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( ^ω^)ブーンはガンダムのパイロットのようです

1ダメな子:2006/05/20(土) 23:47:35 ID:zOgHKKkU
これ以降、( ^ω^)ブーンはガンダムのパイロットのようです、の本スレはここになります
毎週土曜日、午後十一時過ぎに本分を投下します
気軽に感想などを書き込んでくれると、励みになります、物凄く

では、終結までしばらく、付き合ってくださいな

2ダメな子:2006/05/20(土) 23:49:10 ID:zOgHKKkU
今回の投下は、前回分のものを投下させていただきます
リアルタイムで見ていた方には申し訳ないですが、ストックを作ってちょっと楽したかったり…
それでは投下開始です

3ダメな子:2006/05/20(土) 23:51:00 ID:zOgHKKkU
漆黒の空間、"フェイト"から少しはなれた場所に出現した赤いMS、"ストレイヤー"に銃口を向ける
"ストレイヤー"はこちらを認めるや否や、後背部に背負った翼と槍の光刃を出力させた
その光の十字を背負ったような風貌に、眉をしかめる
贖罪のつもりか、反吐が出る
こちらを切り裂かんとフルスピードで突進してきた"ストレイヤー"をビームライフルで狙い撃ちにしながら、スラスターを吹かして距離を取った
"ストレイヤー"はきりもみしながら最小限の動きでそれを避け、速度を緩めず接近してくる
だがそれも想定内、今更ビームライフルで撃ち墜せるなどという甘い期待などはじめからしていない
斬撃を機体を沈めるように傾けて避け、巴投げの要領で腹部を蹴って吹き飛ばす
ビームを撃ちながら機体を振り返らせ、その際に"ファンネル"を射出させた
この兵装の攻撃方法は、あの白い機体のような三次元全方位からの死角射撃だけではない
筒状のそれらは巨大なブースターを吹かし、弧を描いて漆黒の闇の中に溶けるようにして消えていった
それを見届けて、腰部にあるビームサーベルに手をかけ、光刃を出力させる
"ファンネル"不在のため多少機動力は下がっているものの、それでも十分な機動を"フェイト"は見せ、"ストレイヤー"に斬りかかっていった
"フェイト"の動きに反応して、"ストレイヤー"も"グングニル"を背から取り出し、構えを取って突っ込んできた

4ダメな子:2006/05/20(土) 23:51:36 ID:zOgHKKkU
('A`)「超重武器は振りぬかれた場合遠心力で……だが重力は無い、なら……」
ぼそりと呟きながら、ドクはフットペダルを最奥まで踏み込み、"ストレイヤー"に"フェイト"を急接近させた
虚をつかれた"ストレイヤー"は受けるようにして"フェイト"の斬撃を受け、斬り結ぶ
しばらく周囲に干渉によって炸裂したビームを散らしていたが、突如として"ストレイヤー"が"フェイト"の攻撃をいなすように機体を後ろに反らせた
不意の行動にドクは機体をつんのめらせ、"アブソリュート"のフロントキックを受けてはね飛ばされた
その隙を逃さず"アブソリュート"はレールガンを放ってきたが、咄嗟にシールドを掲げてこれを防ぎ、抜く手も見せず2丁のビームライフルを両手に構え、連射した
しかしそれらは、"アブソリュート"が振り上げた"グングニル"によって弾かれ四散した
('A`)「甘いな」
詰みを決めた心地に似た愉悦を口元に浮かべながら、さっと手元の計器に指を走らせる
次の瞬間、"アブソリュート"の胸部を2本の光刃が貫き、敗北にうなだれるようにして倒れ爆散した

5ダメな子:2006/05/20(土) 23:52:08 ID:zOgHKKkU
"ファンネル"の銃口からビームソードが展開される、これがあの白いMSの"ファンネル"との違いだ
立った2機と数はかなり少ないものの、大口径の強力なビーム砲と、対艦刀クラスの光刃を攻撃方法として備えている
今回は不意打ちに使ったが、おそらく使いようによっては全方位からの近接攻撃のコンビネーションが可能だろう
大型のバーニアを装備しているため、大気圏内でも僅かな時間なら機体から切り離しての使用が可能だ
戦闘に区切りがついたので、息を吐いて緊張を解き、シートにもたれかかる
前面モニターが切り替わり、シミュレーションの終了を示す画面が現われた
"フェイト"が手に入れた"ストレイヤー"のログデータをシミュレーシターに入れてもらい、擬似戦闘を行っていたのだ
アンノウンのMSのデータの出所を訝しまれたが、他言は無用だと追及をかわした
前回の戦闘は"ヘイト"で剣を交えていたため圧倒的と感じたが、MSの性能が同程度の今、それほど脅威には感じない
元々それ以前に問題は、MSの性能ではなくパイロットの能力なのだ
アイベル「お疲れ様。ねぇ、少し休まない? さっきから根を詰めすぎよ」
サイドのドアが持ち上がるようにして開き、アイベルが中を覗き込んできた
ふとアイベル越しに壁にかけられた時計に目をやると、既に午後を回っていた
朝目が覚めてからずっとシミュレーターの中で過ごしていたため、アイベルの表情はどこか呆れたようだった

6まとめなひと★:2006/05/20(土) 23:52:21 ID:gI9JNEnc
>>1
いろいろと済みませんでした

7ダメな子:2006/05/20(土) 23:52:53 ID:zOgHKKkU
('A`)「ああ、そうするよ」
そう言い返して、疲労で重い体をシートから引き剥がす
アイベルが用意してくれていたドリンクを受け取って、シミュレーター付近に備えられていたベンチに腰を落ち着けた
ほとんど一息にドリンクを飲み干たので、アイベルに苦笑されてしまった
アイベル「それにしても凄いわね、あなた。新兵器をああも簡単に使いこなすなんて」
('A`)「まだ単調な動きしか出来ないよ。それに、まだOS自体が"ファンネル"に対応できるほどのスペックじゃないんだ。対人ではシミュレーションのようにはいかないさ」
アイベル「それでも凄いと思うわ。私じゃあ、ああはいかないもの」
おだてようとしているのだろうか、顔のほころびが不自然だ
大佐の肩書きは伊達じゃないわねと笑いかけられたが、素直には喜べなかった
中佐に特進した際に誉められた時は、あんなに嬉かったのに

8ダメな子:2006/05/20(土) 23:53:27 ID:zOgHKKkU
ドクの反応が薄いことが悲しかったのか、アイベルが少し眉を寄せた
アイベル「どうしたの? なんだか最近、より暗くなった気がするわ」
('A`)「より、は余計だ」
その物言いではまるで、常日頃から自分が暗いみたいではないか
……まぁ、その通りかもしれない
特に最近は短期間に色々とことが重なって、気が落ち込んでいる
アイベルと一緒に過ごしているというのに、心ここにあらずを体現してしまっている
アイベル「仕方が無いかもね。なんたって今は戦争中だし」
ドクの物憂げな表情を見て、アイベルは優しげな声音で言った
('A`)「悪い……楽しくないよな」
アイベル「気にしないで。元気になるまで待っててあげるわ」
気を遣わせてしまっていることを申し訳なく思い言ったが、微笑みを返されて更に申し訳なくなり、ぎこちなく微笑みを返した
アイベルは、いつも傍にいてくれる、支えてくれる、かけがえの無い存在
ベンチの上を擦り寄るようにして近づき、ドクはアイベルの肩を抱き、体を寄せた
アイベルはドクを受け入れ、こてんと首を折ってドクの肩に頭を乗せた
会話はなくも、心地よい静寂が、人の捌けたトレーニングルームを包んだ

9ダメな子:2006/05/20(土) 23:54:01 ID:zOgHKKkU
ずっとこうしていたい、誰もいないところで、同じ時間、空間、気持ちを分かち合っていたい
そんなことを思いながら、すっと目を閉じる
その時、突如として鳴り響いた銃声が、静寂を破っていった
咄嗟にアイベルを守るようにして立ちふさがり、神経を張り巡らせて警戒する
発射音源はトレーニングルームではないらしい、だが防音設備の整ったここに反響するということは、かなり近くだ
一番近い施設は、ドッグか
('A`)「敵……?」
アイベル「行きましょう、ドク」
アイベルを振り向き頷いて、主意に意識を払いながらドッグに向けて走り出した
よもやこんな時に敵襲とは考えられない
互いに疲弊し、宙域には今のところ地球連合軍艦は認められていない
スパイだとしても、ここで騒ぎを起こしても意味が無いだろう
敵がいる可能性はほぼありえなかったが、それでも念にはと懐の銃を確認して、ドッグへと急いだ

10ダメな子:2006/05/20(土) 23:54:39 ID:zOgHKKkU
ドックへ踏み入ると、ハンガーの周囲に人だかりが出来ていた
駆け足で近づき、どうしたと声をかけると、近くにいた整備士が振り向き敬礼した
整備士「それがどうも、脱走しようとした奴がいるらしくて……」
('A`)「銃声がしたが?」
整備士「ニダー少佐が取り押さえたんですが、抵抗したんでやむなく、という感じですかね」
呆れた様子で、整備士が肩をすくめた
状況の説明をしてくれたことに対しに礼を言い、道をあけるよう野次馬たちに指示を出した
せっかくいい場所を取ったのにと不満げな表情をしていたものもいたが、皆しぶしぶにも下がった
その先には、肩口から血を噴き出してなお抵抗のそぶりを見せている女性兵士の姿があった
警戒から女に銃を向けていた兵を制し、銃を降ろさせた

11ダメな子:2006/05/20(土) 23:55:10 ID:zOgHKKkU
ニダー「あっ、ドク中佐!」
肉付きのいい、大柄の男がこちらを振り返って敬礼してきた
軽く敬礼を返し、すっと目を細める
('A`)「これはどういうことだ?」
ニダー「あ、いえ、しかしドク中……大佐」
先走りを追求され、ニダーが気まずげに口ごもった
というか、俺の昇進についてはあまり知られていないらしく、ニダーも慌てて言い直した
おそらく戦闘後の処理でごたついていて、連絡がまだなのだろう
そんなことはどうでもいいことなのだが
('A`)「弁解は後で聞こう。それより詳しい話を聞かせてくれないか」
ニダー「わ、わかりました。……私がここで機体の調整を行っていたところ、付近がなにやら騒ぎがあったのです。駆けつけたところこの女が暴れていたので、やむなく発砲しました」
('A`)「機体を奪って逃げるつもりだったのか……」
辛そうに息を漏らしている女の向こうには、一機の"ハルパス"が佇んでいた
先程の戦闘に出た機体なのか損害状況は酷く、まともに機能できるようにするには時間がかかるだろう
パスロックがかかっているはずの機体で逃げ出そうと画策したということは、この兵はパイロットか

12ダメな子:2006/05/20(土) 23:55:40 ID:zOgHKKkU
女性兵士「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない……」
先程からこの兵は、うわ言のようにこう繰り返して呟いている
気が触れたか、それも仕方の無いことだろう
生と死の狭間の極限状態の中、仲間と敵の死を目の当たりにしてなおその場を生き延びたとしても、心を深く抉られてしまうことがある
もはやこのパイロットは、使い物にはならないだろう
ニダー「どう処理しますか? やはり規則通りにこのまま銃殺刑に処すべきかと」
('A`)「…………」
ニダー「……どうするんです、大佐」
返答を促すべく発されたその言葉の語気には、微かな苛立ちが含まれていた
肉付きのいい、中年の厳つい風貌の男
宇宙連合として発足する以前からの自衛軍からの叩き上げで、このニダーという男は少佐まで上り詰めた
それ故に、俺のような若造にあっさりと階級を追い越され、更に敬語を使わなければいけないという現状には、心底屈辱を感じているだろう
もっとも、俺自身望んでこうなったわけではないが

13ダメな子:2006/05/20(土) 23:56:10 ID:zOgHKKkU
('A`)「この兵は正式に除隊し、本国へ返還させる」
ニダー「なにを言っているのですか! 脱走未遂ですよ!」
('A`)「上へは俺が言っておく」
吐き捨てるようにそう言い放ち、言及を退けた
倒れ伏した女性兵士を抱き上げ、周りで事を見守っていた兵たちに医務室へ連れ行くよう指示を出す
女性兵士はドクの言葉を聞いていたのだろう、虚ろな表情ながらも安堵を漂わせていた
ニダー「しかし!」
ドクの身勝手ともいえる独断を咎めるように、ニダーが声をあげた
脱走未遂は士気にも影響を与えるおそれがあるため、銃殺刑に処す
そんなことは重々承知している
だがただの気まぐれなのか、俺はこのパイロットを逃がしてやりたかった
('A`)「俺は大佐だぞ?」
くるりと振り返り、鬱陶しげにそう言った
その言葉にニダーは不快感を隠そうともせず、眉根を寄せて俺を睨みつけた
何の利も生じないだろうと考えていた特進だったが、そうか、こういうときに役に立つのか
この点についてだけは、ブエルに感謝をしたいと思う

14ダメな子:2006/05/20(土) 23:56:41 ID:zOgHKKkU
('A`)「構わないから、連れて行ってくれ」
一触即発の雰囲気にドクとニダーの顔色をうかがっていたクルーだったが、ドクにそう言われて即座にドッグを後にする
ニダーがその様子を、不機嫌そうな面持ちで見送っていた
('A`)「他に軍を抜けたいものは言え、止めはしない」
ニダー「なにを言っているんですか!」
ドクが呟くようにしていった言葉に、ニダーが激昂して怒鳴った
周囲のクルーに、どよめきが起こった
ドク自身気付かないうちに、口をついてこんな言葉が出てきていた
酷く馬鹿げている
決戦間近のこんな時に、士気を挫くような言葉を俺が言ってどうするというのだ

15ダメな子:2006/05/20(土) 23:57:11 ID:zOgHKKkU
クルー「……いえ! 我々は、国の為に死す覚悟は既に出来ております!」
近くにいたクルーが、突如として声を張り上げた
どきりとしてそちらを振り向くと、年端の変わらないような若いクルーが満足げに微笑んでいた
クルー「私も、同じ気持ちです! 大佐、次の戦闘では必ず勝ちましょう!」
クルー「その通りです! お気遣いは不要ですよ!」
触発されて、周囲のクルーたちが口々に賛同の声をあげる
瞬く間にドッグはざわめきに包まれ、活気に満ち溢れた
ニダー「これが狙いだったのですね……。すみません、偉そうなことを言ってしまって」
呆然とその様子を見ながら立ち尽くしていると、後ろからニダーが話し掛けてきた
ニダー「便乗して逃げ出す臆病者はいないようだ。誇らしいことですね」
ニダーも例に漏れず、満足げな笑みを口元に浮かべていた
そんな彼や、クルーたちの様子を見て、ドクは心に哀れみの念が生まれているのに気がついた
本来ならやはり誇らしく、当然とも思えるこの士気も、決戦前としてはかなり良好だ
だが違う、何か違う気がする

16ダメな子:2006/05/20(土) 23:57:47 ID:zOgHKKkU
('A`)「では、次の戦闘、皆の戦果に期待する。頑張ってくれ」
ドクの言葉に反応して、ドッグが歓声に揺れた
それだけ言い残して、ドクは人だかりを裂いてドッグの出口へと向った
大柄な整備士が職場へ戻れと怒鳴り声を上げ、その場は解散となった
アイベル「流石ね、あんな方法で士気をあげるなんて」
少し離れたところで事を見守っていたのか、後ろからアイベルが追いついた
それを無視し、ドクはドッグを後にした
('A`)「そんなつもりじゃないさ……」
話を人に聞かれないだろう場所まで来ると、口を開いた
返答を待っていたアイベルが、ドクの隣に並ぶ
少なくとも、士気を上げる為に言ったわけではない
あそこまで隊の士気が高まっていたとは、知らなかった
俺が特殊な状況下に置かれているからだろうか、周囲のものは皆敵を倒そうと躍起になっているようだ

17ダメな子:2006/05/20(土) 23:58:17 ID:zOgHKKkU
アイベル「ねぇ、なんであの子を助けてあげたのかしら?」
間がもたず、アイベルが質問を出した
話すことが苦手なので、よくこうしてアイベルには助け舟を出してもらうことは少なくなかった
アイベル「別に他意があったとか、そういうわけじゃないんでしょう?」
言っている意味がよくわからず首を捻ると、アイベルは失言だったわと苦笑した
パイロットを助けた理由、か
あのパイロットの恐怖、それは死への恐怖、失うことへの恐怖
それから逃げ出すことは、臆病なのだろうか
そう、それは臆病、改めて言う必要すらない当然のことだ
軍人、戦士としての精神に反する、愚劣で恥辱にまみれた行為
本来ならば許されるはずのない罪

18ダメな子:2006/05/20(土) 23:58:52 ID:zOgHKKkU
('A`)「……アイベル」
アイベル「……? なにかしら?」
('A`)「…………」
逃げること、戦うこと、救うこと、壊すこと
矛盾
どこが? 何故?
戦って壊さなければ、守りたいものを襲う脅威は取り払えない
守りたいものを連れて逃げて、確かに安心できるだろうか
あの時ブーンに渡した銃は、力は、俺は、間違っていないはずだ
だが、救う力、守る力、それは何から救い守る力だ?
戦場には死がある、戦場でないところには死はない
怒りと憎しみの坩堝、外に出ればそこには何がある?

19ダメな子:2006/05/20(土) 23:59:24 ID:zOgHKKkU
('A`)「なんでもない、気にしないでくれ」
自嘲的に溜め息をついてそう言い、再びドクはトレーニングルームへ向けて歩を進めた
今俺には力がある、守ることが出来る強さがある、以前の俺とは違う
それなのに何故、俺は今……
昔ブーンを引きとめたときから、俺は変わったのだろうか
胸が痛い、あのパイロットに言った言葉を
なぁ、ブーン
お前は彼等を、俺を、お前が望む場所にどうやって連れて行くというのだ?
俺には、戦わずしてそこへ行く方法が、わからない
お前は答えを知っているのか、ブーン……?

20ダメな子:2006/05/21(日) 00:02:15 ID:zOgHKKkU
前回投下した分は、これでおしまいです
次の投下はまた来週、ですね

>>6
いえいえ、まとめてもらっている立場なのにそんなこと…
これからもよろしくお願いしますね!

21ダメな子:2006/05/28(日) 00:17:45 ID:1Erz7Tfk
遅くなりますた
では、投下いたしやす

22ダメな子:2006/05/28(日) 00:19:05 ID:1Erz7Tfk
ツァール「XとYはだから……因数分解の形は……こうなって……。それからこの式を……」

部屋に備えられた小さな机に肩を並べて、少女が男に勉強を教えている
数式の敷き詰められた教本を睨みつけながら、ゼノンはしきりに表情筋を動かして唸っていた

ゼノン「わからん。俺が理解できる言葉で喋ってくれ」
ツァール「これ……そんなに難しくないよ……」
ゼノン「んなこといわれても、わかんねぇもんはわかねぇんだよ……」

ぼやきながら、ゼノンは大きく息を吐いて椅子にもたれかかった
ツァールが隣で溜め息をつく
自分から頼み込んで勉強を教えてもらっている以上、真面目にやるのが筋だ
だがいざこうして小難しい話をされると、集中し続けるのは困難だ
かなりの時間が経過したような気もするが、実際には一時間も経っていない

23ダメな子:2006/05/28(日) 00:19:39 ID:1Erz7Tfk
ツァール「じゃあ……加法定理……やる……?」
ゼノン「かほて……?」
ツァール「やっぱり止めとく……」

呆れたような溜め息をつき、ツァールは頬杖をついてペンをくるくると回しはじめた
器用な奴だと感心しながら、机の上の教本を手に取る
B4サイズの小さめのそれをパラパラとめくる
先程やっていたものよりも難解そうな数式が、たくさん息を潜めていた
見ているだけで目が痛くなる、頭も痛くなる、ついでに胃も痛くなる
はぁと溜め息をつき、教本をぽいと投げ捨てた

ツァール「丁寧に……借りたんだから……」

緩慢な動作で、ツァールが教本を手にとって手許にやった
ツァールは、普段はおっとりというか、とろくさい
MSに乗ってる時は結構機敏な動きと比較すると、どうしてこいつがMSを動かせているのだろうと思うくらいだ
などと、頬杖をつきながら考える
ツァールは暇つぶしにかルーズリーフに数式を書き写し、淀みなくペンを動かしていた
出来る奴からすれば、なんのこともないのだろう
だが、出来ない俺からしてみると、天才なのではないだろうかなどと思えてくるから不思議だ

24ダメな子:2006/05/28(日) 00:20:13 ID:1Erz7Tfk
ゼノン「それにしても、一体なんの役に立つんだ、それ?」

かねてからの疑問を、ついに問い掛けてみた
前々から誰かの意見を聞こうとは思っていたが、親しく、それでいて頭のいい人間が周囲にいなかった
故に、こうして秀才の意見を聞くのは初めてのことだ
少しばかりわくわくしながら、ツァールの返答を辛抱強く待った

ツァール「……テスト……?」

少し考えるように口元に手をやり、そしてポツリと呟いた
ツァールの二言目を待つゼノン、口を開く気配のないツァール
少しの間、微妙な沈黙が流れる

ゼノン「……そんだけか?」
ツァール「……多分」

もっと、あれこれどういうときにこう役だって、などという話をいくらか期待していたのだったが、少し拍子抜けだ
だがしかし、簡単な計算しか出来ない俺が実生活でも特に困りはしないのだ、ある意味納得出来る話でもある

ゼノン「つか、ならなんでテストでしか用足さねぇのにわざわざ覚えるんだ?」

率直に疑問に思ったことを口にする
ツァールは返答に困っているのか、ルーズリーフに目を向けたまま眉根を寄せた

25ダメな子:2006/05/28(日) 00:21:01 ID:1Erz7Tfk
ツァール「……そういえば……こんなの何処で使うんだろう……」

意見を求めるようにこちらを見やり、そう言う
知るかよと返すと、ツァールはルーズリーフに目を戻して首をかしげた
そうか、と椅子にもたれて伸びをする
やはり勉強などしたところで、結局は無用の長物なのだ、俺たちには
欠伸をかみ殺して、机に突っ伏した
隣から再び、黒鉛のけずれる音が聞こえる

ツァール「というか……なんで急に……こんなこと……」
ゼノン「あん?」
ツァール「勉強……嫌いじゃ……なかったの……?」

ルーズリーフに目を向けたまま、そう言う
しかし喋っているのにもかかわらず、ペンは迷いなく数字を書き込んでいく
やっぱり頭の出来がどこか違うんだろう、再びそう強く納得した

ゼノン「なんだ、そのな……やっぱ、勉強できたほうがいいのかもな、ってよ」
ツァール「……そう」

ツァールはちらとこちらに顔を向けると、興味なさ気に頷き、すぐに視線を手許に戻した
自分から質問してきたくせにそっけない、いつものことだが

26ダメな子:2006/05/28(日) 00:21:38 ID:1Erz7Tfk
実際のところ、こんな時に勉強を教えてもらおうなどと考えたのは、前回の戦闘のせいだろう
俺たちの生きる場所は戦場、それに文句はない
快感を得られるあたり、むしろありがたいとすら感じる
だが、もし戦争が終ったらと仮定すると、だ

ゼノン「……あー、ったくよぉ!」

すっくと椅子から立ち上がり、頭をがりがりとかきむしった
また弱気になってしまっている
この調子では、戦場で殺されてしまうかもしれない
そう自戒しようにも、心の中で渦巻く何かが、もやとなって思考を曇らせている
葛藤というものなのだろうか、こんな感じは初めての体験だった
苛々する

27ダメな子:2006/05/28(日) 00:22:22 ID:1Erz7Tfk
ゼノン「……なぁ、俺らって正しいのか?」

ツァールがこちらを振り仰ぎ、意図を測りかねて困り顔になった
当然の反応だろう、俺も意味がわからない
はじめは俺のため、そして途中からはマナを守るため
だがそれは敵も同じ、だから向ってくる、殺し合いになる
そんな当然を、愚かだと言い放った白いMSのパイロット
正しいのは誰だ?
そもそもからして、正しいとはなんだ? 何をもってして正しいとする?
誰が正しいを決める? そして、俺の正しいはなんで、何処にある?
正しい、そのたった一つの言葉に対して、いくつもの疑問符が溢れてくる
頭の中がぐちゃぐちゃになって、沸騰しそうだ
もしかすると、既に沸いてしまっているのかもしれない
正しいの定義すら、俺にはわからない

28ダメな子:2006/05/28(日) 00:23:09 ID:1Erz7Tfk
ゼノン「わかんねぇんだ、俺は馬鹿だからよ。何が正しいのかわかんねぇんだ」

自分たちが正しいのかもしれない、また反対に敵達の言い分が正しいのかもしれない
もしくはあの白いMSに乗っていた奴の仲間の連中の言い分が正しいのかもしれない
いずれもが正しく、間違っているような気がする
昔の俺なら、そんなこと知ったことかと、勝った奴が正しいと結論付けていただろう
だが、今はそう割り切ることは出来なくなっていた
マナが死んだのは、俺が間違っていたからではないのだろうか
そう考えると、もはや敵を砕くことで快感など得られない
人殺しの責をなすりつける対象の大義名分が、崩れてしまっている

ツァール「……正しいのは……お父さん……」

ペンを動かしていた手を止め、ツァールが小さく言った

ツァール「私の正しいは……お父さん……」

おまえの親父が、と問う
ツァールは頷き、顔を伏せた

ツァール「でも……ゼノンの正しいは……私にはわからない……」

それだけ言うと、何事もなかったかのように視線を手許にやった

29ダメな子:2006/05/28(日) 00:23:41 ID:1Erz7Tfk
どういうことだ
ツァールの正しいと、俺の正しいは違うということなのだろうか?
今こうして煮え切らない思いを抱えているということは、どこか地球連合、オットフリートに疑問を感じているからなのだ
ツァールのオヤジは、俺の正しいではない
ならば俺は、何を正しいと価値観に信ずればいいのだろう

ゼノン「わかんねぇ、か……」

口の中だけで言葉を発し、少し目線を下げてツァールを上から見下ろす
俺にはさっぱりわからない問題を、いとも簡単に、まるで魔法のように解き明かすツァール
それなのに、簡単な一つの問いに解を俺に与えてはくれない
答えを出そうと思えば、それは可能だ
マナが死んだと聞いたとき、俺は結論を出した
ただ己を満たすために敵を砕ければ、それでいいと
だがそれに対して俺は、やはり納得することは出来ていない
それは俺の答えではない気がする
俺は、何を正しいとしたいのだろう?

30ダメな子:2006/05/28(日) 00:24:23 ID:1Erz7Tfk
ゼノン「さっぱりわかんね……」

ぼそりと呟き、おぼつかない足取りでベッドへ近づき体を投げ出した
シーツの柔らかい感触が、体を包む
ツァールは俺の勉強続行を諦めたのか、小さく溜め息をついて教材を片付け始めていた
手近にあった枕に顔を埋め、目を閉じる
難しすぎてわからない、軽くてもやもやしたものが、頭の中を漂っている
手を伸ばせばつかめそうなのに、何処か遠くにある、不思議な感覚
だが不快感はなく、むしろ不可解な充実が心を満たしていた

31ダメな子:2006/05/28(日) 00:25:47 ID:1Erz7Tfk
ゼノン「……なぁ」

枕に顔を埋めていたので、くぐもった声がでた
ツァールがなに、と欠伸混じりに言った

ゼノン「やっぱ勉強、もうちょっとだけ教えてくんね?」

ごろんと寝返りをうち、ツァールに顔を向けて頼む、と手を合わせた
ツァールは少し考えた後、いいよと教本をファイルから取り出し、机の上に広げた
サンキューと口元を歪め、ベッドから飛び降り、ツァールの隣の席におさまる
渡された教本に目を通す
まだ時間はある、もっとじっくり、ゆっくり考えればいいだろう

ゼノン「ツァール」
ツァール「なに……?」
ゼノン「ありがとうな」

ゼノンがツァールに微笑みかける
ツァールもつられて微笑みを返した
正しい、か……
俺の正しいは、俺自身で見つけよう

32ダメな子:2006/05/28(日) 00:29:02 ID:1Erz7Tfk
今日の投下分はおしまいです
今回凄く短かったっすけど、来週頑張りますんで

セリフと地の文の間を空けてみました
どうだろう、こっちの方がいいのかな

では、読んでくださった方々、ありがとうございました
また来週会いませう
ノシ

33ダメな子:2006/06/03(土) 23:14:06 ID:I8.hcAPY
こんばんは
有言実行は無理みたいです、用事が立て込んだので短めに……

では、投下していきます

34ダメな子:2006/06/03(土) 23:16:46 ID:I8.hcAPY
青い空、白い雲
陽光を受けて煌びやかに輝く海、柔らかなぬくもりの感じられる海
水平線を一人眺めながら、ツンは思い切り顔をしかめていた
物凄く苛々する、こんなときだというのにブーンは少し浮ついているのではないか?
やけにマナと親しげにしていると思ったら、ヱイルと一緒に部屋にいて
しかもヱイルは、タオルをまいただけの格好だった
単に自分がのけ者にされているから怒っているのだが、ツンはそれを風紀的な乱れに対しての怒りに転化していた
昔は、自分がブーンの行動を把握できなかったことなどはなかったのに
ブーンが大気圏へ落ちて一時的に敵側へ回った時から、ツンの知りえない時間が増えた
ツンはそれが気に入らないのだ

35ダメな子:2006/06/03(土) 23:18:03 ID:I8.hcAPY
ξ゚⊿゚)ξ「ブーンの、馬鹿!」
手元の砂を叩きつけ、手一杯にそれを握り締める
鬱屈した感情を押し込み、海へ投げつけた
しかしそのとき一陣の風が走り、投げた砂はツンのもとへと戻っていった
寄せて返す波の音が、砂まるけになったツンを嘲笑うように響く
ツンはがくりと首を落とし、今朝綺麗に整えたばかりの髪から砂を滴らせた
ξ゚⊿゚)ξ「……くっ……なんなのよ!」
激情にもう一度砂を握りしめる
しかしすぐに脱力し、握った砂は元の場所へと戻っていった
なんと惨めなのだろうか、私は

36ダメな子:2006/06/03(土) 23:18:23 ID:I8.hcAPY
ξ゚⊿゚)ξ「シャワー、浴びよっかな……」
髪をかきあげて、砂を払い落とす
潮風と巻き上がる砂で、髪が痛んでしまう
ツンはデニムについた砂を払いながら、ゆっくりと立ち上がった
海を見ていれば気が晴れるかもしれない、そう漠然と考えていたが、どうやらそれは私には向いていないということがわかった
風流だとか趣があるとか、それは苛立ちを増長させる要素にしかなりえない
そういう感動は、私には不向きだ
見ていても波の動きに心奪われることもなく、結局手持ち無沙汰になって余計なことまで考えてしまう
だが、苛々するとわかっているのにもかかわらず、それでもツンは毎日海へ足を運んでいた
なんとなく、自分の居場所が感じられないからである
それにしても髪が心配だと、ツンは海岸線を歩き出した
情けなく眉を寄せ目をしかめ、ぶつぶつと愚痴を漏らしながら

37ダメな子:2006/06/03(土) 23:23:24 ID:I8.hcAPY
ドライヤーのファンの音が、個室に響く
エリュシオンに艦を隠して三日が経過した
現在、状況ががどうなっているのかは、把握してはいない
だがパイロットである私たちに連絡がないということは、目立った動きはないということだ
大方先日の戦闘での損害の処理と、戦力の結集に時間をかけているのだろう、しばらくはまったりと待っていればいい
今私たちは、地下海底の、いわゆる秘密基地に艦や機体を隠し、息を潜めている
もともとジャミングの強力な国家なのだ、無理に隠そうとすることもないだろうと思う
どうせ前回の戦闘への乱入で目をつけられているだろうし、変にこそこそする必要があるのか
それとも他に、何か隠さなくてはならないものがあるのだろうか?
まぁ、そんなこと私の知ったことではない
髪にくしを通すことに、意識を集中させる
さらりとクシを撫で下ろすと、柔らかいウェーブがかかった
こうして簡単にドライヤーをあてるだけで綺麗な癖のつく、自慢の髪
ヘルメットをつけるときかなり邪魔にはなるが、それでも肩に尽く程度には髪の長さを保っていた
でもブーンは、私のような暖色の癖毛より、マナのようなサラサラの黒髪のほうが好みなのだろうか
一瞬染めてみようかという思考が脳裏をよぎったが、即座に否決して溜め息をついた

38ダメな子:2006/06/03(土) 23:23:36 ID:I8.hcAPY
ξ゚⊿゚)ξ「さて……これからどうしようかしら」
先程までいた浜辺は、この海低基地から地上に出れば、すぐそこにある
だが、とてもではないが今更行く気にはならない
せっかく潮と砂の不快感を洗い流したのだ
シャワーを浴びるのは好きだが、率先して汚れるのは趣味じゃない
それに髪をセットするのは、それなりに骨の折れる作業だからだ
その時、ツンのお腹が小さく名乗りをあげた
壁にかけられた時計を振り返り、そういえばもうお昼ねと独りごちた
基地内の食堂で食事を済ませようかと考えたが、どうも気が進まない
先々日と世話にはなったが、基地という場所柄か男臭く、女に飢えた連中がやたら声をかけてきて、落ち着つくことができないのだ
宇宙連合軍の基地も大方に通った感じだったので仕方がないといえば仕方ないが、だからとそれらを我慢する理由にはならなかった
今日は気分転換に、外で食事をとろうか

39ダメな子:2006/06/03(土) 23:23:55 ID:I8.hcAPY
( ^ω^)「ツン、いるかお?」
扉をノックする音と共に、声が聞こえてきた
それに反応して、ピクリと肩が跳ね上がり、少し動悸が早くなる
ξ゚⊿゚)ξ「な、なにかしら、ブーン?」
( ^ω^)「お昼、一緒に食べないかお?」
お昼、という言葉が耳に入った時点で、ツンはすぐに外出の準備はじめていた
ブーンがやっと私のことを誘ってくれた
ここに来てからこっち、ブーンはマナにつきっきりと言っても過言ではない状態で、ずっと私の相手をしてくれていなかったのである
努めて平静を装うとするも、どうしても顔がほころんでしまう
ξ゚⊿゚)ξ「ち、ちょっと待ってなさい!」
着ていたハーフパンツとシャツを脱ぎ散らかし、どたばたと洗面所へ向って軽く化粧を施す
先程風呂に入っていたことに、僅かながら感謝する
案外海も役に立つなと、自分勝手なことを考えながら

40ダメな子:2006/06/03(土) 23:24:15 ID:I8.hcAPY
( ^ω^)「まーだかおー」
ξ゚⊿゚)ξ「き、急にきたのはそっちでしょ! ちょっとくらい待ちなさいよ!」
催促の声にそう言い返し、クローゼットを開ける
その中から一着可愛らしいワンピースを取り出し、身に着けた
ずいぶんと久しぶりに、粗雑な服からこのような着飾った格好をした気がする
宇宙軍にいたころは、パイロットスーツか制服、もしくはジャージ
男連中はそれで問題はなかっただろうが、個人的には浮ついた格好もしてみたいなとかねてから思っていたのだった
姿鏡で自分を客観視してみたが、なかなかイケている、といった感じではないだろうか
エリュシオンに着いた際に支給された金銭の、大半をつぎ込んだ価値があったというものだ
この格好を見て、ブーンはなんと言ってくれるだろうか
どうせブーンのことだから気の聞いたセリフなど言わないだろうけれど、それでも淡く期待してしまう
一度深く深呼吸して気を落ち着かせ、ドアノブを捻った

41ダメな子:2006/06/03(土) 23:24:33 ID:I8.hcAPY
ξ゚⊿゚)ξ「待たせたわ……ね」
弾けるような笑顔をたたえていたツンの表情は、しかしすぐに曇ってしまった
ブーンの後ろに、黒髪の女が控えている
マナ「こんにちは、ツンさん」
ξ゚⊿゚)ξ「……こんにちは」
柔らかく微笑みを向けられて、ツンは思い切り不機嫌顔になった
何でこの女が一緒なんだ
( ^ω^)「マナちゃんがさ、ツンも誘ってあげようって言ったんだお」
マナ「あ、迷惑でしたら、無理には付き合ってくださらなくてもいいんですけれど……」
二人の言葉にツンは更に表情を曇らせ、まさに苦虫を噛み潰したような顔、を体現する形となった
ついでだったのは、マナではなく私の方か
しかもブーンには、私を誘うという気はなかったということだ

42ダメな子:2006/06/03(土) 23:24:50 ID:I8.hcAPY
ξ゚⊿゚)ξ「いいわよ別に、付き合ってあげても……暇だったし」
投げやりな調子で、伏目がちに言う
確かに暇ではあったが、こうしてわざわざ着飾るということは好意の表れということなのだが、当然ブーンは察っせなかった
踵を返し、じゃあ行こうかとブーンはさっさと歩いていってしまった
あまりの素っ気なさに、怒りを通り越して悲しくなってくる
私を守るとか言っていたくせに、もっといいものを見つけたからと、私はお払い箱というわけか
先に歩き出した二人を追って、少し後ろをとぼとぼとついていく
マナ「そういえばツンさん、可愛らしい服を着てますね。とても似合ってますよ」
マナが振り返って言った
しかし、ブーンは振り返らなかった
誉められているのだが、欠片も嬉しくない
むしろ人の良さそうな笑顔が余裕のあらわれに見えて、憎らしく思えた
私がブーンにまるで相手にされていないから、心の中で馬鹿にしているのではないだろうか
着飾ってアピールしても気にもされない、情けない女だと

43ダメな子:2006/06/03(土) 23:25:00 ID:I8.hcAPY
ξ゚⊿゚)ξ「お世辞なんていらないわ」
そう吐き捨て、敵意を剥き出して睨みつけて鼻を鳴らす
苛々する、ブーンと一緒にいた時間は、私のほうが長いのに
しかしツンは、これまでブーンに対し好意を顕わにしたことは、ほとんどなかった
性格上、そういうことはなかなか出来なかったのである
ブーンはもてないし、近くにいるのは私だけだから、私のことをいつか好きになってくれると、そう根拠もなく思ってもいた
しかし今こうして、ツンの知らない時間を共有していたマナが、ブーンと親しげにしている
嫉妬にかられた女の心に、どす黒く広がっていくものがあった
こんな女、はじめからいなければよかったのに

44ダメな子:2006/06/03(土) 23:25:16 ID:I8.hcAPY
( ^ω^)「やっぱカレーはうまいお、最高だお」
マナ「内藤さん、相変わらずカレー好きですね」
楽しげに会話をする二人を横目に、ツンは黙々とラーメンを啜っていた
あの後ブーンたちと共に外出し、近くにあった公衆食堂に入った
基地や工場の近くということもあってか、作業服を着た人がちらほらといる
速さをモットーにしているのか、注文した食事はすぐに届いた
細く縮れた麺に白く濁ったスープ、豚の骨のだしをとっているのだと、この食堂の店主が言っていた
しかし二人の会話に聞き耳を立てるのに全神経を集中しているため、味わう余裕はなかった
隣で展開される会話に混ざりたくはあったが、それは難しかった
二人の世界を形成し、割り込もうにもタイミングがつかめない
心なしか、ブーンが自分と会話している時よりも楽しそうだ
最近自分がブーンと話したことといえば、MSの話
ブーンが"ファンネル"は自分にも使えるだろうかと話し掛けてきたのだが、自機の整備中だったので一言二言話した後、適当にあしらった
最近はずっと、ブーンとはギクシャクしていた
あれもこれもそれもどれも、全ての原因はマナとかいう女のせいだ
よくよく考えればこの女は、ブーンをたぶらかして地球軍に留めて私たちと戦わせ、挙句ブーンを死の淵に追いやった
そして少し前に、何事もなかったようにブーンに近づき、またこうして言い寄っている
ブーンもブーンだ、何故こんな奴と親しくするのだろう

45ダメな子:2006/06/03(土) 23:25:38 ID:I8.hcAPY
ξ゚⊿゚)ξ「ごちそうさま」
まだ半分以上残っていたが、今の心境を反映してか食欲も減退している
視界の端で、シェフがあんぐりとこちらを見ていた
悪いとは思ったが、どうせ味などしないのなら食べるだけ無駄だ
( ^ω^)「ツン、もういいのかお? この後デザートにパフェを頼んであるお」
ξ゚⊿゚)ξ「いらない」
吐き捨てるように言って、食器を手に席を立つ
ふと、二人の前に並んでいた食器が目に入った
普段のブーンは、何かに急かされているのかと思えるほど食べるのがとても早かった
それなのに今は、普段なら食べきっているはずが半分程の残っている
マナの食器を見て、合点がいった
ブーンはマナに合わせてやっているのだ
私と食事をした時は、さっさと食べ終えるくせに
ブーンが気の利かない男がからこそ、細かい気遣いをマナに対してしているということが腹立たしかった
ブーンはツンの返答が意想外だったのか、困惑していた

46ダメな子:2006/06/03(土) 23:26:38 ID:I8.hcAPY
( ^ω^)「ツン、どうしたんだお? 甘いもの好きだったはずだお」
ξ゚⊿゚)ξ「いらないって言ってるでしょ! 聞こえなかったの!?」
( ^ω^)「つ、ツン……?」
愕然とした表情で、ブーンがこちらを見上げる
大声を出してしまったことで、食堂の客の目線が集まった
マナ「ツンさん、どうしたんですか? 落ち着いてください……」
心配げな表情でマナが言った
気に入らないのだ、この女の一挙一動が
ξ゚⊿゚)ξ「うるさいわよ! なによ、アンタなんか敵だったくせに!」
一方的な非難の言葉をぶつけると、マナが顔を俯けた
それを見てブーンが眉間に皺を寄せ、腕を掴んできた
相当怒っているらしく、握られた腕が痛い

47ダメな子:2006/06/03(土) 23:27:02 ID:I8.hcAPY
( ^ω^)「ツン、いいかげんにするお! なんなんだお、さっきから!」
ξ゚⊿゚)ξ「私に触らないでよ!」
怒鳴り、腕を振り払った
その拍子でラーメンの器を載せたトレイが手から滑り落ち、床に落下した
器は音と破片を撒き散らし、食堂の空気を凍らせた
衝動的な行為に対する後悔や羞恥でいたたまれなくなる
ツンは逃げるようにして、その場を走り去った
一体何をやっているのだろうか、私は
あんな態度で、あんなことを言って、怒らせてしまうのも当然だ
自分はどうしても感情的になってしまうきらいがある
ずっと昔からわかっていたことだったが、やはり今も改善には至っていない
店を出てしばらく走った、前方に海が広がっている
振り返って後ろを見てみる、しかし誰も追ってきてはいなかった
やはりブーンは、私のことなどどうでもよくなったのだろう
そもそも、私とブーンは付き合っているというわけでもなかったのだ
どうでもよくなった以前に、はじめからどうでもいい存在だったのだ
居場所がない
顔を俯けて、歯を食いしばった
足許にぽつぽつと、いくつかの小さな水滴が落ちていく
これまでに感じたことのないような無気力感を感じながら、ツンは袖で目を拭った

48ダメな子:2006/06/03(土) 23:30:05 ID:I8.hcAPY
投下分、終了です
やっぱり小説って書くの難しいですね
夏までには終らせたいなぁ……

今日も読んでくださった方、ありがとうございました!
では、また
ノシ

49ダメな子:2006/06/10(土) 22:42:20 ID:I8.hcAPY
おいすー( ^ω^)ノ
今回はちょっと長めです
では、投下していきますね

50ダメな子:2006/06/10(土) 22:43:28 ID:I8.hcAPY
ツンが走り去って、ブーンと二人、食堂に取り残されてしまった
こちらのことを、食堂にいる人間ほぼ全てがちらちらと見ている
居心地の悪さを感じ、思わず目を伏せる
慌ててすぐに食器を破壊してしまったことをブーンが店長に謝罪し、食事代に弁償費を上乗せして会計を済ませた
心なしか店長が気を落とした様子だったのが気になった
その後すぐにツンを追って外へ出たものの、すでに彼女の姿は見えなくなっていた
仕方がないと、二人で並んで基地へと戻ることにした

( ^ω^)「ごめんおマナちゃん。ツンが、あんなこと……」

申し訳なさそうにブーンが言う
彼が謝るのは筋違いなも気もしたが、おそらく彼女の尻拭いは習慣なのだろう
気にしていないと伝えると、彼はもう一度頭を下げた

51ダメな子:2006/06/10(土) 22:46:52 ID:I8.hcAPY
( ^ω^)「ここ最近、ツンの様子がおかしいんだお……」

話し掛けても素っ気ない返事しかしてくれない、と内藤がぼやいた
言われなくても、彼女が不機嫌なのは一見したら誰でも感づくだろう
私の記憶では、彼女が最後に機嫌よさそうにしていたのは、私が先日の戦闘で彼女と通信をする直前までだった
そのことからも、おおよその見当がつく
彼女は、私がブーンと一緒にいて、親しくしているのが気に入らないのだろう
たしかに彼のことを好いてはいる、これからも仲良していきたいとも思っている
だが違う、それは友情であって、彼女が考えるそれではないのだ
いくら親密になっても、手を重ねても、心は真に通いはしない
彼が兄の仇という事実は、どうしようもなく変わらない現実だからだ
心の壁がどれだけ薄く透明になっても、なくなりはしない
それにしても、たった三日で彼女がブーンに好意を寄せているであろう事は、簡単にわかってしまった
以前ツンたちがいたという軍学校や軍艦の周囲の人たちは、彼女らに相当気を使っていただろうと思う
現場の様子を想像して少し笑いそうになったが、たしかにこれは厄介なことだ
困った表情をしたブーンの横顔を見つめながら、どうしたものかと首を捻った

52ダメな子:2006/06/10(土) 22:50:51 ID:I8.hcAPY
( ^ω^)「マナちゃん」

不意に呼びかけられて、どうしましたと言いながら振り返った
ブーンは、浜辺の近くにあったベンチを指さしていた

( ^ω^)「海、見ていかないかお?」

何故唐突に、と首を捻って、はたと気付いた
どうやらブーンは、私が海を好んでいたことを覚えていてくれたらしい
先程嫌な思いにさせてしまったからお返しに、ということなのだろう、本当にいい人だ

マナ「いえ……今は遠慮しておきます」

気を悪くさせないようにと、微笑みを浮かべながら言う
たしかに海は好きだ、単純にそれ自体を愛している
だが、あの時海を見ていたかったのは、広大すぎる海を見ることで、一時でも目を逸らしたかったからだ
ブーンのことや、これからのことで悩む自分の心の内から
しかし今は、自分の出来ること、やるべきことが理解できている
あの時もやのかかっていた進むべき道が、今ははっきりと見えている
だから今は、海は必要ない
ブーンはマナの言葉を聞いて、意外そうに少し眉を上げた

53ダメな子:2006/06/10(土) 22:54:57 ID:I8.hcAPY
( ^ω^)「そっかお……。じゃあ、また今度一緒に見ようお」
マナ「はい、是非。では、また後ほど……」

ぺこりと頭を下げて、マナは走り出した
私が彼とツンの間を取り持ってあげよう
ブーンは仇、それはわかっている
だが彼は同時にマナが抱いていた反戦の感情を、具体的に現せる場所へと導いてくれた存在でもあるのだ
彼は、憎まれる辛さも悲しみも虚しさも、きっと誰よりも強く感じていた人間だ
だからこそ皆を止めたいと、自らの命を白刃の下に晒して戦っている
彼は、幸せになるべき人間だ
そしてできれば傍で、彼の笑顔を見ていたい
心地よい風の中、煌く海に目を向けて、マナは心が満ち足りていくのを感じた

54ダメな子:2006/06/10(土) 22:58:38 ID:I8.hcAPY
駆けていくマナの背中を眺めながら、ブーンは呆然と立ち尽くしてしまった
ツンには理不尽に怒りを向けられ、更にはマナにも置いてけぼりにされてしまった
空を振り仰ぐと、まだ青く、強い陽光が目に飛び込もうとするのを、手を掲げて防いだ
脱力するように首を垂らし、これからどうしようかと溜め息をつく
すると、お腹の虫がが小さく鳴った
ツンが騒ぎを起こしてしまったため、あの後すぐに食堂を出るはめになってしまい、結局半分ほどしか手をつけていない
ああ、あのカレー、"イシューリエル"程ではなかったものの、美味しかったのに
悔やんでも仕方がないので、別の場所で軽食でもとるべく街の方に向けて歩き出した
それにしても、マナが海を見ることを拒否するとは思わなかった
いつか、一日中海を見続けていたことがあった
あの時自分は考え事ばかりで、海ではなく自分の内ばかりを見つめていたが
歩みを止め、振り返り、再び海を見つめてみる
戦争のこと、ドクのこと、ツンのこと
そして、これからのこと
考え事ばかりしているのは、どうやら今も変わってはいないようだ
最近自分は、どうも難しいことばかりを考えている気がする
しょうのないことだが、なんだか自分らしくない気もして、成長したと喜べばいいのか、複雑な気持ちになる

55ダメな子:2006/06/10(土) 23:07:17 ID:I8.hcAPY
CIC「いいねぇ、青春だねぇ。若いっていいねぇ、本当にいいなぁ」

やはり一人で海を見ていようかと踵を返しかけたところで、突然後ろから声をかけられた
振り返ると、街の方からCICのお姉さんが歩いてきていた
大方、管制という役柄、暇を持て余しているのだろう
管制では整備の役に立たないからだ
でなければ、一人で街の散策などしないだろう

CIC「でーも、フラれちゃったのかな?」

CICは、微動だにすれば体か触れ合いそうになる程こちらに接近し、覗き込むように上目使いで言った
先程のやり取りを見ていたのか、妙に顔をほころばせている
この人のことだから、つけていたという可能性もなかにしもあらずだ
以前艦長をつけて、色々とゆすっていたらしいという噂もある
後ずさるように離れ、いつから見ていたのかと問うと、食堂からだよ、よく気付いたねと少し驚いた様子だった
聞くところによれば、ショボン艦長に食事に誘われて、あの場に偶然居合わせていたらしい

CIC「前から思ってたけど、やっぱ君らラブラブだよね。ここに来る前も仲良かったし、いちゃいちゃしてたし。ああ憎たらしい」

爽やかな笑みを浮かべている
言動と表情が一致していないので、本心からの言葉なのか理解しがたく、こういう人はどうも苦手だった

56ダメな子:2006/06/10(土) 23:12:05 ID:I8.hcAPY
( ^ω^)「マナちゃんは、僕のこと好きなんかじゃないですお」

自嘲気味にそう言うと、何でそんなこと思うの、とCICが不思議そうに首をかしげた
またもやずかずかと距離を詰めてきたので、再び後ずさるようにして離れる
他意があるのかないのか、あまり女性慣れしていないので、止めて欲しいものだ

( ^ω^)「マナちゃんとは、何もないですお」

彼女のことを、たしかに好いてはいる
これが愛情なのか友情なのか、それとも仲間としての連帯感なのかは定かではないが、たしかに好意は存在する
マナも、好意的に僕を受け入れてくれていると思う
だがしかし、彼女にとって僕は友人云々であると同時に、仇でもあるのだ
その事実が、互いの密接を拒んでいる
手を伸ばしても体温は伝わらない
これからどれだけ親密になっても、壁はなくなりはしないだろう
彼女の兄を殺したのは、故意だったわけではない
戦争のシステム上仕方のないことでもあった
だが彼女の兄という存在を奪ってしまったのに、仕方がなかったでは済まされないのだ
それなのにマナは割り切って、僕と再び共に行動を共にしている
本当にマナという女性は強い人だと、改めて感じた
そして、戦争はやはり、辛いことが多すぎる

57ダメな子:2006/06/10(土) 23:17:06 ID:I8.hcAPY
CIC「じゃー、内藤君はツンちゃん狙いかい? 仲間だったんでしょ、宇宙連合の?」

人がシリアスに浸っているというのに、あっけらかんとした表情で学生のような話をする
わざとなのだろうかと勘繰る
この人の笑みには、常日頃から含みがあるように感じられるので、真意は測りかねた

マナ「あー、でも、ヱイルちゃんとの濡れ場見られちゃってるし、気まずいんでない?」

その言葉に、思わず盛大に噴き出した

( ^ω^)「な、何で知ってるんですかお!? ってか、別に僕は何もしてないですお!」
CIC「まーたまたぁ。にくいねぇ、この色男! 色魔!」
( ^ω^)「し、色魔って……」

肘でブーンを小突きながら、CICはニヤニヤと笑う
まさか自律機動偵察機でも展開しているのではないだろうかと、一瞬本気で考えてしまった
まぁ、どうせ大方ヱイル本人に色々と聞き出したのだろう、あまり深くは気にしない
これ以上相手にするのは時間の浪費だと気付いたので、踵を返して基地へと向ことにする
戦闘に備えて、"ストレイヤー"の整備でもしよう

58ダメな子:2006/06/10(土) 23:23:38 ID:I8.hcAPY
CIC「ところでさぁ、どう? 次の戦闘、勝てそう?」

よほど暇らしいのか、CICはこちらにへばりついて、話を続けようとした
少し足を速めてみても、まとわりつく犬のようにとことことついてくる
寧ろさっさと話を切り上げたほうが、絡まれずにいいかもしれないと判断し、立ち止まる
というか、と先程CICが言った言葉を脳内で反芻する
僕達の望みは勝つことではない、戦争自体をノーゲームにすることだ
振り返ってそう言うと、CICはわかってるよと、投げやりに鼻をならした
わかっているのかわかっていないのかがわからない
大体、殺し合いを止めに行くのに、暴力で無理に言い聞かせようとしては意味がない
けんかを止めるために、当事者間に殴りこむようなものだ
それでは説得力の欠片もない、本末転倒である
本来ならば、MSに搭乗することすらも憚れるところだ
だが、それは仕方がないだろう
意見を発しても、立場が対等でなければ耳を傾けてはもらえない
アリが象に何を言っても、無視されるか踏み潰されるのがおちだ

59ダメな子:2006/06/10(土) 23:33:52 ID:I8.hcAPY
CIC「でもさぁ、内藤君って強いんでしょ? 一騎当千って感じでしょ? なんかこう、無双的な」
( ^ω^)「いえ、そんなこと……」
CIC「ところで、聞いた話によると君の乗ってる機体は、その辺の量産機じゃ相手にならないくらい強いって聞いたよ。もしかしたら、私が乗っても強いんじゃないかなぁ?」

誉められているのかと思ったら、こちらを侮るような口調でCICが言った
いまさら操縦技術で、管制担当の人間と張り合うおうなどとは思わない
だが、いろいろとこの人物には借りがある、以前強請られたし
こてんぱんにのしてやったら、少しはすっきりするかもしれない
なら、トレーニングルームへ行きましょうかと提案する

CIC「ダメだよ。シミュレーションじゃ臨場感がないもん。やっぱり実機に乗んないとねぇ」

うんうんと、首を縦に振りながら言う
ああ、そういうことか、と眉をひそめる
とどのつまり、彼女はMSに乗りたいだけなのだ
そんなのいわけないじゃないですか、と苦い顔をして溜め息をつく
するとCICは嫌な笑みを浮かべて、こう言った

CIC「私に逆らうのかい? どうなっても知らないよ?」

どすのきいたその声に、背筋を冷たいものがはっていった
いや、今更この人に何が出来るというのだ、何もやましいことなどしなければいいのだ
そう、断ればいい、無理です、と一言言えばいいのだ

CIC「無断出撃未遂。あーんど被撃墜。ああ、少しくらい借りを返しても、いいと思うんだけどなぁ」

ブーンとCICは、二人並んで"ストレイヤー"のあるドッグへと向った

60ダメな子:2006/06/10(土) 23:41:01 ID:I8.hcAPY
"ストレイヤー"のコックピットの中、パイロットシートにCICを座らせる
ブーンは後ろから落ち着かない様子で計器を弄る彼女を見ていた
決してこちらの迷惑になるようなことをしないこと
そう整備士長に許可を貰い、"ストレイヤー"をドッグから山岳地帯に構えられた軍用地へと運んだ
まさか許可など下りるはずがないだろうとふんでいたのだが、ありがた迷惑な誤算だった

( ^ω^)「あの、わかりますかお? ブースターはそこのペダルで……」
CIC「知ってるさぁ。ちょっと黙ってておくれ」

せっかく教えてあげようとしているのに、と、けんもほろろなCICに頬を膨らませる
CICはというと鼻歌混じりに、モニターに目をやっている
ああ、やはりやめておくべきだったのかもしれない
本当に大丈夫なのだろうかと、今更になって後悔が襲ってきた
どうも嫌な感じがする
もとい、この人といるとろくなことがないのだ
きっと最終的には、彼女の言うことを聞いた自分の浅はかさを後悔するような気がする

61ダメな子:2006/06/10(土) 23:43:25 ID:I8.hcAPY
CIC「じゃあ、ちょっと動かしてみますかね。つかまっててよー」

気をつけてください、と言いかけたところで、機体が急上昇した
さっそくだ、まったくろくなことがない、舌を思い切りかんでしまった
口を抑えて悶絶していると、下方に海が見えていることに、はたと気付いた
どうやら上昇を続けているらしい

( ^ω^)「なにしてるんですか!? ジャミング域からでちゃいますお!」
CIC「え、いや、あ……あぁ、そっか、ふうん、へぇ。これを踏んでる間は、ずっと加速するのね」

知ってるんじゃなかったのかアンタ、と張り倒したくなったが、まずは現状の緊急回避を優先すべきだと判断する
体を乗り出してレバーを引き、ペダルを踏みなおして制動をかけ、"ストレイヤー"を降下させる
緩やかに機体が落下しはじめたのを確認して、ほっと溜め息をつき、脱力した

( ^ω^)「まったく……。着地の際には、逆制動をかけて衝撃を殺してくださいお。ちゃんとできないと、舌をかみますお」

アドバイスを一応は聞く気になったのか、CICは頷いて答えた
おそらく失敗するだろうと考え、体制を低く構えてシートにしがみついた
重力の影響下にあるこの地球で、着地を上手くこなすことは素人にはなかなか難しいことだ
操縦に慣れた今となっては造作ないことだが、訓練生時代には酷く苦労したことを覚えている
やけにドクの操縦が卓越していて、むきになって徹夜で特訓したものだ
などと、思い出にふけっていると、小さく衝撃が走った
前部モニターに目をやると、完全に景色は固定されている

62ダメな子:2006/06/10(土) 23:46:49 ID:I8.hcAPY
CIC「ん、着地成功、であります」

さも満足といったふうに、CICはおどけて軍式の敬礼をした
何かのアニメのキャラの真似をしているのだろうか
それよりもまったく、いったいぜんたいこれはどういうことだ
何故、彼女がこうも簡単に着地をこなせる?
口元を歪めて鼻歌を再開したCICに、訝しみをこめた視線を送る

( ^ω^)「どっかで練習でもしてたんですかお?」

CICはこちらに顔を向けると、ふふんと自慢げに言った

CIC「まぁねん。もともと私、MAとかに乗ってどかどか活躍するのが夢だったんさ」

なので、勤務時間外やオフ、仕事をフケて出来た時間を使って、こそこそと練習に励んでいたらしい
そういえば"アブソリュート"のシミュレーター使用履歴が、使った覚えが無いのに更新されていたことがあったことを思い出した
けなげに練習する姿は微笑ましく、賞賛に値するものだが、せめて自分の仕事を片付けてからにして欲しい
皆そう思っているはずなのに、割と嫌われないのは、この人の性格と愛嬌のおかげなのだろうか
ショボン艦長も、皆を先導してついてきてくれたのはコイツだった、と言っていた
案外、いい人なのかもしれない
それでも日頃の行いを鑑みると、とても挽回とは言えず、緩和程度だが
そんなことを、CICの嬉声が響くコックピットの中で、無茶な操縦のためにそこかしこ体をぶつけながら、思った
やはり前言を撤回しよう
この変態サディストめが、ちくしょう

63ダメな子:2006/06/10(土) 23:48:26 ID:I8.hcAPY
CIC「ところで、内藤君は好きな人いるのかい?」

一通りしたかった操縦はしきったのか、CICは先程から計器をかまっている
彼女はまず、重力下でシートベルトのない人間を乗せたままバレルロールをすると、どうなるかを知るべきだ
金輪際彼女の操るMSには乗らないと、シートの後ろに倒れ伏したまま、硬く心に誓った
まぁ、金輪際そんな機会などないだろうが、多分

CIC「ねぇ、いないのかい?」

CICはサイドからボードを引っ張り出すと、流石というか、かなりの速度でキーを弾きだした
確かに凄くはあるが、本業ゆえこの能力も当然だろうと納得した
しかし、感心するよりもまず、不安になった
バグのプログラムでも書き込んでいるのではないだろうか
この人はやりかねない
戦闘中、突然阿波踊りをはじめた機体を指さして、げらげら笑う様子が目に浮かぶ
手許を覗き込んでみると、ただスペックデータを閲覧しているだけのようで、ふ、と安堵に肩を撫で下ろした

64ダメな子:2006/06/10(土) 23:50:50 ID:I8.hcAPY
CIC「はいはい、聞いてるか、少年?」

モニターに目を向けたまま、CICが再度言う
すいません、聞いていますよと返すと、なら答えてよと切り返された
好きな人、好きな人、って……

( ^ω^)「好きな人……皆のことが好きですお」
CIC「ふーん。内藤君って、バイセクシャルだったんだ」
( ^ω^)「ば、ばいせく……?」

単語の意味がわからず口ごもると、何だ知らないのかと言いたげに、じとりした目を向けられた
しかしすぐに呆れたように溜め息をついて、視線をモニターに戻した

CIC「まぁ、そんなこと本気で考えちゃう君だからこそ、こんな中立なんて道選んじゃったりするんだろうけど。でも、いないんかな、特別な人っていうのは?」

彼女が言いたいのは、恋愛対象としての特別、という意味なのだろう
自分にはいない
今まで恋愛すらしたこともないので、悲しいかな、いるはずもないのだ
ずっと訓練訓練で、恋人なぞ作る暇がなかったんだ、というのは言い訳だろうか

65ダメな子:2006/06/10(土) 23:53:35 ID:I8.hcAPY
( ^ω^)「そういう人は、まだいないですお。それに好きに順番をつけるのは、よくないと思いますお」
CIC「そ。まぁ、それでもいいんじゃない?」
( ^ω^)「……今、物凄く馬鹿にされた気がするお」

非難めいた目を向けると、気のせいだよ、とCICは言った
なので、気のせいということにしておく
別に建前で言ったわけではないし、もてないことの言い訳で言ったわけではないからだ
言い訳で言ったわけではないからだ

( ^ω^)「特別な人、かお……」

難しい顔をして、顎に手をやる
今は特に、そういった感情は無い
昔、記憶のない時期、マナにあこがれていたことはあった
が、今では状況も変わってしまって、今や自分にそんな資格はない
自分自身、彼女と踏み込んだ関係になろうという気は萎んでしまっている
なんだか落ち込んでしまう
伏目がちに溜め息をつくと、CICがボードから手を離し、ちょっと難しい話するよ、とシートにもたれかかった

66ダメな子:2006/06/10(土) 23:54:50 ID:I8.hcAPY
CIC「人間って面白いモンでさぁ、そういう感情……なんていうの、好きっていう気持ちが強くなると、他のものなんかどうでもいい、その人さえいれば、なーんて本気で考えちゃったりするのよね」
( ^ω^)「……はい?」

言わんとするところが理解できず、眉根を寄せる
突然何を言い出すのか、この人は
そうなんですか、と相槌を打つと、そうなんです、と自分だけ納得したかのように深く頷いた

CIC「まぁ、そんなわけで、そう言う人たちはたちが悪いってことさ。客観的にはおかしいことしてても、本人はその大切な人っていうのを、神格化しちゃったりしてるからさ。自分に矛盾を感じなかったり、暗にその人のせいにしたりして、自分を正当化してるんだよね」
( ^ω^)「ね、って言われても……」
CIC「馬鹿なことだ、とはわかってるんだけど、わかってても止めらんないんだよ。なんていうか、そう、火に突っ込んでく蛾みたいなもんさ」

ほんと馬鹿だよね、と呟くようにしてCICは言う
自らをも自嘲するような含みがあったのが、少し気になった

67ダメな子:2006/06/11(日) 00:00:49 ID:I8.hcAPY
( ^ω^)「でも、なんでそんなことを今?」
CIC「いやねー、そういう人も多いと思うんだあ、この戦争。もちろん、昔の戦争もね。君もわかると思うけれど、往々にして厄介な人が多いんだよ。だから気をつけて、ってね」

気をつけてと言われたところで、実際的に誰が何を考えているかなど知る由もないので、どう気をつければよいのやら
だが確かにそういった性質の人間は厄介だろう
以前、マナたちのためにと戦い続けていた自分を思い出す
大切な何かを守る為という大義名分に自分の罪をなすりつけ、そしてやがて何も見えなくなる
ぞっとする、自分は狂っていた
人を殺しても、あのころは何も感じなかった
むしろいいことだと、もっと敵を殺せば幸せになれるなどと本気で考えていた
というか、昔の僕のことも暗に言っているとしたら、少し失礼じゃないか?
まぁ、たしかにおっしゃる通りではあるわけだが

CIC「いい、油断しちゃダメだよ? 次の戦闘はきっと最後になると思うけれど、決戦ってのはやっぱり皆必死になるもんだから。自分のこと、ちょっとばかし強いなんて考えてたら、足下すくわれて殺される」

珍しく真剣な面持ちで、CICがこちらに顔を向けて言った

68ダメな子:2006/06/11(日) 00:04:22 ID:I8.hcAPY
CIC「だからね、時には割り切ることも必要だよ。相手をどうやっても説得できないな、って思ったら……ね」
( ^ω^)「……心配してくれてるんですかお?」
CIC「べ、別に心配してるわけじゃないんだから! 勘違いしないで!」
( ^ω^)「え……」

急な態度の変化についてゆけず、思わず眉を寄せる
するとCICはにたりと笑みをこぼし、気障っぽい動作で後ろ髪を払った

CIC「どう? ツンちゃんの真似なんだけど、似てた?」

ツンって、そんなことを言うキャラだっただろうか
そんな気もするが、疎遠期間が長かったため、どうも確信がもてない
最近は態度もよそよそしく、ああ、もう、はやいところ仲直りして楽になりたいものだ

CIC「どーなんよ。似てるでしょ?」

眉をしかめていると、CICは再び後ろ髪を払ってみせ、感想を要求してきた
なんとも言えず肩をすくませてみせると、頬を膨らませて、不貞腐れたようにモニターに視線を戻した

69ダメな子:2006/06/11(日) 00:07:38 ID:I8.hcAPY
CIC「そっれにしてもこの機体さぁ、射撃武装が全然ないんだね。レールガンだけって、どうよ?」

そう言って、CICは"アブソリュート"の簡易全体図を引き出し、腰部を指差した
先程のやり取りを継続しての不満顔で言われたのだが、さすがに機体の装備にまでついて文句を言われるいわれはない
元々機動性を重視した機体なので、"リアライズ"などのように大掛かりな射撃兵器などは装備は出来ないのだ

( ^ω^)「どうよ、って……。この機体は近接仕様ですし」
CIC「かーっ、ダメダメじゃなーい! MSの花っていったら、銃撃戦でしょー? 近接距離の格闘なんか全然スマートじゃなーい!」

無茶な憤慨をぶつけられ、ブーンは苦笑を浮かべた
そんなことならはじめから、ツンにでも頼めばよかったのに
そう漏らすと、CICはそういう問題じゃないよ、と怒鳴った
しかしその瞬間、あたりに轟音が響き渡り、CICの言葉はかき消された
何事かと前部モニター越しに外界を覗くと、少し離れた場所でMSが二つに折れ、煙の尾を引いて倒れ伏す光景が広がっていた
敵襲?
最終決戦の前に、不確定要素の芽を摘んでおこうと?
周囲に注意を払いながら、ブーンはパイロットシートから身を乗り出した

70ダメな子:2006/06/11(日) 00:10:25 ID:I8.hcAPY
( ^ω^)「操縦代わってください! 敵かもしれない、お……」

言うも、しかしCICはすぐには退こうとしなかった
ふと目を下に向けると、操縦桿のトリガーに、CICの指がかかっている
CICは顔を引きつらせ、苦笑いを浮かべていた

( ^ω^)「あの……何しました?」
CIC「いやぁ、あれってたしか、マナちゃんのMSだったよね……」
( ^ω^)「撃ったんですか、レールガン……」
CIC「まぁ、撃ったっていえば撃ったような撃ってないような、はは……」

CICはまだぶつぶつと何かを呟いていたが、先程までスペックデータが表示されていた手元の計器の計器が、ロックスクウェアを表示させていた
撃ったのは誤魔化しようがないだろう、無駄な抵抗を
改めて試作型"ヘル"に目を向けると、腹部に銃撃を受けたらしく、おそらく大破、もといスクラップ同然と化している
まったくどうするんだと非難の目を向けると、CICは誤魔化すように再びあははと笑い、計器に手を伸ばした

71ダメな子:2006/06/11(日) 00:12:52 ID:I8.hcAPY
CIC「じゃ、後は任せるぞ、少年」
( ^ω^)「任せた……って?」
CIC「私、用事が出来ちゃってさ。またねー」

言い終えるとほぼ同じタイミングで、コックピットのハッチが上下に割れるようにして開いた
次の瞬間には、CICは空中に飛び出していた
彼女は器用に五点着地法を成功させ、更に前回りで受身を取ると、脱兎の如くそのまま走って逃げていった
ハッチは腹部にあるので、高度約十メートルか
一体なんなんだ、あの人は、あの身体能力は
一瞬の出来事に感心しつつも呆然としていると、厳つい顔をした整備士長が計器の中に現われた

整備士長「何をやっているんだお前は!」

慌ててハッチを閉じ、コックピットにつく
すみません、すみません! と頭を下げながら、機体を立ちあがらせた
とその時、"ストレイヤー"の足許が不意にぐらついた
何事かとサイドモニターの撮影場所を切り替え、様子を確認する
戦車を踏み潰していた

整備士長「12億円の戦車がぁぁぁー!」

絶叫する整備士長の顔を眺めながら、ブーンはシートにぐったりと体を預け、彼女の言うことを聞いた自分の浅はかさを後悔した

72ダメな子:2006/06/11(日) 00:16:45 ID:I8.hcAPY
以上で投下分は終了です

そういえば、カウンタが5万を越えてましたね
嬉しい限りです
日に百人から二百人近くの方が来てくれているようで、感激です
まぁ、他の作者様の書いたものがお目当てかもしれませんが
それでも幸福です、はい

では、また来週にお会いしましょう

ノシ

73ダメな子:2006/06/17(土) 20:27:14 ID:9H9yDngk
ξ゚⊿゚)ノおいす
ちょっと今日は早めに投下します
今回も長めです、前回よりも
では、行きます!

74ダメな子:2006/06/17(土) 20:27:46 ID:9H9yDngk
気がつくとツンは、いつのまにかドッグに足を運んでいた
周囲を見回してみて、どこか自分の格好が浮いているなとツンは感じた
可愛らしいフリルのついたワンピース
作業着を着た男ばかりのドッグには、この格好は似つかわないだろう
そして一見して、彼女がパイロットなどとは誰も気がつきはしない
場違いな服装の少女は足取り重く、ドッグの中を彷徨っていた
ここにいる私を、私として必要としてくれている人はいない
なら私には、今やパイロットとしての価値しかない
拳銃やMSとなんら変わらない、無機質な武器としての存在だ

75ダメな子:2006/06/17(土) 20:29:38 ID:9H9yDngk
ξ゚⊿゚)ξ「……アンタ、直してもらったの?」
ツンは顔を持ち上げ、呟くようにして言った
視線の先には、"レイジ"が佇んでいた
はじめて出会った時と変わらぬ姿になった"レイジ"は、ドッグの隅、ずっと主を待っていたのだ
別れはほんの少し前のことだったというのに、懐かしさが心を掠めた
ブーンとの別れと同じくして出会い、本当の意味で再会して時に別かれた機体
淡紅に彩られた脚部に、そっと頬を寄せる
ひんやりと柔らかな心地が、どことなく有機的な感覚を思わせた
ξ゚⊿゚)ξ「私もアンタと同じよ……」
ツンは"レイジ"の足を背にずるずると座り込み、目を閉じる

76ダメな子:2006/06/17(土) 20:31:33 ID:9H9yDngk
いや、違う、同じではない
"レイジ"は、彼女はただこうして黙って佇んでいるだけなのだ
彼女を起こし、兵器として悪鬼に変貌させるのは、私たちだ
性質が悪いのは人間であって、彼女等の存在に罪はない
ただ偶然、武器の形をして生まれてきてしまっただけなのだ
しかしそれでも、人間は兵器を蛇蠍の如く忌み嫌う
それはきっと、兵器として存在するものに、自身の心の内にある残虐性を映し見るからなのだろう
兵器は、人間の殺意の結晶だから
兵器として生まれた彼女等も、いい迷惑だ
何のいわれもなく戦場にかり出され、終れば一転して鬼子と嫌悪される
見上げる"レイジ"の表情は、光の加減なのか少し、憂いを帯びて見えた
いつか、彼女らの持つ銃口から、弾が吐き出されることのなくなる時代が訪れるのだろうか

77ダメな子:2006/06/17(土) 20:34:51 ID:9H9yDngk
「やぁ、整備の手伝いかい?」
背後からの聞きなれない声に、ツンは振り向かず少し眉をしかめた
エリュシオンにきて三日、声をかけられることは少なくはなかった
つまりナンパ、彼らは欲求不満なのだろうか
まったく猿のような奴等だと、ツンはそういう人間を嫌悪していた
それは裏返しに、自分が魅力的であるということ証明でもあった
それ自体少し嬉しくもあったが、時と場合を少しは考慮すべきだと思う
いい加減うんざりしている
ξ゚⊿゚)ξ「言っとくけどね、私はアンタみたいな軽ぅい男が大っ嫌いなのよ! 他の人をあたってもらえるかしら!?」
ツンは振り返ると、ヒステリックに怒鳴った
ドッグという場所柄、元々騒がしかったので、周囲には悟られないだろうとここぞとばかりに大声を出した
少し、すっきりとした
相手には悪いが、身から出た錆びだ
しかしとうの男の様子を伺うと、全く動じた様子はなく、逆に、何を言っているんだと言いたげに眉を寄せていた

78ダメな子:2006/06/17(土) 20:37:51 ID:9H9yDngk
(´・ω・`)「別にそう言うつもりじゃないけど。ただ、君とは以前から話をしたいと思っていたんだ」
男はそう言うと、ふっと笑みをたたえた
ツンは改めて男を見直して、ぎくりと口元を抑えた
ξ゚⊿゚)ξ「アンタ……じゃなくて、あなたは……」
どこかで見覚えがある
そう、確か戦艦の中、ネルガルと話をしていた人だ
ξ゚⊿゚)ξ「もしかして、ブーンがいた艦の……」
(´・ω・`)「そうだよ。"イシューリエル"の艦長、ショボンです。ナンパじゃないから安心してね」
ξ゚⊿゚)ξ「あは、は……」
含みのある微笑みに、ツンは苦笑を漏らすほかなかった
しまった、また後先考えずに、しかも自意識過剰で罵声を発してしまうとは
きっと真面目な話をしにきたのだろう、今更に後悔する
誤魔化しの笑みも、ひくひくと引きつっている

79ダメな子:2006/06/17(土) 20:39:52 ID:9H9yDngk
ξ゚⊿゚)ξ「すいませんでした……私、てっきり……」
(´・ω・`)「いや、いいよ、気にしないから。僕も不躾だったしね。それに君は確かに可愛いから、ナンパされてると勘違いしても仕方ないよ」
ξ゚⊿゚)ξ「え……」
その言葉に、思わず顔を赤らめる
ショボンはそんなツンを見て、くすりと笑った
(´・ω・`)「じゃあ、少しだけ時間をもらえるかな? 色々話をしたくて」
ξ゚⊿゚)ξ「え、あ……ちょっと!」
ショボンはそれだけ言うと、ツンの返答を聞かずにドッグの出口に向って歩き出した
まだ、いいとは言っていないのに
意外と強引な人なんだな、とツンは思った
それからもう一度"レイジ"を見上げて、ショボンを追って歩き出した

80ダメな子:2006/06/17(土) 20:40:50 ID:9H9yDngk
ショボンはどうやら何処かに目的地があるらしいのか、こちらを振り返りもせずどんどんと進んでいってしまう
それでも歩く速さはこちらにあわせているらしく、置いていかれるようなことはなかった
しばらくすると、ショボンは昇降用エレベーターに乗った
ツンも付き従って中に入ると、既に1Fのボタンが押されていた
外へ出るつもりらしい
ξ゚⊿゚)ξ「あの、何処へ?」
(´・ω・`)「うん、ちょっとそこまでね」
ξ゚⊿゚)ξ「そこまで、ですか……」
それだけ話すと、会話は止まってしまった
エレベーターの中というものは、かくも皆無口になるものだ
気まずい沈黙を、操作ボタンの上にある緊急時の注意書きを見ることで紛らわせた

81ダメな子:2006/06/17(土) 20:48:35 ID:9H9yDngk
外へ出ると、ショボンは伸びをし、潮風を思い切り吸い込んでいた
そんな彼の行動を見ながら、ツンは顔をしかめている
ξ゚⊿゚)ξ「で、結局何処へ?」
(´・ω・`)「そこだよ」
潮風になびく髪を抑えながら、ショボンの指差す方に顔を向ける
海の家のような小汚い娯楽施設の付近に、ぽつんと小汚いベンチが設置されていた
(´・ω・`)「海辺でお話って、告白みたいで素敵だと思わない?」
ξ゚⊿゚)ξ「素敵ですけど、潮風は髪が痛むので嫌です。しかも、あれ汚いじゃないですか」
(´・ω・`)「海はいいよね。海は地球が生み出した自然美の極みだよ」
ショボンがベンチに向って歩き出してしまったので、しぶしぶついていく
ああ、この人は話を聞かない人なんだな、とツンは溜め息をもらした
(´・ω・`)「どうぞ。レディーファースト」
すっと手を差し出して、ベンチに座るよう促される
仕方なくちょこんと端のほうに座ると、ショボンが隣に深く腰を降ろし、疲れを吐き出すように息を漏らした
そっと髪に手を触れると、ざらりとした砂の感触があった
ああ、最悪だ

82ダメな子:2006/06/17(土) 20:50:09 ID:9H9yDngk
(´・ω・`)「さっき、そのあたりを走ってたよね」
そう言って、ショボンは砂浜の少し離れたところにある道路を指差す
昼間に昼食に入った食堂を抜け出した後、一心不乱に走っていた道だった
(´・ω・`)「昼間、ブーン君となにか言い合いしてたよね」
ξ゚⊿゚)ξ「見てたんですか」
(´・ω・`)「うん、まぁね。というか、現場にいたんだ。あそこの食堂、とんこつラーメンが美味しいらしいから連れてけ、ってうるさい奴がいてさ」
まぁ、そんな話はいいんだけど、とショボンは溜め息をついた
(´・ω・`)「とにかく驚いたよ。ブーン君と喧嘩でもしてるのかな」
ξ゚⊿゚)ξ「な、なんでそんなこと……」
ばつの悪いところを言及され、ツンは言い淀んで目を伏せた
ちらと海に目を向けると、夕日に照らされ、青は朱に染め直されていた
今朝見たときとは違う趣に、ツンは小さく感動を覚えた
しかし感動に浸る暇もなく、ショボンは言葉を続ける

83ダメな子:2006/06/17(土) 20:51:13 ID:9H9yDngk
(´・ω・`)「僕の勘違いだったのかな? なんだか喧嘩してるように見えたんだけど」
ショボンが口元に笑みを浮かべながら首をかしげ、こちらを覗きこんでくる
いきなり呼び出しておいてこんなことを聞くのは不躾だろうと、ツンは眉を寄せた
だがそれでも、先程のドッグでの無礼があったので何も言えないが
ツンはショボン気付かれない程度に肩を落とした
ξ゚⊿゚)ξ「喧嘩って言うか、なんていうか。最近、ブーンはたるんでるんじゃないか、って」
ブーンを独り占めにしているマナに嫉妬しているんです
などとはとても言えず、咄嗟にもっともらしい理由を後付けした
そして同時に、こうしてこそこそと陰口を叩くようなまねをしている自分に嫌気がさす
はっきりとブーンに自分の気持ちを伝えれば簡単なことなのだが、受け入れてくれるという確証がもてない今、怖くてそんなことは出来ないのだ
情けない、いつから私はこんなに臆病になったのだろうか
というか、ただこんな話をするためだけにわざわざこんな所に呼び出したというのか
昼間の出来事もあいまって、また怒りが湧いて、そして落ち込んできた

84ダメな子:2006/06/17(土) 20:52:14 ID:9H9yDngk
(´・ω・`)「要するに注意だった、ってこと?」
ξ゚⊿゚)ξ「え、ええ、まぁ……」
(´・ω・`)「ふうん、そうだったんだ」
ショボンの何処か含みのある相槌に、ツンは忸怩たる思いを抱いた
何が注意だ、馬鹿な
注意どころか、一方的で理不尽な理由で当り散らし、自分が引き起こしてしまった面倒の事の後処理まで押し付けてしまった
客観性と冷静さを取り戻した今となっては、自らの首を締めたくなるような思いに駆られる
嫌われたいのか、私は
(´・ω・`)「うん、まぁ、たしかにたるんでると言えばそうかもね。ここ三日間、彼はずっとマナちゃんと一緒にいるしね」
ξ゚⊿゚)ξ「え!?」
思わず語気を荒げてしまい、ツンは慌てて口元を抑えた
悟られてはいけない、気があるなんて思われたら、冷やかされるだけだ
出来るだけ平静を装って、努めて澄ました声を出す

85ダメな子:2006/06/17(土) 20:54:55 ID:9H9yDngk
ξ゚⊿゚)ξ「ず、ずっと一緒なんですか?」
(´・ω・`)「うん。起きてる時は大体一緒にいるんじゃないかな?」
ξ゚⊿゚)ξ「そ、そんなにべったりなの? ……ですか?」
(´・ω・`)「ですよ」
心なしか、ショボンはどこか楽しげに話している
それよりなにより、ブーンとマナが常時行動を共にしているとは知らなかった
確かにブーンを見かければ大体隣にマナがいたが、まさかそれほどまでに親密だったというのか
(´・ω・`)「でも、仲がいいことはいいことだよね。二人とも楽しそうにしているし。……まぁ、嫉妬してる奴もいるけどさ」
ツンは、ショボンが最後に何気なく足した言葉が自分のことを言っているのかと思い、どきりとした
嫉妬か、たしかにその通りだ
マナは自分より容姿も性格も優れているから、欠点を探して乏しめることも出来ない
彼女は自分にとって敵だったが、今は同志だし、ブーンにとっては私と同じく仲間だった
マナを否定できない以上、理不尽な怒り方しか出来ず、あんなことをしてしまって
私の立ち入る場所などないではないか
ツンは自分が極端なネガティブスパイラルに陥っていることにも気付かず、表情は翳りを色濃くしていった
横からツンの表情を観察してたショボンが、そんなツンの苦悩を感じ取って、納得したように頷き、口の端を持ち上げた

86ダメな子:2006/06/17(土) 20:57:31 ID:9H9yDngk
(´・ω・`)「うん……一つだけ聞いていいかな。君は、なんでここに残って戦うことにしたんだい?」
尋ねられたツンは、当惑した表情でショボンに顔を向けた
(´・ω・`)「ブーン君に聞いたけど、君は宇宙連合のエースだったそうじゃないか。それなのに何故なのかな、ってね」
ξ゚⊿゚)ξ「それは、その、えっと……」
ここに残ったのは、ブーンが残ったからだ
などとはいえず、再び咄嗟にもっともらしい理由を、と思ったのだが、いい案は浮かんでこなかった
今まで、こうして誰かに真意を問われたことなどなかったのだ、仕方がない
しっかり建前を考えておくべきだったかもしれない
ξ゚⊿゚)ξ「私も戦争はよくないな、って思って、それで……」
(´・ω・`)「……ホントにそれだけ?」
ξ゚⊿゚)ξ「それだけですけど……」
本当は皆のように、高尚な大義など持ち合わせなどいないのだ
戦争だって、私に影響を及ぼさないのなら、どうだっていいと思っている
誰が苦しもうが悲しもうが死のうが、私には関係ない
中立で戦争を止めようだなんて、流されただけの私は立派でもなんでもない
ξ゚⊿゚)ξ「ってか、さっきから何をニヤニヤしてるんですか?」
先程からこの男は、ずっと口元を緩ませたままでいる
気付かれないようにしていたのだろうが、私にはそんなものお見通しだ

87ダメな子:2006/06/17(土) 21:00:09 ID:9H9yDngk
(´・ω・`)「え、そう?」
などと、とぼけるように笑うショボン
ツンは目を細め、眉間に皺を寄せた
ξ゚⊿゚)ξ「キモいです」
(´・ω・`)「え、ちょ、それは流石に酷い……」
ξ゚⊿゚)ξ「そんなに私がおかしいですか?」
じとっとしたツンの剣幕は、子犬すら裸足でそっぽを向く程の迫力だった
むきになるツンに、ショボンは失礼だったねと苦笑した
また笑った! とその苦笑いにすら反応し噛み付くツンに、とうとうショボンは噴き出した
(´・ω・`)「やっぱり似てるよ、君は。僕の彼女に」
つぼにはまったのか、くつくつと笑い続けている
突然何を言い出すのかこの男は、わけがわからない
脈絡もなく、意味もわからない理由で笑われていたとわかったツンは、更に顔をしかめた
はじめ自分が彼に失礼をしてしまったことなど、ツンの頭には既にない
ξ゚⊿゚)ξ「彼女なんていたんですか」
(´・ω・`)「悪かったね、冴えない男でさ……」
先程までの笑顔と一転して、ショボンはがっくりと肩を落とした
ざまあみさらせ、人を笑った仕返しだ
しかしその辺りは大人の男の余裕なのか、ショボンはすぐに気を取り直し、話を続けた

88ダメな子:2006/06/17(土) 21:02:05 ID:9H9yDngk
(´・ω・`)「まぁ、僕が冴える冴えないはどうでもいいんだよ。とにかく似ててさ、少し懐しくなったんだ」
ξ゚⊿゚)ξ「はぁ……。どんなところが似てるんですか?」
(´・ω・`)「んー、まぁ、簡単に言えば、嫉妬深いところとか、世間知らずなところとか、視野が狭いところとか、自己中心的なところ……などなどかな」
一つ一つ指折りに数えながら、ショボンは空に目を向けて言葉を紡いでいく
それらを聞いて、ツンは更に深く深く眉根を磁石のように近づけた
ξ゚⊿゚)ξ「欠点ばっかりじゃないですか」
というか、そんなのと付き合っているこの男は、マゾヒストの馬鹿なのか
そして、そんなのと同系等の人間といわれた私は、馬鹿なのか
まったくもって憤慨だ
(´・ω・`)「たしかにそうだね。でも、少しは心当たりがあるんじゃないかな?」
ξ゚⊿゚)ξ「なっ……!」
好き勝手に言ってくれる
だがまぁ、たしかに自覚がないわけではないが
自分勝手な理由で嫉妬し、怒って、八つ当たり
あれ、まさに私じゃ……

89ダメな子:2006/06/17(土) 21:04:20 ID:9H9yDngk
(´・ω・`)「……僕の彼女はさ」
ξ゚⊿゚)ξ「長くなるんですか?」
(´・ω・`)「ま、まぁ、そう言わずに聞いてよ」
ショボンは不満げなツンの顔から目を逸らすと、こほんと咳払いをして気を取り直した
(´・ω・`)「僕の彼女はさ、自分で物事を考えない人なんだよ。誰かに依存しないとダメなんだ。それでいて、その依存相手に嫌われないよう、無くさないように必死でもがく。それは愛情かもしれないし、確かに好意から来るもので嬉しいんだ。でも……」
ショボン言葉を、ツンは口を閉じて聞いていた
夕日が飲み込まれるように、海に沈みかけている
綺麗だ、と感じた
(´・ω・`)「彼女は自分の世界の中心に、他人を据え置いてしまっているんだ。そしてその周囲に、彼女が漂ってる。彼女の世界はそれだけ。それは彼女の生い立ちのせいでもあるんだけれど、愚かなことなんだ」
ショボンが何を言いたいのかを掴みかね、ツンの頭は軽く混乱していた
(´・ω・`)「彼女は誰かの目からしか世界を見ていない。だからその依存相手を盲目的に信じ、行動する。彼女は、自分の目で世界を見つめ、考えなくちゃいけないんだ。何が正しくて、自分はどうするべきなのかを。そして依存してしまっている相手を知らなくちゃいけない」
ショボンは、そこで言葉を切った
それから黙り込んでしまったので、二人の間に沈黙が流れる

90ダメな子:2006/06/17(土) 21:07:50 ID:9H9yDngk
ξ゚⊿゚)ξ「……よくわかんないですけど。私がそうだ、って言うんですか?」
(´・ω・`)「さぁ、それはわからないな。人の心の中って言うものは、かくも計りがたいものだからね」
自分から話したくせに、と突き放すような言い方をするショボンに、ツンは釈然としないものを感じた
彼の言う彼女と、自分には共通する部分があるのだろうか
依存、好き
私はブーンの価値観に依存しているだけだ、と言いたいのだろうか
(´・ω・`)「話はおしまいだよ。ごめんね、つき合わせちゃって」
ショボンはベンチからし腰を浮かし、ぐっとのびをした
そして、座り込んだまま難しい顔をしているツンを、慈しみを込めた目で見下ろした
(´・ω・`)「最後に一つ。世界は、全てが対になって出来ているんだ。だから、どちらかだけでは、何かをすることは出来ないんだよ。まだよくわからないと思うけれど、君たちはまだ間に合うはずだから」
それだけ言うと、ショボンは片手を上げて帰っていってしまい、ツンは海岸に一人取り残されてしまった
夕日の朱が、名残惜しむようにゆっくりと水平線に引いていく
ブーンの価値観、意思、想い
私は知った気になっていただけなのだろうか
太陽が完全に没し、月明かりが差すようになったころ、ツンはベンチから立ち上がった
ぼんやり海を眺めている場合ではない
私はちゃんと、彼と話す必要があるはずだ

91ダメな子:2006/06/17(土) 21:10:43 ID:9H9yDngk
ツンは一度自室へと戻り、シャワーを浴びてからブーンの捜索を開始した
面動で仕方なかったので、髪のセットはせずに部屋を飛び出した
大方ブーンはトレーニングルームにいるだろうと考え、ツンは足を速めた
しかし予想は裏切られ、トレーニングルームには誰もおらず、そもそも開いてすらいなかった
中から何か大声が聞こえたが、ブーンのものではないと判断し、ツンはそこを離れた
ブーンのことだから、ここに篭って訓練でもしていると思ったのだが
ならばドッグだろうかと思い至り、ツンは小走りでそこへ向った
ξ゚⊿゚)ξ「あ、あれって……」
ドッグへ向う長い廊下の前方に、長い黒髪をたたえた女が歩いていた
マナ「あ、ツンさん、こんばんは」
やはり、と思った
マナはツンの足音に気がついて振り返ると、軽く頭を下げ、ツンに近づいた
気まずさからツンはマナを正視できず、小さく頷いて挨拶を返す
マナは先程のことなど気にしていないのか、相変わらず普段の優しげな表情をしている

92ダメな子:2006/06/17(土) 21:11:27 ID:9H9yDngk
ξ゚⊿゚)ξ「昼のことだけど、悪かったわ。……私、馬鹿だった」
目を逸らせたまま、謝罪の意を告げる
マナは予想通り、気にしていないですよ、といい人振りを発揮して、私の愚考を許した
やはり私ではかなわない
私はこの人のように優しくもないし、綺麗でもない、ショボンの言うとおりのダメ女
彼女こそ、ブーンに愛されるべき人間なのだ
自然と頭が下がって、伏目がちになる
敗北者の様相だ
マナ「あの、私ツンさんに一つ、言っておきたいことがあるんです」
マナの言葉に、ツンは顔を上げる
マナ「内藤さんは、私のことが好き、というわけではないんですよ」
少し残念そうに微笑みを浮かべると、マナは言った
突然の告白とその内容に、ツンは当惑し、眉をひそめた

93ダメな子:2006/06/17(土) 21:15:06 ID:9H9yDngk
ξ゚⊿゚)ξ「な、何を言ってるの? そ、そもそも、いつ私がアンタとブーンの関係を教えてくれなんて言ったのよ」
大体、その口ぶりでは、私がブーンのことを好きだと知っているようではないか
しかも妬いているのを知っているような言い方だ
マナ「すみません、私が言いたいんです。少し、聞いていただけますか?」
だがまぁ、聞いて欲しいなのら、聞いてあげようじゃないか、仕方ない
それに、元々気になっていたことでもあったので、ツンは首を縦に振った
マナはある程度、ツンの扱い方を理解していた
ツンが頷いたので、マナはありがとうございます、と頭を下げた
マナ「内藤さんは、私ことが好きだからという理由で、私を気にかけてくれているというわけではありません」
ξ゚⊿゚)ξ「じゃあなんで。まさか、既成事実……」
マナ「いえ、そういうわけでは……。内藤さんは、私の兄を殺してしまったんです……。ですから、彼はそれで自分を責めているんだと思います。私を大事にしてくれるのは、兄を奪ってしまったせめてもの償い、ということなんでしょう」
ξ゚⊿゚)ξ「お兄さんを……!?」
マナの話を聞き、ツンは絶句して言葉を失った
そんなことがあったのかと、同情を孕んだまなざしでマナを見つめる
だが、ということは、ブーンが宇宙連合軍を裏切ったのは、マナが脅したからではないのか?
まさかこの女がとも思ったが、口にしてみる

94ダメな子:2006/06/17(土) 21:17:33 ID:9H9yDngk
マナ「いえ、私は自分の口から、内藤さんが私の兄を殺したとは言っていません。内藤さんの記憶が戻った時に、内藤さん自身の口から、それを私に伝えてきました」
それなら何故と、ツンは釈然せず、話を続けるよう目で促した
マナ「内藤さんは、とても責任感の強い人なんですよね。自分に出来ることがあるのに、それをしないのはダメだと、そう感じたんだと思います。劣勢にあった私たちを、助けずにはいられなかったのでしょう」
ξ゚⊿゚)ξ「……そう、だったんだ」
そのことを、ツンは誇らしく思った
あの時、敵として現われたブーンと対峙した時、殺してしまいたいと憎んだことすらあった
私たちを裏切って、敵軍に協力するなんて、と
だがその実、やはりブーンは、たしかに私の好きなブーンだったのだ
人のためになるならと、一心不乱に頑張る人間
今も昔も、記憶がなくなったときでも
マナ「内藤さんは、嫌なんだと思います。戦争で人を殺して、仮初めの平和を手に入れたとしても、本当に心から幸せだとは感じられなくなってしまうことが。それでは、私と内藤さんのように、決定的な、癒えない隔たりが出来てしまうから」
ブーンは優すぎるのだ
おそらく地球連合兵として、元々は仲間だった私たちと戦っている間も、きっとずっと辛い思いをしてきたのだろう
それでもだましだまし、実際に手の触れられる、声が届く場所にいた彼女たちを助けるために戦った
ブーンは本当に、心の底からのお人よしの、馬鹿だ
そう罵りつつも、ツンはそれを嬉しく思った

95ダメな子:2006/06/17(土) 21:18:36 ID:9H9yDngk
ξ゚⊿゚)ξ「そっか。全部、私の勘違いだったってことか……」

彼にとって、世界に生きる全てのものが、等しく愛しい、守りたい、死なせたくない存在なのだ
それが彼の価値観、だからこそ、片方しか守ることの出来ない二極を抜け出して、ここにいる
彼がこの道を選んだのは、偽善でも利害でもなく、必然だった
全てが幸せを享受する世界でこそ、彼は幸せになれる
私もやはり彼と、彼の守りたいものを守りたい
結局、結論は同じだ
だが、これは彼への依存ではなく、私の意思
全ての中から特別として選んでもらうのは、全てが終ってからでも遅くはない
このとき初めて、ツンはショボンの言わんとするところを理解できた
全体があるから、特別が存在する
世界があるから、愛しい人がいる

96ダメな子:2006/06/17(土) 21:20:01 ID:9H9yDngk
ξ゚⊿゚)ξ「ちょっとついてきて」
マナ「あ、え……?」

ツンはマナの腕を掴むと、ぐいぐいと引っ張って歩き出した
ドッグへと入ると、ツンは確信めいた足取りで進んでく
マナはツンの意図を解することが出来ず、半ば引きずられるようにしてドッグを横切っていく
しばらく進んだところで、ツンは歩くのを止めた
そこはドッグの隅、彼女の使っていた剣が佇んでいる場所
淡紅の機体を見上げ、ツンは満足げに微笑んだ

ξ゚⊿゚)ξ「V-103"レイジ"よ。マナが乗ってた地球連合の機体なんかより、ずっと強いわ」
マナ「え……これを、私に?」
ξ゚⊿゚)ξ「ええ、マナが使って」

ツンの申し出に、マナは困惑した表情をみせた
マナが乗っていた機体は、"ヘル"の試作機
スペックも武装も、"レイジ"の方が、圧倒的ではないにせよ上だ
ツンは表情を和らげると、マナの片手を取った

97ダメな子:2006/06/17(土) 21:22:08 ID:9H9yDngk
ξ゚⊿゚)ξ「私も、あなたには死んでほしくない。だから、この子を使って」

肉親を殺されて、仇が目の前に現われて、私ならきっと絞め殺していた
だが彼女は微笑み、凛として、憎しみの感情など微塵もうかがわせない
何故私は気付かなかったのだろう、マナという人間が、こんなにもき然として美しい人間なのだと
無理もない、気がつけるはずがない
彼女を敵として見ていた自分に、真に彼女が見えるはずがなかったのだ
その視点からでは、敵という認識以外生まれない
突然手を握られたマナは、少し驚きつつも、ツンの態度の変化を好意的に受け止めていた
マナはありがとう、と微笑みを漏らし、あいていた手でツン手を包んだ

ξ゚⊿゚)ξ「い、言っとくけど、貸すだけなんだからね! 壊したりしたら、絶対に許さないわよ?」
マナ「はい、わかりました。約束は、絶対に守りますよ」

二人は、互いに顔を見合わせると、破顔一笑した
友情の発露を、ツンは感じていた
彼女とは戦争が終ったあとも、ずっといい友人でいられると、奇妙な確信があった
守ろう、この人も
きっとそれは、彼女のためだけではなく、私のためでもある
自分が幸せになるために、相手を幸せにするために、愛があり、絆がある
規模は異なれど、それは全てに通ずること、全てを巻き込むこと
そう、きっとブーンも、同じ想いなのだ

98ダメな子:2006/06/17(土) 21:23:59 ID:9H9yDngk
( ^ω^)「おーい、マナちゃーん!」

視界の外から声が聞こえてきて、二人はそちらに目を向けた
どことなく疲れた様子のブーンが、こちらに向って走ってきていた

( ^ω^)「あ、ツンも一緒だったのかお? って、どうしたんだお?」
ξ゚⊿゚)ξ「なにがよ?」
( ^ω^)「手なんかつないじゃって……」

ブーンは視線を落とすと、二人の繋がれた手に目をやった
ツンとマナはそこで急に気恥ずかしくなって、ぱっと手を離した

マナ「あ、そ、それで、一体どうしたんですか? 私に用があったみたいですけど」

話題をらせようと、マナがブーンに言った
するとブーンは気まずげに口ごもり、もじもじとしだした

ξ゚⊿゚)ξ「なによ、気持ち悪いわね。さっさと言いなさいよ」
( ^ω^)「いや、実はそのね……やったのは僕じゃないんだけどね、実は、その……」
ξ゚⊿゚)ξ「だからなんなのよ、焦れったいわねぇ!」
( ^ω^)「"ヘル"、壊しちゃったんだお……」

その言葉にマナがピクリと反応を示すと、ブーンは弾かれたように膝を折り、額を油の浮いた床に擦り付けて土下座した
思えば、あの時トレーニングルームに響いていた怒声は、ブーンが叱責されていたときのものだったのかもしれない
気付くと、マナがあわててブーンに駆け寄り、そんなことしないでくださいとなだめていた

99ダメな子:2006/06/17(土) 21:25:37 ID:9H9yDngk
マナ「"ヘル"のことは気にしないで下さい。元々、もらい物でしたし……。それに今は、この機体を譲っていただいたので、まだ私も戦えますから」

マナの言葉に、ブーンは頭を上げた
そして"レイジ"を見上げると、驚いたようにツンの方に目を向けた
その視線にツンは照れて、さっと目を背けた

( ^ω^)「この機体って、確かツンのじゃ……」
ξ゚⊿゚)ξ「そうよ。なんか文句あるの?」
( ^ω^)「いや、ないけど……。でも……」

もう一度ブーンは"レイジ"を見上げると、首を捻った
そのうちなにかに気がついたのか、ぽんと手を打ち合わせた

( ^ω^)「ツンがトランプで負けたんだお! ツン、昔から引き運がなかったお」
ξ゚⊿゚)ξ「それはひっとしてギャグで言ってるのかしら?」
( ^ω^)「冗談ですお……」

そうは言ったものの、半分本気でそう思っていたのか、ブーンは再び首をひねった
一向に答えが出てきそうになかったので、ちょんとマナを小突く
わかりました、とマナは小さく笑った
悪かったわね、自分で言うのは恥ずかしいのよ

100ダメな子:2006/06/17(土) 21:27:08 ID:9H9yDngk
マナ「内藤さん、この機体は私とツンさんの……そう、友情の証なんです」
( ^ω^)「友情? 仲良くなったのかお?」
マナ「ええ、そういうことです。和解、といったほうが正しい気もしますけれど……」

話を進める二人を眺めながら、ツンは苦笑していた
友情の証だなんて、なんと恥ずかしいことを言うのか
案外抜けているところもあるんだな、などと思いながら、ツンは"レイジ"を見上げた
ねぇ"レイジ"、アンタ兵器なのに、友情の証になれたわよ
初めてアンタに会った時、私はアンタを要らない、なんて思った
でも、今こうしていると、アンタと一緒に戦ってきた時間は、決して要らないものなんかじゃなかった
感謝してる、これからは、私の大切なものを守って戦ってほしい
ありがとう、今まで、そしてこれからも、よろしく

( ^ω^)「ツン、そういえば可愛い服着てるお。凄く似合ってるお」
ξ゚⊿゚)ξ「……言うのが遅すぎるのよ、馬鹿ブーン」

"レイジ"の表情は、光の加減かどこか、嬉しそうに微笑んでいるように見えた

101ダメな子:2006/06/17(土) 21:29:41 ID:9H9yDngk
今週分の投下終了です
セリフと地の文の間隔をあけるのを忘れてました、すみません

えー、来週の投下はお休みさせていただきます
色々用事が立て込んでいるので…
では、そろそろ雨ばかりの季節を迎えそうですが、くじけず頑張ろうと思います
また再来週に会いましょう

ノシ

102名無しに変わってブーンします:2006/07/01(土) 22:35:19 ID:lSnK9C5I
と、再来週なわけですが、ちょっと無理だったっぽいです、試験がありまして……
期待してくれていた方、すいませんでした
今週中に一本と、また土曜日に一つあげますので……出来たらですが

ところでキョンラジおもすれー( ^ω^)
では、申し訳ありませんでした
ノシ

103ダメな子:2006/07/09(日) 14:06:08 ID:0wsA7BlM
成績不振で呼び出されそうです
ということで全然約束守れてない上夏休み前に終えるなんて夢のまた夢ですが、頑張ります

では、いまから投下です

104ダメな子:2006/07/09(日) 14:08:55 ID:0wsA7BlM
( ^ω^)「ツン、そういえば可愛い服着てるお。凄く似合ってるお」
ξ゚⊿゚)ξ「……言うのが遅すぎるのよ、馬鹿ブーン」

モニターの中で、ツンとブーンが笑っている
立派な出歯亀行為だったが、まぁ気付かれないのなら問題ないだろう
前回の戦闘以、険悪な関係になっていた二人だった
どうやら、マナという地球連合軍の兵がうまく仲を取り持ってくれたらしい
個人的にはどうでもよいことだが、それによって戦力の向上に繋がるのなら一向に構わない
まったく暢気なものだ
ヱアは小さく溜め息をつくとシートにもたれかかり、目を伏せた

105ダメな子:2006/07/09(日) 14:09:41 ID:0wsA7BlM
ネルガル「やっぱり行かないほうがいい方がいいと思う。せめて、ついていけたらいいんだけど」

空港の一角に、周囲と同じように見送りにきている家族があった
しかし彼等は一様に沈んだ表情をしており、家族の旅立ちを歓迎はしていないようだった
沈黙の破ったのは、そろそろ中年に差しかかろうかという、優しげな顔立ちをした男だった

ヱレ「大丈夫ですよ。国司を殺すようなこと、しないでしょう」

言葉を向けられた女性は、ダダをこねる子供を見るように苦笑した
それでも諦めきれず、ネルガルは食い下がった

ネルガル「でもやっぱり、君が行くことないと思う。だれか他の人を……」
エレ「どうせ、いつか誰かが言わなければならなかったことです。なら、私が行きたいのです」
ネルガル「ヱレ……」

妻の言葉と瞳に、ネルガルは強い意志を感じ、口をつぐんだ
ヱレは膝を曲げると、立ち尽くしているネルガルの隣にいる双子の少年と少女を、そっと抱きしめた

ヱレ「すぐに帰ってくるから、心配しないで。いい子で待っててね」

微笑みを向けられ、少女はうん、と首を縦に振った
少年は感極まってしまったのか、歯を食いしばり、うっうっと泣き出してしまう

106ダメな子:2006/07/09(日) 14:12:31 ID:0wsA7BlM
エレ「大丈夫だから、ね? 帰ってきたらまた、一緒にお散歩に行きましょう?」

ヱレが困り顔でそう言うも、少年は首を横に振る
ネルガルの落ち着きのなさや、ヱレの顔に漂うかすかな悲哀から、ヱアはただ事ではないと子供ながらに感づいていた
地球連合の代表に中立国家の国司として、ヱレは物申しに行くのだ
年々緊張化が進んでいく地球民と宇宙民の関係、無言の圧力、秘密裏に、かつ着実に増強される軍事力
事態の悪化を懸念したエリュシオンは、地球総連議長ヴィネの元へと国司を派遣し、会談の場を設ける手筈となっていた
国司とはすなわち彼女、ヱレ
ネルガルの妻であり、そして双子の親でもある

ヱア「だって、母さん……! ちゃんと……本当に、帰ってくるの……?」

優しく微笑むエレに、、ヱアが嗚咽を堪えながら言葉を吐き出す
後から後から溢れ出してくるヱアの涙を、ヱレは人差し指でそっと拭ってやった
ヱアの隣で難しい顔をしていたヱイルも、ヱアの悲しみにあてられ、顔を俯けた

ヱレ「大丈夫、約束するわ。……そうだ、これ、あなたが持っていて」

そう言ってヱレはヱアの手を取ると、エレはその上に銀色の輪を落とし、そっと握らせた

ヱレ「お父さんに貰ったものなの。私が帰ってきたら、返してね?」

突然指輪などを渡され、ヱアは呆けた顔で自分の手とヱレの顔を交互に見比べた
自分の大切にしているものを残していくということがどういうことか、ヱアにはよくわからなかった
ヱアが指輪をに意識をやっているうちに、ヱレはヱイルに顔を向けた

107ダメな子:2006/07/09(日) 14:13:04 ID:0wsA7BlM
ヱレ「ヱイル、ヱアのこと、お願いね?」
ヱイル「うん……。必ず、帰ってきてね……」
ヱレ「ええ」

こくりと頷き、ヱレはすっと立ち上がった
ネルガルを振り返り、ふっと微笑みかけ、口を開いく

ヱレ「では、そろそろ行きますね」

しかしネルガルはヱレと目を合わせることをせず、強く拳を握っていた
そして思いつめたように伏せていた顔を上げると、決然と言う

ネルガル「やっぱりダメだ、こんな。会談は中止しよう。危険が大きすぎる」

言うと、エレは少し眉を寄せた
そう、危険が大きすぎるのだ
元々この会談を提案したのはヱレであり、ネルガルの本意ではなかった
中立という立場ゆえ、せめての戦力を溜め込んでいるエリュシオンだ
隠蔽に気を払ってはいるが、それも完全には隠しきれてはおらず、何かと昔から目をつけられていた
会談を受けたのも、推測ではあるが、おそらくは誘い込むためだろう
行って余計なことを言えばば殺される、口を出すなと見せしめにされるのは明白だ
それはヱレだってわかっているはずなのに

108ダメな子:2006/07/09(日) 14:14:46 ID:0wsA7BlM
ネルガル「僕達は中立の国家だ。勝手に始めようとしてる戦争なんか放っておけばいい! 僕たちには関係ない!」

そう、搾り出すように叫ぶ
関係ないのだ
どうせ蚊帳の外の戦争、おそらく巻き込まれることもないだろう
十中八九、地球連合の大勝で戦争は結末を迎えるだろうから
放っておけばいいんだ、そんなものは
わざわざ危険を冒してまで、止めようなんて馬鹿げている

ヱレ「そういうわけにはいかないでしょう」

しかしヱレはネルガルを真っ向から見据え、言った

ヱレ「中立とは、ただ黙ってみているだけが許されるという立場ではありません。何も言わないのは、黙認と同じ事。間違っていることは、言及しなければいけません。止めてください、と」
ネルガル「でも、それじゃあ、君が……!」
ヱレ「私のことはいいのです。それより大切なのは、平和を訴えること。戦争を望まない力ない人間の、代弁をしなくては」

私たちこそが、とヱレは言葉を続け、再びふっと笑んだ
口調も立ち振る舞いも柔和な彼女は、しかし自分の意見だけは、こうと決めたら頑として譲らない
そうと知っているから、ネルガルはぐっと唇を噛んだ

ヱレ「大丈夫ですよ。言葉は伝えるためにあるのですから。だから、きっと上手く、平和なままでいられるはずです」

それが、彼女の最後の言葉となった

109ダメな子:2006/07/09(日) 14:19:43 ID:0wsA7BlM
母は、飛行機事故で死んだことになっている
当然連中が殺したのだ、波風を立てないように申し訳程度の隠蔽工作をして
母が死んだと聞いて、俺は何を感じ、どうなったのか、よく覚えてはいない
ただ憎悪があり、殺意があった
何故と、何故平和を願って殺されなければらないのだと、そう思った
そして今も、これからも感情は変わらない
だが母は、平和を望んでいたのだ

110ダメな子:2006/07/09(日) 14:21:59 ID:0wsA7BlM
ヱイル「……ア、エア! どうした、大丈夫か?」
エア「……姉さん……?」

不意に暗闇から姉の声が聞こえてきて、目を開けるとハッチの上にヱイルが佇んでいた
そうか、僕はいつのまにか眠ってしまっていたらしい

ヱイル「うなされていたぞ。本当に大丈夫か?」

覗き込むようにしてこちらの様子を伺うと、ヱイルは狭苦しいコックピットの中にずかずかと入ってきた
パイロットシートに張り付いていた体を起こそうとすると、額に手を当てて止められる
熱でまいっているとでも勘違いしているのだろう、心配性な姉だ
大丈夫だよ、となるべく優しげな声を出す
それで安心したのか、ヱイルは心配げな表情をしながらも、手を引いた

ヱイル「まったく、余計な心配をさせないでくれ」
ヱア「ごめんね。ちょっと、昔のことを思い出しちゃって」
ヱイル「昔のこと?」
エア「母さんのことだよ」

言うと少し、ヱイルの顔が引きつった

111ダメな子:2006/07/09(日) 14:22:46 ID:0wsA7BlM
ヱイル「……そうか」

普段は気丈なヱイルらしくない、翳りのある複雑な表情を見せる
元来、彼女はそれほど強い人間ではないのだ
ただ母から僕のことを任されたから、こうして口調まで変えて演技をしている
どこか母の面影の残るその悲しげな顔に、いたわるようにそっと手を伸ばす
ヱイルは目を細ると、僕の手を握った

ヱイル「大丈夫だ、私は……。それより、エアは大丈夫なのか、本当に?」
エア「僕は大丈夫だよ。……むしろ、いい気分だ」
ヱイル「エア……?」

ヱイルがこちらに訝しむような視線を、こちらに向けている
僕はいつのまにか、普段彼女の前ではしないような表情をしていたらしい

エア「いや、もうすぐ戦争が終ると思うと、嬉しくてさ」

慌てて自身で助け舟を出す
それでヱイルは納得したのか、そうか、と言って普段の仏頂面に戻った
気分がいい、本当のことだ
次こそきっと、この"パニッシュ"を存分に操ることが出来るだろう
その一瞬のためだけに、今までを生きてきたようなものだ
気分よくならない方がおかしいだろう

112ダメな子:2006/07/09(日) 14:23:34 ID:0wsA7BlM
エア「……あのさ、姉さん」

言いながら、自分の左手を広げ、見つめる
一本だけ不恰好に細くなった指がある
あの日あの時母に貰った指輪を、母がしていた指と同じ指にずっとはめ続けていたのだ
その細い薬指はめられたそれを、宝物を扱うようにそっと取り外す

エア「これ、姉さんが持っててよ」

手のひらに乗せて差し出すと、モニターの光を受けて指輪はきらりと光った
ヱイルは困ったような表情をしている
どう反応していいのか、わからないでいるのだろう

エア「MSを操縦する時、危ないんだ」

適当に嘘を並べる
MSに乗る時はそもそもパイロットスーツなので、指輪程度で危険にはならない
嘘をついてでも、この指輪はヱイルに持っていて欲しかったのだ
いや、そうではない、自分でが持っていてはよくないからだ
当のヱイルは、こくりと頷いていた

ヱイル「そうか。ならば、私が預かっておこう」

ありがとうと言い、差し出された手の上に銀色の輪を落とし、そっと握らせた
いままであって当然だった位置から指輪が失われ、なんとなしに落ち着かない気分になる

113ダメな子:2006/07/09(日) 14:24:26 ID:0wsA7BlM
エア「姉さん……」
ヱイル「なんだ?」

ヱイルが指輪を手の上で弄りながら、こちらに顔を向けた
平和を願って死んでいってしまった母の指輪
自分に持つ資格が、果たして戦後に残っているだろうか
それよりも、それ以前に……
なればヱイルに、きっと綺麗なままでいるだろうヱイルに持っていて欲しい

エア「その指輪、汚さないようにね」

そう微笑みながら言うと、ヱイルはさも当然といったように頷き、無論だ、と指輪を握り締めた

114ダメな子:2006/07/09(日) 14:25:54 ID:0wsA7BlM
暗い部屋の中、ヴィネはベッドに腰をかけ、一人すすり泣いていた
胸に硬く一枚の写真を抱いて、唇を噛み締めている

ヴィネ「ショボン、私……」

幾度となく悲しみの波が押し寄せてきて、涙は先程から留まるところを知らない
目を閉じれば嫌でも思い出す、あの光の柱
多くの人を飲みこんで死に追いやり、ショボンを殺した悪魔の所業
あまりに理不尽すぎる暴力
奴らは人間じゃない、悪魔だ
何故、あんなことが平然と出来るのだ
悲しみと怒りが入り交ざり混沌として、ヴィネは炸裂しそうになる感情を歯を食いしばって必死に抑えた

SP「ヴィネ様、時間です。こちらへ」

不意の声に顔を上げると、いつのまにかSPが部屋に入ってきていた
慌てて袖で涙を拭う
しかしSPは私の挙動などには全く興味がないのか、何故と尋ねることすらしなかった
もっとも強い黒のサングラスをしていたので、何を考えているのかは推し量れなかったが
SPは淡々と言葉を続ける

115ダメな子:2006/07/09(日) 14:27:04 ID:0wsA7BlM
SP「暗唱に問題はないですか」
ヴィネ「はい……問題ないです」
SP「では、早急に化粧を。その姿は人々の前に立つには相応しくない」
ヴィネ「すみません……」

SPの言葉には、一片の感情も含まれてはいなかった
あくまで事務的な、機械を相手にするような話し方だ
所詮私は父の人形、それも当然といえば当然か
いや、人形でも持ち主からの愛を受けることは出来る
ならば私はさしずめ、手段として存在する選択肢の一つでしかない

SP「ではこちらへ。時間は余りありませんゆえ、急いで下さい」

それだけ言うと、SPは部屋から出るように促し、先に出て行ってしまった
その後ろを、付き従うようにして歩く

116ダメな子:2006/07/09(日) 14:27:40 ID:0wsA7BlM
SP「オットフリート様は、次回の戦闘で全てに決着を受けることを望んでいます。あなたのミスで士気に影響を及ばせぬよう、頼みますよ」
ヴィネ「はい、わかっています……」
SP「では、私はこれで」

SPはすっと小さく会釈をすると、面倒がやっと片付いたとでもいうように溜め息をつき、議会堂の方へと消えていった

侍女「では議長、こちらへお願いします。化粧の手配が出来ております」
ヴィネ「わかりました……」

議長である私、マリオネットである私、オットフリートの娘である私
ただそれらは役割と、立場でしかない
ショボンが死んだ瞬間に、ヴィネという人間もまた、生きる場所を失ってしまったのだ
ならばせめて、一矢報いたい
私とショボンを殺した敵に、復讐を
敵に同じ苦しみを、悲しみを、死を与えてやるのだ
怨敵が滅び行く瞬間を夢想して、ヴィネはくつくつと口元を歪めた
とうに先程までの泣き顔はなく、恰幅のいい侍女に連れられて、ヴィネは狂乱の宴の火付け役を遂行するための準備に向った

117ダメな子:2006/07/09(日) 14:29:27 ID:0wsA7BlM
ヴィネ「先の戦闘で、我々は多くのかけがえのない命を失いました。何故、こんなことを平然と出来るのでしょうか!? 我々はただ平穏に暮らし、日々を幸せにすごしたいだけだというのに! それなにの彼らは兵器を作り上げ、我々を滅ぼさんとしています!」

ヴィネは四方を人に囲まれるようにして壇上に立ち、言葉を紡いでいた
周囲は静寂に包まれ、深い怒りとヴィネに対する賛同の感が漂っている
先に攻撃を仕掛けたのはこちらだという事実を、既に彼らは失念していた
ヴィネは先を続けた

ヴィネ「彼らの侵略を、これ以上許してはなりません! 我々の生きる権利を、彼らに理不尽に奪われるいわれなどないのですから! 我々は勝ち取らなければなりません! 平和を、幸せを、世界を! 敵から!」

そうだ! という同調の声が、諸所から聞こえてくる
だが公明正大な戦争など、ありえないのだ
敵にも奪う権利はない、なれば当然自分たちにも奪う権利などないのだ
悪と正義の二項対立
わかりやすく単純で、全てを正当化できる唯一の論理
ヴィネは気付かない、気付けない

118ダメな子:2006/07/09(日) 14:30:11 ID:0wsA7BlM
ヴィネ「悲しみと怒りの怒号が奏でる暗澹たるこの世界に、再び平和の歌が響かんことを、私は心から祈っています」

話が区切りをみて、ヴィネは一歩壇上から下がった
すると弾かれたように皆が立ち上がり、歓声が巻き起こした
不思議な心地よさを、ヴィネは感じた
多人数による狂気的な連帯感、敵に対する憎悪と殺意で結ばれた共同思念体
抑えがたい高揚に、ヴィネは体をうち奮るわせた
そう、勝ち取らねばならないのだ、平和を、幸せを
SPに連れられて、ヴィネは控え席へと戻って行った

オットフリート「上出来だ。後は行政府で待っていろ」

VIP席に戻ると、こちらに顔を向けずにオットフリートが言った
そのすぐ傍で、余命いくばくもないような老人たちが、着飾った格好で下卑た笑い声を上げている
残存した宇宙民をどうするだとか、人間市場でもしようか、事後処理の省を作って予算を割こうか、など
その他は大方、戦後の利権話でもしているのだろう、私にはよくわからない話だ
その時、背後からドスの聞いた声が拡声器に乗って聞こえてきた
おそらく何処かの部隊の隊長なのだろう、兵を鼓舞するような内容の話をしている

119ダメな子:2006/07/09(日) 14:33:05 ID:0wsA7BlM
オットフリート「私は行くぞ」

オットフリートは最後まで話を聞く気などないのか、席を立って、議会堂の出口へと向っていった
行政府で待っていろ
それが私の次の仕事、役目だ
ヴィネは手を握り締め、オットフリートに追いすがり、言った

ヴィネ「父上……。次の戦闘、どうか私も連れて行ってください」

オットフリートは振り返らず、その場で立ち止まった
その後姿に威圧を感じて、ヴィネは少したじろいだ
だが、ここで引き下がるわけにはいかない
ヴィネが二の句を継がないので、オットフリートは仕方なしといったふうに口を開いた

オットフリート「何故だ」

なんど聞いても慣れない声だと、ヴィネは感じた
幼いころから聞き続けている声なのに、今でもこの声を聞くと緊張してしまう
これが厳格な父に対しての感情なのか、それとも操り主に対する敬意からなのか、それとも
ヴィネには、どちらかわからなかった

120ダメな子:2006/07/09(日) 14:34:06 ID:0wsA7BlM
ヴィネ「わ、私も、私たちが勝利する瞬間を、この目で見たいのです」

おずおずと、それでも力強くヴィネは言った
味方が敵を砕く瞬間を、焼き払う瞬間を、少しでも多く目に焼き付けたい
そうしないと、ショボンも私も報われないから
落ち着かない空気に、ヴィネは綺麗な赤いスーツのすそをきゅっと握り締めた

オットフリート「……好きに、するがいい」

オットフリートは小さく溜め息をつくと、そのまま出て行ってしまった
その言葉に、ヴィネはぱっと顔を上げる

ヴィネ「あ、ありがとうございます……!」

既に閉じてしまっている扉に、ヴィネは言った
父が許可をくれたことが、ヴィネにとって何より嬉しかった

ヴィネ「ショボン、戦争が終ったら私も……」

ヴィネは胸に手をやると、そっとポケットから一枚の写真を取り出した
時の止まった空間の中には、ショボンの笑顔が閉じ込められている
次元の違う世界
手は届かず、胸が詰まる
全てが終ったら、器を捨てて、私もあなたのところへ逝くよ
だから、そのときはまた、いつもみたいに笑顔でいてね
ヴィネは写真を胸に抱き、誰にも気付かれないようにしまってから、自分の席に戻った
今度こそ、全てを終らせるために

121ダメな子:2006/07/09(日) 14:36:16 ID:0wsA7BlM
はい、今回はこれで投下終了です
また来週会いましょう、会えたらですが…

馬鹿なのでPC取り上げられる可能性があるんですよね…
では、読んでくれた方、ありがとうございました

では
ノシ

122ダメな子:2006/07/12(水) 23:51:23 ID:0wsA7BlM
えー突然ですが、ブーンは(ry)は、しばらく更新停止とさせていただきます
読んでくださっていた方(いるのか不明だが)、申し訳ありません
執筆やら読書やらやらに精を出しすぎ、学業の方がとうとう最下層に着地してしまいました
やばいです、大学いけません、ていうか自主退学? みたいな状況です
何の意味があるのかわからないくだらない勉強の為に、自分のしたいことがままならないって悲しいですね
まぁ、俺の能力不足と怠けのせいなんですが
あとこういう斜に構えた態度のせいですね、中二病です
これからはシコシコ受験勉強に励む所存です

ということで、再開は未定です
ちゃんとした形で完結させたいとは思っていますが、それもどうなるか…
この小説のまとめを引き受けてくださった管理人さん、今まで本当にありがとうございました
長いことつき合わせてしまったのに、この結果で申し訳ありません
今現在、このまとめサイトではこの小説以外に現行スレがありません
ですので、この再開未定の小説のために、サイトを継続していただくのは心苦しいです
どこか他のまとめサイトに作品を引き取っていただけるよう、どうか掛け合っていただけないでしょうか…
よろしくお願い致します

では、またいつかどこかでお会いしましょう
ノシ

123あぼーん:あぼーん
あぼーん

124あぼーん:あぼーん
あぼーん

125洋二郎:2008/03/05(水) 21:23:12 ID:C8AMf5.c
半信半疑で試したらマジだった件w
騎乗位してあげただけで万冊くれるとかww
最近の若者は分からんわww
ttp://jbbs.livedoor.jp/movie/8433/?ose2HUDy

126はんだごて:2008/03/09(日) 19:48:12 ID:C8AMf5.c
この前言ってたのってこれだよね?
ttp://deai-baby.com/me/Nm0k2v7r
3つほどやってみたけど、クンニなんちゃらってやつが一番面白かったかな
寝てるだけ〜ってのは楽なのはいいけど、俺は攻める方が好みだし
またこういうのあったら教えとくれ〜ノシ


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