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「散るまでのほんのひととき、どうぞ愛してあげてください」

17 ◆Gv599Z9CwU:2014/08/18(月) 20:25:31 ID:5gpyPPTg


【目の覚めるような青、目が眩むような赤】 祈ちゃんver


 その青は、悪夢から目を覚ましてくれる、唯一の色だ。
 いつもどこか、足が沼にはまっているような気がしていた。その沼から出ようともがくたびに足はもっと深くへ沈んでいって、そのうちあたしがすっぽり埋もれてしまうのではないかと。その沼がなんなのかわかれば、対処法を見つけようと必死になるのに。それなのに、あたしにはその沼の正体が見えなかった。
 顔をあげれば、はるか遠くにかすかな光が見える。きっとそこに歩いていくことができれば、あたしは助かるのだと思った。
 手を伸ばしても、助けてと叫んでも、沼はどこまでも暗く澱んでいて、沈んでいる足は見えない。
「まったく……こんなところで寝て」
 待ち合わせの場所も時間も、明確に決めていなかったからあの教室にいると断定はできなかったけれど、多分とかきっととか、そんな曖昧な思いで訪れた教室に彼はいた。大きな桜の木が真向かいに見える、みんなにとって特別な教室。
 あたたかい木漏れ日の降りそそぐ窓際。そこに誰かが設置したソファに、なんとも気持ちよさそうに横たわっている。普段結われている髪はほどかれて、安堵した表情だ。
(いつもこれくらい穏やかな顔だったら、もっといろんな人が近づくのかな……)
 冷たいわけではないけれど、どこか他人との距離を測りかねているせいでよく誤解を招いている。わかってくれる人はわかってくれるからと、弁解もしないから事態は常にややこしくなっているというのに。
 言葉にするのが苦手なだけだと、彼は前に言った。家のこともあって、主である琳をたてなければならない立場だから。自分の感情は二の次で、いっそ無感情であれと。言葉に出すのは主を守るときのみ、自らの意志は伴ってはいけない。
 人形みたい、と思わず言ったら、そういうふうに教えられてきたからと小さく笑っていたのを覚えている。
「……海翔はね、人形なんかじゃないんだから」
 操られているだけの、都合のいい道具じゃない。
 ソファの前にしゃがんで、つぶやく。眠っている頬を撫でようとしたけれど、起こしてしまうのももったいない。他人に隙を見せない彼が、気配を察知することもなく起きあがらないのは少しだけ優越感があって、嬉しい。
「まだ、起きなくていいからね」
 ほんのちょっと、独り占めしていたいの。
 思えば、足が重い感覚はない。いつからだったのか覚えていないけれど、気づいたらとても身軽だった。結局、沼の正体はなんだったのか今になっては考えることすらできない。
 いつだって、顔をあげれば海翔がいた。
 鮮やかな海の色が、脳裏をよぎる。ああ、あの色は。
 悪夢を終わらせてくれるのは、強引に道を敷いてくれるのは、目の覚めるような青だった。


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