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漫画・ライトノベル以外の書籍スレ

165 修都 ◆7VC/HIVqJE :2017/07/26(水) 22:36:36 ID:rlvqw/MU
辻本雅史『「学び」の復権』を読みました。
近代から近世の教育を見るという事はさんざんやられていますが、この本はむしろ近世から近代の教育を見てみようという視点で書かれています。
そこから近代の教育の問題点や今後どうしていくべきかを考えていこうという内容ですね。
そして分かることは、近代以前に学校というものは存在しなかったということです。手習塾(寺子屋)はありますが、これは近代の学校とはまったく違うものであって、基本的には自己学習の場だったのですね。
そこでの「教師」の役割は手本を示し、間違いあがれば修正するということであって、教えることを求められていたわけではない。これは藩校も同様だったようですね。
よくテレビとかである、手習塾で机が整然と並べられているイメージというのは完全に近代からの視点であって、机が整然と並べられていることなどは無かったようです。
そしてタイトルの意味からいうと、この自己学習「学び」の復権こそが今後重要なのではないかと主張しているようですね。
ただ大事なのは、近世の手習塾も藩校も基本的には「教師」が尊敬される人物でお手本になる人物でなければ成立しないものでした。ですから現代の学校で実行したとしても成り立たないとしています。なぜなら現代の教師は尊敬され、お手本になるような人物ばかりではないからです。
ですから著者は、生徒の側が教師を選択できるようにするべきではないかとも主張しています。
さらに言えば著者は近代の学校制度はもはや限界を迎えているとも主張しています。
その限界を迎えている学校で個性を大事にしようなどということ自体が無理なのだとも主張しています。なぜなら現代の学校は画一的で個性を伸ばすような教育を想定していないからです。
もっといえば、個性を伸ばす教育自体がどうすればいいか分からないものなんですよね。

文庫版のあとがきでは、近世の教育をよく描きすぎたとか復古的だと思われたとかということも書かれていますが、実際そういう点はあるでしょうね。
近代の学校システムが限界に来ているというのは同感ですが、だからその前に戻せばいいというのは難しいし現実的ではない。
ただ、近代の学校システムは当たり前のことなどではないし、その前の時代に行われていた教育からよい点を見つけだしていくというのは大事でしょうね


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