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葉鍵的絶体絶命都市 作品保管スレ

1転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:46
 ガタガタ、ガタガタ
「う、あ?」
 ガタガタ、ガタガタガタ
「う、うっとおしいな。もう少し静かに……」
 ――ゆきと!国崎往人!!おきろぉ!!
 ペこ、ぺこぺこぺこ
「ん…なんだ一体、――ふぅ、眠みぃな…あぁ?ここは――どこだ、くっ」

 目を覚ますと、側にあったガラス窓から容赦ない日差しが降りかかってきた。
寝起き直後の光に慣れきっていない目にはそれはまぶしく、頭がくらくらしてくる。
とても目を開けることができる状態では無かった。
 しばらくすると、慣れて来たのか周囲の様子を見取る事が出来た。
どうやらここはバスの車内らしい。辺りの席には休日の家族連れ、カップルで賑わっていた。
楽しくやり取りをしている彼らは、この先に待っている何かについて期待に胸を膨らませ家族たちと、
ある人は幸せそうに傍らにいる恋人と語らいあっていた。

 窓の外を見渡せば、海、海、海。――見渡す限りの青い海原が見える。
遠くには銀色に輝くビル郡、バスが走っているであろう橋の先に繋がっているであろう、
巨大な都市に見えるそれはおそらくこのバスが向かっている場所だろうか。
 海の中に整然と立ち並ぶ姿はどこか未来都市を思い起こさせる。

「国崎往人!寝ぼけてないで少しはみちるの相手をしろぉ!!」
 俺、国崎往人は、先ず初めに現在の状況を整理する事にした。
しかし、それは寝ぼけた頭には中々辛いものがあった。
隣にいるみちるが考えをまとめるのを邪魔するのも原因だが、何より昨日の夜
晴子達と今日のことを考えずに夜更かしをしてしまい、睡眠不足なのが原因だろうか。
何故か偏頭痛がちくちくと頭を突き刺すのがそれに追い討ちをかける。
このままでは、考えをまとめる事など至難の業だ。
ひとまず俺は手っ取り早く解決できる問題から取り掛かることにした。

2転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:47
「おまえは、少し黙ってろ!耳元でがたがたされると頭にひびく!」
「んにっ!や、やめろぉ。やめろってばぁ。ぬにぃぃぃ!!」
 みちるの頭をむにっむにっと下方向に押し付ける。その顔が拉げるさまがどこか潰れたカエルに見えて面白い。
必死にそれを跳ねぬけようとする様子がそれを彩る。
 とりあえず、みちるを黙らせる事が出来たし、落ち着いて考える事にしよう。
 俺は昨日の事を少しづつ思い出していく。

――今日の早朝
――バスターミナル前

 沢山のバスが所狭しと並んでいる。
 目的地は…人工島。そう書いてある。俺たちが向かう先だ。
 眠たげな顔でやってくる晴子。どこか足取りがふらふらしているのは気のせいだろうか。
「ふぅぁぁ、眠いわぁ。ん?居候?何やその顔は。あれぐらいでへこたれたんか?
 根性の無いやっちゃなぁ。うちの若い頃はなぁ――」
 早口でまくし立てたかと思うと陽気に笑う晴子の顔を、俺は恐ろしいものを見るような目つきで見ていた。
「……ばけものかおまえは。あれだけ飲んでその元気は、くっ!いつっ」
 突然襲い来る頭痛。二日酔いだ。
 昨日の夜、みんなでこの人工島に訪れる前祝いにパーっと飲んだのだった。
それが終わった時、俺の目にかすかに残っていたのは累々と並ぶ屍の山だった。
「残りの奴はどうした?」
「ん〜まだ寝てるわ。まだ時間もあるしな、あいつらも長旅で疲れたんやろうな。そっとしときや」
「――半分はお前のせいだろうが」
「ん?なんかいったか?」
 渋い目付きを俺に向ける。――目が据わっている。
 俺は蛇に睨まれたカエルのように沈黙する。こいつは…まだ酔ってそうだ。逆らわないのが無難か。
「俺は先に乗って置くぞ。俺とお前たちのバスは違うからな。現地で会おう」
 そう告げると、俺は逃げるように目標のバスに向かう。
「先に行ってまっとれや〜〜」
 満面の笑顔、晴子の見送りの声を背にバスに乗り込むと、
俺は痛む頭を癒すためにそのままの体勢で目を瞑り、眠りの世界に落ちていった。

3転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:47
――そう、俺たちはこの人工島に観光に来ていたのだった。
「いいかげんにはなせぇぇぇぇぇぇ!」
 ヒュンッ!キ―――ン!
「―――っ!!がぁぁぁぁぁ――――!!」
 横で抑えられていたみちるの叫びが聞こえると同時に、みちるの放つ必殺の一撃が、俺の股間に……直撃する。
 男にしか分からない痛烈な痛みが俺の脳髄に染み渡り、全てを真っ白に染めていく。
 あの体勢からどうやって……うぅ。くっ。
「おまえはなぁ!!お前にはこの痛みは分からないだろうが…こ、こいつぅぅ」
 両手の拳を握り締め、みちるのこめかみに当てると、思いっきりぐりぐりする。
「うううっ!うめぼしはやめろぉ。あうあうあうあう」
 涙目でこちらを見ながらイヤイヤする姿は、他の奴の目にはどう映っているのだろうか。
ふと、そんな事を思って周りに目を見やってみる。
 そこにあったのは、年の離れた兄妹がじゃれ合っている様子を微笑ましく見るような
――そう、優しい笑顔だった。
 俺は慌てて、みちるを離す。勘違いされたらたまったもんじゃない。
「国崎往人のアホォ!みちるの脳みそに傷がはいったらどうするんだよぉ!」
「お前の頭の中の味噌は元が悪いから大丈夫だろ」
「なにぃぉぉぉ。ふぅぅふぅぅ」
 猫のように威嚇するみちるを見て、辺りから歓声が飛び交ってくる。
 俺たちはいつもの日常と同じやりとりを、狭いバスの中で延々と繰り返していた。
辺りの目は俺たちに釘付けだったのは言うまでも無かった……

「おぉ――でっかいなぁ、あの上の方はどうなってるんだろ」
「――ああ、この窓からじゃ隠れて見えないが、何階建てなんだ?」
気付いた時には、既に人工島の上。
 ふと、横を見ると先程見えていた、巨大なビルが直ぐ横にあった。
バスの窓からは角度的に最上部が見えず、まるで空の先まで突き抜けているような感覚を覚える。
 俺が上に視線を向けているその時、隣にいるみちるの表情が陰る。
いつものみちるらしく無い表情に俺は違和感を覚え、言葉を投げかける。

4転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:47
「どうした、車にでも酔ったか?袋なら目の前にあるから、出したければいくらでもだせ」
「ちがうよ!――どうせなら美凪といっしょに見たかったよぉ。なんでおまえなんかと同じバスなんだろ」
「しょうがないだろうが。俺は良く知らないが、観鈴は人気スポットと言ってたしな、バスの席を取るだけで大変だったらしい」
「うーん、それになんだかここって――何だろう『いわかん』があるんだよ」
「――はっ?」
「よく分からないけど、何だかいやな予感が――するんだよ。みんなだい――」

ズズ…ズズズ
ズズガガガガガッ!
――――――――!!

 みちるがその言葉を言い終わろうとした時
 俺たちの視界、世界はぐにゃぐにゃと歪む。
 聞こえてくるのは悲鳴。
 あれだけ、笑顔と笑い声で溢れていた車内が一転して悲壮に溢れかえっていた。
 まるで、コップの中を引っくり返したような騒ぎ。
 バスの中はコップを掻き混ぜて、さらに掻き混ぜてぐちゃぐちゃにしたような状態になっている。宙を舞う荷物、そして人!
「みちる!!何でもいい。掴める物を掴むんだ!体を固定しろ!」
「う、うん」
 みちるはガタガタと振るえながらも、目の前にある手すりを右手で掴み、このわけの分からない状態に必死に耐えていた。
――これは、一体…どういうことだ?
 俺はこの状況を理解する事が出来ず、みちると同じように左手で手すりを掴み、
余った右手を――みちるの左手に重ねた。子供らしい小さな手を俺の手が包み込む。ほのかに暖かい。
「国崎往人〜〜」
 頼りなげな、みちるの声が聞こえ、その瞬間、俺たちの視界は反転し、意識が遠のいていく。

5転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:47
……
…………

 目覚めると、俺は道路の上で横たわっていた。背中には気休め程度に誰のものとも分からない服が敷いてあった。
周りを見ると俺たちの乗っていたバスが、見事に横転し道路の側に転がっている。
そして、周囲には廃墟……そういう表現が相応しいのだろうか。
あれだけ高かった建物は、軒並み倒れ伏し無残な姿を晒していた。
「!みちるは……あっ」
 慌てて横を見ると、小さなみちるの寝顔が覗く。そしてその手はまだ繋がれたまま。
俺の手はしっかりとその手を握り締めていた。
様子をよく見てみると所々に手当てをした後があり、誰かが面倒を見てくれたことが分かる。
その痛々しい姿を見て忘れていたかのように、自分の体の様子を確認する。
「―――ちっ」
 体を起こそうとすると、鋭い痛みが走る。
関節を痛めたのか、まともに動く事は出来そうに無い。
 一体誰が介抱を…ん?人の声が聞こえてくる。

――ゆっくりと近づいてくる影が、傷だらけで横たわる二人を見つめていた。

6転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:48
―――気づいた時には、俺たちは瓦礫の山の中に埋もれていた。
「と、冬弥!げほっ。ごほっ。う、目が…埃だらけで何も見えないよ、どうなってるの?」
「彰…無事か。しかし随分と大きな…地震なのか?こんな揺れ…」
すっと視線を暗闇の中に向け辺りを見回すと、崩落で出来たのだろうか、無数のコンクリートの破片が散乱していた。
暗い闇の中に、足元にある非常灯の淡い緑色の光だけが闇を照らしていた。
停電…電源まで落ちているのか?
とても先程まで賑わっていた場所とは信じられない。
その様子に思考は混乱し、現実を受け止めるのに暫くの時間を要した。


清々しい晴れ模様の中、多くの人々がこの島にやってくる。
俺もそんな彼らのうちの一人。
久々のまとまった休日をこの遠い地。
人工島でショッピングや観光をするつもりでやってきていた。
良い天気…といっても俺のいる地下街では、それを確認する事は出来ないけど…
涼しい空調の聞いた通りを、人々が思い思いの表情を浮かべ歩いてゆく。
左右には煌びやかなショーウインドウ。所狭しと並ぶ商品達が、道行く客を取り込もうとその姿をアピールしている。
そんな店先をぶらりと一通り回り終え、俺は新たな地区に移動しようと地下鉄のホームで次に来る車両を待っていた。
「たまにはこんな『一人』もいいよなぁ。ふぅ〜っ」
のんびりと列に並びながら背伸びをする。

――冬弥の日常はとても平凡と言えるものではなく……と言っても
全ては浮気性の彼自身の責任であったから仕方ないのではあったが、
冬弥にはこのゆったりとした一日がかけがえの無い物に見えた。
しかしそんな一日は突然終わりを告げる。

7転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:48
伸びをして…運動不足なのか少しだけ眩暈を覚える。
俺はその場でぼ〜っと当てもなく周囲を見つめていた。
ぼんやりと何気なく、視線の先を動かしていると、隣の列にならんでいた大学生くらいの青年と目が合う。
穏やかな表情をしている、年は俺と同じぐらいなのだろうか。
その男は見た目には大人しそうな雰囲気でどこか良く見知った友人の姿と被る。
――よ〜く見ると、本当に良く似ていた。
向こうもこちらの怪訝な表情に気付いたのか、同じような顔で見つめていた。
次第にその男の表情が、怪訝な表情から、疑いの表情に、疑いの表情から驚愕の表情に変わっていく。
多分俺もそんな感じだったのだろうか、辺りの人がまた同じように怪訝な表情でこちらを見ている。意味合いは違っただろうけど。
「「あっ!!」」
「まさか…本当に?」
「あれ、もしかして」
「彰!?」
「冬弥!?」
そして同時にお互いの名前を呼び合う。あまりにも滑稽な出来事。
……何でこんなとこで出会うんだろうか。
「何でこんなとこにいるの?旅先で出会うなんて、どんな偶然なんだろ……あれ、由綺は一緒じゃないんだ」
「たまには一人で伸び伸びしたくなるものさ。察してくれよ。彰こそ、どうしてこんなとこにいるんだよ!」

その瞬間到着のベルがなり、ファーーーンと特有の音を立てながら車両がホームに滑り込んでくる。
二人の会話を強制的に中断させる。
俺がそれに乗り込むと、隣の列に並んでいたはずの彰がいつのまにか定位置についていた。

8転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:48
「はぁ〜気楽な旅も、こんなに早く終わってしまうとは…」
「冬弥?」
彰が不思議そうにそっとこちらの顔を覗き込む。
気づいたら隣で笑っている。俺たちはいつもこんな感じだった。
何だか恋人同士みたいで――――それはそれで激しく嫌だ。

俺たちは、いつものような他愛も無い世間話をしながら目的地に着くのを待っている。
「ん?何か引っかかると思えば忘れていた。さっきの質問。どうして彰はここにいるんだよ」
「えっ、ああ、うん。ちょっとね。テレビで見た美味しい茶葉を売ってる有名な店がこの先にあるんだよ。
 今度エコーズで使おうと思ってねっ。あは、あはは」
へらへらと笑うその顔には一筋の汗が流れていた。

―――あやしい。わざわざこんな遠くまで普通買いに来るものだろうか。
「ふーん、そうか。それは楽しみだ。彰の入れる茶は美味いからな〜」
「うんうん、そうだよ。この旅が終わったら、うんとご馳走するから楽しみにしててよ。ああ、それよりさ…」
何だかそわそわしながら、話題を逸らそうとする。

―――絶対あやしい。
「そこまで、言うなら飲んでみたくなったな。それも今すぐ。その店はどこにあるんだ?」
「えええっ!!あ、あのさ僕が入れないと美味しく出来ないからさ…また今度にしないかな」
見え見えで、あからさまな慌て方が俺の好奇心をくすぐる。

―――何かがあるな。
もちろん一人も良いが、こういうのも悪くないかも。
「まぁ、俺も今は暇だし、たまにはぶらりと回ってみたい。別に見たらまずい物なんて無いんだろ?」
さっそく切り札を使ってみる事にする。のんびりとした彰には素早い攻めが効果があるだろう。
「う、うん。大丈夫だけど……って!あ、いや。大丈夫じゃない…かな。はっ、はははは」
焦りに焦る彰を見て、あの手、この手で攻めてみたくなる。
暫くそんなやりとりを続けていると彰の降りるべき目的地に到着した。
『俺達』は速やかに電車を後にする。

9転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:49
「――あれ…やっぱりついてくるんだ」
「まぁな。今日だけは俺は自由の身だから。好きな事が出きる。ならやりたい事をやるだけだろ?」
「うぅ〜分かったよ」
彰はしょんぼりとしながら駅の階段を登っていく、その背中に哀愁が漂う。
ん〜ちょっとやりすぎたか。これ以上はまずいよな…友人として、この辺で妥協するべきだろうか…
「なぁ、彰。やっぱり俺…っっな、なんだこの揺れ!!」
「地震!?」
俺が、彰に別れの声をかけようとしたその瞬間に『それ』は起こった。


―――そして、俺たちは一先ずあたりの様子を確認しようとする。
「とりあえず外に出よう。こんな地下に篭っていたら、余震で崩落したらたまったものじゃない!」
「うん、そうだね。―――心配だし」
「ん、何か言った?」
「いや、何でもないよ。急ごう」
二人は地上に向かって階段を上っていく。持っていた携帯の明かりを頼りにゆっくりと上に向かう。
奇跡的にも二人は重い怪我を負う事が無く擦り傷程度で済んだが、
行く手には無数の怪我人達のうめき声、泣き声が聞こえる。
そんな人々を横目で見ながら、二人は地上を目指してただ突き進む。
上に行くにつれて何故か次第に人の数が少なくなり…俺はそれに対して疑問を覚える。
「普通はみんな上に逃げるものだけどな…俺たちみたいに。どうなってるんだ?上に何かがあるのか?」
「分からないけど、この状況がただ事では無いってぐらいしか」
黙々と進みつづける、出口前と思われる階段の踊り場。
多くの人の息遣いが聞こえてくる。暗くて表情が見えないが…

10転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:49
俺は一つの事に気づく、ここは出口一つ前の踊り場。
それなら当然あるはずのものが無い。
「光が…見えない?この先が出口のはずだけど」
「とりあえず行ってみよう」
俺達は階段を上り始め…そしてそれを呆然と見つめる。
「な、何だこれ」
彰はそう呟くと、絶望したかのように地面に膝を着く。

地上への出口。
それは、崩落した岩屑で完全に埋まり…人間の力じゃとても抜け出せそうに無い。
そして、その下には―――潰れた何か。
見てはいけない…そんな心の声を無視し俺はそれに光を当てる。
…それは赤い液体を流し出す、潰れたトマトのような…肉塊。
ぴちゃり、ぴちゃりと流れ出る血が、階段を染めていく。
赤いそれが、次第に靴元にやってきて…赤く染め始める。

「う、あ、ああ!!ぐ、げぇぇぇぇ―――」
俺はそれを認識した瞬間、胃の中にあったものを吐き出す。
人間の死体。
それも完全に潰れてしまっている。
そんなものを見た経験などあるわけがなく、頭の中は真っ白になり思考は完全に停止しする。
生理的嫌悪感のみが体を支配し胃の中のものを排出することだけを命令していた。
「はぁはぁ、何で……こんなことに」
俺はふらふらとしながらも、壁に手を付き体を支えながら、その壁に体を横たえた。
「冬弥…大丈夫?……ははは、まさか僕たちがこんなミステリのような…
 密室に閉じ込められるなんて思いもよらなかったよ」
絶望のあまりか彰もこんな異常な状況に苦笑いを浮かべていた。
「俺たちは…閉じ込められたのか…そうか」
時間が次第に二人に落ち着きと冷静さを与える。
もし、俺達が一人だったら…俺はこの事態を冷静に乗り越えられたのだろうか。
親しい友人は、心に安らぎを与えてくれる。
一先ずこの状況に対しての、打開策を二人で相談する事にした。

11転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:49
「まずは、出口の捜索――出口はここだけどとは限らないからな。
 非常口があると思うんだが…さっき見た人たちがそれを探していないのが少し妙だな…
 あとは、現在の状況を把握する為に情報収集。
 これだけの被害だし外は凄い騒ぎになっているだろう、っ!そうだ携帯は…」
ぴぴっぴと手早く連絡を取ろうとするが――当然繋がるわけがなかった。
このような大惨事では、数日間はまともに繋がるとは思えない。
「……うん。そうだね。僕達以外にも地下にいる人達で助ける事が出来そうな人は助けないと…それに」
そう言うと、彰は険しい表情で地上の方を見ていた。
いつものなよなよとした彰らしくなく、その表情は男のそれだった。
「…やっぱり、誰か待たせていたのか?」
「こんな状況でばれる、ばれないも無いよね。僕はその人に会いに行かないと。それが目的でここにきたんだから」
だが、その道は閉ざされている。彰の目は立ちふさがる壁を苦々しく見つめて、そして視線を冬弥に戻す。
「冬弥、行こう」
「ああ……」
二人は地上の光を求めて、地下に下りていく。

【冬弥 目的無し】
【彰 待たせている人は不明。その人と合流する事】

12転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:49
修学旅行の自由行動時間、浩之は買い物疲れから通路奥の休憩コーナーに腰を下ろした。
「どっこいしょ……あ〜、疲れたぁ〜〜」
「ははは……浩之、なんだかおじいさんみたいだよ」
「うるせ、でだ……雅史、あかりと志保はどうした?」
「ああ、志保はさっき外に某有名音楽プロデュサーを見かけたぁ〜とか言って飛び出してったよ、あかりちゃんは向こうのぬいぐるみコーナーに居るみたい、ここでしか買えない限定品があるんだって」
「どうせ熊のぬいぐるみなんだろ……んで、財布の中身とご相談中か……貧乏性な奴め」
「せめて所帯じみていると言ってあげなよ」
「雅史、それフォローになってねぇぞ……」
「ん?そう?」
「志保のやつは……まぁ、今更か……バラけた時の集合場所はあいつも知ってるんだろ?」
「うん、公園の噴水前、分かりやすい場所だし大丈夫だよ」
「アクセに服にぬいぐるみ、女って生物はどうして買い物好きなのかねぇ……」
「浩之、お・ま・た・せっ!」
「ん?遅せぇぞ、あか……じゃない、綾香か?それにセリオまで……なんでここに?」
「お世話になります。藤田様・佐藤様」
「ん〜、決まってるじゃない、うちの学校もここが旅行先なのよ、んで、姉さんから話を聞いて浩之たちに会いに来たってわけ、でも、あんまり楽しそうじゃないわね??」
「まぁな〜、最新鋭だかなんだか知らないけどよ、要は単に島作っただけじゃん、金はかかったんだろうけどよ、見るものなんて海しかないし、買い物なら他所行ったほうがまだましだろ?施設見学なんて退屈以外の何物でもねぇ〜」
「あはははっ、まぁ〜ね〜、実はあたしも……んで、暇なんで遊びに来たというわけよ、せっかくだし中央塔にでも登ってみる?眺めは一見の価値ありって話しだしね」
「へ〜、どうする浩之?」
「ん〜、悪くないか……それじゃ、あかりを呼びに……ん?」

13転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:50
「どうされましたか、藤田様?」
「ん、今ゆれなかったか?……地震??」
「特に何も感じなかったけど?」
「いくらなんでも海の上で地震はねぇ」
「浩之ちゃぁ〜ん、お待たせぇ〜……あれ?綾香さん??」
「ちゃお〜、これから一緒させてもらうからよろしくね」
「あっ、はい、こちらこそ、よろ……うわわわっ!?」
ゴゴゴゴ……ゴゴゴゴゴゴ……
突然、建物全体を揺るがす揺れに全員よろめく……立って居られず、そのまま床にしゃがみこんだ……
「おっ、おい今の揺れたよな……ってか凄い揺れかただったぞ!」
「嘘でしょ、何の冗談かしら……まったく海の上だってのに……」
商品棚の一部が倒れるほどの揺れに一般の買い物客、店員達も驚き、周囲は徐々に騒然としてくる。見渡せば新築のはずの建物にあちこち亀裂が入っていた……
「ちょっと待って、みんな……まだ揺れが収まっていないっ!!」
「えっ?まだって……きゃぁぁぁぁ!!」
ズズズズ……ゴゴゴゴゴ……ガガガガ……ガラガラ……
雅史が声を上げると同時に更に大きな揺れが建物を揺るがす……頭上から天井の一部が崩れ落ち、埃が舞い上がる。周囲が突然暗くなる……電気が止まったのだろう。
あちこちから悲鳴とも怒号ともつかない叫びが木霊する。やがて、揺れが収まりだすと同時にあちこちから足音が響き渡った……建物に居た人々が一斉に出口に押しかけ始めたのだろうか……
「けほ、けほ……くそ、みんな無事か!?」
「えっ、ええ……こっちはなんとか……」
「よし、俺達も早く外に出るぞ……」
「待って浩之、あかりちゃんが……あかりちゃんが」
「!?どうした雅史、あかりがどうしたって!?」
雅史の叫びを聞いてそちらを見やる……辺りには瓦礫が散乱し、スプリンクラーから水が撒きちらされている。浩之の目に止まったのはぐったりと動かないあかりを抱きかかえる雅史……白い制服が赤くなっているのが見えた。

14転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:50
「っ!?あっ、あかりぃ〜〜!!」
「危険です、藤田様」
浩之があかりの下へ駆け寄ろうとした矢先、突然セリオに突き飛ばされた。何故と考えるまもなく目の前を突然壁が遮る……見れば防火壁が突然閉まり完全に通路が分断されてしまっていた。
「くそっ、なんなんだよ一体!!あかり、あかりぃ〜〜」
ガンガンと防火壁を叩く、焦りと不安だけが心を満たしていく……その時扉の向こうから声が響いた。
「落ち着きなさい浩之、意識はないけど彼女はまだ生きているわ……医者じゃないからよく分からないけど、あまりいい状態でもないと思う、とにかくすぐに手当てをしないと……そちら側から手動で開けられない?」
「っ!すまねぇ……やってみる…??」
ガガガガ……ガガガガガガガガッガガガガ…………
更に大きな鳴動、建物自体が大きく悲鳴を上げ辺りが崩れ始めた。思わず尻餅をつくがすぐに手動のレバーを探し出しまわし始める……
「!?……くそ、固てぇ、扉がさっきの振動で歪んじまったのか??」
「浩之、建物自体が危なくなっているわ……彼女の事も心配だし、こっちはこっちで何とかしてみる。あんたもそっちで何とかして」
「……くっ、わかった。綾香すまん、あかりのこと頼んだ……雅史、お前がみんなを守れよ」
「わかってる……浩之も気を付けてね。落ち合う場所は例の噴水で……」
「浩之もセリオのこと頼んだわよ……手なんか出したら死なすからね。セリオ、浩之のこと頼んだわね」
「了解しました、綾香様」
それぞれがそれぞれ動き始めると同時、更なる地響きが島全体に響き渡った……

15転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:50
二人は出口に向かって駆けて行く。
先程まで綺麗に並んでいた商品は、地面に散らばり
逃げて行く人々に踏まれ、無残な姿を晒していた。
「エレベーターは…あれか!ちっ邪魔だな」
人だかりを避けながら、エレベーターの前に駆けつける。
パチ、パチパチ
ボタンを数回押すが案の定無反応だった。
「藤田様、このような地震の時にエレベーターは危険です。それに」
「あぁ、動かないのは分かっていたが一応な、先ずは外にでないと」
「そうですね。あちらの非常口へ。
 このような大きな地震の時は大抵火災も併発するものですから、
 建物の中にいる方が危険でしょう」
「よし。下に下りるぞ…うおおっ!」
グラグラと揺れる地面。二人が会話している間にも余震は続く。
断続的に起こる地震が人々の足を止める。
「地震ってこんなに頻発するもんか?そうだ!セリオ。情報!」
非常口の方に移動しながらも、浩之は現在の状況を把握しようとする。
衛星とリンクしているセリオに一先ず今の状況について尋ねる。
「調べてみます――
『この首都島直下において中規模の地震が発生。マグニチュードは6。
 念の為に沿岸部にお住まいの方は津波に警戒してください』
 …まとめますと、以上が現在入手可能な情報です。
 まだ地震が発生して直ぐですので、詳しい情報は分かりかねます」
「はぁ!?んな訳ねぇだろ。これだけの揺れでマグニチュード6かよ!?っ!」

ぐあああああああぁぁぁぁん、がらがらがら……
激しい音。工事現場でもこんな音はしないだろう。
まるで――建物が倒壊し、潰れていくような音だった。
同時に強い揺れが二人を襲い、浩之は地面に手を付き体を支えるのがやっとだった。
セリオはバランスに優れているのか、そこまでの影響を受けていない。

16転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:51
「う、うるせぇ耳が……どう考えても大地震の類だと思うが。今の音はまさか…な」
「判断するには情報が少なすぎますが…何れにせよここを離れない事には、危険なことには変わりがありませんし」
「ちっ、そうだな。あかり達は…大丈夫だろうか」
二人は非常口にたどり着く。扉を開けると外の景色が広がっていた。
浩之の目にそれが飛び込んでくる。

「マジかよ……うそだろ?」
正面のビルは火災なのか、ところどころから煙を上げている。
道路には逃げ惑う人々、そして側には…先程の音の原因なのだろうか
巨大なビルが文字通り横たわっていた。
「下方より煙が近づいています。急いで避難を」
「ん、ああ。って下からかよ!?降りていって大丈夫なのか?」
「どうやら、下方では火災が起こっているようです。
 この場合は……確か隣の建物への連絡通路があったはずです。そちらに向かいましょう」
「さっき通ってきた道だな。確か五階だったか?ここが四階だから上か」
そう告げると浩之は非常階段を上り始める。後ろからセリオが確かな足取りで付いて行く。
(俺にはセリオがいるから大丈夫だが、あいつらには……くそ、雅史頼むぜ)
苦い表情をしながらも、二人は上に向かっていく。

【浩之、セリオ 連絡通路を使い、隣のビルを目指す】

17転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:51
 カラン。
 火バサミで拾った空き缶を拾い上げて、左手に持ったビニール袋に入れる。他の空き缶とぶつかって、そんな音が聞こえた。
「ふぅ…」
 汗をぬぐい、声を漏らす。だが、そんな声は辺りには聞こえない。辺りには、あちこちから笑い声、言い方は変かも知れないが楽しそうな悲鳴、軽快な音楽が周りにはあふれている。
「楽しそうなこって」
 自分の横を通り過ぎて行ったカップルを一瞥して、彼…住井護はボヤいた。
 ここは、人工島にある遊園地。彼は、この遊園地にアルバイトに来ている。土曜日曜と泊り込みの短期バイトだ。今日はバイト最終日の日曜日。仕事の内容は、園内清掃及び荷物運搬だ。
「何で俺、こんなことしてるんだろう」
 フランクフルトの木串を拾い上げ、ビニール袋に放り込む。それと同時に、ため息を吐いた。
「俺はそこまで金が欲しいわけでもないのに…折原め」
 ぶつぶつと文句を言いながら、単純作業にいそしむ。遊園地のイメージキャラクターがプリントされたTシャツに汗がにじんだ。

 事の起こりはこうである。そう、つい6日前の事だった。
「なぁ、住井」
 休み時間、授業で使ったノートを机に仕舞っているところに、悪友である折原浩平に話しかけられた。
「ん、どうした折原?」
「突然なんだけどさ、今週の土日、バイトしねぇか?」
 唐突な申し出に言葉がつかえたが、気を取り直す。
「バイト? しかし急だな」
「あぁ。人工島って知ってるか?」
「…そりゃ、知ってるさ。ちょっと前に出来た、人工の島だろ。遊園地とか、ショッピングモールとか観光地もあれば、普通に企業ビルとかも立ち並んでるんだっけ?」
「そ。それでさ、由起子さんの勤めてる会社が、人工島の中にある遊園地のスポンサーなんだよ」
 そこで、一泊おいて含み笑いをもらす。
「で、その遊園地。今人手不足なんだってさ。取り合えず、代打要因で派遣会社に依頼したらしいんだけど、手違いで人数が足りないんだってさ。…それで」
「お前にお声がかかったって事か?」
「そういう事。由起子さんにさ、俺のほかに後一人ぐらいつれて来いって言われて、声かけたわけ」
 カラカラと、楽しそうに笑いながら言った。
「取り合えず、平日はその足りない人数でやりくりするらしいけど、流石に賑わう土日はきついんだってさ」

18転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:51
「…ちょっと待て。泊り込みか?」
「そうなるな。ちなみにバイト代は1日1万円。2日で2万だ。学生バイトとしては破格だろ?」
 確かに割がいい。結構な収入になるのだが…。
「最近金欠でさー。なぁ、一緒にやろうぜ!」
 背中をバシバシと叩きながら言ってくる。
「でもなぁ、俺はそこまで金欠ってわけでも…」
「職場には可愛い女の子が一杯らしいぞ」
 畳み掛けるように浩平が言った。思わず身を乗り出す。
「何っ!?」
「職場的に、やっぱり女性職員も多いからな。上手くいけばお近づきに…」
「乗ったっ!」
 即答だった。住井護、彼女居ない暦17年。男の悲しい性だった。

「騙された」
 結論としてはその一言に限る。確かに、女性職員は多い。ただ、彼のように清掃や運搬をやる女性はいない。居ても、おばさんばかりだ。若い女性職員はショップや乗り物の添乗員を担当している。お近づきになるチャンスなどあるわけがない。
「…考えればわかったことなのに」
 大きくため息をついた。土曜日の午前中に、その事実を悟り、それから先は開き直った。仕事を頑張ってバイト代を上乗せでもしてもらわないとやってられない。
「よう、頑張ってるか」
 ため息をつきながら仕事をする住井に、声がかかった。この状況を作り出した張本人である。
「……騙したな騙したな騙したな」
 恨みがましく呟く。浩平は、頭をかきながら、この遊園地のマスコットキャラクターが入ったダンボールにもたれかかった。台車でここまで運んできたものだ。
「そう言うなよ。女性職員は確かに多いだろ?」
 そう言われるとグウの音も出ない。
「ったく、お近づきになるチャンスがあるんだよ」
 ぶつぶつと不平をもらす。それでも、ごみ拾いの手を休めない。
「そう言うなよ。今夜、仕事が終わったらチーフがメシに連れてってくれるって言うしさ。もしかしたら、女性職員もくるかもよ?」
「…ホントかよ」
 これまでの経緯を考えると、用意には信じられない。
「任せとけって。俺がチーフに頼んどいてやるからさ!」
 また、バシバシと住井の背中をたたきながら浩平が言う。
「ったく、彼女さんに…」
 言いつけるぞ、と言葉を続けようとした瞬間だった。

19転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:52
 ぐらり
 地面が揺れた。
「…地震?」
 浩平が呟いた瞬間だった。
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。
 低い唸り声のような音が響いた。地面が激しく揺れる。
「どわっ!」
 浩平が、その場にひっくり返る。住井もバランスを崩してしゃがみこんだ。
「折原! 頭を隠して伏せろ!」
 そう叫ぶのが精一杯だった。それからは、悲鳴と地響きの音で何も聞こえなかった。

「…生きてるか」
「なんとかな」
 どれぐらい時間が経っただろうか? それほど長時間は経ってないはずだったが、二人にとって永遠とも言える時間だった。
「…うわっ」
 浩平が声を漏らす。あちこちは、地獄絵図だった。血を流して倒れている人間。体が変な方向にねじれて倒れている人間。立っている人間達も、パニックに陥っている様で右往左往している。辺りは先ほどと違った悲鳴――恐怖におびえる悲鳴だ――にあふれていた。
「…おぇ」
 住井が見たくはない物を見てしまったのだろうか。吐き気に耐えている。
「取り合えず、いったん事務所に戻ったほうがよさそうだな」
 浩平も、吐き気を押さえながら言った。
「…いや、そんな悠長なこと言ってられないみたいだぞ」
 住井が引きつった声を漏らす。浩平が、顔を上げてそちらのほうを見た。
「…マジかよ」
 恐怖に、体が震えた。数百メートル先に水が見えた。低い唸り声を響かせながらこちらに向かってきている。
「鉄砲水って奴か」
 場にそぐわない、間抜けな声を漏らす浩平。1秒だろうか? 2秒だろうか? 沈黙が流れた後、
「走るぞっ!」
 住井が叫んだ瞬間、二人は逆を向いて走り出した。

【住井護   バイトで人工島に。所持品:遊園地のスタッフジャンパー、スタッフTシャツ。火バサミ】
【折原浩平  バイトで人工島に。彼女が居るらしい(誰かは不明)。所持品:遊園地のスタッフジャンパー、スタッフTシャツ】
【現在地:   >>10で言うところの、「沈みゆく遊園地」】

20転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:52
レールが壊れ、ずり落ちかけたカーテンの隙間から日差しが入り込む。
眩しい朝の光は、大地震の爪痕を容赦なく二人に見せつけた。
棚の上のテレビは元の位置から数メートルの床の上に落ちていた。
天井の照明は奇妙な形に砕け、壁にもひびが入っている。
その上、ユニットバスの水道管が壊れたらしく、そこから水が流れていた。
奇跡的にも無傷だった北川と香里は、ベッドの上で呆然と部屋の中を眺めていた。
「な…なに…?さっきの…」
「地震…だよなぁ…。馬鹿みたいにでかい…。おい、怪我はないか?」
「私は大丈夫よ…かすり傷もないみたい。運がいいわね…」
「ひえ〜、部屋の中滅茶苦茶だな…」
「ね、ねえ…どうするのよこれから…。…きゃ!水よ!見て、北川君!」
「おいおい、やばいじゃねえかこの部屋…。一旦廊下に出ようぜ…」
「そ、そうね…外がどうなってるのか知りたいし…」
「おいおい、服!服!」
「え…? きゃ!私、裸!」
「ちょっと待ってな…今服持って来てやるよ」
北川はベッドから床に降りようとしたが、床は既に1cmほど浸水していて、その中に多数の欠片が転がっていた。
まずスリッパを探さなくてはならなかった。
二人はそそくさと着衣しながら、互いにぼやきあった。
「まさかこんな事になるなんてね…」
「全くだぜ…。本当だったらさ、目覚めの一発とかやってみよーかなー、とか思ってたんだよなぁ。
ほら、まだやったことなかったから」
「北川君がそんな不純な事考えてるから天罰喰らったのよ」
「よく言うぜ。美坂だってノリノリだったくせにさ。昨夜だってあんな大声上げて、おまけに俺の身体に爪食い込ませt」
最後まで言う前に、顔を真っ赤にした香里の平手打ちを喰らう北川だった。
二人でいる安心感のせいか、軽口を叩き合う余裕が出てきた。

21転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:52
「あの二人…大丈夫かしら…」
「大丈夫…だと思いたいよな…」
「名雪…ちゃんと起きてるかしら…」
「いや、さすがに起きてるだろ…いくらなんでもこの状況じゃ…」
「本当にそう思う?」
「…ちょっと自信がなくなってきた…」

最近新しく建設されたこの人工島に遊びに行こうと持ちかけたのは北川だった。
巨大遊園地やコンサート会場、テーマパークなど、遊ぶには事欠かない場所であった。
もの珍しさから、祐一、名雪、香里は即座にその提案に乗った。
だが、野郎二人は、明らかに不純な事を考えていた。
案の定、チェックインを済ますとすぐに、ダブルの部屋を二つとってあるから、
祐一・名雪、北川・香里のペアで泊まる、と宣言してきた。
名雪と香里は思いっきり呆れてみせたが、十分予想はしていたので、特に反論はしなかった。
というか、多少期待してたとこもあったのだが、さすがにそれは口に出来ない。
かくして、なにが本来の目的なのかわからない、エロティックに満ちた観光が始まった。
…筈であった。

廊下に出るドアは、揺れのせいで壁が歪んだ為か、なかなか開かなかったが、
何度も蹴りを食らわせ、ようやくドアを蹴破り、廊下に出た。
状況は二人が予想していた通り、かなり危険な状況だった。
部屋の中と同様、壁にも天井にも、何本かのひびが走っていた。また、破片が何枚か剥がれ落ちている。
左右に眼を向けると、鉢植えと一緒に自動販売機が倒れていた。揺れの勢いで数メートルほど飛ばされたらしい。
倒れてる人の姿は見なかった。少なくともこの階では怪我人はいないらしい。
そして、妙に静かだった。他の部屋の人はどうしてるんだろう?
「ねえ…どうすればいいの…これから…」
「とにかく二人を探さなきゃ…」
「北川!」「香里〜!」
二人はどきりとして、声のほうに勢いよく振り向いた。

22転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:52
声の主は、思ったとおり祐一と名雪だった。ただ、二人とも無傷ではなかった。
名雪は、恐らくかすり傷であったが、手の甲から出血していた。
祐一は額から血を流している。傷口の大きさははっきりしないが、流れてる血の量は決して少なくなかった。
北川と香里は息を呑み、祐一と名雪に詰め寄った。
「お、おい、相沢!大丈夫かよ!何だよその額の傷はよ!」「名雪!大丈夫?どこか怪我とかなかった!?その手の傷は?」
しかし、この二人以上に祐一と名雪は冷静さを失っていた。二人ともうっすらと涙を浮かべながら抱きついてきた。
「北川〜!無事だったのかよ〜!良かった〜!良かったなお前〜!」
「か、香里〜!わ、私…てっきりもう…駄目かと…香里〜!」
その二人の有様に、かえって冷静になってしまった。

「全く…こんな事になるとはな。ついてねーや」
「大怪我しなかっただけ運が良かったがな…俺たちはな」
「このあたりは特に怪我人とかはいないみたいだけど…」
「向こうで一人死んでるよ…」
「天井から瓦礫が落ちたらしくてな、それに頭を潰されてた…」
「それに外もところどころで燃えてて…多分あちこちで火事になってると思うよ…」
北川と香里は全身から勢いよく血の気が引くのを感じた。
「俺たち…本当に運が良かったんだな…」
「とりあえず、これからどうしたらいいのかしら…」
「とにかく外に出ようぜ。ここにいても始まらない」
「そうだね…でも階段…大丈夫かな…」
「誰かラジオとか持ってる人いねーかな…外がどうなってるのかわかるのに…」
「それに、他に怪我してる人とかいたら…助けないとね…」
結局のところ、四人とも、この大災害に直面して、何をどうすればいいのか全くわからなかった。
とにかく外に出る。それからどうするのか?具体的なことは誰にも思いつかなかった。
激しい困惑の中、四人の脱出行が始まろうとしていた。

【相沢祐一・水瀬名雪・北川潤・美坂香里  遊園地に行く為に人工島に。所持品:目立ったものはなし。】
【現在地:   >>10で言うところの、「沈みゆく遊園地」(付近のホテル)】

23転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:53
「賑やかだな…」
 辺りの喧騒に目が眩みそうになる。流石に日曜日とあっては人通りが多い。
「ふぅ…」
 人の多さに気圧されながら、目つきの鋭いメガネをかけた青年…柳川裕也はため息をついた。
 あの事件から、しばらく経った。鬼の血に負け、女を犯し殺人を繰り返す自分。柏木耕一によって貫かれた体…。今でも覚えている。
「…何をやっているんだ俺は」
 自嘲気味に、笑った。結局、生きていた自分はあのまま降山から姿をくらまし、当てのない旅を続けている。
「如月通りか…」
 そう書かれた通りに足を踏み入れる。数々の商店が立ち並び、笑みにあふれていた。
 日雇いのバイトなどで最低限度の路銀を稼ぎながら、旅を続けていた柳川だったが、今回のバイト先がこの人工島だった。三日間だけの道路工事のバイトだったが、それも昨日終わり、ついでに人工島を見て回っている。
「……何をやっているんだ俺は」
 道を歩いていたが、唐突に足を止める。辺りの通行人が怪訝そうに見た。
 そう、自分は、逃げたのだ。殺人と言う罪、強姦と言う罪、そして、鬼と言うしがらみから逃げたのだ。
「いや違う…」
 鬼の血からは、逃げられない。自分が生きている限り付きまとってくる。殺せ、犯せと、自分に迫ってくる。
「俺は…」
 自分の手を見つめる柳川。そう、まさにその時だった。
 ぐらり
 唐突に、世界が揺れた。激しい唸りを響かせて、地面が躍動する。
(地震!?)
 地面に伏せて、必死で振動に耐える。辺りからは、悲鳴、建物の崩壊する音。そして懐かしい…人が潰れる音が聞こえた。

 顔を上げたとき、そこは先ほどとはかけ離れた光景が広がっていた。
「……酷い」
 思わず、口についた。逃げ惑う人々が辺りには溢れている。人の並に流されそうになり、咄嗟に道の端に寄る。ふと、足元を見るとうつ伏せに人が倒れていた。スカートをはいているから少女であろう。背格好から見てまだ子供だ。
「大丈夫か?」
 言った瞬間に、口をつぐんだ。建物の瓦礫で頭を強打したのだろうか? 頭の形が変わっている。ピクリともしない。即死だったのだろう、辺りにはおびただしい量の血が流れている。
「…くっ!」
 鬼の血が反応する。血を見たせいか、異常な興奮が襲ってくる。柳川は、必死でそれを押さえ込む。

24転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:53
「落ち着け…」
 平常心を保つ。心を水面に。波立たせることなく静謐を保つ。イメージとしてはそんな感じだった。
 5分ほど経ってからだろうか? ようやく平静が取り戻せたその瞬間に、ある声が耳についた。

「誰か! 誰か来てください!」
 まだ若い、ショートカットの少女が必死に叫んでいた。叫びながら、足元の瓦礫を持ち上げようとしている。
「早く! 誰かっ! お姉ちゃんが! お姉ちゃんが…!」
 少女は、半分泣いていた。よく、足元を見ると、瓦礫の下に一人の少女が居た。言葉から察するに、少女の姉だろう。よくは見えないが、下半身が大きな瓦礫の下敷きになっている。
 そこまで、考えて、一気に駆け出した。理由はない。ただ、あの少女を助ける。それだけだ。
「大丈夫かっ!」
 少女の隣に立って、声をかける。こちらを向いた瞬間、泣き腫らした目を柳川に向けて言った。
「お姉ちゃんが…下敷きになっちゃって。お願い、助けてください!」
 そこまで聞いて、返事をせずに瓦礫に手をかけた。それを見て、少女も瓦礫に手をかけて必死に持ち上げようとする。
「ぐっ…!」
 だが、びくともしない。この巨大な瓦礫はたかだか自分ひとり増えたぐらいでは動かないようだ。
「おいっ! 大丈夫か!?」
 瓦礫の下に居る少女に話しかける。幸いにして、他の瓦礫が支えになっているらしく、全重量が少女にかかっているわけではないようだが、それでもかなりの負担だろう。
「…何とか」
 うつろな目で返事をする。頭から出血していて、右頬に血が伝っていた。近くで見ると、隣で必死に瓦礫を持ち上げようとしている少女と似ていた。目元と、髪の長さが違うぐらい…もしかしたら双子なのかもしれない。
「くそっ! 誰かっ! 誰か居ないのか!」
 柳川も大声で辺りに声をかける。だが、パニックになっているらしく聞き入れる人は一人としていない。その間も、必死で持ち上げようとするかピクリとも動かない。
 ガン!
「きゃっ!」
 少女が悲鳴を上げる。その時、柳川の真横に瓦礫が降ってくる。どうやら目の前の商店の一部らしい。ギリギリ…間一髪だった。

25転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:54
「椋…」
 その時、瓦礫の下の少女がポツリと呟いた。どうやら、柳川の隣で瓦礫を持ち上げようとしている少女の名前らしい。
「…逃げなさい」
「お姉ちゃん!?」
 間髪入れず、椋と呼ばれた少女が叫んだ。
「ここは危険よ。さっきの落石見たでしょ? …早くここから離れなさい」
 落ち着いた声だった。本当に、諭すようにゆっくりと語りかける。
「嫌っ! お姉ちゃん…そんなこと言わないで!」
 涙を流しながら叫ぶ。それを無視して、瓦礫の下の少女は視線を柳川に向けた。
「ねぇ…誰だかわかんないけどさ」
 喋るのも辛いのか、呼吸が荒い。
「悪いんだけど…この子、椋をつれて逃げてくれない? この子一人じゃ危ないし」
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」
 少女が、必死で叫ぶ。だが、姉は耳を貸さない。
「助けようとしてくれて、ありがとう。まぁ、そのよしみで…この子も助けてちょうだい」
 本当に軽く、ちょっと軽い用事を頼むように姉は言う。自分の死が迫っているの言うのにだ。
「しかし…」
「気持ちは嬉しいんだけどさ。やっぱり持ち上がらなかったでしょ。…このままじゃ全員落石でやられるのがオチでしょ」
 言葉に詰まる柳川。だが、椋と呼ばれた少女はそれに噛み付く。
「嫌っ! そんなの嫌っ!」
 涙を流し、髪を振り回しながら必死で瓦礫を持ち上げようとする。その手からは、血がにじんでいた。不思議と、その血を見ても鬼の血が騒がない。
「椋! 早く逃げなさい!」
 始めて、感情をあらわに、厳しく叱咤する。だが、それでも少女は瓦礫を持ち上げようとする。
「嫌っ! 絶対に嫌!」
 血が滴って、地面に垂れた。

26転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:54
 そのやり取りを聞いて、柳川は内心葛藤している。
(…俺は)
 自分の無力さに歯噛みする。自分は、人の命をたくさん奪ってきたくせに、目の前で死に喘ぐ、たった一を人救うことも出来ないのか?
(いや…)
 鬼の力を使えば、この程度の瓦礫は余裕で持ち上がる。ただ、柳川は柏木耕一とは違う。自分の鬼の力をコントロールできない。発動した瞬間、欲求に任せて二人の少女を殺すかもしれない。
(だからと言って……俺はこの少女を見捨てるのか?)
 違う。それは間違っている。誰にだってわかることだ
(俺は…たくさんの人の命を奪ってきた)
 罪滅ぼしと言うにはおこがましい。自分を正当化しようとするための行動なのかもしれない。ただ、これだけは偽りのない自分の気持ちだ。
(この少女を…救いたい)

「どけ」
 椋と呼ばれた少女を押しのける。突然の行動にあっけに取られる。そして、そのまま瓦礫に手をかけた。
「…無理よ。散々頑張ったけど動かなかったじゃない」
 諦めて、冷め切った声を出す少女。だが、それすら耳に入らない。
 血を滾らせる。鬼の力を呼び覚ます。旅の最中、死ぬ気で押さえつけていたその力。その力をほんの少し解放する。そう、この枯れ気を退かすだけの力を。
「…はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 大きく、息を吐く。その瞬間、筋肉が躍動した。手のひらに力を込める。
「えっ?」
 椋と呼ばれた少女があっけに取られている。二人で持ち上げようとして持ち上がらなかった瓦礫が、ほんの少し持ち上がった。
「えっ?」
 それは瓦礫の下に居る少女も同じだった。体の負担が軽くなったことに驚く。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 叫びとともに、力を爆発させる。力を込めて一気に瓦礫を持ち上げてそのまま反対側に押し倒した。ドォン、と途轍もない大きい音が響いた。
「「…」」
 二人の少女はあっけに取られている。だが、柳川は自分の力を押し付けるのに必死だった。
(落ち着け、落ち着くんだ)
 目の前の二人の少女を犯したくなる。その体を引き裂きたくなる。そんな欲求が柳川の中に渦巻く。
(落ち着くんだ……)
 そう言って大きく息を吐き出した。心なしか、落ち着いた気がする。重い、心の中に救った何かを吐き出すように、再び息を吐き出した。

27転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:54
「…ねぇ」
 気を取り直すと、瓦礫の下敷きになっていた少女が話しかけている。傍らには、椋と呼ばれた少女が姉の傷を見ている。
「あなた……何者?」
 柳川の目をじっと見て、尋ねてくる。その問いに、軽く息を吐き出し、自嘲気味に言った。
「元、刑事だ」

【柳川裕也 現在旅の最中。鬼の克服はしていない。 所持品:着替えや洗面用具等一式】
【藤林杏 瓦礫の下敷きになるが救出される。怪我の度合いは不明。 所持品:不明】
【藤林椋 軽く手を擦りむいている。その他詳細は不明 所持品:不明】
【現在地 3人とも>>10で言うところの「如月通り」】

28転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:54
 日曜日の昼下がり、沢渡真琴と月宮あゆは水瀬家で暇を持て余していた。
 今この家にいるのは家主の水瀬秋子と居候2号の真琴、同3号のあゆの三人だけだ。
 祐一と名雪は昨日から、最近評判になった人工島にある遊園地に泊まりがけのデートに出かけている。
最初こそ自分たちも連れてけとごね、結局置いて行かれて愚痴と罵倒をこぼした二人も流石に言葉が
尽きたのか、今はすっかり静かなものだ。
 あゆはソファーに背をもたれさせて鯛焼きアイスを頬張りながらぼんやりしており、真琴は足を投げ出して
床に寝転がったままぴろいじりに余念がない。
 聞こえるのはテレビからのわざとらしい笑いとぴろの鳴き声、それと思い出したように発せられる二人の言葉。
 そして秋子は、お昼までの束の間、テレビではなくそんな情景を見て楽しんでいた。
 お茶をすすりながら二人を観察して、しばらく。
「美汐のところに遊びいこうかなー」と真琴。
「そう言えば栞ちゃんはどうしてるかなあ」とあゆ。
 会話なのかそうでないのか、自分たち同様置いて行かれた友達の名前を出してぼやく二人に秋子が苦笑し、
さてそろそろお昼の用意でもとソファーから立ち上がった、その時。
 チャイムのような音と共にテレビの上部に表示された「地震速報」の白いテロップが目に入り。

 瞬間、嫌な予感がした。

29転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:55
『11時01分ごろ、××地方で地震がありました』
『念のため津波に警戒してください』

「え、なに地震?」
「津波だって。結構大きかったのかな……」
 興味深げな真琴とうぐぅ、と怖そうな声を漏らすあゆに、しかし秋子は言葉を返さなかった。
 背筋を貫いた悪寒が消えない。祈るような気持ちで流れる白い文字を見る。

『各地の震度は次の通りです』
『震度5強 ××市 〜〜市 ──』

 そして、それは当たってしまった。真っ先に現れた市の名前は、昨日二人が出かけていった人工島のある場所のものだった。
 半ば無意識のうちにリモコンを取り、チャンネルを変える。変えた先の放送局では既に番組を中断して特別報道番組を組んでいた。
 
 人工の浮島を襲ったマグニチュード6の直下型地震

 真っ先に飛び込んできたのはそんな無機質な言葉の羅列。抑揚のない男の声と、録画と思われる人工島の全景。

 ──現在救助隊と報道ヘリが島に向かっているところです。また生存者等、島内の詳しいことについてはわかっておらず──

 事ここに至り、ようやく事態に気付いて金切り声をあげる真琴とあゆを抱きしめながら、秋子は自身に
言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「大丈夫。きっと大丈夫だから……」
 目と耳で発信される情報を受け止め、抱きしめた腕で二人の娘を落ち着かせ、そして心で秋子は祈る。

(お願い、無事でいて名雪……祐一さん……!)

 ブラウン管の向こうで、初めて見るアナウンサーが島の施設の耐震性能について説明していた。
 それが、ひどく頼りないものに聞こえて仕方がなかった。

【秋子、真琴、あゆ 水瀬家で地震発生を知る】

30転んでも泣かない名無しさん:2004/07/21(水) 11:55
「冬弥、そっちはどうだい?」
ガチャガチャ!ガチャガチャ!
「――ダメだこっちも行き止まりだ…」
非常口は見つかった。しかしそれは役に立たない鉄屑。
あちらこちらが凹み、歪んでいて本来の機能をなさないどころか二人の行く手を阻む。

突如静かな駅の構内にガーンと、重く苛立たしい音が響く。
――俺が蹴っ飛ばしたから。
結局俺たちは、地上に抜け出る道を見つけることが出来ず途方に暮れていた。
周囲にいる人達もみな同じようで、重たい表情を見せている。
そして時々起こる余震が、人々の心を震え上がらせた。
「本当に密室なのか…上への道が無いとなると、ここで救助を待つしかないのか」
横にある給水器からペットボトルに水を汲みながら、やりきれない思いを抱え一人愚痴る。
「あれ、そんなもの冬弥持ってたっけ」
「ん?ああ。――それだ」
俺は給水器の横にある、世間一般ではゴミ箱と呼ばれているものを指差す。
「うわ〜…汚いよそんなもの。…でもそんなこと言ってる場合じゃないかぁ」
彰はそう言うとふぅっと溜息を付く。
「水さえあればとりあえず生きていけるからな、ほら彰の分」
ぼろぼろのビニール袋にいれて500ml入りのペットボトル2つを渡す。
同じ物を自分にも用意して、二人はその場を離れる。
「――でも、何だかほんとに『サバイバル』って感じだよね」
「やりたくは無かったけどなぁ。とりあえず何か使える物を探そう。
 確かあっちに駅員室があったはず。何か使えるものがあるといいけど、っておわ」
グラグラと地面が揺れ、天井からぱらぱらと細かい砂粒が落ちる。数秒ほど揺れは続き、俺たちは顔を見合わせる。
「まさか…落ちてこないよね」
天井を見ながら彰は一言そう呟く。
「そんなの俺に聞かれても困るよ。――やっぱりここで待つのは危険だよな。他の道は無いのか…」
二人はこれからの行動を相談しつつ、駅員室に向かう。

【冬弥 現在地 最北西部の駅 所持物 500mlのペットボトル2本】
【彰 同上】

31天空の目:2004/07/21(水) 20:50

「とまぁ、こんな感じでプログラムしてみたんですがどうでしょうね?」
 Leafプログラマーの男が言った。
「もうちょっと全体の真水の量を減らしてみよう」
 派遣されてきたKeyスクリプターが意見を挟む。
 内心(規定ツールに頼って何もできない分際が…)と思うも、なかなか楽しそうな提案にLeafプログラマーの指先が踊る。

 ここはLeaf&Key共同開発室。
 エロゲー界の萌えキャラMakerである二つのチームが、新作ゲームの開発に心血を注いでいた。

 社内からは「自分達の会社のキャラクターを食いつぶす駄作」と非難の声もあったが、
このキャラクター達の必死さ、無様さはプレイヤーに恍惚感をもたらすとの確信があった。

 テストは続く。
「津波を起こした時の、この地区のキャラクターの動きをテストしてみましょう」

 そして先ほど実践され、そのときのキャラクター反応は望ましいものだった。
「これで真水がまた消えた。奪い合いも近いかな」
「Keyの女性陣にも期待してますよ。潜在欲望値、高めに設定したんでしょ?」

 テストは続く。

【??? 物語は続く】

32本スレ235:2004/07/22(木) 13:42
「どうなってんだこれ・・・」
目の前に広がる瓦礫の山。それはさっきまで買い物をしていたはずのスーパーだった。
「何でこんなことに・・・」
どうして俺はここにいるのか。
そう、今朝、オッサンがパンの材料を買うから付き合えと言ったんだ。
渚は熱を出していたし、早苗さんは渚の看病をしないといけなかったので、余った俺がついて来たのだ。
それでバスでここまで来て、小麦粉とかを買ってそれをオッサンと二人で・・・
そこまで思い出して気付いた。
「・・・オッサン!」
さっきまで隣にいたオッサンの姿が無い。目の前には瓦礫の山。
「おい!オッサン!どこだ!返事しろ!」
ガッ!突如、後頭部に来る衝撃。
「うるせぇっ!怪我人がいるんだ。ちったあ静かにしろ!」
「オッサン!」
オッサンは俺のすぐ後ろにいた。見たところ怪我も無さそうだ。
「よかった・・・」
「ちっ・・・、そんなこと言ってる暇あったらその辺から救急道具探してこい。少し出血が多い」
オッサンの目線の先には一人の少女がいた。足の怪我が酷く、そのせいかはわからないが気を失っている。
「・・・ああ、わかった」

俺は瓦礫の山から救急道具を探す。目的の物は意外と早く見つかった。止血剤と包帯をオッサンに渡す。
「この子は?」
「わからねぇ。さっきそこで倒れてたのを見つけたんだ」
オッサンが手際よく少女の足に包帯を巻いていく。

「・・・よし。これで多分大丈夫だろ」
「多分って・・・酷くなっちまったらどうするんだよ?」
「知るか。そんなことより他の生きてる人を探すぞ」
「面倒くせぇな。ここで救助を待ってればいいんじゃないか?」
「何言ってんだよ。無傷でいられた俺たちが他の人を助けないでどうすんだっつーの。
大体ここで待ってても救助なんて来るかわかんねえぞ」
「それもそうだな・・・」

33本スレ236:2004/07/22(木) 13:43
オッサンが立ち上がり、辺りを見回す。しばらくすると俺たちが来た方向を指差した。
「確かあっちのほうから来たんだったな。とりあえず戻ってみるか」
「人を助けるんじゃないのかよ?デパートの方とかのが人多くねえ?」
「とりあえずだ。状況もわかんねえのに人助けなんて出来るか」
そういうとオッサンは少女の方に目を向けた。
「よし、じゃあこの子はお前が運んでけ」
「あァ!?ふざけんな!」
「声がでけえよ馬鹿。この子が起きちまったらどうするんだ。」
「あ・・・」
少女のほうを見ると静かに寝息を立てていた。少し安心する。
「すまねぇ」
「じゃあ大声出した罰としてお前がこの子運んでけよな」
「ぐっ・・・くそっ、しょうがねえな・・・」
俺は少女をおぶって歩く。その前をオッサンが行く。
「ちっ・・・早苗、渚、無事でいろよ・・・」
オッサンがそう呟いていたのが聞こえた。

【岡崎朋也 秋生と共に買い物の途中だった 所持品は救急セット】
【古川秋生 朋也と共に買い物の途中だった 所持品は不明】
【現在地 >>10で言うところの人影なき住宅街辺り】

34本スレ247:2004/07/22(木) 13:43
「へー、人工島っていうからもっと無機質な物を想像していたんだけど、意外と都心と変わらないぐらいには生活臭が溢れてるね」
祐介は隣にいる女の子に話しかけた。
女の子の名前は月島瑠璃子。
今日は彼女と世間一般でいわれているデートをしている。
もちろん、彼女のお兄さんのは内緒で、だ。
「……そうだね、長瀬ちゃん」
周りの人から見たら羨ましがられるだろう祐介だが、実は大きな問題を抱えていた。
それは、即ち『話題が続かない』だ。
元から彼女には感情の起伏が少ないというのは知っていたが、デートの時にここまで困る物だとは思わなかった。
彼女から話題を引っ張るのはもしかしたら事件の聞き込みをする事より難しいかも知れない。
そう考えるだけで楽しいはずのデートがとても大変な物に感じてくる。

――チリチリチリチリ……

何かが頭の中を走った。

「長瀬ちゃん、伏せてっ!!」
そう言って瑠璃子は祐介の手を引っ張ってしゃがませた。

ゴゴゴゴゴゴゴ……
巨大な地響きと共に大地が――いや、人工島が吼えた。

ズドドドド……
腹に響く巨大な音。
どこかでビルでも倒れたらしい。

その悪魔のような時間は少しの間続いた。
本人達にとっては終わりがないように感じていたかも知れないが。

35本スレ248:2004/07/22(木) 13:43
「――る、瑠璃子さん、大丈夫?」
隣の女の子を見る。
「大丈夫だよ」
よかった、先にしゃがんでいたお陰で転びもせず傷一つもないらしい。
これも彼女のお陰だ……って
「なんで地震が起きる事が起きる前に解ったんだい?」
そうだ、明らかにあれは地震が起きる前に瑠璃子さんに引っ張られていた。
「電波の受信。……あれ?長瀬ちゃんは気がつかなかった?」
まさか……な。
よくテレビなんかで動物が地震の起こる前になんらかの電波をキャッチすることが出来るとか言ってるけどあれなのだろうか?
動物が出来るんだから人間が出来たっておかしくはないんだろうけど……
ははは、なんか自分が人間から離れてみたいで微妙な気分だ。

「ねぇ、長瀬ちゃん。あそこのビルに上ってみない?」
彼女が指さした先には一際高いビルが崩れずにそびえ立っていた。
「さっき、地震が起きるちょっと前にお兄ちゃんの電波を感じたの……ここだと、いろんな電波が混乱してキャッチできないけど高くい場所なら……」
「うん、いいと思うよ」
崩れる危険もないとは言えないけどこの島の状態を確認したくもあった。
ここから見渡しただけでも地面に大きなひびが出来て、殆どの建物が半壊している。
パニックに陥っている場所は避けたかったし本土を結ぶ橋が残っているのかも調べたい。
そういった事も踏まえてビルに行く事を決めた。

36本スレ249:2004/07/22(木) 13:44
「そういえば、月島先輩の電波どの辺から感じたの?」
「……解らない。でもきっとこの島の中にいるよ。どんなときでもお兄ちゃん、見守ってくれてるから……」
って事はなんだ、瑠璃子さんは月島先輩がデートについてきてるって知ってこと……
何だか、頭が痛くなってきた。


【長瀬祐介 所持品不明、デートの為に余分目にお金は持っています】
【月島瑠璃子 所持品不明】
【目的地 >>10で言うところのど真ん中の大きなビル】
【現在地 >>10で言うところの阿部川通り】

37駅員日誌:2004/07/22(木) 20:02
 暗い闇の中に一筋の光が点っている。
 その中心で冬弥、彰の二人は興味深げに一冊の古ぼけたノートを読んでいた。
 どこから持ってきたのか、彰の左手には懐中電灯がある。
 二人の様子はさながら夏の学校の一教室で肝試しをしている。そんな様子だった。
 ――その表紙には『日誌』という文字が見える。

 駅員日誌。
 それには、ここ数ヶ月に渉る駅構内での出来事、駅員が書いたのだろうかちょっとした雑感が記録されていた。
 彰が何気なくそれを手に取り読み始める。もともと本を読む事に抵抗が無いためか、さらさらと読み飛ばしていく。
「――?彰。それって…あのなぁこんな時に立ち読みなんてするなよな」
 奥のほうでゴソゴソと役に立つものを探していた冬弥が、ぼ〜っとそれを読む彰にちょっとだけ苛立った声を掛ける。
「あ……ごめん。もしかしたら出口に関する手掛かりが書いてあるかもと思ってね。
 どんなことでも、意外なとこから答えは出てくるものだから」
「――確かに何かあるかもな。それで何か見つかりそうか?」
「うーん、出口に関する事じゃないけど…これ。冬弥はどう思う?」
 冬弥は怪訝な表情しつつも、彰の横からその埃に塗れているノートを覗き込む。

 2005年2月○×日
 今日も特に問題が無く一日が終わる。
 一つだけあるとすれば、酔っ払いが構内でよく分からない事を叫びながら暴れていたぐらいだ。
 私も時にはあのように何を気にする事無く、酒に浸ってみたいものだ。

「?」
 冬弥は首を傾げる。
「これって…駅の日誌と言うより個人的な日記だよな…あんまり読まない方が良いんじゃないか?」
「まぁまぁ、次を見てよ」
 ペらっとページを捲る。

38駅員日誌:2004/07/22(木) 20:02
 2005年4月○△日
 最近、駅のホームで電車を待つ乗客からちょっとした質問が続いている。
 というのも妙な音、何かが揺れるような…震えるような音がどこからとも無く聞こえると言うものだ。
 原因不明のため、島の管理センターに相談しに行く事にした。

 2005年5月○□日
 先日の『奇妙な音』についての報告が届く。どうやら線路脇の壁の中から音が響いているらしい。
 管理センターの職員によると特に問題が無いらしいので、その件に関しては駅の構内に張り紙をして対処する事にした。

「こういうのを見ると、何だか疼くんだよね」
 ちょっと楽しそうな表情で彰が答える。
「音か…地上の工事の音でも間違えて聞いたんじゃないか?この島って未だに新しい工事してるし」
 二人は続きを読み進める。

 2005年6月□△日
 苦情が相次ぐ。先日の『奇妙な音』とともに体感できる揺れを感じる。
 私も数回感じたので間違いないだろう。
 もう一度管理センターに問い合わせるが調査済みとして、受け付けてもらう事は出来なかった。
 これから毎日この件に関して応対すると考えると気が重くなる

39駅員日誌:2004/07/22(木) 20:03
「これって、今から数日前だよな…この地震には予兆があったって事か?」
「たぶん…関係無いかもしれないけどね。でも今のままじゃ何も分からないや…――あっ!」
 彰はポンと手を打つ。そして少しだけ苦笑いを浮かべた。
「ん、何か思いついたか?」
「そういえば、上に上に出ることばっかり考えてたけど、よく考えると――僕達電車でここに着たんだよね」
「何を当たり前の事を?……あっ」
 ドサリと、手に持っていたペットボトルの袋を落とす。袋から零れだしたペットボトルがごろごろと足元を転がっていった。
(何でこんな簡単な事を思いつかなかったんだろう。自分の馬鹿さ加減に呆れてくるな…)
 彰も同じ思いなのか、どうしようも無いような表情を浮かべている。
「「地下鉄の線路を通って、隣の駅に行こう」」
 二人の声が重なって駅員室に響く。
 結局この部屋で見つけたものは一冊のノートと筆記用具。それに懐中電灯(予備電池無し)だけだった。

 ――彼らは知らない。自分達が真相に僅かながらも一歩近づいた事を。

【冬弥 現在地 最北西部の駅 所持物 500mlのペットボトル2本 駅員日誌 携帯電話】
【彰 所持物 500mlのペットボトル2本 懐中電灯(予備電池無し)】

40逃避行:2004/07/23(金) 15:05
遠くから迫り来る水の壁。
その道筋にある全てのものを飲み込んでいくそれは、
遠めに見ても巻き込まれたらただでは済まないのは明白だろう。
良く見ると…ところどころにいろんなものが混ざっている。

(あれは車か?そういえば向こうに駐車場が…それに――何かの屋根?あんなもんに潰されたら…うぇ)

走馬灯。念仏。遺言。
二人の頭の中には縁起でも無いものが次々と駆け巡っていく。

「…お母さん、先立つ不幸をお許しください」
隣で住井が涙目で必死に走りながらも、両手を合わせむにゃむにゃと何かを唱えている。
俺はその様子を見ると、走りながらも幅寄せすると聞き耳を立てる。
(オーソドックスに大空を羽ばたく…鳥か…人間なら絶世の美男子も捨てがたいよな…
 この際美女でもいいや……待てよ全知全能の神、時の皇帝の子…ぶつぶつ)
既に観念しているのだろうか、来世について思考思案している真っ最中のようだった。
こんな状況でも住井の妄想の湖は果てしなく広く。
そして――濁りきっていた。

「お前は定番のミジンコで十分だ!って馬鹿かっ!
 そんな事をしてる暇があるなら何か考えろ。俺はこんなとこで死ねないっての」
明後日の方向に目が向いている住井にバシッと一発、活を入れる。

41逃避行:2004/07/23(金) 15:05
その暗く濁った目がこちらを向き…住井はぼそぼそと呟く。
「嗚呼…おまえは良いよなぁ。ほんと羨ましいぜ…俺も彼女、ほし…かった…よ」
「瀕死かよ!イキロ!っていつもの俺たちと立場が逆転してるような気がしてきたぞ」
とは言うものの、悲観的な思いを呟きながらも必死に足を動かしているのが住井らしかった。

「ああ、こんなことならサーフボードでも、持ってくれば良かったな。
 俺の華麗なサーフテクニックを、この遊園地であぶれて暇を持て余しているやつらに披露をしてやれるのに…ちっ」
後ろに迫り来る壁を見つめながら、住井に軽くジャブを入れる。
「――それは豪快そうだな。はっはは…はぁはぁはぁ」
――反応が単調だ…相当必死なんだろうな。
住井がこの様子じゃ俺たち、マジでやばいのか?

何か手は無いのか…辺りを見回す。
俺たちと同じように逃げ惑う人々。どの顔も生を掴むため、必死の形相をしていた。
空しく停止していく乗り物。観覧車。コーヒーカップ。ジェットコースター。
いつもの遊園地の定番が見える。
(あんなもの、乗るのを待っているうちにザバーンだよな…ってやべぇ)
後ろを振り向くと、先程より気持ち高くなった青い壁が迫ってくる。
(あの分だと低い建物じゃダメだよな――四階、五階…やっぱりホテルまで戻らないとダメか)

「おい、しっかりしろよ」
隣で走っている戦友に声をかける。
「(〃´ヮ`)〜。゜」
(ダメだこいつ…大体キャラ違うだろ、それ)
正面を向きただ走るひたすら走る。文字通り命がけで…だがこのままじゃとても間に合わない。
後ろでは逃げ遅れた人々が次々と飲み込まれてるはずなのだが…波の猛烈な音がそれを掻き消しているのだろうか、
まったく悲鳴が聞こえてこない。逆にそれが俺たちの心を冷たく鷲づかみにする。

42逃避行:2004/07/23(金) 15:06
――ごめん。俺、先に行くわ。
俺は覚悟を決める。間に合わないものはどうしようも無い。
脳裏には愛する人の姿。
最後の抵抗。限りなく低い可能性を信じながら走りつつ、俺は静かに目を瞑った。

――その時。
隣であっちの世界に行っていた筈の住井が、突如叫びだす。
「あああっ!折原!!あれっ。あれっ!!!」
その視線の先には……どっかの係員が置いて行ったのかちっぽけでぼろぼろの

輸送用の荷車があった。

「住井。お前が乗れ!急げ!」
住井はその言葉に頷くと、すかさずを荷車の方向を正し、よっこらせと爺臭く呟きながらしっかりと体を固定する。。
その目は目的の方向をじっと見つめていた。
ホテル…そこにいたるまでの道はずっと下り坂だ!!
俺は荷車の握り手を掴むと、住井に最後の言葉をかける。

「――生きていたら、食券1か月分だ」
「――折原もセコイ奴だなぁ。仕方無いか……分かったよ」

二人の視線が交差し、覚悟を決める。
二人にはそれだけで十分だった。
「うおおぉぉぉっっっっーーーーーーー!!」
俺は力の限り荷車を押す、長い間使われてきたのか、ぎしぎしと所々が響く。
俺は足が縺れかけるのも構わずに、ただひたすら押し続け、その方向を修正する。
水しぶきが俺の背中を濡らすが、気にする暇はまったく無い。
住井の重さで勢いがついたのか、ぶれていた荷車の動きが安定してくる。

43逃避行:2004/07/23(金) 15:06
「折原!!もういい、乗れ!」
住井が必死の形相で、俺にその手を差し出す。
その言葉を合図に、俺は住井の手を取り、取っ手に飛びつく。
住井が引っ張る事によって体を安定させながら俺たちはホテルへの最後の道を下りつづけた。
直ぐ後ろには猛り狂う津波があるはず…
住井にはそれが見えているのだろうか、歯をガタガタと震わせ、真っ青な顔をしていた。
車輪が軋み、いつ脱輪してもおかしくは無いだろう。
ちっぽけな車輪に俺たちは自分たち命を託す。
((頼む…持ってくれ。後少し、後ちょっとだ!!))

少しづつ距離が縮まっていく波を俺たちは見つめている事しか出来なかった。
「どいてくれ〜!!」
ホテルに向かっていく残された人々に警告を発しながら、必死に体を支える。
「「すまん…」」
後ろでは後少しのところで飲み込まれていく人々…
そんな中、俺たちは、間一髪で事を成し遂げた。

――俺たちはホテルにたどり着く。
勢いは止まる事が無く…荷車がホテル入り口の段差に躓き、
俺たちは縺れあいながらまるで弾丸のようにホテルの中に放り出され…
その後ろでは彼らを乗せていた荷車が、文字通りばらばらに吹き飛ぶ。

荷車は――その生涯の幕をとんでもない形で閉じることになった。

全身の打撲に悩まされながらも、俺たちは目の前にある階段を必死に這い上がる。
少しでも高く、少しでも入り口から遠くへ…
その瞬間。
激しい振動とともに津波がホテルを飲み込んでいった。

【住井護   所持品:遊園地のスタッフジャンパー、スタッフTシャツ。火バサミ】
【折原浩平  所持品:遊園地のスタッフジャンパー、スタッフTシャツ】
【現在地:   >>10で言うところの、「沈みゆく遊園地内のホテル」】


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