24(月) 21:50:33
【HOWEVER】
タイムリミットまで後2日…という日の朝を迎えた。
アルスは仲間モンスターに、スーザンとアンディの護衛を任せ、送り出した。
「…あっ…」
「あ…」
入れ違いにリリアンが戻ってきた。
「…」
「…無事にソロさんを送り届けてきましたよ…」
「有難う御座います…」
「それと…ソロさんの『お父さん』にすべてを話してきました…。隠しておく方が酷だと思いましたので…」
「…そうですか…」
「えぇ…」
「…リリアンさん…、アナタは強い人ですね…!」
「僕がですか…?!」
「普通…赤の他人が背負い込んだ不幸を…そんな風には扱えませんよ…」
「…そうかも知れませんね…」
「…俺だったら…ソロのこと…ダンカンさんに、ちゃんと勇気を出して言えたかどうだか…」
「…」
「…」
「…」
「…少しお時間、宜しいですか…?」
「…?」
「…!!」
::::
〈山奥の村〉
「…グガワァ〜あ!!よく寝たな〜…」
「ソロ、起きたのか…?」
「あぁ、父さん。おはよう…。ちょっと待っててな。飯の支度するから…」
「…」
ソロは寝ぼけているのか、隠そうと誤魔化しているのか、肝心の話題をふらなかった。
「フフフ〜ン!」
「…」
ならば父親である自分から、さり気なくその話題をふるべきなのかも知れない。
しかし、ダンカンは中々一言を発せれなかった。
…と、そこへ…、
トントントン…、
「ん…?」
ドアを叩く音が聞こえてきた。
「あぁ、父さんが出るからお前は支度をしてなさい…」
「おぅ…」
「どちらさんかな…?」
ダンカンはドアを開けると、そこにはまったく見ず知らずの緑髪の女性が立っていた。
「…」
「誰ですか…?」
「…我が教団に入信しませんか…?」
「は…?あぁ…訪問販売や新興宗教には興味は無いんで…」
「我が『光の教団』に入信すればアナタの悩みなどは…」
「「『光の教団』だって!?」」
ダンカンは一時硬直し、ソロも料理の手を止めてしまった。
::::
続く
216
:
名無しさん
:2011/10/24(月) 22:53:59
友達コード
0561-7515-9709
対戦やろう
217
:
上沼みどり
:2011/10/25(火) 09:37:59
【HOWEVER】
〈サラボナ〉
「『不謹慎』とか、『軽率』な男と想われるかもしれませんが…」
「…」
「…僕はアナタに心奪われました…!!」
「っ…!?」
「…!!」
::::
〈山奥の村〉
何と『光の教団』の信者が現れた。
「帰れ!!」
そう言葉を放ったのはダンカンだった。
「…!?」
「『光の教団』はワシの友人を殺した仇だ!!そんなモノを『神』だと崇拝する宗教など…グッ、ゴホゴホゴホッ!!」
「父さん!?」
「…」
「だ、大丈夫だ…。何時もの軽い発作だ…」
「…お前、何時までソコに突っ立ってんだ!?とっとと帰れ!!塩ぶっかけるぞ!!」
「…何という…ことでしょう…」
「は…?」
「我が『光の教団』にそんな罪人がいたなんて…!!私はそれなりの地位を持っていますが、そんな大それた事…今の今まで存じ上げませんでした!!その者に代わってお詫び申し上げます!!」
何と、女信者はその場で土下座をした。
「…!?」
「…」
「…帰ってくれ…。直接の『仇』じゃないアンタには関係無いかも知れない…が、『光の教団』を許す気にはなれない…」
「父さん、俺だって同じだ!!パパスさんを殺した奴の仲間なんか信じられるか!!…帰れ!!」
「…アナタ…その病は随分と永いように見受けられますね…」
「…帰れ…」
「それと、そちらのアナタも…何やら命に関わる呪いをかけられているようですね…」
「…!?」
「罪滅ぼしをさせては下さいませんか…?我が『光の教団』の教祖様のチカラを持ってすれば、その病は忽ちに治り、呪いもはねのける事が出来ます…。参りましょう、『光の教団』の神殿へ…!」
「「帰れ!!」」
「…」
「「…!!」」
「…分かりました…。今回のところは引き上げましょう…」
「「…!!」」
「…ですが、そこの温泉宿に泊まっていますので、気が変わられましたらいつでも…」
「「…!!」」
「…あ、そうそう…。申し遅れましたが私は『マダラ』と申します…。では…」
信者…マダラはやっと立ち去った。
「…ソロ…」
「ん…?」
「話してくれるか…?『呪い』のことを…」
「…」
「…!!」
「あぁ…、分かった…」
リリアンからある程度は聞いていたダンカンだが、改めてソロの口から説明させることに成功した。
::::
続く
218
:
龍神
:2011/10/25(火) 11:22:20
本奴隷の2人の旅人。 第十六話
人生初のプロポーズ。
それがさっき仲間になったばかりのブラウンに言われるとは考えもしなかった。
けど僕は、冷静になって考えてみた。
小さい子の言うことだ。このプロポーズは僕が小さい頃「お父さんのお嫁さんになる!」くらいと同じ気持ちなんじゃないか、と。
「あ・・・ははは〜。ブラウン、軽い気持ちでそんな事いっちゃあ駄目だよ。本当に好きな人に言わなきゃ!あと僕、小さい子に恋愛感情芽生えないし・・・」
笑顔でそんなことを言ってみた。ヘンリーやスラリンもそこまで本気にしてなかった。だけど、とうの本人はすっごくマジメな顔だった。
「ムッ、おいらのプロポーズ、リュカは本気にしてないのか?おいらは本気だぞ!本気でリュカの事が好きだ!リュカを絶対幸せにする!あとおいらはもう子供じゃない!ブラウニー族でちゃんと成人を迎えたぞ!」
僕は全体的に「マジかよ。」と思った。ヘンリーやスラリンもあいた口がふさがらなかった。
「・・・いくぞ、リュカ!パパスさんの遺品、さがしにいくんだろ!??」
ヘンリーが僕の手をつかみ、ずんずん歩き出した。
「え?あっ、うん。わかった!・・・てか、手が痛い・・・」
僕達2人は奥へずんずん進んでいった。
「・・・なぁスラリン。」
「ぴきぃ?(何?ブラウン)」
「あの2人ってできてるのか?」
「ぴきぃ・・・ぴきぴきーー(できてはないと思うけど・・・、緑髪の方は君のライバルになるだろうねぇーー)」
「なにぃ!!本当か!??」
「ぴきぴっきーー(うん、僕の予想でだけどねーー)」
「こうしちゃいられない!リュカをあの男と2人っきりにさせもんか!リュカ達に追いつくぞー!!おりゃーーー」
「ぴきーぴきぃーー!(あーまってよブラウン!僕をおいていかないでーー!)」
2匹の邪悪な心をもたない魔物たちは主人達の所へ走っていった。
219
:
上沼みどり
:2011/10/26(水) 10:13:07
【HOWEVER】
〈サラボナ〉
「それは…『表面(オレ)の方ですか?それとも…『本心(ワタシ)の方ですか…?』』」
「…」
「…」
「アルスさん…、人というのは、相手によって自分を使い分けるモノです…」
「…?」
「僕は勉強先でそんな人を沢山見てきました…。僕だって父に向ける顔、母に向ける顔、姉に向ける顔は違います…。偽者とかそういうモノではないと思いますよ…。アナタも、道中に一々本心を見せたりせず、当たり障りのないように他人に接していたでしょう…?」
「そう…ですね…はい…」
「…惹かれたのは、確かにアナタが一瞬見せたソロさんに対する本心からの笑顔でした!!それからアナタは僕の心に深く焼き付き…スミマセン、興奮して上手く言葉が出てきませんが…!!」
「…」
リリアンはアルスの手を強く握った。
「僕は…今この目の前にいるアルスさん…アナタが好きです!!」
「…」
「…!!」
「…」
「…僕は…呪いはかかっていませんから…。受け取れないなら…今この場で振り払って下さい!!」
「…」
「…!!」
「…それで全部ですか…?言いたいことは…?」
「はい…!!」
「…今度は…此方に少しお時間いただけますか…?」
「え…?」
「しっかり掴まってて下さいよ!!『ルーラ』!!」
「っ…!?」
アルスはリリアンを連れ…『ラインハット』へ飛んだ。
::::
〈山奥の村〉
ソロは改めて己の口からダンカンに全部説明した。
…アルスに告白したことも含めて…。
「俺は…アルスと結婚する…!!そして…本当のアルスを取り戻すんだ!!世界とか、魔王とか…そんなのは勇者に任せとけばいいんだ!!」
「そうか…。お前昔から言ってたからな…『大人になったらアルスと結婚する』って…」
「あぁ…。そうすればアルスは元に戻る…。パパスさんを失って傷付いて…表面を固めた嘘で着飾ったあんな偽者なんて…俺が消滅させてやる!!」
「…」
「アルス…待ってろよ!!」
「…」
「そうと決まれば…早速出掛けてくる!!」
ソロは『サラボナ』に向かうため、まず船を借りに行った。
「ソロ…ワシを一人にしないでおくれ…」
残されたダンカンはボソッと呟いた。
::::
続く
220
:
上沼みどり
:2011/10/27(木) 17:09:00
【HOWEVER】
〈ラインハット〉
アルスはリリアンを連れ、早速お城の中へ入った。
「ア、アルスさん…!?」
「そんなに緊張しなくたって大丈夫だって…!」
「で、でも…!?」
〈王間〉
「久しぶり、デール王!」
「アルスさん!旅はどうですか…?」
「ん…まぁ…、今は色々と…」
「そうですか…。是非兄に会って行って下さい!」
「うん、そのつもり…。行くよ、リリアンさん…」
「っ…!?」
リリアンは緊張して一言も言葉を発せられなかった。
〈ヘンリー・マリアの部屋〉
「アルス!?」
「アルス様!?」
「久しぶり、二人とも!」
「(お、王族と知り合いだなんて…!?アルスさんの交友関係って一体!?)」
「マリア、だいぶ腹が出てきたみたいだな…?」
「えぇ…。凄い『オオモノ』がでてくるだろう…って言われてますわ…」
「!?!?!?」
「…ところでそっちの人は…?もしかして何度も話してた『幼なじみ』?」
「えっ!?あ、あの…!?ぼ、僕は…!?」
「違うよ。この人はリリアンさん。大胆にも、この俺にプロポーズをした人…」
「「えっ…!?」」
「は、はい!!初めまして!!」
「…リリアン…さんっていったか?」
「は、はい!?」
「ちょっとバルコニーに一緒に来てくれるか…?」
と、言ってリリアンはヘンリーに腕を掴まれて強制的に連れて行かれてしまった。
「…アルス様…」
「まだ言葉づかいが…」
「あぁ…。直らねぇ…」
「…」
「そんなことよりも、俺…二人にずっと黙ってたことがある…!!その気持ちの決着をつけないといけないと思って…来たんだ…!!」
「アルス様…!?…真剣に考えているのですね…!あの方との将来を…!!」
「…今更こんなこと言うのは卑怯だと思う…。でも…言わないと『過去の思い出』として整理がつかないんだ!!聞いてくれるか!?マリア!!」
「はい…アルス様…!!」
「…!!」
「…!!」
「俺は…ずっと…隠していた…。3人で旅している時…イヤ…あの大神殿の時からずっと…!!」
「…!!」
「俺には初恋だった…!!…隠していたせいで見事に玉砕しちまったけど…」
「…!!」
「これは思い出話だ!!」
「…!!」
「俺はずっと好きだったんだ!!」
「…!?」
「…○○○…が!!」
::::
続く
221
:
上沼みどり
:2011/10/28(金) 21:08:19
【HOWEVER】
〈ルラフェンの町〉
アルスと別行動をとったコチラは、馬車を猛スピードで飛ばした無理がたたり、此処で少し休憩をする事にした。
「パトリシア、ゆっくりと休んで…、もうひと踏ん張り宜しくね!」
「ヒヒ〜ン!」
「それにしても…何だか迷路みたいな不思議な造りをしていますねぇ…?」
「えぇ…。前に来た際にも迷ってしまいましたわ…」
「来たことがあるんですか…?」
「はい…。そこの煙が立っている家に住んでいる『ベネット』さんというご老人にはお世話になったモノですわ…」
「そうなんですか…」
「魔法の研究をされているのですよ…」
「魔法…?!…そうだ!!」
「どうしました!?」
「その人なら、この『呪い』を解く魔法を知っているかも知れない!!行ってみましょう!!」
と言ってアンディはスーザンの手を掴んだ。
「…あ、皆さんはゆっくり休んでて下さい…!」
「お心遣い感謝するでゴザル」
「今のウチにメイク直しておこう…!」
::::
〈山奥の村〉
「船が全部出払ってる!?」
「あぁ…、悪いな…」
「そんなっ…!?…って、そこに一つあるじゃん!」
「コレは『お客さん』が乗ってきた船だよ」
「お客さん…?」
「確か…『光の教団』から来た…って言ってたな…」
「…!?」
「どうする?急ぎの用ならその人に頼んでみるか…?」
「いや!!いい…!!」
「そっ、そうか…?!」
『光の教団』の力だけは借りるワケにはいかなかった。
::::
〈ラインハット・バルコニー〉
ヘンリーはリリアンを此処へ連れ込んだ。
「まず率直に聞く…」
「は、はい!!」
「そんなに緊張しなくたっていい…。俺は堅苦しいのは嫌いだ…」
「…!!」
「…アルスのこと…どこまで知ってる…?」
「…何も…知りません…」
「知らない…?」
「はい…。でも…だからこそ…もっとアルスさんのことを知りたくて…」
「興味本位じゃなくて…?」
「違います!!それだけは確信を持って言えます!!」
「…」
「…!!」
「…フッ、ある意味純粋な求婚だな…」
「…!!」
「俺も…マリアのことを…そう想ってた…。何も知らないから一緒になりたい…って…」
「…!?」
「王族だから、親同士が決めた結婚だと思ったか?」
「あ、い…!?」
「聞かせてやるよ…!俺とマリアの馴れ初めを…!!」
「は…はあ…?」
続く
222
:
上沼みどり
:2011/10/29(土) 19:58:59
【HOWEVER】
〈ルラフェン・ベネットの家〉
「御免下さいませ…」
「お邪魔します…」
「…ん?『どちらさん』じゃ…?」
「お久しぶりですわ。ベネットさん…」
「…おぉ…、いつぞやの踊り子ちゃんか…!」
「ハイ、スーザンです…」
「今日はどうしたんじゃ?また新しい魔法を覚えに来たのかい…?」
「あの…実は…」
「それがの…今度の魔法はちと厄介での…。時間が掛かりそうなのじゃ…」
「…はぁ…?」
「ところで…この若造は何者じゃ?」
「あ、失礼しました!?僕はアンディと申します!!」
「スーザンちゃんの恋人かい?若い者はいいの〜…!」
「ち、違います!?今はそういう関係ではありません!!」
「何じゃ…。だったらはやく『恋人同士』に進展するよう頑張ることじゃの…」
「あの…僕達は何か『解呪』の魔法をご存知ではないか…をたずねにきたんです!!」
「それならば『シャナク』を唱えるか、教会に行けばいいじゃろうが…」
「それが…」
「普通とはちょっと事情が違うんです…」
「ん…?」
::::
〈ラインハット・バルコニー〉
「…どうだった?俺とマリアの、奴隷から這い上がった人生逆転のラブストーリーは!!」
「は…はぁ…!!」
延々と聞かされていたヘンリーの話がやっと終わった。
「そんなこんながあり、マリアは俺の子を身ごもってアルスとの旅を終えて…あれだけ嫌ってたこの国…故郷にとどまることにしたワケだ…」
「…!?」
「マリアはアルスの旅の手伝いを最後までするつもりだった…。それを諦めさせたのは俺…」
「…」
「お前と結婚することで、アルスもまた…何かを諦めたり…我慢したり…もしくは永い休息をしなくちゃいけなくなる…」
「…」
「それでもお前は…アルスと一緒にいてやれるか…?」
「…」
「…!?」
「…覚悟は出来てます…!!アルスさんの父上『パパス』様…『お義父さん』の無念を晴らす為に『伝説の勇者』を探しだす為に…僕も全力を尽くし…一緒に『お義母さん』を助けだしてみせます!!」
「…そっか…。なら…もっと強くならないとな…。温室育ちの『お坊ちゃん』よ…!」
「魔法は一通り使えます!!」
「…フッ!」
::::
一方その頃アルスとマリアの会話も、終わりを迎えていた。
::::
続く
223
:
上沼みどり
:2011/10/30(日) 12:19:37
【HOWEVER】
〈ラインハット〉
「ヘンリーからは何て言われた…?」
「何というか…大半はオノロケ話でした…」
「まぁ!アナタったら!?」
「まったく、アツいね!アツい!!」
「はっはっはっはっは!!」
「あはは…」
「…マリア、有難うな!気持ちを聞いてもらってだいぶスッキリしたよ…!」
「私も、アルス様のお役に立てて嬉しかったですわ…!」
「…じゃ…、次の場所に行きましょうか?リリアンさん…」
「あ、は…はい!!」
「しっかり掴まってて下さいよ!…それじゃ二人とも…、また近いウチに会いにくると思うから!『ルーラ』!!」
アルスとリリアンは飛んだ。
「マリア…。お前は正直言って『アルス』の事が好きだったんじゃないか…?」
「…」
「…」
「…アルス様の背負い込んでいるモノを一緒に背負い人生をともに歩むことを…私には出来ませんでした…。またアルス様も決断することが出来ませんでした…」
「…」
「…良い意味でも悪い意味でも『その程度』の想いだったのです…。私とアルス様は…」
「…」
「『アルス様には他に相応しい方がきっと現れる』と…、信じておりました…!!」
「…」
「私は…アナタの子を身ごもり、妻となり…それを後悔したことはありません!!アルス様との事は、過去の思い出にすぎないのです!!」
「マリア…」
「…そして…アルス様も…」
「…あぁ…!」
「…先程初めて見せていただけました…。アルス様の『違う一面』を…」
「…アルスに必要なのは『強い奴』じゃない…。泣きたい時に素直に泣かせてやれる奴だ…!!…ただ…その為にはあのお坊ちゃんには強くなってもらわないとな…!」
「えぇ…そうですわ…!」
「…!」
「…!」
::::
〈オラクルベリー〉
「此処へは…?」
「ん、ちょっと『預かり所』にな…」
アルスはその店から『布切れ』のような物を引き取った。
「…?」
「…さ、次に行くぞ!」
「は、はい!?」
「『ルーラ』!!」
::::
〈アルカパ〉
「此処は…?」
「昔…ソロが住んでた町…」
「へっ!?」
「あの大きな宿屋が、昔のソロの家…」
「…!?」
アルスはリリアンの手をひき、宿屋…ではなく酒場へ向かった。
::::
続く
224
:
上沼みどり
:2011/10/31(月) 19:38:37
【HOWEVER】
〈アルカパ・酒場〉
「こんにちは〜!」
「こんな昼間から開いてる酒場が…!?」
「いらっしゃいませ!…あら?もしかして…アルスちゃん!?」
「お久しぶりです!バニーのオバ…お姉さん…!」
アルスは「オバさん」と言い掛けたのを慌てて修正した。
「あら〜、大きくなっちゃって!ソロ君と一緒にお化け退治した頃なんてほんの『お嬢ちゃん』だったのに…!?」
「アハハハ…!」
「…!?」
「…もしかして連れている『彼』はソロ君!?」
「「へっ!?」」
「まぁまぁ…、立派に成長しちゃって!?引っ越しちゃってから本当全然会ってなかったから…!!」
「あ…あの…!!この人はソロじゃありません!!」
「え…!?」
「は、初めまして!!リリアンと申します!!」
「…あ〜!?そういうことね…!!」
「「…?」」
「アルスちゃんも…パートナー付きでこういうお店に入るようになったのね…。お姉さんてっきりアルスちゃんはソロ君と一緒に…と想ってたのに、人間どうなるか分からないモノね…」
「「…!?」」
「…人違いしたお詫びと、アルスちゃんが恋人連れのお祝いを兼ねて、サービスしちゃうわね!…何をお出しします?」
「あ、いえ…今はちょっと寄ってみただけなので…また機会があったらその時に…」
「…」
「そう…?またいつでも来てちょうだいね!」
アルスとリリアンは酒場を出た。
「…」
「ショック受けた…?」
「あ、その…。当たり前ですけど…アナタとソロさんには小さい頃の『思い出話』があるんだなぁ…と思いまして…」
「…思い出ついでに…今度はその『お化け退治』の現場に行くぞ!…少し歩くけどな…」
「は、はい!!」
アルスはリリアンを連れ、今度は『レヌール城』へ向かった。
::::
〈ルラフェン・ベネットの家〉
アンディとスーザンは呪いのことをベネットに説明した。
「それはまた…、厄介なモノに憑かれてしまったのぅ…」
「はい…」
「えぇ…」
「しかし…そんな高度な解呪の方法など、幾ら魔法研究に徳化しているワシにも…」
「出来ないのですか…?」
「あくまでも今現在は…ということじゃ!まだまだ解読しきってない古文書の中にもしかしたら…?」
「僕にもせ見せて下さい!」
「お前さん、古代文字が分かるのか?」
「吟遊詩人ですから、多少は…」
「…」
::::
続く
225
:
龍神
:2011/11/02(水) 15:01:29
本奴隷の2人の旅人。 第十七話
「リューカーァー!」
「ぴきぃぃ〜〜〜!」
後ろの方で声がしたので僕とヘンリーは振り返った。と、いきなり顔に
薄茶色のモコモコが覆いかぶさった。
「!??むぐっむぐぅ〜〜〜!」
苦しい苦しい苦しい苦しい!窒息死しそう!
「リュカ!やっと見つけたぞ!!アイツに変な事されなかったか!?リュカ!!」
!!その声はブラウン!!ブラウン苦しっ!その小さな体にどこにこんな力が!??あ・・・意識が・・・遠のいて・・・
「ぴきぃーー!ぴきぃーーーー!(ブラウンやりずぎーー!リュカちゃんが死んじゃうよぉーー!)」
スラリンがブラウンに大声で呼びかける。けど今僕にへばりついて幸せ状態のブラウンの耳には届いていなかった。
「・・・大丈夫か!リュカ!」
ヘンリーが僕の手をつかんでいた手を離し、ブラウンを僕から引っ張りはがした。その拍子にブラウンはどこかに飛んでいった。
「・・・っぷはぁ!!はぁ・・・はぁ・・・死ぬかとおもったぁ・・・」
僕が息を吐き出し喋りだすと、ヘンリーとスラリンは安堵のため息をついた。
「リュカ大丈夫か?念のため薬草食っとくか?」
「あ、大丈夫だよヘンリー。ちょっとくらくらするけど・・・もう大丈夫!」
僕は2人の前でピースマークを見せた。こんなことより、父さんの遺品早くさがさなくちゃ。
「それにしても・・・パパスさんの遺品ってどこにあるんだろうな。こう広くちゃ探しようがないぜ。」
「ぴき?ぴきき?(あれ?そいえばブラウンは?)」
「ホントだ。おーい、ブラウンー?ドコー?」
「・・・あーブラウンなら俺勢い余って投げ飛ばしちまった・・・」
そうヘンリーが話したら、向こうの方でブラウンの声が聞こえた。
声のした方にいそいでいってみると、ちっちゃな洞窟のような小屋があった。
その小屋の中には生活するには必要最低限なくらいの家具がそろってあった。
その中に、宝箱と大きな剣があった。
その剣は、白銀に光っていてとてもキレイで・・・
その美しさの中に、神々しい雰囲気もただよっている剣だった。
226
:
上沼みどり
:2011/11/02(水) 20:57:54
【HOWEVER】
〈ルラフェン・ベネットの家〉
「……」
古文書の解読は、3歩進んで2歩下がる…の状態だった。
…と、そこへ…、
トン、トン、トン…、
「あら?お客様…?」
「ああ…構わんでもいいぞ。どうせ何時もの『光の教団』とかいうワケの分からんとこからの勧誘じゃろうから…」
「「『光の教団!?』」」
アンディとスーザンは同時に叫んだ。
あの時…、精霊に溶かされた際に見た…アルスの仇だからだ。
::::
〈レヌール城〉
アルスは、『おやぶんゴースト』がいた王間にリリアンを誘導しながら、思い出話をしていた。
「此処がその『お化け屋敷』だ…!」
「はぁ…」
「…何で6歳と8歳の子供が親の目を盗んでそんな大それたことをしたんだと思う…?」
「えっ!?…それは…!?」
「…」
「…!?」
「…一匹の猫の為だ…」
「へっ!?」
「町のいじめっ子が猫を苛めてて、それを助けようとして…いじめっ子が出した条件が『お化け退治』だったんだ…。ソロは簡単に啖呵をきっちまって…夜の眠いって言うのに…お化け退治に駆り出されちまったよ…。まぁ、俺も猫は助けたかったから、別にいいんだけどな…。そして見事に、お化け退治をして猫を助け出したんだ。作り話みたいだけど本当なんだぜ!…あ、因みに本当にお化けだったんだぞ!フリしてる墓荒らしとか、盗賊とかじゃなくて…」
「…!?」
「そして…その猫には『ビアンカ』って名前を付けて…。俺はビアンカを連れてソロと『また冒険しよう』って約束して、父さんと一緒に村に帰ったんだ…」
「…」
そうこうしているウチに『王間』に辿り着いた。
「此処だぜ。そのお化けの親玉がいたのは…!!」
と言って扉を開けた次の瞬間、
「「きゃあ!?」」
「「っ!?」」
そこには、一組の男女がいた。
::::
〈山奥の村〉
ダンカンはただただ祈っていた。
トン、トン、トン…、
「ん?誰かな…?」
ダンカンが扉を開けると、
「こんにちは!」
そこにいたのは、宿屋の一人娘だった。
彼女は『モモ』といい、将来宿屋経営の為にダンカンのもとへ勉強に来てるのだ。
「…」
「ダンカンさん?」
「モモちゃん、君はソロのことが好きかい?」
::::
一方そ船を待つソロに、
「こんなトコで何やってんだ?」
声を掛けたのは大工娘の『リンクス』だった。
彼女は女だてらに腕は一流で、ソロの今の家をあっという間に建ててしまった程だ。
::::
続く
227
:
上沼みどり
:2011/11/03(木) 20:47:03
【HOWEVER】
〈レヌール城〉
先客の男が叫んだ。
「お願いします!!見逃して下さい!?僕達は真剣なんです!!どうか彼女と僕を引き離さないで下さい!!」
「アナタ…!」
「待って下さい!!私はただこの城にちょっとした『思い出』があるから懐かしくて寄ってみただけで…!?」
「僕はただの付き添いです…!!」
アルスとリリアンは必死に二人に説明した。
「えっ…!?僕達を捕まえに来たんじゃ…ないんですね…?」
「「はい!!」」
「…良かった…!」
「…私達は訳あって駆け落ちをしたのです…。最初は二人で死ぬつもりでしたが…」
「なんだかこの城が暖かく迎えてくれた…みたいで…」
「ここに住もう…と想ったのです…」
「…」
「…!?」
「…それは…この城が嘗て、とても仲睦まじい国王と王妃の愛に包まれているから…ですよ…」
「「へっ…!?」」
「どうぞ…お幸せに…!…行こう、リリアンさん。これ以上此処にいるのは野暮だ…」
「そうですね…」
「『ルーラ』」
アルスはリリアンを連れ、『サンタローズ』へ飛んだ。
「…今の人達は何だったんだろう…?」
「国王と王妃の幽霊…には見えなかったし…?」
「「…?」」
::::
〈サンタローズ〉
そこは…寂れた廃墟だった。
「此処は…!?」
「俺が小さい頃に住んでた村だ…。って言っても、父さんとアッチコッチ旅してたからそんなに思い出は無いけどな…」
「…!?」
「彼処にある洞窟が、初めて一人で冒険をした場所。そこで岩の下敷きになってた薬師さんを助けて、その薬をダンカンさんに届ける為に父さんとソロとソロのお袋さんと一緒にさっきの『アルカパ』まで行って『レヌール城』でお化け退治をして、猫のビアンカを連れて、この村に帰ってきたんだ…」
「…」
「アレが、元・俺の家…」
「っ…!?」
見るも無惨に破壊されていた。
「ただいま〜…って言えば昔は召し使いの『サンチョ』が出迎えてくれて…、2階に上がると父さんが難しい本を読んでた…」
「…」
「それと…この地下室から…『妖精の国』にも行ったんだぜ…」
「妖精の国…!?」
「あぁ…。夢じゃないぜ。俺は特別な力があったらしくて…イタズラ者の『ベラ』っていう妖精の女の子に連れられて行ったんだ…」
「…!?」
「地下室で詳しく話してやるよ…」
::::
続く
228
:
上沼みどり
:2011/11/04(金) 19:52:18
【HOWEVER】
〈元アルスの家の地下室〉
「ベラに連れられて行ってみれば其処は…、一面銀世界の妖精の国だった…」
「…」
「悪い奴が『春風のフルート』っていうのを盗み出して、そのせいで春が来なくて…、取り戻すのを協力して欲しい…って言われて俺とビアンカは言うなら世界に『春』を取り戻した『勇者様』ってワケだ…!」
「あぁ…、確かに昔…なかなか暖かくならなくて異常気象だった時がありましたね…。アナタのおかげだったんですね!アルスさん…」
「まぁな…!妖精達は俺が『大人になった時に何か困ったことが起こったらきっと力になりましょう』って言ってくれて…お別れした…」
「…」
「帰って来たら…父さんとラインハットに行ったんだ…。『この旅が終わったら暫くはゆっくりするから遊んでやるぞ』って…楽しみで出掛けた…。そこで…ヘンリーと出会った…」
「…」
「あの頃のヘンリーはトンだイタズラ者で…俺にも『子分になれ!!なりたかったら隣の部屋にある『子分の印を持って来い!!』』って…、わざわざ空っぽの宝箱を調べさせたんだぜ…!父さんもホトホト手を焼いて…!」
「あのヘンリーさんが…!?」
「あぁ…!『俺は王子だからこの国で王様の次に偉いんだぞ!!』って威張ってて…!」
「…!?」
リリアンには信じられなかった。
先程会ったヘンリーは…とても気さくな男だったからだ。
「そんで…その空っぽの宝箱を調べさせる間に秘密の抜け穴に隠れてて…そこから悪い奴等に浚われた…」
「えっ…!?」
「父さんにそれを言ったら『この事は誰にも秘密だ!!』って言って、俺とビアンカを置いて一人で誘拐犯を追って、俺達はその後を慌てて追いかけたんだ…」
「…!?」
「誘拐犯のアジトで無事に父さんと合流して…ヘンリーを見つけて…追っ手を父さんが引きつけてる間に俺達に『逃げろ』って言って…やっと出入り口に辿り着いたところで…、今までみたこともない魔物が其処で嘲笑いながら待ってたんだ…」
「…!?」
「『ゲマ』って名乗って…攻撃も魔法も効かなくて…俺達はボロボロにされた…」
「…!?」
「更に駆けつけた父さんを奴は…俺に『死神の鎌』を押し当てて…抵抗出来ないようにしたんだ!!」
「…!?」
::::
続く
229
:
上沼みどり
:2011/11/05(土) 22:44:18
【HOWEVER】
アルスの過去語りを淡々と聞くリリアン。
「そして父さんは俺に『母さんは生きてる。勇者を探し出して必ず母さんを…』って言って…ゲマに…跡形も無く燃やされた…」
「…!?」
「俺とヘンリーはそのまま『光の教団』に連れ去られて奴隷にされて…ビアンカとは離れ離れになった…。奴が言うには『野にかえせば魔物の本能を取り戻す』だと…」
「魔物の本能…!?」
「どうやらビアンカは猫じゃなくて…キラーパンサーの子供…つまりベビーパンサーだったらしいんだ…。妖精の国にいた爺さんにも指摘されてたし…」
「キラーパンサーを手懐けていたのですか!?」
「魔物使いの能力はどうも生まれつきなワケだったんだな…俺は…」
「…」
「奴隷の中じゃ女は珍しいから…10余年…俺はヘンリーやまわりの男達を見ながら…男のフリを振る舞うようになった…」
「それでアルスさんは、自身を男であるように演じるようになったのですね…」
「違う…」
「えっ…!?」
「その頃はまだ…あくまでも口調や態度で…女であることを否定するようなことはしなかった…俺は女だ…っていうことを捨てようとはしなかった…!!」
「…スミマセン…」
「…その10余年経ってから…教団内部でマリアと出会った…」
「へっ!?」
「マリアは…元は教団の信者だったのに…何でも奴隷の子供を助けようとして…そのせいで鞭男から酷い仕打ちを受けてて…俺とヘンリーはたまらず飛び出して…その鞭男をボッコボコにしてやったよ…!」
「アハハ…!」
「その後やってきた兵士に俺達は牢屋にぶち込まれて…マリアは手厚く治療を受けてた…。俺達もとくに制裁は無かったんだ…」
「何故ですか…?」
「その兵士が…何とマリアの兄さんだったんだ。名前は『ヨシュア』って言った…」
「お兄さん…」
「ヨシュアさんのお陰で、俺とヘンリーとマリアはあの教団から脱出して…『オラクルベリー』沖の『修道院』に保護されて…一週間眠り続けてた…」
「一週間も…!?」
「あぁ…何たって…樽の中に無理やり入って滝壺から落下して…脱出したんだからな…」
「…!?」
「ヘンリーとマリアは一足早く起きてて…。俺は遅れをとっちまった…」
「…」
::::
続く
230
:
上沼みどり
:2011/11/06(日) 18:44:36
【HOWEVER】
「俺が回復したのを機会に、俺とヘンリーは旅に出て、マリアは修道院に残った…」
「…」
「…それから…橋を渡ったら見覚えのある景色が広がってた…」
「…?」
「幼い頃の記憶を頼りに北へ進んでみれば…この村がみえたんだ…」
「…!?」
「その時は嬉しくてたまらなかった!『帰ってきたんだ』『サンチョは心配してるだろうな…父さんのことは何て説明しよう』とか『村の人達は元気かなぁ?』って思いながら村まで走って…その気持ちは大いに裏切られた…。何たって…廃墟になってたんだから…」
「…」
「夢でも見てるのか?…と思ったけども…これは間違いなく現実だった…」
「一体誰がこんな酷いことを!?」
「…ラインハット…」
「えっ!?」
「ヘンリーがいなくなったことで、父さんがその犯人に仕立て上げられて…その制裁に…」
「そんなっ…!?」
「もっとも…それに成りすましていた魔物だったけどな…実行犯は…光の教団の…な!!」
「…!!」
「…あまりのことにショックを受けた俺は…ヘンリーの制止を聞かずに『アルカパ』に向かった…。ソロに会うために…」
「…」
「ソロと再会出来れば…まだ自分は大丈夫…ちゃんと立ってられる…って思った…。でも…ソロはいなかった…引っ越してて…」
「あの…『山奥の村』に行ってしまっていたのですね…」
「あぁ…。だけどその時の俺は…もう絶望感で派手に気絶しちまったよ…。ヘンリーが部屋を取って運んでくれたけどな…」
「…」
「夜に目を覚ますと…ヘンリーは1人で悩んでた…。当たり前だけどな…。この時点じゃ『成りすましてた魔物』ってことは分からなかったんだから…」
「…です…よね…」
「『私』は何とか表面にその怒りを吐き出さないように抑えつけて…俺はヘンリーの前で平然としようとした…とても苦しかった…」
「…」
「その時思い立ったのが…『妖精の国』のことだった…!」
「妖精…?」
「大人になったら助けてくれる…って約束したから…。夜が明けてからまた村にきて…此処で必死に妖精達に祈ったさ…『助けて欲しい』って…」
「…」
「でも…駄目だった…。どれだけ祈っても妖精達は返事をしてくれなかった…。『私』は…その絶望の中で…笑った…」
「…!?」
::::
続く
231
:
鏡、あるいは魔物との意思疎通
:2011/11/07(月) 10:30:54
買い物から戻ってすぐに彼女は
「ちょっと休ませて」
と幌を開けたままの馬車に引っ込んだ。
さっき道具屋で買ってきた小さな何かを睨み
何事か考えている。
旅に関わる心配事なら何か言うはずだ。
思案の邪魔をしちゃ悪い。
オレは焚火番のスラリンの横に腰を下ろした。
馬車の中からスラリンを呼ぶ彼女の声が聞こえた。
スラリンは一歩だけ馬車に飛んで、オレの方を振り向く。
「いいぜ、火はオレが見てるから」
このぐらいの意思疎通はできるようになった。
まともに会話している彼女には及びようもないが。
「ちょっと、ここに乗っかっててくれる?」
そんな声が聞こえて、それきり静かになった。
鍋の中身が煮えたころになっても彼女は出てこない。
様子を見に馬車を覗く。
「……何やってるんだ?」
案の定、彼女は眠っている。
その顔の上に、スラリンが乗っかっていた。
呼吸ができるように鼻や口は避けて。
オレに気付いたスラリンが、
「どうだ、うらやましいか」
なんて言っているように見えるのは、気のせいだ。
断じてそこまで魔物と意思疎通できているつもりはない。
232
:
上沼みどり
:2011/11/07(月) 22:41:54
【HOWEVER】
「父さんを死に追いやった『私』!!感情を押し殺して平然と振る舞う『俺』!!そんな…そんな汚れたこの『アルス』を助けてくれるのは誰もいないんだ!!…って笑い続けた…」
「そんなっ…!?アルスさん、アナタは…!?」
「話は最後まで聞け!!」
「はいっ!?」
「だから…強くなろうと思った…。強くなりたかった…。誰も助けてくれないなら自分で強くなるしかない!!…って…。『私』はず〜っと心の奥に引っ込んで…『俺』は…ヘンリーと一緒に『ラインハット』に向かった…。『サンタローズ』の仇を取る為にな…!!」
「…」
「…だが…到着してみりゃ国民は貧困で苦しんでて…、何とか入り込んだ城の中の兵は…外見こそ兵士だったが…明らかにモンスターの気配が漂ってた…」
「…!?」
「本物の『ラインハット』の王族や兵士達は…地下牢に幽閉されていた…。その時だ…全ては『光の教団』がやった…ってな…!!」
「…!!」
「だが…口で幾ら奴等に言ったところで開き直りやがった…。そこで俺達は…『ラーの鏡』を頼ることにした…」
「それって…あの鏡ですか…!?」
「あぁ…。鏡がある塔へは旅の扉で直ぐに行けたけど…鍵は『修道院』にあった…じゃなくて居た…」
「居た…?」
「その『塔』はそもそも修道女の修行の為に作られてて…神に仕える『清らかな乙女』が扉を開けられるようになってたんだ…」
「…!?」
「モンスターが出るような危険な場所にわざわざ出向いてくれる修道女なんて居やしない…。そう思ってたけど…何と『マリア』が…名乗り出たんだ…」
「…」
「マリアは…暫く見ないウチに…『清らかな乙女』って言葉が最もよく似合うくらいキレイになってた…!」
「…!?」
「危険な道中を彼女はイヤな顔一つせずに付いてきてくれて…見事に『塔』の扉を開けてくれて…無事『ラーの鏡』を手に入れた…」
「…」
「モンスターの根城になった『ラインハット』に乗り込む前に…これでもかっ!!…って言うほどモンスターを倒しまくって…レベルを上げまくってた…」
「…」
「その途中…マリアが倒れちまった…」
「えっ…!?」
「やっぱりムリをさせてたんだ…。悪いことしたなぁ…って思って…修道院に送ろう…って思ったら…何とちょっと休んでそのまま『ラインハット』までついて来てくれちまった…。本当…強くて優しい…『清らかな乙女』だって…。思わず見とれちまった…!」
::::
続く
233
:
上沼みどり
:2011/11/08(火) 22:30:38
【HOWEVER】
「そして『ラインハット』に到着して…城の中にいた魔物どもの正体をバラして、徹底的に倒してやったよ…!!」
「…」
「全部を倒し終わってから、地下牢に幽閉されてた本物達を助け出して…その瞬間国は歓声に轟いたさ…」
「そうでしょうね…。今まで魔物に支配されていたのですから…」
「その日は国中で宴会騒ぎになった。アッチコッチで飲めや歌えのドンチャン騒ぎ…!」
「アハハハ…!」
「そんな時…またマリアが倒れちまった…」
「えっ…!?」
「流石にその時は医者に看てもらったよ…。そしたら診断は…」
「…!?」
「…『ご懐妊』だと…」
「へっ!?」
「マリア自身も全く自覚症状が無かったらしくて、本人のクセして一番驚いてやがった…」
「だって…『清らかな乙女』…が開けることが出来る扉を…!?」
「あの修道院の『神様』が、その意味を精神的なモノで判断するのか…、もしくは…たとえ命を宿した身体でもマリアの魂は『清らか』だ…ってことなのか…どっちかだろうな…?多分…。その上、自分自身…『アルス』がどれだけ汚れているって…思い知らされた…」
「…!?」
「しかも…身籠もった時期を計算すると…、俺が気を失ってる一週間の内…だぜ…!」
「…!?」
「…端っから…叶わない『想い』だったんだ…って…。その…恋心…は…!!」
「『恋心』…!?」
「もうそれも過去の『思い出』だ…。だから…整理をつける為にさっき…そのことを告白してきた…!!」
「告白…!?」
「あくまでも…過去のモノ…だけどな…。やっと言えた…」
「…!?」
「俺は…好きだったんだ!!…マリアのことが!!」
「っ!?」
::::
〈ルラフェン・ベネットの家〉
…の前にいたのは…確かに『光の教団』の関係者だった。
「ベネットさん。はやく出てきて下さい。アナタのその研究を我が教祖様の為に役立てるべきです!!我が教団の『大神殿』でなら、幾ら煙を炊いても文句は誰も言えませんよ!!」
そう言っているのは『光の教団』特製の鎧を身に着けた兵士。
しかし…その顔は…アルスと他に一部の者達がよ〜っく知ってる誰がの顔をしていた。
尚その兵士はお供に、魔物を二匹連れていた。
:::
234
:
龍神
:2011/11/09(水) 16:49:04
本奴隷の2人の旅人 第十八話
「ねぇ・・・ヘンリーもしかしてココ・・・」
「ああ、パパスさんの遺品・・・」
「ぴ、ぴきっぴきぴきぃっ!(が、置いてある部屋だねっ!)」
「???みんな何の話をしているんだ???」
ブラウンの声を追ってついた場所は明らかに昔、人がいた形跡のある部屋だった。
「!!この書斎の字!!お父さんの字だよ!!ここがお父さんの・・・・・・・・・」
コケが生えている机の上においてある古ぼけた本の文字はキレイで、それでいて力強い字。お父さんの字だった。
「うわっ、このタンス皮の腰巻がいっぱいだぁ!お父さん皮の腰巻装備してたから、その換えかなぁ?」
「わぁ!こんなに能力知の種が!お父さんのコレクションかなぁ?」
どこも、かしこも「お父さん」がいっぱい。お父さんらしいモノが沢山置いてあった。
「わぁーーー!!!」
「ぴきっぴきっぴきぃーー!(リュカちゃんヘンリー!ちょっとコッチきてぇー!)」
僕とヘンリーが一緒にお父さんがいた小屋の中を見ていたら、奥のほうからブラウン、スラリンの声が聞こえた。
2人で行ってみると、美しい剣とキレイな宝飾とどっかの国の紋章がついてある宝箱の近くに2匹はいた。
「?なんだろコレ」
「・・・そりゃパパスさんの遺品だろ・・・」
「あはっ、やっぱそうだよね!」
けど、お父さんよくこんな豪華な宝箱持ってたなぁ。お父さん、いくら有名でも旅人だからこんな豪華の買える訳ないし・・・こんなの王族みたいなのしか持てれなそう・・・
「・・・ブツクサ考えてもしょうがない。みんな、宝箱あけるの手伝って!」
宝箱のふたはとても重く、そこらの下級の賊では開けれないような仕組みが施されてあった。
「いっせぇのー・・・、せっ!」「ぴききー!」
4人一緒に宝箱を開けた。4人でも少し重く感じた。
宝箱の中はいかにもやわらかそうなくらいフカフカだった。
その中に大切そうに埋もれているのは、キレイな宝飾や宝箱と同じ紋章が施されている手紙の筒だった。
その手紙の送り主はー・・・「サンタクローズ住,パパス・グランバニア」 受け取り人「サンタクローズ住リュカ・グランバニア」
235
:
上沼みどり
:2011/11/09(水) 21:46:03
【HOWEVER】
〈サンタローズ・元アルスの家〉
「マリアに恋して…男になりたい…って想った…」
「…」
「マリアに似合う男になりたかった…。マリアを守れるような強くなりたかった…。だから頑張った…。どこをどう、誰が見ても『理想の男』に見られるように…。記憶の中の父さんを手本にしながら…、ヘンリーの口調を真似しながら…」
「…」
「結局は…完全な1人相撲だったんだけどな…」
「…」
「ラインハットは解放され、ヘンリーとマリアは産まれてくる命の為に残る事になって…俺はそのことを2人に告げることなく、1人で旅に出ることになった…」
「…仕方…ありませんものね…」
「あぁ…。旅立つ前に荷物の整理をしようと思って『オラクルベリー』に行ったら、モンスター爺さんと会って…アイツ等と出会った…」
「仲間のモンスター達ですね…」
「うん…。そして俺達は船で渡り…、色々と旅をしている途中でスーザンが加わり、『天空の盾』が『サラボナ』にあるっていう情報を手に入れた…」
「そして…僕達は出会った…!」
「あぁ…!後は…知っての通り…、取り敢えず『花婿候補』に名乗りをあげた…」
「女性だとバレバレでしたけどね…!」
「コッチは完璧な『男装』だと思ってたんだけどな…」
「アハハハ…!」
「『死の火山』でアンディと契約して、ソロと再会して…『水のリング』を取ろうとして…呪いを掛けられた…」
「…」
「『3日以内に真実の愛を示せ』って精霊に言われて…、俺は初恋の想いを…やっとマリアに告げた…。あくまでも過去の話だけどな…」
「…」
「…今になって思い知らされる…。この初恋は…実らなくて良かったんだ…ってことを…」
「えっ…!?」
「俺は…マリアを好きになることで完璧な男になりたかった…『私』をず〜っと心の奥から出て来ないようにする為に…。父さんを死に追いやった過ちを償う為に…恋に恋しながらマリアを好きなつもりでいたんだ!!だから…良かったんだ…これで…」
「っ…!?」
「…コレで…全部…アンタに見せたぜ…」
「へ…!?」
「今だから言ってやる!!アンタと最初出会った瞬間『アルス』は…私だった!!アナタに出会った瞬間に私は表に飛び出して来たんだ!!」
「っ!?」
「…こんな私と知っても…アナタはプロポーズしてくれますか…?」
::::
続く
236
:
上沼みどり
:2011/11/10(木) 21:46:45
【HOWEVER】
〈山奥の村〉
「つまり…、好きな女に会いに行きたいのに船が無い…ワケか…」
「あぁ…、だから待ってるんだ!」
「…ヨシ!ちょっくら造ってやるよ!!船を…!」
「えっ!?」
「筏津よりは大分マシなハズだぜ…!」
「…そうか…なら…、悪いけど急いでくれな!」
「ガッテン!!」
リンクスはソロの為に船を造り始めた。
〈一方その頃、家では…〉
ダンカンの突然の言葉に、驚く村娘のモモ。
「思えばお前も適齢期だ。ソロと結婚してワシの後を継いでくれないか…?」
「そんな急に、何をっ!?」
「他に誰か好きな相手でもいるのかい…?」
「い、いませんけど…。それはソロの方のハズです!!」
実はこのモモという娘は以前ソロに告白をしたのだが振られているのだ。
原因は…勿論『アルス』である。
だがモモは「(それは小さい時の淡い思い出)」と考え、大人になったら可能性がある…と信じダンカンに勉強を教わっていたのだ。
「…あぁ…。その通りだ…。あの子にはず〜っと心に決めた相手がいるよ…」
「だったら…!?」
「だけど…振られたらしい…」
「えっ!?」
「…頼むモモ!!宿屋経営の勉強をしっかりとこなしたお前なら…、ソロのことを悪くない!!…と思ってるなら…!!時間が無いんだ!!頼む!!」
「時間…って、弱気にならないで下さい!!命にかかわるような病気では無いのですから…!!」
「ワシじゃない!!時間が無いのは…ソロなんだ!!」
「え!?」
ダンカンは丁寧にモモに、事情を説明した。
::::
〈サンタローズ・元アルスの家〉
「…」
「私は…とっくに返事をしましたので、今度はアナタが改めて…プロポーズして下さい…!!」
「返事…?」
「私…アナタを振り払いませんでしたよ…。断るのなら、1人で各地をまわりました…」
「…あっ!?」
リリアンはあの時のやり取りを思い出した。
「…!!」
「僕を…ケジメをつける為の共として同行させてくれたこと…感謝します!!改めて申し上げます!!」
「…!!」
「僕と…結婚して下さい!!」
「…喜んで…お受け致します…」
「…!」
「…!」
ここに…一組みのカップルが誕生した。
::::
続く
237
:
上沼みどり
:2011/11/11(金) 16:08:41
【HOWEVER】
「言葉づかいは無理をなさらないで下さい…。永い間使っていたモノのクセはそう簡単には修正出来るハズがありませんから…」
「…はい…」
「…頃合を見計らって…全部が片付いたら…『お義父さん』のお参りに行きましょう…」
「…行ってみましょうか…?」
「大丈夫なのですか…!?」
「…ケジメをつける…って決めたんです!!お父さんに…アナタのことを報告しないと…」
「アルスさん…!」
「『アルス』…で、構いません…」
「…!?」
「シッカリ掴まってて下さいね!『ルーラ』!!」
アルスはリリアンを連れ、あのパパスが死んだ遺跡に向かう為にひとまず『ラインハット』に飛んだ。
::::
〈ルラフェン〉
ベネット爺さんの家の前にいる『光の教団』の信者は…まだそこにいた。
「…どうしますか?ダンナ。返事が無いですぜぇ…!」
「その力…我が教団の為ならば何申し分ないが、それが手に入らぬなら…危険分子になりかねん!!」
「…と、なると…」
「…メッキーよ。まずは住民全てを眠らせるのだ!!」
「へい!!『ラリホー』!!」
メッキーと呼ばれた『キメラ』は空高く舞い上がり、町全体にラリホーをかけた。
その効力は…、こんなところにも届いていた。
::::
「…グ〜、グ〜…」
「ガンドフは相変わらず、よく眠るなぁ〜…ってアレ…オイラも何だか眠い…ふわあぁ〜…グ〜…」
「ヤダ!!まだちゃんと寝る前の肌の手入れしてないのに眠い…ク〜…」
「まだ夜ではないのにこんなに眠くなって…!?可笑しいでゴザル!!みんな眠ってはいけな……グ〜、グ〜…」
::::
「…」
「ダンナ、次は?」
「コレも全ては教団の為…。教祖様の為…!!ファイアよ、燃やしてしまえ!!」
「おっしゃ!!」
ファイアと呼ばれた『炎の戦士』は、ベネット爺さんの家に向かって『激しい炎』を吹いた。
::::
〈ベネットの家〉
「や…奴等め…!!ワシが言うことを聞かぬからって何ということを…!?…クッ、眠い!!」
「アンディさん…起きて下さい…」
「ク〜…」
「た…確かこの辺にイイモノがあったハズじゃ…あった!!」
爺さんが手にしていたのは巻物だった。
「それ…は…?」
「読むか…ら、しっかり…聞いて…るのじゃ…ぞ!!…『ザメハ』!!」
::::
続く
238
:
上沼みどり
:2011/11/12(土) 22:39:10
【HOWEVER】
〈ルラフェン〉
「…ン…?」
「何でこんなところで…?」
ベネットの持っていた巻物のお陰で、眠らされた者達が目を覚まし始めた。
「…何か…焦げ臭くないか…!?」
「…わ〜!!ベネット爺さんの家が燃えてるぞ〜!?」
::::
〈その頃アルスの仲間モンスター達は〉
「…ハッ!?拙者としたことが不覚!!みんな起きるでゴザル!!」
「〜…ぬ〜ン…?」
「睡眠不足はお肌に悪いのよ〜…」
「グ〜…」
「この眠気は普通ではないでゴザル!これは、悪の仕業に違いないでゴザル!!その証拠に今…ベネット爺さんの家が燃えてるでゴザル!!」
「えっ!?」
「大変!!あの爺さんには『何時までも美しくいられる魔法』を開発してもらうんだがら!!」
「ベネット爺さんの家に行くでゴザル〜!!」
「ヒヒ〜ン!!」
「ガンドフ、起きろよ!!」
「…グ〜、グ〜…」
一行は迷路を通りベネットの家に向かった。
::::
〈ベネットの家〉
「この巻物はの、一回しか使えぬ『使い切り品』じゃが、書かれている呪文を誰でも使える…という有り難い巻物なのじゃ!!」
「今は逃げることの方が先ですわ!!炎がもう、すぐそこまで来てますわよ!!」
「ワシの永年の研究成果をみすみす燃やされてたまるか〜!!」
「ベネットさん!!」
「確か水・氷系の魔法の巻物もあったハズじゃ!!」
…と、そこへ、
「…」
「…アンディさん…?」
アンディがフラフラと立ち上がった。
しかし…目の焦点が合っていない。
だが…寝ぼけているのとは何だか少し雰囲気が違って思えた。
ポワ〜…、
「ん、何じゃ!?巻物が二つ光って…!?」
その二つは、己からアンディの手の中に飛んできた。
「「…!?」」
困惑する二人。
そして次の瞬間、何とアンディの額に輝く『第3の目』が出現し、口が呪文を唱えた。
「右手から『イオナズン』、左手から『バギクロス』!合体『爆裂旋風イオナロス』!!」
その威力は…、
::::
「ギャッ!?」
「ヨ…ヨシュアのダンナっ!?」
「クッ…、ここはいったん退くぞ!!」
悪の3人組(1人と2匹)は消えた。
::::
『第3の目』が消えたアンディは再び眠ってしまった。
尚仲間モンスター達は迷路をさ迷っていて到着が遅れ、この騒ぎは『ベネット爺さんの実験の失敗』だと、町の住民達からは思われた。
::::
続く
239
:
上沼みどり
:2011/11/13(日) 23:49:57
【HOWEVER】
〈アルス&リリアン〉
…は、遺跡を目指して歩いていた。
…のだが、これまでの疲れが出たのか、この辺りのモンスターは既に雑魚だというのにアルスは苦戦していた。
「ハァ…はぁ…」
「アルスさん…、少し休みましょう…」
「アルスでいいって…。休むにしても…どうやって…?」
「あ、彼処にベースキャンプがあります。少し休ませてもらいましょう…!」
「快く休ませてもらえるかしら…?」
::::
〈山奥の村〉
「…ヨシッ!ソロ、船が出来たぞ!!」
「サンキュ〜!リンクス!この恩はいつか返すぜ!!」
「ンなのいいから…、はやく行ってきなよ!」
「オウッ!!」
ソロは船に乗り込み、急いで『サラボナ』に向かった。
「…まったく…とんだお人好しだねぇ…。アタイって…!」
リンクスは…、ずっとソロに片思いをしていたのだ。
…と、そこへ、
「はぁ…!!ハァ…!!」
「ンあ…?どうしたんだい?モモ…」
「リンクス、ソロは!?」
「…例の、永い間片思いしていた相手がやっと現れたから…会いに行っちまったよ…。アタイもお前も…どうやったってソロを振り向かせられなかった…ってワケだ…!」
「はやく追いかけないと!!」
「しつこい女は嫌われるゼ…」
「何言ってるのよ!!はやくソロを連れ戻さないと…ソロは『水の泡』になって消えちゃうのよ!!」
「何だって!?」
モモは先程ダンカンから教えてもらった情報をリンクスに教えた。
::::
〈ルラフェン・ベネットの家〉
「…ン…ん〜!!」
「アンディさん…!目覚めましたのね!」
「…アレ?僕何時の間に眠ってたんだろう…?」
「幾ら誰でも魔法が使える有り難い『巻物』を使っても、アレだけの高度な…それも合体魔法を使ったんじゃから、消耗して当然じゃな…」
「???」
「…何も覚えていないのですか?アナタのお陰で助かったんですよ…」
「へっ…!?」
「…ま、家は多少燃えちまったが、この研究成果が無事で良かったワイ!!お前さんのお陰じゃ!」
「???」
因みに、家の修繕は…、
「アルス様に、イザという時の護衛に…と言われていたのに何も出来ずに面目無いでゴザル!!」
「爺さん、もう失敗して家燃やすなよ!!」
一部のモンスターと、町の住民達だった。
::::
続く
240
:
上沼みどり
:2011/11/14(月) 22:29:24
【HOWEVER】
〈ベースキャンプ〉
その人々はアルスとリリアンを快く休ませてくれた。
「これも人生の内の何かの縁…。ゆっくりと休んで下さい…!」
「あ…、有難うございます…」
「…スミマセン、贅沢を言うようですが…、飲み物とかを分けていただけないでしょうか…?」
「あぁ、それならアッチのテントに確かあるハズじゃ…。我々も渡り歩いてると時たまお前さん達みたいな旅人から求められる事があるからこういう事態には備えてあるから、ちゃんと説明すれば分けてもらえるぞ…!」
「それじゃ、僕がもらってきます。アルスさん、しっかり休んでるんだよ…!」
「…」
リリアンは行ってしまった。
「…女性の身での旅が疲れたのでしょう…。遠慮はいりませんから…」
アルスは御言葉に甘えることにした。
::::
〈山奥の村〉
「…何言ってんだよ…!?モモ…」
「そりゃいきなりこんな話をして信じろ…っていうのは無理も無いわ…!でも…ダンカンさんが言ったので間違い無いわ!!」
「何で…何でだよ!?洞窟の『精霊』だか何だか知らないけど、何の権利があってソロにそんな呪いをっ!!」
「そうよっ!!一体ソロが何をした…っていうのよ!!」
と、2人が口々に怒りを露わにしていたところへ、
「何かお困りでしょうか…?」
1人の女が声を掛けた。
「…アンタは…?」
「アナタは確か、ウチの宿に泊まりにきてるお客様…?」
「私は『光の教団』のマダラ。我が教団は…アナタ達のような方々を見捨てたりはいたしません…」
「「…!?」」
::::
〈ルラフェン〉
ベネット爺さんはアンディにこう言った。
「どうじゃお前さん…、このままワシに弟子入りしないか?もしかしたら自力でその『呪い』が解ける…かもしれんぞ!」
「えっ…!?」
「お前さんは『大魔法使い』…いや『賢者』の素質があるぞ!」
「ぼ…僕がですか!?」
「うむっ!」
「アンディさん…」
「…!?」
::::
続く
241
:
上沼みどり
:2011/11/15(火) 23:52:13
【HOWEVER】
〈ベースキャンプ〉
「さぁ、どうぞ…」
「有難うございます…」
リリアンは飲み物を2つ受け取った。
「…」
「何か…?」
「あ、いえ…。アナタ達は一体どんな関係の仲なのかなぁ…って…」
「…!?」
「あ、あの…藪から棒に失礼しましま!!」
「あ、いえ…別に…!?…婚約者です…僕達は…」
「あらまぁ!それはおめでとう御座います!!」
「ハハハ…」
::::
〈山奥の村〉
「今すぐに我が『光の教団』に入信しなさい!さすれば必ずや救われます!」
マダラの手には『光の教団』の聖書が2冊。
「「…!!」」
2人は迷わずそれを手に取った。
ピカッ!!
一瞬聖書が光り、消えると…2人の瞳から正気の色が消えていた。
「我が教団の教祖様は皆を救って下さる救世主です!!崇めなさい、跪きなさい…!!」
今の2人は、命令に忠実な、操り人形だった。
「「…」」
「アナタ達はこれで立派な信者です!!」
「「…」」
「我が教祖様を信仰すればするほど、不思議な能力が使えるようになるわ。私のように…」
マダラはどこからか水晶玉を取り出し、2人に見せた。
「「…」」
::::
〈ルラフェン〉
「どうじゃな…?」
「…」
「…!?」
「…」
「…少し…考えさせて下さい…」
「っ!?」
「ん…!?」
「僕の役目は、まず…スーザンさんを無事に『ポートセルミ』まで送る…ということなので…」
「アンディさんっ!?」
「しかし…『呪い』をどうにかしないと…」
「修行するにしても…、ソッチの方がますます時間がかかってしまいそうですし…」
「…」
「それもそうじゃな…。しっかし…オシイなぁ…」
「アハハハ…」
「クスクスクス…」
::::
続く
242
:
上沼みどり
:2011/11/17(木) 06:42:55
【HOWEVER】
〈ベースキャンプ〉
「…(結婚か…。父さんと母さんは、一体どんな風に結婚したんだろう…?)」
アルスは心の中で呟いた。
一方…、
「(アルスさんは、今まで1人…いや、モンスターの仲間達はいたけれど…。…強くならないと、僕は!!足手まといにならないように…!!アルスさんを支えられるように強くなるんだ!!)」
と、リリアンも心の中で呟いていた。
::::
〈山奥の村〉
「…」
水晶玉に映し出されたのは、ソロとアルスの思い出…『お化け退治』の映像だった。
「…ソロったら、カワイイ…!」
次に見えたのは…ソロとアルスの再会のシーン。
「…」
ソロの視点から映し出されるアルスとの思い出。
「…端っから…無駄な片思いだったんだ…」
「そうでもないよ…」
「え…?」
次は、アルスに振られたシーン。
そして…、視点はソロから第3者のモノになり、アルスとリリアンのプロポーズ成立を見せ付けられた。
「…」
「…」
「この『アルス』という人は…、永い間ずっと想われていたというのに、アナタ達のソロさんを傷つけて自分の幸せを手に入れたのよ…。この『リリアン』という人は、お金持ちの御曹子。つまり…彼女は田舎暮らしの幼なじみの永年に渡る片思いよりも、ぽっと出会った都会のお坊ちゃまを気に入った…」
「…許せない…!!この『アルス』が!!」
「ソロは水の泡になって消えちまう…っていうのに…この女!!」
「『光りの教団』に…我が教祖様に祈りなさい。そうすれば教祖様はアナタ達にソロさんを救うことが出来るチカラを授けてくれるわ…!」
「「教祖様!!教祖様!!」」
壊れたスピーカーのように言葉を繰り返す2人。
その2人を見てマダラは黒い笑みを浮かべた。
::::
〈ルラフェン〉
「さて、そろそろ行こうか…?」
「えぇ…」
大方家の修繕が出来たので、アンディとスーザンとモンスター達は、目的地へ出発することにした。
「元気での〜!気が変わったらいつでも弟子にしてやるぞ〜!!」
もっと時間があれば、その方法もあったかも知れないが…、今の2人に残された時間はほんの僅かなのだ。
::::
続く
243
:
上沼みどり
:2011/11/18(金) 06:34:55
【HOWEVER】
〈滝の洞窟〉
「「「…」」」
この場所に突然、マダラ、モモ、リンクスの3人が現れた。
ゴ〜、
{お主等、何故此処に参った…!?}
「「「…」」」
{何も応えられぬか。愚か者どもめ!!罰を受けるがいい!!}
精霊はアルス達にやったのと同じ『呪い』をかけようとした。
…が、
バシュッ!!
「「「…」」」
{何っ!?}
何と、不思議なバリアが3人を守ったのだ。
「「「…」」」
{お主等一体何者だ!?}
「…私達は『光の教団』の信者。私達を…否、全てを罰することが出来るのは、教祖様…そして、崇拝するべき魔界神様以外に存在しません!!例え自然界に存在する『精霊』でも、そんなチカラを持つのは許されないことです!!」
{何っ!!}
「しかし…御安心なさい…。我が教祖様…そして魔界神様はそんな罪を許して下さいます…。精霊よ、我が教団の糧となりなさい!!」
「「我が教団の糧となりなさい!!」」
バビュ〜!!
{ぬおぉ〜〜〜〜〜〜〜!!}
::::
〈サラボナ・ルドマン邸〉
バビュ〜!!
「な、何じゃ!?」
突然『水のリング』が輝き出した。
「…!?」
しかし…それは僅か一瞬の出来事だった。
「…!?」
::::
続く
244
:
龍神
:2011/11/18(金) 11:51:54
本奴隷の2人の旅人 第十八話
寒さでかじんだ手を、一生懸命動かして手紙の封をとる。
中から少し黄色に変色している高級そうな紙の束がゴロリと出てくる。
僕は、3人にも聞こえるように、手紙を読む。
『リュカ。お前がこの手紙を読んでいる時には、私はなんらかの理由でもうお前の傍にはいないかもしれない。』
・・・本当にその通り。もう、お父さんは僕の傍にはいない。
『この手紙に書いたとおりになっていたら、本当お前には申し訳なかったと思う。』
『そしてリュカよ!伝説の勇者を探し、妻・マーサを見つけ出すのだ!』
『私が調べたかぎり分かった事は、伝説の勇者と、天空の装備を探し出したら、お前の母さんを見つけられるかもしれない事だ。』
『私は、天空の剣を旅先で見つけた。そして、その天空の剣をお前に托そうと思う。そして、マーサを助けてほしい。』
『リュカ、父さんはお前が生涯、幸せになる事を願う。』
『お前の父 パパスより』
それは、1人の父が最愛の娘に送る大切な手紙だった。
「・・・お父、さん・・・お父さんっ!!」
自然と涙が溢れる。もう、泣かないって決めたのに・・・!
「お父さん!お父さん!!」
僕はお父さんからの手紙にすがりつく、抱きしめる。
もう、一生味わえない、あの大きな手のひら。あの暖かな体温を今一度感じるために。
「お父さんっ!!お父さ・・・・・・!!!」
けど手紙からは何も感じない。冷たい紙の感触。古いインクの癖のある香り。僕の涙。それしか感じない。
本当は、本当はもっとお父さんと遊びたかった。もっと構ってほしかった。
奴隷の時も、サンタローズに戻ってきた時も、寂しさ・悲しさに鍵をして、いつもガマンして笑った。
『僕は強いんだ。お父さんのような何事も跳ね返す強い人になるんだ』って頑張ってきた!泣かないできた!
けど、僕はまた泣いた。お父さんのような強い人になれない。お父さんの肌のぬくもりが分からない。頭をなでたあの手の感触を忘れてしまった。
・・・・・・僕は、仲間の前で、ヘンリーの前で、これでもかという位泣いた。
今までためこんだ寂しさ・悲しさを全部出して泣いた。
245
:
上沼みどり
:2011/11/27(日) 19:05:35
【HOWEVER】
〈ベースキャンプ〉
リリアンが飲み物を持って戻り、アルスに1つ手渡し、アルスはそれを飲んだ。
「…アレ…?何だか身体が急に軽くなった…!?」
「よっぽど疲れてたんですよ…」
「…?」
だがソレの原因は…『呪い』が解けたからであった。
::::
〈ポートセルミ〉
アンディ、スーザン、モンスター達の一行は目的地に無事辿り着いた。
「此処までどうも有り難うございました…」
「あ、いえ…」
「コレで…やっと夢が叶います…!」
「良かったですね…!」
「はい…!…夢が叶って…『水の泡』になって消えるなら…悔いはありません…!!」
「…」
「…」
「…でもスーザンさん…」
「はい…」
「無理に誰か『想い人』を探して…よく考えもしないでその場の勢いで想いを告げるのも…、それはやっぱり『水の泡』になって消えてしまう…と思います…」
「…私も、そうだと思います…」
「…」
「…」
「…」
「敢えて言うなら…私は『私』が好きです…。夢の為に頑張って…、踊っている『私』が好きです…」
「そうですか…」
「えぇ…」
「…」
「…」
「僕は…両親の事が好きです…。そんな両親を置いて『水の泡』になって消えてしまうのはとても心苦しいです…。だから僕は…デボラにすべてを話し…結婚しない…を選びました…。僕はデボラに復讐をしたかっただけですから…。それと引き換えに両親を悲しませるワケにはいきません…!!」
「…!!」
「…!!」
だが…、『呪い』が既に解けているとは2人は思わなかった。
::::
〈滝の洞窟〉
「…さ…。これでもう心配はいりません…。精霊は我が教団の裁きを受けました…」
「「…」」
「さぁ…、アナタ達のソロさんにも…我が教団の…我が教祖様の…我が魔界神様の素晴らしさを教えしましょう!!」
「「…はい…」」
「…ムンッ!!」
マダラの不思議なチカラで、何処かへと移動した。
::::
〈一方その頃、船の上〉
「な…何だ!?何だ!?」
ソロは、突然現れた黒い煙の中から出てきたモモ、リンクス、マダラの3人に驚いた。
続く
246
:
<削除>
:<削除>
<削除>
247
:
上沼みどり
:2011/11/28(月) 22:47:56
【HOWEVER】
〈ベースキャンプ〉
「有り難うございました…」
「お陰で助かりました…」
「いえイエ、コレも何かの縁ですから…。道中、気をつけて下さい…」
「「はい…!」」
アルスとリリアンはベースキャンプを後にした。
「…長、あの『アルスさん』という女性…、ただならぬオーラがありました…。もしやあの方が…!?」
「…否…。ワシも最初は気になったが…あの人は『勇者様』ではない…」
「そうですか…」
「ウム…。それに…」
「…?」
「アルスさんのオーラは、アルスさん1人のチカラで発しているのでは、どうやら無いみたいじゃな…」
「…?」
「…」
アルスとリリアンは気が付くことは無かった。
この放浪族は…『天空の鎧』を奉り、勇者を探しているのだと…。
::::
〈ポートセルミ〉
「コレで私は…、自由な旅の踊り子では無くなります…。その前に1つ、踊らせていただきます…!!感謝の意味を込めて!!」
「僕も伴奏させてもらうよ…。これでも吟遊詩人だからね…!」
アンディは笛を奏で、スーザンは踊り出した。
…すると、
「踊りなら負けないわよ!!」
「オイラも何だか踊りたい気分だぞ!」
「ガンドフ、起きるでゴザルよ…!!」
「ンガ〜〜〜…」
何の変哲の無い町の大通りが、ステージと化した。
すると、町の住人達が次々と集まり、お祭りにムードに包まれ、それは楽しい時間だった。
::::
〈船の上〉
「モモ!?リンクス!?それにアンタ…確か『光の教団』の…!?」
「覚えていていただけて光栄ですわ…」
「突然魔法で、その2人を連れて現れて…一体何が目的何だ!?」
「私は何も…。ただ…この2人の願いを聞いただけです…」
「願い…?」
「えぇ…。『水の泡』になって消えてしまうアナタを…『助けたい』…という願いを…」
「なっ!?」
「ソロさん…。ダンカンさんから聞きました…」
「ソロ…。ズルいじゃないか…。アタイに船を造らせておいて…肝心な事を話さないなんて…」
「っ…!?」
「「だから…助ける為に『光の教団』の信者に…なったの…」」
「えっ!?」
「…」
「…」
「…」
「…!?」
::::
続く
248
:
上沼みどり
:2011/11/29(火) 22:58:07
【HOWEVER】
〈滝の洞窟〉
「嘗ては此処から多くの人々が聖なる土地へ運ばれたと聞いたのだが、今ではただの廃虚…」
と、そこにいた戦士が言った。
「…!!」
アルスは歯を食いしばった。
「…アルスさん…」
「…大丈夫…。抑えてられる…」
「お前達、この奧には進まない方がいいぞ。何でも“金色の魔物"がいて、その為に此処はこんなにも明るいのだと言われている…」
「“金色の魔物"!?」
「それは一体!?」
「噂に聞いただけだが、可笑しな事にその魔物は、ただコチラをジ〜ッと見つめ、相手を襲う事は滅多に無いそうだ。まるで“誰か"を待っていて、その待ち人ではないと気がついたら瞳で『此処から離れろ』と言っているように感じるらしい…。因みに、その魔物と出会した悪人は…皆ただでは済まなかったらしい…。だから…奥へは行かないこと…」
と、戦士が言い終わる前にアルスは走り出し、リリアンも急いで後を追った。
「オ〜イ、どうなっても知らんぞ〜!!」
::::
〈船の上〉
ソロはマダラに掴みかかった。
「っ!!」
「…」
「テメェ等『光の教団』はどこまで姑息なんだ!?アルスを苦しめ、パパスさんを殺して…、今度はこの2人を洗脳して俺を引き込む気か!?」
「…」
「何とか言えよ!!」
「ソロさん…」
「ソロ…」
「騙されるな!!2人共!!『光の教団』はな…、憎んでも憎み足りない奴等なんだ!!」
「…マヌーサ…」
「なっ!?」
ソロは幻に包まれた。
「ソロ…」
「なっ!?アルス…!?」
幻影のアルスが出現した。
「…」
「…違う!!コレは幻だ!!畜生、卑怯者め!!」
更に
「…メダパニ…」
ソロは混乱した。
::::
〈ソロの混乱状態〉
沢山の幻のアルスがソロを取り囲む。
「アルス…アルスが…いっぱい…」
と、そこへ、アルス達が一斉に同じセリフを言った。
『そう…、アナタが憎んでも憎み足りない…、アルスがいっぱい…』
「憎む…?何言ってんだ!?俺はアルスを愛してるんだぞ!!」
『応えてくれなかったのに…?』
「あれは偽者だ!!本当のアルスなら俺をフッたりなんかしない!!」
『…』
「…!!」
そして…アルス達はこう言った。
『そう…よかった…』
::::
続く
249
:
上沼みどり
:2011/11/30(水) 21:47:59
【HOWEVER】
〈古代遺跡〉
アルスは、はっきりと覚えている記憶を、走りながら再生していた。
「(“金色の魔物”って、まさか!?…まさか!?)」
それは…アルスにとって初めての、モンスターの仲間だ。
「(ビアンカ!!)」
と、そこに、
「グルルルル…」
魔物の気配を感じた。
「アルスさん!!危ないですよ!!1人では…!!」
「シッ…」
「…?」
「グルルルル…」
「…!!」
「…!?」
当たりがいちだんと明るくなった。
「グルルルル…」
その魔物が光っているからだ。
「き…“金色の魔物"…金色のキラーパンサー!?」
思わずたじろぐリリアン。
しかし…、
「…」
アルスはそっちへ歩み寄った。
「アルスさん!?」
「グルルルル…」
「…ビアンカ…」
「…えっ!?」
「ガル?」
「私…アルス…だよ…?帰って来たんだよ…。分かるでしょ…?…コレ…」
「ギュル?」
アルスが手に出したのは、あの『布切れ』だった。
「ソロがお前につけてくれたバンダナ…。あの時…私…無我夢中で掴んだけど…簡単に解けちゃって…。でも…帰って来れたんだよ…」
「…」
「ビアンカ…」
「…グワ〜!!」
キラーパンサーはアルスに襲いかかった。
「アルス!?」
…ように見えたが…、
「…アハハハハ…くすぐったい…!」
そのキラーパンサーはアルスの頬を舐めているのだ。
しかも…まったく邪気が感じられない。
それはまるで、アルスが連れていた仲間のモンスター達のように…。
::::
〈船の上〉
「…!?」
『私達は…弾き飛ばされたアルスの本音…。心の奥に封印されて、消えるだけだったのを教祖様が救ってくれたの…』
「畜生!!俺を洗脳する気か!?」
『だからお願い…。あの偽者を…殺して…ソロ…』
「ふざけるな!!俺はアルスを愛してるんだぞ!!」
『私達もよ…。ソロ…』
「っ…!?」
『私達は…アルスの本音…。つまり私達が本当のアルス…。アナタが最初に言ったのよ…。拒むのは偽者…。受け入れるのが本当…。だから…偽者を…。お願い…。ソロ…。このままじゃ…私達もアナタも…水の泡になってしまうのよ…。だから…ソロ…』
「うわぁ〜〜〜〜〜〜!!」
::::
続く
250
:
上沼みどり
:2011/12/02(金) 06:26:26
【HOWEVER】
〈古代遺跡〉
思わぬカタチで、無事再会を果たしたアルスとビアンカ。
「ゴロゴロ…」
「アハハハハ…!」
それを、少し距離を置いて見ているリリアン。
「…!?」
「…大丈夫…。さっき話した通り、最初に仲間にした『キラーパンサー』のビアンカですから…!…ビアンカ、あの人はね、私の…『夫』なの…」
「ガル?」
「(夫…!?…そうだ僕等は…夫婦だ…!!)」
ビアンカに歩み寄るリリアン。
「グルルルル…」
「…」
「…!?」
そして手を伸ばし…毛に触れた。
「…」
「…」
「…!?」
「…ゴロゴロ…」
まるで、借りてきた猫のように、大人しい…。
「認めてくれたみたいだね…」
「宜しく、ビアンカ…」
「ガル…」
するとビアンカは、まるで「ついて来い」と言っているように、とある方を向いた。
「何があるの…?」
ビアンカは走り出した。
「行ってみよう…」
「えぇ…!」
アルスとリリアンは、ビアンカを追いかけた。
時折ビアンカは、2人がちゃんとついて来ているのを確かめながら走った。
その場所に、あったモノとは…?
「グルルルル…」
「「フギャァ…!アニャァ…!」」
雄らしきキラーパンサーと、2匹のベビーパンサーだった。
「…つがい…?!」
「…子供…?!」
見慣れない訪問者に警戒しているようだ。
「ガウッ!!」
ビアンカは、3匹に説明しているようだ。
「グルルルル…」
「グルルルル…」
「「…!?」」
「「フギャァ…!アニャァ…!」」
すると…、ビアンカと雄は互いの顔を舐め、ベビーパンサーの顔も舐めまわした。
「「…!?」」
3匹から、警戒感が僅かに解けたようだ。
アルスはそちらに近づき…、
「…ビアンカを、支えてくれて有難う…!」
「グル…」
「「フギャァ…!アニャァ…!」」
「アハハ、カワイイ…!」
「ガル…」
「ん?何、ビアンカ…」
そこには、すごく見覚えのある『剣』があった。
「ガウッ!!」
「コレ…、お父さんの…剣…!?」
「えっ!?」
アルスはソレを手に取った。
次の瞬間、
「…!?」
「アルス!?」
『何か』が濁流のように頭に流れ込んできた。
「(一体何!?私…どうなっちゃうの!?)」
そして…、
『いつでも、傍にいて見守っている。アルス…』
「(お父さん!?)」
濁流が止んだ。
続く
251
:
上沼みどり
:2011/12/04(日) 07:56:41
【HOWEVER】
〈古代遺跡〉
「(アレは…一体…!?)」
「大丈夫ですか!?アルス……さん…」
「…う…うん…。驚かせてゴメンね…。ビアンカ、ずっと守っててくれたんだね…。有難う…!」
「ガウッ!」
「それが…お義父…パパスさんの剣…」
「うん…。今でもハッキリ思い出せる。お父さんの姿が…!!」
「…ん!?」
「どうしたの…?」
「この紋章…、不死鳥…『ラーミア』!?」
「えっ!?」
「これは…確か何処かの国が旗に描いてるハズ…!!」
「…そう言えば…昔旅の行商人のお爺さんが『パパスという国王を聞いたことがある』って…!?ラインハットでも『以前何処かの城で会ったような気がする』って…!?サンタローズでもそんな噂が流れてたし、何より…私…夢でみたの…。何処かの城で私が産まれて、お父さんは『王様』だった…!!」
「…!?」
「…!?」
「…その国を探しましょう…!!そこに行けば、アナタの出生の秘密とお義母…マーサさんが浚われた手がかりが掴めるかも知れません!!」
「うん!!」
「父さんも顔が広くて情報通ですし、何かしら知っているかも知れません!!」
「そうね…!…その前に…」
「ガル?」
「…!?」
「ビアンカ…。お前は…此処に居たい…?それとも…ついてきてくれる…?お前の家族と一緒に…?」
「グル…」
「…!?」
ビアンカは…、子供達と夫に説明し始めたようだ。
「グルルルル…」
「グルルルル…」
「「フギャァ…!アニャァ…!」」
そして…、
「…!?」
「…!?」
ビアンカ達は…、
「ガウッ!!」
ついて来ることになった。
「ビアンカ!また一緒だね!」
「ガウッ!!」
「…それなら…この3匹にも名前をつけてあげないとね…」
「実はね…もう考えてあるの…!」
「へぇ…どんな名前…?」
「ビアンカの夫が『ボロンゴ』。子供は…どうも雄と雌みたいだから、男の子が『プックル』。女の子が『チロル』…昔みた絵本のキャラクターの名前なんだけどね…」
「僕もその絵本は知ってるよ。いい名前じゃない!」
「それじゃ決定ね!これから宜しく、みんな!!」
「「ガル!!」」
「「フニャァ…!!」」
::::
続く
252
:
上沼みどり
:2011/12/05(月) 22:24:19
【HOWEVER】
〈古代遺跡〉
「リレミト」
アルスは、脱出の呪文を唱えた…が、不思議なチカラにかき消されてしまった。
「此処はどうやら呪文が制限されているようですね…」
「…(忘れてた…。このせいで脱出出来なかったせいで、私達は…お父さんは…!!)」
「ガウ?」
「アルスさん…?!」
「…歩こう…」
アルス達は出口に向かった。
::::
〈一方その頃〉
街角のスーザン&アンディwithモンスターズによる、ストリートが終わったのは…、すっかり空がオレンジになった頃だった。
スーザンは満足げにガジノ船に乗り込み、それを見届けたアンディとモンスター達は『サラボナ』へ向かった。
その2人の表情は、とても『呪いの恐怖』を感じられない。
…まぁ最も、既に解けているのだが…。
::::
〈船の上〉
混乱による精神への直接攻撃に、ソロはもう…ボロボロであった。
「アルス…アルス…」
そんなソロを、愛おしげに見ている、アルスの幻達。
「…そうだ…!アルスは俺を拒んだりしない!!あんな偽者がいるから…、アイツが本当の…俺の愛するアルスを隠して閉じ込めてるんだ!!…憎い…奴が…アイツが…!!…殺す!!そして…アルスを助け出すんだ!!」
と次の瞬間、アルスの幻達が眩く輝いた。
そして…、
::::
「…ん?…アレ…何時の間に眠ってたんだ…?…なんだか変な夢をみてた気がするけど…???」
正確には、あの出来事は封印されているのだ。
その封印を解く鍵は…アルスによる『拒絶』である。
「???」
サラボナがもう目と鼻の先に見える。
時刻は、既に日が沈もうとしていた。
::::
〈古代遺跡〉
入口にいたあの戦士はいなくなっていた。
「(良かった…。今は他人に会いたくない気分だから…)それじゃ…帰るよ…!しっかり掴まってて!!」
「はい!!」
「「「「ガル!!」」」」
「ルーラ!」
アルス達は、サラボナに飛んだ。
253
:
上沼みどり
:2011/12/06(火) 22:02:17
【HOWEVER】
〈サラボナ〉
「アルス!!」
アルス達が、今まさに町へ入ろうとしていた瞬間だった。
「ソロ…!?」
「…!?」
ソロが今一度、アルスに叫んだ。
「俺と結婚してくれ!!」
しかし…その想いは、もう…届かないのだ。
「…ゴメン、ソロ…。私はもう…」
「何でだ!?何でこんなに好きなのに俺に応えてくれないんだ!?なぁ!!」
「…アルスは…僕の妻だ!!」
「っ!?」
「グルルルルッ!!」
「…ビアンカ…!?」
「グルルルルッ!!」
「お前まで…俺を…!?」
ープツンー
ソロの中で『何か』が弾けた。
…幻覚の封印が、解けたのだ。
「ソロっ!?どうしたの!?ソロ!!」
「ソロさん!?」
「ガルッ!?」
何と、ソロが宙に浮き、謎の霧に包み込まれてしまった。
::::
『これで分かったでしょう…?あれが本当のアルスさんなら、アナタを拒んだりしない…。つまり、拒んだアレは…』
「アルス…じゃない…!!アルスを…何処にやりやがった!?」
『我が教団に…教祖様を慕い…魔界神様を崇めなさい…。そうすれば、アナタはアナタのアルスさんを取り戻せて、呪いも解けて…父親に哀しい想いをさせずにも済むわ…』
「…いいぜ!それで『水の泡』にならなくて、父さんを独りぼっちにして哀しませないでも済むなら…!!光の教団だろうが、魔界神だろうが崇拝してやるよ!!…だかな、もしそれが嘘だったらアンタ等を絶対に許さねぇからな!!」
『…ぬんっ!!』
::::
ソロは、霧と一緒に姿を消してしまった。
「ソロ〜!?」
「一体…、何が!?」
「まさか…『呪い』が…!?」
「そんなっ!?まだ1日ありますよ!?」
「じゃあ…何で!?」
「それは…!!」
{それは…、『光の教団』成るものの仕業だ}
「誰っ!?」
「…父さん…!?」
そこには、青く輝く『水のリング』を持ったルドマンがいた。
「ルドマンさん!?」
「どうしたのですか!?父さん!!」
「ワ、ワシにも何が何だが分からん!?ただ…この指輪が突然光ったと思ったら、何の反応もしなくなって…とまた思ったらまた光って…お主達のところへ『連れて行け』と言われて…!?」
「「…!?」」
::::
続く
254
:
上沼みどり
:2011/12/08(木) 06:03:09
【HOWEVER】
〈サラボナ〉
「…っ!?」
アルスはルドマンの手から、『水のリング』を取った。
「やい、水の精霊!?コレはどういうことだ!?」
{だから言ったであろう…。これは『光の教団』の仕業だ…。それにより、我が本体は封印されてしまった。今の我には、お主達を監視するチカラしか持っておらん…}
「『光の教団』…。…一体…どれだけ私のまわりを苦しめれば気が済むの!!」
「アルス…」
「アルスさん…!?」
「…ルドマンさん…。…いいえ、お義父さん…。今すぐ『天空の盾』を下さい!!すぐに旅立ちますから!!」
「へっ…!?」
「父さん…、そういうワケだから…。僕達は…夫婦になったから…」
「なんとっ!?」
「僕も一緒に旅立ちます…!!」
「…!!」
「…わっははははは!!これは愉快だ!まさか奥手だと思ってたリリアンが嫁をのぅ〜。早速結婚式の準備じゃ!!」
「へっ…!?」
「と、父さん!!今はそれどころじゃ…!?」
「バカもん!!準備というのは時間がかかるんじゃ!!御両人が『勇者様』を見つけ、世界を救ってから、晴れて盛大な披露宴を執り行うのじゃ!!」
「…!?」
「父さん…」
「そして…、世界を救ったその時は…家族として一緒に暮らそう…」
「…お義父さん…。有難うございます!!」
「遠慮はいらんよ!もうお主はワシの娘当然なんじゃから!父親が娘の事でアレコレするのは当たり前じゃ…!」
「父さん…!」
「…さ、今日のところはもう疲れたじゃろ?ゆっくりと休みなさい…。ワシも昔は冒険家じゃったから、休息の大切さは知っとるつもりじゃ。それに…」
「…?」
「事情は分からんが…、お主が来た時にいたお仲間モンスター達がいなくて、新顔が4名いて…。置いて行ってしまったらきっと怒るじゃろ…」
「…あぁっ!?」
「…でも、戻ってきても…この大人数では馬車に乗り切れませんよ!?」
「よし!ワシが追加の馬車を手配しておこう!」
「そ、そんな…悪いですよ…!?」
「遠慮はいらん…って言ったばかりじゃろ!ド〜ンと大船に乗ったつもりで父親に任せておくれ。お主達はこれから大変なんじゃから、しっかり休むんじゃ!」
「…お言葉に甘えるとしよう…。アルス…」
「そうね…」
意見が纏まった。
::::
続く
255
:
上沼みどり
:2011/12/09(金) 09:59:36
【HOWEVER】
〈サラボナ・ルドマン邸別荘〉
「…!?」
「…!?」
2人はあの後、押しの強いルドマンから「ここが新居だ!」と連れてこられてしまった。
そして、今更ながら2人きりとなり、何だがこっぱずかしいような何だが不思議な感覚に襲われてしまった。
因みにビアンカ他は家の外で眠っている。
「…!?」
中々言葉が出てこない。
「…と…父さんもああ言ってることだし…。明日に備えてもう眠ろうか…?」
沈黙を破ったのはリリアンの方だった。
「そ…そうですね…!」
ぎこちなく返事をするアルス。
「お休み…」
「お休み…」
こうして2人は眠りについた。
::::
〈山奥の村〉
「どうしたんだ!?ソロ…!?」
奇っ怪な方法で帰ってきた息子に、驚きを隠せないダンカン。
「…父さん…」
「ん…!?」
「一緒に…行こう…」
ダンカンの手を掴むソロ。
そして…、2人は謎の黒い霧に包まれ…、姿を消した。
その後を追うように…、村の住民もマダラによって姿を消した。
「…すべては…我が教団の為に…!!」
::::
〈次の日・ルドマン邸別荘〉
「…ん…」
「ン…」
太陽が眩しい。
よく見て見ると、ソレは高い位置にあった。
「…どうも…お昼頃まで眠ってたみたいですね…」
「えぇっ!?そんなにっ!?」
「無理もありませんよ…。お互い、よっぽど疲れたのでしょう…」
「…だね…」
「……」
「……」
2人の間に、またぎこちない雰囲気が流れた。
::::
続く
256
:
上沼みどり
:2011/12/11(日) 11:53:35
【HOWEVER】
〈光の教団・兵士訓練所〉
「…」
「…」
普通、訓練をしている兵士といったら…血の気が盛んなイメージがあるが、此処にいる兵士の面々は誰一人覇気がなかった。
…と、そこへ、
「皆さん、今日もご苦労様です…」
マダラが入って来た。
「マダラ様…」
「マダラ様…」
壊れたスピーカーのようにその台詞を繰り返す。
「今日は皆さんに新しい仲間を紹介します…。入って来て下さい…」
そう言われて部屋に入ってきたのは…何とソロだった。
「…兵士長ヨシュア…」
「はっ!」
「まだこの者は色々と不慣れです。丁寧に教えて差し上げなさい…」
「ははっ!!」
「…すべては…我が教団の為に…」
「我が教団の為に…」
「我が教団の為に…」
「我が教団の為に…」
「…!!」
「…!!」
::::
〈サラボナ・ルドマン邸〉
アンディとモンスター達が帰ってきたのは、夕方になってからだった。
アルスはアンディに『呪い』が一時的に解けていることを説明した。
「そう…なんですね…。両親に『呪い』の事を説明出来なかったから…よかった…」
「…」
「それにしても…随分とまたメンバーが増えたでゴザルな…」
「こんな大人数、馬車に乗り切らないわよ…!」
「誰かモンスター爺さんのところに行く?」
「えぇっ!?」
「「ガウッ!?」」
とその時、モンスター達を戦線隊離脱の恐怖から救ったのは、
「その心配なら無用じゃ!!」
ルドマンの一言だった。
「父さん…!?」
「港にお主達にと…、船と新しい馬車と新しい馬を手配しておいた。これでそんな心配は要らんぞ!!」
「お義父さん…」
「アルス…アナタはもう私達の娘当然なのです。ウンっと甘えていいのよ…」
「お義母さん…!有難うございます!!」
「…アルス…」
「デ…じゃない…お義姉さん…」
「アンタは私の義妹になったんだから、義姉である私には絶対服従よ!!」
「ね、姉さん!?」
「これ、デボラ!!何を言うんじゃ!?」
「いい…!!アンタ達…子供が出来たら私の事は『おねえさま』って呼ばせるのよ!!分かったわね!?」
「は…はい!!」
完全にデボラに圧されてしまったアルスであった。
::::
続く
257
:
上沼みどり
:2011/12/13(火) 05:20:42
【HOWEVER】
〈ラインハット〉
本日は晴天。
何事もなく平穏に…と思われていた矢先、まさに『青天の霹靂』の如く、事件が起こった。
その舞台は此処の『城内部』である。
ーピ〜ンー
「ウッ!?」
「どうした!?マリア!!」
「な…何だかお腹が…はぁ…ハァ…!!」
「ま、まさか…産まれるのか!?」
「あ…アナタ…!!」
「…い、医者だ!!早く医者を!!マリアが産気づいてるぞ!!」
「うぅっ…!!」
国王の兄の妻…マリアの出産が始まったのである。
::::
〈サラボナ〉
「(子供…!?)」
「姉さん!?」
「あら?だってこういう事は最初に言っておかないと…。絶対に『オバサン』なんて呼ばせないんだから!!」
「これデボラ…、気が早いぞ!?」
「…」
「…ねぇ、アナタ達…」
「…?」
「母さん…?」
「正式な挙式はまた先だけど、指輪の交換…だけでもしない…?ケジメの為に」
「うむ!それがいいじゃろ!」
「…!!」
「…!!」
「何恥ずかしがってるのじゃ…?まずアルスさんが『炎のリング』を持ち、リリアンが『水のリング』を持って、それを互いの相手の左手の薬指にはめるだけじゃ…。簡単じゃろうが…」
「…やりましょうか…アナタ…。お義父さんとお義母さんがこんなにも楽しみにしているんだもの…!」
「…うん、そうだね…」
アルスとリリアンは、言われた通りにリングを持ち、お互い相手の左手の薬指にはめた。
「これで私達…晴れて夫婦になったのね…」
「うん…」
「…!」
「…それでは行って来ます。父さん、母さん…」
「うむ、行っておいで…」
「気をつけてね…」
「…あんまり熱々なの見せつけないでよね。コッチまで熱くなるから…」
「…さぁ、行こう。みんな、しっかり掴まっててね。『ポートセルミ』へ『ルーラ』」
アルスはモンスター達を連れ、飛んだ。
::::
〈ラインハット〉
「…」
「兄さん、こういう時、男はただ黙っているしかないですね…」
「あぁ…そうだな…」
只今、マリア出産の真っ最中であった。
ヘンリーは落ち着かず、辺りをウロウロしている。
尚この事態は、城下町にも伝わり、皆静かに黙って祈っていた。
::::
続く
258
:
上沼みどり
:2011/12/16(金) 21:38:46
【HOWEVER】
〈光の教団〉
「マダラ様〜」
「マダラ様…」
「マダラ様〜…」
「…静粛に…。偉大なる魔界神様が、新たな予言を導き出しました。…教祖様、コチラへ…」
「うむ…」
「教祖様〜」
「イブール様〜」
「教祖様…」
「静粛に…!!」
「…信者の皆さん、今回我が魔界神様は、近い将来我が教団を脅かす事となるモノが現れる…という予言を下しました…」
「…」
「…」
「…」
「教祖たる私が調べたところ、そのモノは『ラインハット』付近に現れる…と出ました…」
「一刻も早くその不安の種を取り除かなくてはなりません!!」
「その為に、我が教団の勇敢なる戦士の中から、刺客を派遣したいと思います!!」
「…兵士長ヨシュア…!!」
「はっ!」
「キメラのメッキー…!!」
「ヘイっ!」
「兵士ソロ…!!」
「あぁ…!」
「アナタ達は直ちに『ラインハット』へ向かい、不安材料をすべて取り除くべく滅ぼして来なさい!!」
「はっ!!」
光の教団の、恐るべき陰謀が動き出していた。
::::
〈ラインハット〉
「…」
「…」
刻々と、時間は過ぎていく…。
そして…、
「オギャ〜!!オギャ〜!!」
赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
「「っ!?」」
「おめでとう御座います!!ヘンリー様!!」
「兄さん、おめでとう!!」
「あ…あぁ…!!」
「さ、奥様のところへ行って差し上げて下さい!」
「あぁ…!!」
ヘンリーはマリア達のモトヘ向かった。
::::
「おめでとう御座います!!ヘンリー!!本当に玉のように可愛らしい男の子です!!」
「そうか…!!」
「…アナタ…」
「大丈夫だったか!?マリア!!」
「えぇ…!」
「良かった!!」
「…見て…私達の赤ちゃんよ…!」
「おっ、おぅ…!」
「…クスッ…」
「な、どうしたんだ…!?」
「だって…こんなにもソックリなんですもの…アナタと赤ちゃんが…」
「そ、そうか…!?」
「えぇ…!」
「…そ、そう言えば…名前は!?赤ん坊の…!」
「えぇ…考えてありますわ…。その子の名前は…コリンズ…」
「コリンズ…か…。何だかパッとしないけど…。お前がちゃんと考えてたんだからそれで決定だな!」
「えぇ…!」
::::
続く
259
:
上沼みどり
:2011/12/17(土) 21:39:03
【HOWEVER】
ラインハット王の兄夫婦に男児誕生のニュースは瞬く間に、口コミ、号外などを通し世界中に広まった。
::::
〈ポートセルミ〉
アルス一行は船着き場にいた。
「リリアン坊ちゃ…若様と奥様ですね。コレがアナタ方の船『ストレンチャー号』です!」
「わぁ〜、大きい…!!」
「父さん、昔から気前がいいから…。それでいて儲けるところじゃきっかり儲けてるけどね…!」
「アハハ…」
「それじゃ…行こうか…」
リリアンはアルスに手を差し出した。
「…はい…」
アルスはリリアンのエスコートで船に乗り込んだ。
その後を続くモンスター達。
「…全員ちゃんと乗り込みましたか〜…?」
「…大丈夫…。ちゃんと全員いるよ〜!!何時でも出発OK!!」
「それじゃあ…『ストレンチャー号』出発〜!!」
「「お〜!!」」
リリアンは船を出航させ、海へ出た。
「まず最初は…何処へ行きますか?」
「まずは…スーザンに『呪い』のことを説明しに行かなきゃ…」
「そうですね…。カジノ船へ向かいましょう」
ひとまず一行は、航路を『カジノ船』へと向けた。
::::
〈サラボナ・アンディ宅〉
アルスから『呪いは一時的に解けた』ことを聞いたアンディはある目標を立てていて、そのことを両親に説明していた。
「実は僕…恵まれた魔法の才能があるみたいで…ある人に『弟子にならないか?』って誘われたんだ。…行ってきてもいいかなぁ…?いつ帰ってこれるか分からないし、二人に心配かけるけど…」
「…」
「…」
「…!?」
両親の返事は…、
「…行っておいで…アンディ…」
「今更止めはしないよ…。やりたいことを頑張りな…」
「…ありがとう!!父さん、母さん!!」
「すっかり逞しくなったな…」
「お師匠さんに御迷惑をかけるんじゃないよ…」
「はい…!アハハハハ…!」
アンディが弟子入りを本格的に決めたのは…呪いを完全に解く為。
その『一時的』の効果が、いつまで持つのか…まったく分からないのだから…。
::::
〈カジノ船・踊り子控え室〉
「スーザン…!」
「あら?アルス様…どうしたのです?」
「実はね…」
アルスはスーザンに説明した。
::::
続く
260
:
上沼みどり
:2011/12/18(日) 21:47:57
【HOWEVER】
「…というワケで、『呪い』は一時的だけど解けてるの…」
「そうなのですか…。安心しました。正直言って、『今日消えてしまうのか…』って、思ってましたもの…」
「うん。…それじゃ…私達もう行くね…!」
「何時でもいらして下さいね…!」
「うん…!」
アルス達は外へ出た。
すると空から…、
ヒラヒラヒラ…、
「ん…?」
「何でゴザルか…?コレは…?」
ソレは、鳥が落とす紙切れだった。
「ガゥ…?」
「え〜と…何々…『ラインハット王の兄夫婦に男児誕生!!』っ!?」
「マリア…!!」
ラインハットの目出度いニュースは、渡り鳥を使った方法でも、世界中に広まったのだ。
::::
〈一方その頃〉
「何々…『ラインハット王の兄夫婦に男児誕生!!』…」
それは…、『ラインハット』に向かう3人(2人と1羽)のところにも渡ってしまった。
「…」
「…行くぞ…」
「…」
::::
〈一方その頃・アンディ〉
…は、『ルラフェン』に向かう途中、宿屋に休んでいた。
…と、そこへ…、
ヒラヒラヒラ…、
「ん…?『ラインハット王の兄夫婦に男児誕生!!』…」
しかもその号外は、まるで雪のように次々と降ってくる。
「…流石は王族…。やることが派手だなぁ…。届かないだろうけど…遠く離れた王族様に、せめて曲を贈ろう…」
アンディは笛を吹いた。
「♪〜…」
::::
〈ラインハット〉
「バンザ〜イ!!」
「ヘンリー様、マリア様、バンザ〜イ!!」
「ラインハット王家バンザ〜イ!!」
バルコニーには、その主役夫婦に代わって国王のデールが手を振っている。
「(今頃アルスさんにも、このニュースは届いているかなぁ…)」
::::
〈カジノ船〉
「一度、『ラインハット』に行きますか…?」
「勿論!!御祝いに行かなきゃ!!みんな…掴まって!!『ルーラ』!」
アルス達は『ラインハット』に飛んだ。
::::
〈某王国〉
ここはアルス達がまだ訪れたことの無い場所。
ここにもその『号外』が届いていた。
その離れにある民家に住む初老の男がそれを手にした。
「…ふざけるな!!何がお目出度いんだ!!この男のせいで…旦那様が…お嬢様が…!!」
怒りに奮えていた。
::::
続く
261
:
上沼みどり
:2011/12/20(火) 20:45:13
【HOWEVER】
〈ラインハット〉
「…!?」
「…わぁ〜!?」
城下町は、お祭りモード一色だった。
「バンザ〜イ!!」
「ヘンリー様バンザ〜イ!!」
「マリア様バンザ〜イ!!」
「男児誕生バンザ〜イ!!」
何とか人波を抜け、アルス達はお城の中へ入ることが出来た。
「「ここはラインハットの城!王様の許可の無い者は……ハッ!?アナタ様はアルス様!!どうぞお通り下さい!!」」
「ありがとう。ヘンリーとマリアは部屋にいるの?」
「はい!!」
「…行こう、みんな…!」
::::
〈某王国・バルコニー〉
ここには、1人の姫君とお次の婆やがいた。
…空から、渡り鳥が『号外』を落としていた。
「…遠い異国の地で、このようにお目出度いことがあったのですね…」
「…まったく…呑気なモノね…。王族に産まれた苦しみも知らないで…。あ〜あ…もっと自由な身分に産まれたかったなぁ…」
「ドリス様!?またその様なことを!!」
「フンッ!!」
因みにこのドリス姫は齢10歳である。
::::
〈ラインハット・ヘンリーとマリアの部屋〉
「アルス!」
「アルス様!」
「2人とも、おめでとう!!」
「おめでとう御座います!ヘンリーさん、マリアさん…」
「おめでとうでゴザル!」
「御祝いに踊ってあげるわ!」
「…ガンドフ、お前も起きて御祝いしろ!!」
「ンガ〜…」
「「ガルッ!!」」
「「フニャア〜!!」」
「…何だか…随分と大所帯になったんだな…」
「アハハ…。でも、退屈はしてないよ…」
「…まぁ、ゆっくりしていってくれ…。今日は宴で、ご馳走もいっぱい出るから…」
「ご馳走!?」
「やっと起きた…」
「まったく…ガンドフは…」
「ご馳走どこ!?ご馳走ドコ!?」
「アハハ…」
「フフフ…」
「…アブブ〜…」
「…この子が2人の兄ちゃん?」
「えぇ…!」
「わぁ〜、ヘンリーそっくり!?」
「本当に…!?」
「そうかなぁ…?俺にはよく分からないんだけどな…」
「アハハ…!!」
::::
〈一方その頃〉
城の中では非常に楽しい空気に包まれている。
「…」
その空気を壊す…光の教団の刺客は、すぐそこまで来ていた。
「…」
::::
続く
262
:
上沼みどり
:2011/12/28(水) 21:30:29
【HOWEVER】
〈謎の空間〉
ここは、この世界とは少し違う空間軸である。
ここに、2つの人影があった。
「この奥に…いるんだね…」
「…行こう、お兄ちゃん…」
「あぁ…」
2人の姿が靄に消えた。
::::
〈ラインハット〉
「…」
「…」
「…」
3人(2人と一匹)は遂に来てしまった。
「ケケケ、浮かれてやがるぜ。どうなるとも知らずに…!」
「…」
「…ま、とっとと任務を終わらせるか…。『ラリホーマ』」
ソロは睡眠の呪文を唱えた。
::::
〈ヘンリーとマリアの部屋〉
…ーピ〜ンー…
「ーっ!?」
「…アルス…?」
「…の気配…!?」
「えっ…?!」
バタンッ!!
「ヘンリー!?」
「…ク〜カ〜…」
「眠ってる…?」
「…ま…マズい…早く逃げ…な…い…と……」
パタンッ
「…ア…ルス…!?」
バタン!!
「コレは…あの時と同じでゴザル!?」
「グルルルル…!?」
そして、
バタン!!
モンスター達も深い眠りについてしまった。
「み…皆さん…一体どう…して…!?」
マリアも限界寸前だ。
…と、そこへ…、
「その赤ん坊を渡してもらいましょうか…。奥方様…」
「…!?」
刺客の3人が目の前にいた。
「あ…アナタ方は…!…?」
「光栄に想うんだな。アンタの子供は、『光の教団』の糧に選ばれたんだよ…」
「『光の教団』!?まさか…脱走…し……た私達をお…追って…!?」
「我等の任務はその赤ん坊を連れてくることです。ともかく、渡していただきましょうか?」
「い…イヤ…!?」
だが、半分眠っているマリアには抵抗するだけの力はなかった。
「コリンズ…!?」
「ギャア〜、ギャア〜!!」
「…」
…が、マリアはその兵士の顔をハッキリ見た。
「…兄…さん…!?」
「…」
「…ヨシュア……兄さん…!?」
「…」
「アンタ、いい加減に寝ちまえよ!!『ラリホー』」
ソロはマリアにラリホーをかけた。
「…ク〜…ス〜…」
「ケケケ、所詮人間だなぁ…!!」
「俺はアルスを連れて行くとするか…」
「…」
…と、そこへ、
「「待て!!」」
階段から、2人組が降りてきた。
この2人は一体何なのだろう…?
続く
263
:
上沼みどり
:2011/12/29(木) 21:50:50
【HOWEVER】
〈ラインハット〉
アルス達は眠らされてしまい、アルスとコリンズが連れ去られようとしたその時、現れた謎の2人組。
顔は目から下を布で覆っているのでよく分からないが、男女だということは分かる。
「何者だ!?テメェ等!!」
「…生憎と…『光の教団』のメンバーに名乗る名前は持ち合わせてない…」
「あえていうなら…通り過がりの正義の味方の兄妹…て、いったところね…」
「ケケケケケ、正義の味方だぁ!?笑わせるな!!」
「ガキのヒーローごっこに付き合ってる暇は無ぇんだよ…。」
「我々の目的は既に果たしました…。アナタ方には関係ありません。そこをどいていただきましょうか…?」
「冗談。私達は正義の味方ですよ…」
「ちょっと手荒だけど…仕方無いよね…」
兄の方が、何やら呪文を唱え始めた。
「…?」
「『ライディ〜ン』!!」
「なっ!?」
3人(2人と一匹)に激しい雷が放たれた。
「「うわっ!?」」
その衝撃で、アルスとコリンズは解放された。
「しまっ…!?」
「アルス…!!」
再びアルスを捕まえようとするソロ。
「…!!」
その前に、妹の方が巻物を持ち呪文を唱えながら立ち塞がった。
「…!?」
「この場から消え去りなさい…。悪しき者共よ…。『バシルーラ』!!」
3人(2人と一匹)は何処か遠くへ飛ばされた。
「…」
「さぁ、みんなを起こそう…」
「うん。お兄ちゃん…」
今度は別の巻物を読み、
「『ザメハ』!!」
その効力は国中へ行き渡り、皆目を覚ました。
「…う…う〜ん…」
「目が覚めましたか…?」
「…?」
「良かった…!」
「…誰…?」
「…ただの通りすがりの…」
「正義の味方ですよ…」
そういうと、2人はまるで蜃気楼のように姿を消してしまった。
「…!?」
「…ウギャア〜!!ア〜ン!!」
「…コリンズ!?」
ヘンリーはコリンズを抱き上げた。
「大丈夫か!?コリンズ!?」
「ア〜ン!!アギャア〜ン!!」
「…コリンズ!?」
「マ、マリア…気が付いたか!?」
「ア〜ン!!ア〜ン!!」
ヘンリーはマリアにコリンズを渡した。
「よし…ヨシ…。もう大丈夫よ…。コリンズ…」
何とか危機は去った。
一体あの2人は何処の誰で、何処へ消えてしまったのだろう?
つづく
264
:
上沼みどり
:2011/12/30(金) 21:51:13
【HOWEVER】
〈光の教団〉
3人は、バシルーラにより、強制送還された。
「「「ーっ!?」」」
「おやおや?皆さん、随分とお早いお帰りですねぇ…」
と、待ち構えていて、声を掛けてきたのは…、
「ゲ、ゲマ様!?」
「「!?」」
「見たところ手ぶらのようですけど、教祖様のお遣いはちゃんと済ませたのですか…?」
「そ…それが…」
「いけませんねぇ…。教祖様はアナタ方が無事に成功して帰ってくることを望んでいたというのに…その期待を裏切るとは…」
「も…申し訳ありません…」
「「……」」
「…丁度今のアナタ達にピッタリの剣があるのですが…」
「「「…っ!?」」」
ゲマが指を鳴らすと、2つの剣が現れた。
「片方が『魔剣ネクロス』、もう片方を『魂の剣』といいます。どちらも教団の宝として大切に保管されていたモノですが…、剣は剣として使わなくては宝の持ち腐れというモノです。さぁ、手に取るのです!!」
「し…しかしゲマ様、剣は2つ。コッチは3人ですが…?」
「何を言ってるのですか?」
「へっ!?」
「役立たずのたかが雑魚キメラを、これ以上教団が必要にしているとでも思ったのですか…?」
「……う…うわぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
メッキーは逃げ出した。
「逃がしませんよ…。『メラゾーマ』」
「ぎゃあぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
メッキーは燃え尽きて黒こげの炭になった。
「「…!?」」
「…さぁ…アナタ達は…ぬんっ!!」
突然ゲマの手が光り、2人は気絶してしまった。
「後は…剣がアナタ達を選んでくれるでしょう…。それまで、精々最高の所有者としての夢でも見ていなさい…」
「「……」」
::::
〈ラインハット〉
落ち着きを取り戻したアルス達。
「アバブ〜!」
コリンズの機嫌も治ったようだ。
「…」
「…」
「…」
無言の沈黙を破ったのは、マリアの一言だった。
「先程…兄の姿をみました…」
「えっ!?」
「ヨシュアの!?」
「えぇ…。…教団の兵士としての兄が…この子を連れ去ろうとしたのが…」
「へっ!?」
続く
265
:
ヘンリーの旅立ち 1/2
:2012/01/30(月) 21:40:37
「やや! あなたはっ! 兄からあなたの事を色々と聞きました。そしてせめて恩返しにと、部下たちに伝説の
勇者の事を調べさせていたのですが……そうですね、詳しい話は兄に聞いてください。兄の部屋はこの上です」
デール王に促されて、彼女は脇の階段を上っていった。
半時ほどして、階上から響く足音にデール王が振り向けば、階段を降りてくる彼女と、それをエスコートする
王兄ヘンリーの姿があった。
「デールよ。すまないが俺はこいつと旅に出ようと思う」
王兄ヘンリーと彼女はデール王の前に並び立つと、そう宣言した。
「これまではこの国がまだ不安定だったという事もあってお前の手助けをしていたが、この国はデール王の下、
平和な国になると確信した。それに、いくらこいつが腕の立つ奴だとは言え、女の一人旅は何かと危険だ。やは
り男の俺が助けてやらねばと思う。お前には申し訳ないが……」
僅かに顔をしかめさせる王兄。しかしその表情、言葉にデール王は玉座から降り、兄の手を取って応える。
「何を仰るのです兄上。半年前、兄上がこの方と共に旅を続けたいと心で願っていたのは知っております。です
が私は兄上が助けてくれるのをいい事に、それを口にせずにおりました。それだけが私の心残りだったのです。
ですから、兄上が彼女と共に旅出られるというならば、私には引き止める言葉はありません。お二人の無事を祈
るだけです」
兄と同じく、弟の顔にも僅かながらの苦渋が浮かんでいる。
その姿を彼女は『やっぱり兄弟って似てるんだな』と、羨ましく見つめていた。
「すまない、デール。達者でな」
「兄上こそ、お気をつけて。お二人に神のご加護がありますように」
そして兄弟は別れた。
266
:
ヘンリーの旅立ち 2/2
:2012/01/30(月) 21:40:59
兄王と彼女が謁見の間より退室してから後、デール王は傍らの大臣に話しかけた。
「……どうだ、大臣よ。やはり兄上は一緒に出て行ったであろう」
「まこと、デール王の仰るとおりでしたな」
「うむ。なにしろ兄上といえばあの方が城を後にしてからというもの、毎晩のようにベランダに出て夜空を眺め
ては、ため息を漏らしていたからな。なんど『どこのお姫様だよっ!』などと突っ込みそうになった事か……」
「黒髪の女性を見かける度に、目を見開いて顔を確認されておりました……」
「いつぞやなど『俺も杖を持つ!』などと訳のわからない事を突然言い出して皆を困らせていた……」
「知っておられますか? 最近は寝所に紫色の布を持ち込んで、シーツの代わりにしておられたのですぞ……」
「ほう。それは知らなかったな。だが、兄上のクローゼットにボロボロの布切れが二枚、大事に飾られているの
は知るまい。聞いたところ、兄上とあの方が奴隷時代に着ておられた服らしいのだが、服というにはあまりにも
ボロボロで汚らしくてな。何度捨てる事を提案したかわからない。しかしその度に『これは俺とあいつの、血と
汗と涙が染み込んだ大事な思い出なんだ……』などと遠くを見つめ出してな。しかも時折あの方が着ていた方を
抱きしめたりしていたからな、あの分だと何に使っているかも知れんぞ……」
「……変態ですな」
「ああ、極度の、な……」
デール王と大臣は深くため息をつい。そしてその夜、自国から悪が消え去った事を素直に喜び、祝杯を挙げた
のは二人だけしか知らない事である。
267
:
サラボナにて
:2012/02/28(火) 16:08:53
「フローラとは、君が結婚すべきだと僕は思う」
「私は護衛の私兵に過ぎない」
「この探索の旅の間、君のフローラに対する態度は、単なる護衛とは思えなかったよ」
「フローラがリング探しに向かったは何のためだ。お前の目は節穴か?」
ルドマンは豪奢な椅子にかけたまま、腕を組んで「ううむ」と言ったきり、黙り込んでしまった。
応接間の入り口ではメイドが部屋の中のただならぬ様子におろおろしている。
困ったことになった。
ルカは目の前で繰り広げられる騒ぎに、逃げ出したい気持ちを懸命に堪えている。
こうなった責任は彼女自身にもあると思っていたためだ。
268
:
サラボナにて
:2012/02/28(火) 16:11:54
大富豪ルドマンの愛娘フローラの結婚相手を決めるために、
二つのリング「炎のリング」「水のリング」探しが行われた。
それぞれ凶悪な魔物が徘徊する洞窟の奥に隠されていた。
それを持ち帰るほどの力を持った男だけが、フローラの婿としてルドマンに認められる。
女性であるルカは、この婿選びのために行われるリング探索には本来無関係だ。
しかしルドマンの所有する家宝「天空の盾」が彼女の夫に与えられるとなっては話は別。
「天空の盾」は天空の勇者のもの。
魔界に連れ去られた母親を助けるため、勇者に助力を乞うため、その盾がどうしても必要だった。
それで、フローラの夫候補のアンディという青年に助力することにした。
もちろん後で盾の件に協力してもらう条件付きだ。
複数の候補の中からアンディを選んだのは、候補の中では一番フローラと親しそうに見えたからだった。
ところが、屋敷で待っているだけでよかったはずのフローラ自身までもが、
自分も探索に向かうと言いだした。
自分との結婚のために夫となるかもしれない人だけを危険にさらすことはできない、
その人と結婚するならば自分にも同様の強さがなければ、
と思春期を修道院で厳しい思春期を過ごした彼女は、強情に言い張った。
娘に説き伏せられたルドマンは、彼女に護衛を付け送り出した。
269
:
サラボナにて
:2012/02/28(火) 16:13:45
「なんだか面白そうなことになってるじゃない」
応接間で繰り広げられる騒ぎに、デボラが自室から出てきてルカに話しかけた。
「あの男、帰り道で拾ってきたんだけど、最初に雇った私の目は確かだったわ。
硬派過ぎると思ったけど、いい感じに柔らかくなってるし、フローラもまんざらじゃなさそうね」
ルカは目を転じてフローラの様子を見た。そして視線が合った。
「そう、ルカさんですわ!」
みんなの視線が一斉にルカに集まった。
「あなたたちこそ、本当はルカさんがお好きなのではないですか?
あのお強くてお美しいルカさんは素晴らしい女性です。
守られているだけの私なんか、あなたたちにふさわしくはありません」
話の矛先が自分に向いて、ルカは焦った。
「今の話は本当かね?」
ようやくルドマンが口を開いた。
彼は混乱していた。
娘の婿選びのためにリング探しをさせたはずだ。
その結果リングを探し出してきたのは、婿候補の連れの少女だった。
これを条件にかなったと認められるか、それだけでも悩むところだ。
「アンディ。
君はフローラの夫と認められるために、リング探しに参加し、その護衛のために彼女を雇った。
そうではないと言うのか?」
「僕は……」
270
:
サラボナにて
:2012/02/28(火) 16:18:42
そこは迷うところじゃないだろ、とルカは内心で突っ込んだ。
その一方でもし「違う」と明言されていたら、心中穏やかじゃなかったかもしれない、とも思うのだ。
強い魔物に向かう時の思いつめた表情が思い出される。
こんなに一生懸命なのは全て、後ろで見守るフローラのためなのだ。
彼女がうらやましいと感じたこともある。
アンディに回復呪文をかけた時の照れた笑顔が、
初めて父親に回復呪文をかけて驚かれたことを思い出させた。
「言い淀むのは、フローラの言う通りだと、そういうことなのだな。
ではお前はどうなのだ?」
「どう、とは?」
突然話を振られた護衛の兵士が少しだけ驚いたような返事をした。
もっとも、顔の半分が包帯に覆われているため、
実際にどんな顔をしているのかはルカにはわからない。
「お前は二つのリング探しに同行した。
その力は探しだしたものと同等であると認められる。
婿候補と言うわけではないが、お前にその意思はあるか?」
「……」
即答は無かった。
そんな兵士をルカは戸惑いを覚えながら見つめた。
ルカにはひとつ彼に対して疑問があった。
この人は、あの神殿から脱出させてくれた兵士ヨシュアなのではないか、と。
ルカと滝の洞窟に付いてきたビアンカが魔物に不意打ちされないように後方を守ってくれたし、
戦闘後の回復は必ず行ってくれた。
また、洞窟内にいた不審な男がルカ達に不埒なまねをしそうになった時には
人間相手に呪文を出しあぐねるルカを庇って追い返してくれもした。
顔の半分以上を包帯に覆われた異様な姿に最初は戸惑いを覚えたが
真面目な態度は好ましいと思っていた。
打ちとけたビアンカが彼に「婿候補にはならないのか」と冗談半分で問いかけると
「俺の務めはルカを守ることだけだ」と短く答えた。
その声は、神殿で聞いたあのヨシュアを思い出させる。
271
:
サラボナにて
:2012/02/28(火) 16:20:30
「やーねぇ、お父様。そんな上から見下ろした物言いで、
人から本音を聞き出せるわけないでしょう。
ここは一晩よーっく考えてもらって、改めて返事を聞きだすのが一番いいと私は思うわよ?」
デボラが姉の貫録を見せて、この場をまとめにかかった。
ルカもそれがいいと思った。
「あなたもね、今夜充分に考えて、どっちとかけおちするか決めたらいいと思うのよ」
何てとんでもないことを言うのだこの人は、とルカが抗議しようとした時だった。
突然、応接室の扉が開かれた。
「ちょっと待ってもらおうか」
そこに現れたのは、ラインハット王兄ヘンリーだった。
「ルカと結婚したい奴がいるだと?
そんな話は彼女の親分であるこのヘンリー様を通してもらおうか」
「すいません
さきほどからいらしてたのですが、お通しする機会が掴めなくて……」
メイドの言い訳を聞きながら、
ああ、もう、なんかグダグダになってきた、とルカはため息をついた。
<続かない>
272
:
緑の髪の親分
:2012/03/19(月) 21:45:17
その日、リュカは家族四人でラインハットに遊びに来ていた。
彼女の旦那は、デール王となにやら深刻な顔をして話をしている。お互いの子供についての悩みか、為政者と
しての悩みか、あるいは妻に対する悩みかもしれない。
階下からは、子供たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。時折、泣き声のようなものも聞こえるが、きっとコリン
ズ王子に泣かされているのだろう。世界を救った勇者だというのに情けないものだと、リュカはため息を吐いた。
「あら、どうされたのですか、リュカ様。ため息など吐かれて」
向かいに座るマリアが心配そうに尋ねてくる。
「うん。泣き虫勇者っていうのも、格好がつかないなぁ……と思って」
「大丈夫ですわ。二人とも、優しい子達ですもの。それに比べてうちのコリンズときたら、暇を見つければ悪戯
ばっかりで、城の皆も困っているんですよ」
「ヘンリーも子供の頃は悪戯ばっかりしてたよ。伯父と甥とはいえ、やっぱり似るものなのかな」
「そうですわね、ふふふ」
マリアは微笑んだ。
「そうじゃない! こうだ、コリンズ!」
子供ではなく、大人の声が階下から聞こえてきて、リュカは下を覗き込んだ。そこには、彼女の子供たちを前
に腕を組んで胸をそらして立っているコリンズと、その隣でそれよりも偉そうに立っているヘンリーがいた。
「あの二人、ホントにそっくりだね。親子って言っても通用するよ」
「本当にそうですわね、ふふふ」
マリアは再び微笑んだ。
その微笑に、リュカは何か引っかかるものを感じた。
「あの、マリアさん……?」
「はい?」
「コリンズくんってもしかして…………いや、何でもないです」
「あら、おかしなリュカさん。ふふふ」
リュカはマリアの微笑を前に口をつぐんでしまった。マリアの微笑が何も言うなと言っているような気がしたから。
その日の晩リュカは、『今日は何も気づかなかった気づかなかった気づかなかった……』と必死で念じるのだった。
273
:
おとうさん
:2012/12/12(水) 21:59:32
イメージは、石化解けた後のグランバニアでの束の間の休息・・・みたいな。
息子はテン、娘はソラ、婿はヘンリー、主人公の名前はリュカです。
ヘンリーがしゃがみこんで、テンの瞳をじっと見つめる。
そのただならない様子にテンも姿勢を正して父の真剣な視線に答えていた。
「お前は、自分が天空の勇者だと知って、どう思った?テン」
「え・・・?」
「深い意味はない。そのまんまだ。どう思った?」
「えっと・・・みんなの、期待に応えなきゃなって・・・」
「そうか」
ふ、とヘンリーは息を吐き、テンの頭をなでる。
予想してなかった感触に目をつむれば、ヘンリーはそのままテンを自分の胸に抱きこんだ。
急なことで全く頭が付いて行かない。
あわてておとうさん、といってもヘンリーは全く気にしない様子でそのまま言葉を紡いだ。
「お前が、この世に生まれてきたのは天空の勇者だからじゃない」
諭すような、語りかけるような、独特の声音。
「俺とリュカの息子として、ソラの兄としてなんだ」
なんとなく、胸が詰まって、テンは父の服を握りしめた。
それに気が付いたのかヘンリーはより強くテンを抱きしめながら、続ける。
「いきがらなくていい、無理しなくていい・・・泣いていいんだよ、お前は」
心のなかのあたたかさに、ついていけなくなる。
あふれてくる今までの感情が一気にテンの瞳からあふれ出した。
「・・・泣き方忘れる前に泣いとけ、テン」
いま、俺しかいないから
駄文失礼・・・天空の勇者としてあり続けようとする息子を諭すヘンリーが書きたかったのです・・・。
初めて5で小説書いたんで、キャラ捏造気味ですが・・・。
広がれ女主人公の話!←
274
:
あるがままのあなたへ 1/2
:2013/07/21(日) 15:22:56
今日、私のお使えする方がご結婚された。
めでたいことのはず、なのに私は心のどこかで素直に祝福できない気持ちがある。
スラリンは素直に喜んでいる。
「結婚ってリュカが好きな人と一緒になることでしょ?うれしいことだもん」
ブラウンもうれしそうだ。
「リュカがうれしいならぼくもうれしい。今もおいしいものいっぱい食べれて幸せ」
二人とも無邪気だ。私もうれしいはずなのになぜ二人のように喜べないのだろう。
悩んでいるとドレスを着た女性が話しかけてきた。
「あら、主君の結婚式なのに何暗い顔してるのよ?」
リュカの友人のデボラ様だ。
「えっ、よろいの上からも表情がわかりますか?」
「顔なんて見なくても雰囲気でわかるわよ。それで何でリュカの結婚式で暗い顔してるの?」
私はなぜか喜べないことをデボラ様に話した。
「ふーん、それって別にアンタがリュカを好きだからってわけでもないんでしょ?」
「ええ、リュカは私が仕える主君です。そのようなことは」
「まあ、なんとなくわかるけどね。『リュカが結婚して旦那様を頼っていくだろう。
もう自分は必要ないのではないか。』とか思ってるんでしょ?」
「えっ」
私は驚いてしまった。私が思ってことを、自分でも気付かなかったことを言い当てられたからだ。
275
:
あるがままのあなたへ 2/2
:2013/07/21(日) 15:23:49
「私もフローラが結婚するとき同じようなことを思うかもしれないしね。
でもそれでもフローラはフローラよ。多少変わるかもしれないけど
あるがままのフローラとして接するわ」
「リュカだって結婚したからってあなたへの信頼は変わらない。そうは思わない?」
そうだ。リュカが結婚してもリュカはリュカだ。私の主君への気持ちは変わらない。
「なんならあの子達にも聞いてみたら?悩んでるのはアンタだけかも知れないわよ?」
デボラ様はそう言ってスラリンとブラウンを指差した。
私はデボラ様に礼を言うとスラリンとブラウンに聞いてみた。
「だって、結婚してもリュカはリュカでしょ。今までと一緒だよ」
「リュカがうれしいならぼくもうれしいよ。ピエールは違うの?」
ああ、そんな簡単なことだったのか。私の暗い気持ちはどこかへいってしまった。
今はリュカに素直に祝福できるだろう。そう思っているとリュカが話しかけてきた。
「ピエール、悩みが晴れたみたいね。なんかずっと悩んでるみたいだから心配したんだよ」
「ええ、私もまだまだ未熟だなと思いました」
リュカは何のことかなとちょっと不思議な顔をした。私はリュカに向いて一言述べた。
「リュカ、ご結婚おめでとうございます」
276
:
名無しさん
:2014/03/09(日) 22:57:53
ここはグランバニア城の図書館。床から天井まであらゆるジャンルの本が並べられている。
数多の整頓された本の中から一冊を手に取り、パラパラと捲る。
少しして、隣にあった本を二冊、三冊。両手でしっかりと抱え、近くの椅子へと腰掛けた。
正直なところ、気が滅入っていて内容は頭にほとんど入ってこない。それでも私は無理やり知識を貪った。
少しでも、頭の栄養にするために。――――少しでも、気を紛らわせるために。
双子の兄と喧嘩をした。
これまでに意見の食い違いはあった。
大抵は相手側の勘違いであったり、そうでなくともうまい事丸く収まったりしたが、今回はそうもいかなかった。
あれだけ彼が抵抗し、嫌悪を示したのははじめてのことだった。
挙句、感情の収拾がつかなくなりその場で泣き崩れる片割れを放置し、ここに逃げ込み現在に至る。
彼が泣くのはいつものこと。足元不注意で転んだとき、城下の飼い猫に構い過ぎて威嚇されたとき。
いつも理由はくだらなかった。毎日のようにその"くだらない理由"で泣くため、慣れっこだったはずなのに。
しかしあのときはとても後味が悪く、時間が経った現在も私の心にしこりを残す。
277
:
名無しさん
:2014/03/09(日) 22:58:37
私たちには両親が居ない。
ここは城だ。人はたくさん居る。
しかし両親は、両親だけは居ないのだ。
私(たち)がこうして存在している以上、遺伝子の提供元となった人間が、ふたり、存在しているはずである。
けれども、居ないのだ。
ある日のこと、ついに「どうして?」「なんで?」が飽和してしまった兄が、王族三代に遣える召使いに疑問を吐露した。
「ねえ、ぼくたちのお父さんとお母さんは? どうしてお城にいないの? なんでぼくたち、ふたりだけなの?」
私も理由は知らない。だから知りたい。でも、知ってはいけない。
これは、聞いてはいけない質問だった。
「…………」
答えに詰まった召使いの表情が見る見る険しいものになっていく。
「サンチョ? どうしたの?」
ああ、なんて愚かな兄。
この瞬間まで、なぜ目の前の男がこんな苦渋の色を見せるのかを理解できない。
やがて感極まった男が両腕を広げ、私たちふたりを抱きしめるような形で覆いかぶさってきた。
頭を撫でながら、肩を震わせ飲み込みきれない嗚咽を吐き出す男と、未だこの状況を理解しきれない兄の姿に
冷ややかな視線を投げかける私があった。
「お父様は、魔物にさらわれてしまったお母様を救い出すため、今もおひとりで旅を続けていらっしゃいます」
落ち着いたあとの召使いは先ほどの質問の答えをこう用意した。
その後、母の少女時代の成長記録を懇々と聞かされ続けた。
ひとりで町はずれの洞窟へ向かい、腕利きの薬師の親方を救出した武勇伝。
幼馴染の少女と共に向かった、いじめっこの手から子猫を助けるための真夜中のオバケ退治。
どの冒険活劇も希望に満ちあふれ、好奇心をくすぐられた。
物語の主役が思い出の母というだけなのに、どれほどの似た話のありふれた物語よりも特別に思えた。
この場に居た全員、同じ心中だったに違いない。
現に隣の兄は目をこれほどに無く輝かせながら続きを催促している。
気持ちはわかるが、私はその希望に"満ちすぎた"表情に一種の懸念を感じていた。
278
:
名無しさん
:2014/03/09(日) 22:59:45
翌日、懸念が確信に変わる。
兄の日常生活のサイクルが一変したのだ。
男なのに草花を愛で、怪獣の姿を模した模型よりも小動物のぬいぐるみを好んだ兄。
およそ男らしくない兄の、もっと男らしくない行動が追加されたのだ。
花壇の花を手折り、不器用な花輪を編んでいるのだ。
「なにやってんの」
私の訝しげな視線など物怖じせずニコニコと弛んだ笑顔を向ける彼。
「ポポカ! あのね、ここ、上手にできないの」
「…………」
質問の答えになっていない。でもそれはいつものこと。
兄の言わんとしていることを考察し、その望みを叶えてやる。
私もずいぶん兄に甘い。
「はい、できたわよ」
「ありがとう! やっぱりポポカはじょうずだね〜」
「けどそんなの何に使 」
うの、と言う前に駆け出していく。追いかけていくとたどり着いたのは城下の教会。
私が仕上げた花輪が神父に手渡され、女神像の頭に掲げられた。
「まぁ、ポポカさま! さあ、ポポカさまも共に祈りましょう」
私に気づいたシスターが傍に駆け寄り礼拝堂へ入るように促してくる。
追うことに全力だった私は拒否する気力も無く、既に熱心に祈りをささげる兄の隣に跪いた。
翌日も、その翌日も。毎日彼は花壇へ足を運ぶ。
元より花を愛した彼は王子という身分も捨て、衣服や肌に泥が付こうがお構いなしに庭師の仕事に首を突っ込んでいた。
摘んだ分だけ、次の命を育てる。日課のおかげで親しくなったメイドと談笑しながら草花に水をやっていた。
今朝咲いたばかりという花を受け取り、今日も今日とて花輪を編む。
「ペペル」
そこいらの女よりも乙女らしい、王女である私よりも姫らしい彼にとうとう私は根を上げた。
「いい加減にしなさいよ。毎日毎日、なにがしたいの」
日課、とは花輪の件だけではない。
図書館から同じ内容の本ばかりを借りて私に読み聞かせようとする。
またその話なの、もう飽きたと訴えても、何度でも読み返す。昨日の晩読みふけっていた本も、何十回も読み返したものだった。
「ポポカ、ちょうどよかった」
私の怒りに少し驚いた反応を見せるものの、いつものように緩く微笑む。
「これ、このまえのお礼」
差し出されたのは、進歩は見られるもののやはり不器用に編まれた野草の花輪。
「ちゃんと作れるようになったんだよ? ポポカのほど上手くはなけど……」
「あのねえ!」
「こっちはね、神様にあげるの。それでお願いするの。お父さんが無事に戻ってきますようにって!」
呑気に自分の話を続ける目の前の彼に怒号を発する前。
進展のありそうな、意表をついた話に思わず口をつぐんでしまった。
「お父さんが無事にお母さんを助け出しますようにって! それで、無事にグランバニアに帰ってきますようにって!
ぼくと、ポポカと、お父さんと、お母さんと、おばあちゃんと、サンチョと、スラリンと、ブラウンと、ピエールと、チロルと、マーリンと、オークスと
お城のみんなと、一緒に暮らせますようにって、神様にお願いするの。
だからぼくね、そのためだったら何でもしますって。好き嫌いもしません、宿題もちゃんとやります、いい子になりますって!」
279
:
名無しさん
:2014/03/09(日) 23:01:12
この言葉で、全てを理解した。
彼は、この双子の兄は、あの話を信じているのだ。
思えば図書館から借りてくる本だって、あの酷似した内容のものばかりだった。
悪い魔王やドラゴンにさらわれてしまったお姫様を無事に救い出し、めでたしめでたし。ハッピーエンドで締めくくられる。
姫を助け出すのが伝説の勇者の子孫か、どこかの国の王子様か、はたまた赤いヒゲの配管工かの違いはあれど、だいたい話の内容は似通っていた。
攫われてしまったお姫様を母に、助け出す主人公を父に投影し、物語を追っていた。
何度も何度も、何十回も……
「ペペル、あなたあの話を本気で信じているの?」
「な、なんだよ」
「あれは子供を納得させるための作り話」
「そんなことない!」
自分の夢想を否定され柄にも無くムキになる。
そんな兄の様子に私はイライラを募らせた。
「お父さんは、お母さんを助けるの! 助けて帰ってくるんだ!!
神様にだってお願いしたもん! お父さんは絶対にお城に帰ってくるの! 絶対!!!」
「なんでそう思うの?」
「お父さんは天空の勇者なんだ! 勇者は悪い魔王をやっつけるものなの!!」
勇者。
この単語を聞いて私の怒りは瞬間に沸点に達した。
「あなた、ばかなの?」
「なんだって?!」
「考えてみなさい。これまで旅をしていた仲間たちを、どうしてお城においていったのか」
「それは」
「旅慣れているのに。戦力になるのに。いままで一緒だったのに。
どうしてひとりぼっちで出て行ってしまったの。
さらうなんて強硬手段を使うくらいの『悪い魔王』と戦うことは予測できるでしょう? なのになんでおいていったの」
相手の言葉を引用し逆手取り、ひとつひとつ理屈で追い詰める。逃げる隙なんて、手加減なんてしない。
「みんなを危険な目に遭わせないように」
「お母さんを助けたい、みんなそう思ってる。『勇者』なのに、みんなの想いを無視するの?」
反論を正論で覆す。私が単語を発するたびに、相手の勢いが殺がれていった。
「だいたい、お父さんが『勇者』なら、どうしてお城に剣が置かれたままなの?
あれって『勇者』にしか使えない特別な剣なんでしょ? なんで置いて出て行ってしまったの?」
「…………」
もう相手は反論の言葉を持たない。
一拍おいて、私はとどめの言葉を放った。
「いい加減、現実を見なさい」
「――『勇者』なんて、いないのよ」
「……いるもん、勇者は……お父さんが、勇者だもん……」
ぐずぐずとすすり泣く相手に冷ややかな目線を送る。
私が"勝った"のだろう。何に、とは言えないが、反論に異議が来ない以上、そう捉えても問題ないはず。
「お母さん、助けて、帰って……みんなで」
壊れた機械のように同じことしか言わなくなってしまった。
今までなら「そうなの? やっぱりポポカはすごい」などと能天気なことを言うのに、頑なに意見を曲げる姿勢が見えない。
私は落ち着かず、その場を離れる。
泣き声が大きくなる前に、異変に気づいた使用人が彼の周りに集まる前に。
280
:
名無しさん
:2014/03/09(日) 23:02:47
頭に入らない文字を追う。誰も居ないはずの空間に気配が生じた。
「じゃまするわよ〜」
スライムのスラリン。母が一番最初に仲間にした付き合いの長い魔物。
書物が置かれているのもお構いなしに机にのぼり、私と目線を合わせてくる。
「聞いたわよ、今回のテストも満点だったんだって? マーリンが褒めてたわ」
飛び出したのは他愛も無い雑談。
女同士なかよくしたいじゃない、寂しいでしょ。
いつもこうして私にちょっかいをかけてくる。おせっかいスライム。特に今はひとりで居たいのに。
「剣の稽古も文句のつけようなし、女にしとくのもったいないってピエールのお墨付きも」
「用件はなんなの」
瞬間、静寂が辺りを包む。
「……わかった、率直に聞くわ」
作り笑いから一変、真剣な目を私に向ける。
「ペペルと何があったの?」
「あの子が泣くのはいつものことだけど、今日はなんか様子が変なの。
ずっと勇者だとか、お父さんお母さんとか呟いてて。ポポカ、あんたの名前も呼んでたわ」
このおせっかいは、今日も飽きずにおせっかいを焼いてきた。
あなたには関係ない、そう突っぱねることもできた。でもしない。今日は、あなたも同罪だから。
「もう、いいから」
「なによ。なんの話よ」
「本当のこと言って」
「だから、なにが?!」
本に落としていた目線を相手に向ける。
「お父さんとお母さん、本当はいないんでしょ?」
「なっ……!」
顔面蒼白とはこのことを言うのだろう。大きな目が見開かれ、青い身体が更に青く見えた。
「ちょっと、ふざけないで! なに言ってるの?!」
「作り話までして」
「うそじゃない! 本当よ!!」
「気遣いしてだなんて、頼んだ覚え無いわ」
「してないわよっ!!」
「お父さんは勇者なんだって。ペペルが言ってたわ。
魔物にさらわれたお姫様を勇者様が出すんだって、あの話を信じてる。
だから言ったの。勇者だったらどうしてみんなを置いていったの、剣も持たずに旅立ったの、って。
だって、勇者って世界を平和にするんでしょ? じゃあ、どうして今も悪い魔物がうろうろしてるの?
おじいちゃんは危ないからお城の中に城下を作ったんでしょ? 外は危険なんでしょ? 勇者が居るなら、どうして今現れないの?
神様も、どうして平和じゃない世界をこのまま放っておくの?
……居ないから、でしょ? 神様も、勇者も。 ――――お父さんとお母さんと同じように」
私は持論を展開した。相手は絶句している。
「だから本当のことを言って。変な希望を持たせないで。私、覚悟はできてるから」
「あんたそれ、本気で言ってるの……?」
やっと返された言葉は絶望に染められて。
「……もう、いい」
そう言うと、机から落ちるように私に背を向ける。
彼女が居た跡に雫が数滴残されていた。
281
:
名無しさん
:2014/03/09(日) 23:05:06
ひどいことを言った。でも、同じくひどいことを言われていたからおあいこだ。
兄は、愚直なほど純粋だ。
希望を持てば、夢を生み、理想へと育んでしまう。
今回もそう。父と母が生きているという『希望』を、助け出し城に帰ってくる『夢』を見て、みんな一緒に暮らすという『理想』へと昇華した。
主君の無事を信じたい気持ちも理解できるし、遣えている手前、不謹慎なことも言えないこともわかっている。
だがそれがこのざまだ。
うその希望を刷り込まれた兄はうその憧憬を盲信した。
帰ってくることのない両親を指折り数えて待ち続ける結果を招いた。
ああ、なんて哀れなの。
大きくなりすぎた希望が叶わないと知ったとき、計り知れない絶望が襲うだろう。
私はその日が来るのを早めただけ。
少しでも傷が浅く済むように。
双子の兄には真実を語り、おせっかいスライムには己の意思を示しただけ。
なのに、どうして被害者だという目を私に向けるのか。
神様なんて居ない。
勇者なんて存在しない。
父と母も、同じようにこの世から去ったのだ。
下手な希望を持たせて、絶望に叩き込もうとする、その態度にイライラする。
ぬか喜びさせるくらいなら、最初からそんな気遣いは不要だ。
胸中のどろどろを押し殺し、私は再び頭に入らない文章を目で追う作業を再開した。
282
:
名無しさん
:2014/03/09(日) 23:06:29
その翌日、事件が起きた。
兄が、ペペルが、宝物庫に保管されていた剣を引き抜いたのだ。
天空の勇者にしか扱えない伝説の聖剣。
大の大人、あの父と母でさえも、とてもとても扱いきれなかった代物を軽々と振り上げてしまった。
つまりそれは、彼が『勇者』であるということ。
人々は歓喜した。
ある者は歌い、ある者は踊り。勇者の再来を心より祝福した。
現に今も『勇者』の周りには人垣がつくられ、皆が皆『希望』に満ちた目を彼に向ける。
眼中には勇者しか映らない。
私が近くを通れば会釈をするメイドも、敬礼する兵士も、みんな勇者勇者勇者。
民に囲まれ困惑する『勇者』を尻目に、私は自室に閉じこもった。
誰も居ない。
あのおせっかいスライムすら今日に限って姿を見せない。
昨日、あんなことを言ってしまったから無理はないけど。
ついに私はひとりになった。
不意に室内にある国王王妃の肖像画を手に取った。
こちらに向かい笑みをこぼす両親の姿がある。
私と同じ髪色の父は母の肩に手を置き、愛おしげに微笑んでいる。
煌びやかな衣装をまとった母は、幸せいっぱいにはにかんでいる。
しかし、よく見ると衣装こそ煌びやかではあるが着飾る装飾品は少し浮いていた。
豊かな黒髪を束ねるのは、「幼馴染の少女」から貰ったらしいリボン。
胸元に光るペンダントは、独身時代に父からプレゼントされたらしい品。
どれも高価なものとは思えない。ペンダントに至ってはそこいらの露天商で同じものが手に入りそうなくらいごくありふれた品だ。
それでも衣装に合わないとわかりつつ、決して手放そうとしなかったらしい母。
「譲ちゃ……王妃様は、女の子であるにも関わらず、畑仕事をよく手伝っていただきました」
母の成長記録兼思い出話をうっとりと語る使用人の言葉にうそは無いのだろう。
たしかそれは、王子であるにも関わらず、土や泥に汚れても気にせず草木の手入れを手伝う兄を眺めての言葉だった。
素朴を愛した母。自然を愛した母。国を愛した母。民を愛した母。父を愛した母。敵対するモンスターすら愛した母。生きとし生けるもの全てを愛した母。
同じくして母も愛された。その証拠に、誰に聞いても同じ答えが返ってくる。「王妃様が大好きだ」と。
その愛に満ちた母に似た兄もまた愛された。人に、母の愛した魔物に、神にすら!
「私は?」
不意に口をついた言葉にはっとする。
何を動揺しているのか。愛など要らぬ、そう振舞ってきたツケじゃないか。
283
:
名無しさん
:2014/03/09(日) 23:08:26
悪い魔物に魔界へと連れ去られた祖母。母を生んですぐの出来事だったらしい。
そして同じくして悪い魔物に連れ去られた母。状況はまったく同じだった。
ならば。
いつぞやかの道具屋の店主が口にした言葉。「歴史は繰り返される」
私の顔を見るなり「失言だった」と真っ青になり奥へと引っ込んでいったけれど。
咎められない。だってそれは口に出さないだけでみんなが思っていること。
「次は、ポポカ様が」
遠い国のことわざ。「二度あることは、三度ある」
その"三度目"が来るまでに備えましょう。
無愛想を貫き、機械的に日常を送り、言われたとおりの役割を果たす。
私は一国の呪われた王女。魔界へ捧げられる生贄人形。
誰も愛さない。誰からも愛されない。
だって当たり前でしょう?
愛があれば、情が生じる。
その情で祖父は死んだ。父は行方知れずとなった。
兵士は情報を求め世界を駆けまわり、聖職者は居もしない神に祈りを捧げ、国民は帰りを待ち続ける。
三代仕える召使いは過去を思い出しては涙を流し、双子の兄は夢物語の世界へ行ってしまった。
世界各地で私と同じ歳の子供が連れ去られる事件が勃発している。
子供で、この国の王族の女。二重条件が揃ったこの私。
"近い未来"に"居なくなること"が"確実"なのに。
終わらない堂々巡りを私の番にまでみんなに強いるの?
情のせいでより苦しみを増すこの『呪い』を?
そんなの残酷すぎるじゃない!
天空の勇者。
祖父が命を賭しても追い求め、母が意思を受け継ぎ捜し求めていた『希望』の象徴。
兄がそれだった。他の誰ではなく、私でも。
だから私は必要ない。うってつけられた状況ではないか!
284
:
名無しさん
:2014/03/09(日) 23:11:26
「……でも」
信じたい。私だってあの『作り話』を。両親の無事を。神の存在を。
願いたい。いつか一家全員で暮らす幸せを。
「魔界って、どんなところなの? どこにあるの?」
どの本にも載っていなかった未知の世界。
信じていなかった『勇者』の存在。
本当に、勇者が導いてくれるの?
「お母さん……」
お母さんの探していた『勇者』見つけたよ?
「お父さん……」
会いたいです。どこに居ますか?
「……ぅ…………っ……ひっく……」
私は悪い子です。
神様の存在を否定しました。
勇者の存在も否定しました。
ペペルに意地悪なことを言いました。
いつも私を気にしてくれるスラリンも泣かせました。
お父さんもお母さんも、本当は居ないなんて思ってもいないことを口にしました。
「うぇぇぇぇぇん……!」
ペペルが好きです。
スラリンも、サンチョも。
この国の人たちが好きです。
あなたたちの愛したこの世界が好きです。
誰か私を愛してください。
――
ビアンカのリボンを装備した主人公を書きたかっただけや。
285
:
夢見る王子とうそつき姫
:2014/03/24(月) 20:00:49
双子にはふしぎな力があるそうです。
たとえば、偶然おなじことを考えていて、同じタイミングでしゃべったりすること。
たとえば、相手を見なくても、近くに来ると「ああ、居るな」とわかってしまうこと。
ぼくたちにはお父さんとお母さんが居ません。
城下町のピピンお兄さんには宿屋のおかみさんが居て、ドリスお姉さんにはオジロンおじさんが居ます。
でも、ぼくたちにはお父さんもお母さんも居ません。
どうしてだろう、 なんでだろう。でも、口に出してはいけません。
なぜならポポカが声なき声で言うのです。「絶対に訊くな」と。
寂しいわけではありません。
ポポカも居るし、サンチョも居ます。お手伝いさんも、兵士さんも。お城のみんなが優しくしてくれます。
毎日が楽しいです。
でも、お父さんとお母さんも居ればもっと楽しいです。
だからある日、ついにサンチョに訊いてしまいました。
ポポカの冷たい視線に見て見ぬ振りをして。
ポポカはとっても頭がいいです。
だから、こうなることを知っていて「訊くな」と釘を刺していたのだと思います。
――サンチョを悲しませるつもりはありませんでした。
286
:
名無しさん
:2014/03/24(月) 20:02:09
ぼくたちを抱きしめ、ひとしきり泣いた後、サンチョは教えてくれました。
「お父様は、魔物にさらわれてしまったお母様を救い出すため、今もおひとりで旅を続けていらっしゃいます」
そして、お母さんの思い出話を聞かせてくれました。
お母さんのお父さん、つまりぼくたちのおじいちゃんの頃から働いているサンチョはいろんなことを教えてくれました。
中でもとっても楽しかったのは、お母さんが幼馴染の女の子と一緒に行った、真夜中のオバケ退治!
いじめっこにいじめられている子猫のチロルを救うために、悪いゴーストをやっつけたのです。
チロルと、元のお城の王様とお妃様をいっぺんに助けたお母さん。すごい!
その日はわくわくして寝付けませんでした。
そんなすごいお母さんをさらった悪い魔物を助けるために旅立ったお父さん。いったいどんな冒険をしているんだろう?
思い立ったが吉日。次の日ぼくはお城の図書館に行き、冒険記を借りました。
悪魔の手先のドラゴンや悪の大魔王から『お姫様』を救いだす『勇者』
おじいちゃんはこの国の王様で、城下町をお城を中に作った凄いひと。
その娘のお母さんは、このお城のお姫様。
だからお父さんは、勇者さま。
勇者さまの無事を祈るため、神様にお願いしましょう。
信じるものは救われます。
お父さんはお母さんを、きっと連れ戻してくれるでしょう。
ぼくはそのために、ちょっと前まで全然できなかった花冠をつくります。
きれいなもの。かわいいものが人間は大好きです。
だから神様も大好きでしょう。
「あなた、ばかなの?」
ポポカの冷め切った声。
「考えてみなさい。これまで旅をしていた仲間たちを、どうしてお城においていったのか」
全てが否定される。
「旅慣れているのに。戦力になるのに。いままで一緒だったのに。
どうしてひとりぼっちで出て行ってしまったの。
さらうなんて強硬手段を使うくらいの『悪い魔王』と戦うことは予測できるでしょう? なのになんでおいていったの」
反論なんて許されない。
「お母さんを助けたい、みんなそう思ってる。『勇者』なのに、みんなの想いを無視するの?」
お父さんが、勇者だと。
「だいたい、お父さんが『勇者』なら、どうしてお城に剣が置かれたままなの?
あれって『勇者』にしか使えない特別な剣なんでしょ? なんで置いて出て行ってしまったの?」
お父さんとお母さんが、生きていると。
「いい加減、現実を見なさい」
「――『勇者』なんて、いないのよ」
287
:
夢見る王子とうそつき姫
:2014/03/24(月) 20:03:03
ぼくはポポカの双子のお兄さん。"今のところ"たったひとりの家族です。
なのにぼくはポポカの笑顔をあまり見たことがありませんでした。
きれいなもの、かわいいもの。
特に女の子は大好きです。だからきっとポポカも喜んでくれるはず。
そう思って花輪を差し出したときに言われた言葉がとても痛い。
怪我なんてしていないのに、血は出ていないのに。
「……坊ちゃん。どちらへ行かれるので?」
泣きながら歩くぼくの後ろで心配そうな顔をしているのはオークスとブラウン。
たぶんぼくを気遣ってくれて、今まで何も言わずに付いて来てくれているのだと思います。
何か言おうとしても次から次へ涙があふれて声が出ません。
「ねえ、戻ろう? ポポカと仲直りしよう?」
そのまま歩き続けて宝物庫の前までたどり着きました。
「ここは……」
涙でかすむ目で、扉を開きます。
凄く豪華な額縁に入れられた凄く上手に描かれた絵や、複雑なかたちをしたツボ。
きらきら光る宝石などの宝物の真ん中にある、宝物のなかの宝物。
「坊ちゃん、なにを」
まわりの宝石よりもきらきら光り、豪華な鞘に収められた、複雑なかたちの柄の、すらりと長い剣。
おじいちゃんが命がけで見つけ出した、伝説の勇者の剣。
「いけない、坊ちゃん」
目的の剣に手を伸ばすとオークスに止められました。
「だめだよぉペペル。それは天空の剣、大事なものだよぉ」
ブラウンにも怒られました。でも、その『大事な剣』が必要なのです。
「お父さんの、忘れ物、届けるんだ」
図書館で借りた本では、数々の困難を乗り越えた『勇者』は『伝説の剣』で悪を倒し、お姫様を助け出しました。
ポポカは言いました。勇者なら、大事な剣を置いては行かないと。
「お父さんは、勇者、だから。これ、で、魔王を」
しゃくりあげながらも、やっと出た声でふたりに答えました。
すると、ブラウンは泣き出しそうになり、オークスは暗い顔をします。
どうしてそんな顔するの。
「届けるの!」
お父さんは勇者なんだから!
オークスの腕を振り払い、ぼくは天空の剣に手を伸ばしました。
力まかせに握った柄が、するりと鞘から抜け、ぼくの手のひらに収まります。
剣の先から宝石よりも、鞘よりもきらきらピカピカしたまぶしい光があふれて周りを白く染めました。
目がくらむ前に、とてもおどろいた顔をしたふたりを見た気がします。
そこから先は、よく覚えていません。
288
:
夢見る王子とうそつき姫
:2014/03/24(月) 20:04:06
次の日、目が覚めると世界がひっくり返っていました。
いつもの景色、いつものお城、いつもの人たち。
でも、みんな輝いた顔をして言うのです。
「ペペルさま、勇者さま。どうか世界をお救いください」
勇者にしか扱えない伝説の剣。その剣を引き抜いた、ぼく。
つまり、ぼくが天空の勇者さま。
なんで。
どうしてぼくが勇者なの。
ぼくが勇者なら、お父さんはどうなるの。
剣の稽古よりも、回復魔法を教えてほしい。
そう言ってピエールを困らせたことがありました。
ごうごう燃えるベギラマよりも、こわい魔法を封じるマホトーンのほうがいい。
こう言うと、いつもマーリンは「参ったのォ〜……」と苦笑いを浮かべます。
ぼくはみんなを癒したい。みんな笑顔のほうがきっといい。
中には悪い魔物やいじわるな人も居るから、武器や攻撃呪文も必要だけど、ぼくは補助の魔法がいい。
ベホマラーは一度にみんなの傷を治せます。トラマナを唱えると、痛い床を歩けるようになります。
だからぼくはいつもオークスといっしょに居ます。
「いいわよ。ペペルの代わりに、わたしがやるから」
剣術も、魔術も。ポポカはどんどん上達していきました。
図書館にあるぼくには難しすぎる本も、ポポカはすらすら読んでしまいます。
花輪を編むのも、絵も工作も、ポポカはとっても上手です。
今では、はるか昔になくなってしまったという移動魔法をポポカは覚えました。
女の人でも扱える軽いものなら、ポポカは大人にも引けをとらない剣さばきをこなせます。
なのにどうしてぼくが勇者なの?
ぼくたちは双子だから、同じ時間、同じ場所で生まれたポポカじゃなくて、どうしてぼくなの?
ぼくが男の子だから? じゃあ、どうしてお父さんじゃないの?
お母さんは? お母さんもこのお城で生まれたのに、なんでぼくが勇者なの?
289
:
夢見る王子とうそつき姫
:2014/03/24(月) 20:04:57
ぼくの気持ちなんてお構いなしで、みんなぼくを勇者と称えます。
いつもいっしょにお花の世話をしてくれるお手伝いさんも、アドバイスしてくれる庭師のおじさんも。
いつもと同じ場所なのに、ここはいつもと違う場所になりました。
ぼくは疲れたと言って人ごみの中から抜け出しました。
泣きたくなる気持ちをこらえながらぼくは歩きます。泣いちゃうと、またスラリンにからかわれてしまいます。
「男の子なのにめそめそして。しゃんとしなさい!」
いつもこう言ってぼくを叱るお母さんが最初に仲良しになった、モンスターの中でも大先輩。
ぼくたちからしてもしっかりしたお姉さんです。
それでも泣いてしまいそうになり、部屋の中で誰にも見つからず泣こうと思い扉を開けると先客が居ます。
ポポカでした。
お父さんとお母さんの肖像画を抱き、背中を震わせています。
ぼくは、ポポカの泣いているところをはじめて見ました。
290
:
夢見る王子とうそつき姫
:2014/03/24(月) 20:05:43
ぼくが来たことに気づかないままのポポカは急に立ち上がると、おもむろに頭から何かをつかみ取りました。
ちょっと前に、お城のメイドさんから貰ったきれいな髪飾り。
「こんなもの! 欲しくない! あるから使ってるだけよ!!」
そう叫び、髪飾りを投げ捨てました。
「私は姫なんかなりたくなかった! この城の姫だからお母さんはさらわれたのよ!!」
きれいなもの、かわいいもの。
女の子はとても大好きです。
――今ではぼくの方が大好きですが。
ぼくは今までポポカが笑ったところを数えられるくらいしか見たことがありませんでした。
もっと笑った顔が見たかった。だからきれいなお花を植えました。かわいいぬいぐるみをかざりました。
でも、そうじゃなかった。
「ポポカ」
ぼくはポポカに近づき、肩に手を置きました。小さな背中がびくりと震えました。
「何よ。 ……見てたの?」
驚いて振り向いたポポカの目は赤く染まり、顔には涙が流れたあとが残っていました。
やはりポポカは泣いていたのです。
「お父さんを探しに行こう、ポポカもいっしょに」
「は?」
「それで、お手伝いしようよ。お母さんを助け出す旅の」
きれいなもの、かわいいもの。
それよりも、もっと大好きなもの。ポポカが本当に欲しかったもの。
「大丈夫だよ。お父さんは勇者なんだから」
ちょっと間が空いて、呆れた声の答えが返ってくる。
「勇者はあなたでしょ」
「違うよ。剣が抜けただけだよ。
ぼくは天空の勇者かもしれないけど、伝説の勇者はお父さんだもん」
「なにそれ。どっちも同じよ。ただの屁理屈じゃない」
はあ、とため息をつき、改めてぼくの方を向くとポポカは言いました。
「本当に頑固ね」
その顔は困ったような、呆れたような、両方が混ざったような笑みでした。
「えへへ」
やっと笑ってくれた。
ぼくはずっと、その顔が見たかったのです。
291
:
夢見る王子とうそつき姫
:2014/03/24(月) 20:06:32
「手伝い、かぁ……」
ちいさな気配と声がぼくの後ろから聞こえてきました。
「ま、グッドアイディアだと思うわね」
そこにはスラリンが居ました。ぼくたちの会話は全部きいていたようです。
「このお城だけで自己完結している世間知らずな王子さまとお姫さまにはいいんじゃないかしらー?」
「言ってくれるじゃない」
「おたがいさまよ」
ポポカとスラリンが不敵な笑みを浮かべ合う……たぶん仲がいいんだと思います。
「手伝うとなれば、ペペルも戦いを覚える必要があると思うんだ」
見れば、ブラウンが入り口に居ます。ほかのモンスターたちも一緒でした。
「さよう。拙者、ペペル殿の稽古をずっとつけたいと思っていた次第でござる。
あの方々の息子であるペペル殿にも、きっと剣の素質があるに違いないでござる」
「天空の剣が引き抜けちまったんだからなぁ……使わない手は無いだろうしな」
「フォッフォッフォ。剣術のみならず、魔術もよろしく頼むぞえ」
「う……がんばります……」
ピエールが気合いをこめた声でブラウンに賛成して、オークスとマーリンもその言葉に乗っかり
ぼくは頷くしかありませんでした。
言葉をしゃべれないチロルはポポカとぼくの頬っぺたをペロペロ舐めて「しっかりな」と元気付けているように思えました。
ちょっと頼りなさげなぼくの答えにみんなが吹き出し、部屋の中は笑い声であふれました。
みんなが笑える日がくればいい。
ぼくと、ポポカと、仲間たちと、お城のみんなも。お父さんとお母さん『みんな』で――
これは、お父さんがこのお城より北のデモンズタワーで見かけた人が居るという情報が入る前の、数分前のできごとでした。
292
:
風見鶏
:2015/12/13(日) 23:58:03
タイトルはまだ浮かびませんがとりあえずヨシュア妻ルート。
他は、ヘンリーとデールも一緒に奴隷になっています。
主人公の名前はアルスにします。
アルスは男女兼用らしいので。
全体的にお話は暗いですがハッピーエンドを目指してます。
::::
「(何時の間にかレベルと年齢が一緒になってしまった……)」
少女と女性の中間に当たる彼女の名前はアルス。
花の16歳であるアルスは、6歳の頃から奴隷としての生活を送っていた。
「コラ〜!ぼさっとしてないでとっとと働け!!」
看守が鞭を振るい、大声で命令する。
鞭は少しピリッと痺れるように痛むものの、アルスにとっては全然大した事の無いモノである。
それは十年の歳月で身体と精神が慣れてしまったワケでも、レベルが高いからなワケでも無い。
それに鞭の傷は自身の魔法で治せるのだ。
まぁそうは言っても魔力の殆どを他の奴隷達の傷を癒やす為に使ってしまい自分にはあまり使わないのだが……。
それにより痣になってしまっている古傷もあるのだが、アルスはそれを気にするどころか寧ろ罰として甘んじて受け入れており、喜びと感じている。
アルスはドMなワケではない。
何がアルスをそうさせるのか?
それはアルスがまだ子供だった頃に遡る……。
293
:
風見鶏
:2015/12/14(月) 00:18:03
アルスは父親に連れられて『何か』を探す旅をしていた。
それが何なのかは分からなかったがそんな父親の役に立ちたいと思っていた……。
ある時は2つ年上の幼馴染みの女の子……ビアンカと洞窟に行って薬屋さんを助けたり、イジメられている猫を助けるためにお化け退治をしたり。
「(アレはてっきりビアンカが猫を飼うのかと思ってたのに。でもおばさんが猫アレルギーなら仕方ないけどね……)」
またある時は、そんな経緯で飼う事になった猫のボロンゴと一緒に妖精のベラに連れられて妖精の国に行って、船旅の途中で出会った女の子……フローラも違う妖精に連れられて来ていて偶然にも再会し、世界に春をもたらす『春風のフルート』を取り戻す為に雪の女王を退治したりと子供ながらに結構な冒険を繰り広げ活躍をしていたためにアルスは自身を『伝説の勇者』だと思い込んでいた。
いつか神様に使命を告げられて魔王をやっつける……のだと……。
それが全て思い込みであったと目を覚ます事になったキッカケは、当時六歳のアルスにはとても耐えられない衝撃の出来事だった……。
294
:
風見鶏
:2015/12/14(月) 15:58:23
夜中に父親や大人に内緒でこっそり出掛けてお化け退治出来たのも、妖精の国へ行って世界に春を取り戻せたのも、選ばれた勇者だから神様のご加護があるから絶対に大丈夫だと信じていた。
ボロンゴが実は猫じゃなくてキラーパンサーというモンスターの子どもだと教えられた時も、勇者だからモンスターを仲間に出来る不思議な能力があっても可笑しい事は無いんだと。
そう思って信じていた……。
妖精の国から帰ってきた後、父親に連れられてラインハットという国に行って……。
そこでの仕事が終わったらしばらくゆっくり出来るから遊んでくれると約束してくれて、すごく楽しみだった……。
そのラインハットには2人の王子がいて、兄はヘンリーといってとってもワガママでイタズラ好き。
弟はデールといって、ヘンリーとは正反対の大人しい性格だった。
そんなヘンリーのイタズラ隠れんぼに手を焼いて、デールにも協力してもらいやっと見つけたと思ったらなんと2人の王子は目の前で誘拐されてしまった。
すぐに父親に報告して誘拐団を追い掛けて。
途中ではぐれてしまったけれど、お化け退治や妖精の国の冒険で鍛えていたから襲ってくるモンスターはあんまり強く感じることなく誘拐団のアジトについて、父親と合流して、ようやっと王子を2人とも見つけたもののヘンリーは『帰らない』とふてくされていて……。
その態度に思わず父親……パパスはヘンリーをビンタしてしまい、詳しい話はお城に帰ってからだと力ずくで脱出しようとしたがすぐに誘拐団の追っ手が現れて、これまでのようにやっつけようと思ったらパパスから『王子を連れて先に逃げろ』と言われ、リレミトで脱出しようとしたら謎の光にかき消されてしまい、仕方無く歩いて入口まで戻ったら、そこにはゲマという巨大なモンスターがいた。
どんなに大きくても自分は勇者だから……とアルスはまたいつものように倒せると……そう思った。
295
:
風見鶏
:2015/12/14(月) 16:26:51
ところがゲマはこれまでの相手とは何もかも違っていた。
こちらの攻撃を不気味に嘲笑い、魔法は跳ね返してきて……。
ゲマの攻撃は、とても強烈だった……。
気がついたら、ボロンゴや王子も巻き込んで、ゲマにやられてしまった……。
追っ手をやっつけたパパスはゲマの手下であるジャミ、ゴンズをやっつけた。
ダメージが大きすぎて動けない身体でアルスは思った。
「(お父さん。早くこんな奴らなんてやっつけて!!そして帰って怪我が治ったら、もっと強くなるから……。今度はお父さんを助けれるように……。だって私は勇者様なんだから……)」
しかし何とゲマはパパスがこれ以上抵抗出来ないように、アルスを盾にしその首に死神の鎌を押し当てたのだった。
そうなるとパパスはもう一切、回復したジャミとコンズの攻撃にただじっと耐えるしか無かった。
「(ポワン様!!大人になった時じゃなくて今力を貸してお父さんを助けて!!いいでしょ!?私は勇者なんだから!!私の中にまだ勇者の力が眠ってるなら今すぐ目覚めて!!私は勇者なんだよ!!お父さんを助けないといけないのに……)」
心の中でそう叫ぶしか無いアルスの目の前で、遂にパパスは力尽きてしまった。
そのパパスは最後の力を振り絞ってアルスにこう言った。
『母さんは生きてる』
『ワシに代わって母さんを』
こんな弱々しい父親の姿をアルスは今まで見たことは無かった。
いつだって父……パパスは強くて逞しくて、誰からも頼りにされて……。
だからそんな父親の力になりたくて、強くなろうと頑張った……。
ただ後をついて行くだけじゃなくて……。
足手まといにならないように……。
296
:
風見鶏
:2015/12/14(月) 16:52:33
そんな父親がゲマが放った巨大な火の玉によって、一瞬で消え去ってしまった。
目の前で……。
「ーーっ!?」
叫びたくても、出来なかった。
「(どうして……!?私は勇者のハズなのに!?お父さんを助けられ無かった……)」
アルスはショックと悲しみのあまり心を閉ざしてしまいたがったが、そうは行かなかった。
ゲマ達によりボロンゴとも別れさせられ、2人の王子と一緒に連れて行かされた場所で奴隷にされてしまったからだ。
なまじ身体を鍛えていたばっかりに労働はそれほど苦では無く、看守の威嚇や威圧感や鞭も大した事は無かった。
最初の頃は現実逃避から脱走を試みたが失敗に終わり、その度に他の奴隷も連帯責任で罰を受けた。
アルスにとってその罰すら大した痛みは感じなかった。
だが他の関係無い奴隷達を巻き込んでしまったことは、元々優しい心の持ち主だったアルスにとっては苦しみだった。
そのためアルスは回復魔法を奴隷達にかけ癒やし、何時しかアルスは奴隷達から女神のように扱われるようになった。
::::
そんな奴隷として十年の歳月が流れ、アルスは花の16歳になった。
もう幼い頃みたいに、純粋に自身を勇者だとキレイな感情だけでは信じて無いが、それでも心の奥底でまだ僅かに自身を『勇者』だと思い込もうとしていた。
それがアルスの原動力であり、今は真に勇者として目覚める為の試練を課せられてるのだと、自身に言い聞かせて……。
297
:
風見鶏
:2015/12/14(月) 17:19:52
それを心の隅に置いてあっても、少女と大人の中間であるアルスの精神は不安定であり、花の16歳ならば本来なら恋の1つもしている年頃である。
そんなある日、女奴隷がこんなことを言っていた。
「本当に兵士さまと結婚出来たら、奴隷から解放されるのかしら?」
こんな閉ざされた、過酷で劣悪な環境下にいても、女とはそういう話題が好きなのだろうか?
だが分からないまでも無い。
アルスは偶々だが、ゲマ達の、誘拐団の本拠地である『光の教団』は労働力として明らかに不充分な高貴な身分の子供をどういう訳か誘拐してくるのだ。
一体何を考えているのか?
そしてその女奴隷も本来なら『花よ、蝶よ』と可愛がられて、恋をしたりしていただろう……。
「……」
その言葉を、アルスは心に深く刻んだ。
「……」
令嬢のような可憐などはアルスには無いし、寧ろ鍛え上げられた逞しい肉体を持ち、身体のあちらこちらに看守の鞭によって付けられた傷が痣になっていてキレイでは無いが、それでもアルスには若さがある。
若いとは何よりの武器だ……。
しかし、看守や兵士達は……まるで感情が無いのである。
奴隷の中にも死んだような目をしている者もいるが、そんなモノではなく、まるで人形のようなのだ。
「(もしかしたら教団が不思議な魔法で操ってる、本当に操り人形なのかも知れない……)」
方法が本当に結婚だとしても、そんな噂を真に受けてしまったら、闇に葬られてしまうかも知れない。
アルスはあの出来事以来、そんな危険な賭けに出ようとは思わなかった。
そうやって、こうして生き残ってきたのだった。
298
:
風見鶏
:2015/12/14(月) 18:02:36
そんなある日、アルスは1人の兵士と出会った。
名前はヨシュアといった。
何でも妹のマリアが奴隷にされてしまったと悩んでいた。
何時もなら右から左へ受け流してしまうハズなのに、そのヨシュアの姿や声はアルスの中にある熱を呼び起こすような不思議な魅力が感じられた。
「……と、こんなこと奴隷のお前に言ってもしょうがないな……」
「いいえ。方法ならありますよ兵士様……」
まるでダムの決壊のようにアルスの口から言葉が次から次へと出てきた。
「何っ!?」
「ただし条件があります。私と結婚して下さい」
「何をバカな!?」
「私を知りませんか?私はアルスと言います」
「アルス!?……奴隷達の女神!!」
「えぇ、そうですよ……」
アルスはヨシュアという兵士に抱きつき、首に腕を絡め、上目づかいで更に迫った。
それに粗末な奴隷の服から見え隠れする、傷だらけで筋肉質ではあるが、若い娘の肌が……。
「は、離れぬか!?」
「悪い条件じゃ無いですよね?私は奴隷達の女神……。だけどもそれは生き残る為の手段の偶然の産物で過程に過ぎません……」
「!?」
「ここでの労働が終わったら奴隷は解放されるらしいですが……、それは死んで魂になってからじゃないですか?私は絶対に生き延びないといけないのです!!私はあなたと結婚した後、それで家庭に納まりません。女神を目指すなら『奴隷達の女神』ではなく『教団の女神』を目指します!!」
「……」
「あなたと結婚すれば妹さんは、私の妹にもなります。女神の妹ならば殺されないですもの。だから……!!」
「……!?」
「……!!」
ヨシュアはアルスの肩を掴み、距離を作った。
「……分かった……。だが、少し考えさせて欲しい……」
「……」
「もう戻れ……。もし妹のマリアに会えたら、金の長髪だからすぐ分かるハズだ……。奴隷の子供を庇ってしまい、奴隷にされてしまった優しい妹なのだ……。どうかよろしく頼む……」
「……」
肩を掴まれて距離を作られた時点でそうだったが、アルスは再び口を閉ざしてしまった。
299
:
風見鶏
:2015/12/14(月) 18:25:27
奴隷の宿舎に戻り、アルスはこう思った。
「(やっぱりこんな傷だらけで、お世辞にもか弱いなんて言えない私の身体じゃ、色仕掛けなんて通じないか……)」
兵士のヨシュアの妹らしきマリアは、すぐに分かった。
幼馴染みのビアンカも金の長髪だったが、明らかに雰囲気が違った。
それに、奴隷になって本当に日が浅いのだから仕方無いが、マリアは綺麗だ。
自分が男だったら放っておかなかっただろう……。
「(もしあのヨシュアっていう兵士と兄妹じゃなかったら、ヨシュアが自分で助けるために結婚してたかも知れないなぁ……)」
だがそのマリアは、触れてはいけないような神秘的な神々しいような……、そんな雰囲気を持っていた。
「(本当なら、『女神様』なんて呼ばれちゃうのはこういうタイプの人なんだろうなぁ……)」
「それにしてもマリアちゃん、災難だねぇ。奴隷の子供を庇って、自分が奴隷になっちまうなんて……」
「あ、いえ……。それは実は直接の理由じゃなくて……。実は……教祖様が大切にしていたお皿を割ってしまって……それで……」
「お皿!?」
「(そんな理由で……!?もしかしてこの教団の教祖って……河童なの!?)」
そんな第一印象も助かりマリアは新入り早々、これといって奴隷の中で敵を作らずに済み、それぞれ眠りについた。
奴隷の寝床など粗末だが、それでも慣れとは恐ろしいもので目を瞑れば眠りにつくことが出来てしまうのだった。
300
:
風見鶏
:2015/12/14(月) 19:43:40
《次の日》
そんなマリアだが、かなりのドジっ子らしく、転んだ拍子についに看守に泥をつけてしまい、今まさに鞭で打たれようとしていた。
そのマリアを助ける為に、一緒に連れてこられて奴隷になった王子のヘンリーが助けに入った。
ワガママでひねくれ者だったが、この奴隷生活の中でその性根は少々叩き直され、なまじプライドが高いばかりに下っ端奴隷に上手く煽てられて調子に乗ってしまう事もしばしばである。
ちなみに一緒に連れてこられたもう1人の王子、デールはというと……。
「……!?」
一歩出遅れ、タイミングを伺っているのか、相変わらず自分で考えるのが苦手だ。
「(そして私も……。ここは動かないとなぁ……。全く『女神』も楽じゃない……)」
「あ、アルスさん!?」
アルスが動いて、ようやっとデールも動いた。
::::
奴隷の反乱など本来なら簡単に抑えられるレベルが看守につくべきだろうに……。
いや、アルスがなまじ強いからであろう……。
ヘンリーとデールも一緒とはいえ、殆どアルス1人で間に合ってしまった。
そしてその騒ぎで兵士がやって来るのはもうお約束である。
「(とりあえず連れてかれる前に、マリアは回復させておかないと……)」
アルスはベホイミを唱えた。
「……」
後ろで看守が兵士に好き勝手、自分の都合ばかり主張している。
これもお約束だ……。
だがどうやらマリアは手当てを受けさせて貰えるらしい……。
「(やっぱり本当に綺麗な人はとくだなぁ……)」
「それと……」
突然アルスは腕を掴まれた。
「!?」
「この女は私が直々に罰を与える!!男二人は牢に放り込んでおけ!!」
その兵士はよく見たら昨日の……、マリアの兄であるヨシュアだった。
301
:
風見鶏
:2015/12/14(月) 22:50:40
アルスが連れてこられたのは、ヨシュアの宿舎だった。
「見せて貰ったぞ。流石は『女神』と賞賛されてるだけあってなかなかの腕っ節だな。まずは兄として妹を助けてくれたことを礼を言おう……」
「いえいえ……。将来の妹なんですから朝飯前ですよ……」
ウインクしてみせる。
「そういえばそういう約束だったな……。一体何が目的なんだ?」
「それはすでに申しましたけど……?」
「それに猫を被るな」
「……」
「今度はだんまりか……。……分かった……。先にそちらが約束を果たしてくれた以上こちらも態度を示さないとな……。お前を私の妻にしてやる。だから猫を被らず教えてくれ。どうしてそんなに生き延びたいんだ?お前は確かに他の奴隷と違って目は死んで無いが……」
「それは……夫婦の契りを交わした後にでも教えて差し上げますわ……」
「猫を被るな……」
アルスは昨日のように、ヨシュアに抱きつき、首に腕を絡め、上目使いで迫った。
先程の戦闘でとくに怪我などしてないが、服はボロボロになり肌の露出は勝っていた。
::::
一方こちらは牢屋の二人の王子。
「くそ、アルス……!!」
「アルスさん……!!」
ヘンリーは闇雲に壁を殴りつけ、デールは祈っている。
この2人は兄弟でありながら母親は違い、性格も真逆だがアルスに対して同じくらい責任を感じていた。
事の発端は自分達の跡目争いである……。
それに乗じてまんまとその跡取り2人ともを魔族の誘拐団は連れ去り、そんな問題なんて何も関係の無かったアルスを巻き込んでしまったのだ……。
そのせいでアルスは父親であるパパスも失ってしまったのだ。
その父親の無念を晴らすかのようにアルスは奴隷にあっても希望は見失わず、奴隷達から女神と崇められるまでに登りつめた。
2人の中にあるのは、そんなアルスを支えられるように……。
そばに寄り添い、守れるように強くなって、一生をかけて償いたい……という感情である。
ふと、牢屋に向かってくる複数の足音が聞こえた。
それは……、
「アンタは……!?」
「先程は有難う御座いました」
マリアだった。
それに、ヨシュアとアルスも一緒だった。
「アルスさん、無事だったのですね!?」
「勿論。私は生き延びないといけないんだから。そのためなら手段は選ばない……」
「アルス……。何だか雰囲気が……?」
「……私は、この兵士……ヨシュアの妻になったの……」
「「!?」」
「夫婦の契りもちゃんと交わしたし……」
「「!?」」
「……教会でも神秘的な場所でもない、お粗末なモノで指輪の交換なんて出来やしないけど……。ちゃんと誓いの言葉を互いに交わして、誓いのキスをして……夫婦になったんだから……」
「夫婦の契りって……!?」
「それのことか……?」
「他に何があるの……?」
「あ、いえ……別に……」
「……」
「……さてと、本題へと入らせてもらおうか……」
「本題……?」
「あぁ……。少し危険だがここから脱出させてやろう……」
「「……!?」」
302
:
風見鶏
:2015/12/19(土) 21:11:16
神殿が完成次第、奴隷達は口封じに殺される計画だと説明するヨシュア。
「そうなったら当然妹のマリアまでもが……。本来は死体を捨てる為の方法だが、このタルに入って滝壺から脱出するんだ!!」
そこには縄に繋がれたタルが3つあった。
「3つ?」
「少々キツいと思うが、男同士、女同士で何とか入れるハズだ……」
「もう1つのタルは?」
「コレには君達とマリアの荷物を……。そして縄を切って僕が飛び乗る。どの道独断で勝手な事をした僕は無事じゃいられないだろうからな……!」
「ほら、時間が無いんだから早く!!」
グイグイと強引にヘンリーとデールをタルの中に押し込んだ。
そして、アルスは素早く縄を切ってしまった。
「……」
「さ、アルス様も早く!」
「待って!」
「えっ!?」
「マリア……。あなたがこっちの荷物用に入りなさい!」
「どういう事ですか……!?」
「野暮なこと聞かないでよ。言ったでしょ?私はこのヨシュアの妻になったの。つまりアナタの義姉になったの。……新婚早々別々なんて嫌よ……」
「アルス……。……マリア……」
「……分かりました……。でも、必ず後から来て下さいね……」
マリアは荷物用のタルに入り込み、ヨシュアは祈りを込めて縄を切った。
「……さてと……」
「どうした?先に入れ……」
「笑わせないでよ……。本当は1人で残る気だったんでしょ?」
「……」
「言ったでしょ?脱出するなら一緒。残るのも一緒……」
抱きついてきたアルスをヨシュアは抱き締め返す。
その次の瞬間、アルスの首筋に強い衝撃が上から降ってきて、アルスは意識を失ってしまった。
「すまない……。アルス……」
::::
手刀でアルスを気絶させ、ヨシュアはアルスを残りのタルに押し込み、願いを込めて縄を切った。
「自棄になるな……。こんな酷い男の事は忘れて、もっと相応しい……。幸せにしてくれる相手の妻になれ……!」
何とかアルス達を脱出させる事に成功したヨシュアの肩を、誰かが叩いた。
303
:
風見鶏
:2015/12/19(土) 22:10:13
ここは元々は離れ小島だった。
そこにあるのは名も無き修道院と、カジノで賑わうオラクルベリーという町。
その頃はたまに旅人が立ち寄る程度だったが何年か前に橋がかけられたことで、違う陸地とも交流が盛んになってきた。
その修道院沿いの海岸に、時間差で3つのタルが流れついた。
::::
アルスの意識は、暖かい寝床で覚醒した。
しかしアルスはそれをすぐに夢だと思った。
奴隷達から『女神』と慕われ崇められていたとはいえアルス自身も奴隷の身分であるため扱いは平等なのである。
だから……夢に違いない……と。
「(早く起きないと……。鞭ぐらい全然平気だけど、面倒だからなぁ……)」
ゆっくりと目を開けるとそこにいたのは、青い髪のシスターだった。
「良かった。気がつかれたのですね。ここは名も無き修道院。あなたはタルとともにここに流れつきました。きっとこれも神様のお導きでしょう。どうぞごゆっくりなさって下さい」
「……?」
段々頭がハッキリしてくる……。
あの瞬間、強い衝撃を受けて……それから……。
「あなたの他にも、先に三人の方がタルに乗ってここに流れつきました」
「三人!?」
アルスは飛び起きようとしたものの、立ち眩みに襲われた。
「無理をなさってはいけません。何日も眠ったままだったんですから……」
「っ……!?」
「先のお三方に聞きました……。何でも酷いところから脱出してきたと。もうあなたは奴隷ではありません!なので力ずくで無理矢理働かされる事は無いのです!どうか安心して下さい……」
「……」
「……!」
「(一緒だって……言ったのに……)」
声には出せなかった。
304
:
風見鶏
:2015/12/19(土) 22:45:54
アルスが眠っている間に、マリアは洗礼を受け、シスターになっていた。
「ここで、兄や皆さんの無事をお祈りしていきます……」
「(祈るって……。まぁ確かにマリアは戦闘向きじゃなさそうだけどね……)」
アルスは思う。
もしも父親が死なずに奴隷にならなかったら……。
もしもお化け退治や、妖精の国に行かなかったら……。
もしも母親が誘拐なんてされなかったら……。
極々普通の家の娘として、サンタローズで過ごして、年頃になったら結婚して……、家族の無事を神に祈り、日々の平和を神に感謝して……そんな普通の生活も出来たのだろうかと……。
「(まぁ、考えたってしょうがないけどね……。とっくの昔に、そんなの無意味だって……分かったハズなのに……)」
因みに、目覚めた時にいたシスターの名前は、
「フローラと申します……。ここへは花嫁修業で来ました……」
なんと、幼い時に一緒に妖精の国を冒険し、春を取り戻した少女だったのだ……。
「(でもフローラは私には気がつかないだろうなぁ……。私は随分変わっちゃったから……。)」
自身を『勇者』だと信じ、光輝いていたあのアルスはもういない……とアルスは思っていた……。
ふと……、古傷はそのままだが(ヨシュアの説明では)滝壺から落ちて流れついた割りにはあまり目立った外傷が無いことに気がついた。
何気なくそれを気にするように呟くと、
「それは私が……。頑張って『ベホイミ』を覚えた甲斐がありましたわ!」
フローラがそう返答した。
::::
因みに、服は子供時代のモノにところどころツキハギが施されていて身体にピッタリだった。
なんでもこの修道院では自給自足が当たり前らしいので自然と身につくそうだ。
そんな修道院の手厚い看護を受け、1日でも早く調子を取り戻そうとリハビリに励む中、ヘンリーとデールの兄弟はというと……。
ヘンリーは奴隷の服のままで、デールは……ピエロの恰好をしていた。
305
:
風見鶏
:2015/12/21(月) 22:08:02
デールのその姿は、修道院に助けられてお世話になってる以上何とか恩返しをしようと少し北にあるオラクルベリーまで行って、カジノで大道芸人をやってるとのこと。
ヘンリーは狩りをしたり畑作業の手伝いをしたりと、労働は慣れているのでとくに苦に思わず。
それぞれ得意分野で恩返しをしながら、普通に人間としての生活を送れるよう基盤を固めていた。
そして目覚めたアルスは……、
「しばらくはリハビリが必要だからお世話になるけど、身体の状態が戻ったら……」
「……」
「……まだよく分からないけど……。取りあえず町より先の……、橋の向こうまで行ってみようと思う……」
「あ、あの……それなら……」
「ん?」
「……港に船が来るかどうか、確かめて貰えませんか?」
「船?」
「はい……。元々ここは離れ小島だったのでどこにも属してなかったのですが、橋が架けられた際にラインハットの領地にされてしまいまして、港にはラインハットの命令以外では船は止めれなくなってしまって、あなた達のタルが流れ着いた海岸にも船を停めるのを許して貰えなくなってしまって……。実家の両親は何度も申請してるのですが許可がなかなか降りなくて……」
「OK。分かった。それくらいお安いご用だよ!」
「ありがとう御座います!」
「助けて貰ったのはコッチの方だから……。さてと、ちょっと外の空気を吸うついでに、そこをちょっと歩かせて貰おうかな……」
::::
アルスが歩行訓練に選んだのは、花壇のある修道院の中庭だった。
そこには、マリアの姿があった。
「あっ」
「……」
何となく気まずい……。
「……もう、大丈夫なのですか……?」
「うん……。随分長く眠っていたみたいだったから……身体を鍛えなおさないと……」
「そうですか……」
「うん……」
「……」
「……」
再び言葉に詰まる……。
「……あ、あの……!」
「ん……?」
「コレを……」
マリアが差し出したのは、木の指輪だった。
「……コレは……?」
「私が作りました。ここでは何でも手作りが当たり前で、中でも木の細工でアクセサリーや女神像を作ったりしているらしくて……。初めて作ったので上手くありませんが……、結婚指輪です!兄の代わりに……!!」
「……!?」
「兄は必ず生きて、再会出来ると信じています!」
「……」
「それまでは、私が兄の分の指輪をつけます。兄が帰ってきた時に、改めて指輪の交換をおこなう時までには、もっと指輪を上手に作れるように頑張りますので……!」
「……」
「……貰って……くれますか……?」
「(そこまでされたら断れないじゃない……)」
「……」
「……いいよ……。でも、右手で良い?左手は……再会する時までとっておきたいから……」
「はい……」
「……」
アルスは右手を差し出した。
「キツかったりブカブカだったりしたら、遠慮なくおっしゃって下さいね……」
その指輪は、まるで測ったようにピッタリだった。
「……」
「……」
二人は、姉妹の契りを交わした。
306
:
風見鶏
:2015/12/21(月) 23:05:39
元々父親に連れられて旅をしたり、洞窟探検したり、お化け退治したり、妖精の国を冒険したり、ひょんなきっかけから奴隷になったりと過酷な生活を送っていて鍛え方が違っていたためか、アルスのリハビリはそんなに時間はかからなかった。
その間、ヘンリーとデールはオラクルベリーで情報を何とか集めてくれていた。
けれどもやはり、橋が出来て交流が出来たとはいえ……それに耳に入ってくる情報はというとラインハットの悪い評判ばかりで、2人にとってとても単なる噂で受け流す事が出来なかった。
そんな中で手に入った情報は、
『旅には馬車が必要』
ということだった。
ただ当然ながら馬車を手に入れる為にはお金が必要にあるため、カジノの誘惑を振り払いながら、武器や防具やら薬草なんかも調達しないといけなかったりするので、大道芸や狩りでコツコツと稼いでいた。
それと、オラクルベリーにはモンスター爺さんと呼ばれる老人がいて、カジノにいるモンスターは全てそのモンスター爺さんが捕まえてきて育て上げた……との噂である。
他には、夜にしかやっていない占いオババ。
どうもフローラはそのオババの占いで、修道院で花嫁修業をしていたらしい。
そしてついに、旅立ちの時が来た……。
「ついに行ってしまわれるのですね……」
「うん……。私にはやっぱり教会暮らしは合わないみたいだし……。色々有難う……」
「お気をつけて……」
振り返ると、そこにはヘンリーとデールの姿が。
「……聞くだけ野暮だろうけど、ただ見送りに来たワケじゃないよね?」
「当然です!」
「俺達は一緒だぜ!」
「……それに……」
「噂の真相も気になるしな……」
「(全く……。こっちの気も知らないで……)分かった……」
ヘンリーとデールが仲間に加わった。
しかし、だからといっていきなり橋の向こうに旅立つワケではない。
先にもいったように暫くは、武器や防具やら薬草なんかを買い揃えたり、馬車を手に入れるためにオラクルベリーに拠点を置きながら、コツコツと経験値とお金を稼いでいた。
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